月光の迷い人 (ほのりん)
しおりを挟む

番外編の貯め処
番外編『もしもルナがネプテューヌと付き合ってたら』(花嫁衣裳編)


前書き~
ちょっと気分転換で書いたのを投稿します。
台本形式のため、好き嫌いが分かれ、さらに現時点では登場していないネプテューヌと主人公ルナがもし付き合ってたらという妄想の元作り出された百合なので、そこでも好き嫌いが分かれます。
もっというなら本編と繋がる要素は全くありませんが、投稿するならここかなと思って投稿しました。本編読まなくても、とりあえず下のキャラ紹介を読めば大体わかるかと思います。
もし読んでくださるのであれば、是非ゆっくりしていってね!

《紹介文》
ルナ:犯罪神の事件の後、プラネテューヌ教会で女神補佐官として活動。のちにネプテューヌから告白され、付き合う。ネプテューヌのことを愛していて、ネプテューヌへの『好き』の感情を全く隠さない。
ネプ:プラネテューヌの女神様。あることをきっかけにルナを好きになり、告白。見事成功し、ルナと付き合っている。が、予想外にルナが『好き』という感情を隠さず、真っすぐ伝えてくるため、そのたびに赤面する。恥ずかしいので『好き』の感情に素直になれないという何処かの某黒女神と同様ツンデレを持っていたことに最近になって気づいた。但しルナにしか発動しない。
店員:男性。実は店長。彼女いない歴=年齢だが、モテない類ではなく、ただ告白されないだけである。少しイケメン。

舞台:プラネテューヌの某商店街。アニメやゲーム関連のものを取り扱う店が多く、コスプレ衣装なんかも作ったり販売したりする店がある。


ルナ「~♪ …ん? これは…… すいませーん店員さーん。少しお聞きしたいことが──」

 

 

[教会]

 

ネプ「やったああ! またいーちば~ん!」

ノワ「くぅ、なんでネプテューヌばっかり勝つのよ!!」

ブラ「あと少しだったのに……」

ベル「このゲームではネプテューヌが強いですわね」

ネプ「ふっふふ~ん。ルナといっぱい遊んだからね~♪」

ブラ「あぁそういうこと」

ベル「そういうことですのね」

ネプ「え? 何々? なんのこと?」

ベル「何でもありませんわ。それよりそのルナちゃんが見当たりませんが、どちらに?」

ネプ「えっと、確かアニメグッズとかをあさりに某商店街に行ったよ。なんでも、どうしても行きたい限定ショップがやってるから行ってくるって」

ノワ「へえ。あの子もグッズとか買うのね」

ブラ「そういえばこの間行った即売会でもスタッフで参加していたわ」

ベル「あぁあのイベントですわね。他にもいろんなところのイベントで見かけますわ」

ノワ「確かに。私もこの間コス…参加したらいたわね」

ネプ「えぇ!? 聞いてないよ!」

ブラ「まぁあの感じじゃ私たちに見られたくなかったんでしょうね」

ベル「そうですわね。わたくしもイベントの時に見かけた際、顔を真っ赤にして逃げましたし」

ノワ「そう? 私の時は嬉々として写真を求められたわよ」

ネプ「へえ。なら今度私もイベントに行ってみるよ」

ベル「それがいいですわ」

 

 ~~♪ 

 

ネプ「あれ? ルナからメールだ。どれどれ『ネプテューヌ、今どこ? ちょっと某商店街に来てほしいな。出来れば一人でお願い。ちょっとやりたいことがあって……』って」

ブラ「やりたいこと?」

ノワ「何かイベントでもやってたのかしら」

ベル「それにしてはこの”出来れば一人で”という部分が気になりますわね」

ネプ「うーん。どうしよ」

ブラ「行ったらいいと思うわ」

ネプ「え?」

ブラ「もしかしたら面白いこと…こほんこほん。いいことがあるかもしれないわ」

ネプ「え、でも……」

ベル「わたくしたちのことは気にせずいってらっしゃいな」

ノワ「あなたが帰ってくるまでにこのゲームを上達させておくわ」

ネプ「うーん。それじゃあ行ってくるね」

ブラ「ええ。行ってらっしゃい」

 

 

 

ブラ「さて、それじゃ私たちも行動するとしましょうか」

ノワ「え? 何かするの」

ベル「そんなの決まってますわ。ネプテューヌの後を追うんですの」

ブラ「もしかしたら面白いことをしてるかもしれないわ」

ベル「ノワールはついてこなくていいですわよー」

ブラ「そうねー、ぼっちのノワールはここで一人寂しくゲームをしてるといいかもしれないわー」

ノワ「なっ、なによ! その…気になるからついていってあげるわ!」

ブラ「……ふふ」

ベル「クスクス……」

ノワ「な、なんで笑うのよ!!」

 

 

 

ネプ「うーん、ルナどこにいるんだろ……」

ルナ「あっ、ネプテューヌ! こっちこっち!」

ネプ「あ、いたー。どうしたのいきなり呼び出して…… 限定ショップは行けたの?」

ルナ「それはもう終わったよ。それより何も聞かずにこっちに来てほしいな」

ネプ「う、うん……なんだか嫌な予感が……」

 

 

 

ルナ「店員さーん。さっきの件で相方連れてきましたー」

ネプ「あい…かた……?」

店員「なっ、本当にいたのか。てっきりそれっぽい男を連れてくるのかと思ってたぜ……」

ルナ「ふっふっふ~ん。私をそこいらの一般人と同じにしてもらっちゃあ困るなあ。そしてよぉく見よ! この方を誰と心得る! この方こそこの国の女神ネプテューヌ様であるぞ!」

店員「あ、ああパープルハート様のコスプレか? へえ、本物そっくりじゃないか」

ルナ「だから本物だって! 本当にネプテューヌなの! なんならあのドレスのサイズが合わなかったら女神化して着てもらうつもりなんだから!」

ネプ「えっと、あの、ルナ? 話についていけないなーって……」

ルナ「うーん、出来ればあれを見るまで話についていけてなくてもいいけど……」

店員「ん? 嬢ちゃん、この子から何か聞いてないのかい?」

ネプ「う、うん。ただ『来てほしい』ってだけで……」

店員「おいおい、お前さんなかなかあくどいなあ」

ルナ「ふふふ、もし言っちゃってたら面白くないでしょ? それに万が一恥ずかしいからって理由で来てくれなかったら困るし」

ネプ「ねぷ!? は、恥ずかしいって何が!? 私に何させるの!?」

ルナ「それは見てからね。で、店員さん、あの衣装まだあるよね。それに私が言ったあれも……」

店員「あぁあるぞ。ちゃんと一着ずつな。ほれ、奥の更衣室に用意してあるから、中で女性店員に着付けてもらえ。御代は着てからな」

ルナ「はーい。ほらネプテューヌ、いこ?」

ネプ「え、ちょ、引っ張らないで……ねぷううぅぅ!」

 

 

 

ベル「……引っ張られていきましたわね」

ブラ「そうね。あの子たちが入っていった店は衣服店みたいだけど……」

ノワ「あの衣装店…確か様々な方向の衣装が用意してある店だったはず……」

ブラ「へえ、つまりノワールもあの店に行ったことあるのね」

ベル「だとしたらコスプレ衣装を買いにでしょうか。それとも何か参考にするために……?」

ノワ「わ、私はただ立ち寄っただけよ! べ、別にこここ、コスプレに使うだなんてそんな……」

ベル「あら? わたくしはただルナちゃんが何をするのか考えただけですわよ」

ノワ「のわっ!?」

ブラ「しっ、変化があったわ」

 

 

 

 

 

ルナ「おじさーん。着替え終わったよー」

店員「お? ……ほうほう、女が着るにしちゃぁ似合ってるじゃねえか。かっこいいぞ」

ルナ「褒めてくれてありがと。彼女いたりする?」

店員「いや彼女いない歴=年齢だ。なんだ? 彼女にでもなってくれんのか?」

ルナ「残念、私はネプテューヌという最愛の嫁がいますので……」

店員「じゃあなんで聞いたんだ……」

ルナ「きちんと女の子の衣装を褒めてたからね。モテるのかなーって」

店員「生まれてこの方出会いなんてもんねえよ」

ルナ「またまた~。もし本当にないのなら気づいてないか、あるいはおじさんの見てきた世界が狭いんだよ。いっそ各国を旅する勢いでその辺ぶらぶらしてれば誰かしらいい人寄ってくるよ。おじさん別に容姿が悪いわけじゃない、それどころか良い方ではあるだろうし。ま、もっとも私のタイプではないかな」

店員「同性を好きになってる時点でそうだろうよ。んで? お前さんの相方の嬢ちゃんはまだか?」

ルナ「だって絶対私の衣装よりめんどそうだもん。まだかかると思うよ」

店員「ま、花嫁衣装なら当たり前か……」

ルナ「いやあ、サイズが大きかったら女神化していいって言ったから、どっちの姿の嫁が見られるのか楽しみだよ」

店員「……え、あれまじだったのか」

ルナ「だからマジのマジ! 本当にネプテューヌなんだって!」

店員「……まじか」

 

 

 

ノワ「ルナの服……あれタキシードよね……」

ブラ「ええ間違いなくタキシードね」

ベル「執事服に見えなくはないですけど…やはりタキシードですわ」

ノワ「どういうこと? 店員と何か会話してるみたいだけど……」

ベル「周りの音にかき消されてよく聞こえませんわ。……あら、奥からまた誰か…ってえ……?」

ブラ「なっ……!?」

ノワ「ね、ねぷてゅーぬ……?」

 

 

 

 

 

店員「…お、でてきた…ってんなっ!?」

ルナ「おっ、おおっ!! これぞまさしく女神の降臨!」

ネプ「ね、ねえルナ。これってどういうことかしら……」

ルナ「どういうこともなにもウエディングドレスだよ。やっぱさすがに変身前じゃサイズが合わなかったかー」

店員「な、なあなんで店の奥からパープルハート様が現れるんだよ…! い、いつの間に……」

ルナ「だから言ったでしょー。本物の女神様だって」

店員「じゃあなんで本物連れてこれるんだよ! お前さん何者だ…?」

ルナ「ルナだよ。ルナ。プラネテューヌの女神補佐兼恋人やってます」

店員「ルナって…あのルナ様なのか!? お前さん!」

ルナ「おうよ!」

ネプ「ちょ、ちょっとルナ、説明してちょうだい! なんで私ウエディングドレスを着させられてるのよ!」

ルナ「なんでって…まあ、そういうのをやってたから?」

ネプ「そういうの……?」

ルナ「うん。そこの通りを歩いてたらね? ここの店の表にウエディングドレスがあって、条件を達成できるならタダでゲットできるって書いてあったから思わず……」

店員「ちなみに条件ってのはそのドレスを着たまま帰れる人ってやつだ…じゃなくて、です。この嬢ちゃん…じゃなくてルナ様はこの店にいらして、それでタキシードもあるかとお聞きになられて……」

ルナ「おじさん、さっきと同じでいいよ。急に畏まられても困るし」

店員「そ、そうか。それでタキシードもあるって言うと嬢ちゃんは『じゃあドレスを着る嫁をすぐに連れてくるから取り置きしておいて』ってパープルハート様を呼び出したんだ。まさか嫁って男の娘でも連れてくるんじゃって思ったんだが、女性の、それも女神様を連れてくるなんて驚いたぞ」

ルナ「へっへーん。女神様の花嫁衣装なんてその手の仕事がない限り見られないんだから、よ────ーっく見ておかないと人生の半分以上を損するぞー。ネプテューヌ信者ならね!」

店員「ありがたや~」

ネプ「だからってこんなところで……」

ルナ「あっ、ネプテューヌ」

ネプ「な、何かしら?」

ルナ「凄く似合ってるよ。普段も可愛くて美人だけど、今はそれ以上に綺麗で美しい。好きだよ」

ネプ「…..///」

店員「中々やるなぁ、嬢ちゃん」

ルナ「そう? 思ったことをありのままに伝えただけだよ」

店員「ははっ。で、着て帰るのか?」

ルナ「うん。タキシード代は……」

店員「良いものを見せてもらった礼だ。ウエディングドレスと条件は同じにしておくぞ」

ルナ「ありがとう。じゃあ着て帰るね」

店員「おう」

ネプ「着て帰るって…!? まさかこの姿で帰るの!?」

ルナ「うん、あっ、そのままだとドレスを引きずっちゃって歩きづらいよね。よっと」

ネプ「きゃっ」

ルナ「ふふっ、ネプテューヌは女神化後も軽いんだね。後顔が赤く染まるネプテューヌも可愛いよ」

ネプ「──! ///」

店員「…さりげなくお姫様抱っこに誉め言葉。タラシか」

ルナ「…?」

店員「天然かっ……!」

ルナ「よくわかんないけど、ありがとうね、おじさん。もし何か頼みごとがあったら、言いに来ていいよ。私にできることと都合がつくならやるからね」

店員「あ、ああ。もしかしたらクエストとか頼むかもな……」

ルナ「うん。じゃあ」

店員「あっ、ありがとーござーましたー」




《後日談》
 後日ウエディングドレスを着てお姫様抱っこをされている赤面パープルハート様とタキシードを着たルナが商店街から教会まで歩いて行ったとネットで話題となり、炎上。『なんとうらやまけしからん』『許さない!絶対に幸せにならないと許さないんだから!』『早く結婚しやがれ!』『俺はもうパープルハート様を信仰しない。これからはパープルハート様とルナ様の夫婦をペアとして信仰するんだ!』『結婚してないなんてだっせーよな~』といたるところの掲示板で騒がれたが、教会職員の手により消火。後日国営放送にてルナ様が謝罪。正式にパープルハート様と交際していることを報告。また同時に婚約しており、近日結婚式を行うことを発表した。
 プラネテューヌ以外の各国からも騒がれ、各国の女神様から祝いの品と祝言が贈られ、二人の結婚式に御参加された。各国の女神様は『ようやくか』と言われたそうな……

 という話でした。
 ちなみに商店街の元ネタは愛知県名古屋市大須の商店街です。確か去年の4月に着たまま帰るなら100円ってウエディングドレスを売ってましたね。それを見て思いついたネタです。
 ちなみに前書きにも書きましたが、全くと言っていいほど本編をカスってませんので、あくまで別のものだと思っていただければいいかと思います。
 それではまた次回、本編でお会いしましょう。

(追記)
実は私、ハーメルンさんのマイページの画像一覧に投稿する方法って知らないんですよね。誰か教えて欲しいです。
というわけで(?)、キャラ作成サイト『キャラット』様にて作成したルナさんの画像置いておきます。色々素材がなかったりしたので代わりとかつけてますので、こんな感じかー程度です。

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりのプロローグ
第一話『囚われの女神。空から落ちてきた人』


前書き~
皆さん初めまして。もしくはこんにちは。ほのりんです。
上の前書きは気にしなくて大丈夫です。私の小説ではこんな感じなので。
それはともかく、今回からネプテューヌを原作に書いていこうと思います。
また、タグやあらすじにも書いてある通り、こちらは『超次元ゲイムネプテューヌ Re;birth2』を原作としています。予めご了承下さい。

それではご覧いただきましょう。これは彼女達の活躍の前座でございます。
どうぞごゆるりとお楽しみください。



[空?]

 

 

 ──落ちている。

 開幕早々何言ってんだと思うだろうけど、本当に落ちているのだからしょうがない。

 え? 何が落ちているんだって? 

 聞いて驚くといい……

 

 

『私が、空から、落ちているんだよ!!』

 

 

 いや待って何で!? 何があった!? 

 何で私空から落ちてるの!? 

 やばい身に覚えがないよ!? 

 というかここ何処!? いや空中だってのは見るからに分かるんだけどさ!? しかも周りに雲があるから空中の中でも高度の高い場所にいるんだろうし……

 とりあえず下を見よう。もはや方向感覚がズレてきてるが落ちてる方向が下なのは間違いないはず。

 

 ……下が見えないね……

 

 いや洞窟とか空洞とかなら暗闇で見えないのはわかるよ? 

 でも空中で、だけど夜だからか暗くて、それでも下が見えないのはどうかと思う。だって月の光とか街の明かり……はあるのか不明だけど、とにかくある程度は明るいのに下が見えないって……それだけ高いところにいるってことでしょ? 

 まてまてまてっ!? 

 死ぬって! この高さは流石の私も死ぬよ! 

 例え下が海だろうが巨大プリンの上だろうが死ぬって! 重力で死んじゃうよ! 落下死だよ!! いや転落死? いやどっちでもいいからぁぁ! 

 

 

 ダレカタスケテエエェェ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side out


 

 ──空次元ゲイムギョウ界──

 そこは4人の守護女神と4つの国家によって成り立つ異世界である。

 女神パープルハートの治める【革新する紫の大地】『プラネテューヌ』

 女神ブラックハートの治める【重厚なる黒の大地】『ラステイション』

 女神グリーンハートの治める【雄大なる緑の大地】『リーンボックス』

 女神ホワイトハートの治める【夢見る白の大地】『ルウィー』

 彼女達は自らの力の源である信仰心『シェア』を得るために時に競い、時に争いながらも国をより良くしようと活動してきた。

 

 

 

 しかし、ある惨劇によりその歴史は一旦幕を閉じてしまった。

 『犯罪神マジェコンヌ』を復活させようと企む『犯罪組織マジェコンヌ』にシェアを奪われてしまったのだ。

 犯罪組織によってシェアがすべて奪われることを、そして犯罪神が復活してしまうことを危惧した守護女神たちは互いに協力関係を結び、ギョウカイ墓場と呼ばれる場所にいる犯罪組織の四天王を倒しに向かった。

 その数、守護女神4人と女神候補生1人。計5人。

 しかし彼女たちはたった一人を相手に敗れてしまった。相手は犯罪組織の女神、マジック・ザ・ハード。

 彼女に負けてしまった女神たちはギョウカイ墓場に囚われの身になってしまった。

 

 

 

 それから3年────

 ゲイムギョウ界はマジェコンヌの脅威に怯えていた。あらゆるゲームソフトを違法DL出来るゲーム機『マジェコン』のせいでショップは枯れ、クリエイターは飢え、あらゆるギョウカイ人が絶滅したかと思われた。

 かつては無法地帯とは隔離されたゲイムギョウ界であったが、マジェコンヌ登場以来、人々のモラルは低下の一途を辿っていた。

 人々は本来、守護女神を信仰しなくてはならないのに、小学生の8割はマジェコンヌを崇め、むしろ親が邪教と知りつつ子供に推奨し、取り締まるべき政府もなぜかスルーしまくりで、とにかくゲイムギョウ界はもう滅茶苦茶で、もはや、そこらへんの民度の低い無法世界と同じレベルにまで落ちぶれ果てたのであった。

 そして、力尽きた者は次々にギョウカイ墓場へ送られ、永遠に暗闇をさ迷うのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[ギョウカイ墓場]

 

 

「ふぅ、やっと着いた。ここがギョウカイ墓場ね」

「まま、待ってくださいですあいちゃん〜……」

 

 

 ──ギョウカイ墓場──

 そこはゲイムギョウ界で力尽きた者が最後に辿り着く、名の通り墓場であり、その者達の魂やらなんやらがそこら辺をさ迷っている場所である。他にも壊れてしまった昔のゲーム機やコントローラーなど、ガラクタ置き場ともなっている場所である。

 そこに、二人の女性が訪れていた。

 一人は『あいちゃん』と呼ばれた茶髪のストレートヘアを双葉のようなリボンでサイドに留めているのが特徴的な女性、名を『アイエフ』。小柄な体で、ナインブランドの青いコートを着ていて、下は黒い短パンだ。だがコートの方はサイズがあっていないのか手が袖に隠れてしまっている。

 もう一人はピンクのウェーブがかったロングヘアで、頭の上にCの文字が付いた茶色のカチューシャを付けている女性、名を『コンパ』。ハートニットと呼ばれる白いニット服を着ていて、腰には丸いウエストポーチを付けている。下はチェックの赤いスカートだ。

 二人とも可愛らしい女性だが、何故彼女たちのような者がギョウカイ墓場のような場所に来ているのか。コンパにいたっては恐怖で震えていた。

 

「何そんなにビクビクしてんのよ」

「だだ、だって…おかしなのがいっぱいいるですぅ……」

 

 ガサガサ……

 

「ひゃっ!」

 

 先に進みたいものの、先ほどからコンパはこんな調子だ。アイエフは呆れ半分でコンパにどう声をかけようか迷っていると、二人の持つ通信機器から声が届いた。

 

『ギョウカイ墓場は力尽きた者が最後に来る場所です。彼女たちもかつてゲイムギョウ界の住人だったんですよ』

 

 そう答えたのは二人をギョウカイ墓場に送った張本人、名を『イストワール』。プラネテューヌの教祖だ。

 

「そそそ、そうなんですか……」

「まったく、だから大人しく待ってろってあれほど言ったのに……」

「いやです! 待ってるだけなんて嫌なんです! 私だってねぷねぷとギアちゃん、他の女神さん達を助けたいんです!」

「それは私も一緒よ。あいつらったら三年間も音沙汰なしで。この私にこんなに心配かけるなんて……」

『大丈夫です。きっと彼女たちなら無事ですよ。例え大怪我を負っていたとしても、お二人に渡したシェアクリスタルさえあれば……』

「シェアクリスタル…… 信仰の力を結晶化したもの。これさえあれば……」

「女神さん達を助けられるですね!!」

「そうね。よしコンパ、さっさとあいつらを見つけ出して、引きずってでも連れて帰るわよ!!」

「はいですっ!」

 

 

 

 

 

「…さて、大分歩いたけどネプ子達見当たらないわね……」

「はい…みなさん、一体どこにいるんでしょう……」

 

…………ぅぅ……

 

「ひっ!?」

「何よ。急に大きな声出して」

「なな、何か……何か聞こえたですっ!」

「何か? 何かって何よ」

「た、多分声が……」

「声!? どこから? どこから聞こえたの!?」

「あっちの方からですぅ……」

「あっちね。行ってみましょう!」

「あ、待ってください! おいていかないでほしいですー!」

 

 

 

「いた! ネプ子!」

「ぅ……あいちゃ……こんぱ……?」

 

 声が聞こえた方に向かうと、そこには彼女達が探していた女神、パ—プルハートことネプテューヌがいた。先ほどの呻き声は意識を取り戻した彼女が出した声だったのだ。

 しかしそれはほんの少し。二人の名前を口にした後すぐに意識を手放してしまった。彼女の体は電子機器のコードのような触手でがっちりと縛られており、ほんの少しも動けなさそうだ。

 

「ギアちゃんも……! 女神さん達もいるです!」

 

 コンパは周りを見渡すと他の女神も見つけた。しかし彼女達もネプテューヌ同様に触手で縛られていて、意識がない。

 

「ひどいです……誰がこんなことを……」

「ネプ子! しっかりしなさいよ! ネプ子ってば!?」

「…………」

「ダメ、気を失ってる。くっ! 何なのよ、この触手みたいなのは!?」

 

 アイエフは何とか助け出そうと触手を解こうとするが触手はびくともしない。緩くなることもなくがっちりと女神を縛ったままだ。

 

『力ずくでは無理です。コンパさん、シェアクリスタルを使ってください』

「は、はい! えっと、たしか鞄の一番下に大事にしまって……」

「……そうはぁぁ……させるかああっ!」

「きゃああっ!?」

「だ、誰!? ジャマをしないで!!」

 

 コンパがシェアクリスタルを取り出そうとすると物陰から誰かが出てきた。黒いメカの容姿をしており右手には斧のような槍を持っている。表情は怒り心頭、激怒しているようだ。

 

「ふ、ふはは……はあっはっはああ! 本当にこんな所まで来る酔狂がいたとはなああああ! 三年間も、こんな所でじぃっと待たされたんだ……たっぷりと相手をしてもらうぜえええ!!」

「よくわかんないけど、やる気まんまんみたいね……コンパ! こいつは私が引き付ける。その間にみんなを!」

「は、はいですっ!」

 

 アイエフはそう言い女神達をコンパに任せ、敵の相手をする。コンパはその間に鞄からシェアクリスタルを取り出し、まずは一番近くにいた薄紫の髪をした女の子、ネプギアにシェアクリスタルをかざした。

 その瞬間、シェアクリスタルから仄かな光があふれ、ネプギアを包んでいく。

 

「お願いです……これで、目を覚ましてください!」

「ぅ……ぅう……ぁ……」

「ギアちゃん! 目を覚ましたですか!?」

「……コンパ、さん……? ぅぅ、私、たしか……」

「よかったですぅ! よーし、このまま他の女神さん達も……」

 

 シェアクリスタルの力のおかげかネプギアは意識を取り戻した。気づけばあれほどがっちり縛っていた触手はまるで力を失ったかのように垂れていて容易に抜け出すことが可能となっている。

 この調子で他の女神を──とコンパが意気込んだ瞬間。後ろで敵の相手をしていたアイエフが敵の攻撃によって吹き飛ばされてきた。

 

「きゃああっ!」

「弱いぃ……! 弱すぎるうう! もっと、もっと楽しませろおおお!!」

 

 敵はアイエフとの戦闘が不満だったようで怒りに任せて叫んでいた。その戦いを望み、戦いを己を楽しませるものとしている姿はまるで戦闘狂だ。

 

「アイエフさんっ!?」

「ネプギア! はは、起きて早々、無様なとこ見せちゃったわね。でも気を付けて。アイツの強さ、ハンパじゃないわ」

「私も協力するです! 女神さん達が目覚めるまで、時間を稼がないと!」

「わ、私も……私も一緒に戦います!」

 

 コンパは引き続き女神を、ネプギアは武器を手に出現させ、敵と向き合う。アイエフは先ほどのダメージか、しばらく動けそうになかった。

 

「いきます! M.P.B.Lオーバードライブ!!」

 

 ネプギアはそう言うと自分の武器である万能銃剣『M.P.B.L(マルチプルビームランチャー)』を構え敵の懐に飛び込み、剣身を二回振り上げ、敵を空中に突き上げる。そのまま弾丸を数発撃ちこみ、空中に放り出されている身体に向かって飛び込み剣で突き上げる。そして仕上げとばかりに地上に降り立つと未だ空中にいる敵に向かってビームを撃った。

 敵はそのまま地上に落下。衝撃で土煙が舞う。

 

 ……やったか? 

 

 そんな三人の期待を裏切るように土煙の中、敵は立ち上がった。煙が晴れ、その姿を見てみると全くの無傷といっていいほど傷がなく、ダメージが通ったようには見えなかった。

 

「この程度か……? 本当に、この程度なのかああああ!?」

 

 それどころか怒りをさらに買ってしまったようだ。

 

「全然効いてない……コンパ! ネプ子達はまだなの!?」

「うう、全然起きる気配がないですぅ……」

 

 コンパは必死に呼びかけたりシェアクリスタルを近づけたり試行錯誤するも、その努力は空しく、女神達の意識は戻らない。

 

『もしかして、シェアクリスタルの力が足りなかったのでしょうか……』

「そんな! それじゃどうしようもないじゃない!」

「このままじゃ……私、また負けちゃうの? やだよ、そんな……」

 

 敵は強く、女神は起きる気配がない。頼みの綱であったシェアクリスタルも力不足。三人は絶体絶命の危機を前に意気消沈してしまう。そんな彼女達を追い詰めるかのように敵は言葉を放った。

 

「もういい……弱い奴の相手などつまらぬぅぅ! まとめて吹き飛べええええ!」

「ダメ! 止められない、今の私じゃ……」

 

 敵は己の武器である槍を構え、大きく振り上げる。その時、ネプギアの頭にふとシェアクリスタルがよぎった。

 

「そうだ! あのクリスタルの力を使えば……お願い、間に合って!」

 

 ネプギアはコンパの手から零れ落ちていたシェアクリスタル拾うと、敵に向けてかざした。敵は槍を振り下げている途中だった。

 

「うおおおおおおおっ!」

「えええええええいっ!」

 

 その瞬間、シェアクリスタルから眩いほどの光が溢れ出る。それは先ほどネプギアを包んだ光とは比べ物にならないほど強く、眩しい光。敵はその光をまともに見てしまい、目を覆う。そしてクリスタルから溢れ出した光はまるで天を貫くかのように空へ伸びていき、やがてクリスタルが砕けたと同時に消えた。

 

「ぬぐっ!? ぐわああああ!! な、なんだこの光は……目が! 目がああああ!!」

「効いてる……? やるじゃない! ネプギア!」

「間に合った、の……? うっ……」

「え? ギアちゃん……? し、しっかりするです!」

「ちょ、どうしたのよ!? こんな所で気絶なんてしたら……」

「許さん、許さんぞ! お前らああ! 目が戻ったら、全員ぶっ殺おおおす!!」

 

 シェアクリスタルが砕け、ネプギアが倒れ、敵は何とか行動不能になっている状態。この状況をどうしたらいいか混乱していたアイエフとコンパのもとに通信機器を通じて声が聞こえた。

 

『お二人とも、ここはひとまず退いてください。今の私達ではどうすることもできません』

「くっ……分かりました! コンパ、急いでネプギアを運ぶわよ!」

「は、はい!」

 

 コンパがネプギアを背負うとイストワールの指示通りその場を退く二人。そのまま敵が見えなくなるくらい遠くまで退却した。

 

 

 

 

 

「……どうやら撒いたみたいね」

「ひい、はあ、ひい……ギアちゃん、意外と重たいですぅ……」

「結局、助けられたのはこの子だけだったわね。おまけに……」

「割れちゃったですね、シェアクリスタル。ギアちゃんが力を使った時に……これじゃもう、女神さん達を助けられないです……」

「…………」

 

 二人の表情は暗い。女神を助けられなかったこと。敵に完膚なきまでに負けてしまい、逃げることしかできなかったこと。二人の心は悔しさで溢れていた。

 

『落ち込まないでください。ネプギアさんを助けられただけでも十分な成果ですよ』

「イストワール様。私達はこれからどうすれば……」

『一度プラネテューヌに戻ってきてください。ネプギアさんには休息が必要でしょうし。……それに三年前、彼女達の身に何が起きたのがも伺わなくてはいけません。ネプギアさんには辛い思い出かもしれませんけど……』

 

 イストワールの指示を聞き、ギョウカイ墓場を後にするアイエフとコンパ。

 気落ちしていた二人、そして気絶していたネプギアには見えなかった。ギョウカイ墓場の空を覆う薄暗い雲の中に、先ほどの光がまだ仄かな光を放っていたことを──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 日が暮れ、月と星々が輝く夜の、とある場所。

 ここはプラネタワー。プラネテューヌの教会、つまりプラネテューヌの女神が住まう家だ。他にも国のシンボルや女神様に仕える教会職員の仕事場であるが、今は説明を省かせてもらおう。

 そしてそのプラネタワーの上層部、テラスとなっているその場所に一人の少女がいた。

 肩の少し下くらいまで伸びた金髪をツインテールで結び、紫色で“N”のデザインが付いた白い帽子を被る小柄な少女。何より特徴的なのは彼女に妖精のような羽がついていて、足で地面に立っているのではなく見開きの本の上に座って宙に浮いていることだろうか。

 彼女の名は『イストワール』。ここプラネテューヌの女神に仕える教会職員の中でも“教祖”と呼ばれる一ヶ国に一人しかなれない、女神に一番近い役職に就いている人物で、その正体はプラネテューヌ初代女神が国の歴史を記録するために造った人工生命体だ。

 そんな彼女はテラスで夜風に当たりながら考え事をしていた。議題は『女神救出作戦』。

 三年前、犯罪組織が蔓延り、女神が囚われてしまってから練っていたその作戦は先日、女神の友人であるアイエフとコンパによって実行に移され、ほぼ失敗に終わった。とはいうものの女神の妹、プラネテューヌの女神候補生であるネプギアだけは何とか救うことができただけ十分な成果だ。あとはネプギアに協力してもらいこの状況を打開するしかない。

 しかし助け出されたネプギアはここ数日眠ったまま一向に目を覚まさず、三年かけて貯めたシェアで作られたシェアクリスタルは救出の際に砕け散ってしまった。

 女神を救出できなければ犯罪組織を壊滅状態にできない。犯罪組織を壊滅させられなければ犯罪神が復活し、以前ゲイムギョウ界を崩壊させようとしたように破壊してしまう。犯罪神が復活したら……それだけでゲイムギョウ界は終わってしまう。

 それだけは阻止しなければならない。プラネテューヌの教祖として。歴史の記録者として。そしてとある姉妹にこの世界を任された古き友人として──

 その時、ふと彼女の頭の中をその友人がよぎった。一人はもう数百年、下手すれば千年以上会っていない、それでも何処かで生きているだろう友人。もう一人は数十年間会っていない。そして生死すらも分からない友人。彼女たちは今何処で何をしているだろうか。昔は一緒に暮らしてすらいたというのに今では生きてるかすら分からないのだから時とは残酷だと、イストワールは思った。

 そしてそれと同時に思ってしまった。もし彼女達がいればこの状況を打開できるのではないか、と。

 

「……ってだめですね、私ってば。今はネプテューヌさんやネプギアさん達が頑張ってるんですから。彼女達に期待していては……」

 

 それでも思ってしまう。彼女達がいれば、と。

 そんなイストワールを月は照らし、夜風は彼女の頬を撫でる。そのどちらもが彼女の心を慰めるかのように優しい。

 

「…そういえば、彼女達は夜空がお好きでしたね。あの方は星を。もう一人は月を」

 

 夜空を見上げれば優しくゲイムギョウ界を照らす満月が。そして暗い空を光り輝く星たちが。それぞれが夜空を美しい幻想的な星空へと変えていた。街の光にも負けないほど強く輝くのは昔、彼女達が頑張ったから。そう思うと懐かしさと寂しさが溢れてくる。

 

「言ってましたっけ。星たちが光り輝き月の光が増す時は、何かが起こる前触れだったりするって……」

 

 昔彼女達が言った言葉が蘇る。実際に何かが起きたということは少なかったが、彼女達はいつもそういった幻想を信じていた。いや、幻想を“知っていた”。だからこそこんな夜には思わず願ってしまう。女神達が助け出され、再びゲイムギョウ界に平和が訪れることを。そしてまた彼女達に会いたいと。

 彼女の願いに応えるかのように月光は強さを増していく。やがて月光は光の柱となり、プラネタワーを囲むかのように降り注いだ。

 

「な、なにがどうなって!?」

「い、イストワール様! これは一体!?」

「なんなんですなんなんです!? 何が起こってるですか!?」

「私にもよくわかりません。月の輝きが増したと思ったらこんな──」

 

 この日ネプギアの様子を見に教会に泊まりに来ていた二人は外の様子に慌ててテラスに出てきた。二人にこの状況を説明しようにも自分自身も驚きで混乱しているためうまく説明できないイストワール。そのときふと先ほどの言葉が頭をよぎった。

 

「……『星たちが光り輝き月の光が増す時は、何かが起こる前触れ』」

「イストワール様……?」

 

 イストワールが呟いた言葉。その言葉が聞こえたアイエフはどうしたのかと名前を口にする。しかしイストワールは反応しない。ただ一心に月を見て考えていた。

 ──もし、彼女たちの言ったことが本当だったら──

 ──もしこの現象が何かの前触れだとしたら──

 そんな彼女の考え事をよそに光はやがて消えていく。そしてまるで最初から何もなかったのように夜空の輝きは普段通りに戻っていた。

 

「…何だったのよ、今の……」

「さぁ……? 何が起こったです?」

「分かりません。しかし良くないことの前触れではないと思います」

 

 イストワールは月を見上げたまま言った。その様子に二人は不思議に思う。イストワールとはそれなりの付き合い、特にアイエフは職場では彼女の部下だったりするのだが、こんなにも月を見続ける彼女を二人は初めて見た。更に彼女は先ほどの現象を“前触れ”と称した。その発言もまた二人が彼女を不思議に思う要因となっていた。

 しかしまあ先ほどの現象の方が不思議だったりするのだが、彼女達にとってはイストワールの様子の方が不思議だったらしい。

 そしてそれから数分……いや数十分だろうか……

 しばらく三人で月を眺めるも特に何も起きず、流石にそろそろ寒くなってきたのか部屋へ戻ろうとした三人。

 そのとき──

 

 

 

 

 『うわああああ! どいてどいてどいてええええ!!』

 

 

 

 

 ドカ────ン!! 

 空から何かが落ちてきた。それは口を開く暇もないほど唐突な出来事で、三人は呆気にとられてしまう。

 そして衝撃により上がっていた土煙が晴れた先には──

 

「きゅう……」

「え……女の子?」

「ど、どうして空から女の子が落ちてきたんです……?」

「わ、分からないわ。と、とりあえず気絶してるみたいだけど……」

「…ひとまず部屋へ運びましょう。アイエフさん、コンパさん、頼めますか?」

「はいです!」

「分かりました」

 

 普通の人より小さい自分の身体では無理だったので二人に頼むと、二人は嫌な顔せずに女の子を抱え部屋へと運んだ。イストワールもその後を追おうとすると、後ろからカツンッと音がした。振り返るとそこには先ほどまでなかったはずの竹箒が落ちていた。おそらく女の子と同じように空から落ちてきたのかもしれない。もしかしたら女の子の持ち物かもしれないので拾っておこうと箒を手に取ると不思議と暖かい、そんな感じがした。その感覚を不思議に思いながらもイストワールは二人の後を追って部屋の中へと戻っていった。




後書き~
はい、これもまた気にしなくて大丈夫です。

さてさて、ネプギアを助け出すことに成功したアイエフ、コンパ、イストワール。
そんな彼女たちのいる月と星々が照らすプラネテューヌの教会に突如降ってきた少女。一体誰なんでしょうか。
次回も、また会えることを期待して。
See you Next time.

22/5/18 一部描写を変更しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話『夢、記憶、名前』

前書き~
こんにちは。ほのりんです。……言うこと、特になかったです……

前回、三人のもとに落ちてきた謎の少女。彼女達は少女を部屋へ運びましたね。
今回のお話はそのお部屋から始まります。その前に一つお話を……
それではどうぞ、ごゆるりとお楽しみください。


 気がつけばそこは近未来的な街で。私はそこにいて。

 隣には幸せそうな顔をしながらプリンを頬張るあの子がいて。

 「幸せそうだね」と声をかければ「だって美味しいからね」と返してくれる愛しいあの子。

 その顔を見ているだけで私の心は癒されて。思わずその頭を撫でるとあの子は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 それが私の日常。いつまでも続いてほしいと願い、いつまでも続くと思ってた愛しい日常。

 でも、もう帰ってこない。だってあの子はもう──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[プラネテューヌ教会]

 

 

 ふかふかの触感がする。それと同時に温かい感じも。

 なんだか眠くて、もう少しこうしていたくて。

 それで分かった。私、今寝てるんだ。

 ふかふかはベッドの感触で、温かいのは布団なんだ。

 でも、どうして私寝てるんだろう。

 とりあえず目を開けて、起きて、状況を把握しなきゃと思うけど体はなかなかいうことを聞かない。まだこうして寝ていたいみたいだ。

 でも、やっぱり状況がわからないって不安だから目だけでも開けようかなって。そう思って目を開けようとすれば視界に入ってくる光。思わず目をつぶるけど、少しずつ開けていけば次第に光に慣れていって、寝ぼけ眼で見た視界に入ってきたのは──

 

「…知らない天井」

 

 定番の台詞を言っちゃうのも無理はない。だって実際そこにはやや紫がかった知らない天井が広がっていたからだ。天井の中心には電気が点いてて部屋を明るく照らしている。横を見れば窓があって、外は暗かった。

 そしてその反対側に視線を向ければこれまた紫っぽい壁に掛け時計が飾られてて、棚が壁に寄り添うように置かれてて、その隣には姿見。床にはその部屋の色合いに合った絨毯が敷いてあって、その上には机が置かれていた。上半身だけ起こして周りを見ると、どうやらそれらと扉しかない簡素な部屋らしい。

 しかしどうして私はこんなところで寝ていたんだ? この部屋に見覚えはないから私の部屋ではないはずだけど……

 と、考えようとすると、体に違和感を覚えた。なんだか体に何かが巻かれている感覚。思わず見てみれば体のあちこちに包帯が巻かれてて驚いた。

 え? なんで? どうして? 

 徐々に覚醒してきた頭で考えるも、全然分からない。なんで私がここにいるかも、ここで寝ていたのかも、包帯が巻かれているのかも分からない。

 唯一分かるとすればそれは先ほど確認した時計に電子表示されていた文字が夕刻を示しているということだけ。

 ひとまずベッドから降りて姿見に身を映してみた。

 そこには銀に少し近い金色、プラチナブロンドの髪をサイドテールで右にまとめてあって、目は蒼色。透き通るような白い肌をした見た目15歳の少女が映っていた。服はピンクに近い淡い紫色の寝間着を着ていて、下は紫色の短パンで布で覆われてない足にも包帯が巻かれているのが目で分かる。とりあえず服はともかく、体はちゃんと自分のものだって分かった。いや逆に体が自分の物じゃない状況なんて起こりうるのか? まあ今考えてもしょうがないか。

 ともかく、それらが分かったところでこの状況は未だに分からない。一体なんだって知らない部屋で寝ていたのだか……

 …考えていても始まらない。とにかく何か行動を起こさなくては。

 と、意気込みつつ後ろを振り返れば机の上にメモが乗っているのを発見した。とりあえず読んでみるか。

 何々……? 

『おはようです。きっと起きたら知らない部屋にいて驚くと思うですからメモを残しておくです。あなたが着ていた服はボロボロで着れなさそうだったので代わりの服を用意したです。今あなたが着ているパジャマは友人のですが、あまり使ってないやつなので安心してほしいです。靴も無理そうだったので用意したです。ドアの付近に置いておくですから起きたら棚に入ってる服に着替えて下の地図の場所まで来てほしいです。 コンパ』

 やけにですですが多いメモだな。本人……最後の方に書かれているこのメモを残してくれたであろう名前の人物の口調なのだろうか。

 にしてもわざわざ寝間着のほかに普段着、靴まで用意してくれるとはここの人は優しい人なんだな。友人のあまり使ってないやつって書いてあるけど、私としては服を貸してくれているというだけで有難いけどな。どうやら私がもともと着ていた服はボロボロらしいし。というかなんでそんな状態になったんだ? ま、いいか。とりあえずご厚意に預からせてもらおう。

 さて、棚に入ってる服だな。どれどれ……? 

 指示通りに服を着替えようと棚を開けてみると、そこには白の服の部分に紫色のフードの付いたパーカーと紺色のジーンズ、白色の靴下が入っていた。とりあえずそれに着替えてみると、ズボンと靴下は丁度良かったのだが、パーカーは少しだけきつかった。まあ我慢すればさほど問題はない。むしろせっかく貸していただいているというのに文句を言ってはいろんな意味で怒られてしまう。何せきついのって胸だし……

 それから着ていた寝間着は簡単に畳んで机の上に置いて、メモを手に持つ。扉の近くにあった紫と白のスニーカーを履いて扉の前に立つと、扉はひとりでに開いた。どうやら自動ドアらしい。

 少し驚きつつも扉を抜けた先にはガラス張りの廊下が広がっていた。そしてガラスの向こうには夜だというのに電気で明るく照らされた近未来的な街並みが広がっており、その街が上からの景色だったことからここが高所だってことが分かった。それも相当高い。

 でも何処を見渡しても見覚えのある場所はない。暗いから見にくいのかもしれないけど、どうやら今いる建物どころか街自体知らない場所のようだ。

 とにかくこのメモに記された場所に向かおう。このメモを残した人物達に話を聞けばいろいろと疑問が解消されるはずだ。むしろそうでなくては困る。

 そう思い地図を確認してると、カツカツと足音がした。

 

「あらあなた、目が覚めたのね」

 

 その声に振り向けば茶髪で緑のリボンを付け、青いコートを着た女性が立っていた。

 えっと、誰なのだろうか……? 

 その考えが表に出ていたのか彼女は再び口を開いた。

 

「ああごめんなさい。私はアイエフ。ここの職員よ」

「は、はあ…..」

「そこに書かれてる場所に向かうんでしょ? 私も今から向かうし、連れて行ってあげるわ」

「あ、ありがとうございます。お願いします」

「ええ、こっちよ」

 

 彼女は私の持っていたメモを見ると案内を申し出てくれた。どうやら発言を見るに私をあの部屋へ運んだ? 人物の一人らしい。メモの『コンパ』という人物と知り合いとも分かる。

 これまた見覚えのない人だがせっかくなのでお言葉に甘えることにした。どうせ一緒の目的地なら連れて行ってもらった方が確実だ。見知らぬ場所で迷子なんて私は御免だからね。

 にしても職員か……ここはもしかして何かの会社だったりするのだろうか。いや職員って指す職業は公務員さんだからここは公共施設? …いや分かるわけがない。大体目の前を歩いている人物……確かアイエフさんだったか。この人の学力自体知らないからもしかしたら社員や従業員と間違って使っている可能性もあるから、公共かどうかも分からないだろうし……

 とにかくここは誰かしらが働いている場所ってことで。うん、やっぱりわかんね。

 

 

 

 視覚聴覚おまけの嗅覚から送られてくる情報をもとに考えても何もわからず、中身のなさそうな頭で考えても仕方ない、と考えることを放棄しながら……といいつつアイエフさんの匂いがいい匂いだなって一見変態っぽい、でも普通にどこのメーカーのシャンプー使ってるんだろとか考えつつ廊下を歩いて、エレベーターに乗って上に上って……互いに最低限のことしか話さず、アイエフさんについていった先には何やら廊下で見たどの扉よりも一回り大きく雰囲気も違う扉の前にたどり着いた。

 ボケーっと見ているとアイエフさんは慣れた様子でその扉に近づく。すると扉は自動的に開いた。これまた自動ドアらしい。なんというか街の雰囲気といいこの建物といい、本当に近未来的な場所らしい。

 そんな思考はともかく、アイエフさんがその部屋へ入っていくので私も後について入る。扉の先は先ほどまでいた部屋とは雰囲気が違っていて……例えるならさっきのは寝室で今度のは客間っぽい。机と椅子が並んであって、ところどころに家具や観賞用植物が置いてある部屋。

 そして目に入ったのは金髪の本に乗った小さな妖精──

 

「…え?」

 

 え? と思うかもしれないけど、というか私自身そう思って一瞬思考が止まったけど、確かにそこにいるのは妖精みたいに小柄な本に乗った生物。人か? 妖精か? それとも別の生き物なのか? 

 思わず固まっていると、アイエフさんはその妖精? と話をしていた。

 

「アイエフさん、彼女を連れてきてくださりありがとうございます」

「いえ、私はただこちらに向かう途中で見かけたので連れてきただけです」

 

 それから妖精? は私に話しかけてきた。

 

「初めまして。私の名はイストワール。ここプラネテューヌの教祖をしています」

「は、はあ……はじめまして」

「立ち話もなんですし、どうぞお掛けください」

「ありがとうございます」

 

 私はそう言われて素直に座った。

 そして思考を巡らせる。どうやらイストワールと名乗る少女はプラネテューヌで教祖をしているそうだ。

 ぷらねてゅーぬ? きょうそ? 

 待てそれってどんなのだどんな役職だ!? 

 少なくとも私はプラネテューヌなんて場所を知らないし教祖と言えば宗教で神を崇める人たちのトップ的な存在と認識しているけどどゆこと? 

 と、とりあえず一つずつ疑問を解消していかなければ……

 

「あの、いくつかお聞きしたいのですがよろしいでしょうか」

「はい。どうぞ」

「ではまず一つ目、ここはどこなのでしょうか」

「ここはプラネテューヌの中心にある教会、プラネタワーです。あなたはこの教会に落ちてきたんですよ」

「はあ……教会…プラネタワーね……ってえ!? 落ちてきた!? どこから!?」

「空からですよ」

「空から……そら……空。空ですか…..」

 

 そら……てなんだ? 

 いや分かるの。分かるんだけどそう思っちゃうの。

 だって空だよ? なんだって人が空から落ちちゃうのさ。そんなの何処かの屋上から飛び降りなんて悲しい出来事や、パラシュートなしスカイダイビングとかいう鬼畜な娯楽でもしないかぎり起こりえない出来事だよ? 

 

「しっかしなんであなた空から落ちてきたのよ」

「さあ……?」

「「さあ?」って…..」

 

 そんなこと言われても私だって分からない。

 

「もしかしたら落下の衝撃でうまく思い出せないのかもしれませんね。何か他に聞きたいことはありますか?」

「ではお聞きしたい……のですが、疑問が多すぎて逆に分からないので目の前からいかせてもらいますね。イストワールさん……でしたっけ。貴女は……えっと……本の妖精か何かですか?」

「いえ、私は遠い昔、プラネテューヌの初代守護女神様がこの国の歴史を記録するために造った人工生命体ですよ」

「あ、人工生命体さんでしたか。なるほどなるほど…..」

 

 イストワールさんは人工生命体らしい。“イストワール”、翻訳すれば『歴史書』。なるほど、名付けた人はなかなかいいセンスだ。

 …え? “人工生命体”って部分に反応しないのかって? 

 いやーもしかしたら此処じゃ人工生命体なんて当たり前かもしれないじゃん? そもそもここ何処状態なのに「そんなのおかしい!」なんて反応できないって。

 じゃあ次は新たに追加された疑問。

 

「…守護女神って何?」

「…はあ!? あなたそれ本気で言ってるの!?」

「ふえぇ……!? は、はい…..」

 

 え? もしかして女神って人工生命体並に知ってて当たり前、居るのが普通なの!? 

 守護女神……そのまま読むなら何かを守る女の神って書くよな? 

 私の認識じゃ神って想像上の存在か、忘れ去られた存在だった気がするけど……

 

「アイエフさん、落ち着いてください。彼女が怯えていますよ」

「あ、すみませんイストワール様。あなたもごめん」

「い、いえ……お気になさらず」

 

 実際には驚きのあまり神という存在が何だったか思い出してただけなんだけど……

 まあいいか

 

「守護女神というのは国を守護する女神様のことです。各国のトップと言った方が分かりやすいかもしれませんね」

「は、はあ…..」

「あなたさっきから生返事だけど、ちゃんと聞いてるの?」

「き、聞いていますよ。自分から質問しているのですからもちろん…..」

 

 うん、聞いてはいる。でも理解しているかって言ったらそれはまた別の話であって……

 つまり何が言いたいかって言うと、わかりません!! 

 

「っと、そういえばまだあなたのお名前をお聞きしていませんでしたね」

「あ、すみません。お二人には名乗ってもらったというのに私ってばとんだ無礼を…..」

「いえ、お気になさらないでください。それであなたのお名前をお聞かせ願えますか?」

「はい、私は………..」

 

 そこで私は言葉を詰まらせてしまう。そんな私の様子をお二人が不思議そうに見ているけど、私はそれどころではない。だって……

 

「私は……だれ?」

「え……?」

「誰って…..」

 

 私は、自分の名前が分からなかったからだ。

 いや名前だけじゃない。私が誰なのかすら分からなかった。

 つまり自分の年齢とか職業とか性別……は見た目でわかるけど、とにかく分からなかった。というか思い出せない? 

 …そうだ。わかる、分かるはずなのに思い出せない。いやそれはもはや分からないと同じだと思うが、何となく違うと思わない? 

 とにかく自分が何処の誰なのか分からなかった。

 

「もしかしてあなた、自分が誰だか思い出せないの?」

「そう…みたいですね…..」

「記憶喪失でしょうか。だとすると原因はおそらく地面にぶつかった衝撃かもしれませんね」

「そっか、だから空から落ちてきたことや女神様のことがわからなかったのね」

「あはは……そうかもしれませんね…..」

 

 …すみません。多分記憶があっても自分が空から落っこちてきたことや女神のこと、とりあえずあなた方が言った単語のほとんどが分からないと思います。はい……

 しかし今まで分からない、見覚えがないとか思ってたけどそもそも記憶を思い出せなかったなんてどうして気づかなかったのだろうか。まあ自分の身体とかは分かったのだから意外と記憶喪失の中でも軽い方なのかな? いや自分のことを忘れてる時点で重いか。

 しっかしこれからどうしたらいいんだろうか……

 

「となるとどうしましょうか、イストワール様」

「そうですね……記憶がない以上行く当てもないでしょうし、しばらく教会で預かることにしましょう」

「え? ですが私達も今はそんな余裕は…..」

「確かに私達も忙しいですが、だからといって記憶もない、行く当てもない彼女を放っておくわけにはいきません。犯罪組織の件や女神様の件も大事ですが、目先のことを疎かにしてしまえばネプテューヌさんが帰ってきたとき悲しみますよ?」

「…そうですね。すみませんイストワール様。変なことを言ってしまって…..」

「いえ、大丈夫ですよ。アイエフさんがそれだけ早く女神様を救出し、ゲイムギョウ界を救いたいと思っている証拠ですからね」

「…ありがとうございます」

 

 私がどうしたらいいのか考えている間に二人は結構重大なことを話していた。その話から察するに今ここに落ちてきてしまった私はどうやら邪魔ものらしい。ならばここは行く当てがなくても退いた方がいいだろう。せっかく助けていただいたのにこのままいたら彼女達の負担となってしまうのは私としても嫌だ。そう決まればさっさと言わなくては。

 と思ってさっそく声をかけようとすると、シューッといきなり扉が自動で開いた。

 

「あいちゃん、いーすんさん、遅れてすみませんですぅ」

「あらコンパ。お疲れ様」

「お疲れ様です。コンパさん」

 

 中から現れたのはコンパと呼ばれたなんだかふわふわした女性だった。

 って“コンパ”? それって確かメモに書かれてた人の名前だろうか。ってことはこの人がいろいろと用意してくれた人なのだろうか。それとですですが多い人。

 なんて考えてるとコンパさんは私に気づいたようで笑顔で話しかけてきた。

 

「あっ、あなたは目が覚めたんですね。よかったです!」

「は、はい…どうも…..」

 

 どうにもさっきから記憶がないせいなのかもともとの性格なのかテンションがマイナス傾向にあるせいかで“……”の活用が止まらないぜ……

 ところで彼女は『あなた“は”』と言ったけど、他にも倒れている人でもいるのだろうか。

 

「この子があなたの怪我を治療したのよ」

「といっても重傷は負ってなかったので簡単なことをしただけです。でもあちこち怪我してて範囲が広かったので包帯を巻かせてもらったです」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしましてです」

「それに……えっと、コンパさん…でしたっけ? あなたが着替えを用意したりメモを残してくれたんですよね。それについてもありがとうございます。おかげで起きて早々混乱したりせずにすみました」

「はい! お役に立てたのならよかったです!」

 

 そう笑顔で言う彼女。アイエフさんとイストワールさんにも言えることだがどうやら本当に優しい人たちのようだ。落ちたのが原因で記憶喪失になった(かもしれない)とはいえ落ちた先がここでよかったと本当に思う。何もないところだったらまだいいが、悪い人たちのところに落ちていたらと思うとぞっとする。私は運のいい方らしい。

 

「そういえばコンパ。あの子の様子は…..」

「はい……さっき来る途中で様子を見てきたですけど、相変わらず起きる気配はなかったです…..」

「そう…..」

「大丈夫ですよ。ネプギアさんなら必ず起きてきてくれます。そのときはアイエフさん、コンパさん。よろしくお願いしますね」

「はい。任せてください」

「治療なら任せてほしいです!」

 

 さて困ったぞ。話についていけない。

 というか起きる起きないの話は多分私のほかに倒れた人って考えにたどり着いて、その人は『ネプギア』さんっていう人なんだと思う。多分三人の様子を見るに大事な人なんだろう。だってコンパさんとアイエフさんは起きてないって話をして悲しそうな顔したし、イストワールさんはその人を信頼してるみたいだから。

 なんだかここにいるのが場違いな気がするな……

 

「そういえばあなた、お名前は何というです?」

「あ、それが…..」

 

 そういえばコンパさんには私が記憶喪失ってことを説明し忘れてた。

 ということで説明タイム故にカット入りまーす。

 

 

 

「そうですか……記憶を失っちゃったなんて大変です…..」

「まあ何とでもなりますよ。こうやって日常会話はできてるわけですから」

「でも名前も思い出せないんですよね」

「それは、まあ…..」

 

 確かに名前も思い出せない。こういうときはよく名前だけは覚えてるものだけどそれすら覚えていないのだから大変と言えば大変だ。

 

「それで行く当てもないと思いますので教会で預かろうと思っているのですが、コンパさんはいかがでしょう」

「もちろん賛成です! それに記憶喪失なら行く当てもないですよね。それなのに追い出せないです」

「では決まりですね。これからよろしくお願いします」

「よろしくね」

「よろしくです」

「え、いやあの…..」

「……もしかしてご迷惑でしたか……?」

 

 私としては困らせたくないから断ろうと思っていた話。でもよくわからないけど目の前のご厚意を断るのを躊躇ってしまい曖昧な言葉しか出せず俯いてしまった。

 でもイストワールさんのその悲しそうな、そんな色がついているような声にそちらに向くと心配そうな顔をしていて、思わず後悔した。向かなければよかったって。

 だってこんな顔を見てしまったら断れないじゃないか。それに断ったところでどうする気だったんだ私。確実に見知らぬ場所で迷子&行き倒れなんてこと間違いなしだぞ。そんなことになれば余計に迷惑がかかるじゃないか。ということで……

 

「…いえ。こちらこそよろしくお願いします」

「わぁ、よかったですぅ!」

「ではさっそく部屋の手配をしましょう。アイエフさんとコンパさんには彼女の生活用品の買い出しや服の調達……を頼みたいのですが、今日はもう暗いですので明日お願いします」

「はい、かしこまりました。イストワール様」

「それじゃあそろそろ時間ですし、夕食の準備をするですね!」

「あ、あのコンパさん。何か準備で手伝えることはありますか?」

「え? 大丈夫ですよ。いつも私が準備してるですから。それにあなたはお客さんですから。気持ちだけ受け取っておくですね」

「わ、分かりました」

 

 それから私たちは部屋を移動した。イストワールさん曰く「あの部屋はお客様を迎える客間で、食事をする場所は別にあるんですよ」とのことで。

 で、またエレベーターに乗って上に上がったと思ったら今度は最上階に来ました。というかこの建物。どんだけ高いんだか。階数の桁が二桁なのはいいとして、十の位が1とか2とかじゃないって結構高いなぁ……

 そしてエレベーターから少し歩いた先に扉があって、これまた驚いたのがイストワールさんが扉の近くにあった電子パネルに数字をいくつか入力してカードを読み取り機に通すと、その時初めて扉が開いたってところだろうか。電子ロック式ってハイテクだな……

 それから通された部屋は外側がガラス張りの紫のパステルカラーを基調とした可愛らしいお部屋。机があったりソファがあったりテレビがあったり。キッチンも備え付けてあって、まさにリビングでした。但し高級マンションの最上階並の広さと凄さのダイニングとリビングを兼ねたやつです。はい。

 え? この人たちってすごい人なの? お金持ちなの? って思ってたら今度はアイエフさんが説明してくれた。なんでもここ教会は女神様に仕える職員の仕事場でもあるけど、女神様が暮らす家でもあるからこういった設備が整ってるんだとか。

 確かに女神様ってことは普通の人より豊かな生活をしてるんだろうなあって思ったはいいけど、私たちが使っていいのかって聞いたら驚くことにアイエフさんとコンパさんは女神様の友人で、ちょくちょく泊まりに来てるんだとか。イストワールさんはここで暮らしているからとのこと。でも一応女神様のプライベートなところだから普通の教会職員は入ることすらできないって言われて、そんな場所に素性も知らぬ私がここにいてもいいのかって言ったら今日からしばらくの間はここで暮らすんだから大丈夫よって言われました。

 ちなみのその過程でアイエフさんはこの教会の諜報部ってところの職員なのと、コンパさんがこの教会が管理している病院で見習い看護師をやっていることを教えてもらいました。

 あ、結構すごい職業についていらっしゃられますね。一体どんな努力をしたらそんな国に直接貢献できるような職に就いたり国のトップという女神様の友達になれるんですか不思議ですよ一部の人にとっては羨ましいですよ。なんて思っていたけど、まあそこまでくると必然的に訊いてしまう質問があるわけで……

 

「あの、ここを使っていいのは分かりましたけど、肝心のここの主である女神様はどちらに…..」

「…今はここにいないのよ」

 

 そうアイエフさんは単調に言った。でも悲しそうな雰囲気は感じ取れた。どうやら地雷を踏んでしまったらしいようで。今は夕食を作ってるコンパさんや私の寝泊まりする部屋を用意しに行ったためこの場にはいないイストワールさんも同じような顔をするのだろうか。だとすれば私はこの話を自分からするのはやめよう。

 それから空気が重くなってしまったので思わず窓の向こうを見ればさっきも少し見た電気で明るく彩られた街並みが広がる。その上には街の灯りに負けないくらい輝く星たちが散りばめられていて、その中でも一番輝き、そして世界を優しく照らす少し欠けた金色とも銀色ともとれる色の月が輝いていて、綺麗で、思わず魅入られてしまって──

 

「あれ……?」

「……? どうかしたの?」

 

 私の声にアイエフさんが反応した気がするけど、私は反応なんてできなくて。

 何故か月から目が離せなくて、頭の中がぐるぐる、ふわふわ、くらくら、ぐちゃぐちゃ

 なんとかしようにもあたまがうごかなくて、ここがどこなのかわからなくなって、なのにしってるなんてわけわかんなくて、わたしはだれだっけなんてしってるのにわかんなくて、わたしはどうしてここにいるのかもわかんなくなって、なにしてたのかわかんなくて、わたしはどうしてここにいるのかわかんなくて、わたしはわかんなくて、でもしってて、おもいだせなくて、わたしは、わたしは──

 

「──っと! ねえってば! ねえ!!」

「……え?」

 

 気づいたら目の前にアイエフさんの顔があって、必死な顔をして私の肩をゆすっていた。ハッとなって周りを見ればさっきと同じ部屋。でもさっきとは違ってコンパさんとイストワールさんが心配そうにこちらを見ていた。頭はさっきまでの感覚が嘘のようにはっきりしていて、少しだけさっきの感覚を思い出すとこわかった。

 とりあえずどうしてこの状況になってるんだろ。私は確かさっきまでアイエフさんと二人で話していただけだったはずだけど……

 

「……どうしたんですか?」

「『どうしたんですか』じゃないわよ全く。あなた、いくら声をかけても返事しないし反応もしないし目の焦点もあってなかったしで心配したのよ?」

「あいちゃんの声で驚いてきてみたですが、大丈夫ですか? もしかして具合がよくなかったです?」

「あ、いえ、ただちょっと頭の中が変な感じになっただけですので大丈夫ですよ」

「変な感じです? もしかすると記憶喪失になるくらい頭を打ったみたいですから、何かしら後遺症が残ってるかもしれないですね」

「でしたら近くの病院で精密検査をしましょうか。外部の損傷は手当しましたが見えないところに記憶喪失以外の損傷があるかもしれません」

「い、いえそんな! そこまでしてもらうほど大したものではありませんので大丈夫ですよ!」

 

 っと、私としてはそんな手間を惜しんでもらうことが申し訳なくて断ろうとしたのだが

 

「ダメです! ただの眩暈だろうと頭痛だろうと馬鹿にしてはいけないんです! ここで検査しておけばって後悔することになるかもしれないんですよ!?」

「は、はい…..」

 

 コンパさんの剣幕に押されて思わず頷いてしまった。まだ少ししかいないけど、そんな私が分かるくらいほんわかした人なのに怒ると本当に凄くて怖い。それに見習いとはいえ国営病院の看護師さん。そんじょそこらの人よりも説得力が格段に違う。……でも本当に大丈夫な気もするんだけどなぁ

 

「それじゃ後で病院に行きましょうか。でもその前に食事にしましょ。コンパ、料理はできてる?」

「はいです。あとは食器を運んで盛り付けるだけですよ」

「なら手伝うわ」

「あ、私も…..」

「「あなたは座ってて(くださいです)!!」

「は、はぁい…..」

 

 二人から言われ若干涙目になりそうになったけど我慢。駄目だ、もしかして記憶がないから情緒不安定にでもなってるのかもしれない。だからさっきからテンションが下がりっぱなしなんだ。きっとそうだ。うん。……そうでも思わないと泣くよ? 泣いちゃうよ? 私。

 

「あはは……では私はあなたに色々と教えることにしましょうか」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「ではまずこの世界『ゲイムギョウ界』についてから──」

 

 それから食事の支度が終わるまでの短い間、ゲイムギョウ界や各国、そしてその国々の女神様のことなどをイストワールさんからいろいろと教えてもらった。それで支度が終わったらみんなで「いただきます」をして食事をした。感想、コンパさん見た目からでも女子力溢れ出てましたが、料理からも女子力を感じました。美味しかったです。やはり涙目になってしまいましたが感動の涙なので誤魔化さず「美味しくて涙が出た」と正直に言ったら嬉しそうな反応を見せてくれました。なぜかアイエフさんはコンパさんのことなのに自分のことのように嬉しそうにしていたのでそれだけアイエフさんはコンパさんのこと好きなんだなってわかりました。もうね、“思った”んじゃなくて“分かった”んだよ。しかも相思相愛だよ。友情なんだけど! 

 そして食事が終わった後は夜もそろそろ遅い時間でしたがコンパさんの働いてる病院で専用の機械を使って色々と検査してもらいました。あれだよ、専用の服を着て、台の上に寝そべって、トンネルみたいなやつの中に入るやつとかそういうの。そんな私的には大掛かりだと思うことをした結果は特に異常なし。脳に落ちた時の衝撃が伝わってたみたいだけど、だからって何かあるわけでもなく、怪我も包帯を解いてみれば跡形もなく消えていて皆さん驚いてました。じゃああの時の不思議な感覚は何だったんだろう。そう思ったけど思い出すのがこわくてやめました。

 それはともかく、私の身体には異常はなく、怪我も治っていたので後は記憶が戻るのを待つのみ。と、病院の先生からお言葉をいただきました。なんでも記憶喪失というのは思い出せなくなっただけの場合と、失ってしまった場合の何択かがあるんだとか。できれば前者だといいなぁ

 それで本当なら失った記憶に関すること、例えば行ったことのある場所とかを訪れたり、思い出話を聞かせたり、と色々やった方が思い出しやすくなるかもってことで実行したかったんだけど、そもそも皆さん私のことを空から落ちてきた時からしか知らないのでできません。

 さて、困りました。衣食住は確保されたとしても記憶と知識がなくては意味がありません。というか衣食住ってその二つがあること前提で必要とされているからな……

 え? 名前? それはまあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうそう。私の名前、『ルナ』っていうんだった。さっき思い出した」

「ってそんな唐突に!?」

「でも思い出せてよかったですぅ!」

「ですね。名前がないと色々と不便でしたから。呼ぶときとか」

「というわけで空から落ちてきたルナです。皆さん、改めてこれからよろしくお願いしますね」

「「「よろしく(おねがいします)(おねがいしますです)!!」」」

 

 何故か思い出せたのでよしとしましょうか

 はてはて、これから私、どうなるんでしょうね。記憶、戻ってくるといいんだけど……




後書き~

空から落ちてきた少女、なんと驚き。記憶を失っていたのです。
そんな彼女を受け入れてくれる三人。これから彼女はプラネテューヌで暮らしていくようです。
さてさて、月と少女『ルナ』の間に何かありそうですが、それをここで話すのは野暮というもの。大丈夫、いずれ分かる日が来るでしょう。

今回も来てくださりありがとうございました。次回もまた、会えることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話『明日から始まる新生活の前置き』

前書き〜

前回、目を覚ました少女『ルナ』。今回彼女は生活必需品を揃えに行くようです。そこには一人ついてきてくれる人もいるようで……
今回もどうぞ、ごゆるりとお楽しみください。


 私が目覚めた次の日。私は教会の一室を貸してもらっていた。

しかしその部屋は少しの家具しかない。ベッドと小さな机だけ。イストワールさん達的には最低限以下の設備しか直ぐに用意出来なかったということで謝られたけど、私としては家具よりも部屋を用意してくれた時点で感謝感激なので、私的には特に問題はなかった。むしろ外にテントを張って、そこに押し込められても私としてはテントを張ってくれただけで~ってくらいなのだ。

 しかしそれでは申し訳ないとのことで、今日は私とアイエフさんの二人で近くにあるショッピングモールに出かけることとなった。本当ならコンパさんも一緒のはずだったんだけど、急に仕事が入ったってことで行ってしまった。看護師って忙しい時は忙しい仕事ですもんね。私はそう認識してます。

 というわけで私は今アイエフさんとショッピングモールに向かっていた。

 

「すみませんアイエフさん。私なんかのために付き合ってもらっちゃって……」

「こら、そんな事言わないの」

「でも…その、私手持ちがなかったからその辺もイストワールさん達に迷惑をかけてしまって……」

 

 そう、私が空から落ちてきた時。私は身につけていたものしか持っていなかったのだ。しかも衣類は破けて着れない状態。ポケットなどを物色してみたけど、あったのは小さな青い月の飾りが付いた紐のネックレス。白銀の懐中時計。頭のサイドテールに付けてた黒いリボン。空から私と同じように落ちてきたとかいう箒。それくらいしかなかったのだ。正直箒は私のかどうかも分からないけど。

 ちなみにリボンは今身に付けてて、それ以外は部屋に置いてある。だからというかまあ今の私は一文無しなわけだ。

 それじゃ生活必需品が買えないということで、今回は教会からお金を借りることとなった。記憶を失って早々借金してしまったけど、利子は少ししか付かないし返済期限は長期。しかも家賃も食事代も仕事を手伝えばチャラ。いや働かざる者食うべからずと言うし、文句もあるわけないが、こんなに優遇されてていいのかって思う。もう少し利子は付いていいんだよ? って思うけど、それはそれで後々怖くなりそう。

 ともかくその借りたお金で家電とか生活用品とかを買いに行くわけだ。申し訳なく思うのも無理はないでしょ? 

 

「後でちゃんと働いて返してくれれば大丈夫よ。それに教会側としてもあなたを保護すると決めた以上、生活する環境も整えないといけないもの」

「ホントにありがたいです。こんなに親切にしてもらって……」

「これも仕事なの。あんまり気にしないで」

「はい。ありがとうございます」

 

 本当に優しい人たちだ。だから思うの。もうね、ほんと、彼女達が信仰する女神様って絶対いい人だよね。よく神様の中にも悪い神っているけど、絶対良い女神様なんだと思う。というか確実。じゃなきゃこんなにいい人たちが信仰するわけないよ。私もその女神様、二人いるみたいだけどパープルハート様とパープルシスター様を信仰しちゃうよ。信仰ってどうやるのかわからないけど、とりあえずありがたや~……

 

「そういえばルナ、あの後名前の他に何か思い出したことってある?」

「いえ、それが何も。名前だけでも思い出せたのは不幸中の幸いでしょうか」

「そうね。それだけでもあなたの記憶を取り戻せる可能性が出てきたんだもの」

「ええ……」

「記憶、取り戻せるといいわね」

「取り戻せたらとか取り戻したいとかじゃなくて取り戻すんです。願うばかりじゃ叶えられないですから」

「へえ、なかなか良いこと言うじゃない。その意気よ」

「はい!」

 

 

 

 話しながら街を歩いて、着いたのはこれまた街の雰囲気と同じ近未来的なショッピングモール。電光掲示板があちこちにあったり、妙に電気で明るかったり、でも嫌な明るさとかではなかったりと、見てるだけでも新鮮な場所だった。

 

「ほおぉ……すごい、おおきい、でかい……」

「同じ意味の言葉が二つあるわよ。ほら、気持ちは分からなくもないけど、ボケっとしてないでさっさと買い物を済ませちゃいましょ。あなたの服も買わないといけないんだから」

「あっ、そうでしたね。すみません」

 

 そう言いながらアイエフさんの後をついていく。ちなみに今私が着ているのは昨日と同じ借りた服。聞けばパーカーはワンピースなんだけど、丈が足りなかったからズボンで補ったんだって。寝間着はその友人の妹さんのを借りてたみたい。そこまで聞いてえ? ってなったよ。だってパーカーはともかく、寝間着は私の体に結構合ってたから、そうなると妹さんの方が背丈とか高いってことになるんだからね。それ姉と妹反対じゃね? って。

 まあそれは置いといて、さすがに服を借りっぱなしは良くないから、調達するためにまず最初は服屋に行くことになったんだよ。それで今は服屋に向かっているところ。建物の中は人はそこまで多くはないけど、目に映る色んなものに惑わされる。油断してると迷子になりそうだ。やだよこの歳で迷子とか。下手したら迷子センターで同じ迷子の子供に「おねーさんもまいごなの? 大人なのにばかなのー?」とか言われかねないよ! 

 とか思いつつ、ついていった先はモノクロに落ち着いた洋服店だった。

 

「とりあえず有名なチェーン店に来てみたけど、ちょっと見ていく?」

「そうですね。自分の好みとか覚えてないですけど、とりあえず一通り見ておきたいです」

 

 ということで服選び開始。といっても私にファッションセンスがあるかは不明。というより覚えてない。でも私の勘は言っている……私にファッションセンスはない、と……

 悲しいなぁ……

 

 

 

 

 

 とりあえず気に入ったのを上下揃え、試着室で着替えてみることになった。

 揃える時に気のいい店員さんに手伝ってもらったので、服の組み合わせは大丈夫なんだろうけど、はたしてそれが私に合うかは分からない。自分でいいと思っても他の人的にはダメダメな場合もあるからね。

 どういう評価を貰うのかドキドキと、でもちょっぴり怖がりながらカーテンを開ける。

 

 シャラララッ

「アイエフさん、着替え終わりましたよ」

「…あら、いいじゃない。うん、似合ってるわよ」

 

 アイエフさんは携帯をいじるのをやめて、こちらを向いてそう言った。お世辞を言ってるようには見えないので本当に大丈夫なのだろう。良かった、少し不安だったから安心したよ。着替えてる最中も鏡で確認したけど、やっぱり自分で見るより誰かにそう言ってもらった方が安心できるからね。

 ちなみに私が選んだのは、上は半袖の黄色いパーカー、その上に黒いコート。そして下は紺のジーンズ。店員さんには女の子だからってスカートを勧められたけど、スカートだと動きにくいと思うの。ほら、激しく動きすぎて下着がチラッとか見てる分にはいいけど、自分でなるのは嫌だから。

 だから少し男の人みたいな感じになってしまったけど、似合ってたのならよかった。

 

「にしても男っぽいのを選んだわね。もう少し可愛いのでも似合ってたんじゃない?」

「いえ、私に似合うか分かりませんでしたので。それに動きやすい服装が良かったので、そう思ったらこれにたどり着きまして……」

「ああそういうことね。まあ別にいいんじゃない? 似合ってるんだし」

「ありがとうございます」

 

 ということでこのセットと他の服を何着か。あとはパジャマ代わりにTシャツと緩いズボンを数着。靴下とかもカゴに入れて、会計は選ぶのを手伝ってくれた店員さんのところで、袋に丁寧に入れてくれた。

 そのまま更衣室でさっきの服に着替えて、それからその店員さんに靴はどこで買うのがオススメか聞いてみて、同じくショッピングモールにあったその店で服に合う靴を購入。

 それもそのまま履いて、借りていた服とかは空いた袋に入れた。これらは後で洗って返さないとって思ったけど、私はこれから教会に住むんだからどこに何があるかとか教えてもらわないと、最悪どれが洗濯機かさえも分からないなって思った。

 それから雑貨屋で箸とかお皿とかコップとか。ハンカチとかタオルとか歯磨きセットとか色々。借りた部屋は浴室もあったのでお風呂用具とか色々。家具屋でもいろいろ買って、さすがに持っては行けないので今まで買った分全部まとめて教会に送ってもらうように手配してもらった。

 ちなみにそれら全て請求は教会宛にしてもらって、後で借金として私が働いて返すわけだ。あとでこの世界の仕事はどういうのがあるのか聞いておかなくちゃ。

 ともかく必要なものは一通り揃え終えて、時間を確認してみると近くの時計で昼過ぎを指していた。

 

「もうこんな時間ですか。朝から来たことを考えると結構な時間かかってしまいましたね」

「そう? 私としてはそこまでかかってないと思うわよ。あなた何を選ぶにしても結構パパッと決めてたから予想してた時間より早めに終わったし」

「そうですか? 私としては服以外は直感で選んでただけなんですけどね」

「へえ。ところでお昼は過ぎちゃったけどお腹が空いたし、どこかで食べてく?」

「そうですね。私もお腹が空いちゃいました」

「ちょうどそこにファミレスがあるからそこでいいかしら?」

「はい、大丈夫ですよ」

「じゃあ行きましょうか」

 

 そう言って入ったのは赤い丸の中に店の名前が書かれた看板のお店。なんだか別の次元に行けば会えそうな人と同じ名前をしてるなぁって不思議と思った。いや自分の名前以外覚えてないはずなんだけどな。

 で、選んだ料理はアイエフさんはハンバーグ、私はトマトスープパスタ。何故だかすごく美味しいと思ったので、多分私はパスタかトマトが好きなんだなってわかったのはちょっとした収穫かな。

 それからゆっくりして、他にもいろんな場所に行ってみた。驚いたのが建物の一角にあったゲームセンターが大きかったことかな。世界の名前が“ゲイム”ギョウ界なんていうくらい…というか国がハード開発をしてるくらいゲームは大衆的な娯楽なんだって。ゲームをしたことない人なんてそれこそいないくらい。楽しそうな世界みたいだ。

 それから武器や防具を売ってるお店なんてのも見つけてしまった。剣とか銃とか盾とかでかい注射とかとか…注射? なんでこんなところに…… まあ置いとこう。ともかくこんなものが売ってていいのか聞いたら、街の外にはモンスターっていう人間を襲う恐ろしい生物がいるから、自己防衛のために売ってるんだって。もちろん人を傷つけたりしたら警備兵に捕まって牢屋送りなんだけど、あんまりそういう目的で使う人はいないみたい。平和で何より。

 で、自分を守る他にもクエストっていう仕事をするのにも使うんだって。『クエスト』っていうのはモンスターについて困った人が『ギルド』っていう仲介所に持ってきた依頼のことで、仕事は主にモンスター退治やモンスターから得られる素材が欲しいっていうクエストを達成すること。そして達成するにはモンスターの相手をする必要がある。そのための武器が必要。

 というわけで武器や防具がこんな表で売ってるなんて普通のことなんだって。ちなみにアイエフさんは諜報部のほかに仕事や暇つぶし、小遣い稼ぎとかでクエストを受けてるんだって。武器は今はカタールっていう短剣を使っていて、他にはクローっていう鋭い爪みたいな武器も扱えるそうだ。どれくらい強いのか興味あったけど、それはまた今度訊いてみよう。

 ともかくあちこち見て回っていたらいつの間にか空は水色からオレンジに変わっていた。そろそろ帰らないといけないかな。

 

「アイエフさん、今日はすみません。長い時間付き合ってもらっちゃって……」

「私も楽しかったから大丈夫よ。それにこれも仕事みたいなものって最初に言ったでしょ? だから気にしなくていいの」

「…はい、本当にありがとうございます」

「どういたしまして。それじゃ今日はもう帰りましょうか。そろそろ暗くなるし、コンパが夕飯を作ってくれてるでしょうから」

「そうですね。ちょっと名残惜しいですけど……」

「もう来れないわけじゃないんだから、また来たらいいわ」

「そう、ですね……」

 

 そうじゃない。確かにショッピングモールから出るのは名残惜しいけど、それよりもアイエフさんといる時間が終わるのが惜しいんだ。アイエフさんとはこの一日で結構仲良くなれたと思う。だからこそこの時間が終わるのが惜しい。アイエフさんには悪いかもだけど、もっと一緒にいたい、遊びたいって思う。

 でもアイエフさんの言う通りもう来れないわけじゃない。また来ればいいんだ。今度はアイエフさんとだけじゃなく、コンパさんやイストワールさんも一緒に。あるいはこれから出会い、友人となるかもしれない人たちと。どうせ記憶が戻るまでの間教会にいるんだからその機会はまた訪れる。訪れなくても作ってやる。私は皆さんと仲良くなりたいんだから。

 

 

 

 

 

 そのあとは特に何も無かったと思う。

 プラネタワーに戻ると仕事が終わったコンパさんやイストワールさんが夕飯を作ってるところだったので手伝わせてもらって、食事をして、終わったら片付けて。

 借りた服を洗うためにコンパさんに洗濯機の場所を訊いたら「私がまとめて洗うので大丈夫ですぅ」と言われ、お言葉に甘えて。

 今日買ってきて、手持ちに持ってたものを片付けるために部屋へ戻る時にイストワールさんから、明日は教会職員の皆に挨拶すること、仕事について簡単に説明、実行してもらうということ、家具などの大きな荷物が既に届いてて部屋に置いてあることを伝えられた。こんなにも早く届いたことに驚いてたらイストワールさんが「教会宛の荷物は優先的に送ってもらえるんですよ」って教えてくれた。でも荷物の中身は私のだったからそこまで早くなくても大丈夫だったんだけどな。忙しかっただろうに、さらに忙してしまってすみません。

 なんて頭の中で思いつつダンボールが積んである部屋に戻り、中身を出して家具を設置していった。最後には最初は何も無いに近かった部屋に生活していくには十分な家具が揃えられた。全体的に水色っぽいのはまあ私の好きな色なのだろうか。

 ともかく明日からは記憶を失ってから初めての仕事が始まる。今日買った仕事用具…と言っても筆記用具だけど、それらを小さなショルダーバッグに入れ、寝る準備をして、目覚まし時計をセット。明日の挨拶でなんて自己紹介しようか悩んだけど、自分自身が自分のことを知らないから、簡単なのしか出来ないなって考えることを放棄した。それから時間的にはまだ寝るには早い時間だけど、布団に入って目を閉じた。遅刻はしたくないから早めに寝てもいいだろう。明日からは一応新生活。楽しみだな……

 なんて思いながらこの日はすぐに寝れた。寝つきがよかったのは疲れてたのか、あるいは元々寝つきがよかったのか。ともかく早めに寝たのは多分いい判断だったと思う。なんせその次の日から私の思い描いてた新生活が全く別のものに変わっていくんだから……

 

 

 

 

 

「…ここは…私の部屋? 私、どうしてここに……」




後書き〜

アイエフとの買い物。ルナにとってはとても楽しいひとときでした。また、誰かと出かける日が来るといいですね。
さて、最後。声の主は誰なのでしょうか。
次回、また会えることを期待して。
See you Next time.

今回のネタ?らしきもの。
・モノクロの洋服店
 赤いロゴのユ○クロさんです。ファッションセンスがない私は、あそこでよく安いTシャツとか買ってます。
・赤い丸の中に名前がある看板のお店
 某有名ファミレス『ガ〇ト』です。名前だけ見るなら『〇すと』ちゃんと同じですね。会社もやってることも違いますけど。私はちょくちょくここでドリンクバー片手に執筆活動やってますが、最近はデニーズに浮気気味です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章 運命のプラネテューヌ編
第四話『新生活。嵐の前の静けさともいう』


前書き~

前回、アイエフと買い物に行ったルナ。今回は記憶を取り戻してから初めてお仕事をするようです。少しばかりオリジナルキャラが出ますが、彼らはルナとどう接していくのか。ルナは彼らをどう思うのか。
今回も、ごゆるりとお楽しみください。


 ショッピングモールに行った次の日。私はイストワールさんから昨日言われた通り教会職員の皆さんに挨拶するため、皆さん…正確には事務部の職員が集まっているという部屋に向かっていた。

 勿論一人じゃ迷うこと間違いなしだし、私一人じゃ色々とスムーズにいかないだろうからと、昨日みたいにアイエフさんについて来てもらっていた。ちなみに何でまたアイエフさんなのかというと、コンパさんは看護師のお仕事、イストワールさんは教祖のお仕事だったからだ。だったらアイエフさんも諜報部の仕事があるんじゃって思ったんだけど、事情があって休暇状態のようで手が空いてるそうだ。

 だから迷うこととかの心配はないけど、そろそろどこに何があるかとか覚えないとな… 出来れば地図みたいなのがあればいいんだけど……

 なんて考えてると、目の前で歩いていたアイエフさんが一つの扉の前で止まった。どうやらここがその場所のようだ。

 

「着いたわよ。ここが事務室。デスクワークを初めとした仕事をやる場所よ。事務部員の活動場所でもあるわ」

「はい」

「じゃあ確認ね。まず中に入ったら事務部長と挨拶。それから事務部の皆に挨拶をしてもらうわ。タイミングとかは部長が言ってくれるでしょうから、それに合わせてもらえればいいわ。その後は事務仕事で簡単なのを一通りやってみる。分かった?」

「分かりました」

「よろしい。それじゃ、行きましょうか」

 

 そう言ってアイエフさんが扉の前に立つと、センサーが反応して扉が自動で開いた。それから「失礼します」と言って中に入る。私もアイエフさんと同じように言いながら後に続いて入った。

 中を見渡してみれば想像通りというかなんというか、普通の会社の仕事場みたいな感じだ。

 でも本とかは少なめで、電子機器が多いタイプ。仕事のほとんどを電子機器で管理してるのかな? 職員は皆さん制服らしきものを着ていて、仕事が始まる前なのか談笑していて賑やかだ。騒がしいってほどではない。

 そう思ってたら奥の方から濃い茶髪で赤いカッターシャツを着た大柄の男性が話しかけてきた。他の職員さんに対して、随分とラフな格好をしているな……

 

「おうアイエフさんか、おはようさん。んで、その後ろの娘…イストワール様が仰ってた例の保護した人か?」

「おはようございます事務部長。はい、この()が数日前に保護した人です。しばらく教会で保護することになったので、色々と教会の仕事を体験させよう、とのイストワール様からのご提案で、とりあえずここの仕事から体験させてみようかと。ほらルナ」

「は、はい! ルナといいます! よろしくお願いします!」

「おう、元気があっていいな! 俺はここ事務部の部長をやってるダイゴってもんだ。呼び方は部長でもダイゴでもどっちでもいいぞ。これからよろしくな!」

 

 目の前の男性、ダイゴさんはそう大きな声で言った。緊張して始め噛んでしまったけど、私もそこそこ大きな声を出したつもりだったが彼の方がもっと大きかった。これが男性と女性の差か…いや単に彼が大きいだけか。

 それから彼は私を部屋の一番前にある机…恐らくダイゴさんの机の横に連れてくると、部屋の中央に向かってさっきより大きな声を出した。

 

「おいお前達! こっちに注目!」

 

 たったそれだけで皆さんは静かになり、ダイゴさんの話を聞こうとダイゴさんの方を向いた。そのたった一言、それだけで全員が一人に集中するのはなかなか難しいことだと思う。

 それはただ彼の声が大きいだけで成せていることではないだろう。それを成せているのは彼がそれだけ信頼されているからか、彼らがよく訓練されているからか、もしくはその両方か。

 ともかくそれだけでダイゴという(おさ)と彼ら部下の信頼関係が分かった。流石国で一番偉い女神様の元に勤めている教会職員だ。私、こんな凄いとこでやっていけるのかな……

 そう思って少し自信をなくしかけている間にも物事は進んでいく。

 

「今日から事務の仕事を体験しに来た人物を紹介する。よく聞けよ? ほれルナ。さっきみたいに元気よくな」

「はい。初めまして、ルナといいます。事情があって教会に住んでいる間、教会の仕事を体験させていただくことになり、しばらくの間はこの部署でお世話になります。なので皆さん、短い間か長い間かまだ分かりませんが、よろしくお願いします!」

 

 ダイゴさんに言われて私は皆さんに挨拶した。少しばかり緊張が解けたというか、ガチガチではなくなったのでスムーズに言えた。それに全体に届くように大きな声で言えたと思う。

 

「ルナには簡単な事務仕事をしてもらう。担当は…そうだな、クリス。お前出来るか?」

「はい。任せてください」

 

 そう言ってダイゴさんが指名したのは他の職員と同じ制服を着た短い白髪の女性。赤いフレームの眼鏡をかけていて、平均的な見た目をしている。優しそうなんだけど、少しキリッとした印象の女性だ。どうやらこの人が私に事務仕事を教えてくれるようだ。

 

「よし、ならこのまま朝礼といこうか。今日の連絡事項は──」

 

 

 

「──だ。後はいいな。そんじゃお前ら、今日も仕事頑張っていくぞ! 解散!」

 

 朝礼は何事もなく終わった。ダイゴさんの合図で皆さん自分の仕事に向かう。デスクに向かってPCを開いたり、ペンを手に取ったり。席から離れて書類を取りに行ったり。

 そんな中私はクリスさんから自己紹介を受けていた。

 

「初めまして。クリスです。一応ここの副部長を務めてます」

「は、初めまして。先ほども言いましたがルナといいます。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。ってなんだか堅苦しいですね。もう少し気軽でもいいですよ」

「わ、分かりました。頑張ってみます」

「ふふっ。それで、とりあえずあなたに仕事を教える担当となったわけですが、アイエフさんはどうします? 見て行かれますか?」

「あー、悪いけどこの後イストワール様に呼ばれてるのよ。クエストを受けてほしいって。だからやめとくわ」

 

 と、クリスさんは近くに来ていたアイエフさんに質問し、アイエフさんは答えた。

 にしてもどうやらお二人は知り合いの模様。先ほどのダイゴさんといいアイエフさんは有名人なのか、人脈が多いのか? まあ同じ教会で仕事してたり、お互い一般国民より立場が高かったりするし、その辺で知り合うこともあるか。

 

「そうでしたか。そういえば諜報部はここ数年間忙しそうにしていましたしね。私たちもそれなりに忙しくなりましたけど、アイエフさんぐらいになるとさぞかし大変でしょう……」

「そうでもないわよ。確かに同僚は忙しいでしょうけど、私は別の仕事を任されてるし。それにその仕事で一番忙しかった時期はもう終わって、これからは別の意味で忙しくなったりするから今はそのための休養中だからね。かといって今日みたいに突然仕事を頼まれたりするから全く暇なわけじゃないけど」

「そうだったんですねぇ」

 

 へえ。そうだったんだ。だから私の相手をしてくれる時間があるんだな。だからって甘えないようにしなきゃ。

 

「あ~、お前たち。雑談もいいがそろそろ仕事してくれないか?」

「あっ、すみません部長! 今やります!」

「それじゃ私はこれで。ルナにもそのうちクエストを体験させてあげるわね」

「はい。楽しみにしてますね。お仕事頑張ってください」

「ええ。あなたもね」

 

 お二人は…いや私もだけど、会話に夢中になってしまってダイゴさんに怒られてしまった。クリスさんはしまったとダイゴさんに謝り、アイエフさんは一言言って部屋を出ようとしたその時、自動ドアが開いた。まだアイエフさんはセンサーが反応する位置にいないし、部屋から出て行った人はいないはず。そう思って入ってきた人を確認すると、焦っているというか慌ててる様子のコンパさんだった。

 

「あ、あいちゃん! あいちゃんはいるです!?」

「どうしたのよコンパ。そんなに慌てて……」

「ギアちゃんが…ギアちゃんが目を覚ましたです!」

「なっ、それ本当なの!?」

「はいです! それでイストワールさんが会議室に来てほしいと」

「分かったすぐに行くわ!」

 

 そう言ってアイエフさんは急いで部屋を出て行った。その後に続いてコンパさんも出ていき、後に残ったのは職員たちのちょっとした混乱だった。

 

「何かあったの?」

「話を聞く限りネプギア様に何かあっていたみたいだな」

「もしかして犯罪組織と何かあったのかな?」

「あなた女神様が犯罪神なんて信仰してる人たちに負けたとでもいうの?」

「いやそうじゃないよー。ただ最近は犯罪組織のせいでいろいろあったから……」

「なんにしても心配ですね……パープルハート様のお姿も最近お見えになりませんし……」

「じゃあ本当に……」

「あなたねぇ……!」

 

 

 

「おいお前ら! 今は仕事中だ! いくら女神様が心配だからって仕事中の私語は慎め!」

 

 

 

「「「「は、はい!!」」」」

 

 目の前で起こった出来事に対して職員の皆さんはそれぞれ何があったのかと考え始めて、それで一悶着起きそうになったとき、ダイゴさんはさっきまで見せていた雰囲気を捨て、怒鳴った。その効果あってか職員の皆さんは返事をすると急いで自分たちの仕事に集中し始めた。

 

「はぁ……すごい……」

「部長はあんな風にラフな格好してフレンドリーに見えますが、中身は真面目な方ですから。それにこの中では一番女神様のことを信仰していますし……」

「なるほど……」

 

 クリスさんからそう聞いて、私は思った。そうだとすれば一番心配なのはダイゴさんのはずだ。なのに仕事を真面目にやろうとする威勢は尊敬に値する。ハッキリ言って私だったら無理だと思う。うん、私には記憶がないからそんな大切な人とか分からないけど、多分無理だ。心配しすぎて何も手につかなくなる。それだけはハッキリ分かった。

 

「さて、女神様が心配ですが、私たちにできることと言えば女神様の負担を減らすために仕事をすることです。ということで早速簡単な書類関係の仕事から教えていきますが、用意と覚悟はいいですか?」

「はい! どんとこいです!」

 

 もはや私の気持ちは「今日一日で教えてもらうことすべて覚えるぞ!」ってぐらい燃えていた。

 そりゃ皆さんは女神様が心配なんだろうけどクリスさんの言ったようにせめて負担を減らす程度になるのなら仕事をしたい。

 それに今回の体験は仕事の出来によって報酬が貰える。だからよく働いて借金を返済しないと、という気持ちもあるからね。

 そう思って私はクリスさんに仕事を教えてもらうため、彼女の後をついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[会議室]

 

「なっ、本当にルナを連れて……?」

「はい、せっかくの機会ですからネプギアさんとの顔合わせを兼ねて行ってきてください。クエスト自体はお任せします。勿論無理に連れていく必要はありませんし、無理やり戦闘に参加させる必要もありません。あくまで顔合わせとクエストがどういったものかを教える程度で構いませんので」

「…そうですね。分かりました。二人もそれでいい?」

「はい、私は構いません」

「私も大丈夫ですぅ。もし何かあっても私たちが守れば大丈夫です!」

「じゃ、まずはルナを呼びに行きましょうか」

「はい、いーすんさん。ゲイムキャラの捜索お願いしますね」

「はい、任せてください」

「じゃあ行ってくるですぅ」

 

「ルナさんか……どんなひとなんだろう……」




後書き~

ルナははたして仕事を覚えられるのか。そして最後の会話は一体…
次回、再びこうして会えることを期待して。
See you Next time.


今回のネタ。らしきもの
・ダイゴ、クリス
二人の見た目は戦記絶唱シンフォギアより名前、もしくは容姿を少し変えて書きました。元人物は風鳴弦十郎と雪音クリス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話『自分に合う仕事を探して』

前書き~

前回事務仕事を教わり始めたルナ。はたして上手くできているでしょうか?
そして何やらルナを訪ねる者が来て…?

今回も、ごゆるりとお楽しみください。


 クリスさんに仕事を教わり始めた私はある感覚に襲われていた。

 それは既視感。クリスさんが色々と仕事を教えてくれるのだが、そのどれもが「やったことがある」といったもの。

 どこでやったのか、どんなものをやったのかは分からない。でも何となくやったことがある気がした。それもクリスさんが教えなくてもできるぐらいには。

 初めて見るはずなのにどの事務仕事もその感覚があって、実際に書類の前に座ってやってみると、こうするとああなって、ああするとこうなるって頭に思い浮かぶ。実際その感覚の通りに作業をしてみればどれもあっていて、皆さんに褒められた。

 でも私は表面上は「クリスさんの教え方が上手いから」と言っておいた。実際上手い。もし私が本当に何もわからない状態で手を付けてもすぐに覚えるほどには。

 とりあえず思うのは、この感覚は多分私の失った記憶に関することなんだと思う。昔の私は事務仕事をしていたのかな? それがなぜか思い出せない今でも感覚として蘇る感じだろうか。よくわからない。あとでアイエフさん達に相談してみよう。

 

 そうやって仕事を覚え始めて、いや思い出す感じだろうか。なんにしても仕事をし始めて数時間。多分二、三時間程度。今現在手を付けているのは“簡単”なんて付けられないほど難しい、上級者向けの仕事をしていた。

 そもそも簡単な仕事自体あまりなかった。だから簡単な事務が終われば自動的に難しいものに変わっていくのは分かる。しかし私の場合最初からレベルが50くらいあるようなものだから一気にレベルを上げてその仕事をやってみたのだが……

 

「…出来ました」

「えっ!? それもできちゃったの!?」

「まじか……こりゃ俺たちの立場が危ういぞ……」

「ねえルナちゃん。実は事務仕事のプロだったりしない?」

「そんなことないと思いますが……」

 

 それも出来てしまうという自分も周りも驚く状況が出来上がっていた。次々とクリスさんをはじめ周りにいた職員が話しかけてくるが、私としては本当にプロとかそういう感覚はない。ただ思い浮かぶことをすればできた。頭が勝手に働いた。そんな感覚。本当に、記憶を失う前の私はどんな人間だったのだろうか。

 まあでもそのおかげで皆さんとの話題が出来て、クリスさんはタメ口で話しかけてくるようになったし、職員の皆さんも気さくに話しかけてくるようになっていた。皆さんとても優しくて、居心地が良くて、最初に来た場所がここでよかった。

 そう思っていると事務室の扉が自動的に開いて、人が入ってきた。外に行った職員か誰かが戻ってきたのかと思った私は次の作業に移ろうと確認せずにいたから、次に聞こえた声に少し驚いた。

 

「失礼します」

「え…? アイエフさん?」

 

 数時間前に急いで出て行ったアイエフさんの声が聞こえ、驚いてPCから顔を上げれば、扉の前にはアイエフさんが立っていた。驚いていると、私の横にいたクリスさんはアイエフさんのもとへ行き話しかけた。

 

「どうしたんですかアイエフさん。教祖様に呼ばれてたんじゃ……」

「それは終わったわ。それで、そのことに関係するんだけど、ルナを少し借りてもいいかしら?」

「はい、大丈夫ですよ。ルナちゃん、ちょっと来てもらえる?」

「はい。分かりました」

 

 扉からそう遠くない場所にいたため話し声は聞こえており、私に用があるんだって分かった時点で私は席を立つ用意をしていた。だからクリスさんが私を呼ぶときには既に一時中断はできていた。勿論保存もした。それから急いでお二人のもとへ駆け寄った。

 

「はい、どうかしましたか?」

「ええ、さっき私、クエストに行くって言ってたでしょう?」

 

 うん、言っていた。イストワールさんからクエストを受けたからって。でもコンパさんが来て確か“ギアちゃん”という方が起きて、イストワールさんが呼んでるって言われて、急いで部屋を飛び出していったから、そのあとは知らないけど、多分この様子だとまだなんだろうな。でもそれと私に何が関係あるんだろう。

 

「今からコンパともう一人とでギルドにクエストを受けに行くんだけど、イストワール様がルナも一緒にって。ルナが嫌ならいいんだけど、どうかしら?」

「クエスト…ですか……」

 

 確かクエストっていうのは国民とかからの依頼で、モンスターを倒すか、素材を入手するかで達成して、報酬を貰う。そんな感じの仕事って教えてもらっていた。だからクエストが何かとかは分からないことはないけど……でも……

 

「でも私は武器とか持ったことないと思いますよ。手持ちにないですし。ですからモンスターは倒せないと思いますが……」

「それなら大丈夫。やるのはそのもう一人の子のリハビリも兼ねて簡単なものにするし、ルナにはクエストの受け方とか、実際にモンスターを倒すところを見るだけでもいいの。つまりクエストがどんなものか見るだけだから。武器も教会のを貸すし、無理そうだったら戦わなくてもいいわ。勿論付いてくること自体強制はしないんだけど……」

「えっと……」

 

 それなら…って思った。でも今私は事務部でお仕事体験中だったし、それを勝手に抜けるのは良くない。だから思わずクリスさんの方を見た。すると察してくれたようだ。

 

「あ、仕事については心配しなくても大丈夫だよ。正直なところ最初、教えるってことでもしかしたら今日は私の分のノルマは達成できないかなって思ってたんだけど、むしろルナちゃんが優秀すぎてノルマどころか明日の分も終わりそうだから心配しないで行ってきて。それに元々教会の仕事を体験しにここに来たんだから、事務だけじゃなく色んな仕事をやってみるべきだよ」

 

 そうクリスさんは言ってくれた。私自身も、もしかしたらクリスさんの仕事の邪魔をしてしまっているんじゃって気持ちもあったからその言葉はとても嬉しくて、私の心にのしかかっていた重りを外してくれた。

 それにクリスさんの言う通り、色んな仕事に挑戦してみるべきだ。もしかしたら何かの弾みで記憶が取り戻せるかもしれないし。そう思ったら私の口は開いていた。

 

「ありがとうございます、クリスさん。ではアイエフさん。私もクエストについていってもいいでしょうか」

「ええ、もちろんよ。じゃさっそくいきましょうか」

「ルナちゃん、クエスト頑張ってね」

「はい!」

 

 それから私はダイゴさんや職員の皆さんに挨拶をしてから、アイエフさんと事務室を後にした。

 

 

 

 

 

「それでアイエフさん。そのもう一人とは誰なんですか?」

 

 部屋を離れた私たちは通路を歩いていた。どこに向かってるのかわかってないけど、私はアイエフさんが先ほど言っていた“もう一人”について聞いていた。

 

「この国の女神候補生の『ネプギア』って娘よ」

「へえ……女神候補生の……ってえぇ!? 女神様ですか!?」

「ええ。まぁあくまで女神“候補生”だから、本人に会っても気楽に接すればいいと思うわ」

「いやいやいや……」

 

 候補生ってことは下手したら。いや下手しなくても教祖であるイストワール様より偉いんだよね。あれでしょ。候補生ってことは次期女神様ってことで、王国風に言うなら王女様だよね。言ってしまえば国のナンバー2のお方ですよ!? そんな人相手に気楽とか、相手とか自分とかの性格によってはいけるかもしれないけど、とりあえず私は相手のよるけど女神候補生に対して気楽とか無理だと思うからね!? 

 

「普通その反応になるわよね。でも本人もその方が気が楽になると思うわ。まあ無理にとは言わないから」

「わ、分かりました……」

 

 まあ本人がその方がいいのならその方がいいのかな。相手が嫌がるのは嫌だし。

 

「それで今はどこに向かってるんですか?」

「武器を見に倉庫よ。クエストに行く前に武器を決めないといけないでしょ。戦闘に参加しないとしても丸腰は流石にまずいでしょうし」

「そう、ですね……」

 

 確かにまずい、危ない。戦場に丸腰とか死にに行ってるもんだ。

 

「だから二人と合流する前に倉庫に行って支給品専用の武器を見ましょう。攻撃力はないけど、今回受けようと思ってる難易度程度なら十分いけるはずよ。ただ種類があまりないのが難点ね」

「まあ特にどの武器がいいとかないので、最初は適当で構いませんけどね。そこから私に見合う武器を探していけばいいでしょうし……」

「そう? じゃあ基本な片手剣からかしらね」

 

 そう言いながらアイエフさんは歩を進める。にしても剣か……なんだかワクワクしてきた。技名言いながら剣を振るう私……なんだかカッコいいな。なんて中二っぽいだろうか。

 会話しながら着いたのはでかい扉の前だった。なんだかいかにも倉庫ですって雰囲気のある扉だ。一体どんな武器がしまわれているのだろうか……

 アイエフさんがカードキーを機械にスキャンして、パスワードを入力すればウイーンって開くドア。中に入るとよくわからないものから武器だって分かるものがしまわれていた。

 

「ここには支給品のほとんどを保管しているの。といっても大したものはないけどね」

「そう、ですね……」

 

 素直にそう口に出してしまって、ハッとなって慌てて口に手を当ててアイエフさんを見れば苦笑いをしていた。

 でも本当にそう思ってしまうくらいこの倉庫は広いさに対して物が少なかった。もっと小さい部屋でも保管できるんじゃないかな。

 

「ここ最近は悲しいことに治安が低下してきてるんだけど、三年前までは平和だったの。だからロボットとか大型系の兵器は保管してるんだけど、人が自分で振り回したりするような武器はずっと昔に捨てられちゃって、今の女神様も争いとか好きじゃない子だからあんまりないのよ」

「へえ……」

 

 その説明を片耳で聞きながら私は武器を見ていた。棚には定番の片手剣に両手剣、槍や銃がある。でもそれぐらいしかなくてバリエーションは少ない。しかも数もあまりない。ここの職員はどうやってモンスターを倒すんだろう。アイエフさんみたいに携帯してるのかな? 

 しかし本当に少ない、これならある意味迷わないな……

 

「アイエフさん、何かオススメってありますか?」

「そうねぇ、私は普段カタールやクローとかの袖に隠れる両手短剣しか使ってないけど、初心者ならさっきも言ったように片手剣とかかしらね。そこから両手剣にいったり、短剣だったり細剣だったり行けるでしょうし……」

「なるほど……」

 

 確かにそこから始めるのが一番か。変に槍とかから始めるときっと変な感じになっちゃうかもしれないし。

 

「なら私はこの片手剣にします」

 

 そう言って私は武器棚から片手剣を手に取った。手に取ってみると不思議と馴染むような……馴染まないような……

 いや馴染まない、うん。とりあえずって感じだ。もしこれからもモンスターを倒すようになるのなら買わなくちゃな……

 

「私が言っておいてなんだけど、本当にそれでいいの?」

「はい、自分にどんなのが合うのか分かりませんから……」

 

 私は誰もいないところに向かって上から下へ剣を振る。刀身柄ともに金属でできているのに重いとは感じない。むしろ軽い気がした。多分普通なら重いと思うのかな。まあ下手に重くて持てないってよりはこれからクエストに行くんだしいいのかな。

 

「…ふぅん、なんだか慣れてる感じがするわね」

「そうですか? 私の記憶では武器自体初めて持ったんですけどね」

「もしかしたら失った記憶に関することなのかもね。ともかく決まったのなら行きましょ。エントランスでコンパ達を待たせてるわ」

「あ、はい!」

 

 私は急いで近くにあった鞘に剣をしまうとそれを腰に装着して、アイエフさんの後を追いかけるように倉庫を出た。そしてまた通路を歩いて今度はエントランスに来た。さっきアイエフさんはここにコンパさん達がいると言っていたけど、どこにいるかな? 

 そう思って見渡していると見知った顔と紫とピンクの間みたいな色の髪をした見たことない女の子が話してて、一人がこっちに気づくとこちらに向かって手を振ってきた。

 

「あっ、あいちゃん! ルナちゃん! こっちです~」

「ああ、いたいた。二人共遅くなってごめんなさい」

「いえ、私たちも今来たところなので……ところでその方がルナさんですか?」

「ええそうよ」

「初めましてルナさん。私はネプギアといいます」

 

 そう目の前の少女『ネプギア』は言った。紫とピンクの間みたいな色の髪をストレートロングに、頭にはゲームのコントローラーみたいな飾りをつけていて、紫のセーラー服みたいな服を着た優しそうな女の子だな……

 …はて、今物凄いことが頭をよぎったような……ネプギア…ネプギア……

 

「…え? ネプギア…って女神候補生!?」

 

 そうだよ! ネプギアってさっきアイエフさんが教えてくれた女神候補生のことじゃないか! さっき待ち合わせしてるって言ってたんだからコンパさんといれば彼女のことだって分かるじゃないか!! 私のあほー!! 

 

「お、お初にお目にかかりますネプギア様! (わたくし)はルナと申します! えぇっとその…よろしくお願いします!!」

「え!? えっと……とりあえず顔を上げてくれませんか?」

 

 私は今できる限りの丁寧な挨拶を焦りつつ深々と頭を下げて言った。だって相手は私が世話になってる教会のトップに近いお方なんだよ? 間接的に彼女に世話になってるといっても過言ではない。そんなお方に対して頭を下げないわけがない。

 そんな私に対してネプギア様は私の行動に驚きつつも「顔を上げてほしい」と仰った。ならば従うのが下の務め…だと思います。そう思って顔を上げてみればネプギア様は戸惑っているような困ったような表情。

 はて? とアイエフさんやコンパさんを見ればアイエフさんは苦笑い、コンパさんはいつも通りニコニコしていた。あれ? 私何か間違ったことしたかな? 

 

「えっと、ルナさん。そんなに畏まらなくてもいいですよ。私はその…そこまで偉いわけではないので」

「何言ってるのよネプギア。アンタはこの国の女神候補生よ? 私やコンパはこんな砕けた態度をとってるけど本来ならルナみたいな態度が当たり前なんだから」

「そう…ですけど、慣れてないですから……ルナさん、砕けた感じの態度を取れなんていきなりは無理でしょうけどもう少し気楽でもいいんですよ。様付けもいりません」

「…ネプギアさm……いえネプギアさんがそう言うなら…改めてよろしくお願いします」

「はい、こちらこそこれからよろしくお願いします」

 

 そう言って笑顔を見せる彼女。こうして私は記憶を失って初めて女神様…正確には候補生だけど…会った。優しそうで、可愛い女神様。でもなんだかその笑顔の裏に何かがある気がするのはなんでかな。

 

 

 

「それじゃお互いの自己紹介が終わったところで早速ギルドに行きましょうか」

「ギルド…ですか?」

 

 アイエフさんの言葉に反応したのはネプギア様…じゃなくてネプギアさん。その様子だとよく知らないみたいだ。かくいう私もギルドのことはクエストが寄せられる仲介所としか知らない。多分そこでクエストが受けれるんだろうけど……

 

「そういえばネプギアも初めてだったわね。ルナには少し話したことだけど、もう一度言うわね」

「はい、お願いします」

「ギルドっていうのは、ゲイムギョウ界中からクエストと呼ばれる依頼が集まる場所なの。そこで依頼を受けて、依頼内容をきちんとこなせば、報酬…それと女神様の場合シェアが貰えるのよ。ま、これから行くんだし、口で説明するより、直接見た方が早いわね。ほら、行きましょ」

 

 そう言ってアイエフさんは出口に向かう。私とネプギアさんも返事をして後を追い、その後ろをコンパさんがついていく感じになった。

 

 

 

 

 

 アイエフさんとコンパさんの後をついていった先はとある場所にある施設。どうやらここがギルドのようだ。街並みにあった近代的な外見で、私が想像していた温泉のある木造建築の建物と違っていた。そしてこれまた自動ドア。はたしてこの国に手動ドアなるものはどれだけしかないのだろうか。

 

「こんにちはー。お仕事を貰いに来ましたです」

 

 コンパさんの声を聞きつつ中を見渡す。中もまた近代的で、受付に電光掲示板、その前に小さなモニタ―のついた機械などがある。その中の壁に組み込まれたモニターの前にアイエフさんは近寄って、私たちも近づく。

 

「これは……?」

「これはクエストを一覧として見ることのできる機械よ。受付からでもクエストを受けることができるんだけど、ここからでも受けれるの」

 

 私の疑問に対してアイエフさんは実際に画面を操作しながら答える。タッチスクリーンのようで、ボタンではなく指で動かすことができる。アイエフさんは画面に表示されたアイコンの中で『クエスト』のボタンを押すと、画面が変わって枠が二つある画面になった。その中で左の枠に『E』の文字とその横に短い文章が書かれているものが一つあった。

 

「あら……今は一個しか依頼がないみたいね。どれどれ。依頼内容:バーチャフォレストに出現するスライヌの討伐。最近旅人がスライヌに襲われる事件が急増。至急解決を望む…うん。これくらいならちょうどいいかもしれないわね」

 

 アイエフさんはその文をタップすると、右に詳細らしきものが表示され、アイエフさんはその内容を読み上げた。どうやら『スライヌ』というモンスターを倒せばいいのかな。

 

「バーチャフォレストならここから近いですし、スライヌさんも、そんなに強くないですしね」

「そうなんですね」

「でも…大丈夫、でしょうか? 私……」

 

 コンパさんの言葉に少しばかり安心する私だが、反対にネプギアさんは心配そう。ネプギアさんは戦いが苦手なのかな? まあ見た目からして戦闘が得意とは見えないもんね。

 

「だいじょうぶに決まってるでしょ。で、クエストの受け方だけど、こうやって掲示板からクエストを選ぶの。それで選んだらこのボタンを押して、表示されたここに自分の持ってる携帯端末をかざすの。そうしたらこのクエストに受けることができるのよ」

「もちろん携帯端末を持ってなくても受付の職員さんに言えば受けることができるです」

 

 アイエフさんは操作しながら私たちに教えてくれた。あれだ、おサ〇フケータイの要領かな。なかなか便利な。そしてコンパさんはアイエフさんの説明に付け加えて教えてくれた。よかった。私はまだそういった機械は持ってないからコンパさんの言った方をしばらくやることになるのかな。

 

「ほらコンパに二人とも、バーチャフォレストに行くわよ」

「はい!」

「…わかりました」

 

 心配そうなネプギアさんが気になるけど、今回のクエストは簡単みたいだからきっと大丈夫かな。

 …でも何か、予感がする。良い予感なのか、悪い予感なのか分からないけど、危ないことにならないといいな。




後書き~

ギルドでクエストを受けたルナ達4人。無事依頼を達成出来るのでしょうか。
次回、またお会いできることを期待して。
See you Next time.

今回のネタ?らしきもの。
・温泉のある木造建物
 モンハン3rdのユクモ村のギルド。作者は3rdのみしかやったことありませんし、ランクも高くないです。村クエは殆ど終わらせたけど、その程度。
・クエストの電子掲示板
 原作ネプ リバースのギルド画面を参考。
・おサイ〇ケータイ
 〇をつける必要があるのか分かりませんでしたけど、一応。私は自販機限定で電子マネー派です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話『初めてのクエスト』

前書き~

前回ギルドでクエストを受けたルナ達四人。
果たして無事に依頼達成できるのでしょうか。

今回もごゆるりとお楽しみください。


 今私たちがいる場所はプラネテューヌから少し歩いた場所にある自然公園『バーチャフォレスト』。国が管理する公園なんだって。でも最近はモンスターたちが蔓延っていて人が遊びに来なくなって、来るとしたら旅人が通る程度。

 今回のクエストはその旅人さんがモンスターに襲われる事件が増えてきてるから、その原因のモンスターを倒してきてほしいと。報酬はアイテムとクレジットと呼ばれるこの世界で使われているお金。もっとも、報酬目当てにやってるわけではないので、報酬はおまけ程度の認識。

 私達がこのクエストを受けた目的は、ネプギアさんのリハビリと、そのついでに「クエストとは」を私も含めた二人に教えること。さらにそのついでに私は弱いモンスターでもいいから倒せるようになることも含まれてるのかな。とりあえずこの腰に装備した剣で敵を倒せるくらいにはなれるよう頑張ろう。

 そう思いながら皆さんと会話を交わしつつ、今回のターゲット『スライヌ』を探す。そしてそれなりに歩いたところで私の視界に水色の半透明な物体が映った。

 

「え…? あれは……?」

「どうしましたです?」

「えっと、あそこに変なものが……」

 

 私はその場所を指差すと、三人は私が指した方を見る。そこには茶色い犬耳と尻尾を生やした水色の半透明のぷるるんとした物体…いや生物がぽよぽよと跳ねていた。その数およそ十数匹。まるで某クエストのモンスターみたいな見た目をしているな。

 

「おっ、さっそく出てきたわね、スライヌ。ネプギア、ルナ、いける?」

「は、はい」

「が、がんばります!」

「わたし達もお手伝いするですよ」

 

 アイエフさんの言葉で私は急いで鞘から剣を抜き、両手で構える。ネプギアさんは短い棒を取り出したかと思うと、棒の先端から光りが出てきて、棒の形を形成する。いわゆるビームソードだ。そしてコンパさんが取り出したのは…注射!? え!? なんで注射!? し、しかもコンパさんの背丈と同じくらい大きい注射…あれで注射されると考えたら…がくがくぶるぶる……

 ともかく今は眼前の敵に集中。対象はスライヌ。スライムに犬が足された程度、なんてことはない! 

 

「それじゃいくわよ。覚悟っ!」

「ヌ、ヌラッ!?」

 

 アイエフさんの合図で私たちは一斉に攻撃を開始する。突然の襲撃にスライヌが驚きの声なのか鳴き声を発するが、それぞれ私たちが敵だと分かると反撃してくる。その攻撃をなんとか避けたり防いだりしながら隙を見つけては剣を振るう。

 それでも完全に防御しきれるわけじゃなくて、何度かスライヌ達の攻撃を受けてしまう。攻撃は体当たりぐらいしかなく、スライヌの身体はぷるぷるしてるが、勢いよくぶつかられてしまえば痛い。痛みでうずくまってしまいそうになるけど、周りを見ればアイエフさんもコンパさんもスライヌ達に向かって短剣を振るったり注射を刺したりぶつけたり、ネプギアさんだって戦ってる。

 なのに私だけ敵に背を向けるなんて…できないだろ? 

 

「はああああ!!」

 

 剣の扱い方なんて分からない。身体をどう動かせば上手く攻撃できるかなんてわからない。でも、目の前の敵に背を向けることなんてしない! 

 …そのとき、ふと頭によぎった。剣の軌道。その通りに振ってみれば不思議と剣はスライヌに引き寄せられるように当たる。するとスライヌは断末魔をあげながら水色の粒子となって消えた。もしかして倒せたのか……? 

 

「あら、良い攻撃じゃない。その調子でそっちを頼むわよ!」

「了解!」

 

 どうやらこのやり方で良いみたいだ。よし、残りも倒し切ってやる! 

 

 

 

 そうやって私達四人はそれぞれスライヌを倒していき、初め十数匹いたスライヌはたったの一匹となった。後はこの一匹を倒せばクエスト達成だ。

 

「よし、こいつにとどめを刺せばクエスト達成ね」

 

 そう言ってアイエフさんは倒される寸前のスライヌにカタールを振りかざす。しかし相手もそう簡単に倒されたくないみたいで……

 

「ヌ、ヌラ…ヌラ──ッ!!」

「あ、逃げちゃいました。待って──!」

 

 ぎりぎり攻撃を躱し、逃げていくスライヌ。しかし大して強くはないから私達は逃げたところで余裕だと思ってた。逃げたスライヌを追いかけ、何とか追いつくと、そこにはまたスライヌの大群。しかもさっきの比じゃない。今度は二十とか三十とか、それ以上。そりゃこんだけいれば旅人も襲われるよ。

 

「ヌラ! ヌラァァ!」

「ヌラ!? ヌラァァ!」

「ヌラヌラ!」

「ヌラ──!!」

 

 逃げたスライヌがそう鳴くと、スライヌ達は驚いて。でも素早く一か所に集まっていく。徐々に徐々にスライヌ達が集まって、大きな塊が出来上がっていく。

 私はスライヌ達が何をしてるのか分からないけど、このままじゃまずい。絶対これまずい状況だって。だってほらよく言うじゃない。一本の矢じゃ簡単に折れても三本重ねれば~とか、三人寄れば文殊の知恵…ってこれは違うか。とにかくどれだけ弱くても数が合わされば強い敵にも勝てたりするわけで、今絶賛私達ピンチに陥ってない? 

 

「な、何をしようとしているの……?」

「これはちょっとまずいわね……」

「ど、どうするですぅ……?」

 

 ネプギアさん達も危機感を感じてそう言ってるが、スライヌ達はそんな私達をよそに集まっていく。やがてスライヌ達は一つのぷよぷよ…いやうねうねとした塊になって蠢いてる。はっきり言って気持ち悪い。時々ヌラァとか聞こえてくるし、ぐねぐねうねうね。もうスライムじゃないって。別の何かだって。一体君達何がしたいの!? 

 正直目をそらしたいけど、目を背けた隙に攻撃を仕掛けられたら困るから嫌々見てたら、ついに変化があった。パァっと光ったかと思うと、そこには大量のスライヌが集まって出来たうねうねの塊ではなく、元のスライヌと同じぷるんっとした物体があった。ただしあの小さいボディではなく、見上げるほどデカい物体。よく見れば尻尾のようなものもあるし、頭らしきところには耳もある。これってもしかして……

 

「スライヌがでかくなったああぁぁ!?」

 

 そう叫ぶのも無理ないよね。というかどうなってるのこれ! 集まったら一つのデカいスライヌとかどうやったらなるの!? 物理どうした物理! スライムだからか!? 顔は付属品ってか!? 本体どれだよ! もう何言ってるか自分でも分かんねえ!! 

 

「合体した!?」

「でかい…さすがにこいつは骨が折れそうね」

「ちょっ、こんなの聞いてないって!!」

「そういうトラブルもあるんですよ。そのためにクエストは常に最善の準備をしていくです」

「いやコンパ、確かにその通りだけど、悠長に言ってる場合じゃないわよ」

「そ、そうでした。すみませんです」

「い、いえ……」

 

 なんか今コンパさんのちょっとずれた会話のおかげで少しだけ落ち着いてきたかも。改めて元スライヌを見てみればまるで「どうだー! お前たちなんて簡単に倒せるんだぞー!」とか言いそうな感じ。少しムカつくな。でもさっきみたいにやみくもにやってちゃ敵わない相手だ。ここは何か考えなきゃ。

 そう思ってると、アイエフさんは何かひらめいたように口を開いた。

 

「そうだわ、ネプギア。アンタ変身してやっつけちゃいなさいよ」

「へ、変身……?」

「女神化よ、女神化。戻ってきてから一度もしてないでしょ? ほら、これもリハビリよ」

「あいちゃん……絶対楽がしたいだけです……」

「あの…女神化って……」

 

 『何ですか?』

 そう聞こうと思ったらネプギアさんの表情が変化したのを素早く察知できて、言葉を止めた。疑問は後にした方がいいって思ったから。その予感は当たってて、ネプギアさんの表情は苦し気な、辛そうな顔になった。

 

「戦う……女神化して戦う……ううっ」

「ええ? ちょ、ちょっと。どうしたのよ?」

「ダ、ダメ……できない……怖い……っ!」

 

 ついにネプギアさんは頭を抱えてしゃがみ込んでしまって、アイエフさんはそれに狼狽えた。私は何が何やら分からず立ち尽くしてると、コンパさんがネプギアさんを庇うように抱きしめた。

 

「あいちゃん! ギアちゃんをいじめたらだめですよ!」

「わ、私はそんなつもりじゃ……」

 

 コンパさんに叱られてさらに狼狽えるアイエフさん。助けてあげたいけど、事情も知らないのに突っ込むことはできない。

 とりあえず私はあれを見張っておこうかなって元スライヌのいた場所に目をやると、元スライヌは少し凹んだかと思うとボンっとジャンプして、私たちのいる場所は陰になって……後ろにいた取り込み中の三人はそのことに気づいてなくて……このままじゃ私達全員ぺちゃんこだ。

 そう思ったらどうするかとか考える前に私の身体は剣を放り出して三人の前に飛び出していた。その僅かな瞬間に私の身体から何かが溢れてくるような、そんな感じがして、頭の中にはその何かをどうしたら三人からスライヌの攻撃を防げるのか浮かんできて……

 何でそんなことが浮かぶのかとかそんなのも考える時間なんてあるわけない。スライヌは今私たちの上に落ちてこようとしてるんだから、そんなこと考えてたら潰される。だったら考えない。身体が動くように動かせばいい!! 

 身体は勝手に動いて、両腕を空に…正確にはスライヌの方に伸ばして、手のひらを上に向けて、足は踏ん張れるように開いて。まるで落ちてくる物体を支えるかのような格好になる。そしてスライヌが手のひらに接触しそうになった時、怖くなって思わず目をつぶりながらも衝撃に備えた。

 

 どしんっ……

 

 …そう音が上から響いて、でも、重いものが手に圧し掛かるような衝撃は一向にやってこなくて、恐る恐る目を開けて見れば確かに水色の物体は私の手のひらのすぐ近くにあった。でもスライヌの身体は何かに壁に阻まれているように落ちてこなくて、よく見れば半透明な光を放つ半円の壁が、私の手を中心に出ていた。

 

「うそ…これって結界……?」

「す、すごいです……」

「……すごい」

「ヌ、ヌラァ……?」

 

 私が驚いていると、アイエフさんやコンパさん、ネプギアさんも上を見て、そう言った。スライヌは何故か思ってた衝撃と違って混乱してる。自分は確かに敵を踏みつぶそうとしたはずなのにって感じで……

 でもあまりそんなこと観察している場合じゃない。今は防げても、長くはもたない。そう分かった瞬間私は叫んでいた。

 

「皆さん!! 今すぐ離れて!! 長くはもたないから!!」

「っ! ええ、分かったわ! ネプギア、立てる?」

「は、はい!」

「急いで離れるです!!」

 

 三人が急いで私…正確にはスライヌから離れて、安全圏まで行ったのを確認すると、私は落ち着くように息を吹いて、即座に考えた。このままでは結界は壊れる。そうしたらスライヌはそのまま落ちてくるだろうと。だったらどうする? どうしたらいい? 

 すると今度は頭の中に訳の分からない、でも理解できる文字列が浮かんできて、それをはっきりと頭に描く。すると白く光る円と、その中に何かの文字が書かれたものが足元に広がって、それはこの巨体になったスライヌさえも飲み込むような大きさになると、自分の中から何かが抜けていくのを感じながら私は叫んでいた。

 

「『プラズマブレイク』!!」

 

 その瞬間、辺りに光がパチパチっと音を出しながら散って、思わず目を閉じると、今度はまるで爆発したかのような轟音が響き渡り、突風が辺りに吹き荒れた。次第に風が落ち着いてきたのを感じて目を開けてみれば、思わず「え…」って言葉が出てくる。

 澄み渡る雲一つない綺麗な空。それに相反して今まで緑の草花が生えていた地面がところどころ地肌を現していたり、黒く焦げていたり。先ほどまでの自然豊かな光景が無茶苦茶になっていた。頭上にいたはずのあのデカいスライヌはいなくなっていて、あの壁もなくなっていた。

 もしかして倒せたのだろうか? 

 

 ──あっ、そういえば皆さんは……

 

 そう思って身体を動かそうとしたけど、私の身体はその意思に従わず地面に倒れこんでいた。立ち上がろうにも力が入らなくて、薄れゆく視界の中で見たのは、必死に呼びかけるコンパさんとアイエフさん。そして無茶苦茶になった光景に立ち尽くすネプギアさんの姿で

 

 ──ああ、私。またやっちゃった……

 

 そう、どこかで呟きながら私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 それは私にとってとても衝撃的な出来事でした。

 アイエフさんの言った“変身して戦う”。その言葉がギョウカイ墓場での記憶が蘇って、怖くなって……

 もうあんな思いをするのは嫌。

 思い出してしまった恐怖で身体が震えて、思わずしゃがんで頭を押さえて……

 コンパさんが私を安心させるように抱きしめてくれて、アイエフさんを叱っていました。

 アイエフさんは「そんなつもりじゃ……」、と狼狽えていて、でもそんなことが他人事のように思えるくらい私の心と体は恐怖で怯えていました。

 すると何かがすぐそばを駆けた感じがして、そのあとすぐに重いものが落ちたような音が上から響きました。思わず上を見上げてみると、そこには空ではない半透明な水色がすぐ近くにあって、それなりに透明なその物質が先ほど大きくなったスライヌだってことを理解するのは難しくありません。

 多分スライヌが私達を潰そうととジャンプしてきたのでしょう。でもそのスライヌの目的は私達を守るように展開された結界で防がれていました。もしかしてアイエフさんかコンパさんのどちらかがやったのかなと思ったけど、その思考は間違っていたことにすぐに気が付きました。

 その結界を展開していたのはルナさんだったのです。

 いーすんさん達の話だと数日前に教会に落ちてきて、教会で保護している記憶喪失の女の子。その彼女があの大きいスライヌの攻撃を食い止めていました。

 凄い。そう素直に思って、それに引きかえ私は…と自分で自分のことが嫌いになってしまいました。

 でも今はそんなこと考えている場合ではありません。ルナさんの「長くはもたない」という言葉で私たちはスライヌから距離を取りました。

 しかしルナさんはどうするのでしょうか。このままではスライヌに押しつぶされてしまいます。

 ──助けに行かなきゃ。

 そう思った瞬間、ルナさんの足元に白い円…魔法陣が展開されていったかと思うとルナさんは大きな声で言葉を発し、ルナさんの周りに白い光がパチパチっと散って、一瞬空から一筋の線が落ちてきたかと思うと、その瞬間白い光と轟音が辺りに広がり、反射的に目をつぶると、突風が辺りを吹き荒れるのを感じました。

 次第に風が弱まってきたのを感じ、目を開いてみると、視界に移りこんだ光景に思わず体が固まってしまいました。

 ルナさんを中心に捲れ上がる地面。まるで爆発が起こったかのような光景でした。

 そしてルナさんの上にいたスライヌはいなくなっており、近くを見渡しても姿が見えませんので先ほどの衝撃で消滅したのでしょう。

 それらの出来事はあまりにも短い間に起こりすぎて頭が追い付かず、まるで夢を見ているような感覚でした。しかし次第に聞こえてきた声に私のぼんやりとした意識はハッキリしてきました。その声の聞こえるほうを見ると、ルナさんが倒れていて、コンパさんとアイエフさんが必死に声をかけていました。

 そしてコンパさんがアイエフさんに手伝ってもらいながらルナさんを背負うと、アイエフさんは「今すぐ教会に戻るわよ」と言って走り出しました。私も置いていかれないようその後を追いました。

 その間も頭にあったのは先ほどの光景。あの魔法陣とあれほどの威力を持った爆発を起こせるなんて、ルナさんは一体何者なのでしょうか……




後書き~

一瞬でキングスライヌを倒してしまったルナ。
しかしその影響か倒れてしまいました。
果たしてルナは大丈夫なのでしょうか。

次回、再びお会いできることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話『世界を救うのは、規模が大きすぎる』

前書き~

前回、倒れてしまったルナ。
目覚めた彼女にある出来事が。

今回も、ごゆるりとお楽しみください。


 薄っすらと意識が眠りの底から浮かび上がってきた。そう意識すると、眠気はだんだんと消え、次第に体の感覚が蘇ってくる。

 身体が横になっている感覚がある。どうやら私は今寝ているらしい。

 しかし私には眠った記憶がない。どういうことだ? 

 そう思って眠る前の記憶を思い出してみる。

 ——スライヌがでかくなって…襲い掛かろうとしてきて…それで……

 

 そうだ。私、あの時身体が勝手に動いて、それで頭に浮かんだ文字を口に出したら轟音が鳴り響いて……

 その後の記憶が曖昧だ。倒れたような記憶があるから、多分私は気絶したんだろう。

 なるほど、眠ったわけではなく気絶した。それなら眠った記憶がなくてもおかしくはない。

 また記憶喪失になったかと思ったよ……

 

 ってそうだ! アイエフさん達は!! 

 

「きゃっ!」

「えっ…あ、ネプギアさん……」

 

 思わず体を勢いよく起こすと、横から声が聞こえた。誰? と思って横を見れば、そこにはネプギアさんが目を見開きながらこちらを見ていた。どうやら驚かせてしまったらしい。

 ネプギアさんは少しだけ固まった後、ホッと安堵したように息を吹き、改めてこちらに向きなおした。

 

「ルナさん…よかった。目が覚めたんですね」

「は、はい。えっと、それでここは……」

 

 まだよく見えない視界を手でこすりつつ、見渡す。全体的に清潔感のある白い部屋で左には壁全体に窓があって、何かの機械があり画面には数字と時々山を作る線。そしてネプギアさんのいた右には棚に花瓶が飾ってあって、奥には横に開くっぽい扉がある。そこまで広くない部屋。なんか病院みたいな……

 

「ここはコンパさんが勤めている教会管轄の病院の病室です。ルナさんはあの時倒れて、それでここに運んだんですよ」

「そうでしたか。すみません…いきなり倒れてしまったようで……」

「いえ、大丈夫ですよ。それよりルナさんはまだ安静にしてください。まだ回復しきれていないんですから」

「…回復?」

 

 すると奥の扉が開かれ、誰かが入ってきた。

 

「ネプギアさん、ルナさんのご様子は…おや、もう起きられたのですね」

「イストワールさん…それにアイエフさんも……」

 

 入ってきたのは本に乗ったイストワールさんに、その後ろにいたアイエフさんだった。二人は私が起きていることに気が付くと、安堵の表情を浮かべた。

 

「目が覚めたのね。よかったわ」

「すみません、心配おかけして……」

「別にいいわよ。あのときあなたが助けてくれなかったら私たち三人、あのキングスライヌに潰されてたんだから。助けてくれてありがとう」

「あれは、まあとっさに体が動いただけなので…お礼を言われるほどのことでは……」

「ですがネプギアさん達を助けてくれたのは事実。教祖として私からもお礼を申し上げます」

「え、えっと……」

「私からも、助けてくれてありがとうございます」

「ね、ネプギアさんまで……」

 

 アイエフさん、それにイストワールさんにネプギアさんからもお礼を言われ、頭を下げられ、少しだけ困惑する。あの時は自分含めて四人とも潰されちゃうって思ったら勝手に動いてた体だ。自分の意志で動かしたという実感が無いだけにお礼を言われても戸惑ってしまう。

 …しかもお礼を言ってる三人のうち二人はこの国の重要人物なだけに頭を下げて言われるのは抵抗がある。もし私がそれ以上の立場なら大丈夫なのかもしれないけど、記憶を失ってる今、自分が元々どのような立場にいたのかすら分からないからそんな考えは意味がないな……

 

「えっと、とりあえずどういたしまして……?」

「なんで疑問形なのよ……」

「その、『助けた』って実感が無いので、お礼を言われてもピンとこなくて」

「まあすぐに倒れちゃったからピンとこないのも仕方ないのかもしれないわね」

「あはは……」

 

 

 

「ところでルナさん、目が覚めたばかりの所で申し訳ないのですが、その時の状況を把握しておきたいので、少しいいでしょうか」

 

 私が苦笑いしてから少し間を置いて、イストワールさんはそう口を開いた。顔を見れば真剣な表情を浮かべていた。周りを見ればネプギアさんもアイエフさんも真面目な顔をしている。もしかしなくてもクエスト中の時の状況の話だろう。

 「はい、いいですよ」と答えると、イストワールさんは話を切り出した。

 

「皆さんがクエストでどのようなことが起き、どのようになったのかはネプギアさん達に聞きました。皆さんはバーチャフォレストでモンスターを退治中、キングスライヌと戦闘になったと。ここまではいいですね?」

「えっと、あの大きなスライヌのことを指しているのであれば。はい、合ってます。あの時はまさかスライヌ達が合体するとは思わなかったので驚きましたよ」

「スライヌ種はその形態故に様々な形に変化できますからね」

「へえ……」

 

 ってことは人型とかいたり? 

 …あれ、なんだろう。スライヌの人型ってなんか露出が多そう……美女ならそれはそれでいいのか…? 

 

「話を続けます。キングスライヌは皆さんが少し目を離した隙に跳躍、皆さんに圧し掛かろうとした。しかしルナさんがそれに気づき、間一髪で結界を張り防いだ。その後、長く持たないからとネプギアさん達をその場から離れさせ、ルナさんは魔法を使い、キングスライヌを倒した。そしてルナさんは倒れた。…これもあってますね?」

「は、はい。結界とか、魔法とかよくわかりませんけど、多分合ってます……」

「多分って大丈夫?」

「いやだって結界って…魔法って……」

 

 確かにまだ少ない記憶を辿ればあのスライヌから皆さんが潰されないようにと手のひらから出した謎の光の壁みたいなのは結界と言えるだろう。その後不意に頭に浮かんだ、体から溢れた力も魔法と言えるのかもしれない。

 でもそれらの力が私に宿っていたなんて知らなかった。いや、もしかしたら失った記憶の中にそれらの知識があったのかもしれないけど、今の私は初耳だ。

 

「私から見てキングスライヌの攻撃を防いだのは結界の一種だったし、あの雷属性と思われる技からは魔力を感じられたわ。あれは確かに魔法よ。それも、魔法にそこまで詳しくない私でも分かるほど、上位魔法の中でも高難易度の魔法。魔法の国ルウィーでもあんなの扱えるような魔法使いは少ないんじゃないかしら」

「えっ、そ、そんなに凄い魔法を私が……?」

 

 そう口にしているものの、頭では冷静に納得していた。あの体から溢れてきた力、あれが魔力で、あのパチッと光ったのも、轟音と豪風を作り出したのもどちらも魔法で作り出した雷によるもの。結界は防御系統の魔法なのだろう。と、理解していた。しかし上位魔法を私が使えたことに驚きだ。

 

「しかしその強力な魔法を使った結果、急激な魔力消費に耐えられず倒れてしまったのでしょう。この病院の設備で調べたところ魔法を使える方に必ずあるはずの魔力量が、ルナさんの中ではほぼ0にまで低下していました。もっとも、全快時の保有魔力量が分からない以上、どれ程の魔力を消費したのか分かりませんが……」

「ほ、ほえぇ……」

 

 …つまりはなんだ。魔力切れで倒れたってことか。SP切れただけで倒れたのか。HP自体はまだ余裕があったはず……

 

「あなたのその反応…自分が魔法を使えるってこと、分かってなかったみたいね」

「はい、あの時は『何とかしないと』って思ったら身体が勝手に動いていましたし、結界? も無意識に発動していたといいますか…なんといいますか……。その後の魔法も不意に頭に何かの文字列が浮かんで、それをはっきりと頭に思い描いたら足元に光る円が広がっていって、頭の中で強く感じた文字…確か『プラズマブレイク』だったかな。それを言葉にしたらあの技が出たって感じで……」

「なるほど……」

 

 そう言うとイストワールさんは考え込んでしまったようで、口を閉じた。私はどうしたらいいのかわからず周りを見ると、ネプギアさんは目を伏せていて表情が見えない。次にアイエフさんを見ると、少しだけ呆れた様子だった。何故だ? 

 

「あなた、状況がよくわかってないわね」

「それはもう、何が何だか」

「簡単に言うと、あなたは物凄いことをやらかしてしまったってことよ」

「…そんなに物凄かったですか?」

「それはもう、魔法が落ち着いたころにはあなたを中心に地面が焦げてたり捲れてたり。爆発でもあったんじゃないかってくらいに」

「あー、なんかその辺りも思い出してきました」

 

 確かにそんな風景を見た気もする。倒れる直前だったのか記憶にある風景は曖昧だけど。

 

「あ、本当に凄いことしちゃったんですね」

「なんだか他人事みたいに言うけど、あなたのことだからね?」

「あはは……」

 

 だってこれまた実感がないんだからしょうがない。

 と、話しているうちにイストワールさんは考え事がまとまったようで、閉じていた口を開いた。

 

「…ルナさん、折り入ってお話があります」

「は、はい」

 

 なんだか重要な話をするような雰囲気に当てられ、私の身体に緊張が走る。ま、まさかここから出てけ~なんてことにはならないよな……? 

 

「ルナさん、どうか、私達に力を貸してはいただけませんでしょうか?」

「……はい? えっと、どういう意味で……」

「…ルナさんになら、お話してもいいでしょう」

 

 イストワールさんはそう言うと、真剣な表情で語りだしたのは私にとってはとても想像もつかないほど大きなことだった。

 始まりは数年前、『犯罪組織マジェコンヌ』という組織が活動するようになったころから話は始まった。その組織は『犯罪神マジェコンヌ』という神を崇拝し、活動しているという。それだけを聞くならそこらの信仰団体と同じなのだが、やってることが問題だった。彼らは『マジェコン』という違法ゲーム機を配り、信者を増やしていったのだ。

 『マジェコン』とは主に市販されているゲームソフトを違法に、タダで、ダウンロードできてしまうゲーム機のこと。しかもチートが使えるのは当たり前。つまりはゲームを買わずに遊べるというある意味夢のゲーム機。

 しかしそんなゲーム機が出回れば各国が販売しているゲーム機器が売れなくなるのはもちろん、せっかく作ったゲームが本来のバランスで遊ばれずクリエイターはゲームを開発しなくなってしまい、しかもタダで配られてしまうものだから利益も出ず、倒産してしまうゲーム会社が続出してしまう。なんて問題ももちろん出てくる。私達プレイヤーは作ってくれたクリエイターや発売してくれる会社に感謝の意味も兼ねて代金を払っていると言っても過言ではないのに、お金を払わず違法な手段で手に入れたゲームをプレイするなんてタダ飯食らいをしているようなものだ。

 そんなわけで女神様はマジェコンを規制しようとしたのだが、人々は次々に信仰対象を女神様から犯罪神に変え、マジェコンは物凄い勢いで浸透。国が対処しようにも対処するスピードよりマジェコンが出回るスピードの方が速く、あっという間にゲイムギョウ界の女神信仰者の多くが犯罪組織に取り込まれてしまったのだ。

 これではゲイムギョウ界が犯罪組織によって悪しき方向へ支配されてしまう。そう考えた各国の女神様達は三年前、犯罪神を討伐するために協力関係を結び、討伐作戦を計画する。討伐チームには本人の希望によりネプギアさんも含まれていた。

 ゲイムギョウ界の中心に位置するギョウカイ墓場。そこが犯罪組織の拠点であり、犯罪神が封じられている場所であったため五人はイストワールさんの計画に従い討伐に向かう。しかしその場に待ち構えていた犯罪組織の四天王の一人によって五人は敗北。ギョウカイ墓場に囚われてしまったのだ。

 そして女神様が囚われてからというものの、犯罪組織の活動は一気に活性化。今では当たり前のようにマジェコンが出回り、対処できない政府はどうにもできなくてスルー。小学生のほとんどがマジェコンヌを信仰、というか親が推しているくらい…っておい親! 何自分から子供を犯罪に関わらせてるんだ! …ってまあ話を聞いてて心の中で突っ込みつつ、話を戻す。

 そんな状況を打開すべくプラネテューヌの教祖であるイストワールさんとこの国の女神様のご友人のアイエフさんとコンパさん三人は三年の時をかけながらも『シェアクリスタル』という、簡単に言うなら女神信仰者から得られる信仰の力『シェアエネルギー』を結晶化した女神様にとってのパワーアイテム的な聖なるアイテムを使い女神様を救出しようとしたのが10日くらい前。つまり私が空から落ちてくる数日前のこと。しかし救出はその場に待ち伏せていた女神様を倒した人とは違う四天王の一人によってものの見事に失敗。

 しかし女神様全員を助けられなかったものの、何とかネプギアさんだけは助けることに成功。しかし捕まっていた影響で昏睡状態になってしまい、目が覚めたのは昨日。私達がクエストに向かった日だ……って私一日気絶してたのか。まあ三日もかからなかっただけいいのか? それに目覚めたその日にモンスター退治ってなかなかタフですね……

 ネプギアさんが目覚めたことでイストワールさん達は次の手段ということで各国を周り、『ゲイムキャラ』という強力な存在に協力を仰ぎ、それと同時進行で各国のネプギアさんのような存在、女神候補生を仲間に引き入れ、女神様を救出。戦力を十分揃えてからの四天王を倒し、犯罪神を倒そうとしている。

 

 以上がイストワールさんから聞かされた話を自分なりに簡単に解釈した感じだ。若干話が本当に世界規模で頭の処理能力がオーバーヒートしそうになったが、何とか最後まで理解できた。よく頑張った、私の頭脳よ。後でブドウ糖でも摂取しておこう。

 と、一通り説明されたところで最初の本題に入った。

 

「現在、ネプギアさん、アイエフさん、コンパさんの三人が各国を周ってくれるのですが、できるなら協力者は多い方がいい。そこでルナさんに女神様を救出する手伝いを、そしてゲイムギョウ界を救う手伝いをしてほしいのです」

「は、はあ……」

 

 つまりは世界周って救う手伝いをしてほしい…と。

 なんと規模のデカい話でしょうか。私の心、若干考えることを放置していますよ。

 

「こんなことを一般人の、しかも記憶喪失で困っている方に頼むのはどうかと思います。しかしルナさんはモンスタ―を倒せるほどの剣の腕と、魔法が使える存在。そういった事情を構っていられるほど私達も余裕はないのです。どうか、お願いできませんでしょうか?」

 

 と、深く頭を下げられるが、今度はさっきみたいな反応はできない。何せ規模がデカすぎる。現実感が仕事してくれないし……

 するとここでアイエフさんが口を挟んだ。

 

「こんなこと言うのもなんだけど、もしかするといろんな場所を旅すればあなたの記憶の手がかりが見つかるかもしれないわよ」

「私の…記憶……」

 

 確かに今のところ記憶の手がかりとなるのは自分の秘めた能力のみ。出身地や住んでたところといったものの手がかりは一切なしだ。それならいっそ各国を周って記憶の手がかりを探した方がいいのは分かる。

 でも……

 

「…私からも、お願いします」

 

 そう言ったのはこの話になってから一言も話さなかった、少し失礼だが空気になっていたネプギアさんだった。

 ネプギアさんはとても必死そうな顔でそう言い、イストワールさん同様頭を深く下げる。

 他人事のように言うと、国のナンバー2やら3やらの立場の存在が私みたいな存在に頭を下げてお願いしている。それはとても軽く判断していいものではないのだと認識するのは当たり前のことだった。

 もしかすると私という存在によって何かが変わるのかもしれない。最悪な方向に進むならバッドエンドになるのかもしれない。自分のことで言うなら旅の途中で命を落とすかもしれない。皆さんに迷惑をかけるかもしれない。

 そんな想像が…いや妄想が私の思考を埋めていく。そうなると次第に現実味が沸いてきて、それは思考を鈍らせるのに十分だった。

 しかし次に聞こえたネプギアさんの言葉に私の思考はクリアなった。

 

「どうか女神様を…“お姉ちゃん”達を助けるのを手伝ってください……!」

 

 …どうして私は迷っていたのだろう。すんなりと決めれたことを。

 クリアになった思考にその一言だけが浮かんだ。そしたらずっと言葉の出なかった口から、すっと言葉が出た。

 

「…私は今記憶を失っています。なので『世界を救う』とか『女神様を救う』とか言われても規模が大きすぎて頭が追い付きません」

「…はい……」

「魔法が使えるのも、剣の腕がそこそこなのもさっき分かったくらい戦闘経験ゼロです」

「………」

「もしかすると私はこの頼みごとを受けたせいで命を落とすかもしれないと想像もしています」

 

 次第に頭を下げているお二人からまるで希望を失っていくような気配がするのは、気のせいじゃない気がする。

 でも、話はまだ終わらないから。最後まで聞いてほしい。

 

「なのでいっそ、この話はなかったことにしたいくらいです」

「…でしたら──」

「なので」

 

 イストワールさんの言葉を遮り私は言う。だって、人の話は最後まで聞いてもらわなきゃ。

 

「私はそんな『世界を救う』とか『女神様を救う』なんて大規模なことを考えるのは今はスルーします。戦闘経験がゼロなところもスルー。さっき考えた命を落とす可能性も無視。色んな重いことは無視します」

「えっ……?」

「あなた何考えて──」

「だから」

 

 私はネプギアさんの困惑した声をスルーし、アイエフさんの言葉を遮り言葉を続けた。

 

「私は、今回の件は『ネプギアさんのお姉さん達を助けるの手伝ってほしい』と頼まれている。それだけを考えて答えを出します。それでもいいですか?」

 

 そう、確認する。

 私が出した考え方は、『自分には重すぎる話を無視すること』

 それらを無視して、ただ『姉を助けたい』という思いだけをくみ取ること。

 そうすれば、ほら、考えることはシンプルだろ? 

 

「は、はい! それで構いません! いーすんさんもいいですよね!?」

「は、はい。ネプギアさんがそう仰るのであれば構いません」

 

 その返答を聞いて私は自分の中で出したシンプルな考えを出す。

 

「なら私は、その件、喜んで受けさせていただきます」

 

 その言葉を聞いてネプギアさんは顔を上げた。先ほどまで暗かった顔は明るくなっていた。それは他のお二人も同じだ。

 

「私は先ほども言った通りで戦いの役に立てるかは分かりませんが、それでも──」

「構いません! ありがとうございます! 引き受けてくれて、本当にありがとうございますっ!」

「え、えと。そんなに頭を下げられることじゃ……いえ、なんでもありません」

 

 今度はもう言わない。彼女にとって私が協力してくれるのは本当にありがたいことなのだから。

 そう思って今も何度も頭を下げるネプギアさんを見て、苦笑い。大丈夫? 頭下げすぎてどこか痛くならない? とか声をかけてあげたい気持ちになる。

 ともかく、どうやら私は『世界を救う』……いや『ネプギアさんのお姉さん達を助ける』旅の一員になったようです。

 彼女達には数日とは言え暮らさせてもらっている恩がある。それを返すいいチャンスとも思っておこう。それにさっきアイエフさんが言った自分の記憶の手がかり探しも兼ねて、ね。

 

 

 

 

 

「さて、ルナも協力してくれるってことで話はまとまったことだし、ネプギア、いつまでも頭下げてないで上げなさい」

「あ、はい。すみません」

「い、いえ……」

 

 謝られても反応に困るなぁ……

 

「それでルナ、ちょっと相談なんだけど、新しい武器が欲しいと思わないかしら」

「新しい武器…ですか?」

「ええ、いつまでも教会支給の武器じゃ、合わないでしょ? だから新しい、あなたに合う武器を買いに行きましょう」

「確かに教会で保管している武器はあまり手入れされてませんので、新しくを買った方がいいですね。その費用はルナさんが協力してくださるお礼としてこちらで出しましょう」

「え、え、ええぇ!?」

 

 アイエフさんの提案に、それに乗るイストワールさん。しかも武器の費用は教会のおごり。それなら家具の借金を少し減らしてほしいなんて悪い考えが浮かぶけど、すぐに打ち消して、アイエフさんとイストワールさんの顔を交互に見る。お二人は冗談を言っているようではなかった。

 …でもまあ。

 

「私はまだ、このままでいいですよ」

「そう? でも市販の武器の方が下手すると攻撃力が高いかもしれないわよ」

「それでも、良いんです。多分、今持ってる教会支給の武器を含めてそこら辺の武器は全部、私の手には合わないと思いますので」

 

 それは直感。私の手は、体は、多分どんな武器を買ってもらっても合わないって勘。それは気のせいじゃないと、そう心のどこかで思う。

 だったら今のままでいい。多分そのうち自分に合う武器に出会うかもしれないから。

 

「まあ本人がそう言うなら……」

 

 アイエフさんはそういうとその話は終わった。はやいね! 

 

「ではこれ以上いてはルナさんの体調の回復に支障をきたすかもしれませんし、ここらでお暇しましょう」

「そうですね。ルナさん、まだ魔力が回復しきれてないんですから、安静にしててくださいね」

「多分順調に回復しきったら明日には退院できると思うわ。だから旅についての詳しい話はコンパも含めて明日、教会で話しましょう」

「はい、分かりました。皆さん、また明日……」

 

 上からイストワールさん、ネプギアさん、アイエフさん、と順番に声を掛けられ、病室から退出した。

 残された私はというと、安静にしていろ、とは言われたものの、眠気は覚め、手元に何かできるようなものはない。

 つまりは暇が襲い掛かるのかと思うと、少しだけ気が俯きかけた。

 と、考えていると、コンコンとノックが聞こえた。

 「どうぞー」と返事をすると、扉は開いて、先ほど出ていったイストワールさんがそこにいた。

 

「すみません。ルナさんに渡すものがあったことを忘れていて……」

「私に渡すもの……?」

「はい。これです」

 

 そう言うとイストワールさんはどこからか一枚の鉄の板……もとい機械を取り出し、差し出してきた。思わず受け取り、眺める。その機械は真ん中に画面と思わしき黒いところに、左には十字キーの形の線。右にはAとかBとか、あるいは○✕△□が書かれそうな四つのボタン。正面は紫で、背面は黒の配色をしたまるで携帯ゲーム機みたいなこの機械は一体……

 

「こちらは『Nギア』といいまして、プラネテューヌの技術者の粋を集めて開発された携帯機器です。これ一つで様々なことができるんですよ」

「へえ……」

「これは電話の機能も付いていまして、ネプギアさんも持つNギアやアイエフさんやコンパさんの持つ携帯電話にも繋がります。これから旅をする中で互いに連絡が取れなくなるのは心配ですから、持っておいてください」

「え、でもこんな高価なもの……」

「大丈夫ですよ。こちらはテスト用の端末で、βテストに協力している感じに考えてくだされば……」

「そうでしたか。それでは有難くお貸しいただきます」

「はい。既に初期設定は済ませ、後はルナさんが設定した方がいいものなので、設定すればすぐに使えるようになります。こちらはNギアの説明書です」

「あ、これはどうもご丁寧に……」

「いえ、きっと寝れなかったら暇かと思いましたので」

 

 はい、丁度暇だと思ってたところです。いいところに来ましたねNギアくん。これからどれぐらいの付き合いになるかは分からないけど宜しく。

 

「では渡すものも渡しましたし、私はこれで失礼します」

「はい、また明日」

 

 イストワールさんはぺこりと頭を下げて部屋を出ていった。

 後に残されたのは私と、たまにピッピッとなる機械。それに先ほど頂いたNギア。

 ……とりあえず説明書見つつNギアの設定をして、自分用にカスタマイズでもしようかな。文字設定とかだけど。

 明日は何を話して、何をするんだろうなー……

 それに、ネプギアさんのお姉さんを助ける手伝いも引き受けちゃったし、波乱万丈な人生が訪れそうな予感が……

 でもま、女神様が一緒なら大丈夫だよね。多分……




後書き~

ネプギア達の旅について行くこととなったルナ。
しかし世界を救うのは彼女にとって頭が追いつかない規模の話です。あくまでも、彼女はネプギアの姉やその仲間を救うために旅に同行するのでしょう。

次回もまた、お会い出来る日を期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話『皆さんとピクニック』

前書き~

前回、イストワール達に一緒に旅をしてほしいと誘われたルナ。色々悩んだ末に出した答えは、ネプギアの姉を救うという目的でならというもの。記憶を失い、自分のことはほとんど分からなかった彼女にとって世界を救うというのはとても大きな話でした。
今回、彼女は旅について説明を受けるようなのですが……

今回も、ごゆるりとお楽しみください。



「なあなあ、こんなのどうだ? 新製品。どこでも装備品が出せて常に武器を装備する必要なし!」

「『どうだ?』と言われても私が決めれるわけじゃないんだし、それにいくらうちの科学力が他より発展してても当分実現できないんじゃない? てかそういうのは●●に聞いてよ」

「だってあの子最近忙しそうだぜ? 私達は●●だってのに最近は顔だってまともに見てない。会話だって仕事のことしか……」

「しょうがないよ。ここ最近は特に忙しいからね。●●としてちゃんと仕事してると思えばいいんじゃないかな」

「そういうもん、なんだよな……。そういえば今頃あの子は隣の●と交流してるんだっけか」

「うん、お隣さんの●●は最近新しくなったけど、それでも今まで通り友好的な付き合いをしないといけないからね」

「あの子、もう新しい●●に着任したのか。つい最近までよちよち歩き…はしてないが、子供だったのに…はあ、時代の流れってのは早いなあ」

「年寄り臭いこと言わないの。ほら、そんなこと言ってる暇があったら手伝ってよ。この後パトロールにも行かないといけないんだから」

「パトロールという名の単なる散歩だよな、それ」

「いいから。それでも何かあったらすぐに駆け付けれるようにできるんだから」

「はいはい。かったるいなあ……」

 

「すみません●●様! 急ぎご報告しなければならないことが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 私がネプギアさん達の目的を手伝うことが決まった次の日の早朝。私は病室にやってきた医師と看護師のコンパさんによって体のあちこちを検査されていた。といってもこれはもう体に異常がないか、退院してもいいか、という確認であって、Nギアに夢中になって寝不足になったこと以外はいたって健康。魔力も回復していたみたいだった。

 医師が言うに「極めて自己回復力が高い方ですね。こちらに搬送されてきたときは後二日ほど眠ったままかと思いましたが……」と驚かれつつも褒められた。そうか、自分は回復力が高い方なのか。

 ともかく寝不足気味なところ以外健康そのものにまで回復した私は当たり前だが退院した。そして昨日アイエフさんに言われた通り詳しい話をするため、コンパさんに連れられて病院から出て教会に向かった。

 そしてそのまま連れていかれたの会議室。自動ドアを抜けるとそこには既にネプギアさんとアイエフさんが揃っていて、挨拶して着席した。

 

「さて、揃ったわね。早速話を…といってもルナに今回の旅のことを話すだけだけど」

「その前にルナさん、もう体調の方は大丈夫なんですよね?」

「はい、コンパさんからも医師からも『健康』と診断されましたよ」

「それならよかった……」

 

 ネプギアさんの反応に「あぁ、心配されてたんだなぁ」と思い、少し申し訳ない気持ちになる。でもそれと同時に少しだけ嬉しかった。

 

「ルナの体調も良し、ネプギアの心配もなくなったところで今の状況を離すんだけど…正直今は待機中なのよね」

「“待機中”……?」

「女神さん達を救うのに『ゲイムキャラ』さんの協力が必要なんですけど、ゲイムキャラさんの居場所が分かんないんですぅ」

「ゲイムキャラ…確か昨日イストワールさんが言ってた各国にいる方…でしたよね」

「ええ。ゲイムキャラってのはその土地の守護を任されている存在よ。でもそれゆえに悪い考えを持つ人に破壊されちゃうと大変なことになるの。だから普段は隠れてて、教会も居場所を把握することができてなかったの」

「でも今はイストワールさんが全力で探してくれてるところです。なので見つかるまでわたし達はクエストをしたりして少しでも女神さんのシェアを回復させるんです」

「一昨日のはその一環でもあるわね」

「へぇ……」

 

 つまり今はちょっとしたことしかできない…と。

 そうなると私達は今スタート地点で足止めを食らってるわけだ。

 これは先が長いぞ……

 

「そう言うわけだからとりあえず今はルナのやれることってないのよね。私達もだけど。てなわけで今日はこれからどうしようかしら……」

「じゃあわたしから提案ですぅ」

「何? コンパ」

「よかったらこれから四人でピクニックに行きたいです」

「ピクニックにですか? 今日これから?」

「はいです。ルナちゃんと親睦を深めるです!」

「それはいいわね。場所はどこにしましょうか」

「お弁当も急いで用意しなくちゃです」

 

 と、アイエフさんがコンパさんの提案に賛同して計画があれよあれよと決まっていく。私、それにネプギアさんはそれにたまに返事して意見する。

 そうして決まったのは、場所はこの教会に一番近い自然公園。すぐ近く、といっても少し歩くみたいだが、この辺りでは一番広い公園となった。しかも自然公園の名に恥じない自然の豊かさが売りだそうで。そこなら近いしゆっくりできると三人の意見が一致して決まった。

 そしてお弁当はというと、コンパさんが急いで作るとのこと。お手伝いはネプギアさん。まだ朝だから時間はあるけど、お昼までには完成させて持っていく、と張り切ってました。

 私もお手伝いしようかと思ったけど、記憶がない故に知識もない。料理を作るとしたら素材をそのまま焼いただけの料理と言えるかもわからないものが出来そうなので、今回は辞退。

 せっかくのピクニックだから、そんなので気分下げたくないからね。

 

 

 

 

 

 

 料理班に入るのを辞退した私は、同じく料理班に入らなかったアイエフさんと共にレジャーシートを広げるための場所を探しに、先に公園へ来ていた。教会の出入り口を出て徒歩30分。意外に近かったその場所は教会の自分の部屋からも見えた少し広めの自然公園だった。

 公園の入り口から入って少し辺りを見渡してみると、本当に自然豊かで、少し進むと噴水とか、遊具とかもある。公園の外は近未来的な雰囲気なのに、ここはそんな雰囲気を感じさせない。心が安らぐような光景だ。

 

「綺麗な公園ですね。自然も豊かで……」

「プラネテューヌは技術の発達が凄まじいけど、他の国と比べて自然環境を一番に大切にしてる国だもの。女神様もこういった環境が好きな子だしね」

 

 アイエフさんの説明を聞きつつ、私達は並木道を歩く。緑生い茂る木々に、さんさんと照らされ、美しく輝く木漏れ日。思わず見惚れてしまうほどだ。

 けどそれもほどほどに。アイエフさんの後についていくように歩いていき、やがて開けた場所についた。中央にたった一本、しかしとても大きな大きな大樹が根付く、どこか幻想的な場所。まるでここだけ神秘的な何かがあるみたいだ。

 そんな場所にいるのは私とアイエフさんだけ。公園の少し奥にあるこの場所だが、他の場所には人がいる割にここだけ人気がなかった。

 

「なんだかここだけ人が少ないですね」

「何故かね。ここは少し特殊な場所みたいなのよ。私もどっかの女神に連れてこられなかったら知らないままでいたわ」

「へぇ、だから何だか神秘的な雰囲気があるんですね」

「そうみたいね。イストワール様に訊いたら、『ここは少し特殊な場所で、知ってる人が案内したり、迷子にならないと来られない場所』らしいわ。よくは分からないけれどね。でもまあ、これからやることに関しては人が来ない方がいいから、丁度いいかもね」

「“これからやること”? ピクニックでは?」

「それだけでもいいけど、あなたはこれから私達と世界を周るんだもの。今の内に少しだけでも剣の扱いに慣れてもらうために、練習してみましょ」

「あっ、そうか。旅をするってことはモンスターとの戦闘も必須になってくるんですもんね」

「そういうこと」

 

 確かに先日のように弱いモンスターがいきなり強くなって、大ピンチになる可能性もある。その時ある程度戦えないと足手まといになるし、最悪命を落とす確率も上がる。ならこういった時に特訓しておかなきゃ。

 

「そんなわけで、武器は持ってる?」

「はい。昨日イストワールさんに貸していただいたNギアの収納機能で……」

 

 そう言いながらNギアを取り出し、説明書に書いてあった通りに操作。『装備』のボタンを押せば、何もないところに光の粒子が集まり、私の持つ剣が出てきた。

 

「それ、イストワール様から頂いてたのね」

「はい、昨日、皆さんが部屋を出て少ししてから」

「あの時ね。じゃ、私も──」

 

 そう言うとアイエフさんは両手を何かを握るような形にする。するとそこに先ほど私がNギアから武器を取り出したように、何もないところから光の粒子が現れ、何かの形を取り始めた。すると気が付けばアイエフさんの両手には短剣がそれぞれ握られていた。先ほどの私と違うところは、Nギアのような機械を操作せずに装備したところ。先日も同じように出してた気がするけど、一体どういう仕組みなんだろ…

 

「すごいですね。そういえばこの間もそうやって武器を出してた気がしますけど、どうやってるんですか?」

「いちいち戦闘の度に操作して装備するのも面倒でしょう? それに不意の戦闘にそんなことしてる余裕なんてないの。だから普段使う武器をメイン装備にしておくと、こうやって出せるようになるのよ。Nギアにもその機能がついてたはずよ。ネプギアが使ってたし。ちょっと見せてもらえる?」

「あ、はい」

「ありがと。えーと、確かこうして──」

 

 アイエフさんにNギアを渡すと、何かを操作し始めた。私はそれを横で見つつ、やり方を覚える。すると武器が手元から消失して、Nギアの中に収納されてしまった。どうやらアイエフさんがしまったようだ。

 

「はい。とりあえず設定完了よ。まずはさっき私がやってみせたように、武器を出す練習をしてみましょうか」

「は、はい!」

 

 そうして私はアイエフさんに武器の取り出し方を教えてもらうこととなった。とりあえず見よう見真似でアイエフさんがやったように…といってもアイエフさんと私とでは使用する武器の種類が違うので、少しだけ動きが違った。まずアイエフさんのはカタールで、両手剣類の武器だったため両手を握るような仕草をすれば出てきたが、私のは片手直剣なので、それに合った動きが必要だった。しかしこれがまた難しく、とりあえずメインに設定した武器を連想するような動きと武器がその手に現れるイメージさえ確立してしまえば、後は念じたりするだけで出てくるそうなのだが、その連想させるような動きがまず分からなかった。適当に剣を持った状態で振るうみたいな動きから背中に剣を背負ってるイメージで抜き出してみたりなど、様々。

 何とかアイエフさんのアドバイスを受けながら出せるようになったころには既に一時間が経過していた。

 

「うん、安定してきたわね。それじゃ最後にもう一度出してみましょうか」

「はい! …ふっ!」

 

 私は先ほど練習していた動き、剣を握り、その手に剣を出現させるイメージで構える。すると光の粒子がその手の中に武器を出現させた。

 少しばかり時間がかかってしまったが、これでいつでも武器を取り出せるようになったな。

 

「いいわよ。その武器を手に出す感覚さえ覚えてしまえば、もう動きとかは何でもよくなるわ」

「はい! …って動き関係ないんですか!?」

「あくまでイメージさせるのに必要なだけだったのよ。初心者にはそうやって動きからイメージさせた方が楽でしょ?」

「ま、まあある程度は……」

 

 確かに動きから連想することで武器を出すイメージは楽になった。アイエフさんの言う通りだ。

 じゃ、これからは武器を出す感覚を覚えて、いつどんな時でも出せるように練習しておこう。

 でも今はとりあえずそれは置いといて……

 

「じゃ、時間も結構経っちゃったけど、とりあえず剣の扱い方から始めましょうか」

「はい! お願いします!」

 

 そうして私は剣の練習を始めた。

 まず最初に剣を真っ直ぐに振ることから。前にモンスター相手に振るった時は少しだけだが思い描いた軌道に剣を振るうことが出来た。だから少しはできるかな~って思って甘く見てたんだけど……

 

「あれ? いやこう…てりゃ! …う」

「…全然ダメね。軌道が安定してないし、斜めになってる。スライヌを倒した時はもう少し出来てたはずなんだけど……」

「す、すみません。もう一回…ていっ! はっ! ほっ! うりゃ!」

 

 もう一度。今度は4回連続で振るってみたが…案の定というかなんというか…

 むしろ回数を重ねるごとに軌道がズレまくり、真っ直ぐとは全く違う場所へ剣身が向かう。

 な、なんで…? この前は武器でさえ初めて持った日だったのに、ちゃんと振るえたのに……

 

「…全然違う方向に向かうわね……」

「…なんで、なんで出来ないのかな……」

「うーん。そういえばこの前も最初はそんな感じの動きだったわよね」

「え…? そ、そういえば戦闘開始直後はあんまり出来てなかったような……」

「でも急に剣の軌道が安定してきて、それでスライヌを倒せたじゃない? あの時何か自分の中で変化があったのかしら?」

「えーっと……」

 

 そう言われて考えてみる。確かあの時はただ必死に皆さんの足を引っ張らないようにしようって思って、その時結界やら魔法やらが頭に浮かんだ時みたいに、頭にどう動かすのか浮かんだんだよな……

 と、そう説明するとアイエフさんは少しだけ考え込んで、「その時の感覚とかって覚えてないかしら?」と言われた。その言葉にはっとなって、必死にその感覚を記憶の中から掘り起こそうとする。

 でもどうしてもその感覚は蘇ってこない。“あの時はこうやって~”とか“この体勢だった気が…”とか体を少し動かしながら思い出そうとしても、ほんの少しの感覚も思い出せない。

 

「…もしかして、倒れたのが原因でその感覚をなくしちゃったのかも……」

「ええっ…! それじゃどうしたら……」

「しょうがないわ。とりあえず剣を振ってたら感覚を思い出すこともあるでしょうし、一から始めましょ」

「い、一から……」

 

 それはまた時間のかかることで……

 私、旅の途中でゲームオーバーになったりしないよな……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「──確かこっちの方向ですぅ…あっ、あいちゃーん! ルナちゃーん! お待たせですぅ!」

「お待たせしてすみませんお二人とも…ってルナさん!? なんで寝っ転がって…息も切れてますし……」

「…あ…てんしがふたりも~……」

「“天使”?!」

「あはは…ちょっと特訓をしてたのよ」

「“特訓”です?」

「ええ。剣の使い方についてね」

 

 なんだかぼんやりする。酸素が足りないからだと思う。だからか私の身体は酸素を求めて何度も息を吸い、心臓が身体中に酸素を送り込もうとバクバクしてる。視界に映るのが空のほかに、二人の可愛い女の子がいるって分かって、何かつぶやいた気がするけど、多分気のせいだよね。でも二人の女の子…あ、一人増えた…が上から私を見下ろしているな~

 あーそっか。私今疲れて寝っ転がってるんだ。なるほど~

 

「…ん? ネプギアさんにコンパさん…? もう出来たんですか…?」

「はい、お弁当はバッチリできましたけど…それより大丈夫ですか? 物凄い疲れてるように見えますけど……」

「だいじょーぶだいじょーぶ…少し休めば何とでもなる~……」

「そうですか…?」

「全く…あいちゃん、ルナちゃんは病み上がりなんですから、無理させちゃダメですよ」

「ご、ごめんごめん。まさかこんなすぐ疲れちゃうなんて思わなくって……」

「アイエフさんは悪くないですよ…私の体力の無さが悪いんです……」

「えっと、何が何だかよく分からないんですけど……」

「実は──」

 

 と、アイエフさんが二人に剣の練習──だったのが特訓になった話をし始めた。

 

 

 

『まず剣の振り方だけど…私が使うのはあなたと違って短剣なのよね。私たちのパーティメンバーでルナと同じ片手剣を使ってるのってネプギアだけだし……』

『あ、あの、とりあえず剣同士で共通する部分からでも大丈夫なので……』

『そう? じゃあ基礎の基礎から──』

 

『うん、少しだけどこの前の動きに近づいてきたわ。今度はこうやって──』

『はぁ…はぁ…はい!』

 

『んー、まだそこまで経ってないけど、そろそろ休憩しましょ。あなたも息が上がってきてるようだし』

『はぁっ…はぁっ…へ、平気ですっ! まだやれますっ!』

 

 

 

「で、こうなる、と……」

「き、気力だけはあったんです…でも体力が追いつかなかっただけなんです…いつの間にか練習が特訓に代わってても夢中だっただけなんです……」

「ホント、気力だけはあったのよね」

「体力のない自分が恨めしい……」

 

 そう上体を起こしながら嘆く。アイエフさんが説明してる間にもう体も起こせないほど無くなっていた体力は元に戻ってて、やはり回復力だけは早いんだなと実感した。

 でもどうせなら回復力に付け足して体力もあるといいのに……

 この間のクエストだともう少し体力があった気がするんだけどなぁ……

 

「そうだ、ネプギア。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

「はい? 何ですかアイエフさん」

「ちょっとルナに剣を教えてほしいのよ」

「…え? はいっ!? わ、私がですか!?」

「ええ。ほら私って短剣を使ってるじゃない? でもルナが使うのは片手剣で、構え方とか違うからその辺りのことは教えられないのよ。だから少しでいいから教えてあげて欲しいのだけれど」

「でも私もそこまでできるほうじゃ……」

「大丈夫よ。ネプギアは基礎はできるんだし、それを教えてくれればいいわ」

「私からもお願いします。どうか私に剣を教えて頂けませんか?」

 

 戸惑うネプギアさんに、私は頭を下げる。やはり剣の基礎の基礎だけ教えてもらうのにも限界がある。だからこそここは普段から戦う時は片手剣を使うネプギアさんに教えてもらった方がいい。未だに私に合う武器が片手剣なのかすら分かってない状態だけど……

 

「その…私もどちらかと言えば教えてもらう立場なんですけど…そんな私でよければ……」

「はい! お願いします!」

 

 ネプギアさんはそんなことを言っているが、先日のクエストで戦闘の最中に少しだけだけど剣技を見たが素人ではなかった。流石に上級者レベルとは言えないけど、私のような初心者に少しでも教えることが出来る程度にはできるほうではあった。…ってなんか私上から目線だな……

 

「じゃ、ルナの体力が回復したら始めましょうか」

「それならもうすでに回復済みです!」

 

 そう言って私は立ち上がる。体力は完全に回復していて、いつでも運動OKな状態だ。体もさっきまで動かしていたんだから準備運動要らずでほぐれているし、関節とか筋肉とかを傷めてもいない。ただ体力が無くなっただけで後は健康そのものだ。どうやら回復力のほかに体が丈夫のようだ。だから体力もry

 

「体力はないのに回復力はあるのね」

「できればどっちもあると嬉しいんですけどね」

「大丈夫です。旅をしてるうちに付くと思うですぅ」

「そうなるといいなぁ。ま、それは置いといて、ネプギアさん。ご指導よろしくお願いします!」

「じゃ、じゃあとりあえずこんな感じで──」

「はい!」

 

 

 

 そこから私の特訓はまた始まった。とはいっても先ほどと違い教えてくれる相手がネプギアさんだからなのか、今度は身体を動かさず頭を使って覚えることが多く、体力を多く使うことはなくなり、先程と違い長時間教えてもらうことができた。というか何だか体力が増えた気が……気のせいかな? 

 

「それでこうしたらですね──」

「あ、なるほど。そんな動きができるんですね」

「ギアちゃーん、ルナちゃーん。そろそろお昼ですから、一緒にお弁当を食べるですぅ」

「あっ、はーい!」

「分かりましたー!」

 

 そう返事して私達はコンパさんとアイエフさんの元へ行く。お二人が座るランチマットの上には既にお弁当が袋から取り出されており、後は蓋を開けるだけになっていた。

 私達も急いで靴を脱いでランチマットに座り、お弁当を真ん中に囲む。見た目からお弁当箱は大きく、一体どんなおかずが入っているのか楽しみだ。中身を考えるだけでお腹が空いてきてしまう。コンパさんとネプギアさんの作ったお弁当だ。きっと…いや絶対美味しいだろう。楽しみだなぁ

 

「さ、開けるですよー」

「はい♪」

「中身は一体……」

「ふふふ。ルナちゃんも気に入ってくれるといいですけど…それじゃあオープンです!」

「わぁ…美味しそう……!」

「流石コンパとネプギアね。料理は二人に任せて正解だわ」

 

 そう料理をしなかった組は感想を言う。お弁当の中身は色とりどりのおかずが入っていた。定番のおかずはもちろん、少し凝ったものまで……

 すごい。確かこれ主にコンパさんが作ってるんだよね。女子力の高さがすごいよ。流石ナースなだけあるか? 

 きっとネプギアさんもたくさんお手伝いしたんだよね。ありがたやありがたや……

 それに量もある。女の子四人で食べるには少し多いかもしれない。食べきれるかな…美味しいだろうから箸が止まらずいつの間にか食べきってたりして……

 

「ふふふ。ギアちゃんが手伝ってくれたのでたくさん作れたですぅ」

「いえそんな…私はほんの少し手伝っただけですよ」

「そんなことないです。ギアちゃんがいなかったらきっとお昼までには完成しなかったですよ」

「そ、そんな……」

 

 少し照れ顔のネプギアさん。可愛い。天使かな? 女神候補生だった。

 しかし本当に美味しそうだ。…あれ? なんだか通常より美味しく見えるような……

 

 きゅるぅぅぅ……

 

「あっ」

 

 慌ててお腹を押さえた。でも時すでに遅し。周りを見れば皆さんにこやかな笑顔でいらっしゃる。

 くそぅ、私のお腹の虫よ。少しは我慢しなさいな。

 

「ふふっ、どこかの誰かさんのお腹の虫もなったことだし早く食べ始めましょ」

「そうですね。はい、どうぞです」

「あ、ありがとうございます……」

 

 コンパさんから箸と紙皿を受け取る。私も含めて四人それぞれにその二つが行き渡ると、さあ待ちに待ったお昼だ。

 

「じゃあ手を合わせてです。せーの」

「「「「いただきます(です)!」」」」

 

 そう言って始めに私が手をつけたのは卵焼き。卵の黄色に綺麗な巻き具合の切れ目。そして表面には程よい焼き目。どれをとっても美味しそうだ。

 それを一口パクリ。もぐもぐ。パクパクッ。もぐもぐ。

 

「…美味しい…すごく美味しいです!」

「それはよかったですぅ♪」

「ま、コンパの料理なら間違いはないわね」

「ギアちゃんも手伝ったってことを忘れちゃダメですよ」

 

 パクッ。もぐもぐ。パクッ。もぐもぐ。

 

「あ、これすごく美味しいです。これも絶妙な味加減で……」

「ギアちゃんの作ったサラダもおいしいですよ」

 

 今度は綺麗なキツネ色の唐揚げを摘まんでパクッ。ポテトサラダもパクッ。何の魚か分からないけど焼き魚もパクッ。もぐもぐ。

 

「…えっとルナさん?」

「ん? …どうしましたか? ネプギアさん」

 

 ネプギアさんが話しかけてきたので食べるのを一時中断。口の中に入ってたのもきちんと飲み込み返事する。ネプギアさんの顔を見れば驚いてるような表情。何か驚くようなことがあっただろうか……

 

「…あなたそんなにお腹空いてたのね……」

「ルナちゃんはいっぱいいっぱい体を動かしたですからね」

「え? あっ……」

 

 お二人の言葉でハッとなり気付く。私さっきから食べてばっかだ。

 

「い、いやこれはその…そう! この美味しすぎる料理が悪いんです! 凄く美味しいから思わず箸が止まらなくなってしまっただけなんですよ!」

 

 美味しい=敵! 

 って誤魔化してみる。いや誤魔化す必要ないんだけどな。

 

「そんな慌てて否定しなくてもいいわよ」

「そうですよ。でもおいしいと言ってくれたのは嬉しいですぅ」

「確かにコンパさんの料理はおいしいですよね。ルナさんの気持ち分かりますよ」

「あ、あはははは……」

 

 苦笑いしつつ再び食べ始める。空腹には勝てない定めなのだ……

 

「にしてもネプギア、あんなこと言っておきながらちゃんと教えてたわね」

「そうですか…? 上手く教えられてるといいんですけど……」

「それはもう凄く勉強になりました。今後の戦闘で活用させていただきますね」

「なんだかんだ言ってちゃんと教えることができてたじゃない」

 

 そのアイエフさんの誉め言葉に「えへへ」と笑顔なネプギアさん。

 天使かな? 女神候補生だった。(二度目)

 

「でもせっかく教えてもらっていてなんですけど、こんな私でもお役に立つことができるんでしょうか……。皆さんの足を引っ張ることになるんじゃ……」

「そんなの気にしなくていいです。ルナちゃんだって何か役に立つことができるですよ」

「コンパの言う通りよ。それにこの前事務部の仕事したとき『凄く仕事ができていた。事務仕事初心者とは思えない新人だ』って部長に副部長。それに他の事務部員も口を揃えて言ってたわよ」

「この前のクエストもいっぱい倒してて、すごかったですよ」

「えっと…ありがとうございます」

 

 次々に励まされたり褒められたり。少し照れくさいな……

 でも褒められたことは“私”の実力じゃない。あくまで感覚を思い起こせるだけでそれらは記憶を失う前の“私”の実力だ。

 それを今後も発揮できるか分からない。

 

 でもま、約束しちゃったし。頑張るかな。

 

 

 

 そんな会話を交えながらお弁当を食べ進めていく。気付いた時にはあんなにいっぱいあったお弁当箱の中身は空で、私のお腹は満たされていた。お口も美味しいものを食べることができて幸せだ、なんてね。

 そんな感じで今度は皆さんでのんびり。食後の運動とかは食べた物が正常に体に吸収されなくなるからやめておこうね~

 

「…そうだわ。どうせならネプギアとルナで模擬戦でもやってみたらどうかしら」

「「えっ、えええええっ!?」

 

 アイエフさんの発言でのんびりな雰囲気は一人を除いて壊された。いやコンパさんはほんわかかな。

 

 

 

「じゃあこれより模擬戦をやるわよ。勝敗は簡単。相手に確実に当たるような攻撃を一本したら勝ちよ」

「はいっ!」

「は、はい」

 

 審判役のアイエフさんの説明に私ははっきり大きく返事。ネプギアさんはまだ戸惑ってるのかそんな返事。

 アイエフさんの発言で急遽決まったこの模擬戦は、聞いてみれば今日私が教えられたことを振り返りつつ、実力をつけるためのものとのこと。

 ちなみに昼食から少し時間が経ってるからそこは安心してね。

 とか考えつつ正面の少し離れたところに立つネプギアさんを見る。既に私達は武器を取り出しており、ネプギアさんの手にはまだビームが出力されていないが、ビームソードが握られている。私の手には未だ馴染まない教会支給剣──もういちいちフルでいうのも長いから剣でいいよね? ──が握られている。やはりこれじゃない感が拒めない。

 …だが武器を扱う練習程度には十分だ。

 

「…こちらは準備OKです。ネプギアさんはどうですか?」

「はい…私もいつでも」

「じゃあ二人共、始めるわよ」

「ギアちゃん、ルナちゃん。二人とも頑張るですぅ!」

 

 コンパさんの応援を受けつつ武器を構える。剣の種類は片手剣だけど両手で持ち、正面に持つ。そして剣とその向こうにいるネプギアさんを見据えた。

 ネプギアさんもビームを出力させ、構える。ようやく戦う心が出来たのか。まあいい。

 落ち着け。深呼吸しろ。精神を研ぎ澄ませ。

 ──相手は誰だ? 

 相手はプラネテューヌの女神候補生のネプギアさんだ。

 ──これはどんな戦いだ? 勝敗はどう決める? 

 模擬戦。一本取ったら勝ちだ。

 ──得物は? 

 片手直剣。長さは一般と同じ。

 ──気持ちは? 

 『勝つ』その一心のみ。

 

「それじゃ。──はじめっ!」

「はあっ!」

 

 アイエフさんの合図とともに私は地面を蹴り、ネプギアさんに接近を図る。剣は変わらず正面に構えているからこのままだと当たる。その私の突撃をネプギアさんは横に大きく動くことで回避。そのまま地面を踏み込んで剣を振るってくる。それを何とか自分の剣で受け止める。

 しかし意外にネプギアさんの力は強く、少しずつ押されていく。このままではじりじりと押し負けてしまう。ならこの威力を逆に利用して——

 素早く横にズレながら剣を滑らす。

 

「──あっ!?」

 

 すると押される威力は前へ倒れる力となってしまいネプギアさんが倒れそうになる。

 ──チャンスだ。

 横に動かした足を踏ん張ることでズレた勢いを殺し、そのまま剣を大きく上に振り上げ──

 

「やああああっ!!」

 

 ──倒れそうになっているネプギアさんの背中目掛けて容赦なく振り下ろす。

 

 

 

 …が、本当に攻撃を当てるわけではない。あくまで寸止めだ。

 

「──きゃっ!」

 

 そして私が剣の動きを止めると同時にネプギアさんは地面とぶつかった。私が剣をぶつけたからではなく、結局踏みとどまることができず倒れたからだ。

 さて、剣を当てていないが、あくまでこの勝負は寸止め前提の勝負。判定はどうなのかと審判を見ればお二人共目を見開いて驚きの表情のまま固まっている。

 

「…えっと、アイエフさん?」

「え…? あっ、い、一本! この勝負ルナの勝ち!」

「す、すごいですぅ……」

 

 声をかければ固まった状態から回復したお二人。でもその顔が驚きのままなのは変わらない。そんなに驚くことがあっただろうか? 

 ま、とりあえずこけたネプギアさんを起こすこととしましょうか。

 

「いてて……」

「ネプギアさん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 ネプギアさんの前にしゃがみ、手を差し出す。ネプギアさんはその手を受け取り、立ち上がり、それから服に付いた汚れを払った。見たところ怪我はなさそうだ。

 

「怪我はなさそうですね。よかった」

「…はい」

 

 あれ? どこか雰囲気が暗いような……気のせい? 

 …気のせいじゃない。ネプギアさんの表情は暗い。もしかしなくても私に負けたからだろう。

 

「えっと、こんな時もありますよ。多分一本だけの勝負だったからまぐれで私が勝っただけですけど、もし普通の実践みたいな勝負ならネプギアさんには敵いませんって」

「そんなこと…ないですよ」

「あ、あのあの……」

 

 ど、どうしよう……

 こんなときどうしたらいいかなんて私分からないんだが!? 

 

「はいはいネプギア、そんなしょげてないの」

「そうです。ギアちゃんも十分凄かったですよ」

「でも……」

「まあ今の結果は私も驚きだけどね。まさかさっきまでひいひい言ってたルナがあそこまで動けるなんて……」

「あ、あれはアイエフさんやネプギアさんが色々と教えてくれたおかげで上手く体を動かせただけというか…体が思うように動いただけというか……」

 

 …そういえば勝負直前と最中、頭がよく動いて、体も軽かったような……

 

「…条件付きってところかしら……」

「え?」

「何でもないわ。ネプギアもあんまりしょげてないで、元気出しなさい。ネプギアの方が先輩なんだから」

「私が…先輩…?」

「そう…ですね。そういえば記憶を失ってるってことを除けばネプギアさんは私の剣の先輩…というか師匠? いや教官? とにかく私より先輩です!」

「そ、そっか…私が先輩、かぁ……」

 

 “先輩”という言葉にネプギアさんの表情は徐々に明るくなる。ナイスフォローアイエフさん。多分記憶を取り戻したら立場が逆転する可能性もあるけど、まあそれは先延ばしにしておこう。

 と思ってたらネプギアさんのニヤ…ゴホンゴホン。明るくなった顔がハッと何かに気づいた様子。

 はて? 何か? と思えばあわわ…と慌て始めるネプギアさん。落ち込んだり明るくなったり慌てたり忙しい方だな、と思って見ていれば何かもじもじしながら口を開いた。

 

「で、でもやっぱりその…ルナさんとは先輩後輩じゃなくて…友達になりたいかな」

「~~~っ! はいっ! こちらこそネプギアさんとは友達になりたいです!」

 

 ネプギアさんからのまさかの提案に私の胸は幸せいっぱい。いいのか? こんな幸せで。後で嫌なことが…あってもいいか。こっちもネプギアさんとはもっと仲良くなりたいと思ってたんだから。むしろネプギアさんの方からそれを申し出てくれるなんて、それ程良いことは他にあまりないだろう。

 少なくとも今の私にとっては凄くいいことで、今の状態で何か嫌なことがあっても大抵は平気だ。

 

「じゃあ敬語も無しにして、私のこと呼び捨てでいいから、ルナさんのことルナちゃんって呼んでも…いいかな?」

「はい! …じゃなくてうん、いいよネプギア」

「良かった。これからよろしくね、ルナちゃん」

「うん!」

「二人がより仲良くなれて…ピクニックをしてよかったですぅ」

「そうね。でもより仲良くなったところで悪いけどそろそろ帰りましょ。日が暮れるわ」

「え? あ、本当だ」

「あ…まだそんなにいなかった気がするのに……」

「楽しい時間はあっという間です。暗くなる前に教会に帰るですよ~」

「はーい」

「あっ、片付けお手伝いしますね」

 

 アイエフさんのフォローのお陰でネプギアさん…じゃなくてネプギアが元気を取り戻しただけでなく、さらにそこからネプギアに友達になりたいと言われ、ネプギアと友達になれた。模擬戦直後はどうなるかと心配したけど、いい方向に行ってよかった。今回のピクニックを提案してくれたコンパさんには感謝だ。それにお弁当も美味しかったし。

 今回の旅、皆さんと仲良く。そして旅先で会う方とも仲良くなれたらいいな。

 

 

 

 そんな思いで私は夕暮れの中、教会へ帰った。次の日には事態が大きく動くとは夢にも思わずに……




後書き~

模擬戦の果てにネプギアと友達になることができたルナ。しかし彼女に大きな波が迫っていることに彼女達は気付いていませんでした。
彼女達はその波を乗り越えることができるのでしょうか……

次回もまた、こうしてお会いできる日を楽しみにして。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話『ゲイムキャラを狙う悪の手』

前書き~

前回、コンパの提案でピクニックに行ったルナ達。模擬戦をするとルナが勝ってしまいましたが、どうにかアイエフのフォローでネプギアに元気が戻り、さらにネプギアはルナと友達になりたいと言いました。ルナは喜び、ネプギアと友達になったのですが……
今回はその次の日のお話です。
それではごゆるりとお楽しみください。



[プラネテューヌ教会]

 

 

 その日の朝は嬉しいやらなんやらな出来事があった。

 朝一にイストワールさんからまだゲイムキャラは見つかってないと言われたので、とりあえず事務室に行ってお仕事体験の続きをって扉を開いて挨拶してみれば皆さんはすぐに近寄ってきて「倒れたって聞いて心配した」とか「体はもう大丈夫か?」とか口々に言ってきた。どうやら私がクエストで倒れたってことは事務部の皆さんに伝わっていたらしい。一体どうやって伝わったんだろうか。

 それはともかく心配をかけていたようだったからとりあえず心配をかけてしまってすみません、と謝ろうとしてたら副部長のクリスさんが人混みをかき分けて私に抱き着いてきた。

 一瞬何が何だか分からなくなった私だったけど、クリスさんが「よかった…無事でよかった」って言葉を聞いて、本当に心配をかけさせてしまった、という罪悪感と会って間もない私をこんなにも心配してくれていたと嬉しくなって「心配かけてすみません」って素直に謝れば「ホントだよ…もう…」って。周りにいた皆さんも「本当に心配したんだぞ」とか「でも無事でよかった」とか。

 そんな皆さんの温かい言葉に心の中で嬉し涙を流していると、さらにダイゴさんも来て「全く、お前さんが倒れたって話が来た時は本当にこの場にいる全員が心配したんだ。あんまり無理しないでくれよ。お前さんはもうこの事務部にとって仲間みたいなもんなんだから」って言葉を頂いた。ちなみにその言葉の中にダイゴさんご本人も含まれてるのは察した。仲間って思ってくれたことと、心配をしてくれたことに対してお礼を言えばそんなの当然だって返事が来て、今度は心の中で号泣。もう何も怖くない(キリッ)

 そんなこんなをしつつ、皆さんが落ち着いてきてクリスさんが離れたところで私は今後の話をした。これから自分はネプギア様やアイエフさん達と一緒に犯罪組織を何とかするための旅に出るということ。だからプラネテューヌでやることが終わったら各国を周るためにしばらく戻ってこなくなることを伝えた。

 皆さんその話を聞いて私のことを心配してくれたけど、同時に応援もしてくれた。皆さん本当に暖かい言葉をかけてくれて、嬉しくて。離れたくなくなってしまった。

 でも流石に何かあれば行かなくちゃならないし、そもそも事務室に来たのは仕事をするためだから、話もほどほどにして今は暇だから~って言って仕事がないか訊くと、丁度私が出来そうな仕事が数件あった。それを空いている席のPCに送ってもらって、仕事をしてみる。

 魔法がどうの、剣がどうこう言ってても、何だかんだで自分には事務仕事が向いているみたいだ。すぐに終わらせてしまった。その後も色々仕事を手伝っていると、いつの間にかお昼になっていた。

 昼食は何にしようかと考えていると、周りの皆さんが食堂に行こうと誘ってきた。しかし残念ながら今の私の懐は寂しい。なんせ現在借金があったり、手持ちもこの間のクエストの報酬の一部のみ。先日のお仕事体験の報酬もあまり使いたくない。だから手持ちが無いからって言うとクリスさんが「じゃあ今回は私のおごりで行きましょうか」なんて言ってくださる。

 ありがたいお申し出だけど、そんなにお世話になったらダメかなって思って断ろうとしたけど、クリスさんが「これはルナちゃんの歓迎会ってことで」なんて言い出す。それに対して周りも盛り上がり始めて、いっそ今日の夜何処かのお店で歓迎会でもやろうかなんて話まで持ち上がってきた。え? え? え? なんてオロオロしてるとパンパンッと手を叩く音が聞こえて、そちらを振り向けばダイゴさんの姿。

 ダイゴさんは「おいおい、盛り上がるのはいいが歓迎会はまだ駄目だ。ルナはまだ正式にここに入ったわけじゃない。体験入部だということを忘れるなよ」と言う。その言葉に皆さんは「はーい」ってしょんぼり。でも次のダイゴさんの言葉で再び盛り上がった。「だがルナが正式にうちの部に入った時は、店を貸し切って盛大にやろう!」。

 その言葉で皆さんあれこれ話す。どこの店がいいかとかいつにしようかとか。今の私にはネプギア達と一緒に女神様達を助けるというやるべきことがあるから、皆さんの話がいつ実現するかなんて分からないし、当分先だろうけど、私まで楽しみになって来た。その時は旅の思い出とかも話せたらいいなって。

 それはそれとして、とりあえず今日は食堂のご飯をおごるだけってことで皆さんに連れられて食堂へ来た。食堂には同じような制服を着た職員の人達がそれぞれ自販機で食券を買って、カウンターで注文して、料理を受け取る人もいれば、ビュッフェ形式のところでお皿に盛り、お金を払っている人もいる。自販機が液晶画面だったり、カウンターの上部に画面があって、そこにメニューの写真が写ってたりする辺りやはり科学か…とかは除いたら、普通の食堂と同じようなものだろう。

 私は自販機の方を選び、カウンターで料理を受け取って、皆さんが先に確保してくれていたテーブルに着く。それで「いただきます」って挨拶して食べ始めた。

 私から話せるような話題は少なかったけど、皆さんの仕事の話やプライベートな話とかも聞けたし、それで笑ったり共感したりなんてして、皆さんと食べる食事はとても楽しかったし、こういうのもいいなって思った。

 でもそれはあまり長くは続かず、料理が後ちょっとで食べ終わる頃にポケットに入れていたNギアが鳴ったことで終わった。皆さんに断りを入れて席を立ち、Nギアの画面を見てみると、着信相手はイストワールさんからだった。イストワールさんとは先日連絡先を交換、というか教えてもらう方だったけど、それだから着信が来ても別に変なことではない。しかし一体何の要件だろうか。

 そんな疑問を抱きながら着信が切れないうちに電話に出た。

 

「はい、ルナです」

『あ、ルナさん。今どちらにいますか?』

「えっと、事務部の皆さんと食事をしに食堂へいますが……」

『そうでしたか。仲良くできているようで安心しました』

「はい。皆さんいい人ですから。ところで何かありましたか?」

『実は先程、ゲイムキャラの居場所が分かったんです』

「え…ゲイムキャラの居場所が…?」

 

 その言葉に私は固まった。だってゲイムキャラの居場所が分かったってことは、これから会いに行くということで。そこでゲイムキャラから力を貸してもらうことが出来れば、次の国のゲイムキャラを探しに行かなければならなくなる。それはつまり、もしかしたら明日か明後日にはプラネテューヌを発つってことで、あと少ししか事務部の皆さんといられないし、しばらく会えなくなってしまうということ。それが少し寂しかった。

 

『はい。お食事をしていたところ申し訳ないのですが、すぐに会議室に集まってきてもらえませんか?』

「…わかりました」

 

 そう言って私は通話を切って、それから気持ちを割り切る。確かに会えなくなるのは寂しいけど、でもネプギア達から受けた件は、絶対にやらなきゃならない。じゃなきゃ会えなくなるどころの話じゃなくなってしまうかもしれないんだ。だったら早く終わらせて、記憶も取り戻して、それで喪失前の私に何かやるべきことが無かったら、正式に事務部に入って、歓迎会やって……。そう考えていた方が建設的だ。

 ならば、と席に戻り、皆さんに「急用が入って、すぐにイストワールさんのところへ行かなければならなくなった」と言い、残り少なかった料理を余らせてはいけない、と急いで掻き込んで食器を返して急ぎ足でゴー! 

 

 

 

 

 

 エレベーターに乗って上階で降りてその階にある、会議室に入る。既に中にはネプギア達が集まっており、私で最後のようだ。

 

「すみません、遅れてしまいましたか?」

「いいえ、私達もさっき連絡を受けて来たところよ」

 

 その言葉を受けつつ、空いた席に座ると、イストワールさんは話し始めた。

 

「皆さん揃ったようですね。皆さんを呼び出したのは、他でもありません。ゲイムキャラが見つかりました。場所はバーチャフォレスト、その最深部で寝ているとのことです」

「バーチャフォレストですか…まさか近い場所で眠っていたとは……」

「やっと始めの一歩って感じね。急いで行ってみましょう!」

「「はい(です)!」」

 

 アイエフさんの言葉に私とコンパさんは返事する。しかしネプギアは黙ったままだった。それを不思議に思って見ると、少しだけ影が差しているように見えてしまった。何か不安なことでもあるのだろうか? そう思ってたら先にコンパさんが話しかけていた。

 

「どうしたです? ギアちゃん。浮かない顔ですが……」

「え…? な、何でもありませんよ」

「そうですか? ならいいですが……」

 

 ネプギアのその言葉に煮え切らない表情を浮かべるコンパさんだが、当の本人がそういうなら…とそれ以上何か聞くことはなかった。

 でも私はそれで終わるかと言えば、そうでもなく、かといって行動に起こすかと言われれば、友人になったとはいえまだあまり親しくない私に話せるようなことならコンパさんにも話しているはずだから、ただ心の中にモヤモヤが募らせるだけ。でもネプギアのあの顔、見覚えがある。

 だってあの顔、バーチャフォレストへクエストに行った時に見たのと同じだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ──バーチャフォレスト。

 そこはこの間クエストで行ったダンジョンで、少し進めばこの間私がやらかしてしまった光景が未だ残っていた。それを見て思わず後悔の念に囚われるけど、でもそのおかげでネプギア達を助けることができたんだし、万事オッケーかなって。でももう少し力加減できなかったのかなーって思うところもある。

 それは置いといて、さらに奥に進むと見えてきたのは湿地帯。湖の底から樹が生えていて、上を見れば大きな樹がそびえたつ。ピクニックで行った桜の樹よりも大きな樹だ。湖の中はというと樹の根が至る所に張り巡らされており、まるで土が水に変わっただけの光景にも思える。湖の上には人工物で足場が形成されており、どうやらここも人が来れるようにしてあるらしい。これだけの場所があるなんて、驚くと同時に、視界に映るモンスターで気持ちが切り替わる。

 ここに来たのはここにいるというゲイムキャラを探すためであり、遊びに来たわけじゃない。それにここに来る道中でアイエフさん達から聞いた話だと、ここのモンスターは奥に行くほど強くなるらしい。つまり前回相手したスライヌよりもモンスターは強い。気を引き締めていかなければ。

 そう思って皆さんと進んでいくと、アイエフさんが足を止めた。

 

「待って皆。あのモンスター、様子がおかしいわ」

「あっ、モンスターが……!」

 

 アイエフさんの言葉でそちらを向けばモンスターがいた。しかしアイエフさんの言う通り様子がおかしい。そう思っているとモンスターがいきなり黒い光を放ち自身の姿をそれで隠したかと思うと、光が消えた時そこにいたのは先ほどのモンスターと似て非なるもの。具体的に言うならモンスターの配色が明るい色から暗い色になった。

 ネプギアさんが目の前で起こった現象に驚きの声を発しているところを見るに、どうやら初めて見たようだ。しかしアイエフさんとコンパさんの様子を見るに、お二人は見たことがある様子。

 

「やっぱりね……」

「アイエフさん、一体何が起きたんですか?」

「モンスターはね、犯罪神への信仰の力に影響されやすいのよ。で、強く影響されたモンスターはああやって姿を変えて凶暴化するって訳」

「わたし達はあれを、汚染って呼んでるです」

「汚染……」

 

 汚染されたモンスターは凶暴化する。それはまるで正気がなくなってしまったようなものだろうか。それとも体が勝手に動くような感じなのだろうか。

 それを考えたところで相手はモンスターだ。考えたところで意味がない。考えるくらいなら先に倒してしまった方が良さそうだ。

 

「気を付けて、汚染化されたモンスターは汚染前と比べて強さが段違いよ。油断しないで!」

「くるですっ!」

「はい!」

「かしこまりっ!!」

 

 それぞれが武器を構える。段違いの強さとやら、見せてもらおうかっ! 

 そう思いながら武器を構えると、ほんの少しの違和感を感じた。でもいつものことだと思って振り払って戦いに集中する。だからこそこの時は自覚してなかったし、後で教えてもらうまで気づかなかった。私の体の動きがいつもより俊敏だったということに。

 

 

 

 

 

「…ふぅ、どうやらこれでこの辺りのモンスターは仕留め終わったようですね」

「え、ええそうね……」

「えぇっと。どういうことです? どういうことです?」

「どうかしましたか?」

「どうかしたとかじゃないよルナちゃん! なんでそんなに動けたの!?」

「へっ!? う、動けたって何が?」

「戦ってる時だよ! 前に模擬戦した時よりもずっと動けてたよ!?」

「え? そ、そうなの…?」

 

 ネプギアに驚いた様子でそう言われてもピンとこない。でも確かに思い返せば汚染化したモンスターをこの前倒したスライヌより少ない手数で倒した気がするし、多く倒してた気がする。ただ無我夢中というか、とりあえずモンスター全滅させてやれーとか思って戦ってたから気付かなかった。

 

「やっぱり条件付きなのね」

「条件付きってなんのことですか?」

「ルナの動きが良くなる時のことよ。ほら、ルナの動きが素早くなったり、剣を振るう時の動きが良くなったりしたのって今のも含めて三回だけど、そのどれもが何かを相手にして戦ってるときじゃない? もしかしてだけど、ルナは何かを相手にしてる時がいちばん動きが良くなるんじゃないかしら」

「確かに、一回目はスライヌさんを倒してたときですし、二回目はギアちゃんと模擬戦した時ですぅ」

「それで今は汚染化したモンスターや他のモンスターを相手にして……確かにアイエフさんの言う通り誰かを相手にした時ですね」

「そ。だからそう思ったのよ」

「そうですかね……」

 

 でもなんだかアイエフさんの言うことは違う気がする。確かに三回とも誰かを相手にしてたけど、そのどれもが誰かを相手にしてたからとかじゃないような……

 でもアイエフさんに特訓してもらった時は全然ダメダメだったから、それはそれで本当なのかなぁ

 

「ま、それはそれでいいとして、とりあえず先に進みましょう。ルナのおかげでモンスターがだいぶ減ったことで進みやすくなったわけだし」

「そうですね。ゲイムキャラさんまであと少し……」

 

 皆さんの表情が引き締まる。ゲイムキャラとは一体どんな形をしていて、どんな物なのだろうか。意思を持っているのか? 人の形をとっているのか? そもそも生き物か? 

 私の中は疑問でいっぱいで、だからこそ早く見つけて疑問を解消したいなって。

 そう思って辺りを警戒しながら歩いていくと、少し遠くの方から金属音がした。

 まるで金属と金属がぶつかっているような。あるいは何かを壊そうとしている音…? 

 

「…あの、何か聞こえてきませんか…?」

「え? そうかしら……?」

 

 ネプギアさんも聞こえるようで、辺りを見る。アイエフさん達もその言葉を聞いて辺りを見渡すが、音から察するに遠くにあるため見つからない。もっと先にあるのかもしれない。

 それに何だか嫌な予感がする。何かがダメだって感じがして……

 

「っ……!」

「ちょ、ルナ!? どうしたのよ!」

「ルナちゃん! 待ってくださいですぅ!」

 

 私の足は思わず駆けていた。何で走ってるかなんて気にするより先に早く音の正体を知らなければって体が動く。

 この感じはあのクエストでキングスライヌが覆いかぶさろうとしてきたときに似ている。あの時もこうやって体が動いていた。

 あの時と同じ感覚だろうか。それともただ衝動に急かされているだけ? 

 どちらでもいい。何かが手遅れになる前にどうにかしなければ! 

 

 

 

「あっ、あそこに何かそれっぽいのがあるわ!」

「あ、あれ? 誰かいるですぅ……」

「何かを壊そうとして……だ、ダメ! やめてください!!」

 

 走ってから少しして祭壇らしきものが見えてきた。その前には灰色のパーカーを着た誰かがいて、そこで紫色に光る何かに鉄パイプを振り下ろしている。それを見たネプギアが叫んで、その人はこちらを振り向いた。灰色でネズミの耳と思わしき耳が付いたフードを被ったネプギアとあまり変わらない背丈の女の子。でも彼女から感じる雰囲気は不思議と悪い物だと本能か何かが告げたが、それより先に彼女が壊そうとしているものを保護しなければならない。先に彼女の元に着いた私は怒鳴った彼女の相手をすることにした。

 

「あぁん? ジャマすんじゃネェよ! 誰だてめぇ等!」

「人に名を訊くときは自分からが鉄則だよ!」

「はっ、そんな鉄則アタイの知ったことじゃネェよ!」

「じゃあいいよ。知りたくもないし」

「なっ…そこは食いついてこいよ……」

「だって君が何処の誰さんかなんて私にはどうでもいいし」

「いや私達にとってはどうでもよくないわよ」

「あなた誰です!? どうしてゲイムキャラを壊そうとするですか!?」

 

 ようやくアイエフさん達も追いついて、女の子を見る。そして彼女が壊そうとしていたものを見て、コンパさんは叫んだ。

 

「どうしてってそりゃこいつぁ、我々マジェコンヌにとって目障りなヤローらしいからな」

「アンタ、マジェコンヌの一味なの?」

「へっ、教えてやる義理はネェが…まあいい。全員耳かっぽじってよく聞きな! 犯罪組織マジェコンヌが誇るマジパネェ構成員、リンダ様たァ……」

「構成員? てことは下っ端?」

「下っ端ですね」

「下っ端さんです」

「なっ…!? 誰が下っ端だぁ!? 誰が!?」

 

 女の子……リンダがなんか名乗ってたけど、アイエフさん達にとっては下っ端でいいらしい。まあ確かに構成員って組の中じゃ下っ端だしね。

 …何だかこれから幾度となく会ったとしても、皆さんにとっては下っ端で終わっちゃうのが可哀そうに見えてくるなぁ

 

「ま、いいや。で、リンダ…下っ端? どっちで呼べばいいのかな?」

「下っ端でいいんじゃない?」

「下っ端でいいと思うよ」

「下っ端さんですから」

「だ・か・ら! 誰が下っ端だぁ!!」

「うるさいわよ、下っ端のくせに。ほら、さっさとそこを退きなさい。下っ端のくせに生意気よ」

「下っ端さん、お願いですからジャマしないでほしいです」

「下っ端相手なら勝てるはず……」

「ぬぐっ……下っ端下っ端連呼しやがってぇ……! もうガマンならネェ! 下っ端呼ばわりしたこと、後悔させてやらぁ!!」

 

 そう言って下っ端さん…いや可哀そうだから私はリンダって呼んであげよう。リンダは鉄パイプ片手に殴りかかってくる。戦闘開始だ。私達もそれぞれ武器を片手にリンダを倒そうと攻撃を開始した──




後書き~

バーチャフォレスト最深部でゲイムキャラを見つけたルナ達。そこには下っ端(リンダ)がゲイムキャラを破壊しようとしていました。はたしてゲイムキャラを守り、協力を得ることができるのでしょうか。
それでは次回も、お会いできることを願って。
See you Next time.

今回のネタ、らしきもの。
・プラネテューヌ教会の食堂
調べてみると、プラネテューヌの元ネタであるセガ本社の食堂はビュッフェと食券?の2種類あるようです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話『体は気力で動かすもの』

前書き~

前回バーチャフォレストでゲイムキャラを見つけたルナ達。しかしそこには犯罪組織の構成員がゲイムキャラを破壊しようとしていました。ルナ達はそれを止めようとするのですが……
今回もごゆるりとお楽しみください。



「きゃああっ!」

 

 …戦闘開始から数分。最初に戦闘から強制離脱を受けたのはアイエフさんとコンパさん。そして今しがたネプギアがリンダの攻撃に敗れた。

 

「くっ……なんでただの下っ端がこんなに強いのよ!」

「これも犯罪神への信仰が強くなってるせいですか……?」

 

 後ろでダウンしたお二人が何か言ってるけど、正直反応してる暇はない。ほんの少しまでリンダを『下っ端』と呼んでいたぐらい余裕があったはずなのに、今は私以外地面に伏せているのだから。

 自分だけがまだ無傷でこの場で立っていることがとんでもなく不思議に思うが、それはそれでいいのかもしれない。だってゲイムキャラを破壊させてはならないってところは今のところ維持できているわけだし。

 でも、リンダにもあるだろうけど、私の体は体力の限界に近付いていた。さっきから避けてばかりで攻撃をする暇がない。攻撃したとしても受け止められて跳ね返される。そこからの反撃を受け止めるとあまりの力強さに負けそうになる。

 言ってしまえばこちらは素早さが高いけど、相手は攻撃と防御が高い敵と言うわけだ。しかもテクニックも高いときた。これが犯罪神への信仰で得られるというのなら、それはそれで素晴らしいのかもしれないのかな……

 攻撃を避ける時、攻撃をするとき、攻撃を受け止める時。そのどれも体力を消耗していった。

 三人が立ってた時はまだよかった。なんせ相手は一人。全員をまとめて相手にする力は持っていなかったからだ。

 でも一人、また一人。そして三人目。体力を回復させる時間も、攻撃する隙も一人脱落するたびに減っていった。残る私は無傷でも体力を大幅に消費して、判断力と身体の動きが鈍くなっている。酸素が足りなくて頭がぼうっとする。もしかしてこのまま負けるのかなって頭の中で思い始めてしまう。

 だからだろう。ぼうっとした頭が視界に映るリンダが鉄パイプで攻撃してきたと判断して剣での防御に移るまでが遅かった。

 跳ね飛ばされる剣。それを思わず目で追ってしまうが、すぐにリンダに意識を切り替える。でも既にリンダは鉄パイプの先を突きの動作で動かしていた。

 鳩尾に固い棒状の物で突かれる鋭い衝撃。圧迫されて吐き出される息。吹き飛ばされる感覚。息を吸おうとしても出来なくて、地面に叩きつけられる衝撃がくる。地面を転がる感覚がした。数回転がって止まってようやく襲い掛かる身体中を走る激痛。身体が酸素を求めようとしても上手く息が吸えない。ただでさえ酸素が足りなくなってきていたというのに、追い打ちをかけるようなその攻撃は、私の意識を刈り取ろうとするには効果的だった。

 強引に酸素を求めても吸えなくて、でも心臓がドクドクとうるさいくらいに鳴っていて、ハッハッと浅い息だけが繰り返される。それらが痛みと恐怖心からきたものと気付くのは容易いこと。

 そうだ。怖い。どうしようもなく恐い。身体が勝手に震える。心臓は鳴り止まない。浅い息で十分に酸素を吸収できない。頭も上手く働かず、恐怖で染まってしまっている。身体も動かせず、考えることだって放棄してこのまま眠ってしまいたかった。

 まだ始めはよかった。こんな恐怖は想像や妄想の範囲で、モンスターを大量に倒していくうちに妄想は妄想で終わった、と思っていたから。でも敵を前にして皆さんが倒れて。そして今私も負けそうになってる。負けて、死ぬかもしれない恐怖に怯えてる。

 ははっ……なんて情けないんだろ。ネプギアもアイエフさんもコンパさんも。皆さん私より多くの攻撃を食らいながらも必死に敵に食らいついて。それで倒れたのに。私はたった一撃でこのザマだ。自分で自分が情けなくてしょうがない。

 

「へっ。ちょこまかとうぜぇと思ってたが、たった一撃で倒れるたぁな。弱いやつだ。さて、散々バカにしてくれた礼に、一人ずつブッ殺してやるよ。まずは……」

「ひっ……」

「テメェからだ! ガキんちょ!」

 

 リンダは品定めするように私達を見て、それに怯んだネプギアは小さく悲鳴を上げる。それを聞いたリンダは一人目をネプギアと決めて、ネプギアにゆっくりと近づく。

 

「…いや、私また…何も、できないで……」

「へへっ。そぉらよっとッ!」

 

 手に持つ鉄パイプを大きく振りかぶる。そしてそのままネプギアに振り下ろされると思った。その時……

 

「危ないっ!」

 

 ネプギアとリンダの間に人影が入り込んだ。鉄パイプはそのまま振り下ろされて、その人は倒れた。

 

「…アイエフ…さん……?」

「っ…よかった、無事だったみたいね……」

「よくありません! なんで私をかばったり…私なんて、何もできないのに……」

「…関係ないわよ。私が守りたかったから、それだけ……」

「どうして!?」

 

 倒れたのは、ネプギアを庇ったのはアイエフさんだった。アイエフさんはネプギアの声を聞いて無事だったことに安堵していた。でもネプギアにとってはよくないらしい。アイエフさんの言葉を聞いて、泣きそうになって俯いてしまった。

 でも次のアイエフさんの言葉はネプギアの心に届いたらしい。

 

「…三年前、私は…アンタ達を見殺しにしちゃったから。あんな思い、二度としたくないの…だから決めたの。今度こそ、何があっても絶対私が守ってやるんだって……」

 

 “何があっても絶対私が守ってやる”

 その言葉に聞き覚えがあった。場違いな感覚だけど、頭の中の、失ったはずの記憶の片隅に、何かが引っかかった。

 昔、そう昔に。確かにその言葉を聞いたことがあるはずなんだって……

 

「アイエフさん……」

「おーい、何いちゃついてやがんだよ。いいぜ、そんなに一緒に死にてぇってんなら、まとめて殺してやるよ」

「ぅあ……」

 

 …だめだ…いやなんだ…また…失うなんてっ……!! 

 

 もう一撃、とリンダは鉄パイプを振りかざす。

 このままじゃネプギアとアイエフさんは殺される。それだけは絶対に嫌で、私は必死に体を動かそうとした。

 呼吸はなんとかできるようになってて、身体は震えていたけど気力で抑えた。それで立ち上がろうと手足を動かす。

 

「んだぁ?」

 

 服がすれる音がした。それに気づいたリンダが私の方を見る。

 私はというと、何とか地面に踏ん張りながらも立つことができていた。身体がまだ痛い。多分そこら中擦り傷が出来てる。頭もうまく動かない。フラフラする。

 それでも立つ。立ち上がらなきゃならない。

 

「ルナちゃん……」

「…ったいに。絶対に皆をやらせない…!」

「ハッ。たった一撃で倒れたくせに何ほざいてんだぁ?」

 

 確かに一撃で倒れた。恐怖で怯えた。というか今だってできるのなら今すぐ逃げ出したい。

 でもできない。ううん、逃げたくない。

 だって、アイエフさんの勇姿をを見たら、逃げるなんて選択肢は取りたくなくなったから。

 身体が動かないとか。そんなのただの気力の問題だ。ただ肉体が精神に引っ張られただけ。

 ならまた精神が肉体を引っ張ればいいだろう? 

 

「それ…でも……! ネプギア達は絶対にやらせないッ!」

 

 力が入らない足に無理矢理力を入れてリンダ目掛けて駆けだす。

 剣はさっき飛ばされて遠くにある。今から取りに行ってたんならリンダがネプギアとアイエフさんを攻撃する。取りに行ってる場合じゃない。魔法は思い出せないから使えないし、他に何もない。

 なら素手を武器にしよう。というか体全体でタックルをかまそう。時間ぐらいは稼げるかな。

 いきなりの行動にリンダは驚き戸惑っている。そこを突いて体全体をぶつける。それを受け止めきれなかったリンダは私と一緒に地面に倒れた。

 

「っだッ! テメェ! 何しやがんだっ!」

「っ……!」

 

 痛い。さっきのダメージは気力じゃ回復なんてできてなくて、痛かった。でも今回はリンダがクッションになってるから平気。それにやっぱり気力が肉体を引っ張ってくれているから、大丈夫だ。

 

「こんのッ!」

「ぐっ……!」

 

 何度も何度も殴られる。それは鉄パイプでだったり、拳でだったり。痛くて痛くてたまらなくて。涙が溢れてきて。それでも私はリンダにしがみつく。絶対にネプギア達はやらせないから。

 

「ルナちゃんっ! お願い、もうやめて! もういいからぁ!」

「だめ…なの。それじゃぁ……」

「クソがッ! いい加減離れやがれ!」

「いやだ……」

「はぁ!?」

「いやなんだ…また大切なものを…失うなんて……!」

 

 痛みで意識が飛びそうになる。でも離さない。離したら、リンダはネプギアを殺しに行く。それだけはいやだから。

 

「だぁっ! めんどくせぇ! いいぜ、そんなに死にたいんならテメェから殺してやらぁ!」

「がッ!」

 

 頭に強烈な痛みが走る。どうやら鉄パイプで頭をやられたらしい。意識が遠くなる。手に力が入らなくなる。強引に服を掴んでいた手が解かれて、冷たい地面にまた横たわる。離したら…だめだったのに……

 でも現実は非情で、私の手から逃れたリンダは立ち上がってしまう。まあさっき私からって言ってたし、ネプギアまで時間は稼げたか…な……

 

「そぉらよッ!」

「ッ……」

 

 もう痛みも感じなくなってた。頭…やばいとこやられたかなぁ……

 あはは…目の前が真っ赤になってきた。なんでだろうなぁ……

 …ここ…まで…か……な……

 そう思った瞬間、真っ赤な視界を眩くて力強い。でも優しい光が覆った。

 

 

 

 

 


 目の前ではさっきまでルナちゃんが下っ端にしがみついていた。周りではコンパさんが倒れ、アイエフさんは私を庇って受けた攻撃で立ち上がれなかった。

 その場で立ち上がれるのは私だけ。そういってもルナちゃんが時間を稼いでくれたおかげで回復しただけ。

 そのルナちゃんも、今は下っ端に頭を殴られて、地面に横たわっている。そこに下っ端は容赦なく殴りつけていた。

 このままじゃここで終わってしまう。それは嫌だった。

 まだ怖い。けど…私が戦わなきゃ…私が強くならなきゃ、みんな死んじゃう…それは…

 

「…ダメ。そんなの、絶対にイヤ!」

「やっとまともな顔に戻ったわね。…アイツに勝てる?」

「勝ちます! 絶対に!」

「その意気よ。それじゃネプギア…」

「え?」

「私の力…使って…あの子を……」

 

 アイエフさんはそういうと、私の頬に口づけをした。その瞬間、私の体に力が溢れる。

 間違いない。これはアイエフさんの力だ。

 力が私の中を周り、私はその力に勇気づけられるように立ち上がる。

 もう怖くない。…ううん。怖い。

 でも、大切なものを守れない方が怖いから! 

 

 

 

 

 


 幻を見たんじゃないかって、これは私の頭が最後に見せてくれた幻覚なんじゃないかって思った。

 でも確かにそこに【女神の降臨】を感じた。

 

「なっ、テメェ女神だったのか!」

「覚悟してください。全力で行きますッ!」

 

 

 

 ──そこからは圧倒的だった。宙に浮かびながら戦う彼女はその手に持つ武器でリンダを圧倒して、リンダは徐々にダメージを負っていって、ズタボロになっていた。

 

「ぐああああっ!! ク、クソッ! ズリーぞ! 変身なんかしやがってよ!」

「…大人しく退いてください。そうすれば見逃してあげます」

 

 その声の色は冷たく、きっと怒ってるんだと思う。なんせアイエフさんやコンパさんを…仲間を傷つけたんだから、当然だよね。その中に私もいると嬉しいよね……

 でも彼女がリンダを見逃してあげようと思ったのは、せめてもの情けなのかもしれない。それが彼女の優しさなのかな。

 

「はい。分かりました…なんて言うわけネェだろうが! こうなったら最初の目的だけでもっ!」

「あ、やめなさい!」

「だからテメェの言うことなんざ聞かネェっつの! うおりゃああ!」

 

 リンダはネプギアの説得に頷いて去るために立ち上がった…かと思わせてゲイムキャラの元へ走り出した。リンダの行動に驚いたのか一瞬反応が遅れたネプギアも彼女を追いかける足音がするが、残念ながらネプギアがリンダに追いつくより早くリンダはゲイムキャラの元へ着いてしまったようだった。

 パリーンとガラスが割れる音が辺りに響き渡る。淡い紫色の光を放っていたゲイムキャラが粉々に砕けた音だった。

 

「ゲイムキャラさんがっ!」

「へへっ。ざまぁ見やがれ! これでもうここに用はネェ。次はラステイションのゲイムキャラだ!」

「待ちなさい! くっ、逃げ足も速いわね」

「そんな…ゲイムキャラが……」

 

 コンパさんの声が聞こえた。そしてゲイムキャラを壊した張本人はさっさと逃げてしまった。それを追う余裕はネプギアにはないようで、守ろうとしていたゲイムキャラを壊されたことにショックを受けて固まっていた。代わりにアイエフさんが追いかけようと何とか立ち上がった気配がしたけど、その前にリンダに逃げ切られてしまったようだった。

 その場でそれぞれショックで立ち尽くすか、あるいはケガで動けないでいた。そのときだった──

 

「……大丈夫ですよ。女神候補生」

「…え? 誰の声……まさか」

 

 凛とした大人の女性の声が聞こえた。その声にネプギアは声の主が誰なのか何となく気が付いたらしい。

 でも実はさっきから音や気配だけで状況を把握してて視覚的情報がない私には何が何やら。

 とりあえず死にそうなんですが、へるぷ! へるぷみーこんぱさーん!




後書き~

コンパさんの出番が少ないように感じますが、これから増やしていけたらいいなと思ってます。
それでは次回も、お会いできる日を楽しみにして。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話『己の過去を少し知る』

前書き~

前回、周りが倒れる中必死に食らいついたルナ。しかし頭を強打して瀕死に。そこへネプギア女神化。下っ端を倒しました。しかし下っ端はゲイムキャラを破壊して逃げてしまいました。落ち込む彼女たちに謎の声が……
今回もごゆるりとお楽しみください。


「うぎゅ…まだ痛い……」

「あたりまえです! あんなにいっぱい硬い物で殴られたらこんなにひどいケガだってするです!」

「まあまあ、ルナのおかげでゲイムキャラの力を得ることができたみたいだし、結果オーライってことでいいじゃない」

「そ、そうですよ! いやまぁまさかこんな形で役に立ってたとは思ってなかったですけど。アイエフさんの言う通りです!」

「確かにそうだけど…でもルナちゃん、本当に死んじゃうかと思ったんだよ!」

「うぐっ……ご、ごめんなさい……」

 

 実際あと一歩遅かったらもう少し眠ってたかもしれない、とは言えないよね……

 

 

 

 あの後、凛とした声の主であるプラネテューヌのゲイムキャラとネプギア達が話をした。

 どうも私達がリンダと戦ってる間に目が覚めて、リンダが自分を破壊しようとしているのに気づいたそうだ。そしてネプギアが女神候補生だっていうのも気付いていた。だから破壊されても力の一部を分け与えられるようにと色々やっていたら、破壊されたそうだ。

 でもギリギリ間に合ったようで、ネプギア達に力を渡すことができたのだ。

 

 で、アイエフさんの言う私のおかげっていうのは、時間稼ぎのこと。身体を張って時間を稼いだおかげで間に合った、とゲイムキャラにお礼を言われた。私としてはネプギアやアイエフさんの回復をーとか思ってたんだけど、どうやらそれ以外にも効果を与えていたようだった。

 

 ちなみにそのゲイムキャラさんはまだ消えておらず、私達の先頭に浮いてどこかへ案内しております。どうやら私達に何か見せたいようです。

 

 というのは、ゲイムキャラが消えてなかったと知って安堵しつつ、コンパさんに応急処置をしてもらった後血を拭いてちゃんと顔を合わせて対面すると、ゲイムキャラは私の顔を見て驚きの声を上げ、私の名前を口に出した所から始まる。

 淡い紫の光、意思だけの存在となったゲイムキャラは私の周りを飛ぶと、「やはり……」と言った。それに対して私は「私のことを知ってるんですか?」と訊くと「知ってるも何も数か月前に一度、犯罪組織に狙われていた私を助けてくださったではありませんか」と驚きの発言をした。

 “数か月前”…それは私が記憶を失う前の頃だ。私はまだ記憶を失って数日程度なのだから。

 しかし旅を始めて…いやまだ始まったようには思えないけど、初っ端からまさか記憶を失う前の私を知る人物に会えるなんて……

 って驚いて、すぐに私について逸る気持ちで説明も無しに「あ、あのっ! 私について教えてくれませんか!?」って事情を知らなければ意味不明なことを言った。ゲイムキャラも何のことか分からず困っていたが、そこはアイエフさんがすかさずフォロー。今の私が記憶喪失で、自分に関することを調べていると説明してくれた。それに納得したゲイムキャラに、私は再び、今度は表面上は落ち着いて訊くと、ゲイムキャラも私のことをあまり知らないそうだった。

 というのも数か月前にあったのが最初で最後。しかもあまり会話もなかったそうだった。

 その後ゲイムキャラは少し考えた後、私達に見せたいものがあり、その道中で自分の知っている私に関することを教えてるそうで、今現在その見せたいものまで案内してくれているのだった。

 

「ルナちゃん、もうこんな無茶しないでね」

「う、うん。分かったよ」

 

 すみません。多分同じ状況になったら同じこと繰り返すと思います。

 と、会話しつつも本題に入っていった。

 

「先ほども言ったように、私が記憶を失われる前のルナさんと出会ったのは数か月前が最初で最後です。その時は今ここにいるルナさんとは似てないほど暗い方でしたが……」

「あ、私って暗かったんだ」

「うーん、今のルナの性格は全く暗くないわよね」

「むしろ明るいです」

「ええ。おそらく元の性格も今と同じだったかと思います。ただ、長い事多くの敵と戦ってきたのでしょう。それが性格を暗くしてしまったのかと」

「…戦ってきた?」

 

 そんな覚え、当たり前だが全くない。

 しかしそう考えれば確かに剣は扱えるようだし、魔法も使えるようだから、納得はいくけど……

 

「お話を少しした時に、聞いたのです。あれは、寒い冬のころでした———」

 

 と始まる回想。私はフェードアウト~

 

 

 

 

 


 当時は先程いた場所とは少し奥の方、今から行く場所で隠れていたところ、彼女は突然私の前に現れました。

 頭まで深く被ったフードに、全身を隠すように覆うローブはボロボロ。隙間から見える着ている服や、靴までもが。しかし腰に身に付ける鞘にしまわれた剣は輝いておりました。まるで数々の修羅場を潜り抜けてきたような方だと思ったのが、第一印象ですね。

 彼女は私にこう言いました。「最近、犯罪組織がこの地でゲイムキャラを探しているという。近々ここに辿り着いてしまうかもしれない。だからこの場から逃げて、遠くに隠れてほしい」と。

 私はその時彼女を信用することはできなかったので、「私はあなたがどなたなのか存じません。そして初対面の方を信用することはできません。申し訳ありませんが、そのご提案には従えません」と答えました。

 その言葉を聞いた彼女は「じゃあいいよ。ここで奴らが来たら、私が追い払う。それまでここにいてもいい?」と私に訊いて来ました。それ自体はよかったので許可を出したのですが、私はここに犯罪組織が来るなんて思いませんでした。何せプラネテューヌの教祖のおかげで私の居場所は誰にも分からず、その上私自身もある程度期間が経ったら場所を移動するようにしていましたので、居場所がバレるとは思わなかったのです。

 もっとも、彼女に居場所がバレた時点で考え直すべきでした。

 彼女は私の許可をもらうとその場に座り込んで、数日間一食もせず、最低限の水を飲んでその場にずっとい続けました。夜になれば剣を大事そうに抱き、座って寝る。しかし一時間程度しか寝ておりませんでした。それ以外ではずっと何もせず座り続ける。焚火もせず、ただただ体力を温存するかのように動かず、正直よく生きていると思いました。

 

 そんな生活が一週間ほど続いたある時、大量のモンスターを連れた犯罪組織の方々が現れました。彼女はそのことを足音で気付くと、私を物陰へ隠し、魔法で姿が見つからないようにしてくれました。

 そして犯罪組織の方々がその姿を現すと、大事に抱えていた剣を鞘から抜き、彼らと戦いました。

 大量のモンスターと、武器を抱えた構成員達。そんな相手に臆することなく彼女は彼らと剣を交えました。その様子は本当に驚くものでした。ほとんどの攻撃を魔法と剣でしのぎ、素早い動きで駆け回る。

 そして彼女はその剣と詠唱なしの魔法だけで敵を余さず倒したのですから。

 しかし彼女も無傷とは言えず、傷だらけでした。ローブは意味をなさず、引っかかっているだけ。モンスターが吐いた炎で火傷もひどく、垂れさがった指先からは血が滴るほど。その状態でも彼女は敵がいなくなるのを確認するまでずっと地面に突き立てた剣を支えに立っていましたが、力尽きて倒れてしまいました。

 その後は私にも状況を理解することはできませんでした。彼女に近づこうにも、まだ敵がいるかもしれないと思い隠れて見守っていますと、何処かに隠れていたのか二足歩行のモンスターが現れたのです。そのモンスターは手に持っていた“何か”を彼女に近づけました。すると彼女から光が溢れ、その光は“何か”に吸い取られていったのです。光が出なくなると、モンスターはそのまま何処かへ走り去ってしまいました。すると今度は空から光が注いで、辺りを白く塗りつぶしました。そして光が消えると、その場に彼女はいなくなっていたのです。その後、しばらく経っても彼女は現れず、私は今後犯罪組織が現れるかもしれないことを考慮して今の場所に移りました。

 

 

 

 

 

 


「そんなことが……」

「はい。そして今のお話に出てきた彼女こそ、ルナさん、あなたなのです」

「き、記憶喪失前の私ってとんでもないほど強かったんですね……」

「今のアンタからはあんまり想像できないわね」

「凄いですぅ」

 

 まさか記憶喪失前の私がそんなことをしていたなんで、驚きだ。しかも大量のモンスター&構成員を一人で倒したなんて、今の私にはできそうにない。

 しかし剣というのは気になった。というかさっき弾き飛ばされた剣回収するの忘れてたなぁ……

 

「そしてその数日の中で私は色々お話を聞きました。とはいっても私から質問し、彼女が答えてくれただけですが……」

「それでいいので教えてください。今のお話を聞いて尚更気になりましたから」

「そうですか。では、まず私が聞いたのはあなたのお名前と何をしている方なのか訊きました。そこであなたは自分のお名前を『ルナ』と名乗り、旅をしていると言いました。その後も色々訊きました。するとあなたは自分はゲイムギョウ界を女神や私達ゲイムキャラといった者達とは別の観点から守護する存在であり、ここに来たのは犯罪組織がゲイムギョウ界を支配するために邪魔ものを排除するためゲイムキャラを探しているから、守るために来たと言っていました」

「…私が、守護する存在?」

 

 それは初耳だ。まあ喪失前の私を知ってる人に会ったのは今回が初めてなんだからそりゃそうなんだけど……

 

「はい。さらにお話を訊くと、ここに来る前も色んな場所で、色んな敵と戦いながら来たと言っておりました。そのせいで長い間使っていた衣類がボロボロになってしまったと」

「だからルナが落ちて来た時の服がボロボロだったのね」

「そして自分の使命はゲイムギョウ界を守ること、と言っておりました」

「ゲイムギョウ界を守る……」

 

 記憶を失う前の私は、そんな重大な使命を抱えていたのか。今の、記憶を失った私が回避したいような重いことを。

 それに女神様とは違う、守護する存在ってなんなんだろうか。それに記憶を失う前の私は何がしたくて、何が出来たんだろう。

 どうしてその私は、そんな使命を抱えることになったんだろう。どうしてそれを受けたんだろう。

 頭が痛くなる。それはさっき殴られたのが痛むんじゃなくて、あまりにも話が膨大になったからだ。

 想像してたのは、記憶を失う前の私がたまたまゲイムキャラに会って、お話をした程度だと思っていた。

 でも実際には守るとか戦うとか。そんなことばかりだ。

 なんでなんだろうな……

 

「それ以外のことは何も教えてはくれませんでした。ただ無言でいるだけで」

「そうでしたか……」

「まさかルナちゃんがそんなに凄い存在だったなんて……」

「ならなおさら早くルナの記憶を取り戻さないと」

「それでゲイムキャラさん。今向かっている場所はそのルナちゃんが戦った場所とのことですが、何故そこに私達を?」

「その場所にはルナさんの剣が残されているのです」

「私の、剣……?」

「はい、丁度見えてきました」

 

 そう言われて先を見れば今私達がいる長い通路の終わりが見えてきた。通路を抜けるとそこは広々とした今までいた場所以上に広い場所で、その中心には光に照らされて銀色に輝く剣が地面に垂直に突き刺さっていた。




後書き~

正直武器は何にするかルナの名前以上に考えました。結果、ルナの名前の由来から連想づけて考えました。次回武器の名前が登場するはずです。

それでは次回も会えることを願って。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話『光り輝く月光剣』

 その剣はただそこに佇んでいた。まるで何かを待つように感じたのは私の気のせいかもしれない。

 そして、それとは別にその場だけが他の場所と違う様に感じた。この感覚、この間のピクニックの時にも感じたような……

 

「あれがルナちゃんの剣……?」

「はい。あの戦闘でルナさんが最後に剣を突き立てたまま倒れ、そのまま消えてしまった。しかし剣はその場に残されたままだったのです」

「そうだったんですね」

 

 ゲイムキャラの話を聞きながらその剣を見る。綺麗な銀色の片手剣とも両手剣ともいえない大きさ。長さも見た感じでは短剣とはいえないけど、通常の長さより短い。軽そうで、重そう。中途半端な武器だなって思って見ていれば、刃と柄の間の(つば)には一つのビー玉並みの大きさの透明な球が埋め込まれているのに気づいた。それはただの装飾じゃないなって何となく思っただけだったけど。

 そんなことを考えていればアイエフさんとコンパさんが落ち着かない様子でキョロキョロと周りを見ていた。

 

「なんなのかしら。ここだけ今までの場所とは空気が違う様に感じるわ」

「なんだか神秘的な感覚がするですぅ」

「そう言われてみれば…普段感じ慣れているような慣れていないような感じが……」

 

 どうやら皆さんもこの感じを感じ取れたみたいだ。

 

「おそらく皆さんが感じ取っているのは守護の力だと思われます」

「“守護の力”?」

「守護の力とはその名の通りの力。主に女神様が国を守護する時に使われる力のことです」

「それって普段から私達の国…他の国もそうだけど、国を覆っている女神様の力よね。それなら普段から感じているはずだけど。なんでここだけそれが極端に感じられるのかしら」

「それは国を覆う守護の力が、覆う範囲が広い故に薄くなったのを普段から感じているためです。それがこの場所では力の密度が濃い。だからこそ感じ慣れていてもこの場ではとても濃く感じられるのです」

「そういうことなのね」

「ちょっと待ってください。どうしてここだけ守護の力が濃いんですか? ここは国の外ですし、女神の守護も届かない範囲のはず……」

 

 ネプギアの疑問は勿論だ。ここは国の外。一応女神様のネプギアはここにいるけど、さっきからずっとこの場にいたわけじゃないし、それどころか自分たちと同時にこの場に来た。だからここは女神様が守護している場所ではない。だというのに何故こんなにも濃い守護の力を感じ取れるんだ? 

 

「私にもよくわからないのですが、どうやらあの剣から力が放出されているようなのです」

「剣から?」

「見た感じじゃ変わったところはないけれど……」

 

 ゲイムキャラから言われて私達は剣を見るが、先ほどから光に反射して輝いているだけで変化は……

 …まって。“輝いてる”? 

 

「これ…もしかして光ってる?」

「え? まさか機械剣でもない剣が独りでに光るなんてそんなこと……」

 

 アイエフさんが疑うのも分かるけど、でもよく、本当によく見れば輝いている。周りの明るさに紛れて、弱い光を放ってる。もしかしてこの剣から守護の力が放たれているのと何か関係が? 

 

「どうやらその剣は放出している力に比例して輝くようなのです。そしてその剣は持ち主であるルナさん、あなたにしか使えないと私は考えております」

「私にしか使えない?」

 

 守護の力というものを放っているらしい変わった特性を持っているが、見た目は光っていることを除けばただの美しいだけの剣だ。装飾品としても活用できそうなほどの。その剣がなぜ私にしか使えないと? 

 

「はい。ここ数か月、この場を訪れた者が数名いました。それぞれが犯罪組織に属する者であったり、偶々通りかかった旅人であったりと。その誰もがこの剣を見て、そしてその美しさに持ち去ろうとしました。しかし誰一人としてこの剣を抜き去ることはできなかったのです」

「誰も抜けなかった……」

 

 剣身はあまり深く突き刺さっているようには見えない。少し力を加えればすぐ抜けそうなのに……

 

「そうかしら。すぐ抜けそうに見えるけれど」

「なんでしたら試してみてください。ルナさん以外は抜けないはずです」

「じゃあ私から」

 

 そう言ってアイエフさんは剣に近づき柄を握った。

 

「…くっ…あ、あら? くっ…ほっ…はぁっ…!」

 

 アイエフさんは必死に剣を抜こうとするが、剣はびくともしない。アイエフさんは諦めず色んな角度から抜こうとしたり、とやり方を変えながらやっても、全く動かない。

 

「だ、だめ…なんなのよこれ。まるで地面にくっついてるみたいに動かないんだけど。コンパもやってみる?」

「は、はいですぅ」

 

 アイエフさんに誘われてコンパさんも頑張ってみるが、アイエフさん同様に剣は全く動かなかった。というか物理で何とかなるものだろうか、これ。

 

「どうせだしネプギアも試してみて」

「わかりました」

 

 ネプギアも抜こうと柄を持った。すると全く変化のなかった剣の光が一瞬強さが増したように見えたが、すぐ元の強さに戻ってしまった。そしてそのことに気づいたのは私だけだった。

 それからネプギアはアイエフさん達同様抜こうとするも、全く変化なし。ゲイムキャラの言った通り本当に抜けないみたいだ。

 

「ネプギアでもダメってことは、本当にルナにしか抜けないのかしら」

「ルナさん、試してもらえますか?」

「は、はい……」

 

 ゲイムキャラに言われて思わず頷いて剣に近づくが、正直皆さんが駄目なら私も抜ける気がしない。でも“もしかしたら”の可能性を少しだけ期待してその柄に手をかける。

 その瞬間、目に見えて光が強くなった。しかもそれは一瞬のことじゃない。思わず手を引っ込めてしまうと、すぐ光は止んでしまったが、先ほどとは違い全員そのことに気づいた。

 

「い、今剣の光が強くなりましたよね……?」

「ええ…私にもわかったわ」

「ルナちゃんが触れたからです?」

「………」

 

 私が触れたから、この剣の光が強くなった? 

 でもさっきネプギアさんが触った時だって一瞬だけ強くなった。

 そこには多分私とネプギアさんが持つ何かの共通点があるからだろうけど、何が共通点なのかは今はさっぱりだ。

 でも、とりあえず引き抜こう。話はそれからかな。

 剣に手をかけると再び光る。今度は驚かず、両手でしっかりもって、腰に力を入れて……

 

「──はぁ! ってわわっ!? いったぁ……!」

 

 いてて……

 力いっぱい引き抜こうと構えていたから、あっさり抜けたことでバランスを崩して思いっきり尻もちをついてしまい、お尻を打ってしまった。たんこぶとか出来てないよね? 

 と、痛みで目をつぶってた私だけど、手に何か握ってるのに気づいた。思わず見てみれば私の両手には先ほどまで地面に突き刺さっていた剣が握られていた。光は消えてる。

 

「あっ…ぬけちゃった……」

「うそっ…あんなに力入れても抜けなかった剣があんなあっさり……」

「ってことはあの剣は本当にルナちゃんの剣ってことなのかな」

「でも、なんでルナちゃん以外には抜けなかったですぅ?」

「おそらくですが、あの剣には持ち主を識別する機能が備わっていたのではないでしょうか」

「だからルナ以外はあの剣を持つことができなかったわけね」

「…そうなの?」

 

 と、思わず私が問いかけたのは手に持つ剣で、それに気づいて「剣に話しかけるって……」って恥ずかしくなった。

 でも剣はその問いに光を強くすることで答えてくれた。

 

「あっ、また光が強くなった」

「多分ルナちゃんの言葉に答えてくれたのかな?」

「そうなのかな……」

 

 私は立ち上がり、改めて剣と向き合う。銀色に光る剣身。握る柄は金色に光り輝いていて、持つ手は昔から持っていたかのように違和感がなかった。

 しかし未だに剣が仄かな光を放っているのはなぜなのだろうか。もしかしてまだ何かある? 

 するとまた光が強くなった。

 

「え? なんでまた光が強くなったです?」

「もしかして、私の考えに反応してる…ううん。答えることができるの?」

 

 そう訊けばまたも剣は反応する。

 どうやらこの剣はただの剣ではなかったようだ。

 

「持ち主を識別することができるほどだもの、そういうことができてもおかしくないのかもしれないわね」

「それってインテリジェントウェアポン…剣だからインテリジェントソードというものですか?」

「インテリジェントウェアポン? ネプギア、それって何?」

「えっと、武器に高性能の知性が組み込まれた、考えることができる武器のことだよ。…でもおかしいよ……」

「何がおかしいの?」

「インテリジェントウェアポンはずっと昔プラネテューヌで開発されていたの。でも当時の責任者がその開発を凍結、研究成果を全て消去したから、存在しないはずだよ」

「ならこれはそれとは違うってことなんじゃ……」

「でも他の高性能知性が組み込まれた武器なんてないはず……」

「というかどうしてネプギアはその情報を知ってるのよ」

「ちょ、ちょっと趣味で……」

「趣味?」

 

 アイエフさんの質問に照れ気味に答えるネプギア。

 趣味で自分の国の昔のことを調べてるなんて、それだけ女神様としての自覚があるのかぁ。まだ候補生なのにすごいんだなぁ

 

「それは後で考えるとして、ひとまず教会へ戻りましょ。ゲイムキャラの協力も得られたことだし」

「そうですね。では──」

「ちょっとまってください」

 

 そう呼び止めたのは私で、私でもどうして皆さんを引き留めたのかわからない。

 でもなんだかこのまま行ってはいけない。

 だって未だに剣は光り続けている。むしろ私の気持ちに答えてさらに光が増している気がしなくもない。

 

 つまりまだ何かやり残していることがある…? 

 

 剣は光り続けているから反応したかなんてわからない。でも確かに反応した。そう感じた。

 

「どうしたのよルナ」

「何か、何かやり残した気がするんです」

「“何か”って?」

「わかりません、でも少し待ってもらえますか?」

 

 アイエフさん達は私の言葉に「いいよ」と答えてくれて、待ってくれた。

 さて、何をすればいいのかな。

 訊いてみればわかるかな? 

 

「…ねぇ、もし何かやり残していることがあるのなら教えて。私はどうしたらいい? 何をしたらいいの? 教えて!」

 

 その瞬間、剣の光はまばゆく光、辺りを包み込む。そして何をしたらいいのか頭に浮かんでくる。

 

「剣を振ればいいの?」

 

 剣は反応する。そうだ、といわんばかりに。

 

「…わかった」

 

 改めて剣を構える。しっかり踏ん張れるように両足を開いて、両手で剣を持って、剣をまっすぐ上へ振り上げ、

 

「はぁっ!」

 

 力いっぱい振り下ろす。

 その瞬間、剣は光を裂き、光に波紋のように広がり消え、周りは元の明るさへと戻って…ううん、元の明るさより暗くなってる。

 

「ひ、光が…え?」

「な、なんなのよ一体! いきなり光ったかと思ったら急に消えたりして」

「よ、よくわからないことの連続ですぅ」

 

 後ろで混乱している皆さんを見ながら、私は感じていた。

 いや、“感じなくなっていた”。

 

「なっ、これは……」

「どうしたんですかゲイムキャラさん」

「先ほどまでここを包んでいた守護の力が消えています!」

「えっ!? そんなこと……うそ……」

「ほ、ほんとだわ。さっきまでの感覚がない……」

「ど、どうしてですか? そんなにすぐなくなるものなんですか?」

「そんなことはないはず。もしかして剣を引き抜いたから……」

「でも剣を抜いてもしばらくは感じてましたよ?」

「まさか…この剣は……」

 

 そう皆さんと驚きながら話していた私。ゲイムキャラさんは何か知ってるような発言をしたけど、それどころじゃなかった。

 不意に感じ取れた敵意に身が強張る。急いで周りを見渡せばこちらを見る、いいや睨むモンスターの視線。

 

「皆さん、どうも悠長に話している場合ではなさそうです」

「…そのようね。コンパ、ネプギア。武器を構えて」

「は、はい!」

「わかったです!」

 

 私たちはそれぞれ武器を構える。私は先ほど手に入れた剣を。

 私たちが武器を構えたことで周りのモンスターは自分たちが気づかれたことが分かったみたいだ。オオカミの姿のモンスターは隠す気がないように唸りながら物陰からゆっくりと出てきた。一匹が出てくると他のモンスターも出てくる出てくる。

 二足歩行のネコのぬいぐるみみたいなのだったり、兜を被ったネコ。馬に鳥の羽が生えたようなのもいるし、向日葵やチューリップみたいな花のモンスターもいる。後ニンジンとかダイコンとかナスとか……

 思うんだけど、この世界のモンスターって個性的なのが多すぎない? もっと普通のモンスターでもいいと思うんだけど……

 まぁ普通のモンスターってどんなのだって言われても困るんだけどさ。

 とにかく続々と出てくる。この間のスライヌの群れなんて目じゃないくらい。

 

「なっ、なんでこんなに大量のモンスターがここに……」

「おそらく、先ほどまでこの地を覆っていた守護の力が消えたことによるものかと……」

「だからってこんないっぱい来る!?」

「で、ですがそれ以外なんでこんな大量のモンスターが来ているかなんて説明のしようが……」

 

 さすがのゲイムキャラさんもこの事態には戸惑うようで、声色からもそれが窺えた。

 しかしそうこうしているうちにもどんどんモンスターは集まってきて……

 

「まずいわね……私達囲まれたわ」

「戦うしかないです……?」

「ええ。ネプギア、女神化できるわよね」

「はい!」

 

 ネプギアは返事するとすぐに体が光に包まれ、中からネプギアに似た、女神化したネプギアが出てきた。この時の姿はパープルシスターって名前なんだって。

 そう思ってたらゲイムキャラさんが私の剣に近づいてきた。

 

「ルナさん、あなたにも力をお貸ししましょう……」

 

 え? と驚いている私を置いて、ゲイムキャラさんは私の剣、その鍔についた玉に近づいた。するとゲイムキャラさんと玉がパァと共鳴するように光ったかと思うと、ゲイムキャラさんが吸い込まれてしまった。

 

──ドクンッ──

 

「あっ……」

 

 その瞬間、剣の命が蘇ったように感じた。

 さっきまでは死にかけみたいな。そんな感じだったと思わせるように、力強い生気を感じた。

 …いける。これならいける。

 この大群も、何とかできる! 

 目の前のモンスター達はとんでもないくらい大群で、下手したらゲイムキャラさんの言っていた過去の私が一人で相手した量と同じくらいかもしれないけど、こっちは私だけじゃなくてネプギア、コンパさん、アイエフさんがいて、ゲイムキャラさんが力をくれたんだ!! 

 私達4人なら、倒せる!! 

 

 …うん。そうだね。訂正するよ。

 私達()()なら、きっと楽勝だよね! 

 

「それじゃ、やりましょうか!!」

「ええ!」「うん!」「はいです!」

 

 行くよ! 『ムーンライトグラディウス』! 

 

 …Yes,master.




後書き~

余談、ルナはネプギアがインテリ云々を知ってるのはプラネテューヌが~と言ってますが、完全にネプギアの趣味です。

また次回お会いできることを期待して。
See you Next time.

・オリジナル設定
『インテリジェントウェアポン』
 かつてプラネテューヌの教祖の発案により研究、開発が進んでいた人工知能を搭載した武器。しかし発案者であり責任者であった教祖がその武器が戦争の火種になりかねないことを知り、開発を停止、研究を永久凍結させた。当時の研究データは全て消去され、過去にそのような研究がされていたとだけ伝わっている。
 元ネタは『リリなの』のレイジングハート達インテリジェントデバイス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話『外への旅立ち』

前書き~

前回のあらすじ
下っ端にパープルディスクを破壊されたものの、中身のゲイムキャラのおかげで力を得ることが出来たネプギアとルナ。月のように輝く剣も手に入れ、好調のルナたちは、今回のことを報告するために教会への帰路を辿ったのでした。
今回は街中の移動からお送りします。
紅茶でも片手に、ごゆるりとお楽しみください。



 この剣は生きている。そう感じたのは多分ゲイムキャラがこの剣に吸い込まれたとき。

 でも意思を持っていると感じたのは私の声に答えてくれた時。

 じゃあこの剣が力を持っていると感じたのはいつかって言うと……

 

「なんか、今日は驚かされっぱなしな気がするんだけど」

「も、申し訳ないです……」

「る、ルナちゃんが悪いわけじゃないよ」

「あいちゃん、意地悪な言い方しちゃダメですぅ」

 

 そう言いながら私達は教会へ向かって、町の中を移動していた。

 

 

 ──あのモンスターの大群に囲まれて絶体絶命だって、そう思った。

 でもゲイムキャラが剣に吸い込まれて、剣の命が蘇った時に勝敗は決した。

 剣はとんでもないくらい力を秘めていて、それでいて私の体の一部かと錯覚するくらい私の体と力に馴染んでた。

 あれだけ悩んでた…というほど悩んでないけれど、キングスライヌ以降魔力の欠片すら感じなかったのに、剣を振るってるうちに感覚で剣に魔力を込めて使うっていう使い方ができるようになった。例えば剣の属性を変えるとか? そんな感じ。後その感覚で魔力を使う感覚を思い出したのか斬撃とか放ったり、少し余裕がなくなってきたら魔力弾っていう魔力で作った弾を放ったりなんてことができるようになってきた。

 その結果、モンスターは徐々にいなくなっていって、見事私達パーティの勝利を収めたのだ。わっはっは。強いだろー。

 

 ちなみにみんなして終わる頃には息が切れてたけどね。

 でも経験値っていうのかな? いっぱいモンスターと戦ったら、今はもういっぱい強くなった気がするよ。

 今じゃ何も意識しなくても魔力弾が生成できてしまう。それも少し練習するだけ複数の弾を生成することが出来そうだ。もっとも、あのときみたいなとんでもない威力を持った魔法はまだ無理みたいだけど。

 

 ともかく無事に私達は教会へ帰還できる。それはとても良いことで、しかもきちんとゲイムキャラの協力を得ることが出来た。

 まぁあのリンダ…ああ下っ端のことね。そいつのせいでゲイムキャラのディスクは壊されちゃって、残った力をネプギアと私に渡したら消えちゃったのは少し残念だったかな。出来るならゲイムキャラを壊されず、尚且つ協力を得られたら文句なし。追加で下っ端を捕まえられたら大手柄だった。

 でも過ぎたことをくよくよ嘆いても仕方ないし、人生前向きに生きていかなきゃ。…記憶喪失の私の言葉だから、少しは説得力あるかな? 

 それにネプギアが力を貰っただけじゃなくて、私が専用武器と、ゲイムキャラの加護? を得たのは思わぬ収穫だ。大幅に戦力アップしたということ。

 もっとも、この剣も私が記憶がないせいでまだ十分に力を発揮出来てない感じがするけど……

 そこは鍛えるしかないね!! 

 

 とりあえずイストワールさんには良い報告が出来そうで、ネプギア達の表情も少しばかり明るい。それが嬉しくて、こっちまで嬉しくなっちゃうね。

 心なしか、腰につけている鞘に入った剣も嬉しそうにしてる気がするよ。

 …え? 私にまた会えたことが嬉しいの? それに私が嬉しそうにしているのが嬉しい? 

 そっか、私はまだ君のことを思い出せないけど、嬉しいなら、良かったよ。

 と、少しばかりの心の中での会話。

 戦闘が終わって休んでいた驚くことにこの剣は感情を…意思を持っていることに気が付いた。

 つまり生きている剣、ということで、とんでもない剣だ。

 しかしその剣と意思疎通ができるのは私だけで、どこかの異世界の留め具をカチカチ鳴らして話す口の悪い剣とは違って話すことが出来なかった。

 それでも力が全て戻れば少しはマシになるらしいのだが、その力…守護の力は四つに分けて各国のダンジョンにあるらしい。何それ聞いてないんだけど。

 ま、まあどうせこれから各国を周ることになるんだし、そのついでに戦力アップも兼ねて力を回収していこう。あくまでもしもの時の一時的な避難所にするためにそこそこ安全なダンジョンに撒いただけみたいだし、女神様を助け出して、犯罪神を封印か倒すことができれば必要なくなるらしいし、そのどちらも達成するためには、力を取り戻さないといけないから、どっちにしても回収しないといけないみたいだし。

 後、剣が意思を持っているのは皆さんには伝えてある。というかさっき剣が光ってた時にそんな感じになってたから分かっている。でも私が剣と意思疎通ができるというのは伝えてない。

 剣とは向こうの意思は曖昧に伝わってくるだけで具体的には伝わってないって言っておいた。だって剣と会話できるみたいなこと言えば、なんか心配されて、病院送りにされない? 具体的には精神科送り。それは絶対に避けたいかなぁ。目が覚めた日に色々なって病院送りになったわけだし……

 ま、まあそのうち言えばいいよね。大丈夫大丈夫。

 ちなみに意思疎通が可能だって分かったところで剣の名前を聞いてみたら『月光剣(ムーンライトグラディウス)』って名前なんだって。どうりでさっき頭に君の名前と思わしき名が頭に浮かんだわけだよ。なるほどぉ。そこまでカッコいい名前でもないね。長いし。

 さらにこの剣、ちょっとした収納機能があるみたい。さっき鞘に入った剣って言ったけど、その鞘はこの剣から出てきたものだ。そして鞘以外にもう一つ、今は収納されてないけど、別のあるものが入るみたい。でもそれ以外は収納できないし、出すこともできないんだって。本当にちょっとしたものだね。もう少し何か入れれてもいいじゃん。

 まあそこはNギアがあるからいいとして、このままだと体のどこかに剣を身に着けておくことになるから、Nギアの武器収納機能が使えるかって聞いたら「使えるけど嫌だ。外に出ていたい」だって。君は何処かの頬っぺたが赤い黄色いネズミのポシェモンなのかな? 

 まあ実際身に着けてみると別に気にならないし、重いとも感じなかったからいいけどね。

 

 …しかしこれでしばらくこの国とはお別れか……

 まだ目覚めてからそこまで経ってないし、行った場所だって少ないけど、それでも愛着が湧き始めてただけに寂しく感じる。それに少しだけだけど一緒に働いた事務部の人達との別れもだ。

 でもやっぱり帰ってくるんだから、今だけの別れなんだから大丈夫だよね。

 ほんの少し先に心配するんじゃなくて、もっと先に希望を持たなきゃ。

 それで一日でも早くネプギアのお姉さん達を助け出して……

 そうそう、過去の私が言っていた、私の使命も忘れないで。

 ゲイムギョウ界を、頑張って救おう。皆さんと一緒に。

 それで平和になった世界でいっぱい遊んで、いっぱい仕事して。いっぱい頑張る。

 それでいつか私の記憶も取り戻さないとね! 

 イストワールさんに報告するのが、今から楽しみだなぁ。

 …まぁ私は報告するとき一緒にいて、剣について説明するくらいだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[プラネテューヌ教会]

 

 

「──では無事にゲイムキャラの協力を得ることが出来たのですね」

「しかしゲイムキャラは壊され、犯罪組織の組員を逃してしまいました。申し訳ありません」

 

 教会に着いた私たちはすぐにイストワールさんの元へ。

 今はアイエフさんが今回のことの説明と、結果報告。ひとまずゲイムキャラの協力を得られたことと、犯罪組織の組員に襲われたことを報告した。

 

「いえ、今回の目的はゲイムキャラの協力を得ることでした。それを達することが出来、皆さんが無事に帰ってきました。それで十分ですよ。しかし……」

「はい。マジェコンヌの連中も、ゲイムキャラの存在に気付いてるってことですよね」

「おそらく犯罪組織は他の国のゲイムキャラも破壊しようとするでしょう。それだけはなんとしても防止しなければ……」

 

 もしゲイムキャラが全て破壊されれば、女神様もゲイムキャラも失ったこの世界は、きっとすぐに犯罪神に支配されてしまうだろう。そんなことは直接聞かなくても分かることだ。

 と、そこでイストワールさんの視線が私へ向いた。

 

「ところでルナさん。貴女の腰に着けている剣は一体……」

「えっと、実は──」

 

 今度は私が説明する番だった。

 私はゲイムキャラに会った時、向こうは記憶を失う前の私と出会っていたこと。それで昔あった犯罪組織による集団襲撃から昔の私がゲイムキャラを守ったこと。それにより私が倒れて、そのままいなくなってしまったこと。その場に剣だけが残されて、その剣が今こうして手元にあることを説明した。

 

「そうでしたか…ルナさんの失ってしまった過去にそのようなことが…ルナさん、よろしければその剣を少し見せていただけませんか?」

「はい、いいですよ」

 

 そう言って私は見やすいように、と剣と鞘を別々にして置いた。

 

「では…ってこれは!?」

「どうかしましたか? イストワール様」

「…ルナさん、こちらの剣はどこで拾われたのですか?」

「え? えっと…今回行ったバーチャフォレストの最深部…その更に奥だったかな……」

「はい、ゲイムキャラさんに案内されたのは奥でしたけど…いーすんさん。この剣がどうかしたんですか?」

「…実はこちらの剣…私の古い友人が持っていた剣と僅かな違いが見られるものの、ほぼ同じものなのです」

「えっ!? それってどういうことで……」

「わかりません。しかし何らかの事情で過去のルナさんがこれを手に入れ、そしてゲイムキャラが言っていたことに繋がるのではないかと……」

「…じゃあもしかしたら、そのイストワール様の古い友人とルナには何かしらの関係があるかもしれない。その可能性が出てきたかもしれないってことね」

「あくまで可能性の範囲ですが、そういうことですね」

「…ってことはまたルナちゃんの記憶の手がかりが掴めたんですね! やったねルナちゃん!」

「う、うん。あくまでそうかもしれないってだけだけど、何もないよりはマシだね」

「はいです。それでいーすんさん。そのお友達は今、どこにいるです?」

「それが、ずっと昔に旅に発たれてから行方が分からず……」

「ってことはこの国にいない可能性もあるわけね……」

「でしたら他の国へ行ったときに街の人達に訊いてみましょう! そしたらそのお友達も見つかるかもしれません!」

「そうね。旅の道すがら探してみましょうか」

「すみません。私の事情に皆さんを巻き込んでしまって……」

「謝らなくていいよ、ルナちゃん。私達がやりたくてやってるんだもん」

「それに見捨てることもできないしね」

「女神さん達も、ルナちゃんの記憶も、絶対に取り戻すです!」

 

 あぁ、やっぱり皆さんは本当に優しい人たちだな。

 前にも思ったけどさ。私、記憶喪失になってから会ったのが皆さんでよかった。

 正直まだ記憶が取り戻せる目処は立ってないけどさ、それでもこの人達についていけば何とでもなるんじゃないかって思えるんだよね。

 それでも記憶を取り戻さなきゃいけないって、ゲイムキャラさんの話を聞いた後だとそう強く思うようにはなったけど、それでもやっぱりこのままでもいいって思う私もいるのが、少し嫌だなって思った。

 まあなるようになるさ。頑張ろう。

 

──この時はそう思ってた。でも私は後になって思う。この時の私を全力で殴ってやりたいって。そんな甘い考え消し飛ばさないと死ぬぞって。

 

 …なーんて。そんなことを思うような未来が来ないといいな…

 

「さて、それじゃあ次のゲイムキャラを探しに行くわけだけど……」

「あの下っ端さん、次はラステイションに行くって言ってたです」

「急いで追いかけましょう。でないと、また先を越されちゃいます」

「…どうやらネプギアさんは、もう吹っ切れたみたいですね」

「あ…はい、まだちょっと怖いですけど、でも、もう平気です!」

「安心しました。さて、そういうことでしたら、みなさんは急いでラステイションに向かってください。そこでシェアの回復とゲイムキャラの探索、ルナさんの記憶の手がかりを…ああ、そうです。もう一つ大切なことがありました」

「大切なことです?」

「ラステイション、そしてルウィーにはそれぞれ、ネプギアさんと同じ女神候補生がいます。彼女達にも協力を仰いでみてはいかがでしょうか?」

「ノワールさんと、ブランさんの妹ですね」

「私と同じ、女神候補生……」

 

 確か前にイストワールさんに説明してもらった内容だと、ラステイションの女神様がノワール様で、ルウィーの女神様がブラン様だっけ。その二人の妹さんか…。きっと女神様の妹なんだし、ネプギアと同じで可愛い子達なんだろうな。仲良くできるかな。できれば仲良くできると嬉しいな。

 

「それぞれの国にも事情はありますし、すんなり頷いて頂けるかは分かりませんが、まずは、話だけでも聞いてもらいましょう。彼女達も、お姉さんである女神を救いたいという気持ちは、同じはずですから」

「それじゃ、やることは決まったわね。さあ、行きましょうか。ラステイションへ!」

「「はいっ!!」」

 

 その返事はネプギアさんとハモって、皆で笑ったら、何だか不安が飛んでっちゃったかもしれない。

 …うんっ。頑張ってネプギアのお姉さんを助けないとね! 

 ふぁいとー…おー!




後書き~

次回、多分ラステイションからお届けします。
それでは次回も会えることを期待して。
See you Next time.

今回のネタ?らしきもの。
・どこかの異世界の留め具をカチカチ鳴らして話す口の悪い剣
『ゼロの使い魔』から主人公才人が手にする相棒「デルフリンガー」です。月光剣は彼と違い口は悪くない…はずです。

・頬っぺたが赤い黄色いネズミのポシェモン
某ポケットに入るモンスターの中で一番人気のあるあのモンスターですね。ポシェモンは原作ネプのネタです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 思案のラステイション編
第十四話『初めての重厚なる黒の大地(ラステイション)


前書き~

前回のあらすじ。
バーチャフォレストでプラネテューヌのゲイムキャラから力を、ルナは剣を得たことをイストワールに報告したルナ達一行。次の目的地をラステイションへと決め、旅立ちました。
それではごゆるりとお楽しみください。


 私は一人、ある場所に行った。そこは木々に囲まれながら、中心に大きな大樹がある少しだけ空けた場所。大樹は一年中その枝いっぱいに桃色の小さな花を咲かせ、その花びらで地面は少し、桃色で染まっていた。

 その大樹の下に、小さな女の子がいた。金色の髪と碧玉色の瞳を持つ、幼い容姿の女の子。でもあの子は私よりも大人だ。私よりもずっと幼い見た目をしていて、それなのに私より大人の女の子。彼女は私の頼れる●だ。私はあの子の●でいられることに誇りを持っている。

 そう考えながら見ていたら、あの子は私に気付いてくれた。私を見て、柔らかく、優しく微笑んでくれた。私を見て、私が来たことに嬉しそうに。

 私はあの子の笑顔が好きだ。私を幸せな気分にさせてくれる笑顔が好きだ。どんな時も頼りになる笑顔が好きだ。どんな絶望のどん底にいても、励ましてくれる優しい笑顔が好きだ。私や周りを勇気づけさせてくれる逞しい笑顔が好きだ。どんなに暗い雰囲気でも、明るくさせてくれる太陽みたいな笑顔が好きだ。

 だから私は、あの子の顔を曇らせることが嫌いだ。あの子を悲しませることが大嫌いだ。

 だからあの子を悲しませる奴は絶対に許さない。誰であっても、大嫌いだ。

 例えそれが、私であっても……────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[ラステイション]

 

 

「ここが、ラステイション……」

「わあ…本当に機械だらけの街なんですね!」

 

 私の呟きにネプギアが続く。目を輝かせ街を見渡す彼女に、こういうのが好きなんだな。意外だなと思った。

 まあ人の趣味はそれぞれだし、機械が好きな女の子も世の中少なくはないだろうしね。

 

「ルナちゃんはともかく…ギアちゃんはここに来るの初めてですか?」

「はいっ! 話には聞いていたんですけど。お姉ちゃんが、たまにラステイションの機械を買ってきてくれたりして。ああ、楽しそうだなぁ。見て回りたいなぁ……」

「今は我慢しなさい。私達にはやらないといけないことが山積みなんだから」

「そ、そうですよね。私達ががんばらなきゃラステイションもなくなっちゃうんだし。ガマン…ガマン……」

「それであいちゃん。何か行くアテはあるんですか?」

「そうね。まずはギルドで情報収集かしら。ついでにクエストでシェアの回復もしなくちゃいけないし」

「なら私、街で情報収集してきます。きっとギルドで集められない情報も出てくると思いますので」

「じゃあ街での情報収集はルナに任せようかしら」

「はい! いってきます!」

 

 と、私は跳ぶようにラステイションの街へ駆け出した。頼りにされたのが、何となく嬉しかったから、思わず駆けだしたわけだが、それを(のち)に後悔した。だって……

 

「あっ、ちょっと! …あの子大丈夫かしら。初めて来る街で地図もなしに……」

「た、多分大丈夫だと思いますよ。Nギアに基本機能として地図アプリも入っているはずですし」

「それもそうね。もしものときは連絡も取れることだし、私達は私達で行きましょうか」

「はいです」

 

 

 

 

 

「…ここ、どこ?」

 

 アイエフさん達と分かれて早々、私は暗い裏路地にいた。

 どうしてこんなところにいるかっていうと、いつの間にかこんなところにいたというか……

 色んな人にゲイムキャラや犯罪組織について聞こうと歩いてて、気付いたら当たり前な話だけど全く知らない場所にいて、アイエフさん達と分かれた場所が分からなくなって、あっちこっち歩き回っているうちにこんなところに着いてしまった。

 つまりは……

 

「迷子になっちゃった……」

 

 …この歳で迷子かぁ……

 どうしよう。アイエフさん達はクエストに行っちゃってるから、どこかで合流とかはできないだろうし、せめて分かれた場所に着ければいいけど、その場所も分からなかったりするし、こんなところに人なんていないだろうし……

 そう思ってたら、どこからかコツコツと足音が聞こえた。こんな裏路地に人って来るんだな、と思ったけど、もしかしたら不審者だったりするかな。どうしよう、せめて大通りへの行き方を聞ければいいけど……

 と、私が警戒をしていると、その足音の主は曲がり角から姿を見せた。

 

「あれ? こんなところに女の子がいるなんて、珍しいね」

 

 そう言いながら私に近づいてきたのは、灰色のフードの付いたパーカーを着た小柄な男性だった。私は変な人ではなかったとほっとしたが、すぐにあることに気付いて先ほどよりも強く警戒した。

 男性が着ている服は、ここに来る前。バーチャフォレストで見た犯罪組織の構成員。下っ端のものと同じものだったからだ。

 

「どうしたの? もしかして迷子なのかな?」

「…ええ。ちょっと道に迷ってしまって」

「そっかそっか。この裏路地って妙に入り組んでるからね」

 

 相手は私が警戒していることに気付いていないようで、私に微笑む。あの下っ端と比べたら良い人みたいだけど、警戒を解くわけにはいかない。

 

「そうだ。ここで会ったのも何かの縁。よかったら僕の話を聞いてくれないかな」

「話?」

「そう、いいかな?」

「まぁいいですけど……」

 

 何を話すかは分からないけど、もしかしたらゲイムキャラについての情報か、敵の情報が聞けるかもしれないからいいかな。その後ネプギア達と分かれた場所まで案内してもらえればいいし。

 

「実は僕、犯罪神を信仰している犯罪組織マジェコンヌに入ってるんだ。まぁ組織の中でも下っ端だけどね」

「へぇ……」

「それで色々と活動してるんだけど、その活動の中に『仲間を増やす』っていうものがあって、色んな人に声をかけたりしてて」

「…もしかして勧誘ですか?」

「ははっ。ぶっちゃけちゃうとそういうことだね。とはいっても君に声をかけたのも、ここを通りかかったのも偶然だけどね。でもせっかくだ。よかったら見学だけでもいいから、マジェコンヌを見てみないかな? それであわよくば仲間になってくれたりして…なんてね」

「でも犯罪組織は悪い組織だと周りから聞かされてるんですが」

「うーん、確かに悪いことをする人も組織の中にはいるよ。でもそれって他の集団でも一人はいるような存在。皆が皆、悪いことをする人じゃない。困っている人を助けたい。そう思って活動している仲間の方が多いんだ」

「は、はぁ……」

「君も困っている人を助けたいとは思ったことはない?」

「…そりゃありますよ。自分で言うのもなんですが、目の前で重い荷物を持っているおばあちゃんがいたらすぐに助けるタイプです」

「そんな君なら犯罪組織にぴったりだ! 何せ犯罪組織はそういう人だけでなく、個人では助けられない人を、そして女神様に救われない人を助けるための組織なんだ。だからまずは見学だけでも来てよ! 大丈夫。見るだけなんだから!」

 

 まぁ集団で人助けを行えば個人で助けられない人を助けられる。女神様の手が届かない人も助けられるだろう。でもそれで犯罪に走るのはどうかと……

 あっ、でもこれはチャンスかも。

 女神候補生のネプギアや教会職員のアイエフさん達と違って私は悲しいことに何の職にも就いていない一般人。だから顔も知られてない。知られてるとしたら下っ端ぐらいだろう。それは犯罪組織の中に私を知ってる人はいないに等しい。だから彼は私を仲間に誘ってきたのだろう。

 ならば見学するふりをして、色々と情報を聞き出そう。うん。我ながらなかなかいい考えだ。

 よし、この考えを悟られないよう、慎重に事を運んでいこう。

 

「…まぁ、見学だけなら……」

「よかった! なら活動している場所を案内してあげるよ。こっちこっち!」

 

 彼は嬉しそうに私を手招きする。後に着いていけばスキップでもしそうなくらい嬉しそうに歩くのが、後ろ姿でも分かるくらいの浮かれぶりで、私の考えなんて全く気付いていない様子に安堵。

 このまま彼に着いて行って、そこで彼ら犯罪組織の活動拠点…仮でもいいけど、そこさえ見つけられれば真か嘘のゲイムキャラの情報を集めるよりも良い手柄になる。だって少なくても犯罪者を捕まえることが出来るのだ。敵の戦力を削ぐには良い機会。

 さぁて、女神様、ひいては楽したい私のために活動拠点への案内をよろしく頼むぜ?




後書き~

道に迷った先で構成員に誘われ、それをチャンスとし犯罪組織を見学することにしたルナ。はたして目的は上手くいくのでしょうか。
それでは次回もお会いできることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話『半日密着犯罪組織』

前書き~

前回のあらすじ。
初めてラステイションに来たルナとネプギア。
早速情報を探しにとルナはネプギア達と離れ、街へ繰り出します。
しかし何故か路地裏で道に迷ってしまいましたが、そこへ犯罪組織の構成員が現れ、犯罪組織へ勧誘しました。
ルナはそれを好機と見て、彼についていくことにしましたが、はたして彼女の思惑通りの事は動くのでしょうか?
今回もごゆるりとお楽しみください。


 ネプギア達と分かれてゲイムキャラの情報を集めようって聞き込みをしていると、路地裏で道に迷ってしまった私。

 だけどそこを偶々通りすがった犯罪組織の構成員を名乗る人に声をかけられ、勧誘された。一度断ると、今度は見学だけでもって言われて、それを私は好機と思い彼に着いて行って、それで着いたのは何処かの公園。子供たちが遊具などで遊ぶ、ごく普通の公園だ。

 もっとも、私の目の前には彼と同じように犯罪組織の構成員を意味する趣味の悪いパーカーを着た男女を除けばだけど。

 

「えっと…ここって……」

「うん、公園だよ。今日はここで子供たちにマジェコンを配るって仕事なのさ」

「配るんですか?」

「貧しいわけでもない家庭の子供からはお金を取るけどね。さすがにこのゲーム機もソフトは無料でも材料費とかが掛かってくるから」

「まぁゲームをするためにお金を取るのは当たり前ですけど……」

「でもあくまで貧しいわけでもない家庭の子供や、その親から貰うんだよ。貧しい家庭の子供はゲーム一つ買うことが出来ない。その子供たちに娯楽を与えるためにもね」

 

 つまり普通の家庭か、裕福な家庭にマジェコンを売ることで得たお金を、貧しい家庭の子供の娯楽、つまり彼らのためのマジェコンに変えようってことなんだろう。

 でもそれは普通の寄付や募金じゃダメなのだろうか? 

 …ダメだからやってるのかな。世の中、例え有り余るお金を持っていても、貧しい人に何も与えない人もいるわけだし。

 そう考えてるのをよそに、彼等は用意していたのだろういくつかの段ボールの一つから画面の付いた何かの機械を取り出した。あれがマジェコンなんだろう。彼はそれを両手に持つと、掲げるようにして大声を出した。

 

「はーい! 毎度お馴染みマジェコンヌだよー! 今回は最新機種! 今まで出来なかったゲームも無料で出来るマジェコンだー!」

「最新マジェコン!?」

「なになに!? お兄ちゃんそれちょーだい!」

「おれもおれも!」

 

 彼の声を聞いた子供や、その親があっという間に彼等を、マジェコンを囲み、マジェコンを欲しがる。私はその勢いに思わず身を引き、遠くから眺めることにした。

 彼等は押しかける子供たちや親に動じず、まるで慣れてるようにマジェコンを配っていく。もちろんお金をいただいている。しばらく経てば人はいなくなるかと思ったけど、噂を聞いたのかどんどん人は集まって、我も我もとマジェコンを欲しがる。

 正直意味が分からない。そりゃ無料でゲームができるというのは消費者にとってはいいのかもしれない。でもそのためのマジェコンにお金を払っているじゃないか。まぁマジェコンにさえお金を払えば、他のゲーム機も、ソフトも買わなくていいってことだから安上がりなのかもな。

 しかしこうして見ていると、とても犯罪をしているようには見えない。ただ何かを販売しているようにしか見えないのが、不思議だ。その何かが違法な機械だってことを除けば、だけど。

 

 と、眺めていると、ポケットに入れていたNギアから着信音が流れた。はて、誰からだろうかと画面を見れば『アイエフさん』の文字。先日連絡先を交換していたから不思議ではないが、今連絡が来るのはタイミングが悪いというかなんというか……

 とにかく出ないと向こうに心配をかける。だからって今ここで出たら外の話声とかが入ってしまう。

 そう思った私は彼等から離れようとして……

 

「あれ? どこ行くの?」

「あっ…えっと、ちょっと電話が……」

「あー、うん。行ってらっしゃい」

「い、行ってきます」

 

 路地裏で話しかけてきた構成員に話しかけられたけど、素直に電話に出てくると言えばそのまま売り子に戻った。話しかけられた瞬間ドキッとしたけど、どうやら怪しまれてないみたい。

 とにかく着信が切れる前に電話に出なきゃ。

 私はマジェコンとかそういう単語がうっすらとしか聞こえてこない範囲まで離れると、ようやくアイエフさんからの電話に出た。

 

「も、もしもし……」

『ルナ? アイエフだけど』

「は、はい。どうしましたか?」

『実はギルドでクエストを受けたから行くことになって、それでアンタを誘おうと思ったのよ。アンタ、今どこにいるの?』

「い、今ですか? 今は…そのぉ……」

 

 『公園にいる』と素直に話せばいいけど、一瞬話していいものかと躊躇してしまった。だって公園にいるのは、マジェコンヌの活動を見学…という名の敵情視察をしていたから。

 どうしよう、と答えに悩んでいると、電話の向こうで不機嫌そうな声が聞こえた。

 

『…歯切れが悪いわね。もしかして迷子にでもなってるんじゃないでしょうね?』

「へっ!? い、いえそんなことないですよ!?」

 

 そう否定したけど、ここに来る前は迷子になっていただけにドキッとする。

 と、更にタイミングの悪いことが起きた。私自身マジェコンヌの人達から離れるということしか意識してなく、人気までは気にしてなかったから、当然近くを通る人もいるわけで……

 

「へへっ、やったぜ! 最新機種のマジェコン!」

「やっぱマジェコンってさいこーだよな! 早くやろうぜ!」

「おおっ、このゲームもできるようになったなんてさすがマジェコン!」

 

 なんでこのタイミングでそんな大声でマジェコンマジェコン言うんだよー!! 

 …そう言葉を外に出さなかったのは褒めることだと思う。

 近くを通った男の子達を恨めしく睨んでいたが、男の子達の声は電話の相手にもバッチリ聞こえていたわけで、電話から聞こえてきた声に体がビクッと反応してしまう。

 

『…ねぇ今マジェコンとか聞こえたんだけど、アンタ今どこで何してるの?』

「えっと……」

『サボってたとかでもいいから、正直に答えなさい』

「さ、サボってないです。ただちょっと公園で聞き込みをしてたら犯罪組織がマジェコンを配っている現場に遭遇してしまっただけで……」

『はぁ!? それを先に言いなさい!』

「ごめんなさい……」

『で、犯罪組織がいる公園ってどこよ』

「あっ、いえ。実は私が居合わせたときにはもう撤収作業に入ってまして、今は影も形もなく……」

『一足遅かったってわけね』

「はい」

 

 電話の向こうでアイエフさんがため息を吐くのを感じた。きっと犯罪組織の人間を少しでも捕まえようとか、マジェコンを配るのをやめさせようとかしようとしたんだろう。

 現時点でまだマジェコンは公園の子供達に配られてるけど、それを伝えてアイエフさん達が来たら、私の計画が失敗する。今はまだ敵を手のひらで泳がせておかないといけない。そのためには味方も騙さないと。

 

『ま、いいわ。で、クエストなんだけど行く?』

「いえ、私はまだ街で情報を集めたいので、今回はパスで。三人で行ってきてください」

『いや三人じゃないんだけど…ともかく、それなら私達だけで行ってくるから、また後でね』

「はい。お気を付けて」

『そっちも無理のない範囲で』

 

 その言葉を受けつつ私はボタンを押して電話を切る。

 ふぅ、どうにか穏便に事を運べたぜ……

 でもごめんなさい、アイエフさん。素直に言えなくて。ただマジェコンヌの見学をしてるだなんて言えば疑われる。そうしたらネプギア達と敵になるかもしれないとか考えたら正直には言えないです。

 でも有益な情報を手に入れられたら、素直に今やってることを言います。手に入れられなくても多分言います。協力してる女神様に隠し事なんてあんまり良くないもんね。

 しかしさっきアイエフさん、“三人じゃない”とか言ってたけど、何かあったのかな。三人のうち誰か私みたいに抜けたか、あるいは誰かがパーティに加入したか……

 それはまた後で聞いてみよう。覚えてたらだけど。

 念のため…っていうのもおかしいけど、Nギアの電源を切っておこう。また連絡がきても出れないだろうし。

 さっ、戻ろ戻ろ。

 

 

 

 電源を切って元の場所に戻ると、中身が無くなった段ボールが転がっていた。私が電話していた間にも勢いよく売れ、あれだけあった箱がどうやら残り一箱しかなさそうだ。

 そしてその中身も売れて、最後の一つがまだ幼い少年の手に渡された。

 

「はいっ! 最後の一つでーすっ!」

「わっ、やったー! まにあったー!」

「よかったね! 是非マジェコンでいっぱい遊んでね!」

「もしお友達にまだマジェコンを持ってない子がいたら、誘ってあげてね。俺たちはここでよく配ってるから」

「うんっ! わーい! おかーさーん!」

 

 子供は元気よく返事すると、母親と呼ぶ人の元へ走っていった。母親も母親で子供の喜ぶ顔に嬉しそうな表情を浮かべてる。

 でもその手に持ってるのは、違法なゲーム機。多分少年にとってはソフトがいっぱい入っただけのゲーム機なんだろう。あるいはゲームを簡単に進めることが出来る便利な機械。純粋にそのゲーム機を手に入れたことに喜んでいる。親はそのゲーム機が違法であることを知っているはずなのに、子供と喜ぶ。なんとなく、可哀そうだと思ってしまった。

 

「あっ、戻ってきた」

「…はい。もう配り終わったんですか?」

「うん。いつもこの公園で配ってるからさ、噂を聞いた子供とか大人が来てくれるんだ。だからいつも最新機種は完売。また作ってきても売れるからありがたいよ」

「教会の人に見つかったりしないんですか?」

「うーん、不思議と見つかったりはしてないかな。そもそもマジェコンを使うのは悪いことーとか言ってる割に、使うことも所持することも売ることもそこまで禁止してないしね。別にいいんじゃないかな」

「…そうですか」

 

 きっと教会側は今のところ禁止にしたところで効果がないと思ってるんだろう。色々と詳しい事情を知らない私でも、女神様が捕まってるときにマジェコンを禁止したところで効果が出ないのは分かってしまう。

 ただまぁ、だからといってこれからもマジェコンが禁止されないとは限らないけどね。

 

 と、思考に意識を持ってかれつつ、彼らが空になった段ボールを片付けるのを見て待ってる。

 手伝いとかはしない。この程度でも手伝えば、それは私が女神様を…ネプギアを裏切ったと思われる。ということはないかもだけど、何となく自分の中で自分自身がネプギアを裏切ったように感じてしまう気がしたからしない。

 今やってる行動も裏切りと捉えれるかもだけど、スパイと同じ行動なので違うので、そこは要注意。

 さてさて、お次は何をしに行くんですかねぇ

 

「よーし! 片付け終わったし、次の場所に移るぞー!」

「「「お──!!」」」

「…おー」

 

 ってまたマジェコンを配るんですか。一体何台のマジェコンを製造しているのやら。それに売れるようですしね。ラステイションってば大丈夫? あっ、女神様が捕まってる時点でギリギリか。

 ま、今のうちだけどね。ネプギア達が女神様を助け出したらこうやってマジェコンを売ることも、そもそも犯罪組織マジェコンヌがあることもなくなるから、今しかこうやって何かを売ることはできなくなるだろうね。

 まぁ私には関係ないことだし、私にとってもマジェコンヌは悪いことをしてるんだから無くなる方がいい。私の恩人でもあるネプギア達のためにもね。

 さてさて、お次は何処かな~

 

 

 

 

 

 

 って、呑気に考えていた時期が私にもありました。

 っていうほど昔のようなことでもないし、というか今日のお昼少し前に思ってたことだし。

 というのもあの後も色んなところで配り続けていったんだよ。場所はまた公園だったり、ただの広場だったり、怪しげな路地裏だったり。って言ってることからもう一回だけでは済んでないことは分かるよね。

 もうね、段々と子供とか大人が必死になってマジェコンを得ようとしたり、ゲットできたらできたで嬉しそうな表情を浮かべるのを見て一々反応する気力も起きなくなるぐらい見てた。そりゃこの活動に感動の一つでも覚えれば楽しいし、辛くないのかもしれないけど、私はこの活動にあまり興味はないし、そもそもマジェコンヌ自体に興味もない。強いて言うなら女神様達を捕まえることが出来た人の情報が知りたいね。普段何処にいるのかとか、何をしているのかとか。

 ま、そんな犯罪組織の欠点となりうる情報なんて、そうほいほい出てくるわけないと分かってはいたけど、それでもここまで何も出てこないとこの計画は失敗したかなと思ってしまう。計画という計画でもない、ただのその場の思い付きでもあるけど。

 といってもマジェコンを配る人たちが誰かとか、どういうところで、どういう時間に配ってるとかは分かってきたけど。それも女神様救出の一手にはなり得ない。どうしたものかねぇ。

 なんて考えながら私は皆さんと休憩していた。目の前にはペットボトルのお茶とお菓子が広がっている。

 お昼は手短に食事して、その後もいっぱい配っていたので、休憩中というわけだ。皆さんもそれぞれコンビニなどで買ってきたお菓子や飲み物を食べたり飲んだりしてお話を楽しんでいる。

 私はその会話の中で何かしら情報がないか気づかれないように探りをいれても、やっぱりここにいるのは本当に下っ端と同じ下っ端…ってなんか分けづらいな。ともかく組織の上の方のことは何も知らないらしい彼ら。隠している人も中にはいるのかもしれないけど、それを見分けれるほど私は人を見ることはできない。

 しょうがなく今回は諦めて、見学が終わったらまっすぐネプギア達の元へ戻るかね。そのころには皆さんもクエストを終えて戻ってきてるでしょうし。

 と考えてたら一人がしみじみといった感じに何かを語り出してきた。多分犯罪組織についての話の流れから話す雰囲気になったんだ。それを聞くのはもちろん私しかいないようなので、もうあきらめたので、どんな長話にも付き合いますよ。お菓子をつまみながらでいいのなら。

 

「なんか懐かしいよな。俺たちがまだホームレスだったころ……」

「そうだな、もう三年にもなるのか」

「あの頃の私達ってホント人生のどん底にいたわね~」

「えっと、皆さん昔は家がなかったんですか?」

 

 というか今は家があるのか? なんて失礼なことを思ってしまうけど、心の中にしまっておく。

 

「ああ。俺たちって実は犯罪組織に入る前は毎日生きるだけでも苦しい生活をしてたんだ」

「毎日毎日ゴミ箱漁って何か食べれるものとか服とか売れるものとか。そういうのを食べたり売ったりしながらな。今思えばとんでもねえ暮らしだよなー」

「それぐらい毎日生きてくのに必死だったの」

「それぞれ職もなくてな。というより職がなくなったから家も無くなったって感じだが」

「そうそう。俺なんか昔はラステイションの中でもそこそこ良い会社に勤めてたんだがよ。上司の奴が会社の金を横領してやがって。しかもそれがバレたときに自分の部下、つまり俺がやったって言いやがったんだぜ? しかも巧妙に証拠とかいうものもでっちあげてさ。会社も教会もそれを信じやがって俺には多額の請求が来て借金まみれ。そんとき妻と中学生ぐらいの娘がいたんだが、家族までそのことを信じやがって絶縁だ。親はもう死んでたし、親戚も俺を見捨てて、俺は家も財産も名誉も信頼も失っちまった。そっから仕事探そうにも前科があるとか家がないとかで誰も採用してくれねーの。たっく、ラステイションはホント仕事はいいが無くなった途端住みづらい街だぜ」

「私も同じような感じかな。お金関係で濡れ衣着せられて全部ぱあ。仕事探してもこんな私を雇ってくれるとこなんてないし、あっても女としての体を使うものばっかり。お金はいいけどプライドがその仕事をするのを許せなくて」

「僕は冤罪。結婚した相手に浮気されたとか言われて、慰謝料とかいっぱい取られた挙句仕事も失っちゃって。家賃払えずに追い出されちゃった」

「ここにいるのってそういうので路頭に迷う羽目になった人ばっかりなんだ。中にはまともに生きて、そのうえで俺たちの活動に参加してくれてるやつもいるけど」

「仲間になってくれるのは大助かりだよ。おかげで僕たちのグループはラステイション支部の中で上位の貢献度を犯罪神様に捧げることができるんだから」

「ふぅん、そうだったんですね」

 

 手近にあったクッキーを咀嚼しながらでも話を聞いていた私は、ふと疑問に思った。その疑問を聞いてみようか悩んだけど、これは別にスパイ行為とは関係ない、私個人が思った疑問だから聞いてもいいのか分からない。

 それでも気になったのは仕方ない。疑問をぶつけてみることにした。

 

「じゃあ皆さんはどうして犯罪組織に入ろうと思ったんですか?」

「そりゃまぁ俺たちは犯罪神様に救われたからな」

「救われた?」

「ああ。あれはまだ犯罪組織が活性化してなかった時だな。俺がいつものようにゴミ箱を漁ってたらロボットみたいなやつが来てよ。犯罪組織に入ってくれれば食糧とか住むところとか用意してくれるって。俺も最初は聞いたとこもない組織に入れだなんて怪しいとは思ったが、どうせ受けて騙されても、もう失うものなんかない。そう思ったらOKしてたぜ」

「私やホームレスからこの犯罪組織に入った人は大体そんな感じね」

「そのロボットっていうのは?」

「僕たちの上司、『ブレイブ・ザ・ハード』様のことだよ。犯罪組織を支える四天王の一人さ」

「四天王……」

 

 確か三年前、各国の女神様4人とネプギアをたった一人で倒してしまった人が、その四天王だと聞いている。四天王ということは4人いるわけだから、ブレイブ・ザ・ハードとやらはその一人で、もしかしたら女神様を倒した人なのかもしれない。私自身女神様を倒したという四天王の容姿と名前は聞いていないので、どの四天王が倒したのか知らないのだ。

 

「ブレイブ様は偉大な方だ。俺たちのような不幸に見舞われたやつでも、救ってくれ、更に貧乏な家庭に生まれちまった子供にも娯楽を与えようと活動しているんだから」

「そのブレイブ様が従う犯罪神様はもっと偉大な方。だから私達はブレイブ様の為、ひいては犯罪神様のためにこうやって信仰を広めているのよ」

「信仰を広めることによって女神様に救われない人も救うことが出来るし、ブレイブ様に救われた恩も返すことが出来る。一石二鳥というわけだな」

「それどころか三鳥にも四鳥にもなるわ」

「そして俺たちはその恩恵を皆に広めたい。だから活動するとともに仲間を増やしているんだ」

「どう? 犯罪組織マジェコンヌに入る気になってくれたかな」

 

 彼らは全員、本当にその四天王に恩を感じているようで、慕っていることが話の中ではっきりと分かった。彼らにとってはもしかしたら犯罪神様よりブレイブ・ザ・ハードの方を信仰しているのかもしれない。

 それに私は今まで犯罪神は悪い神なのだと思ってきた。当然犯罪組織に属する人間のやってきたことはアイエフさん達経由で伝わっている。そしてそれは全部悪いことだった。悪いことだとアイエフさん達は言っていた。

 それもそうだ。ゲームを作っている人は純粋にそのゲームで遊んでもらいたいのに、チート機能なんか付けられて、正規ルートでクリアしてくれない。それどころかゲームを買うためのお金も出してくれないのだ。そんなのゲームを作るクリエイターがいなくなるのも不思議じゃない。そんなのゲームで支えられているこの世界では、致命的だ。だからこそ女神様達は犯罪組織を壊滅させようとしているのだから。

 でももしそのやってきたことの中に、誤解があれば? 

 もし彼らのように、純粋に救われない人を救おうとしている人がいたとすれば? 

 もしそのためにやっていた行動が、女神様の意思にそぐわないなどという理由で罪として罰せられていたら? 

 その考えは愚かなものだと、心のどこかでは思っていた。そんな考えは、言ってしまえば貧しい人にお金をあげたり、盗まれたのを取り返すために活動している怪盗に思う疑問と似たようなものだ。

 つまるところ、答えなどない。

 彼らがやっていることは悪いことだが、それで救われている人がいる。

 彼らは悪いことをやっているのだから、捕まえなくてはならない。

 でも彼らがやっていることは人助けだ。人助けをしている人を、どうして捕まえる? 

 堂々巡りで、本当の答えなんてどこにもなくて、結局捕まえるか捕まえないかは人それぞれの意見なのだ。

 それに答えなんて存在する方がおかしいのかもしれない。

 だんだんわからなくなってきた。

 結局彼らは悪い人なのだろうか。良い人なのだろうか。

 あるいは彼らだけが良い人で、犯罪組織が悪いのか。

 彼らだけでなく、犯罪組織も良い人ばかりなのだろうか。

 下っ端のように例外がいるだけなのだろうか。

 わからない。わからない。

 

 だから私は、放置することにした。最初の目的も、自分が何をしようとしたのかも、自分の心境も。全部一旦置いておくことにした。置いておいたって答えなんて出ないけれど、それでも今の私には答えなんて出せないのは明確だったから。

 

「ごめんなさい。私は皆さんの活動や皆さんの話を聞いて、色々考えたんですが、私は何が正しいのか分からないので……」

「…そっか」

 

 元々断る気ではいたけど、この心境で断るのは本当に怖い。断った瞬間、口止めとかで何かされるんじゃないかとか考えてしまう。

 そんな考えだったからか、次の言葉には固まってしまった。

 

「ま、それもそうだよね!」

「…え?」

 

 彼…最初に私に話しかけてきた構成員は笑顔でそう言い放った。

 驚き周りを見れば皆さん同じように笑顔だ。目が笑ってないとかじゃなく、本当に優しそう笑う人もいれば、その人の性格を表しているかのようなニシシといった笑い。私に悪感情を出す人は一人としていなかった。

 そのことにまた驚き固まっていると、皆さんそれぞれ言い出した。

 

「僕たちだって最初は犯罪組織は悪い奴らじゃないのかーって思ってたさ。でもブレイブ様の信条を聞けば女神と犯罪神様、どっちが悪いのかわからなくなった」

「そこに答えなんてないのに、いっぱい悩んだり、相談したりして」

「それでも俺たちがこうして犯罪組織にいるのは犯罪神様が正しいと、俺たち自身が思ったからだ。その気持ちを強要する気はないし、無理に組織には入れだなんて言わない」

「でも組織に入らないのなら、今日のことは内緒にしてくれると嬉しいかな」

 

 「はい、もちろん」とは言えなかった。

 それでも彼らは笑顔で、優しかった。

 そして彼は私に言った。

 

「君は最初に言ったよね。犯罪組織は悪い組織だと聞かされてるって。だから僕たちの話を聞いて悩んじゃうんだよ。本当に悪いのはどっちかって。でも答えは自分で決めるといい。今のまま犯罪組織は悪いものだと思っているのもよし。僕たちの話を聞いて犯罪組織の方が良いと思えば仲間になってくれなくても信仰してくれるだけでもいい。人間だもん、悩むのも成長のうちだよ。でももし仲間になってくれるときは僕たちは君を拒まない。僕たちは『来るもの拒まず、去るもの追わず』で動いているからね。だからいっぱい悩んでもいいよ。自分が納得できる答えを導けるまでね」

「…はい」

 

 

 

 

 

 それから彼らと別れ、彼に案内してもらってアイエフさん達と分かれた場所まで戻ってきた。そこに着いてからは後は自分で何とかすると言って彼とも別れた。時間はもう夕方で、日は暮れ始めている。早くアイエフさん達と合流しないと、暗くなってしまうなと思いはしたけど、何となくアイエフさん達に会いたくなくて、近くのベンチに座った。もっというなら誰にも会わず、一人でいたい。何も考えたくない。でもさっきのことに答えを出したい。

 そんな矛盾は、成立するのだろうか。考えないのに、答えなんて出せるのだろうか。ましてや自分で考えなくてはならない答えに。

 アイエフさん達は恩人だ。空から落ちてきて、記憶がなかったから助けてくれた恩人。私は確かに彼女達に恩を感じている。彼らがブレイブ・ザ・ハードに恩を感じているように。だから私はアイエフさん達は良い人なんだと思ってきた。でも今はどっちなのかもわからない。アイエフさんも、コンパさんも、ネプギアも。良い人なのか、悪い人なのか。

 悪い人が人を助けるなんてことをするか? と思えば、もしかしたら戦力アップのためだけかもなんて嫌な考えが頭をよぎる。それだけのために助けられたのだとしても、恩は感じただろうが。

 でもアイエフさん達の敵である犯罪組織の構成員。その彼らは良い人なのかも悪い人なのかも分からなくなった。

 アイエフさん達が良い人なら、その敵は悪い人だ。

 アイエフさん達が悪い人なら、その敵は良い人だ。

 じゃあ私はどちら? 

 どっちが悪い人で、どっちが良い人なのか。

 結局考えが最初に戻る。頭が痛くなる。だから考えたくないのに、答えは出したい。

 ふと空を見上げればオレンジに染まる空に、ぼんやりと月が見える。細い弧を描く月は、明日には見えなくなって、明後日にまた光が満ちていくのか。はたまた明日は更に光を増していくのか。

 …これはただの現実逃避だ。逃げちゃダメなことから逃げてしまっているだけだ。

 でも、それでも考えたくないと、考えてしまう。矛盾がまた見つかった。

 結局、どうしたらいいのか。分からないよ。

 

 だから私は気付かなかった。私に近づく気配に。

 

 

 

「ねぇアンタ。こんなところで何してるの?」

 

 

 




後書き~

最後の彼女はいったい誰なのか……
言っておきますが、ルナが行動している間のネプギアサイドの話は書きませんよ。ほぼルナをクエストに誘うためにアイエフが電話する以外原作通りですから。
それでは次回は少し早めにお会いできることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話『月の下で、黒髪の彼女と』

前書き~

前回、月も輝いてきた夜。ベンチでひとり悩み込んでいたルナ。そこへ誰かが声をかけてきました。
さてさて、誰なのでしょうか。
今回も、ごゆるりとお楽しみください。


「…ぇ……」

 

 考え事に集中していた私は、完全に意識の外からかけられた声に一瞬反応できなかった。でも意識を現実に戻しながら視線を正面に向けてみれば、そこには綺麗な黒髪を、所謂ツーサイドアップと呼ばれる髪型にした赤い瞳の女の子がいた。ネプギアより少しだけ背が小さめで黒い服を着た女の子は、私のことをじっと見ていた。どうやら反応待ちのようで、私は少し考えた後、口を開いた。

 

「…なんにもしてないよ」

「ふーん。その割に辛そうな顔をしていたわね」

「え…? そんな顔、私してた…?」

「してたわ。まるで世界の終わりが来たような」

「さすがにそれは大袈裟なんじゃないかな?」

「いやマジでそのぐらい暗い顔とか雰囲気とか出してたんだけど、何があったのよ」

「いやぁ…ちょっと分からなくなっちゃってね……」

「…何が分からなくなったのかが分からないわね」

「うん、心配させちゃったみたいだけど、ごめんね。気にしないでね」

「そう言われて「はいそうですか」なんて下がれるわけないじゃない。…隣いい?」

「…? 別にいいけど……」

 

 そう言うと女の子は私の隣に座って一息つくと、私に向き直った。

 

「もしよかったらだけど話を聞くわよ」

「なんで…?」

「ほら、話すだけでも楽になるっていうじゃない。それに誰かに話すことで答えが出るかもしれないわよ」

「話すだけで何とかなる問題かなー、これ」

「何事もやってみなきゃ分からないわよ。ほら、言ってみなさいよ」

「でも私達初対面だよ?」

「いいから。で、その悩んでることって?」

「んー…まぁ話しても問題ないかな」

 

 別に話したところで問題が起きるわけでもないだろうし、ただの一般国民に話したところで何かが起きるわけでもないだろうし。

 でも彼女に話すことで自分の中で答えに辿り着けたらいいなぁ

 

「…私が悩んでることはさ。どっちが正しいのかなって思っちゃって」

「どっちが正しい? 何があったの?」

「詳しくは言えないんだけどさ。例えば二つのグループ。白のグループと黒のグループがいたとするよ」

「うん」

「白のグループは色んな人のためにルールに沿って人助けをして、悪いことをする人は捕まえる人達。逆に黒のグループはルールに違反して、悪いことをする人達。どっちが悪い人なのかな」

「そんなの違反する方が悪いんじゃないの?」

「でも違反する人達のおかげで助かってる人がいるんだよ。その世間では悪いことと言われてることをすることで、ルールで守られない人達を救ってる。だったらその人達は本当は良い人で、その人達を捕まえようとする白のグループの方が悪い人なんじゃないかなって思い始めちゃって……」

「…どっちが良い人で、どっちが悪い人なのか…ね」

「うん。それと私はどっちなのかな。白のグループの人には助けてもらった恩を感じてるから一緒に行動してるし、皆さんの活動を手助けしようとしてるけど、でもその時は皆さんから黒のグループは悪い人達だって聞いてて、実際大切なものを壊しちゃうような人もいたから、私自身も悪い人達だって思ってた。でも実際黒のグループのやってることを聞いたり、その人達の気持ちを聞いたり、そのおかげで助かってる人がいるって知っちゃうと、私はどっちにいればいいのかな……」

「…アンタ自身はどう思ってるの? その助けてくれた人達と、悪いことをしている人達」

「…わかんない。助けてくれた人達は悪い人達を捕まえて、これ以上悪いことをしないように、その悪いことをされて困る人が出ないようにするために動いてるけど、悪い人達の中にはルールに違反してでも、ルールに守られない人達を助けようとしてて、実際色んな人が助かってるし……」

「まぁ確かに難しい問題ね……」

「人助けって、良いことなんだよね。でもそれで言うと人助けをしている黒のグループを捕まえようとしている白のグループは悪い人達なのかな。それともやっぱりルールに違反してるんだから、違反している人を捕まえようとする白のグループの方が良い人達で、違反してる黒のグループの人達は悪い人なのかな。私はどっちにいた方がいいのかな。人助けはしたいし、困ってる人がいたら助けてあげたい。でもそのためにルール違反するのはどうかと思うけど、そもそもそのルール自体が問題あるのかもしれないと考えちゃうし……」

「…何というかアンタ、まだ子供でしょうに難しいことを考えるわよね」

「子供って…君だってそうだよね。私より少し小さいし」

「この程度誤差よ。それにアタシはめが……」

「“めが”…?」

「いえ、何でもないわ」

「えー。言いかけておいて何でもないとか」

「とにかく、アンタはどっちが正しいのかはっきりさせたいのよね?」

「はなしそらされたー」

「いいから!」

 

 女の子は無理矢理話を誤魔化そうとする。

 ま、私もそれほどその言葉の続きに興味もないし、必要もない詮索をする気もないからいいけど。

 

「まぁ、そうだね。もし白のグループが正しいのなら私はこのまま白のグループに着いていくし、黒のグループが正しいのなら彼らに着いていくこととなるだろうし」

「どっちについていくかは、どっちが正しいのかによるのね」

「…かもしれないし、今のままを望むのかもしれない。分かんないんだよ。本当に」

「ふーん」

「ははっ、興味ないよね、こんな話。結局自分の問題なわけだしさ」

「そうね、興味がないわけではないけど、そればっかりはアタシもアンタの答えを出すことはできないわ。でもね──」

 

 女の子は真剣な眼差しで私を見て言った。

 

「アタシの意見を言わせてもらうなら、アタシは、アタシが正しいと思うことをするわ。どっちが良いとか悪いとか関係なしに、アタシが何をしたいかで行動するわね」

「良い悪い関係なしに……」

「大体どっちも正しいか分からないのなら、自分が正しいと思う行動をすればいいのよ。そうすればその行動はアンタにとって正しいことじゃない」

「あっ…そっか」

 

 そこで一つの疑問が消えて行った気がした。一歩だけ、前に進んだ気がした。

 

「…ありがとう。少しだけ思考が先に進んだ気がする」

「そ。お役に立てたのならよかったわ」

「うん。でもやっぱりわかんない」

「うんうん…って、分かってないんじゃない!」

「うん。でも、ううん。だからこそもっと悩んで、考えて、私が正しいと思う行動をすることにするよ」

「そう。なら問題ないわね」

「うんっ」

 

 私の疑問、私にとってどっちが良い人で悪い人なのかはやっぱりまだ分かんないけど、それでも暗かった道の一つが照らされたように行く道が決まった。まだその道でいいのか不安だけど、それなら考えるだけ考えて、そのうえでその道を通ろう。そうすれば後悔はないはずだよね。

 と、意気込んでいると、女の子が不思議そうに言葉を発した。

 

「ところでもう暗いけど、アンタ家に帰らなくていいの?」

「…はっ!? しまった! 今何時!? というかなんで連絡が……」

 

 なんで連絡が来なかったのか、と思いながら急いでポケットからNギアを取り出してスリープモードを解除しようとしても画面が点かない。

 まさか故障…? と思っていると、昼間の出来事を思い出した。

 私、あの時アイエフさんからの電話を受けて…切った後…それから……

 

「あぁっ!?」

「ど、どうしたのよ?」

「そういえば私…あの時からずっと電源切りっぱなしだったぁぁぁ……!」

 

 切りっぱなしなら連絡が来なくても仕方ない。というより連絡が来ても気づかないのは仕方ない。わけないよね……

 急いで電源を付けてみれば待ち受けに映るは着信の嵐。あの後夕方辺りからアイエフさんやネプギアさん、コンパさんからの着信が数十件…メールも何件も来てて、どれも私が今どこにいるのか。なんで連絡が取れないのか。危険な目にあっていないかという心配するものだった。

 

「…どうやら連絡がいっぱい来ていたみたいね」

「う、うん…どどど、どうしよう…今すぐ連絡しなきゃだめだよね? でも怒られるのは嫌だし……あっ!」

 

 そうこうしている間にもNギアは着信音を奏でる。驚いて思わずNギアを落としかけたけど、どうにか落とさずにほっと一安心。…着信音はまだ鳴り響いてるけど。

 思わず女の子を見れば呆れた様子で「出ればいいじゃない」と言う。このままだと切れちゃうし、私から掛けなおす勇気もないから出るしかないよね……

 と、恐る恐る電話に出ることにした。

 

「も、もしもし……」

『あっ! やっと出た! このバカ! なんでずっと連絡出ないの!』

「ご、ごめんなさい……」

 

 どうやら相手はアイエフさんのようだ。うぅ…アイエフさんに怒られるの苦手だなぁ……って、私初めて怒られてないか? 

 というかバカって言われた…ぐすん……

 

『それで大丈夫? 怪我とかしてない? というか今どこにいるの?』

「えっと、今いる場所は朝分かれた場所です。怪我とかはしてません」

『そう、今すぐ迎えに行くから待ってて!』

「い、いいですよ…さっきメールを見ましたらコンパさんから宿の住所が送られてきてましたし……」

『ホントに大丈夫? アンタ地図の使い方とか分かるの?』

「え? ち、地図? …あっ、これ地図アプリ入ってるんだ」

『…知らなかったのね。とにかく今から迎えに行くから、そこで大人しくしてなさいよ!』

「え? いやあの──」

 

 プツッ…ツーツーツー

 私は断ろうとしたけど、その前に強制的に向こうから電話を切られてしまった。

 呆気に取られてNギアを離して通話画面が元の画面になるまで固まってしまった。

 とりあえず女の子が「なんだって?」と訊いてきたから「迎えにくるって…」と言ったところでようやく頭が回り始める。

 あぁこれ怒られる…もう怒ってたけど、会ったらもっと怒られる……

 ついつい涙目で女の子の方を見ると、女の子はため息をついて「ほらほら、泣きそうにならないの。子どもじゃないんだから」なんて言ってくる。いいもん、子どもだもん。さっき君がそういったんだもん。

 でもどうしよう。大人しくここで待てって言われてるから待ってればいいんだけど、正直アイエフさんに会いたくない。さっきとは違う意味で。

 だからって逃げるわけにもいかない。アイエフさんに怒られるのは嫌だけど、心配されてたんだから、申し訳ない気持ちもあるわけだし。

 

「…どうしよう」

「どうしようも何も、迎えが来るなら、待ってればいいじゃない」

「そうなんだけど、怒られるよね。心配されてたんだよね。謝らなきゃだよね。お礼は言った方が良いのかな。後今日のこと色々聞かれるよね。どうしてこんな時間までーとか連絡着かなかったのは何でとか。どうやって説明したらいいのかな」

「素直に話せばいいじゃない」

「話せないこともあるから悩んでるんだよー!」

「あーはいはい。ともかく迎えが来るならそれまで待ちましょう」

「ん……え? 一緒に待ってくれるの?」

「えぇ。べ、別にアンタが心配で一緒に待つわけじゃないからね? ただアタシは家に帰ってもやることがないから暇つぶしに一緒にいてあげるんだから」

「…ありがとう」

「……ふん」

 

 さっきまで優しかった──ううん、今もすっごく優しい女の子は、さっきとまでと違って少しだけツンツンしちゃったけど、優しいなと思って、ついついお礼を言うときににこやかに笑みを浮かべた。女の子は私の表情を見ると、照れ臭そうにそっぽを向いてしまったけど、ベンチから立つことはない。やっぱり優しい。

 多分この時の私の表情は、誰が見てもニコニコとした、人によればニヤニヤしたともとれる表情だっただろう。それぐらい私は嬉しかった。問題が少し解決したのもそうだけど、見知らぬ女の子と仲良くできた。見ず知らずの私にも心配してくれるぐらい優しい女の子に出会えた。それだけか、それ以上か。それぐらいのことでさっきまでの暗い心は、夜空に浮かぶ月よりも明るくなった気がする。

 傍から見たらやけにニコニコした少女と、ツンとした雰囲気の女の子が隣同士でベンチに座っている不思議な光景かもしれない。アイエフさんが来たら、それはそれで怒りを忘れて呆れかえるかもしれない。その後怒るかもしれないけど、それはそれで今の私なら別に耐えれるかもしれないと思い始める、細い弧を描く月の下でした。

 

 

 

 ちなみにこの後アイエフさんが一人で迎えに来ると、アイエフさんと女の子がお互いを見て一瞬固まって、すぐに女の子が逃げちゃった。訳が分からずアイエフさんに「あの女の子と知り合いですか?」と訊いたら「ちょっと昼間にネプギアがね……」と言ったっきり。

 そのあとすぐに宿に着いて、これまたすごく心配していたコンパさんとネプギアが声をかけてきたり、部屋で三人に囲まれて、私は正座でアイエフさん(と時々コンパさん)の有難いお説教を受け、今日何をしていたかを聞かれたときは、色んなとこに行って、色んな人に話を聞いて回ったけど、すでに知ってることしか分からなかったとかウソを吐いた。正直心苦しかったけど、まだもう少し、味方を騙しておく時期かなと思ったので、それらの説教はまた後日聞くとしましょう。

 それから借りた部屋が二人部屋を二つとのことだったので、私とネプギア。アイエフさんとコンパさんの部屋割りでそれぞれ分かれ、部屋の壁に忘れ去られていた月光剣を立てかけて、剣と少し会話をしたり、夕食の時間は過ぎてるからもう無いことを知り嘆いたり、大浴場、とは言えない小さな湯船で一日の疲れを癒したり、部屋で剣を磨いたり、剣の機能である頭の中で動きをシュミレーションするイメージトレーニングをしたり、空腹で鳴くお腹を抑えながらも夜10時ぐらいには寝れた。どうやら一日中歩き回ったり精神をすり減らしたりしてたことで私の予想以上に疲れが溜まっていて、それが湯船で心がリラックスしたおかげでぐっすり熟睡することができたようだった。

 しかし寝るまでの間、一つ気になったことがあった。

 何故かネプギアの元気がないのだ。朝分かれるまでは元気だったのに、私の説教の最中も、その後おやすみと声をかけるまでもずっと落ち込んでいるように見えた。もっとも本人は隠そうとしていて、逆に隠せてなかったという結果なわけだけど。

 多分私が色々やってる頃に、ネプギア達のほうで何かあったのだと思う。クエストに行くと電話があったから、そのクエストで何かあったのかな。もしかして誰かが怪我をしたとか…って思ったところで、ネプギアにもアイエフさんにもコンパさんにも怪我はないように見えたから、多分怪我はしてない。しててもコンパさんが何とかしてる。じゃあなんで? 

 そう考えながらでも私の意識は遠のくわけで、その中でまた一つ思ったことがあった。

 

──…あ。女の子の名前聞いてない──

 

 

 

 

 

 


「桜の下には、死体が埋まっている。その死体から出た血肉が、桜の養分となる。だから桜は綺麗なピンクの花を咲かせるんだぜ」

「そうなのですか?」

「いやいや●●●。●●ちゃんの言ってることは眉唾物だよ」

「そう思うだろ? でも本当なんだなーこれが」

「…少なくとも、この桜は違うでしょ。そんな不気味な桜じゃない」

「ああ、そりゃそうだ。私達と世界を繋ぐものが、そんな穢れたものであるものか」

「では●●●が言った桜はどこにあるのですか?」

「ああ、あれは私の故郷にあるぞ。あんまりにも人間の死体を与えられて妖怪化した挙句、死にたくなるような気を撒くようになっちまったから、今じゃ一人の少女の死体で封印されてる」

「●●●の故郷というと、●●の国ですね」

「●●の国、行ったことないんだよね」

「いつか行くことになるかもな。最も、あの正規ルートで●●●●してほしくもないけど」

「そんなこと言われても、そのルートも何も知らないんだけど。ただ●●ちゃんが●●の国出身としか知らないし」

「うんうん、それで十分。…あっ、●●●、その瓶取ってくれ」

「まだ飲むんですか? もう5本目ですよ」

「こんなん序の口序の口♪ さぁ、花見は始まったばっかりなんだし、まだまだ行くぞー!」

「酔いつぶれないでよー」

「この程度で潰れるもんか。さぁさぁ、今日もゲイムギョウ界が平和なことに感謝しつつ、飲めや歌えや宴会じゃあ!」

「だから花見だってばもう……」

「ふふふっ」




後書き~

次回、朝起きたルナは、自分の身に起きた異変に気付いて……
出てきたはいいけど、使ってもらえる機会がなかなか訪れない影の薄いあの剣にようやく出番が来ますよ!
それでは次回もお会いできることを楽しみにして。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話『月の剣と、ちょっとした決意』

前書き~

前回のあらすじ、お花見しました。嘘ですごめんなさい。
前回、悩むルナのもとに、黒髪ツーサイドアップの少女が来て、悩みを聞いてくれました。そのおかげで少しだけ曇っていた道が見えたルナですが、その翌日の彼女は……
今回も、ごゆるりとお楽しみください。



 ラステイション二日目の目覚めは最悪だったと言っておこう。

 

「…だるい」

 

 別に私は朝が弱い体質ではないことは、記憶を失ってからの生活で分かってるから、いつもなら朝日を浴びればすっきり目が覚めるはずだった。なのに今日に限ってどうにも頭がモヤモヤする。それどころか体も上手く動かせない、力すらも入らない。ベッドから起き上がる気力もない。

 だからって身体のどこかが痛いとか、眠いとかはない。ただただ力が抜けたようにだるい。

 口に加えてた体温計が、ピピピッと電子音を鳴らせば、ベッドの隣にいたコンパさんがそれを手に取って、数値を見る。

 

「36度…熱は無いみたいですね」

「ルナちゃん、大丈夫?」

「だいじょうぶ…だと言いたいかな……」

 

 はっきり大丈夫だとは言えないほど、私の身体は弱体化している。でも眠気が強いわけではない。それはそれで苦痛だ。

 ネプギアの言葉に答えながらも、そう考えていた。

 

「身体のどこかが痛いとかはない?」

「ない…ですね……」

「じゃあただだるいだけなのね」

「ん……」

 

 眠くもないのにこんなにも体に力が入らないというのは初めての経験だ。昨日何かしてしまっただろうか? 

 …思い当たる節はないが、覚えてないところで何かしてしまっていたのなら、どうしようか。

 

「もしかしたら、この短期間で色々ありましたから、疲れてしまったのかもしれません」

「そうね。ルナって結構色々できるけど、身体は弱いみたいだし」

「…そうですか?」

「いろんな場面で無理して倒れたり起き上がれないぐらい疲れたりしてるじゃない」

「あー……」

 

 そういや確かに身体弱いかもしれない。この短期間で結構無理しまくってるし、そのツケが今になって返ってきてるのかも。

 

「てなわけで、アンタは今日一日ベッドで寝てなさい」

「…えー」

「えー、て言っても、どうせ起き上がれないんでしょ?」

「…まあ、はい」

 

 それはもう起きようと思う気力もないぐらいには。

 でもだからって、手伝うって決めてここまで来てるのに、こんなところで寝てるのも、お役に立てないのも嫌だなと思うわけですよ。はい。

 

「これ以上無理して本格的に体調を悪くしたらダメですし、あいちゃんの言う通りです」

「そーゆーこと。お昼は一回帰ってきてあげるし、朝食もここ置いといてあげるから、大人しくしてなさいよ」

「朝食は無理して食べなくてもいいからね。それじゃ、ルナちゃんの分まで頑張ってくるね」

「はーい…いってらっしゃーい……」

 

 部屋から出ていく三人を見送って、私は一息吐く。

 

「…役立たず…だね……」

 

 プラネテューヌじゃゲイムキャラから力を貰うことは出来たけど、それはあくまで女神候補生であるネプギアのおかげ。あの時は皆さんの言葉に「役に立てたかな」って舞い上がってたけど、本当はお荷物だったんじゃないのかな。本当はいない方がもっとスムーズに事を運べたのかな。だってあの時、皆さん一生懸命食らいついたのに、私だけ一撃で倒れた。そりゃ鳩尾って人間の急所だよ? そんなのに鋭い一撃食らったら倒れるとは私も思うよ。でもたった一撃だけだ。あの時は痛みよりも恐怖で立ち上がれなかった気がしなくもない。私が未熟だったから、あの時立ち上がれなかったんだ。

 もし、立ち上がれてたら、もっと良い結果になってたかもしれない。リンダを捕まえることはできなくても、ゲイムキャラを破壊されずに済んだかもしれない。皆さんが怪我をすることもなかったかもしれない。もっと出来ることがあったのかもしれない。

 そう考えだしたら止まらない。過去のことなんて今考えても仕方ないのに、どうしても思考がネガティブにならずにいられなかった。

 …だめだよね。そんなこと考え続けたら。また昨日みたいになっちゃう。昨日黒髪の女の子に励まされたばっかりなのに。

 少しだけ思考を逸らそうか。

 そう思って仰向けの身体を動かして、何とか横向きになる。視界の中にサイドテーブルに置かれた朝食があるけど、今は食べる気が起きなかった。

 だから私は視線をその奥の、窓から差し込む光で銀色に美しく輝く剣に向けた。でもゲイムキャラから力を貰う前に見た輝きと比べると、今は少しだけ紫色のオーラを纏っているように感じる。ゲイムキャラの力を宿しているからだろうか。

 少し前に、イストワールさんは言っていた。この剣はイストワールさんの旧い友人が持っているはずの剣に似ていると。実のところそれ自体は興味が無い。その人経由で今以上に私の過去が分かる…いやむしろ記憶を取り戻せるかもしれないけど、正直私は記憶を取り戻したいと思う意思が少しばかり薄いと思う。

 記憶を失ってた。あぁそれがどうした。名前だけでも分かっただけ良い方だ。

 むしろゲイムキャラの話を聞いて、少しばかりこれからの生き方を変える必要があると考えるようになってしまった。ただネプギア達に付いて行くんじゃなくて、ゲイムギョウ界について考えないといけなくなった。どうやら過去の私はゲイムギョウ界の平和を案じていたみたいだから。

 でも、過去の私は、今の私と違う。過去の私が出来たことを、今の私は出来ない。それでも私は、昔のようにゲイムギョウ界の平和の為に戦わないといけないのだろうか。

 

「…ねぇ、月光剣。少し話訊いてもいい?」

『はい。何でもお聞きください。マスター』

 

 ベッドの傍らにかけられた剣がそう答える。答えると言っても、それは私にしか伝わらない意思だ。

 

「君は、今の私をどう思う?」

『…申し訳ありません。質問の意図が分かりかねます』

「んー、前に教えたよね。私が記憶喪失だってこと」

『はい』

「で、君は昔の…記憶を失う前の私を知ってるんだよね」

『はい。剣として造られ、この身をマスターに捧げた日から、あの日マスターと別れた日までを記憶しておりますが、戦いの中での記憶がほとんど。日常でのマスターに関してはあまり把握しておりません』

「じゃあさ。昔の私は強かった?」

『はい。誰にも劣ることのないスピード、剣技、力。誰ひとりマスターに敵う者はおりません。例え女神であろうと』

「…そんなに強いんだ。昔の私って」

 

 女神様にも負けないって、それは多分月光剣の言いすぎかもしれないけど、それだけ強いってことだよね。

 

『…言っておきますが、言い過ぎなどではありません。ただひとりを除けば、マスターはこのゲイムギョウ界で最強の力を持った存在です』

「…でも、今の私は凄く弱いよね。たった一撃で倒れちゃうくらい防御力が無くて、なんか剣技とか魔法とかあっても、力が弱くて。それこそ君がいなかったら、私は今頃あのモンスターの軍勢に負けてたかもしれない」

『それは、マスターが記憶を失っているせいであり、マスターの持つ力を上手く使えなくなっているからです』

「でも、私は今、無理をいっぱいしたからって起き上がれなくなってるよ」

『それはマスターの力が、月に満ち欠けに関係しているからでしょう』

「…なにそれきいてないんだけど。もっと詳しく教えて」

 

 え? 私の力が月の満ち欠けに関係してるって初めて知ったんだけど。いやそりゃ記憶を失ってるんだから、そういうのも忘れててもしょうがないんだけど、だからって私がこうして寝込んでいる理由が、疲れたとか、無理したツケが回ってきたとかそういうんじゃなくて、月って……。いやいやそうなると私が今まで悩んでた体感数時間(現実時間数分)が無駄になるというか、心配事があっさりと解決するというか、傍から見たら「あれ? それってさっきまでの私バカみたいにない頭で考えて、出したとしても絶対間違ってるような答えを出そうとしてったってことになるよね?」ってなるんじゃ…? 

 

『私も詳しくは存じておりません。しかし、以前マスターの口からお聞きしました。自身の力は、月の満ち欠けで増減すると。満月の日は、自身の力を極限まで引き出すことができ、逆に新月の日は、今のマスターのように普段の生活もままならないほど脱力してしまうと』

「…ちなみに訊くけど、今日は?」

『昨夜が満月より14日経過しておりますので、本日は新月です』

「…じゃあ、私が今こうやって寝込む羽目になってるのは……」

『本日が新月だからでございます』

「…そうなのかー」

 

 じゃあ本当に、今寝込んでるのは仕方ないことなんだ。

 …あれ? でもどうして……

 

「どうして私はそういう…その…体質? っていうのかな。そういう風になってるの?」

『申し訳ありません。この身が造られたときには既にマスターの力は月と結ばれていたため、存じておりません。ですのでおそらく、元からの体質であるか、もしくは私が造られる前に何かあったのかと思われます』

「あー、ごめんね。先に詳しく知らないって言ってたのに、質問しちゃって」

『こちらこそ申し訳ありません。知識不足でお役に立てず』

「いいよいいよ。こっちが悪いんだから謝らないで」

 

 しかしそうなると、これから私は新月の度に寝込む羽目になる。そうなるとこれから先ネプギア達の迷惑になってしまうだろうし……

 まあそれはまた後でネプギア達に相談するとして……

 実はさっきこの子との会話で聞き捨てならない言葉が聞こえたんだよね。

 

「ねえねえ」

『はい』

「さっきの私が強い弱いの話でさ。“ただひとりを除いて”って言ってたけど、そのひとりって?」

『申し訳ありません。ご本人様より、記憶を失ったマスターへ、その方の情報を開示することを禁じられております故、お答えすることが出来かねます』

「…じゃあ君はその人に会ったことがあるの?」

『はい』

「じゃあその人は男の人? 女の人?」

『お答え出来かねます』

「その人は私とどんな関係?」

『お答え出来かねます』

「君とその人の関係は?」

『お答え出来かねます』

「イケメン? それとも美人?」

『お答え出来かねます』

「その人は今どこにいるの?」

『分かりかねます』

「あっ、そこは君も知らないのか」

『はい』

「じゃあ最後にどこであったの?」

『お答え出来かねます』

「もぅ…そればっかり。まあ私はそういうの無理に聞こうとは思わないし、いいけどさ」

『機嫌を損ねてしまわれましたか?』

「んー、別に。…その人のことで最後に訊くけど、その人は君にとって、君の主である私より立場が上なの?」

『マスターの命令は絶対ですが、あの方の命令の方が優先順位は上ですね』

「そっかー」

 

 それだけ凄い人なんだ。ちょっと会ってみたい気もする。

 

『ちなみにですが、私の出せる力はマスターの力に比例します』

「じゃあ今の弱った状態だと弱いの?」

『はい。逆に強い状態ですと、私の力も大幅に増幅します』

「なら私は早く記憶を取り戻さなきゃね」

『微力ながらお力になります』

「…ありがとう。君がいれば安心だね」

『安心かどうかはマスターの意思次第です』

「おぉ手厳しい」

 

 でも、少しでも味方()がいるのはありがたい。しかも昔の、強かった時の私を知る存在なら尚のことだ。

 …ん? そういや昔の私を知ってるってことは……

 

「ねえねえ、昔の私を知ってるなら、どんな風に戦ってたとか分かる?」

『はい。戦場でのこの身は常にマスターと共におりましたから』

「ならその技術とかって、どうやったら身に着くのか分かる?」

『はい。私はマスターに戦闘技術を身に着けてもらうために知識と自我を与えられましたので』

「じゃあ今の私にも、その技術って身に着けることってできる?」

『マスターが現在失ってしまっている力を使ったものは現時点では不可能ですが、純粋な剣術は可能です。しかしそのためにも体を鍛える必要があります』

「ってことは鍛えれば強くなることは……」

『努力次第で可能でしょう』

 

 なら私がやることはもう決まった。

 何をするにも強くないと、出来ないことが沢山だ。でも強くなれば、その出来ないことも出来ることに変わる。

 昨日の女の子が言っていた、『自分が正しいと思うことをやる』を実行するためにも、今は力を付けなければならない。

 

「…ねえねえ、明日から鍛えようと思ったんだけど、君の知識と経験、あと昔の私がやってた鍛え方を私に教えてくれる?」

『マスターがお望みであれば、どんなことでも』

「…明日からがんばろっか」

『はい、マスター』

 

 こうして私は明日から月光剣から技術を教わることにした。

 本当は今日とか今からやりたい気もするけど、今は新月の影響とかで力が入らないし、明日になればきっと回復すると思うから、その時から始めよう。

 ネプギア達にはなんて言おうかな。まぁ、その場で何か考えて言えばいいか。

 とりあえず朝食でも食べようかな。行儀は悪いけど、身体を起こせないから、手を伸ばしてサイドテーブルに置かれたお皿に盛られたサンドイッチをひとつ掴み、寝ながら口に運ぶ。昨日夕飯の抜いたせいでお腹が空いていたからか、食事となると力の入りにくい体も動いてくれた。手を伸ばして掴む程度だけど。こぼさないよう気を付けながらサンドイッチを全てお腹の中に入れて、また仰向けになる。はっきりとした時間は分かんないけど、きっとアイエフさん達が帰ってくるって言ったお昼まで時間もあるし、少し寝てようかな。

 

 

 

『…マスター』

「ん? なぁに?」

『私は、今までもこれからも、ずっとマスターの味方ですから』

「…ふふ。どうしたの? いきなり」

『いえ、それだけ伝えておきたかったのです』

「…そっか。君が味方なら心強いよ」

『…はい』

「とりあえず今はおやすみ……」

『はい。おやすみなさいませ。良い夢を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日間。私は私なりに努力をしてみた。

 次の日には前の日が嘘のように動ける状態になっていたから、と月光剣に言われた体の鍛え方を組み込んだメニューを作って、毎日毎朝皆さんより早く起きて適当な場所で鍛えている。2日目には皆さんに鍛錬がバレて病み上がりで無理するなと心配されたけど、無理しない範囲でやることを条件に、許可が下りた。ここ数日では、たまにだがネプギアやアイエフさんも一緒に付き合ってもらっていて、和気藹々と鍛錬を続けられている。剣から教えてもらうのもいいが、お二人から教わることも、なかなか為になることばかりで、良い経験だ。

 だからか、毎日鍛錬後に朝風呂に入るのが、最近の日課になりつつある…というのは余談で、今後の話にあまり関係のない話…のはずだ。

 

 そしてその数日間、ネプギア達が主にやってきたのは、クエストでシェアを獲得することと、ギルドや街でゲイムキャラに関する情報、また犯罪組織についての情報を集めていた。私もまた三人に付いて行ったのだが、初日のようにひとりになることがない。というか、三人が初日みたいに心配したくないと言われたので、付いて行くしかない。恩人に対して平気で無駄な心配をさせることが出来るほど、私の心は冷たくなれないのだ。

 それに私自身、あの日のことは反省している。真っ暗になってもひとりで外にいるなんて、私の見た目の年齢からしても危ないものだ。その結果、あの温厚そうなコンパさんにまで怒られるほど、心配させてしまったのだから。

 それに結局あの日、犯罪組織と接して得られた情報は、四天王一人の名前と、ロボットみたいという容姿。そして組織に属している彼らの気持ちや信条だけだ。これらの情報が女神様救出のなんの役に立てるというんだ、結局時間を無駄に過ごしただけじゃないか、と自分の行動が馬鹿らしく思えた。

 あぁ、でも、彼らの目的や気持ちを知ることで、私の中に迷いが生まれてしまった。それがあの日の一番のマイナス点ではないだろうか。夜にあの広場で、黒髪の女の子と話したことで少しずつではあるが解消されつつある。しかし未だに多かれ少なかれ迷いが残っているのが正直なところだ。この数日間はまだいいが、これから先、本格的に犯罪組織と対峙していくとなると、この迷いは命取りだ。今まではネプギア達は恩人だからと自分の考えは無しに付いて行ったが、これから先の事を考えると、そろそろ自分の気持ちで行動できるようにするために、色々と自分の中で決めていかなければならない。

 正直辛いな、この気持ちは。もしかしたら、私が自分の中で決めたこと次第では、彼女たちを裏切る羽目になるかもしれない。これが私、もしくは彼女たちのどちらか一方が相手を好意的に思っていなかったら、まだ楽だというのに。私はもちろん、彼女たちもお互いにお互いを好いている。まだ半月も経ってない中で、散々私が無理矢理を通しても、いつも心配してくれているところが、その証拠だ。まだ互いに信頼するほどではないけど、それでも互いに好意的に思っているからこそ、辛いのだ。

 

 

 

 

 

 ──まぁ、その時はその時に覚悟を決めよう。それに少なくとも、私はあの日、()()()に約束した。その約束は絶対に果たして見せる。




後書き~

次回、恐らく教会へ行くことでしょう。
それでは次回もお会いできることを期待して……
See you Next time.



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話『ラステイションの教祖』

前書き~

前回のあらすじ。
体調を崩してホテルで安静にしてたルナ。次の日からは特訓を始めますが、それはまた別の話で。
今回はその数日後の話です。
それではごゆるりとお楽しみください。



 …ここ数日、私達は活動してきた。

 アイエフさんの言った言葉に従って、クエストをこなしながら情報を集めていたわけだが……

 

「…全く情報が集まりませんね」

「これだけ聞いてもダメってことは、街の人は誰も知らないんでしょうか?」

 

 最初の発言したのは私。その次はネプギアだ。

 ネプギアの言う通り、街の人は誰も知らないんだろう。というかそう簡単に分かるような情報だとは元から思っていない。プラネテューヌの場合はイストワールさんが調べてくれたおかげで分かったわけだが……って、そうか。それだ。

 

「アイエフさん、ラステイションってイストワールさんみたいに教祖はいないんですか? そういう女神様の次に偉い人がいれば、国のことを知ってると思うんですけど……」

「あ、そうだね。ラステイションについては教会が一番詳しいはずだし……」

「…ええ。いるわよ。この国にも教祖が」

「あいちゃん、どうしたです? そんな顔して……」

「正直、ここの教祖のとこに聞きに行きたくないのよ。…あんまいい評判聞かないのよね。ここの教祖」

「でも、他に頼れる人もいませんし……」

「そうね…仕方ない。教祖のとこに聞きに行ってみましょうか」

 

 そのアイエフさんの気持ちを、私はすぐに身をもって経験することになる。

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩いて着いた先は、街並みと同じような、機械みたいな建物だった。

 私が想像していた天辺に十字架があるような教会ではなかったのには驚いたが、それもそうだ。プラネテューヌの教会だってあのプラネタワーと呼ばれる無駄に高いんじゃないかと思わなくもない建物だった。多分国の象徴である女神様の家だからこそ、国の特徴がより濃く表れているんだろう。そういう意味では教会を見ればその国の特徴が分かる。と言えるのかもしれない。

 

 さて、ここで問題。私達は今から教会内に入ろうとしているのですが、この先一体何が待ち受けているでしょうか。

 

1.教会職員がにこやかな笑みを浮かべ、来訪目的を訊かれる。

2.「だれだお前ら」と強面の大柄な男に質問される。

3.たまたま教祖がそこにいて、笑顔で私達を迎える。

4.その他

 

 正解は──

 

 

 

「ようこそ、ラステイションの教会へ。僕がこの国の教祖、神宮寺ケイだ。僕に直々に話があるそうだね。プラネテューヌのアイエフさん、コンパさん、ルナさん、ネプギアさん」

 

 『4.その他』で、教祖が何故か今ここに私達が来るのを知っていたかのように待ち構えていて、名乗ってもいない私達の名前と、目的を知っていた。でした~

 …うん。正直なんで? って思う。今日来るどころか、私達がラステイションにいることも伝えてなかったと思うんだけど……

 

「え? わたし達のこと知ってるですか?」

「情報収集はビジネスの基本だからね。あなた方がこの国に来てからの動向は一通り抑えさせてもらっているよ。特にルナさんの行動についてはね」

 

 名指しされて思わずビクリと体が震える。

 その表情からは、感情を読み取ることはできない。

 …そうか、私達の行動を知っているってことは、例の私がやった犯罪組織の見学についても知っているかもしれないってことか。

 だからこそ、私を名指しした、ということだろう。

 さて、あの行動を知っていたのだとしたら、はたして彼…いや彼女? はあの行動に対してどういう解釈を取るだろうか。

 殆どの人が思うように、女神様陣営を裏切ったと思われているのか? だからこそ下手な真似をするなよ、と敢えて私を名指ししたのか? 

 或いは他の考えに達したのだろうか。それはまだ分からないが、今後ラステイションで行動するときは疑われないよう注意が必要だろう。注意を必要としない行動を無意識でもいいから心がけたいが。

 

「…? なんでルナちゃんのことを?」

「あなた方の中で一番素性が分からない人間だからね。必然的に注意深くなってしまうんだ」

「そういえばルナちゃんはお空から落ちてきたんでした」

「…そうですね」

 

 きっとその言葉は最初、本当にそれだけの意味を持つ理由だったんだろう。

 今はどうだ? その言葉に、裏がないとは思えないが。

 なるほど、こういう人なら、アイエフさんも好かない。

 私も、この人を好きになるのに時間がかかるだろう。

 絶対不可能だとは思わない。が、9割ぐらい無理だと思う気持ちはある。

 うん、変に遠回しに言ったけど、つまり好きになるのは難しいと思う。嫌いにはならないかもだけど。

 

「…噂通りの奴みたいね」

「あの、私達知りたいことがあって来たんです。実は──」

「ああ、ゲイムキャラを探しているんだったね」

「え? どうしてそれを……?」

「…調べたんですね」

「その通り」

 

 前言撤回だ。奴はいけ好かない。

 さて、どこまで知っているんだろうな。この人は。

 

「なら教えてくれませんか? まさか、その情報に対価が必要だとか言いませんよね?」

「ふむ、もしかしてあなたは僕と同じ思考回路をしているのかい?」

「まさか。あなた様のような方と同じ思考を持っているわけないじゃないですか」

 

 同じでたまるか。

 というかいるのか。対価。まったく、面倒な。

 

「さて、今この時、僕が持つ情報には一体どれ程の価値があるのかな」

「価値……?」

「そう。その価値に見合うだけの対価を貰わなければ、ビジネスは成立しない」

「わたし達、お金そんなに持ってないですよ?」

「いえ、教祖ならお金とかの問題ではないのでは?」

 

 教祖なんて国の中で二番目に偉い立場の人間に、金銭で困っているようなイメージは湧いてこない。それどころか、たった数分程度しか接していないが、この教祖は儲け上手な人間なのではないだろうか。それなら、お金に不自由してるとは到底考えられなかった。

 

「ああ。僕は金銭には不自由してないからね。だからあなた方には労働力を提供して頂きたいと思っている」

「具体的には?」

「今、この国ではあるモノを開発中でね。そのために必要な素材が三つ、どうしても手に入らなくて。あなた方には、それを持ってきて頂きたいと思っている。聞いたことぐらいはあるかな。宝玉と血晶、それにマナメダルと呼ばれるものなんだけど……」

「なっ!? 最後のは聞いたことないとしても、最初の二つは超激レアアイテムじゃない!?」

「そんなに珍しい物なんですか?」

「希少価値が高すぎて、まず市場に出回らない代物よ。そんな物を持ってこいなんて……いくらなんでも条件がキツ過ぎるわ!」

「そう思うなら、この話はなかったことに。僕が情報価値を見誤ったというだけだ」

「くっ…足元を見て……」

「それを持って来たら、ゲイムキャラのこと。教えてくれるんですね?」

「ちょ、ネプギア!?」

「もちろん。それともう一つ、三年前……そして最近、ギョウカイ墓場で起こったことを教えてほしい」

「わたし達がギョウカイ墓場に行ったことまで知ってるですか!?」

「知っていたわけじゃないけど、この程度は憶測でね。何せ、生きた証拠である、ネプギアさんが目の前にいるんだから」

「ネプギアのことも知ってたってわけね」

「……で、ノワールは無事なのかい? 何故ネプギアさんだけがこの場に?」

「ノワールさんなら、お姉ちゃん達と一緒に……」

「はいストップ。これ以上言ってしまったら、こちらが損をするんじゃないかな?」

「ビジネスはギブ・アンド・テイクが基本でしょ。さきにこっちの情報だけもらおうだなんて、マナー違反じゃないかしら?」

 

 教祖の質問に馬鹿正直に答えてしまいそうになるネプギアを止める。アイエフさんも、同じことを思っていたようだった。

 ふふふ、相手の足元ばかり見てると、痛い目に遭うんだぜ……? 

 

「む……。これは失礼。では、先ほど言った三つのアイテムを持ってきた後に、お互いに情報交換をするということでいいかな?」

「はい。必ず持ってきます!」

「では、失礼しますね」

 

 そう言って私達は教会を後にする。

 これからの目的としては、先ほど言われたように三つのアイテムを持ってこなければならない。うち一つは、アイエフさんでさえ名前を聞いたことがないアイテム。残り二つは、名前は聞いたことあっても、滅多に手に入らない超激レアアイテム。

 どう考えたって難易度はハード以上だ。しかも、アイテムの名前までは分かっても、肝心な入手方法が分からない。あるいは、入手場所が分からない状態だ。

 これでどうやってそのアイテムまで辿り着けというんだ、あの教祖は……

 

「やっぱり腹の立つ奴だったわね。まあ、最後に一矢向いてやったけど」

「マナー違反、駄目、絶対」

「二人ともカッコよかったです~」

「いやはやそれほどでも~」

「はいはい。ともかく、ネプギアがああ言っちゃった以上、三つのアイテムを手に入れない限り、あの教祖から情報は聞き出せそうにないわね」

「あっ、すみません、勝手に決めてしまって……」

「謝る必要はないわ。どっちにしろ、情報を聞き出すには必要なことだったんだし」

「宝玉、血晶、マナメダル……そのうち前者二つの存在は知ってるんですよね?」

「ええ。もっとも、モンスターが落とすアイテムだってことだけしか知らないけどね」

「じゃあ、手当たり次第モンスターを倒し回ってみるですか?」

「気が遠くなるような話だけど……それしか手はないかしら……」

「せめてどこのモンスターが落とすとか分かればいいんですけどねー」

 

 それが分かれば苦労はしないよね~

 

“ヴゥゥゥゥン”

 

「あれ? ルナちゃんの剣、少し震えてないかな?」

「え? この子にバイブレーション機能ってあったっけ?」

『日の出ている時に光で反応しても気付かれないと思いましたので、震えてみました』

 

 おやまたそれは便利な……

 

「どうしたんだろう……?」

 

 それはさておき、どうしたの? まさか、アイテムについて何か知ってたり? 

 

『はい。私はマスターが見てきたもの全てを知識として記録しています。その知識に、宝玉、血晶、マナメダルについての知識を保管しております。開示しますか?』

 

 よしでかした! 

 うん、君って結構役に立つんだね! 

 

『正確には私が役に立つのではなく、マスターの今までの経験が役に立ちました』

 

 うんっ! 細かいことは気にしない! 

 ともかく、これなら楽勝モードだ! よっしゃ燃えてきたでー! 

 

「ど、どうしたのルナちゃん……? そんな剣を見たまま嬉しそうな顔をして……」

「傍から見たらヤバい人ね」

「あいちゃん、そういうことは思っても言っちゃダメです」

「コンパさん…それ追い打ちです」

 

 コンパさんからしたらフォローしたつもりなんだろうけど、もっと別の言葉をかけてほしかった……

 

「それで剣がどうしたのよ」

「えぇっと…それはですね……」

 

 と、説明しようとしたところで、どうやって説明すればいいのか悩んだ。

 何せ、ネプギア達には剣の意思は曖昧にしか伝わっていないとしか言っていない。曖昧に言えばいいのかな……

 まあ素直に話せばいいのかな。

 

「前に剣に自我があるというのは話したじゃないですか。それで剣の意思は曖昧にですけど私に伝わってくるって。それで今、剣の意思が伝わってきまして、どうやらこの剣、三つのアイテムの在処が分かるみたいです」

「へえ、そう……ってはぁ!? アイテムの場所、分かるのその剣!」

「どうも昔の私が旅してたみたいで、その道中で拾ったか何かしたようで。それで剣に記録されてたみたいです」

「まるで旅に出た少年少女に持たせた赤い図鑑みたいだね」

「ああ、モンスターを倒すと見つけた数に。捕まえると捕まえた数をカウントするあの?」

「うん。…って知ってるのルナちゃん?」

「うーん、そういうのは覚えてるみたい」

 

 だからこそ地文でネタを言えたりするわけだしね。

 

「それでアイテムはどこにあるのかしら?」

「あー、ちょっと待っててください。剣さん剣さん。そのアイテム三つ、どこにあるの?」

「…なんだか剣に話しかける可哀そうな人に見えるわね」

「ええ? じゃあ…こほん。剣よ、我の声に答えよ。我らにかの(ぶつ)が眠る場所を示したまえ。…でいいですか?」

「うーん、さっきのでいいと思うよ……?」

「そう? 別に今のでもいいじゃない。でも私ならもう少しカッコよく──」

「あいちゃん。そこは抑えるです」

「わ、わかったわ」

 

 コンパさんがアイエフさんの言葉を遮って、少ししょぼんと肩を落としたように見えるアイエフさん。

 あんな厨二紛いな言葉に反応するとは思わなかったけど、それをもっとカッコよくって……

 …いやまさかな。あの見た目は小柄だけど仕事が出来る女っぽい雰囲気を出してるクールなアイエフさんが、そんなわけないよな。

 …技名とか相談したらかっこいいの作ってもらえるかな。

 

「ともかく、月光剣。宝玉、血晶、マナメダルってどこにあるの?」

『…検索完了。宝玉は『バーチャフォレスト最深部』に生息するエンシェントドラゴンから。血晶は『セプテントリゾート』に生息するテコンキャットからドロップしていることは確認できています』

「…検索?」

『マスターが旅で得た情報は全て記録しておりますが、情報量が膨大なため、必要とする情報を引き出すのに検索時間がかかります。そのためマスターやマスターの仲間が言い合っている間に検索させてもらいました。駄目でしたか?』

「…いや、むしろ有能だよ、君」

 

 有能過ぎて自分の価値がこの剣の翻訳と使う係しかないんじゃないかってぐらいには。無能かな、自分。

 

『先ほども言いましたが、マスターの経験のおかげです。いくら記憶を失くしたとしても、マスターの功績に変わりありません。むしろ情報を引き出すのに数分要してしまう私の方が無能です』

 

 うう、相棒がメンタルケアも有能過ぎて心がぴょんぴょんするんじゃ~

 

「で、聞き出せた?」

「あっ、はい。宝玉はバーチャフォレスト最深部のエンシェントドラゴンが。血晶はセプテントリゾートってとこのテコンキャットが落とすそうです」

「あれ? マナメダルは?」

「…ん? そういやそれは?」

『申し訳ありません。マナメダルはドロップアイテムではなく、その所在も転々としており不明です。唯一分かる情報では一部のゲイムキャラが所有しているとだけ』

「うへぇ。それ達成できないね」

「ルナちゃん?」

「あ、うん。どうやらマナメダルはゲイムキャラが所有しているそうです。しかも全てのゲイムキャラが持っているわけでもないらしく……。ですのでその所在は不明とのこと」

「はあ? それじゃあの教祖の条件達成できないじゃない」

「ゲイムキャラの情報が欲しいけど、そのために必要なアイテムはゲイムキャラが持っていて、でもゲイムキャラの居場所は分からなくて……」

「ループしてるですぅ」

「どうするのよ。というかあの教祖そのことを知ってたのかしら?」

「知ってたらこんな条件出さない…とは言い切れませんね。私はあの教祖のこと全然知りませんし」

「とりあえず宝玉と血晶だけでも渡して交渉してみましょ。案外どうにかなるかも」

「ならまずはどっちから行きますか?」

「そうね…宝玉から行きましょうか」

 

 

 

 と、まずは宝玉を探しにバーチャフォレストに行き、無事モンスターを倒してアイテムをゲットしていると、下っ端が現れて……

 

「へへっ、今日でテメェ等も最後だ! 行けっ! 秘密兵器!」

「こんなの女神化して一気に……あれっ!? 女神化できない!?」

「バーカ! そう何度も同じ手食らうかよ! こいつぁ、女神の変身を封じるモンスターなんだよ! さぁ、ガキんちょの姿でせいぜい足掻いてみな!」

「…ふむ。女神化って封じることができるのか」

「何呑気に頷いてるのよ! こうなったらコンパ! 私達が前に出るわよ!」

「はいですっ!」

「おおっと! 私を忘れてもらっては困りますよ! こういう時の為に毎日頑張ってるんですから!」

「へっ、一撃で倒れたような奴が何ほざいてん──―」

「『ブレイクラッシュ』!!」

「なぁっ!? マジック様に頂いた秘密兵器が!」

「ふっ、以前の私と思うなよ?」

「キザっぽいことしてないで他のも行くわよ!」

「やるですっ!」

「女神化してなくたって、何とか……!」

「オイオイオイオイ!? くそっ、覚えてろー!!」

「ちょ、待ちなさい…ってまた逃げられたわ」

「逃げ足が速いですね」

「うう、女神化出来なくなった時はどうなるかと……」

「…呆気ないなぁ」

 

 と、毎朝きっちり月光剣の特訓をこなしていたおかげで力がついていたのと、以前と違い私の手には月光剣があったおかげで割とあっさり倒しました。

 女神化って私の中では無敵なイメージがあったんだけど、封じられてしまえばそうでもないんだな。元も人間状態でも強くならないとこうやって封じられた時は一気に絶体絶命になっちゃうから、ネプギアにはもっと強くなってもらう必要があるようなないような。

 

 

 

 そして舞台は再び戻ってラステイションの街中。

 次もまたアイテムがどこにあるのか分かっている血晶を探しにいざセプテントリゾートへ! 

 とか話していたら、何故か声をかけられました。まだ若い男の人です。“まだ”です。近いうちにおじさんの仲間入りしそうだな。実際年齢は知りえないけど。

 

「すまない。少し聞こえてしまったんだが……君達、血晶を探しているのかい?」

「ええ、はい。そうですけど。えっと、どちら様でしょうか?」

「私はこの街の防衛隊の者だ。血晶なら、以前任務で行ったダンジョンで見かけたことがあるんだが……」

「あっ、情報なら間に合ってますんで」

「えっ? そうなのか?」

「はい。ルナちゃんのけ──」

「ネプギアー? 君ちょっと口を滑らし過ぎなんじゃぁないかな?」

「あっ、ごめんなさい」

「じゃあ私達急いでるから、ごめんなさい」

「ごめんなさいです」

「すみません。失礼します」

「じゃあねー、名も知らぬおじさん」

「お、おじさん? 私はまだ二十代で……」

 

 そんな私にとっては微塵も興味ないことを言う防衛隊の人を置いて先を急ぐ私達。

 だって情報ならうちの優秀な相棒が知ってるからな! 

 

 

 

「あの、あの子達情報なら持ってるって言って行ってしまわれたのですが……」

「なに? 一体どうやって……。ふむ、どうやら僕は彼女のことを少し甘く見ていたのかもしれないね」

「えぇっと、私はどうすれば……」

「ああ、すまない。君はまた元の仕事に戻ってくれて構わないよ」

「はい。では失礼します」

「さて、もし僕の仮説が正しいのだとしたら、大分厄介なことになっているね。プラネテューヌの女神候補生と女神の友人が彼女と裏で手を組んでるとは考えづらいし。あの子に情報を渡してしまったのは失敗だったかな」

 

 

 

「くちゅんっ」

「あらルナ、風邪?」

「大丈夫です? 看病するですか?」

「だ、大丈夫です。多分そういうのじゃないですから」

「本当? もし体調が悪かったりしたら遠慮なく言ってもいいんだからね」

「うん、分かったから。早く行こ。時間が惜しいんだから」

 

 さっきのおじさんがあの人とそんな話してるなんて露も知らず、私達は歩を進める。

 今度は手遅れにならないよう、ゲイムキャラから力を借りるだけじゃなくて、犯罪組織から守らないといけない。

 頑張ろう。精一杯。力を込めて。




後書き~

次回、紫と黒が交差するとき、白金の彼女はどうするのか。
次回もお会いできることを楽しみにして。
See you Next time.

今回のネタ?らしきもの
・赤い図鑑
某ポケットなモンスターの図鑑です。代々赤くてモンスターボールみたいなデザインですよね。アニポケ見てます。

・オリジナル設定
『マナメダル』
 今作の重要アイテムになるかもしれないもの。月光剣に記録されている情報によると、どうやら一部のゲイムキャラが持っているらしい。どうやって生成されるのか、またどのような目的で使うことが出来るアイテムなのか、詳細は不明だが、マナメダルと名付けられているように、魔力に関するメダルの形状をした何かだと思われる。
『ブレイクラッシュ』
 よくありそうな技名のルナの通常攻撃。決してSPスキルではない。月光剣に記録されていた技の一つ。力強い斬撃を連続で繰り出すもの。汎用性有。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話『黒髪の彼女と再会』

前書き~

前回のあらすじ。
ラステの教祖に会いました。月光剣が結構有能です。宝玉探したついでに下っ端倒しました。血晶探しに行こうとしたら、声をかけられました。お断りしました。
さて、今回もごゆるりとお楽しみください。


「おぉっ! 海だ! 空だ! 青い!」

「そりゃここは海に面したダンジョンだし、海は見えるし青いわよ」

「そういえばルナちゃんは記憶を失ってから初めて海を見るんですね」

「綺麗だなぁ、飛び込みたいなぁ、泳ぎたいなぁ、何か獲ってみたいなぁ」

「だ、ダメだよルナちゃん! まだ海に入るには季節が早いから!」

「いやネプギア。ツッコむところそこ?」

 

 記憶を失ってからは初めて見る広大な海に心奪われた私は、まるで取りつかれたように体がそちらへ引き寄せられそうになるけど、それをネプギアが止めてくれたおかげでしばらくした後に正気に戻って無事冷たい思いをせずにすみました。

 

「うーん。何故私はあそこまで海に魅力を感じたのか……?」

「自然に限って言えば森とか草原とか行ってもそこまで反応してなかったわよね。ならそれも記憶に関するんじゃないかしら?」

「そうなんですかね。なら以前の私はもしかして年中海で泳ぎまくる海女さんだったんでしょうか」

「さすがにそれはないと思うですぅ」

「海女さんの恰好をしたルナちゃん…ふふっ」

「あー、ネプギア笑ったー!」

「ご、ごめんね。つい想像しちゃって」

「許さんぞ、覚悟せーい!」

「わー!」

 

 まあ私も自分が海女さんの恰好で笑顔でサザエを掲げている姿を想像して可笑しく思ったけど、それで簡単に許すほど私は甘くないのだ~

 と、きゃっきゃっと私とネプギアがおふざけをして、それを微笑ましく見守るアイエフさんとコンパさん。

 前から思ってたけど、二人ってどこか夫婦っぽいね。

 

 そうやって楽しく会話しながらもきちんとモンスターを倒しながらテコンキャットを探す私達。

 テコン“キャット”と着くぐらいだから、きっとネコのような姿をしたモンスターなんだろうけど……

 

「あ、あれ。あれが多分ルナの剣が言ってたモンスターじゃない?」

「“あれ”?」

 

 アイエフさんが指差した方を見ると、そこには二本足で立つネコらしきモンスターがいた。

 バーチャフォレストでのモンスター集団との戦闘。そのモンスターの中にも確かいた気がする、兜を被って、簡単な鎧を身にまとったモンスター。あの時は無我夢中で戦ってたから気にする余裕もなかったけど、こうして見ると防御力が高そう、なんて感想が出てくるな。

 

 どう? あれで合ってる? 

 

『はい。あのモンスターで間違いありません』

「あれで合っているようです」

「よーし、なら早く倒して血晶を届けましょう!」

「だね。ちゃっちゃと片付けよう!」

 

 と、私達が手にそれぞれの武器を構えてると、モンスターは私達に気付き、攻撃姿勢を取る。よく見れば、目の前の敵以外にも周りには同じテコンキャットが数匹いた。

 これだけいれば、一匹ぐらいは血晶を落とすだろう。

 よし、張り切って倒すぞー! 

 

 

 

 

 

「あっ、ありました! 見てください!」

 

 この付近のテコンキャット含めたモンスター達を四人がかりでそれぞれ倒していき、ネプギアが相手している最後のテコンキャットが倒れた時、ネプギアが声をあげた。

 見れば、ネプギアが手にしているのは、血のように赤い結晶。

 あれが血晶か……

 

「月光剣、あれが血晶?」

『はい。記録しているものと相違ありません』

「それが血晶で間違いないって」

「やった!」

「これで教祖さんから言われたものが揃ったです」

「今揃えれるものは、ね。後の一つはゲイムキャラの居場所が分からないと手に入れれないものだし」

「すぐに終わってよかったですね」

「ええ。アンタの剣がなかったらもっと時間かかってただろうし、助かったわ」

「こんなに早く終わって、きっとラステイションの教祖さん驚くです!」

「はい! 早速教会に行きましょう!」

 

 とネプギアが高テンションで走り出そうとしたところで、足音が聞こえた。

 この足音はモンスターのものとは違う。人の足音のようだ。

 

「ネプギア、待って。誰かがこっちに来る」

「へ? 誰って誰?」

「いやそんなの分からないよ」

「…足音がするわね」

「ダンジョンですから、冒険者さんです?」

「普通はそうでしょうね。今回もそうでしょうけど……」

 

 そう話していると、すぐに足音の主が誰なのか分かった。

 

「あら…? どうしてモンスターが見当たらないのよ……」

「えっ?」

「ん? わああ!? ねねね、ネプギア!?」

「ユニちゃん!!」

 

 足音の主は女の子だった。

 黒髪にツーサイドテール。黒い服に黒のスカートと黒ずくしの恰好をした女の子。

 私はその姿を見たことがあった。

 

「ユニちゃんも血晶を探しに来たの?」

「そ、そうだけど、まさかアンタも…? あ、えと。そうじゃなくて、この間は…いやいや、急に謝るのも…大体アンタが急に出てくるから心の準備が……」

「よかった、ずっと気になってたの。あんな別れ方しちゃったから……ユニちゃんもケイさんに頼まれたんだよね?」

「え、いや、そうだけど……って勝手に話を進めないで! アタシ、アンタに言うことがあって…一度しか言わないからよく聞いて……」

「わあ! 本当!? あっ、でも血晶はさっき……」

「だから勝手に話を進めるな!」

 

「二人とも仲良さげですね。知り合いだったんですか?」

「ええ。ほら、アンタが一人で行動した日。あの時クエストを受けた時に一時的にパーティを組んだのよ」

「でもその時ちょっとすれ違いが起きちゃったです……」

「そうでしたか。へぇ……」

 

 コンパさんはそう言うが、ネプギアと女の子のやり取りを見るにあまりそうは見えない……

 いや、今現在進行形ですれ違ってるか。女の子の方は何か言いたげなのに、ネプギアがそれに気付かずに勝手に話を進めてるし。

 意外に強引なんだなぁネプギアって。

 

「そういえばアンタもユニと知り合いだったわよね?」

「ユニ…あぁあの子の名前ですか?」

「知らなかったの?」

「まぁ…あの時はベンチに座ってた私に、向こうが声をかけてきてくれた感じですから。お互い名前を名乗っていませんので知りませんよ」

「そうなのね」

「ルナちゃんも知り合いだったです?」

 

 「ええ、まあ」とコンパさんに返事をして、また二人の会話を聞いてみると、何やら雲行きが怪しくなってきていた。

 

「はあ!? もう血晶をゲットした!?」

「うん! ほら」

「なっ!? くっ、一歩遅かったわ……」

「あっ、でもこれは私達が欲しいんじゃなくて、ケイさんが欲しいみたいで」

「それは知ってるわよ! もういいわ! だったらネプギア、アタシと血晶を賭けて勝負しなさい!」

「えぇ!? な、なんでそんなこと言うの? もしかしてまだ私のこと怒ってるの?」

「うるさいうるさい! いいから勝負しなさい!」

「い、嫌だよ。私ユニちゃんと戦うなんて……でもユニちゃんがそんなに言うんだったら……」

 

 ユニさんの勢いに押されているのか、ネプギアは消極的な言葉を口にしながらもユニさんの言う通り勝負しようとしていた。

 しかし今ここで戦うのか。別に殺し合いをするわけでもないし、決闘すること自体は私としては構わないんだけど、今はそんなことをしている暇はあんまりないと思う。得るものはもう得たから、すぐにあの教祖のとこに行ってゲイムキャラの居場所を聞きたいっていうのに……

 時間も惜しいし、止めるか。

 

「あーはいはい。ストップストップ。二人とも勝手に話を進めて勝手に決闘しようとしない」

「あ、ルナちゃん」

「ん? あ、アンタこの間の……」

「お久しぶりだね。この間はお世話になりました」

「い、いいわよ。別に話を聞いてただけなんだし。にしてもアンタはどうしてここにいるの?」

「ネプギア達に付いて行ってるからね」

「ふーん。もしかしてネプギア達があの時言ってた白のグループ?」

「うん。私を助けてくれた恩人だよ」

「そうだったのね」

「え? え? ユニちゃんとルナちゃんって知り合いだったの? 白のグループって一体?」

「この間ちょっとね。後者については内緒。それで、二人ともこんな時に決闘するつもりなのかな?」

「“こんな時”?」

「君のお姉さんを助けるための旅をしてるのに、それを放っておいていいのかなってこと。早くあの教祖に物渡してゲイムキャラの居場所を教えてもらわないと」

「そ、それは分かってるんだけど、でも……」

「…アンタの言うことは分かるわ。こんなときに女神候補生同士が戦っても、無駄に時間を消費させるだけだって。でもアタシは今、ネプギアと戦いたいの。お願い、止めないで」

「…ネプギアも?」

「…うん。ユニちゃんがこんなに頼んでるんだもん。応えてあげたいから、ルナちゃん、お願い」

「…はぁ。まあ君がこのパーティのリーダーだし、ユニさん…だっけ? にはお世話になったしね。戦うならさっさと決着つけて互いに満足してよ?」

「うん!」

「…ねえアンタ」

「ん? 何?」

「アンタの名前、聞いてなかったわね」

「そうだったね。私はルナ。好きに呼んでくれて構わないよ」

「ルナ、ね。アタシはユニ。さん付けはいらないわ」

「分かったよ、ユニ」

「…あと、ありがと」

 

 ユニの照れながら言う素っ気ないお礼を受けながら私が数歩離れると、二人は距離を離してそれぞれの武器を構えた。

 漂う雰囲気は真剣そのものだ。

 これはもう私お邪魔だな。

 そう思ってずっと外野に徹していたお二人ところへ行った。

 

「…お二人ともずっと外野で見てましたけど、いいんですか? ネプギア達を戦わせて」

「ええ。アンタの言う通り、女神救出が最優先ではあるけど、だからっていつまでも引っ張られても困るわ。だったらいいんじゃないかしら」

「これもまた友情を深め合うための決闘です!」

「そうですか」

 

 半分諦めモードのアイエフさんとどこか熱いコンパさんから許可が下りたので、私はもう何も言うまい。

 ただまあ、ユニとの会話で聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど……

 

「ところで大方予想は付くんですけど、ユニの“女神候補生同士で”って発言。どう意味ですか?」

「そういえばルナはあの子のこと全く知らないんだったわね」

「ユニちゃんは…あっ、ちょうど始まるです」

「え?」

 

 そう言われてお二人の視線を追うようにネプギアとユニに視線を向けると、それぞれの体が光に包まれた。

 あの光の柱…眩しくて力強いのに、優しい光。心当たりがある。

 あの時は私は倒れてたから実際に目にはしてないんだけど、もしかしてこれって……

 そう思っている間に光は止み、二人の姿の変化に気付いた。

 

「えっ、あれ…ユニなの……?」

「はい。ユニちゃんですよ」

 

 ネプギアの方は見たことあったから分かる。紫と白の衣に蝶を模したような淡い紫の羽が光っている。何より変身前より少しだけ明るい色になった髪に少しだけ成長したような身体。瞳には電子機器にある所謂電源マークが浮かび上がっていた。

 あの時は視界にちらっとしか見れなかったけど、まともに見ると分かる。その美しさと神々しさが。

 対するユニは、黒い髪が白くなり、ドリルみたいな形をしたツインテールになっている。纏っている衣は黒で、変身前の服と似たデザインだ。彼女もまた少し身体が成長したように見え…るような…? 

 …あれ? 

 

「…ユニ、縮んでません?」

「え? 何が?」

「えっと、その…む──」

「“む”?」

 

 私は言葉を言いかけて寸前で止める。

 さすがに女の子に対してこんなこと言えるわけがない。私はそこまで空気の読めない人ではないんだよ。

 

「い、いえ。何でもありませんでした」

「そう?」

 

 それ以上はアイエフさんは何も聞いてこなかった。

 しかしこれで私の予想が当たっていることが分かった。

 

「…ユニも、女神候補生だったんですね」

「…あまり驚いてないわね」

「そうですね。自分で自分に驚きです」

 

 まさか偶然出会って愚痴を溢した相手が女神候補生だったなんて、一般人なら驚いて当たり前だろうけど、不思議と驚きの感情が湧くことは無かった。

 

 しかしこれから目の前で始まるのか。女神候補生同士の本気の戦い。

 候補生とはいえ、二人とも女神。

 

「…今まで見てきた戦いよりすごいのが見れたりするのかな♪」

『いえ、それはないかと』

「え?」

 

 私の小さな呟きに月光剣が返す。その言葉に思わず聞き返そうとするが、そこにコンパさんが「はい、どうぞです」とコップを差し出してきた。中に入っているのはお茶だが、温かいものだ。一体いつの間に用意したんだろうか。というかこんなところでどうやって用意できたんだろう。Nギアに保温機能でもあるのか? とか思いながらお礼を言いつつ受け取った。

 月光剣の言葉は気になるが、それは戦闘が始まればすぐに分かるだろう、と二人の戦闘を目に焼き付けようと二人の行動をじっと見つめる。

 二人は見つめ合い、数拍後、ユニから動き出した。コンマ数秒の差でネプギアも動き出す。

 銃と剣。どちらが先に相手に近づけるかなんて分かりきっていること。でもユニの放った銃弾はネプギアに当たらず、ネプギアは剣を振る。ユニはネプギアの攻撃を躱して、すぐに射撃攻撃をするが、ネプギアが動いて照準がなかなか定められなさそうだった。

 しばらくの間、ネプギアは剣を振り、ユニが躱したり防御したり当たっちゃったりして。ユニは銃を撃つけど、ネプギアに当たらなかったり剣で防御されてしまったりと互いに攻防戦が続いていた。

 でも……

 

 …攻撃、避けきれてない。

『そうですね』

 当てることも出来てない。

『ですね』

 防御しきれてない。

『はい』

 

 二人とも真剣にやってるんだけど、凄い戦いかと言われればあんまり言えない。

 攻撃防御回避。どれをとっても曖昧だ。私もまだあの程度しかないかもしれないから、二人のこと言えないけど……

 

『仕方ありません。彼女達は女神“候補生”。まだ成長途中です。これから強くなっていくでしょう。ですので今の段階では……』

「…それもそうだよね」

 

 ゲイムキャラを探し始めてまだ一か月足らず。元がどれぐらいなのか分からないけど、ネプギアはまだ強くないんだ。私も同じ。これからが成長の見せ所なのだから、今弱くても仕方ないんだよね。

 

『しかし弱いままですと、犯罪神どころか四天王でさえ倒せないでしょう』

「…強くならなきゃね」

『そういうことです。しかし女神だけでなく、マスターもまた強くならなければなりません』

「そうだね。そのために毎日頑張ってるんだもんね」

『はい。それではさっそくレクチャーです。気配を察知してください』

「…は?」

 

 気配を察知って…いきなり? しかも何の気配を察知しろと? 

 

『魔法による気配察知は先日教えたはずです。ヒントは出しましたので、では』

「え、は? ちょっ……」

「ルナちゃん、どうしたです?」

「あっ、な、何でもないですよ。はい」

 

 よく分からないけど、とりあえず月光剣の言う通りこの辺りの気配を感じてみるか。

 ほんの数日前に教えてもらった通りに気を静めて、視界を閉じて周囲に魔力を薄く広げる。

 記憶を失くす前の私なら魔力なんて使わなくても察知出来たみたいだけど、今の私は無理。だから魔力を薄く広げることで気配を察知する魔法を先日月光剣から教えられた。何故かこれだけは徹底して教えられたんだけど、どうしてなんだろうか? 

 ともかく集中集中。魔力に反応は……? 

 …私の近くに女性二人…これはアイエフさんとコンパさんだ。

 少し離れて空中で激しく動いているのは戦闘中のネプギアとユニ。

 付近のモンスターは片付けてあるからいなくて……

 

 …あれ? 

 一つ、変な気配を感じる。

 禍々しいというか、おどろおどろしいというか。何か暗いものを纏った誰か。

 その誰か自体は怖く感じないのに、暗い何かは怖ろしく感じる。

 当たり前だけどネプギア達じゃない。じゃあ誰……? 

 

『気づきましたか?』

 う、うん。これ…誰? 

『分からないのであれば確認しましょう。そう、相手に私を振りかざしながら、ですよ』

 いやそれ正体も分からないのに切りつけろって言ってるのと変わらないからね!? 

 ま、まあ前者には賛成だけど……

『出来る限り気配を殺しましょう。相手も殺しましょう』

 だからね君ぃ! 

 

 月光剣の言うことはともかくとして、どうやらその誰かは隠れているみたいだった。私達に見つからないように、だ。

 とっても怪しい人だ。確認する必要性は大だよな。

 私はネプギア達の戦闘を見ているお二人に気付かれないようにそっと離れると、相手の気配は察知しつつ、自分の気配を殺して近づく。

 やがて戦闘音に紛れて声が聞こえた。

 

「──今なら女神候補生をブッ潰せるじゃネェか。今回はどれで奴らを襲うかァ?」

「誰が誰を襲うって?」

「ンなもん決まってんだろ。このモンスターで奴らを…ってテメェ!?」

「やあ。こんにちは」

「なっ、テメェいつの間に近づきやがった!」

「ついさっきね。聞いたのも『今なら女神候補生を~』って辺りからだし」

「くそっ!」

「さて、どうする…って言っても私は君を捕まえないといけないよね。君は明らかに犯罪行為に手を染めているわけだし」

「へっ、捕まえれるモンなら捕まえてみやがれ!」

「なら捕まえてっ……!?」

 

 言葉を遮るように下っ端はポケットから何かを取り出し私に投げつけてきた。

 咄嗟に後ろへ下がる私だが、その何かはキラリと一瞬光ると眩い光を放った。

 

「くっ……! 閃光玉か!? あのやろ!」

『マスター落ち着いてください。彼女は野郎(男の人)ではありません』

「今指摘するとこそこ!?」

 

 まさかの月光剣からのツッコミに驚きながらも、そこまで強い光ではなかったのかすぐに視界が元通りになった。

 すぐに下っ端を追いかけようと逃げていった方向を見ればすでに下っ端の姿はなかった。

 …と、いうか見えなかった。

 

「なっ…ななな……」

「ルナちゃん、どうしたの…ってええ!?」

「こ、これって一体……」

「こんなの見たことないですぅ……」

「な、何よこれ……!」

 

 話声と光で何かあったと分かった皆さん。戦闘中だったネプギアとユニは戦いを止め、観戦していたアイエフさんコンパさんの四人がこちらを向いて、驚いていた。

 それもそのはず。だって私の目の前には──―

 

「フォオオオオオオオオン!!」

「なんじゃこりゃ──!!」

 

 デカい。とんでもなくデカいクジラのようなものが、私の視界を埋めていたから。




後書き~

次回予告。クジラを何とかします。
それでは次回もまたお会いできることを楽しみにして。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話『ホエールと白金の少女』

前書き~

前回のあらすじ。
黒髪の彼女(ユニ)と再会しました。下っ端が潜んでました。クジラ(ホエール)を置いて行きました。呆気に取られました。
今回はそのクジラを何とかするようです。
それでは今回もごゆるりとお楽しみください。


「フォオオオオン! フォオオオオン!」

 前回のあらすじ。下っ端が置き土産を置いてった。(遠い目)

 

「なにこれ、とんでもなくデカいクジラですね。実物大ですか?」

「現実逃避しない! というかなんでこんなデカいモンスターがこんなところにいるのよ」

「実はかくかくしかじかでして」

「まるまるうまうまなわけね…ってそれで通じるわけないでしょ」

「えー」

 

 さすがにまだそこまで仲を深めてたわけじゃないから通じないかー。

 それならそれで普通に説明するけどね。

 と、私はさっきまでの出来事を包み隠さず伝えた。

 

「またアイツなのね」

「犯罪組織には下っ端さんしかいないです?」

「いや、さすがにそれはないかと……」

 

 と、コンパさんに答えつつも、実際犯罪組織の構成員は下っ端しか見ていないネプギアの表情は苦笑い気味。

 大丈夫、ちゃんと構成員は下っ端以外にもいっぱいいるからね。少なくともラステイションにはいっぱいいるから。犯罪組織ってなれば、ネプギア達女神様を倒したっていう四天王もいるし……

 

「でもこれ、見た目的にクジラ…水棲動物のモンスターですよね? どうして下っ端は陸に出したんでしょうか?」

「モンスターの中には水陸どちらでも生活できる種族がいるのよ。で、今ここにいるのは多分ホエール種だとは思うんだけど……」

「通常の個体の何まわりも大きいですね……」

「そうなんですか?」

 

 質問ばかりの私だけど、私自身に知識なんて皆無なのだから仕方ない。

 そんな私の疑問に、今度はユニが答えてくれた。

 

「そりゃ個体によっては異常な変化を遂げた個体もいるわ。最近じゃ犯罪神のシェアに当てられた汚染化されたモンスターもいる。でも、こんなに大きくなることなんて、まずありえないわよ」

「ルナの話だと下っ端が何かしらの方法でここにこのモンスターを出現させたんだとは思うけれど……」

「例えば某ポシェモンを運ぶための紅白のボールのような?」

「そんなものあるとは思えないんだけれど……」

 

 アイエフさんはそう言って何か考え始めてしまったので、私は改めて目の前のモンスターを見る。

 全体的に水色の肌に白っぽい色のお腹。頭の方には触覚みたいなのが二本生えていて、角みたいなのも確認できる。相変わらずこの世界のモンスターはコミカルというかファンシーというか……

 でもそうやって冷静に見ていると、不思議に思ったことがあった。

 

「あの、この個体が異常な大きさをしているのは分かったんですが、そのホエール種? も水陸両生なんですか?」

「…? ええ、そうだけど……」

 

 アイエフさんは「それがどうしたのか」と聞きたそうな顔で私の質問に答えてくれた。

 でも、本当にアイエフさんの言う通りであるなら、私の疑問はさらに深まる。

 だって……

 

 バタバタ。バタバタ。

 

「フォオオン! フォオオオン!」

 

 バタバタ。バタバタ。

 

「…本当に?」

『……』

 

 私の言葉に、皆さんは黙ってしまった。

 だってこの目の前にいるクジラ型モンスター。バタバタとヒレを動かしてるだけで、全くその場から動くことができていないし、私達を倒そうとすらしていない。

 そう、まるで浜辺にうちあげられたクジラのようで……

 

「これ、本当は水の中でしか生きられないんじゃ……」

「生きられない、というよりは移動できないみたいですね」

「本当、何なのかしらこのモンスター」

 

 もはや脅威もへったくれも無くなったクジラに、呆れ顔の私達。

 なんだって下っ端はこんなので私達を倒そうと思ったのか……

 

「って、ああっ!?」

「なっ、どうしたのよ一体! 急に大声だして!」

「だだ、だってあれ!」

 

 そう言って私が指差したのは、モンスター…ではなく、正確にはモンスターが動けないでいる道の奥。つまり通路。

 

「“あれ”? モンスターしかいないけど」

「何を驚くことがあるっていうの?」

「そのモンスターが塞いじゃってる道だよ! ここ行き止まりなのに!」

 

 女神候補生の二人の言葉に私はすぐに答えると、皆さんはようやく気付いたようで「あ…」と口を開けた。

 少しメタいかもだけど、読者の皆さんも考えて欲しい。今私達がいるのはセプテントリゾートで、海のダンジョンである。そしてこのダンジョンは人工的に作られた幾つかの円形の陸と、それを繋ぐ細い通路で出来ている。

 その中で私達が今いるのは、行き止まりの陸。つまりここへ来るのも、ここを出るのも陸の道は一つだけ。

 そりゃ女神候補生のお二人なら変身して空を飛べば何の問題もないが、私やアイエフさん、コンパさんの飛べない三人はどうしようもない。

 唯一陸以外で移動手段があるとすれば、海を渡ることだが、こんなとこに船なんてないし、泳ぐなんてもってのほかだ。水着なんて持ってないし……

 ちょっとした、袋の鼠というわけである。

 

「まさか下っ端のやつ、これを狙ったんじゃ……」

「と、とにかくこれを何とかしないといけないのは絶対ですから、何とかしましょう! ユニちゃんも手伝ってくれる?」

「ま、まあ別にいいわよ。手伝ってあげようじゃない」

「わーい! ありがとう、ユニちゃん!」

「べ、別にアンタのためってわけじゃないんだからね!」

 

 ああ、微笑ましいかな、青春」

 

「ルナちゃん、声に出てるです」

「おやうっかり」

「全く。ともかくネプギア、このモンスターをどうにかするにしても、何か案はあるわけ?」

「えっと…このモンスターを何処かへ移動させるか、倒すか、ですよね」

「移動は流石に無理でしょ。こんなのアタシやネプギアがやっても重くて運べないわ」

 

 ユニの言ってることに納得する私。普段は普通の女の子に見えるネプギア達…いや美少女だろ、とか女神化後もただの美少女にしか見えないだろ、とかのツッコミは置いておいて、そんな二人だけど、女神化後は人間の何倍も力が増すらしい。力が増すってのはつまり、筋力も増すということ。一体あの華奢な体のどこに人間の何倍もの筋力を出せる筋肉があるというのだろうか。

 …こほんこほん。ともかく、力が私達よりあるネプギア達がやっても無理ってことは、私達が手伝っても無意味だということだ。

 移動作戦は即落とされた。

 

「なら倒すってことでいいですよね?」

「ええ、それが一番手っ取り早いわ」

「でも油断しないで。このモンスター、ホエール種は総じて危険種以上。このモンスターが新種なのか異常個体なのかは分からないけれど、強いのは確かよ」

「分かりました!」

「了解です!」

「いえっさー!」

「分かってるわ!」

 

 そうとなったら行動は早い。変身を解いていなかったネプギア達は空から。私達人間組は地上から攻撃をし始めようとした。

 でも……

 

『止まってください、マスター』

「えっ…?」

 

 私は月光剣の言葉に思わず動きが停止。

 だけれど周りは私が止まったことに気付かず攻撃をし始めて、すぐに月光剣が止めた理由が分かった。

 

「どうなってるのよこの皮! 全く剣が通らないじゃない!」

「針が…針が折れちゃったですぅ!」

「ダメ、弾丸も通らないわ!」

「こうなったらM.P.B.Lで…ってこれも効かないっ!?」

「…あぁ~」

 

 そうだった。これは通常の個体とは違う、異常な個体。

 私達は見た目の大きさとか、何故か陸を動けないとかが印象的過ぎてそこまで考えてなかったけれど、普通異常なところは外側だけでなく、内側もそうだと考えておくべきだった。

 異常なのは、見た目だけじゃないんだ。

 

「となると、私達にこのモンスターを倒せるのかな?」

「ごめんなさい。油断するなとか言っておきながら、油断してたわ。まさか防御まで異常だったなんて」

「こんなのどうしろっていうのよ……」

「あ、あきらめちゃダメだよ! 何か方法はあるはず……」

 

 女神化を解除したユニの言葉に同じく女神化を解除したネプギアが励ます。

 しかし残念ながら私達のレベルではあんな防御力に能力値全振りしたようなモンスターを倒すなんてそんなの……

 

『いつからあのモンスターを倒さねばならぬと錯覚していた?』

 

 なん…だと……!? 

 って、君までパロネタ使えるの!? 

 

『私はマスターの剣。マスターには及びませんが、少量であれば』

 

 昔の私はどんなやつだったんだよ……

 それはまあ、今は置いておいて。

 さっきの言葉の意味、教えて。

 

『はい。まずあのモンスターですが…私達に敵対心を持っておりませんでした』

 

 でした…ってことは、今は違うの? 

 

『はい。先ほど皆様が攻撃したことにより、彼も攻撃した皆様のことを敵だと認識したようです』

 

 なら今の攻撃が通じた通じてないはともかく、悪手だったか。

 

『しかし彼はどうやら私達に攻撃するつもりはないようです。先ほどまでのバタバタは動けなかったため。今のバタバタは私達から逃げようと必死になっているだけのようです』

 

 そ、そんなの分かるんだ……

 

『マスターの剣ですから』

 

 便利な言葉だね……

 で、どうしろっていうの? 

 

『はい。彼は私達と戦いたいわけではありませんので、逃がしましょう』

 

 逃がすって、この場に放置? 

 

『放置はさすがに可哀想です。この太陽の下。長時間水に浸からずに放置されれば……』

 

 あ~うん。分かった。あんまり想像したくないからそれ以上言わないでくれ。

 でもそうなると、このモンスターをどうにかして海に戻す…戻す? いや水棲動物だから戻すでいいんだよね…? 

 ともかく、海にインさせちゃえばいいんだよね? 

 

『はい』

 

 でもそれって凄く難しいんじゃ……

 だって女神候補生二人の力を使っても持ち上がりそうにないこの巨体。一体どうやって移動させれば……

 

『こういう時の私の記録と、マスターの力です』

 

 記録は分かるけど…私の力……? 

 

『はい。記憶と力を失ったマスターといえど、この程度のモンスターを運ぶなんて造作もありません!』

 

 そ、そうなの? 

 

『はい!』

 

 そ、そーなのかー……

 

『というわけで、このモンスターを運ぶためには、まず一旦落ち着かせてください。このままでは運ぶ時に暴れられて落としてしまいます』

 

 わ、わかった……

 

「──ナちゃん。ルナちゃん?」

「あっ、うん。なに、ネプギア」

「ルナちゃんは何か思いついた?」

「え? あー、うん……」

 

 思いついたといえば思いついた、私じゃなくて剣が考えた案ならあるけど……

 

「あのね、最初に却下されたこのモンスターを移動させるって案。どうも出来るみたいで……」

「はあ? どうやってやるっていうのよ」

「そ、それは…そのぉ……」

 

 ど、どうやってやるの!? 

 

『女神候補生にマスターの力を一時的に与えます。それにより女神の力が一時的に上がり、このサイズのモンスターを運ぶことが出来るはずです』

 

 って、私じゃなくて二人がやるんかい! 

 しかもそれすらどうやるか分からないんだけど!? 

 

『今回、コントロールはこちらで行いますので、マスターはこちらの指示に従ってください』

 

 従えって、私がマスターのはずなんだけど!? 

 と、ともかく伝えよう……

 

「えっとね、まずこのモンスターを大人しくさせて、それからネプギアとユニの二人へ力を与えるから、二人が運んでくれると嬉しいなぁ…って」

「嬉しいなぁって、大人しくさせるとか力を与えるとか、そんなことアンタに出来るの? 出来るようには思えないんだけど」

「ま、まあまあユニちゃん。ルナちゃんも何か考えがあるみたいだし、やってみよう」

 

 疑いの眼差しを向けてくるユニを、ネプギアが宥める。

 そんな目で見られても、私だって出来るのか不安だ。大人しくさせるのは…まあ言葉を理解してくれるなら大人しくなってくれるだろうけど、力を与えるっていうのは、どんな感じなんだろう。

 …そういえば以前バーチャフォレストでピンチになった時、アイエフさんがネプギアに力を分けたって聞いたっけ。そんな感じなのかな? 

 その時はどうやったのか、詳しく訊いてもネプギアもアイエフさんも顔を真っ赤にさせちゃって答えてくれなかったから分かんないけど。

 

「ま、ネプギアの言うとおりね。それに他にやれそうなこともないし」

「皆で協力するです!」

 

 アイエフさんもコンパさんも、私の案に乗り気だ。

 これでもし反対されていたら、本当に途方に暮れる羽目になったわけだし、有難いことだ。

 

「で? 私達はルナの案に賛成だけれど、ユニはどうするの?」

「うっ……」

 

 私達三人から一斉に視線を向けられ、言葉が詰まるユニ。

 じ~っと見つめてると、こめかみがピクピクしてるように見えてきた。

 

「ユニちゃん……!」

「うぅ…! ああもう分かったわよ! ルナに協力すればいいんでしょ!?」

「やったあ! ありがとうユニちゃん!」

「ふ、ふん!」

 

 ネプギアがトドメを差して、ようやくユニからの協力も得ることが出来た。

 さて、これでなんとかできそう…かもしれない。

 

「それで、まず何をすればいいって?」

「あっ、うん。まずは落ち着かせないと」

 

 現在進行形でバタバタ暴れているモンスターを落ち着かせなければ、移動中に落としてしまう。落とした先が陸だと、海に浮かんでいるだけの場所だから陸が壊れて海に落ちるとか嫌だし、落とした先が海でも、水しぶきか波でずぶ濡れになるのも勘弁したいからね。

 

『マスターはモンスターの体に触れて、言葉を投げかけてください。その言葉に精神を安定させ、不安を和らげる精神干渉系魔法を付与させます』

 

 一体そんな凄そうな魔法いつ使えるようになってたんだー? 

 

『今のマスターはまだ魔法制御が十分にできませんので、おひとりでは使用できませんよ』

 

 うーん。君がいないと本当に私は無能になってしまうんだな……

 なんて自虐は置いておいて、モンスターを落ち着かせよう。

 

「このモンスターが言葉を理解できるかは分かりませんが、声を投げかけていけば落ち着いて、大人しくなると思います」

「まあ言葉を理解できるモンスターもいるみたいだし、やってみましょう」

「さっきは攻撃してごめんなさいです。もう攻撃しないですから、大人しくしてくださいねー」

「大丈夫だよ~。痛くしないから」

「お、 落ち着きなさいよ。落ち着きなさいってば」

「ユニちゃん! もっと優しく言わなきゃだよ!」

「ぅええ!?」

 

 皆さんそれぞれ優しく言葉をかける。でも、なかなか落ち着いてくれない。

 私はバタバタさせているヒレを避けながら、モンスターの身体へ手を当て、優しく撫でる。少しでもこちらは敵意はない、と伝わるように。

 

「…大丈夫。安心して。もう君を傷つけないよ。ごめんね、痛かったよね。苦しいよね。でも大丈夫だから。少しでいいの。落ち着いてほしいな」

「…フォオオン」

 

 言葉が効いたのか、或いは魔法が効いたのか。

 少しずつだけどヒレの動きが遅くなって、止まった。

 鳴き声も苦しそうな、怖がってたような声じゃなくなって、落ち着いてる。

 よかった。成功したんだ。

 

「…まさか本当に落ち着くなんて……」

「きっと皆の気持ちがモンスターさんに伝わったんですね!」

「よかった。それでルナちゃん、次は私とユニちゃんに力を与えるって言ってたけど……」

「うん。二人とも、私の手に触れて」

 

 そう言って私が二人の前に手のひらを上にして出すと、右手はネプギアが。左手をユニがそれぞれ手を乗せる。

 すると剣が私の中の力を自動で制御したのか、力が手のひらを通じてネプギアとユニ、それぞれの女神候補生に流れていくのを感じた。

 それと同時に少しずつ疲労感が募っていく。だがこのモンスターのためだ。倒れない程度にやっちゃってくれ。

 

『Yes,master.』

 

 剣はそう返事すると、今まで出力を抑えていたのか、少しだけ力が流れる速度が上がったように感じた。それと同時に疲労感が溜まる速度も上がっていくが、眩暈がし始めたぐらいで力の流出が止まった。

 うん。ナイスコントロール。

 

『お褒めにいただき光栄です』

「二人とも、もういいよ」

 

 そう言って私が手を離すと、二人とも驚きながらも、やる気に満ち溢れた表情になっていた。

 

「すごい…これがルナちゃんの力……」

「これならあのモンスター程度、持ち上げるのなんてどうってことないわ!」

 

 二人は再び女神化すると、モンスターの上空へ飛ぶ。

 

「フォオン!? フォオオオン!」

「大丈夫だよ。二人は君を傷つけようとしているわけじゃないよ。君を海へ戻そうとしてるだけなの。だから落ち着いて。大人しくして、ね?」

「フォオオン? フォォン……」

 

 二人がまた自分を傷つけるんじゃないかって暴れ出しそうになったモンスターだけど、私がまたモンスターに触れて宥めたおかげで大人しくなってくれた。

 大人しくなった隙に二人はモンスターを下から持ち上げる形で前後に構え、「いっせーの!」の合図で持ち上げる。

 すると驚き。あの巨体が上へ上へ上がっていく。しかも二人とも平気そうな顔で持ち上げている。

 

「すごいすごいよユニちゃん!」

「ええ! こんなに力が溢れることなんて初めてだわ!」

 

 二人とも楽しそうだ。よかったよかった。

 

「二人ともー、大丈夫…そうね。あれならあのモンスターを海に戻せるわね」

「見た感じモンスターさんに怪我もなさそうですし、一安心です」

「それはどうかしら…あのモンスターが海に入った途端こちらへ敵意を示さないわけじゃないだろうし……」

「いえ、それはないと思いますよ」

「どうしてかしら」

「まぁ…単なる勘ですよ、勘」

 

 これは本当に、そう思うだけ。剣が言ったんじゃなくて、私がそう思っただけ。

 だからこそ、さっき暴れそうになった時に声をかけたら大人しくなってくれた。今度は魔法も何も使わず、ただ優しく声をかけただけだったのにだ。

 アイエフさんも、私の言葉に納得したらしく、後は何も聞かない。

 そのまま順調に海へ運ばれ、ゆっくりゆっくり降ろされ、ようやく海へ戻ることの出来たモンスター。慎重にやったおかげで互いに怪我無く、水しぶきもそれほどあがらずに着水することができた。

 うんうん、よかったよかった! 

 

「ふぅ…やったねユニちゃん!」

「え、ええ。ま、まあ今回はアンタ達のおかげね」

「フォオン♪ フォオオオオンッ♪」

 

 モンスターも嬉しそう。海の中に潜ったり浮上したり。本当に嬉しそうにしてる。

 モンスターは基本敵だけど、こういうモンスターだったら倒さなくてもいいよな。

 …ってあれ? なんだかモンスターが私をじっと見ているような……

 

『マスター。どうやらこのモンスターはマスター達に懐いたようです』

 

 まさかの「ホエールが なかまに なりたそうに こちらを見ている」!? 

 

『いえ、仲間には出来ません。このモンスターは海では現在のマスター達より強いですが、それ以外の場所では先ほどの様子で分かるように何もできませんから』

 

 ふむ。それもそうだね。

 じゃあここに来た時に戯れる程度の仲になるってことで。

 

「よしよし。仲間には出来ないけど、時々遊ぼうねー」

「フォオオン♪」

 

 近づいて頭らしき場所を撫でてあげれば嬉しそうに目を細め鳴くモンスター……

 いや、こうして仲良くなったんだし、いつまでもモンスター呼びは可哀想かな。

 よし、これから私は君のことを『エル』君(仮)と呼ぶぞ。ホ“エール”だからな! 

 …安直かな。でもペットの名前ってそんな感じだよね。

 

「モンスターさん、私達のことお友達だと思ってくれたんでしょうか」

「どうやらそんな感じではあるわね。モンスターが人間に懐くなんて稀に見る事例だけど」

「わ、私も撫でても大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。ねー?」

「フォオン」

「じゃ、じゃあ……」

 

 ネプギアは恐る恐るエル君の頭に手を近づけて、撫でる。

 エル君は気持ちよさそうに目を細めている。どうやら本当に私達に懐いたようだ。

 

「わあっ、ホエールってこんな感触なんだ…ユニちゃんも触ってみて」

「はあっ!? な、なんでアタシが……」

「まあまあ。この子も喜ぶと思うなぁ。ユニみたいな可愛い子が頭を撫でてくれたら」

「か、かわ……っ!? い、いいわよアタシは! もう帰るわ!」

「ええ!? ユニちゃんもう帰っちゃうの……?」

「ええ。アンタ達となれ合うために来たんじゃないもの」

「ネプギアとの決闘の勝敗は……?」

「また次回に持ち越しよ。じゃあね!」

 

 と、女神化したまま飛んで行ってしまうユニ。

 でもま、次回に持ち越しってことは、また会える機会があるよね。

 その時はネプギアと仲良くなってくれると嬉しいんだけど……

 

「うぅ…ユニちゃんなんで怒っちゃったのかな…? 私、何か言っちゃダメなこと言ったのかな……」

「ネプギア……」

 

 ネプギアがこんな調子だと、二人が仲良くなるのはいつになるやら。

 

「元気出しなさい、ネプギア。どうせまた会えるんだから」

「そうです。その時に仲直りすればいいですよ」

「そ、そうですよね! その時仲直りすれば……」

 

 ネプギアの機嫌も直ったところで私達はエル君に別れを告げ、教会へ向かう。

 宝玉と血晶。一つ足りないけれど、どちらも十分激レア素材。あの教祖も妥協ぐらいしてくれるはずだ。そうじゃなくてもマナメダルはゲイムキャラが持っているって話だから、ゲイムキャラに会わないと分かんないんだし。

 よし、これでようやくラステイションのゲイムキャラに会えるんだな。このまま順調に四か国のゲイムキャラの力が集まるといいんだけど……

 そう順調に行ってほしいものだよね。




後書き~

次回予告。ついに犯罪組織の自称マスコットキャラ現る!?
それでは次回もお会いできることを楽しみにして。
See you Next time.

今回のネタ?のようなもの
・某ポシェモンを運ぶための紅白のボール
 ポケモンに出てくるモンスターボールですね。

・「いつから~と錯覚していた?」
 「なん…だと……!?」
有名なBLEACHのネタですね。有名すぎてもはや元ネタを知らずに使っている人が多数いるかと……(かくいう私もその一人でした)

・そーなのかー
 東方projectのルーミアの台詞です。ルナちゃんは別に常闇を操ったりなんてしませんし、人を食べることもありませんよ?

・「ホエールがㅤなかまにㅤなりたそうに こちらを見ている」
 某ドラゴンでクエストなゲームの定番パロですね。エル君は大きさ的に仲間になれませんけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話『教祖にも知らないことはある』

前書き~

前回のあらすじ。
ホエールを海に返したら懐かれました。ルナは彼に「エル君」という名を与えました。彼女の中だけで、です。
今回は宝玉と血晶を手に入れたルナ達があの方へ渡しに行くところから始まります。
そして後書きにはお知らせを載せておきました。ただの広告です。でも見てくれると嬉しいです。
それではどうぞごゆるりとお楽しみください。


 さて始まって早々読者の皆様に問題です。

 私達は今から教会内へ入ろうとしているのですが、この先一体何が待ち受けているでしょうか。

 …え? 問題文が十八話と全く一緒? 

 せ、選択肢は違うから、ね? 

 

1.教祖が「おや、思ったより早く来たね」と驚いている。

2.「何者だ貴様等」と強面職員に迫られる。

3.実は教祖は何もかもお見通し。私達が今日ここへ来ることも知っていた。

4.その他

 

 正解は──

 

 

 

 

 

「やあ、どうやらもう集め終わったようだね」

 

 『3.実は教祖は~』でした。

 本当に色々と知っているようでなにより。

 

「相変わらずこっちの行動は全部お見通しって訳ね」

「すみませんケイさん。実は宝玉と血晶は見つけてきたんですけど、マナメダルは……」

「おや、あなた達のことだから全て揃えてくると思ったのだが……」

「マナメダルは現状私達には入手不可ですよ。とある者達が持ち歩いているので」

「それは知らなかったね。僕も知りえない情報をどうやって知ったのか、気になるところではあるけれど。では代わりにその情報を教えることで、今回は妥協しようか」

 

 と、なんだかケイは上から目線。まあこっちが欲しい情報をあっちが知ってて取引してるわけだから、そうであっても仕方ないのかもしれないけど、やっぱり取引って互いに対等じゃないとダメじゃない? 

 まあ情報は言えるかどうかで言えば、言えるんだけど……

 

『マスター、その前に教祖に何故マナメダルを欲しているのか聞いてもらえますか?』

 

 ん? あぁそういうこと。

 

「その前に一つ訊いてもいいですか?」

「なんだい?」

「何故あなたはマナメダルを必要としているのですか?」

「…それは、答えなければならないことかい?」

「ええ。…教祖ですからあり得ないとは思いますけど、マナメダルを悪用するつもりで欲しいと思っているなら、私はあなたにマナメダルに関する情報を渡すわけにはいきませんから」

「疑っているのかい?」

「信用できるほど、私はあなたと仲良くなった覚えはありませんよ」

 

 本当は大丈夫だって分かる。

 彼女は賢い人だろう。だから犯罪組織を手伝うなんて馬鹿な真似はしない。だって女神側に着いた方が利益が沢山だ。

 でもだからってそう簡単に言えるような情報でもない…と思う。だって剣がわざわざ私に「聞いて」と言ったのだから。

 この教祖ですら知ることが出来なかった情報。それは超激レアというより隠さねばならぬほど重大なアイテムであるか、存在感がないだけか。

 ゲイムキャラが持っているというとこで前者なのは間違いない。

 だからきちんと用途を確認しなければいけない、と私は思っている。

 

「それもそうだね。…実はラステイションではとある開発をしていてね。詳細は言えないが、今回あなた達にお願いした材料は、必要不可欠なものなんだ」

「開発……? 聞いたことないわね」

「それもそうだろう。これは信頼できる者だけで行っている極秘のことだからね」

「よそに情報が洩れるようなヘマはしてない…ってことね」

 

 悔しそうに言うアイエフさん。

 そっか。アイエフさんの仕事は諜報。情報を集めるのが仕事だもんね。プライドが刺激されたんだ。

 

「でもそれをわたし達に教えちゃって大丈夫なんです?」

「あなた方に教えたところでこちらが不利になるような情報でもないからね」

「ふーん……」

 

 何を開発しているのか気になるけど、きっと犯罪組織とか犯罪神とかを倒すのに必要な開発…だよね? 今各国での最優先事項は犯罪組織及び女神様のことなんだろうし。

 どう? これ以上聞いても教えてくれなさそうだけど……

 

『はい。私も何を開発しているのか興味がありますが、悪用するために欲しているようではないのは分かりました。情報を伝えてもよろしいかと』

「そういうことでしたら分かりました。情報の入手先は教えれませんが、マナメダルがどこにあるのかはお教えしましょう」

 

 そう言って、私は教祖にマナメダルは一部のゲイムキャラが持っていることを伝えた。

 

「なるほど、ゲイムキャラがね。であればゲイムキャラの居場所を知らないあなた方には得ることは不可能。無理難題だった。すまない」

「い、いえ。ケイさんも知らなかったんですから仕方ありません。それであの、これが残りの宝玉と血晶です」

「うん。確かにこれは宝玉と血晶だね。確かに受け取ったよ」

「でしたらゲイムキャラの居場所を」

「その前にもう一つ。ギョウカイ墓場であったことを教えてもらおう」

 

 ネプギアが二つのアイテムを渡して、ゲイムキャラの居場所を聞こうとしたら教祖はそれを遮った。

 それ自体は元々の約束に含まれていたから、とネプギアは三年前にネプギアのお姉さん達とギョウカイ墓場に乗り込んだこと。その結果。何故自分だけが今ここにいるのかを話した。もちろん、ラステイションの女神様が囚われてはいるものの、生きていることも。

 

「そうか、ノワールは無事か…よかった……」

「そんなに心配なら、もう少し協力的でもよかったんじゃない?」

「先ほど言ったようにあなた方に持ってきて頂いた材料はこちらには必要不可欠。あなた方が独自に女神救出を進めているように、こちらにも考えがあるんだよ。さて、次はこちらの番だね。少し約束とは違うが、ゲイムキャラの居場所をお教えしよう。居場所はこの紙に書いてある」

 

 そう言ってケイさんはポケットから二つ折りにされた小さな紙を一枚取り出し、ネプギアに差し出した。

 

「ありがとうございます。これでゲイムキャラの元に……」

「ただ、素直にあなた方の要求が飲んでもらえるとは思わない方が良い」

 

 紙を受け取ったネプギアに、ケイはそう言った。

 どうして? 居場所へ行くには特別なことが必要だったり? 

 

「どうしてそう言うのよ?」

「行けば分かるさ。まあ上手く交渉が進むことを祈っているよ」

 

 そう言う教祖に私は頭の中を「?」にしながらも私達は教会を後にした。

 一体何があるんだというのか……

 ラステイションの街を歩きながら私は考える。

 ゲイムキャラの居場所が分かった私達であったけど、今日はもう暗くなり始めていて、今から出発したら確実に夜になるので今日はもうお休み。

 急いでいる私達ではあるけれど、だからって夜にダンジョンへ行くなんて危険な真似はしないのだ。

 なので今向かっているのはラステイションに来てずっと泊っている宿屋。

 今日もまた、お世話になります。

 

 

 

 

 

 翌朝。しばらくお世話になった宿屋の部屋で自分の荷物を片付けて、お金もきちんと払って出発した。

 ゲイムキャラが見つかれば、すぐに次の国へ出発するからだ。

 なかなか居心地がよく、スタッフの人柄もよかったのでまた機会があれば利用したい。まあ旅の途中だとはいえ女神様が利用した宿なんて高いと思うから、多分利用しようと思う時はしばらく来ないと思うけど……

 

 

 

 ラステイションの人々の朝は忙しい、と思う。人は忙しそうに歩いて行くからそう思う。

 多分彼らは仕事へ行くのだろう。アイエフさん曰く、女神様が仕事に熱心な方だから、それが国民にも表れているそうだ。犯罪組織の人間達も楽せずに普通に働いた方がいいと思う。一部はそれぞれの信念があるみたいだけど。

 それはともかく、街中を歩いてダンジョンへ向かう私達4人。

 その道中、目の前をネズミが走っていった。

 …いや、それだけならいいんだよ。本当に“ネズミ”が通っていったのならいい。

 でも私達の目の前を走っていったのは、ネズミよりも絶対にデカい、二足歩行の灰色のネズミ型モンスターであった。

 街中でモンスターが出現するなんて一大事だ、ってアイエフさんとネプギアはそのモンスターを追いかけていって、その後を追う私とコンパさん。

 ネズミは路地裏へ駆けて行って、私達が追いかけているのに気付くと「ぢゅぢゅっ!? なんで追いかけてくるっちゅか!?」と慌てて駆け足から逃げ足に変わった。

 ネプギアは「逃げるなんて、何かやましいことでもあるんでしょうか?」と言ったけど、その前に自分より大きな身体を持つ人間4人に何故か追いかけられたら、そりゃ逃げるでしょうよ、と思う。

 というかモンスターって喋れるのもいるんだね。そこが驚きだよ。

 そして想像通りというかなんというか、ネズミの逃げ足は速く、このままだと逃げ切られてしまうかなと思ったその時、ネズミがその辺に転がっていた道端の石ころの躓いて転んだことで、追いかけっこは終わった。呆気ない終わりである。

 しかもそこそこなスピードで走っていたために派手に転び、頭をぶつけてそのまま気絶してしまった。まぬけだな。

 そして、転んだネズミに反応したのは意外なようで納得のコンパさんであった。

 

「大変です! お怪我は…あっ、お顔を擦りむいちゃってるです。手当してあげるです」

「ちょっとコンパ。ネズミなんて汚いんだから、触んない方がいいわよ」

「でも怪我してるです。なら手当てしてあげないといけないです。放っておくなんて出来ないですよ」

 

 そう言ってコンパさんは常備している応急箱の中身を使ってネズミの顔の傷を消毒して、ペタンと女の子の持つような可愛らしい絆創膏を貼った。

 貼り終わってコンパさんが後片付けをしていると、軽い気絶だったようでネズミはすぐに目を覚ました。

 

「ちゅ…どうしておいらはこんなとこで寝てるっちゅ……!?」

「あっ、目を覚ましたですか? よかったです!」

 

 目を覚ましたネズミにコンパさんは純粋に喜んでいるが、ネズミの方はコンパさんの顔を見ると身体を硬直させていた。どことなく顔が赤いように見えるのは気のせいか? 

 コンパさんはそんなネズミの様子に「ネズミさん? ネズミさ~ん?」と呼びかける。

 するとネズミはハッとするとコンパに話しかけていた。

 

「ちゅ…! あ、あのあの…お、お名前はなんというでちゅか?」

「お名前ですか? コンパです~」

「コンパ…コンパちゃん……」

 

 ネズミはコンパの名前を呟くと、明らかに顔を赤くさせて「ちゅー!!」と叫びながら走り去ってしまった。

 一体なんだったのか。よく分からないけど、とりあえずあのネズミは見た目は灰色だけど、どうやら知性のあるモンスターのようで街で暴れるわけでもなさそうだから大丈夫と判断して私達は再びダンジョンへ向けて出発しようとして──―

 

──―キランッ

 

「……? なんだろうこれ」

 

 私はネズミが転んだ辺りの隅で何かが光ったように見えてそこに近づいた。

 そこにはゲームセンターのメダル程の大きさの白銀のメダルが落ちていた。手に取って見てみると、両面によく分からない模様が描かれていて、中心には小さな紫の宝石が埋まっていた。

 こんなのゲーセンのメダルなわけないだろうし、お金じゃない。かといって何のメダルかよく分かんないけど、綺麗だな。それに宝石っぽいのがはまってるし、もしかしたら高価なものかも。

 もしかしてさっきのネズミが転んだ拍子に落としたのかな? 

 

「ん~…このままだと誰かに取られちゃうかもだし、後で交番に届けておこうかな」

 

 そう思った私はそのメダルをズボンのポケットに入れるとネプギア達の後を追った。

 

 

 

 

 


「はぁ…コンパちゃん…マジ天使っちゅ~」

「よおネズミ。やっと帰って来やがったか…って何まぬけ面晒してんだ?」

「ちゅっ!? ま、まぬけ面じゃないっちゅよ! ちょ、ちょっと街で天使にあっただけっちゅ!」

「いや意味分かンネェし。で? 例のブツはちゃんと手に入ったんだろうな?」

「ちゅ。きちんと手に入れてきたっちゅよ。全く、林の中でこんな小さなものを探すのなんて、これがなかったら絶対に見つかんない……ぢゅぢゅ!?」

「ど、どうした!?」

「ない…ないっちゅ! メダルがないんだっちゅ! 確かにこの中に入れておいたはずっちゅ! はっ…まさかあのとき……」

「おい、ないってどういうことだ!? 確かに持ってきてんだろうな!?」

「た、多分街で追いかけられて転んだ時に落としたんだと思うっちゅ……」

「追いかけられたって教会にか?」

「いや、女の子っちゅ。4人組で、一人天使がいたっちゅ」

「天使はどうでもいいだろ! …しかし4人組の女か…まさかアイツ等じゃネェだろうな……」

「ど、どうするっちゅか?」

「ンなモン決まってンだろ! さっさと探しに行きやがれ!! 早くしネェとマジック様が来ちまう!」

「ちゅ~! ど、どうしておいらが下っ端に使いパしられてるっちゅかー!?」




後書き~

次回予告。
次回、ついにルナ達はゲイムキャラへ会いにダンジョンへ。そこは実は意外なところで……?
奴との再会も!エル君ではないですよ。
次回も再びお会いできることを楽しみにして。
See you Next time.

【お知らせ】
7月より本作の主人公『ルナ』がシモツキ様の小説『超次元ゲイムネプテューヌ Origins Relay』のコラボストーリーに出演させていただいております。
このコラボストーリーではルナの他にも様々な方のオリキャラが出演していて、その誰もが魅力的なキャラとなっております。
シモツキ様が織りなす物語も必見物です。
是非彼らの活躍を読んでいってください!
詳しくは下のリンクより、目次に繋がっております。
https://syosetu.org/novel/194904/


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話『黒のゲイムキャラと、灰色のネズミ』

前書き~

前回のあらすじ。
教祖にアイテムを二つ渡してゲイムキャラの居場所を教えてもらいました。
ダンジョンへ行く道中、路地裏近くでネズミのモンスターを見つけて追いかけると転んだので、コンパが治療してあげました。そしたらネズミは逃げました。
その時ルナはネズミの落とし物と思われる珍しいメダルをゲット。後で交番に届けようとします。
今回はラステイションのゲイムキャラを探しにダンジョンへ。
それでは今回もごゆるりとお楽しみください。


 ラステイションの街を出て着いた先は、昨日と同じセプテントリゾート。

 そう、“昨日と同じ”である。

 まさか昨日血晶を取りに来た場所がゲイムキャラのいるダンジョンだなんて、誰が思っただろうか。

 まあ確かにこのダンジョンを全て見たわけじゃないし、もしかしたら何処かに隠し扉でもあったのかもしれないけど。

 しかしまさか二日連続で同じダンジョンに来ることになるとは思わなかった。エル君元気にしてるかな?

 

「ここにゲイムキャラさんがいるんですね」

「貰った地図によると…昨日行った場所とは正反対の方に進んだ奥にいるようですね」

「気を付けて進むわよ。昨日ある程度片付けたとはいえ、奥の方ならまだモンスターがいるでしょうし」

「あいあいさー!」

 

 私の変な返事の仕方に皆さん笑って、適当にモンスターを片付けながら奥へ進む。しかし進んだところで一面似たような光景しか広がっていないが、どこにいるのだろうか。

 先頭をアイエフさんとネプギア。その後ろにコンパさんが付いて行って、私は更にその後ろから付いて行っていた。

 よそ見をしながら進んでいると、前の方から変な感じがして思わず立ち止まって見ると、そこでは驚きの現象が起きていた。

 なんと目の前を進んでいたアイエフさんとネプギアが消えてしまっていたのだ。

 

「えっ?あいちゃん?ギアちゃん?どこですか?」

「こ、コンパさん。あの、お二人はどこへ……」

「わ、分かんないです。二人が歩いていたらまるで何か目に見えない何かに入っていくみたいに消えちゃったです」

「何かに入っていく……?」

 

 その例えは、正確かもしれない。

 この変な感じ。もしかして何らかの力がこの先で展開されているんだとしたら……

 

「コンパさん。お二人はこの先へ進んだんですよね?」

「はいです」

「なら……」

 

 私の考えが正しいなら、このまま進めば……

 何かが起きる、と身構えて歩いていると身体に透明な何かが当たり、そのまま潜り抜ける感覚がした。

 そして予想通り、潜り抜けた先にお二人はいて、こちらを見ていた。

 

「やっぱり。そこに何かあるのね」

「アイエフさんもそう思いますか」

「ええ。多分こっちのことは向こうには見えも聞こえもしない効果がある結界を張っているんでしょうね」

 

 やはりそうなんだろう。私もまた、アイエフさんと同じ考えに達していた。

 ただこちらからは向こうのことが見えも聞こえもするので、コンパさんが「る、ルナちゃんも消えちゃったです!?た、大変ですうぅ!」と慌てているコンパさんも丸見えである。

 このままじゃこちらに入って来そうになかったので、アイエフさんが一度向こうに出て説明し、コンパさんにも結界を潜り抜けてきてもらった。

 こんな仕掛けがあるということは、もうすぐだ。

 

 そして本当にすぐで、少し歩いた先に黒い光が浮いていた。プラネテューヌで見たゲイムキャラと色違いなだけで、形状は同じ。おそらく、あれがラステイションのゲイムキャラなのだろう。

 ネプギアはゲイムキャラに近づくと声をかけた。

 

「こんにちは。あなたがゲイムキャラですか?」

「ん…?お前はプラネテューヌの女神…いや、女神候補生か」

「今度のゲイムキャラは起きてるんですね」

「それだけラステイションの方が犯罪組織の被害を受けているってことかもね」

 

 そういえばプラネテューヌのゲイムキャラは最初眠っていたんだっけ。

 そういうのって国の色々で起きてる寝てるとかってあるんだな。

 

「あの、お願いします!私達と一緒に来てください!」

「唐突だな。訳も分からないまま同行できるはずもない」

「それには同意」

 

 ネプギアの強引さは昨日見たから驚きはしないけど、ゲイムキャラの言うことと同じことを思ったので思わず口に出してしまった。理由も言わず付いてこいなんて、初対面の相手は従うわけがない。

 するとゲイムキャラは何故か私をじっと見つめた。

 なんだろう。もしかしてさっきの答え、まずかったかな?

 そう思ったけど、次にゲイムキャラが言った言葉は、私にとっては予想外だった。

 

「…お前は…もしや古の女神か?」

「…はい?」

 

 いにしえのめがみ?何それ。

 この人は私がその古の女神って言ってるのかな?

 んー、いくら記憶を失ってる私と言えど、それはないんじゃないかな。

 古ってことは、ずっと昔の女神ってことだから、まず生きてるのかな。

 

『違いますよ。この方はあなたの言う古の女神ではありません』

「…そうか。すまない、人違いであった」

「あっ、いえいえ。誰だって間違いぐらいありますから」

 

 私が返答しようとすると、代わりに剣が答えてくれた。

 剣の言うことだ。よく分からないけど、私は古の女神ではないんだろう。

 …少し違和感がするけど、なんだろ。

 

「えっと、ゲイムキャラさんは誰とお話したです?」

「ルナと…じゃないわよね?」

「違うと思いますが……」

「…?皆さんどうかしましたか?」

 

 何故か皆さんは戸惑っている。何かおかしなことが……あっ。

 今の、剣の言葉が直接ゲイムキャラに伝わってたような……

 

『はい。マスターを介さず直接この地のゲイムキャラとお話させていただきました』

 

 へっ?そんなことできるの?

 それじゃあネプギア達とも会話出来る?

 

『いえ。まだ人と話せるほどではありません。しかし先日プラネテューヌでゲイムキャラの力を手に入れたことにより、他のゲイムキャラとの会話が可能となりました』

 

 あぁそういうこと。

 そういえばプラネテューヌじゃゲイムキャラから力を貰ったっけ。

 そういうことなら納得。

 納得したところで、私はネプギア達にも剣が言ったことを伝えると、ネプギア達も納得したようだった。

 でも何でゲイムキャラは私を古の女神と間違えたんだろう。

 疑問に思った私はそれをゲイムキャラへ言おうとする前に、ゲイムキャラは話を戻した。

 

「それで何故お前達は此処へ来た?」

「女神達が捕まってるんです。助けるために力を貸してください。お願いします!」

 

 ネプギアはそう言って頭を下げる。

 自分の姉のこととなると必死になる辺り、本当にネプギアはお姉さんのことが好きだということが伝わってくる。

 しかしそんなネプギアに対して、ゲイムキャラは良い返事をしなかった。

 

「…そうか。薄々と気付いていたが、やはり女神は余所の地に捕まっているのか。…ならば尚のこと、お前達と一緒には行けない」

「どうしてですか?」

「私の使命は、女神の身に何らかの事態が起きた時、代わりにこの地を守護すること。私が一時でもこの地を離れるということは、その間この地を守護する者が完全にいなくなるのと同義。それはできない……古の女神と交わした約束だからな」

「古の女神……」

 

 その部分だけ、言葉に懐かしむ感じがした。

 このゲイムキャラにとって、その古の女神とやらはそれだけ大きな存在なのだろうか。

 それはともかく、一緒に行けないと言われてしまった。

 でも、ゲイムキャラに力を貸してもらわないと女神様達は助けられないし……

 

「女神が捕まったままでいいって言うの?」

「…私の使命は、女神の代理。女神を助けることではない」

「そんな……」

 

 アイエフさんの言葉にも、ゲイムキャラの意思は揺るがない。

 ネプギアはそんなゲイムキャラの言葉に落胆していた。

 そんなときだった。

 

「むぅ、メダルは失くすし下っ端にはこき使われるしゲイムキャラは見つからないし…最悪っちゅ……こんなとき愛しの天使に会えればテンションマックスリラックス……ちゅ?今度はコンパちゃんの幻覚が見えてきたっちゅ……ちゅ?幻覚じゃないっちゅ!愛しの天使、コンパちゃーん!」

「えっ?きゃあっ。今朝のネズミさん?」

「覚えててくれたっちゅ?感激っちゅ!」

 

 今朝街で追いかけたネズミがとぼとぼと歩いてきた。

 しかしコンパさんの姿を見るとそれ以外のことは眼中にないと言わんばかりにコンパさんに近づいた。

 うん、抱き着こうとしなかった辺りは褒めよう。だがそんな発情した動物のようにコンパさんに近づくのはいただけないな。

 まあコンパさんは困ってなさそうだからいいけど。というかこのネズミが何でこんなにコンパさんに会えて嬉しそうにしてるのか分かってなさそう。

 あっ、アイエフさんは何だかご機嫌斜め。

 そうだよね、大事な友達に変な虫…ではなくネズミがくっつこうとしてたら、不機嫌にもなるよね。

 

「ちょっと、今大事な話をしてんのよ。ジャマしないでくれる?」

「何言ってるっちゅ!この世にコンパちゃんより大事なことなんて…ぢゅ!?そこにいるのはもしかしてゲイムキャラ!?」

「ネズミさん、ゲイムキャラさんのこと知ってるですか?」

「もちろんっちゅ!あぁコンパちゃんとゲイムキャラが同時に見つかるなんて、今日はなんて幸運な日っちゅ!そうだ、コンパちゃん!一緒にゲイムキャラをやっつけるっちゅ!」

「え…?やっつけるって……何を言ってるです?」

「ネズミ…アンタまさか……!」

 

 ネズミの誘いにコンパさんは驚き戸惑い、アイエフさんや私は警戒する。

 この発言、アイエフさんの思う通りなら……

 ネズミはそんな私達の様子に気付かずに話を続ける。コンパさんが戸惑っていることには気付いてるっぽいけど、どうして戸惑っているのか分かってなさそうだ。

 

「ゲイムキャラを倒せば褒美がもらえるっちゅ!コンパちゃんも特別待遇でマジェコンヌに入れるっちゅよ!」

「やはりこのネズミ……」

「ダメです!ゲイムキャラさんを倒したりしたら、この世界は……」

「そうっちゅ!また一歩マジェコンヌの物へと近づくっちゅ!女神もいない、女神を信じる者もいないゲイムギョウ界なんて、あっという間に我々のものだっちゅ!だからコンパちゃんも今のうちに……」

「やめてください!」

「…コンパちゃん?」

 

 コンパさんの叫びにようやくネズミはコンパさんの戸惑いが自分が思っているのと違うと分かり始めたようだ。

 しかしあれだけの発言をして、今更気付いたって遅い。

 

「わたしは女神様を助けるための旅をしてるです……ネズミさん。あなたはわたしの敵です!!」

「ガーン!て、敵!?敵ってことは…き、嫌いってことっちゅか!?」

「大っ嫌いです!世界をこんなにしたマジェコンヌなんて、大っ嫌いですっ!!」

「だだだ、大っ嫌い!?しかも二回言われた!?…う、うわああああん!!」

 

 コンパさんの強い言葉にネズミは強いショックを受けたようで、泣きながら暴れ出した。

 

「うわぁ、失恋して暴れてる……」

 

 まあ最初から結ばれることは絶対に無いやつだったのは分かってたけど、だからって暴れなくても……

 そして少し暴れた後、最初はぶつぶつと。途中から大きな声を出し始めた。

 

「もうダメっちゅ…恋に敗れた以上、仕事に専念するしかないっちゅ!皆まとめて死ねっちゅー!!」

「やっぱりこうなるのね」

「ネプギア、説得は後回しにして、先にこいつを叩くよ」

「えっ?わああ!?いつの間に敵がいたんですか!?」

「アンタ、集中すると本当周りが見えなくなるわね……ほら、来るわよ!」

「ちゅ────!」

 

 アイエフさんの言葉を合図に鞘から月光剣を取り出す。

 さて、犯罪組織の知性を持つモンスターがどれほどできるか、お手並み拝見だ。

 素手で襲い掛かってくるネズミの動きに注意しながら、私は剣を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラステイションのゲイムキャラに会って、それから街で会ったネズミ…実は犯罪組織の構成員だった敵と戦い始めて数十分。

 プラネテューヌで初めて下っ端と戦った時と違い、私達はピンチに陥ることなく戦うことが出来ていた。

 それもそのはず。だってこっちは前と違うところがいっぱい。

 私には月光剣という強力な武器がいるし、ネプギアは最初から女神化出来るんだ。

 アイエフさんやコンパさんも元からある程度強かったけど、今は前よりも強くなってる。

 それにこちらは多数であちらは一匹。これで勝てないわけがない。

 ということで少しだけ服が汚れてしまった私達の前には、打ちのめされたネズミが転がっていた。

 

「ちゅ…メダルを失くしたどころか恋に破れ仕事も失敗続きなんて、最悪の厄日っちゅ……」

「…メダル?それってこれのこと?」

 

 ネズミの言葉…といってもメダルを失くしたという部分に反応した私は、ズボンのポケットから路地裏で拾ったメダルを取り出して見せると、ネズミは目を輝かせた。

 

「そ、それっちゅ!どうしてお前が持ってるっちゅか!?」

「今朝の時に君がいなくなった後拾ったんだけど…やっぱりこれ君のなんだ。返した方がいいのかな……?」

「止めときなさい。相手は犯罪組織の構成員よ?もしかしたらそれを渡すことでこっちが不利になるかもしれないんだし」

「そ、そうですか……?コンパさんはどう思いますか?」

「あいちゃんの言うことも確かですが、もしかしたらそれとは関係なしにネズミさんにとって大切な物かもしれませんですし……」

「あの、これって何ですか?」

 

 アイエフさんに止められ、コンパさんに意見を聞いている間にネプギアはネズミに話を聞いていた。

 するとネズミは立ち上がって体についた汚れを払いつつ答える。

 

「…それはおいらにとって大切な形見なんだっちゅ。だから返して欲しいっちゅ」

「…そっか。そうだよね。犯罪組織の人にもそれぞれ事情があるんだし、ネズミでもそういうのってあるもんね。じゃあ返すよ」

「女神陣営にも良い奴はいるんだっちゅね。さんきゅーっちゅ」

 

 形見ってことはこのネズミにとって大切な誰かから受け取った物なんだろう。

 なら犯罪組織とか関係なしに返さないといけない。拾ったのは私だから私の物、なんて我儘を言う気はないからね。

 そう思いながらネズミが差し出した手のひらに私はメダルを渡そうとして──。

 

『駄目ですマスター!』

「それを渡してはならん!」

「えっ?きゃっ!」

 

 私は腰に付いた月光剣に()()()()()、尻餅をついてしまった。

 私の手から離れ宙に舞ったメダルは、ネズミがジャンプして取る前にゲイムキャラがキャッチして、ネプギア達の方へ戻っていく。

 え?え?何?何か悪いことしちゃった……?

 

「これがお前の物であるわけがなかろう!」

『マスター、敵の言ったことを真に受けないでください!』

「は、はい……」

 

 何やら怒っているようなゲイムキャラと月光剣に驚き反射的に返事してしまったけど、どういうことなのか……

 

「…もしかしてアイツ、嘘を吐いたのね?」

「そ、そんな…本当ですかネズミさん!」

「コンパちゃん…ごめんなさいっちゅ。真っ赤な嘘っちゅ……」

「ネズミさん……」

 

 えぇっ!?嘘だったの!?

 じゃあネズミがあのメダルを欲してる本当の理由って……

 

『マスター、あのメダルは『マナメダル』。マスター達が探し求めていたものです』

「そして本来であればこやつではなく、私達ゲイムキャラのみが所有している物。こんなやつの物であるわけがない!」

「え、ええええ!?それがマナメダルなの!?」

「あれがマナメダルですか!?」

「まさかこんな形でマナメダルを手に入れるなんて。驚いたわね……」

「どうしてゲイムキャラが持っているはずの物を、あなたが持っているんですか!?」

「それを教えるつもりなんて毛頭ないっちゅ!いいからそれを返すっちゅー!」

「ほい」

「…ちゅ?ぢゅ────!?」

 

 今度はなりふり構わずゲイムキャラへ突進してくるネズミ。

 でもアイエフさんがちょっと足を出すとそれに躓きころころと転がって、段差に当たってようやく止まった。

 あはは…えげつない。

 ネズミは少しだけ目を回していたけど、ハッとして首をぶんぶん左右に回してから立ち上がり「覚えてろっちゅ―!!」と言い残し逃げ出した。

 驚くことに戦っている間はそこまで速くなかったのに、逃げる時だけは速い。

 やっぱりモンスターでもネズミなら逃げ足は速いんだね。

 それはともかく……

 

「すみません皆さん。私、あんな嘘に簡単に騙されてしまって……」

「謝らなくてもいいよ、ルナちゃん」

「そうよ。悪いのは嘘を吐いて私達を騙そうとしたアイツが悪いの」

「わたしも騙されそうになっちゃいましたし、ルナちゃんが悪いわけじゃないですよ」

「皆さん……」

 

 もしこの場に月光剣とゲイムキャラがいなくて誰も止めてくれなかったらすっかり騙されたまま大事な物を渡してしまうところだった私に優しい言葉をかけて下さる皆さん。

 うぅ…皆さんの優しさが嬉しいけど、やっぱり騙された罪悪感があって、涙が……

 泣かない、泣かないよ?もう私そこまで弱くないもん……

 ただちょっと目が潤んだだけだからね……?

 

「それでそのマナメダルって一体どういう代物なのよ」

「あっ、それ私も気になってました」

「マナメダルとは、膨大な魔力を圧縮し固形化したものだ」

「魔力を圧縮?固形化?」

「多分シェアクリスタルの魔力版って思えばいいんじゃないかしら?」

「その通りだ」

 

 アイエフさんとネプギアの質問に答えるゲイムキャラ。その答えの中で私が疑問に思ったことは、アイエフさんが答えてくれた。

 なるほど、だから“マナ(魔力)”メダルなんだね。……安直だ。

 

「そしてこれは私達ゲイムキャラの中でも、特にその地の守護を古の女神より任された者のみが所有する、いわば証のようなもの。そして己が守護する土地で不測の事態が起こり、自らの手に負えなくなった場合にのみこの中の力を使うことを許可されている」

「つまりゲイムキャラにとっての切り札のようなもの…ってことですか?」

「ああ。故に中心に宝玉が組み込まれているだろう」

 

 ゲイムキャラがそう言うと、皆さんはゲイムキャラの持つメダルをじっと見る。

 私は拾った時に見ているので、紫色の宝玉が組み込まれているのは分かっている。

 

「綺麗な紫色ですぅ」

「そうね。それにこの模様は一体……?」

「模様は術式であり、この宝玉には、その地の守護女神の色を映している」

「紫…ってことは、もしかしてこれってお姉ちゃんの色?」

「そうだ。つまりこれは本来プラネテューヌのゲイムキャラが所有していた物なのだろう」

「でも、プラネテューヌはゲイムキャラは……」

 

 そうだ。あの時、私達の不意を突いた下っ端がゲイムキャラのディスクを破壊して……

 力はネプギアと月光剣に渡ったけど、ゲイムキャラ自身は消えてしまったんだった。

 ネプギアの発言に疑問を持ったゲイムキャラへは、ネプギアが簡単に説明した。

 

「そうか…これがこの場にあるということはそのゲイムキャラの物であり、恐らくは破壊されてしまった時にどこかで落としたのだろう。それが偶々…いやこれを探していた敵が見つけ、持ち去ったのだと思われる」

「じゃあ犯罪組織はゲイムキャラのことだけじゃなく、マナメダルのことも知ってるってことよね」

「今回は偶然でしたけど、敵の手に渡らなくてよかった……」

「うぐっ……」

「あっ。ご、ごめんね!別にルナちゃんのことを責めたわけじゃなくて!」

「だ、大丈夫だよネプギア。ちょっと、潮風が目に沁みただけだから……」

 

 ネプギアの安堵の声に、ちょっぴりさっきの申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 それに気づいたネプギアがフォローをしてくれるけど、私の心はそれにも申し訳なさが湧いてくるので、誤魔化しておく。

 …まあ誤魔化せたとは思ってないけどさ……

 私達のやり取りをよそに、ゲイムキャラは話題を変える。

 まあマナメダルのこと、というところは変わってないけどね。

 

「して、お前達もこれを欲しがっていたが、何故(なにゆえ)欲しがる?これも女神を救出する時に必要なものか?」

「分かりません。私達はあなたの居場所を教えてもらう代わりにいくつかのアイテムを持ってきてほしいと言われて、その一つがマナメダルだったんです」

「ふむ、誰が欲しがっている?」

「ラステイションの教祖、ケイさんです」

「そうか、ラステイションの教祖が……」

 

 ゲイムキャラは悩むようにそう呟き、少しして私に近づき、メダルを渡して…って。

 

「なんで私に……?」

「これはお前が見つけたものだ。もしお前が拾わなければこれは敵のもとへ渡り、世界は更に悪しき者が望む未来へと進んでいただろう。よって、これはお前の物だ」

「で、でも私はさっき騙されて渡しそうになっちゃいましたし、ネプギアかアイエフさんが持っていた方がいいんじゃ……」

「私はルナちゃんが持ってる方が良いと思うな」

「そうね。それに後で教会に行って、ついでに渡すつもりなんだし。誰が持ってても同じよ」

「それにまた騙されそうになったら、わたし達が止めるです」

「え?え?」

 

 予想もしない展開に皆さんをそれぞれ見ても、誰もが私が持つべきだとか言う。

 正直、これはこれで責任重大で投げ出したいんだけど、皆さんの期待を裏切ることもしたくない、なんて私は我儘で……

 

「それにもう、これを持つ資格のあるものはプラネテューヌにおらぬからな」

「…わかりました。責任を持ってお預かりします」

 

 そんなことを言われてしまえば、受け取る以外の選択肢を選ぶことが出来なかった。

 くぅ…せめて拾ってすぐにネプギアかアイエフさんに渡しておけばよかった。

 などと後悔してるようなことを思いつつ、皆さんに期待されるほど信頼されているっていうのが嬉しいと感じるところもある。

 

『リラックスですよ、マスター』

「ああ。何もそこまで責任を感じる必要はない。それにそこまで心配ならばお前の剣に渡しておけばいい」

「…えっと、この()は別に収納機器(ストレージデバイス)ではないはずですが……」

「それは本人…いや本剣に訊けばいいだろう」

『訊かれる前に言いますが、マナメダルは収納可能アイテムですよ』

「それを先に言って!?」

 

 驚きの事実が発覚しました。まさかの月光剣の収納機能、鞘以外にもありました。

 忘れてる方に説明すると、この月光剣、Nギアみたいにアイテムを収納できる機能があるんだけど、鞘しか収納できないという有能なんだかポンコツなんだか分からない機能があるんだ!

 

『更に忘れてらっしゃるマスターにご説明しますと、私には鞘ともう一つ、ある物が収納出来る、と出会った頃に申し上げましたが?ポンコツで悪かったですね』

 

 それは忘れていた……

 てか褒めると謙虚になるのに、貶すと不機嫌になるんだね……

 

「えっと…じゃあこれをどうぞ……」

 

 メダルを剣の鍔のとこに埋め込まれた玉に近づけると、玉は仄かに紫の光を放ち、メダルが吸い込まれていった。

 本当に収納されちゃった……

 え?大丈夫?力を吸収したりしてない?

 

『問題ありません。きちんとそのままの状態で保管しております。ご安心を』

 

 それなら…まあいいか。

 

「所々話についていけない…というかルナ達の間でしか会話が通じてないんだけど、ともかく大丈夫ってことよね?」

「はい。問題ありません。ご安心を。…と剣が」

「…まあいいわ。で、話を元に戻すけれど、あなたは付いて来てくれないの?」

「…ああ。それに、あのような者に見つかった以上、また別の場所に身を隠さねばならぬ」

 

 話を戻し…ゲイムキャラの協力の件にアイエフさんは話を戻し、ゲイムキャラは依然変わらない意思。

 しかもまた隠れたら、今度もまた教会側が見つけれるかどうか……

 それだとネプギア達もまた苦労することになるだろうし……

 今回説得できないと、二度手間だ。

 

「だったら私達に付いてきてください。私がゲイムキャラさんのこと、守りますから!」

「それは出来ぬと何度言わせる気だ」

「…頭かったいなぁ……」

「…ルナちゃん?」

 

 固いも固い。コンクリート並か?

 ああ、そういえばゲイムキャラの本体ってディスクだった。

 それはともかく……

 

「少し面倒になってきたので、私の考えを言わせていただきますね。私としては、使命やら守護やら言ってますけど、だからって私達に力を貸さないのはどうかと思うんです。こっちはこの地を含めてゲイムギョウ界を平和にしたいと行動しています。そのための女神救出であり、そのために力を貸して欲しいんです。なのにそちらはこの国さえ守れれば満足なんですか?このままだとこの国どころか世界が崩壊するのに?そちらがちょっと力を貸してくれるだけでこの地も含めて全て平和にできるっていうのに、そんなちっぽけな使命とやらで力を貸したくないとおっしゃるんですか?」

「…なんだと?」

「聞こえませんでしたか?ちっぽけ、小さくてくだらないって言ったんですよ。見た目に合う大きさでよかったですね」

「お前、私を馬鹿にしているのか?」

「る、ルナちゃん!それ以上は……!」

「説得してるんで少し黙っててもらえますか?」

「でも!」

 

 普段は思考の中だけに止めているようなことだけど、このままじゃいつまで経ってもこの人は首を縦に振らない。

 そして私はさっさと頷けって思ってるから、ついつい口をはさんでしまったし、口が達者になってしまう。だからちょっとした私の中の違和感に気付けなかった。

 私の言葉を受けたゲイムキャラが不機嫌になり、ネプギアが私を止めようとしてくるけど断る。

 それでも私の腕を掴んでまで食い下がるネプギアを放って、私は言葉を続けた。

 

「あの子が何を思ってそんな使命を君に言ったのか私には分かりませんがこれだけは言えます。その使命って、世界の平和を対価にしても守らなければならないものですか?そんなわけないですよね?さっきのネズミの言葉を思い出してくださいよ。このままだと本当にゲイムギョウ界が崩壊するって言うのに、君はただそこで守護しようとするだけ。そんなんで本当にいいと思ってるんですか?本当にそれで守れてますか?守ってるつもりなだけじゃないんですか?」

「………」

「いい加減、守ってるだけじゃ守れないことに気付いてください。…言いたいことは以上です」

 

 言いたいことを言うだけ言うと、すっきりした。

 どうやら私はゲイムキャラの言葉に相当イライラしていたらしい。

 でもこれだけ言えばゲイムキャラも頷いてくれるはず…だよね?まさか私の言葉がムカついたからって理由で付いて来ないなんて言い出さないよね?

 ってあれ?何でお二人さん、そんなに驚いたような顔をしてるんです?

 

「…ルナがこんなに喋ったのって初めてじゃない……?」

「そうですね…普段は物静かな感じです……」

「…あー」

 

 言われてみれば、確かに私はあまり喋らずに成り行きを見ていることが多いかもしれない。

 だからって勘違いしてほしくないが、それは私が出なくても解決できるとか、周りが何か言うとか思ってる部分があるからだ。言葉が見つからないって部分もあるけど……

 そう思ってると、ネプギアは何やら慌てた様子。私とゲイムキャラを交互に見ながら、何やら言いたげな、申し訳なさそうな感じ。

 …もしかして私が色々言ったから、ゲイムキャラがそれで余計に力を貸してくれなくなると思って慌ててるのか?

 あんなんで怒って頷かないほど、ゲイムキャラは子供じゃないと思うんだけどなぁ

 …いやもし感情的に断られたら、どうしようもなくないか?

 ど、どうしよう。今更だけど心配になってきた。

 もしこれで断られたりしたら…色々あって私路頭に迷う羽目に……!?

 あー、私の馬鹿ー!いくらさっさと頷けとか苛立ってたからってそういう後のことを考えずに言っちゃ駄目だろー!

 

『安心してください、マスター。リラックスですよ』

 

 安心もリラックスも出来ねぇよ!!

 い、いかん。興奮のあまり心の口調が荒く…ん?今更か?

 

「…守るだけでは守れない、か。…まさか、お前のようなものに教わることになるとは思わなかった」

「…えっ?」

 

 あれ?意外と良い印象っぽい?

 あっあれだよね、一度上げといて一気に落とす作戦だよね?それで落ち込み度を一気に上げる作戦なのかなゲイムキャラ!?

 

『そんなことを国を守る存在がやると考えるマスターが驚きですよ……』

 

 こ、こら相棒!そういうのは心の中だけだからこそやれることであって、今の君の言葉はゲイムキャラにも伝わるんだから思っても口に出しちゃメッだよ!

 というか「お前のような~」って明らかに私を上から目線で見てませんかゲイムキャラ!?

 そりゃ国を守る存在と、得体のしれない記憶喪失少女が同じ立場だとは思わないし、むしろ今の私は一般人だからゲイムキャラよりは下の立場だとは思うけど!

 でもさっきの私も結構上から目線だったような……

 …おあいこってことで……

 

「女神候補生」

「は、はい!」

「やはり私は、この土地を離れるわけにはいかぬ。古の女神との約束を破るわけにはいかぬのでな」

「そ、そうですか……」

 

 おのれラステイションのゲイムキャラ……!やはり上げて落とす作戦か……!

 うっ、そんな目でこっちを見ないでネプギア……私も一時の感情に任せたことは後悔もしてるし反省もしてるけど、実は自分の発言が間違ったことだったとは全く思ってないから……

 

「…だがこの地を離れずとも力を貸すことは出来る。私の力の一部を、そなた達に託そう……」

「え…わぁ……!」

「これが私に出来る、精一杯だ。女神を、ゲイムギョウ界を、よろしく頼む」

「ありがとうございます!絶対、両方とも助けてみせます!」

「…よかった……」

 

 ゲイムキャラは自分の光…力の一部をネプギアに渡す。

 それを見て、私はほっと一安心して思わず気持ちが口から零れた。

 まさか落としてから上げる方だったとは…ゲイムキャラ、恐るべし……!

 って、え?なんでゲイムキャラさんこちらを見てらしているので……?

 

「そなたにもな」

「…えっ!?わ、私にも!?なぜ!?どうして!?ホワイ!?」

「慌てすぎよルナ。…まぁ私もこの展開には驚きだけど」

「きっとルナちゃんのことが気に入ったんですよ」

「…それで渡すほど気楽なものだったかしら…ゲイムキャラの力って……」

「違うと思いますよ!?」

 

 頭の中をはてなでいっぱいにしながら思わずツッコむ私。

 それなのにゲイムキャラは力の一部を私に渡してくる。

 思わず両手で受け止めたその光は、温かくて優しいと感じた。

 

「言っただろう。そなた“達”とな」

「そ、そういえばそう言っていたような……」

 

 まさかそんな部分を気にするほど話を聞いてなかったので、曖昧だった。

 でも本当に何故……?私はネプギアと全然違うのに……

 

「…何故私にこの力を……?」

「そなたにはその資格がある。そう思ったからだ」

「資格…?一体なんの……?」

「今は分からなくてもよい。いずれ来る時に自ら気付くであろう」

「えぇ…?」

『マスター。その力を私へ……』

 

 ゲイムキャラの言葉は全く訳が分からないけど、とりあえず貰っておけばいいのかな。

 とか思いつつ剣に言われて、先ほどと同じように玉へ近付ける。

 すると光と玉がパァって共鳴するように光って、光は玉に吸い込まれていった。

 瞬間、身体に力が入ってくる感じがする。何だか一気に経験値が増えたような感じかな……?

 

「…よく分かりませんが、ありがとうございます。この力、今の私にはどう扱えば正しいのか分かりませんが、この世界に役立つように使っていきますね」

「それでいい」

 

 私の言葉に納得するように頷くゲイムキャラ。

 こう言ってしまった以上、その通りにしていかなきゃね。

 私は一つ、ゲイムキャラの期待を背負っていくことになった。




後書き~

一応書くと、結界には魔除けとかの効果は無く、ただ見えない聞こえないだけの効果しかありません。何故魔除けをつけなかった。
そして少しキレたルナちゃん。口数多くなっていきますね。
次回はいつもより短めでお送りします。
それでは次回もお会い出来ることを楽しみにして。
See you Next time.


今回のネタ?のようなもの
・「テンションマックスリラックス」
アニメ『プリパラ』に出てくる双子のアイドル、ドロシーとレオナのキャッチフレーズ。私はどちらかと言うとレオナが好きです。でも実はレオナは――(ネタバレにて隙間におくられました)
収納機器(ストレージデバイス)
元ネタって言うほどじゃないかもしれないですけど、リリなのの世界で使われている魔法の杖(デバイス)の一つです。なお、これはアイテムを収納するのではなく、魔法の術式を保存、瞬時に展開するためのものだったりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話『白金の少女の疑惑』

前書き~

前回のあらすじ。
前回ネズミとの闘いの末、ゲイムキャラの力とマナメダルを手に入れたルナ達一行。
今回は街に戻ってからのお話です。
それではごゆるりとお楽しみください。


 一旦街に戻った私達はこれからの話をしていた。

 

「さて、これでラステイションでの用事はほぼ終わったわけだけど……」

「女神候補生の協力を得られなかったですね…どうするです?」

「今後の旅路、出来れば協力を得られれば心強かったんですけど……」

 

 本人があんな風じゃ、ね……

 ユニの話になった途端「ユニちゃん……」って落ち込んでるネプギアを見るに、ユニが一方的にネプギアに対して敵対心を出してたみたいだけど……

 …同じ女神候補生として、ライバル意識を出してる…わけではないよね。それだったら女神様を助けるために手を貸してくれるはずだし……

 

「まあダメならダメで仕方ないわ。旅立つ前に、一応教会に報告しときましょうか」

「…報告って必要ですか?あの教祖ならこちらが言わなくても把握してそうですけど……」

「『報告した』って事が大事なのよ。…まあ私もそう思うけど」

 

 アイエフさんもまた、私と同じことを思っていたようだ。

 でもアイエフさんの言う通り『報告した』事実が大切なんだよね。例え相手が知ってそうでも、何かの手違いで正確に報告されてなかったりする場合もあるし。

 ってことで私達はラステイションの教会へ足を運ぶことになった。

 

 

 

 

 

 さて物語の途中ですが皆さんに質問で──

 え?もういい?展開が読めた?なななんとっ!?もしや君は私の心が読めるので!?

 え?二回もやってれば分かる?いいから早く続きをと?…そっすか。

 じゃあこの後の展開は知ってる人も多いと思うので、簡単に。

 

 私達が教会へ入れば、そこで待っていたのは私やアイエフさんの予想通り。色々既に知っていた教祖。

 やっぱりか、って私が思ってると、机の下に何かが見え、覗き込めばそこには女神候補生がいて、隠れていたらしい。しかしネプギアがユニがいるか訊いて、それに教祖が素直に答えてしまいすぐに居場所がバレたユニは大人しく出てきて、ネプギアと再会した。

 ネプギアは再会したユニに、女神様を助ける旅に一緒に来ないか誘うと、ユニはそれを拒んだ。しかしその言葉に「今は」と言ったので、ネプギアは今は諦めたようだった。

 そして何故かネプギアは泣き出してしまった。どうやらユニと喧嘩ばっかりで、仲直りも出来ずに別れるのが嫌だったようだ。それにユニはあたふたとネプギアへ言葉をかけると、言葉の中に「また会える」って文字を聞いたネプギアは元気になり、ユニと再会の約束をした。

 それからコンパさんの呼びかけでネプギアとユニは離れた。

 

「さて、長い間拘束して申し訳なかったね。あなた方のこれからの旅の無事を祈っているよ」

「…だから柄じゃないっての」

「それで、次はどこへ行くんだい?」

「ルウィーです。ルウィーにも私やユニちゃんと同じ、女神候補生がいるっていーすんさんから聞いたので」

 

 アイエフさんの呟きをスルーした教祖が問うと、ネプギアが答える。

 それを聞いた教祖は頷くと、言葉を放つ。

 

「ルウィーの女神候補生達か……それは、ユニ以上に手を焼くだろうね」

「候補生…達?」

「手を焼く?」

 

 まあ確かにユニを仲間に引き入れようとしたのは大変だったけど、それ以上ってどういうことなんだろう……

 と、まあ教祖の言葉が引っかかり考えていた私は、思考を優先させてしまっていて……

 

「そうそう、ルナさんは残ってもらえるかな?」

「あ、はい、いいですけ……」

 

 え?なんで?

 教祖の言葉に反射的に答えそうになった私は、最後まで言う前になんとか言葉を飲み込んだけど、「いい」とは言ってしまっていたから手遅れで……

 予想外の展開に固まった私の様子をスルーした教祖は、ネプギア達に「少し彼女に用事があってね。彼女は後でこちらでルウィーに送るから、あなた方は先に行っててもらえるかな?」とネプギア達を教会から追い出す。

 ネプギア達は教祖が私を指名したことに疑問を持ったらしいけど、相手は教祖だから大丈夫だろう、と大人しく出て行ってしまっていた。

 あ~!まって~!おいてかないで~!ねぷぎあ~!かむばーっく~!

 まさかの置いて行かれた事態に内心涙目になりながら、その状況を引き起こした本人を睨む。多分私の眼力じゃ小動物も追い払えないけど。

 

「そう睨まないでもらいたい。こちらからの用事が無事に済めば、あなたをルウィーへ送ることは約束しよう」

「…私としてはネプギア達と一緒に行きたかったのですが」

 

 不満な気持ちを隠さずに教祖へ伝えると、「まあまあ」と宥められた。

 くそう、せっかくの旅なのに……

 

「ケイ、どうしてルナを残したの?」

「少しね。さてルナさん、ここで立ち話もなんだし、ついてきてくれないかな?」

「…わかりました」

 

 ここでじっとしていても仕方ない。ならば行動した方がいいだろう。

 そう思った私は、教祖の提案に頷く。

 しかし次の教祖の言葉に早速戸惑うことになった。

 

「そうそう、話をするのに剣は不要だろう?しまわないのかい?」

「…この()はNギアに入るのを嫌がるので」

「ならこちらに預けてくれないかな?」

「………」

 

 そう言うと、カウンターから屈強な男が出てきた。制服を着ているから、多分ここの職員だ。

 男は両手を前に出し、無言で私に剣を渡すよう伝えてくる。

 それに素直に頷けるわけがなかった。

 

「…何故、ですか?」

「そうだね…正直に言うと、暴れられると困るから、かな」

「え?どういうこと?」

「つまり、あなた達は私に、私が暴れるようなことをしようとしているって解釈でよろしいでしょうか?」

「さてね。あなたは自分が疑われているってことぐらい、気付いていたと思っていたのだけど」

 

 …心当たりがあった。

 ラステイションに来た日のあれだ。犯罪組織の活動を見学した日。あれがキッカケ。

 きっとこの教祖には、それで私が怪しいと思い始めたんだろう。

 だからって確かな証拠もないと思われる中で、捕まえる…もしくは尋問しようとするのか?

 …ああ、そういや今日の教会には人が少ないね。てか職員しかいない。

 前からこういうことを計画していたってことか。用意周到だね。

 さて、これは誤解を解くべきか、解かずに逃げるべきか……

 

『マスター、後者はあまりお勧めしません。後者を選択した場合、この国がマスターの敵になる可能性があります。それは今のマスターには荷が重すぎるかと』

 

 かと言って前者で上手くいくとは思えない……って、あ。

 視線を周囲へ巡らせていると、赤い瞳とまた目が合った。

 純粋に心配そうにしてるその瞳に、私は考え直した。

 上手くいかないと、どうしてそう強く思うのか。自分のネガティブな思考を、一旦抑えるんだ。

 それにこんな状況でも、私のことを信じてくれている人がいる。僅かな時しか触れあってないのに、信じてくれる彼女がいる。

 ならばその期待を裏切りたくはない。例えどんな結果になろうと、逃げずに立ち向かいたい。

 …それに、そもそも疑われているだけであって、真実はきちんとあるんだから大丈夫なはずだ。

 そう私は考えて答えた。

 

「…わかりました。付いて行きましょう」

「素直に本当のことを話してくれる気になったのかな?」

「はい。そして疑いを晴らそうかと」

 

 さて、これが今回のこの国での最後の出来事(ラストミッション)だよ。

 

『Yes,master』

 

 でも大事な君を、こんなよく分からない人に渡せるわけないから……

 

「ユニ。私が教祖の話に付き合ってる間、この子を預かっててくれるかな」

「え?アタシに?」

「うん」

 

 私は剣を鞘ごと腰から外して、ユニへ差し出す。ユニはそれに戸惑っていた。

 

「ユニではなく、彼に渡してもらいたいのだけど……」

「私の中ではね、この中で一番信頼できるのはユニだと思ったんですよ。で、この子は私にとって一番私を知ってる、大事な相棒。信用も信頼も出来ない相手に渡せるわけないでしょうが」

「…そうか。ユニ」

「え、ええ。分かったわよ」

 

 教祖はユニに声をかけると、ユニはそれで察したようで私に近づいてきた。

 屈強な男は、もう用事はないだろうに私の傍を離れない。きっとユニに何かあったらすぐさま私を取り押さえるためにいるんだろうけど、私にそんな気はさらさらないんだよね。

 ユニは私に近づいてくると、私は剣を差し出した。ユニはそれを両手で受けとり、大事そうに抱える。

 するとユニは小さい声で訊いてきた。

 

「…大丈夫よね、ルナ……」

「だいじょうぶだいじょうぶ。ただあの教祖の疑惑を、正せばいいんだから。…そうだ、終わったらお茶でもしようよ。私、クエスト受けてお茶代奢れるぐらいは稼いでくるから」

「…アンタ、ネプギア達と一緒にいなきゃダメなんじゃないの?」

「そう思うんだったらあの教祖の誤解を解いて欲しいかな」

 

 ここで私が足止めされてるのは、教祖の勘違いやら誤解やら疑惑やらのせいなんだから。

 ついそう思ってたことが口に出てしまうと、ユニは呆れたように溜息を吐いて、私を見た。表情は呆れてるのに、目は優しい。

 …うん。心配されてるよりこっちの顔の方が私には心強いかな。

 

「分かったわ。でもそれはまた今度、アンタの旅が終わってからね」

「おっと、それはそれは。また先の長い約束だね。忘れない?」

「忘れないよう努力するわ」

「やった。可愛い子とデートの約束だ」

「か、かわっ…!?ア、アンタまた……!」

「……?」

 

 何やら顔を赤くするユニ。私、何か変なこと言ったかな?

 と、「こほん」とわざとらしい咳払いが聞こえて、そちらを見る。

 教祖が何やら呆れていた。あぁすいません、話が長くなりましたね?

 …どうせならユニと会話して終わればよかったんだけどなー

 

「もういいかな?」

「…はい。ユニ、相棒を頼んだよ」

「…ええ。まかせなさい」

 

 ユニは自信満々に答える。

 私はその答えに満足して、こちらへ付いてこいと言っている教祖についていく。すると私の前後左右のうち前は教祖、残りは何やら鍛えてそうな職員三人と四方を囲まれた。

 ははっ、露骨な警戒心だね……

 だがその警戒が無駄だったこと、すぐに思い知らせてやろう。

 それにユニと約束もしたし。

 相棒、ちゃんと迎えに行くから待っててね。絶対、私の無実を証明してくるから。

 私はそう、決意を固めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「幻の剣…ですか?」

「ああ。この世界の何処かに封印されてるって言われてる剣だ。なんでも何かを差し出す代わりにとてつもない力を与えてくれるんだとか。そんな話を聞いたことないか?」

「ないですけど…その何かとは?」

「さあな。そこまでは俺も知らん。俺はある村で村長が話してるのを聞いただけだからな。今じゃその村の名も忘れちまった」

「そうなんですね……でも、もしその剣があったら……」

「でもとてつもないとか言いながら、実はなんの力もない剣だったってことざらにあるんだし、当てにするような話じゃないわよ」

「ルナちゃんは教会が後でもルウィーに送ってくれるって言ってるですし、先に行くですよー」

「あっ、はい。待ってくださーい!」




後書き~

【速報】ルナ、タラシ疑惑。
いえいえ、タイトルはこのことを指してるわけじゃないですからね。
ともかくネプギア達と離れ離れになったルナ。無事に釈放されるのでしょうか(捕まったわけではない)
それでは次回もお会いできることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話『少女、取り調べを受ける』

前書き~

それはともかく前回のあらすじ。
ルナ、教祖(ケイ)から話を聞きたいから残ってほしいと言われる。ルナは教祖(ケイ)が疑ってると予想してるので、この際その疑いを晴らすつもりのようです。
では今回もごゆるりとお楽しみください。


 前を教祖が、後ろと左右は鍛えてそうな男の職員に囲まれながら廊下を進むこと数分。

 私は案内された部屋に入れられていた。

 部屋には小さい机が二つ、部屋の中央と隅に置かれていて、椅子は三つ。なんとなく警察署の取調室に似ていた。

 というか取調室なんだろう。今から私の取り調べが行われるんだから。

 今、この部屋にいるのは私の他には職員が一人だけ。教祖は私をこの部屋に入れた後どこかへ行ってしまった。多分準備とかがあるんだろう。

 部屋にいる職員は職員で隅の机と椅子のとこで座ってる。但し無言で。こちらを見ているような、見ていないような目で。

 これ、逃げようと思えば逃げれるんじゃないかって思ったけど、部屋のあちこちを見るうちに監視カメラを見つけたので諦めた。というかこういう部屋って確か壁のどこかがマジックミラーになってて、隣の部屋でこっちの様子を観察してたりするもんだよね。前にホテルの部屋に備え付けられてたテレビでネプギアが見てた刑事もののドラマにそう出てた。

 まさか教祖もそっちにいるのか? 

 ってことは取り調べは別の人が担当したりして……

 むむむ…こういう事態初めてだからよく分かんない……もっとネプギアと一緒にそのドラマを見ておけばよかったかな……

 しかしさっきから一歩一歩歩くごとに腰に違和感がする。ある物がない感覚。

 そういや月光剣と出会ってからは、外に出る時は必ずと言っていいほど身に着けてたからな……なんだろう、腰が軽くて……違和感が……

 

 コンコン

 

「は、はい」

「失礼します」

 

 ノックの音に返事をすれば、扉を開けて入ってきたのは女性職員。何やら手に一枚の板…もとい電子端末を持っている。そこに情報でも入ってるのかね。

 女性は中央の二つある椅子の一つに座ると、私にも座るよう手で促す。

 私はそれに素直に従い、空いた椅子に座ると、女性は何やら端末を操作してから私の方を向いた。

 

「私は今回、あなたの取り調べを担当させていただく者です。これから行う質疑応答は全てこの端末に録音されますので、ご了承ください」

「はい、分かりました」

「それでは始めさせていただきます。まずあなたのお名前と出身をお聞かせ願えますか?」

「名前はルナ。出身は分かりません」

「分からない、と言いますと?」

「記憶がないんです。辛うじて思い出せたのは名前だけです」

「記憶喪失、ということですか?」

「はい」

「それは一体いつからのことですか?」

「最近です。一か月もしない前に、プラネテューヌの教会に落ちてきたらしく、目覚めた時には失くしてました」

 

 はっきりそう告げると、女性職員は少し戸惑いを見せる。

 しかしすぐに真面目な顔に戻った。

 

「では次の質問です。あなたは何故ネプギア様方に同行しているのですか?」

「ネプギア達の力になりたいからです」

「と言いますと?」

「そのまんまです。記憶のない私を助け、優しくしてくださった皆さんからの恩に報いたい。それだけです」

「ではあなたは女神様の味方、というわけですね?」

「それは……」

 

 そう言われると、違う気もする。

 いや、ネプギア達の味方をするってことは、結果的にそういうことだけど、私の気持ち的にはそんな感じはしないと言うか……

 

「“それは”?」

「女神様の、という感じは私にはしません。ただ、ネプギア達の味方をしていたら、結果的に女神様陣営の味方になっていたというかなんというか……」

「では自分は女神様の敵であると?」

「そんなこと一言も言ってないですよね。敵か味方かであれば味方。これで十分ですか?」

 

 極端すぎる話に思わず苛立ち、言葉に力が入る。女性職員も私の気持ちに気付いたのか次に進んだ。

 

「…はい。わかりました。それでは次の質問です。この国に来てからの活動について教えてください」

「…この国に来た初日はネプギア達がギルドで情報集め、私は街で情報収集してました」

「それはおひとりで?」

「はい。ついでにネプギア達はギルドでクエストを受けるとのことでしたから、そちらに人数を割いた方がいいと考えたので」

「ではあなたもネプギア様方に同行すればよかったのでは……」

「どのみち結果は同じだったので、そこはもういいでしょう。で、次の日からはネプギア達と一緒にやりましたよ。…単独行動をしようとすると皆さんが心配するので」

「そうでしたか。すみませんが、初日の行動について、もう少し詳しくお願いできますか?」

「…ネプギア達と分かれた後、私は街で聞き込みを行いました。しかし情報は集まらず、土地勘もなかったため迷子になってしまいました。そこにとある男性が現れ、話の成り行きで彼の所属する組織の活動を見学することになりました」

「何故情報収集中にそのようなことを?」

「その見学で、何か情報を得られないかと思ったからです」

「それで情報は得られましたか?」

「私達にとって有益と言える情報は手に入れられませんでした」

「では失敗だったと?」

「…そうかもしれませんね」

 

 確かにあれは失敗だったのかもしれない。犯罪組織の人達と会話したことで、私の中に迷いが生まれてしまったから。

 でもその迷いと葛藤してる中で私はユニと出会えた。ユニからアドバイスを貰えたことで、私は迷いと向き合えた。

 もし私があの時誘いを断っていたら。迷いが生まれなかったら。

 私はきっと、今以上にユニと仲良くはなれなかっただろう。

 そう考えたら仕事としては失敗でも、人生としては成功だったかもしれない。

 だから一概には失敗とは言えない。そう思う。

 

「分かりました。ではその男性の所属する組織の名前を教えていただけますか?」

「…何故ですか?」

「あなたの答えがきちんと真実であるかどうか確かめる為です」

「…どうしてもですか?」

「どうしても、です」

 

 と、言われても、答えたら答えたで更に疑われるような……

 い、いや、さっきから私は正直に本当のことしか話してないんだし、逆に今ここで嘘を吐いた方が疑われるんじゃないか? 

 で、でも……

 

「どうかされましたか? もしや、答えられない理由でも?」

「そ、それは……」

 

 そういやあの人達には「組織に入らないなら、今日の事は内緒にしてくれると嬉しいな」って言われてたっけ。

 どうしよう…あの時は返事しなかったけど、でも約束したようなものだし……

 かといってここで話さなかったら私にダメージが……

 うわあああ……どうすればいいんだよー! 

 

「ではなぜ答えられないのですか?」

「わ、忘れたから?」

「………」

 

 はいごめんなさいとぼけてみただけです。だからそんなジト目で見ないでください心がズキズキ痛みます……

 その目を見ることが耐えられなくて、つい私は目を逸らしつつ本当のことを話すことにした。

 

「…本当は言えない理由はあるんですよ……」

「…それは?」

「…組織見学をして、終わり際に言われたんです。『組織に入らないなら、今日の事は内緒に』って」

「何故?」

「さ、さあ? でも、約束してしまいましたから、言えません」

「しかしもう既に『何かしらの組織を見学した』ということは言ってますが……」

 

 し、しまったー! そーだったー! 

 “今日の”ってことはそのことも含めてだったー! 

 私の阿保ー!! 

 

「ではもう既に話してしまったということで、話してしまいましょう。組織名、聞いてないわけじゃありませんよね?」

 

 …皆さんごめんなさい! 

 

「…はい。私が見学したのは『犯罪組織マジェコンヌ』です……」

「…そうでしたか。あなたは男性に誘われたと聞きましたが、その男性は最初から犯罪組織の人間だと名乗ってましたか?」

「…はい。あと服装が以前プラネテューヌで戦った構成員の方と同じものだったので、すぐに分かりました」

「先ほど情報を得られるかもしれないから男性の誘いを受けたと言いましたが、それは犯罪組織関連の情報が、と言う意味でしょうか?」

「半分くらいは。残りはゲイムキャラの居場所の情報が、です。構成員から何かしら情報が得られるかもしれないと考えたので」

「しかしあなたの欲しい情報は得られず、失敗に終わったと」

「…まあ細かい訂正は置いといて、そういうことですね」

 

 “あなたの”じゃなくて“ネプギア達の”欲しい情報だけどね。

 

「…分かりました。それでその男性の名前と特徴は言えますか?」

「男性の名前と特徴……? 名前は聞いてないので分かりませんが……特徴は確か…年齢は分からないですけど見た目は若くて、小柄でした」

「それは成人男性と比べてでしょうか?」

「小柄なのはそうです。私と同じぐらいで。見た目の若さは成人ぐらいで、黒髪だったと思います」

「曖昧ですね」

「灰色の…構成員達が着てるパーカーのフードを被ってましたから。だから長さとかもよく分かりませんよ?」

「他に特徴は?」

「え? んーっと……」

 

 特徴…特徴……

 そんなの気にせずに接してたからな……

 

「口調は荒っぽくなくて、一人称は僕って言うぐらいの人……?」

「なるほど。わかりました。以上で結構です」

「…これでいいんですか?」

「はい。十分です」

 

 何故男性の特徴を訊くのか分からないけど、多分何かしらに必要だったのかな。

 よく分からないけど、これで私の疑いは晴れたのかな……? 

 そう思ってたら女性は真面目顔で訊いてきた。さっきから真面目顔だけど、それ以上の、無表情に近い顔で。

 

「では今から単刀直入に訊きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「…まあ、何を訊かれるのか興味がありますし、いいですよ」

 

 わざわざ断りを入れてくるなんて、どういうことを訊いてくるのか……

 

「あなたは犯罪組織の人間ですか?」

「………はい?」

 

 思わず首が90度を通り越して180度傾きそうになりつつ、そんなフクロウみたいなポシェモンみたいに曲がらないから、曲げれるとこまで首を曲げる。

 とにかくそれぐらい意味の分からない質問だった。

 いや、意味は分かる。それにそういうことであちらは私を疑ってるんだろうとは予想はついていた。

 でも今訊く意味が分からない。最終確認か何かか? 

 

「聞こえませんでしたか? あなたは」

「いえ聞こえてますから答えると私はどこの組織にも所属してませんから強いて言うならプラネテューヌ教会ですからちょっと何でそんな質問するのか意味が分からなかっただけですから!」

 

 再び私が驚きそうな発言をしそうになる前に矢継ぎ早に答える私。

 すると女性は端末を操作し始め、少しするとその手を止め、こちらを見る。

 

「では以上で取り調べを終わります」

「…はい。これで私解放されるんですか?」

「分かりません。ただ今回の取り調べの結果は教祖様にご報告させていただきます。その後教祖様のご判断によってあなたの処遇は決まりますので」

「…つまり、あの教祖の判断によっては私はそのまま牢屋行きもありえる…と?」

「分かりません。ただ、そういうことも頭に入れておいた方が心構えができるかと」

「そ、そんな……」

 

 何も悪いことしてないのに牢屋行きって、そんなのありえるか!? 

 それどころか世界を救うための良いことばかりしてるじゃないか! 

 あぁちくしょう…旅に出るんじゃなかったか……? 

 

「それでは失礼します」

「…はい」

 

 無表情にも近い真面目顔のままで出て行く女性職員と、何故か一緒に出て行く監視役だったのか空気となっていた男性職員がいなくなった部屋で、私はひとりがっくりと机に頭をぶつける。

 

「……いたい」

 

 頭をぶつけたことじゃない。ぶつけたと言っても痛そうだったのでゆっくりやった。

 何が痛いって、今後を考えたときの心が痛かった。

 もしあの教祖が私を疑ったままか、冤罪か何かで牢屋とかそういったところに送られたら、私はどうなるんだろう。

 何も悪いことしてないのに、周りからはずっと疑われて、苛まれて、拒絶されて。

 ネプギア達も私を見捨てるのかな。それとも助けてくれる? 

 …でも、ラステイションのとはいえ、教会が私を捕まえるんだから、ネプギア達、きっと私よりも教会を信じるよね。

 …そしたらネプギア達も私のこと、疑ったり拒絶したり、或いはもっと酷いことをしてくるのかな……

 もう考えるのもヤダな。いっそ自分の殻に閉じこもった方が……

 

──ター……ス………マ…タ……

 

 …え? 誰? 

 

──スター…マス……

 

 微かに聞こえる声。遠くの声みたいに微かにしか聞こえないけど、私を呼んでるような気が……

 

『マスター!!』

「っ! 月光剣!?」

『マスター! ご無事ですか!?』

「う、うん! それより君はどこから……」

 

 驚いた拍子に椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった私は周りを見渡す。しかし部屋の中には私しかいない。だというのに何で声が……

 まさか長距離からでも会話が出来るの!? 

 

『それは出来ません。しかしマスターの近くであればマスターに触れていなくても会話は可能。つまり──』

「──こういうことよ!」

「あっ……!」

 

 扉がバンッと開かれて、扉の向こうから現れたのは黒髪の少女。その手には月光剣が抱えられていた。

 

「ユ、ユニ……!」

「待たせたわね、ルナ!」

『お待たせしました、マスター!』

 

 彼女達の登場はまるで暗い洞窟を歩いてたら、前から一筋の光が見えてきたみたいで……

 

「ユニ…ゆにぃ……!」

「ちょっ、な、泣かなくてもいいでしょ!? あぁほらこれで拭いて……」

『マスター。私がいることも忘れないでください』

「うん……うん……! 月光剣も来てくれたぁ……!」

 

 さっきまでの暗い気持ちの反動で情けなくも溢れる涙。それを袖で拭おうとすればユニはその手を掴んで横に退け、ハンカチで涙を拭いてくれる。

 月光剣もユニの手に握られながらも存在を主張するように輝いていた。

 

「うぅ……ぐすっ……」

「全く。二人して泣き虫なのね」

「そ、そんなことないもん……私はともかく……」

「自分のことは否定しないんかいっ」

「…えへへ……」

 

 ユニのノリつっこみが面白くて、ユニと月光剣が助けに来てくれたことが嬉しくて、思わず笑みを浮かべる私。ユニはそんな私の表情を見たら、安堵したような表情になった。

 

「で、でもどうしてユニが……? しかもどうやって……」

 

 この部屋まで来る間廊下を見てきたけど、この部屋と似たような扉、似たような作りっぽい部屋は沢山。それも左右両方にあったから、この部屋をピンポイントで当てるなんて何か方法がないと無理だと思うけど……

 まさか全ての扉一個ずつ調べてったってわけじゃないだろうし……

 

「ここに来たのはアンタを助けてやって欲しいって、この剣が私に頼んできたからよ。この部屋にいるってことも、この剣が捜したの」

『マスターがユニ様に預けて下さったからです。そしてユニ様も、手助けしてくださりありがとうございます』

「アタシもルナを助けてあげたいと思ってたから、お礼なんていらないわよ」

「え? え? ちょ、ちょっとまって。何か今初めて明かされた事実が沢山ある気がするんだけど……」

 

 月光剣がユニに頼んだ? どうやって? 捜したってのも、どうやって? 

 それに今…いや違和感はさっきからだけど、ユニと月光剣、会話成立してないか? というか言葉のキャッチボールというか、会話出来てるというか、月光剣の言葉がユニに伝わってるというか……

 

「じゃ、その辺りも含めて、説明してあげるわね」

「…よろしくお願いしますっ!」

 

 それからユニの口…それと時々月光剣の思考から告げられたのは、私にとっては驚きと嬉しさを感じるものばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「…ルナ、大丈夫かしら……」

 

 そう独り言を呟くのはこの国(ラステイション)の女神候補生ブラックシスターことユニ。黒髪をツーサイドアップにしているのが特徴の女の子だ。

 彼女が今いるのは教会の彼女の自室。彼女の手には銀色の美しい剣が鞘に入れられた状態で抱えられていた。

 ユニの頭に浮かぶのは、先ほどの出来事。彼女の友人となった一人の女の子、ルナが教祖であるケイに連れていかれたのだ。それも穏やかな雰囲気ではなく、険悪な雰囲気で。

 ケイがルナを連れて行こうとしたときの会話には「暴れられる」や「疑われている」と言った言葉があった。そしてルナの発した「疑いを晴らす」という言葉から察するに、ケイはルナに対して何か、恐らく悪いことに関して疑っているのではないか。そうユニは考えていた。

 しかしルナの態度や雰囲気、言葉から考えるにその疑惑は誤解なのではないかとも考える。もしかしたらそれは疑われないようにする演技だったのかもしれないが、ユニにはあの時のルナが偽りの言動をとっていたとは思えなかった。

 そう考えるのは、彼女達が出会った時の出来事に関係している。

 ユニがルナと初めて出会ったとき、ユニから見たルナの第一印象は『暗くて大人しそうな子』であった。しかし同時にベンチに座っていた彼女を見ていると『放っておけない』と感じて、声をかけたのだった。それから話を聞いてるうちに、ルナにとっては重要な、生き方も左右するような悩みがあると知り、ユニはユニなりに助言していた。

 その時は互いに名乗らずその場だけの付き合いで、もしかしたら後日街で偶然出会うかもしれない程度の考えであった。

 しかしまさかネプギアと共に行動しているとは、ユニは夢にも思わなかった。そして彼女の悩みはネプギア達と他の誰かのどちらが正しいかどうかということだった。

 そういう事情が分かった今のユニなら、あの時のルナに対して「間違いなく正しいのはネプギア」と言っていただろう。そうじゃなくてもあの時のユニは「自分が正しいと思うことをすればいい」と言っている。その言葉が正しいとユニは自信を持っている。

 そういうことがあったからこそ、ユニはルナが悪いことをしていると疑念を抱くことはなかった。

 しかしそれとケイに連れていかれたことは別。もしユニがケイに「ルナの事は誤解だと思う。ルナを解放してあげて」と言ったところでケイはルナを解放しないだろう。それはただのユニの要望だからだ。

 ではどうするのか。ただここでケイの誤解を解いたルナを待つしかないのか。それともルナのことを諦める? 

 それは絶対に嫌。そんなことするくらいなら、自分がルナの為に出来ることを探して、行動したい。そう考えるほどにはユニはルナのことを好いていた。

 しかし今彼女に出来ることはない。少なくとも、彼女が自分から考えて、自分からやろうと思うようなことは。

 

『──もしもし、聞こえますか?』

「っ!? 誰!」

 

 その時、ユニの耳に大人の女性の声が届いた。驚き咄嗟に周囲を見回すユニ。しかし彼女の自室にはユニしかいない。

 ならば外から聞こえたのかとも思ったユニだが、扉の外を確認したり、窓の外を確認しても人はいない。というよりも彼女の部屋は一階にあるわけではないので、窓の外に人がいたらいたで驚き恐怖するだろう。

 では声はどこから聞こえたのか。まさかこの部屋のどこかにその手の機械が隠されてるのではないか。

 しかし次に声が聞こえた時、ユニはそうじゃないと分かった。

 

『聞こえてますか? 黒の女神候補生』

「これ、頭に直接……?」

『私は今、貴女の脳に直接話しかけています。よく聞きなさい、女神候補生。今すぐ私を我がマスターの元へ届けなさい。貴女になら出来るはずです』

「はぁ? アンタのマスターって誰…というかアンタ誰よ! アンタ何処から話しかけてるの!?」

『手元を見なさい』

「手元って、ルナから預かった剣しか……」

『ええ。私は月光剣(ムーンライトグラディウス)。マスタールナの所有する武器であり、彼女の補佐を務めております』

「…え? はぁ? ちょっとまって。これ幻聴?」

『幻聴ではありません。きちんと貴女の頭に話しかけています』

「ど、どういうことよ!? どうして剣が私に話しかけれるの!?」

『今は私のことを詳しく説明する時間は惜しいのです。私のことは簡単に、意志ある特殊な剣だとでも考えておいてください』

「…わ、わかったわ」

 

 どうして剣に意思があるのか。それは人工知能ということか。人工知能を搭載した兵器は今の時代この世界にはそれなりにあるが、ここまで機械的ではない、まさに意思と言える知能を持つ物が存在したのか。それも人工知能を搭載するには小型すぎる剣があったのかとか。他にも訊きたいことがユニの中にはあったが、剣自身が教えてくれないようなので、それは置いておくことにした。

 そして何より先ほど剣が発した言葉が、彼女の耳に残っていたからだった。

 

「それで、さっきアンタをアンタのマスター…ルナのことよね? あの子に届けろって言うけど、どうしてよ? それにアタシにできるって、どうやれって……」

『現在マスターの精神状態は徐々にではありますが悪化しています。私の使命はマスターの剣となり盾となり、時に心の支えとなること。今のマスターの精神状態の安定もまた、私の役目となっております。しかし私の身は剣。マスターのお傍にいなければ自ら動くことも、念を飛ばすこともできません』

「う、うん。なんかアンタの口から色々突っ込みたい言葉がどんどん出てきてるけど、とにかくルナが不安がってたりするから、安心させてあげたいけど、自分では動けないってことよね?」

『はい。そこで黒の女神候補生、マスターに信頼された存在である貴女に、私をマスターの元まで届けてくれるよう頼みたいのです』

「…ルナに、信頼された?」

『はい。マスターが私を貴女へ預けたのがその証。そしてこの教会で祀られている貴女であれば、捕らわれの身となったマスターを助け出すことが可能だと導き出しました。どうか私をマスターの元へ届けて……いいえ。マスターを助けてもらえませんか?』

「でも今のアタシが助けるなんて…ネプギア達に頼んだ方が良いと思うわよ」

 

 ユニの返答は、彼女にしてはあまりにも消極的で、弱気であった。

 それにはネプギアと言葉を交わし、剣と銃を交わしたことで決着はつかなかったとはいえ、自分の弱さを見せられたことにあった。そしてそれらの中には、ルナが暴れるモンスターを宥め海へ返すという、今までモンスターを『倒すべき存在』としてでしか認識していなかったユニの視野を広げるとともに、ルナの心の寛大さを見させられたことも入っていた。

 しかしそんなユニの返答を聞いて素直に引き下がる月光剣ではなかった。

 

『今この場にいるのは貴女だけであり、あらゆる可能性を考えても貴女が一番マスターを助け出せる可能性が高いのです。何より私の声を聞くことができるのは、今の時点ではマスターに信頼された女神や女神に似た存在のみ。そしてここは貴女のホーム。地形や部屋の配置などを把握していてこの場での地位がある貴女と、マスターの気配を辿ることができる私が組めば必ずマスターの元へたどり着き、マスターをここから解放することが可能なのです。お願いします』

 

 『ルナに信頼されている』『自分ならルナを助け出せる』

 それらの言葉はユニの意思を高めるものであった。

 そしてユニ自身もルナを助けたい、このまま待つだけは嫌、自分の手で助けたいと考えていたため、よりユニはルナを自分で助けたいと思うようになっていた。

 月光剣はルナの心のみを感じ取ることは出来ても、他の者の心を感じ取ることは出来ない。しかし剣の経験と知識が、まるで相手の心を読むように相手の強い思いであれば感じ取ることができていた。

 ユニが『ルナを助けたい』と思っているはずだと考え、その上で実はユニの気持ちを高めるような言葉を選択していた月光剣は、策士であった。

 

「…分かったわ。アタシにルナを助けられるのなら、アタシはアンタの期待にも、ルナの信頼にも応えたい。だからアンタの頼み、引き受けたわ」

『ありがとうございます。黒の女神候補生』

「アタシのことはユニでいいわよ。いちいちそうやって呼ぶの長いでしょ」

『御意。個体名登録、現ラステイション女神候補生『ユニ』を登録。同時にマスターが信頼する者として登録いたしました。続いてユニ様を『Prov.master(仮マスター)』として仮契約実行…完了致しました。今この時よりマスターを助け出すまでの間、貴女様の補佐を務めさせていただきます』

「…やっぱりアンタって人工知能とか、その辺りなの?」

『私は意志ある剣。それ以上の詳細は製作者様と同じ権限レベルでなければ開示することは不可と設定されております』

 

 時々機械的な言葉を出す月光剣に、ユニは思わず訊きたいことを呟いたが、月光剣は答えることを拒否した。

 この様子だと今この剣について聞くのは無理そうだった。

 

「…はぁ。まあいいわ。で、すぐにでもルナを助けに行きたいけれど、ケイのやつがルナをどこに連れて行ったのかが分からないのよね。ケイがルナの取り調べを行うとしたらどこかしら……」

『でしたらご安心を。私はマスターの居場所を察知することが可能です。今はマスターの居場所から離れているためどの方向か程度でしかありませんが、近づけば近づくだけ方角、高さ、距離を詳細に把握することが可能です』

「まるでGPSね……」

『似た機能だと、製作者様は仰いました』

「そ、そう……」

 

 製作者は一体この剣に何を求めていたのか。色々と疑問が増えていった結果、纏めてその疑問に行きついたユニであったが、それもまたこの剣は話すことを拒否するだろう。

 そう予想したユニはそれらの疑問に対する答えを諦めて、月光剣を抱えたまま行動を開始した。

 自分の部屋の扉を小さく開け、周囲の様子を確かめつつ誰にも見つからないように部屋を出るユニ。そんなことをしなくても、そもそも女神や候補生の部屋の前をそう易々と通る職員は教祖であるケイぐらいしかいないため、そんな警戒は必要なかったのだが。

 人通りの少ない廊下を確認して、隠れて、確認して、隠れての繰り返しで進むユニ。時折月光剣がどの方向か、何階か、距離がどのくらいかを伝えられるのを頼りに進むユニ。

 彼女であればそんなこそこそ隠れるように進まなくとも怪しまれることなどなく、むしろ今の彼女の行動の方が怪しまれるということは、言わない約束だ。

 彼女を見かけた職員も、彼女の威厳の為に何も言わず心の内に秘めておくことにした。

 

 月光剣からの情報を頼りに進むと、そこは教会のエントランスから繋がる廊下であり、左右に均等に間を開けて扉が設置されていた。恐らく小さい部屋が何個もあるフロアなのだろう。

 そのどれかの扉が、ルナのいる部屋へ繋がっているはず。しかしどの部屋なのかが分からなかった。

 一々全ての扉を開けるのは時間のかかることで、気の遠くなりそうな話ではあったが、その辺りは彼女の持つ剣に訊けばいいのである。

 

『ユニ様。11時の方向。前方およそ○m先の部屋からマスターの気配がします』

「11時で○m…あの扉かしら?」

『私はマスターへ呼びかけてみます。念話圏内へ入ることができれば、マスターと会話することが可能です』

「ええ。アンタはルナに呼びかけて」

『はい』

 

 ユニの声に答えると月光剣はルナへ念を飛ばし始める。ユニは月光剣に言われた距離、方向を感覚に頼りながら進む。

 やがて月光剣はルナとの念話が送受信可能圏内へと入ったことで月光剣は正確に位置を掴め、ユニがカギの()()()()()()扉を開けたのだった。




後書き~

ともかく次回予告。
ユニと月光剣が助けに来たことで安心するルナ。しかし彼女に迫る人影が。そしてルナは真相を知ることとなる。
それでは次回もお会いできることを楽しみにして。
See you Next time.

今回のネタ?のようなもの
・フクロウみたいなポシェモン
 ポケモンSMより登場する御三家の一匹『モクロー』のことです。私がSMを始めて選んだポケモンでもありました。しかし個体値は低かったです...それでもLv.100まで育てました。

・『私は今、貴女の脳に直接〜〜』
 よくSNSで見かける脳に直接話しかけるやつです。少し意識して描きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話『彼女の勘違い』

前書き~

前回のあらすじ。
ルナ、取り調べを受けました。その後ユニと月光剣が協力してルナを助け出しに来ました。
今回はその続き。
是非紅茶片手にお楽しみください。


 ユニと月光剣から二人が結託して私を助けようと行動してくれたことを聞いて思ったことは『ユニはまだ会って日の浅い私を、そこまでして助けようとしてくれるぐらい良い人で、私を信じてくれていた』ってことだった。

 月光剣は剣の中のプログラムか何かの『マスターが信頼している人リスト』にユニを登録したらしい。そんなものがあったのかと驚く手前、確かに私はユニを信頼していたが、それはあの場の中で一番月光剣を託しても大丈夫そうな人という意味で捉えていた。

 それが実は意識してないところで本当にユニを信頼していたんだと知って、自分でも気付いていなかったことに気付いた月光剣がとんでもないな、とか思ってた。

 でもそういうところで出てくるのは私の悪いところ。自分はユニを信頼していたけど、ユニが私を信じてくれているとは考えなかったとか、それは信じてなかったとか。そんな思いが出てくる。

 でも、それは過去のことで、今は互いに互いを信じていたって分かった。それがまた嬉しくて、幸せな気持ちがいっぱいになって、私の目には一度は引っ込んだはずの涙が、また溢れそうになっていた。

 

「ってどうしてまた泣きそうになるのよ!?」

「だ、だってぇ……!」

『大丈夫です、ユニ様。今のマスターの涙は『嬉し泣き』と呼ばれるものです』

「それならいいのかしら…って、また袖で拭おうとしない」

「うん…ありがと。ユニ」

「ど、どういたしまして」

 

 そっぽ向きながら言うユニに、やはり彼女は優しいなと思いながらユニの手にあるハンカチを見る。

 ユニっぽい白いレースの付いた黒のハンカチ。それは先ほどから私の涙を吸収していて……

 

「あ…ごめん…ハンカチ汚しちゃった……」

「いいわよ、これくらい」

「…洗って返すよ。ここから出たらクリーニング屋さんに行って……」

「だからアンタ、ネプギア達を追いかけないといけないんでしょうが。別にいいのよ、ハンカチの一つや二つ。アンタの目を赤くしないためならどうだっていいの」

「……ユニ、それは私を落とそうとしてるのかな?」

「はい?」

「あっ、天然ですかそうですか」

『マスター、その程度の言葉で同性に落とされそうになってどうするんですか……』

「君っ、余計なことは言わないの!」

『はい、マスター』

 

 私と月光剣の会話は聞こえてるはずなのに、私の言葉にピンとこない様子のユニ。本当に自然に出たんだね。

 首をかしげながらも、ユニは話を変える。

 

「……? よく分からないけれど、長く話しちゃったわね。で、ケイはどこ?」

「教祖なら知らないよ。この部屋に私を入れた後、何処かに行っちゃったから」

「…ケイが取り調べしたんじゃないの?」

「ううん。女性職員が私に色々質問してきて、それに答えるって感じだったよ。その会話は職員の持っていた端末に録音されてて」

「直接調べなかったのね。てっきりここでケイがアンタに色々と言葉巧みに話を聞き出そうとかするのかと思ったのだけど」

「まあ例えそんなことになっても、あの人が思ってるようなことを私は全くしてないんだけどね。怪しまれるような行動をしてしまったっていう自覚はあったけど」

「…そもそも何を怪しまれてたのよ?」

「…まあ向こうに話しちゃったし、ユニならいっか。実はね」

 

 私はユニに敵情視察のつもりで犯罪組織の見学をしたこと。それを教祖は恐らく『犯罪組織と一緒にいた』とだけ知っていること。それで私が犯罪組織の人間じゃないのかって疑われていることを話した。

 

「アンタそれ、マジェコンヌにバレたら殺されてたかもしれないじゃない……」

「…あっ、そっか。バレた時のことは考えてなかった。でもまさか教会がこんな手段を使うなんて思いもしなかったけどね。証拠もないのに捕まえるとか、この国はそんな横暴なこと平気でするんだ……」

「そんなことないわよ!! ただ…ごめんなさい。ケイのやったことで罪のないアンタを苦しませるようなことになってしまって。アイツに代わってアタシが謝るわ」

「そ、そんなっ。別にユニに謝ってほしいわけじゃないから!」

「でもアタシはこの国の女神候補生なの。お姉ちゃんがいない今、アタシが代わりにこの国を守っていかなきゃならなくて、この国での不祥事はアタシが対応しないといけなくて……」

 

 つい出てしまった本音がユニのことを怒らせてしまった。かと思えばユニは全く悪くないのに、代わりに謝るなんてことをしてくる。しかも自分の立場を考えて、自分の責任をきちんと果たそうと思ってる。

 でもその言葉が意味することをそのまま肯定することは私には耐え難かった。

 

「…まさか全部のことを一人でやる気?」

「…そうよ。一人でやらなきゃお姉ちゃんを超えることも…ネプギアに勝つこともできないわ!」

「でも本当に一人でやれるの?」

「や、やれるわよ! 今は出来なくても、いつか……」

「それって無理じゃない?」

「…アンタ、アタシの想いを否定する気なの?」

「別にユニが立派な女神になりたいとか、国を平和で豊かにしていきたいとか思ってたり、発展させていきたいとか思ってるんだったらそれを応援するけどさ。一人でやるってのはどうかと思う」

「一人でやんなきゃ立派な女神になんて……!」

「ならユニのお姉さんは一人でやってたの?」

「ええ。やってたわ」

「本当に? じゃあなんで教祖がいるの? 教会職員って職業があって、たくさんの職員がいるの?」

「……あっ」

「ユニのお姉さんは一人で全部こなしてるわけじゃないよね。周りに頼ってる。ユニのお姉さんを馬鹿にしてるわけじゃないよ? ただユニのお姉さんは周りと一緒にこの国を守って来たし、発展させてきた。もし一人で、なんて言ってたら決して国を発展させることも、守ることも出来なかったと思う」

「周りと、一緒に……」

「だからユニも一人で、なんて考えずに信頼できる仲間と一緒に頑張ればいいと思うんだ」

 

 私がそう言い終わる頃には、ユニは考えるように黙ってしまった。

 …しまった。偉そうに言ってしまった。女神になるってことは、国を導くってことは少しの失敗が国の崩壊に繋がるってぐらい責任重大で、国民全員からの期待を背負う役目なのに、それを知らない、誰かを導いたこともない私が言える台詞じゃなかった。

 

「ご、ごめん。女神になることがどれだけ大変かなんて分からない私が偉そうなこと言って……」

「…そんなことないわ。アンタの考えは、アタシが一番気付かないといけないことだった。それを教えてくれたアンタには感謝しないといけないわね」

「そ、そんなに? さっきの考えは私が思ったことを言っただけだし、気に障るようなことだと思ったんだけど……」

「そうね。まさか自分でそのことに気付く前にアンタから教えられるなんて、少しムカつくわ」

「ご、ごめん! ほんと、偉そうに言っちゃって、ごめんなさい!」

「怒ってないんだから謝らないでよ。アンタの考えは正しかったんだから、胸を張ってなさい」

「…うん……っ」

 

 ──その時、閉めていた扉の向こう。廊下の方から複数の足音が聞こえた。

 薄く魔力を広げて足音の正体を見る。一人、二人……五人。小柄なのが一人、大柄が三人、平均一人。

 小柄なのは教祖だろう。他の大柄の三人と、平均的な体格は誰だ? 

 ユニも足音が聞こえるみたいだ。

 

「まずいわね。長く話し過ぎたわ」

「ユニ、人の数は五人。うち教祖と思われる小柄なのがいるよ」

「ルナ、アンタ分かるの?」

「人数と体格ぐらいなら。強さとかはさすがに分からないけどね」

「そう。ケイだったらこの部屋に入ってくるわよね。本当ならアンタを誰にも見つからずに外へ連れ出そうと思ったんだけど」

「…強行突破する?」

 

 今の私の手には月光剣がいる。一人だったらともかく、相棒が一緒にいるなら何とか突破できそうだけど……

 

「それしかないわよね……」

「ならユニは倒れたふりでもしてて」

「なんでそうなるのよ!?」

「だってユニも私と一緒に行動したら、ユニも私を庇ったってことで罪…には問われなくても、教会からの信頼を失うよ。それだったら、ユニは私を友達として助けようとしたけど、私がユニに不意打ちして月光剣を奪ったってシチュエーションにしたほうがユニの株は落ちなくて済むと思うんだ」

「アンタそれ、自分から悪役になるって言ってるのと同じよ」

「そう言ってるんだよ。時間が無い。さっさとふりをして」

 

 私としてはここで捕まるぐらいなら、相棒が片手にある以上、脱出してやるって思うことができてたんだけど、私はともかくユニはこの国にいなきゃいけない存在で、一緒に逃げるとかはできない。それは私が脱出できてもユニは捕まるってことで、ユニが私のせいでそんなことになるのは自分で自分が許せなくなる。

 だからそう言ったんだけど……

 

「そんなことできるわけないじゃない! 自分でやった行動で、友人を悪役にするなんてまっぴらごめんよ!」

「じゃあどうするってのさ! このままじゃユニは容疑者を庇った悪い人ってなっちゃうんだよ!?」

「ケイが勝手に疑ってるだけでアンタはマジェコンヌじゃないんでしょ!? なら後でそれを証明すればいいだけじゃない! 今はそのためにもアンタは逃げなきゃダメなの!」

「友達を見捨てるぐらいなら冤罪被って牢屋ぶち込まれた方がマシだよ!」

「そんなのアタシが許さないわよ! それになんでアンタはそう自分を大切にしないのよ……!」

「…っ」

 

 考えてなかった。そう言ったらまた怒られるかな。

 ただ自覚がなかった。私が私を大切にしてなかったとは思ってない…ううん。表面上の心理はともかく、行動や考えが自分を大切にしないようなものを選択してた、心の奥底ではそう思ってたかもしれないなんて思ってなかった。

 ただ周りの為にとか、友人や恩人のために考えてたってだけで、実はそれはその後の自分を無視した考えだったのかもしれない。

 それをユニに気付かされる形でも今気付くことができたことは幸運かもしれない。

 ──でもやっぱり気付くのが遅かったのかもしれない。

 

 コンコン。

 

「っ……!」

「ケイっ……!」

「やあ、言い争いは終わったかな?」

 

 いつの間にか開けられていた扉の前に立つのはこんな状況になった原因である教祖の姿。その後ろには先ほどの女性職員の姿と、男性職員達がいる。

 五人。察知した通りだ。

 元凶である教祖には、私もユニも睨むような視線を送ってしまう。

 その視線を教祖は「やれやれ」と肩をすくめると、私の方を見た。

 

「ルナさん、確かめたいのだけど、先ほどの取り調べで言ったことは本当かな?」

「…どれを指してるのか分かりませんが、私は誤魔化しはしても、嘘は吐いていませんし、諦めた後からは聞かれたことは全て誤魔化しもせずに答えましたよ」

「記憶喪失のことも?」

「ええ。そうですよ」

「え…? ケイ、今なんて……?」

「おや? ユニは知らなかったのかい?」

「知らないわよそんなの!? 記憶喪失って……ルナ、アンタ記憶を失くしてたの!?」

「う、うん。一か月するかしないかぐらい前から失くしてるよ」

「どうしてそんな大事なこと早く言わないの!」

「だ、だって訊かれてないし、別に話すようなことでもないし……」

「それもそうだけど……!」

「ユニ、落ち着いて。今は僕の方を先に済ませてもいいかな?」

「…分かったわよ」

 

 不満気に引き下がるユニを見てから、教祖は更に質問してきた。

 

「ではあなたがこの国に来た初日の行動はあなたなりの敵情視察だったということも、あなたが犯罪組織の人間ではないということも本当だね?」

「はい。見学の方は失敗でしたけどね」

「で、ルナさんがその行動に出たきっかけは人気のない路地裏で犯罪組織の男性に声をかけられたというのも?」

「はいそうです…って、だから本当のことしか話してないですって。どうせならその端末に録音されてない、私が訊かれてないことでも訊いてください」

 

 私が女性の持っている板状の端末を視線で指しながら言う。

 すると教祖は少し考えてから口を開いた。

 

「なら男性は何と言って見学させようとしたんだい?」

「確か…最初は仲間を増やすという任務を自分は担ってて、それで声をかけたって言われました。それで私が勧誘ですかって訊いたらそれを認めて、私は犯罪組織は悪い奴らと聞かされてるから無理と断ると、『構成員の全員が全員悪い奴ではない』とか『人助けをしようと思ったことは無いか』とか言って『せっかくだから見学してよ』と誘われました」

「他に勧誘するような言葉をかけられなかったかい?」

「そうですね…見学も終わるぐらいの時にお茶をして、その時その男性と、他の構成員達の過去を教えてもらいました。男性の話だと『浮気したって冤罪で慰謝料とか取られて、仕事や家を失ってたところを四天王の一人に助けられた』って」

「やはりそうか」

「…“やはり”?」

 

 『やはり』ってことは私の回答を教祖は知っていた? 

 でも私、これを誰かに話したのって今日が初めてのはずだけど……

 

「実は今回ルナさんだけ残って貰ったのはその男性について知りたかったからなんだ」

「………はい!?」

 

 ど、どゆことどゆこと!? 

 え? ちょ、ちょっとまって想定してないことばっかりで頭が追いついてない気がするんだけど!? 

 

「ちょっとケイ! ルナだけ残したのってルナがマジェコンヌじゃないかって疑ってたからじゃないの!?」

「ああ、疑ってはいたよ。だが今日、ゲイムキャラからネプギアさんが力を受け取った後、ゲイムキャラはルナさんにも力を分けていた。それは彼女がゲイムキャラにも認められたってことだろう?」

「『だろう?』と訊かれても、私にはさっぱりなので……」

「あの場所でこの国を守っているゲイムキャラは長いこと存在している。だから相手の本質を見抜くことが出来るようでね。もしルナさんが犯罪組織の人間なら、ゲイムキャラは彼女に力を渡すことは無い。そのことを報告で受け取ってからは彼女のことは勘違いだったとこちらでは処理しているよ」

「で、でもそっちの職員さんが『牢屋に入れられることも覚悟しとけ』って!」

 

 私が思わず指で指してそう言えば女性職員は、

 

「私はそういう考えも頭に入れておけば、どんな結果になっても心構え出来るとしか言ってませんし、そうなるとは言ってませんよ」

 

 と、すまし顔で淡々と答える。

 そ、そりゃあの時私の言葉を肯定する言葉は一切彼女の口からは出てなかった気がするけど、だからって勘違いするような言い方しないでよ! 

 

「く、くぅ……」

「二人が何を勘違いしていたのか分からないけど、今回ルナさんに色々と訊いたのは、その報告が間違いではなかったかという事実の裏付けと、その男性…この国で指名手配している犯罪者と思われる人物についての情報を少しでも得ようと思ったからなんだ。勘違いさせてしまって申し訳ない」

「…はい? 犯罪者? あの人が?」

「ああ。その犯人は浮気案件で罪に問われたことは無いが、そうやって嘘の話をでっちあげ、相手の良心を弄ぶ人間でね。彼のことを可哀想だと同情した人間からお金や財産などを奪っていく手口をよく使っている。恐らくその手口でルナさんを犯罪組織に加入させようとしたんじゃないかな」

 

 よーしなんだか色々と私にとっての新情報が一気に沢山頭に入ってきて処理しきれないんだけどー? 

 

「ちょ、ちょっと頭の中混乱してきたので、一度整理させてくれませんか?」

「いいよ」

「えっと…まず私への勘違いは既に解けてて、今回のことは私を逮捕とかするためのものじゃない…んですか?」

「ああ」

「で、私だけ止めたのは、その勘違いさせてしまった原因である組織見学を誘ったその指名手配犯と思われる男性についてそちらが知りたかったから……」

「そういうこと」

「…じゃあ何で私から月光剣を取り上げようとしたんですか?」

「ルナさんはきっとまだ僕達が勘違いしてると思ってると思ったからね。それでもし逃げ出そうとして暴れられたら困ると思って」

「疑われてることに気付いてるって……」

「もう疑われてないってことには気付いてないかも、という確認だね」

「な、な……」

「“な”?」

「なんでそれを早く言わないんだよ!!」

 

 そう言ってから驚いたのは自分の声の大きさ。

 ずっと気掛かりだったことが、いつの間にか知らないとこで解決してたどころか今回の件にほぼ関係無いと知った時の感情と、そもそも勘違いするなという怒りと、無意味だった「牢獄入れられるかも」という思考が全く無駄だったと分かった感情とか諸々。全部の感情をいっぺんに込めた言葉が思ったよりも大きい声を出したことに驚いた。

 私、こんな大きい声出したの初めてかもしれない。

 

「…その、本当、申し訳なかった」

 

 私の大声に圧倒されてなのか言葉が途切れながらも頭を下げて謝ってくる教祖。後ろの職員達も教祖と同じように頭を下げる。

 普段全く声を荒げるようなことをしてない私だからこそ、そうやって感情をいっぱい込めた怒声は効果覿面だった。

 でも私の怒りはそれで終わらなくて、むしろ色々な感情が全て怒りに変換された今、その言葉もまた火に炭を入れるようなもので、

 

「申し訳ないとかじゃないよ! 私、すっごく不安だったんだよ!? このままじゃ牢屋行きだとか友達と会えなくなるとか裏切られたと思われるとか皆から酷いことされる思われるとか色々嫌な想像しちゃったんだよ!? それら全部こっちの考えすぎだけどさ! それでも最初からそう言われればそんな考えもせずにいられたんだよ!? 全く不安になる必要もなかったんだよ!? 不要な考えもせずに済んだんだよ!? そっちが面倒な手間をせずに君が最初っから私の相手でもしてその場でこっちの勘違い解いてくれればよかったんだよ!? というかさっき「何を勘違いしてるのか分からないけど」って言ってたけど実は最初っから知ってたよね!? どうしてさっさと解いてくれなかったのさ!!」

「…こちらにもこちらの考えがあってだね……」

「んなもん知らないよ!」

「ま、まあまあルナ。落ち着きなさい、ね?」

「……ふんっ」

 

 感情のままに思ったこと言うと、教祖はこちらの顔色を見ながら言う。

 でもその言葉はやっぱり燃料にしかならなくて……

 ユニが私を落ち着かせようとして、ようやく私の怒りは少し落ち着いた。怒ってるのは変わらないけど。

 

「ケイもケイよ。ルナの言う通り、アンタがきちんと誤解を解いていればよかったのに」

「すまない。もし彼女が本当は黒だったらと考えると、何も言わず解かずでこちらの質問に答えさせた方がいいと思ったんだ。それで本人の口からはっきりと聞くことができれば、誤解を解こうと考えてね。ルナさんも、本当に申し訳なかった」

「………」

「ルナ……」

 

 何度謝られても許そうとは思えない。それは感情を優先させてしまっているから。

 そんなの子供みたいだ、なんて自覚はするけど、それでもしばらくは無理だろう。

 

『ユニ様、申し訳ないのですがしばらくの間マスターはそちらの教祖を許すおつもりはないようです。ですので、この件に関しましては時間を置いてからまた……』

「…そうみたいね。ほんと、子供みたい」

「子供でも餓鬼でもなんでもいいよ」

「…はぁ。とりあえずケイ、ルナはもうここから出ていいのよね?」

「ああ。こちらの用は終わったからね」

「なら後のことはアタシに任せなさい。ルナをルウィーへ送ればいいんでしょ」

「だが──」

「この件はまた後でってのかこの子の剣の判断なのよ。だからケイは下がって」

「剣の判断? どういうことだい?」

「その辺りは後で教えるから、ケイ」

「…分かったよ。後のことはユニに任せて、僕は引き下がらせてもらうよ」

 

 そう言えばそのまま何処かへ行く教祖。職員達も解散って感じでバラバラに何処かへ。

 その場に残ったのは未だに怒ってる私。そんな私を宥めることも煽ることもなく静かに状況を把握し判断する相棒。それから怒り続ける私に戸惑うユニの二人と一体だけ。

 それだけになると、私の怒りも冷えてきて、代わりに思うのはユニのこと。

 ユニに迷惑をかけてしまった。私のせいで勘違いをさせてしまった。不要な心配をさせてしまった。いらぬ気遣いをさせてしまった。

 ユニ、怒ってるかな……? 

 

「……はぁ」

「っ……」

 

 溜息が聞こえて、思わず体をビクってさせてしまう。

 この部屋にいるのは私達だけで、月光剣は溜息なんて吐けないから、当然溜息を吐いた人物はもう一人なわけで。

 恐る恐るユニの顔を見れば、こちらを睨むユニの視線に体を震わせる。

 これ絶対怒ってる! 

 

「ユ、ユニ…ごめん、迷惑かけて…勘違いさせて…要らない心配かけて…要らない気遣いさせて…ごめんなさい……」

「……はぁ」

「っ……ごめん、なさい……」

 

 再び聞こえた溜息に今度は大きくビクってなって、もう言葉を出すことも怖かったけどなんとか一言だけ絞り出した。

 その後は少しの間だけ互いに無言で、その時間も空間も私には居心地の悪いものだった。

 でもこんな状況で勝手に外に出るなんて私には出来なくて、ユニの言葉を待つしかなかった。

 

「…ねえアンタ」

「は、はい……」

「いやなんで敬語……」

「ご、ごめん……」

「…よし。ルナ、今から謝ったら一回に付き一回ペナルティね」

「え…? ペナルティ……?」

「そうよ。で、ひとまず言いたいことがあるんだけど」

「う、うん……」

 

 どんなことを言われるのか。もしかしたら嫌いになってしまったとかそういうことを言われるんじゃないかって怖がりながら言葉の続きを待つ私。

 やっぱり、ユニは睨むような視線を送ってた。

 

「アンタはまず、自分に自信を持ちなさい」

「…自信を……?」

「そう。見てるこっちが分かるほどアンタは常に消極的というか弱気に見えるの。違う?」

「ちがわ…ないけど……」

「アンタは別に悪いことをしているわけでもないし、間違ったことをしているわけでもないのに自分の意思が弱い。なのに時々アタシが驚くようなことをすれば、アタシに気付かせてくれることもある。さっきのだって怒って当然で、ケイのことを怒鳴っても別に怒られることじゃないわ。なのになんでその後そんなすぐ謝るくらい弱気になるのよ」

「だ、だって…ユニ、怒ってないの……?」

「どうしてアタシが怒るのよ」

「…私、教祖に怒鳴っちゃったから……」

「だから怒って怒鳴られるのは当然のことを、アイツはしたのよ」

「…私、ユニに色々と迷惑かけた……」

「むしろ迷惑かけたのはこっちで、こっちが謝ることよ。勘違いなんてアンタがさせられてたんだし、気遣いもケイが悪い」

「…心配とかさせた……」

「し、心配するのは同然よ! だってアタシ達、と、とと、友達っ…でしょ?」

「…ユニ……」

 

 ユニの言葉は私の心を照らしてくれるみたいで、私って単純だなって思う。

 でも、ユニが本当に私のことを大切に思ってくれてるって。友達だって思ってくれてるってことに私の心は赤から青、そこから黄色になったみたい。心がポカポカした。

 

「ち、違うの……?」

「…ううん、違わない。ユニは友達だよ」

「そ、そうよね! …って、そういうことを言いたいんじゃなくて……」

「?」

「と、ともかく、アンタはあんまり弱気になるんじゃないの! 常に強気でいてなんて言わないし、間違ったことを自信満々にやられても困るんだけど。でも弱気になり過ぎるのはダメ。分かった?」

「う、うん。分かった。努力してみる」

「うん。いい返事よ」

 

 笑顔でそう答えるユニに、私の中の雲は完全になくなってお日様さんさん。…なんてね。

 私のことを心配してくれたのも、友達と言ってくれたことも、私のためにアドバイスをくれたのも、こんな気持ちにさせてくれたのも、全部込めて私はこの言葉をユニに送る。

 

「…ありがとうっ」

「…どういたしまして」

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ行きましょう。駅まで送るわ」

「あっ、そうだ。ネプギア達を追いかけなきゃ。……って、あ」

「…? どうしたのよ?」

「さ、財布…お金…ない……」

「は? もしかして失くした?」

「ううん。持ってるんだけど、財布の中身でルウィーまで行けるか不安……」

 

 現在の所持金、ざっと見2000クレジット。

 これはラステイションにいる間にネプギア達と行ったクエストで山分けしたお金が貯まったもの。

 実はもう一つ財布があって、その中にはいっぱいお金が入ってるけど、それはイストワールさんが『もしもの時に』って用意してくれたもの。そう簡単に使うことは出来ない。

 でも今がその『もしもの時』だったら……

 

「…こうなったら山とか谷とか越えていくしか……」

「ルウィーって雪国って言われるぐらい年中雪が降ってて、加護の効かない街の外だとすごく寒いわよ。雪も積もってるから、足元も悪いわね。ラステイションからルウィーに行くにはとっても高い雪山を越えなきゃならないんだけど…それでも越えてく?」

「こ、根性で……」

「遭難するか体力が尽きるのがオチだからやめなさい。そうじゃなくても今回アンタがネプギア達と別行動を取る羽目になったのはアタシ達のせいなんだから、こっちでルウィーまでのお金ぐらい用意するわよ」

「…分かった。利子とかはどんな感じになる?」

「だから用意! あげるってこと! 貸すわけじゃないんだから安心しなさい…というかどうしてそういう発想になってすぐそういうこと考えるのよ?!」

「あ、私借金あって……」

「記憶喪失なのにあるの!?」

「プラネテューヌの教会に私の部屋を一つ設けさせてもらって、そこに置くために買った家具とか衣類や日用品の代金を教会が肩代わりしたから。利子はほぼつかないなんて好条件だよ」

「…もうアンタらにツッコむのも疲れたわ……」

 

 ユニは呆れたようにそう言う。

 でもアンタ“ら”って私以外もだよね。誰だろ。ネプギアかな? 

 

『………』

「ともかく行きましょ。まだルウィー行の交通は残ってるはずだから」

「はーい」

『はーい』

「…アンタら似てるわねぇ……」

「そう?」

『マスターと似てると言われて嬉しいですユニ様』

「そこで喜ぶのね……」

 

 呆れ顔が続いたまま、私達は部屋を出て、教会も後にした。

 時刻はもう夜。ダンジョンからラステイションに戻って来たのが夕方になる前ぐらいだから、ネプギア達と分かれてから結構時間が経ってた。

 それでも夕食時だからお腹は減っても電車はまだ動いてる。それが無くともタクシーって手段があるから、今日ルウィーに行くことは可能だろう。

 夕食は電車の中で駅弁を食べるってことにして、ユニや月光剣と会話しながら駅へ向かう。

 その中で私が質問したのは、どうして剣がユニと会話できるのかってこと。

 ユニや剣の話を聞くに、どうやら私が信頼する女神、もしくはそれに近い存在であれば剣の念…つまり声を聞くことができるんだって。それでも剣の意思で私だけが聞こえる声。信頼する女神も聞こえる声とかって範囲を選択できるみたいだけど。

 で、いつからかって訊いたらまさかの今日。この国のゲイムキャラから力を貰った時からなんだって。

 剣もパワーアップした…というところで思い出したのは、四つに分けて各国のダンジョンに撒いたっていう力の回収。忘れかけてたけど思い出した。ラステイション分はまだだった。

 それも訊いたら、まさかのゲイムキャラのいたダンジョンが、その力を撒いたダンジョンで、しかもモンスターを倒しているうちに回収していたって。自動回収でした。

 うん…月光剣の隠された機能がとんでもないです……言ってないだけみたいだけど。

 で、忘れてたで更に思い出したのはゲイムキャラから『持ってろ』と言われて剣に保存してたマナメダルのこと。こっちは色々ありすぎて今日のことだったのに忘れてた。教祖に会った時点で渡しておくべきだった。

 なので代わりにユニに渡しておく。駅で電車に乗れば、しばらくはラステイションへ訪れないから、今のうちに渡しておかないと、次いつ渡せるか分からないから。

 

 そんな感じで話しながら駅に着いて、駅員さんにルウィーに行くにはどれに乗ればいいのか訊いてみた。

 その結果……

 

『申し訳ありません。只今大雪による影響でルウィー行きが運休してまして、今のところ回復の見通しは立っておらず……』

『じゃあ明日も無理そうですか……?』

『自分からは何とも……。運行可能な天気になるまでは休止させていただいております。誠に申し訳ございませんが、何卒ご理解ご協力のほど、よろしくお願いいたします』

 

 なんて頭を下げられてしまったし、ここでどうこう言っても天気なんてどうしようもないので引き下がりました。

 で、電車が無理なら車はってなったんだけど……

 

『あールウィーですか。すみません、今ルウィーの国境付近で大雪が吹き荒れてまして、道路が走行できない状態なんですよ。さすがに自分だけならともかく、お客さんを乗せて走行なんてしたら会社に怒られますし、問題が起きた時の責任も取れませんからね。申し訳ないですが他を当たってください』

 

 と言葉だけ見ると気持ちが伝わりにくいけど、本当に申し訳なさそうにタクシードライバーさんに断られてしまった。

 つまり今、ルウィーは他から隔離された状態みたい。天気のせいで、一時的にだけど。

 で、大雪がいつ止むかもわからず、とりあえず今日は無理ってことが分かった。ネプギア達から連絡が無いってことは、ネプギア達はどうやら大雪になる前に電車に乗れたみたい。今頃到着してるのかな……? 

 

「…まさか大雪でルウィーに行けないなんてね」

「…こうなったら歩いて……」

「大雪ならそれこそ遭難か行き倒れよ! …はぁ。仕方ないわ、今日は諦めてラステイションにいなさい。こっちで宿を手配するわ」

「…ホント、申し訳ないです」

「あら、謝ったからペナルティね。もう忘れた?」

「え、あれまだ続いてたの?」

「ええ。ってことで、アンタと約束したお茶するって話、あれアンタのおごりね」

「うん、それくらいならいいよ。…でもどうしよう。ネプギア達には連絡を入れるけど、あんまり長いこと離れてるのもあれだし……」

「まず宿を取ってから考えましょ。とりあえずケイに連絡して……」

 

 ってことで私はアイエフさんに、ユニは教祖に電話する。

 私の方は向こうにも大雪で電車が運休してるって話は知ってたみたいで、話はスムーズにいった。

 で、電話を終えてユニの方を見ればユニも同じくらいで電話を終えてた。ただまあユニの顔が言いづらそうなものになってるけど。

 まさか何か悪い報告が……? 

 

「…ケイがね、『一泊程度なら教会に泊まればいい。部屋? ユニの部屋に泊まればいいだろう?』って……」

「…つまりユニの部屋にお泊り?」

「…まあルナがいいならね」

「わぁっ!」

 

 それってお友達の家にお泊りってやつだよね! すっごく楽しみになってきた! 

 ルウィーに行けないって知った時はどうしたものかって思ったけど、こういう展開なら大歓迎だよ! 

 

「えっと…どうする?」

「行く! 泊まる! 必要なら教祖のことも許す!」

「そ、そんなに喜ぶこと?」

「だって楽しそうだから!」

「アタシの部屋に泊まるだけよ?」

「それがワクワクなんだよ! だってもっとユニと一緒に時間があるってことだもんね!」

「そっか、そういうことよね。なら来る?」

「行く!」

 

 きっと今の私は目をキラキラ輝かせてる。ユニもユニで迷惑そうじゃなくて、それどころか嬉しそうに見えるのは私の気のせいじゃないといいな。

 そんなわけで行きと同じ道を歩くんだけど、足取りはすっごく軽くて、軽過ぎてスキップしそうになってユニに「さすがにそれはやめて。恥ずかしい」と言われたので抑えた。

 それで帰りの途中でユニのオススメのお店で夕食を取る。何故かカレー屋だったんだけど、ユニの好きな食べ物かな? 中辛で食べました。

 

 夕食も取って、教会に着いて、再び会った教祖にはご機嫌な気分で会ったので「さっきのは許す! そして泊まる提案してくれてありがとう!」と元気に言ったら逆に引かれた。解せぬ……

 ともかく寝る準備とかもして…でも寝るまで時間があったからユニの部屋でゲームで対戦したり協力プレイしたりして、夜更かししないうちに寝ようとした。

 でも興奮してた私は布団を被ってしばらくしても寝れなくて、ユニもそうみたいだったから結局遅くまでお話ししながら夜更かししてしまった。

 次の日、いつも起きる時間に剣が起こしてくれなかったら寝過ごしてたかもしれないなって。寝不足気味だけど、全然辛くない目覚めでした。

 

 

 

 で、結局考えてなかったルウィーへ行く手段。今日も無理らしく、ネットのホームページには運休の文字。

 それを私より後に起きたユニに見せると、二人して悩むことになった。

 天気が悪いってことは、空の交通も難しい。こうなったら一旦プラネテューヌに戻ってからプラネテューヌ側の交通で行った方がいいんじゃないかって考え始めてた時、月光剣が提案を出した。

 

『海から行ってはどうでしょう?』

「ルウィー行の船ってあるのかしら……貨物船ならあるとは思うのだけど……」

『でしたら先日のホエールはいかがですか? あの者ならルウィーまで行けると思いますよ』

「おおっ! それだよ相棒! エル君って確か君が言うには海の中ならとっても強いんだよね? もし私のこと忘れてなければ頼めば連れてってくれるかも!」

「でもそのホエール、何処にいるか分かる? 海にってならもうどこにいるかも分からないわよ?」

『確かにユニ様の言う通りです。ですが、ここで諦めて何もせず天気が良くなるのを待つよりかはいいかと。ひとまず彼と別れた場所まで行ってみましょう』

「そうだね!」

 

 昨日のことが楽しかった私は朝からテンションが高くて、気分が良い。

 しかしまさかエル君を助けたことがこうやって役に立つとは思わなかった。エル君、私のこと覚えてるかな? 

 …ちなみに『エル君』っていうのはあのホエールに私が勝手に付けた名前ってことは、きちんとユニに説明しました。




後書き~

次回ラーメン食べて終わりです。
それでは次回もお会いできることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 変化のルウィー編
第二十六話『海を渡って幾千里?』


前書き~

前回のあらすじ。
ルナの疑惑。実は既に解決してました。でも今回の出来事でルナはユニと話し合い、自分に自信を持っていこうと思ったようです。
それからルウィーに行く方法を探して、先日助けたホエール種のモンスター『エル君』を訪ねてみるようですが……
今回は焼き芋でも食べながらお楽しみください。


 再びやってきました海に浮かぶダンジョン、セプテントリゾート。

 一昨日昨日今日と明日と明後日と…ではないが、最初の三つは当てはまる。クエストでは訪れなかったのに何故三度もここに来なければいけないのか。一回で全部済ませたい。…まあ前回までの二つはともかく、今回のは前々回のことがあったからこそ取れる手段なんだけどね。

 

「前に会ったのはこの辺りだったはずだけど……」

「うーん…静かだね」

 

 モンスターは既に片付けたので此処にいるのは私とユニだけ。目の前に広がるのは無限に広がってるんじゃないかって思うほど続く海と地平線。海辺に住む白い鳥が青い空を気持ちよさそうに飛んでいる。

 それだけ、である。

 

「海の中に何かいたりしないかな……?」

「危ないからあんまり乗り出さないでよ」

「そんな子供じゃないんだし」

 

 子供に言うような注意をユニから受けつつ、海の中を覗く。水面には私の顔と、青い空が映りこんでて、その奥を覗くように見ても海底は全く見えない。時々小さな魚が群れで泳いでるけど、私の影に気付いた瞬間逃げて行っちゃった。

 

「何か見えた?」

「小さな魚が時々」

「それ以外は?」

「海の闇がどこまでも?」

「例のホエールはいそう?」

「分かんない」

 

 遠くの水面は光が反射してて海の中が見えないし、近くにいるような気配はない。波も静かだし、この辺りにはいないのかも。

 

「海は広いんだし、この辺りにはいないのかもしれないわね」

「うーん、呼んだら来てくれるかな?」

「例えこの辺りにいたとしても、海の中なら声は届かないでしょ」

「でも、とりあえず試すだけ試したいかな」

「ならやってみれば?」

「うん。すぅ……エルくーん!!」

 

 大きく息を吸って、出来るだけ大きな声で呼ぶ。でも反射するものがないから声が返ってくることも、反応もない。ただ声が響いただけだった。

 

「やっぱりいないわよ。教会に戻ってケイに相談してみましょ。ケイなら何か案を出してくれるかもしれないわ」

「うん…でも……」

「相手はモンスターよ? 例え恩を忘れていなかったとしても、ずっとここにいるわけないじゃない」

「そっか……」

 

 ユニの言う通りだ。恩って言うのも思わせるのも私はちょっと嫌だけど、一昨日のことをエル君が忘れていなかったとしても、彼には家という家はない。そしてその時まで別のところにいたエル君に縄張りもない。

 例え自分の家ともいえる縄張りがエル君に出来たとしても、それがこの辺りだとは限らないし、下手したら海の向こうかもしれない。もう二度と会えないかもしれない。

 でもそう考えると同時に私は思う。エル君と絶対に再会できるって。

 私はあの日エル君と約束したんだ。そりゃ約束って言って交わしたわけじゃない。でも確かに「また今度遊ぶ」って約束した。だから絶対に会えるって思ってる。

 まあそれが今回ではなかったってことだっただけだろうけど……

 ここから去ろうとするユニを追いかけようとして私は振り返り後を追った。その時──

 

──フォオオオオン……──

 

「…あれ?」

「どうしたの?」

「今何か聞こえなかった?」

「…聞こえなかったわよ?」

「…気のせいかな……?」

 

──フォオオン…フォオオオオン……──

 

「…気のせいじゃない。聞こえる。聞こえるよ!」

「あっ、ちょっと!」

 

 声の聞こえる方向へ駆け出し陸地ギリギリのところに立って遠くを見つめる。

 どこまでも続く海と地平線。青い空白い雲と鳥。さっきと変わらない。

 でも私の見つめる先には変化が起きていた。

 何か大きなものが、水飛沫をあげ、左右に波を作りながら近づいてくる。それもかなりのスピードで。

 それが何かなんて、今の私達には答えは必要なかった。だってこのタイミングで、この状況で向かってくるのなんて、一つしかないから。

 

「──エル君っ!」

「フォオオオオオオオンンッッ!!」

 

 巨大なクジラの形をしたモンスターは、その名が自分の名だと分かっているように元気に、嬉しそうに、とっても大きな声で鳴いた。

 

 

 

「まさか本当に来るなんてね……」

「エル君、エル君ー♪」

「フォオオン♪」

 

 陸地に近づいたエル君の頭を撫でながら私はエル君の名を連呼する。エル君も嬉しそうに鳴くので余計呼びたくなってくる。

 でも今はエル君に用事があって来てるんだから、それを先に済ませてしまおう。

 

「実はね、エル君。今日は遊ぶために来たんじゃないの」

「フォオン?」

「今日はね、エル君に頼み事があるの」

「フォオオン。フォオン!」

 

 何故かエル君は私の言葉を理解しているみたいに鳴く。しかも何故か「そうなんだ。任せて!」って言ってるような気もする。

 

『気がする、ではなく、そうですよ。彼はそのような意思をこちらへ伝えています』

「その剣、モンスターの意思もわかるの?」

「そうみたい。私も原理は分かんないけどね。それにエル君、私はまだ内容を言ってないのに『任せて』って……」

 

 ここからは月光剣の翻訳付きでお送りします。

 

「フォン、フォオオオン、フォオオン(だってキミの頼みだもん。何だって叶えるよ)」

「そこまで慕ってくれるとは……」

「フォオオオオン、フォオオン!(命の恩人だもん、当然だよ!)」

「そっか。ありがとう」

「フォオン!(こっちこそ!)」

「で、頼みっていうのは、私をルウィーって雪国に送ってほしいの。ここからだと遠いんだけど、出来る?」

「フォオン? フォオオン、フォオオン(雪国? もしかして氷がいっぱいあるところかな)」

「海に氷…多分氷河ね。ゲイムギョウ界で氷河がある国はルウィーだけよ」

「なら多分そこだね。まあもしもの時は地図アプリを使えばいいから大丈夫。ともかくその国の陸地に送ってほしいの。出来る?」

「フォオン! フォオオン、フォオオオン!(もちろん! それくらい、お安い御用だよ!)」

「ならよろしくね!」

「フォオン! (うん!)」

 

 こうして私は何とかルウィーへ行く手段を確保することが出来た。

 と、いうことはもちろん……

 

「…じゃあこれでお別れだね」

「…そうね」

「…一緒に来てくれたりしない?」

「言ったでしょ。アタシはまだアンタ達と行くわけにはいかないのよ」

「そっか。でもまた会えるんだよね?」

「約束したでしょ。約束ぐらい守るわよ」

「じゃあ、その時までのお別れだね」

「ええ」

「…元気でね」

「そっちこそ」

 

 エル君は私が乗りやすいようにって陸地とほぼ同じ高さに背中がくるように潜り、私は背中に乗る。するとエル君は徐々に浮上して、視線が高くなる。

 下を見れば遠くなったユニとの距離。それが寂しくて、でもまた会えるって思ってるから。約束したから。

 大丈夫だって、自信を持てるから。

 

「──じゃあね、ユニ!」

「ええ、またね!」

 

 エル君は方向転換して、ルウィーの方向へ向かう。

 振り返れば遠くなっていくユニの姿。私はその姿が見えなくなるまで、手を振った。

 一時のお別れ。永遠じゃない。だから私は前を向いて歩いて行こう。

 弱気になるなって、ユニに言われたから。

 

「エル君、ファイトだよ!」

「フォオオオオンンッッ!!」

 

 何もない海に、ホエールの鳴き声がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、私がラステイションを出てからどれだけ経っただろう……

 …と、言うほど経ってません。たった一日です。

 でもそう言ってしまうほど時間の流れがゆっくりに感じた。

 だってエル君の、とは付くけどホエールの上だよ? クジラの上。何もないんだよ。

 周りは海だけ。人目を避けるために陸地から遠く離れて泳いでるんだけど、それって遠回りになってるから、普通より時間がかかるの。エル君も頑張ってくれてるんだけど、やっぱり私が乗ってるからそれほどスピードを出せないみたい。

 だったら私はのんびりと過ごさせてもらおうと思ったんだけど、さすがに一日中寝てるっていうのも私には辛い。出来る人には出来るんだろうけど、私には辛かった。

 そのうちに月光剣を鞘に入れたまま鍛錬を始めたり、魔力の制御の練習を始めたりってやってた。エル君の身体は大きい。だから足場には困らなかった。

 夜には綺麗な星空と月が奏でるコントラストを眺めて、今どのあたりかなって思ってNギアを取り出せば『圏外』の文字に肩を落としたり。

 そんなことをしながら何だかんだ楽しくエル君との船旅を楽しませていただきました。

 

 

 

 朝方、最初に気付いたのは空気の冷たさ。それと異常に濃い霧。空気が冷たいのも、霧がかってるのも朝だから、なんて理由じゃない。

 次第に海の表面に水とは違う透明なものが浮いている景色になってきて、それが氷だと理解するのは早かった。

 

「氷…海に浮いてるの初めて見た」

『そもそもマスターは記憶喪失ですので、大抵のものは初めてになりますよ』

「それもそうだ。…っと、電波は回復したかな?」

 

 Nギアを取り出して起動させてみても、やっぱりまだ圏外。

 でもユニの言う通りなら氷が見えてきたってことはルウィーに近づいてるってこと。

 私は寝てたけど、エル君大丈夫かな。疲れてないかな。

 

「エル君、大丈夫? 疲れてない?」

「フォン(大丈夫だよ)」

「ホント?」

「フォオオン(うん。この体になってからは疲れを感じにくいんだ)」

「この体にって……」

 

 その表現はまるで今とは違う姿をしていて、急に今の身体になったみたいな言い方だな……

 

「フォオオン(気づいたらこうなってて、陸に上がることができなくなってたんだ。人に囲まれて、気付いたら君達の前にいたんだよ)」

「…そっか。大変だったね」

「フォオン(でも今は君に会えてよかったって思ってるよ! こうやって会話も出来るから!)」

 

 ごめんそれは月光剣のおかげ。

 でも気付いたらこうなってた、人に囲まれてた、か……

 一瞬嫌な思考が頭をよぎるけど、今は気にしても仕方ない。それにエル君と友達になれたのは、そういうことがあったからだし。

 まずは目の前の問題を解決していかないと。

 

 少し肌寒さを感じてきたので、温まるためにも体を動かすことにした。ほぼ毎朝やってる日課になった鍛錬。準備体操をして体をほぐしたら筋トレと素振り。走り込みはさすがに出来ないので、他の出来ることをたくさんやる。

 最近は身体が慣れてきたのか、それらの鍛錬を難なくこなせるようになってきた。でも、相変わらず体力はない。というか一定以上上がらない感じがする。これも前に新月の時に寝たきりになったのと関係があるのかな? 

 そのことを知ってそうな月光剣に聞いてみれば『まだマスターの力を回収しきれていないからです。月の満ち欠けは関係ありません』と否定されてしまった。なら完全に回収しきれば、今より体力がつくのかな。

 

 鍛錬を、疲れては休み、疲れては休み、を繰り返しながら周りの温度が気にならないくらいになってきたとき、ようやく真っ白な陸地が見えてきた。Nギアを見れば電波は最良…ってわけでもないけど、現在地を見るくらいなら大丈夫そうだ。

 …後で知ったんだけどね、GPSで現在地を見るくらいならインターネットや電波とか関係なしに使えるんだって……早く知りたかった……

 

 現在地を見ると、ルウィーの近くになってた。そこからどこかエル君が近づいても大事にならなさそうな場所を探して、そこにエル君を誘導する。写真とかはないから実際行ってみての判断だけど、丁度良く人気のない崖になってるとこに着いた。崖だけど、エル君の背中からなら余裕で着地できる。背中を滑るように降りて、途中で背中を蹴るようにジャンプ。余裕で地面に着地成功。さっすが私! 

 振り返ってエル君にお礼を言うと「いつでも呼んでいいからね!」という言葉を残して海の中へ潜っていった。

 今度はどこで会えるかな。

 

 

 

 

 

 地図を見て近くに人が住んでる場所がないか探してみる。でもどうやら少し歩かないとないみたいだった。

 昨日の食事は用意するのを忘れていて、非常食みたいな感じで所持していたお菓子を口にして過ごしていたけど、それも尽きて今はお腹が空いている。そんな状態であんまり動きたくはないけど、動かないと食事にありつけないのでここから一番近い街まで頑張ることにした。

 雪が積もって足場の悪い道なき道をずんずん進んで、時々出てくるモンスターをバッタバッタとなぎ倒しつつ体力を消耗し過ぎない程度に頑張っていけば、気付けばお日様が後ちょっとでてっぺんに上るような時間になってた。

 道も整備された歩道になってて、少し向こうに街らしき建物が見える。

 後ちょっとでご飯が食べられる。

 そう思ったら今まで以上に足が前へ進むようになってて、気付けば走っている私。

 街の前には門みたいなのがあって、その前に鎧を身に着けた人が二人立っていた。

 おそらくは門番なのだろう。私が近づけばこちらへ近づいてきた。

 

「お前さん見ない顔だな」

「は、はい。この国に来るのも初めてです」

「どうやってきた?」

「ラステイションから海を渡ってきました。あっちの海岸からです」

「あっちの海岸だと?!」

「は、はい……」

 

 驚く門番の様子に何かおかしなことを口にしてしまったのかと身を縮こまらせてしまう。

 しかしどうやら私が思ってるような驚きではなかったようだった。

 

「そんな遠くから来たのか! ラステイションからならば陸の道があっただろうに」

「私が出発しようとしたときは国境付近が大雪で通れないって言われまして……」

「あーそういや昨日の昼までそうだったな」

「ひ、昼まで!?」

 

 じゃああの時数時間待ってればもっと早くルウィーに来れたって事!? 

 

「そ、そんな……」

「まあまあ、そう肩を落とすな。どんな事情があってお前さんがそんな手段を取ることになったのか分からんが、疲れただろう。ここはルウィーの首都だ。宿なら沢山ある。ゆっくりしていくといいさ」

「はい…ありがとうございます」

 

 優しく気遣ってくれる門番にお礼を言って門を通ろうとする。

 でもすぐには通れなかった。

 今度は一言も発してなかったもう一人の門番が前に出る。

 

「ちょっと待て。この先へ行くなら身分を証明する物を出してくれないか?」

「おーっと、そうだった。すまないが身元不明の不審者を入らせるわけにはいかなくてな。形だけでいいから見せてくれ」

「はい。いいですよ。えーっと……」

 

 確か以前イストワールさんから、旅先で使えるようにって仮の身分証明書を貰っていたはず……

 あぁあったあった。

 

「はい、どうぞ」

「ほい、えーっと? ふむ、プラネテューヌの……ん?」

「どうした?」

「いやここ……」

「住所? …は? なんだと?」

「お、お前さん、これに書かれてるのってマジか?」

「え? はい。そりゃ身分証明書ですから、本当の事しか書かれてませんが……?」

「おいおいマジか……」

「…偽物じゃないな。確かに国が発行したものだ」

「だよな……」

「えっと、何かそんなに驚くようなことが書かれてましたか?」

 

 二人してまじまじと証明書を見続け、戸惑っている様子。

 思わず訊けば、最初に話しかけてきた門番の方が、私に尋ねてきた。

 

「なあお前さん、何処に住んでるんだ?」

「え? 何処にって、今はある目的のために旅してますが…一応プラネテューヌ教会の一室を借りています」

「ほ、本当かよ……」

「…本当なんだろうな」

 

 お二人は疑いもせず、ただただ驚くように私と証明書を見比べる。

 それから私に証明書を返すと、それぞれ最初の定位置に着いて、ビシッと敬礼した……ってなんで!? 

 

「ようこそルウィーへ! 歓迎いたします!!」

「どうぞごゆっくり観光をお楽しみください」

「え? え? え?」

「ささ、どうぞ!」

「えぇ~!?」

 

 急に態度がコロリと変わった門番に背中を押される形で私は門を潜る。門の先の光景はプラネテューヌやラステイションとは全く違う、ファンタジーな街並みで可愛かったりするんだけど、それより私はなんで態度が急に変わったのかすっごく気になり振り向くも、片や私に手を振りにこやかに笑う門番。片や先ほどと同じ位置で正面を向いたまま動かない冷静な態度の門番。

 何が何だか分からない私にはもはや何を訊けばいいのかすら分からなくなり、そしてネプギア達と合流するという目的を達成するために何も訊かず街の中へ足を踏み出した。

 

 

 

 まず適当に大きな道を歩いていると何処からか良い匂いがしてきて、無意識にふらふらと足が向かっていって、気付いた時には表から少し外れた場所にいた私。

 自分も学習しないなーとか思いながらそのまま足を進めていけば、一軒のラーメン屋があった。お昼時なのに場所が悪いのかお客さんがいる気配はない。でも美味しそうなスープの匂いはするので営業はしてるんだろう。

 こういう場所にあるラーメン屋って店主さんがすっごく怖そうな人だったりするんだよね? この間たまたま見たテレビドラマじゃラーメン屋の店主役の俳優さんの顔がすごく怖かった。

 でも朝から何も食べず、昨日もまともな食事は朝だけだったのもあって私のお腹は我慢の限界で……

 

 きゅるるぅ~……

「うっ……」

 

 思わずお腹を両手で抑え、素早く左右を見まわす。

 よかった、誰も見てない聞いてない。もし聞かれてたら恥ずかしいよ……

 ともかくお腹が空いたわけだし…こういう時って背に腹は代えられないって言うのかな? 例え怖い店主さんでも、食べなきゃ戦は出来ないし……

 

 ガララララ……

「す、すみませーん……」

「…らっしゃい。お好きな席に」

「は、はい……」

 

 横開き式の扉を開けば、旧き良きラーメン屋っぽい店内で、台所には紺の三角巾を頭に着け、これまた紺の腰までのエプロンを付けた厳格そうな男性が静かに佇んでいた。

 店内には彼以外に人はおらず、全席空席で閑古鳥がうるさいくらいに鳴いてるようなお店。

 お好きな席にって言われたからとりあえず一番近いカウンター席に座り、お品書きを手に取り眺める。

 ふむふむ…メニューは一般的なラーメン屋と変わらないな。料金の方は良心的価格になってるけど、それでやっていけてるのかな? 

 まあお客さんとしては嬉しいことだからいいけど。

 

「ご注文は?」

「えっ? あっ、えっと…じゃあ醤油で……」

「追加のトッピングは?」

「えっと、ないです」

「わかった」

 

 急に聞かれて、ひとまず無難な醤油を選ぶと、店主は短めに受け答えをし、調理へ移った。

 そこも何ら変わりない調理法。麺を湯がいてどんぶりにスープを作って麺の湯切りが終わればどんぶりに入れネギやチャーシュー、メンマ、もやしを盛り付け、私へ差し出した。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 正直短い言葉しか話してなくて、店主としてそれはどうなのかって思うところもあるけどそれを指摘しようとは思わないのでお礼を言って受け取る。

 …うん。美味しそうな匂いはするけど、シンプルな盛り付けのラーメンってだけで他と変わらないように見える。

 まあふらふらと足が向かったのは匂いに釣られたからだし、まずくなかったらそれでよしだからいいや。

 そんな気持ちで割り箸を割り、麺を掴んで口に運ぶ。

 ちゅるちゅるちゅるっと麺を啜って噛んで……って──

 おいしっ!? なんだこれ美味しいんだけど!? 

 思わず目を見開いてラーメンを見たまま固まる私。でもすぐにその手は、口は、ラーメンを味わうために無心で動く。

 気付けばどんぶりを手にもってスープを一滴残らず飲み干していた。

 ぷはっ、と満足して一息すると、店主がこちらを見ていた。

 やばっ、もしかして汚い食べ方しちゃったかな……? 

 そう思ったけど、よく見たら店主の口元は先ほどより緩んでて、どうやら怒ってるとかそういうのではなく、嬉しいみたいだった。

 

「…美味しかったか?」

「はいっ! すっごく美味しかったです!! なんというか、私語彙力とか低いから上手く表現できないんですけど、今まで食べてきた料理の中でこのラーメンは上位に君臨します!」

「一番じゃないんだな」

「あっ、そ、それは、その……」

「大丈夫だ。お前にとって一番美味しいと思う料理を作る相手がいるんだろう。それに近づけただけで嬉しい」

「は、はい! ほんと、すっごく美味しかったです!」

「よかった」

 

 口元だけでなく、目元も先ほどまでの鋭い目が柔らかくなったように感じた。

 ごめんなさい店主さん。私見てもいない店主さんのことを勝手に怖い人だと思ってました。実はこんなにすごい美味しいラーメンを作る人だったとは思いもしませんでした。

 しっかし本当に美味しかった。麺のコシ具合とかスープの濃厚な風味とか。トッピングにもこだわってるのを感じた。

 これだけのラーメンを作れるってことは、それだけ努力したんだと思う。

 …でもどうしてこんな美味しいラーメンを作れるのにお客さんは少ないんだろう……

 

「…どうした?」

「いえ…どうしてこんな美味しいラーメンが食べられるのにお客さんがいないのかなと……」

「…あまり多く来ても困る。俺はひっそりやっていける程度でいい」

「でも来なかったら来なかったで経営出来なくなってって、そしたらこのラーメンを食べれなくなっちゃいますし……」

「大丈夫だ。常連がいる」

「そうですか? まあ私がどうこう言ってもしょうがないですしね。お会計お願いします」

「ああ。○○○円だ」

「はい、どうぞ」

「丁度だ。また来い」

「はい。今度は友達を連れてきますね!」

 

 今度はネプギア達も連れて来よう。

 そう思って扉に手をかけようとすると、扉が独りでに開いて、お腹辺りに軽く何かがぶつかった感覚がした。

 でも目の前には何もなく、視線を下げてくと猫耳が目に入った。

 …うん、猫耳です。本物じゃないみたいだけど。

 

「痛ってぇ……」

「あっ、ご、ごめんね! 大丈夫?」

「ああ、だいじょ──っ!?」

 

 猫耳の付いた白いフードを被った小さな女の子に謝ると、女の子は返事をしながら私の顔を見上げて──固まった。

 何故かは分からない。でも何故か固まった。

 女の子も、私も、お互い顔を見つめながら。

 空のように青く、清水のように透き通った瞳は見開かれ、幼さを出しつつ可愛いと確実に思わせる整った小さな顔には少し開いた可愛らしい唇。きめ細やかでシミ一つない白い肌に、フードの隙間から出るのは絹のように細く美しい明るい金色の髪。

 「可愛くて美しい」。そう強く思うと同時に私の中で何らかの感覚を覚えた。その感覚は複数あって、全部は分からないけど、分かる感覚は『既視感』と『懐かしさ』。

 私は何でその感覚がするのか、他の感覚は何なのか、どうしてこの子を見てそんな感覚を覚えるのか困惑していると、どうやらその感情が顔にも出ていたらしい。女の子は見開いた目を一瞬だけ更に見開くと、目を細めて小さく笑った。

 

「ごめん、大丈夫だよ。あなたこそ大丈夫?」

「う、うん。私はなんとも……」

「そっかそっか」

 

 女の子は頷くと扉の前から退いて、手で私に「どうぞ」って道を譲る。

 思わずお礼を言って外に出ると、入れ替わりで女の子がお店に入っていった。

 

「──元気そうで何よりだぜ」

「え…?」

 

 一瞬女の子の声が聞こえた気がしたけど、扉が閉まる音と重なってよく聞き取れなかった。

 店主さんに言ったのかな? 

 とりあえず多分私の知り合いじゃないんだろう。もし知り合いなら私の名前とか口に出すだろうし。

 …でもさっきの感覚は何? 

 女の子の顔を頭に浮かべると、さっきの感覚が再び湧く。今度はさっきより弱い感覚だけど。

 やっぱり何の感覚なのか、どんな感情なのか自分の事でありながら分からなくて、だからって訊くにしても何を訊けばいいんだって思う。

 だから私は自分の感じた感覚や感情の正体が分からなくてモヤモヤしたまま、ネプギア達を探しに歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…元気なさそうだな」

「ちょいとな。てなわけで美味いメシと程よく冷えたビールを頼む」

「未成年は、飲酒禁止」

「大丈夫だ、未成年なのは見た目だけだからな!」

「外では自重すべき」

「チッ、いいよ。後で手持ちにあるやつ片っ端から飲んでやる。とにかく今はメシだ! 腹減った!」

「待ってろ」

「おうよ!」

 

「…あぁくそ。どうしててめぇはいつだって守りたいと思った相手一人守ることが出来ねえんだろうな……」




後書き~

次回、ルウィーの街をぶらぶらと。
それでは次回もまたお会いできるよう、心待ちにして。
See you Next time.

今回のネタ?のようなもの。
・海を渡って幾千里?
 『母をたずねて三千里』という名作アニメから。このパロネタはよく見かけますが、本作程似てないタイトルは無いと思います。どことなくスルメを感じさせる程度です。

・一昨日昨日今日と明日と明後日と
 『機巧少女は傷つかない』のED『回レ!雪月花』の歌詞の一部です。中の人達の一人に女神候補生の中の人と同じ人がいます。彼女のソロが私は好きですが、盛り上がる曲という点においてはどのVer.でも良いですよね。

・ファイトだよ!
 ラブライブ!の高坂穂乃果の誰でも使ってそうな台詞。だけども私はあえて彼女を意識しました。推しだったので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話『降り立つは真っ白な大地(ルウィー)

前書き~

9月も終わり、10月ですね。8月の夏休みラッシュのようなことは、多分しばらくないです。一か月一話。これ私の中の基本的な決まりです。
それはともかく前回のあらすじ。

ルナ、ルウィーに来てすぐにラーメン食べました。美味しかったようです。出る時にぶつかってしまった女の子に、ルナは何かを感じましたが、どうしてなのか分からないようですね。
今回はまだ、ネプギア達と合流することは無いようです。
それでは今回は雪見大福でも突きながらごゆるりとお楽しみください。


 昼食をとって少し経った頃、私はルウィーの街をぶらぶらと歩いていた。

 というのも、先ほどNギアでネプギアやアイエフさんに電話をかけたのだが、どちらも繋がらず、ひとまずメールは送って返事が来るのを待ってたのだった。

 真っ白な雪と可愛らしい街並みが合わさった風景はまさにファンタジーな感じがして良いんだけど、今の私は観光に来たんじゃなくて旅の途中。

 いっそこの国の教会に行こうか、って思ってもラステイションの件が頭をよぎる。あの出来事はしばらくの間、私にとってトラウマになりそうだ。向こうの勘違いとこちらの勘違いが重なった結果だけどさ。

 じゃあギルドか?って思っても、どこにギルドがあるのか。地図を見るか、人に訊けばすぐに分かるだろうな。

 ならば、と誰に声をかけようか迷っていると、小さな人影が目に入った。

 小さな少女…というより幼女。水色と白の帽子やコートを着て、肩まで伸びた栗色の髪をした女の子。不思議と彼女に目が留まっていた。

 可愛い子だな、って思うのは誰でも同じだと思う。でも私は彼女の変な行動に疑問を持った。

 女の子はずっと下を見ながら、時々草木を分けてあちこち見ていた。

 それは必死に何かを探しているような行動で。

 じっと見てると、一瞬見えた彼女の表情は今にも泣きそうだった。

 だからついつい私は声をかけていた。

 

「こんにちは」

「ふぇっ…こ、こんにちは……(ぺこり)」

「何か探してるの?」

「うん……(こくり)」

「私も探すの手伝うよ」

「ほ、ほんと……?」

「うん。自分の手が届く範囲で困っている人がいたら、手伝ってあげたいから」

「…ありがとう、ございます」

「お礼は探し物が見つかってからがいいな。それで、何を探してるの?」

「ペンを、さがしてるの……」

「ペン?どんな?」

「えっとね、こんなかんじの……」

 

 女の子は身振り手振りでペンの特徴を教えてくれる。その姿が可愛いなと思うけど、今は彼女の落とし物を探すのに集中しなきゃ。

 

「ふむふむ、なるほど……ちなみに落としたのはいつ?」

「昨日。わたし、悪い人につかまって…その時におとしたと思う……」

「……はい?」

 

 悪い人に捕まった?

 それって大丈夫なの?こんな小さな女の子が捕まるとかこの国の警備大丈夫?

 い、いや、こうして女の子が無事に街にいるんだから、解決はしたんだよね。なら私が気にすることでもないね。うん。

 

「ま、まあいいや。とりあえずその悪い人に捕まってから君が通ったルートを辿れば、何処かにはあるはずだよね。まずこの辺りを探せばいいのかな?」

「うん…あっちの公園でつかまっちゃったの……」

「そ、そう……」

 

 あっちの公園…小さい公園でも人気(ひとけ)が無いわけでもないのにそんなとこで犯行に及ぶって大胆だなその犯人……後警備の人達ィ……

 

「さて、ペンはどこかなー?」

「ペンさん…どこ……?」

 

 女の子と一緒に道に落ちてないか、垣根に落ちてないか、と隅々まで見るように探していく。

 しかし全く見つかる気配がない。もしかすると昨日のうちに誰かが見つけて交番に届けた可能性もある。

 私はキョロキョロと辺りを見渡すと、丁度近くに交番らしき建物を発見。女の子に一声かけてから交番に行き、ペンの落とし物が無いか訊いてみる。しかし昨日は何の落とし物も届かなかったと。念の為本部の方にペンの落とし物があったかどうか聞いてもらうと、ペンの落とし物自体はあったが、私が女の子から聞いた特徴のペンはなかった。

 がっくりと肩を落としながら女の子の元へ行くと、女の子の方も見つかってないようだ。

 こりゃ長期戦になりそうだな……

 

「ふぇ…ペンさん、見つからない…ぐすっ……」

「わっ、だ、大丈夫だから!絶対見つけるから!泣かなくていいから、ね?」

「…うん」

「じゃ、じゃあ次の場所を調べてみよっか」

「わかった(こくり)」

 

 泣きそうになる女の子を宥めて、場所を移動しながらしらみつぶしに探す。

 しかし見つからない見つからない。全く見つからない。

 というか一体何処まで行ったのか。こうやって探してるのを見るに車で移動したわけじゃあるまい……

 女の子を無理矢理引っ張っていく犯人の様子…よく警備の人捕まえなかったな。或いは見つけなかったのか……

 って、そんなの考えるだけ無駄だった。とにもかくにも探そう。

 

 

 

「…で、ついには大きな建物の中かぁ……」

「ここにつれてこられたの……」

「まあ隠れるには丁度いいのかな?」

 

 そう言いながら私達はとんでもなく大きな建物の中に入っていく。これ某サイトや某メッセみたいな会場だな…というか外の看板に『ルウィー国際展示場』って書かれてたからそれなんだけど……

 

「ここまで大きいと何処を探せばいいのか……」

「えっとね、あっちに行ったの」

「あっち?ならその方向で探せばいっか」

 

 女の子が指でその方向を示してくれたので、私はその方向に向かって地面をくまなく探す。

 キョロキョロ、ガサガサっと……

 

「…おねえちゃん」

「……ん?私?」

「(こくり)」

「“おねえちゃん”か…それはそれで悪くない……っていやいやいや、何いたいけな女の子相手に姉って呼ばせようとしてるんだ私は」

「……?」

「あっ、こほん……。わ、私のことは名前で呼んでくれるといいかな。私の名前、ルナっていうの」

「ルナ、ちゃん……」

「そうそう」

「わたしはロム……」

「ロムか。それでロム、私に何か聞きたいことでも?」

「えっとね、ルナちゃんはどうして、てつだってくれるの?」

「どうしてって、声をかけたときも言ったけどさ。手の届く範囲で困ってる人がいたら助けるか、手伝ってあげたいからね」

「手のとどくはんい?」

「うん。私の手が届く範囲。横断歩道でおばあさんが重い荷物を背負ってたら手伝うし、道で迷子の子供がいれば、その場で探すか交番に届けて親が来るまで一緒に待つ。落とし物をしちゃった子がいたら一緒に探す。そういう自分で出来ることがあれば積極的にやっていきたいなって思ってるの」

「…すごい」

「え?」

「すごく、いいこと」

「そ、そっかな?」

「うん…(きらきら)」

 

 キラキラとした目を向けてくるロムに、思わず私は苦笑い。褒められて嬉しいと、素直に思うことは出来なかった。

 …だってそれって、自分の手が届かないことには見て見ぬふりをするってことだから。

 

「…かなしそう」

「…え?」

「もしかしてわたし、いやなこと言った……?」

「そ、そんなことないよ。君みたいな可愛くて素直な子に褒められて、私すっごく嬉しいよ」

 

 どうやら感情がまた表情に出てたみたいだ。ロムに心配をかけてしまった。

 慌てて顔を取り繕ってロムに笑った表情を見せる。

 ぎこちなかったかな。まだロムは心配そうにしてる。

 このままだと誤魔化せない。なら他のことに気を移せばいい。

 

「ほら、それよりペンを探さないと。暗くなったら探しにくいからね」

「……うん(こくり)」

 

 ロムは追求せずにペン探しへ戻る。

 私も黙ってペンを探す。せっかくいい雰囲気になりかけてたのに、私、馬鹿だ。

 あまり良い雰囲気とは言えない中探す事数分、ついには建物の奥まで来ていた。

 

「…ここに無かったら無いってことか、見落としがあったか……」

「ふぇ……」

「あ、だ、大丈夫だから!まだ見つからないと決まったわけじゃないから!」

 

 ああもうっ!私何回この子を泣かせる気だ!馬鹿馬鹿馬鹿!

 

「ぐす…うん……」

「ほっ……」

 

 よ、よかった。泣かせずに済んだ……

 …うん。女の子が泣くのってこうも保護欲?母性本能?が刺激されるとは……

 一昨日のユニもそんな感じだったりしないかな?…しないか。

 

「ほら、探そうよ」

「うん……」

 

 涙を引っ込めて頷いてくれたロムに安心しつつ、私達は再び探し回る。

 と言ってもこれだけ広いとペン一つ見つけるのに一苦労しそうだな……

 

「……ん?」

「どうしたの?」

「これ、戦闘の痕かな?」

 

 そこに残されたのは斜めに食い込む溝が三本。多分この感じは爪か何かで引っ掻いたものだ。でも人の爪とかじゃなくて、モンスターの持つ鋭い爪や、アイエフさんの使うクローのような感じ。

 周りもよく見れば、この辺りには他にも戦闘の痕が残されてる。真っ直ぐな横線の傷は剣か何か。窪みは何かが当たった衝撃。不自然にある氷は…なんだろう?魔法かな?

 

「あ…えっとね。昨日のたたかいのだと思う……」

「じゃあロムはここで助けられたの?」

「うん。ラムちゃんにたすけてもらったの」

「へぇ、そうなんだ」

 

 そのラムちゃん?が誰かは分からないけど、彼女の名前を出したロムの顔が明るくなったから、ロムにとってそのラムちゃんは好きな人なんだろうね。

 

「あ、でもね……」

「でも?」

「えっとね、ほかにもたすけてくれようとした人がいたんだけど……」

「…その人達はロムを攫った犯人に勝てなかったんだね」

「ち、ちがうの。たすけてくれようとしたんだけど、その人がわたしをひとじちにしたから……」

「あー、攻撃出来なかったのか。で、君の言うラムちゃんはそんな状況の中君を助けてくれたと。なるほど」

「うん…それでね、このきずはたぶんその時のだと思う」

「そういうことか。…もしかしてモンスターとも戦ったの?」

「うん。その人がモンスターをよんで、そのモンスターと助けてくれようとした人たちがたたかったの」

「そっか」

 

 ということはこの傷はそのモンスターの爪の痕ってところなのかな。他のは剣を使ったものか、ぶつかった衝撃によるもの。氷は魔法だね。

 なかなか激しい戦いだったみたいだ。でも今ロムがこうしているってことは、大丈夫だったってことで気にしなくてもいいことだよね。

 

「ロムはその時動いたの?」

「うん。ラムちゃんといっしょに、犯人をたおしたよ(ぐっ)」

 

 うん。そんな拳を握ってポーズと付けても反応に困るな。というか“一緒”ですか“倒した”んですか倒せたんですか。

 …え?まさかロムは戦えるタイプの幼女……?

 

「つ、強いんだね……」

「ラムちゃんとなら、さいきょーだよ(にこにこ)」

「そ、そっかー……」

 

 自分より小さい子供が実は自分より強かった、なんてよくあることなのだろうか。

 …あぁいや、私やロムはそれぞれ別の意味で特例なのだろう。そう思っておこう。じゃないと心が持たない……

 

「ロムがここで戦闘したってことは、ペンがここに落ちてる可能性が大になったね」

「ほんと……?」

「うん。激しく動いたから落としたんだと思うよ。そうと分かったら、徹底的に探すぞー!」

「おー!」

 

 二人して右手を握って天高く勢い良く伸ばす。さっきまでちょっとだけ減少しかけてたモチベーションが上がったように感じた。

 それからさっきまでと同じようにあちこちを掻きわけるように、大豆の中から小豆を探すように…ってこれは探しやすかった。

 ともかく探してみると、これが案外簡単に見つかった。ペンは物陰に隠れていたわけでもなく、壁際の隅に落ちていたからだ。

 手に取って軽く見てみるが、特に壊れている様子もなく、汚れも拭けばすぐに取れる程度だった。

 私はハンカチでその汚れを拭き、ロムを呼ぶ。

 

「ロムー、見つかったよー!」

「ふぇ?あ、わたしのペンさん……!(ぱぁ)」

 

 どうやらこれで合っていたようだ。ロムは私の手にあるペンを見ると顔を明るくさせた。

 「はい、どうぞ」と渡せば「ありがとう!」と嬉しそうに受け取るロムを見て、私も釣られて笑顔になる。心の中もロムの嬉しそうな顔を見て穏やかで暖かい気持ちになってた。

 と、その時ふと今は何時なのかと気になり懐から白銀の懐中時計を取り出すと、時間を見た。二本の針はおやつの時間より少し前を指していた。お昼から探していたから、そこそこな時間をかけていたことになる。

 

「少し時間がかかっちゃったね」

「うん……」

「探し物も見つかったし、帰る?家まで送っていくよ」

「わたし、ひとりでかえれるよ?」

「そうかもだけど、心配だから、ね?」

「…わかった。わたしのお家、あっち」

「あっちだね。じゃ、一緒に行こうか」

「あっ…うん!」

 

 何故だかつい差し出した左手を、ロムは頷いて右手で握り、手を繋ぐ。

 寒いルウィーの、暖房のかかってない寒いホールの中で繋いだその手は、子供特有のとても温かい手だ。

 条件反射みたいに出した手だったけど、ロムが繋いでくれて嬉しくて、ロムの『家』に近づくまでは心の中がポカポカと暖かく、足取りも軽かった。

 …“近づくまでは”、だ。

 ロムに連れられて十数分。ロムと会った公園からすぐ近くに聳え立つお城のような建物。それはファンタジーな雰囲気のルウィーの国風とあっていて…というかもはやこの建物がファンタジー感を醸し出してて、他の建物が影響された、といっても過言ではないかもしれないような建物に、私達は確実に近づいていた。

 国民は言う。あれは、白き大地ルウィーの教会である、と。…前にアイエフさんから見せられた各国のパンフレットにそれぞれの教会の写真が載ってたから知ってるだけなんだけどね。

 で、冒頭でも言ったが、今の私はちょっとした教会恐怖症だ。…教会恐怖症ってなんだ?

 って自分で自分に疑問を持ちながらも、私は何とか足を動かしてロムに付いて行ってた。

 い、いや。大丈夫だよね?ラステイションの時はちょっと全部を知らない人から見たら勘違いされそうなことで勘違いされて、知らない間に誤解が解けてたってだけで、今回は私、まだ何もしてないよ?空腹に耐えかねてラーメン食べて困ってたロムに声をかけて一緒に落とし物を探しただけなんだし、いきなり捕らわれるようなことは絶対ないはず……

 そう頭では思ってても、感情の方は不安でいっぱい。でもロムを家まで送っていくって言った手前、ここで引き返すなんて出来るわけないし、そもそも教会に近づいてるってだけでロムの家が教会だなんてロムが女神候補生だったりしない限り大丈夫だって──

 

「ついた。ここだよ」

「……ははは」

 

 ロムが足を止めた先は、やはりというかなんというか……

 自分の考えが当たってないことを祈っていたはずだったのにね……

 

「どうしたの……?」

「えっと、ロムは教会に住んでるの?」

「うん」

「そっか…はは……」

 

 頷くロムに、私はまた乾いた笑いをこぼす。

 現実とは、非情である。

 

「い、いや。あんなことがここでもあるわけなんてないんだし、大丈夫大丈夫……」

「あんなこと?」

「あっ、な、何でもないよ。こっちの話」

 

 あの時のことをそう簡単に誰かに話せるわけないし、話すにも長くなりそうだったから誤魔化す私。ロムは好奇心で訊いてくるのかなって思ったけれど、そうでもなかった。

 とにもかくにもこれでロムは教会関係者ってことが分かった。そう、女神候補生だったりするはずはない。だってこれでロムが女神候補生だったとしたら、私はどんな確率で女神候補生と出会ってるんだよ。ユニとも互いに素性の知らないときに会って、再会した時に初めて分かったんだから。

 まあそういう考えがあるから、ちょっと気になるわけで。

 

「ロムはどうして教会に住んでるの?」

「どうしてって……?」

「い、いや。ほら、教会って女神様の住居なわけだし、そこに住むってことは結構良い立場なのかなって、ちょっとした興味なんだけど…あっ、勿論話したくなかったら言わなくてもいいからね」

「話せるよ。わたしね、ルウィーの女神候補生なの」

「…そっかぁ」

 

 …私、女神候補生に縁でもあるのか?

 凄い遭遇率ではないですかねこれ。候補生って確か4人だから、あと一人会えばコンプリートだよ。

 あぁでも女神候補生であるネプギアと行動してたら、そりゃ他の女神候補生とも会うことになるのかなぁ……

 

「…そうだよね。女神候補生なら犯人倒せちゃうよね」

「ラムちゃんと、いっしょだったから」

「…ねえ、もしかしてその『ラムちゃん』も女神候補生?」

「うん。わたしとラムちゃんは、双子の女神候補生」

「双子か。ならロムちゃんと似てるのかな」

「似てるって、よく言われるよ」

「そうなんだね、っと。いつまでも家の前で立ち話してちゃダメか。身体も冷えちゃうしね」

「だいじょうぶ、さむくない(きりっ)」

「気づかないうちに身体が冷えてることもあるんだし、早く暖かいお家に入ろうね。…家というか教会だけど」

「…ルナちゃん、さむいの?」

「私?私は平気だよ。不思議と寒さを感じにくいからね」

「ルナちゃんも、気づかないうちにひえてるかも。ルナちゃん、ルウィーの人じゃないよね?」

「え?う、うん。ルウィー国民じゃないと思うけど……」

 

 その辺りも記憶にないから答えにくい。でも前にプラネテューヌのゲイムキャラから記憶喪失前の私は旅をしてたって聞いたから、何処の国民かも分からないし、もしかしたらどの国にも所属してないかもしれないこともある。

 だからそう答えるしかない。しかし何故ロムは私がルウィー国民じゃないって思ったんだろう……

 そう疑問に思ってるのが顔に出てたようで、ロムは理由を教えてくれた。

 

「えっとね、服がみんなよりうすいから……」

「あー、そういうことか」

 

 みんな、というのは街の人々のことだろう。確かに待ちゆく人は皆厚着をしていた。そう言っても年中冬みたいな恰好をしているってだけ。

 その服装と比べると、確かに私の服装は軽装かもしれない。パーカーに厚くもないコート。ジーンズのズボン。後は首に下げる小さな青い月のネックレスだけだ。

 季節が秋ならともかく、真冬並みの寒さの街の外と、少しは暖かいがそれでも寒い街の中を歩くには薄着だった。それでも私は何とも思わないから、大丈夫だと思う。

 

「なら、教会の中入ろ?あたたかいよ」

「い、いやいや。そんなさっき会ったばかりの怪しい人をそう簡単に教会に招いちゃダメだよ」

「ルナちゃんは、あやしくないよ?」

「い、いやそれはロムの視点からであって、もしかしたら私は何か悪いことを企んでるかもしれないんだから……」

「ルナちゃんは、悪いことしようと考えてるの?」

「そんなわけないよ。悪い事はダメだもん」

「ならだいじょうぶ」

「いやだから大丈夫なわけ……」

「いこっ」

「え?いやあのちょっとー?」

 

 私の手を引っ張って教会の中へ行こうとするロム。その力は別に強くもないので、本気で抵抗すれば簡単に解けるほどだったけど、そんなことをしてまで中に入るのを拒否することもないし、もしそんなことをすればロムが悲しい気持ちになるかもしれないとか考えたら「まあいっか」とあっさり抵抗するのをやめる。それに女神候補生本人が私を中へ招いたんだし、あの件みたいな、あるいは類似した出来事は起きないはずだ。

 それにもしこの国の教祖に会えたら、ネプギア達のことを聞いてみるのもいいかもしれない。多分ネプギア達は教会に立ち寄ってると思うから。…前の国みたいに教祖に問題があって、アイエフさんが行くのを躊躇ってなければ。

 そういうのを考えたら、行くのを躊躇ってた教会への足取りは重くも軽くもなく、普通に進んでいった。

 

 

 

「ミナちゃん、ただいま」

「あっ、おかえりなさい、ロム。…おや?そちらの方は……」

「えっと、ルナと言います。ロム…様に連れられてきました」

 

 さっきまでは相手が女神候補生だなんて知らなかったから呼び捨てでいけたけど、分かってしまった後だと流石にそれじゃマズイと思い様付けで呼ぶことにする。

 …が、ロムは不思議そうな顔をした。

 

「……?ロムでいいよ?」

「いやいや、君が女神候補生だと分かった後だと流石に、ね?」

「ロムって、呼んでほしい……」

「えぇっと……」

 

 本人がこう言ってるならそう呼んでもいいかもしれないけど、相手の立場が立場だ。一般人である私がそう簡単に呼んでいいものか、と悩み、答えを求めるようにロムが『ミナちゃん』と呼んだ相手を見る。

 すると『ミナちゃん』はにこりと笑うと、無言で頷いた。

 それは何ですか。イエスですかノーですかいえ縦に首を振ったからそりゃ私の解釈違いでなければイエスなんだろうけどいいのそう呼んじゃって私いいよって言われたら呼ぶからね?

 

「その…ロム……?」

「うんっ(にっこり)」

 

 ああそんな名前呼んだだけで嬉しそうな顔をしないでくれ心がぴょんぴょんするんじゃ~……はっ!?ごほん。

 

「…はい。ロムに連れられてきた、ただの旅人ですはい」

「旅をされてる方でしたか。ようこそルウィーの教会へ。わたしはこの国の教祖で、西沢ミナと申します」

 

 そう言う女性は、水色の長い髪を下の方で二つ結びにしており、赤い眼鏡をかけ、赤いモルタルボードを被った若そうな人。私よりほんの少し高いかな、身長。

 ミナさんはそう名乗ると、疑問を口にした。

 

「それでルナさんはどうしてロムに……?」

「さがすの、てつだってくれたの」

「それは、えっと……?」

「代わりに説明するとですね──」

 

 ロムの簡単すぎる説明ではミナさんは理解できず、代わりに私が説明した。ロムがなくしたペンを探してて、そこに私が通りすがりに見て手伝ったことを。

 

「ロムのペンを…そうでしたか。ロムと一緒に探して下さり、ありがとうございます」

「いえ、見かけたから手伝っただけですから。お礼を言われるようなことは……」

「ルナちゃん(くいくい)」

「ん?」

「ありがとう、ございますっ……!」

「…まぁ、うん。どういたしまして」

 

 お礼を言われるようなことはしてない、と思うのは本心。お礼を言われるような存在じゃない、と思ったのは少し。

 けどロムが袖を引っ張り、頭を下げてお礼を言ってきたロムを見て、私はそれすらも拒否しようとしてユニの言葉を思い出した。

 だから私は彼女達のお礼を素直に受け止めることにした。

 

「ミナちゃん。ラムちゃんはどこ?」

「ラムでしたらお二人の部屋にいると思いますが……」

「ルナちゃんのこと、ラムちゃんにもおしえてあげたい。三人でいっしょにあそびたい」

「えっ」

 

 まさか会って一日も経たない女神候補生に『一緒に遊びたい』と言われる日が来るなんて思いもしなかった。なんだろう、彼女は私の涙腺に触れるのが得意なのかな?

 …って、そうじゃない。結構な時間をロムとのペン探しに費やしたが、私にはネプギア達と合流して、ゲイムキャラを探すという目的があるわけで……

 

『マスター。遊びたいなら遊べばいいと思いますよ』

 

 わ、私は別に遊びたいとは……

 

『こういったことの我慢は身体に毒です。それに今ここでこちらの女神候補生のマスターへの好感度を上げておけば、後々楽ですよ』

 

 …いや、そういう策略染みた考えで遊びたくもないんだけど……

 

『では素直に遊びたいから遊べばいいじゃないですか』

 

 いやだがしかしだな……

 

「こらロム。いきなりそのようなことを仰っては、ルナさんが困ってしまいますよ」

「あ…ごめんなさい(しゅん)」

「いやいや、謝らないで。今のは驚いただけで、困ってるわけじゃないから……」

「じゃあ、あそぼ?」

「う、うぅん……」

 

 頷きたい。遊びたい。

 けど私にはネプギア達と一緒にネプギアのお姉さん達を助けるという目的を持って旅に同行してる以上、勝手にそれはどうなのかと思う気持ちもあるからすぐに頷くことが出来なくて……

 でも月光剣も言ったことも、その通りだと思う。我慢は身体に毒。遊びたいから遊べばいい。それもそうなのだ。

 まあ多少合流するのが遅れても、私の分の足りない戦力なんて、ネプギアが何とかしてくれるだろうし、まだゲイムキャラも見つかってないだろうから大丈夫だよね。

 

「…分かった。いいよ。何して遊ぶの?」

「お部屋であそぶ。いこっ」

「えっ、いや、いいの?」

「うん」

 

 ごめんロム、君の返答は予想してたから聞いてない。

 なんて思いながらミナさんの方を見れば、少し考えて、頷いた。

 

「…ロムがこんなに懐いてるということは、ルナさんは悪い人ではないようですし、わたし達は構いませんよ。もちろん、この後ルナさんにご予定が無ければ、の話ですが……」

「私のは…まあ私がいなくても大丈夫だと思いますから、ロムともう一人の相手ぐらい出来ますが…え?本当にいいんですか?私自称旅人の一般人ですよ?ロムと会ってまだ数時間ですよ?そんな怪しさ満点の人をそう簡単に女神候補生の部屋にあげていいんですか?」

「わたしやロムには、あなたが怪しい人間には思えませんので」

「そ、そんなんでいいのかこの国」

「…“そんなん”でいいのですよ」

 

 その時、ミナさんの顔にちょっとだけ変化があったことを見逃さなかった私だけど、理由は分からないので追及はしない。もしかしたら私の言葉に少しイラっと来てしまったのかも?とか考えたら、訊くに聞けないから。

 

「ロム、おやつの時間には一度食堂へ来てくださいね」

「ルナちゃんもいっしょ……だめ?」

「もちろんルナさんもご一緒にですよ」

「えっ!?い、いやそんな…私は別に……」

「ロムとラムと遊んでいただける、そのお礼ですよ。是非食べて行ってください」

「…ま、まぁ…そう、仰るのなら……」

「やった…みんなでいっしょにたべよ?」

「う、うん…いいよ」

「えへへ……(にこにこ)」

 

 な、なんだろう…割と私の方がメリットばっかり受けてるような……

 ま、まあいいのかなぁ……

 もう何も考えまい。

 

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」

「はい。では3時になりましたら、ロムとラムを食堂へお願いします」

「…はい。任せてください」

 

 ミナさんの言葉に返事をしてから、ロムにまたも引っ張られるようにロムともう一人の部屋に連れていかれる。

 ロムは『ラムちゃん』とは双子と言っていたけど、ロムと似てるのかな?容姿は似てても、性格が違ったりするのかな。仲良くなれるかな。

 私の心は現金というかなんというか、いざ「遊ぶぞっ!」ってなるとワクワクしてきた。

 ロムとは仲良くなれたけど、もしかしたらもう一人とは仲良くなれないかもしれない。そんな不安があるけど、けど大丈夫だと思う。だってロムの双子の姉妹だし。

 だからこうして連れていかれるのもまた、楽しいし嬉しいと思える私の心だった。

 

 

 

 

 

「…先ほどの発言といい、容姿といい。彼女はどこかあの人に似ていますね。もしや彼女があの人の…いえ、まさかそんな偶然があるはずないですよね」




後書き~

ロムちゃん…今まで書いたことないタイプだからちょっとキャラ崩壊気味かも……
い、いや。うちの次元のロムちゃんはこういう感じってことで!
ルナも少しずつ成長してるのかな。後ルナは幼い子の涙に弱いかも。…え?大体の人はそうだって?それもそうだ。
そして先日の経験で『教会』は怖いところ、みたいな感覚が彼女の中に出来てしまったようです。ルナにとって、あの出来事はトラウマ物だったようですね。
それでは次回予告。ルナ、もう一人の白の女神候補生と出会う。後多分ネプギア達と合流すると思います。
それでは次回もお会い出来ることを期待して。
See you Next time.

◎現在のルナの所持品
 第二話以降ずっと出てないものばかりで忘れられてると思ったので、一度まとめとして書きます。
月光剣(ムーンライトグラディウス)
・小さな青い月の飾りが付いた紐のネックレス
・白銀の懐中時計
・箒(現在Nギアの中に収納中)
・お金(お小遣い、緊急用の二種類)
 (忘れてない限り多分これだけ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話『白い国のよく似た双子(ホワイトシスターズ)

前書き~

前回のソラジゲン!
デンッ!テレテテテテェ~テレテテテテテェ~テレテテテテテテテテテーテーテテー♪
街で困ってた幼女に声をかけるルナ。なんと相手はルウィーの女神候補生ロムだった!
助けたことで懐かれたルナはそのまま教会にいることに。
果たして彼女はもう一人の候補生と仲良くできるか!?

的なあらすじをやりつつ、今回のルナはちょっとだけいつもと違います。だって幼女が二人もいますからね。
それではごゆるりとお楽しみください。


 ロムに連れられて着いたのは、この建物に合う感じの木製の扉。

 その扉をロムは手慣れた様子で開けると、中からロムに対して声がかけられた。

 

「あーっ、やっとかえってきた! どこに行ってたの!?」

「ごめん…ペン、さがしてたの。落としちゃったから……」

「ペン? そうなんだ…もう、そう言ってくれればいっしょにさがしたのに。なにも一人で行かなくても……」

「一人じゃないよ。ルナちゃんもいっしょ」

「“ルナちゃん”?」

「あっ、えっと。初めまして。ルナです、はい」

 

 部屋にいたのはロムと同じ茶髪で、ロングのストレートヘアの女の子。服装がロムのピンクバージョンみたいな感じで、服装と髪の長さの違いが無ければ見た目だけで区別するのは至難の業と思えるくらい似ている子だ。確かにこれは双子だ。というか双子じゃないと言われたら驚愕過ぎるだろ。

 そんなロムに極似した女の子は、私をじっと警戒しながら見つめてくる。恐らくも何もないが、初対面だから警戒されてるんだと思う。その辺りは最初に声をかけても大丈夫だったロムと違うところで、感情の分かりやすい子だ。

 

「こまってたら、たすけてくれた。すごくいい人、だよ」

「ふーん。まっ、ロムちゃんをたすけてくれたお礼くらいは言うわ。ありがと」

「ど、どういたしまして……」

 

 不思議と上から目線な態度にちょっと戸惑いつつもお礼を受け取る。…お礼に感情が籠ってないように感じても、何も言うまい。それが彼女より大人としての態度だ……うん。

 しかしこの状態でロムはどう遊ぶというのか。まさか無理矢理なわけないだろうし……

 

「ラムちゃん。ルナちゃんが、わたしたちとあそんでくれるんだって。だからあそぼ?」

「…まあいいわ。あそんでほしいって言うんだったらあそんであげる!」

 

 その言葉はロムに言ったものではなく、明らかに私に対して言われた言葉。しかも本当ならばロムが遊びたいから遊ぶ、という体裁だったのが、彼女の中では私が遊んで欲しいから、それにロムと女の子が付き合ってあげる、みたいな体裁に変化している。

 うん…まあ三人で遊ぶ、という点に関しては変わらないし、遊びの中で仲良くなって良ければいいかなと思ってるからいいんだけど、ちょっとだけ、ね……

 何とも言えない感情を押し殺して、私は彼女達よりちょっと大人として笑顔で対応する。

 

「うん。なら遊んでもらおうかな。ロム、何して遊ぶの?」

「えっとね……絵本、よんでほしい……」

「よ、読み聞かせ? それはちょっと、やったことないな……」

 

 それを言ったらゲーム以外の遊びだってまだやった記憶がない私だけど、一応ルールとかは覚えているので、そういうのは欠けてない。

 が、読み聞かせとなると、結構大変だ。しかも知らない物語だとなると、所々つっかえてしまうだろうし。

 どうしたものか……

 

「じゃあできないって言うの? ふーん、アンタはそのていどってことね!」

「む……。出来ないなんて一言も言ってないよ。いいよ、そんなに言うんだったら絵本の一冊二冊、いくらでも読んであげる。絵本どころか分厚い小説だっていいんだからね」

「ふーん?」

「むむむ……」

 

 なんだか余裕そうな態度。少しだけ…ううん。結構ムカつく。煽ってくるとかなんなのさ。

 けど感情に任せて言った言葉とは言え、一度口に出したことに嘘はつけない。だから私はちゃんと読み聞かせぐらいこなしてみせるっ! 

 

「じゃあルナちゃん、これよんで……?」

「これは…『星の女神と月の女神』……?」

「うん…とってもいい話……」

「お星さまの女神と、お月さまの女神が出てくるのよ!」

「…ん? と、いうことはもう二人ともこのお話知ってるんじゃ……」

「何回よんでも、いい話……」

「ロムちゃんの言うとおりよ! だからさっさとよみなさい!」

「う、うん……わかったわかった」

 

 私は適当にソファーに座って本を開いていると、ロムが私の右隣に座って、本を覗き込む。急接近したロムにちょっと驚きながらも、そんなに懐いてくれたんだと嬉しく思いながらいると、今度は反対の左隣へなんと女の子…もうラムでいいか。ラムが座ってきた。てっきり私のことあまり好いてないと思ってたからロムとは別の意味で驚いてると、ラムはまたも催促してくるので、ゆっくり読み始めた。

 『星の女神と月の女神』。その本はただの画用紙を本のような形にして、そこに絵と文章を書きこんだだけの、手作りの絵本。しかしその絵はプロの書く絵本と同じぐらい上手く、物語もまた引き込まれるものだった。

 

 物語は最初、人々が戦争している頃から始まる。人々は自分の欲を満たすだけに争い、武器を手に相手を倒していく。

 そんな人々の様子に悲しんだ星の女神は、戦争はもうやめるよう人々を説得しようとするが、誰も聞いてくれない。星の女神は涙を流しながらも人々を正しい道へ導こうと必死に呼びかける。が、誰もが星の女神の話を聞かず、挙句の果てには「邪魔をするから」なんて理由で星の女神を攻撃し、傷つけてしまう。

 人々の手で星の女神が傷ついていく様子に、星の女神のことが大好きな月の女神が激怒。空いっぱいの隕石を地上へ落そうとしてしまう。

 人々はその時ようやく自分たちの過ちを自覚し反省し謝罪するが、月の女神は聞く耳を持たず、それどころか更に怒ってしまう。「死んで詫びろ」と言いながら月の女神が隕石を地上へ落そうとする瞬間、星の女神は月の女神と人々の間に入り、隕石を食い止めようとする。月の女神は星の女神のその行動に激しく戸惑い、何故邪魔をするのか問うと、星の女神は言った。人々はもう反省している。だから傷つける必要はない、と。

 そして星の女神は自身の持つ女神の力を全て使い、隕石を食い止めた。しかし食い止めきれなかった一つが、地上へ迫っていた。星の女神は最後の力を振り絞り、人々を隕石から自分の身を使って守る。

 その結果、全ての隕石を地上へ落さず、誰もが死なずに済んだが、自身の力を全て使い果たし、尚且つ瀕死の状態となってしまった星の女神を見て、誰もが己の過ちを強く自覚し、反省した。それは月の女神も同じことであった。

 星の女神は人々の口から「もう二度と愚かな過ちを犯さない」と聴くと、月の女神に人々のことを託し、深い深い眠りへついた。

 そのことを見守った月の女神は言った。「もしお前達が、お前達の子孫が過ちを犯そうものなら、星の女神のためにも、私の手でお前達を止める。そのことをよく覚えておけ」と。その言葉を残すと、月の女神は人々の前から姿を消した。

 人々は二人の女神に誓った言葉を絶対に守ろうと、武器を捨て、過ちを犯そうとする者がいれば周りが止め、決して女神への誓いを破ることなく平和に暮らしていった。

 そのことは、人々に紛れ込み、監視していた月の女神にきちんと伝わっており、やがて月の女神は星の女神が何故人々を最後まで信じたのか、分かるようになっていった。

 そして長い年月が過ぎ、月の女神は深い眠りから目覚めた星の女神と再会し、世界は女神と人が、共存して暮らす平和なものとなっていった。

 

 

「…おしまい」

「わぁ……(ぱちぱち)」

「ふぅん。まあまあじょーずだったじゃない」

「そうかな……?」

「うんっ、じょーず……!」

 

 ロムは素直に、ラムは少し上から褒めてくれる。

 最初はラムの態度が気になっていた私だけど、よく考えてみたらもしかしたらこの態度はちょっと素直じゃないだけなのかも、と思い始めてきた私。絵本の話に喜怒哀楽を表情に出した姿を見て、その思いを強めていたから、今の言葉も素直に受け入れることが出来た。

 

「にしても絵本にしてはこの話、凄いね」

「へっへーん! わたしたちのお友だちが書いてくれたのよー!」

「絵も、とってもいい……(にこにこ)」

「うん。絵も内容も凄い。って、なんでラムが自慢げ……?」

 

 いや、分かる。きっとラムにとってその友達を褒められることは、自分が褒められるくらい嬉しいことなんだろう。コンパさんを褒めてアイエフさんが喜ぶみたいに。

 しかし本当に凄い出来だ。一個人が書いたとは思えないほどの画力と想像力。…いや、女神候補生の友達が普通の人だとはあまり思えないけどさ。それを言ったら私にブーメランが…って、私も記憶喪失中だから普通じゃないか。

 でもこの物語、少し気になる部分があった。

 

「…でもさ、この物語、誰もがハッピーだったりしないんだね」

「……? みんな、幸せになったよ?」

「そーよ。どこをどう見たらそう思うのよ?」

「そりゃ最後は皆ハッピーで終わってるけどさ。でも月の女神は星の女神のために頑張ろうとして、結局星の女神は眠っちゃって、星の女神を傷つけた人々のことを任されちゃったんだよ。最後の方は月の女神は人々の良さが分かって、星の女神と再会出来たけど、それって人々が争いなんて起こさなきゃ元々星の女神が眠ることも、長い間好きな人と別れることにもならずに済んだのに……」

「…そうなのかも……」

「むー、アンタはこの絵本にもんくをつけようって言うの?」

「ち、違うよ! ただちょっと、月の女神が可哀そうだなって」

「ちゃんとお星さまの女神とあえたんだから、いいじゃない!」

「う、うん。そうだね……」

 

 そうだ。最後にはきちんと好きな人に会えたんだ。ならいいんだよね? 

 

 

 

 

 

 私の発言で雰囲気が悪くなってしまった中、ロムちゃんが「ラムちゃんとルナちゃんと、おままごと、したい」という発言でオモチャを使ったおままごとが始まったおかげで、私とラムの仲は悪くなることは無く、それどころかロムと同じぐらい懐かれるぐらいになっていた。

 それはいい。それはよかったんだが……

 

「二人は何の役をやるの?」

「えーっとね、ロムちゃんは何がやりたい?」

「お母さんがいい」

「ならわたしはむすめにするわ!」

「なら私は…どの役にしようかな? おばあちゃん?」

「ルナちゃんは、お父さん…とか」

「じゃあルナはおとーさんやくね!」

「えっ、私がお父さん!?」

「はい、じゃあやるわよ! わたしが家にかえってきた時からね! たっだいま~!」

「えっ、もう始まってるの!?」

「こら! もうはじまったんだから、やくになりきる!」

「は、はい!」

「もっかいやるわよ。たっだいま~!!」

「おかえりなさい、ラムちゃん」

「お、おかえり、ラム」

「もー! ルナっ! もっと男の人みたいに声をひくめて!」

「えっ、そこまで意識するの!?」

「ほらもーいっかいルナだけ! はい!」

「お、おかえり、ラム」

「かまないように!」

「おかえり、ラム」

「そ。それでいいのよ。できるんならさいしょからやりなさい!」

「おっすイエッサー!」

『マスター、彼女は女の子なので「Sir」ではなく「Ma’am」です』

 

 似たような指摘を前にもされた記憶があるぞー!? 

 

 と、何故か演技に物凄く力を入れたおままごとが展開された。というかこれ、子供のやるおままごとのレベルなの……? 女神候補生だからこそ、このレベルになっちゃうのかな……? 

 

 そんなこんなでおままごと(高レベル)をしつつ、部屋の時計が三時のチャイムを鳴らしたので、一旦おままごとをやめて食堂へ向かうことにした。ミナさんがおやつを用意してくれているからだ。しかも二人の分だけでなく私の分まで。二人と遊んでくれるお礼と言っていたが、むしろこちらの方がお礼をしたいぐらいなのに……

 と、私は思いつつ二人の間を歩きながらほわほわした気持ちで歩く。両手には温かく柔らかい手の感触……

 まあ、うん。短時間でよく仲良くなったよなって思う。私幼い子に好かれやすいのかな? いや、女神候補生の二人を『幼い子』なんて表現しちゃ失礼なんだろうけどさ。

 左手をロム、右手をラムと握って、二人に案内される形で食堂があるだろう方向へ向かっていた。両手に花。自分がそんな体験をするとは思わなかった。いや自分女だけど。

 そのことにも驚きだけど、その後のこともまた驚きで……

 私達が仲良く話しながら歩いていて、通り道なのか教会に入って最初に来たエントランスの近くを通っていると、よく聞き慣れた話し声が聞こえてきた。

 

『──と、いうわけなんです』

『そうでしたか。キラーマシンが……』

 

 もう一人の声はミナさんのだ。と、いうことは、もしかして……

 

「…おきゃくさん?」

「む、なんだかムカつく声」

「えぇ?」

 

 さっきまで元気に、笑顔まで見せてくれるようになったラムの顔が不機嫌そうに顔をしかめる。

 もちろんミナさんに対しての感情じゃないだろうから、必然的にもう一人の声の人物に対するものなんだろうけど、私はその声の人物を知ってるだろうから、余計に困惑。

 まさか私がエル君に乗ってる間に会ってて、その時何かやらかしたのかな……

 ひとまずそのままスルーして食堂へ向かうって選択を取らない私達は、三人仲良く…一人は「誰が来たんだろう?」と不思議そうな表情、また一人は少し不機嫌そうな表情、そして私はそんな二人の感情の差に困惑しながらもようやく合流できると安心した感情でエントランスまで向かってみると……

 

「あっ…悪い女神……」

「違うよ!?」

 

 ロムの言葉に驚いてつい否定したけど、その声が大きくてその場にいた全員がこちらを見た。全員と言ってもミナさんと、ネプギアとアイエフさんとコンパさんの三人と、ロムとラムだけど。

 一身に視線を受けて恥ずかしくなって一歩引くが、両手が二人に握られているので逃げることも出来ず、逃げてもどこに逃げればいいんだと思っていると、ネプギアが嬉しそうな顔をした。

 

「ルナちゃん! 無事にルウィーに来れたんだね!」

「う、うん。途中までユニに送ってもらってね。合流するの、遅れてごめん」

「ううん。大丈夫だよ、気にしないで」

「そう言ってもらえるとありがたくはあるんだけど……」

 

 この状況でそのまま会話を続ける気にはならない。

 というのも、アイエフさんとミナさんの様子が暗い、というより険しい表情をしていて、コンパさんも何やら顔に影が見える。ネプギアもネプギアで私を見て嬉しそうな顔をしたけど、その前は暗い表情だった。

 そんな雰囲気を壊したのは良いことなのか悪いことなのか、とりあえず話を遮ったのは確かなので申し訳なく思うところがある。

 で、更に言うなら両手の二人の様子もまた、会話を続ける気にさせない要因のひとつであって……

 

「またあらわれたわね! 悪い女神!」

「だから、私はプラネテューヌの女神候補生で、お姉ちゃん達を助けるために旅をしてるだけで……!」

「もんどーむよーよ! かくごー!」

「えっ、ちょっ、まった!」

 

 可愛らしい杖を出現させたと思ったら、そのまま殴りかかろうとするラムに驚きつつも、さすがに教会で戦闘なんて被害が大きくなるので 両手でラムの腕を掴んで止める。

 

「なによ!」

「なにって、状況とかよく分からないけどとりあえず教会で戦うのは駄目だよ! ほらロムも何か言って……って君もかい!」

「ふぇっ!?」

 

 ラムを説得してもらおうとロムの方を見ると、ロムの右手にはこれまた可愛らしい杖が握られていて、ついツッコミが炸裂してしまった。

 いかん…このままでは私は無属性からツッコミ属性へ変化してしまう……この程度だとならないか。うん。

 

「とりあえず二人とも武器をしまおう。ね? じゃなきゃ落ち着いて話も出来ないよ。…それにどうも三人が戦ってる場合でもなさそうだし……」

「…よく分かったわね」

 

 私の言葉に、暗い表情のままアイエフさんが答えた。その言葉でネプギアも、今がどんな状況だったのか思い出したのか、驚きと困惑の表情が消え、落ち込んでしまった。

 それだけで何となく、事態が本当に良くない方へ進んでいるのが分かってしまった。

 ラムもそんな雰囲気をようやく感じ取ってくれたみたいで、杖をしまった。ロムもまた、杖をしまっていた。

 私は二人が杖をしまったのを確認してから、状況の説明を求めた。

 

 アイエフさんやミナさんからの説明をまとめるとこうだ。

 まずここルウィーのゲイムキャラが下っ端(リンダ)によって破壊されてしまった。

 この時点で状況は最悪な方へ向かっているのだが、さらに痛いことに、ここのゲイムキャラはかつて犯罪神が造り出したという殺戮兵器『キラーマシン』を封印していたのだという。

 このままではすぐにとは言わないが、近いうちに下っ端は沢山のキラーマシンを連れ、街へ襲撃してくるだろう。相手の力量は、たった一体だけでも女神化したネプギアやアイエフさん、コンパさんの三人で相手しても苦戦した。どうにか対策を講じなくてはならない、と。

 

「殺戮兵器が、沢山……」

「それで勝てないからって逃げてきたの? なっさけないわねー!」

「…ケガ、してない……?」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

「むっ、ロムちゃん。こんなやつにしんぱいなんてしなくていいの!」

「ま、まあまあ。ラム、落ち着いて」

「ルナもルナよ! ルナは悪い女神の味方なの!?」

「えぇ!? わ、悪いって…ネプギアは悪い女神じゃないよね……?」

「えっと、実は、その……」

 

 言い辛そうなネプギアだけど、どうしてラムはネプギアのことを悪い女神と言っているのか教えてもらった。

 その話によると、自分がプラネテューヌの女神候補生だと伝えると、ルウィーのシェアを奪いに来た悪い女神だと勘違いされたようだと。

 …極端すぎない? 

 

「そ、そっか。えっと、ラムの言うようにそういう女神もかつていたのかもしれないけど、ネプギアは違うからね。ネプギアは正真正銘良い子だから、ね?」

「どーしてそーゆーのがわかるのよ? さっきからこいつと仲いいみたいだし…まさかルナ、アンタは悪い女神のスパイね!」

「な、なんだってー!?」

「いや、ルナが驚いちゃダメでしょ」

「あっ、つい……」

 

 ついついノリで驚いてしまった。なるほど、これがギャグ補正か……え? 違う? 

 ま、まあともかくラムの更なる誤解を解かなくては……

 

「私は確かにネプギアと友達だし、そもそも旅もネプギアやアイエフさん、コンパさんと共にしてたけど、別にスパイとかじゃないよ。偶々ロムと出会って、仲良くなっただけで……」

「ふんっ、そんなのうそっぱちよ!」

「そ、そんな……」

 

 このままじゃラステイション教会での二の舞になる……? 

 そう考えてしまったら、身体が震えた。寒くてじゃない。あの時の孤独感を思い出してしまって……

 その時、私とラムの間を、小さな影が遮った。

 

「ラムちゃん、ルナちゃんをいじめちゃ、ダメ」

「ロムちゃん…何よ、ロムちゃんも敵の味方をするっていうの!?」

「ルナちゃんは敵じゃないよ。わたしたちのお友だち」

「ふ、ふんっ。そんなやつわたしのお友だちじゃないわ!」

「あっ、ラムちゃん……!」

 

 ロムの言葉に耐えかねたのか、ラムはこの場から逃げ出してしまった。ロムは追いかけようと足を踏み出して、やめた。追いかけたところでかける言葉が見つからないのかもしれない。

 ラムが去った後を見て、ミナさんは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「申し訳ありません。ラムがまた……」

「いえ。私は全然気にしてませんから。でも、ロムちゃんとルナちゃんは……」

「…私は大丈夫だよ。誤解なら、後で解いておくから……」

「…わたしも、だいじょうぶ。ラムちゃんはきっと、分かってくれるから」

「それならいいですけど……」

 

 コンパさんが心配そうにこちらを見る。それに私はあまり元気に答えることが出来なくて、乾いた笑いで誤魔化した。誤魔化せてないのは知ってるけど。

 で、ラムちゃんのことで話が逸れちゃったけど、今はとにかくそのキラーマシンをどうにかしないといけないわけだ。

 …そういえばゲイムキャラといえば……

 

「…あの、さっきのゲイムキャラが壊されたって話なんですが、その壊されたときにマナメダルは出ませんでした?」

「マナメダル…そういえば出なかったわね」

「はい。この国のゲイムキャラは元々はプラネテューヌのゲイムキャラだったようなので、持ってなかったのかと」

「そっか。元々プラネテューヌのゲイムキャラなら、マナメダルはプラネテューヌのゲイムキャラが…今はラステイションだもんね。…あれ? じゃあ他のルウィーのゲイムキャラは?」

「…ルウィーのゲイムキャラはもう既に存在しません。全て犯罪組織によって破壊されましたので」

「…そうか。だからプラネテューヌのゲイムキャラをルウィーに……」

 

 私の質問に、今度はミナさんが答える。

 違う国のゲイムキャラでも、その機能は発揮される、ということなんだろう。

 でも、まさか全部…しかも今回のでこの国のゲイムキャラはもう誰ひとり存在しないことになったってことだよね……

 それ、本気でやばいんじゃ……

 いや、キラーマシンが復活してしまっている時点でもう既に時は遅い……? 

 い、いや、また封印出来れば……

 でも、もうその封印が出来るゲイムキャラは存在しないし……

 

『マスター。ゲイムキャラは存在しないのではありません。壊されただけなのです』

 

 うん。分かってるよ。でもそれって言わば死んだようなもので……

 

『ゲイムキャラは私と同じく、()()()()存在です。死という概念は存在しません。ですので……』

 

「…そっか。造られた物を壊されたなら、直せばいいんだ」

「直せばいいって…そう簡単に直るんだったら苦労はしないわよ」

「でも、確かにこのまま何もしないより、直す方法を探した方が良いと思います。下っ端がキラーマシンを連れ、街を襲いに来るのには時間がかかると思いますし」

「そうはいっても、どこを探すです?」

「…この教会にはルウィーの中でも随一を誇る図書館があります。もしかしたらそこに文献があるかもしれません」

「ならその文献を探しましょう。ミナさん、図書館に案内していただけますか?」

「分かりました。図書館はこちらです」

 

 ネプギアの言葉に答えると、ミナさんは歩き出す。

 その後に続くように私達は歩こうとして、私は袖を引っ張られたのでそちらを見た。

 

「…ロム?」

「…わたしも、おてつだいしていい?」

「んー……」

 

 当然人手が多い方が早くゲイムキャラを直す方法が書かれた文献を見つけやすいだろう。

 だが、私はロムの申し出を断ることにした。

 

「ごめんね。本を探すのは私達だけでいいかな」

「…そっか(しょんぼり)」

「それでね、ロムには他に頼みたいことがあって……」

「たのみたいこと?」

「えっとね、まるで押し付けるようで悪いんだけど、ラムの誤解を少しだけでもいいから解いてくれると嬉しいなって。出来れば、私よりもネプギアの誤解を解くのを優先で」

「…ルナちゃんのごかいはいいの?」

「私への誤解は、ネプギアの誤解が解ければ連鎖的に解けるから。ただまあ、私は本当にロムが女神候補生だと知らずに声をかけたって事と、一緒に遊んだのは私が遊びたかったからだって事は…余裕があったら伝えてくれると嬉しいな」

「…わかった。がんばる(ぐっ)」

「うん。ありがとう」

「ぜったいラムちゃんに分かってもらうから」

「うん、がんばれっ」

「うん(こくり)」

 

 ロムは頷くと、ラムが走っていった方へ、走っていった。張り切ってるなぁ。

 さて、じゃ、私は置いて行かれて迷子にならないよう、ネプギア達の後を追わなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ──かつて●と●とで戦争が起きた。

 原因は女神が女神に●を与えたことであった。

 戦争を起こさせまいと、●の女神は●●の間に立ち、説得を続けた。

 しかし人々は止まらず、●の女神でさえ傷つけた。

 怒った●の女神は女神を●し、信者でさえ●そうとしたらしい。

 しかし●の女神が自分の命をかけてでも止めたので、人が死ぬことはなかった。

 やがて●の女神は●●から罰を受けることとなったが、それを●の女神が代わりに受けた。

 代わりに罰を受けた●の女神は、数百年の間下界への接触を禁止された。

 人々は●●と●の加護を失ったのだった。

 

【第●章】第●節[天罰]

 




後書き~

以前どこかで『月一をモットーに』なんて言ったにもかかわらず、一か月以上音沙汰もなかったほのりん(作者)です。
なかなか納得のいく文章が書けず、書く時間も取れず、今年もあとわずか……
もしかしたら待っていた読者様もいたのかと思うと、大変申し訳ないです……
来年はもう少し更新頻度を上げていきたいなと思います。いけるといいなと思います……
そんな謝罪や来年の抱負みたいなものもこの辺にして、また来月……いえ、また来年もお会いできるのを心待ちにして。
皆さま、よいお年を~!
I will meet you next year again!

今回のネタ?のようなもの。
・前回のソラジゲン!
『ラブライブ!』の冒頭に流れることで有名な「前回のラブライブ!(サンシャイン!)」
だからって背景で曲が流れてるわけではありませんよ?
え?音楽が聞こえる?それはきっと青春ですよ。

・「おっすイエッサー!」
『ご注文はうさぎですか?』でまだ出会ったばかりのココアとリゼの会話で出た言葉の空耳。
「言葉の後ろには『サー』を付けろ!」「おちついてっさー!」

・「音楽が聞こえる?それはきっと青春ですよ」
まさかの後書きにネタを入れました。同じくラブライブ!の楽曲から『きっと青春が聞こえる』です。あの曲を聴くとマラカスを持って踊りたくなるのは私だけではないですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話『ふしぎなほん』

前書き~

明けましておめでとうございます。
今年もまた、ルナ達の物語を書いていきたいと思います。
ですので皆さま、今年もルナ共々よろしくお願い致します。

さてさて日付はそれほど空いてないので覚えてる方もそれなりにいると思いますが、前回のあらすじ。
ルナ、ロムとラムの二人と遊びました。それから偶然ネプギア達と合流できたのですが、何やら不穏な空気が出来てしまって。
とりあえずゲイムキャラの直し方を探しに図書館へ。
今回は御節(おせち)御雑煮(おぞうに)でも食べながらごゆるりとお楽しみください。



 ミナさんに案内されて着いたのは、本の匂いが鼻腔をくすぐる大図書館。

 何段もある大きな本棚にぎっしりと本が詰め込まれた様は、まるで壁か仕切りだ。

 それがいくつもあり、背表紙のタイトルをざっと見ると整頓もきちんとされている。

 人によっては眠くなりそうな場所だけど、私には心がワクワクしてくる場所だった。

 

「わあ…すごい量の本……」

「へぇ…ここが噂のルウィーの大図書館なのね」

「写真で見るよりも迫力があるですぅ」

 

 ネプギア達はどちらかというと本の量に圧倒されてるように見えた。アイエフさんとコンパさんの言葉だと、どうやらパンフレットか何かに載っていたのだろう。そういえばこんな風景の写真があったような気がしなくもない。

 

「これだけ本があれば、どこかにゲイムキャラの直し方が書かれたものだってあるはず……!」

「いえ、恐らくですが、ここにある本には書かれていないかと」

 

 ネプギアの言葉に、ミナさんは首を横に振った。

 ミナさんの言葉に、私が首をかしげていると、アイエフさんが考えながら話した。

 

「…もしかして、ここにあるのとは別の、重要書物を保管する場所にあるかもってことかしら?」

「ええ。その通りです」

「えっと、どういうことなんでしょうか……?」

「この教会に保管されてる本が、ここにある本全部なわけないでしょ。こういった一般人も利用できる場所には保管できない、秘匿された本や重要書物とかはまた別の場所に保管されてるのが当たり前なの」

「なるほど、そういうのが気軽に閲覧出来てしまったら、誰かが悪用するかもしれませんもんね」

「そういうこと」

「特にここルウィーは他の三ヶ国に比べ魔法に関する技術が発達しているため、呪いや禁呪といった危険な魔法も存在します。そういった魔法を記した魔導書を保管するためにも、厳重なシステムによって保護された部屋が必要なのです」

 

 アイエフさんとミナさんの丁寧な説明でようやく理解した私は、改めてミナさんの後をついていく。

 でもただ付いて行くのではなく、好奇心でキョロキョロと本を見ていくと、様々なジャンルの本が沢山あるのが分かっていく。

 数学、地学、科学、歴史、文学とかの学問系から、人体構造、医療、武術といった体に関することとかもあれば、童話や民謡、絵本、小説、果てはラノベや漫画まで。もっと見ていけば、他にもいっぱいありそうだ。

 こういうのも読んで勉強すれば、もっと皆さんの役に立てるのかな……? 

 なんてよそ見をしながら歩いてたから、前がどうなってるか見てなかった。

 

「──あっ…と」

「ルナちゃん? どうしたです?」

「い、いえ。ちょっとよそ見をしてて……」

「そうですか? ちゃんと前を見て歩かないとダメですよ」

「ごめんなさい……」

 

 気付いた時にはコンパさんにぶつかりそうになってて、ギリギリ体を後ろへ下げたのでぶつかりはしなかった。

 でも、怒られてしまったので、ちゃんと前を見て歩こう、うん。

 っと、どうやらコンパさんにぶつかりそうになってたのは、皆さんが止まったからだった。

 皆さんの視線の先にあるのは、図書館の雰囲気に合った木製の扉と、それに似合わない科学技術による電子錠。見るからに大切な物を保管しています、といった感じだ。

 

「…で、ここがその、本が保管されている場所ですか?」

「はい。本来であれば女神様の許可を頂いてからでないと入れないのですが、今はこんな状況ですから。代理として私が許可を出しましょう」

 

 そうだよね。やっぱりこういう場所のって女神様から許可が必要なんだよね。でも今、女神様は皆ギョウカイ墓場で捕まってるから……

 そう考えたら、この国の女神様は、当然だけどロムとラムのお姉さんなわけで、二人からしたら自分達のお姉さんが捕まっちゃってる状況なんだよね。

 二人は寂しくないのかな……

 そう考えた所で、何かするでもなかった。

 だって、そんな答えの分かることをわざわざ訊いて、私は何をするんだろう。

 結局私は、ネプギア達に付いて行って、少しでも役に立てれば御の字。それ未満は、役立たず。それだけの存在なのに。

 そう考えたら、彼女達に「寂しい?」なんて訊けるわけがなかった。

 もしかしたら、この旅が終わった後はただの他人になるかもしれないのに。

 

 って、そういうことは今は考えても仕方ないか。

 気持ちを切り替えようとミナさんを見ると、彼女は既に電子錠のパネルに右手を添えていて、ピピッという電子音の後に、カチャッと鍵が開いた音がした。

 なるほど、指紋認証なのか。しかも手のひら全体とな。

 これはあの名探偵な漫画に出てくる怪盗さんレベルの人じゃないと真似できないから、安全かもね。無理矢理壊して突破、なんてのは無理だろう。こういうのは見た目と違って頑丈に作られてるだろうから。

 ミナさんは扉の取っ手を捻って開けると「付いて来てください」と言って、中へ進む。

 私達はそれに従って、一人ずつ順番に入る。これで一度閉まっちゃったら、内側から開けてもらうか、指紋登録している人を連れてこないと開けられないだろうから、扉が閉まらないように気を付けながら、最後に私が入り、扉を閉める。するとカチャッて音がしたから。また鍵がかけられたんだろう。流石に内側から開ける術はあるから、閉じ込められたわけではない。

 

 扉の先は、外の見た目と違って灰色のコンクリートの通路で、天井には均等に電球が設置してあったので薄暗いイメージはなかった。けれど先ほどまでの木製の部屋と比べると何だか冷たい印象を受けてしまう。

 きっと木よりもセキュリティ的には岩や鉄の方がいいから、こういう材質で作ってるんだろうけど、やはりそういう印象は拭えないものだ。

 そんな通路を進んでいくと、すぐに私達は一つの部屋へとたどり着いた。

 一面コンクリートで造られていて、床が白で壁や天井は濃い灰色。本棚は鉄製の頑丈なもの。外の茶色とは打って変わって灰色と白と黒の世界。他の色は、本の色だけ。そんな単調な色合いの部屋。

 それだけのはずなのに、何だかこの部屋の一部分だけ…正確には、ある本棚に仕舞われている本達から嫌な気配がする。これだけは絶対に開いちゃダメだって。本能が伝えてくるっていう感覚は、こういう感覚なのかな。

 そんな本があるせいか、私は少しでも早くこの部屋から出たいって気持ちが湧いてくる。恐いんだ。あれらが。

 でも同時に、部屋の何処かから何だか懐かしい感じる気配もして、それを感じていたいと思うのは、なんなんだろうか。

 早く出たいって気持ちと、懐かしいと思う気配を感じていたいって気持ちが私の心の中でせめぎ合って、なんだか訳が分からなくなっていく。

 どうして私はアレが恐いんだ……? どうして私は懐かしいと感じるんだ……? 

 どうして…どうして──

 

「──ん! ルナちゃん!」

「──っ!? あ…れ……え……?」

「ルナちゃん、大丈夫!?」

「ネプギア…どうし…いつっ……え……?」

 

 声をかけられてたって気付いた時には、私の目の前にネプギアがいた。心の底から心配そうな顔で。

 何でそんな顔をしているのか分からなくて、それで身動きしたらチクッとした痛みが走って、両手の平を見たら、赤を通り越して白くなった皮膚に、赤い爪痕が残されてた。

 それは私がそうなるほどぎゅっと手を握ってたってことで、どうしてそうなってるのかも分からない。そんなに手に力が入るようなことがあっただろうか……? 

 また訳が分からなくて、答えを求めてアイエフさん達の方を見れば、ネプギアと同じく心配そうな顔をしている。何故? 

 

「大丈夫です? ちょっと失礼するです……熱はないみたいですけど……」

「申し訳ありません。まさか、具合が悪かったとは気づかず、無理をさせてしまい……」

「とりあえずいったん外へ行きましょう。外の空気を吸えば、少しは気が楽になるはずよ」

「肩を貸すよ、ルナちゃん」

「え、あの…皆さん、急にどうしたんですか……?」

 

 状況が分からず、あれやこれやとコンパさんに手の甲で熱を測られ、ミナさんに謝られ、アイエフさんの提案でネプギアが肩を差し出してきて……

 え…? 何…? これどういう状況? 教えてイストワールさん……

 

「アンタ…もしかして自分の体調に気付いてないの?」

「体調って…私は至って健康で……」

「どこの世界に息を荒げて過呼吸気味になり、体を震わせて立ってるのも辛そうで私達の呼びかけにも気づかない、顔を真っ青にした健康体がいるのよ」

「息…? 顔……?」

 

 そう言われてから、心臓がバクバク鼓動してることに気付いた。そのせいで、息が荒くなってたんだ。けどそれに気づかなかったから過呼吸気味に……? 

 呼びかけに気付かなかったのは、単に考え事に囚われてたからだと思う。それ以外は分からない。

 とりあえず私は決して体調が悪いわけではないことを伝えなければ、と思ったところで気付いた。

 

「……デジャヴだ」

「え?」

「ううん、何でもない」

 

 これ、私が記憶を失って初めて目が覚めた日に起きたことと似てる。今の方が軽いけど、あの時も思考が変になった。

 でもどうしてそうなったのか未だに分かってない。知ろうともしてないけど。

 

「とりあえず、大丈夫です。ちょっとどうして自分でもそうなったのか分からないですけど、大丈夫なので、はい」

「そういうのが一番大丈夫じゃないです! いいですか? 自分で原因も分かってないのに大丈夫大丈夫と思ってて、気付いたら手遅れに…なんてことはよくあることなんです! ラステイションにいた時に寝たっきりになったことだってあるんですし、ルナちゃんは少し自分の体調を心配してですね──」

「はいはい、コンパ。説教はその辺にして、一旦外に出ましょう」

「いや、あの、本当に大丈夫なんです! なので私のことは気にせずに。それに早くゲイムキャラを直す方法を探さないと……」

「…本当に大丈夫です? 本当にです?」

「はい。それはもう、この通り。さっきまではちょっと、考え事をし過ぎただけだと思います。知恵熱ってやつですね」

「いや熱は出してないでしょ。…まあルナ自身が大丈夫だって言うなら信じるわ」

「…ありがとうございます」

「でも、もし本当に体調や気分が悪くなったら遠慮なく言っていいからね。無理しちゃダメだよ」

「うん、分かった」

 

 そう返事すれば、皆さんはまだ心配そうな、不安そうな顔だけど渋々下がってくれた。

 …うん。大丈夫。呼吸も安定してきた。身体は震えてない。手のひらも元の色に戻ってる。顔は流石に自分じゃわからないけど、そのうち元の顔色に戻るはずだ。

 だから、大丈夫、大丈夫。

 アレは恐い。けど、関わらなければいい。

 恐いけど、見て見ぬふりをすれば……

 

『マスター、本当に大丈夫ですか?』

 

 大丈夫だよ、相棒。それにほら、病は気からって言うから。大丈夫だって思っていれば、本当に大丈夫になるんだよ。

 だから、大丈夫なんだよ。

 

『…マスター。ご友人方の言う通り、無理をなさらぬように』

 

 分かった。

 さっ、早くこの中からゲイムキャラを直す方法を探そう! 

 

 

 

 

 

 で、部屋の本をひっくり返すように探すこと早二時間。その部屋にある本全て、とは言わないが全く関係のないと思われる本以外は探しつくしたはずだ。

 …アレの本棚には全く手を出していないし、そもそもミナさんがアレの本棚には開くだけでも危険な魔導書ばかりだから近づくのもダメ、と言われているので近づいてすらいない。言われなくても近づきたくない。だってアレは恐い。アレには触れたくない。だから近づかない。

 アレがどれかも、懐かしいと感じた何かがどれなのかも分からないけど、嫌だった。

 でも、そうもいっていられないかもしれない。

 もう探していないのは、ルウィーという国に関わるゲイムキャラとは無関係の重要機密資料を集めた本棚か、鍵のかかったアレの本棚だけだから。

 

「これだけ探してもゲイムキャラの直し方が書かれている書物がないとは…やはりゲイムキャラを直すことは出来ないのでしょうか……」

「だ、大丈夫ですよ! それにまだあの本棚は調べていませんし……」

「…そうですね。あの本棚だけは手を出さないように、と思っていたのですが、残っているのはあの本棚だけ。仕方ありませんね……」

「あ、あの、本当に探すんですか? その本達から……」

「少しでも望みがあるのなら、探した方が良いでしょ。せっかくここまで探したんだし」

「ですが……」

 

 恐い。アレには触れない方がいい。絶対に開いてもいけない。

 そういう本が沢山詰め込まれてるあの本棚は、まるでパンドラの箱だ。災いと悪を詰め込んだ、最悪なもの。

 それに触れたら最後、この世界が崩壊してしまうような、そんな錯覚さえしてくる。

 だから、開いちゃ駄目。触れても駄目。触らぬ神に祟りなし。文字通りなら、触れば祟りが襲い掛かる。

 勘がアレだけは駄目だと騒いでる。本能が関わるなと叫んでる。

 それでもこの場に留まるのは、皆さんがいるから。

 だから、恐がってても逃げない。逃げたら駄目だと思うから。

 

「…大丈夫です? また震えてるです」

「だい、じょうぶ、です。体調が悪いとか、そういうのじゃないので……」

 

 身体が震えているなら、それはおそらく恐いから。

 けど、それを素直に言ったところで意味が分からないと一蹴りされるのがオチ。なら言わない方がいい。

 けど、やっぱりアレは駄目だ。アレを見ては、絶対に……! 

 

「そういえばこの本棚にはどんな本が保管されているんですか?」

「ここには禁忌や禁呪と呼ばれる、専門知識がなければ扱うこと自体が危険な魔導書が保管されています。また、この部屋の入室許可を得た人でも閲覧できないような知識が詰め込まれてしまして……」

「あー、だからこれには手を出さないでってことだったのね」

「はい。しかし、だからこそゲイムキャラを直す方法が書かれた書物があるのもここが一番可能性が高いのです」

「でしたら早く見てみましょう! 結構時間を使ってしまいましたし」

「そうですね。では」

 

 ネプギアの言葉に頷いて、ミナさんは銀色の鍵を取り出し、本棚の鍵穴に差し込む。

 駄目、このままじゃ、見てしまう。開いてしまう。パンドラの箱が、開かれてしまう。

 そうなったら遅い。何もかも手遅れになる。全てが残酷に終わってしまう。

 でも恐怖で震えて掠れた声はミナさんにも、ネプギア達にも届かなくて、手はほんの少し動くのに、足は全く動かなくて、震えるだけで……

 心臓がドクドクなっているのが分かるぐらい鼓動してる。それは恐怖から? それとも焦り? …分からない。

 けれど、そんなの関係ない。今はとにかく、皆と止めないと……! 

 動いて、動いてよっ……! 動いてってば──

 

『──マスター』

「えっ──」

 

 それは一瞬で。

 気付いたらお尻と床がくっついてて、痛かった。視線が低くなって、皆さんが私を驚いた様子で見ている。

 これは、どういう……

 

「だ、大丈夫です!? やっぱり体調が悪かったですか!?」

「いくらアンタが無理しがちだからって、ふらつくほど体調が悪いなら先に言いなさい!」

「ご、ごめんねルナちゃん! そんなに体調が悪かったのに気付いてあげられなくて……」

「ひとまず外に出ましょう。ベッドを用意します」

「ちがっ…いまの、引っ張られて……」

 

 引っ張られた? 誰に? 

 誰って、()()()()()()()()()()()

 …え? 

 

「引っ張られたって、誰に?」

「誰って、剣に……」

「剣って、いくらなんでも剣が勝手に動くわけないでしょ」

「ですが、ルナちゃんの剣はまだよく分からないところがありますし……」

「…あれ? あいちゃん、あれってなんです?」

 

 私自身も驚き戸惑っていて返答に困っていると、傍にいたコンパさんが何かを指さした。

 そこはその本棚の下の微妙な隙間。しかし上から見たら分からないが、しゃがんで見たら分かる程度の場所に、薄くて白い角が見えていた。それより奥は本棚の影になっていて見えない。けど、何となく本に見えるような……

 

「これは……本?」

「紙を重ねて留めただけだけのようですが…一応本ですね。しかしどうしてこんなところに……」

「誰かの忘れ物でしょうか……」

 

 アイエフさんが手に持ったそれは、ミナさんの言う通りのまるで子供が作ったかのような本のようなもの。真っ白な画用紙で作られた本の表紙には、クレヨンで書かれたと思われる文字で『おほしさまがしってるひみつ』とひらがなで書かれている。ただし達筆。ひらがなで、クレヨンで、なのに達筆。大人が子供の真似をして書いたかのような印象を覚える。

 

「忘れ物…にしては変ですね」

「何がですか?」

「ここ数年、この部屋に入室したのは私とブラン様だけのはず。私にはその本に見覚えがありませんので、消去法でブラン様が持っていて忘れて行ってしまった、と思えば一応納得は出来るのですが……」

「とりあえず開いてみましょう。誰のか分かることが書かれているかもしれません」

「そうね」

 

 アイエフさんはネプギアの言葉に頷くと、表紙を一枚めくる。

 開かれたページには明らかに子供の落書きだと思われる絵がいっぱい書かれていた。お花や動物(モンスター)、人っぽい落書きもある。それぞれ特徴が捉えられてて絵心があって少し上手だけど……

 …これがブラン様……女神様のもの? 

 まだロムとラムの物だって言われた方が納得いくんだけど……

 

「これは…もしかしてあの子達の絵でしょうか……?」

「ミナさんはこの絵に見覚えがあるんですか?」

「いえ…ただ絵の特徴がロムとラムが描く絵と同じだったので…多分なのですが、この人らしき絵も水色がロム、ピンクがラムではないでしょうか」

「あっ…確かに! そう言われて見ればロムちゃんとラムちゃんだ!」

「ええと。じゃあその二人の間にいるのは……?」

「ブラン様だと思います」

「なるほど。これがルウィーの女神様……」

「そういえばルナはブラン様の姿も知らないんだっけ?」

「はい。写真とかも見てないですからね」

 

 調べれば色々出てくるんだろうけど、そこまで興味があるわけでもない。…ロムとラムと遊んでたら、何となく興味が湧いてきたけど。

 

「しかしこれ、ロムとラムの絵だとすれば、もしかして二人がブラン様にあげた本ってことかもしれませんね」

「そう、でしょうか…ブラン様があの子達がくれたものを、こんなところに忘れて行ってしまうとは思えないのですが……」

「じゃあブラン様のものでもないってこと? だとしたらこれって誰の本よ。まさか、ロム様とラム様のじゃないわよね?」

「あの子達はこの部屋の存在も知らないはずですから、それはありえません」

「と、ともかくもう一ページめくってみましょう!」

 

 そう言ってネプギアは一ページめくる。

 次のページにも絵は描かれているが、先ほどの絵と違い今度は絵が上手な人が描いたようなものだ。藍色を黒に近くした勝色(かついろ)を背景に、黄色い満月が描かれていて、その下には何故か白い猫が月を見上げるような絵が描かれていた。

 しかしその絵は下の方に書かれていて、そのページのメインは文字で、達筆。もしかすると表紙と同じ人が書いた文字かもしれない。

 ただしこちらはペンで書かれているので、私には比べられないが。

 さて、その文字はというと……

 

《なぞなぞだよ。

 これをとかないと、ひみつはみれないよ。

 もんだいはぜんぶで7こ! 

 せいげんじかんはないからね。

 じゅんびはいい?》

 

「“なぞなぞ”って、急に?」

「しかもこの文字…表紙と同じ筆跡ですね」

「問題を解かないと“ひみつ”が見れない……もしかしてページが開かないんでしょうか?」

「ちょっとまって」

 

 アイエフさんが一枚一枚ページをめくっていく。どうやらページが開かないわけではないようだ。

 ただし、どのページも真っ白だったが。

 

「開かないんじゃなくて、多分、文字が浮かばないのね。そういう魔法って、確かあったはずよ」

「はい。暗号を解くと文字が浮かび上がるという魔法はいくつかあります。この本もその魔法がかけられているのでしょう」

「じゃあ、問題を全て解けばその“ひみつ”が見れるんですね。ならやってみましょう!」

 

 とりあえず何故この本がここにあったのかとか、誰のだとかは置いて、なぞなぞに挑もう。

 そのぐらいの時間はあるはずだ。

 皆さんも、私の言葉にそれぞれの返事をくれる。「はい」とか「うん」とかの肯定で。

 すると本の文字が燃えてなくなるように、消えていった。

 そして浮かんできたのは、また達筆な文字。ただしひらがな。

 

《じゅんびはいいみたいだね! 

 じゃあさいしょのもんだいだよ! 

 わたしたちがいるのって、なにじげん?》

 

「いやこれ問題じゃなくて質問よね!?」

「い、いえ。なぞなぞですから、ここは素直に受け取らずに考えて……」

「え? 答えって『空次元』じゃないの?」

「いやそんなわけ……」

 

 ピンポーン♪ 

 

 アイエフさんが私の答えを否定しようとした時、本から音が聞こえた。テレビとかである正解した時の音が。

 いやこれ音も出るとか、何気にハイテクだね……

 そして、音と共に文字が焼き消え、別の文字が浮かんだ。

 

《せいかーい! 

 そうだね! わたしたちはすんでるのはそらじげん! 

 どうしてそうよばれてるのかはりゆうがあるんだけど、

 それはまたこんど! 

 さあさあ、つぎのもんだいだよ! 

 いまのそらじげんには4つのくにがあるけど、

 いちばんふるいのはどこかな?》

 

「さっきのと考えて、これは素直に答えるべきでしょうか」

「でしょうね。4つの国…プラネテューヌ、ラステイション、ルウィー、リーンボックスの中で、ってことよね?」

「でしたら答えは『ルウィー』ですね。この国は四か国の中で一番古く、歴史がありますから」

 

 ミナさんがそう答えれば、再び正解の音と、燃えて消える文字。そして浮かぶ文字。

 

《せいかい! 

 いまあるくにでいちばんふるいのはるうぃー。

 でもそのまえにもいっぱいくにはあったんだよ! 

 そらじげんさいしょのくにはるうぃーじゃないからね! 

 るうぃーはゆきぐにだけど、くにのなかはそこまでさむくないね! 

 それはめがみのかごがきいてるからだよ!》

 

「へぇ…だから街の外と比べて過ごしやすいんだ……」

「私達にとっては当たり前な知識をどうも。で、次の問題は?」

 

《むー。はんのうがつめたーい! まるでこおりだよ! 

 でもいいよ、わたしのほのおはそのていどでしずまらないもん! 

 さあさあ、おつぎはどうこたえるのかな? 

 えーっと、だいさんもん! 

 るうぃーのめがみにはふたごのいもうとがいるんだけど、

 ききてがそれぞれちがうんだよ! 

 ふたごのいもうとのいもうとはなにききかな?》

 

「…あの、これ今のアイエフさんの反応に答えてませんか?」

「あらかじめこの問題を答えた人にはその言葉が出るように設定していたのかしら。でもルナみたいな反応もあったわけだし……」

「遠隔で文字を写している…そういう魔法もあるにはありますが、余程の魔力と知識、技能が無ければ発動できません。ですのであらかじめ設定していたとしか……」

「最後まで答えてみれば、分かるかもです」

「そうですね。次の問題は…ロムちゃんとラムちゃんのことですよね」

「双子の妹の妹って、どういう意味? ロム様かラム様のどっちかでいいのかしら?」

「一応聞くですけど、おふたりに更に妹さんがいたりするですか?」

「いいえ。ブラン様の妹はロムとラムの二人だけ。おそらくですが、これはラムのことを指しているのではないかと」

「ラムが末っ子ってことですか?」

「はい。そしてラムの利き手は左。なので答えは『左利き』です」

 

ピンポーン♪ 

 

《せいかいだよ! 

 そう、らむのききてはひだり。ろむはみぎ。

 これならてをつなぎながらつえをもてるね! 

 なかよしなのはいいことだね! 

 ちなみにろむのきらいなたべものはしいたけだってしってた?》

 

「いるのかいらないのか分からない情報……」

「というかやけに詳しいですね、この本を書いた人。まさか本当にブランさんが書いたんでしょうか……」

「ブラン様がこのような趣旨の本を書く様子が頭に浮かびませんが、一応可能性として考えましょうか」

 

《というかこのもんだいをとけたってことは、

 だれかしろめがみさんしまいにくわしいひとがいたのかな? 

 まあいいや! いままでのはよきょう、れんしゅう、りはーさる。

 つぎからはこのほんにかかれていることにかんするもんだいだよ! 

 いろいろとへんかするけど、ぜんぶこたえられたらひみつがわかるよ!》

 

「と、いうことは難易度が上がるってこと?」

「あるいは問題の内容が劇的に変化するって事でしょうか」

 

 アイエフさんとミナさんの疑問に、次の問題の文章は答えた。

 

《第四問。このゲイムギョウ界にはゲイムキャラという守護女神同様その土地を守る使命をもった存在がいるが、それぞれの土地のリーダー格はある証を所持している。それぞれに色があるのだが、ルウィーの物は何色の物だ?》

 

「…急に口調が変わったわね」

「相変わらずの達筆ですけどね」

 

 ようやく本番、ということか。

 なら最初からその問題を出して、さっきまでの三問を無くしてくれれば時間がかからなかったのに。

 まあそこまでかかってないけど。

 

「ゲイムキャラが持つ証…本で読んだことがあります。確か……」

「マナメダルですか?」

「そう、それです! …あら? どうしてルナさんがご存知で?」

「実は前に偶然拾ったことがありまして…その時、ラステイションのゲイムキャラから少しだけ教えてもらったんです」

「なるほど。しかし、証を拾ったとは……」

「以前プラネテューヌのゲイムキャラが破壊されてしまった時に、犯罪組織が拾ったみたいで……」

「どっかのドジがコケて落として、それをルナが拾ったってわけ」

「そういう経緯でしたか。…あの、よければどのようなものだったか教えていただけますか? マナメダルに関する書物は一切失われていて、存在だけがあるかもしれない程度に残されているだけなので」

 

 「はい、いいですよ」と返答し、私はマナメダルの特徴を教える。本当は実物を見せた方がいいんだろうけど、実物は残念ながらラステイションの教祖に渡してしまったので、今は手元にない。

 だから覚えている範囲で教えるしかない。

 私はとりあえず宝玉の事や蓄えてある魔力のことなどを話した。

 ミナさんは私の話を聞いて、最後にいくつか質問をしてきたけど、どれも私達には分からないことで答えられなかった。

 それでも本に載っていないようなことを聞けて満足できたようだ。

 

「さて、説明も終わったところで問題の答えだけど……」

「確かこの真ん中の宝玉は、その土地を守護する女神様の色によって違うってラステイションのゲイムキャラは言ってたから……」

「ブランさんは“ホワイトハート”だから、答えは『白』!」

 

 ピンポーン♪ 

 

《正解。

 これを答えられるという事は、マナメダルについて知っている者だけ。

 マナメダルを持ち、その知識を少しでも知っているのは、それ相応の資格者のみ。

 お前達にはその資格があるみたいだな。

 だが、次は答えられるか? 

 第五問。この世界にはある物語が存在する。

 かつて人々が争ったとき、ふたりの女神がそれを止めた。

 ひとりは人を信じ、話し合いによる説得で。

 ひとりは人を信じず、実力行使で。

 その結果、ひとりの女神が眠りについたが、

 さて、そのふたりの女神とは、それぞれなんという名だ?》

 

 ネプギアが出した答えで次に進んだ問題。

 しかし、第五問として出された問題の内容は、何となく分かるような、分からないような……

 いや、多分答えを知ってるんだけど、しかも最近聞いたはずなんだけど、どこで聞いたんだっけ……? 

 

「二人の女神、ねぇ…コンパは知ってる?」

「知らないですぅ…ギアちゃんは……」

「ごめんなさい。私も分からなくて…ミナさんは分かりますか?」

「……申し訳ありません。そのような内容の本を読んだ記憶はあるのですが、内容が思い出せなくて……」

「私も何か似たような本を読んだ記憶はあるんだけど……」

 

 そう、確か何かで読んで……

 

「ここまで順調にいってたけど、まさかここで詰まるとはね」

「ここは図書館ですし、その本を探してみるです?」

「物語なら、童話やおとぎ話を中心に探せばきっと見つかりますね」

「でも、そんなことしてる余裕はないわ。この本にゲイムキャラの直し方が書かれているとは思えないし……」

「本…ほん…そう、本。でもどこで読んで…ここ最近で読んだのってこの部屋の本とロムとラムに朗読したあれだけ……ん?」

 

 そういえばあの手作りの絵本に書かれてたのも、問題と同じような内容の本だったような……

 

「…待てよ。そういえばあの字も絵も…アイエフさん、その本を貸していただけませんか?」

「ええ、別にいいけど……」

 

 アイエフさんから本を受け取った私は、改めて表紙を見る。

 『おほしさまがしってるひみつ』。その文字はさっきも思ったようにクレヨンで達筆。

 だけど、やっぱりちょっとした人の癖っていうのはあって、その字を私は見たことがある。

 それに問題のページに描かれている絵の特徴も、見たことがある。

 それにこの手作り感が物凄いする感じも……

 

「やっぱり…あの本と同じ癖だ……」

「ルナちゃん、あの本って?」

 

 私はこの本とロムとラムと読んだ本の、手書きだからこそ出る癖が同じだということを伝えた。

 

「ならその絵本の内容が答えになってるのかしら?」

「あの子達の持っている手作りの絵本…確かあの人が作ったと……」

「ミナさんは何かご存知で?」

「…ええまあ。少し前までこの教会にある人が居候していたのですが、多分その絵本はその人がロムとラムのために書いてあげたという絵本だったかと」

「ならその人がこの本の持ち主さんです?」

「さあ、そこまでは。ただ、もしそうだとするなら、尚更おかしなことになります。彼女はこの部屋に入ることも…ましてや存在すらも知りませんから」

「ふうん。ともかく答えに近づいたわね。ルナ、その絵本に二人の女神って出てきた?」

「はい。確か、人と話し合いをしようとしたのが、『星の女神』。人の行動に怒り、隕石を降らそうと…実力行使をしようとしたのが『月の女神』です」

 

 ピンポーン♪ 

 

《ほう。これも分かるか。

 ならば、この先の質問にも答えられそうだな。

 第六問。この世界にはある剣が存在する。

 月の加護を受けた剣。

 その名を答えよ》

 

「この答えってルナちゃんの、かな?」

「でしょうね。加護を受けているのかは分からないけど、名前がそれだし」

「はい。多分。加護云々はわかりませんが……」

 

 月の加護って受けてるの? 

 

『はい。受けていますよ』

 

 へえ。

 あっ、だから私は新月の時にああなったり、満月の時に力いっぱいになるみたいなんだね。

 

『そうですね。そう思っていて構いません』

 

 なるほどぉ……

 …月の加護を受けてるとか、凄いな私。どこの勇者? 

 

『マスターは勇者ではありませんよ』

 

 それは分かってるよー。

 

「と、いうことは、答えは『月光剣(ムーンライトグラディウス)』ですっ」

 

 ピンポーン♪ 

 

《正解。もはやアイツが傍にいるんじゃないかと思えてくるな。

 次が最後の問題だ。考えてみれば分かるんじゃないか? 

 第七問。女神にとって正にもなり、負にもなりうる存在は?》

 

 この問題は、すぐには答えが出なかった。

 私には全く分からない。だって私は記憶が無いから、その辺りの知識もないし。

 だから周りを頼ろうと思ったけど、ネプギア達も悩んでる。

 人間であるアイエフさん達はともかく、女神候補生であるネプギアや教祖のミナさんが分からないんじゃ、この問題って難しいのかな? 

 

「女神様にとって正とも負となる存在…どちらにもなる存在となると、思いつきませんね……」

「負の存在だけ考えるなら、犯罪神という答えは出るですけど……」

「犯罪神は決して私達にとって良い存在にはなりませんから、それが答えではありませんね」

 

 ネプギアの言う通り、女神様にとって犯罪神が良い存在だなんてことはありえない。それだったら今頃女神様は捕まってないはずだ。

 ならば答えはもっと違うところから出てくるんだろうけど……

 

「モンスター…はさすがにないかしらね。ほとんどのモンスターが人を襲うわけだし」

「例え正の存在だとしても、それは女神様にとっての存在じゃなくて、人にとっ、て…の……」

 

 アイエフさんの言葉に、例外としてエル君を頭に浮かべながら私は思ったことを話して、何か引っかかりを覚えた。

 気のせいかと一瞬思ったが、多分こういう引っかかりは答えに近づくんじゃないか。そう考えたら私は自分の発言を頭の中で繰り返す。自分の思考も思い返して、考える。

 考えて、考えて、考えて……

 

「ルナちゃん? 急に黙り込んでどうしたの?」

「…うん、ちょっとね」

 

 まだ答えかもしれない存在が分かってないし、余計な情報で混乱させたくない。そう思って誤魔化す。

 …っと、そういえばネプギアは候補生とはいえ女神様本人なんだし、私より分かると思うんだけどな……

 まあそれはさっきも思ったけど。

 でも人間の私達よりも分かるんじゃ……

 …うん? 今分かったような……

 ちょっと整理してみよう。

 問題文は「女神様にとって正にも負にもなる存在とは」。

 つまり女神様にとって良い存在にも悪い存在にもなるもの。

 それに当てはまる存在って、まさか……

 

「…答え、分かったかもしれない」

「ほんと!?」

「ふぇっ、ネ、ネプギアっ、近いよ……!」

「あっ、ご、ごめんねルナちゃん」

「う、ううん、落ち着いてくれればそれで……」

 

 興奮したネプギアが身体ごと顔を近づけてきた。

 それってつまり、可愛い子が迫ってきたってことで、私は驚いたのと同時に顔が赤くなるのを見られないようにと顔を背け、ネプギアに離れてもらう。

 …うん、自分で言っておきながら離れられちゃうと寂しくなっちゃうね。

 い、いや、そんなこと思ってないで、早く言わなきゃ。

 

「それで、答えは何だったです?」

「いえ、まだ合ってるかどうか分からないんですが……」

「大丈夫よ、回答の回数や時間制限なんて書いてないから無いでしょうし」

「では…問題文の『女神様にとって正とも負ともなりうる存在』。それはずばり、『人間』です」

 

 ピンポーン♪ 

 

《…正解。よく数ある答えの中からその答えを導いたな。

 そう、女神にとって正とも負ともなりうる存在。

 それは人間。

 何故かは…答えを導けたお前には分かるだろう?》

 

 本の問いかけに、私は頷く。

 一方で私が答え、合っていた解答にアイエフさん達の反応は大体二つだった。

 コンパさんとネプギアはどうしてその解答で合ってるのか分からないといった具合に首をかしげていて、アイエフさんとミナさんは苦い顔をしながらもその解答に納得しているみたいだった。

 その辺りは職業とか、環境とかの差かもしれない。後は知ってることの量の差とかか。

 

「どうして答えが人間になるです?」

「えっと…人ってそれぞれ思ってることが違って、だからこそ複数の女神様が生まれて、女神候補生が生まれる。そして犯罪神もまた人によって存在し続けるから…ですかね?」

「ちょっとよく分からないです」

「簡単に言えば、良い人間は女神の力になるけれど、悪い人間は犯罪神の力になる。もしくは自分達自身で女神にとって悪いことをしてしまう。だから人によって違うけれど、ひとくくりに『人間』って纏めてしまえば問題の『女神にとって正の存在にも負の存在にもなりうる存在』に当てはまる、ってことじゃない? 解釈ってこれであってたかしら?」

「は、はい。合ってます。簡単にしてくれてありがとうございます」

「いえいえ。しっかしどうしてこれを答えにしてるのかしらね」

「分かりませんが、これで七問全てを答えられましたし、この本に載っている秘密が読めるはずですが……」

「時間もだいぶ使っちゃったし、ゲイムキャラの直し方が書かれているといいけど」

「……あっ」

「…まさかルナ、アンタ目的を忘れてたわけじゃないでしょうね?」

「そそそ、ソンナワケナイジャナイデスカー。アハハー」

「棒読みよ。全く……」

「おや? どうやら文字が変わっているようです」

「え? あらホント」

 

 ミナさんの指摘で再び本に目を移せば、そこに書かれていたのは元のひらがなだけの文字であった。

 

《ぜんもんせいかいおめでとー! 

 ねえねえ、むずかしかった? むずかしかった? 

 ひとによってはむずかしくなかったかもねー。

 さーて、それじゃぜんもんせいかいしたあなたたちには、

 このほんにかかれたわたしがしってるひみつがよめるよ! 

 なお、りかいできるとはかぎらない! 

 きっとあなたたちがほしいじょうほうも、あるんじゃないかな》

 

 私達が知りたい情報……

 それは勿論ゲイムキャラの直し方だ。

 もし本当に書かれてるんだとしたら…それは偶然か、必然か。はたまた策略か。

 まあ、そんなことを読んでもいないのに考えたって仕方ないんだけど……

 

「じゃ、読んでいくわよ──」

 




後書き~

ちなみに今年の抱負は、一年で12話以上更新することです。但し一つの作品に対して。
ですので実質24話ですね。毎週木曜日と日曜日に欠かさず更新してるあの人に到底及びません。誰かとは言いません。少し前までルナがお世話になってたイリなんとかさんとかオリジンなんとかの人です。
それと、毎回な気がしますがこれでストック切れたのでまた更新が遅れるかもしれませんが、気長に待っててください。私の人生が終わらない限りちゃんと完結まで書くつもりなので。
それでは皆さま、今年もよろしくお願いしますね!
Let's make this new year a great one!
(今年を、最高の一年にしましょう!)

今回のネタ?のようなもの。
・名探偵な漫画に出てくる怪盗さん
『名探偵コナン』に出てくる怪盗キッドのことですね。確かどこかの話で指紋を偽造する、なんて技をやってのけていたのを思い出しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話『物事は簡単にはいかない』

前書き~

前回のあらすじ。
クイズに答えたら本が読めるようになりました。
今回はゲイムキャラを修復するための材料を探しに行くそうです。
肴を片手にごゆるりとお楽しみください。


 ──結論から言えば、書いてあった。

 修復に必要な材料。道具。やり方。初心者でも頑張れば直せるほど簡単に書いてあった。

 残る問題はその材料がどこで入手できるものかだったが、それもアイエフさんやミナさんの知識で難なくクリア。月光剣も二人の知識は正しいと言っていたので間違ってない。

 この他にも本には月光剣に関することとか、物語に出ていた月の女神と星の女神について書かれた文章など、気になることがいくつも書かれていたが、残念ながら今はそれらを読んでる暇はない。

 ひとまず本は、内容が気になるから、という理由でミナさんが預かり、私達四人は材料を集めに向かうことにした。

 さあ早く集めてゲイムキャラを直すぞー! っと意気込みつつ玄関へ向かう私達。そこで二人の小さな影が私達を待っていた。

 

「よかった、まだいた(ほっ)」

「なによ、まだいたの? おっそいわねー」

「ロム、ラム…? 二人とも、どうしてここに……」

 

 さっきまでの部屋着と違い、それぞれ水色とピンクのコートに身を包んで、暖かそうな恰好をしているロムとラム。ポーチを肩から斜めに下げており、今すぐにでも出かけることが出来る様子で、もしかしてって期待してしまう。

 

「みんなのおてつだいをしようって、ラムちゃんと」

「ふ、ふん。ロムちゃんにいっぱい言われてしかたなくよ! まだそこの女神はしんよーできないけど、わたしたちの国のためにがんばってくれるんだし。そ、それに、ルナちゃんは…その…わたしたちの、お友だち、だから」

「~~~っ! うんっ、うんっ!」

 

 ラムのその言葉に私は心が舞い踊るほど、というか本当に踊ってしまいそうになるほど嬉しくなって、勢いよく首を縦に振る。

 自分のことながら、少し前のラムの言葉が思ったよりも深く心に刺さってたみたいだ。

 表情にも喜びの感情がありありと映っていたのだろう。コンパさんが笑顔で「よかったですね、ルナちゃん」と声をかけてきたので「はいっ!」と元気よく返事した。

 ネプギアもネプギアで「まだ信用できない」という言葉に苦笑いしつつも、とりあえず敵ではないと思われたことで安堵している様子だった。

 よし、これで仲間が二人も増えたぞ! しかも片手剣×2と短剣と注射器という近距離攻撃がほとんどだったパーティに魔法使いが二人も! 

 バランスのいいパーティになったね! 

 

「二人が手伝ってくれるなら…そうね。人数もそれなりにいる事だし、二手に分かれましょうか」

「二手、ですか?」

「ええ。三人ずつに分かれて素材を取りに行けば時間を短縮できるはずよ」

「そうですね、幸い必要な材料の入手方法は分かっていますから、二手に分かれましょう」

 

 アイエフさんの案にネプギアや私達も賛同し、早速話し合いによるチーム分けをした。

 その結果──―

 

 

 

「モンスターはあっちにいるのね! 行くわよ、ロムちゃん! ルナちゃん!」

「うん……!」

「ちょっ、そんな風に走ったら転んじゃうよ!」

「わたしがそんなドジするわけ…わわっ、へぶっ」

「ほら言ったのに……」

「ラムちゃん、だいじょうぶ……?」

「うぅ…へーきよこれくらい! それより早くアイテムを見つけて、ネプギアよりも早くミナちゃんのところまで持ってくんだから!」

「別にネプギア達と競ってるわけじゃないんだけど……」

「でも、急がないと」

「それもそうだね」

 

 対抗心を燃やしながら元気に走り出して、ちょっとした段差で転ぶラム。

 そんなラムに駆け寄り、心配するロム。

 見た目が幼い二人の傍にいるからか、いつもより年上として頑張ろうって思ってしまう私ことルナ。

 そんな三人チームが出来上がった。

 勿論こっちがこのメンバーなら、ネプギアの方はアイエフさんとコンパさんがいる。

 本当ならネプギアを私の代わりにこっちのチームに入れて、三人一緒にいることで仲良くなるかなって密かに考えてたんだけど、残念ながらラムが拒否。ネプギアとラムが仲良くなる時はまだ先だったようだ。

 ただまあロムのネプギアに対しての警戒心が無くなったから、ロムを通じて二人が仲良くなってくれることを祈るかな。

 

 そんなやり取りをしながら私達が目指すのは、ルウィーの街から少し歩いた先にある森林。その森の中にある古い廃墟。

 なんでも昔はそれなりに栄えた展示場だったみたいだけど、もっと大きくて立派な展示場が出来たから、という理由で廃棄されたそう。で、世知辛いことにお金が無くて壊すこともできない~ってやってたらモンスターが住みついちゃって、今じゃダンジョンになってるとのこと。(ネプペディア調べ)

 そんな場所へ、私達は材料の一つ『レアメタル』と呼ばれる金属質のアイテムを取りに行くところである。『メタルシェル』っていう殻に包まれたモンスターが落とすらしいんだけど……

 

「あっ! あっちに何か見えたわ!」

「あっち……? (きょろきょろ)」

「行ってみましょ!」

「うんっ……!」

「あっちょ、待ってよー!」

 

 何かが見えたらしいラムが雪道の中を軽々と進んでいく。それに続いてロムも同じように雪を上手に踏みながら進む。そんな慣れた様子で走ったりする二人を追うのは一苦労だ。

 

「うぅ…転ばないように、転ばないように……」

「もーっ! ルナちゃんってばおっそい! そんな道ちょちょいと歩けるわよ!」

「そ、そんなこと言ったって、君は雪道を走るのに慣れてるんだろうけど、こっちは初なの! むしろ今まで転んでないことを褒めて欲しいな!」

「ルナちゃん、がんばってっ」

「はぅ…ロムの応援が身に染みる~」

「むー……」

 

 ロムの可愛らしい応援に励まされていると、ラムはラムで少しだけ不機嫌になっていた。

 え? もしかしてさっきの言葉、ラムの気に障っちゃったのかな……

 

「もうロムちゃん! ルナちゃんなんておいて、さっさと行こっ!」

「わわっ、ラムちゃんまって……!」

「あぁ、二人とも~……」

 

 更にずんずんと進むラムに、追いかけるロム。

 そして私は更に二人との距離が離れていく……

 

「ふえぇ…二人とも待ってよ~…置いてかないで~……!」

「おいて行かれたくなかったら早くー!」

「がんばって、ルナちゃん……!」

「うぅ…ふたりともハイペースだよぉ……」

『マスター、頑張ってください。目的地はもうすぐですよ』

 

 これがルウィー(雪国)の女神候補生…恐るべし……

 なんて嘆きつつ、途中月光剣にも励まされつつ、何とか二人の元へと雪を踏みしめる。

 街に入る前までの道のりでも道なき道を歩いて行ったけど、あの場所はまだ雪が薄い方だったんだなぁ、と体感しながら進む。

 少しして、空気の変化に気付いた。目に見える変化ではないけど、何だかこう、肌に触れるものに空気以外の何かが含まれているような、そんな感覚。

 前にもこの感覚を感じたことがある。そう気づいたけど、いつ、どんな状況でだったかはすぐには思い出せない。

 でも確かにこの感覚は感じたことがあるはずだから……

 そういえば二人はこの変化に気付いているのだろうか、と先にいる二人を見るが、二人が何かに気付いた様子はない。

 何か悪いものが、という感覚ではないからそこまで気にしなくてもいいのかな……

 そう考えていると、月光剣がふと思い出したように私の疑問に答えた。

 

『そういえばマスター。この先にあるダンジョンですが、かつてマスターが四つに分けた力の一つを置いた場所となります』

 

 あぁ、それだったか! 

 道理で以前にも感じたことがある感覚だと思った。

 ならこの先のダンジョンではアイテムの回収をするのと同時に、その力の一つを回収することが、私の目的になるわけだね! 

 

『その通りです。やり方は覚えていますね?』

 

 えーっと、確かその空間で、剣で空気を切るように振ればいいんだっけ? 

 

『はい。よく覚えていましたね。偉いですよ、マスター』

 

 わーい! 月光剣に褒められたー! 

 …って、もしかして子ども扱いされてる? 

 

『いえいえ。私がマスターを子ども扱いなど、するわけありませんよ』

 

 ほんとかなー? 

 何となく疑わしいけど、月光剣のことだもん。一応信じてあげようではないか。

 それに、子どもと言えば子どもだからね。見た目なら。

 実際はどうなのかって訊かれたら、覚えてないから分からないけど。本当は見た目だけは若いけど、コンパさん達より年上かもしれないし、案外成長が早いだけで見た目より年下かもしれないし。

 精神的には子どもってほどではないはずだよ、うん。

 

 なんて月光剣と会話しながらも前を見ながら進んでいると、突然「あーっ!!」ってラムの大声がして、私はビクって驚いて、動きが止まった。

 何が起きたのか分からなくて、オロオロしていると先のほうにいたラムが走りだし、そのラムを追いかけるようにロムが走って、見えなくなった。

 そしてすぐに二人が誰かと会話しているのが聞こえてきた。

 遠くて何を話してるのかは分からないけど、声色をみるに知り合いに偶然会ったような、そんな良い雰囲気ではない。むしろ嫌いな相手とか、敵に会ったときのような声。

 その時点で私の中で「もしかして犯罪組織の誰かがいたのでは」と思い、走り出す。

 その予想は当たりで、二人が見えなくなった位置まで行くと斜面になっていて、その下では二人の他に人がいた。

 灰色のパーカーを着た緑髪の女。

 初めて会った時はいっぱいボコボコにされて、その後は本人と戦う前に逃げられた、あの人。

 今はキラーマシンを復活させにダンジョンに籠ってるって聞いてて、こんなところにいるなんて思ってなかったから、私はついつい大声で叫んでしまう。

 

「あーっ!! リンダ!!」

「だからアタイは下っ端じゃ……ん? おい待て、今お前アタイのことなんて呼んだ?」

「リンダって呼んだけど…名前間違ってた?」

「え? こいつの名前、したっぱじゃないの?」

「したっぱさん……」

「っだぁ! だから下っ端じゃネェ! くそっ、女神のやつ、揃いも揃ってアタイを下っ端呼ばわりしやがって! …まぁそこのオマケは女神ほど悪りぃやつじゃネェみてェだな」

「うん? なんか私、悪い人からの評価が上がった?」

 

 単に名前を呼んだだけでこれって…そんなに下っ端って呼ばれるのが嫌なのかな。それとも弄られ過ぎたのかな。

 弄られるってことは愛されてるって解釈もできるから、ちょっとだけ羨ましいけど……

 

「って、オマケ!? 私ネプギア達のオマケなの!?」

「オマケだろ?」

「オマケ…女神様のオマケ…うぅ…そんなに存在感薄い……?」

 

 た、確かに私ってネプギア達に付いて行ってるだけだし、何だかんだしててもいざってときはいないこともあるし、というか今回のゲイムキャラの件だって私がいない間に事が進んでたし、ロムが誘拐されたとき、私海の上だし……

 

「オマケ…女神様の……い、いや、むしろ女神様のオマケなんてそうそうなれないから、レア度は高いかも……!」

「ポジティブだな……」

 

 普通は女神様の従者とか、信者とか、そういうのにしかなれないもんね。お菓子のオマケって、嬉しい人には嬉しいし。逆にそっちがメインで買う人もいるわけだし。

 …すぐにゴミ箱に行くこともあるだろうけど……

 

「うぅ…私、いらないオマケじゃないよね……少しは役に立つよね……」

「ちょっとルナちゃん! そんなことでおちこんでないで、わたしたちといっしょにしたっぱをつかまえるわよ!」

「このまえの、おかえし……(ぎゅっ)」

「へっ、女神なんかに捕まってたまるかよ!」

「オマケ…オマケ…オマケって何だっけ……?」

「ルナちゃん!」

「はわっ! ご、ごめんすぐ行く!」

 

 ラムの呼びかけでゲシュタルト崩壊しかけていた意識を自分の中から目の前で起こる戦闘に向け、行動に移る。

 斜面を滑るように駆け下りながら、月光剣を構える。

 リンダは私より近くにいた二人に殴り掛かりに行っていたから、駆け下りた勢いのまま突進する。

 直線的なその行動は当然のように躱されて、リンダは標的を私に変え、パイプで殴り掛かる。

 私はそれを剣ではじいたり、斬りに行けばはじかれたり、受け止められたり。

 何度か金属同士がぶつかる音がして、一度距離を置き、リンダを見る。

 ──余裕そうな目。私に勝てるって、思ってる。

 それもそうか。前回リンダと直接戦った時、ボコボコにされてるんだった。

 たった一発で倒れて、しがみついても結局最後はネプギアが何とかしてた。

 …今回も、そうなのかな……

 無意識に構えていた剣が下がる。

 でもすぐに私はその気持ちが間違っているって気づく。

 だって──

 

『せーのっ、アイスコフィン!』

「なっ、ぐあっ!」

 

 私を相手に油断していたリンダは、あっさりと氷の塊に当たって姿勢を崩す。

 考え事をしていたって、その隙を逃す私じゃない。すぐさま接近して、剣を下から上へと振るう。リンダは避けることも防御することもできずにモロにダメージを食らい、地面を転がった。

 

「ふっふーん! どんなもんよ、わたしたちの魔法!」

「ルナちゃん、いっしょにがんばろっ……!」

「…うん。二人とも、ありがとう」

 

 二人のその様子に、私は心から二人が頼もしいと感じた。

 自信満々なラム。一緒に頑張ろうと励ますロム。

 …うん。私ってホントに馬鹿だよねって思う。

 こんな素敵な、可愛らしい小さな女神候補生が二人も付いているのに自信を無くしかけるなんて。

 心配するどころか、私が心配されたり励まされるなんて。

 でも、もう大丈夫。

 だってちゃんと思い出したから。今も、今までも、仲間が一緒だってこと。

 そして、あの時の私と、今の私は全然違う。いっぱい努力して、あの時の何倍も強くなった。

 元の私と比べれば、そりゃ弱いままだけど、それでも日々近づいている。

 だから、大丈夫。あの時は負けたけど、今回は負けない。負けたくない。

 だから勝つんだ。勝って、その余裕だと思ってるリンダを見返してやる!! 

 

「前の私と同じだと思わないことだよ!!」

「アンタなんて、ぎったんぎったんのぼっこぼこにしてやるんだから!」

「…負けない」

「ガキどもが…チョーシに乗ってんじゃネェぞ!!」

 

 鉄パイプを振り回しながら殴りかかってくるリンダ。それを受け止めたり、躱したりしながら防戦一方で応じる。

 ただ私ばかりに構っていると、やっぱり……

 

「えぇい!!」

「やぁっ…!」

「ちっ……」

 

 横から飛んでくる二つの氷の塊。よく見たら形があって、ハート型や星型などがある。攻撃魔法にこんなおちゃめを加えるなんて、二人らしいといえばらしいなって思って、笑みがこぼれる。

 

「くそぉ…笑いやがって……!」

「えっ……わわっ、違う違う! 君を笑ったわけじゃなくて……!」

「言い訳なんざいらネェ! いいぜ、テメェを先に片付けてやる!!」

「えぇぇっ!?」

 

 激怒して更に攻撃が激しくなる。けど、それはそれで好都合。

 だってこれならロムとラムへの意識が逸れるから。

 だからといって、いつまでも防戦一方でいる私じゃないよ! 

 

「さて、今度はこっちのターンだよ!」

「へっ、さっきから防御してばっかだった奴が何を──」

「ふっ……!」

「──言って…ぇっ!? はやがっ!?」

「えいっ! ていっ!」

「ぐっ、あぎゃっ!」

「だぁ!」

「ぐぼぁっ……!!」

 

 三回斬りつけてからの突き上げで、リンダは弧を描くように飛ばされる。

 剣が刺さる、なんてことはない。そうならないように対人間戦では『非殺傷設定』になってるって前に月光剣が言っていた。

 だからこれで食らうのはダメージと少しの怪我。

 だからこそ、この程度で終わるとは思っていない。

 ドサッと雪の上に落ちたリンダの様子を、私は剣を構えながら見る。

 リンダはすぐに立ち上がるが、その姿にさっきまで見れた余裕はない。

 

「へ…へっ、少しはやるじゃネェか……」

「アレ? もうへばったの? まだ攻撃し始めたばかりだよ?」

「…ンだと? こんのガキんちょがああああ!!」

 

 言いながら自分でも分かりやす過ぎる挑発だって思ってたのに、案外簡単に釣れてしまった。

 まあ少し前までは自分より圧倒的に弱い相手だと思ってた人にこうもやられたりしてれば、そりゃ怒りの沸点が下がるか。

 でも、こうやって簡単に釣れると、こっちはこっちでありがたいんだけどね。

 

「食らいやがれェ!」

「いらないよ!」

「ぐっ、この──」

「えい…やぁ……!」

「てりゃあ!」

「ぐあっ! クッソォ、ウゼェ!」

「はいはい。二人を攻撃したいならまず私を倒してからにしてもらおうか!」

「チィッ!」

 

 私とリンダが離れた隙を狙って魔法をどんどん飛ばす二人。それで標的を二人に切り替えようとしてもすぐに私が出て、後衛の二人に攻撃をいかせないようにする。

 相手はリンダただ一人だからこそできることだけど、それにしては二人との連携がそれなりにとれてる気がする。

 今まで私は連携プレイというか、ただネプギアやアイエフさん、コンパさんの攻撃の隙間を埋めたりすることが多かったから、今みたいな私の攻撃の隙間を誰かが埋めるといった戦い方は初めてで、新鮮な気持ちだ。

 この調子でいっぱい攻めていけば……! 

 

「はああああ!!」

「おりゃああああ!!」

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「ぜぇ…ぜぇ…」

 

 戦闘から一時間かそれ以上か。

 結果は見れば明らかで、方や息を切らしながらも剣を構え、方や地面に倒れていた。

 もちろん、倒れているのがリンダで、立っているのは私。

 苦戦はしなかったけど、なかなかにしぶとかった。無傷での勝利、なんて出来なかったし。かといって大きな怪我をしたわけでもないけどね。

 ともかくリンダにはもう立ち上がる力も無いみたいだから、ひとまずは身体の力を抜き、剣を鞘に仕舞う。

 それが戦闘終了の合図のようなものになったようで、ロムとラムが駆け寄ってきた。

 

「ルナちゃんだいじょうぶ? 今なおしてあげるね……」

 

 ロムは私に近付くとそう言って私の身体に触れる。すると触れられたところから癒されるような魔力が私の身体に入ってきて、みるみるうちに擦り傷や打ち傷の痛みが消え、癒えていく。

 これがもしかして、噂に聞く治療魔法というやつで……! 

 

「ほぇ…凄い。ありがとう、ロム!」

「どういたしまして……」

「むぅ……」

 

 感動しながらロムにお礼を言っていると、ラムは何故か不機嫌になっていた。

 うん、なんで? 

 頭の中で考えて、そういえばラムにもお礼を言わなきゃな、と思い至った。

 

「ラムもありがとう。ラムの氷魔法もすごかったよ!」

「へ、へっへーん! そりゃそうよ! わたしとロムちゃんの魔法に敵う相手なんていないんだから!」

 

 おぉ、一気に機嫌が良くなった。

 なるほど、ロムだけ褒められてたのが嫌だったのか。そうかそうか。

 う~ん、ラムの可愛いところ見つけちゃったな~

 

「って、和んでる場合じゃなかった。リンダは…っと」

 

 チラリとリンダが倒れていた場所を見ると、リンダは倒れたままだった。

 いつも逃げ足が早いから心配したんだけど、今回はそうでもないみたいだね。

 意識もあるみたいだし、これなら色々聞けそう。

 私がリンダに近付くと、二人もまた付いて来て、三人でリンダを囲った。

 一応私はいつでも抜けるようにと柄に手をかける。二人も杖を抱えたままだ。

 リンダは倒れたまま私達を見上げ、睨みつける。まだ反抗する気はあるみたいだ。

 でも身体はついていけないんだよね。私もあったな、似たようなこと。

 しみじみと思い出しつつも、私はリンダに質問を投げる。

 

「で、なんで犯罪組織の構成員さんがこんな森の中にいるの?」

「へっ、そんなの言うわけネェだろ」

「うん、まぁそういうよね」

 

 そう簡単に吐くほど簡単な相手なんて思ってないから、予想通りの答えではある。

 こういう時ってどうしたら吐いてくれるんだっけ? 脅す? 

 

「誰がメダル探しに来たなんて言うもんかよ!」

「…さいですか」

 

 いや言っちゃってるよね? なんてツッコミはしないよ。したら負けな気がする。

 しかもあるのか。メダル。多分マナメダルのことだよね。こんなとこに探しにくるとしたらそれぐらいだろうし。

 なんて私が呆れていると、二人には何のことか分からないようで首をかしげていた。

 

「メダルって、ゲームセンターの100クレジットで10枚もらえるあれ?」

「いっぱいがんばってゆうしょうするともらえるあれかも……」

 

 そういえば二人はマナメダルのこと知らないもんね。かといって説明するような状況でもないし、後回し。

 

「で、そのメダルはどこにあるって?」

「はぁ? なんでテメェ、アタイがメダル探しに来たなんて知って……あっ」

 

 そこまで言ってようやく自分が思いっきり口を滑らせたことに気付いたようだ。

 

「くそ…まさかアタイが誘導尋問なんかに引っかかるとは……」

 

 うん、そんなの全くやってないよ? 思いっきり君が自爆しただけだよ? 

 これは簡単に吐いてくれるかも……

 

「で、どこだって?」

「………」

 

 あ、今度は黙っちゃった。

 そうだよね、口を開けば余計なこと言うかもしれないもんね。

 でもこっちとしては話してもらいたいんだけど……

 あっ、そういえばこれも訊きたかったんだった。

 

「じゃあ別の質問。君は確かゲイムキャラを破壊した後、そのままダンジョンにいるって聞いてたけど、どうしてここにいるの? キラーマシンはどうなったの?」

「………」

 

 何も言わない、か。

 仕方ない。素人が何言っても口を割ってくれないだろうし、ここは捕まえて教会の専門の人に任せた方が良いよね。

 そうなると一度街へ引き返さなきゃ。

 その考えを二人に言うと、案の定ラムは「え~……」と不満な声を出し、「ほーちでいいでしょ」と言う。けど放置なんてすれば逃げちゃう。ロープも持っているけど、それだって頑張ればちぎれてしまう程度のものだし、そうじゃなくても寒い雪の中で、モンスターが出てくる環境で放置はまずい。で、引き返さないとしたらダンジョンの中にまで引っ張っていかないといけない。でもそれだといつ逃げ出すか、気を張ってなきゃいけないし、リンダに気を取られてモンスターに先手を取られてしまう場合もある。

 それならさっさと街に行って警備隊の人に渡して、荷物が無い状態で探索した方がいい、と私はラムに説明した。

 その話を聞いてラムは面倒臭そうにはしているが、納得してくれた。ロムはラムが納得してくれたので、賛成してくれた。

 

 早速ロープを取り出すと、二人に協力してもらってリンダの手を背中で重ねて縛る。解けないようぎゅっと締めると「イッテェ! オイ、もっと優しくしやがれ!」と怒鳴られる。

 けど、それで逃げられたら嫌だから、もちろんその意見は不採用だよ。

 それからロープがまだ余ってたから、腕も動かせないよう胴体ごとぐるぐると縛る。その間にもいろいろ喚いていたけど、無視してきつく縛り上げる。

 足も縛ろうか、と思ったけど、それだと歩けなくなるからダメだし……

 あっ、ならロムとラムに人が乗れるくらいの大きさの氷の塊を出してもらって、それを月光剣で箱の形にしてリンダを乗せて押していけばいいんじゃ、って考えたけど、いくら雪の上を氷で、っていっても重いかな。と思いつつ、ひとまず二人に相談すると、二人とも乗り気で氷の塊を出そうとする。

 まあ何事もやってみれば分かるよね、と私は楽観的に見ていた。

 

 

 

 

 

 ──油断が命取りだと、私は実感した。

 敵が目の前にいるのだから、警戒を解くなんて自殺行為だとこの時知った。

 でもやっぱり、これは誰も想像できないんじゃないかな、と諦めた。

 

 月光剣が気付いた時にはすでに敵の射程圏内で、私が月光剣の言葉を理解する前に敵の武器は私を貫いていて、一瞬何が何だか分からなかったけど、怪我をした、ということだけは分かって、あぁせっかくロムに治してもらったばっかりなのにな、とどこか他人事のように考えていた。

 そこまで考えてようやく麻痺した脳が動き始めたようで、刺さった箇所から一気に広がるように痛覚が身体全体を支配した。

 

 痛い痛いいたいイタイッ……! 

 

 倒れる体に合わせて動く視界の中で、ラムが驚いて私の名前を叫び、ロムは急に現れた敵に怯えているのが見えた。

 

 駄目だ。立たなきゃ。二人を守らなきゃ。

 

 どれだけそう思っていても、私の身体は不自然なほどに動かない。まるで新月の日のようだと思った。

 傷口からドバドバと温かい液体が流れているのを感じて、相当深い傷を負ったんだなと理解した。

 

 これ、死んじゃうんじゃ……

 

 まだ冒険は中盤ぐらいだっていうのに、こんなとこで死ぬなんて嫌だなぁ、なんて思いつつ、その他に分かったことは、薄れゆく視界の中でロムとラムが女神化したことと、棒から先にかけて徐々に鋭く、曲がった刃物が赤い何かにまみれていたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ──●●●は、独りだった。

 自分を慕う存在(人々)はいても、誰もが彼女を遠目に崇めるだけだった。

 ●●●は思った。独りは寂しいと。

 やがて●●●は自分とは違う、人々の想いから生まれ、人々の想いを力にする存在を生み出した。

 やがて人々は●●●よりも『想いに応える者』を慕い始め、彼女は再び孤独となった。

 だから●●●は自らの魂を裂き、もう一人の存在を生み出した。

 ●●●は彼女を、(●●)と名付けた。

 ●●●は多くの力を失い、●の女神となった。

 やがて(●●)は●の女神とは違う存在となり、彼女達は互いに互いを慕い合う、一柱と一柱となった。

 彼女の存在は、●の女神にとって心の支えとなったのだ。

 

【第●章】第●節[●の女神の誕生]

 




後書き~

次回、誰がルナを刺したのか……
ではまた次回もお会い出来ることを楽しみにして。
See you Next time.

【余談】
この話は同じハーメルン様で投稿されているシモツキ様の作品『超次元ゲイムネプテューヌ Origins Relay』のコラボエピソードに繋がっています。今後の話ではその時の話を少しばかり組む予定ですので、読まれていない方はそちらを読まれるとより本作を楽しめるかと思います。
勿論読まれていない方にも分かるよう書くつもりですので、今後とも空次元とルナをよろしくお願いします。
下記のリンクより飛ぶことが出来ます。
[https://syosetu.org/novel/194904/]


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話『かげでみまもるもの』

前書き~

今日はエイプリルフール!
…といっても、別に何かするわけではないですけどね。
普通に投稿です!
それでは前回のあらすじ。
ルナちゃん刺された!血ドバドバ……
ロムちゃんラムちゃん大丈夫!?
ルナちゃんを刺した犯人は一体誰だ!?
なんだか次回予告みたいなあらすじになりましたが、お花見しながらごゆるりとお楽しみください。


 それは彼女達にとって突然の出来事だった。

 ロムとラムが気付いた時には彼女は既に刺され、傷口から血が流れ出ており、その体は地面へと倒れ伏すところであった。

 ラムは彼女の名を叫び、ロムは突如として現れた彼女を刺した敵に怯えている。

 そんな中リンダと呼ばれていた人間は、突如現れた人物を見て満面の笑みを浮かべ、その目を輝かせていた。

 自分を助けに来てくれた。あの人間にはそう見えたからだ。

 

「──っ、マジック・ザ・ハード様!!」

「………」

 

 マジックはリンダには見向きもせず、地面に横たわり血を流す彼女を睨むような目つきでじっと見ていた。

 一方でロムとラムはその場から動けずにいた。

 初めて見る大量の血。目の前の敵から感じる強大な力。

 まだ幼い彼女達に怯えるな、と言う方が無理だった。

 しかし友達を傷つけられた。その悲しみと怒りが二人の気持ちを奮い立たせ、二人は女神化し、杖を構え魔法陣を展開し、魔法を放とうとした。

 が、魔法が放たれるその前に、マジックの武器である鎌が二人を襲った。

 二人はその素早い攻撃にまともに防御も出来ず、突き飛ばされる。

 速いだけでなく威力も相当で、地面に転がった二人は呻き声を漏らし、苦痛ですぐには立ち上がることが出来なかった。

 その間にマジックはその鎌でリンダを縛る縄を切り、リンダを解放した。

 

「ありがとうございます、マジック様。すんません、油断しちまって」

「いや、いい」

 

 リンダの言葉にたったそれだけを返すと、マジックは再び血まみれの彼女を見る。

 噴水のように血を撒き散らしているわけではないが、傷口から溢れる血は静かに、止まることなく流れ続ける。温かい血は周りの雪を溶かしながら赤く染めていた。

 

「えぇーっと、マジック様? どうしたんすか? ……マジック様?」

 

 いつまでも動かないマジックに声をかけるリンダだったが、マジックはそれに答えず、ただただ彼女を見ていた。

 一分ほど彼女を見続けていたマジックは、やがて立ち上がる様子のない彼女に失望したかのように一人呟く。

 

「…ただの空似だったか」

「…? ソイツ、マジック様の知ってるヤツに似てたんすか? …マジック様?」

「黙れ」

「す、すんません……」

 

 マジックは縮こまったリンダに見向きもせず、その場を去ろうと宙に浮く。

 しかしそこに小さな氷の粒が飛んできた。

 飛んできた氷に脅威を感じなかったマジックは、振り払うことはせず攻撃を放った人物を見る。

 氷を放ったのは少しずつではあったが立ち上がろうとする二人の女神候補生の姿だった。

 女神化も解け、先程のダメージで身体が痛いだろうに、友人の仇を打つために立ち上がろうとする。その目はまだ諦めていなかった。

 この姿を彼女達の信者が見れば賞賛するだろうか。あるいは、彼女達が傷つく姿を見て悲しむか。

 敵からしてみれば、その姿は滑稽だ。格下が格上にまともにやりあえるわけがない。

 実際その通りで、マジックが再び鎌を振るえば二人は意識を失った。どさりと柔らかな白雪の上に二人の体は埋まる。

 その姿を一瞥し、何事も無かったかのようにマジックはその場を去ろうとして、今度はリンダに止められていた。

 

「え? マジック様、コイツらにトドメ刺さないんすか?」

「その必要はない。この程度の力では我らの足元にも及ばん」

「そ、そうっすね! さすがマジック様!」

「それで、メダルはどうした」

「あっ! す、すいやせん! まだです!」

「さっさとしろ」

 

 マジックに催促されたリンダは急いで目的であったメダルを探しに行き、マジックはそのまま飛び去って行った。

 

 

 

 

 

「──ようやく行ったか。ったく、ギリギリとかヒヤヒヤさせるなよ。心臓に悪いって」

 

 なんて軽口を叩きながら隠れていた場所から出た私は、あいつのそばに立って片膝を付いた。服に血がつくとか、そういうのは気にせず、背中の傷口に手を添え、事前に組んだ術式を発動させた。

 すると細胞が活性化し、失った細胞の分を取り戻そうと増殖し始める。5分後には傷痕すら見えなくなった。

 傷のあった場所を手で撫でる。本来ならスベスベ肌を堪能出来るのに、血のせいでベタつく。けれど傷痕がないのは視覚、触覚ともに確認出来た。

 改めて見た傷のないその綺麗な肌。それはとても愛おしく、血に塗れていたとしても、綺麗だという感想に揺らぎはなかった。

 実際、たった今作った細胞だしな。綺麗じゃない方がおかしい。

 ともかくこれならこいつが死ぬことはない。安静にしていれば血はすぐに作られるだろう。

 問題は、奴等が殺戮兵器(キラーマシン)を全て復活させてしまう前に目覚めてくれるかだが……

 

「…っと、思考に浸る前にやることやっとかなきゃな」

 

 そう独り言を呟きながら双子の候補生に近づき、二人の身体に重傷がないか魔法を使って調べる。

 軽い傷程度ならこちらは何もしない。今すぐ治療しなければ命に関わるような重い傷なら治す。そう区別する。

 調べ終わって、二人とも治療すべき傷はなかったのを確認してから、三人を一ヶ所に集め、魔法陣を展開する。先程とは違うもので、本当なら私一人が使う予定だったんだが…またあの人間が戻ってきて、こいつらが捕まるのは嫌だからな。

 この魔法は『入口』を開き、一瞬で『出口』まで転送させる…所謂転移魔法だ。残念ながらそう事前準備もなしにやれる魔法ではないが…ま、今は関係ない。

 入口になる魔法陣は私達の足元に展開した。出口は事前に街の中に描いている。後はその二つを繋ぐだけ……

 ──いざ、

 

「『テレポーテーション』」

 

 言葉に反応し、魔法が作動する。魔法陣は光り輝き、光は私達を包み込んだ。

 そして、光が止む頃には私達は出口である魔法陣の上…つまり街の中の公園。その林の中へと転移できていた。

 此処なら犯罪組織もそう簡単に手出し出来ない。

 あとは連絡するだけ。

 相手はもちろん、この場において適任だろう人間。

 通話ボタンを押し、数回コールがなって、繋がる。

 

「はい。西沢です」

 

 ルウィーの教祖。西沢ミナ。

 ロムとラムが関わってるからには、彼女に電話をかけなくてはな。

 私はあいつが刺されたこと。二人が怪我をして意識がないこと。今いる場所の地名。

 その三つだけを伝え、返事も聞かずに通信を切った。

 返事なんて聞かずともミナが行動を起こすのは分かってる。場所だって伝えたんだ。直に警備隊だってくる。

 名前すら名乗らなかったが、きっと向こうは気付いただろう。気づかなくたっていい。

 少し前までたくさん関わってきたが、それだってこいつが少しでも力を取り戻せるようにヒントを仕込むための手段に過ぎなかったのだから。

 さて、それじゃ私は警備隊が来る前にここから立ち去るかね。

 

『お待ちください。グランドマスター』

 

 倒れている彼女達の方からする女性の声。

 ただそれは、“声”というよりは“意思”のようなものを相手に伝えているのだと知っている。

 そして、その声の主が生き物でさえないことも。

 

「なんだ? そいつの記憶が戻るまで、私が接触してきても話しかけるなと指示したはずだが」

『このままではマスター達はミッションをクリアできません』

「そりゃそうだろうよ。探し物をする前に倒れたんだからな」

『レアメタルを手に入れなければ、ゲイムキャラを修復することは不可能です』

「そうだな。もう片方が手に入れたアイテムだけじゃ、無理だろう」

『何より、あの地にあるマスターのシェアエネルギーを回収できていません』

「そうだな。ま、あの力は犯罪神だろうと扱うことは出来ん。後で回収すればいいだろう」

『犯罪組織の発言から察するに、あのダンジョンにはかつて存命したゲイムキャラのマナメダルが落ちているようですが』

「マナメダルってのは扱いが難しいんだ。いくら犯罪組織が力を付けようとも、メダルの力を完全に引き出すことは不可能だ」

『だから安心だと? 私にはそうは思えませんが』

 

 その“意思”に少し怒りの感情が混じり始めたのを感じる。

 私も同じだが、こいつもホント、彼女のことが大好きのようだ。

 着ているパーカーのポケットに手を突っ込む。手が冷たい金属質の物体に触れた。

 レアメタルじゃない。だが、それに類する物。ゲイムキャラを直すには十分なものだが……

 

『このままでは殺戮兵器の軍団が、この国を襲います。そうなれば、マスターは命を投げ出してでも守るでしょう。だって──』

「あいつは守護女神を守るために生まれたから。守護女神の守りたいものは、自分が守りたいものだから、か?」

『………』

「分かってるんだよ。そんくらい。で、今のこいつが立ち向かっても命を捨てるだけだってことぐらい分かってる」

『分かってるなら何故手を貸さないのですか?』

「もう手は貸しただろう。こいつの怪我を治した。ヒントもばら撒いた。この前なんて怪我したこいつを拾って治療して、教会に落とした。それ以上に何をお望みだ? 月光剣(ムーンライトグラディウス)

『私が望むのは、マスターの幸せのみ。そのためなら、たとえこの身が折れても悔いなし』

「…それも知ってる。というかそう思うように設定したの、私だしな……」

『………』

「…はぁ。わかった。ならこれでも持っとけ。レアメタルの代わりだ。それとメダルは後で自分達で奪い取れ。シェアエネルギーはその後でもいいだろ」

『ありがとうございます』

「ふん。じゃ、次に会うときはしばらく先であることを願うぜ」

 

 中身の無くなったポケットに手を突っ込み、今度こそ彼女達の下を去る。

 これ以上こいつらの傍にいると、別れが惜しくなる。そうなる前に離れることが出来て、ほっとした。

 けどやっぱり、あいつの目が覚めてるときに会いたかった。

 たとえあいつが私を忘れていたとしても、私にとってあいつは大切な存在なんだから。

 

「…魔力使ったら腹減ったなぁ。また大将のラーメン食い行くか」

 

 そんな独り言に紛れた声は、まだ私に届くことは無い。

 

『マスターが本当に守りたいのは貴女なんですよ、製作者様(グランドマスター)




後書き~

多分そのうち彼女視点の犯罪組織編を書くんじゃないかなと思います。
それがエイプリルフールの嘘なのか、ただの願望なのか、実際やってしまうのかは分かりませんが、次回もお会い出来ることを楽しみにして。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話『強いか、弱いか』

前書き~

前回のあらすじ。
謎の女性がルナの怪我を癒し、彼女達を助けてくれました。
ついでにアイテムもくれるその人は、どうやら月光剣と知り合いのようで。
今回はネプギア視点から入ります。それと、何回かネプギアとルナの視点が入れ替わるので、分かりやすいようにsideを付けました。
それでは朝に飲み物を頼んだら付いてくるモーニングでも片手にごゆるりとお楽しみください。


《Side Nepgear》

 

 ──探すのに苦労はしたものの、次の日の夕方にはゲイムキャラを直すための材料を取って戻って来れた私達に待っていたのは、ルナちゃんが刺され、意識不明の重体になっていた事実だった。

 教祖のミナさんからその事実を聞いた時、まったく現実感がなかった。

 それでも理由が知りたくて、どうしてって聞こうとして、やめた。

 ミナさんがとても辛そうな顔をしていたから。

 それで私達は察した。ルナちゃんと行動していたロムちゃんとラムちゃんの身にも何かがあったんだって。

 私達は三人が運ばれた国立病院の病室に案内され、そこで何事もないように寝ているルナちゃんと、今にも泣きそうな顔でベッドにすがりつく包帯姿のロムちゃんとラムちゃんを目にした。

 看護師の方に何度も、ベッドで安静にしてください、と言われているのに、それをヤダと言ってルナちゃんから離れない。

 その光景を見て、ようやく私の頭が、これは現実なんだと理解し始めた。

 なりふり構っていられなくて、すぐにルナちゃんの横たわるベッドの傍に行って、ルナちゃんを揺り起こそうとした。

 何度も何度も名前を呼びかけて。

 すぐにコンパさんが私の身体を抑え「ギアちゃん、落ち着くです」と、私をルナちゃんから離した。

 ルナちゃんは私の呼びかけにも全く反応しなくて、私は悔しさと悲しみで泣き崩れてしまった。

 コンパさんはそんな私を優しく抱きしめてくれた。でもその腕は震えていて。黙っていたアイエフさんは目を伏せていて、目頭にしわを寄せ、唇を固く結んでいた。それで「あぁ、お二人も悔しいんだ」と思ったら、少しだけ早く落ち着くことができた。

 

 しばらくして、ようやく落ち着いた私は皆さんと一緒に隣の部屋の椅子に腰かけ、ミナさんと話をする姿勢になっていた。

 傍にはアイエフさん、コンパさんの他にロムちゃんとラムちゃんの二人もいる。ルナちゃんが倒れた時のことを知っているのは、この場ではロムちゃんラムちゃんだけだそう。だから二人には酷かもしれないけれど、ルナちゃんが刺された当時、何が起きたか話してもらうために一緒にいる。

 ベッドの上のルナちゃんは医療器具が付けられてはいたものの、本当に何もなかったかのように寝ていた。でももしかしたら、布団で隠されていた部分に治療された痕があったのかもしれない。何事もないように見えて、今この瞬間にもルナちゃんは目覚めなくなってしまうのかもしれない。

 そう思うと不安で、その不安を察したかのようにミナさんはルナちゃんの容態から話し始めた。

 命に別状はなく、傷は既に治療済み。今は出血による血液不足で目を覚まさないだけだと。お医者さんの話によれば、()()()()()素早く血液が生成されているから、すぐに目を覚ますだろう、と。

 それを聞いて安心したと同時に、ルナちゃんを傷つけた犯人は誰なのかと疑問に思い、質問した。

 それはミナさんもまだ聞いていなかったそうで、その場で起きた出来事を知っているロムちゃんとラムちゃんが話してくれた。

 話すとき二人は震えていた。それがそのとき、それほどまでに怖い思いをしたんだって分かって、悔しくなった。どうして私はその場にいられなかったのか。私も一緒にいれば、皆を守れたかもしれないのに。

 二人は震え、泣きそうになりながらも少しずつ話してくれた。下っ端に会ったこと。捕まえたこと。その直後、突然ルナちゃんの背後から敵が現れ、その手に持った鎌で刺されたこと。二人は女神化もして敵に立ち向かったけど、成すすべなく倒されたこと。

 話終わる頃には二人の目から雫が流れていて、ミナさんが二人を抱きしめ、その頑張りを褒めていた。

 その後の、二人が倒れてからの事は不明だった。ただ、ミナさんの通信機に着信が入り、それに出たところルナちゃんやロムちゃんラムちゃんのこと、それから三人のいる場所だけを伝え、相手は通話を切ってしまったのだと。

 すぐさまミナさんと警備隊、救護隊がその場所へ向かうと、三人は寝かされていたそうだ。

 それだけならまだ『色々疑問は残るけど、良い人が助けてくれた』とだけで終わっていた。

 しかし次にミナさんの一言で、アイエフさんとコンパさんは驚愕していた。

 『見つけた時には既にルナちゃんの傷は痕も残らず癒されていた』。

 私はただ「すごい人だなぁ」と思っただけだったけど、色んな情報を持っているアイエフさんや、治療に関してはこの場にいるお医者さん以外の誰よりも知っているコンパさんが言うには、それは普通の人間ならば無理なこと。治療魔法で傷は治せるが、刺し傷…それもかなり深い傷を魔法で治すには、高度な魔法技術と知識、大量の魔力、そして時間が求められる。

 今のゲイムギョウ界でそんな魔法が使えるのは、魔法使いの中でも上位に君臨するミナさんやこの国の女神ブランさんぐらい。しかしお二人ほどの力を持っていたとしても、僅か数時間で準備も無しに治すことなど不可能。しかも今のルナちゃんの状態からは、もしかしたら数時間と言わず数十分で治した可能性も見えてくる。ミナさんはそう、お医者さんの言葉を代弁していた。

 魔法をあまり使わない私にはピンとこない話だけれど、ただその治療がなかったらルナちゃんは今頃、もう目を覚ましてはくれなかったかもしれない。そう聞かされて、私はルナちゃんを治療してくれた人物に深く感謝した。

 もし出会うことが出来たなら、私の出来る範囲でお礼がしたい。

 大切な仲間を、友達の命を救ってくれた恩人に。

 

 

 

 

 

 ルナちゃんやロムちゃんラムちゃんの話が終わった私達は、次の話に移っていた。

 それはすなわち、ゲイムキャラを直すアイテムのこと。

 ロムちゃんラムちゃんの話によれば、自分達はアイテムの回収をする前に倒れてしまった、と悔しがっていた。

 私達が持ってきた一つだけでは足りない。複数あったとしても一種類だけでは直すことは出来ない。あの本にはそう書かれていて、だから今度は全員で取りに行こう。そうアイエフさん達と話していたら、ミナさんは更なる驚きの事実を口にした。

 なんと、ルナちゃん達が寝かされていた場所にアイテムが落ちていたと。しかもそれはゲイムキャラを直せるアイテムの一つで、入手難易度が高い物だった。

 それもまた、ルナちゃん達を助けてくれた恩人がくれたものかもしれない。そうじゃなかったら、国内の公園の奥にそう都合よく落ちているはずがなかった。

 けれど仮にその恩人さんがくれたものだったら、その人は私達がゲイムキャラを直そうとしているのを知っていて、更にゲイムキャラを修復するのに必要なアイテムを把握していたことになる。それは私にも明らかに変だと分かる。

 だって私達がゲイムキャラを直そうとしていることも、そのアイテムを探していることも、私達以外知らないんだから。

 じゃあ何でそのアイテムが落ちていたのか。私やアイエフさん達はその答えが全然分からなかったけど、ミナさんは自分の中の心当たりを教えてくれた。

 まず私達がアイテムを探すきっかけとなった、ゲイムキャラの修復方法が書かれた本。これに書かれていた絵や文字は、以前ルウィーに居候として暮らしていた旅人がロムちゃんラムちゃんに送った絵本とほぼ同じ特徴を持っていたこと。これはルナちゃんも同じことを言っていた。

 そして三人が倒れたことを知らせてくれた通信。非通知設定で番号は残念ながら出なかったけれど、その声は、旅人と同じ声だと感じたこと。

 つまりミナさんはその本を書いた人物と、絵本を送った旅人、三人を助けてくれた恩人が全て同一人物じゃないかって思ったんだって。

 もし本当に同一人物なら、私達はその人にたくさんの恩が出来てしまっている。ゲイムキャラを直せるのは、その人のおかげだから。

 いつか絶対にお礼をしなくちゃ。

 でも、どうしてその人はそんなにも色んなところにヒントや答えを置き、そして手を貸してくれるんだろう。

 今はどうしてか分からない。けど、その人がくれたチャンスを逃しちゃいけない。

 窓から差し込むオレンジの光に照らされた部屋でそう意思を強めていると、一人が私が思いもつかなかった提案をした。

 そして、ルナちゃんが目覚めたと看護師さんが報せに来たのは、私達の意思が決まった時だった。

 

 

 

 

 


《Side Luna》

 

 ──目が覚めた時に感じたのは違和感。

 少しぼやける視界に映る、オレンジの天井。…違う。オレンジ色の光を受けた、真っ白な天井だ。

 『真っ白な天井』はここ何日か目が覚めたら見ていた。というより、どこもかしこも真っ白な空間だから、天井も白かった。

 けどここは? なんで色がついてるの? ここはどこ? 

 疑問が絶えない。身体を動かそうとして、腕に何かが刺さっているに気付いた。

 半透明な管に流れている液体は赤色で、視線で追っていけばそこにあるのは袋に入った赤い何か。多分、血。

 その赤が、私の中でフラッシュバックを起こした。

 身体から流れる赤い血。怯える二人の姿。血に濡れた刃物。

 

「っ…ぃた、い……?」

 

 思い出した途端痛みが走り、思わず何もない片手を刺されたであろうその場所に当て、いつも通りの柔らかな皮膚の感触しかしないことに気付く。

 どれだけその場所に触れても、撫でても、何もない。傷口どころか、傷跡になったときにある僅かな違和感さえなかった。一瞬身体に走った痛みは、脳が勘違いして起こした刺激だった。

 じゃあ、あれはただの夢? 

 …違う。あれは確かに起こったこと。あの時私は死にかけた。そして今、生きている。

 だんだんと思い出せてきた。死にかけたこと。気づいたら真っ白な空間で、初対面の人達と一緒にいくつかの試練とやらに挑んで、達成していって、友達になれたこと。そして最後の試練を終えて、それぞれの場所へ帰ったこと。

 

「…帰ってこれたんだ。私の在るべき場所に」

 

 その言葉は不思議と心を落ち着かせてくれて、ようやく私は自分がどうなっているか考える余裕ができた。

 オレンジ色の光は窓から差し込む夕日で、照らされたこの部屋にはいつか見た器具と似たものが多い。

 身に着けている服も、いつものと違うけど、これまたいつか着ていた服のデザインに似ている。

 うん。これは間違いなく、

 

「病室だよ、これ……」

 

 ははっ、と乾いた笑いが誰にも届かず消える。

 僅か一か月足らずで二度も病室で目覚めることになるなんて、誰も思ってないよ……

 

 

 

 思考が現実逃避しかけていると、病室のドアが開いて全く知らない女の人が入ってきて、私が目覚めてるのに気付くとすごく驚いた様子で傍に来た。

 服装から察するに看護師と思われるその人は、持っていたものを机へ置くと、私に色々と確認してきた。体調がどうとか、何か異常はないかとか、自分がどうしてここにいるか分かるか、とか。そういう基本的なこと。これは前回のときも体験済みなので、全く異常なし、と答えておいた。そしたら看護師さんが「運がよかったですね」と微笑んでいた。

 まあそれもそうか。倒れてすぐに意識を手放していたけど、結構な失血があったはず。なのにこうして後遺症も何もないのは、運がよかったんだろう。

 

 看護師さんは基本的なことを聞き終わると、医者と教祖様達を連れて来ると言って部屋を出ていってすぐ、本当にすぐにネプギア達が部屋へ入ってきた。

 ロムとラムはベッドで上半身を起こした状態でいた私の傍に駆け寄り、泣きそうな顔で「大丈夫?」と訊いてくる。それに心配かけまいと笑顔と出来るだけ優しい声で「大丈夫だよ」と返せば、二人の表情は和らいで「よかった」と安心してくれる。その目は赤くなっていて、私のことで赤くなってしまったなら、申し訳ないと思う。けど同時に、心配してくれたんだって思ったら、嬉しいという感情が溢れる。

 ダメかな? ううん。きっとこんな時にそんな感情を抱いたって、許されるよね。

 ネプギアも傍に来てくれて、心配そうなネプギアに「心配かけたみたいでごめん。でも、もう大丈夫だよ」と伝えた。それにネプギアも少しは安心してくれたみたい。

 けれど、すぐにその表情は曇る。見ればコンパさんも同じような表情をしていた。アイエフさんにいたっては無表情で、何の感情も映していなかった。

 否、映さないようにしている、というべきか。

 まさか、と最悪な展開が頭をよぎる。けど、女神候補生がここにいるってことは、まだ大丈夫か、どうなのか。

 もしかしたら、と思うと聞きたくない。三人がどうしてそんな表情をするのかなんて。

 けど聞かなきゃならない。逃げてばかりじゃ、何も進まないどころか何も出来ずに終わってしまうから。

 不安で、怖くて、けどそんな意志が私の口を開かせる。

 

「…どう、したの……?」

「…あのね、ルナちゃん」

 

 気付いたらロムとラムはミナさんに連れられて病室を出ていて、部屋には私達四人だけで。それを確認してからネプギアは口を開き、私が想像してしまっていたこととは違う、けれど決して聞きたくはなかった言葉を放った。

 

「プラネテューヌに戻ってほしいの」

「………え?」

 

 言い渡されたその言葉は、現実から遠ざけるのに十分な威力を持って、私に届いた。

 

 

 

 

 


《Side Nepgear》

 

「…どう、したの……?」

 

 私の感情が表情に出ていたんだと思う。後ろのアイエフさんやコンパさんはどうかは分からない。

 けれど、確かに私達の中にある感情が決して明るい物ではないことを、ルナちゃんは察した。察して、何があったのか訊いてきた。その時のルナちゃんの顔は、まるで怖いことから逃げたいけど必死に踏みとどまっているような表情をしていて、きっと悪い方向に考えてしまったんだと思う。

 それはきっと、間違いじゃない。

 ただ、今から告げるのはルナちゃんが想像してるのとは違うことだと思う。だってこれは、私達の我儘に振り回されてしまったルナちゃんを、更に振り回す言葉だから。

 そしてルナちゃんを一番振り回したのは、私の身勝手な思い。

 だから、この言葉を告げるのは私が一番適任だから。「…あのね」と前置きして、私は告げる。

 

「プラネテューヌに戻ってほしいの」

「………え?」

 

 その時のルナちゃんの表情は悲しそうでも、嬉しそうでもない。ただ、私が何を言ったのか理解できていない、そんな表情をしていた。

 それでもルナちゃんは、必死に私の言葉を噛み砕いて、訊いてきた。「どうして」って。

 だから私は、ルナちゃんを悲しませないように言葉を選んだ。結局悲しませることだとしても、その悲しみは決して軽くはならないことだとしても。少しでも重くならないようにって。

 

「この旅の中で、ルナちゃんはいっぱい怪我をしたり、体調が悪くなったりしたよね」

「う、うん…で、でも、大丈夫だよっ。ほら、今だってこうして──」

「大丈夫じゃないよ! ルナちゃんは死にかけたんだよ!?」

「っ……」

 

 つい感情的になって、叫ぶようにルナちゃんの言葉に被せる。

 ルナちゃんの言うことは分かる。私もルナちゃんと同じ状況になっても「大丈夫」って言うと思う。

 でも私達女神と違って、ルナちゃんは普通の人間。少し力があって、少し不思議なところがあっても、普通の人間だから。私達よりも怪我をしやすくて、それが重傷化しやすい。

 アイエフさんとコンパさんは、それを覚悟で私と一緒に旅をしてくれている。お姉ちゃん達を助けたいって行動してくれている。

 けどルナちゃんは違う。本当ならルナちゃんはプラネテューヌにいるはずだった。そこを私が頼み込んで、付いて来てもらった。最初にお願いしたのがイストワールさんやアイエフさんでも、ルナちゃんが決断したのは、私の「お姉ちゃん達を助けたい」って思いに応えようとしてくれたから。私の言葉が、ルナちゃんをここまで引っ張ることになってしまった。ルナちゃんにたくさん、怪我を負わせてしまった。

 私は全然大怪我を負うようなことがなくて、ルナちゃんは毎回のように怪我を負う。

 それは運が悪かったとか、間が悪いとか、そういう言葉で片付けることも出来るんだと思う。

 けど私の気持ちはそれでは片付けられない。またルナちゃんが死にかけたら。ううん、もし本当に目を覚まさなくなってしまったら。

 そう考えるだけで心の中が凍えて、辛くて、泣きそうになる。

 だから今ここでルナちゃんを旅のメンバーから外さなきゃならない。プラネテューヌに戻ってもらわなきゃならない。

 友達がいなくなるのは想像するだけでも辛く悲しいことだから。

 

「これ以上、ルナちゃんが怪我をしたり死にかけたりするのは嫌なの。だからお願い、分かって」

「で、でも……」

 

 捨てられそうな子犬のように悲しそうな顔をするルナちゃん。

 いくらルナちゃんとずっと会えなくなってしまうことの方が辛いからって、こんな表情をするルナちゃんを見るのも、そうさせてしまうのもすごく辛い。ルナちゃんのためだとしても、すごく。

 私の気持ちに気付いたんだと思う。アイエフさんはわざとらしく大きなため息を吐いて、ルナちゃんを睨みながら告げる。

 

「正直言って、足手まといなのよ。そう毎回怪我されて、周りを巻き込んで。そんなのが続いたんじゃ、面倒見切れないわ」

 

 わざとルナちゃんを傷つけるような言葉は、アイエフさんなりのフォロー。アイエフさんは自分から悪役を受けてくれた。それは今回の件にすごく責任を感じているからだと言っていた。多分、ダンジョン探索を二手に分けようと言い出したのを後悔しているんだと思う。怪我を回避することは不可能でも、一緒にいれば少しは守ってあげることが出来た。ルナちゃんが死にかけるなんてことにならなかったと思ってるんだと思う。

 私だって同じ。もしその場にいたら、なんて『たられば』を考えてしまう。後悔したって遅いのに。

 

「ごめんなさいです、ルナちゃん。でもこれ以上一緒にいたら、今度こそルナちゃんは……」

 

 コンパさんも辛い。ルナちゃんを案じていても、どれだけ優しい言葉遣いで言っても、突き放す言葉になってしまうから。

 アイエフさんの言葉を聞いてから俯いてしまったルナちゃんはコンパさんの言葉を聞き終えると、乾いた笑いを漏らした。

 

「は、はは、は……そ、そーですよね。こんな弱いの、居たって邪魔ですよね…はは……」

 

 震える声でそう言うルナちゃんはとっても悲しそうで辛そうで、今にも泣きそうで。

 今すぐにでもその発言を否定したい。邪魔なんかじゃない。むしろルナちゃんのおかげで助かったことだっていっぱいあるんだって。

 それでも、これ以上ルナちゃんを傷つけたくないから。

 だから私は何も出来ない。何もしてあげられない。その身体を抱きしめてあげることも、傍にいることも。

 ルナちゃんのため、だから。

 

「…わかり、ました。私はここでリタイアしますね。皆さんは頑張ってください。応援してます」

 

 誰が見ても明らかに無理をしてると分かる笑顔で、震える声でルナちゃんはそう言った。

 正直、もっといろいろ言われるかと思ってた。嫌われる、罵倒される。それも覚悟の上だった。

 けどルナちゃんはそんなこと一切言わなかった。私達の言葉を聞いて、あっさり身を引いた。

 やっぱりさっきのルナちゃんの言葉は間違ってる。ルナちゃんは邪魔なんかじゃなくて、私から見たらとっても、強いよ。

 

 

 

 

 


《Side Luna》

 ネプギア達が出て行って、ミナさんが気を利かせたのかロムとラムが戻って来ない、私だけが取り残された病室。

 さっきからピッ…ピッ…と心拍数を示すモニターの音だけが部屋の静寂を破っている。

 …なんだか無性にムカついてきた。

 無意識に振り上げた手をそのうるさい機械に構えて、──やめた。

 機械に当たったってどうしようもない。それどころか壊れたら病院の方にご迷惑をおかけしてしまう。

 じゃあこの気持ちをどう発散したらいいんだろう。記憶もなくて、知識も最近得たものしかなくて、方法が分からない。どうせならそういう知識も得ていればよかった。

 …そもそも私、今どんな感情なんだろう。

 

 辛かったから、悲しい? ──うん。悲しい。

 ムカついたから、怒ってる? ──うん。すごく怒ってる。

 

 それ以外にもある。これは…悔しい? 

 どうして悔しいんだろう。悲しいんだろう。怒ってるんだろう。

 ネプギアやアイエフさん、コンパさんに対してそれらの感情があるのかな? 

 …違う。三人に対してじゃない。じゃあ誰に対して? 

 一緒にいたロムとラム? 違う。じゃあミナさん? それこそない。

 じゃあ私? ──うん。私だ。

 私は、私自身に色んな感情を持ったんだ。

 悔しいよ。悲しいよ。怒ってるよ。

 それらは全部、力のない私に対して。

 中途半端に力があって、それ以上成長なんて出来なくて、中途半端に皆さんに期待させて、心配かけて、迷惑かけて。

 少しは成長してるって思ってた。期待に応えられなくても、少しは役に立ててるって。

 役に立つどころか、足を引っ張ってたんじゃ意味ないどころかマイナスじゃん。

 今回の件でそう、強く自覚出来た。

 うん。今回死にかけたのは良い機会だと思う。このまま付いて行ったって、余計ネプギア達に迷惑をかけてたんだ。もしかしたらネプギア達は前から邪魔だと思ってて、言い出せなかったのかもしれない。思ったより役に立たない存在だけど、自分達から誘った手前何もなくパーティから追い出すのもって。

 そういう意味じゃ、良い機会だよ。本当に、うん。

 

 不意に手の甲に何かが落ちて、見た。キラリと光る、僅かに温かかった透明な雫。それは一つだけじゃなくて、二つ、三つとポタポタ落ちる。乾いた手と真っ白な布団を濡らして止まらない。

 それだけじゃなくて喉から勝手に声が出て、両手を使って嗚咽を堪える。

 

 今更、なんだよ。今までだって自虐してきただろ。自分に自信なんて持てなくて、何でも悪い方に考えてきただろ。なのにどうして開き直ろうとしたらこれなんだよ。

 ──友達(ネプギア)に捨てられたって、そう思っただけだろっ……

 

「ぅ…ぅぇ…ぅぅ……っ……」

 

 ──やっぱり私は弱いよ。




後書き~

ルナちゃんパーティ脱落!
いえ、喜ばしいことではないんですけどね。
とはいえ、これ以上力を付けないまま付いて行ってもルナの死亡率は上がるだけ。最初に彼女自身が危険視してたとおりです。
ネプギア達も辛い。ルナも辛い。けど、やがてお互いのためになると信じて。

大変な世の中ですけど、病気になっても怪我をしても、治して笑顔で「大丈夫だよ」と言えるように。
また次回もお会いできるように。
Goodbye,let's meet again!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話『月下を駆ける少女』

前書き~

【祝】ハーメルン様の評価欄に色が付きました。すごく嬉しいです。嬉しくてその場で「うっしゃあ!」と声に出して喜びました。周りに引かれました。(泣)
評価してくださった最初の5人の皆さま、本当にありがとうございます。
まだまだ引き続き評価、感想お待ちしております。是非よろしくお願いします。
……一人一つしか感想を書いてはいけないなんて、いつから錯覚していた?(キリッ)

それはともかく、前回のあらすじ。
ルナちゃん死にかけから復活しました…からのパーティ脱落しました。
それがお互いのため。お互いを思い合う彼女達はこれからどうするのか。
今回は月見うどんでも食べながらごゆるりとお楽しみください。


 しばらく泣き続けて、ようやく涙が止まったころには日は暮れ、部屋が暗くなっていた。

 けど完全に暗闇のなかってわけでもなく、先ほどの夕日とは打って変わって仄かな明かりが窓から差し込んでいた。

 月の光。

 そしていつも通りと言うべきか、その月に照らされた銀色の剣。最近、相棒の色は月の色なんじゃないかなと思い始めている。

 

「…またみっともないとこ見せちゃった」

『私になら、いつでもどうぞ』

「…うん。ありがと、相棒」

 

 前に落ち着いて見たときは紫の輝きを纏っていた。それが今は黒の輝きも纏っている。黒は決して暗いものではなくて、それどころか紫と相まって輝きがより一層増しているように見える。

 もっと近くで見たい。傍でお話ししたい。そう思って取りにいくために、布団を横に退けて降りようとして、何かがカサリ…と軽い音を立てて落ちた。何かと思って床を見ると、そこには小さな長方形の白い紙が落ちていた。

 それを拾ってみると、真っ白な面の隅に「とくべつだよ」と書かれていて、その紙を裏返して見て、驚いた。

 白に近い黄色の髪の女の子。最近友達になったあの子によく似た茶髪の女の子。夕日みたいに赤い髪の女の子。活発そうで元気な男の子。軍人らしく堅い雰囲気だけどどこか優しい男の人。黄色い髪の女の子。

 そして金と銀が混ざった色の髪の女の子。──私。

 あの次元で出会って、共に協力し合って試練を突破した人達。

 向こうでの時間は今にして思えば短くて、僅かな間だったけど、それでも私達は仲良くなった。友達になれた…と思う。

 …ううん。友達になった。それはハッキリちゃんと、言わなきゃね。

 これは最後に別れるってなった時に行った撮影会で撮った写真だったはずだけど…Nギアに保存したままで、まだ現像はしてなかったはず。

 私の荷物が置かれた場所にあったNギアのギャラリーを確認する。そこに映った一番最新の写真は向こうでの写真ではなくて、ギャラリーの写真全て確認しても、Nギアのストレージからフォルダを出して全部開いてみても、向こうでの写真は見つけられなかった。

 …そういえばワンガルーがあの次元のことを「物理的とも精神的とも言い切れない世界」とか、私達のことも「魂だけがここにいる」とか、実は向こうで再会した月光剣は張りぼてで私が思い込んだから『月光剣』になったとか。そんな話をしていた。

 ってことは、向こうで得たものは記憶や経験以外の物理的な物は持ち帰れないってことだよね。

 つまりあの時撮った写真は全部持ち帰れなかったってことか……

 あれ? でも今この手にある写真は……あぁそういうことか。

 ようやく分かった文の意味に、私は心の中で礼を言う。

 

 いろいろ私達を引っ張って、よく分かんない試練を受けさせて、最後は私達に手を貸してくれたあのぬいぐるみの姿をした人に、ほんの少しは感謝を。

 

『なんだか私の知らないうちにとても素敵な思い出を作られたようですね』

「うんっ。それに、とっても素敵な人達にも出会えたんだよ。皆人間ってわけでもなくて、半分くらいがそれぞれの次元の女神様だったりしたんだけど……」

『もしや空次元とは別の次元の方に出会えたのですか?』

「うん。月光剣は別次元の存在って知ってた?」

『はい。私や以前のマスターは訪れたことはありませんでしたが、私をお造りになられた製作者様はよく、他の次元に赴き、その地の盟友の方と交流されていらしたので、その存在は存じております』

「君の製作者って別次元にひょいひょい遊びに行けちゃう人なんだね……」

 

 前にも思った気がするけど、月光剣を作った人って本当に何者なんだろう。話を聞けば聞くほど私のなかでとんでもない人になっていってるんだけど……

 話しながら月光剣を抱きかかえ、そのままベッドへ仰向けに倒れる。金属特有の冷たさがありながらも、剣にも流れる力の温かさは、悲しみを和らげてくれる。気を許せる相手が傍にいるってだけで、乱れてた心は落ち着いてくる。

 それだけじゃない。私の心を落ち着かせるのは。

 ベッドに寝っ転がった私にはちょうど、窓の外が見えた。街の様子は遮られて見えないけど、プラネテューヌやラステイションと同じ、人工の光で彩られてるんだろう。

 けれどその光に負けないほど強く光り輝くまん丸な月。一片も欠けることなく輝くそれは、いつもより力強く、夜を照らす。周りの星なんてかすんで見えないほどだ。

 その光の一部が、私の心を慰めるように照らしてくれた。

 

「…はぁ…ふぅ…はぁ…ふぅ……よし」

 

 落ち着いた。もう悲しくないかと言われれば、そりゃまだまだずっとその感情は続くんだと思う。けど、落ち込んでばかりもいられない。

 月光剣を見て、泣いてばかりじゃいられないと思った。

 写真の、皆の顔を見て、このままでもダメだと思った。

 だったら行動しなきゃ。今までは調子に乗っちゃって私に出来る範囲を超えてたんだと思う。だったら今度は自分で考えて、出来る範囲を超えないようにする。もしそれで死んだら…もうそれは、私の責任(ミス)だ。

 

「外出の準備をしよっか。本当は駄目だけど、お医者さんや皆には内緒でね」

『はい、マスター』

 

 刺されたときに着ていた服は血がべったり付いたり、穴が空いていたりと、とても再び着れる状態じゃなかったはず。

 部屋に備え付けられてるタンスを片っ端から開けても別の服しか入っていない。そのうちの一つ(あ、もちろん私のだよ? 病院の備品じゃないからね)を手に、衣服を着替える。

 以前服を買った時に一緒に買った、いくつかの服の一つ。適当に選んだのは黒のパーカーで、フードも付いている。ズボンは前と似たやつ。靴はさすがに何足も持ってないから、まだ血の跡が残ったままのだけど…後で買っていこう。

 あと忘れ物がないように、荷物を全部持って……

 月光剣を腰に装備して、写真は御守り代わりに落ちないよう内側にあったポケットに入れて。

 

「さてと、忘れ物はないよね」

『大丈夫かと』

「なら安心」

 

 ずっと邪魔になっていた腕の針も、胸の辺りに張り付いて、無線でモニターに心拍数を伝えていた機械も無理矢理剥がす。

 ただ腕のは何もなかったが、胸のを剥がした途端、モニターからピーッ! ってけたたましい音が鳴り響く。それと同時に、画面には心拍数が0と出る。

 そりゃそうだ。剥がしたんだから、測れるわけがない。

 というかこれ、悠長に考えてる時間ないよね。確かこう言うのって、まとめて管理してる場所に連絡がいっちゃったはずだから……

 

『すぐにでも医師や看護師が駆け付けますね』

「そうだよねー。その前に外に出なきゃ」

 

 窓を開け放ち、外を見る。

 今私がいるのは…四階。暗い中辛うじて見える下は、雪がまばらに積もっていた。その先は雪を被った木々。

 見てるだけでも怖い高さだけど、今の私なら行ける気がしてしまった。それにその先が森というのも目くらましに丁度いい。

 まあ、他に道もなさそうなんだけど……

 扉の向こうから、バタバタと複数の人がこちらへ向かってくる足音が聞こえる。

 本当は許可を貰ったりしないといけないんだろうけど、残念ながら私の気持ちはもう走り始めたくて仕方ない。

 あとでお説教をいっぱいされちゃうかもだけど、それはやりたいことを終えてから。

 月に照らされて輝く私の髪をフードの中にしまい隠し、窓に足を掛ける。

 

「さっ、いこっか、相棒。幾度目かの再スタートだよ」

『はい、マスター』

 

 私が窓から飛び降りるのと、扉が開け放たれるのは同時。お医者さんや看護師さんが窓に駆け寄る頃には私の身体は地面に着地出来ていて、すぐに木々の影と夜の闇で見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで街のなかを出口めがけて走っている私なんだけど……

 

「速い速い速いぃぃ!?」

『マスター、落ち着いてください。冷静に…前方障害物有、左に避けてください』

「は、はいっ!」

 

 夜でそこそこな人通りの中、私はいつもの何倍もの速度で街を駆け抜けていた。すれ違った人の髪が風でふわっとしただろうなぁとか思いながらも月光剣の指示や動体視力を全力で駆使して、人や障害物を避けていく。

 なんでこんな青いハリネズミのゲームをリアルで体験するようなことになってるかと言うと、実は私も分かってない。

 ただ病院から抜け出して、駆け出して、余裕があったからブーストみたいに一気に力入れて足を踏み出したら、こうだ。

 今の私には有り余るそのスピードに振り回されながらも、月光剣のおかげでギリギリ誰かにぶつからずにすんでる状態。気を抜けばいつぶつかったっておかしくないわけだけど……

 

『マスター。門が見えてきましたよ』

「や、やっと……」

 

 街を守るように囲む城壁に、侵入者を阻む門。昼間は開いているだろうその扉は、今は夜だからか閉じられていて、そびえたつそれらの足元には、この間も見た門番がいた。

 

「えぇっと、止まるには少しずつスピードを緩めて……」

『一気に止まろうとしては駄目ですからね。コケますよ』

「了解です!」

 

 門の下に着くまでになんとかスピードを緩め、門の下には無事止まることが出来た。もし出来なかったら…この門に私の形の跡がついただろうね……

 

「ふぅ…ふぅ…ってあれ? あんまり疲れてない?」

「おい、大丈夫か?」

「あっ、はい。大丈夫です」

「ならいいが…って、あなた様は先日の!」

 

 私に話しかけてきたのは、前にも私に最初に話しかけてきて、身分証を見てからは態度が急に変化した門番だった。

 今もまた、相手が私だと知ると急に言葉遣いが変わった。あの後考えてみたんだけど、多分教会に住んでるってところで何らかの偉い立場にいる人だと思われたのかもしれない。実際にはただの記憶喪失で保護してもらってて、身分証に書かれたのは仮の住所なんだけど……

 

「えっと、お仕事お疲れ様です」

「あなた様こそ、お疲れ様です! って、なんだか変ですね。観光でいらした方に言うには」

「いえ、私は別に観光ではありませんでしたから……」

「そうだったのですか? ではお仕事で?」

「まあ、はい。そんなとこです」

「それはそれは。あなた様ほどの方ならば、仕事も私共が想像するよりも大変なことをなされているのでしょう」

「えぇっと、まぁ…あはは……」

 

 少し会わないだけで、どうやら彼のなかでの私のイメージは膨らんでいるようだ。私、仕事としては事務のお仕事をしたぐらいなんだけど……

 だからって否定もできない。だってさっきまで私、死にかけて寝てたんだし。

 

「それで今日はどうしてこちらに? 街の外へお仕事ですか?」

「まあはい。そんなとこです」

「もう外も暗いですが……」

「大丈夫です。なので通してください」

「…なにやらお急ぎの御用のようですね。分かりました、こちらへどうぞ」

 

 門番はそう言って、大きな門の隣にある、普通サイズの扉へと案内してくれた。夜はここが外と中を繋ぐ扉のようだ。

 今日はもう一人の冷静なほうの門番がいないな、と思いつつ門番に礼を言い、再び駆け出す。あっという間に街の光から遠ざかって、私の視界に光をくれるのは月光だけとなっていった。

 

「あれは…血、か。本当に、何やら大変なことをされていたみたいだな」

 

 

 

『ところでマスター。お出かけと仰っていましたが、一体どちらへ?』

「うん。まずはダンジョンの方へ行こうと思ってね。アイテムもメダルも力も、どれも回収できてないから」

『そうでしたか。ですがアイテムであればすでに彼女達は手に入れておりますので、マスターがやるべきは残りの二つですね』

「そうなの? じゃあそれだけ寝ちゃってたってことか。うん、そんだけ意識がなかったらああも言われちゃうよね……」

 

 ついついまた自虐的になってしまいそうになって、その考えごと頭を振る。

 もう過ぎてしまったこと。私はもう、ネプギア達には付いて行けない。

 だから自分の出来る範囲でやるって決めたんだから、それを貫かなきゃ。

 

「ところで私からも質問なんだけど……」

『はい』

「何で私、こんなに速く走れてるの?」

 

 そう言いながらも私の足は素早く動いている。周りの景色が線に見える、なんてほどでもないけど、とりあえずボ○トも驚きの速度を維持しながら距離を走ってる。

 それだけじゃない。街からここまでずっと走っている。なのに僅かな疲れさえ感じない。それどころか力が湧いて出るこの感じは……

 

『マスター。空を見上げて見てください』

「空?」

 

 そう言われて見ても、病院で見たのと同じ。いや、街から離れた分、より星が見えやすくはなっているけど、それだけ。

 何かいつもと違うことなんてないよね? 

 

『お忘れですか? マスターの力が、月の満ち欠けに影響されていると』

「…あっ!」

 

 そうか! 今日の月は一片の欠けもないまん丸。つまり満月! 

 前の新月の時は日常生活もままならないほど力が出なかったんだ。なら満月の時は……! 

 

『そういうことです。今夜はマスターのお力を存分に振るうことが出来ますよ』

「よし! ならこのフィーバータイムを何もせずに終えないよう、やれることやっちゃわないとね!」

 

 さらに足に力を入れ地面を蹴り加速する。

 ロムとラムの二人と一緒に行ったときは難所となった場所も、今は跳び越えていける。動体視力も追いついてきたのか、月光剣の声が無くても障害物を避けれるようになってきた。

 その調子を維持しながら、前は数時間かけてきた道のりを、僅か十分前後で駆け抜け、ダンジョンへと着いた。

 月明かりに照らされたその場所は前に来た時と変わらずにいて、ただ変わったのは、戦闘の痕がまだ残されていて、一部の雪が未だに赤く染まっていること。

 その雪の部分が、私の倒れた場所で、赤いのは私の血なんだけどね。

 …そういえば聞いてない。私の意識が無くなった後どうなったのか。

 あの敵を前に、ロムとラムがどうしたのか。その後どうなったのか。

 正直、あの敵は今まで会ったどの敵より強い。悪いけど、二人が女神化したとしても相手できるような強さじゃないのは感じた。

 なら二人を、その…殺すことだって、出来たと思う。それに、私にとどめを刺すこともなかった。

 私が死にかけるほどの怪我を、気配を寸前まで感じさせずにやり遂げておいて、何がしたいんだろう。

 …殺すことが目的じゃない? じゃあ後は何がきっかけで……

 あっ、そういえばリンダを捕まえてた。もしかして、リンダの救出が目的だったのかな。

 そうなると、あの敵は犯罪組織の組員で…肌で感じた強さじゃ、幹部クラスは間違いないね。

 …あれが幹部って、大丈夫かな。強すぎると思うんだけど。それにその上の存在…犯罪神はあれよりもっともっと強いんだよね。

 最終的にあれと戦うってなったら、私絶対死ぬよ。ダメじゃん。道中生きててもラストで死んじゃうじゃん。アウトだよ。アウトすぎて怖いよ。

 それに、ネプギア達だって今のままじゃ……

 

『残念ですが、今の彼女達では太刀打ちできないでしょう。しかし彼女達も馬鹿ではありません。強くなるために鍛錬を重ねるでしょう。それはマスターもお傍にいて存分に分かっておいででは?』

「…そうだよね。うん、私が心配することじゃないよね」

『はい。ですのでマスターは、マスターのやるべきことを』

「…わかった」

 

 正直言えばまだ心配。だけど、私には心配することしかできないから。手を貸せば、足手まとい。アイエフさんにだってそう、ハッキリ言われたんだから。

 気持ちを切り替えて…は完全には出来ないけど、それでも今できることをする。

 前は気付かぬうちに、その前は意識してやったことを、もう一度。

 

「──てぇいっ!」

 

 何もないはずのその空間を切るように、剣を振るう。

 するとプラネテューヌの時と同じ現象が起こり、やがて周りに漂っていた力が全て剣のなかへと回収されていった。

 ひとまず力の方はよし。次はマナメダルだけど……

 

「ねえ月光剣。このダンジョンにまだメダルがあるかどうかって、分かったりしない?」

『申し訳ありません、マスター。残念ながらそのような機能は私には搭載されておらず……』

「そうだよねー」

 

 リンダを捕まえたって話も聞いてない。ってことはやはりリンダはあの敵に助けられたか、自力で逃げ出したか。どっちにしても、ここへ戻ってメダルを探しただろう。

 なら良いのは、リンダはメダルを見つけられずにこの場を去ったか、まだ探してるか。

 悪いのは、すでにメダルを見つけ去ってしまったか。

 せめて良い方がいいんだけど……

 

「…『エリアサーチ』」

 

 そう名付けたのは、今の私が使える数少ない魔法。以前からたまに使っていた、魔力を薄く伸ばして広げて、周りに何があるか調べる魔法に名を付けたもの。名前を付ければ、その魔法をイメージして起動しやすく、使いやすくなるからってことで名付けた。

 その範囲はそこまで広くない。私を中心に円形状に広がるそれは、目の前にあるダンジョンの半分も覆えない。…はずなんだけど。

 

「ダンジョンも周りもすごい広い範囲で覆えてる気がするんだけど……」

『はい。今夜はマスターの魔力も増幅していますからね。これくらい朝飯前です』

「そりゃ夜だから夕食食べたらその次は朝飯だけど……」

 

 って、そうじゃない? ツッコむとこあるって? 

 なんだかもう、満月だからって言葉で済ませれるんじゃないかなって思えてきたから……

 

『ただし私がいないときにやっては駄目ですからね。本来であれば情報量が多く、今のマスターの脳では処理しきれず倒れてしまいます。今は私というフィルターを通すことで、必要な情報のみをマスターに届けることが出来ているのです』

「なるほど。…やっぱり月光剣がいないと大きな魔法も使えないんだね……」

『全ての力を取り戻すまでの辛抱ですよ、マスター』

 

 だよね。辛抱辛抱……

 

『ところでマスター。○時の方角、○○○m先に人の気配がします』

「え? …本当だ。これって…犯罪組織!」

 

 月光剣に言われた方向へ意識を集中してみると、確かに人の気配がした。

 ただ普通の人って感じじゃなくて、なんというか、犯罪組織の組員が漂わせてる暗い気配を纏った人間。

 数は…一人。

 この付近にいて、さらに一人でいる。

 それって、もしかしたらまだ間に合いそうってことだよね。

 

『どうしますか?』

「どうするもこうするもないよ。ダンジョン探索は後でもいいんだから、僅かな希望ぐらい先に確かめなきゃ!」

 

 再び雪の道を走る。目的は勿論、その人物! 

 

「──くっ。こんなんならスノーモービルでもどっかから奪って──ん? なんか変な音が……」

「見つけた! やっぱり君だったね、リンダ!」

「は? ハアアア!? なな、なんでテメェがここに!? ま、まさか幽霊か!? さっさと成仏しやがれ!」

「勝手に殺さないでよ! 生きてるよピンピンしてるよ!」

「あれだけの血を流しときながら生きてるって、お前バケモンかよ!」

「普通の人間だよ! ちょっと不思議があるかもしれない程度の人間だよ!」

「それは普通の人間とは言わネェ!」

「ぐぅ…い、一理ある……けど、だからって手加減しないから!」

「チィッ! なにがなんだかわかんネェが、テメェ一人ってんなら今度こそブッ殺してやらァ!」

「また倒れるのは君だよ、リンダ!」

 

 

 

「成敗!」

「ぐあぁ!」

 

 前の戦闘だと、一時間以上かかってたっけ。

 今回は……

 

『三分です』

 

 ん。さすが満月パワー。圧倒的強さ! 自分が自分じゃないみたいだね! 

 

「な、なんで…テメェ少し見ないだけでそんな強く…はっ、まさかテメェサ○ヤ人か!?」

「なんで!? そりゃ君から見たら私は、死にかけた後に強くなった人だけど、私は戦闘民族じゃないよ!?」

 

 髪の毛だって黒じゃないし、スーパーな方になったときの金髪だって…はっ、私金色混ざってた! 

 

『いえ、マスターはきちんとこの次元で生まれた存在ですからね?』

「だ、だよねー……」

「くぅ…こうなったら……」

「何かする前に縛る!」

「イッテ! テメェ何すんだゴラ!」

「エル君の時みたいにモンスターを出されても困るからね!」

 

 前に使った分の他にもまだまだロープはあるんだよ! 

 

「ぐぅ…また捕まってたまるかぁ!」

「ちょっ、暴れないでよ! こうなったら……!」

『ダメですマスターそれは!』

「へっ?」

「──ぐあああああ!!」

 

 月光剣が止めたときには遅く、私の指先がリンダの首に触れた瞬間、ものすごい叫び声をあげ、その後ピクッ、ピクッとしかしなくなったリンダ。

 ペチペチと頬を叩いても反応はなく、目は開いているものの焦点はあってなくて、意識はあるみたいだけど朦朧としてる。

 これってどういう……? 

 

『今のマスターは普段よりも力が増幅しているのです。なのに普段と同じような感覚で魔力をお使いになれば、想像していた威力の数倍となって発現するのですよ』

「ってことはつまり……」

 

 ちょっと電気で痺れさせるつもりが、威力が大きくなって電気ショックを浴びせてしまった……? 

 

「ね、ねぇ、月光剣。もしそれって、私がその電気ショックを浴びせようとする感覚でやってたら……」

『この人間は真っ黒に焦げていたでしょうね。そうでなくても今のでも十分可能性はありましたから。制御がギリギリ間に合ってよかったです』

「そ、そうなんだ…あは、あはは…はは……」

 

 ──怖い。

 強い敵と戦うのも怖い。強い力を持っているから。

 けど自分にその力があれば、怖くなくなる。だから大丈夫って、そう思って。

 なのに、実際その力が手に入ったら、使い方をほんの少し誤ったら、こんなにも怖いものだったんだ。

 私は今、目の前の人の殺しかけたんだ。

 

 この力がもし、友達に向いたら? 

 もし友達の命を、奪ってしまったら? 

 今回はよかった。相手が犯罪組織の人だった。月光剣が何とかしてくれた。

 けどその次は? もし相手が友達で、月光剣がいなかったら? 

 

「っ……」

 

 力を持つって、こんなにも怖いことだったんだ。

 こんなに怖いなら私、やっぱり強くなれない──

 

『何弱気になってるんですかマスター!』

「っ、月光、剣……?」

『その力はマスターのもの。マスターが扱っていた力です。記憶を失ったとしてもマスターはマスター。なら今のマスターにだって扱えます! 今は私の説明不足で誤ってしまいましたが、今のでよく理解出来ましたよね。ならば次からは誤ることはない。そう、自身を信じてください』

「で、でも……」

『大丈夫です。例え貴女が自身を疑おうと、私はマスターの味方です。ですからマスターも、私を信じてください。私がマスターを信じているということを』

「月光剣……分かったよ。信じる」

 

 月光剣はいつだって私を助けてくれた。なら信じなきゃ。相棒はいつだって私の味方なんだから。

 

 少しごたごたがあったけど、ちゃんとロープでリンダを縛って…って、もう縛る必要もなさそうだけど。

 ともかく縛り上げた私は、彼女の服を探った。リンダがあのダンジョンの近くに居たってことは、きっとアレを見つけたばかりで、それをどこかに持ってこうとしてたと思うから……

 ごそごそとポケットに手を突っ込んであれでもないこれでもない、とやって、ズボンの右ポケットに手を入れると、何やら固いものが。さっきから中に入ってた固い物は通信機とか鍵とかだったりしたんだけど、これは…薄い…丸みがある…ってことは! 

 

「これだー!」

 

 なんて言いながらポケットから取り出したそれは、小さな円盤状の金属。その表面には変な模様が書かれていて、真ん中には真っ白な宝玉が埋まっていた。

 その形も特徴も輝きも、まごうことなきマナメダルである。

 

「うんっ、今度は当たり!」

 

 真ん中の宝玉は本当に埋まってるというか嵌ってるようで、メダルをかかげて下から眺めると、影になった黒い輪っかに、宝玉が月の光を通していてとても綺麗だ。

 宝玉から見る夜空は少し白くなっていて、月も覗いてみるといつもより白く見える。

 もしこれがプラネテューヌのやラステイションのだったら、それぞれの色を介した景色が見えたのかな。

 

 そう少しばかり感動していると、足元で何かが動いた。

 急なことで、恐る恐る下を見ると、なんと、電気ショックでしばらくは動けないと思ってたリンダが僅かにでも動こうともがいていた。

 あの叫びを聞く限り、電気ショックはそこまで弱いわけでもなかったはずなのに……

 

『恐ろしいですね、この人間。恐ろしいほどタフです』

「ま、まあ女神候補生のネプギア達と何度も戦って、なのに一度も捕まってないんだし…運もあった場面もあるんだろうけど、元からこの人の頑丈さがすごいんだろうね……」

「…か…えせ……」

「むり」

 

 まだ上手く動かないのか蚊の鳴くような声だったけど、周りも静かだったことで聞き取れたその声に私は即答する。

 当たり前だ。これを犯罪組織がどう扱うか分からないけど、それでも渡しちゃいけないものなんだから。渡さないし、持ってたら奪うよ。

 

「…力加減が出来なかったのは謝るけど、これを君から奪うのに、悪いとは思わないから」

「………」

「じゃあね」

 

 ロープで縛りはしたけど、彼女を連れて教会に行く気はない。教会はまだ少し苦手だし、もしばったりネプギア達に会ったらって思うと、どんな顔をすればいいのか分からない。だからここに置いてく。多分彼女の仲間がまた助けに来るだろうさ。

 それに、もう会うことは無い。そうは思わないし、今回のことで恨まれて、次回いきなり襲い掛かられても別にいい。これはネプギア達のためになることなんだから。

 

「…へ…へへ…もう…おそ、い……」

「…“遅い”? どういう意味?」

「へっ、へへ……」

「ねえ、どういう意味? ねえ。ねえってば。答えてよ!!」

 

 まだ力の入らないリンダの胸倉を掴み、揺さぶる。リンダの表情筋はまだ麻痺して力が入らず、だらけきった顔だったけど、その目だけは違う。睨みつけたその瞳には、絶望や希望といった感情は見えない。ただ見えるのは、嘲笑うかのような感情。

 さっきの言葉とその瞳は私の心を苛立たせると同時に、嫌な予感を駆け巡らせた。

 続きの言葉を聞きたくても、彼女はただ笑うような目をするだけで何も言わない。それがまた更に私の心の怒りを滾らせる。

 こうなったら、無理矢理にでも話してもらうしか……

 

『──っ! マスター! 前方○○km、敵個体確認! 数、およそ100!』

「なっ!? 100ってそんな大群…種類は分かる!?」

『分析開始……完了。敵軍のうち100体は殺戮兵器(キラーマシン)。残り人間10名、別種モンスター1体』

「キラーマシン…っ! そんな…もう街に進軍するなんて……」

 

 せめてもう少しかかると思ってた。…いや、思っていたかった。

 けどその思いなんて、敵の知ったことではない。そんなの、考えなくてもすぐ分かることなのに。

 それにキラーマシンが動いてるってことは、まだ再封印が出来てないってこと。ネプギア達は今、ダンジョンにいるか、ゲイムキャラを完成させていないか……

 どっちにしろ、街へ着くまでの時間稼ぎが必要だ。その時間は、ネプギア達の状況によるんだけど……

 

『マスター。今は非常事態です。私情を入れてる場合ではありません』

「…だよね、うん」

 

 Nギアを取り出し、画面を付けるとネプギアやアイエフさん達から着信が来ていた。

 多分病院から連絡がいったんだ。気づかなかったのは…あっ、着信音切ってた。

 数分前にもコンパさんから来てる。ってことはまだ……

 できればもう出発しててほしい。そう思いながらもネプギアの電話番号を選び、発信する。

 数回のコールの後に、ネプギアは驚いたような、心配してるような声で電話に出た。

 

『ルナちゃん!? 今どこにいるの!? 病院からルナちゃんが消えたって連絡が──』

「その話はあと。まずネプギア、聞いて。キラーマシンが街に迫ってる」

『へ? …えぇっ!? キラーマシンが!?』

「数は100体。あと構成員の幾人かと、別のモンスターが1体。今は街から○○の方向、○○km離れた場所にいる」

『ま、まって。ルナちゃん今どこにいるの?』

「…下っ端の横、かなぁ」

 

 この場所の名前なんてあるかどうかも分からなかったから、つい目に映ったことで答えた。ただし、下っ端は未だに麻痺で倒れてます。

 たださっき言った敵軍と街の距離は合ってるはず。さっきまでいたダンジョンから数百m離れただけだから。

 

「ネプギアの方こそ今どこ?」

『今はまだ教会で、さっきゲイムキャラの修復が終わったところで……』

「なら出来るだけ早く準備してダンジョンに向かって。それと教会に頼んで軍でも何でもこっちに向かわせて。この量相手に時間稼ぎするには私だけじゃ力が足りない。ただちゃんと準備するまでの時間ぐらいは稼げるから、ちゃんと準備させてね。ヘタに突っ込めばこれ、確実に死ぬから」

『ダ、ダメだよルナちゃん! 戦っちゃダメ! キラーマシン相手なんて、そうしたら今度こそルナちゃんはっ……!』

「大丈夫。ひとりでは戦わないよ」

『本当に? だったら私達が行くまで絶対に戦っちゃダメだからね!』

「うん。善処はするよ」

『善処じゃなくて絶対に──』

「ごめんね、ネプギア」

 

 ネプギアの言葉を遮り、言って、返事も聞かずに通話を切った。

 「善処はする」。うん。善処はするよ。その上で、私はやるからね。

 だって、ね? 

 

『…マスター』

 

 私はひとりじゃない。

 月光剣がいる。相棒がいるなら、ひとりじゃない。

 

 下っ端は…うん。置いて行こう。今優先させるべきは、向こうの敵軍なんだから。

 わざわざ持って街まで戻るのも時間がかかるしね。

 それに、また捕まえる機会はあるでしょ。

 

「目標はあっちの方だっけ」

『はい』

「了解」

 

 一度低い姿勢になって、足に魔力を含めた力を込めて、地面を蹴る。後はそれの繰り返し。

 走っているうちに感覚で覚えた走り方。今は横に移動する力で動いているけど、もしこれを上に向けたら、とっても高いジャンプができるんじゃないかな。やったところで着地できるかどうかわからないからやらないけど。

 なんて考えながら、ただひたすらに走る。あとほかに考えたことは…そうだな。私が死んだあとどうなるかな、ぐらいかな。遺体が残る死に方だったらいいな。でも遺体の処理にお金がかかっちゃうかな。だったら遺体がなくてもいいかな。…なんて。

 今日もルナのネガティブキャンペーンは続いてますよっと。

 

「まあそんなこと考えても無駄なんだけどね。だって私、その状況だと死んでるし、そもそもその状況にならないかもだし」

『今のマスターはフルパワーに近い状態ですから、そんな状況になる可能性は限りなくゼロに近いですね』

「なら安心して挑めるね」

 

 前方に敵の姿を目視しながら私は笑った。普通の楽しくてとか嬉しくてとかじゃない。ただちょっと、また私、死にかけるようなことするんだろうなって思ったら、つい可笑しく思えたから。

 足を止めたのは、集団の前。少し声を大きくしないと聞こえない程度の距離。

 隊列を組んでいた集団は私に気付いた時点で止まっていた。そして私が足を止めると、集団の前方から巨体のモンスターが前に出た。

 

 

「うむ? 女神かと思えば…人間の女がなぜひとりでいるのだ?」

「たまたまひとりで行動してたからだよ」

「そうか。ならば我々を避け、行動を続けるといい」

 

 そういう彼? の姿は、ハッキリ言って気持ち悪い。丸々とした巨体に、口から外に飛び出た光沢を放つ舌。ギョロギョロとした可愛いを通り越して気持ち悪い大きな目。

 自分の悪いとこは自虐して、誰かの悪いところはあんまり言わない私だけど、こればかりは申し訳ないけど凄くそう思ってしまう。

 まあそんな容姿は、今は関係ないんだけどね。関係なく、倒す。

 その巨体に纏ってる力は、リンダが纏っていた力が実は薄まっていたものだと思えてしまうほど濃厚で、気持ち悪い。本能的に否定したくなる。

 そしてそれを纏っているのは、犯罪組織の人だから、より濃いその力を纏ってる彼は、きっと幹部クラスだと思う。

 もしかすると、四天王の一人かも知れない。なら余計に、倒す気でいかないと。

 

「残念ながらそれはできないよ」

「む? なぜだ」

「それはね、私が君達を倒すためにここに来たから。君達を避けたら、目的が果たせないよ」

「ククッ、アクククク! たったひとりで我々を相手にするとは…勇気と蛮勇をはき違えてはいかんなぁ」

「悪いけど、勇気も蛮勇もないんだ。あるのはただ一つ。覚悟のみ」

「ふむ。ならば街へ行く前にひとつ片付けるとするか」

 

 そう彼が言うと何か指示を出したのだろう。キラーマシンの何体かが待機していた姿勢から臨戦態勢に変わった。見るに、構成員と思われる人間は隊列の後ろに下がっている。

 そして彼もまた後ろに下がり、入れ替わるように臨戦態勢だったキラーマシンが出る。

 私もまた剣を鞘から抜き、構える。身体全体に魔力を通して、どこからでも魔力をだせるようにする。

 正直、怖い。満月で私の力が強くなってるからって、その上限が分からないから、この敵相手にどこまで出来るかも分からない。ネプギアには準備時間ぐらいは稼ぐって言ったけど、彼らがここまでくる前に倒れてるかもしれない。

 けどやらなきゃ。やらなきゃ、街が壊される。あの門番達の。ラーメン屋の店主の。ミナさんに、ロムとラムの…大切な場所が壊される。彼らが殺される。

 そう考えたら後には引けなくて、引く気も失せた。

 それに、かつての私はゲイムギョウ界を守る存在だった。

 なら、今の私だって守ってやる。守りたい人を、場所を、出来る範囲で。

 そして今は、出来る範囲だと思ったから。

 

「あ~あ。こんなに月も輝いてるのに。永い夜になりそうだよ」

 

 そう言いながら私は、不敵な笑みを浮かべた。




後書き~

次回、戦闘シーン…カットするかしないかお悩み中です。
ちなみに下っ端は、自力で麻痺から回復して逃げました。
それではまた次回。
See you Next time.

今回のネタ?らしきもの
・『月下を駆ける少女』
映画『時をかける少女』になぞって。月光を浴びながら駆けるルナの姿はきっと、その髪が輝きながらたなびいて見えたでしょうね。パーカー?風で既に外れましたとも。
・青いハリネズミのゲーム
ソニックシリーズですね。そのなかでも街の中を走っていたソニックワールドアドベンチャーを意識しました。矢印のヒントの代わりに月光剣の案内を。
・ボ〇ト
まだ彼の記録は更新されてないと聞きます。人類最速の選手ウサイン・ボルトさんのことですね。
・「~サ○ヤ人か!?」「~死にかけた後に強くなった~」
ドラゴンボールに出てくる主人公の種族でもおなじみサイヤ人です。彼らは死にかけるほどの怪我をしてから復活すると、怪我をする前よりもパワーアップするという特性を持ってます。さすが戦闘民族。
・「大丈夫です。例え貴女が自身を疑おうと、私はマスターの味方です。ですからマスターも、私を信じてください。私がマスターを信じているということを」
アサシンズプライドから暗殺教師クーファ・ヴァンピールが教え子であるメリダ・アンジェルにかけた言葉を少し変えて。シリアスにメタは駄目らしいですけど、これくらい許してください。
・「こんなに月も輝いてるのに。永い夜になりそうだよ」
東方紅魔郷から、六面ボスレミリア戦での博麗霊夢の台詞。ルナというキャラで物語を進めていく時、絶対どこかで入れたいと思っていた台詞を入れれました。やったZE☆


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話『満月強化(フルムーンルナちゃん)

前書き~

前回のあらすじ。
ルナちゃん突撃!相手はキラーマシンとどっかの○リコン……?
満月で強化されたルナちゃんは強いぞー!
なんて。今回はイチゴバナナスムージー片手に、ごゆるりとお楽しみください。


《Side Luna》

 あれからどれだけ経ったか。

 そう思うほど経っているような気がするし、実際にはそんなに経ってないのかもしれない。

 ただやっぱり、体感では長い方だったと思う。

 

 目の前にいるキラーマシンを、鋭く光る月光剣で斬りつける。満月で私の力が増したことにより、月光剣もまたその威力が増していて、鋭利な刃は相手が鉄だろうと関係なく傷つけていた。

 でもそれだけでは敵が倒れるにはまだ足りない。私は一度傷ついたその場所を、何度も何度も集中的に斬りつけてようやく、その装甲に穴が空く。そこに向かって電気を流せば、モンスターといえど所詮機械。内部へ直接叩き込まれる電圧に耐え切れず、ショートし倒れる。

 一体倒れたからって油断はできない。身体を大きく左へずらし、後ろへ振り向き様に剣を振れば、私がいた場所にはキラーマシンの拳が突き刺さっていて、剣はその腕を斬りつけていた。

 キラーマシンの動作はそれで終わらず、続けざまにもう片方の腕が鞭のようにしなやかにうねりながら迫る。その腕を跳んで躱し、そのままキラーマシンの頭部へ着地。装甲の中でも特に薄い場所へ剣を突き立てて、剣から電気を放てば、その胴体は地面へと倒れ伏した。

 

 一体一体地道に、けれど着実に倒していく。そんな戦い方は時間がかかるけれど、今は時間のかかるやり方の方がいいし、今の私には他に取れる手段がない。最初の方でただ電気を叩きつけても全く効かなかったから、広範囲にまとめて放っても無駄に魔力を使うだけ。

 電気が効かない理由が、月光剣が言うには内部が装甲で覆われて防御されているから。ならその装甲の内側へ流すのは効くはず。

 一度試してみると効いたから、そのまま続けていって、さっき倒したのでようやく四分の一ぐらいだと思う。既に使い物にならない機械の山が築けそうだ。

 それでもまだぞろぞろといる敵を見て、戦闘中なのに溜息を吐きたくなる。

 そんな余力なんて、今の私にはないのだけど。

 

「ギギ…ギギギ……」

「テキ。タオス」

 

 時々戦闘音に紛れて聞こえてくる機械的な音声にバリエーションは少ない。一つ覚えのように同じ言葉ばかり繰り返す。

 だからって知能がないわけじゃない。月光剣みたいに高性能なAIではないけど、それでも少しは学習していく頭はあるようで、最初は割と簡単に立ち回れたのに、少しずつ難しくなっていく。同じ動作を何度かすると、違う個体なのにその動作を察知して対応してくる。

 敵が少しずつでも学習していって、私の行動に対し抵抗できてくると、疲労が積もる速度がどんどん上がっていく。満月の力があっても、戦闘での消費エネルギーは、走っているときよりも上。さすがに少しずつは疲れてくるし、その疲労を回復する時間もない。

 結果、敵はどんどん襲ってきて、しかも戦えば戦うほど強くなっていくのに、私は疲労がどんどん蓄積されていく状態に陥ってる。

 

 それでも普段の私と比べたら、ありえないくらい戦えてるんだよ。ちょっと私の力がブーストされている時に初めて戦った相手だから、普段の私が戦ったらどの程度まで戦えるかわからないけど、それでも相手はネプギア達が苦戦した相手。それをたった一人で戦っているんだから、やっぱり満月の力ってすごいね。

 

 なんて思っていたら、また敵の攻撃。今度は大きな斧を装備している個体で、上から下へ振り下ろしてくる。それを跳んで躱し、地面へ着地しようとして、別個体が装備している大きなハンマーが薙ぎ払うように迫り、私の身体を吹っ飛ばした。

 

「っ……!」

 

 ずずずーっと地面と擦れながら飛ばされる。

 そんな隙だらけの私を、敵は容赦なく襲い掛かる。

 咄嗟に左腕を上へ突き出し、素早く防御壁を作り出すと、そこにぶつかるのは、さきほどの斧。防御壁があればダメージは喰らわないけど、衝撃や重みはなくならないわけで。

 重いその攻撃を、私は剣の面の部分で叩いて払い、足でひょいっと素早く立ち上がり、攻撃の気配を感じて、回避する。私がいた場所にはそれぞれ、地面に刺さる斧と、地面を抉る大きなメイスがあった。

 先にハンマーを持つ個体を叩こうとしてその頭に跳び乗り、剣を突き刺そうとして、再び気配を感じて跳び下りる。すると再び私がいた場所をメイスが抉った。但し今回はキラーマシンの頭の上。同士討ちだ。

 その行動を見て、キラーマシン同士は連携が取れていないのだろうと考える。連携が取れるようになってしまえば、より難易度が上がってしまう。ならば取れていない今のうちに……

 

「いっ……!」

 

 キラーマシンだけを警戒していた私の身体に襲ったのは、何か熱いものが当たった痛覚。

 それは一回だけでは終わらず、何回も身体のあちこちを打つ。

 たまらずその場から離れようとして、キラーマシンが私を囲っているのに気付いた。

 新たに増えた一体、合計三体で囲まれ、その隙間を魔力玉が通過して、私を襲っていたのだった。

 一個一個の威力は弱く、ただ熱くて痛いだけだけど、痛いものは痛い。それに何回もきたら、いっぱい痛い。

 防御壁を張り直して玉を防ぎ、キラーマシンの檻からの抜け道と、魔力玉の発生地点を探す。

 そして見たのは、まだ待機状態のキラーマシンの傍で、杖を持った人間達。魔力玉はその人達が作り出して、次々と放っていたのだった。

 遠くからでも分かる、その表情。気持ち悪い笑みを浮かべる人。ゲラゲラと声に出して笑う人。だいたいその二択。

 女の子に玉当てて、何が楽しいんだか。

 その人達の気持ちが全く分からず…というか分かりたくもない。そう思って、その人間達が気持ち悪くて、うざくて、嫌だとも思って、つい

 

 痛い目に遭えばいい。

 

 とも思ってしまって──

 

「…っ……!」

 

 いつからか分からない。けど雲が月を覆い隠したところで気付いて、見上げる。

 空がゴロゴロと低い音を響かせていた。

 なんだか不穏な雰囲気を醸し出す雲に、一体何が起こるというのか。そう思った次の瞬間、空を一筋の線が駆け抜け、地へと落ち、その光を弾けさせた。

 

「「「ぎゃあああああ!!」」」

 

 続いて聞こえた悲鳴と、光が止んで見えた、焦げた衣類を纏ったあの人達が地へ伏している姿で、ようやく何が起こったのか分かった。

 

 雷が、彼らを貫いたのだ。

 

 その光景と、その前の彼らの所業を合わせると、それはまるで『天罰』のようで。

 

「ぐ、ぐぬぬ…まさか天候も操る魔法を持っているとは……」

「え…? ち、ちがっ…わ、わたしじゃ……」

 

 「ない」。その二文字が口から出そうとして、引っ込んでしまう。だって今のところ私が操れる魔法属性は『雷』だけで、今のは確実に雷で……

 もしかして、本当に私が……? 

 

「アクク…このまま数を減らされてはたまらぬ。ここからは吾輩自らが出よう!」

「っ……」

 

 その言葉で、意識を先ほどの現象から敵へ切り替える。

 キラーマシンを倒していったら、いつかは出るとは思ってた。それが今このタイミングで、というのが私には良い方に転んでくれるのか、悪い結果を出してしまうかは分からない。正直もう少しキラーマシンを削ってからの方が良かった気もする。

 けど一人と一刀でこれだけ削ったんだから、残りを後から来ると思う増援に任せたっていいよね。これ以上頑張んなくったって別に……

 …いや、もしその残りを後から来る増援が倒せなかったらどうする? 

 倒しきれなくて、結局街へ進軍しちゃって。ゲイムキャラの封印も間に合わなくって、キラーマシンが街へ着いてしまったら。

 そもそも増援が来るかも怪しい。自分の国の周りを固めるのに全部使っちゃって、こっちへ寄越せる戦力があるのか。

 どっちにしろダメだ。中途半端じゃ、頑張った意味がなくなる。

 ならいっそ、この敵も残りも、全部倒す気でいっちゃえ。

 消えかけた炎を再び焚き上げ、何故か動かないキラーマシンの檻から抜け出そうとして、キラーマシンは動き出す。まるで檻から出るのを阻むように。

 このままでは敵の攻撃を避けることは出来ない。受け止めるにしても、あの敵の攻撃を私の防御壁がどれだけ耐えられるのか……

 

「…仕方ない。ここは一気に……!」

『マスター! 上空○km、熱源感知!』

「っ……!?」

 

 そう言われ見上げると、夜空に浮かぶ星とは違う、別の禍々しい光があって、それは物凄い勢いで大きくなっている。

 そう見えるほど私に対して垂直に、その攻撃は迫って来ていた。

 

「アクククク! 吾輩の魔法、とくと受けてみるがいい!」

 

 そう言った後も変な笑い方を続ける敵の声は、今の私をムカつかせるもので、かといってあれはさすがに受け止めるには高威力すぎるかなって。

 

「さ、さすがにあれは防御できないよね……」

『マスター、どうしますか?』

「どうするって言われたってこれは……!」

 

 そう受け答えしている間にも攻撃は迫り続けている。

 月光剣の言う通り、どうにかしなきゃなんだけど…そんなすぐ思いつかないよ!! 

 

『ではマスター、ひとつ試したい魔法があります』

「試したい魔法って……!?」

『雷属性の魔法の中でも上級魔法に位置する魔法。名を『プラズマブレイク』。マスターも一度お使いになられたことがあるかと』

「それって確か……」

 

 まだ目覚めたばかりのころ、ネプギアと初めて会って一緒に行ったクエストで放った魔法。その威力は、敵に対してオーバーキルで、その場をめちゃくちゃにしてしまった。

 それ以来あの時のように頭に文字列…術式が浮かぶことも、その威力の魔法を出すこともできずにいるけれど……

 

『今は私がいます。私が術式を展開、コントロールしますので、マスターは魔力と発動を』

「う、うん!」

 

 時間がない。それに月光剣の言うことは間違ってることがない。

 だから相棒の話を信じて、魔法発動に集中して……! 

 

『できる限り威力を高めるため、ギリギリまで引き付けます。合図をしたら、お願いします』

「了解……」

 

 どうせキラーマシンは動かないっぽいし、敵の攻撃はあれで、しかもそれで私を仕留めれると思ってるらしく、ずっと薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。

 ならばここは、いっそド派手にやってしまえ……! 

 

「…むむ? なにやら嫌な予感が……」

 

 そんな敵の声なんて聞こえず、私は意識を集中する。

 心の中では銃を持っていて、引き金に指をかけているイメージで……

 

『カウントダウン、5、4、3、2、1、0』

「っ! 『プラズマブレイク!!』」

 

 引き金を引いた瞬間。バンッと弾が目に見えない速さで発射されるみたいに。

 言葉による発動命令を出した瞬間、先ほどの雷よりも高威力でド派手な稲妻が、雷とともに弾けた。

 そして、光が止んで目を開けると私の周りは……

 

「…わぉ」

 

 そんな声しか出せないほど、むっちゃくっちゃに荒れていた。それはもう、一つの災害が起きたんじゃないかってぐらい。

 前回と違うのは、ここが雪原だから、緑じゃなくて白い地面が茶色になっちゃったことと、植物は焦げていないことかな……

 どっちにしろ地面は焦げ付いたんだけど……

 

「っと、キラーマシンは……」

 

 周りの光景に行っていた意識を戻し、戦況を確認しようとして、自分の周りに焦げ付いた鉄の塊が三つ、転がっているのを見た。

 時々バチバチと火花を散らすそれが、元はなんだったのか察するのはたやすいこと。

 

『さすがの彼らも、高威力の魔法を至近距離で浴びれば鉄くずとなります』

「ってことは、残りのモンスターにもあの威力を浴びせたら……って、さすがにそう何発も出せるほど容易い魔法じゃないか」

 

 自分の中の魔力残量を確認して、諦める。むしろ前回のときは魔力切れで倒れたから、まだ立っているだけ成長してる、もしくは満月ってスゲー、って思っておいた方が良いんだよね。

 もう一度放つのは、無理そうだけど。

 

『マスターの場合、成長と捉えるより、力を取り戻していると捉えるのが正解かと』

「そっか。前の私は今よりずっと強いんだもんね、と」

 

 戦況確認を終え、再びキラーマシンの軍勢。その前にいる敵へと目を向ける。

 残念ながら彼らは私から離れていて、今回は私を中心に威力を集中させたから、中心から離れた場所ほど威力が分散してしまっている。隊列の最前列が少し火花を散らしながらもどうにか動いている程度の傷しか負わせることができなかった。

 そして、あの敵も、防御壁で攻撃を防いでいた。ただしその防御壁には、ひびが入っていた。

 

「危ない危ない…まさか人間にここまで出来るとは……」

 

 そう言う彼の顔は引き攣っていて、ギリギリまで攻めれたのだと分かる。

 逆に言えば、攻めきれなかった。けど、分散した威力でそこまで攻めれたのなら、上々。

 そもそも全部殲滅する勢いで~とは勢いで思ったけど、落ち着いて考えれば、私がやるのはあくまでゲイムキャラが再封印するまでの時間稼ぎ。ここで殲滅する必要があるのはキラーマシンだけで、あの敵は含まれない。

 でも彼があの軍勢の総司令的な立ち位置にいるのなら、止めておいて損はない。…はず。

 

「ククッ、だが吾輩の力はこんなものではない! くらえっ! レローッ!」

「って、その舌攻撃にも使えたの!?」

 

 敵の舌がこちらへ伸びてくる。

 正直戦いにも使えるものだとは思ってなくて。でもきちんと反応して避けようと身体を動かしていたから。

 想定外だったのが、予想以上に私の疲労が溜まっていたことだろう。

 

「わっ…くっ……!」

「アクククク! 吾輩の自慢の舌は縄ともなるのだ!」

「ちぃ…こんなの斬っちゃえば……!」

「おっと、そうは…させんぞっ!」

 

 動きが鈍った私の片足を、伸びた舌は素早く絡めとり、逆さまに吊るしながら自身の傍へ持っていく。

 水気を帯びていてぬめぬめして生暖かいそれは、一言でいえば気持ち悪い。

 ズボン越しに伝わる気持ち悪さに嫌悪感が増し、右手の剣で斬ろうとして、敵は私を振り上げ、地面へと叩き付けた。

 

「っ……!」

「むむ……」

 

 当然ただ叩き付けられてやる私じゃない。防御壁を展開して直接的なダメージは防いだ。

 けど敵もそれで終わるやつじゃない。

 

「ならばこれならどうだ!」

 

 そう言って、敵は私を何度も叩き付ける。防御壁は展開したままだからダメージは受けてないけど、反撃もできない。それに、防御壁を展開し続けるのも振り回されるのもすっごく疲れてくる。

 でも敵だってずっと人一人を振り回し続けるのは疲労が溜まるはず。なら疲れてきたところを襲うか……

 そう思って機会をうかがっていたら……

 

「「『アイスコフィン』!!」」

「ぬおっ!?」

 

 遠くから声が二つ、重なって聞こえて、それから大きな氷の塊が敵を襲った。

 

「『M.P.B.L(マルチプルビームランチャー)』!」

 

 敵を襲ったのはそれだけでなく、薄紫色の光線が私の足に絡みついていた舌を撃ちぬいた。

 敵はその攻撃で舌の力を緩める。その隙を逃さず、絡みついた舌を解き、敵の拘束から逃れ、距離を置く。

 そして、改めて見た。あの二つの攻撃をした人達…ううん。女神達を。

 

「ルナちゃん、大丈夫!?」

「けが…してない……?」

「まったく。あんな敵につかまってちゃダメじゃない!」

「ネプギア…ロムとラムも……」

 

 そこにいたのは、女神化した三人。ネプギアは敵から守るように私の前に立ち、敵の行動を警戒していて、ロムとラムはすぐに私の傍へ寄ってきた。

 三人は私のことを心配してくれて。こうして助けてくれて。

 それが今だけはどうしても、

 

 (嫌。)

 

「けが、なおすね」

「…いい。大丈夫だから」

「あ……」

 

 ロムが治療のために擦り傷にかざした手をそっと払い、立ち上がる。

 

「ちょっと! せっかくロムちゃんが治してあげようとしたのに!」

「…ごめん」

 

 ラムが怒っても、どうしても、短い謝罪の言葉しか口にできなかった。

 そんな私にラムが何か言おうとして、すぐにエンジンの音がかき消した。

 そのエンジン音は私達より少し遠くで止まって、すぐに誰かがこちらへ駆けてくる足音が聞こえた。

 姿を見れば、アイエフさんとコンパさんのお二人。その後ろにはスノーモービルが止まっていた。

 

「ルナ、無事?」

「怪我なら治すですよ~」

 

 コンパさんの言葉に「いや治療要員が二人もいたら多い」なんて口にしかけて、喉元で引っ込んだ。

 アイエフさんの言葉にも返事しないで、私は数歩進む。

 大きな舌を持つ敵は先ほどのネプギアの攻撃で舌をやけどでもしたのか「ひぃい~…」と情けない声を出しながらさすっていた。

 しかしこちらの人数が増えていることに気付いて、そして……

 

「…うん? ぉおおおお!? そ、そそそ、そこにいるのは幼女女神!! 幼女女神キタ─────!」

 

 そう叫んだ。

 …うん。いや、なんで? そっち? というか君、舌だけじゃなくて精神も気持ち悪い? 

 

 

 

 

 


《Side Nepgear》

 

 ぬいぐるみのような姿だけど、その巨体とギョロギョロした目、そして不自然なほど太くて長い舌を持つ敵の姿は、すごく気持ち悪い。

 さらに敵は私達を見て、『幼女女神』って。多分ロムちゃんとラムちゃんの事だとは思うんだけど……

 

「ハァ…ハァ…い、いかん。幼女女神が二人も目の前にいると思うと、興奮してしまう」

「……きもちわるい」

「あんな敵、さっさとやっつけちゃいましょ!」

 

 言葉通り興奮しているみたいで、荒い息を吐く敵の姿はもっと気持ち悪くて、後ろでは二人が杖を構える気配がした。

 その中で、一人。私の斜め一歩前に進むルナちゃん。その表情は見えないけど、纏う雰囲気はいつもと違って、なんだか近寄りがたい雰囲気。

 話しかけようとして、でもなんだか話しかけづらくて。

 口を開いたのは、ルナちゃんからだった。

 

「…なんできたの?」

「なんでって、そんなのルナちゃんを助けに──」

「だからなんで助けに来たの? 必要なかったのに」

「ルナ、ちゃん……?」

 

 ルナちゃん疑問に答えようとして、ルナちゃんは言葉を遮って、そう言った。

 いつもだったら絶対言わないような、突き放すような言葉。

 そんないつもと違うルナちゃんに、戸惑う。それから、もしかしてルナちゃんは怒ってるのかな、って思った。

 それもそうだよね。病院で言ったこと、怒って当然だもんね……

 謝るべきかな。でも、あの時言った意思は揺るがないから……

 そう悩んでいると、ルナちゃんは背を向けたまま言った。

 

「…とりあえず、確認。ゲイムキャラは?」

「私ならここにいますよ」

「…無事に修復できたんだ」

 

 そう言ってコンパさんのポーチから出てルナちゃんへ近づくゲイムキャラに、少しだけ雰囲気が柔らかくなったように感じて…でもすぐに、元に戻ってしまった。

 

「ん。それならさっさと封印しにいって。ここは君達がいなくても大丈夫だから」

 

 その言葉は私達に向かって放った言葉で、そう言うルナちゃんの服はほつれたり焦げた跡があちこちにあったして、言葉の説得力を失わせていた。

 

「そんなこと言っても、ルナちゃん一人であの数は無理だよ! ここは私達と力を合わせて──」

「それより先にゲイムキャラと共にダンジョンへ行って、キラーマシンを封印した方が早いと思うよ」

「でもルナちゃん一人じゃ……」

「別に、平気」

 

 頑なに協力を拒むルナちゃん。怒ってるのか、意地を張ってるのかなんて分からないけど、あの数を相手にするには、ルナちゃん一人じゃ荷が重いのは本当のことなのに……

 私も諦めずに張り合おうとして、それを二人が遮った。

 

「あーもう! ようはルナちゃんひとりじゃ心配ってことでしょ! ならわたしとロムちゃんが残って、あんたたちが先に行けばいいじゃない!」

「ルナちゃんのことはまかせて」

「ラムちゃん…ロムちゃん……」

「………」

 

 二人の言葉に、ルナちゃんは何の反応も示さない。

 それは拒否もしてないってことで、私との反応の差に、やっぱり怒ってるのかな、って思って。

 

「ネプギア、ここでうだうだしてても仕方ないわ。私達だけでも行きましょ」

「三人を信じるです」

「……はい、わかりました」

 

 私は渋々首を縦に振り、後ろ髪を引かれる気持ちのまま、先へと進む。

 何度も飛びながら後ろへ振り向いて、どんどん遠ざかっていくルナちゃん達の姿を見て、心苦しくなる。

 でも、コンパさんの言う通り信じなきゃ。大丈夫だって。また同じことが起きるわけないって。

 だから、この戦いが終わったら、ルナちゃんともう一度話して、ちゃんとわかってもらって、それで仲直りしよう。うん。

 

 

 

 って、あれ? これってもしかしてフラグですか!?




後書き~

ここで残らなかったこと、ネプギアは後悔するかどうか。
悩みます!(本音)
ひとまずまた二手に分かれる六人ですが…これ以上のトラブルなく終われるといいですね……
ちなみに前書きにときどき書いてる食べ物飲み物は、別にその時の話に合わせたものを選んでるわけじゃないです。気分とたまたま食べてた(飲んでた)ものを書いてるだけです。実は東方さんのインストール画面をイメージしてます。
そんなことを書き上げつつ、次回もまた来て下さることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話『まよなかのあかり』

前書き~

前回のあらすじ。
ルナちゃん敵に突っ込んで、いっぱい戦って、捕まっちゃったって時に颯爽と助ける女神候補生様パネェ!
…おや?ルナちゃんの様子が……
あ、進化じゃないです。Bボタン連打しても何も起こらないですよ。
そんなこんなで今回はメロンを食べつつ、ごゆっくりとお楽しみください。


 ネプギア達三人はゲイムキャラと共にダンジョンに。

 ロムとラムは何故かここに残った。

 …いや、なんでかは分かってる。一人で戦おうとする私を心配してるから。それはネプギアも同じだったし、言葉にはしてないけどアイエフさんとコンパさんも同じ。

 その心配をあんな言葉で返したのは、自分でも驚いた。

 けど言葉を取り消そうとも言い繕うとも思えなくて、その後に言ったことも間違ってるわけじゃないから。

 別々に行動した方が早いし、例えネプギア達がこの場に残っても、残りのキラーマシンとあの変態を全て倒せるとは思えない。…あんまり思いたくもないけど、あの変態は特に強いから。

 まあ物理特化の三人より、魔法特化の二人が残ってくれたのは正直頼りになる。…何故かあの変態はロムとラムのことが好きみたいだし、少しは注意を引けるかも。

 あ、あれ? なんか二人に危険が迫って来てる気がする…こ、こうなったら今更でもやっぱり一人で大丈夫って言って二人にはこの場を離れてもらった方がいい……? 

 

「ハァッ、ハァッ、幼女女神が二人も…これはペロペロしちゃってもいいのかな!?」

「うぅ、きもちわるい」

「わたし知ってるわ。あんたみたいなの、変態って言うんでしょ? そんなやつ、わたしたちにかかればよゆーで倒しちゃうんだから!」

「アククッ、吾輩は変態は変態でも、変態紳士である!」

「どっちにしても変態だよね……」

 

 うん、本当にあれと二人を戦わせるのは(物理精神どっちの意味でも)危険だよね。

 かといってモンスターの方も数が多いし……

 

『マスター。以前使われた力をお使いになられては?』

 

 前に使ったって…なんだっけ。

 

『モンスター『エル君』を移動させる際に紫の女神候補生とユニ様にお使いになられた、あの力です』

 

 あっ、あー、分け与えるやつだっけ。

 うん、それなら今の魔力量でも足りるね。よし、

 

「ロム、ラム。二人とも手を貸してくれる?」

「いいわよ!」

「うん…! なにをすればいいの……?」

「あぁ違う違う。手助けのほうじゃなくて…いやそれもなんだけど、とにかく私の手に触れてくれないかな?」

 

 意味を勘違いした二人にちゃんと主旨を伝えて、触れてもらう。

 うん、いいよ、月光剣。

 

『はい。それでは、エネルギー送填開始……完了。この場において最適だと思われる量をお二方にお渡ししました』

 

 うん、グッジョブ! 

 

『お褒めに頂き光栄です』

「…よし、もういいよ二人とも。……二人とも?」

 

 エネルギーを渡し終えて二人に声をかけた。けど、何故か手が重なってる部分をぼーっと見続ける。

 反応のない二人に、とりあえず触れてる手を離してみると、ようやく二人とも反応し始めた。

 

「…いまの、なに?」

「何って、ちょっと私の力を二人に渡しただけだけど……」

 

 触れていた自分の手を見ながら質問するラムにそう答えると、二人は顔を近づけて小声で話す。

 

「…ラムちゃん、今のって……」

「うん…似てた。すっごく」

「でも、どうして?」

「わかんない。けど、よく見ればお顔とか似てるかも……」

 

「あの、二人とも。この距離だと普通に聞こえるよ?」

 

 内緒話をしたいから小声なんだろうけど、この距離だからぎりぎり内容が聞こえてる。

 まあ聞こえててもよく分からない内容だったけど。

 

「まあいいわ。とにかくこの力であいつらをギッタギタのボッコボコにしてやればいいのね!」

「いっぱいやっつけて、ルウィーを守る!」

「うん、そうなんだけど……まあいいや。とりあえず二人ともキラーマシンをお願いね。アレは私が相手するから」

「ええ! いくよ、ロムちゃん!」

「うん! ラムちゃん!」

 

 二人に質問しようとして、今はそれどころじゃないって思ってやめて、キラーマシンの方をお願いする。

 これで二人の身は守られるはず。それにキラーマシンなら物理より魔法に弱いの、さっき戦ってて分かってるから。

 

 それぞれの相手を決めて、すぐに私達は動く。

 二人は飛んで、私は駆けて相手に迫る。

 

「むむっ、幼女がこちらへ来る! これは絶好のチャンスなのか!?」

「悪いけど、君の相手は私だよ!」

「ふん、年齢二桁以上のババアに用などない!」

「バっ!? き、君の中の価値観を否定する気はないけど、それは横暴じゃないかな!?」

 

 私が振った剣を、あれはそう言って舌で流す。

 バ、ババアって、私そんな年老いて見えないよね!? まだまだ成長期ってぐらいに見えるよね!? 

 てか二桁って10代から!? 

 

「横暴などではない! 幼女こそ吾輩のジャスティス! 異論は認めぬ!」

「か、可愛いは正義と同じ感覚なのかなぁ……」

 

 こちらは剣を、向こうは舌を振るっている様は一応激しい戦闘にはなっているのだけど…交わす言葉の内容がなぁ……

 あとごめんね、月光剣。君を舌と相手させて……

 

『ご心配なく。我が身は剣。気持ち悪いなどという感覚はございません。…ですがなるべく早く片付けて刀身についた粘液を水で洗っていただけると嬉しいです……』

 

 わああごめんね! なるべく受け止めずに躱すからもう少し我慢してね! 

 

「やぁッ!」

「ぐぬっ」

 

 最後の一振りに電気を纏わせ、さっきから邪魔する舌を斬りつけ飛び退く。

 見れば、舌の動きがぎこちない。

 よし、効いてる。ならもっとだよね! 

 

「『プラズマラッシュ』!」

 

 さっきより電力を上げて何度も斬る。上に下に右左って。

 さっきまでなら舌で受け止められちゃって本体にダメージはいかなかったけど、今はその舌が痺れちゃってるもんね! 

 

「アクク…この程度、どうということはない!」

「そんなのやせ我慢…でもなさそうだね……」

 

 確かに痺れさせたりダメージを与えたりも出来るんだけど、本人の言う通り総合的なダメージはそれほど多くはなさそう。

 塵も積もれば~って言うけど、この場合はそれだとこっちが先にダウンしちゃうし……

 せめてもう少し手数が欲しいけど、魔力の残りも少ない。この場にいるのは私と二人だけ。その二人もキラーマシンに割いてるし、二人をこっちに回すのは出来ない。そうしたらキラーマシンの相手が誰もいなくなっちゃうからね。

 そうなると結局、ネプギア達がゲイムキャラと封印するまではこの状態が続くのか……

 …うん。やっぱりネプギア達を先に行かせて正解だったね。

 

「えいっ! やぁっ!」

「もう一発、いっけーっ!」

 

 向こうは次々と氷を作り出しては放ったり、氷の檻に閉じ込めて壊したりして、少しずつではあるけど倒せてる。前に見た時よりも高威力なのは女神化してるからか、私の力を分けたからか。多分その両方だね。

 とりあえずこの状態がいつまで持つかは分からないけど、すぐにどうこうなることはなさそう。

 

「むむっ! お前達! 相手は幼女だぞ! 戦うのは仕方ないにしても幼女に傷をつけぬようもっと加減せい!」

 

 …訂正、ネプギア達が目的を果たしてくれるまで持ちそう。というか二人より先に私がダウンしそう。

 

「…今回これが相手で、二人が残ってくれたの、幸運だなぁ……」

 

 あと二人をこれと戦わせずキラーマシンに回した過去の私、グッジョブ! 

 

「ぐぬぬ…このままこうしてはおれん! さっさとこんなババアを倒して幼女のもとへ行かねば!」

「…いや、ね? さ、さすがの私も、そういうのを気にしたりもするから、さ。そう何度も言われると、ねぇ……」

 

 肌にぴりぴりとした何かを感じる。

 そして空にはまた、黒い雲が集まり出した。

 パチッと何かが弾けるような音があちこちから何度もする。

 その音と共に、小さく短い光の線が、私の周りで光っては消える。

 

 やっていい? やっていいよね? てかやっちゃうね? 

 

『マスター』

 

 何? 

 

『ここはひとつ、ガツンと』

「…うん。殺ろう」

 

 月光剣の言葉に力み過ぎていた身体から力を抜き、そしてまた全身に、今度は入り過ぎないよう、力を込める。

 同時に魔力を手足に集中させて、強化して、前へ──跳ぶ。

 瞬間、ドンッという地面が凹んだ音、ビュッと風を切る音、ガンッと剣と防御壁がぶつかる音、その三つが、一斉に私の耳に入り込んだ。

 

「なっ、邪魔をするでない!」

「いいや邪魔するよ。というか私が見てるとこじゃ、二人に指一本触れさせはしないからね!」

「くぅ…幼女がすぐそこにいるというのに!」

「触れたいなら心入れ替えて悪さしなくなってからにしてねこのど変態ロリコン!」

 

 

 

 

 

 気合いを入れ直してさらに戦うこと数十分。私達の耳に、ドドドドドッと轟音が聞こえ、その音は街の方角からこちらへ近づいてきていた。

 

「むっ、増援か!?」

「あっ、あれルウィーのマーク!」

「みんな、来てくれた!」

 

 何もなかった雪の上を走り近づいてくるのは、雪のように真っ白で角ばったいくつもの種類の戦車。

 それらは一定距離近づくと一斉に止まり、一番前の一番大きな戦車の上が開いて、中から一人の男性が上半身を外へ出した。

 

「ロム様、ラム様、そしてご友人殿! 我々ルウィー軍一同、敵殲滅のため、全力で助太刀いたします!」

「ありがとう、みんな!」

「それじゃあみんなで倒すわよ!」

 

「「「「ゥオオオオオォォォ!!」」」

 

 男性の声はスピーカーを通して私達に伝わった。

 けどその後のラムの呼びかけに答える声はスピーカーを通してないのにとても大きくて、「皆さん本当に車内にいるんだよね? 実は窓とかついてて開いてるの?」と聞きたいくらい勢いのある声で、すぐに戦車はそれぞれの役割で動き始める。

 遠くから狙うもの。近付くもの。動きながら撃つもの。

 完全に遠距離中距離の戦いになって、私も早々にあれから離れてリーダー格っぽい戦車に近付いた。

 

「ご無事ですか、ご友人殿」

「はぁ…はぁ…、はい。大丈夫です」

「それはなによりです。ところでご友人殿。見たところお疲れのご様子。よろしければ後ろでご休憩なさってはいかがでしょうか」

 

 さきほどの男性…おそらくこの部隊の隊長にそう言われ、先ほどまで私がいた場所を見る。

 そこはすでに荒れていて、あの変態も防御壁を張るだけで何もできずにいた。なにかやろうとしてもロムとラムが空からそれを制す。キラーマシンも戦車に向かって攻撃をするけど、戦車は擦り傷を負う程度で戦闘不能には陥らない。

 完全にこちらが有利だった。

 

「…そう、ですね。私は先に休んでます」

「はい。後ろに救護班が待機しています。どうぞそちらに。後のことは我々にお任せを」

「はい。…ありがとう、ございます」

「いえ。これが我々の仕事ですから」

 

 この場に近距離戦しかできない私はいらない。魔力ももうこの場で役立つほどは残ってない。そしてもう皆さんだけでも殲滅できる。あと少しすればネプギア達がキラーマシンの動きを止めてくれる。

 ならばもう下がろう。そう考え、後ろに下がろうとして、一つ伝えるのを忘れていることに気付いた。

 

「あ、あの。敵はモンスターだけじゃなくて、人が10人くらいいたはずなのですが……」

「了解しました。全部隊にそう伝え、発見し次第回収、拘束させていただきます」

「はい、よろしくお願いいたします」

 

 伝えることも伝え、彼らの後ろへと歩く。

 その途中、ふと後ろを振り返ってみれば、変わらず有利に戦う彼ら。

 心配していたことは杞憂で、もしかしたら私が足止めをしなくてもちょっと街との距離が近づくだけで平気だったかもしれない。

 それなら私のしてきたことはもしかして、いらぬ世話だったのかもしれない。

 もしかしたら私は、一人で勝手に暴走して、その挙句皆に心配や迷惑をかけただけ。それだけだったのかもしれない。

 そう思ったら無性に恥ずかしくて、悔しくて、悲しくて──怖くなった。

 だから私はその場を駆け出した。

 途中救護班と思わしき人達に声をかけられても無視して、ただただ街の方角へと。

 

 

 

 

 

 少しして街が見えて、教会が見えて、中に入った。

 周囲は既に明かりを消してる中、教会はずっと明かりを灯していて、中に入った途端出くわしたのは、皆の帰りを待つミナさんだった。

 

「っ、ルナさん! よかった、ご無事だったのですね。…他の皆さんは……?」

「ネプギア達はダンジョンに。ロムとラムと軍の方たちはキラーマシンの方を相手してます」

「そうでしたか。…では、なぜルナさんだけが……?」

 

 その質問は私の中の後ろめたさを感じさせて、私は伏せ気味に答えた。

 

「もうあの場に私はいらない。そう判断しました」

「そうでしたか……。何はともあれ、ご無事でよかったです。ロムとラム達も大丈夫そうですし、ルナさんは先に医務室へ行きましょう。傷を治療しなければ」

「いえ、その必要はありません。すぐ出て行きます」

「えっ…それは、どうして……」

 

 ミナさんの疑問に答えず、私は月光剣からアイテムを取り出して、ミナさんに渡す。

 

「これ、ルウィーのマナメダルです。取り返してきました」

「まあっ。ありがとうございます! おかげでこれが敵の手に落ちずに済みました。なんとお礼を言っていいやら……」

「いえ、いいです。では私はこれで。ネプギア達によろしく言っておいてください」

 

 そう社交辞令を口にして出ようとして、「待ってください!」と呼び止められた。

 そしてミナさんはその手に持っていた一冊の本を、私に渡した。

 

「これは…あの本……」

「はい。内容、読ませていただきました。中にはルナさんの持つ月光剣について書かれていて、これはルナさんが持っているべきだと思いましたので、お返しいたします」

「月光剣について……」

 

 これを読めば、もう少しこの子について知ることができるかもしれない。

 

「わかりました。…お返しいただき、ありがとうございます」

「いえ、私のほうこそ読ませていただきありがとうございました。…ルナさんはこれからどちらに?」

「…分かりません。とりあえず、ネプギアに言われた通り、プラネテューヌに帰ろうかなって」

「そうですか。道中、お気を付けて」

「はい。数日間、ありがとうございました」

 

 そう、頭を下げて、教会を出る。

 行き先は、まだ決めてない。けどこのまままっすぐプラネテューヌに帰るのも嫌だなって思って、暗い夜道を一人で歩いて行った。

 

 

 

 

 

「…おなか、すいた……」

 

 しばらくして頭が落ち着いたのか。ようやく私は自分の身体の状態について気付いた。

 それで最初に自覚したのは、空腹感で、次に疲労感。

 まああれだけ動いて、普段使わない魔力をたくさん使ったんだ。当然のように今だけは疲労感よりも空腹感が私の中では勝っていた。

 正直、このまま何も食べなかったら漫画みたいに倒れる自信がある。…実はあのよくある場面において本当にやるべきは、食べ物飲み物を与えるんじゃなくて、病院で点滴を打ってもらうことらしい。空腹で倒れるって、その時点でかなり命の危機に瀕してる状態なのだと、この間雑学の本で読んだ。……いや、また病院になんて行きたくないから。

 

 ふらふらと、ただ「おなかすいた」と、そのことばかりが思考を埋めていて、本能の赴くままに、みたいな感覚で歩いていたら、無意識のうちになんとなく知っている道を進んでいた。

 そのまままっすぐ進んでいくと、暗い中一軒だけ明かりを灯しているお店があった。

 そして、店の排気口から漂う美味しそうな匂い。

 先日初めて来たラーメン屋だった。

 

「……ごくり」

 

 夜中のラーメンは女性には大敵だという。

 だが今そんなことを気にしてる場合だろうか? 

 いいや、気にすることは無い。というか気にしてる余裕がない。

 例え後悔しようと、今食べなければそっちの方が後悔する。そんな気がする。

 そう、だから、私はのれんをくぐって扉を開けるのを躊躇わない……! 

 

「こ、こんばんわ……」

「…らっしゃい」

「お? 客か? 珍しいな…って」

 

 中にいたのは前回と変わらず無愛想な店主と、前回扉のところでぶつかった女の子がそこにいた。

 そしてやっぱり感じる、複数ある何かの感覚と感情。

 それは確実に女の子に対してであって、さらに今は前回会った時よりもそれらの感覚や感情が強い。

 けどいろんなのがごちゃごちゃしてて、整理できなくて、どれが何なのか、やっぱりわからない。

 やっぱりモヤモヤする。そのモヤモヤの原因は目の前にいる。ならいっそ、聞いてみた方が……

 

「あ、あのっ」

 

 そのまま言葉を繋げようとした、その瞬間。「きゅうぅぅ……」と腹の虫が鳴いた。

 思わずお腹を押さえるけど、時既に遅し。

 羞恥心でつい顔を伏せ、そのまま飛び出して行きたくなるけど、そうする前に女の子の笑い声が降りかかってきた。

 

「ぷっ…くっ…あーははははは!! きゅうって! きゅうって! すごい可愛くて立派な虫の鳴き声だな! はーっはははは! はぁ、はぁ、はーっ! ひぃっ、ひぃっ、あ、むり、おなかいたい。中のもの出そう……」

「えぇ!?」

「…手洗いはあっちだ」

「い、いや、だいじょうぶ…こ、これくらい気合いで…ふぅ」

 

 お腹を押さ、足もバタバタさせて全身で笑っていた女の子は、急に苦しんで、本当に気合いで抑えてしまったらしい。

 再びこちらを向く頃には、今ここに来て最初に見た驚きの表情は消え、まさに面白いものが来たと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 

「こんばんはっ! 数日ぶりだね。元気にしてた?」

「う、うん。一応…入院はしたりしてたけど……」

「でも今こうしているってことは、退院できたんだよね!」

「い、いや…ちょっと、内緒で出てったりしちゃって……」

「あははっ。まあ今元気ならなんの問題もない…って、お腹すいてたんだったね。たいしょー! いつものをこの子に!」

「おう」

「えっ? い、いや、あのっ?」

「大丈夫大丈夫。あなたも気に入るよ、絶対。あぁお金に関しては心配しないでね。今この場のあなたの会計は全部私が払うから。だからほらほら、いつまでも突っ立ってないでこっちこっち!」

 

 急な女の子の行動に戸惑って、けど私が止める隙なんてなくて、女の子は席を立ち、その小さな手で私の手を握り、自身の座っていたカウンター席の隣へと引っ張った。

 そんな流れに逆らえず…逆らう気も起きず、私は素直にその席へと座った。

 

「って、いやいやいや! さすがに君みたいな小さい子に奢ってもらうなんて……!」

「大丈夫大丈夫。小さく見えても見た目だけね。実年齢はあなたの何倍もあるんだから。大体子どもがこんな夜更けに出歩けないよ」

「あっ、それもそう…って、だからって奢ってもらう理由になんてならないよ! …じゃなくてなりませんよ!」

「あはは、いいよいいよ。さっきの口調で。それにせっかく出逢えたんだから。その記念に奢らせてよ」

「で、でも……」

 

 それでも引かない私に、女の子…女性は「んー…」と悩んで、そして「そうだっ!」と閃いたかのように私に言った。

 

「なら代金の代わりに、あなたのこと聞かせてよ。いろんなことをたくさん。あ、言っとくけどこれ以上の妥協はしないから!」

「えっと…まあ、それくらいなら……」

「よし決まり!」

 

 元気に、そして本当に嬉しそうに頷く彼女を見て、まるで自分のことのように嬉しいと思う感情が内側から湧く。

 

「そういえば名前を聞いてなかったね。私はレナ。レナ・アストレアだよ」

「…レナ……?」

 

 その名前は心のどこかで引っかかって、また何か分からない感情が私の中で渦巻いた。

 けどすぐに彼女の問いかけで煙のように分散していった。

 

「ねぇ、あなたの名前は?」

「私は…ルナ。ルナ、だよ」

「ルナね。今晩はよろしくね、ルナ!」

「う、うん。よろしく、アストレアさん」

「レナでいいよ。さん付けも禁止。あなたにはそう呼んでもらいたいな」

「わ、わかったよ、レナ」

「ん、よろしい!」

 

 「レナ」、と。そう名前を呼ばれ、また嬉しそうに表情を綻ばせ、勢いよく首を縦に振る。その一連の言葉と動作は本当に可愛らしくて、いつまでも見ていられる気がした。

 けどお互いに名乗りあったところで、私の前に丼が置かれた。

 さて、彼女がいつもの、というくらい食べているラーメンはどんな……え? 

 

「いやぁ、相変わらずいつ見ても迫力あるよなぁ……」

「いや、迫力ってか…これ、なに……?」

「味噌ラーメン大盛り肉野菜増し全部乗せだ」

 

 そこに置かれたのは、野菜がこれでもかっ! ってくらい山のように盛られていて、その周りを包むように分厚いチャーシューが乗っけられていて、肝心の麺どころかスープさえ見えない盛り付けになっていた。

 え、まって、これ。あの子が「いつもの」って言って出てきたやつだよね? 今回特別に量を増やしたってわけでもないんだよね? それでこれって…あの小さな身体のどこにこの量が入るの……? 

 

「ん? どうしたの? 私の方ばっか見て」

「い、いや…その、これはさすがに多いかなって……」

「あぁそういうことか。大丈夫だよ、残ったら私が食べてあげるから」

「え? レナはまだ食べてなかったの?」

「ん? いや、あなたが来る数分前には同じものを食べ終わってたよ」

「え? これ全部?」

「それ全部」

「え?」

「ん?」

 

 本気で首を傾げる様子に「まじか…」とちょっと引きそうになりながらも、割り箸を割って、店主が気を利かせて渡してくれたお皿に野菜と肉を取り分けて、ようやく麺が見えてきたところで麺を啜る。

 

「んっ…これも美味しい……!」

「だよなだよな。大将のラーメンって、どの味もこだわって作ってるから、どれを食べても美味でいつでも食べられるっていうか」

 

 隣でそう熱弁するレナの話を軽く聞きながら、私はラーメンをどんどん食べ続ける。

 空腹は最高のスパイスだというけど、これはそんなのなくてもとっても美味しくて、空のお腹が「もっともっと!」と急かす。

 気付けば丼の中身はあと少しで、取り分けた皿の中身は全て消えていた。

 これには自分で自分に驚いたけど、それだけ空腹だったのだと再確認もできた。

 …これからはもう少し非常食の常備数を増やした方がいいかな。

 

「──ぷはっ。ごちそうさまでした!」

「…量は大丈夫だったか?」

「はい! 美味しくて全部食べれてしまいました!」

「よかった……」

 

 そう言って少し垂れた目を細める店主。

 やっぱり、自分の作ったものを褒められるのは嬉しいみたい。

 

「…それだけ元気があれば大丈夫そうだな」

「…? レナ、何か言った?」

「ああ。いい食べっぷりだったなって」

「あ、あはは…お恥ずかしい……」

「何を恥ずかしがるのさ。食べるってことは生きるってこと。今あなたは生きたいって思って食べてたのと同じなんだから、堂々としてていいの。むしろもっと食べる? まだまだ食べていいよ?」

「へっ? い、いや、さすがにそんなには……」

「そうか……」

 

 ちょっとだけしょんぼりと肩を落とす彼女だったけど、すぐに気を取り直して、横に置いてあったポーチに手を突っ込み、引き抜く。

 その手には先ほどまでなかった2Lほどのペットボトルと同じくらいの大きさの口の広い透明なボトルが掴まれていて、中には透明な液体と黄色のカットされた果実が入っていた。

 それを自身と私のちょうど間ぐらいにどんっと置いた。

 

「よし。腹ごしらえも済んだし、これ飲みながら夜を明かすよ!」

「えっ!? あ、あの、ここ、飲食店……」

 

 そう言いながら恐る恐る店主を見上げると、店主は彼女をどことなくジトっとした目で見ていた。

 や、やっぱり飲食物の持ち込み、その場で食べ飲みするのは厳禁だよ!? 

 店主の顔が恐ろしくて慌ててレナを抑えようとしてもレナは「大丈夫大丈夫。な? 大将」と同意を求める。

 いやいやいや! あの目は確実にダメだって! だってあんな怖い目で見て……! 

 

「…大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫だよ」

「…なら好きにしろ」

「おう!」

 

 あ、あれ? お、怒らないの? 店に無断で持ち込んで、勝手に飲もうとしてたのに……? 

 

「な? 大丈夫だったでしょ? 私は大将と仲良いからね。それにちゃんと店にあるやつも飲むからいいんだって」

「そういう問題、なのかな……?」

 

 よく分からず首を傾げる私を置いて、レナは勝手に厨房に入って、まるで勝手知ったる自分の家のように迷わず棚からグラスを二つ取り出して、氷をいくつか入れていた。

 それに先ほどのボトルの中身を注ぎ、かき混ぜ、片方を私に差し出した。

 

「はい、レモネードってジュースだよ」

「って、おい」

「いいじゃんか。好きにしろって言ったのお前だぞ?」

「…はぁ、仕方ないな」

 

 レナと店主の謎の会話の意味が分からず、グラスを受け取るか受け取らないか悩む。

 けど自分のグラスにも注いでたし、これが飲んじゃダメなものではないみたいだし、どうしたら……

 

「ああ、あなたは気にせず、これをこう、グイッと」

「わ、わかった。じゃあ、いただきます」

 

 きっと彼女は悪い人じゃない。だから飲んでも大丈夫。そう思って、彼女の言う通り私はグラスの中身を一気に呷った。

 途端に口の中に冷たさと、レモンの爽やかな酸味、そしてほのかな甘みが広がる。それは先ほどまで脂っこいものを食べていた私にとって、とってもさっぱりして、口の中がすっきりとする。

 他に何か別の味がするけど、隠し味かな。それはそれで味を引き立たせてて美味しい。

 

「…おいしい」

「そうでしょそうでしょ! 何せそれ、材料以外は私自らが作ったんだから!」

「えっ!? これ自家製なの!?」

「うん!」

 

 驚き、空になったグラスとレナの顔を交互に見てしまう。

 いやだって、あれは市販で売ってても、お店で売ってても文句なしの出来栄えだよ。お金を払ってでも飲みたいね。

 

「どうどう? 気に入った?」

「うん! とっても!」

「うんうん、いいね、その顔! とっても美味しいって、表情が語ってるね! ねね、もっと飲む? 他にも飲む? まだまだ試作はあるんだよ!」

 

 そう言ってポーチに手を突っ込めば次々と出てくる同種のボトルに入れられた色々な液体と色々な果実。

 見てるだけで楽しい気持ちになるほどカラフルで綺麗な飲み物たちは、とっても美味しいのだろうと想像を膨らませた。

 っと、いうか……

 

「え、あの、そのポーチは一体……?」

「ん? これ? これは、まあ…魔法が付与してあるんだよ。そのおかげでたくさん運べるし中のものは劣化しないの。だから安心して飲んでね!」

「え、それってどんな……」

「ははっ、そんな小さいこと気にしない気にしない! ほらほら、飲もうよ!」

「あ、うん。はい」

 

 そう言い切られ、これ以上は聞くなと言わんばかりのレナに推され、私は次々と注がれていくジュースを美味しい美味しいと飲んでいった。

 

 

 

 

 

 もう何杯飲んだか。そんなのも気にならないくらい美味しくて、彼女に約束通り私の話をしながら飲んでたから、時間さえも気にしてなかった。

 気づいたら外にあったのれんが扉の横に立てかけられてて、店主は次の仕込みを始めていた。

 けどそんなの気にせず、私はいっぱい話していく。

 そうなってるのはジュースが美味しいから、というよりも、話を聞いてくれるレナが、時に喜んだり、時に怒ったり、時に悲しんだりと、私の感情を共有してくれるからだった。

 だから私もつい楽しくなって、熱に浮かされたようにスルスルと言葉が口から出て行く。というか本当に身体が熱くなってきたけど、そんなの気にせず話す。

 それが気付いたら愚痴になっていたとしても、レナはとっても楽しそうに、嬉しそうに聞いてくれるから。

 

「──それであのど変態ロリコンとタイマンで戦って──」

「へぇ! すごいね、ルナ!」

「えへへ。そうでしょ~? …でもその後私、敵からは逃げなかったけど、味方から逃げちゃって……」

「どうして?」

「…怖かった。皆に、友達に嫌われて、見捨てられるの。とっても怖かった。だって私、友達との約束、破っちゃったから」

「その約束って?」

「ひとりで戦っちゃダメって。屁理屈言うなら月光剣(この子)がいるから“ひとり”じゃない。でもネプギアにはそんなこと分からないし、知らない。もし知ってたとしてもきっとダメって言ってた。なのに私、ひとりで突っ走って、危なくなって、助けてもらった。結局、ひとりで戦いきれなかった。だからネプギアはきっと、私のこと嫌いになるかもって。そんな子じゃないのは分かってるのに、どうしてもその“もしかしたら”が頭から離れなくて……」

「そっか。だから逃げちゃったんだ」

「うん…それに私、怖いからってあんな突き放すような言葉を皆にかけちゃって……うぅ、どうしてあんなこと言っちゃったんだろ……もっと言い方があったはずなのにー!」

「あはは。…それは多分、月の力のせいかもね」

「つきのちから……?」

 

 聞いたことのない単語に私が訊き返すと、レナは教えてくれた。

 

「そっ。月の力。新月の日は全くないんだけど、満月の日だけは月からたくさん地上に降り注いじゃってね。ほとんどの生き物には感じ取ることも、影響を受けることもないその力。けど一部の存在はその影響を程度の差はあれど受けてしまうんだよ。あなたはその“一部”だったみたいだね」

「影響? それってどんな?」

「んー、どんなって言われると難しいかも。全部同じ効果じゃないし、例え受けていたとしても自覚のない人の方が多いし。ただまあ、あなたの場合は精神に影響を受けてたんだろうね。だから言動が普段よりきつくなってしまった。つまりあなたが気に病むことじゃないよ」

「だとしてもネプギアにあんな態度…うぅ、次会う時、私どんな顔して会えばいいのさー!」

「じゃあ、会わなければいいんじゃない?」

「……え」

 

 それは私には思いもつかなかった考え。

 そりゃ会いたくないとは思ってた。けど会うんだろうなって、そうずっと思ってて、“会わない”なんて選択肢、私にはなかった。

 

「だってほら、会いたくないんでしょ? なら会わなきゃいいんだよ。それでしばらくその子と距離を置いて、自分の心が落ち着いてきたころ、自分がこれからどうしたいのか考える。それくらいのことはしてもいいんじゃないかな」

「会わない…ネプギアに、皆に、会わない……」

「そっ。今はちょっといろいろあって心が整理できてないから、いったん整理しないとね。じゃないと身体より心が先に限界来ちゃうよ。私達は身体より心の健康を優先させないといけないんだから」

「心を整理…心が優先……」

 

 彼女の言葉は何だか不思議と、まるでスポンジが水を吸うようにするりと頭に入って、本当にその通りにしないと、自分が壊れてしまう。そんな気さえしてくる。

 

 ううん。彼女の言ってることに嘘はないから。だから本当なんだよね。じゃあ彼女の言う通りにしなきゃ……

 

「そう。いつまでも走ってちゃ、疲れちゃうからね。だからね、少しお休みしよう。ほら、少し眠くなってきたでしょ」

「う、ん……」

 

 そう言われて、ようやく自覚したみたいに睡魔が私を襲った。

 それは少しなんてレベルじゃなくて、今にも意識が飛んでいきそうだった。

 けどなんとなく寝たくないって思って何とか意識を保とうとする。

 そんな努力は無駄で、頭を撫でられる優しい感触と温かさに、どんどん瞼が落ちていって。

 

「大丈夫大丈夫。次に目覚めた時はきっと、すっきりしてるよ。だから、ね?」

「うん…おやす、み……」

 

「おやすみ、ルナ。私の可愛いお月さま」

 

 

 




後書き~

やっぱり彼女のお話始めようかなって思う今日この頃。
まとまってきたら出そうと思うけど絶対まだまだ先の話になると思います。
ともかくルナちゃんが寝ちゃったけど、これからどうなっちゃうんでしょうか。
きっとレナなら大丈夫大丈夫...多分。
そんなこんなですけど次回もまたお会いできるように。
See you Next time.

今回のネタ?らしきもの。
・…おや?ルナちゃんの様子が……
ポケモンでおなじみ、進化するときのメッセージです。Bボタンで進化キャンセルできます。ちなみに進化させないまま育てると経験値にボーナスが入るみたいです。最新作でもそうかは確認してません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話『次の目的地は』

前書き~

前回のあらすじ。
ロムとラムとは別で戦ってたら増援きたよ!そしたらもう自分いらなくね?じゃあ帰ろう!あ、そうだ、ミナさんに渡すもの渡していこうね。ぐぅ…腹減ったよぉ…あ、深夜でも営業してくれるラーメン屋だ!こんばんわ!あれ、この間の!え、奢ってくれるの?じゃあお礼にお話ししてあげるね!え、ジュースくれるの?ありがとう!おいしいね!…あれ?なんだか眠く……
今回は寝ちゃったルナちゃんのその後のお話です。
今回は味噌ラーメンをすすりながら、ごゆっくりお楽しみください。


 怖かった。

 皆の大切な物、大切な場所のため。

 その気持ちで動いていても、結局は友達の気持ちを踏みにじってる行為だって、分かってたから。

 もしそれがバレて、次に会ったら。

 友達は私に愛想を尽かして、拒絶するんじゃないかって。

 そう思ったら会うのが怖くて、話すのが怖くて。

 嫌われる。そう思うだけでも怖いから。

 

 だから私は逃げ出した。

 

 

 

 

 


 目が覚めたら知らない天井で、知らないベッドの上。

 そんなありそうでなさそう…いやもしかしたら人生一回くらいは経験するかもしれないことを、私は結構経験してる。多分四回くらい。二回くらいは病院のベッドだったけど。

 そして今私は、五回目の経験をしている。

 

「いや、ほんとここ…どこ?」

 

 頭に痛みを感じながら、ベッドから降りて立ち上がり、周囲を見渡す。

 部屋の中はブラウンを基調にシックな感じに整えられた家具や調度品が置かれていて、結構広い。

 ただ人の部屋かと言われれば、違うと思う。物が少なくて、なんというか、ホテルみたい。それもちょっとお高めの。

 ベッドはふかふかだし、布団はよく眠れそうなほどふわふわで、少し重い。他にもあちこちにちょっとだけ高級感が漂ってる。

 ネプギア達と泊まったホテルも高そうだけど、ここはそれ以上って感じがする。

 人生で一回くらいはちょっと贅沢してこんなホテル泊まってみたいよね、って人が泊まりたがりそうな部屋だよね。

 

 でも私、こんな部屋で寝た覚えがないんだけど。

 …いや、それどころか私、寝る前の記憶さえ曖昧なんだけど。

 確か…そう、ラーメン屋に行って、女の子に会って、ジュース飲んで…それから? 

 ジュース飲んだ後は……だめ、思い出せない。何か話してた記憶はあるんだけど、なに話したかとか、全然思い出せない。

 なんなんだろう、この感じ。さっきから頭がズキズキと痛むし、妙な怠さがあるし…風邪? 

 

『マスター、おはようございます。…どうやら体調が優れないご様子で』

「おはよう、月光剣。うん…なんか身体が変で…風邪かな」

『いえ、おそらく夜通し飲んでいたせいかと』

「夜通し飲む? 何を?」

『覚えていないのですか? マスターがとても美味しいと飲んでいた物のことです』

「あの果実のジュースのこと? でもジュースを一晩中飲んでたからってこんな体調には…そもそも私、なんでこんなところにいるのかさえ分からないんだけど」

『はい。あの方が眠ってしまったマスターを運んで下さったのですよ』

「あの方って、レナ?」

『はい』

 

 そっか。寝ちゃった私をレナが運んでくれたから、寝た時の記憶が無いんだ。なんで途中で寝ちゃったのか分からないけど…疲れてたからかな。いつもより頑張ったもんね、昨日。途中から記憶が無いのも、眠くなりながら話してたからかな。うん、きっとそうだよね。

 うんうん、と首を縦に振って自己完結して、そこでようやく気付いた。身体のあちこちに、傷の手当てがされているのに。

 それと服も、和服の寝間着になっていて、服の中もちゃんと手当されていた。

 ってことは、まあ、一度裸を見られたってことだけど…うん。なんでかレナにだったら別にいっかって思ってるね、私。特に恥ずかしいとは思わないや。

 

『マスター。机にあの方からの置き手紙が残されていますよ』

「あ、ほんとだ。で、これは…え? なんで洗剤?」

 

 月光剣の言った通り、机の上にはメモ用紙をちぎって使ったような置き手紙と、コンビニの袋に入った洗剤(開封済み)。

 ひとまず手紙を読んでみれば分かるだろう、と読んでみる。

 

『おはよう! よく眠れたかな? 昨日は疲れてたみたいだね。お店の中で寝ちゃったから驚いたよ。…なんて。実はあなたに飲ませたあのジュース、本当はお酒だったんだ。果実酒っていうの。だましてごめんね。ちょっと盛り上がればいいかなって思って渡したんだけど、予想よりいい反応もらっちゃったからいっぱい飲ませちゃった。てへっ。』

「いやてへって! そんなので誤魔化されないよ!? なに騙して飲ませてるのさ! 人生初の…初なのかな? まあそれは置いといて、ジュースって言って飲ませるなんて…もー!!」

 

 って、怒ってるように見えて、その実最後の言葉以外ただのツッコミで、そんなに怒りはない。多分正直にお酒だと言われて渡されても、まあいっかって飲んでた気がするから。

 あ、もちろん子どもは飲んじゃダメだよ? 私はほら、分かんないから。

 それになんとなくレナ相手だと怒りが湧かないんだよね。仕方ないなぁって。

 そんなこと思いながら、続きを読んでいく。

 

『だから寝ちゃったのは疲れもあるけど、お酒のせいでもあってね。もし体調がおかしかったりしたらそれは二日酔いなの。ごめんね。お詫びにコンビニでいろいろ買ってきたよ。冷蔵庫に入れておいたから、飲んだり食べたりしていいよ。

 それと洗剤も買って服とか靴とか剣とか洗っておいたから。ちゃんと汚れは落としたよ。余った洗剤、私はいらないからあげるね。

 そうそう、目が覚めて知らない部屋にいるって思っただろうけど、そこは私が元々泊まってたホテルでね。事前に宿泊代は払ってあるから気にしないでね。明日の分も払ってあるから、今日はゆっくりと部屋で休むといいよ。何事も、休息大事。頑張るのは、また明日からでいいんじゃないかな。

 それじゃ、私はちょっとリーンボックスに行かないといけないから。またどこかでね』

 

 手紙はそこで終わっていて、なんというか、至れり尽くせりだねっていうのが私の感想。

 冷蔵庫を確認してみると、そこには二日酔いに効く、と書いてある瓶入りの栄養ドリンクが一本と、ペットボトルの水とお茶が何本か。それにコンビニのうどんが入ってた。

 クローゼットを覗くとそこには私が昨日着ていた服とズボンがハンガーにかかってて、私の荷物もそこに。

 靴箱には確かに靴が入ってて、擦れとかそういう使ってたらできちゃう傷以外の汚れは全部落とされてた。…ってことは血まみれだったことも気付いてるはずなんだけど…何も書いてなかったのは、彼女なりの配慮なのかな。

 そこまで確認してから、冷蔵庫から栄養ドリンクとうどんを取り出して、うどんをレンジに入れて、待ってる間に瓶の中身を飲んだ。

 

「うげぇ…まずい……」

 

 栄養ドリンクなんてそんなもの、とは思うけどやっぱりまずいからお茶も取り出して、口の中に残るあの味を流す。

 しばらくしてうどんが温まって、「いただきます」と手を合わせてから啜る。その優しい味と麺の柔らかさは、二日酔いで具合の悪い身体には優しいな、と思って、そこまで気を使われてたのには驚いて、そして嬉しくなった。

 食べ終わって、ゴミを片付けてからベッドに寝っ転がって、一息ついて、「何をしよう」と考える。

 せっかくレナにこの部屋を用意してもらったのだから、今日一日はだらだらする日でもいいかもしれない。昨日はいっぱい頑張ったし、それまでもずっと頑張ってきたのだから、一休みくらいしたって誰にも文句言われないよね。

 …そもそも文句なんて誰が言うんだろ。ネプギア達はもう、私を置いて行ったのに。

 

「…だめだよ。今はそれも忘れなきゃ。じゃなきゃ、心が休まらない」

 

 うん。今は昨日のことなんて全部忘れて、次何やるかとか、そういうのを考えよう。

 そうだな…まず何事も先立つものが必要だよね。クエスト受けて稼がなきゃ。

 それからルウィーに居たってやることないし…かといってプラネテューヌに戻るのは、まだ後でいいや。ラステイションも同じ。

 …うん。ならまだ行ったことないリーンボックスに行こう。どうやって行くのかは分からないけど、誰かに聞けば分かるよね。

 じゃあ明日は旅費と生活費を稼ぎに行って、十分貯まったらリーンボックスへ、だね。

 そういえばレナもリーンボックスに行くって書いてあったけど、もしかしたら会えるかも。…って、そんなにリーンボックスは狭くないよね。

 でも会えるといいな。レナの傍って、なんだか居心地がよかったから。

 

 とりあえず次やることは決めた。だから何も考えずゴロゴロしてたんだけど……

 

「…ひまっ!」

『何かの動物の鳴き声ですか?』

「違うよ! 暇なの! ひーまー!」

 

 まるで子どもが駄々をこねるようにベッドの上で手足をバタバタさせるけど、それで消費できるのは時間より体力。その結果何かが起こることもなく、動きを止めてしまえば部屋には外の僅かな音しかしない。

 何かやろうにも、暇つぶしができるものなんて全然持ってない。

 …Nギアのゲームって選択肢もあるけど、ちょっと今は通知を見るのが怖いのでパス。

 あと他に何かあったっけ……? 

 

『では昨日ルウィーの教祖より返された本を読んでみてはいかがでしょうか?』

「それだっ!」

 

 あれなら少しは時間をつぶせる。

 そう思って鞄から本を取り出して、またベッドの上に転がって本を開く。

 最初の絵を飛ばしていって、最初に書かれていた項目は『星の女神と月の女神』のこと。

 文章を読んでいくと、よく分からない単語や事柄がいくつも出てきて、これはそういう予備知識がないと理解できないんだな、と理解する。

 とりあえず分かった部分だけまとめると、この次元には守護女神様の他に二柱、女神様がいて、それぞれ星と月の力を司ってるんだって。主な仕事は世界の守護。守護女神様が国を守るなら、この女神様達は世界全体のバランスを調整したり、空次元の外からの敵と戦ったりするのが仕事内容。あと次元が崩壊するかもしれない危機的状況下で、守護女神様の手に負えないと判断した時も、その要因のために戦ったり守護女神様に力を貸したりするんだって。陰ながら皆を守ったり支えたりする人達なんだね。

 今は月の女神様は特定の場所にとどまらず、あちこちを旅してて、星の女神様はそもそも空次元にいるどうかも分からない状況みたい。本が書かれた日付は分からないけど、それでも数十年間はそんな感じだから、今も変わらず同じかもねって。

 でも犯罪神が復活しかけてるんだし、何かしら行動はしてるかも。旅の途中で会えたら、何か聞いてみようかな。…そもそもお二方の容姿、何一つ分からないけど、なんとなくオーラで分かるよね、きっと。

 

 次の項目は『月光剣』について。…って、

 

「おおっ! 本当に書いてあったよ、君のこと!」

『そうですか。それで、その本で私はどう書かれていますか?』

「えっとね……」

 

 これも読んでみると、やっぱり理解できない文章が多い。

 けどさっきよりは分かる気がする。だからその内容を私なりにまとめると、

 月光剣とは月の加護を受けた剣。月の光を受け、まるでその光を反射するかのように輝くことから、月光剣と名付けられた。

 ゲイムキャラと同じ、女神様によって造られた剣で、自我を持つ。そのため剣に認められた者にしか扱うことができない。認められる条件は不明。おそらく相性だと考えられている。

 剣に備わっているのは自我だけでなく、収納機能も搭載されている。しかし剣と同じ、女神様に造られた物しか収納できない、という欠点を持っているため、実用的ではない。今のところ世界にある女神様の造った物はこの剣とゲイムキャラ、マナメダルのみである。

 この剣は今、ある少女が持っているらしい。

 まあその少女って、多分記憶を失う前の私だろうね。

 

『なるほど。私のことはそのように書かれているのですね』

「うん。…ねえ、もしかして君を造った女神様って、月の女神様だったりするの?」

『いいえ。違いますよ』

「そうなんだ。月光剣って名前なんだし、月の女神様が造ったのかと思ったのに。的外れかぁ」

 

 まあ今までの空次元にいた女神様っていったら、結構いるだろうしね。その中の誰かだろうな。

 

 それで次は…ゲイムキャラは今はいいから、その次の『マナメダル』をついて、読んでみよう。

 えっと……ねえ、これ、全部理解できる文章ってないのかな……

 

『専門書とはそういうものです』

「いやこれ、専門書じゃないと思う……」

 

 これまたやっぱり分からないだらけの文章をまとめると、

 マナメダルは各国のゲイムキャラ、その中でも特に力が強いものに一つずつ渡されていて、中には膨大な量の魔力が蓄えられている。その量は国ひとつを滅ぼすのに十分な量である。

 基本的にゲイムキャラが保管しているが、もし有事の際に自身が壊される危険性がある場合、信頼における人物に託す場合がある。優先度は女神様だが、その場に人間しかいない場合、人間に託すことがある。

 使うには特殊な知識と技量が必要で、素人には扱うことができないようになっている。

 球体の方が魔力を蓄えている魔道具で、円盤の方が封じるための魔法陣であり、この二つが合わさって初めてマナメダルとなる。

 そのため円盤の方を壊すと、球体に保管されている魔力が使えるようになってしまう、という欠点がある。

 

「ほうほう…つまり、結局悪い人の手に渡ったらヤバいよね、って話?」

『そういうことです。故意でも事故でも、壊されてしまえば誰でも使えるようになってしまう。そうならないよう、私に収納するか、ゲイムキャラに警告していかないといけませんね』

「そうだね。…って、待って。私、昨日ミナさんに渡しちゃったよ!?」

『はい。あの教祖でしたら悪用しないでしょうし、敵も今この国のマナメダルがどこにあるか把握できていないでしょうから、大丈夫ですよ。あの人間も、マスターが持ってる、というところまでしか分かりませんから』

「それもそっか。私が持ってると思わせておいて、いざ私が倒れても無い物は無いってやったほうがいいよね」

 

 なら特に何の問題もない、ということで、次の項目は……『ゲハバーン』? 聞いたことない物だけど、どういう代物かな。えっと……──

 

 

 

 

 


 次の日、私は荷物を持ってホテルを出た。

 昨日考えた通り、リーンボックスへ向かうために。

 結局あのあと本を読んで、中に書かれていたことについて考えて、一日を終えた。

 レナの残した手紙はゴミ箱に入れて、他に使ったものもまとめて置いて、ホテルを出た。

 

 だから気づかなかった。手紙は表だけでなく裏にも書かれていて、その内容が今日何かが起きることを告げていたのに。

 

『P.S.あんまり無茶とか無理とかしないようにね。死んだら元も子もないんだから。

 それから明日は足元に注意してね! 落とし穴とか特にだよ! 落とし穴の先がどこにつながってるか、無事帰れるか分からないからね!』

 

 

 

「え、なんで私、宙に浮い…てない! 落ちてる! 落ちてるから! ちょっ……! 

 

 ダレカダスケテー!!」




後書き~

これにて第三章、ルウィー編終了です!お疲れさまでした!ほのりん先生の次回作にこうご期待…って、本作が終了したわけじゃないです。次第四章ですね。
ですがその前に、『大人ピーシェが頑張る話。』×『空次元ゲイムネプテューヌ~月光の迷い人~』コラボストーリーを挟みます。今回はこちらでもルナちゃんの視点で投稿させていただきました。本編にも時折その話が出る予定なので、是非お読みください。
それでは次回もまたお会いするのを楽しみに。
See you Next time.

今回のネタ?らしきもの。
・ダレカタスケテー
 何回か出てきてますね。何気に初めて説明するかもです。
 ラブライブ!から小泉花陽の持ちネタです。いいですか?皆さん。ダレカタスケテーと言われたら汚い声でチョットマッテテー!と言うのですよ。いいですね?ではせーのっ、「チョットマッテテー!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六・五話『次の目的地へ』

前書き~

これは第三十六話だとどこに入れるべきか、と悩んだ挙句、「いっそ別にしてしまえ!」と投稿したものです。ネプギアの視点で進みます。
とっても短いです。なんで三十六話と一緒にしなかったのだと言われそうなほど短いです。とっても久々な1000文字代です。
補足のようなものですけど、せっかくなのでさらりとお楽しみください。


 結局戦いが終わって、ダンジョンから戻ってきても、そこにルナちゃんの姿はなかった。

 ルナちゃん達を残してきた場所に戻っても、そこにいたのはロムちゃんとラムちゃんの二人。それからミナさんが手配してくれたのだろう、ルウィー軍の人達だけだった。

 今回援軍に来てくれた部隊の隊長さんに話を聞いたら、後ろに下がった後、そのままどこかへ消えてしまったと話していた。

 それからルウィーの教会へ戻ると、ミナさんからルナちゃんが先に戻って来ていて、その足でプラネテューヌに帰る。私たちによろしく伝えてほしいって言っていたと聞かされて、安堵した。これでもうルナちゃんを巻き込むことも、振り回すこともなくなるって。

 でもそれと同時に、少し寂しく思ってしまう。今まで一緒にいた友達と、少しの間離れて、会えなくなってしまうから。

 そう思ったのは私だけじゃなくて、アイエフさんとコンパさんも同じ。

 

 それでも、ルナちゃんが傷ついたり、二度と会えなくなってしまうよりはいい。

 

 ルナちゃんの分まで頑張って、絶対にお姉ちゃん達を救う。そう気持ちを切り替えて、私たちは次のゲイムキャラを探しに次の国に…リーンボックスに向かうことにした。

 リーンボックスは他の三ヶ国と違って島国で、行くには海を越えていかないといけない。

 まずはラステイションに戻って、そこから出ている船に乗るのが一番早いというのがアイエフさんの情報で、私達は一晩宿で寝た後、急いでラステイションの港へ向かった。

 

 その途中、ルウィーのバス停でバスを待っていると、隣に並んでいた女性が一緒にいた女性に、興味のあるお話をしていて、そのことを口にしたら、女性がいろいろと話してくれた。

 

「ねえ聞いてよ。前に面白い伝承を読んだのだけど、遥か昔に犯罪神を倒すための剣が作られたって」

「ふぅん」

「もうっ、全然興味なさげね」

 

「犯罪神を倒すための…もしその剣があったら……」

「あら? もしかしてあなた、今の話に興味があるの?」

「へっ!? えっと、まあ…すこしだけ……」

「ならあなたが話し相手になってちょうだい。実は前に教会の図書館へ行ったのだけど、そこで見つけた伝承では、遥か昔に犯罪神を倒すための剣が作られたらしいのよ。私、その話が本当かって気になっちゃって。色々調べたのだけど、実際にその剣が使われたって伝承はなかったの」

「使われてないんですか?」

「多分ね。けどどうしてその剣が作られたのに使われなかったのか。もし使われていたとしても、どうしてその伝承や記録が残っていないのか。余程の使えないわけが…犯罪神を倒したとしても割に合わない何かがあったのか。あるいは誰にも伝えられない秘密が隠されているのか……。そう考えてたら、興味が湧いてこない?」

「たしかに。ちょっと興味ありますね」

「そんなの、その伝承が嘘で、剣自体存在しないって事じゃないの?」

「それはどうかしら。ほかにもこの剣を指してるのか分からないけど、はっきりと女神様が作ったって言われてる神剣がこの世界の何処かにあるって伝承はいくつもあったんだもの。そんな剣ぐらい実在していてもおかしくないんじゃないかしら?」

 

 女性の話にアイエフさんが否定しても、女性は嫌な顔をせずにその剣への興味を語ってくれた。

 でもすぐにバスが来てしまって、私達の乗るバスと女性の乗るバスは違って、そのまま女性とはお別れした。

 女性は別れ際「あなたと話せて楽しかったわ。ありがとう」と言って、私もお礼を言って、私達はルウィーを後にした。




後書き~

今度こそ次回、別次元へ飛ばされたルナのお話です。
ではまた次回もお会いできるように。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『大人ピーシェが頑張る話。』コラボ回
第三十七話『二度目の別次元』


前書き~

はい皆さんこんにちは!今回のコラボでテンションが上がってるほのりんです!
今回はサブタイトル通り、エクソダスさん作『大人ピーシェが頑張る話。』と本作『空次元ゲイムネプテューヌ〜月光の迷い人〜』のコラボエピソードとなります!
ルナがあちらの次元へ飛ばされてしまって~から始まるお話。今回はその前編。
というわけで、今回はコーヒー片手に
ごゆっくりお楽しみくださいませ!


 澄み渡るような水色、とてもきれいだ。

 まるで水の中だと認識してしまいそうな状況だ。

 空気が美味しい。まるで大自然にでもいるような……

 でも、少しだけ不満点がある…それは風が少し痛いことと。

 

 落下しているということだ。

 

「うーん、こんな状況、なんとなく初めてじゃないような……」

 

 こう、頭では覚えてないけど、身体は覚えてるとか。そんな感覚が……

 あ、でもあの時は真っ暗だったか。って、何で覚えてるんだろ。

 うん。しかしどこまで落ちてくんだろ……

 もうそろそろ危機感が迫ってきたんだけど……

 

「はは、ははは……」

 

「ダレカタスケテエエエ!!」

 

 ふわっ……。

 

 次の瞬間、突然落ちている体が静止する。

 

「だいじょーぶ?」

 

 声が聞こえた方を見ると、黄色い髪の女性が助けてくれたみたいだ。

 

「意識ある? 脈はある?」

「え…う、うん。どうにか意識は保って…って、脈なかったら死んでるよね!? やだよ私、空中落下でショック死とか!」

「ははっ! ナイスツッコミ!」

 

 そう言ってその女性は地上へと降り立つ。私もまた、草の地面を踏んだ。

 

「ここは…どこ?」

 

 降りたったそこは、どこかで見たことあるような、でも微妙に違うような場所。

 

「さってと!」

 

 助けてくれた女性が、突然光だし、先ほどとは全然違う、大人っぽい雰囲気になった。

 

「君、自分が何処の次元の出身かわかりますか?」

「どこの出身って…ここはゲイムギョウ界じゃ……?」

 

 言葉の意味が分からず、周りを見渡す。けれど広がるのは、やはりどこか違和感を感じる。

 

「ゲイムギョウ界…ではあるんですね、了解しました」

 

 そう言って、その女性は頭をかいた。

 

「なんと言えばいいのか…パラレルワールド?」

「パラレル…IFとかの?」

「ええと…、ここはゲイムギョウ界だけど別のゲイムギョウ界というか……」

 

 そう言いながら、その女性は苦笑いした。

 別の…そういえば前にどこかに飛ばされた時も別次元で、それぞれ別のゲイムギョウ界から飛ばされた方々と会ったけど……

 

「…もしかしてここ、空次元ゲイムギョウ界じゃない?」

「察しが良くて助かるよ。簡単に言うとそういう事です」

 

 そう言いながら、その女性は髪をいじった。

 

「…まぁ、任せてください。こういう人の対応はなれてますから」

 

 「任せて」という彼女をどのくらい信じられるか。

 初対面で、すぐに信じられるほど、私は無知じゃなくなった。

 けどここが私の知らない次元なら、他に知ってる人もいない。頼れる人なんてもっといない。

 なら信じてみよう。彼女は私を助けてくれた。ここが別次元だと教えてくれた。

 その優しさは本物だろうから。

 

「…うん。任せます!」

「………」

「…? えっと…どうしました?」

「い、いやいや! もうちょい疑おうよ?! 知らない人は信じちゃ駄目って教わらなかった?!」

 

 そういって、少し女性の口調が乱れた。

 

「うーん、残念ながらそう教わった記憶はないですねぇ…私、ここ数か月の記憶しかないので!」

「最近生まれたの君?! それともココハドコ? アタシハダアレ? 的な何──」

 

 そこでハッと正気に戻った女性が、咳払いをした。

 

「し、失礼。取り乱しました」

「い、いえいえ…えっと、どちらかというと後者ですね。目が覚めたら全く知らない場所ってやつです。名前も忘れてましたけど、すぐに思い出しました」

「そうですか…、そういえば名前を聞いていませんでしたね。私はピーシェ、臨時的にこの世界で女神をしている者です」

「えっ…め、女神様!? どうりで変身したり性格変わったり…じゃなくて! こ、これは失礼しました! わわ、私は向こうで旅をしているルナです! この度は女神様に助けていただき感謝の極みと言いますか……!」

 

 女神様が相手なら、ちゃんと畏まらないといけない。ネプギア達相手でその感覚が薄れたかと思ってたけど、いざ目の前に女神様が現れれば、反射的にひれ伏し、態度を改めることができた。…と思う。

 

「ちょっ! 頭を上げてくださいっ! 女神様でも臨時ですからっ」

 

 私の態度に、あたふたと、女神様は焦り始めた。

 

「か、畏まりました。女神様がそう仰るなら……」

 

 目の前の女性の言う通り、立ち上がり、服の土汚れを払う。

 これはあれかな。ネプギアのときもそうだったけど、女神様って実は畏まられるの嫌なのかな。

 

「は、ははっ…突然『煮るなり焼くなり好きにしてください』とか言わないでくださいね……」

 

 そう言いながら、女神様は苦笑いをする。

 

「一度、助けた少女にそう言われたことがあって……」

「そんなことあったんですか!? さ、さすがに私は嫌ですよ! まだ記憶も取り戻してない、約束も果たしてない。なのに死ぬなんて!」

「そ、それが普通の反応ですよね…。では、そろそろ協会に案内します、ついてきてください」

「畏まりました。案内、よろしくお願いします」

「あ、あの~、私も人の事言えないんですけど…出来れば…敬語も尊敬語もなしで……」

 

 そう、女神様はそっぽを向きながら言った。

 そんな、女神様に恐れ多い…とか言おうとしたけど、さっきは女神様の言う通り~って顔を上げたんだから、そこは貫かなきゃね。

 

「はい…じゃなくてうん。分かったよ。じゃあ改めて、よろしく、ピーシェ」

「よ、よろしくね」

 

 少し顔を赤くしているピーシェが笑顔でそう言った。

 女神扱いされるのにとことん慣れていないのだろう。

 やっぱりさっき思ったこと、外れてないかも。

 そう思いながら私はピーシェの後をついていった。

 

 

 

 少し歩いた先で、水色のモンスターに遭遇した。

 

「ヌラァ……」

「ヌラァ……」

 

「スライヌか…、ルナさん。戦えますか?」

 

 目の前にいるのは、向こうの次元でもおなじみ、スライヌだ。

 ざっと見た感じ、およそ10体はいるであろう。

 私はピーシェの問いかけに、自信満々に。けど最後の方はぼそっと呟く。

 

「もちろん。これでも向こうではすごく強い敵と何回か戦ったんだから! …その度に死にかけたんだけど」

「わかりました。五体ほどお任せします」

 

 そう言ってピーシェは胸ポケットからコンバットナイフを取り出し、逆手で持ってファイティングポーズをとった。

 

「了解! スライヌなんて今更手間取る私じゃない!」

 

 腰に付いた剣を鞘から取り出し、両手で握り正面に構える。

 相手は五体。けど所詮雑魚なモンスター。今まで相手してきた敵と比べたら、怪我もしないはず。

 

「……?」

 

 剣を構えると、何故かピーシェから月光剣に不思議な視線を感じたけど…すぐになくなった。なんだろう、月光剣に何か変なとこあったかな? 

 そんな私の疑問をよそに、ピーシェは目の前の敵に集中する。

 

「…行きます」

 

 刹那──

 ピーシェはまるで空気のように軽いフットワークで、にも関わらず素早くスライヌに接近し、戦闘を開始した。

 

「すばやっ…て、感心してる場合じゃないよね。いくよ、相棒!」

『Yes,Master.』

 

 私の言葉に、いつも通り返す月光剣。

 うん、今回は最初から相棒がいるんだから、余裕だね! 

 駆け出す私を敵だと認識したスライヌは体当たりをかまそうとしてくる。

 けれど剣を上から下へ振り下ろすことで一撃で倒す。

 

「………」

 

 お互いに特に声を出すこともなく、息も乱すことなく、次々とスライヌをすべて倒しきる。

 そしてお互いに武器をしまうと、ピーシェは口を開いた、

 

「いいね、いい動きです。ルナさん」

「お褒めにあずかり光栄ですっ、なんて。ピーシェの方がすごかったよ! さすが女神様だね!」

「う、うん…どうも」

 

 そう言いながら、恥ずかしさからなのか、ピーシェは頭をかいた。

 

「さて、先を急ぎましょう」

「うん!」

 

 

 

《プラネテューヌ》

 

「あ、おかえりなさいピーシェさん…おや? そちらの方は?」

 

 目の前にいるのは、間違いなくイストワールだ。

 ただ私の知ってるイストワールさんなら、私を知ってる。教会に落ちた私を保護したのは間違いなく彼女達だから。

 さっきまで頭では理解したようにしてても、心ではまだ実感できてなかったのが、これで実感してしまった。

 途端に寂しく感じるけど、元の次元に戻ったら逢えるんだから。今は我慢我慢……

 

「こちら、ルナさん。この次元に迷い込んだみたいで」

「…普通は滅多に起こることでは無いはずなんですよね」

「全くです」

「す、すみません。迷い込んでしまい……」

「そうですか、大変でしたね」

 

 そういって、イストワールさんは優しく微笑む。

 

「いえ…ピーシェが助けてくれなかったら今頃ぺしゃんこでしたから…あっ、そういえばお礼がまだだった。ピーシェ、助けてくれてありがとう」

「うん、どういたしまして」

 

 そういってピーシェは軽く微笑んで……

 

「でも、知らない人について行っちゃだめだよ?」

 

 私に近づいた。それから、頭を撫でられる感触がする。

 

「誘拐されて、女神になっても知らないよ?」

「う、うん……」

 

 優しく頭を撫でられる心地良さに、うっとり目を細めながら堪能しつつ、ピーシェの言葉が思考を占める。

 女神になってしまうって、女神はそもそも生まれたときにはなっているものじゃ……? 

 それに今の言葉、まるで彼女が実際に体験してきたみたいに聞こえたけど……

 

 

「…ふふっ…猫みたいな反応…かわいい」

 

 そういいながらピーシェは優しく頭を撫でる。まるで猫を撫でているかのように、丁寧に優しく。

 

「よしよし……」

「ふ、ふにゃ……」

 

 思考が徐々にほぐされて、意識が全部頭の感触へと集中する。

 あ、これ、やばい…気持ちいい……

 

「おおー! なんか気が付いたらピィちゃんが百合っている!?」

「っていつからいたのネプテューヌさん! っていうか百合ってないよ!」

「ナイスツッコミ! と言いたいが今回は否定できないはず!」

 

 突如大きな声を上げたのは、どこかネプギアに似ている小柄な少女。

 その少女の言葉でハッと正気に戻り、さっきまでの自分を思い返す。

 な、なんかすごくだらしない顔を見せてたような…変な声も漏らしたような……

 

「~~っ! ///」

 

 声にならない悲鳴を上げながらその場でうずくまってしまう。

 うぅ…別次元初っ端の方でこうなるなんて……

 

「あの…この子は?」

 

 そういって隣にいた少女…ネプギアが話しかけてきた。

 

「この子はルナさん。迷い込んじゃったみたいで」

「お友達になってくれる?!」

「それは違うルナ!」

「あ、じゃあトリガーさんもいらっしゃるんですか?」

「変身もしないっ!!」

 

 そうツッコミを入れて、一度ピーシェはため息をついた。

 

「とりあえず、この協会で保護…、という形になりますかね」

「すみません…よろしくお願いします……」

 

 まだ恥ずかしくて顔を上げたくなかったけど、どうにかその言葉を絞り出す。

 まさかまたプラネテューヌ教会に保護されることになるとは…あ、ここは“協会”なのかな。似たようなものだよね。

 

「うむっ! 任された!」

 

 そういってぺかっとネプテューヌは満面の笑みを浮かべた。

 

「…いや、提案したのピーシェさんだよ? お姉ちゃん」

 

 そういいながら、ネプギアは苦笑いした。

 …うん。やっぱりネプギアだ。一緒に旅をしてたんだから、間違えるはずがない。

 …けどやっぱり、彼女もまたこっちの次元のネプギアだから。私のことは知らない。

 イストワールさんのときよりもちょっと、悲しみが強いかな……

 

「…ん? まって、“お姉ちゃん”?」

「え? どうしました?」

 

 ふと、彼女の発言が引っかかって声をあげると、ネプギアは不思議そうに首を傾げた。

 

「えっと…私は女神候補生で、先に生まれたのはお姉ちゃんなので…変ですかね?」

「いや、変じゃない。うん、君にお姉さんがいることは知ってるし、私はそのお姉さんを助けるために一緒に旅してたんだけど……」

 

 そう言いながら私はネプギアが姉と呼んだ少女を見る。

 さっきピーシェに「ネプテューヌさん」と呼ばれていた少女。うん、確かに向こうのプラネテューヌの女神様…ネプギアのお姉さんもネプテューヌって名前だってことは聞いてる。聞いてるんだけど……

 上から下まで見て、ネプギアと比べて。もはや比べるまでもない気がするけど……

 

「これは…ネプギアが姉と言った方がいいんじゃ……」

「…それは言わないであげてください」

 

 そういいながら、ピーシェはため息をついた。

 

「ルナさんにもいろいろありそうですね」

「とりあえず、私はやりたいことがあるのでこれで失礼します。ルナさんゆっくりしてってくださいね」

 

 そういってピーシェはドアのほうへと歩いていく。

 

「あっ、待って。よかったらお手伝いさせてくれないかな? 命を助けてもらったお礼が言葉だけじゃ足りないから」

「…別に助けてません」

 

 そういいながら、少し沈黙した後。

 

「でも、いいですよ。ついて来てください」

「はい!」

 

 私は元気よく返事して、ピーシェの後についていく。

 なんだかこれ、前にやったお仕事体験みたいでワクワクしちゃうな。でも真面目にやらないとね! 

 と、思ってたんだけど……

 

 

 

「………」

 

 カタカタカタカタ──。

 

「………」

 

 カタカタカタカタ──。

 

 真剣にPCと向き合うピーシェは……

 

「………」

 

 カタカタカタカタ──。

 

 特にやることを教えてくれる気配はない。

 これはまさか、自分で仕事を探せとでもいうのか!? 

 で、でも私がやったことある仕事なんてPCを使った簡単な事務仕事とクエストぐらいしか……

 どど、どーしよ月光剣! 

 

『ここは素直に伺ってみたらいかがでしょう?』

 

 君、真面目に働いてる人の邪魔なんて出来るの?! 

 私は無理だよ、度胸がないもん! 

 そう月光剣と話し合ってる間、実はピーシェの心の中では……

 

(どうしよう…、いいとは言ったものの、私誰かに指示したことないんだよね……

 書類整理? いや、ダメ。初めての人に教えることじゃない。

 整理整頓? いやダメ。バカにしてると思われる……)

 

 って、なってたんだけど、そんなの私が察することなんてできないから。

 

『マスター、女は度胸です』

 

 それ私が前に言ったことだー……

 ぅえーい! そうだよ女は度胸だよ! 

 

「あ、あのっ!」

 

(仕方ない……、どうにか話題はつなげよう。度胸を見せろピーシェ・イエローハート)

 

[…ねえ」

 

「「あ」」

 

 被った声に、お互い口を閉じる。

 その後、少しの沈黙が流れて、先に口を開いたのはピーシェからだった。

 

「すいません…そちらから」

「い、いえいえ! ピーシェからどうぞ!」

「い、いえ…こちらはどうでもいい話なので、そちらからどうぞ」

「こっちだって何をお手伝いしたらいいかって、自分で考えろって言われそうなことなので!」

「そ、そうなりますよね。すいません指示しなくて…はははっ……」

 

 ピーシェは乾いた笑い声をあげた。

 そんなピーシェに、つい口をすべらせたと気付いて、急いでフォローしようとする。

 

「いえそんなっ。こっちもごめん。せめて何ができるとか伝えておけば、指示も出しやすかったよね……」

「い、いえいえ…って、そうじゃなくて」

 

 ピーシェは軽くため息をついた。

 

「私は助けたつもりはない、と申したではありませんか。お気になさらず」

 

 さっき言ったことと同じ。その意見を変えるつもりがないピーシェは、どこか強情にも見える。

 私も大怪我しても「大丈夫」って言って譲らないから、その気持ちは分かるけども……

 こういうときは、相手の主張を通すのが良いって、どこかで学習した気がする。

 

「ならそれでいいよ。ただ私はピーシェのお手伝いがしたい。そう思って声をかけて、付いてきただけ」

 

 あと追加で言うなら、あの場は少し、居づらかった。

 私のことを知らないネプギアとイストワールさん。その二人と接しているとなんだか、もっと寂しくなるって思っちゃうから。

 

「…わかりました。では少しだけ話し相手になってくださいませんか?」

 

 そういいながら、ピーシェは優しく微笑んだ。

 

「多少、ルナちゃんの事も知りたいですから」

「…はい! 私が覚えていることでよければよろこんで!」

 

 ピーシェにつられるように笑顔で頷く私。

 

「ふふっ…すこし敬語になってますよ?」

 

 そういって、ピーシェは微笑みを返すように、私をじっと見つめた。

 

「とりあえず…。この剣は何ですか? 霊剣か何かでしょうか?」

「それってこの子かな? この子は月光剣(ムーンライトグラディウス)。いつも私を助けてくれる相棒で、えっと…高性能な知能が搭載された剣ってぐらいしか私も知らないけど……」

『霊剣と呼ばれるものが何かは存じませんが、私はその分類には属しておりません』

「あっ、違うって。霊剣じゃないみたい」

「そうですか…」

 

 ピーシェは少し考え事をした後、まぁ、いいか。とつぶやいた。

 

「あとは、そうですね…最近楽しいですか?」

 

 楽しい、か……

 私、楽しいのかな。ネプギア達とも別れて、一人で旅してて。

 犯罪組織が、私の記憶がって、問題を解決するために駆け回って。

 楽しいとは、最近は思ってないかもしれない。最後に思ったのは…ロムとラムの二人と遊んだときかも。

 じゃあ楽しくないって、素直に言えるほど私はそのことを軽くは見てない。

 

「そう、だね…ちょっとよく分かんないかな」

「そうですか……」

 

 そういって、ピーシェは頭をかいた。

 

「そりゃあそうですよね。楽しいの基準は人それぞれですし」

「あっ……」

 

 もしかして雰囲気悪くしちゃった? 

 わわ、そんなつもりじゃなかったのに! 

 えぇと、こういうときは話題を変えればいいんだっけ……? 

 

「そ、その! ピーシェの方はどう? 楽しい?」

 

 ってそれ変えれてないよ! 私のバカー! 

 

「ええ、楽しいですよ」

 

 ピーシェはそう微笑みを浮かべた。

 

「でも、私にとって…。楽しいのは良いことじゃないんだ」

「そう、なんだね……」

 

 さっきピーシェが言ったように、楽しいの基準は人それぞれ。それと同じように、楽しいが良いことかも、人それぞれ。

 でもさっきのネプテューヌさんとネプギアのボケにツッコミを入れてたピーシェ、楽しそうだったな。

 

「…ねえ、楽しいってどういうことかわかりますか?」

 

 優しい声で、でもどこか儚い声でピーシェは聞いてきた。

 その問いを、私は深く考えて、出した答えを口にする。

 

「…私には少し、分からないかな。それが分かるほど私は人生経験をしてないし、してたとしても失くしちゃってるから。でも大切な人や好きな人と一緒にいて、ワクワクしたり、ドキドキしたり。次は何が起こるんだろうって期待しちゃう。そういうのを『楽しい』って言うんだと、私は思うな」

 

 ネプギア達と旅をして、ユニとお泊りして、ロムとラムと遊んで。

 楽しかった。今の私の楽しかった思い出って、それぐらいしかないから。

 

「……そっか」

 

 ピーシェはそれを聞いて、俯きながら、どこか悲しそうに微笑んだ。

 

「そうだね……、その定義が『楽しい』のはずだよね」

 

 きっと何かあった。超鈍感な人じゃないなら気付けること。

 でもそれがどんなことなのか。そもそも私が踏み込んでいいものか分からない。

 会ったばかりの女神様。けど仲良くしたいって思えるから、踏み込んで嫌われたくない。

 だから、踏み込まない。

 

「そ、そうだ! そういえばピーシェって普段はどんなことをしてるの?」

「え? 普段ですか? えっと……」

 

 ピーシェはその言葉を聞くと、そっぽを向いた。

 

「………おもり役?」

「子どもがいるのこの協会!?」

「はい、ネプギアさんとネプテューヌさん……」

「ネプテューヌさんはまだよく分からないから「へー、そうなんだー」って終わるけど、ネプギアまで……?」

 

 た、確かにピーシェはなんというか、お姉さん! ってオーラはあるけど…あのネプギアが……? 

 その言葉を聞いて、ピーシェは苦笑いをした。

 

「確かに見た目はそうかもしれません。でもああいう人は、表面に出さないだけで撃たれ弱いんですよ」

「な、なるほど?」

 

 そんな姿を見たことないだけに、いまいち想像できないけど…『ネプギア』がそうなのか、こっちの次元のネプギアがそうなのか……

 あ、でもネプギアだって妹だもんね。今は強くあるだけで、実はそうなのかも。

 

「そうなんです」

 

 そう言って、ピーシェはゆっくりと私に近付き、頭を撫でてくる。

 

「それは貴女も同じだと思うよ?」

「ふぇっ…! やっ、あの……!」

 

 またこれ…! だ、だめ…またさっきと同じことが……

 

「ふにゃ、にゃぁぁ……」

 

 なんかもう、別にいいかも……

 

「…やっぱり猫みたい」

 

 そう言ったと思ったら、ピーシェは私の頭を撫でながら、片方の手でぐいっ! と抱き寄せた。

 

「ふぇ!?」

 

 その勢いで私の顔はピーシェの大きな胸へ、ポスンと受け止められる。

 突然のことに驚いて離れようとしても、後ろに手を回されて離れられないし、頭を撫でる手は止まらず、だんだん力が入らなくなってくる。

 …ううん、違う。これ、離れたくないって思っちゃってるんだ。

 初めて頭を撫でられて、久しぶりの人肌を感じて。心が抵抗したくないって思っちゃってる。

 それに何より、ピーシェはお姉さんって感じがすごいして……

 つい呟いた呼び方に、私は意識を向けることはない。

 

「…お姉ちゃん……」

「…『楽しい』っていうのはね? 誰かが頑張ってる証拠なんだ」

 

 そういいながら、ピーシェは優しく抱きしめ、何度も頭を撫でる。

 

「ルナちゃんもそう…、私のことを気にして…色々気を使ってくれた……」

 

 ピーシェは抱きしめる…まるで母親のように、まるで姉のように……

 

「だから私は、ルナちゃんと話しているのは楽しいと思えた…ありがとうね」

 

 抱きしめる力が強くなる。

 

「…でも、ルナちゃんみたいな人ほど、本当に芯は弱いんだ」

 

 優しく撫でる手を止めず、何度も何度も撫でながらピーシェは言葉をつづけた。

 

「だから…頑張りすぎないで…、少しくらい肩の力を抜いて…、ルナちゃんの事はまだよく分からないけど、優しい子だってことはわかる…。よく頑張ったね。偉いよ……」

 

 「よしよし……」と、そう言いながら頭を撫で、抱きしめてくれるピーシェは、本当に姉かと勘違いしそうで、一人ぼっちだって冷えていた心を暖めてくれて……

 

「大丈夫…、別の世界にきて不安だよね…大丈夫だよ…。私がついてるから…ね?」

「おねえちゃん……」

 

 何もかも包まれて、許してくれそうな抱擁と、優しい言葉。

 その暖かさは私の心を完全にほぐしてしまって、気付いたら瞳から雫がこぼれ落ちた。

 

「大丈夫…泣くことは悪いことじゃないよ」

 

 ピーシェは、一度私の顔を見て、雫の跡を手で摩る。

 

「むしろ泣いていいの…それはあなたの努力、血と汗、すべてを我慢した貴方が作り出した…『楽しい』の証だから……」

「ぅえっ、うえええん……!」

 

 ダメだよ、ピーシェ。そんなこと言われたら、そんな優しくされたら、我慢なんてできないんだよ…? 

 でも、我慢しなくていいっていうなら、今だけは、このままで……

 

 

 

 

 

 

 




後書き~

ふええぇぇん……

…へっ?あ、べべべ、別に泣いてないですよぉ!?ちょっとルナに感情移入しただけで……
ごほん。と、ともかく、今回のはまだ前編。もちろん後編も投稿しますとも。
それではまた後編でお会いしましょう!
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話『またね』

前書き〜

前回に引き続き、今回もコラボ回!の、後編です!
前編ではピーシェの優しさで泣いてしまったルナちゃん。後編ではその続きからのお話となります。
それではごゆっくりお楽しみくださいませ!


「…ふぇ? ここは……」

 

 寝て覚めたらそこは知っているような、知らないような部屋。

 寝起きで働かない頭を回転させて、すぐ何があったのか思い出した。

 そっか、別次元にいるんだ……

 

「あ、おはようございます」

 

 そういって、私の頭を撫でていたピーシェは微笑んだ。

 

「だいぶ疲れていたんですね」

 

 目の前にピーシェがいた。

 うん。間違ってない。確かに目の前で、隣で、()()()していたように寝っ転がっている。

 でも寝起きな私はそれよりも撫でられる心地よさの方を感じて、再び目を細めながら、返事をする。

 

「ふぁい…おはよーございま…え? ぴぴぴ、ピーシェ!? なななっ、なんで私ピーシェと寝て……!?」

 

 徐々に覚めた頭はようやく目の前に女神様(比喩)がいることを認識して、一気に目が覚める。いや、これに驚かない人はいないと思う。少なくとも私は驚いてる。

 けどそのままの体勢で動かないのはやっぱり、心地が良いから。

 

「いや…えっと…泣き疲れて眠ってしまったもので、それでベッドに寝かせようとしたら…服から手を放してくれなくて……」

 

 そういいながら、ピーシェは苦笑いをする。

 その言葉に、私は顔を真っ赤に染めて……

 

「あっ…すすす、すみません!!」

 

 今度こそ私はベッドから飛び出て、その勢いで土下座を決める。

 わわわっ、やっちゃったよ……! やっちゃったよ……! 

 いくら泣き疲れたからって、服掴んだまま離さないって…恥ずかしすぎるよ……!! 

 

「あ、えっと…頭を上げてください!」

 

 そういって、私の近くに駆け寄る。

 

「全然問題ないですから! 大丈夫! お姉ちゃん大丈夫だよ!」

「おねっ……!」

 

 ルナに クリティカル ヒットだ! 

 

「ふぇ…ふぇぇぇん……」

 

 ダメだ、泣く。別の意味で泣く。

 

「ああああああぁぁぁごめん! ごめん! 私がお姉ちゃんは頼りないよね!? 冗談だよ!?」

 

 泣きだした私を見て、ピーシェは全力で慌て始めた。

 

「ち、ちがう…ピーシェがたよりないわけじゃない…すごくたよりになるし、さっきもお姉ちゃんオーラがいっぱい出てたからつい言っただけ…うん、つい言っちゃっただけなの……」

「……そっか」

 

 そう呟いたピーシェは、少しだけ俯く。

 

「二人目か……、私をお姉ちゃんと呼んでくれたのは」

「…ピーシェには妹みたいな存在がいたの?」

 

 あまり踏み込んでいい話題か分からない。けど好奇心がつい口を突いていた。

 

「うん、とっても可愛い妹がね……」

 

 ピーシェは少しだけ頭をかいて、話し始めた。

 

「まぁ、その妹みたいな子は……奴隷なんだけどね」

「ど、奴隷って、あの……?」

 

 ピーシェの口から出た予想外の言葉に、聞き返してしまう。私はその言葉とは無縁の世界で生きてきたから、言葉を理解するのにも時間がかかった。

 

「…ねぇ、もし人間が女神になれるアイテムがあったとして……」

 

 そういって、ピーシェはあざ笑うように笑った。

 

「……女神になれる人間が見つかったら、人間達はどうすると思う?」

 

 ある意味では至高とも、最悪とも言える組み合わせが揃ってしまったら……

 

「…そんなアイテムがあって、適正者もいたら…使っちゃうんじゃないかな。自分達で作った女神って、自己満足に浸りたい人もいるだろうし……もちろん、本人に許可は取らないとダメだけどね」

 

 とくに敵対する存在とか、そういうのがいたら、護衛の意味で連れておきたいって考える人もいると思う。女神っていうのは総じて通常の人間より強くなれる存在だから。

 あとは……

 

「今ある国では満足しなくて、もっと自分にとって都合のいい国を作りたいって思う人が、使っちゃったりするのかな……」

「まあ、ざっくりいうとそういうこと。それでその適性のある子が人身売買の対象になった」

「えっ…!? それって、本人の意思関係なしに…!?」

「そう…、その子の親が独断でね」

「そんな……」

 

 親、という存在がどういうものか、私は分からない。知識としてあっても、記憶がない以上、自分に親がいたのかも分からないから。

 でも親というのは子を愛する存在だって、その知識だけはあるから、ピーシェの言った親がそんなことするなんて、すぐには信じられなかった。

 でもちょっと考えれば、人間の悪い部分を捉えて考えれば納得がいってしまうところもあった。

 

「…それを発見した協会の人間が保護して、私がお世話することになったの」

 

 そういって、ピーシェは軽く微笑んだ。

 

「優しい子です、とても。その子が私のことを姉と呼んでくれた時は…、どうしようもなく嬉しかったものです」

 

 ピーシェのその子を想って浮かべる優しい顔に見惚れた。

 その子も親が酷い存在だったとしても、協会の人に保護されて、ピーシェみたいな素敵な女神様と一緒に居られて、とても嬉しかったんじゃないかなって思う。

 それと同時に、こんな素敵な人が姉になってくれるなんて、ちょっぴり羨ましいかも。なんて思ったりして。

 

「…その子は今、どこに?」

「私の世界のリーンボックスで、補佐をやってるよ。少し寂しいけどね」

 

 寂しそうに笑うピーシェは、続けて呟いた。

 

「私…、ホントにあの子の家族になれたのかな……」

 

 ここまでで聞いてた「臨時」や「私の世界」で、もしかしてピーシェもこの次元とは違うとこから来たのかな、って考えに辿り着く。

 そうなったらピーシェは、自分の意思で来たのか、私みたいに突然来てしまったのか。

 そこはよく分からないけど、ピーシェの呟きには、迷うことなく答えられる。

 

「…ピーシェはその子のこと、家族だと思ってる?」

「…思わないようにしてる、家族なことが当たり前にしたいもん」

 

 ピーシェは背伸びをしながら答えてくれる。

 

「家族って、思うことじゃなくて、当たり前なことだと思うから……。一緒にいるのが当たり前。助けるのが当たり前。そう考えて生きてきた」

「ならその子も、そう思ってくれてるかもしれないよ。当たり前だって。ううん、絶対思ってる。だってピーシェのことを姉って呼んで、慕ってくれたんでしょ? なら間違いないね!」

 

 ピーシェの考えは素敵なものだ。

 人はその当たり前は、本当は当たり前じゃない。だから大切にしなきゃダメだという。

 けど逆なんだ。当たり前だからこそ、失った時がつらい。だから大切にしなきゃ、後で自分も、大切な相手も、つらい思いをすることになる。

 それに今の私は、“当たり前のもの”がないから、当然のように“当たり前”を持ってる人よりもずっと、その考えを素敵だと思うのかもしれない。

 

「…そうだと嬉しいな」

 

 ピーシェは、ふっと優しく微笑んだ。まるで何かおもりが外れたように。

 今の私の回答でそうなってくれたんだとしたら、すっごく嬉しいな。

 

「変な身内話をしてしまいましたね、すいません」

「ううん。大丈夫。私が知りたいって思ったことだったから。むしろ話してくれてありがとう、ピーシェ」

「さて。今日は少し外の空気を吸いましょうか。話し相手になってくれたお礼に、何かお姉ちゃんがおごりましょう」

 

 そういって、彼女は少し小悪魔チックに微笑んだ。

 その笑みは普段なら顔を朱に染めて見惚れるんだろうけど、今は言葉の方に意識がいく。

 

「むむぅ…な、ならお姉ちゃん! 私、クレープ食べたいな!」

 

 ここでただ怒っては、また負ける気がする。

 ならいっそ開き直っていく! やられっぱなしはいやなんだよ! 

 

「よし、決まり、行きましょうか…ルナちゃん?」

 

 ピーシェは私の手を優しく握り、引く。

 

「う、うん!」

 

 少しは動揺してくれるかなって思ったのに……

 うぅ…やっぱり負けた気がする……

 開き直って呼んだ呼び方は、そのまま受け入れられてしまって。

 でもいいかなって。ピーシェみたいな素敵な人が、今日くらい私のお姉ちゃんでも。バチは当たらないよ、多分。

 

 

 

 そうして教会を出て、街の中を歩いて、夕日の見える下り坂まできた。

 そこでピーシェは、口を開く。

 

「ほら、夕日。綺麗ですね」

「だね。私、この時間結構好きだな。昼間はいっぱい輝いて皆を照らしてる太陽が、おやすみって言いながら夜を照らす月と交代するこの瞬間」

「ふふっ、結構ロマンチストなんですね」

 

 そう言いながら、ピーシェは微笑む。

 

「えへへ…そ、そうかな? そんなことないと思うな~」

 

 その言葉を素直に受け止められず、白々しく言う私。

 今が夕暮れ時でよかった。夕日が赤いからって、誤魔化せるから。

 

「……私は、もしかしたら初めてかもしれません、夕日がきれいだって思ったの」

「そうなの? ならその初めてに居合わせた私、すっごくラッキーだね」

「…思うことって、ただの自己満足とばかり考えてた。気に入らなくなったらなくなる感情だって…でも」

 

 ピーシェは、夕日に黄昏ながら、吹き付ける風を肌で感じ取りながらつぶやいた。

 

「ひと時の感情に身を任せるのも…悪くないことかもね」

「…うん。だって“そう思った”って記憶は、感情が強ければ強いほど無くならないものだからね」

「…ははっ、可愛い妹に教えられちゃいました」

「ふふん。お姉ちゃんに教える側になっちゃった」

 

 なんて、自慢げな表情をして、でもすぐにえへって微笑む。

 うん、いいな、こういうの。今日一日感情を振り回されたけど、ピーシェといるの、穏やかで、すっごく楽しい。

 どうせならもっとずっと、一緒にいられたらいいのに。

 

「さて…そろそろつくは──!」

 

 一瞬、突然ピーシェの顔がこわばった。

 そしてどこからかNギアを取り出して、なにかを真剣に見始める。

 穏やかな雰囲気から一変。ただ事じゃない雰囲気へと変わる。決してそれは良いことが起こるものではなく、逆に悪いことが起きる予感さえさせた。

 

「ど、どうしたの……?」

「…すいません。少し野暮用ができました。ここを下った先にクレープやがあるので、そこで少しやすんでてください」

「えっ、あっ……!」

 

 言葉が詰まる。素直に自分の言葉を伝えていいものか、躊躇ってしまう。

 けれどこのまま言われた通りにするのも嫌だから。

 

「っ、いやだよ! 今日は私、ピーシェのお手伝いするって言ったんだから、私にも手伝わせて!」

「ダメです」

 

 ピーシェは言葉に詰まることなく、そう断言した。

 

「っ……」

 

 強く言われたその言葉に、私の勢いは弱まる。

 でもやっぱり、今の私はわがままになってるから。

 

「じゃあその野暮用って何か教えて! それを聞いたら私、ちゃんと待つかどうするか考えるから! それも教えてくれないって言うなら、勝手についてくもん!」

「…危険な仕事です。なので待っててください」

 

 ピーシェはそういって、ため息をついた。

 

「ルナちゃんを巻き込みたくありません、だから待っててください」

「…わかった」

 

 そう言って、諦めたように見せる私。

 でも、一拍置いて、こうも言ってみせる。

 

「ならついていくね。ここで待ってるだけなのはいやだもん」

「…言い方を変える忠告だ。ついてくるな。ついてきたら殺す」

 

 その目はどこか冷徹で、殺意を持っているおぞましい目だ。

 その目に怯み、一歩後ずさりしそうになって、気合で止まる。

 今のピーシェは怖い。今まで優しかった分、こんな目を向けられるのはイヤ。

 でもこれも彼女の優しさからきてるって、そう感じてしまったから。

 私は涙目になりかけな目で、精一杯睨み返す。

 

「…なら、殺してみせてよ。今ここで、殺せるものならさ」

 

 もしこれで本当にピーシェが殺そうとしてきたら、全力で抵抗させてもらう。その結果死んだのなら、それもまたいいのかもしれない。

 でもピーシェがそんなことするなんて、私には到底イメージできなかったから。

 

「………はぁぁ」

 

 ピーシェは目を閉じ、大きくため息をついた。

 

「………」

 

 そして、私を無視して、背中を見せて歩き出す…そして少し歩いてから

 

「…無茶はしないでね」

 

 後ろを向いたまま、そう言った。

 

「…もちろんだよ」

 

 無茶した分だけ、誰かが悲しむのを、私は散々見てきた。

 だから無茶はしない。絶対に、だよ。

 

 

 

 付いた場所は少し薄暗い森林だった、商店街からは離れていて、人影もない。

 

「ルナさん、アンチクリスタルは知ってますか?」

「アンチ…? ううん、聞いたことないけど……」

「アンチエナジーっていう、シェアエナジーの真逆の力が入った結晶の事です」

 

 ピーシェはそういいながら、自分の武器を確認している。

 

「あれ吸収しすぎると、女神は死んでしまいます」

「しっ…!?」

 

 女神の力と真逆の存在。もしそれを私の友達(ネプギア達)が吸収しちゃったら……

 いや、それより先に心配することがある。

 そう、目の前の女神様(ピーシェ)がそれを吸収しちゃったら……

 

「で、でも! アンチエナジーを吸収しなければ大丈夫、なんだよね?」

「はい、吸いこまなければ、さて……あいつがて──」

 

 ピーシェは、敵であろう目の前の少女を見て、一瞬顔が強張った。

 少女の見た目は、銀髪のショートへアでフードのついたマントを羽織っている。

 そのマントの下には白黒のチャイナドレスのような服を身にまとっている。

 つい最近聞いたことあるような特徴を持つ少女。でも、違う。だって、その子は、ピーシェの世界の人で、この次元にいるはずがないんだから……

 でもひとまずわかるのは、この少女がきっと、敵なんだ。

 そうなんだよね? そう問いかけの意味も込めてピーシェの名前を呼ぶ。けど……

 

「ピーシェ。……ピーシェ?」

「………」

 

 私の声には無反応。聞こえているのかもしれないけど、それどころではないといった様子だ。

 見れば、ピーシェの持っているコンバットナイフが、震えているのがわかる。

 ピーシェは、目を見開いて、震えていた。

 まるで目の前の存在が、予想外とでも言わんばかりに。

 ピーシェの反応が、私の中の嫌な予感を確信に近付けてしまう。

 やめて、やめてくれ。確信に変えないでくれ。

 

「……」

 

 ピーシェは少し頭を振って、コンバットナイフを取り出した。

 

「大丈夫です、ただの分身です」

「……」

 

 本当に大丈夫なのか。

 さっきの反応を見ていただけに、心配と不安がつもる。

 けれどその気持ちを直接言葉にしない。だってさっき私がついていくって強情だったとき、ピーシェは受け入れてくれた。なら私も、ピーシェの言葉を信じようと思えるから。

 それに彼女のフォローをするために、私はこうしてついてきたんだから。

 

「………」

 

 銀髪の少女がこちらに気付いたらしい、槍を構えて突進してくる。

 

「っ! いくよ!」

「うんっ!」

 

 すでに鞘から取り出していた月光剣を構え、突進を避ける。

 

「はぁ!」

 

 刹那──―

 ピーシェは私が避けた瞬間にコンバットナイフで槍とかち合い、その瞬間、衝撃波が周りに起きる。

 

「やぁ!!」

 

 ピーシェは荒々しく、攻撃を振り払いステップを踏んで回避し、銀髪の少女に回し蹴りを入れる。

 

スイッチ(追撃)──っ!」

「やあっ!」

 

 ピーシェの掛け声に跳ねるように少女に接近、槍と剣を交わしながら、電撃を打ち込んだ。

 

「……っ」

 

 電撃をもろに食らった少女は、その場を一二歩下がり、よろけた。

 

「ピーシェ!」

「せええええええええやぁ!!」

 

 3撃目──。

 ピーシェは、流れるような速さで反応し、よろけた少女を仕留めにかかる。

 

「《ダブルファン──」

 

 が、その時。

 

「…──」

 

「っ!?」

 

 少女は何か黒くて禍々しい、結晶のようなものをピーシェに投擲した。

 

「ぐっ…が……」

 

 ピーシェはそのまま結晶に当たってしまい、その場に倒れてもがき始める。

 

「ピーシェ!?」

 

 突然のことで敵から目を逸らし、ピーシェに駆け寄ろうとする。

 しかしそれを許してくれるほど、敵も甘くない。

 

「ガッ……!」

 

 槍が身体を貫こうとする。

 それをギリギリ間に合った防御壁で防ぐが、衝撃までは防ぎきれず飛ばされる。

 

「っ …ぁ…ぎ…」

 

 ぶつかった先は固くなくて、それが何故なのか分かった瞬間、私は彼女の名前を叫んでいた。

 

「ピーシェ!!」

 

 ピーシェは私が木に激突しないよう、どうにか移動して受け身を取ってくれていた。けど、苦しみがなくなっているわけではなく、その後にひざをついてしまう。

 苦しそうにしているピーシェを見て、私がさらに負担をかけてしまったのだと分かってしまう。

 あの時言われた通り待っていれば、ピーシェは自由に戦えたんじゃないか。私というおもりを持ったまま戦わなくてもよかったのではないか。

 もはやお得意ともいえる自己嫌悪は、ここでも発揮されてしまう。

 そんなこと考えたって、始まってしまったもの、どうしようもないのに。

 

「ルナのせいじゃないっっ!!!!」

 

 そう思ってしまって俯いた私に、ピーシェは大きな声を荒げ、まるで心を読んだかのように叫んだ。

 

「今……つい…て、こなければって…思ったで……しょ」

「っ…だって…だってッ……!」

 

 言い訳のようにこぼれ落ちるのはそんな文にならない言葉。

 目からこぼれるのは、小さな雫。

 僅か数時間で私は、ずいぶんと涙腺が脆くなったみたいだ。

 

「……わかる…よ、ルナちゃんの気持ち……痛いほどわかる」

 

 そういってピーシェは震えた足を抑えながら立ち上がった。

 

「逆だよ…。ルナちゃんがついてこなかったら…私は立ち上がろうともしなかった……」

 

 ピーシェは、ふらふらと動きながら、私の前に立ち、頭を撫でた。

 

「ねえ、この世界で最も強い物…何か知ってる……?」

「………」

 

 ピーシェの言葉にふるふると首を横に振って答える。

 

「…お姉ちゃんがおしえるね…それは──」

 

 ピーシェは胸の前で腕をクロスさせて、真っ黒な力を集中させる。

 

「愛情という名の…狂気だよ……」

 

 そして、ピーシェは俯いたまま、腕を横に伸ばし力を拡散させた。

 

「はあああああああぁぁぁ!! プロセッサユニット展開! 《タリ》!!」

 

 ピーシェがそう叫ぶと、彼女の身体が黒い光に飲まれる。

 数秒後、最初に見た女神化より、どこか禍々しい。まさしく憎悪と呼ぶにふさわしい女性がそこに立っていた。

 

「ヘイトリッドハート、変身完了……」

「これが…女神化……?」

 

 あの最初にあった女神化したピーシェや、向こうのネプギア達の女神化とも違う。光り輝くシェアエネルギーの力とは、似て非なるものを今のピーシェから感じる。

 それと同時に思い出す。戦う前にピーシェの言っていた言葉。アンチクリスタルの存在を。

 

「まさか、それって……」

「…私は、もともと人間でさ、信仰心より、逆の方が力は使いやすいの」

「…そっか。そういうことか」

 

 今ここで、ようやく全部つながった気がする。

 あの言葉も、あの話も全部、彼女自身の経験からきたもの。

 元が人間だから。その人間のせいで彼女の人生を狂わせたのだとしたら。

 …たしかに、そちらの感情の方が使いやすくなるだろう。

 疑問はもう、抱かない。目の前にあるのが真実。

 それを受け入れた上で、私は、自分の出来る術で彼女を助けたい。

 

「ピーシェ、手、貸して」

「…手?」

 

 ピーシェは首をかしげながら、手を差し出した。

 その手に自分の手を重ね、意識を自分の内側へと集中する。

 

「ありがと……月光剣」

『Yes,Master.』

 

 まだコントロールなんて出来ないから。全部あげちゃってもいいけど、それじゃお姉ちゃんを一人で戦わせることになるから。

 妹なら、お姉ちゃんと一緒がいいって思うのは当然だもん。

 だから、私が戦える範囲で、お姉ちゃんを強化する! 

 

『OK,エネルギー送填開始…完了』

 

 瞬間、急に肩に重りが乗っかったみたいに身体が重くなる。

 けれどもそれは急に力が減ったのが理由で、戦うのに問題はない。

 

「! こ、これは…、エネルギーが増えた…?」

 

 少しだけ混乱しているお姉ちゃんを見て、私は笑みを浮かべる。

 

「え、へへ…まだ二回しかやったことないけど、成功してよかった」

 

 こんなときに場違いだけど、なんだかようやくお姉ちゃんを驚かせることができた気がするよ。

 

「ふ…ふふふっ……」

 

 するとお姉ちゃんは笑い始めた。何故かはわからないけど、すがすがしいほど満面の笑みで、何故だか怖い。

 

「ルナちゃん…やっちゃう?」

「う、うん…やっちゃおう! うん!」

 

 あれ…? なんかスイッチ入れちゃった? 

 そう思いながらも、ここは合わせておかないと、とも思う。

 だってこの笑顔、ちょっと敵に同情しかけてしまいそうなほどなんだもん。

 

「いい返事…殺ろう!」

 

 お姉ちゃんはそういって、少女に突進する。

 

「──っ」

 

 刹那──。

 何も音を立てず、お姉ちゃんは()()()()()()()()。そう表現する以外の、もっと適切な表現を、私は知らない。

 目で追うなんて、満月状態の私でさえ無理かと思うほどで、ここからは私、いてもいなくてもいいんじゃ…と思えてくる。

 けどどうせならいた方がいいでしょ? 

 

「はああああっ!」

 

 地面に突き刺した剣から、まるで蛇のように地中から飛び出て宙でうねる電撃。それをお姉ちゃんに合わせるように自在に操る。

 

「はっ!!」

 

 そして、お姉ちゃんは突然少女の背後に出てくる。少女は受けようとしたが間に合わず、振りぬかれた拳をそのまま食らう。

 

「──っ」

 

 その後、蛇のようにうねる電撃が、少女に直撃。

 少女は、なすすべなくスタンした。

 

「せいっ!!」

 

 スタンしたと同時に、お姉ちゃんの連撃、すさまじい速さの連撃、最後の攻撃で、前に吹っ飛んだ。

 

 瞬間───。

 見計らっていたかのように、少女が飛ばされている最中に這いまわっていた電撃が直撃、もう一度スタンする。

 

「まだ…まだああああ!!」

 

 術式はお姉ちゃんと電撃が少女を相手にしているうちに展開済み。

 あとは、食らわせるだけ!! 

 

「『プラズマ…ブレイクッッ!!』」

 

 瞬間、光が飛び散る。

 そう錯覚してしまうほど眩しく激しい雷が、少女を貫いた。

 

 その瞬間…、その少女は光となり、四散した───。

 

「…お疲れ様」

「お、おつかれさま……」

 

 ピーシェの言葉が引き金となって、緊張で強張っていた身体から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。

 

「ルナのおかげで助かっちゃった。ありがとう」

 

 そういって、少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。

 すぐに目のあたりをぬぐって苦笑いした。

 

「……あ、あはは…。分身だと、わかってるはずなんだけどね……」

「…泣いてもいいんじゃないかな。我慢することなんてないんだよ」

 

 それに……

 

「それに、あれだけ散々私の泣き顔見ときながら、ピーシェの泣き顔は見せてくれないとか、ふこーへーじゃないかな?」

「…っ」

 

 少し、ほんの少しだけ、小さな雫が彼女の頬を伝って、彼女はすぐに目をぬぐった。

 そして、笑顔でこう言った。

 

「大人はね、ふこーへーな事をするから大人なんだよ」

「あー、ひどーい。むぅ……」

 

 なんて言って、そっぽ向いて拗ねてみる。

 でも実は、ピーシェに笑顔が戻ったことを喜んでいるのを隠すためだったりする。

 

「さて、暗くなっちゃったけど、クレープは食べに行かないとね。お礼に二つくらいおごっちゃうよ?」

「ホント!? あっ、じゃ、じゃなくて…えっと…お、お姉ちゃんがあーんってしてくれるなら、行ってもいいよ?」

 

 その魅力的な提案に一瞬で気持ちがころりと変わったけど、すぐに持ち直そうとして…今、なにかとんでもないこと言った気がする……

 

「いいよ別に、じゃあ行こうか」

 

 私の言葉を綺麗にスルーしたピーシェだけど、でも「いいよ」って言ったことには変わりなくて……

 

「え? え? い、いいの……?」

 

 ピーシェみたいな素敵な女性からのあーんとか、そんなの誰でも二重の意味で食いつきそうなこと、本当に私にやってくれ──って、だ、ダメだよ、私! ここ、これは、そう! きっとピーシェは姉として妹に接するみたいにやってくれるだけで、私も、今日だけの妹として、特別とか、そういうの考えずに素直にあーんされて……

 

「よ、よし行こう、ピーシェ! 私はもう、覚悟は決まったよ!」

 

 どんな覚悟だ。なんて言われそうなことを口にして、私はお姉ちゃんとクレープ屋に向かった。…のだけど……

 

 本日の営業は終了しました。

 

「ま、まあ、1件目だし」

 

 本日の営業は終了しました。

 

「ま、まだ2件目」

 

 本日のry

 

「ああああああああああぁぁぁもう!! めんどくせぇ!!!」

 

 夜だから仕方ないんだけど、全部やっていなくてイライラしたのか、お姉ちゃんは叫び声をあげた。

 

「もういい! 公園で材料買って作る!」

「お姉ちゃんの手作り……! って喜んでる場合じゃなくて…お姉ちゃん、おおお、落ち着いて、ね?」

「…ご、ごめん、ひっ、ひっ、ふー…ひっ、ひっ、ふー…」

「それラマーズ法だよ!?」

「ふぅ…ふぅ…ふぅ……ふ──げほっ! げほっ!」

「今度は息を吐きすぎてむせた!? ちょちょっ、大丈夫!? お姉ちゃん!」

「…よし、落ち着いた。自分で作ろう。ルナちゃん! 買い出し手伝って」

「うん! わかったよ、お姉ちゃん!」

 

 というわけで、なんだかんだで公園につく頃には、きれいな満月が見れるほど暗くなっていた。

 

「月……か、ルナちゃんが隣にいるって考えると、なんかそれだけでロマンチックだね」

「そうかも。月と私って、名前もそうだけど、なんだか似てるからかなぁ……」

「それじゃ、作るね」

 

 お姉ちゃんは公園のテーブルにあるコンセントにさして、手持ちのホットプレートを置いた。

 

「ワクワク。ドキドキ……」

 

 それを傍で見つめる私。

 え? 公園にコンセントはないって? 細かいことはいいんだよ! お姉ちゃんのクレープ食べれるならなぁ! 

 

「あ、ところでルナちゃん──あれ?」

「…? どうしたの、お姉ちゃ──あっ」

『───~~!』

 

 何かに気付いたお姉ちゃんに、どうしたのか問いかけようとして…互いに自分が相手への呼び方に気付いて、急に恥ずかしくなる。

 

「ご、ごめん! なんか気づかないうちにちゃん付けしてたっっ!」

「う、ううん! ここ、こっちこそついお姉ちゃんなんて呼んじゃってっ……!」

 

 恥ずかしさで顔が熱くなる。火照った頬を両手ではさんで冷やしながら、慌ててそう言った。

 で、でもね、し、仕方ないんだよ!? だだ、だってピーシェってホントにお姉ちゃんオーラ抜群で、そう呼ばなきゃ違和感ってぐらいだったんだもん! 

 なんて言い訳をしていないと、両手でも冷やしきれない顔の熱さでどうにかなってしまいそうだった。

 

「ま、まぁ。大したことじゃないね…、呼び方は変えなくていいからね」

 

 そういって、ピーシェは微笑みを私に向けながら、クレープを作っていく。

 

「う、うん…そう、だね。そうするよ、うん……」

 

 なんて、まだ冷めない顔の熱さを感じながら、お姉ちゃんの手元をじっと観察する。

 

 お姉ちゃんの手元を見ると、とても手慣れた手つきなのがわかる。

 まるで本当に姉が作っているかのように錯覚してしまう。

 

「…ん? どうしたの?」

「…うん、ただちょっと、私に本当のお姉ちゃんがいたら、こんな感じなのかなぁ…って」

 

 私に姉がいるかなんてことも分からない。ただピーシェを見ていて、そんな感じなのかなぁって思って……ちょっと違和感。あの子は別に、ピーシェみたいな大人じゃ……

 

(…? 今、誰を思い浮かべた?)

 

 ふと気づいた別の違和感を探ろうとして、でもそれは私が気付いてしまった瞬間に雲のようにバラバラになって消えた。

 なんだろう…もしかして、満月の影響かな? 

 夜空を照らす満月は、私達も同様に照らしてくれる。満月なら私を強化してくれるんだけど、別の次元じゃそうでもないみたい。でもなにか、私の中に変化をもたらしてくれてるのかな。

 

「…? まあいいや。できたよ」

 

 お姉ちゃんはそういって、クレープを紙に巻いて、私に差し出した。

 そして言われた言葉は、考えごとに意識がいっていた私には衝撃的で。

 

「はい、あーん」

「ふぇっ!?」

 

 って、ほほほ、ホントにあーんしてくれたああああ!! 

 で、でもこれちょっと恥ずかし…い、いやここで躊躇ってはダメだ! 据えクレープ食わぬは女の恥! だ、だいじょうぶ! 周りには誰もいない! いたとしてもいないと思え! 

 い、いざっ! 

 

「あ、あ~んっ!!」

「どう? おいしい?」

 

 勢いのままぱくっと食いつき、もぐもぐと口を動かす。口の中に広がるのは程よい甘さのクリーム、そして甘くて苦いチョコ。後味にイチゴの酸味も広がって、とても甘くて、とっても美味しい。

 お姉ちゃんにあ~んしてもらえた嬉しさと恥ずかしさでふやけてた顔が、口に広がる甘さでさらにふやけ、うっとりする。

 もうこれ、幸せ過ぎるよ……

 

「うん……」

「良かった、口に合わなかったらどうしようって思ってたけど、これで一安心」

 

 お姉ちゃんはそういって、持っているクレープの、()()()()()()を食べ、笑みをこぼす。

 

「ん…んむっ…久しぶりだったけど、結構いい感じ」

「はわ、はわわわわ……!」

 

 それに気付いた…というよりむしろ齧りつく瞬間さえ見ていた私には、それは刺激的過ぎて、少しは冷めたはずの顔が再び、むしろ先ほどよりもかぁっと熱くなる。

 それだけじゃ終わらなくて、鼻から何かが出そうで、どっちも誤魔化すために顔を上へ背ける。

 う、うぅ…女神様ってどうしてそう、私を困らせる(喜ばせる)んだよ……! 

 

「…ん? どうしたの? って、少し顔赤いよ? 夜の冷たい風受けすぎたかな」

 

 不思議そうな顔で私を見つめてたお姉ちゃんは、そう言って私のおでこに自分のおでこをぴとっとくっつける。

 

「ひゃあっ」

 

 急にくっつけられたおでこの感触と、本当に、目と鼻の先ってぐらい目の前まで近づいたお姉ちゃんの顔に驚き、私の口からは変な悲鳴が出た。

 

(ち、ちかい…ちかいよ…! というかくっついて…ぁ、まつげ長い…綺麗な瞳…じ、じゃなくて! こ、このままちょっといったら…その…だ、だめだよ私! そんなこと考えちゃ…! で、でも、この状態は……!)

「あぅ…あうあうあぅ……」

 

 ぷっしゅー、と水蒸気が噴射されるみたいに、頭の中が膨れ上がってパンクした私の身体は、そのまま後ろへ倒れてしまいそうになる。

 

「ちょ!」

 

 それに即座に反応して、背中に手をまわして抱き留めてくれるお姉ちゃんはさすがだと思うけど……

 そのまま私の顔は、母性の象徴ともいえるような優しい柔らかさに包まれる。

 

「大丈夫?」

 

 そして反射的な母性なのかな。お姉ちゃんはそのまま私の頭を優しく撫でる。

 

 さわ……さわ…。

 

 そんな心地の良い感触と音が直に伝わってくる。

 ふわふわした心地の良い柔らかさに包み込まれ、頭は優しい心地よさを感じ、耳からもその音でふやける。

 これでとろけない方がおかしい。

 

「はにゃああぁぁ……」

 

 もう何も考えられない頭。

 うん、もう何も考えなくてもいいもんね? 

 ならずっとこうしてよう。お姉ちゃんに甘えて、甘やかされて、とろけちゃって……

 

「ぎゅ~~」

 

 お姉ちゃんは優しく、本当に姉にように優しく抱きしめ…、頭を撫でた。

 

「………」

 

 けど、何故か急に黙ったお姉ちゃんは、少しして、私の顔の横に自分の顔を近づけると……

 

「……あむっ」

 

 吐息のような声が聞こえたと同時に、どこか生暖かくて柔らかいものが、耳を挟み込んだのが伝わってくる。

 

「ひゃあっ!」

 

 さっきよりも大きい声が出て、ビクッと身体が跳ねる。

 そのこそばゆい、初めて体験する感覚にもじもじしながら、とろけた脳をなんとか集めて復活させようとする。

 

「お、おねえちゃん…ちょっと……」

 

 さすがにこれ以上はダメだ。そう思って注意しようと出た声は、普段の声よりもずっと小さくて、弱い声。

 

「どうしたの? ルナちゃん」

 

 とぼけるようなその声は、耳元から聞こえて、それさえもくすぐったくて、お姉ちゃんの吐息に合わせて体が震えてしまう。

 

「ひぅ…みみ…だめぇ……」

 

 あれ? 私ってこんなに耳弱かったっけ? 

 そんなこと考えたって、こんなこと初めてなんだから分かるはずがない。

 実はお姉ちゃんのテクニックで身も心もとろけちゃった後だから、余計に弱いだけだったんだけど…そんなの、今の私に考えれるほどの余裕はない。

 

「なーんて」

 

 お姉ちゃんのそんな声が聞こえ、私から離れると、小悪魔チックに微笑んだ。

 

「ごめんなさい、ちょっとSっけが目覚めてしまったようです」

「うぅ…ひ、ひどいよ…おねえちゃん……」

 

 そう言いながら、元の姿勢にもどり、お姉ちゃんを見る。

 うぅ…可愛いその顔が、今だけうらめしいよ……

 

「ふふっ、ごめんごめん」

 

 そう謝ったお姉ちゃんは何かの紙を取り出した。

 

「………?」

 

 その動作がよく分からず、頭に疑問を浮かべた私だったけど……

 次にお姉ちゃんの口から出た言葉は、私の胸をしめつけた。

 

「そろそろ……お別れにしましょう」

 

 そう言って、お姉ちゃんは優しく、しかし儚く微笑みを浮かべた。

 

「っ……うん」

 

 そうだ、私はこの次元の人間じゃない。本当なら、この次元に来るはずもなかった存在なんだ。

 それでもここにいて、お姉ちゃんと短い間だったけど過ごして、その心地よさは私の中にしっかり残り続けてて。

 

 ずっとここにいたい。

 

 でもそんなワガママ言ったら、お姉ちゃん…ピーシェにも、向こうの皆にも迷惑をかけちゃう。

 それに、あの次元が…空次元が、私のいるべき、在るべき場所なんだ。

 だから、帰らなきゃ。

 

「そんなに悲しい顔しないでください。もう一生会えないわけじゃないんですから」

 

 悲しそうな顔をしていたんだと思う。ピーシェはそんな私の頭を、優しく撫でた。

 

「大丈夫、ルナちゃんならきっと向こうでも大丈夫、もし危ない奴が出てきたら。お姉ちゃんが地獄でも何処でも行って助けるよ」

「…うん。お姉ちゃんが助けに来てくれるなら、どこにいっても安心だね……っ」

 

 えへって笑おうとして、口が震えるのが分かる。目から何かがあふれ出しそうになる。

 だから目に力を入れて、零れないようにって、頑張る。

 

「…っ」

 

 ちゃんと笑顔でって、そう思っても表情はうまくできなくて。

 そんな私の顔をお姉ちゃんは見て、即座に抱きしめる。

 

「よし…よし…」

 

 先程と同じ、柔らかく、心地いい感触が体全体を包み込む。

 

「大丈夫……大丈夫だよ…」

 

 お姉ちゃんは抱きしめる…優しく…まるで子供を抱きしめるように。

 

「大丈夫…私が見守ってるよ…」

 

 お姉ちゃんは撫でる…、優しく…。私の心を落ち着かせるように。

 

「辛いことがあったら泣いていいんだよ……我慢しなくていい、そういってくれたのは。ルナちゃん、貴女だよ…」

 

 お姉ちゃんは強く、そして優しく抱きしめる。

 

「よしよし…いい子だね…、偉いよ…」

「ぁ…ぁぅ…うああああっ!」

 

 あふれそうな何かを抑えていたダムを、お姉ちゃんは優しく崩す。

 一度壊れれば、あとはもう、出し切るしかない。

 

「お姉ちゃん…おねえちゃんっ……!」

 

 ちがうの。最初に泣いて良いって言ったの、お姉ちゃんなんだよ? 

 そんな言葉さえ、泣き声に紛れて消えてしまう。

 それがすごくもどかしくて、でも止められなくて。

 

「大丈夫……大丈夫だよ。お姉ちゃんがついてるから……」

 

 泣いてしまった私を、お姉ちゃんは強く抱きしめる。

 

「今は……せめて私の前でだけは、弱いルナちゃんでいいの…」

 

 さわさわ……。

 

 泣いていてもずっと、頭にある心地よさは続いていて、感じていて。

 

「うん…うんっ……」

 

 心地のいい感触。それは今だけは涙を落ち着かせるものじゃなくて、よりたくさんの涙を出させてしまうもので。寂しさを強調させてしまうもので。

 お姉ちゃんの服にしがみついて、自分から顔をうずめて。もっとたくさん、大きく泣く。

 お姉ちゃんの温もりを、優しさを、心と身体いっぱいに感じながら。

 

「……よしよし…」

 

 お姉ちゃんの優しい心を、ずっと感じながら。

 

 

 

 しばらくして、喉から出る声が止んで、涙も止まって、ようやく落ち着いた。けどもお姉ちゃんは撫でる手も、抱きしめている手も離そうとしない。

 

「……お姉ちゃん……」

 

 このままでいたい。

 でも名残惜しいけど、帰らなきゃ。私にはやるべきことがある。皆も待ってる。

 だから私はお姉ちゃんから離れて、微笑む。…うん。今度はもう、大丈夫。

 

「…自分から離れる勇気があれば…もう大丈夫だね」

 

 そう言って、お姉ちゃんは私にあるものを差し出した。それは紫色のミサンガだった。

 

「これは、私がミキ…、妹のために編んだミサンガ。その子からは『もう私は大丈夫、だからそれは、ピーシェ姉さんが守りたいと思う人に渡してあげて』そう言われた」

 

 お姉ちゃんは優しく、本当の姉のように微笑んだ。

 

「だから、ルナちゃんに渡す。私を姉と思ってくれた。もう一人の妹だから」

 

 お姉ちゃんは、もう一度私の頭に手をおいた。

 

「…ありがとう、お姉ちゃん。ずっと、ずっと、大切にする。これを見て、いつでもお姉ちゃんを思い出せるように」

 

 私はミサンガを受け取り、右手首に着けた。

 暖かい心と、暖かい優しさの詰まったそれを、大切に想いながら。

 

「あと…一つだけ、命令していいかな?」

「えっ、い、いいけど……」

 

 命令と言われて、無意識に身構える。

 な、何を言われるのかな……? 

 

「これはさようならじゃない、『またね』」

 

 それは、私だって言いたかった言葉で。

 お姉ちゃんは私の両手を包むように両手で持った。

 

「命令よ、お姉ちゃん命令。また会いに来なさい。クレープの約束、2つって約束でしょ?」

 

 そう言って、お姉ちゃんは真剣な顔で私を見る。

 

「約束を破るのは、お姉ちゃんが許しません」

「〜〜! うん! 約束! お姉ちゃんこそ、次会いに来たとき、約束忘れちゃヤダからね!」

「うんっ! 勿論!」

 

 お姉ちゃんは私を抱きしめながら頭をなでた。

 

 そして──私の身体はは光だし、姿が消えていく、どうやら本当にお別れみたいだ。

 

「ルナちゃん…、またね!」

「またね、お姉ちゃん!!」

 

 徐々に光は強くなって、お姉ちゃんの姿も光で遮られて。

 でも、泣かないよ、お姉ちゃん。またいつか会うって、約束したんだから。

 この涙はそのときまで、とっておくんだから──

 

 

 




後書き〜

何気にこれ書いてる時、作者二人して机に頭打ったり、血を吐いたり、尊死しながらやってました。主に前者二つは私がやったことですが。
そんな今回のお話でしたが、皆様いかがだったでしょうか?
わたくし作者は、何度見ても萌え死ぬ作品になったと思っております。ええ、萌え死です。最初はそのような展開にする気は無かったんですけどね。暴走というのは恐ろしいものです。それが二人してとなれば、なお恐ろしい。

ではまた次回、本編で!
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章 葛藤のリーンボックス編
第三十九話『上司への贈り物選び』


前書き~

前回のあらすじ。
ルナちゃん超次元へ落っこちちゃった!でも黄色のおねーさんが助けてくれたよ!その人ちょっと素っ気ない感じのした女神様だけど、お姉さんって感じがしてついついルナちゃんがお姉ちゃんって呼んじゃった。でも相手も受け入れてくれたんだ!いいな、ルナちゃん。ちょっと羨ましいよ!でもでもルナちゃんは空次元の人だから、帰らないとね。でも大丈夫!またいつか会えるよきっと!
そんなわけで今回はルナちゃんが空次元に帰ってきたお話です。
クレープを頬張りながらごゆっくりとお楽しみください。


 私はあの日、あの場所に行った。そこは木々に囲まれながら、中心に大きな大樹がある少しだけ空けた場所。

 いつの間にか国民の笑顔が見られる公園の一部になっていたそこは昔ほど力を宿しておらず、年中見られた桃色の花は、その花びら一つさえなかった。

 その光景に僅かに喪失感を感じながら私は、よく此処に迎えに来た、と()()に漏らす。隣には太陽のような、星のようなあの子はおらず、代わりに綺麗な紫色で、ところどころツンツンと跳ねた髪をもった少女が傍にいた。

 少女は「へー、この公園にこんな場所があったなんて…わたしもまだまだだね」と言って、大樹の幹へ近づく。

 そして振り返った少女に「なんだかここ、居心地がいいね」と言われ、私は「そうだね」と短く答えた。

 昔ほど力を宿してなくても僅かに漏れ続けるそれは、()()にはとても温かく、心地の良いものであった。

 例え人に気付かれず、忘れ去られても、変わらず此処に在り続けるこの樹は、長く旅を続け、変わっていく世界を見続けてきた私に、変わらぬものもあるという安心を与えてくれる。

 そして、私の寂しい気持ちを和らげてくれた。

 あの子に会えない寂しさを、あの子のもとに一番近いこの場所で。

 

 樹の根元に腰を下ろして、生い茂る葉と澄み渡る様な青空を眺めながら他愛もない話で言葉を交わす。

 少しして少女が私の顔を見て、驚き声をかけてきた。

 少女の言葉に、私は「此処に来るといつもこうなっちゃうんだ」と返す。

 そう。いつものように、無意識に頬を温かいのが伝い、そしていつものように服のシミとなる。

 そう思っていたけれど、この日は違って、

 少女がその綺麗な指で雫を拭い、それでも流れ続けるのを見て、私の身体を引っ張る。

 私の身体はそのまま重力に沿って倒れ、少女の胸で受け止められた。

 「皆みたいに大きくないけどね」と苦笑いをする少女は私の頭を抱きしめ、落ち着かせるように頭を撫でる。

 確かに少女の言う通り決して大きくないそれだけど、それが逆にあの子のことを思い出させてしまって。

 瞳からこぼれ出るそれはとどまることなく、むしろ加速させていた。

 次第に声が私の意思に関係なく漏れ、気付けば私はあの子の名前を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 ごめんなさい。私のせいで。あなたは悪くない。私が悪いのに。

 できることなら今すぐあなたを抱きしめたい。その涙を、悲しみの涙から変えてあげたい。

 私もあなたに会いたい。この手であなたを撫で、この腕で抱きしめ、この口であなたの名を呼びたい。

 でも、それさえ叶わぬのは、私の罪のせいだから。

 あなたを止められなかった、私の罪への罰だから。

 ごめんなさい。ずっとひとりにして。

 ごめんなさい。あなたに苦しい思いをさせて。

 ごめんなさい。あなたに悲しい思いをさせて。

 ごめんなさい。あなたにつらい思いをさせて。

 

 ごめんなさい。あなたの傍に寄り添えなくて。

 

 いつか、この罰が終わったとき、あなたが私を求めてくれるのなら。

 会いに行きます。たとえあなたが変わってしまっていたとしても。

 あなたが私の()である限り──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ──最初に感じたのは肌をくすぐる草の感触。

 次に感じたのは肌を撫でるそよ風。

 嗅覚は土と草の香りを感じ取らせ、

 聴覚は鳥の声と草が擦れる音、微かな街の音を聞き取る。

 瞼の上から差し込む光は弱く、少しずつ開けば視界には、枝いっぱいに葉を付けた大樹が、頭上にそびえ立っているのが映りこんだ。

 葉の隙間から差す木漏れ日が眩しい。

 

「…ぁ……」

 

 そうか、帰ってこれたのか。

 

 確認せずとも、不思議と“帰ってきた”という感覚が私の中にあった。

 あるいは全て夢だったか。

 その思考に不安になったけれど、右手首を見ればそこに確かにある紫色のミサンガ。

 “お姉ちゃん”に貰った、“お姉ちゃん”とその妹さんの想いの詰まったもの。

 これからは、もう一人の妹として、私が想いを込めるもの。

 

「…うん。大丈夫。泣かない。お姉ちゃんのことを想った涙は、いつかまたお姉ちゃんに会った時のためにとっておくから。だから……」

 

 「またね」って。その言葉の約束を守るためにも、また歩き出さなきゃ。

 今度はちゃんと、自分のペースで、自分の出来る範囲で、自分の気持ちのままに。

 

 世界は終わらせない。壊させない。

 ()()()()()にまた、会うために。

 

 私の決意を応援するように、どこか神秘的な大樹は枝を揺らした。

 

 

 

 木々に囲まれながらも空けたその場所は、以前皆で訪れた大樹のもと。

 今も誰もおらず、遠くで微かに子ども達の賑やかな声がこちらまで響いていた。

 

 まあ、つまりは……

 

「プラネテューヌか、ここ……」

 

 空を見上げれば何の変哲もない、少し雲が目立つ空。遠くに見えるビル達。

 そして天にそびえるように建つ、プラネタワー。

 

「…いやそりゃ空次元には帰りたいとは思ったけど……」

 

 だからって今はあんまり居たくないプラネテューヌに戻って来るなんて……

 というか私、向こうに行く前はルウィーにいたはずだよね? 

 

「……まあいいか」

 

 さっさと出ていけばいい話だよね。

 

 

 

 …で、そういうときに限って誰かに会うってよくあることだよね。

 フラグでも立てたのかなぁ……

 

「…あれ? もしかしてルナちゃん?」

「え?」

 

 公園から出て道を歩いていると、どこからか私の名前を呼ばれた。

 つい反応して周りを見回した私を、その数分後の私は恨むかな。いや、無視したって思われる方が嫌かも。

 だってあの短い白い髪と赤いフレームの眼鏡を見たとき、無視しなくてよかったって思ったから。

 

「あ、やっぱりルナちゃんだ。こんにちは、久しぶり」

「クリスさん……? あれ、お仕事中じゃ……?」

 

 今日は平日だったというのはさっきNギアで確認済み。…ついでに通知を見たけど、一、二回程度しか着信は入ってなかった。ミナさんに「プラネテューヌに帰る」って言ったのが効いたのかな。それは一応嘘だったはずなんだけど、自分の意思関係なく誠になっちゃったなぁ。

 あ、今はそんな話じゃなくて。

 

「いつもならね。でもほら、最近は犯罪組織の被害が広がっていくにつれてうちの部署も忙しくなってきたから。部長が「今のうちに休んどけ」って私たちにローテーションで休みをくれたの。だからその休日を使って今はショッピング中ってところ」

 

 そう言うクリスさんの片手には紙袋が二つ。チラリと見えたものから察するに服だろうか。

 私は「やっぱり忙しくなっているんですね」と相槌を打つ。私がお仕事体験したときもそれなりに忙しいと言っていたし、今はそれ以上だとするなら…大変そう。

 でも私にできることなんて限られてるし…たとえ高度なことができても限定的だろうから。

 だから「お手伝いします」とは自分から言えなかった。そしてクリスさんも私に「手伝ってほしい」と言わなかった。

 代わりに私のことをいろいろ訊いてきて、

 

「ルナちゃんはいつプラネテューヌに戻って来たの? たしかネプギア様たちと犯罪神を倒すための旅に出たって聞いてたけど……」

「えっと…さっき帰って来たばかりです。ちょっと私だけいろいろあって旅から離脱しちゃったというか……」

「そう…あんまり聞かない方がよさそうだね。まあルナちゃんが無事に帰って来てくれてよかったってことで。ところで今暇?」

「まあ、はい。急ぐ用事はないですけど……」

 

 そして提案した。

 

「ちょっとこれから一緒にショッピングに行かない? ルナちゃんに意見を聞きたいの」

「意見…ですか? 私のなんかでいいのであれば……」

「なら決まりね。お店はこっちだよ」

 

 そう言ってクリスさんはどこかへ歩き出す。それに後ろから付いて行く形で、私の久しぶりのプラネテューヌでの休日が始まった。

 

 

 

 クリスさんに連れてこられたのは、いつか来たショッピングモール。ついアイエフさんとここに来たときのことを思い出すけど、頭を振って気持ちを切り替えてクリスさんのあとに付いて行く。

 少し歩いてクリスさんが立ち寄ったのは小物が売っている雑貨屋。少し商品を眺めてみると、木目調のデザインのものを中心に扱っているようだった。

 そこでクリスさんは「実は今度部長が今の役職に就任して五周年になるの。だからその記念としてちょっとしたものを贈ろうと思ってて。私だけの意見じゃ喜んでもらえるか分からないから、ルナちゃんが来てくれて助かったわ」と言った。

 なるほど、そのために私を連れてきたのか、と納得したところで私はダイゴさんとは二日ほど会っただけ。それはクリスさんにもそうだけど、最初の挨拶とほんの少しの会話しかしていない私がちゃんと意見できるか怪しいところだ。

 そのことを伝えても、クリスさんは「だからこそだよ。私は部長のことよく見てるけれど、よく見てるからこそ見落としちゃうものってあるじゃない。それをルナちゃんなら気付けるかなって」と言いながら、商品の一つ一つを手に取って見ていく。ときどき「これなんてどう思う?」と私に訊いてきて、それに一つ一つ返していく。

 私も私で店内を見渡していいのがないかと見ていくけど、ダイゴさんに似合いそうなものは見当たらなかった。

 

 しばらくして店の商品を全部見終わって、私達は次の店へと足を運ぶ。何もあの店で選ぶ必要もなく、気に入ったものがなければまた探せばいいからだ。

 それにこのショッピングモールはすごく広いから、雑貨屋さんでも複数の店舗がある。…まあ可愛い系は合わない、という理由でそういった系統を扱っているお店は避けたけど。

 

 けど次へ、次へ、と店を転々としても一向にピンとくる物は見つからず、足も疲れてきた頃にクリスさんが「休憩しましょうか」と言って、私達は店内に設置してあった椅子へと腰をかけた。

 そこで私は少し気になっていたことを訊いてみた。

 どうしてダイゴさんを祝うのに『物』にこだわるのかと。

 

「そうだね…本当は宴会場でも予約してパーッと祝いたかったんだけど、ほら、このご時世じゃない? 答えは分かってたけど、試しに部長に訊いてみたら「今はそんなことに時間を使ってる余裕はないぞ。女神様のためにも今は俺達が耐えるときなんだ」って。自分の周年祝いを“そんな”って言わなくたっていいじゃないって、ねえ?」

「え、えと…そ、そうですね……?」

「けどだからって何もしないっていうのも味気ないじゃない? だからせめてプレゼントくらいは渡したいなって、皆で決めたの」

「皆…? ってことはクリスさん以外も?」

「ええ。部長がいない間に話し合って、それぞれ自由にって。用意するのもしないのも自由。するとしても食べ物でも飲み物でもなんでもOK。だから私は小さいものにしようと思ったの。副部長の私がすぐなくなる物を渡したんじゃ立場的にね~」

 

 そう言って苦笑いするクリスさんに、私はちょっと心配になった。

 

「あの…無理はなさらなくても、贈り物をするだけでも気持ちは伝わると思いますけど……」

「ああ大丈夫大丈夫。今のはあくまで建前で、本音のとこはせっかくだから残るものにしようと思っただけだよ。それに……」

「それに?」

 

 続けてクリスさんはちょっとだけニッと、ちょっとだけ悪い顔で、

 

「上手くいけば食べ物を買うよりも安く済ませられる」

「あー……」

 

 小物というのはせいぜい三桁の値段で買えるものがほとんどだと、このときの私は思い出していた。

 

 

 

 休憩もそこそこに再び探してまわる。

 けれどやっぱりそう簡単には見つからず、あと少しでこのモールの雑貨屋は全て制覇しそうだなと思いながら、私は店頭に並んだ小物を見ているクリスさんの後ろで辺りを見渡していた。

 

 化粧品…は人に合う合わないがあるし男性用はよく分からないからパス。そもそも消耗品。

 入浴剤…そもそも浴槽にお湯をためて入る人なのかな。なんだかシャワーでさっと浴びて終わらせそうなイメージ。そしてこれも消耗品。

 眼鏡…使ってる? 使ってないよね。じゃあいらないよね。

 紅茶…それも消耗品。あ、でも私からってことで買っておこうかな。すみません、疲れが癒える茶葉か何かってありますか? あ、じゃあこれください。ラッピングもお願いします。

はい、ありがとうございます。すみませんクリスさん、ちょっと離れてしまって。あとちょっとお願いがあるのですが、これを私の代わりにダイゴさんに渡してくれませんか? 私からの記念祝いとして。え? 私が直接ですか? いえ、多分そのころ私は別の国に行ってると思うので。はい、お願いします。

 よし、それじゃあ本題に戻って……

 

 と、その雑貨屋ではクリスさんが選んでる間に私の方があっさり決めてしまって、クリスさんは「ルナちゃんのより喜ばれるものを~!」と更に張り切って、最後の雑貨屋に向かう途中。移動しているときにチラリと見えたものが、私の足を止めた。

 クリスさんも私が止まったことに気付き、戻って来て、私の視線の先にあるものを見た。

 そこはスーツ専門店で、私の視線の先にあるのは店頭に並べられたネクタイピンの、その一つ。

 銀色のピンに、先端に葉の色が紫色でふちが銀色のクローバーの飾りが付いたそれは、シンプルなものだった。

 そしてそれを見て思い出したのが、ダイゴさんのネクタイ。

 確かダイゴさんのネクタイにもピンがついていたけど、何の飾りもついてない、至って変哲もないものだったのを、なんとなく覚えていた。

 そうでなくてもこれぐらいならいいんじゃないか。定番といえば定番だし。

 そう思いクリスさんに提案してみると、「…うんっ。これならそれ程高価じゃないし、小さい。それに紫色とは…女神様を意識できていいよね。にしてもネクタイピンとはうっかりしてたよ。うん、ルナちゃんを連れてきて正解だね!」と喜んでそれをレジに持って行った。

 私もちょっと、紫色っていうのがネプギアや、向こうの次元で会ったネプギアのお姉さんをイメージさせたからそれを選んでみた。隣には緑色や青色もあったけれど、紫色を選んだ理由がそれ。

 それにクローバーっていうのは幸運を運んでくれる植物。本物ではないけれど、ダイゴさんがこれからも元気でありますように、って想いが込められると思ったから。

 

 プレゼントも無事用意できて、じゃあこれで解散。…かと思ったけど、そう思っていた私をクリスさんは呼び止め、食事を奢ってくれた。

 これがまた、以前来たファミレスだった。

 数ある店の中からこの店を選んだのはわざとか、とか思ったけれど、あの日のことは誰かに話した覚えはない。特に話す機会がなかったってだけだけど。

 だから偶然なんだろう、と一人で納得して、今回は鳥の唐揚げ定食を頼んだ。

 やっぱり普通に美味しかった。

 

 食事も済んで、なんならデザートのケーキも食べ終わって、私とクリスさんはそこで別れた。

 「犯罪組織のことが終わったら、また事務部に遊びに来てね!」と帰り際に声をかけてもらったとき、私は「はいっ! もしかしたら次は本格的に働きに行くかもしれませんけどね!」と元気に返した。

 うん、大丈夫だよ。全部終わればもう危険なことなんてしなくて済むんだから。またPCの前でキーボードに指を走らせて、普通の教会職員として働ける。

 …あ、でもその前に面接なのかな。この間のは保護してくれてる間のちょっとしたことだったし。…借金返済もあるんだった。

 う、うん。きっと大丈夫だよ…ね? 

 

 ちょっと不安になるけど、そんな不安は全て終わってからじゃないと晴れない。

 そう思って、足を進める。

 行き先はリーンボックスじゃない。けれど決まっている。

 それは、さっき紅茶を購入しようとしたときに覗いた財布の中身で決めていた。

 

 そうだ、ギルドに行こう。

 

 いやほんと、一泊すら危ういので。

 

 あ、クエスト中の話は割愛します。とりあえず、相手はフェンリル3体でした。

 それと、格安の宿に泊まれました。素泊まりの狭い部屋。クエスト報酬の3分の2の価格で。

 明日はリーンボックスへの行き方を調べつつ、旅費を確保しようかな。




後書き~

さて次は最後の文通りですかね。ちなみに贈り物ってその物によって意味があるらしいですよ。ネクタイピンは...さて、どんな意味でしたっけ。
また次回もお会い出来ることを楽しみにして。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話『旅にだって先立つものが必要』

前書き~

主人公、新章始まって早々金に困る。
ついそんな言葉が頭に浮かびましたね。
ちなみに今回ので解決してます。
この程度はネタバレにすらならないと思いつつ、前回のあらすじ。
別次元から帰ってきたルナ。目が覚めたらプラネテューヌにいました。教会に帰る気もせずに国を出ようと歩いていると、以前仕事を教えてくれた職員と偶然出会い買い物しました。ついでに自分のお財布状況を確認しました。金がありません。そうだ、クエストを受けよう。
そんなこんなで今回はリーンボックスへ行く、着いたお話です。
パフェを食べながら、ごゆるりとお楽しみください。


 旅人っていうのは本来、クエストで旅費を稼ぎながらするものらしい。

 そうアイエフさんに聞いたことがある。教会職員になる前は旅をしてたんだって。

 だから今までの教会からの資金に頼った旅は、やっぱり本来の旅っぽくなくて、こういうお金の苦労を楽しむのも旅の醍醐味なのだとも言っていた。

 

「だからって目的のある旅でその苦労は味わいたくなかったです……」

 

 そう独り言ちても周りにいるのは討伐対象のモンスター一体だけで、誰も反応してくれないんだよね……

 って、なに落ち込んでるの、私。このクエストさえ達成できれば、ようやく南の国、リーンボックスに行けるんだから。後少しだけファイトだよ!! 

 

 気持ちを切り替え、剣を構え、振り下ろされる敵の腕を避け、裏に回り、背中へとまっすぐ振り下ろす。防御されたって次の手を出し、ステップを踏んで不規則に動きながら切り刻む。

 きって、切って、斬って……! 

 

「これで…トドメだあああ!!」

「ギャオオオオ──!!」

 

 断末魔をあげ、電子の海へと還るモンスター。それを見届け、剣を鞘に仕舞って帰路に着く。

 あとはギルドで報告するだけ……

 まだ浮かれるな。報告するまでがクエストなんだから……

 

 

 

「はい! エンシェントドラゴン討伐クエストの達成、確かに確認しました! こちら報酬となります!」

「ありがとうございます」

 

 受付のお姉さんから報酬を受け取り、ギルドを出る。

 よし、これでようやく………! 

 

「ふふふっ……! ふふふふふっ……!」

『マスター、顔が大変なことになってます。はっきり言って気持ち悪いです』

「ちょっ、はっきり言い過ぎ! せめてオブラートに包んで…って、あ……」

 

 月光剣の言葉につい大声を出してしまうけど、傍から見れば私がひとりで急に大声を出しただけ。

 平日の昼前、それなりにいた周りからの変な人を見る目に顔が羞恥心で熱くなるのを感じながら、私はその場を逃げるように、プラネテューヌの海岸のある方角に、足を走らせた。

 

 

 

「うぅ…最近ひとりだからって油断しすぎた……」

『申し訳ありません。はっきり言い過ぎました』

「いや、いいよ…浮かれてるのを顔に出しちゃった私が悪いし…一応君は私を注意しただけなんだし……」

 

 ようやくの出国だというのに、幸先悪いかも……

 い、いや、この程度でへこたれちゃ駄目だ。今までだって肉体的にも精神的にもいろんなことをこの短期間で味合わされてきたんだ。この程度、気にすることは無い! 

 …そう、気にしちゃ駄目…気にしちゃ駄目……

 それにこれからは一人。仲間はいない。友達もいない。助けを呼んだって誰もいない。

 でも元々昔の私は一人で旅をしていたみたいだし、私は私なんだから、記憶を失ったとしても一人旅ぐらいできるはず! 

 いざ、旅の再開だよ!! 

 というわけで……

 

「エールくーん! カモーン!」

 

 誰もいない、モンスターが出るから近づかない、国の最南端に存在する岸壁。

 その上で私は呼んだ。近くに待機しているはずの友達の名を。

 そしてすぐに返ってくる。「フォオオオオン♪」ととっても嬉しそうな鳴き声が、水中の中から。

 そして水中から大きなものが浮上してくる音が聞こえてきて、ザバーンと音を立てながら彼は現れた。私のいる高さとほぼ同じくらいの背丈を持つ、巨体のホエール種、エル君が。

 「数日ぶりだね!」と声をかければ、その言葉を理解したうえで「また会えて嬉しい!」と言っているように鳴くエル君。

 いや、彼は私の言葉を理解しているし、そう意思を伝えている。だから確かに彼は再会を喜んでくれているのだ。

 だからさっそくエル君の背中に乗って、頭と思う場所を撫でながら、彼に行き先の確認をする。彼はそれに嬉しそうにしながら、大丈夫だと伝えてくれる。

そうして国を出た私達が次に向かうのは、ここから南下した場所にある国、リーンボックス。そこが私の次なる目的地であり、

 

 ──エル君の生まれ故郷だ。

 

 

 

 それを知ったきっかけは数日前。クエストで資金確保をし始めた次の日の月光剣の提案だった。

 

『リーンボックスへ向かうには船での移動が一番です。船自体はプラネテューヌからも出ていますが…決して近くはありませんね。となると必然的に運賃も高くなります。マスターとしては早く行きたいのですよね。ならばその分の資金を削る…つまりクエストを受ける回数と時間を減らす方法のひとつとして、ルウィーへ向かったようにあのホエールの手を借りるのはいかがでしょうか』

 

 月光剣の提案は、まるでエル君を物扱いしているようで最初は気が乗らなかったけど、月光剣から『再びあのモンスターと逢うことができる機会だと思ってください。それにきっと彼も、どんな理由であれマスターに逢えることを喜んでくれますよ』と言ってくれたから「そういう理由なら……」って乗っちゃったんだよね。次にエル君に逢えるのはいつかなって楽しみにしてたから。

 …あとはね、うん。以前エル君に似たホエール種のモンスターが倒されるの見ちゃったから…ちょっと心配になってる部分もあるかもしれない。彼、防御力は水陸ともに高いから心配ないって頭では分かってるつもりなんだけどね……

 

 その理由から以前ラステイションで呼んだ時みたいに来てくれるかなって、次の日、試しにあの岸壁で呼んでみた。もっとも前のときはラステイションで出会って、まだいてくれたから助けてもらっただけで、今回は全然違う。別れた場所はルウィーで、彼はもしかしたらまだルウィーにいるか、他の場所にいるんじゃないかって思うから呼んでもこないんじゃないかって思ってた。けど月光剣が『お試しです。何事も試してみなければ結果は分かりません』って言うから呼んだんだけど……

 

「フォオオン♪」

「これがほんとにきちゃったんだよねぇ……」

「フォオン?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 なんとなく鳴き方から何を言ってるのか分かり始めてきたのを実感しながら、私はそのあとどうなったか思い出す。

 そうそう、それで現れたエル君に頼んでみたんだよ。資金が貯まったらリーンボックスまで連れてってくれないかって。

 そしたらエル君、OKしてくれたんだよね。「まかせて!」って。

 それで事前に目的地を教えておこうってリーンボックスの方角を教えてみたら「あ、あっちって確かボクが生まれたところだね」って、とっても軽く言うんだよ。それはもう「へー、そうなんだね。それであっちの方に……え、いまなんて?」って軽く流しそうになっちゃったくらい軽く。

 詳しく聞いてみれば、私達に出会う前、つまりエル君がまだ普通サイズの普通のホエール種のモンスターだったころ、リーンボックスの海に住んでいたんだって。

 でもある日人間達がやってきて、時々来る人達みたいに狩りかなって思ったんだけど、その人達は次々と仲間や他のモンスターを不思議なボールに閉じ込めていったって。嫌がるのを無理矢理。エル君は捕まってなかった仲間やモンスターと共に人間達に対抗したんだけど…いや、しようとしたって方が正しいのかな。だけど人間の一人が持ってた物から発せられた不思議な力のせいで、エル君達の力はどこかに抜けちゃって、そのまま捕まっちゃったって。

 そこから先は前に聞いた通り、次に目が覚めた時には人に囲まれていて、その次にリンダの手によってボールから出されて、私達と出会った。

 そこまで聞くと、以前聞いた時は「まさか」と頭に思い浮かべていた、彼がこんな姿になってしまった原因や理由が、私が予想したことと一致してしまう。

 だがもし私が予想したことが本当であれば、放っておくことはできない。

 

 そりゃモンスターは敵だけど、人に危害を加えるのであれば私も退治したりするけど。

 で、倒したモンスターを食料にしたり、素材として扱ったりすることは悪いこととは思わないよ。

 だがもし、本当に、彼らがモンスター相手とはいえそんなことをしているんだとしたら。

 それは生きている全ての存在への侮辱であり、生命への冒涜であり、許されざる罪である。

 その罪を私は裁くことも罰を与えることもできないし、そのどちらもが国の偉い方のお仕事だけど。

 それでももし本当にそんな行為が行われているんだとしたら。

 これ以上誰かが苦しまないように、助けたい。

 多分これは、私に出来る範囲のことだから。

 これが私が彼の故郷を知った話であり、リーンボックスへ向かう新たな目的となった行動原理である。

 

 

 

 

 

 リーンボックスへの事前知識といえば、まず挙げられるのは島国という点だろうか。

 そのため他の国では陸地に警備兵がいるように、リーンボックスでは海上に警備兵がいる。彼らは船に乗り、近海を見回っているのだ。

 

 さて、なぜ今この話をしたのか。皆さんはお分かりだろうか。

 きっと察していただけた方もいたのではないだろうか。

 

「まてー!」

「むりー!!」

 

 というわけで答え合わせです。

 正解は……

 

「待てと言っているだろうが犯罪組織ー!!」

「だから違うってばー!!」

 

 海上警備兵に見つかって、さらにはこんな入国の仕方をするやつはここ最近犯罪組織しかいないからお前もそうだろ、という思い込みから勘違いされて捕まりそうになっていたから、でした! 

 

「うえええん!! なんでー!」

『初対面で悪い方に勘違いですか。なんだかこの国の現状が分かる様な気がしますね』

「そんなこと冷静に言ってないでこの現状を何とかする方法考えてよー!」

 

 前回と同じようにエル君に任せて一晩寝てた私を起こしたのは、海鳥の鳴き声でも波の音でもなく、船のスピーカーから聞こえてくる彼らの怒声。もう心臓ばっくばくだった。

 現状は一艦のみが私達を追いかけていて、エル君は全力で船から逃げてくれている。

 けど船をまくことはできず、それどころか徐々に距離を縮められているようにも見える。

 それが少しずつ心の余裕を奪っていて、誰かを追いかける経験はあっても誰かに追いかけられた経験はない私がパニックにならないわけがなく。

 結果、打開策が一切思いつかず、捕まりそうになっていた。

 

「そんな得体のしれない化け物で何を企んでいたって無駄だ! 守護女神グリーンハート様の名の下、我ら海軍が絶対に阻止して見せる!!」

 

 訂正、海軍でした。もっと厄介だよ。

 

「だから何も企んでないって! ちょっとやることがあって入国したいだけなんだってば! それくらい許してよ!!」

「ならん!!」

「なんで!?」

「貴様は我らから逃げた。それは何かやましいことがあるからだろう! そんな怪しいやつを我らの国に入れるわけなかろう!!」

「んなっ……」

 

 君らが最初から決めつけて追いかけてきたから、こっちも不本意ながら逃げる羽目になったんじゃないか!! 

 そう言いたかったけど、これ以上はもう話の通じない彼らに言ったって無駄だ。

 そう思って逃げるのに集中しようと思ったけど、そもそも逃げてるのはエル君であって、私はそれに乗ってるだけ。私が頑張っても現状は変わらないんだよね……

 

「あっ、そうだ。月光剣、ネプギア達やピーシェ(お姉ちゃん)を強化した時みたいにエル君を強くすることは出来るかな」

『申し訳ありませんが、それは出来かねます。彼女達は女神でしたので可能でしたが、仮にそれ以外のモノへマスターの力を分け与えてしまえば、彼らに悪影響を及ぼしてしまいます。…もっとも、マスターがそう望むのであれば実行致しますが……』

「うんごめん今のなし! というかそういうのは早めに言ってほしかったな!?」

 

 それもしかしたらお姉ちゃんのことをより追い詰める結果になってたかもしれないってことじゃん。なんでそういう大切なこと早く言わないのこの剣は……

 

『あの女神は女神であると存じていましたので』

 

 与えても平気。むしろあの状況では与えるべきだと判断した、と? 

 

『その通りです』

 

 それでもなるべく早く言ってほしかったんだよ……

 というかそれじゃあ本当に今のこの状況を打開する策は見つかんないってことじゃん! どーするの私、このまま牢にぶち込まれるの!? で、今回は完全に勘違いだし相手は教祖じゃなくてただの海軍の人だからネプギア達は酷いこと言わないというかむしろ助けてくれるだろうけどけど見つけてもらわなかったらそのまま裁判で正式に牢で囚人暮らしになっちゃうよというかネプギアに見つけてもらって助けてもらっても結局プラネテューヌに帰ってなかったってことでまた嫌われるよやだよそんなのでも現状を打開する策なんて思いつかないし──

 

「だああああっ! もうどーしたらいいのさー!!」

「フォオンっ!!」

「えっ、なに!?」

『マスター、今すぐ息を思いっきり吸って彼にしがみついてください! 潜水します!』

「え、ちょっ、ああもうどうにでもなれ!!」

 

 息を限界まで吸い込んですぐ、エル君はまっすぐだった身体を下に傾け、私ごとその身体を海中へ進める。

 本当に沈めるというより進めていると言った方が正しくて、海上を泳いでいた時と同じ、もしかしたらそれ以上のスピードで潜っていく。

 けれどある程度潜るとそのスピードを緩めて泳ぐ。

 そしてすぐ、私達の頭上を追いかけてきた船の船底が通り過ぎた。

 

 これで終わる。そう思った私だけど、エル君はそうじゃないみたい。

 通り過ぎてすぐ、エル君は再び浮上し、そして船の後ろめがけてその口を開き…って、

 

「ちょぉ!? エル君ストッ──」

「フォオオオオンッ!」

 

 私の声も終わらぬうちに発射された水色の光線。それが船に当たると、すぐにじわじわと船の後ろが凍り付く。

 あぁなるほど、これならまだ平和かな。うん、私はてっきり壊して沈没させちゃうかと思ったけど、これならまあ……

 

「って、どっちにしろまずいことに変わりないよ! えぇとえと!?」

「こんの犯罪者がああああ!」

「ひいぃっ!? ごごご、ごめんなさーい!!」

 

 スピーカー越しとはいえその怒声はすっごく怖い。

 だから既に動けない船の横を通り過ぎていたエル君を止めることはできず、そのまま私達は彼らを通り過ぎる。

 その間ずっと怒鳴り声が聞こえてくるけど、私はもう耳も目も塞いでしゃがんでた。だからなんとなく声が聞こえる程度で、完全に聞こえなくなるまでずっとその状態だった。

 

『何の罪もないマスターを追いかけまわすからそうなるんですよ。彼らの自業自得ですね。エル君ナイスです』

「いやいやいや、君は君でエル君の行動を肯定しないでよ」

 

 いつもなら良心として私を助けてくれる月光剣もこう言い出してた。

 や、やっぱり私なんにも悪いことしてないよね。…うん、月光剣の言う通りだよ。彼らが悪い。私はただ正当防衛しただけ。うん、そうだよね。うん。そう思っておこう。

 

「…あとで向こうの教祖に謝っておかなきゃ……」

『マスターは気にし過ぎですよ』

「フォオン」

「ふたりとも…少しは反省しようよ……」

 

 そんなハプニングがありつつも、私達は確実にリーンボックスへと近づいていた。

 

 

 

 

 

 着いた先は前と同じと言えば同じなのだろう。人のいない崖の上。前回と同じ条件。

 そこでエル君と別れて…別れ際に「また追いかけられても、出来る限り攻撃しちゃいけないからね。なるべく逃げてね」って言えばちゃんと分かってくれたのだろうか。「フォオン」と返事して、海の中へ潜っていった。

 

 さて、と。

 すぐさまNギアを取り出し確かめる。

 電源が点くか、否か……

 

「お願いします…お願いします……!」

 

 せ、生活防水設計にはなってるって聞いてはいる。それにそんな長くいたわけじゃないから……! 

 …。

 ……。

 ………。

 

「…ふえん」

 

 意味不明な言葉を発してしまうほどショックです。

 どれだけ電源ボタンを押そうがうんともすんとも言わない機械。もはや鉄の板である。

 さ、さすがに完全に水没したうえに海水じゃNギアのライフも持たなかったか……

 で、でもこの中に財布も着替えもキャンプセットも写真もみんな入ってるのに……

 うぅ…万能だからって少しは手持ちにしておくんだった……

 

『マスター…お気を確かに』

「うぅ…いいんだよ…これは仕方なかったの。それにそもそも海に出るからって手持ちのアイテムを全てこの中に収納したのに、肝心のNギアを水に浸からないようジッパーの付いた袋に入れておかなかった私が悪いんだよ……」

 

 せっかくクエストで稼いだ資金も、これでパーに…うぅ、私の努力は一体……

 

『マスター。まだ諦めるのは早いかと』

「…なんとかできるの? この水没した機械を……」

『私自身には出来ません。所詮剣ですから。ですが何事にも技術者というものが存在します。この機械を修理出来る技術者もいるはずです。そして、そういったことを生業とした人もいるはずです』

「そ、そっか。そうだよねっ。街に行けば誰か直してくれるよね! ちょっと痛い出費にはなるだろうけど…でもNギアがこのままじゃそのお金だって取り出せないし、早速街に行こっか!」

 

 元気を取り戻してさっそく街のある方角へと歩き出す私だったけど、そこに月光剣がストップをかける。

 

『マスター…まずは服と体を洗うことを優先されては?』

「…あっ」

 

 そういえば体中海水だらけだった。

 

 

 

 少し森の中を歩いていると、水が流れる音が聞こえた。

 そこへ向かって歩くと、小川を見つけた。

 正直こんな外で体を洗いたくない…というか服を着ていない状態にはなりたくなかったけど、だからってそのままなのも気持ち悪くて、月光剣に周りを見張ってもらいながらさっと脱いで体を水で洗った。服は洗っちゃうと濡れたまま着ることになるからってやめとこうと思ったんだけど、月光剣が『魔法で熱風を起こして乾かしましょう。丁度いいですから、マスターの魔法の練習としてやりましょうか』って言いだした。

 うん、それって私全裸のまま魔法使えってことになるんだけど……

 

『以前のマスターであれば日常茶飯事でしたよ。街に泊まるのはお金がかかるから、と』

「え、昔の私もお金に苦労してたの……?」

 

 ちょっとそんな事実知りたくなかったよ……

 …あ、あれ? ま、まさか私がゲイムキャラを守ってた時に何も食べなかったのって……

 

『…食料、尽きてました』

「うそん……」

 

 謎って意外と「え、そんなこと……?」って分かる時が多いと思うけどさ、まさか前の私がそんなことで悩んでたなんて思いもしなかったんだけど……

 …そんなこと、でもないのかな……つい数時間前までと今悩んでるの、お金のことだし……

 

 結局魔法の練習ついでに服も洗って乾かして、身を綺麗にしました。

 

「さて、じゃあ急いで街に行こうか」

『そうですね。あまり遅い時間ですとお店が閉まってしまいます』

「日が沈んでからの行動も避けたいよね。前回ので月光がないとホントに真っ暗だっていうのは実感したし」

 

 とにかくNギアさえ使えるようになれば宿に泊まるのも野宿するのもどっちの選択肢も取れるようになるんだから、さっさと街へレッツゴー! 

 

 …って、なるべく急いで歩いてたんだけど、街に近い平原になんだかおっかないモンスターがいたからついでに倒した。ちょっと硬かったけど、怪我もせずに倒せた。あんなのが近くに居たら街に被害が出ちゃうかもしれないもんね。…でもNギアが使えないから素材は持ち帰れないし、クエストも受けてないから報酬も無いんだけどね……

 

 

 

 

 

「…え、なんですと?」

「ですからうちでは扱えません」

 

 ま、まて、落ち着いて考えろ、私。さっきまで何してた? 

 えと、街に入るまではよかったんだ。身分証はプラスチックだから平気だってポケットに入れてたのが幸いした。海でなんやかんやしたのもまだ伝わってなかったからよかったんだ。

 だから街に着いて早速立ち寄った家電製品店で修理の受付やってたから渡したんだよ。Nギアを。そしたら…え? 

 

「修理…できないんですか?」

「はい」

「ど、どうして……?」

 

 恐る恐る聞いてみると、話は至極簡単なことだった。

 

「こちら、今販売されているNギアとは違う、特別製、或いは発売前の最新型ですね。お客様の仰るアイテム管理機能は本来、Nギアには搭載されていないのですよ。それどころかその機能自体最近世に出回り始めたばかりでして……」

「つまり……?」

「私共では中身が分からない以上、下手に手を出した場合の責任が取れませんので…申し訳ありません」

「い、いえ。お客さんのものを直すどころか壊しちゃったらダメですもんね。こちらこそすみません、無理なお願いをしてしまい……」

「いえいえそんな。…またのご来店をお待ちしております」

 

 見送ってくれる店員さんに頭を下げて、とぼとぼと外を歩く。

 え、まって、じゃあ私、一文無し? 天下不滅の無一文さん? 

 

「い、いやいやいや…つ、次だよ次…別の修理屋に行けば……」

 

 

 

 10。

 さて、何を数えた数字か。

 これはクイズじゃないのでさっさと正解を言いましょう。

 正解は、訪ねた修理屋の数、でした。

 ではNギアを修理できる修理屋の数はというと、0。

 …うん。まあ一軒でも見つかればそれ以上探さないもんね……

 で、全ての店で言われたこと。

 「既製品なら扱えるけど、特別製は無理」。

 …うん。そういえば言われてたもんね、イストワールさんに。これはテスト用の端末だって。βテストに参加してる気分でって。

 つまり修理できるんだとしたらプラネテューヌの技術者…このNギアを開発した人ぐらいってこと。

 つまりプラネテューヌに戻らなきゃこれは直らないってわけで。

 

「うぅ…ひもじい…ひもじいよ、月光剣……」

『たった一日何も食べなかっただけで死にはしません』

「月光剣…なんだかここ、寒いね……」

『真夜中の公園のベンチで横になってれば、そりゃ寒いと思いますよ』

「月光剣、私はもう疲れたよ……」

『おやすみなさいませ。寒い中朝まで寝れるといいですね』

「…反応が冷たいよ、相棒……」

 

 結局日も暮れて、真っ暗な海に出るのは…まあエル君なら行けそうだけど、危ない。さらには朝の海軍の方がまだ私達を探しているかもしれない。ということで来て早々プラネテューヌに戻ることもできず、宿代も無く、なんなら小さなガム一つ買うお金も無く、持ち物も身分証と剣以外無く、ないない尽くしのままもう人のいない公園のベンチで寝て夜を明かそうとしてます。

 …うぅ、まさか本当に野宿になっちゃうなんて……

 …もしかしたら記憶喪失前の私も、こうしてベンチで寝てたりしたのかなぁ……

 

『いえ、以前のマスターであれば街の外の森で野宿してましたね。焚き火を起こして川で獲った魚やモンスターの肉を焼いて食べてました』

 

 わあサバイバル。やっぱり旅ってサバイバル能力必要なんだなぁ……

 …それ、今の私も真似できたりするのかな……

 

『今のマスターが真似すれば確実にモンスターに襲われますよ。それに場所の確保に火を起こすための枝集め。食料の調達。すでに暗い中でやるには困難かと』

 

 それもそうだよね……

 …しかたない。明日夕方までに何とかできなかったら、エル君に頼んで往復して貰おうかな。

 ひとまず今は寝よう。…お腹空いて寝れそうにないけど……

 あ、そういえば水飲み場があったっけ。じゃあ水で満たせば誤魔化せるかな。

 ちょっとみっともないけど、背に腹は代えられないってことで……

 

「…アンタ、なんでこんなとこで寝てるわけ?」

「え……? ユ、ユニ!? え、なん──」

 

 ぐうぅ~……

 

 「なんでここにいるの」と、言葉を途切れさせたのは、最悪なタイミングで、ある意味では最高なタイミングで鳴ったお腹の虫で。

 その音を聞いた彼女に呆れてそうな目で見られながら、私は苦笑した。




後書き~

次回、偶然だけど久々に会えたユニとお話です。はたしてルナちゃんは無一文から脱却できるのか。
それではまた次回もお会いできますように。
See you Next time.

今回のネタ?のようなもの。
・天下不滅の無一文
『Re.ゼロから始める異世界生活』の主人公スバルが自分を指して言うセリフですね。お金大事。
・月光剣、私はもう疲れたよ……
アニメ『フランダースの犬』で有名なパロですね。ネロの台詞です。相棒、疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話『運命という名の偶然』

前書き~

前回のあらすじ。
エル君に乗ってリーンボックスに来たんだけど、なんだかんだでNギア壊れちゃった!どーしよ直せる人見つからないよ!お金もないから街で野宿だとほほ…あれ、まさかの再会!?
そんなお話から始まります。
今回はコンビニ弁当でも食べながらごゆったりとお楽しみください。


 リーンボックスに来る道中でNギアを壊してしまった私は、何件も修理屋を訪ねたけど直せる人は見つからず、その夜を公園のベンチで明かそうとしていた。

 きっと今の私を星占いとかで占ったら最下位で金運0って結果が出るんじゃないかな、ってぐらい不運だったけど、だからって今日一日全部が不運で終わったかと言えばそうでもなかった。

 むしろこの幸運に今日一日分の運を使ってしまったからこそ不運続きだったのかもしれないって思うほど、目の前に訪れた幸運は私にとってとても嬉しいことだった。

 

 そしてその幸運のおかげで私は今、宿に泊まることができています。

 さらにコンビニの弁当にありつけることができています。

 女神様、ありがとうございます。いやまじで女神様ありがとう。感謝の気持ちで目から水が流れちゃうくらいありがとう。

 

「ゆにさまぁ…ありがとぉ……」

「はいはい。まったく、何度お礼言う気よ」

「なんどでもぉ……」

「一度でいいわよ。…で、どうしてアンタが公園で寝てたの?」

「ぐすっ…うん、えっとね、かくかくしかじかで」

「それでお金が引き出せない状態に、ねぇ……」

 

 あ、通じた。やった通じたよ相棒! ついに私、ユニとかくしかまるうまで通じる仲になれたよ! 

 

『いえ、実際には普通に理由話してますよね? 端折ってるだけですよね?』

 

 いやまあうん、そうなんだけど……

 

「…アンタ達、アタシも声が聞こえてるってこと覚えてる?」

「あ……てへっ」

『てへっ』

「いや誤魔化せてないから」

 

 ふたりしてそんな風にふざけたけど、まあ当然誤魔化せないよね。

 いやぁ、だってユニと会ってない間にたくさんのことが一気に過ぎていったわけだし、ちょっと覚えてないくらい、許してね? 

 

『こほん…では、改めましてユニ様、お久しぶりです。お元気でしたか?』

「ええ、まあそれなりにね。アンタ達は?」

「私もまあそれなりかな」

『マスターが毎日手入れをしてくださるおかげで今日も切れ味抜群ですよ』

「それは元気って解釈していいの……?」

『もちろんです』

 

 どことなく月光剣の声のトーンが高いから、月光剣もユニと会えて嬉しいのかな。そうだよね、普段私以外に会話できる人っていないもんね。それはそれでその、ごめんね? 

 

『いえ、マスターが人に心を許しにくいことは既に知っていることですから』

 

 月光剣…君ってやつは本当に良い子で……

 

「…何の話?」

『マスターがユニ様のことをとても慕っているという話ですよ』

「いや違うよね!? ただ君の話し相手が増えなくてごめんねって話だったよね!?」

 

 月光剣…君ってやつは本当に……! 

 

『ともかくマスター共々、ユニ様と再びお会いすることができ、とても嬉しく思っているということです』

「それはちが…わないけど……」

「そ、そう。ま、まあアタシもアンタ達と会えて嬉しいと…お、思ってなくもないわね!」

「~~っ。うんっ、他国でも会えて、とっても嬉しいよ、ユニ!!」

「きゃっ! ちょっ、ちょっと! 急に抱き着いたりしたら危ないでしょ!」

「えへへ…ごめんごめん~」

 

 すりすり……

 う~ん、やっぱりユニは可愛いなぁ…最近ずっと癒しがなかったからこういうところで補給しないと心が持たないよ~……

 

『マスター、気持ち悪くなってます。どれぐらいかというと昨日より何倍も顔が緩み切ってます』

「失敬な! 私はただユニの可愛さに癒されていただけで決して気持ち悪くなどなっていない!」

『いいえ淑女として台無しな顔になってます。確かに今のユニ様はとても可愛らしかったですが、だからといって急に抱き着いてはいけません。せめて一旦抱き着いて良いか確認してから……』

「ユニの可愛さについ考えるよりも先に体が動くんだから無理だね! うん、無理!」

「~~っ! い、いいから一旦はなれなさーい!!」

 

 

 

「はぁ…で、アンタ達がどうして公園で寝る羽目になったのかはわかったけど…そもそもどうしてアンタ達はリーンボックスに来たのよ。…ネプギア達は?」

「あ~…うん。えっと…言わなきゃだめ?」

「そうね。このまま部屋から追い出してもいいならそれでもいいわよ」

「ね、寝床で脅すのはひきょーじゃないかな!?」

「じゃあそこにさっきのお弁当代も追加して……」

「わああ喋ります喋ります! 喋るから許してぇ!」

 

 うぅ…今の私に拒否権はないのね……

 

『マスター、腹をくくりましょう』

 

 …うん(泣き)(かっこなきかっとこじ)

 

「えっと…ネプギア達とは今、別行動中なんだ。…まあ一時的なやつじゃなくて永久的な方だけど……」

「はあ? …なにがあったわけ?」

「ちょ、ちょっとね。いろいろあって、私が足引っ張っちゃって…それでパーティ追放的な?」

「追放って…アンタが何したのか知らないけど、そんなことでルナを追い出すなんて、ネプギアってばどんな神経して……」

「ネプギアは悪くないよ!! …ただ、皆の期待に、私の実力が追いつかなかっただけ。だからネプギアのことを悪く言うのはやめてほしいな」

「…ごめんなさい」

「ううん、いいよ。ユニは私のことを想ってくれただけだもん。謝られても困っちゃうよ」

「…それで、その、続きは聞いて良いのかしら……?」

「…うん。それでルウィーで別れて、なんやかんやあってプラネテューヌに戻ったんだけどね、なんというか、教会に帰りづらいなぁって。それでリーンボックスに来ちゃった」

「なんやかんやって…まあそこはつっこまないけど、別に教会に帰りづらくたって、わざわざ海越えてこの国に来る必要ないじゃない。ルウィーにそのまま留まることも、ラステイションに行くこともできたでしょ?」

「それはまぁ、そうなんだけど……」

 

 恥を捨てて教会に帰るって選択肢もあったわけだしね。

 それでもリーンボックスへ行くって選択肢を取った理由は……

 

「ルウィーでね、助けてくれた人がいたんだ。たまたまお店で出会っただけなんだけどね、私に食事を奢ってくれて、いっぱい話もして…まあほとんど私からだったけどね、そのあといっぱいお世話になっちゃって。その人のおかげで私はこうして心が潰れずに今も元気でいられるっていうか、心を休ませてくれた人で…その人がいなくなるとき、私は寝てたんだけど、置き手紙でリーンボックスに行くって書いてあったから。また会えたらいいな。ちゃんとお礼を言えたらいいなって。そう思って、この国に来たの」

「へぇ…良い人に会えてよかったわね、ルナ」

「うんっ!」

 

 いつでも思い出せるくらいあのお店での出会いは私にとって大切な思い出の一つで、あの人に会えたからこそ私はこうして今も自分がやりたいと思う行動が出来る。

 だからその感謝を伝えたい。伝えられないままもう会えないのは嫌だ。

 だから探そうと思って来たのが、この地に足を踏み入れることにした理由の一つで、でも他にも理由はあって。

 

「それにね、やっぱりこのまま引き下がるのは嫌だなって。私もアイエフさんやコンパさんと同じように、ネプギアやユニ達の手助けをして、女神様を助けたいって思うから。友達のために頑張りたいから。だから今度は私が思うように、私に出来る範囲で陰ながら手伝えればいいかなって」

「ルナ……」

「あ、そ、それにね、皆に言われた通りプラネテューヌには一度帰ったわけだし、その後の行動については何も言われてないからさ。なんて…屁理屈かな」

 

 怒ったのか。それとも呆れられたのか。どんな感情を込めた言葉だったのか。それはわからない。だって気恥ずかしさで顔を見れなかったから。その恥ずかしさを誤魔化すように、言い訳するように言ったけど、その言葉への反応もなくて、もしかして自分勝手な行動に怒らせちゃったのかなって思い始めてしまって。

 その不安が表情にも出ていたのか。ユニは「こら、なんでそんな表情するの」って言うから「自分勝手なこと言ってユニのこと怒らせちゃったのかなって……」って答えた。

 そしたらユニは「へぇ…そう」って言って私の両頬を…って。

 

「い、いひゃいいひゃい(いたいいたい)! ほっへひっはらないへー(ほっぺひっぱらないでー)!」

「全く…アンタの中でのアタシは、そんなに怒りんぼうなのかしら? ねえ?」

ひひゃうひひゃう(ちがうちがう)! ふひはひふもやはひいはほ(ユニはいつもやさしいよ)! やはひいはらもおやめへー(やさしいからもうやめてー)!」

「そう。ならいいけど」

 

 いいって言うわりに私の頬は離してくれないんですか。

 

「…ぷっ、あははっ! アンタ変な顔ね~!」

ふひはほうひてふんははいはー(ユニがそうしてるんじゃないかー)

 

 ほっぺ掴んだままぐにゅぐにゅって、そりゃ変な顔にもなっちゃうよ。

 って抗議の気持ちも込めてちょっと不機嫌そうにすれば「ごめんごめん。謝るからそんな顔しないの」って、ようやく私の両頬は解放された。

 うぅ…いたかった……

 

「でもアンタの想いはよくわかったわ。だからこれからはアタシが一緒に…と言いたいけど、アタシもアタシでこの国でシェアを稼がなきゃいけないのよね……」

「べ、別にいいよ! 子どもじゃないんだから単独行動くらい平気だし」

「それでさっそく街で野宿することになったのは誰だったかしらねー?」

「うぐっ…それを言われると弱い……」

「…うん、そうね。とりあえず明日は一緒に行動しましょう。それくらいはいいわよね?」

「う、うん。それくらいは…むしろこっちがお願いしたいくらいではあったけど……」

「じゃあ決まり。ほら、もう夜遅いんだし、さっさと寝る準備して寝ましょ」

「え、えっと、でも……」

「ほらほら、さっさとお風呂入って来ちゃいなさい。あ、タオルなら浴室の上の棚に入ってるわよ」

「わ、わかったから。わかったから押さないでー!」

 

 なんだか無理矢理話を終らせられた気がするけど、ここのお金は全部ユニに払ってもらっている以上逆らえる立場に私はいないので。

 結局押し込められるように浴室に入ってシャワーをさっと浴びて、寝支度もして。

 さて寝ようってなったけど……

 

「さて、じゃあユニおやすみ──」

「いやアンタどこで寝ようとしてんのよ」

「どこって、ユニの隣?」

「隣は隣でもベッドの隣の床じゃない。まさか雑魚寝でもする気なの?」

「だってこの部屋椅子はあってもソファはないし……」

 

 元々ユニ一人が泊まる部屋に無理矢理私が入ったわけで、寝る為だけのシンプルな部屋にはシングルベッドに椅子、机にテレビと最低限しか揃えられていない。

 じゃあどこで寝るかっていったらそりゃ床ぐらいしか他に寝る場所無いし……

 

「ベッドで寝ればいいでしょ」

「ユニはどこで寝るの?」

「アタシもベッドで寝るわ」

「…うん? ユニがベッドで寝るのは当然で、私もベッドで寝るとしたらそれは…つまり?」

「い、一緒に寝ればいいでしょってことよ! わかった!?」

「…うぇっ!? ででで、でもさすがに二人で寝たら狭いよ!?」

「他に寝る場所がないんだからしょうがないじゃない! 他の部屋もコンサートがあったとかで満室なんだから!」

「だだだ、だとしても添い寝は……! わわわ、私達にはまだ早いんじゃないかな!?」

「なんで一緒に寝るだけなのに早いも遅いもあるのよ! いいからほら、明日は早いんだからつべこべ言わずさっさとこっちに来る!」

「は、はい!」

 

 もう有無も言わせないユニの勢いに押され、私は渋々ユニの隣へおじゃまする。

 うぅ、ほ、ほら、やっぱり一人用ベッドに二人は狭いよ。ちょっと動くだけでユニの体に触れちゃうし……

 

「電気消すわよ」

「う、うん……」

 

 ユニは枕元に置いてあったリモコンを操作して、部屋はすぐに暗闇に飲まれる。

 けど少しずつ暗闇に目が慣れていって、窓から差し込む僅かな月明かりのおかげで、そばにいるユニの顔は見れた。

 見れた、んだけど……

 

「…えっと、ユニ? なんでそんなじっと私を見ているので?」

「…別に。アンタって黙ってれば可愛いわよねーって」

「かかか、かわいいって……! も、もう寝る! 寝るもん!」

「はいはい、ふふっ。…おやすみ、ルナ」

「…うん、おやすみ、ユニ」

 

 さっきの仕返しなのか。自分が言うのは何ともないのに言われると嬉しくて恥ずかしくて、無理矢理寝ようと目をつぶればなんだかしてやったりみたいな笑い声が聞こえて。

 けどその「おやすみ」は優しい声で、なんだか安心できた。だから私もそれに返して、体の力を抜く。

 それだけでなんだか不思議とすぐに眠気が私を夢の世界へと誘いに来て。

 なんでだろうって考えてみれば、そういえば私は今日朝からドキドキハラハラな出来事に遭って、モンスターとも戦って、街を駆け回ってたんだった。そりゃ疲れるよ。

 でもそれだけじゃないかな。

 安心できる誰かがいて、その温かい体温が心地よくて。

 …うん。これはもう、寝れない要素はないかな。

 だから、おやすみ。また明日、よろしくね。

 

 

 

 

 


(うそ、ついちゃったわね……)

 

 わずか一分も経たずに聞こえてくる寝息に少しだけ驚いて、それだけ疲れていたのねと納得して、その安心しきった寝顔にさっき感じた罪悪感が蘇った。

 ルナにネプギア達といない理由を聞いた時、この子が何をしたのか知らないって言った。本当はもう知ってたのに。ルナがルウィーで刺されたことも、死にかけたことも、それをきっかけにネプギア達がルナを置いて行ったことも、それでもルナが戦ったことも、ネプギアに黙ってルナがプラネテューヌに帰ったと伝えられたことも。

 全部ネプギアから聞いてた。今日の昼間に偶然会ってしまって、そこでルナがいない理由を聞いた時に全部。

 だから公園でこの子の姿を見た時、最初は幻覚かと思った。それか他人の空似。

 けど暗い中でも輝いているように見えるその髪も、腕に抱くその銀色の剣も、全部見覚えがあって、つい声をかけて、お腹が空いているようだったから遠慮するこの子の手を引っ張ってコンビニに寄ってお金が無いって言うこの子の代わりに払って、行く当てのないこの子をアタシが泊まっているホテルに連れ込んだ。急に人が増えてしまってスタッフさんには申し訳なかったけど、アタシの部屋でいいからって無理言って一人用の部屋にこの子を追加させてもらった。

 それでどうしてここにいるのか。たったひとりでなんで。

 それにネプギアに置いて行かれたときどう思っていたのか。

 それらを聞くためにちょっとずるい手を使ってでも無理矢理話させた。

 もしネプギアの想いがルナに伝わってなかったら。ルナ自身が本当はネプギアと行動したかったんだとしたら。お互いの想いがすれ違っていたんだとしたら。

 ネプギアの想いはもう聞いたし、ネプギアの気持ちもわかる。もしアタシがネプギアと同じ立場だったら、アタシも同じようにしていたと思う。

 けどルナはどうなのか。ネプギアは、ちゃんと想いを伝えられなかった。伝えられないまま別れてしまったと言っていたけど、本当にそうなのか。もしそうなら、ルナをネプギアと会わせた方がいい。お互いの想いもちゃんと伝わらないままじゃ、ずっとすれ違ったまま。それは絶対ダメだと思う。

 だからアタシが既にネプギアと会ったとは言わず、理由も知らないと言ってルナの視点でのその話を聞こうと思った。…ルナはその話をあまりしたがらなくて、知らない人が聞けば何があったのかわからない内容だったけど…それでもルナの想いはよくわかった。ネプギアに置いて行かれてもなお、友達のために頑張りたいって想いが。

 だからなおのこと二人はもう一度会った方がいい。二人の、お互いを想う気持ちは、想い合う気持ちにした方がいい。

 

(けど、やっぱりおせっかいかしら……)

 

 ネプギアはルナと仲直りしたがっていて、けどルナはもう諦めて、そのうえで行動してる。

 もしアタシの手で二人を会わせたら…ネプギアは喜んでくれそうだけど、ルナはどうなのかしら。もしかしたらアタシのことを嫌いになる? 

 それはイヤだけど…でもやっぱりアタシは、このまま放っておくことなんてできない。

 …明日、連絡してみましょうか。




後書き~

次回、ルナちゃんネプギアと会う!?え、まさか君がそうなの!?やったこれで直る!…ってやることは簡単だけどね……
そんなこんなで次回もお会いできることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話『ごめんなさい』

前書き~

前回のあらすじ。
ユニとホテルでお泊り。一緒のベッドで寝ました。
さて今回はどうやらユニと二人で行動するようですが……
今回もごゆるりとお楽しみください。


 実は今までのは夢で、私はあのまま公園のベンチで寝てるんじゃないかって思わなくもない。

 けどこの温かく柔らかい感触は布団だし、下は固い地面じゃなくて柔らかいベッド。静寂の中で僅かに聞こえる気持ちよさそうな寝息は自分のじゃなくて、今一緒に寝ている女神様の。

 …うん。やっぱり夢じゃない。

 目を開き視界に映りこんだ彼女の寝顔を見て、不安だった心がほっと落ち着いた。

 …ダメだな。ちょっと不運が続いただけで不安になるなんて。もっと心をしっかり持たないと。じゃないと身体より心が先に限界が来ちゃう。

 

 …うん、だいじょうぶ。

 

 そういやもう朝か。道理でユニの可愛い寝顔がバッチリ見えるわけで……

 

『おはようございます、マスター』

 

 うん、おはよう、相棒。

 

『お目覚めの気分はいかがですか?』

 

 朝から可愛い美少女の可愛い寝顔が見れたから最高だよ。

 

『マスターが段々密かな変態になっていくのを私では止められなさそうなのが悲しいですが、お目覚めはばっちりのご様子でよかったです』

 

 へ、変態じゃないよ!? ただ可愛いものに可愛いと思ってるだけで……へ、変態じゃないよね……? あの変態と同等じゃないよね……? 

 

『あの敵は最早次元が違う変態なので、マスターと同等なわけありません。比べるのもおこがましい。マスターの方が断然紳士…いえ淑女です』

 

 う、うん。私もあの変態なんかと一緒にされるのは嫌だけど…だからって淑女って程でもないと思うけどなぁ……

 そもそもあれはもう変態というか変質者だし……

 

『ところでマスター。今日の鍛錬はいかがしますか?』

 

 うーん、そうだなぁ……

 

「…すぅ……すぅ……」

「……ふふっ」

 

 うん、無しでいいや。

 

『畏まりました。…二度寝はダメですよ?』

 

 はーい。

 

 

 

 

 

 

 結局小一時間ほど飽きずに眺めていたけど、もっと眺めていたかったけど、残念ながらまだ薄暗かった部屋に朝日が差し込んでしまい、ユニの瞼は少しずつ上がっていき……

 目が合った。

 

「…おはよう、ユニ」

「…え? …ぁっ、お、おはよう、ルナ」

 

 目が合って少しの間ぼーっとしていた瞳は、驚いたように目を開き、それから何かに気付いたようだ。

 うん、寝起きで目の前に誰かいたら驚くよね。私も一度経験したからわかるよ、その気持ち。

 でも言わせて。

 

「ごちそうさまでした」

「…はい?」

 

 おそまつさま、とは言えないよね。急に言われたら。

 

 

 

 出かける支度もして、朝食もホテルのものを頂き、チェックアウトも済ませる。

 それで外に出て改めて街の様子を見たけど……

 

「…四角い」

 

 全体的に緑色の要素が見受けられる街の建物は、大体が四角い箱のような形をしていた。昨日はいろいろ焦っていたからじっくり見れなかったけど…うん、四角い。

 そういえばこの国リーン“ボックス”だった。箱だ。いや建物が四角い理由はそれだけじゃないだろうけど。

 しかしこう四か国全てを見ると、本当にそれぞれ国に特徴あるんだなぁ……

 プラネテューヌは近未来的な構造で紫色。

 ラステイションは重工業がメインなのが分かる金属の建物で黒色。

 ルウィーはファンタジーな要素がたっぷりで、雪に包まれた白色。

 そしてリーンボックスは無機質というか箱。緑色。あ、あとデカいかも。建物とか、設置してあるものとか。なんだかおおらかなイメージが浮かぶよね。

 国でこうも違いがあると、やっぱり女神様も結構違いがあるというか、個性があるんだろうなぁ……

 まあそれは救出されてからのお楽しみということで。

 とりあえず……

 

「ユニ。今日は何するの?」

「何って…まずアンタの問題を解決しなきゃいけないでしょ」

 

 「それが解決しなきゃアンタ、今度こそ野宿することになるわよ」と続けて呆れ顔で言うユニに苦笑いで「あはは…そ、そうだよね」と返す。

 あ、でも呆れだけじゃない。心配してる顔でもあった。

 これはもう、全力で問題解決に当たらなきゃ、ユニに失礼だよね。

 …あれ? でも……

 

「そういえば、そもそもユニはどうしてリーンボックスに? 観光じゃないよね?」

「当然でしょ。アタシはこの国にシェアを集めに来たの。リーンボックスは今女神不在で集めやすいと思ったのに……なんであの人は犯罪神崇拝規制解除なんてしたのよ!」

「う、うん…そ、そうなんだ……」

 

 とりあえずユニが怒っちゃうような状態にリーンボックスがあるってことは分かったよ……

 

「ところで犯罪神崇拝規制解除って何?」

「そういえばアンタはこの国に来たばかりだったわね。…アンタが来る数日前、この国の教祖が犯罪神崇拝規制解除が公布したのよ。簡単に言えば誰でも自由に犯罪神を信仰できるってこと。そのせいでこの国のシェアは見る見るうちに犯罪神へいっちゃうし、犯罪組織による被害も多発しているみたいね」

「へぇ、そうなん……え? 教祖が?」

 

 教祖といえばこの国のトップ2で、一番女神を信仰しているだろう人で、逆に言えば一番女神を信仰してなきゃいけない人で……

 つまり一番やっちゃダメな人がやっちゃったってこと? 

 

「そ。教祖からってこともあって、おかげで今じゃ大勢の国民が女神を信仰しなくなってるってわけ。…でもアタシは諦めないわよ。この国のシェアは全部アタシが貰うんだから……!」

「そ、そうなんだ…じゃ、じゃあやっぱりユニは私のことよりもシェア獲得を優先した方が……」

「目先で困ってる人を放ってたんじゃ、女神の名折れよ。だから今はアンタの方を優先するの」

「おお~、さすが女神候補生。よっ、将来の守護女神様! ラステイションの未来は明るいね!」

「ちょっ、ちょっと! 朝っぱらから何を…いや、アタシもそうするつもりだけれど、何も大声で言わなくてもいいじゃない!」

「いや~、感動しちゃってつい。でも昨日ユニが言ったように、今日だけでいいからね。やっぱり最優先なのはユニ達が強くなって、一日でも早く女神様を救出して、ゲイムギョウ界を救う事なんだから」

「ええ。だからこそ、今日でアンタのNギアを直せるようにするわよ」

「うん。よろしくね」

「まかせなさい!」

 

 そうして始まったNギアを直せる修理屋探し。

 だけど昨日あれだけ見て回ったんだから、今日も全然見つからなくて……

 

「…見つからないね。全然」

「そうね…まさかここまで探しても誰も直せないなんて思わなかったわ……」

 

 企業の修理屋は「取り扱えない」と断られ、個人店では何度か蓋を開けて見てもらったけど「手に負えない」と、とりあえず中に溜まってた海水を抜いてもらうぐらいしかしてもらえず、途方に暮れていた。

 やっぱりプラネテューヌに戻るしかないのかなぁ……でも今海に出るのはちょっと怖いし……

 

「…そういやアンタのNギア、まだ市販で売られてない、試作品なんだっけ?」

「そうみたいだよ。といっても私もよくわからないまま貰ってたけど……」

「ふーん……」

 

 それっきり少しの間沈黙が私達の間にあって、ユニは何か考えているようだった。

 だから声をかけないで待ってたら、急にユニは立ち上がって「ちょっと飲み物買ってくるわ。アンタはここで待ってなさい。いい? 絶対ここで待ってるのよ。どっかに行ったら怒るから!」って一方的に言って走って行ってしまった。

 あの言い方だと絶対何かあるって思うんだけど……

 

「ま、まあ大人しくここで座って待ってよっか。ね、月光剣」

『そうですね。彼女が何を思いついたのか、どうしてマスターに秘密にするのかは分かりませんが、どうやらどこかへ行ってしまうと怒ってしまうそうですしね』

「だね」

 

 そう言ってのんびりとベンチの上で待つことにした。

 ちなみに私達は今昨日の公園の昨日のベンチで座ってた。今は私一人と月光剣だけだけど。

 にしてもほんと、一体どうしたのかな。思いついたことがあるなら言ってくれてもいいのに……

 

『…寂しいのですか?』

 

 …かもね。置いて行かれるのはちょっと、嫌かも。

 

『…早めに帰ってくるといいですね』

 

 ね。

 

 

 

 どれぐらい経ったかな。早く帰って来て欲しいって思ってたから体感じゃ結構経った感覚だけど、実際には三十分くらいかな。それとも十分? 

 分からないけど、まるで走っているような短い間隔の足音が聞こえてきて、やっと帰ってきたのかなとその方向を見て、固まった。

 確かにユニが戻って来た。その手に買いに行くと言っていた飲み物は見当たらないけど。

 けど戻って来てくれた。…今一番会いたくない人も一人付いてたけど。

 

「ルナちゃんっ……」

「……なんで」

 

 なんでここにいるんだ。

 その疑問は少し考えれば分かった。プラネテューヌ、ラステイション、ルウィー。既に三か国のゲイムキャラと会っていて、当然力も借りたのだろう。なら残るは当然リーンボックスだ。だから彼女達はリーンボックスにいる。

 けどなんで私の前にいるのか。その答えも、分かってしまった。

 飲み物を買いに行くと言いながら何も持っていないユニ。そのユニと共に来た彼女。ユニの帰ってくるまでの時間。

 つまりは、そういうことなのだろうか。

 

「…ユニ、どういうこと?」

「え、えっと、ルナ。怒らないでネプギアの話を聞いて欲しいんだけど……」

「怒ってないよ。全然、これっぽっちも」

 

 むしろ怒れないよ。だってユニは私達に何があったのか、全然知らないんだもん。私がどう思ってるかなんて、知らないんだよ。きっとユニはこれが正しいんだって連れてきただけなんだよ。

 けど正しいからって、気持ちを考慮しているわけじゃない。

 

「ルナちゃん、聞いて。あのね──」

「聞きたくない」

 

 言葉を遮って、その場から去ろうと立ち上がって背を向けて。

 けどそんな私の手を捕まえてきた。

 

「お願い、聞いて! 私、ルナちゃんと仲直りがしたいの!!」

「私は別にいい」

「…なんでそんなこと言うの…? まだ怒ってるの…?」

「…怒ってないよ。多分」

「じゃあなんで……」

 

 うん、怒ってない。だってあれは全部私の落ち度だ。彼女が悪いわけじゃない。それで怒ったんじゃ、ただの八つ当たりだ。

 じゃあこの気持ちは何だろう。もやもやして、イライラして、身体の芯が凍えて、今すぐその手を振り払って逃げたくなる。これ以上彼女を見るのも、声を聞くのも嫌だ。

 

──じゃあ、会わなければいいんじゃない? 

 

 いつか聞いた言葉を思い出した。

 そうだよ。会いたくないなら、会わなければいい。

 …けど、会ってしまったら? 会いたくないのに会ってしまったら、私はどうしたらいい? 

 どうする? どうしたらいい? どうしたらせいかいなの? 

 わかんない。わかんないよ、ぜんぜん。

 だれかおしえてよ。こたえを。このきもちを。

 だれかたすけてよ。

 

『マスターはどうしたいですか?』

 

 にげたい。

 

『本当に逃げたいのですか?』

 

 ……わかんない。

 

『本当に分からないのですか?』

 

 …どうしたいのかわかんないよ。

 

『自分のことでしょうが』

 

 そうだけど……

 

「アンタねぇ……」

 

 思考を遮るように声をかけてきたのはユニだった。

 ユニは私の肩を掴むと強引に引っ張って──

 

 パァンッ……

 

「……ぇ?」

「アンタ、いい加減にしなさいよ」

 

 乾いた音と、急に視界に映りこんだユニの姿。

 叩かれたのだと分かったのは、遅れてやってきた頬のじんじんとした痛みから。

 わからなかった。どうしてユニは叩いたのだろう。私は叩かれたのだろう。

 何か悪いことでもしたか。怒らせるようなことをしたか。確かにあの態度はよくなかった。けど口にした言葉に嘘はないはずだ。ならどうしてだろう。

 わからない。けどとりあえずあやまらなきゃ……

 

「…ごめ──」

「謝るなら、どうしてアタシが怒ってるのか分かるんでしょうね」

「わかん、ない…けど」

「じゃあ教えてあげる。アンタの態度が煮え切らないのがムカつくのよ!」

 

 謝ろうとして、胸倉を掴まれて言葉を遮られて、分からないと答えれば怒りを爆発させてしまった。

 なんで、どうして。

 どうして、なんで。

 

「アタシにはその剣の言葉が分かるわよ。はっきりと聞ける。けどね、アンタの心までは分かんないのよ! アンタが今何を思ってるのかも、どうしたいのかも分かんないの! じゃあその剣の声さえ聞こえないネプギアがアンタの気持ちなんて察せるわけないじゃない! 

 …聞かせなさいよ。言いなさいよ。アンタの気持ちを。アンタが何を思ってるのかも、アンタがどうしたいのかも、全部言いなさい! 言葉にしなきゃアタシ達はアンタのこと全然分かんないし、どうしたらいいのかも分かんないんだから」

 

 ユニは言いたいことだけ言って、突き放すように掴んでいた手を離した。

 いつの間にか捕まれていた手は離れていて、私はそのまま地面に座り込んでしまって。顔を上げて見たユニの顔は、とっても怒ってた。

 

 ──きらわれた? きらわれたの? きらわれたんだ……

 やだ。やだよ…そんなの…やだ……! 

 

 目が勝手に熱くなる。ユニの顔がぼやけていく。頬を熱い何かが伝って、落ちる。

 声が勝手に漏れる。声が言葉にならないまま外へ出る。

 

「なぁっ!? ちょっ、どうして泣くのよ!?」

「だ、大丈夫? ルナちゃん…ユニちゃん! あんまり強く叩いたりしちゃだめだよ!」

「アタシのせい!? た、確かに急に叩いたり突き飛ばしたのは悪いと思うけど、こうでもしなきゃ話してくれないと思っただけで、まさかそんな泣くほど痛くしたつもりなんてなくて……!」

「………さい……」

「え……?」

 

「ごめん、なさい……!」

 

 ようやく言葉にできたのは謝罪で、一回目は擦れてしまって、二回目でようやく二人に聞こえる言葉になった。

 そこから言葉が私の意思関係なくあふれる。ダムが決壊して水が漏れ出るように、水が無くなるまで吐き出すように。

 ただただ謝罪の言葉があふれる。

 

「ごめんなさい何も言わなくて。ごめんなさい泣いたりして。ごめんなさい怒らせて。ごめんなさい心配させて。ごめんなさい困らせて。ごめんなさい傷ついて。ごめんなさい死にかけて。ごめんなさい足を引っ張って。ごめんなさい言う通りにできなくて。ごめんなさい一人で突っ走って。ごめんなさい約束破って。ごめんなさい期待を裏切って。ごめんなさい勝手なことして。ごめんなさい態度悪くして。ごめんなさい会いたくないと思って。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい──」

 

 途中から嗚咽が混じって。涙が止まらなくて。ただただひたすら謝り続けて。

 それでも感情が言葉を止めてくれなくて。

 

「──ごめんなさい。いっぱいいっぱいあやまるから。みんなみんな、わたしがわるかったから。だからきらわないで。おいていかないで。ひとりにしないで。もうひとりはいやなの。ひとりはさみしいの。かなしいの。こわいの。だから…だから……」

 

 

「そばにいさせてよ……!」

 

 

「──ルナちゃん!!」

 

 ぎゅっと抱きしめられた。強かった。温かかった。柔らかかった。いい匂いがした。

 なにより優しかった。

 まるで氷が溶けるように凍えていた心が熱を取り戻し始めて。溶けた水があふれるように涙があふれ続けて。

 もう言葉は出てこなくて。口から漏れるのはただの声で。

 それでもただ、その熱を離したくなかったから。

 その熱に縋るように、その背に手を回した。

 

「ごめん…ごめんね、ルナちゃん……!」

「ぅぁっ、ぁぁっ、ああああっ!」

 

 ようやくできた居場所を、失くしたくなかったから。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話『ありがとう。大好き』

前書き~

前回後書きがなかったのはわざです。わざですから、心配しないでくださいね。誰も心配してないと思いますけど。
さて前回のあらすじ。
ユニの行動によりついにルナとネプギアが再会。ユニに叱咤され、ようやく気持ちを言葉にしたルナ。
今回はその続きからです。
後書きにアンケートもありますので、よければ最後までごゆったりとお楽しみください。


 謝って、泣いて、抱きしめられて、抱きしめ返して。

 ようやく涙も落ち着いて、心も落ち着いて、最近泣いてばかりだなぁと思う程度には余裕ができて。

 二人に支えられながら再びベンチに座って、私はずっと思っていたことを話した。

 

「…怖かった。あの日からずっと、嫌われたんじゃないかって怖かった」

「そんな…ルナちゃんのことを嫌いになるはずないよ!」

「うん…ネプギアは私を嫌わない。だってネプギアは良い子だもん。真面目で、優しくて、良い子で、誰にでも分け隔てなく接してくれて、こんな私でも一緒にいてくれて、毎回心配してくれて。…あの日だって、ネプギアが心配してくれたのわかってたよ。心配だから私を置いてったの、わかってる。傷付いて欲しくないから戻らせようとしたのもわかってる。頭では理解してた。…でも怖かった。今はそうじゃなくても、いつか嫌われたら。突き放されたら。私はどうしたらいいんだろうって。記憶もない。大切なものもない。自分の意思さえ曖昧で、気持ちも分からなくて、どうしたいのか分からなくなって。そんなときに嫌われたら。嫌われたと知ったら。自分が居ていい場所を失くしたら、私に何が残るんだろうって。何も残らないんじゃないか。そのまま何者にもなれず、私にすらなれず、誰かの心にも残らない。ずっとずっとひとりになっちゃうんじゃないかって。それがずっと、怖かった。

 何もなかった私に最初に何かをくれたのはネプギア達で。初めて会話したのも、初めてお出かけしたのも、初めて友達になってくれたのも君達。空っぽだった私が空っぽなことを気にしなかったのは、君が与えてくれたから。目的を、共にいる理由を、生きる意味を与えてくれたから。

 じゃあもしその君達を失ってしまえば? それは、与えられたもの全てを失い、再び空っぽになってしまうってことなんじゃないか。

 ただの可能性でしかない。もしもの話でしかない。そんなこと起こらないかもしれないし、考えるだけ無駄なんだと思う。でも可能性は0じゃない。それがどうしようもなく怖かった。 

 だから嫌われたくなかった。嫌われたと知りたくなかった。せめて接しなければ、会わなければ、嫌われたとわからないから。わからなければいいと思った。わからなかったら、わからないままだったらまだ、私は自分を保てる気がしたから。だから会いたくなかった。わからないままでいたかった。だからあの時は逃げて、今も逃げようとしました。ごめんなさい」

 

 頭を下げた。それは謝罪の気持ちもあった。

 けどそれ以上に怖かった。私へとかけられるだろうネプギアの言葉が。ユニの言葉が。

 だって言ってしまえばこれは友達のことを疑ってた。信じられなかった。そういうことなんだから。

 でも自分の気持ちを言わなくても嫌われて、嘘を吐くなんてすればそれこそ嫌われて、正直に言っても嫌われるなら。

 もう消去法に近かったかもしれない。あれだけ泣いた後だから隠すのは無理だって、諦めもあったのかもしれない。

 だから全部話した。多分。…とりあえず今の私の気持ちは全部。

 けど言っただけで、言った後の覚悟なんて出来てなかったから。

 結果が怖くて、顔が見れなかった。

 だから私は、目を背けた。

 顔が見えないままで、ネプギアの気持ちもわからないままで。ネプギアの言葉を待つ間、不安で、怖くて、答えが解る前に今すぐ逃げ出すか、この場で再び子どものように泣いてしまいたかった。それができなくても何も聞きたくないと、耳を塞いでしまうのでもよかった。

 それでも私が頭を下げたままの姿勢で止まれたのは、疑ってしまった罪悪感からだった。

 数時間にも、数日にも感じる時の中、ネプギアの口から零れるように出た言葉を、私はすぐに理解できなかった。

 

「──よかった…ほんとうによかったよぉ……!」

「ぇ…なんで……わわっ!?」

 

 驚きで少し顔を上げて、すぐに首に両腕を回されてぎゅっと抱きしめられて、空が見えた。

 さっきとは違う。優しい抱擁じゃなくて、喜びのあまり抱き着いてしまったと。そんな感じがした。

 だからこそ戸惑う。嫌われるのだと、ずっと嫌なことばかり考えていただけに、その真反対の言葉をかけられれば、感情を向けられれば、すぐにその想いを受け止めることができなかったから。

 助けて欲しいと。今の私にも理解できる言葉で教えて欲しいと。

 顔の真横でずっと「よかった」と繰り返すネプギアに戸惑いながら、ユニへと視線で助けを求める。

 けれどユニはそれに応えてくれなかった。言葉にするなら「自業自得なんだから自分で何とかしなさい」って視線で言っているように感じた。多分だけど……

 だから結局、私は自分で答えに辿り着かないといけないのだと知って、問いかけた。

 

「…なんで、よかったって……」

「だって不安だったから。ルナちゃんが私のこと、嫌いになったのかなって。私が勝手にルナちゃんのこと振り回して、それで嫌いになっちゃったのかなってずっとずっと不安で。でもそうじゃないって分かったから」

「…嫌いに、ならないの……?」

「ならないよ。だってルナちゃんのこと、大好きだもん」

「っ……!」

 

 ああ、私は馬鹿だ。自分勝手な臆病者だ。

 なんでその考えに至らなかったのだろう。なんで自分だけが不安だと、そう勝手に思い込んで、自分勝手に疑って、傷つけて。

 馬鹿だ。馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ、大馬鹿者だ。自分勝手で臆病者で友達を思いやることもできない愚か者だ。

 もし過去に行けるのだとしたら今すぐあの時の私をぶん殴ってやりたい。いや今の自分でもいい。今すぐこの頬にストレートをかましてやろうか。壁にでも全力で頭をぶつけようか。街中で自分は大馬鹿者の愚か者だと大声で叫ぶのでもいい。

 なんでもいい。とにかく私は自分で自分に罰を与えなきゃ気が済まない。

 

 それでも先にやること…いや、言わなきゃいけないことがある。

 

「……ごめん、ネプギア。自分勝手に行動して。ネプギアのこと、ちゃんと信じてあげられなくて。本当にごめんなさい」

「ううん、謝らないで。私もごめんね。ちゃんとルナちゃんのことも考えて、ちゃんと自分の気持ちを伝えればよかったのに」

「それは私もだよ。私もちゃんと、もっと早く言っていれば……」

 

 臆病にならなければ。勇気を出していれば。ネプギアを信じていれば。

 たらればを言ったって何も変わらないのに、後悔だけは積もっていく。

 ごめんなさいと、その気持ちだけが残り続ける。

 

 言葉が途切れて、少しだけ静寂が私達の間を通り抜けて、消えた。

 ネプギアが、消してくれた。

 

「…ルナちゃん言ったよね。私が優しくて良い子だって」

「うん、言ったけど……」

「ルナちゃんもそうだよ。ときどき何も言わずに行動しちゃったり、何も言わずにいなくなったり、ダメだよって言ってもやっちゃったり。ちょっと悪いところもあるけど…でも優しくて一生懸命で、誰かのために行動できる良い子。そんなルナちゃんのこと、私は大好きだよ。アイエフさんやコンパさんだって。ロムちゃんもラムちゃんも。もちろんユニちゃんもだよ」

「ちょっ、何勝手に言って…ま、まあ嫌いじゃないけど……」

「ユニちゃん! ユニちゃんが素直になってって言ったんだよ!」

「うっ…あーもうわかったわよ! 好きよ好き! ルナのこと好きよ! これでいいでしょ!?」

「ネプギア…ユニ……」

 

 自分勝手で、我儘で、臆病者で。

 そんな私と正面から向き合ってくれて、受け止めてくれて、許してくれて。

 だめだな、今の私…泣き虫だ。

 けどこれは悲しみのじゃない。

 嫌わないでくれて。好きだと言ってくれて。

 

「──ありがとう……私も大好きっ!」

 

 ようやく全部、伝えられたかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そういえばユニちゃんからルナちゃんのNギアが壊れたって聞いたんだけど……」

 

 それは公園の水道で顔を洗ってタオルで拭いてるときにかけられた言葉だった。

 

「うん、そうだけど……」

「よかったら見せてもらえないかな」

 

 頷き、Nギアを渡す。するとすぐにネプギアはどこから文庫本サイズの小箱を取り出して開き、中からドライバーを一本取り出して蓋を開けた。

 その動きに一切の迷いがなかった。

 

 うん……? 

 

「あー…もしかして海に落としちゃった?」

「えっ、なんで分かるの……?」

 

 海水は既に抜いてあるから、蓋を開けただけじゃ分かんないと思うのに……

 

「普通に使ってたらここまで浸水しないのと、金属部品が少し錆びてるからだよ。あっ、でもこれなら……」

 

 そこからまた何か箱を取り出して、複数の工具と何かの部品を取り出して、使って、なんだか楽しそうに独りで何かを呟きながら作業に没頭してしまう。

 何がなんだかよく分からないし、ネプギアが何をしているのか、とりあえずいじってるから修理しているらしいということぐらいしか分からないんだけど…どゆこと? 

 ユニに訊けば、納得の答えが返ってきた。

 

「Nギアってプラネテューヌの技術で作られてるでしょ? ネプギアならなんとかなると思って」

「お~」

「…まあでも、まさかネプギア自身が修理し始めるとは思わなかったけど」

「……うん」

 

 そういえば前に機械が好きだって言ってたっけ。

 にしてもごめんユニ。私、ユニがただ私とネプギアを仲直りさせるためだけに呼んだんだと思ってた。まさかNギアのことまで考えての行動だったとは……

 

「…ホント、ごめん、ユニ」

「いやなんでアタシ今謝られたの……?」

 

 考えれなくて本当にごめんね……! 

 

 

 

「多分これで大丈夫なはず…うんっ。ルナちゃん直ったよ!」

「えっ、早っ!?」

 

 まだ五分も経ってないよ!? 

 そう驚きながら蓋も閉まって元通りに見えるNギアの電源ボタンを押せば、すぐに画面がついていつものロック画面が表示される。画面に乱れもないし、普通にロック画面からホームへと移る。

 本当に、まるで何事もなかったように、データの破損もなく元通りになってる。

 

「ほんとうだ…直ってる……すごい。すごいすごいすごい! すごいよネプギア!!」

「そ、そうかな? そんなにじゃないと思うけど……」

「いやいやすごいよ! ホント! いろんな修理専門の人が直せなかったのを直しちゃうなんてすごい!」

「えへへ…そんな褒められると、ちょっと照れちゃうかも……」

「だってすごいもん! よっ、さすがネプギア! 機械が好きだからって修理まで出来ちゃうなんて、お見事!」

「褒め過ぎだよ~。元々自分のをよく改造してて構造はわかってたのと、私が持ってた部品で何とか直っただけだもん」

「いや普通改造とかしないから……」

 

 ユニのツッコミも空しく、私は私で大喜び。

 だってこれで野宿とおさらばだよ! しばらくの食事に困らないんだよ! 大切なものを取り出せるんだよ! 

 あぁ、本当に……! 

 

「ありがとうっ、ネプギア! 大好きだよ!」

「えへへ…うんっ、私もルナちゃんのこと大好きだよ!」

 

 現金だって? そんなこと知らないもんね! 

 

 

 

 

 

「でもルナちゃん、本当に一人で行っちゃうの……?」

「うん。ちょっと調べたいことがあるから」

 

 仲直りもして、Nギアも直って。私が抱えていた問題が一気に二つも解決した。

 だからこそ元々持っていた目的の一つに手を出し始めなきゃ。

 そう考えて私は二人に、しばらく一人で行動したいと話した。

 

「ならその内容を教えなさい。まさかまた何も言わずに、なんてことしないでしょうね?」

「あはは…いや、これは言わない、というより言えないだけかな。まだ私の想像の範囲でしかないから。だからこそ、その真偽の確かめるために調べたいの。でも二人は二人のやるべきことがあるから。だからまずは一人で調べられる範囲で調べてみるよ」

「また危ない橋渡るんじゃないわよね?」

「分からないけど…でも渡らないようにはするよ。もし渡るとしても、連絡はする」

「絶対だよ。またルナちゃんが大怪我したら嫌だから」

「うん。絶対」

 

 せっかく仲直りも出来たし、今までのお話をいっぱい二人にしたいけど…でもそれは終わってからでも出来ること。

 今話すんじゃなくて、後でゆっくりお話ししよう。今急いで話すことでもないしね。

 

「じゃ、二人とも、またね」

「ルナちゃん…絶対、絶対だからね!」

「もし破ったら怒るわよ!」

「うんっ。絶対に守るよ!」

 

 これ以上やったら本当に嫌われちゃいそうだもんね。それは嫌だもん。

 だって大好きだからね! 

 

 

 

──『個体名登録、現プラネテューヌ女神候補生『ネプギア』を登録。会話可能とします』──




後書き~

これでようやく次回、リーンボックスに来た目的と戦います。いえ戦うかは分かりませんが。どうしましょうかね。
ともかくまた次回もお会いできることを心待ちにして。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十四話『協力関係』

前書き~

明けましておめでとうございます!2021年最初の投稿です!
昨年は最後の月でいつもより多めに投稿出来たので、今年はそんな月がもっと増えるようにしたいと思っています。目指せひと月11話投稿!(私の最多投稿記録数なので)

それはともかく前回のあらすじ!
なんとなんとようやくネプギアと仲直りして、お互いの気持ちを伝え合うことができたルナちゃん!けど残念、パーティ復帰とはならないのです。ルナちゃんにはまだ、やりたいことが残ってますからね。
というわけで一人旅の続行です。
今回はフレーバードティーを飲みながらごゆるりとお楽しみください。


 幸先の悪いスタート。けれどその先に幸運が待ち構えていたとしたら。それは幸先の良いスタートから順調に物事が進むよりもより心を強く持たせることができる。上へ上へよりも下から上への方がより良いと感じさせる効果。この効果に名前ってあるのかな。プラシーボとかシュレディンガーとかみたいな。って二つ目は違ったか。

そう考えるとあの人を追いかけた結果とはいえこの国に来てよかったと言える。Nギアはこの国に来てすぐに起きた問題だったけど。

 

 で、今のところすぐに解決しなければいけない問題も無くなり、一人旅の続行も決まった。本当は一人よりもネプギア達と一緒に旅がしたかったけど、この件はなるべく早く解決しなければならないと思ったのと、ネプギア達の目的の方が優先度が高かったから。だから別々に行動しようと考え、そう伝えた。

 そうして一人になった私は早速情報収集をするために定番ともいえる場所、ギルドを訪ねた。けど……

 

「目立った収穫無し、か……」

 

 異常個体はいる。その情報は確かにあった。けどそれがどこで見かけたとか、どこにいるとかの情報はなかった。冒険者の人も、ギルドの人も、皆そのモンスターをただの突然変異か、犯罪神の信仰の力による汚染による異常だとしか考えていないみたい。どちらも特徴が変わるもんね。

 実際に見かけただけじゃなく、戦った人もいたらしいんだけど、戦闘能力に異常はなかったって。本当にただ見た目に僅かな変化しかない。色が違うとか、あるものがないとか。その程度。聞いている私もそれが本当にエル君と同じ目に遭ったモンスターなのか判断がつかなかった。

 けどとりあえずこの国で通常とは違う個体がいるのは事実。ならもっと調べたら何か別のことが分かるかもしれない。

 

 そうなるとここにいても仕方ない。次はどこに行こうかとギルドから離れようとした私は、男性の声で呼び止められた。

 

「なあ、ちょいといいか?」

「え…?」

 

 私が呼び止められたのかどうか分からず周りを左右見回しても誰も私を呼んでいないように見える。

 あ、気のせいか。それか私が呼び止められたんじゃなかったんだ──

 

「おいお前だ。そこの黒パーカー少女」

「…わ、私…ですか?」

「ああ」

 

 黒いパーカーを着たのはこの場では私しかいないのはさっき見ていて分かっていたから、そこまで言われたら私だって、もう確信するしかないんだけど。

 声がしたのは斜め後ろで、振り向けば立っていたのは屈強な男性。見るからに強そう。サングラスもしてるから怖さもプラスされてる。というかもう風格がそういう職業の人っぽい。

 そんな男性が物陰からこちらを見ています。わあ逃げたい。

 

《なぞの くっきょうな おとこが あらわれた!》

《ルナは どうする?》

《たたかう》

《ぼうぎょ》

《アイテム》

《にげる》←

 

《ルナは にげた!》

 

「逃げるな」

 

《にげられなかった!》

《なぞの くっきょうな おとこの くろいまなざし!》

《ルナは にげられなくなった!》

《ルナは かんねんして はなしを きいた。》

 

「な、何の御用で……?」

「ちょいとな。ここじゃできん。ついてこい」

「は、はい……」

 

 あれ、私。もしかしてピンチですか……? 

 

 

 

 サングラスの男性に付いていった先は遠くなかった。

 というかすぐそば。ギルドに裏から入っただけだった。

 そこから廊下を歩いて、他の扉よりも豪華な扉の中に招かれた。

 …招かれた、んだよね……? 閉じ込められたんじゃないよね……? 

 

「そこに座れ。今お茶を淹れる」

「は、はい。えっと…おかまいなく……?」

 

 そう言われて近くの高そうなソファーに腰を掛け、周りを見る。

 部屋の中はまるで仕事部屋のようで、簡単に言うなら社長室みたいな部屋になっていた。部屋の奥に木製の大きなデスクがあって、高そうなチェアがあって、その手前に今私が座っている対面しているソファーがあって。

 少ししてお茶が私の前の机に置かれて、対面に男性が座った。

 そしてこちらを見る男性。…のサングラスから僅かに見えた眼光……

 

 あ、逃げたい。

 

「…何を震えている?」

「い、いえ! なんでもないです!」

 

 こわいこわいこわい……! 

 何? え? ギルドだよね? ここ。ギルドのお偉いさんが居そうな部屋だよね。私なんでここにいるの? しかも私の前になんでこんな明らかに鍛えてますって筋肉もりもりで顔に刀傷があってもおかしくないほどの明らかにそういう職業っぽい風格がある男性がいるの!? え、ここ、その手の事務所なの!? え?! 

 

「紅茶でも飲んで少し落ち着け」

「ははは、はい! い、いただきます!」

 

 震える手でカップの取っ手を持ち、縁に口を近づけて……

 

「…あっ、甘い匂い……」

 

 息を吸った瞬間、鼻腔を通り抜ける甘い匂い。なんだか美味しそうな匂いで、どこかで嗅いだことのある匂いでもあった。

 そう、まるでスイーツのような……

 

「…バニラというフレーバードティーだ。甘い香りでミルクと合う」

「そ、そうなんですね」

 

 確かにバニラアイスと同じ香りで、口に含むとミルクのまろやかさと優しさで相まってとても美味しい。

 へぇ、紅茶ってこういうのもあるんだ……

 

「…落ち着いたか?」

「あっ…すみません」

「謝らなくていい。俺のこの姿のせいだという事も理解している」

 

 理解しているなら何故サングラスを外してくれないんですか……! 

 

「俺はジン。このギルドのマスターをやってる」

「わ、私はルナといいます。旅人です」

「そうか、旅人か。そうは見えない身なりだな」

「あはは…最近一人で始めまして……」

「そうか。ところでな、俺は回りくどいことがあまり好きじゃないってことを最初に言っとくんだが……」

「はぁ……」

「お前さん、昨日の朝、なにしていた?」

「……へ?」

 

 昨日の、朝……? 

 昨日はエル君と一緒にこの国に……

 ま、まさか……

 

「昨日、海軍から連絡を受けた。この写真の女を見つけ次第捕らえろと」

 

 そう言って男性が机に置いたのは一枚の写真。

 海と、異常なほど大きなホエールの背中と、その背中に座り込む少女。

 この写真を私に見せた。それってつまり……

 

「ッ……!」

 

 退路は? 入ってきたドア? いやギルドの人が待ち構えているかもしれない。なら窓から強行突破で……! 

 

「おいおい、落ち着けって言っただろ。ほれ、座れ」

「…え?」

 

 肩を上から抑えられた。瞬時に立ち上がった私に、座るよう促すように。

 けど問題はそこじゃない。

 目の前にいた彼が、今私の背後にいる。

 …見えなかった。気づいたら後ろにいた。油断したわけじゃない。長い間目を離したわけじゃない。

 窓の位置を確認した僅かな時間で、彼は私の背後を取った。

 一秒にも満たない、一瞬の間に。

 

「…何者、ですか。あなた」

「ただの公務員だよ。ギルドマスターっていうな」

 

 …拝啓、ネプギア達女神候補生へ。

 この人間、下手したら君達よりも強いです。

 

 

 

「え…? 調査協力、ですか?」

「ああ」

 

 結局、私は捕まっていない。彼…ジンさんは私を捕らえる気はないと言ったから。

 ジンさんがあの写真を見せたのは、写真に写る少女が私かという確認と、私が乗っていたモンスター…おそらくホエール種だと思われるモンスターの異常な大きさについて。

 つまり、ジンさんもまた、私と同様に異常個体について調査をしている人の一人だった、ということだ。

 最初に訊かれたのは、エル君をどこで見つけたか。そこは素直に答えられる。ラステイションでリンダが何かを使って召喚した、と。関係性も訊かれたけど、それは友達。モンスターと友達、というのはやはり異様なようで本当かどうか疑われたけど、本当なんだから他に言いようがない。

 他にもエル君の大きさ以外にどういうところに通常とは違う特徴があるのか、色々と訊かれたけど、まあ答えてもいいよね、って月光剣とも相談して話した。

 あ、それと海上でのことも包み隠さず話すと「あー…アイツだな。絶対アイツだ。…すまん、ダチが迷惑かけたな。俺が後で謝らせよう」って謝られたんだけど、どうやらあの怒鳴り声の人と友達だったらしい。いやあの、あなたが頭を下げる必要はないのですが……

 

 まあそうこうして、お互いにお互いの目的が同じということが分かったところでジンさんから提案された、調査協力。良い提案だとは思うけど……

 

「…でも私、ジンさんがどうしてこの件を調査しているのか知りませんよ」

「信用できない、か。その通りだな。だがな、ルナ。俺も同様にお前さんの理由を知らんぞ?」

「…私はただ、助けたいだけです。モンスターは敵ですけど…でも生きてるんです。もし私の想像通り、その生命を侮辱するような卑劣な行いがされているんだとしたら……私はそれを止めたい。だってそれは、例えモンスター相手でも許されていい行いではないから」

「…つまりルナは、このモンスターの異常化を人の手によってもたらされたもの、と考えているわけか」

「そういう可能性がある。そう考えているだけです。それに正直、その可能性を否定したい。そういう気持ちもあります。人はそこまで腐っていないと、そう思いたいから調べているんです」

「なるほど…腐っていない、か……」

 

 ジンさんは残りの紅茶を一息で飲み、言った。

 

「残念だがな、ルナ。人っていうのはそこまで腐れるもんなんだ」

「…それって、つまり……」

「俺達もお前さんと同じ見解を持ってるってことだ」

 

 ジンさんはそう言って立ち上がり、本棚からファイルを一冊取り出し、私に渡した。

 赤い極秘の文字。読めという意味で渡したのだろう。けど本当に私が…ただの一般人が読んでいいものか。表紙をめくるのに躊躇した私にジンさんは「協力関係を結ぶならば信頼が必要だ。お互いの持つ情報を事前に共有しておけば築きやすい。俺からはもう聞いたからな。後はお前さんがこちらの情報を知っておけばいい」と言ってくれた。

 なんだか既に協力関係が成立する前提の話になってきているような気がするけど、情報を手に入れられるのはこちらとしても良い事だ。ならば遠慮なく。

 そう思い、ファイルの中身を見る。中身は資料や報告書をまとめたもののようで、その全てが異常個体についてのもの。一部には写真も付いていて、写真に写るモンスターは見たことがあるモンスターばかりだったけど…必ず体のどこかには異常が見られた。

 本来のと比較せずとも分かるほど大きく鋭い爪。角。羽。尾。見た目だけの変化でもこれだけある。報告書には少しばかり強く感じた、自分の体に慣れていないようだった、とも。

 

「こいつはまだ公にされてない。ギルド内では俺や幹部しか知らん。冒険者は偶然遭遇したやつぐらいだ」

 

 「お前さんにこれを見せた意味が分かるか?」と問われる。

 何となく予想はできている。協力関係。このことを知っている人の種類と数。私が問われている意味。

 それらから導き出されるのは。

 

「私に、外で真実を調査してこい、ということですか?」

「理解が早くて助かる」

 

 ジンさん方が直接足を走らせ調べるのもいいのだろう。けどそれが出来ないのだろう。ギルドマスターならば顔が知られていてもおかしくはない。幹部の方々も同様。変装でもしないと相手に気付かれる。

 なら一般冒険者から選ぶ、というのも何となく分からなくもない。そこに私が選ばれたのは、私もまた異常個体を知っていたから。調べていたから。

 だが……

 

「…私は一般人ですよ。私の力がどれほどのものか、分からないですよね。もしかしたらスライヌ一体倒せないひよっ子冒険者かもしれない。そうは思わないんですか?」

「確かにお前さんが弱い可能性はある。…だがな、そもそも弱ければモンスターがそいつに懐くなんてあるわけないんだ」

「…どういう意味で?」

「モンスターってのはほとんどが本能に従って生きるもんだ。その本能は、強き者に従うこと。お前さんが手懐けたってモンスター、お前さんを守ろうと船に魔法を食らわせたって言ってたな。それだけそいつはお前さんに懐いてたってわけだが、それってつまり、あの大規模魔法を使うモンスターを手懐けたお前さんは、そのモンスターよりも強き者だった、ということだ」

「いやいやいや! そんなわけないですよ! エル君はただ友達だから助けてくれただけで、私が強いから従ってるとか、そういうのじゃないです! 大体私、全然弱いですから!」

「そもそも弱ければモンスターと友達になるなんて出来るわけないって話だ。そして同等なら争い、どちらが上かを決める。それもなく懐いた。ただ命を助けただけじゃ、モンスターってのは懐かん。つまりはそういうことだ。己の強さを自覚しろ」

「いやいやいや! 大体その知識はどこからきてるんですか!」

「調査の副産物だ。昔、プラネテューヌにモンスターの研究をしたやつがいたらしい。その資料が残ってたってだけだ」

「昔のなんですよね。ならそれが間違ってるか、今はモンスターも友好的に接したら向こうもそう返してくれるだけかもしれないじゃないですか!」

「あー、はいはい。なんかもう面倒だし、ここはひとつ、ギルドらしい方法で確かめよう。お前さん、クエストを受けたことは?」

「あ、ありますけど……」

「じゃあギルドカードくらいあるよな」

「まあ、はい」

 

 初めて自分でクエストを受けようとしたとき、説明を受けて発行されたカードがある。これがなきゃクエストは受けられないとも言われたから作ったカードだけど…これもNギアに保管してたんだよね。ははっ…本当にNギア直ってよかったぁ……

 

「じゃあ貸してみろ。お前さんの実績を調べる」

「は、はい」

 

 カードを渡すとジンさんはPCの前へ行き、カタカタとキーボードを打って、画面をじっくりと見始めた。

 

「ふぅん。ビックスライヌにエンシェントドラゴン。それにフェンリルヴォルフ。どれも単騎討伐って書いてあるが、そうだな?」

「はい。最近倒したものですが……」

「これらの実績だけでも十分に……ん? おい、クレセントドラゴンの討伐数が1ってあるが、本当か?」

「クレセントドラゴン?」

「リーンボックスに生息するドラゴン種だ。覚えは?」

「…あっ、もしかして街の近くにいたドラゴンですか? さすがにあそこにいたら危ないかなと思って倒しましたが……」

「街の近く…そういやそんなクエストがあったな。だがまあ、クレセントドラゴンを倒せるんだ。ルナ、お前さんはそこらの冒険者よりは圧倒的に強いと思うが?」

「いやいや」

「お前さん…それは本当に自覚していないのか、ただの謙虚か、実力を隠したいのか。どれだ?」

「本当に強くないと思ってるんです」

「そうか。まあ価値観ってのはそれぞれだしな。ともかく、お前さんは十分なほど力を持っている。俺達は外で動ける強い奴を欲している。お前さんは情報を欲している。協力関係、組んでおいて損はないと思うが?」

「お互いに求めるものと与えられるものが一致してますからね……」

 

 それにギルドが後ろ盾になってくれるのは大変動きやすくなるけど……

 

「そういやお前さんは俺達がこの件を調査している理由を知りたがってたな。俺達がこの件を調べている理由。それはこの国の平和と、女神様への害を払うためだ」

「害を、払う?」

「ああ。お前さんも分かってるだろう。この件に犯罪組織が関わっていることを。おそらく犯罪組織は戦力強化のための実験を行っている。それを許し続ければ、いずれ奴らは改造モンスターを手にこの国を、世界を支配しようとするだろう。それを阻止するためにも、俺達はそいつらを逮捕する。世界の平和を取り戻そうとする女神様を邪魔する輩を捕まえる。それが今俺達が出来る手段だ。それが理由だ」

「今自分達が出来る手段……」

 

 彼らの出来る手段。

 私の出来る範囲。

 

「どうだ? 協力関係、結んでくれるか?」

 

 差し出された右手に、答えを出す。

 似た理由だったから。

 固く結ばれたこの握手が、その答えだ。

 

「はい。よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしくな」




後書き~

皆さんは紅茶の種類ってどれくらいわかりますか?
私は全然です。とりあえず以前茶葉を売るお店で「ミルクと合うよ!」という説明からバニラというのを買いました。甘い匂いでした。バニラの匂いでした。甘い味じゃなかったので砂糖入れました。匂いに騙されました。甘党なのです。
そしてクレセントドラゴンは何処で倒したのか。しれっと街に入る前に倒してます。しかも原作でも本作でもネプギアが倒せなかった、本作では逃亡さえしたモンスターです。キラーマシンを倒しまくりましたからね、これくらいよゆーよゆー。というわけです。
ともかく海の上での逃亡がまさかギルドという後ろ盾を手に入れることに繋がるとは思っていなかったルナ。次回、多分ギルドマスタージンからの依頼内容を聞いたりするんだと思います。名前は仁義の仁からです。
というわけで、また次回もお会いできるのを心待ちにして。
Let's make this new year a great one!

今回のネタ?のようなもの。
・くろいまなざし
ポケモンの技の一つです。効果はそのまま、逃げられなくなります。テレポートなどで戦闘から逃げてしまうポケモンを捕まえるのにとっても役立ちますよね。私は相棒ジュナイパーが取得した攻撃も出来る『かげぬい』の方がサンムーンではお世話になりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話『任務!いざ潜入開始!』

前書き~

さて前回のあらすじ。
一人旅を続行したルナちゃん。最初に寄ったギルドにて、ギルドマスタージンと協力関係を結びました。
今回はさっそくジンから与えられた任務を遂行しに行きます!
今回はお餅をのどに詰まらせないようにしながら、ごゆったりとお楽しみください。


 ──指令塔へ。こちらコードネームM。聞こえるか? 

 こちら指令塔。OK、感度は良好だ。コードネームM、現状を報告せよ。

 異常なし。これより敵アジトへ潜入する。オーバー。

 OK。武運を祈る。

 

『…何をしているのですか、マスター』

 

 え? うーん、一人無線機ごっこ? 

 

『ごっこ遊びなんてしている暇はありませんよ。これからマスターは敵地へ潜入するのですから』

 

 まあそうだけど…それっぽい雰囲気出せば、少しは緊張感ほぐれるかなって。

 

『ごっこ遊びをし始めた時点で既に緊張はほぐれているように思えますが。……そうでもなかったんですね』

 

 …まあ、ね。もうこれ以上足を踏み入れたくないよ。

 

『ですが一度引き受けてしまったのです。後戻りをしてしまえば、約束を違えてしまいますよ』

 

 だよね。約束を守るのは大事。

 

『もっともマスターはその約束を誤魔化すのがお得意のようですが』

 

 ちょっ、痛いとこ突かないで! 

 そりゃあのとき君もいたから一人じゃないって屁理屈こねたけどさ…だってあのときあそこで足止めしなきゃ街に被害行くかもって考えたら、やっぱあの時の行動は間違いじゃないと思うし…けどネプギアの話を一方的に切ったのは悪いと思ってるんだよ? けどあのままじゃお互い譲らなかっただろうし、私は譲るつもりもなかったし……

 

『はいはい、分かりました。マスターに意地悪をした私が悪かったので、そろそろ任務を続行してください』

 

 意地悪のつもりだったの!? 

 

『はい』

 

 わ、私、てっきり君が真面目に言ってるのかと……

 

『まさか。私はマスターの味方(つるぎ)。冗談は言ってもマスターを傷つける本心は言いませんよ』

 

 それって本心では私を傷つけるようなことを思ってるってこと!? 

 

『さあ。どうでしょうね』

 

 うわ、すっごく気になる! 

 

『マスターが無事任務を遂行することが出来れば教えて差し上げてもいいですよ』

 

 ホント!? で、でも本当に傷つくことを思っているんだとしたら聞きたくない……

 い、いや、やっぱり気になる! 

 よし、とりあえず終わらせてから聞くかどうか考えるよ! 

 

『はい。では』

 

 うん! 

 任務開始(ミッションスタート)だよ! 

 

 

 

 

 

 ──その前に、時は数時間前に遡る。

 

「え? 敵アジトへの潜入ですか?」

「ああ。正確には元、だな。前にうちの冒険者達で結成したチームで既に制圧済み。向こうはそこを廃棄した、はずだったんだが……」

「一度捨てた拠点を再利用した、ってことですか?」

「かもしれん。最近、そこに出入りする怪しげな人物がいるって目撃情報が入ってきてな。もしかしたら再び拠点として利用しているのかもしれん」

「…でも、それって向こうにとって危険なことなのでは? 一度制圧済みなら、そこに人がいるかもしれませんし、再び現れてもすぐ分かるように細工してあるかもしれないのに」

「ああ。だがアイツらはその思考の裏を読んだ、かもしれん。一度捨てた、制圧した拠点に再び敵が根付くわけがない、という思考の裏をな。実際俺達はそこを制圧しただけで終わらせてしまったしな」

「…かもしれないだらけですね」

「確証がないからな。今のところ目撃情報のみ。だからお前さんに調査してきてほしい」

「少数精鋭。…まあ精鋭と言えるほど自信はありませんが、見てくるだけなら十分だ、ということですね」

「ああ。お前さんに頼みたいのは調査…といっても拠点が最近使用された形跡があるかどうかだけでいい。一つでもその形跡が見つかれば十分。敵を見つければ大手柄ってわけだな」

「捕まえなくてもいいんですか?」

「出来るのなら捕まえて欲しい。だが無理はするなよ。無理そうなら去れ、見つかれば逃げろ、出来そうでもやるな。絶対という確信がない限り行動には移すなよ」

「了解。…ですがこれ、私じゃなくてもいいのでは? 見たところ、前回頼んだ冒険者に再び依頼してもいいのでは……」

「まあお前さんの実力を知るための試験ってやつだ。どれだけやれるか知りたいからな」

「なるほど…いいですよ。私も、自分が一人でどこまで出来るか知りたいですから」

「ああ。それじゃ、頼んだぞ」

「了解です」

 

 

 

 

 

 ──そして時は現在に戻る。

 …初めてやったかも、こういう回想。

 

『マスター、メタいです』

 

 はははっ。

 で、えー、さて、私は今どこにいるのでしょうか? 

 私自身分かりません! 

 

『何故マスターが迷子になるのですか……』

 

 だって広いんだよここ! 入口が洞窟だったから洞窟なのかな、と思いきや急に金属で出来た明らかに人工的な通路で、ずっと十字路で、さっきからグルグルと……って、また行き止まり! なに、ここ、迷路なの?! 

 しかも暗いし電気も通ってないから予め貰った懐中電灯でしか照らせないし! 

 

『おそらく部外者が侵入してきても時間が稼げるように、と設計したのでしょう。マスターはそれに見事嵌ってしまったのですね』

 

 うぅ~! 何もそんな面倒な設計にしなくても、罠とか張ればいいのに! 迷路じゃ味方も迷子になるんじゃないかな! 

 

『でしょうね。だからこそ、味方には目印となる何か、或いは道順を教えられていたのではないでしょうか』

 

 道順か…それは今は手に入れられない情報だけど、目印なら……

 …あれ? なんで天井に矢が刺さって……? 

 って、金属の天井に刺さるってどれだけ強い力で刺したの……? しかも壊れないってどれだけ頑丈な矢なの……

 

『…なるほど。マスター、それはおそらく前回この地を訪れた冒険者チームが残した目印なのではないでしょうか』

 

 ならこれを辿っていけば、拠点か出口のどっちかに出られるってことか。

 えっと、矢はあっち側に刺さってるから…あっちかな。

 うん、これを刺した冒険者とか気になっちゃうけど、それは後で考えるとして、行こっか。

 

 

 

 そうして矢の示す方向へ歩けば、次の十字路にも矢が刺さってて、その方向へ行けば…って繰り返して…ようやく広い場所に出られた。ライトで照らすと、どうやらドーム状の広い空間になっていてライトが遠くまで届く届く──

 

「──っ! ──っ!」

「っ!?」

 

 突然、空間のどこかから聞こえてきたのは、何かの声。くぐもっていて、言葉になっていないから音って感じだけど、人の声だと思う。それと何かが擦れる音も。

 まるで口が塞がれているような……ってまさか!? 

 

『マスター、前方左の岩陰。生体反応あり。一人です』

「左岩陰…いた!」

 

 すぐにその場所へ近付きライトで照らせば、そこにいたのは明るい緑色の髪の縛られた女性。手も足も縛られて、しかも岩にも縛られていて、布で目隠しされていて、口もガムテープで塞がれている。なるほど、だから声が……

 

「──っ! ──っ!」

「あっ、すみません! 今外します!」

 

 急かしているような、怒鳴っているような声に慌てて、けどなるべく痛くないようゆっくりとガムテープを剥がして…あ、やっぱり痕になってる。せっかくの綺麗な顔なのに……それと目隠しも、と。

 

「──はっ。やっと声が出せるわ。あなたが誰かは知らないけれど、感謝するわね」

「どういたしまして。まあ偶然でしたが……」

「で、あなた何者なの? 犯罪組織の人間には見えないけれど…それに何故ボイスチェンジャーを? 顔を見せなさい」

「えぇと、それはちょっと……」

 

 そう普段よりも低い声になりながら、なるべく顔を見られないようフードの先を引っ張る。

 いつものパーカーのフードじゃない。その上に着た、ジンさんから支給された黒色のローブ。それと顔を隠すための狐の面に、声を偽るボイスチェンジャー。…ローブやボイスチェンジャーはともかく、狐の面は夏祭りで売れ残ったやつだって。ギルドの副業として露店を出してたんだとか…なんか見た目に合うような副業をしていますね……

 だから声は知られない。顔は見られない。知られてはいけないし、見せてはいけない。ジンさんにそう言われたから。相手が知人でもない限りアジト内で素顔を見せるな。正体を知られるな。敵に逃げられたとき、復讐されるかもしれない、って。

 だからすみません。いくら縛られていた、犯罪組織が纏ってる悪意を感じ取れない女性とはいえ、敵か、或いは罠の可能性がある限りこれは取れませんので……

 

「…まあいいわ。あなたが助けてくれるのは確かなようだし。早くロープも切ってちょうだい」

「…すみません」

 

 そう一言謝り、まずは岩に縛り付けられた縄を月光剣で斬ろうとして──

 

『マスター、隠れてください。犯罪組織と思われる人間が近づいてきています』

「っ」

 

 すぐにライトを消し、出入り口から見えない、女性の隣へ隠れる。

 そして耳を澄まし…聞こえてきた。足音、一人、短い間隔、走っている。

 それにこの気配…犯罪組織の人の中でも特に知ってる、あの人が纏ってる悪意。

 まさかあの状態から復帰してたなんて……

 

「ちょっと、何して──」

「すみません。少し黙っていてください」

 

 女性の口を手で塞ぎ、魔法で目を強化し、出入口を見張る。もごもごと何か言いたげな女性だったけど、すぐに足音が聞こえることに気付いて口を閉ざした。

 足音が大きくなっていき、近づいてくるのが分かる。さて、もしあの人だったら今度こそ捕まえて…いや、捕まってた女性の救出が最優先か。私の任務だって、この女性の存在こそが確証となり得るんだし。

 人命優先。次に任務。任務外の行動はなるべく控える。

 素人がやるには結構な難易度な気がするなぁ……

 

 さて、そろそろ…来た。やっぱりリンダだ。まあリンダなら満月状態(フルムーンモード)じゃなくても、今の私なら倒せそうではあるけど……

 

「クソッ、まだ追いかけてきやがる……」

 

 そう言ってリンダは壁に向かって近付いて、今しがた自分が来た出入口と、そしてこちらを見た。

 瞬時に反応して顔を引っ込めたおかげで見つからなかったようで、そのままギィ…って音がして、ガコンと何かが嵌るような音がして、静かに…はならなかった。すぐに別の足音…それも複数人の音が聞こえたから。

 リンダの発言から察するに誰かに追いかけられていたみたいだけど…リンダはどう対抗するんだ? さっきの音はなに? 

 再び覗くも、そこにはもう誰もいなかった。

 どこに消えた? 移動した? いいや、移動したような足音は聞こえなかった。ならどこに……

 そう考えている間にも複数人の足音の正体が現れて…って、え? 

 

「下っ端は…いない? どこに消えて……」

「こうも暗いとどこにいるのかさっぱりね……」

「陰に隠れていたりするです?」

 

 …ネプギア達…まさか本日二度目の再会になるなんて……

 

「……ふ──」

「そこ!」

「ふぇっ!?」

 

 正体がネプギア達だと知ったからか、思わぬ遭遇からか、無意識に口からため息が出ていて…ネプギアはその音へまっすぐ剣で斬り込んできた。

 借り物のローブが切られる。自分の身よりも先にそれが頭に浮かんで、瞬時に剣を避けた。

 …ふぇ…まさか訓練でもないのに友達に斬りかかられる日が来るなんて思いもしなかったよ……

 

「見つけた!」

 

 その声はアイエフさんので、すぐに何かのスイッチが押される音が聞こえて、急に空間が明るくなった。

 …って、まさか電気が通ってるなんて、最初から見つけて付けておけば……

 うっ、魔法で目を強化してたから目が、目がぁ~! 

 

「って、下っ端じゃない? あなたは誰ですか!?」

「くぅ…ぅぅっ……」

 

 あの、割とマジで痛いの。目というか頭が痛い。くっ、まさか目を強化する魔法にこんな弱点があったなんて……え、まさかこのまま失明したりしないよね!? ね!? 

 

「答えてください!」

「ぅぁ……」

 

 どーしようこんなことで失明とか! あっ、魔法! 魔法でダメージ受けてるんだから、魔法で治せたりしないかな!? 治療魔法とか…コンパさんが使えたよね!? あとロムも使えたはず…ってリーンボックスにいないよ! 多分……

 

「答えてくれないなら……!」

 

 あ、でも少し目が回復してきたから平気かな…ってあれ? な、なんでネプギアは私に向かって剣を構えているのかな!? え、わわ、私だよ!? ルナちゃんだよ!? あなたのハートにるっなるっなるーのるなるーだよ!? ってるなるーってなんだ!? 

 えっちょっ、ダレカタスケテー! 

 

「ちょっと待ちなさい! 彼女は敵ではないわ!」

「えっ? って、チカさん!?」

 

 そうネプギアを止めたのは捕らわれていた女性で…って、あ、すみません。まだロープ切ってなかったですね。今切ります。

 

「…どうぞ」

「どうも。さて、あなた、プラネテューヌの女神候補生のネプギアさんね」

「は、はい! えっと、あなたが本物の……」

「ええ。箱崎チカよ。それよりもあなた、この子と共にあの構成員を追いなさい」

「えっ!? で、でもチカさんの安全を……」

「いいから! 今追わなきゃ逃げられるわ! これ以上お姉様の大切な国で悪事を働かれないためにも、今が絶好の機会よ!」

「わ、分かりました!」

 

 あ、よく勢いで押すネプギアが押されてる。なんだか珍しいような…あ、そうでもないかな。ユニのときぐらいしか見てないし……

 

 …ん? あれ? “この子と”って、まさか……

 

「私も、ですか?」

「ええ。あなた、敵ではないのでしょう? なら手伝いなさい。これは教祖命令よ」

「えぇ……」

 

 教祖命令って…私別にリーンボックスの国民じゃ……え? 教祖? ユニが言ってた、あの教祖? というかこの国のトップ2!? 

 

「いいから行きなさい!」

「い、イエッサー!」

 

 ああもう成り行きに任せますよ! 

 えっと? さっきリンダはこの辺で何かしてたし……

 

「…あの、すみません。勘違いとはいえ、急に斬りかかってしまい……」

「あ、いえ……」

 

 …あれ? まだ私だって気付いてない? 

 ま、まあそっか。そのための変装だし、知り合いにあった程度でバレるようなのじゃ、意味ないもんね……

 …なんかもう、言い出しづらいし、このままでいいかなぁ……

 

「私、ネプギアって言います。あの、あなたは……」

「…ユエ。そう呼んでくれればいいよ」

「分かりました。ユエさん、よろしくお願いしますね」

「うん」

 

 さすがにそのまま名前は言えないもんね。うん。

 さて、ネプギアはいつまで気付かないのか……

 あっ、これ岩に擬態した取っ手だ。ってことはあの音は扉を開けて閉めた音? 

 じゃあここを引けば…よし、思った通りだ! 

 

「わっ、まさかこんなところに隠し扉が……」

「…あの人はこの先に行ったよ」

 

 本当にこの先に行っていいのか…というか行かなきゃダメなのか、とチカさんを見るけど、コンパさんに僅かな怪我を治療されてるチカさんは「さっさと行きなさい!」って言ってくるし…うぅ、あの人本当に捕らわれてた人なんだよね? その割には元気過ぎない? 

 コンパさんもアイエフさんも「こっちは私とあいちゃんに任せるですっ!」「私達で教祖様を安全な場所まで連れて行くわ。だから大丈夫よ」ってネプギアと私に言ってくるし……

 うぅ…私の任務、こんなとこまで頼まれてないのにぃ……

 

「ありがとうございます、お二人とも。では行きましょう、ユエさん」

「…うん」

 

 行きたくないです。

 そんな私の気持ちは誰にも気付かれることなく、私達は扉の中へと足を踏み入れた。




後書き~

正体に気付かれないまま、成り行きのままに行動するルナちゃん。まさか敵に気付かれないようにする策が、味方に効果を発揮するとは。敵を騙すにはまず味方から、が意図せずなっちゃったパターンですね。
しかも教祖命令として任務外の行動を強制されてしまったルナちゃん。さて、彼女は無事任務を終えることができるのでしょうか。
ユエって、月って意味なんですよ。
ではまた次回もお会いできると確信して。
See you Next time.


今回のネタ?のようなもの。
・目が、目がぁ~!
有名なパロですね。『天空の城ラピュタ』でムスカ大佐が言った台詞です。眩しい光ってホントに射抜くってぐらい目が痛くなるのは経験済みです。
・あなたのハートにるっなるっなるー
『ラブライブ!』から矢澤にこちゃんのスクールアイドルとしての決め台詞からですね。『るなるー』は『にこにー』からで、“る”を“り”に変えれば同シリーズの別作品ニジガクの璃奈ちゃんの愛称になるなぁ、とか思いながら書いてました。その後のダレカタスケテーは前に紹介したので、無しで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十六話『地下に潜む悪意』

前書き~

前回のあらすじ。
前回、ギルマスジンからの任務で元犯罪組織のアジトへ潜り込む不審者ルナちゃん。そこで見たのは拘束された女性に追いかけられていた下っ端に追いかけていたネプギア達三人娘。なんやかんやあってルナだと名乗り出せない、出さないまま下っ端の後を追いかけます。
今回はふたを開けたら凍る炭酸飲料を片手にごゆっくりとお楽しみください。


 隠し扉の先は前までの通路と同じく金属むき出しの通路。けど幅が狭い一本道。向こうから人が来たらすれ違い出来ないね。

 通路の電灯は点いていて、それがアイエフさんがスイッチを切り替えたからなのか、リンダが点けたのかは分からないけど、おかげでその通路がそれほど長くないことは分かった。

 通路を出ると、少し広い空間に出た。下へ下りる階段があるだけの空間。他に道はなく、リンダはこの下へ行ったのだと思う。

 先頭はネプギア、後ろは私の順番で降りていく。会話はない。というか音を出さないように慎重になっている。

 慎重に、ネプギアが前方に注意しながら下りていくと、私達はさっきまでのドームのように広い空間とは違う、弱い光で照らされた薄暗い空間に出た。ドームのような空間は岩肌むき出しの空間だったけど、ここは違う。何らかの物体が入っているのだろう大きなタンク。あちこちに張り巡らされた管に、どこに繋がってるのか分からないコード。そして中身が見れるよう全面がガラス張りのポッドがいくつも。タンクから伸びている管はいくつかに分かれポッドの上部へ繋がっている。今は空のそこには、管から注入された何らかの液体で満たされていたのだろう。ポッドの底には成分がよく分からない色のついた液体が僅かに残されていた。

 この施設の情報をジンさんは知っているのだろうか。それは分からないが、後で施設の写真を撮り、この施設の存在を報告しなければ。…そうすれば任務外の行動について咎められないよね……? それにまあ、捕まえれば任務内の行動になるし……追うのは変わらず任務外の行動だけど。

 けどそう考えるのも、証拠写真を撮るのもまた後。今は陰に隠れて、この扉の向こうにいる人達の会話を聞き逃さないようにしないと。

 声から察するにリンダと前に会ったネズミのモンスター…名前は確かワレチューだっけ。それと男の人の声が聞こえるけど……

 

「それで失敗したっちゅか? 相変わらず下っ端は使えないっちゅ」

「うるせえ! テメエまで下っ端って呼ぶんじゃねえ!」

「うるさいっちゅ。下っ端は下っ端で十分っちゅ」

「このネズミ野郎……!」

「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて。いいではありませんか。彼女が頑張ってくれたおかげで、我々は円滑に事を進めることができたのですから」

「そうっちゅね。女神共を引き付けたのはごくろうさまっちゅ」

「上から目線に、この……!」

「まぁまぁ落ち着いて。さて…えー、下っ端さん?」

「だからリンダだっつーの!」

「そうですか。それで下っ端さん、例のブツは持ってこれたのですね?」

「…チッ。ああ持ってきてやったぜ。ほらよ」

「それは、まさかマナメダル!? なぜあなたのような方がそれを持っているのですか!」

 

 えっ!? なんでゲイムキャラが持っているはずの物をリンダが!? それに今の声…反応からしてまさか……

 

「へっ、わざわざガラじゃネェ変装までして手に入れてきたんだ。しかしまぁ教会にあったおかげで探す手間が省けてよかったぜ」

「ありがとうございます、お疲れさまでした、下っ端さん。さてネズミさん、そのゲイムキャラをここへ」

「はいっちゅ」

「やめてください! あなた方は私をどうするつもりですか!?」

「どうするって、決まっているでしょう? 私は研究者。ならばやることはただ一つ。実験ですよ」

「実験って、何をするんですか!?」

「それはすぐに身をもって体験するでしょう。なにせ、あなたはその実験のパーツの一つなのですから」

「っ!?」

「さあ、仕上げに取り掛かり──」

 

 研究者と名乗る男性の言葉は途中で途切れた。これ以上はまずいと私とネプギアが扉をぶち破ったから。

 

「そこまでです! 全員両手を上げてください!」

「なぁっ、女神!?」

「ちゅっ!? 下っ端がつけられてたっちゅか!?」

 

 リンダとネズミは突然現れた私達に驚いた。が、研究者は至って冷静だった。

 

「む? おや、これはこれはプラネテューヌの女神候補生ではありませんか。そちらの方は存じ上げませんが、あなたのことは大変よく存じておりますよ」

「それはいいので、大人しく命令に従ってください」

「おやおや、それは嫌ですねぇ。これより行われる実験の後ではダメでしょうか?」

「ダメに決まってるじゃないですか。今すぐ両手を上げてください。でなければ……」

「でなければ、何を? よもや女神候補生ともあろうお方が、か弱き一般人に暴力を振るうと? おぉ、それはとても恐ろしい」

 

 か弱きはともかく、一般人ってどの口が言うんだか……

 

「ではこちらはそれ相応に抵抗させていただきましょう。──リンダさん、ワレチューさん。お二人とも、今しばらくの間彼女達のお相手をよろしくお願い致します」

「チッ。テメェはいけ好かネェがマジック様の命令だからな。おいネズミ!」

「ちゅ。この実験が成功すればすぐに世界はおいら達のものっちゅ。その邪魔をさせるわけにはいかないっちゅ!」

「そんなことはさせません! 世界の…ゲイムギョウ界の平和は、私が守ります!」

「なんだかよく分からないけど、とにかく実験とやらを止めればいいんだよね。ならここは全力で止めさせてもらうよ!」

 

 本当に何が何だか分からない。私が知らないところでゲイムキャラは捕まってるし、マナメダルはゲイムキャラじゃなくて教会にあったっぽいし、それをどういう手段でかリンダは盗んでるし、それらを実験に使うってあの見た目がまさにがりがりの研究者は言ってるし、よく分からない装置にマナメダルとゲイムキャラがセットされてるし。

 …うん。本当によく分からないけど、とりあえず私達の勝利条件は実験の阻止だ。

 よし、行くよ、相棒! 

 

『Yes,My Master.』

 

 

 

 こちらの勝利条件は実験の阻止。対する向こうは時間稼ぎにより実験を実行させること。

 どれだけの時間がこちらにあったのかは分からない。既にキーアイテムらしき二つはセットされていたし、後は何をして、何が必要だったかなんて分からなかったから。

 ただ研究者は「仕上げ」と言っていたからそれほど時間がないことは分かっていた。分かっていて、それがワレチューの言うように本当にすぐに世界を支配できるほどのものだとしたら、絶対に阻止しなければならなかった。その焦りがあった。

 焦りながら必死に二人と戦ったけど…予想外に二人は強かった。以前倒せたのが嘘のようだった。月光剣が言うには、二人からはいつもとは別の力を感じるからパワーアップアイテムを使ったんじゃないかって。それを知ったところで今の私達の全力で戦うしかないんだけどね。

 勿論ネプギアだって出し惜しみなく女神化して戦ったけど、場所が悪く、その機動力を活かせずもどかしそうにしていた。

 二人で幾度も実験を阻止しようとしても、リンダかネズミか、はたまた二人がそれを阻む。

 それを何度も繰り返しているうちに、何かの操作をしていた研究者は白衣のポケットから取り出した()()を蓋の付いた管に入れようと──

 

『──マスター!!』

「うん!!」

 

 月光剣の焦ったように呼ぶ声に、瞬時に何をすればいいのか判断し、足に力を入れ、跳ねるように体当たりをしようとする。

 が、それをリンダとネズミに身体を張って阻まれて、ネプギアの手も届かなくて。

 ()()は管の中へと放り込まれた。

 

「ハハハッ! 無駄でしたねぇ、女神サマ! これで実験に必要な全てのパーツは揃い、全ての力がヤツに取り込まれた!! ゲイムキャラの力も! マナメダルの魔力も! シェアクリスタルも! 全て!!」

「やっぱり…でもどうしてシェアクリスタルが……!」

「不思議でしょう。本来あなた方にしか精製出来ないシェアクリスタルが、何故我々の手にあるのか! それはズバリ、我々が研究者であり、幸運の持ち主だからですよ!!」

 

 いや答えになってない。

 というかあの虹色の石がシェアクリスタルなんだ……

 …あれ? これって結構まずくね? あの管がどこに繋がってるのか分からないけど、取り込まれたって……

 

『まずいとかのレベルではありません。今のシェアクリスタルは──』

 

 言葉は途切れた。立っていられないほどの地震と、周りの声が聞こえなくなるほど大きな地鳴りが私達を襲ったからだ。

 

「な、なにが起きて……!?」

「ハハハッ! 分かりませんか? 分かりませんよねぇ! そんな女神サマにこの私が教えてあげましょう! 目覚めるのですよ。我々が捕獲し、力を与えた最強のモンスター! …になる予定の実験体が」

 

 最後は小声でボソッと言った研究者だけど、バッチリ私の耳には入ってる。

 捕獲。モンスター。実験体。

 全て聞こえた。知りたかった事実。聞きたくなかった現実が、真実だったと裏付ける言葉が。

 

「っ……」

『マスター……』

 

 否定したかった思考が現実だった。そのショックは大きいし、今もその被害を受けているモンスターがいて、しかも目の前にいて、止められなかった。止めてあげることができなかった。その事実が一番大きかった。

 何が手が届く範囲なら助けたいだ。手が届く場所にいても助けられなかったじゃないか。

 出来る範囲ってなんだ。この程度も出来なかったじゃないか。

 たった一体さえ助けられないんじゃ、皆の場所を守ることだって……! 

 

 

 ──ァアアアアアァァァ────!! 

 

 

「くぅッ……!」

「ユエさん…?」

「ぐっ……ァ……!」

 

 痛い痛い痛い痛い!! 

 何だこれ…! 頭が…割れる…! 違う…なに…分からない……! 

 まるで色んな痛覚が一気に押し付けられたようで、脳が混乱する。

 私が今何をしているのか、何をしていたのか。ここはどこで、私は誰なのか。

 それさえ分からなくなってしまうほどの情報量に、脳が焼ききれそうだった。

 

「どうかしましたか!? ユエさん! ユエさん!!」

「ィッ…グ…ゥゥ……!」

「おや? おやおや? 何故そちらの方は苦しんでおられるので? まさか、実験体の能力によるもの? しかし我々には影響など出ていない…ふぅむ。これはとても興味がそそられますねぇ…」

「そんなこと言ってる場合じゃネェよ! 振動のネェ今のうちにずらかるぞ!」

「そうっちゅ! このままじゃおいら達全員下敷きっちゅ!」

「ふむ…確かに、ここはそれほど強く作られているわけではありませんからねぇ…それに実験体は地上へ出たようですし。では女神サマと名の知れぬお方、私どもはこれで」

「あっ、ま、待ってください!」

「待てって言われて待つバカがいるかよ!」

「くっ…でもユエさんが……!」

「ッ…だい、じょうぶ、だか、ら…おいかけ、て……!」

 

 体のどこにも異常が無いはずなのに痛覚だけは強くも弱くもならずに続いていて、けれど少しずつ慣れてきて、ようやく少しずつ周りが見えてきて彼らが逃げるのが分かって、叫んででも痛みを和らげたい衝動を噛み殺し、ネプギアにそう言った。

 けどネプギアは「…ダメです。ユエさんを放っておけません!」ってうまく動けない私を背負い、脱出しようとする。

 ダメだ。今逃したら、また奴らはモンスターという生命を弄ぶ。…ううん、それだけじゃない。もしかしたら同族さえも実験対象にするかもしれない。絶対に阻止しなきゃならない。

 けどもし私がネプギアの立場だったら。そう考えたらネプギアの判断も否定できなくて、体がうまく動かないという意味でも拒めなくて。

 私達は元来た道を戻る。まだ上に皆さんがいるかもしれないから、とネプギアが言ったから。

 

 急いで上の空間に戻ると、そこにはまだ皆さんがいて、混乱している皆さんが説明を求めようとするけど、ネプギアが崩れるかもしれないから地上へ、と言うとすぐにコンパさんが弱って思うように歩けないチカさんを背負い、アイエフさんを先頭に、あの迷路のような通路を走る。

 どうやら道順をすべて覚えているのか、何か目印を付けていたのか、矢の目印に気付いたのか、その足は迷うことなく進み、私達は全員地上へと脱出することができた。

 そしてすぐに何が起きたのか確認しようと皆さんが洞窟の方を見て──目を見開き、後ずさりした。

 何かを見た。そう気づいて私も顔を上げ皆さんが見ている方向…空を見上げて、皆さんと同様に驚いた。

 あまりにも大きな翼を持った黒いモンスターが、そこにいたから。

 逆光で最初は黒いシルエットしか見えなくて、けれど大きく広げたその翼から一瞬鳥系のモンスターかと思ったが…すぐに自分の目を疑った。

 皆さんもそれぞれ目の前の存在の姿を疑い、疑問を口にした。

 この場にいる誰もが、その異質な姿に、本当にそれはこの世に存在しているモンスターなのかと疑っていた。

 その翼は大きさこそ見たことがない程大きいものの、鳥系モンスターと同じ。けどその頭は獣系のフェンリル種のようで、足はまるで昆虫系モンスターの足のように何本もあり、腕はドラゴン種のような鋭い爪を持っている。胴体はリザード種のようだった。

 色も部位によって違っていた。全体的に黒いモンスターではあるものの、それぞれに別の色があり、まるで全ての部位が別のところから持ってきて繋げたような、ちくはぐな姿をしていた。

 そこでようやく私は研究者の言っていた実験というのが何なのか、察してしまった。

“力を与えた最強のモンスター”。それは、モンスターの各部位を切り取り継ぎ合わせた創作化物(キメラ)のことだったのだと。

 

「────!」

「くっ…! なんて声量……!」

「耳が、破けそうですぅ……!」

 

 その口から出た雄叫びはフェンリル系のもののように聞こえた。けど冷静に聞けば他の声も混ざっているように聞こえた。

 ひとしきり鳴いた後、その鋭い眼が私達を捉える。

 その鋭い瞳とお面越しに目が合った。

 

──「イタイ」──

 

「…え」

 

──「イタイ。クルシイ」──

 

「…声……?」

「ユエさん? どうかしましたか?」

「今、声が聞こえなかった?」

「声ですか? いえ、聞こえてませんが……」

 

 そう言うネプギアは当然嘘なんて吐いてるわけなくて、けど確かに聞こえた。

 声。感情を言葉にしただけの、耳を通して聞こえたものじゃない声。

 それが誰の声なのか、何故か私はそれが分かっていた。

 気付けば痛みは消えていて、代わりに押し付けられたのは怒りや悲しみといった負の感情。

 自分のじゃない、誰かの感情。

 それが目の前のモンスターの感情であることを、私の中の本能のような部分で感じ取った。

 これらをどうして私が分かるのか、聞けるのか。そんなの分からないけど、けどそれらの声…想いや感情が本当で本物で確かで。それだけははっきりと分かる。

 はっきりと分かってしまったから。

 

「…ごめん。下りるよ」

「あ、いえ。…もう大丈夫ですか?」

「うん。心配かけてごめんね」

「いえ。当然の事ですから」

 

 心配するのは当然。だって傷付いて欲しくないから。傷付いたら悲しいから。

 ネプギアからしたら初対面も同然の相手なのに、そう言ってくれる辺り、とても優しい心を持っているのだと改めて感じる。

 それと同時に騙し続けているようで罪悪感を感じてしまう。あぁ何故あのときさっさとフードとお面を取ってしまわなかったのか。ジンさんの気持ちをないがしろにしちゃダメなのと、これらを取らないことも任務のうちとも思えるからそれで後悔と罪悪感を誤魔化しておくしかない。

 とりあえずこのモンスターを何とかしてから自分がルナであることを言うか悩もう。今はもっと別の優先すべき悩みがあるのだから。

 

 そう、このモンスターをどうするか。

 彼から感じる負の感情は強い。それが何故なのか、想像したくはないが、予想できてしまう。そしてそれらの感情が、複数分であることも感じた。

 あの体を作り上げるのに犠牲となったモンスター全員の感情なのだろう。全員が、強い負の感情を持ったまま犠牲となった。

 怨念とも呼べるそれは強い感情が故に強い力を彼に与えているらしい。さきほどからずっと強い負の力を感じ取っていて、それはネプギア達も感じているらしい。とても恐ろしいものを見ている、けど臆さないよう自分を奮い立たせているように見える。

 そんな目で見ないであげて欲しい。彼だってあんな姿になりたくて、あんな力が欲しくてああなったんじゃないんだ。

 そう言いたくても言えない。ネプギア達にとっては、相手は正体不明のモンスターであることに変わりはないのだから。

 実験に使われた可哀想なモンスターだ。そう言って、皆も分かってくれて、それで? それでどうする。分かってくれたところで、このモンスターが人にとって害無き存在なわけではない。むしろ力がある分、危険度は高い。その力を人に向けられれば、多くの人が傷つき、最悪の場合死者が出る。

 ただの可能性でしかない。こんなの、前科を持つ人がまた犯罪を犯すかもしれないと思っているのと同じだ。

 けど…人を憎む気持ちを持つモンスターを放っておけば、いずれ人を傷つける。そうじゃなくてもこんな街に近い場所にいるモンスターは撃退か討伐対象となる。

 それが今の世の規律(ルール)なのだから。

 彼の事情は言わない。所詮確証を得たものなどではないし、何よりそのことを伝えて彼女達の手が鈍って、その結果この場の誰かが傷つくよりはいい。事情を知らないまま倒す方が彼女達の心境的にもいいはずだ。

 

 ただ不気味なモンスターを倒した。それだけでいい。

 

「ネプギア、まだ戦えるよね」

「はい! もちろんです!」

「ならアレを倒すよ。お二人は教祖様の護衛をお願いします」

「わかったです!」

「…いえ、私も戦うわ。教祖様にはコンパがいれば十分よね」

「あいちゃん…もちろんです! しっかりお守りするです!」

「アタクシは教会に連絡して援軍を手配するわ。それまでしっかり持ち堪えなさい」

「…はい」

 

 教会からの援軍って、多分国軍だよね。軍が来ると私の出番が無くなるんだけど…ほら、軍って遠距離型の攻撃ばかりだから。

 まあ大きな怪獣相手に軍の兵器をって割と定番な展開かな。…あ、それだと兵器が効かないという展開にも……

 ね、ネプギアがいるから大丈夫だよね、うん! 

 

「そうだ。コンパさん、ユニちゃんとロムちゃんラムちゃんに連絡してもらえますか? もしかしたらユニちゃん達の力も必要かもしれないので」

「わかったです。すぐに連絡するです」

 

 …え、まって。

 

「ロムとラムもこっちにいるの?」

「はい。二人とも今はリーンボックスに…ってあれ? ユエさんは二人と知り合いなんですか?」

「あっいや…その…二人は女神候補生だから……」

「そういうことでしたか」

 

 危ない危ない。つい素で訊いちゃった。まあでも誤魔化せたよね……? 

 でもネプギアがユニ達を呼ぶなら……

 

「教祖様、こちらからも連絡していただきたい人物がいるのですが」

「アタクシに? いいわ、言ってみなさい」

「はい。ギルドマスター宛てにこうお伝えください。「任務失敗及び緊急事態発生」と」

「…ギルドマスターに? あなた、ジンが雇った冒険者なの?」

「まあそんなとこです。あ、私のことはローブ羽織ったやつとでも言ってくれればきっと伝わります」

「…わかったわ。伝えておくわね」

「お願いします」

 

 さて、じゃあ……

 

「大人しく待っててくれた君に感謝を。そして申し訳ないけど…倒させてもらうね」

「絶対にここから先へは行かせませんから。覚悟してください!」

「────!」

 

 それはまるで私達の敵意に応えるように、彼もまたこちらへの殺意を表す。

 それが開戦の合図となった。




後書き~

ずっと出してみたかったやつがようやく出せました。
出してみたかっただけで戦闘シーンを書く気はゼロでした。次回どうしよう…そろそろ例の技を出してみたいのですが、そのためには戦闘シーンを書く必要がありまして……
例の技を出したい!そしてやりたいからってやったことをちょっとだけ後悔してる人がここにいます!そう、私です!(魔女の旅々風)
そんなこんなで次回下手くそな戦闘シーンがあったとしても目を瞑ってくれると嬉しいです。
ではまた次回もゆったりしていただけますように。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話『創作化物(キメラ)

前書き~

前回、戦闘シーンを書くと覚悟を決めた私。
戦う少女を主人公として書いている以上、避けられない運命(さだめ)。苦手だろうがやらなければ作者として彼女達に申し訳ない。
頭とGo○gle先生をフルに使い、時にネタに走り消し、ようやくできたのが今回のお話となります。
なお、戦闘シーンさえ書ければ後はあっという間に書けた私です。戦闘シーンもこれぐらい早く書けるようになればいいのに、と自分の得意分野に戦闘がないことを恨めしく思いつつ前回のあらすじ。

前回下っ端追いかけて地下研究所に足を踏み入れたルナとネプギア。そこで見たのは研究者と犯罪組織が結託しモンスターに対して実験を行っているという事実。しかもシェアクリスタルとゲイムキャラとマナメダルを取り込んで強化された創作化物(キメラ)が暴れ出す。
今回は実験生物を倒すために頑張ります。
ハンカチを片手に、ごゆっくりとお楽しみください。


 地面を揺らすほどの咆哮が止むと同時に私達は駆けだす。

 ネプギアは空へと、私とアイエフさんは地上から。それぞれの武器を手に敵へと向かって。

 最初に攻撃を仕掛けたのはネプギア。ビームソードから放たれるビームがキメラを貫かんと迫る。が……

 

「っ、効かない!?」

 

 ビームはキメラの胴体へと確かに当たったものの、切るどころか焼かれてすらいなかった。次のアイエフさんのカタールによる連撃もダメージが通っているように見えなかった。

 もしかしたらエル君同様、防御力が異様に高くなっているのかもしれない。それを自分で確かめるためにも、その虫のように複数ある足の一本を踏み台に、胴体へと三連撃を放つが、まるで鎧でも纏っているかのような硬さに擦れ傷のような痕しか残らなかった。

 この胴体の元となったモンスターが個体として持っていた防御力だとは思えない。リザード種なら私一人で倒したことが何度かあるからだ。

 こうなると他の部位に攻撃が入るかも怪しい。見るからに鎧を纏っているような艶々と黒光りした殻に覆われた足はどうだろうか。硬そうな鱗に守られた腕は。びっしりと羽に守られている翼は。剛毛に覆われた頭は。

 どこかに脆い場所はないか。その部位を見つけるために一旦引こうとして、キメラの目が私でも空を舞うネプギアでもなく、アイエフさんを捉えているのに気付いた。

 そしてキメラから伝わってくる感情のなかでも怒りと憎しみの感情が膨らんでいくのにも気付いた私は駆け出し、アイエフさんの体へ体当たりする。

 驚いたアイエフさんが体当たりの正体が私だと分かるとすぐに文句を言おうとしたけど、その言葉は最後まで続かなかった。

 アイエフさんがいた場所には私がいて、そこにキメラの鋭い爪が迫っていて、次の瞬間には月光剣の面に張られた防御壁とキメラの爪が衝突したから。

 

「ぐっ…! 重い……!」

 

 体重を乗せたその攻撃はあまりにも強い圧力で、体が押しつぶされそうになるのを両手両足で必死に耐える。

 そんな今の状況が、ふと前にも似たようなことがあったな、とあのときの情景を思い起こさせた。

 それはまだ皆と出会ったばかりの、私が記憶を失くしたばかりの頃。初めてのクエストでキングスライヌに遭遇してしまったときのこと。

 あのときも同じようにアイエフさんを…あのときはネプギアとコンパさんもだったけど、助けようとして無我夢中で前に出て結界…防御壁を張ったっけ。

 今の状況はそのときと似ている。仲間を助けようとして、自分が代わりになっているところや、モンスターに押しつぶされまいと防御壁を張って耐えているところとか。

 状況は何となく似ていて、けれどあの時とはレベルが全然違う。敵も、私自身も。

 そして仲間も。

 

「このっ…! 『烈火死霊斬』!!」

 

 体勢を立て直したアイエフさんの持つカタールが炎を纏い、キメラの腕を斬りつける。

 腕への攻撃はそれが初めてで、アイエフさんの攻撃が通用するのか。

 結果はすぐに分かった。炎を纏った刃が腕に触れた途端、キメラが悲鳴のような声をあげ、腕を引っ込めたから。

 それに焼かれるように熱い痛みは私にも伝わったから。

 

 …これは少し厄介だな。

 

 攻撃が効いた。そのことよりも痛みも伝わってくることに意識が向く。

 少しでも痛みを和らげたいという気持ちから左腕を撫でたが、そこに傷なんてありはしないし、痛みが和らぐこともない。あくまでこれはキメラが感じている痛みなのだから。

 だがそれでも一瞬だが自分が感じた痛みだと錯覚してしまった。それほどまでに伝わってくる感情や感覚がクリアだった。

 …とことんメンタルが試される戦いになりそうだ。

 

「大丈夫?」

「はい。そちらはお怪我は?」

「アンタが突き飛ばしたときの以外はないわ」

「うっ、すみません」

「いいわよ。むしろありがと、助けてくれて」

「…仲間として当然ですから」

 

 この場で共通の敵へ共に戦っている、という意味での仲間と受け取ったか。仲間だということを拒否したかったかもしれない。アイエフさんがこの言葉をどう受け取ったのかは分からない。

 次の言葉を聞く前に、再びキメラはアイエフさんめがけて攻撃してきたから。今度は竜巻のように強く渦巻いた息が口から吐き出されて。

 素早くそれをそれぞれ左右に避け、私は後ろへ振り返り…その威力の凄まじさに戦慄した。

 木が軒並み倒されていた。地面も抉れ、草も散っている。

 もしそれをまともに食らえば、大ダメージになること間違いなしだ。下手したらそれだけで戦闘不能になるかもしれない。

 あれだけは絶対に回避だね。

 

「ネプギア! 腕を狙いなさい! そこなら通じるかもしれないわ!」

「分かりました!」

 

 アイエフさんはいち早くネプギアへ情報共有し、ネプギアは襲い掛かるキメラの爪を回避しビームソードで斬りつける。

 だが結果は胴体の時と変わらず。ダメージを与えられなければ、痛みも伝わってこない。

 つまり腕が弱点ってわけじゃないみたいだけど…じゃあさっきは何故通用したのか。

 少し考えて気付いた違いはアイエフさんがただ斬りつけるだけじゃなかったことで。

 

「お二人とも、剣に属性を付けてみてください! 多分そっちが通用するんだと思います!」

 

 そう伝えると二人はそれぞれの返事をして、手に握る剣にそれぞれの属性を纏わせる。

 アイエフさんとネプギアは燃え盛る火を。私は雷属性を纏わせ、手始めに足へ斬りつける。

 すぐに効果があったことは伝わった。文字通り痛いほどに。

 それでも手を止めないし、止めさせない。このモンスターは敵で、私達はそれを倒さないといけないから。

 

「はぁぁ! 『プラズマラッシュ』!」

 

 電気を纏った連撃がキメラを斬りつける度、斬った部位の痛みが私へと流れる。痺れた感覚もまた流れてきて、剣を落としそうになるのを何度も耐えた。

 そうして耐え続けながら斬っていく。斬って切ってきって──

 早く終わってほしいと、そう思い始めたのはどちらの感情か。

 キメラは倒れなかった。確かにダメージは伝わっていたが、それは僅かばかりのものだったから。

 倒すにはいまひとつ足りなかった。

 

 そうこうしているうちに耐えかねたのだろう。キメラは翼を広げ羽ばたく。大きな翼は暴風を巻き起こし、地上にいる私達が飛ばされないよう耐えている間に足は地面と離れ、空へと飛び上がった。

 まずいな。地上を離れられると空を飛べない私達に出来る攻撃手段は更に限られてしまう。

 空にはネプギアがいるが、ネプギアの攻撃もいまひとつだし……

 ダメ元で雷属性の斬撃をいくつか飛ばすが、それが撃ち落とす攻撃にはならない。アイエフさんからも斬撃が飛ぶが、こちらは飛距離不足。

 どうにか策を考えようにも、そんな時間がないのは伝わってくる感情から分かった。

 その目が街の方へと向けられているのも。

 

「まずい…ネプギア! そいつ、街へ向かうつもりだ!」

「そうは…させません!」

 

 キメラの前に立ちふさがり、その進行を止めようとネプギアが放ったのは氷属性の魔力を纏わせた斬撃で、右翼を捉えていた。だが右翼へ当たる前にキメラはそれに噛みついた。

 

「っ!」

 

 痛い。冷たい。冷たいのを通り越して痛い。

 それでも口の中が凍ることは無かったようで、すぐに痛みが引く。

 だがこれで街へ向かうことを一旦諦め、攻撃対象をネプギアに向けるだろう。

 そう思った私達を文字通り無視し、翼を羽ばたかせその体を街へと動かし始めた。

 

「ダメ! 止まって!」

 

 そう言いネプギアが火、風、氷のそれぞれの属性で翼めがけて斬りつける。だがそれを腕や口などの他の部位で防ぎ、翼には当たらない。

 だが同時にキメラの動きを止めることにも成功していて、飛び回り攻撃するネプギアの動きにどうにか防げている状態だった。

 これなら街への進行を少しの間でも防げる。そしてネプギアの体力が尽きる前に援軍が間に合ってくれれば……

 …ダメだ、それじゃあ。ネプギアに任せっきりで、一人に負担を押し付けちゃ。

 何かないか。今の私にできる、ネプギアを手助けできる何かは。

 属性付きの攻撃…それも空を飛ぶ巨大な敵を落とせるほどの技……

 雷属性のプラズマブレイク? いや、あれだと近くにいるネプギアを巻き込む可能性もある。だが他に使える技は……

 …いや、あった。ひとつだけ。あの次元で、戦況を覆すことができた、あの技が。

 

「ネプギア! 悪いけどそのまま引き付けてて!」

「ユエさん…? わかりました!」

 

 疑問に思ったものの、すぐに頷いてくれるネプギア。

 おかげで敵の位置はあまり変わらず、注意も向かない。私は技に集中できる。

 剣に魔力を込めながら、頭に描くはあのときの光景。次元も違えば状態も違うあのときに出せた技が、今の私にも出せるかどうかは分からない。

 けど成功するはずだ。あのときより少しは成長したはずだし、何よりこの手に握るのは見てくれだけの張りぼてじゃない。

 月の加護を受けた、月光色の剣。

 正真正銘、私の相棒なんだから。

 

「そうだよね、相棒!」

『Yes, mastar.』

 

 魔力が溜まっていくにつれて剣はその銀色の輝きを増していく。

 それはこの子の輝きであり、魔力の属性色であり。

 何より私自身の色だ。

 

 目標は空飛ぶキメラ。その胴体前面。

 魔力の充填度は…十分。

 イメージするは湖に浮かぶ三日月で。

 私は剣先を地へ向け、そのまま勢いをつけ振り上げた。

 月が空へと昇るように。

 

「『クレッセント…リフレイク』!!」

 

 放たれた光は銀色の弧を描き、広がりながら真っ直ぐキメラへ。

 意識をネプギアへ向けていたキメラがそれに気付くときには既に三日月は迫っていて。

 キメラは避けることを選ばず、その鋭い爪で掻き消そうと振りかざし。

 その鋭い爪と三日月の刃が触れたとき、刃は一層強く光を増して……

 

 ──四散した。硝子が割れるように、バラバラになって。

 

「そんな…やっぱり属性付きじゃなきゃダメってこと……!?」

「──?」

 

 そう言うアイエフさんと呆気に取られるキメラを見て、私はお面の下で口の端を上げた。

 そう、それでいい。だってそれは──

 

「──ッッ!!」

 

 湖面に映る、虚像の光なのだから。

 

「今の、まさか……」

「ネプギア、何してるの?! 今がチャンスよ!」

「あ、は、はい!!」

 

 光の刃はバラバラになった後、キメラの背後で再構成されその背中を切り裂く。その規模は両翼まで届いていて、そのダメージからキメラはバランスを崩した。

 そこにネプギアのビームソードが迫り……

 

「これで、落ちて!」

 

 光の刃による傷口へ、追い打ちをかけるように。

 

「────ッッ!!」

「っぅ……!」

 

 今までと段違いに強い痛覚。それも二度も伝わってきて、倒れそうな体を剣を杖にして耐える。

 

──イタイイタイイタイ……! 

 

 

 

 

 モウ、イヤダ……! 

 

「……?」

 

 あれ…? 今のは、どっちの……? 

 

 その思考を切り裂くように、一発の銃声が私達の鼓膜を揺さぶった。

 同時に伝わる、頭への小さな衝撃。

 

「この銃声って…もしかして!」

 

 ネプギアが笑みを浮かべ、その人物を見る。

 その方向にいたのは、こちらへと飛んでくる友達の姿。

 

「待たせたわね、ネプギア!」

「ユニちゃん…! ロムちゃんとラムちゃんも!」

「そのてーどの相手に苦戦するなんて、やっぱりネプギアは大したことないのね!」

「そんなことないと思う。あのモンスター、なんだかとっても強そう」

「だいじょーぶよ、ロムちゃん! わたしとロムちゃんが力を合わせれば、あんなのどーてことないわ!」

「うん。そうだね」

 

 言ってしまえば緊張感のない。けれど私にとっては安心する彼女達のやり取り。

 つい声をかけそうになるけど、今の私の姿を思い出して踏みとどまる。

 そう…今の私はただの雇われ冒険者…ってことになってるんだから。

 

「ネプギアさん。ギルドが手配した援軍がこちらに向かっているわ。あと少しの辛抱よ、耐えて見せなさい」

「はい! ありがとうございます、チカさん」

 

 よかった。援軍も来るんだ。ならこれで確実にキメラを倒せるんだね。

 よかった、これで……

 

 

 

 ……本当に、これでいいんだろうか。

 勝機が見えた途端に浮かんだ疑問を、私は無視するべきだった。

 痛みが伝わってこようが、怒りや憎しみが伝わってこようが、それを無視して倒せばよかったんだ。

 そうすればこの感情を長く感じることは無かったのに。

 けれどその疑問を無視できなかったのにも理由はあって。

 一方的に伝わってくる、流れてくる感情のなかに、悲しみの感情もあったから。

 家に帰りたいのに帰れない。元に戻りたいのに戻れない。

 “今”を受け入れたくなくて藻掻き続ける感情が、私に伝わってきたから。

 その感情を無視したくないと思ってしまった。

 

 けど私に何が出来る? 

 ここで皆に説明したところで信じてもらえるか分からない。それは私がルナだと名乗り出ても同じだと思う。

 信じてもらったとして、それでどうする? この子達を倒さずに野へ放つ? 

 いつか復讐として人々を襲うかもしれない。今ここで倒さなかったら、被害を大きくしてしまうだろう。

 いっそこの子達の望みを叶えられたらどれだけいいか。元の体に戻して、家に帰して。

 それならもう、この子達も苦しまずに済むのに。

 

「「『アイスコフィン』!」」

「『ヴォルケーノバレット』!」

「『フレイムエッジ』!」

 

 ──イタイ。

 

 うん。

 

「────!」

「くっ…これホントにダメージ与えられてるの!?」

「た、多分与えられてると思う」

「もー! 早く倒れなさいよー!」

「いっぱい…えいっ」

 

 ──イタイ、イタイ。

 

 わかってる。

 

「おいいたぞ! あれだ!」

「あれは…女神候補生様だ! 先にいたんだ!」

「女神候補生様! 今助太刀いたします!」

「皆さん…! ありがとうございます! お願いします!」

「「「応!!」」」

 

 ──イタイ、イタイ、イタイ。

 

 わかってるってば。

 

「あのブレスには気を付けて! とんでもない威力よ!」

「ぐっ…なんだよこの化け物…! 規格外すぎるだろ…!」

「これでも食らえ!」

 

 誰かが攻撃を防いで、その隙に皆が攻撃して。

 翼が使い物にならなくなって、地に落ちて、総動員で力の限り攻撃して。

 それは私達三人だけで戦っていたときよりも圧倒的に有利な戦況で、たくさんの魔法や武器があの子達を攻撃して、さっきよりも確実にその命を削ってる。

 けどそれはつまり、何度も何度も、ずっとずっと長い間痛いのが続くってことでもあって。

 

 あの子達が暴れてる。それはもう、誰かを傷つけるためじゃない。

 あの子達が咆えてる。それはもう、誰かを威嚇するためじゃない。

 あの子達は望んでる。この痛みから、苦しみから解放されることを。

 

 それが伝わってくるのは私だけで。私だけが知ってて。

 

 ……目が合った。鋭い眼光はもうない。あるのは、暗い暗い悲しみの目。

 そんな目が私に訴えてきた想いはひとつで。

 

「──ぅああああああっ!」

 

 柄を握りしめ、咆えるように叫びながら駆け出す。

 他の誰かになんて目もくれず。魔法が当たろうがお構いなしに。

 ただ一直線に、あの子達のもとに向かって。

 そして──

 

「『月光一閃』!!」

 

 その首を斬り落とした。

 

 

 

 

 


 呆気ない最後だったと、誰かは言った。

 魔力を込めなきゃ倒せない相手で、しかも属性も付けなきゃいけない。体力は無尽蔵にあるんじゃないかと思わせるほどタフで、女神候補生ですら苦戦した。

 そんな敵がたった一人の剣一本で消えたのだから、そう思うやつも多い。

 だがそれでも街の脅威となりうる存在を自分達が倒せたこと。女神候補生の役に立てたことに喜び、仲間同士で、あるいは隣の見知らぬ誰かと手を取り分かち合う。

 そんな光景が広がっている中でただひとり空を見上げ佇むその姿は異質で、何を考えているのか分からないやつが多かっただろう。

 喜びをひとり噛みしめているように見えるやつもいたか。

 これはそう見えたからこそ、声をかけてきたのだろう。

 

「よぉ、お疲れ。お前すげーな最後の。ピカッと光って次の瞬間にはズバッと斬れて頭が落っこちてよ!」

 

 そう笑顔で話しかけてきたのはギルドで招集されたのだろう冒険者らしき男性。顔も隠している相手に話しかけられるのは、優しさからか好奇心からか。あるいは下心からか。

 

「ところでよ、もしソロでやってるんだったら、よかったら俺のパーティ『ワールドエンブリオ』に入らないか?」

 

 三つ目だったか。

 

「なあおい、聞いてるのか? なあ」

 

 一向に返事もせず顔も向けないことにイラついたのか、男性は自分の方へと向けさせるためにその肩に手を置いて……

 

 …私は躊躇いなくその手を叩き払った。

 

「私に触るな、人間風情が」

 

 自分でも驚くほど低い声が出た。

 罪悪感はない。むしろ嫌悪感すらあったと思う。

 普段の私なら言わない、見下した言葉。

 だが今だけは、この人間の態度に怒りを禁じ得なかった。

 

「な、なんだよ優しくしてやったのに。もういいお前なんかこっちから願い下げだ」

 

 そう言い仲間のもとへ戻っていく男性を一瞥もせず、ただ空を見上げ続ける。

 光の粒子が昇っていった先を、じっと。

 

 結局これでよかったのだろうか。

 あれしか方法はなかったし、あの子達も最後はそう望んだ。

 ああなる前に助けられなかった。その償いとして最後の望みを叶えられるように行動した。

 痛みを長引かせないよう、速く。

 痛みを感じさせないよう、一瞬で。

 後者は無理だった。私にそれが出来るほどの実力はなかったから。

 首に残る最後の痛みが、私にそう教えてくれた。

 それでもあの子達は安らかな目を私に向けていた。

 

 ──ようやく終われる。仲間達のもとへ行ける。

 

 ありがとう。

 

「っ……」

 

 お礼なんて言われたくなかった。

 罵倒されたほうがよっぽどよかった。

 それならまだ、この気持ちも、この涙も、溢れてなんてこなかったのに。

 

 

 

「──どうしたんだ? そんな目をして」

「ぇ…?」

 

 さっきのやり取りから、もう私に話しかける人はいないと思った。

 なのにその人は話しかけてきて、その声に聞き覚えがあって。

 ようやく視線を空から離して、その人の顔を見て、話しかけてきたことに納得した。

 

「ジンさん……」

「よう、お疲れさん」

「なんで、ここに……」

「そりゃお前さんが教祖様を通して俺に緊急事態なんて言うわ、教祖様も教祖様で人集めろって言うわ、心配にもなるだろ」

「…それは優しさですか。それとも下心からですか」

「純粋な好意と、結果としてお前さんにいろいろ背負わせちまった責任感からだ」

「…今の私に、好意を向けられるような資格はありません」

「そんなの知るかよ。俺が勝手に心配してんだ。資格の有無なんざ関係ねえよ」

 

 そう言ったジンさんは手を私の頭に置いて、フード越しに撫でた。

 それをさっきみたいに叩き払うことも、振り払うこともしようとは思わなかった。

 ただ僅かに伝わる温もりは、冷静になろうとした私を崩していって。

 

「…話してくれ。ここで何があったのか。お前さんが何を見て、何を聞いて、何を思ったのか。そうしたら俺は、お前さんが泣いている理由が、少しは分かると思うんだ」

 

 レンズ越しに見た彼は、とても優しい目をしていた。




後書き~

「湖面の月は、虚像の光。誰であろうと、何であろうと、その存在を捉える事など出来はしない。何故なら…本物の月は、虚像の真逆にあるのだから」(シモツキさん作『超次元ゲイムネプテューヌ Origins Relay』コラボエピソード第十六話より月光剣の台詞から)
今回登場した『クレッセントリフレイク』は二年前のコラボの際シモツキさんが考え登場させたルナちゃんの新しい技です。もう説明文だけでカッコいいですし、その技と文章を考え出しちゃうシモツキさんがカッコイイです。
いつか出そうと出番を伺っていたら気付いたら二年の月日が流れ…いえこれは私の投稿ペースが遅いだけですけどね。
そんなこんなで次回、心が傷付いちゃったルナちゃんをサングラスのお兄さんが癒します?いやネプギアがやります?
はい、いつも通り結局未定というわけです。

最後にいつも通りのパロディ説明と前書きに書いたネタに走って消した会話文を載せておきます。
それではまた次回もお届けできることを心待ちにして。
See you Next time.

今回のネタ?のようなもの。
・刃は一層強く光を増して……――四散した。硝子が割れるように、バラバラになって。
前記したORコラボエピソードにて、クレッセントリフレイク発動時の地の文です。そのままです。ネタというより表現に困ってパクったなとか言われても反論できないです。でもその代わりに同じくらいカッコいい文章を考えてから抗議してください。私はいつでも受け付けてますし、土下座する準備もできてます。(キリッ)

そして以下ネタに走って消した会話文。

「あのブレスには気を付けて!とんでもない威力よ!」
「ぐっ…なんだよこの化け物…!規格外すぎるだろ…!」
「援護するぜ!」
「深淵より舞い上がりし黒炎よ。今こそ我が身に宿りて悪しき魂を燃やし尽くせ!ダークネスファイアー!」
「遠距離攻撃かと思ったら思いっきり拳で殴んのかよ!しかも普通に赤いじゃねえか!」
「ふっ、些細なことだ」
「まあ威力はあるみたいね……」
「負けてられないね!よ~しもういっちょ私も行こうかな!」
「いやお前さっき魔力切れで倒れてたじゃねえか!引っ込んでろ!」
「いいやここで私の内なる獣が覚醒して更に魔力が……!」
「「ないから!」」
「しょぼん……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話『会議前のやり残し』

前書き~

前回のあらすじ。
前回、ルナちゃん以外の視点から見れば異形のモンスターを倒しただけです。ルナちゃん視点から見たらとっても辛く悲しい出来事でしたが……
今回はその出来事に負けないルナちゃんです。
プレーンパイを食べながらごゆったりお楽しみください。


 ──泣いてる。

 あの子が、泣いてる。

 なんで泣いてる? 

 誰が泣かせた? 

 

 あぁ、あいつらだ。

 あいつらが泣かせた。

 あの子を泣かせた。

 

 許さない。

 あの子から笑顔を奪ったあいつらを、

 絶対許さない。

 全部許さない。

 全部壊す。

 全部殺す。

 全部、全部、全部。

 

 そうしたらあの子はまた、笑ってくれるかな。

 

 

 


「…んっ……」

 

 朝日の眩しさで目を覚ました。

 見慣れない部屋。カーテンが閉めきられていて薄暗い部屋。けどカーテンの隙間から差し込んだ光が私を起こしたようだった。

 

「…いつの間にか寝てたんだ、私……」

『おはようございます、マスター。お目覚めの気分はいかがですか?』

「おはよう月光剣。…あんまりよくないかも」

 

 寝起きだからかな。頭がまだぼんやりする。

 それになんだろう…夢を見たんだと思う。なんだかとっても悲しい夢を。

 

『夢、ですか…内容を覚えていますか?』

「ううん、全然。ただ悲しい夢だったなってことは覚えてて……」

 

 なんだろう…私は一体何を見たのかな……

 そう考えていると、部屋の扉をノックされた。返事をすると、相手はジンさんだった。

 扉には鍵がかけてある。だからそれを解除するためにまだ気だるい体を起こして、扉を開けた。

 

「おはよう。昨日はよく眠れたか?」

「おはようございます。…一応眠れはしましたけど……」

「…まだ疲れが取れていないようだな。どうする? 今日の会議は欠席するか?」

「…いえ、参加します。一度受けたお誘いを断るわけにもいきませんからね」

「そうか…。ところで朝食はまだだろう。近くにカフェがあるんだ。一緒にどうだ?」

「そうですね。ではご一緒させていただきます」

「そうか。…支度は30分もあれば十分か?」

「へ? …あ。は、はい。すぐ準備します」

「ああ。では30分後にな」

 

 そう言ってジンさんはさっさといなくなって、私は扉を閉めた。

 ははは…私、まだ起きたばかりで何の支度も出来てなかった……

 

「…急がなきゃ」

 

 ジンさんを待たせないためにもね。

 そう決めて私はすぐ洗面台のところへと向かった。

 

 

 

 私が寝ていたのはギルドの中にある仮眠室。生活に必要な最低限の設備が揃ったそこは少し狭いホテルの部屋みたいな場所で、仕事が忙しくて帰れないようなときに使っている、とジンさんは言っていた。

 ただ忙しくないなら使われない部屋だから、ということで昨日ジンさんから「まだ宿を取っていないなら使うといい」という言葉に甘えて泊まらせてもらっていた。

 だから別にジンさんの家に泊っているわけじゃないから安心してね! …って、誰に言ってるんだろ私……

 

 そういえば昨日はあの後、私はジンさんや他の冒険者達と共にギルドに戻ってきた。そこで他の冒険者達とは別れて、私とジンさんは執務室へ。そこで今日の事件を私の視点で話した。

 洞窟の最奥で捕らわれている教祖に偶然会ったことから隠し扉から繋がる地下研究所の存在。そこでキメラを作ったという研究者に会ったことやキメラにゲイムキャラ達が取り込まれることで暴れ地上へと出て、それを私達が倒したことまで全て。

 そして仕組みは分からないが、キメラの感情や痛覚が私に伝わってきたことも伝えた。

 当然信じられるわけがない。所詮モンスターと人間だ。通じ合うなんてあるわけがない。

 そう言われるとか思ったのに……

 

「そうか…だからお前さんは泣いていたんだな」

「…え…信じてくれるんですか……?」

「当然だ。俺はお前さんを信じてこの協力関係を築いた。ならこの話だって信じられなきゃ、他の報告でさえ信じられなくなっちまう」

 

 「まさかお前さん、そう言って今後変なモンスターを倒すなーとかいう気じゃないだろう?」って問いにはすぐに頷いて「彼らが人間に危害を加えようとしたことに変わりありませんから」って言うと「ならお前さんがこんな嘘を吐く理由がないな」って笑った。

 それもそうだ。こんな突拍子もないこと、理由が無ければ嘘として吐く必要がない。そして私にはその理由がない。

 …少しだけ安心した。こんな話を信じてくれる人もいるんだってことに。

 そう思っているとジンさんが「まあお前さんの話を信じられる理由が他にもあるんだが……」と呟いて、私がそれに対して聞き返そうとしたら「ああいや、すまない。独り言だ。忘れてくれ」って誤魔化された。

 その理由の内容が気にはなるけど…それ以上は聞かなかった。どちらにしろ私を信じてもらえているのだから、それでいい。

 

 それからすぐ話は切り替わって、明日…つまり今日の話になった。

 教祖や他国の女神候補生も含め、今回の件で情報共有をする必要がある。そのためにも何か知ってそうなギルド、その長であるジンさんと、あの場にいた雇われ冒険者な私…ユエに参加してもらいたいとのご伝達。ちなみにジンさんは強制。私は任意らしい。

 任意だからどちらでも構わないとジンさんは言っていて…私は最初断った。今回の件であの子達の感情が流れ込み続けたせいか、私自身の精神に影響が出ている。冷静に考えればそう自覚する態度を取ってしまっていたから、これ以上酷い態度を取る前に休んでおきたいと思って。…でもあれはあの冒険者の態度も悪いとまだ思うけど。

 それに参加するとしたら姿を隠した方の私。それってつまり皆のいる前でずっと自分の姿を偽り続けなきゃいけないってことで…なんだかずっと嘘を吐いているような気がしてしまって、それで余計精神が疲労してしまいそうだ。それにボロが出ないとも限らない。

 かといって正体をバラす気はない。なんかもう今更だし、それならいっそこのまま貫いてしまえとも思ってるから。…というかきっともうユエの出番はないだろうし。

 だから断ったんだけど…ジンさんと話している時にネプギアからの着信がきて、明日の会議に参加しないかとのお誘い。ネプギアとしてはこの会議がもしかしたら私が調べていることの役に立つかもしれないと考えたんだって。

 あとロムとラムが会いたがってるって。そう言われたら行くしかないよね。

 もう参加するための目的が最後の一つに持っていかれてる気がするけど…まあ気にしない気にしない。友達が会いたがってるんだから、会いに行く。それだけだよね。

 

 

 

 朝食はジンさんと一緒にカフェで。昼食はそれぞれで。

 そして会議は午後から、リーンボックス教会で。

 

「…あ、ルナちゃん」

「おっそーい! やっときたのね!」

「え? えっと…待たせてごめんなさい……?」

 

 時間になれば案内が行く。だからそれまでロビーで待っていればいい。

 そうジンさんに言われたから、その通りに教会に来たんだけど……

 あれ…? まだ時間にはなってないはず……

 

「こら、そういうこと言わないの。ルナが困ってるじゃない」

「大丈夫だよ。まだ時間になってないから」

「そ、そっか。時間を間違えたかと思っちゃったよ」

「でも時間ギリギリね。まさか迷子にでもなってたの?」

「ち、違うよ。ただちょっと、綺麗な白猫と戯れてたら時間を忘れちゃって……」

 

 嘘じゃない。猫と戯れてたら遅れたのは本当。

 けどもっと言うなら、今もまだ教会という場所に苦手意識があったのと、これからネプギア達の前で今回のことを全然知らないという演技をしなければならないのだと思ったら足が何度も立ち止まってしまっただけで…正直突然走り出した白猫を追いかけて教会の近くまで来なかったら、本当に遅刻していたかもしれない。

 けどそれを正直に言うわけにもいかないから、ネプギアの「そんなに綺麗な猫だったの?」という質問に「すっごく綺麗だったよ。毛並みもふわふわのさらさらで、宝石みたいな青くて綺麗な目をしてて」ってなるべくそっちに意識を持たせる。実際本当に綺麗な猫だったし。汚れも全くない真っ白な毛で、手入れがされているみたいに絡まりが一つもなくて触り心地抜群で。首輪をしてなかったから野良猫かな。

 私から白猫の話を聞いたロムとラムがその子に会いたいって言ったけど…多分もういないんじゃないかな。私が教会に入るときには背を向けてどこかに歩き出していたし。

 そう言ったらラムが「じゃあ今から探しにいく!」って言い出しちゃって、私達の傍で成り行きを見守っていたアイエフさんが「こらこらダメでしょ。もう時間になるんだから」って止めていた。

 

 それから案内の人が来るまでの間、私はネプギアから私が知らない情報を教えてもらった。

 まず昨日ユニから教えてもらっていた、教祖のチカさんが出したという犯罪神崇拝規制解除法のこと。あれ、実はリンダが変装した偽者のチカさんが出したものだったんだって。ロムとラムの二人の発言がきっかけで分かったってラムが自慢してた。はっきり言いましょう、自信満々なラムたん可愛いです、はい。

 …こほん。とにかく偽者がやったことで、本物のチカさんも戻って来たから再び規制しようとしているんだって。一度規制解除しちゃったからもう一回っていうのが難しいみたいだけど、頑張ってるって言ってた。

 それからその偽教祖の正体を暴いた後の話も。でもこれは本当は私も知ってる話。リンダが逃げ込んだ先で黒マントに狐の面の女性らしき人物と共にいろいろやったって話。今日はもしかしたらその女性もくるかもしれないってネプギアは言ったんだけど…そうだね、その女性は君の目の前にいるね。言わないけど。

 

 そうやって会話…主にネプギアと話していたからかな。傍で見守っていたアイエフさんとコンパさんの会話が聞こえてきて…まだ謝ってなかったことを思い出した。

 …いや謝る気は最初はあったんだよ。次に会ったら謝ろうって、ネプギアと仲直りした時に。けどその後ユエの姿でだけど会ったし、さっきはさっきでいろいろと別のことが積み重なって頭の隅に行ってしまったというか何というか……

 …言い訳だよね。それに今気づいたんだから、謝ろう。

 そう決めて、「仲良しに戻ってくれてよかったです」「そうね。これでネプギアが隣でめそめそ泣いてる声を聞きながら寝る日からおさらばできるわ」って話しているお二人に声をかけ……

 

「え? ネプギア泣いてたの?」

「な、泣いてないよ!? アイエフさんも変なこと言わないでください!」

「あはは、ごめんごめん。冗談よ」

「なんだ、冗談か……」

「なんでそんな落ち込んでるのルナちゃん!?」

 

 アイエフさんの冗談にネプギアは怒るんだけど…私は私でがっくり。

 別にネプギアに泣いていてほしかったわけじゃない…いや泣いていてほしくはあったんだけど、それは別にネプギアの泣き顔が見たいとかそういう気持ちじゃなくてね。

 

「泣くくらい私と仲直りしたいと思ってくれていたならいいな、と思って……」

「ルナちゃん…。私も同じ気持ちだよ」

「ネプギア……でもごめん私泣いてない」

「ええっ!?」

「いやアンタ達昨日思いっきり泣いてたじゃない」

 

 それはノーカウントだよ、とユニに言ったり、そもそも私達が仲違いしていたことを忘れていたらしいラムにロムが「ルウィーの病院のときのお話で……」って言って「あー、あれのことね! なによ、あの程度でケンカしたの?」と子どもらしい情け容赦ない言葉をかけられてネプギア共々落ち込んで、でも本気で落ち込んでるわけじゃないから、お互いに同じタイミングでお互いを見て、なんだか可笑しくて笑った。

 とっても楽しい会話だ。きっと今後もこんな風に仲良く笑い合える日々が多くあるのだろう。そして私がその傍で一緒に笑えるのはユニのおかげでもあり、同時に許してくれたネプギアのおかげであり、心配してくれたお二人のおかげでもあるから。

 ついアイエフさんの冗談で意識がそちらへ逸れてしまったけど、やっぱり言わなきゃだから。

 そう改めて決めたから、私はお二人に向き合って、頭を下げた。

 

「その…アイエフさん、コンパさん。お二人にはその節は大変ご心配とご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「そうねー、とっても心配したわ。ね、コンパ」

「はいです。もう会えないかもしれないと気が気じゃなかったです」

「うぅ…本当にご迷惑を……」

「でもそれは違うわよ、ルナ。私達は心配はしたけど、迷惑かけられたなんて思ってないわ」

「です。とってもとっても心配したですが、迷惑なことなんてまったくなかったですぅ!」

 

 そう言ってくれるアイエフさんとコンパさんの優しさに触れて、嬉しくて今度は感謝の気持ちで頭を下げようとして。

 けどその前にアイエフさんがとても言い辛そうに、あの時のことを話してくれた。

 

「それに、ね。正直言い辛いんだけど…私の方がルナに迷惑をかけたわ」

「え……?」

「ルナを置いて行こうって話…あれ、私が提案したの」

「あ…じゃあやっぱり……」

「足手まといの話はあの場限りの嘘だから安心して。ただね、私もコンパもネプ子達を助けたいって思ってるから命がけで旅をしているけど…ルナは違うでしょ? これ以上は犯罪組織も手強くなってくる。正直当時はそのことを軽く見ていたから…。だからそのことを自覚した今のうちにって思ったのだけど…ごめんなさい。それが逆にあなたを苦しめることになってしまって」

 

 そう謝るアイエフさんになんて言おうか、悩んだ末に決めた言葉を伝えた。

 

「…そうですね。確かにあのときは悲しかったです」

「うっ……」

「ですがあのとき皆さんが私のことを本当に心配してくれていたことは知っていますし、今はそのことを素直に受け入れられます。…それに、もしあのままズルズルと何もなかったかのように付いて行っていたら、私はきっと本当に足手まといになっていたと思います」

「そんなこと……」

「そんなことあるんだよ、ネプギア。身体能力とかそういうのじゃなくて、精神面で私は弱かった。今は違うかと言われれば今もまだ弱いだろうけど…だからこそそのことを自覚して、その上で今後自分はどうしたいのか考える良い機会だった。それに皆さんと離れたおかげで、結果として私は私に必要な経験を得ることが出来たと思います」

 

 ルウィーでのあの出会いも、その後の別次元に落っこちちゃってお姉ちゃんと呼べる女神様と出会えたことも、どちらもネプギア達と行動していたら出来なかった思い出と経験だ。…クリスさんとのは、また別の経験が得られたんだと思う、多分。

 

「それに今はちゃんと仲直り出来ましたから。ね、ネプギア」

「うんっ!」

 

 う、うん…そう満面の笑みで頷かれるとこっちが恥ずかしくなる…って私も結構恥ずかしいこと言ってた気がするから今更か。

 

「だから私はアイエフさんに、もちろんネプギアとコンパさんにも迷惑をかけられただなんて思っていません。むしろ今はそんな機会を与えてくれたことに感謝してるくらいですよ」

「そう……そう言ってくれるとありがたいわ。正直、あのときの自分の判断が本当に正しかったのかわからなくなっていたから」

 

 よかった。どこかすっきりした顔のアイエフさんを見てそう安心した。私も今の言葉であってたのか心配だったから。

 気にしないで、とかじゃダメ。それは何だかアイエフさんの言葉を拒んでいるように今だけは感じたから。だから素直に受け入れて、自分の気持ちを言う。そう判断したのは間違ってなかったみたいだ。

 

 アイエフさんとコンパさんに謝って、謝られて…そういえば結構時間経ったけど大丈夫か。

 そう思っていたらタイミングを見計らっていたようで、そこで案内人の職員が私達に「そろそろよろしいでしょうか?」と声をかけてきた。

 …うん、すみません…いろいろと話し込んでしまって……

 もう既に約束の時間は過ぎてるんだろう。私が約束の数分前に来たんだから。

 チカさんを待たせちゃってるね。着いたら謝ろうか。

 そう言葉を交わして、私達七人は案内役の職員に引き連られて用意された会議室へと向かった。




後書き~

次回、会議です。
それではまた次もお会いできることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話『汚染化、異常化、三種の神器』

前書き~

前回のあらすじ。
ギルドで泊まったよ! そのあと情報共有とかの会議に参加するために教会に向かったよ! そしてネプギア達と再会! 色々話してもらったり話したり。そして謝ったり謝られたり。
さ、次は会議だよ! え? 大部分カットするの!?
そんなこんなで今回もごゆったりとお楽しみください。


 会議室は会議室でも重要会議室。主に国にとって重要な会議のときか、国の上層部の人達のみが使える部屋。通常のと何が違うかといえば多分セキュリティーの高さと椅子の座り心地かな。あと飲み物が出てきて、しかも種類をリクエストできるところもそうなのかも。…まあ会議室を会議室だと認識した上で使うのは今回が初めてだけどね。

 そんなわけで席に着いた皆さんはそれぞれ飲み物のリクエストをして…私は特に希望はなかったから水でいいかなと言ったら「では本日の紅茶はいかがでしょう」と給仕係さんにおすすめされて、それにした。…なんだか喫茶店みたい。だからってさすがに茶菓子は出てこないよね。…と思ってたこのときの私の考えは浅かったのだと後で知りました。

 ちなみにそれぞれが席に座り始めたとき、私もどこかに座ろう、と誰がどこに座るのか見ていたらジンさんと目が合いました。相変わらずのサングラス姿だけど、目が合ったのは分かりました。だってこっちを思いっきり見てるし、何なら曲げた人差し指を振って「こっち来い」と言ってらっしゃいますし。

 …うん。ジンさんの隣に座りましょうかね。ご本人に呼ばれてしまったし。

 

「おはようございます、ジンさん」

「ああ、おはよう。遅かったが、何かあったのか?」

「いえ、ただ少し話し込んでしまっただけですよ」

「そうか」

 

 そう普通に挨拶と一言を交わして、「まあ隣に座れ」という許可を貰ってから「では遠慮なく」と座る。

 まあ円形のテーブルだから、人数分のみ用意された椅子にそれぞれが座れば必然的に誰かと誰かの間に座ることになる。だから特にジンさんの許可が必要ってわけでもないけど、一応雇い主でもあったから。

 だから先に隣の席に座っていたアイエフさんにジンさんと知り合いなのかと訊かれて正直に知り合いだと答えた。別にジンさんと知り合いなことは隠す必要はない。むしろあまり隠さない方がいい、というのが昨日ジンさんと話し合った結果だ。

 だから今回隠すのは昨日の私の行動とユエ関連。そして隠すとしても言わないか、誤魔化す。極力嘘を言わないようにするといいらしい。…ジンさんはどこかでそういうことを知れる経験をしたんだろうか……? 

 

「あなたがネプギアさんの言っていた子ね。初めまして、アタクシはこの国の教祖、箱崎チカよ」

「あっ、初めまして。ルナって言います。旅人です。よろしくお願いします」

 

 っと、昨日会ったからって思ったけど、一応初めましてだった。そのことに気付いて慌てて立ち上がって挨拶する。

 それからチカさんの「昨日の子は来てないようね」って言葉に体が僅かにでも反応しそうになるのを抑えながら座って、代わりにジンさんが「ああ。あいつはこういう場は好かないらしい。さっさとどっかに行った」と返した。そしてその分雇い主らしきジンさんが話すってことでユエのことはとりあえず終わり。

 

 それからすぐに給仕係さんが飲み物をそれぞれの前に置いて、飲み物が行き渡ったところでチカさんが司会らしく挨拶。今回の会議の名目…昨日の異形のモンスターについての情報共有であることを確認する。

 今回は一応各国それぞれの代表が集まってることになるみたい。プラネテューヌからはネプギア。ラステイションからはユニ。ルウィーからはロムとラム。…だけどさすがに幼いので後で誰かが代わりに伝えるって。

 そんなわけである意味一番部外者な私だけど…どうやらチカさんに話はいってるみたいだから安心して参加する。今更途中退席はできないもんね。

 

 そして前置きも終わって、さっそく本題に入る。

 

「ではまずは私から」

 

 そう言って立ち上がったのはジンさん。相手に女神候補生もいるからか、丁寧な口調に変わってる。

 そのジンさんが立ち上がるとともに部屋の照明が弱くなって部屋が暗くなる。窓がないから他の明かりもない。

 そう思ってたら天井からスクリーンが降りてきて、そこにプロジェクターで画像が投影された。そこに映っていたのは水色の陸のようにも見える広く大きな背中と、そこに座り込むプラチナブロンドの少女……って、

 

「私だ!?」 

「…んんっ」

「あっ、す、すみません……!」

 

 驚きで立ち上がってしまって…すぐにジンさんの咳払いで自分が今どの場にいるのかを思い出して座った。

 うぅ…やってしまった……

 

「…さて、こちらは海軍より提供された写真であり、確かにここに写る少女は彼女、ルナですが…今はそれは置いておきましょう。今回皆様に注目していただきたいのはこちらです」

 

 そう言ってジンさんは手に持った指揮棒で、写真の私が座っている何か…エル君の背中を指した。

 

「こちらは我々が確認しているモンスターの異常個体の一体。特徴や情報などから照らし合わせると、おそらくセイントホエールの異常個体だと思われます」

 

 ほぇ…エル君ってセイントホエールって種類だったんだ……

 

「この画像に写る少女と比較すると分かりますでしょうか。このホエールの大きさは異常なまでに大きい。そしてこのような個体は自然に生まれるものではないと我々は考えています」

「そう。それで、そのモンスターと今回の異形モンスターとの関連性を教えなさい」

「はい。実は他にもこのような異常が見られるモンスターを、このリーンボックス内でいくつか確認しております」

 

 そう言ってジンさんは端末を操作し、映っていた画面が変わる。いろいろなモンスターの写真が映った。その一体一体の異常な部位を指示棒で指しながら、ジンさんは説明する。

 これらはおそらく、今回のモンスターを造るための実験体であったのだろうと。

 そして、最後の映ったのは……

 

「そして彼らの実験データを元に造り出されたのが、この異形モンスター。便宜上キメラと呼ばせていただきますが、こちらのモンスターはそれぞれの部位が別々のモンスターのものから切り離され、繋げられたものであると我々は推測しております」

 

 そしてジンさんは数拍置いて「ひとまずここまででご質問はございますでしょうか?」と問うとアイエフさんが手を上げ、訊いた。

 だとしてもあの異常な強さには何か別の理由があるのではないか、と。

 その質問にジンさんは頷き、言った。

 あれはおそらくマナメダル、ゲイムキャラ、シェアクリスタルの三種が取り込まれたことに加え、汚染化されていたからだと思われると。

 汚染化、異常化。それに加え三種の膨大な力。

 普通はここまで詰め込めばその量と質にすぐに破裂するだろうに、そうならなかったことは驚愕に値する。だがそれぞれ違う力が今回のモンスターをこの強さに留めたのだと、ジンさんは言った。

 どうやらそれぞれの力が邪魔し合って、私達でもなんとか倒せる強さになっていたらしい。確かにもし本当に全ての力を引き出せていたとしたら、今の私達ではとてもじゃないが倒せない。今回は属性攻撃が効いたからいいが、もしそれすらも効かないとなればお手上げ状態だっただろう。

 

 他にも質問がいくつかと、他の説明もあったけど…私はいまいち覚えていない。

 ぼーっとしていたわけじゃないと思う。誰が質問したかは覚えてる。内容もなんとなく。けどところどころ途切れてもいて。それが自分の中で膨らむ感情に意識が向いていたからで──

 

──にくい

 

 

 

「──ん! ルナちゃん!」

「…ん? ぅえ!? ネ、ネプギア? どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ。もう終わっちゃったよ?」

「え、あ…そ、そうだったんだ……」

 

 体を揺さぶられて、名前を呼ばれて…ようやく目の前にネプギアがいることに気付いて驚いて、ネプギアの言葉で既に周りが明るいことと、会議が終わっていたことを知った。

 しまった…話全然聞いてなかった……

 

「…その、大丈夫?」

「え? 何が?」

「それは、その……」

「…こわいの、終わった……?」

「『こわいの』……?」

 

 言い辛そうにしているネプギアに首を傾げていると、ロムが何故かコンパさんの後ろから顔を出して訊いてきた。

 なんだろう、怖いが終わったかってどういう意味……? 

 さらに首を傾げていると、ロムの前からラムが…って、そうか。コンパさんの後ろにラム、ロムの順番で隠れてたんだ。……ってなんでラムも隠れて……? 

 

「さっきからずっと怖い顔してたから!」

「怖い顔? 私が?」

 

 そう言われて自分の顔をぺたぺた触るけど、いつも通りの顔だよね……

 

「触って分かるわけないでしょ」

「あ…それもそうでした……あはは……」

 

 呆れるアイエフさんにそう言って笑ってみるけど……周りの目はまだ心配の色が混ざってる。

 それでも私が「なんだかよく分かりませんけど、私はいつも通りですよ」と言えば少しは安心してくれたみたいだ。

 そう、私はいつも通り、いつも通り……

 

 今まで通りでいなきゃ。

 

 

 

「少しいいか、ルナ」

「はい?」

 

 そう声をかけられたのは会議室を出ようとしたとき。まだ中にいたジンさんからかけられた。

 それから手招きされて、その通りに傍にいくと小声で「後でギルドに来い。話がある」って言われた。今はそれだけのようで「もう行っていいぞ」と今度は普通の声量でシッシッと追い払う動作。

 よく分からないけど、多分何か大切な話か何かなんだろう。皆と別れたら行かなきゃ。

 

 再び皆のところに戻って、そのまま外へ。

 そこでネプギアに今回の会議が私の調べものの役に立ったか訊かれて、私は「役に立ったというか、おかげで知りたいことのほとんどが分かったよ。誘ってくれてありがとう」ってお礼を言った。そのまま自分が知りたかったことがエル君の今の姿に関してだということも伝えた。

 …あとネプギアとユニに、前に調べ事の内容は言えないと言った理由も話した。これにはもしかしたら人間が関わっているかもしれないから言えなかった、と。

 もう皆、異常化モンスターが人間の手で生み出されていることを知ったから。それを隠しておく必要も、隠さないといけない理由もなくなった。

 「ごめんね、隠してて」。そう謝るとネプギアが「いいよ。ルナちゃんなりの気遣いだったんだね」と言ってくれて、ユニも同じで「そういうことだったら女神候補生の私達には話しにくいわよね」と分かってくれた。

 やっぱり二人とも優しい。

 

 そうしてその話は終わって次の予定を聞いてみると、どうやら皆それぞれの国に帰るんだって。

 ロムとラムも、ユニも、ネプギアとアイエフさんとコンパさんも。

 ロムラムとユニは、リーンボックスではしばらくはシェアを獲得できそうにないからって。ロムとラムもユニと同じようにこの国にシェアを取りに来たみたい。

 ネプギアとお二人は、もうこの国のゲイムキャラの力を借りることができたってことで、一度プラネテューヌに帰って報告。

 そういうわけで皆で港へと移動して、船着き場にいる。どうやら全員同じ船で一度ラステイションまで行って、そこで別れるんだって。

 

「ルナちゃんはどうするの?」

「私?」

 

 アイエフさんとコンパさんが6人分の乗船チケットを買いに行っている間に訊かれたその言葉に訊き返す。するとネプギアは「うん」と頷いて言った。

 

「もしよかったら、一緒にプラネテューヌに帰ろうって……ダメ、かな」

「ネプギア……」

 

 それはきっとネプギアなりの一緒にいたいと思う気持ちからのお誘いなんだろう。そして同時に言ってくれている。

 プラネテューヌは、私が帰ってきてもいい場所なんだって。

 けれどネプギアは今、各国のゲイムキャラの協力を得るという旅の目的が果たせている。ならば彼女達が次にとる行動は……

 先を考えて、自分に何ができるかを考えて、そして私が選んだ答えは──

 

「…ごめんね。私にはまだこの国でやらなきゃいけないことが残ってるから」

「…そっか」

 

 やるべきことがまだ残ってて、それを残したまま去ることはできないから。

 けどね、

 

「けどあと少しで終わると思うから。その後は、ね」

「それって、つまり……!」

 

 私から出して、ネプギアも出してくれて……小指と小指を絡める。

 大丈夫、これは果たせる約束だから。

 

「またね、ネプギア」

「またね、ルナちゃん」

 

 再会の約束を果たすのは、きっとすぐそこだ。

 

 

 

 6人を含めたたくさんの乗客を乗せて、船は港を離れていく。

 大きく手を振るラムや小さく手を振るロム、そもそも手を振らないユニなどそれぞれの個性が出る「またね」に私も振り返す。

 船のスピードは速く、あっという間に皆が小さくなっていって。

 

『……いってしまいましたね』

「……だね」

『これからどうなさいますか?』

「まずはギルドに行こうか。呼ばれてるからね」

 

 そう月光剣に言って、港を後にする。

 さて、さっさとやることを終わらせようね。




後書き~

次回予告。
次回、ギルドに行ってジンさんと話をします。その傍らには前回登場したあの子もいて……
多分そんな感じのお話になると思います。
次回もこうしてまたお会い出来ることを楽しみにして。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十話『ギルドマスターとしろねこ』

前書き~

前回のあらすじ!
リーンボックス教会で会議!途中ルナちゃんがぼーっとしてても会議は進んで終わった!そしてネプギア達はそれぞれの国に帰っていった!再会の約束が叶う日は、きっと近いよね。
そんなわけで今回は前回最後に「行こうか」って言ったギルドからスタート!
牛乳瓶片手にごゆったりとお楽しみください。


 ギルドでは話が通っていたらしい。私が受付に名前を言って用件を言う前に「話は聞いてます。こちらへどうぞ」って執務室まで案内されて中に通された。

 ただ中にはまだジンさんはいなくて「今呼んでくるからここで待っててくださいね」って扉閉めら、他の人の目もない中私は一人だけ……

 

「って、それでいいのかギルド……」

『それだけマスターが信頼されていると見るべきか、不用心と見るべきか。悩みますね』

「だね……。まあ何もしないからいいけどさ」

 

 前と同じようにソファに座って大人しく待つことにする。こんなところで犯罪行為をする気もないし、する必要もないからね。

 案内してくれた職員が呼びに行ったから、多分そんなに待たずに済むだろうけど……

 

──にゃー。にゃー。にゃー。

 

「…猫?」

 

 それが聞こえてきたのは窓の外からで、気になった私は窓に近付いて外を見る。

 

「あっ、さっきの……」

 

 そこにいたのは真っ白で美しい猫。

 その白猫がこちらを向いて座っていた。私を見ると小首を傾げて、その動作が可愛い。

 それからもう一回、先程と同じように鳴き声が三回。

 

「…もしかして、中に入る?」

 

 なんとなく中に入りたいのかなと思って窓を開ける。

 するとすぐに白猫はジャンプしてするりと中に入った。そして真っ直ぐ私が座っていた長いソファの端に乗りくつろぎ始めた。

 しまった。部屋の主の許可がないのに猫を入れてしまった。もしかしたらジンさんに怒られちゃうかな。

 でももう中に入れてしまったし、くつろいでいるところを捕まえてまた外に、というのも心苦しいし……

 

 そう考えている間に扉が開いて、ジンさんが来てしまった。

 

「ん? お前さん、そんなところで何をしている?」

「えっと、その……」

「にゃあ」

 

 どう言おうか迷っていると先に白猫が鳴いて、ジンさんがその方向を見て、私もそちらを見る。

 そこには先ほどまでのくつろいでいた姿はなく、ソファに座った状態で真っ直ぐジンさんを見る白猫の姿があった。

 これ、どう言われるだろうか。勝手に招いてしまったこと、怒られてしまうだろうか。もしかしたら動物が苦手な可能性だってあるだろうし……

 そんな私の不安を余所に、ジンさんは「あぁ、いたのかお前」と言い、白猫は「にゃあ?」と首を傾げて、それに「ダメではない」とジンさんが答えて……って、

 

「あの…ジンさんはこの白猫さんとお知合いで?」

「ああ。そうだな……そいつのことは、ときどきこの部屋に遊びに来る猫、とでも思っておけばいい」

「わ、分かりました」

 

 ま、まあそういう来客(?)も来るところは来るってことなのかな……? 

 ともかく怒られずに済んで、ジンさんに先ほどまで私が座っていた席に座れ、とソファを手で指して促される。そこには白猫が座っているんだけど……まあ座れと言われているから。

 そう思いながら座ると、白猫は私の膝の上に乗ってきて、そのまま体を丸めてしまった。

 さ、さすがにこれはどかさないと話ができない。そう思って優しく白猫に「ごめんね、ちょっと降りてもらえないかな…?」と言いながら下ろそうとすると白猫は「にゃっ」とそっぽ向いた。多分嫌だってことだと思う。だって爪がズボン越しに立てられて痛い……

 それを見ていたジンさんが「あぁ、そのままで構わない。話がしっかりできるなら、その猫をどうしていても俺は何も言わん」って言ってくれたおかげで下ろす必要がなくなり、白猫も私が下ろさないと分かったのか再び膝の上でくつろぎ始めた。

 うぅ、可愛い……でも話を聞かないといけないし……ちょ、ちょっと。ちょっと背中を撫でるくらいなら……

 …あぁ、柔らかであったかくてふわふわの毛だぁ……

 

『…マスター、顔が……』

「…んんっ」

「あ、す、すみません……」

「いや。ただ話はしっかり聞いてくれ」

「は、はい」

 

 失敗失敗。ついその撫で心地に夢中になりかけてしまった。

 反省しつつ、白猫の背中に手を置いて話を聞くことにした。だってふわふわであったかくて、触れてるだけで気持ちいいから……

 

「さて、まずは会議お疲れさん、と言っておこうか。どうやら途中から話を聞いていなかったようだがな」

「うっ、すみません……」

「いや、その点に関して責める気はない。昨日のお前さん…ユエに関しての話でお前さんが何のアクションも起こさなかったおかげで、こちらで勝手に答えることができたからな」

「えっ、ユエの話も出たんですか?」

「……本当に聞いていなかったのか」

「うっ……本当に、申し訳ありません……」

「もう一度言うが責める気はない。が、ここまで聞いていなかったとなると……それほどまでに気になることが他にあったのか?」

「……少し、いろいろとあるだけです。会議の最中、集中していなかったことに関しては謝りますが、これに関しては聞かないでください」

「…分かった。そこまで言うなら聞かないでおこう」

「すみません。ありがとうございます」

「礼はいい。とりあえずこちらから話しておきたいことの一つが、今のユエに関する設定だ」

 

 そこからジンさんは今回の会議でユエに関しての質問を受け、答えた内容を教えてくれた。

 まず一つ、ユエは旅人であること。二つ、信頼と実績があったため今回の調査へ向かわせたこと。三つ、その正体及び情報に関しては契約によって秘密とされていること。

 ひとまずこの三つで乗り越えたらしい。

 

「下手に設定を作るよりも、最低限の設定で他を秘密にしておけばやりやすいからな。もっともこれは後でユエ関連で問題が起きた場合、俺が責任を持つということでもあるんだが……」

「っ……」

 

 そう言われ、サングラス越しに睨まれたように感じ、心臓がドキッと跳ねる。

 心当たりが一つあったから。

 

「…これは会議でネプギア様が俺を通してお前さんに訊きたいと言っていたことなんだがな……お前さん、シェアクリスタルを見なかったか?」

「…それは、どういう意味で?」

 

 あくまで表面上は冷静に、内心焦りどう言おうか悩みながら、ジンさんの話を聞く。

 昨日、キメラが倒された後、ネプギア達はあるものを拾った。

 一つはこの国のゲイムキャラ、もう一つはマナメダル。

 さて、この二つはキメラに取り込まれたはずのもの。倒されたから出てきたのだろう、と考えたまでは良し。

 じゃあ取り込まれたはずのシェアクリスタルもどこかにあるはず。そう思いネプギア達は探したが、見つけることは出来なかった。

 もしかしたらキメラに取り込まれそのまま消滅してしまった可能性もあるが、誰かによって持ち去られた可能性もある。

 持ち去られていた場合、その人物はそれがシェアクリスタルだと知らずに持ち去ったか、悪意を持って持ち去ったか。前者の場合はあの時あの場にいた冒険者に連絡し聞けばいいし、実際聞いたらしい。流石にシェアクリスタルだとは言えなかったため「輝く綺麗なひし形の結晶を拾ったか」という質問をし、結果ほぼ全員が「そんなものを見たことがない」と答えたそうだ。

 さて、今のを“ほぼ”全員と称したのは、まだ一人聞けていない人間がいたからであり、その人間は現状一番怪しいとされる人物。

 正体不明の冒険者。つまり私だった。

 

「俺はてっきり三つとも女神候補生様がご回収なされたと思っていた。実際ゲイムキャラもマナメダルも同じ場所に落ちていて、回収されたしな。で、その落ちていた場所ってのはキメラの首が落ちた場所であり…同時にお前さんが立っていた場所でもある。ただそれだけでお前さんを疑うのは早計だとは思うが……心当たりはないか?」

「………」

「…無言は肯定と見なすが、いいか?」

 

 そう言われても、「はい」とも「いいえ」とも答えられない。まだ私はこのことを伝えていいものかどうか悩んでいたから。

 もしこれで私が悪意を持っていると思われればどうなるだろうか。もしかするとこの場で拘束され、そのままいろいろ省略して牢屋行き。なんてこともありえなくはない。

 いつも通りのネガティブ思考。けど今回はそれだけで終わらず……

 もしこの人に……人間に捕まるんだとしたら……

 

──殺せ。全ての人間を、憎しみが赴くままに

 

 そう、心の奥底に湧いた感情が囁く。このぼやけた感情の正体がなんなのか知るために、そこに意識が向いて……

 

「にゃ~」

「…えっ? ど、どうしたの?」

 

 遮ったのは膝でくつろいでいたはずの白猫で。白猫は私の体を支えに手足を伸ばし、私の頬へと顔を擦りつけた。ふわふわで柔らかい毛が当たって気持ちいい──

 

消えろ、それは不要な感情だ。

 

 頭のなかにぼやけた声のようなものが通り過ぎた。そういうイメージで、今のが誰の声なのかも、そもそも声だったのか、すぐに分からなくなる。

 今度はそれが何だったのかに意識がいきそうになって、すぐに「まあいっか」と思えた。

 白猫は少しの間だけ私の頬に顔を擦りつけただけでそれ以上は何もせず、再び膝の上で丸くなった。何がしたかったんだろうか……

 

「……それで、俺の質問に答えてくれるか? ルナ」

「……分かりました」

 

 何故だか先ほどまでの抵抗がなくなり、彼に話してもいいだろうと思えるようになった。

 まるで彼への不信の原因がどこかへ消えたみたいに。

 どちらにしても話さなきゃ。これを彼に隠していても良いことはない。むしろ話の流れによってはこちらにメリットのある話になるかもしれない。

 それにきっとちゃんと話せば分かってくれるはずだと思うから。

 一度深呼吸をして、覚悟を決めて、話す。

 

「シェアクリスタルを見ていないか、ですが……見ました。そして今、私が持っています」

「……お前さんが持ち去ったのか」

「あの場から持ち去ったこと、それを今まで言わなかったことは謝らせていただきます。申し訳ありません」

「…正直これに関して俺はお前さんを教祖様に突き出すか否かしかできないんだが……お前さんなりの理由があるんだろう。それを聞いてからでも遅くはない。…話してくれ、どうしてお前さんがシェアクリスタルを持ち去り、それを黙っていたのか」

「…はい。きちんとお話します」

 

 どうしてなのか。その理由を話すためにはまず何から話せばいいのか。

 頭の中で整理して、考えてながら、理由を述べていく。

 持ち去った理由は、調べたかったから。これが何なのか、どうして彼らが持っていたのか、その出所は。それを調べるためには実物を持っていた方がいいと判断した。そして周りがシェアクリスタルだと思っているこれを私が持ち続けるには……取られないためには、不用意に誰かに話さない方が良い。もし女神候補生様……いや教祖様がシェアクリスタルを私が持っていると知れば、きっとこれを奪いにくる。ネプギア達ならきっと理由を聞いてくれて、その上でどうするか考えてくれるだろうけど、教祖の方がどうなのか分からない。私はまだこの国の教祖様をほとんど知らないから。

 それにあの場にいたのは私だけど私じゃない。正体不明の冒険者ユエで、彼女達からの信頼なんて何一つなかった。正体を明かすにしても明かさないにしても、これを確実に私が持ち続けるには隠さなくては。そう思って今まで何も言わなかった、と。持ち去った理由と黙っていた理由を説明した。

 その説明にジンさんはひとまず納得し、次に訊いてきたのは、どうしてそれを調べようと思ったのかについて。

 それを話すには実物があるといいだろう、とNギアを操作し手の平の上へ出したそれをジンさんに見せた。

 

「……まさか、それが?」

「はい。これがあの場で拾ったシェアクリスタル……そう思われている物です」

 

 手の平に転がるそれは確かにひし形の水晶で、一見本物のシェアクリスタルのようにも見える。

 が、私が知っている情報とは決定的に違う点があった。それは……

 

「…輝いていない、だと……? 聞いた話によれば、シェアクリスタルは自ら発光する物だと聞いていたが……」

「それはおそらく中に詰められたシェアエネルギーが輝いていたからこそだと思います。ですがこれにはもうシェアエネルギーは入っていない……つまり空っぽだから輝けないのだと思います」

「ちょっと待て、シェアクリスタルは本来形にできないシェアエネルギーを特殊な技術を使い結晶化させたものだと聞いている。であれば使い果たした途端消えるはずだ」

「やはりそうですよね……」

 

 考えていた通りだ。であればやはりこれは……

 調べて得た情報が間違っていなかったことで、より私の中での仮説が強固なものとなる。

 まだ確定ではないそれをより正確なものへと近付けるためにも彼へと話したほうがいい。

 

「…これは私なりに考えた仮説なのですが……もしかするとこの偽シェアクリスタルは容器なのかなと思うのです」

「容器、だと? お前さんはまさか、それをシェアエネルギーを溜めておけるものだとでも言う気か?」

「はい。今のところはそれが一番しっくりくると考えています」

「…その根拠はあるのか?」

「根拠、というほど確かなものではありませんが……」

 

 私はそう前置きし、何故そう思ったのか話す。

 まずこれを拾ったとき……出てきたばかりの時はまだ弱くとも輝いていたこと。私が触れた瞬間私の体の中にあたたかい力が流れ込む感覚がして、これが輝きを失ったこと。そのあたたかい力がこれに残っていたシェアエネルギーだったと思われること。そして研究者がこれを『自分達が研究者で幸運の持ち主だから持っている』と言っていたこと。

 これらから考えると、研究者は何らかの方法でシェアエネルギーを得ることができるようになってしまった。だがそのままでは使えず、こういった容器に詰めることで活用する方法を編み出した……のかもしれない。

 

「異常化モンスターの件と同時に調べる必要があると思うんです」

「なるほど……お前さんの理由は分かった。そして俺がこうして訊きお前さんが話してくれなければ、お前さんは闇に突っ込むようなことを一人でやっていたんだろうなということも想像できた」

「ではもしかして……!」

「すまないが、どうするかは少し待ってくれ。流石にこれは俺一人の判断でどうこうしていい問題じゃない。それにこちらがそのシェアクリスタルを本物だと勘違いしているとはいえ、言ってしまえばお前さんは今法に触れている。犯罪者をみすみす見逃していいほど、俺は権力があるわけじゃない」

「じゃあまさか……」

 

 このまま捕まってしまうのか。最悪の展開になってしまうのか。

 そんな不安が頭をよぎる。だけど……

 

「だから少し待て。何も今すぐお前さんを捕まえるつもりはない。そもそもそれが偽物なら捕まえる必要さえないんだからな。…ただこのまま教祖様に黙っていることはできない。教祖様にはきちんとそのクリスタルの存在を報告し、その上でこの件は異常化モンスター共々こちらの管轄とさせてもらおう。うまくこちらのものとなれば、俺が指名したやつに依頼することができる。ってことはだ」

「…うまくいけば、ジンさんが私を指名することができる……」

「あくまでうまくいけばの話だが……どちらにしろそれを調べる人間は必要だ。お前さんが調査員になれるよう、どうにかしてみよう」

「…いいんですか? 私で……」

「ああ。俺はお前さんならできると思うからな。できると思うやつを選ぶ、もしくは推薦するのは同然だ」

「っ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

「ああ、任せておけ」

 

 その声と言葉はとても頼もしく聞こえた。

 

 

 

 

 


「それではご連絡お待ちしていますっ!」

 

 最後の話が終わり、元気になった少女がそうお辞儀して部屋を去っていった。

 

「…で、これでよかったか?」

 

 部屋に残った男性はそう訊くが、それに答える者はいない。何故なら部屋には彼以外には一匹の白猫しかおらず、普通の猫は人の言葉を話すわけがないからだ。

 そう、普通の猫であれば……

 

「──ああ、これでいい。これでまた一つ、あの子が成長できるはずだ」

 

 そのどこか重みを感じる女性の声が発されたのは、本来ならば喋るはずのない白猫の口からだった。

 白猫はぐっ…と背中を伸ばし終えると、その碧玉の瞳を彼へと向けた。

 

「礼を言おう、人間よ。我が頼みを聞き入れたこと、感謝する」

「その口調はやめてくれ。どうにもお前からの言葉だと思うと違和感が強い」

「そうか……じゃあいつも通りにするぜ」

 

 そう言われ先ほどまでの厳格な雰囲気をころりと変えると、白猫はソファの上から机の上へと跳び乗る。

 そして机の上に置かれた石を、その小さく毛むくじゃらな手を使いよく見始めた。

 それは彼が「実物がなければ証明できない。だから悪いが少しの間だけ貸してくれ」と先程出て行った少女に言い置いていってもらったものであった。

 

「そんで、結局それは偽物なのか?」

「ふむ、偽物、というのとは少々違うな。シェアクリスタルは力の結晶体であり、これはあくまで器でしかない。例えるならそうだな……シェアエネルギーを水とし、シェアクリスタルは水を凍らせた氷、そしてこれは製氷皿ってとこだ」

「どっちにしてもそれはシェアクリスタルではないってことだな。それならまず前提はクリアだ。次はあの教祖様への説明か……」

 

 彼は白猫の言葉を聞き、次にしなければならないことを頭に思い浮かべてため息を吐く。

 

「にゃはは……まあ頑張ってくれよ。これはギルドマスターって地位を得ているお前だからこそできることなんだからさ」

「だからこそこうしてお前に面倒事を押し付けられてんだろうが」

「私だって自分でできるならしてるさ。だが残念なことに私を知るやつなんて現代じゃほとんどいない。知っていたとしてもそれは人に成りすました私という()()であり、私ではないのだから」

「お前が自分が何なのか、限られたやつにしか名乗ってないからな」

「そりゃそうだろう。試しにその辺のやつに名乗ってみろ、たちまち変な目か可哀想な目か微笑ましい目で見られるぞ」

「ま、俺も初めは信じれそうになかったからな」

「その言葉だと今は信じているように聞こえるが、まだお前が私の存在を完全には信じていないことは知っているからな」

「やはりバレていたか」

「当たり前だろう」

 

 悪戯がバレたような声色で言った彼に、白猫は呆れた。

 それから一人と一匹はこれからのことを打ち合わせると、それぞれがそれぞれのやるべきことへ戻る。

 白猫は来た時同様、彼によって開けられた窓からするりと抜け出て行き、彼は仕事へと戻った。

 

 

 

 そして、裏でこんなやり取りが行われているとは知らない少女は彼と別れた後、近くのホテルの一部屋を借り、自慢だと謳う広い露天風呂で疲れを癒しているのだった。

 

「はふぅ……いい湯だな~……」

 

 まだ明るいためか入浴客は少なく、露天風呂には少女が一人だけ。ちょっとした貸し切りであった。

 しかし少しして一人の女性がやってきて、そんなちょっとした贅沢は終わる。

 しかも少女にとって予想外なことに、その女性は少女へと声をかけてきたのだった。

 

「こんにちは、可愛らしいお嬢さん」

「へっ? あ、こ、こんにちは……」

 

 お互いに挨拶すると女性は湯船に入り、少女の隣へと座った。

 女性はこの国出身者にはよく見られる、持って生まれた性別の特徴が大きく出ている体つきで、少女は話しかけられるまで「綺麗な人だな……」とぼんやりと見ていたが、目が合い話し掛けられたことにより動揺した。

 少女はこういう場で初対面の人に話し掛けられることに慣れてはいなかった。

 そんな動揺を知ってか知らずか、女性は「ん~っ……ふぅ」と体を伸ばしリラックスすると「いい湯ね~……」と言った。少女は動揺しつつも「そ、そうですね……」と答えた。

 その動揺が伝わったのか、女性はくすりと笑うと少女へと話しかけた。

 

「急に話しかけてごめんなさいね。あなたが私が一度だけ会ったことがある子と似ていたからもしかしてって思ったのだけど……人違いだったみたい」

「す、すみません……」

「あなたが謝ることじゃないわ。こちらが勝手に期待しただけ。それでもこうして会ったのも何かの縁だろうから、少しお姉さんとお話ししない?」

「えっと……はい、いいですよ」

 

 少女は一瞬どうしようか悩むが、滅多にある出来事でもなかったため友達への良い土産話になるかもしれない、と女性の誘いを受ける。

 それから少女と女性は他愛もない話をする。女性がホテルの宿泊客ではなく地元の住人で、今日は入浴目的で来たことから始まり、地元の人しか知らないような美味しい料理店やおしゃれなカフェのある場所、女性が好きな紅茶の品種とそれを取り扱っているオススメのお店など、女性はそのときそのときに思いついた話をした。

 少女はそれを聞き「明日行ってみよう」と次の日の予定を考えつつ、自分の話もした。旅人であること。他の三か国にも行ったことがあること。

 そういった会話の流れからふと女性が最初に言っていた自分と似た人のことが気になり、どういう人だったのか訊くと女性は答えた。

 

「あの子と出会ったのは…確かそう、三年前ね。私が友達と一緒の時に変な男達に絡まれちゃって。困っているところを助けてくれたのがその子。今のあなたよりも小さい子だったのに、明らかに鍛えていそうな男のパンチを片手で受け止めちゃったのよ」

「えっ? 男性の拳を…!?」

「そうっ! すごかったわ~、そのままもう片方のパンチも受け止めちゃうし、蹴りもジャンプして躱したと思ったらそのまま顎に膝蹴りかましてノックアウトっ!」

「つ、強い方だったんですね……格闘家か冒険者の方だったのかな……?」

「あなたと同じで旅人だって言ってたわ。あの頃はまだ旅を始めたばかりって言っていたけれど……今も旅をしているのかしら」

「…さあ。旅にも人それぞれ理由がありますから。もし目的や目標があって旅をしていたのだとしたら、達成できてるといいですね……」

「そうね……あなたはどう? 旅の目的ってあるのかしら?」

「私のは、まあ……友達が頑張ってるから、私も頑張らなきゃって思って、何を頑張ればいいのか探して、今は見つけたそれを頑張ってみようかなってやってるところです」

「そう…あなた、まだ若いのに立派ね。そうやって自分の意思を持って行動できるなんて」

「そうでしょうか……まだまだ、全然足りないと、私は思ってます」

「向上心があるのは良い事だわ」

 

 それからも女性は少女へと話を振り、少女は返す。

 さすがにそろそろのぼせそうだ。そう少女が思っていると、女性はある話を少女へと振った。

 

「そういえばあなたはこんな剣の話を知ってるかしら。遥か昔に作られた、すごい剣の話なのだけど……」

「遥か昔に作られた剣……? …どんな剣のお話ですか?」

「なんでも、ある対価と引き換えに一つ願い事を叶えてくれるのだとか」

「願いを叶えてくれる……? そんな夢みたいな剣が存在するんですか?」

「分からないわ。この国に古くから伝わるお伽話のようなものだから。けど、もし本当に夢を叶えてもらえるなら、あなたは何をお願いする?」

「……分かりません。その剣が叶えられる限度が分かりませんし……その対価というのが何なのか。それを払ってでもその場で叶えたいものか判断がつきませんから」

「それもそうよね……対価があることは伝わっていても、その内容までは分からないし……でもそうねぇ、ゲームとかなら払う対価は命、っていうのが定番よね」

「っ…!?」

「あ、も、もちろんゲームの話よ? そもそもその剣があるかどうかも怪しいし……」

「あはは……そうですよね。はい、分かってます」

「そ、そうよね……それに、さすがに命を対価にしてまで叶えたい願いなんてそうそうないわよね」

「ええ。……っと、そろそろ上がりますね。ちょっと頭がぼーっとしてきたので」

「あらごめんなさい。長話しちゃったわね。大丈夫? 一人で上がれる?」

「大丈夫です。それに今日はこのまま寝る気だったので。それでは、おやすみなさい」

「え、ええ。おやすみなさい」

 

 少女は女性に別れを告げ、湯船から上がり、脱衣所で着替える。

 一瓶の牛乳で水分補給をして、借りている部屋まで戻り、そのままベッドへとダイブした少女は白い天井をぼーっと眺めながら考える。

 先程聞いた剣の話。もし本当にその剣があって、命を対価にどんな願いも叶えてくれるのだとしたら……

 

「…私はそのとき、何を願うのかな」

 

 薄っすらと見えかけている願いから目を逸らすように目を閉じ、そのまま眠気に誘われるように少女の意識は沈んでいった。

 

 

 

 

 


 それから数日後。森の奥深くに、私の姿はあった。

 

「っと、月光剣、この辺かな」

『はい。確かにここで合っているはずですが……』

「……何も感じない。ってことはやっぱり……」

『ええ。マスターのご想像通り』

「昔の私が撒いた力、最後の一つは今、敵の手にある、か……」

 

 無意識にポケットへと手を入れ、それを指で弄ぶ。

 輝きを失ったシェアクリスタル……偽シェアクリスタルは今、私の手の中にあった。

 数日前、ジンさんに預けたこれは今、私の手元にある。それはつまり……

 

「…リーンボックスギルド所属特別調査員。与えてもらった肩書や支援に恥じないよう、精一杯頑張らないとね」

『はい。その調子です、マスター』

 

 その肩書がどれほどの重みを持つのか、今は正確には分からないけれど、そこに乗せられた期待の重さは理解しているから。

 確認することをした後、私は再び歩き出す。次の目的地へと向かって。




後書き~

シェアクリスタルはシェアクリスタルでも偽シェアクリスタル!ただその使い方は本物と似た感じに扱える模様?
そしてそして、ルナはジンから『リーンボックスギルド所属特別調査員』の肩書を受け取りました。今は名前だけでしかないその役職ですが、彼女は立派にやり遂げるのでしょうか。それはまたこれから分かっていくということで。
では次回、またお会いしましょう。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間章
第五十一話『別の国へ……いや別の次元へ?』


前書き~

次回からある人達とのコラボの物語を展開するのですが……今回はその前日談のようなものです。
この作品はコラボも正史として扱うので、是非コラボストーリーも楽しみにしながら今回のお話をどうぞ!
今回もごゆったりとお楽しみくださいな!


「わ~、速い速い! 風が気持ちいいですね~!」

「だろうっ! この風の良さが分かるなんて、嬢ちゃんなかなか見どころがあるじゃねえか!」

「あははっ、褒められて悪い気はしませんね!」

「いや~気に入った! どうだ? 今度おじちゃんと釣りにでも行かねえか?」

「いいですね! いろいろ終わって平和になったらどうです?」

「ああ! そんときはおじちゃん、頑張って大物釣って嬢ちゃんに食べさせてやるからな!」

「やった! 楽しみにしてますねっ!」

 

 そんな楽しい会話をどこで誰としているかというと、リーンボックスの漁港からラステイションの漁港まで猛スピードで進むフィッシングボートの上で、漁業を営む船長としていた。

 元々私の知り合いとかではない。ジンさんのお知合いで、今回私をラステイションまで送り届ける役目を受けて下さった人だ。

 おかげで私は楽させてもらってます。港から出る定期便も速くないわけじゃないけど、この船の速度に比べたら数時間くらいの差はあるからね。

 

「にしたって嬢ちゃんも大変だな。その歳でギルマスにこき使われるたぁ」

「今やってるやつはやりたくて志願したものですから。大変でもやりがいはありますよ」

「おぉ、仕事に対する態度も立派たぁ、いや~俺の歳がもう二十くらい若けりゃ嬢ちゃんに嫁にっつってアタックしてたってのにな!」

「残念、私はまだしばらくはそのつもりがないので、アタックされていたとしても無理でしたね!」

「くぅ……振られちまったなぁ! あっはっはっは!」

 

 そんな軽口を叩きながら、船は順調にラステイションへと近づいていき、やがて一番近い漁港へと着いた。

 船からぴょんっと着地して、くるっと回って船長の方に向きお礼を言う。

 

「っと。送り届けていただきありがとうございました!」

「いいってことよ! ギルマスの頼みだったとはいえ、こんな若くて可愛い嬢ちゃんと一緒にいられたんだ。いやぁ~役得だなっ!」

「いやいや、私はそこまで可愛いわけじゃないですよ~」

「謙遜しなさんなって。にしてもすまんな、ルウィーまで送ってやれずよ」

「いえ、ここからは交通機関を乗り継いで行きますから」

「そうか。そんじゃ元気でな、嬢ちゃん。また平和になったら釣りに行こうな!」

「はいっ、おじさんもお元気で。またそのときに~!」

 

 背を向けながらもこちらへ手を振る船長に、こちらも大きく手を振って見送る。

 そして船の姿が小さくなったところで、振る手を下ろした。

 

「…とっても溌剌とした方だったね」

『でしたね。次会う時が楽しみですか?』

「そりゃね。釣りをするって約束もしたし、楽しみだよ」

『ですね。その時は私を使って捌きますか?』

「えっ……さ、さすがに君が生臭くなるのはちょっと……」

『そうですか……生臭い私は使ってもらえず、他の方に浮気されてしまうのですね……』

「そこまで言ってないよ!?」

『冗談です。洗剤を使って洗い、消臭剤をかけていただければきっと匂いはとれます』

「そもそも魚を捌くのに使わないからね……?」

 

 そんな会話を月光剣としつつ、先へ進む。

 今回の行き先は更に向こうだ。

 

 

 ──ネプギアと約束してから一週間後、私は未だにリーンボックスにいた。

 

「ジンさん、今回の調査報告をしたいのですがよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む」

 

 晴れてギルドマスターの権限により異常化モンスターと偽シェアクリスタルの調査を依頼された私は、ひとまずリーンボックス国内にて調査を行っていた。

 といってもやること自体は文章化すると簡単。まず一つ、目撃証言が来たらその地の調査。大抵の場合モンスターは既に討伐された後が多いため、他にも異常化モンスターがいないかの確認。いれば通常個体との違いをメモし、討伐。可能なら写真も撮る。

 次にその地の近くに研究所がないかの確認。以前リンダがエル君を持ち運んでいた時みたいに、何かしらのアイテムでモンスターを持ち運び研究所から十分に離れた場所で放している場合もあるけど、もしかするとその研究所から逃げ出してきた子もいるかもしれないから。

 そして他にも細かいことや、時々ただのお使いを頼まれる時もあるけど、基本はこんな感じにやっている。

 そしてもちろん依頼者であるジンさんは、今は私の上司だ。

 

「──以上が今回の報告となります」

「ご苦労。いつもありがとう」

「仕事ですから」

 

 そう言い、彼が用意してくださった紅茶を一口飲む。うん、今日も美味しいね。

 

「さて、それで次の調査地だが……」

 

 そう言ってジンさんは一枚の写真を私に見せてきた。

 こういう時は写真付きの目撃情報となるが、さてどこで見つかったのか……

 

「…白い地面……もしかして雪、ですか?」

「ああ。お前さんに次に行ってもらいたい土地は北の雪国、ルウィーだ」

 

 拝啓、ネプギアへ。申し訳ありません。まだしばらくプラネテューヌに戻れそうにないようです。

 あと露天風呂で出会ったお姉さんに教えてもらったお店のエッグマフィン、美味しかったです。今度お店の位置情報送ります。

 

 

 

 

 

 

 そもそもどうして今まではリーンボックス国内だけの活動だったのかというと、単純に目撃情報がリーンボックス国内でしか寄せられなかったからだ。他の国ではまだ目撃されていない、或いはただのモンスターとして討伐されていたから。つまり今回が初の国外からの情報。

 情報元はルウィーのギルド。ギルドマスター同士の情報網からの提供だった。

 向こうのギルドマスターには私が行くことを既に伝えてあるらしい。だから私がするのはルウィーに着いたら向こうのギルドマスターに挨拶、その後いつも通りに仕事をする、といった感じ。

 そういうわけだから私はただいま電車に乗ってルウィーに向かっているんだけど……

 

「……だーれもいないね」

『そうですね。貸切状態のようです』

 

 時間が早いわけでも遅いわけでもないのに、列車の中には私だけ。他の乗客は別の車両にいるのか、いないのか……

 まあいないならいないで気にしなくて済むからいいけどね。ひろーい席を独り占めできるし。

 にしても……

 

「……会えなかったな」

 

 結局会えなかった。レナに。

 まあ行った国が分かったところで会えるとは限らないんだし、当然と言えば当然ではあるんだけど……会いたかったなって。会って、またお話したかったな。あの時は私ばかりがお話したから、レナの話を全然聞けなかった。名前くらいだよ、聞いたの。普段何をしているのか、他国に行くってことは私みたいに旅人みたいな感じなのかなとか、そういうの聞いてみたかったな……

 

『……今は会えなかっただけです。またそのうち会えますよ、マスター』

「そうだといいなぁ……」

 

 …まあそう思う方が良いよね。広いゲイムギョウ界ではあるけど、それでも同じ空の下にいるんだから。別次元にいるよりも逢える可能性は大なんだから、いつかまた逢える。

 …それに例え別次元にいたって、会いたいと願えば、いつかまた……

 

「皆にもまた、会いたいな……」

 

 別次元で出会い、別れた彼らに、またいつか。

 そう願いながら、右手首にある紫のミサンガ(お姉ちゃんからの贈り物)に触れ、目を閉じる。

 列車はガタンゴトンと走る。その振動と音が心地よく、降り注ぐ太陽の日差しが暖かくて、意識は徐々に微睡んでいき……

 

 

 

──気付いたときには、私の身体は空から真っ逆さまに落ちていた。

 

「って、またかあああ!? うえぇ……ダレカタスケテー!」

 

 私はまた、前に同じことがあったときのように叫んだのであった。

 

 

 

 

 


「──しまったな。想いの力に引き寄せられたか……

まあいいか。これもあの子の成長に繋がるってことで。向こうにもあの子はいるし、きっとなんとかしてくれるだろう。そうでなかったら迎えに行くだけだな。

……はてさて、今度はどんな物語を繰り広げてくれるのか。

見せてもらうよ、私のお月さま」




後書き~

次回、ルナちゃん三度目の別次元へ!そこには初めて出会う人達も、再び出会えた人達もいます。
はてさて、そこでルナちゃんはどんな物語を歩むのか。
次回もお会いできることを期待して。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十二話『帰ってきた。在るべき場所に』

前書き~

今回のお話は前話で書きました空から落ちた先……のお話から帰ってきたお話です。落ちた先でのお話は下のリンクから、是非読みに行ってみてくださいね!
『大人ピーシェが頑張る話。合同コラボ』
https://syosetu.org/novel/264627/

さて、「コラボのお話を読んだよ」又は「読んだけど最後まではごめんなさい」、「コラボのお話はいいから本編はよ」の読者様向けに恒例の、前回のあらすじ。
前回、電車で居眠りしていたらいつの間にか空から落っこちてた! 飛ばされた先は、なんとお姉ちゃんことピーシェが守護する国があるゲイムギョウ界! え? ピーシェが誰かって? それは前回のコラボを確認しましょう。この作品にもルナ視点でお話がありますよ。
そんなこんなで神次元、エディンにて様々な男女に出会い、そして別れてルナは帰ってきました。彼女の在るべき世界へと。
今回は彼女が帰ってきてからのお話です! 夏が旬らしいマスカットのパフェを食べながら、ごゆるりとお楽しみください。


 ──帰ってきた。そう分かったのは、何度か見た光景が目の前に広がっていたからで。

 けれどそれは今までと違う色を付けていた。

 

「──綺麗……」

 

 思わず見惚れたのは、満開の大樹がその枝に付けた桜の花びらを風と共に舞わせ、地面を緑色から桃色へと変えていく光景。まだ咲いたばかりなのか、地面は疎らに染められていた。

 そよ風が頬を撫でる。暖かい、とは言えない気温。私が向こうへ落ちた日よりも少しばかり時間が経っていたのか、それともたまたまそういう気温だったのか、季節の移り変わりは感じられる程度には変化していて……けれど、桜の木が花を咲かせるどころか蕾も付けない季節だというのは分かる。

 季節外れの満開の桜。私は不思議とその光景に見入られ、けれどそこに違和感はなく、むしろ既視感さえ感じていた。

 

 ──私はこの光景を見たことがある。

 

 今までよりも強い、失った記憶に対しての感覚。きっと私は過去にこの光景を見ていた。それも暖かな季節だけでない。もっと違う季節でも見ていた。そう、確信とも呼べる感覚を持っていた。

 

──「何度見ようと、いつ見ようと、私はこの光景が好きだな。なあ、あなたもそう思わないか?」──

 

 不意に聴こえた、幼い女の子の声。気付けば見上げていた視線を下へ、幹へと移すと、そこにいたのは星のように輝く、金色の髪を持つ幼子の姿。

 彼女は幹へ触れ、見上げていた。そして後ろの私を見て、微笑む。どこか寂しそうな笑みを、そっと。

 

──「なあ、ルナ。あなたもいつか、立派な──になるんだろうな」──

 

「え……? 今、なんて……?」

 

 きっと重要なんだろうその言葉が聞き取れなくて、訊き返すと同時に足を一歩踏み出す。

 その瞬間、突風が吹き荒れ、花びらが舞い上げる。思わず目を閉じると、次に目を開けた時には記憶に確かにある光景のものへと変わってしまっていた。

 

 緑が生茂る大樹。いずれその季節になれば花をつけるだろうそれは、今は付けていない。地面はどこを見ても桃色で染められていなくて、彼女の姿も消えていた。

 今のは夢だったのか。そう思えてくる。けれど、じゃあどこまでが夢なのだろう。

 不安を覚えるも、すぐに消える。自分の身に着けていた黒いマントが、私が別次元に飛ばされ、そこで様々な人達と出会ったことが夢ではないことを裏付けていたから。

 

 なら今のは……?

 

 少し考えて、一つの考えに辿り着く。今のはもしかすると、失った記憶の再生で、白昼夢を見ているような状態だったのでは、と。

 考えてみれば今までの何度かそんな夢を見た気がしないでもない。それが今、起きている間にややぼんやりとしているものの見られて、新しく記憶出来ている。

 向こうで自分の記憶に関して、新しい情報を得られたからか。もしかすると今のは記憶が戻る前兆なのかもしれない。

 そう思うと、記憶が戻って欲しいような、どんな記憶を持っていたのかちょっと怖いから今のままでもいいような、どっちつかずの考えになる。

 結局私は記憶を取り戻したいのだろうか。記憶を取り戻したら、何がしたいのだろうか。

 分からない。だからこそ考えるのを放棄して、今までただ目の前のことに食いついて、頑張ってきて──

 そう考えていたその時、ポケットに入っていたNギアが軽快な着信音を鳴らした。

 

「……? はい、もしも──」

「ルナちゃんっ! ルナちゃんだよね!? やっと繋がった……! 大丈夫? 怪我してない? ずっと連絡が取れなくて、電話をかけてもずっと圏外だったから……!」

 

 言葉を言い切る前に聞こえてきたのは、久しぶりに聞くネプギアの声。けれどその落ち着きのない声は私を心配するものだった。

 

「え、えっと……ね、ネプギア……? あの、落ち着いて……ひとまず私はどこも怪我してないよ」

「本当に……?」

 

 うーん、信用ないなぁ私。それも仕方ないか、これまで何度も怪我を負って、大怪我を負うこともあったんだから。どうやら私は音信不通の人になってたみたいだし。

 そういえば前回ここで目が覚めた時も、ピーシェのいる次元から帰ってきたときだった。そのときは向こうにいた時間と同じくらい経ってたから……もしかして今回もそうだった……?

 

「本当本当。その……ごめんね、心配かけて。電話が繋がらなかったのにはちょっと深い事情がありまして……」

「事情……?」

 

 そのまま私は事情を説明しようとすると、電話の向こうでアイエフさんらしき声が聞こえて、その言葉をそのままネプギアが私に訊く。今どこにいるのか、と。それに前に一緒にピクニックに行った自然公園と答えると、ネプギア達はプラネテューヌ教会にいるんだって。

 なら直接会おうってなって、通話を終えた。

 さて、事情を説明するのはいいんだけど……ちゃんと説明できるかな……?

 

『きちんとも何も、別次元に行っていた、と正直にありのままに答えればよいのでは』

「それはそうなんだけど、ほら……私はもう三度も行ってるからあんまり実感ないけど、別次元って存在は観測されてるけど、行き来する手段はないって前にネプペディアで調べたとき言ってたし……」

『信じていただけるか心配、と?』

「信じてもらえない説明をしちゃうんじゃないか、と不安なんだよ」

 

 けど説明しないわけにも、逃げるわけにもいかない。そもそも逃げるくらいなら説明したくない理由を言えばいい。前はそれで言わなくてすれ違いが起きたんだから。

 だから、ちゃんと説明しよう。それで信じて貰ったら……そうだな…皆のことを話してみようかな。

 向こうで出会えて、仲良くなれた友達のことを、たくさん。心配かけていたのは申し訳ないけど、私は私で大変で、けど友達と再会して、新たに出会えて友達になれた人もいて、大変だったけど楽しかったよって。

 

 

 

 道中何事もなく、そこまで時間をかけず、真っ直ぐに教会に着いた私はそのままプライベートエリアまで行き、インターホンで扉を開けてもらうと、そこにいたのはネプギア達三人とイストワールさんと、そして……

 

「──あっ……ルナちゃんきたーっ!」

「ぐぶぼぇっ!?」

 

 開いてすぐ、部屋にいた一人の女の子が私に気付くとタックル……ごほん。抱き着いてきて、受け止めつつもその衝撃で私は後ろへと尻もちをついてしまう。

 

「いたた……ほへ? ラム……!? え、ここプラネテューヌだよね!?」

「ひさしぶり、ルナちゃん」

「アンタは相変わらずそうね、ルナ」

「ロムも……ってよく見たらユニも……え? なんで女神候補生が全員揃っているので……?」

 

 まさか三人がいるとは思っていなくて、目をぱちくりと瞬きさせて周りへ問う。それに答えたのは更に予想外の人物で……

 

「ユニ達も協力することになったからだよ、ルナさん」

「お久しぶりです、ルナさん。お元気そうで何よりです」

「連絡が途絶えたって聞いてたけれど、何事もなかったようね」

「へ? 教祖も全員揃ってるんですか……!? というか協力って……もしかして……!?」

「うんっ! ユニちゃんも、ロムちゃんラムちゃんも、お姉ちゃん達を救うのに協力してくれることになったよ!」

「わぁっ……! そっかっ! ありがとう、ラム、ロム、ユニ!」

「わっ、ちょ…苦しいわよ~っ!」

 

 教祖はイストワールさんだけでなく、ケイさん、ミナさん、チカさんもいる。女神候補生に教祖も全員揃った光景に驚きつつ、ケイさんの言葉に対してネプギアへ問うように視線を向けると、嬉しそうな笑顔で教えてくれた。それがただ協力してくれるようになっただけではなく、四人の仲が良くなったということも何となく感じられて、友達が嬉しそうなのも合わせて嬉しくなって、つい抱き着いていたということもあってラムを強く抱き締めて頭を撫でながら三人にお礼を言った。

 

「おっとと、ごめんごめん。えっと…それでもしかして、全員が揃っているのってその日が近いから、ですか?」

 

 反省しつつ離して、立ち上がってイストワールさんへ訊く。守護女神救出作戦の実行日が近いからか、と。

 そして私の言葉にイストワールさんが頷くと、口を開いて、実行日を教えてくれた。

 

「はい。作戦実行日は──明日です」

 

 

 


「ふひぃぃ……つっかれたぁ……」

『お疲れ様です、マスター』

「月光剣もお疲れ~。はふ……すっごく久しぶりの私の部屋、私のベッド~……全然使った記憶がないから、あんまり実感ないけどね」

『しかし今のマスターのお部屋も、前のマスターのお部屋も、同じような色で揃えられていましたよ』

「そうなの? …そっか。記憶を失くしても、好みとかは変わらないのかな……」

 

 あの後私も作戦に参加することになって、作戦内容を頭に叩き込まれ……というほど難しい内容でもなかったけれど覚えて、自分が向こうに行く前に受けてた仕事を思い出してジンさんに連絡したら「ああ、分かってた。その件に関しては既に代わりの奴がやったから、心配するな」と、何故か私が別次元に行ってたことを知ってたみたいで、理由は話してくれず……

 そんなこんなで色々終わった夜、後は寝るだけの疲れた体を休めるようにぼふりとベッドへ寝転がり、一日の終わりと言うような会話を月光剣とする。

 …にしても記憶、か……

 

「ねえ、月光剣。昼間のあれって──」

 

 昼間の白昼夢を月光剣は知っているのか。そう質問しようとしたとき、ノックの音が聞こえて、すぐに「ルナちゃんおきてるー?」とまだまだ元気そうなラムの声が。その後「ちょっとラム、もう少し声を抑えて。寝てたら起こしちゃうでしょ」とユニの声も聞こえてきた。ラム、ユニといるってことは、ロムとネプギアもいるんだろう。はて、四人が何の用で……?

 疑問に思いながらも、身体は友達が来てくれたことで元気が湧き、「はいはーい、今出るね~」と起き上がって壁のボタンを押して扉を開け、何故かそれぞれ枕を持った四人を部屋へ招いた。

 

「ごめんね、ルナちゃん。すごく疲れてるのに……」

「大丈夫、平気だよ。それより四人が揃って、こんな時間にどうしたの?」

「ルナちゃんのおはなし、聞きたくて……」

「ルナちゃんはべつじげん? っていうのに行ってたんでしょ? そのおはなしが気になって来たのよ」

「あ、アタシは別にそこまで聞きたいだけじゃ……」

「じゃあユニちゃんはお部屋に戻ってていいわよ~。わたしたちだけで聞くから。ねー、ロムちゃん」

「え、えっと……う、うん……!(あせあせ)」

「ちょっ、誰も聞きたくないなんて言ってないじゃない! …あっ」

「あはは、ユニも変わらないようで何より。ネプギアもそうなのかな?」

「うん。あと、その……眠れなくて……」

「あぁ……うん、そっかそっか。なら眠れるまで、夜更かししない程度に話そうか」

 

 昼間、ちょっとした行方不明になっていた理由を「ちょっと別次元に落ちちゃって……」と軽く説明して、それ以上はまた今度、今は明日の作戦内容を、となっていた話が気になって来たと言う四人に、なんだか嬉しいような、自分の話を信じて貰えていた喜びを感じながら、四人を好きに座らせて私もベッドに座る。残念ながら寝る前なのとキッチンまでは遠いから紅茶は用意できないけれど、まあいいだろう。

 …ふふ、こういうとき紅茶を用意しようと真っ先に思ってしまうのは、彼の影響だろうか。

 ならば、ここは彼のように。

 

「さて、それでは語るとしよう。此処とは異なる、神の名を冠した次元、楽園の名を冠した国にて綴られた、私と彼らの出会いと別れの物語を」

 

 そうして語る、向こうでの日々。相も変わらず空から落ち、彼らと出会い、彼女達と再会し、それぞれの在るべき場所へ帰るまでの日々で絆を結び、悲しくも再会の約束をし、私が在るべき、帰るべきこの次元へと帰ってきたことを。

 だがそれで全て語れたわけではない。私がいない間にこの次元が月日を重ねたように、私も向こうで月日を重ね、徐々に強い絆へと結んでいったのだから。

 

「ここからは一人一人語っていこうか。まずはそうだね……うん、彼を語ろう」

 

 皺が出来ないよう、ハンガーで壁に掛けられた貴族服のマントを見て、初めに誰を語るかを決めた。

 …うん、まだ語る時間はありそうだ。では……

 

「彼の名は『ズェピア・エルトナム』。私が向こうで最初に会話した相手で、紅茶を上手に淹れられて、料理も家事も凄く上手。それだけでなく物をその場に生み出すことが出来る万能な能力を持っている吸血鬼で、誰にも優しく礼儀正しい、まるで紳士のような人で……けどきっと、本当は普通。普通で、すごく優しい心を持つ人だよ」

 

 ズェピアさんとは何度か一緒にいることが多かった。だからなのか、それとも自分達の相性が良かったのか。既に仲が良かった二人を除いて、あの日々の中で一番仲良くなれた人だと思う。ただ仲の深め方が少しずつ変わって、仲間や友達というより、どこか親子みたいになっていったけど、それもまた良かった。次会えた時は……うん。名前以外のあの呼称で呼ぼうかな。

 

「あのマントは元は彼の物。それを彼は私の旅の、苦難を乗り越えるための力として、離れていても寄り添ってくれるものとして贈ってくれた。もう一つ、机の上に置いたカメラも、彼からの贈り物なんだよ。思い出を切り取って、いつでも思い出せるように。例え忘れてしまっても、その思い出が自分の中にあったことが分かるようにって」

 

 ほかにも私に似合う服を選んでくれたり。彼からは贈り物ばかり貰っていて、自分からは何もあげられていなかった。次会った時は、いっぱい贈り物をしようって決めている。

 さて、次は……同じように物をくれた彼と、彼の大切な仲間だろうか。

 

「次は『愛月』君と『グレイブ』君。彼らは見た目は青年に見えるのに、実際にはまだ10歳くらいの子ども。最初は子どもらしくなかったのに、愛月君はいつの間にか年相応に、かっこよさより愛らしさが出てきて、グレイブ君は普段かっこいいのに、ちょっとしたところはまだまだ成長途中だな、と思える男の子。二人はゲイムギョウ界とは違う、そこで暮らすモンスターと共存が出来ている世界の住人で、モンスターはポケモンって呼ばれてて……なんだかルウィーのゲームみたいな世界で暮らしてるんだって。二人に力を貸してくれる仲間のポケモン達はどの子も可愛かったり、かっこよかったり、美しかったり。でも皆すごく強かったんだよ。グレイブ君は向こうの世界ではチャンピオンって、その地方での最強の称号を持っているって言ってたから、強いのも納得だよね。

──あ、それやっぱり気になる? それはね、別れ際に愛月君がくれた、彼お手製のぬいぐるみなんだよ。月光剣も再現してて、完成度が高くてすごいよね。本当に愛月君は手先が器用で、よく皆を見てるなぁと思ったよ」

 

 さて、お次はそのお隣にある、この部屋に初めてやってきた、もう片方のぬいぐるみをくれた人物かな。

 

「その隣にある犬のぬいぐるみは、エディンの住人、『ビッキィ・ガングニル』がくれたもの。二人でお出かけした時、雑貨店で買ってくれたんだ。そのあとも色々と見て回ってね。途中、私がちょっとトラブルに巻き込まれちゃったんだけど、ビッキィがかっこよく助けてくれたんだ。その後ゲームセンターに行ったり、お茶したり。なんだか女の子同士のお出かけってあんな感じなのかなぁって思ったよ。

彼女への印象はね、最初は姉っぽいというか……年上のお姉さんっぽい……とも違う。…そう、年上のお姉さんっぽい振舞いをしようとして、結局妹枠に嵌まった感じの女性だったかなぁ。頭の撫で心地がね、なんだか毛がちょっと固いような、けどふわふわなような、また癖になる撫で心地だったんだ。うん、あれは犬っぽいんだと思う」

 

 次にまた会ったら、いっぱい撫でるんだ! と決めてる。

 

「あとあの時初めましてだったのは、ネプテューヌと一誠かな。ああ、ネプテューヌって言っても、ネプギアのお姉さんじゃないよ? あくまでまた別次元のネプテューヌで……それでね、そのネプテューヌには一誠っていう弟君もいるの。なかなかに熱い青年で、さっき言ったグレイブ君と戦いに対する熱さに関しては相性がいいんじゃないかな。

ここのネプテューヌさんと同じで、ネプテューヌも女神で。一誠は人間じゃなくて悪魔なんだって。一般的に想像するような、邪悪な存在みたいな悪魔じゃなくて、元人間らしく、人間らしい悪魔さん。二人とはあんまり接する機会はなかったけど……それでも最後の最後でネプテューヌの力になることができて、役に立ててよかったと思ってる。うん…別次元で、また別の時を歩み積み重ねているネプテューヌだけど、絶対ネプギアのお姉さんのネプテューヌさんも良い人…良い女神様なんだな、って思えたよ。

それからね、一誠には恋人がいて……これが何と驚き、一誠達の世界の住人じゃなくて、今回私が飛ばされた次元の女神様で……そう、なんと彼と彼女は次元の壁に隔てながらも互いに互いを想う恋人同士なのだーっ、てね」

 

 その話を知ったときは驚いたなぁ……しかも私がビッキィと仲違いしちゃった日に想いが通じ合ったみたいだし……ほんと驚き。

 

「うん、じゃあこのまま彼女……神次元ゲイムギョウ界、エディンの女神様、イエローハートことピーシェのことかな。彼女とはこれが二度目の出会いで……え? 前はいつだって? 前は確か……そう、ルウィーでの出来事が終わって、さあリーンボックスに行くぞーってやってたときだったよ。あのときも私、空から落ちて、ピーシェのいる次元に飛ばされちゃったんだ。なんだろう……空から落ちるのが私の基本なのか、それともゲイムギョウ界のお約束なのか……。

ともかく二回目。前回のときは…あれは本当に我ながらすごいと思ったよ。一日弱でピーシェとの仲が、私は姉のような存在として慕えるくらいになったんだから。ピーシェも私のこと妹として接してくれて……でもそれは、私のことを想ってのこと。まあそれに関しては詳細について話すのは恥ずかしいし、まだ未確定なところもあるから……君達に話すのはまた今度ね。

ピーシェとはいつかまた会いたいけど……そのときは、今回約束したことを果たせるようになってから会いたいな。もしかしたらその時は一誠とピーシェ、結婚してたりして……ふふっ♪」

 

 二人が幸せになる未来を想像すると、自然と笑みが漏れてしまう。もし二人が結婚式を挙げるってなったら、姉として慕っていた者として、友達として招待してほしいなぁと思うけど……さすがに別次元だから無理かな? でも向こうの小さなイストワールさんが別次元と繋いだみたいに、こっちのイストワールさんと連絡取れたり……さすがにしないかなぁ。

 さて、と。あと一人か……

 

「最後に語るのは、私が初めて別次元に飛ばされて、初めて尽くしの中で出会った女神様。名は『イリゼ』。彼女とも二回目の出会いで嬉しかったな。…あはは、うん。実は今回も前回も初めてじゃなくて、三回目だったりするんだ、別次元に行くの。もっとも最初のは意識だけ、みたいな感じだったらしいから、ちょっと特殊だけどね。

イリゼ…彼女もまた女神様で、彼女の次元のゲイムギョウ界の、原初の女神様の複製体なんだって。原初の女神様、というのはその名の通りそのゲイムギョウ界の最初の女神様で、イリゼはその女神様が作ってくれた女神様。なんだか皆と比べたら特殊な生まれ方だけど、皆と同じ。人間を愛する、優しい女神様。もちろん人間以外が嫌いってわけじゃなくて、最初に言った吸血鬼のズェピアさんとは、私達が向こうに滞在している間の食事を一緒に作ってて、仲が良かったみたい。同じ女神様のピーシェとはなんだかそれぞれが目指す音楽性…じゃない、女神性? が違ったみたいで喧嘩しちゃったこともあったけど、最後には仲直りして、二人で一緒にクレープを作って私達に振舞ってくれたんだ。向こうではよくイリゼのお菓子を食べてたなぁ。

そうそう、初めて会った時はそうは思わなかったんだけど、今回の生活の中でイリゼが食事を作ったり、他にもなんだかんだ家庭的なことをしていたからかな。どことなく母性があって……私含めて、何人かから『お母さん』って呼ばれてたんだよ。まあ本当にお母さんって慕っているわけじゃないし、私はイリゼには母親的立ち位置よりも、今のまま、友達として接していきたいけど……ほら、母性の強い先生のことをあだ名としてそう呼ぶ感じかな。うん、それくらい、イリゼは柔らかで優しい雰囲気の、実際優しい女神様なんだよ」

 

 もし次出会えたら、またイリゼのお菓子が食べたいな。……って私、向こうで食べてばかりだったかなぁ。

 

「さて、他にも彼らとのお話があるけど……ここまでにしようか。そろそろ寝ないと、明日……もう今日だけど、支障が出ちゃうしね。

うん、それじゃあ今回のお話はここまで。続きはまた今度お話しするね。あ、ほらほら、ロムラム。二人とも眠いのは分かるけど、自分の部屋で寝ようね。っと、任せていいのかな? それじゃあお願い。うん、また明日、頑張ろうね。皆、おやすみなさい」

 

 さて、と。それじゃあ寝ようか。

 

「おやすみ、月光剣。また明日、頑張ろうね」

『はい、マスター。おやすみなさいませ、良い夢を』

 

 …夢。そういえば私、月光権に何か訊きたいことがあったような……いいや。思い出したら訊こう。ひとまず今は、おやすみなさい。

 

 

 

 

 


「作戦決行は明日……」

「あら、緊張して眠れないのですか?」

「ええ。…三年前、私が考案した作戦で、守護女神は捕まってしまった。今回の考案した作戦がもし敵に通用しなければ……もしかしたら、三年前の二の舞になってしまうのではないかと考えてしまいまして……」

「ここまで来たのだ、後はやるしかあるまい。それにお主の作戦に加え、我々のゲイムキャラの力も貸しているのだ。これで救えなければ、この世界に未来はない」

「ちょっと、あまりそういうこと言わないの。大丈夫よ、イストワール。彼女達は成長したもの。きっと守護女神達を救い出してくれるわ」

「それに彼女達には頼れる仲間がいますから。…そういえば明日は満月の日でしたね」

「ええ、今の月の様子からすれば、明日は満月となりそうですが……それがどうかされましたか?」

「いえ。ただ明日はきっと、彼女がより頼もしくなるのでは、と思いまして」

「…そういえば報告で上がっていましたね。彼女が普段より一層強くなっていた、と。それが前回の満月の夜……であれば、明日もまたそうである、と?」

「もしかしたら関連性はないかもしれませんが、可能性はあるかと。ほら、彼女の名前は(ルナ)、ですから」




後書き~

はい、後半はコラボのエピローグのような形になりました。ちょっと他の方々の真似をしつつ書いてみました。ルナにとって向こうでの日々が楽しいものとなって、実にほっとしています。ほんと、ちゃんと終わってよかった……
さて、そして次回はようやく守護女神救出作戦です。ようやく彼女達が出せるのか……正直キャラ崩壊しないか不安で仕方ないですが、ネプギアのためにも、皆のためにも、ルナは頑張ります。
それでは次回もお会いするのを楽しみにして。
See you Next time.

・今回のネタ?のようなもの。
「母性の強い先生のことを~」
『ゆゆ式』のお母さんこと松本頼子先生。生徒からよくそう呼ばれているのです。きっと普段学校に着て行っている服装もそう呼ばれる要因の一つなのかもしれない、と私は思っていたり……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章 覚醒の序曲
第五十三話『女神救出作戦、始動』








「~~~♪」

 

 明るく白い金属質の廊下を、一人の少女が行く。

 鼻歌を口ずさみながら、とても楽しそうに。くる、くると時折回り、弾むようにステップを踏みながら、足音を立てずに。

 彼女が回る度、黒いミニスカートと、黄金色の長い髪がふわりと膨らむ。踊るように進む度、白のリボンで結ばれたツーサイドアップの髪が揺れる。

 その碧玉色の瞳が映すのは、誰もいない廊下。そのなかを、進んでいく。

 やがて着いた扉の前。そこで少女は一回だけ深く息を吸い込むと、悪戯っぽく笑い──

 

 ──まだ誰もいない扉の先へと入っていった。

 

 

 

 

 


 教会の一室。魔法陣のような図形が書かれた地面に立つ私達へ、イストワールさんはその外側から話しかけてきた。

 

「──それでは出発前に改めて本作戦の内容の再確認をします。

 まず皆さんにはこれから転送陣を通して、ギョウカイ墓場へと乗り込んでいただきます。そして女神様を発見し次第救助。最初の転送陣を通し、こちらへ戻っていただきます。……よろしいですね?」

「はい。大丈夫です、いーすんさん」

「ようは着いたらバッとお姉ちゃんたちを助けて、またバッと帰ってこればいーんでしょ? そんなの、このラムちゃんとロムちゃんがいれば簡単よ!」

「みんなで、お姉ちゃんたちを助ける(おーっ)」

「そう簡単にいけばいいけどね。向こうも、ただお姉ちゃん達をギョウカイ墓場に拘束して終わり、なんていい加減なわけがないでしょうし」

「うん……。今も多分、いると思う。四天王の一人が……」

 

 ネプギアの視線が下へと落ち、顔が強張る。

 それはそのときの恐怖をまだ覚えているから。そして、本当に助け出せるのかって不安なのかもしれない。

 けど……

 

「大丈夫よ、ネプギア。周りを見てみなさい」

「あっ……」

 

 アイエフさんに言われたようにネプギアが周りを見れば、そこには同じ女神候補生達。ユニは落ち着いていて、ラムは自信満々な笑みで、ロムはネプギアの不安を和らげるように優しい笑みを向ける。どれもやる気に満ちた表情の皆は、ネプギアが旅の途中で出会い、親交を深め、仲間になってくれたのだろう頼もしい仲間達だ。

 残念ながら私はそのとき別の場所……というか次元にいたから、その場面に立ち会えなかったけれど、きっと仲良くなったから三人ともネプギアの提案を受け入れてくれたんだと思う。

 ……ううん、仲良くなったのは確実かな。だって昨日の夜、皆楽しそうだったから。

 と、ところで私も、頼もしい仲間の一人に入ってたりしない……かな? 

 

「前はギアちゃんを助けるだけでせいいっぱいだったですけど、今は皆さんがいるです。だから今度は、絶対女神様を助けられるです!」

「コンパさん……はいっ。ユニちゃんにロムちゃんにラムちゃん、ルナちゃんもいますから。絶対にお姉ちゃん達を助け出してみせます!」

「その意気です、ネプギアさん。それでは、転送陣を起動させます」

「おねがいします!」

 

 ネプギアのその返事と共に転送陣は仄かな光を放ち、それは徐々に目も開けられないほどの強い光となり、浮遊感が全身を包んでいき──

 

 

「──にゃあっ」

「え、ねこ……!?」

 

 猫の鳴き声と共に、私達は教会から姿を消した。

 

 

 

 


「──わっ、ったぁっ!?」

 

 転送直前、胸に飛び込んできた生き物に押された私は、予想外のことに受け身なんて取れず、そのまま尻餅をついてしまう。

 けど咄嗟のことでも生き物が傷つかないように抱えることは出来て、おかげで仰向けに倒れた私の胸の上に乗る生き物……白猫は傷一つ付かず、私をじっと見つめた後、目を細めながらまた「にゃあ」と鳴いた。

 

「あはは……ま、まぁ、君に怪我がなくてよかった」

 

 あまりにも可愛らしいその仕草に、ついその頭をそっと優しく撫でれば、今度は甘えるような鳴き声で自分から手に擦りついてくる。

 はぁ~……かわいいなぁ……

 

「いや和んでいる場合じゃないから」

「はっ!?」

 

 アイエフさんの呆れ混じりの声に、今がどういう状況か思い出し、慌てて猫を抱えたまま立ち上がる。

 い、いやだって猫が落ちて怪我をしないようにとか、そのまま逃げちゃっても困るかなと思って……

 

「ルナちゃん、だいじょうぶ……?」

「う、うん。怪我とかはしてないから大丈夫だよ」

「ならいいけど……この猫、どこから入ってきたのよ……? あの部屋に猫っていなかったはずよね?」

「うん。教会で飼ってるって話も聞いたことないけど……外から迷い込んじゃったのかな?」

 

 ロムが心配してくれて、ユニとネプギアは猫がどこから来たのか確認し合う。

 そんな中、ラムだけは猫をじーっ……と見つめながら何かを考えていて……

 

「……、にゃっ!」

「あっ……あーっ!」

「へっ!? なになに!?」

「ちょっと! 急に大声出さないでよラム!」

「だってだってこのネコさん! ほら、ロムちゃんも知ってるよ! あのときのネコさん!」

「ふぇ……? あっ……!」

 

 猫はそんなラムをじっ、と見つめ返して、まるで「よっ!」と軽い挨拶でもするかのように片手を上げる。その仕草で心当たりを思い出したらしく、急に声を上げたラムはロムにも声をかけ、ロムもその言葉で思い出したらしい。

 知り合いかな、と聞けば「前にモンスターと戦ってた時、助けてくれたのよ!」と。

 

「ネコが、アンタたちを……?」

「うん。ネコさん、とっても強かった……(なでなで)」

「にゃあ~♪」

 

 猫が戦う、なんて想像できないのか疑うユニへロムが頷くと、猫の頭をそっと撫でる。すると猫は機嫌よく鳴いて、自分からその手に擦りつくように頭を動かした。

 うん、やっぱり猫も可愛いね。

 

「……ちょっと?」

「はっ!? す、すみません!」

 

 二度目のアイエフさんの声に再び自分達が戦場にいたことを忘れていたと気付く。

 だから、あの、はい……今度こそ気を付けるので、怒らないでいただけると……

 

「でもどうしようです。モンスターさんも出ますから、このまま放置しておくわけにもいかないですよ……?」

「そうね……帰りの転送陣は一回きりだから、ここで使ったら私達が帰れなくなるし……」

 

 かといってこんなことで一旦全員で引き下がる。そんな手段もなくはないのだろうけど、皆は敢えて言わない。皆一刻も早く女神様を……皆のお姉さん達を助けたいんだから。

 

「……、……。にゃあっ」

「あっ、ちょっと待って! 離れたら危ないよ!」

 

 皆が悩む中、猫は全員の顔を見つめた後、どこかをじっと見つめたかと思うと……腕からぴょんと抜け出し、そちらへ駆け出してしまう。声をかけても猫には通じなくて、どんどん先へ行ってしまった。

 

「あいちゃん、確かあっちは……」

「ええ……ネプ子達が囚われている場所だわ」

「じゃあ、あっちにお姉ちゃん達を倒したっていう四天王の一人がいるってことよね?」

「っ! なら早く止めないと! ネプギア!」

「うんっ! 皆、行こう!」

「うん!(ええ!)」

 

 ユニからが確認するように口にした言葉に、猫の最悪な結末を想像してしまう。この先にいるのは、ネプギア達が逃げるので精いっぱいだったっていう相手だって聞いてるから。

 だからネプギアに呼びかける。ネプギアも私ほど嫌な想像はしてないだろうけど、猫が傷つくのは嫌だと思ったから。

 そうしたらネプギアも頷いてくれて、皆へと声をかける。それに皆も頷いて、ネプギアを先頭に駆け出す。

 別に誰がリーダーとか決めたわけじゃないけど……このなかで一番適任の人が、自然と前に立つんだって。私は頭の片隅でそう感じていた。

 

 

 

 猫の足は素早い。私達の足は遅いわけじゃないけど、それでも追いつけない。

 途中見失いそうにもなった。けど猫はその度に立ち止まって、振り返って、私達が追いつきそうになると走り出す。分かれ道も止まって、また振り返ってから駆け出していた。

 

 まるで私達を道案内するかのように。

 

 まさか、と思ったのは私だけでなく、一度この道を通って奥へと行ったことがあるアイエフさんも。ほかの皆も、何か変だと感じているようで、アイエフさんとユニは怪訝な顔をしていた。

 もしかしたらこの猫が転送直前に飛び込んだのも、こうして私達の前を走るのも、偶然ではないのではないかと。

 でも、じゃあこの猫は何が目的なのか。そう考え、分からない中で答えを出そうとしたけど、答えが出る前に猫は何かに気付いたのか更に速度を上げ、大きなコントローラーのような廃棄物の後ろへと回り込んだ。

 

「うぉっ!? テメェ、なんでここに……!?」

「ぢゅーっ!? ネコっちゅか!? なんでここにネコがいるっちゅか!?」

 

「あれ、この声って……」

「またあいつらってわけ……?」

 

 コントローラーの後ろから聞こえた声に、全員が足を止める。驚いている声も、猫に怯えている声も、どっちも全員が聞き覚えのある声で、ユニは呆れたようにジト目になった。

 そのなかで私は、どことなく知り合いっぽい声色と言葉が気になり、そこへすぐに突撃するのではなく、こそっと近付いて、コントローラーを背に聞き耳を立てる。

 

「にゃあっ、にゃ~」

「おい、鳴くんじゃネェ、見つかっちまうだろうが……!」

「そうっちゅ……! 静かにするか、さっさとあっち行けっちゅ……!」

「にゃあ?」

「あぁ? なんでって……そりゃこの先にジャッジ・ザ・ハード様ってお方がいて、アタイらは見つからネェように隠れてるからだっての」

「あいつらがさっさと女神を助けに来ないっちゅから、オイラたちが代わりに戦わされそうになってるっちゅよ」

「にゃあ、にゃああぁ、にゃ」

「じゃあ戦えばって、イヤっちゅよ、そんなの。オイラは犯罪組織のマスコットっちゅ。戦闘ばっかの脳筋女神たちとは違って、オイラの体はデリケートなんだっちゅ」

 

「あんのネズミ……っ!」

「抑えて……! 抑えてユニちゃん……!」

 

 ワレチューらしき人(?)の発言に、私と同じように近寄って聞き耳を立てていたユニが怒りで拳を握り、ネプギアはユニが感情のまま突っ込まないよう焦った表情で抑えていた。

 でもネプギアだって今の発言に何も感じていないわけじゃない。ただ今感情のままに突っ込むのは愚策だと自分の心も抑えつけているだけなんだと思う。だからこのあとに大きな戦闘を控えて居なかったらきっと、お姉ちゃん達を侮辱するなって二人の前に出ていたかもしれない。

 そしてそれは他の全員が同じで、アイエフさんもコンパさんも、表情の怖さに差はあれど、顔をしかめていた。

 

「『のーきん』ってわかんないけど、お姉ちゃんをバカにされた気がする……!」

「お姉ちゃんは、のーきんさんじゃないもん……!(ぷんぷん)」

 

 ラムとロムは言葉の意味こそ分からなかっただけで、話し方から侮辱だというのは理解して、こちらも怒りを表していた。それでも出ていかないのは、そちらはアイエフさんが抑えているから。

 だから二人に気付かれないように声を潜ませて反応する。猫を追いかけてきたときに消費した体力の回復と、戦闘準備を整えるまでは、バレないように、と。

 

「にゃふ……にゃ、にゃあ?」

「じゃあお前はって、猫のくせに無茶ぶりすんじゃネェ。相手はあの四天王のジャッジ様だ、アタイが相手したところでストレス解消のサンドバッグにしかなんネェよ」

「そうっちゅ。下っ端じゃサンドバッグにすらなんないっちゅ」

「だ・か・らぁ! アタイは下っ端じゃネェ! 今度そう呼んだら猫の餌にすんぞ!」

「ちゅーっ!? それだけは勘弁してほしいっちゅ!」

「にゃふ……にゃ、にゃあ、にゃああ」

「あぁ? 家猫はネズミを食べるよりも遊んで殺すことが多い……って、んなマジレスいらネェわ!」

「どっちにしろ死ぬのはイヤっちゅ! オイラ、オイラは……コンパちゃんと添い遂げるまでは死ねないっちゅ~!」

 

 そんなこんなしてたら会話の流れで二人がヒートアップして、声量が大きくなっていく。最後の方なんて叫んでいた。

 

「あんのネズミ……!」

「あ、あいちゃん抑えるです……! ユニちゃんと同じ反応になってるですよ……!」

 

 今度はアイエフさんが拳を握り、怒りに表情を歪めていて、それをコンパさんが必死に抑える。もしこれでアイエフさんが飛び出していたら、ワレチューは棒に手足を括りつけられて、丸焼きにされていたのでは、とあり得ない想像が頭の中で浮かぶ。

 けどいいんだろうか。二人は確か隠れていて、だから声を抑えていたはずなのに。あとついでみたいな感じだけど、何気に猫と会話してなかった……? 

 

 と、浮かべた疑問は解消されなかったけど、不安に思っていたことはすぐに現実と化した。

 音が聞こえ、そちらへ向けば猛スピードでこちらへ飛んでくる物体が見えた。

 黒鉄の魔術師みたいな姿のロボット。そんな印象を受けるそれは、大声量で笑いながら来ていて、轟音を立てながら二人の……そして私達の近くの地面へと勢いよく着地した。

 

「ふは、ふははぁっ、はあっはああっはあああぁぁあっ!! 見つけたぞぉっ、貴様等ぁぁあああっ!!」

「ヒイィッ!? ジャ、ジャッジ・ザ・ハード様……! ア、アタイたち、別に隠れてたわけじゃ……!」

「ちゅー……ダメっちゅ……オイラ、ここで死ぬっちゅか……。……でもせめて、もう一度だけでいいから、愛しのコンパちゃんに会いたかったっちゅ……」

 

 目当ては二人で、リンダは怯えながら嘘を吐き、ワレチューは自分の死期を悟ったように望みを呟いた。

 

「っ、ジャッジ・ザ・ハード……!」

「ぬ? ぬぬぬ? 貴様は女神、候補生……おおぉっ! あのとき取り逃がした奴ではないか! くくくっ、会いたかった……! 会いたかったぞ女神候補生ぃぃぃいいっ!!」

「へ? ジャッジ様、まさか戦いたがり過ぎて幻覚を……ってうぉぉいっ!? テメェらいつのまに!?」

 

 そんな中、憎ましげに呟いたネプギアの声はばっちりジャッジと呼ばれた人物へと届き、気付いたジャッジは私達を……もっと言うならネプギアを見て、歓喜するように叫ぶ。

 それでようやくリンダ達も、ジャッジの視線の先を見て、私達に気付いて驚く。リンダは敵がすぐそばまで来ていたことに対して。けどワレチューはさすがというか、別の部分に驚いていた。

 

「ちゅっ……!? コンパちゃん……? そこにいるのは幻でも何でもなくコンパちゃんっちゅ……!? まさかオイラの願いを叶えるために来てくれたっちゅか!?」

「お久しぶりです、ネズミさん。ここへはねぷねぷ達を助けにきたですよ」

「ちゅーっ! だとしても会えて嬉しいっちゅ! コンパちゅああぁぁ~ん!」

「えぇいっ! 私のコンパへ近付くんじゃないわよ変態ネズミ!」

「ぢゅうぅぅぅうっ!?」

 

 私達よりも、恋のお相手になってしまっているコンパさんへ意識が向き、会いに来てくれたと勘違いするワレチュー。そんな敵でも心優しいコンパさんは笑顔で接して、ヒートアップする発情ネズミ。その感情のままにコンパへと跳んだネズミは、その前に立ちはだかり得物のカタールでぶん殴るアイエフさんによって飛ばされた。さすがに刃の腹ではあったけど。

 しかし“私の”かぁ……うんうん。

 

「あ、あいちゃん……」

「あっ、ち、違うわよ……!? い、今のは、私の親友のって意味であって……!」

 

 コンパさんの照れる表情に、真っ赤な顔で、自分の勢いで出てしまった発言を取り繕うとするアイエフさん。もちろんその意味であることはコンパさんも、聞いていた皆も分かっているだろうけど、それでも微笑ましくてつい笑みが浮かんでしまう。別に「本当は違うくせに~」みたいな意味で笑っているわけではないからね? 

 

「いやあの~、そんなことしてないであれなんとかしてほしいんすが~……」」

「ふはははぁぁああっ! さあ俺と戦え女神候補生ぃぃいっ!! あのときの屈辱、倍にして返してくれるわぁぁぁああっ!!」

 

 ジャッジのサンドバッグになるのは、敵であるはずの私達へ助けを乞うくらい嫌なようで、逃げ腰になりながらそう言うリンダ。きっと戦いが始まったらすぐ逃げるんだと思う。私達が自分を追う余裕はないって分かっているんだろう。

 こっちもそれは分かっている。彼女のことはまた別の日に回しても大して問題は起きない。そう考え、彼女を意識から外す。

 皆も彼女に構っている場合じゃない、と判断したのかジャッジへと向き合い……ネプギア、ユニ、ロムとラム、それぞれがほぼ同じタイミングで女神化した。

 そして、全員が武器を持ち、構える。

 

「あのときは弱くて、逃げることしか出来なかったけど……」

 

 そう、振り返るネプギア。その声色に、瞳に映るのは恐怖は不安ではない。

 あるのは、固い意志のみ。

 そして、同じ意志を持つ皆が、ネプギアへと頷き返す。

 皆、姉を救いたいって。その気持ちで、ここまで来たんだから。

 だから……

 

「……けど、今は違います。アイエフさん、コンパさん、ユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃん、ルナちゃん。皆が一緒に戦ってくれる。私自身も強くなりました。だから……

 今度こそ負けません。絶対にあなたに勝って、女神を取り戻してみせます!」

 

 決意を言葉にして。

 今、ネプギアの宣言によって、戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

 


「にゃふ~♪」

 

 岩の上。いつの間にか移動していた白猫は、戦闘に巻き込まれない位置で、楽しそうな様子で観察していた。

 そこへ、悪そうなパーカーを着た肌色の悪い女性が近づく。その手には細くて黒い尻尾が握られていて、その先には灰色のネズミがぐったりと意識を失っていた。

 

「あっ、テメェここにいたのか。おいっ、ここにいたら危ねぇんだ、さっさとズラかるぞ!」

「にゃー!」

 やだぜ~! 

 

「やだって、戦いに巻き込まれて死んでも知らねぇかんな」

「にゃふふ」

 これで死ぬほどヤワじゃないから、平気だぜ。

 

「ああそうかい。ならアタシだけでも逃げるからな。テメェはテメェで勝手に野垂れ死んでろ!」

「にゃ~」

 達者でな~。

 

 せっかくの好意を無下にされ、苛立った女性は猫へ怒鳴ると再び逃げていく。

 その背を白猫は横目で見て、再びその視線を戦いへ向ける。

 向ける視線は戦い、その中でも一人の少女へ。

 

「にゃあ~……」

 

 お月さま、あなたはどれだけ、戻ってきたのかな。

 

 昔を思い出すように目を細める白猫は、そのまま碧玉色の瞳を地上の月へと向け続けていた。




本当はもう少し先の展開まで書く予定でしたが、意外にも文字が多くなったのとちょうど良かったので一旦ここで区切ります。
次回、どうなるでしょうね……頭で展開は考えていても、あんまりその通りに進んでくれるかどうかは不安です。
それでは次はなるべく早く会えるように。
See you Next time.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十四話『悲痛な叫び』

前回のあらすじ!ルナちゃんも含めた皆でギョウカイ墓場へ!あれ、猫さんもいるの!?って、そこにいるのはまたお前か。おおっと、上司が出てきたぞ倒せ―!
と、何が何やら分からない感じではありますが、抹茶プリンでも食べながらごゆるりとお楽しみください。


 ギョウカイ墓場の空は暗い。青い空なんて一片も見えなくて、代わりにある一面に広がる分厚い雲が、太陽の光のほとんどを遮っている。

 それがどうした、と言われれば、ちょっと気持ちが下がっちゃうよね、というくらいしかないんだけど。なんなら今から言うのは、ただ時間間隔がズレていた、とか、頭から抜け落ちていた、というだけの話なんだけど……

 

 そういえば今日って、満月の日だったんだなって。そう感じただけだよ。

 

 

 

 戦いが始まってからしばらく経って。私達は全員傷だらけで、それはジャッジ・ザ・ハードも同じで。

 そして互いに負けたくないと強く想う意志も最初からずっと変わらない中、アイエフさんとコンパさんが前へと突撃した。

 

「これでも喰らいなさいッ! 『真魔烈皇斬」!」

「続くです! 『とーはるいぱんこ』、ですぅっ!」

「ぐぬぅっ……だが効かぬ! この程度でこのオレ様が負けるかぁぁああっ!」

「ッ、コンパ!」

「あいちゃ……きゃああぁっ!」

 

 アイエフさんのカタールによる連撃が残り僅かだったバリアの耐久値を削り切り、バリアが砕けたところを続くコンパさんの注射器から放たれた魔力弾の雨が降り注ぐ。

 だけどそれでジャッジを倒しきることは出来なくて、薙ぎ払うように振り回された槍が二人を吹き飛ばす。

 けどそこはさすがというか、ただただ吹き飛ばされず、アイエフさんは身を挺してコンパさんを直接攻撃からは庇っていた。

 コンパさんは大丈夫。アイエフさんは心配だけど、これでそっちに意識を持っていったら叱られそうだ。

 だから私は私の技に集中する……!

 

「これで、繋ぐ……! クレッセント……リフレイクッ!」

「効かぬと言っておろうがぁああっ!」

 

 槍の動きが止まった隙にジャッジへと接近。地面を蹴りつけ飛び上がり、その頭目掛けて一直線に飛ばした三日月形の斬撃は、無理やりにでも振り回したジャッジの槍で突かれて着弾前に発散する。

 でもこれはそれで終わらない。

 これは勝機へと繋げる、特別な技なんだから!

 

「グァハハハッ! どんな攻撃が来ようと、オレ様は負けん──ガッ!?」

 

 技を防げたと思い込み笑うジャッジの後頭部を、背後で再構築された三日月が撃つ。

 その強い衝撃に撃たれたジャッジは前のめりで倒れそうになるけど、残念ながら倒れる前に足を前に出し踏ん張った。

 けどその一瞬の隙が、この戦いへの勝機となる。

 

「あとは頼んだよ、ネプギア、みんな!」

「っ……、確かに受け取ったよ、ルナちゃん」

 

 攻撃を当て、ジャッジから距離を取りつつネプギアへと近付いた私は、その肩へと触れる。

 あとはネプギア達がトドメを刺すだけ。その最後の一手に少しでも力をあげたい、と私のなかにある残り僅かな力のほとんどをネプギアへと渡す。

 何回もやって慣れてきたっていうのと、渡す力も僅かだったから。数秒で終わった『転換移行(トランスコンバート)』は確かにネプギアへと渡されて、ネプギアも実感があったのだろう。私へと頼もしい笑みを向けると、ビームを最大出力へと変え、ジャッジへと飛ぶ。

 

「ユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃん! 最後は力を合わせよう!」

「ええっ! 絶対に決めて見せるわ!」

「足を引っ張らないでよね、ネプギア!」

「ネプギアちゃんたちと、いっしょに……!」

 

 ネプギアがジャッジの懐へ入ると、M.P.B.L.をめいっぱい振り上げ、ジャッジの体を宙へと飛ばし、それにユニの全力を掛けた弾丸が追撃。その体が頂点まで来たところでロム、ラムが放ったいくつもの氷塊がジャッジを押し潰す。

 そして……

 

「全力全開……! 『スペリオルアンジェラス』!!」

「クソがぁぁああああぁぁああっ……!!」

 

 ネプギアの、全力全開のレーザービームが、ジャッジの体を貫いた。

 

 

 

 地上へと重い音を立てて落ちる機体。パーツが欠けたり、ヒビが入ったり……何よりその腹部に空いた丸く大きな穴が目立つその機体は、仰向けに倒れたまま、指一本も動かない。

 ただその表情は動いた。歪んだ表情として。

 

「チクショォォ……負けたくねぇ……死にたくねぇ……!」

「ジャッジ・ザ・ハード……」

 

 仮に彼の体が本当にロボットで、人間のように感情のある自律人形(オートマタ)であったなら、冷却装置の水が涙として目から流れていたかもしれない。そう思うほどジャッジの表情は悔しさで満ちていて、それだけ強く想っていることが痛いほど伝わる。

 伝わったのは私だけじゃなくて、皆にも伝わったらしい。誰かの口から彼の名前が零れたのは、同情からか。

 けどこれは勝負で、こちらは女神の命、ひいてはゲイムギョウ界に住む皆の命が懸かっているから。

 もう絶対に負けられないし、気持ちを理解しても、容赦はできない。

 

「もっとぉ……もっと戦いてぇよぉぉお……!」

 

 泣き叫ぶように、戦闘狂らしい彼の断末魔を最後に、ジャッジの体は電粒子へと変わり、どこかへ飛んでいく。

 それは私達の勝利が確定した瞬間だった。

 

「……やった、んだよね……」

「……ええ。私達の勝利よ」

 

 ネプギアの確かめるような言葉へ、皆もまだ受け止めきれていないのか反応しなくて、そんななか一番大人でもあるアイエフさんが肯定した。

 けどすぐに「わーい、やったー! これでお姉ちゃん達を助けられる!」なんてテンションにならなかった。もしかしたらラムはそんな反応をするかも、と思ったのに、彼女も彼女で少しだけ気まずそうな顔をしていた。

 多分初めてだからかな。私も含め、言葉を交わせる相手を()()()ってことが。

 これは正義のためで、大切な誰かを助けるためで、仕方のないことだけど。

 それでも喜びだけが溢れるものじゃない。

 

 これは、そんな複雑な勝利で。

 最低でもあと3回、そんな勝利を収めなきゃいけないってこと。

 私達はここにきて初めて、それを知ったんだ。

 

 

 

 

 


 戦いが始まる前から分かっていたけど、やっぱりリンダ達は逃げていてどこにもいない。もしかしたらどこかにまだ隠れているのかもしれないけど、多分大丈夫。私達は大きな戦いの後でボロボロだけど、あの二人くらいならやられる心配もないだろうし。

 それと猫もいない。どうにもリンダ達の知り合いっぽいから、連れていかれたか、追いかけて行っちゃったのかもしれない。もしかしたらリンダ達にいじめられるかも、と思ったけど、それならさっきのときに手荒く追い払ってるよね。多分ラステイションで会った人達と同じ、リンダも根から悪い人じゃないんだと思う。ただ本人達の正義が私達の正義と衝突しちゃってるだけなんだよね。

 

 そんなことを確認したり思ったりしながらコンパさんとロムの治療と魔法を軽く受けた私達は、ギョウカイ墓場の中心……守護女神達が囚われている場所へと着いて、シェアクリスタルとゲイムキャラ四人の力を合わせて配線コードっぽい拘束を解いて守護女神達を助け出して、ネプギア達は感動の再会を……って、そんな大事な場面を端折っちゃダメだろうけど、まあそんな感じで無事救出できました。

 これでここでのミッションは完了。あとは女神達を連れながら転移陣まで、プラネテューヌまで戻ればオールクリアって。

 本当ならそうなる予定だった。そのはずなんだけど……

 

「──グルルルルゥゥ……」

 

 私の目の前には今、11体の異形がいます。

 どうして、かな。

 

 

 

 でも、

 

 

 

 まあ、

 

 

 

 

 

 倒しちゃえば、問題ないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、いただきます。

 

 

 

 

 




……See you Next time.



今回のネタまとめ
・オートマタ
 TVアニメ『プリマドール』からです。自律人形の見た目はまんま人間と同じ姿をして、大正時代の学生鞄のような機械を背負った姿なので、巨大ロボット感満載のジャッジとは全然感じが違いますね。プリマドールでは自律人形の涙は体内の冷却水が排出されているそうです。さすがKeyさん、疑問に思う設定をちゃんとアニメ内のセリフに取り込んで読者に伝えている……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十五話『狂った姿』

気付けば2024年が始まっていた……
しかも前回投稿してから一年以上が経過……
今回も短いけれど区切りがついたので投稿したお話ですが、ゆっくりしていってね!


 ――おなかがすいた。

 気付いたら真っ暗な世界で、一人きり。周りにはネプギア達がいなくて、月光剣もいない。

 そんな世界で、寂しいとか悲しいとか。そういうことを考えるよりも、身体の奥から湧き上がる飢餓感が思考を占めた。

 

 身体が、タベモノを求めていた。

 

『――ッ! ――ッ!』

 

 ふと気付く。誰もいないと思っていた私の周りに、数体の影がいたことに。

 黒く、ゆらゆらと輪郭が不確かなナニカ。真っ暗なはずの世界で認識できるモノ。

 不思議だ、何故。そういうことを考えるよりも前に、感じた。通常であれば感じない、そう認識しないのに。

 ──アレはタベモノだ、と。そう認識してしまった。

 

「グルルルゥゥ……」

 

 一瞬お腹の虫が鳴いたのかと思った。違った、私の口から出た唸り声だった。

 なるほど、今の私は獣なのかもしれない。

 餓えた獣。その目の前に極上の肉をチラつかせれば、次の行動は想像に容易い。

 今からの私の行動は、まさにそれなのだろう。

 

『――めが──ッ!』

 

 影の一体が向かってくる。タベモノが自分から食べられに来た……なわけがないのはその身に纏う殺意が分かりやすく伝えていた。どうやら素直に食べさせてはくれないらしい。

 ならば肉食獣の如く、獲物を仕留めよう。でも武器がない今、どうやって?

 横なぎに振られた鎌をしゃがんで避け、無防備に見える懐へ頭突きをする。

 するとタベモノが後方へと下がってしまった。飛びそうな感じもする。このままでは逃げられるかもしれない。追撃しなくては。

 そう思った時、爪が長く鋭くなっているのに気付いた。まるでアイエフさんが使うこともあるクローのようで、頑丈そう。これは武器になるだろう。

 距離を詰めて、長い爪で裂いて、突いて、裂いて、突いて。

 何度も攻撃した。何度も攻撃された。でも私には痛みひとつ届かなくて。

 何度当たったかな。威力はあったみたい。タベモノからの攻撃が遅くなったように感じる。

 このまま逃がさず殺さず弱らせれば──

 

 ――やった、捕らえた。

 右手が肉を掴んだ感覚が確かにする。この形、この位置。これは……首?

 逃がさないよう、左手も加えて、力いっぱい握って。

 最後の抵抗かな。影の鎌が私を斬ろうと振ったけど、気にせずに。

 

グルゥ……(いただきます)

 

 目の前のタベモノへ、食らいつく。

 タベモノが持つ魔力も、シェアエネルギーも。

 すべての力を奪い、腹を満たすために。

 

 ――力を与えられるなら、その逆もできるよね。

 

 頭の中によぎるかつての自分の言葉。

 それを聞いたあの子は何て言ったんだっけ。

 ……ああ、そうだ。「まるで血を吸う鬼みたいだな」って言ったんだ。

 「鬼ってなにさ。私はそんなに怖いかな」って、私は答えて。

 あはは……。きっと今の私を見たら、あの子は「本当に鬼みたいじゃねえか」って言うのかな。

 言ってくれるといいな。……会えたら、いいな。

 

『――ッ! ――ッ……!』

 

 腕を通して奪っていた力の流れが止まる。同時に影が薄れ、消えた。

 手にはもう何も掴んでいなくて、空いてしまった。

 どうやら全部食らい尽くせたらしい。

 ……でも、まだ足りない。

 おなかいっぱいになるには、全然足りない。

 次のタベモノは……ああ、よかった。まだいた。

 さっきからずっといる、他の影。食べられるのを待っていたのかな。

 地べたに転がる影、立ち上がる影、武器を構える影。

 全部、ぼろぼろ。さっきの影より、食べやすそう。だけど、さっきの影より保有している力が少ない。

 けど、これだけあればおなかいっぱいになるよね。

 だから、もう一回。ちょっとだけ美味しそうな淡い紫色の食材へ食べるよと挨拶をして、近付いて、食べ──

 

「――させると思ったかこのバカ妹がアアァッ!」

 

 はっきりと聞こえた声が、言葉が、その衝撃と共に私を突き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 一目見たとき、この身に流れる血が湧き上がるのを感じた。目元が熱くなって、周りの音が聞こえなくなったような錯覚も起きた。

 赤く輝く髪はまるで気高く情熱的な薔薇。エメラルドからルビーへと変わった双眸はまるで昼夜で姿を変えるアレキサンドライト。前髪にある一房の銀色は彼女の名前の由来ともなった三日月。

 少しだけ普段よりも成長したその姿に、懐かしさを感じてしまって。獣の姿でなければ、私の顔はいろんな水分で人に見せられない姿になっていたかもしれない。

 けれど同時に危うさを感じていた。そもそもあの姿は正常なものではない。狂った姿、思考のままだとどうなるか。それはすでにあの子が証明している。

 シェアエネルギーで構築された赤い爪、それに切り裂かれ、最後には力を吸い尽くされ消えた四天王の一人。

 そして未だ餓えた目を、四天王との戦いで瀕死に近い彼女達へ向けるあの子。

 標的を選んでいたその目が友へと固定された瞬間。私の身体は地面を蹴っていた。

 獣の姿から変わることを忘れ、その姿で一番あの子を吹き飛ばせる方法を直感的に選んで……私は叫ぶ弾丸となった。

 具体的に言えば、猛スピードで横腹へ頭突きした。

 頭が痛い。耳も痛い。どうしてこの体は耳が頭の上に付いているんだろう。頭突きしたら痛いじゃないか。そう考えると耳が横にある人間の体は頭突きしやすい構造をしている。……いやそもそも頭突きしなければいいのだろうけど。

 

「グ、ゥゥ……」

 

 獣のような唸り声で苦痛を伝えるのは、あの子……ルナ。

 私の、大切な妹。

 痛がっても、その場で蹲ることなく立ち上がり、その目は私を映す。

 

「ああ、それでいい。昔からそうだ」

 

 私が暴走したら、あの子が止める。

 あの子が暴走したら、私が止める。

 昔、そう約束して、実行してきた。

 だから、

 

「さあ、姉妹喧嘩を始めようか」

 

 ここで阻むのが、私の役目だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。