ロリてんっ! ~ロリコン勇者が転移して、幼女ハーレム作ります~ (ナマクラ(本物))
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第一話「幼女を出せ」

「勇者よ……目覚めなさい……」

 

 連日の仕事に疲れ果て、泥のように眠っていた俺へ呼びかける、川の水の如く澄んだ女性(ババア)の声。

 

「……勇者よ……目を覚まして……」

 

 なんと、美しく透き通った声だろう。一体どんな女性(ババア)が、俺に語りかけているのだろうか。

 

 少し微睡みつつ、俺はゆっくりと目を開ける。

 

 俺が寝転がっていた布団の端に真っ白な衣を纏った女性(ババア)が腰を落とし、俺に向かって聖母の如く微笑んでいる。

 

 ────幻想的な、景色だった。

 

 俺は、どこにでもいるとび職を生業にした、平凡な中年(おっさん)である。酒に溺れ肝臓が悲鳴を上げている以外には、特に変わった事はない。

 

 おんぼろアパートに独り暮らしで、十年前に妻に逃げられて天涯孤独の身だ。

 

 そんな、ゴミみたいな人生を歩んできた俺の目の前に現れた、この世のモノとは思えない不思議な雰囲気を纏った、長い金髪を金糸の如く垂らす女性(ババア)

 

 

「勇者よ、目覚めましたか?」

 

 

 その声は俺の耳を優しく、全身を麻薬のように痺れさせる。思わず、俺は彼女に見とれてしまった。

 

 溢れ出る母性。全てを優しく包み込む、慈愛の表情。

 

 それは金髪碧眼の、白い衣を身にまとった、ふくよかな胸の女性だった。

 

 まるで、物語に出てくる女神の様な────

 

 

「……あー」

 

 

 俺はその女性を目に写し、再び目を閉じた。

 

 ────幻覚だろう。

 

 明らかに非現実的な美しさの、うら若き女性。しかも、こんなおんぼろアパートに忍び込んで俺に語りかけるなんて有り得ない。

 

 そして、何より……

 

 

 

「なんだ、ババアか」

 

 

 

 俺はロリコンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女神パーンチ」

「ホゲッ!?」

 

 鈍い音と共に、腹にとんでもなく重い衝撃が伝った。

 

 吐き気が込み上げ、苦痛で思わず呻き声が零れる。どうやら目の前の女性(ババア)は、質量のある実体(ババア)の様だ。

 

 

「勇者よ、目覚めなさい……」

「み、みぞおちが。う、うげぇぇぇ」

「遂に、目覚める時が来たのです、勇者よ……」

「むしろ落ちそう。今、激痛で、意識落ちそう……」

 

 

 だが、何と非常識な女なのだろうか。勝手に部屋に忍び込んで来た挙げ句、家主に危害を加えてくるなんて。

 

 台詞にも端々にも、電波の気配を感じる。これ以上刺激しない方が良いかもしれない。

 

 俺は腹の鈍い痛みに耐え、ジトリと睨む謎の女性(ババア)へと向き合った。

 

 

 

 

 

「で。お姉さんは、何なの? デリヘルとか呼んでないんだけど」

「こんな美人なデリヘルなんて居ませんよー」

「自分を美人と呼ぶデリヘルは要らねぇなぁ」

 

 俺はなるべく温厚に、冷静にを心がけ、彼女と会話をする。当然、殴り返したりはしない。

 

 俺はよく知っているのだ。女に殴られた時は、殴りかえしても更にキーキーと言い返してきやがる。

 

 つまり、余計に疲れるだけなのである。

 

 

「私は勇者を導く女神ですー」

「成る程」

「貴方は勇者に選ばれたのですー」

「ほうほう」

「信じてませんねー?」

「ふむふむ」

 

 そんな時は、女の言うことにウンウンと頷いて、時を見計らって的確に謝り、さっさと帰って貰うのが1番だ。

 

 女なんて感情の生き物だから、男側が手早く折れて、頭を下げて謝ってやったら、それだけで機嫌が良くなる。

 

 なんとも、チョロい連中なのだ。

 

「ちゃんと聞いて欲しいのですー」

「その通りだな」

「貴方には、勇者として異世界に行って貰いたいのですよー」

「そうだったのか」

「急なお願いで申し訳ないのですがー、貴方が勇者にふさわしいのでー」

「よく分かるよ」

「……どうか、異世界に行って貰えませんかー?」

「ごめんなさい、心から謝るよ。本当に申し訳なかった」

「断りやがりましたかこのヤロー」

 

 

 そろそろ、許されただろうか。この電波な女さんも、ここまで謝意に溢れた態度を取られては俺を許さざるを得まい。

 

 

「人の話を聞き流すのは、失礼だと思いませんかー?」

「そうだね、俺が悪かったよ。じゃ、お帰りはあちらです」

「このヤロー、このヤロー!!」

 

 

 目の前の美人な女性(ババア)は、むしろ先程より怒り狂っている。

 

 いかん。帰宅を促すのが早かったらしい。

 

「いい加減話を聞けー! 実は私、あなたの心の中覗けますからねー? さっきからずっと内心でババア呼ばわりしてるのにも気付いてますからねー!?」

「君のその怒りも最もだ。でも、俺の気持ちも少しは考えてくれないか?」

「お前の思考回路は読めてるっていってるんですよこのヤロー」

 

 弱ったな。この女性(ババア)、帰ってくれそうに無い。

 

「現世に降臨して、ここまで邪険に扱われたのは初めてなのですー」

「誰も君を邪険になんて扱ってないさ」

「どの口がそれを言うのですー? むー、ちょっと強引ですが、一度異世界に来て貰いましょうか……」

 

 そうしたら真面目に話を聞いてくれるはずです。

 

 そう、女性(ババア)が呟いたかと思うと。俺の住むおんぼろアパートの壁が、大きく揺らぎ始めた。

 

 ゆらゆらと周りの景色が溶け、ゆっくりと光に包まれる。

 

 ────やがて。俺はだだっ広い草原に、女と共に座り込んでいた。

 

「……まだ、酒飲んでないのにな。いや、飲んだことを忘れちまったか? 酔っぱらっちまったみたいだ」

「ところがどっこい、これは現実ですよー」

「そういや、酒とつまみばっかの生活だったしなぁ。俺の頭も、酒でスカスカになってたって事か」

「聞いてー。お願いですから、私の話をちゃんと聞いてー」

 

 風が美味しい。草の香りが、土の匂いが、柔らかな日差しが、俺の全身を包み込む。

 

 

「頭がいかれるとこうなるのか。案外、これも良い死に方かもしれないな」

「現実ですってばー! もーやだー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……異世界転移、なのですよ」

「異世界転移だったのか」

 

 

 ジトーッと俺を睨み付ける、自称女神。

 

 

「自称じゃないです。キチンと女神様ですよー」

「そうならそうと、最初から言ってくれれば良かったのに」

「このヤロー!」

 

 女神の癖に、癇癪を起こしたのか。目の前の女性(ババア)は頬を膨らませ、俺をポカポカと殴ってくる。

 

 何か気に障ることを言ってしまったかな。

 

「……話が進まないので、もうスルーしますー。とりあえず貴方には、勇者の1人としてこの異世界で旅に出て欲しいのですー」

「勇者だって? そんな事をいきなり言われても困る」

「さっきから何度も言ってたのですよ、このヤロー。私としては、貴方が1番適任だと思うので是非受けていただきたいのです」

 

 微妙に眉をピクピクさせながら、自称女神は俺に笑いかけた。

 

「当然、特典として私の祝福も授けますよー。おでこに口付けして、祝福してあげるのです」

「えー、どうせならもっと幼くて可愛い女神がいい」

「負けるな私ー。怒るな私ー」

 

 むむ。目の前の女性(ババア)の表情が崩れかかっている。

 

 これは、ヒステリーを起こす前兆だ。女はいつもこうだ、どうして俺のように冷静に話が出来ないのだろう。

 

 

「私には分かりますよー。貴方が奥さんに逃げられた理由とかー、貴方と話す女性がいつもヒステリックな理由とかー」

「女ってそんな生き物だからなぁ」

「男ってこんなのばっかなのです」

 

 はぁ、と自称女神は溜息を零した。  

 

「とりあえず、勇者の話を、受けて欲しいのですー」

「それ、俺に何の利益があるの?」

「あー、年下の女の子にモテますよー」

「マジかよ! その話、乗った」

「成る程、最初からこう言えば良かったのですねー。死ねば良いのに、このヤロー」

 

 人を殺せそうな笑顔で、自称女神は座り込んでいる俺を見下ろした。

 

 そして、少し躊躇う素振りを見せた後。

 

「……でも約束は、約束です」

 

 そのまま彼女は、真剣な顔で俺の頬に手を当てて。

 

 

 

 

「我が名は女神セファ。我が名を以て汝に祝福を与えん……」

 

 

 

 

 俺のデコに、軽く唇を押し当てたのだった。

 

 

 

 ────汚ったね、拭いとこ。

 

「これで、貴方に勇者としての祝福を授けましたー。約束ですよ、キチンと魔王を倒す旅に出てくださいねー?」 

「おう。年下にモテるなら、それくらいどうって事ないぜ」ゴシゴシ

「……このヤロー、女神の口付けを拭き取りやがりましたね。こんな屈辱初めてですー」

 

 だって女性(ババア)の唾液とかきたねーじゃん。

 

「あと捕捉しますと、勇者は貴方1人ではありませんー。私と同じように女神に祝福された5人の勇者が、この異世界に転移してきていますー」

「お、異世界転移仲間が居るのね」

「彼等と協力して、魔王を倒して欲しいのですー」

「そいつらはどこに居るの?」

「……さあ? ただ、女神の祝福を受けた者はお互いに引き寄せられるのです。いつか、出会えるはずなのです」

 

 女神はそう言うと、パチリと俺にウインクした。

 

「貴方は、人の話を聞かない人ですが、正義感や倫理観に問題は無いのです。勇者としての適正も高め。覚えておいてください、貴方は私が吟味に吟味して選んだ逸材なのですよー」

「そうだったのか」 

「勇者を選ぶ基準は、女神によっては能力重視で道徳観を無視したり、逆に能力より正義感を重視したり、と色々なのです。なので、貴方の仲間がどんな人かは分かりません」

「仲良くやれる奴だと良いなぁ。因みに、アンタの選考基準は?」 

「貴方と仲良くやれる人は滅多にいないと思いますよー?」

 

 女神はクルクルと髪の毛を手で弄りながら、気怠げに選考基準とやらを教えてくれた。

 

「私の選考基準はー、倫理観は最低限持っていると言う条件下で、後は能力重視ですー。個人の性格は度外視です」

「ほほう。俺は、良い選考基準だと思うぞ」

「その結果がこのザマなのですよー」

 

 何か盛大に間違えた様な、複雑な表情の女神様。大層に不機嫌な様子だ。

 

「ま、これで異世界チュートリアルは終わりですー。ホントはもっと色々教えてあげる予定だったのですが、貴方とこれ以上一緒に居たくないのですー」

「不親切な女神だな。それじゃ、アンタの代わりに幼く可愛い女神を派遣してくれたりしない?」

「反吐が出ますよーこのヤロー。どの街にも教会はありまして、そこに置いてある女神セファ像に祈りを捧げれば、いつでも私と会話を出来るのですー。分からないことがあれば改めて聞いてくださいー」

 

 そこまで言うと、女神は大きな山がある方向を指差した。

 

「最初はあちらへ進みなさい、勇者よー。あの山の麓の村に、貴方を受け入れてくれる人が居る筈なのですー」

「……成る程」

「麓の村には西の教会に、私の像が有るのです。そこまで自力で、進んでみてくださいー。道中で魔物に襲われるでしょうが、この近辺の魔物は弱いのです」

「チュートリアル戦闘?」

「なのです。私の祝福を受けた貴方が負けることは無いでしょうー、まずは闘いになれてください」 

 

 そこまで言うと、女神は徐々に光に包まれていく。

 

「麓の村で待ってますよ、勇者よ」

「ほーん……」

 

 光に包まれ、キラキラと消えゆく女神様。

 

 さて俺は────

 

 

 

 

「とりあえず夕日が綺麗だから、夕日に向かって走るか」

「え、ちょっ!?」

 

 

 

 

 なんで乳袋の肥えた熟年女性(ババア)の言うとおりにしなければならんのか。年増が指差したのとは逆方向、夕日が沈む先へと俺は駆けだした。

 

 俺の勘が言っているのだ。きっと、俺が向かう夕日のその先に、愛すべき少女(ロリ)が居ると!

 

 

「待って、そっちは危なっ……」

「いざゆかん!! 少女(ロリ)の聖地、ロリコニアに!! うおおおおおおおおお!!」

「うあああん、あのヤロー!! 次から性格もちゃんと選考基準に入れてやるのですー!!」

 

 

 やるのですー!

 

 のですー!

 

 ー!

 

 

 

 

 背後には、あの自称女神のクソババアの泣き声が木霊する。特に胸は痛まない。

 

 いつも通りの一日を過ごしていたら、奴のせいで見知らぬ大自然の中に取り残されたのだ。

 

 オレの頭がおかしくなったのか、本当に異世界なのかは分からないけれど。このだだっ広い平原には、気持ち良い風が吹き抜けている。

 

 ならば、走り出さずにはいられない。

 

 俺は勘の赴くままに、幼女の気配がビンビンする夕日に向かって、力いっぱいに駆け出した。

 

 

 

 これが、幼女趣味な勇者の英雄譚のその幕が、開いた瞬間であった。




不定期更新。
週1ペースで上げていきたい。


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第二話「幼女が出た」

 何故俺は走るのか?

 

 それは、目の前に夕日があるからだ。 

 

 俺は紅く、朧気に輝いている夕日に向かって、大きく手を振りながら突き進む。

 

 もうあの醜い女神(ババア)の声は、聞こえなくなった。無事、悪魔(ババア)は祓われたらしい。

 

 悪霊から解放され肩の荷が降りた俺は、自由に、気の赴くままに走り続けた。

 

 ……こうやって無我夢中に走っていると、若い情熱を思い出すな。俺にも昔は何かを目指し、ひたむきに走り続けていた時期があった。まさか異世界に転移させられて、こんな青い感情を思い出すことになるとは。

 

 ふと空を見上げると、この世界の太陽が大地に沈み始めていた。

 

 空は赤みを帯び、一面に夜の帳が訪れる。

 

 日暮れのようだ。

 

 

 

 

 

「うーん。俺は何処に行けばいいのだろう?」

 

 日本は、明るい街だった。真夜中であっても、何処かに人工的な光がある。

 

 いつしかそれが常識になってしまっていたらしい。俺は、光のない夜を舐めていた。  

 

 

「思った以上に、何も見えんなー」

 

 

 本当に、何にも見えない。月と星の光で、それなりに見えるだろうと思っていたのだが、それは大きな勘違いだった。

 

 現状は、空に浮かぶ星々以外は一面真っ黒である。目が慣れてきてやっと、ぼんやりと近くが見える程度だ。

 

 確か、夕日が沈む前に見た景色では、この先暫くは平地が続いていた筈。だから、このまま真っ直ぐ走り続けても問題ないとは思うのだが……

 

「動くと獣に見つかるかもしれん。今日はここで休むかな」

 

 少し走って疲れたのもあり、俺は比較的見晴らしの良い小高な丘で、月の光の元に野宿することにした。

 

 異世界の月を眺めながら、今夜は休むとしよう。

 

 眼前に広がる星空は、日本のモノではない。知っている星座が、一つも見当たらない。

 

 ここは、本当に地球ではないらしい。

 

 布団も無く冷たい土の寝床で、青臭い自然の香りに包まれながら、俺は微睡みを覚え、やがて意識を手放した。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 数時間は眠っただろうか。

 

 無意識に張り巡らせていた俺のセンサーが、甲高く鳴り響く。何かが、近づいてきているらしい。

 

 幸いにも覚醒出来た俺は、狸寝入りを続けたまま、息を潜め近づいてくる何かの気配を探る。

 

 ────居る。

 

 風で揺れる草木の音に混じって、何かが俺に近付いてきている。

 

 俺が寝入るのを、待っていたのだろうか。

 

 

 しゃり、と砂を踏む音が耳元で響く。

 

 

 

 

 ────このまま、不意打ちして落とすか。

 

 俺は静かに寝息を立てながら、全身の感覚を研ぎ澄ました。

 

 そいつはソロリ、ソロリと俺の傍でしゃがみ込み、俺の方向へ手を伸ばす。

 

 その手が、俺の腹へ触れるかどうかと言った瞬間に。

 

 

 

 ────背筋を全力で引き絞り、バネのように俺は飛び起きた。

 

 

 

「ひっ!?」

「……っ!」

 

 随分と、勘が良い。

 

 俺が飛び上がりそいつを捕縛しようと手を伸ばしたが、まるで煙を掴んだように俺の腕は空を切り、襲撃者達はヒラリと距離を取る。

 

 その影は、二つ。どうやら臨戦態勢らしい。

 

 俺は固まった身体をほぐすべく、闇夜でゴキゴキと体を鳴らし、襲撃者に向き合った。

 

 

 

「あら、起きるなんて勘が良い。でも可哀想、寝てたまんまの方がきっと楽だったわよ?」

「こっちは武器を持っています、勝てると思わないことですね」

 

 僅かな月の光に目が慣れ、徐々に襲撃者の姿が露わになってくる。

 

 俺の寝込みを襲ってきたのは、なんと2人の痩せた少女だった。

 

 姉妹だろうか。くすんだ茶色の髪の毛の、顔つきがよく似た年齢差のある少女達。

 

 何か光ってるモノを握り締め、カチカチと震えながら冷静に振る舞っているのは、中学生くらいの少女。

 

 同じく俺を囲み、尖った何かを突き付けて敬語調で話しているのは、小学生くらいの少女。

 

 よほど飢えているのだろうか。2人の頬は痩せこけ、目には隈が浮き出ている。

 

「貴方は良く肥えています。つまり、貴方が食料の類を持っていることはお見通しです」

「無残に殺されて何もかも奪われるか。私達に全てを差し出して、大事な命は守り抜くか。け、賢明な判断をお願いするわ」

 

 ────嗚呼。どんな事情があるのだろうか。

 

 察するにこの娘達は、飢餓に耐えかねこうやって強盗じみた真似をしているに違いない。

 

 飢え死にするか、強盗するか。そこまで追い詰められた矢先に、堂々と平原で野宿する俺を見つけ、食いついたのだろう。

 

 可哀想に。こんなに、こんなに────

 

「黙ってないで、死にたくなければ早く跪きなさい。食料の入っている荷物はどれかしら?」

「食べられるものなら何でも構いません。おとなしく差し出してください」

「……ふふふ」

 

 俺はニタリと笑い、ゆっくりと起き上がる。

 

 こんなに俺好みの少女(ロリ)が、堂々と襲ってきてくれるなんて。

 

 ああ、エクスタシィィィ……。

 

「な、何がおかしいのよ!」

「何で笑っているのです、何を企んで────」

 

 俺は堪らず、欲望のままに全裸になった。

 

 

 

 

 

 

「イヤァァァァァァ!!?」

「にゃぁぁぁぁぁあ!!?」

 

 少女達の叫び声が木霊し、凄まじい快感で全身が震える。

 

 そうか。これが、自由……

 

「何なの、何なのよ変態!! 気持ち悪い、何考えてるのよ!!」

「変態さん! 襲った相手は変態さんでした!? ねねね姉様助けてぇぇぇぇ!!」

「いやぁぁぁぁ!! 戦闘態勢になってるぅぅぅぅ!?」

「姉様ー!! 姉様ーっ!!」

 

 幼女2人に全てを見られている状況に興奮し、俺は恍惚の表情でポージングを取る。見ると、姉らしき方は顔を手で覆いしゃがみ込み、妹は俺に背を向けて泣き叫んでいた。

 

 いきなり成人男性が服を脱ぎだしたのだ、混乱するのも無理はないだろう。とは言え、俺は謝るつもりはない。強盗を仕掛けてきたのは、彼女達なのだ。

 

 じっくり♂反省してもらわないと。

 

「さぁ、可愛い子猫ちゃん達? お腹が空いているなら、オジサンの美味しい棒♂を食べて見るかい?」

「ぎぃぃやあぁぁぁ!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃぃ!!」

 

 姉の方は戦意喪失した様だ。俺のビックマグナム(7cm砲)に恐れを成したに違いない。

 

 一方、妹の方はガッツリ食いついてきた。

 

「……棒♂って何ですか? 食べられるのですか?」

 

 まだ、性の知識は無知なご様子。そうか、食べたいのであれば仕方が無い。

 

「ほほう、お嬢ちゃんは棒♂に興味があるのかい? 試しに1本、咥えてみるかね?」

「ダメぇぇ! エマ、食いついちゃダメ! とっても卑猥なモノなんだからぁぁ!!」 

「え、えっと。毒とかではないのですね?」

「もちろん、むしろ栄養価たっぷりさ。ほぅーら、美味しい棒♂を食べないかい?」

「私、お腹空いて──」

「この変態! 変態! エマになんて卑猥な事させる気よ、犯罪者ー!」

犯罪者(ごうとう)はどっちかな? グフフフフフ、ではお望み通りに、美味しい棒♂を食べさせて上げよう」

 

 深夜、開けた平原の真っ直中に、姉妹の叫び声が響き渡る。哀れにも性犯罪者に手を出してしまったのが運の尽き。

 

 飢えに負けて、ロリコンに捕獲され、棒を咥えさせられる羽目になった少女。果たして、その未来は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいしい、おいしいです!」

「…………本当に食べ物なんだ」

「すまんな、1本しか無い。ソレで許してくれ」

 

 無事に少女2人を制圧した俺は、宣言通りに棒♂を彼女達に食させていた。

 

「それは空腹状態だとしても1本食べれば満足できると言う、不思議な棒だ。5時ごろに食べると良いらしい」

「甘くて、美味しくて、こんな食べ物初めてです」

「……本当に、これ以外に食料はないのですか?」グゥゥ

 

 異世界に飛ばされる時にたまたまポケットに突っ込んでいた、明日の朝飯用の1本満〇バー。

 

 俺の手持ちの最後の食糧だが、腹を減らした少女が目の前にいるのであれば譲るのに躊躇いはない。子供とは、何にも代えがたい人類の宝である。

 

 俺が手渡した一本を姉妹二人で分け合うのかと思ったが、姉は黙って妹へ全て譲った。成長期だから、だとか。さすがは姉。

 

「すまんな。俺の手持ちの食料は、本当にそれで最後だ」

「……だとしたら、どうやって旅をしてるのですか?」

「ん? ああ、俺は今日旅立ったとこでな。この辺で食べられるようなモノ、俺に教えてくれないか?」

「それを知っていたら、私は飢えていませんよ」

「ごもっとも」

 

 しまったな。明日からの食事の事とか、何も考えていなかった。

 

 女神の奴は、本当に不親切だ。食料くらい、旅の初めに渡しておけば良いモノを。

 

 ……その時、クイクイと俺の服が引っ張られる感触。見ると、1〇満足バーを食べ終わっていた妹ちゃんが、俺を見上げていた。

 

「……ねぇ、変態さん。変態さんは、強いですか?」

「俺か? うーん、肉体労働はしてたけど……」

「戦闘職ではないという訳ですね、了解です」

 

 背の小さな敬語少女は、ハァ、と溜息を零した。

 

「この辺の魔物に勝てるのでしたら、私は料理スキルを持ってますので、ついて行こうと思ったのですが」

「ちょっとエマ!? こんな変態について行く気!?」

「────貴方は、唯一手元にある食料を私達に分けてくれるようなお人好しです。私は役に立つスキルを持っています、なので売り込んでみました。まぁ、貴方が強ければ、の話でしたけど」

 

 エマちゃんと呼ばれた年下の子は、残念そうに唇を尖らせる。

 

「こんな危険な平原で堂々と寝ているので、それなりに強いのか考えました。本当に、旅の初心者さんだったんですね」

「そもそも旅人とすら自覚してなかった。そうか、俺は旅人か」

「がっかりだわ。この辺りで野宿するのはは危険だって、今まで誰にも教わらなかったの? 上位魔物に襲われて死んでも知らないわよ、あなた」

 

 おや? そんなこと、女神(ババア)は言ってなかったぞ? むしろこの辺の魔物は弱いから楽勝だって言ってたような。

 

「やっぱり、何も知らないのですね。そうですね、このあたりの魔物ですと、リザードが特に危険です。気配を消したまま素早く動き、いきなり噛みついてきます。毒も持っていますので、厄介極まりない。気付いたら仲間が全員死んでいた、なんて事が良くあるそうです」

「何それ怖い」

「体も大きく、私達なんかじゃ体当たりされただけでも死んじゃうわ。そんな危険な場所だからこそ、逆に私達に追っ手がかからないんだけど」

「そんな危険な所に、君達はなんで居るのさ?」

「この平原を越えないと隣町に行けないからです……」

「私達は逃亡奴隷なのよ。山の麓の村に戻れば捕まっちゃう」

 

 改めて、彼女たちの身なりを薄闇の中で目視する。ぼろい布切れを、雨合羽のように身に纏っただけの、質素で汚い姿だった。

 

 そうか。彼女達は奴隷で、それに耐えかねて自由を求め、町の外へと逃げ出したのか。

 

「隣町までの距離を舐めてましたね。魔物の気配に怯え、道案内も無く飲まず食わずで旅をして、辿りつけるような場所では無かったです」

「……でも、他に方法も無かった。私達は逃げ出すだけでせいいっぱいだった」

 

 ノープランで逃げ出したはいいが、この平原のど真ん中で食料を得ることが出来ず、空腹に苛まれ欲に負けて俺を襲ったと。

 

 ……なんとも、可哀そうな境遇じゃないか。

 

「俺は、麓の村に用は無い。良かったら隣町まで一緒に旅をしないか? ちょうど案内が欲しかったところだ」

「ありがとうございます。変態さんでも、大人の人が一緒に居てくれるのは有難いです」

「はぁ、本音ではこんなのと一緒に旅したくないんだけどなぁ。よし、肉壁と考えるか」

 

 姉からの評価が、低すぎる。うっかり全裸になっちゃったからしょうがないけれど。

 

 今も警戒心を剥き出しに、姉はヨシヨシと妹を撫でつつ、全身で俺を威圧している。

 

 俺的に、姉もギリギリストライクゾーンなのだ。そう警戒されると哀しいな。

 

「では、夜は交代で見張りをしましょう。一人で旅して夜に爆睡とか、襲ってくれと行っているようなモノですよ?」

「そうね。じゃ、私達が────」

「ああ、俺は気配に敏感だから、別に見張りとか要らない」 

「そういや、そうでしたね」

「それに、お前ら起きてたとして、こんな真っ暗だと何か居ても分かんねぇだろ? 俺に任せとけ」

「いえ。流石に何かが近付いてくれば、分か……」

「エマ? 急に固まって、どうし……」

「ほら、分かってなかったろ」

 

 

 リザード。成る程、名前から想像したとおりの生物が、彼女達の背後に居た。

 

 鱗を纏った硬そうな皮膚。舌をシュルシュルと伸ばし、カサカサと4足歩行で静かに忍び寄ってきている、数メートル程の大きさの、真っ黒な化け物。

 

 夜の闇に完璧に溶け込んでいた、初めて見るモンスター。成る程、本当に異世界に来たんだなと実感する。

 

 実は俺が気付いたのも、ついさっき。こんなに静かに近づいてくるんだな。

 

 そりゃ、危険すぎてこの辺に人は近付かん訳だ。

 

「アレがリザードって奴かぁ」

「あばっあばばばば!?」

「ち、違うよ、これはリ、リ、リザードじゃないよぉー!?」

 

 ……え、コイツはリザードじゃないの? めっちゃめちゃトカゲっぽいのだが。見るからに爬虫類的な……

 

 

 

 

 

「き、き、キングリザードですぅぅぅぅ!?」

 

 

 

 

 

 それは心の底からの叫び声、恐怖に支配された(エマ)ちゃんの絶叫。

 

 エマの悲鳴を敵対行為ととったのか。ドでかいトカゲは、シュルリと舌なめずりをして。

 

 夜の闇に潜んだまま目にもとまらぬ速度で、俺達に突っ込んできた。

 

 

 

「いやあぁぁぁ!?」

「死ぬぅぅぅぅ!?」

 

 

 反応して咄嗟に、動く。

 

 俺は2人の少女を抱えて間一髪、超速度で突っ込んできたトカゲを躱し事なきを得た。

 

 ……何だ、この跳躍力。俺はふわり、と数メートル程の距離を一息に飛び終えた。

 

 異世界では、重力が小さくなっているのか?

 

 それともあの女神(ババア)がほざいていた、これが祝福の効果なのか?

 

 

「ひっ、ひっ、ひっ」

「もう駄目です……お終いです……、姉様ーっ!!」

 

 何にせよ、この世界だとモンスターとの戦闘は必須行為の様だ。

 

 ここは一丁、チュートリアル戦闘と行こう。ここで姉妹にいいところを見せれば、俺への好感度が上がるかもしれない。

 

 泣き叫ぶ姉妹を抱え、俺は夜の闇に溶けゆく強敵(キングリザード)を、静かに見据え笑うのだった。



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第三話「幼女を手に入れた!」

 俺の両腕には、守るべき2人の少女(ロリ)がいる。恐怖の涙を流し助けを求めるその様は、なんとも庇護欲をそそる。

 

 そして目の前には、倒すべき強敵(キングリザード)がいる。

 

 その巨大な体格は、白亜紀の恐竜を彷彿とさせる。日本にいた頃の身体能力だと、まず勝てない相手だ。ティラノサウルスに生身で挑んでも、美味しく頂かれてお終いだろう。

 

 だが、明らかに俺は強くなっている。今日この世界に来てぶっ通しで走り続けているのに、俺は一度も息が切れていない。

 

 さっきだって軽く飛んだだけで、人を抱えて数メートルの跳躍だ。

 

 この辺のモンスターは弱い、チュートリアル戦闘だとあのババアも言ってた気がする。恐らく俺が、あのババアの何らかの作用で強くなっているのだろう。

 

 だとすれば。キングリザードとやらはあの少女達にとって恐ろしい怪物なのだろうが、俺にとっては勝てない相手ではないと言うこと。

 

 ……まぁ、勝てない相手だろうと、幼女を守るためなら向かっていくんだがな。どちらにせよ、ここで逃げるという選択肢は無い。

 

 両脇に震える少女の体温を感じ、俺は戦う決意を固めた。

 

 

「悪いがトカゲさんよ、この子達を餌にさせるつもりはねーんだわ」

 

 

 恨むなよ、お前さんは捕食者だ。返り討ちにあうリスクも分かった上で、俺達に近付いてきたんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は、静かに抱えていた少女を地面に下ろした。

 

 腰が砕け立ち上がれず、震えながら逃げ出そうと四つん這いになった少女に、男は一声かける。

 

 

 

 

「ここを動くな。ここに奴を、近づけさせないから」

 

 

 

 そして男は、キングリザードと向き合った。

 

 少女はぽかんと口を開け、その言葉の意味を考えこむ。その間に、轟音と共に男は自らキングリザードへと突っ込んだ。

 

 それは、自殺に近い行動。

 

 彼女は目を疑った。少女は知っていたからだ。キングリザードの恐ろしさを。

 

 鋭敏な聴覚、噛まれたらもう助からぬ猛毒、呼吸音すら聞こえぬ隠密性、そして何より魔物の中でもトップクラスの俊敏性。

 

 あの男の死は、ほぼ確定だろう。

 

 少女は、これを好機だと捉えた。あの男がキングリザードに食べられてしまえば、逃げる時間を稼げるはずである。

 

 あの男は良い体格をしていた。キングリザードは獲物を丸呑みする習性がある。力一杯に男が抵抗すれば、消化までかなり時間がかかるだろう。

 

 悪く思わないでほしい、と少女は呟いた。彼女はまだ、死ぬ訳にはいかないのだ。

 

 恐ろしいモンスターに背を向け、気付かれぬようひっそりと一歩目を踏み出した瞬間、

 

 

「あーっはっはっは! 案外たいしたことないな、トカゲちゃんよ!」

 

 

 びくり、と背後から聞こえてきたその笑い声に、少女は思わず振り返った。

 

 ……少女には何も見えない。だが声だけはハッキリと聞こえ続けてくる。他には打撃音と、悲鳴のようなトカゲの鳴き声だけが、夜の闇に響きわたっていた。

 

 キングリザードは真夜中であっても、その聴覚で昼間の如く敵を探知できるモンスターだ。

 

 一方。夜の闇に紛れられると、人間である限りキングリザードを捕らえ続けることは不可能に近い。

 

 昼間でさえ見失いかねない俊敏性を持つ魔物が、音も無く夜の闇に隠れてしまえば、どうしようも無い。人間は、為す術なく捕食されるだけ。

 

 ────どうしようも無い、筈なのだ。

 

 

 

「俺は気配には敏感なんだよ!」

 

 

 

 だというのに男は、キングリザードを一度も見失わず、ボカボカと素手で殴りつけているらしい。

 

 胴体を殴られたキングリザードの甲高い悲鳴が、夜に響く。

 

 少女は混乱した。まさか、優勢なのか? あの男は、夜闇に紛れたキングリザードに勝てる存在なのか?

 

 

「足、貰ったぁ!!」

 

 

 嬉しそうなその声は、紛れもなく男の咆哮だ。

 

 その咆哮と共にブチッという鈍い音が暗闇に響き、やがて少女の目の前に、轟音を立てて重量物が飛来した。

 

 びしゃ、と血しぶきの音がする。少女は、自らの頬に冷たい液体がかかるのを知覚した。

 

 ────果たしてそれは、恐ろしきキングリザードの、千切れた足であった。

 

 

 

「ぎゃあああです!?」

「ひぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 

 

 少女2人の悲鳴を聞き、男は少女の安全を確認する。狙って、ちぎった足を少女たちの方へ投げたらしい。

 

 男は、まずは厄介な俊敏性を奪うべく、キングリザードの右の前足をもぎ取った。

 

 これは、正解である。

 

 いかに恐ろしいキングリザードといえど、足が無くては俊敏な動作は難しい。更に、足からの出血により飛沫音が夜の闇に響き、キングリザードの所在はより明確となる。

 

 そして遂に。

 

「尻尾を掴んだぜ?」

 

 打撃では無い。男は始めて、キングリザードの尻尾を掴み、その巨体の自由を完全に掌握した。

 

 そのまま男は叫びをあげ、キングリザードを思い切り振り回し始める。

 

 ────ジャイアントスイング。

 

 自分より遙かに大きな魔物を、ブンブンと力任せに振り回すその様子は、どちらが化物かわからない。

 

 少女からして、混乱するのも無理はない。絶体絶命の窮地と思っていたら、男によるキングリザード蹂躙劇が幕開けたのだ。

 

 呆然と。為す術も無く振り回されているキングリザードを、見えにくい夜闇の中で眺め続ける。

 

 勝ってしまうのか。あの恐ろしいキングリザードが、あんな変態染みたオッサンに討伐されてしまうのか。

 

 ────だが。流石にリザードの上位種族、キングリザード。そう簡単にやられはしなかった。

 

 

「って、尻尾が切れたぁ!!」

 

 

 ジャイアントスイングされながら、キングリザードは本能的に自らの尻尾を自ら叩き切った。そのままキングリザードは遠くへ投げ飛ばされ、そして。

 

 

「────み、見失った」

 

 

 見事。キングリザードは、この化け物から無事逃げおおせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つ」

「悪いな嬢ちゃん、逃がしちまった」

 

 冷静にやれば勝てたな、今の勝負。敵がトカゲ型だって言うのに、尻尾が切れる可能性を見落とすなんて。

 

 ああ、間抜けだとしか言いようが無い。もっとも、頭の出来が良ければもうちょいとマシな人生を送れてたんだけどな。

 

「つ、強いじゃないですかーっ!!」

「うおっ!?」

「何が“戦闘職じゃない”、ですか! バリバリの近接戦闘職ではないですか! なんで素手でキングリザードを圧倒してるんですか!」

「いや、その」

 

 目をつり上げて、文句をまくし立てる妹ちゃん。

 

 すまん。正直、自分の強さを把握できてないんだ。

 

 やっぱり俺、強いんだろうか。これが勇者パワーと言う奴かな。

 

「……そんなに、私を連れて行くのが嫌だったんですか?」

「ん? 何の話だ?」

「隣町まで送って、後はポイするつもりだったのでしょう? 私に強さがバレて、つきまとわれるのが嫌だったのでしょう?」

 

 じぃ、と何かを言いたそうに(エマ)ちゃんは俺を睨む。

 

「嫌だというなら、私は無理につきまとったりしませんよ。料理スキルがご入り用であれば、お役に立とうと思っただけです」

「……はぁ」

「貴方には、隣町まで送って貰うだけでとても助かります。私は、貴方にそれ以上の要求を重ねるような恥知らずではありません」

 

 いかん、なんか変に誤解されている。

 

 別に俺は、強さを隠していた訳では無い。と言うかむしろ、

 

「その、エマちゃん」

「はい」

「……俺についてきたいなら、止めないぞ?」

 

 少女姉妹(ロリたち)と旅が出来るなら、いくらでもお金を出すのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうですか? 調味料もないので、簡単な料理しか出来ませんけど」

「旨ぇ、この肉旨ぇ。エマちゃんは料理上手だなぁ」

 

 

 俺が食べているのは、先程切り落としたトカゲの尻尾と前足だ。

 

 食料の危機に瀕していた俺は、トカゲ肉と言うゲテモノ料理でも贅沢は言えなかった。

 

 料理スキルを持っていると豪語するエマちゃんは、てきぱきと血抜き、臓抜きを行う。

 

 俺が木の枝を擦って火をおこせた後、8割ほどを干し肉に、残りは焼き肉にしてその日の内に食べた。

 

 塩っ気が無いのが残念だが、ピリリとした味のする草をエマちゃんが取ってきて香辛料代わりに使ってくれたので、味は結構美味しかった。料理スキルは伊達では無いらしい。

 

 

「……どうです? 私は役に立つでしょう?」

「間違いない」

「では、改めて自己紹介を。私はエマと申します。マクロ教徒の家に生まれましたが、今は無宗教の身。詐欺に騙され一家は離散し、奴隷に身をやつし天涯孤独」

「……その年で凄く壮絶な人生送ってるね」

「貴方が宜しいのでしたら、旅のパーティに加えてください。戦闘行為は出来ませんが、その他の調理や雑事はお任せを」

 

 ふんす、と言う鼻息が聞こえる。

 

 (エマ)ちゃんは、俺をまっすぐ見つめて、そして頭を下げた。

 

 姉ちゃんは、俺が降ろした付近でしゃがみこんだまま動かず、葛藤の籠った目で俺を見ている。

 

 暗闇のせいで表情を正確に読み取るのは困難だが、何かを言いたそうにしているのは見てとれる。変態を取るか、身の安全を取るか、その二択に悩んでいるのかもしれない。

 

 

「オッケー。そんなに畏まらなくても、ついてきたいならついてくれば良いさ。俺って料理とか出来ないし、凄く助かるよ」

「ありがとうございます、オジサン。……あ、オジサンってお名前は何というのです?」

「オジサン……、いやまぁいいや。俺の名前は────」

 

 素直に名乗ろうとして、俺は少し考え込んだ。俺の名前は純日本人であり、この世界だとかなり浮きそうだ。

 

 変な名前を名乗って、勇者だと当たりをつける奴も居るかもしれない。あわよくば魔王討伐なんかに関わらず、幼女にモテるだけの旅を目論む俺にとって、本名を名乗るメリットは少ないのではないだろうか。

 

 ……待てよ。そうだ、良いことを思い付いたぞ。

 

「俺の名前は、あー、ペニッシーっていう」

「……変わった名前ですね」

「微妙に長い名前だしな。なぁ、エマちゃん……」

 

 エマちゃんは、見た感じ性の知識は無さそうだ。つまり、遠回しにセクハラをしても、バレない可能性が高い。

 

「俺に、渾名を付けてくれないか? エマちゃんの呼びやすい渾名をさ……」

「渾名ですか? 分かりました」

 

 ペニッシー。少し縮めれば、男の象徴(ペニ○)となる素晴らしい名前だろう。即座に偽名だと分からない程度には、自然な名前でもある。

 

  数年後ちょっとしたきっかけで淫語であると気づき、顔を赤らめさせるその日まで、エマちゃんはおれを男性器(ぺ○ス)呼ばわりを続けて貰う────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペニーさん、何故がっかりされているのですか?」

「気にしなくて良いよー、俺が汚れきっていただけだよー、可愛いエマちゃん」

 

 

 世の中、思い通りに事は進まない。よく考えれば、よしんばうまくいったとしても姉に注意されて終わりだろう。

 

 いや、それ以前に。もし町中で、俺が幼女に生殖器(ペ〇ス)呼ばわりされてたら、いろんな意味で致命的だった。ロリコン警察的な何かに拘束されて、即座に縛り首もあり得たかもしれない。

 

 俺は何を考えていたんだろうか。ああ、何も考えてなかったな。

 

 

 

「じゃ、隣町とやらまで行くか。エマちゃん、案内をお願い出来るかな?」

「いいえ、干し肉が出来るまで少し待ちましょう。せめて火で水気を飛ばしてから、出発したいです」

「あ、そっか」

 

 ……この娘は、本当にしっかりしてるなぁ。

 

 一方、先程から姉の方が何も喋らなくなった。ぺたりと闇夜の草原に座り込み、無言で俺とエマちゃんを見つめている。

 

 その表情は読めない。 

 

 

 

 

「エマちゃんのお姉さんは、どうする気だい?」

「……っ!」

 

 

 

 まさか、彼女は俺についてこないのだろうか。だとしても、妹を引き留めるくらいはしてもいいだろう。まだ、警戒されているのだろうか────

 

 

 

 

 

「……そうですね。姉様も、ちゃんと供養してあげないといけませんね」

 

 

 

 

 エマちゃんは、俺の言葉を聞くと。酷く哀しげに、誰も居ない方向を向いて。

 

 静かに、何かに祈りを捧げ始めた。

 

 

「……」

 

 

 すぅ、と。

 

 音もなくエマちゃんの姉の姿が薄く光り、そして透明になっていく。

 

 

「旅人さん。かなり迷ったけど、殺さないでおいてあげる。エマを、任せるよ────」

 

 

 姉のその言葉に、エマちゃんは反応しない。ただ無心に、「姉様、見守っていてください」と夜闇に祈りを捧げていた。

 

 

 消えゆく姉が妖しく輝き始めたことで、ようやく彼女の表情が伺える。

 

 それは、笑顔だった。何かを諦めて、何かを愛おしむ、触れれば溶けゆきそうな儚げな笑顔だった。

 

 

「エマ。負けずに、強く生きてね────」

 

 

 直後、平原に紅い光が満ちる。長き夜を切り裂くように、上ってきた朝日が大地に照りつける。

 

 最後に俺が見たものは。目を丸くしたエマの姉が、苦笑しながらジュッと音を立てて、やがて消え去ってしまう姿だった。

 

 

 

 

「姉様は、私を庇ってリザードに食べられてしまったのです」

 

 

 

 エマは、朝日が昇る空に祈りを捧げながら、ポツリと呟いた。

 

「生きたまま丸呑みにされた姉様は、私が食べられている間に逃げて、私の分まで生きてと私に叫びました」

 

「誇りの姉です。私がその言葉を聞き、食べられる姉に、捕食するリザードに恐怖して、逃げ出しました」

 

「そしたら、笑ったんです」

 

「姉様を見捨てて逃げた私を、姉様は安心した表情(かお)で、笑って見送ったんです!」

 

 ぽた、ぽた、と。大地に涙が零れる。

 

 (エマ)は、声を震わせながら、祈りを捧げ続けた。

 

 

「姉様のためにも、私は死ねません。私は、姉様の魂を背負って生きているのです。あの気高い姉様が馬鹿にならぬ為にも、私は全力で幸せになります」

 

 

 

 

 ふと、先程まで姉が立っていた場所を見る。

 

 もはやそこに、何かが居た気配は無い。小さな白い花が、揺らいでいるだけだった。

 

 

「ごめんなさい、つい語ってしまいました。さて、お日様が照っている間はリザードも巣の中に隠れています。今のうちに休んでおきましょう」

「────ああ、そうだな」

「夜は危険が一杯です。干し肉が出来たら起こしますので寝ていて貰って良いですよ」

「……そいつは、助かる」

 

 

 俺は、エマの勧めに従って、たき火の横でごろりと寝転ぶ。

 

 

「夜はリザード以外にも、危険なモンスターがたくさんです。昼の間に休むのが吉です」

「因みに、リザード以外だとどんな奴が危険なんだ?」

「そうですね、この辺だと……」

 

 エマは、少し考え込む素振りを見せて。

 

「夜にしか出没しませんけれど、呪霊(ゴースト)等は誰にも探知できぬままに人を呪い殺すと聞きます。この辺は、よく呪霊(ゴースト)が出てくるそうですよ?」

 




次ちょっと遅れるかも……


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第四話「幼女と檻」

「到着です」

 

 平原の野草を風が揺らし、降りかかる日照りが街の外壁を照らす。俺の背中でエマちゃんが、目前に広がる寂れた雰囲気の中世ヨーロッパのような街並みを指さした。

 

 外壁の中には石造りの家に、風車が所々に見受けられる。そしてたくさんの、剣や盾の看板を出した店が目を引いた。

 

「あれが、私たちの目指した街。マクロ教徒の聖地のひとつ、オトラリゴ神殿の建つ中規模の集落。すなわち鉄鋼都市『オトラ』です」

 

 キングリザードとの戦いから、3日。俺とエマは、幸いにもモンスターと遭遇することなくこの危険な平原を抜けて、目的地へと到着したのだった。

 

 

 

 

「鉄鋼都市、ね」

「ええ、オトラには特別珍しい資源はありません。しかし首都ペディアに近く、近郊の山から鉄などの鉱山資源の仕入れがしやすい立地なので、この地に鍛冶職人が集って集落を作りました」

「鍛冶師の聖地、てことか」

 

 鉄鋼都市ってなんの事かと思ったら。要するにこの街は、生産職の人間の集落らしい。リザードの肉とか皮が売れれば、エマに防具を買ってやれるかも。

 

「私や姉様が逃げ出した山の麓の村には銅鉱がありまして、あそこの住人はオトラへと銅を卸すことで生計を立てています」

「あー、成る程ね。エマちゃんは物知りだなぁ」

「私は商人でしたから。あ、ペニーさんが持っているキングリザード素材の販売交渉を、私に任せていただけませんか? きっと、上手にやれますよ」

「お、そっか。じゃあエマちゃんに任せるかな」

「はい!」

 

 ピョコピョコと跳ねながら、エマは自信ありげに頷いた。可愛かったので撫でておく。

 

 子供に交渉事を任せるのは心配だけど、リザードの皮くらい俺が頑張ればすぐ手にはいる。今回は、商人の娘だというエマに任せてあげよう。

 

 やる気になっている子供には、極力やらせてあげるべきなのだ。

 

「あ、それと。ペニーさん、オトラに入る前にいくつか取り決めしたいことがあります」

「ん? なんだい」

 

 取り決め、か。確かに、エマが迷子になった時の集合場所等を決めておかないと不便だな。エマは実によく気がつく娘だ。

 

 と、再びエマを撫でようとした俺が聞かされたのは、少々予想外の内容だった。

 

「私は、ペニーさん所有の奴隷として扱ってください」

「……エマちゃんは、旅仲間のつもりでいるんだが?」

「はい、とてもありがたいです。ですが、マクロ教徒は逃亡奴隷に厳しい教義を持っています。こんな服装をした私が奴隷じゃないと分かれば、間違いなく問いただすでしょう。つまり、私はすっごく怪しまれます」

「ああ、成程」

「逆に私が奴隷と名乗れば、みなが納得して誰も怪しまないでしょう。……奴隷である私は、ペニーさんののいう事には逆らえません。変な命令とかを出して、ボロが出ない様に協力をお願いします」

「そっか、了解。」

 

 エマちゃんに奴隷のふりをさせるって事ね。こんなみすぼらしい姿だからしょうがないのかも。

 

 よし、決めたぞ。俺は、この街でエマちゃんに似合う服も手に入れる。

 

「あと、宿屋では大抵奴隷用の檻が置いてますので、私はソコに入れてください。間違っても私の部屋は取らないでくださいね」

「……え、檻って何?」

「そのまま、奴隷を入れておく施設です。人間一人がギリギリ入る程度ですが、私は小柄なので十分なスペースを得ることが出来ます。なので遠慮なく、奴隷檻に入れて下さいな」

 

 うわぁ。奴隷の扱いって、そんなに悪いのか。俺にはできないぞ、こんなに可愛くて愛らしくて聡明でぷにぷにの美幼女を檻に入れるなんて。

 

 悲しくて涙が出てくる。子供に、何より大切な国の宝に、俺はなんと過酷な環境を強いねばならないのだ。

 

「な、何を泣いているのですか!? ペニーさん、どうしました?」

「嫌だぁ……。エマちゃんにそんなひどい扱いするなんて、俺にはできないよぉ……」

「ええ!? いや、私は大丈夫なので気にしないでください。キングリザードの皮素材があるとはいえ、売ってもあまり大した額にはならないでしょう。ここは節約の意味も込めて……」

「檻に入れるなんて、そんなこと出来ないよぉ……。ひーん……」

「大の大人がマジ泣きしてます!?」

 

 

 その後、俺はエマちゃんの必死の説得によって何とか落ち着いた。

 

 よし。絶対に服を買おう。エマちゃんを奴隷扱いしないで済む、そんな服を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「決死の覚悟で獲ってきた、キングリザードの素材ですよ。ご主人様が、私以外の奴隷や護衛をすべて失ってやっと手に入れた素材です。叩き売りする素材ではありません。相場以下で買いたたかれるのであれば、別の店に持っていくだけです」

「お嬢ちゃん、相場なんて難しいことをよく知っているね。でも、このあたりじゃこれが適正価格さ。別の店に行くなら行きなよ、この値段じゃないとウチも足が出る。ただし、次に来ても今と同じ値段で買い取ってもらえると思わないことだね。ま、ここらで一番高く買い取っているのはウチだって、すぐ気づくだろうさ」

「ボロがでましたね。本当にここがここらで最高額の買取であるのなら、むしろ積極的に他の店を回って確かめてもらいたい筈。一度この店を離れてしまえば同じ値段で買い取らないと言っている時点で、この素材を買い叩いているのが見え見えです。残念ですが、貴方の店とは縁がなかったようですね。向かいの通りにも素材買取をしている店はあったのです。そちらに行きましょう、ご主人様」

「……オイオイ、こんな子供に交渉させるとは馬鹿なのかと思ったが、成程鋭い奴隷をお持ちの様で。負けた負けた。ご主人、2500Gでどうだい? 正真正銘、ウチに出せる最高額さ」

「ご主人様、頷かないでください。まだ相場以下の値段です。向かいのお店に持っていかれるのはまずいのですか? 見るからにお客を食い合ってますものね。向こうがキングリザード素材なんか手に入れたら、貴方の店は大層苦しくなるでしょう。貴重な素材を求めてたくさんの商談が向こうには飛び込む。あなたは、客が吸われていくのを見ているだけ」

「残念だったね、ウチは既にキングリザード素材の在庫は数個持ってるんだ。貴重な素材とはいえそこまで足元を見られる筋合いは────」

「先ほど風の噂で聞きました。ここ1年ほどキングリザード討伐がされていないそうですが? ……本当にあなたの店に在庫があるのでしたら、あまり高価買取りは期待できませんね。最後に確認しますが、本当にこの素材を向かいの店に持って行ってもよろしいので?」

「分かぁった!! 分かった、いくらだ、いくらなら売るんだ」

「6000G。ビタ1文負かりません」

「ま、その辺だろうな。くそったれ、足元見やがって」

 

 

 

 

 二人ともよく口が回るなぁ。

 

 エマちゃんは爛々と目を輝かせながら、髭の生えた中年の商人相手に一歩も引かずに交渉をして。中年のおっさんも飄々としながら、隙あらば素材を安く買い叩こうと画策する。

 

 (おじさん)はすっかり蚊帳の外で、ブラブラとトカゲ(キングリザード)皮を持ちながら、ピョコピョコ動くエマの後頭部を見つめていた。

 

 

「ほうら代金だ持ってけ、その代わり素材は全部おいてけよ。相場以上で買わせておいて、まだ素材を隠し持ってました、向こうの店にも素材持ってきますなんて言い出したら死ぬまで付け回すからな」

「ええ。こちらの店の方が羽振りがよさそうだったので、この店で買い取ってもらったほうが高く売れると踏んだのです。わざわざ隠し持って向こうに売ったりなんかしませんよ、そうするくらいならこちらに持ってきます」

「よく見てるね。おいアンタ、良い奴隷を買ったよ。大事に使ってやんな」

 

 素材屋らしきオヤジは、俺をみて不満げにエマを誉めた。

 

 彼女は奴隷じゃない。と、口元まで出かかったけど、約束があるから口をつぐむ。代わりに、鼻息荒くやりとげた顔をしていたエマの髪を撫で、愛想よく返事をした。

 

「ええ、俺にとって何より大切な存在(どれい)ですよ」

「そか。んじゃ、もしまたキングリザード素材を手に入れたらうちに来てくれ。どうぞご贔屓に」

「もう二度とキングリザード戦なんて御免です。そもそも私達は旅人なので、長期間滞在するつもりもありません」

「そいつぁ残念」

 

 そんじゃあな、と商人は笑って手渡したキングリザードの皮を袋にしまう。俺もオヤジに軽く会釈して、エマと手を繋ぎながら街へ出た。

 

 右手にはエマの柔らかな手の感触。左手にはズシリと重い貨幣の袋。商談は大成功だ。

 

「話の分かる商人はやはり良いですね。キチンと他店に持ち込まれた際のリスクにまで頭が回り、相場以上の値段でもこうして買い取ってくれます」

「そこまで考えてこの店に入ったんだね。エマちゃんはもう立派な商人だ」

「いえ、お父様やお母様ならきっと、今の交渉ならもっとお金を出させていたでしょう。せっかく足元を見ていたのに、6000Gは少し安かったかも……。反省です」

「……商人って、すごいんだね」

 

 思った以上に、エマが有能な件。次からも、交渉事はエマに任せて問題無さそうだ。

 

 と、同時に気付く。俺の存在価値って、勇者としての身体能力だけなんじゃ……。もう戦闘以外は全部、エマちゃんに任せちゃっていいのかもしれない。

 

 幼女の紐になる。うん、アリだな。

 

「さて、そろそろ日が暮れます。この時間からは、店も閉まっていくでしょう。今日はもう宿屋を取って、一泊して明日に買い物をしましょう」

「そうだね」

 

 幼女に任せきりと言うのは気が引けなくもないが、俺はこの世界の物価の相場はおろか、常識やルールすら知らないから仕方がない。

 

 エマがいてくれたから、今まで何とかなっている節もある。これからもエマに色々と頼っていこう。ぐふふ、なんとも情けねぇ。

 

 それもこれもあの駄女神がチュートリアルを適当に済ませたからだ。許せん、これだからババアは。

 

「っと、あの辺が宿屋ですね。確か、この通りの奥から二番目の宿が比較的安くて飯がおいしかったです。以前、この街に商談に来た時に泊まりました」

「そうなんだ、じゃあそこにしようか」

「1泊なら確か100Gだったですね。奴隷檻が20か30G、30Gの檻なら奴隷用の飯がつきます」

 

 奴隷檻。その単語に、俺は思わず顔をしかめた。

 

 俺とエマが歩いている宿屋通りには、一人用の狭い鉄格子に入れられ、三角座りで俯いている半裸の人間が散見していた。恐らく、あれが奴隷檻だろう。

 

 ふと、檻の中の人間と目が合う。なにも考えてなさそうなその男は、薄汚れた布で腰だけを隠し、微動だにせず俺とエマを見つめている。

 

 ……入れなければ駄目なのだろうか。この愛くるしいエマを、あんな動物園で使うような檻に。

 

「……やっぱり、ダメだよ。エマちゃん、ここは200Gだして俺と一緒にの部屋に……」

「ダメです。奴隷の為にワザワザ部屋をとるなんて、絶対怪しまれます。奴隷檻はもう一度経験しているので、お気になさらず」

 

 我慢できずに二人部屋を借りようと説得してみたのだが、エマは頑として譲らない。自分が檻に入るのを、当然のことだと受け入れてしまっている。

 

 今宵エマは寂しく独り檻の中で、あの男のように体育座りして眠るのだろうか。

 

 俺の倫理観的には、絶対に許容できない話だ。何としても、エマちゃんをふかふかのベッドの上に寝かせてやりたい。

 

 何か、説得材料は……

 

 

 ────そして、気付く。

 

 良く見ると、奴隷檻に入っている人間は殆どが男だった。女性も居ないわけではないが、大半が男。

 

 女性の奴隷は少ないのか? それとも────

 

 

 

 こうして俺は、天啓を得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、食事ですか、お泊りですか?」

「泊まりだ。男一人、奴隷一人」

「畏まりました、旦那様は100G となります。奴隷はどうなさいます? 奴隷檻に素泊まりなら20G 、食事を付けますと30Gとなります。今の季節ですと野草と芋粥のスープを奴隷にお出ししていまして、栄養価も高く安価に奴隷に栄養を与えることが────」

「彼女は俺と同じ部屋に。二人部屋を用意してくれ」

「ちょっ!?」

 

 やっぱりエマを奴隷檻になんか入れられる訳がない。あんな安っぽいトカゲ皮が6000Gにもなったんだ、今はお金に余裕はある。

 

 それに、ちゃんとエマが怪しまれずに済む方法も考えてはいるのだ。

 

「当宿には、奴隷檻がございますよ? わざわざ部屋に奴隷をお入れなさるので?」

 

 受付嬢のいぶかしむ目。エマの焦ったような目。

 

 二人の視線を正面から受け止めた俺の発言は────

 

「ああ、今日はこの娘と一緒に寝る。○○○や×××は持ち込んでも構わんな?」

「っ!?」

 

 遠回しにエマを性奴隷扱いするものだった。俺ってば最低だぜ。

 

 受付嬢の目が見開き、額からダラダラと汗が流れ出る。エマは理解できない単語に首を傾げ、胡散臭そうに俺をみている。ゴメン、今とんでもないことを口走っているから、絶対に質問しないでね。

 

 やっぱこの世界にもあるんだな、模擬チ○コ(ディ○ド)にロ○ション。

 

「あ、あー、そういう……その、少々幼くは……いや、その、お客様の趣味に口を出すわけではないですが」

「ああ、どうせ口に出すならこの娘に出させてもらう。良いから早く二人部屋を用意してくれ、情欲も限界なんだ。あまり音が響かないよう、角部屋だとありがたい」

「ヒェッ……、大変失礼いたしました、二人部屋にご案内します」

 

 受付嬢は全てを察し、慌ててカウンターの奥へと引っ込んだ。俺がロリコンだと言う誤解を受けてしまうが、エマがふかふかのベッドで寝るためだから仕方がない。

 

「ペニーさん、どうしてこんな……、わざわざ奴隷に部屋を借りてしまうなんて、怪しまれてちゃいますよ」

「大丈夫だ、問題ない」

「確かに、あの人は何か納得されてたような気もしますが。ですが奴隷と同じ部屋で寝ること自体、非常識なんです。普通の奴隷の主は、寝首をかかれる事を恐れます」

「同じ部屋で寝るのが仕事の奴隷、とかもいるかもしれないよ?」

「そんな奴隷聞いたことありませんよ」

 

 いや、さっきの宿の人の反応見る限り、この世界には絶対に性奴隷がいる。エマの様な幼い相手に発情する馬鹿がいてもおかしくはないだろう。だからきっと、そんなに怪しまれない筈。

 

 通りの奴隷檻には、女性が少なかった。それはつまり、成人女性は性奴隷として夜伽に使われているからに違いない。

 

「どうぞ、三階の角部屋になっております。そういう目的で使われますと、お値段が少々高くなりますがご了承ください……」

「え、値上げですか? どうしてそんな、二人部屋だと安くなるのが普通では!」

「良いの良いの、エマは黙って俺についてきてねー」

「むぐっ……わ、分かりましたご主人様」

「……今夜が初体験のようですね。あまり、血が飛び散らないように注意してください」

「大丈夫だ、全て舐めとる」

「ヒェッ……」

「……血ですか?」

 

 血と言う不吉な単語に首をかしげながら、エマは階段を上る俺についてきた。店員は、そんな純粋なエマと俺をを見比べて戦慄している。

 

 かくして俺は、3日ぶりの天井のある寝床を手に入れたのだった。隣には薄着の美幼女、そして大金の入った袋。

 

 日本でうだつの上がらない暮らしをしていた俺が、こんなに良い目を見られるとは。

 

 まったく、異世界に来た甲斐があったと言うものだ。




のんびり更新。


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第五話「見るだけならセーフ」

 幼女には、どんな服が似合うだろうか?

 

 純白のひらひらワンピース? 控えめな紺のロングスカート? 少し派手なゴシックロリータ?

 

 幼女(エマ)の髪の色は、少し薄い茶色だ。髪の長さはセミロング、さらさらとした前髪は幼い顔つきに清楚な印象を与え、切り揃えられた後ろ髪はどこか気品を感じさせる。

 

 ワンピースらしきものはいくつか見つけたが、残念ながらゴシックロリータはこの世界の服屋には置いてなかった。……まぁ、ゴスロリと言えば金髪ツインテール、ないし黒髪ロング中二病と相場が決まっている。エマには当てはまらないので、今は大丈夫なのだが。

 

 問題はこの先、ツンデレ金髪碧眼の美幼女に出会ってしまった時だ。そんな娘が現れた時にゴシックロリータの服がないと、子供好きの名折れであろう。旅の途中、それっぽい服を見つけたら買っておこう。

 

 

 

 なんでそんな話が出てくるかと言うと。実は俺は今日、エマを宿屋に置いて服を買いに衣装店へ来ていたのだった。

 

 エマを置いてきた理由は、『奴隷にこんな良い服を……?』と疑われてしまうからだ。俺一人だと相場が分からないのでエマ無しで買い物はしたくなかったのだが……、この一回の買い物はしょうがないだろう。

 

 なるべく安い服を、提示された額の半額辺りまで粘れとエマは言っていた。その教えに従い、安めの服を漁ってみる事にする。

 

「お客様、少女服をお求めで?」

「ええ、娘へのプレゼントにね」

 

 適当に店に入って物色中していると、やはりと言うか、店の中に居た店員に話しかけられた。この世界の商人は、日本よりもアグレッシブな様だ。

 

「貴方は娘への愛に溢れているのですね、なんともお素晴らしいですわ! でしたらこの服などはどうでしょう。首都ぺディアの衣装職人が厳選した、本場のペディ織の外出服で、現品限りでございます。娘様も大喜び、愛に溢れた貴方様になら特別に割り引いて差し上げますわ!」

「……俺と娘は旅人でね、野盗が怖い。余り高価な衣服は身に付けられないんだ、丈夫で安価な服はないか?」

 

 案の定、物凄い値段の服を勧められ辟易とする。文化の違いなのだろうけど、こうも激しい店ばかりだと気が滅入るな。

 

「あら、失礼をば。旅人向けでしたら、こちらのリザード皮の編み込まれたポンチョなどいかがでしょう? これからも寒くなって参ります、娘様に寒い思いをさせないためにも是非ご検討くださいな。リザード皮の保温効果と丈夫さは知っての通り、旅人の方には自信を持ってお薦めできますわ!」

「うお、と。値段は……2000G? かなり張るなぁ」

「リザード討伐は非常に難しいですからね。貴重な良質の素材を使うと、やはりお値段の方も少々……」

 

 嘘をつけ。あのトカゲ、割と弱かったぞ。服の胸のあたりに数ヶ所トカゲ皮が貼られてるだけなのに、そんな値段になるもんか。

 

 だが、正確な服の相場がわからない。やはり、エマ無しで高価な服を買うのはやめるべきだろう。俺は目をつけていた白色のワンピースのような服を、乱暴に掴んで店員へとつき出した。

 

「いや、手が出ない。今日はこの服を買って帰るよ、コイツは羽振りの良い日に勧めてくれ」

「かしこまりましたわ! ええ、その服は値段の割に非常に高性能でして、その秘訣は────」

 

 ベラベラと口が回り続ける店員。足しか、ここから半額まで値切るんだっけ。

 

「あの、その服の値段だが────」

「ええ! この服の安さの秘密をお知りたいので? 普通のお客さんには話せないのですが、娘様への愛に溢れた貴方だけに特別にお教えしますよ。それは、仕入れの時に秘密がありまして────」

「そうじゃなくてだな、値段の────」

「値段のわりに質も良い? そう、この服の生地はそんじょそこらで叩き売られている安物とは違います。流石はお客さん、お目が高い! そう、この町一番と噂されるオルト工房の純正品の、その余った布を用いて作られた一品。その品質は、純正品である物となんら遜色はございません! 破棄されていたその布の断端をふんだんに用いて仕上げたからこそ、この価格、この品質!」

「ああ、いや────」

「それだけじゃ無いんです! この服を作り上げた職人はピエールと言いましてオルト工房で一番期待されている────」

 

 あかん、割って入れない。

 

 その後も話を切るために適当に相づちをして機会を伺ったのだが、気付けはいつの間にか既に会計を終えさせられてしまった。

 

 魔法のように俺の財布から数百Gを抜き取られ、どう見てもそんなに高くなさそうな白い無地のワンピースに似た服が手元に残る。

 

 定価で買わされてしまった。商人って怖い。

 

 

 

 

 

「……まぁ、しょうがないです。勉強したと思いましょう、ペニーさん」

「やっぱり高いよね?」

「精々4-50Gと言ったところでしょうか? 随分とボッタくられてしまいましたが、とりあえずこれで、私は奴隷に見られなくなるでしょう」

 

 宿屋に帰ってエマに相場を聞くと、やはりというか俺はかなり高めに買わされたらしい。溜息をついたエマに申し訳なく思いながら、俺は先ほど購入した衣服をエマの前へと置く。

 

 その服を手に取るとエマは今まで着ていたボロボロのマントのような服をその場で脱いで布に包み、着替えを始めた。隠れたりしないのね。

 

 半裸となったエマは服の下に、薄汚れたパンツを一枚履いているだけだった。特に恥ずかしがる様子もなく、エマは膨らんでいるかどうかの胸元を一応手で覆い、小ぶりなお尻を揺らしてワンピースを持ち上げる。

 

 呆然といきなり脱ぎ始めたエマを眺めていると、チラリと目があってしまう。即座に俺は横を向き、彼女の裸体を視界の端に押しやった。

 

 ……見えた、今手の隙間からチラっと胸の桜色のボタンが見えた。落ち着け、ガン見するな俺。視線を外したまま紳士アピールしつつ、先程の光景を頭の中で反芻するんだ。

 

 俺は脳内で、凝視したエマの未熟な身体を明確に想起し始める。痩せてはいるが、柔らかそうに肉付いていた太もも。浮き出た腰骨は股間の前に三角形の窪みを作り、パンツの上からほんのりと恥丘の膨らみが浮かんでいた。そして胸に取り付けられた桜色のボタン────

 

 おおっ! エマがワンピースを被る瞬間、手で隠せず無防備になったサクランボが遂に二粒とも丸見えに。初々しく未成熟な突起がピンと自己主張をしていて、それはつまり、おお、おほ、おほぉぉぉぉぉ!

 

 

 

 

「……? どうかしましたかペニーさん?」

「いや、すまない。少し足が攣ってね、ちょっと休ませてくれ」

「そうですか、まだ出発はしないのでゆっくりとしていきましょう」

 

 しまった。戦闘態勢となった我が息子のせいで立っていられなくなった。足が攣ったことにして腰を下ろしてごまかそう。

 

 エマの全身は、俺の記憶の中に深く刻み込まれる。きっと墓場に入るまで忘れんだろう。

 

 ああ。ええもん見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、この宿屋は昼食の時刻になると追い出されます。それまでに、今後の方針について話し合っておきたいです」

 

 エマは白い服がよく似合うなぁ。素直で清楚で穢れなき天使の様な彼女には、やはり白い服が────

 

「……ペニーさん?」

「あ、ああ。聞こえているよ、今後の方針だったね」

 

 いかんいかん、いつまでも見とれていては不審に思われる。俺は紳士なのだ、幼女に不快な思いをさせる訳にはいかん。

 

「そもそもペニーさんは、どこを目指して旅をしているのですか?」

「ああ、それは────」

 

 エマに問われて、ふと気付く。

 

 言われてみれば、俺って目的地とか無いな。強いて言うなら……魔王退治? だとしても魔王が何処に居るかなんて、俺は知らない。

 

 そもそも、何で異世界人である俺が魔王を倒さなきゃならないんだ? この世界に来て間もない俺は、魔王がどんな存在か知らないし、まだ何も被害を受けていない。俺と魔王は、まるきり無関係な存在なのだ。

 

 現状、魔王を倒す旅に出る理由は胡散臭いババアからの命令だけ。実際に魔王に会ってみてたら、案外良い奴かもしれないじゃない。

 

 よし、魔王は放っとこう。

 

 異世界に来た最大の理由たる美幼女なら、もう目の前にいる。

 

 と、なると。俺は何をすれば良いんだ?

 

「目的地はないな、今は特にあてもなくブラブラとしているよ」

「ああ、成る程。漫遊されているのですか」

「自分の生きる意味を探す為に、世界を見てみたくてね」

 

 就職しなかった遅い思春期の大学生みたいな事を言って、とりあえずエマには誤魔化しておく。漫遊、か。エマは難しい言葉を知ってるな。

 

 ……さて、じゃあ次の目的地は何処にしよう。エマに相談するか。

 

「エマはずっと旅をしてきたんだろう? この辺りで、見ておいたほうが良い様な面白い都市ってあるかい?」

「面白い都市ですか? うーん、首都ペディアは流石に行ったことありますよね……。湾岸都市アナト、火山都市サイコロとかは街として興味深い造りでしたね。それぞれ特徴のある都市です、この2都市をオススメしますよ」

「いや、首都にも行ったことがないんだ。首都も見た方がいいかな?」

「ああ、でしたら首都を一度見に行きましょう。ぺディアに行ったことがないのですね、もしかしてペニーさんは国外の方ですか?」

「……まぁね。何か不味いかな?」

 

 国外どころか、世界外です。やっぱスパイ扱いとかされるのだろうか?

 

「いえ、漫遊してるだけならきっと大丈夫ですよ。ペニーさんの身体能力なら、捕まっても逃げられそうですし。魔族とかじゃない限り、他国の人でも首都に入っても怪しまれません」

「そっか。なら、次の目的地は首都ぺディアにしよう」

「了解です。首都近辺はモンスターがそこまで強くないので、旅の道中も比較的安全性です。ただ首都付近は買取素材になるモンスターが少ないので、この近辺でリザードか何かを狩っておきたいですね。我々の全財産は5000Gと少し、これでは少し心もとないかと」

「そっか。リザード狩りってどうすれば良いのかな?」

「リザードの巣穴を探して、昼の間に急襲するのが一般的です。ペニーさんなら夜に襲ってこられても返り討ちにできそうですが……。リザードを討伐するのであれば、今日解毒薬も買っておきましょう」

「そうだな。お金を貯めておくか」

 

 特にやることもない俺は、この国の首都とやらを見物にいくことにした。まずはエマの薦めに従ってこの辺でトカゲ狩りをしてからではあるが。

 

 

 

 因みに、リザード(トカゲ)狩りはすごく簡単だった。昼のリザードは動きも鈍く、闇に紛れたりしないから楽に捕捉できた。

 

 リザード狩りは巣穴探しがいちばん大変らしいのだが、エマが町中で見つけてきた情報屋さん案内して貰えたのでそれも簡単だった。流石エマ、細かいところで気が付く。

 

 因みに、リザードは1匹あたり1000G弱が相場らしい。この日のリザード狩りの成果は8匹で、情報屋にお金を払ったりして5000Gが手元に残った。今までの貯蓄と合わせ、10000G。これだけあれば十分だろう。

 

 この日はエマが逃亡奴隷であるとばれない為に昨日と別の宿を取り、二人部屋でのんびりと眠った。明日、軍資金を元に市場で旅支度を整えて、その足で首都へ向けて出発する予定だ。

 

 出発する予定、だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかとは思うが……、その子は逃亡奴隷じゃないよな?」

 

 そのあどけない顔を蒼白にして、俺の影に隠れ震えるエマ。

 

「奴隷の癖に随分と良い格好になったじゃねえか? 疑っちまうのも無理がねぇだろ旦那。いっちょ奴隷紋見せてくれよ」

 

 運が悪かったとしか言いようがない。俺達が市場で買い物を続ける最中、突如声をかけてきた男がいた。それは、一昨日エマが熱弁を振るってキングリザード素材を売り付けた中年商人だった。

 

 商人である彼が市場に来ていても何もおかしくはない。嗚呼、もっと警戒すべきだった。

 

「おい、俺が奴隷に何着せようと自由だろ。この娘は愛玩用なんだ、おしゃれさせて何が悪い」

「あっ、愛玩……? いや、別に俺は旦那の性癖にケチをつけるつもりはないんだよ。たださ、昨日妙な噂を聞いたんでね、確認だけでもさせてほしくてですね?」

「どんな噂だ?」

「何でも隣町で、犯罪奴隷の脱走があったらしいんでさ。年頃は8歳と11歳、茶色い髪の毛の姉妹だそうで。嬢ちゃんはそのくらいの年頃で、しかも髪の毛が茶色いですなぁ? 疑うくらいは許してくださいな」

「不愉快だ。行くぞ、エマ……」

「おっと、ストップ。良いじゃないですか、あんたが奴隷紋見せればおとなしく引き下がりますって。この娘が旦那の奴隷ならある筈でしょ? あんたと奴隷ちゃんの身体のどっかに、奴隷を縛るお揃いの紋様がさ」

 

 ……奴隷紋? なんぞそれ。そういうのがあるのか。

 

 やっべ、どうしよう。これ誤魔化せる気がしない。商人(おっさん)は獲物を見つけたとばかりに俺を眺めて笑っている。これ、確信されてないか?

 

 エマに助けを求めようと目線をやると、まだブルブルと震えたまま動かない。頼りのエマがこれでは、もうおしまいだ。

 

 ……と言うかナチュラルに幼女を頼ろうとする俺も、人として終わってますな。

 

「旦那? どうして固まってるんです?」

 

 こうなったら、力押しで逃げるしかないか。俺は来るべき瞬間に備え、さりげなくギュッとエマを抱きしめ、そして力をいれた。

 

 最悪、このままエマを抱えて飛び出そう。

 

 オトラの街に辿り着いて、まだ3日目。俺達は早くも、絶体絶命のピンチに陥っていた。




幼女を早く増やしたい……


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第六話「マクロ教」

「その子は逃亡奴隷じゃないのか?」

 

 旅支度を整え、さぁ首都へ向けて出発だと意気込んでいたその矢先。不運にも目ざとい中年商人に呼び止められた俺とエマは、危機的状況に陥っていた。

 

 この世界の勝手をよく知るエマは、顔を青くして震えており、今は頼れない。いや、そもそも幼女は頼るものではなく守るもの。

 

 よし、まずは落ち着こう。いざとなれば俺がエマを抱き抱えて走り去ればいいだけの話だ。ここで目指すべきは、無事に商人を納得させて、買い物を続行すること。

 

 では、穏便に切り抜けるにはどうするべきだ? 賄賂で商人を言いくるめるか? いや、貧乏な俺達に奴を満足させられるだけの額を出せるはずもない。そもそもここは路上だ、こんなところで堂々と賄賂なんか渡せるものか。

 

 不意打ちで一発殴って、気絶させるか? ……人混みの中とはいえ、自然にやればワンチャン気付かれないかもしれない。だがこの商人は悪人ではない訳で、そんな人に危害を加えるのは倫理的にダメだろう。

 

 うーん。くそぅ、何も思いつかない。ここは素直に強行突破するしかないか────

 

 

「……はぁ。気持ちは分かりますがね、旦那。その娘は可愛い女の子だ、情が沸くのもわかる。でも奴隷ってのは人の所有物なんでさ。素材売ってくれた旦那はサービスで黙っときますので、素直にその娘をガードに渡しましょ」

 

 黙り込む俺の様子を見て、商人は色々と察したらしい。もう、誤魔化すことは難しそうだ。

 

「人のモノを取ったら犯罪者。マクロ様は、そういった醜い欲望から生まれた行動を厳しく罰するのでさ。旦那が何教の信者かは知らねぇけど、マクロ様は確かに存在なさる。神罰が下る前に、罪を流しましょうや」

 

 ……商人は相変わらず嫌な笑顔を浮かべたまま、言い聞かせるように俺を諭した。

 

 ガード、とは何だろう。この世界の警察みたいなものだろうか? エマを庇いながら逃げるとしたら、そいつらが敵に回るのか。

 

 さっきからこのオッサンがゴチャゴチャ言って来ているが、俺はエマを見捨てる気はこれっぽっちもない。適当に相槌を打ちつつ、隙を見て逃げるとしよう────

 

 

「それによ、旦那。その娘、犯罪奴隷だぜ? 聞くところによると、この娘は世界中を旅しながら一家ぐるみで詐欺を繰り返し、その挙句捕まった犯罪者だ。同情なんか、する価値もねぇよ。旦那、アンタもゆくゆくは身包み剥がれされてポイされるのがオチだぜ」

 

 商人は、吐き捨てるようにそう言って、エマを睨みつけた。

 

 エマの表情が変わる。落としていた目線を上げ、青くなった顔を徐々に紅潮させる。

 

 

 

 ああ。商人の、なんと愚かな事か。

 

 親が詐欺を繰り返したって、そんなのエマには関係ないだろう。一家ぐるみで詐欺って、子供が親に逆らえるはずがないじゃないか。親が悪い奴だったってだけだ。

 

 エマみたいな年頃の子供の倫理観は、まだまだいくらでも改善できる。子供の犯罪は、親の責任だ。この世界の方がどうなっているかは知らないが、俺はエマが奴隷にされるほど悪いことをしたとは思えな────

 

 

 

「違います!!」

 

 

 

 甲高い声が、路上に響く。みれば、先程まで震えていたエマが怒りをあらわに、商人に向かいあって睨みつけていた。

 

「父様は、母様は詐欺師なんかではありません!!」

 

 その、幼い両目に大粒の涙を蓄えて。

 

「あいつが、何もかも悪いんです!!」

 

 先程までの怯えは、もうない。その大きな目を吊り上げて、たった一人エマは商人に向かい合う。

 

 両手を握りしめ、髪を振り乱し、少女は慟哭した。

 

 彼女が奴隷になった理由を。彼女をこんな目に合わせた諸悪の根源を。

 

 

 

 ────エ・コリという男がいた。彼は、山の麓の村でマクロ教の司祭をしていた男だ。

 

 一月ほど前、エマの一家は通商を目的に山の麓の村を訪れていた。エマの一家は熱心なマクロ教の信徒であったため、まずは司祭のの元へ挨拶に向かったという。

 

 司祭エ・コリは、エマ達の来訪をたいそう喜んだ。礼拝に来た彼らを快くもてなして、そして通商をする間は教会に滞在する様に勧めた。

 

 教会に寝泊まりできれば宿代が浮くし、信奉すべき女神の像が身近にある。エマの両親は、その提案に乗り気だったのだが、

 

 

「絶対に、イ・ヤ!」

 

 

 エマの3つ年上の姉がひどく抵抗した為に、その話はご破算となる。

 

 彼女は、泣き叫んだ。司祭の目が気持ち悪い、体を触られた、変なところを見ている、と。

 

 両親は弱った。エマの姉は丁度思春期真っ只中、異性の視線が気になる年頃だ。家族以外の視線に、過敏になってしまっているのだろう。

 

 そう判断したエマの両親は仕方なく、司祭に謝って近場に宿を取る事になった。

 

 そんな、背景があったからだろうか。翌日、エマの両親は司祭に資金の融通を要請され、断れなかった。

 

 一度、司祭の好意を踏みにじっている上に、彼は自ら信じるマクロ教の司祭である。エマの両親は、マクロ教の信徒として協力するべきだと判断した。そして、かなり多額の資金を司祭へと融通したらしい。

 

 返済期限は2週間、エマの一家が旅立つまで。信心深かった両親は、利子もつけずに司祭へと資金を貸し付けたのだとか。

 

「マクロ教の発展のためだと言われたから、私たちは食費も惜しんで融通しましたとも!」

 

 しかし、その資金の運用先は教えてもらえなかった。何を聞いてもマクロ教の発展のため、その一点張りだ。

 

 エマの両親は少し不審に感じたが、司祭という立場の人間を疑えるはずはなかった。商売柄、黙っておいたほうがいい情報があるというのも理解していた。

 

 そして、2週間後。 

 

「なのに! いざ返済日になっても何の音沙汰もなく、仕方なくお父様が取り立てに行ったら!」

 

 借金は帰ってこなかった。期日を1日過ぎても何の便りもなかったため、両親は司祭の外聞を気遣って、夜に人目を忍んでこっそりと取立てに行った。

 

 巨額の借金である。踏み倒されたら、明日から生きていけない。大丈夫だよ、といって笑う両親を見送ったエマは、言い様の無い不安を感じながら、一晩中寝ずに両親の帰りを待ち続けた。

 

 だがしかし。朝が来て日が昇り、昼になっても両親は帰ってこなかった。

 

 微かだった不安が、どんどん大きくなってくる。

 

 不審に思ったエマ姉妹が、痺れを切らし教会へと向かうと。そこには、晒し台の上に首だけになって晒されている、変わり果てた両親の姿があった。

 

「偽装の借用書を使って、エ・コリからお金を脅し取った罪だそうです」

 

 エマの両親は、ガードにより処刑されたのだ。詐欺師として。

 

「警吏とエ・コリは、繋がってたんです! お父様は、騙されて、私たちまで犯罪奴隷になって!」

 

 混乱したエマ達姉妹は、感情のままにガードに殴り掛かって、あっさりと拘束された。そして、同じく詐欺を働いた者として裁判にかけられ、どんなに弁明しても信じてもらえずに犯罪奴隷に落とされという。

 

「よりにもよって、その教祖に買われたんです! 私と姉様は!! アイツに尽くすくらいなら、死んだほうがずっとずっとましです!!」

 

 そして、エマ達は売りに出された。

 

 犯罪奴隷は、比較的安く売りに出される。ただし、犯罪奴隷を買うことが出来るのは、ある程度地位のあるものだけだ。一般市民は、犯罪奴隷を買うことはできない。

 

 理由は単純で、盗賊集団等の犯罪集団が、捕まった仲間を買い戻すことが出来ない様にするためである。ガードたちが、犯罪奴隷を売る相手を選定するのだ。

 

 そして、ガードがエマ達姉妹の販売先として選んだのはエ・コリ司祭であった。

 

「あいつは、姉様を見ていったんです。お前さえいう事を聞いていればこんなことにならなかったのに、って。アイツは姉様を得るためだけに、父様や母様を殺して、私達を奴隷に落としたんです!」

 

 つまり。エマの姉が訴えた、司祭のセクハラは全て事実で。司祭は、エマの姉を手に入れる為だけに、エマの一家を嵌めて処刑したのだ。

 

 

 

 

 それが、エマが奴隷に堕ちた理由だった。

 

 それこそエマが、奴隷という命が保証された立場を捨て、命懸けで街の外へと逃げ出した理由だった。

 

 

 

 

 

 俺はバカじゃないのか。

 

 なんで気付かなかった。なんで、エマがこんなにも辛い思いをしていたことを悟れなかった。

 

 なんで俺は、着替えをするエマの身体を見て、ニヤニヤと笑っていた。なんで俺は、何でもかんでもエマに頼りっきりになっていた。ゴミクズじゃないか、俺は。

 

 エマは短い間に両親を失い、姉を失い、何もかも信じられない状況に陥って。それでもなお生き抜くために、自分を守ってくれそうな俺に気に入ってもらうべく頑張っていた。だから、あんなにも張り切ってあれこれとやってくれた。

 

 そんなエマを見て俺は、よくできる優秀な幼女が仲間になったと、ヘラヘラ笑っていただけ。

 

 吐き気がする。昨日の自分をぶん殴りたい。何が子供好きだ。俺は、子供を食い物にしている大人そのものじゃないか。  

 

 

 罪悪感で胸が押し潰れそうになり、吐き気が喉を刺激する。こらえ切れず、思わずよろりとふらついたその瞬間。

 

 

 エマが、中年の商人に蹴飛ばされた。

 

「いいかげんにしろよクソガキ。黙って聞いてやってりゃ、マクロ教の司祭こそが詐欺を働いただって? 聞いたでしょ、旦那。コイツはこういう奴なんだ。人に罪をなすりつけ、騙し、寄生することでしか生きていけない害虫だ」

「嘘じゃないです……、私は、父と母は、貸したお金を取り立てに行っただけです、なのになのにっ!!」

「まだ言うかこのクソガキ!! どの女神より愛に溢れたマクロ教の司祭に選ばれるようなお方が、そんな真似をするはずがないだろう!! この土地でマクロ教にケンカを売るとはいい度胸だ。皆集まってくれ!! このガキは神敵だ!!」

 

 

 そう怒鳴りつけると、商人は再びエマに向け拳を振り上げた。

 

 

 幼女が、傷つけられる。

 

 また俺の目の前で、エマが殴り飛ばされる。

 

 

 

 ────ふざけるなっ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 ズシン。

 

 轟音が、路上に木霊する。

 

 

 

 

 それは、俺の足が地面を踏みつけた音。

 

 エマを追撃しようとした商人に警告すべく、俺はエマの前に立ちふさがり、そして地鳴りを轟かせた。

 

 

 

 

「……旦那?」

「失せろ、さもなくば殺す。エマは、俺が連れて行く」

「なるほどね、旦那もそっち側ね。ああ、残念だ。アンタのことは嫌いじゃなかったんだが」

 

 

 エマは、はっとした目で俺を見ていた。

 

 ────すがりつくような目だ。信じてもらえる事を、期待した目だ。

 

 俺は、この意地の悪い商人から目線を切らず、そっとエマの髪を撫でて彼女に応えた。

 

 安心するといい。俺は、エマの味方だ。

 

 そう、伝えるために。

 

 

「何事だ、商人」

 

 

 俺の地鳴らしで、騒ぎはいっそう大きくなっていく。間もなく、商人の怒鳴り声を聞き付けて、全身鎧の男が数人ほど駆けつけてきた。

 

 恐らく彼らが、ガードと言うやつだろう。

 

 

「脱走奴隷でさ。しかも、性質の悪いことにマクロ教が悪いと抜かしてやがる」

「分かった。おい、そこのお前。話を聞かせてもらおうか」

 

 

 全身鎧の男達は、俺とエマの周囲を囲む様に並んだ。

 

 さて。そろそろ、この場に留まっても面倒なだけだろう。いくら粘っても、話が穏便にすむ可能性は低い。

 

 目を赤く腫らしたエマを、優しく抱きしめて。俺は、強行突破をすべく、心の準備をする。

 

「マクロ教の司祭様が嘘をつくわけがないだろう。あの娘の父親が、単なる詐欺師だったのさ」

「そも。奴隷の身分に落ちたとして、人を愛する心を失わず、素直に清貧に、自らの主へと尽くすのが筋だろう」

「勝手な思い違いと私怨で、逃亡するなんて許しがたい。愛を謳うマクロ教の信徒として、絶対に許すわけにはいかないな」

 

 周りの野次馬から、身勝手な声が聞こえてくる。この場に、エマの味方はいないようだ。なんて狂った場所なんだ。

 

 これ以上ここにいても、エマが傷つくだけだろう。

 

 

「どうした、そこのお前だ。弁明があるのなら、早くしろ。無いのであれば────」

 

 

 旅支度が整ってないのは残念だが、こんな場所にとどまる理由はない。

 

 エマを抱え、無言でゆっくりと腰を落とす。今日は、エマを慰めよう。ゆっくりと、エマの話を聞いてあげよう。そのためにもまずは、ここから逃げ出さないと。

 

 この糞商人め。お前の顔は覚えたぞ、今度はエマがいない時に、顔面が腫れ上がるまで殴ってやる。可愛いエマを傷つけた報いだ。

 

 ああ、倫理観なんて気にせずに最初からこいつを殴り飛ばしておけばよかった。

 

 

「おい、お前何をするつもり────」

「エマ、しっかりと捕まってろよ」

 

 

 さぁ、脱出だ。俺は全身のバネを使い、エマをしっかりと抱きかかえ、全力で地面を蹴った。

 

 

「大いなる地の束縛を、空に虚空の檻となせ。グラビティ・バインドォ!!」

 

 

 しかし、飛べない。

 

 不思議にも。全力で跳躍した俺の足は、ピタリと地面に張り付いたまま離れなかったのだ。体制を整えきれず、無様にも俺はエマを抱えたまま転倒してしまう。

 

 

「お、逃げようとしたな? こいつ、クロか」

「あーあーあー、ついてねぇなぁ、旦那。あんた、キングリザードと戦えるくらいには強いんだろうが……、もうちょっと周りの情報を集めとくべきだったな」

 

 地に伏した俺を、中年の商人は笑いながら嘲った。

 

 今、何が起きた? 俺は確かに飛んだはずだ。この世界で本気で飛べば、こいつらくらい余裕で飛び越せるはずなのに。

 

 

「悪はお前だな!! ふっふっふー。この私の目の前で、悪をなすとは許しがたい!!」

「お見事です、クラリス様」

 

 

 ふと。俺の幼女センサーに引っかかる、幼げな声がした。

 

 この場に似つかわしくない、陽気で純粋で、そして高圧的な、女の子の声。

 

 

「旦那、知らなかったろ? なんと先日、勇者様が再び現世に降臨されたことが確認されてるんだ」

 

 

 中年の商人は、人混みから現れたその少女に膝をつき。拝むように頭を下げながら、言葉を続けた。

 

「ありがたいことに、マクロ様の遣わした勇者クラリス様は、このオトラに滞在なさってるんだ」

 

 そして、俺は見た。先ほどの俺とエマの脱出を邪魔した、その下手人を。

 

 金色の少女だった。

 

 たなびく金髪は、丹精に切り揃い。琥珀色の宝石の着いた杖を、見せびらかすように天に掲げ。

 

 青色を白色の混ざったパーティドレスの様な、豪華絢爛な衣装を身に纏った中学生頃の少女。

 

 エマの姉と年はそう変わらないだろう。そんな少女が、倒れ伏した俺達を見下し、意気揚々と立っていた。

 

 




仕事忙しいから不定期更新です。


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第七話「幼女神ロリータ」

 俺が女神(ババア)によりこの世界に転移させられ、早3日。

 

 この異世界で最初に出会った奴隷少女エマは、悲惨な境遇の少女だった。一人の男の醜い欲望によって、愛すべき家族を全て一度に奪われたのだ。

 

 しかし、そんなエマの慟哭を信じる者は誰もいなかった。マクロ教の信者の多いこの街で、マクロ教の司祭は崇められるべき存在。一人の奴隷少女のいう事に、耳を貸す筈がない。だからこそ。エ・コリと言う男は、そんなふざけた真似を平然とやってのけたのだろう。

 

 だが俺には分かる、エマが嘘をついていないことくらい。

 

 彼女の目を見ろ! 悔しさで涙を流すその眼には、一握りの曇りも虚構も無い。彼女は心の底から、誰にも信じてもらえないことを悲しんでいる。

 

 この俺が幼女に関することで間違えるはずがない。悪いのはすべてそのエ・コリ司祭とやらなのだろう。

 

 だから俺は、エマの味方となることを選んだ。エマを守り、ここから逃げ出すべくエマを抱きかかえ全力で飛んだ。

 

 

 

 ────だというのに。情けなくも俺は、地面に這いずってエマ共々、一人の少女足下で首を垂れていた。

 

 跳躍した筈の、地面を蹴った俺の二本の足の爪先は、地面から1mmたりとも離れなかった。まるで根を生やして張り付いているかのように。

 

「私降臨、ここに天現! 偉大なる女神マクロの名において、悪を許さず処し下す断罪の刄よ!」

 

 おそらく、犯人は目の前にいる少女なのだろう。

 

 獰猛な目付きで俺達を睨み、高笑いをして天上へ杖を掲げる金色の少女が、旋風で砂煙を巻き起こし君臨していた。

 

「愛 am ナンバァァ ワン! 愛ゆえに人は苦しまねばならぬ! だが、それが良い!」

 

 碧い目をしたその金髪少女は、青色のドレスをはためかせ、振り乱れた髪を押さえるべく帽子を片手で押さえ、そして声高に叫ぶ。

 

「無償に捧げしこの愛を、尊い精神を、私は誰よりこの身に宿した最強の勇者!」

 

 指を一本、天高く掲げて。彼女は得意げに名乗りを上げた。

 

「我が名はクラリス! 西に飢える人あれば、東に病める人あれば、救って見せようこの私が! なぜなら、私は勇者だから! 愛 am ナンバァァ ワン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……また、凄まじいのが出てきたなぁ。

 

 いくら幼女でも、正直者引くわ。あ、今スカートがはためいてパンツ見えたウッヒョー。

 

「……勇者? いや、そんなのいる訳ないですよ。貴方達が崇めているその子こそ、詐欺師ではないですか?」

 

 これにはエマも、呆れ顔だ。

 

 なんというか、自分のことを勇者と呼称してる時点で痛いのに、素のテンションが振りきれてて色々と酷い。

 

 うん、でもこの子くらいの年は、実に多感な時期である。いわゆる中二病、という奴だろう。自分を特別な存在だと信じ込んでしまう、麻疹のような病気なのだ。

 

 その精神的な未熟さと幼さは愛すべきだが、いかんせん今はつきあってやる時間はない。一刻も早く、エマをこんな狂った場所から連れ出してあげないと。

 

「おい、口の利き方に気をつけろ脱走奴隷。クラリス様は、正真正銘本物の勇者様だ」

「彼女は、間違いなく本物さ。マクロ様からの神託があり、この地のマクロ教徒が総出で迎えに行った祠の中で、光に包まれて現れなさったのだ」

「ここにいる皆が、見ている目の前で降臨なさったのだ。間違いなく、マクロ様の御使いじゃ」 

 

 おお、成る程。一応この子も、それなりの演出をした上で勇者を名乗っているらしい。

 

 恐らく何らかのトリックを使ったのだろうけど、そういう演出により人の心を惹き付ける事が出来るのは、彼女自身の才能だろう。

 

 世が世なら、彼女は振興宗教の開祖になれる逸材かもしれない。

 

「……嘘。そんな訳ないです、その人が勇者なはずがない。勇者なんて実在するはずがありません」

「……エマ?」

 

 ……おや? エマもこの娘に呆れているのかと思ったけど。そんな訳はないと切って捨てたエマの頬には、一筋の汗がタラリと伝っていた。すこし、信じかけているらしい。

 

 だがこの中二病少女、本当に勇者なんだろーか? 俺と転移直後の状況が違いすぎるんだが……。

 

「だって、本当に勇者がいるなら、女神様も実在するということ……。つまり私は、見捨てられたということ!」

 

 そして、エマは大粒の涙をこぼす。いかん、エマの動揺が思ったより激しい。なんとか、落ち着かせないと。

 

「……落ち着くんだエマ、奴らの話を真に受けるな。勇者なんて、存在するわけないじゃないか」

「ダメです、ダメなんです」

 

 エマはポロポロと涙をこぼし、顔を真っ青にして泣き出した。何をそんなに恐れているのだろうか。

 

 いくらなんでも、こんなエキセントリックな勇者が居る筈がない。あの女神ババアを信用するなら、勇者ってのは女神に選ばれた魔王を倒す異世界の人間の筈。

 

 常識的に考えて、こんな頭のおかしい勇者を選ぶ女神なんていないだろう。

 

「奴等から嘘をついている気配が、まったく無いんです。あのエ・コリ司祭の時に感じた、嘘をつく人間の気配を感じないんです。ああ、本当に。本当に勇者だとしたら、彼女は……」

 

 だめだ。エマは目を見開いて、絶望しきってている。

 

 だが、何をそんなに恐れているのだろうか。例え勇者だとして、たった一人の強敵くらい俺が何とかして見せる────

 

「勇者は、たった一人で大地を割ります!」

 

 

 

 

 

 刹那。

 

 耳を切り裂く、爆撃音が背後で鳴り響いた。

 

 俺の目に映ったのは、金髪の幼女クラリスが短くなにかを唱え、そして杖を振りかざした。ただ、それだけである。

 

 そしてニヤリと顔を歪めた彼女は、杖を掲げ自らのゆっくり髪を薙いだ。

 

 ────何をした、この幼女。

 

 

「これは、威嚇である。この大いなる愛の力の前にひれ伏すがよい!」

 

 そう言い、得意気に腕を組むクラリス。

 

 その言葉につられ、呆然と背後を振り向いた俺が見たものは。

 

 町の外にうっすらと見えていた、小山が真っ二つに両断され煙をあげている姿だった。

 

 

 

 

「……は?」

「ほ、本……物……」

 

 

 

 エマはへなへなと脱力し、地面に倒れ臥した。

 

 何だ、ソレ。山を割るって、どんな威力だ。

 

 街の中からでもよく見えた、この都市のすぐ近くに聳え立っていたその山は、大きくひしゃげてV字の谷が出来ていた。まるで砂場で作った砂山を、上から木の棒で叩き潰したような、非現実的な光景だった。

 

 

「さて、観念したかい旦那。……つか、あれだな。勇者やべぇな」

「ク、ク、クラリス様? あの、無造作に山を破壊されると、中に人がおる可能性が────」

「調べてる。私は愛に溢れた勇者だぞ! あの山に人はいないし、狼か巣を作ってたからついでに破壊しただけだ! 私を侮辱するか貴様!」

「ひ、ひいっ!? さ、差し出がましい事を」

 

 

 俺の広い額から、冷たい汗が吹き出る。なんだ、あの馬鹿げた威力は。いくつ爆弾を用意すればあんな事が起きるんだ?

 

 ちょっと待て。コイツ、本物か? 本物の勇者なのか?

 

 俺は余りの光景に絶句し、呆然と金髪少女を見つめていた。それに気を良くしたのか、クラリスはふふんと鼻息をこぼし、俺達の正面へと歩みより。

 

 そして、金髪少女の演説が始まった。

 

「さてと。お前達には二つ選択肢がある。まず、ここで私に逆らって断罪され、地獄へと落ちるのが一つ」

 

「もう一つは、真摯に懺悔をすることだ。人は誰しも、過ちをおかす。女神マクロの名代として、私が貴様達の罪を裁こう。お前達の反省が真であるなら、罪を償う機会が貰えるように、私も共にマクロ様に慈悲を乞うてやる」

 

「私は、どんなに罪深い者であっても見捨てない。反省し、過ちを認め、償う心があるならば私は君達の味方だ」

 

 それは、彼女なりの優しさだったのかもしれない。

 

 罪を犯した者ですら、許して更正の機会を与える。実に日本的で、甘い裁量だと感じた。この少女は、日本人と近い価値観を持っている様だ。

 

 

 そして、これは千載一遇のチャンスである。ここは大人しくしたがって、目の前の厄介な勇者が何処かに行ってから悠々と脱走しよう。

 

 偽りでも何でも良いから懺悔して、勇者にこの場を収めてしまうのだ。捕まって拘束具をつけられても、俺なら脱出は容易。エマ共々、楽に逃げ出せるだろう。

 

 

 でも。その言葉は、エマにとって何より残酷だった。 

 

「誰が慈悲なんか乞うもんか!!」

 

 エマは、無実なのだ。この幼い少女は、信じた女神に見捨てられ、犯してもいない罪に問われ、命を懸けて理不尽な世界に抗っている。

 

 彼女が慟哭するのは、至極当然だ。 

 

「……エマ?」 

「あんなに信心深かった父様を! あんなに優しかった母様を! 助けずに見捨てて、何もかも私から奪いさった女神マクロなんか信じるもんか!」

 

 周囲の空気が変わる。

 

 エマは、聡い娘だ。こんな状況で、そんな挑発的な事を言えばどうなるかなんて、容易に想像がつくだろう。

 

 でも、押さえられなかったのだ。自分の中で、絶対に譲れない線が有ったのだ。

 

 彼女は、自らの両親を、偽りと言えど悪く言うことなど出来なかったのだ。

 

「……よくぞ、吠えたな詐欺師風情が。あの人は、お前が言うような冷徹な女神様じゃない。実際に話をした私が、それを一番良く分かってる」

「嘘つき!! 嘘つき、嘘つき!!」

「これ以上は、聞くに耐えない」

 

 エマは、感情を吐き出す。それは純粋で、真っ直ぐな、怒りの吐露。

 

「……少し、黙ってろ」

 

 果たして。

 

 その反応を受けた勇者は、据わった目でエマを睨み付け、静かに杖を向けた。

 

 

 

 

「……恨んでやる! 女神なんか、滅んでしまえ!」

 

 杖を向けられたエマは、叫んだ。逃げようとなんかせず、クラリスに正面から向かい合い、怒りを叩きつけている。

 

「その身、血肉もろとも粉砕せん……」

「大嫌いだ! 私から父様を奪った、母様を奪った、姉様を奪った女神は! こんな世界は!」

 

 

 いかん。杖の先が凄まじい光量の輝きを見せている。

 

 あれは、きっと攻撃魔法だ。人を傷つける、この世界の凶器だ。

 

 

「……へえ、庇うんだ。なら、貴様も吹き飛んでおけ」

 

 

 俺は、泣き喚くエマの頭に手をおいて、グシャグシャと撫でて。

 

 ゆっくりとエマの正面に歩き、腕を広げて仁王立ちの態勢をとった。

 

 

「ペニーさん?」

「辛いよな、エマちゃん。でも安心しろ、俺は味方だ」

 

 

 辛すぎるじゃないか。何もかもが敵にまわり、何も悪いことをしていないまま罪に問われ、そして勝手な正義のもとに殺されるなんて。

 

 一人くらい。頼りないし、頭も悪いオッサンだけど、それでも味方が居ると言うのは彼女の救いになる筈だ。

 

 

「ダメ、ペニーさんは逃げて────」

「エマ、忘れるな。お前を信じる人間は、きちんとここに居るぞ」

「……マクロ様の裁きに屈しろ。焼き尽くせ、断罪の熱光球(シャイニングフレア)!!」

 

 

 そして。世界が光に包まれた。

 

 やがて、身体中をバーナーで炙られた様な、凄まじい苦痛に襲われる。間も無く後ろから、小さな可愛い叫び声が聴こえた。

 

 

 

 ────エマが居る。

 

 俺の背後には、エマが居る。

 

 ならば、避けられる筈がない。この痛みは、エマの代わりに受けた痛みだ。ならば、むしろ心地よい。

 

 俺は今、子供を守っているのだ。情けない中年期のオッサンが、未来へと続く大事な大事な宝物の盾となれたのだ。

 

 これ以上に誇らしい事はない。

 

 

「ぺ、ぺニーさん!」

「……奴隷を、庇ったか。阿呆、ここに極まったな」

 

 やがて、光が止むと。

 

 ジュウジュウと、俺の身体は聞いたこともないような暑苦しい音を立てて、やがて力を失い、倒れ込んでしまった。

 

 不思議なことに、痛みはなかった。いや、感覚そのものが無かった。全身が真っ白に焼け爛れ、所々黒く固くなっていた。

 

 そんな、俺の無様な姿を見て。周りの野次馬どもは、嬉しそうに笑っていた。

 

「こんな愚かな人間、見たことがない」

「ふん、くだらん情に絆されたんだろう。だが愛とは、人間に対し振り撒くもの。これが、無機物(どれい)に爛れた欲情を向けた者の末路である」

「お見事です、クラリス様。おい、逃亡奴隷! 運よく生き残ったようだが、貴様はきちんと、主の元へ送り返すから覚悟しろ」

「おお、貴方様は愛に溢れていらっしゃる。身も知らぬ人間のため、逃げ出した奴隷を送り届けるとは素晴らしい」

「当然のことよ。愛は愛を呼び、誰かの為を思ってとったら行動は、巡りめぐって大きな愛の輪を作る。覚えておきたまえ、人を愛することを躊躇うなよ」

「なんと含蓄のある言葉……」

 

 なんだ、コイツらは。

 

 本当に人間なのだろうか。いくら異世界とはいえ、ここまで倫理観が違うモノなのか。

 

 どうして、そんなにエマに厳しく当たれるのだろうか。信じられない。許せない。

 

「……ペニーさんなら、私なんか庇わなければ逃げ出せた筈なのに。どうして……」

「おっと動くなウジ虫。おいみんな、逃げ出さないようにこのガキを縛り上げるぞ」

「クラリス様はお下がりください。後は我々が……」

 

 俺が倒れたことで、ガヤガヤと野次馬が近付いてきた。やがて、中年商人が中心となり、俺の傍で座り込んでいるエマの肩を乱雑に掴む。

 

 エマの顔が、苦痛に歪む。明らかに痛そうだ。

 

 おい貴様、何をやっている。年端もいかぬ幼女に、何て事をしている。

 

 そして俺は何をやっている。火で炙られたくらいで、何故地面に臥せっている。

 

 

 まだ、俺は動けるだろう。立て。今立ち上がらないで、何がロリコンだ! 何が、子供好きだ! 

 

 今、エマを守れずして、何が大人だ!!

 

「……エマを、離せ」

 

 微かに、力が入った。

 

 何とか腕を動かした俺は、エマを乱暴に扱い憎たらしい商人の、その足を掴んだ。

 

「っと、コイツまだ動けたのか」

「エマちゃん、安心しろ。俺が何とかしてやるから」

 

 動け。

 

 全身の筋肉が焼け爛れている。だから、何だ。

 

 身体中が、炭になって煙をあげている。だから、どうした。

 

 そんな些細なこと、俺が立ち上がらない理由にはなっていない。

 

「泣いてる子供がソコに居て。立ち上がらなくって何が男だ! 守らなくって何が大人だ! 慰めてやらなくて、何が人間だ! 子供一人笑顔に出来なくて、何が愛だ!」

「はぁ、なんて無様な。おい誰が、首を落としてやろうぜ。こうなりゃもう楽にしてやるのが、慈悲ってモン────」

 

 中年商人は、呆れ顔でため息をつき、掴まれた足を振り離そうともがく。

 

 だが。俺は手を離さない。ギギギ、と嫌な音を経てて俺の身体は動きだす。バリバリと何かが剥がれ落ちながら、俺は商人の身体を支えに、ゆっくりと立ち上がった。

 

 ぎょっと、周囲がざわつく。

 

 立ち上がって改めて見ると、少女勇者の顔は真っ青になっていた。彼女、グロ耐性は低いらしい。

 

 さて。立ち上がっただけでは意味がない。俺が為すべき事を、成し遂げないと。

 

「知ってるか貴様ら? 俺は知らなくて、ついさっき教えて貰った所なんだが……」

 

 不思議だ。

 

 全身はボロボロ、生きているのが不思議なくらいなのに、身体からは力が溢れてくる。俺自身の内から沸き上がる、どうしようもない怒りやら愛やらよく分からない感情が混じりあい、凄まじい闘気を練り上げる。

 

 傷が癒えている訳ではないのに、俺の身体は何故か十全に動き出した。

 

 

 ────それが。貴方に与えた、加護なのですよー

 

 

 何処からか、悪魔(ババア)の声が聞こえてきた。うるせぇ、黙ってろ。

 

 今は俺の決め台詞の時間なのだ。つっても、さっきエマに教わった受け売りではあるんだが。

 

 そう、勇者ってのは凄まじい生き物らしい。たった一人であったとしても────

 

 

 

 

「勇者ってのは、大地を割るんだってさ」

 

 ぐるり、と腰を大きく捻り。地面に向けて全身のバネを集約する。

 

 誰もが、警戒して近づいてこない。誰にも邪魔されることなく俺は、思いっきり大地に拳を叩きつけた。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 土が、抉り取られる。俺が全身の力を込めて大地を殴った衝撃だけで、俺とエマを包囲していた人間は爆音と共に吹き飛び、無様に四方八方へ墜落した。

 

 クラリスと呼ばれた幼女も例に漏れず吹き飛ぶ。いかん、彼女はまだ幼い。大人が子供を怪我をさせるわけにはいかない。とっさに俺は、目を丸くしたまま空中に投げ出されたクラリスに向かって跳躍し、抱き止めて着地する。

 

 

「……はぁ!?」

 

 

 そして。ボタボタと鈍い音を立て、空から続々と人がふってくる。死人が出るかもしれないな、だがそんなの知ったことか。

 

 幼女をこんな酷い目に合わせてせせら笑いしている連中に、慈悲など必要あるまい。

 

 そして、今現在無事なのは、俺の腕の中で目を回しているクラリスと、エマの腕を引っ張っている中年商人のみ。

 

 エマを巻き込まぬよう地面を殴ったせいで、あの中年商人まで助かってやがる。

 

「エマちゃんは物知りだなぁ。俺ってば本当に、大地を割っちまった」

「は、え、何だこれ。勇者、勇者だと!?」

「いかにも。俺はクラリス同様、幼女神ロリータの祝福を受けた勇者ペニーだ。どうだ、まだ俺に喧嘩を売るか?」

「嘘つけ、そんな女神聞いた事もねーよ! 旦那、さては地中に火薬を仕掛けておいたな! そんなトリックに、この俺が騙され────」

「オーケー、まだ俺に喧嘩を売る気なのね」

 

 見ると、掴まれたエマの腕が手の形に赤く腫れている。許せん。

 

「じゃ、吹っ飛べ」

 

 幼女に危害を加える大人に慈悲は必要なかろう。

 

 中年商人が喚きちらすその真っ最中、俺は跳躍し距離を詰め、そして土手っ腹をぶん殴った。ウゲェと妙な声を出しながら、商人は面白いほど勢いよく飛んでいく。

 

 やがて、グシャリと遠くで音がして。中年の商人は、頭から壁に突っ込み、下半身だけダラリと垂らしてきた。

 

 

 ────死屍累々である。これで、この場に立っているのは俺とエマだけになった。

 

 俺は火傷だらけの手で、エマをゆっくりと抱き寄せる。パチクリと目を瞬かせるエマは、抵抗せずに俺の腕の中へ収まった。

 

 ……火傷、だらけ? あれ、おかしいな。いつしか、俺の身体から火傷が嘘みたいに引いていっていた。

 

 手はまだ所々赤いままだが、炭になっていた俺の腹の一部は、もうみずみずしい皮膚が張っていた。  

 

 なにこれキモい。

 

「傷が、治ってます……。本当にペニーさんも、勇者様だったのですか?」

「まぁな。幼女神ロリータ、それが俺の崇拝する女神だ」

 

 しまったな、勢いで勇者を名乗ってしまった。まぁ、そんなノリだったししょうがない。

 

 だが、問題は俺をこの世界に呼び寄せたあの女神(ババア)の名前が分からないことだ。確かにあの女神(ババア)、一度も名乗っていない気がする。なんて不親切な女神(ババア)だ。

 

 なので取り敢えず、俺が日本にいた時からずっと信仰していた「幼女神ロリータ」の勇者を名乗ることにした。

 

 

 

 ……いい加減にしやがれですー

 

 ……しやがれですー

 

 ……ですー

 

 

 

 む、何やら怪電波を受信したぞ。まぁ良いか、無視しよう。

 

 

「そんな女神は聞いたことが有りませんが……」

「まだ生まれたばかりの女神だそうだ。女神にも子供の時期はあるのさ、エマちゃんみたいにね」

「……へぇ、そうだったんですね。はい、よく考えればペニーさんが勇者だと聞いて色々としっくり来ました。旅慣れしてなかった割に物凄く強かったり、地面を素手で叩き割ったり」

「そゆこと。エマちゃんは無宗教だっけ? 一緒に幼女神ロリータ様を信仰してみる?」

「……はい! マクロ教にはもう懲り懲りです。その、生まれたてのロリータ様と言う女神様を信じることにします」

「そっか。これからよろしくね、エマちゃん」

 

 こうして。

 

 この世にまたひとつ、新たな宗教が生まれた。

 

 偉大なる幼女神ロリータ様の教えはただひとつ、「子供を愛せよ」。この教えに基づく数々の教義が、今後ペニーという勇者により編纂される事となる。

 

 またこの時天界では、すすり泣く女神の声が響き渡ったとか。



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閑話「信徒クリスの教会日誌」

第一章最終話です


 目が覚める。普段と何も変わらない、平和で幸福な朝が来る。

 

 窓際に立って、澄みきった風を身に浴びた私は、ピンと背伸びをして欠伸を噛み殺す。

 

 簡単な朝食を作り、洗濯しておいた紺色の修道服に袖を通して、私は女神像の前にしゃがみこんだ。

 

「偉大なるセファ様。どうか、今日も我々をお見守りください……」

 

 こうして、敬虔な修道女たる私の一日は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前はクリスと言う。

 

 叡智の女神セファ様に仕え、銅山の麓の村に小さな教会を開いているしがない修道女だ。

 

 元は私の父がこの教会の運営をしていたのだが、最近は腰痛が酷くて寝たきりになってきてしまってからは、私一人で教会を切り盛りしている。

 

 当然ながら、小さな教会を切り盛りしたところで、裕福な暮らしは出来ない。祈りを捧げ、ミサを開き、懺悔を聞き、そして僅かなパンとスープを信徒の方から分けて頂いて慎ましく生活している。

 

 別に不満があるわけではない。平和な毎日を送れるというのはどれだけありがたいことかを、スラム出身の私はよく知っていた。

 

 私はこの教会に拾われるまで明日の命すら知れない、カースト制度の底辺どん底にいたのだ。私に命を与えてくれたセファ様と、私を拾って育ててくれた父さんにはどれだけ感謝してもし足りない。

 

 だけどこの日。そんな平凡な私に、目を疑うような奇跡が舞い降りたのだった。

 

 

 

 

 ────こほん、聞こえますかー? えーと、我が親愛なる修道女クリスー?

 

 

 

 女神像へと無心に祈りを捧げていた私は、物静かで優しい女性の声を聞きとった。

 

 キョロキョロと周囲を見渡すが、自分以外には誰もいない。でも、確かに声は聞こえたのだ。

 

 誰かの悪戯か、はたまた頭が狂ったのか。それともまさか、今のお声は────

 

 

 ────聞きなさい、可愛い我が信徒よー。我が名はセファ、故あって汝の前に降臨せんー。

 

 

 

 そんな、少し間延びをした声と共に。

 

 突如として教会は光に包まれ、呆然とする私の前にやがて一人の女性が姿を表した。

 

 即ち、

 

 

「ふふふ、初めまして、修道女クリスよー」

 

 

 女神セファの像と瓜二つの女性が、キラキラと光を身に纏って私の目の前に現れたのだった。

 

 目が点になり、その場で尻餅をついた私を、誰が責められようか。

 

 

 

 そこで、私は恐ろしい話を女神セファより告げられた。

 

 数百年ぶりの、魔王の復活。このままでは人族の滅亡し、そして世界の終わりを告げるらしい。

 

 女神の一柱として、それを許容するわけにはいかない。セファを含めた5人の女神は、それぞれ勇者を選定し、この世界へと遣わせることになった。

 

 そして我が敬愛すべきセファ様の遣わした勇者様は、この地を最初に訪れる事になるのだとか。

 

「私の加護を受けた勇者は、質実剛健で凄まじい自己治癒能力を持った、強靭な肉体を得るのですー。貴女にも加護を授けますので、我が勇者がこの地に現れた際には、貴方にサポートして貰いたいのですー」

「わ、私が勇者様を!?」

「はい、なのです。なんなら、貴方も勇者パーティの1員として彼について行っていただきたいのですー。でも、貴女も怪我に伏せった父親を置いて行くわけにはいかないでしょう?」

 

 そう言って、女神セファは優しく微笑んだ。

 

「ご安心あれ、我が可愛い信徒よ。貴方達親子に、女神の息吹をー。よし、明日まで待つのですー、貴方の父親の腰は癒えるでしょうー」

「ほ、本当ですか?」

「女神は嘘をつかないのです。では、頼みますよ修道女クリスー。過酷な運命が待ち受けるこの世界を、貴女の手で救ってください……」

「は、はい!! よろこんで、こんな私でよろしければ!!」

 

 私の返答を聞いたセファ様は満足げに微笑み、そして再び光の中へと消え去った。今のは白昼夢か、はたまた本当にに起こった出来事なのか。

 

 果たして。翌日になると父親の腰の痛みは嘘のように無くなって、再び父は神父としての仕事を再開した。女神セファは、奇跡の力で本当に父を癒したのだ。

 

 つまり、あれは夢ではなく本当に神のお告げだったのだ。そう確信した私は、女神セファとのやり取りを包み隠さず父親に話した。

 

 そして、私は勇者様について行って共に世界を救うお手伝いがしたい、とそう父親に伝えた。

 

「そうか、女神様に直々に頼まれたのか。……ああ、私はお前が誇らしいよ、行ってきなさい」

 

 父さんは、少し寂しそうな顔をして、そう言ってくれた。

 

 私も涙ぐみながら、そんな父さんに抱きついた。

 

 父さんは、もう高齢だ。魔王を倒す旅が、そう簡単に終わるとは思えない。私が旅に出てしまえば、きっともう再会は難しいだろう。

 

 その日。私は久しぶりに、父のベットで二人並んで寝た。父は、子供のころはあんなに大きかった父さんは、いつしか触れば折れそうなほどに弱弱しくなっていた。

 

 でもどんなに老いても、繋いだその手は私を撫でてくれた男の、皺くちゃの父親の手だった。寝息を立てる父親に、私は一言、今までありがとうと告げたのだった。

 

 こうして、私は父に今生の別れを告げ、勇者様に付き従い世界を救う旅に出る決意をした。

 

 

 

 ────あの、その、修道女クリスー? 本当に、その、本当に申し訳ないのですが……。勇者の話、キャンセルでお願いしますー

 

「!?」

 

 

 次の日の朝、祈りをささげていたらそんなセファ様の声が聞こえてきて、ずっこけたのは別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、勇者様が私の教会を訪れることはなかった。

 

 女神セファ様からよくよく謝られたが、別に私が何か損をした訳ではない。むしろ、父さんの腰を癒してもらった分、恩恵を受けている。

 

 女神様の話によると勇者様は旅を急ぐ為に、制止も聞かず敢えて危険で過酷な道を選んだのだとか。随分とストイックな性格の御方のようだ。是非ともお会いしてみたかったが、勇者様には勇者様の道があるのだろう。力になれず、残念だ。

 

 こうして。私は、傷の癒えた父親と共に、ごく普通の修道女としての生活へと戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、ある日。

 

「失礼。ここは、何教の教会だろうか?」

 

 見慣れぬ姿の二人の旅人が、私達の教会を訪れた。見慣れぬ姿、と言うよりか怪しい姿と言った方が的確かもしれない。

 

 一人は性別は男で、引き締まった身体をしていた。何より気になったのは、彼は顔を大きな籠で覆い隠しているのに、上半身は裸で剥き出しだった。怪しいという言葉の具現である。

 

 もう一人は、子供だろうか。同じく顔を籠で覆っているため、性別は読み取れない。

 

「……えっと。ここは、女神セファ様を祭っている教会です。そして、私はセファ様の忠実な教徒、修道女のクリスと申します」

「おお、そうだったか」

 

 この方々も、セファ様の信徒なのだろうか。だったらヤダなぁ。

 

「貴方は、もしかしてセファ教のお方でしょうか」

「いや。俺達は、まぁ何だ。えーっと、そう!」

 

 その見るからに怪しい男は、自分の宗派を聞かれて言い淀んだ。何か、後ろめたいことがある様だ。こっそりガードに通報した方が良いかもしれない────

 

「俺は、マクロ教の司祭をぶっ殺すマン1号だ」

「まさかの犯罪宣言!?」

 

 言い淀んだ末に待っていた男の名乗りは、ただの殺害予告だった。ただの危険人物じゃないか。

 

「……ああ、マクロ教の教会を探していたのですか。私は場所を知ってますよ、ぺ……マクロ教の司祭をぶっ殺すマン1号さん」

「あ、そっか。最初から2号に聞けば良かったのか」

「そんな気がしてましたけど、やはり私が2号なんですね」

 

 私は呆然としながら、その危険人物を刺激しないよう後ずさって様子を見ていると、2号と呼ばれた子供の方がようやく口を開いた。

 

 やはり、小さな籠人間の声は幼い。その口調や音域から、恐らくは女児だろうと読み取れた。

 

「その、冗談にしろ、簡単に人を殺すなどと言ってはいけませんよ。マクロ教の司祭が何をしたと言うのですか」

「ん? ああ、それはじきに分かるさ。あの男がどんな所業をやらかしたのかはね」

「……怨み、怨恨の類いですか? でしたら、この教会で懺悔や相談をなさってみてはいかがでしょう。暴力的な解決では、何も生みませんよ」

「────いえ? 生みますよ、暴力的な解決であろうと」

 

 このままでは、エ・コリ司祭が危ない。何とか彼らを説得しようと、私は二人を教会へ引き入れようとした、のだが。

 

 比較的穏当だと思っていた、幼い子供の方から聞こえた言葉は、耳を疑うものだった。

 

 

「暴力的な解決は、腐った自己満足を得る事が出来ます。父様、母様、姉様の慰めにもなるでしょう。ええ、奴が死ぬことで救われる人間も居るのですよ」

 

 

 ────怨嗟。

 

 彼女の口からこぼれたその言葉には、深く暗く悲しい怨嗟が、これでもかとばかりに凝縮されていた。

 

「よし、善は急げだ2号。この姉ちゃんがガードに通報する前に、ちゃっちゃと落とし前を付けさせよう」

「ええ、善では無いでしょうけど。やっと、あの男に────」

 

 足がすくむ。ここまで強い負の感情を、未熟な私は受け止めきれなかった。人の悩みを受け止め、導くのが役目の修道女だというのに。

 

 私は、目の前に現れた幼子のどうしようもない闇を、受け止めきれる自信がなかった。

 

 

 

 

 私は、彼らを見送った。

 

 あの場で大声をあげてガードを呼べば、結末は変わっていたかもしれない。でもそんなことをしたら、私は彼らに殺されるかもしれなかったから。

 

 彼らが立ち去った後。私はようやく近くの駐屯所に出向いて、ガード達に事情を説明した。

 

 話を聞いたガードは、何かを察した顔をして、すぐに出動してくれた。普段は何かと理由を付けて働かないくせに、いやに迅速な対応だった。

 

 彼らが動きさえすれば、もう安心だ。後は、エ・コリ司祭が襲われるまでに間に合ってくれれば、事件解決である。

 

 ────だが。

 

 

 

 

 

 

『私欲にて他者を騙し、陥れた大罪人、此処に誅殺する』

 

 

 

 

 

 

 ガード達がマクロ教の教会へと駆け付けた頃には。女神マクロの像は粉々に粉砕され、塩辛のように全身を打ちすえられたエ・コリ司祭が、呻き声をあげながら教会の壁に磔にされていた。どうやら、間に合わなかったらしい。

 

 だが、それだけではない。もっと衝撃的な光景が、私の目に映っていた。

 

 

「アンナ! 貴女、どうして此処に!」

「お母さん! お母さん!」

 

 

 なんと。今まで行方不明になっていたパン屋の少女アンナが、ボロボロの服を着て教会の傍に立っていたのである。

 

 さらに彼が所有してたであろう奴隷達は、口汚く司祭を罵りながら、磔にされた彼に石をぶつけていた。

 

 

「私は誘拐され、監禁されていたんだ! あそこのエ・コリという畜生に!」

 

 行方不明だった少女アンナは、声高に集まった群衆に向けて、叫び声をあげた。

 

「私だけじゃない。エ・コリの持つ奴隷の殆どが、ガードと手を組んで犯罪奴隷に仕立てあげられた奴隷だ! 私は、エ・コリの所業を全て知っている!」

「い、いかん!! 彼女は錯乱している、取り押さえろ!」

 

 アンナは両親に抱きつき、涙を目に浮かべながら、集まった民衆に対し叫び続けた。

 

 その告発を聞いて、ガード達は顔色を変える。慌ててアンナを取り押さえようと、武器を構えて駆け出して────

 

 颯爽と割り込んできた一人の男に、蹴鞠の様に吹き飛ばされた。

 

 その男こそ、やはり先程私の前に現れた籠人間。すなわち、マクロ教の司祭をぶっ殺すマン1号だった。

 

 

「この少女の言葉に嘘はない。集まった民衆諸君、教会の中を改めてみて欲しい。この男の悪行の証拠は、全てかき集めて整理してある」

 

 籠を被ったその男は、迫り来るガード達を吹き飛ばしながらそう告げた。

 

「証拠に関しては、決定的なものがいくつもあった。ガードとの関わりを示唆する証拠も、沢山存在している。それに関しては今、2号がめっちゃ頑張って整理してくれている」

「……おじさん、2号って誰?」

「我が盟友だ。さぁ、話すが良い少女アンナよ。久々に再会した両親と抱き合うのも良いが、君の憎しみはこの程度では収まらないだろう?」

「────そうね。父さん、母さん、ちょっと下がってて。みんな、聞いて! エ・コリの、この男の悪行を!」

 

 

 

 

 

 

 この日。

 

 エ・コリ司祭はガードに賄賂を贈り、気に入った町の娘を奴隷にして無理矢理に手籠めにしていたという事実が、白日の下に晒された。

 

 涙ながらに訴える奴隷達の声を聞き、激怒した村民達はエ・コリを袋叩きにして、その奴隷達の手で火炙りにしてしまった。

 

 エ・コリと組んでいたガード達はそそくさとその場を逃げ出したが、やがて駐屯所に押し掛けた村民によって村を追い出され、モンスターの多い平原に何の装備もなく投げ出されてしまったらしい。

 

 彼らの装備は、治安維持のため新たに結成された自警団の手に渡り。自警団が結成された事により、村中の施設で人手不足が発生してしまったので、奴隷だった少女達は、就職先に困らなかったと言う。

 

 どうやら、エ・コリ司祭は本当に悪人だったようだ。あの一見すると危険人物でしかない二人組こそ、正しい行いをしていたのである。

 

 それだけではない。私は気づいてしまった。

 

 ガード達から、たった一人でアンナを庇って見せたあの男。誤解していたお詫びと、エ・コリやガードの悪事を暴いてもらったお礼に傷を癒してあげようと近寄ってみたのだが。

 

 彼が斬りかかられた場所の傷は、私が回復魔法をかけるまでもなくものすごい速度で癒え続けていたのだ。

 

 

 

『────私の加護を受けた勇者は、質実剛健で凄まじい自己治癒能力を持った、強靭な肉体を得るのですー』

 

 

 この前に聞いた女神の声が、フラッシュバックする。あの男は、魔法など一切使わず、己の肉体だけでガードを圧倒した。

 

 そのような事、常人には出来るはずもない。つまり、彼は特別な力を持った存在で。

 

 

 

 ────ああ、そうだったのですね。あのお方こそ、セファ様のお告げにあった勇者様。

 

 

 

 あの様に粗暴で珍妙な振る舞いをしたのは、セファ様の信徒で有ることを隠すため。女神セファ様に仕える勇者が、マクロ教の司祭にあの様なことをしてしまったら、同じくセファ様の信徒である私達に報復が有るかもしれない。

 

 そして二人はそのドサクサに紛れ、いつしか旅立ってしまっていた。きっと、長居をしてセファ教との関係を勘付かれるのを嫌ったのだろう。

 

 悪を許さず、そして我等を巻き込まないために、彼は最善の手段を取った。流石は叡智の女神セファ様に導かれた、智計の勇者様。そのご深慮を見抜けたなかった、非才な自分を恥じるばかりです。

 

 勇者様、一時でも貴方を疑った私をお許しください。貴方様は、正真正銘の賢者で────

 

 

 

 ────多分違うのですー

 

「!?」

 

 勇者様へ畏敬の祈りを捧げていた私の頭に、聞き覚えのある女神の声が響き渡った。




ちょい間を置いて更新再開予定です


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第八話「魂の救済を」

 子供の体温は、成人に比べて高い。

 

 成人では37度を超えれば発熱として扱うが、子供においては37.5度までは平熱と定義されている。これは、子供は基礎代謝が高く、熱を産生しやすい生き物だからだ。特に、子供は寝ている時に体を冷やさないようにポカポカと熱を高く保つ。

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 

 

「……すぅ、すぅ」

 

 

 平原のど真ん中、二人で一枚の毛布にくるまって俺に抱き着き眠るエマちゃんは、すごく暖かくてプニプニして良い匂いのする生き物だということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 一昨日のことだったか。首都ぺディアへの旅の下準備を進めていた俺達は、中年の商人にエマが逃亡奴隷であることを告げ口をされ絶体絶命の窮地に陥った。

 

 辺りの野次馬どもは好き勝手に自分の正義を並べエマを言葉の暴力で殴り続けた。今思い起こしても腹が立つ。

 

 そこで俺は罵倒され蔑まれながらも、目に涙を浮かべ真実を訴えるエマの話を聞いた。だがその話を信じるものはおらず、一方的な正義を振りかざした商人にエマが傷つけられそうになり、とうとう俺は堪忍袋の緒を切り捨てる。

 

 俺は衝動的に勇者の力を使ってひと暴れし、そのままエマを抱いて逃げ出した。そして俺達は再び、危険なリザードの住む危険な平原へと舞い戻る。

 

 のうのうと生きているエ・コリ司祭という巨悪をぶっ殺すべく、山の麓の村へと向かう事にしたのだ。

 

 エ・コリの教会には被害者の遺産や無実の女児が監禁されており、奴の悪事を明るみにするのには苦労しなかった。そして俺達はエマの両親の被った汚辱を雪ぎつつ、見事ヤツを血祭りにあげるのに成功したのであった。

 

 更に司祭の悪事の証拠を整理していたエマは、自身の家族の所有していた旅用具や衣類を倉庫の中から見つけ出す。

 

 それらを回収し、ついでに司祭があくどく溜め込んでいた資金の一部をちょろまかし、その窃盗行為がバレる前に俺達は手早く村を脱出した。

 

「……だいぶ減ってしまいましたが、ヤツの財産はもともとは父様母様の蓄えたお金です。あの村の強突張りどもに分配を任せるときっと横領されてしまいますし、受け取れるまでに時間もかかるでしょう。旅を急ぐのでしたら、黙って失敬するのが妥当かと」

 

 とは、エマの弁。

 

 詐欺で奪われてしまったエマの両親の財産を回収しただけとはいえ、村民にバレてしまえば角が立つ。そう判断した俺達は、風のように逃げ出したのである。

 

 そして、夜。

 

 疲れてしまったのか、エマはウトウトと目を瞬かせ始めたため、俺は平原のど真ん中で小さく火を焚いてそこでエマと毛布にくるまり就寝した。こうして、なんとも長い一日は終わりを告げた。

 

 ……まぁ、リザードが危険だから俺は夜明けまで起きるつもりだが。1日徹夜するくらい、どうってことはない。

 

 さぁ来るなら来いキングリザード、次こそぶっ殺してエマちゃんのお洋服代にしてやる。

 

「……いや、別に寝ずの番とかしなくてもリザード達は近寄ってこないと思うよ?」

「え、そうなの?」

「うん。キングリザードが逃げ出した後、仲間にあなたの情報を共有したみたい。さっきから、リザードが焚き火に釣られてこっちを見ては、あなたを見つけて一目散に逃げ出してるわ」

「……焚き火って、魔物よけになるかと思ったけど。ひょっとして逆効果なのか?」

「あら、てっきりリザード狩り目的で焚いてるのかと思ってた。火なんか焚いたら、そこに人間がいますよって宣言しているようなものじゃない」

 

 そうだったのか、知らなかった。そうだよな、火くらいで魔物よけになるなら逃げ出したエマちゃん姉妹もやってる筈だ。

 

 これは良いことを聞いた、次からは気を付けよう。

 

 ……ところで、俺ってば誰と話してるんだ?

 

 毛布にくるまったエマを抱きしめながら、俺はゆっくりと声のする方に振り向いて。

 

「こんばんは、変態さん」

 

 ニパっと笑顔を向けるエマの姉(お化け)と目があった。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、あんた。エマに声掛けてやらないのか?」

「私がいると知ったら、エマはきっとここから離れようとしないわ。それに私はモンスターだから、いずれ退治されるもの。辛い思いをさせるだけよ」

「そっか。いいお姉さんだったんだな」

 

 俺の言葉を聞いて、にこりと嬉しそうに微笑むエマの姉。そういや、初めてエマと出会ったのもこの近辺だったっけか。彼女が化けて出てくるのも、当然の帰結かも知れない。

 

「……成る程、なんで戻ってきたのか疑問だったけど、あの教会から私達の遺産を取り返してくれたんだね。うん、迷いに迷ったけどアナタにエマを任せて正解だったみたい。早くもエマに懐かれてるみたいだし」

「寂しいだけだよ、エマちゃんは。家族を一度に失っちゃったんだ、俺みたいなしがない中年のオッサンであろうと、人の温もりってやつが欲しくて仕方ないだけだろうさ」

「何言ってんの、ウチの妹は人見知り激しくて全然懐かない猫みたいな娘なのよ? 同世代のお友達になってくれそうな子にまで、ずっと他人行儀に敬語使って距離を置いたりしてたわ。見知らぬ他人と同じ毛布にくるまって眠るなんて、考えられないんだけど」

 

 そう言うと、エマの姉は眠っているエマの額を指でなぞり、すぅと光を放ち始める。

 

「ねぇ、変態さん。呪霊ってね、死んだ人の人格が残ってるのって数週間だけなんだよ。私はエ・コリへの恨みで呪霊になっちゃったけど、やがて記憶は薄れて『司祭』だとか『宗教者』とか、果ては『人間』を無差別に呪い殺す存在になっちゃうんだ」

「……」

「呪霊を退治する方法はただ一つ、呪霊を大人しくさせた後に女神へ祈りを捧げて、その女神の下へと魂を送るの。……今のうちに、私が私でいるウチに、私を退治してほしいな。前は迷ってる間に夜明けがきちゃって出来なかったんだけど」

 

 微かな光を放って、夜闇で笑う茶髪の少女。

 

「本当にいいのか?」

「良いも何も、私はもう死んじゃってるんだよ。あなたが今からやるのは、ただのモンスター退治。罪悪感とかそんなのは要らないから」

「そうじゃない。……エマには、本当に一言もなしに逝っていいのか?」

「もう死ぬ間際に、全部伝えたもの。一番大事なことを、私はエマを愛していたよって、ちゃんと伝えられたから」

 

 ボロボロの奴隷服を着た幼きエマの姉は、そこまで言うと静かに俺の前に佇んだ。よく見ると腕は血がにじんでいるし、足は血腫が幾つもできている。

 

 死んだ直前の姿なのだろうか。

 

「そりゃ、アンタの都合だよ」

 

 そんな、健気なエマの姉の姿に堪えきれず、俺は小さく溜息をついた。

 

「……変態さん?」

「なぁ、そうだろ? 俺は、ちょっと身勝手が過ぎると思うぜソレ。可愛い妹なら、死ぬ間際に声くらいかけて逝ってやれよ。なぁ、エマちゃん?」

 

 

 

 

 俺は気づいていた。エマの姉が現れて会話をし始めてから間もなく、エマちゃんの寝息がなくなっていたことに。

 

 毛布にくるまって俺に抱きついていた少女が、息を押し殺してかすかに震えていたことに。

 

「……そこに、居るのですか姉様」

「げ。何で、私の声は聞こえないはずなのに!?」

「俺の声は聞こえるんだろ。会話内容から、今の状況は大体察したんじゃないか? さてどうする、こんな状況でもアンタはエマに黙っていくのかい?」

 

 別に俺は、エマを起こすつもりはなかった。エマの姉の意を汲んで、静かに会話をしていたつもりだ。

 

 エマは眠っていながらも、かすかな姉の気配を感じ取り、目を覚ましてしまったのだ。

 

「……姉様」

「たははー、バレちゃったかぁ。死に際に散々格好つけたくせに、怨念で魔物になりましただなんて恥ずかしくてねぇ」

 

 幼き家族を失った少女は、その姉の言葉に目を見開いて。茶髪を揺らして振り向き、姉の呪霊へと向き合った。

 

「本当に、居る……」

 

 エマの姉は、姿を妹に認識できるようにしたのだろう。家族を失った妹は、二度と会えぬはずの肉親に奇跡の再会を果たしたのだった。

 

「ごめんね、エマ。私はその、もう魔物だからさ。今日ここで祓ってもらうつもりだし、会っても辛い思いさせるだけかなって」

「あ、ああ。姉様、ああ」

「それに、厳密には私は私じゃない。私の魂を糧に生きる呪霊って魔物が、私の姿かたちを借りて顕現しているだけ。だから、ここにいるのはただの魔物なの」

 

 姉は苦笑しながら頬を掻き、はらはらと涙を垂らす妹へ笑いかけていた。

 

「いざ再会してみても、話すこともあんまり無いでしょ。ごめんね、二回も辛い思いさせちゃって。うん、でも折角だからエマも一緒に祈ってくれるかな? 私の魂を送る祈りにさ」

「ちが、私、待って」

「待たないよ。私はもう、死んだ存在なの。エマの傍にはもう居てあげられな────」

「違うだろ、エマの姉ちゃん」

 

 彼女は彼女なりに、妹へ気を使ったのだろう。その結果、妹に存在を隠し、一人で逝こうとした。

 

 でもそれは、結果としてエマを傷つけ続けるだけの結果になる。姉はどうやら、それに気が付いていない。エマの目は赤く腫れながらも、くしゃくしゃに顔を歪ませながらも、確実に強い意志を持った顔をしているというのに。

 

「違うって、何よ」

「せっかくの姉妹の時間に、口をはさんで申し訳ないがな。姉はそこで喋らず、ちょっと待機しててくれ。エマちゃん、ゆっくりでいいから言葉を出すんだ」

「……はい、わ、私は」

 

 先ほど姉は、こういった。『自分の伝えたいことはもう、エマにすべて伝えている』と。それはつまり、裏を返せば。

 

「……エマ?」

「私はまだ!! 姉様に何も伝えられていません!!」

 

 エマちゃんが伝えたかったことを、彼女はまだ聞いていないのだ。彼女は一方通行に、自分の遺言を彼女に聞かせただけなのだ。

 

「私は姉様が大好きでした! 一緒につまみ食いしたのに、姉様一人が罪を被ってくれたり! 手伝いの合間に読み書きを教えてくれたり、私が高熱出した時にはつきっきりで看病してくれたり、私が寂しくなったときは夜に一緒に寝てくれたり!」

 

 エマの、告白。

 

 それは、姉への好意だった。姉が妹へ伝えただけで満足してしまい、妹から姉へは伝えられなかった、大事な掛け替えのない想いだ。

 

「姉様の意地っ張りなところは嫌いでした! でも、喧嘩してもいつも謝りに来てくれたのは姉様でした! 私はいつも姉様に甘えて、許してもらって、また遊んでもらって。服は姉様のおさがりばかりでしたけど、姉様は私のために服の寸法を夜鍋して合わせてくれたり、自分の小遣いで私の小物を買ってくれたり」

 

 姉は、目を見開いている。

 

 彼女は、大粒の涙を浮かべ頬を濡らす妹の独白に、ただただ唖然と聞き惚れていた。

 

「私は、姉様が大好きでした。なのに、あの日、私は逃げたんです。姉様が食べられている最中、一人逃げ出して今ものうのうと生きているのです」

「エマ、それは」

「ごめんなさい! 姉様、ごめんなさい。私は、私は悪い妹です。ごめんなさい、ごめんなさぃぃ!!」

 

 ────エマは、ずっと気に病んでいた。

 

 姉を見捨てて逃げた自分を、ずっと責め続けていた。姉に自分の気持ちを伝えられないことを、伝える機会を永遠に失ったことを、心の底から悔いていた。

 

 それは。こんな奇跡でも起きない限り、取り返しがつくものではない。

 

「聞かせてやれ、姉ちゃん。今こそ、アンタの言葉を」

「……うん」

 

 エマの姉は頷いた。

 

 エマの慟哭を、罪悪感を、自責の念を。救えるとしたらこの世にただ一人、彼女だけなのだ。

 

「許すわ、エマ」

 

 彼女は慚愧して頭を下げるエマの前に立ち、そう微笑んだ。

 

「馬鹿ね、エマ。そんなこと言われるまでもなく知ってたわよ。貴女が私を大好きだったことくらい」

「姉様」

「────謝るのは私よ。ごめんね、私一人先に逝っちゃって。もう、エマが寂しい時に添い寝はしてあげられないけれど」

 

 エマの姉は、言葉を紡ぐ。その声は、かすかに震え始めていた。

 

「私はずっとエマと一緒よ。貴女が死ぬまでずっと、私が教えたことはエマの中で生きているはず」

「……はい」

「月並みな言葉でごめんなさい。エマ、強く生きなさい。そして幸せになりなさい」

 

 そこで言葉を切り、場に静寂が訪れる。

 

「あは、は」

 

 

 ────そして空虚な笑い声が、夜闇に響いた。

 

 

「知ってたわよ。エマ、貴女が私を好きなことくらい。聞かせないでよ、そんなこと」

 

 呪霊である彼女の涙は、光の粒子となって蒸発する。しかし確かに、エマの姉は頬を赤く染め上げて、大泣きしているエマと同じ表情にっている。

 

 姉妹の泣き顔は、非常によく似通っていた。

 

「必死で目を背けてたのに。もう私は助からないんだって、生きる事は出来ないんだって、納得してたのに」

「……姉……様」

「聞かせないでよ、最期の最期にそんな言葉。私が生きてる時には、一回も言ってくれなかったくせに。嫌だ、消えたくないよ! 死にたくないよ! 一人になりたくない、エマと一緒に生きていたい。悔しい、悔しいよぉ」

 

 少女たちの慟哭が、月夜に響き渡る。彼女達は十数分、無言のままに二人向き合って泣き続けた。

 

 本当にこれでよかったのだろうか。僅かな焦燥が頭をよぎる。俺はひょっとして、また間違えたのではないだろうか。

 

 エマの心の傷を救うには、本物の姉と話をさせる他になかった。だが結果的に、覚悟を決めたはずのエマの姉の魂を苦しめただけじゃないか?

 

 何が正解だったのだろう。何をすべきだったのだろう。

 

 この場でただ一人の大人である俺は、お互いに向き合っておいおいと泣く二人の少女を前に、立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて落ち着いて頃合いを見計らい、俺は彼女に声をかける。

 

「敵は討った。あの司祭はもう地獄に落ちてるよ。すまん、俺にはそれしかアンタに言えることはない」

「……エ・コリの事? そっか、あの外道は死んだのか、少しだけ胸がすぅとした」

 

 エマの姉は目を赤く泣き腫らしたまま、蒸発する光の涙をぬぐい去った。

 

「あーあ。あー……結局こうなるのよね。カッコよく死んだはずなのに。妹を庇って、クールにエマと死に別れたはずなのに。結局私は情けなく泣き叫んで、恥ずかしいところを妹に見られて」

「馬鹿言え。姉ちゃんほどカッコいい奴、俺は今までの長い人生で一人も見た事ねぇよ」

「そっか、ありがと」

 

 そう言うとエマの姉はゆっくりと立ち上がり、俺たちに背を向けた。光を纏った茶色のミドルヘアが、夜の風に靡いている。

 

「私、そろそろ行かなきゃ」

「姉様」

「夜明けも近い。明日の私は、まだ自我を保てているかも分からない。私が私である間に逝きたいのは、本心なの」

「……そうかい」

「エマ、変態さん。私をここで祓ってほしい。本音を言うと未練とか色々あるけれど、きっとそれが一番幸せな選択肢だと思う。大好きな妹に看取られて、女神さまの下へ送ってもらえるんだから」

 

 彼女は結局、自分だけで自らの未練を律した。

 

 俺が余計なことを言って苦しめてしまったけれど、彼女は泣き叫びながらも自分の力で打ち勝った。

 

「贅沢を言うと、女神マクロへ祈るのだけは止めてほしいかな。出会っちゃったら、ちょっと平静を保てる自信ない」

「無論です姉様。私はもう、マクロ教徒じゃないですし」

「あー、なら良かった。そんじゃ頼むね。……さよならエマ」

 

 やがて覚悟を決めた彼女は、静かに俺たちの前で目を閉じる。

 

 強い女性だ。小柄なその体躯に宿る、強靭で誇り高いその魂に敬意を表しながら。俺とエマは、静かに祈りを捧げ始めた。

 

「「天におわします我らが女神よ。この誇り高き迷える魂をお導きください」」

 

 祈りの言葉なんて知らない俺は、ただエマの祝詞を復唱するだけだが。心だけは十分に込め、彼女の死後の冥福を祈りながら、無心に祈り続けた。

 

「……今までありがとう、エマ」

「「女神の広き厚き慈悲の心をもって、我らが家族たる魂をお導きください」」

「そして、あとは任せたよ変態さん。いや、ペニーさん────」

 

 

 

 

「「偉大なる幼女神ロリータ様のお導きと共に……」」

「────ん!?」

 

 

 

 その祈りの言葉を唱え終わると。

 

 エマの姉の身体は静かに、涙と同様に光の粒子となって溶け行き始めた。

 

「ちょ、ちょっとタンマそんな女神聞いたことない! え、嘘、私送られてる!? その変な名前の女神、マジで居るの!?」

「最近生まれたばかりの女神様だそうです。そして、今の私の信仰する女神様です、姉様」

「にしてもその名前おかしくない!? 幼女神って何!? なんの神様なの!?」

「幼女の神様だと思う、エマの姉よ」

「どんな神様だぁぁ!! うわ、消える、私消えちゃう!! 怖っ!! その神様のもとに送られるの怖っ!!」

 

 しまったな。そういえば俺が適当に作り上げた女神をエマちゃんは信仰してるんだった。

 

 でもなんかうまくいったみたいだし結果オーライかな? それともまさか本当に、幼女神ロリータは存在するのかもしれん。

 

「ではさようなら姉様」

「本当にその女神、大丈夫なんだよね!?」

「大丈夫だと思う、うん。なんかスマン」

「目を合わせろやこの変態! 覚えてろぉぉぉ────」

 

 最後の最後に悲鳴のような断末魔を上げながら。俺達の目の前でエマの姉は無事に成仏?したのだった。

 

「見守っていてください、姉様」

 

 エマが涙声でそう呟いた直後、朝日が赤く大地を照らし始め。涼やかな風が平原を吹きすさび、光の粒子は霧散してしまった。

 

 そしてまた、俺の異世界での新たな一日が始まろうとしていた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、天界にて。

 

「はっ! ここは……」

「いらっしゃいませなのですー」

「成る程、出たわね……。アンタが幼女神ロリータッ!!」

「断じて違うのですー」

 

 そんな会話と共に、安らかに輪廻転生の輪に戻った魂が居たとか居ないとか。




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第九話「幼女の奴隷」

 俺が送り出されたこの世界における人間とは、とても矮小な存在である。

 

 街を抜けて大自然の中に放り出されると、強靭な戦闘能力を持たない人間は、あっという間の魔物の餌になる。

 

 だから人間は徒党を組んで、武器を開発し、戦術を練り、集落を築き上げた。人間は、知恵を絞ってこの世界で生きているのだ。

 

 裏を返せば。集団を追われ、村八分となり、一人街外へと放り出されてしまえば、その人間に未来はない。エマ姉がそうであったように、町の外で人間はあっさりと命を落とす。この世界における平原とは、地獄への入り口なのだ。

 

 俺は幸いにも、女神(ババア)に唾液を塗りたくられる試練を乗り越えた結果、すさまじい身体能力を手に入れこの世界へとやってきた。この身体能力がなければ、俺はこちらに来た初日にリザードの腹の中に納まっただろう。

 

 ……俺はふと考えてしまう。俺は今までこの世界に来て好き勝手をしてきたつもりだが、実は全てあのババア神の狙い通りなのではないか、と。

 

 俺には大切なものが出来た。家族を失ってしまい、俺以外に頼れる大人のいない少女、エマだ。

 

 俺は魔王なんかどうでも良い、関わらないでおこうと思っていた。だが、もしこの先魔王がエマに害を及ぼすような事があるなら、俺に戦う理由が出来てしまう。いや、状況次第では積極的に戦いに行く可能性もあるだろう。

 

 そう、あの女神の目論見通り。俺は、魔王と相対せねばならないかもしれないのだ。

 

 ……じつに、忌々しい感覚。全て、あのババアの掌の上で踊らされていると言う不快感。

 

 可愛いエマと出会わせてくれたことだけは、あのババア神に感謝しておこう。だが俺は、そう簡単に思い通りに動く気はない。俺は俺の好きに生きていく。そう簡単に思い通りになると思うな、年増女神め。

 

 

 

 

 

 

 ────いや、一度たりとも思い通りに動いてくれた事ないじゃないですかー

 

 ────動いてくれた事ないじゃないですかー

 

 ────ですかー

 

 

 

 

 

 

 む、怪電波。無視しよう。

 

 そんな俺とエマは、結局もともとの予定通り、首都ぺディアを目指して旅を続けている。

 

 何故勇者が漫遊していたのか? とエマに尋ねられたが、魔王と戦う前に世界を旅しておきたいと言ったら納得してくれた。

 

 今のところ、魔王による侵略は始まっていない。だがエマによると、女神により勇者がこの世界に転移されたということは、間もなく侵略が始まる前触れなのだとか。 

 

 魔王と闘うならば、一度首都に赴き装備を整えるのも悪くない。エマは俺に首都へ向かうよう勧め、俺はその提案に乗った。

 

 首都までの道のりは遠い。ざっと一月はかかるらしい。あいにく旅の準備は出来なかったものの、俺は魔物を狩れる程度には強いので、道中で食料に困ることはなかった。

 

 飲み水に関しては、エマが小まめに河を見つけては補充してくれた。二人旅だからか、余り水や食料が不足することはなかった。

 

 エマが居なければと思うと、少しゾッとする。俺は今、炊事や金銭管理、道案内に家事雑事は全て彼女に任せっきりだ。

 

 この異世界で最初にエマに出会えたのは、俺にとって望外の幸福らしい。

 

 もし、女神の勧めるままエマと出会わず旅をしていたら、今ごろ俺は野垂れ死んでいたかもしれない。だだっ広い平原で満足に食事も水も取れず、衰弱しきったところで魔物の餌になる未来が、容易に想像できる。

 

 そう、まるで────

 

 

「ペニーさん。見てください、人の死体です。追い剥ぎしましょう」

「……いや、まだ生きてるんじゃないかな、あの人」

「見た感じ弱りきっているので、あれはほぼ死体です。幸運にも服を着ていますし、ひょっとしたら身銭もあるかもしれません。ラッキーです」

 

 

 ────まるで、俺達の進む道の最中で倒れ伏しているあの人物の様に。 

 

 その人物はうつ伏せに倒れ、辛うじて手を進行方向に向けて倒れている。右膝を微かに曲げているあたりを見ると、歩いてる最中ふらりと倒れたのだろうか。

 

 微かに背中が上下しているので、生きてはいそうである。

 

「……誰……か……、水…………」

 

 そして、意識もあるらしい。俺とエマの会話が聞こえたのだろうか、掠れた声が倒れているその人物から聞こえてきた。

 

「おや。まだ意識があるようなので、一思いに殺ってしまいましょうか」

「エマちゃん、容赦ないね……」

「他人に情けをかけることの馬鹿らしさは、骨身に染みてますので。ペニーさん以外の人は皆ムシケラと思うようにしています」

「おお、過激ぃ……」

 

 そう言って倒れている人物を見下すエマの青い瞳は、氷のように冷徹だった。どうやら、両親と姉を失ったせいでエマの情操が著しく傷害されているらしい。

 

 このままでは、エマは冷徹な性格に育ってしまうかもしれない。姉との会話を思い出すに、本来エマは根の優しい子の筈だ。

 

 ここは一つエマの為にも、倒れているあの人を助けておこう。食料管理をしているエマには負担をかけることになるが、人を助ける事の大切さも忘れないで欲しいのだ。

 

「……エマちゃん、スマン。俺はさ、あの人に食料を分けてやりたい」

「そう言うと思いました」

 

 俺はそう、恐る恐るエマに提案してみると。意外にも彼女は呆れたという表情のまま、僅かに微笑んだ。

 

「どれだけ私が言っても、ペニーさんははきっとあの人を助けるんだろうって、思ってました」

「すまん、エマには負担をかける。怒らないのか?」

「まさか。そんな貴方だからこそ、私は付いていくって決めたんです。本音は、あんなの追い剥ぎしてポイするのが一番良いと思うんですけどね」

 

 そんな恐ろしいことを言って笑うエマは、少しばかり嬉しそうだった。

 

「私自身あれだけペニーさんに助けられた癖に、ペニーさんが他の人を助けるのを止める権利なんてありませんよ。分かりました、食料を分けてあげましょう」

「うん。ごめんね、エマちゃん」

 

 良かった。彼女はまだ人間不信に陥っていない。冷徹な思考回路を身に付けてしまっているが、きちんと人の事を考えてあげる心も持っている。

 

 少し、安心した。

 

「いえいえ。あ、だけどペニーさんはそこで待っててくれませんか? 私が考えるに、ただこの人に食事を施すだけでは何も変わらないので」

「どういうことだい?」

 

 さっそく助けにいこうと俺は倒れた人物に駆け寄ろうとしたが、くいっとエマに服の袖を引っ張られた。

 

 どうやら、彼女には彼女の考えがあるらしい。

 

「我々の施しによって、例えここで一食を得たとして。半日も経てば、あの人は再び行き倒れます。状況は何も変わりません、まさか一生施し続ける訳ではないのでしょう?」

「そ、そうだね」

「真の人格者は、腹を空かせたものに食事を与えず、食事を得る手段を示すと聞きます。だからここは、私にお任せを」

 

 エマは何やら小難しい事を言い、俺を置いて一人でつかつかと歩いていった。

 

 食事を与えるのではなく、食事を得る手段を示す? こんな平原のど真ん中で? そんな事、一体感どうやって────

 

「そこの方、無様に平原で行き倒れているそこのお方。貴方は食事が欲しいですか?」

「………欲しい、お願いします、何か私に固形物を……。もう一週間は食べてなくて……」

 

 エマが話しかけると、物凄い食い付きで倒れていた人物が振り返った。話しかけられるのを待ち構えていたらしい。

 

 その倒れた人物は、女性の様だ。黒髪ロングの、幸薄そうな女性だった。

 

 年は分からないが、かなり幼い顔つきをしている。見た目だけなら中学生くらいだろうか。

 

 だが俺のセンサーが反応しない当たり、幼女(13歳以下)では無さそうだ。少し幼げな高校生あたりだろう。

 

「ええ。先程、私の旅仲間と相談しまして、貴女が望むなら食事を提供する運びになりました」

「ほ、本当……? あ、ありがと、ありがとう……。このご恩は────」

「お礼は必要ありませんよ、ビジネスライクにいきましょう。では、こちらの奴隷誓約書にサインをお願いしますね」

 

 そう言ってエマは口元を歪め、1枚の羊皮紙を差し出した。彼女のその目は、先程のごとく冷徹な光を帯びている。

 

 ……エ、エマちゃん?

 

「どっ、奴隷!?」

「はい、貴女には奴隷になっていただきます。もし、このまま私達に放置されれば、貴女は命を落とすでしょうね。今から貴女に提供する食事はすなわち、貴女の命と同義です。当然、相応の対価を支払って頂きますよ」

「えっ……。えっ……?」

「ここにパンと燻製肉があります。貴女の命を救う、貴重な食料です。その対価として、貴女は誓約書に血判を記してもらいます」

「あっ……ああっ……」

「私は料理の心得が有りましてね。これは自信作です、香辛草が良質みたいで、なかなかに美味しいですよ?」

「ああ、ああああー」

 

 悪魔(エマ)はニコリと腹を空かせた娘に微笑み、ぷらぷらと燻製肉を倒れた少女の前で左右へ揺らす。

 

 そして、先程の羊皮紙の一角を指さして、優しく微笑んだ。

 

「ここです。ここに、貴女の血液を付着させて、私の奴隷になると宣言してください。それで貴女の命は、助かるのです」

「そんな、私は、でも」

「何かを得るには対価が必要です。まぁ、見返りを求めず他人へ施しを与える宗派の方もいらっしゃるみたいですが、私はそうではありません」

「うぅ、ううぅ……」

 

 そ、そろそろエマを止めに入ろうか。俺は女性を奴隷にしてあんなことやこんなことをする趣味はないぞ。ましてや彼女は、まだ未成年である。

 

 いや、そういう欲望がないとは言わないが、自分の欲望に任せて子供を傷つけてしまったら俺はエ・コリと同類だ。それに、14歳以上には興奮しない。

 

 ポリポリと頭をかきながら、俺はエマを説得すべく歩き出して、

 

「あ、ペニーさんはストップ。言いたいことは分かりますが、これも彼女にとって必要な事なのです」

「え、その、エマちゃん?」

 

 機先を制され、エマに手で止められてしまった。

 

「ここからぺディアまで、暫く距離があります。彼女に一食を恵んだ程度では、また行き倒れるだけ」

「そ、そうだな」

「だから私達の旅に同行してもらいましょう。その間の食事も提供するとなれば、流石に彼女に働いてもらうのもやむを得ないかと思います。なので、彼女には奴隷として契約して貰います」

「契約?」

「ええ、一種の雇用契約ですよ。そして、私が彼女に奴隷として色々と雑事を仕込みましょう。そしたら、彼女は生きていくのに困らないはずです」

「雑事を仕込む?」

「ええ。それで提供した食事の代金分働いたら、彼女を奴隷から解放すればいいのですよ。私の料理スキルを覚えてくれたら、彼女は首都でいくらでも就職先はあるはずです。すると彼女はもう行き倒れない」

「……おお!」

 

 成る程。奴隷にすると聞いてビックリしたが、つまりは彼女を手元において働かせるだけか。それにエマちゃんは、彼女が俺達と別れた後のことまで考えている。流石というかなんというか。

 

「……分かりました、そう言うことなら悪い話じゃない…….。私、バリバリ働きます、だから、その、ごはん……」

「ええ。ならば、ここに血判を」

「……痛いのやだなぁ。でも、しょうがないかぁ」

 

 エマの話を聞いて安心した表情になった黒髪の少女は、エマが差し出した先程の紙を受け取る。

 

 そして恐る恐る彼女は親指の先を噛み千切り、その誓約書に血判を押した。

 

「……私、オンディーヌはエマ様の奴隷となることを誓います」

「────ええ。これで契約成立です。では、どうぞゆっくりお召し上がりください」

「あ、ありがとう。本当にありがとう」

「食べた分は働いてもらうので、遠慮なさらず食べてください」

 

 うふふ、と目を細めて笑顔になるエマ。彼女は手に持った食料を彼女へと手渡し、よだれを垂らす黒髪の少女に向かって微笑んでいる。

 

 燻製肉を受け取った彼女は、目を輝かせてむしゃぶりついた。喉がつまらないよう水を飲みながら、暫くぶりの食事を感涙して腹へ入れる彼女の様子は実にほほえましい。

 

 良かった、これで一件落着────

 

 

 

 

 ────ニタリ。

 

 

 

 

 渡したパンと肉を、涙をこぼして頬張る彼女から背を向けて。エマがとんでもなく悪い顔で口元を吊り上げたのは、見なかったことにしよう。

 

 大丈夫。エマちゃんは優しい子の筈なのだ。なにも心配は要らない。




エマちゃんは裏表のない素敵な幼女です


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第十話「呪いの装備」

「……あなたは今までどうやって生きてきたのですか」

「む、無理ぃ。こんな重たいもの持てないぃ」

「やっぱり、俺が持つよエマちゃん」

 

 ヒキガエル。

 

 人間は自分の筋力以上に重力の負荷がかかると、ぺしゃりと地面に張り付いてしまうらしい。

 

 今までは俺が持って歩いていた、荷車の乗せきれない荷物の一部を奴隷少女に持たせてみたところ、ヒキガエルの如く無様な姿で道端に倒れ伏してしまった。

 

 一応弁解しておくと、彼女に手渡したのはせいぜい2-3㎏程度の衣類の入った小さな手下げ袋である。

 

「……ええ、そんなに重くないですよね。私でも楽に持てます」

「私、お箸より重いもの持ったことない……、くすん」

「な、ならしょうがないよ。オンディーヌは大事に育てられたんだね、うん」

 

 俺達が拾った少女は、思った以上に虚弱な生き物だった。こんなのが一人旅なんかしたら、そりゃ行き倒れるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とエマが拾った少女の名前は、オンディーヌと名乗った。

 

 彼女はどうやら人攫いに拉致され、山の近くにある人攫いのアジトに捕らえられたらしい。だが、奴隷商人との契約がうまくいきやんややんやと宴会を始めた悪人共の隙を突き、オンディーヌは見事脱走に成功したのだとか。

 

 だが、右も左もわからず、平原をさまよい続け、やがて行き倒れたという。

 

「その境遇には同情はしますけど、あいにく我々も裕福ではありません。食事の世話をするからには、相応の代価をいただきます」

「……命からがら人攫いから逃げだしたのに、結局奴隷にされちゃ世話がないなぁ」

「代価を返していただければ、速やかに解放しますよ。むしろ私にしては非常に良心的な対応なのですが」

「最初は殺して追いはぎする気満々だったもんね、エマちゃん」

「ヒッ……! 契約していただいてありがとうございますエマ様」

 

 非情な現実を知り、オンディーヌは怯えた目でエマを見ている。早くも明確な上下関係が出来てしまったようだ。明らかに年下の幼女相手に媚びを売る、彼女の姿のなんとも寂しいことか。

 

 とはいえ現状、彼女に出来る仕事はない。荷物持ちすら難しいのだ。つまりペディアにたどり着くまで、延々タダ飯食らいを同行させることになる。そんな彼女の立場が低くなってしまうのも無理はない。

 

 それに、

 

「オンディーヌは孤児なのが厳しいですね。家族がいるならば、礼金を請求できるので扱いも良くなるのですが」

「……そう。私は親の顔、知らない子なの。だからもっと私に同情してくれてもいいのよ?」

「私は親の顔を知っています、もう二度と会えなくなりましたが。どちらが不幸なんでしょうかね、オンディーヌ?」

「いかんオンディーヌ、その話題は地雷だ!」

「ヒェッ……!」

 

 オンディーヌの媚びた声色を聞き、エマの目がゴスリと濁る。エ・コリ司祭が死んだとはいえまだ、心の整理をつけ切れていないらしい。自分の目で首だけになった両親を見たのだ、そう簡単に割り切る方が難しいのだろう。

 

 そんなエマの尋常ならざる態度でオンディーヌもだいたい察してしまったらしい。冷や汗を流し目を泳がせながらアタフタしている。

 

「そ、そうだ! 私にも一応、出来ることもあるよ。実は私、せ、戦闘要員になれる!」

「嘘つけ」

「無理でしょう」

 

 そして彼女は混乱したのか。いきなりそんな、あり得ない事を言い出したのだった。

 

「本当だって、私、これでも超貴重な呪術師なんだよ! もうほとんどこの世界には存在しない、本物の呪術を収めた者!」

「呪術、ですって?」

「そう、呪い! 私に呪われたら、大変な目に合うの。ね、役に立つよ私」

 

 オンディーヌはそういうと、得意げに首筋の石を見せつけた。ドロリとした禍々しい色のその石はなるほど、呪いのアイテムだと言われたら納得できなくもない。

 

「呪術師って、前の魔王軍との戦いで魔王軍側についてませんでしたか? まさかあなたは、人類の敵?」

「ちょ、違う! 呪術という技術を廃れさせないために、魔王軍と共に戦わなかった呪術師もいるの! その末裔、それが私なの! すごいレアだよ、この世界に生き残った呪術師は私含めて数人しかいないんだから!」

「なるほど。……本当であれば、確かに貴重です。して、どんな攻撃方法を持っているのですか? 呪術師に攻撃魔法を使えるイメージはないのですが」

「……うん、魔法と呪術は別物だから私は魔法を使えない。でも、呪った相手を恐ろしい目に合わせることが出来るの」

 

 ドヤ顔で啖呵を切った呪術少女は、禍々しい石を得意げに握りしめながら、自信満々に俺達に宣言した。

 

「何と私に呪われた者は……、夜、眠れなくなる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い、お願いだから私を売らないでぇぇぇ!!」

「どうやら、呪術師の生き残りだそうです。非常に希少価値が高いかと」

「呪術師、ねぇ。胡散臭いな」

 

 そして一月程の旅の末、俺達は首都ペディアに無事たどり着くことが出来た。その間、結局オンディーヌはタダ飯食らいだった。

 

 魔物の襲撃もあることはあったが、俺のワンパンで終わったからだ。いちいち呪いが発動するまで待つ余裕なんてないし、そんな窮地に陥ることもなかった。

 

「彼女との契約で、この先一月は奴隷として扱って構いません。1日食事を提供する代わり、1日奴隷として生活すると契約に明記しています」

「確かに。んじゃ、この娘の値段だが、2000Gでどうだい?」

「うーん、呪術師ということで希少価値は付きませんかね」

「商談を進めないでぇぇぇぇ!! 男に売られたら私の純潔散っちゃうから!! 最初は好きな人がいいのぉぉぉ!!」

 

 残念なことにエマは、オンディーヌを早々に仲間として見切った。一切仕事を与えず、首都に着き次第奴隷商人に売ろうとそう決めたらしい。

 

 オンディーヌは必至でエマに媚びているが、エマに彼女を保護する気はなさそうだ。

 

「とりあえず10000Gあたりで見積もっているのですが」

「それはボッタクリだよ、お嬢ちゃん。あの娘が処女だとしてもね、一月で10000Gは無い。あんまりふざけた値段を提示するなら、交渉を終わりにするよ」

「流石に吹っ掛けすぎましたか。まぁ確かに、元値が大したことありませんからね。3000Gでどうでしょう」

「そんなに安く見積もらないで、私の純潔!! いやそうじゃない、何でもするから売らないでぇぇ!!」

 

 ……助けてあげるべきだろうか。オンディーヌはそこそこの年齢には達しているが、未熟な面も多そうだ。まだまだ成長途中と考えたら、保護してやるべき存在かもしれない。

 

「私を売ったら呪うよ、呪っちゃうよエマ様!! あんたもう、二度と眠れなくなるよ! いいの!? いいの!!?」

「その場合は貴女を考えつく限り残酷な方法で殺します。売価は手に入りませんが、呪われてしまったなら仕方ない。煮えたぎった油はお好きですかオンディーヌ?」

「ひぃぃぃ!! 何でこの子こんな残酷な性格してるの! ペニー様、アンタどういう育て方したの!?」

「……エマちゃんは根は優しい子なんだ、うん」

「絶対に嘘だぁぁぁぁ!!」

 

 オンディーヌが慟哭する。どうしよう。

 

 多分、きっと、恐らくエマは元々は優しい娘だ。少し今は、両親を失って性格が歪んでいるだけだ。

 

「あー、そう言う脅しをする奴隷は売りにくいなぁ。悪い嬢ちゃん、別の店当たってくれや」

「そんな! もうこうなれば格安でいいです、そちらの言う通り2000Gくらいで────」

「主人を呪うなんて発言が出てくるあたり、奴隷教育がなっちゃいないよ。本物の呪術師だった時にめんどくさいしな、ウチは買取拒否だ」

「そ、そんな」

「イヤッホォォウ!! 助かった!!」

 

 店主との商談が破綻し、エマは絶望の表情で俺の方へ振り向いた。

 

 ……いや、俺を見られても困る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。数店、同じように奴隷商人の店を回ったが、オンディーヌを買い取ってくれる商人は居なかった。

 

 オンディーヌが自分を呪術師だと吹聴し、呪ってやると言って回ったのが効いたらしい。エマは徐々に憔悴し、最後の店に断られた瞬間に地面に膝をついて泣き出してしまった。

 

 心が痛む反面、オンディーヌが助かって良かったとも感じる。何とも、俺は複雑な心境だった。

 

「呪いです……。まるで呪いの装備です、オンディーヌは」

「ドヤァ。有能で可愛いオンディーヌちゃんを、もっと大事にするべきですエマ様は。損はさせませんよ!?」

「駄目、抑えるんです私。ここでオンディーヌを油で煮ても、一月分の食料が丸損です。なんとか、彼女に金銭的価値を……」

「そ、そんな事言わずに、私も頑張りますから! それにペニー様はお強いし、私も安全ってモノです! 実に良い人に拾われた!」

「エマちゃん、落ち着いて。般若のような表情になってるから」

 

 絶望しきったエマとは対称的に、オンディーヌはニコニコの笑顔だ。確かに、彼女の様なうら若き女性が奴隷にされたら、どんな目に遭うかは簡単に想像がつく。

 

 もっともエマは性知識が無いせいで、それに気付いていなさそうだが。もしエマにそんな知識があれば、即座に彼女は売春婦として仕事をさせられる羽目になるだろう。

 

「その、もう少しオンディーヌの面倒見てあげても良いんじゃないかな? まだ余裕はあるし」

「ですが、ペニーさん。彼女をこの先、我々の旅につれていく方が危険なのでは? 早めに売ってあげた方が、オンディーヌ自身にとっても良い筈なんですが……」

「あー……」

 

 そういや、俺って一応魔王倒す旅に出てるんだっけ。あんまり自覚なかったな。そっか、そのつもりならオンディーヌは確かに連れていけない。

 

 ま、ぶっちゃけまだ魔王を倒しにいくとは決めてないんだけどね。この世界における魔王とやらの情報を集めてから決めよう。

 

「……はぁ、その辺の人手の足りない店で労役させますか。休みなしで延々と働き続ければ、僅かですが資金を回収できるでしょう」

「え、私店で働かされるの? 貴重な呪術師だよ、もっと私に合った職場で────」

「良いから働いてください、この穀潰し」

 

 自称呪術師の甘えたニートの様な要望は、エマに一蹴される。確かに彼女は、仕事を選べる立場ではない。

 

 

 

 

 

 

 ──首都ぺディアに到着した、その日。

 

 オンディーヌの引き取り先を見つけられなかった俺達は、節約を兼ねて安宿に泊まる事となった。

 

 格安なだけあり、案内されたのはかなり狭い部屋だった。エマと二人ギリギリ並んで寝れる程のスペースしかない。

 

 だがそれはそれでむしろ役得だ。夜、エマは甘えるように俺に抱きついて来て、悶々として寝付けなかった。

 

 

 

 

 

 こうして無事に長い旅を終え、俺達は目的地だった首都ぺディアへとたどり着いた。だが、この首都ぺディアで俺達の旅は大きな転機を迎えることとなる事に、俺もエマもまだ気づいていなかった。

 

 勇者同士は、惹かれ合うように運命付けられている。そしてペニーは、首都ぺディアで新たな運命と出会う事となる。

 

 

 

 

 

 

 ────ちなみに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この扱いは、ないんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 オンディーヌに部屋を借りるのは流石にエマが納得せず、彼女は奴隷檻で体育座りをして就寝した。

 

 まあ彼女の年齢なら、ギリギリ耐えられるだろう。許せオンディーヌ。




更新速度あげたい


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第十一話「ロリ淫魔」

「行ってらっしゃい、ペニーさん」

「ああ、エマ。そっちも気をつけてな」

 

 俺達の滞在する安宿の玄関付近で、俺は割烹着姿のエマにてきぱきと身だしなみを整えられた。その愛くるしい動きに思わずエマの髪を撫で返す。

 

 撫でられたエマは嬉しそうに目を細め、はにかんだ笑顔を浮かべる。寂れた部屋に何とも甘い空気が流れるが、幸せな時間もここまで。

 

 そろそろギルドへ顔を出せねばならない時間である。そう伝えるとエマは静かに手を振って、俺を見送った。どことなく寂しそうなのは、俺の妄想だろうか。

 

「……うわぁ。中年と幼女の新妻プレイとか。絵面が犯罪そのものだぁ」

「オンディーヌ。貴女もとっとと準備をしてください、裸のまま仕事させますよ」

「ヒッ! い、急いで着替えます!」

 

 ドアの閉じた俺達の部屋の中から、そんな少女達の声が聞こえる。エマもオンディーヌも、いつも通りのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この国の首都であるペディアに到着した俺達は、主に2つやるべきことがあった。

 

 ひとつは、装備の充実。これに関しては、俺が魔物を狩った素材やエマの両親の遺産を合わせたパーティ資金から装備代を捻出することになっている。

 

 問題は、装備の質だ。魔王と戦うのにコストパフォーマンスを優先して安い量産装備を買うのは間違っている。かといって、高い防具がそのまま性能の良い防具とは限らない。ボッタクリ商品を掴まされたら目も当てられない。

 

 エマはある程度目利きはできるが、武具防具は冒険者の方が詳しく目が肥えているそうだ。だから俺は、武具防具職人の情報を集めるため、この街に存在する冒険者ギルドへと足繁く通うことになった。

 

 冒険者、というのは一言で言えばなんでも屋である。自分に達成可能な依頼を受けて、達成すれば報酬がもらえる。そのシステムを管理しているのが、国営の冒険者ギルドなのだ。

 

 依頼者はギルドに依頼料を支払い、ギルドはその依頼を達成した者に手数料を差し引いた依頼料を手渡す。随分と簡素なシステムだ。

 

 ただし護衛依頼や討伐依頼といった戦闘技能が必要となる依頼は、ある程度腕を認められた冒険者しか受けられない。腕を認めて欲しいのであれば、最初はベテラン冒険者の依頼に無給で参加させてもらい、何度か随伴してその冒険者に認めてもらえれば、次から一人でも戦闘依頼が受けられるのだとか。随分と研修システムがしっかりしている組織である。

 

 こう言った腕利き冒険者たちの依頼に随伴し、防具や武具職人の情報を仕入れる。それが、俺のすべき仕事の一つ目だ。

 

 もう一つは、仲間の募集である。今のところ戦闘に関しては俺が一手に引き受けて何とかなっているが、いずれ回らなくなるだろう。それに俺はタイマンだと強いが、範囲攻撃は地面を殴るアレしか出来ない。俺は多対1だと、かなり弱いのだ。それを補うような、強力な範囲攻撃が使える仲間が欲しい。

 

 これもやはり、冒険者ギルドで探すのが一番だろう。腕利きの癖に旅に付き添ってくれる根無し草なんて、冒険者ギルドくらいにしかいない。

 

 そんな感じでエマと話しあい、俺は毎日冒険者ギルドに通うことになった。朝早くからギルドに顔を出し、中堅やベテランの冒険者に礼儀よく挨拶をしながら、気の良さそうな俺と同年代の冒険者の依頼に随伴させてもらう日々。これが案外、気楽で楽しい毎日を送れたりする。

 

 そして冒険者たちは、個人として仲が悪い組み合わせもあるものの、基本的に仲間意識を持っている。誰かが大物を狩れば皆でそれを祝い、誰かが重傷を負えば自然にカンパが集まりだす。ギルドは非常に仲の良い集団だった。

 

 

 

「ていうか、ここの連中はだいたい戦友だしね」

「この前、大規模な盗賊団の討伐戦があってな。ここのギルドも一丸となって戦ったのさ」

「血が繋がってない家族みたいなもんさね」

 

 

 

 新参者としてこのギルドに顔を出し始めた俺は、そう言って笑う彼らを非常に好ましく思った。日本の職場の思い出は、ガミガミとうるさい親方や文句しか言わない若造、どいつもこいつも酒を飲めば人の悪口をぼやく連中ばかり。俺はいつも、辟易としていた。

 

 同僚同士で仲の良い職場というのは、それだけで素晴らしい。

 

「ペニー、あんたもウチにずっと居りゃ良いのによ」

「ペニーさんアホみたいに強いからずっとパーティ組んでほしいです。マジで」

「悪いが行かなきゃならん場所があってな。ギルドランク上げて良さそうな仲間見つけたら、俺はまた旅に出る。せっかく育ててもらってるのに、すまねぇとは思ってるがよ」

「そういう奴は多いから良いんだけどな。ペニーの腕なら、このギルドのエースになれるぜ勿体ねぇ」

 

 そして俺はこのギルドで、上手く馴染んでいた。何せ気の良い連中だ、仲良くなるのに時間はかからなかった。

 

 しかも俺の身体能力は神に祝福され、戦闘能力としてはこのギルドの中で既にトップクラスだ。ベテランと随伴を数回こなし、1週間と経たないうちに一人前の冒険者と認められた。

 

 だが、一人前となってからも俺は理由をつけて別の冒険者と共に依頼をこなした。仲間を探す意味もあるが、彼等は俺に目をかけてくれたからだ。

 

 

『ペニー、あんたのバトルスタイルは我流だな? 動きは速えーけど、滅茶苦茶だ。ちょっと教えた通りに動いてみな』

『武器は持たないのか? ペニーの体格なら斧とか棍みたいな重量武器が似合いそうだ』

『今まで素手でやって来たなら、片手で握れる小型剣の方が良くないか?』

 

 そんな感じで、ここで俺と仲良くなった冒険者達は、我先にと俺に戦いの手解きをしてくれたのだ。彼等は実に丁寧に、戦闘技法を教えてくれた。

 

 戦い方なんて全く知らなかった俺には、有難い事この上なかった。彼等の指導のもと日に日に強くなっていく実感があり、本当にいくら感謝してもしたりない。

 

『気に入った奴に死なれちゃ嫌なんだよ』

 

 一度改まって礼を伝えてみたが、仲の良い中年戦士はそう言って笑った。

 

 実に優しく暖かい連中だ。魔王討伐なんかやめて、ずっとここで暮らしていきたいと思った。実際に魔王が倒す必要のない奴だったら、俺は此処に戻ってくるだろう。

 

 首都ぺディアに到着して一週間、俺は平穏で幸せな日々を過ごしていた。

 

 

 

 

 そんな、ある日。

 

 

 

 

「ペニー、あんた女は好きか?」

 

 いつもの様に依頼をこなし、ギルドへと帰る道すがら。仲の良い同年代の中年戦士、バーディがそんな事を尋ねてきた。

 

「あんまり好かんな。特に年食った女はヒステリックで面倒くさい」

「枯れてやがるな。まさかホモじゃねぇよな?」

「年下派だよ。男性か女性かでいえば、女性が好きさ」

 

 このバーディという男はギルドの古株戦士であり、よく俺に体術の稽古をつけてくれる面倒見の良い奴だ。俺にとって一番仲の良い男と言えるだろう。ついでに、彼は無類の女好きでもある。

 

「ペニー、お前さん部屋に娘が居るんだろ? ご無沙汰してんじゃねぇかと思ってな、良い女と飲みに行くコンパがあるんだがどうだ?」

「相変わらず行動が若いな、バーディは。俺みたいなオッサン誘わずに若い連中連れて行ってやれよ」

「いんや、水商売系の女の子と飲むんだ。金持ってる連中誘ってくれって言われてな」

「貯蓄はあるが、無駄遣いできん。申し訳ないが、娘のためにも金はまだまだ貯めなきゃな」

「あー、そうかい。意外とお堅いんだな、アンタ」

 

 バーディのお誘いは、コンパの数合わせの様だ。俺にも小遣いとして自由にできる金はあるが、エマが何とかやりくりして捻出してくれた貴重な資金である。商売女なんかで浪費したくはない。

 

「じゃ、ソレで良いから数合わせだけで出てくれねぇか? タダ飯タダ酒、俺がペニーの分を奢ってやるよ」

「む、良いのか?」

「このコンパは行きつけのキャバの店長に頼まれてだな、新人嬢の練習を兼ねての飲み会なんだ。俺達が飲食代を出す代わり、指名料随伴料タダでお持ち帰りし放題の超ありがたいコンパだが……」

 

 ふむ。と、俺は納得した。

 

 バーディはキャバによく通っていると聞く。当然、店長とも仲良くなっていたのだろう。このコンパは店側としては新人教育をタダで行えて、バーディも安い金でたくさんの女と飲める、双方に利があるWin-Winなコンパの様だ。

 

「研修を兼ねるからには、やっぱある程度の男数は確保してくれと店長に言われてな。これがコンパ開催の条件だから、ペニーが来ることに意味があるんだ」 

「そっか。タダだってなら、ご相伴に預かるぜバーディ」

「おう、お前が女の子持ち帰った時には金払ってもらうけどな。たまには女に囲まれて飲むのも悪くねぇだろ、ペニー」

 

 そんな、微妙にケチ臭いことを言ってバーディは俺の肩を叩いた。心配せずとも、俺は年増に興味はない。

 

「じゃ、行くぞ。女の園へ!!」

「たまには酒飲むか。感謝するぜバーディ」

「おう! あと数人声かけてくるから、ちょっとここで待っててくれ」

 

 バーディは誘いに乗った俺を見てガハハと笑い、そのまま辺りをふらついていた男共に声を掛けに行った。エマの教育にもよくないから、俺は普段酒を節制している。今日くらいは自分にご褒美を上げて良いかもしれない。

 

 日本から転移してきて以来、数か月ぶりの酒。その誘惑に耐え切れず、ご飯を用意して待っているだろうエマに心の奥底で謝りながら、俺はウキウキとバーディが帰ってくるのを待った。

 

 これも、大人の付き合いである。きっとエマも分かってくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「では、新人コンパ始めまーす!!」」

 

 バーディに連れてこられた先の店は、なんとも味のある木造建築の店だった。大きな円形テーブルが所狭しと並べられ、その一角に予約席と書かれた何人かの女が座っている席がある。

 

 10人席くらいだろうか? 俺達はソコに案内され、店側の嬢と交互に並んで座ることとなった。俺の左右は香水臭い女に占拠されてしまうことになるが、タダ酒と引き換えだから仕方ない。

 

 男共は俺を含めて5人であり、丁度男女比が1:1となる。一人だけ黙りという訳にもいかないので、俺も隣の嬢と話はしないといけないだろう。話しやすい娘が隣だと良いのだが。

 

「……あの、初めまして。私、今週から働き始めました、その、パルメと言います」

 

 などと、僅かに警戒していたけれど。不精な顔をしていた俺の隣に座ったのは、明らかに未成年の幼げな少女だった。

 

 癖毛にそばかす交じりの顔だが、丸く大きな瞳に男好きのする愛嬌のある笑顔は、酷く魅力的だ。快活な雰囲気と裏腹に少々の緊張が見てとれる。

 

 だが、俺が気になったのはそこじゃない。

 

「……君、いくつ?」

「え、あ、はい。今年で13です」

 

 ────我がロリコンセンサーに、反応あり。なんと、この少女。俺のストライクイゾーンに入っているっ!!!

 

「お、おいおい店長。ガキんちょ混ぜるのは勘弁してくれよ、ペニーが可哀そうじゃねぇか」

「指名料も相席料もタダの代わりに新人研修させてもらうって約束だぞ。悪いが、その娘の練習にも付き合ってくれ」

「あー、いやそう言う約束だけどよ。……なんかすまんペニー」

「……いや、商売女はむしろ苦手でな。このくらいの子の方が気楽だ、むしろ助かるよ」

「そっか。貧乏くじ引かせて悪いな、宣言通り奢るから好きなだけ飲んでくれ」

 

 バーディから店長に文句が入ったが、余計なことは言わんで欲しい。幼さの残る女の子とお酒を飲むなんて、日本では絶対に有り得ないシチュエーションだ。

 

 いや待て、考えろ。無邪気に幼女と酒を飲むだけで、果たして子供好き(ロリコン)を名乗って良いものだろうか?

 

 ……この娘(パルメ)には、深い事情が有るのでは。うん、こんな歳から水商売で生計を立てるなんて、それはそれは悲しい裏話があるに違いない。

 

 何とか彼女を助けてやることは出来ないだろうか。いや、ここでパルメちゃんを救ってこそ、真のロリコンだろう。

 

 心に熱い義の炎を燃やし、俺は彼女に話を聞いてみることにした。

 

 

「え、ここで働く理由ですか? 私のパパが店長だからですよ?」

「そうなのか」

 

 

 ……聞いてみたが、特に深い事情は無かった。親がキャバクラを営業しており、将来的に店の後を継ぐため嬢として働いておきたかったらしい。

 

 水商売の世界に生まれ、そこで生きる。成る程、そう言う人生もあるのだろう。

 

「それに私、結構好きなんです」

 

  パルメと言う少女が嫌々働いているわけではないと知り、安心した。だが、彼女は想像をはるかに超える存在(サキュバス)だと俺はまだ気付いていなかった。

 

 

「……私、エッチな事が、好きなんです」

「……え!?」

 

 

 安堵の息を吐いたのも束の間。酒も飲んでいないパルメは幼い顔を既に赤く染めながら、鼻息を荒くして俺の方を見ていた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ。きっと体験したことの無い、凄いプレイになりますよ」

「そ、そそそそそうか」

 

 このコンパは、お持ち帰り自由のコンパである。上目遣いで『お小遣い欲しいな、何でもしてあげるから』とねだってくる幼女を前に、俺の理性などゴミクズ同然だった。

 

 ロリコンの最大の悩みは、すなわち性欲を発散できないことにある。幼女を愛するがゆえに、幼女を傷つけることが出来ないロリコンという生き物は、性欲の発散方法として「妥協しババアに性欲を向ける」か「自らの手で慰める」かの二択しか用意されていない。

 

 だが、しかし。目の前のパルメちゃんはどうだ。

 

 明らかに欲情している。パルメちゃんは色の籠った目で、俺の股間を凝視している。

 

 彼女は、エロいことが好きだ。だから俺が彼女に性欲を向けても、彼女は傷つかない。この幼き商売女は、そんな類まれな性的感性のもと、俺を誘っている。

 

 そう。俺が彼女にどんなエロいことをしても、俺のロリコンとしての矜持は傷つかない。

 

「私みたいに小柄な娘はね、すっごく持ちやすくて締まりが良いんです。ふふふ、楽しみでしょう?」

「あ、ああ」

 

 ひぃ、ふぅ、みぃと財布の中身を数え、俺はニンマリと笑った。彼女はまだ新人であり、あまり高額を要求されない。フルコースでエロオプションをつけても、俺のお小遣いで楽に支払いきれる。

 

 いや。一度に無駄遣いせずとも、これから何度か通って彼女に相手をしてもらう方が良いかもしれない。ああ、なんて素晴らしいんだ。こんな幼女が色町にいるなんて、想像だにしなかった。

 

「そういや、私と店を出る時のバーディさんのなんとも言えない顔が面白かったですね」

「まぁ、変態扱いは覚悟の上だ。俺は、パルメちゃんの何ともいえぬ妖艶さに充てられちゃったからな」

「うふふ、嬉しいです。みんな私を子ども扱いばっかりして、不愉快だったんですよ。ペニーさんに、久しぶりに女性扱いされてすっごく嬉しかった」

 

 パルメはそう言い、にこりと清純な笑みを浮かべながら、上目遣いのまま俺の腰に抱き着いた。

 

「ああ何て、たくましい人。ペニーさん、今夜は私を、滅茶苦茶にしてくださいね?」

「今夜は寝かせないぜ」

 

 いかん。まだ逢引き宿に到着していないのに、俺の股間はビンビンである。この幼女がエロすぎるのが悪い。

 

 ヤるのか。俺はヤっちゃうのか。このサキュバスの様な妖しい幼女と、ワンナイトフィーバーでエクスタシーしてしまうのか。

 

 抑えきれん、辛抱たまらん。宿は何処だ、早く、早く俺は────

 

 

 

 

 

 

「宿でしたら、この通りにはありませんよ」

 

 

 

 

 

 その時、酷く冷めた声がした。

 

 ビクっと恐怖を感じパルメちゃんを見るも、彼女はニコニコと笑顔のままである。俺の腕にピタリと抱き着き、きょとんと愛くるしい表情で俺を見上げている。

 

 

「そちらには宿はありませんってば。ふふ、ペニーさんは忘れっぽいですね。私達の借りた部屋の場所、忘れちゃったんですか?」

 

 

 ……成程。この声は、パルメちゃんの声じゃ無いらしい。ならば、背中の方から俺に話しかけてくるこの声の主は、誰だろう。

 

 妙な胸騒ぎを感じたのか、パルメちゃんはすっと俺の腕から離れる。そして、棒立ちしていた俺にチラリと目を向け、その背後に立つ何かを見たらしい。

 

 ヒッ、と小さな叫び声を上げて、パルメちゃんはスタコラと逃げ出してしまった。

 

「ああ、それともう一つ聞きたいことがあるんです。ねぇ、ペニーさん」 

 

 俺の後ろには、とんでもなく恐ろしい何かが居る様だ。

 

 吹き出る冷や汗をぬぐいながら、恐る恐る、俺は背後へと振り向く。そこには、俺の良く知っている茶髪の幼女が、無表情に俺を見上げていた────

 

 

 

 

「ペニーさん。さっきの女、誰ですか?」

 

 

 

 

 教訓。

 

 水商売の女に手を出すと、ロクなことにならない。俺は、そう悟った。




幼女に蔑んだ目で見られたい


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第十二話「性犯罪者」

「ペニー、どうしたんだ? お前がそんな重傷を負ってるの、初めて見たぜ」

「ああバーディ、これか? 何て事はないよ、不名誉の負傷だ」

「不名誉なのか……」

 

 エマは激怒した。

 

 ご飯を用意していたというのに、こっそり夜の町へ出かけ、幼女を侍らしていた俺に激怒した。

 

 俺は謝った。平謝りに謝った。

 

 だがエマは、怒るだけに留まらなかった。エマも最初は癇癪混じりに引っ掻いてきたが、やがて涙を目に浮かべながら「私を捨てる気ですか」と抱き付いて泣き喚いた。

 

 捨てられるかもしれない、恐怖。俺しか頼れる大人のいない少女、エマにとってその恐怖はどれだけだろうか。

 

 俺は罪の重さを自覚した。そして俺は幼女(エマ)の涙の責任をとることにした。

 

 ロリコンとして、落とし前はつけねばなるまい。

 

「今日はここに来る前に、町の外の崖から飛び降りる必要があってな。少し怪我をしているが、じきに治るさ」

「どういう状況下でそんな必要が発生するのか分からん。と言うか、あの崖から飛び降りてピンピンしているあたりもっと分からん」

 

 どう責任をとって良いか分からなかった俺は、一晩中エマに謝りながら、彼女を抱き締めて寝た。

 

 いつもと違い泣き顔の幼女を抱き締めて寝るのは、胸が痛いだけだった。

 

 ────自分を許せない。そう言えば、首都ぺディアの外周にはちょっとした崖がある。首都ぺディアは有事に全方位から攻められないため、崖に隣接して作られた街なのだ。

 

 大体50メートルくらいの高さの、そびえ立つ崖。取り敢えず罪滅ぼしにダイブしたら、割と痛かった。

 

「ペニー、あんま無茶するなよ? 大事な娘さんが要るんだろ?」

「ああ。迂闊にも俺は情欲に負け、大事なものを見失ってしまった。俺には(エマ)以上に、大事な存在なんていない。それを忘れちまったんだ、これも良い罰さ」

「お前が怪我したって、娘さんは泣くだけだ。……むしろ、今日なんでギルドに顔出した? 今ので大体の事情は察したよ、今日は娘さんの機嫌取りに時間使ってやれ」

「……む。そうか、そうだったな。いつも通り送り出されてしまったから、つい普通にここに来ちまった」

「失った信用は、そう簡単には取り戻せない。昨日の過ちは、今日のうちに清算しておけ」

「ああ。恩に着る、バーディ」

 

 バーディに諭され、俺は自分の間抜けさに気が付いた。何故俺は、あんなことがあった翌日に普通にギルドに顔を出しているんだ?

 

 エマのため、1日使ってやるのが大人だろう。

 

「すまない、俺はもう帰る。今日組む予定の奴等に、悪いと伝えておいてくれ」

「わかったわかった。頑張れよ、ペニー」

 

 こうして俺は、ギルドを早退しエマのもとへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 ……確か、この店だったよな。

 

 俺は、少し寂れた風情のある飲食店の戸を潜った。この店は隠れた人気店らしく、まだ昼前だと言うのにちらほらと客が談笑している。

 

「あー。そうだな、お勧めは?」

「今の季節ならぺディア牛定食がお勧めです」

「じゃ、それ1つ」

 

 ニコニコと笑う店員に案内され、俺は角の一席に座った。この小さな飲食店で、エマは厨房係として出稼ぎしていると聞いている。

 

 エマの厨房の仕事は昼過ぎまでで、昼からは市場に赴き俺の狩ってきた素材を売り払ってくれているのだとか。この世界での金銭面はエマにおんぶだっこ状態である。

 

「……うお、ペニー様じゃん。どうしたの?」

 

 とりあえず、店でエマを待つことにして。俺に料理を運んできた店員は、同じく出稼ぎ中のオンディーヌだった。

 

 彼女はどうやら、ホール担当らしい。オンディーヌは黙ってさえいれば黒髪ロングな美少女なので、妥当な采配だろう。エプロンドレスを身に纏った彼女は、成る程、すごく清楚な印象を受けた。

 

「パーティ組む予定のメンツが病気で倒れたらしくてな。今日は解散になったのさ」

「……ふーん。ま、なら今日はエマ様を慰めてあげなさい。あの子ただでさえ性格捻じ曲がってるのに、これ以上性格歪んだら取り返しがつかないよ」

「エマちゃんは優しい子なんだぞ、マジで。少し人間不信になっているだけだ」

「だったら尚更、ペニー様が裏切ったらダメでしょ」

「本当にな。……昨日は、久しぶりの酒で浮かれちまった。大人として恥ずかしいよ」

 

 オンディーヌから冷たい目線が飛んでくる。本当、昨日に戻って何もかもやり直したい。

 

「昼からは、エマの商談に荷物持ちとして同行するつもりだ」

「良いんじゃない? 私が厨房に戻ったら、エマ様にそう伝えておくよ」

「助かる、オンディーヌ」

 

 だが、時間は巻き戻らない。ならば今日の行動で、失った信用を取り戻すしかない。

 

 そして俺はエマに伝えるべき言葉を、心の中で練り上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お待たせしました、ペニーさん」

「ああ、エマちゃんお疲れ様。今日は依頼が中止になってね、悪いけどエマちゃんについて行っていいかな」

「ええ。私一人では抱えきれない素材を運べますので、すごく助かります。今日は大きな商談ができそうです」

 

 仕事を終え俺と合流したエマは、表面上は普段と変わらぬ態度で俺と接してくれた。だが、昨日より心の距離を感じるような気がする。

 

 まだ無知なエマは、俺がパルメちゃんにナニをする気だったかまで分からないはずだ。だが、幼子特有の鋭敏な勘で、俺の下劣で邪な感情を感じ取ったのかもしれない。

 

「……」

「……」

 

 沈黙が、場を支配する。

 

 ふと見えたエマの顔は、表情を隠そうと必死な様に見えた。いつもどおりの表情を顔面に貼り付けようと、彼女はもがいている。それは即ち、俺に対して思う所があるのだろう。

 

「────なぁ、エマちゃん。部屋で、少し話をしないか」

 

 俺は。

 

 素材を取りに宿へ帰る道すがら、手を繋いでくれなくなったエマの背中から、そんなお願いをしてみた。

 

 彼女は前を向いたまま振り向かず、小さく頷いた。

 

 

 

 宿は、やはり狭い。

 

 大人と子供がギリギリ泊まれるスペースしかない。俺はエマと向かい合い、数十センチの距離で見つめ合った。

 

 彼女の瞳は光に揺れ、唇はわずかに引きつっている。

 

「エマちゃん。昨日の件で、話があるんだ」

「……はい」

 

 こんな気まずい空気は嫌だ。彼女の信用を取り戻したい。俺は、先制攻撃として土下座を敢行した。

 

「昨日はエマちゃんをすっぽかして、女の子と飲みに行ってスミマセンでした!!」

 

 男なら軽々しく頭を下げるな? 逆だ、男こそ頭を下げれないほうが恥ずかしいのだ。悪いことをした自覚がありながら頭すら下げれぬ奴を、誰が信用するものか。

 

「……え?」

「もう二度といたしません! だからどうか、これからも俺の旅についてきてください! エマちゃんがいないと、俺は路頭に迷います! もちろん魔王軍に襲われても、エマちゃんは俺が命をかけて守ります! だから昨日の1件、どうか許してください!!」

「……え!? ちょ、ちょっとペニーさん?」

 

 出来るだけ真摯に。俺は真っ直ぐな感情を込めて、エマに謝った。

 

 万が一。万が一エマに愛想をつかされたら、俺の異世界生活は終了である。俺の旅の戦闘以外ほぼ全てはエマによって賄われているのだ。彼女は俺にとって、切っても切れぬ関係と言える。

 

 いや、そもそも悪いのは俺である。謝るのが人として当然だろう。

 

「あ、えと。ペニーさん、ペニーさん」

「何でしょうエマちゃん」

「あ、その。私に怒るつもりじゃ無いのですか?」

「エマちゃんに怒る? 何を?」

 

 そんな俺の謝罪を聞いた当の本人エマは、目をぱちくりと見開いて、困惑した表情で俺を見ている。

 

 何故かエマは、自分が怒られると思っていたようだ。

 

「その。昨日は、色々と取り乱してすみませんでした。ギルドで情報を集めると言う話なら、酒の場に顔を出すのも当然ですし、女性を連れ出すのも予想して然るべきなのに」

「あ、いや。あれは情報収拾の一環とかではなくて────」

「何だか、無性に腹が立ってしまったんです。ペニーさんが、知らない女に抱きつかれて歩いているのを見ちゃって。何であんなに取り乱したのか自分でもよく分かりませんが……。私の方こそ、すみませんでした」

 

 そう言うと、ペコリ、エマは俺に頭を下げた。

 

 ……この展開は予想していなかった。エマちゃんは、そんな風に考えてしまっていたのか。

 

 これは、好都合である。

 

 このまま、お互いに謝って済ませてしまえば良い。エマは俺に対し責めるつもりは無いようだ。ならば俺は笑顔を作り、エマを許してお互い様と言うことで────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────そんな不誠実で甘えた選択を、大人がして良い訳ないよな。

 

 

 

「いや。エマちゃんは悪くない。昨日の件は、すべて俺に責任があるんだ。聞いてくれ、エマちゃん」

「え、ですが私の方こそ……」

 

 俺はエマの謝罪を遮り、よりいっそう深く頭を下げる。悪いのは俺だったと、エマに分からせるために。

 

「俺は間違えたんだよ。久しぶりに酒を飲みたい、そんな身勝手欲望に溺れて大事なものを見失ったんだ、だから俺が悪かった」

「……大事なもの、ですか?」

「そうさ。俺は────」

 

 言い切ろう。エマは罪悪感を感じる必要なんて無い。エマに不安な思いをさせる、そんな大人(オレ)が間違ってないはずがない。

 

 俺はゆっくりと顔をあげ。キョトンとオレを見つめているエマを、真っ正面に見据えて、こう続けた。

 

「俺には! エマちゃん以上に大事な存在なんていない!!」

「……っ!?」

 

 

 よし。言い切ってやった。

 

 

 今日エマに一番伝えたかったのは、この言葉なのだ。エマにはもう、『捨てられるかもしれない』なんて寂しいことを考えさせたくない。

 

 俺は、エマをこの上なく大事に思っている。だから、エマが望む限り、ずっとずっと一緒にいてやりたい。それが、エマを拾った俺の、エマを託された俺の責任だ。

 

「…………は、その、えっと! ぺ、ペニーさん?」

「何だ?」

「それはその、今のはどういった意味のアレなんですか? いや、その、ひょっとしてそう言うアレだったりするんですか!?」

「アレ? ……よく分からんが、言葉の通りだ。エマが望むなら、ずっと俺の傍にいて欲しい」

「ふぇ、へぇぇぇぇ!?」

 

 とは言え、正面からそう言うことを言われると、エマも流石に照れ臭かった様だ。

 

 エマは顔を赤らめ、パクパクと口を開き俺から目を背けた。

 

「えっと、ちょっと待ってもらって良いですか! ちょっと待ってもらって良いですか!?」

「ん? ああ、どうしたエマちゃん」

「いえ、その、整理を。心の整理とその他もろもろの覚悟の時間を!」

「よ、よく分からんが頑張れ」

 

 顔を赤く染め上げたまま、彼女は俺に背中を向けてブツブツと呟き始めた。

 

 ……エマは、随分と照れ屋さんらしい。そう言えば人見知りが激しいって、エマの姉も言ってたっけか。彼女にも、こんな年相応の一面が合ったとは。

 

「その、ペニーさん。決まりました、心を決めました」

 

 そんな彼女を微笑ましく眺めていたら。やがてゆっくりとエマは振り向き、改めて俺に向き合った。

 

「ペニーさんが宜しいのでしたら。私もずっと、貴方のお側においてください」 

「うん、願ってもないことだ。エマちゃん、これからもよろしくね」

「ええ。……貴方なら、私の生涯を預けられる。預けるに足ると、信頼していますので」

「勿論だ。どんな危険な敵が襲ってきても、エマちゃんに傷一つ付けさせない。神様に誓うよ」

「…………ありがとう」

 

 エマの返事は、肯定的なものだった。

 

 これから先も、ずっと俺の旅についてきてくれるらしい。危険な魔王と戦うかもしれないのに、俺を信頼してくれると言ってくれた。

 

 嬉しくて、涙が出そうになる。裏切るわけにはいかない、幼く真摯な彼女のこの信頼を。

 

「……そ、そ、それじゃあ。そうだ、まだ今日は市場に行ってないんでした、その、ペニーさん一緒に……」

「うん、行こうか。エマちゃん、どれを持っていけば良いかな?」

「は、はい。その、私一人では大きな魔獣皮をどうしても持ち運べなくて。ペニーさんお願いしますね」

「おうとも」

 

 まだ赤い顔をしているエマに指示されながら。俺は魔獣皮を持ち、エマと共に部屋を出た。

 

 そんな彼女は、遠慮がちに俺の腕に抱き付いて歩き出す。手も繋いでくれなかった先ほどとは違う、確かなエマからの信頼を感じる。

 

 良かった。俺は、昨日の不祥事を挽回できたらしい。

 

 

 

 

 

 

 ────エマと連れ添い、仲良く宿を出るその時。ちらりと宿の入り口に立つ受付の爺さんが目に写った。

 

 とんでもなくおぞましい性犯罪者を見る目だった。俺、何かやっただろうか。

 

 



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第十三話「ナローシュ」

「ペニーさんは今日、何時頃に帰られますか?」

 

 満面の笑みとはこの顔の事だろうか。

 

 昨日とは一転しご機嫌が天元突破しているエマは、ウキウキと楽しそうに俺の腕にべったりとくっついて離れない。

 

「今日は、悪いが泊まりの予定だ。野外遠征でちょっと遠いところに狩りに行く」

「……そんなぁ。寂しいです、ペニーさん」

「ごめんね。でも、エマちゃんの為に俺も手早く済ませて帰るからさ」

 

 彼女は拗ねたように口を尖らせ、嫌々と首を降りながら俺の腕を強く抱き締めた。

 

 俺の言動で一喜一憂するエマを見て、随分と表情豊かになったと思う。エマは今までは少し猫を被っていたというか、一線を踏み越えぬように立ち回っていた気がする。

 

 やはり、昨日の話し合いが効いたのだろう。気のせいではなくエマとの間の心理的な壁が壊れ、グッと距離が近くなった。

 

 これで一安心だ。エマとの関係も修復できたし、何より彼女を笑顔に出来た。昨日休ませてくれたバーディやギルドのみんなに感謝だな。

 

 

 

 

 

「……たまげたなぁ。絵面が犯罪そのもの、と言うレベルを超えている。これは、これは通報案件ですね。哀れ、ロリコン中年オヤジは電気椅子で爆発四散……」

 

 そんなエマとのふれあいタイムを、ジィと眺めていたオンディーヌがボソっと不穏なことを呟いている。

 

 何やら彼女に誤解されているらしい。まぁでも、放っておいてもエマがうまく誤解を解いてくれるだろう。

 

 俺はオンディーヌを放置し、可愛いエマからお出かけのキスを頂戴して元気いっぱいギルドへと出勤するのだった。

 

「早く帰ってきてくださいねペニーさん!」

「……異世界だとこの年齢差もアリなのか? いや、無いだろ。やっぱりガードに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。俺は朝早くのギルドのフロントに到着し、ノンビリと武具の手入れを始めた。とは言え、もうすぐ買い換える予定なのだが。

 

 ギルドの面々と親しくなり武器防具の情報は集まってきたので、今手が届きそうな範囲の武具は注文済みである。あとは、出来上がりを待つばかり。

 

 つまり、そろそろ本格的に仲間の勧誘を始めないといけない時期だ。今日一緒に遠征する仲間は、バーディをはじめ俺と仲の良い実力派の面々。今日何とか一人くらい、口説き落としたいものである。

 

 勧誘方法は単純至極、自分の正体は勇者だと明かし魔王を倒す旅についてきてくれと頼む。だから闇雲に勧誘するわけにはいかない、最低限秘密は漏らさないと信用できる人間を誘わねばならない。

 

 今のところバーディが第一候補だ。仲も良いし、腕も立つ。

 

 バーディは戦士職なので、彼以外にも魔法を使える味方も勧誘しておきたい。バーディはかなり顔が広く、彼さえ味方に引き込めれば他のメンバーの勧誘も楽になるだろう。

 

 今日あたり、思いきって誘いをかけるつもりである。

 

「ペニーじゃん、相変わらず早いね。今日はヨロシク」

「お、オッサン発見。頼りにしてるぜ」

 

 ギルドに到着し暫くすると、今日一緒に仕事をする予定の仲間達が話しかけてきた。

 

 彼らも大事な仲間候補だ。俺も顔をほころばせ、挨拶を返す。

 

「アンジェ、ロイ、おはようさん」

 

 愛しいエマの笑顔のため、俺は今日も働こう。明日エマの元に帰って、彼女の作る料理を楽しむために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーディのやつ、遅いな」

「……また商売女と一晩中ハッスルしたんじゃない?」

「アイツの女癖、治らねえよなぁ。アンジェも手を出されてたっけ?」

「あんなの相手にせんわ! 気色悪いこと言うな!」

 

 そして、出立時刻。

 

 その、勧誘第一候補のバーディは盛大に遅刻していた。ヤツは時折、こういうポカをやらかす。

 

 これさえ無ければ割りと完璧な男なのだが。

 

「仕方ねぇ、もうちょい待つか。昼までには流石に来るだろ」

「今回アイツの報酬半減な」

「やれやれだ」

 

 アンジェにロイは、苦虫を噛み潰したような表情でドサリとベンチに腰かけた。

 

 かくいう俺も表情は渋い。出立が遅れたら、それだけ帰る時間も遅れてしまう。エマに会える時間が遅くなってしまう。

 

 バーディめ、遅刻するくらいなら女を抱くなよ。

 

「……ん?」

 

 バーディを旅に誘うの、一旦考え直そうか……。等と考えながらノンビリとギルドの受付の方向を眺めてみて。

 

「こ、困ります……」

「良いから上を出せって! お前じゃ話にならん」

 

 ガヤガヤと受付周囲が騒がしくなっており、時折罵声も聞こえてくる。揉め事が起きているらしい。

 

 見れば、受付嬢は困った顔で冒険者を宥めており、冒険者の方はヒートアップして騒いでいる。

 

「なんだろね、アレ」

「ギルドが報酬額間違えたか? 受付ちゃんも災難だな」

「ふむ。ちょっと見過ごせんか」

 

 揉め事の内容は分からないが、その冒険者は受付嬢に詰めより、脅しをかけている。

 

 あれはやりすぎだろう。冒険者の方が戦闘力があるのだ、力で脅されたら受付嬢はたまったものではない。少し頭を冷やしてもらう為にも、仲裁に入ろう。

 

「もうすぐここを去る俺が割って入るのが無難だろ。ちょっと待っててくれ」

「ペニー、任せる。すまんな、貧乏クジばっか引かせてよ」

「ペニーなら喧嘩になっても大丈夫だしね。やばかったら援護に入るから」

 

 そんな二人に励まされながら、嘆息し俺は受付へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今すぐ金が要ると言ってるだろう。本人が問題ないと言ってるんだ、良いから上を呼んでこい!」

「ですから、討伐依頼はきちんと研修を終えてから……」

「お前の立場じゃ、そんなお役所仕事しか出来ないんだろ? だからキチンと立場のある人間出せって言ってるんだ。話が進まないだろう!」

「ですから! ウチはそう言うルールなので、気に入らないんでしたら別の場所へ行って稼いできてください。上へ取り次ぐ必要もありません!」

 

 その、冒険者は若かった。

 

 十代半ば、といったところだろうか? 一組の男女パーティが、受付嬢へと詰めより凄んでいる。

 

 男の側は鼻息荒く依頼書を突きつけて叫んでおり、女の側はオロオロとそんな男を諌める素振りを見せては、無言で口をパクパクと開いて困っていた。

 

 そして男の持っているその依頼書は、高額報酬の討伐依頼だった。成る程、状況は飲み込めた。

 

「だからお前じゃ話にならないって言ってるだろ! 良いから上に────」

「ストップだ。おい、受付ちゃん。このガキんちょ追い出すのに手を貸そうか?」

「あ、ペニーさん。お騒がせして申し訳ありません」

「良いって。大体事情は把握したから」

 

 その若く刺々しい冒険者と受付の間に俺は割って入り、その二人を改めて直視する。

 

 受付と彼の会話の一端を聞いただけだがおそらく、彼らは研修を受けずに討伐依頼を受けたいとごねているのだろう。

 

 そんな若く無法な二人は、なんともヒョロっちい体躯をしていた。何故その体でそこまで強気に出られるのか、と思えるほど弱々しい。

 

 だが、その目だけは自信に溢れ帰っていた。

 

 きっと若すぎるのだろう。自分は何でも出来る、その様な万能感に取り憑かれてしまっている。だかこんな身の丈に合っていない無謀な依頼を受けようとしているのだ。

 

 割って入って良かった。うまく仲裁すれば受付嬢の為だけでなく、彼らの身の安全も守る事になる。

 

「何だよオッサン。お前には関係────」

「あるよ。俺はここのギルドに所属して日銭を稼いでるペニーってもんだ。ウチの大事な同僚に手を出されちゃ困るんだが」

 

 そこまで言うと、俺は少し強引にその男を受付から引きはがした。コイツがずっと騒いでいると、他の冒険者にも迷惑がかかるのだ。

 

「研修が受けたいなら、今度俺が付き合ってやるよ。だから今日はとっとと帰りな? もっともその貧弱な身体じゃ、合格なんか言い渡せられねぇだろうがな」

「……はぁ。本当にいるんだな、ギルドで難癖付けてくるチンピラのモブ。まぁ良い、これも通過儀礼というか様式美だし」

 

 男を引きはがすと、共に旅をしていた女も黙って追従してきた。これで、あとはこのバカを説得してやるだけだ。

 

「そうだ、良いこと考えたぞ。おい受付、コイツは討伐依頼が受けられるのか?」

「え? はぁ、ペニーさんはギルドの研修を終えてますし、討伐依頼の研修指導できる立場ですが」

「そうか。じゃあ、今からコイツを決闘でボコボコにするよ。そしたら、上の人に取り次いでくれ」

 

 さて、この若者をどう説得しようかと頭をひねっていたら。ヘラヘラと笑ったままの男は、俺に剣を突き付けてそんなことを言い出した。

 

「お、オイオイやめとけよ。お前みたいなひょろいのが俺に勝てるもんか」

「何だ、怖いのか? 僕に立ち止まっている時間はないんでね、研修なんか受けている余裕はないんだ。お前は僕の踏み台になってもらう」

「何言ってんだコイツ。あー、つまり一丁揉んでほしいんだな? 仕事仲間が来るまで時間はあるし、付き合ってやってもいいぞ。ただし、外でな」

「よし言質は取ったぞ。あー、それと一つ忠告しとく。ちゃんと本気で来いよ? 負けても油断しただの騙し打ちだの、見苦しい言い訳をしないでくれ」

 

 男はそう俺を嘲ると、高笑いして持っていた剣を柄に収めた。

 

 ……こ、この圧倒的な自信はどこから来るのだろうか。

 

 俺はコイツと話していて徐々に、恐怖感を抱き始めていた。戦うのが怖いのではない、こんな凄まじく勘違いした人間が存在する事に恐怖しているのだ。

 

 人間性というのは、育て方により大きく左右される。今はあまり心配はしていないが、もし俺がエマの育て方を間違えてしまったらこうなる可能性もある。

 

 今の彼女は素直でまじめで愛くるしくて、最近ちょっと優しさは欠如気味だけど、根は他人のために涙を流せる良い子なのだ。

 

 間違ってもエマをこんな恥ずかしい奴に育てるわけにはいかない。この男を見て、こうは育てないぞと俺は心に固く誓ったのだった。

 

「あ、あの、決闘はやめた方が……。アイツ、本当に迷惑な奴なんですが、無茶苦茶に強くて手加減も知らない奴なので」

「ん?」

 

 意気揚々とギルドの外へ出て行ったその男に聞こえない様、連れの女が俺に耳打ちしてきた。

 

「今からでも何とか戦わなくていいようにボクも説得するので、貴方もあんまりアイツの挑発に乗らないよう……」

「ほー。アンタ、良識的なんだな。だが安心しろ、俺も腕に覚えはある。鼻っ柱の伸びたガキに、社会の厳しさを教えてやるのも大人の仕事だ」

「いや、アイツはただのガキじゃなくて核兵器みたいなガキというか。あ、こっちじゃ核兵器って言っても伝わらないのか。えっと、とにかくすごく強くて……」

「わかったわかった」

 

 俺は小さくため息をついて、心配性な女に手を振った、

 

「アンタはあのガキの連れなんだろ? アイツから吹っ掛けてきた勝負だ、アイツが怪我しても俺は治療費払わないからな。今のうちにギルドで、ちゃんと信頼できる治療施設探しとけ」

「え、いやボク回復術師だからそれは大丈夫で、単純にあなたを心配して────」

「お前らみたいな年の奴に心配されるほど落ちぶれちゃいないよ。じゃあな」

「────はぁ。忠告しましたからね」

 

 こうして。

 

 俺は少し無駄な時間を取られつつも、生意気な若造の鼻をへし折るべくギルドの前の広場へと足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれー?」

 

 案の定。その若造との決闘は数秒で決着した。

 

 経緯は単純だ。決闘開始直後、何やら男が剣を掲げてゴニョゴニョと唱えだしたのを見て、俺はそのわき腹をぶん殴っただけである。地面にたたきつけられた男は、そのまま唸って動かなくなった。気を失ったらしい。

 

 ある程度手加減はしたから、大怪我を負ってはいないだろう。せいぜい数メートル吹っ飛んだだけだし。

 

「あのメロが一撃KO? てか、あの移動速度は何? ギルド所属の戦闘職ってこのレベルなの? あれがこの世界の戦闘水準なの?」

 

 女の方を見ると、完全に混乱しきっている。あのひょろい若造を強いと信じ込んでいたんだろう。

 

 確かに、あの男は口がでかそうだ。この娘はまんまとあのバカの口車に騙されてしまったらしい。可哀想に。

 

「おい、何の騒ぎだよペニー」

「……バーディ。今頃来たのか」

 

 そんなむなしい勝利に酔っていると、聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「あー、悪い悪い。寝坊だ、許せ」

「アンジェ達にも謝ってこい、俺達は朝からずっと待ちぼうけだ」

「悪かったって、そう怒んなよ。昨日はジェニファーちゃんが寝かせてくれなくてな? あのでかいオッパイを前にしちゃ────」

「……」

「いや、悪かったって。睨むな睨むな」

 

 先ほどの若造との一件は、どうやら丁度よい時間つぶしになったらしい。決闘が終わってギルドに戻ろうとしたあたりで、待ちわびていたバーディが俺の背に立っていた。

 

「時間が惜しい。とっとと出発するぞ」

「はいよ。受付しとくから、アンジェとロイ呼んできてくれ」

「お前、今回の報酬半減だからな」

「ゲッ」

 

 こうして何とか昼前までに、俺達は討伐依頼へと出発する事が出来た。早めに仕事を終わらせて、何とか明日の日が高いうちに帰還したいものだ。

 

 申し訳なさそうに笑うバーディの尻を蹴飛ばしながら、俺はアンジェとロイの元へと歩いていった。



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第十四話「急襲」

「魔王を倒すべく使わされた勇者、ね。成る程、どうりで強い訳だ」

 

 外征依頼の日の夜、安全を確保した寝床の中で、俺は三人に秘密を打ち明けていた。

 

「むしろペニーが普通の人じゃなくて安心したわ。どれだけ修行積めばこの強さになれるんだって、内心ビビってた」

「そう、俺の強さは借り物って事さ。魔王ぶっ倒す為に借りた女神様の加護、もとの世界だと俺は平凡なとび職だよ」

「はぁー。わざわざ世界を跨いできてもらってすまんなペニー」

 

 三人の反応はまちまちだった。

 

 何となく察してた風なバーディ、目を丸くして驚くアンジェにほとんど気にしてなさそうなロイ。

 

 ドン引きされないだけ良かったと考えよう。今から、彼らを勧誘しないといけないのだから。

 

「それで、だ。お前らを見込んで頼みたい、俺の魔王討伐の旅についてきてくれないか? 今の俺の旅には、戦力不足が甚だしいんだ」

「えー、いや勇者同士でパーティー組めば良いだろ? 一般人の俺が魔王軍の幹部とかとタイマン張れって言われたら、迷わず逃げ出すぞ」

「そうしたいのは山々だが、他の勇者の居場所がわからん。それにお前らだって凄く強いじゃねーか」

「あんたには負けるよ。悪いが俺はパスだ、金にならんし」

「私もキツイ、報酬でないなら割に合わない」

「俺たちの世界の問題だから力を貸してやりたいとは思うが……、すまんな、俺に力になれるビジョンが浮かばない」

 

 だが、彼等の返答は渋かった。

 

 非常に申し訳なさそうな顔のバーディは、押せばワンチャンあるかもしれない。だが、ロイとアンジェは完全に脈無しっぽかった。

 

 やはり、金か。いや、彼等にとっては赤の他人の命より自分の財産の方が大事なのだろう。それは、この世界では決しておかしい価値観ではない。

 

「まぁなんだ、俺はついていけないが仲間になってくれそうな奴を探してみるよ。それで手を打ってくれ」

「あ、そのくらいなら手伝うよ。魔王が攻めてきたら危険な仕事増えそうだし」

「そうだな、それなら俺も付き合おう。悪いなペニー」

「…………いや、十分だ。ただ、俺の正体については隠していてくれ。万が一、娘を人質に取られたら俺にはどうしようもなくなる」

「了解だ」

 

 こうして、俺の決死の勧誘は空振りに終わった。

 

 彼らには彼らの生活がある。無理強いはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、なればペニーさん。勇者の情報を集める方向に切り替えるのですね」

「ああ、気の良い連中だったんだがなぁ」

「となればあのマクロ教の勇者も、私達に同行することになるのでしょうか」

「かもしれん。エマには申し訳ないが」

「……いえ、お気になさらず」

 

 バーディ達との討伐依頼はサクッと終わり、誘われた酒の席も断って寄り道せず俺は帰宅した。待ってましたとばかりで迎えて抱き着いて来た可愛いエマの、その手料理に舌鼓を打つ為に。

 

 エマの料理レパートリーは少なく、基本的に旅の途中は混ぜスープと干し肉ばかりだった。だが、彼女は厨房でバイトしながら新たなレシピを習得し、小さな惣菜の類が食卓に並ぶようになっている。

 

 向上心のある、真面目な幼女である。

 

「そういやオンディーヌは普段、何を食べているんだ? あの娘が食事してるのを見たことないが」

「え? ああ、店の賄いです。と言っても、客の食べ差しばかりですが」

「……なんと不憫な」

「いや、奴隷の分際で飲食店で調理されたものが食べられるのはかなり幸せです。私と姉様は、カビの生えた一切れのパンでずっと働かされてましたよ」

「そういうもんか」

 

 エマにそう説明され、俺は納得した。日本を基準に考えてはいけない。この世界では、これが普通なのだ。

 

 俺の暮らしていた国はいかに恵まれ、豊かで安全だった事か改めて実感した。最低限衣食住が保証され、どんな貧乏であろうと生きながらえるのに苦労はしない。人の心は、こっちの方が幾分か豊かな気がするけど。

 

「よし、一応今日は俺がオンディーヌを迎えに行くよ。人攫いに捕まらないとも限らないし」

「そうですか。まぁ、アレを盗まれたところであまり痛手ではないのですが……」

「本当、エマちゃんオンディーヌの事どうでも良いんだね……」

「奴隷というのが、あそこまで面倒な商品だとは思いませんでした。奴隷商を尊敬しますよ、よくあんな水物を商売のタネにできるものです」

「あ、いやそんな職業の人を尊敬しちゃいかんよ。奴隷とはいえ人間、ちゃんと意思もあるし心もある。少し前のエマちゃんみたいに無実の人もいるかもしれないしね」

「オンディーヌに関しては、正当な契約の代価でしょう」

 

 やはり、まだエマの心は荒んでいる様子。奴隷に向ける慈悲はないらしい。それとも、こっちの世界はこういう価値観が普通なのだろうか。

 

 奴隷が非人道的だ、という価値観は日本的である。国が変われば、風習も文化も倫理観も変わってくる。俺が、少数派なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いくら奴隷とはいえ、食べ残し食べさせられるとか。待遇の改善を要求したい」

「そうなのか」

「というか。毎日働き詰めってのも極悪非道。人間が最適なパフォーマンスを発揮するには、休日が必要だと思う。週休3日は絶対に譲れない」

「お、そうか」

「そもそも、寝床もあんな檻の中とかおかしくない? ペニー様は良いよね、屋根のある部屋で布を巻いて眠れてさ。私は雨の日なんか、はみ出した足とか水に濡れてすごく寒い思いしてる」

「それは、可哀そうだな」

「というかそもそも、行き倒れている人がいたら食事くらい無償で提供してくれたっていいじゃん。エマ様には慈悲の心が足りない」

 

 不満爆発。迎えに行った帰り道、オンディーヌに今の生活の不満について尋ねてみたら、沸き上がる泉の如くブーブーと愚痴りだした。

 

 いや、彼女の不平不満も納得はできる。俺の感性からすると、彼女は同情されてしかるべきだ。でも、なんかこう、いまいち素直に同意できない。

 

「ねぇねぇペニー様、どうかエマ様を説得してくれません? 私をそろそろ解放するようにって。このままだと私、エマ様に眠れずの呪いをかけちまいそうでさぁ。エマ様、一生背が伸びなくなる」

「え、えっと、うーん。多分彼女は納得しないというか、それが君の差し金だとわかったら烈火のごとくブチ切れるというか。まぁなんだ、あと2週間も働けば自由になれるんだ、もうちょっと我慢してみたらどうだい」

「1か月も強制労働って、私の罪はソコまで重いかな? 人攫いに捕まって、命からがら逃げだして、行き倒れることはそんなに重罪なのかな? ペニー様もそう思わない?」

「うーん、罪とかじゃなくて、その」

 

 オンディーヌの発言は甘えて、社会をなめ切っている。この世界で一番会話をした相手はエマだが、彼女はドが付くほどのリアリストで、自分にも他人にも厳しかった。小学校低学年くらいの、彼女がそこまで達観しているというのに。

 

 オンディーヌは助けてもらって当たり前、命を助けられても感謝をせず強制労働だと文句を垂れ、挙句命の恩人に対して呪いをかけるぞと脅しつける、そんな態度を取っている。

 

 エマと比べて、なんと残念なことだろう。オンディーヌの気持ちは理解できるのだが、いまいち同情しきれないのもその辺が理由なのだろうか。

 

「せめて、休日! できれば、有給休暇! 1日くらい良いじゃん、息抜きをしないと人間は人間じゃいられないんだよ、働くだけの人間は機械と一緒なんだよ」

「……そうだね。一応、エマに相談しておくよ。期待しないでね」

「流石ペニー様、話が分かる! あんた将来大物になるよ!」

「もう中年なんだが」

 

 そんな調子のよいオンディーヌにどこか呆れを感じながら。俺とオンディーヌはエマの待つ宿屋へと、まっすぐ帰っていた。

 

 もし、オンディーヌが腹を空かせているならコッソリ屋台でご飯を奢ってやるつもりだったけれど、その必要はなさそうだ。他人の食べ差しとはいえ、かなりの量を彼女は賄いとして食べさせて貰っているらしい。そのボロボロの衣装と比べ、彼女の肌は随分と血色が良かった。

 

 だが、今までオンディーヌとジックリ話す機会がなかったから、迎えに行ってよかったかもしれない。彼女の人となりが知れる、貴重な時間だったと思おう。

 

 

 そんな、危機感薄くノンビリ歩いていた天罰が当たったのだろうか。

 

 

 曲がりなりにも俺は、勇者として魔王を倒す旅の最中である。常在戦場、いつ敵から襲われてもおかしくない旅路だ。だというのに、どうして俺は鼻歌交じりに油断しきって歩いていたのだろうか。

 

 街中である。流石に、こんな場所で敵は奇襲を仕掛けてこないだろう。そんな、思い込みがあったのかもしれない。

 

 

 気が付けば、既に3歩の距離。俺は、剣を振りかぶった敵にまっすぐ突進されていた。

 

「オンディーヌっ!」

 

 とっさに彼女を突き飛ばし。俺はその剣撃を、真正面から左腕で受け止める。

 

 激痛とともに、俺の腕は血飛沫を上げ剣を飲み込んでいく。だが、幸いにも剣は俺の腕を両断することなく、骨と筋肉にに阻まれて停止した。

 

 奇襲する側にとって、何より重要な初撃を防いだ。ここからは、俺の勇者としての自力で叩きのめせばよい。

 

 そんな風に考え、襲撃してきたその剣士を睨み付けたのだが。

 

「────斬らば燃ゆる」

 

 敵は、敢えて俺の腕を両断しなかったらしい。それに気づけなかった俺は、剣を引き抜こうとせず敵に迫っていき、

 

 全身が、青い豪炎に包まれた。

 

「あ、がああああああ!!」

「……」

 

 皮膚が燃え、肉が溶け、息が出来ない。苦痛と熱気と息苦しさで、頭が焼け付きそうになる。白く濁っていく視界の隅に、顔を真っ青にして尻餅をついているオンディーヌが目に映った。

 

「ちょっ……、馬鹿、メロ、やめろ!! それ以上は治療できなくなる!!」

「知らん」

 

 そんな。どこかで聞き覚えのある声が聞こえ。やがて、乱暴に俺の腕から剣が引き抜かれて、支えを失った俺の体はドサリと地面に崩れ落ちた。

 

「……っ、これ、死んだ? あ、まだいきてる、輝ける輪唱の和を以て彷徨える命の息吹を……」

「早く治せ、ミーノ。まだ、僕の気は済んでない」

「もう十分だろ、そもそもこの人はそこまで悪いことしてないし! これ以上やるなら、ボクもう君の旅についていかないぞ!」

「なら、お前もここで殺す。……ちょっとコイツは、調子に乗りすぎだ」

 

 そして、体が癒えていくのを感じる。これは……、いつもの自己回復とは違い、暖かな光に包まれ体が再構成されていく、奇妙な感触だった。

 

 回復魔法、という奴だろうか。

 

「起きろ。もう傷は癒えただろ」

 

 脇腹を蹴られる感触。手をついて顔を上げ、俺はその襲撃者を視認した。

 

 男女の二人組。黒い剣を手に持った、粗野な風貌の男。白いローブを纏った、不安げな表情の少女。

 

 確かこいつら、いつかギルドの受付で騒いでいた二人組の若造冒険者だ。

 

「お前さん方、俺に何の用だ。いきなり随分な挨拶だが」

「……そんなボロボロで格好つけても情けないだけだぜ、オッサン。今日はちょっと断罪に来た」

「断罪だと?」

「カルバ教の勇者たる僕の、この世界を救うためにわざわざ転移されてきた僕の邪魔をして、あげく恥をかかせた罰だ。お前のせいでさ、良い笑い者にされたよ僕は。わざわざお前らの世界のために戦いに来てやった僕をさぁ」

 

 黒剣を俺に突きつけ、その男は薄く笑った。

 

「わかったか? お前の罪の重さが。世界を守るために何でも僕に協力すべき立場のお前が、僕の邪魔をした挙句に笑い者にした。僕が良識的な男でよかったな。普通の人間なら、ふてくされて魔王側についてもおかしくないぞ」

「……成る程、お前さんが勇者ね。女神様ってのは人見る目がないヤツばっかりみたいだな」

「調子に乗るなよ、オッサン」

 

 メロと呼ばれた勇者を名乗る男は、再び俺の胸に黒剣を突き立てる。そして、ニヤリと嘲笑って、

 

「さっきの、もう一回してやろうか? 土下座して、慈悲を乞うなら考え直してやってもいいぞ」

 

 そう、狂気混じりの笑みで俺を脅した。

 

 

 

 

 

 

 これは。もう、良いだろうか。

 

 

 

 

 

「ふぅん、動かないってことは、もう一度────」

 

 その言葉を遮って。俺はその男の、顔面を肘で強打した。

 

 割と、全力である。剣を突きつけ圧倒的優位に立っているからであろう、油断。その油断に、遠慮せずつけ込ませてもらった。

 

 この、至近距離。俺の全力の速度に、常人なら反応すら難しいだろう。仮にも勇者を名乗るコイツなら躱してくるかもしれないので、全力で振り抜いた。

 

 

 

 

 

「……ちょ、ちょおおおおお!?」

 

 女の間の抜けた声が、街に響く。勇者を名乗った黒剣使いは、俺の肘鉄で地面に叩きつけられ、ぐしゃりと嫌な音を立てながら大きなクレーターを作った。

 

 これは……しまった、死んじゃったか。

 

「えっと、吹きすさぶ愛の嵐、あまねく一切の条理の理を廃しかの者に生命の息吹を────、お、おおお!! 良かった、生きてる生きてる」

「よかったな。で、お前もこの男の仲間だな?」

「ひょあああああ!! ボクにヘイト向いてるぅぅぅ!! 違いますって、いや仲間であってるんですけどコイツが暴走しただけでボクは止める気満々でしたって!」

「……」

「メ、メロの馬鹿ぁぁぁ!」

 

 女の方は目に涙を浮かべて、ブンブンと首を振り後ずさりしている。先ほど、俺に回復魔法っぽいのをかけたのもこの女だった。

 

 彼女は、あまり悪人ではないのかもしれない。

 

「……おいオッサン。やってくれたな、もう手加減はしない。お前は殺す」

 

 ぬっ、と。クレーターの中心で、鎧も服もボロボロになった男が、血塗れになり立ち上がった。

 

 しぶとい奴だ。

 

「はっはっは、そんなボロボロで格好つけても情けないだけだぜ、若いの」

「ふ、ふふ。あー、良いだろミーノ、コイツは殺す。僕はこの世界を救ってやる恩人なんだから、これくらいのワガママは許されてしかるべきだろう」

「お、おー、メロが復活した。その、でもここ人気は少ないけど街中だし、被害出るかもしれないから、やるにしろ日と場所を改めて────」

「「かかってこいやオッサン!!」若造!!」

「あー……」

 

 その言葉を皮切りに。俺は男に、再び殴りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者。成る程、この男は勇者を名乗るだけはある。

 

 凄まじい反射神経。強力無比な剣筋に、掠っただけで炎に包まれてしまう攻撃力。

 

 俺が今まで戦った中で、間違いなく最強の敵だろう。その行動原理は幼く自己中心的だが、彼の戦闘能力は確かに目を見張るものがある。

 

 おそらく、あの黒い剣がキーアイテムだ。前の決闘では、あの剣に向けてゴニョゴニョと詠唱している間、アイツは無防備に殴られ失神した。あのアイテムが、強さの秘密に違いない。

 

「本当にムカつくな、オッサン……! 雑魚なら雑魚らしくボコられてろよ……」

「お前みたいな若造に、まだまだ負けてられん」

 

 男の顔が、少しづつ歪んでくる。それは決して怒りだけではなく、疲れが見え始めている。

 

 持久力が無いのだろう。燃え上がる剣を振り回すなんて戦闘方法、魔力と体力の両方を消費しているはずだ。ギルドの魔術師がよくいっている、魔法はすごく燃費が悪いと。

 

 それに、この男はあまり鍛えているように見えない。元々の体力も、大したことがないのだろう。

 

「悪いが僕が最強だ、最強じゃなきゃダメなんだ。オッサン、お前には分からんだろうが僕には背負っているモノの重さが違う」

「自分が最強じゃなきゃ気が済まないってか? ……そりゃ、背負っているモノとは言わん」

「そんな戯けたプライドじゃないんだよ、僕が一番強くないと申し訳がたたないんだ……! 良いから黙って、僕に下れこの雑魚!!」

 

 やがて。勝負を焦ったのか、男の剣撃が大振りになる。黒剣を高く振り上げ、体全体をバネにして炎を纏い凪ぎ払う、隙だらけの一撃。

 

 俺はその凪ぎ払いを、真下から蹴り上げた。

 

「なっ……!」

 

 黒剣は、男の手を離れ天高く舞い上がる。すかさず俺は、蹴り上げた足に勢いをつけ、男へ向かって大きな一歩を踏みしめた。

 

「覚悟しろ、若造。その思い上がり、矯正してやろう」

 

 そして前の決闘同様に、俺はその男の土手っ腹目掛けて拳を振り抜いた。

 

 直後、ぐさりと音を立て、黒剣がすぐ傍の地面へと突き刺さる。

 

 男は呻き声をあげると、突き刺さった剣へ向け手を伸ばし、そしてうずくまった。

 

 決着、という奴だ。

 

「あ、ぁ────何で、僕が────」

「動きが素人同然だからだよ、闘い方ってのがわかってない。もっとも、俺もつい最近までそうだったがな」

「だって、僕は、最強の勇者で」

「最強、最強と煩い。強さなんて、結果論にすぎん。勝った方が強いと見なされる。それだけだよ」

「違う、僕は一番強くなきゃいけないんだ。だから、負けている事がおかしいんだ」

「若いというか、ここまでくると阿呆だなお前は。この剣の性能に溺れたか? 炎も、剣が無いと出せんみたいだしな」

 

 男は膝をついたまま、プルプルと震えて動かない。剣はまだ、うっすらと焔を纏って地面を焼いている。

 

 この火を出す魔法は、おそらくこの剣に付随しているのだろう。男が火を出せるというなら、魔法で攻撃してきそうだ。

 

「お前さんの命まで取りはせんよ。ま、この剣は折らせて貰うがな」

「……は? ま、待て! 僕は勇者だぞ、お前らの為に戦う────」

「こんな剣に頼ってるから、お前はそうなってるんだろ。ちょっとは反省しろ」

 

 この辺がちょうど良い落とし所か。剣を叩き折られたら、この男の自惚れもちょっとはマシになるだろう。

 

 ……こんなのが勇者かぁ。マクロ教の勇者もアレだし、やはり勇者同士でパーティを組むのはやめた方が良いかもしれんなぁ。

 

 ダメもとでもう一度、バーディを誘ってみようか。

 

「やめろ、やめろ、やめろその剣は!!」

「やめて欲しけりゃ、人を見下す悪癖直して心から反省しろ」

「ふざけんな、離せ、その剣を────」

 

 必死の形相。

 

 男は、力に固執しきっている。あれは、放っておくとまずいヤツだ。

 

 荒療治かもしれんが、これも良い薬になるだろう。俺は地面に突き刺さった剣を引き抜き、そして手刀で両断すべく腕を振り上げて、

 

 

 

 

「す、ストーップ!!! はい、注目ーっ!!」

 

 

 

 先程オロオロと俺たちを眺めていた、女の声が響き渡った。

 

「悪いけど、その剣を折られるわけにはいかない! どう考えてもメロが悪いけど、どう考えてもボク達が悪いけど!!」

「……おい」

「貴方の調べはついてるよ、ペニーさんとやら! ギルドで聞き込みしたし、情報屋にお金払って住居も特定してるし!」

「おい」

 

 見れば、女はいつの間にか俺の後ろ側に回り込んでいた。この男との闘いに夢中になっていて気付かなかった。

 

 迂闊。迂闊だ。

 

「おい、何のつもりだ、それは」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい! 貴方には娘さんがいるでしょう。部屋も調べてました! この娘でしょう、貴方の娘は!」

「────っ!! ────っ!!」

 

 女は、抱えていた。見覚えのある、幼き少女を。

 

 俺にとって、この世界で何より大事な、宝物の様なその少女を。

 

「エマちゃん、て言うんだっけ? この娘の命が惜しければ! ボク達に降伏しなさーい!」

 

 猿ぐつわを嵌められ、幼い体躯を揺らして抵抗するその幼女は、エマだった。

 

 女の手で抑え込まれ、刃物を首筋に当てられているその幼女は、エマだった。

 

 目眩がする。

 

 油断した、あの女は比較的良識がありそうだと思っていた。だから放置しても問題ないと、楽観的すぎる判断のもと動向を一切気にしていなかった!

 

 全て。全て俺のミス、自業自得だ。

 

「くそ。くそ、くそ、クソッタレ!! おい女、その娘に傷一つでもつけてみろ。顔面擂り潰して豚の餌にしてやるからな……」

「……ミーノ。助かったけど、お前そんな奴だったのか。流石にどうかと思うぞ、ソレ」

「あれ? あれぇ、ボク味方からも責められるの!? メロにだけは責められる謂れは無いと思うんだけど!」

 

 幼い女の子を人質にとり、刃物を突きつけて脅すその悪魔は、心外そうに叫んでいる。

 

 状況は、一転し最悪だ。こうなれば、俺には何も出来ない。エマが少しでも傷つく可能性がある、そんな選択肢は絶対にとれない。

 

 俺は邪悪の権化を睨み付け、おとなしく地面に手をついた。……降伏である。

 

「エマにさえ、手を出さないなら俺はどうなっても構わん。煮るなり焼くなり好きにしろ、人の皮を被った悪魔め」

「くっくくく! 無様だなぁ、無様だなぁ!! 調子に乗るからそんな結末になるんだ!」

「あ、いや、メロもストップ。ここは痛み分けと言うことでこれ以上は────」

「弱い奴を仲間にしてるからそうなる! 僕はたとえミーノが捕まったとして、降伏したりはしないよ。捕まる奴が弱いんだから、ミーノの自己責任さ!」

「えっ……ちょ、それどーいう事さメロ!!」

「そんな弱い奴、自分の家に置いてくれば良かったんだよ! 娘だからって一緒に連れ回した、お前が弱い! 僕の方が、やっぱり強い!!」

 

 男は、ニヤニヤと満面の笑みで、剣を拾い上げて俺へと歩いてくる。

 

「弱肉強食って言葉、知ってるか? ────死ねよ、弱者」

 

 そう呟くと、男はぐさり、俺の肩に黒い剣を突き刺した。

 

 ……俺は、死ぬのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時。

 

 奴隷少女は一人静かに、黒い髪を揺らして場の成り行きを見守りながら、静かに胸に吊るした呪いの石を握りしめていた。

 

 その目は、真っ直ぐ二人の男女を見据えていた。



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閑話「蒙昧勇者の哀れな生涯」

※ 読 み 飛 ば し 推 奨
※ シ リ ア ス 注 意



男勇者の過去編です。
読まなくても本編を読み進めるに当たって一切影響しないので、暗い話がお好きな方以外はマジでスルーでおkです。同時公開の次話へお進みください。

何故この話を書いたかと言えば、自己満足ですごめんなさい。
勇者君が剣に拘った理由とかの補完です。


「おめでとうございます!! いやぁ、実にめでたい!」

 

 死んだ魚のような目をした少年の目の前に現れたのは、金色に輝く少女だった。

 

「貴方は、選ばれました! 世界を統べる者、あらゆる生命の頂きに立つ者、最強にして最高の存在に!」

 

 少女は金色の髪を振り撒き、猫のような丸い目を細め、少年を祝福した。

 

「貴方には、我々の世界で勇者としての君臨する権利があります! どうぞ、我が異世界においでませ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────少年は、いわゆる引きこもりと言う奴だった。

 

 社会に馴染めず、友人もいない。だが学業の成績は悪くなく、むしろ好成績と言えた。

 

 孤独な少年は考えた。周囲のレベルが低いのだと。周囲が自分を理解しないから、自分はこんなに苦しんでいるのだと。

 

 そして少年は心を閉ざし、誰とも仲良くせぬまま成長していった。

 

 ……少年は、何故引きこもりになったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 ────中学に入る前。少年の父親は、蒸発した。

 

 理由はわからない。ただ、母親は何かを知っているようだった。寂しそうな顔をして、父親の私物を全て処分していた。

 

 そして少年は、母親に引き取られ。収入源を失った少年の一家は、辛く貧しい暮らしを強いられることになる。

 

 少年の幼い心は、人を気遣う余裕を失っていった。

 

 

 ────中学では、虐めにあった。

 

 といっても、ソコまで激しいものではない。喋りかけても無視されたり、たまにモノを盗まれたりする程度だった。

 

 だけど、少年の心を更に閉ざすにあたり、十分な仕打ちだった。

 

 

 

 ────そして少年は、ついに現実から目を背けた。

 

 部屋から出ることがなくなり、母親を怒鳴り散らしながらネットサーフィンに勤しむ、人間の屑へと成り果てた。

 

 こんなありきたりな理由が、少年を引きこもりに仕立てあげた。

 

 少年は自覚している。

 

 このままでは不味い事くらい、分かっている。だが、どうすれば上手くいくのか分からなかった。

 

 いっそ、死のうか。二十歳になる前にして、少年は死出の覚悟を固めてしまった。

 

 決心した彼は行動が早い。その日にネット通販で練炭を購入し、ガムテープで部屋の隅を敷き詰め、届いた荷物を確認して、いざあの世へ行こうと遺書をしたため終わったその時。

 

 

「やっほーー!! 暗い顔して、どうしましたかお兄さん!」

 

 

 場違いに能天気な、少女の声が部屋に響きわたった。

 

 

 

 

 

 

「僕は、その世界に行くとどうなるんだ?」

「申し訳ありませんが、魔王と対決していただくことになります! そこは、その、私の加護を与える代償的なアレだとご理解頂ければ!」

「別に僕に、世界を救ってやる義理なんて無いだろう!」

「いやー、そう言わずそこをなんとか! 貴方ほどの逸材は、そうそういないのです!」

 

 少女は、満面の笑みで少年へ笑いかけた。生来、女性と親しくして来なかった彼にとって、効果は抜群と言える。

 

 少年は照れ隠しに、あれやこれやと強気に少女へ突っかかった。だが、それも全て女神である少女にはお見通しなのだが。

 

「お前、名前は何て言う?」

「私はカルバ、女神カルバと申します」

「何で、僕の前に現れた?」

「では、順を追って説明しましょう! 実は、私以外にも4柱ほど女神って居るんですよ。で、何百年を周期に勇者は女神達に召集され、その都度魔王を打ち倒して来たのです」

「それで?」

「実は、自慢じゃないんですけど、私の選んだ勇者が常にエースとして活躍し続けて来ていましてね! 今回も勇者候補の中でぶっちぎりのスペックを秘めた貴方に、最初に声をかけに来たと言う訳です!」

「そ、そうか。僕がぶっちぎりなのか」

「ええ! 尋常ではない魔力値、鍛えれば鍛えるほどに強くなる肉体、ゲームで限界まで研ぎ澄まされた反射神経とその戦略眼! 貴方は、戦士としても魔法使いとしても超一流の器を持って、頭脳明晰であり咄嗟の反応速度も良い。まさに、欠点なしの化け物です!」

「ほ、ほー。それで、異世界に行くとしたら僕は、具体的に何をすれば良い?」

「まずは暫く旅をして、仲間を募ってくださいな。大概、勇者同士は惹かれ合うのですぐ他の勇者と合流出来る筈です」

「……仲間か」

「まぁ、貴方が一番ハイスペックなので、強さにはあまり期待してあげないでくださいね。そして、旅の最中に魔王の情報を集め、戦闘に慣れて貰い、いよいよ本番。魔王軍と戦争していただきます」

「ふんふん」

「で、魔王をぶっ倒したらそれでハッピーエンドです。こっちに戻ってきたければ戻して差し上げますし、異世界に居座ったとして勇者たる貴方は英雄としてモテモテの人生を歩めるでしょう」

「……そうか。分かった」

 

 少年は、半信半疑だった。

 

 これは性質の悪いドッキリなのかもしれない、とすら疑っていた。

 

「では、うかがいましょう。貴方は、私の勇者様になっていただけますか?」

「ああ、受ける。僕は勇者になる」

 

 だが。既に少年は、自ら死を選んだ身である。もし、本当に異世界に飛ばされるなら、それに越したことはない。

 

 僅かな期待と、どうしようもない諦感を混ぜ合わせ、少年は女神の誘いに乗った。

 

 

 

 

 ───そして、目の前に一振りの黒剣が光に包まれて顕現した。

 

 

 

 

「ならば勇者よ、貴方にはこの剣を授けましょう。我が女神カルバの名において、汝に祝福を授けん……」

 

 女神は微笑みながら、少年の額に口付けをする。やがて、体にうっすらと光が纏い始め、少年は思わず自分の体を見つめ続ける。

 

 その、非現実的な光景を前にして。少年は初めて、異世界転移が現実の話なのだと自覚した。

 

 

 

 

 

「なぁ、女神様。最後に、一人だけ挨拶をしていいか?」

「挨拶ですか?」

 

 少年の心の歓喜は、言葉に出来ようもない。

 

 自分は英雄になれる。自分は最強の存在になる。そんな、夢お伽話の様な現実に、小躍りしたい気持ちだった。

 

 だが、一つだけ。気掛かりがあるとすれば、それは母親である。

 

 自分が急に居なくなれば、母親は混乱し泣き叫ぶだろう。今の今まで、どうしようもない自分の面倒を見てくれた母親に、一言挨拶をして異世界に旅立ちたかったのだ。

 

 ……そして。

 

「母親なら、ソコにいるでしょう。まさか、女神ともあろう者が、老いた親を一人置き去りにするなんて非人道的なことはしませんよ?」

 

 きょとん、と。まずはその女神の言葉を、少年は吟味する。

 

 やがて有頂天だった少年は、知りたくなかった現実に気付いてしまい、顔を凍りつかせた。

 

「あ、本人は納得済みなので気にしなくて良いですよ! 息子が自殺を考えているってお伝えしたら、涙を流して納得してくださいました!」

 

 少年の鼓動が早くなっていく。

 

 まさか、そんな、有り得ないだろう。少年は冷や汗を垂らしながら、今受け取ったばかりの黒剣を見つめて。

 

 その柄に刻まれた紋様が、母親の愛用していた服と同じものだと、気付いてしまう。

 

「貴方のお母様は、貴方が勇者に選ばれたと知って、なんと剣になってくださいました! 異世界から連れてこれる勇者ってのは各自一人だけって協定なんですよねー。でも、こういう裏技を使えば、実質二人分の戦力を、こっちに連れてこられる訳ですよ!」

 

 茫然。

 

 少年は、茫然とその剣の柄を見据えている。耳を済ませば、少年の家にいつも居る筈の母親の気配が、確かに消失していた。

 

「あ、お母様からの遺言を預かってますよ。『貴方が生きていてくれるなら、どんな世界にも行ってきなさい。私は貴方の味方です』ですって。ああ、実に素晴らしい親子愛ですね!」

 

 女神は満面の笑みを崩さず、少年へ語りかける。少年は表情を消して、一人静かにその剣に呼び掛けた。

 

 何やってるんだよ、何てバカなことをしたんだよ、と。

 

 

 

 ────黒剣は、何も答えない。

 

 

 

 

 

 

 

 少年は、女神と契約する。

 

 全て終われば、母親を元の人間へ戻すようにと。

 

 ────そして魔王を倒すため、少年は異世界を駆けだした。

 

 

 

 




※まとめ

女神セファの勇者選定基準
・最低限の倫理観さえあれば、後は実力重視

女神マクロの勇者選定基準
・無条件で他人を愛せて、慈しめる人

女神カルバの勇者選定基準
・本人の実力の高さに加え、周囲に本人の為に命を投げ出せる存在が居ること

女神テトラの勇者選定基準
・不明

女神キノの勇者選定基準
・不明


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第十五話「何言ってんだコイツ」

「くっくっくっくっく……」

 

 少女の高笑いが、街道に響く。

 

「あっはっはっはっは……」

 

 どうしたものか。いや、本当にこれはどうしたものか。

 

 エマは、困惑しきった目でその少女を眺めている。

 

 男は、警戒心を剥き出しにその少女を睨み付けている。

 

 そして女は簀巻きのエマにナイフの刃を押し当てながら、胡散臭そうにその少女を見つめていた。

 

 

「お前ら、もう謝っても遅いぞ……」

 

 

 ザッ、と音を立て、少女は自らの髪を凪ぐ。バサリ、と世界が嫉妬するほど潤いのある黒髪が、視線を浴びて揺らいでいる。

 

「そこの通り魔二人組に告ぐ!! お前達はもう私に呪われている!! 命が惜しければ、今すぐ土下座すると良いわ!!」

「……さっき『謝っても遅い』て言わなかったか?」

「そんなの言葉のあやさ、ペニー様ぁ!!」

 

 死を覚悟した俺を救うべく、凶悪な男と俺の間に割って入った少女(オンディーヌ)は、どや顔で高笑いを決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 場になんとも言えない、しらけた空気が流れ出している。

 

 オンディーヌは命を賭けて、無様な俺を助けに入ってくれたのだろう。その行動には、いくら感謝してもしたりない。

 

 ……なの、だけれども。

 

「えっと貴女、何者? 貴女に呪われるとどうなるの?」

「よくぞ聞いてくれた! 私は貴重な呪術師の生き残りにして、ペニー様の忠実な奴隷!!」

「奴隷なんだ……」

「ペニー様とエマ様死んだら自由だから、ちょっと迷ったけど……。どう見ても貴様らが悪いし、良識にしたがってペニー様に味方するよ! 上手く活躍したら奴隷から解放してねエマ様!」

「……否定出来ない、どう考えても悪者はボク達だよね。ううう、どうしてこんな事に……」

 

 そう張り切りまくっている彼女に、正直に言ったら怒るだろうか。

 

 オンディーヌには、素直に逃げてもらった方がよかった。彼女が助けになるとは思えない。

 

 気持ちは嬉しい。彼女に過酷な労働を強いている側だというのに、命がけで俺達に味方してくれるなんて思っても見なかった。

 

 だが、相手が悪い。

 

 男は尋常でない強さを誇る勇者だし、女は幼女に刃を向けるサイコパスだ。どちらも口八丁で止まる相手じゃない。そもそも本当に呪術師だと、信じてもらえるかも怪しい。

 

 俺は不安げにオンディーヌ見守った。俺を庇って仁王立ち、不適な笑みを崩さない我らが奴隷少女を。

 

「私に呪われてしまったお前らは……。くくく、お前らは一生辛い十字架を背負っていけねばならんのだ……」

「じゅ、十字架?」

「絶望しろ! お前らは一生、眠りにつくことが出来なくなった! 特に女子のお前、お前のお肌は死ぬまでカサカサだ!!」

「何!? その絶妙に嫌すぎる呪い!!」

 

 がびーん、とショックを受けた悪魔女。

 

 確かに絶妙に嫌だよな、それ。不眠症は思った以上に辛い。だが、それがどうしたと言われたらそれまでである。

 

 さて、ここまでの展開は予想通りだ。果たして、こんな脅しであの男は止まるだろうか。

 

 いや、止まる訳がない。あの傲慢な男は、きっとオンディーヌに剣を向けて脅迫を始めるだろう。

 

 呪いを解くようにと。

 

 

 ……そうか。

 

 

 オンディーヌに剣が向いたその時、俺は僅かな時間自由になる。奴らは俺が、勝手に傷が癒えていく勇者だと知らない。もしかしたら、エマを救出するチャンスが出来るかもしれない。

 

 まさか、それが狙いなのか。言葉で説得できなかったとして、自分を危険な状況に陥いらせてでもエマを助ける機会を生み出すのが、オンディーヌの策なのか。

 

 ……そこまで考えていない可能性の方が高そうだ。だが、敢えてそうだと信じよう。

 

 これで上手くいったなら、オンディーヌにはいくら感謝してもしたりない。俺は静かに傷が癒えるのを待ち、陽動をオンディーヌに任せてエマを奪取する機会を伺い続ける事にした。

 

 

「さー? どーする暴漢ども、おとなしく土下座して可愛い賢いオンディーヌちゃんの慈悲を乞うか、それとも一生重たい十字架を背負い続けるか!」

 

 

 もし、俺の考えている通りなら。あのムカつく顔での挑発も、彼女の計算のうちなのだろう。

 

 何だろう。俺は彼女を役立たずと決めつけていたが、ひょっとしたら彼女は物凄く有能な人間なのかもしれない。

 

 彼女は、今紛れもなく敵の注意を一手に引き集めている。

 

 しかも、呪いの詳細を聞いた女の方は、顔を青くしてビビっている。これは案外、上手くいくんじゃないか────

 

 

「ニーノ。お前、自分に睡眠呪文かけてみろ」

「ん? ボクが?」

「出来ただろ、睡眠呪文。呪いが本物かの実験だ」

 

 

 男勇者はオンディーヌを睨み付けたまま、そんなことを言い出した。

 

 ────成る程、用心深い。ひねくれた性格の、あの男らしい。

 

「このガキは俺が見ててやるから、お前は自分を寝かせてみろ」

「あ、うん。分かった────」

「ちょっと待て、それはあんまりお勧めしないかなー! オンディーヌちゃんは、寝るなら夜が良いと思うぞ!」

 

 

 

 

 そんな二人の様子を見たオンディーヌは、冷や汗を浮かべて叫突然にびだす。

 

 何だ、睡眠呪文をかけられると不味いのか? それともまさか、そんなことはないとは思うが、まさか?

 

 

 

「……うん、今からボク睡眠呪文唱えるね。せせらぎの音、不死鳥の音、おおらかな闇に包まれて────」

「止めた方が良いって!! 睡眠呪文だけはマジで止めた方が────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして 女は すやすやと 眠り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、オンディーヌ」

「何でしょ、ペニー様?」

「…………まさか、ハッタリ?」

 

 嘘だと言ってくれ、オンディーヌ。

 

 

 

 

「てへぺろ」

「ハッタリかぁぁぁぁ!!」

 

 俺から目をそらし恥ずかしげに舌を出すオンディーヌを、思わずぶん殴りそうになった俺は悪くないだろう。

 

 最初から嘘だった。拾った時からの呪術師うんぬんも、眠れなくなる呪文うんぬんも、全て嘘だった。

 

 俺は一月以上、オンディーヌに騙され続けてきたのだ。

 

「いや、その私、一応気を引くつもりだったんだよ? まさか呪いの真偽を試されるとは思わなかった、メンゴ♪」

「あー、いや……何と言えば良いか……」

 

 その、行動は有り難い。実際、上手くいけばエマを救出できたかもしれない。

 

 だからこそ、文句は言えないし文句は言わない。だけど何だろう、こう、ソコはかとなく残念な気持ちで溢れてくる。

 

 オンディーヌは、残念と言う概念の化身ではなかろうか。

 

「おい、奴隷」

「ヒョッ! あー、えー、私は悪くありません! 今のは全て、ペニー様の命令通りに行動しただけです! ハイ、そんな感じ」

「オイコラ」

 

 物凄い勢いで手のひらを返し、男に媚び始めたオンディーヌ。もういい、彼女は置いておく。

 

 今もなお、エマのすぐ傍で男は剣を片手に立っている。眠ってしまった女の仲間を、蹴り飛ばして起こしている。

 

 隙がありそうで、隙が無い。

 

「あ痛ったー!! は、ボク、寝てた?」

「…………」

「あ、さてはメロだな蹴っ飛ばしたの! 女の子蹴っ飛ばすって、どういう了見なのさ! ……にしても、寝れたってことはハッタリだったのかな?」

「……黙ってろ、ミーノ」

「人を蹴り飛ばした挙げ句、黙ってろと来たよ! 何でボクはこんなのと旅してるんだろ……」

 

 女の方も目を覚ました。これで、詰み。

 

 もういい、おとなしく殺されてやろう。エマが無事なら、それでいい。

 

 下らない人生だったが、最後の最後に宝物(エマ)と出会えたし上等な死に様だろう。

 

 ……俺は項垂れ、男の到着を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうか、許してくれ」

 

 

 

 

 

 そんな俺の耳に聞こえてきたのは、謝罪だった。

 

 

「俺は、死ぬ訳にはいかん。この娘も解放するし、払える範囲なら金だって出そう。だから、どうか呪いを解いてくれ」

 

 

 男は、膝まずいていた。

 

 オンディーヌに言われた通り、地面に顔を伏せ、土下座をして謝っていた。

 

 

 

 俺は呆気に取られる。

 

 それは、女の方も同じらしい。180度態度を改めたその男を、ギョッとした顔で見つめていた。

 

 呪いとは、まさかオンディーヌの呪いの事だろうか? だがそんなものは元々存在していない。全て彼女のハッタリに過ぎなかったと分かった所だ。

 

 あの男は、何故頭を下げている? あの男は、何に怯えて謝っているんだ?

 

「…………メロ?」

「良いからお前も頭を下げて謝れ。特に、子供を人質に取ったお前の心象は最悪だぞ」

「いや、それは君の剣を守るためで!! ……と言うか、何をそんなに怯えてるの?」

 

 女にも分からないらしい。怪訝、そう顔にかいてある。

 

 オンディーヌからしてもそうだろう。存在もしない呪いに怯えられて、土下座されても反応に困るに違いない。

 

 俺は、チラリとオンディーヌの表情を伺った。一体、どんな顔で男を見つめているのかと。

 

 

 

 

 

 見下した目だった。

 

 氷のように冷たい目で、オンディーヌは男女二人を見下していた。

 

 

 

「へぇ。知ってたんだ、私の呪い」

 

 それは、誰の声だろうか。

 

 明るくひょうきんで、残念さ溢れるオンディーヌから発せられたその声は、底冷えするような冷徹さを帯びている。

 

 豹変。目を漆黒に染め上げたオンディーヌは、顔から一切の笑みを消して、小さく呟いた。

 

「…………私に謝れるなんて。運の良い奴」

 

 その声を聞き。俺は、言い様のない恐怖に捕らわれ、思わず彼女からのけ反った────

 

 

 

 

 

 

 

 ……一方。

 

 エマは、急に雰囲気の変わったオンディーヌを、終始『何言ってんだコイツ』といった目で眺めていた。




※作者からのお願い

男勇者が、いきなりオンディーヌに謝りだした理由に気付いている方も多いと思われます。
ですがどうか、感想等でネタバレをされぬよう御慈悲を頂けると幸いです。

ただし、気付いていらっしゃらない方が、予想を書き込んでくださる分には構いません。むしろ歓迎いたします。


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第十六話「水妖精の呪い」

 水妖精(ウンディーネ)は、恋をした。

 

 人間の男に、恋をした。その人間と一生を添い遂げるため、水妖精は王に人の世界へ行く許しを乞いに行った。

 

 だが、王は認めなかった。人間と妖精の恋を。

 

 人間は傲慢だ。いつか裏切るに決まっている。水妖精は飽きて捨てれるのがオチだと。

 

 水妖精は、反論した。

 

 あの人間は、そんな性格ではないと。私以外の存在に目が向くことはないはずだと。

 

 そして、王の前にこんな約束をした。

 

『ならば彼を呪ってください。私以外に愛情を向けたら、二度と目が覚めぬ呪いをかけてください。きっと大丈夫、彼は私だけを見てくれるはずだから』

 

 だがしかし。

 

 その男が、二度と目覚めぬ眠りにつくまで、数年とかからなかった。

 

 やはり王は正しかった。水妖精は悲嘆にくれ、二度と目を覚まさぬ男の前で独り、泣き叫んだと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────場は、静寂に満ちていた。

 

 武器を捨て、額を大地に擦り付けた男。そらを困惑した表情で見つめる女。

 

 そして、豹変したオンディーヌ。いつもの明るさは鳴りを潜め、無言で冷たく男女を見下している。

 

 その視線に耐えきれず。女は、男にすがるよう口火を切った。

 

「……メロ? その、ボクに分かるように状況を説明してくれると嬉しいな、なんて────」

「ミーノ、とっとと土下座しろ。オンディーヌとあの女は名乗っただろ? そして扱うのは、眠れなくなる呪いと来たもんだ。明らかに、狙ってやがる」

 

 一方で男は、拳を握りしめ唇を噛んで震えている。

 

 悔しそうに、忌々しそうにオンディーヌを見つめながら、男は額に血が滲む勢いで地面に顔を擦り付け続けている。

 

「オンディーヌ、とやら。どうすれば呪いを解いてくれるんだ? まさか解けないなんて言わねぇよな」

「安心して、ちゃんと解けるよ。ただし、エマ様の解放が先。いつまで私のご主人を簀巻きにしてるつもり?」

「……分かった」

 

 相変わらず、オンディーヌは氷モードだ。

 

 そんな彼女の『命令』を聞いた男は、無表情にエマの拘束を引き千切った。彼女のか細い四肢を縛っていた縄がほどかれ、エマは自由の身となる。

 

 安堵の息を吐いたエマは、噛まされた猿ぐつわを自分でほどき、微妙に女を警戒しつつ裸足で俺に向かって逃げ寄った。

 

「エマ、エマ!!」

「ペニーさん! ごめんなさい、私、足引っ張って……」

「何言ってんだ、俺が油断したのさ。すまない、二度とエマちゃんにこんな恐ろしい思いをさせはしない。良かった、お前が無事で良かった……」

「ぺ、ペニーさん……、あう、人が見てる……」

 

 近付いてきたエマを、迷わず胸に抱き込む。

 

 幸いにも、彼女に殆ど怪我は無いらしい。エマの鼓動を感じ、安堵で涙が目に浮かんできた。

 

 俺は、エマ抱き締めたまま静かに涙を溢した。この娘の首筋にナイフが当たっているのを見て、気が気でなかったのだ。

 

「……あう、あう」

「もう大丈夫だ、エマちゃん……」

 

 感動の、対面である。俺もエマも感極まり、時が止まったかの如く無言で抱き合い続ける。

 

 向こうの女はすごく居心地悪そうに、そんな俺達を見ていた。あの悪魔、一丁前に罪悪感を感じているらしい。

 

 エマに危害が及んだのは、全てあの女のせいである。後で思い知らせてやるから覚悟しろ。

 

「その、ペニーさん。怖かったから、その、元気が欲しいです」

「……元気か?」

「その、お口の元気というか……」

「ああ、挨拶のことか。目を瞑って、エマちゃん」

 

 余程怖かったのか、エマちゃんは甘えモード爆発だ。人前ではクールに振る舞うことが多いのだが、命の危機に立たされてまだ動揺しているのだろう。

 

 公衆の面前でデレモードの彼女の頭を撫で、そして目を瞑っているエマを勇気つけるため、俺はエマと口付けを交わした。エマはよく、両親と口付けをしていたらしい。

 

 最初にせがまれた時はキスかと思って焦ったが、この世界では単なる親愛表現のようだ。だからセーフである。

 

「ん、んちゅー」

 

 セーフである。

 

「……あの、オンディーヌさん? これ、これはどうなの? 実の娘相手にディープキスって、実際どうなの!?」

「うるさい! 恩があるから目を瞑ってるんだよ! あと本人達は幸せそうだし! 実の娘だったらセーフで! ……実の娘、だったよね?」

 

 外野が、なんかうるさいなぁ。せっかく感動の対面なんだから、空気を読んでほしいもんだ。

 

 というか、氷モードのオンディーヌが普段の雰囲気に戻った。そっちの方が親しみあって良いぞ、オンディーヌ。

 

「ところで、その。そろそろメロが土下座してる理由を教えてほしいんだけど……」

「あの女にヤバい呪いをかけられたからだ。僕も、お前も」

「え、でもボク、普通に眠れたよ?」

「普通に眠れていないよ。お前、僕に起こされなかったら死んでたぞ」

 

 男は土下座の体勢を崩さぬまま。オンディーヌの呪いについて、静かに語り始めた。

 

「知らないのか、水妖精の呪い(オンディーヌ・カース)。水妖精であるウンディーネは、フランス語でオンディーヌと読むんだよ」

「……メロが何か博識っぽいこと言い出した」

「茶化すな、聞け。フランスにおける水妖精の有名な戯曲に、こんなものがあるんだ。『水妖精は浮気性の男に、浮気をすれば眠れなくなる呪いをかけた』」

「眠れなくなる呪い? それって、あのオンディーヌって娘の……」

「そうだ。オンディーヌの呪いは『寝れなくなる』呪いじゃない、『眠れなくなる』呪いなんだよ」

 

 えっと。ウンディーネって、確かスマホゲーとかでよくあるあの水属性の精霊だっけか?

 

 知らなかった、フランス語で水妖精(ウンディーネ)はオンディーヌ、と読むのね。

 

 ……いや、おかしいだろ。何で異世界で出会ったこの娘が、フランス語の水妖精を名乗るんだ? 

 

「……それ、何が違うのさ? 眠れなくなるのも、寝れなくなるのも一緒じゃん」

「やっぱ鈍いな、ミーノ。オンディーヌの呪いってのは、眠れば死ぬ病なんだよ。『寝る事が不可能』になるんじゃなくて、『寝れるけれど、寝ると死ぬから眠れない』呪いだ」

 

 そこで言葉を切り。男は、若干の怯えを孕んだ目でオンディーヌを見上げた。

 

「オンディーヌに呪われると『眠っている間に、息が出来なくなり死んでしまう』と言われる。これが、眠れなくなる呪いと言われた由縁だ」

「……眠っている間に、息ができない?」

「僕はゲーマーだったお陰で、モンスターだのの知識は深くてね。それを知ってたから、さっき確かめたんだ。……寝ている時のミーノが、息をしているかどうかを」

「……え。え?」

「感謝しろよ。僕が蹴りとばさなきゃ、ミーノはあのまま窒息して死んでた」

 

 ぞくり。

 

 その恐ろしい呪いを聞き、俺の背筋が寒くなってくる。

 

 もし、男がオンディーヌの呪いに気が付かなければ。今夜二人は何も知らずに眠りについて、そして誰も知らぬうちにひっそりと窒息死していたのだ。

 

 いや、呪いの詳細に気付いていたとして、オンディーヌに呪いを解いてもらえなければ彼らは2度と眠ることができない。むしろ、この呪いを知っていた方が苦しいのかもしれない。

 

 どんなに疲れていても、絶対に床に入ってはいけないのだから。彼らは24時間ずっと死への恐怖に怯えながら、意識を保つべく起き続け、眠気と戦うため自らを傷付け、そしていつかは微睡んでしまって窒息死する。

 

 …………それは、どれだけ惨たらしい呪いだろう。

 

「────本物だ。水妖精の呪い(オンディーヌ・カース)、彼女の扱う呪いの正体はそれだ。そして、オンディーヌなんて皮肉の聞いた名前を名乗ってる当たり、奴の素性も想像がつく」

 

 その、土下座してオンディーヌを見上げる男の推理を、面白そうに彼女は見下し聞いていた。

 

 その表情は、相変わらず冷酷なまま。

 

「オンディーヌ。お前は、地球出身の人間だ。つまり、女神に遣わされた勇者だな?」

「ご名答、よく知ってるね色々と。正解、私はキノ教の勇者オンディーヌ。こっちに来てからは、呪術師オンディーヌって名乗ってる」

「勇者に呪われたんじゃ、解呪師が解呪出来る程度の呪いとは思えん。そもそも、解呪出来る人がいるかどうかすら怪しい。……俺たちの負けだ、命が惜しければ土下座するしかない」

「え? はぁぁぁぁあ!?」

 

 女は絶叫し、怯えきった目でオンディーヌを見つめ。男は、観念したのか項垂れて土下座の体勢を取り続けている。

 

 だが、俺には聞き逃せない一言があった。

 

 今、男は何といった? 勇者? オンディーヌが、勇者? この残念感溢れる奴隷少女が、勇者?

 

「あっはっは!! ペニー様、何だいその顔! 奴隷にした相手が勇者とは、流石にびっくりかな?」

「いや、驚いたというか。あ、いえ、勇者? 勇者何で?」

「くっくく。考えてもみなよ、私みたいに貧弱な女が盗賊集団に捕まって簡単に逃げ出せると思った? ……ちょっと遠いけど、私達が出会った辺りの山に戻ってみたら分かるよ」

 

 オンディーヌは流し目に、ニヤリと笑って首に吊り下げた石を握る。

 

「近くの山には、眠ったように死んでる盗賊共の遺体が山積みに並んでるさ。私に呪われて死んでいった人買い達の遺体がね」

 

 ……え、ええぇ、怖っ!! 何それ怖っ! オンディーヌの奴、たった一人で盗賊団を壊滅させて逃げ出したのか。

 

 言われてみれば確かに、こんなにどんくさくて貧弱で弱そうな少女が、人買いに捕まってあっさり逃げ出せるなんて妙な話ではあった。

 

 と言うか。オンディーヌ、さっきからあの二人に触れるどころか、近付いてすらいない様な。

 

 つまり、彼女は触れずとも人に『眠れば死ぬ呪い』をかけられる訳で。遠距離から問答無用で即死攻撃出来るって、最強じゃね?

 

「な、なぁオンディーヌ、呪いをかける条件とかってあるの?」

「……目で見える範囲なら誰でも呪えるぞ、ペニー様。見つめて呪詛を放つだけだ」

「ひ、ひいいぃぃぃ!?」

 

 あかん、最強だ。常時発動できる長距離の即死攻撃持ちって、ヤバすぎるだろそれ……。

 

「つ、強すぎないかオンディーヌ……」

「……いや。こいつは下級モンスターの捨て身特攻に弱い、呪いそのものにも弱点も多そうだ。敵が眠らない限り、殺せない訳だからな」

「そーなの。私としても、もう少しまともな祝福が欲しかった。色々とピーキー過ぎるよ、これ……」

 

 あ、そーか。水妖精の呪い(オンディーヌ・カース)は攻撃面は強力だが、防御面は弱い……と言うか、防御力は皆無。

 

 でもさ、裏を返すと彼女は誰かに守ってもらえさえすれば、その能力を存分に発揮できる訳で。勇者パーティを組む前提なら、やっぱり最強なんじゃないか?

 

「だから、お前はよくそのオッサンに守ってもらえ。悪いが僕はキノ教の勇者と共に旅をするつもりはない。そっちもそうだろ?」

「うん、了解。うちのキノ様も、テトラ教とカルバ教の奴等にはつきあうなって口酸っぱく言ってた。あんた達と行動を共にするつもりはない」

「ん? 勇者同士なのに、パーティ組まないのかお前ら」

 

 だが。意外なことに、オンディーヌはこの駄勇者とパーティを組むつもりはないらしい。

 

 今俺が勇者であると明かせば、この面子でパーティを組むのかと少々辟易していたのだが。

 

「勇者全員でパーティを組むのは、最終決戦だけだ。基本、女神同士は仲が悪いからな」

「信仰心の奪い合いしている、商売敵だもんね。私が一人で活躍すれば、それはお伽噺となって後世で信徒を増やす事になるの。てなわけでペニー様、今後も貴方の旅に加えて欲しい。あと、ついでにキノ教に入信して、一緒にキノ様を称えてくれたら嬉しいな」

 

 あ、そうなんだ。5人で協力して魔王を倒せって聞いてたから、勇者同士でパーティを組むもんだと思い込んでいた。

 

 女神にも派閥とかはあるのね。それで、自分の選んだ勇者が活躍すればするほど、後世の信徒が増えていくと。

 

 ……俺が活躍すれば、幼女神ロリータ様の信徒も出てくるのだろうか。なんかやる気が出てきた。

 

「あ、ああ。いや、そうか、よろしく頼む。俺はもう別の宗派に所属してるから、キノ教に入信はせんけどな」

「そりゃ、残念」

 

 そんな、勇者な彼女(オンディーヌ)はどうやら今後、俺の旅に加わって貰えるらしい。

 

 期せずして、俺は既に強力な範囲攻撃を持った仲間を得ていた様だ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ところで、ウンディーネだの呪いだの、何の話をしてるんですか彼等は?」

 

 その傍ら、俺達の世界の妖精の話なんか知らないエマは、オンディーヌを胡散臭そうに見つめているだけだった。

 

 話についていけず不満げに、俺の腹をツンツンとつついている。可愛い。後で説明してあげよう。

 

 ついでに、俺の素性もオンディーヌには話しておくか。この二人組のいる前で、話すつもりはないけど。




解説
本文中に書いた通りオンディーヌはフランスにおいて、水妖精(ウンディーネ)と同義です。ウンディーネと聞けば、パズドラ等でご存じの方も多いのではないでしょうか。
「オンディーヌの呪い」の元ネタとなった戯曲では、オンディーヌ本人が呪いをかけた訳ではなく妖精の王がオンディーヌの恋人に呪いをかけました。

この呪いが有名な理由は、『現実に存在する』呪いであると言う点でしょう。中枢性睡眠時無呼吸症候群/先天性肺胞低換気症候群と呼ばれる、『寝ている間に息ができない病気』をの存在が明らかになった時、1900年代にフランスの医師が戯曲になぞらえて『オンディーヌ・カース/水妖精の呪い』と称しました。なお、現在この呼び方は医学界では使われていません。

水妖精(ウンディーネ)の知識を持っておられる方、あるいは「オンディーヌ 呪い」で検索された方は、彼女の呪いの詳細にピンとこられたのではないでしょうか。


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第十七話「幼女神キノ」

「……」

 

 夜。

 

 あの忌々しい二人組によりエマに怖い思いをさせてしまい、オンディーヌに助けられて九死に一生を得た日の、その夜。

 

「一般人であるお前を巻き込みたくなかったんだ、隠してて悪かったなオンディーヌ。────つまり、俺も勇者なんだ」

 

 自らを勇者と明かしたオンディーヌに応えるべく、俺も自らの出自を明かした。日本に生まれ、平凡に暮らし普通の生活をしていた中年の男だと。そして、この世界で体験したことやエマとの出会い、マクロ教の話、すべてを包み隠さず話した。

 

 彼女は、そんな俺の話を黙って聞いていた。時おり相槌を挟みながら、目を見開いて冷や汗を垂らし、俺の話を聞き入っていた。

 

「以上で、俺の話は終わりだ。……魔王、って奴がどんなモンかはよく知らねぇけど、ソイツがエマに危害を加える存在なら容赦をするつもりはない。オンディーヌ、どうか俺に力を貸してほしい」

 

 そして。俺は全て話を終え、黙りこくっているオンディーヌに向き合って。これから共に戦う仲間(オンディーヌ)に向けて、俺は静かに微笑みを見せた。

 

 

 

 

 

「────女神キノ様の名において、この者に呪いの裁きを。水妖精の呪い(オンディーヌ・カース)!!」

「ぐあああああああああ!!」

「ぺ、ペニーさん!!?」

 

 オンディーヌ の こうげき!!

 

 俺 は 呪われた。

 

 

「ちょっと待てや。エマ様は、この幼女はアンタの娘じゃないんかい!!」

 

 話を聞いたオンディーヌはお怒りだった。それはもう、大変にお怒りだった。

 

「オンディーヌ、何をしてるんですか! 何でペニーさんを呪ってるんですか!」

「の、呪われたぁぁぉ!! し、死ぬぅぅう!!」

「いや、だって。だって、だってさぁ!!」

 

 怖い。オンディーヌの呪い、怖い。必死で命乞いをしようと彼女を見上げ、目が合う。

 

 俺を指差し怒鳴るオンディーヌは、目が据わっていた。養豚場の豚を見るような残酷な目で、俺をまっすぐ見据えていた。

 

 いかん。奴は本気だ。

 

「誤解だ、オンディーヌ。お前はこの俺を変態と思っているようだが、それは全くの誤解で────」

「エマ様、ペニー様、あんたらの信仰している女神の名前、何て言った?」

「幼女神ロリータ様です」

「確信犯だろ!! 確信犯なんだろ!? 馬鹿にしやがってこのロリコン屑ヤロウが!!」

 

 ……しまった、言い訳できない。

 

「そ、それで、それでエマ様との関係はなんだって?」

「この世で何より大切な宝物だ」

「その、口に出すのは、少し恥ずかしいです」

「誤解の余地がないよ!! 昨日助けに入ったの後悔し始めてるよ! なんでこんなクズ助けちゃったの私!!」

 

 ぶんぶん、と頭を抱えて喚くオンディーヌ。いや、割と誤解の余地は多いと思うのだが。まぁでも、確かに幼女神ロリータは不味かったな。

 

 さぁて、困った。俺はよく知っている、こうなった女のヒステリーが止まる事はない。誤解だというのに、その誤解を解く術がない。

 

 まだまだ若いが、オンディーヌは立派に女だ。ヒステリックに他者を非難し、話を聞かず感情混じりにわめき散らす女だ。

 

「ペニーさんはクズなんかじゃありません!! 私を、たった一人だけ私を信じてくれて、助けてくれて!」

「え、あ、そうなんだけど! やってることは正しいし、エマ様助けたのは正直感心してるんだけど、でも……でも結局コイツはただのロリコンなんだよぉぉぉぉ!!」

「オンディーヌ。子供が好きで何が悪い」

「開き直った!?」

 

 どうせ、喚き散らされるのならば。俺は変に否定せず、真っ正面から宣言してやろう。

 

 案外、その方が女も呆れ果てて黙りこくる筈だ。俺は呪い殺されるわけにはいかないし、土下座でもして呪いを解いてもらうしかない。

 

「子供は宝だ。未来へと続く、命の奔流だ。俺は、子供を守るためなら何でもする」

「お、おう」

「エマにはもう、身寄りがない。俺以外に頼る人間はいない。俺は死ぬわけにはいかん、オンディーヌが俺をどう思おうが気にしないが命だけは助けてくれ」

「あ、でも、えっと」

「この通りだ!」

「ぺ、ペニーさん。そんな、オンディーヌごときに頭を下げなくても!」

「オンディーヌごとき!? 私、エマ様の中での位置付けどれだけ低いの!?」

 

 土下座。土下座。

 

 この謝意に溢れた体勢をみよ、オンディーヌ。大の大人の、中年のオッサンの土下座だぞ。見苦しかろう。

 

 これでも、この俺を許さないと言えるのか!?

 

「あまり調子に乗らないでください、奴隷風情が」

「はい? エマ様?」

 

 情けない大人の土下座に硬直しているオンディーヌは、近付いてきたエマに背中を触られるまで棒立ちしていて、

 

奴隷虐(ドレッド)

「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!」

 

 苦悶の絶叫と共に、オンディーヌは激しく痙攣し始めた。

 

 な、何これ?

 

「い、痛たたたたぁぁぁ!! やめ、やめて、やめろぉ!?」

「……奴隷は、基本的にご主人に逆らえないんです。逆らうとこうなる訳で」

「あが、あがががががが」

「オンディーヌ、貴方の主人は私です。……もし、ペニーさんの呪いを解かなければ、分かりますね?」

「分かっ……分かっ……ゆるっ……してっ……」

「分かりますね?」

 

 ……あ、奴隷ってそういう感じなんだ。白目を向いてビクンビクンと震えているオンディーヌは、そこはかとなく哀れだった。

 

「エマ、昨日はオンディーヌに助けてもらった訳だし、そろそろ」

「ペニーさんの呪いを解くまでは止めません」

「とくっ……解くからぁぁぁ!!」

「エマ、それ以上いけない」

 

 苦悶に悶えるオンディーヌの顔がお嫁にいけない顔になってる。そんなに痛いのか、アレ。

 

 他人を苦しめて喜ぶ趣味はない、そろそろ助けてやろう。

 

「エマちゃん? オンディーヌ死んじゃうよこれ」

「心配しなくても大丈夫ですよペニーさん。この魔法は痛みを与えるだけで、怪我したり死んだりしませんから。のたうち回ってどこかに頭をぶつければ、話は別ですけど」

「解説してないでっ……!! 早くっ解放っ……!!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奴隷契約が終わったら……覚えてろ……」

「まだ反抗心ありますね。ま、見ててくださいペニーさん。すぐに従順な下僕へ生まれ変わらせます」

「いや、オンディーヌは旅の仲間候補で……。というか、今の魔法なに?」

「私はまだ奴隷商品を扱った事がなかったので、市場で学んで来ました。反骨するプライドをへし折るのがコツだそうです」

 

 朗報、エマちゃん奴隷の扱い方を習得する。

 

 ……やばいなぁ。エマちゃんの性格、どんどん歪んでいってないか。この世界の倫理観そのものも冷たいけど、それでもエマちゃんには人を信じる良い娘に育ってほしいのに。

 

 一応、庇っておこうか。この二人が不仲になれば、いつかオンディーヌがエマちゃんを呪いかねない。

 

「エマちゃん、奴隷扱いはそろそろやめないか? オンディーヌは一応勇者で」

「そこも腹立たしいポイントです。キノ教の勇者なら、奴隷落ちしたとしてもキノの教会が資金援助してくれるに決まってるじゃないですか」

「……あっ」

 

 ……あっ。

 

「なのに、わざわざ身分を偽ってなぜ私達に付きまとったのですか? きっと、腹に何か後ろ暗い考えを潜めているのでしょう。我々も急ぐ旅路です、手早くまとまったお金を返してくれた方が助かったのに」

「……あー」

「で、いつでも解放される事が出来たのに、わざわざ私達に付きまとった理由はなんですかオンディーヌ?」

「…………てへへ?」

「思い付いてなかったのかオンディーヌ」

「……所詮オンディーヌはオンディーヌですね」

 

 オンディーヌは居心地悪そうに、目を左右へ振りながら頬を掻いている。気付いていなかったようだ。

 

 俺自身、今までそんな考えはなかった。勇者なら自分の神様の教会に行けば資金援助を受けられる。そりゃ、そうだ。

 

 ……なら俺も、あのババアの勧めた教会に行けばもっと手軽にお金が手に入ったのか……? そういや、あの男女勇者二人は、実践経験少なそうなのにそれなりの装備揃えてたな。

 

 あの二人も、教会に援助してもらって装備を揃えていたのか。俺、自分でお金を稼ぐ必要なかったじゃん。

 

 

 

 ────問題はあの女神(ババア)の名前が一切分からないことだ。それとなく、それとなくこの二人から他の女神の話を聞けないかなぁ。

 

 

 

「じゃ、今からキノ教の教会に行きます? 借金を全額足揃えて返していただければ、私達としてはこれ以上貴女に関わるつもりはないのですが」

「了解ですエマ様。これで、これでやっと人並みの生活が……」

「これで、やっと元の二人旅。一安心です」

「あ、結局オンディーヌは俺達と旅しないのか?」

「あー。ペニー様、勇者同士でパーティ組むのって仲が良い女神同士じゃなき基本ダメなんだって。幼女神ロリータとか言うよく分かんない女神はちょっと……」

「それはロリータ様に対する侮辱ですか?」

「ヒエッ、狂信者……」

 

 ま、そんな神様いないんだけどな。俺が勝手に崇拝してるだけだし。エマ、なんかごめん。

 

「あ、そーだ。あの男女はパーティー組んでたみたいだけど、アイツらは仲良い女神同士ってことなのか? 女神については何も知らないんだ、教えてくれオンディーヌ」

「勇者なら自分の女神様に聞けば良いじゃん……。あ、ロリータ様って生まれたての女神なんだっけ? それでよく分かってないの?」

「おう」

「了解了解、簡単しか知らんけど教えたげる。後で、キノ様にも詳しく聞いといたげるよ、あんたの言うロリータ様とやらについて」

「サンキュー、オンディーヌ」

 

 オンディーヌは微笑んだ。ようやく奴隷から解放される時が来て、喜んでいるのかもしれない。エマとしても、お金が返ってくるなら万々歳だそうだ。

 

 明日、この町のキノ教の教会を聞いてオンディーヌを売り飛ばしにいく方針となった。だから、今のうちにオンディーヌから聞ける話は聞いておきたい。

 

 他の女神の、具体的な情報について。

 

「太古の昔、この世に宗教と言う概念を作り上げた5人の女神様がいて、それぞれ性格がまるで違った。それぞれが、自分に近い感性の人間を信徒として集め、それぞれの思うまま理想を掲げた」

「あ、それ私も知ってます。マクロ教の聖典に載ってました」

「で、その女神様の中で最も寛容で、最も話がわかると言われているのが女神キノ様。自分の持つ欲望に忠実であれ、欲望を満たすために他者を害するなかれ、皆が皆の為したいことを為す世界こそ世界の完成形である。これがキノ様の教えだよ」

「一般的にキノ教は『享楽主義』と呼ばれていますね。人に迷惑をかけない範囲で楽しいと思うことを楽しみましょうと言う、ある意味自堕落な宗派です」

「あーキノ様は、確かに『享楽』の女神って言われてるね。楽しいって感情は、生きる意欲であり生きる意味なんだよ。その楽しみを全員で共有し、皆が笑顔になれる世界は素晴らしいと思わないかい?」

「あー、一理あるような?」

 

 働いたら負けだと思ってる。何故かそんな台詞が、頭に浮かんできた。

 

「で、そのキノ様と仲が悪い宗派は2つ。ぶっちゃけあの男女なんだけど、カルバ教とテトラ教だね」

「一方カルバ教とテトラ教は、お互い仲良しです。あの二人がパーティー組んでたのも納得ですね、おそらく女神が狙って引き合わせたんでしょう」

 

 あの二人か。

 

 男の方は頭のネジが何本も外れた言動をしていたし、女の方はとんだサイコパスだった。きっと考え方も近いのだろう。

 

「実力主義で、個人の能力こそ全てなのがカルバ教。これ、男の方ね? 俗に『孤高』の女神カルバとか吹聴されてるね。で、負けたやつはクズだとか弱いやつに人権はないとか、ちょっと頭がアレな宗派だよカルバ教は」

「と言うか動物とか魔物と同じレベルですよ、あの連中。負けたら勝った側に尻尾を振って従う、群れの長を倒したらその人間が群れの長になる、みたいな事を当たり前だと思っています」

「ある意味分かりやすいな。でも、アイツ俺にぶっ倒されても負け認めなかったけど……」

「負けを認めさえしたら素直ですよ、カルバ教は。現に、敗北を悟った瞬間オンディーヌに土下座しましたしね」

「あー、負けを認めさせるのが面倒くさいのか……」

 

 そういや、何かと理由をつけて俺に負けを認めてなかったな、あの男。負けを認めてしまったら絶対服従だもんな。

 

「それ、で。女の方が一番たちが悪い、世界で最も忌み嫌われてる宗派。それがすなわち、テトラ教です」

「エマ様を躊躇なく人質に取る辺り、想像出来ると思うけど。今回の魔王討伐で、最も警戒しないといけない味方はあの女だと思うよ?」

「え? あの女、そんなにヤバイの?」

 

 一見すると、あの女はまだ常識的に見えたが。行動はサイコパスだったが、言動だけはまともだったような。

 

「あの宗派、道徳とか倫理観は『自身の本心を悟られないための心の装飾』としか思ってないらしいからね……。常識的だと思われるためだけに倫理観を習得してる連中、それがテトラ教徒です」

「目的を達成するには手段を選ぶな。どんなに見下げた手を使おうと、勝てば正義。それが『狡猾』の女神テトラの教えです」

「たち悪っ!?」

 

 想像してた以上に、テトラ教はたち悪かった。あの一見常識的な言動は、全部演技だったのかよ。

 

 あーでも納得した。力こそ正義、倫理観なんて糞食らえなカルバ教。結果こそ正義、倫理観は利用するテトラ教。

 

 大本は食い違っているけど、案外似た者同士なのかもしれない。

 

「で、その他の女神は? 女神マクロはなんとなく知ってるけど」

「女神マクロは『慈愛』の女神で、誰彼構わず困った人がいたら助けましょうっていう、全ての宗派でいちばん優しい女神と聞いてたんだけど……」

「けっ……」

「話聞いてると、何かイメージ違うなぁ。マクロ教って奴隷肯定してるんだね」

「奴隷になったとして、他人を愛する心を失っちゃダメって教えですからね。今思うと、奴隷を支配する階級に都合の良い教えです。マクロ教徒に成金や貴族が多いのも納得です」

「慈愛、ね……。無償の愛ほど胡散臭いモンは無い、エマちゃんの話を聞いてよくわかったよ」

 

 マクロ教の連中、酷かったなぁ……。享楽主義の女神キノが、なんか一番まともに思えてきた。

 

「で、最後に。我が女神キノと一番仲の良い宗派が『叡知』の女神、セファ教だね」

「この宗派は、俯瞰的な視野をもつストイックな人が多いです。冷静に状況を判断し、最良の行動を即断即決せよ、さすれば汝は満たされん。そんな教えと聞いています」

「セファ教徒は空気読めない真面目な人間が多いらしいよ。享楽的なウチらキノ教徒に振り回される事が多いんだってさ」

 

 そして、ここで初めて聞く女神の名前。

 

 だが、多分コイツはあの女神(ババア)では無いだろう。奴は、叡知だの冷静だのから最も遠いヒステリックなババアだった。

 

 しまったな。あのババア、本当に生まれたての女神だったのか。残念だ、結局あの女神の情報は何も手に入らなかった。

 

「セファ教の勇者は未だに行方知れず、ですね」

「なぁオンディーヌ、生まれたての女神の情報は、何もないんだな?」

「無いよ。でも教会に連れて行ってくれるなら、そこでキノ様に聞いてあげるってば」

「おーけーおーけー。じゃあ、明日だな。やっとロリータ様の詳しい情報が手に入る」

「……女神様と連絡、取り合ってないの?」

「女神ロリータの教会、ないからな」

「あー。でも、女神からの声は聞こえる筈だけど……?」

 

 む? そうなのか。

 

 あ、そういやちょくちょく頭に怪電波が飛び交ってたっけ? あれ、まさかババアの声だったのか。

 

「いや。きっと、生まれたてだから声を発信できないのかもしれん。声が聞こえたことはないな」

「成る程」

 

 聞こえてなかったことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、翌日。

 

 道行く人に訪ねて回り、運良く出会えたキノ教徒の旅人から、教会の位置を教えてもらい。

 

 昼下がり、俺達はどことなく陽気な音楽の流れるこざっぱりとした教会の前に立っていた。

 

「ああ、ついにまみえたキノ様の像……。これで私は、私はやっと人間に戻れる……」

「えーっと、私達の提供した食事の日数とオンディーヌの奴隷期間が交換されるので、一般的な女性奴隷の相場から考えると……、勇者ということで足元も見れますし、これはなかなか良い交渉に……」

「なんとなく教会っていうより酒場に見えるな、この建物」

 

 各々が勝手な事を良いながら、教会へと入ると。

 

「……zzz」

 

 ────頬を染め半笑い、長い赤髪の修道女が空っぽのワイン瓶を握りしめ、キノ像に抱きついて半裸で寝ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ようこそ、迷える子羊達よ。女神キノ様の教会へようこそ」

「何事もなかったかのように取り繕うな」

 

 オンディーヌに肩を揺すられ目を覚ました赤髪の修道女は、にこやかな笑顔を作り脱ぎ散らかした修道服を羽織った。

 

「偉大なるキノにお仕えする修道女様、どうか私の話をお聞きください」

「勿論です、子羊よ。さぁ、胸のうちをさらけ出しなさい……」

「何事もなかったかのように続けるな」

 

 色々突っ込みたくて仕方がないのだが、キノ教徒二人は揺るがない。成る程、こういう宗派なのか。

 

 とりあえず半目でキノ教徒二人を眺めていると、オンディーヌはつらつら自分の出自を話し始めた。

 

 自らが勇者であり、ここにいる悪魔じみた幼女に奴隷にされてしまったから解放してほしい。彼女の訴えを要約するとこんな感じだ。

 

 修道女は、胡散臭そうに話を聞いていたものの。一度女神に祈らせてほしいと必死で訴えるオンディーヌを見て何かを感じたのか、教会の奥へとオンディーヌを連れていった。

 

 来訪者用の女神像ではなく、女神と連絡がとれるガチの神聖な像があるらしい。それを使って、女神と話をするというのだ。

 

 なるほど、その辺の適当な女神像に祈っても女神と連絡とれないのね。そーいやババアも教会にいって祈れって行ってたっけ? そんな気がする。

 

「オンディーヌが本物なら、そこそこの額が見込めますよペニーさん。おそらく、10000G……いや、安いですね。20000Gが最低ラインとして、ふふふ。これでかなり装備にお金を回せます」

「エマちゃん、こういう時はイキイキしてるね」

「根っからの商人ですからね。父様も母様も、私をそう育ててくれました」

 

 一方、エマちゃんはとてもご機嫌な模様。こうやってずっと笑ってくれていたら、最高なのだが。

 

 そんなニコニコしているエマを愛でてオンディーヌを待つこと、10分ほど。教会の椅子に座ってエマの髪を薙いであげていた幸せの最中、何故か先程の修道女が奥から出てきて。

 

 無粋にもイチャイチャしている俺とエマに、頬を固く話しかけてきた。

 

「あー、ペニー様? 申し訳ありませんが、その。少しご足労いただけますか?」

「ん、俺?」

「女神様が貴方とお話ししたいとのことです」

「あー、了解。エマちゃん、少し待っててくれ」

「……はーい」

 

 まったく、もう。俺と女神キノとやらに、何の関係があるというのか。空気が読めないなぁ。

 

 とはいえ、俺も本物の女神に色々聞いてみたいことがあったのも事実。せっかくのお誘いだ、頼りになら無い俺のクソババァの代わりに、色々と尋ねたいことを尋ねてしまおう。

 

「こちらです」

 

 微妙にワインの染みがこびりついた修道服の女に連れられ、俺は奥の部屋に案内された。

 

 そこには、荘厳な表情で俺を見下ろす石像があった。

 

 

 女神、キノ。

 

 その姿に、俺は衝撃を受ける。その像は、来訪者用のふくよかでだらしないワガママボディの女神像とはかけ離れており。

 

 ────女神キノの像は、つるぺたな幼女の像だった。

 

 

「あ、あ、あ……」

「あの、ペニー様。あちらのお方が、その、貴方と二人で話をしたいと」

「ペニー様、聞いてるー?」

 

 居たのだ。幼女の神様は、ここにいた。

 

 あどけない顔は、満面の笑顔で満ちて。像の両手を広げたそのポーズからは、天真爛漫さが溢れており。

 

 まさに、美の化身だ。愛らしさの権化だ。

 

「……」

「ペニー様ー? 注目すべきはキノ様の像じゃなくて、そこに顕現してる貴方の主神の……」

「はぁー、凄いです。まさか本物の女神様が地上に現れるなんて……。私も一度は本物のキノ様に、ご謁見したいものです」

「……素晴らしい。ああ、そうか。幼女神ロリータとは、世界とは、女神キノの事だったのか」

「ペニー様、聞いてる? 聞こえてる? ほら、あそこ、あそこに貴方の主神さん来てるよ」

 

 俺は、気づけば頭を垂れていた。

 

 女神キノのその神々しさに、無意識のうちに頭を下げ、無心に祈っていた。

 

「……がれですー」

「そうか。俺が信仰すべきは、俺が称えるべきはキノ様だったんだ……」

「ぺ、ペニー様? ちょ、ちょっと! ほら、主神様来てるよ? てか、ペニー様はキノ教徒だったの? なんでキノ様拝んでるの!? あれ、本物のセファ様だよね?」

「ああ……キノ様の平坦な胸に顔を埋めたい……」

「……いい加減に、しやがれですー……」

「般若!? ちょ、セファ様が般若みたいな顔になってるって!! 反応して! セファ様に気付いて、何か反応してあげてペニー様ぁ!!」

 

 オンディーヌが、何か騒いでいる。うるさいなぁ、俺はやっと信仰すべき女神に出会えたというのに。

 

 ……ん? よくみると、オンディーヌの隣にどこかで見たことのあるババアが……?

 

 

 

 

 

 

 

「……真・女神パーンチ」

「のわぁぁ!!」

「わ、私の教会の壁がぁぁぁ!!」

 

 そして、俺は凄まじい豪速の拳により、壁に叩きつけられた。

 

 その刹那、微かに目に映ったのは、怒りで顔をしわくちゃにした醜い妖怪ババアだった。

 



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第十八話「黒幕」

 その女は、女神(ババア)だった。

 

 慈母(はんにゃ)の如き笑顔を浮かべ、純白の衣(かれいしゅう)を身に纏い、慈しみ(いかり)に満ちた声で、彼女は壁に激突し倒れ込んだ俺に問いかけた。

 

「……汝の神は、誰ですか~?」

「幼女神ロリータ様だ」

 

 そして女神の脳血管がブチキレる音がした。まぁ、女神に脳血管があるかは議論の余地があるだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々と、本当に色々と文句を言いたかったのですー。いくら天から語りかけても、『怪電波』扱いされて聞き流されるしー。どんなにお願いしてもー、一度も思い通りに動いてくれませんしー?」

「うーわ、口臭いからそれ以上近づかないでくれるかババア」

「キノちゃんの神殿借りてまで降臨してもこの態度ですしー。女神的にあんまり介入するのは自重してましたけど、そろそろこのドチクショーの息の根を止めてやりたくて顕現しちゃいましたー」

「ペニー様、主神に命狙われてますよ!?」

 

 久々に顔を合わした女神(ババア)は、発狂していた。長い金髪をざんばらに振り乱し、鼻先には血管が浮き出ていた。それでいて、女神は笑顔だった。

 

 前々から腹黒い笑顔をする女神だったが、今回は自らの嫌悪感を隠そうともしていない。しかも、俺へ敵意を隠そうともしない。

 

 まーた更年期か。

 

「で? ストレス発散は済んだか年増。まだ帰らないのかババア?」

「あー、そうそうこれですー。このどうしようもなく女神を見下した態度。反吐が出るのですー」

「あ、わわわ、ペニー様? 何で主神に喧嘩売ってるんですか? てか、幼女神ロリータ様ってセファ様の事だったんですか!?」

「断じて違うのですー」

 

 目の光を消してゆらゆら幽鬼の如く立っている女神。その機嫌は最悪のようだ。きっと、何か嫌なことがあって俺に八つ当たりしにきたのだろう。

 

 俺が、相手をしないといけないのだろうか?

 

 こんなのに関わるのは心底嫌だが、なんと今あのババアはオンディーヌにまで詰め寄ろうとしている。

 

 仮にも俺に取り憑いている悪霊なのだ、オンディーヌに相手させるのは間違っているだろう。俺自身の手で祓わねばなるまい。

 

 俺はため息をついて、女神(あくりょう)へと近付いた。本格的な除霊は初めてだが、見よう見まねでやるしかない。

 

「悪霊退散、悪霊退散。ドーマンセーマン、ドーマンセーマン」

「……あのですねー? これは確認なんですがー。貴女は自分の立場を理解して、そーいう態度を取っているんですねー?」

 

 MISS! 女神(ババア)には効果が薄い様だ。詠唱を変えてみよう。

 

「オン ノウマクサラマンダ バザラダトバン……」

「あのですねー? 私を本気で怒らせるとー、もう二度と貴方の元居た世界に戻れなくなりますよー? この世界に取り残されてしまいますよー?」

「……ナンマイダーナンマイダー」

 

 仏教系の呪文で攻めてみたものの、やはりババアには効果が薄そうだ。西洋系の退魔呪文って、何があったっけ? アーメンとか言っとけばいいのかな?

 

 それと、今すこし気になるワードがあった。この女神(アホ)は何と言った? 俺が日本に帰れる?

 

「……そうですよー。貴方は私の力でこの世界に降り立っているわけですー。裏を返せば、私を怒らせたら貴方のいた日本にはもう戻れませ────」

「むしろ、俺に日本に戻るなんて選択肢あったのか。初耳なんだが」

「……」

 

 聞いてないぞ、そんな話。というかたとえ日本に戻れるチャンスがあったとして、俺はこの世界にとどまり続けるし。

 

 だって俺ってば向こうに家族とかいないから、日本に戻る意味はあんまりない。むしろ、大事な大事なエマちゃんが大きくなるまではこの世界に残してくれないと困るくらいだ。

 

「……あー。そういえば言ってなかったのですが、魔王を倒したら元居た世界に戻ることが出来るのですー」

「必要ない」

「うわぁ、帰りたがらない勇者も珍しい……。大概はこの世界の過酷さに辟易して帰還を望むのですがー」

「むしろ帰らされたら困る」

「……あ! そうだ、これ以上私に逆らうのならセファ教の教会から支援を打ち切ってやるのですー」

「元々支援なんぞ受けてないが。今は資金も潤沢だし」

「いや、これからの過酷な旅の中、きっと資金のやりくりに苦しむことになるのですー。その時に泣きついてももう遅いのですよー?」

「そうか、そんなに過酷な旅なら魔王と戦うのは止めようかな。おいババア、俺を勇者から解任して別の勇者を探してくれ。お前の汚らわしい加護とか消していいから」

「え、その……。そ、それは困るのですー、勇者辞退は本当に困るのですー、協定的に私もうこの世界に勇者を連れてこれないのです……」

「だったらつべこべ言うな、介入して来るな、家に帰って顔の皺取りでもしてろ糞ババア」

「あ、あれー? あれー? 何で私の方が立場低くなってるのですかー?」

 

 かびーん、と悪魔は涙目になりあたふたし始める。どうやらやっと、この女神(ババア)は自分の立場を自覚したみたいだ。

 

 俺はほぼ無理矢理この世界に連れてこられて、よくわからん敵を倒しにいかされる代理戦争の兵士にされた立場。代理戦争を依頼した側の方が、立場が低くて当然だろう。

 

 ────それに、そもそも。

 

「あと、お前に言っておくことがあるぞ自称女神」

「自称じゃないのですー、マジ女神なのですー」

「俺は一度も、お前を味方と見なした事はないからな。胡散臭すぎるんだよ、この年増が」

 

 俺はこの女神とやらを、最初から一切に信用していないのだ。

 

「────その理由を、伺ってもよろしいですかー?」

「まぁいくつか理由はあるが。最大の理由は、勘だ」

「勘、て」

「初めて会った時からずっと、貴様には嫌悪感しか感じなかった。見るだけで吐き気を催す、不快感がある。ただ年増というだけでは、ここまで生理的な嫌悪感を感じない筈だ」

 

 そう。

 

 俺は元々、女嫌いではあった。特に、更年期に差し掛かる羊水の濁ったババアには吐き気すら催した。

 

 だけど、こいつはレベルが違う。こいつを見ているだけで俺の全身の細胞のが、嫌悪の感情で悲鳴をあげている。

 

「糞ババアお前さ。この際はっきり聞くけど、俺の敵だろ?」

「……」

 

 俺は確信をもって。ババアにそう、問いかけた。

 

 

 

 

 

「ふ、ふふふ。成る程、あの忌々しい態度は全てを察した上での行動だったのですねー」

 

 

 

 

 

 悪寒。

 

 女神キノのその神殿を、凄まじい冷気が覆い尽くす。その冷気の出所は勿論、目の前の年増だった。

 

「ひっひえぇ!? ペニー様!? セファ様!?これ、何がどーなってるんですか!?」

「オンディーヌ、俺の後ろに隠れてろ」

「理由はよく分からないのですがー、確信されているみたいですねー。全く、貴方を選んだのはセファ渾身の失策なのですー」

 

 女神セファは、能面の様な無表情になり。そして、まるで無機物を見るかのように俺を見下した。

 

「ペニー、私の勇者よー。貴方の評価を上方修正してあげますのですー。私がバレる様なヘマをしていないにも関わらず、直感だけでそこまで見抜いた貴方は素晴らしいのです」

「で? お前の狙いは何なんだババア?」

「ふふふー、内緒なのです。と言うかどーせ、私が何を言っても信頼しないのでしょう? 構わないのです、これからは私の事を信頼せずとも構わない。こうなればビジネスライクに契約と行きましょう……」

 

 そして、いつもの間延びをした口調は鳴りを潜め。冷徹に、無感情に、ただ淡々と熟女(ババア)は告げる。

 

「少女エマを失いたくなければ、魔王を倒せ。分かりやすい契約でしょう?」

「……ほう。変に味方面せずシンプルに来てもらった方が、俺としてもやり易いね」

「ふふ、初めからこうすれば良かったのですねー」

 

 今まで嫌悪感しか感じなかったババアのその反応は、幾らか俺好みだった。初めて、こいつの本性が見えた気がした。

 

「こちらからの依頼としては『セファ教の勇者を名乗って』『魔王を討伐すること』だけなのです。悪い契約ではないでしょう? 魔王が世界を統べれば少女エマは殺される可能性が高いのでー、元々貴方は魔王と戦う定めなのですー」

「悪いが、この世界でお前の信徒を増やすつもりはない。セファ教の勇者を名乗って活躍すれば、信徒が増えてしまうだろう? だからこれからも、俺はロリータ様の勇者として振る舞う」

「ずいぶん嫌われているのですねー。何か今まで、私が貴方に迷惑をかけましたかー? 貴方が私に勝手に嫌悪感を感じているだけで、今のところ貴方にとってマイナスになるような事をした覚えはありませんですよ? ……この世界に連れてきたことも含めて、ね」

「馬鹿を言え。お前、エマを見捨てただろ」

 

 目を見開いて、フラフラと首を左右に振りながら笑う女神の頼みを俺は一蹴した。

 

 どうやら、俺に「女神セファの勇者」として名前を売って欲しいらしい。だが、こんな女神の布教を手伝うつもりはない。なにせ、

 

「この世界に来たその日、お前の薦めたとおりに麓の村にいってしまえば。エマはリザードの餌になっていたよな?」

「……でしょうねー」

「俺が助けにいけばエマは生き延びれたのに、お前はそれを勧めなかった。幼女を見捨てるような神を、俺は信用しないし布教しない」

 

 俺は、この世界に連れてこられた初日。自身の直感を信じて平原に一人取り残されていたエマの下へと向かった。一方でこの女神は、平原への道を進めず麓の村へいけと指示した。

 

 それは、つまり。この女にとって、エマは心底どうでもいい存在だったと言うことだ。

 

「その当時の少女エマはマクロ教徒なのですー。私が助けるのは、お役所違いというヤツです」

「宗派が違うから、幼女を見捨てるのか?」

「……まー良いです、今さら貴方から信頼を得るつもりはないので。ならセファ教の布教はしなくてよし、魔王を倒せばそれで契約完了としてあげましょうー。その代わり、セファ教会による支援は一切受けられないと思ってくださいー」

「望むところだ」

「シンプルな契約です。魔王を倒せば、貴方は邪魔されずこの世界でエマと暮らせます。魔王から逃げれば、セファ教会は全て貴方達の迫害に回ります。少女エマが大事ならば、魔王を倒すのですー」

 

 俺の弾劾を聞いた女神セファは、笑顔を潜め無表情となり静かに命令を下した。豊満な胸に手を置き、静かに目を閉じてセファは続ける。

 

「手始めにペニーよ、勇者オンディーヌと旅をするのです。オンディーヌは護衛がいないと十分な力を発揮できませんー。貴方の様な、ね」

「分かったよ」

「それと。……嫌な予感がするのです、武器防具を近日中に仕立て上げてください。必ず、一度は実践で使って新しい装備に慣れておくこと」

「へぇ、随分と気を使ってくれるんだな」

「貴方と私は、利害が一致している同志なのです。魔王を倒すまでは、私のことを信用してくれて構わないのです、ふふふ」

 

 その、女神の感情のこもらない言葉を聞いて。俺はなんとなく、ババアが嘘を言ってないような気がした。

 

 魔王を倒したい、というのはこのババアの本心なのだろう。それに関するアドバイスは、素直に聞いてやったほうがいいかも知れない。

 

「装備の仕立てはほぼ終わっている。後は、適当な依頼を受けておけば良いんだな」

「よろしいのです。期待しているのですよ、我が勇者よー」

 

 そう言って粒子となり消えゆくババアは、我が意を得たりと顔に書いてあった。アイツはやはり、俺を利用する気満々のようだ。

 

 だが。俺を勇者として利用しなければならない限り、あのババアがエマに手を出してくる可能性は低いだろう。俺がヤツに従ってさえいれば、エマは安全なのだ。

 

 厄介なことになった。だが、俺のやることは今までと変わらない。

 

 今までどおり、俺はエマのために戦う。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どやぁぁぁぁぁ!! 見ましたか、見ましたかキノちゃん!!」

「……セファ、頑張った」

 

 そして、天界にて。

 

 普段は穏やかな性格の女神セファは、珍しく声を荒らげて両の拳を突き上げガッツポーズをかましていた。

 

「は、初めて!! 初めてあの馬鹿を思い通りに動かせたのです! その代わり、私が黒幕っぽい立ち位置になってますけど!」

 

 それは、今までろくに言うことを聞いてくれなかった自らの選んだ勇者の、初めてその舵を取る事が出来た喜びである。

 

 セファは今まで導いてきた中で最も扱いづらかった今代勇者に、毎日ひどく胃を痛めていたのだ。

 

「……セファ、全ての諸悪の根元っぽい振舞いしてた。超ウケる」

「何でも良いのです。あのバカに言うことを聞かせられた、それだけでハッピーなのですよ。……はぁぁ、マクロ教徒(いきょうと)の生死とかまで見ていられないのです。それで妙に突っかかってきてたのですね、あのバカ」

 

 その代償として、女神セファは自らの勇者からラスボス扱いされているのだが。彼女としてもそれは折り込み済みである。

 

 セファがエマを見捨てた(と思われてる)せいで、最早ペニーに信頼してもらうことは不可能だろう。

 

 ならば勇者ペニーの行動を操るには、味方に立って指示を出すより敵に回って交渉する方が楽だ。そんな叡知の女神セファの渾身の奇策が、見事にハマった。

 

「でも確かに最近、マクロの様子おかしい。あんな話を許すタイプじゃない」

「……そこなのです。ペニーの女神嫌いに、マクロちゃんの所業も一役買っていると思うのです。マクロちゃん、何か事情があるのかもしれませんね」

 

 その一方で、わずかな懸念が女神によぎる。誰よりも優しく、愛にうるさい女神マクロの教徒が行ったあまりに残虐な所業。

 

 何か、天界に想定外の事態が進行しているのではないか? そんな一抹の不安が、二柱の女神によぎっていた。



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