【完結】ONE PUNCH MAN 最弱のヒーローと時間泥棒 (春風駘蕩)
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  一撃目 異変の始まり

 爆音が轟き、大きく揺れたビルが倒壊していく。まるで紙細工のように脆く崩れ落ちていくコンクリートの塊は、隣の建物を巻き込んで巨大な瓦礫の山を形成していく。

 人々は逃げ惑い、悲鳴が耳障りに重なって響き渡る。他者を踏み台にし、押しのけ、醜い本性を剥き出しにして蜘蛛の子を散らすように逃げていく様は、地獄のごときありさまであった。

 そんな中、積み重なった瓦礫が揺れ、砂埃を巻き上げ、その下から巨大な何かが立ち上がろうとしていた。

 土煙の中から現れたのは、ある昆虫の異形。節くれだった長い足にツヤツヤと光る大きな羽、天を衝くように伸びた角に硬い鎧のような外殻を持ったそれは、カブトムシによく似ていた。

 だがその角は無数の棘が重なるように生えていて、脚も異様に長く太く多い。何より数十階相当のビルを軽々と超える大きさを誇る体が、その異様さを表していた。

 協会によってつけられた名称は「テラカブト」。

 数年前に同時期に確認された「メガカブト」「ギガカブト」のボスとも言える存在であり、元は普通の昆虫であった個体が環境汚染によって異様に巨大化し、人を襲う怪人の一種と化した一体である。元が虫であるゆえ知能は低いが、強靭な体と硬い防御力により並のヒーローでは全く相手にならず、協会によって「レベル・鬼」と認定された災害レベルの怪人であった。

 

『防衛ライン、突破されました‼︎』

『民間人の避難、完了していません‼︎』

 

 協会に属するオペレーターたちが懸命にヒーローたちをアシストするが、レベル・鬼の怪人に対抗できるヒーローは現状手が回らず、はっきり言ってお手上げ状態にあった。

 動けるのはせいぜいB級からC級の弱小ヒーローたちばかりであり、できることといえば民間人の避難誘導ぐらいである。

 止める者のいないテラカブトは我が物顔で街を闊歩し、建造物を次々に破壊して被害を拡散していく。止まらない破壊音と衝撃に、人々は悲鳴をあげてめちゃくちゃに逃げていく。

 傍若無人な破壊神を前にして、T市は壊滅へと向かおうとしていた。

 

 

 この時までは。

 

 

 逃げ惑う人々の中に、全く逆の方向を歩いているものがいた。怪人から逃げるのではなく、むしろ怪人に向かって歩いてきている。まるで人の流れに逆らうようにして、目立つ格好をした一人の男が歩いていた。

 その格好は、異様だった。黄色いタイツのようなスーツに、赤い手袋とブーツを履き、白いマントを肩から垂らした、絵に描いたようなヒーローの格好。

 そして、何より目立つのはその頭。眩い光を放ちながら怪人に向かって悠々と歩いて行くその男の頭部はーーーハゲていた。

 男はまるで、テラカブトに立ち向かおうとしているようだ。だがそれは明らかに不利、無謀な挑戦に見えた。

 自分に向かってくる存在に気づいたのか、テラカブトの目がギョロリと男の方に向けられ、複眼の全てがその姿を映し出した。ずんずんと六本の足をコンクリートに沈み込ませ、ビルをも踏み潰せる巨体で男に迫っていく。

 グオオオオオオオオオオ‼︎

 本来昆虫にはないはずの声帯を震わせ、テラカブトは自慢のツノを振り上げる。その巨大にして堅固な角は、岩盤ごと男を叩き潰そうと勢いよく降ろされた。

 人々から悲鳴が上がる。絶望が感染していく。ここで全て終わるのだと、全ての人間たちが恐怖の渦の中に沈もうとした、が。

 

 ドパン‼︎

 

 そんな轟音とともに、風船でも割れたかのようにテラカブトの頭部が一瞬にして弾け飛んだ。強固な鎧である甲殻が飴のように、内組織が細かな破片となってぶちまけられ、町中に降り注いでいく。

 頭部を丸ごと失ったテラカブトは一瞬動きを止め、ゆっくりと地面に体を傾けていく。巨体が地面に墜落して地響きを起こし、洪水のように体液を撒き散らして沈黙した。無敵を誇る昆虫怪人は、謎の一撃を受けて絶命したのだ。

 その真下に、拳を突き上げた一人の男―――先ほどテラカブトに向かっていったヒーローの姿があった。

 ヒーローは呆然と、振り上げた拳を引きつった表情で凝視する。緑色の体液が付着した自分のグローブをじっと見つめると、くしゃくしゃに顔を歪めていった。

 

「…また、ワンパンで終わっちまった」

 

 彼は膝をつき、両手もついてガックリとうなだれる。見た感じからしてやばそうな相手だったから、ちょっとは期待したというのに、得た結果はいつも通りワンパンでの決着、これはあまりに―――虚しすぎた。

 

「クソッタレぇぇぇ―――――――‼︎」

 

 彼の名はサイタマ。ヒーローとして活動している者の一人。

 自身の髪が禿げるほどまで修練し、その結果どんな怪人を相手にしても一撃で仕留めることができる実力を備えーーー代償としてやりがいを失ってしまった、最強のヒーローである。

 

 そんな彼を、じっと観察している者がいた。

 

「……やっと、見つけた」

 

 ボロボロのローブをまとった少女は、地に手をついて項垂れている男を見下ろし、そんな謎めいた言葉をこぼしていた。

 すると次の瞬間、ローブを激しくはためかせる風が吹き抜け、少女の前を黒い影が通り過ぎる。軽快な音を鳴らし、甲高い金属音を響かせる影が通り過ぎた時。

 少女の姿は、跡形もなく消えていた。



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  二撃目 謎の少女

 Z市。

 そこは怪人ですらも寄り付かない、完全な無人都市(ゴーストタウン)

 好き好んで住み着くものはよほどの怖いもの知らずか、神をも殺せる力を宿した人知を超えた存在のみ。

 そんな街の一角、誰も住まないアパートの一室に、その男はいた。昨日現れたレベル鬼のテラカブトを一撃で粉砕し、多くの人々を救って見せた孤高のヒーロー・ハゲマントことサイタマが。

 わずか三年のトレーニングの果て、ハゲと引き換えに最強と呼べるにふさわしい力を手に入れた彼は―――自室のフローリングの上で寝転がり、無気力に天井を見上げていた。

 

「…………やることねぇなー」

 

 ワンパンチで多くの人々の命を救ったサイタマは、ぶっちゃけ言って暇を持て余していた。

 それもそのはず、巨大隕石すらも破壊してみせる実力があると言っても、それを知っているのは彼をよく知る一部の者のみ。世間一般では彼は、他のヒーローのおこぼれを得て成り上がったインチキの嘘つきと認識され、蛇蝎のごとく嫌われている。

 そんな扱いであるから、もし怪人や災害があったとしても誰も彼を呼ぼうとはしない。頼ろうとはしない。

 彼が今まで対応してきた怪人や怪物は、偶然彼がその場にいたかニュースを見たかでしか遭遇し得なかったものばかりだ。たまにパトロールしているが、それでも遭遇は稀であった。

 ゆえに、それがない時間をサイタマは無駄に過ごす他になかった。

 

「失礼します、先生」

 

 グデーッとだらけているサイタマのいる部屋に、ある訪問者が現れた。背の高く筋肉質な、金の短髪の若い男だ。

 だがその目は白目にあたる部分が黒く、瞳は機械的な光を放っている。首から下も鋼鉄に覆われていて、わずかながら金属音と機械音が聞こえる。

 彼の名はジェノス。家族の命を奪った仇を討つためサイボーグとなり、現在はサイタマにほぼ強引に師事を受けているS級ヒーローの一人である。

 

「先生。また先生と俺宛に手紙が届いていますよ」

 

 そう言ってジェノスが持ち込んだのは、ガサガサと音を立てるダンボール箱。

 それを見たサイタマは顔をしかめ、億劫そうに起き上がって恨みがましそうに睨みつけた。

 

「俺のっつーかほとんどお前のじゃねーか。いいよ見せなくても」

「すみません。前回のようにまた一通でも入っているかと思いまして」

「お前さりげに失礼だぞ」

 

 S級ヒーローとして公式に認められ、めまぐるしい功績を挙げているジェノスとは真逆に、サイタマは間違った認識をされているB級ヒーロー。以前届いた手紙には、ジェノスへのファンレター以外に心ない誹謗中傷の書かれた手紙が混じっていたものだ。

 本人は「暇な奴がいるな」と全くへこたれた様子はなかったが、ジェノスは当時差出人を特定して報復しようとしたほどひどいものだった。

 ゆえに自分から期待はしないつもりのサイタマだったが、何と無く気になってダンボールの中を荒らすのだった。

 だがすぐに気落ちしたように肩を落とした。

 

「……案の定お前のファンレターばっかりなんだけど」

「以前とは違い、先生宛の批難の手紙はないようですね。ま、少しは学習したということでしょう」

 

 若干期待していたのか、サイタマのテンションの落差が著しい。次第にその無表情が苛立たしげに歪んでいった。

 

「ないならないでちょっと腹立つけどな。……ここに住んでんの俺なんだけど」

 

 なぜ家主(自称)の自分ではなく押しかけ弟子のジェノスに配送物が多いのか。そこら辺のことについて、小一時間送り主に問いただした気分になったが、すぐに面倒臭くなってやめた。労力の無駄で腹が減るだけである。

 ふと、腹が減るという単語でサイタマは、冷蔵庫の中身がもう底を尽きかけていることに気がついた。

 

「あ。そういうや食材ねぇんだった。ちょっと買ってくるわ」

「先生。俺も行きますよ」

 

 強さの秘訣を知りたいと、ほぼ勝手に住み着いているサイタマに家賃まで払っているジェノスが甲斐甲斐しく共を申し出る。

 げに尊いのは、彼のその忠誠心である。

 

 

 さて、食材の買い足しのために無人のZ市から隣町へと移動したサイタマとジェノスだが、二人が目立つことはその時あまりなかった。

 というのも、ヒーローという者たちは皆基本的に、自身を目立たせる派手な格好をしたがるものが多く、人々はそちらを強く記憶しているものであるからだ。特にサイタマはそのあまりにも特徴の薄い顔、ジェノスは衣服で機械部分を隠しているため、人々が気づく確率はそう高くなかった。

 

「……ん?」

 

 のんびりと歩いていたサイタマが、ふと何か違和感に気づく。なんとなしに振り向いて見て、目に入ったものに違和感が確信に変わった。

 様子の変わったサイタマにジェノスも気づき、足を止めて振り向いた。

 

「どうしました、先生?」

「いやさ。俺の勘違いかもしんないんだけど……あそこにでかいビルなかった?」

 

 サイタマの指差す方向に、ジェノスもちらりと目を向ける。示された方向は確か無数の企業のビルが乱立していた区域で、大きなものから小さなものまで幅広く建設されているはず。しかしそんな中で、ある企業のビルがひときわ大きく、その繁栄ぶりを顕著に表していたとうっすら記憶していた。

 だが、そのビルの姿は今は見えず、ビル街の中にぽっかりと空間を作っていた。代わりに建っているのは、他の企業とそう変わらない高さの無数の建物だけ。

 その様はまるで、その部分だけ景色から切り取ったかのような違和感を感じさせた。

 

「そう言えばそうですね。確かあそこには大手企業の入ったビルが建っていたはず……」

 

 戦闘特化とはいえサイボーグであるジェノスもはっきりと記憶していて、現状との差に訝しげに眉を寄せた。

 何かしらの事故で解体でもされたのか、とひたいに人差し指を当てて情報を他所から検索してみるも、これといった案件は思い浮かばなかった。それどころか、そんなビルが建っていたという記録も企業についての情報さえも探し出せなかった。

 いよいよジェノスは、自身の記憶と外部のデータの差に困惑の表情を浮かべた。

 

「……どういうことだ。検索結果に該当する建造物がない……?」

「やっぱ俺の勘違いだったか?」

「いえ、俺にも覚えがあるのでそういうわけではないかと……しかしやはりヒットしない? バグか……?」

 

 ここまで違和感が大きいと、機械の身とはいえ少々不安になってくる。もしかしたら自分の体の中で何か重大なトラブルが起きているのかもしれない。

 ジェノスは一度サイタマに向き直り、一声かけてから行くことにした。

 

「すみません先生。少し気になるのでクセーノ博士のもとでメンテを受けてきます。ついでに、あのビルについて詳しく調べておきます」

「おう、わかった。遅くなるんなら先帰ってるわ」

「はい。ではこれで」

 

 ぶらぶらと手を振られ、ジェノスはさっと頭を下げて走り出す。コンマ以下数秒でジェノスは自動車並みの速度に移行し、みるみるうちにサイタマのもとから見えなくなった。

 

(自覚している限りでは違和感はない……少し厄介な状態かもしれんな)

 

 ジェノスはしばらく助走をつけてから跳躍し、建物の屋根を伝って目的地へと急ぐ。

 別に急ぐものではない。健康診断ぐらいの気概で青空の下を駆け抜けていった。

 だが、こういったバグを放置するとまた別のバグを誘発する可能性もある。放置するよりは、早めに対処してもらった方が万一の事態にも備えられるというものだ。

 

(油断で窮地に陥る。俺のかつての汚点をまた晒すわけにはいかない。……何より、先生にまた無様な姿を晒したくはないしな)

 

 かつて油断と慢心で機能不能にまで追い込まれた経験を持つジェノスは、二度と醜態をさらすまいという確固たる意志を持って空を跳ねていった。

 

 

 一方、残されたサイタマはジェノスの去った方をぼーっと見上げ、軽くため息をついた。

 

「サイボーグも大変だなー。……っつーかビルのことは別にそんな気にしてないんだけど」

 

 思ったより重要視させてしまったことに悪いことしたなーと思いながら、自分も買い物に行くために踵を返す。今日の夕飯何にすっかなー、とぶらぶら歩きながら考える。

 そんな時、向こう側からふらふらと歩いてきた子供の姿が目に入った。

 若干薄汚れたパーカーにヨレヨレのズボンという、思わず眉をしかめる格好をした子供が、フードで顔を隠しながらおぼつかない足取りでサイタマのいる方へと歩いてくる。

 ちょっと心配になる格好してんなー、とサイタマが一瞬思ったとき、ぐらりと体を傾けた子供にもろにぶつかってしまった。

 

「うおっと」

「!」

 

 不意のことで、サイタマもつい反応が遅れてしまった。

 サイタマはビクともしなかったが、子供の方はぐらりとバランスを崩して転びかける。すぐにサイタマが手を貸してやり転ばずに済んだが、つい掴んでしまった子供の腕の細さにわずかに目を見張った。

 

「おい、だいじょう……」

「ご、ごめんなさい!」

 

 子供はサイタマの顔を見ることなく、終始怯えた様子で必死に顔を隠して走り去ってしまった。やはり足元がおぼつかず、よたよたと不恰好な走り方をして離れていく子供に、サイタマはしかめっ面でため息をついた。

 

「……なんだありゃ」

 

 子供は謝りはしたものの、サイタマに顔を全く見せずにさっさと走り去ってしまった。

 最近の子供は無遠慮というか、生意気な奴が多いなと世の中に呆れていた時だった。

 

「きゃあああああああああああ‼︎」

 

 耳を塞ぎたくなる、けれどサイタマには聞き慣れた甲高い声が、あたりに響き渡った。

 振り向いてみればいきなり大きな爆発が起こり、吹き飛ばされたトラックがサイタマめがけて落ちてくるのが見えた。サイタマは難なくそれを片手で受け止め、ぽいっと邪魔にならないように傍に放る。

 爆発から逃げ惑う人々の隙間から様子を伺ってみれば、その中心には奇妙な姿の団体があった。

 全身を鋼鉄で覆い、鋭利な棘や鉤爪で武装した黒いモグラのような怪人が複数と、青い体にコウモリに似たマントを羽織った怪人が、道を我が物顔で闊歩していた。どちらも全身から光沢を放っており、尋常ではない危険性をうかがわせる質感を伴っていた。

 

「化け物だ――――‼︎」

「逃げろ‼︎ こっちに来るぞ‼︎」

 

 怪人たちは凶悪な顔で人々を睥睨し、まっすぐにサイタマの方に向かって歩いてくる。爆煙を背に堂々と進むその姿は、普通のものたちにはまさに悪夢のように思えたことであろう。

 

「あれ? 俺か?」

 

 自分の方にわざわざ歩いてくることに気づいたサイタマが、ちょっと期待するように声のトーンを上げた。ヒーローとしての知名度が低いせいか怪人自ら挑んでくることなどなかったので、ちょっとワクワクしてしまった。

 

「よっしゃあああ来いやあああ!」

「がああああああああ‼︎」

 

 そういうことなら喜んで相手をしようと、サイタマは自身のうちに蘇りかけた感情に気づかないままポーズをとる。

 怪人たちもそれに応じるように、サイタマに向かって全力で走り出していた。

 強くなりすぎて、いつのまにか無くしてしまっていた大切な感情。それが今、ふつふつと湧き上がり始めている。怒り、焦り、恐怖、自分よりも圧倒的に強い敵を前にした時にいつも渦を巻いていた感情が、勝負を挑まれたことで今蘇ろうとしている。

 サイタマは今、喜びを覚えていた。

 そうだ、自分は、これを求めていたのだ。引き締まる緊張感、人々を蹂躙する敵へ燃え上がる怒りの炎、道の相手に抱く恐怖の闇‼︎

 今まさに彼の中で、戦いの高揚感が蘇ろうとしていた―――‼︎

 

「うおおおおおおおお‼︎」

「がああああああああ‼︎」

 

 だが、凶悪な顔で迫っていた怪人たちは、全身の力を漲らせるサイタマの横を華麗にスルーしていった。

 激突など一切することなく、一人虚しく構えを取るサイタマを完全に無視し、彼の後ろに向かって走っていく。一瞥もくれることなく、むしろ邪魔そうに若干顔をしかめながら。

 なぜか、虚しく風が吹いた気がした。

 

「…………あれ?」

 

 しばらくして、サイタマは誰も自分の方に向かってこなかったことにようやく気づく。

 誰もいなくなったその場で一人佇み、寂しく風が吹き抜ける道の真ん中で立ち尽くしていた。

 

「…………ああ、そうかそうか。怪人が俺を無視しやがりますか」

 

 ふつふつと、先ほどとは全く別の感情が湧き上がった。ビキビキと血管がサイタマの額に浮き上がり、表情筋がヒクついて笑顔のように歪んでいく。

 今まさに彼の中で、苛立ちが最高潮に達しようとしていた。

 

 ―――上等だ‼︎

 

 

 路地裏の暗闇を、先ほどサイタマにぶつかった子供が走り抜けていた。足取りは今にも倒れそうで、見ているだけで悲痛な感情が芽生えそうなほど弱々しい。

 しかしその子供は決して足を止めることはなく、背後から迫る脅威から逃れようと必死に足を動かし続けていた。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……‼︎」

 

 しかしその足も、ついに完全に止まってしまう。疲労が全身に絡みつく錘となり、立ち上がる気力を奪い去ってしまう。

 それでも目には恐怖が募り、ガクガクと震える足で必死に前に進もうと、抗おうとしていた。

 だが、そんな子供を突如、大きな影が覆った。

 

「みぃつけたァ……!」

「⁉︎ い、嫌っ……‼︎」

 

 頭上から顔を覗き込んできたコウモリの怪人を前にし、子供は悲鳴をあげて尻餅をついた。

 みっともなく震えて涙をにじませる子供に、コウモリの怪人は心底愉快そうに笑い声をあげた。

 

「クヒャヒャヒャ‼︎ 哀れなもんだなぁ、最初に一度俺を倒してみせた(・・・・・・・・・・・・・)お前が、今度は真っ先に俺にやられちまうんだからなぁ……まぁ、どうでもいいけどなぁ」

 

 他のモグラの怪人も追従するように笑い声をあげるが、がたがたと震える子供には反応すら返すことができなかった。バカにされ、見下されているというのに、それに反論する勇気も余力もこの子供は持ち合わせてはいなかった。

 

「おいおいどうしたよ、あの時のお前はもっと威勢があっただろ⁉︎ まぁ……こっちの方が嬲りがいがあるけどなぁ⁉︎」

 

 コウモリ怪人は愉悦に満ちた下卑た笑みを浮かべ、コウモリの翼に変化した自身の指を見せつける。鋭利な輝きを放つその指はきっと、子供の肌なら容易く切り裂くことができるだろう。そしてそれを楽しむほどの残虐性を、この怪人は滲ませていた。

 

「生きて連れてこいとは言われたけどよぉ……足の一本や二本ぐらいはいいよなぁ⁉︎」

「ヒィッ……‼︎」

 

 頭を抱えてうずくまる子供に向けて、コウモリの怪人とモグラの怪人たちが一斉に襲い掛かった。鋭利な羽が、モグラたちの両腕の斧や鉤爪やドリルが、幼き命を外そうとし逆に満ちた形相で飛びかかっていった。

 力のない子供に、それに抗う余裕などない。ただただ恐怖心に支配され、硬く身を包めてうずくまる他になかった。

 

「がああああ‼︎」

 

 そしてその狂人が、柔らかい皮膚を切り裂こうとした、その時だった。

 

 

「よっ」

「ぐわっはああああああああああああああああ⁉︎」

 

 

 気の抜ける掛け声とともに尋常ではない衝撃に襲われ、コウモリとモグラの怪人たちは一瞬で天高く吹っ飛ばされた。

 鋼鉄の鎧や武器は一瞬で粉々に破壊され、四肢がありえない方向に折れ曲がって酷い有様になる。どす黒い色の血反吐を大量に撒き散らした怪人たちは、上空まで跳ね上げられるとそのままドッカーンと真っ赤な炎を上げて爆散してしまった。

 

「……なんだったんだあいつら?」

 

 相変わらずあっけなく終わってしまった戦闘に虚しい気分になりながら、サイタマは先ほどの怪人たちに微妙な違和感を感じていた。

 怪人にもレパートリーがあり様々な姿のものがいるが、今回の怪人は別種の歪さを持っているように思えた。人間から変じた怪人があんな風に人型を保ったまま異形になることもあるが、それとも微妙に異なる気がする。

 首を傾げて、何がしたかったのかよくわからなかった連中を思い出す。コウモリの怪人はどうにも別に用があったようだが、何をしようというのか。

 一人で顎に手を当てて考えていると、背後でドサっと何かが倒れる音がした。振り向いてみれば、先ほど襲われていた子供が倒れこんでいた。命の危機を脱して安堵したのだろう。

 

「……おい、どうした? しっかりしろ」

 

 グイグイと肩を押していると、子供が被っていた汚いフードが外れて子供の顔があらわになった。

 少女だった。汚れてはいるが幼いながらも整った顔立ちで、テレビのアイドルにも匹敵しそうなぐらいだ。

 サイタマが呼びかけ続けていると、少女は真っ白な髪の下の瞼をわずかに開いていく。長いまつ毛に縁取られた瞼の下から覗いたグレイの瞳が、ぼんやりとサイタマの顔を写していた。

 

「……やっと……会え、た……」

 

 そんな言葉を残した少女は、小さな笑みを浮かべたまま気を失ったのだった。



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  三撃目 消える記憶

「緊急の要件ってのは、一体何なんだい? 童帝くん」

 無数のモニターと計器に囲まれた、作りかけの機械の部品が転がっている一室。近未来的なデザインの、機密性の高いそこはS級ヒーロー・童帝の研究室(ラボ)

 そこへ現れたのは、A級1位のヒーローにして有名なアイドルであるアマイマスクだった。

「もうじき大事なライブを控えているんだ……それを邪魔するだけの意義がある話なんだろうね」

「もちろんですよ。むしろあなただから呼んだんです」

 呼び出した本人である童帝は何やらモニターに向かって操作を繰り返していたかと思うと、アマイマスクの前にいくつかの画像を展開させた。

「……これは」

「見ての通り、これは二年前に建設されたショッピングモールの記事です。しかしこの場所は、二年以上前までは大規模なコンサートホールでした」

「知ってるよ。以前施設を利用したことがある」

「では次に、このビル。大手企業の店舗が多数入った建物です。ここは三年前までは、大きな劇場がありました」

「それも知っている……で、それがどうかしたのかい?」

 次々に覚えのある画像を展開され、アマイマスクは苛立った様子で尋ねる。彼は無駄な時間を過ごすのは嫌いだが、意図の見えない質問で翻弄されるのも嫌いだった。

 そんな彼に、童帝は真剣な表情で見つめて問いかけた。

「……気づいているんでしょう。ご自身の記憶の食い違いに」

「…………」

 アマイマスクは口を閉ざし、童帝の目を見つめ返す。

 それを肯定と受け取った童帝は、構わず説明を続けた。

「興味がなかったために気づくのが遅れましたが、このコンサートホール、僕の記憶では(・・・・・・)つい数日前まで存在していました。この劇場も同じく……あなたもそう思っている、違いますか?」

「……質問の意図が読めないな」

 否定も肯定もしない。すでに確信を持って尋ねてきているのだろうと思い、アマイマスクは視線を外す。

「確かに君の言う通り、コンサートホールも劇場もつい最近まで使った覚えがある。僕の記憶と事実に食い違いが起きているのは確かだ。だがそれはただの偶然というだけだろう。騒ぐほどのことじゃ……」

「お前ら二人だけならな」

 さしたる問題ではないと判断しかけたアマイマスクの背後から、新たな声がかけられる。

「……なぜ君達が?」

「童帝からメッセージを受けてな。気になったんで来てみたのよ」

 そう答えたのは、研究室の入り口近くで佇んでいるS級ヒーローの一人、アトミック侍。そして同じくS級ヒーローであるクロビカリの二人だった。

 葉を咥えて佇むアトミック侍の隣で、クロビカリが不思議そうに首を傾げていた。

「それより本当なのかい? ずっと俺の勘違いだと思ってたけど」

「…まさか、君達も妙な記憶違いが生じていると?」

「おうよ。つい二日前に行った料亭がレストランに変わっていた。ど忘れするはずがねぇ」

「先週行ったスポーツ用品店がいつの間にかなくなってたんだ。他の人に聞いたら五年も前になくなったって言われてさ」

「現に四人全員に同じ症状が起きているんです。偶然では片付けられませんよ」

「……五人だ」

 不意に割り込んだ声に、童帝たちは一斉にその方向に振り向いた。

 アトミック侍と黒光りを押しのけるようにして現れたのは、同じS級ヒーロー・閃光のフラッシュであった。

「フラッシュさん!」

「俺にも、記憶のズレが生じている。まさかとは思うが、何者かの手による妨害かと考えている」

「そうかもしれませんね。……でも僕らに気づかれることなく、そんなことが可能なのかと思って」

 頭脳が常人離れしている童帝はともかく、戦闘能力に特化したS・A級ヒーローの意識をかいくぐり、記憶に何らかの干渉を行うことなど可能だろうか。童帝にはそれが一番疑問であった。

「協会にはこのことは?」

「一応事実確認のために問い合わせましたが、僕らと同じ人はいませんでした。……協会の職員、全員がです」

「ヒーローだけに、この症状が見受けられるということか?」

 明らかな異常に、流石にアマイマスクも表情を改める。

 日常生活に多少難が生じる程度の症状と思っていたが、この状況が人為的なものであった場合、それが可能であると言うことが問題であると考えられた。

(どこの誰かは知らないが、この僕に対して随分と舐めた真似をしてくれる……)

「認識を改めよう。我々には確かに、謎の記憶障害が生じている。人為的なものか自然的なものかはわからないが、何かしらの原因があることは確かだ」

 アマイマスクの結論に全員が頷く。我が強すぎてウマが合わないことが多いS級ヒーローだが、ある程度の指針ぐらいには従う懐の広さはあった。

「だが目的がわからねぇ……人為的な症状ならこんなことをして何の意味がある?」

「いずれにせよ、それを成せる存在か現象があるということだ。早々に対処せねばなるまい」

「そうですね。なるべく早く他のヒーローたちと連携を取る必要が……」

 話がまとまってきたところで、今後の行動について詳しく決めようとした童帝だったが。

 思わぬタイミングでアマイマスクが歩き出し、研究室の入り口を潜ってしまった。

「あ、アマイマスクさん⁉︎」

「話は終わっただろう?事情はわかったから、僕は仕事に向かわせてもらうよ」

 言うだけ言うとさっさと出て行ってしまったアマイマスクに続くように、一仕事終えた感丸出しでアトミック侍たちもぞろぞろと歩き出して行ってしまった。

「礼を言うぜ。お前が言わなかったらただの勘違いで終わるところだった」

「気をつけるよ。じゃあね」

「あっ、ちょっと…!」

 それ以上何も話す必要はないとでも言うように、あとはみんなバラバラに分かれていってしまう。

 ただ一人残された童帝は、心底あきれた様子で肩を落とすのだった。

「……ほんっとに勝手な人たちだなー」

 全員の協力を期待していた天才少年は、最高の頭脳を持ってしてもうまくいかない関係に頭を悩ませるのだった。

 

 

「……先生、一体何が起こったんですか?」

 自分の体のメンテナンスから戻ってきたジェノスは、サイタマの部屋に戻ってくるなり開口一番にそう尋ねた。

 それも当然、普段サイタマが利用しているはずの布団の上には、見知らぬ少女が寝かされているのだから。しかも、何か悪い夢でも見ているのかうなされているようである。

「よぉジェノス。もうメンテナンス終わったのか?」

「はい、異常は何も見つからなかったようなので……それよりも先生。この子はどうしたんですか?」

「怪人に襲われてたのを見つけてな、病院に連れてこうかと思ったんだけど……」

 そう言って、サイタマは布団の端をめくってジェノスに見せる。

 彼の衣服の端は、眠ったままの少女がしっかりと握りしめていて離す様子がなかった。

「全っ然離してくれねぇんだけど、どうしたらいいと思う?」

「……うなされているようですし、もうしばらくそのままにしてあげたほうがいいのでは。それよりも、まずは医者に見せるべきでは……」

「いやそれもそうなんだけどさ」

 痛いところを突かれた、と頭をかくサイタマ。どこかその表情は気まずげで、気になったジェノスが尋ねようとした時、ピンポンとめったにならないインターホンが鳴り響いた。サイタマの返事も聞かぬ間にガチャリとドアが開き、一人の大柄な男が姿を現した。

「おーい、サイタマ氏。こないだ言ってたゲーム持ってきたんだけど……」

 平均身長を頭一つ二つ分は越し、髪は金のオールバック、相対するもの全てにに緊張を与えるいかつい顔、その左側には激戦を思わせる三本の傷跡がある男。その名はキング。

 ヒーローランキングS級7位に位置する存在である。

 ……と、知られているが、実際は別のヒーローの戦果を彼のものと勘違いされ、あれよあれよという内に祭り上げられてしまった、ただの無職のゲーマーである。

「あ、キング。いいところに来た」

「え?」

 サイタマはそのことを知っているが言いふらすつもりなどなく、むしろ今は彼を、この状況を解決する助っ人のように招き入れようとしていた。

「……へぇ、じゃあその子が怪人に狙われてたんだ。でもなんで病院とか警察に連れてかなかったの?」

「一応探したんだけど、近くに見つかんなかったからめんどくさくなった。あと服つかんだまま離してくれなかった」

「適当すぎやしないかサイタマ氏」

 男三人で胡坐をかき、布団の中で荒い息をつく少女を囲む。どう見ても怪しい絵面だったが、言ったら最後空気がより悲惨なものになりそうだったため、だれも何も言わなかった。

「それに何もそんなに遠くに探しに行かなくたって、Z市の隣ならいくらでも……」

 そう言ってキングは、自分のスマホを操作して最寄りの病院を検索しようとする。ゴーストタウン化しているZ市は無理だろうが、隣町ならいくらでも少女を受け入れてくれる病院ぐらいあるだろう。

 そう思っていたのだが。

「……あれ、ヒットしないな」

 キングの思惑は外れ、一番近い病院でも車で一、二時間という距離にしか見つからなかった。さすがに福利厚生的な意味でダメではないだろうか?と思ったが、何度検索しなおしても結果は同じだった。

「あっれー?」

「それで先生。この子はこれからどうするおつもりで?」

 いくら待っても結果は同じだろうと、ジェノスはサイタマに今後をうかがう。

「ずっとこのまま、ここにおいておくつもりではないでしょう」

「とりあえず、目ぇ覚ますの待ってから考える。なんで怪人に追われてたのかとか聞いときたいし」

 腕を組み、眉間にしわを寄せながらサイタマはそう答える。

 あの妙な怪人はすでに倒したが、今後も似たようなのが現れるようならまた狙われるかもしれない。何処かに預けるよりは、近くで守っていたほうが安全だ、そう考えていた。

 とはいえ、弱っている少女をこのままにしておくという選択肢は、選びたくはなかった。

「爺さんとかに医者の知り合いとかいないかなって思ったんだけど……なんか今忙しいみたいでな」

「そうでしたか。俺も医療に関してはさっぱりですので……」

「悪いけど俺もそんな知り合いはいないなぁ」

「とりあえず片っ端から知り合いに声かけようと思ったんだけど、俺そんなに知ってるやついないって気づいた」

 大の大人三人がそろって、一向に事態を好転させられずにいる。なんとも情けない光景であった。

「どっかにいい医者の伝手持ってるやついないもんかねぇ……」

 相変わらずの無表情でサイタマが天井を仰いだ時だった。

 再びドアベルが鳴らされ、またも返事を聞かぬままに訪問者が現れたのだ。今度は、複数人。

「お邪魔するわ」

 颯爽とフローリングをすべるようにして姿を現したのは、妙齢の黒髪の美女。切りそろえた髪は艶めいて輝きを放ち、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるというモデルのような完璧なプロポーションの持ち主。

 B級1位、地獄のフブキは妖艶で冷たい美貌を巡らせると、部下の黒スーツたちとともにずかずかと押し入ってきた。初登場時と同様、相変わらずの女王っぷりである。

「さぁ、今日こそ言ってもらうわよ。我がフブキ組の傘下に入るってね」

 上位のヒーローたち、とくに実姉であるS級2位の戦慄のタツマキに対抗するため、急速に順位を上げている新人ヒーロー・サイタマを配下に置くべく、最近よくこの部屋を訪れるようになっていた彼女。

 容姿と同様、かなり高飛車な性格であるため勧誘方法も強引で、温厚というか無関心気味なサイタマもあきれて面倒くさがる相手なのだが。

「……あ、いた」

 この場においては、まさに天の助けともいえる人材であった。



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  四撃目 動き出した奴ら

「命に別状はないです。このまま安静にしていればじきに目を覚ますかと」

 眠りについていた少女のバイタルを確認した女性の黒スーツが、そうフブキに報告する。ヒーローになる前は看護師を目指していたという彼女は、フブキに呼ばれてすぐさま経験を発揮していた。

「そう。ありがとう、下がっていいわ」

「はい、フブキ様」

 ほほえみとともにフブキは部下を送り、部下の女性はそれに誇らしげに笑みを浮かべる。

 問題が簡単に解決したことに、サイタマも感嘆の声を上げていた。

「助かったフブキ。初めて仲間が多いお前のところが羨ましいと思った」

「ようやく私に組するメリットが見えたようね。歓迎するわ、ようこそ我がフブキ組へ……」

「よし、腹減ってきたし飯でも作るか」

「手伝います」

 さらりと勧誘をスルー、というか聞こえなかったふりをし、台所に向かうサイタマ。放置されたフブキはまたいつかのようにがっくりと項垂れていた。

「後であいつにも食べさせてやらねーとな。おかゆって、どうやって作るんだっけ?」

「先生、まずは米を用意しないと……」

「サイタマ氏、持ってきたゲームやってもいいかな?」

「……私の分もあるでしょうね?」

 ジト目でサイタマを睨むフブキを横目に、キングは暇をつぶそうとテレビの電源を付ける。入力切替ボタンを押そうとした時、ふと映っていたニュースに目が行った。

『―――現場から、生放送でお送りしています! 突如現れた巨大な怪人は現在、F市中心に向かって進行しています!』

「……あん?」

 聞きなれた町の名前に、台所で野菜を洗っていたサイタマが反応した。

 平穏な街が一変、数十メートルはあろうサイみたいなウシみたいな怪物が大暴れし、突進しては巨大なビルを次々に破壊して回っていた。すでに何名かヒーローが出動していたが、レベルが違うのか片っ端から打ち上げられていた。

「近いな。F市って、さっき俺とジェノスが行ったばっかだぞ」

「食事の前に向かいますか、先生」

 エプロンまで装着していたジェノスが右腕の焼却機関を起動しながら尋ね、フブキもガタッと腰を上げかけた。キングはちょっとだけ動悸を激しくした。

『F市在住の方は……ザザッ……速やかに 難を―――いそい……』

「サイタマ氏、このテレビなんだか調子悪いよ? 買い換えたほうがいいんじゃない?」

「マジか。そんな金ないのに……」

 情報が欲しかったのに、先にテレビのほうが音を上げそうになり、サイタマは若干焦ったように冷や汗をかいた。一応ヒーロー協会から賞金は出るが、それは怪人を倒したときか事件を解決した場合であり、最近あんまり依頼が来ないサイタマはほぼ金欠状態であった。

 話題が脱線している間に、ニュースのほうでは一段と被害がひどくなっている。レポーターまで命の危機にさらされていた。

『皆さんは速やかに……あぶなっ……ザザッ―――て下さい、このBody! 匠の技による最高級の品物なんですよ!』

『素晴らしいですね!』

「……は?」

 思わず、その場にいた全員から気の抜けた声が漏れた。

 先ほどまで鬼気迫った様子でリポートをしていた女性の姿が消え、いきなり通販会社の社長がドアップで現れたのだ。

「何の脈絡もなく通販始まったぞ」

「ちょっと、どうなってるのよ? 誰かチャンネル変えた?」

「いや、触ってないはずだけど」

 困惑気味にキングが答える。何もしていないのに勝手にテレビのチャンネルが変わるなど、ホラーじみていて近づきたくもなかった。

 サイタマは気にはなったものの、さして深く考えることもなく自分のなすべきことに専念することにした。

「ま、いいや。とりあえずさっさと行って―――」

 腰を上げたサイタマとエプロンを外すジェノスが外出の準備を始めようとする。

 その時、ジェノスのセンサーが激しく警報を鳴らした。

「!」

 ジェノスの機械の目が外に向けられる。熱・音・光のセンサーがジェノスに、急速な勢いで近づいてくる何かがあることを知らせていた。

「高速接近反応、来ます……この数は⁉︎」

 一瞬で性格な数が把握できないほど大量の反応に、流石のジェノスも驚愕に目を見張る。

 その直後、サイタマの部屋の壁をぶち破りながら一体の怪人が姿を現した。

 青いコウモリに似たその怪人は、剥き出しにした牙で笑みを浮かべると、奥で苦しげな寝息を立てている少女を見つけて笑い声をあげた。

「ゲハハハハハ‼ ようやく見つけたぜぇ、愛しのみ」

「俺の部屋に何してくれてんだ」

「げぶはああああああああ⁉」

 何度も何度も家を壊されてきたサイタマが、今までの分の苛立ちも込めた拳を軽く怪人に向けて放つ。その一撃だけで、コウモリの怪人は断末魔の絶叫とともに爆発四散してしまった。

 しかし襲撃は一度では終わらなかった。ぽっかりと空いた壁から、こんどは蟹やサイに似た怪人がぞろぞろと這い上がってきた。

「ヒャッハー! そのガキよこ」

「だからてめーらオレの部屋に何してくれてんだよ‼︎」

 連続キレ気味パンチ‼︎

 家具を踏みつけながらズカズカ上がり込んでくる怪人たちを、サイタマの怒りの拳が次々に吹き飛ばし血飛沫を上げさせる。悲鳴さえ残らず粉々にされて行く姿は、あまりに哀れであった。

 あっけなく消しとばされる怪人たちを見てサイタマは一旦深く息を吐いて落ち着くが、ジェノスのセンサーは未だに危険を知らせていた。

「先生、どうやら外にまだ複数待ち構えているようです」

「いい度胸だ。とりあえず全員ボコボコにしてやろーじゃねーか!」

「その案には私も賛成ね」

「あの、サイタマ氏? 下手に突っ込むより、ここで籠城しながら戦ったほうがいいんじゃないかな?」

 サイタマたちの背後から、ドッドッドッドッと凄まじい爆音が断続的に響きわたっていた。

 音の元は、いつの間にか少女の方に寄っていたキング。彼が戦闘態勢に入るとどこからか聞こえてくる〝キングエンジン〟と呼ばれる駆動音だーーーと言われているが、実際はただビビりすぎて心臓の音が漏れてしまっているだけだ。

(あの子の安全を考えて、先にそばに控えていたのね。たしかに、非戦闘員は優先的に守らないとね……)

(この男……やはり侮れん)

 キングへの評価・警戒度を上げるジェノスとフブキであったが、ぶっちゃけ大きな勘違いである。

 このような勘違いによって、現在のキングの地位と評価は構成されてしまっているのだった。

「邪魔するやつらはぶっ殺せえええ‼︎」

「どきやがれクソがぁぁぁ‼︎」

 見下ろせば、閑散としていたはずの自宅の前が無数の黒っぽい怪人の集団で埋め尽くされていた。

 動きを見せないサイタマたちにしびれを切らしたのか、怪人たちが次々に壁をよじ登って向かってくる。無数の異形たちが群れて向かってくる様は、害虫がひとかたまりになって向かってくるかのような恐怖を催させた。

「つーか多すぎじゃね⁉︎」

 あまりの多さに思わずサイタマの口から声が出るが、最近では怪人が向こうからやってくることは珍しくなったために、内心で少し期待していた。

「上等だ! かかってこいやぁ‼︎」

 半壊したベランダに出て、まとめて迎え撃ってやろうと身構えるサイタマ。その姿はまさに、か弱き人々をその身一つで守り抜くヒーローそのものであった。

 不退転の覚悟で、数えるだけで絶望しそうなほど大勢の怪人たちを迎え撃とうとした、その時だった。

「ギャアアアアアアア‼︎」

「うおおお⁉︎」

 今まさにサイタマに襲いかかろうとしていた怪人たちが、突然横からの衝撃で吹き飛ばされた。緑色の巨大な影が通り過ぎ、怪人たちをはね飛ばしていったのだ。

 危うく一緒に轢かれかけたサイタマはとっさに引き、超スピードで過ぎ去って行く何かを凝視した。

「何だ⁉︎ 何が起こった⁉︎」

 その正体を見極めようと目を凝らし、サイタマは言葉を失う。

 遠く空に見えるのは、直方体の鋼鉄の箱に車輪がついた、レールを伝って進んでいく乗り物らしきもの。何もない空中に枕木らしきものが展開し、その上を鉄の道が走って、その乗り物を導いていた。

「何だあれ……⁉︎ 電車か⁉︎」

 これまで見たこともない、SFに出てきそうな乗り物を見て、やや興奮気味に声をあげるサイタマ。

 その背後で、玄関の方のドアが勢いよく開かれ、一人の少女が険しい表情で飛び込んできた。

「見つけた……! 早くこっちに‼︎」

 奇妙な服装の少女は寝かされている少女を見つけると、うなされているのにも構わずにその体を抱き上げ、玄関の方に連れ出そうとする。

 慌てて、サイタマがその暴挙を止めようと駆け寄った。

「な、何だお前⁉︎ おい、そいつどこ連れてく気だよ⁉︎」

「ああもう鬱陶しい‼︎ 邪魔するんじゃないわよこのハゲ‼︎」

「んだとコラァ⁉︎」

 自身が最も気にしていることをばかにされたサイタマが、怒りの声をあげながら玄関の外に飛び出して行く少女を追う。

 少女がどこへ向かっているのか、そしてどこからきたのか考える間も無く、サイタマは強烈な光が刺してくる扉の向こうへと飛び込んで行ってしまった。

「先生‼︎」

「サイタマ氏⁉︎」

 あっけにとられていたジェノスたちも、慌ててサイタマと少女たちの後を追いかける。

 そして気づかなかった。

 扉の外に見える光景が、この世のものとは思えない奇妙な世界であったことに。

 

 

「……取り逃がしたってのか?」

 ある乗り物の中の座席に座る一人の男が、足元で頭を下げるコウモリの怪人の発した報告に眉を寄せる。

 毛皮を継ぎ合わせた衣服を纏った、山賊や盗賊のような格好をしたたくましい体つきの男を前に、コウモリの怪人はすっかり縮こまっていた。

「おい、俺は言ったよな?すぐに連れて来いって。……なのにやられておめおめ帰ってきただと?」

「す、すんません。でも妙に強ぇやつに守られてて邪魔されちまってーーー」

 言い訳を口にするコウモリの怪人の姿が、次の瞬間には消え失せていた。壁に叩きつけられたとか、踏み潰されたなどの比喩表現ではない。元からそこには何もなかったかのように、消滅してしまったのだ。

「弱ぇやつには任せられねぇ。てめーら、次失敗したらわかってんだろうな……?」

「ヒ、ヒィ……!」

 一部始終を見せつけられた他の怪人たちが、ガタガタと震えながら頷く。

 本来、怪人が徒党を組むなど滅多にあることではない。人間の犯罪者とは異なり、頂上的な力を持つ彼らはその力に任せて大暴れするだけのいわゆる災害の一種であり、手を組む必要などない。

 しかしこの場にいる怪人は皆一つの意志の元に集い、その筆頭たる男に従っているのであった。

 男はいらだたしげに酒瓶を煽ると、少し離れた席に座っているスーツの男に声をかけた。

「手下が使えねぇと、上が苦労するよな。…なぁ、オーナー?」

「さぁ? 私に手下はいませんので、そのお気持ちはわかりませんねぇ?」

 声をかけられた、紳士然とした中年の男は横目を向け、周りを怪人たちに囲まれながらも平然とした様子で答えた。

 そんな気丈な男性の返答に、盗賊のような男はあざ笑うように足を組んだ。

「フン、どうだかな? あんただって今まで散々あの小娘のことを利用してきただろ。何の力もなかったただのガキを、電王として祭り上げたのはほかならぬあんただろ?」

 ガタッと席を立ち、盗賊はオーナーと呼ばれた男性の顔を覗き込む。

 その目には、強い侮蔑の感情が宿っていた。

「……お前は俺と同類なんだ。見下すんじゃねぇよ」

 殺気をぶつけられても、オーナーは表情を変えることはない。聞いているのかすらも怪しい様子で、席に座ったまま無言を貫いていた。

 その様子にやや不満げな様子の盗賊であったが、やがてその口元を醜く歪め、再び席について窓の外を眺めた。

「いい機会だ。あいつの力がどれほどのもの確認するとしよう」

 飢えた獣のような、凶暴な光を目に宿す盗賊の男。

 その瞳に映っているのは、たった一人の少女であった。



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  五撃目 時を走る列車

「―――傷の具合は、大したことはなさそうね。よかった……逸れてからずっと不安だったんだからね」

 

 座席に横に寝かされた少女の汗をぬぐい、もう一人の少女がほっと安堵の表情を浮かべる。その笑みはどこか、手のかかる弟に対する姉のような慈愛があふれていた。

 

「……なんなんだ、ここ?」

 

 そんな少女たちのやり取りなどよりも、上下ひっくり返った体勢のサイタマには見過ごせない問題があった。

 慌てて謎の少女たちの後を追いかけ、玄関のドアをくぐったと思えば、見たこともない狭い空間にいたのだ。冷静になってみると、規則的な振動が体に伝わってくるのを感じた。

 

「いつの間に電車なんて乗ってたっけ?」

「いや、普通に部屋のドアをくぐっただけだったよね…?」

 

 フブキもキングも予想もしない事態に目を見開き、列車と思わしき室内を見渡しながら身構える。当然、キングのエンジンは鳴りっぱなしであった。

 

「先生、見てください……窓の外を」

「ん?」

 

 見た目とは裏腹に感情の起伏の激しいジェノスの、妙に引きつった声に唖然としていたサイタマが振り向く。彼が指差す方向を見て、サイタマの目も大きく見開かれた。

 ジェノスの指差す先、列車の窓の外に広がっていたのは、奇妙な色彩の空と、どこまでも広がっている砂漠の世界であった。

 

「うおおおお⁉︎ なんじゃこりゃ⁉︎」

「うるさいっての‼︎」

 

 見たこともない光景にサイタマが驚きの声を上げていると、看病をしていた少女がいらだたしげに怒鳴りつけた。

 

「まったく……部外者まで乗ってこないでほしいわね!」

 

 サイタマや、怒号によって我に返ったジェノスたちは、そう肩を怒らせる黒髪の少女を見つめ、眉をひそめた。

 

「なんだお前」

「それはこっちのセリフよ。勝手にミライを連れて行ったと思ったら、こんなところにまでついてくるなんて……あんたたち一体何者よ!」

「おいお前、勝手に先生を誘拐犯扱いするとはどういう了見だ?」

 

 ジェノスは自分の師が見当違いの濡れ衣を着せられていることに怒りを覚え、説教をする勢いで両目を光らせる。

 

「先生はヒーローとしての職務を全うし、あの少女を保護していただけだ」

「どうだか……あんたたちもどうせ、ミライの力を利用しようとでも思ってるんでしょ⁉︎」

「あの……さっきから全然話が見えないんだけど」

「何よ…………!」

 

 キングにまで怒鳴りかけた少女の表情が、一瞬で真顔に変わる。

 少女の剣幕に実は悲鳴をこぼしそうになっていたキングは、言葉を失っている少女に訝しげな目を向けた。

 

「驚いた……なんであのキングが一緒にいるのよ」

「普通に遊びにきてただけだぞ」

 

 サイタマがボソリと呟くも、驚愕の中にいる少女の耳には入らない。

 彼女の視線は次に、鋭い視線を向けるフブキとジェノスにも向けられた。

 

「ていうかよく見たらあんた……鬼サイボーグよね? それにそっちのあんたは地獄のフブキ?」

「…ようやく気づいたか」

「あら、私のことを知ってるなんてなかなか殊勝ね」

 

 意外と知名度が高かったことに、このメンツで順位の低さと弱さを気にしているフブキが機嫌をよくする。

 しかし少女は、サイタマには訝しげな視線を向けるだけであった。

 

「……そっちのあんたは悪いけど知らないわ。誰?」

「なんだとコラ」

「まぁ、いいわ。S級ヒーローやB級1位のヒーローならまだ信用できるわ。……さっきは悪かったわね。ちょっと頭に血が上ってたのよ」

「……色々と事情があるようだな」

 

 チンピラのように険しい目になるサイタマを放置し、話し始めた少女にジェノスが厳しい目を向ける。ここまで流されるだけで、何も重要な話を知ることができていないためだ。

 

「とりあえず詳しい話を聞かせてもらおうか。まずは、あの怪人たちについて、そしてこの列車について、何より……その少女について」

「……私の名前はハナ。……あの子の名前は、野上ミライ。時を走る列車で過去と未来を駆け、時間の運行を守る守護者。その名を―――電王」

 

 少女ハナが口にした言葉に、ジェノスは即座に大きく目を見開いた。

 

「時を……⁉︎ まさかこれは、タイムマシンだとでもいうのか⁉︎」

「簡単にいえばそうね。そしてミライは全人類でも有数の電王になれる存在……あいつらはそれが許せないのよ」

「さっきの怪人達か」

 

 サイタマの家を襲撃した無数の怪人たちのことを思い出し、ジェノスたちの間にざわりとどよめきが走る。サイタマはまだ機嫌が悪そうであったが、ほぼ無視されているようなので口出しはやめたようだ。

 

「あいつらはイマジン。人間に取り憑き、その相手と契約することで『過去に飛ぶ力』を得られる特殊な存在……未来からやってきた破壊者の集団よ。あいつらは過去を破壊して、自分たちの都合のいいように改竄することを全体の目的にしている。……ミライがこうなったのをいいことに、今度こそ世界をめちゃくちゃにするつもりよ」

「過去に飛ぶことのできる怪人と、それを追うことのできる戦士…か。なるほど、奴らが血眼になって追うわけだ」

 

 ハナがすごい剣幕になった理由を理解したジェノスは、深く納得して頷く。そこまで重要な人物なら、過剰に警戒していてもおかしくはないだろう。

 

「未来……過去……?」

 

 その時、ハナの話に一切口を挟んでいなかったキングが、険しい表情のままつぶやきをこぼした。何かを考え込んでいた様子の彼は、ややあってから確かめるようにハナに視線を戻した。

 

「ねぇ、もしかしてなんだけどさ。さっきのテレビの不調ってあいつらが関わってたりしてない?」

「え? なんの話?」

「貴様……先ほど先生の部屋で見ただろう。急に放送内容が前触れもなく変わったところを」

「…あ、ああ、そうだったわね!」

 

 ジェノスに言われて思い出したのか、フブキは慌てて表情を取り繕う。ジェノスは何も言わなかったが、内心ではもうボケが始まったのかと密かに馬鹿にしていた。

 

「で? キング、お前何が言いたいわけ?」

「さっきの奴らが過去を変えて未来を書き換えるってことが気になったんだけど……じゃあそれって、今起きたばかりの出来事もなかったことになったりするってことじゃないの?」

 

 キングの口にした例えに、ジェノスたちはハッとなる。

 キングの言った通りなら、確かにサイタマの家のテレビの不調も一致する。勝手に番組が変わったのではなく、事件そのものがなかったことになり、未来が書き換えられたのだ。

 ただ一人サイタマだけが、取り残されたように驚愕の表情を浮かべていた。

 

「そうか……! 先ほど病院を探したときに感じた違和感はこれか! 過去を改変されたことで、俺のデータベースと検索結果に齟齬が生じたか……!」

「え? え? 何? 何でお前キングのあれだけの話でわかっちゃってるの?」

「確かにそれなら、最近…というかさっきも感じた記憶障害のような症状にも説明がつく……でも、ちょっと待って」

 

 先ほどの痴呆に似た反応のちょうどいい言い訳を見つけたフブキがここぞとばかりに納得の声をあげるが、途中で違和感を覚える。

 

「じゃあなぜ、私たちにもそれが認識できているの? 過去を改変されたなら、私たちだってその影響を受けていてもおかしくないはずよ?」

 

 先ほどは確かに忘れかけていたが、改変直後のフブキも確かに変えられる前の過去を覚えている。

 ハナはそれについても説明を始めようとした。

 

「それは…」

「そのミライって子と僕たちが、実は同じか似た存在だからじゃないの?」

 

 だがその解は、思わぬところから返ってきた。

 確認するように声をかけてきたキングに頷きながら、ハナはどこか頼もしさを感じるような笑みを浮かべてキングを見つめた。

 

「……その通りよ。あなた達は間違いなく『特異点』と呼ばれる存在。過去を改変されても、記憶に影響が及ばない特異体質。……そしてそれは、電王になるために必要不可欠の力」

 

 ハナは今、キングに対する信頼が強まるのを感じていた。

 間近で相対したこともない、しかし確かな強さと実績を持つ彼と実際に顔を合わせたことで、歴史的にも有名な彼の力が本物であると確信し始めていた。

 

「よくあれだけの説明でわかったわね……さすがS級7位のキングね」

(いや、シュ◯ゲでそんな感じの設定あったし)

 

 そんなキングの本音を聞けば、きっと彼女の精神はダークサイドに落ちることであろう。

 そんなことなど露知らず、キングは「リー◯ィングシュタ◯ナーとかそんな感じかな…」などと考えていた。

 

「だが、少し都合が良すぎないか? なぜそんな特異体質が同じ場所に5人も集まる?」

「案外、特殊でもなんでもないんじゃないの?」

「……これはまだ予測の段階で、確定しているわけじゃないけど、特異点の体質はある共通点から生まれるものだと私は考えてる」

 

 ある意味当たり前なご都合主義にジェノスが疑問を抱くと、ハナから神妙な表情で仮説がもたらされた。

 

「時の運行に大きく関わった者、歴史の転換期に深く関わった者、その時代の人々に大きく知られている者……そういう時間の流れの中で大きな役割を果たした人が、特異点としての体質に目覚めるんだって」

「なんだそりゃ」

 

 あまりにも曖昧な、仮説とも言い難いハナの話にサイタマは顔をしかめるが、ジェノスやフブキには思い至ることがあった。

 フブキの目に入ったのは、圧倒的な知名度と実力を兼ね備えた最強のヒーローの一角である男。ジェノスの目に入ったのは、圧倒的な力で幾度も地球存亡の機機を回避させてきた、無名の英雄。

 

「……S級ヒーロー」

「……先生」

 

 そのつぶやきはあまりに小さく、サイタマやキングの耳には入らなかったが、ハナはその通りだというように頷く。

 

「じゃあフブキは? さっき忘れかけてたじゃん」

「特異点にもおそらく、体質の強さがあるんだと思う。アレルギーの症状に重さの違いがあるように、影響を受けない範囲があるんじゃないかしら?」

 

 キングやジェノスほどではないにせよ、フブキもまたそれなりに高い知名度を持つヒーローだ、条件は合っている。しかしその知名度の高さの差が、特異点としての体質の強さにも繋がっているということらしい。

 

「それらはきっと、既視感(デジャヴ)のような形でその人の元に残るのよ」

「ほーん……なんとなくはわかった」

 

 相変わらず何を考えているのかわからない無表情のサイタマに、ハナはため息をつく。

 サイタマは気にせず、未だ悪夢にうなされているミライに目を向けた。

 

「でも記憶喪失になってたら意味ないよな、その体質」

「……事態はもっと深刻よ」

「え?」

「ミライはただの特異点じゃない……長い戦いの果てに、この子の体質はより異常なものへ変質してしまったの」

 

 急に緊張をにじませた声を発するハナに、サイタマは思わず声を漏らす。勝気そうな少女からそんな不安げな声を聞かされると、なんだか嫌な予感を覚えた。

 ハナが見つめる、苦しげに荒い呼吸を繰り返すミライ。儚く途切れそうな少女の横顔に、ハナは悲痛げに唇を噛み締めた。

 

「今の彼女は言うなれば、世界を左右しかねない存在―――『分岐点』よ」

 

 聞くからにやばそうな、時間を守り続けてきたという少女の背負う性質。戦い続けてきた少女に課せられたという、明らかにとんでもなさそうな宿命。

 流石のサイタマも、引きつった表情でハナを凝視してしまっていた。

 

「……なにソレ」



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  六撃目 イメージの魔人

「分岐点……? 世界を左右しかねないというのは、どういうことだ⁉︎」

 

 ハナが口にした言葉に、信じられないといった表情でジェノスが食いつく。

 絶句するサイタマと同じようにフブキも息を呑み、キングは白目を剥いていた。

 

「まず前提として、人間が存在するということには、人間が記憶していることが不可欠よ。イマジンによって時間が破壊されたとしても、特異点の記憶が無事であればそれを中心に修復することができる。人も建物もね」

 

 ハナはそう言って、これまでの電王―――ミライと共にあった戦いの記憶を呼び起こす。

 イマジンの勝手な解釈によって契約を完了させられ、過去で好き勝手に暴れられても、その法則があったからこそ時の運行は無事で済んだ。

 ゆえにハナの表情は、ひどくこわばったものになっていた。

 

「……逆に人々に忘れられた人間は修復するのはほぼ不可能よ。逆に完全に時間が消滅したとしても、特異点だけは消滅しない。永遠に一人、孤独の中に取り残されるのよ」

 

 何か覚えがあるのだろうか、ハナは自分の腕を強く握りしめ、溢れそうな感情を抑え込んでいる。

 辛い事情があるのだろうと察したフブキは、深く問い詰めるこちはせずにハナに向き直った。

 

「……特異点と分岐点は、それとどう関わるの?」

「ミライは過去に飛んだイマジンを追って、数多くの時代で戦い続けてきたわ。ときに、あまりにも遠い過去にも行ってね。……でも、あの子はやりすぎてしまった」

「なんでだ?イマジンぶっ潰したんだから問題は解決したんじゃないのか?」

 

 いつもワンパンでことが終わってしまうサイタマにとっては、苦労して怪人を倒したことへの問題などわかるはずもない。

 ぽけーっとした表情で問う彼に苛立ちを覚えたのか、ハナは険しい表情でサイタマを睨みつけた。

 

「前提がひっくり返ってしまったのよ。かつて何かが起こった時間をミライが守ったんじゃない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の!」

 

 何かものすごく重要そうなことを言っている気がするが、人並みの頭脳しかないサイタマにはよくわからない。フブキやキングもだいたい意味を測りかねているのか、訝しげに首を傾げている。

 しかし唯一ジェノスだけが、なにやら考え込んでいたかと思うとハッと目を見開いた。

 

「まさか……時の運行そのものが、ミライの存在と直結しているということか⁉︎」

「! それ……めちゃめちゃヤバいんじゃないの」

(これ……もう人間の手に負える問題じゃなくね?)

 

 ジェノスの一言で理解したらしく、フブキは冷や汗をかき、キングは遠い目になって現実逃避し始める。

 やはりサイタマだけが、あまり理解できずに置いていかれていた。

 

「時を守る番人が、奇しくも時の運行の鍵となって狙われたということか……」

「その上……破壊された時間を修復できるミライの記憶が奪われるなんて」

「奪われる…だと?」

 

 ハナが呟いた奇妙な言葉に、ジェノスは眉をひそめる。

 ハナは頷くと、神妙な顔つきでジェノスたち(サイタマを除く)の顔を見渡し、その耳朶に突き立てるようにはっきりと口にした。

 

「そう、ミライから記憶を奪ったそいつこそ、この事件の全てを企てた黒幕。全ての時間の破壊を目論む最悪の怪人―――ガオウ」

 

 紡がれたその名を耳にし、フブキはゴクリと唾を飲み込む。

 ジェノスはすでに顔も知らないその怪人に敵意を募らせ、キングは早くもキングエンジンを始動させている。

 サイタマもまた、真剣な眼差しをハナに向けていた。

 

「ガオウ…」

「ガオウには、ある能力があったの。喰った相手の能力を自分のものにするっていうね……その能力を使って奴は、あらゆる怪人(同族)を片っ端から喰らっていた」

 

 身の毛もよだつ話にフブキは肩を震わせる。比較的無害に近い怪人もいれば、悪逆非道な悪魔のような怪人もいる。しかし同属を食うようなやつはそうはいないはずであった。

 ハナの語るガオウの怪人像は、そのいずれよりもはるかに凶悪で、最悪に分類される存在に思えた。

 

「その中で、ある特殊な能力を持った怪人がいたの。名前はドワスレナグサ」

 

 ジェノスはその名を自分のデータベースに照合してみるが、目立った情報は出てこなかった。

 

「……聞いたことがないな」

「そりゃそうよ。だってそいつのレベルは狼……全然大した脅威じゃないもの。キングだったら睨んだだけで即K.O.よ」

「あ、ああ……」

 

 槍玉に挙げられたキングは思わず苦笑いを浮かべる。確かに顔を合わせただけで怪人に勝手に降参されたことはあるが、残念ながら彼は自分から行けと言われたら迷うぐらいの小心者であった。

 

「でもそいつの能力は確かに厄介だった。それは相手の記憶を奪い、好きなように改竄する能力……ドワスレナグサはそれを軽犯罪にしか使ってこなかったけど、ガオウは能力を奪うと恐ろしい計画を企てた」

 

 ドワスレナグサの元々の性格か、幸いにも彼自身が大きな犯罪に加担することはなかった。

 しかし最悪の怪人によって目をつけられ、哀れな餌食へとなってしまったのだ。ただ、能力だけを奪うための糧として。

 

「分岐点の記憶を奪い、改竄することで時間を破壊すること」

 

 ジェノスはハナの説明でようやく理解する。科学より量子力学的な解釈が必要であったため証明こそ難しいが、最近の事件と合わせて考えるに理屈は通っている。

 ジェノスはサイボーグの体ながら、背筋が冷えるという感覚を味わっていた。

 

「特異点の記憶により成り立つ時間……そのさらに前提となっている分岐点の記憶を利用し、時間を破壊する。……にわかには信じがたいが、それが本当ならとてつもない事態になるぞ」

「だから私は焦ってるのよ!」

 

 ヒステリックに叫ぶハナだが、自分ではどうしようもないことを理解しているために頭を抱える他にない。

 青い表情で固まっているフブキやキングをよそに、サイタマはすでに理解することを放棄していたが、一つだけ理解していることがあった。

 それについて考えていた彼の前に、湯気を立てる湯のみが差し出された。

 

「長話ご苦労様です。お茶でもどうぞ」

「お、悪いな。……このお茶うめぇ」

 

 弁慶のような、黒い衣服に金色の面をつけた奇妙な男の出した茶を、サイタマはなんのためらいもなく口にする。

 そのやり取りでようやく気づいたのか、両掌のバーナーを準備したジェノスが振り向きながら身構えた。

 

「⁉︎」

「敵か‼︎ いつの間にこんな近くに⁉︎」

 

 ほぼ同時に、フブキの髪が超能力によって浮き上がり、キングのキングエンジンがやかましく鳴動する。

 一瞬にして臨戦態勢に入った3人(2人)に取り囲まれた怪人は、慌てて掌を突き出して後ずさった。

 

「わーわー待って待ってって‼︎ 俺は敵じゃないよ‼︎ 乱暴はよくない‼︎」

「くだらん言い訳を……!」

「待って。そいつは本当に私たちの仲間、手を出さないで」

 

 狭い室内で容赦なく焼却砲を放とうとしているジェノスを、ハナが冷静に止めた。なんとなくこうなる予感がしていたようだ。

 命の危機を乗り越えた黒い怪人は、ほっと胸をなでおろしてジェノスから離れた。

 

「あーびっくりした…!」

「そいつはデネブ。私たちに協力してくれているイマジンよ」

「イマジンの……協力者だと?」

 

 ジェノスが疑いの眼差しを向けると、デネブと言う名の怪人は傷ついたように首をすくめ、車内の隅で膝を抱えてしまった。大柄な怪人がいじけている光景はあまりに異様に見えて、フブキは思わず呆れた目を向けてしまっていた。

 

「確かに……元々は確かに敵だったさ。でもそんな急にみんなでガーって来ることないじゃない……こわかったぁ」

「おいジェノス、こんなうまいお茶出してくれる奴を泣かすなよ」

「あ、いえ、その…」

「と、とりあえずこれ使って」

「ああ……ありがとう、優しいね」

 

 比較的手が出やすい二人の魔の手から逃れ、左右から割と温厚な二人の気遣いを受けたデネブは人目も憚らずに涙する。見た目とは裏腹に繊細な性格なのかもしれない。

 師に注意されたジェノスは納得できない気分になりながら、事情を知っているはずのハナに厳しい目を向けた。

 

「どういうことだ。イマジンは時間を破壊する敵じゃなかったのか?」

「大抵の奴らはね……でもそうじゃない奴らもいた。もともとイマジンの使命に興味がなかったやつ、使命が気に食わなかったやつ、別の生き方を見出したやつ…そんな奴らが、私たちに力を貸してくれた」

 

 ハナはやや視線を逸らしながらジェノスに語ってみせる。ハナ本人も、その関係に複雑な感情があったのだろうか。

 ジェノスは未だ疑わしげな表情を浮かべていたが、サイタマがデネブとかなり親密に話している様子を見てあっさり疑惑を捨てた。本人を観察する限り、危害を加えるような怪人には見えなかったと言うのもあった。

 

「デネブもその一人。このゼロライナーの持ち主であるユウトと契約して戦ってくれる仲間よ」

「…その、他の仲間は?」

「それを今探しているところなのよ」

 

 キングが尋ねると、ハナはあからさまに険しい表情を浮かべた。

 

「ミライはガオウに記憶を奪われた。でもまだ完全にガオウのものになったわけじゃない。奪われた瞬間、そいつらはガオウに取り憑いてミライの記憶を奪い返したの」

「そんなことができたのなら…!」

「でもその時は切羽詰まっていて、ミライに記憶を戻すことはできなかった。多勢に無勢だったし、あいつら自身もどうやってミライの記憶を奪い返したのかわかってなかったから……だから私たちは一旦、別々の時間に飛んで身をひそめることにしたの」

 

 サイタマはゼロライナーと呼ばれている車内を見渡し、ぼんやりとハナの言うイマジンの仲間たちの姿を想像する。

 しかし何故だかデネブのようなカラフルで妙なコスプレをした奴らが頭に浮かんでしまい、すぐにやめてしまった。

 

「でも慌ててたものだから、落ち合う場所も時間も決める余裕がなくってね……探している間にガオウの一派の襲撃を受けて」

「そん時にこいつとはぐれたわけか」

「そういうこと……改めて、ちゃんとお礼を言っておくわ」

 

 ハナはそう言うと、改めてジェノスたちに向き直った。

 先ほどよりも強い意思を秘めたその表情は、どこか迷いが混じって見える。口にしたい思いを伝えるかどうかを悩んでいたようであったが、きつく目を閉じると深々と頭を下げた。

 

「……恩を重ねるようで悪いけど、お願い。ガオウの野望を止めるために、力を貸してください」

「おう、いいぞ」

 

 勝手に巻き込んだ上に危険なことを手伝わせようとしていると、S級ヒーローといえど断られるかもしれない。

 しかしそんなハナの葛藤は、即座に肯定の意を伝えてきたハゲ頭のヒーローによって吹き飛んだ。聞き間違いかと思ってジェノスたちにも目を向けてみれば、否定することなくハナを見つめてきていた。

 

「…………頼んだ私がいうのもなんだけど、本当にいいの?」

「バカだな。ヒーローが人助けしないでどうすんだよ」

 

 本気で呆れた様子のサイタマが、ジェノスの琴線に触れそうなセリフをぶつける。

 悪人をやっつけるヒーローを3年も続けてきた彼にとって、助けを求められて振り払うことなどあり得なかった。

 

「そこまで重要な話を聞かされては、断る理由は無いな」

「大きな事件なら、それだけ私の株も上がるってものよ」

 

 師が行くならばとジェノスも同行の意を伝え、好戦的な笑みを浮かべたフブキが目を細める。

 接敵前からやる気をみなぎらせている二人のヒーローを横目に、キングは穏やかな口調でハナに話しかけた。

 

「……忘れているかもしれないけど、ここにいるのはみんなS級に選ばれるだけの実力を備えたヒーローばかりだよ。頼ることは(俺にとっても)恥ずかしいことじゃ無い」

 

 何かあったら自分もS級を頼るつもりだから気にするな、と言う意味で告げたキング。

 しかしハナはそれを、何があっても自分たちが助けると言う人類最強の男からの声援(エール)として受け取っていた。見た目も実力も頼れそうな男からの応援に、ハナは完全に心を許してしまっていた。

 

「……ありがとう」

 

 最初の出会いからは想像もできないほどしおらしい様子のハナに、ジェノスは内心で苦笑する。それでもサイタマに向けて堂々とハゲ呼ばわりしたことは許すつもりはないが。

 

「それで、今この列車が向かっているのはどこだ?」

「ミライが昔救ったことのある時代―――過去の全ての時間よ」

 

 そう言ってハナが取り出したのは、ずらぁっと無数の年号や日付が書かれた、分厚いリストであった。



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  七撃目 超・時間旅行

「ジェノス! あれ見ろ! 恐竜だ‼︎」

「まさか中生代ですか⁉︎」

「か…カメラ! 誰かカメラ持ってないのか⁉︎」

「俺のゲーム機なら録画機能あるよ」

「でかしたキング!」

 

 ジャングルの向こう側に見える巨大な生物たちに、サイタマたちが大騒ぎする。普段は無表情のサイタマでさえ、この時は少年の輝きを瞳に宿していた。

 どんなに歳を取っても、男たちの古代の浪漫への憧れは枯れたりしないようだった。

 

「男って……ほんとにもう」

「ここは違う……と」

 

 ゼロライナーの車内でくつろぐフブキはそんな彼らに呆れた目を向け、ハナは我関せずといった様子でリストに赤線を引いた。

 

 また別の時代では、巨大な真新しいピラミッドがそびえ立っている前ではしゃぎまくるサイタマたちをよそに、ハナだけがイマジンたちを探し。

 江戸時代では、目立たないために当時の衣服に着替えたハナに合わせて、フブキが綺麗な着物に袖を通したり。

 

「あら、いいじゃない」

「ところでサイタマ氏はどこ行っちゃったの?」

 

 ゼロライナーに乗り込んだハナたちが、そこでようやく和服を着たサイタマが追いかけてきていることに気づいたり。

 

「うおおおおおおおおおおめーら置いていくんじゃねぇよ‼︎」

「先生!」

「この時代も違ったか…」

 

 色々とトラブルに巻き込まれたりしながら、ゼロライナーは過去と未来を行き来する。

 離れ離れになった仲間を探して、大航海時代、ルネサンス、安土桃山時代、旧石器時代、様々な時代をめぐり続けた。

 

「…ここも違う」

 

 リストの半分を目前にした部分に赤線を引いたハナは、そこで険しい表情を浮かべてリストを置く。

 そして彼女は、ジトッとした目でサイタマたちを睨みつけた。

 

「あんたたち、旅行か何かと勘違いしてない?」

「え?」

 

 様々な時代で収集してきた土産物を広げるサイタマたちに、ハナは滔々と説教をしたい気分に陥る。

 過去の世界から物を持ち出すことや干渉することの危険性もそうだが、真面目に探す気があるのかと問い詰めたくて仕方がなかった。

 

「まったくもう……手伝ってるんだか足手まといなんだか」

「もういい加減リストも尽きてきただろう。一体どこにいるんだ、お前たちの仲間は」

「そんなに急かさないでよ……ミライが救った時間って本当に多いんだから」

 

 かなりの時間を巡ってきたが、それでもまだイマジンたちは見つけられない。

 まだリストの半分以上も巡らなければならないのかと思うと、流石に心が折れそうになってしまっていた。

 

「何か手がかりでもあればいいのに……」

 

 気の遠くなりそうな作業を繰り返し、疲弊した様子でテーブルの上に突っ伏すハナ。

 そんな時、備え付けられた座席からうめき声が聞こえ、ハナはガバッと体を起こした。

 

「……っ、ぁ…」

「ミライ⁉︎ 目が覚めたのね! よかった…」

 

 毛布をかけられた座席の上で横になっていた少女、ミライが薄目を開けてハナを見つめていた。

 顔色はまだ悪く、弱々しい様子ではあったが、今までずっと眠ったままであった少女が反応を示したことで、ハナは希望を見出していた。

 

「西暦…19XX年の……五月…」

 

 すると、ミライはか細い声で何か口にし始めた。

 ハナは慌てて耳を寄せ、ミライがなにを伝えようとしているのか聞き取ろうとした。

 

「…みん、なが……待って…」

「え? な、何? 何を言ってるの?」

 

 途切れ途切れの声は、うまくハナに言葉を伝えてくれなかった。

 しばらくするとミライは再び目を閉じてしまい、苦しげな寝息を立て始めてしまった。

 ミライの様子を見ていたフブキは、険しい表情で考え込む。

 

「……もしかして探している奴らの手がかりなんじゃ」

「多分そうだわ。きっとその時代にモモたちが……!」

「ここ、Wi-Fi繋がってるかな…あ、いけた」

 

 そこで、おもむろにスマホを取り出したキングが何かを検索し始めた。

 過去と未来を行き来している今、ネットにつながるのか疑問ではあったが、偶然電波が届く時間帯にでも差し掛かっていたのだろうか。

 キングは見出したスマホの記事を、ハナの前に差し出した。

 

「あのさ、もしかしてこれじゃないの?」

「ん?『お手柄3人組、米泥棒を見事捕らえる!』……って、あぁ‼︎」

 

 キングが検索したのは、大昔の新聞記事などを特集したサイト。

 そこのあるページに写っていた、三人の男の写真を目にしたハナは、思わず大きな声で反応してしまった。

 

 

「ウラタロス〜…僕お腹すいたよ〜」

「しょうがないでしょ、お礼にもらったお米はキンちゃんが全部食べ尽くしちゃったんだから」

「あれだけじゃ腹の足しにもならへんわ…」

 

 ボロボロの民家の中で、壊れかけのちゃぶ台を囲む三人の男がいた。

 これと言った特徴のない、どこにでもいそうな平凡な男たちだったが、変わったことに全員それぞれ髪に青、黄、紫のメッシュを入れていた。

 

「でもまさか、僕たち三人とも同じ時代にきちゃうなんてね」

「みんなで別れて逃げようっていったのウラタロスじゃんか〜」

「まぁ、みんなバラバラに逃げとったらもっと早く倒れとったかもしれへんけどな」

 

 青いメッシュの眼鏡の男が呟き、紫のメッシュの青年がちゃぶ台に突っ伏し、ギュルギュルとうるさい腹を抑える黄のメッシュの男がぼやく。その表情はみな暗かった。

 

「僕らこのままどうなっちゃうんだろうね〜…」

「ここ可愛い女の子いないし、そのうち身も心も乾いちゃうんだろうなぁ…」

「泣けるでぇ…!」

 

 先の見えない現状を嘆き、男たちは天井を仰ぐ。

 そんな時だった。

 

「―――あんたたち一体何やってるのよ⁉︎」

 

 スパーン! と障子が叩きつけるように引き開けられ、肩を怒らせた少女が顔を出した。

 突然の来訪者に男たちは目を丸くし、あっけに取られた様子で少女・ハナを凝視した。

 

「……は」

 

 すると次の瞬間、男たちからサラサラと砂つぶが漏れ、半透明の三色の光が飛び出した。

 

「「「ハナさんだ―――――‼︎」」」

 

 光はそれぞれ青い亀、黄色い熊、紫の龍に似た怪人へと姿を変え、ハナに向かって飛びついた。

 ハナは悲鳴をあげるも、三人の勢いに負けて押し倒されてしまった。

 

「夢じゃないよねこれ⁉︎」

「俺はもうあかんとおもてたで…‼︎」

「わーいわーい♪ デンライナーに帰れる〜!」

「うるっさいわ‼︎」

 

 怪人、イマジンたちを押しのけながら、ハナはイライラした様子で怒鳴りつける。

 手間をかけさせたこともそうだが、バラバラに逃げろと言ったのに一箇所に集まっていることを叱りつけたかった。

 

「おお、賑やかになってきたな」

「い、今人の中から出てきたような…⁉︎」

「あれが取り憑くということか」

 

 民家の外から覗き込んだサイタマたちは、畳の上に放置されている男たちや、話に聞いていた憑依能力を見せたイマジンたちを興味深そうに観察していた。

 その時、再びジェノスのセンサーに引っかかる反応があった。

 

「―――! 接近する熱源を多数感知……この反応はイマジンか‼︎」

 

 ジェノスの言葉にハナはハッと表情を変える。

 イマジンたちを見つけたことで安堵していたが、危機が去ったわけではないのだ。

 

「ねぇハナさん、そちらの人たちは誰?」

「説明してる暇なんかないのよ! ウラ! キン! リュウ! あんたたちもさっさと戦闘準備!」

「ええぇ…(イマジン)使い荒いなぁ」

「さっさとやんなさいエロガメ‼︎」

「は〜い」

「よっしゃ! いっちょやったるで!」

 

 パシン、と膝を叩いた熊のイマジン(キンタロス)が立ち上がり、民家の外に意気揚々と飛び出す。その後ろを、亀のイマジン(ウラタロス)が気だるげに、龍のイマジン(リュウタロス)が陽気に続いた。

 いきなりぼろ家の中から現れた怪人を目にした周囲の家の住人は、非常に驚愕した様子で悲鳴をあげてその場から逃げて行った。

 

「見つけたぜぇ‼︎」

「大人しく捕まりやがれ‼︎」

「ああもう! しつこいなぁ!」

 

 そこへタイミングを計ったかのように、バリバリと隣の民家の戸を蹴破りながら怪人たちが姿を現した。

 フクロウの怪人やクジラのイマジン、その他複数の怪人たちが、口汚く罵りながら早速ハナたちに襲いかかった。

 

「そんなにしつこい奴は…女の子にモテないぞ?」

「うおっ⁉︎」

 

 そこへ、亀の甲羅を模したような槍を持ったウラタロスが迎え撃つ。素早い槍さばきで翻弄し、怪人たちの足を掬い上げて転ばせていった。

 

「ドスコイ‼︎」

「ぐわぁぁ⁉︎」

 

 よろけた怪人たちに、今度はキンタロスの張り手が襲いかかる。凄まじい力で弾き飛ばされた怪人たちは、ひとまとまりにされて倒れていく。

 

「俺の強さは泣けるでぇ‼︎」

「ふ……ふざけんな!」

 

 四股を踏んで挑発するキンタロス。

 立ち上がって反撃しようとする怪人たちに、今度は紫の弾丸が食らいついて激しい火花を散らせた。

 

「ヘイヘイヘ〜イ♪ お前ら、倒すけどいいよね? 答えは聞かないけど‼︎」

 

 敵の数は多いが、三人のイマジンたちは高度なコンビネーションで圧倒している。

 思わず感心するジェノスたちだったが、その背後からハナが焦った様子で呼びかけた。

 

「ザコは放っておいて、早くゼロライナーに戻って!」

「え⁉︎ デンライナーじゃないの⁉︎」

「説明はあと! とにかく急いで‼︎」

 

 戸惑うイマジンたちを急き立て、ハナはゼロライナーが停泊している場所へ走る。

 すると首を傾げながらも走るウラタロスたちを追って、怪人たちが集まり始めた。

 

「焼却砲…!」

 

 最後尾に立ったジェノスが、雄叫びや怒号をあげる怪人たちに強烈な火炎放射を浴びせかける。

 その威力に、リュウタロスが思わず声をあげた。

 

「うわぁあぶなぁっ⁉︎」

「早く乗れ!」

 

 火だるまになって苦しむ怪人たちに背を向け、ゼロライナーに急ぐジェノス。

 しかし、突如死角から手が伸び、走っていたハナを引き寄せた。

 

「逃すかよ……裏切り者どもめ‼︎」

「きゃあっ⁉︎」

「まずい!」

 

 狼のイマジンに囚われたハナを目にし、ゼロライナーの中からデネブが鉄砲の指を向ける。

 しかしハナが直線上にいるために撃つことができず、迷っているうちにどんどん周囲を怪人たちに囲まれて行ってしまった。

 

「ヤバイぞこれは……!」

 

 ジェノスたちがハナを救出しに向かうが、その間にもイマジンは集まり始めている。

 絶体絶命のピンチと思われた時だった。

 突然、着物を着た男が狼のイマジンに蹴りかかり、ハナを抱きかかえてジェノスたちの方に飛びのいた。

 

「デネブ! お前がいて一体何やってんだよ‼︎」

「ユウトォ‼︎」

 

 振り向き、デネブに怒号を放つユウトと呼ばれたその男は、懐から取り出したベルトを腰に巻くと、一枚の黒いカードを取り出して目の前に掲げた。

 

「まとめて叩き潰してやる……変身!」

Altair form(アルタイル・フォーム)

 

 ユウトがカードをベルトに差し込んだ瞬間、電子音声とともに周囲に緑色の破片が舞い、集まって黒いスーツを作り出す。

 さらに胸と顔に金色の線路のような装甲と緑の装甲が張り付き、顔の線路を二頭の牛の顔が通る。牛の顔は変形すると、目の形となって顔に張り付いた。

 

「最初に言っておく。俺はか〜な〜り、強い‼︎」

 

 近未来的な鎧を身に纏ったユウトは、勇ましく怪人たちに吠えると腰に下げたパーツを組み合わせ、一振りのサーベルへと変えて猛然と挑みかかった。

 

「うおおおおおおお‼︎」

 

 幅広い剣が、我先にと向かってくる怪人たちに食らいつき、火花とともに弾き飛ばす。凄まじい力で振るわれる斬撃は、硬い怪人の表皮も簡単に切り裂いていた。

 勇ましく怪人たちに斬りかかる緑の戦士の姿に、ジェノスは目を大きく見開いた。

 

「あの男は…⁉︎」

「彼はユウト。ゼロライナーの持ち主で、電王と同じように時の運行を守る戦士、ゼロノス!」

 

 ハナの説明を表すように、ゼロノスとなったユウトは圧倒的な力で怪人たちを相手取る。

 ゼロライナーに近づこうとする怪人を片っ端から斬り伏せていきながら、ユウトは立ち尽くしているジェノスたちに声を張り上げた。

 

「いまのうちに行け!」

「ユウト! 後ろ狙われてるよ!」

 

 デネブが背後から迫る敵を知らせるが、運悪く別の怪人とつばぜり合いになってしまったために動くことができない。

 迫り来る狼の怪人の爪を前にして、ユウトは思わず仮面の下で焦りの表情を浮かべた。

 

「死にさらせぇぇ‼︎」

「何しやがんだコノヤロー」

「ぎゃわばああああ⁉︎」

 

 が、その寸前で気の抜ける声とともに怪人が吹っ飛ばされ、他の怪人を巻き込んであっさり爆散してしまった。

 呆然となるユウトをよそに、間の抜けた顔のままのサイタマは無慈悲にも次々に怪人たちを殴り飛ばしていく。

 

「あ、俺が過去で暴れても大丈夫だったのかな」

「ぐわああああああ⁉︎」

 

 最後の一体をもぐらたたきのように殴りつけながら、サイタマは「ま、いいや」と面倒臭そうに肩を落とした。

 

「……これ、ユウトが来た意味あったのかな?」

「一枚無駄にしちまったじゃねぇか!」

 

 颯爽と登場したのに、ものの数秒で出番が終わってしまったユウトは、苛立たしげに地面を踏みつけることしかできなかった。

 当初の目的である仲間のイマジンの回収は達成できたものの、なんとなく締まらない結果に終わってしまったのだった。



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  八撃目 鬼と亀と熊と龍

「助かったよハナちゃん…! もうちょっとで僕ら塵になっちゃうところだったよ」

「もともと俺ら砂やけどな!」

「あー怖かった。ねーデネブ、ジュースちょーだい!」

「はいはいちょっと待っててね!」

 

 ゼロライナーの座席を占拠し、三体のカラフルな怪人たちが勝手気儘に騒ぎ始める。席の端に寝かされているミライの表情も、やや迷惑そうに歪められていた。

 

「……亀に、熊に、龍か? イマジンというのは本当にバリエーション豊かだな」

「なんでか知らないけど、イマジンはみんな昔話からイメージを取り出すの。うちのはメジャーだけど、マイナーなイメージを拾ったイマジンもいるわ」

「…そういえば、コウモリとかサイに関する昔話もあったわね」

 

 亀と熊と龍と弁慶の怪人が集まっている光景に、サイタマたちは不思議なものを見る目で囁き合う。

 敵側の怪人もかなり個性的な外見だったが、こちら側もかなり奇天烈な見た目であった。

 

「じゃあ! 無事に戻ってこれたことを祝してかんぱ〜い♪」

「「かんぱ〜い!」」

「うるっさいわよ‼︎」

 

 真面目な雰囲気などどこにも感じさせず、騒ぎ続けるイマジンたちについにハナがキレる。

 輪になってコップを掲げるイマジンたちに、サイタマが近づいていった。

 

「で? お前らが人間に味方してるいいイマジンってことか?」

「ん? おじさん誰?」

「おじさんって言うな」

「まぁ、そう言うこっちゃな」

 

 輪の中に入ったサイタマの顔を、キンタロスがまじまじと覗き込む。

 この中で最も力持ちな彼は、サイタマの体内に宿る強大な力に感づいているようだ。先ほどとは異なる真剣な眼差しを向けている。

 

「…お前さん、只者やないな。見た目とは裏腹にものすごい力を感じるで」

「そんなの言われたの初めてだぞ」

「え〜うっそだぁ〜見たことないよこんな人」

「せやけど、さっきのパワーは本物やったで?」

「じゃあなんでそんな強い力持ってるのにマイナーなのさ?」

 

 キンタロスの言葉を信じず、小馬鹿にしたようにサイタマを見やるウラタロスとリュウタロスだが、当のサイタマは全く気にした様子はなかった。

 が、彼にとっては放置できなかったらしい。

 

「おい貴様ら、あまり舐めた態度をとっていると承知せんぞ。先生はあまりご自分で成果を誇ったりしないだけだ」

「そう言われてもねぇ…」

「ほんとに知らないんだも〜ん」

 

 ギラリと目を光らせて威嚇するジェノスに、青と紫のイマジンはジトッとした目を向ける。基本的に順位や知名度と実力は比例するものであるため、やはりにわかには頼る気にはなれないようだ。

 しかしそこで、ウラタロスは何かを思い出したように視線を逸らした。

 

「ん? もしかしてキミ……ミライが前に言ってたヒーローじゃない?」

「え……?」

 

 ウラタロスが隣で寝かされているミライに向けられ、確信を持ったように何度も頷かれる。

 自分に注目が向いていることに気づき、ウラタロスは改めて説明を始めた。

 

「ミライが目標にしてるヒーローがいるって聞いたことがあるんだ。聞いてた特徴と似てるからもしかしてって思ってさ」

「そんなこと言うとったか?」

「僕知らな〜い」

「一回だけさ、なんで電王としてこんなに頑張ってるのって聞いたことがあるんだよ。その時に教えてくれたんだ」

 

 腕を組んで首をかしげるキンタロスとリュウタロスや、興味深そうに体を寄せるジェノスたちは、ウラタロスの語る話の内容から一人の男を思い浮かべる。というか、視線を向けた。

 

「黄色いスーツに赤い手袋をつけた、白いマントのヒーローがいるって。……ハゲとまでは聞いてなかったけど」

「ほぉ〜? 初耳やな。ハゲとるヒーローやなんて」

「ハゲたヒーローなんているんだね〜」

「私も聞いたことないわよ。ハゲマントだっけ?」

「俺も知らんぞ。ハゲマントなんて」

「ハゲハゲハゲハゲうるせぇよ‼︎ さっきからなんなんだお前ら⁉︎」

 

 いじられまくって苛立ちが頂点に達したサイタマが叫び、ウラタロスたちを鋭く睨みつける。

 これ以上は流石にまずいと判断したのか、ウラタロスはパンパンと手を叩いて空気を変えさせた。

 

「まぁとにかく! そんな強いならこれからも頼りにさせてよ。あとは先輩を探し出すだけなんだからさ!」

「ホンマ、モモの字はどこ行ってもうたんやろなぁ?」

「まいごのまいごのモモタロス〜」

「こいつら…」

「……まさか最後の一人は桃太郎か」

「すごいわ。昔話の三大太郎が揃った」

 

 子供が思い浮かべる最も有名な昔話の主人公、の敵の姿をイメージし、ジェノスたちはやや呆れた表情になった。

 ウラタロスたちは追われていることなど感じさせないような呑気さで、ハナは思わず頭痛を感じたように頭を抱えていた。

 

「それで、また別の時間に行くってこと?」

「ええ、でももう地道に探す必要はないわ。さっきの時代で、ユウトがいいものを見つけてくれた」

「いいもの?」

 

 キングの問いに答えたハナは、ユウトから渡された巻物をテーブルの上に広げた。

 ところどころシミや虫食いのあるそれは、博物館か金持ちの蔵にでも置いてありそうなほど年季の入っている書物のようであった。

 ムワッと匂ってくるカビ臭さに、サイタマはつい顔をしかめていた。

 

「きったねぇ巻物だな」

「これは昔、ある侍が妖怪退治に赴いた時のことを記した資料よ。…ここ見て」

 

 確かにハナの言う通り、巻物には何体もの妖怪や化け物と、それと戦う侍の姿が描かれている。なぜか侍たちの顔が現代の有名な強者たちに似ている気がしたが、誰も気にしなかった。

 その戦いの絵巻の端を、ハナがビシッと指差す。すると、イマジンたちの目が大きく見開かれた。

 

「うわっ! 先輩だ!」

「ホンマや!」

「カッコ悪ぅ〜」

「あれまー…」

 

 何事だと一緒になって覗き込むサイタマたちが見せられたのは。

 草むらの陰で妖怪と侍の戦いを覗く、一匹の赤い鬼の絵であった。

 

 

 時は戦国、まだ妖怪と怪人の区別が曖昧であった時代のことであった。

 手に松明と鍬を持ち、暗い夜道を照らした村人たちが険しい顔で辺りを見渡していた。その目には、明確な敵意が宿っていた。

 

「あの鬼めはどこいっただか⁉︎」

「姿が見えなくなったべ!」

「きっとどこかに隠れてるだ! とっ捕まえてぶっ殺すど‼︎」

 

 武器の代わりなのか、鍬の先端を見渡す先に向けながら歩き続ける村人たち。サクサクと静かに草を踏み、鬼とやらを探してひとかたまりになって歩き去っていく。

 彼らの持つ明かりが遠くへ霞んで行き、静かになったところで、草むらの陰から赤い影がそろそろと顔を出した。

 

「ひぃええ……なんでこの時代の奴らはあんな物騒なんだよ!」

 

 赤い体に黒い模様の入った、二本の立派な角が生えた男。見た目はまんま鬼にしか見えない彼は、ブルブルと震えながらキョロ距離と辺りを見渡していた。

 彼こそが、ハナたちの探すイマジンの最後の一体、鬼の怪人(モモタロス)であった。

 

「早いとこあいつらのとこに戻りてぇなぁ……って寂しがりか俺は!」

 

 もし聞かれでもしたら、散々からかわれ馬鹿にされそうなことを口にしてしまったが、ずっと一人で追い回されていれば寂しくもなる。

 早いことやつらと合流しなければ、とモモタロスは辺りの様子を伺った。

 

「右…よし! 左…よし! 今しかねぇ!」

 

 まずは村人に見つからないうちに離れてなくては、とまるで泥棒のように抜き足差し足で進み始める。なるべく足音を立てず、その上で人がいないか慎重にモモタロスは歩く。

 その時、ヒュンッと風を切る音がしたかと思うと、モモタロスの尻に激しい痛みが襲いかかった。

 

「アッ―――‼︎ 尻になんか刺さった―――‼︎」

 

 あまりの痛みに、棒状の何かが刺さった尻を抑えて倒れこんでしまうモモタロス。

 その悲鳴を聞きつけ、さっき通り過ぎた村人や別の場所を探していたその仲間が集まってきてしまった。彼らはモモタロスを見つけると、殺意で目をギラリと光らせた。

 

「鬼めがいたぞぉ!」

「オラの矢が当たっただ! みんなとっ捕まえろ!」

「このバケモンめがぁ‼︎」

「いやあああああ⁉︎」

 

 誤解がないように言っておけば、モモタロスは彼らになにもしていない。

 しかし思い込みというものは恐ろしいもので、鬼は絶対に人間に危害を及ぼすものと決めつけ、やられる前にやってやろうということになっていた。

 あわや無実の罪を着せられ、叩き殺されそうになったモモタロスであったが。

 

「〝必殺マジシリーズ〟」

 

 不意に聞こえてきたその声の主が、モモタロスを救った。

 

 マジねこだまし‼︎

 

 モモタロスと村人がいる場所に、とんでもない音量の爆音が響き渡る。

 ダイナマイト数キロの爆発音を一瞬に凝縮したかのような、凄まじい破裂音がこだまし、村人たちから一発で意識を奪い取った。

 

「な…なんだぁ⁉︎ 爆弾でも爆発したのか⁉︎」

 

 間一髪、村人から身を守るために伏せていたモモタロスは、それでも鼓膜に響く強烈な音に目を白黒させる。

 助かったとわかるよりも先に、なにが起こったのか理解することもできずにいた。

 

「災難な目にあったねぇ、先輩?」

 

 そんな彼にかけられる、気障っぽい聞き覚えのある声。

 モモタロスは慌てて体を起こし、暗闇の中から近づいてくる相手を凝視した。

 

「か、亀ぇ⁉︎」

「えらいボロボロになってもうて…泣けるでホンマ」

「お尻に矢刺さってるダッサ〜イ」

「熊に小僧! …って誰がダサいだコラ⁉︎」

 

 ぞろぞろと集まってくるイマジンたちに、モモタロスは驚きながらも内心で安堵を覚える。顔に出しはしないが、ひとりぼっちじゃなくなったことで実はものすごく安心していた。

 

「お、ほんとに鬼だ」

「んん⁉︎ おいコラハナクソ女! なに関係ないやつ連れてきてんだよ‼︎」

「うっさい! 迷子のくせに偉そうにすんな!」

「いっでぇ⁉︎」

 

 気の抜ける顔でモモタロスの前に現れたサイタマに、赤鬼はイライラした様子でハナに詰め寄る。が、逆ギレされて尻に刺さっていた矢をズボッと引き抜かれ、また激痛に苦しめられた。

 

「とりあえず撤収しようよ。あんまり一つの時代に残ってると奴らが見つけちゃうかもしれないよ?」

「そうね…ゼロライナーに戻りましょう」

「ま、待て!」

 

 尻の痛みに悶えるモモタロスを放置し、さっさとこの時代から逃げようとするウラタロスやハナたちが歩き出す。

 しかしそれを、モモタロスは慌てた様子で引き止めた。

 

「もうアイツらはここにいるんだよ! そんでこの時代でも好き勝手暴れてる……しかもそいつら、俺たちが前に倒したやつなんだよ‼︎」

「何ですって⁉︎」

 

 モモタロスの言葉に、ハナは大きく目を見開いて硬直する。

 他のイマジンたちも目を見開く中、モモタロスは何かを感じ取ったようにばっと振り向き、緊張した様子で身構えた。

 ザザザ、と暗闇の中で草むらが蠢く音がする。何かが走り回り、モモタロスたちを取り囲もうとしているようだ。

 

「お〜にさ〜ん、見〜つけたぁ」

 

 蠢いている何者かの方をかき分けるようにして、近づいてくる大きな気配がある。

 激昂を反射する金と銀の輝きを目にし、ハナは信じられないと言った様子で凍りついた。

 

「待ってたぜぇ……お前たちに復讐できるこの時をなぁ!」

「弟とともに受けたこの恨み……今こそ晴らさせてもらうぞ」

 

 現れたのは、錫杖のような槍を持った長身の男と、巨大な金砕棒を持った二本角の大男。煌びやかながら禍々しい鎧を纏った、凄まじい迫力を醸し出す二人組であった。

 

「クチヒコ……ミミヒコ……!」

「鬼ライダーか…‼︎」

 

 硬直するハナと同じように、イマジンたちも驚きのあまり動けなくなっている。

 サイタマたちは訝しげな表情で、固まっているハナたちの顔を除き込んだ。

 

「なんだ、新手か…?」

「ていうか知り合いか?」

 

 以前会ったことがあるかのような会話をしている彼らに問いかけるも、ハナは未だ動揺している様子で金と銀の鬼たちを凝視している。

 目の前にあの男たちがいることが、全くの予想外であると言った様子だ。

 

「そんな……なんでアイツらが……アイツらはこんなところにいるはずがないのに‼︎」

「どういうことだ⁉︎」

 

 怯えているような、青い顔で立ち尽くすハナに焦れたのか、ジェノスはやや厳しい口調で問い詰める。

 ハナはそれで多少我に返ったのか、こわばったままの表情を鬼たちに向けたまま口を開いた。

 

「……アイツらは、鬼ライダーと名乗る()()()悪人! かつてミライが倒したはずの敵なのよ!」

 

 過去の亡霊を前にし、ハナは顔を真っ青にして体を震わせる。

 亡霊の鬼たちは、怯える少女の姿をさも面白そうにニヤニヤと見下ろしていた。



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  九撃目 鬼の兄弟

「わざわざ案内ご苦労……おかげで手軽にノルマを達成できそうだ」

「チクショウ! 後をつけてやがったな⁉︎」

 

 愕然とした表情を浮かべるモモタロスに向けて、金色の着物を着た長身の男―――クチヒコが馬鹿にするような笑みを浮かべる。隣に立つ銀の鎧を着た大男―――ミミヒコもさもおかしそうに、耳障りな笑い声を響かせていた。

 まんまと敵の策略にはまったことを嘆き、モモタロスはこの場にいないミライに対して口惜しそうに歯を食いしばった。

 

「鬼だと…? あれはいったい何者だ?」

「オニ一族の兄弟……クチヒコとミミヒコ!」

 

 聞きなれない鬼ライダーという名称に対しジェノスが問うと、ハナは狼狽した様子ながらも憤慨した様子で答えた。

 敵であることはわかっているが、それとは別に普通の怪人とは何かが違うということが感じられた。

 

「もともとは室町時代で暴れまわっていた怪人だったけど……時空の歪みのせいでで未来と繋がったことを利用して、歴史を好き勝手に改変しようともくろんでいた連中よ!」

「……他の連中と同じ、穴の狢ってわけね」

 

 ハナの態度に納得したフブキが、体に緑色の光を灯しながら身構えた。

 過去の確執やら因縁やらは差し置いても、ヒーローとして放置するわけにはいかない相手だとわかっただけで十分だった。

 ハナはなおも怒りと焦りをあらわにしながら、鬼の兄弟を睨みつけて怒鳴りつけた。

 

「なんであんた達がまだ生きてるのよ‼」

「フン…! 知ったところで貴様らに何かできるとは思えんな」

 

 鬼の兄弟の強さを知っているゆえに、自分からは手が出せないハナを馬鹿にしたようにクチヒコが嘲る。

 割と頭に血が上りやすいハナが憤慨しながら一歩を踏み出しかけるが、冷静なままのユウトに制されて悔しげに後ろに引いた。

 

「兄者! 俺は兄者と俺を殺しやがったあいつらが憎いぜ‼︎」

「慌てるな弟よ…ただ殺すだけでは物足りない。たっぷりと絶望を味わわせる必要がある」

「ああ! そうだな!」

 

 ミミヒコが金の鬼に訴えかけ、攻撃の時を今か今かと待ちわびている。

 モモタロスたちの周りにも、見覚えのあるイマジンたちが徐々に輪を狭めてきているのが見えて、時の守護者たちは焦りを抱き始める。

 

「やるしかねぇな……!」

 

 囲まれ、退路を断たれてしまったのならば、もう前の敵に向かって進むしかない。

 不退転の覚悟を決め、まだ少し痛む尻を抑え、ポキポキと拳を鳴らすモモタロスが一歩前に出る。

 ちらりと視線を向け、ゼロライナーを背に身構えているハナを睨んだ。

 

「おい、ハナクソ女! ミライは今どうしてる⁉︎」

「眠ってるわ……ダメージが深刻で、立ち上がることもできないみたい」

「仕方がねぇか…!」

 

 一度バラバラに逃げる羽目になった襲撃の時を思い出し、ミライの負荷を考えてモモタロスは顔を険しくする。

 今のミライに無理はさせられない。そもそも記憶を奪われてしまった今の彼女が電王になれるかどうかもわからない。

 そう考えたモモタロスは、自分の後ろにいる見慣れない金髪の男に振り向いた。

 

「おいお前! ちょっと体を借りるぞ!」

「何っ⁉︎ ぐっ……⁉︎」

 

 いきなり呼ばれて驚くジェノスに、赤い光となったモモタロスが飛びかかる。

 赤い光を受けたジェノスは一瞬体を震わせると、がくりとうなだれる。しかしすぐにキッと吊り上げた目を向け、獰猛な笑みを浮かべて肩を回した。

 

「っしゃあ‼︎ 俺、参上‼︎」

 

 前髪が全て逆立ち、一部に赤いメッシュが入り、凶暴そうな形相に変わったジェノスがビシッと自分を指さし、歌舞伎役者のようなポーズをとる。

 いつもの彼とは明らかに雰囲気が変わったサイボーグに、サイタマが興味深そうな視線を向けた。

 

「お、ジェノスがチンピラみたいになった」

「誰がチンピラだ! こうした方が強ぇんだよ‼︎」

(貴様……! 俺に断りもなく勝手に‼︎)

「細けぇこと気にすんな‼︎ 行くぜ行くぜ行くぜぇ‼︎」

 

 各所から聞こえてくる評価や非難に聞こえないふりをし、ジェノスに憑依したモモタロスが拳を振り回す。

 どよめくイマジンに向けて、モモタロスinジェノスは手のひらに装備された火炎放射器を解放した。

 

「うおりゃああああ‼︎ って熱っ⁉︎ 熱っつう⁉︎」

 

 ゴウッ!と普段の加減を取っ払った豪火が発射され、イマジンたちをまとめて飲み込んでいく。

 しかしあまりの威力を放ったためか、炎を放ったモモタロスにまで火が及んで大変危険な状態に陥っていた。もっとも、サイボーグであるため熱さは感じないはずだが。

 

「くっ……小癪な」

「おいてめぇら‼︎ 自分自身への弔い合戦だ! 存分に暴れやがれ‼︎」

「「「「ウオオオオオオオオオオオ‼︎」」」」

 

 かろうじて火炎を躱したクチヒコとミミヒコが、まだ炎に飲み込まれているイマジンたちに命じる。

 雄叫びをあげたイマジンたちは、炎をかき分けるようにして全身を再開する。奇妙なことに、全力の豪火を受けたはずの彼らはまったくの無傷であった。

 

「ぎょうさん来よったでぇ!」

「じゃあ僕も……お姉さん、ちょっと力貸してくれる?」

「え⁉︎」

 

 突如ウラタロスに尋ねられ、戸惑いの声を上げるフブキ。

 すると次の瞬間、彼女の了承を得ることなく、青い光となったウラタロスがフブキの中に飛び込んだ。

 

「お前、僕に釣られてみる?」

 

 青いメッシュが入り、メガネをかけたフブキが青く輝く流し目をよこし、手のひらを差し向ける。

 発動した超能力によって、迫っていたイマジンたちの体が宙に浮き上がり、ぐるぐると渦に飲み込まれるように回転させられ始めた。味方にぶつかり、あるいはモモタロスが出した炎に巻き込まれ、敵はみるみるうちにボロボロになっていった。

 

「はっ!」

 

 最後に衝撃波のような一撃を加え、イマジンたちを遠く空の彼方へ飛ばしてしまうと、ウラタロスinフブキはヒュウと楽しげな口笛を吹いた。

 

「超能力って結構難しいね。あ、でも慣れると結構便利かも」

(なんてこと……⁉︎ いつもより強い力が使えるなんて…‼︎)

「なんせ、二人分の力だからね?」

 

 かつてない力に興奮を覚えるフブキだが、イマジンはまだまだ残っていて次々に狙ってきている。

 そこで、パンッと手のひらを合わせたキンタロスがキングに目を向けた。

 

「ほな、あんたにも力貸してもらうで!」

「えっ⁉︎」

 

 自分が呼ばれると思っていなかったキングは、若干焦りを覚えながら目を見開く。

 有無を言わさず黄色の光となって乗り移ったキンタロスは、近付きつつあるイマジンの胸に強烈な張り手をかまし、思い切り吹っ飛ばした。

 

「むぅん‼︎」

 

 伸びた髪を後頭部でまとめ、色の違う金のメッシュを垂らしたキングが、相撲の四股を踏んで勇ましく吠えた。

 

「涙はこれで拭いとけぇ! …なんやあんましっくりこぉへんな、この身体」

(……なんか、ごめん)

 

 実はほぼ一般人並みの力もないキング。他の二人ほど派手な働きを見せられなかったことに、内心でものすごく申し訳ない気分に陥っていた。

 残ったもう一人、リュウタロスは憑依できる相手がもう一人しかいないことに非常に不満を抱いていた。

 

「え〜…僕この余りぃ〜?」

「おい誰が余りだクソガキ」

「ちぇ〜じゃあしょうがないや。とうっ!」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、このままだと自分だけ暴れられないと思ったリュウタロスが渋々紫の光となってサイタマに向かって飛ぶ。

 が、体に入ろうとした瞬間、見えない壁にぶつかったようにあっけなく弾き返されてしまった。

 

「…へぶ⁉︎」

 

 顔面から思いっきり地面に落ちたリュウタロスはしばらく呆然としていたが、我に返ると信じられないとばかりに目を見開いてサイタマを凝視し出した。

 

「何この人⁉︎ ぜんっぜん入れないじゃん‼︎」

「嘘…リュウちゃんが取り憑けないなんて」

「せやからものすごい力持っとるっていうたやないか」

 

 騒ぐリュウタロスと呆然となるウラタロスに呆れたように返すキンタロスだが、なぜキングのひ弱さには気がつかないのだろうか。

 火加減に慣れ始めたモモタロスは、普段から小生意気なリュウタロスの失敗に意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「へんっ! じゃあ小僧はそこでお留守番だな! どおりゃあああ‼︎」

 

 雄叫びをあげたモモタロスが、鋼鉄の拳でイマジンたちに殴りかかる。

 チンピラの喧嘩のような戦闘が好みな彼にとって、殴っても蹴っても頭突きしても壊れる気配のないジェノスの体は実に相性がいいようであった。

 

「デネブ! お前はミライを守れ!」

「わかった!」

「変身!」

 

 モモタロスたちの合間を縫って近づこうとするイマジンたちを足止めするために、ユウトもゼロノスの姿に変わって駆け出していく。

 デネブがゼロライナーの前に陣取り、指先の鉄砲を打ち出して牽制し、敵が怯んだ隙にユウトがサーベルで斬り裂いていく。

 

「ウオオオオオオ‼︎」

「ぶっ殺せぇええ‼︎」

 

 しかし、何度敵を倒しても、どれほど時間が経っても、敵のイマジンの数が減る様子は一向に見えない。

 終わる予感のしない戦いの中、徐々にジェノスたちの表情に疲弊の色が見え始めた。いくら力に差があろうとも、戦闘による体力の消耗は抑えようがなかったのだ。

 

「チクショウ! いつまでやってりゃいいんだよ‼︎」

 

 どこからか取り出した大きな紅い太刀を振り回し、力の限り暴れまわるモモタロスが苛立ち交じりにわめき出す。

 質よりも数の差によって押され始めるヒーローたちを、クチヒコはにぃと冷酷な笑みで見下ろしていた。

 

「フン…電王になれない貴様らなど、大した脅威では……」

 

 無限に尽きることのない兵を操り、クチヒコはこのままじりじりと憎い仇の体力が尽きるのを待っていた。

 しかしその時、ドゴォォン‼︎と凄まじい爆発音が響き渡り、包囲網を作っていた配下のイマジンたちが大量に空中に吹き飛ばされた。

 

「何……⁉︎」

 

 予想外の事態に、クチヒコは大きく目を見開いて言葉を失う。

 吹っ飛ばされたイマジンたちは、その衝撃のあまりの強さによって粉々に粉砕され、雨あられとなってその場に降り注いでいる。

 その中心でたった一人だけ、拳を振り上げた男が立っていた。

 

「なんだ、もう終わりなのか?」

 

 落胆した様子で拳を降ろすサイタマに、クチヒコとミミヒコは得体の知れない恐怖を感じて後ずさる。

 倒しても倒しても数を減らさない敵も、異常な力を持つ怪人を前にしても、目の前の男は巨大な岩石のように動じる様子がなかった。

 それだけで、普通の人間ではないのだと鬼の兄弟は察したようだ。

 

「あ、兄者! あの禿頭、只者じゃねぇぜ!」

「そのようだな……だが」

 

 見た目はただの禿頭の一般人だというのに、感じられる気配も何ら変わったところのない平凡なものなのに、何だというのかこの妙な威圧感は。

 若干顔を青ざめさせていたクチヒコだったが、やがてその口元に笑みを浮かべた。

 

「どんなに強大な力を持った奴が相手だろうが…あの男の力を受けた我らに勝つことはできない」

「! そ…そうだな!」

 

 クチヒコの激励を受けてか、ミミヒコももとの自信満々な様子を取り戻す。

 モモタロスたちは態度を幾度も変える怪人達に訝しげな視線を向け、中でもハナは焦燥を感じているようでように冷や汗を流していた。

 

「何だぁ? どういうこった?」

「ガオウは……一体どれだけの力を手に入れたっていうの」

 

 どれだけ尽きない軍団を操ろうとも、サイタマ一人で片付けられそうな雰囲気が一時流れたが、まだまだ油断はできないらしい。

 クチヒコとミミヒコの見せる不気味な笑みが、ハナたちにうまく言い表せられない不安を抱かせた。

 

「だが、やつに使われっぱなしというのも腹立たしいのは確かだ。他の奴らは排除するとしよう」

「ああ、やるぜ兄者!」

 

 クチヒコの声に威勢よくミミヒコが答えると、鬼の兄弟は天に向かってそれぞれの武器を突き出した。

 すると、武器は何もないはずの彼らの頭上に激しくぶつかり、亀裂を走らせて空間が砕き、大きな穴を開けた。

 

「「変身!」」

 

 力尽くでぶち開けられた、奇妙な色の渦が巻くその穴の奥から、鬼の兄弟に向けて強烈な雷が降り注いだ。

 雷は鬼の兄弟の体にまとわりつくと、その体を二色の鋼の鎧に変えていく。

 片や、三本の角の生えた錫杖を持った黄金の鬼。片や、二本の角を生やし巨大な金棒を担いだ白銀の鬼。

 明らかに力を増した様子の二人の鬼を前に、モモタロスたちは険しい表情で身構えた。

 

「来るがいい……時の守護者ども。今度こそ貴様らを冥府へと送り、全ての時間を破壊してやる」

 

 クチヒコの殺意と憎悪のこもった声が、要を失った時の守護者たちに向けられた。



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  十撃目 奪われた時の列車

「さぁ…行け‼」

「あいつらから分岐点を奪い取れぇ‼」

 

 各々が持つ武器を掲げ、吠えるゴルドラとシルバラの合図で、無数の怪人たちが再びサイタマたちに襲いかかる。

 地震と勘違いしそうなほどに凄まじい地響きが伝わり、闇の中に映る黒いシルエットも相まって見るものに圧倒的な恐怖をもたらしていた。

 

「いくぜいくぜいくぜぇ‼」

 

 しかしモモタロスinジェノスは臆することなく、ようやく調整に慣れてきた手のひらの火炎放射器を掲げ、勇ましく走り出した。

 怪人たちの目前にまで達すると、モモタロスは真正面からの爆炎で相手を迎撃した。

 

「俺の必殺技! サイボーグバージョン‼」

 

 手加減なしの業火に包まれ、怪人たちは焼き焦がされる苦痛の中で悶え苦しみ、やがて炭になっていく。

 そして本人はやはり、自分の炎で熱そうに悶えていた。

 その横では、亀の甲羅を模した槍を振り回すウラタロスinフブキが涼しい顔でスタイリッシュに暴れる。フブキ自身のクールな装いも相まって、実に美しい槍捌きで相手を圧倒していた。

 

「ふんっ!」

 

 少し離れた場所では、分厚く大きな葉の斧を振り回し、キンタロスinキングが豪快に怪人達を斬り伏せる。やや動きづらそうにしながらも、キンタロスの持つ怪力によって決して敵を寄せ付けなかった。

 

「ダイナミックチョップ―――マイルド‼」

 

 大きく跳躍すると、怪人の一体の脳天に力強く斧を振り下ろす。

 強烈な一撃を受けた怪人は真っ二つに叩き割られ、数歩後ずさってから地面に倒れ、爆散して激しい炎に包まれた。

 

「いぇ~い!」

 

 誰にも憑くことのできなかったリュウタロスだが、もはやそんなことはどうでもいいとばかりに愉し気に銃を乱射する。

 むちゃくちゃな撃ち方だというのに一発たりとも撃ち漏らしがないのが、彼の異様な強さを表す一因となっていた。

 

「おらぁ!」

 

 ユウトもサーベルを振り回し、向かってくる怪人達を次々に打ち倒していく。激しい火花を散らしながら、巨大な刃が怪人達を両断していった。

 

 四体のイマジンと戦士たちに阻まれ、狙っている少女のもとへと一向にたどり着くことのできない怪人達。それでも進軍をやめようとしない彼らの前に、白いマントが翻る。

 と思った瞬間、繰り出された赤い拳が、凄まじい衝撃波を放ってみせた。

 

「必殺…………ちょっとマジなパンチ」

 

 ドッ‼と硬い壁に真正面からぶち当たったかのような衝撃が走り、怪人達はひとまとめにされて吹き飛ばされる。中には全身をバラバラにされてしまうような者もいて、残骸があたりに散らばって大変悲惨な光景が広げられることとなった。

 だが、ふと気づいた瞬間にはそれらは霞のように消えてしまう。

 そしてその向こう側から、バラバラに吹き飛ばされたはずの怪人達が無傷のまま近づいてくるのだった。

 

「……なんかちょっとイライラしてきた」

「ああクソ! ホンットにしつけぇな‼︎」

 

 いつもやっている雑魚怪人の掃除よりもはるかに苛立たしい単純作業の繰り返しに、サイタマの血管が切れそうになる。

 八つ当たりのように剣を振り回すモモタロスを横目に、サイタマは引きつった表情でゴルドラとシルバラを睨みつけた。

 

「たかが人間が…まずは貴様から排除してくれる‼」

「うおらああああ‼」

 

 サイタマを最優先に倒すべき標的ととらえ、シルバラが金棒を振り回して接近する。

 岩どころか鉄の塊さえも簡単に破壊できる鋼鉄が、サイタマに向けて雪崩のように降り注がれた。

 

「鬼神連弾‼︎」

 

 見た目以上の重量を考えさせない、無数の残像を残すほどの速さで繰り出される一撃一撃を、サイタマはヒュンヒュンととてつもない速さでかいくぐる。

 一片たりとも掠ってさえいないことに気づかないシルバラは、その顔を残酷な笑みで歪めていった。

 

「おいおいどうしたぁ⁉︎ 避けてばっかじゃつまらねぇぞ‼︎ もっと俺たちを楽しませろよぉ‼︎ ぎゃははは‼︎」

 

 耳障りな笑い声を聞いて、サイタマのこめかみにぴキリト血管が浮き立つ。

 絶えず降り注ぐ金棒の連撃を躱したまま、赤い手袋がぐっと握りしめられた。

 

「は―――ぐっはぁあああああ‼︎」

「ミミヒコォォォォォ⁉︎」

 

 醜く歪んでいた顔が、拳をもろに受けてより醜く破壊される。

 金棒までもが粉々に砕かれ、鬼の仮面が鼻の部分を中心に大きく陥没。その勢いのまま頭部がスイカのように血飛沫を撒き散らしながら試算し、ゴルドラが思わず悲鳴を上げた。

 

「んだよ。たいそうなこと言っといてもう終わりかよ」

 

 シルバラの血を全身に浴び、真っ赤に染まったサイタマがつまらなそうに呟く。

 じゃあ次はとゴルドラの方を向いたサイタマだったが、ふとその目が訝し気に細められた。

 自分に降りかかった血が、ビデオの逆再生のようにはがれていくのが見えたからだ。

 

「⁉」

 

 目を見開くサイタマの前で、飛び散った血が、肉片が一点に集まり、もとの形へと逆再生されていく。

 鬼の仮面が修復され、その目に光が戻ると、シルバラはゴキリと首を鳴らして気だるげにサイタマを睨みつけた。

 

「ククク……言ったはずだ。貴様らが我らに勝つことなどできないと―――」

「うわ気持ち悪っ⁉︎」

「ぐわあああああああああ‼︎」

「兄者ぎゃあああああああ‼︎」

 

 仮面の下で不敵な笑みを浮かべていたようだが、顔を真っ青に染めたサイタマの連続の拳打によって、鬼の兄弟はまとめて粉砕されてしまう。

 サイタマの反応は例えるなら、せっかく潰したと思ったゴキブリが復活して再び向かってくるかのような感じだった。

 

「サイタマく――ん! あいつらいくら倒したって復活するから意味ないよ! 早く乗って!」

「ん? お、おう…」

 

 あまり見たくはない光景を見せられ、肩で息をするサイタマに、背後からデネブが手を大きく振って呼びかけた。

 正直もう無限に湧く怪人の相手は面倒くさかったし、気持ち悪いものを見てしまったサイタマは素直にそれに従い、先に乗りこんだハナたちのもとへと急いだ。

 

「くっ…逃すな‼︎ 奴らの首を獲り、分岐点を奪い取れ…ぐわっ‼︎」

 

 身体が再生されるのを待ちながら、部下の怪人達に命令するゴルドラだが、ゼロライナーはそれらを引きつぶすように容赦なく発進する。

 天空に向かって伸びていくレールに沿って、牛の顔を持つ列車は夜空を突き進んでいった。

 

 

 なんとか列車の中に戻り、ほっと息をつく一同。

 憑依していたイマジンたちが光となって飛び出すと、いの一番にジェノスがモモタロスに掴みかかった。

 

「貴様…よくも勝手におれの体を…‼」

「何だコラ⁉ あの方が強かったじゃねぇかよ! 文句があるなら言って見やがれポンコツサイボーグが‼」

「焼却する…‼」

「やめなさいよアホ共‼」

 

 怒り心頭のジェノスと、逆ギレするモモタロスの脳天にハナのチョップが突き刺さる。

 ばつが悪そうに引き下がる二人にため息をついてから、ハナはふっと肩をすくめてサイタマ達の方を向いた。

 

「とにかく助かったわ……あんなゾンビみたいな連中、いつまでも相手していられないもの」

 

 気の強い彼女からの素直な感謝を受け、サイタマは「おう」と気の抜けた返事を返す。

 ようやく落ち着いたジェノスは、改めて疑問に思っていたことをハナにぶつけた。

 

「あれは一体どう言うことだ。先生の攻撃を受けてなぜ復活できる」

「それがわかれば苦労はしないわよ」

 

 座席にどっかりと腰を下ろし、ハナは苦い表情を浮かべた。

 

「あいつらはもともと、ミライが戦って倒してきたやつら。時間を超えて悪さをしようとしてきた奴らだから、ガオウと近い目論見があるんだろうけど……どうやって復活したのかまでは」

 

 かつて戦い、相当に苦戦してきたのだろう。

 またそんな敵を相手にするなど、それも何度も蘇るようになったなど考えたくもないのだろう。その表情は曇りを見せていた。

 

「ただ言えることは……あいつらはまだ、ミライを執拗に狙う理由があるということ。分岐点であるあの子の身柄を押さえる事こそ、あいつらが目的を達成させるために必要不可欠なこと……それだけは、許しちゃいけない」

 

 言い切ってからも、ハナの表情は暗く沈んだままだった。

 ジェノス達もほぼ同じ心境であった。今回の怪人は、これまで相手にしてきたどんな敵よりも厄介な能力を持っているのだから。

 

「どういう理屈で蘇っているのかしら…」

「なんかRPGの勇者みたいだよな」

「思いっきり悪役だけどね~」

「とりあえず今できることといえば、このまま逃げ続けながら対策を練ることだけよ。絶対に何かできることがあるはず…」

 

 ハナは眠り続けるミライを見やり、自分だけでもしっかりしなければと思ったのか、表情を引き締めてジェノス達に告げた。その視線の行き先の中に、ボケっとした顔のサイタマが含まれていないのは、もはや通例のようであった。

 そんな彼らの少し後ろで、キングは一人考え込んでいた。

 

(RPGの勇者か……サイタマ氏ってばいい例え思いつくな)

 

 先ほどサイタマがぼそりと呟き、リュウタロスが肯定していた言葉が、キングは妙に気になっていた。

 たとえ死んでもある時間、ある場所で勝手に蘇る。ゲームによってはデスペナルティがかかったりすることもあるが、基本的にはもとの状態で蘇って再び敵キャラに挑む事が出来る、ゲームでは不可欠なシステムだ。

 

(考えてみたらああいうのって、普通の人から見たらどんな感じなんだろうな。死んでも死んでも蘇ってくる奴とか、普通なら迫害とかされそうだよなぁ。魔王も魔王でドン引きしてそう…自分は一回でも倒されたら終わりなのに)

 

 ゲームだからこそ当たり前で、現実だったらまず考えられないシステムをキングは馬鹿正直に思考する。

 生活がゲーム中心の彼としては、そう言ったことぐらいにしか興味がわかなかった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()んだから、他の奴らから見たらずるいよなぁ…………ん?)

 

 だがそこで、キングはあることに気づいた。

 それもこの一件に深くかかわりそうな、とてつもなく重要そうな事実に。

 

(……ガオウってやつが、分岐点であるミライ氏の記憶を奪って、自由に改竄できるってことはつまり―――)

 

 自分が思いついた考えに、キングはまさかと冷や汗を流しながらも、もう一度思考する。

 だが、彼がその考えをまとめなおすよりも前に、ゼロライナーに突如大きな揺れが襲い掛かった。

 

「きゃあ⁉」

「なんだ⁉︎」

 

 爆発かなにかでも起きたような轟音と衝撃が響き渡り、揺れるゼロライナーの中でジェノス達は目を見開く。

 すると、ゼロライナーを操縦していたユウトが慌てた様子で知らせてきた。

 

「攻撃を受けてる…‼︎ 後ろだ‼︎」

 

 切迫した声が、事態の深刻さを物語っている。

 ハナは急いでゼロライナーの窓の付近に顔を寄せ、こちら側に攻撃を仕掛けている相手を見ようと目を細め、やがて驚きと焦燥に大きく見開かれた。

 ゼロライナーの後を追うように走行しているのは、鮮やかな赤を基調とした流線型の列車。割れた桃のような意匠の先頭車両のそれは、車両のあちこちからキャノン法や砲台やミサイルなどを展開し、ゼロライナーに向けて発砲し続けていた。

 

「デンライナー…! ってことはあれに乗っているのは‼︎」

 

 表情を引きつらせたハナが、操縦席のある先頭車両を凝視する。

 奇しくもハナの予想通り、デンライナーの先頭車両には件の最低最悪の怪人、ガオウの姿があった。

 

「…ようやく見つけたぜ、小娘ども」

 

 列車と接続されているバイクを操り、我が物顔でガオウはデンライナーを駆る。

 ユウトもまたゼロライナーの操縦席であるバイクを操るも、両方の車両は引きはがせないほど近づけられてしまっていた。

 

「クソ…! 完全に背後をとられた‼」

「おいこっちからはなんかできないのか⁉︎」

「こっちの武装に遠距離攻撃はない! ぐあ⁉」

 

 一方的にやられてたまるかとイマジンたちが操縦席に殺到するが、回避で精いっぱいのユウトは鬱陶しいとばかりに閉め出す。

 しかしそれもついに限界を迎え、爆撃を受けたゼロライナーは車体を大きく傾けさせ、レールを外れて真っ逆さまに落ちていった。

 

「うわああああ‼」

「ぎゃあああああ‼」

「…しばらくおとなしくしてろ、ゴミ共」

 

 時空の渦の中へと落下していくゼロライナーを見下ろし、ガオウはフンッと残酷な笑みを浮かべる。

 その笑みはやがて、大きく上質な獲物を前にした獣のような、獰猛で冷ややかな恐ろしいものへと変わっていった。

 

「さぁ、狩りの時間だ」

 

 ガオウは血に酔ったような、恍惚とした目でレールの先を凝視する。

 自らが望む世界が、それを創造するための下地に向かうため、ガオウはバイクのアクセルを限界まで引き絞った。



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 十一撃目 牙王の凱旋

 異変に最初に気づいたのは、三人の弟子を連れて街を歩いていた和服に刀を提げた中年の男、S級ヒーローのアトミック侍だった。

 

「…ん? なんだありゃ」

 

 ふと感じた違和感に、彼はその場で立ち止まると刃を思わせる険しい目で天を仰ぎ見た。

 さっきまで晴れ渡っていた空は、急激に立ち込めてきた分厚く暗い雲によって塗りつぶされ、光をのみ込んでしまっていた。

 

「急に曇ってきましたね…」

「それにしちゃぁ……妙な広がり方してねぇか、あの雲…?」

 

 弟子の一人のA級ヒーロー、イアイアン・オカマイタチ・ブシドリルも何かを感じ取ったのか、訝しげな視線を天に向けて眉をひそめている。

 しかし、ただ単に奇妙な天気だなという感想しか抱いていない弟子とは異なり、アトミック侍は鋭く虚空を睨みつけている。

 その数秒後、彼らの目は驚愕によって大きく見開かれていた。

 

「おい…まじかよ」

 

 視界に映り始めたその光景に、アトミック侍はくわえていた葦の葉を取り落としそうになりながら絶句する。

 次第に異変に気付き始めた人々の目にも、天空の雲の間から徐々に姿を現してくるその巨大な物体を目の当たりにし、小さな悲鳴やざわめきを響かせ始めた。

 

「せ……戦艦⁉」

 

 暗雲を割いて現れた、髑髏の船首を持つ島と見間違わんばかりの大きさを誇る戦艦だった。

 戦艦はその巨体のあちこちに備え付けている、一つ一つが百メートルはある大砲を動かし、ビル群に向かって容赦無く砲撃を放ち始めた。

 

「うわあああ⁉」

「きゃああああ⁉」

 

 大砲が爆ぜ、ビル群が砲撃を受けて粉々に砕かれると、真下にいた人々は崩落や瓦礫の直撃を恐れて逃げ惑う。

 その最中、町中に設置された警報機がうなりをあげ、もはや聞き慣れた気もする放送を流した。

 

『緊急警報発令! 緊急警報発令! 現在A市において、レベル龍に相当する事態が起こっています! 近隣住民の皆様は、政府の指示に従って速やかに避難して下さい! 繰り返します―――!』

 

 すでにほとんど聞いている余裕はなかったが、警報機は己の役目を果たすために無機質な声を響かせる。

 しかし不意に、うるさく叫んでいた警報機は何者かの攻撃を受けて破壊されてしまった。

 

「げははははは‼」

「久々のシャバだぁぁ‼」

 

 口汚く騒ぎながら現れたのは、地面に散る砂から生まれ出てくる怪人の数々。どこかで見たような、昔話の登場人物を模したような無数の怪人たちが、我が物顔で街を闊歩し始めた。

 

「まさか……これも師匠の言っていた最近の異変と関係が⁉」

「とりあえずは……喋ってる場合じゃなさそうだぜ!」

 

 イアイアンが戦慄した表情で目を剥いていると、ブシドリルやオカマイタチが自分の得物を用意して怪人たちを見据える。

 話している間にも、現れた怪人たちはさらにその数を増やし、逃げ惑う人々の方に近づいているのだから。

 

「ひぃいい!」

 

 逃げ遅れたらしい一人の男性の元に蟹型の怪人が近づき、ガシャガシャとハサミを鳴らして追い詰めていく。

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた怪人が、鋭く研ぎ澄まされたハサミを大きく振り上げた。

 

 アトミック斬‼

 

 だがその刹那、無数の銀色の閃光が走り、蟹の怪人に襲いかかる。

 蟹の怪人は一瞬訝しげに動きを止めると、少しの間を空けてバラバラに崩れ落ちていき、爆発四散してしまった。

 九死に一生を得た男性は、自分を助けてくれた相手を見上げて大きく目を見開いた。

 

「あ…アトミック侍!」

「早く行きな。流石の俺も、守りながらじゃちとキツイぜ」

 

 神速の剣術を誇るアトミック侍は、怪人の軍勢を睨みつけながら眉間にしわを寄せる。

 助けたばかりの男性や近くにいた民間人が避難するのを確認しながら、アトミック侍は見惚れるように固まっている弟子たちに鋭い目を向けた。

 

「てめぇらは街の連中の避難誘導だ‼ 誰一人死なせるんじゃねぇぞ‼」

「は…はい!」

 

 ハッと我に返った弟子たちは、すぐさま師の命を聞いて走り出す。

 ほかのB級やC級ヒーローも、一般人の避難誘導のために動き出しているのを横目で確認すると、アトミック侍は刀を肩に担いで怪人たちを見据えた。

 

「さてと、いちにぃさん……数えんのもめんどくせぇぐらいに揃ってやがるな」

 

 ざっと見ただけでも、道路が埋まるほどの数の怪人たちがアトミック侍を取り囲み、それぞれが持つ武器を突きつけている。

 もとより退く気などないが、退路を完全に立たれていることも気にせず、S級ヒーローはニヤリと不敵な笑みを見せつけた。

 

「見てるだけで眠くなりそうだからよ、片っ端からかかってこいや。……まとめて叩き斬ってやる」

「ナメるな人間ごときが‼」

 

 あからさまな挑発に乗った怪人たちが、一斉にアトミック侍に向けて襲いかかる。四方八方、さらには大きく跳躍した個体が頭上から迫ってくるが、アトミック侍は全く狼狽する様子など見せない。

 彼が一度刀を抜いた直後、光の爆発かと見間違わんばかりの閃光が走り、怪人たちを細切れに切り刻んでいたからだ。

 

「他愛もねぇ…………あん?」

 

 数や見た目だけしか対したことがないことに、アトミック侍はやや不満げにこぼす。

 しかしその目はすぐさま鋭く尖り、再び刀を抜いて背後から迫る凶刃を間一髪で防いだ。

 

「ヒャハァ‼」

 

 刃同士が激しく激突し、大量の火花が辺りに飛び散る。

 アトミック侍は、刀にかかる重量に少しだけ顔をしかめつつ、目の前で下卑た笑みを浮かべている狼の顔の怪人を睨みつけた。

 その顔に、はっきりと見覚えがあったからだ。

 

「……お前、さっき斬ったよな?」

「さぁ……どうだかな‼」

 

 甲高い金属音を響かせ、アトミック侍と怪人が大きく距離を取る。

 鬱陶しそうに眉間にしわを寄せていたアトミック侍は、視界に入るいくつもの異形の影に思わず目を見開いていた。

 

「おいおい……こりゃちょいと冗談きついぜ」

 

 冷や汗が流れるが、それは敵の脅威に対するものでも、疲労によるものでは決してない。

 斬り殺したはずの怪人たちが、先ほどと全く同じ姿で自分を取り囲んでいるという、理解が追いつかない光景が広がっていることへの混乱によるものだった。

 

「斬っても斬っても数が減らねぇどころか、一体たりとも斬れてねぇじゃねぇか‼」

 

 苛立ち交じりに声を荒げるアトミック侍を、怪人たちはニヤニヤと下卑た目で見下ろすのだった。

 

 

「こ……これは、どうなってるんだ⁉ あたり一帯に異常な磁場の乱れが……いやそんなレベルじゃない‼ 世界そのものがおかしくなってるみたいだ⁉」

 

 建物の間の狭い通路、そこに身をひそめるようにしながら、ノートパソコンを開いてキーボードを叩く童帝。

 画面ではいくつもの数値が不規則に変動を繰り返し、映像化されたラインを歪に曲がりくねらせていた。

 

「時空の乱れ…? いや、さすがにそれは非現実的すぎる。SFやアニメじゃあるまいし……でもこれは」

 

 周囲の状況、特にいま現在起こっている謎の現象について調べていた彼は、険しい表情で画面を凝視して思考に没頭する。

 一心不乱にキーボードを叩き、数値を確かめる童帝の姿は、近づいてきた怪人たちにしてみれば絶好の獲物だった。

 

「ぎゃはははは‼ 新しい獲物はっけ~ん!」

「今忙しいんだから邪魔しないでよ!」

 

 おぞましい声で手を下そうとした熊の怪人は、童帝のランドセルの中から飛び出した無数のロボットアームによってバラバラに解体されてしまう。

 追加で爆破まですると、調査の邪魔をされて苛立っていた童帝は少しだけ溜飲を下げた。

 

「まったく…」

 

 調査を続行しようと視線を戻しかけた童帝は、ハッと目を見開くとその場から跳びのき、振り落とされた巨大な腕をかろうじて躱した。

 童帝はすぐにロボットアームを構えるが、攻撃してきた怪人の姿をみると困惑で固まってしまった。

 

「え⁉ な…なんで⁉ お前は今さっき僕が…」

「なんででしょうねぇ~⁉」

 

 いま先ほど襲われ、撃退したはずの熊の怪人は、天才の人間が理解できない事態に遭遇し、混乱する姿に笑みを浮かべる。

 持ち前の性格の思考ができなくなっている隙を狙い、怪人は鋭い爪を振りかぶった、だが。

 

 ダークエンジェルラッシュ‼

 

 真横から振るわれた、とてつもない威力と速度の拳の連撃が怪人に炸裂し、あっという間に爆発四散させてしまう。

 童帝は飛び散る破片をロボットアームで防ぎながら、かばうように現れた全裸の豪傑を思わず凝視した。

 

「大丈夫かね⁉ 童帝君‼」

 

 刈り上げとアフロを合わせたような特徴的な格好の、見上げるほどの巨体を持つ漢女は、頼もしい野太い声で童帝を気遣う。

 

「ぷりぷりプリズナーさん…⁉」

「そう! あなたのために脱獄完了! ぷりぷりプリズナーだ‼ …ム⁉」

 

 男性を好む肉弾戦系S級ヒーローはグッと親指を立て、巷ではあまり人気がない不敵な笑みを見せる。

 強さと優しさをアピールし、男子からの好印象を望んでいたぷりぷりプリズナーだったが、その表情は固く険しいものに変わる。

 

「これは……ずいぶん厄介な事情のようだな」

 

 再び倒れたはずの怪人が、三たび何事もなかったかのように目の前に立っていることで、ヒーローたちはさらなる警戒を余儀なくされた。

 

 

「オラオラオラオラァ‼︎」

 

 別の場所では、尋常ではない固さを誇るバットを振り回すリーゼントに学ラン姿の青年、S級ヒーロー・金属バットが、イライラした様子で暴れまわっていた。

 バットの固さだけではない、金属バットの凄まじい膂力により、打撃の嵐が怪人たちを次々に粉砕していった。

 

「クソッ…! めんどくせぇ上に気持ち悪ィ…!」

 

 目に入っていた怪人たちを軒並み叩き潰し、ようやく一息つけるかと思えば、あたりに積み重ねた怪人の骸は霞のように消え去り、代わりにピンピンした様子の同じ怪人たちが向かってくる。

 手のひらにペッと唾を吐き、金属バットは再び愛用のバットを振りかぶる。

 

「今日は妹の劇の発表会なんだっての‼︎」

 

 これはまた、約束を守れなかったことで怒られるかもしれない。

 わかっていても、次々に現れる怪人たちと戦うことを止めるわけにはいかなかった。

 

 

 すぐ近くでは、動きやすいタンクトップ姿の男たちが、徒党を組みながら怪人たちを相手にしている。

 その中でも別格の動きを見せるのは、短髪に藍色のタンクトップを合わせた、他の男たちよりも凶刃な肉体を持つ巨漢だった。

 

「タンクトップラリアート‼︎」

 

 S級ヒーロー・タンクトップマスターが鍛え上げた四肢が放つ、強烈な一撃が怪人たちに炸裂し、異形の群れがまとめて吹き飛ばされる。

 その光景に、彼の舎弟であるヒーローたちは我が事のように騒ぎ立てるのだった。

 

「決まったぁぁぁぁ‼︎ タンクトップラリアート‼︎」

「タンクトップの動きやすさが可能にする、あらゆるものを吹っ飛ばす無敵の一撃だァ‼︎」

 

 恐ろしい外観の怪人たちが、ボウリングのピンか何かのように吹き飛ばされていくと、舎弟たちは気持ちの良さそうな笑い声をあげる。

 だがその表情は、倒れた怪人たちが再び無傷の姿で現れたことで凍りつくこととなった。

 

「ウソだろ…おい」

「よし弟よ、逃げる準備だ‼︎」

 

 みるみるうちに顔色を悪くしていく舎弟たちを背にかばいながら、タンクトップマスターは眉間のシワを深くしていた。

 

「……不死身か。だが、それと俺が退くこととは無関係だな」

 

 倒しても倒してもキリがなくとも、怪人から逃げる理由にはならない。

 そう告げたタンクトップマスターは、凄まじい雄叫びとともに再び怪人たちに向かって突っ込んで行った。

 

 

 また異なる場所、とある公園では白い犬の着ぐるみを着たヒーロー、番犬マンが怪人たちの残骸を放り捨てて息をつく。

 狩った怪人の数は百や二百をとうに超え、山のように積み上げられているはずだったが、視界に入るのは無傷のまま向かってくる異形たち。

 

「…ひとのナワバリでうるさいな」

 

 滅多に自分の担当場所から離れない彼にとって、自分の領域を我が物顔で侵そうとする輩がいるだけで不快以外の何物でもない。

 終わる気配のない謎の現象への疑問よりも、なかなか片付かない面倒ごとへの苛立ちが優っていた。

 

 

 あらゆる場所で、多くのヒーローたちが懸命に戦闘を繰り広げる。

 今のところはまだ、誰も敗北する様子など見られない。だが、止む気配のない敵の増援と蓄積していく疲労は、確実にヒーローたちを蝕んでいく。

 強力な戦士が、徐々に力を削がれていく。それは、この一件の黒幕にとって望み通りの展開であった。

 

「ククク……慄け、恐れよ、愚民どもに役立たずの似非ヒーローども。どうせ全部消える世界で、必死に足掻いてみせろ」

 

 大きな瓶の酒を呷り、焼いた獣の肉を乱暴に食いちぎるガオウは、街のあちこちから聞こえてくる悲鳴や破壊音に満足げに笑みを浮かべる。

 聞こえてくる音は全て、これから始まる祭を盛り上げるためのBGM。上がる火の手は、祭を彩る提灯代わりだ。

 

「さぁ……俺様主催の宴の始まりだ‼」

 

 恐怖と絶望が支配する世界を作り出し、ガオウは高らかな哄笑をあげるのだった。



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 十二撃目 蘇る凶敵

「童帝、およびぷりぷりプリズナー、怪人との戦闘開始!」

「アトミック侍の戦闘、継続中です‼︎」

 

 暗い空間の中、モニターや計器の光がいたるところで瞬き、スーツ姿の男女数人の顔を照らし出す。

 幾千もの戦闘をサポートしてきた組織のエリートたちは、かつてないほどに切羽詰まった様子で目の前の機材に集中していた。

 

「謎の怪人集団、現在も増殖し続けています‼︎」

「市民の避難、まだ20%しか完了していません‼︎」

 

 冷や汗を流し、険しい表情になった彼らは次々に送られてくる情報を片っ端から整理し、ヒーローたちへの指示を放つ。

 だが、全国から舞い込んでくる謎の怪人軍団の情報はありえないほどの量で、とても数人のオペレーターだけで捌き切れるものではなかった。

 

「一体……何が起こっていると言うのだ…⁉︎」

 

 鬼気迫る様子でオペレーションに挑む部下たちを見下ろし、ヒーロー協会の職員であるシッチは震える声を漏らす。

 いつも通りのはずだった。いつも通り怪人が現れ、それをヒーローに伝えて倒すまで待つ、その繰り返しが待っているはずだった。

 なのに、いま起こっている状況は一体なんだというのか。

 

「童帝君の言っていた異変といい、突然現れた連中といい…理解のできないことばかり起こっている…!」

 

 戦う力のない、肩書きさえなければただの一般人でしかないシッチは、もはやヒーローたちが自体を収束させてくれることを願うほかにない。

 ただ縋ることしか、彼にできることはなかった。

 

「アマイマスク、現場に到着しました!」

 

 それ故に、強力なヒーローの登場の報を聞けば、現金だとわかっていても笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

 

 一瞬、まばゆい閃光が走ったかと思えば、次の瞬間には怪人たちが細切れに切り刻まれて爆散する。

 手にこびりつく砂を気持ち悪そうに払う甘い顔のヒーロー・アマイマスクは、すぐにまた現れる怪人たちに舌打ちする。

 

「うっとうしい…!」

 

 苛立たしげに、精巧に整った顔を歪めた彼は、迫りくる悪を全て殲滅するため、固く握り締めた拳を携えて迎え撃つ。

 旋風と爆炎の中で戦う姿は美しかったが、同時にとてつもない冷たさを見せつけるものであった。

 

 

「唸れ、我が愛槍・タケノコ! 五連突き!」

 

 タケノコの形をした穂先が、目にも留まらぬ速さで突き出され、五体の怪人達に一つずつ大穴を開ける。

 胸の中心を貫かれ、体をえぐられた怪人達は断末魔の悲鳴さえ上げられず、バタバタと倒れて爆発四散していった。

 

「くそっ……倒しても倒してもキリがねぇな!」

 

 必殺技とも言える大技を出したA級ヒーロー・スティンガーは、大粒の汗を垂らしながら肩を上下させる。

 消耗によりうまく動けない彼の元に数体の怪人が迫るが、そこに稲妻を纏った蹴りが割り込み、怪人達をまとめてなぎ払った。

 

「大丈夫か、スティンガー!」

「悪い! イナズマックス!」

 

 いつもなら順位を競い合うライバル、しかし現在のこの状況では序列にこだわっている暇などなく、互いを守り合う体制が自然とできている。

 一般市民を守りながら戦うという、確固たる意志が共有されているからだ。

 

「俺たちがしんがりになって、民間人を避難させる。それはわかるが…!」

「こうも数が多いんじゃなぁ…」

 

 謎の戦艦と怪人軍団による襲撃から数十分。

 多くのヒーローが自体解決のために駆り出されているが、怪人側も相当な実力者が多数いるらしく苦戦を強いられている。

 荒い息を着く二人の元に、数体の怪人を相手にしていた、蛇のように滑らかに鋭い拳法の達人が声をあげた。

 

「ぼやいてる暇があるなら戦え! 敵は待ってはくれんぞ!」

「わかってるっての!」

 

 蛇咬拳のスネックの叱咤によりやる気を取り戻したスティンガーとイナズマックスは、自らに課せられた役目を果たすために再び怪人達に挑むのだった。

 

 

 数百人ものヒーロー達の尽力により、大勢の一般市民達が逃げる時間が稼がれる。

 しかしどんなにヒーロー達の努力が積み重ねられようと、事態が好転するわけではなかった。他でもない、民衆のせいで。

 

「どけよお前!」

「ばか、押すなって!」

「もっと急げよ!」

「うわああああ来たあああ‼︎」

 

 怪人との戦闘に向かないC級ヒーロー達に誘導される市民達だが、皆が皆自分が先に助かることばかりを考えて、大騒ぎになっている。

 互いに押しのけ、踏み越え、自分勝手に他者を出し抜こうとする者が多く、誘導があってもうまく避難してくれないのだ。

 

「落ち着いて! ヒーローの誘導に従って速やかにシェルターに避難を!」

 

 C級ヒーローの一人、無免ライダーはどんなに呼びかけても、自分のことばかり考えてしまう市民達に歯噛みする。

 脳裏に浮かぶ怒りは、いうことを聞いてくれないことへではなく、耳を貸してもらえない自分の力のなさに対するものだった。

 

「くっ…一体や二体ぐらいなら、僕だって囮にぐらいなれそうなのに…!」

 

 無数に湧き出す怪人達のうちの一体や二体では、大した助けにはならないだろう。

 あくまで自分は一般人並みの力しかないという事実が、無免ライダーの両肩にとてつもない無力感としてのしかかっていた。

 

「おい! もう行こうぜ! あらかた避難させただろう⁉︎」

「急がねぇと俺たちもあいつらの餌食になっちまうぞ⁉︎」

「あ、ああ…わかった。すぐにいく」

 

 大体の市民の避難が完了したと判断し、他のC級ヒーロー達が無免ライダーに促す。このままここにいれば、自分たちも危険であるからだ。

 その時だった。どこかの戦闘の余波により、巨大な瓦礫が無免ライダー達に向かって吹き飛んできたのは。

 

「危ない‼︎」

 

 とっさに顔を腕で覆って防御態勢をとるC級ヒーロー達だったが、その程度で身を守れるはずもない。

 しかし次の瞬間、飛来してきた瓦礫は何者かによって粉砕され、バラバラにあたりに飛び散っていった。

 

「大丈夫かね、君たち⁉︎」

 

 そう無免ライダー達に声をかけるのは、ブーメランパンツ一丁の装いで、黒く艶やかな肌に鋼のような逞しい肉体を誇示する大男。

 怪人の攻撃ではびくともしない、凄まじい肉体の頑丈さに無二の評判を持つヒーローのトップの一人だった。

 

「え…S級のクロビカリ…!」

「苦戦しているようだね……だが安心したまえ。俺がここにいる限り!」

 

 無免ライダー達を庇った超合金クロビカリは、すぐに振り向いてまた集まり始めた怪人達を睨みつける。

 ムキッ、というよりミチミチィッ!と聞こえそうなほどに筋肉を膨張させ、山のような巨体を邪悪な怪人達に見せつけた。

 

「こいつらは見た目こそゴツいが、俺ほどの防御力はないようだ。つまり、俺のこの鋼のボディさえあれば臆する必要はないということだ‼︎」

 

 力説するクロビカリだが、怪人達もただポーズを決められただけで臆するほどやわではない。

 醜悪な怪人達が徐々にヒーロー達との距離を詰めていった時、不意に怪人達が左右に分かれ、道を作り始めた。

 

「……む?」

「あ…あれは…!」

 

 突然の謎の行動に、クロビカリもC級ヒーロー達も訝しげに眉をひそめる。

 そんな中ただ一人、無免ライダーのみが怪人達の列の間を歩いてくる巨大な影を目の当たりにし、ゴーグルの下の目を大きく見開いていた。

 

「あらぁ…? なんだか見覚えのあるゴミどもがたむろしてるじゃない…‼︎」

 

 現れたのは、黒光りをもける筋骨隆々の体と鱗のびっしりと生えた緑色の肌をした、魚類のヒレのような耳を持つ怪人。

 赤いマントに王冠を被った、王と呼ぶにふさわしいいでたちの怪物が、他の怪人達を従えながらニンマリと笑みを浮かべた。

 

「………⁉︎ 深海王…なのか⁉︎」

 

 かつて数人のS級ヒーローを相手に止めることができなかった、本物の怪物。

 一度は討伐されたはずの最恐の存在が、今再びヒーロー達の前に立ちふさがっていた。

 

 

「ふははははははは‼︎ 全く事情は飲み込めんが、これほどの僥倖を逃す理由はないだろうな‼︎」

 

 高らかと笑い声をあげ、天空を我が物顔で飛び回る天狗の怪人。

 天空王を名乗り、ヒーロー協会本部を少数で襲撃するほどの猛者が、下卑た笑みを浮かべながら逃げ惑う人々を見下していた。

 

「ホーク! イーグル! ファルコン! カイト! 遠慮はいらんぞ……好きなだけ暴れるがいい‼︎」

 

 自分の息子達に命じ、天空王も口から巨大な火炎の玉を吐き、街を次々に破壊していった。

 

 

 また別の場所では、マグマのような体に四本の腕を持つ異形が、地面や建物を溶かしながら市民のいる方向へと歩いていく。

 その後を、土塊を固めたような姿を持つ無数の兵士たちが付き従い、アスファルトを踏み砕きながら進軍を開始した。

 

「此度こそ、我ら地底族が世界を支配する時…‼︎」

 

 大地の力を持つ、地底王と呼ばれるその怪人もまた、王と呼ばれるにふさわしい威厳のこもった声で宣言してみせた。

 

 

 さらに少し離れた場所では、隕石が一つ落ちてきたのかと勘違いするほどの轟音と衝撃が鳴り響く。

 その音の原因はあろうことか、全長数千メートルはあろう超々巨大な怪人の足音であった。

 

「兄さん…どこにいるんだ兄さん‼︎」

 

 なぜか涙を流す怪人は、歩くたびにあらゆる建造物を破壊しながら何かを求めて叫び続ける。

 その声もまた凄まじい轟音となり、あたり一帯のガラスや金属を震わせ、一切触れることなく粉々に破壊していった。

 

「うおおおおおお‼︎ 兄さんはどこだぁぁ‼︎」

 

 探しているものが見つからない悔しさからか、巨人はさらに激しい足取りであたりを歩き回り、様々なものを破壊していく。

 その光景を、どうにか建物の陰に身を潜めたC級ヒーロー達が戦慄の表情で凝視していた。

 

「おいおいおいおい……あいつらどう見ても、前に散々暴れてS級ヒーローに倒された連中ばっかりじゃねぇかよ…⁉︎」

「何でまだ生きてんだよ…⁉︎ 意味わかんねぇ…」

 

 あちこちで目撃される超強力な怪人達、それらは皆上級ヒーロー達と相対し、対処されてきたはずの危険な存在。

 それがまとめて蘇ってきたなど、悪夢としか思えない光景であった。

 

「どうなっちまうんだよ、俺たちは…!」

 

 ガタガタと震え、頭を抱えるヒーロー・ひょっとことスタッドレス。

 するとそのすぐそばから、赤鼻マンが一目散に駆け出していった。

 

「あっ、おい!」

「どこいくんだよお前⁉︎」

「決まってんだろうが! 逃げるんだよ‼︎」

 

 呼び止める二人に振り向くと、赤鼻マンは目を剥きながら怒鳴りかえした。

 

「あんな化け物どもを相手に戦えるわけねぇだろ⁉︎ あんなのはS級の連中に任せとけば、勝手に片付けてくれるんだってきっと‼︎」

「呆れるほど無責任だが賛成だ‼︎」

「俺たちだって死にたかねぇ‼︎」

 

 ヒーローを名乗るくせに情けない印象もあるが、彼らもまた一般人より少し強い程度のC級ヒーローでしかない。危ない橋を渡る義務はないのだ。

 

「ん? なんだアレ?」

 

 しかしふと、先頭を全力疾走していた赤鼻マンが立ち止まり、物陰でコソコソと動いている影に気づく。

 思わず声を漏らすと、潜んでいた影はビクッと盛大に身を震わせて倒れこんだ。

 

「ひっ…ヒィイイ‼︎ ま、ままま待ってくださいぃ…‼︎」

 

 物陰に潜んでいた、もやしに手足が生えたような貧弱そうな生き物が、青い顔で頭を抱える。

 ビクビクと怯える哀れな姿に、C級ヒーローたちは肩透かしを食らっていた。

 

「ぼ、僕は全然全く強くなんてないんですぅぅ‼︎ やめて殺さないでぇぇ‼︎」

「…なんだこいつ」

「敵意がまるで感じられない……ホントに怪人か?」

「おい赤鼻マ……」

 

 こんな雑魚に関わっていないでさっさと逃げよう、とスタッドレスが赤鼻マンに振り向く。

 その視線の先で、赤鼻マンはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、どう見ても弱そうな一匹の怪人(えもの)を見下ろしていた。

 

「正直さぁ……ヒーローが一体も怪人倒せないってのはカッコ悪いなって思ってたんだよなぁ…!」

「おい、放っておけよ! さっさと逃げようぜ⁉︎」

「ああ、逃げるよ。…ただし」

 

 ひょっとこの制止も無視し、尻餅をつきながら後ずさる怪人にゆっくりと近づいていく。

 (強者)ネズミ(弱者)をいたぶるような、圧倒的優位さに立つ優越感に浸る赤鼻マンは、ついに大きく拳を振り上げて怪人に突進した。

 

「怪人一匹分のボーナスを確保してからなぁ‼︎」

 

 あからさまに弱そうな敵にのみ強気になる、ヒーローとしての資格に問われる表情となっている赤鼻マン。

 迫りくる拳を前に、怪人は涙目で悲鳴をあげていた。

 

「冷ぇえええ‼︎ で、でも僕―――」

 

 その表情が、次の瞬間一転する。

 恐怖に引きつっていた顔が、あっという間に悪意に満ちた捕食者の形相へと変貌したのだ。

 

「お前みたいな雑魚には絶対殺されないんですぅぅぅ‼︎」

 

 怪人が手をかざした直後、とてつもない冷気が迸り赤鼻マンを飲み込み、一瞬にして氷の牢獄の中へ閉じ込めてしまった。

 ひょっとことスタッドレスは一瞬思考を停止させ、間抜けな顔のまま固まっている赤鼻マンを凝視する。

 

「なっ…⁉」

 

 ようやく我に返り、臨戦体制に入った時にはもう遅い。

 改めて向き直った怪人の手によって、残る二人のC級ヒーローも一言も発することなく、分厚い氷の中に閉じ込められてしまった。

 

「それとぉ〜……いい気になった弱い奴をぶっ殺すのも大好きなんですぅ…‼︎」

 

 弱者の皮を被り、まんまと獲物を仕留めてみせた怪人ーーーやせ細りもやしは、そういってにたりと不気味な笑み度浮かべるのだった。



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 十三撃目 逃げろ!

 A市の上空を我が物顔で旋回する巨大な戦艦。その砲門は今、街ではなく上空に向かって構えられていた。

 立て続けに放たれる大砲が狙っているのは、鈍色に光る鋼鉄の鎧を纏う機械の戦士、S級のメタルナイトだった。

 

『…コレホドノ規模デアリナガラ、通常ノ戦艦ト同等以上ノ機動力ヲ有シ、ソノ上空マデ飛ベルノカ。前回ノ宇宙船トハマタ異ナル技術力ニヨルモノノヨウダナ。……素晴ラシイ』

 

 自身に、正しく言えば遠隔操作された機体に向けて放たれる砲撃を躱しつつ、攻撃のタイミングを計り続ける。

 一般人や街を守るためではない、純粋に戦艦と戦い、破壊するためだ。

 

『ドウニカシテサンプルヲ採取シテミタイガ、ソウソウウマクハイカヌヨウダナ』

 

 高速で飛行するメタルナイトを脅威と判断したのか、戦艦はほぼ全ての砲門を迎撃のために使用している。

 まさに嵐のように放たれる砲弾だったが、メタルナイトはそのことごとくを軽く回避し、機体に搭載されたミサイルポッドを展開させた。

 

『全弾発射‼︎』

 

 メタルナイトの放ったミサイルは、高性能なシステムにより全てが外れることなく命中する。

 凄まじい爆発が起き、戦艦の外装が所々破損するが、飛び散った破片は自ら意思を持つように動き、元の形に復元されていった。

 

『自己修復能力マデアルノカ…! マスマス解析シテ技術ヲ手ニ入レタイモノダ』

 

 敵の技術に感嘆の声をあげるメタルナイトだが、実際は彼の望むような未知の技術の塊であるわけではない。

 そうとは知らないメタルナイトが、再び始まった砲撃を躱していた時だった。

 

『ム? 何ダ、アレハ』

 

 彼の機体のセンサーが、空中に発生した穴から飛び出す奇妙な形状の列車を捉えた。

 

 

 まるで悲鳴のような甲高い金属音をあげ、緑色の牛の顔を持つ列車・ゼロライナーが真っ逆さまに落下していく。

 しかし地面に接触する前に車体が浮き上がり、なんとか墜落することなく地面を勢いよく滑っていった。

 

「くっ…! おい、大丈夫か⁉︎」

 

 神業のような回避をやってのけたユウトは、操縦席から他の面々の無事を確かめる。

 すると、後ろの車両からうめき声のような返事が返ってきた。

 

「ええ…何とかね」

「クソッ……あの男め!」

「ウップ…気持ち悪っ…」

「……」

 

 モモタロスやジェノスは憤慨し、フブキやハナは頭を振り、サイタマは非常に青い顔で気持ち悪そうにそれぞれ声をあげる。キングのみが、白目をむいて返事をできずにいた。

 すぐさまヒーローたちはゼロライナーから降り、外に広がっている景色に眉を寄せた。

 

「ここは……元の時代か?」

「あの野郎…ミライを手に入れるために合流した後を狙ってきやがったな」

 

 モモタロスは拳をブルブルと握りしめ、自分たちがまんまと罠にはめられたことに怒りを募らせる。

 まだ敵の手に落ちていないことが救いだが、このまま今場所にとどまっていればいずれ追っ手がくるのは明白だった。

 

「どうにか墜落はまぬがれたけど、ゼロライナーがこれじゃ……」

「何がなんでも修理して復帰させるぞ。デネブ、手伝え」

「あ、ああ! わかった!」

 

 横倒しになっているゼロライナーに駆け寄り、まずは縦に起こそうと必死に力を込めるユウトとデネブ。

 ハナも力を込めるが、重すぎてうまく動かせないことに苛立ちながら、動く気配のないヒーローたちを睨みつけた。

 

「ちょっと! あんた達も手伝いなさいよ!」

 

 思わず声を荒げさせたハナは、不意に自分の手にかかっていた重力が軽くなるのを感じた。

 サイタマが軽いひと押しで、転覆していたゼロライナーを起こしてみせたからだ。

 

「これでいいのか?」

「……せめてもう少し丁寧にやりなさいよ」

「注文の多いやつだな」

 

 言われた通りに手伝ったのに、なぜ文句を言われねばならないのか。そんな不満が彼の顔にはありありと表れていた。

 だがそんなサイタマの表情は、視線を横にずらした瞬間に苦虫を噛み潰したような険しいものに変化していた。

 

「うっわ…なんかすげぇことになってるぞ」

 

 サイタマのつぶやきに、ジェノスたちも彼の見ていた方向に目を向けて言葉を失う。

 A市があった場所は、今や凄惨な地獄のような世界に変貌していた。無数の怪人、巨大な戦艦、破壊された街、どれを見ても絶望的としか思えない光景が広がっていたのだ。

 

「あれは…⁉︎」

「あの異形は……間違いない。以前俺も遭遇したことがある怪人達です」

「マジで?」

 

 人の顔も苦手なサイタマは、自分が倒した怪人のことさえよく覚えていない。

 しかも彼が関わった怪人以外にも見覚えのある個体もいるようで、ジェノスやフブキは大きく目を見開いて立ち尽くしていた。

 

「おそらくあれもガオウの仕業だ……理屈はわからんが、過去の敵を〝再生〟しているようだな」

「困ったなぁ…こんな大事になる前に解決したかったのに! このままじゃ時の運行がめちゃくちゃになっちゃうよ!」

 

 険しい表情でユウトが呟くと、デネブが隣で頭を抱えて天を仰ぐ。

 これほどまで破壊された時間を、果たしてどれほど修復することができるのか、想像することも難しい。

 そんな時に、サイタマはふとこの場にいない少女のことを思い出した。

 

「…つーか、ミライ(あいつ)はどこ行ったんだ?」

 

 

 無数の瓦礫が転がる、崩壊した街並の中を少女はたった一人で歩く。

 激しい頭痛に苦しめられながら、それでも決して足を止めてはならないと自分の肉体に叱咤し、前へ進み続ける。

 

「うっ……くっ!」

 

 覚束ない足取りは体を引きずっているようで、見ているだけで痛々しさが募るもの。苦痛に歪むミライの表情が、その痛ましさに拍車をかけていた。

 それでも少女は、グラグラと歪む視界を見つめ、歩き続けていた。

 

「早く……もっと、遠くへ……!」

 

 目覚めたときから自分を守ってくれていた、ハナという記憶にない少女達の元からも離れ、人気のない場所へ急ぐ。正気の沙汰とは思えない行動だったが、ミライの目はひたすらに前しか見ていない。

 しかしやはり、崩れた街の中をたった一人でゆくのは目立ちすぎた。

 

「おじょーちゃん、なにしてんのぉ〜?」

「ぎゃはははは‼︎」

「ヒィッ…!」

 

 突如瓦礫の陰から現れた、複数の怪人達。下卑た笑い声を上げて取り囲まれ、ミライは足をもつれさせるとそのまま転倒してしまった。

 しかしミライは唇を噛んで恐怖を押し殺すと、何度も転びそうになりながらその場から急いで走り出した。

 

「逃げるなよぉ〜! おじさんとちょっとだけでいいから遊ぼうぜぇ!」

「そうら鬼ごっこだ鬼ごっこ‼︎」

 

 怪人達は少女の必死の努力をあざ笑うように、わざとゆっくりと後を追いかけ始める。

 伸ばせば簡単に手が届く距離を保ち、弱者をいたぶる醜い精神が現れた顔で、怪人達は哀れな少女を追いかけ回した。

 

「あうっ‼︎」

 

 そしてついに、ミライの足が限界を迎え力が抜けてしまう。

 起き上がろうともがくものの、頭痛や吐き気に苦しむいまの彼女には余裕はなく、貼って進むことすらできなくなっていた。

 

「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ‼︎ つ〜か〜ま〜え……」

 

 次はどうやって甚振って遊ぼうか、そんなことを考えながら手を伸ばした怪人は、次の瞬間強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 突如隣から消え失せた同胞に目を瞬かせた他の怪人達も、一瞬のうちに食らった激流のような一撃により、一瞬で物言わぬ肉塊と化していった。

 

「…やれやれ。最近の怪人は礼儀もなっとらんのぉ」

 

 ピッ、と手についた鮮血を払い、億劫そうに構えを解いた老人が独りごちる。

 あたりに転がった怪人達の骸に背を向けると、S級ヒーロー・シルバーファングは荒い呼吸でしりもちをつくミライに心配そうな声をかけた。

 

「お嬢ちゃん、大丈夫か? こんなところをうろついてないで、さっさとシェルターに避難しなさい」

 

 逃げ遅れた一般市民と思ったのか、怪人を相手にしたときとは真逆の優しさに満ちた声で手を差し出す。

 ミライはじっと目の前の手を見つめていたが、やがて視線を逸らし、その手を横に押しのけた。

 

「……だめ」

「ん?」

「私が逃げたら……あいつらは追ってくる。私を狙って…来ちゃう…そしたら…みんなヒドイ目に遭っちゃう……」

 

 そう答え、ミライはガクガクと震える体を無理やり立たせ、シルバーファングに背を向けて歩き出そうとする。

 慌ててシルバーファングが止めようと手を伸ばすが、ミライはそれを拒むように急ぎ足で歩を進め続けた。

 

「もっと…もっと遠くに逃げなくちゃ……」

 

 シルバーファングは思わず、大きく目を見開いてミライを凝視する。

 恐怖心で怪人から逃げていたのかと思っていたが、彼女はむしろそれを押し殺して、怪人を引きつける囮になろうとしていたというのか。

 こんなにも弱々しい姿なのに、なんという決意であろうか、と。

 

(この娘は……一体何を背負っておるのだ? ただの正義感ではない…追い立てられるような責任感で動いておる。あの怪人の軍勢がこんな子供を狙うなど到底思えんが…)

 

 必死に戦おうとしている少女を止められず、その場で立ち尽くして考え込んでしまうシルバーファング。

 そこへまた、新たな怪人がミライを見つけ、甲高い声で笑いながら迫ってきた。

 

「キヒハハハハ‼︎ 獲物みーっけーーー」

 

 一撃で叩き潰してやろうと、大きく腕を振り上げて飛びかかった怪人は、先ほどの怪人達と同じように刹那の技で狩られる。

 残骸を適当にばらまいたシルバーファングは少し考えると、困り顔でミライのそばに歩み寄っていった。

 

「お嬢ちゃん……そういうのは美徳とは言わん。実際は自己犠牲なんぞ誰も喜ばんぞ。…喜ぶアホもおるけどの」

 

 自分よりも他人を優先する、臆病で勇敢な少女をどうにか思いとどまらせようと、シルバーファングは隣を歩きながら説得を試みる。

 しかしミライは、歯を食いしばって歩き続けるだけで、シルバーファングに応えようともしなかった。

 

「仕方がないのぅ。じゃあしばらくわしがそばにいてやろう。その方が安心じゃ」

 

 本当なら、無理にでも引きずって連れて行くのがベストなのだろうが、どうにもそうする気にはなれない。

 稀に見る頑固者に呆れていた時、後ろからバタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

 

「お! じーさん来てたのか!」

「んん? サイタマくんか?」

 

 底知れぬ実力を感じ取り、自分の流派を教えられないか勧誘し、親交ができた若いヒーローの登場に、シルバーファングは純粋に驚きの声を上げる。

 サイタマも思わぬ相手との遭遇に、少しだけ意外そうに目を見開いていた。

 

「家に向かっても誰もおらんかったからどうしたのかと思っとったんじゃが、そっちはそっちで急ぎのようだったらしいの」

「あぁ…うちに来てたのか」

「しかし長年生きとるが、ここまで派手にやられたのは流石に初めてじゃのう。ヒーロー協会も対応が間に合っておらんでてんやわんやらしいわ」

 

 そう言うシルバーファングが見つめる先には、街を破壊し蹂躙の限りを尽くす怪人の軍勢と、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる地獄がある場所。

 普段は穏やかな彼の目が、研ぎ澄まされた刃のような鋭い光を帯び始めていた。

 

「……ちっとばかり、本気を出さねばならんか」

 

 低い、他のだれかに届かないような小さな声でシルバーファングが呟いた時、彼は横を通り過ぎる影に気づいた。

 サイタマはスタスタと早足で歩くと、フラフラとよろめいていたミライを捕まえ、強引に抱き上げるとシルバーファングの方に戻ってきた。

 

「じーさん、こいつ頼むわ」

 

 買い物の途中で荷物を頼むかのような気軽さで、サイタマはシルバーファングにミライを託す。

 シルバーファングは訝しげに片眉を上げるが、すぐに応じて見た目よりもずっと軽い儚げな少女を受け取った。

 

「? 別に構わんが…どこへ行く気じゃ?」

「ヒーローのやることなんて決まってんだろ」

 

 尋ねてきたシルバーファング(ベテランヒーロー)に、サイタマ(新人ヒーロー)はなんてことはないと言うふうに答え、彼らに背を向ける。

 敵がどんな能力を持っていようが、説明されてもわからないヘンテコな現象が起こっていようが、彼に一切興味はないし理解する気もない。

 

「人助けだ」

 

 一人の少女が気合と覚悟を見せつけられたのだから、それに報いることができるくらいに。

 己がヒーローであり続けるために、正義を執行するだけだ。



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 十四撃目 理不尽の権化

13話の閲覧数だけ爆上がりしてたんですけどなんでですかね?
しかもその翌日沈静化しましたし。
不思議すぎて怖いんですけどどなたかご存知の方はいらっしゃいませんか…?


 ヒーローと不死の怪人達の戦いは、苛烈を極めていた。

 しかし拮抗していた戦況も、次第にヒーロー側が押されはじめ崩されていく。無限に湧き出る敵を前に、ヒーロー達の体力も徐々に落ち始めていたのだ。

 

「ダメだ、やっぱC級やB級じゃ相手にならねぇよ‼︎」

「撤退しろ撤退!」

「誰かA級かS級呼んでこい‼︎」

 

 C級に所属するヒーローのほとんどが、一般人に毛が生えたレベルの戦闘能力しかない。

 B級以上の実力者達は本当に全体の一握りしかなく、そんな彼らも迫り来る怪人達にはまともに太刀打ちできない。より強いものに助けを求めることしかできなかった。

 

「ヒャハハハハ‼︎ だらしがねぇなぁヒーローってのは‼︎」

「尻尾巻いて逃げて情けねぇぞ‼︎」

「あいつらっ…!」

「待て、いくな! 奴らの思うつぼだぞ‼︎」

 

 勇ましく名乗りながら、命からがら逃げ出していくヒーロー達を、怪人達はここぞとばかりに嘲笑する。

 悔しさに歯を食いしばり、激昂しそうになるのを必死に押さえつけ、恥を噛み締めながら、ヒーローは怪人達に背を向ける。

 

「ギヒャヒャヒャヒャ……あ?」

 

 馬鹿にするように、逃げ去っていくヒーロー達を追いかけていた怪人達は、ふと感じた違和感に訝しげな声を上げる。

 すると次の瞬間、あたりを闊歩していた怪人達がまとめて宙に浮かび、米を握るかのようにひとまとめに圧縮され、小さく潰されてしまった。

 

「あんた達、こんなザコ相手にどんだけ手間取ってるわけ?」

 

 緑色の光を纏い、片手を握りしめていたその人物は、苛立たしげに厳しい声で告げる。

 逃げ惑っていたB・C級ヒーロー達は、突然起きた現象に目を疑うと、自分たちを見下すように空中に佇んでいる小柄な女性を凝視した。

 

「邪魔だからどっか消えててくれない?」

 

 癖の強い緑の髪を持つ、一見少女にしか見えない体つきに、氷のような鋭い眼差しを持つ彼女の名はタツマキ(28)。

 S級ヒーローの中でも最強の一角を担う、この世で知らぬ者のいないとてつもない超能力者だった。

 

「せ…〝戦慄〟のタツマキ…」

「フンッ……ほんっと役立たずなんだから」

 

 タツマキは見た目に似合わぬ辛辣な言葉を吐き、慌てるばかりであったヒーロー達を呆れたように見下す。

 自身と同等、もしくはそれに準ずる実力者以外を認めない彼女は、力のない者が戦場に出ることを極端に嫌う。優しさのかけらもない孤高の女性だった。

 

「…ん?」

 

 そんなタツマキの視線がふと、先ほどまで怪人達がいた方へ向けられ訝しげに細められる。

 サイコキネシスで原型をとどめないほどに押しつぶしてやったはずなのに、怪人達は激昂した様子でタツマキを睨みあげていた。

 

「このっ…クソガキがぁぁぁぁ‼︎」

「ぶっ殺してバラバラにしちまえ‼︎」

 

 一方的なやられ方が気に入らなかったらしく、屈辱を倍にして返そうと怪人達があちこちから集まってくる。

 流石のタツマキも気味が悪そうに眉間にしわを寄せ、納得の唸り声をあげた。

 

「……ああ、そういうこと。これは確かにあんた達じゃ相手するのは無理ね」

「そ…そうなんだ! 倒しても倒しても敵が復活する! 対処法が見つからない限り手も足も出せなく……」

 

 真下にいるヒーローの一人が、せめて情報を渡そうとタツマキを見上げて声を張り上げる。

 しかしタツマキはギロリと彼を睨み付けると、鬱陶しさと苛立ちが混じった恐ろしく低い声で告げた。

 

「言ったわよね? 邪魔だからどいててって」

 

 タツマキは「フンッ」と鼻を鳴らすと、怪人達に人差し指を向けて軽く力を込める。

 途端に怪人達のうちの何体かが空中に浮かび上がり、ベキバキボキと勝手にひしゃげて肉塊にされていく。だがすぐにその姿は消失し、元の状態で物陰から現れるのだった。

 

「……ほんっとうっとうしいわね、アレ」

 

 倒しても倒しても片付かない敵に、タツマキのイライラは否応がなく募っていく。

 すると次の瞬間、タツマキの全身をより濃い緑の光が包み、それは強烈な衝撃波となって怪人たちをまとめて薙ぎ払って行った。

 

「……行こうか」

「おお…」

 

 どう見ても手を貸す必要はないし求められてもいない。むしろ加勢すればこちらの命はない。

 あまりに圧倒的すぎる力を前にし、B級以下のヒーロー達は妙に達観した顔で、すごすごとその場を後にしていくのだった。

 

 しかし弱者達が姿を消す中、タツマキは険しい表情で空中に留まっていた。

 自分が負ける要素など微塵もない。しかしこの自体を収集できる未来も、今の所全く見えてこなかったからだ。

 

「なんていうのかしら…穴の空いた桶で水を掬ってる感じね。いい加減飽きてきたし……そうだわ。こうしてあげる」

 

 考え込んでいたタツマキの目が危険な光を宿し、ニヤリと意地の悪い笑みが浮かべられる。

 くいっと彼女が片手を動かすと、怪人達とともに周囲の瓦礫も浮かび、ゆっくりと動き始める。それらはぐるぐると円運動を始め、空中の一点を中心とした球状の嵐へ変化していった。

 

「殺しても殺しても死なないんなら、殺し続ければいいってわけよね」

 

 タツマキの作り出した嵐の中で、怪人達は互いや瓦礫と激突しあっという間にボロボロにされていく。

 予想通り一度死んでも復活していたが、すぐにまた念力の檻の中に閉じ込められ、またしても攻撃を受け続ける羽目になる。あまりに恐ろしい刑罰に、怪人達の悲鳴が嵐の中でいくつもこだましていた。

 

「ぎゃあああああ‼︎」

「そこで永遠に死に続けなさい」

 

 根本的な解決はしていないが、それでも怪人達を一方的に攻撃できてご満悦になるタツマキ。

 その時、彼女の背後から突如青白い鬼火のようなものが襲いかかり、咄嗟に躱した彼女の肌を焼きかけた。

 

「…! どこのどいつよ! 生意気に不意打ちかましてきたザコは⁉︎」

 

 せっかくいい気分に浸っていたところを邪魔され、怒りをあらわにするタツマキ。

 そんな彼女の目に入ったのは、何もないビルの屋上の影から滲み出るように現れた、奇妙な格好の男だった。

 

「…お前も、俺の願いの邪魔をするのか」

「はぁ?」

 

 毛皮のついた小汚い着物という、時代がずれたような格好をしている美丈夫が、空中に佇むタツマキを忌々しげに見上げている。

 意味のわからないことを耳にし、馬鹿にするような視線を返すタツマキの前で、美丈夫は懐から一本の鞭を取り出し、振り回し始めた。

 

「あの男は言った……この時間を破壊すると。それを成し遂げた暁には、俺の過去も破壊すると」

 

 宙を裂く鞭は美丈夫の腰に巻きつくと、一瞬にして金属製のベルトに変化する。

 異様な気配を放つそれに触れると、美丈夫はさらに取り出したパスケースのようなものを持って、ベルトの前にかざした。

 

「俺は忌々しいあの時間を破壊し…ソラを取り戻す。それを邪魔するというのなら、何者であろうと潰して進む……変身」

Hijack form(ハイジャックフォーム)

 

 低い男の声が響いた直後、ベルトから無数の暗い光の破片がばらまかれる。それらは一旦空中にとどまり、次の瞬間には美丈夫の全身にまとわりつき、一着の黒い着物を作り出す。

 さらに美丈夫の周囲に鬼火をまとった金属の塊が浮遊し、怪物の牙を模した鎧となって美丈夫の体に張り付く。

 最後に顔を骸骨に似た仮面が覆い、赤い線路のようなマフラーがたなびいた。

 

〈Full charge〉

「ぬぅああああああ‼︎」

 

 幽汽と呼ばれる、死者の戦士へと変貌した美丈夫が、雄叫びとともに機械的な斧剣を振りかざす。

 すると幽汽の体から溢れ出た鬼火が刀身に宿り、タツマキに向かって一気に放たれた。

 

 ターミネイトフラッシュ‼︎

 

 凄まじい炎が天空をも焼き、タツマキの小さな体をも呑み込もうと勢いよく迫る。

 とっさに念力で防ごうとしたタツマキだったが、向かってくる鬼火はその勢いを落とすことなく、タツマキに襲いかかった。

 

「くっ…!」

 

 一瞬目を見開いたタツマキは、即座に防御ではなく回避に移り、鬼火の届かない上空へと飛翔する。

 かろうじて衣服の端が焦げるだけで済んだタツマキは、真下で見上げてくる幽汽に鋭い目を受けた。

 

「…へぇ? なかなか骨があるやつがいるじゃない」

 

 言葉こそ愉しげだが、雑魚と思っていた相手に不覚を取らされた彼女の目に宿る怒りの感情は、凄まじい迫力を伴っていた。

 

 

「あーくそ……あいつらのせいで随分遅れて到着しちまったぜ」

「相も変わらず憎たらしい奴らだったな、弟よ……」

 

 広い自動車道を、金と銀の二体の鬼を先頭に怪人達の軍勢が闊歩する。

 その姿はまるで戦に赴く異形の軍隊であり、相対する戦士達から歯向かう気力を容赦なく奪い去っていた。

 

「ほんじゃ、思いっきり暴れて取り戻そうかね!」

 

 鬼の一体、ゴルドラが錫杖を掲げると、後ろに続く怪人達が咆哮を上げる。

 彼らが向かおうとしている先にあるのは、逃げたヒーロー達と一般市民が避難しているシェルターがある方向だった。

 

「オラァ‼︎ いけ、野郎ども‼︎」

「目につく全部をぶっ壊せ‼︎」

「うおおおおおおおお‼︎」

 

 出遅れた苛立ちをぶつけるように、シルバラが地面を金棒で思いっきり叩いて粉砕する。アスファルトが粉々に粉砕され、その上を恐ろしい外見の怪人達が一斉に駆け抜けて行った。

 鬼の兄弟がニヤリと下卑た笑みを浮かべた時、先に突撃していた怪人達が突然吹き飛ばされ、あちこちで爆発四散し始めた。

 

「アァ⁉︎」

 

 いきなりの事態に、ゴルドラとシルバラは各々の武器を構えて眉間にしわを寄せる。

 おののき始める怪人達の前に、その男は音もなく降り立った。

 

「……騒がしいと思えば、こんなところにもいたのか」

 

 長い白金の髪をなびかせ、研ぎ澄まされた剣を持った美貌の剣士が、群れる怪人達を見据えて呟く。

 すでに何体も仕留めようとして、謎の現象により邪魔されてきたが、それでも彼のやるべきことは一切変わらなかった。

 

「閃光のフラッシュ、正義を執行する」

「ヘッ…やってみやがれ、優男が‼︎」

 

 構えを取るフラッシュの宣告に、シルバラが小馬鹿にするように笑い、金棒を突きつけて吠える。

 宣言通りフラッシュは文字通り閃光のごとき速度で駆け抜け、シルバラに刃を食らいつかせた。

 だが、それは甲高い音とともに弾かれ、虚しく火花のみを舞い散らせるだけだった。

 

「……!」

「へっ、斬ったと思ったか? 残念…痛くも痒くもねぇよ」

 

 目を見開くフラッシュにシルバラが金棒を振り下ろすが、フラッシュはすぐさま回避し距離を取る。

 そしてまた猛スピードで疾走し、今度はゴルドラとシルバラ両方に向けて、目にも留まらぬ連続攻撃を繰り出し始めた。

 

「おおぉ! 速ぇはえぇ‼︎ ハエみたいにはえぇな‼︎」

「クチヒコよ、洒落が効いているな‼︎」

 

 どれほど刃を走らせても、どれほど急所を狙っても、フラッシュは鬼達の鎧を抜くことはできずにいた。

 やがてフラッシュは一旦大きく後退し、やや険しい表情で鬼達を鋭く睨みつけた。

 

「…これほどまでの防御力……刃を通すのも難しいか」

 

 初めて口にした弱気な言葉。S級の中でも上位に君臨する彼には似合わない泣き言が紡がれるが、フラッシュの表情に悲観の色は見られない。

 むしろその瞳は、先ほどよりも鋭く濃い決意を宿したものに変化している。

 

「少し、本気を出すとするか」

 

 今の彼の中に生まれたのは、久しく味わっていなかった緊張感を堪能したいという、挑戦者の気概だった。

 

 

 灰色のコートを着た、生者には見えない肌色の男が放つ銃弾が、一発もうち漏らされることなく標的に食らいつく。

 しかし放たれた銃弾は硬い装甲によって防がれ、火花を散らしながら無残に歪んで地面に転がるばかりだった。

 

「チッ…! これだけ撃ってかすり傷ひとつつかんとはな…!」

 

 不死のヒーロー・ゾンビマンは苦々しく呟き、道のど真ん中を堂々と歩いて来る機械的な格好の怪人を前に舌打ちする。

 一見パトカーに似た特徴を持つ鎧をまとったその怪人は、両の目を怪しく光らせゾンビマンに銃口を突きつけた。

 

「完全なる時の運行の管理のため……人類の排除を完遂する」

 

 物騒なことを言い、怪人はどこか機械的な動きで引き金を引く。

 反射的にゾンビマンが飛びのくと、一瞬前まで彼がいた場所を無数の光弾が貫き、着弾した途端に激しく爆発した。

 

「チッ…!」

 

 いくら不死身といえど、あの攻撃で四肢を欠損すれば復活には相当時間を食われることになる。瓦礫をうまく盾にしながら、怪人への有効打を考えねばならないだろう。

 ゾンビマンがいつでも動けるように身構えていると、怪人の前に割って入るように、突如黒い光沢のある人影が降り立った。

 

「……駆動騎士」

「下がっていろ、ゾンビマン。お前ではあの怪人の相手は相性が悪い」

 

 黒い直方体の機材を備えた機械の戦士は、どこか自身と似た雰囲気のある怪人を見据え、赤い一つ目をひときわ光らせる。

 そして次の瞬間、二体の機械の戦士はとてつもない衝撃と爆音を生み出しながら、激突するのだった。

 

 

 街全体を見渡せる、ヒーロー協会の本部の屋上で一人、ガオウは盃に注いだ酒をかっくらう。

 耳を済ませれば心地のいい悲鳴と破壊音が聞こえてきて、着々と野望の実現の時が近づいていることに笑みが浮かぶ。

 

「おーおー、がんばれがんばれ」

 

 それに抗おうと必死に戦う者の声も聞こえるが、それは徐々に一つずつ消えていく。あの軍団に勝てる可能性など最初からなかったのだ。

 上機嫌に盃を傾けていたガオウだったが、ふとその笑みが消える。

 彼の耳に、近づいてくる何者かの足音が届いたからだ。

 

「……なんだ、テメェは」

 

 胡乱げに、そして愉悦の邪魔をされて苛立たしげに表情を歪め、ガオウは足音の主の方へ目を向ける。

 鋭く貫くような視線に対し、その男は純白のマントを翻し、気だるげに答えてみせた。

 

「最初は趣味で、今はプロヒーローをやっている者だ」



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 十五撃目 最強VS最凶

「ヒーローだぁ…?」

 

 自分の視界に現れたハゲ頭の男をにらみ、ガオウは苛立たしげにつぶやく。

 ぼけーっとした表情で腕を組む、白いマントを翻すサイタマを無遠慮に観察すると、やがてガオウは嘲笑を浮かべた。

 

「ハッ……つまらねぇな。てめぇも下にいるやつらと同じか」

 

 無表情のまま突っ立っているサイタマにそう吐き捨て、ガオウは億劫そうに立ち上がり、ぼきぼきと首を鳴らす。

 居場所を突き止められた焦りなどは、一切感じられない。

 

「他人を助けて何の益があるんだ? この世は弱肉強食……そこらの雑魚怪人にやられるようなやつは、最初から生きてる価値もねぇ」

 

 聞こえてくる悲鳴と怒号、それは怪人たちに狙われている者があげるものばかりではない。

 自分が先に助かろうとする者、他者に蹴り出される者、理不尽に怒りをぶつける者。ヒーローたちが救う中には、そんな腐った性根の人間たちも混ざっていた。

 

「てめぇらみたいなクソみたいな正義感をひけらかす偽善者を見てるとなぁ、虫唾が走るんだよ! 弱い奴を助けて感謝されて、ちっぽけな自尊心を満足させていい気になってるような奴らを見てるとよぉ‼︎」

 

 聞いているのかもわからない、気の抜けた顔で佇んでいるサイタマに向け、ガオウは自身の胸の内で渦巻く苛立ちを叩きつける。

 それはまさに、身勝手でくだらない人間に対する嫌悪に満ちた、真っ黒い感情だった。

 

「見ろよ、この世界を……下にいる弱者どもをよ! バカみてぇにヒーローに助けて助けてってすがりついて、そのくせ役に立たなきゃ見下しやがる! どいつもこいつも胸糞悪いクズじゃねぇか‼︎」

 

 ガオウは自身の目に、彼を破壊者たらしめた憎悪と憤怒を宿らせ、それを発散させるように喚き散らしていた。

 正しいとは決して言えない。しかしあたりの光景を見て、少なからず同意させられてしまうだけの怒りが表されていた。

 

「見ていて本当に腹が立つ…! だから消してやるんだよ。あのガキの残りの記憶もぶん取って、人間の歴史そのものを全部ブッ壊してやるんだよ‼︎」

「うんわかったわかった。忙しいからさっさとかかってこい」

 

 しかしその怒りは、この男にはなんの影響ももたらさない。

 ヒートアップしていたガオウが、サイタマの面倒臭そうな声で唐突に止まる。ぎょろりと殺意のこもった目で睨みつけ、頬をヒクヒクと痙攣させた。

 

「…てめぇ、誰を相手にしてんのかわかってんだろうな?」

「ぎゃーぎゃーうるせぇな。いいからかかってこいって言ってんだろ。天気無茶苦茶悪くなってきたし」

「……あぁ、ダメだわ」

 

 がくりと肩を落とし、ガオウは気だるげに天を仰ぐ。別に理解されたかったわけではない。ただ単に自身の怒りを適当な相手にぶつけ、八つ当たりしたかっただけだった。

 しかしこの男には、ガオウの怒りなど微塵も興味がない。ガオウを脅威とさえ認識していない。

 それがどうしようもなく、腹が立った。

 

「お前は、俺が今すぐに食い殺す」

 

 ガオウは懐から一本の金色のベルトを取り出し、勢いよく振り回して自身の腰に巻く。

 爬虫類の牙のような意匠のついたそれについたボタンを押し、ガオウは片手で持ったパスのようなものを掲げた。

 

「…変身」

〈Ga-O form〉

 

 ガオウがパスをベルトにかざし、直後に無数の光のかけらが舞い散る。

 光は一旦ガオウの周囲を浮遊し、一斉に集まって一着のライダースーツのような戦闘服を生み出す。さらにいくつものパーツが出現し、牙を模した黄金色の鎧となってガオウに纏われる。

 最後に顔に金属のワニの顔が装着され、変形して一つの仮面へと形を変えた。

 

「うお、すげ」

 

 子供の頃、テレビの向こうでよく見ていたような派手な演出に、サイタマは思わず感嘆の声を上げる。

 対する、戦士の姿へ変わった牙王(ガオウ)はベルトの両側に提げられた黒い部品を手に取り、組み合わせて一振りのノコギリのような剣に変える。

 

「テメェは選択を間違えた……俺がこの姿になる前にさっさと逃げるべきだった。今更後悔しても遅いぜ…!」

「知るか」

 

 異様な質量の殺気がサイタマに襲いかかるが、彼はそれを物ともせず、散歩にでも行くような軽い調子で一歩踏み出す。

 そして一瞬にして牙王の目前にまで接近し、固く握り締めた拳を振りかぶった。

 

「とりあえず、さっき撃ち落とされて気持ち悪くなった分だ」

 

 仁王立ちしたまま、動く様子のない牙王の顔面に、文字通り一撃必殺の威力を誇る拳がありえない速度で迫る。

 またただの一発で終わってしまった、そう直感したサイタマだったが、次の瞬間彼の視界は大きくブレた。

 

「……⁉︎」

 

 サイタマは大きく目を見開き、バランスを崩して倒れていく自分自身に困惑する。

 視線を向ければ彼の目の前には、自分と同じく拳を振り抜いた牙王の姿があり、後ずさるサイタマを嘲笑し見下ろしているのが見えた。

 

「何かしたか? お前」

 

 サイタマは即座に踏ん張り、バランスを取り戻すと自分の手をグッパッと何度も握って感覚を確かめる。

 そして戸惑いの顔のまま、またも無防備に佇んでいる牙王に向けて、先ほどよりも力を込めたストレートを放った。

 

 ちょっとマジなパンチ‼︎

 

 大気を破裂させるような音とともに、数多の怪人たちを仕留めてきた拳が振るわれる。

 しかし決まったと確信した直後、サイタマの顔面にとてつもない衝撃が走り、またしても後ずさり後退する羽目になる。

 

「? 今おれ、あいつのこと殴ったよな?」

 

 別に痛くはないし何も問題はない。

 しかしいつも通りの作業の一環だったはずだったのに、一向に自分の攻撃が通らない理由がわからず混乱する。

 半ばムキになってもう一度突撃すると、舌打ちした牙王がそれよりも早く拳を繰り出してきた。

 

「鬱陶しいんだよ‼︎」

 

 凄まじい轟音が鳴り響き、サイタマの体を吹っ飛ばす。危うくビルの屋上から落下しそうになり、サイタマはますます不思議そうに眉間にしわを寄せた。

 

「何呆けてんだ…? 一方的に殴られんのは初めてみてぇだな」

 

 何が何だか分かっていないサイタマに、牙王はゆっくりと追い詰めるように近づいてくる。

 トントンと剣で肩を叩き、見下した態度を隠すことのない余裕の態度を見せ、牙王は仮面の下でニヤリと笑みを浮かべた。

 

「やっとわかったぜ……てめぇがサイタマとかいうヒーローか。どんな怪人でも一撃で倒す…だがインチキだなんだと人間どもから見下されてるってなぁ」

〈Full charge〉

 

 ベルトにもう一度パスをかざし、牙王が剣を掲げる。

 鋭く並んだ牙のような刃にエネルギーを蓄積させながら、牙王はぼーっと突っ立ったままのサイタマに一気に接近して行った。

 

「確かにテメェは強ぇ……だがその拳は俺にはとどかねぇ。テメェがどれだけ向かってこようと、何の意味も持たねぇんだよ」

 

 タイラントクラッシュ‼︎

 

 剣に宿ったエネルギーが爆発するように、強烈な斬撃となってサイタマに襲いかかる。

 巨大なワニが食らいつくような光が炸裂し、常人男性程度の体重しかないサイタマを軽々と吹き飛ばし、ビルの中に激突させた。

 

「……必殺マジシリーズ」

 

 窓ガラスを、コンクリートの壁を数枚破壊しながらようやく停止したサイタマは、すぐに起き上がって床に両手をつく。

 片足を後ろに引いて身を伏せさせると、牙王のいる方向を見据えてグッと全身に力を込めた。

 

 マジダッシュ‼︎

 

 直後、ドンッ‼︎と大気が震え、砲弾のような勢いで飛び出したサイタマが宙を舞う。

 身体能力を全開にしたサイタマが、全力ダッシュの勢いのまま牙王の顔面に拳を突き立てようとする。

 

「意味ねぇんだっての」

 

 だがそれも虚しく空を切り、反対にカウンターを食らって反対方向に吹き飛ばされてしまう。

 いくつものビルを貫き、破壊しながら視界から消えていくサイタマを見下ろしながら、牙王は心地良さそうな笑い声をあげるのだった。

 

「ガハハハハハハハ‼︎」

 

 

 弾丸のように天を貫き、ビルの方へ飛ばされていくハゲ頭のヒーローを目の当たりにし、その真下にいたヒーローたちは思わず目を瞠っていた。

 

「なっ…先生⁉︎」

 

 ジェノスは自分が師と仰ぐ男が一方的にやられ続けているという光景に驚愕を隠しきれず、目を見開いて立ち尽くす。

 それはサイタマの尋常ではない強さを知っているフブキやキング、シルバーファングにとっても信じがたいものだった。

 

「まさか…今吹き飛ばされたのはサイタマ君か⁉︎」

 

 夢ではないか、とシルバーファングは確かめるように口にするが、それで事実が変わるわけではない。

 現に見覚えのある格好のヒーローが激突し、目の前で高層ビルがガラガラと崩壊しているのだから。

 

(バカな…‼︎ 先生の一撃は今確かに決まっていたはずだ‼︎ なのに殴られたのは先生の方……何がどうなっている⁉︎)

(S級ほどじゃないにせよ、あいつの一撃は強力なもののはず! 私の目にも終わったと感じられたのに、どうして…⁉︎)

(……逃げよ)

 

 誰の目にも、サイタマと牙王の戦いの不自然さは目立っていたらしい。白目を剥くキングにも、想定外の自体であることは理解できていた。

 理屈は不明だが、何かしらの異常な現象が起きているのは間違いないと、全員が直感していた。

 

「何じゃ、あの妙な鎧の男は…⁉︎ あのサイタマくんをああも手玉にとるなど……」

「…奴こそが、今起きている異常事態の黒幕だ。シルバーファング」

「なんと…!」

 

 ジェノスの言葉に、シルバーファングはさらに驚愕で目を見開く。

 改めて牙王の方を見やると、しぶとく飛び出してきたサイタマの攻撃を受けるよりも前に、牙王が剣でカウンターを食らわせているのが見え、シルバーファングの表情が険しくなった。

 

「見る限り…あれは単に相手が強いのではないの。破壊力も速度も十分すぎるほどじゃというのに、蜃気楼でも殴っているかのように無効化されておる」

 

 当たればほぼ確実に怪人を倒せる最強の一撃。余波で山をも吹き飛ばせる異常な威力と速度を誇るそれが、いまだに決まっていない。

 幾度もサイタマの戦いぶりを見てきた一部のヒーローたちにとって、それは明らかな違和感だった。

 

「アレを倒すのは……並大抵のヒーローにはおそらく不可能じゃな。わしを含めて」

 

 細めた目で牙王を睨みつけたシルバーファングがそう結論づけると、あたりはしんと静まりかえる。

 地球の危機を、幾度もその拳のたった一撃を持って粉砕してきた最強の男。彼は倒せない相手を、一体どうやって討てばいいと言うのか。

 そこはかとない絶望が漂い始めたときだった。

 

「ちくしょう…! やっぱ見てるだけとか性にあわねぇ!」

 

 ミライのそばであぐらをかいていたモモタロスが、肩を怒らせながら立ち上がる。

 先ほどから、サイタマの戦いを見ている間に何度も貧乏ゆすりをしたり、唸ったりしていたが、とうとう我慢の限界に達したらしい。

 

「ちょっ、ちょっと先輩! ダメだって!」

「離せ亀! あのムカつく野郎の顔面へこませてやるんだよ‼︎」

「あの兄ちゃんにもでけへんのにモモの字にできるわけないやろ!」

「モモタロスのおバカー」

「うるせぇ、熊に小僧‼︎」

「落ち着きなさいよバカモモ!」

 

 牙王の方へ飛び出そうとするモモタロスを、他のイマジンたちとハナが必死に押さえつける。

 彼らも倒し方のわからない敵を前にどうしたらいいのかわからなかったが、迂闊に動くべきではないという冷静さは辛うじて残っていた。

 

(絶対に倒せない敵とか無理ゲー…っていうかクソゲーだな)

 

 ギャーギャーと騒がしいモモタロスたちに背を向け、さていつ姿を隠そうかと考え込むキングがふと思う。

 生粋のゲーマーである彼にとって、ここまで理不尽なボス戦は正直手を出す気にもなれない代物であった。

 

(…ああ、こんなことなら今日サイタマ氏の家に行かなきゃよかった。せっかく過去に行ける電車があるんだから、今日の出来事なかったことにしたい…)

 

 友達の家に行くか行かないか。その選択で自身の命運が決まるなどどれだけ理不尽なのか。

 こんな些細なことで人生がゲームオーバーになるシナリオなどそうそうなかったが、それでも過去の選択を悔やまずにはいられなかった。

 

「……ん?」

 

 過去の自分を思いっきり殴りつけ、現在の自分も手を痛める妄想をしていたキングは、あることに思い至る。

 自分の思い浮かべたフレーズが、何か妙に引っかかった気がしたのだ。

 

 ()()()()()()()()()

 

 その言葉に気付いたとき、キングの頭の中でカチリと動いた気がした。

 そのたった一言が、硬い金属の箱の鍵をたやすく開けたような、難題を解き明かしてしまったような、そんな感覚だった。

 

「……え、アレ? そういうことなの?」

 

 思わず口に出してしまったキングに、サイタマの戦いに集中していたジェノスたちや、騒いでいるモモタロスたちが一斉に視線を向ける。

 キングは「え?」と真顔で反応してしまい、自分の迂闊な発言を激しく後悔するのだった。

 

 それが、本当にこの事件を解決に導くひらめきであることにも気づかずに。



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 十六撃目 最後の希望

 青白い炎が辺り一面に広がり、ビルも道も、あらゆるものを灼き、溶かしていく。

 単純な熱によって溶かしているわけではなく、まるで酸を吹きかけたかのようにどろどろにしているのだ。

 

「チッ…! 雑魚のくせにしぶといじゃない」

 

 念動力で空中にとどまるタツマキにもそれは襲いかかる。

 物理法則を無視しまくっている彼女の力を持ってしても、防ぐことができない奇妙な炎。それは確実に、世界最強のエスパーを追い詰めていた。

 

「S級の首、貰い受け……‼︎」

「邪魔すんじゃないわよ‼︎」

 

 しかも敵は一人ではない。他の場所から集まって来た怪人が、弱り始めているタツマキを討とうと襲いかかってくるのだ。

 それを排除するのはさしたる問題ではないが、集中を邪魔されるのは正直厄介であった。そしてその隙を狙い、鬼火のような炎は容赦無く食らいついてくる。

 

「超能力でも消し飛ばせない炎……やってくれるわ」

 

 タツマキは冷や汗をかきながらも、真下から睨みつけてくる幽汽に不敵な笑みを見せつけた。

 

 

 恐ろしいほどに硬い金属同士が超高速で激突し、激しい火花が断続的に飛び散る。

 斧のような刃の生えた銃を振るう機械の怪人と、片腕に黒い刃を備えた駆動騎士。両者が一歩も譲ることなく、互いを仕留めるために攻撃を繰り出し続けていた。

 

「お前の戦闘パターンは完全に把握した―――行動を継続する」

「やりづらい相手だ…!」

 

 一旦、それぞれで武器を強くぶつけ、距離を取る怪人と駆動騎士。

 どちらも機械の肉体ゆえに疲労は一切ないが、駆動騎士の方にはやや焦りのような感情が芽生えていた。

 

「こちらの戦術は、できるだけ秘匿しておきたいのだがな…」

 

 武装を展開するたび、戦闘を繰り広げるたび、駆動騎士の有する戦術は敵に伝わる。しかも倒しても倒しても復活するため、対策を練られてしまう可能性さえある。

 ゆえに駆動騎士は、迂闊に手の内をさらさないように戦うという無茶振りが課せられることとなっていた。

 

 

「むおおおおお‼︎」

「あははははは‼︎」

 

 また別の場所では、超合金クロビカリと深海王が真っ向から殴り合いを行なっていた。

 拳が激突する余波によりあたりには衝撃波が撒き散らされ、全てのガラスは割れてアスファルトも砕かれていく。

 

「む…俺の筋肉でも打ち破れないとは、お前も相当鍛えているな」

「あなた…前に私が潰したやつより強そうね。でもそれだけ……今度はあのハゲと一緒に殺してあげる!」

 

 鋼鉄よりも硬い鋼の肉体を誇るクロビカリは、それをもってしても倒せない深海王に内心感心する。

 すでに一般市民もC級ヒーローも避難済みで退くこともできたが、深海王が後を追ってこないという保証は無論なかった。

 

「相手にとって不足は…‼︎」

「どいてくれないか…」

 

 ならばこの手で始末しておこうと、さらに筋肉を膨張させようとした時、クロビカリの肩を引く一人の豪傑の姿があった。

 クロビカリは振り返った先に見えた、決意を目に宿したS級ヒーローに一瞬言葉を失った。

 

「ぷりぷりプリズナー?」

「できればコイツは……この手で仕留めたい」

 

 そう告げ、ぷりぷりプリズナーはクロビカリの前に割り込み、一瞬にして衣服を己が筋肉で引き裂く。

 戦闘態勢に入った、頭一つ分は小さいヒーローを見下ろし、深海王は実に愉しげな笑みを浮かべてみせた。

 

「あらぁ…? また殺されに来たの?」

 

 見る者を恐怖させる笑みを前にしながら、かつて自分を敗北させた敵を見据えながら、ぷりぷりプリズナーは一歩たりとも引こうとはしなかった。

 

 

「くそっ……いつもならあんな数どうってことねぇってのに」

 

 ビルの屋上であぐらをかき、荒っぽい口調でそう吐き捨てたのは、頭から出血して全身真っ赤になった金属バット。

 怪人たちによる総攻撃を食らった彼は、なんとか撃退しながらも一時的撤退を余儀無くされていた。

 

「童帝君。何か情報は掴めたかい?」

「悪いんですけど……全部の数値がめちゃくちゃになってるってことしか。正直お手上げって感じですね」

「そうか……」

 

 アマイマスクに尋ねられた童帝は肩をすくめ、ビルの上から街中を見渡す。

 戦火は街の周囲にも広がり、そこかしこから悲鳴と怒号がひっきりなしに聞こえてくる。

 特に激しい戦いの場は、S級ヒーローが暴れている箇所であろう。

 

「だぁあくそッ‼︎ もう十分休んだ! 俺はもういくぞ‼︎」

「ちょっ! その状態でですか⁉︎」

「相変わらず血の気の多いやつだ…」

「るっせぇ‼︎」

「待て‼︎」

 

 他のヒーローたちの戦いに触発されたのか、金属バットが応急処置もままならないうちに歩き出そうとして、他の者を呆れさせる。

 それを止めたのは、比較的最近ヒーローになったサイボーグと、それに付き添う最強と謳われる男だった。

 

「ジェノスさん…?」

「キングが気づいた……重要な話がある」

 

 ジェノスの真剣な表情に、金属バットは胡乱げな目を向けつつも、立ち止まった。

 

 

 コンクリートが風船のように破裂し砕け、瓦礫が辺りに四散する。

 衝撃で吹き飛ばされていくサイタマは空中の大きな瓦礫を足場にし、剣を担いで佇む牙王を見上げた。

 

「おいおいどうしたぁ…? ハゲヒーロー…そんなもんじゃ俺は倒せねぇぞ‼︎」

 

 破壊者は相変わらずの上から目線で肩を揺らし、サイタマを嘲笑する。苛立ちはさらに募り、長く続く戦いにうんざりし始めているのがわかった。

 

「いい加減鬱陶しいんだっての…さっさと尻尾巻いて逃げてろよクソヒーロー‼︎」

 

 再び刀身がエネルギーを帯び、剣から分裂してサイタマに喰らいかかる。

 ヒーロースーツが斬り裂かれ、衝撃によってまた吹き飛んでビルに激突するが、サイタマは根性でその場に踏みとどまり、ギロリと牙王を睨みつけた。

 

「あのヤロー調子に乗りやがって……ちょっとヒーローっぽくなってきたけど全っ然楽しくねぇぞ」

 

 一人のヒーローが一方的にやられ続けている痛々しい光景だが、当の本人の表情は、変わらぬまっすぐな目を浮かべていた。

 

「ヒーローが逃げるわけねーだろ」

 

 感情が薄れ、久しく感じていなかった、熱い炎が胸の奥で燃え上がる感覚を噛み締めながら、サイタマは再び破壊者の元へと跳躍するのだった。

 

 

「〝特異点〟に〝分岐点〟ねぇ…」

 

 ジェノスとキング、そして二人とともに来たシルバーファングやフブキ、ハナたちの語った情報に、アトミック侍は渋い顔で顎を撫でる。

 難しい表情なのは、童帝もアマイマスクも同じだった。金属バットに至っては頭から煙を上げているが。

 

「量子力学は専門外なんだけどな…」

「にわかにゃ信じがたいが、そう言われりゃ納得できるもんもあるな」

「あの記憶に関する食い違いも、それが原因ということなら……なるほど、道理で違和感が拭えないわけだ」

 

 とはいえ、敵の謎の能力に関する貴重な情報であることは確かで、ヒーローたちは一応の理解を示す。

 考え込んでいた童帝は、険しい表情で佇んでいるキングに視線を移す。

 

「それで、キングさん。あなたが気づいたことというのは?」

「まだ単なる思いつきなんだが……敵のトップの戦いを見ていて思い浮かんだことがある」

 

 内心、恐ろしいほどプレッシャーを感じてガクブルになっているキングだが、必死に替え面を取り繕って語り始める。

 本当に単なる思いつきだが、異様に納得の声を聞かされた考えを。

 

「やつは食した相手の能力を奪う能力を使い、記憶を改ざんできる能力をも奪った。そして自分の能力の応用か何かで、分岐点であるミライ氏の記憶も奪った……なぜそんな必要があった?」

 

 キングの発言に、ヒーローたちはそれぞれで答えを考える。

 分岐点の記憶が重要なものであるのはわかるが、それを奪うメリットがなかなか思いつかない。

 

「ハナ氏は言った。分岐点の記憶は積み重ねられてきた人類史そのものであると……ならばもし、ガオウの能力がそれさえも好き勝手に改竄できるとしたら?」

「……まさか」

 

 童帝がハッとした表情で振り向くと、ハナとモモタロスたちは忌々しげに眉間にしわを寄せる。

 なぜこんな簡単なことに気づかなかったのか、そんな感情がありありと現れていた。

 

「やつは()()()()()()()()()()()()んだ。自分に起こったことを自分の都合のいいように」

 

 キングが好むRPGゲームに例えて考えてみるとする。

 強力な力を持つボスキャラがいて、それに挑むとする。その能力値は非常に高く、そのままでは一度は必ず負けることが確定している。

 ならばと先にアバターを鍛え上げ、装備を一新し、万全の状態に備えた上で挑む。しかしプレイヤーにはまだ不安がある、相手の攻撃手段もわからないのに挑んでいいものか。

 そこでボス戦を前にセーブし、挑戦して敗北した後、再びセーブする前に電源を切る。そうするとどうなるか?

 

 ボスと戦う前の、所持金も装備も経験値も失っていない、万全の状態の時に戻るのだ。

 ーーーボスとの戦いの経験を得ながら。

 

「自分が攻撃を食らった後、分岐点の記憶を改ざんして過去を改変する…ってぇわけか」

 

 あまりに突拍子もないキングの考えに、アトミック侍は顎を撫でながらなるほど、といった様子で唸る。

 あいにくゲームはしたことないが、卑怯な手段であることだけは理解できた。ズル賢いガキが使いそうな手だ、と思わず例えるほどに。

 

「過去を書き換えるなんて……下手すればレベル神どころか本物の神の所業じゃないですか! そんなものどうやって対処すればいいんですか…⁉︎」

 

 童帝もアマイマスクも目を見開き、しかし疑う様子は見せずにただただ困惑の表情を浮かべていた。

 全員の思考が停滞しかけた時、訝しげに片眉をあげたある男が前に出た。

 

「…ひとつ、いいかのぅ?」

 

 不思議そうに首を傾げ、片手を挙げるシルバーファング。

 手詰まり感に苛まれていたヒーローたちは、訝しげに老ヒーローの方に振り向いた。

 

「怪人が倒しても倒しても復活してくる理屈はわかったが…わしが倒した怪人は蘇っておらんかったと思うぞ? なぜじゃ?」

「えっ」

「……なんだと」

 

 シルバーファングの言葉に、その場にいた全員が驚きの声を挙げる。

 ジェノスは目を見開きながら、そういえば先ほどミライを保護した時、怪人らしき残骸がそこらに転がっていたと思い出す。

 

「そ…それ、本当ですか⁉︎」

「あのミライって子が襲われかけたところに割って入ったときじゃが……うむ、肉塊になったままじゃったな」

 

 現象についてよく知らず、特に気にせず倒したため、シルバーファングもやや朧げに思い出しながら頷く。

 絶句していた童帝は我に返ると、すぐさまシルバーファングの方に詰め寄った。

 

「その時…何かいつもと違ったことはありませんでしたか⁉︎ どこか急所を潰した感覚があったとか、環境の違いとか!」

「そう言われてものぅ…」

 

 気付けば童帝だけではなく、他のヒーローやハナたちもシルバーファングに凝視している。

 凄まじい圧の中でも表情一つ変えず、シルバーファングは眉間にしわを寄せてつい数十分前のことを思い浮かべて見た。

 

「強いて言うなら……この子がいたことぐらいじゃな」

 

 少しの間考えて思いついたのは、ほんの些細なことだった。人類にとって非常に重要な鍵となる少女が近くにいたか否か、その程度のことしか思いつかない。

 だがその情報は、ハナに闇が開けたかのような鮮烈な衝撃をもたらした。

 

「もしかしてーーーミライが()()()()()()()()()()()()()()()()()()…?」

 

 ハナのつぶやきに、童帝も気づいたのかハッと振り向きミライを凝視する。

 頭脳が足りずついていけていない他の面々は、慌てて詳しく説明してくれそうな少女に視線を向けた。

 

「どういうことですか⁉︎」

「…ミライの記憶はまだ、完全にガオウの物になってない。記憶を改竄することで過去が書き換えられるなら、新しく書き加えることもできるってことじゃ…⁉︎」

「目には目を…ってことですか」

「なんて荒技…」

 

 そこまで説明されてようやく、ジェノスたちはハナが思いついた起死回生の一手を理解する。

 敵が過去を書き換えられるのなら、こちらは新たに過去を書き加えればいい。変えられた事実に上書きし、本来の歴史に修復すればいいというのだ。

 アマイマスクは険しい表情でうつむき、次いでもう一人の少女の方に視線を移す。

 

「ならば、この状況を打破できるのはただ一人……」

「……僕、が」

 

 数組の探るような視線に晒されて、ミライはびくりと肩を震わせて後ずさる。

 策があるのはわかった。可能性があることも理解できた。しかしそれを自分がこなせるかどうかという時点で、ミライの胸中には不安が渦巻いていた。

 

「いや、ムリだろ」

 

 話の半分も理解できていない金属バットが、思わず口にした容赦のない言葉。

 それはその場で無言になる歴戦のヒーローたちの本音を、見事に表していた。



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 十七撃目 高貴の白

「お前マジでいい加減にしろよ。どう考えてもなんかズルしてんだろ、絶対」

 

 ヒーロースーツをボロボロにされ、泥だらけになり、それでも体には傷一つついていないサイタマは、こめかみに太い血管を浮き立たせながら牙王を睨む。

 いつもいつも、ただの一撃で決着がついてしまう厄介な自分の強さ。それが通用しない相手というのは最初はワクワクしていたが、こうも長く続けられるといい加減頭にきていた。

 

「どういう理屈かは知らねーけどな、一回殴らせろ。一回でいいから殴らせろこの野郎」

 

 そうすりゃこのイライラは終わるのだと、いつもとは真逆のセリフをぶつけるサイタマ。強敵に出会えた喜びなどあるはずもなく、とにかくこの怪人を倒したくて仕方がなかった。

 

「必殺マジシリーズ」

 

 じゃり、と地面を踏みしめサイタマがその場で低く腰を落とす。メキメキと両足の筋肉を膨張させ、風船のように限界ギリギリまで張り詰めさせると、一気にその力を解放する。

 まるで強靭な弾力を有するゴムのように、サイタマはまっすぐに空中へと飛び立った。

 

 マジジャンプ‼︎

 

 地面に巨大な陥没を作るほどの跳躍で、サイタマはビルの屋上に立つ牙王の元へと飛翔する。

 そして同時に、気だるげに佇んでいる怪人の顔面に叩き込んでやろうと頭上に拳を構え、まっすぐに空中を貫く。その一撃は槍のようにビルに突き刺さり、コンクリートを易々と貫通していった。

 

「……しつけぇハゲだ」

【Full charge】

 

 しかし、ビルを一つ崩壊させるまでの威力を見せたそれも、牙王に傷一つ負わせることもできなかった。

 お返しだと言わんばかりに放たれた斬撃により、サイタマはまた別のビルに叩きつけられ、崩れていく瓦礫の中に飲み込まれていった。

 

 

「……かなり近づいて来おったの、じきにここにも来そうじゃな」

「先生を相手にここまで生き延びるとは……」

「おいおい…ポッと出の野郎に美味しいとこ持ってかれちゃおっさん達の出る幕なくなっちまうじゃねぇか」

 

 珍しく苦戦を強いられているサイタマを見たシルバーファングとジェノスは、やはり信じられない様子で事態を見守っている。

 サイタマの一撃の凄まじさをまだ目撃していないアトミック侍に関しては、そこらのヒーローが翻弄されているくらいにしか思っていないようだが、牙王の厄介さだけは伝わっているようだ。

 

「っ! 焼却砲‼︎」

 

 その時、背後から接近する熱反応を感知したジェノスが背後に向けて自身の手のひらを向け、強烈な火炎放射を放つ。

 ミライを襲うため隙を伺っていたイマジンはそれにより火だるまになり、あっという間に焼き尽くされて地面に崩れ落ちた。

 

「…そうでもなさそうだぜ…!」

「雑兵がここを嗅ぎつけ始めたか…!」

「まぁともかくよ、俺たちゃあのワニ野郎からこの嬢ちゃんを是が非でも守らにゃならねぇってわけだな」

 

 あちこちから感じられる怪人たちの気配に、アトミック侍は肩をすくめてそう呟く。

 ハナやキングの考えを完全に信じたわけではない。だが確かにこの状況を打開できる切り札になるかもしれないと思い、アトミック侍は愛用の刀を肩に担いで背を向けた。

 

「奴と戦えるのが嬢ちゃんだけだからって、押し付けるのはヒーローどころか、男としても最低だからな」

「へっ! おっさんに言われなくてもわかってんだよ!」

 

 やる気を見せたアトミック侍に触発されてか、まだ血まみれのままの金属バットも勇ましく立ち上がり、中年剣士とは違う方向に向かって歩き出す。

 我の強いS級ヒーローたちには、共闘という選択肢はまず挙がらない。強い敵が現れたならそれは自分の相手なのだという先入観があった。

 

「よっしゃ‼︎」

「うおりゃあああああ‼︎」

 

 互いに背を向けあうように屋上の端に出た二人は、ためらうことなくその身を空中に踊らせる。勇ましく雄叫びをあげた二人は、それぞれの獲物を掲げて怪人たちの群れへと挑んでいった。

 だがそれが、黒幕の相手を誰かに任せるという初めての経験であることに、二人とも気づいていなかった。

 

「くぅうう…! 俺も戦えりゃなぁ…!」

「ボクも暴れた〜い」

「ミライがこんなんやから変身できへんねんからしゃーないやろ!」

「ほんっと、先輩もリュウタも血の気が多いんだから」

 

 戦場に赴いたヒーローたちの背中を凝視していたモモタロスたちが、そう悔しそうに喚くのをウラタロスが呆れたように見やり、肩を落とす。

 ジェノスとシルバーファング、フブキも行きたそうな顔をしていたが、ちらりとミライの方に目を向けると自分を諌めるように表情を引き締める。

 

「…では、僕はここでガオウに対抗する手段を考えることにしますか」

 

 もう一人、その場に残った童帝は再びパソコンに向き直り、全身全霊をもって観測と打開策の模索に集中することに決める。

 直接の戦闘ではなく、頭脳に特化した自分にできる、最大限の共闘だと信じて。

 

「さ〜て…そろそろちょっとぐらい本気を出してみようかな!」

 

 

 その時、気だるげに屋上で首の骨を鳴らしていた牙王が、忌々しげに舌打ちをこぼし、サイタマを埋めている瓦礫の山の方を見下ろした。

 

「あぁ…いい加減鬱陶しくなってきたわ、てめぇ」

 

 仮面越しではわからないが、牙王の顔には深いシワが刻まれ、脳裏には間抜けな顔のサイタマが浮かんでいた。

 たったの一撃も決まらず苛立っていたサイタマだったが、それは牙王も同じことだった。放たれた攻撃は全て牙王を捉え、そのたびに牙王は過去を書き換えていた。

 その手間と拳を受けた時の痛みは着実に牙王の記憶に刻まれ、彼に苛立ちを与えていた。

 

「ブッ飛ばしても斬りつけても平気なツラして戻って来やがる……ただの弱者が俺の邪魔をしてんじゃねぇ。俺は忙しいんだ」

 

 ギロリとミライがいる方のビルを睨み、牙王はゴロゴロと崩れていく瓦礫の山に視線を移す。

 並みの怪人であれば瞬殺できる猛攻をその身に受け、服しかダメージを受けていないなど、すべての破壊を望む牙王にしてみれば屈辱以外の何物でもなかった。

 

「てめぇの攻撃も無駄で俺の攻撃も無駄……こんなもんいつまでたっても終わらねぇ。俺の貴重な時間を削りやがって……だがしょうがねぇ」

 

 イライラした態度でつぶやいていた牙王だったが、やがて仮面の下でニヤリと笑みを浮かべる。

 その手が、瓦礫の間から顔を出したサイタマに向けられた。

 

「これやっちまったら、正攻法じゃ俺がてめぇに敵わねぇって認めてるようで癪に触るが、もうしのごの言ってられねぇ。てめぇさえ片付けちまえば、後の連中はみんな雑魚ばっかだからな」

 

 そうつぶやいた直後、ズン、と空気が重くなったかのような錯覚をジェノスとシルバーファングは覚える。

 世界そのものが握り締められ、壊されているかのような嫌な気配が、サイタマを除く誰もの背筋に寒気となって襲いかかった。

 

「…⁉︎ 何だこの脅威的な数値の変動は⁉︎ 何かする気だ‼︎」

「…まずいんじゃないの……⁉︎」

 

 周囲の磁場などを調べていた童帝は、機材が示す異様な反応に表情を引きつらせ、フブキは超能力がなくても伝わる威圧感に冷や汗を流す。

 すべての人間、そして怪人にまでもに恐怖を与えた牙王は、自分の力の標的にサイタマを捉えながらさらに笑みを深めた。

 

「生まれた日ごと消えちまえ」

 

 手を焼いた獲物を仕留める、嗜虐的な顔になった牙王が徐々にその力をサイタマに向けて開放していく。

 違和感を覚えたのか、緊張感のない表情で訝しげに自分の体を、幻のように薄れていく四肢を見下ろすサイタマに、シルバーファングはハッと目を見開いた。

 

「いかん! サイタマくんの存在そのものを歴史から消すつもりじゃ‼︎」

「先生!」

 

 人類史そのものに干渉するという、反則じみた力。

 それをたった一人に対してのみ発動させようとしている牙王にジェノスたちは焦る。数々の人類への脅威、滅亡の危機を回避させてきた男が、はじめからいなかったことにされるという残酷な危機にさらされる。

 止めようと動いたジェノスたちを嘲笑うように、牙王の目が危険な光を放った、その時だった。

 

 

「ダメぇええええ‼︎」

 

 

 誰よりも悲痛な表情で、薄れていくサイタマの姿を凝視していたミライが、悲鳴のような声を上げる。その声が大気を震わせ、牙王の元へと届いた瞬間。

 

 まばゆい白銀の光が、牙王を吹き飛ばした。

 

「ぐお……⁉︎」

 

 突然襲ってきた衝撃に、牙王は防御もままならないまま後退させられ、発動しようとした力を霧散させられる。

 消えかけていたサイタマの体が元に戻るのをよそに、牙王は処刑の邪魔されたことに忌々しげに舌打ちし、白銀の光の中にある人影を睨みつけた。

 

「降臨…! 満を持して」

 

 光を裂いて現れたのは、白鳥を模したような姿のイマジンだった。

 純白に輝く体に、王子のような高貴な佇まいをした彼は、なぜか周囲に舞い散る羽毛の中で舞台俳優のように両手を広げた。

 

「ジーク…⁉︎」

「手羽野郎⁉︎ 何でお前がここにいるんだよ⁉︎」

「し、知り合いなの⁉︎」

「ずいぶん前に……でも、なんでこの時代に」

 

 新たなイマジンの登場に驚かされたのは、ハナやモモタロスたちだった。

 フブキたちは、白いイマジンと知己らしいハナたちを凝視し、何者だと視線で問う。だがハナたちにはそれどころではないらしく、絶句していたところで白いイマジンが振り向き、恭しく首を垂れてみせた。

 

「姫…お久しゅうございます。姫の窮地と伺い、急ぎ馳せ参じた次第」

「おいてめぇ! 無視してんじゃねーぞコラァ!」

「ジーク…あんたどうやって…!」

 

 騒ぐモモタロスたちを無視してハナにのみ例を見せるジークに、ハナは戸惑いながら立ち尽くす。

 だがすぐに、頭上で汽笛を鳴らしている緑の列車の姿に気づき、納得したように笑みを浮かべた。

 

「ゼロライナー……ユウトが連れて来たのね」

「その通り、そしてこの悪漢を討つために、私はここに参戦した!」

 

 ジークはハナに背を向け、改めて牙王に向き直る。そして、どこからともなく黒いベルトを取り出し、自分の腰に巻きつける。

 翼を広げた金色の鳥のモチーフが中心に飾られたそれから美しいハープのメロディが鳴り響き、ジークはさらに取り出したパスを右手で掲げた。

 

「変身」

Wing form(ウィングフォーム)

 

 ジークがパスをベルトの前にかざした直後、大量の羽毛が舞い上がってジークの姿を隠す。

 羽毛の壁の中では眩しい光がほとばしり、ジークのシルエットをみるみるうちに変えていく。やがて羽毛が晴れ、ジークの姿が再び露わになっていくと。

 

「え⁉︎」

「おお」

「何ィ⁉︎」

 

 そこに立っていたのは、白鳥の怪人などではない。

 金色のスーツに身を包み、純白の鎧を纏う、青い翼の形のモチーフで髪をツーサイドアップにまとめた、ミライと瓜二つの少女であった。

 巨大な機械の翼を背から広げた姿は天使のようで、切れ長の目が高貴な雰囲気を醸し出す。

 怪人の予想だにしない変貌ぶりに、ジェノスらはもちろんハナたちも驚かされていた。

 

「なんでお前……変身できてんだよ⁉︎ ズリィぞ‼︎」

 

 砂の体のまま、モモタロスや他のイマジンたちがジークに向けて吠える。いきなり出てきて出番を掻っ攫われるのは、暴れたい彼らにとっては見過ごせない問題だった。

 だがジークは、そんなモモタロスに無言で振り向き、凪いだ目を向ける。そして、ギャーギャーとうるさい彼らに小さく告げた。

 

「……お膳立てはしてやる。お前達はさっさと手段を講じていろ」

「っ! あんた……まさか時間を稼ぐために…⁉︎」

 

 ジークの言葉の意味を察したハナが言葉を失っていると、ジークはすぐに視線を戻し、腰に下げられた黒いパーツを外し、空中に放り上げて組み合わていく。

 アンドアックスとブーメランに変化したそれを構え、ジークは牙王へと斬り掛かっていった。

 

「誇るがいい…! この私の美しき戦技により逝けることをな!」

「ほざきやがれ‼︎」

 

 牙王の剣とジークの刃が激突し、甲高い音が響き渡る。

 白鳥の戦士と牙の暴君は互いを排除すべき害とみなし、また何度も刃をかち合わせ、激しい火花を散らしていった。



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 十八撃目 諦めない奴ら

 崩れた廃墟の前に停車している、近未来的な外見の列車デンライナー。

 その前で気だるげに座り込んでいる二体の怪人達のもとに、どこからともなくビリビリと空気を震わせ破壊音が聞こえてくる。

 それが自分たち以外のイマジンや怪人達がもたらしているのだと思うと、列車の見張りを任されているイマジンたちには苛立ちが募っていた。

 なぜこんなつまらない命令をこなさなければならないのか。

 

「かったりぃな……こんなもん見張ってる必要なんてもうねぇだろ」

「そう思うなら直接言いに行ってみろよ、存在ごと消されるぜ」

 

 現在のイマジンたちが存在を保っているのは、ガオウがそう過去を書き換えているから。

 絶対的な支配者の位置に立っているガオウに文句を言おうものなら、怒りのままに消されるか、もしくは死と復活を延々と繰り返されるか。考えるだけで恐ろしかった。

 

「あーあ…俺もあっちで暴れてぇな」

「もう少ししたら交代の時間だ。我慢し…ろ…」

 

 相方と同じく、力を持て余していたイマジンがそうなだめていると、その声が急に尻蕾になっていく。

 急に黙り込んだイマジンに不審げな視線を向けた相方は、彼が向いている方向に目をやると、同じように驚愕で目を見開き、言葉を失くした。

 彼らのいる方に向けて、一人の男が近づいてきていたからだ。

 

「こ、こいつ!あの顔の傷跡…!」

「まさかあの、キング…⁉︎」

 

 ズシ、ズシと瓦礫の砂利の上を踏みしめ、顔に深い傷を刻んだ金髪の大男、キングが恐ろしい形相で近づいてくる。

 それなりの距離があるのに聞こえてくる、エンジンのような重低音を耳にした彼らは、キングが完全に戦闘態勢に入っていることを察して硬直してしまった。

 

「な、なんなんだよこいつ…⁉︎」

「く、来るんじゃねぇよ‼︎」

 

 慌てて立ち上がったはいいものの、彼らはそれ以上の行動を起こす事ができない。

 一歩でも動けば潰される。わずかに動きを見せただけであの男の餌食にされると錯覚させられるほどの威圧感が、迫ってくる大男からは感じられていた。

 

「そこから動かないでくれるかな……俺は今にも、何もかもを解き放ちそうなんだ」

「う…あ…!」

「もしそうなったとしても君達には何の責もない……俺も咎めるつもりもない…だから、そこをどいてくれ。他ならぬ君達自身のために」

 

 圧倒的な力の差を見せつけながら、逃げる猶予を与えるようにキングは告げる。だが、それを聞いてもイマジンたちは動くことはできなかった。

 敵の言う事を信用できないという単純なものではない、かすかに緊張を解けば意識が吹き飛ばされそうな気がしていた。

 

(なんだこの、とてつもない威圧感…⁉︎ こいつ本当に人間か⁉︎)

(たとえ倒されても、俺たちはすぐに復活する…どんなに強いヒーローが来たって問題じゃねぇ……なのになんで、なんでこんなにも体が震えるんだ…⁉︎)

 

 復活する力など何の意味もない。むしろ復活して、この男にまた立ち向かわなければならないのかという絶望感が湧きあがり、逆らう心をへし折られる。

 ガタガタと震えたまま立ち尽くし、反応さえ返す事ができないイマジンたちに向けて、さらに凄みを増した表情でキングが口を開いた。

 

「これは最後の警告だ……どいてくれないかな」

 

 魂まで見抜かれそうなすさまじい眼光に、イマジンたちはもはやまともな思考さえできなくなる。

 呼吸も脈動もおかしくなりながら、徐々に理性の鎖が壊れていき、衝動のままに勝ち目のまったくない戦いを挑みそうになった、その瞬間。

 

【Full charge】

 

 横から聞こえてきた声と眩しい光に、イマジンたちの意識がハッと現実に引き戻される。

 しかしその時には、イマジンたちは両方ともサーベルの刃をその身に食らい、真っ二つに両断されてしまっていた。

 

「でやああああああ‼︎」

「ぎゃああああああ‼︎」

 

 ユウトの刃をその身に受け、イマジンたちは断末魔の悲鳴を上げて爆発四散する。

 復活を懸念し振り向いて身構えるユウトと、指先の銃口を突き付けたデネブは、一目散に走り去っていく先ほどのイマジンたちの背中を見やり、ひと段落とばかりに肩を落とした。

 

「もーヒヤヒヤしたよ…キングさん無茶しすぎ」

「だが助かった。睨むだけで連中を戦闘不能にするとはな…やはり、伝説は本物か」

 

 唯一の武器であろう拳は、キングのポケットの中に納められたまま。ただその辺を散歩するような悠々とした態度でイマジンたちの方へ向かったその勇姿は、歴戦の戦士であるユウトたちから見ても感嘆せざるを得ない。

 勝算の施栓を双方から受けながらキングは、今にも爆発しそうな自分の股間に称賛の念を送っていた。

 

(よく頑張ったぞ、俺の膀胱)

 

 尊敬の念さえ向けているユウトたちには口が裂けても言えない。

 デンライナーの奪還のため隠れていたところを、爆発音に驚いて物陰から飛び出してしまい、ヤケクソになって突撃をかましてしまっただけなどとは。

 そうとは知らないユウトたちがデンライナーに乗りこむのを見ながら、キングも急いで車内に乗り込んだ。

 

「オーナー、大丈夫か⁉︎」

 

 乗客室に飛び込んだユウトは、座席の一つに座り悠然と構えている男性、オーナーのもとに急ぐ。

 捉えられていたわりには平然としている男性は、息を荒げているユウトを落ち着かせるように穏やかな声で応じた。

 

「特に怪我などはしていませんよ。…私のマスターパスは奪われてしまいましたがねぇ」

「ガオウが使っているアレか…」

「非常に申し訳ない。奮闘はしたんですがねぇ…」

 

 オーナーは無表情のままだが、実際にかなりの責任を感じているらしく、忌々し気に歯を食いしばるユウトやデネブに申し訳なさそうな視線を向けている。

 ふとその目が、所在なさげに立ち尽くしているキングの方にも向けられ、深々と頭が提げられた。

 

「キングさん……あなたやこの時代のヒーローの方々にも苦労をかけて、大変申し訳ない」

「あ、いや…成り行きだし仕方ないっていうか……」

 

 見知らぬ男性に急に謝られ、キングは内心かなりビビりながら手と首を振る。

 何故だろうか、オーナの謝罪は無関係の人間に向けられているだけではなく、一般市民に対して向ける謝意にも感じられたのは。

 冷や汗を流すキングをよそに、オーナーはユウトの方に向き直り、状況の説明を求めた。

 

「ミライさんは?」

「ハナやミライのイマジン達と一緒だ。だが正直、ガオウへの打つ手がなくてな…」

「ふむ…なるほど」

 

 悔し気に眉間にしわを寄せるユウトに、オーナーは表情を変えないまま顎に手を当てて考え込む。

 しばらくするとオーナーは顔を上げ、席から腰を上げるとステッキを手に持ち、コンと床を叩いて歩きだした。

 

「さて…では反撃といきましょうか」

 

 平然とそう告げるオーナーを、ユウトとデネブは目を見開いて凝視する。

 自分たちがもたらした報告は全く希望が見当たらない、耳を背けたくなるような内容ばかりだった。

 それでも好意的に受け止められるという事は、打開策があるという事か。

 

「⁉︎ 何か奴に対抗する策があるのか?」

「彼が何を思ってミライさんを狙ったのかは、捕まっている間にだいたいの検討はつきましたからねぇ…あとはそれをどう防ぐかです」

 

 信じられないとばかりに立ち尽くすユウトたちの前を通り過ぎ、オーナーは先頭車両がある方へ一人颯爽と歩いていく。

 放置されたユウトたちやキングがオーナーの背中を見つめていると、彼はふと思い出したというように立ち止まった。

 

「まぁ…そちらはミライさん自身に任せましょう。一度改変されてしまった時間は、上書きすることでしか元には戻せませんから」

「どういうこと?」

「復活した怪人たちは、ガオウを倒したとしてもこの時代に残るということです」

 

 オーナーの言葉に、ユウトはハッと息を呑んで表情を強張らせる。

 確かに、ガオウを倒したところで時間の流れが完全に元に戻るという保証はない。これだけ滅茶苦茶にされた時間が、何もせずに勝手に奇麗さっぱり元通りになるわけがなかった。

 

「最悪だ…! 過去の怪人の中には、危うく人類を滅ぼしかけた連中だっているんだぞ⁉︎ そんな奴らを、いっぺんに相手にするなど無謀すぎる…!」

「確かにそうです。ある奇跡の存在によって退けられてきたこの時間の脅威、それが繰り返される……そう簡単には乗り越えられないでしょう」

 

 くるくるとステッキを回し、オーナーはユウトたちに背を向けたまま歩く。

 その足がふいに止まり、コンコンカツンっと杖でリズミカルに床を鳴らすと、オーナーは意味深な笑みを浮かべてユウトたちに振り返り、口を開いた。

 

「ですが……だからこそヒーローがいるのです」

 

 珍しいオーナーの笑みに、ユウトたちは呆気にとられたように立ち尽くし、どういう意味かと尋ねるように凝視する。

 間抜けな姿を見せている若者たちを諭すように、オーナーは穏やかな表情のまま向き直り、彼らにビッと人差し指を突き付けた。

 

「怪人と戦うために必要なのは、人の域を超えた純粋な力ですが……我々時の守護者に必要なものは、そんな単純なものではありません」

 

 オーナーを訝しげに見つめるユウトには、彼の言いたい事が何なのか分からない。

 記憶を奪われ、戦う手段を奪われ、何一つ為せないよう弱体化させられたミライの事を考えれば、打つ手など一つも残されていないようにしか思えない。

 しかしオーナーは、そんな疑念を否定するように不敵な笑みを浮かべてみせるのだった。

 

「彼女は、すでに持っているものです」



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 十九撃目 未来を託す

Full charge(フルチャージ)

「ぬぅん!」

 

 白い電流を纏わせたブーメランを投げ、もう片方の手にハンドアックスを握ったジークが牙王に向かって突進する。

 牙王は向かってきたブーメランを剣で弾き、振るわれた斧の刃を受け止める。激しい火花を撒き散らし、白鳥と鰐の仮面が真正面から睨み合った。

 

「きくかよぉ‼︎」

 

 力任せにジークを振り払った牙王は、背後から再び飛んできたブーメランをまた弾き、自らジークに向かって突撃していった。

 白鳥の騎士は戻ってきたブーメランを受け止め、ハンドアックスと交差させると牙王の剣を受け止める。だが、膂力の違いが顕著に表れ、大きく後退させられる羽目になった。

 

「くははは…! でかい顔で出てきたと思えば、やっぱりつまらねぇなぁおい! もっと俺を楽しませろよ白鳥野郎‼︎」

 

 剣で肩を叩き、耳障りな笑い声をあげる牙王は執拗にジークを叩きのめそうと迫る。

 対するジークは追い詰められるも、一切窮地を感じさせない態度で武器を構え、軽い足取りで牙王を翻弄し続けていた。

 

「フン、貴様を愉しませるなど虫唾が走る。奪った宝石で偉くなった気でいるお山の大将ごときが……せいぜい今のうちに辞世の句でも考えておくがよいわ」

「うるせぇ‼︎」

 

 力の差を技術で補い、ジークは牙王と対等に渡り合う。だがやはり、時間ばかりが過ぎるだけで反撃の糸口を見いだせずにいる。

 時間稼ぎに徹しているジークを忌々しげに睨み、牙王が情け容赦なく剣を振るい続ける。その背後に、大きく仰け反った人影が接近した。

 

「俺を忘れてんじゃねぇよ」

 

 マジ頭突き‼

 

 大きく頭を反らせたサイタマが、眼下の牙王に向けて渾身のヘッドバットを食らわせようと体を折り曲げる。

 牙王はそれを異様な反射速度で躱し、空振りしたサイタマは足場である屋上を思い切り砕いてしまう。また何かズルをしたのだと察し、ビキッとサイタマのこめかみに血管が浮き立った。

 

「うっとうしいんだっての…! 食らいやがれ!」

【Full charge】

 

 褐色のエネルギーが牙王の剣から迸り、刀身が勢いよく射出される。

 牙王は電流でつながったそれを振り回し、砕けた足場の上でよろめくサイタマとジークに向けて思い切り振り下ろした。

 

「おらぁぁぁぁ‼︎」

 

 カッ、と閃光が走り、二人のヒーローごと屋上が吹き飛ばされる。

 とてつもない爆音と衝撃があたりに発せられ、大量の瓦礫が雨のように地面に降り注いでいった。

 

 

「うおらあああああ‼︎」

 

 裂帛の気合いとともに、金属バットが特別製のバットを振り回す。そのたびに怪人達の身体はバラバラに吹き飛び、あるいは弾丸のようにビルの壁に突き刺さっていく。

 

 気合い野蛮トルネード‼︎

 

 ストレートにあらわされた名の業が決まり、あっという間に金属バットのまわりから怪人達は一掃される。だが、すぐさま物陰から怪人達が姿を現し、金属バットは苛々した様子でバットを構えなおす。

 次から次へと表れ、復活する怪人達を前にヒーローたちは一歩も引かない。

 背にしているビルに何人たりとも近づけさせまいと、懸命に戦い続けていた。

 

「嬢ちゃんのところへは蟻一匹通さねぇぜ!」

 

 アトミック侍の声に賛同しているわけではない。しかし同じ思いを有したヒーローたちが、事態の収束を担う希望を守るため、測らぬうちに背中を合わせて戦うようになっていた。

 

 

「ぶへぇっ⁉︎」

 

 宙を舞っていた赤い光が少女に弾かれ、砂の塊となって地面に叩きつけられる。

 地面に散らばった砂はずるずると蠢くと、悔しげな顔の鬼に変わってギリギリと歯を食いしばってみせた。

 

「クッソォ…! ダメか!」

「やっぱりのぅ…今のミライとは契約自体がなかったことになっとって乗り移れへん」

「でも乗り移れたところで、あんなのが相手なんじゃ…」

「じゃああれどうするの〜?」

 

 モモタロスの挑戦が失敗に終わると、他のイマジンたちがどうしたものかと頭を抱えて唸る。

 ミライに憑依することで、戦う力となっていたイマジンたち。それができないうえ、それでも敵わない敵が相手となっては打つ手がなかなか見つからなかった。

 

「全く情けないわね! あんた達四人も揃って何の打開策も思いつかないわけ⁉︎」

「…このバカ共にそんなひらめきを求めるのは酷ですよ」

「あんだとハナクソ女に高飛車女! てめーらだって何にもできてねぇじゃねーか!」

 

 呆れた様子で肩をすくめるフブキと、ジト目で睨んでくるハナにモモタロスが抗議の声を上げるが、事実であるため否定はできない。

 モモタロスは砂の身体のまま、不安げな表情で立ち尽くしているミライを見やって頭を抱えていた。

 

「ちくしょう…ミライが変身さえできればあんな野郎なんて…!」

「…なるほど」

 

 ぶるぶると拳を震わせ、悔しさをあらわにするモモタロスやほかのイマジンたちの耳に童帝の声が届き、思わず全員で振り向く。

 自前のパソコンとにらめっこしていた彼は、若干目を充血させながら、いつの間にかやり遂げた様子で画面を見つめていた。

 

「あ? なんだちびっ子、なんか分かったのか?」

「観測機を何十台も使ってようやくね……ちびっ子とは失礼だな」

 

 ぎろっと不本意な呼び方に凄むが、そんな無駄なことをしている場合ではないと、童帝はすぐにパソコンに向き直る。

 モモタロスたちやハナたちも同じく画面を覗き込むが、よくわからない数値が表示されているだけで意味が分からず、みんなで一斉に眉を顰めていた。

 

「君たちイマジンとは、つまりは実体のない精神だけの存在。砂の姿なのはあくまで僕たち人間が君たちのいまの姿を認識できないため、脳が代替的なイメージを作り上げているだけ……まさにイメージの魔人(イマジン)だ」

「ん…? まぁそうだな」

「先輩…わからないなら無理しなくても」

「うるせぇ!」

 

 頭がそれほど優秀ではないモモタロスを無視し、童帝は自分が見つけ出した回答を説明すべくイマジンたちの方に目を向ける。

 周囲の磁場の数値から始まり、イマジンたちやミライの肉体の隅々まで観測した結果得られた情報の全てを統合し、童帝は状況を打開するためのある秘策を導き出そうとしていた。

 

「そして人間がイメージすることにより、君たちは擬似的な姿を得る。そして契約を交わすことにより実体を持ち、物理的な干渉が可能になる……極めて興味深い存在だ」

「あ〜! そんなむずかしい話はもういいから! どうすればいいのかだけ教えてよ!」

「慌てないで……これも必要な説明なんだから」

 

 あちこちから聞こえてくる爆発音や破壊音に焦ったのか、慌てた様子で先を促すウラタロスを制し、童帝はできるだけ正確な情報をかき集める。

 そのためのいろいろなことを、今一度モモタロスたちに詳しく確認しておく必要があった。

 

「君たちはかつて、ミライさんと契約を交わして戦士としての力を手にしていた。そうだったよね?」

「せや」

「そして今、君たちとミライさんとの契約が切れてしまい、憑依して戦うことができなくなった…」

「それがどうしたのさ?」

 

 頷くキンタロスやリュウタロスに、童帝は最後のシミュレーションを行う。

 ほとんど手つかずの専門外の分野だが、集めた情報をどうにかして纏め上げ、秘策という一つの形に仕上げていく。

 ものの数秒で、不敵な笑みを浮かべた童帝が鋭く目を輝かせた。

 

「だったら話は簡単だ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 童帝の示したプランはシンプルなものだった。

 クラッシュしたパソコンを蘇らせるために、全ての機能を最初からやり直すような、単純な考えだった。

 小難しい作戦でも出るのかと身構えていたモモタロスたちは、提示された案に思わず目を見開いて固まってしまった。

 

「何ぃ⁉︎」

「それは……できるの?」

「考えたこともないでそんな荒技…!」

「面白そ〜!」

 

 それぞれで反応を異ならせ、顔を見合わせるイマジンたち。

 種族的な本能というべきか、契約の仕方については深く考えずとも自ずとできたため、童帝の言うような方法など考える由もなかった。

 不安になってきたのか、ウラタロスがちらりとミライを見やりながら尋ねた。

 

「本当に可能なの? そんな荒唐無稽なこと……」

「正直言って賭けだ。机上の計算な上に、失敗したらどんなことがあるかもわからない……イマジンたちにも、ミライさんにも」

 

 保証はできない、と童帝は苦々しい表情になる。天才を自負する彼にとって、ここまであやふやな答えを提示するのは抵抗が大きいのだろう。

 それでも、現状で最も成功確率が高い策であることには変わりなく、童帝は決断を求めるために、少女の方を振り向く。

 視線を向けられた少女は一瞬口をつぐみ、やがて意を決したように顔を上げ、頷いて見せた。

 

「……僕、やるよ」

 

 いまだミライの顔には、怯えが混じっていて頼りなさげである。

 しかしそれを必死で抑え込もうとしている強い眼差しを目にし、モモタロスたちの方があっけにとられる。

 だがすぐに、よく言ったといわんばかりに不敵な笑みをミライに向け始めた。

 

「…へっ! しょうがねぇな!」

「やりますか」

「おっしゃ! 乗ったで‼」

「イェ~イ!」

 

 笑みを浮かべて鼻を拭うモモタロスを筆頭に、イマジンたちは続々とミライの方に近づき、互いに小突き合いながら意気を高めていく。

 それに慌てたのは、決意を口にしたミライに絶句し、反応が遅れたハナとフブキだった。

 

「あんた達……本気でやる気なの⁉︎」

「この状態のミライがやる気出してんだ。俺たちが根性出さねぇでどうするんだ」

「たまには、泥臭い努力も必要だよね」

「おっしゃ、こうなったら最後まで付き合ったるわ!」

「イェーイ! やろやろ〜♪」

 

 砂の身体のまま、腕を伸ばしたりと準備運動を始めるイマジンたちに、ハナは呆れて言葉もない様子でため息をつく。

 リスクが大きすぎるというのに、それを微塵も気にする様子もなく試そうとしているイマジンたちのミライへの信頼、あるいは能天気さに返す言葉もないようだった。

 構わずモモタロスは、動悸を抑えようと胸を抑えているミライと向き合い、ビシッと指を突き付けた。

 

「ミライ、お前はとにかくひたすらイメージしろ! なんでもいい、俺たちと一緒に戦うための何かだ!」

「……うん」

 

 まっすぐに見つめてくるモモタロスに頷き、ミライはスッと目を閉じて集中を始める。

 恐れはまだ、ミライの中で根を張っている。しかし胸の奥でくすぶる何かに、そしてモモタロスたちに背中を押され、ミライは覚悟を決めていた。

 

「よっしゃあ! 行くぞお前ら!」

「しょうがないね」

「やったろやないか!」

「イェ〜イ!」

 

 気合いの声を上げたモモタロスたちが、一斉に四色の光の球となって空中に浮かび上がる。

 赤、青、黄、紫。四色の光は目を閉じたままのミライの目の前に浮かび、くるくると回ってその輝きを大きく強くしていく。

 

「……一緒に、戦う」

 

 伏せていた目をかすかに開いたミライの口から、小さな呟きがこぼれる。

 その瞬間、ミライの目の前で回っていた光がカッと弾け、急速にその形を確かなものに変えていく。

 丸い円盤と、長く伸びる分厚い刃。赤を基調とした、レバーのついたそれは、奇妙な形ではあるが確かに一振りの剣だった。

 四つの仮面が円状についたその剣が、ふわりとミライの伸ばした手の中に納まる。

 

「こ、これが秘策…!」

「……デンカメンソード」

 

 予想外の現象に、ハナやフブキだけでなく童帝も驚愕の表情で目を見開く。

 両手に感じる武器の重みに、ミライは閉じていた瞼をゆっくりと開いて、託された希望をじっと見下ろす。そして、黒いパスケースを取り出し、剣の刀身にはめ込んだ。

 

「…変身」

Liner form(ライナーフォーム)

 

 電子音声が鳴り響き、ミライの全身に光のかけらが張り付いて、深紅と白と黒に彩られたスーツを生み出す。その上から、竜の顔を模したような流線型の装甲が張り付き、輝きを放つ。

 最後に前頭部にデンライナーの前面の形をした髪留めがつき、左右から三色の突起が羽のように展開され、さらに頭頂部からパンタグラフが伸びる。

 

 これぞ、急遽生み出された時の守護者の新たな姿。

 始終戸惑いの表情を浮かべていたミライは、全身を包む鮮やかな深紅を見下ろし、その目から強い輝きを放った。



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 二十撃目 起死回生

「……これが、電王」

 

 金属製の籠手に覆われた自分の手を見下ろし、ミライはどこか夢見心地で呟く。

 体に突然宿った力はふわふわとした感覚で、自分の力とは思えない。無理に高いヒールを使って背伸びしているような、そんな頼りなさを感じてしまうくらいだった。

 

『いくぜミライ!』

「う、うん!」

 

 しかしそれでも、その手に仮面の剣を掴んだ瞬間から、ミライはキッと表情を改めて覚悟を決める。

 集められた力に背中を押され、重く手にのしかかる剣を両手で握りしめ、崩壊したビルの屋上でに佇む牙王を睨みつけた。

 

「ぐっ…むぅ!」

「はははは! もう手も足も出ねぇようだな…もうこんなもんでいいだろう」

 

 牙王の手が、ボロボロになったジークの首を片手で掴み、目前に持ち上げる。

 苦悶の声を漏らしながらも、ジークは気丈に牙王を睨みつけ、しかしやはり悔し気に歯を食いしばる。

 純白のドレスと鎧には多くの傷が刻まれ、奮闘の跡をうかがわせた。

 

「あとは俺の胃の中で、この下らねぇ時間が消える様を見てやがれ」

「ぐああああああ‼︎」

 

 牙王がそう告げた瞬間、ジークから白い光が放たれ、その体が粒子のように崩れていく。

 牙王の仮面が口のように開き、その中にジークであった光が飲み込まれていく。そのすべてを食らいつくすと、牙王の仮面はげっぷのように蒸気を放ち、一際大きな光を漏らした。

 

「ジーク…!」

 

 ハナは消滅したジークから目を逸らし、苦し気に顔を歪めてうつむく。ただ見ているばかりで、何もできなかった自分自身が悔しくて仕方がなかった。

 牙王はやや満足げに肩をすくめ、首をゴキゴキと鳴らして横目を向ける。その先には、大量の鉄骨の山の中でもがく禿頭の白マントの男の姿があり、うまい具合に絡まってしまったのかなかなか抜け出せない様子だった。

 

「次はてめぇだハゲマント……せいぜい俺を怒らせたことを後悔して消えちまえ!」

 

 下卑た笑みを浮かべ、牙王はサイタマの姿がよく見えるように屋上の端に歩み寄っていく。

 ゆっくりと掌を掲げ、時間に干渉する力を解放し、忌々しい邪魔者を完全に消滅させてやろうとした時だった。

 

「やああああああ‼︎」

 

 甲高い金属音とともに、真下から少女の雄叫びが聞こえてくる。

 鬱陶しそうに振り向いた牙王は、金色の光のレールの上を剣を掲げて滑走してくるミライの姿を目にし、ちっと舌打ちをこぼす。

 引き攣った顔で剣を振るう少女に、鉄筋に囚われたサイタマは目を丸くしてその姿を見つめた。

 

「……あいつ」

「てめぇ……しつけぇんだよ小娘が」

 

 振るわれた斬撃をやすやすと躱した牙王は、すぐ目の前を通り過ぎ屋上に辿り着いた少女に険しい目を向け、思わず低く唸る。

 たたらを踏みながら降り立ったミライは、おっかなびっくりといった様子で剣を構えなおしながら牙王に向き直り、震える切っ先を突き付ける。その情けない姿に、牙王はますます苛立ちを募らせた。

 

「もういっぺん喰われなきゃわからねぇみてぇだな‼︎」

 

 ブンと自分の剣を振りかざし、牙王はミライの方へ一歩ずつ近づいていく。

 次第に駆け足になっていく敵にミライはやや怯えながら、それを無理矢理押し殺してその場にとどまり、剣を向け続けていた。

 

「おらぁああ‼︎」

「ひぅっ⁉︎」

 

 しかし、牙王が剣を振るうと勇気は一瞬で引っ込んでしまい、涙目で後退り腰を抜かしてしまう。

 牙王は容赦なく次の斬撃を振るい、そのたびにミライは躱そうとするも、すれすれを通り抜ける刃に思わず体を硬直させてしまった。

 

「ぴぃっ⁉︎」

 

 刃が風を切り、犠牲になっていく自分の髪や、浅く傷をつけられる自分の鎧とスーツにぞっと背筋を震わせる。

 そして恐怖する暇もなく向けられる悪意の猛攻に、ミライは情けない悲鳴を上げ、ただひたすら逃げ続けるほかになかった。

 

「ひやああああ⁉︎」

「おいおい…拍子抜けさせんじゃねぇよ! もっと俺を…楽しませろ‼︎」

 

 自分から向かって来たかと思えば、結局この程度なのかと牙王は激しい落胆を覚えて吐き捨てる。

 立ち上がるどころか、まともに向かう事もできずにいる少女に向けて、牙王は執拗に剣を振るい続けた。

 

 

 瓦礫に囲まれたビルの真下に集まる、無数の怪人やイマジンたち。

 彼らは存分に力を振るい破壊をもたらせる場所を探し、やがて軍団の最優先目標である分岐点の少女の姿を捉え、一斉に同じ場所を目指し始めた。

 

「いたぞ! 分岐点のガキだ!」

「捕まえて今度こそぶっ殺してやれ‼︎」

 

 軍団の頭目である牙王、その男に下された命令だからというだけでなく、見るからに弱く甚振りがいがありそうな標的を狙う快感に突き動かされている彼ら。

 そんな彼らを真下で防いでいるのは、自然と共闘体制が出来上がりつつあるS級ヒーローたちだった。

 

「くっ…! 加勢に行きたいところだが、この数では!」

 

 手のひらから業火を発射し、鋼鉄の拳をたたき込むジェノスが、一向に減る様子のない怪人の波に鬱陶しそうに唸る。

 やはり一体一体はそれほど強力ではない、災害レベル虎か鬼程度の脅威でしかないが、それが大群を成しているのだから始末に負えなかった。

 

「しゃらくせぇ!」

「どけオラァ‼︎」

 

 超高速の斬撃と、気合によって振るわれるバットが怪人達を吹っ飛ばし、片っ端から片付けていくもその状況は変わらない。

 だがそれでも、ヒーローたちの表情に絶望はない。やけくそになっているわけではない、唯一の希望に全員が懸けていたからだ。

 

「たった一人の少女に頼ることしかできんとは…せめて雑兵どもの掃除は任されんとな」

 

 流れる激流の動きとともに、シルバーファングが自身の悔しさを破壊の力に変えて怪人達に叩き込む。

 心が折れそうなほどに圧倒的な兵力の差を前にしても、彼らは止まりはしない。各々にできることを全力でやり遂げようとしていた。

 

「邪魔するんじゃねぇぞクソヒーローども!」

 

 進めないことに苛立ったイマジンの一体が吠えるが、その顔面に鉄拳がぶち込まれ、その体が大きく吹っ飛ぶ。

 山のような巨体を誇る黒スーツのその男は、その背に立つ黒髪の美女を守るように怪人の軍勢を睨みつけた。

 

「出番よ、フブキ組!」

 

 美女の号令で、何十人もの黒スーツたちが隊列を組み、怪人達に相対する。

 フブキも自身の超能力を全開にし、地面から少しばかり浮きながら、淡い緑色の光を纏いながら戦闘態勢に入った。

 

「メインディッシュはあの子に譲るけど、向こうより目立たせてもらうわよ!」

「「「はっ!」」」

 

 自身の派閥フブキ組総員を動員し、フブキも少女の戦いを守るために尽力する。

 時の干渉を抜け出た不死の怪人軍団とヒーローたちの戦いは、少女の周囲を中心に激しさを増していくのだった。

 

 

「あうっ…!」

 

 小さく悲鳴を上げ、ミライが勢いよく倒れこむ。

 体中に小さくも傷を負わされた、今にも泣き出しそうになるも懸命に我慢し、震える体を起こそうと足掻いていた。

 

「いい加減うざってぇんだよ……何回喰い殺せば黙るんだよクソガキ! さっさと潰れやがれ‼︎」

 

 生意気に自分の剣を躱し続けていた少女に、牙王は理不尽な怒りをぶつけて怒鳴りつける。もはやこの小娘に反抗する力などのこってはいまい。なのになかなか仕留めきれずにいることが腹立たしくて仕方がなかった。

 剣呑な気配を発する牙王の目の前で、ミライは剣を支えに立ち上がり、傷だらけの顔を上げて目を向ける。

 

「……つぶれ、ない…!」

 

 向けられるその目に、牙王に対する恐怖はない。苦痛の表情が混じっているものの、逃げ出したそうな様子は見受けられない。

 決意と覚悟を秘めた、思わぬ力強さを秘めた目を目の当たりにし、牙王の方がわずかに気圧されていた。

 

「弱かったり、運が悪かったり、何も覚えてなくたっても……それは何もしない言い訳にはならない…!」

 

 ぶるぶると震える足で立ち、ミライは再び剣を構える。先ほどまでの押され続けていた情けなさがいつの間にか鳴りを潜めていて、牙王の方が戸惑わされる。

 剣と鎧がもたらす力だけではない、自分の胸の奥から湧き上がる何かが、気弱な少女に立ち向かう気力を与え始めていた。

 

「この時間は…! 壊させない‼︎」

【モモソード】

「やああああ‼」

 

 剣のついたレバーを回すと、並んだ四つの仮面も回転を始める。

 その中の一枚、赤い桃のような仮面が頂点に達すると、ミライはそれを力強く叫びながら牙王に向けて横薙ぎに振るった。

 

「くっ…!」

【ウラロッド】

 

 受け止めた牙王が、斬撃の思わぬ鋭さに苦悶の声を漏らすと、ミライはさらにレバーを回して仮面を回転させる。

 青い亀を模した仮面を頂点にすると、ミライは剣を構えなおし、まるで槍のような鋭い突きを何度も振るって見せた。

 

【キンアックス】

 

 一転し防御に回った牙王に、ミライは今度は金の字を模した仮面を頂点にして飛び掛かる。

 頭上から剣を振り下ろし、斧のような重い一撃をたたき込むと激しい火花が散り、発生した衝撃が牙王を大きく吹き飛ばした。

 

【リュウガン】

 

 たたらを踏んだ牙王に今度は紫色の光弾が命中し、さらにあとずらせる。

 剣を銃のように構えたミライは、屋上を駆け回り一定の距離を保ちながら牙王を狙撃する。

 牙王はさらに怒りを燃やし、光弾に構わずミライに向かって突進を開始した。

 

「ちぃっ…! うざってぇんだよ! ザコのくせによぉ‼︎」

 

 苛立ちを込めた渾身の斬撃を振るう牙王だが、それが届く直前にミライは大きく後ろに跳び、足元に伸びたレールの上に着地する。

 空中に自在に伸びていくレールの上を滑走し、ミライは徐々にその速度を上げて牙王を見据えた。

 

『やるやないか!』

『効いてる効いてる!』

『イェーイ! ザマーミロ!』

『よっしゃあ! 一気に決めてやれ、ミライ!』

「う、うん! …って、え⁉︎」

 

 モモタロスたちに促されるままに頷いたミライが、レバーを押した後で目を丸くして振り向く。

 レールを統べるミライの周囲にエネルギーが集まり、列車の形を成し始めた時点で、ミライは狼狽しながら剣に宿っているモモタロスたちを凝視した。

 

「え? え? どうすればいいの⁉︎ 何すればいいの⁉︎」

『何って必殺技だ必殺技! あいつらもみんなやってるだろ!』

『とにかく勢いで思いっきりやっちゃえばいいんだよ!』!』

『派手に決めたれや!』

『ほら急いで急いで〜!』

「えっと…! えっと…‼︎」

 

 そうこうしているうちに、ミライとミライを乗せた光の列車は牙王に向けてまっすぐに突っ込んでいく。

 このままではただ激突するだけだと気付き、ミライは慌てて発光する刃を掲げる。そして、眼下のヒーローたちが行っている行為、『技名叫び』を試みた。

 

「で…電車斬り‼︎」

『センスねぇ‼︎』

 

 あまりのダサさに叫ぶイマジンたちをよそに、急遽思いついたミライの必殺技が牙王に向けて放たれる。

 眩しい光とともに突っ込んでくる光の列車を見上げ、牙王は自身もベルトにパスをかざし、剣にエネルギーを収束させていった。

 

「なめんじゃねぇぞ…このガキが‼︎」

【Full charge】

 

 激昂した牙王の放った斬撃が、せまりくる光りの列車と激突してすさまじい轟音と閃光が迸る。

 衝撃波により、ただでさえ崩壊しかけたビルがさらに軋みを上げ、ガラガラと大量の瓦礫を真下に落下させた。

 

「やあああああああああ‼」

「おおおおおおおおおお‼︎」

 

 吠えるミライと牙王、両者の放つ光は互いに引かず、周囲に破壊をもたらしながらビリビリと大気を振動させる。

 闇の空を太陽の様に照らした激突を制したのは、剣を強く振りぬいた牙王の方だった。

 

「あぐっ…!」

 

 鍔迫り合いに破れた未来は、その場から大きく吹き飛ばされて屋上に叩きつけられる。

 その際の衝撃で仮面の剣を手放してしまい、鎧も消えて元のみすぼらしい格好に戻ってしまい、無防備な姿を晒してしまった。

 

「ご大層なオモチャを引っ張り出してきやがって……ご苦労なこったな」

『ミライ!』

『ヤバイよコレ…!』

 

 モモタロスたちは未来を案じて声を上げるが、イメージをし直し再契約した今の彼らでは駆け寄ることもできない。

 そんな彼らを、牙王がひょいと持ち上げ嘲笑うように目前に掲げた。

 

「てめぇらも俺の胃の中でおとなしくしてやがれ」

『ち、ちくしょ……ぐあああああ‼︎』

 

 馬鹿にするような笑い声とともに、牙王の仮面の口の中にモモタロスたちが吸い込まれていく。

 あっという間に彼らの声は聞こえなくなってしまい、ミライと牙王のいる屋上に完全な静寂が訪れる。そして、その場にミライの味方は誰もいなくなってしまった。

 

「モモ…タロスさん……ウラタロスさん……キンタロスさん……リュウタロスさん……ジークさん…」

 

 自分に全てを託し、力を貸してくれた者達が次々にいなくなり、どうにかもっていたミライの心が崩れていく。

 呆然とうつむくミライの目の前に、見下した様子の牙王が立ちはだかった。

 

「頼みの綱のイマジンどもはもういねぇ……クソヒーローどももお前のお守りどころじゃねぇ。詰んだな、時の守護者」

 

 反応を返すこともできないミライの前で、牙王はゆっくりと剣を掲げていく。

 隅に追い詰めた獲物を、じりじりと追い詰めるような醜悪さで、牙王はミライの首を狙う。

 どこからか、ハナが叫んでいるような声が聞こえるが、それに応える余力さえ今のミライには残されていなかった。

 

「ボクは……どうして…こんな……!」

「こいつで本当に終いだ…! じゃあ、あばよ……クソガキぃぃぃぃ‼︎」

 

 心を折られ、身動き一つできない少女に、牙王の無慈悲な刃が振り下ろされる。

 最期を悟り、希望を見失ってしまった未来は、心の中でモモタロスたちやハナ、ヒーローたちに自分の不甲斐なさを詫びながら、涙の滲んだ瞼を閉じる。

 

 ―――弱くて、ごめんなさい。

 

 牙王の刃が、細い首をたやすく切断する。

 そう、力なくつぶやかれた時だった。

 

「おい」

 

 ガンッ‼と鈍い音がして、振り下ろされた刃が止まる。

 仮面の下で目を見開いた牙王が、真横から突き出された赤い手袋に目を見開き、すぐさま忌々し気に歪められる。

 いつまでたっても痛みが来ない事を訝しんだミライが、顔を上げたその瞬間。

 

「だから……俺のことを忘れてんじゃねーっての!」

 

 白いマントをはためかせ、牙王の前に立ちはだかった(ヒーロー)の背中に、ミライは釘付けになっていた。



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二十一撃目 忘れられない記憶

「……よう、大丈夫か?」

 

 目の前でばさりと大きく広がる、真っ白なマント。

 黄色いスーツに赤い手袋とブーツ、そして眩しく光り輝く頭。

 なかなかに目立つ組み合わせで、一度見れば忘れそうにないほど強烈な強さを持ったその男が、少女の前で盾となり立ちはだかる。

 

 ―――覚えていたのは、ある傷だらけの背中だけだった。

 

 ボロボロの格好になったその男の後ろで庇われるミライはしかし、男の後姿にひどい既視感を覚え、同時に全く異なる姿を重ねて見てしまう。

 今とは全く比較にならないほど豊かに生えた黒髪に、一般人と変わらない平凡な格好の、彼の姿を。

 

 ―――そこにいた人たちはみんな、自分が助かることばかり考えていて…。

    ドジを踏んで転んだ僕を助けようと思う人なんか、一人だっていなかった。

    僕だって、もう助かりっこないって諦めて。

    何もかもを投げ出そうとしていた。

 

 片っ端から奪い取られ、網目のように穴だらけになっていた自身の記憶。

 かすかに残ったその一部、か細く残ったその残滓が再生され、ミライの脳裏に走馬灯のように流れる。

 それを見ているうちに、ミライの瞳に輝きが灯り始めた。

 

「邪魔だって言ってんだろ……このハゲがぁ‼︎」

 

 獲物を狩る邪魔をされたことに怒り狂う牙王が、立ちはだかるヒーローに向けて高密度のエネルギーを纏った刃を振り下ろす。

 放たれた斬撃は地面をえぐるが、ヒーロー本人に一切の傷を刻むことなく、衣服のみを切り裂くのみだった。

 

 ―――でも、一人だけ。

    たった一人だけ、そんな未来をぶっ壊してくれた人がいた。

 

 ミライの視界にノイズが走り、記憶の中の彼と目の前にいるヒーローの姿が混じり合い、一つになっていく。

 そして、ミライの中の記憶の穴が、瞬く間に埋め尽くされ始めた。

 

 ―――どれだけ恐ろしい敵がいたって、どれだけ傷ついたって一歩も逃げない。

    そんな強い人がたった一人だけ、僕の前に現れてくれた。

    薄っぺらい、誰かのためっていう偽善のためでも、称えられるためでもない。

    自分が自分であるためだけに、その人は僕に背中を向けたまま、一歩も動こうとはしなかった。

    それは疑いようもない、本当のヒーローの姿だった。

    僕がなりたかった、目指したかった未来の僕だった。

 

 弱く、惨めで、泣いてばかりだったかつての自分。

 運もなく、毎日のように襲い掛かる不運や悲しみに縮こまるだけだった自分が抱いた、変わりたいという願い。そのきっかけを与えてくれた彼の姿が、ミライの失われた記憶を次々に蘇らせていく。

 戦士として見出された時、後の仲間達との出会い、時に激しくぶつかった戦友との遭遇、そして、数々の困難を乗り越え続けた想い出。

 その全てが、ミライという少女を作り上げてきた全てが、取り戻されていく。

 

 ―――その出会いがあったから、僕は立ち上がった。

    差し出された手を掴んで、自分の力で立ち上がることができた。

    そして無意識のうちに、僕はあの人の後を追いかけていた。

    躓いても転んでも、一度だって立ち止まらずに歩き続けることができた。

 

    それが全ての始まり、僕の原点。

    だから僕は、ここにいる。

 

 自分という存在そのものを奪われ、弱かったころに引き戻されても、決して忘れることがなかった大きな背中。

 その姿を映すミライの瞳が、星のように強く輝かしい光を宿した。

 

「今度こそ……死ね!」

 

 スーツをズタズタにされながら、決してその場から動くまいと鋼の意志を見せつける邪魔なヒーローに、牙王は焦れた様子で舌打ちし手のひらを向ける。

 今牙王を止める者はいない。牙王の怒りを買い、標的となったサイタマが、今度こそ歴史から消し去られ用としたその時だった。

 がしりと、邪悪な力を宿した牙王の腕が、華奢な手に掴み取られた。

 

「…⁉ てめぇ…」

 

 またしても、邪魔者を排除する邪魔をされた牙王が、うっとうしそうに自分の腕を掴む少女を睨みつける。

 だが、少女の顔がゆっくりと上げられ、スッと瞳を向けられた途端、牙王の背中を得体の知れない悪寒が走り抜けた。

 

「……返せ」

 

 息を呑む牙王に向けて、ミライは短く告げる。

 その声はこれまでの様な、弱々しく不安気で掻き消えそうなものではない、固く強い意志を秘めた鋭いもの。

 多くの人と時間を救ってきた、歴戦の戦士のみが持ちうる覇気を纏った声だった。

 

「返せ、それは僕の道標だ‼︎」

「ぐっ…ぐおおおお⁉」

 

 ミライが牙王に向けて吠えた瞬間、牙王は自分の胸をかきむしるようにし、苦悶の声を漏らし始める。

 牙王の胸の内側に五色の光が灯り、外へ飛び出そうと暴れるように点滅を繰り返す。見覚えのあるその光をミライは凝視し、牙王の腕をグイッと引っ張りもう片方の手を伸ばす。

 直後、光は勢い良く牙王の中から飛び出し、ミライの胸の中へ吸い込まれるように消え、衝撃が迸った。

 

「うお…何じゃありゃ」

 

 ミライが発した衝撃に押され、仰向けに転んだサイタマが目を丸くしながら、今度は自分を庇うようにして立っているミライを凝視する。

 思わず目を瞬かせてしまうほど、サイタマは驚きをあらわにしてミライを見つめてしまう。それほどまでの劇的な変化が、彼女に起こっていた。

 

「がはっ…な、何だ……⁉︎」

「……へっ」

 

 解放され膝をついた牙王は、自身に起こった以上に驚愕し、それを起こしたであろうミライを腹立たしげに睨みつける。

 しかし当のミライは牙王に背を向けたまま、小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべて仁王立ちする。いつの間にか髪を両サイドで束ね、逆立った前髪に赤いメッシュを流した少女は、くるりと振り返り自分を親指で指さしてみせた。

 

「俺、さんじょ……わーいわーい! ミライが復活した〜! やった〜!」

 

 不敵な笑みを浮かべたまま、まるで歌舞伎役者のような派手なポーズを決めようとしたミライ、いや、ミライに乗り移ったモモタロス。

 だがその途中でいきなり紫の光が入れ替わり、ミライの格好と表情が一変する。じゃらじゃらと過剰にストラップをつけたカジュアルな格好とキャップに、ウェーブのかかった紫のメッシュを持つ無邪気な雰囲気へ変貌したのだ。

 

「ちょっとリュウタ、はしゃぎすぎだよ! いかにも決戦な雰囲気だったのに台無しじゃないの……ええやないか喜ぶくらい! 俺はもうどうなることかと心配で心配で……うるせぇ! お前ら人の名乗りの途中で邪魔すんじゃねぇよ‼︎ ……全く、相変わらず騒がしい連中だな……手羽野郎! 何お前まで入ってきてんだよ⁉︎」

 

 変化はそれだけでは終わらず、青や黄色や白と次々に光が走り、コロコロとミライの格好も一変していく。

 眼鏡とレディススーツを着たクールな青メッシュになったかと思えば、次の瞬間には着物を纏った黄色メッシュの涙もろいポニーテール、そして次には豪奢なドレス姿の高飛車白メッシュと、別人のように外見が変化していく。

 最後に変化した赤メッシュ勝気ツインテールが怒鳴りつけると、そこでようやく牙王が再起動を果たし、信じられないといった様子で声を上げた。

 

「てめぇら…! なんで…⁉︎」

「あぁ? へへへへ……わかんねぇのか? ミライが自分で、てめぇが奪ったものを取り戻したからに決まってんだろ!」

「だからそれがありえねぇっつってんだろうが‼︎」

 

 自身の理解が追い付かない事態が気に入らないのか、牙王は平静さを完全に失いながら吠える。

 自分の計画の最も大きな障害であった分岐点、彼女から力の全てを奪い、自分の者にしたはずだった。だが今目の前で、この少女はそれを自らの力で奪い返してみせた。それがどうしても理解できなかった。

 

「そのガキは戦いの記憶全部を俺に奪われて、ただの腰抜けの抜け殻になってただろうが…! なのになんで……なんで立ち向かってきやがるんだよ⁉︎ 何で折れねぇんだよ⁉︎ 俺は牙王! お前らを食う最強最悪の存在だぞ‼︎」

「知るかよ、そんなこと」

 

 激昂する牙王に向けて、憑依されたミライこと、Mミライは面倒くさそうに吐き捨て、じろりと敵の親玉を睨みつける。

 長々と語る気も、答え合わせをしてやるつもりはない。この男は自分の大事な仲間を傷つけ、彼女が守ってきた全てを滅茶苦茶にしようとしたムカつく相手なのだ、許す道理は彼らには一切なかった。

 

「細けぇことは俺にだってよくわからねぇ。だがたった一つだけ言えることがある……それは」

 

 またしてもにやりと笑ったMミライは、牙王に向けてビシッと指を突き付け、真正面から挑発する。

 牙王が怒りのボルテージを急上昇させていくのをひしひしと感じながら、そんな悔しそうな顔を見られたことに満足感を抱き、Mミライはフンッと鼻息を荒くした。

 

「てめぇが馬鹿笑いできる時間はもう終わりで、こっからは俺たちのクライマックスだってことだ‼︎」

 

 言いたかったことを全て言い切ると、Mミライは一度赤い光とともに引っ込む。

 本来の自分の姿に戻ると、ミライはベルトを片手で掲げ、自分の胸にもう片方の手で触れる。そこに宿っている五人の仲間の存在を噛みしめるように、目を閉じて笑みを浮かべた。

 

「……もうあんたには、何も渡さない。平和も、命も、未来も、全部返してもらう‼︎」

 

 ヒュンッ、とベルトを振るい、ミライは自分の腰に巻き付ける。

 牙王はその余裕綽々と言った態度にさらなる苛立ちを覚え、仮面の下でギリギリときつく歯を食いしばる。

 たかが女のガキ一人、簡単に始末できてしまえるはずだったのに、簡単に世界の時間をすべて破壊できるはずだったのに、その尽く妨げられた。その事実が牙王の怒りを膨張させ、理性の鎖を引きちぎらせた。

 

「クソ……ガキがぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 癇癪を起した子供のように、牙王は剣を振り回して怒号を撒き散らす。手ごろにある瓦礫を片っ端から粉砕し、親の仇でも見るようにミライを、ミライたちを睨みつける。

 そんな牙王に、ミライはわずかにも表情を変えず、凛とした態度で相対した。

 その手に、新たな赤い携帯電話のような道具を持って。

 

「さて…じゃあ、そろそろ反撃といこうか?」

【モモ・ウラ・キン・リュウ】

『いいねぇ!』『よっしゃいくでぇ!』『てんこもりだ〜!』『存分に見せてくれよう!』

 

 ミライの指が、並んだ四つのボタンを押していく。そして、電話の横に着いたボタンを押した途端、軽快な音楽が鳴り響き、ミライの全身を光の欠片が覆い、黒いスーツと赤い鎧を纏わせた。

 ミライはさらに、携帯電話の画面部分をベルトの中心に取り付け、ボタン部分を押し込み、画面部分の上部分から二本の角を生やさせた。

 

Climax form(クライマックス・フォーム)

 

 ベルトが声を響かせると、ミライの周囲に四つの仮面が出現し、肩と胸、背中に順番に回転しながら装着されていく。

 最後にミライの後頭部から桃の形の仮面が線路を走るように現れ、展開して髪留めとなる。おまけに表面部分が浮き上がり、皮がむけるようにスライドされる。

 ものの数秒で、ミライは五つの仮面を全身に纏う、奇天烈な格好の戦士へと変身を遂げてみせた。

 

「うわ、派手」

 

 あまりにカラフルなミライの格好に、サイタマは若干笑いをこらえるように感想をこぼす。頭には二つに分かれた桃、胸には竜の顔、右肩には亀の甲羅、左肩には金の字、背中には翼を模した仮面が貼りついた鎧など目立ちすぎて仕方がなかった。

 

「俺達、参上‼︎」

 

 ミライたちはそれに構わず、獣のような咆哮を上げる牙王に不敵な笑みを浮かべ、もう一度自分を指さし、お決まりのポーズを取ってみせる。

 その声に応じるように、五つの仮面がカッと眩しい光を放ち、牙王に挑戦の意志を示した。

 

「さんざんやってくれやがった分……まとめて返してやるぜ!」

 

 雄々しく吠えたミライは、腰に備わった四つのパーツを組み合わせ、十字の形に組み合わせていく。

 その先端からは赤い刀身が伸び、電流をまといながら刃を輝かせた。

 

「いくぜいくぜいくぜぇえええ‼︎」

 

 雄叫びとともに、剣を手にしたミライは翼を翻し、最強最悪の敵に挑みかかっていった。



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二十二撃目 ヒーローの意地

「デネブ!」

「ほいきた‼」

 

 ユウトの指示で、デネブは銃口となっている自分の手を、ユウトの両肩に交差させながら置く。

 鋼鉄の腕は新たな鎧としてユウトに備わり、デネブの身体が漆黒の布に変化する。同時にユウトの胸にデネブの顔の形をした鎧が現れ、より重厚な形状へと変わった。

 

Vega form(ベガフォーム)

 

 最後に牛の形状の仮面が後頭部に引っ込み、かわりに小型のドリルが現れ、花弁のように展開して新たな仮面へと変わった。

 

「最初に言っておく! 胸の顔は飾りだぁ‼」

(余計なことは言わなくていいんだっつの‼)

 

 憑依したデネブが、ノリノリでよくわからない紹介をするが、ユウトが中からそれを叱る。

 苦笑しながら頭をかいたデネブは、組み合わせたサーベルを振りかざし、目前にいる怪人・やせ細りモヤシに向かって颯爽と駆け出した。

 

「ひぃいいい! こないでくださ…!」

「その手は食わないよ‼」

 

 泣き叫びながら、虎視眈々と相手が油断するところを待っていたやせ細りモヤシの演技を、デネブは一発で見破りサーベルを振るう。

 優しい彼であっても、何人ものプロヒーローたちを卑劣な手段で屠ってきたことを許すつもりは、さらさらなかった。

 

「ちっ、ちくしょう! どうせお前なんか、僕の足元にも及ばないんだぁ‼」

 

 ふいうちは無意味だと悟り、やせ細りモヤシは両手から強烈な冷気を滅茶苦茶に放って、ユウトとデネブを狙う。

 僅かに触れても凍結させられかねないそれを、デネブは両肩の銃器で爆破することで応戦していた。

 

「ミライちゃんが頑張ってるのに、俺たちがサボるわけにはいかないからね!」

(さっさと決めるぞ、デネブ!)

「おう!」

 

 バキバキと、周囲が極地のように氷で覆い尽くされていく中を、デネブがサーベルを振りかざし、標的に向かって踊りかかっていった。

 

 

 ズシン、と地響きのような衝撃を周囲にもたらし、二人の豪傑の拳が互いの体に炸裂する。

 片や緑色の半魚人、もう片方は全裸の巨漢という組み合わせの二人は、すでに数十分もの間勢いを衰えさせないまま戦い続けていた。

 

「ぐふぅっ…‼」

「きひゃっ…‼」

 

 鋼鉄をもしのぐ硬度の拳がそれぞれに決まり、深海王とぷりぷりプリズナー両方の顔面が痛々しく陥没する。

 苦悶の声を漏らすぷりぷりプリズナーとは反対に、深海王の声には喜色が混じっていた。

 

「効いたわぁ…♡ 前よりちょっとだけね」

「効くなぁ…やはり」

 

 二人とも、戦闘狂というわけではない。ぷりぷりプリズナーは単純な正義感により、深海王は己よりも下等な生物を踏み潰すことへの快感により、己が全力を振るうことに無類の喜びを見出している。

 しかし深海王は、他のヒーローよりもはるかに続いた戦いににやや不満げな様子を見せていた。

 

「でもね、やっぱり期待外れよね。完膚なきまでに潰してあげたのに、またのこのこ殺されに出てくるなんて…殴られ過ぎておかしくなっちゃったのかしら?」

「……お前にはわかるまいよ」

 

 ギリッ、と握りしめられた拳が軋みを上げる。ぷりぷりプリズナーの胸中に蘇る、かつて完膚なきまでに敗北した屈辱の記憶が、彼に沸々と力を与える。

 負けたことが悔しいだけではない、無様を晒したことが悔しいのでもない、ヒーローとしての本分を全うできなかったことが悔しくて仕方がないのだ。

 

「確かにおれは、お前に完全な敗北を喫した。だがな…おれの愛はそれで折れるほど脆くはない」

「……はぁ?」

「おれは負けた……そして愛するべき、守るべき男子たちを危険にさらしてしまった。この屈辱は今もなお俺の胸に深く突き刺さり……」

 

 血がにじむほどに力が込められた拳をぶるぶると掲げ、大切な男子たち(一方的な感情)の顔を思い浮かべる。

 もう決して曇らせてはならない、決して奪わせてはならないと自身の心に再度叫び、ボゴンッと筋肉の鎧をさらに膨張させた。

 

「おれの再戦の意志を燃え上がらせているのだ…‼」

 

 カッ!と見開かれたぷりぷりプリズナーの目が、己が今越えなければならない壁を見据えて、強い光を宿す。

 その背から、光を呑み込む漆黒の翼を羽ばたかせ、ぷりぷりプリズナーはさらなる自身の愛の進化のために、力強く飛翔した。 

 

「お前はここで、俺のこの手で倒す‼」

「意味が分からないのよ……やっぱり下等な生物はいやね」

 

 凄まじい覇気を纏い、頭上から迫るぷりぷりプリズナーに、深海王は呆れた様子でため息をつき、やがてにんまりと笑みを浮かべた。

 もう少しこのおもちゃで遊んでやろう、そんな残酷な考えを抱いて、深海の異形は巨大な拳を振りかぶる。

 

「おおおおおおおおおお‼」

「あははははははははは‼」

 

 雄々しい咆哮と狂気に満ちた笑い声。

 わかりやすい善と悪の意思を抱き、豪傑たちは再び拳撃の応酬を繰り広げるのだった。

 

 

「うおおおおお‼」

 

 瓦礫が飛び散り、障害物が散乱する道を、正義の自転車乗りが爆走する。

 本気の状態である立ち漕ぎモードに移行した無免ライダーは、必死の雄叫びを上げながら後ろに振り向き、自身を追いかけてくる異形たちの集団を見やった。

 

「待ちやがれクソザコが‼」

「チッ…! 何で自転車なのにあんな速いんだよ⁉」

 

 人外の脚力で追いすがってくる異形たちだったが、日夜愛用の自転車で疾走し続ける無免ライダーの速度には敵わず、一定の距離を保ったままになっている。

 無免ライダーのそばに民間人やほかのC級ヒーローたちの姿はなく、怪人達は彼のみを追い続けていた。

 

(これでいい…! 少しでも、少しでも俺が時間を稼げれば…‼)

 

 戦闘能力のない彼が決死の覚悟で選択した、自身が囮となる方法。

 怪人側の戦力を一部でも割き、咥えて民間人への注意を反らす彼の目論見は、途中まではうまくいっていた。

 慣れない道に入ってしまい、前方と左右を壁で塞がれた空間に入ってしまうまでは。

 

「! しまった…行き止まりか‼」

 

 急ぎ方向転換しようと停止した無免ライダーだったが、振り向いた時にはすでに、背後に迫っていた怪人達が待ち構えていた。

 冷や汗を流して硬直する無免ライダーに、怪人達は苛立ちを抱いたまま、嗜虐的な笑みを浮かべて近づいていった。

 

「手間かけさせやがって…‼ だが、もう終いだ…‼」

「…やるしか、ないのか…‼」

 

 迫りくる、凶悪な形相の怪人達を前に、無免ライダーは自転車の上で構える。

 勝てるとは最初から思ってはいない、ただ、何もせずあきらめるという選択だけは、彼は取りたくなかった。

 

 

 ズン、ズン、と凄まじい地響きが鳴り、超大型の巨人が街を彷徨う。

 何十何百もの怪人達が足元で暴れていることなど気にかけず、自身の片割れだけを探しながら、巨人は歩き続けていた。

 

「兄さん……どうしてどこにもいないんだ……もう一度、もう一度俺達兄弟の夢をかなえよう……俺が最強の身体を、兄さんが最高の頭脳を使って……世界を支配するんだ……そうだろう……⁉」

 

 体だけしか取り柄がなかった馬鹿な自分のために、最強になれる薬を作ってくれた兄。二人で世界を手にしようと誓い合った兄。

 自分で手にかけてしまった兄を探しながら、巨人は滂沱の涙を流して泣きわめき続けていた。

 

「兄さぁぁぁぁん‼」

 

 雷鳴のような咆哮があたりに響き渡り、衝撃でビルの窓ガラスがまとめて叩き割られていく。

 誰にも止められないと思われていた巨人の進撃は、ふいに巨人が膝を折ったことで止められる。ズシン、と巨人に膝をつかせ、アスファルトに巨大なクレーターを作らせた張本人は、黒く輝く肉体を見せつけるように見事な着地をしてみせた。

 

「……図体はデカくとも、人体の弱点はそのままらしいな」

 

 巨人の膝裏に渾身の体当たりを食らわせた、俗にいう膝カックンを行った超合金クロビカリは、逆にいえばそれ以外では普通のヒーローでは歯も立たないという事実に眉間にしわを寄せる。

 自分程の強者がいなければ、この超巨大怪人には抗う事もできないのかと。

 

「だがこれしきの事で倒れるなど、鍛え方が足りないぞ‼ せっかくの筋肉が泣いている‼」

 

 ビシッと指を突き付け、たった一撃で倒れかけた事への忠告を行うクロビカリ。

 超巨大巨人はビルを押し潰しながら腕を立て、ゆっくりとその巨体を起き上がらせていく。伏せられた目がクロビカリの姿を映し、ギラリと鋭い光を放った。

 

「邪魔を…するなぁぁぁぁ‼」

 

 巨人が吠えた直後、クロビカリの姿が一瞬で消える。かと思えば、振り上げられた巨人の腕と吹き飛ばされたクロビカリが、ほぼ同時にビルの壁に激突し轟音を響かせた。

 ガラガラと崩れていくビルの中を、クロビカリは自慢の筋肉の鎧で防ぎながら抜け出し、ゆっくりと立ち上がっていく巨人を見上げた。

 

「いいパワーだ……だが‼ その程度で、おれのこの肉体には傷一つつきはしないぞ‼」

 

 ムキッ!とクロビカリの鋼の肉体がポーズを取り、体に着いた埃や砂塵を吹き飛ばす。

 ただの力まかせ、しかしそれだけでも無視できないほどすさまじい威力をその身に受けても、クロビカリの闘志に衰えは見られなかった。

 

 

 異なる場所では、流星のごとき速さで刃が駆け抜け、二体の鬼を翻弄する。

 全身に無数の傷跡を刻まれた金と銀の鬼の兄弟は、それぞれが持つ武器で迎撃しようと試みるが、ビルの壁を足場に駆け回る剣士を目に捉える事さえできていない。

 

「あ…兄者‼ こいつ…さっきより速くなってねぇか⁉」

「ひ、怯むな‼ どうせ傷ひとつつけられやしねぇ‼」

 

 ミミヒコが泣き言をこぼすと、すかさずクチヒコがそれを諫めて鼓舞する。

 いかに素早く鋭い剣術を見せられようと、肝心の刃は自分たちの分厚く硬い鎧に阻まれて、僅かな傷さえつけられていない。

 決して自分たちを屠ることはできないのだと、クチヒコは完全に油断していた。

 

「浅はかだな」

 

 閃光のフラッシュがそう呟き、加速を繰り返した身体で二人の鬼の間を駆け抜ける。

 移動による強烈な風が吹き抜けたと思った直後、金と銀の鬼の鎧にピシリと亀裂が走り、鬼たちの身体から鮮血が噴き出した。

 

「ぐふっ…‼」

「お前達とじゃれ合うのもさすがに飽きた……けりをつけるとしよう」

 

 一度立ち止まったフラッシュが、膝をつく鬼の兄弟に向かって低く身構える。

 ちゃきっと音を立てる彼の剣が、幾度も風を「斬った」ことでかつてない程に研ぎ澄まされ、危険な輝きを放っていた。

 

 その真上では、青い炎が噴火の様に荒れ狂い、空中に浮かぶ超能力者を焼き焦がそうと猛っている。

 緑色の光を纏い、空中を自在に飛び回り回避し続けるタツマキを、幽汽が執拗に狙い続けていた。

 

「俺の邪魔をするな…小娘が‼」

 

 幽汽が剣を振るい、青い炎がタツマキを取り囲むように膨れ上がる。

 服の端は焦がされ、肌にも何か所も火傷を負わされたタツマキには防ぐこともできず、避けきれそうにもない。炎の包囲網はもはや逃げ場はなく、小柄な女性はあわや焼き尽くされそうになる。

 そう思われた瞬間、彼女に食らいつこうとした炎は、蝋燭の火を吹き消すようにまとめて掻き消されてしまった。

 

「何…⁉」

「……やっとコツがつかめてきたわ。そういう攻撃もあるってわかったから、儲けものとでも考えておこうかしらね」

 

 信じられないといった様子で、仮面の下の両目を見開く幽汽に、タツマキは小馬鹿にするように得意げな笑みを見せつける。

 ただ逃げ回っていたわけではない。自分が対応できない敵の攻撃など決して認めないと、回避の最中にずっと攻略法を探し続けていたのだと、嗜虐的な笑顔は悠然と語っていた。

 

「じゃあ、もう終わりでいいわね」

 

 呆然と立ち尽くす亡霊に向けて、タツマキの纏うただでさえ強力な超能力の光が、さらなる凶悪な光を放った。

 

 

「理解不能……反応速度が上昇している…⁉」

 

 無数の銃弾を発射しながら、G電王は目の前に立ちはだかる黒い機械の戦士を凝視する。

 何十分も戦闘を繰り広げ、黒騎士の戦闘能力の全てを把握したつもりになっていた彼は、理解の追い付かない状況に困惑に似た反応を示していた。

 

「敵の行動パターンを理解し、対策を打ち出す頭脳の高さは見上げたものだが、それだけで俺に勝てると驕ったのが敗因だったな」

 

 無数の部品から構成される、黒騎士が操る『盾』がG電王の放つ銃弾の尽くを防ぎ、徐々に接近していく。

 赤く光る眼で敵を射抜いたまま、黒騎士はどこか嘲笑うように、変幻自在の専用武器を蠢かしてみせた。

 

「俺の戦略が、そうそう攻略できるわけがないだろう」

 

 

 空中に浮かぶ超巨大戦艦が、上空を旋回する鋼鉄の騎士に向けて大砲を発射する。

 ロケットエンジンを全開に蒸かすメタルナイトは、モニターに表示される数値を目にすると、生身の方の眉を寄せて舌打ちをこぼした。

 

『……えねるぎー残量モ心モトナイナ。中途半端ダガ、一時撤退シテオクカ』

 

 未知の技術の確保、同時にヒーローとしての職務の遂行、自分勝手ながらそれだけを理由に戦闘を続けてきたが、やがて対抗手段が尽きることを悟って一旦この場を離れようと試みる。

 だがその時、彼の横をすさまじい速度で通り過ぎるカラフルな列車の姿に気づき、咄嗟にカメラのレンズを向けていた。

 

『…何ダ?』

 

 メタルナイトを追い越して上空を走る列車、デンライナーと連結したゼロライナーが、汽笛を鳴らして戦艦の上を舞う。

 それを操る、コックピットのバイクにまたがったキングは、引き攣った表情を隠すこともできないまま恐る恐る後ろを振り返った。

 

「ねぇ…これやっぱり無理があるんじゃないの…? 俺マジで免許持ってないんだけど⁉」

 

 なぜこんな目に遭っているのかと世の不条理を嘆きながら、振り向いた先でくつろいでいるオーナーに向けてキングは叫ぶ。

 限界を迎えつつあるキングに、オーナーは悪びれる様子もなく口を開いた。

 

「仕方がありません。お二人には怪人達の排除をお願いしていますから。あの巨大戦艦を撃墜するには、デンライナーとゼロライナーの火力が欠かせません」

「でも何でその役目を俺が⁉」

「ゲームがお好きだと聞いていますし、こういうものの操縦は得意かと」

「いや俺はこういうゲーセンのゲームじゃなくて家庭用ゲームが得意なだけで…それにしたって何で俺が⁉」

 

 生身で怪人に立ち向かわされないだけましだが、眼下に見える巨大戦艦の相手など同じくらい危険なのではないだろうか。

 キングエンジンを盛大に鳴り響かせ、真っ青な顔でハンドルを握りしめるキングに、オーナーは意味深な笑みを浮かべてみせた。

 

「頼めるのは現状、あなた以外にはいませんからねぇ……それに、こういうのはヒーローの役目でしょう?」

「あんたホントは俺が弱いの知ってるだろ⁉ 鬼か⁉」

 

 みっともなく泣き喚きそうになるのを必死にこらえ、キングはとんでもない無茶ぶりを吹っかけてくるオーナーに抗議の声を上げる。

 しかしそれを、敵は待ってくれない。射程範囲内に近づいてきた列車に向けて、巨大戦艦の砲門の全ての照準が合わされ、大量の爆発が空中で起こった。

 

「うわあああああ来たあああああ‼」

 

 恐怖で変に力が入ったキングの腕が、バイクのハンドルを押してゼロライナーの進行方向を変える。

 奇跡的に、方向を変えられたゼロライナーは爆発の間を潜り抜け、巨大戦艦の猛襲からの回避を成功させる。その後も謎の偶然が重なり、キングの操縦は戦艦の爆撃を躱し続けた。

 

「ぬおおおおおおお‼︎」

 

 最早悲鳴なのか雄叫びなのかもわからない、涙目で無茶苦茶にバイクを操る彼は、備えられていたボタンにうっかり触ってしまう。

 すると、ゼロライナーとデンライナーがそれぞれで変形し、ドリルや大砲や、ミサイルなどを展開し、戦艦に向けて一斉に発射し装甲を片っ端から破壊し始めた。

 

『…‼ ナントイウ火力……撤退ハヤメダ。残量ぎりぎりマデ戦闘ヲ続行シ、さんぷるノ採取ヲ試ミルトシヨウ』

 

 戦艦が端から爆破されていく光景に、メタルナイトはやや離れた位置から感嘆の声を上げる。

 一方、その火力を見せつけた当人であるキングは最早悲鳴さえ上げられず、いまだ雨あられと襲い掛かる爆撃を躱し続けることに夢中になっていた。

 

「やればできるではないですか。このまま思う存分暴れて下さい」

「弁護士を呼んでくれぇ‼ 俺への扱いがひどすぎる‼」

 

 人の恐怖心も知らず、のんきにまた無茶ぶりをしてくるオーナーに殺意さえ抱きながら、キングはハンドルを握り続けた。



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二十三撃目 彼こそが真の英雄

 水色に美しく輝く翼が羽ばたき、少女の体を天へと誘う。

 無数の光の粒子を撒き散らしながら飛び立った少女は、赤い刀身の剣を振りかざし、最凶の敵に向けて刃を振り下ろした。

 

「うおりゃあああああ‼」

 

 凛々しい外見からは想像もつかない粗野な掛け声とともに、渾身の力で振るわれた剣が牙王の剣とかち合う。

 激しい火花が散り、牙王の足元がクレーターのように陥没し、辺りに衝撃波が発生する。牙王はそれに舌打ちし、鬱陶しそうに力尽くで払いのけた。

 

「ちっ…来い!」

 

 何もない空間に向けて、牙王が苛立たし気に吠える。

 その直後、突然何もなかった空間に禍々しい揺らぎが発生し、その中心から一本のオレンジ色の列車が顔を覗かせ、凄まじい咆哮を上げてみせた。

 ワニの顔を模したような、刺々しい外観のそれはデンライナーと同じように空中を走行し、牙王の真下に向かってきた。

 

「逃がさねぇぞクソガキぃ‼︎」

 

 牙王はその列車、ガオウライナーの上に飛び乗り、空中を舞うMミライを追いかけて剣を振りかざす。

 猛スピードで迫ってくる、龍にも見える列車に瞠目していたミライだが、すぐさま表情を改めて剣を構えなおした。

 

「でやああ‼︎」

「ガァアアア‼︎」

 

 ガオウライナーの上で、ミライと牙王の剣が互いにしのぎを削り合う。

 高速で走り続ける列車の上という不安定な足場でぶつかり合う二人、その攻防はわずかにMミライが押していて、牙王は仮面の下で腹立たし気に顔を歪めていた。

 

「くっ…‼ ちくしょうが‼ 何だってそこまで必死になってんだ⁉ 馬鹿みてぇに俺の邪魔をしやがって…‼ てめェらだって時間をブッ壊すために来た連中だってのによ‼」

「うるせぇ‼」

 

 八つ当たりのように振るわれた剣を、Mミライも鬱陶しそうに払う。

 怒号とともに放たれた薙ぎの威力はすさまじく、牙王の身体が衝撃によって大きく吹き飛ばされる。咄嗟に防御した牙王だったが、腕に残る痺れの為かすぐさま応戦する事ができなかった。

 

「僕らだって、世界を守るとか人の為とか、そういう高尚なもののために戦ってるわけじゃないんだよ‼」

 

 剣が組み直され、長い槍となって牙王に襲い掛かる。

 素早く、正確に振るわれる激流のような刺突に翻弄され、牙王は徐々に押し出され、体勢を大きく崩されていく。

 

「一人の女が戦っとった! たった一人で頑張っとった! そんな姿見とったら、手ぇ貸してやりたなっとったんや‼」

 

 槍は今度は斧に組み合わされ、分厚く頑丈な刃が牙王の剣を弾く。

 四股を踏むように力強く、雄々しく踏みしめられた両足が生み出す体重の乗った一撃が、牙王の両腕を勝ちあげて体勢を崩す。

 がら空きになった胴を、ミライの紫に輝く目が射抜いた。

 

「お仕事じゃなくて、かっこつけでもなくって! 自分がやりたいことを一生懸命にやってたから! ぼくたちも一緒にここまで来た‼」

 

 組まれた銃が火を噴き、牙王の両腕に炸裂して小さな爆発を起こす。装甲の表面を削る威力のそれは、牙王の手から剣をもぎ取り、牙王の手の届かない遠くへと弾き飛ばしてしまった。

 表情を変える牙王に向かって、鎌とハンドアックスを構えたミライが肉薄していった。

 

「その気高き心が貴様にわかるか…? 何度倒れようと転ぼうとも、前に向かって真っすぐに歩き続ける美しき魂が‼」

 

 優雅に、洗練された無駄のない動きで振るわれる刃が、牙王の鎧に夥しい数の傷を刻み、火花を散らさせる。

 全身に食らいつく刃と、それによる痛みで牙王は見る見るうちに勢いを失くし、憎悪に満ちた苦悶の声とともによろよろと後ずさっていく。

 

「その理由が……ヒーローになりてぇってガキみたいな理由だぜ」

 

 血を吐く牙王に向けて、再び組み合わせた剣で斬りかかるMミライが、にやりと笑みを見せながら呟く。

 かつて少女から聞いた思いを馬鹿にするわけではない、呆れるわけでもない。それを誰よりも誇らしく思い、その目は牙王に向けて自慢げに語っていた。

 

「最高にかっこいいじゃねェか‼」

 

 牙王は、剣を肩に担ぎにやりと不敵に笑うMミライを前に言葉を失くす。

 この少女の姿を借りた怪人が語る、誇らしげな言葉の全てが理解できず、ただ圧倒され慄くほかになかった。

 

「イカレてやがる…‼ そんな本当にガキみてぇな願いのために、お前らは一緒になって戦ってきたってのか⁉」

「そう言ってんじゃねぇかよ!」

 

 小馬鹿にするようにフッと鼻で笑い、Mミライが目を伏せる。

 そして、再び顔を上げ、キッと射殺さんばかりに鋭い視線を向け、牙王を睨みつける。その目に浮かぶ明らかな怒りの炎に、牙王はまたしても気圧された。

 

「俺達の戦いの歴史を……てめぇみたいなクソ野郎が語るんじゃねぇ‼」

 

 Mミライの振りかぶった剣が、牙王に向かって全力で振るわれる。

 武器を失くした牙王は咄嗟に両腕を盾にしようとするが、渾身の力で振り下ろされた斬撃はたやすくそれを弾き、牙王をガオウライナーの上からたたき落とした。

 

「うおりゃああああああ‼」

「ぐあああああ‼」

 

 上空から落下するMミライと牙王はもつれあいながら、ビルの屋上に墜落して土煙を立たせる。

 ゴロゴロと転がり、うめき声を漏らす牙王を見降ろし、翼を羽ばたかせて降り立ったMミライはまたにやりと笑みを見せた。

 

「さ~て、そろそろ終わらせようぜ。ミライ」

(うん…! こいつを倒そう、みんなで‼)

 

 不敵な笑みのまま、Mミライはパスを取り出し、ベルトの中心にかざす。

 するとベルトは、ミライに宿る五体の怪人を象徴する、様々な色に輝き始めた。

 

【Full charge】

 

 バチバチとMミライの剣が帯電し、刀身が七色の光を放ち始める。

 同時に背中に広がる翼も光を放ち、曇天の空の下で眩しい輝きを示したかと思うと、突然無数の羽根に分裂し、どこかへと飛び立っていった。

 解き放たれたいくつもの羽根は、自ら意思を持つ様に天を舞い、それぞれ別の場所を目指していく。その先には、今もなお戦い続けるヒーローたちの姿があった。

 そして無数の羽根は、懸命に戦うヒーローたちの体に宿り、それぞれで異なる色に染まっていった。

 

 焼却砲‼

 

 ジェノスの放った業火の砲撃により、橙の爆発が発生する。

 その場に集まる無数の怪人達を根こそぎ呑み込み、跡形もなく焼き尽くしてしまう。

 

 流水岩砕拳

 

 バングの流れる水の動きが、薄い青の輝きと共に黒い鬼のような怪人を容赦なく叩きのめし、肉体を破壊していく。

 

 地獄嵐‼︎

 

 フブキの全力のサイコキネシス、深緑の念力の竜巻が何十体ものモグラの怪人達をまとめて覆い、その身を片っ端からこま切れにしていく。

 

 アトミック斬‼︎

 

 アトミック侍の目にもとまらぬ斬撃が、紅の光を伴って放たれ、巨大な蝙蝠の姿をした怪人を一瞬で両断し肉塊に変えていく。

 

「戦術変形『銀』」

 

 片腕に輝く銀の刃を備えた駆動騎士が、G電王に超速の斬撃を食らわせ、抵抗も一切許さないまま切り裂く。

 

 超合金キャノン‼

 

 鍛え上げた脚力により跳び上がり、両拳を固めたクロビカリの焦茶が、天空から超巨大怪人の脳天に叩き落とされる。

 

 閃光斬

 

 長い金髪を靡かせたフラッシュの黄の剣技が、鬼の兄弟の間を瞬時に通り過ぎ、彼らをバラバラに切り刻む。

 

 気合い怒羅厳シバき‼

 

 血まみれで歯を食いしばった金属バットが、朱の光を纏ったバットで巨大なサイの怪人をタコ殴りにし、その装甲を叩き割っていく。

 

 タンクトップタックル‼

 

 タンクトップマスターの全力の突撃が、紺の光とともに龍の怪人のどてっぱらに激突し、その体を爆発四散させる。

 

 ダーク☆エンジェル☆ラッシュ‼

 

 ぷりぷりプリズナーの放った、黒い光を纏った拳の連撃が、深海王の全身に深々とめり込み、その顔を驚愕に歪めさせながら叩きのめす。

 

 ジャスティスクラッシュ‼

 

 がむしゃらに振るわれた無免ライダーの自転車が、栗色の光を纏って怪人達に炸裂し、その体を一撃で両断させる。

 

【Full charge】

 

 ユウトの構えたボウガンが、緑の閃光を放って放たれ、やせ細りモヤシの顔面に突き刺さる。そしてその醜悪な顔を、恐怖で染め上げながら粉々に破裂させる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお‼」

 

 キングが操るゼロライナーのドリルが、黄金の光とともに天を裂き、巨大戦艦の全体に無数の穴をぶち開けていく。

 あらゆる場所で敵に挑むヒーローたちのもとに羽根は宿り、彼らの戦いを後押ししていく。

 

「必殺マジシリーズ」

 

 そして、大きく口を開けて迫りくるガオウライナーに向けて、真剣な表情になったサイタマが赤い拳を構える。

 その身に宿る最強の力、その全力を一転に集中させ、最強の男はその一撃を放った。

 

 マジ殴り

 

 直後、街中のありとあらゆる場所で、ヒーローたちの全力によって凄まじい爆発が発生し、衝撃と轟音が撒き散らされる。

 ビリビリと震動が走り、街中を蔓延っていた怪人達が全て討ち取られ、跡形もなく消滅させられていく。その中から、ヒーローたちに宿ったいくつもの羽根が再び飛び立っていった。

 

「俺の……俺たちの必殺技…‼︎」

 

 羽根はもう一度ミライの元へ戻り、ミライの持つ剣の刀身に宿っていく。

 外見も年齢も、信念さえも異なるヒーロー。彼らがそれぞれ持つ色に染まり、力を蓄えた剣は、まるで虹のような眩しい光を放ち、世界を照らし始めた。

 

「ウオオオオオオオオオオ‼」

「うおりゃあああああああ‼」

 

 雄叫びとともに、七色に輝く剣を振り上げたミライが駆け出し、牙王に突撃していく。

 応戦しようと手を伸ばした牙王の胸に、肩に、腹に、全身にミライの放った斬撃が食らいつき、夥しい数の傷を刻んでいく。目にもとまらぬその連撃が、驕り高ぶった破壊者を叩きのめした。

 

オールスター・バージョン

 

 最後に真下から刃を振り上げ、牙王を天に向かって吹き飛ばす。

 牙王の体を真っ二つに斬り裂くその一撃は、天に集う暗雲をも切り裂き、真っ青な空を切り開いてみせた。

 

「喰われるのは……俺の方か……‼」

 

 呆然とした様子で呟いた牙王は、次の瞬間眩しい光に包まれ、爆炎を噴き上げて四散する。

 途端に、辺りに充満していた邪悪な気配が霧散し、異変が起こる前と同じ平穏が雰囲気が取り戻されていった。

 

「空が……」

「怪人達も…消えた」

 

 町の外に避難していた住人達は、カッと頭上から照り付けてくる陽の光に、広がる青空を凝視し、あっけにとられた様子で立ち尽くす。

 それが意味する事実に、人間達の表情に安堵と喜びが蘇っていった。

 

「勝った…勝ったんだ…‼」

「ヒーローが勝った!」

 

 一つ、二つとこぼれていく歓喜の声は、やがて大勢集まり、大気を震わせる大喝采に変化する。

 街中に響き渡る勝ち鬨の声に、挑むべき敵が消えたことを確認したヒーローたちは、ようやく一息ついた様子を見せた。

 

「磁場の乱れも落ち着いてきた……もうこういうややこしい相手はこりごりだよ」

 

 童帝はほっと安堵のため息をつき、少し痛む目元を指で押さえる。

 得物を担いだアトミック侍と金属バットも、晴れ渡る空を見上げて気だるげに肩をすくめた。

 

「嬢ちゃんの方で決着がついたか…」

「おお~すげぇなあいつ」

 

 弱々しく、頼りなかった少女が見せた根性に、現役ヒーローたちは感嘆の声を上げる。

 ビルの上から舞い降りてくる少女の姿はやはり小さくも、その背中は少し、大きく見えた。

 

「こりゃまた派手に暴れたのぉ。後処理の方が大変そうじゃ」

「やはりやるわね、あの子。本気でほしくなってきたわ」

 

 バングも感心した声を上げ、フブキは意味深な笑みを浮かべて腕を組む。

 そんな彼らをよそに、火炎放射器を収納したジェノスは、いつも通りの気の抜けた顔になったサイタマを見つけ、急いで駆け寄っていった。

 

「先生…‼ お疲れ様です」

「おう。今回はやたら手ごわかったな…」

 

 長く待ち望んでいた、自分が苦戦する相手。自分がヒーローであると実感できる相手と戦えた彼は、終わってしまったことに若干の寂しさを覚えながら顔を上げる。

 その先にいる、黒幕を討ち取った若きヒーローを見つめ、サイタマはふっと軽く笑って背を向けた。

 

「んじゃ、帰るか」

「はい……って、え?」

 

 振り向くことなく歩いていくサイタマに、思っていた反応と異なったジェノスが唖然とした顔を向ける。

 しかしそれでもサイタマは立ち止まらず、自宅に向かって黙々と歩き去っていった。

 

 

『やったな、ミライ!』

「うん…! ありがとう…みんな‼ …あれ?」

 

 アスファルトの上に降り立ったミライは、共に強敵と戦ってくれた仲間に心からの感謝を示し、満面の笑みを見せる。

 だがすぐに、少女の目は一人の男の姿を探し、不安げに揺らぎ始めた。

 

「あの人は…?」

「いたぞ‼ あの子だ‼」

 

 姿の見えない、今もっともお礼を言いたい人物を探すミライは、次の瞬間無数の人々に囲まれていた。

 民間人に、報道関連の者達、またはスーツを着た男たちと、大勢の人間が一斉にミライに向かって押し寄せてきたのだ。

 

「すごかったぜ嬢ちゃん‼」「ファンになりました‼ 握手してください‼」「どうやって勝ったんですか⁉」「その強さは一体どこで…⁉」「ヒーロー協会には所属していないんですか⁉」「ぜひ…ぜひ君こそヒーローになってほしい‼ 特例で試験はパスしてもいい‼」「おい、どけよ! 顔が見れないだろうが‼」「テレビ局の者です‼ 取材を‼」

 

 皆口々に、勝手なことばかりを口にするため、誰が何を言っているのかもわからない。あまりの騒音に、ミライの声も届きそうにない。

 早くその場を離れたかったミライだが、一歩たりとも動けなくなってしまった。

 

『へっへっへ…人気者は辛いな、ミライ?』

「ちょ…ちょっと、どいて下さ…」

 

 茶化すモモタロスに応える余裕もなく、ミライはある男を探して包囲網をかき分けようとする。

 その目が不意に、背を向けて歩き去っていく白いマントの背中を捉え、大きく目が見開かれた。

 

「待って…! 行かないで! まだ…まだ話が…‼」

 

 小さく見えなくなっていく男を、ミライは必死に呼び止めようと叫び続ける。

 それでも彼は、ミライに一瞥を繰れることもなかった。

 

「――――――‼︎」

 

 懸命に口から迸る声は、人々の喧騒に阻まれ、虚しく空へと消えていってしまった。



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二十四撃目 次の駅は過去か未来か

 穏やかな風が吹き抜ける、無人の街Z市。

 あちこちに怪人の残骸や尖塔の跡が残る、いつもと変わらない風景。

 過去を改変しすべての破壊を目論んだ敵による、世界存亡の危機を乗り越えてもなお、変わらない光景がそこにあった。

 

「先生、また手紙が山になって届きましたよ」

 

 どさっと、箱いっぱいに敷き詰められたはがきや封筒の山を運び、ジェノスがサイタマの前に置く。

 うんざりするような量を前に、サイタマは実際にうんざりした表情を見せた。

 

「…いいよもう、どうせ全部お前あてだろ?」

「いえ、一応ヒーロー協会からの通達もあるようなので、まとめて持ってきました」

「通達ぅ?」

 

 ジェノスが差し出した封筒には、たしかに協会から出されたものであることを示す印刷がしてある。

 訝し気に眉を顰めるサイタマに代わり、ジェノスが封筒を開けて同封されていた通知を読み上げた。

 

「今回の事件では、ほぼ全てのヒーローが出動していたため、ヒーローランキングの変動はないようですね。上位のヒーローの活躍も同程度のようで、S級のランクにも変化はないです」

「ふーん」

「それとは別に…」

 

 要点だけを拾っていたジェノスの表情が、僅かに顰められる。

 それに気づいたサイタマが視線を向けると、ジェノスはやや声に棘を交えながら告げた。

 

「非公認ヒーロー、電王ことミライに関する情報を求められています」

 

 それを聞いたサイタマの表情が、若干不機嫌そうに顰められる。

 以前、ヒーロー協会の存在を知らず、誰からもヒーローと認知されてなかった自分がいるのに、あの少女の事はヒーローと認知しているのか。

 若干納得いかない感覚を覚えながら、サイタマは大人げなく喚くことなく、ジェノスの話の続きを待った。

 

「今回の事件のきっかけでもあり、解決に導いた張本人ですからね…あれだけの戦力を有したヒーローは、協会としても見過ごせないのでしょう」

「……そっか」

 

 面倒くさそうに頬杖をつき、サイタマは調子のいいことを頼んでくる協会の連中に呆れる。

 言いたいことはわかる。協会の連中の目が節穴なのはさておき、かなりの実力を持った逸材を確保し、同時に監視しておきたいのだろう。

 

「じゃ、知らねぇって返しといてくれ」

「それはもちろんですが…」

 

 だがサイタマは、それを軽く一蹴する。

 協会の事を知らなかった自分とは違い、少女は協会には属さず、別の守護者としての役目を担っているのだ。二足の草鞋を履く余裕はないだろう。

 それを理解しているジェノスには一つだけ、納得できない事があった。

 

「会わなくてよかったのですか? ずっと先生を呼んでいたようですけど…」

「別にいいよ。あの中に入ったら完全に空気読めない奴みたいになるだろ」

「ですが…先生の尽力があってこその事態の収束ですし…」

「んなわけねーだろ」

 

 いつも過剰にサイタマを持ち上げているジェノスだが、今回サイタマはそれをはっきり否定する。ジェノスに向けている目も、大きく呆れた様子のものだった。

 

「今回頑張ったのは、最初から最後まであいつだ。俺はちょっと引っ掻き回してただけで、あの()()で一番ヒーローやってたのはあいつらだ」

 

 どこか羨ましそうに、サイタマは語る。

 他人の成果を横取りなんてしたくないし、本気で自分が何か貢献したとも思っていない。自分がやったのは、キングたちと同じその他大勢とともに協力したということだけだ。

 若干物足りなくもあったが、それはそれでやり甲斐はあったと、ひどく久しぶりにサイタマは思っていた。

 

「…あんだけあった後だと、流石に怪人も大人しくなんのかな。全然怪人関連のニュース出てこねぇ」

「ヒーロー協会の総力をあげた戦闘でしたからね。戦力を顧みて、一度様子見をしているのかもしれません」

「じゃあ、やっぱ暇になるな」

 

 ジェノスの報告が終わってしまうと、今度こそ何もやることがなくなってしまう。

 この虚しさをどうしたものかと思っていたときだった。

 

「……これは」

「ん? どうした?」

 

 ゴロンと寝転がったサイタマの目に入ったのは、手紙の山に紛れていた一枚のハガキ。

 どこかから紛れ込んだのか、かなり古いものに見える偶然目に入ったそれを取り出したサイタマは、訝し気にそれを見下ろした。

 

「誰からでしょうか……宛先も名前もありませんし」

 

 黄ばんだ紙は、一体何十年前から送られてきたものなのだろうか。

 表面には何も書かれていないそれをひっくり返したサイタマは、裏に書かれていた一文に、ぼけっとしていた目を小さく見張った。

 

『ありがとう! 僕のヒーロー!』

 

 決してきれいとは言えない、しかし書いた時の想いがうかがえる力強い字。

 たったそれだけ書かれた、差出人不明の手紙を見つめていたサイタマは、口元に笑みを浮かべるとおもむろに立ち上がった。

 

「…一応、パトロールにでも行ってくるか」

「今からですか? 今日くらいはお休みになっても…」

「いや、いいって。…後輩が頑張ってるのに、俺がサボってる場合じゃねーだろ」

 

 不思議そうに見上げてくるジェノスに告げ、ヒーロースーツに着替えたサイタマはいつもよりやる気を見せながら歩きだす。

 その背中はまるで、自分もまけていられないと語っているようだった。

 

「頑張れよ、ヒーロー(ミライ)

 

 そう虚空に向けて告げ、サイタマは扉に手をかけ、光の中へと歩き出していく。

 未来のファンであるあの少女に負けない、最高のヒーローであるために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその勇姿は長く続かず、ヒーローは次の瞬間壁に叩きつけられていた。

 

「突然お邪魔します!」

「ぐへっ」

 

 サイタマが扉を開けようとした直前、見知らぬ少女が飛びこんできて、サイタマと衝突し吹っ飛ばす。

 思わぬ事故にサイタマは、せっかく燃えていたやる気が一気に鎮火してしまうのを感じていた。

 

「なっ…何だ⁉︎ 何者だ⁉︎」

「あ、あれ⁉︎ ハゲマントはどこだ⁉︎ せっかくばーちゃんに教えてもらって来たのにいないのかよやっべー!」

 

 突然の事態に固まっていたジェノスが我に返り、警戒をあらわにするが、少女は辺りをきょろきょろ見渡すばかりで話にもならない。

 すると少女の背後から、青い鬼のようなどこかで見たような姿の怪人、イマジンが顔を覗かせた。

 

「ユキ、その人ならここで倒れている」

「ん? おお! 何だよそんなところで寝てたのかよ! 何やってんだか」

「そりゃこっちのセリフだろうが…!」

 

 呆れた視線を向けられたサイタマは、ちょっと待てと額に青筋を立たせながら起き上がる。

 退いてしまったやる気の代わりに、理不尽と無礼に対する沸々と怒りがわき出していた。

 

「お前なに人ん家に無断で突撃して騒いでんだクソガキ! しかも俺を跳ね飛ばしてよ!」

「あ、そうなのか? 悪い悪い、急いでたもんでよ」

 

 ぴくぴくと頬を痙攣させるサイタマに、少女はたいして悪びれる様子もなく頭をかき笑う。

 また怒鳴りそうになったサイタマだったが、それより先に少女が向き直り、サイタマの手を掴んで引っ張り始めた。

 

「まぁ何でもいいや。とにかく早くついてきてくれよ! ばーちゃんがあんたの助けを待ってんだ!」

「は? ばーちゃん? いや誰のだよ⁉︎」

「オレのだよ!」

 

 わけもわからず、ぐいぐいと手を引かれるサイタマが問うと、少女は誇らしげに薄い胸を張る。

 その顔立ちに、サイタマはほんの少しだけ既視感を覚え、固まった。

 

「オレは野上ユキ! 野上ミライの孫だ!」

 

 告げられた少女、ユキの言葉に、サイタマとジェノスは呆然と目を見開いて硬直する。

 するとその視線の先、扉の向こう側に広がっていた砂漠に、聞き覚えのある音楽とともに一本の列車が停止し、扉が開いた。

 

「ユキにハゲ! 何してんださっさと来い!」

「早くしないと大変なことになるよ!」

「二人とも気張りやぁ!」

「おひさしぶりぶり〜!」

「さっさとしろ、私を待たせるな」

 

 デンライナーの狭い扉から顔を見せてくる、数日前に共に戦ったイマジンたちが、口々にサイタマを呼ぶ。

 口を開けて立ち尽くすサイタマを、ユキは遠慮なく引っ張り出した。

 

「行くぜ、ハゲマント! あんたの力見せてくれよ‼」

「いや先に説明しやがれ…ってうおおおおお⁉︎」

「先生⁉︎」

 

 サイタマの返事も聞かないまま、ユキはデンライナーに向かって走り出す。

 強引に乗せられていくサイタマを追い、ジェノスも急いでその後を追い乗りこむと、静かにデンライナーの扉が閉じられる。

 二人のヒーローを乗せたデンライナーは、甲高い汽笛を鳴らしながら、前方に続く線路の上を走りだしていく。

 

 彼の助けを必要としている時代に向けて。

 

 

 ―――時の列車、デンライナー。

    次の駅は、過去か、未来か。

 

    最強のヒーローが向かう未来は、誰にもわからない―――。

 

FIN




幾度も休載を経てようやくの完結、長らくおつきあいいただきありがとうございました。
最強すぎてやりがいを失ったヒーローと、最弱から這い上がったヒロインによる、最大級のトラブルが起こる超スケールの物語になっていればいいなと思っています。
感想でもちょくちょく言われていたのですが、サイタマを倒せるのはもう過去を改変できるレベルの敵じゃないと無理ではないかと。
時間に関わるとんでも設定を色々出してきましたが、正直綺麗にまとめられたのか不安で仕方がありません(笑)。

最後に最後までお付き合いいただきました皆様、W・W様をはじめ誤字報告してくださった皆様、この場を借りてお礼申し上げます。
本当に、ありがとうございました!


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