艦これ がんばれ鯉住くん (tamino)
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第1章 メンテ技師編
第1話


のんびり更新予定
もう片方の連載もありますしね。

気楽に見ていって下さいな。


??「ふぅ、これで終わりかな」

 

 

工廠で作業を終えた男がつぶやく。

 

 

??「午前の仕事が早く終わったし、ちょっと早いけど飯にするか……」

 

 

そう言って伸びをすると、今まで使っていた工具を定位置に片付け、

目の前の大きな機械を、邪魔にならないよう脇によける。

 

 

…ここは呉第一鎮守府と呼ばれる施設。

海軍の国防拠点である。

 

そこで彼は技術屋として働いている。

 

 

 

 

今からおよそ10年前、何の前触れもなく、世界中に2種類の生命体が出現した。

 

 

人類の天敵・深海棲艦

 

そして

 

人類最後の希望・艦娘

 

 

示し合わせたかのように同時に出現したそれらは、

人類にとって、種の存続に関わるほどの存在だった。

 

 

「深海棲艦」と呼ばれる生物は、世界中の海に出現。

 

生物と機械を混ぜ合わせたようなカラダを持ち、

そのカラダの各所からは、様々な生体兵器を発射することができる。

 

しかしそれだけならば、人類の天敵、などという仰々しい呼び名はつかなかった。

 

 

なぜそのように呼ばれているか?

 

それは深海棲艦たちが持つ性質が原因だ。

 

奴らは何故か人に攻撃を加える。

いや、何故か人に「だけ」攻撃を加える。

 

それはまさしく恨み、執念と言った言葉がピッタリで、

海に出ている船は軍艦から釣り船まで、執拗に、無差別に、攻撃された。

 

そして最も厄介な点が、

深海棲艦は人類の持つ兵器では傷つけられない、ということだ。

 

竹槍からステルス戦闘機まで、人類が「武器」と認識するものでは、

深海棲艦には傷一つ付けられないことが分かった。

 

 

世界中で一斉に連絡が途絶える船舶。

各国海軍の相次ぐ敗北。

築き上げられ続ける犠牲者の山、山、山。

 

たった1か月、その短期間で、

世界の海は人類の立ち入れない領域となったのだ。

 

完全にシーレーンは分断され、

生活を輸入に頼っていた国の多くは大混乱に陥った。

 

深海棲艦による直接被害、

食糧供給不足による飢餓、

生活への不安からの犯罪の急増、

悲観的になった者たちの相次ぐ自殺、

反政府組織、テロリストの台頭

 

etc,etc,,,

 

世界の総人口は70億人から一気に50億人まで減少した。

 

……たった一か月で。

 

ありきたりな終末論ではなく、本当の終末が来たのだと、

ほとんどの人類が絶望に身を任せていた。

 

 

…しかし、人類にまだ希望は残っていた。

 

 

その絶望に覆われる世界に、新たな生命体が出現した。

 

それが「艦娘」と呼ばれる存在である。

 

深海棲艦とは違い、その姿は人間の女性とほとんど変わらないものだった。

 

しかし見た目以外は人類と大きく違い、

 

その華奢なカラダのどこから来るのだという、常識はずれのパワー。

背負っている、軍艦の一部を模した機械(艤装と呼んでいる)ここから発射される武器。

そして、食事以外に燃料や弾薬(と呼ばれる物質)の補給が必要という特性。

 

まさに戦うための存在、と言ってもよい特徴を持っていた。

 

そしてその特徴は深海棲艦に対して遺憾なく発揮された。

 

人類の武器ではかすり傷一つ付けられなかった深海棲艦に、

なんと艦娘の兵装による攻撃は、効果があったのだ。

 

しかも彼女たちは人類に対して、不自然なほど好意的で

自発的に人類を守るように行動してくれたのだ。

 

 

これには当然世界中が湧いた。

 

 

人類が希望を取り戻していく中、

日本に初めて出現した艦娘は、世界中の他の国にも出現するようになった。

 

そして当然、世界中の国で、

艦娘を戦力の中核とした組織が作られるようになった。

 

その中でも日本は、彼女たちを集めた基地を、「鎮守府」とし、

深海棲艦に対する前線基地とした。

 

 

そうしてギリギリのところで人類は衰退を免れ、

深海棲艦出現以前の文化レベルを、なんとかキープできているのである。

 

 

 

 

??「今日の日替わり定食は何だっけ……覚えてる?」

 

(わかんない)

 

??「だよなー」

 

 

彼の名前は鯉住龍太(こいずみりゅうた)。

ここ、呉第一鎮守府で働く技術屋だ。

 

技術班の主な仕事は艦娘の艤装のメンテナンス。

 

毎日出撃なり遠征なりで、艦娘たちは海に出る。

当然その分艤装もメンテナンスが必要、というわけだ。

 

艦娘の数は、概ねどこの鎮守府でも十人は越えるため、

1人で全員分のメンテナンスをするわけではない。

受け持ちは、大体1人のメンテ要員に対して、艦娘6人といったところだ。

 

呉第一鎮守府でも基本的な体制はそれに沿っている。

 

鯉住が担当するのは駆逐艦。神風型・初春型と呼ばれる艦娘の担当だ。

 

その燃費の良さから、遠征によく駆り出される駆逐艦だけに、

毎日のメンテナンスはなかなか大変である。

しかも駆逐艦は装甲が薄いため、艤装は他の艦種よりも壊れやすい。

 

だから技術班の間では、最もメンテが忙しいのは駆逐艦、なんて言われている。

 

それを鯉住は6人分と言わず、なんと9人分を一人でみているのだ。

 

鯉住は手際よく仕事できる人間だが、

それだけでは駆逐艦9隻もの艤装など、一人でメンテすることはできない。

 

それではなんで鯉住はそんな大量の仕事をさばけるのか?

 

その秘密は鯉住をサポートしてくれる存在がいるからなのだ。

 

 

鯉住「今日は何食べる?」

 

(からあげ)

 

鯉住「あ、いいなそれ。俺もそれにしよう」

 

先輩「お、鯉住はまたひとりごとか。妖精さんと話してんのか?」

 

鯉住「あ、先輩も午前の仕事終わったんすか?そうっすよー」

 

先輩「オレには見えんけど仲いいよな。お前ら。

今日は軽巡の皆さんはみんな哨戒だったから、俺は午前中暇だったんだよ」

 

鯉住「へぇ、哨戒っすか。軽巡が遠征出てないって珍しいっすね」

 

先輩「午前はな。午後からは遠征行くってよ。

軽巡の嬢ちゃんたちが休んでる間に、艤装のメンテしないといけないからな。

早く昼飯食おうってこった。

お前の担当の駆逐艦の嬢ちゃんたちも午後から遠征だろ?」

 

鯉住「そう言えばそうでしたね。スケジュールでは初春型の皆さんは遠征でした」

 

クイクイ

 

鯉住「あ、悪い悪い。

スイマセン先輩。妖精さんが早く飯食いたいって」

 

先輩「お、そうか。引き留めて悪かったな」

 

鯉住「いえいえ」

 

(はらへった)

 

鯉住「いつもより早いんだから急かすなよ」

 

 

鯉住には仕事を手伝ってくれる小人、通称「妖精さん」がいる。

それが鯉住が人よりも多くの仕事ができる理由だ。

 

 

 

 

妖精さんは、艦娘と同時に世界中に出現した存在だ。

 

各国の伝承で、フェアリーだとか、ゴブリンだとか、小人だとか、

色々と似たようなお話はある。

この妖精さんも似たような存在なのかもしれない。

 

艦娘いわく、

艤装をうまく動かしてくれているだとか、

新兵装の開発を手伝ってくれるだとか、

新たな艦娘を生み出す建造を取り仕切っているだとか、

艦娘とはきってもきれない存在のようだ。

 

ここまで重要な役割がある妖精さんなのに、

何故そんなふわっとしたことしかわかってないのか。

 

それは彼女たちは気の向いたことしか主張しないから。

 

そして、ほとんどの人は妖精さんの事は見えないし、

もし見えたとしても、意思疎通ができることはめったにないからだ。

 

各地の鎮守府のトップは「提督」と呼ばれているが、

提督になれる重要な条件の一つに、

この妖精さんが見え、嫌われていないか、というものがある。

 

艦娘に関係した施設のことごとくで、妖精さんの協力が不可欠。

妖精さんと仲が悪くないか、というのは、間が抜けた話のようで死活問題なのだ。

 

 

 

 

…そんな現状なのだが、鯉住にはなぜか、多くの妖精が懐いている。

 

 

鯉住の最初の妖精さんとの出会いは、仕事場だった。

艤装のメンテを始めようとしたら、艤装からひょこっと出てきたのだ。

 

当時のやり取りは、こんな感じ。

 

 

 

 

鯉住「さあ、今日も仕事しますかね~」

 

ポロッ

 

鯉住「な、なんだ……!?」

 

艤装からなんか出てきたっ!?

 

(……)

 

鯉住「……えーと」

 

なんかちっこいのが艤装から出てきた。

何?部品なの?ネジかなんかなの?

落ち着け、そんなわけないだろ。

どうみても生きものじゃないか。こんな生きものしらんけど。

もしかして幻覚?

 

(いつもどうも)

 

鯉住「アッハイ」

 

そんなご挨拶されても、俺の知り合いには人間しかいないよ。

あ、あとペットの福ちゃん(ミドリフグ)もいた。

ちがうそうじゃない。そういう問題じゃない。

日本語喋った。どういうことだ。

 

(てつだうよ)

 

鯉住「アッハイ」

 

おかしいぞ。幻覚が話しかけてきている。

俺やっぱり疲れてんのかな。いや、疲れてるはずないだろ。

最近は大規模作戦もないから、ホワイト企業もビックリの超余裕シフトだ。

一日平均睡眠時間は8時間。毎日定時帰宅。

こんなんで疲れなんかたまるわけないだろ!いい加減にしろ!

 

……いかんいかん、セルフ突っ込みを入れている場合ではない。

落ち着け。クールになれ。ビークール。

ここはこの謎のちっこいのは何なのか確かめなければ。

 

鯉住「は、はじめまして……」

 

(しごとしないの?)

 

鯉住「あ、スイマセン……」

 

なんか注意された。

ここは職場で、目の前には仕事があって、今は始業時間を過ぎている。

だからこのちっこいのの言うことは正しく、

立ったまま固まっている俺はさぼっていることになる。ごめんなさい。

イヤ落ち着け。ちがうそうじゃない。

 

鯉住「えーと……キミは何なのかな……?」

 

(しごとしようよ)

 

鯉住「……はい」

 

押し切られた。

未知との遭遇ってのは、えてしてこんなもんなのかもしれない。

俺は現実逃避もかねて、このちっこいのを助手に、日常業務に励むこととした。

 

鯉住「えーと、レンチは……」

 

(はい)

 

鯉住「あっ、どうも」

 

 

鯉住「これと同型のネジ持ってこないとな……」

 

(はい)

 

鯉住「あっ、どうも」

 

 

鯉住「……さて、次はこの艤装か」

 

(やっといた)

 

鯉住「あっ、どうも」

 

 

すっげえ手際いい。

 

このちっこいの、俺より優秀なんじゃないの?

必要だと思ったものをすぐに持ってきてくれるし。自分でもメンテしちゃうし。

ていうかなんか、何もないところから部品を生み出してるように見える。

おやおや?やっぱり俺の目はおかしいのかな?

ファンタジーじゃあるまいし、そんな魔法みたいなこと出来ないでしょ。

これはあれだ、手品だよ。うん。芸達者なおちびさんね。

 

ガララッ

 

俺が放心しながら作業してると、勢いよく工廠のドアが開く。

 

??「おっはよー!!いい朝ね!!」

 

鯉住「……朝風さん?」

 

朝風「やっほー、鯉住さん!朝から全開でいくわよー!!

私の艤装メンテ終わってる?」

 

鯉住「……終わってます」

 

朝風「どれどれ……うん、いい仕事ね!!さっすが鯉住さん!

私達5人分終わるのにどれくらいかかりそうかしら?」

 

鯉住「ええと……もう終わってます……」

 

朝風「……へ?」

 

鯉住「イヤなんか……すいません……」

 

朝風「謝ることじゃないでしょ!すごいじゃない!どんな魔法使ったの!?」

 

鯉住「俺は普通にやっただけで……魔法を使ったわけじゃないっていうか……

魔法を使ったのは俺じゃないっていうか……」

 

朝風「もう、なんなのよ!ハッキリしないわねぇ!」

 

鯉住「……なんかこのちっこいのが助けてくれました」

 

(ちっこいのいうな)

 

鯉住「あっ、すいません」

 

朝風「え……妖精さん……?鯉住さん、見えるの?」

 

鯉住「え……朝風さんにも見えるの?ていうか、妖精さんって言うの?」

 

朝風「うん。私達艦娘のパートナーよ」

 

鯉住「……そうなの?」

 

(そうなの)

 

鯉住「そうなんだ……」

 

朝風「えと、もしかしなくても鯉住さん、今妖精さんと話してた?」

 

鯉住「……え?そうだけど……このちっこいのが話すの聞こえたでしょ?」

 

(ちっこいのいうなこのやろう)

 

鯉住「あ、ゴメンて!痛い!レンチは武器じゃありません!振り回さないの!」

 

朝風「し、信じられないわ……提督に報告よッ!!」

 

ダダダッ!!

 

鯉住「あっ!待って朝風さんっ!!……行っちゃったよ」

 

(きんきゅうじたい)

 

鯉住「ホントだよ……もう……」

 

 

この後はなんやかんやで大変だった。

 

「妖精と話せる技術班がいる」という話は風のように早く広がり、

技術班の仲間のみならず、他の班のメンバー、艦娘の皆さん、

最終的には提督にまで質問攻めにされた。

 

その際に、

妖精と話せるから「フェアリー鯉住」だとか、

明石顔負けの仕事ペースが出せるから「アカシック鯉住」だとか、

不名誉な二つ名がいくつかついた。

嫌がらせの類でないことを心から願っている。

 

その後もコンタクトをとれる妖精の数はどんどん増えていき、

現在は技術班でも一番の働き頭として活躍しているというわけだ。

 

 

 

 

鯉住「唐揚げ何個欲しい?」

 

(2こでいいです)

 

(わたしは3こほしいです)

 

(1こでいいよ)

 

鯉住「うおっ!!急に出てくるなよっ!!」

 

(さぷらいず)

 

(からあげときいて)

 

鯉住「……まあいいか。3人分くらいなら出してやるよ」

 

(ひゅーっ!)

 

(つかれたからだにはからあげ)

 

(さすがこいずみのあにき)

 

鯉住「誰が兄貴だよ。まあうまいもん食って、午後からもしっかり働こうな」

 

(……)

 

(……)

 

(……)

 

鯉住「何で黙るのかな?ん?」

 

 

話しているうちに食堂に着いた。

俺は唐揚げ定食で、妖精さん達に唐揚げ6個だな。

そう考えながら食券を手に入れる。

 

すると後ろから声が聞こえた。

 

 

??「鯉住君、ちょっといいかね?」

 

鯉住「へ?」

 

 

聞き覚えのある声に振り返ると、そこには初老の男が座っていた。

輝くほど白い軍服、胸には立派な勲章がいくつも。

 

ここ、呉第一鎮守府の提督。

 

鼎(かなえ)大将だ。

 

 




圧倒的な身分の違いに、鯉住は耐えられることができるのか!?

次回「鯉住死す」!

お楽しみに!


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第2話

鯉住くんは熱帯魚愛好家です


鯉住「……おはようございます。鼎大将」

 

鼎「やあおはよう。今日の仕事はどうかな?」

 

鯉住「順調ですね。午後も初春型の皆さんの艤装メンテして終わりですし」

 

鼎「そうかそうか。実に結構」

 

鯉住「……大将」

 

鼎「ん?何かな?」

 

 

鯉住「提督はやりませんよ」

 

 

鼎「……」

 

鯉住「……」

 

鼎「キミはエスパーなのかね?」

 

鯉住「いやいや、誰だって分かりますから!

アナタ毎日俺に勧誘しかけてくるじゃないですか!

顔合わせるたびに「提督やらない?」って!」

 

鼎「えー」

 

鯉住「えー、じゃないですよ……

とにかく俺は提督なんてできる器じゃありませんって!」

 

(いくじなしー)

 

(はやくもうしでをうけるのです)

 

(らくになれるよ)

 

鯉住「ええい!人の事煽るんじゃありません!」

 

(((ぶーぶー)))

 

鼎「こんなに妖精さんに懐かれてる人間なんて、わし見たことないよ」

 

鯉住「これは懐かれてるんですかねぇ……?」

 

(どこまでもおともいたします)

 

(たとえひのなかみずのなか)

 

(はらへった)

 

鯉住「わかったって……ほらからあげ」

 

(((ひゅーっ!!)))

 

 

まったく、俺のことからかって、いい気なもんだ。

こう言っては失礼だが、

こいつらはその場のノリでしか動いてない気がする。

うちの福ちゃん(ミドリフグ)の方がおりこうさんだ。

あっ痛い、ゴメンて、殴んないで。悪かったから。

ん?今俺なんもしゃべってないよな?エスパーかよ。

 

…まあともかく、俺についてきてくれてるのも、

ノリの一部じゃないかと踏んでいる。

だって別に俺こいつらに好かれるような特別なことはしてないし、

いつ俺から離れていっても不思議じゃない。

 

提督になってからそんなことが起こっても

責任取れませんよ。私は。

 

 

鼎「もしキミが提督になったら、

すぐにわしぐらいなら追い抜かれちゃうと思うんだけどなー」

 

鯉住「ありませんって」

 

鼎「美人ぞろいの艦娘とキャッキャウフフできるよ?」

 

鯉住「守ってくれてる相手をそんなふうに見ませんって」

 

鼎「お給料すごいよ?年収1000万円なんて目じゃないよ?」

 

鯉住「俺は今のお給料で満足ですって」

 

鼎「……」

 

鯉住「……」

 

鼎「……キミの意志の固さは姫級だね」

 

鯉住「そんなことありませんよ……」

 

 

いつものように、大将からの熱烈なアプローチをいなしていると、

大将の横に腰かける美人さんが口を開く。

 

 

??「鯉住さんは提督の何がそんなにお嫌いなのですか?」

 

鯉住「……嫌いってわけじゃないですよ、春風さん」

 

 

彼女は神風型3番艦駆逐艦「春風」。

俺が艤装メンテを担当している駆逐艦のひとりだ。

今日は彼女が鼎大将の秘書艦を務めているらしい。

 

神風型の皆さんは、みんな大正ロマンあふれる格好をしているが、

その中でも春風さんは断トツでおしとやかだ。

特徴はその髪型だろう。左右にドリルがついている。

男のロマンと女性の美しさを兼ね備えているなんて反則だと思う。

その髪ってどうやってセットしてるんだろ?毎朝大変じゃない?

 

 

春風「鯉住さん?何か失礼なことを考えていらっしゃらないかしら?」

 

鯉住「そそ、そんなことないですよ」

 

 

また考えが読まれた。エスパーかよ。

 

 

春風「まったく……わたくしも鯉住さんが提督に着任するのには賛成ですわ」

 

鯉住「な、なんででしょうか」

 

春風「わたくしたち艦娘でさえ、妖精さんと会話できないんですよ?

それができる鯉住さんが提督にならないで、誰が提督になるっていうんですか」

 

鼎「そうだそうだ!もっと言ってやれ!春風君!」

 

 

大将うるさい。

あと春風さんの押しがえらく強い。

キミそんなタイプじゃなかったよね?

3歩下がって付いてくる系の淑女だったよね?

 

 

鯉住「いやいや、買いかぶりすぎです。

こいつらも、いつ飽きて居なくなっちゃうかわからないし、

妖精さんと話せるってだけで提督になることなんてできませんよ」

 

春風「わたくしが鯉住さんを推薦する理由は、

妖精さんと話ができるから、だけじゃありませんわ」

 

鯉住「……と、言いますと?」

 

春風「毎日の艤装を見ればわかりますわ。

鯉住さんがどれだけ丁寧にメンテナンスをしてくれているか。

わたくしたちがどれだけ艤装を大破させてきても、

鯉住さんは新品みたいにピカピカにしてくれるじゃありませんか。

そこまでしていただけるのは、

鯉住さんがわたくしたちの無事を願ってくれているからなのでしょう?

違いますか?」

 

鯉住「いや、それは、そうなんですが……

技術屋としては、仕事をしっかりするのは当然であって……」

 

春風「え……わたくしたちの事、大切に思ってくれていないのでしょうか……?」

 

鯉住「うっ……」

 

 

ヴァーーーー!!ダメだ!可愛すぎる!!

なんだこの生き物!最高かよ!何考えてんだ俺!

やめて!そんな悲しそうな目でこっちをまっすぐ見るのは!!

罪悪感が!罪悪感が!助けて妖精さん!!

 

 

(おんなのこをかなしませるなんて……)

 

(みそこないました)

 

(このたらし)

 

 

助けろっつってんだろ!誰がトドメ刺せって言った!!

ええい、このままでは春風さんを泣かせてしまう!

それだけは避けねば……!

 

 

鯉住「そ、そんなはずありません。

艦娘の皆さんのおかげで俺達は生きていられるんです。

皆さんのことを蔑ろ(ないがしろ)にするなんてありえませんよ」

 

春風「あぁ……よかった。

わたくし、鯉住さんに嫌われていたらどうしようかと思いました。

大切に思ってくれているんですよね……?」

 

鯉住「は……はい……」

 

 

だ、だめだ、あと一歩で理性が飛ぶ。

年頃の男性に対してその態度はどうかと思うんですよ?春風さん。

破壊力がありすぎます。51cm連装砲か何かですか?

 

 

鼎「いやあ、アツいアツい。昼間から見せつけられちゃったのう」

 

 

ありがとよ、クソ提督。

アンタのおかげで正気に戻れたよ。

 

 

春風「提督に私達艦娘が求めるものは、そこなんです

どれだけわたくしたちを大切に思っていただけるか。

そして、どれだけ大きなものを守るために努力できるか」

 

春風「鯉住さんは、そのどちらも十分すぎるほど満たしていると思いますわ。

だからわたくしもこうして推薦させていただいているんです」

 

鯉住「いやあ、いくら何でも買いかぶりすぎでは……」

 

春風「いえ、買いかぶってなどいません」

 

鯉住「……はい」

 

 

なんだこれ?

すっごいもち上げられながら勧誘されてるぞこれ。

これが俗にいうハニートラップってやつ?

頭の中とろけさせて判断力を鈍らせるってやつ?

 

……落ち着け、冷静になれ。クールになれ。

このまま押し切られては俺が提督になる流れができてしまう。

それだけは避けねば。

 

確かに艦娘の皆さんの事は大事に思っているし、

深海棲艦とうまく折り合いつけるにはどうすればいいかな、なんて

妄想してたりもする。

自分に何ができるかってのも考えてもいる。

だから春風さんのいっていることは見当外れというわけではない。

 

でも提督になるってのはちょっと違う気がするんだよなぁ。

俺、戦いとか一番向いてない人種だと思うし。

 

うん、よし、冷静になれたぞ。

やっぱ提督とかできないわ。危ない危ない。

 

 

(((ちっ)))

 

 

オイ聞こえてたぞ今の舌打ち。お前らもあっち側かよ。四面楚歌かよ。

全方向から囲まれるほどやらかしてるつもりはないんですけど。

 

 

鯉住「春風さんのお気持ちは本当に嬉しいんですが、

提督業が俺に務まるとはどうしても思えないんですよ……」

 

春風「……むー」

 

 

かわいい。

 

 

鼎「こんな美人からの誘いを断るなんて……

鯉住君はまさか男色男爵なのか?」

 

鯉住「違いますから!綺麗な女性が好きですから!

なんすかその無駄に語呂がいい造語!!変なところにセンス使わないで下さい!!」

 

春風「まぁ……綺麗な女性だなんて……お上手なんだから……」

 

鯉住「春風さんのこと言ったわけじゃないですよ!?

頬を染めないで!こっちが恥ずかしくなるから!

確かに春風さんはお綺麗ですけど、そういうつもりじゃないですって!!」

 

鼎「ホッホッホ。まあいいじゃろ。

早く昼食を食べねば午後の業務に支障をきたしてしまう。

邪魔したの。また来るからの」

 

春風「ウフフ。そうですね。お邪魔になっても申し訳ありませんし。

名残惜しいですが、失礼いたしますわ」

 

鯉住「はー……はー……は、はい。それではまた……」

 

 

食堂に訪れた嵐は、満足げな笑い声と共に去っていった。

 

あぁ、疲れた……

毎日こんな感じだもんな。

ぶっちゃけ通常業務よりも勧誘お断りの方が疲れる……

 

でもなんとか今日も凌ぐことができたぞ。よくやった、俺。

 

 

鯉住「さてと、ようやく飯が食べれ……る……ぞ……」

 

 

おかしい。

 

俺の目の前には唐揚げ定食があるはずだ。

しかしどうみてもこれは「唐揚げ定食」ではない。「唐揚げ抜き唐揚げ定食」だ。

具体的には、ごはんとみそ汁と唐揚げ皿に盛られたキャベツ&ミニトマトだ。

 

鯉住「オイ」

 

(((……)))

 

鯉住「何をだんまり決め込んでるんですかねぇ……?」

 

(は、はやくたべよう)

 

(ご、ごごのしごとがはじまっちゃうよ)

 

(さ、さー、がんばるぞー)

 

動揺が隠し切れていない。

目が泳いでいる。すっごい不自然にわちゃわちゃしている。

どんだけ隠し事が下手なんだ、こいつらは。

 

鯉住「はぁ……まあいいか」

 

悪い奴らじゃないってのはわかるんだけど、

どうにも俺じゃ、こいつらに言う事聞かせられないよなー。

 

提督になったら色々と妖精さんに仕事を頼まなきゃいけないんだよな。

 

(さすがこいずみのあにき)

 

(そのうつわはでかかった)

 

(ごちそうさまでした)

 

そんなん絶対無理だろ、この感じだと。

高く買ってくれてるのは嬉しいけど、

やっぱり俺じゃ提督はできないだろう。

 

鯉住「ま、今でも十分充実してるし、それでいっか」

 

質素な食事となってしまった昼飯をかっこみ、

午後の業務にむかう鯉住君なのであった。




バランスの悪いお昼ご飯を食べた鯉住君の前に、
初春型四天王が立ちはだかる!

次回「子日は四天王の中でも最弱……」

お楽しみに!


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第3話

鯉住君のペットは
福ちゃん(ミドリフグ)
ハッちゃん(ハチノジフグ)
ムーブ(テトラオドン・ムブ)
箱助(テトラオドン・ミウルス)
の4匹です。
全部フグです。


そっけない(そっけなくなってしまった)昼飯を食べて、工廠に向かう。

午後の仕事はこれからだってのに、これでもつかなぁ……

 

(ふぁいといっぱつです)

 

(さっさとやろう)

 

(よわねははいちゃだめ)

 

こいつら……

俺の昼飯が質素になったのは誰のせいだと思っているのか……

 

 

せめてもの反抗として、

妖精さんたちのほっぺをぶにぶにしながら工廠に入ると、

一人の艦娘が足をパタパタさせながら座っていた。

 

??「お、来たか、貴様。待っておったぞ」

 

鯉住「何かありました?初春さん」

 

 

彼女は初春型1番艦駆逐艦「初春」。

俺が担当している駆逐艦であり、初春型ネームシップだ。

 

特徴は……もうなんかたくさんありすぎてすごい。

 

まず目につくのは、どんだけ長いの?ってくらい長い髪。

身長より長いんじゃないの?それ。毛根強すぎだろ。

 

そしてお姫様みたいな口調。

眉毛は麻呂みたいだし、扇持ってるし。

ていうかその扇、鉄でできてない?

その鉄扇で、普段から深海棲艦と殴り合いしてんの?RPGか何か?

 

あと何故か超ミニのワンピースを着ている。

確かに小学生くらいの見た目だから、

ワカメちゃんスタイルはおかしくもなんともないんだが、違和感がすごい。

ミスマッチがすごい。なんかこのギャップがウケる層にはウケそうだけど。

 

 

初春「のう、貴様。

よもやわらわに対して失礼なことを考えていないかのう……?」

 

鯉住「そんなことありませんです。はい。」

 

 

また読まれた。この子もエスパーかよ。

 

 

鯉住「というか初春さん……

その服装で足をパタパタさせないで下さい……」

 

初春「ん?何故じゃ?」

 

鯉住「自覚がないんですか……

とにかくおとなしくするか、立つかしてください」

 

パンツ見えそうなんだもの。

 

(せくはらです)

 

(みそこないました)

 

(このむっつり)

 

直接言ってないからセーフだろが!

誰がむっつりだこの唐揚げ泥棒!

 

初春「よくわからんが、わかった」

 

そういうとピョンッと椅子から飛び降りて、こっちに近づいてきた。

挙動は完全に小学校中学年くらいなのに、

なんなんだろうね?この色っぽい感じ。

 

(ろりこんだ)

 

(ろりこんあにき)

 

(けんぺいあんけんですか?)

 

やかましいわ!憲兵案件は唐揚げの窃盗罪だろうが!

考えるのは自由なの!行動とか発言に移したらアウトなの!

ていうかロリコンと違うわ!!

俺は綺麗なお姉さんが好きなの!小学生は対象外!

ここの鎮守府の駆逐艦は何故か色気ある子が多いけど、対象外なの!

ドゥーユーアンダスタンンンンン!?

 

初春「何じゃ急に黙って妖精さんと見つめあって……

何か話してたのか?」

 

鯉住「あ、い、いや、すいません、何でもないです」

 

初春「そうなのか?それなら伝えることを伝えるぞ?」

 

鯉住「あっはい。なんでしょう?」

 

初春「今日の午後の遠征なんだがの、中止になったのじゃ」

 

鯉住「遠征中止ですか?めずらしいですね」

 

初春「まあのう。理由は軍事機密なので言えんが……」

 

鯉住「それはそうですよね」

 

艦娘はみんな軍人扱いであるため、

一介の技術屋である自分とは触れられる情報が違う。

当然俺が軍事機密を知ることはできないし、

そんなもの知ってしまっても厄介だから、知らない方がいい。

 

初春「まあ貴様になら話してもいいか。提督候補じゃからのう」

 

鯉住「ファッ!?」

 

何言ってんだこいつ!?

自分で軍事機密って言ったろ!話していいわけないだろ!

ていうか提督候補って何だ!?

俺は丁重にお断りし続けてるんですがねぇ!?

 

鯉住「ちょ、ちょっと!軍事機密なんて知らなくていいですから!」

 

初春「実はのう、周辺海域で未確認の深海棲艦反応が出たんじゃよ」

 

鯉住「聞いちゃいねぇ!!」

 

初春「それでその反応があった地点がな、遠征ルートと被っておったのじゃ。

それで今日の遠征はひとまず中止。わらわたち初春型は待機になったんじゃよ」

 

鯉住「へ、へぇー……そうなんですかー……」

 

初春「だからわらわたちは午後から暇。

そこでわらわは報告がてら、

貴様の仕事ぶりを見ようと工廠まで足を運んだ、というわけじゃ」

 

鯉住「は、はぁ」

 

初春「あ、もしや貴様、後学のために提督の指揮を見たいのか?

もうすぐしたら呉第一鎮守府、第一艦隊が出撃するぞ?」

 

鯉住「ふぇ!?な、何でそうなるんですか!?後学のためって何ですか!?」

 

初春「遠慮せずともよいぞ?我が鎮守府の提督は大将じゃ。

その指揮はわらわたちも、うんと信用しておる。

貴様が独り立ちする際には、必ず参考になる」

 

鯉住「会話がかみ合わない!」

 

ダメだこの駆逐艦!マイペースすぎる!

フフ、話を聞いてくれません!

妖精さんかよ!麻呂眉妖精か何かかよ!

 

(またしつれいなことかんがえてる)

 

(しんせつでいってくれてるのに)

 

(おとめのあつかいがわかってない)

 

アレは乙女じゃねえよ!人の話を聞かない小学生だよ!

なんで技術屋の俺が新米提督みたいな扱いされてんだよ!

 

ンッフゥー……ここは落ち着け……落ち着くんだ……!

いくら大人びているとは言っても、相手は小学生(相当)……

いい大人が小学生にムキになってしまっては、

それこそ大人げないというものだ……

 

ここは大人の余裕をもって対処すべきそうすべき。

 

鯉住「提督の指揮が素晴らしいのは知っていますが、

俺は提督になる気はないですし、午後からの仕事もありますし……」

 

初春「ぶー、つまらんのう……」

 

ほっぺを膨らませて拗ねている。かわいい。

 

(やっぱりろりこん)

 

やかましいです。違います。

 

鯉住「とにかく、初春さんは俺の仕事を見ていくってことでいいんですか?」

 

初春「邪魔にならないなら、そうしたいところじゃ」

 

鯉住「構いませんよ。でもいいんですか?

艤装のメンテなんて、見ていて楽しいものではないですよ?」

 

初春「いいんじゃよ。艤装は艦娘の命。

それを調整してもらっているのだから、見ていて退屈など思うはずもない」

 

鯉住「おぉ……」

 

初春「? 何を感心しておるのじゃ?」

 

鯉住「いや、何か……すごくまともなことを言ってるのが意外で……」

 

初春「……ほう?貴様、わらわの事をどう見ているのじゃ……?」

 

鯉住「あっ……」

 

や、やばい!あんまりまともな発言だったから、つい本音が漏れてしまった!

正直に思ってることを伝えたら、この小学生は絶対拗ねるか怒るかして

やたら面倒なことになってしまう!

昼飯の時の大将ショックからまだ立ち直り切れていない今、

そんなメンタルをゴリゴリ削られるような状況を招くのは愚の極み!

ここはうまいこと口八丁で切り抜けるしかない!!

 

鯉住「い、いえ!そんな初春さんが思ってるようなことは思ってません!

いつも守ってもらってる艦娘の皆さんに対して

そんな失礼な事考えてるわけないじゃないですかやだなぁ!!」

 

初春「ふーん……本当かのう……?」

 

鯉住「当然ですよ!初春さんたちが毎日のように長時間遠征に出ているのも、

鎮守府の資材を集めるため、つまりは他の頑張っている皆のためなんでしょう!?

そんな初春さんのことを俺は尊敬してるんですから!」

 

初春「そ、そうなのか?」

 

鯉住「そうです!俺は貴女と一緒に居られてよかったと思ってますよ!」

 

初春「えっ……!? ふ、ふーん……そこまで言われたら、許してやるしかないのう」

 

鯉住「ありがとうございます!初春さんの事を悪く思う奴なんていませんよ!!」

 

よし!何とかごまかせた!

なんか自分でもよくわからないことをべらべらとしゃべっちゃったけど、

なにも問題はないはず!

嘘もついてないし!普段から思ってることしか言ってないし!

 

これで今日の午後は平穏無事に仕事ができるぞ……!!

 

初春「そ、それじゃ失礼するぞ」

 

ズリズリ……

 

鯉住「……ん?」

 

んんん?

なんでこの子は椅子を持ってきて、俺の椅子の隣に並べるのかな?

距離感近くない?あれ?俺の感覚が変なの?

 

(あなたのかんかくはおかしい)

 

(やっぱりろりこん)

 

(このたらし)

 

ちょっと君たちは静かにしてて。今俺余裕ないから。

 

鯉住「えーと……初春さん?近くないでしょうか?」

 

初春「わ、わらわと居られてよかったと思っているんじゃろ?

だったらこのくらい、よ、良いではないか」

 

鯉住「ええ……まぁ……構いませんが」

 

初春「そ、それにこちらの方が仕事がよく見えるからのう!

わらわの艤装のメンテナンスなんじゃから、しっかり見ないとのう!」

 

鯉住「えーと……はい。ご立派だと思います」

 

初春「そ、そうじゃろう?」

 

何だこの空気?

さっきまでのマイペース小学生は一体どこへ行ったのか。

ここに来て大人の俺と一緒にいるのが恥ずかしくなったのか?

そんなに恥ずかしいなら椅子離せばいいのに……

 

(ちがう、そうじゃない)

 

(おとめごころがつたわらない)

 

(ざんねんなおとこです)

 

うるさいな唐揚げ泥棒。人の事をダメ男呼ばわりしないように。

おやつ抜きにしますよ。

 

(((すいませんでした)))

 

わかればよろしい。

 

……まあもじもじしてる理由なんてなんでもいいか。

自分の艤装メンテをしっかり見ておきたいなんて、素晴らしいことだしね。

 

技術屋としては、そういう姿勢で道具を大事にしてくれるのは

本当に嬉しいことなんだよなあ。

こっちとしても自分の仕事に興味を持ってくれるのはありがたいことだし。

 

隣でプルプルしている初春さんを見ると、

うちのペットの福ちゃん(ミドリフグ)を思い出す。

帰って電気をつけると、胸ビレをプルプルさせて出迎えてくれるのだ。

ソーキュート。

 

鯉住「よっしゃ。

今日はお客様もいることだし、気合入れていきましょ」

 

(((おー)))

 

初春「よ、よきにはからうんじゃぞ」

 

 

恋する乙女とペットのフグを比べるという

無礼千万な思考の持ち主、鯉住君。

 

彼の午後の仕事が始まるのだった。




アツい視線を浴びながらのメンテナンスを無事に終えられることができるのか!?

次回「子日死す」!

お楽しみに!


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第4話

鯉住君の下宿先はチャリで10分くらいの寮です。
寮にしては珍しくペット可。追加費用が必要だけどね。


鯉住「……」

 

カチャカチャ

 

初春「……」

 

じーっ……

 

鯉住「……」

 

グリグリ

 

初春「……」

 

じーっ……

 

 

……き、気まずい。

 

見学するって言ってたけど、本当に見てるだけだとは……

いや、真剣に自分の艤装メンテを見てくれるのは嬉しいんだけど、

無言はさすがにきついですって。初春さん。間が持ちません。

 

妖精さん、ちょっと助けてくれませんか?

なんかこう、間を持たせるための作戦とかないですか?

 

(りーどするのです)

 

(おんなのこをたいくつさせてはいけない)

 

(おとこでしょ?)

 

はい。具体性のないアドバイスありがとうございます。

こんちくしょう。

こいつらも見た目は女の子だから、いい知恵をくれるかもと思ったのに……

ちょっと期待しちゃった俺がバカだったんや……

くそう、ニヤニヤするんじゃない、お前ら。これでも俺必死なんやぞ。

 

……仕方ない、自分で何とかしよう。

 

鯉住「は、初春さん」

 

初春「な、何じゃ?」

 

鯉住「その……何か最近楽しいことありました?」

 

(ぜろてん)

 

(しつぼうしました)

 

(かいしょうなし)

 

うるさいな!文句言うならネタをくれ!

いいだろ別に!当たり障りない話題でも!

職場の同僚との会話なんてその程度なんだから、

これ以上のクオリティを期待しないで下さい!

 

初春「そうじゃのう……楽しいこと……」

 

鯉住「ほら、最近は大規模作戦もありませんし、

結構自由時間あるじゃないですか。

どこか遊びに行ったり、趣味にいそしんだりとかしてたんじゃないですか?」

 

初春「そういえば、先日非番の日に姉妹皆で過ごしたのじゃ」

 

鯉住「姉妹って言うと、初春型の皆さんですか」

 

初春「うむ。わらわと子日、若葉、初霜の4人じゃな」

 

鯉住「ああ、なんというか、微笑ましいですね」

 

初春「……わらわたちの事、子ども扱いしておらんか?」

 

鯉住「そ、そんなことないですよ」

 

ごめんなさい、子ども扱いしてます。

 

(うそついた)

 

(どろぼうのはじまり)

 

(こいずみだけにこいどろぼう)

 

世の中にはついていいウソと悪いウソがあります。

これはついていいウソなんです。

 

(いいわけよくない)

 

(うそつき)

 

(おとなってきたない)

 

そこはかっこよく処世術と言っていただきたい。

キミたちも大人になればわかるよ。たぶんならないだろうけど。

 

鯉住「そ、それより、4人全員お休みなんて珍しいですね

その日は遠征がなかったんですか?」

 

初春「そうなんじゃよ。今日と同じ感じでのう。

遠征ルートと通商ルートが被ったので遠征は中止になったんじゃ」

 

鯉住「あれ?通商ルートって普通固定じゃないんですか?

なんで遠征ルートと被ったんですか?」

 

初春「通商ルートの方に深海棲艦反応が出たから、

遠征ルートの方に航路をずらしたんじゃよ。

その時は和歌山沖に深海棲艦が出現しての。

遠征部隊の代わりに第1艦隊が出撃したんじゃ。

こういうことはしょっちゅう起こるので、みんな慣れっこじゃな」

 

鯉住「へぇ、そうなんですか。全然知らなかったです」

 

初春「そりゃそうじゃよ。これ軍事機密じゃからの」

 

鯉住「ファッ!?」

 

初春「ちなみに今日は高知沖に深海棲艦が出現したぞ。

戦艦1隻、雷巡2隻、軽空母2隻、駆逐艦1隻だったみたいじゃな。

なかなか歯応えがある相手じゃと日向殿が言っておったわ」

 

鯉住「絶対それも軍事機密でしょ!?ダダ洩れじゃないですか!

ちゃんとコンプライアンス順守して!!

俺そんなこと知りたくないですから!巻き込まないで!」

 

初春「え……?」

 

鯉住「なにいってんだこいつ?みたいな反応しないで下さい!

俺ただの技術班ですからね!?軍人じゃないから!!

それ知っちゃいけない立場なんですって!」

 

初春「まあまあ、些細な事なんだから気にするでない」

 

鯉住「ん゛ん゛ん゛!!」

 

機密保持認識ガバガバすぎぃ!

もっと情報の重要性を認識して!

でも初春さんは悪くない!小学生なんだもの!

悪いのはやっていいことと悪いことの区別を教えなかった保護者です!

しっかりと教育を施してください!

お前の事だよ!クソ提督!

 

鯉住「初春さん、真面目な話、軍事機密はその辺でしゃべっちゃダメですからね……?

機密って言うだけあって、ちゃんと話が漏れちゃいけない理由があるんですからね?」

 

初春「むー、仕方ないのう……」

 

何故か俺がしょうもないこと言ったみたいになってる。

不可解な事だが現実はいつも理不尽。仕方ないね。

俺が理不尽をかみ殺すことで、

初春さんの情報に対する姿勢が少しでも良くなればいいのである。

これが大人の義務。仕方ないね。

悔しくなんかない。俺大人だもん。悔しくなんかないもん。

 

(やせがまん)

 

(つよがり)

 

(すごいくやしそう)

 

だから煽るんじゃないよ!わかってるんならほっといて!

強がってる人は温かい目で見るものなの!

それが大人の流儀なの!処世術なの!覚えとくように!

 

鯉住「ま、まぁそれは置いといて……

初春さんたち4人でその日は何をして過ごしたんですか?」

 

初春「む、そうじゃったの。

その日はみんなで人生ゲームなる遊びをやったんじゃ。

これがなかなか面白くてのう」

 

鯉住「人生ゲームですか。いいですね。俺も好きです」

 

人生ゲームか。すごい懐かしいな。

小さい頃はよく、正月とか夏休みに親戚のみんなと遊んだもんだ。

ただのすごろくって言ったらそこまでだし、

子供だから職業なんてのもよくわからなかったけど、

何故か無性に楽しかったなあ。

 

そういえば当時はサラリーマンっていう職業があると信じていた。

そのせいで小学校の時なりたい職業にサラリーマンと書いたら、

不思議な顔をされた。

 

しかし初春さんたち4人で人生ゲームか。

完全にそれ親戚の寄り合いの時の子供たちだな。

微笑ましいってレベルじゃないぞ。

 

初春「単純な遊びじゃったのに、なかなか奥が深くてのう

何時間も遊んでしもうた」

 

鯉住「うん。わかりますよ。

遊ぶ度に状況が変わるんで何度でも楽しめるんですよね」

 

初春「そうなんじゃ。

最初に遊んだときはわらわは弁護士で安定した人生じゃったのに、

次に遊んだときはアルバイトで家も買えなかったのじゃ……」

 

鯉住「ハハハ……よくあることです。

それも含めて面白いんですよね」

 

初春「そうそう。わかっておるのう。

何度目かの時に若葉が大家族になったときは皆で笑ったものじゃ」

 

鯉住「あー。子供5人くらいですか?」

 

初春「いやいや、そんなものではない。

なんと男の子6人、女の子2人、合計8人じゃ!」

 

鯉住「すっげぇ!それは俺も初めて聞きましたよ!」

 

初春「そこから子供手当のマスに止まったときは、

あの若葉が珍しくガッツポーズしておったぞ」

 

鯉住「あのクールな若葉さんが……よっぽど嬉しかったんでしょうね」

 

初春「そうそう。

若葉はMVPをとったときでもあんなに嬉しそうにしたことはない。

ああ、話していたらまた遊びたくなってきたのう……

 

……そ、そうじゃ、貴様、今日仕事の後、何か予定はあるか?」

 

鯉住「ん?ありませんよ」

 

初春「その……なんじゃ……わらわたち4人とも今日は非番じゃ。

だからその……一緒に遊ばんか?」

 

鯉住「ん~、そうですね」

 

どうしようかな……

せっかく誘ってくれたんだからお邪魔したい気持ちもあるけど、

福ちゃん(ミドリフグ)達にご飯あげないといけないしなあ……

 

(やっぱりだめおとこです)

 

(おとめのさそいをぺっととくらべるなんて)

 

(このとうへんぼく)

 

キミたち辛辣すぎない!?

ご飯が食べられないみんな(フグ)のこと考えたら、悩むでしょ!?普通!?

 

(((……)))

 

あつ、すいません。私が悪かったです。

だからそんな冷めた目で見ないでください。

 

(こいずみさんはゆうせんじゅんいがおかしいです)

 

(はんせいしてください)

 

(おとこのせきにんをとるのです)

 

なんかキミたち異様に圧が強いね……

まあ、みんな(フグ)のご飯は仕方ないか……

ごめんよ、明日は少し豪華なご飯(テトラのクリル)をあげるからね……

 

初春「だ、だめかのう……?」

 

鯉住「い、いえ。誘ってくださってありがとうございます。

お邪魔させてもらいますね」

 

初春「そ、そうか!!それじゃ部屋の片づけをしておかねばの!

またあとでのっ!!」

 

タタタッ

 

鯉住「あっ、初春さん……」

 

走っていってしまった。

艤装の見学はもういいのだろうか?

まあほとんど終わったところだったから、あとは仕上げだけなんだけど。

 

(わたしたちないすあしすと)

 

(いいしごとした)

 

(おかしをよこすのです)

 

仕事はまだ終わってないよ。キミたち。

まあもうすぐ終わりだし、今日のおやつをあげてもいいかな。

 

(さすがわかってる)

 

(あまいものをよこすのです)

 

(こんぺいとうをしょもうします)

 

鯉住「はいはい……今日は一粒ずつな」

 

(もっとほしい)

 

(ふたつぶよこすのです)

 

(せいかほうしゅうぶんうわのせ)

 

鯉住「……昼飯のこと、忘れてませんか?」

 

(((……)))

 

鯉住「ハァ……まあいいよ。手伝ってくれてるわけだしな。

2粒ずつ進呈しようではないか」

 

(ヒューッ!)

 

(さすがこいずみのあにき)

 

(やはりうつわがでかい)

 

鯉住「ほいほい。調子いいんだから……

さて、残りの仕上げ、最後の一息といきますかね」

 

(((おーっ)))

 

人生で初めて女性の部屋という神秘の空間に足を踏み入れる鯉住君。

しかし彼には親戚の子供と遊ぶ感覚しかない模様。実に残念。

 

乙女心を傷つけずにこの山を乗り越えることができるのか?




人生という名のイバラの道を突き進む5人!
果たしてこの修羅場を乗り越え、
全員無事にゴールまでたどり着くことができるのか!?

次回「子日、ちょっとお休みするね…」!

お楽しみに!


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第5話

鯉住くんは決して鈍感なわけではありません。

昔艦娘に助けられたことから艦娘に敬意を持っているのと、
初春が小学生にしか見えていないのと、
恋愛の優先順位がかなり低いのが、
好意に気づかない原因です。

え?それを鈍感って言う?はははこやつめ、ぬかしおる。

艦娘は恋愛対象としては見てない感じですね。
でも結構ドキドキしちゃうのは男のサガ。悲しいなあ。


鯉住「ふぅ、こんなもんだろ」

 

初春型4人分の艤装のメンテが終わった。

いつも通りナイスな仕上がり。いい仕事ができて満足満足。

その証拠に心なしか、艤装もキラキラ輝いているように見える。

 

鯉住「さーて、片付けるぞ、お前ら」

 

(りょうかい)

 

(たのしみなのです)

 

(はやくあそびたい)

 

鯉住「そうだな。俺も大勢で遊ぶなんて久しぶりだから楽しみだ」

 

カチャカチャ

 

いつもの通り使った工具や、メンテし終わった艤装を片付ける。

 

今日は業務の後に遊びに行くことになった。

といっても別にどこかに出かけようというのではない。

珍しいことに艦娘(初春さん)の方から遊びに誘ってくれたのだ。

自分が担当する艦娘から誘ってくれったってのは、実は結構嬉しい。

なんか自分の仕事が受け入れられているって感じがする。

 

あと遊ぶことになったメンバーがみんな小学生みたいで、昔を思い出す。

昔は親戚の子たちと一緒によく遊んだもんだ。

俺は一人っ子だけど、親戚の子たちは年の離れた女の子2人だったから、

妹みたいな感じでかわいがってた。

家が近かったからしょっちゅう遊んでたなあ。

 

実は未だに仲が良くて、2人からメールが結構届いたりする。

あんなに小さかった2人も今や、高校生と大学生だ。

時の流れを感じるな……

 

 

(たそがれてます)

 

(まじめにかたづけるべき)

 

(しごとしろ)

 

鯉住「……へいへい」

 

 

 

 

鯉住「それじゃ片付けも終わったし、タイムカードも押したし、

これから艦娘寮に向かうわけなんだけど……その前に」

 

(どうしました?)

 

(はやくいこう)

 

(もうまちきれない)

 

鯉住「まあ待ちたまえ。人んちに上がるときにはそれなりに準備が必要なのだよ」

 

(なにするですか?)

 

鯉住「ふふ。大学時代に友人の家で遊び倒した経験と、

ちっさいころに、親戚の子たちと遊んでた経験を活かす時が来たということよ」

 

(じしんまんまん)

 

(どうせろくでもないこと)

 

鯉住「はいそこ、お黙りなさい。

まずこういう場合、一番大事なのは手土産です」

 

(てみやげ?)

 

鯉住「そうです。

手ぶらで遊びに行くのも悪いだろ?相手は場所の提供してくれてるのに。

だからこういう時は、相手が喜んでくれるような手土産を持っていこう」

 

(なにもってく?)

 

鯉住「もちろん相手に合わせたものを持ってかないとね。

今回は小学生(相当)の女の子4人と考えると、やっぱりお菓子系。

そしてひとくちにお菓子系といっても、

女の子が好きそうなのを選ばないといけない。

そこで役に立つのが、小さな女の子と過ごしてきた俺の経験よ。

小さな女の子の扱いなら自信がある」

 

(おんなのこについてかたってるです)

 

(へそでちゃがわく)

 

鯉住「うるさいな!別に俺が女の子の事話したっておかしくないだろ!」

 

(やはりろりこん)

 

鯉住「違うっつってんだろ!いい加減にしろ!

女の子って俺の親戚二人の事だから!

当時は俺もチビだったから、ちっさい女の子と遊んでても問題ないだろ!」

 

(それでなにかうの?)

 

(はやくして)

 

鯉住「オイ、誰のせいで突っ込みを入れることになったか、わかっとんのか……?

とにかくだ!小学生くらいの女の子は、

ポテチとかのスナック菓子より、果物やチョコレートを喜ぶのだ!

見た目だけ女子のお前たちも、ポテチよりそっちの方が好きだろ?」

 

(まちがいない)

 

(ちょこれーとはいのちのみなもと)

 

(わたしたちのぶんまでかうべき)

 

鯉住「はいはい、買ってやるから安心しなさい。

というわけでお前ら、艦娘寮に向かう前に、酒保に向かうぞ!!」

 

(((おー)))

 

 

・・・

 

 

鯉住「というわけで酒保にやってきたんだけど、

相変わらずここは品ぞろえがすごいな」

 

 

・・・

 

 

呉第一鎮守府唯一の酒保が、この「明石マート」である。

その品ぞろえは多岐にわたり、日用雑貨、食品、嗜好品、何でもそろう。

ぶっちゃけスーパーだ。

 

鎮守府の敷地の一番外側にある建物で、

驚くべきことに、敷地内と敷地外にそれぞれ入り口がある。

つまりは、なんと一般の方も利用できる作りになっているのだ。

 

軍の施設に一般人が平然と立ち入れる作りになっている訳はちゃんとあり、

鼎大将いわく、

「買い物に来る艦娘を近くから見てもらって、

艦娘も普段は人間と同じ生活をしていることを知ってもらう」

とのこと。

 

悲しいことに「艦娘は兵器」なんて言う連中も多い中、

うちの大将は艦娘の気持ちをしっかり汲んでいるということだ。

大将に対して艦娘からの信頼が厚いのも納得というものだろう。

あの人、俺の気持ちは全然汲んでくれないけど。

 

もちろん防犯対策もしっかりしており、

敷地外からの入店者には防犯リスト装着が義務付けられている。

敷地内の扉から出ようとすると、このリストが反応してブザーが鳴る仕組みだ。

もちろん防犯カメラも設置してあるので、万が一の時にも安心との事。

その辺は軍内施設だけあり、しっかりしているようだ。

 

その艦娘と民間の距離を縮めるという試みは、一言で言えば大成功。

 

酒保がリニューアルして今の形になった当初は、

一般の人はほとんど来なかった。それはそうだろう。

一般人からしてみれば、艦娘との接点などほとんどないのだ。

人間は知らない者に恐怖する。

 

しかし時間が経つにつれ、どんどんと利用者は増えていった。

 

それも当然だ。

艦娘はこちらに好意的で、優しい存在。下手な人間よりも人間味に溢れている。

少しでも艦娘に触れた人は彼女たちへの評価を改め、

その評価は口コミとなってどんどん広がり、

今やただのスーパーが、呉、いや、広島県の名物スポットとなるくらい、繁盛している。

 

 

・・・

 

 

そんな大盛況スーパーは、今日も人と艦娘で繁盛している。

 

鯉住「さて、まずは果物コーナーだな……

お前たち、何か食べたいものある?」

 

(いちごがいいです)

 

(きういをしょもう)

 

(どりあん)

 

鯉住「ドリアン以外採用」

 

 

鯉住「さて次はお菓子コーナー。今度も希望を聞こうか」

 

(いたちょこをかじりたい)

 

(ぽいふるたべたいです)

 

(すこんぶ)

 

鯉住「酢昆布以外採用」

 

 

鯉住「さて……こんなもんでいいかな?」

 

買い込んだ果物は、イチゴにキウイ、バナナ、そしてみかん。

お菓子は板チョコにグミ、クッキー、あとカップケーキ。

 

鯉住「完璧な布陣だ……これはちびっこ大満足コース……」

 

(われわれもだいまんぞく)

 

(さすがにきぶんがこうようします)

 

(どりあん……すこんぶ……)

 

妖精さんも満足してくれているようだ(ひとりから目を背けつつ)。

普段から振り回されてはいるけど、仕事を助けてもらってるのも確か。

初春型の皆さんと精神年齢は近いだろうし、

妖精さんたちにも、今日はめいっぱい楽しんでもらおう。

 

 

必要なものを揃えてレジに向かう鯉住一行。

すると、後ろから声をかけられた。

 

 

??「ん?誰かと思えば、キミ、アカシック鯉住じゃないか」

 

鯉住「あ、松風さん」

 

話しかけてきたのは艦娘の、神風型4番艦駆逐艦「松風」。

彼女も俺が担当している駆逐艦のひとりだ。

 

神風型統一衣装は共通だけど、

この人はワンポイントで頭にミニハットを乗せている。

ううむ、おしゃれだ。

 

宝塚の男役みたいな話し方が特徴で、性格はさっぱりしている。

髪型もショートカットでさっぱりしている。

そういった人なので、俺としても気楽に会話しやすく、ありがたい存在だ。

 

松風「今日の仕事は終わったのかい?買い物に来てるってことは」

 

鯉住「ええ、そうです。ちょっと今日は用事がありますので、その買い出しです。

というか松風さん……アカシック鯉住はやめていただけないでしょうか?」

 

松風「ん?何故だい?

僕は日ごろの感謝を込めると同時に、キミの腕前に敬意をもってそう呼ぶんだ。

いいじゃないか、アカシックなんて。カッコいいよ。ピッタリだぜ」

 

いい人で接しやすいんだけど、感覚がちょっとおかしいのが玉に瑕である。

そんないい笑顔で褒められたら、いくらクソニックネームといえど、

もうその呼び方やめて、とは言えないよなぁ……

 

鯉住「そ、そうですか……

そんなふうに言われてしまったら、もうそれでいいです……ハイ……」

 

松風「そうさ。それでいいのさ。

それより用事ってなんだい?ちょっと気になるよ?」

 

鯉住「ええと、今日は初春型の皆さんの遠征が中止になったって聞いてますよね?」

 

松風「もちろん。計画変更はよくあることさ」

 

鯉住「はい。それで初春さんと話していたらですね、

今日は初春型の皆さん4人とも非番なので、

ボートゲームか何かで一緒に遊ぼう、と」

 

松風「え!?つまりキミは、今から彼女たちの部屋に遊びに行くってことかい!?」

 

鯉住「ええ。そういうことです」

 

松風「あっは!やるじゃないか、キミ!乙女の部屋に誘われるなんて!

男としてはこれ以上の光栄はないよ!愛されてるね!」

 

松風さんは目をキラキラさせて話に食いついてきた。

胸の前でちっちゃく両手でガッツポーズをつくっている。仕草がかわいい。

こういうところはなんだか女の子っぽいよなあ。

 

鯉住「いえいえ、そんなんじゃないですよ。

彼女たちは遊び相手が欲しいだけですって。

俺としても遊びに誘ってくれたことは嬉しいので、ウィンウィンというやつです」

 

松風「うっふふ!謙遜することはないさ!

初春も他の姉妹も、一人前の女性さ!

部屋に呼ぶってことは、キミのことをかなり信頼してるってことなんだぜ?

もっと自信を持てよ!」

 

そうなのかなあ?

絶対に近所の遊んでくれる兄ちゃんくらいにしか思ってないだろ。

お前たちもそう思うよな?

 

(このいしあたま)

 

(やっぱりざんねんなおとこです)

 

(どりあん…かじつのおうさま…)

 

松風「そういうことならボクと話してる場合じゃないよな!

すぐにでも行ってあげなよ!」

 

鯉住「あ、そうですね。気を利かせてくださってありがとうございます」

 

松風「お礼なんていいさ!僕とキミの仲じゃないか!

あ、そうだ、この事、姉貴達に話してもいいかい?絶対面白くなると思うんだ」

 

鯉住「え?まあ別に構いませんが……面白くなるってどういう……」

 

松風「あっは!流石アカシック鯉住!器が大きいね!それじゃまた!」

 

鯉住「あ、ああ、はい、それではまた……」

 

タタタッ

 

……いってしまった。

なんだか不吉なワードがでてきたような気がするが、

時すでに時間切れといった様相である。

松風さんの微妙にずれた感覚が、何か妙なことを引き起こさなければいいんだけど……

 

(あーあ)

 

(やってしまった)

 

(すこんぶ……くせになるすっぱさ……)

 

お前ら、なんか察してたんなら止めろよ。

俺じゃ、あの人の勢いは止められないんだからよ。わかってたでしょ?

……あ、こいつら、あーあ、とか言いつつニヤニヤしてやがる。

これはわかってて止めなかったやつだな。それくらいなら俺でもわかる。

 

鯉住「はー……もういい時間だし、さっさと会計して艦娘寮に向かうか……」

 

(たのしいじかんはすぐそこ)

 

(もりあがってまいりました)

 

(なぜどりあんがないのか……)

 

 

 

 

会計を済ませ、食料を両手に、妖精さんを肩と頭に。

重装備で艦娘寮までやってきた。

 

艦娘寮は、いわゆるオートロックタイプのマンションと同じつくりになっている。

玄関に各部屋の呼出ボタン(部屋番号を入力するタイプ)があり、

それをインターホン代わりにして玄関のロックを外してもらうのだ。

 

鯉住「ええと、初春型の皆さんの部屋は……」

 

部屋番号を入力し、呼出ボタンを押す。

 

プルルル……

 

初春「はい、初春じゃ。誰かの?」

 

鯉住「あ、俺です。鯉住です」

 

初春「!! 待っておったぞ!ささ、入れ入れ!」

 

そう声が聞こえると、ガシャンとロックが外れる音がする。

しかし艦娘寮に入るなんて初めての事だから、緊張するな。

大学時代の友達の家も同じタイプのオートロックだったが、

そちらも初めて遊びに行ったときは、なぜか緊張したもんだ。

 

(おうちたんけん)

 

(さすがにきぶんがこうようします)

 

(すこんぶはからだのいちぶなのに……)

 

妖精さん達は、かけらも緊張してないようだ。

まあ元から楽天的な奴らだし、当然っちゃあ当然か。

 

……っと、この部屋だな。

 

コンコンコン

 

ガチャ

 

ノックすると、すぐにドアが開いた。

 

初春「おお!待っておったぞ!遅かったではないか!」

 

鯉住「遅れちゃってすいません。ちょっと買い物に行っていたもので」

 

初春「ん?その両手にあるものを買ってきたのか……って!

そ、それは、果物とお菓子ではないか!そんなにたくさん!!」

 

鯉住「ええ。皆さん喜ぶと思いまして、買ってきたんです!」

 

初春「うむ!うむ!妹たちもみな喜ぶ!

流石わらわが認めた男じゃ!!良き気遣いじゃのう!!」

 

鯉住「ハハハ。喜んでもらえて何よりです」

 

うん、やっぱり俺のチョイスは間違ってなかったみたいだ。

あいつらには感謝しないとな。後でメールうっとこ。

 

初春「さあ、掃除はできておるぞ!はよう入るのじゃ!」

 

鯉住「おっとと、失礼します」

 

待ちきれない様子の初春さんに手を引かれ、部屋に入る。

 

……うん、綺麗に整った部屋だ。

間取りはかなり広めの1K。

2つの2段ベッドに、本棚が一つ。中央には正方形のテーブル。

CDラックがあるのは、若葉さんの趣味かな?彼女にはそんなイメージがある。

程よい大きさの薄型テレビには、DVDプレーヤーが接続されている。

ボードゲームに飽きたら、何か映画を見るのもいいかもしれない。

 

いくら小学生っぽい言動が多くても、さすがは軍人さんということか。

それでいて壁紙がうっすら桃色だったり、女の子の部屋感もある。

初春型の皆さんは私生活でもしっかりとしているらしい。

同じ鎮守府の仲間として誇らしい限りだ。

 

おっと、人の部屋に入っていきなりお部屋チェックなんて、無神経だな。

失礼な事をしてしまった。

 

色々とそんなことを考えていると、声をかけられた。

 

子日「アカシック鯉住さん!こんばんは!子日だよ!」

 

若葉「……待ってたぞ」

 

初霜「今日は来てくださってありがとう!」

 

鯉住「こちらこそ誘ってくれてありがとうね」

 

初春型駆逐艦の姉妹たちが、テーブルにスタンバイしていた。

それぞれ名前は、2番艦「子日」、3番艦「若葉」、4番艦「初霜」さんだ。

 

子日さんはいつも明るくて楽しそう。ピンクの髪が特徴。初春さんと同じワンピースだけど、スパッツを履いているから安心。一番この中で小学生っぽいかも。

 

若葉さんは反対にクールで落ち着いてる。茶髪で服をいつも少し着崩している。ファッションなんだろうけど、海軍的にはOKなの?落ち着きがあるので一番小学生っぽくない。

 

初霜さんは真面目で礼儀正しい。黒髪で、制服もピシッと着こなしている。正直一番お姉さんっぽい。初春さんには言えないけど。

 

初春「どうじゃ?綺麗な部屋じゃろ?」

 

鯉住「ええ、本当に。俺も見習わないといけないですね」

 

初春「そうじゃろう、そうじゃろう!

もっと褒めてもいいんじゃよ?」

 

初霜「ふふっ。初春姉さん、すごく念入りに掃除してたもんね」

 

若葉「……普段はこんなに綺麗じゃないな」

 

初春「ちょ!貴様等、余計なこと言うでない!」

 

子日「私たちみんなで頑張って掃除したんだよぉ!」

 

鯉住「ふふふ。それはありがとうございます」

 

あぁ~……

何だこの微笑ましい空間……

こんないい子たちが、深海棲艦と日々戦ってるとは思えないよ……

はぁ…癒されます。感謝ですね~

 

(なにうっとりしてるですか)

 

(さっさとあそぶです)

 

(そのりょうてのおいしいものをくばるのです)

 

おお、そうだそうだ。

あんまり遅い時間だと、甘いものは敬遠されるかもしれない。

せっかく買ってきたし、そうなる前に食べないとね。

 

鯉住「今日は呼んでもらったお礼に、お菓子や果物を買ってきましたよ。

よかったらみんなで食べませんか?」

 

ドサドサッ

 

両手の食べ物をテーブルに降ろす。

 

子日・若葉・初霜「「「!!!」」」

 

ファッ!?

3人の眼光がいきなり鋭くなった!?

さっきまでの癒し空間がいきなり戦場になったぞ!?

 

子日「子日、抜錨!!」

 

若葉「この瞬間を待っていた!」

 

初霜「初霜、出撃します!」

 

ガサゴソガサゴソッ!!

 

鯉住「みんな落ち着いて!たくさんあるから!いくらでも食べていいから!」

 

想像以上に反応がよすぎるぞこれ!大丈夫か!?

ちびっこ大満足コースのつもりだったけど、効果ありすぎかよ!

果物、甘いお菓子の組み合わせには、小学生特効が掛かっていたらしい。

 

初春「しょうがない妹たちじゃのう……」

 

鯉住「そういう初春さんは、ちゃっかり先にチョコレート抜いてたんですね……」

 

初春「ふふふ。先手は有効な戦術、ということじゃ♪」

 

いたずらっぽく微笑んでこちらにウインクしている。超かわいい。

どこでそんな技覚えたんですか。それは男性特攻ですよ。

 

鯉住「ま、まあ満足してもらえたようでこちらも嬉しいですよ」

 

子日「あかふぃっひゅふぉいじゅみひゃん!あふぃがふぉふ!!」

 

鯉住「ほらほら、食べるか話すかどっちかにしましょうね」

 

若葉「……このチョイス……完璧だ……モグモグ」

 

鯉住「そりゃよかった。どれ食べてもいいからね」

 

初霜「私はいちごが好きなんです!嬉しい!……モグモグ」

 

鯉住「それじゃいちご多めに食べていいよ。色々あるからね」

 

なんかみんなキラキラしてない?俺の気のせい?

 

(きのせいじゃない)

 

(おんなのこはかんみがねんりょう)

 

(よくをいえばすこんぶもほしかった)

 

おやおや、キミたちもキラキラしてるね。

いつのまにかキミたちも食べはじめてたのね。

ていうか前から思ってたけど、そのカラダのどこに食べたものが収納されるの?

明らかに身長よりでっかいものを、いくつも食べてるよね?

なんなの?それはキミたちにとって当たり前の現象なの?

キミたちホント不思議生物だよね。

 

初春「ささっ、妹たちよ、魅力的な食べ物ばかりじゃが、

せっかく鯉住殿が来てくれているんじゃ。はよう遊ばんと、もったいないぞ」

 

子日「モグモグ……ゴクン。はいっ!そうでしたっ!」

 

若葉「……そうだな。遊びながらでも食べることはできる」

 

初霜「ハイ!初春姉さん!私また人生ゲームしたいです!」

 

初春「ふふふ。いいじゃろう。鯉住殿もそれでよいか?」

 

鯉住「ええ。それで大丈夫です」

 

初春「よいよい。それでは子日、準備するのじゃ!」

 

子日「はぁい!まっかせてぇ~」

 

 

鯉住くん渾身のお菓子チョイスは無事に受け入れられた模様。

大勢でボードゲームなんて久しぶりで、内心ウッキウキの彼は、平常心を保つことができるのか!?

 




人生ゲームにおいても、エンジニアという、ゲームと現実の区別がつかない職業を選択した鯉住!
人生で巻き起こる様々な荒波を乗り越え、勝利の二文字を掴むことができるのか?

次回「別に一番になってしまってもかまわないんだろう?」!

お楽しみに!


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第6話

鯉住くんは明日朝勤です。
なので初春姉妹と遊んだ後は、そのまま仮眠室に泊まる予定。仮眠室はもちろんシャワー付。
いくら寮が近くても、チャリで往復30分近くかかるのが、仮眠室に泊まる理由ですね。
軍事施設なので、緊急出勤なんてことももちろんあります。
それもあって、少しの時間でも睡眠時間を確保したいようですね。


子日さんが人生ゲームをテーブル(こたつタイプ)に展開し終わり、各自席に着く。

……といっても、座っていないのは俺と初春さんだけなんだけどさ。

 

初春「さて、わらわも座るかのう」

 

スッ

 

初春さんが、残っている場所に入る。

これでテーブルの席は4辺全部埋まってしまったことになるが、

俺はどこに入ろうか。

 

……というか隣に座っても大丈夫な子はいるだろうか。

これは気にしておくべきポイントだろう。

これぐらいの年齢の女の子だと、

恥ずかしがる子と気にしない子が半々くらいだと思うけど……

 

初春「何を突っ立っておるのじゃ。貴様もはよう座れ」

 

そう言うと初春さんは、隣にもうひとり入れるだけのスペースを開けてくれた。

うん。気にしすぎだったかな。

 

子日「あっ!姉さんずるいですよぉ!」

 

若葉「……こちらも空いている」

 

初霜「私も隣で遊びたい!こっちに座って!」

 

バンバンバン!!

 

自分の隣にスペースを開け、みんなして床をバンバンしている。

 

ああ、気にするポイントはそこじゃなかったかぁ……

みんな素直でお兄さん感心です。素直なのはいいこと。うん。

しかしあれだ。これはこれで困る。

どうしたら波風立てずに着席できるか……

 

(もてもて)

 

(おあついことです)

 

(このたらし)

 

キミらはちょいちょい、人が考えてる最中に煽ってくるよね。

私は今脳みそフルスロットルなのですよ?茶々を入れないでいただきたい。

お菓子食っておとなしくしてるように。オーケー?

 

初春「こら、貴様ら!鯉住殿はわらわが連れてきたんじゃから、

わらわが一番楽しむべきなのじゃ!ここは譲る場面ぞ!」

 

子日・若葉・初霜「「「えー、ずるーい」」」

 

初春さんナイスアシスト。

ああ、なんかこの感じ、すごい懐かしい……

一番上のお兄ちゃんお姉ちゃんってこんななのよね。

親戚の上の子もこんなんだったよ。

あの頃は楽しかったなぁ。何にも考えず遊んでて……

……いや、今だって十分楽しいけど。

 

初春「つべこべいうでない!ほ、ほら、貴様もさっさと座らんか!」

 

バンバン!

 

ちょっと照れながら、妹たちに対抗して床をバンバンしている。

微笑ましい。

 

鯉住「はは……それじゃ失礼しますよ、っと。

みんなもスペース開けてくれてありがとね。お礼に今度お菓子買ってあげるよ」

 

子日「えっ!?やったぁ!!」

 

若葉「……本当だな?」

 

初霜「嬉しい!鯉住さん、ありがとうございます!」

 

フフフ。ババを引かせちゃった子にはちゃんとフォローを入れるのだ。

仲よく遊ぶには機嫌を損ねないのが一番大事。

俺の経験値を甘く見てはいけない。

 

初春「……むぅ」

 

隣からプレッシャーを感じる……

我慢してね。初春さん。バランスとらなきゃなのよ。

こっそりまたお菓子買ってあげるから。

 

鯉住「それじゃ下準備しましょう。銀行は俺がやりますよ」

 

若葉「……気が利くな」

 

鯉住「それほどでもありません」

 

初霜「ええと、車に棒を刺して……と」

 

・・・

 

下準備が終わり、いよいよ開始することになった。

ルーレットを回す順は、じゃんけんで勝った子日さんから時計回りだ。

 

子日「やったぁ!子日が一番だよぉ!」

 

若葉「……それだけで勝敗は決まらない」

 

初霜「わくわくしますね!鯉住さん!」

 

鯉住「そうだね。すっごい楽しみ」

 

みんなニコニコして楽しそうだ。

俺もつられて自然と笑顔になってしまう。

なんて幸せな空間なんだ……

 

(ねのひさんにいきおいがある……ムチャムチャ)

 

(はつしもさんに……こんぺいとうひとつ……モキュモキュ)

 

(わかばさんのあんていかんにかけます……ペロペロ)

 

お前ら何してんだ。俺の目には賭け事をしているように映ってるぞ?

あれだからな?今のお前ら、競馬場のおっさんだからな?

見た目を女の子からおっさんにして、

食べてるものをお菓子から焼き鳥にしたら、

完璧に競馬場のおっさんだからな?

容姿とアイテムでだまされると思ったら大間違いだぞ?おぉん?

 

子日「それじゃ回すよ!」

 

 

・・・

 

 

鯉住「初霜さん、高所得ルートに進むんだね。ギャンブル性高いのに。正直意外」

 

初霜「えへへ。普段堅実に戦ってるぶん、遊びでは楽しむんです!」

 

鯉住「あー、そういう考え方ね。いいじゃない……あ、人気アイドル(年収8.0万ドル)」

 

初霜「よっしゃあ!」

 

子日「あー、ずるいよぉ!初霜ちゃん!子日はバーテンダー(年収3.0万ドル)なのに!」

 

若葉「……バーテンダー……かっこいいな」

 

鯉住「若葉さんは建築家(年収6.0万ドル)だったね。それっぽいと思うよ」

 

若葉「……もっとかっこいい職業がよかった。

……それより一番似合ってるのは、鯉住さんのエンジニア(年収5.5万ドル)だろう」

 

鯉住「まさか人生ゲームでも、現実と同じ道を選ぶことになるとは思わなかったよ……

基本給まで完全に一致しているとは……はは……」

 

(つまらないおとこ……ムチャムチャ)

 

(もっとぼうけんするべき……モキュモキュ)

 

(おんなのこにあいそつかされそう……ペロペロ)

 

鯉住「はい、そこ!外野はヤジ飛ばさないように!

堅実だとか、安定感があるとか、もっと言いようあるでしょ!?

あと賭け事は禁止ですからね!!」

 

(((えー)))

 

鯉住「当たり前です!未成年は賭け事しないように!

それは大人のたしなみなのです!」

 

(((ぶーぶー)))

 

子日「鯉住さんは妖精さんと仲良しなんだね!」

 

若葉「……すごい。本当に話せるのか」

 

鯉住「いやぁ、仲良しというかなんて言うか……」

 

初霜「普段どんなこと話してるんですか?私、気になるわ!」

 

鯉住「いや、まあ、その……あんまり知らない方がいいと思うよ……」

 

初春「そうなのか?」

 

鯉住「そうなんですよ……ロクでもないことしか話してないので。

……まあ、会話できるのは確かなので、

妖精さんの方からメッセージがあるようだったら、その時はちゃんと伝えますよ。

そんなことがあるかはよくわかりませんが」

 

初春「ふむ。その時はよろしく頼むぞ」

 

鯉住「任せてください」

 

初春「とっ、とと、次はわらわの番じゃの。それい!」

 

クルクルクル……

 

ピタッ

 

初霜「……あっ」

 

若葉「……これは……」

 

鯉住「人気アイドル……」

 

子日「初霜ちゃんと被っちゃったね!」

 

初春「ということは……」

 

鯉住「アルバイトです」

 

初春「何故じゃあ!納得いかんぞ!わらわも艦隊のアイドルなのじゃあ!」

 

鯉住「諦めてください。それは那珂ちゃんです。初春さんはアルバイトです」

 

初春「うおおん!妹に先を越されるなど……うう……」

 

初霜「ドンマイですよ!初春姉さん!」

 

初春「うう……本人に言われとうない……」

 

鯉住「大丈夫大丈夫。まだ転職エリアもありますからね!

気を取り直して行きましょう!」

 

初春「……そうじゃの。次じゃ次!はよう回すのじゃ!」

 

鯉住「はいはいっと」

 

・・・

 

子日「今日は何の日!?」

 

初霜「給料日!」

 

子日「正解!」

 

・・・

 

初春「あああ!転職できなかった!!」

 

鯉住「慎重に選考を重ねましたが、今回はご期待に沿えない結果となりました」

 

初霜「初春様の今後のご活躍をお祈りいたします」

 

初春「ぬおお!やめろ貴様ら!祈るでない!

何故かよくわからぬが、そのセリフはとんでもなく心に響くのじゃあ!!」

 

若葉「……そんなに取り乱さなくても」

 

・・・

 

鯉住「……あっ」

 

子日「えーと?意見の違いから離婚……」

 

鯉住「なんてこった……子供一人いるのに……」

 

(しごとにかまけてばかりでかじをせず……)

 

(いくじにつかれたつまはじっかにそうだん……)

 

(そのままふうふなかがひえていき、とりかえしのつかないことに……)

 

鯉住「やめろ!やめてください!お願いします!

妙にリアルなストーリーを作るんじゃないよ!他人事だと思えないだろ!」

 

初霜「そ、そんなに動揺しなくても……」

 

若葉「……妖精さんたちはなんて言ってたんだ?」

 

鯉住「まだキミたちは知らなくていいことだよ……うん……」

 

初春「ま、まあ、その、あれじゃ……

い、いざとなったら、わらわがもらってやるからの……」

 

鯉住「初春さんは優しいなぁ……ありがとう……」

 

子日「姉さんフリーターで生活力ないけどね!」

 

初春「やかましいわ!!」

 

・・・

 

初霜「やった!臨時収入です!仕事が絶好調!10万ドルゲット!」

 

鯉住「おー!いいなぁ」

 

若葉「……流石人気アイドル」

 

初春「10万ドルと言うと……1200万円くらいか」

 

鯉住「これはテレビの特番かなんかに呼ばれたりしたのかな?

人気アイドルはだてじゃないねえ」

 

子日「いいなぁ、初霜ちゃん!」

 

初霜「頑張ってアイドル活動してきた結果です!」

 

・・・

 

若葉「……絵画の購入……5万ドル払う……」

 

子日「これは結構痛いね、若葉ちゃん」

 

若葉「……いや、でも……建築家で自宅には有名絵画……悪くない」

 

鯉住「あ、確かに。すっごいおしゃれ。

有名デザイナーズマンションとか手掛けてそう」

 

初霜「若葉姉さんの自宅、結構な豪邸だもんね」

 

鯉住「これは自分でデザインした豪邸ってことかな」

 

若葉「……フフ。5万ドルなら、いい買い物だったな」

 

初春「若葉はポジティブじゃのう」

 

・・・

 

初春「……! おお!きた!きたぞ!

埋蔵金を掘り当てた!20万ドルゲットじゃあ!!」

 

若葉「……おめでとう。初春姉さん」

 

初春「これで大分追いついてきたぞ!まだ1位はあきらめないのじゃ!」

 

初霜「まだまだ追い抜かれないよ!」

 

鯉住「……フリーターで埋蔵金掘りあてるって、

初春さん、なんかすごい人生を送ってるなぁ……」

 

子日「夢を追ってたら、ホントに掴めたってことかな?」

 

鯉住「これはテレビでインタビューされてもおかしくないね」

 

初春「ふふん。わらわの素敵な人生を語ってやるのも、やぶさかではないのう!」

 

初霜「あ、その時のインタビュアーは、人気アイドルの私でお願いするわ!」

 

・・・

 

子日「ああーっ!私の家が地震で倒れちゃったよう!!」

 

鯉住「あらら。新しい家を買わないといけないね」

 

若葉「……おススメはこの家。いいデザイン」

 

鯉住「おっ。その家も若葉さんのデザインかな?」

 

若葉「……そうだ。力作だぞ?」

 

子日「むー。でも結構高いよぉ……バーテンダーにはちょっとつらいかも……」

 

初春「それなら、わらわと同じマンションに来るのもいいのではないか?」

 

子日「うーん、マンション……やっぱり一軒家にします!」

 

初春「なぜぇ!?」

 

子日「子日はよくうるさいって言われちゃうから、

お隣さんがいない方がいいと思って!!」

 

鯉住「!! おぉ……子日さんはいい子だなぁ……!お兄さん感動したよ……!

こんど何かいいもの買ってあげるからね……!」

 

子日「ホントに!?鯉住さん!わぁい!」

 

初霜「子日姉さんだけずるいわ!」

 

・・・

 

鯉住「はい、ようやくゴールっと」

 

初春「これで全員ゴールしたの」

 

若葉「……それでは結果だな」

 

鯉住「オッケー。それじゃ決算するから、ちょっと待ってね」

 

 

決算中……

 

 

鯉住「……はい!お待たせしました!それでは順位の発表です!!」

 

子日「何位かな!?ワクワクするね!!」

 

初春「最後の方で臨時収入があったり、かなり追い上げたからの!

これはわらわが1位かのう?」

 

初霜「初春姉さんには負けませんっ!私が1位じゃないかしら!?」

 

若葉「……さて、どうかな」

 

鯉住「フフフ。かなり僅差だったよ。では発表!!

 

1位 初霜さん 42.6万ドル!

2位 初春さん 41.8万ドル!

3位 若葉さん 36.3万ドル!

4位 俺    30.4万ドル!

5位 子日さん 29.7万ドル!」

 

初霜「やったー!!勝利、勝利だわ!」

 

初春「むう。惜しかったのう。まあ2位ならよいか」

 

子日「うーん。おうちが潰れちゃったのが痛かったかなぁ」

 

若葉「……可もなく不可もなく。おしゃれで悪くない人生だった」

 

(ふふふ。はつしもさんのしょうりです)

 

(くそう)

 

(こんぺいとうが……)

 

お前ら賭け事は禁止って言ったやろがい。

目の前の皆さんの輝くような笑顔で、浄化されてしまいなさい。

 

鯉住「いやー、いい感じに終わったね。

人生ゲームなんてすごい久しぶりだったけど、昔と変わらず楽しめたよ」

 

 

今回のゲームでは、みんなかなり個性的な人生を歩んだ。

 

初霜さんは人気アイドルとして順風満帆に過ごした。

仕事での臨時収入があったり、結構な豪邸に住んだり、まさに芸能人って感じ。

子供も二人生まれて幸せな家庭を築いていた。

そういえば早い段階で結婚してたけど、

人気アイドルだし、そのことは発表していなかったに違いない。

ううむ、抜け目ないな。

 

反対に初春さんは激動の人生を送っていた。

終始アルバイトだったにもかかわらず、

埋蔵金を掘り当てたり、株で一儲けしたり、古物商免許をとったりしていた。

なんだろう、これ。今はやりのフリーランスってわけでもないな……

なんて言ったらいいかわからないけど、物凄いパワフルだったのは確かだ。

 

若葉さんは非常に安定していた。

建築家として堅実に資産をため、趣味の芸術品を購入するといった生活。

子供は一人で、大きすぎる出費も、ハプニングもなく淡々とゴールした。

なんか若葉さんっぽいなあ、と思わざるを得ない。

本人も納得してるようだし、若葉さんはアーティストとして才能があるのかもね。

 

子日さんは、他の3人と比べると、ちょっと不遇だった。

バーテンダーとして働いていたのだが、色々とトラブルに見舞われ、

なかなか資産を溜めることができなかったようだ。

それでも子供が3人と子宝には恵まれていたし、

ご主人とのダブルインカムでしっかり暮らしていたことだろう。

なんかうちの親戚と似た境遇だなぁ。親近感湧いちゃうよ。

 

俺は、まあ、あれだ。

なんかこう……資産はそこそこ以上になったんだけど、

結局最後までシングルファーザーだった……

なんかね、しっかり家庭を築いている他の皆さんを見てるとね、

悲しみとか焦りが心の中に出現してくるわけですよ……

あれ、おかしいね?ゲームなのにね?

妙に現実とリンクさせてくるのはやめてほしい。

はやく彼女を作らないとなぁ……と黄昏る私であった。まる。

 

 

鯉住「う、うん。楽しめた……楽しめた……よね?」

 

初霜「はい!楽しかったわ!」

 

初春「そうじゃの!やはり大人数で遊ぶと楽しめるのう!」

 

若葉「……大満足だ」

 

子日「鯉住さんが来てくれたおかげだよ!ありがとう!」

 

鯉住「そりゃよかった。こっちこそ呼んでくれてありがとうね」

 

・・・

 

初春「それじゃ、次は何をして遊ぼうかのう」

 

初霜「うーん……あ!そうだ!

せっかく鯉住さんが来てくれたんだから、鯉住さんのお話を色々聞きたいわ」

 

鯉住「え?俺の話を?」

 

初春「おお、いいのう!わらわもそれは気になるぞ!」

 

若葉「……悪くない」

 

子日「それじゃこれから、質問ターイム、だねっ!」

 

鯉住「うーん、そんなに変わった人生送ってきたわけじゃないから、

あんまり面白くないかもしれないけどね」

 

初春「そんなことはないぞ。

わらわたち艦娘は、ほとんど鎮守府から出ないのじゃ。

ちょっとした話でも新鮮なものよ」

 

鯉住「なるほど。それもそうか。

それじゃ残ったお菓子と果物でも食べながら、お話ししようか。

話せることならなんでも答えるからね」

 

初霜「やった!それじゃ私から質問するわね!」

 

思っていた以上に人生ゲームは盛り上がった。

そしてまだまだ遊ぶ時間はたっぷりある。

いつもよりも楽しい時間に、心躍らせる5人であった。

 




無垢な4人の怒涛の質問ラッシュが鯉住を待ち受ける!
果たして鯉住は子供の夢を壊さず、満足させることができるのか?

次回「なあに、子供の質問に答えるなんて朝飯前さ」!

お楽しみに!


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第7話

この世界では世界中に艦娘がいる設定です。
今までに活躍した船なら、みんな艦娘として顕現している、
と思っていただければ間違いありません。

だからイギリス、フランス、アメリカ、ドイツなどなど、海戦を行っていた先進国は、
軒並み強力な武力を有しているということになります。

まあそれでも対深海棲艦でしか基本的に艦娘は動いてくれないので、
帝国主義の食うか食われるかみたいな時代に戻ったりはしないんですけどね。

この世界はゲーム世界とは結構違うとこがありますので、
「ここではそうなんだふーん」くらいの気持ちで読んでくださるとうれしいです。


人生ゲームをひとしきり楽しんだところで、

俺への質問タイムということになった。

ま、大したことは話せないけど、楽しんでもらえるよう頑張りましょうかね。

 

初霜「はい!鯉住さん!」

 

シュッ!

 

初霜さんが元気よく手を上げる。学級会かな?

 

鯉住「はい、初霜さん」

 

初霜「なんで妖精さんと話せるようになったんですか?」

 

おおう、いきなりか。

俺にもよくわかんないんだよなぁ……

 

鯉住「う~ん、そうだねえ。実は自分でもよくわかんないんだよ。

最初にこいつらが現れた時には、もう普通に話せてたから……

むしろ初霜さんたちは、話すことができないの?やってみたりした?」

 

初霜「はい。何度か話してみたんですけど、

妖精さんの声は聞こえないのよ……」

 

子日「艦娘はみんなそうだよ!

なんとなくジェスチャーで言いたいことはわかるんだけど……」

 

初春「それでも行動に支障がないから、みんなそこまで意識してないのう」

 

鯉住「そうなんですね……それじゃ試しに聞いてみますか?

なんでこいつらが艦娘と話さないか」

 

若葉「……それは興味深いな」

 

鯉住「ですよね。

なあ、何でお前ら艦娘の皆さんと話さないの?」

 

(はなしかけてはいます)

 

(でもつうじない)

 

(とてもふべん)

 

鯉住「ああ、そうなんだ」

 

初霜「なになに!?なんて言ってたの!?」

 

鯉住「こいつらも艦娘の皆さんに話しかけてるみたい。

だけど通じないんだってさ。不便だって言ってるよ」

 

初春「は~。そうじゃったのか。

わらわはてっきり、やりたいように自由にやっておると思っておったぞ」

 

初霜「私もよ」

 

若葉「……何とかしたいな」

 

鯉住「だよねえ。お互い不便だってことだし。

なぁ、どうにかならないか?」

 

(できるならやってる)

 

(なんとかして)

 

(やくめでしょ?)

 

鯉住「相変わらず口悪いな!いつから俺が何とかすることになったんだよ!」

 

初春「まあ、どうしていいかわからんものは仕方ない。

先ほど貴様の方から言ってくれたことだが、

妖精さんの方から言伝があるようなら、教えて欲しい。

頼りにしておるぞ?」

 

鯉住「え、ええ。それくらいならお任せください」

 

初春「ふふっ。あ、そうじゃ。わらわも聞きたいことがある」

 

鯉住「ん?なんでしょう?」

 

初春「なんで貴様は、艦娘の艤装を直す仕事を選んだのじゃ?

鎮守府はある意味前線基地にあたるから、普通に働くよりも危険じゃろうに」

 

この仕事を選んだ理由か。そりゃもちろん……

 

子日「子日は鯉住さんに艤装見てもらえて嬉しいよぉ!

前の鎮守府にいた時より、艤装の調子がいいの!」

 

答えようとしたら子日さんに割り込まれてしまった。

まあ小学生だしね。そんなこともあろう。

でもそれをやりすぎると、嫌われちゃうからね。後でやんわり注意しておこう。

 

初霜「ああ、そう言えば、子日姉さんは異動してきたんだっけ」

 

子日「うん。そうだよ。前にいたところは大湊だよ!」

 

鯉住「大湊って言うと……青森か。

ずいぶん遠くから来たんだねぇ」

 

子日「あっちはすごい寒かったから、呉の天気はとっても過ごしやすいよ!」

 

鯉住「そうだねぇ。こっちはいい天気の日が多いし、雪もそんなにないから……」

 

若葉「……というか子日姉さん。艤装の調子がいいというのは本当か?」

 

子日「え?うん。全然違うかなぁ。

鯉住さんのメンテしてくれた艤装を担ぐと、すごく滑らかに動かせるから。

あっちでもメンテはしっかりやってくれてたんだけど、

鯉住さんが見てくれてる今よりも、全然動かしづらかったよ?」

 

初春「ふむ。それは興味深いの。

子日以外は皆呉生まれじゃから、比べるものがないのじゃ」

 

若葉「……もしやこの鎮守府の遠征成功率が高いのは、そのおかげなのか?」

 

初霜「それが本当ならすごいことよ!

鯉住さんは私達の艤装をメンテナンスする才能があるんじゃないかしら?」

 

鯉住「いやあ、そんな才能なんてないと思いますよ……?

ただメンテ自体は、いくら疲れてても真剣にやるようにしてます。

鎮守府で一番頑張ってる駆逐艦の皆さんが、無事に帰れるように、って思いながら」

 

4人「……え?」

 

あ、あれ?なんかみんなキョトンとした顔でこっち見てるぞ?

俺変なこと言ったか!?言ってないよな?

そこんとこどうなのさ?妖精さん!

 

グッ

 

3人揃ってドヤ顔でサムズアップしてんじゃないよ!

それだけじゃ俺にはなんも伝わらんの!

肝心な時に喋らないのな!お前ら!

 

若葉「……そうか……ありがとう」

 

鯉住「え……?い、いや、お礼を言うのはこちらの方ですよ」

 

子日「駆逐艦の私達にそんなこと言ってくれるの、鯉住さんくらいだよぉ」

 

鯉住「え゛っ!?そ、そうなの!?なんで!?」

 

初霜「えっとね。その、鯉住さん。

ここ以外の鎮守府って行ったことある?もしくは話を聞いたこと」

 

鯉住「えっ?……そういえばないなぁ。

研修もここで受けたし、異動もしたことないし」

 

初霜「だったら知らないと思うけど、

私達駆逐艦はね、他の艦種より下に見られることが多いの」

 

鯉住「い、いやいや、それこそわからないんだけど……

駆逐艦の皆さんがいなかったら、遠征任務うまくいかないじゃない。

立派なお仕事だと思うんだけど……」

 

初春「その遠征任務自体が問題でな。

遠征で、わらわたちがどんなことをしているか、知っておるか?」

 

鯉住「ええと、半日くらいで終わるっていうことくらいしか知らないですね」

 

初春「うむ。まあそのくらいでこなす任務が多いな。

近海の哨戒、警備、船団護衛などを中心に行っておる」

 

鯉住「護衛……ああ、それで艤装が傷ついてくることが多いんですね」

 

初春「そう。そうなんじゃ。それが大きな問題なんじゃよ」

 

鯉住「?」

 

初春「駆逐艦が遠征任務に適しておるのは、燃費がいいからじゃ。

しかし、遠征のたびに傷ついていては、修理にかかる時間と資材を消費してしまう。

それはわらわたち自身のカラダもそうじゃし、艤装についてもそうじゃ。

 

だから護衛中に強敵が現れて、いい勝負になってしまった時なんかは、

遠征で得られる資材と消費する資材で、トントンになってしまうこともあるんじゃよ。

最悪戦闘から撤退して、獲得資材無し、遠征失敗。そうなると赤字じゃな」

 

鯉住「あー、そりゃそうか……いつも本当に大変なんですね」

 

子日「うん。だからここ以外の鎮守府では、駆逐艦は鎮守府周りの哨戒ばかりで、

それ以外の遠征は軽巡以上の艦種がやるのが普通なの。

子日も駆逐艦が余ってるってことで、こっちに異動になったんだよぉ」

 

若葉「……駆逐艦は数が多く、戦艦などと比べられれば、とても戦闘向きとは言えない。

だから立場としては、他の艦種よりも弱くなってしまうのだ」

 

鯉住「……うーん、言ってることはわかるんだけど、複雑な気分……

やっぱり駆逐艦の皆さん担当としては、それは納得できないなぁ……

あ、でもあれでしょ?駆逐艦の皆さんが活躍できる場所だってあるんでしょ?」

 

初春「うーむ、実のところな。

ひっっじょーに限られた海域では、駆逐艦でないと攻略できないような場所もある。

海流と岩礁が激しすぎて、小回りの利く駆逐艦でないと、敵が少ないルートを通れないのじゃ」

 

若葉「……しかしそれはあくまで特例。

他の海域では、駆逐艦以外で艦隊を揃えたほうが、当然勝率は上がる」

 

うむむ……どうにも聞いていて辛いぞ……

いくら他の艦種よりも戦闘向きじゃないし、遠征も厳しいし、って言っても、

毎日頑張って深海棲艦と戦ってるのは事実なんだ。

それに対する評価が、いてもいなくてもいい、みたいなものじゃ、あんまりだろ。

俺だったらそんな職場3日でやめる自信がある。

 

なにか彼女たちの良さが活かせるところはないか……なにか……

 

鯉住「……あっ!ほ、ほら、でもさ。駆逐艦の皆さんは数が多いんでしょ?

それなら安全圏の鎮守府にたくさん配備することができれば、

より近海は安全になるんじゃないの?

いくらなんでもそんな近場に、強力な深海棲艦は出ないでしょ!」

 

初春「それはその通りじゃし、実際現状はそのような配備になっておる。

しかしそれはつまり、駆逐艦が他の艦種に勝る部分は数のみ、ということになる。

前線基地で駆逐艦が不要、という認識は変えられまい」

 

鯉住「あ―……そうなるか……

それじゃダメなんだよなぁ……もっといいところ……活躍できる場所……」

 

誰かの劣化なんて思って生きてるんじゃダメだ……

そんなの生きてて辛いだけじゃないか。

俺達を守ってくれてる彼女たちには、もっと輝いていてもらいたい。

何かないかなぁ……あぁ、考えようにも材料が足りない……

何かいい知恵ないすか?妖精さん?

 

(ていとくになればいい)

 

(じょうほうたっぷり)

 

(みんなまってるよ)

 

うわぁ。すっごいにこやかな笑顔。

お前らこんないい笑顔するの、悪巧みするときくらいじゃないか。

もしかして今なんか企んでます?

 

ガッ!ガッ!ガッ!

 

痛い!みんなして蹴るんじゃありません!

疑ったのは悪かったから!ヤメテ!

 

初霜「……ふふっ。鯉住さん、提督になればいいのに」

 

鯉住「……へ?提督?俺が?……なんで?」

 

大将からは、ねちっこいくらい誘われてるけど、艦娘の皆さんに言われたのは初めてだ。

というか今の会話で提督らしいことなんて言ってないよ。

自分の案なんて無い知恵絞ってひねり出したものだし。

その案も大したことないもんだったし。

 

初春「昼にもそう言ったのにのう……聞こうとしないのじゃ……」

 

鯉住「ええ……あれって冗談じゃなかったんですか……?」

 

初春「ムゥ。失敬な。そんな大事なことを茶化して言ったりせん」

 

プンスカしている。かわいい。

……じゃなくて、あの提督候補とか言ってたの、マジだったんかい。

突拍子もなさ過ぎて聞き流してましたよ。

 

鯉住「いやぁ、提督なんて俺には荷が勝ってますよ。

とてもじゃないですが、できる気はしません。今の立場が精一杯ですよ」

 

若葉「……鯉住さん、謙遜も度が過ぎれば相手の心証を悪くするぞ」

 

子日「何でそんな卑屈になるの?子日心配だよぉ……」

 

鯉住「ええ!?全く、これっぽっちも、謙遜したり卑屈になったりしてないよ!?」

 

初春「な?この調子なんじゃよ。困ったもんじゃろ?」

 

初霜「うーん……鯉住さんには、ちゃんとわかっていてもらいたいわ……」

 

鯉住「ええ……何を……?」

 

うへぇ……

なんかみんなして、やれやれ、みたいな反応してらっしゃる……

俺の何をそんなに買ってくれてるかわかんないけど、

たぶん見込み違いだと思うよ……

 

初霜「ねぇ、鯉住さん。

あなたは私達艦娘にとっての理想の提督像にとっても近いんです。

私達、とっても大事にされてるんだなって感じられて、とても嬉しいの。

だから、自分が大したことないなんてこと、絶対言わないで下さい。

そんなこと言われたら、私たち、悲しくなっちゃうわ……」

 

ああ!いかん!しょんぼりしてる!泣きそう!

これ今日の昼頃にも食堂で見たぞ!

春風さんのアレ、演技じゃなくて本気だったんか!

ちょっと疑っちゃったよ!ゴメン!

 

鯉住「ご、ごめんよ……でも俺のどこが提督に向いてるか、さっぱりわからないんだよ」

 

子日「そんなの簡単だよ!鯉住さんは私達の事、ちゃんと見てくれてるもの!」

 

若葉「……ああ。子日姉さんの言う通りだ。

そして現状の問題を認識し、変える努力も見せてくれた。

これ以上私達が望むことなどないさ」

 

鯉住「ええと……そんなの当たり前でしょ?

誰かのために頑張ってる人を大事に思うのも、

今よくないところをはっきりさせて、それを直していこうとするのも」

 

どんなことをするにしても、それは当たり前だと思うんだけど……

 

……ん?なんだろう。初春さんがしょんぼりしながら服をクイクイしてくる。

かわいい……じゃなかった。

いつも元気な初春さんらしくないな。どうしたんだろ?

 

鯉住「……初春さん?どうしたんですか?」

 

初春「……のう、鯉住殿。

わらわたちを、その、だ、大事に思ってくれているのは、何故なんじゃ?

提督はさておき、他の衆はみなそこまで思っておらん。

税金を払ってるから戦うのは当然、だの

兵器として存在しているんだから深海棲艦を倒すのが役割、だの

そんなことを言う輩も多いのじゃ……」

 

鯉住「そんなこと言う人なんてほっとけばいいんです。

そういう人間に限って、口だけで動かないんだから。

……そっか。そういった声も、艦娘の皆さんの負担になっているんですね……」

 

初春「う……む。負担でないと言えば……嘘になるのう……」

 

うーん……これはいけない。

人間はいい面も悪い面も持っているし、

悪い面は自分と関係ないものに対して残酷なほど向けられる。

人間同士でもそうなんだから、立場が曖昧な艦娘の皆さんに対しては考えるまでもない。

 

それに艦娘の皆さんはとても善良な心を持っている。

そういった悪意に晒されるのは、俺が思う以上に負担なのかもしれないな。

 

こんな空気に、こんな話題に、もっていってしまった責任をとって、

なんとか前向きな考えをしてもらえる話をせねば。

 

そしたら……少し重いけど、あの話でもしようかな……

 

鯉住「俺はね。昔、ある艦娘の方に命を救われたんですよ」

 

初春「命を……」

 

鯉住「はい。皆さんももしかしたら参加したんでしょうか?

あの5年前の本土大襲撃……」

 

若葉「……ああ。若葉達は援護だったがな。ひどい戦いだった……」

 

鯉住「そう。大勢亡くなりました。俺の知り合いも何人かは……

 

……その時はまだ俺は大学生でした。

なんとなく入った機械科で、なんとなく船舶コースを選んだ、よくいる大学生でした」

 

子日「船舶……もしかして」

 

鯉住「はい。内湾で危険は少ないと言え、ちょうどその日は海で実習をしていたんです。

通常時なら全く問題はなかったんですが、運悪くその日は本土大襲撃が起こりました」

 

・・・

 

その時俺たちは初めて間近で深海棲艦を見ました。

目が合った瞬間、カラダは金縛りにあったみたいに動かなくなりましたよ。

あいつらの目からは、確かに怒りとか、憎しみみたいなものを感じました。

何としてもお前は許さない、ここで殺してやる、って。

 

俺は情けないですけど、その目を見て一歩も動けなくなりました。

あんなに強烈な感情をぶつけられたのは初めてだったんです。

 

体を動かそうにも動かせないでいると、

その大きな口から魚雷のようなものを、こちらに吐き出したんです。

その瞬間わかりました。ああ、ここまでだ、って。

 

……でもその魚雷は、俺たちの乗っていた船に到達する途中で、爆発しました。

魚雷が走っていた場所に、大きな水柱が上がったんです。

呆気に取られていると、声が聞こえました。

その声の先には、弓道の道着のような衣装をまとった女性が1人。

 

 

「私が来たからには、あなた達には指一本触れさせません。安心して」

 

 

その声を聴いて、その姿を見て、

石のように固くなっていたカラダが動くようになったんです。

心の底から安心できる何かが彼女にはありました。

周りを見ると、他の同期たちも同じ感情を持ったようでした。

 

そこからは本当にすごかった。

彼女は弓矢を無数の航空機に変え、空に飛ばしました。

魚雷を撃ってきたそいつだけじゃなく、

次々現れる深海棲艦を、たった一人で殲滅していったんです。

 

まるでモグラ叩き。

彼女は攻撃を加えようとした相手を、次から次へと爆散させました。

全く戦闘のことなど知らない俺でもわかるくらい、

航空機を指揮する姿は常識はずれなものでした。

その10本しかない両指で、何機の航空機を操っていたんでしょうか?

記憶が確かなら、航空機は70~80は飛んでいたと思います。

 

とんでもなく強烈な殺気を放つ、赤い目や黄色い目をした深海棲艦たちも、

彼女の前では全く歯が立たず、海の底に消えていきました。

今思い返しても信じられないんですが、

彼女はたった1人で、数十体の深海棲艦を殲滅したんです。

しかも俺たちの乗った船をかばいながら。

 

そして深海棲艦がいなくなった後、

怯える俺たちに向かってこう言ったんです。

 

 

「大丈夫ですよ。敵はもう居ません。安心してね」

 

 

その言葉と共に向けられた微笑みは、

5年経った今でも、まぶたを閉じればすぐそこに浮かんできます。

 

・・・

 

鯉住「その時に思ったんです。

俺たちはとても大きな憎しみから、

とても大きな優しさで守られているんだって。

 

だから決めました。

俺たちを守ってくれる艦娘の皆さんのために、

なんの目標もなく生きていたこの命を救ってくれた、あの人のために、

俺の人生を使おうって。

 

大学の残りの期間、必死で勉強して艤装メンテを身につけたのは、

そんなことがあったからです」

 

4人「……」

 

鯉住「だから皆さん、自分が誰かの劣化だなんて、絶対に思わないで下さい。

俺にとっては初春さんも、子日さんも、若葉さんも、初霜さんも、みんな同じなんです。

みんな尊敬できる素晴らしい人たちなんです。

 

誰が上で誰が下とかそういうことじゃないんです。

深海棲艦と戦うってことがどれほど怖いことか、俺にはわかります。

それを毎日やってくれているんだから、もっと自信を持ってください」

 

鯉住「……」

 

……だ、大丈夫かな?

結構重い話しちゃったぞ。これ。

小学生な皆さんにはヘビィ過ぎただろうか……?

いや、でも、自信つけてもらわないと、いたたまれなかったし……

妖精さん!そこんとこどうでしたか!?

 

グッ!

 

(((いいしごとした)))

 

サムズアップ!ありがとう!いい笑顔!

なんかすっげぇ久しぶりに、

キミたちに話ふってよかったって思えたよ!

 

初春「……うん。そうじゃのう。

駆逐艦といえど、いや、駆逐艦だからこそできることがある。

それを探さないといけないんじゃな」

 

鯉住「そうですよ!

皆さんが自信持ってくれないと、俺も艤装メンテし甲斐がないですからね!

一緒に頑張りましょう!」

 

若葉「……人に歴史あり、だな。すまなかった。恐怖の記憶を思い出させてしまって」

 

鯉住「全然気にしてないんで大丈夫大丈夫!

こんな話で皆さんに自信持ってもらえれば、安いものです!」

 

初霜「……ふふ。やっぱり鯉住さんは提督になるべきよ」

 

子日「そうだよぉ!子日も応援するから!がんばろ!」

 

鯉住「い、いやぁ……それは大丈夫かな、って……」

 

ガッ!ガッ!ガッ!

 

痛い!何で蹴るの!?キミたち!

さっきまでのいい笑顔はどこにいったんですか!?

 

初春「心配せずともよい。貴様が提督になったら、わらわもついていくから」

 

鯉住「……?」

 

ん……?この人今なんて言ったのかな?聞き間違い?

 

初春「何が心配か知らんが、わらわがついててやれば問題なかろう?」

 

鯉住「……ええと」

 

この子は一体何を言っているんでしょうか?

ここは呉第一鎮守府。呉の数ある鎮守府の中でも、トップに位置する大規模鎮守府。

そこにおわすはエリート艦娘ばかりのはずでは。

そのうちの1人、しかもネームシップが、

そんな簡単に口にしていいセリフではないような気がいたしますで候。

私の認識は間違っているのでしょうか?教えて偉い人。

 

(まちがってます)

 

(おとこのせきにんをとるのです)

 

(かくごきめてほらほら)

 

俺は偉い人に聞いたんだよぉ!競馬場のおっさんの意見は聞いてない!

 

鯉住「ま、まずいですよ。初春さん……ここの主力のひとりなんでしょう?」

 

初春「おや?一緒に頑張ろうと言ってくれたのは嘘だったのかのう?

あの提督ならそれくらい融通利かせてくれるじゃろうし、大丈夫じゃ」

 

鯉住「そ、それは技術屋としての台詞であって……」

 

初春「おお……一緒になろうというのは、口から出まかせだったのかの……?

わらわは弄ばれたということか……よよよ……」

 

初春さんは意味深なセリフと共に、しなしなと床に倒れ込む。

よく時代劇で見るあれだ。あの暴力夫に殴られて悲しむ奥さんがよくやるやつ。

袖で顔を隠すところを、センスで代用している。芸コマかよ。

メチャクチャ似合ってるけど、

私のSAN値がゴリゴリ削れるような物言いはどうにかしていただきたい。

 

(ていとくになったらふたりでしんてんちに)

 

(これが……かけおち)

 

(ひゅーっ!)

 

脳の容量がもう一杯なんで、突っ込みは入れませんよ。

頭のデータ整理しないと……なんとかこの場をしのぐ言葉を……

 

鯉住「えーと……あー……うー……」

 

ダメだ!アウトプット機関がイカれてやがる!

言葉が出てこねぇ!なんも言えねぇ!

 

子日「心配しなくていいよぉ!子日たちからも提督に言っとくから!」

 

若葉「……そうだな。鯉住さんなら初春姉さんを預けても安心だ」

 

初霜「鯉住さんのメンテが無くなっちゃうのは寂しいけど……お幸せに!」

 

鯉住「ヤメテ!外堀を埋めないで!門出を祝わないで!

まだ提督やるって決めたわけじゃないからぁ!!」

 

初春「まあそう恥ずかしがるでない。これから頑張っていこうぞ」

 

鯉住「お願いだから話を聞いて!」

 

 

軽い気持ちで臨んだ質疑応答タイムだったが、

無残にも提督への道をがっつり補強されてしまった鯉住くん!

彼の明日はどっちだ!




しがない技術屋としてささやかな幸せを享受していた鯉住の前に、
彼を提督にしようとたくらむ有象無象が待ち受ける!

果たして強烈な数々のアプローチを前にして、正気を保てるのか!?

次回「神風型には勝てなかったよ……」!

お楽しみに!


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第8話

※今回は前回までの台本形式から、台詞に名前を入れない通常形式に変えてみました。
色々模索中ということで、ご迷惑おかけいたしますm(__)m
もし何かそのことについてご意見くださるようでしたら、お手数ですが『活動報告』の方にコメントを頂けると嬉しいです!

・・・

鯉住くんの艤装メンテは実際すごいです。
効果は以下のほど。

通常メンテ       プラマイゼロ
明石メンテ       ☆+1
鯉住メンテ(妖精無し) ☆+4
鯉住メンテ(妖精有り) ☆+9

こんな感じ。
ただしメンテ1回に対して出撃1回の短期バフです。

別に彼は選ばれしものとかそういうことじゃないです。
鯉住くんは感謝の気持ちを込めてメンテしているので、
艦娘という存在とうまくシナジーが掛かって、このような結果となっています。

細かい理由は世界観の大本にもかかわるし、ややこしいので、割愛します。
いつか明かすことになるかもしれません。


「あぁ、思った以上に遅くなっちゃったな……」

 

久しぶりに大勢で過ごしたこともあって、結構楽しんでしまい、

思っていた以上に帰ってくるのが遅くなってしまった。

明日は朝6時から仕事だっていうのに、

もうすでに22時を回ってるじゃないか……

それでもまあ睡眠時間は6時間以上確保できそうだし、

仮眠室に泊まるつもりでいて正解ってとこかな。

 

・・・

 

例の初春さんの爆弾発言以降も、色々と質問された。

好きな食べ物とか、出身はどことか、趣味はなんだとか。

 

好きな女性のタイプを聞かれたときに、綺麗な大人のお姉さんって言ったら、

初春さんに結構強めにわき腹を殴られた。

他の皆さんはそれを見て、やれやれ、みたいな反応をしていた。

なんでや。エロい人だと思われたのか?

俺ももう26なんだし、大人のお姉さんが好きでもいいじゃないか。

 

質問タイムが終わった時点でまだまだ時間が余っていたので、

その後はDVDで映画を見た。

やっぱりあのCD棚とDVDプレイヤーは若葉さんの私物だったようで、

おススメの映画を選んでもらった。

 

なかなか渋い映画ばかりで、流石は若葉さんといった感じ。

その中でも一押しということで、『ニューシネマパラダイス』を観た。

いやあ、初めて観たけどあの映画すごいわ。

最初のうちは果物をもしゃもしゃしながら見てたんだけど、

最後のシーンでは年甲斐もなくボロ泣きしてしまった。アルフレッドォ……!

 

結構長い映画だったし、小さい子には難しい内容だったので、

気がついたら、若葉さん以外は寝落ちしていた。

子日さんと初霜さんはテーブルに突っ伏してよだれ垂らしてたし、

初春さんはいつの間にか俺の膝に頭のっけて寝てた。

 

これには正直助かった。

大の大人が泣いている姿なんてあまり見せたくない。恥ずかしいし。

まあ若葉さんにはがっつりと見られてしまったけど…… 

その時若葉さんがクスクス笑っていたのはちょっとした衝撃だった。

あの子あんな表情するんだね。これがギャップってやつ?

 

というか、あんな大人向けの人間ドラマがおすすめだなんて、

若葉さんの趣味渋すぎない?

彼女だけは小学生として接してはいけないのかもしれない。

 

映画を観終わった後は、そのまま自然とお開きになったんだけど、

寝ちゃった3人をテーブルに残していくわけにはいかないし、

若葉さん一人で他の3人をベットまで運ぶのは厳しいってことで、

俺がベットまで運ぶことにした。

 

いわゆるお姫様抱っこというやつで運んだんだけど、

3人ともすっごい軽かった。

あの軽さで、あんなに重い艤装を振り回すなんて、何とも不思議な話だ。

物理法則というものは全く仕事をしていない模様。

まあ艦娘の存在自体が色々と科学の外なんだけどね。

 

そんなこんなで若葉さんに別れを告げ、艦娘寮を後にし、

工廠の仮眠室にまで戻ってきたというわけだ。

 

・・・

 

「さて、シャワーでも浴びて、寝るとしますかね」

 

今日は本当に色々あったけど、

艦娘の皆さんの事がよく知れたのは大きな収穫だったな。

 

まさか駆逐艦の皆さんが、軽く扱われているなんて思わなかったし、

みんなそれを普通の事として受け入れているのはちょっとショックだった。

 

技術屋の俺にできることなんてそんなにないけど、

なんとか活躍できるところを探してあげたいってのは本心だ。

幸いこの鎮守府では、遠征要員として十分活躍しているようだから、

俺の出る幕なんてないんだけどね。

これに関してはうちの大将グッジョブと言わざるを得ない。

ちょっとだけ見直したぞ。クソ提督。

 

まあ疲れた頭で考えても仕方ない。

今日はおとなしくさっさと寝て、明日に備えるとするか……

 

・・・

 

……次の日の朝

 

「……ねみぃ」

 

最近は8時間睡眠に慣れてたからな……

昨日は色々と忙しかった上に6時間睡眠だ。どうしても疲れは残ってしまう。

とはいえメンテに粗が出て、迷惑をかけてしまってもいけない。

 

今日は朝イチで神風型の皆さんの艤装をメンテして、

それが終わったら暫く休憩。

初春型の皆さんが遠征から戻り次第、彼女たちの艤装メンテとなる。

 

装備開発アシストだったり、建造アシストだったり、

特別な仕事が業務内容に組まれる場合もあるにはある。

しかし装備も艦娘も充実しているこの鎮守府では、開発も建造も必要ない。

そんな仕事が組まれるのは、滅多にないことだ。

ということで、今日はいつも通りの仕事ばかり。少し眠くても問題はないだろう。

 

鯉住「うしっ!それでは誠心誠意取り組ませていただきましょうか!

いくぜ、妖精さん!」

 

(((おー)))

 

気合、入れて、行きます!

 

 

……艤装メンテ中

 

 

「……」

 

ヴィィィ……

 

「おっはよー!お邪魔するわよ!ちょっといいかしら!?」

 

「……」

 

カチャカチャ……

 

「……ねぇ、ちょっと!」

 

「……」

 

グリグリ……

 

「……ええと、そのぉ……」

 

(よばれてる)

 

クイクイ

 

「……ん?」

 

「!! ちょっと、何で無視するのよ!」

 

「……ああ、朝風さん。おはようございます」

 

朝から元気な彼女は神風型2番艦駆逐艦「朝風」。

ちょうど今メンテしている艤装の持ち主だ。

 

彼女も神風型の他の姉妹の例に漏れず、袴にブーツといういでたち。

髪型は、おでこを見せる真ん中分けで、活発な印象だ。

頭の左右につけたブルーリボンも、袴と同色でよく似合っている。

どう見てもアオスジアゲハだよなあ、と思ったが、

機嫌を損ねて怒らせてしまうのも面倒なので、口には出さないでおこう。

 

「ねぇ、ちょっとあなた。私の頭に何かついてるの?」

 

「え?ああ、いや。なんでもないです。ハイ」

 

最近考えがよく読まれる。もしかして顔に出てる?

 

(でてます)

 

(めせんがろこつ)

 

(あいかわらずでりかしーがない)

 

マジかよ。ちょっと気を付けないとなぁ。

 

「それより!私を無視するなんていい度胸じゃない!どういうつもり!?」

 

どうやらメンテに集中していたせいで、気づかなかったようだ。

頬を膨らませ、少しブスッとしている。かわいい。

 

「ああ、すいません。ちょっと手が離せなかったもので。

何かご用ですか?」

 

「むぅ……まあいいわ。司令官から預かりものよ」

 

「うえっ……」

 

「……何よその露骨に嫌そうな反応……司令官と仲悪いの?」

 

「いやぁ……そういうわけではないんですが……」

 

「じゃあ何でそんな反応なのよ?」

 

「だって……ねえ?

毎日勧誘しかけてくるんですよ?提督にならないか?って」

 

「なんだ、そんなことで苦手意識持ってたの?」

 

「毎日ですよ?朝風さんだって毎日勧誘されたら気が滅入りません?」

 

「どうせあなた提督になるんでしょ?

さっさと受けちゃえば問題解決じゃない!!」

 

(((うんうん)))

 

「ええ……」

 

この人もわけわかんないこと言ってる……

お前らも乗っかるんじゃないよ。うんうんじゃないよ。

 

なんなの?

最近よく「お前もうほとんど提督じゃん」みたいな認識されてるけど、

俺の知らないところで何か起こってるの?

それはちょっといただけないですよ。

確かめてみないと……

 

「ええと……俺は提督やる気はありませんよ?

なんでもう提督やる前提になってるんですか?」

 

「……え?そうなの?

なんか司令官があなたのことで色々準備してたから、

てっきり提督になる予定があると思ってたんだけど……」

 

「オイィ!?何してんの!?あのクソ提督!

昨日ちょっとだけ見直したけどやっぱダメだわ!大将株はストップ安です!」

 

一気に眠気が飛んだ。

提督しないゆうとろうが!なにコソコソ動いとんねんな!

 

「な、なによ、いきなり大声出して……

ビックリしたじゃない……」

 

「あ、ああ……すいません。取り乱しました……

ちょっとぼんやりしてる場合じゃない話題だったので……」

 

「まあその辺は本人と話し合ってみてよ。

それより司令官からの預かりものを渡すわね」

 

「あ、ああ、はい」

 

ずるっ

 

そういうと朝風さんは、懐からブックカバーのついた書籍を取り出した。

……ていうか、どこから取り出してんの。朝風さん。

もしあなたが大人の女性で大人な体型なら、峰不二子みたいになってたよ。

小学生体型だから大丈夫だけど、

そこを収納場所に選ぶのは、お兄さんちょっとどうかと思います。

 

(またせくはら)

 

(しんせいのろりこんですか?)

 

(これはけんぺいあんけんまちがいなし)

 

目の前の無自覚ガールが、

セクシーな動きしたんだから仕方ないんです!

男だったらそういう考えになるもんなの!

そういうこと考えちゃうの前提で、口に出さないのが紳士の証なの!

 

(へんたいしんし)

 

(ろりこんしんし)

 

(むっつりしんし)

 

紳士の前につけていいワードは英国だけです!

そういったワードは不正解!赤ペン入れて突き返すぞ!

 

「……? どうしたの?早く受け取ってよ」

 

「あ、ああ、すいません。ではいただきますね」

 

朝風さんから書籍を受け取る。

ほんのりと温か……いや、この話はもうやめよう。

それよりも何の本なんだろう?ブックカバーを外して確かめようか。

 

ガサガサ

 

タイトルは……

 

『しょうがくせいでもわかる!

かんむす・しんかいせいかん とらのまき』

 

「……」

 

「何の本だったの?

一応人様のものだから中身は見なかったけど、気になるのよ」

 

スッ

 

「な、何よ、無言で見せてきて……何よコレ」

 

「私が聞きたいです……」

 

「ハァ……最近司令官が暇を見つけて何かを書いてると思ったら……」

 

「え?なに?これ大将の手作りなんですか……?」

 

「たぶん、ね」

 

「あのクソ提督……仕事中に何しとんのや……

百歩譲って仕事の合間に書いたとして、

なんで俺に渡すつもりなのに小学生対象にしたんや……」

 

「まあよくわからないけど、あなた読書好きなんでしょ?

ちょうどよかったじゃない」

 

「まあ、それはそうなんですが……いいんですか?朝風さん?」

 

「? なにが?」

 

「いやだって……多分この本朝風さんの事も載ってますよ?

そういうの見ちゃっていいのかなって……」

 

「あー……司令官の事だから大丈夫だと思うけど……

ちょっと見せてみて」

 

「え、ええ」

 

さっ

 

朝風さんに本を渡すと、ぺらぺらとめくりだした。

自分のページを探しているのだろう。

 

「……ふーん。どれどれ」

 

自分のことが描かれたページを見つけたようで、読み込んでいる。

大丈夫だろうか?

 

「はい。ありがと」

 

すっ

 

「……内容は大丈夫そうでした?」

 

「まあ、これくらいなら大丈夫ね。

私達のスリーサイズとか書いてあったら、

どうしてくれようかと思ってたわよ」

 

「……ははは……それならよかったです」

 

別に気にするほど……いや、やめておこう。

 

「ま、暇なときにでも読んでみるといいわ。

司令官は普段はそう見えないけど、歴戦の強者よ。

その司令官が知ってる情報が詰まってるから、かなり勉強になると思うわ」

 

「……はい」

 

その勉強って提督になるための勉強だよね?とか、

司令官の知識って完全に軍事機密だよね?とか、

色々と突っ込みたい衝動にかられたが、

得るものがないのは目に見えているので、現実から目を逸らすことにした。

 

「さてと、おつかいも済んだところで……」

 

「ん?どうしたんです?」

 

「ねえあなた、今時間あるかしら?」

 

「あー、今はちょっと無理です。でもあと1時間もしたら手が空きますよ?

初春型の皆さんが遠征から戻ってくるまで中休みですからね」

 

「オッケー!!1時間後なら私達も余裕あるわ!

それじゃその辺りでもう一度来るから!!」

 

「わかりました……というか朝風さん、わざわざ何しに……」

 

「それじゃまた後でねー!!」

 

タタタッ

 

「……行っちゃったよ。結局何しに来るんだ?」

 

よくわからないけどまあいいか。

それよりも仕事仕事……

 

・・・

 

「ふー。前半戦終了っと」

 

神風型の皆さんの艤装メンテを終え、一息つく。

いつもより睡眠時間が短いとはいえ、大規模作戦の時と比べたら余裕綽々だ。

 

大規模作戦の時は毎日4~5時間睡眠もザラで、

メンテのペースも今よりもずっと早めないと間に合わない。

艦娘の皆さんは高速修復材(バケツと呼ばれる)で一瞬で体力回復するが、

艤装はそうはいかないのだ。

 

大破した艤装はそんなに簡単には直せない。

艤装に住み着いている妖精さんたちのおかげで、

人間が使う兵器よりも圧倒的に修繕時間はかからないものの、

大破状態なら、1人につき少なくとも1時間は見てもらう必要がある。

まあとにかく、大規模作戦中は裏方も相応に大変だということだ。

 

「そういえば朝風さんが来るって言ってたけど、

何しに来るんだろうな」

 

ひとりごとを言いつつ、さっきもらった虎の巻を読む。

 

元々本を読むのは好きで、寮には本棚が5つほどあり、

もちろんすべて本で埋まっている。

休日はどこに出かけるでもなく、自宅で本を読んで過ごすのが、

いつもの過ごし方だ。

本はいい。それを書いた人、内容にアドバイスをした人、編集した人、

色々な人の思いが込められている。

自分以外の人から見た人生の一部、世界の一部がそこにある。

 

……最近は自宅にまでついてくるようになった妖精さんに、

読書を邪魔されることが多いのが悩みの種だけど。

 

「……なんだこれ。マジかよ」

 

あのクソ提督が作者だと思うと手放しで褒められないけど、

いやこれすごいわ。

 

艦娘の砲火力、雷撃力、対空力、装甲の4項目が、10段階に分けて書かれている。

あと装備できる艤装の種類とか、燃料弾薬の消費量とか、とにかくすごい情報量だ。

さらにその艦娘が得意な艤装についても書いてある。

こんなんもらっていいの?これヤバいやつでしょ。

軍事機密とかいうレベルじゃないんですけど。

 

もっと言うと艦娘の挿絵まで描かれている。

デフォルメされたちびキャラというやつだろうか。とにかくファンシーだ。

……あれ?これ書いたの大将だよね?あのおっさんこんなかわいい絵描くの?

ヤバくない?

 

……ウィーン

 

「こんにちは!来たわよ!」

 

おっと、朝風さんのご到着だ。

まだ虎の巻を読んでたいけど、そうもいかない。

 

「はいこんにちは。

さっきは聞きそびれちゃったけど、何の用事ですか?」

 

「ふっふっふ……!松風から聞いたわよ!」

 

あっ……(察し

 

「昨日初春型のみんなの部屋に遊びに行ったらしいじゃない!!

ねえねえ!誰に呼ばれたの!?何したの!?何があったの!?」

 

すっごいキラッキラした目とおでこでこちらに質問してくる。

これはあれだ。小学生女子が、他の子の恋愛事情にやたら首突っ込みたがるあれだ。

松風さんが面白くなるとか言ってたけど、もしや朝風さんの事だったのだろうか……

 

「さあ!さっさと教えなさい!隠したってためにならないわよ!!」

 

やたら早口でまくし立ててくる。うるさい。

どんだけ楽しみにしてたんだこの子は。

たまに松風さんが「朝風姉さんは黙ってれば美人なのに」って言ってるけど、

今ならその気持ち、100%理解できます。

 

あぁ……ちょっと、近いです……暑苦しいから離れてください……

身を乗り出すほど楽しみにしてたんですかそうですか。

 

「えと、朝風さん、ちゃんと答えますから。まずは落ち着いて。

そこに椅子があるので、とりあえず座って下さい」

 

「わかったわ!」

 

ポスン

 

ふう、ようやくこれで落ち着いて話が出来る……

 

「さあ!早く教えなさい!どうだったの!?どんなロマンスがあったの!?」

 

いやこれ落ち着けるか……?

 

「ま、まあまあ。そう焦らないで。

たぶんですけど朝風さんの期待しているようなことはありませんでしたよ?」

 

(ほんとにぃ?)

 

(うそはよくない)

 

(めくるめくろまんすがあそこにはあった)

 

あぁん?ねえよそんなもん!

ロマンスなんてありませんでした!

キミたち一緒にいたよね!?なんで覚えてないの!?

みんなして遊んだだけでしょうが!

 

「えー?ホントに?

松風の話だと、かなりワクワクしちゃう展開だったんだけど」

 

「ええ……? なんて言ってたんですか……?」

 

「艦娘と技術工、禁断の愛!愛しあう二人には年齢なんて関係ないのさ!

……みたいなことをいつもの口調で話してたわ」

 

「……Oh」

 

あのちびっ子は……んもう!

一番話しやすいと思ってたらこれだよ!裏切られた気分やでほんま!

 

「い、いいですか、朝風さん……

そういった事実は一切なかったんで、そこのところお願いしますよ……

初春型の皆さんにも迷惑が掛かってしまいますからね……」

 

「えー。つまらないわ」

 

「つまるつまらないはとりあえず置いておいてください……

実際なにしたか話しますので」

 

「まあそういう関係じゃなかったとしても、駆逐艦仲間としては気になるのよね。

何しに行ったの?」

 

「えーとですね。

そもそもは初春さんが艤装メンテを見学したい、と言ってきたところからなんですけど」

 

「ふんふん」

 

いきさつ説明中……

 

「……ということなんです。

ボードゲームしたり、みんなで話したり、映画見たりしただけですよ。

俺としても親戚の子たちと遊んでたのを思い出せたので、楽しかったです」

 

「……へえぇ」

 

「……朝風さん?」

 

なんだろう。さっきよりキラキラしている……

 

「松風が言ってたこともあながち間違いじゃなかったわね!」

 

「え゛っ」

 

「うん!いい話が聞けたわ!ごちそうさま~♪」

 

「あ、ちょ、待って!」

 

タタタッ

 

こちらの制止も聞かず走り去ってしまった……

神風型の艦娘には、人の会話をぶった切る性質でもあるんだろうか……

虎の巻に追記しといてやる。

 

(へやによばれて)

 

(いっしょについていくといわせて)

 

(ひざまくらにおひめさまだっこ)

 

(((ごちそうさまでした)))

 

うるさいよ!息ピッタリじゃねえか!お遊戯会での発表か!

第一そういうんじゃないから!

あちらは小学生で艦娘!こちらはいい大人で人間!

ほら見ろ、仲よく遊ぶ、以外の答えなんか出てこないでしょうが!

俺にロリコンの気はないから!

 

(((へー ふーん)))

 

ニヤニヤするんじゃありません!そのジト目をやめなさい!

「何を言っても事実は変わらないのに……」みたいな反応をするんじゃありません!

 

 

 

どんどん自分の認識とは違った噂が広まることに、戦慄を覚える鯉住くん!

少なくとも神風型の中では、彼の評価は定まった模様!

 

読書家に本をプレゼントという、

彼の趣味を利用した、大将の巧妙な罠も、鯉住くんの提督化に拍車をかける!

 

果たして彼は、この先生きのこることができるのか!?




裏で暗躍する鼎大将は側近とも呼べる3人の部下を呼び寄せた!
規格外の実力を持つ彼らに、鯉住くんは抗いきることができるのか!?

次回「俺が提督になるわけないだろ?安心しろよ!」!

お楽しみに!


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第9話

この世界では深海棲艦の生息分布に大きな偏りがあります。
かつて血が多く流れた海では生息密度が濃く、人間の干渉が少なかった海ではその逆、と言った感じです。
もちろんこの分布密度は、彼女たちの個体の戦闘力にも大きく関係します。
これが原因で、艦娘を多数抱える国でも、身近な海の危険度が高いことが多いんですよね。一国だけが他の国から抜きんでることは難しいようです。


「ふう……ただいま、っと」

 

誰も待っている者はいないが、いつもの癖で挨拶をする。

今日もまた一日が終わった。寮に帰ってきて、まずは一息つく。

四畳一間にキッチンと、よくある一人暮らしの下宿先。

大して帰りたくなるような立派な部屋ではないけども、やはり自分の空間というのは落ち着く。

 

パチッ

 

電気をつけると、部屋の隅々まで光で照らされる。

部屋の半分を占拠する本棚に、その向かいの壁沿いには、2段2列に並んだ4つの水槽。水槽の中には1匹づつ魚が泳いでいる。

 

「昨日はエサあげられなくて悪かったね。今日はごちそうあげるからたっぷり食べるんだぞ」

 

ラックからちょっと特別なエサを選び、ペットのフグにあげる。

エビを乾燥させたクリルというものだ。いつものエサよりも上等品。

 

パクパク

 

「よしよし。みんなよく食べてるな」

 

1人暮らしを続けていると、なんだかんだで寂しさは募る。

ペットはそれを和らげてくれる大事な存在だ。

 

(あいかわらずさびしいかんがえ)

 

(かのじょをつくるべき)

 

(いいひといるじゃないですか)

 

いや、1人じゃなかったわ。悪い意味で。

 

最近こいつらは、職場を離れても俺についてくるようになった。

仕事の時には頼りになるが、私生活にまで干渉されるのは、ちょっといただけない。

俺は1人の時間が必要な人間なんだけどなあ……なんでこんなに気に入られてしまったんだか。

 

「はいはい。俺は今日も色々と疲れてんの。おとなしくしてるように。

お前らだって一日働いて疲れただろ?」

 

(まったくぜんぜん)

 

(むしろげんきいっぱい)

 

「なんでやねん。今日は結構メンテ大変だったじゃないか」

 

午前中はいつも通りに終わったのだが、午後からの仕事はなかなか骨が折れるものだった。

初春型の皆さんの艤装メンテをしたのだが、遠征中に深海棲艦と出くわしてしまったらしく、艤装は大きく傷ついていた。

 

艤装が運ばれてきたときは肝が冷えたものだ。

今までならそんな状態の艤装を見ても、「大変だったんだな」くらいにしか思わなかったが、今日はそうではなかった。

つい昨日楽しく遊んだだけに、どうも余計な心配までしてしまった。

艤装と同じように、本人も大ケガをしてしまったんじゃないか、なんて不吉なことを考えてしまったのだ。

シフトの都合上、初春型の皆さんに顔を合わせられなかったのも、不安を煽られた一因である。正直ものすごく心配で、気が気じゃなかった。

 

艦娘と仲良くなるのも大変だなあ、と感じたし、

毎日責任もって指揮を執る提督ってのは、よっぽどすごい神経なんだろうなあ、とも思った。

 

「……なあ、お前ら。自分の大事にしてる人が戦場に行くって言ったら、どう思う?」

 

(うーん)

 

(よくわかんない)

 

(せんたくにいくですか?)

 

「戦場って戦う場所の事な。お前が言ってるのは物を洗う方の洗浄」

 

(おんなのたたかい)

 

(あかしまーとのたいむせーるですか?)

 

「……いや、いい。何でもない。忘れてくれ」

 

どうも1人になると、考えても仕方ないことまで考えてしまう。

俺は技術屋で、心を込めて艤装メンテをするのが仕事。

適材適所というやつだ。自分の裁量を越えて何かしようとしても、それはうまくいかない。

 

(こいずみさんのてきしょはていとく)

 

(わたしたちのてきしょはちんじゅふ)

 

(さいきょうのあいぼう)

 

「……そうかい。頼りにしてるよ」

 

妖精さんをいなして、風呂と晩飯の準備をする。

さっさと済ませることは済ませて、ゆっくりしよう。

 

 

……食事&風呂を堪能中

 

 

「……まだ時間はあるな」

 

今日は朝勤だったが、明日は通常出勤だ。もうちょっとのんびりする時間はある。

では何をするかと言えば、当然読書だ。

こういうまとまった時間でなければ、本の世界に没頭することは難しい。

 

「……やっぱり気になるよなあ。この本」

 

本を読みながらくつろぐにはベッドの上だ。

今日の午前中に朝風さん経由で大将からもらった本を手に取り、ベッドにあおむけになる。

非常に癪だが、この本はとても面白い。

 

「……さてと、じっくり読まさせていただきますか」

 

読書中

 

「……へぇ」

 

この本には大量の情報が詰まっている。まるで宝箱。

世の中に出回っている艦娘に関する情報量なんて、この本の中身に比べたら、あってないようなものだ。

 

まず驚いたのが、艦娘の種類によって顕現数が全然違うこと。

多数顕現している艦もいれば、たった1隻しか顕現が確認されていない艦もいるらしい。

例えば駆逐艦『吹雪』は25隻の顕現が確認されているのに対し、戦艦『大和』は大本営所属の1隻しか確認されていないようだ。

 

そして明らかに艦種による違いが見られるとのこと。

比較的顕現数が多いのは駆逐艦。1隻の顕現数は大体20~30隻ほど。

最も顕現数が少ない艦種は戦艦。こちらの1隻の顕現数は、多くとも5隻ほどらしい。

 

「全く……世の中の何人がこれを知ってるんだか……」

 

半ば呆れながらページをめくる。

軍事機密がどうのというのは、もう気にしないことにした。

鎮守府のトップ自らこんなものを渡してくるんだから、こちらがあれこれ考えるだけ無駄だ。

俺知らないもんね。

 

「……」

 

まだまだ面白い情報はてんこ盛りだ。

 

今から10年前、艦娘が現れた当初は、艦娘の数を増やす方法は主に『建造』だった。

妖精さんの謎技術をふんだんに使った建造炉。ここから艦娘は生まれていたとのこと。

しかし近年では、この建造炉を動かしても、ほとんどの場合、艤装しか生まれなくなってしまったようなのだ。

大将の注釈だと、すべての艦が存在上限に達してしまったため、これ以上の数の増加が見込めなくなったからでは、と書いてあった。

上限ってなんだよ、そんなん決まってるのか、と思ったが、元から艦娘は不思議な存在だ。そんな感想を持つのも今更な話だった。

 

そして艦娘を増やす方法は、今の『建造』のほかに、あと2つあるようだ。

そのうちの一つが『ドロップ』。10年前、一番最初に出現した艦娘は、このドロップに当たる。出撃などで深海棲艦支配海域を攻略すると、たまに戦闘後、艦娘が浮かんでいることがあるようだ。これも不思議な話だが、やっぱりそれも今更な話だ。

 

そして最後の一つは……書いていない。

 

『建造』と『ドロップ』の説明のあとに、

[艦娘を手に入れるにはもう一つ方法があるぞ!それはキミの目で確かめてくれ!]

と書いてあった。

その煽り文、俺見たことあるよ。子供のころにゲームの攻略本で。

 

 

……このままだといつまでも読んでしまうな。

いつの間にかいい時間だ。そろそろ寝ないと明日の仕事に支障が出る。

 

「……そろそろ終わりにしようか」

 

パタン

 

本を閉じ、仰向けに寝転がっていた胸の上を見ると、妖精さん達がぐっすりと寝ていた。

 

「こいつらも黙ってればかわいいのになあ……」

 

よだれを垂らしながら幸せそうに寝ている姿を見ると、ちょっとくらいのわがままなら許してもいいかな、という気分になる。

 

……ん?よだれ?

 

「……あーあ。ばっちぃ…」

 

パジャマが幾分湿ってしまったが、まあ少しくらいいいか。

手のひらサイズの彼女たちを座布団の上に移し、布団をかぶる。

 

「それではおやすみ、っと」

 

電気を消し、今日1日にさよならを告げる……

 

 

・・・

 

 

翌日……

 

少し早めに寝たことで、寝覚めのいい朝を迎えることができた。

朝の準備をささっと済ませ、いつも通りチャリで出勤。

タイムカードも押して、業務に入った。

 

今現在は、午前の仕事が終わったところだ。

 

今日の仕事は少し特別なやつだったりする。

午前中はいつも通り神風型の皆さんの艤装メンテだったが、午後には他の艦種の皆さんの艤装メンテの手伝いだ。今日は初春型の皆さんのお仕事がないため、空いた時間に他の仕事の手伝い、というわけ。シフトの関係でこういう仕事が入ることは、ままある。

 

「さて、昼飯に行きますかね。何か食べたいのあるか?」

 

(さばをたべたい)

 

(ころっけがいいです)

 

(なっとう)

 

「納豆てお前……べたべたにならない自信あるのか?」

 

(ばかにしてはいけない)

 

「そこまで言うならいいけど、気をつけろよな」

 

今日は3人とも違うおかずか。まあいつもの事だが。

毎日昼飯をおごってると、結構出費がかさむ。

なんか特別手当とか出してもらえないかなぁ……

 

例によって食券を手に入れると、聞きなれた声が耳に入る。

 

「やあやあ、ゴキゲンかね?鯉住君」

 

「その声は……大将ですか」

 

振り返るとそこには大将が座っていた。

2,3日前にも同じようなシチュエーションがあった気がする。

今回は秘書官はいないようだ。1人で座っている。

 

「えー、とりあえず、昼飯もらってきます。

ちょっと待っててくださいね」

 

「ああ。別に急かさないから、ゆっくりとってきたまえ」

 

「はい」

 

食券を昼食と交換し、大将の目の前に座る。

ちなみに俺の今日の昼食は、エビフライ定食だ。

 

「よいしょっと。お待たせしました」

 

「うむうむ」

 

「それで、今日もまた勧誘ですか?」

 

「いや、今日はそれとは別件で呼んだんじゃよ。まあ、勧誘もするが」

 

するんかい。

 

「あー、ていうと、昨日いただいた本の事ですか?

あれすごい面白いです。ありがとうございます」

 

「あ、もう読んでもらえたのか。さすが読書家。行動が早いのう」

 

「もちろん全部は読めてないですよ」

 

「そりゃそうじゃろう。

あの一冊には新米提督教育課程の内容全部詰まってるから」

 

「ファッ!?」

 

「おや?どうした?」

 

「なんとなく察してましたけど、やっぱりそういうものじゃないですか!

提督やらないって言ってるでしょ!?」

 

「えー?知識をつけるのは大事じゃよ?」

 

「いやまあそうなんですけど!言いたいのはそういうことじゃなくて!

そんな重要なものをホイホイ技術屋なんかに渡さないで下さい!」

 

「えー?いいじゃない、別に。キミ情報漏洩とかしないでしょ?」

 

「しないですけどぉ!」

 

初春さんのガバガバ情報保持認識は仕方なかったことが判明しました。

目の前のクソ提督からしてこの有様だもの!

この親にしてこの子ありってか!?この鎮守府大丈夫!?

 

……あ、初春さんで思い出した。

 

「あー、そういえば大将。昨日初春さん達って大丈夫だったんですか?

艤装は大分傷ついてましたけど……」

 

「ん?ああ。大丈夫じゃよ。艦娘のダメージは、艤装の一部でもある制服にいく。

砲弾が直撃しても、彼女たちのカラダには傷一つ付かんよ。

あまりにも大きいダメージを負ってしまえば、その限りではないが……」

 

「……怖いこと言いますね。

……まあともかく、怪我が無いようで何よりです」

 

「ふむ。やはり婚約者の安否は気になるだろうな」

 

……???

 

「……???」

 

何言ってんだこいつ

 

「本人たちから聞いたぞ?これから苦楽を共にする誓約を姉妹の前で交わしたと」

 

何言ってんだあいつ

 

「いやー、部下からそんな報告受けたの初めてだったから、わし驚いちゃったよ」

 

俺も驚いてます

 

「もちろんわし応援するよ?

初春君がいなくなってしまうのは痛いけど、それでキミの提督ライフが充実するなら、喜んで送り出すよ」

 

ええと……

 

「……どうしたのかね?またもや押し黙って」

 

「……なんて言ったらよいのか……」

 

(((ごせいこんおめでとう)))

 

ビークワイエット。

キミたちは黙っておかず食べてなさい。

ていうか器用だな。納豆ケースの縁に立って、うまく箸でかき回してるよ。

 

「大将……初春さんがなんて言ったかは詳しくわかりませんが、

そのような事実はないということだけ、強くお伝えしておきますね……」

 

「そんなに恥ずかしがらんでもよいのに。

駆逐艦とケッコンする提督も一定数おるんじゃよ?

まあキミに幼女趣味があったというのは知らなかったが……」

 

俺に幼女趣味があるとか、俺も初めて聞きました。

 

「大将……大将……

お願いです……俺の話を聞いてください……」

 

「朝風君も興奮しながらそのことを伝えてきたし、

少なくとも駆逐艦の間ではお祝いムードじゃよ?」

 

あんのデコアゲハ……

 

「大将……俺はね、初春型の皆さんと楽しく遊んだだけなんです。

それは親戚の子供と遊ぶようなものだったんです……

決してお話していただいたような事実はなかったんですよ……」

 

「大丈夫?キミなんか目がうつろだよ?」

 

「鯉住は……大丈夫じゃないです……」

 

「う、うむ。まあ食べながら話そうか。ほら、箸をとり給え」

 

「はい……」

 

光の宿っていないであろう目をしながら、エビフライ定食を食べる。

正直味も素っ気も感じないが、養分補給はしないと……

 

「それでな、鯉住君。今日キミに会いに来たのは別の用件なんじゃよ」

 

「え……これ以上いじめられるんですか……?」

 

「いじめてないからね?わし」

 

「俺の心はもうギリギリなんですよ……?」

 

「まあまあ、そんな簡単に人間ダメにならんから安心せい」

 

「あ、やっぱり……追い込まれるような内容なんですね……?」

 

「そんな大したことないから大丈夫大丈夫」

 

「大将の大丈夫は大丈夫じゃないんですよ……」

 

「なんかワシ信用されてないのかのう?」

 

「俺に対するご自身の言動を思い返していただきたい」

 

はぁ……こんな不毛な会話を繰り返してるわけにもいかない。

大将の申し出を聞くのは、嫌というか、やだというか、逃げられるなら逃げたいのだけども、すでに聞かなきゃいけない段階まで話は進んでいるんだろう。

腹をくくらないとな……

 

「ハア……それで、大将。いったい何の案件なんですか?」

 

「お、聞く気になったのかね?」

 

「聞きたくはないですがね……」

 

「まま、気を楽にしなさい。

今回キミのためにね。わしの教え子3人を呼び寄せたんじゃよ」

 

「お、教え子……?」

 

「そう。皆現役の提督じゃよ」

 

「え……と。俺のためってことでしたけど……

具体的には何をしにいらっしゃるんですか?その大将の教え子の皆さんは」

 

「いやなに、キミ、何回呼び掛けても提督になろうとしないじゃろ?」

 

「ええ、まあ、向いていないと思うので」

 

「それって結局、提督が普段何してるか知らないせいだ、って、わし思ったのよ」

 

「……まあ、そういう側面もあるにはありますけど……」

 

「だから今回はキミの疑問を解決するために、3人を呼び寄せたんじゃよ。

キミには好きなだけ気になったことを質問してもらって、それに現役の提督が答える、という形になる。

幸い3人ともタイプが全然違う提督だし、わしも当然質問に答えるし、ここで完全に提督に対する不安をなくしてもらって、安心して提督になってもらおうという算段じゃ」

 

「……」

 

……予想はしてたけど、やっぱりアカンやつですわ。

要はあれでしょ?1対4の質疑応答ってことでしょ?しかも相手は全員現役提督。

なんで一介の技術屋ひとりに対して、多忙極める提督が4人も揃わなくちゃならないのだろうか?

これは胃薬の用意が必須なのではないでしょうか……

 

「……ハァ……もうその3人には声をかけてあるんでしょう?

一体その面会はいつの話なんですか……?」

 

「明日」

 

「……ん?」

 

「明日の朝から」

 

……え?急すぎない?

 

「え、あと、その……明日の業務は……?」

 

「明石君が引き受けてくれるって」

 

「あのピンク……そういう時だけ本気出しやがって……」

 

「というわけで、明日は朝の0900……9時から提督室に集合ってことで」

 

「アッハイ」

 

「それじゃよろしくのう。遅刻せんように」

 

「アッハイ」

 

……行ってしまった。

 

「胃薬……買っておかないとなぁ……」

 

・・・

 

そのあとの午後の業務は、いっぱいいっぱいだった。

 

魂の抜けた表情で手伝いに行った時には、先輩にマジで心配されたし、明石には「ロリコン鯉住」だの、「苦労人鯉住」だの、好き勝手あだ名を増やされた。散々だった。

明日になる前に胃薬が必要な事態となるとは……

 

というか明石の奴、俺の話を聞いてゲラゲラ笑っていやがった。絶許。

アイツだけは艦娘の中でも唯一俺が尊敬していない対象だ。同僚だというのもあるが、女子高生のようなノリでこっちに絡んでくるのがうざい。

もっと人の気持ちを考えるように。少なくとも、あれほど弱ってる人間に対して、ゲラゲラ笑うような真似をするのはやめるように。

 

それと俺の憔悴っぷりは相当なものだったらしい。

なんとあの唯我独尊な振る舞いばかりする妖精さんたちが、こちらのことを心配してきたほどだった。これには俺もビックリ。

 

そんなこんなで発狂寸前までSAN値をすり減らしつつ、明日の圧迫面接に向けて心を整える鯉住くんだった。




心優しい鯉住くんにつけ込む大将の魔の手!逃げ場を失った鯉住くんの明日はどっちだ!?

次回「無事に戻ったら一緒に間宮羊羹を食べよう」!

お楽しみに!


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第10話

この世界にはそんなに鎮守府はありません。
各鎮守府(呉とか横須賀とか)に、5~10拠点くらいです。
ちなみに呉は第1鎮守府から第10鎮守府まであります。
艦娘数がそこまで多くないので、鎮守府数を多くしすぎても運営できないのが主な理由です。
あと単純に提督数も少ないです。妖精と仲が悪くない人間はほどほどいますが、人間的に指導者適性があるか怪しい人も多いので。

※しばらく何話かは対話メインになりますので、お話がほぼ動きません。気長にお付き合いいただけると助かります。ごめんなさい!許して!


今俺は会議室の前にいる。

なぜこんなところでうろうろしているのかというと、

この扉の奥に、今日一日お世話になる人たちが待ち構えているからだ。

そして何故すぐにノックして入室しないかというと、心の準備に時間がかかっているからだ。

 

(はやくはいるです)

 

(ていとくとしてのさいしょのいっぽ)

 

(はりーはりーはりー)

 

やめて急かさないで。マジで今余裕ないから。

 

だって中にいるのは、呉第1鎮守府の大将と、その教え子の現役提督3名。

たかが技術屋が面会するには、身分違いもいいところなんだもの。聞く人が聞けば、技術屋が見初められたシンデレラストーリー的なものに聞こえるかもしれない。だとしても、本人が望んでいない以上、良い出来事ではないのである。

 

「うう……気が重い……」

 

中に聞こえないように弱音を吐く。いくら大人になっても、こういう場面では緊張してしまう。心臓がバクバク言っているのがよくわかる。

入るべきか入らざるべきか。いや、入るしかないんだけども。

 

どうにも踏ん切りがつかず、扉の前でうろうろする。今の俺、まるで動物園の熊みたいだな、なんて現実逃避をしてみるも、現実は変わらず。覚悟は決まらず。

 

「えと……そこのあなた、何をしてらっしゃるの?」

 

「んおっ……!」

 

ひとりで悶々としていると、声をかけられた。ビビった。

 

彼女は神風型駆逐艦5番艦『旗風』。神風姉妹の末っ子だ。

他の姉妹と違って、淡い黄色の羽織をかけている。とてもおしとやかだ。

末っ子だからか自信なさげで、ちょっとおどおどとした話し方をする。

その髪型は春風さんと同じで、クルクルとまいている。お姉さんと仲良しなのだろうか?微笑ましい。

 

「あっ……すいません。いきなり話しかけて驚かせてしまって……」

 

「い、いえ。こちらこそすいません。どう見ても不審者でしたから」

 

「え、と、鯉住さん、一体提督室の前で何を……?」

 

「あのですね。今日は面談なんですけど、どうにも覚悟が決まらなくって……」

 

苦笑いしながら、頬をポリポリとかく。

大の大人が緊張してうろうろしてるところなんて見られたら、やっぱり恥ずかしいのだ。

 

「え……?面談……?一体どちらさまと……?」

 

「あのですね、面談相手というのがですね、大将と、その教え子3名らしいんですよ……全員提督ってことで、どうにも顔を合わせるのに踏ん切りがつかなくって……」

 

「え……!うそ……!あ、あの御三方がいらっしゃってるの……!?」

 

旗風さんが急に動揺し始めた。

え?なに?大将の教え子ってそんな大物なの?

 

「えと……旗風さんはご存じなんですか?大将の教え子の皆さん」

 

「ご存じなんてものじゃありません……!海軍では知らない人のほうが少ない方たちです……!

5年前の本土大襲撃で、被害を最小限に食い止めた立役者。旗風たちも演習でよくお世話になっています……!

そんな生きる伝説とも呼べる方たちが一堂に会するなんて、滅多にないことですよ……!」

 

例の3人について、旗風さんらしからぬテンションの高さで説明してくれた。

ああ、そんなにすごい方たちなのね。それが3人。胃が痛い。聞かなきゃよかった。

 

「そ、それはすごいですね……」

 

「それはもう。旗風もご一緒してお話をお聞きしたいくらい……

……しかしなぜ鯉住さんは面談など……?提督としての着任地相談ですか……?」

 

「あ?ん?……いや、あの……ま、まあいいです……」

 

やっぱり俺、彼女たちの中ではもう提督なのね……

突っ込む余裕は今の自分にはないので、流すことにした。

 

「今日はなんというか、俺の疑問に皆さんが答えてくれるようで……

大将いわく、俺が提督の実情を色々知れば、考えが変わるだろうっていうことです。

だから今日は大将含めた4人で俺の疑問に答えてくださるとか……」

 

「す、すごい……!鯉住さん、それはすごいことですよ……!

日本海軍でも上から数えた方が早い皆様に質問したい放題なんて……!!

こんな機会、いくら大金を積んでも得られません……!」

 

「は、はぁ……」

 

「ああ……羨ましいです……」

 

そんな目で見ないで下さい……

こちらとしてはそんなにウキウキしちゃう出来事じゃないんです……

 

 

ガチャン!!

 

 

「そう!旗風君の言う通り!」

 

「キャッ!!」

 

「どわあっ!!」

 

いきなり会議室のドアが開き、大将が大声の台詞と共に飛び出してきた。

これには旗風さんも俺もビックリ。バアァーーーン!!という効果音が聞こえるような登場の仕方だ。

 

「た、た、大将、いきなり大声出さないで下さいよ!ただでさえ緊張してるんですから、心臓に悪いじゃないですか!」

 

「だってさっきから扉の前で話してるんだもん。もどかしいじゃろ。まだ9時前だけど、もう入ってきなさい」

 

「は、はひぃ……びっくりしましたぁ……」

 

口から心臓が飛び出るかと思った……。旗風さんも驚きすぎて腰が抜けたようだ。

 

「あ、旗風君、今日非番じゃろ?暇なら一緒に来る?」

 

「は、はへ?……い、いいんですか?」

 

急な大将の申し出に、旗風さんは目を丸くして驚く。

 

「なんか鯉住君緊張してるし、一緒に質問できる仲間がいたほうがいいじゃろ。まあ旗風君がよければなんじゃけど」

 

「も、もちろんですっ!旗風にも参加させてくださいっ!」

 

「うむうむ。感心じゃの」

 

「というわけで、そんな感じでよいかな?鯉住君」

 

「あ……はい。こちらとしても助かります」

 

これは渡りに船だ。1対4と2対4では全くプレッシャーが違う。それに旗風さんのように、一緒に緊張してくれる仲間がいると、こちらの緊張が和らぐ。

旗風さんには感謝しないとな……

 

「それでは二人とも、入ってきなさい。わしらはもう準備できとるからの」

 

「は、はいっ!旗風、抜錨しますっ!」

 

「はい。今日はよろしくお願いします」

 

 

・・・

 

 

「「失礼します」」

 

「うむ。そこにかけたまえ」

 

会議室に入ると、部屋の中央には大きな長机が設置してあり、大将は窓側の上座に、俺と旗風さんは入り口側の下座に座る。

 

部屋の中にはすでに、例の大将の教え子3人がスタンバイしており、

右手の席には、女性と男性が一人づつ。左手の席には男性が一人座っている。

 

……確かに3人からはオーラみたいなのを感じる。特に左手の男性からは、近寄りがたい威圧感みたいのが出ている気がする。流石、旗風さんがあれだけすごいと言っていた人たちだ。

 

「さて、よく来たの。二人とも。それじゃ楽しい楽しい質問タイムを始めようかの」

 

いつもの軽い調子でこちらに話しかける大将。こちらの緊張をほぐそうとしてくれているのだろうか?いいところあるじゃないか。流石大規模鎮守府をまとめる長ってところか。

 

「まあ今日は同窓会 兼 新提督着任(予定)祝いみたいなもんじゃ。楽しんでいこう」

 

そういうと鼎大将は、ニヤニヤしながらフッフッフと笑う。

あぁ、これは自分が楽しみたいだけだわ。悪い意味でいつも通りだわ。

 

俺が大将のいつも通りっぷりに呆れていると、隣に座る旗風さんが立ち上がる。

 

「あ、あの……神風型駆逐艦5番艦、旗風です。

本日は鼎司令のご厚意で、同席させていただくことになりました……!

よ、よろしくお願いします……!」

 

ガチガチに緊張しながらも、挨拶をする旗風さん。

いかんいかん。目の前の皆さんは、わざわざ俺のために来て下さったんだ。

ちゃんと俺も挨拶しなければ、礼儀知らずだし、失礼にあたる。

 

「えと、この鎮守府の技術班で駆逐艦対象の艤装メンテナンス技師として働かせていただいております。鯉住龍太と言います。

本日はお忙しいところ来ていただいてありがとうございます。よろしくお願いします」

 

旗風さんと2人で起立しながら礼をする。なにごとも始めが肝心だ。

 

 

「はいは~い。そんな固くならなくてもいいわよ~。

私は横須賀第3鎮守府提督の一ノ瀬聡美(いちのせさとみ)。よろしくね」

 

右側に座っていた女性が、手をひらひらさせながら挨拶を返してくれた。

ロングの黒髪に端正な顔立ち。控えめに言っても美人な部類だ。身長も高く、女優さんと言われたら信じてしまう。

こちらの緊張を見て気を使ってくれたのだろうか、こちらに笑顔を向けてくれている。優しい。綺麗。惚れそう。

あとあれだ。立派なものをお持ちだ。見てしまうのは男だから仕方ない。どうしようもない。惚れそう。

 

 

「フム。自分は加二倉剛史(かにくらつよし)。佐世保第4鎮守府で提督をしている」

 

一ノ瀬さんの挨拶が終わると、左側に座っている男性が口を開く。

こちらの方も高身長。なおかつ服の上からでもわかる筋肉量。髪は後ろで束ねるポニースタイル。声は低く、眼力もすごい。その顔立ちは、肉体に見合う武骨さだ。戦国時代の剣豪といったイメージ。

この人、k-1に出られるくらい強いんじゃないだろうか?滅茶苦茶迫力がある。夜の街道で出会ったら、間違いなく命の危険を感じる部類の人だろう。オーラだけでKOされそう。

 

 

「今日はよろしくね。よくわかんないことも多いだろうから、何でも聞いていいよ。

あ、僕はトラック第5泊地の三鷹優祐(みたかゆうすけ)だよ」

 

最期に自己紹介してくれたのは、一ノ瀬さんの隣に座る男性だ。

特徴的な顔立ちをしているわけでもなく、身長も体つきも普通。髪は短髪で清潔感があり、草食系という印象を受ける。ただしその辺にいる若者とは一味違った雰囲気があり、その表情はとても柔らかく、相手に安心感と信頼感を与えることうけあいだ。

今まで俺は、提督といえば誰もが戦略、戦術に秀でたエリートだと考えていた。だから優男風の三鷹さんが提督というのは、正直言って意外だ。もちろんいい意味で。ちょっと親近感を感じる。

 

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

そう言って再度頭を下げる。

会議室に入るまでは、緊張でガチガチだったが、いつの間にか気持ちが軽くなっていた。

どうやら意識しすぎだったみたいだな。一安心。

 

「み、皆さん、一堂に会されるなんて珍しいですね……!

今日はこんな素晴らしい機会に立ち会えて、旗風、光栄です……!」

 

「そんな緊張しないでいいわよ?私達も楽しみにしてきたんだから」

 

「そうだよ旗風ちゃん。さっき先生も言ってたけど、僕たち同窓会気分で来たんだからさ。

リラックスリラックス」

 

「は、はい……!ありがとうございます……!」

 

「そうだな。変に気負う必要は無い。

気になることがあれば遠慮なく聞くとよい。戦闘で分からないことがあれば自分が答えよう」

 

「ありがとうございます……!恐縮です……!」

 

旗風さんがすごい嬉しそう。やっぱりついてきてもらってよかった。

自分にすべての視線が集中していたら、こう冷静ではいられなかっただろう。

 

 

・・・

 

 

「さっそく打ち解けてもらったようで何よりじゃ。それじゃ質問タイムといこうかの。

鯉住君。なんか聞きたいことある?」

 

大将が俺に話を振ってきた。話の振り方がとっても雑なのは気になるが、会話の流れを作ってもらえるのはありがたい。

 

「そうですね、色々と考えてきましたので」

 

「へぇ、感心感心。準備してきたんだ。真面目なんだね」

 

「いえいえ。そんなことないですよ。準備は当たり前です。

折角集まっていただいたのに、こちらが何もしてないじゃあ、失礼ですからね」

 

「その心がけや良し。礼儀を重んじるのは基本にして必須だからな」

 

「ありがとうございます」

 

褒められた。なんだか嬉しい。

 

 

 

「それで私達に何を聞こうとしてたの?大体のことになら答えるわよ?」

 

「ああ、ええと、それじゃ一番気になっていることから……

皆さんはなんで提督になろうと思ってんですか?

危険な仕事だと思いますし、よっぽどの覚悟があったんだと思うんですが……」

 

提督業は、多数の艦娘をまとめあげる大変な仕事だ。さらに鎮守府の場所によっては、深海棲艦襲来の危険と隣り合わせ。心休まらない仕事でもある。

数ある生き方の中から提督業を選ぶということは、相当の覚悟があったに違いない。

 

「え?なんか楽しそうだったからね」

 

「え?」

 

なにそれ。俺が思ってたのと違う。

 

「いやだって、艦娘のみんなをうまく運用して、深海棲艦の艦隊と戦うのよ?

そんなの楽しいに決まってるじゃない」

 

「えーと……なんかこう、使命感とかは……」

 

「そんなものなくても大丈夫よ!

結局やることは変わらないんだから、楽しまなきゃ損じゃない」

 

一ノ瀬さんは楽しそうにケラケラ笑っている。かわいい。結婚したい。

……いやいや、そうじゃなくて。

 

「提督ってもっとこう……護国のため、とかそういう感じじゃないんですか?」

 

「んーん。大本営所属の軍人にはそういうやつ多いけど、提督はそうでもないわよ?」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そうそう。そんなお堅い奴、妖精さんに好かれないもの」

 

……ああ、なるほど。そう言われてみればその通りだ。

あいつらがそんなお堅い人間についていくなんて、全く想像できない。

 

今の会話を聞いていた三鷹さんが口を開く。

 

「そうだね。例外は加二倉さんくらいかな?」

 

「うむ。確かに自分と同じような性質の提督は少ないな」

 

「基本的には、艦娘のみんなのメンタルケアの方が重要だったりするからね。

あんまり頭の固い人間じゃ、艦娘が気疲れしちゃって逆に務まらないよ」

 

「……そうなのか?自分の部下は文句も言わず、よく働いてくれているが」

 

「それは提督がキミだからだよ」

 

「……? どういうことだ?三鷹。貴様の言うことがよくわからないのだが」

 

「あんまり気にしないでいいよ。加二倉さん。

とにかく普通は、志がどうとかより、艦娘と妖精に好かれることの方が大事かな」

 

「はぁ……なんだか意外です」

 

なんかいろいろ悩んでたのがバカみたいだ。

 

「鯉住君だったよね?キミは真面目だから、そう考えちゃうのかもね」

 

そういうと三鷹さんはニコリと微笑む。

や、やばい……男なのに癒される……この笑顔は女性がほっとかないぞ……

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

「それでは次は自分だな。何故提督になったかという質問だったか」

 

「あ、はい!よろしくお願いします」

 

「うむ。自分が提督業を選んだ理由はな、不埒な輩を処分するためだ」

 

「……ん?」

 

えーと、聞き間違いかな?今不穏なワードが聞こえた気がするんだけど……

 

「選ばれた提督といえど、不埒なことを考える輩もいる。

そういった輩は国の害なれど、益になることは永劫ない。そういった輩を掃除するのに、この立場が最も都合がよかったのだ」

 

手を前で組み、ニヤリと笑う加二倉さん。

これは何人か殺めたことのある笑みだ。間違いない。俺の直感がそういってる。

 

「あっはい……」

 

怖い。とにかく怖い。見た目も相まって迫力5割増しである。

この人もしかして本当に戦国時代からタイムスリップしてきたんじゃないだろうか?

 

「元々自分は憲兵だったのだが、組織の末端ではできることが少ないのだ。一定の裁量ある提督という立場であれば、色々と融通が利く」

 

「え……加二倉さんは元々憲兵だったんですか……?」

 

「うむ。憲兵時代に先生に相談したところ、だったら提督の方がよい、と助言をいただいてな。それが自分が提督になった直接の理由だ」

 

「そ、そうなんですか……なんだかすごい話ですね……」

 

不埒な輩を処分ってどういうことなの?

憲兵から提督ってなれるもんなの?

色々とわからないが、この人に逆らってはいけないことだけはよくわかった。

 

狼狽えている俺を見かねて、三鷹さんが助け舟を出してくれる。

 

「ああ、不思議だよね。憲兵から提督なんてさ。普通は提督養成学校を出ないといけないもんね」

 

「そ、そうですよ。俺が知ってる話だと、それが提督になる方法だって……」

 

「普通はそうなんだよね。だけど例外があってさ。

大将以上の立場の人間の推薦があれば、それをすっ飛ばして提督になれちゃうの」

 

「ええ!?そんなの初めて聞きましたよ!?

このままなし崩しに提督になったら、まず俺も大本営の養成学校に行くと思ってました」

 

「あはは。ないない。

そういうのが必要ない人しか推薦されることはないし、最低限の教育は推薦した人がすることになってるしね」

 

これはなかなかショッキング。

何故かといえば、俺が提督やりたくない理由の一つに、もう一度学校に通わないといけないから、というものがあったからだ。

別に学校が嫌というわけではないのだが、そこで学んでいる時間があったら、少しでも今戦っている皆さんを助けたい、と思っていた。

 

「ええと……でも俺はそんな知識無いですよ?」

 

「まだ提督やるって決めたわけじゃないんでしょ?だったらそりゃそうだよ」

 

「ああ……そうですね……すいません変なこと言って。

色々衝撃的で頭がまとまってないんです……」

 

「いいよいいよ。気にしないで。それじゃ先輩の意見を聞いてみたらどうかな?

というわけで一ノ瀬さん、抜擢された後のこと、話してあげたら?」

 

「え?まさか一ノ瀬さんも?」

 

ポカンとした表情で三鷹さんから一ノ瀬さんに視線を移す。

するとニッコリ笑って話してくれた。

 

「実は私も抜擢組なのよね~。というかこの3人はみんな抜粋組。

ちなみに私、元々は将棋の棋士よ?」

 

「しょ、将棋!?」

 

あまりにも意外な発言。これには俺もビックリ。

 

「将棋といってもネット対戦がメインだったけどね。一時期はネット上の大会で優勝したりもしてたのよ?」

 

「そ、それはすごいですね……」

 

「でもそれだけじゃ面白くなくなってきちゃってね。元々私アウトドア派だし。だから先生に頼んで提督になったってわけ」

 

「は、はぁ……」

 

「まあ私は戦術とか戦略とかは、将棋でなんとなくわかってたから、先生に教わることはあんまりなかったなぁ。どっちかって言うと艦娘と妖精さんとの付き合い方を学ぶのに時間がかかったわ」

 

「一ノ瀬さんなら明るくて人当たりがいいですし、全然問題ない気もしますけど……」

 

「あら。そんなこと言ってくれるの?ありがとう。お姉さん嬉しくなっちゃうわ♪」

 

「お姉さんという年でもなかろうに」

 

「加二倉君は黙ってるように」

 

「むう……」

 

あの鬼が人間に化けてるような加二倉さんが押されている。

一ノ瀬さんいくつなんだろう?と、ちょっと思ったが、それは聞いてはいけないと理解した。

 

「まあそれはどうでもいいの。おいておきましょう。

……鯉住君、艦娘も妖精さんも、自分の意思があるのはわかってるわよね?」

 

「ええ、もちろんです」

 

「相手にも気持ちがある以上、実際に触れあってみないと、お互いを分かり合うことなんてできないわよね?」

 

「……確かに」

 

「だから全然艦娘とつながりのなかった私は、一番そこに時間をかけたの。だいたい半年くらいかなあ。当然その間に他の勉強もしてたけどね」

 

「なるほど」

 

「ま、キミの場合はずっとここで働いてたんだから、それは必要ないんじゃないかしら?」

 

「そうかもしれません。教えていただいてありがとうございます」

 

「いいのよ~」

 

なるほどなあ。確かに一芸に特化した人材を育てるには、個別指導が一番効果的だ。

そういう人間が大勢と一緒の教育を受けても、どこかでひずみが出てくるだろう。学校のいじめなんかはまさにその典型だ。それを考えると、実力も経験も確かな人間が尖った人材を抜粋し、個性を伸ばすよう育てる、という制度は理にかなったもののように思える。

 

 

「さて、それじゃ最後は僕の番かな?といっても2人よりもインパクトはないよ?それでも聞くかい?」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

「わかった。僕は実はね、一度養成学校を退学になってるんだ」

 

「ええ!?」

 

一番そういうのとは縁遠そうな三鷹さんが、退学とは……十分インパクトあるじゃないか。

一体何があったのだろうか?

 

「元々提督になろうと思ったのはね、ホントなんとなくだったんだよ」

 

「な、なんとなく?」

 

「そう。なんとなく。妖精さんが見えたら提督になる資格があるっていうじゃない?

だったら僕にも見えたし、やってみようかな、って」

 

「そ、そんなテキトーな……」

 

「今考えたらホントに阿呆だったと思うよ?でも当時はよくわかんなかったんだよね。

『なれるんだったらなってみよう』ってさ」

 

うーん。何とも軽い動機。……でも俺にはよくわかるなぁ。

5年前のあの事件がなければ、俺も三鷹さんと似たような動機で、道を選んでいたかもしれない。

大体の学生ってのは、社会の事がよくわからない。だから卒業して就職、なんて言われても、自分の事のように感じ取れない。事実自分の先輩方の就職動機は、給料、立地、安定感、くらいのもんだった覚えがある。

 

「それは……俺にもわかります」

 

「お、わかってくれる?学生なんてそんなもんだよね」

 

「そうなんですよね。

自分にだけ妖精さんが見えたんなら、選ばれし者気分になるのはよくわかります」

 

「あー、そうそう!まさにそれ!いやあ、わかってるねぇ、鯉住君」

 

「恐縮です」

 

その会話を隣で聞いていた旗風さんを見ると、苦笑いしている。

部下の目線で見たら、こんなテキトーな気持ちで指揮をされてはたまったものではないだろう。

 

「あ、この話題大丈夫ですか?旗風さん。聞いていていい気分じゃないですよね?」

 

「あ……その、大丈夫です。確かにそのような動機で提督を目指す方も多いと聞きますが、三鷹司令や鯉住さんはしっかりした方たちだと知っておりますので……」

 

「ハハハ……若気の至りってやつさ。でもま、ちゃんと報いは受けたから、許してほしいな」

 

「報い……あ、もしかして退学って……」

 

「そそ。気軽な気持ちで提督やろうと思っただけあってさ、厳しい訓練と相部屋生活に耐えられなかったんだよね。それでやめちゃった」

 

「あらー……」

 

「僕が言えることじゃないんだけどさ。

提督って1人部屋あるのに学校は共同部屋って意味わからなくない?別に部屋が余ってないわけでもないのに。

それに提督って基本インドア仕事でしょ?なんで運動能力テストに合格しないと進級できないのさ?意味わからなくない?」

 

「うーん……確かにそうですが、何か意味があるんじゃ……」

 

「いやー、ないない。訓練学校のカリキュラム作ったのって、軍の上層部だよ?

現場の人間の意見なんて耳をかさないような連中なんだ。あれは提督を養成するための学校じゃなくて、海軍士官を養成するための学校だね」

 

「ハハ……なかなか過激な事をいいますね……大丈夫なんですか?」

 

大将の前でこんなこと言って大丈夫なんだろうか?他人事とはいえ、ハラハラしてきたぞ……

聞く人が聞けば不敬罪的な理由で、かなり重い罰を受けそうな意見だ……

 

「あらあら。三鷹君はこの話題になるといつもこんな調子なのよね~」

 

「口は禍の元だぞ。そろそろやめておけ」

 

「……そうだね。ゴメンよ、熱くなっちゃって」

 

「あ、いえ、聞いたのは俺ですから。気にしてないですし」

 

「そうか。キミはいい奴だね」

 

「そんなことないですよ。

それで、どうして退学したのにまた提督やろうと思ったんですか?」

 

「あ、そうそう、その話だったね。

結局そういう無駄な事やらされるのが嫌で退学しちゃったんだけどさ、その直前に養成学校の食堂で鼎先生と話したんだよね。そしたら先生は僕の意見、しっかり聞いてくれてさ。嬉しかったんだ。その縁で退学してから、先生の抜擢枠に入れてもらったんだよ。

だから僕が提督やってる理由は、拾ってくれた先生への恩返しかな」

 

「恩返し、ですか」

 

「そう。大したことない動機だと思われるかもだけど、僕にとっては大きいことなんだよね」

 

やっぱりこの人と俺は、ちょっと似てるな。

 

「それは……よくわかります。俺も今の仕事を選んだのは、恩返しをしたかったからなので」

 

「え?そうなの?それじゃ、キミと僕は似たタイプなのかもね。あとでキミのその話、聞きたいな」

 

「あ、それ私も気になるわ」

 

「待て。まずは彼の疑問を解消するべきだ。こちらからの質問は、その後でもよかろう」

 

「む、それもそうね」

 

「今日一日時間があるんだし、時間を気にすることはないでしょ。気長に行こうよ。

旗風ちゃんもいつでも聞きたいこと聞いていいからね?」

 

「は、はい……!ありがとうございます……!」

 

「ははは……」

 

うーん。提督って一口に言っても、色々いるんだなぁ……

ここに来る前の俺じゃ想像もできなかったよ。先入観って怖い。まぁこの3人のアクが強すぎる気がしないでもないけど。

せっかくのチャンスなんだから、まだまだ色々聞きたいことがあるし、どんどん聞いちゃおう。

……それにしてもこの場を整えてくれた大将には感謝しないとな。普段はあんなだけど、おかげで俺の偏見もなくなったし。

 

そういえば大将静かだな……?いつもならうるさいくらい話しかけてくるのに……

 

 

「……zzz」

 

 

オイィ……なんでホストが寝てるんですかねぇ……?

やっぱなし。感謝の言葉とかなし。俺の気持ちを返してください。

 

 

 

知らず知らずのうちに、提督着任へのハードルが下げられていることに気が付いていない鯉住くん。

このままずるずると、なし崩し的に提督になってしまうのだろうか!?




あまりにもキャラが濃い、鼎大将の教え子3人にたじたじの鯉住くん!
果たして提督への勧誘を断り続け、無事に元の職場へ戻ることができるのか!?

次回「定時までには帰れるさ」!

お楽しみに!


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第11話

この世界では1鎮守府に所属する艦娘は、多くても30隻ほどです。
しかも大多数の鎮守府の所属艦娘は、半数以上が駆逐艦です。
だから大規模作戦は、単独攻略はなかなか厳しいものがあります。
同じ派閥だったり、提督同士仲が良い鎮守府だったりで、共闘するのが普通となっているようですね。


「そ、それでは、旗風からも一つお聞きしてもよろしいでしょうか……?」

 

話題が一区切りとなったのを感じて、旗風さんがおずおずと手を上げる。

普段引っ込み思案な彼女が自己主張するとは、よっぽどこの機会を大事と考えているのだろう。

 

「私達は構わないわよ?あ、鯉住君は大丈夫かしら?

今日はキミのために来てることになってるし、確認は必要よね?」

 

一ノ瀬さんがこちらに確認をとってきた。律儀な方だ。

 

「あ、はい。もちろんです。

旗風さんも皆さんに聞きたいことがいっぱいあるようですし、俺だけが質問し続けるのも気が引けますので」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

こちらの了承を受けて、三鷹さんが旗風さんの発言を促す。

 

「仲がいいみたいで結構結構。それで、旗風ちゃん。聞きたいことって何かな?」

 

「え、と、旗風が知りたいのは、どうしたらもっと強くなれるのかということです」

 

おお……旗風さんらしからぬマッシブな疑問……

控えめな性格とは言っても、そこはやっぱり軍人さんなのか。

 

「ふむ。戦闘の事なら自分が答えよう」

 

旗風さんの疑問には加二倉さんが答えるようだ。

見た目的にどうみても強いし、戦闘が得意なのだろう。

 

「まずは貴様、何故強くなりたいのだ?」

 

「そ、それは、もっと役に立ちたいからです。

私達駆逐艦は、戦闘では、その、あまり役に立つことができません……だから守ってもらってばかりで……申し訳なくて……」

 

ああ、旗風さんも悩んでるんだな。

……一昨日、初春さんたちにあまり歓迎できない事実を聞いた。

駆逐艦は戦闘ではあまり役に立たず、遠征でも活躍できないことが多い。そのことから大体の鎮守府では、駆逐艦は他の艦種の下位互換のように扱われているとの事だった。

この呉第1鎮守府では、駆逐艦の皆さんは近海哨戒だけでなく、遠征、戦闘と活躍できているみたいだが、それでも他のメンバーとの戦闘力の差は気になるところなのだろう。

 

「……それは、個の強さを求めるということか?」

 

「……? ええと……」

 

「聞き方を変えよう。強さには色々と種類がある」

 

「強さの種類、ですか……」

 

「そうだ。それは無数にある。

どのような強さを貴様が求めているかわからんなら、自分が答えてやれることはない。

貴様が求めるのは、どのような強さだ?」

 

「え、ええと……」

 

……なんだか禅問答みたいだ。本当に剣豪の貫禄あるなこの人。どんだけ死線を超えてきたんですか。

しかし俺もこの話題は気になる。ここで話が終わってしまっては消化不良だし、旗風さんも困惑してるし、助け船を出そう。

 

「えと、その、横から口出しして申し訳ないんですが、加二倉さんが言う、『強さの種類』の例を教えてもらってもいいでしょうか?俺も気になるので……」

 

おそるおそる発言する。

あっ、加二倉さん、その眼力でこちらを睨まないで下さい……こちらの心が砕けてしまいます……もしかしてご機嫌を損ねてしまいましたでしょうか……?

 

「……貴様も強さについて興味があるのか?」

 

大丈夫だったようだ。死んだと思った。

 

「は、はい。少し前に駆逐艦の皆さんから、駆逐艦は立場が弱いと聞きまして。なんとかできないものかな、と考えていまして……」

 

「……ほう」

 

加二倉さんがニヤリと笑う。しかもこちらの目を見ながら。こ、怖すぎる……

今の気分はヘビに睨まれたカエルのそれ。やめてくださいしんでしまいます。

 

「貴様、面白い奴だな。もちろん答えよう」

 

「は、はひ……」

 

俺の目からはハイライトさんが消えてしまってるんだろうなぁ……

あぁ……旗風さんが感謝と憐みの混じったような目でこちらを見ている……

 

「強さとは、言い換えれば、長所だ。だから人間、艦娘の数だけ違った強さがある」

 

「ちょ、長所ですか……旗風の……駆逐艦の長所は何なんでしょうか……?」

 

「駆逐艦、とまとめて考えてはいけない。

例えば遠征で艦隊を支えたい、と願う者もいれば、駆逐艦の枠を超えた強さを身につけたいと願う者もいる。変わりどころでは、戦う以外での解決策を模索する者もいる。

貴様は、何がしたい?」

 

「は、旗風は……」

 

「駆逐艦に限った話ではない。

例えばそこに座る一ノ瀬の強さは、戦略眼。自分の戦略では到底及ばない。演習をしてみても勝率は五分といったところだ」

 

「加二倉君のところの艦娘は戦略を戦術……個のチカラでひっくり返すのよ。ホントやめて欲しいわ……あんなのチートよチート」

 

やれやれ、といったジェスチャーで一ノ瀬さんが答える。なんかとんでもない話してるぞこの人。加二倉さんのところの艦娘はどんだけヤバいんだ……

 

「そしてそこの三鷹の強さは、大局を見るチカラだな。誰よりも広い視野で物事を見ることができる」

 

「そんなに褒めても何も出ないですよ?加二倉さん」

 

ケラケラ笑いながら軽く答える三鷹さん。さっきも提督養成学校の非合理性を指摘してたし、大きくものを考えるのが得意というのも納得だ。

 

「もちろん自分にも強さはある。自分の物差しに絶対に従い、それを妨害するものは何としても叩き潰すことだ。これを行うことにはある程度の自信がある」

 

叩き潰す(物理 かな? フフ、怖い。

 

「だから貴様にも必ず、確実に、強さはあるのだ。そしてそれは、貴様が心の底からなりたい姿に沿ったものだ。貴様はどうなりたい?どういった生き方をしたい?」

 

「……」

 

「……考えたこともないか?」

 

「……はい、すみません……」

 

「謝ることはない。それを全く考えず人生を終える人間が大半なのだ。ただ、それはこの世を生きる中での精神の支柱になる。見つけておくことを勧める」

 

「は、はい……ありがとうございます……」

 

旗風さんは少しうつむきながらお礼を言う。明らかにしょんぼりしている。

まさか強くなりたいというシンプルな質問から、ここまで深い話題になるとは思っていなかったんだろう。

それは仕方ないと思う。俺も旗風さんが質問した時には、演習のうまいやり方とか、戦闘のコツとかを教えてくれるのかな、なんて思っていた。

本当に強い人の言うことは次元が違いましたわ……

 

(しっかりまなんで)

 

(のちにいかすのです)

 

(つめのあかもらったら?)

 

おう、久しぶりだなお前ら。今回はその意見に同意だよ。普段自由奔放なお前らに言われるのは腑に落ちんけど。

 

……というかあれだ、旗風さん、あんなに楽しみにしてたのに、これじゃかわいそうだろ。

なんとかフォローしてやらないとな……

 

「旗風さん、そんな気にすることはないですよ。

旗風さんは加二倉さんの言葉で大事なことに気づけたんですから、これからです。

必ず望んだ未来に向かえますよ」

 

「は、はい……!そうですよね……!ありがとうございます……!」

 

ふう、よかった。笑顔が戻ってきた。

落ち込んでても仕方ないし、場の雰囲気が悪くなってもいいことはない。いい仕事したな。

 

(くさいせりふ)

 

(じぶんをたなあげしてる)

 

(このたらし)

 

うるさいな!正直ちょっと恥ずかしかったんだから、蒸し返すんじゃないよ!

 

「……貴様には自分の話は必要なさそうだな」

 

「は、へ? そ、そうなんですか?」

 

「そうよねぇ」

 

「そうだねぇ」

 

3人揃ってこっちを見ながらいい顔をしている。なんだこれ?新手のプレイ?

そんな趣味ないんですけど……ただただ胃が痛くなるだけなんですけど……

 

俺には加二倉さんの助言が必要ないって、もう俺は十分強いってこと?

ハハッ、ないない。

 

「俺にそんな強いところなんてありませんよ?人並も良いところです」

 

「そう思っているのは貴様だけだろう? 他の者は皆気付いているぞ?」

 

「そうねぇ」

 

「そうだねぇ」

 

「そうですね……!」

 

「ええ……? そんな馬鹿な……」

 

ついに旗風さんまで、あちら側に回ってしまったようだ。四面楚歌。

 

(((みんなわかってるですよ)))

 

お前らもかよ。ニヤニヤしてんじゃねえ。

四面楚歌どころか五面楚歌だぞこれ。いや、意味わからんけど、そんな勢い。

 

 

「と、とにかくですね、話も区切りがついたようですし、俺も聞きたいことまだありますし、質問してもいいでしょうか?」

 

(はなしそらした)

 

変に持ち上げられると調子狂っちゃうからね。ちょっと舐められてるくらいが丁度いいんです。

 

「ああ、もちろんいいよ。旗風ちゃんもいいかな?」

 

「は、はい……!」

 

「オッケー。それじゃ鯉住君、好きに聞いちゃってね」

 

「ありがとうございます」

 

 

「ええとですね、提督業を勧められてはいるんですが、今の技術屋としての仕事で十分艦娘の皆さんの役には立ててると思うんです。だから正直今の仕事から離れる必要性が感じられなくて……

だから俺が聞きたいのは、みなさんが提督として何をしたいのか、提督だからこそできることは何かってことなんです。ちょっとわかりづらいかもしれないですが……」

 

うまく言葉にできないな……頭で考えてることを言葉にするのはやっぱり難しい。

 

「つまりそれは、私達が提督として何をやりたいかってことかしら?」

 

「ああ、そう、そんな感じです。ありがとうございます、一ノ瀬さん」

 

「うーん、そうだねえ。

 

……深海棲艦を退け、時には奴らの縄張りとなった海域を解放。それによりかつての世界規模流通を少しでも復活させ、人類の衰退を防ぎ、栄華を取り戻す。

提督は艦娘を従える、人類最後の砦を守る守護者であり、人類の生存、幸福に直接的に携わる誉れ高い役目だ」

 

 

三鷹さんが答えてくれた、が、……それはそう、そうなんだけど……

 

 

「……ていうのが中央の奴らが謳ってるプロパガンダね」

 

「あ、は、はい」

 

……だよね。らしくないと思ってたし、俺が聞きたいことともちょっと違う。

 

「実際それも間違っちゃいないけど、現場で働く人間としては『それじゃない』感があるね」

 

「そうそう。そんな大層なこと考えてる奴なんて、そうそう居ないわよ。お堅い加二倉君だって、ちょっとそれとは違う方向性でしょ?」

 

「うむ。自分としては国民のため、という心持ではある。が、企業の利益や国際的立場の向上には一切興味がない。それは自分には荷が重い領域だ。やりたいやつがやればよい」

 

「加二倉君はこんな感じだけど、私はもっとフランクよ?そんな大層なこと考えてないわ。

部下のみんなを指揮して、戦って、勝利すると、みんな嬉しそうなのよ。見た目は女の子だけど、やっぱり中身は歴戦の船なのよね。だから私も、よっしゃやったるか!ってなるわけ」

 

「加二倉さんは国民の命を守るため、一ノ瀬さんは仲間と勝利の喜びを得るためってことですか」

 

「うむ」

 

「それプラス私が楽しいから、ね」

 

「では三鷹さんは……」

 

「僕はそうだねえ。部下のためかな」

 

「艦娘の皆さんのため、ということですか」

 

「艦娘というより、部下のためかな。

別に僕は日本人が大事だから助けたい、なんて思っちゃいないし、艦娘もよその所属だったら、いつもご苦労様です、程度にしか思わないよ」

 

「は、はあ」

 

「僕の初期艦の子がね、深海棲艦も助けたいっていうんだよ。その子はいい子だし、僕も始めのうちからずっと助けられてるし、どうにかしてやりたいと思ってね」

 

「三鷹君はなかなか難しいことをしてるのよね。あのよくわかんない連中を助けようとか、よく考えるわよね~」

 

「だが、それが成れば戦いも終わる。価値ある試みだろう」

 

「まあね。見通しは全然たたないけどさ」

 

「はー……すごいことしてるんですねえ」

 

やっぱり大本営の方針と、現場の動きは全然違うんだなあ……

目の前の3名は、ちゃんと自分ができること、やりたいことをバランス考えながらやっているみたい。俺が提督になったとして、何ができるんだろうか?何をしたいんだろうか?

やっぱり今の仕事で縁の下のチカラ持ちやってる方がいいんじゃないかなあ……

 

(ていとくもむいてるよ)

 

(いちどやってみるべき)

 

(れっつとらい)

 

お前らはいつも転職をプッシュするのな。リクルーターか何か?妖精業界的には提督は今流行りの転職先なの?

エンジニアもいい職業だから、転職応援サイトがあるならプッシュしておくように。

 

「どう?キミの疑問は解決したかしら?」

 

「あ、はい。ありがとうございます。

やっぱり俺は提督として何かやりたいかって聞かれたら、皆さんのようにはっきりした答えは出ないです。今のままで十分なのかなって」

 

「うーん、そうか。こっちとしては残念だけど、キミがそう決めたんならそれ以上は言えないかな」

 

「そうだな。それは貴様が決めることだ」

 

「ええと……なんだかすいません……」

 

「いいのよ~。別に無理してなるもんじゃないし、無理してたら続かないし」

 

「ですよねぇ……何で大将はあんなに提督になるのを薦めてきたんでしょうか……さんざん断ったっていうのに……」

 

「そんなの先生本人に聞いてみれば……あ、寝てるわね」

 

「……zzz」

 

まだ寝てるよこのおっさん。なんなの?寝不足なの?更年期なの?

部下の進路相談的な集まりなんだから、ちょっとくらい気を張っててちょうだいよ。

 

「いつもこんな感じなんですか……?正直不安なんですけど……」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。先生は普段はこんなだけど、やるときはやる人だから。

キミを強く提督に推したのも、何か理由があるはずだよ」

 

「その理由を聞いてもはぐらかされちゃうんですよ……皆さんは何か聞いていませんか?」

 

「聞いていないな」

 

「一応私達もキミについて事前に聞いてみたんだけどね。なんで提督に推してるかは教えてくれなかったわ。

先生の事だし何か理由はあるはずなんだけど、まだ言えないってことかしらね」

 

「ええ……? 教え子の皆さんにも言えないような理由で、俺は提督にさせられるところだったんですか……?」

 

なにそれ超怖いんだけど……権謀術数に巻き込まれるのは申し訳ないですがNGです。

 

「まあまあ。キミに不都合があるようなら、それを言わない人じゃないし、そんなに構えるような理由じゃないと思うよ?何かあるのは確かだろうけどね」

 

「は、はあ……」

 

「そ、そうですよ……司令は信頼できる方です……!

それに、鯉住さんが提督になってくだされば、旗風たち艦娘も嬉しいですし……

司令もそう考えたんだと思います……!」

 

旗風さんからの謎のフォローも入る。そのまっすぐな意見がまぶしい。だけどあのおっさん、そんな綺麗なこと考えてないと思うよ。うん。

 

「ダメもとで先生が起きたら聞いてみたらいいんじゃないかな?もしかしたら教えてくれるかもしれないし」

 

「そうですね。考えてても仕方ないですし、一度聞いてみるとします」

 

「そうだな。それがよい」

 

 

思っていたよりも転職プッシュをしてこない3人に、安堵のため息を漏らす鯉住くん。

色々知りたい性格の彼は、まだまだ質問を続けるのだった。




Q&Aタイムも終わり、アフターと称する飲み会が鯉住くんに襲い掛かる!
果たして酒が入ったクセの塊のような面子に抗うことはできるのか!?

次回「1杯くらいならへーきへ-き」!

お楽しみに!


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第12話

鼎大将の教え子3名の階級はかなり低いです。
一ノ瀬提督と加二倉提督は中佐。三鷹提督は少佐です。
功績的には3人とも将官で全く問題ないのですが、大本営受けがすこぶる悪いので出世できないようです。
中央のエリート的に外様が出世するのは面白くないからとか、3人とも色々とやらかした経験があるとか、そんな理由で昇進は望み薄。
そんな状況ですが、3名とも昇進には全然興味がないので、そんなことはどうでもいいといった受け取り方をしています。


あれからもいくつか聞きたいことを聞いたり、逆に教え子の皆さんからの疑問に答えたりした。旗風さんも徐々に慣れていったようで、積極的に質問していた。よかよか。

 

 

俺が心配していたことのひとつに、艦娘の轟沈がある。

 

いくら提督になるつもりになっても、艦娘の皆さんから轟沈が大量に出るようのが普通、なんてことなら絶対にお断りだ。轟沈なんてさせてしまったら、ストレスがマッハで毛根と胃腸が世紀末になること請け合いだ。1か月も色々ともたないだろう。

しかもそれが普段から仲良くしている子達とあらば、ストレスは倍率ドン。さらに倍。立ち直れなくなる自信がある。想像しただけで胃が痛い。同僚とともに死地に赴く軍人さんってすごいんだなあ、と実感。

 

しかしその心配は杞憂だったようだ。轟沈というのは、実は現在滅多にないことらしい。

 

皆さんの話では、艦娘運用がよくわかっていなかった初期には轟沈は日常茶飯事だったとのこと。そのせいで多くの提督が心を病み、色んな形で退役。それが原因で現在提督不足となっているようだ。

 

そんな大問題だった轟沈だが、現在はとある技術の開発により回避可能になった。

その技術というのが『羅針盤』。

妖精さんと高名な風水師がタッグを組んで開発したらしい。

 

その効果は絶大で、その日その時に『幸運な』方角を指示してくれる効果があるらしい。

日々配置の変わる深海棲艦の支配海域を、最も被害の少ないルートで通り抜けることができるということ。すごい話だな、それ。

 

基本的に羅針盤に従っていれば最悪でも大破判定で済み、撤退も被害なく行える。

それでも羅針盤を無視して行軍したり、大破判定の状態で無理に進軍したりすれば、轟沈もある。まあ、そうなるとわかっていて無理するような奴はいないと思うが……

 

正直な話、羅針盤の話を聞いて、本当に安心した。

そのような技術があるなら、今の職場での轟沈もないということだ。大将が下手をうてばその限りではないが、そんな真似をする人ではない。

 

ホッとしたけど、肩透かしだなあ……俺がどれだけ安否を心配したと思っているのか……

こちらは生きるか死ぬかの戦闘を行っていると思っていたら、本人たち的には、ケガをする心配もなく、スポーツ感覚に近い認識だったという話。最悪服がはじけ飛ぶだけの被害で済むなら、まあ、そんな気持ちになるのもわかる。

 

しかしなんで服がはじけ飛ぶんだろう……いや、理屈は説明してもらったんだけどね。

実は服も艤装の一部で、ダメージを肩代わりしてくれるらしい。

だから大破判定ともなれば、服(艤装)ははじけ飛び、布切れ同然になるようだ。ズタズタになってしまった服(艤装)は、本人が入渠という名のお風呂に浸かると自動修復されるらしい。

いやいや、なんなんすかそれ。意味わからんですわ。いやね、ダメージを服が肩代わり、の時点で大分おかしな話だと思う。でもまだそれはいいよ。鎧みたいなものだと思えばギリギリ納得できるよ。

でもさ、お風呂入るといつの間にか服が戻ってるっていうのは納得できない。

お風呂でさっぱりすると、いつのまにか脱衣所に新品の服が置いてあるってどないやねん。おかしいやろ。謎技術といっても限度があるっしょ。

 

 

……とにかく、それは置いておくとして……

大事なこととして、戦闘で艦娘の皆さんは基本的には傷つかず、無事に帰ってこれるということがわかった。

もし俺が提督になってしまうことがあっても、感じるプレッシャーは想像よりもずっとずっと少ない、ということになる。大分気は楽になった。

 

余談だが教え子の皆さんも、轟沈がしょっちゅう出るようだったら提督なんかやっていない、と言っていた。同じ感覚だったのが分かり親近感がわく。

まあ、若干1名は「それなら元の憲兵のまま暴れていた」と物騒な事を言っていた気がするが、気のせいだろう。俺の聞き違いに決まっている。うん。

 

 

あと面白いところだと、旗風さんが教え子の皆さんのプロフィールを聞いていた。俺も初春型の皆さんと遊んだときに根掘り葉掘り聞かれたし、みんなそういう話題が好きなのかもしれない。艦娘は軍人といえど、女の子でもあるということなのだろう。

すっごい目がキラキラしてたし、あれは完全にアイドルと話ができた時のファンの反応だった。旗風さん、見かけによらずミーハーだったのね……

 

 

他には、俺のことについても皆さんから質問された。

大将がそこまで激推ししている人材なんだから、気になるのは当然、ということだ。俺としては若干恥ずかしかったが、色々教えていただいた以上義理を欠くわけにもいかない。

技術屋になったいきさつや、どんなことを考えて仕事をしているのかの話をした。そしたら皆さん色々と褒めてくれた。自分の想いを話して褒められるのは、やっぱり嬉しい。

 

 

昼食時に食堂で、教え子の皆さんが艦娘の皆さんに囲まれて質問攻めにあったり、

旗風さんが同席しているのを知った神風さんが「末っ子の旗風が参加して、ネームシップの私が参加しないのはおかしいわ!」などと言って、乱入してきたりと、

賑やかで充実した時間を過ごすことができた。

それもこれもみんな教え子の皆さんたちがこちらに気を遣って下さったおかげだろう。おかげで胃薬の出番もなく、穏やかに一日を終えられそうだ。感謝感激である。

 

 

 

 

……と、思っていたのだが……

 

 

 

 

「ちょっと~キミぃ~もっと飲みなさいよ~」

 

「や、やめてください一ノ瀬さんっ!そんなに密着しないでぇっ!」

 

「そうだぞ。自分の酒が呑めんというのか?ん?」

 

「ちょ、ちょっと!加二倉さん!その一升瓶を俺の顔に近づけてどうするつもりですか!?」

 

何だこの人たち!?酒癖が悪すぎる!助けてぇ!

 

 

いい時間になったため質疑応答をお開きにし、非番なり任務終わりなりで参加できる艦娘も集めて、宴会に突入することになった。

せっかくいい人たちと知り合いになれたのだから、俺ももっと親睦を深めたいと思っていた。だからけっこうウキウキしながら宴会を始めたのだが……

 

 

まさかこんなことになってしまうなんて、思ってもみなかったよ……

 

 

「いくら一ノ瀬中佐といえど、わらわの婚約者を誘惑するのは許さぬぞっ!」

 

「なに?妬いてるの?かわいいわ~」

 

「婚約してないからぁ!助けようとしてくれる気持ちは嬉しいけど、話がややこしくなるんで初春さんは黙っててください!!」

 

「はっはっは!モテモテだね!鯉住くんは!はっはっは!」

 

「三鷹さん!笑ってないで助けてください!」

 

「いやあ、今日は記念すべき提督誕生の祝賀会じゃ!皆の衆、呑み放題食べ放題じゃぞ!」

 

「「「わーい!」」」

 

「「「やったー!」」」

 

「言ってない!提督やるって言ってない!人の話を聞いて!」

 

これはマズいですよ!圧倒的な突っ込み役不足!俺1人のチカラでは全く対応できない!

 

 

周りの自由人の相手にてんやわんやしていると、後ろから何かが……

 

 

ドサッ!

 

 

「ふげぇっ!」

 

背中に衝撃が伝わる。それと同時に、何かこうふんわりとした感触が……

 

「いえ~い!鯉住くん、呑んでる~?」

 

「ファッ!?お前は明石!?」

 

何で明石がここに!?今日は自分の仕事+俺の仕事で残業不可避のはず!

というか俺に抱き着くんじゃない!背中にあれが当たってるから!独身男性にその感触は刺激的すぎるから!

 

「何でお前ここにいるんだ!?仕事の途中で抜けてきたのか!?」

 

「終わらせてきましたよぅ~。私が本気出せば、ちょちょいのちょいなんだから!」

 

「なんであの仕事量でもう終わってんだよ!お前いつも手ぇ抜いてんのか!?」

 

「同僚の送別会に参加しないほど薄情じゃありません~!あなたのために頑張ったんだから褒めてよ~」

 

「やかましい!送別会じゃないから!そして今すぐ離れなさい!女の子が男にくっつくもんじゃない!」

 

「なに~?照れてるの?かわいい~」

 

「うるせぇな!どけぇ!この酔っ払い!」

 

これ以上は限界なので、無理矢理明石を引っぺがす。

あ~ん、じゃないよ。俺の理性と正気度のために今すぐ離れなさい!

 

「明石ぃ!貴様何をしておる!わらわの婚約者をたぶらかすでない!」

 

ガシッ!

 

「だから婚約してないでしょ!

あ!やめて、初春さん!アイツに対抗して引っ付かないでください!」

 

「はっはっは!いやあ、愉快だね!はっはっは!」

 

「さっきまでの冷静な三鷹さんじゃない!笑い上戸なの!?」

 

「初春さんずるいです~これでもうお別れなんだから私も~」

 

ガシッ!

 

「やめろぉ!明石ィ!せっかく引っぺがしたのに、また引っ付くんじゃない!」

 

右手に初春さん、左手に明石が抱き着いている。今の俺を見たら世の男性は嫉妬の炎に包まれるのだろうなあ……

実際ね、ハーレムなんてうらやまけしからん、と思っていた時期が俺にもありました……

しかし悲しいかな、そうなってみると冷や汗しか出ないのですわ。望まぬハーレムは地獄だって、はっきりわかんだね。

更に悲しいことに男の男たる部分も反応してしまう。これが人間のサガ……か……。

 

「だ、ダメです2人とも!今すぐ!今すぐ離れてください!」

 

「なんでじゃあ!わらわより他の女の方がいいというのかあ!この浮気者っ!」

 

「違います!色々と違います!ああ、もう、泣かないで下さい!このままだと俺がマズいんですって!」

 

「んん~?何がマズいのかなぁ?お姉さんにも教えて欲しいな~」

 

「うるさいよ、この淫乱ピンク!分かってて聞いてんだろ!?離れろぉ!」

 

 

俺がヒィヒィなっているのを横目に、大将組が何か話している。

 

「ほっほっほ。若いっていいのう」

 

「そうですね~、先生。

でも私はまだ若いですから、その話の振り方はちょっと間違ってますね」

 

「う、うむ。すまんかった」

 

立場弱いな、あの人。いや、年齢の話題になったときの一ノ瀬さんが強力すぎるのか……

というかそんなことを考えている場合じゃない!

俺の救難信号を誰かしら受け取ってくれ!ヘルプミークイックリー!

 

俺が声なき悲鳴を上げていると、1人の男性が大将に近づいてきた。

 

「大将……鯉住の奴、ほっといていいんですか?さっきから助けてほしそうにしていますが……」

 

あ、あれは先輩!先輩じゃないすか!!もう俺の味方は先輩だけっすよ!

さっすが既婚者の先輩!この状況の辛さをわかってくれるんすね!

 

「ああ……大丈夫じゃろ。初春も明石も限度はわきまえておるじゃろうし、明石に関しては近々彼とお別れじゃからな。最後に楽しい思い出が欲しいんじゃろ」

 

「そ、そうですかね」

 

余計なこというなよクソ提督!先輩、あなたの考えが正しいんです!早くタスケテ!

 

「ま、わしに任せてキミも楽しんできなさい。せっかくの鳳翔の宴会料理じゃ。楽しまねば損じゃろ?」

 

「そういうことでしたら、よろしくお願いしますね」

 

アァーーーッ!!先輩!せんぱぁーいっ!!行かないでーーー!

クソ提督お前なんもしてくれないじゃないか!何がわしに任せろだぁーーーっ!!

 

(もてもてですね)

 

(いつかさされそう)

 

(このたらし)

 

お前ら俺の心の声聞こえてんだろ!

だったら普通そんなセリフ出てこないと思うんですがねぇ!?

大体誰にも手を出してないってのに、何なんだこの状況は!

 

(よくいう)

 

(くどいておいてこのたいど)

 

(ぎるてぃです)

 

口説いた覚えなんてないっつーの!ねつ造、ダメ、絶対!

 

もしやこの左のピンク!こいつのせいか!?ただの同僚にしては距離感が近すぎんだよ!

お前のせいで変な誤解を周りに与えてるんじゃないか!?今すぐ離れろぉ!

 

「何を黙っておるのじゃ!貴様!

よもや隣の桃色の乳でも見ておるのか!?そんなにデカいのがよいのか!?」

 

「ちょ、何言ってんですか!?」

 

「わらわだって大きくはないが形はよいのじゃあ!」

 

「だから何言ってんですか!落ち着いてください!公共の場でそういうこと言っちゃいけません!」

 

「そうですよ、初春さん。私のは大きいだけじゃなくて形もいいんです!」

 

「黙ってろ明石テメェーーー!!火に油を注ぐんじゃない!」

 

「ぬおーーー!言いよったな貴様!それではどちらの方が形がよいか、皆に判断してもらう!

明石よ!着物を脱げい!」

 

「望むところです!」

 

「やめて!マジでやめて!誰か助けてーーー!!」

 

ダメだこの酔っ払いども!脱ぎだすんじゃない!ああ、もう、止められない!誰でもいいから助けてぇ!

 

「はっはっは!いいぞいいぞー!ぬげぬげー!」

 

「ふむ。鎮守府内の部下の仲は良好なようだ。流石先生の鎮守府」

 

「あら、胸なら私も負けないわよ?飛び入り参加しようかしら?」

 

ダメだこの3バカトリオ!普段は頼もしいのに酔っぱらうとポンコツかよ!

 

 

俺が暴走する2人を止められず焦っていると……

 

 

ゴツンッ!!

 

 

「「んひぃっ!」」

 

酔っ払い2人に強烈な拳骨が落ちる。

衝撃で2人の目から星が飛び出すエフェクトが見えるようだ。

 

拳骨の主は、ここ『居酒屋鳳翔』の主、鳳翔さんである。

日常的に出撃、遠征に参加したうえで、隔日で居酒屋を営んでいるすごい人だ。

 

居酒屋でのどんちゃん騒ぎも楽しみのうち、ということで、普段はかなり大目に見てくれている。しかし流石にこの狼藉は目に余るものだったらしく、助けに来てくれたようだ。

 

 

「おふたりとも、鯉住さんの言う通り、ここは公共の場です。あまり迷惑になる真似はしないで下さい」

 

「「は、はい……」」

 

にこやかな笑顔だが、その目は笑っていない。まるで猛禽類が獲物を狩るときの目だ。あれは怖い。

 

「それと鯉住さん……」

 

「は、はい」

 

鳳翔さんはこちらに近寄り、耳打ちの形をとる。

 

「私の店であまりこういった騒ぎは起こさせないで下さいね。貴方の想い人なんですから、女の恥をさらすような行動をしそうになったら、貴方が止めねばなりませんよ?」

 

「……わ、わかりました」

 

色々と勘違いされているようですが、俺は彼女たちとそういう関係ではないんですよ。

 

……なんて言えないんだよなぁ。だって怖すぎるんだもん。

至近距離で例の目をしながら囁かれたら、反論なんてできるはずございません。

 

俺にできることは素直に忠告を聞き入れて、この場をしのぐことだけだよ……

 

「わかっていただければいいんです。それでは皆さん、まだまだ楽しんでくださいね」

 

鳳翔さんは雰囲気を穏やかなものに変え、手をパンパンと叩きながら周りに呼びかける。

それにより、周りに集まっていた野次馬たちは、各々の席に戻ることになった。

 

「ほっほっほ。さすが鳳翔は頼りになるのう」

 

「いやー、先生のところの鳳翔はやっぱり違いますね」

 

「そうだな。あの目は生半可な経験で得られるものではない」

 

「あの感じだと、うちの子じゃちょっと勝つのは厳しいかもしれないわね~」

 

目の前でストリップショーが開催されようとしてたのに、なんでこのクソ提督一派はそんなに落ち着いてるんだ?

 

……あ、そうか。俺、わかっちゃいました。

あの人たちが通常営業な理由は、艦娘が中破大破で帰ってくると、半裸とかほぼ全裸がデフォルトだからだわ。見慣れてんだ、裸。普段から裸に慣れてるから、初春さんも明石も脱衣に抵抗なかったんか……

この空間で普通の感性をしているのは、どうやら鳳翔さんと俺だけらしい。

 

うーん……このままほっとくのは教育上よくないよなぁ……初春さんには、人前で抜いじゃダメって教えてやるべきだよな。

あ、分別つく年齢の明石が脱ごうとしたのは、当然許されません。バツとして今度仕事投げてやる。覚悟しとけ。

 

 

「初春さん……もう人前で裸になっちゃダメですからね?そんなことをされると、俺は心配です。貴女のカラダはそんな安いもんじゃないんですから」

 

「え……?そ、そうかのう?」

 

「そうです。俺のいないところで肌をさらすようなことはやめてください。いいですね?」

 

「あ……うん……貴様がそこまで言うのなら……」

 

ふう。よかった。わかってくれたようだ。

いくら艦娘として肌を見せ慣れているとしても、人前でそんなことしていいわけがない。最悪俺が止められるように釘も刺しておいた。

その辺の教育をしっかりしてなかったクソ提督にはあとで文句をつけるとして、これで鳳翔さんに面目をたてることができ、一安心。

初春さんが恥ずかしそうに俯いているのも、自分が恥ずかしいことをしたって自覚してくれたからだろう。ちょっと悪いことをしちゃった気もするけど、自覚ができたのはいいことだ。

 

 

……ちなみにこの時の鯉住君の言葉は、初春含めて周りの面々にはこう聞こえていた。

 

『これからは俺以外には裸を見せるんじゃないぞ。お前は俺のものなんだからな』と。

 

周りからしてみれば、つまりそれはそういうことである。公衆の面前で堂々とそんな発言をするなんて、男らしいとかいうレベルではない。

恋バナ好きな艦娘たちは、この場にいるほぼ全員が、今のやり取りに聞き耳を立てていた。そしてそのほぼ全員が「奴はなんて爆弾発言をするんだ」と息を呑んだ。鼻血を噴出する娘もいるほどだった。

鯉住君のこの発言により、彼の評価は『半端なく艤装メンテがうまい良い人』から、『半端なく艤装メンテがうまいヤバい奴』にランクアップした。

 

 

(ほんとにざんねんなおとこです)

 

(もっとよくかんがえたはつげんをするべき)

 

(くいあらためて)

 

なんでそんなこと言うの!俺いい仕事したよ!?

艦娘の皆さんが一般人の前でストリップでもしてみなさいよ!俺みたいに若い男は我慢できないよ!?襲い掛かっちゃって迎撃されて血の雨が降るよ!?

それを防いだんだからグッジョブと言われてしかるべき!

 

(((はぁ……)))

 

かわいそうな子を見るような目で俺を見るんじゃない!何が不満なんだキミたちは!

 

 

妖精さんたちをたしなめていると、拳骨を喰らった頭をさすりながら、涙目の明石が声をかけてきた。

 

「ねぇ、アナタ今いい仕事したって思ってるでしょ?そういう顔してるもん」

 

「なんだよ明石、当たり前だろ?お前らの脱衣癖はよくないって教えてあげたんだから……」

 

「はぁ、やっぱり……相変わらず乙女心が分かってないわよねぇ」

 

「なんだよ、何が言いたいんだよ?」

 

「何でもないよ。私がわかってればいいのっ」

 

ガシッ!

 

そういうと明石は嬉しそうに俺の腕にひっついてきた。

せっかく離れてたんだから、そのまま距離をとっていてほしかったよ……折角初春さんも離れてくれて、解放されたと思っていたのに……

 

というか初春さんは何をボーっとしてるんだ?

あ、もしかして、こんな宴会の場で説教じみたことしちゃったし、ショックを受けちゃってるのかな?そうだとしたら、責任もってフォローしとかないといけないだろう。

 

「あの、初春さん?」

 

「……」

 

「初春さん、大丈夫ですか?」

 

「……!! ど、どうしたのじゃ!?」

 

「ええとですね……さっきは強引に話を進めちゃってすいません」

 

「いや、その……わらわも悪い気はせんかったし、だ、大丈夫じゃ……」

 

「そうですか。そう言ってもらえると嬉しいです。

それでは似たようなことがまたあったら、声を大にして伝えさせていただきますね」

 

「こ、声を大に……!? そ、それはさすがに恥ずかしくはないか……?」

 

「何言ってるんですか!俺は初春さんが大事だからはっきりと伝えるんですよ!

ひとつも恥ずかしいことなんてありません!」

 

「~~~~~っ!!」

 

 

うん!初春さんがいい子でよかった!

すごく嬉しそうな顔をしているし、俺が何か注意するのは初春さんのためだ、ってわかってくれたことだろう。

人前で注意されるのが恥ずかしいと思ってるようだけど、そんなことはないからね。間違ったものを間違ったままにしておく方が恥ずかしいことだからさ。

しかし小学生くらいのメンタルだと思っていたけど、聞くべきことはしっかり聞けるなんて素晴らしいことだ。大人でも難しいことだというのにね。

 

 

言うまでもなく、この鯉住君のフォローも、周りには違った意味でとらえられていた。

当然初春もそっちの意味でとらえており、喜びと恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤にしている。

新たな爆弾発言により多くの艦娘の血(鼻血)が再度流れ、『益荒男鯉住』だの、『偉丈夫鯉住』だの、新たな二つ名がいくつか誕生することとなった。

 

 

(((あああーーー!!もうーーー!!)))

 

お、おい、お前ら、何してんの!?

何で机の脚をひたすら殴ったり、頭を床に打ち付けたり、どこかに向かって拝んだりしてるの!?何がお前らをそうさせるの!?

やめなさい!ケガしちゃうでしょ!お兄さんそんなの許しません!!

 

 

「こ、鯉住君、キミ思ってたよりすごいね。わし驚いたよ?」

 

「ホントすごかったわ……関係ない私までクラっときちゃったもの……あっ鼻血が……」

 

「やるねえ!あんなの僕じゃとても無理だよ!」

 

「うむ。自分の意思をはっきり伝えられるのは美徳だな」

 

「は?へ?そ、そんなに驚くようなことですか……?」

 

「え……?キミ、あれが普通なの……?ちょっとわし信じられない」

 

「いやいや。こういう時は、はっきり伝えないと伝わらないでしょう?

相手の事を考えたら、言葉を濁すのは失礼ですよ」

 

「私も一度くらいそんなふうに言われてみたいわ……あ、鼻血がまた……」

 

何故か大将組の皆さんから絶賛された。

なんだろう? ちゃんと子供を叱ってあげるのは大人の役目だと思うんだけど、そんなにすごいことなんだろうか?

もしかして艦娘の場合と人間の場合では何か違いがあるんだろうか?

 

……というか一ノ瀬さん鼻血出てるぞ?大丈夫なの?お酒の飲みすぎだとしたら、すぐに寝たほうがいいんじゃないだろうか?

 

「大丈夫ですか?一ノ瀬さん。寝ますか?俺も付き合いますよ?」

 

「え!?ちょ!?……ね、寝る!?付き合う!?」

 

「ええ。一ノ瀬さん1人で行かせられるわけないでしょう?俺も一緒に行きますよ」

 

「だ、ダメよ!!いけないわ!キミには初春ちゃんがいるじゃない!」

 

「初春さん……? それは関係ないでしょう?何を言ってるんですか?俺は今一ノ瀬さんの話をしているんです」

 

「いけないわ……そんなの……不誠実よ……」

 

「一ノ瀬さんを放っておくほうが不誠実ですよ。来ていただけますか……グハァッ!!」

 

一ノ瀬さんを病室に連れて行こうとしていたら、後頭部に衝撃が走った。

クラクラする頭で後ろを見ると、明石がスパナをもってニコニコしていた。

 

「あ、明石……一体何を……」

 

「ちょっと唐変木は黙っててくださいね~」

 

「な、何を言って……」

 

「すいませんでしたね、一ノ瀬中佐、うちの同僚が。私が責任もって連行しますので」

 

「え、ええ……彼は大丈夫なの……?」

 

「ちゃんと問題ない角度で打ち込んだので問題ありません。慣れてますし」

 

「そ、そう」

 

「ということで、失礼しました~」

 

そう言うと明石は鯉住君をズルズルと引きずって行ってしまった。

 

 

「……先生、ここの鎮守府ってすごいんですね……」

 

「わしもビックリしてます」

 

「……一ノ瀬、気を確かに持て」

 

「私、あんなに情熱的に迫られたの初めてだわ……あ、鼻血が……」

 

 

酒が入ると理性的な判断が下せなくなるのは、人間も艦娘も同じです!飲酒はほどほどにしましょう!

自分の言動のツケを即座に払うことになった鯉住君の明日はどっちだ!




思わせぶりな態度をバラまいて、知らず知らず自分で自分の首を絞める鯉住君!
そんな彼に新たな出会いが迫る!

次回「ああ、あの人の姿が見える……」!

お楽しみに!


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第13話

驕れる者久しからず ただ春の夜の夢のごとし

―――平家物語


「痛たた……」

 

明石に殴られた頭をさすりながらつぶやく。

 

殴られた後は謎の説教を受け、半ば放り出されるように医務室へと向かわされた。

何故か明石は笑いながら怒っており、「私と初春ちゃんの事も考えろ」とか「もっとよく言葉を選んで発言しろ」とか、いわれのない言葉を浴びせられたのだ。

 

初春さんの将来を思って、しっかり考えて発言したというのに、その言い方はないんじゃないかな……

一ノ瀬さんについても、鼻血出して体調悪そうだったし、医務室に連れて行こうとしたのは間違ってないだろ……

これだから明石は苦手なのだ。普段はこっちに心を許しているようなのに、いきなり機嫌が悪くなることがある。思春期特有の不安定な精神状態なのだろうから、仕方ないことだとは思うんだけど……やっぱり苦手なものは苦手だ。

 

 

 

……もちろん明石は思春期だとか、情緒不安定だとか、そういった精神状態にあるわけではない。

むしろ彼女の精神年齢は、艦娘の中でも高い方に分類される。

明石は度々あのような態度に出ることがあり、そしてそれは毎度鯉住君が原因であり、彼女にはなんの非もないことは誰もが知っている。

しかし当の本人は乙女心をまったく理解する気がないので、その事実に気づくことはない。実に残念な男である。

 

 

 

「まぁ明石があんな調子なのはいつも通りだし、仕方ないか……」

 

ぼやきながら医務室を後にし、鎮守府外の港を散歩する。

自分もある程度酔っているし、あの混沌空間にそのまま戻るのは怖い。というわけで、酔い覚ましも兼ねて夜の散歩に出向くことにした。

 

大将は何故か俺の送別会とか言っていたし、周りには本日の主役と思われてるから、抜けるのはどうかと思ったけどね。戦略的撤退である。今戻ったら何されるかわかんない。

 

 

・・・

 

 

今の時期は夜風が気持ちいい。

少し肌寒くはあるが、アルコールが入って火照ったカラダには丁度いい加減だ。

 

堤防に沿って散歩すると、波打つ水面が青白く幻想的に光るのが目に入る。夜光虫というプランクトンが、波による刺激で発光しているのが原因だ。

 

春から夏にかけて見られるこの景色はお気に入りの一つ。

満天の星空に、吹き抜ける爽やかな風。漆黒の水面では、波が冷光の形をとって、そこに在ることをささやかに主張する。

漣の心地よい響きも相まって、現実と夢のはざまにいるような感覚に包まれる。

 

今この瞬間にも、多くの戦いが繰り広げられているというのが信じられないな。目の前のひそやかな風景と、硝煙の臭いに満たされた戦場が、この海の先で繋がっている。

……まるで悪い夢のようだ。目が覚めたらあの平和だった時代に戻れるんじゃないか、なんて錯覚を覚える。

 

 

「……釣りでもするか」

 

 

先ほどまでの喧騒を忘れ、気分も落ち着いたところで、釣りをすることを思いついた。

別に魚を釣りたいわけではないが、今のこの心地よい瞬間を、少しでも長く楽しんでいたいのだ。このまま帰って寝るではもったいなさすぎる。

 

艤装メンテは空き時間が多く発生する仕事であるため、時間つぶしのために、ロッカーに本と釣り道具を常備している。もしもの備えはこういう時に役立つのだ。幸いロッカーはここから近くにあるため、10分とかからず持ってこれるだろう。

 

 

・・・

 

 

堤防で釣り道具を展開し、釣り糸を垂れる。流石に生餌は常備していないため、人工の餌で代用する。パワーイソメというやつだ。

当然生餌よりも魚の食いは悪くなるが、今日の主目的は数釣りではないし、大物釣りでもない。釣竿を垂れて、魚を待つ。この時間が確保できている時点で目的の大半は達成している。

 

「……」

 

ボーっとしながら水面に浮かぶウキを眺める。

ちなみにウキ部分には、小型のサイリウム(お祭りの夜店とかで売ってる光る棒のこと)を取り付けてあるので、暗闇の中でも見失うことはない。

 

こういう時間はとても大切だ。何もしていないようで、何かをしているという状態。休日は無意識に予定を詰め込んでしまうので、何もしない、という行為は結構重要なのだ。

それにこういう時間には、普段考えないようなことを考えることもできる。ボーっとしていても頭は動いている。他の人はどうなのかよくわからないけど、俺に関してはそういう性分なんだ。

 

「……」

 

……今の世の中はどうにもおかしい気がする。

 

深海棲艦の脅威で国家間のつながりは細くなり、生活水準はそれ以前よりも下がった。

技術水準はギリギリのラインで保持できているようだが、それも資源の入手がままならない今、どこまで維持できるかという議論がされている。

 

しかしそれはもう仕方がないと思う。

多くの恩恵を受けて豊かな生活している俺が言える立場ではないが、現状を見ると、深海棲艦出現前の発展途上国に比べてよっぽどマシな水準なのだ。生きていけないわけではないし、恵まれていると思う。

 

 

メディアはしきりと騒ぎ立てる。

深海棲艦は悪だ。我々は在りし日の栄光を取り戻さねばならない。

それは本当だろうか?

 

海軍が海域を解放すれば囃し立て、海域を失えばバッシングする。

一体何を伝えたいんだろうか?

 

最近はインドネシアからの輸入が増えたから果物が安い。

工場の海外展開が増えたから就職先が増えた。

他の先進国ではこういった服装が流行っていて、首都圏でもブームになっている。

 

メディアが教えてくれるのは、即物的で、刹那的なことばかり。

今を生きることに焦点を当てる。みんなそのほうが安心するから。

 

 

皮肉にも資源に制限ができたことで、技術は進歩した。

金属や繊維のリサイクル率は60%を超えるところまで向上し、少ない輸入でも賄えるようになった。

自然エネルギー利用もどんどん増え、必要とする石油量は半分以下になった。中東からの輸入も極端に抑えられ、日々航行するタンカーは、最盛期の30%にも満たなくなった。

 

本当に人類は以前の栄光を取り戻すべきなのだろうか?

深海棲艦というプレッシャーが、エネルギー利用技術を発展させた。

コインの裏表と一緒だ。良いことと悪いことはいつだって表裏一体。

いや、表裏一体に『しようとする』生物なのだ。人間って生きものは。

何が良くて何が悪いかなど、簡単に決めていいことではない。

 

そもそも深海棲艦出現以前の世界は素晴らしかったのか?

世界的な人口爆発。圧倒的な国家間格差。食いつぶされていく地下資源。

あの世界に人類の輝かしい未来はあったのか?

 

もしもこの戦争が終わったらどうなるんだ?

深海棲艦が消え、艦娘が残ったら、彼女たちはどうなるんだ?

共通の敵が消え、残るは艦娘という強力無比な存在。

そんな状態で人類は欲望を抑え、帝国主義の時代に逆戻りする未来を回避できるのか?

そもそも深海棲艦と共に現れた彼女たちは、この世界に残ってくれるのか?

 

 

『海域の解放』なんておこがましくないか?

 

人類の危機を地球の危機とするのは、間違っているのではないか?

 

好き放題振る舞うのは当然。強いから。本当に?

 

深海棲艦の放つ負の感情は、人類の何に向けられている?

 

 

 

……深海棲艦とは何なのか?艦娘とは何なのか?

 

俺たち人間は、この世界において何なのか?

 

 

 

何か 大切なことが 見えていないのでは。

 

 

 

・・・

 

 

「……ふう」

 

 

いけないいけない。

1人でものを考え始めると、勝手に悪い方向へ思考がとんでいってしまう。

こんないい夜に、そんなことばかり考えているんじゃ根暗すぎるよな。

目の前に広がる穏やかな景色を堪能しないとあっては、釣りを始めた意味もない。

 

「さて……おっと、お前たちいたのか」

 

思考の渦から抜け出て何の気なしに横を見ると、そこには妖精さんたちが座っていた。

 

もう宴会は楽しまなくていいのか?

 

(だいじょうぶ)

 

(わたしたちのしゅじんはあなたです)

 

(つきあうよ)

 

「……そうかい。ありがとよ」

 

ひとりの時間を邪魔されてはたまらないが、隣で静かに同じ景色を見るのは大歓迎だ。

なんというか、ひとりだけどひとりじゃないという感じ。

幸い妖精さんたちはその塩梅をわかってくれているようで、おとなしくしてくれている。

 

普段からそうやって俺の気持ちを汲んでくれれば、言うことないんだけどなぁ……

 

 

うとうとしながら再度ウキに集中していたところ、妖精さんのひとりが徳利とお猪口をどこからか取り出した。

 

(これのむです)

 

(くすねてきました)

 

(ほうしょうさんひぞうのいっぴん)

 

「おいおい……大丈夫か? 俺は鳳翔さん怒らせたくないぞ?」

 

(ちょっとくらいばれない)

 

(みんなものんでた)

 

(きょうはんです)

 

「怖いこと言うなよ……ま、いいか。一杯くれ」

 

妖精さんが器用に酒をお猪口に注ぎ、こちらに差し出す。

俺はそれを苦笑しながら受け取り、口をつける。

 

「……うまいな」

 

若干冷えていた体を温めるにはちょうどいいかもしれないな。体の芯から熱がまた生み出される。

 

 

「……」

 

(((……)))

 

とても静かな時間。

4人で酒を煽りながら、ただただおとなしくウキを眺める。至福のひと時というやつだ。

みんなで楽しむ宴会もいいが、こういう酒もまたいい。

 

 

 

 

 

 

「……釣れてますか?」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

なんだ?もしかしてここは夢の中なのか……?

 

急に話しかけられた、この声。そんなはずはない。ありえない。

 

 

 

「いい夜ですね」

 

 

 

ウソだろ?やっぱり夢を見てるのか?

 

 

 

「……」

 

 

「お久しぶりです」

 

 

 

なぜ?そんなバカな。

 

でも……間違いない。間違えることなどできない。

 

 

 

「5年ぶりですね」

 

 

「そんな……なんでこんなところに……」

 

 

「まだ覚えてくださっていますか?」

 

 

「忘れるわけ……忘れられるわけないじゃないですか……!」

 

 

 

俺の目の前には、5年前とまったく同じ微笑みがあった。

 

心の底から安心感を与えてくれる微笑み。

 

あの日、あの時、深海棲艦に襲われた俺を、絶望の底から救ってくれた微笑み。



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第14話

今回でお話は一段落となります。ひとまずお付き合いいただきありがとうございました。

とは言っても割とすぐに次回を投稿するとは思いますので、まだまだお付き合いいただける方はよろしくお願いいたします。



「な、なんで貴女がここに!?」

 

 

堤防で釣りをしていた俺の目の前に現れたのは、ここに居るはずのない人だった。

流れるような柔らかな黒髪。しとやかでいて隙のない仕草。そして、鷹のような鋭さを備えた両の瞳……

 

5年前の本土大襲撃の日。

深海棲艦に圧倒的なチカラを見せつけ、俺たちを救ってくれた艦娘が目の前に立っていた。

あの時と何も変わっていない、その表情を浮かべながら。

 

あまりの驚きに慌てて立ち上がり、姿勢を正す。

 

「ふふふ……実は今日一日中こちらにお邪魔してたんですよ?」

 

「え?一日中……って?」

 

「私は赤城型1番艦正規空母『赤城』。所属は佐世保第4鎮守府。

今日は提督の秘書艦として随伴してきました」

 

「佐世保第4鎮守府……加二倉さんの……」

 

 

信じられないほどの偶然だ。いや、まさか、これはもしかして……

 

 

「……もしかして、大将から頼まれました?」

 

「あら?バレちゃいました?」

 

そう言って赤城さんは舌を出しながらおどけてみせる。

こんな茶目っ気もある人だったのか。

 

「……いくらなんでも偶然が重なりすぎですよ。さすがにわかります」

 

「ふふ。なかなか洞察力があるみたいですね。素晴らしいことです」

 

「俺のことも聞いているんですか?」

 

「はい。提督からは、あの時に研修船に乗っていた方だと聞いています」

 

「……そうでしたか」

 

「あの時私に最敬礼をしてくださった方でしょう? 印象的だったので、私も覚えていましたよ」

 

「覚えていて下さったんですね」

 

確かに死の恐怖から解放された喜びで、思わず頭を下げた記憶がある。

しかしそんな些細なことを、しかも5年も前のことを覚えていてくれただなんて……

嬉しくて胸が詰まる思いだ。

 

「私達が艦だった時代の認識では、最敬礼は皇族や神々への敬意を表すものだったので……

そんな大したことをしていないのに、と戸惑ってしまいました」

 

赤城さんは頬を人差し指でかきながら、たははと笑っている。

 

「そ、そうだったんですね。今の時代ではそこまでの意味はないもので……」

 

「ええ。私もあとから知りました。同僚にこの話をしたら、今はそういう意味では使われない、と」

 

「でも……俺にとっては、それほど、いや、それ以上だったんです。

なにせ貴女が来てくれなければ、確実に死んでいましたから」

 

「私は提督の命令をこなしただけですよ」

 

「それでも、です。今までずっとお礼を言いたかった。……本当にありがとうございます」

 

心からの言葉とともに、あの時と同じように頭を下げる。俺の命を救ってくれた、今の生き方へと導いてくれた、目の前の貴女に。

 

「……真っすぐな方ですね。頭を上げてください」

 

「……はい」

 

頭を上げると、彼女は先ほどと同じ笑顔を返してくれた。どうやら誠意を受け取ってもらえたようだ。

 

……長年抱えていた重荷を下ろすことができた、ということなんだろうか。気持ちが少し楽になった。

 

 

・・・

 

 

随分と衝撃的な再会だったが、ようやく少しばかり落ち着いてきた。

気持ちを整えていると、赤城さんから声がかかる。

 

「ふふ。実際あなたとお会いして、妖精さんに好かれる理由がよくわかりました」

 

ふと気づくと、周りで妖精さんたちがふよふよ浮かんでいた。

お前ら浮けたのか。知らなかったぞ。

 

……しかしだ。最近似たようなことを言われるけど、あまり納得感がない。

折角の話題だし、普段から気になっていることを聞いてみよう。赤城さんなら何かわかるかもしれない。

 

「俺が妖精さんたちに好かれているということですが……その、正直言ってよくわからないんです。

何か特別なことをしたわけでもない。何か特別な能力があるわけでもない。本人たちに聞いてみても、はっきりした答えは返ってこない。

俺が選ばれる理由なんて、思いつきません」

 

横の妖精さんたちを見ると、ムスッとしていたり、やれやれといったジェスチャーをとっていたり、呆れた顔でこちらを見ていたりと、反応は様々。

共通していることは、「こいつ今更何言ってんだ」という言外のメッセージを発している点だろう。

ハッキリお前らが理由教えてくれれば、俺もこんなに悩んでないんだよ。なんで教えてくれないのさ。

 

「私は妖精さんたちと会話できるわけではありませんので、はっきりとは言えないですが……

うーん、なんとなく、というしかありませんね」

 

「な、なんとなく……?」

 

「ええ。あなたからは、とても心地いい感じを受けるんですよ」

 

「こ、心地いい? そんなことないと思いますが……」

 

俺が癒し系ってこと?こんなどこにでもいるようなアラサーお兄さんが?

まったくしっくりこない。

 

「人間相手ではどういった印象なのかはわかりませんが……

艦娘からしたら、一緒にいたいとか、この人になら任せられる、といった感じを受けるんです。例えば陽だまりの温かな光のような……それはおそらく妖精さんたちも一緒です」

 

 

……そうなの?お前ら?

 

(((……)))

 

ニヤニヤしている。それはどういうことだよ。結局俺のこと気に入ってくれてんの?

 

(さっしてください)

 

(そんなだからとうへんぼくっていわれる)

 

(そういうとこやぞ)

 

なんでこの流れでディスられねばならないのか……

 

 

「ふふ……妖精さんたちとそんなに仲良くされているじゃないですか。

それが何よりの証拠ですよ?」

 

「からかわれているだけのような気もしますが……」

 

「彼女たちは皆、いたずらとか賑やかなことが好きですから。そういう態度になってしまうんでしょう」

 

「そういうものなんですか……」

 

「まあ、今の時点で良い関係を築けているようですし、これ以上私が言えることはありません。ここから先は、あなたと妖精さんたちで築き上げていくことですからね」

 

「うーん……確かにそれはそうですね。

こいつらと上手いことやれるかわかりませんが、言いたいことをわかってやれるようにはなりたいです」

 

「ええ。その意気ですよ」

 

 

・・・

 

 

ずっと立ち話ではなんだから、との赤城さんの提案で、堤防を散歩しながら話をすることになった。

月明かりに照らされ、夜風にたなびく長髪。美しい絵画のようだ。綺麗という言葉では足りない。もはや、触れてはいけないもの、という印象すらある。

 

正直俺にはハードルが高すぎる。ものすごく緊張する。

落ち着け……クールになれ……心拍数を下げるんだ……

 

 

「実はですね。妖精さんとの関係も気になってはいたんですが、私が聞きたいことは別にあります」

 

「聞きたいこと、ですか」

 

歩き始めたところで、赤城さんが口を開く。

一体なんだろうか。

今まで何の繋がりもなかったのに、聞きたいことがあるなんて。

 

「はい。単刀直入に言いますと、

何故あなたが今の仕事にこだわっているか。

それを知りたいのです」

 

「えーと……それって、その……大将から頼まれました……?」

 

「いいえ。全くそういったことはありません」

 

こちらの考えを察してくれたのか、赤城さんはスパッと否定してくれた。

 

「私が受けたのは『あなたが何か気にかかっている事があるなら、話を聞いてくるように』という命令だけです。

それに加えてあなたの経歴や、提督として勧誘されていることも聞いてきましたが、本当にそれだけですよ」

 

「あなたが今の仕事にこだわっている理由を知りたいのは、単純に私が興味があるからです。

……まあ、私の疑問にあなたの悩みが繋がっている気はしますから、一石二鳥だとは思ってますが」

 

「そ、そうでしたか。……すいません、疑ったりして」

 

「いいんですよ。あなたは真っすぐな方ですから、そういったことが気にかかるのも仕方ありません」

 

口に手を当てて、うふふと微笑みながらフォローしてくれた。行動の一つ一つに優雅さを感じる。

こちらの態度や声のトーン、選ぶ言葉などから、心の中を感じとり、その上で気を遣ってくれているのだろう。安心感を感じるのはこういうところだったか。

 

そういうことであれば、素直に心の中を打ち明けよう。

それは礼儀だと思うし、この人には知っていてもらいたいとも思う。

 

「わかりました。正直にお話ししますね」

 

「話せる範囲で構いませんよ?」

 

「大丈夫です。貴女と無関係な話ではありませんし、隠すようなことでもありません」

 

「……そうですか」

 

正直恥ずかしいけど、この人の期待には応えたい。ふっと一息。

 

 

 

「はい。ええとですね……

5年前の本土大襲撃の日。あの日に貴女に助けられたときに思ったんです。

ホントは失くしていたはずのこの命、助けてくれた艦娘の皆さんと貴女のために使おう、って」

 

「え……? 艦娘と……私、ですか?自分のためとか国のためではなく?」

 

赤城さんは目を丸くして驚いている。

そりゃそうだ。あちらからしたら俺なんて有象無象のひとり。自分が相手の人生に影響を与えた、なんていきなり言われても、寝耳に水だろう。

 

「はい。受けた恩はできるだけ返したいんです。どれだけ返しても返し切れるものではないですが。

だからその時勉強していた技術を活かして、サポーターとして皆さんの助けになろう、と」

 

「……成程。それで艤装メンテナンス技師になったのですか」

 

「そうです。実際うまく仕事ができてると思いますし、ある程度満足しています」

 

「お話を聞くと、そのようですね。アカシック鯉住なんて呼ばれてるみたいじゃないですか」

 

「ちょ……」

 

おいマジかよ……そんなことまで伝わってんの!?

赤城さんになんてことを……クソ提督許すまじ……

 

「そ、その呼び名は忘れてください……あまり嬉しいものじゃないので……

確かに明石よりも艤装のメンテはうまいと思いますが、スピードは全くかなわないですし……」

 

「……え? 明石よりも質の高いメンテナンスができるんですか!?」

 

「え……? は、はい……そんなに驚くほどのことなんですか……?」

 

別に大した技術があるわけじゃないし、

それくらいできる技術屋なんて、いっぱいいるんじゃないの?

 

「それはもうすごいことです……多分日本に何人もいないですよ」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

マジか。マジか。結構俺すごかったのか?

 

(((ちょうしのるな)))

 

……お前ら俺にはホント厳しいのな。

わかってますよ。天狗にならないように気を付けるから安心せい。

 

「そこまで立派な仕事をなさっているとは思いませんでした」

 

「や、やめてください。恥ずかしいです」

 

「ふふ。失礼しました。……しかしこれではっきりわかりました。

あなたが今の仕事にこだわるのは、現状に満足しているからなんですね。

提督が嫌というより、今の仕事がよい、と」

 

「はい。今のままで十分役に立てていると思いますし、性に合ってるとも思います。

だから提督になって新たなことをするよりも、今の仕事を続けていこうかなって。

 

ただ……」

 

 

「……ただ?」

 

 

「周りの皆さんが、俺なんかに提督着任を薦めてくれているのは気になるんです。

 

赤城さんのように実力ある艦娘を育てる自信もないし、

大将のように信頼されるほどうまい指揮を執る自信もない。

事務仕事も苦手だし、女性の扱いもうまくない。

 

どう考えても提督業に向いている人間とは思いません。

 

それなのになぜみんな提督業を薦めてくるのでしょうか?

みんな俺のことを買いかぶっているんでしょうか?それともやっぱりこいつらと話ができるからでしょうか?」

 

妖精さんのほっぺをぶにぶにしながら赤城さんに問いかける。

 

一番引っかかっていたのは、実はそのあたりなのだ。

提督に必要と思われる技能には、どれも適性がない気がするんだよなあ。

ホントなんで俺みたいなやつに、みんな目をかけてくれてるんだろうか?

 

 

「ああ、そんなことを気にしていたんですか」

 

 

「……え? そんなこと?」

 

……あれ?なんだこの反応。思ってたのと違う……

それでは確かに提督としてやってくのは厳しい、とか、そういう反応が返ってくる場面じゃないの?

 

「今あなたが教えてくれた悩みはですね、そんなに大したことじゃありません」

 

「……えええ?」

 

大事なことを話そうとしているからか、赤城さんは足を止めてこちらを見る。

こっちも気を引き締めて、聞く体勢をとる。

 

「いいですか?よく聞いてくださいね。

私達艦娘は、かつて日本海軍が所有していた艦が人の形を得たものです。それはいいですか?」

 

「は、はい」

 

「つまり私たちには艦だったころの記憶や、船員たちの記憶もある程度残っています。

だから戦略、戦術についても優れた能力を持っている者が多いんです」

 

「……言われてみれば、そうですよね」

 

実際に戦争、しかも最前線で戦っていた記憶があるのだ。戦火から離れたところで育った人間では相手にならないだろう。

つまり戦闘については、かなりの範囲で艦娘の皆さんだけでできちゃうってことか……

 

「だから提督ひとりで戦闘について決めることはありません。

秘書艦や、戦闘センスの高い艦娘と協力して作戦を練ればいいでしょう」

 

「そうだったんですか……大将の話を聞くと、提督の指揮能力がないとうまくいかないイメージだったんですが……」

 

うちの大将は、部下の皆さんから指揮がすごいと言われている。

だから提督はみんな指揮能力が高くないとやっていけないと思ってたんだけど……

 

「ああ。鼎大将が基準だったんですね。それではそういう反応になるのもうなずけます。

誤解があるようなので申し上げますと、鼎大将や一ノ瀬中佐の指揮能力の高さは別格です。

一般的な提督は、さっき私が言ったような方法で作戦を立てるのが普通ですよ?」

 

「あー……そうなんですか」

 

「ついでに言いますと、事務能力についても提督にはそこまで求められません」

 

「ええっ!?そんなバカな!提督と言えば事務仕事って聞いたことあるんですが……」

 

「処理すべき書類が多い、という点ではそうかもしれませんね。

これもさっきと同じ話で、事務仕事が得意な艦も多いのです。

だから細かいことや重要度の低い仕事は秘書艦に任せてしまえばいいんですよ」

 

「そんな適当な……」

 

「適材適所、というやつです。現にうちの提督も事務仕事はほとんどしないんですよ……?

自分がやるよりお前たちに任せた方が正確だ、って言って。

少しくらいは目を通してほしいんですが……はぁ……」

 

「……へ、へぇ」

 

赤城さんは眉を八の字にして額を抑え、ため息をつく。

結構苦労してるんだなあ……完璧超人に見えた加二倉さんにもそんな弱点があったとは……

 

いや、でも、赤城さんの言ってたことが本当だとすると……

 

「あの、赤城さん……? つかぬことをお聞きしますが……」

 

「? なんでしょう?」

 

「先ほどから聞いてますと、提督って能力低くてもできちゃうんじゃないですか?」

 

「はい。できますよ?」

 

「ええ……うそぉ……」

 

あっさりととんでもないことを言い放つ赤城さん。

今の話だと、提督って何もできなくてもなれちゃうってことになる。しかも実際その通りらしい。

 

「基本的には艦娘の方が人間より能力が高いですからね」

 

身も蓋もない一言である。

 

「そ、それじゃ提督って別に要らないんじゃないですか?艦娘の皆さんだけで鎮守府運営すればいいのでは……?」

 

「いえ。私達には提督が絶対必要です」

 

「その心は……?」

 

「艦娘ってすごく癖が強い娘ばっかりですよね?」

 

「あ―……はい」

 

「まとめ役がいないとまとまらないと思いませんか?」

 

頭の中に色々な艦娘の皆さんが思い浮かぶ。

……

うん。納得せざるを得ない。

 

「……あー……確かに」

 

「そういうことです」

 

 

「つまり提督として一番大事な能力は、艦娘の皆さんをまとめる能力だってことですか」

 

「そうですね。部下全員に言うことを聞かせられるかどうかが重要です。やり方は人それぞれでしょうけど」

 

「そうだったんですね……」

 

「だからあなたは他の皆さんから勧誘されるんだと思いますよ。

艦娘にも妖精さんにも好かれているんだし、一部を除いて、艦娘が従わないこともないでしょう」

 

「はぁ……思っていたことと随分違って驚きました……」

 

だから春風さんも初春型の皆さんも、信頼が一番大事って言ってたのか……

あの時は指揮能力の方が大事だと思ってたからしっくりこなかったけど、今なら何が言いたかったのかわかるような。

 

「ふふ。そうでしょう? あなたが考えているほど難しいことじゃないんですよ」

 

「そのようですね」

 

「皆さんそれをわかったうえで推薦していたんですから、無碍に断ることもないんじゃないですか?

あ、これは勧誘とかではなく、私の率直な意見ですので、気楽に答えてくださると嬉しいのですが……」

 

赤城さんはこちらに気を遣って前置きしてくれた。優しい。

 

「あー、と、そうですね。正直言って今日一日で、別に提督やってもいいかな、と思うようにはなりました」

 

(((!!!)))

 

「でも今の仕事も気に入ってるんですよ。だからどうしたもんかなぁ、と」

 

(((んもうっ!!)))

 

妖精さんたちが機嫌悪そうに服を引っ張ってくる。

やめなさい。それ以上やると服がちぎれかねない。

 

妖精さんたちを引き剝がしていると、赤城さんの口からとんでもない一言が飛び出した。

 

 

 

「それなら両方やればいいじゃないですか」

 

 

 

「……へ?」

 

「いや、ですから、どっちもやったらいいじゃないですか」

 

「いやいやそんな……」

 

いやいやいや……

 

「提督は仕事の内容を自分で決めれるんですから、緊急時以外は艤装メンテナンスをすればいいじゃないですか」

 

「そんな……そんなんでいいんですか?」

 

「いいんですよ。艦娘の期待に応えたいと言ってくださるなら、それが一番良い方法だと思いますよ?」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「提督といっても色々いらっしゃいますので、鎮守府の方針も色々です。

最低限の防衛さえできていればいいんですから、少し毛色の違う鎮守府があってもいいと思います」

 

首をかしげてニコッと微笑む赤城さん。天使かな?

 

「ええと……」

 

「私としても、あなたが創る鎮守府を見てみたいです。無理にとは言いませんが、やってみてはいかがですか?」

 

「……わかりました。貴女にそう言ってもらえるなら、やってみます。

まともな運営ができるかはわかりませんが……」

 

(おぉーーー!)

 

(ついにこのひが!)

 

(えっくすでーとうらい!)

 

こいつら……いつの間に酒盛りを……

 

「ふふ。よかった。皆さん喜びますよ。もちろん私もすごく楽しみです。

あなたが創る艦隊は、バックアップが得意な艦隊になりそうですね。前線から離れたところに赴任できるよう、私から大将に言伝しておきます」

 

「あ、そんなことまで……ありがとうございます」

 

「いいんですよ、そのくらい」

 

どちらからともなく、お互いに頭を下げる。

 

なんだかさらっと提督をやることを決めてしまったが、赤城さんが期待してくれてるならいいかな、とも思う。推薦してくれたみんなの気持ちにも応えられるし。

 

人生の転換点って、起きてみるとこんなものなんだなあ……

 

 

 

これからの不安もあるが、出来る限りやってみようと心に決める鯉住くんであった。




次回からは第2章、鯉住くん提督編です。
今回まではプロローグみたいな感じと捉えていただければいいかな、と。

また次回から緩い雰囲気に戻っていくはずですので、よろしくお願いします。


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第2章 駆け出し編
第15話


 提督になると決める(前回)
→佐世保第4鎮守府(加二倉中佐のとこ)で研修
→横須賀第3鎮守府(一ノ瀬中佐のとこ)で研修
→トラック第5泊地(三鷹少佐のとこ)で研修
→大将と赴任先相談
→着任先であるラバウル第10基地に出発(今ここ)

鯉住くんにとって新たな一歩です。よかったら応援してあげてください。


本日は晴天なり。

 

日本~パラオ泊地経由~ラバウル基地を航行する定期連絡船は、洋々と海を進む。

定員は最大80名。フェリーとクルーザーの中間といった規模のその船は、必要物資輸送のために出港する。

 

「……船出にはいい日和だな」

 

甲板で独り言つ男性が一人。

平均より高めの身長に、程よく引き締まったカラダ。浅黒く日焼けした肌に、短めに整えられた総髪(オールバック)。その切れ長の目は、船に寄りそって飛ぶ海鳥を、優しく捉えている。

 

彼の名前は鯉住龍太(こいずみりゅうた)。

本日付でラバウル第10基地に着任する、新任少佐である。

元々は呉第1鎮守府で技術工として働いていたのだが、同鎮守府の鼎大将からの推薦により、半年間の研修を経て、この遥か南の地へやってきたのだ。

 

「ラバウル、か。一体どんなところなのやら」

 

彼は未だ見ぬ着任地へと思いを馳せる。

 

ラバウル基地はパプアニューギニアに建設されている基地であり、太平洋からの守りを担う重要拠点でもある。

パプアニューギニアという国には艦娘が殆ど在籍していないため、深海棲艦に対抗することができない。そのため大戦中の繋がりもあって、日本が海軍基地を設置している。国防の対価として、資源貿易を日本に有利にする取り決めもなされている。

 

大戦中のラバウル基地は、オーストラリアに睨みを利かせる役目もあった。しかし現代ではオーストラリアとは国交は回復しており、ラバウル基地として最も重要な役目は資源輸送船の護衛だ。

 

ラバウル基地とはそんな海軍基地である。

その中における彼の赴任する第10基地は、実をいうと必要に迫られて設置された基地ではない。

 

現在のパプアニューギニアの首都であり、大戦中に激戦が繰り広げられたポートモレスビー。

その都市から島を挟んで反対側にある、ポポンデッタという地に第10基地はある。

 

そこは島に囲まれた内海であるソロモン海に面した立地であり、大戦の影響からか深海棲艦の数はそこそこに多い。

しかしこちらの戦力も相応に整えられており、第10基地発足以前から対応できるレベルではあった。つまりは第10基地は余剰戦力ということになる。

 

そんな無駄ともいえる配置が行われた最も大きな理由。

それは度々起こる大規模侵攻にある。

 

ラバウル基地一帯、特にソロモン海では、過去何度か大きな侵攻があった。

その規模はかなり大きなものであることが多く、他地域の鎮守府に応援を要請することもあった。

通常時は余剰戦力となろうとも、有事の際に手が足りないでは困る。

そういった意見は前々からあり、そこに新しく配属先を探している提督が現れたとあって、第10基地が配置される流れとなったのだ。

無くてもよいが、あれば助かるかもしれない。そんなスタンスである。

 

「……あ、イルカだ」

 

そんな立場の鎮守府に着任するからか、どうにもこの男、緊張感に欠けるようである。

本日が初仕事だというのに、リラックスしながら南国の景色をのんびり眺めている。

 

「お前らも久しぶりに見るだろ? かわいいよなー」

 

(((そうですねー)))

 

彼の隣では数体の小人が手すりに座っている。

この小人たちは妖精さんと呼ばれる存在で、艦娘と人間の懸け橋ともいえる者たちだ。

彼女たちは艤装に宿り、艦娘と共に戦うこともあれば、艤装の開発や艦娘の建造も行うこともある。カラダは小さくとも大変大きな役割を持っているのだ。

 

普通は彼女たちと会話することなどできず、身振り手振りでコミュニケーションを図るしかない。

しかしウマがあうのか、気に入られているのか、なぜか彼だけが妖精さんと会話することができる。

その能力をうまく使えば人類の繁栄に大きく貢献できそうなものだが、彼はそのような事に興味はないようだ。だからこそ妖精さんから好かれているのかもしれないが。

今も彼らは揃ってイルカを眺めながら、口を半開きにしてボーっとしている。

 

 

「こら!アンタ達何してんの!危ないから船内に戻りなさい!!」

 

定期連絡船のすぐ近く、海面を並走する少女から声が上がる。

 

「あ、すいません。今戻りますので」

 

「アンタはもう今迄みたいな立場じゃないんだから、しっかりしなさいよ!」

 

「いやいや、面目ない……戻るぞ、お前ら」

 

(((はーい)))

 

少女の呼びかけを受け、彼らは船内に戻っていく。

 

「全く……先が思いやられるわね……」

 

額に手を当て、やれやれと言ったふうに首を振る彼女は、彼の初期艦として選ばれた艦娘だ。

 

ワンピースタイプのセーラー服に、落ち着いた黒のタイツ。ロングの銀髪に、首には真っ赤なロングタイ。

頭の両側には独特な2つの電探ユニットが浮き、手には身長を超える丈の長槍が握られている。

 

少々好戦的で気の強い彼女は、吹雪型5番艦駆逐艦『叢雲』。

呉第1鎮守府の提督である鼎大将から要請を受け、鯉住君の初期艦として一緒に仕事をすることとなった。

 

ちなみに本当は初春型1番艦駆逐艦の『初春』が初期艦として同行する予定だったのだが、

 

「初期艦は共にイチから歩める艦の方がいいよね。それにキミ初春君と一緒だとツッコミに疲れるでしょ?」

 

という鼎大将の鶴の一声により、現在では珍しい新造艦の叢雲に声がかかった、という経緯がある。

 

その際初春がものっっっっっすごくゴネたが、ある程度提督が板についたら異動を認めるという言質を取って、しぶしぶ納得した。もはやその騒動は、呉第1鎮守府ではひとつの語り草になっている。

 

 

 

その初期艦である叢雲は、今現在、定期連絡船の護衛任務を請け負っている。

 

太平洋は大戦中の主戦場だったため、深海棲艦の生息数は他の海の比ではない。

だからそこを人間が乗った船が通過するともなれば、狙われてしかるべきなのだ。

どんな船にも艦娘が護衛としてつくことが義務付けられており、この定期連絡船にも叢雲含め6隻の艦娘が護衛として並走している。

 

ちなみに鎮守府側から見れば、こういった護衛活動は遠征任務とみなされ、報酬として資材を獲得できる。

 

 

「……!! 来たわね……!!」

 

叢雲の電探が反応する。やはり彼を退避させておいて正解だった。

 

「総員!10時の方向から深海棲艦反応あり! 数は4隻!」

 

「了解!」

 

「あら~。ホントね。気付かなかったわ~」

 

「生まれたてなのにやるじゃねぇか!叢雲!」

 

「いいからさっさと対応する! 単縦陣で仕留めるわよ!」

 

「了解や!任しとき! 艦載機の皆さん、お仕事お仕事ぉ!」

 

少女たちは慣れた様子で隊列を整える。

敵に気づかれる前に、奇襲により勝負をつけるつもりだろう。

綺麗に一列に並んで、敵の方向へと向かっていく……

 

 

 

外の緊迫感はどこへやら。船内の客席でのんびりする鯉住君。

 

「南国って言えば、やっぱり熱帯魚だよな。基地の近くに採集できるような川があればいいんだけど」

 

(あいかわらずですね)

 

(そのぶれなさはさすが)

 

(じぶんのしんぱいよりしゅみのしんぱい)

 

「正直言ってそんなに心配してないからなあ。一応施設は整ってるっていうし、優秀な秘書官もついてるし」

 

(うわきもの……)

 

(こんやくしゃがいながらそのせりふ……)

 

(ぎるてぃ……)

 

「何度も言うけど初春さんとは婚約してないからな!?

俺はロリコンじゃないから、小学生には手は出しません!保護者として面倒見るって決めてるけど、それ以上の関係じゃないから!!」

 

(へ―……)

 

(そういうこといっちゃう……)

 

(ふーん……)

 

一斉にジト目になる妖精さんたち。

事の顛末を知っているだけに、鯉住君に対する態度がそのようになることも仕方ないのだ。

しかし残念なことに、保護者フィルターが掛かった彼の目には、彼女たちの気持ちは映らない。まっこと残念な男である。

 

そしてもう一つ残念なことに、妖精さんの声は彼にしか聞こえず、彼の声は他の乗客に届いている。ここは定期連絡船の船内。当然乗客もそれなりに座っている。

 

つまり何が言いたいかというと、先ほどの情けないセリフは彼の独り言として認識され、周りの乗客から白い目が向けられているということだ。

 

普段なら人前では心の声で妖精さんと会話するのだが、今日は無意識に声に出してしまったようだ。

なんだかんだ言って、新天地に期待を膨らませているのだろう。

 

 

……そんな知りたくもない事実には気づかず、彼は書籍を手に取る。

 

「さて、これでも読んで時間を潰そうか……」

 

その手にもつ書籍の表紙には、こんなタイトルが記されている。

 

『しょうがくせいでもわかる! かんむす・しんかいせいかん とらのまき』

 

これは彼が呉第1鎮守府にいた時に、鼎大将からもらったものだ。

何故か小学生向けと銘打たれているが、中身はとんでもない情報量。

少なくともこれ一冊で提督養成学校で学ぶ内容程度ならカバーできるほどである(鼎大将談)。

 

彼は半年間の研修中も暇を見てはこの冊子を読み、ちまちまと勉強していた。

今となっては常に携帯する、なくてはならないものとなっている。

 

「第10基地到着まであと4時間くらいだな……」

 

ぺらぺらと見慣れたページをめくりながら独り言を呟く。

新任地まであと少し。

そこでは一体何が彼らを待ち受けているのだろうか……

 

 

・・・

 

 

4時間後 ポポンデッタ港到着

 

陸路30分 ラバウル第10基地到着

 

 

・・・

 

 

「うわぁ……」

 

「え、ウソでしょ……?」

 

これは鎮守府に到着した2人の第一声である。

 

「いやぁ……これは何というか……」

 

「え、何、これ、ホントに鎮守府なの……?」

 

2人の目の前には、建物が2棟ある。

 

「ホントにここで合ってるんだよね? 叢雲さん」

 

「ええ……地図を見ても間違いないわ……それにしても……」

 

 

 

「「建物がしょぼいな(わね)……」」

 

 

 

そう。目の前の建物は呉第1鎮守府のような立派なものではなかった。

 

ちょっと大きめの民家と、その横にくっついているちょっと大きめの倉庫。

ぶっちゃけて言うと、田舎のでっかい農家である。

 

「え?これあれだよね? 村長さん家とかじゃないよね?」

 

「言いたいことはわかるわ……でもここが鎮守府よ……」

 

「俺の親戚の実家がこんな感じなんだけど……」

 

「ちょっと待って私眩暈がしてきた……」

 

どう見ても倉庫のついた農家。

いくら余剰戦力で重要度も低い基地だからって、適当すぎやしないだろうか?

 

「そ、そういえば叢雲さん、鼎大将から鎮守府概要みたいな書類預かってたでしょ?

それもう一回見てみよう。何かの間違いかもしれない……」

 

「そ、そうね。ちょっと待ちなさいよ……」

 

ガサゴソ……

 

「どれどれ……」

 

・・・

 

ラバウル第10基地新設に当たり、鎮守府と工廠を施工。以下詳細。

 

鎮守府…最大許容艦娘数12体(拡張可)

 

執務室 1部屋

会議室 1部屋

提督自室 1部屋

艦娘寮 3部屋(1部屋最大4体)

食堂 1部屋

娯楽室 1部屋

入渠ドック 2か所(大浴場方式採用)

御手洗 2か所

 

 

工廠…鎮守府とは別棟

 

建造炉 1基

 

・・・

 

これだけ見れば、確かに小規模といえど鎮守府の体は成している。

 

「資料だけ見れば、何の問題もないのよね……」

 

「だよねぇ……まあなんだ、とにかく入ってみようか」

 

「ええ……そうしましょ」

 

門前でボーっとしてても仕方ない。

意を決して二人は鎮守府(?)を探索することにした。

 

 

・・・

 

探索中

 

・・・

 

 

「大体わかってきたな……」

 

「そうね……」

 

鎮守府を一通りぐるっと見て回り、実態が判明した。

資料だけみると、しっかりした軍事施設というイメージだったが、実際はこうだった。

 

・・・

 

民家 鎮守府…最大許容艦娘数12体(拡張可)

 

居間 執務室 1部屋

客間 会議室 1部屋

小部屋 提督自室 1部屋

中部屋 艦娘寮 3部屋(1部屋最大4体)

お勝手 食堂 1部屋

茶の間 娯楽室 1部屋

大浴場 入渠ドック 1か所

男女共用便座 御手洗 2か所

 

 

倉庫 工廠…鎮守府とは別棟

 

建造炉 1基

 

・・・

 

「あ゛ー!もう!何なのよ、これぇ!?

これじゃ只のおっきい民家じゃないのよぉ!!

鎮守府なんだからもっとそれっぽく作りなさいよぉーーー!!」

 

「うん……そうだね……叢雲さんは正しいと思います……」

 

あんまりにもあんまりな実情に、

地団駄踏んで激おこな秘書官と、死んだ魚のような目で遠くを見つめる新米提督。

 

何はともあれ、2人の新たな一歩は踏み出されたのだった。

 

「ハァ……ハァ……怒鳴り疲れたわ……

まぁ、思うところはあるけど……一応あれ、やっとくわね」

 

「はは……お願いするよ」

 

「それじゃいくわよ」

 

 

 

「提督が鎮守府に着任しました!これより艦隊の指揮に入ります!」

 

 

 

 

 

 




叢雲ちゃんがツッコミ役をやってくれるおかげで、ある意味鯉住君の負担は減っているようです。2人ともツッコミ気質なので、似た者同士で相性はいい模様。

すいません初春ちゃん。


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第16話

この世界では建造も開発も同じ建造炉で行うということになってます。
しかも必要資材も妖精さん任せなので、ランダム性が滅茶苦茶高く、ドラム缶が欲しかったのに戦艦が建造される、なんて可能性も。
ただ以前書いたように、艦娘の建造が頭打ちになってる世界ですので、基本的には何らかの艤装が出てきます。
何ができるかはホントに運次第。かなり恐ろしいですね。
そのストレスは大型建造の比じゃないです。


「さて叢雲さん、早速仕事しようか」

 

「ハァ……そうね、気持ちを切り替えていきましょうか」

 

 

2人ともそれぞれ自室に荷物を運びこみ、居間(執務室)に集合した。

 

部屋の中央にはこたつ机が鎮座しており、座椅子が2つセットされている。もしかしなくてもこれが執務机なのだろう。

ご丁寧にテーブルの真ん中には籠に入った飴ちゃんまで置いてある。

 

一応部屋の中にはタンスや筆記用具、複合機も置いてあるので執務には支障ない。光ケーブルも通っているようで、パソコンでWi-Fi通信もできる。

 

最初に2人で鎮守府を探索した時は、ここが娯楽室かと思っていた。

しかしもっと娯楽室っぽい茶の間があったため、ここが執務室だと判明した。

 

鯉住君は親戚の家がこのような作りだからか、違和感を飲み込んでしまったが、

叢雲は真面目な性格が災いして、この鎮守府っぽくない鎮守府に納得しかねている状態だ。

 

とはいえ2人して仲良く座椅子に腰かけているあたり、すでに馴染んでしまっているとも言える。

 

 

「新任地でまず最初にやることって言ったら、チュートリアルよね。

それじゃ『提督任務一覧書式』ダウンロードするわよ?」

 

「ああ、頼んだよ」

 

秘書艦の叢雲は、備品のパソコンを起動し、Wi-Fiにつなぐ。

 

 

提督たちは通常業務として、大本営から送られる任務をこなしていく。

その任務の受領から提出までの流れはこうだ。

 

 

・・・

 

 

まず大本営の内部向けHPから、『提督任務一覧書式』ファイルと、『任務一覧表』PDFをダウンロード。後者は先に印刷しておく。

ついでにこの時日替わり連絡掲示板にも目を通す。

 

『提督任務一覧書式』ファイルの中は、チュートリアル、デイリー任務、ウィークリー任務、マンスリー任務、クオータリー任務と枝が分かれている。

 

それぞれの項目をさらに見ると、建造任務だったり戦闘任務だったり、書類がPDFファイルとして入っているので、必要な分をプリントアウト。

 

行った任務内容を必要な部分にアナログで書き入れる。

例えば戦闘任務の書類だったら、各鎮守府に合わせた地図が添付されているので、その中に経路、時間、戦闘内容を書き入れる。それ以外の情報は備考欄へ記載。

 

書類には必ず日付と提督直筆のサインを入れる。

もし提督が所用で不在なら、秘書官のサインでもよい。

 

書類が一式揃ったら、大本営と所属基地の第1鎮守府にFAXを送る。

原本は日付ごとに分けて保管する。防諜の関係上、データとして保管することは禁止。

 

この時に印刷した『任務一覧表』に、達成した証のチェックをつけるのを忘れないこと。

 

『任務一覧表』は2種類あり、『単発任務表』と『継続任務表』に分かれている。

『単発任務表』は一枚のみだが、『継続任務表』はひと月で一枚であり、チェックマスはデイリー用に31マス、ウィークリー用に5マス、マンスリーとクオータリー用に1マス用意されている。

 

もしFAXではやり取りできないような内容なら、各大将への個別回線で直接連絡を取る。

 

ちなみに大規模作戦中は特別ページから、『特別任務一覧書式』というファイルがダウンロードできるため、こちらを利用することになる。

 

達成した任務に応じて、大本営から報酬として資材が提供される。

基地の場所にもよるが、国内なら陸運で、国外なら定期連絡船で、資材はまとめて運ばれることとなる。その際にも、提督もしくは秘書艦の受領サインが必要となる。

 

 

・・・

 

 

以上のようになっている。

大量の任務をこなしたときは、フリースタイルの様式書類があるので、それを利用することもできる。

なんだかんだお固い海軍といえど、結構融通が利くのだ。

 

 

「ええと……チュートリアル任務は、と。それじゃ一通り印刷しちゃうわね」

 

「はいはい」

 

 

・・・

 

印刷中

 

・・・

 

 

「『はじめての編成』『はじめての出撃』『はじめての演習』『はじめての遠征』……色々あるわね」

 

「一通り鎮守府でできることを実際やってみろってことか……ていうか、なんかノリが軽くない?」

 

「私に言われてもどうしようもないわよ。それより何から手を付けるの?」

 

「うーん……そうだな。まずはこれやってみよう」

 

鯉住君は一枚の書類を手にする。

 

「ん?なんなのそれ……

えーと、『はじめての建造炉稼働』ね。まあいいんじゃないの?」

 

「叢雲さんに出撃してもらってもいいと思ったけど、先に建造炉で良い艤装が出せれば楽になるしね」

 

「私としてはさっさと出撃したいけど、確かにいい装備があるなら、それに越したことはないわね」

 

「でしょ? もしかして艦娘が建造できて、戦闘が楽になるかもしれないし」

 

「いやいや、何言ってんのよアンタ。あるわけないでしょ。

私が一番最近建造された艦娘だけど、それまで1年間どこも建造に成功しなかったのよ?」

 

「まあ、ね。もしかしたらって話だよ」

 

「あまり期待してるとがっかりするわよ?

期待するなら「いい艤装でないかな」くらいにしときなさい」

 

「夢がないなぁ……」

 

「しっかり現実見なさいよ」

 

 

・・・

 

 

叢雲にたしなめられながら、2人は倉庫(工廠)まで移動する。

外見は倉庫だが、中身はちゃんと工廠っぽくはなっていた。

とはいえ呉第1鎮守府の工廠とは比べ物にならないほど小規模で、町工場といった感じだが。

 

その工廠の中央には、高さ2.5mほどのカプセルが置かれている。

これが建造炉。妖精さんたちの謎技術で造られた一品である。

 

 

「さて、記念すべき建造炉の初稼働。叢雲さん、何か欲しいものある?」

 

「出てくるものなんて完全にランダムなんだから、そんなこと聞いても意味ないでしょ?」

 

「まあそう言わないで。言うだけならタダなんだから」

 

「アンタねぇ……まあいいわ。

欲しいって言ったらやっぱり主砲か魚雷よね。今の艤装は主砲1門だけだし、心許ないわ」

 

「あー、そういえばどこの鎮守府でも主砲は2門つけてたな……

やっぱり1門と2門じゃ使い勝手違うの?」

 

「当然でしょ。両手で主砲を扱うことになるし、段違いの威力になるわ」

 

「そっか。それじゃ是非とも出撃前には用意しないとな」

 

「まあそれも運次第よね。結果なんて待ってても変わらないし、早く稼働させましょ」

 

「オーケー。それじゃ……?」

 

 

いつも鯉住君についてきている妖精さんたちが、何か訴えている。

 

(わたしたちにまかせて)

 

(やってみたいです)

 

(うでがなるぜー)

 

あれ?お前ら建造炉動かせるの?艤装メンテ以外にもそんなこと出来んの?

 

(とうぜん)

 

(われらえりーとようせい)

 

(あさめしまえです)

 

マジかよ。

お前らがエリートとか言われても微塵も信じられないけど、できるんなら頼もうかな。

ま、初めての仕事だし気楽にやりなさいな。

 

(((かしこまりー)))

 

 

「? どうしたのよ。妖精さんと見つめあっちゃって」

 

「ああ、なんかこいつらが建造炉動かしてみたいって言うからさ。

やってみていいって伝えてたんだよ」

 

「へえ。妖精さんと会話できるって言ってたけど、ホントだったのね」

 

「なんだよ。疑ってたのか?」

 

「そんな話初めて聞いたもの。はいそーですか、なんてあっさり信じられないわよ」

 

「ま、それもそうか。それじゃ稼働させるよ。ポチッとな」

 

 

ポチッ

 

ウィーン……

 

 

建造炉の前面にあるボタンを押すと、稼働音が聞こえ始めた。

それと同時に、いつも鯉住君にくっついている妖精さんたちが建造炉で働きだす。

 

物珍しさに2人が見つめていると、目の前の建造炉は青く光りだした。

どんな艤装が出てくるんだろう? と内心ワクワクする2人。

 

 

プシュー……

 

 

建造炉の扉が開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、お待たせ? 兵装実験軽巡、夕張、到着いたしました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……」」

 

 

目の前の光景に固まる2人。

 

 

「あ、あれ?もしかして私、歓迎されてない?」

 

 

(いいしごとした)

 

(これがわれらのじつりょく)

 

(ごほうびにおやつをよこすです)

 

 

「「う、うそぉ……」」

 

 

 

 

 

 

まさかの建造成功によって、見事なフラグ回収を成し遂げた2人であった。

 

 




本当に彼女たちはエリート妖精だったようです。

ちなみにこの世界では、建造も開発と同じでノータイムです。
よって稼働開始から完成までの数十秒は、完全闇鍋状態の中、待機することになります。
建造炉稼働ボタンを押すときには、ワクワクで指が震えますね!(白目


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第17話

この世界では艦娘の異動・派遣は割と普通です。
建造でもドロップでも新規艦が獲得できない(ふつうは)以上、比較的余裕のある拠点からヘルプを呼ぶのはいたって自然な流れ。
ただしウマが合う合わないは当然ありますし、艦娘はそういったもので出せる実力が左右されますので、提督間の仲の良さや艦娘の個性を考慮して適正審査が行われます。
艦娘にはなかなか優しい制度ですね。


「改めまして、夕張型 1番艦 軽巡洋艦『夕張』!着任いたしました!

よろしくお願いしますね、提督!」

 

「お、おう……」

 

 

まさかホントに建造が成功するなんて。

しかも駆逐艦でなく、そこそこ貴重な軽巡洋艦が建造されるなんて……

 

目の前でニコニコしながら挨拶する夕張とは対照的に、鯉住君と叢雲の2人はひきつった笑みを浮かべている。

 

 

「ちょ、ちょっと、どうすんのよ?いきなりこんなイレギュラー引き当てて……

ああもう、報告書にどう書いたらいいの……!?」

 

「ま、まあ悪いことではないし、ビギナーズラックってことで片付けてくれるだろ……」

 

「アンタみたいな変わり者の秘書艦なんて引き受けるんじゃなかったわ……ううう……」

 

「落ち着け、落ち着けって。

俺の方からも鼎大将とラバウルの大将に電話しとくから……な?

フォローは俺がするから、そんなに思いつめるなよ……」

 

「上手いこと言っといてよね……ハァ……

それじゃ私は書類書いてくるから……あとは頼んだわよ……」

 

 

叢雲はフラフラしながら執務室へ戻っていった。

先に夕張に挨拶くらいはしといた方が、と思った鯉住君だが、そんな余裕はなさそうな叢雲に声をかけることはできなかった。

 

 

「ええと、おふたりは何の話してたんですか?

小声でお話されていたので、よく聞こえなかったのですが……」

 

「え? あ、ああ。気にしないでくれ。大したことじゃない」

 

「?? わかりました」

 

 

多少(?)予定とは違ったが、戦力強化ができたのはありがたいぞ。

叢雲さん1人ではほとんど何もできないが、夕張さんが加わって2人になれば、できることは大幅に広がる。

思いつくところだと、『はじめての編成』任務が達成できるし、出撃の安定感もずっと高まる。

流石に2人では遠征はできないが、鎮守府前面海域の防衛くらいは何とかなりそうだ。

 

 

ポジティブに考えることで動揺を抑えた鯉住君は、気を取り直して夕張に話しかける。

 

 

「そういえばこちらの自己紹介がまだだったね。

私はこのラバウル第10基地の提督、鯉住龍太という。よろしく頼むよ」

 

「あ、はい。よろしくお願いします!」

 

「それと今出てったのが、秘書官の叢雲だ。

キミの先輩になるから、顔を合わせたら挨拶してやってくれ」

 

「了解しました」

 

「ま、先輩といっても、私たち2人も今日赴任してきたばかりだからね。

実質キミ含めて3人で鎮守府立ち上げってことになる。頑張っていこう」

 

「はい!」

 

 

敬礼しながら笑顔を交わす2人。

予期しない出会いだったが、良い関係が築けそうだ。

 

 

「それじゃ鎮守府内を案内しよう。ついてきてくれ」

 

「はい」

 

 

・・・

 

 

「ここが娯楽室。まだ何もないから、色々と増やしていこう」

 

「……はい(お茶の間っぽいなあ)」

 

 

・・・

 

 

「それでここが食堂……というか厨房かな。食事は娯楽室で食べることになりそうだ」

 

「……はあ(なんだろう……おばあちゃんの家って感じが……)」

 

 

・・・

 

 

「あとここが入渠ドック。2か所あるから、暫くは入渠待ちしなくて済む」

 

「……(どう見ても大きめのお風呂よね……)」

 

 

・・・

 

 

一通り鎮守府内を案内し、残すは執務室だけとなった。

不安そうな顔をした夕張が口を開く。

 

 

「えと、提督、一つ聞いてもいいですか?」

 

「ん? 何かな?夕張さん」

 

「……ここって鎮守府ですよね」

 

「……そうだよ」

 

「民家とかじゃなくて?」

 

「……まぁ、そうなるよねえ……

俺たちもついさっき同じ反応したから、気持ちはよくわかるよ……」

 

「大丈夫なのかしら……」

 

「最低限の機能はあるし、大丈夫でしょ……多分」

 

「はい……」

 

 

・・・

 

 

すぅーっ……たんっ

 

 

「ここで最後だね。執務室だ。

俺と秘書官はここで仕事するから、何かあったらここに来てくれ」

 

「え……?あ、はい……(執務室……?どう見ても居間なんだけど……)」

 

「はー……なんて書けばいいのよ…… あら、案内中?」

 

 

ふすまを開けた鯉住君と、怪訝な顔をしている夕張に気づき、叢雲が声をかける。

 

 

「書類作成ご苦労様。案内はここで最後だから、終わるところだけどね。

今日はもう遅いし、その報告書を書いたら終わりにしよう」

 

「わかったわ。……夕張もこれからよろしくね」

 

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。叢雲さん」

 

「それと、ええと……その……」

 

「? どうしたんですか、叢雲さん?」

 

「さ、さっきは無視しちゃって悪かったわね」

 

 

顔を真っ赤にして夕張に謝罪する叢雲。

素直になるのが苦手な本人の性格もあり、ぷいっと顔を背けながら謝っている。

 

 

「あの、全然気にしてないんで大丈夫ですよ?」

 

「そ、そう? それならいいのよ!

私は書類仕事してるから、もうちょっとどこか見てきなさい!」

 

 

照れ隠ししてるのがバレバレだ。

普段落ち着いた雰囲気の叢雲だが、こういったところは見た目年齢相応である。

微笑ましい態度に思わず鯉住君もニッコリ。

 

 

「な、何笑ってんのよアンタ!さっさと出ていきなさい!!」

 

「わかったわかった。それじゃ行こうか、夕張さん」

 

「は、はい」

 

 

・・・

 

 

叢雲に追い出され、執務室を後にした2人。

とりあえず行くところもないので、娯楽室までやってきた。

 

 

「さて、これで鎮守府案内は済んだし……とりあえずそこに座って」

 

 

敷いてある座布団に腰かけるよう促す鯉住君。

 

ちなみにこの茶の間っぽい娯楽室も、長方形の長机に座布団常設という純和風スタイルである。そしてやっぱり机の上には飴ちゃんの入った籠が置いてある。

 

 

「あ、すみません。気を遣っていただいて……」

 

 

夕張が申し訳なさそうに座布団に正座したのを確認して、鯉住君も対面に移動し、あぐらをかく。

 

 

「よいしょっ……と。そのくらい気にしないでいいよ。もっと気楽にしてくれても構わない。

さっきは初顔合わせだったから真面目に対応したけど、普段はもっと楽にするつもりだから」

 

「あ、そうなんですね。私も堅苦しい雰囲気は苦手なので、助かります」

 

「それは何より。それで、なにか聞きたいことはあるかな?

俺も新任だから大したことは答えられないかもしれないけど」

 

「うーん……私も建造されたてなので、何を聞いていいのか……」

 

「……いきなりそんな雑な聞き方するものじゃなかったか。上司ってのも難しいな。

気が利かなくて申し訳ない……」

 

 

ばつが悪そうに頭をポリポリかく鯉住君。

それを受けて夕張は、慌ててフォローを入れる。

 

 

「あ、いえ、そんなことないです。気遣ってもらえて、私嬉しいですから。

ええと、そうですね……それでは1つ聞かせてください」

 

「何か思いついたみたいだね。何かな?」

 

 

 

 

 

「この鎮守府、というか、提督の運営方針を聞かせていただきたいです。

やっぱり私も鎮守府の一員として、何を大事にしたらいいか知っておきたいですから」

 

「あ―……それは当然知りたいよな。ゴメンよ。先に説明するべきだったな。

……この鎮守府の方針は、後方支援中心でいこうかと思ってる」

 

「後方支援、ですか」

 

「そそ。ラバウル基地は、うちの第10基地ができる以前から、戦力に関しては十分そろっててさ。戦線は元々維持できてるんだよね。

だからうちが無理して最前線まで出張る必要はないってわけ。

 

それに個人的な話だけど、戦闘指揮よりも兵站の維持とか艤装の調整とかの方が好きなんだよ。元々俺自身が技術屋だったし……」

 

 

 

「えっ!? 提督って元々技術畑出身なんですかっ!?」

 

 

ガタッ!

 

 

やけにキラキラした目をして話に食いつく夕張。前のめりになり、声のトーンも若干高くなっている。

その勢いに押され、心なしか後ずさる鯉住君。

 

 

「お、おう。前は呉第1鎮守府で、3年くらい艤装メンテ技師をやってたからさ。

ここでも暇を見ては、キミたちの艤装メンテしてこうかなと思ってる」

 

「ええっ!? 元艤装メンテ技師で、しかも呉の第1鎮守府所属だったの!?

すごいわっ!エリートじゃないっ!!」

 

「い、いやいや……そんなことないから……」

 

 

何か変なスイッチが入ったのか、先ほどと全然違うテンションの夕張。

あまりの豹変ぶりに、鯉住君はついていけない様子。

 

 

「ま、まあ、そういうことで、キミたちには戦闘よりも、そういった後方支援技術を優先して鍛えてもらいたいということだ。

艦としての誉は戦闘での勝利だ、なんて考えている子には、そっち方面で頑張ってもらおうと思ってるけど……」

 

「そういうことなら任せて!私、機械いじりなら大得意だから!」

 

「そ、そうか。期待してるよ……」

 

「提督もすごい経歴持ってるみたいだし、今度艤装メンテしてるところを見せてほしいわ!」

 

「それくらいならいいけど……」

 

「やったぁ!ありがとう!提督!!」

 

 

夕張は嬉しそうに鯉住君の右手を両手で掴み、ぶんぶんと振る。

 

機械いじりが得意……この女子高生のようなテンション……

元同僚のアイツの姿が頭をよぎるけど、比べるのは夕張さんに失礼だ。

深くは考えないようにしよう……

 

腕をぶんぶん振られながら鯉住君はそんなことを考えていた。

 

 

「やだもうホントどうしよう!!

プロのメカニックが私の提督だなんて!嬉しすぎるー!!」

 

 

ブンッブンッ!!

 

 

「ちょ、夕張さん、ストップ!腕がもげそう!

さっきまでと比べて態度が全く違うけど、キミ大丈夫なの!?」

 

 

なんだこれ!?俺変なこと言ったか!?なんだこのハイテンション!?

夕張さんは比較的普通の子に見えたけど、やっぱり艦娘だけあってクセが強いの!?

 

 

プチパニックに陥る鯉住君の傍らには、呆れたように彼を見上げる妖精さんたち。

 

 

(おいぃ……)

 

(ぼでぃたっちはゆるされない)

 

(すぐにせくはらする……)

 

 

お前らいつの間に……ていうか俺にはそんなつもりはない!!

やめろ!なんだその電話は!どっから出した!?

どこに掛けるつもりだ!まさか憲兵さんか!?やめろォ!俺は無実だぁ!

 

 

「あ、ご、ごめんなさい……!失礼しました!

私ったら、なんてことしちゃったのかしら……!」

 

 

我に返ったようで、慌てて手を放す夕張。

先ほどの行為は流石に失礼だと思ったのだろう、顔を赤くしてあたふたしている。

 

 

「い、いや、気にしないでいいよ。

俺としても同じ趣味を持った子が来てくれて嬉しいし……」

 

「うう……どうにも私、テンションが上がりすぎると、抑えが効かなくなっちゃうんです……」

 

「そ、そうか……まあ俺はそのくらいなら気にしないから大丈夫だ。

けど、叢雲さんは多分そういうの苦手だから、あの子に対しては気にしてくれると助かる」

 

「はいぃ……わかりました……」

 

 

・・・

 

 

「それはそうと夕張さん、他に何か聞きたいことあるかい?」

 

「あ、いえ、今思いつく質問はありません。大丈夫です」

 

「わかった。気になることがあればいつでも聞いていいからね。

俺はもちろん答えるし、叢雲さんもああ見えて面倒見いい子だから頼ってくれていい」

 

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 

「それじゃ今日はここまでにしよう。

女性用の日用品なんかは、俺じゃよくわからないから、今から叢雲さんと相談してほしい。

そろそろ書類も完成した頃合いだろうし、執務室に戻ろうか」

 

「了解です」

 

 

・・・

 

 

鯉住君と夕張が執務室に戻ると、案の定叢雲は仕事を終えてのんびりしていた。

 

 

「はい。ようやく終わったわ。

あとはあんたのサインが入れば、大本営と第1基地にFAXできる状態だから」

 

 

そう言いながら鯉住君に書類を渡す叢雲。

それを受け取り、パラパラと中身を確認する鯉住君。

 

 

「うん。問題なさそうだな。初日からありがとう、叢雲さん」

 

「まったくよ……上にどうやって報告しようか悩みに悩んだんだから……

仕事ができる初期艦でよかったわね。感謝しなさい」

 

「助かるよ。これからもよろしくな。

……一仕事終えたところであれだけど、もう一つだけ頼んでもいいかな?」

 

「……なによ。また厄介な案件じゃないでしょうね……?」

 

 

疑いの目で鯉住君を見る叢雲。

 

鯉住君の人柄については好ましいものだと思っているが、

何か妙な出来事を引き寄せる彼の体質については、十分警戒しているのだろう。

 

 

現に彼女が今知っているだけでも、鯉住君には以下の前科(?)がある。

 

 

少なくとも日本で唯一妖精さんと会話できる。

工作艦の艦娘である明石よりも質の高い艤装メンテができる。

技術工だったころからすでに、駆逐艦と婚約している。

ある意味海軍で一番有名な、鼎大将一派の期待のホープである。

日本で1年ぶりとなる艦娘建造を、着任初日で成功させる。(←NEW!)

 

 

この中の大半は鯉住君からしたら、巻き込まれた、もしくは意図していないことであり、彼としては降って湧いたような出来事ばかりだ。

 

しかし周りから見たら、そんなの知ったことではない。

これだけの実績(?)を見れば、普通の提督とは、とてもじゃないが呼ぶことはできない。

 

 

「いやいや、そんな変なことじゃないよ……

夕張さんの生活用品や、部屋割りについて、相談しながら決めてほしくてね」

 

「はぁ、なんだ、緊張して損したわ……了解よ。それじゃ行きましょ、夕張」

 

「あ、はい! よろしくお願いします!」

 

 

艦娘寮の方に去っていく2人に、鯉住君が声をかける。

 

 

「それが終わったら今日の業務もおしまいだから、2人とも自由にしてくれていいぞ。

明日は8時に執務室集合でよろしく」

 

「わかったわ」

 

「了解です!」

 

 

色々とあった着任初日だったが、なんとか終えることが出来そうだ。

これからの運営に不安もあるが、あの2人とならやっていけそうな気がする。

 

そんなことを考えながら、仕事の〆に入る鯉住君なのであった。

 

 

 




叢雲ちゃんがあれだけ頭を抱えていた原因は、建造成功の場合の書式テンプレが存在しないからです。
年に1度あるかないかの事例に、テンプレを用意してあるはずもない、ということですね。
だから彼女はフリースタイルの書類に、それっぽい経緯をそれっぽく書いてました。

初期艦として初の書類仕事がコレだというのは、なかなかにツいてないですね。
そういうとこでも彼女は鯉住君と似た者同士なようです。


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第18話

呉、横須賀、佐世保、ラバウルなど、大体の鎮守府における第1鎮守府には、大将が赴任することになっています。トラック泊地のように小規模な基地はその限りでは無く、中将がトップですが。

だから今の鯉住君の直属の上司は、ラバウル第1基地の大将ですね。
鼎大将とは仲良くしていますが、個人的なつながり、ということになります。

色々と派閥はあるようですが、少なくとも呉、佐世保、横須賀、トラック、ラバウルのトップは穏健派で、仲がいいようですね。


「おはよう、2人とも。今日から鎮守府の本格稼働だ。頑張っていこう」

 

「はい、おはよう。無理のない程度にやりましょ」

 

「おはようございます!精一杯頑張りますね!」

 

 

ドタバタした初日から一晩明けて、初の終日業務となる本日。

鎮守府とは思えないアットホーム感の中でぐっすり眠った3人は、朝から爽やかな表情を浮かべている。

 

今日は何から手を付けようか、そう鯉住君が考えていると、秘書官の叢雲から声が上がる。

 

 

「そういえばアンタ、昨日の報告ってどうなったの?

大将たちはなんて言ってたの?」

 

 

叢雲の言う「昨日の報告」とは、夕張の建造に成功した一件である。

 

ここに赴任する前には、

「1か月ほどは2人で書類仕事と近隣防衛を重ね、鎮守府運営に慣れるように」

という指令を受けていた。

 

しかし初日から人数が1人増えてしまい、状況は変わってしまったのだ。

 

だから叢雲としては、これからの方針転換もあり得ると考えており、いの一番に確認したい案件だった。

 

 

「それが……」

 

 

……その質問を受けた鯉住君は苦い顔をしている。

 

もしやなにか良くない方向に話が進んだのか……不安に駆られた叢雲は彼に尋ねる。

 

 

「ちょっと……何黙ってるのよ……!? もしかして……!!」

 

 

悪い予感が的中してしまったのだろうか……?

叢雲にとって歓迎できない可能性が頭をよぎる。

 

その異常性を買われた鯉住君が大本営に召喚され、鎮守府を去ってしまうのでは?

建造炉に秘密があるかと疑われ、鎮守府ごと接収されるのでは?

せっかく迎えることができた、気のいい仲間の夕張が、転属になってしまうのでは?

 

ここ数日間の付き合いではあるが、叢雲は鯉住君を自分の提督として認めている。

だからなんだかんだ言いつつも、彼と離れたくないというのが本心なのだ。

 

叢雲の心に不安が広がる……

 

 

 

 

 

「……笑われた」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

しかし鯉住君の口から出た言葉は、全く予想していないものだった。

 

 

「呉第1鎮守府の鼎大将にも、ラバウル第1基地の白蓮(しらはす)大将にも、大爆笑された……」

 

「ええぇ……?」

 

 

わけが分からないことを困り顔で話す鯉住君。

 

 

「ど、どういうことよ、笑われたって!?」

 

「いや、それがさ、あの人たち、

俺が鎮守府に着任したら、「まず最初に何をやらかすか」って話で盛り上がってたらしくて……」

 

「……え、何それは……?」

 

「いやね……俺も腑に落ちないというか、納得してないんだよ?

あの人たちの中での俺の評価は、

 

『何かしら行動すると、面白い事を引き起こす奴』

 

ってものらしいんだよ……なんでだろうね……」

 

「……」

 

「全然身に覚えがないんだけどなぁ……」

 

「……」

 

 

身に覚えがないとか、どの口が言うのだろうか……?

あれだけ今までやらかしてきたというのに。

うちの提督はもっと自身を客観的に見れるようになるべきだ。

 

叢雲は眉間にしわを寄せ、そこに手を当て、深ーくため息をつく。

 

 

「はぁーーーー……」

 

「そうだよな、溜息出ちゃうよな……」

 

「私のため息はアンタのせいでもあるんだけどね……」

 

「うぇ!? なんでぇ!?」

 

「わかってないわよね……わかってたわ……」

 

 

叢雲が頭を抱えていると、隣で今の間抜けな会話を聞いていた夕張から質問が入る。

 

 

「あのー……それで結局どうなったんでしょうか?」

 

「あ、そうだね、気になるよね。

結局そのまま当初の予定通り、鎮守府運営をするように、だって」

 

 

異例の事態にも拘らず、特に何かすることもない、ということらしい。

それを聞いて正気に戻った叢雲が口をはさむ。

 

 

「……え? それじゃ私達、何もしないでいいってことなの?」

 

「そう。だから叢雲さんと暫く2人でやってくはずだった業務を、夕張さん含めて3人で回していくことになる」

 

「はー……安心したわ……

私はてっきり、アンタが大本営に拉致されたり、鎮守府解体になったりするかと思ったわよ」

 

「いやいや……そんなことあるわけないでしょ……」

 

 

2人の雰囲気が緩んだのを感じて、夕張がおずおずと口を開く。

 

 

「私も大丈夫だって聞いて安心しました。

なんだか私のせいで迷惑かけちゃったみたいですし……」

 

「ああ、夕張さんは全然悪くないから、気にしないでよ。

むしろキミが来てくれて俺たちは嬉しいんだからさ」

 

「そう言ってもらえるのはこちらとしても嬉しいですが、

おふたりの様子を見ていると、どうにも……」

 

 

ばつが悪そうにしている夕張。

鯉住君の言う通り、彼女には何の非もない。むしろ全面的に非があるのは鯉住君だ。

そんな彼女の様子を見かねて、鯉住君はフォローを入れる。

 

 

「心配かけちゃって悪かったね。

お詫びに今日の業務後、キミに俺の知ってるテクニックをみっちり教えてあげるから」

 

「あ、え、今日!? ホント!?」

 

「ああ、マンツーマンで満足するまで付き合うよ」

 

 

早く約束を果たすことと、心配させたお詫びのつもりで、鯉住君は艤装メンテのレクチャーについて提案した。

しかし事情を知っているのは2人だけで、隣でわなわなしている秘書官にはその話は伝わっていない。

耳年間な彼女が今の会話をどう受け取ったのかは、真っ赤に染まった顔を見れば言わずもがなだろう。

 

 

「ちょ、ちょっとアンタたち……それ、一体どういうことよ……!

私の知らないところで、何があったっていうのよ……!!」

 

「あ、叢雲さんはあの場にいなかったですね!

昨日提督に、艤装メンテを教えてもらう約束をしたんですよ!」

 

「そうそう。せっかくだから早い方がいいと思って」

 

 

 

 

ドゴォ!

 

 

 

 

 

「へぇあっ!?」

 

 

 

「言い方ぁ!!」

 

 

 

 

残念な言葉選びをした鯉住君に、叢雲からのローキックが炸裂する!

 

 

 

「アンタがっ!そんなんだからっ!色んな誤解が生まれるんでしょうがぁっ!!」

 

 

ゴッ!ゴッ!ゴッ!

 

 

「痛!ちょ、やめ、やめてぇっ!!足が!折れる!」

 

「む、叢雲さん、どうしたんですか!?提督がケガしちゃいます!」

 

「しつけよしつけ!秘書官はねぇ!こういう仕事もしないといけないの!」

 

 

一応叢雲には、数ある鯉住伝説の真相が伝わっており、

鯉住君はロリコンだとか、人前で堂々と愛を叫ぶ変態だとか、そういうものでないことはわかっている。

 

しかし同時に彼の言動がそういったものを引き寄せていることも理解しており、

面倒見のいい彼女は、その辺の矯正もしてやらないと、と真剣に考えている。

 

今の彼の言葉選びは、叢雲の判定では完全にレッドカード。矯正の対象となったようだ。

周りにいる妖精さんたちが、叢雲に向かってサムズアップしていることから見ても、彼女の判定は公平なものである模様。

 

 

「う、うぅ……これ絶対痣になったわ……」

 

「もっと言葉に気をつけなさい。女の子は深読みしちゃう生き物なんだから」

 

「なんだかよくわからんが、言動には気を付けるよ……」

 

「とりあえずそれでいいわ。全く……」

 

「だ、大丈夫かなぁ……」

 

 

足をさすりながら地面にうずくまる提督に、仁王立ちしながら呆れた目で見降ろす秘書官。

夕張の持つ提督と秘書官のイメージが音を立てて崩れたのは言うまでもない。

 

 

「はいはい、そろそろ立ちなさい。

茶番はこの辺にしといて、今日の業務の相談するわよ」

 

「痛たた……」

 

 

鯉住君が立ち上がるのに手をかす叢雲。

最終的にはフォローをうまく入れられるところが、彼女のいいところである。

 

 

・・・

 

 

「今日はできたら出撃をしたいと思う」

 

 

痛みが引き、復活した鯉住君が口を開く。

 

 

「あら、いいわね。『はじめての出撃』任務もこなせるし、ちょうどいいんじゃない?」

 

「そうですね、叢雲さん。鎮守府近海の哨戒くらいなら、低練度でも大丈夫でしょうし」

 

 

艦娘の2人も提督の意見に賛成のようだ。

確かに鎮守府付近にいる、はぐれ深海棲艦程度なら、軽巡1・駆逐1で全く問題ないだろう。

しかし思うところがあるようで、鯉住君は懸念点を口にする。

 

 

「しかしな、昨日叢雲さん言ってただろ?出来たら主砲が2門は欲しいって。」

 

「それはまぁ、そうね。でも2人いれば問題ないと思うわよ?」

 

「まあ戦闘に問題はないかもしれないけど、思うところがあるんだよ」

 

「? なんでしょうか?」

 

「結局最終的には2人とも、主砲は2門積んで戦うのが普通になるだろ?

それだったら最初っからその状態に慣れといたほうがいいんじゃないかな、と」

 

「つまりアンタが言いたいのは、建造炉で主砲を引き当ててから出撃しようってこと?」

 

「そういうことになる」

 

 

叢雲は腕を組みながら、難しい顔をする。

 

 

「アンタが言うこともわかるけど、いくらなんでも無謀でしょ。狙った艤装出すなんて。

昨日だって同じことしようとして、夕張が建造されたんだし」

 

「昨日のはいくらなんでも例外だろ。

それに無茶な稼働をする気もさらさらない。それで資材が無くなっても本末転倒だしな」

 

「そうですよねぇ。ちなみに今の資材ってどれくらいなんですか?」

 

 

夕張が疑問を口にすると同時に、叢雲は棚から帳簿を出す。

ここには毎日の資材の収支を書き入れることになっている。いわば家計簿のようなものだ。

ちなみにこれも防諜の関係から、アナログで管理することとなっている。

 

 

「燃料900・弾薬850・鋼材850・ボーキサイト400ってところね」

 

「基本的に艤装が生み出される場合には、各資材が多く減っても300も行かない程度だ。もしまた何かの間違いで建造が行われても、資材減少は最大を見てもそれくらいのラインになるはず」

 

 

基本的には建造にしろ開発にしろ、各資材の減少量が300を超えることは滅多にない。

例外といえば戦艦や空母、一部の特殊艦の建造成功時くらいのものだ。

 

 

「夕張が建造されたときは、各資材が30ずつしか減ってなかったわね」

 

「ええ!? 私ってそんなに必要資材少なかったんですか!?」

 

「ああ。思ったより減ってなくて助かったよ」

 

「なんだか複雑な気分だわ……」

 

 

自分の開発資材量を聞いて、落ち込む夕張。

その辺の艤装と同じくらいの材料で自分ができたと知ったのだ。がっくりと肩を落とすのも無理はないと言える。

 

 

「ま、まぁあれだ。提督的には大助かりだから、そんなに落ち込まないで」

 

「はぁい……でもいいんですか?

資材がほとんどなくなっちゃっても、鎮守府運営はできるんですか?」

 

「今うちは燃費のいい2人しかいないし、一番不足してるボーキサイトを使うこともない。

だから2回ほどは建造炉回しても、通常業務には支障はきたさない計算だよ」

 

「最悪の事態を想定するのはいいことね。

でもわざわざ建造炉回さなくても、他の鎮守府で余った艤装を流してもらえばいいんじゃないの?」

 

 

叢雲の言うことももっとも。

というか鎮守府間での艤装交換は盛んに行われており、割とメジャーな選択肢だ。

自分の鎮守府で開発された艤装を使える艦娘がいない、なんてことになったら、宝の持ち腐れになってしまう。

艤装交換は、これを防ぐための措置であると言える。

 

しかし叢雲の提案に対して、鯉住君は首を横に振る。

 

 

「いや、流石に今日連絡しても、連絡船の関係もあるから、届くのは早くても1週間ほど先になるだろう。

それを待つくらいなら、持て余し気味の資材を有効活用したほうがいい。

資材のまま置いておいても、役には立たないしね」

 

「……うん。筋は通ってるわね。それじゃやるだけやってみましょうか。

私達向けの艤装が出れば大成功。他の艤装が出ても取引に使えるってところね」

 

「そそ。なんにせよプラスにはなるはずさ」

 

「なんだか楽しみですね!宝くじみたいでワクワクします!」

 

「そうね。昨日はそれで1等当てちゃったからね。今日は5等くらいでいいわよ」

 

 

鯉住君のことをジト目で睨む叢雲。

まだ昨日の建造ショックが尾を引いているらしい。

 

 

「だ、大丈夫だろ。流石に……

もし建造されても、戦艦とか空母とかじゃなきゃ何とかなる計算だし……」

 

「だからそういう不穏な発言をするんじゃないっていってるのよ!」

 

「あ、あはは……」

 

 

・・・

 

 

話がまとまったことで、3人仲良く工廠までやってきた。

なんだかんだ議論した3人だが、建造炉を動かす時はワクワクしてしまうものだ。

足取りも心も軽く、建造炉の前に立つ。

 

 

「昨日は俺と妖精さんで動かしちゃったからね。もしよかったら、今日は2人が動かしてみる?」

 

「ホントに!? 私、やってみたいです!」

 

「そ、そういうことなら、私もやってあげてもいいわよ?」

 

 

元気よく立候補した夕張と、言葉と裏腹にやってみたいと態度で示す叢雲。

タイプの違う2人ではあるが、どちらも興味津々な点は共通している。

 

 

「よし、それじゃ最初は夕張さんから動かしてみよう」

 

「はい! よ~し、出撃よっ!」

 

 

ポチッ

 

ウィーン……

 

 

例によって稼働音が鳴り、暫くすると青く発光。建造炉の扉が開く。

 

 

プシュー……

 

 

「これは……」

 

 

建造炉の中にあったのは、砲塔を模した艤装。

 

 

「これって……!」

 

「やったじゃないか!夕張さん!建造大成功だぞ!」

 

「やったー! 私やりましたっ!」

 

「ちょっとちょっと、それはいいけど、私達が扱える艤装なの?」

 

「あ、そうだね。確かめよう!」

 

 

建造炉の中から艤装を取り出し、色々な角度から眺める鯉住君。

艤装のメンテをしてきた経験から、大体の艤装なら判別がつく。

 

 

「おお!これは15.2㎝連装砲だ!かなりいい艤装だよ!

よくやった!夕張さん!」

 

「えへへ……これで出撃もバッチリ!お任せください!」

 

 

初めての艤装開発にしては、かなりいい装備が手に入った。

嬉しさで2人の表情も緩む。

 

その光景を見て奮起した叢雲。

フンスと鼻息を鳴らしながら建造炉の前に立つ。

 

 

「よーし、私もいい装備出すわよ!夕張の先輩として、無様な姿は見せられないわ!

 

とぉう!」

 

 

ポチッ!

 

 

気合の入った掛け声とともに、建造炉を稼働させる。

 

 

プシュー……

 

 

少しの間があり、建造炉の扉が開く。

 

 

「な、何ができたの!?」

 

 

扉が開くやいなや、待ち切れないといった様相で完成品をとりに行く叢雲。

後ろから鯉住君と夕張も中を覗き込む。

 

 

「お、これは……」

 

「魚雷、ですか?」

 

「61cm四連装魚雷!!主砲じゃなかったけど、これもいいじゃない!」

 

「やったな、叢雲さん!これで戦い方の幅も広がるな!」

 

「砲撃戦も雷撃戦も参加できるのはいいわね!」

 

 

2人の開発は大成功といってもいい成果となった。

資材もほとんど減っていないし、心配は杞憂だったことになる。

 

 

「それじゃ計画通り、バッチリ装備も整ったところで出撃してみようか!

まずは鎮守府正面海域。無理せず行ってみよう!」

 

「「おーっ!!」」

 

 

 

昨日の建造ショックとは異なり、安定感を増す開発に成功した3人。

記念すべき初出撃に戦意を高揚させるのだった。

 

 

 




早速鯉住君は叢雲ちゃんに尻に敷かれているようです。
そっちの方が、パワーバランス的にはちょうどいいのかもしれませんね。


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第19話

出撃についてですが、各拠点の担当海域内で難易度分けされています。
ゲーム本編では鎮守府近海や沖ノ島、北方海域など八面六臂の活躍をしますが、このお話ではラバウルの提督はラバウルの担当海域にしか出撃しません。
鯉住君からしたら、1-1も2-1も3-1も全部ラバウルの担当海域ですね。
ただし海軍が総力をかけて臨む大規模作戦は、その限りではありませんが。


 

艤装の開発に成功し、出撃の下準備が整った3人は、出港のために港まで来ていた。

 

天気もよく、海の調子は穏やかだ。初出撃には絶好の日より。

時刻はまだ昼前であり、今から出撃しても日が高いうちに帰ってくることができるだろう。

 

 

「私たちはどこまで行ってくればいい?海域の主力艦隊でも倒してくればいい?」

 

 

魚雷の開発に成功して、ニコニコしている叢雲。元々好戦的なこともあり、初出撃でテンションが上がっているようだ。

2人で海域攻略などという無謀な発言をしている。

 

 

「いやいや……流石に主力艦隊はまだ早いでしょ。戦うべきじゃないだろう」

 

「ですね。私も叢雲さんも初出撃ですし、肩慣らし程度にした方がいいと思います」

 

 

叢雲に対して夕張は冷静なようだ。

若干浮足立っている叢雲のお目付け役として、ストッパーになってくれるだろう。

色々あったが建造で彼女が来てくれたのは、とてもラッキーだったと言える。

 

 

「オーケー。それじゃ艤装の動きの確認を主目的に、1戦で切り上げて戻ってくるように。

その後のことはそれから考えよう」

 

「むう。ちょっと物足りないけど……わかったわ」

 

「あ、そういえば羅針盤はどうします?

初戦で切り上げるだけなら必要ないかもしれませんが……」

 

「いや、不慮の事故を防ぐためにも、持っていくようにしよう。

何かの間違いで強力な艦隊に鉢合わせる可能性もある。そうなるとかなり厳しいし」

 

「わかりました! さすがは提督、考えてくださってますね!」

 

 

夕張が言う『羅針盤』とは、妖精さんの謎技術と風水を組み合わせて作られた艤装の1つだ。

 

その日その時に『幸運な』方角を示してくれる機能を持ち、その方角に従って進んでいる限り、艦隊が誰1人欠けることなく帰還することができる。

その効果は、それなしでは出撃できないほど絶大であり、轟沈の回避には必須の装備となっている。

 

夕張は1戦だけで切り上げるなら不要と考えたようだが、鯉住君はこう考えた。

この海域に全く慣れていない現状を鑑みると、トラブルが起こったとしたら、低練度の2人だけでは対処しきれないだろう、と。

そうなってしまえば最悪轟沈もあるだろうし、そんな要らぬリスクを背負う必要は無い。

 

 

「そういうことで羅針盤にはしっかり従うように。あと仕留めそこなっても深追いは禁止ね」

 

「わかってるわよ。そんな心配しないでも平気よ」

 

「ま、信用はしてるさ。よろしく頼むよ」

 

 

早く出撃したいとうずうずしている叢雲にも釘を刺したことだし、もう言うことはない。

海軍式敬礼で2人を送り出す。

 

 

「それじゃ行ってくるわね。

……叢雲、出撃するわ!ついてらっしゃい!」

 

「はい!」

 

 

ザザーッ……

 

 

旗艦を叢雲に、港から出発する2人。まるでスケートで滑るかのように、海面を走っていく。

記念すべき初出撃に、不安と期待が半々といった気持ちである。

 

 

 

・・・

 

 

 

後姿が見えなくなるまで2人の姿を眺めたあと、執務室へと戻った鯉住君。

 

秘書艦が出撃している今、書類仕事は提督がやるべき仕事だ。

彼は書類仕事が得意ではないが、カラダを張って部下が戦っている以上、手を抜くわけにもいかない。

 

 

「さてと、今日の書類は……と」

 

 

pcを開き、デイリー任務を印刷する。

その中にある日報書類に、本日の建造炉稼働結果、出撃内容など、今記入できる部分にたどたどしくも経緯を記入していく。

 

秘書艦に大体の書類仕事を任せて、自分は工廠で仕事をしようと画策している鯉住君ではある。

しかしこういう場合にカバーできる程度には、事務もできるようになっておかねばなるまい。

 

不慣れな仕事に苦戦していると、少し気になる光景が目に入る。

 

 

「……あれ? お前ら、アイツどこ行ったの?」

 

 

いつも鯉住君の周りをうろちょろしている妖精さん。その内の1人の姿が見えない。

今までも数が減ったり増えたりしてきた自由奔放な彼女たちなので、姿が見えない程度ならよくあることだ。

しかし、書類仕事が停滞していたこともあり、なんとなく気になって聞いてみた。

 

 

(らしんばんにくっついていきましたー)

 

(なんだかやれそうなきがするって)

 

 

「え……? なにそれ?何をやるつもりなの?」

 

 

(わかんない)

 

(きっとすてきなこと)

 

 

「お前ら……叢雲さんが頭抱えるようなことはするなよ。見てて不憫だから……」

 

 

((だいじょーぶだいじょーぶ!!))

 

 

「そのドヤ顔見てると、逆に不安になってくるんだよなぁ……」

 

 

何とも言い知れぬ不安の中、慣れない書類仕事を進める鯉住君。

しかし当然というか、既定路線というか、すぐにこの不安は的中することになる……

 

 

 

・・・

 

 

 

「作戦完了ね……艦隊が帰投よ……」

 

「お、おう……」

 

 

数時間後、無事に深海棲艦との戦闘を終えた艦隊が帰ってきた。

今は執務室で報告中である。

 

 

「その、なんだ……ケガはないか?」

 

「あ、イ級1体だけだったので、先制攻撃で倒せました。

ですから損傷者はいません」

 

「それはよかったよ、夕張さん。……それで、叢雲さん?」

 

「……何よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この方はどちら様ですか?」

 

 

「やっほ~。よろしく」

 

 

「……」

 

 

 

あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!

『俺は部下の2人を出迎えるはずだったんだが、気づいた時には3人を出迎えていた』

な……何を言っているのかわからないと思うが、俺にも何が起こったのかわからない……

頭がどうにかなりそうだ……

ドロップがここ数年確認されてないとか、艦娘の数は頭打ちになっているとか、

そんなチャチな常識じゃ断じて説明できねぇ……

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……

 

 

 

「えーと、その……あなたのお名前はなんて言うんですか……?」

 

「んー? アタシは軽巡『北上』。まーよろしく」

 

「アッハイ。よろしくお願いします……」

 

 

現実が呑み込めない中、ギギギと叢雲の方に説明を求める視線を向ける鯉住君だったが、顔を逸らされてしまった。

その表情は確認できないが、『私に聞かないで。いっぱいいっぱいなの』という心の声が聞こえた気がしたので、追及は避けることにした。

さっき行方不明だった妖精さんが、叢雲の頭の上でドヤ顔をしているのが腹立たしい。

 

 

「なんだ、その……色々ご苦労だったな。叢雲さん……」

 

「……」

 

「書類仕事は俺がやっといたから、今日は自室で休んでいていいぞ……」

 

「……そう。……そうさせてもらうわ……」

 

 

鯉住君の一言を受け、フラフラと執務室を離れていく叢雲。

ああ、この光景昨日も見たなぁ……と現実逃避する鯉住君に、夕張が話しかける。

 

 

「あの……提督、よかったんですか? 旗艦の叢雲さんが戦闘報告しないでも」

 

「あぁ、うん……今の彼女に何かを頼めるほど、俺は薄情じゃないよ……」

 

「そ、そうですか……」

 

「申し訳ないけど、代わりに夕張さんに報告書作成をお願いしてもいいかな?

書類作成のテンプレも渡すから、困ることはないと思う」

 

「はい!わかりました!」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「へ~。なかなか優しい提督じゃん。アタシ的にもオッケーかな」

 

「……ええと、ありがとうございます」

 

 

いつまでも現実から目を背けているわけにもいかない。

どうして彼女がいるのか、事の顛末を説明してもらわねば……

 

 

「夕張さん、重ねて申し訳ないんだけど、もうひとついいかな?

彼女……北上さんって言ったか。どうやって遭遇したか教えてくれないか?」

 

「あ、はい! わかりました!」

 

 

仲間が増えて嬉しいのか、夕張は元気いっぱいに説明を始めた。

 

 

「あれは駆逐イ級を倒して帰還する途中でした。

 

いきなり羅針盤にくっついてきた妖精さんが、鎮守府とは違う方向を示したんです。

すると羅針盤の針も同じ方向を指し始めたんで、叢雲さんと2人で相談して、ついていくことにしました。

するとその先で、海の上に倒れている北上さんを発見したんです。

もしかしたら他鎮守府の艦娘がはぐれたのかと思い、意識を取り戻すまで2人で警戒待機していました。

しかし目を覚ました北上さんに話を聞いてみると、「どこの鎮守府にも所属していない、気がついたら今の状態だった」ということでしたので、ドロップと判断して連れ帰ってきた、というわけです」

 

 

「そ、そうか、それはご苦労だったな……

初出撃で疲れただろうから、夕張も休憩を取ってくれ。書類は本日の18時までに出してくれればいいから……」

 

「はい! お心遣いありがとうございます!」

 

 

そう言うと夕張は元気よく退出していった。

叢雲とはえらい違いである。

 

 

「えー……そうだな……北上さん」

 

「ん~? どったの?」

 

「さっきの夕張さんの話でおかしなところはあった?

もしくは何か提督である俺に伝えておきたいこととかある?」

 

「いや、別にないかなー」

 

「そうか。それならいいんだ。それじゃ今からキミの処遇を説明するね」

 

「はーい」

 

「一応キミはドロップ艦ということになるから、ひとまずはここ……ラバウル第10基地の所属艦娘ってことになる。

でもドロップが報告されたのなんて数年ぶりだし、正直新米の俺の判断じゃ、これからどうなるかについては断言することはできない」

 

「え? 提督って新人さんなの?」

 

「新人も新人。昨日ここに着任したばかりだよ」

 

「へー、ふーん。 アタシってば、なかなか面白いとこに来ちゃったみたいだね」

 

「はは……面白いかどうかは自分じゃよくわからないけどね……

それで話の続きだけど、結局キミのドロップは異例の事態というやつだから、一度大将に報告して指示を仰ぐことになる。ここまではいいかな?」

 

「おっけーだよ」

 

「よし。その報告っていうのは今日中にやってしまうから、今のままこの鎮守府所属でいくのか、よその鎮守府に異動になるかは、明日にでも報告する。

しかし結局、どちらにせよ、すぐに動くということにはならないはずだ。

だから少なくとも数日間は、ここで暮らしてもらうことになる。

とりあえずは叢雲……は余裕なさそうだから、夕張にここでの生活の仕方を教えてもらうようにしよう」

 

「りょーかい。夕張っちに色々聞けばいいんだねー?」

 

「そうそう。ただし今彼女は初出撃帰りで疲労がたまってるだろうし、書類仕事も任せちゃったから、ちょっとしてから聞きに行ってもらおうかな」

 

「アタシは別にそれでいいけどさー。それまでどこにいればいいの?」

 

「そうだな……それじゃ俺が鎮守府を案内しようか」

 

「提督自ら? いや~光栄だね~」

 

「零細鎮守府だからそんなもんだよ。それじゃ行こうか」

 

「おっけー」

 

 

・・・

 

案内中

 

・・・

 

 

案内は何事もなく終了したものの、何とも言えない表情の北上。

 

 

「……ねー提督。ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

 

「ここは民家じゃなくて鎮守府で合ってるからな?」

 

「提督ってエスパーなの?」

 

「……毎回同じこと聞かれれば、そりゃねぇ……」

 

「あ―……そう……まぁ……そうねぇ……」

 

 

若干いたたまれない空気になってしまった。

話の流れを変えるためにも、鯉住君は北上にひとつ、気になっていたことを質問する。

 

 

「……北上さん、ひとつ聞きたいんだけどさ。キミって戦うのは好きかな?」

 

「え? どしたの急に?」

 

「いやさ。この鎮守府って後方支援メインで運営してくつもりなんだよ。

だからキミが戦うのが好きなら、ここでの生活は満足できないんじゃないかな。

白蓮大将……ここラバウル基地の統括をしてる大将なんだけど、その大将に報告するときに、キミの意見も知っときたいと思ってね」

 

「うーん、知ってたところでアタシの処遇が変わるもんじゃないでしょ?」

 

「いやいや、ちゃんとそういうことは聞いてくれる大将だからさ。

あまりこういうこと聞くのも野暮かもしれないけど、大事なことだしね」

 

「まー、そうねぇ……アタシはどっちでもいいかな」

 

「どっちでもいい?」

 

「そうだよー。やれって言われりゃやるし、やんなくていいならやんない」

 

「……そっか。それじゃ大将にもそういうふうに言っとくよ」

 

「ん、ありがと。

……ここの緩い雰囲気は好きだから、できたらここに居たいなぁ」

 

 

納得したような表情をしている北上をみて、少し安心した鯉住君。

 

 

「それじゃ、さっき別れたばかりだけど、夕張さんにキミのこと頼めるか聞いてみよう。

すぐに動けるってことなら、そのままお願いしちゃうから、一緒についてきてくれ」

 

 

「わかったー」

 

 

 

 

 

 

またもや起こる不測の事態に、そろそろ胃の痛みが心配になってきた鯉住君と叢雲。

まだ着任2日目だというのに、これから先大丈夫なのだろうか?

 

 




この世界ではドロップが確認されたのは数年前です。
建造で艦娘が出てくるよりもレアケースとなっております。
艦娘の数が頭打ちになっている、というのが通説ですが、ホントのところは誰にも分っておりません。


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第20話

鯉住君はペットのフグたちも、しっかりラバウルまで連れてきています。
暖かい地域なので、ヒーター要らずで喜んでいるようです。
彼は以前ヒーターの事故に遭遇し、水槽ひとつ丸々ダメにした苦い経験があるのです。


すぅーっ……とんっ

 

 

「さて、これで一安心だな……」

 

 

夕張に北上を預け、部屋を退出する鯉住君。

2人は同じ軽巡だし、一緒にこの部屋に住むことになるのだろうか。

2人の楽しそうな様子を見てホッとする。部下同士の仲は良いに越したことはない。

 

 

北上に鎮守府案内をした後……つい今しがたである。夕張に彼女の事を頼めるか聞きに行った。

夕張は書類仕事中だったので断られるかと思ったが、快く引き受けてくれた。

ホントにいい子だ。大事にしないと。

 

北上も北上で、「色々教えてくれるんだし、書類仕事を手伝う」と言ってくれるし、それを聞いた夕張も喜んでいた。

 

本当に艦娘の皆さんは素晴らしい子ばかりだ。彼女たちの爪の垢でも煎じて飲んだほうがいいかもしれない。

 

艦娘の性格に感心する鯉住君。

 

 

(びしょうじょのからだのいちぶをのみたい……)

 

(ろりこんなだけじゃなく、さらなるとくしゅせいへきまで……)

 

(どんびきです……)

 

 

お前らなぁ……お前ら……ホントにお前らは……

今度ことわざ辞典を読ませてやるから、しっかりと言葉の意味を調べるように。

あと今日のおやつは抜き。

 

 

(((なんでー!!)))

 

 

ブーたれるんじゃありません。口は禍の元。これもことわざ辞典で調べるように。

 

 

 

口は禍の元とかいうブーメランを盛大に投げつつ、鯉住君は隣の部屋へと足を延ばす。

 

 

 

「さて、叢雲さんにフォローを入れておかないと……」

 

 

昨日今日と、鎮守府が民家だった衝撃から始まり、まさかの夕張建造、北上ドロップと、想定外と言うのも生温いような事態が続いている。

常識人であり、予定通りいかない事態にめっぽう弱い叢雲。

彼女のキャパシティは、とっくに限界を超えている。

 

このまま放っておいては、熱を出して寝込んでしまうかもしれない。

似たような性格である鯉住君(ただし致命的に一部察しが悪い)には、彼女の心労が理解できており、なんとかしてやらないと、と心配していた。

 

 

トントンッ

 

 

「おぉい、叢雲さん、起きてるかい?」

 

(何よ……)

 

「調子はどうだい?」

 

(わざわざ言わないでもわかってるでしょ……)

 

「まあねぇ……キミのせいじゃないんだし、気にしちゃダメだよ」

 

(わかってるわよ、ていうかむしろアンタのせいでしょ……)

 

「いやいや、それは違うんじゃないかな……

まぁ、それは置いといて、明日から秘書艦交代しようか?」

 

(……なんでそうなるのよ)

 

「秘書艦やってると、叢雲さん真面目だからプレッシャー感じちゃうでしょ?

元々1か月くらいはコツコツやるつもりだったんだし、のんびりするのもいいじゃない」

 

(……)

 

「ほら、ここって魚がいっぱいいるからさ、釣りして過ごすってのも……」

 

(……やる)

 

「……え? ちょっと小声だったから何言ったかわからな……」

 

 

 

ガラッ!!

 

 

 

「や゛る゛!」

 

 

「お、おう……」

 

 

勢いよく部屋から出てきた叢雲は、鼻声で鯉住君に訴える。

部屋で泣いていたのか、元々赤みがかっていた目は、さらに赤くなってしまっている。

まさかの勢いに圧される鯉住君。

 

 

「わだじがまがざれだんだから、わだじがや゛る゛!!」

 

「そ、そうか……とりあえず、はい、ハンカチ」

 

 

ズビーッ!!

 

 

「う゛ぅ……アンタを任されたのは私なんだから、私が責任もって秘書艦やるの!!」

 

「は、はい……でもホントに大丈夫……?」

 

「やるっていったらやるの!わかったらどっかいって!!」

 

「わ、わかった。わかったって」

 

 

半ギレになりながら鯉住君を執務室の方に押し出す叢雲。

あんな勢いでまくし立てられては、どうすることもできない。

素直におとなしく執務室に戻ることにした鯉住君。

 

 

「あ、そうだ。明日も今日と同じで8時集合な」

 

「わかってるわよっ! もうっ!」

 

 

ピシャリッ!

 

 

 

・・・

 

 

 

叢雲のガス抜きを終え、執務室に戻った鯉住君。

あの調子ならこれ以上ふさぎ込むことはないだろう。これでちょっと安心だ。

 

しかし今から始まるのは、今日一番の大仕事。

気を抜くのはまだ早い。

 

 

「さて……気は重いけど、早く連絡しないといけないな……」

 

 

そう。北上がドロップした件の報告である。

 

ラバウル第1基地の大将、名前は白蓮雄正(しらはすゆうせい)。

46歳にして重要拠点を任される、やり手の人物である。

性格は豪快で、細かいことは気にしない。そのため部下からの信頼も厚く、頼りになる人物だ。

 

呉第1鎮守府の鼎大将とは仲が良く、よく連絡を取り合っているようだ。

本土招集があった時なんかは一緒に酒を呑むほどらしい。

 

そんな大将だからこそ、夕張建造の時は笑って流してくれたのだが、

いくらなんでも異例の事態が2度目である。

今度はどのような反応をされるのか全く読めない。

 

 

「大将に目を付けられると、今後活動しづらくなっちゃうしなぁ……」

 

 

縁の下のチカラ持ちな鎮守府を目指す鯉住君としては、色々と目立ってしまうのは都合が悪いようだ。黒子的なポジションを狙っているらしい。

 

ちなみに彼自身は気づいていないが、とっくの昔に多方面から目をつけられている。

 

 

「ええい!うじうじしてても仕方ない! さっさと終わらせよう!」

 

 

意を決し、ラバウル第1基地に直通電話をかける。

 

 

プルルルル……

 

 

ガチャッ

 

 

『はい。こちらラバウル第1基地です』

 

「あ、もしもし。ラバウル第10基地の鯉住です。お世話になっております」

 

『あら、鯉住少佐ですか。何のご用ですか?』

 

「えーとですね、ちょっと緊急の報告がありまして……白蓮大将はお手すきですか?」

 

『え? もしかしてまた何かやらかされたんですか?』

 

「えーと、まぁ、その……はい」

 

『うふふ、話題に事欠かない方ですね。

わかりました。今から呼んできますので、少々お待ちください』

 

「あ、はい。 ありがとうございます」

 

 

~~~♪♪♪

 

プツッ

 

 

『おう!代わったぞ!俺だ!』

 

「あ、大将。昨日はありがとうございました」

 

『なに、構わん構わん!ろくでもないことしたわけでもないからな!

むしろ戦力強化したんだろ?だったら文句なんて言うわけねぇって!』

 

「そう言ってもらえると、こちらも助かります」

 

『それでお前、高雄の奴から聞いたぞ!?また何かやらかしたんだってなぁ!』

 

「あ、はい……非常に申し上げにくいのですが……」

 

『何言ってんだ!昨日よりもたまげる話なんて早々ねぇだろ!言ってみろ言ってみろ!』

 

 

 

 

 

「えーとですね……北上がドロップしました……」

 

 

 

 

 

『……は?』

 

 

 

 

 

「いや、あのですね。

今日初めて出撃したんですが、軽巡の北上がドロップしました」

 

『え? いやお前……マジで?』

 

「マジです……なんかスイマセン……」

 

『……』

 

 

大将は黙ってしまった……流石に想定外すぎたか……

 

 

 

「あの……大将?」

 

 

 

 

 

『……ブフッ! ヒャハハハハハッ!!』

 

 

 

シリアスな話になるかと思ったが、そういうことではなかったらしい。

 

 

『おいお前、ブフッ! どこをどうしたら着任2日でそんなことになるんだよ!

前代未聞も良いところだぜ!?一体どうやったらそんなことが起こるんだよ!!

ブフーーーッ!!』

 

「いやそんな、笑わないで下さいよ……

俺もうちの秘書艦も、そのことで心労がたたってるんですから……」

 

『いいじゃねぇかよ!面白いし!

それでどうすんだ?その北上。お前んとこで面倒見るのか?』

 

「あ、えーですね……本人に意向を確認したんですが、ウチのことは気に入ってくれたみたいです。だからウチで面倒見れればと思っているんですが……

大丈夫なんですか?貴重な新規艦の所属を、そんなあっさり決めてしまっても」

 

『いいっていいって。どうせお前んとこに何人か異動させなきゃなんない予定だったんだ。

いくら小規模鎮守府ったって、10人前後は所属艦娘がいないといけないからな。

それが自前で調達できたってんだから、何も言うことはねえ』

 

「お心遣いありがとうございます。では、北上にもそのように伝えておきますね。

……あ、そうだ。特別に何か書類を用意したりは……」

 

『あー、昨日送ってくれたのは、あれでいいって高雄が言ってたからなあ。

ドロップについても似たようなもんでいいだろ』

 

「了解しました」

 

『そしたらあれだ。お前んとこには既に3人艦娘がいるってことか?』

 

「あ、はい。そうですね」

 

『ふーむ、当初の予定よりも、鎮守府本格稼働を早めてもいいかもな。

お前はどうだ?それでいいか?』

 

「あー、と。俺はそれでも何とかなりますが、叢雲が……」

 

『叢雲……お前んとこの秘書艦か』

 

「はい。彼女はとても真面目ないい子なので、想定外が重なって、いっぱいいっぱいになってるんです。

だから状況がこれ以上変わるとどうなるかが心配で……」

 

『何だお前、保護者みてえだな』

 

「いや、だって彼女まだ小学生みたいなものじゃないですか。

大人がその辺気遣ってやらないといけないでしょう」

 

『ククッ、やっぱお前面白いわ。そんなこと本気で言う奴そうそう居ねえよ?

いやー、鼎のじっさまから引き取って正解だったぜ!』

 

「えぇ……? 自分は普通だと思うんですが……」

 

『本気でそう思ってるあたりが普通じゃねぇわな!

ま、いいさ。お前が叢雲の保護者だってんなら、アイツの心労もお前が何とかしろ!』

 

「うえ!?」

 

『ちゅーわけで、ウチから1人そっちに異動させる!誰かは楽しみにしとけ!

こっからは一足どころか何足も早ぇが、鎮守府本格稼働だ!任せたぜ!』

 

「え!?ちょ!?」

 

『じゃーな! またなんかやらかしたら、すぐに連絡入れろよ!切るぜー!』

 

 

プツッ……ツーツーツー

 

 

「……あれが一拠点任される人間のパワーか……電話しただけですごいエネルギー使ったな……」

 

 

今の数分のやり取りだけで疲労困憊になった鯉住君。

暫くはのんびりする予定だったのだが、状況が変わった今、これからの業務内容を考えなければならない。

 

 

「明日の朝礼では、色々と報告しないとなぁ……」

 

 

今から叢雲がショックを受ける光景が目に浮かぶ。

フォローの方法を考えておかないと……

 

 

 

 

昨日からの着任で1か月はのんびりするはずだったが、そうもいかない事態になってしまった第10基地。

上司経験が皆無な鯉住君はうまく運営することができるのだろうか?

そして秘書官の叢雲はどこまで耐えられるのだろうか?




このお話のヒロインは誰なんでしょうね……?

1.初春ちゃん ○
2.叢雲ちゃん ○
3.夕張さん  ▲
4.北上さん  △ 
5.赤城さん  ◎
6.アイツ   ○

こんな感じでしょうか?
正解は私にもよくわかりません(投げやり


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第21話

鯉住君には、少し年の離れたいとこ(女性)が2人います。
ひとりは大学生で、もうひとりは高校生。小さいころからよく一緒に遊んでいました。
ちなみに鯉住君含め外見は良い方で、異性人気は高いようです。

そのおかげか彼は女児の扱いに慣れており、その経験は提督業に活きているようです。


「さてと……今日最後の仕事だ……」

 

 

密度が濃すぎる一日で、既にフラフラしている鯉住君。

 

叢雲が不貞腐れているので、今日提出すべき書類を全て1人で処理しなければならなかった。それが疲労の一番の原因だ。

白蓮大将に電話したあと、事務作業に翻弄され、気づけば3時間も経ってしまっていた。

 

正直もう横になりたいのだが、もう1つだけやることが残っている。

出撃前に夕張と約束した、艤装メンテのレクチャーだ。

 

夕張に北上を預けて暫く経っているし、書類仕事も鎮守府説明もすでに終わっているはず。

そう考えて艦娘寮の方に足を延ばす。

 

 

トントンッ

 

 

(はーい)

 

「夕張さん、今大丈夫かい?」

 

(あ、提督。少し待ってくださいねー)

 

 

ガサゴソ……

 

 

ガラッ

 

 

「お待たせしました!何のご用でしょうか?」

 

「頼んでおいた書類と、北上さんへの案内はどうなったかと思ってね」

 

「あ、はい、どちらもすでに終わっています!

すいません、すぐに報告に伺わなくて……」

 

 

夕張は申し訳なく思っているようだ。

鯉住君は仕事を急かすつもりで来たわけではないので、それを伝える。

 

 

「ああ、そういうつもりじゃないんだ。

俺の方の仕事が終わったから、気になってきてみただけだよ。気にしないでいい」

 

「そ、そうなんですか。

でも業務完了はすぐに報告すべきでしたから、やっぱりよくなかったです!

すいませんでした!」

 

 

謝罪と共に頭を下げる夕張。

叢雲とは毛色が違うが、この子も真面目で真っすぐな性格だと実感する。

どこかで根を詰めすぎないか心配になる鯉住君。

 

 

「そんな大したことじゃないから、頭を上げて。

それよりも北上さんの反応はどうだった?うまくやっていけそうかい?」

 

「あ、それでしたら本人に聞いてみてください!」

 

 

そう言って部屋へ提督を招く夕張。

女性の部屋に入るのはどうか、と一瞬迷った鯉住君だが、

昨日から住み始めた部屋であることを思い出し、気にしないことにした。

 

 

「やっほ~。提督じゃん」

 

 

部屋の中心に置かれたちゃぶ台のところで、座布団に座りながら北上が出迎えてくれた。

手をひらひらさせて、こちらに笑顔を向けてくれている。

 

 

「さっきぶりだね、北上さん。夕張さんの説明はわかりやすかったかな?」

 

「まぁ、そうねぇ。

そんなに施設が大きいわけでもないし、大体わかったって感じ~」

 

「そっか、それはよかった。夕張さんもありがとね」

 

「とんでもないです!

あ、あとこれ、頼まれていた書類です」

 

「ん、どれどれ。……内容は大丈夫そうだ。よくやってくれた」

 

「えへへ……これからも色々と頼ってください!」

 

「ありがとな。いい部下を持ててよかったよ」

 

「そ、そんな……ありがとうございます!」

 

 

まさか褒められるとは思っていなかったのだろう。

とても嬉しそうにお礼を言っている。

 

 

「あ、そうだ。北上さん。

さっき白蓮大将に連絡を取ったんだけどね、ウチの所属でオーケーってことになった。

それでよかったかな?」

 

「あ、もう決まったんだ。早いじゃん」

 

「細かいことは気にしない人だからね。ウチでドロップしたんだから、うちの所属でいいだろってことで」

 

「ふ~ん。それじゃ、これからよろしくね~。提督」

 

「こっちこそよろしく」

 

 

・・・

 

 

「それで夕張さん、これからやることあるかい?」

 

「え、私ですか? 別にありませんが」

 

 

お仕事の話も一段落したので、ここに来た本当の目的を切り出す。

 

 

「それだったらさ、今朝約束してた、艤装メンテのレクチャーしようか?」

 

「!!!」

 

 

夕張の目がキラリと光る。

 

 

「初出撃で疲れてるって言うなら、後日でもいいんだけど……」

 

「いえ!私は大丈夫です!すぐに工廠に行きましょう!今すぐ行きましょう!

何持ってけばいい!?」

 

「え、えーと……」

 

 

テンションの急上昇にたじろぐ鯉住君。

普段は真面目な優等生タイプだが、スイッチが入るとこういうキャラになることを失念していた。

 

 

「お、落ち着いて。書類出さなきゃいけないし、俺にも準備があるし……」

 

「あ、うん!そうよね!それじゃ先に工廠に行ってるから!」

 

「お、おう……

それじゃ準備でき次第工廠に向かうから、そっちで待っててもらっていいかな……?」

 

「お任せください! 夕張、抜錨しまぁすっ!!」

 

 

ダダダッ!

 

 

メモ帳やら工具箱(どこから用意したかは不明)やらをかき集めて、すごい勢いで部屋を飛び出していってしまった。

出撃時よりも勢いがすごい。鬼気迫るといった感じ。

 

 

「相変わらずスイッチ入った夕張さんはすごいなぁ……」

 

「そだねぇ、すごい勢いだったねえ」

 

「いい子ではあるんだけど、あのテンションには気圧されちゃうなぁ……」

 

 

これから彼女とどう接していったものか、と頭をひねっていたところ、

北上から予期しない提案が。

 

 

「あ、提督~。アタシも見に行っていい?」

 

「え?北上さんも来るの? あんまり見てて面白いものじゃないと思うよ?」

 

「んー、アタシってば、実は工作艦経験があるんだよね~。

だから正直艤装メンテって、興味があるっていうか、好きっていうか、そんな感じ」

 

「マジか……工作艦……」

 

 

鯉住君の脳裏に、彼が唯一知っている工作艦が思い浮かぶ。

いや、北上さんはアイツみたいな厄介な艦娘じゃない……そうに決まってる……

 

 

「ん? どったの?提督。辛気臭い顔してるよ~?」

 

「あ、ああ……すまない、ちょっと昔を思い出しちゃってな。何でもないよ」

 

「そうなの? 別にいいけどさ~」

 

「まぁキミが興味あるって言うなら、見ていってもらう分には全然かまわないよ。

今から書類仕上げて着替えたら工廠に向かうから、ちょっと待っててもらうことになるけど」

 

「おっけー。 それじゃ先に行って夕張っちと合流してるよ~」

 

「わかった。なるたけ早く行くよ」

 

 

・・・

 

 

夕張の部屋を後にし、執務室へと戻った鯉住君。

暫く書類仕事をし、回収した戦闘報告書の仕上げを終える。

 

 

「本日の書類仕事はこれでおしまい、っと」

 

 

大本営とラバウル第1基地へのFAXも済ませ、やり切った解放感に満たされる。

慣れない仕事だったが、その分終わったときのカタルシスも大きい。

 

 

「フフフ……ここからはお楽しみの時間だ……やるぞお前ら。準備はいいか?」

 

 

ストレスから解放されたせいだろうか。

なんだか柄にもないセリフを口にしている鯉住君。

 

 

(ひさしぶりにめんてするです!)

 

(われらこいずみめんてはん)

 

(びっくりさせたるー!)

 

 

鯉住君の研修中はあまり艤装メンテをすることがなかった。

久しぶりの仕事に、妖精さんたちもテンションアゲアゲである。

 

 

 

 

 

ちなみに各鎮守府での研修中にも、鯉住君は何度か許可をもらって、

艤装メンテをさせてもらっていた。

 

3年間も第一線である呉第1鎮守府で働き続けていた鯉住君にとって、もはやメンテはライフワークの一部となっている。

職業病というかなんというか、たまに艤装をいじってないと落ち着かない体になってしまったのだ。

 

そういった事情があり、彼もお供の妖精さんも、久しぶりのメンテでは、恐ろしいスピードと信じられない精度で艤装を直していった。

まるで水を得た魚。いや、水を得た鯉。それはそれはキラキラしていたそうな。

 

あまりの働きぶりから、所属している技術班の人たちからは、尊敬を通り越して畏怖の目で見られていた。

横須賀第3鎮守府(一ノ瀬中佐のとこ)所属の明石に至っては、工作艦としてのプライドを打ち砕かれて涙を流していた。

 

そんな彼らを見て誰もが『アカシック鯉住』という言葉を連想したことで、本人が望まないその二つ名が幅広く浸透していったのは、もはや自然な流れといえる。

 

 

 

 

 

そんな鯉住君とお供妖精さんたちである。

やるべき仕事から解放されて、久しぶりに艤装メンテができるとあれば、否応なしにテンションも上がってしまうというものだろう。

今も心なしかキラキラしている。

 

さっきは夕張が変わった奴とか言っていた鯉住君だが、彼はそんなこと口が裂けても言ってはいけない人間なのだ。

本人が気づいてないだけで、完全に同類なのだから。

 

 

「うっし、作業着に着替えて工廠に向かうぞ。ついてこい!」

 

(((がってんだー!!)))

 

 

・・・

 

 

自室で作業着に着替え、工廠にやってきた鯉住君一行。

そこにはすでに準備万端の夕張と北上が待機していた。

 

 

「あ、提督! 待ってたわ!今すぐに始めましょう!」

 

「待たせたな2人とも。今日のターゲットは決まってるか?」

 

「抜かり無しよ!私の開発した15.2cm連装砲を使って!」

 

「わかっているじゃないか。いいチョイスだ。 フフ……胸が熱いな……!」

 

(((ひゃっはー!)))

 

「いいね~! 痺れるねぇ~!」

 

 

どうやら3人とも同じ穴の狢だった模様。これはひどい。

ツッコミ役不在の中カオスな会話が続いている様子は、飲み会3次会のノリに近い。

 

この場に叢雲が同席していなかったのは幸いだろう。

もし居たとしたら、ツッコミの負担から、体調を崩して寝込む羽目になっていたに違いない。

 

 

 

 

 

……無駄に高いテンションから若干の落ち着きを取り戻し、メンテに入る3人。

 

 

「よし、それじゃ早速始めよう。まずは作業場を整える。これは基本だな。

……この作業台が空いてるから、ここでメンテしよう」

 

「あ、工具は私が用意しといたから、これを使って」

 

 

夕張は作業台の上に工具箱を乗せる。

ホントに彼女はどこから工具を用意したのだろうか?

今の3人にとっては、そんな些細な疑問などどうでもいいようだが。

 

 

「ふんふん……うん、中身も一通りそろってるな。

これだけあれば大規模作戦中の繫忙期でも対応できる。いい具合だ」

 

「えへへ……」

 

「やるね~。夕張っち」

 

「そんなに褒められると照れちゃうわ……

あ、そうだ、北上さん。そういえば私、提督が元艤装メンテ技師だって言ってなかったわよね?」

 

「ん? 聞いてないよ? でも何となくそんな気はしてたね~。

ちなみに提督はさ、どこで働いてたの?

大規模作戦とか言ってたから、そこそこおっきい鎮守府だったんだろうけど」

 

「呉第1鎮守府だね。3年ほど艤装メンテ技師をやってた」

 

 

それを聞いて、昨日の夕張と同じように目を丸くする北上。

 

 

「うえぇ!? 呉第1とかマジ!? エリートじゃん!」

 

「そうよ! 提督はすごいんだから!」

 

「いやいやいや……そんなことないって……うん、油のさし具合もいい感じだ……」

 

 

ビックリする北上と、何故か鼻高々の夕張に対し、

鯉住君は話半分で、メンテ道具の調整に神経を集中している。

会話よりもそちらを優先するあたり、よっぽどメンテに飢えていたのだろう。

 

夕張から借りたメンテ道具を作業台に展開し終わり、準備を完了する。

 

 

「それじゃ始めようか。夕張さん、15.2cm連装砲をかしてくれ」

 

「はい。気を付けて」

 

「ん。サンキュ」

 

 

ずしりとした重みと、ひんやりとした感触が、鯉住君の手に伝わる。

これは呉で働いていた時の感触だ。

当時を思い出し、自然と仕事モードに入る鯉住君。

 

 

 

 

 

「よし……」

 

 

 

 

「「……??」」

 

 

鯉住君を見て、首をかしげる2人。

それもそのはず。

すぐにメンテに入るかと思われた彼らは、奇妙な行動をとり始めたのだ。

 

 

「……」

 

(((……)))

 

 

目をつぶり、胸の前で手を合わせ、静かに瞑想する4人。

それだけ見れば、先ほどまで浮かれておかしな発言を連発していた人間とは思えない。

 

 

「ふぅ……うし。やるか」

 

(((やるかー)))

 

 

瞑想が終わったらしく、何事もなかったかのように作業を開始しようとする。

 

行動の真意がわからず頭に?マークを浮かべる2人は、疑問を口にする。

 

 

「あ、あのー……提督? 今のは一体……?」

 

「そうだよ提督。何なのさ今の?なんか意味ありげだったよ?」

 

「……今のはあれだ。習慣みたいなもんだよ」

 

「習慣?」

 

「そう。俺が学生の時からやってる習慣だよ。大したものじゃない。

 

……それじゃ今からメンテナンスに入るから、2人ともわかんないところがあったら、その都度聞いてね」

 

「あ、う、うん」

 

 

2人の疑問は、大したものじゃない、の一言で片づけられ、メンテが始まってしまった。

こうなってしまうと作業者に話しかけるのはご法度というものだ。

そんなことをすれば集中が切れるし、不慮の事故へともつながりかねない。

 

鯉住君はいつでも聞いていい、といっていたが、そうもいかない。

夕張も北上も、作業者としての基本的な心得は持ち合わせているのだ。

 

 

・・・

 

 

「……ん」

 

(はい)

 

サッ

 

……キュッキュッ

 

「……ん」

 

(はい)

 

サッ

 

……グイグイ

 

(しあげよろしく)

 

「オーケー」

 

サッ

 

グリグリ

 

 

・・・

 

 

ほとんど何の会話もせずにメンテを進める鯉住君と妖精さんたち。

 

鯉住君が手を出せば、妖精さんが工具を渡す。

妖精さんがパーツを組み立てて渡せば、鯉住君が仕上げをする。

 

正に阿吽の呼吸というやつだ。伊達に何年も一緒に働いてきたわけではない。

 

 

「……はー」

 

「……すげー」

 

 

その様子を見て、ただただ感心する夕張と北上。

 

基本的な艤装のメンテは、

 

まず分解して、部品に摩耗がないか確かめて、変形した部品があれば修正・交換して、油をさして、動作確認しながら組み立てる。

 

ざっくり言えばこの順番で作業を行う。

 

今回の夕張の15.2㎝連装砲は大した痛みがなかったが、

それでも人間がこれだけの仕事をするのには、どれだけ早くとも30分はかかる。

だというのに、目の前のこの男(+妖精さん3人)は、ものの10分足らずで終わらせてしまった。

妖精さんの手を借りているのを差し引いても、とんでもない早さだ。

 

しかもひとつひとつの仕事がとても丁寧。

分解した部品はネジの一本に至るまで、非常に優しく取り扱っていた。

どんな細かな傷であろうとも、絶対につけるわけにはいかない、という心構えが感じられる。

 

 

「……はい。これで終わり。ご苦労さん」

 

(いいあせかいたー)

 

(ひさしぶりでたのしかったです)

 

(なかなかのしあがり)

 

「そうだな。俺も腕がなまってなかったみたいで安心したよ」

 

 

 

・・・

 

 

 

「はい。完成品だよ。大分いい感じに仕上がったと思うけど、2人も確認してみて」

 

「は、はい」

 

 

メンテが終わった艤装を夕張に手渡す鯉住君。

それを受け取った夕張と北上は、しげしげと完成品を眺めたあと、

順々に装備して動作チェックをする。

 

 

ガチャン、ガチャン

 

 

「うわ、なにこれ……めっちゃ動作が滑らかなんですけど……」

 

「すごいわこれ……艤装ってこんなに扱いやすくなるのね……」

 

 

あまりの完成度の高さに驚く2人。

それを見て満足そうにする鯉住君と妖精さんたち。

 

 

「いやー、提督すごいわ。プロの仕事ってやつだねこりゃ」

 

「お褒めの言葉どうも。

まあ今日は無傷の連装砲ひとつだけだったし、だいぶ丁寧にやったからね。

忙しいときはこうはいかないよ」

 

「……」

 

「あれ?どしたの?夕張さん」

 

 

夕張は真剣な顔で、右手でこぶしを作って口元にあてている。

何か思案しているようだ。

 

……なんだか嫌な予感をひしひしと感じる鯉住君。

 

 

 

 

 

「……よし! 決めたわ! 提督……いや、師匠!!」

 

 

 

 

 

「……ん゛んっ!? 師匠!?」

 

 

 

「私をあなたの弟子にしてください! お願いします!!」

 

 

勢いよく頭を下げ、右手を突き出す夕張。

 

これはあれだ。握手をしてしまうと弟子をとってしまうやつだ。

いくらメンテに慣れてるからって、師匠づらをしていいほど俺は立派じゃないよ。

悪いけどここは断って……

 

鯉住君が戸惑いながらも、お断りを入れようかと考えていたところ……

 

 

スッ

 

 

「ちょ」

 

 

北上が、動きの止まった鯉住君の右手を、夕張の右手に持っていった!

 

 

ガシイッ!

 

 

「ありがとうございます!! 提督……じゃない、師匠!!」

 

「あ、うん、えー……その……こちらこそよろしくお願いします……」

 

「ダメだよ、提督~。女の子の誘いを断っちゃーさぁ」

 

「北上さぁん……なんちゅーことを……」

 

 

 

 

 

憧れのプロに弟子入りできて、満面の笑みを浮かべる夕張。

そしてドヤ顔でニヤニヤしながら鯉住君に視線を向ける北上。

 

こんなはずではなかったのに……そう思っても後の祭り。

26の若さにして、弟子を一人もつことになった鯉住君なのであった。

 

 

 

 




怒涛の着任2日目はこれにて終了。
すでに提督と秘書官の心はだいぶ磨り減っているようです。


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第22話

この世界での日本とアメリカは、物理的に分断されています。
ただ、通信衛星やインターネットについては生きているので、連絡を取ることはできます。

ハワイ辺りは完全に深海棲艦の支配下となっているため、船舶はもちろん、航空機さえも通過できないようですね。海も空も、何か強力な深海棲艦によって掌握されているのです。
唯一太平洋を物理的に移動できるのは、ロシア・アラスカ間のベーリング海くらいでしょうか。それでも当然艦娘の護衛は必須ですが。



鎮守府に着任して1週間が経った。

ようやく仕事にも慣れ、落ち着いてきたところだ。

 

あれから艦娘3人体勢で鎮守府を回しているのだが、なかなかうまくいっていると感じる。

無事に1-1と呼ばれる海域を解放することもできたし、1-2の解放も目の前というところまで来た。小規模ではあるが、護衛任務での遠征もこなすことができた。

 

自分で言うのもなんだが、零細鎮守府としては、結構頑張っている方なのではないだろうか。

実際直属の上司である白蓮大将にも、よくやってると褒めてもらっている。

 

 

 

……ちなみに夕張さんが弟子入りした件については叢雲さんには話していない。

 

本当は弟子入りしてしまった翌日に話そうと思ったのだが、第1基地からひとり艦娘が派遣されることになったと先に話したら、涙目で怒られてしまった。

 

「私そんなの聞いてないわよ!」とか「どうしてアンタはイレギュラーばっかり引き寄せるの!?」とか「心の準備が全然できてないのよ!」とか、そんなことを言われた。

 

かなり理不尽にまくし立てられた気がするが、彼女の心の内を思うと大目に見ざるを得なかった。

 

 

そのタイミングで、夕張が弟子入りした、なんて話した日には、堪え切れずに泣いてしまったかもしれない。

そんな無慈悲な連撃で、子供を泣かせてしまうようなひどい大人にはなりたくはない。

隠せるところは隠しておくべきだ。

 

もちろん夕張には、他の人の前で師匠と呼ばないように釘を刺しておいた。

その際彼女から「ふたりだけのヒミツですね!」と、キラキラした瞳で言われた。

もう北上さんが知ってるからふたりだけじゃないでしょ?、とツッコミを入れようとしたのだが、彼女の嬉しそうな顔を見ていると、口に出すことはできなかった。

 

 

 

そんなこんなでなんとかやってきたのだが、今日は例の艦娘の異動がある日だ。

週一の定期連絡船と一緒にやってくるらしい。

 

ちなみに白蓮大将の計らいで、第1基地で使用しない艤装もある程度譲ってもらえることになっている。一緒に定期連絡船で送ってくれるとの事。

狙った艤装を出すのが不可能なので、これはかなりありがたい。

 

艤装の性能が良い悪い以前に、艤装の種類をそもそも揃えられないのが現状。

第一線では使用に耐えないような性能のものでも、この零細鎮守府では重宝することになる。

 

もちろん艦娘自体の増員もありがたい話だ。

鎮守府本格稼働を命ぜられている今、海域解放も積極的に行う必要がある。

その際にマンパワーが必須なのは、言わずもがなだろう。

 

しかし一体誰が異動してくるのだろうか……?

白蓮大将に聞いても、お楽しみだ、とか言って教えてくれなかったし……

 

 

 

ここ一週間を振り返りながら、これからの鎮守府に思いを馳せる鯉住君であった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「さて……定期連絡船が到着するまで、あと1時間くらいか。

そろそろ迎えに行こうかね」

 

「そうね。今から港に向かえば丁度いいくらいかしら」

 

 

ここ第10基地からポポンデッタ港までは、大体車で30分といったところだ。

少し早いが出発する頃合いだろう。

空いた時間ができるかもしれないが、遅れるよりはずっといい。

 

 

ブロロロロ……

 

 

鎮守府の備品である大型のバンに乗り込み、港へと向かう。

助手席に秘書官の叢雲を乗せ、運転は提督である鯉住君自らがしている。

 

大規模な鎮守府では、色々とこなしてくれる事務スタッフがいるのが普通なので、車の運転等はそのスタッフが行う。

しかし第10基地のような零細鎮守府では、そのようなスタッフは配属されない。

基本的に艦娘と提督だけで仕事が回るからだ。

 

ちなみに何故秘書艦でなく提督が運転しているかというと、単純に叢雲が免許を取っていないからである。

人間ではないので法律が適用されるかはグレーなところだし、パプアニューギニアの田舎では細かいことを言う人はいないしで、別に艦娘が無免許運転してもお咎めがあるわけではない。

しかし鯉住君的には、小学生相当の子たちに運転をさせたくないということで、提督自ら運転をするようにしている。

 

 

「アンタ随分運転に慣れたわねぇ……最初はおっかなびっくりだったのに」

 

「まあね。時間あるときにフィールドワークに出てたからねー」

 

「そうね。最初にそれ言い出したときは、思わず蹴り入れちゃったけど、無駄じゃなかったみたいね」

 

「はは……」

 

 

呉で働いていたころ、鯉住君は自転車生活だった。

そのため運転など何年かぶり、しかも大型車の運転とあっては、ぎこちなくなるのも仕方ない。

 

しかしそれではいざという時心配、ということで、鯉住君は運転の練習をすることにしたのだ。

とはいえ普通にその辺を運転しても面白みに欠ける。

そこで彼が思いついたのが、趣味と実益を兼ねた方法である。

 

なんと鯉住君は、近所の小川まで熱帯魚採取に行くついでに、運転の練習をすることにしたのだ。

これなら飽きることはないし、悪路走行で運転技術は上がるしで、一石二鳥というのが本人の談。

欲望がダダ洩れである。とてもじゃないが鎮守府の提督がするような所業ではない。

叢雲から強烈な突っ込みを入れられたのも、仕方ないことだろう。

 

しかしやってみると、なかなかこれが効果的で、入り組んだ小道を進むことを強いられたおかげで、かなり運転技術は上達した。

まだ一週間しか経っていないので、3回ほどしか遊びに行ってはいないのだが、普通の道を運転するのに、何ら支障ない程度までは勘を取り戻すことができたようだ。

 

 

「ちゃんと仕事が終わった上で出かけてたからいいものの……

もしアンタが仕事ほっぽりだして遊びに行くようなら、大将に報告しようかと思ってたところよ……」

 

「いやいや……流石にそこまで自覚がないわけじゃないよ」

 

「どうだか。怪しいもんね」

 

「そんなに疑うことないじゃないか……」

 

「疑われたくなかったら、もっとちゃんとした行動しなさい」

 

 

遊びに行きたい受験生と、そのオカンのようなやり取りをしながら、港へと向かうふたりであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

ふたりが港に到着すると、予想通りまだ定期連絡船は到着していなかった。

自由な時間が少しだけできたため、留守番している夕張と北上用のお土産を見繕うことにした。

この港は定期連絡船が寄港する関係で、そこそこ栄えているのだ。

土産物屋もある程度は軒を連ねている。

 

 

「これいいんじゃないかな? マンゴーの袋詰め。みんなでむいて食べよう」

 

「それなら行きつけの商店で売ってるじゃないの。他のにしましょ。

私はあっちのコーナーを見てくるわ」

 

「そうか、わかった。頼んだよ。……そうすると何がいいか……ん?」

 

 

二手に分かれてお土産選びを開始した直後、鯉住君は商品棚の後ろから何かの視線を感じた。

こんな狭いところに隠れているなんて、リスか何かが迷い込んだのかな?

そんなことを考えつつ屈んで、なんとなく棚の奥を覗き込む。

 

 

 

 

 

 

 

(はろー)

 

 

「……は、ハロー……」

 

 

がっつり目があったこの生き物、リスではなかった。

というよりこの姿……

 

 

(へーい。おにーさんわたしみえるね?)

 

 

「あ……ハイ」

 

 

(おー)

 

(はじめてみたです)

 

 

え? なにキミら、何か知ってんの?

 

 

(がいこくじんですよー)

 

(ぼいんのいぎりすむすめです)

 

 

いぎりす……イギリス!?

え、なに? 妖精って国籍とかあったの!?

確かに明るめなブラウンの髪で、これが地毛なら日本人っぽくはない。

胸についても……まぁ、ある、のか? これは……?

 

 

(むねばかりみて……)

 

(いやらしい……)

 

(せくはらおやじ……)

 

 

お前らが変なこと言ったからそんな視線になったんやぞ?

ていうか妖精さんの頭身じゃボインかどうかなんてわからないから!

 

 

(おー、しげきてきなしせんねー。おとこはおおかみよー)

 

 

ち、ちがいますからね!

いくら相手が妖精さんとはいえ、初対面の女性(?)の胸をガン見するなんて失礼な真似はしません!

 

 

(またまたー、てれてるですねー)

 

 

いや本当ですって! 照れてるっていうか、驚いてるんですよ!

……というかアナタも俺の考えてることわかるんですか!?

 

 

(いぐざくとりー。とうぜんねー)

 

 

まじかー……もしかして今考えてることもわかります?

 

 

(わたしがあなたについていくかもってことでしょ?

あたりまえでーす!あいふぉろうゆー!てーとくー!)

 

 

あ、やっぱりそうなるんだね……ちなみに断ったりなんかは……

 

 

(すーべにあしょっぷでこうちゃをかうのをわすれちゃ、のーなんだからねー!!)

 

 

ダメだこれ。もうすでに一緒に帰る前提の話をしている。

 

おいキミたち。

なんか国際色豊かな後輩が出来そうだけど、そこんとこどうなのさ?

 

 

(いいですよー)

 

(わたしたちがせんぱい)

 

(じょうげかんけいさえわかってればいいです)

 

 

(おふこーす!おせわになるよー!せんぱーい!)

 

 

そんなんでええんか……というか妖精さんたちにも上下関係とかあるのな……

 

 

 

 

 

 

「……アンタ何してんのよ。さっきから全然動いてないじゃない。

私ひとりに探させないで、自分でもお土産選びなさいよ」

 

 

先ほど解散した場所から全く動かない鯉住君を見かねて、叢雲が戻ってきた。

その手にはお土産候補の、この港限定チョコレートが握られている。

やるべきことをやってから戻ってくるあたり、しっかり者の彼女らしい。

 

 

「えーと、その……はい」

 

 

困惑した表情で右手を叢雲に差し出す鯉住君。

その手のひらには、たった今仲間に加わった英国妖精さんが仁王立ちしている。

 

 

「はい、って……え、なにその子は……?」

 

 

叢雲は一週間以上鯉住君と暮らしているので、彼のお供妖精さんの顔触れはしっかり覚えている。

つまり目の前の妖精さんが、その輪の中に居なかった新顔だということも、すぐに分かった。

 

 

「何ていうか……拾った……」

 

「ひろっ……ハアッ!?」

 

「いや、その、ゴメン……」

 

 

(えいこくうまれのようせいよー!よろしくでーす!)

 

 

ドヤ顔でフンスフンスと自己紹介する英国妖精さん。

当選叢雲の耳にその声は届かない。

 

 

「……」

 

「……叢雲さん?」

 

 

苦虫をかみつぶしたような顔をしている叢雲。

それに対し、彼女の気持ちもよくわかるので強く出られない鯉住君。

 

 

「……捨ててきなさい」

 

「ちょ」

 

「うちにはそんな子を養う余裕はありません。捨ててきなさい」

 

「いや、それはちょっとひどいのでは……」

 

 

まるで野良犬を拾ってきた我が子を諫めるオカンだ。

実際ほとんどその通りなので、その反応もあながち間違っていないのだが。

 

流石にこの対応は嫌だったらしく、英国妖精さんは口をとがらせブーイングしている。

 

 

「そこを何とか頼むよ……面倒は俺が見るからさ……」

 

「本当でしょうねぇ……?」

 

「だ、大丈夫だって。今までこいつらの面倒も見てきたんだし」

 

 

隣でドヤ顔しているいつもの3人と目が合う。

みんなしてサムズアップしやがって。実はお前らも後輩できて嬉しいのか。

 

 

「……はぁ。そういうことならいいわ……連れて帰りましょ、その子……」

 

「すまないね、叢雲さん……俺も狙ってこんなことしてるわけじゃないんだよ……」

 

「わかってるけど、納得はしてないわ」

 

「う……本当にすまない。

笑顔で、ついていきたいって言われたら、どうしても断れなくてさ……」

 

「ハァ……本当に甘い奴よね……呆れてものも言えないわ……」

 

「苦労かけるねぇ……」

 

 

呆れたなんて言いつつも、優しい彼が自分の提督で、実は結構嬉しい叢雲。

しかしそれを口に出すことは、この先もないだろう。素直になれないのが彼女の性格なのだ。

 

 

 

・・・

 

 

そうこうしている間に、港に定期連絡船が到着した。

下りてくる乗客に、運び出される貨物。

 

その中にある、鯉住君が所属する第10基地宛のコンテナへと向かうふたり。

待ち合わせはそこだと指定されているのだ。

 

 

「しかしなんで白蓮大将は、異動してくる艦娘を教えてくれなかったんだろうな?」

 

「そんなの私が聞きたいわよ」

 

「だよなぁ……誰が来るのやら……」

 

「どうせ今にわかるわよ。 あら?何かしらあの人たち……」

 

 

コンテナの前で数名の女性が談笑しているようだ。

何かウチに用があるのだろうか?

そう考えながらコンテナに近づくふたり。

 

 

「ちょっとアナタたち、ウチになにか……よ……う……?」

 

「……ん?どうしたの?叢雲さん」

 

 

何やら叢雲の様子がおかしい……

表情が完全に固まり、冷や汗を流している。

 

 

「な、なんでアナタたちが……?」

 

 

コンテナの前には4人の女性がいる。

叢雲はその中の2人へ話しかけたようだ。

 

 

「お!叢雲じゃねぇか! 久しぶりだなぁ!」

 

「あら~ホントだわ~ あの時の護衛任務以来ね~」

 

「あれ、天龍さんと龍田さんは叢雲さんと知り合いなんですか?」

 

「そうだぜ!叢雲には俺たちが色々教えてやったんだよ!先生ってとこだな!」

 

「うふふ~ 天龍ちゃんは先生の才能があるのよね~」

 

「そんなに褒めんなよ龍田! ま、本当のことだけどな!」

 

「すごいんですね、天龍さん!私達も頑張らないと!ね、大井さん?」

 

「そんなことより北上さんはどこなの!?もしかしてここには来てない……?

そ、そんなはずないわ!私を出迎えるのに北上さんが来ないなんてっ!!

古鷹さんも一緒に探してくれないかしら!?」

 

「お、大井さん、落ち着いてください!

新しい提督さんと秘書艦さんがいらっしゃってるんですからっ!お、落ち着いてっ!」

 

 

 

 

 

「なあ叢雲さんや」

 

「……」

 

「今日異動してくるのって、1人のはずだったよな……?」

 

「……ええ」

 

「俺の目がおかしくないんなら、目の前に4人ほど女の子が見えるんだが……」

 

「女の子じゃなくて艦娘ね……

でも私にもそう見えるのよね……しかも半分ほど知り合いだし……」

 

「なにかの間違いとかじゃないよねぇ……これ」

 

「夢じゃないかしら、これ……

そう、私は今から目を覚まして、港まで新入りを迎えに行くのよ……」

 

「叢雲さん、ほっぺたつねるのはお肌に良くないよ」

 

「だって早く目を覚まさないと……寝坊して遅刻しちゃ悪いじゃない……」

 

 

必死でほっぺたをつねって覚めない夢から覚めようとしている叢雲に、

鯉住君は気の利いた言葉をかけてやることができなかった。

彼もいっぱいいっぱいだったのだ。

 

 

(わー!)

 

(しんじんさんいっぱいです)

 

(まつりじゃまつりじゃー)

 

(おーう!にゅーふぇいすのとうじょうねー!)

 

 

 

 



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第23話

ラバウル第1基地は、一大拠点ということもあり、非常に充実した戦力を有しています。
所属艦娘数は、驚異の50名。他の中規模鎮守府の倍ほどはいます。
そのため通常業務で声がかからない艦娘も結構いるので、そういう子たちは暇を持て余すことも多々あります。
そういった実情があるため、第1基地からの異動希望は比較的通りやすいようです。


「えー……それでは現状の確認をしたいと思います」

 

 

目の前には初めましてな艦娘が4人。隣には心なしか生気を失った秘書艦がひとり。

今の状況を確かめるため、鯉住君は4人から聞いた話をまとめる。

 

 

「本当は、こちらへ連絡してもらったとおり、第10基地へは1名異動の予定だった」

 

「はい。私が異動するはずでした!」

 

 

いい笑顔で古鷹さんが口を開く。はいじゃないが……

何でそんなにこの状況を当たり前のように捉えているのだろうか……?

彼女の中では1と4は同じ数字なんだろうか……?

俺と叢雲さんの心は大破寸前だというのに……

 

 

「えー……本来その予定だったところ、

ウチで北上さんがドロップしたと聞きつけて、大井さんが名乗りを上げたと」

 

「はい。北上さんがひとりで寂しい思いをしていると聞いたら、居ても立っても居られません。当然のことではないですか?」

 

 

当然のことなのかなぁ……俺の常識にはその当然は入ってないなぁ……

そもそも北上さんはひとりではないし、寂しそうにしている様子もない。

まあそれを主張したところで、「何言ってんだこいつ?」みたいな反応をされそうな気がするので、そこには触れないでおく。

 

 

「あー、と……それでその異動の話をしている最中に、天龍さんと龍田さんが遠征から帰ってきた。

そして、小規模鎮守府なら戦闘で活躍できると思った天龍さんが、自分も異動したいと提案した」

 

「おう!第1基地は戦力が整ってるからな。俺たち姉妹は遠征任務ばかりなんだよ。

それじゃやっぱりつまらねえ!戦闘で華々しく活躍するのが艦ってもんよ!」

 

 

元気いいなあ……彼女……

その豪快な思考回路には「異動は1名限定」なんて、ささいな情報は流れていないに違いない。

しかしわざわざ戦闘のために、住み慣れた鎮守府から異動したいって……

遠征部隊で活躍していたんなら、それはそれでいいのでは、というのは、天職に恵まれている俺だから思うことなのか。

 

 

「……んで、天龍さんが行くと聞いた龍田さんも、一緒に行きたいと志願した、と」

 

「ふふ~ 天龍ちゃんひとりじゃ何かと心配だもの~」

 

 

姉妹仲がよろしいようで大変何よりです……

でもそれでホントに大丈夫なの?

人事異動って結構なイベントよ?そんな理由で決めちゃっていいの?

 

 

 

……いやなんというか、改めて確かめてみると、皆さんフリーダムすぎない?

軍紀的に大丈夫なの?今回の一件。

 

 

 

 

 

でもね。彼女たちの自由奔放さを超える真の問題があってね。

 

 

 

 

 

「それで、その提案を全部『面白そうだから』の一言で、白蓮大将は承認した、と……それであってるかい……?」

 

 

「「「「はい」」」」

 

 

はいじゃないが。はいじゃないが……

 

鼎大将がアレだったのは特別じゃなかった……白蓮大将も十分アレじゃないか……

薄っすらとそんな気はしてたけども……

もしかして海軍大将ってみんなアレな感じなのだろうか……

 

「面白そうだから」とかいう理由で、そんな一気に艦娘をこちらに寄こさないで下さい。

というか、そうならそうで、こっちに連絡寄こしてください……

こちらにもお出迎えの準備やらなにやらあるんですよ……

 

 

ホラ。隣で棒立ちしている秘書艦も遠い目をしている。

俺はちゃんと見てたぞ。キミが艦娘寮の準備なり、生活用品の準備なりしてたのを。

……もちろんひとり分の。

俺もいっぱいいっぱいだけど、彼女の方がいっぱいいっぱいなのは、火を見るより明らか。

一段落したらなんか言うこと聞いてあげるから、なんとか今は耐えてくれ……

 

 

「わ、わかった……状況はわかったよ……

それじゃ改めてよろしくな。キミたち。これから一緒に頑張っていこう……」

 

 

 

・・・

 

 

 

このまま呆然としていてもらちが明かないので、ひとまず挨拶もそこそこに、鎮守府に移動することにした鯉住君。

 

しかし元々艦娘1名といくつかの艤装を運ぶつもりで来ていたので、この人数+艤装を一往復で運ぶのは不可能だ。

そこで二往復することにしたのだが、メンバー分けに頭を使うことになった。

 

 

鯉住君が考える条件は以下の通り。

 

 

メンバー

 

鯉住君・叢雲・古鷹・大井・天龍・龍田

 

 

条件

 

一回に乗れる人数は、艤装を積む関係上、運転手の鯉住君除いて3人。

 

運転手は常に鯉住君。免許と自動車保険の関係で艦娘には任せられない。

古鷹はしっかり者っぽいので、お留守番の2人に状況説明できるだろう。

大井は一刻も早く北上に会いたいらしいので、第一陣で連れて行く。

龍田は天龍と一緒がよさそう。

叢雲は鯉住君と離れると、ストレスが限界突破して多分泣いちゃう。

大井・天龍は自由な精神を持っているので、艤装の運搬・管理は任せられない。

 

 

 

「えーと……なんだかややこしいけど、こうすれば解決かな?」

 

 

 

どこかの知能パズルで同じような問題を見た気がするが、現実に同じことに遭遇しようとは。

戸惑いながらも、なんとかうまく問題解決できる方法を見つけた鯉住君。

 

 

 

 

 

その方法は以下の通り。

 

 

 

まず第一陣は

鯉住君・叢雲・古鷹・大井

 

艤装は半分積んでいき、港に残していく艤装は龍田に管理してもらう。

鎮守府に着いたら、暴走するであろう大井の世話と、置いていく艤装の搬入と、お留守番の2人への現状報告を、全部古鷹にぶん投げる。

 

 

港への復路で、鯉住君が叢雲のメンタルケアをする。

 

 

そして第二陣で

鯉住君・叢雲・天龍・龍田を乗せ、残りの艤装を移動。

 

 

これで問題なく事を運べるはずだ。

 

 

古鷹さんの負担が尋常でなく多い気がするが、多分大丈夫だろう。

なんか真面目そうだし、色々任せられそうな安心感を醸し出している。

高校の生徒委員会の書記って感じ。

 

 

考えがひとまとまりしたので、鯉住君は今からの動きを説明することにした。

 

 

・・・

 

 

「これでいいはずだ……」

 

「どうです?提督。どうするか決まりました?」

 

 

にこやかに鯉住君に問いかける古鷹。

それを見て、これから彼女に無茶ぶりしようと思っていた鯉住君は、複雑な心境になる。

 

 

「えーと、すまないね、古鷹さん」

 

「え!? な、なんで何もしてないのに、私、謝られたんですか!?」

 

「まあなんだ……これからわかるよ。

今からの動きを説明します。みんな聞いてください」

 

 

・・・

 

説明中

 

・・・

 

 

「わかったぜ!」

 

「うふふ~ 私達のこと、わかってくださってるようで嬉しいわ~」

 

「決まったんですね?ではすぐに向かいましょう!

待っててください……北上さん!」

 

 

ふう。おおむね好評のようだ。

俺の見立ては間違っていなかったようで何より。

 

しかし今の説明を聞いていたひとりの艦娘が、不満そうな顔で右手を上げる。

 

 

「……提督」

 

「……はい。なんでしょう、古鷹さん」

 

「私だけ扱いが厳しくないですか?」

 

「まぁ、ねえ……」

 

「私もここでは新人なのに、この扱いの差はずるいと思いますっ!!」

 

 

むくれながら抗議してくる古鷹さん。

若干発光している彼女の左目は、チカチカと明滅を繰り返している。

どうやら怒るとそのようになるらしい。艦娘って不思議。

 

申し訳ないけど、彼女にはやってもらうしかない。

だから先に謝っといたんだよなぁ……だってこれしか思い浮かばないんだもん。

 

 

「命令ってことだしやりますけどぉ……

大井さんを抑えながら現状説明なんて、新任の私には荷が重いです……!」

 

 

頭を抱えてはいるが、なんだかんだ引き受けてくれるようだ。

やっぱりこの子はいい子であり、自分たちと同じタイプなのだろう。

詰まるところ苦労人気質だ。

 

 

 

ポンッ

 

 

 

必死でこちらに訴える古鷹の肩に、今まで存在感を消していた(存在感が消えるほど憔悴していた)叢雲の手が添えられる。

 

貧乏くじを引かされた彼女を見る叢雲は、とても穏やかな顔をしていた。

その目はまるで、今から出荷される子牛を送り出す牧場主のような目だ。

ドナドナがどこかから流れてきそうな悲壮感に溢れている。

 

やっぱり叢雲も、古鷹さんは同類だと理解したのだろう。

 

 

「な、なんですか? 叢雲さん」

 

「……大丈夫よ」

 

「何がですか!? なんでそんなに優しい目をしてるんですか!?」

 

「……仲間が増えて嬉しいんだよ」

 

「提督の言ってる仲間って、絶対同僚って意味じゃないでしょ!?」

 

「大丈夫。大丈夫よ……何があっても私達は仲間だから……」

 

「何ですかこの雰囲気!? お通夜みたいじゃないですか!

何があっても、ってどういうことなんですか!?」

 

「まあなんだ……一緒に頑張ろう。悩んだら相談してくれていいから……」

 

「なんですでに私が悩む前提なんですか!?」

 

「何をゴネているの、古鷹さん!

北上さんが待っているんですから、さっさと艤装を乗せて出発するわよ!」

 

「あぁーーーっ! もぅーーーっ!!」

 

 

いつも自分はこんなリアクションしてるんだなぁ、と、

なぜかこの混沌とした光景を見て和んでいる鯉住君と叢雲。

 

しかし流石に古鷹がかわいそうだと思ったのだろう。

これ以上は大井が我慢できなさそうということもあり、さっさと移動することにした。

 

 

 

 

 

ブロロロロ……

 

 

一往復目の車内、大井と古鷹(+叢雲)を乗せて、鎮守府への道を運転する。

落ち着いて話せるチャンスでもあるので、鯉住君は2人へ色々質問することにした。

 

 

「なんだかんだ面食らったけど、キミたちが来てくれて嬉しいよ。

戦力的にも助かるし、大勢で賑やかなほうが生活も楽しいし」

 

「そう言ってもらえると私も嬉しいです。

白蓮大将からは4人で赴任することは伝えてないって言われてたんで、正直不安だったんですよ」

 

 

古鷹が答えてくれた。

ちなみに大井は、窓の外を見ながら心ここにあらずといった様子である。

 

今の彼女に何か聞いても上の空だろう。

そう考えた鯉住君は、古鷹との会話に集中する。

 

 

「なんだ、こちらには伝わってないって、聞いてたのか……

こっちが動揺してるのを見ても普通にしてたのは、そのせいだったんだね」

 

「あはは……

申し訳ないとは思ってたんですが、上司の前で狼狽えるのもどうかと思いまして……」

 

「そうか。気を遣ってくれてたんだな。ありがとう」

 

「いえ。とんでもないです。むしろ白蓮大将が申し訳ありません……」

 

 

バックミラーを見るとばつが悪そうな顔をしている古鷹さんが見えた。

これはあれだな。あっちでも随分苦労してきたとかそういうのだな。

 

なんだか納得がいった鯉住君は、そのことについても聞いてみることにした。

 

 

「古鷹さん、もしかしてだけどキミ、かなり白蓮大将に振り回されてた?」

 

「あ、え!? なんでわかったんですか!?」

 

 

思ったとおりだったようだ。

それを聞いて、助手席の叢雲と目を見合わせる鯉住君。

そういう意味での仲間ができたのは、非常に大きな収穫だと言える。

 

 

「まあ、なんだ。

あっちにいた頃よりもそういう負担は減らせるよう、俺も努力するよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

・・・

 

 

当たり障りのない会話を続けているうちに、鎮守府に到着。

エンジン音を聞き付けたのか、お留守番の夕張と北上が出迎えにきた。

 

 

「提督、叢雲さん、お帰りなさい!」

 

「提督~、新しい子ってだれだったの~?」

 

 

 

ガララッ!

 

ダダダッ!

 

ガッシイィィッ!

 

 

 

「うごふっ!?」

 

「北上さぁぁぁんっ!会いたかったわぁぁぁっ!」

 

 

瞬間移動のようなスピードで、バンから下りて北上に抱き着いた大井。

北上は強烈なタックルを喰らい、変な声を出すことになった。

 

 

「な、何なのさ……って、大井っちじゃん。やっほ~」

 

「会いたかったわ!私、北上さんに会えるのをずっと待ってたのぉ!」

 

「も~、大げさだなぁ、大井っちは」

 

 

マイペースな北上に、感動で涙を流している大井。

あまりの光景に、当事者のふたり以外は、苦笑いを顔に浮かべている。

 

 

「あ、あの~、ししょ、じゃなかった。提督。大丈夫なんでしょうか……」

 

「ま、まあ仲がいい分にはいいんじゃないかな……夕張さんも仲良くしてあげてね……」

 

「そうですね……善処します……」

 

 

いつも元気な夕張さんも、彼女の奇行には面食らっているようである。

さもありなん。

 

 

「今は北上さんの事しか目に入ってないけど、港ではしっかりと受け答えしてくれたし、問題ない……はず。北上さんさえ絡まなければ……」

 

「そ、そうなんですか……それを聞いて少し安心です……

って……あ、あれ? そこにいるのは……もしかして、古鷹?

な、なんで古鷹までいるんですか!?異動はひとりだけじゃなかったんですか!?」

 

 

車から降りてきた古鷹に夕張が気づいたようだ。

 

 

「あ、うん。色々あってね……

本日付で異動してくる艦娘は4人になったんだ……」

 

「よ、よにんっ!?」

 

「そうなんだよ……まぁ、悪い子はいなさそうだし、大丈夫だと思う」

 

 

ビックリして目を丸くする夕張。

そうそう、こういうのが普通のリアクションだよ。

 

 

夕張と鯉住君が話していると、古鷹もこちらに気づいたようで話に入ってきた。

 

 

「あっ! 夕張先輩!よろしくお願いします!」

 

「あ、こっちこそよろしくね、古鷹」

 

 

ああ、いい……こういう普通の挨拶でいいんだよ……

さっきの大井北上コンビのアレはなかったことにしよう。うん。

 

……ん?夕張「先輩」? それに「さん」づけが普通の夕張さんが呼び捨て?

 

 

ふたりのやり取りに違和感を感じた鯉住君は、質問してみた。

 

 

「えと、夕張さん。古鷹さんのこと知ってるの?

建造されたばかりでも、そういうことってあるの?」

 

「あ、えっとですね、私達艦娘は艦の時の記憶があってですね。

姉妹艦の皆さんなんかは、生まれたてでもそういうのがわかるんです」

 

 

鯉住君の脳内に、神風型の皆さんや、初春型の皆さんが思い浮かぶ。

そういえば子日さんは、ひとりだけ大湊出身なのに、普通に姉さんって言われていた。

人間の感覚だとピンとこないけど、そういうものなのか。

やっぱり艦娘って不思議だ。

 

 

「……あれ?でも夕張さんと古鷹さんって別に姉妹艦じゃないでしょ?

艦だった時代に、どういう関係があったの?」

 

「それはですね、私達にとって親とも呼べる設計者が一緒だったんですよ」

 

 

今度は夕張さんの代わりに古鷹さんが説明してくれた。

 

 

「私達の設計者は平賀さんという方で、一言で言えば天才です。

世界的に見ても指折りの艦艇設計士でした」

 

「そうなんです!その平賀さんが設計した艦で、一番最初に有名になったのがこの私!夕張なんです!」

 

「へぇ、そんなにすごい人が設計者だったのか」

 

「それはもう!そして、私を設計した経験をベースにして、新たに設計されたのが、この古鷹ってわけです」

 

「はい。だから私は夕張さんとは姉妹艦ではありませんが、遠からぬ関係にあります。

人と同じ身を持った今の感覚だと、先輩後輩って感じなんですよね」

 

 

生みの親が一緒ならそれこそ姉妹ではないか、と思うが、そういうわけでもないらしい。

姉妹艦、というくくりがある以上、そっちに感覚が引っ張られるものなのかもしれないな。

 

 

「成程ねぇ。そういうことだったのか。

でもよかったじゃないか。2人とも。仲のいい相手が見つかって」

 

「「はい!」」

 

 

いやー、なんかいいな、こういうの。高校時代を思い出す。

親戚の下の子も今は高校生だし、会わせてやればいい友達になれるかもな。

今度ここまで招待してやろうかな?

 

 

「北上さーん!」

 

「大井っち、やーめーてーよー」

 

 

……いや、招くのは止そう。あっちの高校生が教育に悪すぎる。

 

 

「……それじゃ艤装を下ろしたら、俺は残りの2人を迎えに行ってくるよ。

古鷹さんは予定通り、2人に細かい事情説明をしてやってくれ」

 

「はい!お任せください!」

 

「頼んだよ」

 

 

艤装を下ろし、古鷹と夕張に後を任せ、港で待機している2人を迎えに行く鯉住君なのであった。

 

 




現在のラバウル第10基地戦力はこんな感じ。


重巡洋艦   古鷹改(Lv35

重雷装巡洋艦 大井改(Lv32

軽巡洋艦   夕張(Lv10 北上(Lv8 天竜改(Lv26 龍田改(Lv24 

駆逐艦    叢雲(Lv12


異動組は最前線から来たので、やっぱり実力があります。


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第24話

基本的に提督着任までのプロセスは、以下の通りです。

 妖精が見えるかどうか全国民対象試験(年1回実施)
→提督適性ありの対象者に対し、個別適正審査と本人の意思確認
→選抜者は海軍の提督養成学校へと入学(給金支給アリ)
→全カリキュラムを最短2年、最長5年でこなし、全てで良以上の判定をもらう
→各鎮守府に少佐として着任

こんな感じです。
だから鼎大将一派は、イレギュラー中のイレギュラーということになります。

一応提督養成学校入学は任意ではあるのですが、適正高しと判断されると自由意志の尊重は怪しくなるようです。

また、このプロセスを経て着任した提督は、高いエリート意識を持つに至ります。
実際選りすぐりの人材であり、カリキュラムを通してハイスペックな能力を身につけることになるので、これは避けられないことでもあります。
ハッキリ言うと天狗になります。

だから提督の手綱を握り、指示を出すのは、かなり大変です。
各大将は色々な方法で担当エリアの提督をまとめており、派閥も大きなものから小さなものまでたくさんあるようです。


「……」

 

「……」

 

 

ブロロロロ……

 

 

第10基地で古鷹・大井(+艤装)を降ろし、港まで天龍と龍田を迎えに出発した鯉住君と叢雲。

ふたりの間には今、気まずい沈黙が流れている。

 

別に喧嘩をしたとか、仲が悪いとかではない。

鯉住君が黙っているのは、怒涛の展開で心が弱っている叢雲を、どうにかしてメンタルケアできないかと思考を巡らせているからだ。

 

想定外の建造成功に、想定外のドロップ、さらに慣れない新生活に、事務仕事と出撃。そしてダメ押しに、本日の新人大増員。

彼女がここに来てから今までの一週間、とてもではないが気が休まる状況ではなかった。

上司としても、個人的にも、そこまで精一杯頑張ってくれている秘書艦を、放っておくことなどできない。

 

しかし気持ちとは裏腹に、鯉住君自身もダメージを受けている身である以上、気の利いた言葉など浮かんでくるはずもない。

 

話したくても話せないという状態が、この気まずい沈黙を生み出していた。

 

 

「えーと……その、叢雲さん」

 

「……なによ」

 

「なんて言ったらいいのか……」

 

「……ハァ」

 

 

とりあえず声をかけてみたものの、なにも言葉が浮かんでこなかった。

小説の主人公ならここでかっこいいセリフでも出そうなものだが、あいにく鯉住君はそういった類の人間ではない。

技術屋にそういったトークスキルを求めてはいけないのだ。

 

 

「……そんなに私に気を遣わないでいいわよ」

 

「あー……バレてたか」

 

 

どうやら察しのいい秘書艦には、彼の考えていることなど筒抜けだったらしい。

 

 

「どうせアンタの事だから、私のフォローしなきゃとか思ってたんでしょ?

いいわよそんなことしなくて……」

 

「いいってことはないだろう。かなり憔悴してるじゃないか」

 

「余計なお世話よ……大体ね、フォローなんていうのは秘書艦の仕事なのよ。

それなのに私が提督であるアンタにフォローされるなんて、本末転倒なのよ」

 

「……そうか」

 

 

どうやら叢雲は、秘書艦という立場を重く捉えすぎているようだ。

根が真面目なので仕方ないことではあるが、これではいつ潰れてしまうかわからない。

 

鯉住君からすれば、秘書艦という立場でも、他の艦娘と同じ大事な部下。

彼女ひとりに負担を集中する気はないし、明らかに弱っているのを見過ごす気もない。

 

そこで鯉住君は少し考え、ひとつの提案をすることにした。

 

 

「……わかった。それじゃこうしよう」

 

「またロクでもないこと思いついたの?」

 

 

訝し気に鯉住君を見上げる叢雲。

 

 

「……キミを秘書艦から外そうと思う」

 

「……ハァ!?」

 

 

予想外の一言に、つい大声が出てしまった叢雲。

頭の謎ユニットが赤く点滅している。どうやら怒っているようだ。

 

 

「なんでなのよ!私には秘書艦なんてできないって言いたいの!?

私の仕事のどこに不満があったっていうのよ!?そんなに私じゃ不安だっていうの!?」

 

 

ブンブン!

 

 

「ちょ、やめ、運転中!運転中だから!」

 

 

取り乱した叢雲は、運転中だということも忘れ、鯉住君の肩を全力で揺する。

鯉住君は必死でハンドルを制御しているが、心なしか車はフラフラ走っている。

早く彼女を鎮めないと、エラいことになってしまうだろう。

 

 

「違うって!キミが思っているような理由じゃないから!」

 

「何が違うってのよ!この艤装メンテ馬鹿!」

 

「その言い方ひどくない!?

……それはそうと、キミの能力が不満なんじゃないって。

俺は叢雲さんが初期艦で良かったと思ってるし」

 

「気休め言わないでよ!だったら私を外すなんて言うわけないでしょ!?」

 

「そういうことじゃないんだってば。

これからは秘書艦を交代制度にしようと思ったんだよ」

 

「……交代制度ぉ?」

 

 

交代制度の一言で、叢雲はなんとか落ち着きを取り戻してくれた。

しかし彼女の表情はまだ不満を訴えており、細かく説明しなさいよ、とメッセージを発している。

 

 

「毎日キミに任せっぱなしじゃ、いざという時に困るだろう?

叢雲さんには出撃でも遠征でも活躍してもらうつもりなんだから、そういう日に秘書艦がいないと仕事が回らないかもしれない」

 

「そのくらいアンタが頑張ればいいじゃない。甘えてんじゃないわよ」

 

「……確かに俺がカバーできるならそれが一番いいさ。

でもここ一週間、一緒に過ごして分かっただろう?俺は書類仕事が得意じゃない」

 

「確かにそうね。アンタの作った書類はちょっとお粗末すぎて、そのまま上には上げられないわ」

 

「ぐぬぬ……ハッキリ言いすぎじゃないですかねぇ……

……ともかく、そういうことだ。それにもし俺の出張が秘書艦不在に重なっていたら、物理的に仕事が回らなくなる」

 

「まぁ、それはそうね」

 

「わかってくれた?

だから秘書艦を数名でローテーションさせることで、不測の事態に対応しつつ、個人の負担も減らせるような体制にしようと思ったんだよ。

現に大規模な鎮守府では秘書艦が複数なんて当然なんだし」

 

「まぁ、筋は通ってるわね」

 

「ふう……納得してもらえたようでよかったよ」

 

 

実は鯉住君は秘書艦交代制度については、遠くない未来に導入するつもりだった。

具体的には鎮守府が本格稼働する予定だった1か月を過ぎたあたりからだ。

 

しかし今回、謎の大増員が行われた結果、一気に環境が変わってしまった。

そこでこの話を出すことにしたのだ。

 

叢雲の負担は減り、鯉住君は好き勝手楽しめる時間も増える。

一挙両得な作戦である。

 

 

 

……ただ問題は……

 

 

 

 

 

「でも断るわ」

 

「えぇ……」

 

 

この秘書艦、結構頑固なのである。変なところで子供っぽいのだ。

 

 

「今ちゃんと理由も話したじゃない……

何が気にかかるのさ?俺のこと困らせたいとか?」

 

「別に私は、話がまとまりそうで安心してる奴にNOと言ってやるのが好き、なんていう変人じゃないわよ」

 

「それじゃなんで反対するのさ」

 

 

 

「別に今のままでいいと思ってるからよ。

アンタが言ったようなケースは、事前に予定が分かってれば簡単に回避できるし、秘書艦交代制度を採用してる鎮守府なんて、本当に一部だけだし」

 

「まあねえ……」

 

「それ以上にデメリットもあるわ。

秘書艦が複数人いると、業務引継ぎをその都度しないといけなくなるじゃない。

それってかなり大変な仕事なのよ?」

 

「それはまぁ、そういうこともあるねぇ……」

 

「結局書類仕事なんて、そこまで大変じゃないんだから、今まで通り私がやればいいのよ」

 

「いやいや、出撃とか遠征とかあるでしょ」

 

「それが終わってから秘書艦の仕事すればいいだけじゃない。

他の鎮守府では大体がそうしてるわ。私だけそれができないなんて、そんなのあり得ない」

 

 

どうやら叢雲は、他の子にできて自分にはできない、というのがお気に召さないようだ。

 

実際は他の鎮守府では、提督が概ねの事務仕事を担うため、秘書艦の負担は叢雲が考えるほど重くない。

だから実を言うと、事務仕事が不得意な鯉住君にも、結構な非があったりする。

 

 

 

しかし今回の鯉住君の提案のポイントは、そこではない。

叢雲の言うような肉体面での疲労の話ではなく、精神面での疲労の話なのだ。

 

提督も秘書艦も、どちらも管理職である。

物理的な負担も精神的な負担も軽くない立場だ。

体と心の問題を取り違えてしまうと、取り返しのつかないことになるのは、普通の企業と同じ。

 

叢雲はこの部分に気づいておらず、それが鯉住君が彼女に対して感じる不安感の正体だったりする。

鯉住君はそのことにハッキリ気付いているわけではないが、このまま叢雲に今までのような仕事をさせてはならない、と感じるほどには危機感を抱いている。

 

 

・・・

 

 

……叢雲は今、彼女が考える『秘書艦がひとりでも良い理由』を答えてくれた。

それならば鯉住君が聞くべきは『秘書艦がひとりでないといけない理由』だろう。

 

 

「……どうしても秘書艦をひとりで続けるつもりかい?」

 

「そうよ」

 

「何でそんなにこだわるのさ?

別にキミが秘書艦じゃなくても、キミの能力が足りないなんて、誰も思わないよ」

 

「……そんなことないわよ。

私は生まれたてで練度が低いし、駆逐艦だから戦うチカラも弱いわ。

その上秘書艦までひとりでできないなんて、情けなさすぎるじゃない……」

 

「……そういうことか」

 

 

叢雲の頑固さの裏にある本音がようやく見えた。

駆逐艦としての戦闘力の低さ、周りとの経験の差に対する焦り、真面目ゆえの責任感の強さ。

……どうやら彼女は、自分の存在価値の多くが『秘書艦がうまくできること』だと思っているらしい。

だからその立場を何とか守ろうとし、意固地になってしまっている。

まずはその部分をしっかり解決してやらねば。

 

 

 

 

 

「まずはっきりしておくとね。

キミがどういう立場になっても、俺はキミの意見を尊重します」

 

「……何なのよ藪から棒に」

 

「大切な初期艦だからね。当然と言えば当然だけど。

もしキミが何らかの事情で、戦えなくなったり、仕事ができなくなったりしても、絶対に見捨てないからさ」

 

「……話が見えないんだけど。

私がそんな腑抜けになるかもって思ってるの?アンタ。それは許せないんだけど」

 

「あーと、なんて言うかな……そうじゃなくてね。

少なくとも俺はキミのことを大切に思ってて、それはキミが役に立つからとか、そういうのじゃないってこと」

 

「……なに真顔で恥ずかしいこと言ってんのよ」

 

「恥ずかしいとかいう理由で大事なことを伝えないのは、よくないことでしょ。

それよりもね、叢雲さん。キミが思ってるほど、周りのみんなは薄情じゃないよ。

夕張さんも北上さんも、キミのことは能力とは関係なく信頼してるさ。もちろん俺もね。俺達はみんなでひとつのチームなんだから」

 

「……そう」

 

「だからキミはもっとやりたいようにやっていいし、思ったことがあったら言ってくれていい。

俺が目指す鎮守府は、そういう場所だよ」

 

「ふん……半人前のくせに偉そうにして……」

 

「まあねぇ。実際そうだから強くは言えないけどさ……

やりたいことを自重するつもりはないし、キミたちのやりたいことも極力やらせたい。

偉そうかもしれないけど、そういう場所じゃないと、働いててもつまらないでしょ?」

 

「……呆れたわね。やっぱりアンタ、私がいないとダメみたいね。

いいわ、今回は私が折れてあげる。秘書艦交代制度も認めてあげるわ」

 

「……そうか。苦労かけるねぇ」

 

 

ちらっと横目で叢雲を見ると、口角が薄っすらだが上がっていた。

どうやらある程度は気を楽にしてくれたようだ。

 

とりあえず今はこれでいいとしよう。というかこれが限界。これ以上は頭が回らない。

つくづく上司って大変だと感じる鯉住君。

 

安堵のため息をつきながら、最後にひとつ叢雲に提案する。

付き合ってくれたご褒美も兼ねた提案だ。

 

 

「あ、そうだ。叢雲さん。

日頃からうまいことフォローしてくれてるお礼に、何か希望を聞いてあげようかと思うんだけど、何か欲しいものとかってある?」

 

「ふぅん……それってなんでもいいのよね?」

 

「まあ、その、できる範囲なら」

 

「それじゃ私達を『さん』付けで呼ぶの、やめてちょうだい」

 

「……んん?」

 

 

てっきり新しい艤装が欲しいだとか、ちょっとお高めの生活用品が欲しいとか、そんな類のお願いをされると思っていた鯉住君。

予想外の提案に戸惑い、眉をしかめる。

 

 

「あんたのその呼び方、丁寧にしようかと思ってるのかもしれないけど、気色悪いのよ。

私達はチームなんでしょ?だったらもっと距離感縮めなさいよ」

 

「う……そんなふうに思われてたのか……」

 

「そうよ。夕張や北上も落ち着かないって言ってたわ」

 

「マジか……マジかぁ……」

 

 

良かれと思ってやっていたことが裏目だったときほど、ショックを感じることはない。

鯉住君の心は轟沈寸前である。

 

 

「わかった……これからはみんなの呼び方を改めよう……

それでいいかな?叢雲さん……いや、叢雲」

 

「ん。それでいいわ」

 

 

叢雲は鯉住君が苦い顔をしているのを見て、ニヤニヤ笑っている。

大分いつもの調子に戻ったようだ。

鯉住君は、心の傷と引き換えに部下の笑顔を取り戻すことに成功した。

 

 

「しかしそれじゃご褒美にならないだろう……俺の勘違いを直してくれたわけだし。

それとは別に何かひとつ言うこと聞いてあげるよ」

 

「……今はいいわ。貸しにしとく。

アンタが大物になった時に、たんまり返してもらうわ」

 

「なかなか恐ろしいことを言うね……それじゃ俺も頑張らないとなぁ」

 

「せいぜい精進なさい。私も手伝ってあげるわ」

 

「すまないねぇ」

 

 

出発した時とはうってかわって、車内には穏やかな空気が流れている。

雨降って地固まる。少しだけ仲良くなったふたりなのであった。

 

 

 




夕張も北上も上司から『さん』付けされるのに違和感があったようです。
一般人ならそういうこともないでしょうが、そう感じるのは軍属特有の感覚ですかね。


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第25話

1-1や1-2など、各鎮守府で担当海域が割り当てられているのは以前書いた通
りですが、その割り当ては海域担当の大将が行っています。

激戦区域であり、中堅提督への登竜門とされる海域である2-4で例えると、

呉やラバウルでは、どこの鎮守府も戦力が整っているため、割り当てエリアが被ることはありません。
それぞれが激戦区とされる海域を個々で割り当てられ、解放・維持します。

反対に比較的深海棲艦の脅威が薄い舞鶴などでは、割り当てエリアを被せています。
舞鶴の全鎮守府総出で、同じ海域を解放・維持するイメージですね。

わかりずらい説明でしたらすいません。


ブロロロロ……

 

 

鯉住君と叢雲を乗せたバンは、港にて天龍と龍田(+艤装)を回収し、第10基地へと向かっている。

 

 

「ふたりとも、待たせちゃって悪かったね」

 

「へへっ、気にすんなよ!」

 

「そうよ~ 私も天龍ちゃんも、お買い物して楽しんでたからぁ~」

 

「え……? 艤装の見張りはしてくれてたんだよね?」

 

「その辺は抜かりないわよぉ。私がしっかり見ていたもの」

 

 

天龍と一緒に買い物しながら、どうやって見張りをしていたのだろうか……

どうにも納得がいかない鯉住君だったが、龍田から漂うふんわりとした威圧感を前にして、その疑問を口に出すことはできなかった。

 

 

「んん~? どうしたのかしら提督? 何か私に聞きたいことでも?」

 

「な、なんでもない。見張りご苦労だったな、龍田」

 

「どういたしまして~」

 

 

なんだか心が読まれているような気がするが、気のせいだろう。

ちょっとまだ彼女のことはよくわからない。

見張りの件も、抜かりなさそうな本人が抜かりないと言っているのだし、大丈夫に違いない。

それに悪い人ではなさそうだし、警戒するつもりもない。

 

 

「へっへー!そんなことより見てくれよ提督!これ土産物屋で売ってたんだぜ!すげえだろ!」

 

「ん?何を買ったんだ天龍……って、うおっ!?」

 

 

天龍が買ったお土産を見ようと、チラッとだけ後ろに目をやろうとした鯉住君。

その顔のすぐ真横には木刀の先っちょが突き出ていた。

予想外の出来事にビクッとしてしまう。

 

 

「カッコいいだろこれ!俺が普段持ってる刀もいいけどよ、こういうのもいいよな!」

 

「ちょっと天龍!アンタ提督に何してんのよ!」

 

 

助手席の叢雲が庇ってくれた。嬉しい。

 

 

「ん?何って、見てわかんねぇのかよ?お土産みせてんじゃねぇか」

 

 

バックミラーで天龍の表情を覗くと、なにを言ってるのかわからない、といった困惑の色が見える。

 

つまり彼女は本気でお土産を見せびらかそうとしただけであり、

どう見てもケンカを吹っかけているようにしか見えないことには、気づいていないのだろう。

 

 

「あぁ……そういう子かぁ……」

 

「どうだ提督!カッコいいだろ!?」

 

「そうだねぇ。かっこいいねぇ」

 

「へへっ!これでより俺の怖さに磨きがかかったな……!」

 

「ちょっといいの、アンタ!?

こういうところしっかり締めないと、新人に舐められるわよ!?」

 

「彼女に関しては多分大丈夫だよ。

それよりも気を遣ってくれて嬉しい。ありがとう、叢雲」

 

「な……! ひ、秘書艦として当然のことをしただけよ!」

 

 

顔を赤くしてそっぽを向く叢雲。

それを見て「そういえば秘書艦候補をどうやって選ぼうかなぁ」なんて全然別の事を考えている鯉住君。

 

その様子を見ていた龍田が口を開く。

 

 

「うふふ~ 叢雲ちゃんが馴染めてるみたいで嬉しいわ~」

 

「そうだな!叢雲は生意気な性格だから、新任地でうまくやれるか、結構心配してたんだぜ?」

 

「う、うるさいわね!心配される筋合いなんてないわよ!」

 

 

友達のような距離感で会話を進める3人。

初めて出会った時に知り合いだと言っていたことを、鯉住君は思い出す。

気になったので3人の関係性を聞いてみることにした。

 

 

「そういえば3人とも。

前から知り合いだったようだけど、どういう関係なんだい?」

 

「おう!よく聞いてくれたな、提督。コイツは俺たちの教え子なんだよ!

建造されたときからここに配属が決まるまで、俺たち姉妹で色々教えてやったんだぜ?へへん!」

 

「へぇ……そうだったのか」

 

「天龍ちゃんすごく張り切ってたものね~ ……ププッ」

 

「まぁなんていうか……

龍田にはすごくお世話になったわ。龍田にはね……」

 

「あー……そういう……」

 

 

達観したような表情の叢雲、鼻息荒くドヤ顔をしている天龍、口元を抑えて必死で笑いを堪える龍田。

3人を見回した鯉住君は、叢雲がどれだけ天龍に振り回されてきたのか、察せざるをえなかった。

 

 

「まあなんだ……ご苦労様だったね。叢雲」

 

「いいのよ……過ぎたことよ……」

 

「こっちでも色々教えてやってもいいんだぜ?

この世界水準越えの天龍さまにかかれば、それくらい朝飯前よ!」

 

「遠慮するわ」

 

「残念ね~ 天龍ちゃん。私達は別のところで頑張りましょ~? ……ププッ」

 

「まぁ、うん、そうだな……天龍には期待してるよ」

 

「おう!任せてくれよな!」

 

 

 

 

 

…それからの鎮守府行きの道中では、天龍が武勇伝を話しまくった。

 

大規模作戦に参加した話とか、海域開放を手伝った話とか、活躍中の駆逐艦たちを育てた話とか。

 

鯉住君としては、新入りがどんな人柄か知っておけるので、このような自分語りは大歓迎だ。よその鎮守府の話も聞けるので、一石二鳥である。

 

 

しかし叢雲と龍田の様子を見ると、どうもふたりには退屈な話らしい。

叢雲はぼんやり窓の外を眺めているし、龍田は窓に寄りかかってウトウト船をこいでいる。

察するに、ふたりは何度もこの話を聞いているのだろう。

 

おかげで車内には、天龍の大声と、鯉住君の合いの手だけが満ちることになった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

鎮守府に到着すると、先発組と留守番組の出迎えを受けることになった。

夕張はどうやら無事に鎮守府案内してくれたようだし、古鷹も今回の騒動について、うまく説明をしてくれたようだ。頼りになる部下を持てて嬉しい。

 

ちなみに古鷹と大井に鎮守府を見せて回った夕張からは、

苦笑いしながら「私と同じ反応をしていました」という報告をされた。

……まぁ、そうなるな。

 

 

 

夕張には引き続き天龍・龍田の案内を頼み、叢雲には部屋割りとアメニティの準備を頼んだ。艤装の積み下ろしと搬入は、北上大井コンビにお願いした。

 

また、正式な異動完了兼顔合わせのため、全員2時間後に執務室集合とすることにした。

それくらいあればみんな割り当てられた仕事を終えられるだろう。

 

ちなみに残った古鷹は、慰労の意味を込めて自由時間とした。特にやることもなかった、という理由もあるのだが。

それを告げた際に「何でまた私だけ特別待遇なんですかぁ……」と悲しい顔で言われた。

今回はひとりだけ楽できるからいいじゃないか、と思ったのだが、そういうことではないらしい。

どうやら、みんなと同じ、というのが、彼女が安心するポイントである模様。

なんだかそんなところも女子高生っぽい。ほっこりする。

 

 

・・・

 

 

そして当の鯉住君は、妖精さんの要望で工廠にやってきた。

港で仲間になった英国妖精さんが、工廠に行きたいらしい。

 

 

「なあ、キミもコイツらみたいに艤装メンテが得意なのか?」

 

 

目の前をふよふよ飛んでいる英国妖精さんに質問する鯉住君。

彼の両肩と頭には、いつもの妖精さんトリオが陣取っている。

 

質問を受けた英国妖精さんは、かわいい仕草で答えてくれた。

腕をこちらに突き出し、人差し指を立ててチッチッとやっている。

 

 

(おーう。わたしはめんてはできないでーす)

 

「それじゃどうして工廠に行きたいのかな?」

 

(それはついてからのおたのしみねー!)

 

「そうか……まあ時間もあるし、付き合うよ」

 

 

ウッキウキで鯉住君の前を往く英国妖精さん。

はじめてこの基地(民家)に来るというのに、何故工廠がどこにあるかわかるのだろうか?

疑問を感じるも、いつもの事と言えばいつもの事なので、さしたるツッコミも入れず着いていく鯉住君。

邂逅時と比べると、随分と彼女たちの謎行動にも順応したものである。

 

 

 

・・・

 

 

 

「さあ着いた、と」

 

(なかなかいいふんいきでーす!いいしごとができそうねー!)

 

「それはどうも。それでキミは一体どんなことができるんだ?」

 

(へーい、てーとくー、おとめをせかしちゃだめよー)

 

「……それはすまなかったね」

 

 

マイペースな英国妖精さんに振り回されていると、後ろから声をかけられた。

 

 

「あ、提督じゃん。やっほ~」

 

「ああ、北上と大井か。問題なく艤装搬入はできたかな?困ったことはない?」

 

「はい。問題ありません」

 

「それはよかった」

 

 

随分気を許してくれている北上とは対照的に、大井は随分事務的な態度だ。

 

とはいえ、まだ出会って初日なので、大井の距離感は至極当然である。

しかし北上のやたらと砕けた態度と比べてしまうと、どうにも目立ってしまう。

 

 

「それで提督は何しにここまで来たのさ?また趣味の艤装いじり?」

 

「あ―……それもしたいけど、今回は別件で来たんだ」

 

「え~? なんなのさ、別件って」

 

「今日港で新しい妖精さんが見つかってね……

なんか彼女が工廠で何かしたいっていうんだよ。だから連れてきたっていうわけ」

 

「え? なに、提督また装備品増やしたの?」

 

「装備品て」

 

「だってほら、今だって両肩と頭に装備してるじゃんか」

 

「まぁねえ……言い返せないな……」

 

 

お供妖精さんたちが北上に手を振り、北上も笑顔で手を振り返している。

言葉は通じなくとも、意思疎通はできる。

彼女たちを見ていると、艦娘と妖精さんの確かな絆を感じるというものだ。

 

 

……ふと目を横に逸らすと、大井が複雑そうな顔をしてこちらを見ていることに気づいた。

 

 

「ん? 大井も妖精さんに興味があるのか?」

 

「……いえ。大丈夫です」

 

「そ、そうか。それじゃ邪魔したな」

 

「ばいば~い。提督~」

 

 

大井から発せられる謎のプレッシャーにより、ふたりと別れ、本来の目的を果たすことにした鯉住君。

ああいう空気の女性には近づかない方がいい。なんかこう、理不尽な理由で理不尽な目に合うことになりかねない。

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 

目を離した少しの間に、英国妖精さんの姿が見えなくなっていた。

自分から連れてきておいて、いつの間にかいなくなるとは、本当に自由な存在だ。

このまま放っておいてもいいが、よからぬ悪さをされても堪らない。

たいして広くもない工廠を探し回ることにした鯉住君。

 

 

「……そんなに広くないから、すぐに見つかると思うんだけど」

 

 

工廠と言っても、その実態はちっさな町工場のようなものだ。

2,3分も探せば見つかるだろう。

 

 

「お、いたい……た……」

 

 

予想通り英国妖精さんを数分で見つけた鯉住君。

しかしふよふよと浮かぶ彼女の目の前には、予想外の物体が鎮座していた。

高さ3m、幅5mはあろうかという謎の巨大設備である。

 

もちろん昨日までこんなものはなかった。目の前のスペースはただの物置として使っていたはずだ。

空中で仁王立ちしている英国妖精さんが、何かをやらかしたことは明白である。

 

 

(へーい!ていとくー!どうですか、この『ふぁーねす』!)

 

「え……? ふぁーねす……? なにこれ……何なのコレ……」

 

(いっつふぁーねす! にほんごでようこうろねー!)

 

「ようこうろ……溶鉱炉……!?

え、何でそんな……! 数分目を離した隙に何やってんのキミ!」

 

(わたしからめをはなしちゃ、のーなんだからねー!)

 

「なんかやらかす的な意味では確かにその通りだったよ!

なんでこんなけったいなもの造ろうと思ったの!?」

 

(てーとくがほしがってるのがわかったから、ふるぱわーでよういしたよー!

さぷらーいずはたーいせつねー!!)

 

「確かにあったら便利だとは思ってたけどもぉ!」

 

 

 

・・・

 

 

 

鯉住君は艤装メンテにかけては右に出る者がいないほどのレベルだが、それでも限界はある。

 

例えば大破した艤装の砲塔や、精密部品など、モノ自体が壊れてしまっているのであれば、それは新品と差し替えるしかない。

あくまで艤装メンテ技師の仕事は、『丁寧な部品組み立て』であり、『艤装の部品を製造する』事ではないのだ。

 

だから各鎮守府には、基本的には今ある艤装の予備部品が支給されることになる。

大本営が鎮守府からの備品報告を受け、必要な部品を手配してくれるのだ。

 

 

 

 

 

……そんな配給制度が採用されているのだが、なかなか大きな問題を抱えている。

 

開発と建造は、妖精さんの謎技術でいっぱいの建造炉で行うことができる。

しかし艤装の部品となると、建造炉から出すのは不可能だ。

 

ではどうやって艤装の部品を調達しているか。その方法は現在2つある。

 

 

1つは各海域に一か所ある製鉄所で部品を作る方法。

そしてもう1つは艤装を使い捨てにする方法だ。

 

 

前者の問題は、ひとつひとつの部品を人の手で作るため、生産が追い付かないことである。

そのせいで、艤装の所持申告をしてから代替パーツが届くまでに、少なくとも一週間はかかる。

つまるところ需要に対する供給が追い付かないのだ。

これは頻繁に出撃が行われる大規模作戦の際に、毎度毎度大きな問題として取りざたされる。

 

そして後者の問題は言わずもがな、貴重な艤装ではその方法は採れないということだ。

そもそもの話、建造炉からでてくる艤装の種類にも偏りがある。

例えば夕張が開発成功した15.2㎝連装砲はかなり珍しい方で、叢雲が開発成功した四連装魚雷はそこそこ出てくる、といった具合である。

だから珍しい艤装(そういう艤装こそ強力なものが多い)が大破してしまうと、代わりを用意して廃棄、などという、もったいないことはできない。

 

 

これらの問題から、製鉄所で製造する部品はレア度の高い艤装のものから、という優先順位が付けられており、レア度が低くなるにつれて使い捨てが採用されることが多くなる。

 

 

 

 

 

鯉住君が「製鉄所が欲しいなー、あればいいのになー」なんて思っていた理由は上記の理由のためだ。

 

第10基地のような零細鎮守府では、レア度の低い艤装ですら貴重品。

しかしそのレア度の低さ故に、替えのパーツはほとんど製造されない。

 

つまり第10基地で艤装を大破させた場合、高確率でその艤装は修復不可能な状態になり、しかも替えの艤装は他所からもらってこなければいけない羽目になる。

 

それでは到底まともな鎮守府運営ができているとは言えない。

当然白蓮大将の率いる第1基地は、その辺の事情は把握しているため、大量の艤装を送ってくれた。しかしそれでは根本的な解決にはならない。

 

その状況を脱却するためには、ひたすらに建造炉を回して艤装を大量生産するしかないのだが、闇鍋建造炉をそんなに回しまくって資材が底を突くのも本末転倒だ。

 

 

 

結局のところ、鯉住君の思考がどうなっていたかというと、

 

「ウチに製鉄所があれば部品造り放題なのになー」という机上の空論であり、

それは当然製鉄所の規模を考えると不可能なことであり、

それはもちろん鯉住君自身もわかっていることであり、

完全に第1基地におんぶにだっこな現実から逃避するだけの妄想なのであった。

 

 

……しかしあろうことか、その鯉住君の妄想を、英国妖精さんは全力で拾ってしまったらしい。

 

 

 

・・・

 

 

 

「確かに俺は製鉄所あったらいいなー、なんて思ってたよ!?だけどふつう無理じゃない!?

宝くじ買った時の、一等当たるといいなー、くらいの気持ちだったんだよ!?」

 

(ふっふーん。えいこくがほこるさいせんたんのぎじゅつと、

ようせいのぎじゅつを、このなかにぜんぶつめこんだねー!!)

 

「なにそれ!?

英国面と妖精さんの謎技術のコラボなんて、嫌な予感しかしないんだけど!」

 

(これはこれは……)

 

(なかなかのしあがり)

 

(いいしごとしてますね~)

 

「何落ち着いてんだオマエら!なんでも鑑定するような発言してんじゃないよ!」

 

(これひとつでねじのいっぽんから、せんかんのぶひんまで、なんでもつくれるでーす!)

 

「マジで!?どうなってんのそれ!?いくらなんでもおかしいでしょ!?」

 

 

どうやら目の前のこの機械は、溶鉱炉という名の、ウルトラコンパクト製鉄所のようだ。

ともすれば大型トラックの荷台に乗りそうなほどコンパクトな大きさなのに、その機能は何千平米にもなる製鉄所と同じなのだという。

その圧倒的な現実の前には、鯉住君のツッコミはむなしく響くだけであった。

 

 

「ね~提督~。さっきから大声出してどうした……の……さ……」

 

「待ってください北上さん!私を置いていかな……い……で……」

 

 

鯉住君のバカでかい独り言を聞き付けてやってきた、北上大井コンビ。

彼女たちも目の前の謎設備を見て、あんぐりと口を開け、ポカーンとしている。

 

 

「え?なにこれ? アタシたちが艤装搬入した時はこんなのなかったよね?」

 

「あぁ、北上と大井か……」

 

「ど、どういうことですか、提督……?

何か手品でも使ったんですか……?」

 

「そうかぁ……やっぱり艦娘の目からしても、いきなりこんなのが出てくるのは、おかしいよねぇ……」

 

「うん。意味わかんない。

それで提督、ホントにこれなんなのさ?どっから生えてきたの?」

 

「英国妖精さんが数分でやってくれました……これは製鉄所のようです……」

 

「製鉄所?この大きさで……? なにおかしなこと言ってるんですか……?

酸素魚雷20発、打ち込まれたいんですか……?」

 

 

大井は目の前の現実が飲み込めていないようで、ポカンとした表情のまま、とんでもないことを口にしている。

 

 

「いやいやいや、混乱するのはわかるけど、落ち着いてくれ、大井……

妖精さんって本気出すとこんな感じなんだよ……

こっちが全く考えていないことの斜め上を、平気でやっちゃうんだよ……」

 

「あちゃ~ そりゃ大変だね。叢雲っちがまた寝込んじゃうんじゃない?」

 

「ああ……そうだった、忘れてた……

こんなことになったって知らせたら、ホントに倒れかねないぞ……」

 

「あの子真面目だからね~」

 

「仕方ない……この事は叢雲には知らせないでおこう。

そうすると、彼女の目に触れる報告書類の提出ができないけど、その辺は白蓮大将に事情を話せば問題ないか……

……ふたりとも、この設備の事は口外無用で頼む」

 

「いいけどさ~ 夕張っちはどうすんの?

あの子暇があれば工廠に入り浸ってるじゃん?」

 

「うーん、夕張には話してもいいか……

俺から話すようにはするけど、もし先に顔を合わせたら、口外無用だと伝えておいて欲しい」

 

「おっけーだよ」

 

「なんなのよ、この鎮守府……

こんなことなら、私が異動するんじゃなくて、北上さんを引っ張ってくればよかったわ……」

 

「なんていうか、その、すまない……大井……」

 

 

 

新しい妖精さんのハッスルにより、

またもやイレギュラーを引き寄せてしまった鯉住君なのであった。

 

 

 




どこかの艦娘に似た英国妖精さんは、メンテナンスでなく鋳造の方が得意だったようです。
彼女はリーダーシップもあるため、この鎮守府にいる他の妖精さんたちをまとめあげ、必要な部品を大量生産していくことでしょう。


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第26話

遠征について

遠征は大きく分けて3種類あります

1.海域哨戒
2.資材獲得
3.海上護衛

そしてその成功難易度は、

1<<2<<<<3 といった塩梅です。

1の哨戒は解放済み海域で行われます。
強力な深海棲艦はおらず短時間で済むため、戦闘能力が低く数が多い駆逐艦が主に任務にあたります。

2の資材回収は基本的には解放済み海域、ごくまれに未開放海域で行います。
戦闘の負担が少ないのは近隣哨戒と同じですが、資材を回収した状態の復路で戦闘が起こった場合、普段のチカラを出すことができないのが問題です。
そのため戦闘能力がある程度ある軽巡洋艦か、そもそも敵に狙われづらく退避も容易な潜水艦が、この任務にあたることが多いです。

3の海上護衛は、解放済み海域での活動となります。
しかしヒト、モノの輸送をする関係上、必ず輸送船を守ることになり、なおかつ深海棲艦は優先的に輸送船を狙ってくるので、任務達成にはかなりの戦闘力と練度が必要となります。
この任務にあたる艦種は、重巡洋艦、軽空母などがメインであり、海域開放で活躍できるレベルの艦娘が担当することが多いです。


もちろん海上護衛に駆逐艦が出撃するなどの例外も多数ありますし、これ以外の種類の遠征任務もありますが、基本的にはこういった編成で遠征を毎日回すことになります。




プルルルル……

 

 

ガチャッ

 

 

『はい。こちらラバウル第1基地です』

 

「もしもし。第10基地の鯉住です」

 

『あ……鯉住少佐……この度は本当にうちの大将が申し訳ありません……

まさか異動人数の変更を伝えていなかったなんて……』

 

「いえ……高雄さんは何も悪くないですよ」

 

『そんなことはありません……私は大将を止められなかったんですから……』

 

「秘書艦のアナタがそう思ってくださるだけで、救われますよ……

ところで今、白蓮大将はお手すきですか?」

 

『ああ、大丈夫ですよ。ちなみにご用件は……?』

 

「今の話に出た異動の件と、別件がひとつです」

 

『……本当に申し訳ありません……バカめと言っておきますので……』

 

「あまり気にされないで下さい」

 

『お心遣い痛み入ります……それでは呼んできますので、少々お待ちください』

 

「はい」

 

 

 

~~~♪

 

 

プツッ

 

 

 

『おう!俺だ!代わったぞ!』

 

「お久しぶりです。鯉住です」

 

『なんだなんだ、声が怖えぞ?

……あ!「こえ」が「こえ」え……上手いこと言っちまったな!!』

 

 

イラッとせざるを得ない鯉住君。

 

 

「大将……たった今高雄さんに怒られてきたんですよね……?」

 

『ああ?怒られた?あれくらいならいつもだぜ?

あんなん気にしてたら胃潰瘍になっちまうっつーの』

 

「あぁ……高雄さんも大変なんだなぁ……」

 

『それで何の話だ?異動人数を増やしたことへの感謝かなんかか?』

 

 

イラッとせざるを得ない鯉住君。

 

 

「確かに戦力は増えましたし、4人ともいい子でしたし、メンバーに不満はありません」

 

『そりゃよかったじゃねえか』

 

「しかしですね、それで感謝されると思ったら大間違いですからね?

ちゃんとこちらには増員決定の連絡を入れていただきませんと……

叢雲が頑張って受け入れ準備してくれたのに、パーになったんですよ……?」

 

『なんだよ、細かいこと言うじゃねぇか。

どの道お前んとこの鎮守府にも、10人以上はメンバー揃えなきゃなんねぇんだ。

だったらさっさと受け入れたほうが後々楽だろ?』

 

「おっしゃることはその通りですが、その連絡がないのはおかしいと思うんですよねぇ……

ちゃんと報連相を徹底していただきたいです」

 

『あぁ?ホウレンソウ?確かにありゃ体にいいよなぁ。俺も好きだぜ?』

 

 

イラッとせざるを得ない鯉住君。

 

 

「……わかりました。大将がそういう態度なら、こちらにも考えがあります」

 

『……? なんだお前、どういうことだ?』

 

「もうひとつの連絡をいたします。本日付で妖精さんが新たにウチに着任しました」

 

『ほう。流石だな、フェアリー鯉住』

 

「……この際その呼び方へのツッコミはしません。

……それでですね、その妖精さんが、製鉄所を作製致しました」

 

 

 

『……は?製鉄所?』

 

「そう、製鉄所です」

 

 

電話口からでも、白蓮大将の頭の上にクエスチョンが浮かんでいるのが分かる。

 

 

『製鉄所っておめぇ……あの製鉄所か? サッカーのグラウンドくらいの規模の』

 

「はい。その製鉄所です」

 

『いやいや、何言ってんだよ。お前んとこの鎮守府に、そんな敷地なかっただろ?

冗談にしてももっとうまいこと言えよな』

 

「冗談ではありません。ウチの製鉄所は大型トラックの荷台くらいの大きさです」

 

『は? いや……は?』

 

「それを妖精さんが数分でこしらえてくれました。

今うちの鎮守府で製造できない艤装パーツはありません」

 

『……ちょっと、ちょっと待て。高雄を呼んでくる。俺たちふたりに詳しく話せ』

 

「わかりました。待っています」

 

 

ゴトッ

 

 

白蓮大将は電話機の保留機能を使わず、受話器を通話状態にして下に置き、秘書艦を呼びに行った。

ガバガバすぎるというか、適当すぎるというか……

防諜とか相手の気持ちとか、気にしないでもいいのだろうか……?

 

受話器から遠いところで、ふたりの声が聞こえる。

 

 

・・・

 

 

おーい、高雄ー!ちょっと来てくれや!

 

どうしたんですか?お話は終わったんですか?

 

いや、電話中。

 

ちょ、ちょっと!ちゃんと保留機能は使いましたか!?

 

ん?なんだそれ?今話し中だぞ?

 

あー、もぅ!!何度も説明したのに!!バカめと言って差し上げますわ!!

 

はいはい。そんなことより鯉住がなんか変なこと言いだしたんだよ。

 

鯉住少佐が……?また何か怒らせるようなことをされたんですか!?

 

いや?全然?俺がいつアイツを怒らせたよ?

 

 

 

ちなみにこの会話は鯉住君に聞こえており、今の白蓮大将のセリフも耳に届いている。

 

イラッとせざるを得ない鯉住君。

 

 

 

もういいです!とにかくお待たせしても悪いですから、状況を教えてください!

 

なんかアイツの鎮守府に、トラックの荷台くらいの大きさの製鉄所ができたらしくてよ。

それで艤装のパーツは全部作れるようになったとか言ってるんだよ。

 

……何言ってるんですか?製鉄所がトラック大……?

怒らせるような真似したから、鯉住少佐にからかわれてるんじゃないですか?

 

だから怒らせてねぇって。

それにもしそうだったとしても、アイツはそんなちっせぇことを気にするタマじゃねぇよ。

 

……まぁ本人に聞けばわかるでしょう。行きますよ、提督。

 

頼むぜ。

 

 

・・・

 

 

ピッ

 

 

『……もしもし』

 

「ああ、高雄さんですね」

 

『俺もいるぞ』

 

「大将も……スピーカー機能ですか」

 

『はい。その通りです。大将から要請を受けて参りました。

それでその……トラック大の製鉄所?ができたというのは、本当なのでしょうか?

鯉住少佐を疑うわけではないのですが、どうにも型破りすぎて……』

 

「そういう反応になるのもわかります。実際俺もそうでしたし」

 

『ではやはり本当ということですか……』

 

「そういうことになりますね」

 

『ちなみにその製鉄所では、色々と艤装の部品が造れるとか……』

 

「はい。妖精さんいわく、ネジの一本から戦艦の艤装パーツまですべて造れるそうです」

 

『す、すごいですね……部品一つ造るのに、どれくらいの時間がかかるんでしょうか?』

 

「まだ正式に稼働させていないので、詳しくはわかりません。

でも建造炉と同じようなものだし、2、3分でできるんじゃないですかね」

 

『に、2,3分……!』

 

 

通常の製鉄所で部品をひとりぶん造るのには、少なくとも1日はかかる。

しかも形成機の用意があるため、1日に造れる部品は5種類ほどになる。

 

鯉住君のところの製鉄所は、この前提を遥かに超える生産力を誇るようだ。

もしこれが本当なら一大事。艦隊運用に革命が起きる。

海域単位で大幅な方針変更をせねばならない。

 

呆気にとられる高雄。

 

 

『オイ!すげぇなそれ!やったじゃねぇか!』

 

「ありがとうございます」

 

『いやー、ウチの長門なんか、艤装の部品を待ってる間、動物園の熊みたいにうろうろしてんだよ。早く出撃したいっつってな!

お前んとこでそれが造れりゃ、アイツも大喜びだ!』

 

「大将」

 

『ん? どうした?』

 

「まだ俺はこの製鉄所を稼働させるなんて言ってませんよ」

 

『は? いやいや、何言ってんだおめぇ?』

 

「正確には、まだ動くかどうか確かめていない、ですね。

こんな大きさの製鉄所なんて前代未聞ですし、妖精さんの謎技術の集大成みたいなものですから、こちらが望む物が出てくる保証もありません」

 

『いやだっておめぇ、こんな連絡寄こしてんだから、動くって自信もってんだろ?

今更何言ってんだよ』

 

「さぁ、どうでしょうねぇ……まだ確かめていないことには何とも……

もしかしたら製鉄所の件はついいでで、異動に物申したい方が本命だったのかもしれないですねぇ……

ウチの大事な秘書艦が折角用意していたものを、台無しにされたんですからねぇ……」

 

『なんかいつもの調子と違うな。どうした?』

 

『あっ……(察し』

 

 

この時高雄は気づいた。鯉住君はメチャクチャ怒っていると。

叢雲はここラバウル第1基地で建造されたため、高雄も一時期は彼女と過ごしていた期間がある。だから叢雲の性格についてはよく知っている。

彼女の性格を鑑みるに、異動受け入れのために、しっかりと鎮守府の態勢を整えていたのだろう。

 

それがいきなりの増員で「わや」になってしまった……

真面目な彼女はそれはそれは大層なショックを受けたのだろう。目に浮かぶようだ。

鯉住君はそのことに対して怒りを感じているに違いない。

 

 

つまり鯉住君は、暗にこう言っている。

「この製鉄所を使わせてやるかどうかは、そちらの態度次第だぞ」と。

妖精さん印の製鉄所が使えるかはどうかは、ラバウル基地全体の、いや、日本海軍全体の運営に大きくかかわるほどの問題だ。

 

ここでこれ以上彼の機嫌を損ねてはならない……!!

 

 

『提督』

 

『ん? なんだ高雄』

 

『謝ってください』

 

『な、何言ってんだ? 少し怖えぞ、お前』

 

『もう少し提督は人の気持ちを考えるべきです。鯉住少佐に謝りなさい。早く』

 

『わ、わかったよ。なんだかわからんが、済まなかったな』

 

「いえ。大丈夫です」

 

『本当に申し訳ありません……

これからは鯉住少佐の鎮守府に関わる通達は、私が最終確認することにしますから……』

 

「ありがとうございます。高雄さん。

ただでさえ忙しいでしょうに、仕事を増やしてしまったようで申し訳ないです」

 

『いえ……今回は完全にこちらの不手際でしたので……』

 

「高雄さんがこちらと連絡を取ってくださるのなら安心です。

製鉄所もきっと問題なく稼働させることができるでしょう」

 

 

鯉住君の一言を受け、心の中で安堵のため息をつく高雄。

どうやら許してくれたようだ。自身の負担は増えてしまったが、基地全体の未来と引き換えなら安いものだ。

 

 

『お!やっぱり動くんじゃねぇか!こっちが今欲しいのはな……』

 

『提督は少し黙っていなさい。交渉は私がします』

 

『お、おう……そういうことなら頼んだぞ……』

 

『任せてください』

 

 

・・・

 

 

「助かります、高雄さん。

もし製鉄所が無事稼働できるようになったらの話ですが、使用していただくにあたっていくつか条件を付けさせていただきたいと思います」

 

『はい。流石に無償で依頼するわけにはいきませんので、何でもおっしゃってください』

 

「そこまで無理なことを言うつもりはありませんので、気を楽にしてください。

まずひとつめは、依頼は各鎮守府からのものを第1基地でまとめて、1つにして送っていただく、ということです。

各鎮守府からの注文を個別で受けていては、こちらの鎮守府の事務処理能力を遥かに超えてしまいますから」

 

『わかりました。元々ラバウル製鉄所への発注はウチで行っていましたし、問題はありません』

 

「それはよかったです。

そしてふたつめとして、製造にかかった資源の量に、1割上乗せした量の請求をかけさせていただきたいです」

 

『それは……どういう意図があるのでしょうか?』

 

「別に私腹を肥やしたいわけではありません。

製鉄所を稼働させるには、妖精さんたちが大人数で働くようなのです。だから彼女たちへの手間賃代わりというのがひとつ。

そしてもうひとつ。こちらの方が重要なのですが、大規模作戦などの際には、急ぎで大量の艤装メンテが必要になることが予想されます。

そういった時にすぐに艤装パーツを製造できる体制を整えておきたいので、資材は多めに確保しておきたいんです。

現物を先に渡して、資材の支払いは後払いといった形をとる方が、スムーズに運用できるでしょう」

 

『成程……それは理にかなっていますし、こちらとしても助かります』

 

「ま、それをすると、よその鎮守府から、鯉住はがめつい奴だ、なんて思われてしまうかもしれませんけどね」

 

『それは……否定できませんね……

いいのですか?基地全体を思っての行動なのに、そんなそしりを受けても』

 

「前線でカラダを張って戦ってくれる艦娘たちを全力で支えるのが、第10基地の方針です。そのためならその程度のそしりは受けましょう」

 

『……ありがとうございます』

 

「そして最後に。みっつめです。

これは製鉄所とは関係なく、特例として認めてもらいたいことですが、給糧艦間宮、もしくは給糧艦伊良湖の赴任を手配していただきたいのです。

もちろんすぐに手続きできるような件ではないでしょうから、整い次第で構いませんが」

 

『え……? 給糧艦の異動ですか……?』

 

「はい。色々と鎮守府の方針について考えていまして、料理人の存在が必要不可欠だという結論に至りました。

もし艦娘のおふたりが無理なら、人間の料理人でも構いません」

 

『うーん……何かお考えがあるようですが、それは私情を挟まないものでしょうか?

それが確認できないと首を縦に振ることはできません』

 

「当然ですね。私情は全く挟んでおりません。

強いて言うなら、ラバウル地域での大規模作戦の際に、ウチを基地全体の艦娘の拠点にしたいと考えています。その際に料理人がいると円滑に業務が進むと思いまして。

それが私情と言われれば私情でしょうか」

 

『なんとも変わったことを考えているのですね……

わかりました。全体の利益を考えての行動ということですし、簡易製鉄所の功績もありますので、異動を認めさせていただきます。

出来るだけ余裕のありそうな間宮、伊良湖に招集をかけますが、候補がいなかった場合は人間の料理人を選定させていただきます。

それでよろしいでしょうか?』

 

「ありがとうございます。そのようにしていただければ助かります」

 

『それでは以上の条件に沿って、手続させていただきますね。

また書類はFAXで送っていただくようお願いします』

 

「あ、そうだ、言い忘れていました。

書類なんですが、申し訳ありませんが、そちらで作成していただくことはできないでしょうか?」

 

『えっ? そ、それはまたどういうことでしょうか……?』

 

「実はまだ秘書艦には、製鉄所ができたことは隠しているんです。

ここに赴任してきて一週間、彼女の心は休まることがありませんでした。

今製鉄所ができたことを話したら、おそらく心労で倒れてしまいます」

 

『あぁ、そういうことですか……

だから叢雲ちゃんの目に触れる書類は保管しておけない、と』

 

「はい。もちろん暫くして余裕ができてきたら、彼女にも伝えようとは思っています。

しかし今はマズいんです。申し訳ありませんが、お願いできないでしょうか?」

 

『そうですね……そのような事情を聞かされてしまっては、断れません。何とかしましょう。

鯉住少佐は委任状だけ作製してFAXしてください。原本は個人的に所有してくだされば、叢雲ちゃんにもバレないでしょう』

 

「お心遣い痛み入ります」

 

『元はと言えば原因の大半はこちらですので……それでは委任状の方、よろしくお願いします。失礼致します』

 

「宜しくお願いします。失礼します」

 

 

 

ガチャン

 

ツーツーツー……

 

 

 

・・・

 

 

話したいことを話し、受話器を置く鯉住君。

彼のすぐそばには北上大井コンビが控えていた。

 

製鉄所の件で大将に報告すると聞いて、中途半端にかかわるのは嫌だから、という理由で着いてきたのだ。

鯉住君としても、事の顛末は知っておいてもらうに越したことはないので、同席を許すことにした。

 

 

「へー、提督やるじゃん。抜け目ないね~

ハッタリかましたり、色々条件つけちゃったりしてさ~」

 

「ふう……慣れないことはするもんじゃないな。随分緊張したよ」

 

「提督も怒るときは怒るんですね。もっと腑抜……おとなしい方だと思っていました」

 

「大井さん、本音が隠しきれてないですよ……」

 

「あらいやだ。オホホホ……」

 

「まぁキミが思う通り、俺はそんなに激しい性格はしていないからね。この程度が限界だよ」

 

「いやいや、十分でしょ。

それに提督はさ、アタシたちのために怒ってくれたんでしょ?

柄にもなくちょっとドキッとしちゃったよ~」

 

「キミたちに守ってもらってるんだから、それくらいは当然だよ」

 

「いいこと言うじゃ~ん。このこの~」

 

「こらこら、やめなさい」

 

「……」

 

 

ニヤニヤしながら鯉住君のことを肘でグリグリする北上。

それを見る大井の目は非常に冷たかった。

 

 

「提督。お戯れはその辺で。早く執務に移ってはどうですか?

しばらくしたら私達新任組の顔合わせもあるのでしょう?」

 

「お、おう…… そ、それじゃ俺は執務に移るから、キミたちふたりは時間まで鎮守府見学をしていてくれ。

北上、大井のこと、頼んだよ」

 

「まっかせて~」

 

「それじゃ行きましょ!北上さん!」

 

 

仲よく並びながら去っていく二人を、冷や汗を流して見送る鯉住君。

 

 

「ふう…… 大井についてはなかなか難しいなあ……

悪い子じゃないのはわかるけど、随分気難しいようだ」

 

 

鯉住君は今まで大井のようなタイプと関わってきたことがないようだ。

頬を掻きながら、どうしたものか、とうなっている。

 

 

「まあ彼女たちが来てまだ初日だ。

これから関わっていく中で、適切な距離感を掴んでいくしかないか」

 

 

たった1日で随分様変わりした第10基地。

しかしまだまだ人員は増えるし、想定外のことも起こるだろう。

戦々恐々、少し楽しみ。そんな心持ちの鯉住君なのであった。

 

 

 




間宮と伊良湖は、基本的にどちらも中~大規模鎮守府にしか所属していません。
数はどちらも10隻以上はいるようですが、ふたりセットで働いている場合が多く、全鎮守府には配属させる余裕がないのです。

果たして鯉住君のところには来てくれるのでしょうか?


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第27話

艤装について

艦娘の艤装は3部位に分けられます。
ひとつは元々艦娘が背負っている部分(カードイラストに描かれている機械部分)
ひとつは後付けの部分(12.7㎝連装砲とか7.7㎜機銃とかスロットの部分)
ひとつは制服部分(謎技術により入渠すると修繕される装甲部分)


なんにもスロットに装備してなくても一通りの攻撃ができるのは、元々の艤装のおかげ、というわけですね。あくまで後付け艤装は強化装備扱いです。

大破した時に一番困るのがこの元々艤装で、部品を差し替えることでしか修繕することはできません。その間艦娘はお休みとなります。

だから重要度で言えば、

制服の艤装<<<<<後付け艤装<<元々の艤装

といった感じです。

このため艤装の機械部分を守るために、わざと肉体部分に被弾させ、ダメージを制服の艤装で受ける、といった作戦が展開されているところも少なくありません。

制服がダメージを肩代わりしてくれるので艦娘に怪我はありませんし、機械部分の破損に比べて復帰時間も短いので、効率的な作戦ではあります。

しかし自身の身の安全よりも、機械部分の保護を優先される艦娘たちの気持ちは、どういったものなのでしょうか。




 

 

新たに第10基地に4人の艦娘を加えてから、さらに1週間が過ぎた。

新メンバーも完全にここの雰囲気に慣れ、悠々自適な生活を送っている。

 

鎮守府の運営も順調に進んでいて、無事に1-2、1-3海域を解放することもできた。

これには新メンバーの古鷹・大井が非常によい働きをしてくれた。

夜戦まで粘って、敵主力部隊の戦艦・雷巡をそれぞれ仕留めてくれたのだ。

流石に第一線で活躍してきた艦娘だけはある。頼りになる。

 

無事に秘書艦交代制度も施行することができ、叢雲の負担も大きく減ることになった。

第2秘書艦は古鷹に頼むことで、物理的にも精神的にも叢雲は余裕が出てきた。

古鷹もそういった仕事は性に合っているらしく、喜んで引き受けてくれた。

今ではふたりとも大の仲良しだ。よく一緒にいるところを見かける。

 

天龍・龍田姉妹も活躍してくれている。

日々の近海哨戒で、近海の安全を確保してくれているのだ。

天龍はもっと出撃したいとよくゴネているが、出撃の時は必ず声をかけるから、と伝えることで、なだめている。

その際に褒めてやることも忘れない。褒めてやると天龍は気をよくしてくれるのだ。

日ごろから思っている感謝を口にしているので、別におべっかというわけではない。

だから天龍大好きな龍田も、このごまかしは大目に見てくれている。

 

 

・・・

 

 

提督である鯉住君も、わりかし自由に過ごしている。

趣味の熱帯魚採取をしたり、艤装いじりをしたりと、なかなか充実した日々といえる。

 

そんな自由人らしい生活を送っている鯉住君は、今現在工廠に向かっている。

 

 

「今日は久しぶりに夕張を見るけど、上達したかなぁ」

 

 

そう。今日は師弟関係を結んだ夕張を見てやる約束をしているのだ。

夕張が弟子入りしてからしばらく経つが、彼女は事あるごとに工廠に籠り、メンテの自主練をしている。

 

 

(あやつはやるやつですぞ)

 

(まいにちがんばってるよ)

 

(ししょうづらしてると、すぐにおいぬかれる)

 

 

「……そうだな。俺も気を抜かないで、夕張に負けないよう頑張らないとな」

 

 

普段は鯉住君にロクでもないことばっかり言ってる妖精さんたちだが、艦娘に対しては素直でポジティブな発言をする。

扱いの差に対して一言モノ申してもいい程度には差があるが、それでも怒ったりしないでツッコミを入れる程度に済ませているのが、彼の人がいいところだ。

 

 

「それもあるけど、建造炉を久しぶりに動かすのも楽しみなんだよなぁ」

 

 

彼が工廠に行く理由はもうひとつある。

それが最初に動かして以来の、建造炉の稼働である。

 

いい加減2週間も経てば資材もたまってくる。

燃費の良い軽巡が中心の鎮守府では、出撃を連日行っていても、遠征による資源確保の収入が支出を上回るのだ。

さらに艤装を第1基地から大量に譲り受けたし、幸いにしてまだ大破者は出ておらず、艤装を廃棄することもしていないので、当面の間は艤装に困ることはないだろう。

 

つまりは今現在、非常にエコな鎮守府運営ができており、その結果として資材が大量に有り余っている。

そこで秘書艦のふたりとも相談し、久しぶりに建造炉を動かしてみようという話となったのだ。

 

 

「お前らも久しぶりの建造炉だ。楽しみだろ?」

 

 

(いえーい!)

 

(うでがなるぜー!)

 

(ごきたいにこたえます!)

 

 

「うん。思った以上にノリノリだな、キミら。

今日は秘書艦のふたりも覚悟できてるから、ある程度なら好きにやっていいぞ」

 

 

(((ひゅーっ!)))

 

 

テンションアゲアゲな妖精さんたちを装備しながら、歩を進める鯉住君であった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「あ、師匠! 待ってました!」

 

「待たせちゃったかな? 遅くなってすまなかったね」

 

 

鯉住君が工廠に到着すると、夕張がすでに準備を終えて待機していた。

久しぶりだけあって、相当楽しみにしていたようだ。目が輝いている。

 

 

「まずは師匠にこれを見てもらいたいんです!」

 

「これって……夕張の艤装じゃないか」

 

 

作業机の上には、夕張がいつも背負っている艤装が置かれていた。

パッと見でもわかる、なかなかに良い整備具合。

 

 

「これは夕張が自分でメンテしたのかい?」

 

「は、はい!……なかなかよくできたと思うんですけど、どうでしょうか……」

 

「そうか。それじゃ確かめてみよう」

 

 

そう言うと鯉住君は、夕張の艤装の動作チェックを始める。

関節部分の稼働具合、ネジの締まり、油のさし具合などなど、一通り見ていく。

 

その様子を不安げに見つめる夕張。

どうやら自分の仕事の出来がどう評価されるのか、気が気でないようだ。

 

 

「うん。いいんじゃないかな。よく仕上がってるよ」

 

「ほ、ホントですか!?ありがとうございます!」

 

 

仕事が褒められて満面の笑みを浮かべる夕張。

この反応には鯉住君もニッコリ。

 

 

「よく頑張ったね。これくらいうまく整備できてれば、艤装メンテ技師として何の問題もなく働けるよ。それくらい高いレベルだね」

 

「そうですか?……えへへ」

 

 

嬉しくてしょうがないといった様子の夕張。

 

 

「あ、そうだ。師匠から見て、このメンテ具合は百点満点中何点くらいになりますか?」

 

「これだけできてるんなら、そんなこと気にしなくてもいいと思うけど……」

 

「いいじゃないですか!教えてくださいよ!」

 

「うーん……そうだねぇ。そんな点数なんて付けられるほど偉くないからなぁ……」

 

「そんなこと言わず!さあさあ!」

 

「わかったわかった。そうだな……」

 

「(ドキドキ)」

 

 

 

 

 

 

 

「50点かな」

 

 

 

 

 

「……はい?」

 

 

「50点」

 

 

予想外の採点に、表情が曇る夕張。

先ほどの高評価と鯉住君の採点結果があまりにもかけ離れていたので、面食らってしまったようだ。

 

 

「え……ウソ? さっき十分よくできてるって言ってくれてたじゃないですか!?」

 

「あ、うん。全然普通に使う分には問題ないよ?すごいと思う」

 

「じゃあ何でそんなに低い点数なんですか!?」

 

「なんて言うかなぁ……及第点は十分満たしてるよ?」

 

「つまりそれって、赤点はクリアしてるからOKってことですか……?」

 

「言い方は悪いけど、そんな感じ」

 

「うぅ……そんなぁ……」

 

 

鯉住君の言う通り、夕張の技術は、艤装メンテ技師のそれと比べても遜色ないレベルにまで高められている。

 

しかしそれはあくまで、最低限のレベルはクリアできている、ということである。

部品の取り違えがないか、とか、使用中に不具合が発生しないか、とか、そういった基準で見ればよくできている、ということだ。

他の人よりも頭ひとつ抜けた仕事ができているか、と問われれば、まだまだといったところなのだ。

 

 

夕張は上げて落とされ、若干涙目になっている。

 

鯉住君的には、夕張が2週間でここまで仕上げてきたことに対して、良い評価を下したつもりだ。

夕張はそれを、鯉住君基準で良い仕事ができているから良い評価がもらえた、と勘違いしてしまった。

 

 

ちなみに鯉住君の基準は本人の能力も相まって、べらぼうに高い。

呉第1鎮守府の、元同僚の明石(実は日本で一番能力が高い明石だったりする)の能力をもってして、ようやく100点を出す程度には基準が高い。

その辺の一山いくらの艤装メンテ技師に点数をつければ、普通は30点、よくて40~50点だろう。

 

だから鯉住君としては、メンテを始めて2週間、しかも隙間時間を利用した練習だけで50点の仕事ができるなんて、本当にすごいと思っている。

しかし夕張はそんな基準など知らないので、大きな意識のずれができてしまったというわけだ。

 

 

「うぅ……一体どこが良くなかったんでしょうかぁ……グスッ……」

 

「あ、ちょ、夕張さん!どしたの!?泣かないで!」

 

 

(あーあ……)

 

(またおんなのこなかせて……)

 

(ほんとにこのおとこは……)

 

 

やめろぉ!煽るんじゃない!こんな時にぃ!

一体何が悪かったんだ!?こんなに短期間で頑張ったんだから、しっかり褒めたってのに……

たったの2週間で、専門教育何年も受けた人間と同じ仕事ができるなんて、とんでもないことよ!?

やっぱり艦娘ってとんでもないなって思ったくらいだよ!?

なんで泣いちゃったんだ!?伝え方が悪かったのか!?

 

 

(はやくふぉろーして)

 

(おんなのこのあつかいうまいんでしょ?)

 

(はりーはりー)

 

 

煽るなって言ってんだろ! この1.5頭身饅頭ども!

だがまぁ、お前たちの言う通りだ……!俺にはいとこのチビふたりをあやしてきた経験がある!

こういう時は安心させてやれば、落ち着きを取り戻すのだ!

 

 

「すまなかったな、夕張。俺の言葉が足りてなかったみたいだ。

キミは本当によく頑張っているよ。こんな短期間でここまでいい仕事ができるなんて思ってなかった。

これからこの調子で頑張っていけば、ラバウルで一番いい技師にだってすぐになれるさ。

俺も全力でキミの事応援するから、一緒に頑張ろう。な?」

 

 

……なでなで

 

 

「ふえぇ……」

 

 

ホラ泣き止んだ!

こういう時は、できるだけ優しく、相手の頑張りを認めてやること。

そして頭をなでてやることで体温と共に安心感を与えること。

いとこのチビふたりは、いつもこれで泣き止んでたんだ。これがベストアンサー!

本当は抱っこかおんぶしながら散歩してやると、さらに効果的だが、夕張相手ではそれはセクハラになりかねない。それはやめておく。

 

 

(うわぁ……)

 

(またこのおとこは……)

 

(このたらし)

 

 

鯉住君は現在テンパっているので、思考回路がおかしくなっている。

 

まず夕張は高校生もしくはそれよりちょっと上程度の精神年齢である。鯉住君の考えた、幼児をあやす方法を適用していい年齢ではない。

そして夕張を抱っこしたりおんぶしたりがセクハラだと考えているようだが、それ以前に乙女の髪をなでている時点で立派なセクハラである。

 

あげられて落とされて、さらにまた極端にあげられた夕張。

まっすぐ見つめられて、こんな恥ずかしい言葉をかけられ、ついでにやさしく頭も撫でられた。

こんなショッキングなことをされたら、とてもじゃないが泣いている場合ではない。

恥ずかしいやら嬉しいやら、頭の中がごちゃごちゃになり、よくわからない声が口から漏れてしまった。

 

叢雲がここに居たら、間違いなくキレのあるローキックが炸裂していただろう。

鯉住君にとって彼女が不在だったのは、幸か不幸か微妙なところだ。

 

 

「それじゃ俺もキミの艤装のメンテをやってみるよ。

自分のメンテとどう違うか見ているといい。よくわからなかったらすぐに聞いてね。いいかい?」

 

「は、はひぃ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

いつもの精神統一の後、夕張の艤装メンテに入る鯉住君とお供妖精さんたち。

てきぱきと艤装をバラしていく。

 

本来は作業中に話しかけるのはご法度だが、本人がそうしてくれと言っているのだから、構わないだろう。

そう考えて疑問を口にする夕張。

 

 

「あ、あの、師匠」

 

「……どうした?」

 

「いつもメンテ前に、手を合わせて祈ってるじゃないですか。

それはどういう考えでそうしているんですか?」

 

「……そうだな」

 

 

鯉住君は艤装をいじる手を止めず、スピードも変えず、あくまでメンテに集中しながら夕張の疑問に答える。

 

 

「キミたち艦娘もご飯を食べるだろう……その時にいただきますってやるよな?」

 

「あ、はい。確かに師匠の様子はそれと似てましたが……」

 

「そう。それと一緒」

 

「いただきますと一緒……?」

 

「……」

 

「……」

 

 

メンテに集中しているせいで、受け答えが雑になっている鯉住君。

流石にこれだけでは何が何やらわからない。

申し訳ないと思いつつも、踏み込んだ質問をしてみる夕張。

 

 

「すいません……私にはそれだけではよくわかりません……

もう少し詳しく教えていただけないでしょうか……?」

 

「……そうだな……感謝というか、覚悟というか……」

 

「感謝、覚悟……?」

 

 

 

「キミたちは俺たちの命を守ってくれている……俺たちはいつも守られる立場……

それは、生活していると、当然になっていく……特別ではなく。

それではいけない。忘れてはいけない。

そういう……つもりだ」

 

「……」

 

 

メンテに集中していて、口調までひとりごとのようになっている鯉住君。

しかしその言葉は飾らない彼の本心であり、夕張もそれには気づいている。

その証拠に彼女も、彼の口から洩れる言葉を聞き洩らさないよう、集中して聞いている。

 

 

「いくら技術があったって、気持ちが入ってなければ大量生産品と同じだ……

戦場に向かうキミたちを……心の入ってない艤装で送り出す? それは恥知らずだ。

キミたちは兵士じゃない……尊敬すべき隣人だ……決して、忘れてはいけない。

キミたちに俺ができること……それはこれしかない……なら全力でやらないと、嘘だ」

 

「俺はこの仕事に持てる全力で向かうと……そういう覚悟とか、そういうことだよ……

選手宣誓とかと一緒だ……『いつも守ってくれてありがとう。俺は今から全力を尽くします』って、誓うんだ……

大きなもの……なんていうか、そう、自分自身と、キミたちと、それと大きなものに……」

 

「うまく説明できた気がしないけど、そんな感じかな……

俺が普段勝手に思っていることだから、そんなに他の人にとっては重要じゃない、かもしれないし、そうかもしれない……

俺にとっては、一番重要だけどね……」

 

「……」

 

 

鯉住君は、頭の中身をそのまま口に出しているようで、最早文法すらぐちゃぐちゃになっている。

しかし、だからこそ、本当に大事にしていることは夕張には伝わったようだ。

それは妖精さんたちも同じようで、一緒に作業している彼女たちも、心なしか嬉しそうにしている。

 

 

その後も艤装の解体、組み立てと、メンテを続けていく鯉住君。

それを見つめる夕張は、とても真剣なまなざしをしていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「ふぅ、これで完成だ。自分でメンテした時と比べてごらん」

 

「……あ、はい! わかりました!」

 

 

鯉住君の鮮やかな手並みに見とれていた夕張は、彼の一言で正気に戻る。

 

 

「それでは……」

 

 

艤装を装着し、稼働確認をする。

 

 

クイックイツ

 

カチャンカチャン

 

 

「うん……やっぱり全然違うわ……」

 

 

 

 

 

「使用感はどうだった?」

 

「全く別物と言っていいくらいです。

私がメンテした時は、『艤装を動かしている』って感覚でした。

でも師匠がメンテしたこの艤装は……なんといいますか……『自分の手足のように艤装から勝手に動いてくれる』という感覚です」

 

「へぇ、そんなに違うんだねぇ。

あまり他の人がメンテした艤装との使用感の違いなんて、聞く機会ないからなぁ」

 

「えぇ……? もしかして師匠、自分がどれだけすごい方なのかわかってないんですか……?」

 

「いやいや、そんなにすごい人じゃないから……

ちょっとメンテがうまいだけの普通の男だよ。俺は」

 

「……ふーん。そっかぁ……そうなんですね……」

 

 

自身のすごいところをまったく気にしていない鯉住君をみて、複雑な心境の夕張。

 

もっともっと他の人にも、師匠の凄さを知ってもらいたい、という気持ちがある半面、

自慢の師匠のすごいところを知ってるのは自分だけ、という優越感も感じている。

 

他のみんなも一緒に過ごしていれば、いずれは気づいていくだろう。

でも今は、この瞬間は、彼のいいところを知っているのは自分だけなのだ。

そう思うと自然と顔がにやけてしまう。

 

 

「ん? どうした夕張、嬉しそうにして。そんなに艤装の調子いいのか?」

 

「へ……? あ、ああ!そうですね!

あんまり艤装の動きがすごいもんだから、顔に出ちゃいました!あはは……」

 

「そう言ってもらえると嬉しいね。

でも大丈夫。夕張もこれくらいできるようになるさ。今から他の艤装で練習しよう」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 

 

・・・

 

 

それから約2時間ほど、メンテ指導は続いた。

鯉住君はあまり多くを語らず、それ故になかなか厳しい指導を行った。

例えば、うまく組み立てられなかったら、及第点に到達するまで何度でもやり直させたり、夕張に頻繁に行動の理由を問いかけたり。

 

それは決して悪気があったからではなく、夕張の向上心を見込んでのものだった。

夕張もそれは重々承知しており、泣き言ひとつ言わず頑張って付いていった。

 

 

 

コトンッ

 

 

 

「さて、キリもいいし、この辺で終わりにしようか」

 

「は、はいぃ……ありがとうございましたぁ……」

 

 

2時間も自分の能力を超えて集中していた夕張は、作業台に突っ伏してぐったりしている。

普段の出撃でもこんなに疲れることはない。どれだけ彼の指導が濃厚だったのかがわかる。

 

 

「よく頑張ったね。今日だけで一気に腕が上がったよ」

 

「ホ、ホントですか……? えへへ……」

 

「ホントだよ。これからも自主練、頑張ってね。

わからないことがあれば、いつでも俺に聞いてくれていいから」

 

「ありがとうございます……!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「よし、それじゃ俺もひと仕事しようかな……よいしょっと」

 

「え? まだお仕事残ってたんですか?師匠」

 

 

夕張が少し落ち着いたところで、鯉住君が席を立つ。

 

 

「お仕事って程じゃないさ。建造炉を動かそうと思って」

 

「あ、そうなんですか!

建造炉を動かすなんて、なんだか久しぶりですね!あの時以来じゃないですか?」

 

「そうなんだよ。資材に余裕が出たから、秘書艦のふたりに許可もらったんだよね」

 

「へぇ。それで今回は一体何を狙うんです?」

 

「狙って出るものじゃないけどね。できれば今回は艦載機を狙おうと思うんだ」

 

「か、艦載機……?」

 

 

何を言っているのかよくわからない、という様子の夕張。困惑した顔をしている。

 

それもそのはず。この基地には艦載機を扱える艦娘がいないのだ。

わざわざ艦載機を狙う意味など何一つ無いように思える。

 

 

「な、なんで艦載機なんですか? うちには空母がいないのに……

それ以外にもいくらでも欲しいものなんてあるじゃないですか」

 

「ま、それはそうなんだけどね。

艦載機が欲しい理由はね、俺の艤装メンテの腕が物足りないからなんだよ」

 

 

怪訝な表情で首をかしげる夕張。

自分の師匠であり、おそらく日本でもトップ3に入っているほどメンテの腕がいい鯉住君から、メンテの腕が不安という言葉が出てきたのだ。

 

 

「実は俺はね、今まで空母系の艦娘をあまり担当してこなかったんだよ。

最近担当してたのは駆逐艦だし、その前は戦艦だったし。

だからもしこの基地に空母系の艦娘が赴任することになった時のために、艦載機の整備もできるようにしておかないと、と思ったんだよね」

 

「はぁー……そこまで考えていらしたんですね」

 

「曲がりなりにもここのトップだしね。それくらいは考えてるさ。

それにわざわざこんな小規模な鎮守府に来てくれた艦娘を、中途半端な艤装で戦場に送り出すわけにはいかない」

 

「うふふ、師匠らしいですね。そういうことなら納得です」

 

「ま、そんなこと言っても、本当に艦載機を出せるかどうかわからないしね。

コイツらが自信満々だから、ちょっと期待しちゃってるけども」

 

 

鯉住君の両肩と頭、いつもの位置で、妖精さんたちが鼻息荒くドヤ顔をしている。

任せてくれ、と言わんばかり。気合満々だ。

 

 

「それじゃ私も着いて行きます!何が出るかな~?」

 

「そうだね。一緒に行こうか。

折角だから、できれば高性能な艦載機が出るといいな」

 

 

(((かしこまりー!)))

 

 

ワクワクしながら建造炉へと向かう2人+3人。

高望みしすぎてもいけないが、妖精さんの様子を見るに、なかなかいい艤装が期待できそうだ。

 

 

・・・

 

 

移動中

 

 

・・・

 

 

「よし。それじゃ動かそう。

いいか、お前ら。艦載機を頼んだぞ。できるだけ高性能なものなら、尚よし。

うまくいった暁には、ご褒美に明日のおやつにマシュマロをつけよう」

 

 

(ま、ましゅまろ……!!)

 

(さすがにきぶんがこうようします……!)

 

(まんしんしてはだめ……ぜんりょくでまいりましょう……!!)

 

 

どうやらおやつで釣る効果は抜群のようだ。

それに艦載機を開発する気満々なのだろう。

口から出るセリフも、何やら某空母っぽいものになっている。

 

 

(((のりこめーっ!!)))

 

 

建造炉に妖精さんたちが突撃していったのを見て、鯉住君は稼働ボタンを押す。

 

 

「頼んだぞ。できるだけいい艦載機を……」

 

「何ができるんでしょうか……!楽しみです!」

 

 

ポチッ

 

 

ウィーン……

 

 

例によって青白い光を放つ建造炉。

その周りでは、妖精さんたちがあわただしく何かしている。

 

 

プシュー……

 

 

数十秒経って、その扉が開く。中から出てきたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水上機母艦、『秋津洲』よ! この大艇ちゃんと一緒に覚えてよね!」

 

 

 

 

 

「「……」」

 

 

(あちゃー、やりすぎた)

 

(ひこうきだけだそうとおもったのにー)

 

(こうせいのうひこうきもいっしょだし、ちゅうもんどおりです)

 

(そっかー)

 

(それじゃだいせいこうですー)

 

(いわえいわえー)

 

 

やんややんやしている妖精さんたちを尻目に、その場に立ち尽くす鯉住君と夕張。

 

 

「……ねぇ、師匠」

 

「……どうした、夕張?」

 

「私が建造されたときも、こんな気持ちだったんですね……」

 

「あぁ、うん……懐かしいなぁ……」

 

 

ふたりは遠い目をしながら、ぼそぼそとした声で会話している。

艦載機が出ればいいなぁ、と思っていたら、まさかの建造成功である。

一体どういうことなのだろうか。妖精さんたちを小一時間問い詰めたい。

 

そして主に鯉住君にダメージを与えている原因はそれだけではない。

 

もっと大きな問題がある。

 

 

「ちょっとちょっとー!!秋津洲のこと無視しちゃ嫌かも!」

 

「あ、あぁ……ええと……あきつ丸さんではなく……?」

 

「もー!どうしたらそういう間違いになるのか理解できないかも!!

私の名前は『あきつしま』!『あきつまる』じゃ、陸軍さんの船になっちゃうかも!!」

 

「そ、そうなんだ……秋津洲さんね……

ところでさ、俺、キミの話を聞いたこともないし、見たこともないんだけど……」

 

 

 

そうなのだ。鯉住君は今まで、秋津洲という艦娘の存在を知らなかった。

 

鼎大将にもらった

『しょうがくせいでもわかる! かんむす・しんかいせいかん とらのまき』にも、

彼女、秋津洲などという艦娘は書かれていなかったのだ。

 

彼が知る水上機母艦とは、千歳千代田姉妹に、瑞穂、それに神威のみである。

海外艦娘にはそれ以外にも居ると聞いているが、日本に在籍するのはその4種類のみ。

そしてどう見ても目の前の艦娘は日本籍であり、海外艦ではない。

 

 

 

つまりどういうことかというと、秋津洲という艦娘は、今この瞬間に、初めて現代に出現したのではないか、ということである。

言い換えれば初邂逅だ。

 

 

 

「見たことも聞いたこともない?それは当然かも!

秋津洲は提督に呼ばれて、初めてこの世界に生まれてきたんだから!」

 

「あっ……そっかぁ……やっぱりぃ……」

 

「し、師匠!ほら、元気出してください!

艦娘と初邂逅なんて、願ってもかなわないことなんですよ!

良い方にとらえましょう!ほら、ポジティブシンキングですっ!」

 

「ありがとう、夕張は優しいなぁ……

植物の心のような人生を……そんな平穏な生活こそ、俺の目標だったのに……

どうしてこうなっちゃうんだろうなぁ……」

 

「て、提督どうしちゃったの!?

なんだか生気が抜けてゾンビみたいになっちゃってるかもっ!!」

 

「あ、大丈夫……のはずです。秋津洲?さん。

ちょっと思ってたことと違って、ショックを受けちゃってるだけなので……」

 

「ホントに大丈夫なの?

ちょっと不安かも……大艇ちゃんも心配してるかも……」

 

「だ、大艇ちゃん……?」

 

「そう!二式大艇ちゃん!秋津洲のパートナーかも!」

 

 

そう言って秋津洲は、大事そうに抱きかかえる飛行機をこちらに向ける。

 

 

「二式大艇ちゃんはね!と~ってもすごい飛行艇かも!!

すっごい遠くまで飛んでいけるし、敵の飛行機への攻撃もできちゃうかも!

防御力だってとっても高いのよ!

世界からもすごいって言われてて、恐るべき機体って意味の『フォーミダブル』なんて呼ばれ方もしてたの!!」

 

「あぁ……そういう……俺のリクエストに沿った結果がこれなのね……

確かに俺、高性能な艦載機欲しいって言ったなぁ……」

 

「し、師匠……」

 

 

どうやら妖精さんたちは鯉住君の希望をフルパワーで叶えてしまったようだ。

確かに二式大艇は日本が誇る優秀な飛行艇だったようだし、リクエストからそんなに離れたものではない。

この際、艦載機と飛行艇はかなりの別物だという事実は棚上げしておく。

 

一番の問題は、おまけとして、人類初邂逅となる水上機母艦秋津洲がついていたことだ。

駄菓子屋に置いてある、ラムネがついてるおもちゃのようだと感じる鯉住君。おまけが本命的な意味で。

 

 

 

意識が飛びそうなくらいフリーズしていた鯉住君だが、提督の自分が指示を出さないと、という一心で正気に戻り、指示を下す。

 

 

「あ―……よろしくね。秋津洲。

キミの処遇は……ちょっと特例っぽいから、また後日改めて連絡するよ」

 

「あ、提督!正気に戻ったの? よかったかも!」

 

「うん……心配してくれてありがとうね……

それじゃこの後なんだけど、ひとまず住まいを何とかするべきだね……

疲れてるとこ申し訳ないけど、案内頼めるかい?夕張」

 

「もちろんです、師匠!私にお任せください!」

 

「ホントにキミがいてくれて助かったよ……

それじゃ秋津洲、この夕張に着いて行って。あとは彼女が説明してくれるから……」

 

「わかったかも!」

 

 

・・・

 

 

工廠から出ていく二人を眺めながら、近くにあった椅子にドカッと腰かける鯉住君。

 

 

「あ―……これからどうしようかなぁ……」

 

 

本当だったらこの後、開発された艦載機を使って艤装メンテの練習をするつもりだった。

もし開発で別の艤装が出たとしても、その艤装で夕張にメンテを教えればいいかな、なんて思っていた。

 

しかし特例ガン積みの艦娘建造が成功するなんて、想定外中の想定外だ。

夕張の建造に成功した時や、北上がドロップした時も、相当に堪えたのだが、今回はそのさらに上をいく事態となった。

 

 

「まずは叢雲と古鷹に報告して……使われた資材量の確認もして……

白蓮大将への報告は……もう明日でいいや……」

 

 

口から魂が出ているのが見えるほど虚ろな表情で、これからのことを考える鯉住君なのであった。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

余談

 

 

 

この後鯉住君は、半ば死に体で秘書艦のふたりへ事のあらましを報告した。

 

その報告を受けたふたりも、鯉住君と同じ程度の衝撃を受けた。

古鷹は頭を抱えてうめき声を上げ、叢雲は半べそをかきながら、ローキックを鯉住君に喰らわせた。

 

 

さらに資材の減少量を確認したら、

 

燃料4000・弾薬2000・鋼材5000・ボーキ6000 と、

 

信じられない量の資材が消費されていることが分かり、

3人で地面に崩れ落ちることとなった。

 

ちなみに元々蓄えていた資材は、

 

燃料8000・弾薬5000・鋼材6000・ボーキ7000 程度である。

 

ここ2週間の備蓄は一瞬で消し飛んでしまったのだ。南無。

 

 

次の日の3人は生気がなく、まともに仕事にならなかった。

 

その光景を見た天龍が「怖えぇよ!」とツッコミを入れる程度には、3人とも憔悴していたのだという。

 

 

 

 




祝 !  大 型 艦 建 造 成 功 !



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第28話

提督養成学校の卒業生は、能力の高さ故に天狗になりますが、能力が高いだけあって、非常に高いレベルですべての仕事をこなせます。
どの提督もそつなく艦娘指揮をこなし、事務仕事もこなします。オールラウンダー型ばかりと言ってもいいでしょう。

対して鼎大将組は、極めて尖った能力を持っている人材がそろっており、ある分野では並ぶ者無しでも、別の分野ではポンコツだったりします。
バックアップ面で尖りに尖っている鯉住君でさえ、他の3弟子の尖りっぷりには敵いません。あの人たち色々とすごいんです。


秋津洲着任から一晩明け、

ラバウル第1基地へ、事の顛末を報告することに決めた鯉住君。

胃の痛みを抑えるために生薬を水で流し込んでから、受話器をとる。

 

 

プルルルル……

 

ガチャッ

 

 

「もしもし……」

 

『もしもし、こちらラバウル第1基地……って、その声は……鯉住少佐?』

 

「はい……お久しぶりです……高雄さん……」

 

『一体どうしたというのですか……? そんな弱々しい声をして』

 

「すいません……すいません……! ほんの出来心だったんです……!

こんなことになるなんて、思ってなかったんです……!!」

 

『ホントにどうしたんですか!?

サスペンスドラマで懺悔する犯人みたいになってますよ!?』

 

「実はですね……」

 

 

・・・

 

 

説明中

 

 

・・・

 

 

『……』

 

「ただ俺は艦載機が欲しかっただけなんです……

それがまさか……新たな艦娘を建造してしまうなんて……」

 

『……』

 

「高雄さん……後生ですから、助けていただけないでしょうか……」

 

『……すいません。

おっしゃっていることは理解できるのですが、何を言っていいのか全く思いつかず……』

 

「……本当に、申し訳ありません……

それでも、頼りになるのはもう、高雄さんしかいないんです……

鼎大将も白蓮大将も多分アテにならないし、俺もウチの秘書艦ふたりも限界なんです……!

最早どうしていいのか、わからないんです……!」

 

 

普段は身内以外と接する時は、極力冷静にするよう努めている鯉住君。

対外の仕事でここまで取り乱すことは初めてだ。

それほど彼にとって、今回の件は追い詰められるものだったのだろう。

 

彼のあまりの狼狽えっぷりに、高雄は言葉を失っている。

しかし、鯉住君がそんな情けない状態になるのも仕方ない、という思いもある。

秘書艦歴が長い彼女でも、何と声をかければいいのか、どう対応したらよいのか、皆目見当がつかない。

 

 

『……大変申し訳ございません、鯉住少佐……

私にも今回の件は、どうすることもできません……』

 

「そ、そんな……!」

 

『その代わりと言っては何ですが、私よりも頼りになる方への直通連絡先をお伝えします。

私からも事のあらましを伝えておきますので、その方に直接連絡して指示を仰いでいただくよう、よろしくお願いします』

 

「高雄さんよりも頼りになる方……? そ、それは一体……」

 

 

一海域をまとめ上げるラバウル第1基地。

そこではラバウル基地に所属する、全ての鎮守府の事務を統括している。

そんな途方もない量の仕事を一手に担っているのが、他でもない、ラバウル第1基地・筆頭秘書艦の高雄である。

 

彼女ですら解決できない問題を、なんとかできる存在……

 

 

 

嫌な予感に生唾をごくりと飲む鯉住君。

 

 

 

 

 

『大本営所属、大和型1番艦 戦艦『大和』。

日本の名を冠した超弩級戦艦であり、日本海軍の象徴とも言っても過言ではない方。

海軍の運営に大きな裁量を持つ筆頭秘書艦にして、大本営の最高戦力でもあります。

……私は彼女に、秘書艦としての在り方を叩き込まれました』

 

 

 

 

 

「嘘やん……」

 

 

嫌な予感は大体当たるものだ。

望まぬ幸運を引き寄せる鯉住君ともなれば、尚更のこと。

 

艦娘のトップと言っても差し支えない、大本営の大和。その彼女へ直通連絡をとれる権利。

権力欲が少しでもあるような人間なら、誰もが喉から手が出るほど欲しいものだろう。

それを、鯉住君は図らずもゲットしてしまった。

 

当然ながら鯉住君は、そんな大層なもの欲しくなかった。

彼としてはほんの少し、ささやかな幸せがあれば十分だった。

こんな権力の中枢直行の、ごんぶとのパイプが欲しいわけではなかった。

 

 

 

 

 

「高雄さん……他に……他に何か方法はないんですか……!?

大本営の大和さんなんて、俺じゃ話をするのもおこがましいです!」

 

『鯉住少佐。貴方がラバウル第10基地に着任し、今まで2週間でやってきたことを思い出してください』

 

「……」

 

 

 

・日本で1年ぶりとなる艦娘建造という偉業を着任初日で達成。

 

・日本で3年ぶりとなる艦娘ドロップを確認。更なる偉業。

 

・妖精の謎技術の結晶である溶鉱炉を製造。艦隊運用に革命を起こす偉業。

 

・短期間で二度目の艦娘建造成功。しかも初邂逅という偉業。←NEW!!

 

 

 

『少佐の功績でおこがましいのなら、大和さんと話ができるほどの功績を持つ人間は居ないことになりますよ』

 

「……そんなつもりは……一切なかったんです……」

 

『とにかく、今回の件は、私ではどうにもなりません。

日本海軍全体への影響が大きすぎますから……

大本営のトップに近い方にしか、どうにもできないですよ……』

 

「うぅ……胃が痛い……

よりによって大本営なんて……もっと穏やかな生活がしたかった……」

 

『なんというか……かけて差し上げられる言葉がございませんが……

あえて一言だけ申し上げれば、すでに少佐の運営する鎮守府は、各方面から大いに期待されてしまっています。

この際割り切ってしまうのが一番ではないかと……』

 

「あぁ……ときが見える……」

 

『し、しっかりしてください!鯉住少佐!まだまだ燃え尽きるには早いです!』

 

 

鯉住君の心労は理解している高雄だが、彼がこのまま現状から逃れ続け、スローライフを送ることは難しいだろうとも感じている。

だからこその、このアドバイスだ。

 

いっそ諦めて楽になってしまえ、という身も蓋もない意見。

しかし、どうせ鯉住君はこれからも色々とやらかすであろう事を考えると、それしかないだろう。

 

意識が朦朧としている鯉住君には悪いと感じてはいるが、生真面目な高雄にとって、彼の現実逃避を見過ごすのは難しいことだった。

 

 

『とにかく、私から大和さんに、少佐の功績と連絡先を事細かに伝えておきます。

心の準備が出来ましたら、少佐からも連絡していただくようにお願いします』

 

「アッハイ……」

 

『それでは失礼します』

 

「……失礼します」

 

 

 

 

 

……ガチャン

 

 

 

ツーツーツー……

 

 

 

 

 

「……聞いたか、ふたりとも……」

 

「「……」」

 

「大本営の大和さん……この世に一隻しかいない戦艦の化身にして、大本営の顔……

彼女になんと我が鎮守府から、連絡を取らなければならないそうです……」

 

「……私は知らないわ……アンタに任せる……」

 

「おい叢雲。第1秘書艦だろ」

 

「私もパスしていいでしょうか……? お部屋に戻りたいです……うぅ……」

 

「コラ、ふるた……泣いてる……」

 

 

実は手っ取り早く情報共有するために、秘書艦のふたりにも同席してもらっていた。

 

高雄になんとか火消ししてもらえることを祈っていた3人だが、その期待は儚く露と消えてしまった。

3人の目からは例外なくハイライトが消えている。

 

 

「これホントにどうすんのよ……

大和なんて、大本営の中でも、話ができる人間の方が少ない艦娘なのよ……超VIPなのよ……」

 

「うん……知ってる……『とらのまき』にもそう書いてあった……」

 

「な、なんて伝えたらいいんでしょうか……? 私達、一体どうなってしまうんでしょうか……?」

 

「こうなったら仕方ないよ……

正直にあったことを話して、あちらさんの判断に身をゆだねるしかない……」

 

「ハハッ……まさにまな板の上の鯉ね……アンタにピッタリじゃない……」

 

「……」

 

「あぁ、提督……そんなに遠い目をして……お気を確かに……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「えー……それでは、第10基地首脳会議を始めたいと思います」

 

 

このまま全員でうなだれていても埒が明かない。

3人は気を取り直して作戦を練ることにした。

 

 

「なんて言って報告したらいいのかしら? 古鷹も考えてよ。

いくら正直に話すったって、言い方ひとつでウチの印象は変わるんだから」

 

「そう言われましても……

私がここに異動してきたのって、たったの一週間前なんですよ?

最初からいるおふたりの方が事情に詳しいじゃないですか」

 

「そう変わらないわよ。古鷹は一週間前。私達は二週間前。だから似たようなものなの。

ひとりだけ逃げようったって、そうはいかないわよ」

 

「ひえぇ……」

 

「こら叢雲。そんなに古鷹を追い詰めるんじゃない。

というかまだ二週間しか経ってないのか……色々ありすぎだろ……」

 

「どの口がそんなこと言うのよ。原因の8割以上はアンタじゃないの」

 

「……まぁ、そう……なのか……?

……それよりもさっさと作戦考えるぞ。超VIPな大和さんを待たせてはいけない」

 

「ごまかしたわね……

まぁいいわ。アンタの言うことはもっともよ。さっさと考えましょ」

 

「とは言っても、なにから考えればいいのでしょうか……?

ただの事実確認なら、伝え方のバリエーションなんて無さそうなものですが……」

 

「そんなことはないさ、古鷹。

例えば建造に成功した件ひとつとっても、伝え方で大きく相手の印象は変わる。

淡々と「秋津洲の建造に成功しました」と、事実だけ述べるのと、

建造成功した条件、その時の建造炉の様子、妖精さん達の働きなど、成否に関係すると思われる事実、所感をまとめあげた後に説明するのとでは、随分と受け取られ方は変わるはずだ」

 

「確かに……その通りですね。

あちらから聞かれるような内容を、先取りして伝えることができれば、信頼を得られるということですね!」

 

「そうそう。飲み込みが早いね」

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます!」

 

 

鯉住君が古鷹にレクチャーしていると、会話から離れていた叢雲が両手でパンパンと合図する。

 

 

「はいはい。当然のことを確認してる暇はないの。

わかったらさっさとまとめていくわよ。ひとつひとつ丁寧にね」

 

「あ、ハイ。わかりました」

 

「こういうのは苦手だけど、やるしかないね。

俺の豊かなスローライフのためにも、頼むよ、ふたりとも」

 

 

・・・

 

相談中

 

・・・

 

 

「……なかなか難しいな」

 

 

メモ帳を前にしてボールペンを回しながらつぶやく鯉住君。

正直荒唐無稽な要素が多すぎて、内容をまとめたくてもまとめきれずにいた。

 

 

「聞かれそうなことは考えてみたけど、大体に用意できる答えが「わかりません」なのよね……」

 

「このままでは私達、自分たちの管理もできない情けない鎮守府、そう思われてしまいます……」

 

「参ったなぁ……」

 

 

頭をひねっている3人の耳に、停滞した空気を壊す音が届く。

 

 

 

 

 

プルルルル……

 

 

 

 

 

「「「……」」」

 

 

仲よく身体をこわばらせる3人。

頭の中には奇しくも同じ考えが浮かんでいた。

 

 

「まさか……まさかね」

 

「そんなはずないですよ……たぶん……おそらく……」

 

「……イヤな予感しかしないわ。

この際わざと電話に出ないってのはどうかしら……」

 

「……そうしたいけど、それもできないだろう……

誰だかわからないけど、電話口で待たせてはいけない。

で、出るぞ……出るからな、ふたりとも……」

 

「「(ゴクリ……)」」

 

 

 

ガチャッ

 

 

 

「も、もしもし。こちらラバウル第10基地提督、鯉住です」

 

『もしもし。海軍大本営所属・秘書艦『大和』です』

 

「「「……」」」

 

 

予想以上に予想通りな展開となったラバウル第10基地首脳会議。

果たして彼らは無事、大本営筆頭秘書艦の追及を逃れられるのだろうか?

 

 

 

 




この世界には、艦娘大和は1隻しかいません。
これはなかなか珍しい例で、他の艦娘はいくら珍しくとも、3隻程度は確認されています。
やっぱりこの国にとって大和は特別なんですね。


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第29話

今回は珍しい他人視点。
日本海軍の現状や鼎大将組の正体が、チラ見えするつくりとなっております。

長くなっちゃってるので、もし読むのが大変でしたら読み飛ばしてください。
読み飛ばしても問題ありませんので。




戦艦『大和』は考える。

 

 

ラバウル第1基地の秘書艦にして、自身の妹分ともいえる高雄。

彼女から連絡があった内容について、いくつか思うところがあるのだ。

 

その内容とは、とんでもないもの。

ここ何年も確認されていなかった新艦娘に初邂逅したという。

 

しかもそれは『未知の海域開放の際にドロップ』という前例とはまるで違う方法。

『建造炉からの建造』というものだった。

建造成功というだけでも異例中の異例なのに、それ以上の異例に埋め尽くされている。

 

最早自分の知る常識こそが間違いで、高雄からの連絡内容こそが新たな常識なのでは、なんて思うくらいには信じられない話だ。

 

 

しかしその異常事態を引き起こしたのが誰かを聞いて、変に納得してしまった。

 

そう。「また」ラバウル第10基地の鯉住少佐だった。

 

 

「流石というかなんというか……

鼎大将のお弟子さんというだけで、納得してしまう自分がいるわ」

 

 

大和は実に優秀な艦娘だ。

それは戦闘面から見てもそうだし、組織運営面から見てもそうである。

史実からか、若干箱入り娘っぽいところがあるものの、それを補って余りあるほど各能力が高い。

 

 

そんな大和である。

各海域統括鎮守府からの報告は、たとえ些細なものでも十分に精査するように心がけている。

 

 

 

・・・

 

 

 

今回のような場合は特にであるが、

普通に提督養成学校を卒業して鎮守府運営している者からこのような報告を受ければ、何か裏があるのではないか、と疑うことから始める。

陰で悪だくみをしているのでは?とか、その者がどこの派閥に属する者か?とかを、気にしなければならない。

 

 

……如何に海軍が選び抜かれた精鋭の集まりと言っても、人間3人寄れば派閥ができる、という言葉もある。

 

本来は味方同士である者同士でいがみ合い、足を引っ張りあい、相手の出世の邪魔をする。

自身の出世のために権力ある提督に媚び、簿外でわいろを贈る。

上司であり模範となるべき者も、それを受け取るのを当然とし、出世のためと言って、さらなるわいろを要求する。

 

組織が大きくなればなるほど、本来の役割は意識から薄れ、このような行いが蔓延るようになる。

ある意味人間が人間である以上避けられないことだ。

 

 

当然海軍もこの例に漏れない。

というか海軍のそういった意味での腐敗は、かなりひどいものがある。

 

長年にわたる戦線の膠着による厭戦ムード、5年前を最後に大きな侵攻がないことからの気のゆるみ、国外へまで進出するほどの組織の規模、それに追従して広がる目の届かない範囲……

 

組織が腐敗していくのに、これ以上ない条件が海軍には整っている。

そして実際それは起こってしまっており、中枢である大本営にすらも、腐敗の魔の手が伸びている状態だ。

海軍の中でも元帥の次に権力を持つ大将ですら、いくつかの派閥に分かれてしまっている。

 

 

 

 

 

…元来心根がプラスの方向へ向かっている艦娘からすると、これは頭の痛い問題である。

 

自分たちの守るべき人間、しかも自分たちを指揮する上司。

そういった者たちが、私利私欲のために動いていることを知ってしまうのは、決して良いことではない。

実際にそれで転属願を出す艦娘も後を絶たず、大本営の艦娘専用お悩みダイアルは常に鳴りっぱなしだ。

 

そんな状況でも提督の多くは優秀であり、艦隊指揮、書類仕事共に高いレベルで平均値はまとまっている。

だから汚職があるような鎮守府でも、問題なく運営できてしまい、実績を上げる結果となる。

実績が伴う以上、不満がある艦娘も、大本営も、折り合いをつけざるを得ない。

 

 

 

今はまだ艦娘は人類に協力的であるが、水面下では疑心や不満が渦巻いている状況と言える。

……この数年間の仮初の平和の裏では、恐ろしい事態が進行しているのだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

そんな現状に頭を悩ませる大和であるが、鼎大将一派に対しては、それとは少し違った意味で、よくないイメージを抱いている。

 

彼らも非常に厄介な問題を持ち込んでくるのだが、厄介のベクトルが色々とおかしいのだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

鼎大将の一番弟子である、横須賀第3鎮守府の一ノ瀬中佐からは以前、こんな嘆願が来た。

 

 

『艦娘の指揮能力を高めるために、全鎮守府に将棋盤の配給をお願いします』

 

 

これを見た大和は「なんでやねん!」と、某軽空母のようなツッコミを入れてしまった。

 

 

将棋をたしなむ艦娘がそもそも少ないし、大本営がそんな素っ頓狂な方策を取り入れるはずがない。第一艦娘は指揮を執る立場ではないではないか。

 

確かに一ノ瀬中佐は、元棋士であることを活かした艦隊指揮で、無類の強さを誇ってはいる。正直大本営第1艦隊でも、彼女の指揮する第1艦隊には敵わない。

 

しかし「だから将棋盤配って」というのはおかしいではないか。

 

 

 

ここで普通の提督相手なら、にべもなく要求を突っぱねる。当たり前だ。

しかし彼女は普通の提督ではない。

 

 

 

彼女は元棋士であり、今でも暇を見つけてはネット将棋で活躍している。

そして部下の艦娘にも『将棋強い=戦闘強い』説を浸透させつつ、将棋を叩きこんでいる。

さらに趣味である将棋普及のために、持ち前のアクティブさを活かして「横須賀第3鎮守府・公開将棋大会」なるものを、隔月で自主開催している。

 

艦娘に負けず劣らずの美人であるアマ最強の彼女と、頭脳も美貌もかなりのものである部下艦娘とのガチバトル。

将棋を少しでも嗜む者であれば、絶対に生で見たい!と思う魅力があるらしい。

観戦チケットは毎回販売開始5分で売り切れる。

 

また彼女たちには大規模な非公式ファンクラブがついており、会員数はなんと1万人を超えているそうだ。

将棋の月刊誌にも毎度コラムを載せており、掲載写真と合わせて一番の人気コーナーである模様。

 

 

 

……しかしこれだけなら、まだいい。

いや、すでに色々とツッコミどころが満載だが、大本営、ひいては秘書艦の大和にとって致命的ではない。

 

 

最も大きな問題は、彼女たちのファンクラブに、日本を動かせるほどの大物たちが参加していることだ。

 

 

具体的には、内閣の大臣、官僚の重鎮、経団連の幹部、やんごとなき血を引く御方、市長県知事、etc……

 

実力と美しさを兼ね備えた将棋アイドルの前では、いつもお堅く威圧感ガンガンの面々も、唯のひとりのファンになってしまうらしい。悲しいかな、男のサガ。

 

 

……いつか一ノ瀬中佐は、何の気なしに大和にある名刺を見せたことがある。

本人曰く「ファンクラブの管理人さんからもらったんですよ~」とのことだったが、それを見た大和は腰を抜かすことになった。

 

名刺の表には、時の総理大臣の名前。

裏には達筆で「いつも応援しております!何かございましたら何なりとお申し付けください!」という、熱いメッセージ。

そしてさりげなく主張する「第3よこちん将棋会ファンクラブ 会員番号1」の文字。

 

 

 

 

 

つまりこういうことになる。

 

 

 

『彼女に不都合な決定を大本営が下した場合、それがもしバレれば、日本海軍は不条理かつ無慈悲な報復にさらされかねない』

 

 

 

彼女の要望が、的を得たものであろうが、素っ頓狂なものであろうが、可能な限り大本営は飲むしかないのだ。

 

そしてその要求を飲んだという事実に、それっぽい理屈をつけるのは、筆頭秘書艦である大和のお仕事である。

 

 

……一体どうやって『将棋盤の配布』なんて阿呆みたいな行動に、正当性をこじつければいいのだろうか?

 

 

これには大和も苦笑いするしかなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

別の日には、鼎大将の二番弟子である、佐世保第4鎮守府の加二倉中佐から、このような電報が来た。

 

 

『自覚無き国賊を誅する』

 

 

これを見た大和は「ひえぇ……」と、某戦艦のような震え声を出してしまった。

 

 

そもそもの問題として、このようなとんでもない内容に関わらず、意見具申でなく事実報告である。

大本営がなんと言おうと、やると言ったらやる、という意思がガンガンに感じられた。

 

実際その報告があった日の夜間に、以前から色々と問題があった鎮守府が3カ所襲撃され、陥落することになった。

ただの小規模鎮守府が、中規模鎮守府3カ所を同時に壊滅させたのだ。意味が分からない。

 

さらに衝撃的な出来事として、その次の日、大本営の門前に、襲撃された3鎮守府の提督が簀巻きにされて転がされていた。

3人の顔には「不届き者」と書かれた紙が貼られ、首周りには赤インクでぐるっと線が引かれていた。

つまり殺しはしなかったが、いつでも首を刎ねられるんだぞ、というメッセージなのだろう。怖い。怖すぎる。

 

 

 

……元憲兵という唯一無二の出自を持っている加二倉中佐であるが、彼の真に恐ろしいところは、大本営の指令よりも自分の意思を優先する性格である。制御が効かないのだ。

 

 

 

そんなこと普通の提督であれば許されない。当たり前だ。

しかし彼は普通の提督ではない。

 

 

 

彼は独自の価値観によって鎮守府を運営しており、そこにはその価値観を認めた艦娘たちが在籍している。

そして彼女たちは、常軌を逸したトレーニングにより、例外なく異次元の強さを身につけている。

 

 

以前大和には、彼の鎮守府所属の『ある軽巡洋艦』と手合わせする機会があった。

大本営の最大戦力である戦艦大和に対するは、地方のいち小規模鎮守府の軽巡洋艦。

誰の目にも結果はわかりきったものであった。

 

……しかし結果は大和の完全敗北。

一発も掠らせることができずに大破させられることになった。

 

油断があったわけではない。慢心もしていなかった。

この情報は公開されていないが、相手は5年前の本土大襲撃の際、たった6隻で駿河湾と相模湾を守り切った規格外のうちの1隻である。

油断できる相手では断じてない。大和は姫級を相手取る気持ちで戦った。

しかし、大和の全力をもってしても、傷一つ付けられなかった。

 

戦闘後に彼女が放った一言は、今でも大和のトラウマとなっている。

 

演習弾なんか(こんなもの)に頼っているから、そんなに弱いんですよ」

 

その時にため息とともに彼女から向けられた、蔑むような視線は、永遠に忘れることができないだろう。

 

 

 

 

 

つまりこういうことになる。

 

 

 

『加二倉中佐率いる佐世保第4鎮守府の機嫌を損ねた場合、大本営だろうがなんだろうが、物理的に壊滅させられることになる』

 

 

 

いくら海軍規範をガン無視した行いであっても、同僚の提督を私刑に処したと言っても、見過ごすしかないのだ。

 

そして彼の行いを正当化し、各方面を説得して回るのは、筆頭秘書艦である大和のお仕事である。

 

 

……一体どうやって『提督による提督の粛清』なんて戦国時代のような行動に、正当性をこじつければいいのだろうか?

 

 

これには大和もひきつった笑いしかでなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

また別の日には、鼎大将の三番弟子である、トラック第5泊地の三鷹少佐から、以下のような提案があった。

 

 

『トラック泊地に養魚場を作るので、魚肉加工工場建設の許可を下さい』

 

 

これを見た大和は「これ以上、私にどうしろというのですか……」と、某重巡洋艦のようなリアクションをとってしまった。

 

 

海軍ではややこしい事態を避けるため、副業は許可制となっている。

しかし当然それには色々と制限が掛かっており、艦娘が直接その事業に関わってはならない、とか、経営帳簿を月一で提出するように、とか、なかなか労力に見合わないほど制約が多い。

できてせいぜい、輸送任務ついでに骨とう品を少量輸入するとか、その程度だ。

 

 

 

だから工場の建設なんて論外だ。普通の提督にそのような許可など出せるはずもない。当たり前だ。

しかし彼は普通の提督ではない。

 

 

 

なんと事もあろうに、彼は第1次産業、エネルギー産業の両方面に特化した会社を、多数経営している。

現在彼が運営している会社は以下の通り。

 

「三鷹酪農(株)」「三鷹水産(株)」「三鷹青果(株)」「三鷹電力(株)」「三鷹銘水(株)」

 

人呼んで「三鷹グループ」。

深海棲艦襲撃前の世界でも、ここまで事業を多方面展開している個人はいなかったのではないか?

あまりの敏腕ぶりに、彼は人から「ひとり財閥」と呼ばれたりもしている。

しかもこれで提督業はしっかりこなしているというのだから驚きだ。

 

今現在、東南アジアとオセアニアでの食料供給、エネルギー供給については、三鷹グループのシェアが約7割となっている。

県や国でなく、世界の地域単位でこのシェアである。お化け企業グループと言っても過言ではない。

 

 

 

……深海棲艦登場以降、先進国以外の、未だ発展途上とも呼べる国々は、多大な経済的損失を受けた。

食料や鉱物の輸出に頼っていたところ、艦娘の庇護無くして海上輸送ができなくなってしまったからだ。

そしてそういった国々には、ほぼ艦娘が現れなかったのも大きい。

このためそういった国々は自給自足を余儀なくされ、何世代か遡ったような生活を余儀なくされていた。

 

そこに登場したのが三鷹グループである。

 

彼は破棄された工場を再生させ、妖精さん達のチカラも借り、発電施設へと生まれ変わらせた。

現地でとれる生鮮品の加工工場を作り、輸出業を復活させた。

部下の艦娘の演習中に漁船を出すことで安全に漁をし、食糧不足を解決した。

それに加えて、石油や天然ガスの掘削、それに頼らない自然エネルギーの同時開発……

 

彼の企業グループが行ってきた再生案は、すべて大成功。

現地の人々の就職率は、三鷹グループ進出前と比べて、およそ5倍となった。

 

 

インドネシアのバリ島を例に挙げると、変化が分かりやすい。

 

深海棲艦出現前は、観光がほぼすべての産業だったのだが、深海棲艦出現によってその産業は完全に廃れてしまった。

そのせいで交易もままならず、完全に自給自足のような生活を余儀なくされることになった。

町は荒れ、犯罪は常態化し、食糧不足は加速し、飢えで人々は命を落とし、埋葬する者もいない遺体は、その気候により腐敗し、疫病が蔓延した。

もうそこには希望はなく、ただただ全滅を待つのみ、という状況だった。

 

それを見かねたインドネシア政府は日本海軍へ助けを求めるも、このような状態では援助は送れない、と絶望的な答えを出されてしまった。日本にも余裕がなかったのだ。

 

そんな滅びゆく島に現れた三鷹少佐は、自身の社員を引き連れて衛生管理と食料供給を徹底。

そして人々に余裕が生まれ始めたころに、農作物の量産に着手。

それが軌道に乗ってきたら加工工場の併設。

 

そのような具合に地域再生を行った。

 

もちろん島民はどんどん正社員として雇い入れ、ホワイトな環境で労働させた。

全てに絶望していた島民からすれば、彼は神の使いにでも見えたことだろう。

 

その証拠に三鷹少佐は現在、バリ島で幅広く信仰されているガルーダ(神の鳥)と同じ程に信仰されている。

日光東照宮の家康公もビックリだ。

 

 

 

 

 

つまりこういうことになる。

 

 

 

『三鷹少佐をトップにした三鷹グループの活動の邪魔をすると、東南アジア、オセアニアからの激しいバッシングを受け、その地域での日本の交易が立ち行かなくなる』

 

 

 

副業という名のもとに、一大企業群を築いている彼である。

大本営とはいえ邪険に扱うことはできない。それっぽい理由を取り付けて、無茶な提案でも受け入れる他に道はない。

 

そして彼の特別扱いを正当化し、副業の規制緩和を求める一団を抑え込むのは、筆頭秘書艦である大和のお仕事である。

 

 

……一体どうやってこれほどまで堂々とした特別扱いに、正当性をこじつければいいのだろうか?

 

 

これには大和もヤケになって笑うしかなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

更に別の日には、厄介者の元締めともいえる鼎提督から、このような連絡が来た。

 

 

 

『多重ケッコンカッコカリを基本路線にしてみない?』

 

 

 

それを聞いた大和は「バカめと言って差し上げますわ!」と、自身の妹分でもある某重巡洋艦のようなセリフを叫ぶことになった。

 

 

大将いわく、ケッコンカッコカリを艦娘に受け入れられるような提督は、他の部下の艦娘からも人気がある場合が多い。

だったらいっそのこと全員とケッコンカッコカリしちゃえばいいじゃん!との事らしい。

 

いいじゃん、じゃない。

艦娘は人間とは違うとはいえ、その心は大体にして乙女なのだ。

そんな発表をしたらいくら何でも暴動が起きかねない。

 

もちろん本人たちの合意があれば、重婚的な状況になってもかまわない。

しかしそれはあくまで個人間の問題であり、他人が口出ししていいことではないだろう。

 

鼎大将はその辺がものすごく適当であり、しょっちゅうこんな感じの連絡を取ってくる。

そしてそれの相手をするのは、いつも大和である。

 

これには大和もあきらめの笑いを口からこぼす他なかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

こんな調子であるので、大和は鼎大将一派のことを、非常に持て余している。

というか、はっきり言って恐れている。

 

 

一ノ瀬中佐に対しては政治的に、加二倉中佐に対しては物理的に、三鷹少佐に対しては経済的に、鼎大将に対しては総合的に、日本海軍はとんでもない爆弾を抱えている。

彼らから何かしらコンタクトがあった際には、大和は爆弾処理班のような心持ちで対応しなければならないことになる。

 

 

彼らの案件と比べたら、金銭欲と出世欲に塗れた提督からの意見具申の、何とかわいらしいことか。

 

提案者の派閥、出自、日ごろの行動。それを洗うだけで本心が見えてくるのだ。

「たったのそれだけ」で済むのだ。

 

鼎大将一派のように、政界、経済界の動向を全力で調べあげたり、不正を行っている可能性のある提督全員に勧告状を発し、反省文と改善文を提出させたり、国内大手企業に三鷹グループの動向を報告して周ったりしなくてもよいのだ。

 

それらと比べたら、私利私欲の何と単純で火消しも容易なことか。

 

 

 

……そんな胃薬を常備するような状況だったので、新たに鼎大将一派に新入りが加わったと聞いた時は、大和は人目もはばからず、その場で膝を折ってしまった。

 

今までの無茶ぶりが、ひとり追加で加速すると思ったのだ。

これ以上胃薬の量を増やしては、いくら艦娘と言えど健康に支障をきたしかねない。

 

 

 

しかしその予想は嬉しいことに、外れることとなった。

新入りの鯉住少佐は、例の3人のような恐ろしい爆弾ではなかったのだ。

 

高雄の所属するラバウル基地に、彼の配属が決まった時は、内心大和は非常に心配していた。

彼女まで胃薬を常備するような事態になるのではないか、と。

 

しかし高雄からの報告を聞くに、鯉住少佐は非常に礼儀正しい好青年であり、艦娘からの評価も軒並み高く、信用できる人物であるということ。

そして提督にしては珍しく穏やかな性格をしていて、これまた珍しく後方支援希望であるということ。

 

これには大和も、もろ手を挙げて大喜び。

自身の負担はこれ以上増えないであろうこと、高雄の負担が想定よりも軽そうなこと、鯉住少佐の性質が穏やかであったこと。

これらの事実は大和にとって本当にありがたいことだった。

 

 

 

……この際鯉住少佐が色々とやらかした事など些細な話だ。

1年ぶりの建造成功?3年ぶりのドロップ確認?妖精さん印の溶鉱炉?新艦娘に邂逅?

今はそんなことどうでもいいのだ。重要なことじゃない。

一番重要なことは、海軍全体を崩壊させるほどの爆弾を抱えているかどうかなのだ。

 

確かに高雄からの報告を聞いた時はいちいち驚いたし、各方面への通達はどうしようかと、頭を抱えることにもなった。

しかしそれは全部嬉しい悲鳴であり、考えていて楽しくなるような出来事であった。

決して他の鼎大将一派のように、爆弾を処理するような神経の張りつめる仕事ではなかった。

 

 

 

……それに大和は個人的にも鯉住少佐にシンパシーを感じている。

高雄の報告からチラチラ見える、鯉住少佐の苦労人気質。

彼とはおいしくお酒が飲めるような気がするのだ。

 

そんな彼と初めて直接話ができる。

大和は楽しみで、鯉住少佐からの連絡があるのを待ちきれず、自分から連絡を取ることにした。

 

 

「鼎大将のお弟子さんってだけで、ちょっと怖い気もするけど……

高雄からの報告通りなら仲良くできそうだわ。フフ、楽しみね」

 

 

プルルルル……

 

 

ガチャッ

 

 

『も、もしもし。こちらラバウル第10基地提督、鯉住です』

 

「もしもし。海軍大本営所属・秘書艦『大和』です」

 

『……』

 

 

 




大和の秘書艦能力は、元から高かったわけではありません。
その能力の大部分は鼎大将一派の爆弾処理で磨き上げられ、鍛えられたものです。

おかげで今の彼女は、不正や汚職程度なら寝ながら解決できるほどのレベルに達しています。
慣れってすごいですね。


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第30話

権力と自由はどうしても相容れないものです。
それは政府だろうが、軍だろうが、会社だろうが、ご近所づきあいだろうが、変わることはありません。

今回のお話では、そんな権力に縛られた大和と、その権力におびえる鯉住君の、初めてのコミュニケーションが展開されます。



何でだ……どうしてこうなった……!

 

確かに今回大変なことをやらかしたのは事実だけど、こちらから連絡を入れる予定だったはず……

それが何故……大本営の大和さんの方から連絡が……!!

 

 

「は、はじめまして……」

 

『はい。初めまして』

 

「その……大本営の大和さんの方から連絡だなんて……一体どうされたのでしょうか……?」

 

 

これはあれか……?

やっぱりウチのやらかしに対して、思うところがあったってこと……?

 

 

『ああ、そちらから連絡をいただける約束でしたものね。驚かせて申し訳ありません。

私としても鯉住少佐とお話してみたかったので、先に連絡してしまいました』

 

「わ、私とですか……!?」

 

『はい。今まで色々と高雄を通して聞いておりますので、気になっていたんです』

 

「今までのことを……!」

 

 

や、やっぱりそうだ!

俺たちが色々やらかしてることに対して、一言モノ申したくて電話してきたんだ!

 

 

となると、ここからの会話は、何が起こるかわからない地雷原だ……!

言葉を慎重に選べ……!相手の機嫌を損ねるな……!

下手をうつと、大本営権限で大変な無茶ぶりをされかねない!

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

実は大和は鯉住君に対して、彼が考えているような悪い印象など持ってはいない。

真実はむしろ逆で、彼に対しては非常にいいイメージを抱いている。

 

確かに今まで鯉住君がやらかしてきたことのおかげで、秘書艦としての大和の仕事はかなり増えた。

しかしそれは全て海軍、ひいては日本の未来に希望を与える内容であり、決して辛い仕事ではなかった。むしろやりがいを感じるものであった。

艦娘である大和としても、新たな仲間が増えるというのは、心から歓迎できる出来事だった。

 

日頃の大本営筆頭秘書艦としての仕事は、実にドロドロとした案件が多く、それに伴ってストレスも増える。

そんな中、希望ある仕事は本当に珍しいものだったのだ。

 

 

 

高雄からの連絡によると、鯉住君はこれらの偉業を狙っていたわけではない。偶然そうなった、という表現の方が正しいようだ。

しかも彼自身は後方支援を希望しているとあり、この偉業に対しても謙虚な姿勢を貫いている。

実に温和で誠実な性格。提督にはほとんどいないタイプと言っていい。

彼の話をする高雄の声色が非常に明るかったことからも、それが嘘ではないとわかる。

 

それに秘書艦である叢雲への聞き取り調査を高雄が行ったところ、彼の艦娘に対する扱いは非常に良く、所属艦娘からの好感度も軒並み高いということが判明した。

あんなに楽しそうに話す叢雲は初めてだった、というのは高雄の談である。

 

 

非常に穏やかな性格で、とんでもない功績をあげてもそれを誇らない。

海域開放も、着任2週間で3エリアと、かなり優秀な部類に入る進行度。

艦娘に対する態度も素晴らしく、部下の信頼と好意をしっかりと集めている。

 

 

こんな理想的な提督は滅多にいない。

大和の知る、他の鼎大将のお弟子さん達とは、厄介さで言えば正反対だ。

(もちろんこんなこと、恐ろしすぎて、本人たちには口が裂けても言えないが)

 

 

 

 

 

……それに大和は自身と鯉住君に似たものがあると感じている。

 

『できたら戦争などせず、穏やかに暮らしていたい』

 

立場上口に出すことはできないが、本心では大和はそう思っている。

必要だからやっているわけで、決して好き好んで戦っているわけではない。

高雄の報告を聞き、彼の人となりを知った大和は「それは鯉住少佐も同じなんだろうな」と、確信めいたものを感じている。

 

 

……もし大和が大本営内でそんな発言をすれば、

「大和たる艦娘がそんな軟弱な気持ちでどうする!」だとか、

「そんな腑抜けに大事を任すことなどできん!」だとか、好き勝手言われるだろう。

 

残念ながら、艦娘が秘書艦として大きな裁量を持っている現状に、納得しない派閥がある。

不用意な発言は、彼らにつけいる隙を与えてしまう。

 

それが分からない大和ではない。だから本心は普段心の底に隠している。

自分の気持ちに嘘をつくようで辛く感じることも多いが、それでもそうせざるを得ないのだ。

 

 

ちなみに、本当は厭戦的だが、普段はそれを隠している艦娘はたくさんいる。

彼女たちの多くは、戦争に勝つことでなく、日本の平和を目的としているのだから、それは当然と言えば当然だ。

しかし大和は知っている。

自分と同じ理由で、彼女たちがそれを口に出すのが難しいことを。

 

 

だから大和は、スマホでの艦娘専用掲示板を立ち上げた。

普段人前で出せない心の声を発散することで、ガス抜きしてもらうためだ。

 

 

……この試みは非常に好評なのだが、当の発足者の大和はこの掲示板を使えない。

これもまた、自身の発言がどこかから漏れる可能性を考慮してのことだ。

 

一番心の声を聴いて欲しい大和が、

痛いほど他の艦娘の気持ちが分かるからこそ、掲示板を立ち上げた大和が、

それを利用することができないのだ。

 

何とも皮肉な話である。

 

 

 

 

 

そんな現状なので、大和が本音で話し合える相手はいない。ひとりもいない。

 

自身の提督である元帥を筆頭に、信用できる人たちは大勢いる。

しかし弱い面を見せられるような相手となると、いなくなってしまう。

 

『大本営筆頭秘書艦』

 

この看板を大和が背負う限り、彼女に近しい者には、少しでも本音を見せることはできない。

要らぬ混乱を招く火種となるからだ。

だから信用する元帥にも、共に働く気のいい同僚にも、妹分である高雄にさえも、大和はその本当の気持ちを見せたことがない。

 

 

……しかし相手が、大本営から離れたラバウル基地、それも小規模で、権力から遠い鎮守府の提督だったとしたらどうか?

しかもその提督が、偽らない自分を受け入れてくれ、しかもそれを口外しない、器の大きさと誠実さを持つ人物だったとすれば?

もっと言えば、同じ相手(もちろん鼎大将組のこと)に振り回されてきた経歴を持ち、共通の話題で盛り上がることもできるとしたら?

 

 

本心での会話に、心の底から飢えている大和。

心を許したコミュニケーションが取れるかもしれない。そう考えただけで、心が躍ってしまうのも無理はない話だ。

 

 

だから大和は待ちきれず、自分から電話してしまった。

これから先、自分のことをわかってくれて、それを受け入れてもらえる可能性のある相手に……

 

 

 

 

 

……しかし悲しいかな、鯉住君の反応は彼女とは正反対である。

彼は大和が怒って電話してきていると思い違いしているのだから、無理もない。

 

その頭の中は、

 

『自分のせいで、部下たちに負担をかけてはいけない……!』

 

という焦りでいっぱいである。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

『鯉住少佐が着任2週間で、ここまで活躍されるとは思っていなかったですよ』

 

 

ひえっ……間違いない……

よくもやらかしたな、って思われてるぞコレ……

 

 

『私としても、少佐がどのような人間なのか、興味がありましたし』

 

 

お、俺に興味が……!?

つまりそれって、俺が提督として、まともに仕事できてるか疑われてるってこと!?

 

 

『それで待ちきれずに、私の方から連絡を入れさせていただいたというわけです』

 

 

こっちからの連絡が待ちきれないほど、腹に据えかねてるってことなの!?

アカン……ちょっちピンチすぎやぁ……!!

 

 

「そ、そんなに私達のやってきたことは、大本営としては見過ごせないことなのでしょうか……?」

 

『はい、もちろんです。

鯉住少佐のなさってきたことは、例外なくすべて、日本海軍全体へ影響のある一大事です。

その中でも今回の艦娘初邂逅なんて、きわめて異例なことですから』

 

 

あっ……やっぱりそうなのね……

俺たちがやらかしたことは全て、海軍にとっての一大事。

そんな一大事を反省もせず好き勝手やらかしまくる鎮守府なんて、野放しにしていいはずがないですよね……

 

今回の秋津洲建造で、ついに堪忍袋の緒が切れた、と。

大和さんは、直々にこちらに連絡を取るほど怒っていらっしゃる、と……!!

 

 

「そ、それで私は、どうすればいいでしょうか……?

一応今回の事の顛末について、秘書艦と話し合い、説明する準備を整えている途中だったのですが……」

 

『あら、そうだったのですか。

準備してくださっていたところ申し訳ありませんが、報告は必要ありません』

 

「へぇあっ!?」

 

 

ほ、報告が必要ない……!?

どゆこと……!? どういうことなの……!? 

 

 

『鯉住少佐には電話口でなく、直接大本営にお越しいただき、そこで事情聴取をしたいと考えています。

ですから情報を事前にまとめていただく必要もなければ、報告書の提出も必要ありません』

 

「おぇあっ……!? だだだ大本営に出頭ですか……!?」

 

 

大本営に出頭、そこからの事情聴取……!!

それすなわち、電話口では問題のある会話が繰り広げられるということ……!!

 

それは当然この鎮守府、ひいては俺の処遇に対することとしか考えられない!!

 

なんてこった……ウチの鎮守府が解体されるのだろうか……それとも提督解任させられるのだろうか……

 

い、いや、それだけで済まないかも……

最悪何らかの罪で投獄、いや、命すら危ういのでは……!?

 

あぁ……父さん、母さん……精一杯やってきたつもりだけど、俺、ここまでみたい……

 

 

『はい。確か定期連絡船は、ポポンデッタ港を3日後に出発だったはずですね。

その船に乗ってこちらまでいらして下さい。

今回の初邂逅となる秋津洲、そして秘書艦を同行していただくようお願いします』

 

 

あぁ、ゴメンよ、秋津洲、叢雲、古鷹……

キミたちに罪人搬送みたいなマネをさせることになってしまう……

優しいキミたちがトラウマを抱えることが無いよう、草葉の陰から祈ってるよ……

 

こんな別れ方をしてしまうなんて……俺は悲しい……

 

 

鯉住君は、全く必要のない覚悟を決め、大和に返事をする。

 

 

「……わかりました。しっかり心の準備をしておきます。

ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……」

 

『ご迷惑……?

ああ、少佐たちのなさったことを考えれば、この程度なんでもありませんよ。

実を言うと、私はあなたにお会いできるのを、とても楽しみにしてるんです。

準備をしてお待ちしていますよ』

 

「……はい」

 

『それではまた。失礼いたします』

 

「……失礼します」

 

 

 

ガチャン

 

 

……ツーツーツー

 

 

 

ああ、やっぱりだ……

俺たちがやらかしたことを考えれば、俺を大本営まで連行して処刑するのなんて、なんでもない。そういうことか……

 

大和さんは俺たちが来るのを楽しみにしていると言っていた……

それはつまり、自らの手で大罪人を裁きたいという怒りの表れだろう……

そこまで怒髪天を衝いているというのか……大和さん……

 

準備をしておくとも言っていた……そんなに断罪には準備がいるのか……

俺はどんな処刑器具でこの世を去るんだろうな……? 痛くないのがいいなぁ……

 

 

 

・・・

 

 

 

自身が大本営の闇へと消える覚悟を決めさせられ、逆に穏やかな表情をしている鯉住君。

彼の顔を見ると、つつーっと頬を涙が流れている。

 

 

……しかし当然ながら鯉住君の考えは的外れである。

 

 

大和が「なんでもない」と言ったのは、定期連絡船の乗船チケットを、大本営側で手配することについてであり、断じて鯉住君を処刑することなどではない。

 

そして大和が鯉住君に会うのを楽しみにしていると言ったのは、その言葉本来の意味通りである。

 

彼女は鯉住君と話す中で、コミュニケーションが電話口だけではもったいないと感じたのだ。

実際に会って話をしたくなってしまったのだ。

そこで急遽、多少無理矢理ではあったが、彼に自分の元まで来てもらうことにした。

 

新規艦である秋津洲の性能テストをしなければならない、という理由もあるが、それだけなら秋津洲だけ招集すればいい話である。

だから今回鯉住君を大本営に招集することにしたのは、大和の私情という面が強い。

仕事に私情を挟まない大和からすれば、非常に珍しい意思決定だが、それだけ彼と話せるのを楽しみにしているのだろう。

 

 

 

そんなことは露とも知らない鯉住君たち。

思考回路が鯉住君と似ているせいか、スピーカー機能でやり取りを聞いていた秘書艦ふたりも、彼とほとんど同じ発想をしてしまった。

3人揃って電話を囲んで悲しみの涙を流している。

 

 

 

「……短い間だったが、世話になったな、叢雲、古鷹。

みんなには絶対迷惑が掛からないようにするから、安心してくれ……」

 

「な、何言ってるのよ……!ダメよ!何のために秘書艦がいると思ってるの!?

私が土下座してでも、靴を舐めてでも、アンタのことは必ず助けてみせるわ……!

だからお願いよ、諦めないでよぉ……!……グスッ……」

 

「そ、そうですよ、提督……!

私も絶対に提督を助けます……!! 私達の提督は貴方しかいないんです!

そのためなら私だって、何でもします……!!……うぅ……」

 

「ありがとうな、ふたりとも……!

キミたちのような強くて優しい子に出会えて、俺は幸せだったよ……」

 

「諦めるなって言ったでしょ!!私が……私が何とかしてみせるんだからっ!!」

 

「気持ちは嬉しいが、叢雲……大本営の決定なんだ、そう簡単には……」

 

「ダメです提督! 私達が、絶対、何とかしてみせますから!

この鎮守府が無くなっちゃうなんて、みんな望んでないんですからぁ!!」

 

「すまない……俺が不甲斐ないばかりに……!! ううっ……!」

 

 

 

号泣しながら抱き合う3人。

場面が場面ならば感動的なのだが、事情が事情である。

 

そんな葬式状態の執務室に、遠征が終わった艦娘が報告のため入ってきた。

 

 

 

 

 

「おいーっす。遠征終わったぜー。

今日も大成こ……うぉあああああっ!!!どうしたお前らぁあああっ!!??」

 

「て、天龍……! 今までありがとうな……!

キミの希望通り、あまり出撃させてやれなくて済まなかったっ!!この通りだ!!」

 

 

ガバッ!!

 

 

号泣しながら土下座する鯉住君。

それを見ながら溢れる涙もぬぐわず、泣き崩れる秘書艦ふたり。

 

 

「やめっ……! やめろぉッ!! 頼むから泣き止んでくれぇッ!!

何があったんだ!?どうしたらこうなるんだ!? 怖えぇよ!怖すぎんよぉ!!」

 

 

 

フラッ……

 

 

ガシィッ!!

 

 

 

涙目で訴える天龍に構わず、鯉住君は幽霊のようにチカラなく立ち上がり、彼女の両肩をチカラ強くつかむ。

 

 

「ヒイッ!?」

 

「天龍……! 俺の次に来る提督には、キミの良さをしっかり伝えておくからな!!

そして出撃では必ず声をかけるようにも伝えておく……!! 絶対だっ!」

 

「た……助けてっ……!!

龍田ッ!!たつたぁーーーーーーーーーーーッ!!

来てくれぇ!!助けてぇーーーーッ!!!! たぁつたぁーーーーーーーーーッ!!!」

 

 

 

……その後、天龍の悲鳴を聞き付けて30秒もかからずに駆け付けた龍田により、今回の騒動は沈静化することになった。

 

 

龍田がとった行動は実に鮮やかなものだった。

鯉住君と秘書艦ふたりには拳骨をお見舞いすることで正気に戻し、

あまりの怖さに、両手で顔を抑え女の子座りで泣いていた天龍を、背中をさすりながら「怖くない、怖くない」と言って優しく慰めた。

 

天龍が落ち着いた後に、3人から事情聴取した際には、「そんなわけないでしょ~」と一刀両断。

大和はそんなことをする艦娘ではない、とか、これだけ貢献しといてその処遇はあり得ない、とか、傍から見たら当然なことを3人に言い聞かせた。

 

おかげで3人もようやくまともな判断ができるようになり、「困ったら龍田」という認識が生まれることとなったのであった。

 

 

 




「かわいそうな天龍ちゃん……
きっと、初日に車の中で提督に木刀を突き付けた罰が当たっちゃったのね~」

龍田もなんだかんだ言って鯉住君のことは認めているようですね。


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第31話

ケッコンカッコカリについて

この世界でも実装はされているのですが、ゲームとは少し仕様が違います。
こちらでは練度99になっていなくても、装備することができます。
というかそもそも練度99艦娘がほぼいません。大本営最強の大和ですら、練度90です。
1日に1出撃とか2演習が限界なので、経験値の取得が難しいというのもあります。

その効果は練度にして5~10ほど上がるというもの。有用っちゃあ有用です。
上限解放についてはよくわかっていないというのが現状です。

ちなみに誰でも装備できるわけでなく、上司である提督と相当信頼関係が築けていないと、その効果は発揮されないようです。




 

 

衝撃的な大和との会話から一晩明け、ようやく正常な思考回路に戻った鯉住君。

龍田の言う通り、冷静になってみれば、自分が処刑されるとか、そんなことあるはずがない。

想定外が起こったとき冷静でいられないのは、自分の良くないところだなぁ、と反省する。

 

そして反省と言えば、昨日天龍と龍田に多大な迷惑をかけてしまった。

何かしらの埋め合わせをしなければならない。

そしてついでというわけではないが、秘書艦のふたりにも埋め合わせが必要だろう。

取り乱してしまったのは3人とも同じだが、あそこは上司である自分が冷静でいなければならなかった場面だ。

 

……それにふたりが必死になって自分を庇おうとしてくれたのは、本当に嬉しかった。

あのプライドの高い叢雲が、土下座も辞さない、とまで言ってくれたのだ。

提督としてではなく、ひとりの人間として、これには応えないといけないだろう。

 

 

「埋め合わせ……こういう時は、相手が喜ぶものを贈るのが無難かな」

 

 

幸い今日は出撃も遠征も予定になく、近隣哨戒が2時間ほどあるだけだ。

仕事がほとんどない上、少しだけある書類は、今日の秘書艦の古鷹が整理してくれるだろう。

港の雑貨店まで行ってお土産を買う時間くらいなら十分ある。

こういったお詫び・お礼は早い方がいいし、今日は外出の絶好の機会。となれば行くしかあるまい。

 

 

……しかし少しだけ問題が。

どうにも鯉住君はそういったプレゼントには疎く、女の子が喜ぶものを選ぼうとしても、自信がないのだ。

 

 

「となると、やっぱりセンスがいい子に聞くのが一番か……」

 

 

今日は鎮守府全体がのんびりした日なので、その辺を探せば、誰かしら見つかるだろう。

 

 

 

・・・

 

 

 

鯉住君はまず娯楽室(茶の間)を訪れることにした。

娯楽室にいる子なら、本格的に暇している可能性が高いからだ。そういう子になら業務外のことでも頼みやすい。

 

 

「誰かいればいいんだけどな、っと」

 

 

すぅーっ……たんっ

 

 

鯉住君が娯楽室のふすまを開くと、予想通りふたりの艦娘がだらだらしていた。

 

 

「あ、提督じゃん。やっほ~」

 

「ししょ……提督じゃないですか!

どうしたんですか? お茶の間に来るなんて、珍しいですね!」

 

 

雑談していたのは、北上と夕張だった。

 

このふたりは結構一緒にいるところを見る。

 

北上は大井と居なければ夕張と居る。夕張は古鷹と居なければ北上と居る。そんなイメージである。

ふたりとも機械に興味があるので、共通の話題で盛り上がるのだろう。

鯉住君としても気になる話題なので、いつか会話の輪に混ぜてもらいたいと思っている。

 

 

「ふたりとも、今暇かい?」

 

「ん~? 暇だよ~」

 

「私は午後から艤装メンテの練習する予定ですけど、今は暇ですよ。

というか、どうしたんですか? 何かお手伝いすることあります?」

 

 

ふたりとも暇しているようだ。

これなら少しこちらに付き合ってもらっても、問題ないだろう。

 

 

「そうなんだよ。昨日秘書艦の2人と天龍龍田に迷惑かけちゃってね……

それで何か贈り物をしようと思うんだけど、何を選んでいいのかわからず……」

 

「はっは~ん。それでアタシたちのナイスなセンスに頼りたいってわけね~。

ていうか提督、昨日はすごかったじゃん?」

 

「う……見てたのか……?」

 

「アタシじゃなくて大井っちが見てたみたい。偶然通りかかったんだって。

3人ともエライ取り乱しようだったみたいじゃんか。

大井っちがドン引きしたって言ってたよ~」

 

 

ニヤニヤしながらこちらを煽ってくる北上。

正直あれは3人にとって汚点以外の何物でもないので、一刻も早く忘れてもらいたい。

 

 

「まぁ、その、何だ……忘れてほしい……」

 

「どうしよっかな~。忘れられるかは提督次第ってとこかな~」

 

 

き、北上……! 人の弱みにつけ込むとは、したたかな奴め……!

 

 

「……何が望みだ?」

 

「ふっふ~ん。まぁそんな大したことじゃないよ。

なんかプレゼント買いに行こうと思ってるんでしょ?今日みんな暇だし。

アタシも一緒に連れてってよ。そんでなんか買ってよ」

 

「まぁ、それくらいなら……」

 

「アタシがいたほうがプレゼント選べるし、丁度いいっしょ?」

 

「……そうだな。それじゃ午後から一緒に行くか」

 

「いいねぇ~!痺れるね~」

 

 

一連の交渉で北上が一緒についてくることになった。

足がないため、艦娘ひとりでは町に出かけることができない。

だからチャンスがあればお出かけしたい、という気持ちはよくわかる。

 

話がまとまったと思った矢先、夕張から横やりが入る。

 

 

「ず、ずるいわっ!北上さんだけっ!

私だって提督と一緒にお出かけしたいっ! 私も連れてってくださいっ!」

 

 

どうやら夕張も町まで遊びに行きたかったようだ。

やっぱり艦娘の間ではお出かけ願望が高まっているんだろうか……?

 

確かに悪い言い方だが、部下たちは鎮守府に軟禁状態と言ってもよい現状だ。

これは近いうちに、ストレス発散のために、外出イベントを企画しないといけないかもな。

 

それはそれとして……

 

 

「夕張、キミはだめです」

 

「うえっ!? な、何でですかっ!?」

 

「午後から艤装メンテの練習するんだろう? だったらそっちを優先しないとダメです」

 

「い、1日くらいなら大丈夫です! 明日に今日の分まで練習すれば、大丈夫です!

だから私も提督と出かけたいです!」

 

「遊びに行きたいのはわかるけど、ダメ。

こういうのは『毎日やる』っていうのが一番大事なの。例外を作っちゃダメです」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 

ちょっと厳しかったか? 夕張は涙目になっている。

 

でもやっぱりそこは譲れない。雨が降ろうが槍が降ろうが、毎日毎日継続すること。

そうすることでしか、自分を高みに持っていくことはできないのだ。

 

今は大変かもしれないけど、それに体が慣れ、近いうちに習慣になる。

そして習慣が続くと、いつの間にか信じられないほどレベルアップすることになる。

 

一番辛いのは今なんだ。

ちょっとお出かけしたい、くらいで、その辛い期間を延ばしてはいけない。

 

 

……ちなみに鯉住君はそんなことを考えているので、弟子の夕張のスケジュールは、自主練の時間が毎日とれるように組んでいる。

ぶっちゃけ職権乱用である。過保護である。

 

しかし親の心子知らず、師匠の心弟子知らず。

提督と一緒に出掛けたい一心の夕張には、その秘めた思いは届かないのだった。

 

 

「うぅ……提督のいじわるぅ……」

 

「いやいや、意地悪では……」

 

「まま、バリっちはいいじゃんか。たまに提督とふたりっきりで密会してるんだしさ」

 

「なな、何故北上さんがそれを……! ていうか密会じゃありません!修行ですっ!

たまに提督に見てもらってるの、バレてたの!?」

 

「逆にどうしてバレてないと思ってたのさ……

工廠にふたりして何時間も籠ってんだから、何かあるって思うっしょ。普通。

ほとんどみんな知ってるからね?」

 

「あ―……たまに工廠まで来て挨拶してく子がいたのは、様子を見に来てたからなのか……」

 

「えぇっ!? 提督も気づいてたんですか!? 言ってくださいよぉ!」

 

「いや……夕張すごい集中してたから、邪魔しちゃいけないと思って……」

 

「あぁもう、恥ずかしい……!!」

 

「そんな恥ずかしいことじゃないと思うんだけど……」

 

 

夕張は赤面してあたふたしている。

そんなに修行している姿を見られるのが恥ずかしかったのだろうか?

自分の努力は隠しておきたいタイプなのだろうか?

 

そういうことなら、次からは他の子の目に触れないよう、もうちょっと奥まったところで指導することにしよう。

こういった気配りも、師匠という立場には必要なんだろうな。

 

 

「そういうわけでさ、アタシもたまには提督とデートしたいってこと。

バリっちばっかりずるい~っ、てね」

 

「北上、キミ、デートて」

 

「女の子とふたりで出かけるんだよ? デートじゃなきゃなんだってのさ?

あきらめて午後はアタシに付き合うんだね」

 

「……ま、細かいことはいいか。よろしく頼むよ」

 

「この北上様にお任せあれ~」

 

「うぅ……!うぅぅ~っ!! ずる゛い゛~!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

ブロロロ……

 

 

その後鯉住君は、なんとかゴネる夕張を納得させ、北上とふたりで買い物にでかけることができた。

車内で北上と贈り物の相談をしているのだが、彼女からは色々とアイデアが出てくる。

 

叢雲が最近コーヒーに凝っているから、コーヒーメーカーや珍しい豆がいいだろう、とか、

古鷹は物より思い出タイプだから、それに関係したものを贈るといい、とか、

天龍龍田はお揃いのプレゼントだと龍田が喜ぶから、ふたりとも満足できるものを選ぶのがいい、とか。

 

正直言って、鯉住君だけではここまで気の利いた発想は出てこなかった。

小さい女の子にあげるプレゼントとか、業務上必要な気配りとかには、かなり自信がある彼である。

しかしひとりの女性へのプレゼントとなると、途端に気が回らなくなってしまうのだ。

女性経験がほぼ皆無なことが、ここに来て響いたようである。

 

だから北上に頼った判断は大正解と言ってよい。北上様様様といったところか。

 

 

「なるほどなぁ……北上が来てくれて助かったよ。

俺ひとりじゃそんな気の利いた考えは出てこなかった」

 

「でしょ~? アタシ頼りになるっしょ?」

 

「いやホントに。……ところで北上」

 

「ん?どったの?」

 

「キミはどんなものが欲しいんだ?

せっかくたまの休みに、ここまで協力してくれたんだ。少しいいものを買ってあげるよ」

 

「アタシ? ……提督が一番アタシに似合いそうって思ったものでいいよ?」

 

「う……難しいことを言うなぁ……

せっかく一緒に来てるんだから、自分で選んでくれると助かるんだけど……」

 

「ダメダメ。デートで一緒に来た女の子へのプレゼントを相手に選ばせるなんて、ダメダメのダメだよ」

 

「それはそうだけど……い、いや、だからデートでは……」

 

「あ、もちろん大井っちの分も選んでよね?

あの子も提督に何かもらったら、絶対喜ぶからさ~」

 

「お、大井が……? そんなに気を許してもらえてるとは思えないんだけど……」

 

「ないわ~ 提督見る目ないわ~」

 

「キミの言うことは、どこまで本気でどこまで冗談かわからないな……」

 

「アタシはいつでも超本気だってば。ばっちこ~いってね~」

 

「ホントかなぁ……」

 

 

とりとめのない会話を楽しみつつ、ふたりは港へと向かうのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

車で約30分。港に到着したふたり。

 

 

「さっそくお土産を見に行こうか、と言いたいところだけど……」

 

「なんかやることでもあんの?」

 

「一応ね。明後日定期連絡船に乗らなきゃいけないから、一報入れとかなきゃと思って」

 

「あ~、それじゃアタシがやっとくから、提督はプレゼント選んでなよ」

 

「それは申し訳ないよ。俺が行く」

 

「自分が贈ろうってプレゼントを、アタシに選ばせちゃ意味ないじゃん。

提督はさっさとお店に行って、うんうん悩んでるんだね~」

 

 

北上はそういうと鯉住君の返事も待たず、ひらひらと手を振りながら、乗船事務所の方まで歩いて行ってしまった。

置き去りにされた鯉住君は、北上には敵わないな、と思いつつ、雑貨屋へ足を向ける。

 

 

 

・・・

 

 

 

北上が報告を済ませてくれたおかげで、鯉住君はあらかた贈り物を選ぶことができた。

 

叢雲には、三鷹青果ブランドの完全無農薬コーヒー豆。

古鷹には、写真印刷用インクジェットプリント紙。

天龍龍田には、高級手ぬぐい。天龍へのものには、登り龍がプリントされており(土産物屋で外国人向けに置いてあるアレ)、龍田のものには、彼女の髪と同じ薄紫と白の市松模様がプリントされている。

 

あとは北上と大井への贈り物を選ぶだけだ……

 

 

「おーい、提督~。プレゼント決まった~?」

 

「お、北上。問題なく報告はできたか?」

 

「ガキんちょじゃないんだから、それくらい、らっくしょ~よ」

 

「そうか。ありがとな」

 

「それより提督さ、プレゼント決まったの?

なんかいろいろ持ってるけど、それがそう?」

 

 

北上が視線を落とした先には、鯉住君が手に持つ買い物カゴと、そこに入った中身。

 

 

「そうそう。北上もチェックしてみてくれないか?

正直自分のセンスに自信がないんだ。女の子であるキミの意見を聞きたい」

 

「いいよ~。それじゃ提督のセンスを堪能させてもらいましょうかね」

 

「怖い言い方するなよ……」

 

 

・・・

 

 

チェック中

 

 

・・・

 

 

「うん……なんていうか……提督らしいね……」

 

「それどういう意味!?」

 

 

一通りプレゼントチェックを終えた北上は、何とも言えない表情をしている。

 

 

「いや、うん……まぁ、そうねぇ……

提督らしくていいんじゃないかな……? うん……」

 

「なにその反応! どんだけ思うところがあるの!?」

 

「なんていうかね……これはアレだね……

女の子に対するプレゼントではないね……旅行のお土産とかそういう部類だね……

 

たっちゃんのプレゼントはいい感じだけど、手ぬぐいって……

それに天龍用の手ぬぐいの柄、何これ? ネタに走りたいの?

ムラっちとフルちゃんに至っては事務備品だし……」

 

「そ、そうなのか……?実用的でいいと思うんだけど……」

 

「あのね、そんなだからダメなんだよ……ダメダメだよ……

実用的なのはいいけどね、実用性に偏りすぎてるんだよ……

正直言って、アタシがもらったら微妙な反応するしかないなぁ……」

 

「う……そんな……完璧だと思ったのに……」

 

「完璧にダメだね」

 

「ぐぬぬ……」

 

 

北上からのダメ出しにへこむ鯉住君。

 

 

「こういうのはさ、提督が考える相手のイメージに沿ったものを選ぶんだよ。

このチョイスじゃ、形式的なお礼としかとってもらえないよ?貰った子が悲しみに包まれるよ?

ただし天龍は除く」

 

「形式的でもこちらとしてはいいんだけど、そんな受け取られ方されるのは嫌だなぁ……

でもそんなメッセージ込めた贈り物なんて、重くない?」

 

「提督はみんなに愛されてるから、だいじょーぶだいじょーぶ」

 

「ホントかなぁ……」

 

「そういうわけで、選びなおしだね。

ちゃんと相手のイメージ通りのものを選ぶんだよ?」

 

 

 

……そこからは北上とふたりで港町の店を色々と回った。

流石に雑貨店1店舗だけではカバーしきれなかったからだ。

 

店をめぐりつつ、北上からのダメ出しを度々受けつつ、なんとか贈り物を見繕うことができた。

 

 

「つ、疲れた……」

 

「おっつかれ~。何とかいい感じのラインナップにできたじゃん」

 

 

叢雲にはシャープかつシンプルなデザインのコーヒーメーカー。

古鷹には壁に掛けても使える、写真が複数枚収納できるフォトスタンド。

天龍には活発に見える配色のアイパレット。

龍田にも天龍同様アイパレット。ただし龍田は落ち着いて見える配色のものをチョイスした。

 

 

「俺化粧品店なんて初めて入ったから、すっごい緊張したよ……」

 

「よくできました~。やったね」

 

「いやほんと、ありがとな、北上。

キミのおかげで、ものすごくそれっぽいものを選ぶことができたよ……」

 

「どういたしまして。……んで、大事なこと忘れてないかな?」

 

「忘れてない、忘れてないよ……キミと大井の分も選ぶからね……ハァ……」

 

「ため息つくとか、めっちゃ失礼じゃない?」

 

「あぁ……すまないね……

もうなんていうか疲れ果ててしまって……しっかり選ぶから、許して……」

 

「しょ~がないね、この人は全く」

 

「北上には肩肘張らなくていいから助かるよ……」

 

「はいはい。ありがとね」

 

 

慣れないことをして疲れ果てた鯉住君。

しかしここまで助けてくれた北上へのプレゼントを、適当に選ぶわけにもいかない。

大井にしてもそうだ。戦闘で古鷹と同様かなり活躍してくれている彼女へのプレゼントである。

雑な選択をするわけにはいかないだろう。……それがバレたら怖いし……

 

 

しかし北上と大井ね……彼女たちのイメージか……

 

 

「よし、もう少し頑張ろうか……」

 

「ファイト~」

 

 

・・・

 

 

プレゼント選定中

 

 

・・・

 

 

「これでどうだろうか」

 

「……」

 

 

鯉住君が選んだのは、オレンジの花が隅に一点入ったシルクのハンカチ。

北上の太陽のような明るさをイメージしたチョイスだ。

 

そして大井にも、同じデザインのシルクのハンカチ。

ただしこちらはオレンジの花ではなく、白いユリの花がプリントされている。

北上を陰で支えようとする、大井の慎ましい一面をイメージして選んだ。

 

鯉住君的には、少しキザで恥ずかしく感じるが、なかなかいいチョイスだと感じている。

 

しかし北上の表情をみると、非常に複雑なものとなっている。

 

 

「提督、これ、どういうつもりで選んだの……?

マリーゴールドって……ユリって……確かにアタシたちにピッタリだけどさ……」

 

「ん? ああ、北上はいつも陽気で太陽みたいだから、そんなイメージのオレンジの花が入っているものにしたんだ。マリーゴールドっていうのか、その花。

あと大井は縁の下のチカラ持ちってイメージがあるから、綺麗で尚且つしっかりしたイメージのユリの花にした」

 

「あぁ……そういう……まぁ、そうだよねぇ……中らずとも遠からずというか……

提督がそんなこと知ってるわけないもんねぇ……」

 

「お、おい、何かまずかったのか!? 俺が知ってるわけないって、どういうこと!?」

 

「なんでもないよ、提督がこれを選んでくれた気持ちは嬉しいし、これでいい」

 

「ホ、ホントにいいのか? なんだか消化不良っぽいけど……」

 

「まぁ今はこれでいいかな~

もすこし提督が女の子の扱いにうまくなったら、また何か買ってもらうよ」

 

「どういうことなの……」

 

「ささ、もういい時間だし、そろそろ帰るよ。 店員さ~ん。お会計しちゃって~」

 

「キミがそれでいいならいいんだけど……もやもやしちゃうなぁ」

 

 

北上に思うところはあったようだが、無事にプレゼント調達をすることができた。

 

その後鎮守府に戻ってプレゼントを配ったところ、みんな喜んでくれた。

その際天龍が「なんだこれ?何に使うんだ?」と言った時に、一緒にいた龍田が、ひたすらに笑いをこらえていたのが印象的だった。

 

また大井にハンカチを渡した時には、彼女の背後から怒りのオーラが見えるほど機嫌が悪くなった。

しかし鯉住君がしっかりとそれを選んだ理由を説明すると、怒りを引っ込め、ハンカチを受け取ってくれた。

北上から「大井っちにそれ渡す時は、ちゃんと理由を説明しないと知らないからね~」と言われていたのだが、その理由がはっきりと分かったのだった。

 

 

 

 




マリーゴールドの花言葉

『生命の輝き』『友情』『別れの悲しみ』

ユリの花言葉

『純粋無垢』『純潔』『威厳』


北上さんはこれら+αから、色々と感じ取ったようですが、
鯉住君が込めた気持ちを知り、納得することができたようです。


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第32話

鯉住君の女性に対する態度がおかしいのは、女性との交際経験が一度しかなく(中学時代。すぐフラれた)、色々とこじらせているのが原因です。

彼が赤城さんに助けられて使命に覚醒したのは、大学3年の後半ごろ。
それまで彼はパッとしない系草食系男子でした。

そもそも彼の高校は女子ゼロの男子校、大学は工学部ゆえ男女比9:1の超比率。
さらに、よその大学の女の子とお知り合いになれるようなバイトやサークルにも縁がなし。

モテる要素もモテる環境もなかったという感じです。
顔が少し良いくらいでは跳ね返せないくらいのディスアドバンテージがありました。

おかげで女性に対する知識は、高校の時に回し読みしていたグラビアや、いとこの妹分ふたりの扱い程度にとどまっているようです。
また、女性との交際については、小さいころ父と見た、渋めの洋画のイメージしかないため、女性とのお付き合い=大人の交際という認識です。

そんなわけで彼は、「お相手が20代中盤以降でないと交際相手として見られない」という残念仕様に仕上がってしまいました。
そして自分はそういうものと縁遠いと、ある程度諦めてしまっているため、「自分が誰かと交際する」というイメージも希薄なようです。




 

「うぅ……緊張するかも~……」

 

「大丈夫だよ秋津洲。いつも通りに行こう」

 

「そういう提督だって、私と同じで怖がってるの知ってるかも」

 

「だ、大丈夫だって……」

 

 

数日前に大和から大本営への招集命令を受けた、ラバウル第10基地の面々。

提督である鯉住君、秘書艦の叢雲、古鷹の両名、そして今回の主役である秋津洲。

以上の4名は現在、大本営の門前に歩いて向かっていた。

バス停から大本営までは多少距離があるので、その道中というわけである。

 

 

「今日はアンタの評価にも関わる晴れ舞台なんだから、もっとシャキッとしなさいよ」

 

「そうは言うけどな、叢雲。俺大本営に来るのなんて初めてなんだぞ……」

 

「提督なんだから堂々としなさい。秋津洲が安心できないでしょ」

 

「う……それを言われると痛いなぁ……」

 

「あはは……でも、提督のお気持ちは私達にもわかりますよ」

 

「甘いのよ古鷹は。お偉いさん方に情けない姿なんて見せられたら、たまったもんじゃないわ。私達まで馬鹿にされるかもしれないじゃない」

 

「キミだって大和さんからの電話の時、ひどく動揺してたじゃないか……」

 

「う、うるさいわね!あの時のことは忘れる約束だったでしょ!?」

 

「……」

 

「? どうしたんですか?秋津洲さん」

 

「なんだか提督と叢雲を見てたら、緊張してるのがバカらしくなっちゃったかも……」

 

「あ、あはは……」

 

 

ふたりの漫才を見て、呆れと安心を顔に滲ませる秋津洲。

 

色々大変なこともあるけれど、やっぱりここは居心地が良い。

 

改めてそんなことを思いつつ、秋津洲の緊張が和らいだのを見て、ホッとする古鷹である。

 

 

・・・

 

 

移動中……

 

 

・・・

 

 

4人が大本営の門前に到着すると、ひとりの女性が声をかけてきた。

非常に独特な紺色の制服を着ており、髪は金髪。

あのようなきわど過ぎる制服を着ているということは、きっと艦娘なのだろう。そう判断する鯉住君。相変わらず失礼な男である。

 

 

「いらっしゃ~い。私は愛宕。大本営で秘書艦のひとりをさせてもらってるわ。

あなたたちはラバウル第10基地の方々よね?」

 

「あ、はい。初めまして愛宕さん。

私はラバウル第10基地で提督をさせていただいております、鯉住と言います。

そしてこちらが秘書艦のふたり、叢雲と古鷹で、こちらが今回初邂逅となった秋津洲です」

 

「あら~。見慣れない子もいると思ったら、やっぱりそうだったのね。

はじめまして。よろしくね~」

 

「「「はい!よろしくお願いします!」」」

 

 

揃って敬礼する秘書艦ズと秋津洲。

やはりこういうところがしっかりしているのは、艦として激動の時代を見てきた経験からだろう。実に頼りになる。

 

ここは愛宕さん、ひいては大本営の皆さんに、自分たちの印象を少しでも良くしてもらえるよう、自分もフォーマルな態度をとるべきだろう。

そんなことを考えながら、彼女たちと同様に敬礼する鯉住君。

 

 

「あらあら。ご丁寧にどうも」

 

 

こちらの敬礼を受け、愛宕さんも答礼をしてくれた。

すると必然、姿勢を正すことにより胸が強調され……

 

 

(……でかい)

 

 

ギチッ

 

 

「……ツッ!!」

 

 

先ほど部下のフォーマルな態度に感心したのは何だったのだろうか。

鯉住君が非常に失礼な事を考えていると、叢雲に背中をつねられた。

 

どうやら視線だけで、彼の考えは正確に読まれてしまったらしい。

叢雲にチラリと横目を向けると、流し目で蔑むような視線を送ってきた。これは確実にバレている。

 

 

「うふふっ。そこは改装してないわ、自前よぅ~」

 

「提督……流石にもう少ししっかりしていただかないと……」

 

「目線が露骨すぎるかも……」

 

「……(蔑むような視線)」

 

 

どうやら叢雲だけでなく、全員に彼の考えは読まれてしまっていたらしい。

 

……事ここに至っては、印象アップなど考えている場合ではない。

速やかに謝罪するしかないだろう。

 

 

「……出会って早々、申し訳ありません……」

 

 

観念して頭を下げる鯉住君と、彼を取り囲み、ジト目を向ける部下の艦娘たち。

こんなに提督の立場が弱い鎮守府も珍しい。

 

 

「うふふっ。お聞きしてた通りね。面白い提督さん♪」

 

 

どうやら愛宕は鯉住君の視線についてはそこまで気にしていないようである。

ホッと一安心。胸をなでおろす鯉住君。

 

……しかし彼の耳には、気になるフレーズが。

 

 

「あの、お聞きしていた通り、とは……」

 

「あなたたちのことは、色々と姉の高雄から聞いているわ。とっても面白い提督さんが赴任してきた、ってね。

もちろん今までの功績も一通り把握してるわよ?」

 

「ああ……そう言えば、愛宕さんは高雄さんの妹さんでしたね。

お姉さんにはいつもお世話になっております。

……いや、本当に、お世話になっております……」

 

「あらあら……なんていうか、ホントに聞いていた通り、苦労されているようね……

ともかく仲良くやれているようで安心だわ」

 

「高雄さんがいなかったら、今頃私は胃潰瘍で入院してると思います……」

 

「ふふ。面白い冗談ね。

……それじゃいつまでも立ち話しているのもなんだし、中に案内するわ。大和も待っているしね。

それじゃ、ついてきて~」

 

「や、大和さんが……よ、よろしくお願いします」

 

 

大和というワードを聞いて、先日の醜態を思い出す3人。

本日の呼出しは懲罰的なものではないと頭ではわかっているが、それでも一抹の不安はあるのだ。

 

 

・・・

 

 

「なぁ秋津洲」

 

「……」

 

 

ギュッ

 

 

「歩きづらいから、あんまり引っ付かないでくれないか……?」

 

「……」

 

 

愛宕に案内されて大本営の応接間まで向かう道中、多くの提督と思しき人物とすれ違った。

大本営となれば、全ての鎮守府から諸々の用事で、日常的に提督の招集がある。常にどこかしらの提督が訪れているのは普通のことなのだろう。

 

だから応接室までの短い道中と言えど、多くの人数の提督と顔を合わせることになる。

その度にラバウル第10基地の面々は、好奇の視線を注がれていた。

 

 

「ごめんなさいね……皆さんあなた達に興味があるみたいで……」

 

「あ、いえ、愛宕さんが謝ってくださるようなことじゃありませんよ。

それよりもウチの秋津洲がスイマセン……こんなにおどおどしちゃって……」

 

「だってぇ……あの人たち秋津洲のこと見るとき、すごくじろじろ見てくるんだもん……

あんな気持ち悪い視線向けられて、いつも通りになんてできないかも……」

 

「あなたという艦娘は、まだ皆さんに知られていないから、その影響でしょうね……

あとは単純にかわいいからかしら……」

 

「うぅ……かわいいなんて言われても、こんな状況じゃ嬉しくないかも……」

 

「それに鯉住少佐自身も新任で顔を知られていないから、それで皆さん興味があるのかも……」

 

「ああ、それはあるかもしれませんね……」

 

 

実際それは本当で、鯉住君にも秋津洲と同じ程度には、好奇の目が向けられていた。

 

良くも悪くも有名な鼎大将組の新入りにして、技術工上がりという異色の経歴。

しかも内内で研修を終えたため、ほとんどの提督が彼の顔を知らない。

 

初邂逅艦の秋津洲と同じ程度には、彼も注目されていた。

 

 

「何よ、アンタのせいじゃないの。秋津洲に謝りなさいよ」

 

「叢雲ォ……それは濡れ衣なんじゃないですかねぇ……?」

 

「提督、叢雲さんは秋津洲さんの緊張を和らげようと思って、わざと……」

 

「ああもう!古鷹は余計なこと言わないの!そういうのじゃないから!」

 

 

顔を赤くして古鷹に反論する叢雲。

薄々鯉住君にもわかってはいたが、さっきのは彼女なりのフォローだったようだ。

 

 

「気遣ってくれるのは嬉しいけど、理不尽な批判はいじめにつながっちゃうよ。

クセになるとよくないから、そういうのはやめるようにね」

 

「う……わかったわよ……」

 

「キミは本当はすごく優しいんだから、もっと素直になればいいのに……」

 

「う、うるさいわね!大きなお世話よ!」

 

 

先ほど同様漫才を繰り広げるふたりを見て、愛宕はニコニコ微笑んでいる。

 

 

「うふふ。なんだか鯉住少佐、お父さんみたいね」

 

「わ、私がですか?」

 

「ええ。提督っぽくはないかしら」

 

「ええ……」

 

 

確かに今の状況を見ると、そのように見えなくもない。

少し落ち着いた古鷹が長女で、反抗期真っただ中と言った叢雲が次女、まだまだ提督に頼っている秋津洲が末っ子といったところか。

 

しかし鯉住君はまだ26歳。年頃の娘を持つような年齢ではない。

お父さんみたいと言われても少し複雑だ。

 

 

「秋津洲ちゃんもよかったわね。優しい提督さんで」

 

「他のところを知らないから何とも言えないけど、秋津洲は今の提督で良かったって思ってるかも。

少なくとも、さっき見てきたような人たちのところには行きたくないかも」

 

「あらら……」

 

 

秋津洲の返事を聞いて困り顔の愛宕。

それもそのはず、大概の提督の反応はあのようなものなのだ。鯉住君の艦娘の扱いが珍しいのである。

もし彼女が他の鎮守府に確認されたとしても、この様子ではうまくやっていけそうにない。

そのような事がいつ起こるかはわからないが、そうなったとしたら人事には気を遣わないといけなさそうだ。

 

 

「ともかく、応接室まではあと少しだから、もうちょっとだけ我慢してね。ごめんなさいね」

 

「そんなに気を遣っていただかなくても……」

 

「わざわざお呼びしたんですもの。少しくらい気を遣わせてちょうだい。

……あ、そうそう、忘れてたわ。道すがらこの後の予定をお伝えするわね」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 

恐らく愛宕さんは、話題を作ることでこちらの気を逸らしてくれるつもりなのだろう。

こういうところが秘書艦としての気遣いなのだろうと、感心する鯉住君。

 

 

「この後は一度皆さん全員を、筆頭秘書艦の大和にお任せするわ。

その後は大和の指示に従う形となるけど、大枠としては、秋津洲ちゃんは係の者に従って性能試験、秘書艦のふたりと鯉住少佐は新邂逅の件を含めて近況報告という形になるはずよ。

性能試験は大体長くて2時間くらいになるかしら」

 

「わかりました。……リラックスしていくんだよ、秋津洲」

 

「そんなこと言われても、緊張しちゃうかも……」

 

「まぁ、初めての場所で初めての体験だからねぇ……

そうだ。何をするのかわかれば不安も薄れるんじゃないかな?

愛宕さん、テストでは一体どういうことをするんですか?」

 

「そうねぇ、色々とあるのだけど……

基本的なところでは砲雷撃性能、対空砲火性能、耐久性能、これらのチェックが大部分かしら。

他にも対潜性能や回避性能、機動性能チェックなんかもあるけど、メインはその3つよ。

あとは水上機母艦って聞いてるから、先輩の千歳さんに付いてもらって、装備可能艤装チェックなんかもあるわね」

 

「なんだか色々ありすぎて、目が回っちゃうかも……」

 

「うふふ。大丈夫よ、心配しないで。

こちらが細かい記録をとるから、秋津洲ちゃんは言われた通りに動いてくれるだけでいいわ。

艦としての性能チェックであって、あなた自身を試すような真似はしないから、安心して頂戴」

 

「それでも心細いかも……提督に一緒についてきてもらっちゃダメ……?」

 

「お気持ちはわかりますけど、提督にもお仕事がありますから……」

 

「古鷹の言う通りよ、秋津洲。

私達も大和さんなんて大物とやり取りしなきゃいけないんだから、ひとりで頑張ってきなさい」

 

「うぅ~……」

 

 

軽く涙目になりながら、先ほどよりも強く鯉住君にしがみつく秋津洲。

どうやらなかなかに臆病な性格らしい。

 

 

「まぁまぁ……そうだ、ひとしきり済んだら、甘味処に寄っていこう。

秋津洲も頑張ることになるし、そのご褒美だね。どうかな?」

 

「か、甘味……! 秋津洲、頑張るかも!」

 

「うん。頑張っておいで」

 

 

やっぱり彼は父親のようだ、そう思いながら頬をほころばせる愛宕。

そのやりとりは、習い事の発表会に緊張する娘をあやす父親という他ない。

高雄から良い提督が赴任したという話を聞いて、どんな人なのか多少興味があったのだが、こういう人だったのか、と納得する。

 

愛宕にとっても彼の人柄は好ましいもの。

姉である高雄、先輩である大和が興味を示すのも納得といったところか。

 

 

「もちろん私達にもご褒美はあるのよね?」

 

「なに、叢雲。キミ甘味とか喜ぶタイプだったっけ?

意外とかわいらしいところもあるじゃないか」

 

「う、うるさいわね!そんなんじゃないわ!たまたま今日はそういう気分だっていうだけよ!

古鷹だって甘味食べたいでしょ!?」

 

「あはは……そうですね。

でも提督、いいんですか?私達までいただいてしまっても」

 

「いいよいいよ。たいした出費にはならないだろうしね」

 

「ありがとうございます」

 

 

そんなこんなで好奇の視線をものともせず、賑やかに応接室まで到着した一行。

それを見て、何事もなく済みそうだ、と胸をなでおろす愛宕なのであった。

 

 

 




釣りとか山登とかが楽しくて投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。
ちまちま書いていきますので、たまに箸休め程度に楽しんでいただければと思います。


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第33話

ラバウル第10基地から大本営までの道のりは、

定期連絡船→横須賀港→電車→バス→徒歩

となります。

上官になるとバス停まで迎えが来るようですが、佐官程度ではVIP待遇は受けられないようです。




 

 

「……以上となります」

 

「はい。よくわかりました。ありがとうございます」

 

 

今現在鯉住君は、大本営筆頭秘書艦である大和への近況報告を終えたところである。

 

愛宕に案内されて応接室に入室したラバウル第10基地の面々は、大和に実にフレンドリーに出迎えられた。

多少なりとも戦々恐々としていた3人にとって、その対応は肩透かしともいえるほどだった。

 

その後は係の者と名乗る職員が秋津洲を連れて行き、残された3人は着任してから今までの経緯を説明したのだが、この間も大和は非常に穏やかに、程よく相槌を打ちながら話を聞いていた。

これもまた3人にとっては肩透かしともいえる対応だった。色々やらかした手前、何かしらの叱責は覚悟していたからだ。

 

そんな塩梅で、無事に説明を終え、今に至る。

3人は心の中で安堵のため息をついていた。そして同時に龍田の言っていたことは正しかったんだなぁ、と実感していた。

3人の頭の中では龍田が微笑みながら「だから言ったでしょ~」とつぶやいていた。

 

 

「ええと……何か今の説明の中で、分からないことはあったでしょうか……?」

 

「いえ、問題ありません。

高雄から聞いていた通りの内容でしたし、妖精さんの挙動が説明できず、制御できないというのも周知の事実です。

とても分かりやすい説明でしたよ」

 

「そう言ってくださると、ありがたいです」

 

 

分かりやすいと言ってもらって、ホッと胸をなでおろす3人。

説明の多くの部分に「自分達でもわからない」という言葉を入れざるを得ず、後ろめたさを感じていたからだ。

相手に説明してくれと言われて、わかりません、では、話にならない。

3人が叱責を恐れていた理由のひとつである。

 

 

「それではこれでこちらが確認したいことは以上となります。

何かそちらが気になることなどはありますか?答えられる範囲でならお答えしますよ?」

 

「え……? そ、そうですね。それではひとつだけ……」

 

「はい。何でしょう?」

 

「何故私達には、何のお咎めもないのでしょうか?

着任してたったの2週間で、これだけ想定外の事態を引き起こしてしまったんです。

ラバウル第1基地の高雄さんには、大分迷惑をかけてしまいました。もしかしたら大和さんにも迷惑をかけてしまったんではないでしょうか……

自分で言うのも何ですが、私達は厄介に思われてはいないのでしょうか……?」

 

 

大和が穏やかな態度をとってくれているのを見て、日頃から気になっていることを尋ねることにした鯉住君。

両隣では秘書艦のふたりも真剣な表情をしていることからもわかる通り、彼女たちにとってもそれは共通の悩みだ。

 

ひとしきり発言し終え、息を呑んで大和の返答を待つ。

 

 

「ふふ。確かにあなた達の鎮守府関連のお仕事は、なかなかやり応えのあるものでした」

 

「や、やっぱりご迷惑を……!!」

 

「あ、いえ、勘違いしないでいただきたいのですが、私も高雄もあなた達に対して悪感情など持っていませんよ?

何か大きな出来事があれば仕事が増えるのは当然ですし、そういったものに対処するのは秘書艦の務めの内です。

そして何より、あなた達の行ってきたことは、どれもこれも海軍、ひいては日本の未来に光明を与える類のものです。決して迷惑などではありません。

あなた達の行いを賞賛こそすれ、厄介に思うはずもないですよ」

 

「そ、そうだったんですか……!!」

 

 

日頃から一番心配していたことが杞憂だとわかり、喜びを顔ににじませる鯉住君。

叢雲も、古鷹も、ホッとした表情をしている。

特に叢雲にとっては、この件での心配は鯉住君以上と言ってもよいほどだった。

それが解消された今、黙っていても喜びがにじみ出るくらいには、いい表情をしている。

 

 

「うふふ。変わった御方ですね。

普通の提督でしたら、自分の手柄の大きさを主張して、昇格願いでも出してくる程の偉業ですよ?」

 

「そ、そんなにすごいことなんでしょうか……?

私達としては、普通にやってきたつもりなんですが……」

 

「いえいえ、鯉住少佐は『普通の提督』の範疇には納まっていません」

 

「マニュアル通りやってきたはずなんですが……

なんだかお話を聞いていると、私の感覚はどうにも普通というところから離れているのでは、と思ってしまうんですが、どうなんでしょうか……?」

 

 

あまりにも想像の中の大和の態度と現実の大和の態度がかけ離れていることが気になり、よくわからないことを聞いてしまった鯉住君。

 

彼の中では、自身は一般的な常識人だ。ごく普通の一般市民とそんなに離れた感性をしているとは思っていない。

しかしやらかしたことを考えると、そして、大和の先ほどの言葉を踏まえると、ある不安が生まれてくる。

 

もしかして自分は、普通の提督と思われてはいないのではないか?

何か自分の知らないところで、おかしな奴、特別な奴、そういった扱いをされているのではないか?

 

これは彼にとって非常に重要な問題だ。

後方支援でひっそりと、縁の下のチカラ持ちとしてこっそりと、海軍の役に立とうと考えていた彼である。悪目立ちしてしまうのは避けたい。

 

提督という立場にあっても、穏やかな、平穏な、毎日が何事もなく過ぎていくような人生を送りたい彼にとって、色々と目を付けられるのだけは避けたいことであった。

 

 

「まぁ、それはその……否定しきれない部分があると言いますか……

やはり鼎大将のお弟子さんですので、私達としても納得していると言いますか……」

 

「えぇ……

もしかして私って、鼎大将や3弟子の皆さんと同じカテゴリに入れられてます……?」

 

「はい。それはもう、しっかりばっちりと」

 

「なんてこった……もうダメだぁ……おしまいだぁ……」

 

 

どうやら高雄も言っていた通り、彼の願いは永遠に叶わないものになってしまったらしい。

あの型破りな4人と自分が同じ穴の狢だと思われているというのだ。何ということであろうか。

そこそこの期間を共に過ごした鯉住君から見ても、あの4人はわけがわからない。

少なくとも、自分と同じような一般的な感覚を持っているとは思っていない。

 

まさか自分がその4人と同じような存在と思われているとは……

今後の身の振り方に多大な影響を及ぼすその情報に、鯉住君は大本営筆頭秘書艦の前ということも忘れ、頭を抱えてしまった。

 

 

「ちょ、ちょっとアンタ!しっかりしなさいよ!大和さんの前なんだから!」

 

「そうですよ提督!落ち着いてください!

ご自身の先輩と一緒にされるのが、何でそんなに嫌なんですか!?」

 

「あぁそうか……キミたちはあの人達がどれだけおかしいのか知らないんだよね……」

 

「自分に色々教えてくれた先輩に、なんてこと言うのよアンタは!?」

 

「あぁ、いや、もちろん感謝はしているよ……?

でもさ、それとこれとは別問題なんだよ……事前研修のことを思い出すだけで、頭が痛くなる……」

 

「えぇ……確か半年間の研修でしたよね?

どれだけすごい内容だったんですか……?」

 

「あっ……(察し」

 

 

鼎大将プロデュース、3弟子の皆さんが行う研修。

 

それだけの情報で、大和は察することができた。

その研修は、研修という名の皮をかぶった恐ろしい何かだということを。

そして鯉住君の達観したような表情が、その予想のこれ以上ない裏付けとなっていた。

 

彼はその得体のしれない何かを恐れる程度には、普通の感性を持っている。そのことを喜ぶ大和。

そして同時にこう思ったのだった。

『薮蛇になるかもしれないが、その研修の内容を聞いてみたい』と。

 

例の4人がどれだけ型破りな存在か、その身をもって知り尽くしている大和。

知りたいと思ってしまったのは、怖いもの見たさでもあり、同族意識の共有をしたいという仲間欲しさでもある。

 

 

「あの、鯉住少佐」

 

「あ……取り乱してしまって申し訳ありません、大和さん」

 

「いえ、それは別に構いません。

それよりも、その研修の内容、私にも教えていただけないでしょうか……?

もちろん嫌な思いをしてほしくはないので、できたら、で構いませんが……」

 

 

「できたら」といいつつも、彼女からは、「気になる」というオーラが溢れている。

それに気が付かない鯉住君ではない。情けない姿を見せてしまったお詫びも兼ねて、話すことにした。

 

 

「わかりました……お話しします。

しかし、その、正直言って、大本営筆頭秘書艦である大和さんにとっては、都合の悪い内容だと思いますよ?

それでも大丈夫ですか?」

 

「えぇ、まぁ、はい。ある程度予想はできています。

私も例の4名については、色々と存じておりますので……」

 

 

苦笑いしながら言葉を濁す大和。

その様子を見て何かシンパシーめいたものを感じる鯉住君。

 

これは多分あれだろう。大和さんになら一切合切話しても大丈夫ということだろう。

理屈では説明できないが、なぜかそう感じた。

海軍規範を軽々と超えるような違反だらけだが、それを話しても大丈夫に違いない。

というかむしろ、それを聞いたところで、あの人たちを処分することが不可能なことくらいは、大和さんはわかっているだろう。

 

 

「……大和さんになら、お話しても大丈夫とお見受けしました。

キミたちもせっかくだから聞いておくといい。あの人たちがどれだけ常識外れなのかわかるから……」

 

「な、なによ。アンタがそこまで言うなんて、珍しいじゃないの……」

 

「何でしょうか……イヤな予感がします……

聞きたいような、聞いたらいけないような……」

 

 

緊張で固くなる秘書艦ズを尻目に、話し始める鯉住君。

 

 

 

・・・

 

 

 

「私が最初に配属されたのは、佐世保第4鎮守府、加二倉さんのところでした……」

 

「いきなりそれは……ハードすぎるのでは……」

 

「はい。大和さんのリアクションの通りです。

当時はそれが当たり前だと思って必死で日々を凌いでいたのですが、今思えばあれは鼎大将の作戦でしたね……

私の中での色んな基準を引き上げるつもりだったのでしょう……」

 

「日々を凌ぐって……どんだけ厳しかったのよ?」

 

「そうだな……一番初めに取り組んだのが、実地訓練だったって言えば、わかりやすいか。

佐世保に到着したと思ったら、その1時間後、いきなり何も聞かされず小型船舶に乗せられたんだよ……そしてそのまま出撃……

それから最初の1週間は、毎日艦娘の皆さんと一緒に出撃してた……」

 

「え、ちょ、な、何してるんですか!?

人間が艦娘と一緒に出撃なんて危険すぎます!人間は深海棲艦から優先的に狙われるんですよ!?」

 

「だよねぇ、古鷹のその反応が普通だよねぇ。

でも当時はそれが普通だと思ってたから、『流石加二倉さんはスパルタだなぁ』くらいしか感じなかったんだよ」

 

「アンタよくそんな悠長にしていられたわね……

深海棲艦の放つ強烈な悪感情にさらされるっていうのに」

 

「まぁ、言う通り、出発前は怖かったんだけどさ……

艦隊の皆さんが楽しそうに敵を蹂躙してるのを見てたら、そんなことどうでもよくなっちゃって……」

 

「ええと……ち、ちなみにどのようなメンバーで、どんな海域に出撃していたのでしょうか……?」

 

 

想像以上にヤバかった内容に、ドン引きする大和。

しかしせっかくの貴重な情報だ。知りたくないし嫌な予感もするが、掘り下げて聞いていくことにした。

 

 

「そうですね……私の乗っていた船舶の護衛に、常に赤城さんがついていてくれた以外は、メンバーも海域も日替わりでしたよ?」

 

「そ、そうなんですか」

 

「あ、でも出撃したい方が優先で出撃させてもらえるルールがあったので、よく一緒になるメンバーは決まってました」

 

「何なんですかその制度は……海域に合わせてメンバーを変えなければ効率が悪いのでは……?」

 

「いや、なんていうかその……

私も同じことを聞いたんですが、『誰が出ても結果は一緒だ』とかいう話で……」

 

「うわぁ……」

 

「まぁ、その反応になるのはわかります……

それでバトルジャンキーな気がある方と一緒になることが多かったんですが、そのメンバーというのが、武蔵さん、龍驤さん、瑞穂さん、神通さんあたりですかね……」

 

「ヒッ……神通……!」

 

「瑞穂さんですってぇ!?」

 

「武蔵って……!!存在してたんですかっ!?」

 

 

鯉住君の発表する戦闘狂の面々に、三者三様の反応を見せる大和と秘書艦たち。

 

 

「瑞穂さんがバトルジャンキーなわけないでしょ!? あんた誰と間違えてんのよ!?」

 

「いやいや、合ってるって……

ていうか水上機母艦瑞穂って、みんなあんな感じなんじゃないの?

ほら、「困ってしまいます~」なんて言いながら、相手を笑顔で殲滅していくような……」

 

「バカ言ってんじゃないわよ!

瑞穂さんはもっとお淑やかで、大和撫子を絵に描いたような人なんだから!

私の憧れでもあるのよ!それをアンタ、よりによってバトルジャンキーだなんて!!」

 

「あ―……そうなのかぁ……やっぱり性格も違うんだなぁ……」

 

「何ひとりで納得してんのよ!」

 

「まあ、あまり気にしちゃいけない。あそこのメンバーは色々と常識外れだから」

 

「ちょ、ちょっといいですか!?」

 

 

叢雲と鯉住君のやり取りが収まらないうちではあるが、古鷹が話に割り込んできた。

礼儀正しい古鷹にしては珍しいことだが、よほど気になることがあるらしい。

 

 

「それも気になりますが、問題は武蔵さんです!艦娘として存在してたんですか!?」

 

「うん。居たよ。色々と尋常じゃなかった」

 

「や、大和さんはご存じだったんですか!?」

 

「神通怖い……川内型怖い……」

 

「や、大和さん……?」

 

 

虚ろな瞳で何かつぶやいている大和。

 

 

「……はっ! す、すいません、古鷹さん! 一体なんでしょうか?」

 

「えと、大丈夫ですか……?」

 

「はい……もう大丈夫です」

 

「ならいいんですが……

武蔵さんですが、艦娘として存在してるなんて、誰も知りませんよ!

ホントなんですか!?」

 

「ああ……これは秘匿情報なんですが、加二倉中佐のところに一隻だけ、存在が確認されています」

 

「秘匿情報って……」

 

「そうです。なので口外無用でお願いしますね。

小規模鎮守府に武蔵なんて超特級戦力が在籍していることが知られれば、あまりいい結果にはなりませんし……」

 

「そ、そんな状態で大丈夫なのでしょうか……?

いくら秘匿されているとはいえ、人の目にも触れる機会もあるでしょうし、隠し通せるとは到底思えないんですが……」

 

「まあ、そこは、公然の秘密、ということです。

なんとか交渉の末、武蔵の出撃は隠れて行っていただくよう、加二倉中佐には取り付けましたし、

もし誰かがそれを無視して公言しようものなら、その方は大変なことになるんですよ……」

 

「え、何ですかそれ……怖いんですが……」

 

「はい。怖いんです……

姉の私ですらあの子は手に負えないというのに、それと同等、もしくはそれ以上の戦力に襲撃されることとなります……」

 

「……」

 

「ですから、叢雲さんも古鷹さんも、公言しないようお願いします。

まあ鯉住少佐の部下ですから、問題はないんでしょうが……」

 

「い、いえ……絶対に他ではこのことは口にしないと誓います……」

 

 

知ってはいけない事実を知ってしまった古鷹は、涙目になっている。

 

 

「まあ、大丈夫だよ、古鷹。

あそこの面々は色々とぶっ飛んでるけど、基本的にはみんなすごく優しいし」

 

「今の話からその結論には至れないんですが……」

 

「ホントだからね?」

 

「アンタよく生きて帰ってこれたわね……」

 

「だからそんなひどいところじゃないって。

あそこの皆さんだって、立派な艦娘なんだし、日本の未来のために日々頑張ってくれてるんだ。

エッグい訓練の日々だったけど、ここまでして俺たちを守ってくれてるんだ、って思うと、手を抜くなんてできなかったよ」

 

「さっすが龍ちゃん、わかってるじゃん!」

 

「いや~、それほどで……も……」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「 !!!??? 」」」」

 

 

 

 

 

 

 

応接室には先ほどまで大和、鯉住君、秘書艦ふたりの、合計4名がいたはずだ。

それが今はどうだろうか。誰の目にも5人いるようにしか見えない。

 

 

「キャアァッ!!だ、誰なんですかぁっ!?」

 

「え、なに!? ウソ!? いつから!?」

 

「やっほ~!龍ちゃん久しぶり!元気してた?」

 

「せせせ川内さんンッ!!?? 何してんですかぁッ!?」

 

「ヒイッ……! 川内型っ……!?」

 

 

 

 

 

 




何で大和回は大和がひどい目に遭ってしまうんやろか……


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第34話

同じ艦娘といっても、それぞれ微妙に違ったりします。

例えば鯉住君のところの龍田は、天龍が色々やらかすのを面白がるような、愉悦部的な性格をしていますが、
別のところの龍田は、天龍大好きで提督にすら心を許さない、内向的な性格だったりします。

艦としての性能はほぼ変わりありませんが、そういった性格の個体差は結構大きいようです。




いつの間にか姿を現していた川内に驚く4人。

噂をすれば影が差すとは言うが、影どころか実体が現れるとは誰も思っていなかった。

 

 

「せ、川内さん!何故大本営に!? というかどうやって入ってきたんですか!?」

 

「え? ちょっと重要な報告があってね。ていうか普通に入ってきたよ?」

 

 

川内の目線の先には、外された天井板と、穴の開いた天井が。

 

 

「だから! 天井は出入り口じゃないって何度も言ったじゃないですか!」

 

「え~? だって扉から入るとノックしなきゃいけなかったり、色々マナーがあってめんどくさいじゃない?」

 

「何でそういうことを気にすることができるのに、よりにもよって結論が『天井から侵入』なんですか!?」

 

「天井から入るときのマナーってないから、そっちの方が気を遣わなくていいじゃんか」

 

「小学生みたいな屁理屈を言うんじゃありません!」

 

 

口をすぼめてブーブー言う川内と、まるでオカンの如く注意する鯉住君。

その様子を見ると、何度か繰り返されたやり取りのようだ。

 

それを見て唖然とする秘書艦たちと、何かにおびえる大和。

 

 

「相変わらず龍ちゃんはお固いんだから……

ま、いいわ。重要な報告があるのよ。ハイ、大和さん」

 

 

叱られるのがめんどくさくなったのか、川内は話をそらし、懐から取り出した書状を大和に渡す。

 

 

「……はひっ! な、なんでしょうかっ!?」

 

「ん。 これ加二倉提督からね。重要書類だからね~」

 

「わ、わかりました……それでは確認させていただきますね……」

 

 

かろうじて正気を取り戻した大和は、川内からの書状を受け取り、目を通し始めた。

 

 

「川内さん……なんで加二倉さんは電報を使わなかったんですか?

わざわざ佐世保からここまで来なくても良かったでしょうに……」

 

「もし電報で重要文書送ったら、どっかに情報流出しちゃうかもしれないじゃん?

実際それで昔は痛い目に遭ったんだし。

『同じ轍を踏むのは愚か者』だよ」

 

「あぁ……確かに加二倉さんはそのセリフ、よく使ってましたよね。

ていうか普段の事務はガバガバなのに、そういうところだけしっかりしてるんですね……」

 

「ム。龍ちゃん、私達のことバカにしてないでしょうね……?」

 

「してませんよ……バランスが極端に悪いって言ってるだけです」

 

 

暇な時間ができたので、雑談を繰り広げるふたり。

 

……どうやら文書の情報量はそこまで多くなかったようである。

そんなに長い時間は経っていないのだが、大和は全文を読み終えたのだろう。書状を折りたたんでいる。

 

しかしよく見ると様子が変だ。カタカタとカラダを震わせている。

 

 

「せせ、川内さん……これって本当のことなんですか……!?」

 

「そりゃそうだよ。 わざわざ私がこっそり来たくらいなんだから」

 

「そんな……嘘よ……信じられないわ……」

 

 

大和の様子が明らかにおかしい。

鯉住君はこの事態を収めるために、川内に内容を確認することにした。

 

 

「や、大和さん、大丈夫ですか……?

川内さん、報告の内容って何なんですか?聞いていいなら教えてくれませんか?」

 

「え?いいよ。 龍ちゃんも知ってることだし」

 

「ちょ……俺も知ってるって、まさか、ひょっとして……!!」

 

「多分お察しの通りかな。龍ちゃんのためにみんなで捕ってきたアイツのこと」

 

「やっぱりィ!!

超重要な報告じゃないですか!何で今まで放っておいたんですか!何か月前の話だと思ってるんですか!」

 

「だって大本営って遠いんだもん。なんかのついでじゃないと足が伸びないっていうか」

 

「そういうとこぉ!!

防諜管理は徹底してるのに、報連相が雑過ぎるんですよ!」

 

「だーいじょうぶだって。さっさと知ってどうにかなる内容でもないし。

よその国とかにまでバレなきゃ、こっちとしては問題ないし」

 

「一応大本営が上部機関なんだから、もっと大事にしてあげて!お願い!」

 

 

 

 

 

同席している秘書艦のふたりは、状況に圧倒されて口を挟めずにいた。

 

ニコニコして頭の後ろで手を組んでいる川内とは対照的に、困り顔で激しいツッコミを入れている自分たちの提督。

そしてその隣では、大和が青ざめた顔をして虚空を眺めている。

 

何なんだろうか、このよくわからない空間は。

 

 

「ねぇ古鷹……これって私達も参加しなきゃいけないのかしら……」

 

「……そうせざるを得なくなる予感はします……」

 

「やっぱり……? そうなるわよねぇ……

あまり関わりたくないけど、そういうわけにはいかない流れよね……これ……」

 

「まったくもって同意見です……」

 

 

何か大きな流れを感じ取った二人は、しぶしぶそれに身をゆだねることにした。

 

 

「大和さん、その、ご気分がすぐれないところ悪いんだけど、私達にもその書状、みせてもらえないかしら……?

提督はもう察してるみたいだし、問題ないと思うんだけど……」

 

 

……スッ

 

 

大和は遠い目をしながら、無言で叢雲に書状を差し出す。

 

……どれだけ彼女にとって衝撃的な内容なんだろうか?

恐る恐る書状を開き、覗き込むふたり。

 

 

 

 

 

『先日戦艦レ級旗艦個体を鹵獲し、現在我が鎮守府で飼育中である。

鎮守府運営に特段問題はなし。引き続き恒常的運営を継続する。

何か問題があるようなら、使者の川内に質疑応答をしていただきたし。

 

以上

 

佐世保第4鎮守府 加二倉剛史』

 

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

ちょっと何言ってるのかわからず、フリーズするふたり。

 

 

「飼育中って……戦艦レ級ってカブト虫か何かだったかしら……?」

 

「加二倉中佐って達筆なんですねぇ……」

 

 

よくわからないことが起こった時は、こんな反応をしてしまうものらしい。

 

自分たちに現状を受け入れるキャパシティはこれ以上残っていない。

そう感じたふたりは、そっと書状を折りたたみ、大和に返却した。

そして先ほど同様、空気であるように努めることとした。

 

 

 

 

 

「それじゃさっさと詳細説明しちゃうね。いい?大和さん?」

 

「あ……はい……」

 

「んーとね。

龍ちゃんが敵の艤装にも興味あるって赤城さんに伝えた事が原因で、そうなったんだけどさ」

 

「人を諸悪の根源みたいに言わないで下さい!」

 

「言ってないじゃん、そんなこと。人の話に割り込んじゃダメでしょ。めっ。

……まぁいいや。続き続き。

それを聞いた赤城さんが、他のメンバーに話したら、みんなやる気になっちゃってさ。

だったら捕まえてこようか、って」

 

「……」

 

 

何でそれで、よりによってレ級フラッグシップなんだろうか……

近隣のイ級でも捕まえればよかったのでは……

 

そう思うものの、ショックで言葉が出てこない大和。

 

 

「そんで提督に何捕まえるか相談したらね、『どうせ捕まえるなら、多種多様な艤装を積んでるやつにしてこい』っていうからさ、成程、だったらレ級でいいじゃん!ってなったの」

 

「あの時はビックリしましたよ……

なんか捕まえるとか言って出撃したから、てっきり俺は、食糧確保のために漁に出るものだとばかり……」

 

「まあ似たようなもんだよ。

それでレベル5海域の特務エリアまで出張って、みんなして苦労しながら捕まえてきたわけよ」

 

「あの……なんであえてフラッグシップ個体なんでしょうか……」

 

「ああ。最初に見つけたから」

 

「えぇ……」

 

 

レベル5海域の特務エリア(ゲームでいう5-5)は、最難関海域のひとつに位置付けされる。

ここに出撃する権利を持つ提督は、数えるほどしかいない。それほどの危険区域である。

 

わざわざそこまで行って、サンマ漁感覚で、誰もが恐れる強敵を鹵獲してきたということらしい。

聞かなきゃよかった、と、心の底から後悔する大和である。

 

 

「ええと、はい……わかりたくありませんが、現状はよくわかりました……

しかし本当にそんな強大な敵を鎮守府で飼育?できているのですか……?」

 

「あ、うん。

どうやらアイツ、三度のご飯より戦闘が好きらしくてね?演習相手にちょうどいいのよ。

そんで疲れたら寝ちゃうから、手間もかかんないのよ。

いやー、いい拾い物したよね~。清霜も遊び相手ができて喜んでたし」

 

「……こ、鯉住少佐……」

 

 

何を言ってるのかはわかるが、理解が追い付かない大和。

彼女にできることは、事情を知っている様子であり、常識的な鯉住君に、涙目で助けを求めることだけであった。

 

その視線を受け、大和の求めるものを120%理解した彼は、通訳を開始することにした。

 

 

「ええとですね……

まず確認しておきますと、今の話に出た戦艦レ級は、大和さんの想像通りのレ級で間違いないと思います。

友好的な個体とかではないです。普通の鎮守府に居たら、大惨事になるやつです」

 

「あ、はい……」

 

「そのレ級なんですが、どうやら天性の戦闘狂の様で……

最早本能といえばいいでしょうか……とにかく常に暴れまわりたがるんです。

深海棲艦すべてがそういった性質を持つかは不明ですが、レ級についてはそういった存在の様です」

 

「あ、龍ちゃんにひとつ補足。別に深海棲艦が全部戦闘狂ってわけじゃないよ?

『カエレ!』とか『クルナトイッテイル』なんて言ってくる、戦闘したがらない奴もいるしね」

 

「そ、そうなんですか……って、それは置いといて……

ともかく、レ級はそんな奴ですから、佐世保第4鎮守府での演習相手として、最適というわけで……」

 

 

どこをどう解釈したら、超絶凶暴な戦闘狂が演習相手に最適、なんていう発想になるのだろうか?

その辺に違和感を感じない程度には、鯉住君もだいぶ毒されてしまっているようだ。

 

 

「し、しかし鯉住少佐、加二倉中佐やあなたは人間じゃありませんか……!

深海棲艦なら真っ先に人間を攻撃するはずです!

何故ふたりとも一緒に生活していて、無事で済んだんですか!?襲われなかったんですか!?」

 

「いや、それがですね……日常的に襲われてました……」

 

「え、ちょ……」

 

「『オモシロイ!ニンゲンガリダー!』なんて言いながら、よく追い掛け回されてました……」

 

「……よく生きてましたね……」

 

「はい……おかげさまで、学生時代の深海棲艦へのトラウマが、別のトラウマで上書きされることになりました……」

 

 

今の鯉住君は、そんじょそこらの深海棲艦が発する悪感情ではまるで動揺しなくなっている。

なにせレ級フラッグシップの狂気に2か月も晒され続けたのだ。そうもなろうというもの。

 

 

「レ級としてはじゃれあってるだけのつもりだったようなので、本気で殺しにかかられなかったのが不幸中の幸いでしたね……」

 

「龍ちゃんにはいつも護衛つけてたんだから、殺しにかかられても大丈夫だったってば」

 

「川内さん……そういう問題ではないんですよ……」

 

「……何というか、お疲れさまでした、鯉住少佐……

ちなみに、加二倉中佐も追い掛け回されていたんでしょうか……?」

 

「ん~ん。 提督は私達のボスだって、レ級も本能的に理解してたからねー。

手を出したら誰かに半殺しにされるのが目に見えてるし、提督の指示はしっかり聞いてたよ?」

 

「えぇ……深海棲艦が人間に従ってるなんて、前代未聞ですよ……」

 

「私達のしつけが良かったんだろね。きっと」

 

 

自慢げに腕組みしてドヤ顔になっている川内。

聞けば聞くほどよくわからなくなってくる現状を前に、大和はこれ以上の質問を諦めることとした。

最悪あとで鯉住君に聞けばよいし、むしろそうしたい。

 

 

「わ、わかりました、川内さん……

わざわざご足労いただき、ありがとうございました……」

 

「あ、もういいのね。それじゃ本題に入るけど……」

 

「ファッ!? ほ、本題ッ!? まだ何かあるんですかぁッ!?」

 

「うん。 といっても大本営にはもう用事は無くてね。

提督から龍ちゃんに伝言だよ」

 

「うええっ!? 本題って、俺に対してですか!?」

 

「そだよ~」

 

 

突然の流れ弾にひどく動揺する鯉住君。

 

一体なんだというのだろうか……?深海棲艦を飼っているのがオマケになるほどの伝言……

そもそも今日自分が大本営に出頭することになったのがバレていたとか、どんだけ耳が早いんだろうか……

 

 

「それじゃ伝言ね。

『武蔵が最近欲求不満になってきているので、暇を見てこちらに来て欲しい』ってさ」

 

「……マジで?」

 

「マジ」

 

「それは……マズいですよ……今すぐ佐世保行きのプランを立てないと……」

 

「いや~、話が早くて助かるわ~。

みんなも龍ちゃんに会いたがってたし、早めに来てね!待ってるよ!

それじゃ皆さん、またね~」

 

 

シュバッ!

 

 

一通り言いたいことを言った川内は、先ほど入室した天井から退出していった。

瞬きほどの一瞬で姿が見えなくなる速さで動けるのは、世界広しといえど彼女くらいのものだろう。

 

嵐のような来訪に、みんなの精神は疲労度MAXになってしまった。

 

 

「「「 …… 」」」

 

「こ、鯉住少佐……武蔵が欲求不満ってどういう……」

 

 

難しい顔をしている鯉住君に対し、残るチカラを振り絞り、先ほどの言葉の意味を尋ねる大和。

いくら恐ろしく恐ろしいとはいえ、自分の妹だ。事情を知っておかねばならないような気がする。

 

しかし欲求不満とは、どういうことだろうか?

言葉の意味をそのままとると、結構いやらしい響きにも聞こえるが、状況的にそうでないことは誰にでもわかる。

 

 

「あのですね……もともと私は技術工で、艤装のメンテナンスをしていたんです」

 

「あ、はい。それは存じております」

 

「なら話が早いですね。

それでいつか、武蔵さんに『音に聞くキミの実力を見てみたい』って言われて、艤装メンテをすることになったんです」

 

「え、ええ」

 

「そこまで言われては下手な仕事はできません。

妖精さんと協力して全力で仕上げたんですが、出来上がった艤装を装備した武蔵さんが暴走してしまって……」

 

「ぼ、暴走!?」

 

 

不穏な単語に緊張が走る大和。

 

 

「あ、いえ、制御が効かないとかそういうことではありません。

どうやら私の仕上げた艤装に、想像以上に満足してもらえたようで、『フハハッ!滾るぞ!!ここまでとはなぁ!!』って言いながら、その足で勝手に出撃しちゃったんです……」

 

「えぇ……何してるのよ、武蔵……」

 

「おっしゃる通りで……

それで慌てて加二倉さんに相談に行ったら、『護衛にふたりつけるから安心しろ』って、さらっと流されまして……

結局武蔵さんの捜索役として龍驤さんと、もしもの時のアシスト役として妙高さんが出撃したようです」

 

「それで……どうなったのですか……?」

 

「ええとですね……

なんか3人揃ってノリノリで暴れてきたらしく、レベル4海域の深海棲艦を相手にやりたい放題やってきたようで……」

 

「れ、レベル4……! もしかして……!!」

 

「? どうしたんですか? 大和さん」

 

「そ、それって大体半年前のことなんですよね!?」

 

「え、ええ。私があそこで研修を始めて1か月経ったくらいのことだったので、それくらいになります。

しかし大和さん、なにか心当たりが……?」

 

 

いきなり動揺し始めた大和。

今の話の中で何かに気づいてしまったらしい。

 

 

「はい……

丁度半年前に、佐世保区画でレベル4海域から深海棲艦が消える、謎の現象が話題になったんです……

深海棲艦が決戦の準備を整えているとか、他の生物のように周期的に移動しているとか、色々な憶測が飛び交ったのですが……」

 

「あぁ……そんなことが……」

 

「真実はそういうことだったんですね……」

 

「そのようですね……ていうか、暴れてきたとは言ってたけど、まさか1海域殲滅していたとは……

武蔵さんが中破してるのを初めて見たから、激戦だったってのはわかってたけど……」

 

「どうしよう……こんなこと報告しても、誰も信じちゃくれないわ……」

 

 

あまりにもあまりな事の真相に、頭を抱えてしまった大和。

報告書をまとめるうえで、どうやったらまともな内容に仕立てることができるのだろうか?

なにせ真実は『艦娘3名がノリに任せて暴れまわった』である。

こんな報告書、誰も信用しない。

 

 

「そりゃそうですよねぇ……心中お察しします……

まぁ、そういったわけで、その時の感覚が病みつきになった武蔵さんは、たまに私のメンテした艤装で出撃するようになったんです」

 

「……では、欲求不満とは……」

 

「そろそろ暴れまわりたいから、艤装のメンテをしに来い、ということです」

 

「……うちの妹が……申し訳ありません……」

 

「大和さんの気にすることでは……むしろこちらこそ火種を作ってしまい、申し訳ありません……」

 

 

どちらからともなく、頭を下げるふたり。

その姿は実に哀愁漂うものだったと、一部始終を見ていた秘書艦ふたりは後に語ったのだった。

 

 

 

 

 




鯉住君含め、鼎大将組はギャグ時空の存在なので、色々とはっちゃけています。

加二倉中佐の鎮守府が頭おかしいのはわかってもらえたかと思いますが、それと同じくらい他の弟子の鎮守府も頭おかしいです。


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第35話

資材について

実はこのお話の中でも、かなりトンデモ設定なのが資材についてです。
艦娘とか深海棲艦とか、存在がトンデモな題材なので、いまさら何をという感じでもありますが。

この世界では

燃料→海水 弾薬→石 鉄鉱石→石 ボーキ→砂

です。

ただしその辺のものではダメです。
どこかから染み出している不思議エネルギーに晒されたものでないといけません。

この不思議エネルギーが沸いてくるスポットが資材マスで、そこで回収できる海水や石が資材になる、という感じです。




 

嵐のような川内の登場と、怒涛の新情報で、一気にげんなりしてしまった4名。

 

とても長い時間が過ぎたように感じるが、実はまだ秋津洲が退出してから1時間ほどしか経っていない。

 

 

「ええと、大和さん、どうしますか……?話を続けますか……?」

 

 

鯉住君が言う話とは、彼の研修の話である。

川内の登場により中断してしまったが、その話はまだまだ序盤だった。

 

 

「……はい、お願いします。

毒を喰らわば皿までといいますし……」

 

「わかりました、それでは続きを……

といっても、加二倉さんのところでの研修は大体あんな感じだったので、一ノ瀬さんのところでの話をしたいと思います。

実を言えば加二倉さんのところでは他にも色々経験したのですが……もっと詳しく聞きたいですか……?」

 

「いえ、もう大丈夫です。もう結構です。聞きたくないです」

 

「は、はい……」

 

 

毒を喰らえば皿までと言っていた大和だが、その毒で死んでしまっては元も子もない。そう考えたようだ。

加二倉中佐のところの話を切り上げ、次の話に進むように鯉住君に促している。

あんなおかしな話は他の鎮守府では早々ないだろうし、ここらで切り上げるのが上策と捉えたらしい。

 

 

「わかりました。それでは一ノ瀬さんのところでの研修のお話をしますね。

あそこでの研修は、私にとっては、加二倉さんの研修よりもハードでした……」

 

「え゛っ」

 

「念のために前置きをしておくと、あの鎮守府も大概おかしいです。

ご自身の常識フィルターを少し緩めて聞いてくださいね」

 

「あっはい……」

 

 

今更何故そんな前置きをするのか。さっきの話の時はそんなものなかったのに。

嫌な予感に表情が固まる大和。

今日はそんな予感しか感じていないが、仕方ないことである。

 

 

「まずあの鎮守府の異常性からお話ししますね。

あそこでは将棋が強い艦娘ほど、戦闘も強いです」

 

「!?」

 

「いやいや、アンタ何言ってるのよ……そんなわけないじゃない……」

 

「そうですよ提督……将棋と戦闘なんて、全然別のカテゴリじゃないですか……」

 

 

先ほどまで空気に徹していた秘書艦ふたりが、口を開く。

川内ショックからようやく立ち直ったらしい。

 

 

「だから言ったでしょ?常識フィルター緩めて、って。

普通はその通りなんだけど、あそこでは俺の言ったことが普通なの」

 

「どういうことなのよ……」

 

「意味が分かりません……」

 

「深く考えないように。考えるだけ無駄だから。

……ともかく、あの鎮守府の艦娘は全員将棋をたしなんでいまして、将棋の実力に戦闘の実力も比例しています。ここまではいいですか?」

 

「はい……」

 

 

よくない。

よくないが、それを口にしたところで、どうしようもないことくらいはわかる。

 

 

「そういうところですので、私の研修の9割は将棋の特訓でした」

 

「え……提督のアンタが将棋習ってどうすんのよ……?

もっと提督として必要な技能とかあるんじゃないの?」

 

「だから言ったでしょ?あそこでは、将棋強い=他の能力も高い、って方程式が成り立つの。

だからとりあえず将棋に強くなれば、提督としての実力もアップするってわけ。わかった?」

 

「わからないですけど、受け入れなきゃいけないことはわかりました……」

 

「そうするしかないから、それでいいよ。

そういうわけで、私は2か月間、みっちり将棋漬けの毎日を送ったんですが……

日々のスケジュールが殺人的で……」

 

「そ、そうなんですか……

ちなみにどのようなスケジュールだったのですか……?」

 

 

渋い表情をしている鯉住君に質問する大和。

その質問を受け、彼は元気なく説明を始める。

 

 

 

「朝は日が昇る前から起床。そして朝食までの間に詰め将棋3手詰めを10問解く。

そして朝食。食堂では常にプロの対局DVDが流れているので、その解説を聞きながら、艦娘の皆さんとディスカッション。もちろん将棋の。

それから昼食まで、ぶっ続けで担当艦娘の方による将棋指導。

昼食も朝食同様。

午後にしても午前と同じでマンツーマン指導。これが19時まで。

晩も同様にして食事を済ませたら、入浴。入浴中は一緒に入っている誰かと、一局目隠し将棋を打つ。

それが終わったら風呂上がりに、近いレベルの艦娘と対局。

全部終わると大体23時頃になっているので、そこからは泥のように眠る。

 

……こんな生活を無休で続けていました……」

 

 

 

「「「 うわぁ…… 」」」

 

 

過密スケジュールとかいうレベルではない。本人が殺人的というだけはある。

話を聞く限り、彼は将棋するか寝るかのどちらかしかしていない。

加二倉中佐の研修よりもハードと言っていた意味がようやく分かった。

 

 

「……ん? アンタ、お風呂では誰かと目隠し将棋って言ったわよね」

 

「そう。最初はホントに辛かった……なにせ駒の動きしか知らないレベルだったんだよ?

それがいきなり、駒の動きだけ相手に伝えて頭の中で将棋を打つ、目隠し将棋なんて……」

 

「いや、問題はそこではなく。

提督は、その、つまり、いつも誰か、その、女性と一緒に入浴されてたってことですか……?」

 

「ああ、そうだね」

 

「そうだね、じゃないわよ! 何してんのよ!?」

 

「そ、そうですよ提督!! いくら何でもそれはないです!」

 

 

ナチュラルに混浴していた鯉住君に、驚きを隠せない秘書艦ふたり。

それはそうだろう。年頃の男女が平然と混浴するのが、日常であっていいはずがない。

 

 

「いやいや、それ提案してきたの一ノ瀬さんからだからね?俺がセクハラしたみたいに言うの、やめてくれない?

皆さんそれはもうびっくりするくらいのプロポーションだったけど、それにムラムラするような余力はその時点で残ってなかったしさ……

第一俺としては、風呂くらい、ひとりでのんびり入りたかったんだからね?

風呂の中でまで、脳をいじめたくなかったんだからね?」

 

「そういうことだったら、最初に断ってくださいよ!」

 

「古鷹の言う通りよ!アンタにはデリカシーってものがないの!?」

 

「いやいや……俺に特訓プランを説明してきたときの、あの少年のように輝いた眼をした一ノ瀬さんには、何も言えなかったんだって……」

 

「それでも断りなさいよ!大体他の艦娘も、何でオーケー出したのよ!?」

 

「いやね……一ノ瀬さんが、俺の棋力を一気に高めるためだ、って説明したら、みんな納得しちゃって……ノリノリになっちゃって……」

 

「何なんですかそれ……別の世界の話ではないですよね……?」

 

「うん。すぐそこの横須賀での出来事だから……」

 

 

鯉住君にデリカシーが欠けているのは事実だが、ここでの2か月の特訓でそれに拍車がかかったのも事実である。

おかげで今の彼は艦娘が中破大破したくらいでは動じないようになった。

技術工だったころは、女性の裸など縁がなかった彼だが、今となっては艦娘の裸を見ても「頑張ってスタイル維持してるんだなあ」くらいにしか思わなくなってしまった。

それが良いことか悪いことかは、誰にも分らないことではあるが。

 

 

「まぁともかく……そんな感じで日々を過ごしたんです……

おかげで私の棋力は、その辺で行われる小さな大会なら、100%優勝できるくらいにはなりました……」

 

「何というか……本当にお疲れ様です……」

 

 

提督としての研修の話を聞いていたはずが、いつの間にか地獄の将棋研修の話になっていた。

最早ツッコミすら思いつかない大和である。

 

 

「それで……結局鯉住少佐は、提督としての実力は向上したのでしょうか……?

あまりそういった能力がつくような話ではなかったと思いますが……」

 

「ああ、私もなぜかはわかりませんが、本当に指揮能力は向上したみたいです。

研修前は右も左もわからないような初心者でしたが、研修が終わった際に艦隊を指揮してみたところ、スムーズに指示が飛ばせるようになっていました」

 

「えぇ……なんで……?」

 

「すいません……それは私にもよくわからず……」

 

 

本当に効果がある研修だったらしい。

将棋がうまくなると艦隊指揮能力も上昇するとか、あそこだけ時空が歪んでいるとしか思えない事実である。

 

 

「まぁ、だからその、なんだかんだ言ってあそこの皆さんには感謝してると言いますか……

毎日脳がフル回転で、死にかけたことも何度もありましたが、それでも提督をするうえで必要な経験を積ませてもらった恩は、とても感じていると言いますか……」

 

「そうですか……とにかく全面的に腑に落ちない話でしたが、鯉住少佐は納得されている様子ですし、よかったですね」

 

「ええ」

 

 

今回はなんの爆弾投下もなく話が終わり、ホッとする大和。

普通はそんな頻繁に、大本営が吹っ飛ぶような話題がある方がおかしいのだが、彼が話しているのは普通ではない人物についてである。

大和がそんな当たり前のことに安堵するのも致し方ない。

 

ちなみに大和は、それだけ理不尽な環境に放り込まれて尚「感謝している」と言える鯉住君に対し、結構強めに好意を抱いている。

そんな彼と同じ話題を共有できる喜びは、日々苦労している彼女だからこそ感じられるものなのだろう。

 

 

・・・

 

 

未だ混浴のくだりを気にしているのか、秘書艦ふたりはジト目を向けているが、無事に話は一段落した。

 

ちょうどそのタイミングで、ノックの音がする。

 

 

 

……コンコンコン

 

 

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 

ガチャリ

 

 

「失礼します。作戦終了!秋津洲、帰投したかも!」

 

「お、早かったじゃないか。おかえり。どうだった?うまくいったかい?」

 

「ふっふ~ん、大成功かも!」

 

「そりゃよかったじゃないか」

 

 

ニッコリと笑みを浮かべる秋津洲。

どうやら何事もなく性能試験は終わったらしい。一安心する鯉住君。

 

そんな彼に向かって、秋津洲は一枚の書類を差し出した。

 

 

「はい、提督!

なんか係のお姉さんに、これを持って行ってくれって言われたかも」

 

「ん? これは一体……?」

 

 

秋津洲から書類を受け取り、それが何なのかチェックする。

……どうやら性能試験の結果のようだ。

 

 

「……性能試験のデータなのか。

……それにしても、これはなかなか、なんとも……」

 

 

書類の中身に目を通し、複雑な表情を浮かべる鯉住君。

その反応が気になった大和は、書類を見せてもらうことにした。

 

 

「すみません、鯉住少佐。

私にも性能試験の結果を見せていただいても宜しいでしょうか?」

 

「あ、はい……どうぞ」

 

 

受け取った書類に目を通していく大和。

その表情は鯉住君同様、曇ったものとなっている。

 

 

「これは……なかなか……」

 

「ですよねぇ……」

 

「わ、私達にも見せてくれないかしら?いったいどんな内容なのか気になるわ」

 

「おふたりの表情から察すると、ちょっと心配ですが……」

 

「……そうですね。秘書艦のおふたりも目を通してみてください」

 

 

大和から書類を受け取り、目を通すふたり。

やっぱりその表情はどんどん曇っていく。

 

 

「ええと……なんて言ったらいいのかしら……」

 

「……秋津洲さんはもう中身を見たんですか……?」

 

「んーん。まずは提督に見せようと思ったから、まだ見てないかも」

 

「そう……アンタ、しっかり言葉を選んで結果を伝えなさいよ。

秋津洲泣かせたら、ただじゃおかないからね……?」

 

「わかってるよ……しかしこれは、どう言ったものか……」

 

 

困り顔の鯉住君。

それもそのはず。書類の内容は以下の通り。

 

 

・・・

 

 

・・・性能試験考査・・・

 

性能は可・不可で判別し、

可の場合はS-Eの6段階評価で記載する。

 

 

秋津洲型 1番艦 水上機母艦 『秋津洲』

 

砲撃性能…E

雷撃性能…不可

対空性能…E

装甲性能…D

対潜性能…C

回避性能…C

索敵性能…C

燃費性能…D

艦載機搭載性能…E

速度性能…E

 

 

水上機母艦対象・装備兵装一覧

 

装備可能兵装

飛行艇・各種水上機・小口径主砲・副砲・大型ソナー・爆雷

 

装備不可兵装

甲標的・大発動艇・対地ロケット・小型ソナー

 

 

総合戦闘性能…E

 

戦力としての役割を担うには、非常に心もとない能力であると判断する。

 

 

・・・

 

 

「ねぇねぇ、どうだったの? 私も知りたいかも!」

 

「そうだねぇ……何と言おうか……」

 

 

いくら何でもこの評価は、無慈悲過ぎはしないだろうか……?

しかし戦場に立つ以上は、ハッキリとしておかなねばならない内容であるのも事実。仕方のないことではある。

 

……しかしホントに秋津洲にはどう言ったものか。

これをそのまま伝えれば、心が折れて泣き始めてしまうのは目に見えている。

そんなことになれば大本営に来たこと自体が辛い思い出になり、心に大きな傷を残してしまいかねない。

 

叢雲は泣かせたら許さないと言っていたが、鯉住君もそれには同意見。

臆病なところはあるが、秋津洲はいい子なのだ。そんな思いをさせてはいけない。

 

……意を決した鯉住君は、慎重に伝え方を考えながら、口を開く。

 

 

「……秋津洲、これは君の戦闘力の評価だからね。それをよく踏まえて見てみるように」

 

「ど、どうしたの提督?なんだか真剣な表情かも……」

 

「まぁ、まずは目を通してみて。ハイ」

 

 

書類を受け取った秋津洲は、目を通し始めた。

それを見て不安げな表情を浮かべる面々。

 

予想通り秋津洲の顔は青ざめていき、目には涙が浮かんできた。

 

 

「こ、これ……あんまりかも……!ひどすぎるかも……!」

 

「そうだよねぇ……容赦ないよねぇ……」

 

「こんなんじゃ、私は役立たずって言われてるようなものかも……

どうしよう……どうすればいい……?」

 

 

縋りつくような視線で、鯉住君に助けを求める秋津洲。

 

 

「別にそんなに気にしなくてもいいよ?」

 

「そんなこと言われても無理かも……だって私……」

 

「別にいいじゃないか。戦闘が苦手だって。俺だって戦闘苦手だし。

その書類は秋津洲の戦闘能力を測ったものであって、それ以外の能力については見てないだろ?」

 

「提督は人間だからいいけど、秋津洲は艦娘だから、それじゃいけないかも……戦闘ができない艦娘なんて……」

 

「いけないことないさ。現に戦闘できない艦娘だっているし」

 

「え……? そ、そうなの?」

 

 

予想外の返答に、キョトンとする秋津洲。

 

 

「うん。間宮さんとか伊良湖さんとか、明石とか。

彼女たちはみんな、戦闘ができなかったり不得意だったりするけど、艦隊には欠かせないメンバーだよ。

彼女たちがいるだけで、艦隊の勝率はものすごく上がるんだ」

 

「そうなんだ……そんな人たちがいるの、知らなかったかも……」

 

「ああ。知らなかったんだね。秋津洲は生まれたてだからかな……

ともかく、戦闘ができなくてもみんなの役にはたてるってこと。実際俺も、海軍の中でのそういうポジションをねらってるし」

 

「でも秋津洲にできることなんて……」

 

「あるよ」

 

「……?」

 

「秋津洲の初邂逅報告をするために色々調べたんだよ。

キミは艦だった時代、二式大艇の工作艦みたいな立ち位置だったんだよね?」

 

「……うん」

 

「てことは、今のキミも、そういった関係の仕事が好きなんじゃないかな?」

 

「……言われてみると確かに、大艇ちゃんとか艦載機とか調整するのは好きかも」

 

「やっぱり。夕張や北上と話してるの見かけたから、そうじゃないかと思ったんだよね。

……よし。キミの役割はこれで決まったな」

 

「え、ええ?」

 

「キミのウチでの役割は、二式大艇含め、艦載機全般のメンテ要員です。

これから存分に活躍してもらうから、心するように」

 

「は、はい」

 

「もし何かわからなかったら、俺が教えるから、何でも聞いてくれていいよ」

 

「わ、わかったかも!」

 

 

秋津洲の顔には笑顔が戻ってきた。

自身の短所に悩む彼女に、長所を教え、それを活かした立ち位置を提供する。

この作戦は無事に成功したようだ。

 

秘書艦のふたりはホッとしているし、大和はニコニコしている。

自分の行動が間違っていなかったと確認でき、ホッとする鯉住君。

 

……しかしそのまま終わってはくれなかった。

気を抜いていた彼に、秋津洲からの純粋で鋭い一言が。

 

 

「そうだ、提督! 私も夕張と一緒で、弟子にしてほしいかも!」

 

「あ、ちょ……む、叢雲、これはな……」

 

 

突然の秋津洲の弟子入り希望に、うろたえる鯉住君。

大体のメンバーにバレているのは知っているが、色々とあったせいで機会を逃し、叢雲にはまだこの話はしていない。

もし叢雲がまだ気づいていなかったとしたら事だ。今の精神的に弱っている彼女に、さらなるダメージを与えかねない。

 

 

「……知ってるから気にしないでいいわよ。

私に今まで黙っていた件については、帰ってからでいいから」

 

 

幸い叢雲も気づいていたようだ。ムスッとしてはいるが、ショックを受けたという感じではない。

今の様子を見ると、鯉住君から言い出すのをずっと待っていてくれたようだ。

申し訳ない気分と、帰ってからどうしようという困惑が、同時にわいてくる。

 

 

「そ、そうか……すまないな、叢雲……

それじゃ秋津洲。弟子というのは何ともむず痒いけど、キミにも色々と、俺が知っていることは教えるようにするよ」

 

「やった!これで私も提督のお弟子さんかも!」

 

 

なんとか無事に事態を丸く収めることができ、ホッと溜息をつく鯉住君。

 

……しかし悲しいことに、まだ事態は収まっていなかった。

扉の方から声がする。

 

 

「やるじゃない鯉住少佐」

 

「あ、係のお姉さんかも。まだいたの?」

 

「秋津洲ちゃん、扉は開けっ放しにしちゃだめよ?

いくら早く提督に報告したかったからって、マナーを忘れたらいけないわ」

 

「あ、ごめんなさいかも……」

 

「うん、よろしい。わかればいいのよ」

 

 

秋津洲が開けっ放しにしていた扉のところで、ひとりの艦娘が壁に背をつけて話を聞いていた。

どうやら秋津洲をここまで案内してくれた係の人のようだ。全然気づかなかった。

 

社会経験がまだまだの秋津洲に、マナーを注意してくれたのはありがたい。

盗み聞きしている者が、マナー違反云々をどうこう言える立場ではないとは思うが……

 

……というかあの姿、いや、まさか……そんなはずは……

 

 

「……秋津洲を案内してくださったようで、ありがとうございます。

ところで、得意な戦法は何ですか?」

 

「基本にして頂点。棒銀しかありえないわ」

 

「やっぱりィ!

あなた横須賀第3鎮守府の足柄さんでしょう!?見たことあると思ったんですよ!」

 

「あら?何でバレちゃったの?」

 

「得意な戦法聞かれて、ノータイムで将棋の話するのなんて、あそこのメンバーしかいないでしょうに!」

 

「あー、盲点だったわー」

 

「だからアナタ達は常識がおかしいんですから、いい加減そこを分かってください!」

 

 

秋津洲の件が丸く収まったのはいいものの、何やらまだまだ波乱は続きそうな予感。

 

きょとんとする秋津洲の隣では、大和と秘書艦ふたりが、不測の事態に備えて呼吸を整えていた。

 

 

 

 




まだまだ受難は終わらないぞ!みんな頑張れ!

大本営でのやり取りが終わったあたりで2章終了というところですかね。
そんな感じになりそうです。


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第36話

お風呂のくだりと、ファンクラブ説明のくだりは、読まなくても問題ありません。
長くなっちゃったので、飛ばしたい人は飛ばしてね。

実況のくだりはノリノリで書きました。
読み直して恥ずかしくなりました。でも載せちゃう。





 

 

 

 

「足柄さんまで、何で大本営にいるんですか!?

というか、なんで秋津洲の案内係やってるんですか!?色々おかしいでしょう!?」

 

「佐世保の妙高姉さんから連絡があったのよ。アナタが大本営に召集された、ってね。

だから久しぶりに顔を見たくなって、会いに来たのよ。

あ、秋津洲ちゃんの案内役は、本当は羽黒だったんだけど、無理言って代わってもらったわ」

 

「会いたかっただけとか、そんな理由で大本営に侵入しないでください!

あと羽黒さんがかわいそうですから、あとで謝っといてくださいね!?」

 

「もう、お堅いわねぇ……

何度も裸のお付き合いをした仲なんだから、会いたくなるじゃない」

 

「言い方ァ! いやらしい意味に聞こえるからやめて下さい!

何度か一緒にお風呂入っただけでしょう!? 誤解を招くのでやめて下さい!」

 

 

鯉住君の自己弁護は的外れと言わざるを得ない。

何故なら普通に考えれば、何度も混浴してる時点で結構いやらしいことだからである。

それに違和感を感じない程度には、彼の感性は鈍っているようだ。

 

その証拠に、普通の感性を持つ4名は、彼のことを冷ややかな目で見ている。

 

 

・・・

 

 

……余談であるが、彼は何度かお風呂でのぼせ上って意識を失ったことがある。

将棋漬けの一日を過ごしたうえでの、お風呂での目隠し将棋は、想像以上に脳と肉体に負担がかかるのだ。

 

その度に彼は対局相手の艦娘に脱衣所で介抱されていた。

もちろん足柄にも介抱されたことがあり、彼女が言っている裸のお付き合いとは、ここまで含めてだったりする。

 

 

……さらなる余談ではあるが、鯉住君が倒れた際には、それを聞きつけた秋雲と青葉が、毎回野次馬に訪れていた。

 

ハァハァと喘ぎながら、腰に巻いた濡れタオル一枚でぶっ倒れている、引き締まったカラダの男性(加二倉中佐の研修で否応無しに肉体は鍛えられた)。それを優しく介抱する、濡れタオル一枚を体に巻いただけの、プロポーション抜群の女性。

 

この情景に何やら思うところがあったのだろう。

ふたりとも毎回鼻血をダラダラと流しながら、一心不乱にスケッチしたり写真を撮ったりしていたようだ。「はかどる……はかどる……」とうわごとのように繰り返していた模様。

 

この資料を基にしたふたりの作品群は、一定の層に大ウケであり、幅広く出回っている。

しかしこのお話にそれは関係ないので、掘り下げることはしない。あしからず。

 

 

・・・

 

 

「鯉住少佐……混浴だって十分いやらしいことですよ……」

 

「アンタってホントに……そういうとこよ……?」

 

「提督はもっと女の子の気持ちを分かってください……」

 

「提督って変態さんなの……?秋津洲ショックかも……」

 

「ち、違うんだみんな!誤解なんだって!

決していやらしいことなんかなかったんだ!信じて!トラストミー!」

 

 

別に誤解ではない。感覚がずれているだけである。

そしてそっちの方が深刻な問題である。

 

そしてそんなわちゃわちゃする面々にも動じず、何事もなかったかのように、平常運転な足柄。

随分とマイペースな性格のようだ。

 

 

「新しいところでもうまくやってるようで、お姉さん安心したわ。

それとね、アナタに会いたかったからだけじゃないのよ。ここまで来たのはね。

はい、大和さん、これ」

 

「あ、ええ、はい……これは……副業申請書?」

 

「ええ、そうよ。

今度発売することになったDVD、

『30回記念 横須賀第3鎮守府・隔月将棋大会 夏の陣 Special edition』

それの販売許可願いよ」

 

「ええと……その……ハイ……」

 

 

この申請は毎度のことであるが、相変わらず頭おかしい。そう思わざるをえない大和。

なんで一介の軍事施設が、将棋大会を開催し、自前でプロ級の編集を施し、DVD販売までする必要があるのだろうか。

その疑問は「趣味だから」の一言で片づけられてしまうというのは、わかりきっているが。

 

 

「鯉住君の歓迎会も兼ねていたから、とっても特別な大会だったのよ。

ファンクラブの皆様からの声もとっても好評だったんだから」

 

「ファ、ファンクラブって……あのファンクラブですか……」

 

 

あのファンクラブとは、日本の重鎮が数多く在籍している非公式ファンクラブである。

正式には『第3よこちん将棋会 ファンクラブ』。

ここには時の総理大臣、ベテラン官僚、経団連の重役、さらには皇室の方々も所属している模様。

 

 

「そうよ。なにせG7の全員と聡美ちゃんが頂上決戦した、初めての大会よ?

見てる私だってテンション上がり過ぎちゃったくらいなんだから」

 

「ジ、G7……? それは一体……?」

 

「あ、大和さん、G7というのはですね……」

 

 

納得しない部下の3名を、さらなる甘味提供で買収して黙らせた鯉住君が、通訳をしようとする。

 

 

「あ、鯉住君、説明はいいわ。説明するくらいなら、DVD見た方が早いし。

選手入場の時の映像見れば、よくわかるでしょ。

あと大和さんもDVDの内容検閲するでしょ?一緒に見ましょ」

 

「それは検閲官の仕事なので、私はDVDは見ていないのですが……」

 

「固いこと言わないの。そういうとこアナタ達そっくりねぇ」

 

「「 これが普通なんですよ…… 」」

 

 

足柄の指摘に対して、まったく同時に同様のツッコミを入れる鯉住君と大和。

ツッコミの内容はもっともだが、似た者同士というのも的を得た指摘のようだ。

 

ともあれ始まったDVD鑑賞会。

会議室には大型テレビとDVDプレーヤーが設置してあるため、準備は不要だった。

 

秋津洲は初めてのDVDにワクワクしながら、鯉住君の隣でニコニコしている。

対照的に、大和と秘書艦ふたりは、爆弾映像が飛び出さないか、ハラハラしている。

 

 

「最初の方は準備の場面だったりするから、早送りで流しちゃうわね。

青葉と秋雲が編集頑張ったのは選手入場部分らしいし、そこまで飛ばしちゃいましょ。

検閲者として、それでいいかしら?大和さん」

 

「あっはい……大丈夫です……」

 

 

どうせ検閲したところで、発売中止になんて持っていけないのだから、正直どうでもいい。

少し投げやりになっている大和である。

 

 

「じゃあ飛ばすわね~」

 

 

キュキュキュキュ……

 

 

「ん。この辺からかしら。それじゃ流すわ」

 

 

足柄が早送りを止めたタイミングで、テロップがドンと表示された。

 

 

 

ーーー

 

 

横須賀第3鎮守府 第30回 公開将棋大会

 

       選手入場

 

 

ーーー

 

 

それと共に、実況担当の青葉と衣笠の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「それでは皆さん……大変長らく!お待たせしました!

ついに!ついに、本日の選手の発表ですッ!!

実況・解説はわたくし、横須賀第3鎮守府所属「第14席・青葉」とっ!」

 

「同鎮守府所属「第15席・衣笠」でお送りしますっ!!」

 

 

パチパチパチパチ!!

 

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!

何やらいつもより、会場は盛り上がりを見せていますね!青葉さん!」

 

「そうですね、衣笠さん!

これはもう、皆さん噂で知っているのではないでしょうか!?

本日の大会がッ!いかに特別なメンバーで行われるのかということをッ!!」

 

 

知ってるーーーっ!

 

ウオォーーーーッ!

 

Fantasticoooooo!!

 

 

「やはりそのようです!ものすごい熱狂!これはもう、お待たせしてはいけませんねっ!!それでは青葉さん!お願いします!」

 

「わかりました衣笠さん!

それでは皆さん、準備はいいですか……!?」

 

 

 

ゴクリ……

 

 

 

「スウーッ……(息継ぎ)」

 

 

 

「本日の大会はッ!!過去最高ッ!特別ッ!特例ッ!天変地異ッ!

ええいっ!陳腐な言葉では言い表せないッ!!将棋史に残る、輝く歴史の1ページだッ!!

これまで皆さんが体験したことのない、未体験ゾーンに誘ってくれるッ!

そんなスペシャルなメンバーの紹介だッ!!」

 

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

 

「それではッ!!選手ッ!入・場オォーーーーッ!!」

 

 

 

ゾロゾロゾロ……

 

 

 

~~勇ましいBGM~~

 

 

 

「さらりと放つは奇怪な一手!誰の思考でも読み取れないッ!

 

思考の海に潜った相手を、さらなる深みへ突き落す!

 

なんでその手を打ったのか!?手が勝手に動いたから!

『シックスセンス』!「第7席・巻雲」オォーーーッ!」

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

 

 

 

「彼女の部屋を知っているか!?天まで届く棋譜の山ッ!

 

その頭には将棋の歴史が詰まっている!

 

彼女が潜るのは、ビッグデータの大海原だ!

『将棋図書館』!「第6席・伊8」イィーーーッ!」

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

 

 

 

「決して途切れぬ集中力ッ!決して揺るがぬ精神力ッ!

 

彼女の辞書にはミスという言葉は存在しない!

 

一度のベストより、途切れぬモアベター!

『艦娘スパコン』!「第5席・大淀」オォーーーッ!!」

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

 

 

 

「局地戦をことごとく制し、留まることなく領土を広げるッ!

 

相手を圧殺する様は、まさに王者の進軍だ!

 

名は体を表すとは彼女のためにある言葉!

『大帝国』!「第4席・ローマ」アァーーーッ!!」

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

 

 

 

「一の丸を突破!二の丸も突破!されど王将はまだ見えずッ!

 

気づけば囲いは元通り!半端な攻めは無意味と知れ!

 

真の守りは堅さよりも柔軟さ!

『無限城壁』!「第3席・香取」イィーーーッ!!」

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

 

 

 

「一瞬の判断を右手に乗せて、わずか2秒で駒を指すッ!

 

ためらいなどない!持ち時間など関係ない!

 

高速戦艦の本領、とくと見よ!

『マッハパンチ』!「第2席・霧島」アァーーーッ!!」

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

 

 

 

「頭脳の全てを攻めへと注ぎ、仕掛けられるは致命の地雷ッ!

 

どんな難解な展開も、彼女の計算の内にある!

 

不可視の爆弾!気づいた時には手遅れだ!

『キラークイーン』!「第1席・鳥海」イィーーーッ!!」

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

 

 

「言わずと知れた、われらが提督ッ!その実力はもはやプロ!

 

盤上で繰り広げられるは、踊るかのような駒さばき!

 

見るもの全てを惹き付ける、美しき将棋を見逃すな!

『才色兼備』!「殿堂入り・一ノ瀬聡美」イィーーーッ!」

 

 

ウオオオオオォォアアアァァァッッ!!!!!

 

 

 

 

「すごい……!これはすごい面々ですよ!青葉さんっ!!

横須賀第3鎮守府が誇る7強、G7が同時に会したことなど、今までにあったでしょうかっ!?」

 

「いえ!聡美提督まで出場して、うちの最強メンバーがそろい踏みするのなんて、これが初めてですっ!!

まさに頂上決定戦ッ!記念すべき30回にふさわしい内容と相成りましたッ!!」

 

 

ワアアアアアッッ!!!!!

 

 

「本日の試合は、総勢8名、全3戦のトーナメント形式です!

持ち時間はひとり60分の秒読み(持ち時間が切れたら、10秒で手を指さないと反則負け)ルールで行います!

タイムスケジュールは、以下の通りです!

 

初戦・8:00~11:00

昼食休憩・11:00~12:00

準決勝・12:00~15:00

決勝、3位決定戦・15:00~18:00

 

長丁場になりますので、ご気分のすぐれない方は遠慮なく申し出てください!」

 

「業務連絡ありがとうございます、衣笠さん!

それでは選手の皆さんも整列したところで……

皆さんこれまたお待ちかねッ!対戦カードの発表だッ!!」

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

「それでは機材担当の秋雲さん!

プロジェクタでスクリーンに、トーナメント表と抽選画面の投影をお願いします!」

 

「わかりました~!」

 

 

ブイイイィィィン……

 

 

「それでは行きますよ! 抽選機……スタートッ!」

 

 

ドゥルルルル……

 

 

バンッ!!

 

 

ワアアアアアアッッ!!!!!

 

 

「出ました!抽選結果!

 

A席! 伊8 VS ローマ !!

B席! 聡美提督 VS 大淀 !!

C席! 鳥海 VS 香取 !!

D席! 巻雲 VS 霧島 !!」

 

 

ウオオオオオッッ!!!!!

 

 

「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、ここで注意事項の連絡です。

 

対局中は飲食は最低限にとどめていただくようお願いします。

特に音の出る行為は、対局者の集中を乱してしまう可能性がありますので、自重してください。

売店で販売しているペットボトル飲料も、飲む際には音を立てないようご注意願います。

 

そして同様の理由で、会話、独り言、表情の変化もご自重ください。

皆さんならご存知とは思いますが、対局者は非常に研ぎ澄まされた感覚を持っています。何がキッカケになって勝負が決するのかは本人たちにもわかりません。

外部刺激は最低限にとどめていただくよう、お願いします。

 

もし立っているのが疲れる、何か飲食をしたい、ということでしたら、別室にモニタールームを用意してありますので、そちらでご歓談、ご飲食いただくことも可能です。

 

皆様、ご理解いただけたでしょうか?」

 

 

……コクコク

 

 

「ご理解いただけたようで、ありがとうございます。

衣笠さんも注意事項の連絡、ありがとうございました。

 

それではついに開幕となります。選手の皆さんは指定された席についてください……」

 

 

 

・・・

 

 

 

ピッ

 

 

「ま、こんなとこかしらね。

G7っていうのは、今出てきたウチの7強のことよ。

あ、聡美ちゃんは殿堂入りだから7強には入ってないわ」

 

「「「 …… 」」」

 

「す……すっごーいっ! みんなすっごくかっこいいかも!」

 

「でしょ~。秋津洲ちゃんも将棋指してみる?」

 

「やっぱりG7と一ノ瀬さんは気迫が半端ないですね。袴姿も堂に入ってます」

 

「そりゃね。棋士の勝負服ですもの。ウチに和服を着こなせない子なんていないわ」

 

 

 

 

 

……なんだこれ。

 

大和と秘書艦ふたりの感想はこの一言に尽きる。

 

やたら高いテンションの実況。

雄たけびを上げ、大歓喜する、年齢も国籍も性別もバラバラな面々。

過剰気味な編集と、実に効果的なカメラワーク。

イベント海域出撃でもあそこまではいかないであろう、出場選手の気合の入り方。

 

これは地下格闘大会ではない。将棋の大会である。

そして会場はどうみても公民館とか体育館とかその類のものだ。地下格闘場などではない。

 

 

……この時点でツッコミどころしかないような状況だが、3人にとって見過ごせない部分が……

 

 

「私あの人たちテレビで見たことあるわ……前と今の総理大臣じゃない……?」

 

「間違いないと思いますよ……叢雲さん……

それよりも私は、肩を組んで楽しそうに笑っていたふたりが気になりました……

あれは多分、関東一円を縄張りとしている暴力団の組長と、警視総監ですよ……」

 

「陛下……護衛もつけずにそんなところに……」

 

 

そう。ギャラリーの中には、ちょっと居てはいけない大物の姿が目白押しであった。

いろんな方面での有名人が、立場に関係なく一緒になって熱狂していた。

 

 

「ああ、ファンクラブの皆さんが気になってたのね。

確かに普段の仕事では大役を担っている人も多いけど、ここでは関係ないわよ?」

 

「か、関係ないわけないでしょう!?もしも何かあったらどうするんですか!?

例えばもしこの会場に爆弾テロでも起ころうものなら、日本はおしまいですよ!?」

 

 

うろたえすぎて大声を出してしまった大和。

しかしそんな様子を見ても、足柄はしれっとしたものである。

 

 

「そんなことありえないから、安心なさいな」

 

「ありえないなんて、どうしてそう言い切れるんですか!?」

 

「会場には横須賀の生涯学習センターを借りたんだけどね、

護衛、索敵として、ウチの二航戦が臨戦態勢をとってたもの。

実力ある子たちだし、それで十分よ。問題ないわ。

それにね……」

 

「そ、それに……?」

 

「もし手を出したら、日本の表、裏の全勢力、そしてイタリア政府、シチリアンマフィア、さらにはEU各国も敵に回すことになるわ。

そんなことわかってて襲撃しないでしょ。普通」

 

「!!!???」

 

 

日本の各方面が敵に回るということは、大和にも予想がついていた。

しかしそこで何故イタリア政府やEUが絡んでくるのだろうか?

眉間にしわを寄せ、頭の上にクエスチョンマークを大量に出している大和に向かって、足柄が説明をする。

 

 

「あら? もしかして、大和さん知らなかったの?ウチとイタリアとのつながり」

 

「私が知っているのは、ローマさんと比叡さんが交換留学をしているということだけですが……」

 

「そうよ。何でウチの鎮守府の比叡さんが交換留学生に選ばれたか、もしかして知らない?」

 

「艦娘先進国である日本とイタリアの技術交換のためと聞いています……

交換留学生の選抜理由は、イタリアの象徴であるローマと、日本の御召艦(おめしかん)にも選ばれたことがある比叡なら、つり合いが取れるという理由では……?」

 

「あらら。大和さん、それは表向きの理由よ?

本当の理由はね、あちらの女性提督が、聡美ちゃんと仲良しだからよ」

 

「な、なかよしぃ……?」

 

「そうそう。それでローマと比叡さんが、ふたりとも違った環境で腕を磨きたいって言ってたから、交換留学しよっか、って話になったらしいの。

あ、ちなみにローマは向こうではチェスのタイトルホルダーよ?」

 

「た、たいとるほるだぁ……」

 

「これ以上同じ鎮守府にいても、チェスの腕がのび辛いからって言って、こっちに来ることになったのよ。比叡さんも同様ね。

彼女、カミカゼガールって呼ばれて、チェスの世界でも活躍してるらしいわ。誇らしいことよね」

 

「そうなんですかぁ……すごいや……」

 

「あとはそうね……

あちらの提督はヨーロッパ圏で広く尊敬を集めるチェスのグランドマスターの娘で、聡美ちゃん同様に美人だから、ファンも多いのよね~。

イタリア、EUが誇るチェスのグランドマスター。その娘は国防の要である鎮守府の提督で、しかも美人。その所属艦娘である、これまた美人なローマ。

地中海的な国民性のイタリアで、ファンクラブがない方がおかしいってものよね」

 

「そっかぁ……」

 

「だからウチのファンクラブの皆さんを攻撃するってことは、日本とイタリアと、チェス好きなすべてのヨーロッパ人を敵に回すのと同義なのよ。

もしそんなことしたら、この世に存在しなかったことにされるわね」

 

「わぁ……」

 

 

どうやらイタリアにも一ノ瀬中佐と同じような提督がおり、ふたりはとても仲良しのようだ。

これが学生とかなら、異文化交流となり微笑ましいのだが、ふたりは最高戦力を取り扱える人間である。大和としては全然微笑ましくない。

 

 

・・・

 

 

ちなみにファンクラブ内では暗黙の了解として、「本業は一切関与させないこと」という掟がある。

マスカレイド的であるが、こうでもしなければ大変なことになるのは、言わずもがなであろう。

 

だからここでは警視総監とやくざの組長が歓談をするし、日頃いがみ合っている政党の党首たちが、顔を合わせて感想戦をしていたりもする。

 

もしこの鉄の掟を破れば、大変なことになる。

まずは勧告。次はファンクラブ強制脱退。まだ直らないようなら、誰かによる自宅訪問。それでも迷惑がかかるというなら、この世から存在が消される。

そんな手順となっている。仏の顔も三度までというわけだ。これも暗黙の了解である。

 

 

……だからと言って閉鎖的なコミュニティというわけではない。

「仕事の話をしない」。この一点さえ守れば、非常に間口が広く、風通しの良いコミュニティなのだ。

老若男女国籍問わず会員数は非常に多い。

 

会員受付は将棋連盟のHPで行われている。もちろん例の掟の注意事項付きで。

非公式ファンクラブとは何だったのか、という気もするが、大元が日本海軍のいち部署である以上、公式化できないのは仕方ない。

非公式でも支障ないわけであるし、それで問題ない、というわけだ。

 

風通しが良い理由のひとつに、意見箱がある。

将棋連盟が取りまとめている意見箱には、この『第3よこちん将棋会 ファンクラブ』専用の受付窓口がある。

そして意見要望はここに連絡すれば、極端にひどいものは除いて、横須賀第3鎮守府まで連絡される。

さらに将棋連盟発刊の月刊誌には、Q&Aコーナーが設けられているので、次の号に質問と回答が載せられる。

このQ&Aが実に好評で、横須賀第3鎮守府からの丁寧な回答は、いつもアンケートで人気項目に挙げられるほど人気がある。

 

また、彼女たちのブロマイドは将棋連盟の公式HPで買うことができる。

1枚200円、10枚以上で送料無料というお値打ち価格。

しかも通販なので全国どこからでも注文できるというありがたさ。

このブロマイドもかなりの売り上げで、将棋連盟の収入の柱のひとつとなっている模様。

 

 

……こういったコミュニティなので、会員からの不満はほとんど出ていない。

唯一の不満といえば、公開将棋大会のチケット倍率が高すぎるというところか。

 

開催元がいつも、公民館とか生涯学習センターとか、市民センターとか、そういった場所で大会を開く以上、これはどうしようもないことである。

 

ちなみにチケットの転売は固く禁止されている。

これも鉄の掟で守られているので、いくら本業で権力を持つものであっても、チケットが取れなかったら、それはもうどうすることもできない。

実は今回の大会でも、チケットが取れず涙をのんだ大物には、伊勢神宮の宮司、イタリアの首相、日本海軍元帥、財務省高官、闇の武器ブローカーなんかがいたりする。

 

横須賀第3鎮守府がDVDを作ろうという話になったのも、そういう事実があったからだ。

どうしても日程が合わず参加できない、横須賀が遠すぎて参加できない、チケットが取れず参加できない、こういった声にお応えしましょう、ということである。

 

 

 

・・・

 

 

 

「まあ、こういった具合なのよ。

安全面については何の心配もいらないわ。安心してね、大和さん」

 

「……はひ……」

 

 

話が大きくなりすぎて、思考停止に陥ってしまった大和。

彼女は今「世界って大きいんだなぁ……私ってちっぽけなんだなぁ……」なんて現実逃避をしていたりする。

 

それにしても一ノ瀬中佐の要望は全通し、という対処をしていたのは正解だった。

 

大和が思っていた以上に話は大きく、その要件を突っぱねた暁には、大本営、もしかしたら日本海軍全体が吹っ飛んでいた可能性もある。

 

 

「それじゃ、このDVDは検閲オッケーってことでいいかしら?大和さん」

 

「はひ……それでいいです……」

 

「ありがとね。……それとあとひとつ話があるんだけど」

 

「これ以上……私にどうしろというのですか……」

 

「大和さん、それ妙高姉さんのセリフ。

……まあいいわ。転属願いよ。はい」

 

「えっ!?転属願いですか!?いったい誰が!?いったいどこに!?」

 

 

大和さんかわいそうだなぁ……なんて思いつつ、実情を知りつつも、口をはさめないでいた鯉住君。

しかしこの足柄の一言は、彼にとって聞き逃せないものであった。

 

横須賀第3鎮守府の面々は将棋ジャンキーである。

彼女たちがよその普通の鎮守府でうまくやっていけるとは、到底思えないからだ。

 

 

「他人事じゃないわよ?」

 

「え……ちょ……もしかして……」

 

「異動するのは私。異動先はアナタの鎮守府。いいわよね?」

 

「な、なんでぇっ!?」

 

 

まさかの申し出である。

横須賀第3鎮守府でもかなりの強者である足柄が、なぜ自分の弱小鎮守府に異動するつもりになったのか?

全く心当たりがない。

 

 

「足柄さんもあちらでの主力の一人でしょう!?

何でそんな急に異動だなんてするつもりになったんですかっ!?」

 

「なによ、つれないわねぇ。もっと喜んでくれてもいいのに。

だいたいあなたが呼んだんでしょう?」

 

「足柄さんを呼んだ覚えはありません!」

 

「私を名指ししたわけじゃないけど、以前高雄さんに言ったでしょ?

『給糧艦を赴任させてくれ』って」

 

「あ……まさか……」

 

「そうよ!料理の腕なら間宮クラスのこの私が、立候補したってわけ!」

 

「そういうことかぁ……」

 

 

この足柄、勝利に対して非常に貪欲である。

それは戦闘だけにはとどまらない。将棋でもそうだし、料理でもそうだ。

やるからには勝つ!ということをポリシーとしている。

 

そういう彼女なので、料理の腕は一流だ。

総勢20名以上の横須賀第3鎮守府で、ひとりで料理担当をしていた程度には腕が立つ。

本人が間宮クラス、と言っていたのは、嘘ではない。

 

 

「いや、でも、料理長の足柄さんがこっちに来てしまったら、一ノ瀬さんのところでの食事が大変なことになってしまうのでは……?」

 

「大丈夫よ。みんな料理ができないってわけじゃないし、持ち回りで担当することにしてもらったから。

それ以上にね「私も比叡さんみたいに、別の環境で修業したい」って言ったら、喜んでみんな送り出してくれたわ」

 

「へぇ……そっかぁ……」

 

 

送り出してもらった、というところを鑑みるに、もう異動することは確定しているらしい。

弱小提督である自分の意見がないがしろにされるのはまだいいが、大本営の決定もないがしろにしているのは、そこんとこどうなのだろうか……?

 

 

「ちなみに、その修行っていうのは……」

 

「? 将棋の修行以外に何があるの?」

 

「ですよねぇ……」

 

 

もはやツッコむのも疲れた鯉住君。

秘書艦ふたりも同様に非常に疲れた表情をしている。赤疲労だ。

彼女たちも、自分たちが何を言っても無駄、ということを理解してくれているのだろう。

 

 

「え? 係のお姉さん、うちの鎮守府に来るの?」

 

「そうよ、秋津洲ちゃん。これからよろしくね。

あと私は足柄よ。これからはそう呼んでちょうだい」

 

「わかったかも!足柄さん!」

 

「よしよし、いい子ね」

 

 

なんか……もう、いっぱいいっぱいですわ。

 

そんな様子の4人をしり目に、ニコニコしながら触れ合う足柄と秋津洲なのであった。

 

 

 

 

 

 




本編では深掘りできなかったですが、G7のGはGlassesのGです。眼鏡です。


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第37話

空母艦娘について

空母の面々は軒並み頭がいいです。
その理由には、彼女たちの戦闘スタイルが大きく関係しています。

空母勢は4スロット、もしくは3スロットに艦載機を積んで戦うのですが、
これは言い換えると4、もしくは3部隊を同時に指揮して戦うということでもあります。

例えば一ノ瀬中佐のところの飛龍改二(練度85)を見てみましょう。
彼女の艦載機搭載数は1スロットから順に、18・36・22・3です。
そこに順に流星改・彗星十二型甲・紫電改二・彩雲が積まれていた場合、どうなるかと言いますと、18機の流星改、36機の彗星十二型甲、22機の紫電改二、3機の彩雲の合計79機となる4部隊を同時に指揮することになるわけです。

これはゲームでいえばコントローラを同時に4つ操作するようなもので、人間にはちょっと不可能です。艦娘のハイスペックさがわかるよい例ですね。

だから空母は他の艦種よりも、練度が戦闘力に大きく影響します。
低練度のうちは、頭の負担を減らすために、全部隊を同時に動かしたり、艦載機を一種類に統一したり、部隊の個別運用は局地的なものにとどめたりします。これでも十分効果的ではあります。
しかしこれが高練度になると、全ての部隊をバラバラに動かせるようになるため、戦闘力は飛躍的に上昇します。空母の本領が発揮されるのはこうなってからですね。

例外として、化け物じみたヤベー奴らもいます。加二倉中佐のところの赤城改(練度???)や、龍驤改二(練度???)などです。
なんと彼女たちは、1部隊(1スロット)をいくつかの小隊に分割して運用しています。
だから彼女たちの操作する部隊数(スロット数)は実質20を超えてたりします。
この人外じみた艦載機運用方法は、ほかの同じ空母から見ても、意味不明とのことです。




 

「こうして晴れてアナタの部下になったわけだけど、これからの予定ってどうなってるの?

ていうか、今日って何しに来たの?」

 

 

半ば強引に異動してくることになった足柄が口を開く。

こちらが大本営に召集されたことは知っていたが、その目的、これからの予定については、何も知らないらしい。当たり前のことではあるが。

 

 

「ええと……ひとまず大本営にきた目的は、秋津洲の性能試験と大和さんへの近況報告です。だからそれが終わった今、用事はもうないんですが……」

 

「ですが?」

 

「大和さんとうちの秘書艦ふたりが、俺の研修について聞きたいということで……

秋津洲が戻るまでの時間つぶしがてら、ちょうど今、昔話をしていたんです」

 

「へぇ~。面白そうなことしてたのね」

 

「そしたら一ノ瀬さんのところでの研修の話をしているときに、当事者の足柄さんが現れたので、驚いちゃいましたよ……」

 

「タイミングはばっちりだったってわけね」

 

「それはもう……」

 

 

疲労困憊の鯉住君を見て、足柄はひとつ提案をする。

 

 

「そういうことだったら私も聞きたいわ。

アナタが他のところでやってきた研修、気になるもの」

 

「いいですよ……と言いたいところですが、今日は色々あっていっぱいいっぱいなんです……

大和さんもそうですよね……?」

 

「はい……私もう、泣きそうです……」

 

 

色のない表情をしている大和と、秘書艦たち。

鯉住君同様に彼女たちも疲労困憊なのは、火を見るよりも明らかである。

 

 

「えー、みんなだけずるいかも。私も提督の昔話、聞きたいかも」

 

「いや、しかしな、秋津洲……」

 

「まあそう言わないの。減るもんじゃないでしょう?

私が特別に、疲れの取れるハーブティーでも淹れてきてあげるから、続きを聞かせてちょうだい?」

 

「い、いや、それはぜひ、またの機会に……」

 

「それじゃ給湯室まで行ってくるわね。

あ、そうだ。秋津洲ちゃんも手伝ってくれるかしら?お姉さんが美味しいハーブティーの淹れ方、教えてあげるわよ?」

 

「わかったかも!秋津洲も一緒に行く!それじゃ、提督、みんな、行ってくるかも!」

 

「ちょ、ふたりとも……」

 

 

バタン!

 

 

そう言うと、ふたりは自身の提督の返事も聞かず、出て行ってしまった。

 

 

「「「「 …… 」」」」

 

 

ぐたぁっ……

 

 

ふたりが出て行ったのを見届けて、4人はほぼ同時に机に突っ伏した。

 

 

「アンタねぇ……提督なんだから……もっとビシッと断りなさいよ……」

 

「同感です……もう私、何も知りたくありません……」

 

「すまない……すまない……」

 

「いえ……皆さん、鯉住少佐を責めないであげてください……

私が研修について聞きたい、なんて言い出さなければ、こんなことにはならなかったんです……」

 

「や、大和さん……貴女が悪いわけでは……」

 

 

机に突っ伏したまま、不毛な会話を繰り広げる4人。

そんな中、大和が鯉住君に向かって話しかける。

 

 

「あ、そうだ、鯉住少佐……ひとつ私から提案なんですが……」

 

「なんでしょう、大和さん……?」

 

「私と鯉住少佐の連絡先を、交換していただけないでしょうか……?」

 

「連絡先……個人で持っているスマホのですか?」

 

「ええ。防諜の関係上、個人間回線にしようかと……」

 

 

大和からの申し出の意図がいまいち掴めない。

いったい何の連絡をするための連絡先交換なのだろうか?

 

 

「ええと……連絡を取るのでしたら、大本営からの個別回線でいいのでは……」

 

「いえ、公的でなく、私的に連絡を取りたいのです……

あの人たちの爆弾案件をひとりで抱えるのは、もう私の心が限界なんです……」

 

「あぁ……そういう……」

 

 

大和の意図がようやく理解できた。

目の前で机に突っ伏している彼女を見るに、随分と自分の先輩たちに振り回されてきたのだろう。

もし自分が「あの4人の申し出をひとりで処理しろ」なんて言われた日には、その場で辞表を出すに違いない。

それを今までやってきた大和には頭が下がる思いだ。

そしてその心労が限界というのも、非常によくわかる話だ。

 

 

「わかりました……こんな私でよければ……」

 

「ホントですか……ありがとうございます……」

 

 

ふたりはチカラなく、ずるりとポケットからスマホを取り出し、連絡先を交換した。

 

 

「また私が限界を迎えそうなときは、相談に乗ってくださると助かります……」

 

「そんなにギリギリになる前に、気軽に連絡してください……

あの人たちの案件は、早めに処理しないと大変でしょうから……

話すだけでも、楽になるでしょうし……私としても、色々とご迷惑かけてしまった大和さんには、恩を返したいですし……」

 

「お心遣い痛み入ります……私、とっても嬉しいです……」

 

 

妙齢の男女間での個別連絡先交換と書けば、実にロマンス溢れるシチュエーションである。

しかしゾンビのようにダラリとしながら行われたその行為には、そういったトキメキなど微塵も感じ取ることはできなかった。

 

もっとも、ツッコミ役である叢雲も、同じようにゾンビ状態で机に突っ伏しているので、誰もこのシチュエーションにモノ申す人はいなかったのだが……

 

 

「ただいまー。 秋津洲帰投したかも……って、みんな何で寝てるの?お昼寝?」

 

「あらぁ……これはまた、随分お疲れみたいね……」

 

 

給湯室から戻ってきたら、みんなして机に倒れこんでいた。

この光景を見て怪訝な顔をする秋津洲と、あまりのお疲れムードに苦笑いする足柄。

 

この謎空間には似合わないほど、ふたりが持ってきたハーブティーは、いい香りを振りまいていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「そろそろ落ち着いたかしら?」

 

「ええ……ありがとうございます。足柄さん」

 

「まったく、提督ともあろうものがあんな姿見せて……だらしないわよ?」

 

「誰のせいだと思ってるんですか……」

 

 

足柄と秋津洲が淹れてくれたハーブティーは、非常に美味しかった。

良い香りと程よい甘みで、本当に疲れが癒された。

 

間宮アイス程ではないが、なかなかの効果を感じる。

その証拠に、秘書艦たちと大和を見ると、先ほどよりも目に光が戻っているようだ。

 

このハーブティー、疲労度を一段階ほど回復させる効果があるのではないか?

さすが料理上手を自負する足柄である。

 

 

「それで、私の居た鎮守府……聡美ちゃんの鎮守府での研修の話までしたのよね?

それなら次は三鷹少佐の鎮守府での研修についてかしら?」

 

「そうなりますね……

と言っても、他のふたりの研修よりもインパクトに欠けると思いますが……」

 

「……アンタそれ、絶対ウソでしょ」

 

「提督の基準はもう信用できないです……」

 

「ふたりとも、ひどくない? 一応俺キミたちの上司なのよ?」

 

「だって……ねぇ?」

 

「ハイ……今までのお話には、なにひとつ普通の要素がなかったじゃないですか……

それよりはマイルドと言われても、なんの慰めにもなりません……

普通の私達にとっては、多分今からの話も普通じゃないと思います……」

 

「俺のこと変人みたいに言わないでね……? 普通に傷つくからね……?」

 

「「 …… 」」

 

「何とか言ってくれないですかねぇ……?」

 

 

コントをする程度の元気は出た3人。

しかしそんなコントよりも、提督の話を聞きたい秋津洲が口をはさむ。

 

 

「もー、提督、そんなにじゃれあってないで、早くお話ししてほしいかも」

 

「わかったわかった……今から話すからね……

あれは俺がトラック泊地に到着した日……」

 

 

……コンコンコン

 

 

鯉住君が話し始めようとした矢先、ノックの音が。

 

 

(お話し中すいません。愛宕です)

 

 

扉の向こうから、門前で出迎えてくれた愛宕の声がする。

どうやらなにか急な用事のようだ。

 

鯉住君は大和に目配せして、そちらを優先してもらうように言外で伝える。

その視線を受けた大和は、彼の言いたいことを察したようだ。

軽くうなづき、扉の向こうへと声をかける。

 

 

「どうぞ。かまいません。入ってください」

 

 

ガチャリ

 

 

「失礼します。お取込み中のところすいません」

 

「一体どうしたんですか? 何か緊急の要件ですか?」

 

「はい。大和さん。お客様がいらっしゃったので、お連れしようかと」

 

「お客様……? 鯉住少佐一行以外の来客予定は本日なかったはずですが……?」

 

「ええ。その通りなのですが……

そのお客様というのが、私達に対してではなくてですね……

鯉住少佐に対してのお客様のようで……」

 

 

「「「「 あっ……(察し 」」」」

 

 

ほとんど同時に、全く同じことを察した4人。

これは、まあ、あれだろう。流れ的に考えて十中八九、あれだろう。

 

そんな4人を見て首をかしげる、秋津洲、足柄、愛宕の3人。

 

 

「ええと……大和さん、なにか心当たりでもありましたか?」

 

「いえ、まあ、その……心当たりがないと言えばウソになります……

今そのお客様にはどうしてもらっていますか?」

 

「客間に待機してもらっています。すぐにお呼びしても大丈夫でしょうか?」

 

「……はい、お呼びしてください」

 

「わかりました。それでは、失礼します」

 

 

バタン

 

 

頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら退室する愛宕。

 

 

「……」

 

「どうしたのよ鯉住君。誰が来るかわかってるみたいじゃない」

 

「まあ、何と言いますか……察しはついていると言いますか……」

 

「なんか歯切れが悪いわねぇ……ま、来てみればわかるでしょ」

 

「違うといいなぁ……」

 

 

嫌な予感をひしひしと感じ、自分の予感が外れることを願う鯉住君。

それは秘書艦ふたりにしても、大和にしても、同様である。

 

 

……そんな謎の緊張の中、残りのハーブティーを飲みながら愛宕を待つ面々。

 

 

 

 

 

……コンコンコン

 

 

 

 

 

5分ほどしか経っていないのだが、どうやら愛宕は、そのお客様を連れてきてくれたようだ。

 

 

「……皆さん、心の準備はいいですか?」

 

 

大和からの問いかけに、

その問いの意味が分かる3人は、半ばあきらめた様子でうなづき、

その意味が分からないふたりはクエスチョンマークを浮かべる。

 

 

「では……どうぞ、入ってください」

 

 

大和の許可を受け、扉が開く。

その先には、愛宕に加え、紅白の和服を着た艦娘がひとり。

 

 

 

 

 

「失礼します。お客様をお連れしました。

トラック第5泊地所属、扶桑型2番艦・航空戦艦『山城』様です」

 

「フフフ……サプライズよ!

お久しぶりね、龍太さん!アナタに用事があってやってきたわ!

ねぇ、いきなり私が現れて、さぞ驚いたでしょう!?」

 

 

 

 

 

「「「「 …… 」」」」

 

「あ、あれ……?」

 

 

何とも言えない表情で山城を見つめる4人と、思っていたのと違う反応で困惑する山城。

 

 

「ああ……来たのは山城さんかぁ……暫くぶりです」

 

「ちょ、ちょっと、何で驚かないのよ!?

アナタが大本営に召集されたって聞いて、せっかくトラック泊地から、こっそりやって来たのよ!?

サプライズのつもりだったのよ!?もう少し驚きなさいよ!」

 

「ええと……なんというか、すいません……」

 

「龍太さんもそうだけど、アナタ達も受け入れるの早すぎでしょ!?

何でそんなに平然としてるのよ!?」

 

「だって……ねぇ?古鷹?」

 

「はい……なんと言っても、もう3度目ですから……」

 

「3度目ってどういうこと!?

私がアナタ達にサプライズしたのって、これが初めてでしょ!?」

 

「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ、山城さん……

このハーブティー、足柄さんが淹れてくれたんです。美味しいですよ?」

 

「私の18番のひとつよ!ぜひ味わってちょうだい!」

 

「提督~、秋津洲も頑張ったかも」

 

「そうだったね。秋津洲と足柄が淹れてくれた、だね」

 

「そうそう!そっちが正解かも!」

 

 

戦術的敗北を喫したことを悟り、苦虫を嚙み潰したような顔になっている山城。

 

 

「……大和さん……アポなしで来たのは謝るけど、一体どういうことなの……?

何故私の、ビックリドッキリサプライズ作戦は失敗したのかしら……?」

 

「何というか……お疲れ様です、山城さん……」

 

「うぅ……何なのよこれ……不幸だわ……」

 

 

やっぱりそういう流れだった。

三鷹少佐の治めるトラック第5泊地からの山城の来訪は、面々にすんなり受け入れられてしまったのだった。

 

 

 

 




最後のセリフが書きたくて山城さんに登場してもらいました。
山城ファンの皆さん、大変申し訳ありません。


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第38話

エラい長くなってしまいました……
切りどころを見つけられずこんなことに。暇を見て読んでいただけると嬉しいです。


主人公・鯉住龍太(こいずみりゅうた)の呼び方

いろんな登場人物が出てきて、書いてる方としてもこんがらがってきたので、まとめてみます。

呉第1鎮守府……だいたい「鯉住さん」「鯉住君」呼び。彼の先輩は「鯉住」と呼び捨て。初春は初期は「鯉住殿」最近は「お前様」。

横須賀第3鎮守府……一ノ瀬中佐含め、重巡洋艦あたりからは「鯉住君」呼び。精神年齢がそれより幼い面々は「鯉住さん」。

佐世保第4鎮守府……加二倉中佐は「鯉住」呼び。他の面々は「鯉住殿」「鯉住さん」など。川内型は「龍ちゃん」「龍太さん」。

トラック第5泊地……三鷹少佐は「龍太君」。それにつられて他の面々も「龍太さん」「龍太君」。三鷹グループの現地従業員の皆さんからは「リュータ」。

その他……白蓮大将からは「鯉住」と呼び捨て。大和と高雄からは「鯉住少佐」。


ふわふわした設定なうえ、だいたいが彼が提督に着任する前の話なので、間違ってたり変わったりするかもです。
その辺は大目に見てくださると助かります。





 

 

随分とガッカリしていたが、ハーブティーを飲んだおかげで落ち着きを取り戻した山城。

しかしまだ納得はしていないのだろう。不服そうな顔をしている。

 

 

「それで、わざわざ大本営にまで来たのは、何のためなんですか?

俺に用事って言ってましたし、トラックにいたころの何かについてだと思いますが……」

 

「あぁ……やっぱり平常運転なのね……

何で私の登場に驚かないの……?アナタそんなに堂々としてなかったじゃない……」

 

「あのですね……山城さんが登場する前にですね……」

 

 

・・・

 

 

説明中

 

 

・・・

 

 

「そうなの……それでアナタ達、そんなに死にそうな顔してるのね……

……つまりこういうこと?

私も窓を突き破って登場したり、床を突き破って登場したりすればよかったってこと……?」

 

「やめて下さいよ……山城さんにまでそんなことされてたら、俺たち精神的に轟沈してましたよ……

ていうか山城さんは真面目なんだから、そんなことできないでしょう?」

 

「ほっといてちょうだい……

私は今、渾身の作戦がスカされた悲しみを噛み締めているんだから、ツッコミひとつでも大ダメージを負うのよ……」

 

「相変わらず豆腐メンタルなんですね……」

 

「そういうのをやめてと言ったのよ……」

 

 

辛気臭い雰囲気のふたりを見かねて、マイペースでポジティブな足柄が口を出す。

 

 

「はいはい。もう済んじゃったことなんだし、受け入れなさいな。

それで、貴女はうちの提督に何の用事があってきたのかしら?」

 

「はぁ……私のサプライズが失敗した一因は、アナタだっていうのに、随分な言い草じゃないの……」

 

「さっきも言ったけど、もう終わったことじゃない。

そんな細かいこと気にしていると、勝利を掴めないわよ?」

 

「あぁ……なんて眩しい意見……

どうしよう、龍太さん……私浄化されちゃう……」

 

「浄化されるほど汚れた存在じゃないですから、心配しないでいいですって。

それで、ホントにどうしたんですか?

電報でなく直接対面で連絡なんて、よっぽどのことだと思いますが……」

 

 

この鯉住君の一言を受けて、気持ちを持ち直したのか、不敵に微笑む山城。

 

 

「フフフ……電報でもよかったと言えばよかったんだけど、せっかくの慶事なんですもの、直接伝えたいじゃない。

それに2か月間とはいえ、苦楽を共にしたパートナーが頑張っているっていうんですもの、一言応援の言葉くらいは掛けたいと思うじゃない?」

 

「ああ、それはありがとうございます。

そのためにわざわざ来てくれただなんて、とても嬉しいです。

しかし山城さん、慶事って何のことですか?俺が去った後に、部署に何か変化があったんですか?」

 

「ええ。聞いて驚くなかれ、よ!……つい先日、売上1万部を突破したわ!!」

 

「……マジで?

あんなニッチなジャンルの本が?1000部の間違いじゃなくて?」

 

「間違いじゃないわ。出版してから1か月でこの売り上げよ?それにまだまだじわじわと売れ続けているの。

龍太さんのこれまでの人生が正しいものだったっていう、何よりの証拠ね。

提督も「龍太君すごいじゃないか」って褒めてたわよ?」

 

「そっかぁ……それは、嬉しいですね……!!」

 

 

ふたりして本人たちにしかわからない話題で盛り上がる、鯉住君と山城。

当然他の面々は、わけがわからず眉間にしわを寄せている。

 

そんな状況を打破すべく、これまたハーブティーで気持ちを持ち直した大和は、会話に参加することにした。

 

 

「あ、あの、すいません、おふたりとも。ちょっといいでしょうか?」

 

「あ、はい。すいません大和さん。何のことやらわからないですよね」

 

「まぁ、そうですね……もしかして、鯉住少佐がトラック泊地で研修をされていた頃に関係するお話ですか?」

 

「はい、そうです。

……それじゃ、今の話の説明も含めて、三鷹さんのところでの研修の話でもしましょうか。

山城さんもそれでいいですか?」

 

「ええ、構わないわ。私としては伝えたいことは伝えたし、好きにしてちょうだい」

 

「ありがとうございます。それではお話ししますね……」

 

 

今度はどんな異世界の話が飛び出すのだろうか? 緊張して生つばを飲み込む秘書艦ズと大和。

 

そんな細かいこと気にしない秋津洲と足柄は、楽しみにしてた昔話が始まるとあって、ニコニコしている。

 

 

「……三鷹さんの研修は大きく分けて2種類でした。

まず、ひとつは座学。

ここでは今の世界の現状や、艦娘、深海棲艦についてわかっていることのおさらいをしました。

もちろん戦略的、戦術的な講義も多数受けさせてもらえたので、あそこでの知識は、提督業をするうえで、非常に役に立っています」

 

 

「「「 (……あれ?) 」」」

 

 

首をひねる大和と秘書艦ふたり。

 

 

「そしてもうひとつが実技ですね。

トラック第5泊地の皆さんに協力してもらい、演習で作戦指揮をひとりでこなしたり、時には比較的安全な海域まで出撃、現在主流な無線指揮をしたりもしました。

少し危険が伴うものとして、自らも現場に小型船舶で同行して、現場で指揮を行う、ということもやりました。

これは深海棲艦出現初期に採られた方法ですね。

現場での指揮は効果的で、メリットが大きいのですが、人間の提督に多大な危険があるという、見過ごせないデメリットがあります」

 

「……普通は現場で指揮を採ってもらうって言われれば、動揺するものなのにね。

龍太さんは「はい、わかりました」で済ませちゃうんだもの……驚いたわ……」

 

「まぁ、加二倉さんのところで、もっと強烈なことやってきてましたし……」

 

 

鯉住君がトラック第5泊地を後にしてから、まだ1か月も経っていない。

そんな少し前のことではあるが、環境が変化した今、それはすごく前のことのように感じるのだろう。

昔を懐かしみながら、穏やかな表情でやり取りする鯉住君と山城。

 

そんなふたりとは対照的に、少し焦った秘書艦のふたりが質問してきた。

 

 

「ちょ、ちょっと! その話、絶対おかしいわよね!?」

 

「え? なにが?」

 

「何って……気づいてないんですか、提督!? 研修内容が普通過ぎるんですよ!!」

 

「えぇ……?」

 

 

前ふたりの研修が異次元過ぎたせいか、わけのわからない質問をするふたり。

 

冷静に考えれば、研修中の身でありながら現場指揮までやっていたのは、どう考えても普通ではない。

一般的な「普通」の研修では、実技をやってもせいぜい演習どまり。一部優秀な候補生は無線指揮をするくらいだ。

 

それくらい知っている秘書艦ふたりであるが、今日のよくわからない異次元空間に順応してしまったせいで、普通の基準がぶれてしまっている模様。

 

 

「だから言ったじゃない。前ふたりよりは普通の研修だったって……」

 

「絶対そんなのフリじゃないですか……」

 

「俺芸人とかじゃないから、そういうのとは無縁だからね?」

 

「ウソつきなさいよ……半分芸人みたいなところあるじゃないの」

 

「なんなの? 俺って秘書艦から信用されてないの? 俺提督だよ?真面目にやってるよ?」

 

「そういうの今はいいから。さっさと続き話しなさい。どうせなんかオチがあるんでしょ?」

 

「ウチの秘書艦がひどすぎる件について……」

 

「はいはい。仲がいいのはわかったから。

叢雲ちゃんの言う通り、さっさと続きを話してちょうだい」

 

「足柄さんの言う通りかも! 秋津洲も早く続きが知りたいかも!」

 

 

色々と物申したいが、何を言っても無駄なんだろうなぁ……と、若干うなだれる鯉住君。

それを見かねて大和がフォローを入れる。

 

 

「皆さん、そのあたりでやめてあげてください……

鯉住少佐が何か悪いことをしたわけではないですし、あまり強く当たらないであげてください」

 

「や、大和さん……!!

フォローしていただいて、ありがとうございます!私の味方は貴女だけです……!!」

 

「そ、そんな、大袈裟な……」

 

 

なんて言いつつ、彼に頼られてまんざらでもない大和。

 

 

「むー、私だって提督の味方かも! 大和さんだけ特別扱いしないでよね!!」

 

 

ブンッ!ブンッ!

 

 

「わ、わかった、わかったから揺らさないでくれ、秋津洲。

すぐに続き話すから、手を放してくれ……」

 

「提督にはもっと、私達の気持ちを考えて欲しいかも!」

 

「すごく考えてるんだけど……

まぁいいや、えーと、三鷹さんの研修についてはホントにそんな感じだったよ?

前ふたりに比べれば、天国のような研修だった……

艤装メンテもしょっちゅうさせてもらえたし、趣味の釣りも結構できたし……」

 

「あら、なんだか温いわね。研修っていったらウチくらいが普通じゃないの?」

 

「将棋で鼻血が出るまで頭を酷使するような研修は、普通じゃありません……」

 

 

鯉住君の意見などどこ吹く風で、話を続ける足柄。

 

 

「でも鯉住君。アナタがやってきたのって、それだけじゃないんでしょう?

さっきの話に出てた内容は全くなかったし、三鷹少佐がそんな普通の研修で済ますはずないし」

 

「さすが足柄さん、察しがいいですね。その通りです。

研修はそんな感じだったんですが、それ以外の時間を使ってやるように言われた、「宿題」がありまして……」

 

 

鯉住君の今のセリフに、叢雲が激しく喰いつく。

 

 

「ホラみなさい!やっぱりオチがあるんじゃないのよ!

だから半分芸人だって言ったの!変に期待させないでよね!!」

 

「いやいや……研修は普通だって言ったけど、それ以外に何もしなかったとは言ってないし……

大体今からする話でも、キミたちがダメージ受けるようなことはないだろうし……」

 

「そういうことじゃないですよ提督!

私達が言いたかったのは、叢雲さんが言ったようなことです!

やっぱり心の準備が必要なやつじゃないですかぁ!!」

 

 

荒ぶる秘書艦たちを鎮めるのは、ちょっと骨が折れそうだ。

そう考えた鯉住君は、とりあえず話すことだけ話すことにした。

 

 

「まぁ大丈夫だって……被害が及ぶ類の話じゃないから……

えーと、その「宿題」っていうのがね、『俺の体験を本にして二か国語で出版する』っていうもので……」

 

「……鯉住少佐、今何とおっしゃいました?」

 

「えーですね……

私が今まで経験してきたことや、私の考えていることなどを一冊の本にまとめ、日本と英語圏向けに、電子書籍として販売する、という宿題でして……」

 

「……聞き間違いではなかったんですね」

 

 

確かに大和は、三鷹少佐から2か月ほど前に副業申請書を受け取った。

それには「インターネットを介した電子書籍の販売」という項目もあった気がする。

 

しかし大和は、提督が申請するにはどう考えてもおかしいその項目を、そんなに気にしていなかった。

何故って、副業申請書に記載されていた項目は100以上あったのだ。流石三鷹グループというしかない。そんな状況で一項目一項目調べていられるほど、大和は暇ではなかった。

 

……三鷹グループの副業申請は、専門の検閲官がおり、彼が基本的には項目の可・不可を判断している。というかそうでもしなければ大和が過労死する。

 

だからその件に関する大和の仕事は、最終チェックと各方面への伝達だけであり(だけ、というにはハードすぎる業務だが)、検閲官が全く問題なしと判断した項目は基本スルーである。

 

そんな体制なので、大和が違和感を感じることができなかったのは無理もない。

 

 

「そこで三鷹グループの一会社「三鷹電力」に1部門作ってもらい、そこで研修をしていない時間は働くことになったんです。

ちなみに私の役割は「プロジェクトリーダー」で、山城さんが「ジェネラルマネージャー」です」

 

「難しく言ってるけど、チームリーダーとサブリーダーみたいな関係ね。一所懸命頑張ったのよ?」

 

「他にも翻訳を手伝ったもらった方や、校正をしてもらった方、アドバイザー、プログラマーなど、色々な人に協力してもらいました。

皆さんを連れてきてくださった三鷹さんと、協力してくださった皆さんには、とても感謝しています」

 

「……鯉住少佐……やり手だったんですねぇ」

 

「いえ、そんなことありません。部署の皆さんが優秀だっただけですよ」

 

「フフフ……本人はこんなこと言ってるけどね、プロジェクトメンバーのみんなからは、龍太さん、とてもよく思われているのよ?

それを見た提督が「彼はすごい、これなら問題ない」って言ってたくらいにはね」

 

「そ、そんなこと言われてたんですか……」

 

「ま、当然よね。加二倉中佐と聡美ちゃんの研修を乗り越えた男ですもの。

いち部署の人間の心くらい、簡単に掴めるはずよ」

 

 

今の話を聞いて、自分のことではないのになぜかドヤ顔する足柄。

それを受けて、山城が困惑顔で受け答えする。

 

 

「貴女が言うほど簡単なことじゃないのよ? 人の心を掴むのは……

だから提督は「すごい」と言ったの。普通のことを普通にできるくらいじゃ、その言葉はもらえないわ」

 

「すっごーい! 提督って作家さんだったのね!!秋津洲、尊敬しちゃうかも!」

 

「いやそんな……大層なものじゃ……」

 

「何言ってるのよ、龍太さん。

さっきも言ったけど、1か月で売り上げ一万部よ?

あんなマニアックな内容でその売り上げって、すごいことなのよ?」

 

 

ここで気になることができた大和は、鯉住君に質問する。

 

 

「えと、ちなみに鯉住少佐。出版した本って、どのような内容なんですか?

人生観を書いたものとはおっしゃっていましたが、詳しいところが気になります」

 

「それなら実際に見た方が早いわ。

特別に1冊製本してきたのよ。世界に一冊だけの紙の本。プレミアものよ?」

 

 

そういうと山城は、胸元からスルッと一冊の本を取り出した。

艦娘はみんな胸を収納場所にしているのだろうか? それを見て、そんなことを考える鯉住君。

ちなみにやっぱりその視線は露骨であり、この場の結構な人数に考えがばれていたりする。

 

 

「……それが鯉住少佐の執筆した書籍なのですね?」

 

「そうよ。ぜひ読んでみてちょうだい。

艦娘としては、すごく嬉しいことが書いてあるわ」

 

「……そうなんでしょうか。そうだといいんですが」

 

「そうなのよ。

じゃなかったら世界で1万部、しかもうち3割は艦娘に購入されている、なんて状況になってたりはしないわ」

 

「……へ? 購入者って、大体が技術屋じゃなかったんですか!?」

 

「内訳はアンケートで把握できている限りではあるけど、半分が技術職、3割が艦娘、残りがその他一般ってところかしら……

書籍が購入できる環境にある艦娘は多くないっていうのに、この数字。すごいことよ?」

 

「……なんだか恥ずかしいですね」

 

「自分自身の評価は、自分でつけるものと、他人がつけるものがあるわ。

アナタは他人に高く評価されてるの。それは事実よ。パートナーだった私も鼻が高いわ」

 

「……しっくりこないですね」

 

 

山城が彼女にしてはめずらしく他人をほめていると、他のメンバーから声が上がった。

 

 

「ねぇ、私達もアンタが書いた書籍とやらに興味があるわ。

何とか今見せてもらうことはできないかしら?」

 

「アンタ……?」

 

 

叢雲の発言を耳にした山城が、眉間にしわを寄せながら、鯉住君に小声で話しかける。

 

 

「龍太さん、何なのこの子? ちょっと言葉遣いが悪いんじゃないの……?」

 

「ま、まぁまぁ……いい子なので、勘弁してやってください……そういうお年頃なんです……」

 

「アナタがそう言うならいいけれど……」

 

「? 何こそこそ話してるのよ?」

 

「……あぁ、何でもないよ、叢雲。どうしたものか相談してただけさ。

……自分の書いたものを見せるなんて少し恥ずかしいけど、俺のスマホにデータが入ってるから、それを見てもらおうかな」

 

 

不機嫌な山城をなだめつつ、それを叢雲にバレないようにしつつ、彼女たちに目的の画面を開いたスマホを渡す。

 

 

「ありがとうございます、提督」

 

 

スマホを受け取った二人は、自身の提督が書いた文章に目を通していく。

 

 

 

・・・

 

 

 

タイトルは『冷たい艤装に心を込めて』

 

その書籍は、編集に関わった者たちへの感謝を綴った前書きから始まり、

1章、2章、3章の3部構成となっていた。

 

 

1章は彼の仕事に対する姿勢と、その詳しいやり方について。

 

艤装メンテナンスに関して、彼は日本でも確実にトップ3に入るであろう実力を持つ。

そんな実力者が綴った、仕事に対する心構えと、各艦種ごとに分けられた、細かいメンテのコツが書かれている。

分かりやすいように、詳しいイラスト付きで、誰にでも理解できるような作りとなっているのが嬉しい配慮だ。

 

この章だけ見ても、彼が普通の艤装メンテ技師とは大きく違った発想で仕事をしていることが分かる。

 

 

2章は彼の今までの人生について。

 

元々はなんの変哲もない、無目的な生活を送っていたことから始まり、

彼が艤装メンテ技師になろうと思った原因である、本土大襲撃について、

そこから先の、残りの学生をフルに使った、猛勉強、猛特訓の日々、

呉第1鎮守府に艤装メンテ技師として就職し、そこのメンバーと過ごした厳しくも充実した日々、

そして現在進行中である先輩たちの研修を乗り越え、提督として着任する予定だということ。

 

そんなことが綴られていた。

よくいる普通の青年が目的を持ち、努力し、軌道修正しながらも、未来へ進んでいくといった内容だ。

当然意図してこうなった人生ではないが、読んだ人の共感を呼ぶことができるつくりとなっている。

 

 

3章は彼のこれからの目標について。

 

提督として着任した後は、そのエリアで行われる大規模作戦の際にバックアップとして活躍できるような、縁の下のチカラ持ちのような鎮守府を目指したいといった内容だ。

 

今彼が考えるバックアップの形として、

将来の自身の鎮守府に、駐屯所のような宿泊施設を構えたいとか、

製鉄所から艤装パーツを一通り取り寄せておいて、有事の際に放出できるようにしたいとか、

艤装メンテの腕に覚えのある人たちを集めて、技術向上を進めていきたいとか、

そんなことが書かれていた。

 

これは彼ひとりでなく、パートナーの山城と、ほかのチームメンバーみんなで考えた展望のようだ。

ちなみに製鉄所からのパーツ取り寄せの件については、英国妖精さんが彼の思考を120%読み取ってハッスルしてしまったせいで、想定以上に叶ってしまっていたりする。

 

 

そして最後にあとがき。

 

このあとがきでは、自分が今まで関わってきた全ての人、艦娘に対して、感謝の言葉が綴られていた。

 

ここには彼が佐世保の赤城に助けられて以来、艦娘に対して心に持ち続けている想いが、隠すことなく正直に書かれている。

内容は概ね、以前夕張に語ったものと同じだ。敬意を払う、という趣旨のものである。

 

実はここに書かれている内容が、艦娘の琴線に触れるらしく、アンケートで人気のある項目の一つは、あとがきだったりする。

 

 

 

・・・

 

 

「……へぇ、よく書けてるじゃない」

 

「提督、ご立派です」

 

「ありがとな、ふたりとも。

いやしかし、思った以上に恥ずかしいな……目の前で知り合い達に、自分の本を読まれるのって……」

 

 

時間をかけるわけにもいかないため、ペラペラと流し読みすることしかできなかった。

しかし、普段から彼と行動を共にしているふたりには、十分理解できたようだ。

 

そんな様子を見て、秋津洲が割り込んできた。

 

 

「ふたりだけずるいかも!秋津洲も読んでみたい!」

 

「悪いけど、ここまでよ。みんなして読んでたら、日が暮れて夜が明けちゃうわ。

龍太さんの話の続き、聞きたいんでしょう?」

 

「う……そうだけど~……」

 

「埋め合わせは、アナタの提督にして貰いなさいな。

大本営には間宮食堂もあるし、甘味なんかも揃ってるでしょう?

奢ってもらいなさいよ」

 

「山城さん……」

 

「何よ龍太さん。何か言いたいことでもあるの?

これはちょっとした仕返しよ?私のサプライズ大作戦を失敗させた罪は重いわ」

 

 

ドヤ顔で鯉住君に話しかける山城。

先ほど誰も驚かなかった件を、まだ根に持っているらしい。

 

 

「いや、まぁ……言いたいことがあるというのは正しいのですが……

秋津洲にはもう甘味を奢る約束をしてありまして……」

 

「提督の言う通りかも。

今日はちゃんと性能試験を終わらせたご褒美に、間宮に連れてってもらうことになってるかも」

 

「な、何よそれ……

それじゃ、ノリノリで龍太さんをからかおうとした私がバカみたいじゃないの……」

 

「なんていうか……スイマセン……ドヤ顔まで披露してもらったっていうのに……」

 

「そういうこと言うのやめなさいよ……私のメンタルは大破してるのよ……?

大破撤退は基本って習ったでしょう……?」

 

 

やっぱり山城の悪だくみは、うまくいかない運命にあるらしい。

 

 

「はいはい。茶番はその辺にして、続きを聞かせてよ。鯉住君。

時間は限りあるものだから、有効に使わないとね。

秋津洲ちゃんは、今度また提督に何か買ってもらいましょ?それでいいわよね?」

 

「むー。まぁ、それでいいかも」

 

「また前向きな意見……後光が見えるわ……

龍太さん、私、光の彼方に消し飛ばされちゃう……」

 

「足柄さんと山城さんはそんなにレベル差がないから大丈夫ですって……」

 

 

またもや足柄に仕切られ、わちゃわちゃしていた場は整えられることになった。

どうやら本日のメンバーの話し合いには、進行役が必須なようだ。

 

 

「……ええと、まぁ、そんなわけで、このような書籍を執筆、販売することになりまして、山城さんは今日その売上げ報告に来てくれた、というわけです」

 

「はー……なんというか、鯉住少佐、数々の試練を通して、随分と色々な能力を鍛えてこられたんですねぇ……

私、素直に感動しました。素晴らしいです」

 

「や、やめて下さい、大和さん。そんなんじゃありませんし、照れてしまいますから……

それに肝心の提督としての指揮能力は、まだまだ全然ですし……」

 

「それはこれからでも十分身につけられると思いますし、そこまで気にすることではないですよ。

着任して間もないのに、ここまでの功績をあげられたのは、そういう努力の積み重ねがあったからなんですね」

 

「何というか……ありがとうございます」

 

 

照れる鯉住君を見て、上機嫌な大和である。

 

 

 

・・・

 

 

 

「うふふ。鯉住少佐もそうですが、三鷹少佐も流石ですね。

事業経営を研修に、なんて普通はやりませんよ。彼だからこそできることですね」

 

「まあ、そうね。

普通の提督はウチの提督みたいに、何足もわらじ履いてないから」

 

「しかもそれは東南アジアやオセアニアの人々を思ってのことなんでしょう?

日頃苦労させられてはいますが、その性質の良さには私も日頃から感心しているんです」

 

 

 

「「 ……え? 」」

 

 

 

「……あ、あれ?

鯉住少佐に山城さん、何でそんな反応を……?」

 

 

三鷹少佐はその数多くの事業で、東南アジア諸国、オセアニア諸国の食料供給、経済活動に、多大な貢献をしている。

しかも売り上げの多くを、まだまだ生活が安定していない地域の立て直しに使っている。

労働力と生活基盤の寄付と言ってもよい。

 

だから大和は三鷹少佐のことを、善人だと思っている。

それはそうだろう。普通の人間だったら、自身に関係ない国の人間を、そこまでして助けようなどと思わない。

 

……しかし何故だろうか。

その三鷹少佐のことをよく知るふたりは、大和のその意見を耳にして、怪訝な顔をしている。

 

 

 

 

 

「あ……来るわよこれ。古鷹」

 

「来ますねこれは……できるだけ関わらないようにしましょう……」

 

 

何か良からぬものを察知した秘書艦のふたりは、先ほど同様空気に徹することにした。

 

 

 

 

 

「……ねぇ、大和さん……アナタ、ウチの提督のことどう思ってるの……?

悪いけどもう一度聞かせてくれないかしら……?」

 

「え、ええ。

身銭を切ってまで見知らぬ地域の人たちを助けるような、素晴らしい方だと思っていますが……」

 

「身銭を切って人々を助けている、までは合っているわ……

でも別に提督は善人じゃないわよ……?」

 

「いや、だって、普通の人はそんなことしませんよ……?

どう考えてもいい人じゃないですか……」

 

「いい?大和さん……

ここを勘違いしているのは致命的にマズいから、今から言うことをよく聞いてちょうだい……

ウチの提督はね……もの凄く危ない人間よ……?」

 

「ちょ、えぇ……? あ、危ない人間……?」

 

「そう。それはもう、これ以上はないくらいに……」

 

「そんなバカな……」

 

 

信じられない、といった表情を浮かべる大和を見て、鯉住君が補足説明を入れる。

 

 

「まあ三鷹さんは、パッと見好青年で人当りもよく、そういう印象を抱かれやすいですからね……

大和さん、なぜ三鷹さんがあれだけ多くの会社を設立したか、動機をご存知ですか?」

 

「い、いえ。そこまではさすがに……」

 

「ですよね。そうでなかったら、そんな思い違いはしないですもんね。

……動機は『秘書艦の電ちゃんが、なるべく多くの人を助けたいと言ったから』です」

 

「……んん?」

 

「もう一度言いますね。

三鷹さんが今の企業グループを運営している真の目的は『電ちゃんが、みんながかわいそうって言ったから』です」

 

「……」

 

 

ちょっとよくわからない話になってきて、言葉を失う大和。

あれだけの超規模な企業群である。運営目的は、大層なものであると思うのが普通だ。

お金が目的でないとしたら、残りは善意か人脈、名誉くらいしかないはず。

 

……それが真実はどうだろうか?

「電ちゃんのお願いを叶えるため」である。

テストでいい点とった娘のご褒美感覚ではないのか?それは。

 

 

「すいません……ちょっと話が飲み込めず……」

 

「まぁ、そういう反応になりますよね……

一応念のため言っておくと、三鷹さんは別にロリコンではありません。

そういった話ではありません」

 

「そうよ……ていうか、そっちの方がまだわかりやすい分、幾分マシよ……」

 

「そ、それではどういう……」

 

 

山城は、はぁーーーっ……と、深いため息をつき、自身の提督について語りだした。

 

 

「いい?大和さん。

ウチの提督はね、興味がある対象と、そうでない対象の、扱いの差が強烈なのよ」

 

「ええと……」

 

「分かりやすく言うと、提督の目にはこの世界が2種類に分かれて見えているわ。

身内と、それ以外、よ」

 

「身内とそれ以外……?」

 

「そう。それだけ。それ以外の分け方は無いわ。

そして身内にはダダ甘だけど、それ以外には徹底的に無関心よ……」

 

「……それはつまり、三鷹少佐から身内だと認識されていなければ……」

 

「その辺の石ころとか、部屋の隅のホコリとかと、同じ扱いをされるわ……」

 

「えぇ……」

 

「逆に身内だと認識されていれば、大概のお願いは叶えてくれるわ。

それも想像の斜め上を遥かに超えたレベルで叶えてくれるわ……

それこそ秘書艦の電が「島の人たちが苦しんでてかわいそう」ってポロっと言ったら、食品会社と電力会社を立ち上げて、日本と遜色ないレベルのインフラを整えたくらいにはね……」

 

「なにそれぇ……極端すぎるわ……」

 

「そういうわけだから、もし提督から見放されることがあったりしたら……!」

 

 

カタカタと震えだす山城。その顔面は蒼白になっている。

想像しただけでこの有様になってしまうほど、恐ろしいことらしい。

 

それを見て不憫に思った鯉住君がフォローを入れる。

 

 

「ま、まぁ、三鷹さんが山城さんを見捨てるなんて、ありえませんよ。

あの人は頑張ってる人とか、真面目な人には、とことん優しいですから……

日頃から真面目に活動している艦隊の皆さんのことは、よく思っているはずですって」

 

「それはそうだけど、あの事件を思い出すと、今でも震えが止まらないのよ……

分かるでしょ?龍太さん……」

 

「ええ……あれは、嫌な事件でしたね……」

 

 

思い出しただけで震え上がるほどの事件があったようだ……

この話題を流すことはできる。が、それをしてはいけない流れを感じ取った大和は、恐る恐るふたりに尋ねることにした。

 

 

「ええと、その……いったいどんな大惨事が……」

 

「調子に乗った工場長が、消えたわ……」

 

「……消えた?」

 

「そうよ……」

 

 

ガタガタと震える山城。

さっきよりも震えが大きくなり、色白の肌はさらにその白さを増している。

 

 

「ええと、山城さんに説明させるのは酷なので、私が説明します……

大和さんには、三鷹さんの認識を改めて貰いたいですから、ぜひ聞いてください。

あの人を裏切るとどうなるのか、これ以上分かりやすい例はありませんので……」

 

「鯉住少佐……もう怖いんですが……」

 

「ホラーというよりはスプラッタ系ですが、できるだけマイルドに話しますね……

山城さんは耳を塞いでいてくださってもかまいません」

 

「お、お願いします……」

 

 

目を固く閉じ、耳を両手で塞ぐ山城を確認した鯉住君は、ちょっと低めのテンションで話し出した。

 

 

 

・・・

 

 

 

「三鷹さんがいくつかの会社を経営していることはご存知ですよね?

その中の一社「三鷹青果」のとある工場でその事件は起こりました……

そこの工場長がですね、経理担当の職員と手を組んで、横領を行ったんです」

 

「そ、それはまた……」

 

「しかしこれだけならよかったんです。

さっきも言ったとおり、三鷹さんは身内にはダダ甘ですから、横領が発覚した時も「人間だし欲に目がくらむのは仕方ないよ。許してあげよう」なんて言って、無罪放免としたんです」

 

「随分と寛大な……」

 

「はい。だからこそ皆さん誤解するんですけどね……

この一件で経理担当の職員は反省して、真面目に働くようになりました。

 

こんな悪さをしたにも関わらず、手放しで許してくれるなんて、噂にたがわない寛大さ。そんな人物に対して、なんて自分は愚かなことをしてしまったんだ。

 

なんて趣旨のことを言ってたようです」

 

「それは……素晴らしいことですね」

 

「ええ。人ひとり改心させるのは大変なことですから。

ここまでなら素晴らしい話で済みました。そう、ここまでなら……」

 

「……(ゴクリ)」

 

「問題は工場長です。

三鷹さんの下した処遇を受け、彼は甘い人間だ、と判断したようで……

さらに問題ある行動をとっても許されると勘違いしてしまったんです……」

 

「うわぁ……」

 

「そしてあろうことか、工場の所有権利書を改ざん。私物化しようと試みたんです」

 

「え、ちょ、権利書なんて、そんなに簡単に改ざんできるものではないのでは!?」

 

「三鷹さんは、極端な話、会社が無くなっても別にどうってことないと思ってますからね……

むしろ困るのは会社に勤める社員や、島民です。

だからあの人は特に、そういった部分のセキュリティにチカラを入れてないんですよ……」

 

「そんなバカな……」

 

「まぁ、そういったわけで、身内に甘い三鷹さんでも流石に機嫌を悪くしました。

そして、ある一枚の書面を島民の目に触れる機関誌を、政府に送りました。

 

その内容は、

 

『真に不本意ながら、私たちの経営する工場が、工場長の○○・○○○○によって権利を奪われてしまいました。

このような現状では、我がグループ社員の安全を保障できかねます。

つきましては○○島でのこれ以上の私たちのグループの活動は困難と判断し、全ての工場、店舗、インフラを破棄。グループ関連の完全撤退をここに宣言します』

 

というものです……」

 

「ひえっ……」

 

 

食料とエネルギーのシェアが7割を超える三鷹グループの完全撤退。

それは島民にとっての死刑宣告を意味する。

 

もしそんなことになれば、深海棲艦出現当初のような、この世の地獄のような悪夢が繰り返されることだろう。それがわからない人ではないはずだ。

 

それに彼のチカラならば、工場長の暴挙を、ひっそりと鎮静化させることくらい朝飯前のはずだ。

それなのにあえて大々的に工場長を名指しで糾弾し、どう考えてもやりすぎであるグループ完全撤退を敢行……

 

……これはつまり……

 

 

「……つまり、自分がその工場長に対して怒っているということを伝えるためだけに、島民全員の命を犠牲にした、ということですか……?」

 

「はい……そういうことです……」

 

「あわわわ……」

 

「正確には犠牲にしようとした、ですね。

秘書艦の電ちゃんと山城さんの必死の懇願で、なんとかその無慈悲な決定を取り下げてくれたんです」

 

「よ、よかった……無駄な犠牲は出ずに済んだんですね……」

 

「はい。本当に……

一応工場の従業員や政府からも、取り下げの決定を懇願されていたんですが、そちらに関しては三鷹さんは全く耳を貸していませんでした……

あの人の中ではもう「関係のない」存在だったんでしょうね……」

 

「……」

 

「さらにですが、いくら部下の頼みといえど、工場長だけは許してもらえませんでした。

今は彼の存在は、家族を含め、無かったことにされています」

 

「……」

 

 

今の話を聞いて、大和の中での「ヤバい奴ランキング」の順位が入れ替わった。

三鷹少佐の順位がぐぐーんとアップしたのだ。堂々の1位である。

 

ちなみに現在ランキングの2位が加二倉中佐で、3位が鼎大将、4位が一ノ瀬中佐である。

 

 

「分かりましたか?大和さん。三鷹さんだけは怒らせてはいけないんです……

普段温厚な人間は怒ると怖い、と言いますが、あの人はその典型です。注意してください」

 

「はい……十二分に理解しました……ご忠告ありがとうございます……」

 

「分かってもらえて何よりです。

すでに三鷹さんからは、大本営は一度イエローカード貰ってますからね。多分次は無いです」

 

「ふぁっ!? そ、そんな!私何かやらかしてたんでしょうか!?」

 

 

ヤバい奴から目をつけられてると知って、動揺が隠せない大和。

藪をつついて蛇を出さないように、慎重に対応してきたつもりだったが、もしや気づかぬところで何か気に障ることをしてしまっていたんだろうか……?

 

そんな大和を見て、鯉住君は申し訳なさそうに口を開く。

 

 

「あの人、提督養成学校のこと、心底嫌いなんです……」

 

「……あぁ、そういうこと……そんなぁ……どうしようもないじゃないですか……」

 

 

自分ではどうしようもない案件だった。

それを知り、大和はぐったりとうなだれる。

 

 

「はい……完全に大和さんからしたら、とばっちりですが、そういうことです……

何と言いますか……心中お察しします……

気休めにもならないかもしれませんが、もし何かあったら、私からも三鷹さんに口添えするようにしますね。

だから困ったら、すぐに連絡をくださるようお願いします」

 

「ホ、ホントですか!? 助かります!ありがとうございます!!」

 

「正直大和さんを見てると、居た堪れないんです……一緒に自分の胃も痛くなるというか……

だから放ってはおけないんですよ。おこがましいとは思いますが……」

 

「そ、そんなこと、断じてありません! 今日少佐をお呼びして、本当に良かった……」

 

 

天から延びる蜘蛛の糸をつかめた大和は、心底ほっとした表情をしている。

 

しかし周りを見渡すと、涙目で震えながら鯉住君にしがみつく秋津洲、何とも言えない表情で固まっている足柄、能面のように無表情で窓の外を眺める秘書艦たちと、結構な大惨事であった。

 

 

「……ねぇ、龍太さん……怖い話終わった……?」

 

 

そろそろ頃合いと見たのか、情報シャットアウトから復帰した山城。

 

 

「はい。終わりました。無事に大和さんには危険性を伝えられましたよ。

……伝わりましたよね?」

 

「それはもう……これ以上ないくらいに……」

 

「それは何よりね。

私が書面取り下げを頼みに行った時の提督の一言は、今でも忘れられないのよ……

私と電が退出するときに、あの人はポツリとこう言ったわ……

 

「島民が居なくなったら、農地が増やせたのになぁ……」って……

 

私はそれを聞いて、この人に見捨てられるような真似だけはしてはいけない、と心に刻んだのよ……」

 

 

「「「「 …… 」」」」

 

 

予想以上にホラーでスプラッタな話が展開されてしまった。

一番まともだと思っていた人間が一番ヤバかったという、衝撃的な事実に、考えがまとまらない大和なのであった。

 

 

 

 

 




これにて鼎大将組についてはひと段落ですかね。
3人セットなのでどうしても話数がかかってしまうのが悩みどころ。これから登場させるときはどうしたものか。


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第39話

皆さんの怒るポイント

前回の補足的なやつです。鼎大将組を怒らせるには、そして怒ったらどうなるのかをまとめました。

鼎大将
怒らせるには…部下をバカにする、身内に手を出す。
怒ったら…相手から何か仕掛けるように誘導し、返り討ちにする。

一ノ瀬中佐
怒らせるには…将棋グッズを目の前で壊す、部下をバカにする、身内に手を出す。
怒ったら…相手が提督なら演習でボコボコにする、それ以外なら連絡を絶つ。副次的にファンクラブ会員から目を付けられる。

加二倉中佐
怒らせるには…国益を損なう事をする、私利私欲で権力をふるう、身内に手を出す。
怒ったら…奇襲をかけ、二度と表舞台に出られないようにする。

三鷹少佐
怒らせるには…忠告を無視して絡み続ける、身内に手を出した上で勧告を無視する。
怒ったら…対象の周囲を巻き込んで、大打撃を与える。天災。MAP兵器。


一番怒らせやすいのは加二倉中佐、逆に怒らせにくいのは断トツで三鷹少佐。
怒ったら一番ヤバいのは、これも断トツで三鷹少佐、逆に被害が最も少ないのは鼎大将です。




Q・ある提督に、怒りを覚えるレベルでケンカを売られたとします。アナタならどうしますか?

A鼎大将・煽り返して逆上させ、相手から演習を仕掛けさせる。そしてボコボコにする。

A一ノ瀬中佐・大本営にその提督との演習願を出し、受理させ、ボコボコにする。

A加二倉中佐・当日夜に夜襲を仕掛け、鎮守府を壊滅させる。

A三鷹少佐・各方面にお手紙を書き、その提督の大事にしているものが全て無くなるように仕向ける。



前回鯉住君と山城のふたりが、あれだけ危険性を念押ししたのは、三鷹少佐は「決して怒らせてはいけない人」だということを伝えるためです。






 

 

「なんか……想像とは違って大和さん好意的だったけど……

想像以上に精神的なダメージを負ってしまったな……」

 

「そうね……大体アンタのせいだったけどね……」

 

「それは、まあ、その……」

 

「もう私疲れました……今日はもう自由行動にさせてください……

ゆっくり部屋で休みたいんです……」

 

「……なんというか、すまなかったな、古鷹……」

 

「いえ……この世界の触れてはいけないところをベタベタ触りまくるような話でしたが、提督は別に悪いことしてませんでしたし……」

 

「そう言ってもらえると助かる……」

 

 

椅子に腰かけながらぐったりする面々。現在彼らは大本営備え付けの宿舎に居る。

 

ラバウルまでの定期連絡船は2日後に出港だ。

入港した当日に出港では、わざわざ日本までやってきても用事を済ます時間的余裕がない。

そういうわけで、数日空けての出航という風にダイヤが組まれている。

 

そのため鯉住君一行は、本日含め3日間、本土で過ごす必要がある。2泊3日の旅ということだ。

 

一応出張扱いになるので、大本営、というか大和側で宿舎の空き部屋を用意してくれた。

艦娘先進国の日本、そこの海軍大本営ともなれば、世界中から訪問者も多い。

そのようなお客様、そして召集された提督たちの泊まる場所が併設されているのは、実に自然なことと言える。

 

 

そんな流れで愛宕に宿舎まで案内してもらったのだが、問題がひとつ。

 

 

「しかし、部屋割りはどうしようか……?」

 

 

そう。部屋数が足りないのである。

用意された部屋は4部屋。鯉住君一行は現在6名。

 

誰のせいかと言えば、明らかに足柄と山城のせいである。

 

足柄は当然、鯉住君一行に飛び入り参加する形となるので、部屋の予約をしてくれた大和としても想定外。

いったん横須賀第3鎮守府まで帰ってもらおうかとも考えたが、「別に相部屋でいいじゃない。これから一緒に暮らすんだし」という一言で、押し切られてしまった。

 

山城はちゃんと別で宿を予約していた。しかしその宿で、原因不明のボイラー施設爆発がタイミング悪く起こり、宿泊が急遽できなくなってしまった。

あまりにも不憫な話だったので、いたたまれなくなった鯉住君が、誰かとの相部屋宿泊を提案した。

 

そんなわけで、鯉住君と秘書艦のふたりは、ラバウル第10基地首脳会議を行っている。

今のうちにこの会議で、部屋割り決めと明日の行動の方針決めをしなければならない。

ちなみに残りのメンバーは隣室待機だ。

 

 

「部屋割りはもう普通に、私と古鷹、足柄と秋津洲、アンタと山城さんは個室でいいじゃない」

 

「ま、それがいいよねぇ。

秋津洲は足柄さんに懐いてるようだし、山城さんはゲスト扱いだし、俺も一人のほうが落ち着くし」

 

「そうですね。自然な部屋割りだと思います。

……しかし全室シングルなので、ベッドが足りないですね……ホントは部屋数を増やしてもらいたかったですが……」

 

「他は全室埋まっちゃってるんだから、仕方ないよ。

大和さんにも申し訳なさそうに謝られたけど、全面的に悪いのはこちら側だし……」

 

「そうねぇ……どうしたものかしら……」

 

「俺は別に毛布でもあれば床で寝てもいいから、ベッドを動かしちゃおうか?」

 

「いえ。流石にそれはできません。

借りているお部屋ですし、備え付けの家具を勝手に動かすのはやめた方がいいと思います。

何より、艦娘の私達がベッドに寝て、提督を床で寝させるなんて、あまりに失礼です」

 

「あー……俺のことはいいけど、さすがに家具を動かすのはよくないかぁ……

それじゃどうしようか……」

 

 

うーん、と頭をひねる彼を見て、叢雲がハッと何かを思いついた。

 

 

「あ、そうだ、さっきアンタ毛布って言ってたけど、大本営だったら布団くらい置いてあるんじゃない?

大和さんに聞いてみましょうよ。それで、あるんなら借りてきましょ」

 

「お、叢雲、ナイスアイデアだね。

それじゃ、さっきの今になっちゃうけど、もう一度大和さんのとこに顔を出してみるよ」

 

「あ、そういった雑用でしたら私が……」

 

「いいんだ、古鷹。

布団借りたい、って申請するついでに、大和さんのアフタフォローもしておきたいから。

……なんていうか、多分だけど、大和さん今燃え尽きているような気がして……」

 

「あー……」

 

「それは、まあ、ハイ……」

 

 

あんなに膨大な情報と、怒涛の精神攻撃を食らってしまったのだ。

さっきまではちゃんとした態度で対応してくれたし、余裕はまだあるように見えた。

しかしいったん区切りがついた今、緊張の糸が緩んで放心状態になっているんじゃないだろうか……?

 

なんとなくではあるが、そんな気がしている鯉住君。

この惨状を引き起こしてしまった原因は、少なからず自分にあると思っている手前、放っておくことはできない。そう彼は思っている。

 

 

「それじゃふたりには明日の行動について考えてもらおうかな。

基本自由だから、みんながやりたいことをできるようにしてくれればいい。

どこまで自由行動範囲にするか決まったら、俺に相談なく3人……あー……山城さんは別の鎮守府所属だし、彼女はいいか……

……秋津洲と足柄さんのふたりに、決定した内容を伝えて欲しい」

 

「わかったわ。こっちは任せなさい。

それじゃアンタ、色々迷惑かけちゃったんだから、しっかりフォローしてきなさいよ」

 

「そちらの方はよろしくお願いしますね。提督」

 

「ああ、行ってくる」

 

 

 

・・・

 

 

 

コンコンコン

 

 

「お忙しいところすみません。ラバウル第10基地の鯉住です」

 

 

しーん……

 

 

「……あれ? もう大和さん移動してしまったのか……?」

 

( あぁ……どうぞ……入ってください…… )

 

「……」

 

 

これはヤバい。

声にチカラがないとかいうレベルではない。掠れて消え入りそうだ。

ノックしてからの反応もやたらと遅かったし、彼女は非常に深刻なダメージを受けているような気がする。

 

……これは適当に対応していい状態ではないだろう。

自身も疲労困憊とはいえ、残ったチカラを振り絞って気を引き締める鯉住君。

 

 

「……失礼します」

 

 

ガチャリ

 

 

「……うっ」

 

 

彼の目の前には、両手を前に投げ出して、机に突っ伏している大和の姿があった。

一応の客人である自分が入室するというのに、この有様。

姿勢を正すほどの気力も残っていないというのは、火を見るより明らかだ。

 

 

「その……掛けさせていただきますね」

 

 

大和の対面に腰かける鯉住君。

本来の上下関係なら、彼は下座となる入り口側に腰かけねばならない。

しかし腹を割って話す必要があると判断した彼は、その位置取りを選んだ。

 

 

「鯉住少佐……一体どうしましたか……? また何かありましたか……?」

 

「いえ、安心してください。心にダメージを負うような話は、何もありませんから」

 

「それは……何よりです……それでは何をしに此処へ……?」

 

「えーですね……部屋数については全く問題ないんですが、ベッドが足りず……

布団や寝袋の類が置いてあるなら、貸していただけないかな、と」

 

「……あぁ、もう……そんなことわかりきってたはずなのに……

大変申し訳ございません、鯉住少佐……今すぐ……手配させますので……」

 

 

想像以上に大和は憔悴しているようだ。

普通に考えればすぐにわかる寝具の数の問題にも、今のコンディションでは気づかなかったらしい。

……微動だにせずぐったりとしたままやり取りをしている様子を見れば、彼女にエネルギーが一滴も残っていないことなど自明の理ではあるのだが。

 

 

「ええと……ありがとうございます。

あと今日は大変申し訳ありませんでした……私の半ば身内みたいな者たちが迷惑ばかりおかけして……」

 

「いえ……大丈夫……とは言えませんが、気にしないでください……

私は今日の色々は、必要経費だと思っていますので……」

 

「そう言っていただけるのはありがたいですが、やっぱり申し訳ないです……

さっきも言いましたが、私でよければ色々と相談に乗りますよ……?

ひとりで抱えるのには、あの人たちは型破りすぎますから……」

 

「……」

 

「や、大和さん……?」

 

 

押し黙ってしまった大和。何か考えているのだろうか?

 

 

 

 

 

「私、本当は、戦いなんてしたくないんです……」

 

 

「……え?」

 

 

大本営筆頭秘書艦である大和の口から、まったく立場にそぐわない言葉が出てきた。

 

 

「正直言って、鼎大将とお弟子さんたちには、ものすごく苦労させられています……

毎回私は、爆弾を処理するような気持ちで、事に当たっています……」

 

「あ、あぁ……やっぱりそうでしたか……すいません……」

 

「でも……あの人たちの目的は……いつでも……大事な人の安心、人類の平和、です……やり方はおかしいことが多いけど……

それは痛いほど伝わってくる……だから私も、大変ながらも……仕事を処理することができます……」

 

「……」

 

「でも……他の多くの案件は……そうじゃないものも多いんです……

汚職だったり……派閥争いだったり……みんな自分のことばかり……」

 

「私は……本当は、戦いたくない……

でも、いつか、平和な世の中で生きたいから……せっかくヒトの身を得たんだから、艦の時には見ることが叶わなかった……広くて美しい世界で生きたいから……今の仕事を頑張れているんです……」

 

「私は……どうしたらいいんでしょうか……?

このままでは……よくないことが起こるんじゃないかと……不安があるんです……

私達艦娘にも……人類を信じられなくなっている子が……増えている……

この不安は……いつか、手遅れな形で……湧き上がってしまう気が、するんです……

もしそうなったら……私は……どうしたらいいんでしょうか……?」

 

「……」

 

 

目を閉じてしっかりと大和のつぶやきを聞く鯉住君。

 

……どうやら自分は大和さんの事を誤解していたようだ。

 

 

世間的には、大本営の大和といったら、いわばカリスマ的存在だ。

戦力としてピカイチであり、大規模作戦の際には先陣を切ることもしばしば。

秘書艦として事務も高いレベルで請け負っており、日本でもトップクラスの能力。

そして抜群の美貌に、クールな性格。

多くの艦娘、多くの提督から羨望の目で見られている。

 

それは鯉住君も知っていたし、だからこそ、そんな大物に直接召集を受けた際には取り乱してしまった。

 

 

……しかし本当の姿はそうではなかったのだ。

彼女も超人なんかじゃなく、普通の優しい心を持った艦娘だった。

 

無茶ぶりオブ無茶ぶりばかりの鼎大将組について、表面上の型破りな内容ではなく、ちゃんともっと深いところを見てくれていた。

 

そして彼女はそれ以上のものを抱えていた。

日本、ひいては人類の平和。それには欠かすことができない要素である、人類と艦娘の信頼関係。

そこに亀裂が入っていくのを、黙って見ていることしかできない現状……

 

 

「……すいません。

話が大きすぎて、私には、大和さんがどうしたらいいか、なんて難しいことはわかりません」

 

「……」

 

「ただ、これだけはハッキリ言っておきます。

私は、何があっても、貴女の味方です。微力すぎる気はしますが、必ず有事の際には協力します」

 

「……」

 

「もちろん鼎大将や、一ノ瀬さん、加二倉さん、三鷹さんも、同じ気持ちのはずです。

あの人たちは本当に素晴らしい人たちだ。

ツッコミどころばかりだし、常識が通用しないことも多いけど、

いつだって、みんなが一番大切にしているもののために、全力を出せる人たちです」

 

「……そう、ですね……」

 

「だから大和さん、安心してください。

あの人たちが協力すれば、乗り越えられない状況なんてありませんから。

もちろん私も全力を尽くさせていただきます」

 

「……ありがとう、ございます……」

 

「だから戦いが終わって、大和さんが落ち着いて暮らせるようになるまで、一緒に頑張っていきましょう。

私にできることがあれば、いつでも頼ってください。

望む未来を掴むため、乗り越えていきましょう。みんなで、一緒に」

 

「う……うぅ……」

 

 

初めて他人に自分の抱える不安を吐露することができ、しかもそれを認めてもらえた。

嬉しさのあまり、泣き出してしまった大和。

普段なら人前で涙など見せないが、精神的に轟沈している今、それを我慢することなどできなかった。

 

 

「……ちょ……! も、もしかしなくても大和さん、泣いてます!?」

 

「ずびばせん……うぅ~……」

 

「ど、どうしよう……! だ、大丈夫ですか!?」

 

「だいじょうぶでず……ヒック……」

 

「えーと……えーと……」

 

 

圧倒的美人の女性を泣かせるという、人生で初の体験に戸惑う鯉住君。

どうしていいかわからずオロオロしている。

 

さっきまでキメ顔で「頼ってください」とか言ってた男がしていい行動ではない。

 

結局彼は大和が泣き止むまで、着席してハラハラしている事しかできなかった。

叢雲が居たら白い目で見られていたか、ローキックを食らっていたことだろう。あまりにもヘタレである。

 

 

 

・・・

 

 

 

「グスッ……すいません、お見苦しいところをお見せしました……」

 

「い、いえ……こちらこそ、何もしてあげられず、本当に申し訳ない……」

 

「そんなこと……アナタに会えて、本当に良かった……」

 

「や、やめて下さいよ……大げさすぎますって……!!」

 

「そ、そうだ、鯉住少佐、こんな醜態をさらした後で恐縮なのですが、ひとつお願いを聞いてはいただけないでしょうか……?」

 

「醜態だなんてとんでもないです……

その、お願いっていうのは何なんですか? さっきも言いましたが、できる限りは協力しますよ?」

 

「あの……その……」

 

 

もじもじしている大和。いったい何なんだろうか?

 

 

「私と、お、お友達になってくださいませんか?」

 

「……はへ?」

 

 

なんだか思っていたのと違う申し出だった。変な声が出てしまった鯉住君。

 

 

「や、やっぱり駄目でしょうか……?」

 

「え……? いや、その……よろしくお願いします……?」

 

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!

なんて呼んだらいいですか!?お友達ですから「鯉住少佐」はおかしいですよね!?」

 

「え、ええと……何でもいいですよ……」

 

「それじゃ山城さんみたいに、「龍太さん」って呼びますね!

嬉しいわ!私お友達って初めて!」

 

 

エラいはしゃぎっぷりである。

さっきまで半死半生で机に突っ伏していた人と、同一人物だとは思えない。

若干引く鯉住君。

 

 

「その……私なんかじゃなくても、信頼できる人なんていっぱいいるんじゃないですか……?

例えばその、元帥とか……」

 

「もう!「私」じゃなくって、秘書艦のおふたりに対してのように「俺」でいいですよ!お友達なんですから!

元帥のことは心から信頼していますが、やっぱりそれはお友達という感覚とは、ちょっと違うんですよ!」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「あ、そうだ! 龍太さんがここに来たのは、お布団を用意してほしいからってことでしたよね!?

私ちょっとリネン担当に伝えてきますね!それでは!失礼します!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

ガチャン!

 

 

嵐のような勢いで部屋を後にする大和。

ひとりポツンと取り残された鯉住君は、あまりの大和の急変に対応しきれず、ポカンとしている。

 

 

「……まぁいっか……元気になってくれたみたいだし……」

 

 

なんだかおかしなところに着地した気もするが、布団の申請と、大和のフォローという、最低限の目的は果たすことができた。

思ってたのと違う結末に、何とも言えない表情をしている鯉住君なのであった。

 

 

 

 

 




このお話だと全然そんな感じではありませんが、世間一般が抱く大和のイメージは
「完璧超人」だったり、「クールビューティー」だったりします。

普段いかに大和が、立場を考えて無理しているかわかりますね。

本当の彼女は、優しくて結構面白い性格をしていると知っているのは、鼎大将組の極一部のみのようです。


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第40話

艦娘尊敬フィルターについて

主人公の鯉住君には艦娘尊敬フィルターが存在します。
彼は艦娘の赤城に助けられて以来、艦娘のことをヒーロー的な目で見ているということです。

分かりやすく例えると、ウルトラマンと人類みたいな関係だと思い込むようにしています。
だから彼は、艦娘を恋愛対象として見ることはないんじゃないでしょうか。

でも悲しいことに、彼は人並みにはエロいので、気を抜くと艦娘のこともエロい目で見てしまいます。艦娘は美女ぞろいなので仕方ないことではあります。
一ノ瀬中佐のとこでの混浴対局で女性の裸には慣れましたが、それでも気になるものは気になるということです。
そしてその度に、ヒーローをそんな目で見てはいけないと自制しています。難儀な考え方をしていますね。

ちなみに彼のフィルターを通り抜けられるのは、呉の明石だけです。
しかしその理由は、厄介な奴認定されているから、というものでありますので、恋愛的なものに発展するかと聞かれれば、はなはだ疑問です。




……なぜか大和さんと友達になってしまった。

布団貸して欲しいって言いに行っただけなのに、どうしてこうなったのだろうか……

 

あれから部屋に戻り、秘書艦のふたりに目的達成の報告をした後、自由行動とした。

どうやらその間にしてくれていた相談の結果、自由に出歩ける範囲は、大本営とその付近の町としたようだ。

 

まぁ順当だろう。

大本営のある町なので、艦娘が出歩いていてもおかしな目で見られることもないようだし。

……まぁ、艦娘目当てで街にやってくる輩が結構いるようなので、そういった意味でのおかしな目はあるようだけど。

 

そういうわけで、今から本日の疲れを癒すために爆睡しようと思っていたのだが……

 

 

・・・

 

 

「私はこのあんみつっていうのを食べてみたいかも!!」

 

「あらいいわね、秋津洲ちゃん。私は何にしようかしら? きんつばと抹茶でいいかしら」

 

「私はかき氷にします。蜜は何がいいでしょうか……」

 

「……」

 

「私はそうね、わらび餅を……あ、売り切れてる……不幸だわ……」

 

 

忘れてた。甘味処に連れて行く約束してたんだった。

というわけで今現在、大本営にある『甘味処 間宮』に全員でやってきたというわけだ。

 

……ホントに全員である。なぜか足柄さんと山城さんまでついてきた。

俺アナタたちに奢るなんて言った覚えはないんですけど……

 

ていうか、さっきからずっと叢雲が無言だ。

ものっすごい真剣な顔をしながら、メニューとにらめっこしている。

確かに大本営なんて早々来ないし、『甘味処 間宮』なんて名店あちらにはないから、このチャンスを存分に活かしたい気持ちはわかるけども。

やっぱりキミ甘味大好きなんじゃないか……

 

 

「悪いわね、鯉住君。私達にまで奢ってもらっちゃって」

 

「え……? 俺アナタたちに奢るなんて一言も……」

 

「龍太さんの口座には、印税がたっぷり振り込まれているわ」

 

「あ、じゃあ気にしなくてもいいわね。葛切りも追加しましょ」

 

「私もお饅頭を追加で……なに?つぶあんは売り切れ? 何なのよもう……」

 

「えっと……はい……」

 

 

なんか押し切られてしまった。

……まぁ、こうなったらもう細かいことを気にしても仕方ない。存分に楽しんでもらおう。

日頃の感謝も込めて、といったところか。

 

 

「それじゃみんな、今日は好きなだけ気になったものを食べるといい」

 

「それは……提督に申し訳ないです」

 

「いいんだよ、古鷹。

むしろそうやって、いつも気にかけてくれるキミには、存分に満足してもらいたい」

 

「ええと、その……本当にいいんですか?」

 

「足柄さんや山城さん見てごらんよ。好き放題してるでしょ?

キミもあれくらい好きに頼んでいいから」

 

「わぁ……!! ありがとうございます!!」

 

 

キラキラした目でメニューに目を移す古鷹。

彼女は普段遠慮がちなので、いつも自分のことは後回しにしてしまう。

こういった機会ができたのは良かった。

 

本当にうれしいのか、彼女の眼からは、なんかこう、キラキラした光が本当に飛び出している。

 

 

「そういうわけだから叢雲も、そんなに必死でメニュー選ばなくてもいいんだよ?

欲しいものは全部頼んでいいから……」

 

「ちょっとアンタは黙ってて!

私は今、どういう順番で注文すれば、すべての甘味の美味しさを100%堪能できるのか、入念なプランを練っているのよ!!」

 

「……さいですか」

 

 

思った以上にガチ勢じゃないかキミ……

若干引く鯉住君。

 

 

「ねー提督。私もいっぱい注文してもいいの?」

 

「いいよ。ただし食べられなくなっちゃうといけないから、ひとつずつ注文するようにね。

そうするんなら、いくらでも食べていいよ」

 

「わーい!嬉しいかも!提督大好きー!!」

 

「こ、こら、引っ付くんじゃありません」

 

 

引っ付いてくる秋津洲を引っぺがす鯉住君。

気が付くと、隣にいい笑顔のウエイトレスさんが立っていた。すごく恥ずかしい。

 

 

「うふふ。ご注文はお決まりですか?」

 

「あ、その……はい。

すみません、店内でうるさくしてしまって……」

 

「この程度ならまるで問題ありませんよ。お気になさらずご歓談ください」

 

「ありがとうございます……

それじゃみんな、順々に注文していってくれ」

 

 

この光景を見てウエイトレスさんは、鯉住君たちのことを、親戚の集まりか何かだと勘違いしている。

艦娘も多く訪れるお店なので、普通は気づきそうなものだが、彼女はそうだとは気づかなかった。

何故なら、提督がこんな威厳のない扱いをされていることなど普通は無いうえに、皆私服であるからだ。

 

そんな勘違いをされているとはつゆ知らず、なんだかわちゃわちゃしながらも、無事に甘味を奢るというミッションを達成した鯉住君なのであった。

 

 

・・・

 

 

大量の甘味を奢ったあとは、各自解散とした。

 

まだ時間は早いのだが、疲れ切っているカラダに大量の糖分をぶち込んだ今、眠気に対抗する手段は残っていない。

 

そういうわけでもう寝たいのだ。

正直にそう言ったら、秘書艦のふたりはトロンとした目で全面同意してくれた。

彼女たちも同じ状態だったのだろう。

 

秋津洲が、まだいろいろ一緒に見て回りたい、と言ってゴネたが、足柄さんが付き添ってくれることになった。

甘味の分のお礼ということなのだろう。そういう気遣いはできるのになぁ……

 

山城さんはどうやらトラック第5泊地のメンバーのために、お土産を買いに行くらしい。

やっぱり彼女は仲間想いでいい人だ。一緒に働いていた時から知っていることではあるけども。

 

……というわけで自分の部屋に戻り、シャワーを浴びたところだ。

今日はもう色々あり過ぎて、これ以上何もする気にはなれない。

というか眠すぎる。もう寝よう……

 

 

・・・

 

 

……目覚めたら、朝の陽ざしが窓から差し込んでいた。

ん? 朝の陽ざし……?

 

 

時計を確認する。

 

 

……ウソやん。昨日寝たのって、確か……17時くらいだよ?

俺何時間寝てたの?……今は……朝の8時だから……え?何、15時間も寝てたの?

 

……それだけ疲れてたってことか……

まあ当然と言えば当然か。昨日は色々あり過ぎた……

 

 

何とも言えない気分でベッドから抜け出て、普段着に着替える。

今日は完全に自由行動と決めていたのは幸いだった。

こんな時間まで寝てしまうとは思っていなかったからだ。

もし予定を決めていたら、寝坊してしまったことだろう

 

 

「さて……今日は何をするか……」

 

 

少し重い頭を支えながら、今日の予定を考える。

明日の出航は確か10時ごろだった。なら今日はそこそこ遅くまで、色々とできるだろう。

 

 

「ならば……やるべきことは決まってるな」

 

 

ラバウルにいてはできず、本土ではできることと言えば……

 

 

「熱帯魚ショップ巡りだよな!!」

 

 

そう。彼の趣味は艤装いじりだけではない。

熱帯魚飼育という趣味も、彼の中で大きなウエイトを占めている。

 

そうと決まれば善は急げ。

スマホで近隣のショップを探すとしよう。

 

 

・・・

 

 

検索中

 

 

・・・

 

 

「おお、結構あるじゃないか」

 

 

なかなか最近は熱帯魚が趣味というのは珍しいというのに、近くの町には3件もショップがあるようだ。

俄然楽しみになってきた鯉住君。

 

 

「よし、それじゃ出発……と言いたいところだけど、まだ8時だし、あと2時間はしないと店が開かないだろうな……どうしたものか……」

 

 

中途半端な時間の余り方だ。どうしようか悩んでいると……

 

 

(だったらわたしたちにかんみをおごるです)

 

 

「!!?」

 

 

気がつくと彼の肩に、妖精さんがのっかっていた。

いつものメンツである。

 

 

「お、お前たち、ついてきてたのか!?」

 

(くうきよんでかくれてました)

 

(われらはいちれんたくしょうなりー)

 

(きのうみたいにかんみをおごるです)

 

 

まるで姿を見せないものだから、てっきりラバウルに残してきたものだと思っていた。

どうやら空気を読んで、今まで隠れていたらしい。

 

 

「お前ら、よく甘味処で我慢できたな……

そういう我慢とかできない奴らだと思ってたぞ……」

 

(このおとこしつれいですー)

 

(くうきくらいよめる)

 

(おわびにかんみをおごるです)

 

「はいはい……時間もちょうど持て余してるし、奢ってやろう。

ちゃんとおとなしくしてたご褒美だぞ」

 

(わーい)

 

(さすがあにき)

 

(かんみだやっほう)

 

 

艦娘に奢って妖精さんに奢らないというのもかわいそうだろう。

そんなわけで再び甘味処に行くことにした鯉住君一行。

大本営は軍施設なので、朝は非常に早い。『甘味処 間宮』も同様に早朝から営業しているのだ。

 

 

 

……というわけで再び間宮にやってきた。

着席し、妖精さんたちにメニュー表を見せる鯉住君。

 

大本営所属の艦娘たちは、この時間はもう仕事に入っている。もちろん他の職員もそうだ。

彼女たちが間宮で甘味を食べていくのは、仕事前の朝5時台あたり。もしくはお昼か、仕事終わりの19時ごろ辺り。

 

つまりどういうことかというと、この時間はちょうど誰もいないタイミングなのだ。

鯉住君たち以外のお客さんは、誰一人いない。貸し切り状態である。

 

 

ワイワイしながらメニューを眺めている妖精さんたちをボーっと見ていると、誰かから声をかけられた。

 

 

「うふふ。連日のご来店、ありがとうございます」

 

「……あ。あなたは」

 

 

テーブルの横で話しかけてきたのは、長い髪をポニーテールにした、エプロン姿の女性。

昨日自分たちの注文を取ってくれたウエイトレスさんだ。

 

 

「どうも、昨日ぶりです……」

 

「うふふ。ご利用ありがとうございます。鯉住少佐」

 

「!?」

 

 

なぜか自分の名前が知られていることに動揺する。

一言もそんなこと名乗ってなかったのに、なぜこの女性は知っているのだろうか?

 

 

「ええと……どうして私の名前を……」

 

「昨日あまりに楽しそうにしていたものですから、店主の間宮に確認してみたんです。

そしたら、アナタがたがラバウル第10基地からお越しになった面々だと教えてもらえまして……」

 

「そ、そうなんですか……

しかし何故間宮さんも、私のことを知っていたんでしょうか……?

お会いしたことなどないのですが……」

 

 

不思議そうにする鯉住君を見て、微笑むウエイトレスさん。

 

 

「どうやら愛宕さん経由で伝わっていたらしいですよ?

全く見たことのない艦娘……秋津洲ちゃんでしたっけ? 彼女を連れているから間違いない、って」

 

「あぁ、愛宕さんから……納得です」

 

「私、昨日の時点で全く気づきませんでしたよ?

どう見ても仲のいいご家族とか親戚の集まりにしか見えませんでしたから。

間宮から、あの人は提督だ、って聞いたときは驚きました。こんな提督さんもいるんだ、って」

 

「……やっぱり私、提督に見えないでしょうか……?」

 

 

ちょっと気になって質問する鯉住君。

実は昨日、愛宕に「提督らしくない」と言われたのを、まだ引きずっていたりする。

 

 

「まぁ、なんというか……見えるとは言えないというか……見えないですね」

 

「そ、そうですか……」

 

 

言葉を選ぼうとしても選びきれなかった感じが、逆にグサッとくる。

 

 

「ま、まぁ、そういうわけで、私達としてもご挨拶しといた方がいいのかな、と思って、声をかけさせていただきました」

 

「……? 一体どういうことですか?ご挨拶?」

 

「はい。私の名前は伊良湖。艦娘です」

 

「……あー……そういうことですか。

艦娘だから提督に挨拶を、ということですか。

すみません、気づかないで。お顔は拝見したことがあったのですが……」

 

 

顔を見たことがあると言っても、

「しょうがくせいでもわかる! かんむす・しんかいせいかん とらのまき」の

デフォルメちびキャラ挿絵のことなので、実物に気づかなかったのは仕方ないともいえる。

 

 

「いえ、お気になさらず。

これから間宮や私達伊良湖の誰かが、少佐の鎮守府に着任すると思いますので、代わりにご挨拶を、と思いまして」

 

「……??? その話って、もう終わったんじゃないですか?」

 

「……え?」

 

「いや、だって……間宮さんや伊良湖さんの代わりに、横須賀第3鎮守府の足柄さんが着任したじゃないですか……?」

 

「え……?」

 

「え……?」

 

 

何だこれ……話がかみ合わない……

 

い、いや、待てよ……

足柄さんがウチに来ることになったのって、そういえば、昨日の今日だった。

 

もしかしてだけど……

 

 

「もしかして、伊良湖さん、つかぬ事をお聞きしたいのですが……」

 

「は、はい。どうぞ」

 

「間宮さんと伊良湖さん宛てに出した異動依頼って、まだ有効だったりします?」

 

「ええ。有効です。

というか現在、間宮・伊良湖の中では、誰が少佐の鎮守府に着任するかで、結構にぎわっているんですよ……?」

 

「……」

 

 

あ、足柄さん……!やってくれたなあの人……!

てっきり間宮・伊良湖で異動できる方がいないから、足柄さんが名乗りを上げてくれたもんだと思っていた……!

でも本当は、まだ間宮・伊良湖ネットワークの中で相談してる最中だったのだ……!

そういうのガン無視して異動願いだしたのか、あの人!

 

そういうことしちゃダメでしょ!?海軍規範というか最早これはマナーじゃない!?

そういうの守って!お願いだから!

 

 

「あのですね……こちらのために骨を折ってくださっているところ、非常に申し訳ないのですが……」

 

「え? え? ど、どうしたんですか!?」

 

 

・・・

 

 

説明中

 

 

・・・

 

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

露骨に伊良湖さんはガッカリしている。

こちらへの異動を前向きにとらえてくれていたのは嬉しいが、逆に申し訳ない気持ちになる。

 

 

「す、すみません、ホントに……皆さんの貴重なお時間を台無しにしてしまって……」

 

「いえ、少佐はまるで悪くありません……

でも残念です。少佐のところに行きたいと、手を挙げていた子は多いって言うのに……」

 

「え゛っ……なんで!?

間宮さんも伊良湖さんも、すごく忙しいんでしょう!?

私、ダメもとで異動願いだしたんですよ!?」

 

「いや、だってその……あのようなことを言われたら、支えてあげたくなるじゃないですか」

 

「!? な、何のことですか!?

私は今まで一度も間宮さんにも伊良湖さんにもお会いしてませんよ!?」

 

「直接お会いしていませんが、書籍で……」

 

「……あっ」

 

 

そう言えば書いていた。

第3章の将来の展望について、で、大規模作戦中には駐屯所のような運営をしたいと書いた。

 

そのあたりに、給糧の重要性も書いていた。

そこには普段軽視されがちな、料理人の重要性と、日ごろのねぎらいの言葉を綴っていたのを思い出した。

 

 

「あんなに嬉しいことを言ってくれるんなら、この人の下で働きたい、って……」

 

「なんだか、その……いろいろと申し訳ありません……」

 

「いえ……大丈夫、とは言えないと言いますか、非常に残念ですが……

決まってしまったものはもうどうしようもありません……非常に残念ですが……」

 

 

本当に残念そうにしている伊良湖。

重ね重ね申し訳ないです……ウチの将棋ジャンキーが……

 

 

(きまったよー!)

 

(あんみつ、ところてん、くずきり……かんみのとらいあんぐる!!)

 

(よ、よだれがおさえきれません……!!)

 

 

こちらのことなど意に介さず、ずっとメニューとにらめっこしていたらしい。

妖精さんたちから、注文を取れ、と催促がかかった。

 

 

「そ、そうだな、注文しようか。

お話の途中ですが、注文宜しいでしょうか?」

 

「……はい。 何なりと……」

 

「……なんだかもう、何と言っていいか……」

 

「いえ……気にしないでください……」

 

 

意気消沈の伊良湖に注文を取ってもらい、妖精さんたちに甘味をふるまった。

妖精さんたちは満足してくれたようで何よりだが、お会計の時もどよーんとしていた伊良湖を見て、居た堪れない気持ちになる鯉住君だった。

 

 




あの人は勝利のためなら、多少の事は気にしない人です。
それは本人にとって多少の事だったりするので、若干厄介。
鯉住君にはうまく手綱を握ってもらいたいですね。


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第41話

大本営があるのは、横須賀エリアです。

ですので、横須賀鎮守府は大本営直轄という雰囲気が強く、強豪の提督と艦娘が多く配置されています。

また、こんなご時世ですから、艦娘の元締めをしている大本営がある街、ということで、現実の横須賀よりもこのお話の横須賀は、人口が多く、発展しているようです。




 

 

 

妖精さんの要望で甘味を再度奢ったあと、一旦部屋に戻ってきた。

現在時刻は9時過ぎ。移動時間を考えるとちょうどいい時間となった。

 

 

「それじゃ出かけるか……お前らもついてくるか?」

 

(もちろんです)

 

(あこがれのあーばんらいふ)

 

(しゅつげきです!)

 

 

元々そこそこ都会の呉にいたのに、いまさらアーバンライフも何もないだろうに……

そんなことを考えつつ、外出用にショルダーバッグを身につける。

 

流石に普段ラバウルにいるときのような、気の抜けた格好で町に出るのははばかられる。

いつもの私服はジャージとか甚平とかだ。

 

近所の商店に行くくらいならそれでいいが、今回はそういうわけにもいくまい。

シンプルではあるが、白のワイシャツとモノクロTシャツ、黒のチノパンに革のサンダルと、それなりに様になる格好で出歩くことにした。

 

甘味処での伊良湖の反応はおかしなものではなかったし、ファッションセンスに問題はないはず。多分。

 

普段私用で外出することがあまりないので、そういうことが心配になってしまう鯉住君。

 

 

 

 

 

……部屋を出て宿舎の入り口に向かう途中、見慣れない格好の見慣れた人物と遭遇した。

 

 

「……あ、提督。おはようございます」

 

「ああ、古鷹か。おはよう。

……ずいぶんおしゃれな格好してるじゃないか」

 

「そういう提督こそ。お似合いですよ」

 

 

古鷹はハイネックの白ブラウスに、さわやかな青のフレアスカートといういで立ちだ。

鯉住君同様シンプルスタイルであるが、素材が良いおかげか、非常に優雅な印象を受ける。

 

 

「うん、ホント、よく似合っているよ。すごくいいと思う」

 

「そ、そうですか……? そう言ってもらえると嬉しいです……!」

 

 

あまりそういった気遣いができない提督から褒めてもらえたのが予想外で、照れて顔を赤くしている古鷹。

 

それを見た妖精さんたちは「またこのタラシは……」といいたげな顔をしている。

 

 

「ああ。普段の露出高い服装とは全然イメージ違うからね。

やっぱり女性はこういう格好の方が落ち着いてていいよねぇ」

 

「……」

 

 

やっぱりこの男、ダメであった。

普段の服装が露出高いとか、面と向かって女性に言っていい言葉ではない。

しかも本人が選り好みできず、常に着ていなければならない艤装についてだ。

 

さっきちょっと嬉しかった古鷹だったが、今は何とも言えない顔をしている。

妖精さんたちも、「ホントにダメだなこいつ……」と言いたげな顔をしている。

 

 

 

・・・

 

 

 

「古鷹も今日は外出かい?」

 

「……はい。 せっかくの町なんですから、遊びに行こうと思いまして……」

 

「そっか。叢雲は一緒じゃないのかい?」

 

「そうですね。叢雲さんも出かけるようですが、もう少し後から出るということで……

甘味処やコーヒーショップを見て回るつもりみたいです」

 

「へぇ。いいじゃないか。一緒に行けばよかったのに」

 

「それはちょっと思ったんですが、昨日の様子を見てると、邪魔しちゃいけないのかな、って……」

 

 

ふたりの頭の中には、昨日の甘味処での叢雲の姿が浮かんできた。

出撃時と同じくらい気合を入れて、メニューを凝視する姿だ。

 

 

「あー……確かに彼女のこだわりはすごかったからねぇ……

ひとりにしてあげて正解かもね」

 

「はい。私もそう思いまして……」

 

「それじゃ古鷹はどこに行くつもりなんだい?」

 

「私は……実は考えても、行きたいところが思い浮かばなくて……

ぶらぶらしながらウインドウショッピングでも楽しもうかと思ってるんです。

……ちなみに提督はどこに行こうとしてるんですか?」

 

「そりゃもちろん、熱帯魚ショップだよ」

 

「ね、熱帯魚ショップ……ですか?」

 

 

古鷹も彼が熱帯魚を飼っているのは知っているし、たまにフィールドワークに出ているのも知っている。

しかし鯉住君はあまり自身について語ることがないので、彼が熱帯魚に非常に熱心であることまでは知らなかった。

 

 

「そう。俺の趣味のひとつは熱帯魚だからさ。

せっかく町まで来たのなら、ショップで色々と情報収集しときたいと思うじゃない」

 

「提督がお魚好きなのは気づいてましたけど、そこまでお好きだったんですね……」

 

「そりゃもう、大好きだよ。艤装いじるのと同じくらい好き」

 

「そこまでですか……

なんだか意外です。提督はもっと仕事一筋な方だと思っていたので」

 

「そんな風に思われてたのか……そんなことないのに……

俺もっとフランクだよ?職人気質とかじゃないからね?」

 

 

彼がフランクというのは本当だが、職人気質なところはあったりする。

そうでもなければ、あんなに熱心に夕張を指導することはないだろう。

 

 

「だって提督、全然自分のこと話してくれないじゃないですか。

みんな結構気になってるんですよ?」

 

「いやいや、俺のプライベートなんて面白くもなんともないから……」

 

「そんなことありませんよ。私も夕張先輩も、提督の話をもっと聞きたいと思っています。

 

……そうだ。もしよろしければですが、私も提督について行ってもよろしいでしょうか?

提督がどんな方か知りたいですし」

 

 

いいことを思いついた、とでも言いたげな笑顔で、古鷹が提案する。

何故そこで夕張が?と思った鯉住君だが、それは置いておくことにした。

 

 

「……それはいいけど、あまり面白くないと思うよ?

熱帯魚に興味ないと、ただの魚がいっぱいいる店にしか感じないだろうし……」

 

「あ、いえ、実はですね、私も興味あるんです。熱帯魚」

 

「……マジで? こっちに気を遣ったりしてない?」

 

「ホントですよ? 何でそんなに懐疑的なんですか……?」

 

「だって……熱帯魚が趣味の人って全然いないし……

高校生あたりから楽しんでるんだけど、話題共有できる人なんて、今までいなかったし……」

 

 

悲しそうな顔をする鯉住君を見て、色々と察する古鷹。

彼は随分と孤独な趣味の楽しみ方をしてきたようだ。

 

 

「ふふ。そういうことでしたら、私が提督の初めての熱帯魚仲間ですね。

お魚を見ていると落ち着きますし、提督が飼っていると聞いて、いいなぁ、と思っていたんです。

一緒に器具を見繕っていただけませんか?」

 

「おお……! 俺、ちょっと感動してるよ……!!

ありがとな、古鷹。まさか熱帯魚仲間ができるなんて思わなかった。

感無量だよ……!!」

 

 

がしっ

 

 

あまりの感動で無意識に古鷹の両手を握ってしまう鯉住君。

いきなりのボディタッチにびっくりする古鷹。

 

 

「て、提督! 恥ずかしいですから!離してください!」

 

「あ、ああ、ゴメンよ。あんまり嬉しくて、つい……」

 

 

どうやら彼は理性を感情が上回ると、体が無意識に動いてしまうらしい。

しかも相手の性別に関係なく、ボディタッチを仕掛けてしまうようだ。

酔っぱらって艦娘に触られた時には、そんなに密着するなとか言っていたはずだが……

 

これには妖精さんたちも呆れ顔。

 

 

「もう……あまり女性に触れるのはよくないですよ……

ある程度親しい間柄でも、わきまえていただかないと……」

 

「そ、そうだな。気を付けるようにする」

 

「お願いしますね。

……それじゃ、気を取り直していきましょう。今日はよろしくお願いします」

 

「ああ。こっちこそ、付き合ってくれてありがとうな」

 

 

 

・・・

 

 

移動中

 

 

・・・

 

 

バスで町まで移動したふたり。

さらにそこから徒歩で、検索していた熱帯魚ショップへと足を運ぶ。

 

……ショップはなかなか趣ある装いで、老舗といったたたずまいだった。

こういうショップは結構貴重なはず。早速良さそうなところに当たってしまった。

 

 

「……なんだかこういったところは初めてなので、緊張しますね」

 

「そんな大したことじゃないから、気楽にしててよ」

 

 

緊張する古鷹をしり目に、ショップに入る鯉住君。

 

 

……ウィーン

 

 

「こんにちは~」

 

「いらっしゃーい」

 

「こ、こんにちは」

 

 

ショップに入ると、店主と思われるおじいさんが出迎えてくれた。

ラジオを聴きながら新聞を読んでいる。

大きなショップの態度良い接客もよいが、こういった雰囲気もレトロ感があってよい。

 

 

「わぁ……すごい……!」

 

 

ショップに入るなり、古鷹の目が輝きだした。

目の前には、店内に所狭しと並べられた水槽に入った、様々な熱帯魚。

小さな宝石のような小型魚から、日本人お馴染みのバリエーション豊かな金魚、迫力満点の大型魚から、ユニークなフォルムをした古代魚など、多種多様な魚が目白押しだ。。

 

 

「こんなに色んなお魚がいるなんて……! 私、感動してます!」

 

「フフフ。いいねぇ、その反応。

一緒に色々見てみようか?気になった魚が居たら解説するよ」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 

テンション高く店内散策を始めるふたり。

古鷹は初めてのショップで、鯉住君は初めての熱帯魚仲間とのひと時で、共に満面の笑顔となっている。

 

 

……あまりにも楽しそうにしているのを、しばらく眺めていた店主。

見慣れない若者が来店する事が珍しいこともあり、ふたりに話しかける。

 

 

「……兄さんたち、今日は何を探しに来たんだい?」

 

「あ、どうも。

今日は私の連れが熱帯魚を飼い始めたいと言ってたので、一式揃えようかな、と」

 

「へぇ。そうかね。

それじゃその彼女さんが新しくはじめようっての? いいじゃない」

 

「か、彼女……!?」

 

 

予期せぬ一言に困惑している古鷹。

 

 

「あはは。彼女なんて。そんなんじゃないですよ、この子は私の部下です」

 

「なんじゃ。そうなんか。てっきりわしは若いアベックかと」

 

「アベックって、また懐かしい言葉ですね……

そういう関係というよりは、兄妹みたいな関係ですね。よくできた妹というか」

 

「い、妹ぉ……!?」

 

 

さらなる一言に顔をしかめる古鷹。

 

 

「そう言われりゃそう見えるのう。……それで、どんな条件で飼いたいんじゃ?」

 

「テーブルの上で飼えるような、小型水槽がいいですね。30㎝キューブ水槽あたりかな……」

 

「わかった。それじゃ良さそうなもんを見繕うから、兄さんも一緒に見てくれい」

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 

・・・

 

 

その後、ショップの主人のおすすめセットを買い込み、店を後にしたふたり。

 

水質調整剤やカルキ抜きなど、周辺道具についても購入することにした。

ただし生体については購入を控えた。今からラバウルの鎮守府まで戻るのに、3日ほどかかる。

流石にその期間の輸送に耐えるのは、ちょっと不可能だろうということだ。

 

久しぶりのショップ訪問に、ホクホクしている鯉住君。

しかし彼とは対照的に、古鷹は頬を膨らませて少し不機嫌だ。

 

 

「やー、楽しかったねぇ! 帰ったら一緒に水槽のセッティングしよう!

生体は近所で採ってくるでもいいし、定期連絡船で郵送してもらってもいいし、まずは水槽だね!」

 

「……そうですね……すごく楽しみです」

 

「……あ、あれ? なんか楽しみって言う割には、機嫌悪くない?

もしかして気に入った熱帯魚がいたのに、買わずに店を出ちゃったから?」

 

「提督が私の事を、失礼な目で見てるってわかったからです……」

 

「……?? いや、そんな……んん?

悪い古鷹、どうにも思い当たらないんだけど……何が気に障ったか、教えてくれないか……?」

 

 

なかなか自分の不満を表に出さない古鷹にしては、これは珍しいことだ。

なんだか早めに解決しないといけない気がする。

 

 

……隣では妖精さんたちが彼に対して、やれやれというジェスチャーを送っている。

 

だからこういう時に口に出して教えてくれって、いつも言ってるでしょうが……

なんのために俺と話ができると思ってんだ。

その能力、ロクでもないことにしか使えんのかキミたちは。

 

 

「提督は私の事を、妹みたいって思ってたんですね……?

ガッカリですよ……カップルと言われるならまだしも……」

 

「あー……さっきの話か……

まあなんていうか、ご主人がアベックみたいとかいうから、そうじゃないって伝えただけなんだけど……」

 

「あのですね、提督……私はですね、重巡の一番のお姉さんなんですよ?

それを言うに事欠いて、妹なんて……失礼だとは思わないんですか?」

 

「いや、まあ、その……」

 

 

そんなこと言われても、とてもじゃないが古鷹はお姉さんという雰囲気ではない。

同じ重巡だったら、足柄さんの方が圧倒的にお姉さんだろう。

十人に聞いたら十人がそう言うだろう。

 

だって古鷹って高校生、もっと言えば中学生くらいにも見えるし……

軽巡の夕張を先輩って呼んでるし……

お姉さんなんてとてもとても……

 

 

「提督、頭の中で私と足柄さん比べてましたよね……?

それで、どう考えても私の方が年下に見える、とか思ってましたよね……?」

 

「そそそそんなことあるわけないじゃないですかやだなぁ」

 

 

なんだ古鷹のやつ、エスパーかよ……

 

さすがは考えていることが顔に出やすい鯉住君である。

これには妖精さんたちも呆れ顔。

 

 

「提督はホントに……ホントに提督は提督なんだから……!」

 

 

目からバチバチと何かがスパーキングしている古鷹。

なんかマズい気がする……

 

 

「ちょ、ちょっと古鷹さん……落ち着いて……

日本語がおかしくなっていますよ……?」

 

「……よし、決めました。

今日は失礼なことを考えてた埋め合わせに、一日付き合っていただきます。

私がちゃんと大人の女性だということを、提督には理解してもらわないといけません!」

 

「……なんかゴメンね」

 

「そういうのいいですから。認識を改めてもらうまで許しません!

というわけで、今から色んなショップをめぐって、大人らしい買い物しますから、提督はついてきてください」

 

「……はい」

 

 

なんだかいつもよりも迫力マシマシな古鷹に押し切られ、ショップめぐりとやらに付き合うことになった。

 

大人らしい買い物する、とか言ってプンスコしている姿は、どう見ても背伸びしたい中高生にしか見えない。

しかしそんなことを考えてるのがバレたら一大事だ。すぐに別の事を考える。

 

……そう言えば彼女、どこに行くつもりなんだろう?

今日だって、することなくてウインドウショッピングに行く、とか言ってたくらいなのに……

 

 

「何ボーっとしてるんですか提督。行きますよ!」

 

「……はい」

 

 

心なしかさっきよりもスパーキングしている古鷹を見て、なんだか不安になる鯉住君。

 

 

 

・・・

 

 

 

……だったのだが。

 

 

「わぁ……! かわいいお洋服……どれにしようか迷っちゃいますね……!」

 

「……」

 

「どうですか、このお洋服! 似合います!? 提督!」

 

「うん……古鷹はやっぱり大人だなぁ……なんでも似合うよ……」

 

「ようやく提督もわかってきたみたいですね!」

 

 

結局彼女が言っていたショップ巡りとは、アパレルのお店巡りということだったようだ。

彼女の中では、大人=おしゃれ、ということになっているらしい。

そういうわけで、あれから古鷹に引っ張られ、数店舗渡り歩き、今に至る。

 

……ラバウルと日本では、ショップの質、量ともに比べ物にならない。

そのグッドなセンスの商品群と、都会でのお買い物という高揚感で、彼女はテンションアゲアゲになってしまっていた。

自身の提督に感じていた怒りはどこへやら、である。

 

 

(はー……ぜろてん)

 

(おんなのこのほめかたをわかってない……)

 

(もっときのきいたことばないんですか?)

 

 

両肩と頭に乗った妖精さんたちから、辛口判定が入る。

 

仕方ないやん……

さっきまで怒ってた子が、ニコニコしながら話しかけてくんだよ?

それにさっきのやり取り、もう何度目かわからないくらいしてるし……

俺、もうどう対応したらいいか、よくわからないんや……

 

 

(はー、これだからへたれは……)

 

(あまりおおくをもとめちゃいけないんですねわかります)

 

(かわいそうなふるたかさん……)

 

 

お前らは基本みんな俺の敵なのな。なんでやねん。

せっかく俺の肩と頭っていう住まいの提供してやってんだから、もうちょっと俺に味方してくれても、バチは当たらないんじゃないの?

大家に対して辛口な住人とか、ちょっとおかしいと思いませんか?

 

 

(おかしいのはあなたのかえしです)

 

(「なんでもにあう」とか「なんでもいい」は、いってはいけないことば……)

 

(くいあらためて?)

 

 

ホント悪い意味でぶれないな、お前ら。

 

 

店内の椅子に腰かけながら、妖精さんとコントを繰り広げる鯉住君の目の前で、どんどん気に入った洋服を試着していく古鷹。

そして試着のたびに、彼に似合うかどうかを聞いていく。

 

その様子はまさに、田舎から上京してきたおのぼりさんと、その保護者であった。

 

 

・・・

 

 

古鷹が満足するまで、ひとしきり付き合った鯉住君。もうへとへとである。

今は帰りのバスから降り、大本営までの帰路を行く途中だ。

 

彼の両手には洋服が入ったいくつもの紙袋と、水槽セット一式。

テンションに任せて洋服を爆買いした古鷹の荷物である。

 

本当は鯉住君は手ぶらで帰ろうとしていたのだが、妖精さん達の怒りの総攻撃を受け、荷物持ちをすることとなった。

 

古鷹は「流石にそれは申し訳ない」と言って断ろうとしたのだが、

彼の「大人の女性は一緒にいる男性に頼るもの」という言葉を聞き、ならばということで承諾した。そんな経緯があったりする。

 

 

「ふふ、今日は一日楽しかったです!

つきあっていただいて、ありがとうございました!」

 

「いや、こっちこそありがとう。

熱帯魚仲間ができたのは、本当にうれしいよ」

 

「提督の私を見る目も正しいものになったようですし、とっても充実した一日でした!

私ひとりじゃここまで楽しめなかったです」

 

「俺もそうだよ。

ひとりだったら絶対に行かないショップに行けたし、とってもいい勉強になった。

また今度、機会があったら一緒に遊びに行こうな」

 

「はい!楽しみにしています!」

 

 

なんだかんだあったが、結局最後は仲直りできたようだ。

人が好い所も、似た者同士なふたりなのであった。

 

 

 

 

 

余談

 

 

もの凄い仲がよさそうに帰ってきたふたり。

それを見た大本営の面々は、彼らの事を恋人か仲のいい兄妹だと勘違いした模様。

 

愛宕に見つかった時には、「あらあら、まあまあ、うふふ♪」と非常にいい笑顔をしながら、ジロジロと熱い視線を注がれることとなった。

これにはふたりも困惑したという。

 

また、秋津洲からは非常に激しく追及されることとなった。

実は彼女、提督と遊びに行こうと思って、彼の部屋まで誘いに行っていたらしい。

しかしタイミング悪く、その時点で鯉住君は間宮へ行っていたため、入れ違いになってしまっていたのだ。

それで結局、足柄と料理関係のグッズを見に出かけることにしたらしい。

 

そんな感じで、ふたりにとっては、帰ってからの方が大変だったのである。

 

 

 

 

 




横須賀の街は海沿いですが、深海棲艦の脅威は全くありません。
艦娘の近海哨戒で、はぐれが偶に入ってきても、すぐに撃退されるためですね。

だから横須賀市民からしたら、艦娘様様という感じです。


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第42話

艦娘の服装


この世界では艦娘が制服艤装を着ているのは、基本的に仕事中だけです。
鯉住君も言ってましたが、なぜか艦娘の艤装は大概露出度が高いので、みんなそれで外に出るのは恥ずかしいのです。

それでも防御力アップが見込めるため、有事の際に備えて、鎮守府内では艤装を身につけるのが恒例となっています。

それ以外のプライベートな時間では、皆さん私服を着用しています。
私服は大体の艦娘が通販で購入しており、機能性よりはビジュアルを重視するようです。
その辺はお年頃の女の子。おしゃれにも興味アリなのです。





 

 

「……はぁ」

 

 

執務室の座椅子に腰かけ、ため息をつく鯉住君。

久しぶりに自身の鎮守府に戻ってきて、気が抜けているようだ。

 

 

「ほら、さっさと切り替えなさいよ。今日から通常業務でしょ?

提督がそんなに腑抜けてたら、みんなやる気が出ないじゃない」

 

 

そんな情けない姿の提督を見かねて、これまた座椅子に腰かける秘書艦・叢雲がたしなめる。

ようやくいつもの風景に戻ってきた、という感じだ。

 

 

 

……たったの2泊3日ではあったのだが、彼にとっては非常に濃厚な出張だった。

 

カリスマ的存在の大本営筆頭秘書艦・大和との邂逅。

3人の先輩提督からの伝言ついでの、常識をポイした艦娘たちの来襲。

新たな仲間の予期せぬ追加。

秋津洲と大和のメンタルケア。

熱帯魚仲間が増えるという、嬉しい出来事。

その熱帯魚仲間の古鷹とふたりで出かけたことによる、各方面からの追求。

帰りの乗船時に行われた、色々黙ってたことに対する叢雲からの説教。

 

イベントがあまりにも盛りだくさんで、とてもじゃないが数日間の出来事には感じられない。

というよりも自分が提督として着任して1か月程度しか経っていないということが、そもそも信じられない。

 

 

 

そんな風に思いを馳せながら、遠い目をしている鯉住君。

それを見て、秘書艦の叢雲も、彼同様にため息を漏らす。

 

 

「はぁ……アンタが疲れてるのはわかるけど、もっとシャキッとしなさいよ。

今だって古鷹と軽巡のみんなが近隣哨戒に出てくれてるのよ?

ダラダラしてたら申し訳ないとか思わないわけ?」

 

「……それもそうだな……さっさと仕事終わらせちゃおうか」

 

「もっと覇気を出して……まぁいいわ。

アンタの言う通り、さっさと仕事終わらせましょ」

 

 

提督に活を入れる叢雲だが、彼女にしても相応に疲れている。

さっさと仕事を終わらせて休憩したいという意見には賛成なのだ。

 

そんな様子でのろのろと仕事を再開したふたりだったが……

 

 

ガララッ!

 

 

「失礼するわね! 提督!叢雲!お昼は何を食べたいかしら!?」

 

「うおっ……!

足柄さんですか……ノックぐらいしてくださいよ……」

 

「堅いこと言いっこなしよ。それで何がいいの?

候補としては、カツ丼、カツカレー、ヒレカツ定食なんかがあるわ!」

 

「全部カツじゃないですか……」

 

「私の得意料理ですもの!揚げるわよ~!」

 

「いや、まぁ、一ノ瀬さんのところに居たころから知ってますが……

……そうですね、秋津洲も一緒に料理するんですか?」

 

「ええ。彼女もやる気だったから、手伝ってもらうことにしたわ。

提督に喜んでもらうかも!って言って張り切ってたわよ?

懐かれてるわね~」

 

 

ニヤニヤしながら鯉住君をからかう足柄。

彼女の言う通り、大本営でフォローを入れて以来、彼は秋津洲に随分と懐かれている。

 

 

「からかわないでくださいよ……

とにかく、秋津洲はまだ料理に慣れていないでしょうから、簡単な手伝いができるものにしてくれますか?」

 

「わかったわ。それじゃ、野菜でも切ってもらおうかしら。

というわけで、今日のお昼はカツカレー!やるわよ~!」

 

 

ピシャン!

 

 

メニューが決まるが早いか、勢いよく退出する足柄。

やっぱり自由にしてマイペースな性格のようだ。

 

 

「……嵐のような人だよな」

 

「私、足柄とうまくやっていけるか、若干不安なわけよ……」

 

「そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ。細かいことは気にしない人だから……」

 

「私が心配してるのは、あの人のそういうとこなのよ……」

 

 

確かにしっかりきっちりしている叢雲とは相性が悪いかもしれない。

その通り、と言わんばかりに、何とも言えない顔をしている叢雲である。

 

 

 

・・・

 

 

 

足柄の襲来にもめげずに仕事を続けるふたり。

鎮守府を留守にしていた分の報告書がたまっているため、いつもより集中して取り組んでいる。

 

そんな中、またもや執務室に来訪者が……

 

 

ガララッ

 

 

「提督!艦隊帰還しましたっ!」

 

「……ああ。お疲れさま、夕張。哨戒はどうだった?何か問題あったかい?」

 

「哨戒については問題ありません!哨戒については!

はいこれ!報告書です!」

 

 

バッ!

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

なんだろうか、夕張の様子がおかしい。

いつも落ち着きがある彼女にしては珍しく、なんだか攻撃的だ。

 

 

「それで提督!お話したいことがあるんですけどっ!

今お時間よろしいですよね!?」

 

「え……いいけど……どしたの?」

 

「あ、私席外すから。自分で蒔いた種は自分で摘み取りなさい」

 

 

スッ

 

 

意味深なセリフとともに、呆れた顔で退出する叢雲。

 

 

「あ、ちょ、叢雲、それってどういう……」

 

「逃がしませんよ提督!」

 

 

ガシッ

 

 

叢雲を追いかけようと立ち上がった鯉住君の両腕を、夕張はがっしりと掴む。

決して逃すまいという堅い意志が感じられる。

 

 

「ちょ、夕張、痛い痛い!

いつものキミらしくないよ!?一体どうしたの!?」

 

「一体どうしたはこちらのセリフです!しっかりと説明してもらいますからね!!」

 

「なにをぉ!?」

 

「とぼけないで下さいっ!古鷹に聞いたんですよ!?

横須賀でふたりでデートしてきたって!!」

 

 

どうやら哨戒任務中に、古鷹からそのことを聞いたらしい。

彼女も随分楽しそうだったし、仲の良い夕張に話したくなったのだろう。

 

しかし当事者のふたりは、夕張が言うようなつもりではなかった。

 

 

「ちょ……そういうのじゃないって……

ふたりとも暇だったから、一緒に街に出て買い物してきただけなんだって……」

 

「だぁからっ!そういうのをデートって言うんですよっ!!

古鷹もそういうつもりは無かったって言ってたけど、誰がどう見てもそんなのデートに決まってるじゃないですかぁっ!!」

 

 

ブンッ!ブンッ!

 

 

「ゆ、夕張っ……ゆすらないでっ……」

 

「なんで北上さんと古鷹はよくて、私はダメなんですかぁっ!?

ズルいですっ!!私も師匠とデートしたいっ!!」

 

 

ブンッ!ブンッ!

 

 

「わわ、わかったっ……!今度……一緒に出かけよう……!」

 

「出かけるじゃないですっ!デートです!デート!」

 

「お、おえっ……わかった……今度……デートしよう……」

 

「ホントですね!?私しっかり聞きましたからね!?言質取りましたからね!?」

 

「ウソつかないから……離して……うぷっ……」

 

「よしっ!それじゃ次の非番にデートするってことでいいですね!」

 

「はい……それで……いいです……」

 

 

夕張にゆすられ過ぎて、ぐったりしている鯉住君。

しかしまだ夕張の追求は続く。

 

 

「それはそれで、ありがとうございますですけど!

まだ聞きたいことはあるんですからね!?」

 

「うえっぷ……な、なんでしょうか……?」

 

「なんで秋津洲ちゃんまで弟子にしたんですか!?

私に何の断りもなくっ!」

 

「なんでと言われても……秋津洲が活躍できるのは、艤装メンテだと思ったから……」

 

「それは正しいと思います!

でも私に相談もなく弟子に取るなんて、どういうことですか!?

私が教えてもらえる時間が減っちゃうじゃないですかっ!!

もっと師匠とふたりで……じゃなくて、マンツーマン指導してほしいのにっ!」

 

「それは、安心してほしい……

弟子に取ったからには、俺が責任もってふたりとも面倒みるから……一人前になるまで……」

 

「せ、責任もってくれるんですかっ!? 私の事をっ!?」

 

「それは、当然だよ……俺、師匠だし……」

 

 

なんだか変なところに食いつく夕張。

なんだか誤解がある気がするが、話を進める鯉住君。

 

 

「秋津洲も夕張と一緒でいい子だから、しっかり教えてやらないとと思って……

弟子入り希望してきたのは、秋津洲の方からだけど……」

 

「ふ、ふーん。そういうことなら仕方ないかなぁ、なんて」

 

「すまなかったな……キミの気持ちも考えないで……」

 

「もう!いいんですよ!師匠も誠意を見せてくれましたし!」

 

「そ、そうか……なんだか急に上機嫌になったな……」

 

 

夕張の言う誠意というのがよくわからないが、どうやら危機は脱したらしい。

……と思っていたのだが……

 

 

「それと最後にひとつ!」

 

「うへぇっ!? まだなんかあるの!?」

 

「師匠が大本営に行く前、みんなにプレゼントあげてたでしょう!?」

 

「あ、ああ……みんなには迷惑かけちゃったからな……」

 

「その様子だと気づいてないですね!?

あの時にプレゼント貰ってないの、建造されたての秋津洲ちゃんと、私だけなんですよっ!!」

 

「……あっ」

 

 

そうだった。

あの時にプレゼントを渡した相手は、秘書艦のふたりに天龍龍田姉妹、そして北上大井姉妹である。

鎮守府に所属していたメンバーで、プレゼントを渡していないのは、夕張と秋津洲のみ。

 

秋津洲については建造直後であり、プレゼントどころではなかった。

しかし夕張については、すでに立派な鎮守府の一員であったのは間違いない。

 

ということは、夕張ひとりだけがハブにされたと感じるのは仕方ないことと言える。

 

 

「あー……確かに……」

 

「デートを断られて、さらにひとりだけプレゼント貰えなかった私の気持ち、師匠は考えたことあります!?

目の前で北上さんと大井さんが嬉しそうにプレゼントの話してるのを、指をくわえて見てることしかできなかった私の気持ち、考えたことあります!?」

 

「す、すまない……」

 

 

再度ヒートアップしてきた夕張。

何とかなだめようとするも、自分に原因があるのは明白である。

どう言っていいのかわからず、たじろぐ鯉住君。

 

 

「少しでも悪いと思ってるなら、私に特別なプレゼントをください!」

 

「と、特別なプレゼント……?」

 

「そうです!特別ってわかるプレゼントです!

今度のデートの時に、何か買ってください!」

 

「……わかった。俺の気遣いが足りなかったのは確かだしな」

 

「約束ですからね!

それじゃ次の非番の日ですよ!?忘れないでくださいねっ!」

 

 

ピシャン!

 

 

「……」

 

 

威勢よく夕張が出て行き、静かになった執務室。

どうしていいやらわからず、立ち尽くす鯉住君。

 

 

ガララッ

 

 

「……ただいま」

 

 

夕張が出て行き、ほとんどノータイムで叢雲が入ってきた。

これはあれだろう。さっきまでのやりとりを扉の外で聞いていたのだろう。

 

 

「……おかえり叢雲。もしかしなくても、聞いてた……?」

 

「責任取るって言ったんだから、ちゃんと責任取りなさいよ?」

 

「えぇ……?」

 

 

やっぱり聞いてた。しかも夕張と同じところに反応していた。

だが今はそこに突っ込んでいる場合ではない。問題は別のところにある。

 

 

「その……叢雲さん? ひとつお願いがあってですね……」

 

「なによ? 夕張のプレゼント選びなら、手伝わないわよ?」

 

「……」

 

「アンタからのプレゼントが、北上と一緒に選んだものだって聞いて、

私だって何とも言えない気分になったのよ?

あれだけ慕ってくれてる夕張にも、そんな思いさせるつもり?」

 

「いや、だって……俺のセンスって、かなりひどいらしいし……」

 

「北上と大井のプレゼントは、アンタだけで選んだんでしょ?

だったら今回もひとりで選びなさい」

 

「そんなぁ……」

 

「せいぜい悩みなさいな。

まったく、なんで夕張はこんな奴を気に入ったんだか……」

 

 

 

・・・

 

 

 

足柄と夕張の襲来にもめげずに仕事を続けるふたり。

例によって仕事はいつもより多いため、いつもより集中して取り組まざるを得ない。

 

そんな中、またもや執務室に来訪者が……

 

 

トントンッ

 

 

「……はい、どうぞ」

 

 

ガララッ

 

 

「失礼します。緊急連絡です」

 

「大井じゃないか。どうしたんだ?緊急連絡?」

 

「はい。つい今しがた、鼎大将が部下を連れてお越しになりました」

 

「……へ?」

 

「いや、ですから、鼎大将がお目見えになりました。

事前に連絡があったのではないのですか?」

 

 

なに言ってんだこいつ?と言いたげな表情を浮かべる大井。

何故かと言えば、鼎大将から事前連絡があったはずだと、彼女は考えているからだ。

緊急訪問があるなら、多少なりとも事前連絡があると思うのが普通。

大井がそう考えるのも無理はない。

 

しかし相手は普通の提督ではない。あの3人の師匠である。

 

鯉住君がギギギと叢雲の方を向くと、無表情で書類仕事を続けていた。

聞かなかったことにしたいらしい。

 

 

「そ、そうか……ありがとな、大井。

ちなみに大将一行はどこに通してくれたんだ?」

 

「客間……いえ、会議室に通させていただきました」

 

「わかった。急な話だったのに、対応してくれてどうもありがとう」

 

「いえ、当然のことをしたまでです。それではあとはお願いします」

 

 

そう言って一礼すると、大井は退室していった。

 

 

「……なぁ、叢雲。

秘書艦のキミも来た方がいいと思うんだけど、どう思う?」

 

「……いったい何の事かしら?

私は今書類仕事しなきゃいけないから、遊んでる暇はないのよ……」

 

「……気持ちはわかるけど、現実見ような……」

 

「……」

 

「ほら、いきますよ……」

 

「……」

 

 

ずるずる……

 

 

 

大本営で常識崩壊の危機を乗り切ったと思ったら、まだ続いていた模様。

 

現実逃避気味の秘書艦を引きずって、自身の師匠の下に向かう鯉住君なのであった。

 

 

 

 




もうちょっと第2章は続きます。
もうちょっとですけどね。


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第43話

一部の艦娘の特殊な戦闘方法

基本的には艦娘はゲームと同じ戦闘方法をとるのですが、色々と変わったやり方を好む艦娘も結構います。
元々の艤装で武器がついている勢などが、その筆頭ですね。

自前の天龍ブレードで近接戦をする天龍もいますし、日本刀を扱う神通(やっぱり加二倉中佐のとこの神通)がいたりします。
自前のボウガンを艦載機に変えずに、敵をスナイプする大鳳なんかもいたりします。

艦娘が扱う分には、人間が作った武器でも深海棲艦にダメージを与えられるようです。実はこれには理由があるんですけどね。

基本的には砲雷撃戦と航空戦が効率的なので主流ですが、多少の不利をおしてでも、そういう戦闘を好む者はいる、ということです。





 

 

ずるずる……

 

 

遠い目をした叢雲。その両脇を持って引きずる鯉住君。

目的地は、自身の師匠、鼎大将の待つ会議室(客間)である。

 

 

「……まったく……なんだって急に……」

 

「……」

 

 

ずるずる……

 

 

「……そろそろ諦めがついた?」

 

「……えぇ……」

 

 

叢雲の返答を聞いて鯉住君が手を離すと、彼女は渋々立ち上がった。

パタパタと裾周りについたホコリを掃っている。

 

 

「……アンタ何か心当たりとかないの?」

 

「……全然ない」

 

 

急な来訪の理由を探すも、まったく思いつかないふたり。

半ばあきらめの心で会議室のふすまをたたく。

 

 

トントントン

 

 

(ええよー)

 

 

本当に居るようだ。

観念して中に入ることにしたふたり。

 

 

すぅーっ……とんっ

 

 

「「失礼します」」

 

 

 

「おー、久しぶりじゃのう。

と言ってもまだ1か月ほどしか経っとらんか」

 

「お久しぶりです。鼎大将……と伊勢さん、日向さん」

 

 

目の前で座布団に胡坐をかく鼎大将。

その両隣には、落ち着いた芥子色(からしいろ)の服を着た女性がひとりずつ正座で座っている。

 

 

「久しぶり~!元気してた?」

 

「ふむ。息災な様子で何よりだ」

 

 

こっちにひらひらと手を振っているのが、姉の伊勢さんで、

腕組みをして落ち着いた様子なのが、妹の日向さんである。

 

いつみても逆だとしか思えない性格だが、こういった関係があってもいいとも思う。

 

 

「呉第1鎮守府・第1艦隊のメンバーである、おふたりまでいらっしゃるなんて……

大将、今日は一体どういったご用件なのですか?」

 

「あれ?思ったより落ち着いとるの。

驚く顔を見ようと思って、せっかく連絡しないできたのに。

てっきりわし、もっとうろたえると思ってたよ?」

 

「鯉住殿も提督が板についてきたということだろう。

頼もしいじゃないか」

 

「そうね。最初に会ったときは、あんなに頼りなかったのにさ。

なんだか遠い存在になっちゃったみたいで少し寂しいね」

 

「いえいえ……そういうわけじゃないんですよ……

実は大本営でですね……」

 

 

・・・

 

 

説明中

 

 

・・・

 

 

「なんじゃい。もうサプライズされとったのか……

せっかく気合入れてきたのに、残念じゃのう」

 

「川内さんも足柄さんも、そのつもりはなかったみたいなんですけどね……」

 

「横須賀第3鎮守府も、佐世保第4鎮守府も、相変わらずのようだな」

 

「そうなんですよ……あの人たちには、もっと常識というものを分かってもらいたいです……はぁ……」

 

 

ため息をつく鯉住君を見て、苦笑いする伊勢。

呉第1鎮守府の面々は、比較的まともな感性を持っている模様。

 

 

「あはは……ま、みんな元気そうで何よりよね。

それで提督、さっさと用件話しちゃった方がいいんじゃない?」

 

「なんか腑に落ちんけど、そうじゃの。

というわけで、わざわざわし自らここまで来た理由を説明しようかの」

 

「まったく……鼎大将も大概ですからね? それで、何の用です?」

 

 

ジト目を向ける鯉住君を意に介さず、鼎大将は懐から何枚か書類を取り出した。

 

 

「ほい」

 

「ほい、って……なんですか?これ?」

 

 

大将の差し出した書類をのぞき込むふたり。

1枚目の書類にはこう書いてあった。

 

 

 

 

 

    ~春季大演習開催~

 

この春にひとつ上の実力を身につけましょう!

普段と違う訓練で、一気に練度アップ!

これで海域開放も海域維持も楽勝だ!

 

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

なんだこれ。学習塾の講習生募集のビラだろうか?

秘書艦の叢雲を見ると、彼女も怪訝な顔をしている。

 

 

「一応演習ってなってるけど、実際は個別指導の訓練もやっとるからの。

むしろそっちがメインのつもりで持ってきたんじゃよ」

 

「個別指導って……やっぱり学習塾っぽいなぁ……」

 

「やっとることは似たようなもんじゃから、気にしない気にしない。

毎季の大演習では、各大将指定の鎮守府が、演習受付もしくは艦娘個別指導を請け負うことになっとるんじゃ。

ということで、わしは一ノ瀬君と加二倉君のふたりに、演習と個別指導開放を頼んでるんじゃけど……」

 

「人気なくて、全然応募者が集まらないのよね~。これが」

 

 

あの異次元鎮守府と演習する、もしくは、自身の部下を預ける。

 

……想像してみると、嫌な予感しかしない。

 

 

「それは仕方ないのでは……」

 

「ふたりとも中佐とはいえ、実力ある提督じゃというのにのう」

 

「あのですね、優秀なプレイヤーが優秀な監督というわけではないんですよ?

まずもってあのおふたりの鎮守府の艦娘は、皆さん常識がずれてるんですから、一般公募しても二の足を踏むのは普通ですって」

 

「なんじゃい、根性無いのう」

 

「そういう問題では……というか、まさか、わざわざそんな話をしたってことは……」

 

「そういうことじゃな」

 

 

眉を顰める鯉住君に対して、鼎大将は笑顔である。

さっき人が集まらないのは仕方ないと言っていたのを、聞いていなかったのだろうか?

 

 

「あのおふたりの鎮守府には、ウチからは部下を出しませんからね?」

 

「えー、なんで?」

 

「なんでもなにも、ウチの大事な部下を、あんな魔境に送り出したくはないんですよ……」

 

「かわいい子には旅をさせろって言うじゃろ?

大体キミ自身が研修経験者なんじゃから、そんなに警戒せんでもいいじゃろうに」

 

「経験者だからこそなんですよ……」

 

 

ちらりと横目で叢雲を見ると、彼女は眉を八の字にしながら、ブンブンと首を横に振っている。

大本営での体験が若干トラウマ化してしまったらしい。申し訳ない。

 

 

「ほら。叢雲もこんな調子ですし、お断りさせていただけないでしょうか?」

 

「うーん、そうじゃのう……

キミはどういった関係を部下の艦娘と築きたいんじゃったっけ?」

 

「え、なんですか? 藪から棒に」

 

「まま、いいからいいから」

 

「えーと、そうですね……

よくある普通の軍みたいな、指揮官と兵士という関係ではなく、

ひとりひとりがお互いの足りないところをカバーできるような、そんな場所にしていきたいと思ってます」

 

「ま、そうじゃろ。

キミは前々からそういう場所にしたいと言っとったからのう。

普通の提督じゃったらそれはお勧めできないが、キミに関しては大丈夫じゃろうしの」

 

「自分じゃよくわからないですけどね……」

 

 

 

・・・

 

 

 

通常の鎮守府は、先ほど彼が言ったようなドライな関係性で成り立っている。

指揮官は部下の艦娘に深入りせず、部下の艦娘も自身の提督には必要以上に干渉しない。

 

このような運営方針がスタンダードとなった原因は、主に提督側にある。

 

数年前、まだ羅針盤が発明されていなかった時代、艦娘の轟沈は日常的なものであった。

そんな中部下の命を一身に預かる提督には、多大なストレスが圧し掛かっていたのだ。

 

そんな状態だったので、良好な関係を築いていた部下が轟沈して精神を壊す者、美人ぞろいな艦娘に対して色々と暴走してしまう者、少女のような彼女らを死地に送り出すことに耐えられなくなる者……

 

とにかくそういったよくない状況が多発し、

提督養成学校では、一線を引いた関係性で艦娘と接することを推奨することになった。

 

 

そして人間と艦娘の関係性が定まり、今に至る。

轟沈が基本的に無くなった現在も、その方針は続いているのだ。

 

結局のところ、問題の根本は変わっていないからだ。

心の負担が軽くなっても、艦娘と必要以上の関係を持つと、特定の部下だけ重視したり、艦隊運用に私情が入ったりと、指揮系統がうまく回らなくなる。

 

可憐な少女達を冷静に指揮し、戦場に送り出すという歪な状況。

それをすんなり受け入れる事ができるほど、人間は理性的な生き物ではない。

 

 

だから鯉住君が言うような鎮守府運営は、現在極めて異例である。

 

元々そうであればこれ以上はないような話だが、人間は弱いもの。

そのような関係性では、普通であれば惰性に流され、鎮守府は形だけの堕落した場所に成り下がってしまうだろう。

 

しかし鼎大将や、彼の弟子たちは、鯉住君のこの方針を認めることにした。

 

その理由はふたつ。

彼の目標が『人類のために戦ってくれている艦娘の役に立ちたい』というものであること。

そして、彼自身が欲望の手綱を理性で握ることができる、謙虚で誠実な人間であるということ。

 

つまり彼は『奪う側』ではなく、『与える側』の人間であると判断したからだ。

そういった人間ならば、本当に大事なものを見失うことはないだろう、ということでもある。

 

 

 

……余談だが、鼎大将が多重ケッコンを薦めていたのは、彼のような善良な提督の活躍の場を増やすことが狙いだったりする。

 

艦娘に好意を持たれるのは、往々にして彼のような、大きなもののために行動できる人間だ。

天狗になる者が多い提督にも、少数派であるが、そのような者たちは存在する。

そしてそんな者のために、練度向上制度でもある、ケッコンカッコカリ制度は存在する。

 

しかしそういった提督の多くは、非常にお堅い貞操観念を持っている。

だからその制度を、そもそも利用しない者が多いのだ。

良いことではあるのだが、それでは多くの女性から好かれることに対して問題が起こる。

 

ひとりを選べずに中途半端な関係で留めておく、または、好意を寄せている部下が多数いる状態で、たったひとりを優遇するのは非常にマズいことだ。

それでは艦隊全体がぎこちなくなり、本来の機能が発揮できなくなるのもやむなし。

 

それならばこの際、踏ん切りがつきやすいように、多重ケッコンを制度化してはいかが?ということである。

ついでに男性提督の抱える性的な問題も解決でき、落ち着かせることもできる。

 

実に合理的だし、一気に諸問題を解決できる策ではある。

が、大和も考えていたように、それは艦娘の心の問題を考えると、ちょっとどうなのか、ということでもある。

艦娘サイドからみると、ちょっと待ったがかかるようなお話なのだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

「もし本当にキミがそう思っているのなら、今回の研修の話は、全員でしっかり話し合って決めた方がいいじゃろ。

確かにキミが言う通り、中々ハードな研修になるじゃろな。

しかしそれをやり切れば、確実に、想像できないくらいに、実力はアップすることになる」

 

「まぁ、言ってることはその通りですが……」

 

 

艦娘研修に渋っている鯉住君を見て、おつきのふたりが口を開く。

 

 

「そんなに過保護にならなくてもいいじゃない。

私達艦娘の一番のお仕事は、人類の平和のためにできることをすることよ?

もっとチカラをつけたいって娘が居るんなら、今回の話を黙ってるのは、ちょっとどうかと思うわ」

 

「うむ。伊勢の言ったとおりだな。

キミは部下を大切に思って、研修の話を断った。そのことを部下の皆が知れば、嬉しく思うだろう。

そして同時に、キミに怒りが沸くことだろう」

 

「な、なんで怒りを……?」

 

 

予想外の日向の一言に困惑する鯉住君。

 

 

「そうだな。教えてやれ。秘書艦殿」

 

 

彼女の言葉を受け鯉住君が隣を見ると、叢雲がムスッとした顔をしていた。

 

 

「アンタねぇ、私達のことどう思ってるわけ?」

 

「いや、大切な部下だと……」

 

「そういうところよ、伊勢さんと日向さんが言ってたのは。

自分が目標にしてる鎮守府方針を、もっかい言ってみなさいよ」

 

「えーと……全員で支えあっていくような場所にしたいんだけど……」

 

「気づかない?

アンタはみんなで鎮守府を作りたいと思ってるらしいけど、やってることは、私達の意思を無視した独断専行だってこと」

 

「いやそれは、みんなが大変な目に合うのが火を見るより明らかだし……」

 

「相変わらず察しが悪いわねぇ……

大変な目に合うよりも、不必要なところで守られる方が、私達にとっては屈辱だって言ってるの。

私達だってみんなのことを守りたいし、そのチカラをつけたいと思うのは当然よ。

それがわからないから過保護なのよ」

 

「あー……そういう……いや、でも……」

 

「私達は、みんなでひとつのチームでしょ?アンタが言ったことよ?」

 

 

言いたいことを言い切ったのか、叢雲はまた前を向いてしまった。

 

 

「……わかった。降参だ。

鼎大将、この件はウチの全員で話し合ってから決めることにします」

 

「うむうむ。良い秘書艦に恵まれたようじゃの」

 

「恐縮です……」

 

 

ばつが悪そうな表情で頭をかく教え子を見て、満足げな表情を浮かべる鼎大将である。

 

 

 

 

 

「ところで叢雲は研修には……」

 

「絶対行かないわ」

 

「今しがたあんなこと言ってたのに……」

 

「それとこれとは話が別よ」

 

 

 

・・・

 

 

 

「それで、大将がわざわざここまで来たのは、それだけじゃないんでしょう?」

 

 

調子を取り戻した鯉住君が口を開く。

 

 

「うむ。その通りじゃ。用事はあとふたつほどあってのう。

ひとつは、大規模作戦の準備を進めておいて欲しいと伝えるためじゃ」

 

「だ、大規模作戦ですか?そんな通達は受けていませんよ?」

 

「まだ正式にはこの話は出ておらんからのう。

実はな、わしら呉鎮守府の直轄海域が、今現在不穏な状態なんじゃ」

 

「不穏、ですか」

 

「そうじゃ。呉鎮守府のレベル5海域。そこの深海棲艦が、現在不気味な沈黙を保っておる。

普段であれば湯水のごとく湧き出る深海棲艦を掃討するんじゃが、それがここ数週間、ほとんど姿を現しておらんのじゃ」

 

「それは、確かにおかしいですね」

 

「確実にこれは何かがあるじゃろ。5年前の本土大襲撃と同じパターンじゃ。

おそらく、遅くとも半年以内には、大きな戦闘が起こる」

 

「なるほど……現状はわかりました。それで、私達はどうすればいいですか?

正直レベル5海域ともなると、私達の実力ではどうにもできない気が……」

 

「バックアップ要因として活躍してもらおうかと思ってのう。

戦場がどこになるかはわからんが、そこに近い鎮守府を拠点にして活動してもらうつもりじゃ」

 

「なるほど。そういうことでしたら、了解しました」

 

「戦渦に巻き込まれる可能性も十分にあるから、そのための戦力も整えておくようにの」

 

「レベル5海域か……かなり不安はありますね」

 

「ま、大丈夫じゃろ。

足柄君が異動したと聞いとるし、研修で戦力強化もできるし」

 

「研修は参加メンバーがいるかわからないので、期待しすぎないでくださいね……」

 

「ほっほっほ。まぁまぁ、よかろう」

 

 

なかなか大変な事態なようだ。

彼にとっても初めての大規模作戦。どうしても緊張してしまう。

 

 

「ま、結局わしの勘じゃし、事が起こるのもそこまで近日ではないはずじゃ。

一歩ずつ確実に進むようにの」

 

「はい。そうさせていただきます」

 

 

 

・・・

 

 

 

「それで大将、残りのひとつの用事というのは何なんですか?」

 

「あぁ。異動願いじゃ」

 

「「 あぁ…… 」」

 

 

ついに来てしまった。やっぱりあの人だろう。同時に同じことを察する提督と秘書艦。

 

 

「まあ、そういうことじゃな。

むしろ今まで待たせたんじゃから、存分にかまってやるんじゃよ?

わしも毎日毎日、異動はまだか異動はまだかと、せっつかれ続けてるんじゃから」

 

「あー……なんと言いますか……

本来は鎮守府運営が落ち着く頃合いの1か月後に、異動予定だったですもんね」

 

「そうそう。キミが色々とやらかしたおかげで、それが延期になったんじゃよ。

大規模作戦の対応もあるから、もう少し先のことになる予定じゃ。

だいたい2,3か月くらい先かの」

 

「そ、そうですか……結構先なんですね。

あと、言っときますけど色々起こったのは、俺のせいじゃないですからね……

真面目に素直にマニュアル通りやってたら、こんなことになっちゃったんですからね……」

 

「ま、なんかやらかしてくれるだろうと楽しみにしとったけど、想像以上じゃったのう。

本当に楽しませてもらったわい」

 

 

ゲラゲラ笑う鼎大将にジト目を向ける鯉住君。

 

 

「まぁそれはそうと、大事な婚約者じゃからな。

ずいぶん待たせる分、目いっぱいかわいがってやるように。

あと少し早いが、これはわしからの餞別じゃ」

 

 

鯉住君に構わずそう言うと、鼎大将は別の書類と箱を取り出す。

 

 

「はい。ケッコン書類一式」

 

「ちょ、ま……待って!!

別に俺は初春さんと婚約なんてしてませんし、それを受け取るなんてできません!」

 

「受け取れない? あぁ、指輪は自分で用意したいってことかの?

確かに一生の記念になるし、デザインにもこだわりたい気持ちはわかるんじゃが……」

 

「提督提督、指輪のデザイン選ぶのは、女性の方がいいと思うわ。鯉住君センスがちょっとアレだし」

 

「いや、やはりこういったものは、殿方が相手を想って選ぶ方がいいだろう。

気持ちが大事だろうな」

 

「ふむ。ふたりの言うことももっともじゃが、艦娘と人間とのケッコンは、この一式でないと認められないんじゃよ」

 

「あー、それじゃ仕方ないか」

 

「指輪のデザインくらい自分で選べればよいのにな」

 

「お、そのアイデアいただきじゃ、日向君。

今度大本営の大和君に話でもしてみるかのう」

 

「ちょっとぉ!俺の話を聞いてください!聞いてくださぁい!!」

 

 

必死で訂正する鯉住君に見向きもせず、3人で盛り上がる鼎大将一行である。

その様子を隣で見ている叢雲は、ため息をついていた。

 

 

「はぁ……また大変なことになりそうね……心休まらないわ……」

 

 

 

 

 

 




ちなみに鼎大将が自らラバウルまで足を運んだ真相は、「バカンスしたかった」からです。
伊勢日向はくじ引きで慰安がてら護衛に選ばれました。
自由ですね。


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第44話

鼎大将組以外の世界情勢について


このお話は基本ギャグのため、頭すっからかんで楽しんでもらえるように頑張っています。
だからそこまでシリアスな場面はないかと思います。

しかしそれは鼎大将組が、ギャグ時空の連中だからであって、他の鎮守府や世界情勢などは、かなり厳しいものとなっております。

日本や欧州諸国は艦娘を大量に所有しているのでまだよいですが、発展途上国に分類される国々は、まぁひどいものです。

海沿いでは生活できないため、人口の8割以上は内陸部に集中。
必然食糧問題やインフラ整備問題などが急浮上、犯罪率も急上昇。
貧富の格差も非常に大きく、富める者貧する者の二極化が甚だしいです。

確実に日本は恵まれている方、というか、世界で深海棲艦登場前の秩序を維持できている国は両手指で収まるほどしかなく、そのうちの一国です。
ですので、その国の中でもトップクラスに好待遇な提督たちは天狗になるのです。
以前ちらっと書いたように、本当に優秀であるということも、それに拍車をかけます。

そして5年前の本土大襲撃を境に、深海棲艦の襲撃は鳴りを潜めており、日本海軍という組織の随所にゆるみが生じてきています。
それは、軍資金横流し、わいろ、部下への暴行、派閥争いといった形で表在化してきています。

大本営筆頭秘書艦である大和の悩み、苦しみは、この部分に起因しています。
彼女にはシリアス部分をひとりで背負ってもらって、少しかわいそうかな、と思っています。




 

鼎大将の急襲から一晩明けた朝。

ラバウル第10基地のメンバーは全員そろって会議室へと集まっていた。

 

ちなみに鼎大将一行はポポンデッタ港の宿に泊まっている。

明日の朝一番で返事を聞きに来る、と言って去っていった。

どうやら港町で南国バカンスを楽しもうということ。こちらに言いたいことだけ言って、好き勝手やるらしい。

 

 

「……みんな、今日は重大な話がある。よく聞くように」

 

「なんだよ提督。全員呼び出しなんて、珍しいじゃねぇか」

 

「そうね~。天龍ちゃんの言う通り、全員揃ったのって初めてなんじゃない~?」

 

 

天龍龍田姉妹の言う通り、普段は掲示板(ホワボ)に次の日の予定を記すスタイルなため、全員顔を合わせるのはこれが初めてだったりする。

 

 

「まぁ、どうしてもそれぞれ別の業務を頼むからね……」

 

「それでなんなのさ一体。別に忙しいわけでもないからいいけどさ~」

 

「昨日大将がいらっしゃった関係ですか?

どちらにせよ北上さんの貴重な時間をあまり奪わないでいただきたいです」

 

 

さすが大井は優秀である。察しが良い。

北上への意見についてはいつもの事なので触れない。

 

 

「そう。大井の言う通り。大将からこんな提案があったんだ」

 

 

そう言って、昨日貰った書面を長机の上に置き、隣に座る叢雲から時計回りで回していく。

あの塾生募集みたいな書面を回し読みする部下の艦娘たち。

目を通したものから順に、顔をしかめていく。

 

 

「なんですか?これ……

学習塾の生徒募集にしか見えないんですけど……」

 

「私にもそう見えますね……でも内容は真面目。春季大演習ですか」

 

 

やはり鯉住君同様の感想を漏らす、夕張古鷹コンビ。

 

 

「へぇ~。そういえばそんな時期だったわね。

私達の……は以前の話ね。聡美ちゃんの鎮守府でも研修受け入れやってたわ~。

今回もあるの?個別研修?」

 

「そうみたいです。一ノ瀬さんのところ、今回も募集掛けてるみたいですよ」

 

「個別指導~?どんなことをやるのかしりたいかも」

 

 

足柄は少し前まで受け入れ側だっただけあって、心得たものである。

そして秋津洲から出てきた疑問は、誰もが気になっていることだ。

面倒見のいい足柄が、その疑問に答える。

 

 

「個別指導というだけあって、研修内容は艦娘の個性に合わせたものになるわ。

鎮守府によって傾向は違うけど、細かい調整は相手を見てするのよ。

例えば攻めるのが好きな艦娘であれば、戦闘技術を教えるのが得意な艦娘が教官となるわ。聡美ちゃんのところでいえば、鳥海や霧島ね。

戦術的な戦闘を好む艦娘であれば、頭脳戦が得意な艦娘が教官ね。こっちは香取や伊8かしら」

 

「ふ~ん。秋津洲はそのあたり、よくわからないかも」

 

「まぁ、まだアナタ戦闘してないものね。仕方ないことよ」

 

 

 

「つまり提督、ウチからも、この研修に参加者を出そうということなんですね?

素晴らしいチャンスじゃないですか!

ちなみにどの鎮守府が研修先候補なんですか?」

 

 

夕張の質問を受け、渋い顔をする鯉住君。

 

 

「……一ノ瀬さんのところと、加二倉さんのところ……」

 

「提督の先輩さんのところですね……いいと思います!

でも提督、なんでそんなに憂鬱そうなんですか?」

 

「だってなぁ……どっちにしても地獄の研修になるのは目に見えてるんだし……

みんなを送り出すのが不安で……」

 

 

昨日叢雲にたしなめられて尚、この弱気発言である。

彼の性格からして、過保護になってしまうのは仕方ないことかもしれない。

しかしそんな提督を見かねて、ちょっとイラっと来た叢雲が厳しい一言を。

 

 

「アンタまだそんなこと……いいわ、そういうつもりなら……

みんな、昨日の事で、私から言っておきたいことがあるの。聞いてちょうだい」

 

「お、おい……叢雲……」

 

 

鯉住君に構わず話を進める叢雲。

他のメンバーは、彼女の珍しい行動にみな注目している。

 

 

「昨日大将と話してるときね、コイツはあろうことか、研修の話を断ろうとしたわ。

その理由、なんだと思う?

『私達を危険な目に合わせたくない』って言ったのよ?」

 

「あー……」

 

 

この段階まで来て、未だ煮え切らない態度をとっていたのが徒となった。

キレイにまるっと叢雲に暴露されてしまった。

 

……彼が恐る恐るメンバーの顔を眺めると……

 

 

 

 

 

「……うっ」

 

 

 

 

 

皆一様に、恐ろしい表情をしている。

これは間違いなく、ひとり残らずブチ切れている。考えるまでもなくわかる。

 

 

「ち、違うんだよ、みんな……」

 

「何が違うと言うんですか……!?」

 

「護る事が本分の私達に向かってぇ……師匠は、そんなこと言っちゃうんですかぁ……?」

 

 

怖い。普段温厚な古鷹と夕張とは思えない、声のトーンの低さだ。

 

 

「提督、ない。それはないよ。全然ない。ありえない」

 

「体中の穴という穴から、魚雷ぶち込みましょう……」

 

「ひえっ……」

 

 

怖い。いつも笑顔の北上が真顔だ。あと大井のオーラで背景が歪んでいる。

 

 

「私達、随分舐められちゃってるみたいね」

 

「提督には失望したかも」

 

「……」

 

 

怖い。足柄は獲物を狩る狼の目をしている。秋津洲は養豚場の豚を見るような眼をしている。

 

 

「何言ってんだおめぇ……?俺たちにケンカ売ってんのか……?

俺たちはなぁ!提督のペットじゃねぇんだぞ!?」

 

「お人形遊びがしたいならぁ、ひとりで引き籠って楽しんでてくれないかしら~?」

 

「うぁ……」

 

 

怖い。天龍は直接攻撃に出る一歩手前。ほぼ胸ぐらをつかみかけている。龍田は笑顔だが目が笑っていない。大井とは違う毒属性のオーラが見える。

 

 

 

 

 

「……あの……えと……すいませんでした……」

 

 

この状況にはいくらなんでも耐えられない。

彼には謝るという選択肢しか残されていなかった。

 

流れるような動きで座布団ごと後退し、きれいなフォームで土下座を決める。

まさに男の命乞い。26にして初のガチ土下座である。

 

 

「そういうのいいですから。顔をあげてください」

 

 

古鷹による、古鷹とは思えないほど冷たい声が響く。

 

 

「はい……」

 

 

覚悟して顔をあげる鯉住君。

目の前にはこちらを非難するエネルギーにあふれた瞳が9対。

その9者9様の眼力に、決めた覚悟が一瞬で砕かれる。

 

 

「提督さ、何でアタシ達が怒ってるかわかる?慎重に答えなよ?」

 

「わからないようなら、本当に雷撃処分します」

 

「そ、それは……」

 

「なんで俺達艦娘が、何倍も弱ぇ人間如きに、保護されなきゃなんねぇんだよ!!

おかしいと思わねぇのか、テメーはッ!!」

 

「ち、違う!そんなつもりは……!俺はただ……」

 

 

スッ

 

 

弁明しようとした彼の目の前に、龍田がどこから取り出したのか、自前の薙刀を突き付ける。

 

 

「ウッ……」

 

「あら~? 聞こえなかったのかしらぁ~?

今はぁ、提督がぁ、なんで私達が怒ってるのか説明してくれる番よね~?

余計なことを話しちゃう舌ベロはどこかしら~?切り落としますよぉ~?」

 

 

こ、怖いよぉ……!いつもより口調が甘ったるいのが逆に怖すぎる……!

話の内容も怖すぎる……!

 

 

「……はいはい。みんなが怒ってるの見たら、冷静になっちゃったわ。

龍田もその辺でよしてあげなさい。提督がしゃべれないでしょ」

 

「……しょうがないなぁ」

 

 

足柄さんのフォローで龍田が薙刀を引っ込めてくれた。た、助かった……!

やっぱり足柄さんはできる女だ!俺、信じてたよ!

 

 

「あ、ありがとう足柄さん」

 

「これで話せるでしょ?何で私達が怒ってるか説明なさい。早く」

 

 

あ、ダメだこれ。

冷静になったって言ってたけど、まだ怒りの炎はメラメラしてるわこれ。

 

まな板の上の鯉状態。チカラなく口を開く。

 

 

「……はい。

私が、皆さんの気持ちを考えず、勝手に、独断で行動をとったのが原因です……」

 

「だからその、私達の気持ちが何なのかっていうのを聞いてるのかも。バカなの?」

 

 

いつも無邪気な秋津洲ですら怖い。

 

 

「すいません……

何と言いますか、護ることを信条としている皆さんにとって、私のような軟弱者に護られるというのは、その、屈辱だったということですよね……?」

 

「それだけですか?」

 

「え」

 

「それだけだとしたら、少し違いますし30点です。

もちろんそれだけじゃないですよね、師匠?」

 

 

夕張……たのむからその右手に持ったモンキーレンチを置いてください……

左手にパシンパシン打ち付けているのを見ると、次にそのレンチが振り下ろされるのは、俺の頭なんじゃないかと思ってひやひやするんです……

 

 

「は、はい……

ここの鎮守府の理想は、『やりたいことをやりつつ、みんなで協力し合えるひとつのチーム』と自分で言っていたにもかかわらず、私は独断専行で要らぬ心配をしました……

そして、皆さんが得られるはずだったチャンスを……この鎮守府の他のメンバーのために強くなりたいという気持ちを、踏みにじりそうになったからです……」

 

「はい。よく言えました。

それがわかっているなら、もう二度とこのようなことはしでかさないように。

いいですね?」

 

「はひ……わかりました、古鷹さん……

今後そのようなことが起こった場合、必ず皆さんに相談させていただきます……」

 

「ったくよぉ……俺が認めた提督なんだから、眠てぇこと言わないでくれよなぁ。頼むぜ?」

 

「はひ……すみませんでした、天龍さん……」

 

「はぁ……。昨日日向さんが言ってたこと、身に沁みてわかったでしょ?

これに懲りたら、もっと私達の事信用なさいな。それも提督の務めよ?」

 

「ゴメンよ、叢雲……そしてありがとう……」

 

「アンタはせいぜい、私達に『護りたい』と思わせるよう努力なさい。

所詮アンタひとりじゃ駆逐イ級一匹すら倒せないんだから、私達が護ってあげるってのよ。感謝なさい」

 

「はひ……」

 

 

部下からの総攻撃を食らい、メンタルが大破してしまった鯉住君。

今彼は、やっちゃったなぁ……ただでさえ付き合い浅いのに、見限られちゃったかなぁ……

なんて、だいぶネガティブになっている。

 

 

そんな彼は、

『部下たちと強い信頼関係が築けているからこそ、ここまで皆が感情を露にすることができた』

という事実には、到底思い至らないのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「それじゃ、誰がどこに研修に行くか決めましょ。

……ほら、アンタもいい加減調子戻しなさい」

 

「……そうだな。一応ここのトップだし、しっかりしなきゃな……

こんな俺で申し訳ないが、付き合ってくれると嬉しい……」

 

「さっきも言いましたけど、分かってくれたんなら大丈夫ですって!

いつもの調子に戻ってください!提督!」

 

 

古鷹が笑顔でこちらを励ましてくれた。

天使が見える。さっきまで堕天使だったというのに。

 

 

「……む。古鷹だけじゃなくて、私も提督の事は信頼してるんですからねっ!

提督からももっと頼ってもらわないと、悲しくなっちゃうじゃないですか!」

 

 

夕張も励ましてくれた。嬉しい。ホントに俺はいい弟子に恵まれたよ……

 

 

「キミたち……ありがとうな……」

 

「ハイハイ。調子が戻ったんなら、いちゃついてないで、さっさと話進めなさい」

 

 

叢雲がパンパンと手を叩きながら、話を戻してくれた。

 

 

「そ、そうだな。自分なりに案を考えてきたから、聞いて欲しい……」

 

 

 

 

 

「個別研修に出すにしても、この鎮守府を空にする事はできない。

それに加えて、先方の受け入れ体制も踏まえると、一ノ瀬さんのところ、加二倉さんのところ、そのどちらも2名が限界という結論になった」

 

「うん、まぁそんなところよね。

個別研修ってだけあって、確実にひとりは教導に当たることになるから、中規模鎮守府じゃ受け入れ可能人数も少ないのよねぇ」

 

「そう。足柄さんの言う通り。

だから他所からの参加者のことも考えると、最大でも研修に出られるのは4名ということになる。

……さっきまではこれで十分と考えていたんだけど……」

 

「だけど?何かあるのかも?」

 

「キミたちに叱られて思い直した。

キミたちが心に抱いている、護りたい、チカラをつけなきゃいけない、って気持ちを大事にしないと、ってさ。

だから俺も今回の件に関しては、謝罪の気持ちも込めて、全力で当たりたいと思う。

……ということで、ウチでも個別研修をすることにした」

 

「……何?私、聞いてないんだけど?」

 

 

怪訝な顔をする叢雲。

 

 

「言ったでしょ。思い直したって。

俺が本気で艤装メンテについて指導するのを、研修として、鼎大将に公表してもらうつもり。

一応研修だから、他所からも受け入れはすることになると思う。

でも受け入れると言っても、よそからはほとんど希望者なんていないだろうし、身内での技術特訓みたいな感じになるだろうけどね」

 

「ふーん……まぁ、急な話だし、告知も小規模にするって言うなら、参加者はほとんど集まらないかしらね」

 

「ただでさえウチは居住空間がほぼ一杯なんだから、受け入れ自体厳しいしね。

だから君たちの中で、希望する者は、俺が全力で今まで培った技術を仕込む。

大規模作戦中でも問題なく、仕事を十二分に回せるくらいにはなってもらうつもりだ」

 

「あ!ハイ!私、参加します!」

 

「私も提督と一緒に頑張るかも!」

 

 

すぐさま立候補する夕張と秋津洲。

彼女たちは鯉住君の弟子であるので、当然といえば当然だが。

 

 

「わかった。そんな気もしてたしね。

とはいえまだ概要説明の途中だ。その話はもうちょっと後で」

 

「「 はーい 」」

 

 

 

「そして全力と言うからには、鼎大将にも研修受け入れを何とかお願いしようと思う。

あそこは大規模鎮守府だから、受け入れ人数は多いとは思う。

だけど急な申し出だし、これもふたりくらいが限界だろう。

そもそも受けてくれれば、の話だけれど」

 

「アンタにしちゃ珍しいわね。身内とはいえ、誰かに無理を言うなんて」

 

「キミたちの心を裏切ったんだから、これくらいはしないと納得できない。

それに鼎大将もわかってくれるさ」

 

「……そ。わかったわ」

 

 

 

・・・

 

 

 

「……というわけで、まとめるとこのような感じだ。

 

2か月間・個別研修

 

横須賀第3鎮守府(一ノ瀬中佐のとこ)…… 戦略訓練 2名

佐世保第4鎮守府(加二倉中佐のとこ)…… 実戦訓練 2名

ラバウル第10基地(ここ)     …… 技術訓練 2名

呉第1鎮守府(鼎大将のとこ)    …… 総合訓練 2名

 

もちろん、必ず出なければいけない、ということではないし、この鎮守府の守りも欲しいから、参加不参加は君たちの意思に任せる。

判断に迷うようなら、各鎮守府での研修経験がある俺が疑問に答えるから、気兼ねなく何でも聞いてくれ」

 

 

情報をまとめる鯉住君と、真剣にそれを聞く部下たち。

みんな真剣にどうするか考えているようだ。

 

……一部を除いて。

 

 

「おう、提督! 俺は佐世保に行くぜ!」

 

 

いつも通りの調子で、威勢よく天龍が声をあげる。

 

 

「お、おい、天龍、キミ全然資料見てないだろ?ホントに大丈夫か?」

 

「あ? だって一番戦闘力が上がるのって、佐世保での研修なんだろ?

だったら行く以外ありえねぇよ!」

 

「そ、そうか。確かに天龍は、いつも出撃したいって言ってるもんな。

キミの意見を尊重することにするよ」

 

「おう!サンキューな!」

 

 

鼻息荒く意気込む天龍を見て、少し心配な鯉住君。

そんな中、さらなる心配事が……

 

 

「あら~。天龍ちゃんが行くなら、私も参加しようかしら~?」

 

「た、龍田!? あそこは本当にヤバいぞ!それでいいのか!?」

 

「だ~いじょうぶよ~」

 

 

天龍が行くから、という凄い理由で、佐世保行きを志願する龍田。

 

……出会ってまだ龍田のことをよく知らない段階であれば、いくら押しに弱い鯉住君でも、この意見、問答無用で突っぱねていた。本当にあそこは人外魔境なのだ。

 

しかし彼女のことを以前よりも知った今、「天龍と一緒」ということが、どれだけ彼女にとって大きいことか理解できるようになった。

そういうことで、不安は残るが、鯉住君は龍田の意見を認めることにした。

 

 

「そうか……わかった。認める。

ただしふたりとも、今から言うことをよく聞き、心にとどめておいて欲しい」

 

「「 ??? 」」

 

 

改まって何か言おうとする鯉住君を、ふたりはクエスチョンマークを頭に浮かべながら見つめる。

 

 

「研修が始まったら、『いつでも戻れる場所がある』なんて考えないように」

 

「? そこは、いつでも帰ってきていい、とかいう場面じゃねぇの?

いや、研修終了までは帰るつもりねぇけどさ」

 

「違うんだよ天龍……

『いつでも帰れる』なんて思った瞬間に、心が折れるんだ。

だから必死で一日、いや、その瞬間を生きるんだ。そうすることでしか、あそこでは生き残れない。わかったな?」

 

「……提督がそこまで言うなんて、こりゃ相当みたいだな」

 

「うん。そう。だから最初、渋ってたんだよねぇ……」

 

「……ハン!上等じゃねえか!やってやんよ!

なぁ提督!絶対サイキョーになって戻ってくるから、楽しみにしとけよ!」

 

「うふふ~。私も天龍ちゃんに置いてかれないようにするわ~。

もしかしてぇ、天龍ちゃんよりも、ず~っと強くなっちゃったりしてぇ」

 

「バカ言え!俺の方が強くなってやるからな!」

 

「ふふっ。そうか、わかった。キミたちふたりを信じるよ」

 

「! ヘヘッ!任せとけって!」

 

「あらあら。うふふ~♪」

 

 

この様子なら、なんとかなるだろう。

ふたりともしっかり前を向いているし、ひとりじゃないことは、とても大きなことだ。

 

鯉住君が満足そうにしていると、他方から手が挙がる……

 

 

 

 




艦娘個別研修は基本的に艦娘が教導します。
でも鯉住君は、自分が教導するつもりのようですね。教えられるのが彼だけなので、仕方ないですが。

キリがいいので、とりあえずここまで。
中途半端でゴメンね。


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第45話

現在のラバウル第10基地戦力


重巡洋艦   古鷹改(Lv39 足柄改二(Lv88

重雷装巡洋艦 大井改(Lv36 北上改(Lv19

軽巡洋艦   夕張改(Lv25 天龍改(Lv32 龍田改(Lv28 

駆逐艦    叢雲改(Lv26

水上機母艦  秋津洲 (Lv2


秋津洲のレベルが未出撃なのに上がっているのは、大本営でちょっとだけ頑張ったからです。
事務や知識向上でも、ちょっとは経験値が入るものと思ってください。

少人数で毎日の遠征、近海哨戒、出撃を回しているので、練度の上がり方は比較的早いです。


また、この世界では、改、改二はポケモンの進化みたいなものです。
特定の練度あたりになると、勝手に服装と艤装が変わります。
Bボタンは無いので、U-511提督は血の涙を流さないようにお気を付けください。





 

 

 

 

 

「……私は横須賀に行こうと思います」

 

 

なんと、意外にも手を挙げたのは、普段主張しない大井だった。

 

 

「……ちなみに動機を聞いても?」

 

「はい。構いません」

 

「それじゃ、話してみて」

 

「提督が私達のことを甘く見てると分かったので、見返してやろうと思っています」

 

「……なんか、その……本当に申し訳ない……」

 

 

いつも通り事務的な対応だが、やっぱりまださっきのことを許してくれていないようだ。

辛い……

 

 

「いや、でも、自分の事を棚に上げて話すけど、本当にすごいハードなんだよ。あそこの研修。

俺の鼻を明かしてやりたい、程度の覚悟では、認められない」

 

 

天龍龍田姉妹のように、明確な動機があれば信じて送り出せる。

しかしそのような弱い動機では、到底乗り越えられないほどハードな研修なのだ。

 

 

彼は横須賀第3鎮守府で見た。

自身の研修中にも、艦娘研修は行われていた。そこで何が起こっていたのかを……

 

 

・研修プランは彼が知る限り5段階だったが、その中で一番易しいプランでも、あまりの辛さに廊下で倒れる艦娘が居た。

 

・彼が深夜目を覚ましてトイレに行った際に、艦娘研修が行われているのを発見した。さらに言うと、その艦娘はその前日もその翌日も、鯉住君が起きている間は常に研修を行っていた。

つまり研修中の彼女は、おそらくほぼ睡眠をとっていなかった。

 

・足元がおぼつかないほど疲労した研修中の艦娘が、教導艦に連れられ、演習場に向かうのとすれ違ったことがある。案の定彼女は口から煙を吐き、半ば死に体となってドックに運び込まれた。

 

・結局その艦娘は、研修期間満了まで耐えきれず、1か月でドロップアウトしてしまった。

 

 

……とまぁ、鯉住君が把握しているだけでも、十分にヤバい証拠がそろっている。

 

だからこそ、半端な覚悟の者は送り出すことはできない。

たとえ自分が非難されようとも、である。

 

 

「提督は、また私達のことをバカにするのですか……?」

 

「いやいや……そうじゃないよ。

俺もさっき叱られて反省したから、キミたちのことは、今までよりも深く信じることにした。

だけどね。そんな動機では、キミが研修に耐えられず、潰れるのは目に見えている。

潰れると分かり切っている者を送り出すことはできない。わかってくれ」

 

「……」

 

 

大井が不満そうな顔でこちらを睨んでくる。

美人ににらまれるとすごく怖い。

 

 

「……それじゃアタシがいこっかな~。横須賀」

 

 

会話が途絶えたところで、北上が立候補してきた。

これもまた予想外だ。北上は強くなることに、そんなに興味がないと思っていた。

 

 

「き、北上が……? 正直意外なんだが……」

 

「別にアタシは戦闘好きってワケじゃないけどさ、このままだと軽巡組の中で、私だけ置いてかれちゃうじゃん?

やっぱりそれは嫌なわけよ」

 

「……北上と大井は重雷装巡洋艦では」

 

「そういう細かいことは気にしな~い。気持ちの問題だよ。わかる?」

 

「うーん……まぁ、わかる気もするな……」

 

「それに提督だってさ、アタシたちが強い方が指揮しやすいでしょ?

なんだか思うんだけど、提督って戦闘中に指示出すとき、アタシたちに遠慮してる気がすんだよね~

そこんとこ、どうよ?」

 

 

話が少しずれ、北上から指揮についての指摘が入る。

 

 

 

・・・

 

 

 

……実は北上の指摘は正しい。

 

鯉住君は自身の研修を、佐世保、横須賀、トラックの順でこなしてきた。

これはわかりやすく言うと、所属艦娘の能力が高い順でもある。

 

各鎮守府の所属艦娘平均練度は以下の通り。

 

 

 

佐世保第4鎮守府 …… Lv255

 

横須賀第3鎮守府 …… Lv82

 

トラック第5泊地 …… Lv72

 

参考・大本営   …… Lv75

 

参考・一般的中規模鎮守府 …… Lv46

 

 

 

つまり彼の艦娘の能力基準は、最初にみっちり戦闘を叩きこまれた、佐世保第4鎮守府のものとなってしまったのだ。

 

だから彼の脳裏には常に、頭おかしい動きをする艦娘の姿が見えている。

その姿と現実とのギャップがうまく埋められず、指揮をうまく執ることができない、という現状がある。

 

もちろん鼎大将はこうなることを予想済みで、この順番で研修プランを組んだ。

どうせ将来的には強力な艦隊を指揮する機会があるだろうから、高いレベルに慣れさせる方が、後々有利になるという発想だろう。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……いつから気づいてた?」

 

「たまに提督が指揮してるのを横から見てたじゃん?そんとき」

 

 

流石は北上。勘が非常に鋭い。

ここの北上はセンスで戦闘をするタイプで、かなり光るものを持っている。

 

 

「……すまなかったな、黙ってて」

 

「どうせアレでしょ?さっきみたいな理由でしょ?

『アタシたちが弱いせいで指揮がうまく取れない、なんて言えない』とか思ってたんでしょ」

 

「……いや、その……

俺がうまく指揮が取れないのは、そういうわけじゃ……

調整……そう、調整がうまく取れていない俺のせいだから……」

 

「はい言い訳無用~。図星~。

……だからそうやって、みんなの問題をひとりで抱えてると、解決できるものも解決できないじゃん?

そういう時はさ、はっきり相談してほしいんだよね。

ね~?大井っち?」

 

「……」

 

 

大井はぶすっとした顔で鯉住君を睨んでいる。

 

 

「そうか……大井も気づいて……」

 

「当たり前じゃんか。

この中で一番、提督の指揮で戦闘してきたのって、大井っちとフルちゃんだよ?

なんか変だって気づくのは普通っしょ」

 

「ふ、古鷹ももしかして……」

 

「あぁ、私はそこまではっきり気づいてませんでしたが……

何か違和感がある指揮だとは思っていました」

 

 

指揮がうまく取れない理由があまりにもなものであるため、こっそりと克服しようと考えていた。

しかし歴戦の艦でもある彼女らには、筒抜けだったようだ。

 

 

「そうか……情けなくなるな……」

 

「ま、着任一か月の提督にそこまで求めるのも酷ってもんじゃないの~?

アタシは他のとこ知らないから、よくわかんないけどね~。

研修中はどうだったの?足柄さん?」

 

「そうねぇ、私も結構不思議だったのよ。鯉住君の指揮が下手だって聞いて。

聡美ちゃんのところで行った演習では、問題ないように見えたから。

でも理由を聞いたら納得ね。艦娘の練度によって指揮も変わるから、そのギャップについていけてなかったのねぇ」

 

「全くその通りで……」

 

「だーかーらっ。アタシが提督のために一肌脱いでやろうじゃん、ってことなのさ。

今回の研修で実力つけて、楽させてあげよう、なんてね~。

こんなに優しい部下なんていないよね~。感動で泣いてもいいよ?」

 

 

北上が冗談交じりでハンカチを手渡してくる。

言っていることはかなり、本格的に、嬉しいことなのだが、いつもの北上節のため、なんとも微妙な空気である。

 

 

「すまないなぁ……頼りにさせてもらうよ……」

 

「なんだ。泣かないの? つまんない人だよ全く」

 

「そう言われましても……ん?」

 

 

ここで鯉住君にひとつの考えが浮かぶ。

 

大井が研修に志願してきた、いや、志願してくれた理由は、北上が今言ってくれたことと同じではないのだろうか?

大井も自分の指揮の欠点に気づいていたようだし、それをサポートするために、実力をつけてくれようとしたのでは……

 

いや、でも、常に一定の距離を置かれているイメージのある大井がそんなこと……

一体どうなんだろうか……

 

 

「その、大井、ちょっといいか?」

 

「……なんでしょうか?」

 

「もしかしてだけど、キミは、その……」

 

「違います。勘違いしないでください。

私は提督にバカにされるのが許せなかっただけです。

あと、北上さんが行くのなら、私も行きますから。いいですね?」

 

「あっはい……」

 

 

本人曰く、違うということらしい。だいぶ食い気味に否定されてしまった。

やっぱりそうだよなぁ、と、頭をかく鯉住君である。

 

 

「提督提督」

 

「……どうした北上? まだ何かあるのか?」

 

「加点1だよ」

 

「かてん……?」

 

「あ~、気づいてないか。やっぱ今のなし。

それよりもさ、横須賀行きはアタシ達でオッケーなの?」

 

「ああ。問題ない。

北上が話してくれた内容はホントにありがたいことだし、キミは一度決めたらやる子だしね。

大井も多分、何と言うか、大丈夫だと思う」

 

「わかったよ~」

 

「了解しました」

 

 

これで横須賀行きのふたりも決まった。

次は呉で研修をしたい子がいないか確認しよう。

そう思っていると、何か言いそびれていたのか、北上から話しかけられた。

 

 

「あっ、そうだ。ね~提督~?」

 

「……ん? どうした?」

 

「アタシたちってば、提督の言うメチャクチャ厳しい場所に行くわけじゃん?」

 

「まぁ、そうなるが……」

 

「だからさ、戻ってきたらご褒美ちょうだい」

 

「……う」

 

 

まさかのおねだりであった。

彼の脳裏に、以前北上と行った、プレゼント選びの記憶がよみがえる。

 

……すっごいダメ出しされたなぁ……

 

 

「……商品券とかでいいか?」

 

「は?」

 

「いや、何でもないよ……その時はまたプレゼント選ぶから……」

 

「それでいいんだよ、まったく……どうしてくれようかと思ったよ……」

 

 

呆れ顔で鯉住君に目を向ける北上。

返答を間違えたらどうなっていたのだろうか?考えたくもない。

 

その会話を見ていた各方面。ご褒美と聞いては黙っていられない。

 

 

「おい提督!ずりーぞ!北上達だけ!

俺にもなんか買ってくれよ!シルバーのアクセサリーとか、カッケー奴!」

 

「あら~。私も素敵なプレゼント、欲しいな~」

 

「わ、私だって!師匠からのプレゼント、もっと欲しいですもん!

楽しみにしてますからね!」

 

「みんなだけもらって秋津洲だけ無しなんて、ありえないかも!

また間宮に連れてって欲しいかもー!!」

 

「あ、私も連れてってね。古鷹も行く?」

 

「え、えと……提督が良いと言ってくださるなら……」

 

「そうねぇ、私は何がいいかしら?

最新の圧力鍋なんていいかもしれないわね。横須賀でいいの見つけたのよね~」

 

 

怒涛のおねだりラッシュに圧倒される鯉住君。

さっきも心底たじろいでいたが、今はまた別の意味でたじろいでいる。

 

 

「わ、わかった。わかったから。

確かにとても大変な2か月間になるだろうから、無事にやり遂げたら、みんなで町にでも出かけよう。

ポポンデッタ港の田舎町じゃなくて、そうだな……

俺が住んでた呉にでも、旅行に行こうか」

 

 

「「「 異議なし!!! 」」」

 

 

とても賑やかになった、ラバウル第10基地の会議。

やはりこういう賑やかな雰囲気が、この基地には合う。そう思う鯉住君であった。

 

 

 

 

 

……ちなみにこの後、残った枠を埋めるように人員配置が決まった。

 

結果はこのような感じ。

 

 

横須賀第3鎮守府(一ノ瀬中佐のとこ)…… 北上 大井

 

佐世保第4鎮守府(加二倉中佐のとこ)…… 天龍 龍田

 

ラバウル第10基地(ここ)     …… 夕張 秋津洲

 

呉第1鎮守府(鼎大将のとこ)    …… 叢雲 古鷹

 

残留(兼 秘書艦・戦闘要員)    …… 足柄

 

 

 

叢雲が秘書艦から離れることで少し悩んだが、足柄が説得した。

自身の実力をつけるのも大事、という話をしたのだ。

 

叢雲もそれには納得し、呉の研修参加に踏み切ることができた。

 

 

 

 

 




これにて第2章・完となります。

次回からは第3章。
一回りも二回りも成長したラバウル第10基地の面々がみられるかと思います。

彼ら、彼女らの事、応援していただければ嬉しく思います。


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第3章 少佐編
第46話


ここから第3章です。
待っていてくださった方は、お待たせいたしました。

章が変わったとはいえ、何か雰囲気が変わるわけではありません。
あいかわらず、苦労するメンバーと自由にやるメンバーに分かれて、のびのび楽しんでもらう予定です。

気を楽にしてお読みいただければ幸いです(設定ガバは見逃してください)。





 

 

ここはパプアニューギニアにある、日本海軍のいち鎮守府、ラバウル第10基地。

そこには、その南国の気風には似合わぬ建物が一棟。

 

日本の田舎の豪農が住んでいそうなその建物。

まるでそうは見えないが、そこが鎮守府棟である。

 

その中の一室、居間にしか見えない執務室では、

提督の鯉住龍太(こいずみりゅうた)と、秘書艦の足柄がくつろいでいた。

 

 

すすっ……

 

 

「……ふぅ。

足柄さんが淹れてくれるハーブティーは、いつ飲んでも美味しいですね」

 

「うふふ。

提督は毎回そう言ってくれるから、私としても振る舞いがいがあるわね」

 

 

 

この基地は提督含め、総勢10名の小規模鎮守府。

あと4,5名も増えれば中規模と呼べる規模になるが、この人数ではまだ小規模と言ってよいだろう。

 

 

……そんな場所であるが、所属艦娘たちは足柄を除いて、2か月と少し前に個別研修という名の地獄の特訓に出向いた。

 

一部の艦娘はこの鎮守府に留まり、自身の提督から艤装メンテナンスの研修を受けていたため、厳密にいえば全員出向いたわけではない。

しかし皆、チームである鎮守府メンバーのために、自分のチカラを向上させたいという共通の想いで頑張ったのは同じだ。

 

新米提督である彼は知らないことだが、艦娘の方から「研修に参加したい」と言えるほど、風通しのいい鎮守府は稀である。

彼の鎮守府運営は、艦娘という存在と非常によく噛み合っているという、何よりの証拠だろう。

そこまでして支えてやりたいと、彼女たちから彼が慕われている事への証拠でもある。

 

 

……そしてつい先日、各メンバーから研修無事終了の知らせが届いた。

さらに言えば、本日は定期連絡船の寄港日。

この連絡船で、全員が揃って帰ってくるという知らせも受けた。

 

本当に久しぶりの再会である。提督である鯉住君の気分も高揚するというものだ。

 

 

「ついに今日、みんな帰ってきますね。

迎えに行くのはまだ何時間も先ですが、今から待ち遠しいですよ」

 

「そうね。たった2ケ月ちょっとだったけど、随分長い時間だったような感じもするわ。

みんなキャラが濃いから、たった2ケ月でも長く感じちゃうのかしら?」

 

「みんなキャラが濃いとか、アナタが言っていいセリフじゃないでしょう……

ともかく、みんな無事でよかったです。信じているとはいえ、不安もありましたから……」

 

「そういうこと本人たちの前で言っちゃだめよ?

相変わらず心配性なんだから……」

 

「わかってますよ。

そんなこと言ったら、また叱られちゃいますからね」

 

「ま、そんな心配も吹き飛んじゃうほど、全員頼もしくなってるはずよ」

 

 

無事に研修を終えられたと全員から連絡を受けた際、提督である鯉住君は大きな安堵のため息を漏らしたものだった。

 

それもそのはず。

研修先は日本、いや、おそらく世界的に見ても屈指の実力を持つ鎮守府だ。

彼が心配症ということを差し引いても、部下の安否を気遣うのは無理からぬこと。

 

ちなみにこれは後で知ったことだが、驚くことにいずれの鎮守府も、研修完遂率が50%を切っているらしい。

研修としてそれはどうなのかとも思うのだが、途中でドロップアウトした段階でも非常に大きな練度上昇がみられるため、その問題はあまり気にされていない模様。

 

 

 

 

 

北上大井姉妹は、横須賀第3鎮守府に(研修完遂率30%)。

 

疑いようもなく日本一の指揮能力を誇る一ノ瀬聡美(いちのせさとみ)中佐。

彼女が率いる猛者たちの中で、ふたりとも必死で腕を磨いたようだ。

送られてきた研修結果によると、大井を指導していた香取、北上を指導していた巻雲から見て、ふたりとも非常に結果は良好だったとのこと。

大きな練度の向上を成し遂げた。

 

 

天龍龍田姉妹は、佐世保第4鎮守府に(研修完遂率10%)。

 

常軌を逸した研鑽で、全員が一騎当千の実力を誇る化け物集団を率いるのは、加二倉剛史(かにくらつよし)中佐。

ふたりはここで、毎日ギリギリのところで生をつなぎとめていたようだ。

送られてきた研修結果によると、ふたりを指導していた神通から見て、及第点の評価だということだ。

彼女の言う及第点がどれほどのものか正確にはわからないが、たぶん想像以上に実力をつけていることだろう。

 

 

叢雲古鷹の秘書艦コンビは、呉第1鎮守府に(研修完遂率50%)。

 

5年前の本土大襲撃の際、西日本全域の全鎮守府の指揮を執り、被害を最小限にとどめた名将、鼎寛(かなえひろし)大将。

彼が運営するここは、非常に高いレベルでまとまった能力を持つ艦娘が数多く在籍している。

たったの2か月ではあったが、研修結果を見るに、多岐にわたる内容の訓練を受けたようだ。

ふたりはそれぞれ主導教官として五十鈴と熊野に師事し、高いレベルのジェネラリストとして大成したとのこと。

 

 

夕張秋津洲の弟子ふたりは、ここ、ラバウル第10基地で研修を行った。

 

艤装メンテナンス技師として、日本でも指折りの実力を持つ、自身の提督である鯉住龍太少佐が教導。

本気を出すと言っていた彼の全力指導により、ふたりとも一流の技術を身につけることに成功した。

チームとしての仕事以外の部分は、ベテラン整備士にも負けないレベルまでたどり着くことができた。

 

 

 

 

 

「報告書によると、みんなとても強くなったみたいだし、会うのが楽しみです」

 

「そうね。私も下手すれば追い越されちゃうかも。

……そういえばだけど、北上と大井の研修って、『飛車角』コースだったんでしょ?

ホントによく最後までやり切ったと思うわ」

 

「5段階難易度の中で、上から2番目の難易度ですよね?

やっぱり厳しいコースなんですか?」

 

「ええ。あのコースを完走できたのは、たったのふたりだけよ。

大本営の加賀さんと、木曾さんだけ」

 

「そ、そんなに厳しい研修なんですか……」

 

「ええ。やれって言われても、やりたくはないわね」

 

 

 

・・・

 

 

 

港に迎えに行くまでの時間を、雑談をして過ごすふたり。

そんなのんびりした空気の中、執務室のふすまにノックの音が。

 

 

とんとんとん

 

 

「……あら?誰かしら?」

 

「いったいなんでしょうか……どうぞー」

 

 

すぅーっ、とんっ

 

 

「失礼します。夕張、準備完了しました!」

 

「秋津洲も準備できたかもー!」

 

「あれ?もう来たの?早くない?」

 

 

今日は鎮守府メンバーのほとんどが帰ってくるため、残っているメンバー全員で迎えに行こう、ということになっていた。そのために中型バスも呼んである。

 

だから夕張と秋津洲には、迎えに行くまでに本日の業務を終わらせて来るように伝えていた。

まぁ業務と言っても研修後の片づけや、部屋の掃除程度の簡単なものだったのだが。

 

つまりふたりは、その少しだけあった業務を終え、執務室に連絡しに来たということだろう。

 

……そして彼女達のうしろには、見慣れた顔がいくつか。

 

 

(へーい!てーとくー!こうちゃのかおりがするねー!)

 

(ひええー いいかおりです!)

 

(すてきです! だいじょうぶです!)

 

(てぃーかっぷはよういしてあります! じゅんびよーし!)

 

 

「……キミたちも来たのか。

それじゃみんな、足柄さんが淹れてくれた紅茶、飲むかい?」

 

「いただきます!」

 

「飲みたいかも!」

 

(おふこーすねー!)

 

 

なんとこの2か月の間に、英国妖精さんの仲間が増えたのだ。

 

夕張と秋津洲を指導するにあたって、簡易製鉄所を起動させる機会は非常に多かった。

わざと艤装を破損させて、破損したパーツの交換や、どの程度の破損なら自力で修正するのかの見極めを練習するためだ。

 

その度に英国妖精さんに頑張ってもらっていたのだが、どうにも彼女、疲れてくると狙ったパーツを出せなくなるということが判明した。

簡易とはいえ、ひとりで製鉄所を動かすのである。それなりに骨が折れるらしい。

「もうげんかいでーす」なんて言いつつ、謎のペンギン人形や謎のスポンジお化け人形を量産する彼女を見て、申し訳なく思っていたものだった。

 

しかしある日、いつも通り工廠にやってくると、なんと製鉄所で働く妖精さんが増えていたのだ。

英国妖精さん曰く「まいしすたーずをしょうしゅうしたでーす!」とのこと。

どこから招集したのか、いつの間に召集したのか、妖精さんに姉妹関係なんてあるのか、疑問はいくつもある。

しかしいつも通りと言えばいつも通りの事なので、深く考えずに受け入れることにした。

 

おかげさまで製鉄所稼働率は、4人に増えただけあって、今までの4倍となった。

4人仲良く製鉄所を動かしているのを見ると、なんだかほっこりするというものだ。

どこぞの悪態をついてくる妖精3人とは違うというものである。

 

 

(きこえてましたよ)

 

(これまでのおんをわすれてそのいいぐさ)

 

(ぎるてぃです)

 

 

ひとの回想にまで割り込んでこないでいただきたい。

キミたちこそプライベート侵害で有罪ですよ。

 

 

 

・・・

 

 

 

……そんなこんなで賑やかになった執務室。

みんなでハーブティーを飲みながら、迎えの時間まで雑談を続けることにした。

 

鯉住君が英国妖精シスターズのミニサイズティーカップにハーブティを注いでいると、夕張が話しかけてきた。

 

 

「皆さんに会うの、久しぶりですね。

どれだけ強くなってるんだろう?古鷹も強くなってるのかな?」

 

「報告によると、古鷹もかなり練度を高めたみたいだったよ。

鼎大将のところで、一芸特化じゃなくて、どんな状況でも対応できるような研修を積んだみたい。

戦闘以外でも事務や諜報なんかも鍛えたんだって」

 

「はへ~……たったの2か月でよくそんなに詰め込めたものですね」

 

「叢雲もそうらしいけど、すごいやる気で頑張ってくれたんだってさ」

 

「みんなここの事はすごく気に入ってますからね。

何としても自分もチカラになりたい、って気持ちは私達も一緒です。

そうよね?秋津洲」

 

「当然かも!私も夕張も鎮守府のみんなのために頑張ったかも!」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。ありがとね。

ふたりとも俺の想像よりも、遥かにチカラをつけたし、その言葉に偽り無しってところかな」

 

「ふっふ~ん。提督のおかげで私達も、すごく艤装メンテの腕をあげられたかも!

今ならどんな状況でも対応できる気がするかも!」

 

 

ドヤ顔で息巻く秋津洲を見て、足柄が気になったことを質問する。

 

 

「あら。アナタ達そんなにレベルアップしたの?

私は研修にほとんどノータッチだったから知らないんだけど、どのくらいの事ならできるようになったのかしら?」

 

「そうですね……まだ経験してないのでおそらく、なのですが、

師匠の言葉を借りるなら、『大本営主導の大規模作戦で、チームリーダーを任せることができる』程度の実力になったみたいです」

 

「……え? それってホントなの?提督?」

 

「ホントですよ。

ただチームで働く経験をしていないので、技術面に関しては、という条件付きですが」

 

 

本当は研修に応募してきたメンバー全員で、チームとしての動きも練習する予定だった。

しかし結局ここでの研修は、夕張と秋津洲のふたりだけで行うこととなったのだ。

鼎大将に一般公募しようと思っていることを伝えたら、やめておくよう言われたからだ。

 

彼はその界隈ではかなりの有名人となっており、研修受け入れなんかした日には、いたるところからメンテ技師が殺到する未来しか見えない。

本人には有名人だという自覚がないようだが、書籍まで発行しているので、よく考えなくても彼の知名度が高いのは当然である。

 

 

「大規模作戦時のチームリーダーって……ちょっとにわかには信じられないわね……

それくらい実力ある人材って、日本中探してもほとんどいないんじゃないの?」

 

「まぁ、そうかもしれません。

でも実際、ふたりともそれくらいには実力をつけましたよ。

厳しく指導したんですが、よくついてきてくれました」

 

「師匠の教え方が良かったおかげですよ!」

 

「すっごく大変だったけど、自分でわかるくらいスキルアップできたかも!」

 

 

事もなげにとんでもないことを言ってのける自身の提督を見て、足柄は感嘆のため息をつく。

 

 

「はぁー……普段を見てると頼りないからすっかり忘れてたけど、そういえばアナタってすごい人だったわね……

お姉さん驚いちゃったわ」

 

「足柄さん……嬉しくはありますが、相手が複雑な気分になる褒め方はどうかと思います……」

 

 

普段から自分がどう見られているか、予期せぬ知り方をしてしまった鯉住君。

しょぼんとしている彼を見ると、足柄の言葉にも納得せざるを得ないというものだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

「それで提督、今日は私たち全員で港まで迎えに行くってことでしたけど、いつもみたいに提督が迎えに行くのじゃ駄目だったんですか?

帰ってくるのは6人なんだし、ちょっと狭いけど一回で乗ろうと思えば乗れたんじゃ……」

 

「まぁ、叢雲や古鷹辺り小柄なメンバーなら、一列に3人座ることはできただろうけど……

実は今日は新メンバーが呉からやってくることになってるからね。

7人じゃ一往復じゃ厳しいかと思って。窮屈な思いもさせたくないし」

 

「あぁ……あれですか……? 師匠の婚約者とかいう……」

 

 

新メンバーと聞いて、夕張が一気に不穏な気配を醸し出す。

 

 

「ち、違うから……

それは誤解で、そういう関係じゃないから……」

 

「へー、そうなんですかぁ。ふーん。

聞きましたよ? 送別会をした時に、すごい勢いで公衆の面前で口説いてたって……」

 

「そ、そうじゃないんだよ……

俺はただ、肌をさらすのは俺以外のところではやめるようにと……」

 

「なぁんで師匠の前では脱いでもいいんですかねぇ……?」

 

「ゆ、夕張、落ち着いて……

あれだよ、俺の目が届く範囲だったら、何かの間違いが起こることもないからで……」

 

 

必死の弁明も、動揺で目が泳いでいては効果薄である。

夕張の刺さるようなジト目は、緩む気配を見せない。

 

 

「師匠と何かの間違いが起こる可能性は、考えてなかったんですか……?」

 

「いや、ありえないから……初春さんって小学生くらいでしょ?

いくらなんでも小学生に対してそんな……ありえないって……

しかも彼女艦娘だし……ありえないって……」

 

「あら。駆逐艦とケッコンする提督もいるって話じゃない?

本人たちの同意の上でなら、何も問題ないじゃない。

ほら、私達って人間の法律適用されないし」

 

「足柄さぁん!変なフォロー入れるのやめて下さい!」

 

「提督って、おっぱい好きで、しかも小さい子が好きなの……?

とんだ変態かも……」

 

「ヤメテ!そんなんじゃないからぁ!!お願いだからそんな目で見ないで!」

 

 

いつも通りいじられまくる鯉住君。

提督が部下に好き放題いじられるという光景は、よその鎮守府では決してみることができない珍百景である。

 

 

「はぁ……はぁ……

と、とにかく、初春さんが異動して来るはずだから、みんなの出迎えも兼ねて、中型バスを手配したんだよ……

あと俺はおっぱい星人でもロリコンでもありません……もっとノーマルな嗜好をしています……多分……

強いて言えば、大人のお姉さんが好みだから……普通なはず……」

 

「提督ウソつきかも……絶対おっぱい大好きかも……

大本営で愛宕さんの胸を見てたの、よく覚えてるんだから」

 

「ち、違うんだって。

男なら何というか、視線が、こう、吸い寄せられることはあるんだよ!」

 

「そんなにおっぱい大きい子が好きなの!?

少しあるくらいがちょうどいいかも!提督は何にもわかってないかも!!」

 

「そうですよ師匠!あんな脂肪の塊の何がそんなにいいんですかっ!?

胸なんて無い方がいいに決まってます!生活が楽ですし!肩も軽いですしっ!!」

 

 

なんだか必死に主張を始める弟子ふたりに対して、余裕の表情の足柄が口を開く。

 

 

「あらあら。提督って、胸が大きくて、大人な女性が好みだったのね。

だったら私なんてピッタリじゃない?どうなのよ、ねえねぇ、お付き合いしちゃう?」

 

「や、やめて下さいよ。場が収まらなくなっちゃうじゃないですか……

そ、そんなに寄らないでください……」

 

「「 ギギギ…… 」」

 

 

大人の色気ムンムンで提督を誘惑する足柄と、やめろと言いつつ、まんざらでもなさそうな鯉住君。

持つ者と持たざる者の差を見せつけられた弟子たちは、すごい顔で歯噛みしている。

 

 

(ひええー ごちそうさまですっ!)

 

(おとなのろまんす…… すてきです!)

 

(けいさんによると、あしがらさんがいっぽりーどですね)

 

(おーぅ…… わたしもろまんすしたいでーす……)

 

 

そんな光景を見せつけられて、思い思いの感想を漏らす英国妖精さんたちなのであった。

 

 

 

 

 




このお話は色々と重い設定がありますが、それは基本本編には出さない方向でいこうかと思います。
出したとしても三鷹少佐が怒った時の話くらいを限度にしようかな、と。
ギャグ路線ですしね。物騒なタグを追加するのもあれですし。



というわけで、物騒な設定は、前書きあとがきで、ほんのさわりを少しだけ出していくことにします。
本編の雰囲気を楽しんでくださっているのなら、読まなくても問題ないですので、スルーしてくださいね。


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第47話

注・彼は人並みにはエロいです。


雑談をしていたら、いつの間にか港への出発の時間となっていた。

中型のバスが鎮守府に到着し、エンジン音を響かせているのが聞こえる。

 

なんだかんだ皆楽しんでいたので、時間の流れは速かった。

所属艦娘が提督と居てリラックスできる事は、諸々においていいことである。

 

4人は英国妖精シスターズを残し、出発することにした。

 

 

「それじゃ行ってくるよ。大丈夫だとは思うけど、留守は頼んだよ」

 

(おーけー、ていとくー! わたしたちにまかせるでーす!)

 

 

自信満々に胸を叩く彼女を見て、笑顔がこぼれる鯉住君である。

 

 

 

・・・

 

 

移動中

 

 

・・・

 

 

 

ポポンデッタ港に到着し、バスを降りる面々。

ちょうどタイミングよく、目の前では、定期連絡船が港に入ってきているのが見える。

ボゥーっという汽笛の低い響きは、旅立ちと帰郷の音だ。

それを耳にすると、日常が切り替わるような特別な気分になる。

 

 

「……さて、楽しみだけど、なんだか緊張もするな」

 

「そうね。別に何かしなきゃいけないわけじゃないんだけどね」

 

「皆さん、どんな感じになってるんでしょうか……」

 

「みんなに久しぶりに会えるから、秋津洲は楽しみかも!」

 

 

喜び8割、緊張2割といった心のバランスで、仲間を出迎える4人。

連絡船からは、続々と乗船客が降りてくる。

 

……そしてその中にこちらに向かって歩いてくる一行が。

 

 

「お、あれ、そうじゃないか?」

 

「そうみたいね。こっちから出迎えに行きましょう」

 

 

数か月ぶりに会う同僚であろう面々に向け、歩を進める一行。

 

 

「おー……い……」

 

 

……あれ? なんか変じゃない?

 

帰ってくるのって6人プラスひとりじゃなかったっけ?

8人いない?

 

ていうか、なんか、あれ? なんかおかしい……

みんなおっきくない? 俺の遠近感がおかしいの?それとも俺の記憶がおかしいの?

 

 

 

……困惑で立ち止まってしまう鯉住君。

それとは対照的に、向こうから走ってくる人影がひとつ。

 

 

ダダダッ!!

 

 

「ちょ、何……あぶなっ……!!」

 

 

ドゴォッ!

 

 

「ゲブウッ!!」

 

「ウオオォンッ!! 会いたかったぞーー!!」

 

「痛いっ!!何!?毛!?」

 

 

猛烈なタックルを食らい、よろめく彼の目の前には、一面の紫の髪の毛。

 

あっ。すごいいい香りがする。

シャンプーの香り……じゃなくて……

 

 

「初春さん!?」

 

「うむ!暫くぶりじゃのう!」

 

 

初春にがっちりと抱き着かれてスリスリされ、困惑していると、

彼女の後ろからぞろぞろと見知ったメンバーが近づいてきた。

 

 

「おっす、提督!久しぶりだな! 元気してたか!?」

 

「うふふ~。大変仲がよろしいようで~」

 

「やっほ~。北上様のご帰還だよ~。よきにはからえ~、ってね」

 

「……ただいま帰投しました。提督」

 

「あはは……初春さんに聞いてた通り、本当に仲が良いんですね」

 

「……ただいま」

 

「久しぶりだね!鯉住さん!これからよろしくねっ!」

 

 

2か月以上ぶりとなる感動の再会、なのだが……

 

 

「……えーと……」

 

「オイなんだよ。もっと喜んでくれてもいいじゃねぇか。

せっかくみんな無事に帰ってきたんだぜ?」

 

「いや、嬉しいよ? 嬉しいんだけどね……?

みんな、なんていうかその……おっきくなったねぇ……」

 

 

なんかみんな、でかくなってた。

それは概ね身長の事だが、身長以外の事であったりもする。

 

特に秘書艦コンビが顕著で、

叢雲は中学生くらいだったのに、高校生高学年くらいに、

古鷹は高校生くらいだったのに、新社会人くらいになっている。

 

 

……というか服装も軒並み代わっている。

なんていうか、はっきり言うと、露出がすごい上がった。

天龍龍田姉妹と北上大井姉妹が特にそうだ。

 

目のやり場に困り、非常に辛い。

気を抜くとロクでもない視線を送ってしまいそうになる。

なんでそんなに肌が出ているのか……最早それは戦闘服というより、水着とかそっちの方に近いのでは……?

 

 

天龍に龍田……なんなんだ、その出るとこ出すぎてる服は……

もっと大事なところを隠す努力をしてくれませんか……?

確かにラバウルは暑いから、ノースリーブで軽装の方が楽なんだろうけど、軽装過ぎはしませんか……?

 

北上に大井……なんなんだ、そのひたすらに丈の短い上着は……

おへそが見えちゃってるじゃないか……おなか冷えちゃうじゃないか……

キミたちの学生服冬服っぽい艤装は、俺が目のやり場に困らない素晴らしい服装だったというのに……

 

叢雲……なんなんだ、そのボディスーツのようなピッチリした服は……

中学生くらいだった以前なら、その服装でも良かったけど、今の大人びたスタイルでその服はよくないと思います……

 

 

古鷹の服装だけが落ち着いたものに変わっており、スパッツ……というか、競泳水着みたいなインナーを身につけてくれるようになったのが、唯一の良心といった具合。

流石は天使古鷹である。俺の心の平穏を守ってくれる……

 

 

(ほんとにしつれいですね)

 

(ほかにおもうところはないの?)

 

(せくはらあんけんです。けんぺいさんにれんらくです)

 

 

しょうがねぇだろ!みんな性的すぎるんだから!

今までは一ノ瀬さんのとこでの経験(混浴対局)のおかげで何とかなってたけど、これはまずいんだって!

真っ裸よりも服着てた方が破壊力あるとか、俺、どうすりゃいいのさ……!

こんな針の筵みたいな状況でも理性を保てているんだから、逆に紳士的と捉えていただきたい!

 

 

 

「シュッ!!」

 

 

ボグゥッ

 

 

「へぇあっ!?」

 

「キャッ!」

 

 

鯉住君が不埒なことを考えているのを読み取って、叢雲がいつものキックを繰り出した。

 

ちなみに叢雲の身長と身体能力が高くなったせいで、以前はふくらはぎあたりに飛んできていたローキックが、尻に飛んでくるようになった。

ローキック改めタイキックである。

 

この衝撃で吹っ飛ばされた初春は、頭をさすりながら立ち上がり、叢雲に詰め寄る。

 

 

「うぅ……いつつ……

……せっかくの夫婦の感動の再会だというのに、水を差すでない!

それでも鯉住殿の秘書艦か!?この暴力女!」

 

「うるさいわね!

どうせコイツ、またやらしいこと考えてたんでしょ!お灸をすえただけよ!

あと誰が夫婦よ!アンタが勝手に言ってるだけじゃないの!」

 

「実際夫婦なのだから、夫婦と言って何が悪いのじゃ!?」

 

「ちょ、ちょっと待って初春さん!夫婦て!

俺がプロポーズまがいの事をして誤解させちゃったの、前に謝ったじゃないですか!!」

 

「あ、分かったぞ!

お主、あまりにも鯉住殿とわらわの仲が良いので妬いておるのじゃな?

嫉妬など見苦しいだけじゃ!」

 

「だ、誰が嫉妬なんてしてるっていうのよ!?

それにアンタが一方的にくっついてるだけじゃない!何が仲が良いよ!へそで茶が沸くわ!」

 

「なにうぉー!?」

 

「なによ!?」

 

 

なんだか争いが始まりそうな気配。

誤解も解かなければならない鯉住君は、必死になって止めようとする。

 

 

「だからそういうのじゃないって!

頼むからふたりとも、俺の話を聞いて!!」

 

「師匠!プロポーズまがいの事って、どういうことですか!?

詳しく説明してくださいっ!」

 

「話がややこしくなっちゃうから、夕張は黙ってて!お願い!」

 

 

どうやら叢雲と初春は相性が悪い模様である。犬猿の仲といった様子だ。

提督である彼の言葉にも気づかないほどだ。

 

 

「ね~、大井っち。

何でアタシ達、必死になって研修してきたのに、帰って早々ほっとかれた挙句、ラブコメ見せつけられなきゃならないんだろうね~」

 

「ええ、非常に不愉快です」

 

「まったく……提督は女性関係になると、ものすごく弱いのよねぇ……

仕方ないから私が仲裁するわ」

 

「ありがとうございます、足柄さん。

早くあのヘタレに代わって、場を治めてください。お願いします」

 

「まぁそう怒らないであげて。彼も必死みたいだし」

 

 

ジト目を向ける北上大井姉妹を見て、足柄は事態の収拾に一肌脱ぐことにした。

本人的には見てて面白いので、このまま見ててもいいかな、と思っていた。

しかし今は彼の秘書艦。提督の補佐はしなければならない。

 

 

「はいはい。ふたりともその辺にしなさい。

公共の場で言い争いなんて、はしたないわよ。もっと余裕を持ちなさい」

 

「ムム……足柄殿にそう言われてしまっては仕方ないの」

 

「私としたことが……面目ないわ」

 

「よしよし、ふたりともいい子ね」

 

「さすがは足柄さん……ありがとうございます。助かりました」

 

「鎮守府に帰ったら、いくらでも彼に追及するといいわ」

 

「あしがらさぁん……そんな無慈悲な……」

 

 

足柄による仲裁で、その場の鎮静化に成功することとなった。

問題が先送りになったっぽいことは、鯉住君以外は気にしていないようである。

 

 

「はぁ……迎えに来ただけで、なんでこんなことに……」

 

 

(じごうじとくです)

 

(いんがおうほうです)

 

(くいあらためて?)

 

 

「俺、そんなに悪いことした……?

無難に慎ましく生きてきただけだと思うんだけど……」

 

 

やれやれ、というジェスチャーをとっている妖精さんたちを見るに、彼の意見はどうやら的外れである模様。

自分の行動が周囲にどう影響するかは、自分ではなかなか分からないものである。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……コホン。

みんな、大変見苦しい姿を見せてしまって申し訳ない。

気を取り直して、改めてキミたちの帰還を歓迎しようと思う。

よくやってくれた」

 

「「「 ハッ! 」」」

 

 

場を切り替える意味も含めて、姿勢を正し、敬礼する鯉住君。

すると、研修組プラスふたりは、答礼をしてくれた。

 

 

「……と、こんな感じでいいでしょ。

色々と聞きたいことはあるんだけど、まずは一番気になっていることを聞いてもいいかな?」

 

「一体なにかしら~?私達の服装の事~?」

 

「うっ……ち、違う、違うからね」

 

 

龍田にも先ほどの思考は読まれていたようだ。ニヤニヤしている。

胸を強調するポーズ(サッカーでゴール前に壁を作るときのあの姿勢)をとっているのを見るに、これは確実にからかわれている。

……これからの共同生活がホントに不安な鯉住君である。

 

 

「……一番気になるのはね、何で君まで居るのか?って事なんだよ。

子日さん」

 

 

そう。メンバーの中にいた新顔は、初春だけではなかった。

彼女の妹である、初春型2番艦の子日の姿もあったのだ。

 

もちろん彼にとっては懐かしいふたりであるので、新顔という感じではなく、むしろ嬉しさの方が大きいのだが。

 

 

「あれ?鼎提督から聞いてないの?

姉さんのお目付け役に、ってことで、私も一緒に異動になったんだよ!よろしくね!」

 

「む~。そのお目付け役というのは、わらわとしては納得していないのだがのう」

 

「姉さんは生活能力が高くないから、私がサポートするよっ!」

 

「お主はもう少し歯に衣を着せるのじゃ……」

 

 

実は今回の異動の件は、大将権限で鼎大将が事務手続きを完了してくれたのだ。

だからラバウル第10基地側では、委任状1枚しか提出していない。

てっきり初春ひとりの異動と思いこんでいたので、それでも良いか、という話になったのだが、まさかふたりの異動だったとは……

 

 

「そ、そうか……

まぁ、そういうことなら別にいいか……」

 

「わ、わらわの生活能力は低くないぞ!?お前様には誤解してほしゅうない!」

 

「その呼び方、なんなんですか……もっと普通に呼んでください……

ともかく、子日さんまで来てくれたのは、戦力的に大きな収穫です。

もちろん俺自身も久しぶりに会えて嬉しい。

これからよろしくお願いしますね」

 

「うん!頑張るからねっ!」

 

「……それじゃみんな、色々と言いたいことがあるだろうし、俺も聞きたいことがある。

ここで立ち話もなんだから、それは帰ってからにしよう。

軽い宴会みたいなものも開くつもりだから、楽しみにしておいてくれ」

 

 

「「「 了解! 」」」

 

 

 

予期せぬメンバーも増え、戦力も大幅に強化され、再出発することとなったラバウル第10基地。

これからどのような出来事が待っているのだろうか?

平穏な生活が送れるといいなぁ、と、叶いそうにない願いを胸に秘め、鯉住君は新たなスタートを切るのであった。

 

 

 

余談であるが、帰りのバスで初春が彼の隣にナチュラルに座ろうとしたのを見て、叢雲が突っかかるという事件があった。

彼女曰く、秘書艦が隣に座るのが普通とのこと。

そこでまたひと悶着起こりそうだったので、現秘書艦の足柄に隣に座ってもらうことで事なきを得たのだった

 

 

 

 

 




現在のラバウル第10基地戦力


重巡洋艦   古鷹改二(Lv68 足柄改二(Lv88

重雷装巡洋艦 大井改二(Lv82 北上改二(Lv80

軽巡洋艦   夕張改(Lv46 天龍改二(Lv99 龍田改二(Lv99 

駆逐艦    叢雲改二(Lv71 初春改二(Lv73 子日改(Lv58

水上機母艦  秋津洲 (Lv29


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第48話

艦娘の練度について
注・長いので飛ばしたい方は飛ばして下さい。

このお話では、艦娘の練度はゲームほど高くありません。
演習も出撃も1日にそこまで多くできないからです。

各練度での艦娘の扱いは、大体下記のようになってます。
当然例外はありますが。


Lv1~10  新兵。要鍛錬。実戦も演習も極力出さない。座学や基礎訓練が基本。

Lv10~30 艦隊編成に組み込める。近隣哨戒程度の遠征なら可能。

Lv30~50 護衛任務以外の一通りの遠征、開放済み海域の治安維持が可能。

Lv50~60 護衛任務可能。第一艦隊に編成、新規海域解放を任せられる練度。

Lv60~70 大規模作戦で活躍できる練度。

Lv70~80 各第1鎮守府でエースとされる練度。

Lv80~90 規格外。決戦兵器扱い。

Lv90~99 別の生き物。信仰を集める。

Lv99~   都市伝説。


鼎大将組を見てると感覚が狂ってきますが、こんな感じになっています。
練度は数字として把握できないので、大体このくらいの実力ならこの程度の練度、という目安ですね。
艦種にもよりますが、改二というだけで鎮守府のエース確定です。

一番数が多いのが、
艦種としては圧倒的に駆逐艦で、全艦娘のおよそ半数。
練度としては20~50で、こちらは全艦娘の70%ほどです。

だから今のラバウル第10基地は、小規模鎮守府にして、超特級戦力と尋常でないバックアップ能力を備えた、人外魔境鎮守府扱いされるレベルとなっています。

でもこれは一般から見て、という扱いなので、このお話の中では特別視されることはあんまりない予定です。




「足柄さん、宴会の方ですが、料理の手伝いに誰か必要ですか?

簡単な作業なら俺も協力します」

 

「あら。ありがと。

でも大丈夫よ。下ごしらえは出発前に全部してきたし、もう仕上げしか残ってないもの。

研修を頑張ったみんなをもてなすっていうのに、手伝ってもらうわけにはいかないわよ。

もちろん提督であるあなたにもね」

 

「いやしかし……

想定外にひとり増えたんですから、やることもあるのでは……」

 

「その程度でどうにかなる仕事はしないわ。

2、3人増えても大丈夫な量は用意してあるもの。

いざという時は保存が効くようなメニューにしてあるから、残り物も無駄にはならないはずよ」

 

「はー……流石です。頼りになる」

 

「ま、その程度ならね」

 

「それじゃ俺は会場(お茶の間)の用意を……」

 

「それはもうやっておいたから大丈夫よ」

 

「……恐れ入りました」

 

 

鎮守府へ戻るバスの中、宴会の算段をするふたり。

気を回して手伝いを申し出た鯉住君だったが、作業量の増加まで想定して準備していた足柄には、無用の心配のようだった。

給糧艦クラスと豪語するだけはある手並み。非常に優秀である。

 

 

「そう言えば提督、これからの方針ってどうするのよ?

パッと見だけど、みんな一線級にまで育ったみたいだし、海域開放進めるの?」

 

「そうですね……

細かいことは叢雲と相談して決めようかと思いますが、そのつもりです。

天龍を約束通り、実戦に出してやらないと……」

 

「約束?どんな約束してたの?」

 

「出撃の時には呼ぶように、という約束です。

どうしても燃費の良さの方に目が行くので、資源回収要因として動いてもらってたんですよ。

どうにも運用に余裕がなかったので……」

 

「あぁ。天龍型は遠征向けだものね。

燃費は良く、駆逐艦よりも戦闘力があるから安心。

それに、天龍は統率力のある性格の子が多く、龍田は抜け目ない性格の子が多い。

どれをとっても資源回収に向いてる要素ばかりなのよね」

 

「はい。ふたりが来てくれたおかげで、資材管理はすごく楽になりました。

ただ問題は、肝心の天龍が、遠征よりも出撃が好きなことなんですよ……」

 

「ウチの天龍は特にその傾向が強いのよね。

それでそんな約束してたの?」

 

「ここの方針は、やりたいことをやりながら程よく頑張る、なので……」

 

「そうねぇ、いつもアナタ言ってるものね。やりたいこと我慢するなって。

私達としては、そういったことまで気にかけてくれるのは嬉しいものよ」

 

「それならいいんですが。

まぁ、そういうわけで、天龍を第一艦隊で運用してやらないといけません。

あの地獄から生きて戻った以上、実力的にも問題ないでしょうし」

 

「地獄って……あそこってやっぱり、そういったところなのね……

加二倉中佐の艦隊とは何度か演習したことあるから、よくわかるわ……」

 

 

いつもマイペースで冷静な足柄にしては珍しく、目から光が消えている。

 

 

「アナタ達だって相当強いじゃないですか。あの一ノ瀬さんが指揮してるんだし。

……と言っても相手が相手か……」

 

「そうなのよ……

分かりやすく言うと、相手の駒が全部、竜王と竜馬の状態で対局してる感じよ……

いくら私達が全力でやっても、戦術的勝利が関の山だったわ……」

 

「逆によくそれで、そこまで持っていけますよね……

やっぱり一ノ瀬さんも大概ですよ」

 

「まぁね。否定はしないわ」

 

 

足柄と色々雑談していると、いつの間にかそこそこの時間が過ぎたようだ。

鎮守府が遠目に見えてきた。

 

……のだが。

 

 

「……ん? なんだあれ……おかしいだろ……」

 

「おかしいって、なにが…… アレのことね……何アレ……」

 

「足柄さんにも見えるんですね……幻覚じゃないんだ……」

 

「言いたいことはわかるわ……」

 

 

ふたりの目に映る自分たちの鎮守府は、出発時から様子が変わっていた。

いや、様子が変わったとかいうレベルではない。

 

 

「なんだあの旅館……」

 

 

生活拠点にして軍事拠点でもある、鎮守府棟(豪農屋敷)。

その隣には、明らかに旅館と思われる建物。しかも温泉宿にありそうな、ごっつい造りの建物が建っていた。

100年以上は手入れせずに済みそうなほど、しっかりした造りだ。

見ただけでそれがわかるあたり、相当豪華である。

 

 

それを目にした一行は、おのおの声をあげる。

 

 

「な、何なのよアレ!? アンタ、いつの間にあんなもの建てたのよ!」

 

「えええっ!? どうして旅館が建ってるんですか!?」

 

「提督もまた変わったもの造ったねぇ……」

 

「そうですね、北上さん……何なんでしょう、アレ……」

 

「おお。立派な旅館じゃねぇか。

なんだ?観光業でも始めんのか?ラバウルで旅館なんて珍しいから、うまくいくかもな」

 

「そうね~。目の付け所がいいわぁ。さすが天龍ちゃんね~」

 

「アレはわらわと鯉住殿の愛の巣じゃな!間違いない!」

 

「姉さん、それはちょっと違うんじゃないかなぁ……」

 

「ね、ねぇ秋津洲。私達が出発した時、あんな建物なかったわよね!?

……あ、まさか……」

 

「夕張の言う通りかも……ちょっと意味が分からないかも……

でも何となく、誰のせいかは予想がつくかも……」

 

 

どうやらみんなにも、例の建物は見えているようだ。

悲しいことに幻覚ではないらしい。

一緒に出発した夕張と秋津洲含め、全員驚いているのを見るに、何か事前に聞いていたメンバーはいない様子。

バスの運転手さんが、我が目を疑ってゴシゴシやっているのが、なんだか申し訳ない。

 

 

「何なのよこれ……提督は何か心当たりあるの?」

 

「あー……無いといえば無いですが、あるといえばあります……

この短時間でこれだけのものが用意できる存在なんて、決まってますから……」

 

「???」

 

 

足柄は比較的最近に異動してきたので、彼が着任して2週間で起こった出来事を知らない。

知っていれば、夕張と秋津洲のように、見当がついたことだろう。

 

 

「……まぁ、すぐわかりますよ……」

 

 

 

ブロロロ……

 

 

 

・・・

 

 

 

ほどなくして鎮守府に到着した一行。

バスから降り、運転手さんに礼を言い、問題の旅館の前まで移動する。

 

 

「うわぁ……本当に温泉旅館だね、こりゃ。

新築なのに歴史を感じるわ~。超立派じゃん」

 

「そうですね。非常に立派です。

こういったものを見ていると、一緒に温泉旅行にでも行きたくなりますね。北上さん」

 

「いいね~。提督も一緒に行きたいね~。

ていうかさ、せっかくこんないい旅館があるんだから、ここでもいいんじゃない?」

 

「ここでは温泉が出ないでしょうし、ダメです。

しかもなぜ提督が一緒なんですか。ありえません」

 

「ふ~ん?そ~ぉ?」

 

 

修学旅行生のように、物珍し気に旅館を観察する北上と、それに付き合う大井。

彼女たちは殊の外楽しんでいるようである。

 

 

「ねぇアンタ……私に黙ってこんなもの造った理由、聞かせなさいよ」

 

「私も知りたいです。どのような意図があってこのような建物を?」

 

 

鯉住君と足柄が旅館の前まで来ると、第二次性徴……でなく、第二次改装を終えた叢雲と古鷹が話しかけてきた。

 

 

「ああ、久しぶりだな、ふたりとも。

実は俺たちがバスで出発した時、この建物は無かったんだ……」

 

「「 ええ? 」」

 

「彼の言ってることはホントよ。

私もこんな立派な建物、初めて見たもの」

 

「足柄が言うなら間違いないわね。

……ということは……まさかまたアンタ……」

 

「いや、俺のせいじゃないって……」

 

「どうせまた妖精さんたちに、余計なこと言ったんでしょ?」

 

「濡れ衣だよ……」

 

「提督が原因かはわかりませんが、そんな短期間でこんな大きなもの造れるのなんて、ウチの妖精さん以外いないじゃないですか」

 

「だよねぇ……古鷹もそう思うよねぇ」

 

 

叢雲の疑いを晴らすためにも、早急に英国妖精シスターズを探さねばならない。

十中八九彼女たちの仕業だろうし、理由を確認しなければ……

 

そう思って旅館内部に足を運ぼうと玄関に近づいたところ、中から英国妖精シスターズと、ひとりの人影が現れた。

 

 

(はーい!てーとくー!おかえりなさいでーす!)

 

(いいしごとしました! ひええー)

 

(たいしんほきょうも、たてつけも、だいじょうぶです!)

 

(げんせんそざいをしようしました!

さいこうきゅうひのき!けいさんいじょうです!)

 

 

「お、おう……やっぱりキミたちか、これ造ったの……

というか、それよりもだな……!」

 

 

英国妖精シスターズと一緒に出てきた人物が誰なのかわかり、鯉住君の表情が一気に険しくなる。

 

 

「なんでお前がここにいるんだ? ……明石!!」

 

「来ちゃった(はぁと)」

 

「やかましぃーーーッ!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

自身の提督の、普段絶対に口に出さないようなセリフを聞きつけ、鎮守府メンバーが全員集まってきた。

しかしそれにも気づかず、鯉住君は明石に突っかかっている。

 

 

「ホントにお前、どこをどうしたらこうなるんだ!?

イチから説明しろぉ!」

 

「よく私が元同僚の明石だってわかったね。鯉住くん。

やっぱりずっと会いたかったから?」

 

「違うわ!!

何年も一緒に働いてた同僚なんだから、一目見りゃ分かるだろ!

というかなんだその格好!なんの趣味に目覚めたんだ、お前は!?」

 

 

明石は薄いライム色と白色のグラデーションがかかったビキニを着ている。

それだけならまだいいが、その上から工業用エプロンを身につけているのは、何とも言えないミスマッチ具合である。

 

 

「一目見てわかるだって!照れちゃうなっ!

この格好はサプライズだよ!私のナイスバディ、癒されるでしょ?

くるくる~」

 

 

そう言うと明石は、その場でくるくると回りだした。

んちゃ、と言う方のあられちゃんのように両手を上げて回転するその姿は、非常にサマになっている。

モデル顔負けのスタイルと、満面の笑顔が非常にマッチしている。

これで工業用エプロンさえ身につけていなければ、完璧なのだが。

 

それを見た鯉住君は、チクショウ、かわいいなこいつ!明石のクセに!

と、変な悔しがり方をしている。

 

そして、同様に彼女を見ている持たざる者組は、グヌヌと歯噛みしている。

 

 

「そ、そんなこと聞いてるんじゃないッ!

俺が聞きたいのは、なんでお前がここにいるのかって事と、なんでこんな旅館みたいな建物を建てさせたのかってことだ!」

 

「え~。もっと私のカラダに興味持ってくれてもいいじゃん。

お堅いのもほどほどにしないと、女の子に興味ないって思われるよ?」

 

「くそ!話が進まねぇ!」

 

 

相変わらず明石は彼の天敵のようだ。全く話の主導権を取ることができない。

 

ちなみに呉で働いていたころから、ふたりはこんな感じだった。

この有様なので、同僚の間では「おもしろバカップル」なんて呼ばれていた。

当然鯉住君はそのことを知らないし、明石は知ったうえで好き勝手やっていた。

 

 

「えーとね。

私はもともと異動予定なかったんだけど、鼎大将に頼んでみたら許可くれたの。

こんな感じで」

 

 

・・・

 

 

「提督提督!私も初春さん、子日さんと一緒に、鯉住くんのところに行きたいです!」

 

「ええよ」

 

「そうだ!普通に行ってもつまらないから、サプライズします!

私だけ隠れて連絡船に乗って、近くまで来たらこっそり艤装つけて、鎮守府まで海上から直行します!」

 

「お、それ面白そうじゃの!やってきなさい」

 

「あとですね!どうせ鯉住くん、むっつりスケベは直ってないでしょうから、水着着ていきます!絶対驚いて変な顔しますよ!」

 

「やるのう!採用じゃ!

彼がどういう反応したか、落ち着いたら連絡するように!」

 

「了解!」

 

 

・・・

 

 

「あんのクソ提督ーーーッ!!

というか誰がむっつりスケベだ!風評被害だから、ウソ言うのはやめろ!」

 

「なにいってるの?みんな知ってるよ?」

 

「くそ、俺の名誉が傷つけられていく……!」

 

「あはは!そんなの気にしてるの?面白~い!」

 

 

悔しがって地団駄踏む鯉住君を、明石はゲラゲラ笑って茶化している。

 

 

「やかましいわ!

というかお前、呉第1鎮守府の仕事はどうした!?

まさか先輩たちに全部丸投げしてきたわけじゃないだろうな!?」

 

「そんな無責任なことしないよ。

最近呉第1鎮守府に、艤装メンテ技師の大量応募があったから、相当数採用して、教育までしてきたの。

だから私がいなくても問題ないよ」

 

「大量応募……? 艤装メンテ技師なんて、そんな一か所にたくさん応募がある職じゃないだろ……?」

 

「何言ってるの?

あなたが出した本読んで、応募してきた子ばかりだったんだよ?」

 

「あっ……」

 

「『あの鯉住少佐が働いてた鎮守府で仕事したい!』っていう動機の子ばっかり。

女の子もいっぱいいたよ~?モテモテじゃん?この人気者!」

 

「うっくぅ~……なんも言えねぇ……」

 

 

明石に肘でグリグリされながら、遠い目をする鯉住君。

彼女がここに着任してきたのは、元をただせば自分が原因だった。

風が吹けば桶屋が儲かるとは、よく言ったものである。

 

 

「というわけで、これからよろしくねっ!キラキラ!」

 

「くっそう……キラキラしやがって……

というか、お前がここに来た理由はハッキリしたけど、この建物についてはまだ何も聞いてないぞ。しっかり説明しろよ」

 

「ああ、それなら本人たちに聞けばいいんじゃない?

あなた妖精さんと、話できるんでしょ?」

 

 

明石の視線の先には、一仕事終えてティータイムを楽しむ英国妖精シスターズの姿。

視線を送る鯉住君に気づくと、ティーカップを置いてふよふよとこちらに飛んできた。

 

 

(へーい。どうしましたかー?てーとくー?)

 

「あ、ああ……何でキミたちが、こんな立派な建物を建てたのか気になってな……」

 

(おーう!そんなのきまってるでーす!

てーとくのきたいにこたえるためでーす!)

 

「お、俺の期待……?」

 

 

全く心当たりがない鯉住君。

 

 

(いっえーす!)

 

(ひええー がんばりましたっ!)

 

(ていとくが「あとはたのむ」と、おっしゃったので、たのまれました! だいじょうぶです!)

 

(たくさんひとがふえるとのことなので、たくさんひとがすめるたてものをたてました。

けいさんどおりです!)

 

「あぁ……そゆこと……そっかぁ……

頑張ったんだね……ありがとね……」

 

(うふふー!このくらい、あさめしまえでーす!

ごほうびはあしがらさんの「すこーん」がいいでーす!)

 

「わかったよ……伝えとくからね……」

 

(ひええー そんなにいいもの、いいんでしょうか!?)

 

(すてきです! だいじょうぶです!)

 

(これはけいさんいじょうですね!)

 

 

どうやら出発前に「あとは頼む」と声をかけたのがいけなかったらしい。

確かに異動がある話はしていたし、部屋割りをどうしようか考えてもいた。

その心の内を察知してくれていたようだ。

 

しかし、いくらなんでも、旅館を建てる解決法を選ぶとは……

相変わらず予想の斜め遥か上を行く妖精さんクオリティである。

 

 

「まぁ、しょうがないか……

人数がこれだけ増えて、部屋も足りないところだったし……

結果オーライということで……」

 

「私も手伝ったんだよっ!

妖精さんたちが意匠に困ってたところを、私が鎮守府棟(豪農屋敷)に合うようにデザインしたんだから!褒めてもいいよ?」

 

「明石テメェーーー!

やっぱり一枚噛んでんじゃねぇか!こういう時に暴走を止めるのが大人の役割だろ!?

一緒になって楽しんでるんじゃねえよ!」

 

「いいじゃん別に。結局助かったんでしょ?

それに私、妖精さんたちが勝手にやったことなんて知らなかったし~」

 

「ウソつけぇ!

その態度、絶対わかってやってただろ!?」

 

「さぁて、どうでしょう?」

 

「ニヤニヤしてんじゃねぇよ!」

 

 

明石に苦手意識を持つ鯉住君だが、息はぴったりの模様。

伊達に何年も一緒に、苦楽を共にしてきたわけではない。

 

そんなふたりの夫婦漫才を見ていた鎮守府メンバーは、みな一様に複雑な表情をしている。

 

 

「……なんで呉の明石さんが、ここに居るのよ……

ていうか明石さんって、こんなキャラじゃないじゃない……何なのよ、これ……」

 

「そうですね、叢雲さん……

私達が知ってる明石さんは、もっとしっかりした大人の女性のはずなんですけど……」

 

「あのね、明石さんは鯉住さんと一緒だと、こんな感じだよ。

普段はしっかりしてるけど、鯉住さんと一緒だと落ち着くから、素が出ちゃうのかな?」

 

「そうなの……? 初めて知ったわ……」

 

 

「グヌヌ……なぜ桃色がここに居るのじゃ……!

あの淫乱に鯉住殿がたぶらかされてしまうではないか……!!」

 

「彼に限っては大丈夫だと思うけど……

あれが噂に聞く『呉の明石』なのね。随分噂と違う性格で、お姉さん驚いちゃうわ」

 

 

「ぐぐ……なんてこと……

またライバルがひとり……しかも工作艦……!なんなのよあの胸……!」

 

「私も改装が進んだら、あんな風になるのかなぁ……

なんでこんなに差があるのか、理解できないかも……」

 

 

「まぁたラブコメだよ。勘弁してほしいね~」

 

「ホントにその通りですね。非常に不愉快です」

 

 

「なぁ龍田、聞いたか?

あの旅館、俺たちの新しい艦娘寮になるみたいだぜ!?テンション上がるなぁ!」

 

「そうね~。いいお部屋が割り当てられるといいな~」

 

 

これにて、本当の新たなメンバーでの新生活がスタートすることになった。

 

色々考えなければいけないことばかりだが、もはやめんどくさくなって、思考放棄した鯉住君。

宴会の料理は何なのかなぁ……なんて、どうでもいいことを考えるのであった。

 

 

 

 

 




異動メンバーはふたりだとも言ってないんだよなぁ……


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第49話

鯉住君はお酒を飲むと、思っていることが口に出ます。
そういった酔い方をします。

その結果、普段から艦娘に対して抱いている感謝の想いをばら撒くため、一種のテロ行為となります。
勘違いしてしまう子は、勘違いしてしまうことでしょう。

それが原因で呉で鳳翔さんに窘められて以来、彼は飲酒を控えているようですね。





 

「えー、それでは、ただいまから、

歓迎会兼お帰り会を始めたいと思います」

 

 

予期せぬ出来事の数々にも負けず、当初の予定通り宴会を始めることとした、ラバウル第10基地の面々。

宴会が始まる前に伝えたいこともあるので、一応の挨拶をする鯉住君。

 

旅館出現の報告については、めんどくさいので後日することにした。

着任当初から比べると、随分慣れてきたものである。

 

 

「ではまず、宴会の準備を全面的にしてくださった足柄さんに、感謝の意を示しましょう。皆さん、拍手をお願いします」

 

 

パチパチパチパチ!

 

 

「あら、そんなことしてくれなくてもいいのに。

でも嬉しいわ。みんな、ありがとね」

 

 

足柄の準備は、難癖のつけようもないほど完璧なものだった。

 

まるで旅館で出される夕食のような、豪華な食事。

揚げ物、海鮮、煮物、漬物、お吸い物……

豪華でありながらも、カラダに優しく栄養もあるラインナップだ。

 

たったひとりでこの量、この種類の食事を用意するには、人間ではなかなか難しいだろう。

なにせ厨房は民家のお勝手レベル。

どこをどうしたら、あそこでこの規模の料理を錬成することができるのだろうか?

しかもひとりで。

 

流石は艦娘といったところか……いや、普通の艦娘では不可能な芸当。

流石は足柄といったところか。

 

さらにこれから給仕係もやってくれるということなので、頭が上がらない。

 

 

「こちらこそありがとうございます。足柄さん。

……それでは皆さん、目の前のご馳走を我慢してもらうのも悪いので、最後にひとこと言って締めとさせていただきます」

 

「みんな、研修から良く無事に帰ってきてくれた。

そして、新しく来てくれたメンバーは、これから一緒に頑張っていこう。

今日は無礼講ということで、上司とか部下とか関係なく楽しんでほしい。

……ではグラスを持ってくれ」

 

 

ガチャガチャ

 

 

「生まれ変わったラバウル第10基地の、素晴らしいこれからを祈って……乾杯!!」

 

「「「 かんぱーい!! 」」」

 

 

 

・・・

 

 

 

わいわいがやがや……

 

 

思い思いに、周りに座る仲間たちと歓談する面々。

足柄の料理は絶品であり、みな会話を楽しみながらも箸が進んでいる。

普段は会議室(客間)として利用している部屋であるが、畳張り、長机の部屋なので、こういった宴会をするのにはうってつけだ。良い雰囲気である。

 

 

 

……ちなみにアルコールについては、全面解禁することとなった。

 

鯉住君は一部のメンバーについては、ノンアルコールを提案した。

しかし、いくつかの理由によって、その提案は却下されることとなった。

 

艦娘に人間の法律は適用されないこと。

そもそも艦娘は年月による成長がないので、アルコールによる成長への悪影響はないこと。

本人たちにはすでに飲酒経験があり、別段問題なかったこと。

せっかくのハレの舞台なので、少しくらい羽目を外したいこと。

私のこと子ども扱いしてんじゃないわよ!という反論があったこと。

何で重巡の私がダメで、軽巡の皆さんがOKなんですか!という反論があったこと。

アタシたちの制服はこんなだけど、学生じゃないからね?という反論があったこと。

 

このような理由である。

 

それらの主張はもっともであるし、彼が呉第1鎮守府に居た頃にも、艦娘は普通に全員飲酒していたことから、彼も折れることにした。

 

このようにアルコールは全員OKな宴会にしたが、鯉住君本人はノンアルコールで通すつもりらしい。

理由は単純で、例の呉第1鎮守府での送別会の時にやらかしたことから、お酒をひかえるようにしているからだ。

『同じ轍を踏むのは愚か者』という加二倉中佐の言葉は、彼の中にも根付いている。

 

 

 

・・・

 

 

 

……スッ

 

 

「アンタしっかり食べてる?

これ食べてみなさい。美味しいわよ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

挨拶を終えて一息ついていると、叢雲が話しかけてきた。

きゅうりの漬物を勧めてくるあたり、見た目年齢に似合わない渋い好みをしているようだ。

 

……現在彼の両隣には、秘書艦の叢雲と古鷹が座っている。

席順に関して、初春を中心にひと悶着あったのは言うまでもないが、無難な組み合わせで落ち着くことになった。

こういう時にも秘書艦制度があると便利である。

 

 

「しかし叢雲……随分立派になったよな。

鼎大将のところでの研修は、どんな感じだったんだ?」

 

「ふふん。これからは戦闘で他の艦種に引けを取ることは無いわ。もちろんそれ以外でもね。

五十鈴さんにはそれだけ色々叩きこまれたから」

 

「あぁ、五十鈴さんに師事したんだったな。

古鷹は熊野さんだっけか?」

 

「あ、はい。熊野さんにはとてもお世話になりました!」

 

 

反対に座る古鷹に話を振る。

同じ場所で研修してきたふたりなので、色々と聞けるだろう。

 

今回の宴会での彼の一番の目的は、みんなをねぎらうことだが、できたらどんな研修だったか知りたいとも思っている。

これからの役割分担の際に、考える材料が増えるに越したことはない。

 

 

「私達の研修はかなりハードだったわよ?

朝は日の出前から、夜は消灯時間まで、毎日みっちり指導を受けたんだから」

 

「そうですね。しかも一日のうちに、最低でも5項目の研修を受けたんです。

 

ベーシックな座学から、艦隊の動きを体に染みこませる紅白演習、自分たちの実力より少し上と判断された海域への出撃、第一秘書艦の千歳さんの秘書業務補佐、給糧艦である間宮さんによる調理実習と、諜報訓練、そこにいらっしゃる明石さんによる艤装の取り扱い訓練などなど……

 

本来一日に受ける研修は1項目か2項目らしいんですが、私達のやる気を見て、特別コースを組んでくれたんです!」

 

「おお、すごいじゃないか!

確かに物事を覚えるにあたって、一番効率よい方法は『毎日やる』だからね。

毎日多数の項目を反復練習したってことか」

 

「はい、提督の言う通りです!

熊野さん曰く『人間工学、脳機能研究に基づいたスマートな研修は、今どきのレディの嗜みですわ』とのことです!」

 

「そ、そうか。

レディの嗜み云々はよくわからないけど、よくそれだけ詰め込んでパンクしなかったな」

 

「私達艦娘の能力は、人間の能力よりも高いもの。その程度、どうってことないわ。

……というか、それくらいは当然だと叩き込まれたわ」

 

「それは……ご苦労だった。

それでふたりとも、そんなに頼もしく成長したんだな。これからにとても期待してるよ」

 

「はい!なんでも頼ってください!提督のために頑張ります!」

 

「ふふ。アンタの期待くらい易々超えてやるから、覚悟なさい」

 

 

ふたりとも誇らしげな表情をしている。

やはり自身の提督に頼りにされて、嬉しいのだろう。

頑張って努力した成果を、信頼する人に認めてもらえた時ほど、嬉しいものはない。

 

 

 

・・・

 

 

 

「ふ~ん。ムラッチもフルちゃんも、なかなか頑張ったんだね~」

 

「なかなかなんてもんじゃないわ。

特に最初の1か月は、私も古鷹も毎日限界を超えながら過ごしてたのよ?

自分たちの常識がいかに甘いものだったのか、思い知らされたわ」

 

 

鯉住君の目の前に座る北上から、感想が飛んできた。

彼女たちも一ノ瀬中佐の異次元鎮守府に研修に行っていたわけだし、他のところの研修内容が気になるのだろう。

 

 

「というか北上さん、横須賀第3鎮守府での研修はどんなものだったんですか?

定期連絡船で聞こうと思っていたのに、ふたりともずっと寝ていたので聞けませんでしたし……教えてくれませんか?」

 

「え? なに、北上に大井、キミたちずっと寝てたの?

定期連絡船って2日も航行するのに?」

 

「あー……まぁ、そうねぇ……すんごい研修だったからねぇ……

だよね?大井っち」

 

「はい……正直思い出したくないですね……」

 

「あっ……(察し」

 

 

ふたりして死んだ魚のような眼をしながら話す姿を見て、何かを察する鯉住君。

いつも通りにふるまうふたりを見て、すっかり忘れていた。

彼女たちが出向いたのは、将棋の実力こそがすべてである修羅の国だということを。

 

彼女たちの様子を見るに、鯉住君の想定していた研修のヤバさ具合は、的外れではなかった模様。

 

 

「その、なんだ……

できたらどんな研修だったか教えてもらいたいんだけど、大丈夫?

もし厳しいなら無理にとは言わないけど……」

 

「いいよ別に……いつか話さなきゃいけないんだし、覚えてるうちに話すよ……」

 

「う、うん。 まぁ、簡単にでいいぞ……」

 

 

 

 

 

「寝てない」

 

 

「……ん?」

 

 

「アタシ達、寝てない」

 

 

「いや、さっき連絡船の中でずっと寝てたって……」

 

「研修が始まってから、研修が終わるまで、一睡もしなかったのさ」

 

「……」

 

 

北上の表現が間違っているか、自分の頭がおかしくなったか、どちらかであって欲しいと願う鯉住君。

言ってることがちょっとおかしすぎる。拷問でもそんなひどいものはないのでは……

 

しかし秘書艦ふたりの反応が、彼と同じものだったことを確認し、彼女の発言が事実だと認めることにした。せざるをえなかった。

 

 

「その……なんでまた、そんな拷問じみた……」

 

「香取教官は『2か月を1年に延ばしましょう。艦娘である私達ならば当然できますよね?』と、おっしゃっていました……」

 

「香取さん……なんちゅう無茶な……」

 

「最初の1か月は文字通り、不眠不休で将棋の訓練をしました……

そして残りの1か月は、それに加えて戦闘演習をこなしました……」

 

「あはは……必死でやれば、そんなこともできちゃうんだね、艦娘って……

ムラっちも言ってたけど、アタシの常識は全然正しくなかったって、思い知らされたよ……

おかげさまで、マキちゃん(巻雲)の戦闘感覚を掴めるくらいにはなったんだけどさ~」

 

「私も近代戦闘から古代の戦術まで幅広く叩き込まれ、実戦で活用することができるレベルまで到達しました……

香取教官に褒めてもらえる程度には……」

 

「さっき常識が塗り替わったって言った手前、言いづらいけど……

北上たちの研修は、まったく常識的じゃないと思うわ……」

 

 

おそらくであるが、彼女たちの受けた研修は、鯉住君の受けた研修よりも数段激しいものだったのだろう。

常に頭を酷使し、何度も鼻血を出してきた彼だからこそわかるというものだ。

その地獄の2か月を乗り越えた今のふたりの経験値は、ちょっと想像できないレベルになっているのは間違いない。

 

 

「なんていうか……その……本当にお疲れだった……」

 

「アタシさ、提督に謝らなきゃならないよ……

研修に行く前さ、提督が研修の話を断ったって聞いて怒っちゃったけど、アタシたちの認識が甘かったんだな、って……

あんなとこに部下を送り出すのなんて、そりゃ戸惑うよ……ごめんね……」

 

「北上さんの言う通りです……

あれは研修という名の人体実験でした……艦娘が壊れるギリギリを狙うという感じの……

そうと知っていれば、私が提督の立場であれば同じ行動をとったと思います……

本当にすみませんでした……」

 

 

シュンとして、自分たちが怒ってしまったことを素直に謝るふたり。

研修ではなく地獄巡りだと知っていれば、あのような態度はとらなかっただろう、ということである。

 

 

「い、いや、いいんだよ、ふたりとも。その話はもういいんだ。

俺の君たちへの態度がよくなかったから、怒られたのは当然なんだ。気にしないでくれ。

……それよりも、よく無事で帰ってきてくれたね。

話を聞いていると、カラダか心かのどちらかが壊れてしまっても、おかしくない研修だった。

それを乗り越えて、実力をつけ、五体満足で帰ってきたんだから、俺に謝る事なんてひとつもないよ。もっと自分たちの成果を誇ってくれ」

 

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

「……なんか照れちゃうね。どうにも」

 

「これからは海域開放も積極的に進めようと思っている。

キミたちふたりの戦力は、本当に頼りにしてるんだ。期待してるよ」

 

「承知しました」

 

「まっかせて~」

 

 

 

・・・

 

 

 

「……なんか私達の研修って、たいしたことなかったんじゃないか、って思えてきたわ……」

 

「いや、そんなこと全然ないって……叢雲……

キミたちがやってきたことも、研修と呼べるのか怪しいレベルでハードだよ。

一ノ瀬さんのところが頭おかしいってだけだから……

だからもっと自信持ってくれ」

 

「本当でしょうか……?」

 

「本当だとも。

第一キミたちと北上大井じゃ、研修の方向性が違うじゃないか。

鼎大将からジェネラリストとして大成したって連絡は受けてるし、キミたちの能力の高さは折り紙付きなんだよ」

 

「だといいんだけど」

 

「カレーとラーメンどっちが美味しいか、っていうような話だから、気にしちゃだめだよ。

その質問されたら、俺はどっちも好きだって答えるから」

 

「なんなのよその例えは……」

 

 

自分たちの研修よりも頭おかしい研修の話を聞き、若干ガッカリしているふたりをフォローしていると、天龍と龍田がやってきた。

 

 

「おっす提督!呑んでるか~?」

 

「うふふ~ お酌しにきちゃった~」

 

「お、天龍に龍田。

わざわざ君たちの方から来てくれたのか。ありがとうな」

 

「気にすんなよ!俺たちの提督なんだから、もっとドーンと構えてろって!」

 

「提督は何を呑んでるの~?」

 

「ん? あぁ、俺は今日はオレンジジュースだよ」

 

「提督って、お酒呑めないのかな~?」

 

「いや、そんなことはないんだけど、ちょっとな」

 

「? そ~ぉ? しょうがないなぁ」

 

 

龍田にお酌してもらうなんて珍しいチャンスを棒に振りつつ、鯉住君は気になっていることを聞くことにした。

 

 

「ふたりとも、随分見た目も実力も変わったと思うんだけど、研修はどんな内容だったんだ?

神通さんが指導したって聞いてるけど……」

 

 

「「 神通教官…… 」」

 

 

彼の発した「神通」というワードを境に、彼女たちの動きがピタと止まる。

 

そして天龍はドヤ顔、龍田は微笑み顔を維持したまま、

どんどん顔面は蒼白となり、プルプルと小刻みに震え始めた。

 

そして……

 

 

「うわぁーーーっ! すまねぇ教官!頼むから雷撃処分だけは勘弁してくれえっ!!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 

 

ふたりの顔は一気に歪み、この世の終わりのような顔に。

そして何を思い出したのか、正気を失い、頭を抱えながら錯乱し始めた。

 

 

「うおわっ!? お、落ち着いてふたりとも!!

悪かった!俺が悪かったから!正気に戻ってぇ!!」

 

「艦載機は全部落とすから!全機、弾一発で落とすから!

だからそのポン刀を納めてくれよぉ!!」

 

「すみません……ソナーなんてものには頼りませんから……!

潜水艦は全艦1分以内に沈めますからぁ!!」

 

「「「 …… 」」」

 

 

錯乱しながら、もの凄いことを言い出したふたりに、ドン引きする面々。

艦娘であればよくわかる。彼女たちの言葉が、どれだけ無茶なものかということが。

 

そして全員がこう思ったのだった。

『佐世保にだけはいかなくてよかった』と……

 

 

「天龍!龍田! 深呼吸!深呼吸しろ!

ほら、吸って~……吐いて~……」

 

「「 スゥー……ハァー…… 」」

 

「よーし、いいぞ……次は落ち着く光景を思い浮かべて……

穏やかな街……緑一杯の大草原……里山で生活する人たち……」

 

「「 …… 」」

 

「いいぞ……それじゃまた呼吸を整えて……

吸って~……吐いて~……」

 

「「 スゥー……ハァー…… 」」

 

 

鯉住君は、ふたりの背中をさすりながら、落ち着かせることに努めている。

 

 

「……どうだ? 落ち着いたか?」

 

「ふぅー……すまねぇ提督……取り乱した……」

 

「ごめんなさぁい……」

 

「あぁ、よかった……

もうこの話はやめよう。キミたちにPTSD的な症状がまた出かねない……

みんなもこの話はやめるように、もしくは本人たちに確認を取ってからするように。いいね?」

 

「「「 ハイ…… 」」」

 

 

提督の言葉と今の光景に、うなづくことしかできない面々。

しかし、当事者である天龍から、反対の意見が。

 

 

「……いや、ちゃんと話すぜ……ちょっと色々フラシュバックしちまって、取り乱したけど、今はもう大丈夫だ。

……むしろそんな状態になってるって、教官に知られた時の方が、何万倍も怖えぇ……」

 

「そうね……この程度で取り乱しているなんて知られたら……

考えたくもないわ……」

 

「お、おう……そうか……

別に無理しなくていいんだぞ……?」

 

「やるべきことくらいしっかりやるって。大丈夫。おれは しょうきに もどった」

 

「……まぁ、キミたちがそう言うならいいけど……」

 

「提督は優しいけど~ 私達がそれに甘えちゃいけないの~……」

 

「そ、そうか……そこまで言うならお願いしようかな……

キミたちの研修は、どんな感じだったんだい?」

 

 

「「「 (ゴクリ……) 」」」

 

 

とんでもない話が展開される予感に、生つばを飲み込む面々。

それを気に留めず、天龍は話し始める。

 

 

・・・

 

 

説明中

 

 

・・・

 

 

「「「 ……(絶句) 」」」

 

 

「つーわけよ……なかなかのもんだろ……?」

 

「もういい……! 天龍……!もう休めっ……!」

 

「へへ……すまねぇな、提督……俺はここまでみたいだ……」

 

「天龍ちゃん……立派だったわ……」

 

「天龍……!龍田……!

本当によくやってくれた……!ゆっくりと休むんだ……!」

 

 

研修の話をしただけなのに、

戦場から戻ってきた瀕死の兵士を看取るような、感動的なシーンが展開されている。

実際佐世保第4鎮守府は魔窟なので、戦場帰りという表現はそう遠くはないのだが。

 

 

……龍田に肩を借りて退散する天龍の後姿を見て、誰もが敬礼することになるのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……やっぱり私達の研修って、だいぶ甘かったんじゃないかしら……?

ちょっと自信がなくなってきちゃったわ……」

 

「ハイ……私達、頑張ったと思ってたんですけど、まだまだだったんですね……」

 

「そんなことないから!

比べちゃいけない相手ってのは、絶対いるものだから!

俺から見たら、キミたちふたりも本当に頼もしいから!」

 

「ホントにそう思ってます……?」

 

「ホントだよ!お願いだから自信取り戻して!」

 

「ハァ……浮かれてた私達がバカみたいじゃないの……」

 

 

天龍の話を聞いて、一気に自信が無くなってしまった様子のふたり。

彼女たちも十二分に頑張ったのは確かなんだから、自分の頑張りをそのように否定してほしくはない。

 

なんとかうまくフォローしないと、と焦る鯉住君。

 

 

「そ、そうだ。

俺が夕張と秋津洲に教導した内容を聞けば、もっと普通の感覚に戻れるんじゃないか?

今からふたりを呼んで、研修内容を話してもらうようにするから、それを聞いてみるんだ。

キミたちの頑張りは素晴らしいものだったって、気づけるはずだから!」

 

「それならいいんですが……」

 

「まぁ、聞くだけ聞いてみるわ……」

 

「よし、それじゃ夕張と秋津洲には悪いけど、こちらに来て話してもらおう」

 

 

・・・

 

 

召集中

 

 

・・・

 

 

「どうしたんですか? 師匠?」

 

「秋津洲たちに何の用なの?」

 

「いや、それがな……かくかくしかじかで……」

 

「まるまるうまうま、と……まぁ、気持ちはわかります」

 

「もし私達よりすごい技術研修した子が居たら、私もふたりと同じ気持ちになってたかも」

 

「気持ちがわかるんだったら、俺たちの研修がどんなだったか話してやってくれ。頼むよ」

 

「了解です。毛色が違うので、参考になるかはわかりませんが」

 

「わかったかも。私達に任せるかも」

 

 

かなり身勝手なお願いだというのに、ふたりとも快諾してくれた。

なにせ自分たちの頑張りを物差しにさせるような話なのだ。正直申し訳ない。

お詫びにふたりには、今度何かご褒美を用意することにしよう。有給とか甘味とか。

 

 

「それでは叢雲さん、古鷹さん、私達がやってきた研修についてお話しますので、気を楽にして聞いてください」

 

「悪いわね、夕張」

 

「わざわざすみません、先輩」

 

「いいのよ、ふたりの為になるならそのくらい。

師匠のお願いだしね」

 

「私達にはそこまで技術関係の知識はないんですが……

お話を理解できるでしょうか?」

 

「そこで楽しそうに笑ってる明石さんから、艤装の効率的な稼働方法を教わったくらいだものね」

 

「なるほど。それくらいなら分かっているということですね。

それでは、その前提でお話しします」

 

 

 

「私達のやってきた研修は、拷問とか処刑みたいなものじゃないかも。

でも提督が言ってくれたように、とっても高い実力を身につけられたかも」

 

「秋津洲の言う通り、私達は一般常識の範囲内で研修していました。

それでもかなり厳しかったとは思いますが……

例えば、一日のうちに研修時間に充てていたのは、10時間です」

 

「……え?それだけ? 短くないかしら……?」

 

「毎日10時間って、全然短くないかも。

叢雲は判断基準がおかしくなっちゃってるかも」

 

「そ、そうかしら」

 

「はい。もっと言うと、お昼休憩も1時間取ってましたし、3時間ごとに10分の休憩も取ってました」

 

「ええ!?研修中のお昼って、戦闘糧食で済ませるものじゃないんですか!?」

 

「古鷹……あなた、苦労したのね……」

 

 

やっぱり呉帰りのふたりも、他の4人と同じように、感覚がおかしくなっていた。

 

自分たちの研修は甘いものだと錯覚してしまったようだが、呉での研修内容も大概だったことがよくわかる。

 

 

「肝心の研修内容ですが、私達が学んだことは、主に艤装メンテですね。

その他には、艦娘からのスムーズな艤装取り外し、安全性と合理性を兼ね備えた部品整理術、破損した艤装の部品修復、交換などです」

 

「一番頑張ったのはメンテをいかに素早く、正確にできるようになるか、ってところかも。

夕張は主砲とか魚雷とか、砲雷撃戦に使う艤装のメンテが得意で、

私は艦載機系と、電探とかの補助兵装のメンテが得意かも!」

 

「英国妖精さんとも協力して、部品製造から交換までの一通りの流れを経験したりもして……

とにかく技術面に特化して鍛えていただきました」

 

「ふたりとも頑張ったよな。

出発前にも言ったけど、技術面に関して、ふたりの実力は日本でも指折りなくらいになったからね。俺も鼻が高いよ」

 

「ありがとうございます!師匠!」

 

「ご褒美期待してるかも!」

 

 

そう。

別に命の危険があるほど自分を追い込まなくとも、真剣に向上心を持って取り組めば、そのレベルに到達することはできるのだ。

秘書艦のふたりにもそれを分かってほしくて、弟子たちに話してもらったのだが、果たして……

 

 

「ふ~ん……そう。

そのくらいと言っちゃ悪いけど、身の危険を感じるほど自分を追い込まなくても、そこまでなれるのね」

 

「なんていうか、安心しました。

私達の研修でも、十分以上なものだったんですね」

 

 

どうやら自信を取り戻してくれたようだ。よかった。

あとは実戦でそれを実感させてやれば大丈夫だろう。ほっと一安心である。

 

 

「そうやって言ってるだろ?期待してるともね。

ま、せっかくの宴会だ。そんなに真面目な話ばかりしてないで、飲んで食べて楽しもうじゃないか」

 

「そうね。せっかく足柄が用意してくれたんだものね」

 

「はい!今日はお言葉に甘えて、楽しまさせていただきます!」

 

 

気を取り直して、宴会を楽しむ面々。

久しぶりに鎮守府のメンバーが全員揃ったことに、喜びを感じる鯉住君。

 

そのように気を抜いた状態で、この後に待ち構える大惨事を、予想することなどできなかったのだった……

 

 

 

 




物騒なタグが量産されるので、佐世保研修の様子はカットされることになりました。
悲しいなぁ……

一応色々断片的に書いときますね

・佐世保第4鎮守府の面々は『葉隠』を実践している
・応急修理妖精さんは、この世界では使い捨てではなく、そこではフル稼働している
・神通さんは、自分にできることを全部ふたりにやらせた
・赤城さんの艦載機全部落とすまで寝れまテン
・レ級とのふれあい(応急修理妖精さんを装備して)
・高射装置、ソナーは甘え

まぁ、一部書き出すとこんな感じです。
神通さんの研修を完走できたのは彼女たちが初となります。
他の神通さん担当の研修生がどうなったかは、ご想像にお任せします。
ふたりとも、無事で何よりでしたね。


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第50話

この鎮守府では、お酒を飲んで冷静でいられるメンバーは、少数派のようです。


「……」

 

 

軽くではあるが、提督への研修報告を終えた面々は、歓迎会も兼ねた宴会を存分に楽しんでいる。

せっかくのいい日なので、鯉住君も存分に料理を楽しもうと思っていた。

 

……いたのだが……

 

 

「わらわのほうが『ある』と言っておろうに!負けを認めよ!」

 

「うるさいわね!私の方が『ある』に決まってるわ!

第二次改装を終えて、私のカラダは一気に大人になったのよ!」

 

「フン!世迷いごとを!

わらわとて、鯉住殿に無様な姿を見せぬよう、改二に至ったのじゃ!

お主程度に敗北するようなスタイルはしておらん!」

 

「なによっ!」

 

「なにうぉー!?」

 

 

あの……男性の目の前でそういう話をしないでいただきたい……

 

 

「はい、北上さん。あ~ん」

 

「あ~ん……もぐもぐ……

う~ん、足柄さんの料理はホントに美味しいね~」

 

「そうですねっ!北上さぁん!」

 

「大井っちちょっと離れて~。あついー」

 

 

イチャイチャしておられる……仲がよろしいようで、何よりです……

 

 

「……そこでなぁ、俺は主砲をぶっ放してやったわけよ!

フフ!どうだ!?怖えぇかっ!?」

 

「……!……!……!!」

 

 

天龍……キミが話しかけているのは一升瓶だぞ……?

龍田……声にならない笑いをあげて苦しそうだけど、そろそろお酒をストップした方がよくないか……?

 

 

控えめに言って大惨事である。

みんなお酒は大丈夫と言っていたのは、何だったのか……?

 

 

「へー!ここではそんなことがあったんだねっ!

鯉住さんすごいねっ!!」

 

「ふふ。色々と大変なことも多いですが、提督にはとっても良くしてもらっていますよ。

この間もお買い物に付き合ってもらいましたし」

 

「いいなぁ。子日もお買い物に行きたいなぁ」

 

「提督にお願いしたら、きっと連れて行ってくれますよ」

 

 

あぁ……癒される……やっぱり古鷹は天使なんやなって……

さりげなく新入りの子日さんに、ここの説明をしてくれている。非常にありがたい。

 

そうそう……こういうのでいいんだよ、こういうので……

みんなで穏やかに食事を楽しんでおしまい。そういうのでいいんだよ。

 

このまま古鷹だけ見てれば、今日の混沌を乗り越えられるのでは……?

 

 

「やっほー!鯉住くん、飲んでるぅ?」

 

 

そんなこと考えてたらこの有様だよ!

 

一番来たらいけない奴が来やがった!このピンク!

くそっ!せっかく穏やかな心を取り戻したってのに!酒臭ぇんだよォ!

 

 

「今日は俺はノンアルコールなんだよ!さっき言っただろうが!

さっさと席に戻れ!この酔っ払い!」

 

「私の歓迎会なんでしょ~?もっと構って~」

 

「お前は歓迎してねぇよ!勝手に異動してきやがって!」

 

「え~?そんなこと言っちゃう?」

 

「言っちゃうわ!お前酒飲むと距離感近くなるんだから、早急に離れろ!」

 

 

こっちに寄ってくる明石を食い止めていると、背後から話しかけられる。

 

 

「師匠?一番弟子である私を放っておいて、何をしているんですか……?」

 

「ゆ、夕張!いいところに!

頼む!このピンクを追っ払うのを手伝ってくれ!!」

 

「へ~ そんなに仲良くしてるんだから、そんな必要ないんじゃないですかぁ?」

 

「な、何言ってるんだ!?

どう見ても仲良くないじゃないか!見てわかるだろう!?」

 

「どう見ても仲良しに見えます。

そんなに明石さんが好きなんですか?私よりもですか?」

 

「別に好きじゃないって!ただの元同僚だから!腐れ縁ってだけだから!」

 

「へ~、ふ~ん? 明石さんはそうは思ってないようですけど?」

 

「な、なんか怖いぞ、夕張……?」

 

「私は鯉住くんのこと好きだよ~」

 

「うるせぇ!心にもないこと言ってからかってるだけだろ!?

いい加減に元の席に戻れぇ!」

 

「師匠はもう少し女心を勉強してください!それでは!」

 

「あ、ま、待って!夕張!」

 

 

夕張は怒って去っていってしまった……

そしてそれと入れ替わるように、別の乱入者が。

 

 

「ちょっとアンタ!なにイチャイチャしてんのよ!?

酔った勢いで自分の部下に手を出すなんて、恥ずかしくないの!?」

 

「ぬおーっ!!この淫乱め!早速正体を現したな!?

わらわが成敗してやる!覚悟せいっ!!」

 

「ち、違うんだ叢雲!俺からセクハラしたわけじゃない!

むしろ俺はセクハラの被害者で……!」

 

「問答無用っ!!」

 

 

ドゴォッ!!

 

 

「グフゥッ!」

 

 

叢雲のタイキックが、背中に炸裂する。背骨にダメージが入る。

 

 

「おぉぉ……効く……!」

 

「秘書艦である私の目が黒いうちは、みんなに手は出させないわ!」

 

「だ、だから違うのに……」

 

「さっすが叢雲ちゃん!鯉住くんのこと、しっかり尻に敷いてるみたいね。

頼もしい秘書艦で良かったね。キミにはもったいないくらいよ?」

 

「お、お前、なに他人事みたいに……!」

 

「それじゃ私は夕張ちゃんのフォローしてくるから、あとは任せたよ?

それじゃっ!」

 

 

明石は元気よく鯉住くんに手を振り、その場を去って行った。

 

 

「明石テメェーーーッ!!

火種を蒔きまくって、自主退場しやがってーーーっ!!」

 

「アンタにはしっかり説教してやらないといけないようね……!」

 

「お前様と恋仲なのはわらわだけで十分じゃ!

それをしっかりわからせてやらんとのう……!!」

 

「たっ、タスケテ……!!」

 

 

その後叢雲と初春によるお話は20分に及んだ。

鯉住君のメンタルが猛烈にすり減ったのは言うまでもない。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……ひどい目にあった……」

 

 

ようやく例のふたりから解放され、お手洗いに逃げ込んだ鯉住君。

気を取り直す意味で、顔を洗い、宴会場に戻る決意を固める。

 

 

「ふぅ……今度は誰にも絡まれないよう、部屋の隅でこっそり料理を楽しもう……

……おっと」

 

「にゃっ……! って、提督じゃない。お手洗い?」

 

「えぇ。ちょっと色々ありまして……」

 

 

廊下に出たところで、料理を運んでいる足柄と鉢合わせした。

よく見ると、彼女の後ろに、もうひとりいるようだ。

 

 

「あれ? 見ないと思ったら、足柄さんの手伝いしてたのか、秋津洲」

 

「そうかも。みんなが帰ってきてくれて嬉しいから、私も役に立つかも!」

 

「おぉ……秋津洲はいい子だなぁ……」

 

「ふふ。そうね。自分から手伝いたいって言って来てくれたのよ?

ホントにいい子よね」

 

「私が得意なのは、艤装メンテと料理かも。だからこういう時に活躍するのが当然かも!」

 

「そうかそうか。そう思って行動できるのは、とても偉いことだよ。

そういう行動がとれる部下を持てて、俺も嬉しいよ」

 

「ふっふ~ん。秋津洲に任せるかも!」

 

 

秋津洲は研修期間にも、しばしば足柄の料理の手伝いをしていた。

そのおかげで、今では彼女はなかなかの料理上手となったのだ。

 

 

「ちょっと見てきたんだけど、新しくできた艦娘寮は旅館と同じ造りになってて、厨房も広かったわ。

そこで練習すれば腕前の上達も早いかもね」

 

「そんなところもしっかり作りこんでたとは……妖精さんは妙なところで抜け目ないんだよなぁ……」

 

「秋津洲も一緒に見に行ったけど、すごかったかも!

あそこで料理の練習するの、今から楽しみかも!」

 

「ふふ。それはいいね。

足柄さん、秋津洲のこと、見てもらってもいいでしょうか?」

 

「ふふ。いまさらな話よ。当然じゃない」

 

「よろしくお願いしますね」

 

 

 

・・・

 

 

一方そのころ

 

 

・・・

 

 

 

「まったく……もう少しアイツは提督としての自覚を持ってくれないものかしら……!」

 

「おつかれムラっち~。相変わらず提督と仲いいよね~」

 

「あはは……内容はどうあれ、提督にあそこまで強く言えるのは、叢雲さんくらいですよね」

 

 

鯉住君に色々説教した叢雲は、一息ついていた。

近くにいた北上、古鷹と、お酒を呑みながら話している。

 

ちなみに叢雲のした説教は、かなり理不尽なものだった模様。

北上も古鷹も苦笑いを浮かべている。

 

 

「だいたいアイツは私達の事、やましい目で見過ぎなのよ!

ちょっといいカラダしてるくらいで、すぐ鼻の下伸ばすんだから……!」

 

「ま~なんていうか、男の人だったら、みんなそんなもんなんじゃないの?」

 

「そういうものかもしれませんね。

まぁ、私もちょっぴり、気になることはありますけど……」

 

「そうよね、古鷹!

せっかくアイツのために頑張ってるっていうのに、なんなのよあの態度は!」

 

「あ~……もしかしてムラっち、ボンキュッボンに憧れてるとか?」

 

「な、なに言ってんのよ!?別にそんなんじゃないわよ!

私の理想は瑞穂さんのような、おしとやかな艦娘なの!」

 

「瑞穂ちゃんも相当なボンキュッボンなんだけど、それは……」

 

「う、うるさいわね!そんなつもりじゃないんだから!」

 

 

思ってることが隠せないクセに照れ隠ししている叢雲を見て、大和撫子を目指すのは無理があるんじゃないかなぁ……なんて思っている北上。

 

 

「でも私も、提督にひとこと言いたくなる叢雲さんの気持ちもわかりますよ。

提督はいつも私の事を、小さい子扱いするんですから!私は重巡のお姉さんなのに!」

 

「えぇ……?

アタシには、提督のフルちゃんの扱いは普通に見えるんだけど……」

 

「そんなことありません!

今日だって天龍さんたちの飲酒にはOK出したくせに、私はNGにしようとしましたし!

大本営に行った時だって、私の事を妹扱いしましたし!」

 

「……んん? 妹扱い?」

 

「はい!

お店で買い物をした時に、『カップルみたい』って言われて、妹みたいなものだって返したんです!ひどくないですか!?

恋人だといわれるのならともかく!」

 

「あ~、そういう……ていうかフルちゃん、恋人扱いならオッケーなの?」

 

「? それなら別にいいですよ?

年頃の男女ですし、一緒に居たらそういう目で見られるのはわかります」

 

「い、いやいや、そういうことじゃなくてね……

フルちゃんとしては恋人扱いされて恥ずかしくないの?」

 

「別に恥ずかしくありませんよ? 提督の事は信頼していますし。

そんなにおかしいことですか?」

 

「あぁ……いや、うん、まぁ……そうねぇ……なんでもないよ……」

 

「私を幼い子扱いすることと、たまに無神経なところさえなければ、提督は私の理想像そのものなんですよ。

ホントにもう、そこだけなんとか直してくれないものでしょうか……」

 

「……」

 

 

それは最早、信頼を通り越して愛情なのでは……

そう思うも、まったくそれに気づいていない古鷹を前に、言葉が出ない北上。

 

 

「ホントよね!アイツはとにかく無神経なのよ!

せっかくアイツのためにと思って、改二になるまで必死で研修してきたのに、全然そのことに触れないし、見向きもしないんだから!」

 

「そうですよ!

こんなに前より大人っぽくなったのに、全然褒めてくれないんですから!」

 

「いや、ちゃんと『ふたりとも立派になった』って褒めてたじゃん。

アタシの目の前でやり取りしてたから、覚えてるよ?」

 

「そんなんじゃ全然足りないってのよ!

どれだけ私達が、アイツのために頑張ったと思ってるのよ!?」

 

 

なんだかよくわからない怒り方をしているふたりに、若干引く北上。

 

 

「えぇ……なに言ってんの……

ムラっちさぁ……提督のこと大好きすぎない? もう付き合っちゃえば?」

 

「アイツと付き合う?私が?」

 

「お似合いだと思うけど。ムラっちもまんざらでもないでしょ?」

 

「お断りよ!誰があんな奴!

私はただ秘書艦として、ずっと隣で、どんなに苦しい時も、支えて続けてやろうと決めてるだけなんだから!

勘違いしないでよね!」

 

「さすがです、叢雲さん! 秘書艦の鑑ですね!」

 

「……」

 

 

それは最早、秘書艦としての心構えを通り越して、永遠の愛の誓い的な何かなのでは……

そしてそれに全く気付かず、盛り上がるふたりを前に、言葉が出ない北上。

 

 

「……どうしよう……

提督がぽんこつだってのはわかってたけど、秘書艦たちもぽんこつだったよ……

トップ3が全員ぽんこつって……この鎮守府、大丈夫なのかねぇ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「……(こそこそ)」

 

 

トイレから戻ってきた鯉住君は、恐る恐る宴会場に入場した。

 

また質の悪い酔い方をしている部下に絡まれてはかなわない。

そう思って、スニーキングしながら部屋の隅を目指して進み、腰かけることに成功した。

 

このままおとなしく、空気のように、宴会終わりまで過ごそう……

 

 

「……おっ!!

おい!提督!どこ行ってたんだよ!探したぜぇ!」

 

「……」

 

 

ダメだった。

よりにもよって、一番酔いが進んでいるであろう天龍に絡まれてしまった。

 

そもそもここに居る全員が、提督である彼と同じ時を過ごしたいと思っている。

ひっそりと落ち着いてやり過ごしたいという願いなど、叶うはずもなかったのだ。

 

 

「て、天龍……キミ、呑み過ぎてない?大丈夫?」

 

「大丈夫だって!酔ってない、酔ってないって!ヒック!」

 

 

酔ってる人間ほど酔ってないと連呼するが、彼女がまさにその症状を発症している。

 

顔は赤く、手には一升瓶。足取りもふらふらと千鳥足で、しまいにはネクタイを外して頭に巻いている。

今どき見ないほど、典型的な酔っ払いである。

 

 

「いやいや、どう見ても酔ってるじゃないか……

なんていうか、その……服装も乱れてるから、ちゃんと整えなさい……」

 

 

そう、主に胸元が乱れている。

鯉住君には特効がある光景なので、彼としては、一刻も早く何とかしてもらいたいところ。

 

 

「え~? めんどくせぇー。提督が直してくれよー。ほれ」

 

 

ぺたんっ

 

 

「ちょ……! やめ……!」

 

 

天龍はそう言うと、女の子座りでしゃがみ込み、提督に胸を突き出す。

 

これ以上はマズい……!何がとは言わないが元気になる……!

 

 

「やめなさい天龍!それ以上近づくんじゃない!」

 

「つれねえこと言うなって!ほれほれ!」

 

 

ぐいっ

 

 

むにっ

 

 

「ヴェアアァァアーーーッ!!」

 

 

何と天龍はよろよろ立ち上がり、上から肩を組んできた!

当然彼の顔には天龍ちゃんの天龍ちゃんが密着する。

あまりの精神的衝撃と物理的衝撃吸収素材に、奇声を発してしまう鯉住君。

 

 

 

だ、ダメだ、このままでは……!色々とマズい!

部下の視線的にも、俺の昂ぶり的にも、これはよくないです!

さっきも叢雲と初春さんに叱られたばかりじゃないか!冷静になれ!

 

 

(あー……ついにこのおとこ、ちょくせつ……)

 

(いっせんをこえてしまったのですね……)

 

(あなたのことはわすれません……)

 

 

おいぃ!やめろぉ!

俺がそのまましょっぴかれるみたいな発言をするんじゃない!

見てわかるだろう!?被害者は俺なの!最近はやりの逆セクハラってやつなの!

 

というか、そんなツッコミを入れている場合じゃない……!

このままでは俺の社会的信用が……!なんとかせねば!

 

 

こんな状況にもかかわらず、いつもの癖で妖精さんと漫才していると、誰かが近づいてきた。

 

 

「あら~ 変な声が聞こえたから何かと思えば……

仲がよさそうね~」

 

「た、龍田……!!」

 

 

おお……!地獄に仏とはこのこと……!

龍田ならこの状況を見て、天龍を引きはがしてくれるだろう!

 

いつも「お触りは禁止されています~」なんて言っているし、おさわり全開なこの光景に、何もしないということはないはずだ!

 

この際、俺がおさわりの罰として、多少の制裁を受けるのは大目に見る!

だから助けてぇ!!

 

 

「お、お願いだ、龍田……!!

天龍を……天龍を引き離してくれ……!!」

 

「いいな~天龍ちゃん。私も提督とくっつきたいな~」

 

「ファッ!?」

 

「ハハハ!今はここは俺の席だぜ~!な、提督!」

 

「は、はなれてぇ……」

 

「ホントに仲が……ププッ……良さそ……良さそう……ブフウッ!!」

 

 

龍田ァ!この状況を止めるどころか、面白がってやがる!

笑いがこらえきれてないじゃないか!どんだけゲラなんだキミはぁ!!

 

 

 

……しかしマズいぞ……!

俺の理性もそろそろ限界に近い……!!

 

すっごいいい香りするし、あったかいし、めちゃくちゃ柔らかいし……

あれ……?そういえば、何でこんなに柔らかいの?

もしかして天龍、キミ、下着をつけていな……

 

……駄目だ!それ以上考えるな!大変マズいことになる!

 

 

 

……そうだ、こういう時は素数を数えて落ち着くんだ……!

偉い人もそう言ってた気がするし、それでいこう……!

 

ふぅーっ……

いいか……素数は自分と1でしか割り切れない孤独な数字なんだ……

俺に勇気を与えてくれる……はずだ。

 

 

「3……5……7……11……13……」

 

 

(2……4……6……8……10……12……)

 

(0……1……1……2……3……5……)

 

(6……28……496……8125……)

 

 

「うおおいッ!!お前ら邪魔すんなぁ!!

それは偶数とフィボナッチ数列と完全数だろうがぁ!」

 

「ブフウッ!!」

 

「??? 提督、ひとりで何言ってんだ……?」

 

 

くそっ! 思ってることが、つい口に出てしまった!

どんだけ余裕ないんだよ!俺!

 

胸に密着する体験なんて、赤ん坊の時以来だから、仕方ないけども!

なんでこんなに柔らか……

 

 

 

……駄目だ駄目だ!正気に戻れ!

何とかして昂ぶりを鎮めるんだ……!

 

そうだ、もっと大きな現象を思い浮かべるんだ!

こんな煩悩なんてちっぽけだと思えるくらいのものを!

 

 

「冬を越すヒグマ……イワシの大回遊……サケの産卵……生命の神秘……!」

 

「あぁ?急に何言いだすんだ?」

 

「ブフッ……ッ!!……ハァッ……!!ヒィ……ヒィ……!!」

 

「カゲロウの大量ハッチング……18年ゼミの生存戦略……人とは、宇宙とは、何か……!!」

 

「オイオイ、大丈夫かぁ、提督?呑み過ぎたんじゃねぇの?

ウチには陽炎は着任してねぇだろうがよ」

 

「……!!……!!!……!!!!」

 

バンッバンッ!!

 

 

必死に現状打破を試みる鯉住君は、無表情で謎のワード群を口にし、

それがツボにクリティカルヒットした龍田は、机をバンバン叩きながら声にならない笑いをあげ、呼吸困難に陥り、

なにがなんだかよくわからない天龍は、頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

 

 

・・・

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ヒィ……ヒィ……」

 

「おいおい、ふたりとも、しっかりしろよなー。

おかげで酔いが冷めちまったぜ」

 

 

自身が醜態をさらすことにより、心配した天龍はついに離れてくれた。

ついに性欲という恐ろしい悪魔から、逃げ切ることに成功したのだ。

その過程で龍田が尊い犠牲となったのは、コラテラルダメージといったところだろう。

 

 

「あぁ……すまなかったな、天龍……

おれは しょうきに もどった」

 

「ならいいんだけどよ。

ところで提督、研修に出発する前にした約束、覚えてるか?」

 

「約束……?」

 

「おいおい、忘れちまったのか?

無事に研修をやり切ったら、なんかご褒美くれるって言ってたじゃねぇか」

 

「あぁ、もちろん覚えている、けど、天龍が自分からねだるなんて珍しいな。

何か欲しいものでもあるのかい?」

 

「おう。ひとつ欲しいのができたんだよ。それくれねぇか?」

 

「調達できるもので、無理のないものなら、何でもいいよ。

キミたちふたりは、あの地獄から無事帰ってきてくれたし、これからも活躍してもらおうと思っている。

プレゼントのひとつやふたつあげないと、こっちとしても申し訳ないからね」

 

「へへっ!やっぱ提督は優しいな!」

 

「そんなことないよ。普通だよ、普通。

それで何が欲しいんだい?何でも言ってごらん?」

 

 

天龍が欲しいもの……

また木刀だろうか?それともシルバーのドラゴンをかたどったキーホルダーとか?

あ、もしかしたらカッコよくて怖そうに見える入れ墨シールとか?

 

 

……鯉住君がクッソ失礼なことを考えていると、天龍がその答えを口にする。

 

 

「指輪くれねぇか?」

 

「指輪……?

あぁ、悪魔のデザインとかドラゴンのデザインとかの強そうなやつ?」

 

「ちげぇよ。もっとシンプルなやつ」

 

「シンプルなやつ……?」

 

「おう。あれだよ。ケッコン指輪」

 

「……」

 

「……ブフウッ!!……ヒィ……ヒィ!!」

 

 

あまりにも予想外な申し出にフリーズする鯉住君を見て、大爆笑する龍田であった。

 

 

 

 




あまり出番がないので設定だけ出しちゃう、って人たち


・赤平 礼介(あかひら れいすけ)

呉第1鎮守府所属、艤装メンテ班・現班長。鯉住君の慕う先輩。
呉の明石や鯉住君ほどではないが、彼も非常に高い能力を持つ。鯉住君と明石の穴を埋めるため、今日も後進育成と自らの業務に精を出す。
一児の父であり、娘は現在3歳。死ぬほどかわいがっている。


・寺戸 寧音(てらと ねおん)

鯉住君の親戚であり、妹分。果実菜の妹。
現在高校3年生であり、受験生。学力は高い。
実家は神道のお寺であり、儀礼や行事の際には巫女服を着てお手伝いしている。
それを見るためだけに同級生が集まるくらいには美人。


・寺戸 果実菜(てらと かじな)

鯉住君の親戚であり、妹分。寧音の姉。
現在大学2年生。実家の影響もあり、神学を専攻している。
実家は神道のお寺であり、儀礼や行事の際には巫女服を着てお手伝いしている。
それを見るためだけに近隣の大学生が集まるくらいには美人。


・寺戸 英政(てらと えいせい)

鯉住君の親戚。神道の神主。果実菜、寧音の父。
思慮深い性格で、鯉住君がまだ将来に迷っていたとき、何度か相談相手になっていた。
彼の教えは、今の鯉住君の性格にも結構影響を与えている。
 

・オリーヴィア・シラス

イタリアの女性提督。チェスのグランドマスターを父に持つ。一ノ瀬中佐のマブダチ。
彼女のチェスのレーティングは2000を少し超える程度(イタリアでベスト100に入るくらい)。
美人であり、実力もあるので、当然ファンも多い。
今日もマイペースなイタリア艦娘と一緒に、頑張って国防している。



・アブラーモ・シラス

オリーヴィア・シラスの父親。チェスのグランドマスター。レーティングは2800越えで、人類最強クラス。

娘を溺愛しているため、シチリアンマフィアとコンタクトを取り、娘のボディガード(裏)としている。
当然リスクコントロールもしてあるので、マフィア側に主導権を絶対に握られない体制をとっている。
結局シチリアンマフィアの面々も彼女のファンになってしまい、逆効果になってしまったのが悩みの種。


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第51話

同一艦娘の見分け方


一隻しかいない大和や武蔵はいいんですが、それ以外の艦娘はいっぱい同じ姿の子がいます。
さらにこのお話では異動も自由なため、ただの艦名で呼んでいては、個体認識ができなくなります。

ということで、書類上では建造年月日を一緒に記すこととなっています。
(例:吹雪 20130423)

でもそれは結局書類上の話なので、見た目が変わるわけではありません。
だから同一の艦は同じ鎮守府には在籍しないのが基本となってます。指揮を執る時にもややこしいですしね。

また、他所の子と見分けるために、トレードマークをつけさせている提督もいます。
ピンバッジとか腕章とか。






 

 

(なんとついに、こいずみさんにもはるがきました!)

 

(いわえいわえー!)

 

(おしあわせにー!)

 

 

やめろォ!!祝うんじゃねぇ!この松茸体型ども!

これは何かの間違いだ!そうに決まっている!

 

別にそんなに天龍から好かれることなんて、できてないからな!?

むしろ出撃させてやれなくて、いつも謝ってるくらいなんだぞ!?

 

そんな俺にいきなり求婚とか……!あるわけねぇだろ!

第一彼女は艦娘なんだ!俺じゃつり合いが取れねぇ!

そういう勘違いをしたらロクなことにならないんだ!俺は詳しいんだ!

 

ここはしっかりと本人にだな、真意を尋ねるべきそうすべき!

 

 

 

……鯉住君は現在テンパっているせいで、まったく気づいていないが、

天龍とのやり取りは、部屋にいる部下全員から注目されている。

誰もが五感を全開にし、獲物を狙う肉食獣のような雰囲気で視線を送っている。

 

それでも横やりを入れないのは、彼の指輪に対する考えを聞けるチャンスだからだろう。

ケッコン制度は誰にでも関わる問題だ。

ことは慎重に運ぶべきであるという共通認識が、暗黙の了解となって『様子見』という選択を取らせていた。

 

 

 

「て、てて、天龍ちゃん……キミ、自分が何言ってるかわかってるの……?

結婚指輪って、そんなに簡単にねだっていいものじゃないんだよ……?」

 

「あん?わかってるって。当然だろ?

いいじゃねぇかよ。別にそんなに高額なもんでもないだろ?ケッコン指輪」

 

「そういうことじゃないんだって!」

 

「それじゃどういうことなんだよ?

ああ、もしかしてあれか?申請手続きが大変だとか?

面倒かもしれねぇけど、それくらいやってくれたっていいじゃねぇか。

俺達頑張ったんだぜ?」

 

「そーーーいうことでもないんだってぇ!!」

 

「……!……!!……ヴェホッ、ゲホッ!!!」

 

 

龍田ァ!笑い過ぎてむせこんでるじゃないかキミィ!

女の子が出しちゃいけない類の声が出てるよ!?

 

こういう時、天龍の暴走を止めるのがキミの役割だろ!?

しっかり役割果たして!そして俺のことを助けて!

 

 

「た、龍田……キミからも何とか言ってやってくれ……!」

 

「ウェホッ……エホッ……」

 

「ああ、と、スマン……

そんな状態じゃしゃべれないか……ほら、落ち着いて」

 

 

さすさす

 

 

笑い過ぎて、勢い的には大破寄りの中破になっている龍田。

このままではらちが明かないと思った鯉住君は、背中をさすって介抱する。

一刻も早く立ち直って、天龍ちゃんを止めてもらいたいところだ。

 

 

「あ゛りがどう……提督……エホッ……」

 

「ちょっと呑み過ぎだって……笑い上戸にもほどがあるでしょ……」

 

「ごめんなさぁい……」

 

「龍田は普段こんな酔い方しないんだけどなー。

やっぱ俺と同じで、久しぶりに戻ってこれて、嬉しかったんだな」

 

「そ、そうなのか……?

龍田、もうさすってなくて大丈夫か?手を離していいか?」

 

「うん……」

 

 

なんだか龍田の新しい一面を見てしまったが……

今はそんなことどうだっていい!重要なことじゃない!

もっとも重要なことは、龍田のチカラを借りて、この場をやり過ごすことだ!

 

 

「……よし!それじゃ龍田!

立ち直ってすぐのところ申し訳ないが、天龍の誤解を解いてやってくれ!

結婚指輪はそんな簡単にやり取りしていいものじゃないって、教えてやってくれ!」

 

「提督~……」

 

「……ん?どうした?」

 

「私も結婚指輪、欲しいな~」

 

「……」

 

 

……ん?

 

 

「……ゴメン。なんかあり得ないセリフが聞こえてきた。

俺の聴覚が一時的におかしくなったみたいだよ。ははは。疲れてるのかな?

 

……さて、改めてもう一度お願いするよ。

天龍がよくわからないこと言ってるから、たしなめてやってくれ!龍田さん!」

 

「私も結婚指輪、欲しいな~」

 

「タツタサァーーーン!!」

 

 

あ゛ぁーーーっ!!

聞き間違いだと期待したのにぃーーー!!

 

天龍を止めてもらおうと思ったのに、龍田もアッチ側だったよ!

味方だと思ってたのに、とんだ裏切りを受けた!

 

……ていうかどういうことだ!?

龍田にだって、俺、好意を抱いてもらえるようなこと、全然してないぞ!?

なんで姉妹揃って結婚指輪なんて欲しがるんだよぉ!?

 

 

(はー、よくいう。このたらし)

 

(おんなのこがよろこぶぷれぜんとおくったの、おぼえてないですか?)

 

(なんどもなんども、ふたりにやさしいことばをかけてたの、だれですか?)

 

 

そんなことしてねぇよ!

確かにプレゼントは贈ったことあるけど、あれは謝罪の意味を込めてのものだろ!?

それに優しい言葉を何度もかけるって、そんなキザったらしい真似してないから!

 

 

(これだからてんねんは……)

 

(おんなごころが、ここまでわかってないとは……)

 

(これはもはや、ゆうざいはんけつですね……)

 

 

・・・

 

 

鯉住君は別に大したことしてない、くらいの気持ちでいるのだが、

実は彼、研修に出向いた6人には、週1くらいのペースでメールを送っていた。

地獄と知って送り出してしまった後ろめたさも手伝って、かなりチカラの入った文章を毎度送っていた。

 

その内容は、彼の感謝の気持ちを綴ったものであり、研修で心身ともに限界の身であった彼女たちには、非常によく染みわたるものであった。

こういった些細な言葉が、たまにある大きな出来事よりも重要だったりするのだ。

 

彼女たちがここまで頑張ってこれたのは、そのメールのウエイトが結構大きい。

その証拠に彼女たちは全員、彼からのメールを『重要なメール』ボックスに全通仕舞っている。

 

そのおかげで、ひとり残らず彼への好感度が爆上がりしているのだが、本人はそんなこと知る由もない。

本人的には『部下をねぎらうのは上司の務め』程度の認識なのだから、それは仕方ないといえば仕方ないことなのだが。

 

 

・・・

 

 

((( くいあらためて? )))

 

 

なんでそうなるんだよ!?おかしいやろ!

 

と、とにかく、天龍と龍田には、結婚指輪がどういった意味を持つものなのか、教えてやらねば……!!

 

なんかこう、もっと彼女たちにピッタリな相手はいるだろ!

俺なんぞに求婚してくるなんてやめた方がいいです!やめて下さい!助けてください!

 

 

「て、天龍に龍田……よく聞くんだ……!

キミたちは何か勘違いしている……!

結婚というのは、神聖なものであってだな、もっとお互いの事を知った相手でなければよろしくないものでだな……!!」

 

「??? おいおい、提督の方こそ勘違いしてんじゃねぇか?」

 

「……え?」

 

「俺が欲しいって言ったのは、『ケッコンカッコカリ制度』の指輪の事だよ。

上限解放できるやつ。

あれがあればもっと強くなれるって教官に聞いてんだ!

それなら用意してもらわねぇ手はねぇだろ!!」

 

「……あー、そういうこと……」

 

「うふふ~ 提督はぁ、どういうつもりだったのかな~?」

 

 

龍田がすっごいいい笑顔をしながら尋ねてきた。

 

龍田、キミってやつは……!

今までのやり取りを、全部分かったうえであんなこと言ったのか……!!

ホントにいい性格してやがる!チクショウメェ!

 

 

「い、いや、俺もわかってたぞ?

ケッコンカッコカリの指輪の事だよな!それしかありえないよな!」

 

「そ~ぉ? ふ~ん?」

 

「ま、俺は提督が良いって言うなら、ガチの結婚してもいいけどなー」

 

「ヴェェアァッ!?」

 

 

ちょ、おま……!!

 

 

「あら~ そしたら私も一緒にお嫁さんにしてもらわないと寂しいな~」

 

「タツタサァン!?」

 

 

タツタサァン!?

 

 

「ま、それは置いといてよ。

俺たちの実力ってのは、艦娘だけで辿り着けるところまでしか身についてないんだよ。

実際はそれ以上のチカラを出せるはずなのに、なんつーの?

思ってる動きとカラダの動きが噛み合ってない感じなんだよ」

 

「そうね~

教官が言うには、私達と提督との絆が、壁を破るカギになってるってことなの~

だからケッコン指輪欲しいっていうのは、そういう意味だよ~?」

 

「へーぇ……そう……そうなんだぁ……」

 

 

あんな爆弾発言を『それは置いといて』で片づけちゃうとか、天龍ちゃんマジ天龍ちゃん……

龍田もさらっと流しちゃうし、本気なんだか、からかってるだけなんだか、俺には分んねぇよ……!

こんなアラサーお兄さん捕まえて、からかって、何が面白いんですか……!

これ以上私に、どうしろと言うのですか……!

 

 

目の前でいきなり、とんでもない美人(しかもふたり)から求婚されたんだ。衝撃を受けるのは当然だ!完全に不意打ちだったんだからな。

しかし男気溢れる豪快な他の提督ならッ!

美人で優しく気立てもいい相手の「求婚」を、決して断ったりしねえッ!

たとえここが、他の部下がいて、ムードもへったくれもない宴会会場だったとしてもなッ!

 

 

そういう頼もしい漢に、私はなりたい……

いや、艦娘とガチの結婚とか、俺にはできないけども……

 

これはあれだ、うん、天龍はそんなに良く結婚というものがわかってないだけ。

龍田は俺をからかって楽しんでるだけ。

そうに違いない。そうであってくれ……

俺のキャパは使用率100%。もういっぱいでち……

 

 

「そうか……いや、しかし、仮とはいえ、そんな簡単に指輪を渡すなんて……」

 

「あー、やっぱそうなるんだな」

 

「教官のおっしゃってた通りね~」

 

「え、なに? 俺の反応が読まれてたってこと!?」

 

「おう。まぁこれ読んでみろよ。多分だけど、そしたらよくわかるぜ?」

 

 

そう言うと、天龍はどこからか取り出した手紙を鯉住君に渡す。

差出人のところには『佐世保第4鎮守府所属 軽巡洋艦 神通』と書かれている。

 

 

「なんか準備が良すぎて怖いんだけど……」

 

「いいから読んで~」

 

「お、おう……」

 

 

あのバトルジャンキー筆頭の神通さんから手紙……!?

一体どんなヤバい内容が書いてあるのだろうか?

 

言うこと聞かないと鎮守府壊滅させるとか?

……いやいや、いくらなんでもそんなことは……

彼女は非常に非情で、容赦なく怖いけど、それでも平和を想う艦娘だ。

大丈夫なはず……!

 

南無三……!

 

 

バッ!

 

 

意を決して勢いよく手紙を開く鯉住君。

 

 

 

・・・

 

 

 

拝啓 

 

 

佐世保では、いつのまにか日中は汗ばむような季節となりましたが、お元気でお過ごしでしょうか?

そちらは一年を通して暑さと雨が続くと聞いております。お体に気を付けて過ごされていることを願うばかりです。

 

この度は、私達の鎮守府における研修制度を活用していただいた事について、感謝を申し上げたく、筆を取ることにいたしました。

 

私達の鎮守府は中規模であり、目に見える実績は多いとは言えませんが、ひとりひとりの実力はどこの艦娘にも負けるものではないと、僭越ながら自負しております。

それを見込んで大切な部下を預けていただいたこと、誠に恐悦至極であり、感謝の極みです。

 

その研修生として預かった部下である、天龍と龍田について、差し出がましいようですが、ひとつ申し上げたいことが御座います。

 

報告書でもお伝えした通り、彼女たちは艦娘として、どこに出ても恥ずかしくない程度の実力をつけるほどには成長しました。

多少なりとも厳しく接してきたのですが、貴方との約束を胸に、よく喰らいついてきたと、しみじみ思う次第です。

 

しかし私が力添えできるのはここまで。

ここから先は、貴方と彼女たちとの信頼が、壁を突破することに大きな役割を果たすことになります。

 

何の因果か、戦士と女性の心を相合わせ持つ、私達艦娘。

提督との信頼関係を、目に見える形で確かめられるものがあるだけで、ひとりでは出すことのできない本当の力を発揮することができるのです。

彼女たちに指輪を贈り、戦士の本懐を果たさせてやっていただきたいと、僭越ながら申し立てさせていただきます。

 

貴方がお変わりないのなら、決してそれを善しとはしないでしょう。

愛なき指輪など真実ではない、と。

 

しかし貴方が彼女たちを信頼してやっているのであれば、迷うことなく、指輪を贈ってやってください。

私が愚考するに、人間にとっての愛と、私達にとっての愛は、少し形が違うのです。

だから信頼があるのなら、彼女たちの活躍を願うなら、指輪を贈ってやって欲しいのです。

 

最後に、私達佐世保第4鎮守府の面々は、貴方の来訪をいつでも楽しみにしております。

特に武蔵は、貴方の整備する艤装で出撃できる日を今か今かと待っています。

もちろん私自身も、また龍太さんに会い、穏やかな気持ちで一緒に過ごせる日を、心から待ち望んでおります。

 

お伝えしたいことばかりでしたが、冗長に感じてしまったら申し訳ありません。

風薫る新緑の中、貴方のますますのご健勝をお祈りいたします。

 

 

敬具

 

 

佐世保第4鎮守府所属 川内型 2番艦 軽巡洋艦 『神通 20150615』

 

 

ラバウル第10基地所属 鯉住龍太 少佐

 

 

 

・・・

 

 

 

達筆ぅ……

 

 

「……神通さん、あなたこんな丁寧な文章書くんですね……

申し訳ないですけど、意外です……」

 

「ひとの手紙勝手に読むなんてしねぇから、何が書いてあったかはわからないんだけどよぉ。

教官が指輪を申請するタイミングで渡せって言ってたんだ。

それに関係した内容なんだろ?」

 

「ああ……なんていうか、その……

いや、しかし、いくら神通さんの頼みだとしても、指輪を渡すなんて……!!」

 

「提督~ 男らしく指輪ちょうだい?

私達ぃ、それでま~た強くなっちゃうからぁ」

 

「それはそうだし、キミたちに活躍してもらいたい気持ちもあるけど……!

しかし……なんといっても……結婚指輪……!!」

 

 

仮とはいえ、結婚だぞ……!?

彼女いない歴ほぼイコール年齢の俺に、いきなりそんな決断下せるものだろうか?

いや、下せない……

 

まだ俺はのんびり人生を楽しみたいんだ……!

特定の誰かを守っていく覚悟なんて、まだできていません!

俺が背負えるのなんて、手の届く範囲の、部下の未来だけなんだよ!

 

 

(ぶかぜんいんにせきにんとるってことですか?へたれのくせに)

 

(へたれのくせにいいますねぇ。へたれのくせに)

 

(このへたれ)

 

 

うるせぇ!へたれへたれ言うんじゃねぇよ!

俺には上司としての責任くらいしか、取れる気がしねぇんだよ!

ホント世の中って世知辛いんだからね!

 

 

相変わらず脳内漫才を繰り広げる鯉住君たち。

 

そんな中、天龍龍田姉妹のガチ求婚宣言を境に、非常に物騒な雰囲気となった観衆の中から、ひとりが近づいてきた。

 

 

「フフフ……お困りのようですね!」

 

「お前は……明石!」

 

「ここはひとつ私に任せて……」

 

「うるせぇ!カエレ!

どうせロクなことしねえだろ!?お前はぁ!!」

 

「あ、ひっど~い。せっかく助け舟を出しに来たのに」

 

「……ぐっ!

もしそうならとても助かるが……ほ、ホントだろうな……?」

 

「私が今までウソついたことある?」

 

「そのセリフを言う奴は、大抵ウソついたことあるんだよ……」

 

「まま、細かいことは気にしない気にしない!

というわけで、あちらをご覧ください!」

 

 

じゃーん!とでも言いたげなジェスチャーとともに、明石は部屋の隅の段ボール箱に腕を向ける。

 

……ん? なんだ? あの段ボール?

俺、あんな荷物なんて知らないんだけど……

 

 

「こんなこともあろうかと!鼎大将から預かってきました!

えーと……近くにいる古鷹ちゃん!開けてみてください!」

 

「えっ!? は、はいっ!!」

 

 

ガサゴソ……

 

 

なんだろう……すんごい嫌な予感がする……!!

 

 

「こ、これはっ!!!」

 

 

古鷹がわなわなしながら取り出したのは、大量の書類に、大量の小箱……

 

俺、アレ、どっかで見たことあるぞ……!?

 

 

「はい!『ケッコンカッコカリ書類』一式を人数分用意してあります!

もちろん指輪もねっ!」

 

「お゛えあぁぁあーーーっ!?一体なにしてくれてんのおッ!?」

 

「木を隠すなら森の中!人を隠すなら人の中!

結婚相手を隠すなら、結婚相手の中だよねっ!」

 

 

ドヤ顔でとんでもないことをやらかした明石。

右手人差し指を上げ、ウインクしながらてへぺろしている。

 

 

「明石テメェーーーッ!!」

 

 

 

 

 




やっぱり明石は鯉住君の天敵なんやなって……


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第52話

ケッコンカッコカリの扱い

前回明石(と鼎大将)がやらかしたケッコン指輪ですが、他ではこんな扱いになってます。
(このお話での指輪は、ゲームと違い、提督との信頼に応じて練度がちょっとだけ上がる艤装、という扱いです。
上限解放という機能は、知る人ぞ知る隠し機能です)


・呉第1鎮守府(鼎大将のとこ)

所属年数5年以上、第1もしくは第2艦隊編成組、練度が50以上(目算)。これらのどれかを満たす艦娘全員に支給。一人前の証。
理由は単純。提督との信頼関係が強くなり、指輪の効果が出るのが、これらの条件あたりからだから。


・横須賀第3鎮守府(一ノ瀬中佐のとこ)

将棋のランキングで、トップ10(第10席まで)に入ると支給。ランカーの証。
誰もが指輪の取得を目的に、日々腕を磨いている(将棋の)。
ちなみにランカー落ちすると、指輪は返上となる。


・佐世保第4鎮守府(加二倉中佐のとこ)

練度が上限になると支給。真の仲間の証。
指輪を持つ者が誰かひとりでも攻撃を受ければ、全員で潰しに行く。
通称『連番指輪』。血判状的な。


・トラック第5泊地(三鷹少佐のとこ)

秘書艦任命の際に支給。秘書艦経験者の証。
しかし秘書艦経験者は3名しかいないため、ほとんどの部下には支給されていない。
ここのメンバー的には、あまり指輪にこだわりはない模様。


・一般的な鎮守府

男性提督は、初期艦娘やエース艦娘、男女の仲にある艦娘など、特別視する相手に渡すことが多い。
そもそもの話、効果が発揮できるほど、多数の部下と信頼関係を築けている提督は稀。
さらにそういう提督は指輪の複数運用を好まないので、複数運用する者は少数派。
人選に問題があり、ギスギスしてしまうことも。

女性提督にしても、艦隊にとって特別な相手に渡すというのはほぼ同様。
ちなみに『実力向上艤装』という意味合いで渡す。
こちらはギスギスすることは、ほぼない。






 

 

 

 

「おま……! どうすんのコレぇ!?」

 

「どうもこうも、全員に配っちゃえばいいじゃない」

 

「そんなの成立するわけねぇーーーだろうがぁ!!

誰が好き好んで、俺みたいな奴から結婚指輪受け取りたいってんだよぉ!

仮だとしても!練度が上がるっていっても!

女子に片っ端から指輪渡すなんて、できるわけねぇって!」

 

「……?」

 

 

明石は怪訝な顔をして、頭にクエスチョンマークを浮かべている。

なに言ってんだ、コイツ?とか思ってるに違いない。

 

 

なんで俺が言ってることが伝わらないの!?

日本語分かるよね!?これだから明石は苦手なんだよォ!!

 

 

(このごにおよんで……)

 

(おうじょうぎわのわるい……)

 

(さっさとわたして、らくになるです)

 

 

楽にはならねぇよ!重いものを背負うことになるよ!

それ以前にオコトワリされまくって、俺の心が絶望の海に轟沈するわ!

 

 

鯉住君が頭の中で、てんやわんやしていると、部下の皆さんが次々と口を開く。

 

 

「俺は貰うぜ!ケッコン指輪!

これで俺の真のチカラが解放されるんだな……!!フフ……楽しみだぜ!!」

 

「そうね~ 私も、と~っても楽しみ~」

 

 

キミたちはそうだよな!知ってた、けど!

それでも俺としては、心の準備が整ってないんだよ……!

何とか先延ばしに……!

 

 

「ふむ。桃色にしてはやるではないか。

鯉住殿!わらわの左手薬指にそれをはめるのじゃ!」

 

「姉さん、落ち着いて!鯉住さんが困っちゃうよ!」

 

 

キミもそうだよな!知ってた!

子日さん、その荒ぶるお姉さんを抑えててください!

キミにはまだ早いから!もっと大人になってから、ふさわしい男性と一緒になってください!

 

 

「師匠!下さい!指輪!好きです!

一番弟子なんですから、一番最初に下さい!結婚してください!」

 

「う゛ええぇぇっ!?」

 

 

ゆ、夕張!?キミもなのか!?

ていうか、なんか、とんでもないこと言わなかった!?

確かにデートしてくれとか言われてたし、万が一くらいにはもしかしたらと思ってたけど……!?

た、多分それはあれだよ、思春期特有の、恋に恋してるってやつだと思うよ!?

こんなアラサーにキミみたいなかわいい子が惚れるなんて、あっていいはずがない!

思い直してくださいお願いします!助けてください!

 

 

 

怒涛の参戦にたじろいでいる鯉住君。

そんな彼のもとには、まったく縁がないと思っていた人物たちも……

 

 

「ちょっとアンタ!

天龍や夕張に言い寄られて、鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!」

 

「む、叢雲……!

そんなことは……というか、助けてくれ!

全員分あるっていったって、俺から指輪貰いたい子なんて、そんなにいるはずないだろ!

天龍、龍田、初春さん……と、ゆ、夕張だけだろ!?

キミもそんなこと言われても困るよな!?」

 

「わ、私は、アンタがどうしてもって言うなら、貰ってやってもいいわよ?」

 

「叢雲ォ!?」

 

「せ、せっかく強くなれるチャンスなんだから、必死で研修して強くなった私が、そのチャンスを逃すわけないでしょ!?

他に意味なんて無いわ! か、勘違いしないでよね!?」

 

「いや、そりゃ他に意味なんてないだろうけど!」

 

「……フンッ!」

 

 

ボグウッ!!

 

 

「イ゛エァアッ!!」

 

 

鯉住君にタイキックが炸裂する。

 

 

「うぉお……なんで……このタイミングで……!!」

 

「うるさいわね!このヘタレ!」

 

「どういうことなの……!」

 

 

今日一番のキレの良さを見せるタイキックに、崩れ落ちる鯉住君。

 

 

「て、提督!大丈夫ですか!?」

 

「あぁ……古鷹か……

すまないが……助けてくれないか……?」

 

「え、ええと……」

 

「もう俺ひとりじゃ……にっちもさっちも……」

 

「わ、私にも指輪下さいっ」

 

「……」

 

 

……?

 

 

「古鷹……すまないが……助けてくれないか……?」

 

「無かったことにしないで下さい!私にも指輪下さいっ!」

 

「なんでぇっ!?

古鷹まで、なんで俺を裏切るんだぁッ!

キミも強くなりたいの!?そういうキャラじゃないでしょ!?」

 

「だって……みんながもらうなら、私も……」

 

「それ一番ダメなやつだからぁ!!こういう時には流されちゃダメェ!!

いくら仮とは言っても、結婚だよ!?

キミみたいに強くて優しくてかわいい子が、そんな流れとかで決めていいことじゃないんだって!!」

 

「そ、そんな、かわいいだなんて……」

 

 

 

「「 せいっ! 」」

 

 

ゴッ!

 

 

「ヘアァッ!!」

 

 

どさくさに紛れて、なぜか古鷹を口説き始めた鯉住君に、明石と夕張のダブルスパナが炸裂する。

 

 

「だから師匠は、古鷹と良い雰囲気にならないで下さい!!

それは私の役割でしょう!?」

 

「TPOに合わせた言葉を選んでくださ~い」

 

「明石テメェ……夕張まで……」

 

「いいからさっさとみんなに指輪配りなよ。もうあきらめちゃってさ」

 

「いやだ! こんな流れじゃ、断りたい子も断れないだろ!?

そ、そうだ、キミもそう思うだろ、大井!?

いつも冷静に物事を判断できるキミなら、こんな状況で決めていい話じゃないことくらい、分かるだろう!?」

 

「……」

 

「お、大井……?」

 

「諦めてさっさと配ってください」

 

「大井ぃ……」

 

 

なんてこった……

冷たい目をした大井から、無慈悲な鉄槌を振り下ろされてしまった……

もしかしたら大井から見放された……?

 

 

「私達が研修を経て強くなったのは、この鎮守府の一員として活躍するためです。

それだというのに、さらなる強さを得られる艤装を明石さんが用意してくれたというのに、それを提督の私情で無駄にしようというのですか……?」

 

「……うっ」

 

「それとも私達のことが信頼できていないということですか?

その艤装は信頼がないと効果が発揮できないですものね」

 

「そ、そんなことはない!」

 

「だったらさっさと全員に配ってください。

断られたとしても、それは真摯に受け入れるべきことでは無いですか?」

 

「う……」

 

 

突然のガチ正論である。

冷静な大井なら、この大騒ぎを鎮めてくれはしないかと期待したが、とんでもない方向性で沈静化してくれた。

 

ここで断るのは流石に……!

 

いや、しかし、彼女たちにはもっといい相手が……!!

もっと幸せにしてくれる相手が、いるのではないか……!?

 

 

(あなたがしあわせにするのです)

 

(じぶんでまいたたね、かりとって?)

 

(おとこのかいしょうみせて?)

 

 

チクショウ……!ぐぬぬぬ……!!

いつもならツッコミを入れるところだが、今回は状況的にあしらえる内容ではない……!

 

男の覚悟を決めることになるのか……!?

こんな飲み会で!?酔っ払いたちに囲まれて!?

 

人生の選択は突然だと言うけど、こんなに突然なの!?

道を歩いてたら雷に打たれた、くらいの感覚よ!?

いかづちじゃないわ!かみなりよ!?

 

 

「う……うぐぐ……!!」

 

 

「あーあ、提督悩んじゃったよ。大井っちも素直じゃないねぇ」

 

「……なんのことでしょうか、北上さん」

 

「別に隠さなくても、提督なら大丈夫だって」

 

「……」

 

 

 

・・・

 

 

 

何が何やらわからない状況になってしまった歓迎会。

そこに足柄と秋津洲が最後の料理を運んできた。

 

 

「……あら? なんなの?この雰囲気。

なんだか不穏な空気が流れてる気がするんだけど、私の気のせいかしら?」

 

「あ、足柄さ~ん。やっほ~。

……お、食後のデザート!?すっごい美味しそうじゃん!」

 

「ふふ。せっかく南国に来たんだから、フルーツ入りの寒天ゼリーを作ってみたわ。

なかなかうまくできたわよ?」

 

「秋津洲も寒天溶かすの手伝ったかも!」

 

「やるじゃ~ん、あっきー!

やっぱりお食事の〆はデザートだね~。うまそ~!」

 

「そう言ってもらえると、作った甲斐があるわ。

……で、この状況は何なのかしら?」

 

「あ~。それがね、かくかくしかじかで」

 

「……ふーん。そういうこと」

 

 

北上から事の顛末を聞いた足柄は、デザートの乗ったお盆を机に置き、歩き出した。

 

 

 

スタスタ……

 

 

カパッ

 

 

キュッ

 

 

 

「「「 あっ 」」」

 

 

なんと足柄は、流れるような動作で指輪入りの小箱を開け、中身のケッコン指輪を指にはめた!

 

 

「……で、これが書類ね。

えーと……それじゃ提督、ここにサインしてちょうだい?」

 

「あっ……はい……」

 

 

キュキュッ

 

 

「……! すご……!

思った以上に効果があるわね!この艤装!みなぎってきたわ!!

これ凄いわね!提督!」

 

「……はい……」

 

「さて、と。

それじゃみんな、さっさと指輪はめて、提督にサイン貰っちゃいましょ!

早くしないと、せっかく作ったデザートがあったまっちゃうわ!!」

 

「わかったかも!

足柄さんと同じようにすればいいの?」

 

「そうよ~。

デザートには適温があるんだから、さっさと済ませて、早く食べないとね!」

 

「は~い!それじゃこれはめて……んしょ。

提督、書類にサインして欲しいかも!」

 

「……おぅ」

 

 

キュキュッ

 

 

「はいはい!それじゃみんな、指輪はめた子から順に列作ってね~

提督も早く済ませちゃってね?

今度のデザート、自信アリなんだから!」

 

「わぁ……それは楽しみだなぁ……」

 

「「「 …… 」」」

 

 

 

なんか解決した。

 

結局全員に指輪を進呈したのちに、

ある者はハイテンションで、ある者は複雑な表情で、またある者はげんなりした表情で、

足柄特製寒天ゼリーを堪能したのであった。

 

鯉住君がげんなり組だったのは、言うまでもないことである。

 

 

 

 






丸く収まってよかったですね(ちからわざ)



鯉住君が研修組にかましたメールテロ抜粋



To 叢雲

元気してるかい?

今日は書類がいつもより多くてね。
書類をそろえているうちに、ホッチキスの針が無くなってしまったんだ。
それで補充しようとしたんだけど、いつもの棚に替えが無かったんだよ。
それで小一時間探すことになってしまったんだ。

こんなこと、ここにきてから初めてだ。
俺が知らないうちに、いつもキミはしっかり揃えてくれていたんだね。
キミに頼りっぱなしだってことを、改めて思い知ったよ。いつも一緒にいたときは気づかなかったのにね。

キミは優しくて、気が利いて、俺にはもったいない秘書艦だ。
でも強がって無理をしてしまうところがあるから、あえて言うけど、決して無理をしてはいけないよ?
キミは余計なお世話だって言うかもしれないけどね。

キミが帰ってくる日を待ち遠しく思っているよ。
それでは。




To 大井

無事でいるかい?

今日は足柄さんに、開放済み海域の哨戒に出向いてもらったんだけどね。
とても平和で、波ひとつない、穏やかな海だったって報告を受けたよ。

それも全部、キミがあの時、夜戦まで粘って戦艦級を仕留めてくれたからだ。
まだまだウチは戦力的に心許ないし、俺の指揮も全然だ。
そんな中、キミが真剣に、必死で戦ってくれた成果を、今日は実感したんだよ。
改めてありがとう。キミが来てくれてよかったと心から思うよ。

普段はそう見えないけど、本当はキミは心優しく、思いやりのある子だと思ってる。
初めて北上に会った時に、感動で泣いていたのを今でも覚えているよ。
大切な人に会えて、嬉し涙を流せるんだ。
キミほど優しい子、そうそういないさ。

みんなのためを思って頑張っていることだろうけど、頑張りすぎてはいけないよ?
みんなのためと頑張るのは素晴らしいけど、自分も大事にしてほしい。

元気なキミに会える日を、楽しみにしているよ。
それでは。




こんなメールちょいちょい送ってました。テロですね。




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第53話

すっごい大変なことに気が付きました。
このお話、今の今まで戦闘描写がなかったんですね……
艦これである必要性とはいったい……




 

 

 

チュンチュン……

 

 

「……朝か……」

 

 

何故寝巻でなく、仕事着で寝ているのだろうか……

寝起きであまり思い出せないが、もう色々と限界だったような……

重たい頭だ……ぼんやりしている……

なんだろう……昨日の事は思い出してはいけない気がする……

 

 

「……昨日は……なんか色々あった気が……なんだったかな……?」

 

 

なんだか人生に関わるとんでもないことがあった気がするが、気のせいに違いない。

そうだった気がする、というか、そうでなければ、マズかったような……

 

 

「……まぁいいか。

何故か仕事着だし、洗濯に出して、シャワーでも浴びよう……」

 

 

頭を覚醒させてはいけない予感を感じるが、このまま執務をするわけにもいかない。

頭をポリポリかきつつ、シャワーを浴びに部屋を出る。

 

 

……と、そこで、古鷹とすれ違った。

 

 

「あ、おはよう、古鷹」

 

「……! ……お、おはようございますっ……!!」

 

 

とととっ

 

 

「……? どうしたんだ?一体……」

 

 

挨拶をしただけなのに、なぜか古鷹は赤面して走り去ってしまった……

一体どうしたというのだろうか……

 

……ん? なんだか心当たりがあるような、ないような、あったらいけないような……

 

 

「ま、まぁ彼女にもいろいろとあるんだろう……」

 

 

決して思い出してはいけない、という本能をビンビン感じながら、風呂場の扉をノックする。

 

 

コンコン

 

 

「誰か入ってますか~?」

 

 

しーん……

 

 

返事はなく、人のいる気配もない。

これなら誰かと鉢合わせすることはないはず。入室し、服を脱ぐ。

 

 

「……さて、なにかを思い出しちゃいけない予感がするけど、しょうがないか……

さっさとシャワー浴びよう……」

 

 

ジャーッ……

 

 

「あー……沁みる……」

 

 

目を覚ましたばかりなのに、何故か疲れているカラダには、少し冷たいシャワーが効く。

 

 

「そういえば……

昨日は研修組が帰ってきて、新メンバーも増えたんだったな……」

 

 

そうだった。楽しみに待っていた研修組が帰ってきて、初春さんと子日さんが異動してきて……

それで、英国妖精シスターズが旅館建てて……

その時に……なぜか明石のやつまで来て……

 

 

「そして……歓迎会を……ひら……い……て……!!!」

 

 

思い出してはいけない記憶を、ついに取り戻してしまった鯉住君。

 

 

「あ、あぁ……! 天龍……龍田……ゆ、夕張……! 指輪……!!!」

 

 

どこぞのTRPGでいう、不定の狂気に陥った冒険者みたいになる鯉住君。

 

 

「結婚……!!男の……責任!!……あ、ああああっ!!!」

 

 

シャワーを浴びた効果は確かにあったようで、昨日起こったことをはっきりと思い出してしまった。

 

結局死んだ魚のような目で全員分のケッコン書類にサインし、足柄さん特製の寒天ゼリーを味わったあと(ショックが大きすぎて味は覚えていない)、

新入りの3人は宴会場に布団を敷いて、その他のメンバーは自分の部屋に戻って、それぞれ就寝ということにしたのだ。

最後の気力を振り絞って、そういう指示を出したのを思い出した。

 

ちなみに足柄さんと秋津洲は、食器の片づけまで済ましてくれるとのことで、遅くまで仕事してくれると言っていた。感謝して頭を下げた記憶がよみがえる。

 

 

 

……たったの一日で起こった出来事が多すぎて、そしてヘヴィすぎて、脳がパンクしないよう、セルフ記憶処理をかけていたようだ。

しかしそれも、たった今解けてしまった。

 

 

 

ガララッ!!

 

 

「どうしたのっ!?」

 

 

提督の悲痛な叫びを聞きつけ、足柄が風呂場に入ってきた。

当然彼は真っ裸である。

 

 

「あ、足柄さん!? し、閉めてください!見ちゃいけない!」

 

「でもあなたすごい声出してたわよ!?どこかケガしたの?」

 

「ち、違いますから!早く閉めてぇ!」

 

「あら、そうなの?それならいいんだけど」

 

 

バタン

 

 

足柄は退室してくれたが、時すでに遅し。

完全に全裸を見られてしまった。

 

 

「すいません……お見苦しいものをお見せしました……」

 

(別に気にしてないわ。アナタ結構いいカラダしてるし)

 

「そういう問題では……」

 

(で、なんであんな大声出したのよ?)

 

「実はですね……あまりにも昨日の諸々が負担だったようで、今の今まで軽い記憶喪失みたいになってたんです……

それがシャワーを浴びた刺激で、一気に何があったか思い出してしまって……」

 

(え、なにそれ?記憶喪失?)

 

「いや、俺もこんなこと初めてなんで、何と言っていいか……」

 

(まぁいいわ。しかしアナタ、相当追い詰められてたようね。

話聞いてあげるから、シャワー浴び終わったら、お茶の間までいらっしゃい)

 

「あ、ああ……なんだかスイマセン……」

 

(アナタには女性関連の出来事については、ホントに、全く、全然、これっぽっちも任せられないんだから。いいのよ、それくらい)

 

「は、はひ……」

 

 

こうなったのも結構な割合で、彼のケッコンよりも自身のデザートを優先した足柄が原因だったりするのだが、それはまったく気にしていない模様。

 

彼女としては、「どうせ断り切れないんだから、さっさとやることやっちゃいなさい」という考えであったので、気にする道理もない。

相変わらずさっぱりした性格だ。

 

そんなこんなで、足柄の無自覚な言葉の刃にズタズタにされつつ、鯉住君はカウンセリングを受けることになったのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「さ、お姉さんに悩みを打ち明けちゃいなさい。

あなたひとりで悩んでても、どうせ何も解決しないんだから、任せてちょうだい」

 

「は、はい……ありがとうございます」

 

 

現在風呂場からあがった鯉住君は、お茶の間で足柄と対面している。

先ほども言っていたように、恋愛カウンセラーをしてくれる模様。

恋愛経験ほぼ皆無の彼にとって、今の状況を相談できるのは、非常にありがたい話である。

 

 

「元々俺は艦娘の皆さんのことを、恋愛対象とは見ていなくてですね……

そんな俺が、仮とは言え、け、結婚指輪を渡してしまうだなんて……

しかも部下全員に……」

 

「ふんふん。それで?」

 

「それで、やっぱり男としては、ひとりひとりに対して、責任を取らなければならないと思っているわけでして……

だけど、その『責任を取る』っていうのが、どういったことかイマイチわからなくてですね……

彼女たちの信頼に応えるような行動をとらなきゃいけないと思っているんですが、これ以上、何をどうしたらいいのやら……」

 

「あー……やっぱりあなた、イマイチわかってないわよねぇ」

 

「えっ!? ど、どういうことですか!?」

 

 

呆れ顔の足柄を前に、混乱する鯉住君。

 

 

「あのね。ぶっちゃけて言うとね。

アナタはもう十分、私達の信頼を勝ち取っているわ。

日頃から気にかけてくれているのはわかるし、些細な約束も果たそうとしてくれるし。

だいたいそうじゃなければ、みんなして指輪受け取ったりしないわよ。

命令されたならともかく、みんなして自発的に受け取ったのよ?

よっぽど信頼されてないとあり得ないわ」

 

「は、はぁ……」

 

「だからケッコンしたから信頼されるよう努力するってのは、的外れね。

順序が完全に逆よ」

 

「い、言われてみれば……」

 

「言われなきゃ気づかないんだから、相当アレよねぇ。

あとね、もうひとつ。こっちの方が重要なんだけどね」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「男の責任とかいってるけど、そんなもの無いわよ?」

 

「えっ!?」

 

 

まったく予想してない言葉に、仰天する鯉住君。

彼の中では、結婚=パートナーを一生守る、なのだ。

自身の責任感が強いのも手伝って、相当重くとらえている模様。

 

 

「あのね。

男の責任を果たさなきゃいけないのは、奥さんが家庭のことを護っている場合よ?

家の事は奥さんに任せて、自分は出稼ぎとかお仕事とかしてる場合の話。

そういう時は、家庭を護るため、主人がお金を獲得しなきゃ話にならないわ。

何としても、どんな手を使ってもね。

いろいろ意見はあると思うけど、男の責任ってだいたいそういうものじゃない?」

 

「え、ええ。確かに足柄さんの言う通りだと思います」

 

「だったらわかるでしょ?

外に出るのは私達艦娘の役目。内助の功はアナタ、提督の役目。

だいたいの場合の人間の結婚とは、役割が逆だと思わない?」

 

「あー……」

 

 

なんと、足柄が言うには、艦娘と提督の関係性は、ケッコンに関していえば、男女が逆転しているとのこと。

それを聞いて、男性として複雑な心境になるが、反論できない鯉住君。

 

 

「だからケッコンして……というか、それ以前からだけど、責任を感じてるのはアナタだけじゃなく、私達もなのよね。

信頼する提督には、絶対負担をかけさせたくない。だから色々な方法で頑張る。強くなる、賢くなる、執務能力を上達させる、ってね。

そして、その責任は負担ということではないわ。

お互いが信じあっている限り、それは喜びに変わるものよ」

 

「……」

 

「アナタはとにかく、人に与えるのは無意識にやっちゃうほど上手だけれど、人から受け取るのは壊滅的に下手なのよね」

 

「……はぁ」

 

「ま、そういうことで、あなたの悩みは見当外れだし、ケッコンしたからって、何か特別なことをしていく必要もないわ。

今まで通りでみんな満たされてるんだから、それでいいのよ」

 

「それで……いいんですか?」

 

「そ。あえて言うなら、上司と部下っていう感覚は捨てた方がいいわね」

 

 

これまた予想外な言葉に、クエスチョンマークを頭に浮かべる鯉住君。

 

 

「そ、それはまたなんで……」

 

「だってあなた、自分が相手を護る!って考えるとき、相手を籠の鳥扱いするでしょ?

前にそれやって、私達を怒らせたじゃない」

 

「あー……はい……」

 

「私達はなんていうか、女性だけど戦う者でもあるの。

それが護りたい相手に、「傷ついたらかわいそうだから、後ろで隠れてろ」なんて言われた日には、そりゃ怒るわよ。

軍艦の装備を外して、テーマパークのレジャー施設にするようなものよ?屈辱以外の何物でもないわ」

 

「……なるほど……それは、許せないですね……

改めて、すいませんでした」

 

「わかってくれればいいのよ。

あなたが思う『上司と部下の関係』は、アナタと私達の関係を悪くするのよね。

だからそういう関係じゃなくて、三鷹少佐のところでの研修で率いていた、出版チームみたいな感覚でいいのよ」

 

「あー……そういう……納得しました」

 

「三鷹少佐は聡美ちゃんとは違った方向の天才よ。

アナタがこうなることまで考えて、ビジネス経験を積ませたんじゃない?」

 

「あの人ならあり得ますね……

……少しすっきりしました。ありがとうございます」

 

「それならよかったわ。

あ、ただし、初春ちゃんと夕張には、腹を割って話をするように」

 

「……」

 

「そこから逃げたら、あなた本当にヘタレよ?」

 

「は、はひ……」

 

 

一番目を逸らしたいところに釘を刺されつつも、これからの同僚との付き合い方の方向性を定めることができた。

足柄の面倒見の良さに、感謝する鯉住君である。

 

 

 

・・・

 

 

 

「えー、それでは、明日の出撃に関して、会議を始めたいと思います」

 

 

足柄から助言を受け、務めていつも通りふるまうこととした鯉住君。

今彼は、明日の出撃メンバーである研修組6名とともに、会議室(客間。昨日の宴会場)で、作戦会議を始めたところだ。

 

……全員が全員ケッコン指輪を薬指にはめているのは、見てみぬふりをすることとした。

その薬指というのが右手か左手かは、メンバーによってそれぞれだ。

しかしそこにはあまり触れてはいけない気がするので、それ以上触れないこととする。

 

 

「フフ……!

ついに俺の大躍進が始まるんだな!!はやくぶっぱなしてぇなぁ!!

なあ提督!昨日指輪をはめてから、力が溢れて止まらねえんだよ!」

 

「そ、そうなのか。すごい気迫だけど……そこまでなのかい?」

 

「すげぇなんてもんじゃねえよ!

今までの俺は寝ぼけてたのか?って思うくらいには、みなぎってるぜ!!」

 

「うふふ~ そうねぇ。私もすっご~く、びっくりしてるよ~。

今ならレベル6海域も、ひとりで突破できそう~」

 

「それはまた……随分頼もしいねぇ。

加二倉さんのところのメンバー並みじゃないか」

 

「フフ……!!

教官にはてんで適う気がしねぇけど、今なら清霜かレ級くらいになら、五分五分の試合ができそうだ!!」

 

「すごいじゃないか。それなら今回の作戦、結構無茶してもよさそうだね」

 

「うふふ~ まかせて~」

 

 

普通の鎮守府のメンバーが聞いたら、理解できずに思わず真顔になるような内容の話をする3名。

 

それを聞いた他のメンバーの反応は……

 

 

 

「や~、天龍とたっちゃんってば、エライ自信だよね~」

 

「そうですね。レベル6海域を単艦突破とは……

流石に私達でもそこまでは厳しいですね、北上さん」

 

「そだね、大井っち。

単艦で海域ボス艦隊撃破くらいならできるんだけどね~」

 

「一戦だけなら、どうとでもやりようはありますものね」

 

 

 

「天龍と龍田はもちろんだけど、アンタ達も十分おかしいわよ?

なんで単艦で海域開放する必要があるのよ……」

 

「そうですよね……

ちょっと私達には理解できない世界ですよね、叢雲さん」

 

「ホントよね。レベル6海域だったら、最低でも4隻で編隊組まないと、さすがにめんどくさいわ」

 

「うまく作戦が噛み合えば、3隻でもいけそうですけどね」

 

「まぁね。単艦とか、ありえないわ」

 

 

ありえないとか言ってるが、ふたりの発言も大概である。

しかしそれにツッコめる者は誰もいない。

悲しいことに、みんな感覚が狂ってしまっているのだ。

 

 

「それじゃ順当に行けば、次は1-4海域なんだけど……

どうしようかな……わざわざ6人で出るまでもない気もするけど、万が一もあるかもしれないし……」

 

「いや、レベル1海域だろ?万にひとつもねぇって」

 

「まぁねぇ……でも、どのみち全員の戦闘、見とかなきゃだから……」

 

 

研修帰りの6人の細かい実力を、提督である彼は把握しておかねばならない。

(練度は数字としては現れないので、「これくらい」という認識しかできません)

それには全員で出撃し、個々の動きを見てみるのが一番手っ取り早い。

だから明日の出撃では、提督同伴でこのメンバーで出撃する必要がある。

 

しかしそれよりも、せっかくみんな揃ったので、記念として全員で出撃したい、という気持ちが大きい。

それはこの場にいる皆が思っていることである。

 

 

「それじゃアンタ、第1基地に頼んで、そっちの上級海域に出撃させてもらったら?

レベル4とか5とか。白蓮大将なら、どうせ面白いとか言って承諾してくれるでしょ」

 

「そうだろうけど、高雄さんが頭抱えるだろうから、NGで」

 

「では一気に、2、3海域開放してみては?

まだレベル1海域は4,5,6エリアと残っているのですよね?」

 

「うーん……それもできなくはないだろうけど、いくら何でも燃料弾薬が不安だからなぁ……」

 

「俺と龍田なら、弾薬使わないでもノーマル戦艦くらいなら相手できるぜ?」

 

「それでも燃料はどうにもならないでしょ。

ちょっと怖い気もするし、それもパスで」

 

「やっぱりさ、ふっつ~に1-4行って終わりにするしかないんじゃない?」

 

「そうだねぇ……キミたちの実力を測れるほどの敵がいないだろうから、それだけがなぁ……

古鷹はどう思う?」

 

「え!? は、はいっ!

私も1-4に行っておしまいにするしかないと思います!」

 

「……? なんか緊張してない?……まぁいいか。

やっぱり普通に進めるしかないよなぁ……」

 

 

自分たちの実力と、出撃海域のレベルが噛み合ってないことに、不満を感じる面々。

しかし諸事情を考慮すると、規定通りにいくしかなさそうだ。

 

……そんな感じで不完全燃焼気味になっているところに、ひとつの転機が訪れる。

 

 

 

ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!

 

 

 

「!! これは!」

 

「救難要請信号じゃない!」

 

 

鎮守府には救難要請信号を知らせるアラームが設置されている。

もし艦隊に全滅の危機が訪れた場合、信号が届く範囲の鎮守府にヘルプを伝えられるシステムだ。

 

もともとこのようなものはなかったのだが、現在の元帥が設備設置を推奨したのだ。

どんな些細な設備でも、生死を分ける要因になる。それが元帥の考えである。

そのような経緯があり、5年前の本土大襲撃を境に、全ての鎮守府に設置されるに至った。

 

……とはいえ、ここ最近は大きな危機もなく、このアラームが使用されたという話は、ついぞ聞かない。

そもそもの話、電波がどこかの鎮守府に届く近海で危機に陥ることはほぼ無く、電波をキャッチした鎮守府が救難対応できるかと言われると怪しい。

 

そういった現状から、アラーム不必要案も出ていたのだが……

 

 

「叢雲!古鷹!暗号読解が早いのはどちらだ!?」

 

「私です!」

 

「わかった!古鷹は執務室で届いた電文の読解!他のメンバーは緊急出撃の準備!

準備が簡単な駆逐艦の叢雲は、古鷹の艤装の準備も頼む!

今回は状況が読めないため、装備する艤装は汎用性の高いものにするように!

それでは、全員10分後に出撃場所に集合!問題ないか!?」

 

「「「 ハッ!! 」」」

 

「よし!時は一刻を争う!一同解散!」

 

 

ダダダッ!!

 

 

普段はのんびりしている彼らだが、そこは全員軍人。

迅速な対応は基本である。

 

 

 

・・・

 

 

 

きっかり10分後に出撃場所に集まった面々。

皆気合の入った顔をしており、やる気満々である。

 

 

「古鷹、電文の内容を頼む」

 

「はいっ!

電文の発信元は、ラバウル第1基地第2艦隊!

発信源は第1基地担当レベル6、特務海域!!

このメンバーの船速を考慮すると、ここから約3時間のところです!」

 

「6-5か……みんな、いけるか?」

 

「別に問題ないわ」

 

「まぁ、6人もいりゃあな」

 

「そうね~ 別にいいわよ~?」

 

「艤装も問題ありません。早く出発しましょう」

 

「そだね。提督も来るの?」

 

「ああ。航行不能になった艦娘がいるかもしれないし、そういった子の保護のためにも、小型艇で同行する。

必要な物資も積んでおいたし、ダメコン程度の微回復が見込めるアシストならできるだろう。

戦闘力については全くない船だから、護衛は頼んだよ」

 

「それじゃあ私が護衛するわ~」

 

「そうか。頼んだぞ、龍田。

……よし、問題ないようだし、出発するぞ!!」

 

「「「 ハッ! 」」」

 

 

1-4が歯ごたえないとか言っていたら、本当に難関海域へ出向くことになってしまった面々。

一体どうなるのだろうか……?

 

 

 

 




バイオレンスだったりシリアスだったりするタグが量産されるので、本編ではあまり出せない人



・鰐淵 鯨太郎(わにぶち げいたろう)

元首相。
深海棲艦出現初期の混乱に乗じ、とんでもない剛腕ですべてをねじ伏せ首相になる。
海上自衛隊を単品で切り離し、日本海軍として新生させる。
また、憲兵隊を警察とは別に組織。
国家間の諜報、先制攻撃、日本海軍内部の懲罰を担当させる。
第3よこちん将棋会ファンクラブ 会員番号2。


・鮫島 由基(さめじま よしき)

現首相。
鰐淵首相の跡を継いで首相となる。
非常にしたたかで、裏どりを必ずする性格。
表向きは、善良で平和を愛する好々爺。しかしその裏では、平和を守るために相当イリーガルな行いをしている。
通称『菩薩の由基』『人食い由基』。
第3よこちん将棋会ファンクラブ 会員番号1。


・伊郷 鮟鱇(いごう あんこう)

日本海軍元帥。
元々曹洞宗の住職だったのだが、鰐淵首相と政治的つながりがあったことと、六韜三略や孫子、太平記などの軍略書を読み込んでいたことから、異例の抜粋。
非常に深い洞察力をもつ。
名前通り、潜水艦娘の指揮で彼の右に出る者はいない。
通称『深海魚』『鮟鱇和尚』。
第3よこちん将棋会ファンクラブ 会員番号5。


・鼎 希(かなえ のぞみ)

旧名・田母神 希(たもがみ のぞみ)。鼎大将の配偶者。

あるエネルギーの研究を進めていた一流の科学者であり、その研究内容、思想が危険視されて学会から追放された。
その後独自で研究を進めていたのだが、ある出来事をきっかけに、書置きを残して出奔。その後消息不明。


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第54話

不気味の谷現象(ぶきみのたにげんしょう)

美学・芸術・心理学・生態学・ロボット工学その他多くの分野で主張される、美と心と創作に関わる心理現象である。
外見的写実に主眼を置いて描写された人間の像(立体像、平面像、電影の像などで、動作も対象とする)を、実際の人間(ヒト)が目にする時に、写実の精度が高まってゆく先のかなり高度なある一点において、好感とは正反対の違和感・恐怖感・嫌悪感・薄気味悪さ (uncanny) といった負の要素が観察者の感情に強く唐突に現れるというもので、共感度の理論上の放物線が断崖のように急降下する一点を谷に喩えて不気味の谷 (uncanny valley) という。

wikipediaより


ざっくりいうと、
「人間は自分と見分けがつかないほど似ているものに、強烈な拒否反応を示す」
という現象です。

個人的にはクロマニヨン人がホモサピエンスによって全滅させられたことや、人種差別なども、この現象だと思っています。

では艦娘に対してはどうか?

ほとんど人と同じ容姿。そうだと言われなければ区別できない。

しかし、超人的な身体能力を持ち、髪の色はカラフル、理想的なボディスタイル、違和感を覚えるほどにポジティブな思考回路、謎の生命体である妖精さんと協力し、これまた謎の生命体である、深海棲艦を倒すことができる。
人と同じように感情を持つが、不老不死(おそらく)であり、人間と子をもうけることはできない(実例がない)。

まあ、どれだけ甘く見積もっても、この現象は避けられません。


艦娘兵器派や民衆の心の奥底にあるのは、「恐怖」の感情です。




 

 

「くっ……なんとか撒けましたか……?」

 

「ええ……でも、照月ちゃんが、敵艦載機を落とす時に無理して……!」

 

「い、いいんですよ、飛鷹さん……皆さんが無事なら、それで……ケホッ……」

 

「話しちゃ駄目よ!照月!

アナタ、艤装のバリアが破れて、肉体部分にダメージが及んでるじゃない!

さっきウチの鎮守府と近隣鎮守府に救難要請をしたから、何とかなるわよ!絶対!」

 

「能代……そうは言うけどさ、やっぱりちょっと厳しいかもねぇ……

私たちの何人かは帰れないかも……まったく、やんなっちゃうよ」

 

「希望を捨ててはいけません!

この程度、5年前の襲撃と比べれば、なんということもありません!」

 

「あぁ、榛名は経験者だっけか……

すまないね、弱気になっちゃって……」

 

「そうよ、隼鷹。

こんなところで沈むわけにはいきません。私たちにはまだまだ、やるべきことがあります」

 

「高雄……」

 

 

ラバウルのソロモン海。

そこにはいくつかの諸島があるのだが、その中のある島に、現在ある艦隊が避難している。

 

まったく予想していない深海棲艦の強襲に遭い、大打撃を受けてしまった面々。

満身創痍という言葉がふさわしい。

 

彼女たちの所属はラバウル第1基地。所属艦隊は第2艦隊。

いち海域を束ねる第1基地の、実力No2集団である。

 

メンバーは、以下の通り。

 

 

旗艦 

重巡洋艦『高雄』

 

旗下

戦艦『榛名』・軽巡洋艦『能代』・駆逐艦『照月』・軽空母『飛鷹』・軽空母『隼鷹』

 

 

第2艦隊にして戦艦・空母を計3隻も抱える強力なメンバー。

他の鎮守府の第1艦隊に、勝るとも劣らない実力を持った艦隊だ。

 

 

……そんな実力者集団である彼女たちが、何故ここまで追い込まれているのか。

 

 

「でもさ、なんであんな強力な敵がいるのかね……

つい先日、第1艦隊が掃討したばかりだっていうのに……

榛名なら、なにか心当たり、あったりするかい……?」

 

「……それは私にもわかりません。

今まで通りなら、縄張りを陣取るボス艦隊を撃破すれば、少なくとも一か月は強力な敵は現れませんでした……

なにかが起こっているのかも……私達には知る由もない、何かが……」

 

「高雄さん……そ、それって……もしかして、また、5年前みたいな……!!」

 

「わからないわ、能代。

それも気になるけど、今はこの危機を乗り越えることに集中しましょう」

 

「は、はい……」

 

 

彼女たちはこの海域、6-5海域を、解放しに来たわけではない。

海域解放はすでに、ラバウル第1基地・第1艦隊によって達成されている。

彼女たちの目的はあくまで哨戒任務。はぐれ深海棲艦を掃討するために出撃してきたのだ。

 

だというのに、彼女たちはとても強力な空襲に遭遇した。

少なくとも、実力者である彼女たちですら、危機に追い込まれてしまうほどの攻撃に。

 

 

……現在彼女たちの被害状況は以下の通り。

 

高雄・小破

榛名・中破

能代・小破

照月・大破

飛鷹・中破

隼鷹・中破

 

特に被害が大きいのは照月。

彼女の制服艤装はバリアとしての機能を失い、肉体部分に損傷が及んでいる。

他のメンバーについては肉体的損傷はないものの、艤装の損傷は大きく、普段の半分の火力も出すことができない。

かろうじて普段に近いチカラで戦えるのは、小破のふたりだけだ。

軽空母のふたりについては、カタパルト代わりの巻物が破損し、艦載機発着が不可能な状態。

 

これ以上の継戦は不可能といってよい。

 

 

「油断したわけじゃないんだけどねぇ……

ゴメンよ、みんな。艦載機の処理は、私達の役目だっていうのに……」

 

「ええ……言い訳するわけじゃないけど、隼鷹の言う通り、油断も慢心もなかったの……

でも、ごめんなさい……私達のせいで、頑張って艦載機撃墜をしてくれた照月ちゃんが……」

 

「わかっていますよ。おふたりとも。ご自分を責めないで下さい。

あの量の艦載機が飛んできては、今の装備では、どうすることもできません。

おそらく、敵艦隊には鬼級……いえ、姫級が複数いるとみていいでしょう」

 

「榛名の見立ては正しいでしょうね。

はぐれ深海棲艦掃討用に、ふたりは艦攻・艦爆を中心に艦載機を積んできているのだから、航空戦の結果を責めるつもりなんてないわ。

当面の問題は、何故姫級が、しかも航空戦だけでここまでの打撃を与えてくるような、上級の姫級がいるのか。

そしてそれ以上に、その姫級からどうやって逃げ切ることができるのか」

 

「私も姫級とは何度か戦ったことあるけどさ、今回の感覚は、そのどれよりもヤバいよ。

多分だけど敵は、艦上偵察機も積んでる気がする。

このまま島から出て逃げようとしても、見つかって追いつかれるんじゃないかな……」

 

「私も隼鷹と同意見。今動くのは危険だわ。

ここでやり過ごすしかないと思う……」

 

 

罪悪感を感じながらも、冷静な判断を下す、飛鷹隼鷹姉妹。

 

これだけの被害状況であるにもかかわらず、彼女たちは敵艦隊の姿を見ていない。

艦隊の姿が確認できないほど距離が離れている状況で、航空戦が行われ、それのみでここまで被害を出してしまったからだ。

いくら航空戦が、砲撃が届かないほどの距離で行われると言っても、ここまでの超長距離で補足されるのは予想外だ。

それだけ広範囲の索敵能力を持ち、視界が届かないほど離れた距離にある艦載機を、自由自在に操る。

相手の実力の高さが否応なしに伺えるというものだ。

 

 

「おふたりがそう言うなら間違いないんでしょうけど……

でも、このままじゃ照月が……!」

 

「い、いいんです……能代……さん……私の事は気にせず……」

 

「弱気になっちゃだめよ、照月!

私達をカラダを張って守ってくれたアナタに何かあったら、お姉さんの秋月に、私、あわせる顔がないわ!」

 

「あ……秋月姉ぇ……」

 

「そうです、照月さん!

アナタの帰りを待っているお姉さんのためにも、諦めないで下さい!」

 

「は、榛名さん……ありがとう……ございます……」

 

「希望を捨ててはいけないわ。

先ほど能代が言ったとおり、私達の現状を、予想される敵艦隊の規模も含め、救難要請で送ってあります。

連合艦隊を組んで救援を出してくれれば、迅速な救助の可能性はある。

最後の最後まで、諦めることは許しません」

 

「……はい」

 

 

 

……緊急時に冷静でいるのは、旗艦に求められる重要な能力のひとつだ。

筆頭秘書艦でもある高雄は、あくまで冷静に、落ち着いた物腰でメンバーに接する。

 

しかし彼女も内心では、非常に焦っていた。

現状かなり危機的状況にあることは間違いない。

 

 

 

……救援要請は出したけど、この位置で通信が届くのは、第6と第8、そして第10基地でしょう。

 

しかしその3基地はどこも、この強敵に対抗できるほどの航空戦力は有していない……

さらに言えば、どこも規模の小さい鎮守府なので、連合艦隊を組めるほどの戦力も期待できない……

 

……どうしたって、早急な助けは期待できないわ。

やっぱり私達だけで血路を開くか、ウチの第1艦隊の到着を待つ他無さそうね……

 

 

 

危険な状態にある照月を励ますために、希望的なことを言ったものの、彼女にはわかっていた。

自分たちが取れる選択肢は、ふたつしかないことを。

 

 

多大な犠牲を払い、現在のメンバーだけで撤退するか、

かなり時間がかかるが、第1艦隊の到着を待つか。

 

 

前者を選べば、敵に捕捉された場合、この中の半数以上は生きて帰れないだろう。

殿を誰かが務めれば、全滅は避けられるだろうが。

 

後者を選べば、10時間近く敵の捕捉圏内に留まることになり、見つかった場合全滅は必至だろう。

そもそもその場合、照月の体力が持つかどうかという問題があるが。

 

 

「……」

 

 

判断ミスは許されない。

最善手を打てたとしても、犠牲無しで切り抜けられるかも怪しい。

 

犠牲を出して、少人数の生き残りを選ぶか、全員生存か全滅かの、イチかバチかを選ぶか……

 

心の中の激しい葛藤をメンバーに悟られないよう、務めて無表情に決断を下す高雄。

 

 

「……満足に動く事ができる者が少ない以上、撤退を選ぶことはできません。

この島に留まり、救援を待つことにしましょう」

 

 

高雄も榛名、能代と同じく、5年前の本土大襲撃の経験者。

激しい戦闘で仲間が沈む経験は何度もした。

ここぞという時に仲間の命までも計算に入れ、国を護る覚悟はできていた。

 

……しかしここ数年の平穏は、彼女のその覚悟を薄めてしまっていた。

自分の命を捨てることはできても、仲間の命を捨てる決断は、彼女には出来なくなっていた。

5年という平穏な日常は、冷酷で苛烈な決断を下すには、あまりにも長すぎたのだ……

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「叢雲も、お茶飲む?」

 

 

救援要請を受けて出撃した、ラバウル第10基地の研修組。

彼女たちと鯉住君は、小型艇の中でくつろいでいた。

 

 

「いただくわ」

 

「いやー、龍田が護衛してくれてるおかげで、安心していられるねぇ」

 

「そうですね。龍田さんには感謝ですね」

 

「龍田ったら、『なんとなく』で片っ端から潜水艦沈めるんだもの。

正直ありえないわ。

どんだけ強くなってんのよ、あんたら……モグモグ」

 

 

設置しておいた給湯器からお湯を出し、お茶を飲む面々。

備え付けの和菓子をもしゃつきながら、叢雲が天龍に視線を向ける。

 

 

「フフ、俺たちの実力はこの程度じゃねぇぜ?

ていうか、あんなに気配が消しきれてない潜水艦なんて、狙ってくれっていってるようなもんだろ?

対潜が得意な龍田だけじゃなくて、俺だってあの程度の相手なら問題なく沈められるって」

 

「ったく……ソナーも使ってないってのに、よくやるわ」

 

 

褒めているんだか、呆れているんだか、よくわからない反応をしている叢雲。

彼女たちの会話を聞いて、北上大井姉妹もそこに参加する。

 

 

「ズズッ……っぷはー。お茶うまー。

アタシもあれくらいならできるよ~。なんとなく敵の気配ってのは感じられるよね~」

 

「流石です!北上さん!」

 

「ムシャムシャ……饅頭うまいわー。

大井っちだって敵の位置くらい分かるっしょ?アタシとは違って計算だけどさ」

 

「まぁ、敵の配置されていそうな地点の予測くらいなら、簡単ですね」

 

 

緊張感のかけらもない船内である。

これから危機に陥った艦隊を救助しに行くとはまるで思えない。

 

 

「ズズーッ……ゴクン……ふぅ。

ねえアンタ、そろそろ私、龍田と護衛交代してくるわ」

 

「お、すまないな、叢雲。

龍田にはお茶とお茶請けを用意してあるって伝えといてくれ」

 

「わかったわ。

あと10分くらいで着くと思うし、ここからは最後まで私が護衛するわね。

救助対象が見えてきたら知らせるから、そっちでも救助信号は拾っといてよ」

 

「わかりました!それは私がやっておきますね!

ホントは私も護衛のお手伝いをしたかったんですが……」

 

「そこは気にしないでいいよ、古鷹。

キミは重巡だから潜水艦に対抗手段がないからね。そこは艦種の違いだから」

 

「わかってはいるんですが、皆さんにばかり働いてもらって、申し訳なくて……」

 

「大丈夫だっていってるでしょ?

だいたい古鷹はしっかり通信関係をやってくれてるんだから、ちゃんと仕事してるわよ。

そこのお茶くみよりマシよ」

 

「叢雲さんや。そのお茶くみってのは俺の事なのかい?」

 

「アンタ以外に誰がいるのよ」

 

「辛辣ぅ……」

 

「だ、大丈夫ですよ提督!

提督の今日一番の仕事は、救助対象の艦隊とのやり取りなんですから!

道中は私達に任せてくださいね!」

 

「あぁ……やっぱり古鷹は優しい……

心が洗われていく……」

 

「そ、そんな……当然のことを言ったまでです」

 

「……シッ!!」

 

 

ボゴオッ!

 

 

「ツアァッ!!」

 

 

いつものタイキック。

 

 

「だからアンタは古鷹に色目使うんじゃないわよ!

行ってくるわ!フン!」

 

 

ガチャン!!

 

 

「いたひ……」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 

勢いよく退出する叢雲。

ケツを抑えてうずくまる提督。

それを心配してあたふたする古鷹。

それを面白がって見る北上。

提督に冷たい視線を送る大井。

細かいことを気にせずお茶請けをほおばる天龍。

 

 

いつも通りの光景である。

 

 

「やっぱり提督とフルちゃんって仲いいよね~

ウチで一番仲いいのって、ふたりなんじゃないの~?」

 

「「 そ、そんなことない(です)って…… 」」

 

「ね?言ったとおりっしょ? 大井っちもそう思うよね~?」

 

「……さぁ? どうでしょうか……」

 

 

冷たい目で鯉住君を見据える大井。

それを横目で見る北上は、明らかに楽しんでいる。

 

 

「おぅ……大井、その、なんかゴメン……」

 

 

いつもの調子ながらも、最大船速で目的地に向かう一行。

彼女たちは、待ち受ける強敵にどう立ち向かうのだろうか?

 

 

 




シリアスな内容書くと疲れますね……
まあ、言うほどシリアスじゃないですけども。


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第55話

解放済み海域について


このお話では、ゲームとは違って、一旦解放した海域では敵艦隊は明らかに弱体化します。
哨戒任務が遠征扱いなのは、こういった理由からです。
大した敵がいなくなるので、ガチ装備でなくとも問題なしというわけです。

わざわざ哨戒する理由は単純で、そうしていないといつの間にかボスが復活するからです。
そうなると未解放海域に逆戻りしてしまい、苦労が水の泡。
それだけは避けたいというのが共通認識です。

しかし哨戒任務といえど、6-5は6-5なので、弱体化後の海域でも、

戦艦タ級フラッグシップ
軽空母ヌ級エリート
軽巡ヘ級エリート
駆逐イ級後期型エリート×3

みたいな艦隊には普通に遭遇します。
はぐれ艦隊や潜水艦も多いため、哨戒といえど、かなりの戦力を投入せざるをえません。

第2艦隊がわざわざ出張ったのも、そういった理由からですね。





 

 

 

時は少し遡り、第10基地の面々が出撃した少し後。

諸島に避難した第1基地の第2艦隊の面々は、緊迫した濃密な時間を過ごしていた。

 

そんなギリギリの状況の中、ひとつの転機が発生した。

 

 

「……!! こちらからの通信に反応アリ!」

 

「!? ホントですか!?」

 

「ど、どこからだい!? 能代!」

 

 

通信機器を使って救援要請信号を送っていた能代が、突然大きな声を出す。

皆半ば諦めていた救援が来るというのだ。喜びよりも、戸惑いを隠せない。

 

 

「待ってください!暗号解読します!!」

 

 

……

 

 

「……わかりました! ラバウル第10基地から、『こちらに小型艇で向かう』とのことです!」

 

「だ、第10基地……!?

能代、それは間違いではないのね……?」

 

「ええ、間違いありません!」

 

「そんな……どういうこと……?」

 

 

能代からの暗号解読結果を受け、驚きとともに疑いの言葉を発する高雄。

 

それは無理からぬこと。

ラバウル第10基地は、設立してから半年ほどしか経っていない、小規模な鎮守府だ。

 

 

最初に気になった点は、あそこには空母が1隻も在籍していないということ。

 

こちらからの救援要請に添えた戦況報告には、『超特大級の航空戦力を有する深海棲艦により、艦隊半壊』という情報を入れてあった。

 

あの真面目な鯉住少佐が、そんな重大な情報を見過ごすはずがない。

そしてそれがわかっていて、制空権を喪失した状態で戦わざるを得ないと知っていて、義侠心に駆られて出撃指示するほど無謀でもないはず。

 

 

……さらに言えば、第10基地のメンバーは高雄も知る艦娘ばかりだ。

 

初期艦として着任した叢雲は、ラバウル第1基地で建造された艦娘だし、

古鷹、大井、天龍、龍田の4名は、鎮守府設立当初に、第1基地から異動した面々。

 

彼女たちの実力では、とてもではないが、目の前の未知の強敵には叶わない。

大規模作戦の度に声がかかる、自分たち第2艦隊のメンバーですら、この有様なのだ。

どこをどう考えても、勝機があるとは思えない。

 

 

だからこそ高雄には全く分からなかった。

何故、不可能だと分かって救援に来ると言うのか?

しかも提督自ら小型艇に乗って、この危険な海に……

 

 

「……申し出はありがたいですが、第10基地の艦隊の実力では、死にに来るようなものです。

能代。再度現状を添えて、連絡を入れなさい。来てはいけない、と」

 

「……はい。承知しました」

 

 

落胆が隠せない能代に申し訳なさを感じながらも、高雄は冷静に指示を下す。

 

こちらの都合で、新たな被害を出すなど以ての外だ。

高雄には鯉住少佐の意図は読めなかったが、自身の知る情報を踏まえて、彼らの救援は失敗に終わると判断した。

 

照月の容態を考えると、藁にもすがりたい状況であるのはよくわかる。

しかしそのような感情で、作戦の成否判断を曇らせてはいけない。

電文を送る能代の後姿を見ながら、これでよかったんだ、と自身を納得させる高雄。

 

 

……

 

 

「……!? た、高雄さん! 第10基地から返答がありました!!」

 

「……内容はどのようなものですか?」

 

「『極力戦闘は避けて向かうので、燃料弾薬については心配ない。位置把握のために継続的な通信を要請する』だそうです……」

 

「な、何を言っているの……!?

そういう問題ではないことくらい、分かるでしょう……!?」

 

「私もそう思うんですが……

噂の鯉住少佐というのは、どういった方なんですか……?大丈夫なんですか……?」

 

「ストレス耐性が高いとは言えないけど、信頼できる人物よ……

だからこそ、この連絡は理解できないわ……

第10基地には航空戦力は配備されていないというのに……」

 

 

冷静であるように務めていた高雄であるが、この返答による動揺は隠せなかった。

それも当然。こちらの意図は伝わっているはずなのに、見当外れな物資の報告である。

 

まるで『戦いになっても問題はない』と言っているように取れる反応。

どう考えても、そんなはずはないのに。

 

 

「ねぇ高雄。私思うんだけど、何か作戦があるんじゃない……?

いくらなんでも6-5に、航空戦力も無しで無策で突入なんて、信じられないわ……」

 

「私も飛鷹と同意見だよ。

そこまで自信ありげに連絡してきたんだし、何かあるはずじゃないかい……?

当たり前だけど、命欲しさに言ってるんじゃないよ……」

 

「わかっているわ。けど……

航空戦力も無し、実力も不足、それに加えて提督自ら出撃……

この状況で、一体どんな秘策があると言うの……?わからない……!」

 

 

引き返すように改めて現状を伝えるも、見当はずれな返答。

どうやら多大な自信がある様子だ。

 

軽空母のふたりが言うように、何か秘策があるというのだろうか……?

非常に頭脳明晰な高雄だが、今回の件に関しては、どう考えても納得いく答えが出ない。

 

 

 

……高雄は気持ちを切り替え、これ以上彼らの意図について考えるのを止めた。

考えてもわからないものはどうしようもないし、そもそも相手に引き返す気がない。

 

そこで思考の方向性を変更し、これから起こりうる結果についての対策を考えることにしたのだ。

 

 

まず最悪のケース。

それは、第10基地の面々が道中で深海棲艦に敗れ、全滅すること。

これはもうどうしようもない。そうならないように祈るのみだ。

 

そして最善のケース。

それは、無事にここまで第10基地の面々が到着し、姫級に捕捉されず、全員でつつがなく撤退できること。

これについても考えることはない。そうなってほしいものだ。

 

最後に一番ありそうなケース。

それは、ここまで第10基地の面々が辿り着くも、敵の姫級に捕捉され、再度猛攻を受けること。これは絶対に避けなければならない。

 

 

そのためには、小型艇の接近を敵に気づかれないようにする必要がある。

予想できる、様々な要素を考えてみる。

 

 

姫級に捕捉されないためには、今いる島を盾にして、姫級がいる方向の反対方向から接近してもらうべきだ。

そのために自分たちは、島内を移動しなければならない。

 

そして、通信も最低限にした方がいいだろう。

深海棲艦に通信傍受機能が備わっているのは、5年前の本土大襲撃の際に発覚している。

過剰な通信はこちらの位置を捕捉される原因となりかねない。

あちらからの連絡は控えてもらい、こちらからの連絡も、姫級に捕捉された時などの緊急時に絞った方がよいだろう。

 

そして、シンプルであるが、モーター音。

深海棲艦にも五感は当然存在するはず。音は自分の位置を相手に伝えてしまう、大きな要因だ。

ここにたどり着くしばらく前には、船速を落としてもらうべきだろう。

 

さらに、まだ考えられる要因はある。それは敵の哨戒にかち合うことだ。

この海域では常に海底に潜水艦が蠢いていて、その全てに対処するのは、歴戦の艦でも不可能に近い。

その潜水艦に見つかってしまったら、戦闘が発生する。

そしてその気配は、当然姫級も察知するところとなるだろう。

それを避けるには、ソナーによる索敵を厳とし、敵潜水艦の察知範囲に入らないことが必要だ。

第10基地の面々がソナーを装備してきていればよいのだが……

 

 

 

「……能代。第10基地の皆さんに、電文を送ってちょうだい」

 

「は、はい。内容はどのようなものに……?」

 

「それはね……」

 

 

事態の悪化を避けるため、先ほどまでに考えていた内容を伝える高雄。

それを受け、能代は、注意喚起の電文を送る。

 

 

「……それでは今から私達は、姫級のいる方角から見て、島の反対に移動します。

鯉住少佐が何を考えているかはわかりませんが、私達にできることは限られています。

人事を尽くして天命を待ちましょう」

 

「はい!わかりました!

照月ちゃん、大丈夫? 苦しいと思うけど、頑張りましょう!」

 

「は、はい……ありがとうございます……榛名さん……」

 

 

榛名は安静にしている照月に肩を貸し、移動を始める。

他の者もそれに続き、歩き始めた。

現状が全くつかめない不安はあるが、できることをするしかないのだ……

 

 

 

・・・

 

 

 

そこから不安な時間が数時間流れた。

第10基地の面々との通信は暫く前に禁止とし、自分たちのいる島内の細かい位置は伝達済み。

 

暫く前まで問題なく通信できていたことから、

幸いなことに、最悪のケースである『道中で全滅』の危険は回避できたようだ。

ひとまずは安心といったところ。

 

……やれることはやった。

もしも姫級に補足された際に、殿となって命を張る覚悟もできている。

あとは救援を待つのみである。

 

 

 

・・・

 

 

 

そして……

 

 

 

・・・

 

 

 

複雑な心持ちでいる面々の視線の先、水平線の彼方から、ついに小型艇が現れた!

 

 

「あぁ……本当に、来てくれたんですね……!

榛名、感激です……!」

 

「信じられないよ……!

小規模鎮守府だってのに、よくあの潜水艦の巣を超えてこれたもんだねぇ……!」

 

「照月!見える!?私達、助かるかもしれないわ!」

 

「あぁ……これでまた……秋月姉ぇに……会えるの?」

 

「みんな、気を緩めるのは早いわ。むしろここからが正念場よ。

大きな動きをする以上、敵に捕捉される確率も跳ね上がるわ。

事は慎重に運ぶように」

 

「わ、わかったわ。高雄の言う通りね……」

 

 

誰かが犠牲になることを覚悟していたところに、まさかの救援。

歴戦のメンバーでも、どうしても喜びは抑えられない。

 

そんな中でも高雄は冷静であり、警戒を怠ってはいなかった。

先刻も考えていたように、今から訪れる瞬間が一番危険なのだ。気を抜けるはずもない。

 

 

 

 

 

……そんな状態で第10基地の面々を迎えたのだが……

 

 

 

 

 

「おお!久しぶりだなぁ!お前ら! 元気してたか~?」

 

「あらあらぁ。 知ってる顔がいっぱ~い」

 

「随分派手にやられたわねぇ。

栄光のラバウル第1基地・第2艦隊の名が泣くわよ?」

 

「コラ、叢雲。ケガ人に対していつもの調子で接するのはやめなさい。

……いつもお世話になっております。高雄さん。

怪我を負っている方もいるようですので、古鷹に手当てしてもらってください。

それじゃ応急処置を頼んだよ。古鷹」

 

「任せてください!提督!

それじゃ照月ちゃん。こっちに来てください!」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

あれ……?なんなのこれ……?

ここって難関海域で、提督が出張るほどの緊急事態なのよね……?

なに? この……なに……???

 

 

あまりのテンションのギャップに、フリーズする第2艦隊の面々。

 

 

「あ~あ。 皆さん固まっちゃってるよ。

よっぽどピンチだったみたいだし、アタシたちが来て、喜んでくれると思ったんだけどね~」

 

「そうですね、北上さん。お礼のひとつもないのはどうかと思いますね」

 

「あれ?この人たちって大井っちの元同僚でしょ?

なんか感慨深いとか、そういうの無いの?」

 

「元同僚といっても、それ以上の関係ではありませんでしたので、特には」

 

「ひゅ~。クールだねぇ」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

ツッコミどころが多すぎて、言葉が出てこない高雄とその他メンバー。

言葉は出なくとも、根が真面目で几帳面な高雄は、心の中で怒涛のツッコミを入れる。

 

 

 

半年前に送り出した時の姿から、全員様変わりしているじゃない……

 

大井と古鷹はわかるわ。ふたりとも改二になったのよね……?

いや、半年前は全然そこまで練度が高くなかったのに、なんで改二になってるの?っていう話だけど……

 

問題は、天龍と龍田、そして叢雲……アナタ達よ……

アナタ達のその格好、もしかしなくても改二よね……?

私、アナタ達に改二があるなんて知らないんだけど……世界初なんじゃないの……?

ていうか叢雲……アナタ、半年前は新兵だったじゃないの……

なんでしれっと改二になってるの……?

 

そして大井の隣のアナタは北上よね……?

鯉住少佐が着任してすぐにドロップしたっていう……

なんでもう改二になってるの……?おかしいじゃない……

 

そしてなんでそんなに全員余裕なの……?

緊張感をどこかに忘れてきてしまったの……?

近所の商店に行くときみたいな感じじゃない……ここって6-5なのよ……?

 

なんなの……?

救援に来てくれたのは嬉しいけど、どうしたらいいの……?

よくわからない……わからないわ……!

私には鯉住少佐がよくわからない……!!

 

 

 

高雄が混乱して、おめめグルグルになっているのを見て、鯉住君が声をかける。

 

 

「まぁまぁ、皆さん大変だったでしょうから、ひとまずくつろぎましょうか。

中にお茶とお茶請けを用意してあるので、一服して気持ちを落ち着かせた方がいいですよね。

……と、すみません。皆さん制服がボロボロでしたね。

北上と大井は皆さんに浴衣を用意してあげて。天龍と龍田は引き続き見張りお願い。

叢雲は皆さんと一緒に、敵についての情報共有しよう」

 

「おっけ~」

 

「承知しました」

 

「おう。バッチリ見張るぜ!」

 

「わかったよ~」

 

「任せなさい」

 

 

お茶……? 浴衣……?

 

 

「さぁさぁ、皆さん。どうぞ遠慮なさらず入ってください。

私は着替え終わるまで、外で待機してますので」

 

 

「「「 はい…… 」」」

 

 

人間よくわからないものに出会うと、考えることやめてしまうものである。

それは艦娘についても同様なようだ。

 

あまりにも理解できず、飲み込めない状況を前に、

言われるがままにするしかない第2艦隊のメンバーなのであった。

 

 

 

 




キリがつくまでは、さささっと投稿したいですねー。
勢いは大事。


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第56話

ギャグなので色々と大目に見てくれると嬉しいです。
ギャグなので……(免罪符感)




 

「改めまして、救援感謝します。鯉住少佐。

あのままでは私達は、誰かしら沈んでいたと思います」

 

 

ひと段落付いて、いつもの調子が戻った高雄は鯉住君に頭を下げる。

 

ちなみに照月は、応急処置ではあるが治療を受け、安静な状態で仮眠中。

他のメンバーも、艤装は小中破しているものの、肉体的には問題ない。

 

 

浴衣への着替えも済み、本当にお茶と和菓子で一息ついた面々は、情報共有を始めるところだった。

 

 

「いえいえ。困ったときはお互い様です。

というか、私は高雄さんにはお世話になりっぱなしで、頭が上がらないので……」

 

「相変わらず律儀な方ですね。

……このままお話していたいところですが、いまだ予断が許されない状況です。

敵の索敵範囲と攻撃可能範囲は、とんでもないものです。

一服しておいてなんですが、一刻も早く撤退しましょう。

情報共有は、撤退しながら行うのが良いかと」

 

 

ついつい彼らのペースに乗せられて、まったりしてしまったが、状況は何も好転していないのだ。

まだ見ぬ敵に、こちらが捕捉されるのは、今まさにこの瞬間であるかもしれない。

 

可能な限り迅速に、落ち着いて、撤退する必要がある。

 

 

「まぁまぁ。落ち着いてください。

ここはひとつ、私の部下に任せてはもらえないでしょうか?

今回の出撃は、部下の戦力情報を得るのも目的のひとつなので」

 

「な、何を言っているのですか、少佐!?

任せるって、まさか、戦いに行くつもりなんですか!?」

 

「まぁ、そうなりますね」

 

「バカめと言って差し上げますわ!!

アナタは直接見たわけじゃないでしょうから知らないでしょうけど、相手は本当に強いのよ!?

いくら部下が全員改二に至って、自信があると言っても、次元が違うわ!」

 

「へぇ。そんなに強いんですか。

えー……実際に航空戦を行った隼鷹さんか飛鷹さん。

敵の情報を教えてくださいませんか?」

 

 

あまりにワケの分からないことをいう鯉住君に、ついつい語気を荒げてしまう高雄。

しかしそんな高雄を見ても、彼はどこ吹く風だ。

 

 

「え……え、えぇ……?

そ、それじゃ私が説明するわ」

 

「お願いします。飛鷹さん」

 

 

高雄と鯉住少佐の、ちぐはぐな様子にどうしていいかわからず、言われた通り答えるしかできない飛鷹。

 

 

「その……相手の艦載機は鳥のような形をしていたわ。

そして……そうね……艦載機数は恐らく100……いや、150に届くかどうかだったわ……

そうよね?隼鷹?」

 

「あ、ああ。

しかも部隊は少なくとも8部隊はあったと思うよ……

とんでもない空襲だった。おそらく、姫級が2,3体いるんじゃないかな……?」

 

「うーん……艦戦は多かったですか?」

 

「か、艦戦……?

そうね……かなり多かった気がする……。

だいたい全艦載機数の3分の1程度だったかしら……」

 

「なるほど」

 

 

航空戦力もいないのに、艦戦の数を聞いてなんになるのだろうか……?

疑問は尽きないものの、彼のペースに流されるままになっている、軽空母のふたり。

 

 

「それでは、艦載機の練度はどんなものでした?

おふたりから見て、ご自身より上でしたか?」

 

「そ、そうだねぇ……練度自体もかなり高かったよ。私達と同じくらいかなぁ……

それに、あれだけの数の艦載機を、お互い干渉しないように操っていたんだ。

練度だけじゃなく、相手の連携を見ても、とんでもないもんだったよ……」

 

 

普通は航空戦力が複数人いる中で航空戦をする場合、お互いの艦載機の動きに干渉し、自滅しないよう、非常にデリケートな操作をする必要がある。

当然そのような操作を可能にするためには、日頃から訓練を欠かすことができない。

 

今回の空襲では、相手が複数人いるはずであるにも関わらず、非常に精密な連携が取れていたと感じているのだ。

 

深海棲艦とは思えないほど、高度な連携。

 

 

「そう……まるでひとりで動かしているような、見事な連携だったわ……」

 

「……ありがとうございます。

敵機は鳥型。艦載機数は150近く。そのうち3分の1が艦戦。

練度はかなり高く、連携は目を見張るほどであった、と」

 

「そうだね……アンタの言う通りで間違いないよ。

一応私達で数はある程度減らしたから、今は120程度になってると思うけど……」

 

「わかりました……」

 

 

軽空母のふたりからの情報をまとめているのか、目をつぶり、口に握りこぶしを当て、考え込む鯉住少佐。

彼を見て第2艦隊のメンバーは、何とも言えない表情をしている。

 

情報を聞いてなんになるのだ?撤退しないのか?

 

このような思いが彼女たちの胸中を満たしているのは、当然と言えば当然である。

 

そんな中、考えがまとまったのか、彼は目を開き、叢雲に話しかける。

 

 

 

 

 

「なぁ叢雲。今回の敵って1体だけだと思うんだけど、どう見る?」

 

「「「 !? 」」」

 

「そうねぇ……私もそれは考えてたわ。

ていうか、その規模で2,3体とかだったら、そっちの方が対処しやすくない?

そんだけ1体1体が弱いってことでしょ?」

 

「だよねぇ。

聞いてた限りだと、佐世保帰りの天龍龍田だけでもいけそうだけど、心配だよなぁ。

大井北上も一緒に行ってもらおうか」

 

「道中の護衛の様子を見てると、ふたりともかなり強くなったみたいだし、問題ないでしょ。

4人でいけばひとり当たり30機でしょ?しかも3分の1は艦戦。楽勝じゃない」

 

「それもそうか。

大丈夫だと思うけど、万全を期して、叢雲にも行ってもらっていいかい?

接岸して潜水艦の心配がないから、ここの守りは古鷹がいれば大丈夫だろうし」

 

「相変わらずアンタ心配性よねぇ……

いいわ。任されてあげる。ちゃっちゃと終わらせて来るわ」

 

「すまないねぇ」

 

「いいのよ」

 

「「「 …… 」」」

 

 

いったい彼らはなんの話をしているのだろうか……?

言ってることはわかるが、話の内容が飲み込めない第2艦隊のメンバー。

言葉も出ないとは、この事だ。

 

それでも頑張って言葉をひねり出す高雄。

 

 

「な、何を言ってるんですか……?そんな平常運転みたいに……?

危機的状況なんですよ……!?

今の話を聞いて、怖くないのですか……!?」

 

 

しかし、その問いへの答えはまた、彼女たちを絶句させるものであった。

 

 

「五十鈴教官の方が何万倍も怖いわ」

 

「龍驤さんの方が何万倍も怖いですから」

 

「……」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「へへっ!なかなか骨がある相手みてぇじゃねぇか!燃えてくるぜ!」

 

「そうね~、天龍ちゃん。

いっぱい活躍してぇ、提督にいい所見せないとね~」

 

「ひとり当たり20から30機でしょ?らっくしょうよ~」

 

「聞く限り、練度はそこそこ、3分の1が防空戦で無力な艦戦。

苦戦する要素がありませんね」

 

「アンタ達、空襲が終わってからも本体討伐があるのよ?

もうちょっと気を引き締めなさいって」

 

「ムラっちは真面目だねぇ。

ま、言ってることはその通りだけどさ~」

 

「そうね~ さっさと帰って、お家でゴロゴロしたいな~

……あ、せんすいか~ん」

 

 

 

バシュッ(爆雷の投射音)

 

 

……

 

 

ボゴウッッ(水中で金属がはじける音)

 

 

 

「ホントは俺ひとりでもできるってのによ。提督も心配性だよな~。

5人で出撃なんてよ」

 

「ま、アイツはそういう奴だから仕方ないわ。いまさらよ」

 

「ふ~ん? 『そういうところも嫌いじゃない』まで言わなくていいの?」

 

「な、何言ってんのよ、北上!

そんなこと思ってるわけないでしょっ!?

い、いい加減にしないと、酸素魚雷食らわせるわよっ!?」

 

「ごめんごめ~ん。やっぱりムラっちは面白いわ~。

……あ、そうだ。せっかくだからさ、競争しない?」

 

「あん?競争?なんの競争しようってんだよ?」

 

「せっかくうまいことふたりずついるわけじゃん?

だったらさ、天龍とたっちゃんチーム、アタシと大井っちチームで、どっちが艦載機多く落とせるか、競争しない?」

 

「へぇ……面白そうじゃねぇか!!

その勝負、受けて立つぜ!」

 

「うふふ~ 負けないわよ~? ……あ、またいた~」

 

 

 

バシュッ(爆雷の投射音)

 

 

……

 

 

ボゴウッッ(水中で金属がはじける音)

 

 

 

「おっけー。それじゃアタシも、張り切っていこうかね。

大井っちもそれでいい?」

 

「北上さんがいいのなら、私もまったく問題ありませんよ」

 

「……ちょっと、北上。

私はどうするのよ? ひとりでアンタたちと競わせようって言うの?」

 

「ムラっちは審判やってよ。

どうせ4人もいれば全部墜とせるんだからさ~」

 

「……ハァ、仕方ないわねぇ…… いいわ。引き受けてあげる」

 

「頼んだぜ叢雲!しっかり数えといてくれよな!」

 

「なんか艦載機撃ち落とすより、そっちの方が大変な気がするわ……」

 

 

第2艦隊メンバーの心配は何だったのか……

いつも以上にリラックスしながら、姫級がいるであろう方角へと進む一行。

 

そんな彼女たちの前に……

 

 

 

 

 

……ブゥーン……

 

 

 

 

 

ついに敵の艦載機が、水平線の彼方から姿を現した。

空を黒く埋め尽くすほどの数。さながら渡り鳥の大移動だ。

 

 

「あ、見えてきたわね。それじゃアンタ達、今から勝負開始よ。

……と、その前に」

 

「? どったの?ムラっち」

 

「飛鷹さんと隼鷹さんの実力を疑うわけじゃないけど、聞いただけじゃ本当の戦力は掴めないわ。

試しに相手艦載機の動きを見てみるのよ」

 

 

そう言うと叢雲は、装備してきた機銃を、艦載機の群れに向ける。

 

 

パララッ!!

 

 

ボボゥンッ!

 

 

叢雲の放った機銃の弾丸は、敵艦載機の積んでいた魚雷に着弾。

爆発が起こり、2機撃墜という結果となった。

 

 

「あらやだ。この距離だし外れるかと思ったけど、当たっちゃったわ」

 

「オイオイ!これから勝負なんだから、数を減らすんじゃねえよ!」

 

「しょうがないじゃない。こんな攻撃で墜とせると思ってなかったんだもの。

質より量ってところかしら……これくらいならホントに私が手伝う必要なさそうね。

 

……それじゃ、安全が確認できたところで、今から始めましょ。

勝負……開始!!」

 

「っしゃーっ!!墜とすぜぇっ!!」

 

「墜ちたい機体はどこかしら~?」

 

「やったろうじゃん!」

 

「いきますよ!」

 

 

運動会のいち競技であるかのように艦載機撃墜を始めた4人。

それを見る叢雲は、あくびしつつ迫る魚雷を撃ち抜きながら、カウントを始めるのだった。

 

 

 

・・・

 

 

艦載機撃墜中……

 

 

・・・

 

 

 

……ボゥンッ!

 

 

戦闘開始から1分が経過し、最後の艦載機が撃ち落され、元の平和な空に戻る。

5人とも機銃での擦り傷はあるが、魚雷、空爆に関しては被弾ゼロという結果となった。

 

 

「はい。そこまでよ。お疲れ様」

 

「あーーーっ!物たんねぇぜ!!もう終わりかよ!」

 

「ホントに機銃の弾一発で艦載機一機墜とすとか、天龍ヤバすぎっしょ……

どんだけ対空性能あがってんのさ……」

 

「うふふ~ さっすが天龍ちゃんね~。

研修の時よりも、す~っごく強くなってるわぁ。

指輪の効果凄いな~」

 

「まったく……天龍さんも龍田さんも、とんでもないですね……」

 

「はいはい。北上と大井も十分すごいから、気にしないの」

 

「それで、結果はどうなったんだ!?早く教えろよ!」

 

「せっかちねぇ……ま、いいわ、発表するわよ」

 

「1位は決まってるようなもんだけど、やっぱりこういうのってドキドキするよね~」

 

「そうですねっ。北上さんっ!」

 

「じゃあいくわね。

 

1位・天龍 45機

2位・龍田 32機

3位・大井 23機

4位・北上 20機

 

流石は天龍ね。対空に自信があるって言ってたのは伊達じゃないわ」

 

「よっしゃあっ!

赤城さんの艦載機を墜とせる様になるまで、死に物狂いで練習したんだ!当然の結果だなっ!!」

 

「さっすが天龍ちゃん。私も鼻が高いわ~」

 

「あー、もうちょっといきたかったなぁ。

また今度がんばろーっと」

 

「次は勝ちましょうね!北上さんっ!」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

艦載機撃墜大会を終え、敵の方角へ進む一行。

5分ほど進むと、水面に浮かぶ影が見えてきた。

 

……どうやら敵は2体いる様子、なのだが……

 

 

「……んん?

2隻いるっぽいけど、なんで倒れてんだ……?」

 

 

もっと近づいてみるとよくわかる。

ドレスっぽい服を着た白い人型生物は、水面に顔を近づけ、うずくまっている。

何故か優雅な黒い帽子をかぶって、ビキニを身につけている白い人型生物は、水面に横たわり、ぐったりとしている。

 

そのどちらもが、大変いかつい艤装を展開していることからも、彼女たちは深海棲艦だということが分かる。

 

なんだかおかしな体勢だが、そこにいるだけで周囲の空気が凍ったかの如き威圧感を漂わせていることを考えると、2体とも相当の実力を持つことが伺えるというものだ。

 

 

「うわっ……敵って、あいつらかー……

なんか超強そうなんだけど、大井っち、どう思う?」

 

「……そうですね。この底冷えする感覚、ただものではないでしょう。

しかしいったい何をしているんでしょうか……?」

 

「ちょっとヤバくない……?いや、負けるつもりはないけど。

龍田、アナタはどう見るかしら?」

 

「そうねぇ。レ級ちゃんと同じくらい強いかな~?

私達だけで来なくてよかったわねぇ、天龍ちゃん」

 

「まあなー。アイツと同じくらい強いのが2体とか、ちょっと気合入れねぇとマズいかもな」

 

 

対峙しただけでわかる、敵の実力。

地獄の研修帰りの面々は、軽口を叩いてはいるが、臨戦態勢を崩さない。

 

そんな面々のに対して何を思うのか、深海棲艦たちは言葉を発する。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……マヂ、モウ無理……」

 

「艦載機ガ墜トサレタ程度デ、ショゲカエルンジャナイ……

……オ!アレハ、マグロノ回遊ッ!?

流線形ノふぉるむ……ナント美シイノッッッ!!!」

 

「アンタハ気楽デイイワヨネェ……」

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだアイツら……

 

よく見ると、ドレスの深海棲艦の手には、水中のぞき眼鏡(水上から水中の様子が見れるアレ)が握られている。

 

どうやらドレスの方は水中観察をしていて、ビキニの方はやる気を失ってぐったりしているようだ。

 

 

「えーと……どうすんの?コレ……」

 

「なんだか倒してしまっていいのか、よくわからなくなりますね……」

 

「もうちょっと様子見てみる~?」

 

「そだな……なんか深海棲艦特有の悪感情も全然感じねぇしな」

 

「もぅ……何なのよ……」

 

 

のっけから出鼻をくじかれた5人。

敵をぶっ飛ばして提督に自慢してやろうと考えてはいたが、相手に戦意がないとなっては、無慈悲に攻撃を加えるのも気が咎める。

 

だったらさっきの強烈な空襲は何だったのか、という話になるが……

 

戸惑う5人であったが、それを知ってか知らずか、ビキニから声がかかる。

 

 

「ハァ……アンタタチ、戦ウノ……?

スンゴイ面倒ナンダケド……」

 

 

暑い日の猫のように、ぐったりしながらそんなこと言われてもなぁ……

 

 

「フム。立チ居振ル舞イヲ見ルト、ナカナカ実力アリソウジャナイ。

欧州ノ腑抜ケ共トハ違ウヨウネ」

 

 

ドレスの方はまだマトモそうだ。

 

 

「あー、と……

一応私達、アンタ達を倒しに来たんだけど、倒しちゃっていいの?」

 

 

よくわかんない雰囲気につられて、よくわかんないことを聞いてしまう叢雲。

 

 

「倒セルモノナラネ。マ、無理デショウケド」

 

「チョ……煽ンナイデヨ……

アッチガヤル気ニナッタラ、戦ワナクチャイケナイジャナイノ……」

 

「えーっと……さっきの空襲は、アンタの仕業なのよね?

そこの寝っ転がってやる気なさそうな奴。

戦いたくないなら、なんで空襲なんて仕掛けてきたのよ?」

 

「ダイタイノ奴ハ、アレデ帰ッテクカラ……

一歩モ動キタクナイシ、主砲モウチタクナイワ……反動ヲ抑エルノ、面倒クサイ……」

 

「あー……そゆこと……」

 

 

どうやらビキニは、とにかく動きたくないので、航空戦しかしたくない模様。

ものぐさここに極まれり、といったところか。

 

 

「なんか……もう、なんなのよ……!

アンタ達、他の深海棲艦とは全然違うけど、人類への恨みとか怒りとか無いの!?」

 

「恨ミハナイガ、怒リハアルワ。

アンナ低俗ナ連中、サッサト滅ボシタホウガイイ。

ソノ『クソ猿』ドモニ従ウ、オ前ラモナ。艦娘ドモ」

 

「私ノ目ノ前ニ現レナケレバ見過ゴシテモイイワ……面倒クサイシ……

モシてりとりーニ入ッテキタラ、掃除スル……面倒クサイケド……」

 

「あぁ、その辺はちゃんと深海棲艦なのね。

なんだか安心したわ」

 

 

物騒なセリフを聞いて安心してしまう叢雲。

なんだかおかしなワールドが展開されているが、どうすればいいのだろうか。

それは誰にもわからない様子。

 

 

「デ、結局戦ウノ?艦娘ドモ。

今ナラ見逃シテヤッテモイイワヨ?」

 

 

ドレスの方が挑戦的な言葉を発する。

それを黙って聞き流せない天龍。これに応答。

 

 

「はん!見逃すなんて、とんだ上から目線だぜ!!

この天龍様が相手してやるよ!かかってきな!」

 

「えー……なんかアタシ、あのダラダラした奴と戦いたくないんだけど……

なんかシンパシー感じちゃってさぁ」

 

「北上さんが戦わないなら、私も戦いません」

 

「構わねぇよ!ふたりとも!俺に名案があるっ!!」

 

「ちょ……!アンタの名案とか、嫌な予感しかしないんだけど!!」

 

 

叢雲の制止も聞かず、天龍はドレスに向かって大声で話し始めた。

 

 

「オイ!そこのヒラヒラした奴!

なんか相方もやる気ねぇみたいだし、1対1でやろうじゃねぇか!決闘(デュエル)だよ、決闘(デュエル)!

普通にやっても面白くねぇから、砲雷撃戦無しでやろうぜぇ!!

お前もなんか武器持ってるみてぇだし、ちょうどいいだろっ!!」

 

「デュ、決闘(デュエル)って、天龍ちゃん……!……ブフウッ!」

 

「ちょ、ちょっと!なにアンタ勝手に……!!」

 

 

天龍の暴走を止めようと、口をはさむ叢雲。

こんなわけのわからない提案に深海棲艦がのるはずがない。

それに、天龍に会話の主導権がとられたら、場がしっちゃかめっちゃかになってしまう。

 

 

「ヘェ!オモシロイッ!

愚昧ナ人間トハ違ッテ、騎士道ヲ心得テイルヨウネ!

イイデショウ!私ノ戦闘、堪能サセテアゲヨウジャナイッ!!

スマナイガ、オマエノ出番ハ今回ハ無イッ!!

ソコデだらだらシテルトイイワッ!!」

 

「私ガ戦ワナクテイインナラ、ナンデモイイワヨ……zzz……」

 

「えぇ……?」

 

 

なんであのドレス、ノリノリなんだろう……

天龍と同じ思考回路を持っているんだろうか……?

 

そして、自分が関係ないとみるや否や、一瞬で寝入るビキニ。

某国民的アニメの小学生じゃないんだから……

 

 

自分もよくお世話になった第2艦隊のメンバーが、こんな頭のネジが何本もぶっ飛んだヤツらにボコボコにされたかと思うと、すごく複雑な気分になる叢雲であった。

 

 

 

 




バイオレンスだったりシリアスだったりするタグが量産されるので、本編ではあまり出せない組織


・『隠形鬼(おんぎょうき)』

紀伊半島の山深くにあった集落。そこから始まったとされる、現代に続く隠密組織。憲兵隊の前身組織。
諜報力、強襲力、殲滅力において、世界随一の実力を誇る。
ちなみに加二倉中佐の古巣でもある。
彼の艦隊に所属する川内にも、そこでの技術は受け継がれている。


・『掟(ハタムラ)』

日本古来の漂泊の民、山窩(サンカ)を起とする、非常に強い結束力を持った集団。
かつて農耕民族である倭人にトケコミ、現在は国内外問わず、経済界、政界、軍など、あらゆる組織で人知れず活躍している。
自分がその組織に加入していることは決して明かさない。門外不出の法もいくつもあり、現代日本人とは違った価値観を持つ。
シンボルは両刃の短刀『ウメガイ(見事に断ち切るもの、の意)』。
実は三鷹少佐もこれに所属しており、それを知るのは秘書艦の陸奥だけである。




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第57話


やっと戦闘が始まると思ったら、砲雷撃戦じゃなく肉弾戦だったよ……
少年漫画っぽい戦闘になっちゃった……

本当に艦これである必要性が薄れますねこれは……

次に戦闘書くときは、それっぽくするから許してぇ!





 

 

 

「一応ルールの確認だ!

砲撃、雷撃は無し!それ以外の武器だけで戦う!負けを認めた方が負け!

それでいいか!?」

 

「問題ナイ!

フフ……久々ニ、マトモナ戦闘ガ楽シメソウダ!!

最近ノ相手ハ、ドイツモコイツモ手応エノナイ、タダ人間ノ命令ヲ聞クダケノ駒バカリ!

腑抜ケモイイトコロダッタカラネェ!!」

 

「安心しろよ!退屈なんてさせねぇからよ!

むしろ負けて悔しがる心配をしときなぁ!!」

 

「フハハッ!!威勢ガイイノハ嫌イデハナイワ!

ソノ自信、粉々ニ打チ砕イテクレヨウッ!!」

 

 

 

 

 

「……楽しそうねぇ……」

 

 

思った以上に、天龍とドレスの深海棲艦の相性はよかったようで、少年漫画のようなやり取りを楽しんでいる。

ふたりとも、すんごくいい笑顔をしている。

 

 

「天龍ちゃ~ん。頑張って~」

 

「いや~、なかなか面白そうじゃん。

天龍の武器ってあのでっかい剣でしょ?

研修で近接戦闘も習得してきたってことかな?」

 

「どうでしょうか。

天龍さんなら、ノリと勢いで決闘を申し出た可能性もありますね」

 

「あー。ありえるわー」

 

「zzz」

 

 

こっちはこっちで緊張感の欠片もない。

というか、なぜかビキニの深海棲艦を、巻き添え喰らわないように保護することになった。

 

それを天龍が申し出て、ドレスの深海棲艦がべた褒めするとかいう、謎の一幕があったりもした。

 

「戦イニ関係ナイ者ハ巻キ込マナイ!

腐ッタ脳味噌ノ人間トハ違イ、ヤハリアナタ、騎士道ヲ心得テイルヨウジャナイ!」

 

とか言ってた。

 

 

「なんで私達がこんな、よくわかんないことしないといけないのよ……」

 

 

思ってたような普通の戦闘が行われず、ちょっとだけ現実逃避する叢雲である。

 

 

 

・・・

 

 

 

ギャラリーはやんややんやと楽しんでいるが、当の本人たちは真剣である。

 

お互いある程度間合いを取り、戦闘の準備をする。

 

 

「俺の武器は、この剣ひとつでいい! お前はどうするんだ?

その両手で持っている、でっかいボウガンみてぇので戦うのか!?」

 

「ホウ……ろんぐそーど一本トハ、ナカナカ豪気ジャナイ。

シカシナ、私ハ遠慮スル気ハナイゾ?

当然コノぼうがんハ使ウガ、他ニモ色々ト使ワセテモラウワ。

本当ニアナタ、飛ビ道具ヲ使ワナイデモイイノ?

ソンナノデ勝負ニナルノカシラ?」

 

「余計な気遣いだぜ!剣一本あればお前をぶった切れるからな!」

 

「ナルホド……! コレガ『じゃぱにーず・さむらい』……!!

ソレナラバッ!遠慮スルコトハナイワネッ!」

 

 

バシャンッ!!

 

 

ドレスの深海棲艦はそう言うと、背中に背負う超巨大な艤装を海上に降ろす。

そして、その艤装の上部にある、これまた巨大な口のような部分に手を突っ込み、なにか取り出す。

 

 

ずるりっ

 

 

「……ん?なんだそれ?……魚?」

 

 

ドレスの深海棲艦が取り出したのは、全長1mはあろうかという、2対のヒレを持った、エイの形を模した艦載機(複葉機)。

しかしその艦載機には、機銃や魚雷などではなく、巨大な一本のノコギリ状の突起が前面についている。

 

どこをどう見ても艦載機というより魚にしか見えないので、天龍の言葉は的を得たものなのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魚……ダト……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズォッ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「 !? 」」」

 

 

 

 

 

一瞬にして場の空気が凍り付く。

天龍の言葉の何かが彼女の琴線に触れ、機嫌を損ねさせた。

 

常夏のラバウルにおいて凍死はあり得ないが、この空間にもし覚悟無き者がいたら、それに近い状態にはなるだろう。

 

先ほどまでの楽しそうな態度から一変、彼女は不機嫌を隠そうともせず、表情は怒りで歪む。

 

 

 

……ギャラリーの面々も、これには冷や汗を流す。

研修前の自分たちだったら、間違いなく気絶していただろう。

それほどのプレッシャー。

 

性格はアレだが、相手はとんでもない化け物だということだ。

 

 

 

「お、おい……何怒ってんだ?

どう見ても魚じゃねぇか……」

 

「マタ言ッタナ!?『魚』トッ!!ドウ見テモ、『まんた ※ 』デハナイカッ!!

えれがんとナまんとニモ似タ、美シイふぉるむッ!!

ソレヲ貴様ッ!!!ソレヲッ……!!横暴ニモ『魚』扱イ……!!

絶対ニ許サナイワッ!!!」

 

 

 

※マンタ……エイの一種。オニイトマキエイなど。世界中の海を回遊する。

 

 

 

「えぇ……? 別に魚でいいじゃねぇかよ……」

 

「クソッ!!貴様モ品性ノ欠片モナイ、無粋な輩ダッタカッ!

少シハデキルト思ッタガ、期待外レダッタナァ!!」

 

「あぁ、もう、よくわかんねぇけどよ!

やることは変わんねえぜ!こいつでテメェをぶった切る!!」

 

「ヤレルモノナラヤッテミロ!!艦娘ゴトキガアッ!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

切っ掛けはよくわからないが、とんでもないプレッシャーの中で、決闘が始まった。

 

ドレスの深海棲艦は怒りながらも冷静に、どんどん艤装の口内から、彼女が言う『マンタ』を引きずり出し、こちらに飛ばしてくる!

 

 

「喰ラエッ!!全方位カラノ突撃ッ!!

『まんた・そーふぃっしゅ・えでぃしょん ※ 』ッ!!」

 

 

※ソーフィッシュ……ノコギリエイのこと。ノコギリ状の吻が最大の特徴。

 

 

ブォンッ!!

 

 

彼女のマンタが、合計5機、その2対のヒレを羽ばたかせながら、天龍に突撃してくる!

 

今回は砲撃も雷撃も禁止であるため、機銃も同様に使用を控えているようだ。

しかしそれは、謙虚だとかそういうことではない。

機銃よりも効率的に、大打撃を与える手段があるということだ。

 

その手段とは、艦載機であるマンタによる、直接攻撃。

マンタの前面についたノコギリが、チェーンソーのように蠢き、唸りをあげている。

アレに触れればただでは済まないだろう。

 

 

「おぉ!やるじゃねぇか!!」

 

 

しかし天龍はこの危機にも動揺せず、自然体でいる。

日本刀を持った神通に近接戦闘を叩き込まれたのだ。この程度で怯んでいては話にならない。

 

 

 

ひらりっ

 

 

ザシュッ!

 

 

 

マンタの突撃に合わせて、うまいことそれをかわし、勢いのまま斬りつける。

 

しかし……

 

 

 

ギィンッ!!

 

 

 

(硬えっ……!)

 

 

天龍の剣はマンタのノコギリに受け止められる。

ノコギリ部分は非常に硬く、完全にチカラの乗った一撃でなければ通用しないだろうことが伺える。

 

 

「イイ動キヲスルッ!

ダガ、私ノ『まんた』ハ、ソノ程度デハ堕チナイワッ!!

ソシテ……喰ラエッ!!」

 

「……!! やべっ!!」

 

 

ドレスの深海棲艦の攻撃は、艦載機によるものだけではなかった。

むしろ艦載機は、敵の動きを鈍らせるための陽動の意味合いが強い。

 

本命は、今彼女が天龍に向かって引き絞るボウガン。

 

そこに番えられているのは、銀色に輝く、1mはあろうかという矢。

 

 

「なんなのよ!あの大きい弓と矢!

ていうかあの矢、銀色に光ってない!?もしかして、あれ、両刃剣!?」

 

「うわっ、エッグいわぁ……

あんなん喰らったら、一発大破じゃない?」

 

「そうですね。北上さん。

直撃したら制服艤装のバリアは一撃で吹き飛ばされそうです。

戦艦クラスなら1,2発は耐えられそうですが……」

 

「天龍ちゃ~ん。ファイト~」

 

「zzz……」

 

 

これにはギャラリーの面々も、一部を除き、驚きを隠せない。

ただでさえ当たったら大打撃の巨大ボウガンなのに、飛んでくるのは1mを超す両刃剣だという。

 

絶対に喰らってはいけない一撃だ。

 

 

「……へへっ!そう来なくっちゃな!面白くねぇぜ!!」

 

「強ガリヲ言エルノモ、ココマデヨッ!!」

 

 

ドゥンッ!!

 

 

砲撃の轟音にも負けない、鈍く、腹の底に響く発射音。

 

 

「……よっ!」

 

 

しかし天龍も心得たもので、軌道を読み、ひらりと回避する。

 

 

「チッ!ナカナカヤルヨウネ!

デモ……イツマデ保ツカシラッ!?」

 

 

そういうと、ドレスの深海棲艦は艤装の口内から、次々と先ほど同様の矢を取り出す。

 

 

「マジか……!!あの剣、何発もくんのかよ!

この飛び回るマンタ?だっけ?こいつらもウゼェしよぉ!

これじゃ近づけねぇ!」

 

「アハハッ!!『艦娘だーつ』ダ!

ネェ、ドコニ当テテ欲シイ? 頭?ソレトモ心臓?」

 

「くそっ!舐めやがってっ!!」

 

 

あれだけ大きなボウガンを引き絞るには、とんでもないチカラが必要だ。

人間では当然不可能だし、艦娘でも、戦艦クラスが目いっぱいチカラを込めて、何とかなるレベルだろう。

 

しかしドレスの深海棲艦は、まるで呼吸するかの如く、何のチカラも込めていないかの如き立ち居振る舞いで、超巨大ボウガンを引き絞っている。

 

やはり彼女は化け物級のチカラを有しているようだ。

 

 

 

ドゥンッ!!

 

ドゥンッ!!

 

ドゥンッ!!

 

 

「……チッ!……どうすっかな……!!」

 

 

天龍はマンタを捌きながら、うまく銀の矢をかわし続ける。

 

冷静であれば当たらない一撃だが、いつ終わるとも知れない攻撃は、集中力を削っていく。

このままでは敗北は必至。何か手を打たないといけない。

 

 

「……よしっ!これしかねぇな!」

 

 

何か思いついた天龍は、ほんのわずか、チカラを緩める。

 

それを見逃さないドレスの深海棲艦は、ここぞとばかりに、マンタとボウガンの一斉攻撃をかける!

 

 

「戦場デ気ヲ抜クトハ!馬鹿者ネッ!!」

 

 

ブォンッ!

 

ドゥンッ!!

 

 

「……ここだっ!」

 

 

天龍は敵の一斉攻撃に合わせ、マンタの陰に身を隠す。

そして剣で別のマンタを斬りつけ、ボウガンの軌道上に押し出す!

 

 

「ナニッ!!?」

 

 

ズギャアァンツ!!

 

 

矢が刺さっただけとは思えない強烈な衝突音を響かせ、

ボウガンの矢はマンタを撃ち抜く。

 

天龍の誘導が上手かったおかげで、一発の矢で、敵のマンタを2体仕留めることに成功した!

 

 

「どうだっ!俺の攻撃が通らないなら、お前の攻撃を利用するまでだっ!!

名付けて『矛盾大作戦』だっ!!」

 

「私ノ……!私ノカワイイ『まんた』タチヲ、ヨクモッ!!」

 

「お前がやったんだろ!?俺のせいにするんじゃないぜっ!!」

 

「オノレェッ……艦娘風情ガッ……!!」

 

 

自身のかわいがる艦載機(マンタ)を2匹も落とされて、頭に血が上るドレスの深海棲艦。

 

 

「へ~。天龍って矛盾なんて難しい言葉知ってたんだね~」

 

「意外ですね。北上さん」

 

「アンタら……それくらい天龍でも知ってるでしょうよ……」

 

「きゃ~ 天龍ちゃん、かっこいい~」

 

「ムニャムニャ……モウ食ベラレナイワ……」

 

 

相変わらず緊張感のないギャラリーである。

 

 

「これで魚は残り3匹。勝機が見え……ん……?」

 

 

戦局が一手分優勢になり、近接戦への道が見えた。

しかし、天龍は今、攻撃の手を抑え、何かに気を取られている。

 

 

「ちょ……おま……これもかよぉっ!?」

 

 

なにかを見つけ、ツッコミを入れる天龍。

彼女の手には、矢によって串刺しになったマンタが握られている。

 

 

「あれ?天龍どしたの?

さっき墜とした魚拾い上げて?」

 

「えぇ。戦闘のさなかというのに、どういうつもりでしょうか?」

 

「……あれ? なんかあの矢、おかしくないかしら……?

てっきり私、両刃剣だと思ってたんだけど……」

 

 

そう。銀色に光る、1mもある矢。

ここに居る誰もが、両刃剣だと思っていたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「剣か何かだと思ってたけど、この矢……

 

魚じゃねーかっ!!」

 

 

 

 

 

 

「「「 ええ……? 」」」

 

 

「オマエェッ!!!一度ナラズ二度マデモ『魚』ト言ウカァッ!!

許サン!許サンゾッ!!

 

ソレハ『魚』デハナイッ!『だつ ※ 』ダ!

海駆ケル銀色ノ弾丸ッ!!全テヲ貫ク研ギ澄マサレタ鋭利ナ吻ッ!!

十把一絡ゲニ、『魚』ナドト呼ンデイイ存在デハナイッ!!」

 

 

※ダツ……ニードルフィッシュとも。光に突撃する習性があり、人体程度なら問題なく貫くため、ダイバーは要注意。

 

 

「ダツでダーツってお前……!!ダジャレかよぉっ!!」

 

「ウルサイ!!崇高ナ『ぶりてぃっしゅ・じょーく』ダッ!!」

 

「イギリス人に謝れ!!」

 

 

両刃剣だと思ってたら、魚だった。

このドレスの深海棲艦、何考えてるんだろうか……?

 

そんなことを呆気にとられつつ考える叢雲。

 

 

「ダツ……で……ダーツッ……!!ヒィッ……ヒィッ……!!」

 

「あ~……たっちゃんのツボに入っちゃったみたいだねぇ……

しかしなんかアレだよね。気が抜けるよね……」

 

「もう帰ってもいいでしょうか?」

 

「……一応見届けましょ……一応ね……」

 

「zzz……日差シハオ肌ノ天敵……ムニャムニャ……」

 

 

 

 




ちゃんとそれっぽい理由はありますが、深海棲艦は性格が尖っていればいるほど強いです。
だから彼女たちは、かなり強い部類に入ります。


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第58話

濃厚なバトル回にしました(ギャグ要素がないとは言ってない)。





 

かわいがっている艦載機の『マンタ』を、天龍の機転で撃ち落とされてしまった、ドレスの深海棲艦。

彼女の心境は如何ばかりか。

 

 

「とにかくこれで、お前に近づけるチャンスが増えたぜ!

残りのこいつ等も同じように撃ち落してやるよ!」

 

「……」

 

「オイ!なに黙って……んん?」

 

 

すぅーっ……

 

 

艦載機が5機から3機になったところで、まだまだ戦況は圧倒的にドレスの深海棲艦に有利。

しかし彼女は、何を思ったのか、艦載機を回収。艤装の口内に戻した。

 

 

「……ドウヤラ私ハ、オ前ノコトヲ、心ノ底デ舐メテイタヨウダ……

慢心ナド、強者ノスルコトデハナイノヨ……!!

私ハナニヨリモ、自分ガ許セナイ……!!」

 

「……反省するのは結構だがよ、そのボウガンだけで戦おうってのか?

いくらなんでも当たらねぇぜ?」

 

「自戒ノ意味モコメテ……!オ前ノ土俵デ戦ウワ……!」

 

 

そう言うとドレスの深海棲艦は、またもや艤装の口に手を突っ込み、150cmに迫ろうかという幅広の刀を取り出す!

 

 

 

 

ズルリ……!

 

 

 

 

「私ノ愛刀……『太刀魚 ※ 』ッ!!」

 

 

 

 

違った。刀じゃなかった。魚だった。

 

 

 

 

「もうツッコまねぇからなぁ!!」

 

 

※太刀魚(たちうお)……サーベルフィッシュとも。刀身を想起する形状からその名がついた。立ち泳ぎするからという説もある。ムニエルや塩焼きが美味。

 

 

「オ前ノ名ハ『天龍』ト言ッタナッ!!英語デ言ウ『どらごん』ッ!!

コノ『太刀魚』ハ、奇シクモオ前ト同ジ『どらごん ※ 』サイズッ!

オ前ヲ切リ刻ムノニハ、ウッテツケナノヨォッ!!」

 

 

※ドラゴン(太刀魚)……釣り人業界では、特大サイズの太刀魚をドラゴンと呼ぶ。

 

 

「ちょっと何言ってっかわかんねぇけどよ!

接近戦で勝負ってことだな!?こっちの望むところだッ!後悔すんなよっ!?」

 

「オ前コソッ!!今カラ起コル絶望ニ備エテオクノネッ!!」

 

 

「「 ウオオオォォッ!! 」」

 

 

ダダッ!!

 

 

近接戦を始めるため、一気に間合いを詰めるふたり。

お互いを好敵手と見定め、気迫と闘志に溢れるふたりの表情には、うっすらと笑顔が滲んでいる。

 

 

 

ギィンッ!!

 

 

 

・・・

 

 

 

「ねー大井っち。今日の晩御飯何がいい?」

 

「そうですね。私はサバの味噌煮が食べたいですね。

北上さんは何を食べたいんですか?」

 

「アタシはね~、サケの塩焼きがいいかなー。

足柄さんにどっちか頼んでみようか?」

 

「ムニャ……さけッテさーもんノコト……?」

 

「あ、起きたの? おはよ~。

そだよ。サーモン。塩焼きにするとうまいんだよね~」

 

「フゥン。ナンダカ美味シソウジャナイ……私モ食ベテミタイワネェ。

ソノ『さばノ味噌煮』トカイウノモ気ニナルシ……」

 

「足柄さんの料理の腕はすんごいからね~

食べたかったらさ、連れてってもらえないか、自分で提督に交渉してよ」

 

「エー……面倒クサイ……」

 

「アンタ達、もうちょっと応援してやりなさいよ……

あと北上は、なんでそいつと仲良くなってんのよ……」

 

「天龍ちゃ~ん ファイト~」

 

 

ギャラリーは、一部を除き、もう、なんか飽きてきたようだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

ギィンッ!!

 

 

ガギイッ!!

 

 

ガギギギッ!!

 

 

 

刀身での壮絶な打ち合いが続く、ふたりの接近戦。

 

しかしチカラが拮抗しているわけではない。

あくまで純粋なチカラで言えば、ドレスの深海棲艦の方が圧倒的に上だ。

おそらくまともに打ち合えば、天龍は一瞬で吹き飛ばされてしまうだろう。

 

ではなぜこのように、拮抗した打ち合いを続けることができているのか?

それは天龍が、相手のチカラをうまく受け流すように立ちまわっているからだ。

 

 

斬撃の方向を刀で若干逸らす。

横薙ぎをされれば同じ方向に跳躍し、勢いを殺す。

相手がチカラを発揮できない攻撃の初動に、こちらの攻撃を打ち込む。

 

 

この数々の技術は、神通の教育(スパルタ)により、生か死かの瀬戸際で身につけたものだ。

 

天龍が現在、遥か格上の相手と互角に戦えているのは、その技術があるおかげと言ってよい。

 

 

「クソッ……!! 何故オ前は倒レナイノッ!?

ぱわーモッ!すぴーどモッ!りーちモッ!

全テ私ガ上回ッテイルトイウノニィッ!!」

 

「お前にはテクニックが足んねーんだよ!

そんな分かりやすい動きで俺に勝とうなんざ、甘ぇーんだよっ!!」

 

「てくにっくダトッ!? ソンナモノ、王者デアル私ニハ不要ッ!!

コノ圧倒的ナすぺっくデ、オ前ヲ這イツクバラセテクレルワッ!!」

 

「何がスペックだっ!!

テクニックがどんだけ戦闘に重要か、思い知らせてやるぜぇッ!!」

 

「ヌカセェッ!!艦娘ゴトキガァッ!!」

 

 

ギィンッ!!

 

 

 

・・・

 

 

 

「そういえばアンタたちって、いつも何食べてんのよ?

海女さんみたいに海に潜って、カニとかウニとか獲ってくるの?」

 

「頭悪イ奴ラハ、大体ソンナ感ジヨ……

私ハ面倒クサイカラ、部下ニ魚獲ッテコサセルワ……」

 

「へ~。そんな感じなんだ。

っていうかさ、魚ったって生魚でしょ?そのまんま食べんの?生臭いっしょ?」

 

「別ニ気ニナラナイワヨ……

栄養ハ問題ナクトレルシ……食ベ物ニコダワルヨリモ、だらだらスルホウガイイワ……」

 

「えー、もったないじゃん」

 

「ですね。せっかく味覚があるなら、料理をすればいいと思います」

 

「ダッタラあんたタチガ作ッテヨ……

ソノママ食べラレルノニ、ワザワザ加工スルナンテ、面倒臭スギルワ……

今カラ部下呼ンデ、魚獲ッテコサセルカラ、作ッテミナサイ……」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。

流石に海上で料理は無理よ。道具もないし」

 

「ナンナノヨ……今ノ全部、無駄ナヤリトリッテコト……?

ハァ……面倒クサイワ……」

 

「鎮守府に来れば、ご馳走してあげるけどね~」

 

「フゥン……人間ハ鬱陶シイケド、行ッテモイイワ……気ガ向イタラネ……zzz……」

 

「あ、また寝ましたね」

 

「天龍ちゃ~ん 素敵よ~」

 

 

もうすでに龍田以外戦闘を見ていない。

ギャラリーといっていいのかわからない面々である。

最後のツッコミの砦だった叢雲も陥落し、ついに無秩序状態になってしまった。

随分と平和なものである。

 

 

 

・・・

 

 

 

打ち合いは実に5分間にも及んでいる。

 

圧倒的なスペックの差にもかかわらず、ドレスの深海棲艦は、天龍に傷ひとつつけられずにいた。

逆に天龍は彼女の動きに慣れ、かすり傷程度ではあるが、徐々にダメージが入るようになってきている。

 

 

「クソッ……!クソォ!!

何故ダ!一撃当タレバ終ワルトイウノニッ!!

今マデノ奴ラハ早々ニ潰セタトイウノニッ!!

サッサトクタバルンダヨオオッ!!」

 

 

ギィンッ!!

 

 

「勝負を焦るのは、負ける奴のすることだぜっ!!

……そこだぁッ!!」

 

 

スッ……

 

 

「ナニッ!!?」

 

 

思い通りに攻撃が決まらず、激昂するドレスの深海棲艦。

怒りは相手への集中が逸れることにつながり、一瞬の隙ができる!!

 

 

ズバァッ!

 

 

「キャアアッ!!」

 

 

天龍の一撃がクリティカルヒット!

小破にも届かないが、これまでで一番のダメージが入る!

 

 

「どうだぁっ!」

 

「グ……ナンテコトッ……!!

欧州デ無敗、今マデニ一度シカ敗北シタコトノナイ、コノ私ガッ!!」

 

「負けの数が少ないのなんて、何の自慢にもならねぇんだよ!

俺が何百回神通さんに、たたっ斬られたと思ってんだ!」

 

「ググ……悔シイガ……オ前ノ実力、認メザルヲエナイヨウネ……!!」

 

 

激昂していたドレスの深海棲艦から、怒りの感情が消えていく。

その代わりに、静かで、落ち着いた殺意がにじみ出る。

 

 

「オ前……イヤ、アナタニハ最大級ノ敬意ヲ持ッテ、全力デ相手サセテイタダキマショウ。

フフ……マサカ、コンナトコロデ、コレヲ使ウコトニナルトハ思ワナカッタワッ……!!」

 

 

静かにそう言うと、ドレスの深海棲艦は、愛刀『太刀魚(生魚)』を艤装の口内に収納し、別の武器を引っ張り出した!!

 

 

 

ズルリ……!

 

 

……バッシャアアッッ!!

 

 

 

超巨大な鈍器が海面に振り下ろされ、身長を遥かに超える水柱が上がる。

 

今までの武器とは格が違う大きさであり、そのサイズは驚きの250cm、重量は400kg。

これで攻撃されれば、テクニックどうこうで何とかなる話ではない。

かわし切るには大きすぎ、受け流すには重過ぎる。

 

 

 

 

 

「なん……だと……!?」

 

 

 

「私ノ近接戦闘用最終兵器……『そーどふぃっしゅ ※ 』ッ!!!」

 

 

 

 

 

当然魚である。

 

 

 

※ソードフィッシュ……カジキのこと。温帯・熱帯域の外洋に単独で生息する。凶暴な性格。名前通り、硬質で鋭利に尖った吻をもつ。

 

 

「……ッ!!

流石にちょっとマズいかもな……!!」

 

「コレヲ引キ出セタコト、誇ラシク思ウノネ……!!

『そーどふぃっしゅ』ガ出タ時点デ、戦闘ハ終ワリヨ。

イイ試合ダッタワ」

 

「……へっ!もう勝ったつもりかよ!」

 

「ツモリ……?

戦イハコレデオ終イ。ソレハ事実ヨ。楽シカッタワ。

……ソレッ!!」

 

 

ブオゥンッ!!!

 

 

「……ッ!!」

 

 

バッ!!

 

 

ドレスの深海棲艦がカジキを振り下ろす!

それを間一髪かわす天龍!

 

 

バッシャアアッッ!!

 

 

驚くべきことに、天龍の立っていた場所の海面が『えぐれて』いる。

 

水が形を変えるより速く、重く、あれほど巨大な物体を振り下ろしたのだ。

まともに喰らえば艤装のバリアなど役に立たず、一発轟沈だろう。

 

 

(なんつー威力……!!こりゃあ長期戦は無理だな……!!)

 

 

「ヘェ……流石。ヨクカワシタワネ。

デモ、ズットハ無理。ソウデショウ?」

 

「……どうだかな……!」

 

 

(一撃で決めるしかねぇ!

するとやっぱり……アレしかねぇよな!!)

 

 

「教官……借りるぜ、アンタの技……!!」

 

 

バシュッ!!

 

 

天龍は何かを狙って、ドレスの深海棲艦に正面から突撃する!!

 

 

「ナンノツモリ……!? ソンナ分カリヤスイ攻撃……

……マァイイワ。今度コソオシマイヨッ!!」

 

 

天龍の攻撃に合わせて、カジキを振り下ろそうとした、ドレスの深海棲艦。

 

 

しかし……!!

 

 

 

 

 

 

 

カッ!!

 

 

 

 

 

 

「!!!??」

 

 

ドレスの深海棲艦の視界が白く染まる!!

 

 

 

なんだ!?何が起こったッ!?なんだこの痛みはッ!?

 

この私が、耐えられないほどの痛みッ!!?

 

分からないッ!!いったい、何がッ!!??

 

 

 

あまりの激痛にカジキを振り下ろす手が止まる!

 

その瞬間!

 

 

 

「喰らえええっ!!」

 

 

ズドォンッ!!

 

 

「グ……ア゛ァッ!!」

 

 

突撃の勢いを完全に乗せた突きが、人体急所のひとつ、喉に炸裂!

 

 

天龍の全身全霊を込めた一撃に、ドレスの深海棲艦のバリアはダメージを受け、中破することとなった!!

 

 

 

・・・

 

 

 

「グ……ガアッ……

一体……何ガ起コッタノ……!? アノ痛ミハ……!?」

 

「フゥーッ……これだけやって中破とか、やっぱお前、とんでもねぇな……

ル級フラグシップ程度なら、一発轟沈できる威力だぜ……?

まだ眼ぇ見えねえだろ?まだやるか……?

やるなら続けるけどよ……ハァ……ハァ……」

 

「……イイエ。

コノ私ガ、アナタミタイナ奴ニ中破ニマデサセラレタノヨ……

コノ勝負、私ノ負ケ……ソレデイイワ……悔シイケドネ……」

 

「そうか……それじゃこれで戦いは終いだ。

いい勝負だったぜ」

 

「フフ……ソウネ……本当ニ、イイ勝負……

……ソウダ、最後ノアレ、何ダッタノカシラ?

視界ガ白ク染マッテ、次ノ瞬間、激痛ガ走ッタワ……」

 

「ん?ああ。あれは探照灯でお前の視界を奪ったんだよ。

とびきり光量の多い、96式150cm探照灯でな」

 

「視界……ソウカ、ソレデ……

シカシ、コノ痛ミハ……」

 

「視覚神経は脳に直接つながってる中枢神経の一部だから、視覚への急激なダメージは、そのまま痛みに変換されるとかいう話だぜ?

ま、教官から聞いた話だから、詳しくは知らないんだけどよ」

 

「ソウイウコトナノネ……ソコマデ考エテイタトハ、恐レ入ッタワ……

ソレジャ、私ノカワイイ『まんた』や『だつ』を『魚』呼バワリシテ、激怒サセタノモ、作戦ノ一部ナノネ……

ソンナ誰デモ怒リ狂ウヨウナ発言デ、感情ヲ乱ストハ……私モマダマダダワ……」

 

「いや、魚云々は本気で思っただけ……」

 

「イイノヨ……言ワズトモワカルワ。……トモカク、イイ勝負ダッタワ!」

 

「……ああ、そうだな!」

 

 

ガシッ!!

 

 

ひと勝負終えて、友情の握手を交わすふたり。

 

今回の決闘(デュエル)は、ギリギリのところで天龍が勝利。

こぶしで分かり合う系の結末となったのであった。

 

 

 

「天龍ちゃ~ん お疲れ様~」

 

「zzz……んぁ? あ~……勝負終わった?」

 

「はい。おはようございます。北上さん」

 

「ムニャムニャ……赤身ヨリ……白身……」

 

「あぁ、もう……どうやって報告したらいいのよ、これ……」

 

 

 

 

 




例のふたりのシリアス面


・空母棲姫(気分で空母棲鬼だったり空母夏姫だったりする)


実は深海棲艦出現初期に顕現した古豪。
実力も非常に高く、索敵能力はやる気を出せば驚異の半径50㎞(FuMOレーダーが15~20km)。
搭載艦載機はこれまた驚異の150機越え(部隊数は10。10スロットと同義)。
空母棲姫フラグシップみたいな感じ。

欧州ではジブラルタル海峡に陣取り、スペイン、モロッコにある基地を全て壊滅させ、近隣の人類を殲滅した経歴を持つ。
おかげで彼女が地中海と大西洋の蓋となる形となっている。

彼女の索敵範囲に侵入した人類、艦娘は悉く空襲されるため、海峡一帯は陸海ともに完全進入禁止となっている。

本体に近寄る前に、とんでもない数の艦載機で無慈悲な空襲が行われるので、彼女の本体を見た者はほとんどいない。

空襲の様子から、聖書に登場する飛蝗が神格化した悪魔になぞらえ、『アポリオン』と呼ばれ、恐れられていた。


でも本人的にはそんなこと知ったこっちゃない。
ジブラルタル海峡に陣取った理由は、風が吹いてて気分がよく、食料の魚もよく獲れるから(配下のイ級とかに追い込み漁をさせてた)。
索敵範囲に人間の存在を許さないのは、自分の部屋から蚊を追い出す感覚。
空襲が強力なのは、砲雷撃戦(やろうと思えばできる)がめんどくさくて、能力の大半をそちらに割いているから。




・欧州棲姫(テンションが上がると壊になる)


こちらも深海棲艦出現初期に顕現した古豪。
空母棲姫同様実力は海域一。
航空戦艦としても深海棲艦としても破格の性能で、北海周辺の国々を恐怖のどん底に陥れていた。

北海の支配者であり、人間に激しい嫌悪感を持つ。
おかげで北海周辺の港町で現在人間が住んでいるのは、内湾の奥に位置するイギリスのロンドンのみ。
他はすべて彼女の手で壊滅した。

人類もしくは艦娘の存在を確認した際は、基本的には部下の戦艦棲姫や、無理やり引っ張って来た、友だちの空母棲姫(上述の個体)とともに攻撃を行う。

深海棲艦出現初期に、彼女を討伐しようと、人類の技術を駆使した総攻撃が行われたが(戦術核まで使用された)、まったく効果がなかった。

さらに艦娘出現以降、EU各国合同の、精鋭艦娘部隊による討伐作戦が展開された。
しかし、部隊所属艦娘のすべてが中破以上の被害を受けてなお、彼女を小破させることすらできなかった。

このことから無敵を意味する『インビンシブル』という呼び名で恐れられており、彼女の支配海域である北海は、完全に人類立ち入り禁止エリアとなっている。


実のところ彼女の人類嫌いは、『魚類の崇高さを理解しないサルども』とか思っているのが原因。
北海に陣取る理由も、『人類は油田開発とかいうふざけた名目で、魚礁をひとつ破壊したから、これ以上の魚類に対する横暴を許さないため』とかいう、ささいなことだったりする。
港町の存在を許さない理由は、『魚類の大量虐殺を行う漁師の存在は、この世の悪そのものである』とかいう謎の思考回路によるもの。


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第59話

投稿、止まるんじゃねぇぞ……(止まらないとは言ってない)


鬼級・姫級について


鬼級・姫級にも強さランクがあります。
エリート、フラグシップにあたる個体がいるということですね。

そして、そのような個体ほど知性が高く、コミュニケーションをとることができます。
ただし常識が違い、基本的に人類全滅を軸に行動するため、対話しようとしても失敗に終わります。

ただし、その中でも本当の強者たちは、その本能よりも優先する何かがあります。
性格が尖っているほど強いのも、それに関係しています。




 

 

「……(そわそわ)」

 

「……高雄さん、そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ」

 

 

敵の討伐に向かった5人の心配をし、落ち着いていられず、甲板でうろうろする高雄。

鯉住君と古鷹も彼女に付き合い、甲板で折り畳み椅子を展開し、待機している。

 

 

……他の第2艦隊のメンバーについては、船内で休息をとってもらっている。

大破した照月はもちろん、戦闘続行に難ありな中破の3人も、精神的にだいぶ参っていると判断したからだ。

 

いつ全滅するかわからないサドンデスな状況で、何時間も気を張り詰め続けたのだ。

戦闘慣れしてると言っても、その精神の消耗は計り知れないものであろう。

 

ちなみに能代は小破状態のため、他のメンバーよりも心身に余裕はある。

しかし責任感が強く、面倒見のいい彼女には、照月の看病係を任せることにした。

その方が彼女の気も紛れるだろうという配慮である。

 

 

「私には、何故少佐たちがそんなに冷静でいられるのかわかりません!

あんな大規模な空襲、私が艦娘として戦ってきた中でも、初めてなんですよ!?

少佐だって飛鷹、隼鷹から詳細聞いたじゃないですか!?」

 

「まぁまぁ。

研修先から届いた報告を見た限りでは、その程度の規模なら何とかなりますよ」

 

「その程度、って……!!」

 

 

鯉住君の余裕の反応に、言葉が出ない高雄。

 

 

「まぁ、分かりやすい報告をひとつお伝えしますとね。

あー……高雄さん、佐世保第4鎮守府の龍驤さんってご存知です?」

 

「え、えぇ……非常に実力のある艦娘という噂くらいなら……」

 

 

急な話題転換に困惑しつつも、彼の質問に答える高雄。

しかしその答えは、随分ふんわりしたものである。

 

 

 

・・・

 

 

 

実は彼女、ラバウル第1基地・筆頭秘書艦という、実力も地位もある立場に就きながら、佐世保第4鎮守府についてはほとんど何も知らない。

 

しかしその理由は、彼女が情報収集を怠っているからとか、そういったものではない。

 

 

知っている人は、そこが人外魔境だったり地獄だったり、そのようなものに例えられる場所だということを知っている。

しかし実のところ、そこの情報というのは世間には出回っていないのだ。

 

 

それはなぜか?答えは単純。

 

関わった者が語ることを拒むから。

そして、そもそもの話、そこに関わることができる者がほぼいないからだ。

 

前者の理由は、これまた単純。

あまりの機密事項の多さから、そこら辺で話せることなどほぼ皆無なうえに、もしそれを破れば夜襲が待っているから。

 

後者の理由も同様に単純。

そこと関われるほどの実力、もしくは人脈を持つ者など、日本海軍広しといえど、ほぼ存在しないから。

 

 

研修受け入れという、鎮守府を知る絶好の機会はあるものの、そこからドロップアウトしてきた艦娘は例外なく、前者のような状態になる。

誰も無事に帰って来られない場所。誰が呼んだか『鬼が島』。

 

 

そういうわけで、実質緘口令が敷かれた状態となっている。

世間に出回る佐世保第4鎮守府の情報は、『鬼が島と呼ばれるほどの危険地帯で、絶対に関わってはならない』というものくらいだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

だから高雄が、あれほどの実力者集団についての情報を持っていないのも、仕方ないこと。

 

実は彼女の指導者であった大和が、そこでの案件に高雄を関わらないようにさせていた、という理由もある。

かわいい妹分にまで、同じ気苦労を味わわせたくなかったのだろう。

 

 

「私は佐世保第4鎮守府の情報をほとんど知らないのですが……

そこの龍驤さんは、そこまで強いのでしょうか?」

 

「はい。強いです。ヤバいです。怖いです。本当に怖いです」

 

「そ、そこまで……」

 

「はい……

ひとりで上級の姫級3体を、さらっと相手どれるくらいにはヤバいです……

あとあの人、軽空母なのに夜戦の方が得意なんです……

もっというと、あの人の搭載艦載機数は55機なんですが、実質その3倍程度を相手にできなければ、戦いにすらなりません。

上限オーバーの分は、式神状態で補いますので……」

 

「え、ちょ、何言って……」

 

「彼女のことを知る人は、『紙剣(カミツルギ)の龍驤』と呼びます……」

 

「えー、あー……わかりました……もう大丈夫です……」

 

 

このまま彼に話を続けさせれば、知ってはいけないことを知ってしまう。

そんな考えが頭をよぎったため、高雄は話題を打ち切ることにした。

 

 

「まぁ、そんな龍驤さんと演習をして、天龍も龍田も、彼女を小破に追い込むまで健闘できたみたいなんです。

私は随分この報告を見て驚きましたよ。そこまでできるようになったのか、って」

 

「は、はぁ……」

 

 

軽空母相手に小破程度なら、普通にできるのでは……?

一瞬そう思うも、先ほどの話を思い返し、納得することにした。

 

 

「だから艦載機120機相手で、しかも5人なんですから、まあ大丈夫でしょう。

最悪負けても、全員揃って撤退することはできるでしょうしね。

羅針盤も問題なく、敵の方向を指してくれていますし」

 

「そ、そうだ……! 羅針盤……!!」

 

 

大事なことを思い出したようで、高雄がまた声を荒げる。

 

 

「ん? 羅針盤がどうかしたんですか?」

 

「不具合があるかはどうかはわかりませんが、羅針盤に従っていた私達が、ここまでの危機に陥ったんです!

本来であれば危険を避けられる艤装なのに、全滅しかける結果となったんです!

なにかがおかしいと思いませんか!?」

 

 

本来羅針盤という艤装は、『幸福な方角』を指し示す機能を持つ。

だから羅針盤に従いつつ、ここまでの被害が出ることなど、本来ないはずなのだ。

 

 

「あー……そう言われてみると、確かにおかしいですね……

古鷹はどう思う?」

 

「うーん……やっぱり普通に考えれば、ありえないことです。

大破が出ることなんてほとんどないですし、もし出るとしたら、ボス艦隊との戦いくらいですものね」

 

「しかもその場合、帰路が確保されている場合だもんね。

どういうことだろ……?羅針盤が故障?

もしそうなら、海軍全体にかかわる大問題だけど……」

 

 

もし羅針盤が機能しないとなれば、それはつまり、常に轟沈の危険と隣り合わせだった時代へと逆戻りする、ということになる。

 

そんな状態で艦娘を海に出すことなどできない。

少なくとも鯉住君は、そう考えたようだ。

 

そんな彼の思考を知ってか知らずか、隣に座る古鷹から、ある提案がなされる。

 

 

「あ、そうだ提督!

提督は妖精さんと話ができるじゃないですか!

羅針盤妖精さんに話を聞いてみましょうよ!」

 

「お、それ採用。

自分のことだけど、思いつかなかったなぁ……

それじゃ高雄さん、羅針盤を貸してもらっても良いですか?」

 

 

古鷹のナイスアイデアを実行に移すことにした鯉住君。

高雄から羅針盤を受け取り、妖精さんに呼びかける。

 

 

 

 

 

「おーい。出てきてくれるかい?」

 

 

ポンッ

 

 

(んあー……なんかよう……?)

 

 

羅針盤担当の妖精さんが姿を現した。

羅針盤担当妖精さんは何人か……というか、何系統かいるのだが、今日はその中でも、だらっとした子が担当しているようだ。

 

 

「羅針盤の状態について聞きたいんだけど、なにかおかしなことはあったかい?

いつもと違う感じがした、とか、ちょっと調子が悪かった、とか」

 

(んー……ないよー……)

 

「そっか。それじゃ、いつも通りだったってことかい?」

 

(そうー……)

 

「あー、そうか。それなら……そうだな。

第2艦隊の皆さんは羅針盤に従ってここまで来て、随分追い詰められちゃったみたいだけど、なんでかわかるかな?

責めてるわけじゃないんだけど、こんなこと今までなかったからね」

 

(よくわかんない……でも、ここにくるのがいちばん……らっきーだったんだよー……)

 

「そ、そうなのか。色々聞かせてくれてありがとうね」

 

(……ん)

 

「……ど、どうしたんだい?」

 

 

眠たげな眼をこすりながら、こちらに掌を上に向けて手を出す羅針盤妖精さん。

 

 

(じょうほうりょう……)

 

「あぁ……ウチのと同じで、キミもそんな感じかぁ……」

 

 

ゴソゴソ……

 

ポトン

 

 

妖精さん用にいつも懐に忍ばせているアメちゃんを、羅針盤妖精さんの掌の上に落とす。

 

 

「はい。これでいいかい?」

 

(んふー……ごっちゃんです……)

 

 

ポンッ

 

 

満足したのか、妖精さんは羅針盤の中に戻っていった。

 

 

 

 

 

「提督、どうでしたか?」

 

「そうだねぇ……

まず大事なこととして、羅針盤が故障したわけじゃないみたい」

 

「それは……一安心ですが……

私達が追い詰められた理由が、それだとわかりません。

他に何か聞いていたようですが、どうでしたか?」

 

「どうやらですね、妖精さんが言うには、羅針盤は全く問題なく動いていて、

『この結果が最善だった』ということです……」

 

「そ、そんなバカな……

私達、全員沈みかけたんですよ……!?それが最善だなんて……!!」

 

「うーん……一番考えられるのは、結局助かったから、結果オーライ、ということでしょうか……」

 

「そ、そんな乱暴な……」

 

「もともと妖精さんって、だいぶ大雑把ですからね……」

 

 

結局助かることができたんだから、ツイていた。そういうことなのだろうか?

それにしては全員が追い詰められすぎていたと思う。

それが一番ラッキーということは、もしかして、それ以上の大変なことが起きる可能性があったということだろうか?

 

頭をひねる鯉住君と高雄だが、ここで古鷹から一言。

 

 

「こういう時はわかることから考えましょう!

羅針盤に問題がなく、今の状況が最善だとするならば、それはつまり、叢雲さんたち5人の安全は確保されてるということじゃないですか?

海域全体で何か大変なことが起こっているのなら、伝達は来ているはずですから、難しいことは鎮守府に帰ってから、情報を集めて考えましょう!」

 

「うん……そうだね。

高雄さんたちは大変だったけど、現状はかなり安定していると言えるからなぁ。

というわけで、ひとまず羅針盤のことは置いといてもいいでしょうか?高雄さん」

 

「ええ。古鷹の言うように、今ある情報だけでは何とも言えないわ。

今はあの5人の無事を祈ることにします」

 

「はは……高雄さんもお疲れでしょうから、気を張り過ぎないでくださいね」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

船上で待つこと約2時間。

高雄は終始心配していたが、それでもある程度は気を楽にしてくれたようで、古鷹が淹れてくれたお茶を飲んだりもしていた。

 

そんな感じでみんなの帰還を待っていたのだが……

 

 

「……あ! 提督、見えました!皆さん、帰ってきましたよ!」

 

「ホントかい!? ……おぉ!確かに人影が見えるね!無事でよかったよ!」

 

「あぁ……本当に良かった……!

あの子たちに何かあったら、私、どうしようかと……!」

 

「だから大丈夫だっていったじゃないですか」

 

「フフ……鯉住少佐だって、実は心配してたんじゃないですか」

 

「それは、まぁ、信頼してると言っても、心配なものは心配ですから……」

 

 

なんだかんだ心配していた鯉住君と、

彼の部下であり、顔なじみの彼女たちを危険地帯に送り出してしまった高雄は、

無事に面々が帰還したことに、胸をなでおろす。

 

……しかし、古鷹から不穏な一言が……

 

 

「て、提督っ!!

何故か7人います!!増えてますっ!!」

 

「……ん?それは昨日の話でしょ?

キミたちが帰ってきたときの……」

 

「違います提督!昨日は8人だったじゃないですか……って、そうじゃなくて!

今!今の話です!叢雲さんたちをよく見てください!!」

 

「え……ウソ……そんな、まさか……」

 

 

水平線から近づいてくる部下の数を数える鯉住君。

 

1,2,3,4,5……6…………7…………?

 

 

「……なんで増えてんの……? どちらさま……?」

 

「私が知るわけないじゃないですか!

なんで提督がいると、いつもこうなるんですかっ!?」

 

「えぇ……? 俺のせいなの……?」

 

「……」

 

 

古鷹の言葉を聞くに、予期せず部下が増えるのは、彼の鎮守府では日常茶飯事のようだ。

なにか声をかけてフォローしたいが、何も言葉が出てこない高雄。

 

 

「い、いったい何が起こったんだ……!?」

 

徐々にこちらに近づいてきたおかげで、誰が誰だか判別できるようになってきた。

 

メンバー状況を把握するために、目を凝らす。

 

 

……さっき出撃した5人は……いるな。

まずそれは良し。ひとりも欠けてない。それは喜ばしいことだ……

 

それじゃ、あの増えたふたり。美白にすぎるふたりが何者かっていうことになる。

 

……いや、うん、わかってる。現実から目を背けちゃだめだよな……

あの美白のふたり、深海棲艦の艤装っぽいの装備してるもんな。

深海棲艦だよな……間違いなく……

 

で、何で天龍はあの、エレガントなドレスを身につけてらっしゃるお姉さんと談笑してるんだ……?

そんで、そのドレスを着たお姉さんは、なんでズルズルともう片方のお姉さんの艤装を引きずっているんだ……?

 

そのもう片方のお姉さんは、何故かクッソきわどいビキニを着てる……

何故か自前っぽい艤装の上でぐったりしながら、北上とダラダラしてるけど、大丈夫なのか……?

中破とかしたからあんな薄着なの……?

ていうか北上、人の艤装の上でくつろぐんじゃありません……

 

 

「……」

 

「て、提督……」

 

「……」

 

「提督っ!!」

 

「!! うおぉっ!!……すまん古鷹、あまりに意味不明すぎて、フリーズしてた……」

 

「もう……それで、どうします……?

あの増えたふたり、どう見ても深海棲艦じゃないですか……

人間の提督は、襲われちゃうかもですよ……?避難します……?」

 

「あぁ……うん……どうしようか?」

 

「だから私が知るわけないじゃないですか……自分で考えてくださいよ……」

 

「なんか古鷹、改二になってたくましくなったねぇ……」

 

「提督の秘書艦するなら、これくらいじゃないと務まらないって気づいたんです」

 

「なんか、その、ゴメン……」

 

 

 

とりあえず困ったら、漫才する癖がついている鯉住君たち。

そんな能天気コンビには目もくれず、高雄は例のふたりを凝視する。

 

 

「あ、あれは……空母棲姫……!?

そしてもう一体は……初めて見るけど……マズいわ!!」

 

 

高雄の実力は非常に高く、知識も経験も豊富だ。

彼女は今までに数度、空母棲姫と戦ったことがあった。

 

だからこそ、あの姿を見た瞬間に理解した。

 

一見だらけきっているようにみえるが、存在するだけで放たれる威圧感。

あの空母棲姫こそが、自分たちに空襲を仕掛けてきた張本人であり、他の空母棲姫と比べて、一回りも二回りも強力な存在であると言うことを。

 

そしてもう片方の深海棲艦も、件の空母棲姫と同等のチカラを有している可能性が高いと。

 

 

……なぜそんな災害クラスの強敵と、共に帰ってきたの!?

 

もしや何らかの手段で洗脳を受けた!?

無理やり脅されている!?

友好的なフリをしていて、こちらを一網打尽にするために利用された!?

 

 

目の前の状況が理解できないのは高雄も鯉住君と同じ。感じ方は随分違うが。

 

高雄は非常に険しい顔をして面々を睨んでいる。

その眼には、いざとなったら自分が犠牲になっても、全員を護る、という意志が感じられる。

 

 

しかしそんな高雄の覚悟など露知らないこの男は……

 

 

「ハァ、仕方ないよね……顔合わせしてみるよ……」

 

「!?」

 

 

なんかワケの分からないことを言い出した。

 

 

「分かりました。

それじゃ、いざという時は他の皆さんと戦いますので、心構えだけはしといてくださいね?」

 

「!!!???」

 

 

秘書艦もワケの分からないことを言い出した。

 

 

「な、何言ってるんですか少佐っ!?

ありえないっ!!姫級に人間が対峙するなんてっ!!

今まで深海棲艦と対話を試みた人間が、どれだけ同じことをやって、どれだけその命を散らしてきたか、知らないんですかっ!?」

 

 

「え、えぇ……?

そんなに慌てなくても大丈夫ですって……高雄さん……

ちょっと心配ですけど……」

 

「なんで『ちょっと心配』程度なんですかっ!?

馬鹿めと言って差し上げますわっ!!」

 

「あのドレスの人は天龍と楽しそうに話してるし、あのビーチにいそうな格好の人は北上とくつろいでるし、大丈夫ですって……多分……」

 

「あの態度は芝居で、みんな騙されている可能性だってあるんですよっ!?」

 

「まぁまぁ。いざとなったら古鷹も戦ってくれるって言うし、大丈夫ですよ。

だろ?古鷹?」

 

「はい!ひとりでは無理でしょうが、皆さんもいるので大丈夫です!」

 

「な、何なの……!?

そのよくわからないまでに頑なな自信は……!?」

 

「まぁ、深海棲艦の相手は、レ級で慣れてるので。

むしろ高雄さんの方が心配です。

疲労してる状態で、姫級の相手は、精神的に厳しくないですか?」

 

「な、何を言っているの……!?

分からない……!アナタ達のことが、まったくわからない……!!」

 

「まぁまぁ。色々起こると思いますが、高雄さんは後ろで見ててください。

最悪のケースになったら、助けていただけると嬉しいです」

 

「少佐の言う最悪のケースが、一番起こりそうなケースなんですが……」

 

「命の危険的なものはないでしょうから、気を楽にして見ててください」

 

「うぅ……もういいです……

でも!緊急事態になったら、流石に手を出しますからね!!

それで手を打ちますから!!

……それじゃ、艤装持ってきます!!」

 

 

バタンッ!!

 

 

「どうしよう古鷹……高雄さん怒らせちゃったよ……」

 

「せっかく気を遣ってくれてたのに、提督が無神経なこと言うからですよ。

高雄さんのことを、もしもの時の保険みたいな扱いして……!」

 

「あー、そのせいかー……」

 

「そろそろみんなが到着しちゃうと思いますから、時間無くて無理ですけど、ちゃんと後で謝ってくださいね」

 

「そうするよ……ハァ……

ちゃんと人の気持ちを考えられるようにならないとなぁ……」

 

 

全く見当違いなことを考えているふたり。

彼らの乗る小型艇に、出撃組がもうすぐ戻ってくる。もう目と鼻の先まで来ている。

 

色々聞かないといけないし、いつもみたいに色々起こるんだろうけど、

つつがなく終わるといいなぁ、なんて考える鯉住君なのであった。

 

 

 

 

 




箸休め的な回でした。


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第60話

ひとによっては不快感を示す展開が含まれている可能性が微レ存なので、
心して読んでいただくようお願いします。

アカン!トラウマが呼び起こされるぅ!と感じたら、無理せずブラウザバックを推奨します!


 

 

 

「ゴキゲンヨウ。コノ人間メ」

 

「ご、ごきげんよう……」

 

 

出撃した5人+αが帰ってきたので、とりあえず島に上陸してもらった。

大人数なため船上に乗ってもらうことができないからだ。

特に例のふたりは、艤装が巨大すぎて船の3分の1くらいはあるので、そもそも乗船が不可能だ。

提督である鯉住君も古鷹、高雄と共に船を降り、出迎える。

 

一応万一の場合に備えてふたりには、艤装を装備してもらっている。

 

 

……そんな状態であるが、出迎えの言葉をかける前に、ドレスの深海棲艦からケンカ売ってる系の挨拶が飛んできた。

礼儀正しいんだか、失礼なんだか、よくわからない。

 

佐世保のレ級で深海棲艦特有のプレッシャーには慣れている彼だが、目の前のドレスの深海棲艦から放たれる威圧感は、それ以上だ。

 

部下が一緒に居るから安全だと理解できるが、それでも冷や汗が止まらない。

とんでもない実力者ということが伝わってくる。

 

困惑している彼に対し、比較的通常運行な大井が近づき、帰投報告をする。

 

 

「提督、ただいま帰投しました。ひとまず目標は達成。

敵のボスの無力化に成功しました」

 

「お、おう……報告ご苦労、大井……

ちなみにこのおふた方は……」

 

「敵のボスです」

 

「そっか……」

 

 

一緒に帰ってきたうえに、冷静で真面目な大井がいつも通りなあたり、本当に危険はないようだ。

 

しかしなんというか……無力化っていうかなんて言うか……ものは言いようというか……

 

ちなみに叢雲は明後日の方向を向いている。

これはあれだ。私を巻き込まないで、とか思ってるやつだ。

彼女がそうなる時は、大概ロクでもないことが起こる。

 

長い付き合い……と言えるほど一緒にいるわけじゃないけれど、それくらいならわかる。

キミ秘書艦なんだから、もうちょっと頑張ってよ……

 

 

「あー、えー……

天龍、このエレガントで美白な方は一体……?

お名前はなんていうの……?」

 

「ん? あぁ、そういえば知らねぇな。

お前名前なんて言うんだ?」

 

「ソンナモノ私達ニハ必要ナイワ」

 

「ふーん。だってよ」

 

「さいですか……」

 

 

どうしよう……なにから手を付けたらいいか、全然わかんないんだけど……

 

と、とりあえず、なにがどうなってこうなったか、確認しないと……

 

 

「ええと……そうだ、すまないが、大井、詳細報告をしてもらえないか?

ちょっと想定外すぎて、情報がないと話が進められない……」

 

「わかりました。それでは報告させていただきます」

 

「頼む」

 

 

 

・・・

 

 

 

流れを聞いたところ、どうやらこういうことらしい

 

 

潜水艦を沈めつつ、ボスの方角に直行

 

空襲を受けるも、敵艦載機の完全撃墜

 

ボスに遭遇

 

天龍がドレスの深海棲艦とタイマン張って勝利

 

相性が良かったのか、意気投合する

 

天龍の提督を見てみたいということで、同行許可

 

ついでにビキニの深海棲艦も同行

 

今に至る

 

 

……色々言いたいことはあるが、とりあえずひとこと。

 

 

「天龍……姫級とタイマンなんて無茶なことしちゃダメでしょ……」

 

「大丈夫だって!神通教官とタイマンするより、全然安全だからよ!」

 

「それでもダメコン積んでないんだから、もう少し自重していただきたい……」

 

「いいじゃねーか。何とかなったんだし、結果オーライだって!

だってコイツ、武器持ってたんだぜ?戦ってみたくなるだろ?」

 

「なるだろ?と言われてもなぁ……」

 

 

マイペースな天龍を窘め切れない鯉住君。

いつもならもうちょっと強く言うのだが、状況が状況なので彼も強く言えない。

目の前にそのタイマン相手がいるのだ。何が彼女を刺激するかわからない以上、ほどほどにしておかないといけない気がする。

 

 

「ネェ、てんりゅう。本当ニコノ人間、スゴイ奴ナノ?

全然ソウハ見エナインダケド」

 

「提督はすげぇんだって!

なんたって俺のことを信じて、出撃で活躍できるように、いつも考えてくれてたんだからな!!

なぁ提督!」

 

「お、おぅ……」

 

「フーン。マァ、アナタガソウ言ウナラ、信ジテアゲテモイイワ。

デハ人間、オ前ガドノヨウニスゴイノカ、見セテミロ」

 

「あー……ちなみに、それが見せられなかったら……?」

 

「魚ノ餌ダナ」

 

「Oh……」

 

 

……これってヤバいやつじゃね?

いやいや、すごい所見せろと言われても……!

天龍もなんか知らんけど、エラくハードル上げちゃってるし……!

 

 

「提督がすげぇのは艤装メンテだろ?

こいつの艤装、メンテしてやったらどうだ?」

 

「あー……確かに艤装メンテには自信あるけど、深海棲艦の皆さんの艤装が、どこまでメンテできるか……」

 

「提督なら大丈夫だって!やっちまえよ!」

 

「まぁ、やるしかないよねぇ……」

 

 

天龍からの謎の信頼と、ドレスの深海棲艦からの非情な言葉に、後には引けなくなってしまった。

 

……こうなったらやるしかない。

佐世保でレ級の艤装をいじくりまわした経験が、まさか役立つ日が来るとは……

 

 

「……わかりました。

それでは貴女がよろしければ、なにか艤装をメンテナンスさせていただきたいと思うのですが、良いでしょうか?」

 

「艤装ノめんてなんす……?

ナンナンダ?ソレハ……?」

 

「あぁ、深海棲艦の皆さんには、そういう概念がないんですね。

まぁ、ざっくり言うと、艤装の動きをよくする技術みたいなものです」

 

「ホゥ……ソノヨウナ技術ガアルナンテネ……

イイワ、見セテミナサイ。人間」

 

「わかりました。

それでは船内から道具を持ってきますので、ちょっと待っててくださいね」

 

「イイデショウ」

 

 

・・・

 

 

道具準備中

 

 

・・・

 

 

「……お待たせしました。

それでは貴女の艤装をひとつ貸してもらえますか?

ただし壊れている物や、大きすぎる物は避けてもらえると助かります。

壊れている物を直すのはパーツがないと不可能ですし、大きすぎると時間がかかっちゃいますので」

 

「フム。ナラバ……」

 

 

ゴソゴソ……

 

 

鯉住君の言葉を受け、背負っている超特大艤装の口の中を漁る、ドレスの深海棲艦。

 

お目当てのものが見つかったのか、口の中から腕を引き抜く。

その手には、天龍との戦いでも使用した、『マンタ』が握られていた。

 

 

「コレデドウダ?艦載機ダ」

 

 

マンタはヒレをパタパタさせている。

やはり艦娘の無機質な艤装とはまるで違い、有機的、というか最早生物だ。

 

 

「お、おぉ……随分とかわいらしい艤装ですね……」

 

「ホゥ……? オ前、人間ノクセニ分カッテイルジャナイ。

コノ洗練サレタぼでぃー!!愛ラシイ動キ!

マサニ完璧ト言ッテモ過言デハナイワッ!!」

 

 

また始まったよ……

 

天龍とのやり取りを見ていた叢雲、北上、大井の3人はげっそりした表情だ。

なにせ戦闘中だけでなく、帰投中にもずっと魚の話ばかりしていたのだ。そうなってしまうのは仕方ない。

 

なお当の天龍はマイペースなので、聞き流しまくっていた模様。

「へぇ、そうなのか」とか「すごいんだな、それ」とか、

なんにも考えてない相槌を打ちまくっていた。

 

龍田はなに考えてるかわかんない。

どうせ『天龍ちゃんが楽しそうだし、それでいいわ~』とか考えてたのだろう。

 

 

「あぁ、そうですよね。

イトマキエイは海中を飛ぶように泳ぐので、見とれちゃいます。

機会がもしあるなら、ダイビングもやってみたいんですが……」

 

「ホホゥッ!?」

 

 

ズイッ!

 

 

ドレスの深海棲艦は、ずいっと、からだひとつ分鯉住君に詰め寄る。

 

 

「うえっ!?……ど、どうしたんですか?」

 

「続ケロ」

 

「つ、続ける……?今の話をですか……?」

 

「ソウダ」

 

「は、はぁ……退屈じゃないといいんですが……

えーですね、今の海はちょっと人類にとっては、近寄りがたい場所になってましてですね、ダイビングというのは限られたところでしか……」

 

「ソコジャナイ。モウ少シ前ダ」

 

「え、えぇ……?それじゃイトマキエイの話ですか……?」

 

「ソウダ」

 

「あー、っと……

艤装のモデルになってるイトマキエイなんですが、

あ、マンタと言った方がいいですかね?この艤装は吻の部分、巻いてないし。

この魚は結構好きなんですよ」

 

「ヘェ!」

 

「海面を群れで泳ぐ姿は、まるで巨大な鳥が飛んでいるようですし、この巨体で水面を跳ねるというのも、ワイルドでカッコイイですし。

昔、水族館で本物を見たときは、とても感動したものです」

 

「イイゾッ!! ソノ水族館トイウノハナンダッ!?」

 

「す、水族館ですか……?

ええと、人間が作った、世界中の魚や海獣、甲殻類、棘皮動物などなど、多種多様な水生動物を飼育している施設です。

人間の娯楽施設という面も大きいのですが、本来の役目は、種の保存や生態研究、子供への教育など、人類と自然の橋渡しとなる重要な役割を担っています」

 

「フム!人間モマトモナ施設ヲ作レルノネッ!」

 

「そ、そう言ってもらえると光栄です。

褒めてもらったところ恐縮ですが、良いところだけでなく、難があるところもあるんですよ……

どうしても『生物を閉じ込める』という側面もありますので、飼われている生体がストレスを感じないように、配慮しないといけないんです」

 

「ヨイ考エダ……!!魚類ニハ敬意ヲ払ワネバナラナイノヨッ!

ソンナ基本スラ抑エテイナイ人間バカリダト思ッタガ……!!」

 

「はは……それを言われちゃうと弱いですね……

魚だけじゃないですが、人間以外の生き物も一緒に生きてるのは、常に意識しないといけないですね……残念ながら、それをしてない人もいますが……

特に日本人は魚をよく食べるので、魚のことをよく知ることは必要だと思ってます。

だから私は人間にとって、水族館は重要なものだと思ってます。

もちろん個人的に魚が好きで、美しく感じているから、ということもありますけど……」

 

「……と、すいません。

どうしてもこういう話が好きなので、話し過ぎてしまいました」

 

「ク……クククッ!!!」

 

「ど、どうしたんですか……?」

 

「私ハ!! 私ハソノヨウナ話デモ、一向ニ構ワンッッッ!!!

……ネェてんりゅうッ!!アナタノ言ッタ通リダッタワッ!!

コノ人間ハ、生カシテオイテヨイ人間ヨッ!!」

 

「だから何度も言ったろ?提督はスゲェ奴だって」

 

「今マデ見テキタ人間ハ、ドイツモコイツモ失格ダッタワ!

コノ世ノ全テノ基本デアル『魚類ヘノ敬意』ヲ、微塵モ感ジトルコトガデキナカッタッ!!

ダカラ、ソノヨウナ人間ハッ!

外海デハ貴重ナ『タンパク質』トシテ、大西洋ニ!バラ撒イテキタッ!!」

 

「え゛っ!!?」

 

「シカシ貴方ハ違ウノネッ!?

『魚類ヘノ敬意』ダケデナク、『魚ヲ殺シテ生キテイル』トイウ、人類ノ原罪ヲ分カッテイルッ!!

コンナ人間ガ居タトハッ!ワザワザ太平洋マデ来タ甲斐ガアッタトイウモノ!!

思ワヌ収穫ヨッ!!」

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 

やべぇよ……やべぇよ……!

この人頭のネジがブッ飛んでる人だ……!

絶対逆らってはいけないタイプの人だ……!

 

ドレスの深海棲艦のヤバさに戦慄する鯉住君。

しかし、もうガッツリ関わってしまい、何故か認められてしまった以上、多分関わりを断つことはできないだろう。

今この場をしのぐためには、彼女の言う通りにしながら、機嫌が悪くならないよう祈るしかない。

 

天龍……キミ……とんでもないの引っ張ってきてくれたなぁ!?

 

 

「貴方ニナラ、私ノ『まんた』、安心シテ預ケルコトガデキルワ!

サァ、ソノ『艤装めんて』トヤラ、見セテチョウダイッ!!」

 

「は、はひ……」

 

 

……もしこのメンテで満足してもらえなかったら……!

……やめよう……考えるだけ無駄だし、考えたくない!

俺がこの場で生き残れる可能性はひとつ!満足するメンテをしてもらうだけ!!

 

 

「……それでは、誠意を込めてメンテさせていただきます……!」

 

「ウム!任セタワヨッ!!」

 

 

・・・

 

 

いつもの精神統一を終え、マンタと向き合う鯉住君。

これからメンテを始めるのだが……

 

 

(どこから手を付けたものか……)

 

 

いつもの機械的な艤装とはまるで異なり、機械部分が生体部分から生えている、という表現しかできない。

 

 

(変わった構造だけど……何とかなるか……)

 

 

意外にもおとなしくしているマンタから生える艤装を、どんどん解体し、調整していく。

 

普通のメンテ技師なら手の付けようがないほど、艦娘の艤装とは違った構造。

しかし彼は、長年の経験から、感覚ひとつで正しいメンテを施していた。

以前レ級の艤装をメンテした経験も、当然生きている。

 

 

隣で物珍しそうにその光景を眺めるドレスの深海棲艦を意に介さず、ものすごい集中力でマンタをメンテしていく。

 

 

・・・

 

 

「……ふぅ。

これで終わりました。問題ないとは思いますが、確かめてみてください」

 

「フム。見事ナモノダ。

『まんた』ガ喜ンデイルノガ分カルゾ」

 

 

鯉住君は彼女にマンタを返すべく、両手に乗せて差し出した……のだが。

 

 

ふわーっ……

 

すすっ

 

 

「!!?」

 

「あ、あれ?」

 

 

なんと。マンタは彼女の元に戻らず、鯉住君の方にすり寄ってきた。

 

 

「チョ、チョット!ドウシタノヨッ!?

早ク戻ッテキナサイ!!」

 

「そ、そうだぞ。ほら、ご主人が呼んでるんだから、早く戻りなさい」

 

 

……フルフル

 

 

ふたりの意見を聞かず、その場にとどまり、からだ全体を左右に振るマンタ。

明らかに戻るのを拒否している。

 

 

「ナ、何故ナノッ!?

アナタ、私ヨリモ、ソノ人間ト一緒に居タイトイウノッ!?

嘘ヨ、ソンナノッ!……嘘ダト言ッテヨォォォッッ!!」

 

「お、おち、落ち着いてくださいぃっ!!

ほら、早く戻りなさい!戻るんだ!お願いだから戻って!!」

 

 

錯乱し、正気を失い始めた彼女に危機感を感じ、マンタを無理やりにでも戻そうとする鯉住君。

しかしいくら押し戻しても、マンタは戻ってきて、すり寄ってくる。

 

完全に懐かれたようだ……

 

 

「オ、オォォッ……!!

私ノ……私ノカワイイ『まんた』……!!!

何年もモ一緒ニ、人間ノ掃除ヲシテキタノニッ……!!

アナタガ私ト過ゴシタ時間ハ偽物ダッタノッ!?私ノコノ愛情ハ届イテイナカッタトイウノッ!?全テ私ノ独リヨガリダッタトイウノォッ!?

オ願イ……オ願イヨッ……!!捨テナイデッ……!

私ノコト……捨テナイデヨオォッッ!!!」

 

 

マンタに離れられ、ガチ泣きしながら叫ぶ、ドレスの深海棲艦。

魚と深海棲艦で昼ドラ的ワンシーンが展開されるとは、夢にも思ってみなかった。

 

恐怖が一回りして、ドン引きする鯉住君。

 

 

「あの……そんなに落ち込まなくても……」

 

「ウッ……ウッ……ウルサイッ……!

人間ゴトキニ……情ケヲカケラレルクライナラ……死ンダホウガマシヨォッ!

ウゥッ……グスッ……」

 

「た、多分、初めてメンテ受けたから混乱しちゃったんですよ、きっと……」

 

「ウルサイウルサイッ……ウッ……ウッ……

人ノ愛スル相手ヲ奪ッテオイテ、知ッタヨウナ口ヲ利カナイデッ……!!

私ニハ分カルノ……コノ子、トッテモ喜ンデイルワ……!

私ニ、一度モ見セタコトノナイ態度ヲッ……!

誰ヨリモコノ子ヲ、理解シテイル私ニモ、見セタコトノナイ態度ヲッ……!!

ウゥ……悔シイッ……」

 

 

あまりの悔しさに、ビクンビクン震えてガチ泣きする彼女をを見て、さらにドン引きする鯉住君。

 

これはあれだろうか……?俺が悪いんだろうか……?

とにかくこれ以上刺激したくないし、なんとかマンタに戻ってもらうには……

 

……やってみるか

 

 

マンタの耳(がありそうな辺り)に顔を近づけ、耳打ちする鯉住君。

 

 

(キミに言葉がわかるかわかんないけど、あの人のところに帰ってくれたら、またメンテしてあげるよ。

今度はお友達も連れてきていいから……)

 

 

スイーッ……

 

 

「モ、戻ッテキテクレルノ!?

私ヲ、見捨テナイデクレルノッ!?」

 

「あ、言葉通じるんだ……」

 

「アリガトウッ!アリガトウゥッッ!!

コレカラハモット、アナタノ事ヲ理解デキルヨウニ努力スルワッ!!

ダカラモウ離レナイデッ!!

私、アナタガ居ナイ生活ナンテ、耐エラレナイワッッッ!!!」

 

「愛が重ぉい……」

 

 

感激でマンタを抱きしめながら号泣する彼女を見て、後ずさる鯉住君。

物理的にもドン引きするくらいの光景である。

 

正直このままハッピーエンド的な何かにして、鎮守府に帰りたい……

マンタ君との約束をうやむやにすることになってしまうが、彼女と関わるリスクがデカすぎる。

許してぇな……マンタ君……

 

 

「なんか感動的な雰囲気だな。いいシーンなんじゃねぇか?」

 

「そうね~」

 

 

天龍は適当過ぎる発言を控えるように。

龍田は全然そう思ってないことに対して、適当な相槌打たないように。

 

 

「あ、あはは……

丸く収まったようで、何よりです……

では、私達はこれで……」

 

「待チナサイ」

 

「アッハイ」

 

 

やっぱりこのまま帰宅というワケにはいかなかった。

 

絶対許されない流れだと思った!

研修中に、何度もこういう流れ経験したもの!

 

ヤメテ!私にひどいことするんでしょう!?

鼎大将みたいに!

一ノ瀬さんみたいに!

加二倉さんみたいに!

三鷹さん……は、そこまでではないか……

 

 

「貴方、何帰ロウトシテイルノ?

私ノ『まんた』ヲ、マタめんてなんすシテクレルンデショウ?シカモ全員」

 

「(聞こえてたーーー!!!)」

 

「人類ノクセニ、私ト同ジクライ魚類ヲ愛スル貴方ガ、約束ヲ違エルワケナイワヨネ?」

 

「は、はい……」

 

「デハ私ト来ナサイ。

特別ニ傍デ仕エルコトヲ許スワ」

 

「え゛っ」

 

 

やばい……!このままでは拉致されてしまう……!!

深海棲艦との共同生活とか、ストレスがマッハってレベルじゃない!!

しかもこの、頭のネジが全部ブッ飛んでるお姫様の側近とか、

多分1週間と耐えられずに、海の藻屑となります……!

 

どどどどうしよう……!!?

 

 

まさかの深海提督化の危機に、めちゃんこ焦る鯉住君。

 

そもそも彼女が人間の生活様式を分かっているはずがない。

のこのこ着いていったら、生命喪失は免れないだろう。

 

 

その場しのぎの言葉が、こんな形で響いてくるとは……

やっぱり不誠実なことすると、罰が当たるんだなぁ……

 

 

そんな感じで混乱して固まる提督を見て、天龍から一言。

 

 

「なぁ、おめぇよぉ。そりゃ無理だぜ?

提督は俺たちと一緒に帰らなきゃいけねぇんだから」

 

「フム。

シカシコノ人間、イツデモ私ノカワイイ『まんた』ヲ、めんてなんすスルト言っッタノヨ。

『まんた』達ガ喜ブ以上、ソノ約束ハ果タシテ貰ワネバナラヌ」

 

「(いつでもとは言ってないんですけどぉ!?)」

 

「あー、約束は守んねぇとな。

それじゃあれだ。お前がウチに来りゃいいじゃねぇか」

 

「天龍ちゃんんっっ!!??」

 

 

助け舟を出してくれたと思ったら、なんかとんでもないこと言いだした。

 

 

「魚、じゃなくて、お前的には魚類か。

魚類がいれば、別にどこに住んだっていいんだろ?」

 

「こんな実力者が、そんな適当な理由で住処決めてるわけないでしょ!?

部下とかもいるんだろうし、ウチに招くなんてできないって!」

 

「別ニイイワヨ」

 

「いいのぉっ!?」

 

「部下ニハ方針ヲ伝エテアルカラ、10年以上ホッタラカシテモ問題ナイワ。

私トシテハ、魚類ガイッパイイルナラ、ソレデイイワ」

 

「そんなバカな……

い、いや、そもそも貴女、人間大嫌いじゃないですか!?

ウチの周りにはだいぶ人間多いですよ!?」

 

「掃除スレバイイジャナイ」

 

「その掃除って、物騒な奴でしょう!?ダメです!掃除しちゃ!

周りの人たちのおかげで、私達はうまくやれてるんですから、そんな物騒なことされたら、やっていけないですよ!」

 

「魚類ノ良サヲ理解シナイ人類ナド、魚ノ餌クライニシカナラナイジャナイ」

 

「そんなことありませんから!

やっぱり駄目です!最低限人間に危害を加えないと約束してくれないと、招くことはできません!!」

 

「仕方ナイワネェ……」

 

「あ、諦めてくれたんですね……良かった……」

 

「ジャアコレナライイワヨネ?」

 

「えっ」

 

 

 

ピカーーーッ!!

 

 

 

言うが早いか、ドレスの深海棲艦のカラダが、艤装含めて光り輝く。

 

 

そして……

 

 

 

「これならいいわよね?Admiral」

 

「……」

 

 

なんか目の前に、ピンクの髪をした外国人が現れた。

 

なんも言えねぇ状態の鯉住君である。

 

 

 

 

 




ひとの想い人の心を奪うなんて……
鯉住君の鬼畜な面が出てしまいましたね……!


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第61話

スプラトゥーン2が面白すぎて投稿遅れました。
許していただきたい……


 

「……」

 

「どうした?何を黙っている?

この姿なら問題ないだろう?」

 

「ええと……」

 

 

突然の出来事に言葉が出ない鯉住君。

彼は同様のケースについて知識はあったのだが、実際唐突に目にすると、対応できないものらしい。

 

 

「この姿なら、人類への憎悪を感じることはないわ。

これで問題解決ね。さ、行きましょう」

 

「ちょちょ、ちょっと待ってください!

それ、本当なんですか!?」

 

 

提督同様に驚きを隠せない古鷹が、口を開く。

提督の邪魔をしてはいけないと思って押し黙っていたのだが、さすがにツッコミを入れたくなったようだ。

 

 

「いきなり艦娘の姿になったのにも驚きましたけど……

性格まで変わってしまうんですか!?」

 

「なんなの?アナタ?

いきなり自己紹介もなく不躾じゃない?

礼儀をわきまえない者と交わす言葉などないわ」

 

「あぁ、その、すみません。あまりにも驚いてしまったもので……

私は重巡洋艦の古鷹といいます。提督の秘書艦をさせてもらっています」

 

「重巡洋艦……Heavy cruiserね。

それにしてはアナタ、随分と華奢なようだけど……本当なの?

そんな子供で、Admiralの秘書艦が務まるのかしら?」

 

「こ、こど……!!

ほ、ほっといてくださいっ!本当ですっ!!重巡洋艦ですっ!!

アナタの方こそ、開口一番に人の外見のこと言って、失礼じゃないですか!?」

 

「アラ、その様子だと、体格のことはinferiority complex(劣等意識)だったのね?それは失礼したわ」

 

「うぐぐ……そんなハッキリ言わなくても……!!

と言いますか、アナタこそ初対面の人にそんなこと言って不躾ですよ!?

せめて名乗ってからにして下さい!」

 

 

名乗れば言ってもいいのか……

古鷹の若干的外れな指摘に、心の中でツッコミを入れる鯉住君。

 

 

「いいでしょう。それでは名乗らせていただくわ。

私の『こちらの』姿は、Arc Royal(アークロイヤル)。

イギリス生まれのAircraft carrier(正規空母)よ。これで満足?」

 

「あ、はい、よろしくお願いします……じゃなくて!

アナタさっきまで深海棲艦だったじゃないですか!

本当に人類にとって害のない存在になったんですか!?

それが確認できないと、同行は許しませんよっ!」

 

「へぇ。ちゃんと秘書艦らしい仕事ができているようね。感心だわ。

危険かどうかという話だけど、大丈夫よ、問題ないわ」

 

「そ、それを証明できるんですかっ!?」

 

「できるわけないじゃない。

ねぇAdmiral、この子本当に大丈夫?

こんな的外れな指摘なんてしてるようで、秘書艦としてやっていけているの?」

 

「あぁ、その……混乱しているだけですので、大目に見てやってください……」

 

「ぐぬぬ……!!」

 

 

マイペースかつロイヤルな振る舞いを前に、空回りしっぱなしの古鷹。

古鷹でこれなのだから、叢雲とは絡ませられないなぁ……そんなことを考える鯉住君。

 

なんだかんだ、古鷹が空回りしていたのを横目で見てたおかげで、多少冷静さを取り戻すことができた。

彼らはお互い似たような性格なので、逆にこういう時には、片方は冷静でいられることが多い。やはりいいパートナーである。

ふたりして混乱することも多いので、やっていけるのか?という、彼女の指摘ももっともであるのだが。

 

 

「古鷹も言ってましたが、なんでこっちの姿になると、人類への敵対心が無くなるんですか?

証明ができないのは仕方ないですが、理由くらいは聞いておきたいです」

 

「そうね……なんていうのかしら。

『あちらの』姿だと、人類はまぁ、いわゆる地球の害虫って感覚ね。

部屋にCockroach(ゴキちゃん)を見つけたら、なんとしても退治するでしょう?それと同じよ」

 

「そ、そうなんですか」

 

「でも『こちらの』姿だと、人類は守ってやらなきゃいけない弱者って感覚ね」

 

「あ、ああ。そうなんですか……」

 

 

人類に対しての認識は、姿によって大きく変わるらしい。

どうやら人類への敵対心は、深海棲艦特有のもののようだ。

 

……ん? 姿によって?

 

 

「……もしかして、アークロイヤルさん……

深海棲艦に戻れちゃったりします?」

 

「? 当然じゃない」

 

「マジすか……」

 

「『あちらの』姿になれないと、ドレスを汚さず海に潜れないわ。

魚類を側面から観察するには海中から眺めないといけないのだから、どちらの姿にもなれないと困るじゃない」

 

「あぁ……そういう理由……

やっぱり一番重要なのは、魚類関連なんですね……」

 

「???

貴方ならわかるでしょう?そんなこと当たり前じゃない」

 

「そ、そうですね……」

 

 

なんかとんでもない情報が飛び出した。

深海棲艦姿と艦娘姿は気軽にコンバート可能らしい。

どんだけ自由なんだ、この人。

 

 

「なぁ古鷹……多分だけど大丈夫だよ……

今の話聞いて、キミもそう思っただろう……?」

 

「はい……嘘はつかない性格の方みたいですし、お魚以外は興味ないようですし、信用してもよさそうかと……

しかしなんていうか……世界の闇を見てしまった気分です……」

 

「だよねぇ……」

 

「提督といると、そんなことばかりですよねぇ……」

 

「古鷹、そのジト目やめて……

俺だって、こんな出来事、遭遇したくてしてるわけじゃないんだよ……」

 

 

悲しい表情で静かに嘆く鯉住君。

心労が倍プッシュになる出来事ばかりなので、付き合わされる古鷹がむくれるのも仕方ない。

 

しかし彼女は研修を通して、以前よりもこういった事には強くなった。

アークロイヤルの言葉から、確認すべき項目を思いついたので、気を取り直してそれを尋ねる。

 

 

「というか、ええと、アークロイヤルさん。ひとつ聞きたいんですが……

もし人類で魚類をないがしろにしている人を見つけたら、どうするんですか?

どちらも護るべき対象なのでしょう?」

 

「そんなの決まってるじゃない。その人間には消えてもらうわ。

魚類ヘの敬意がない人間など、存在価値は皆無よ。護る価値などありはしない」

 

「あぁ、やっぱりそうなるんですね……

提督、頑張ってください……」

 

「キミも頑張るんだよ!?さりげなく責任放り投げないで!」

 

 

人類への敵対心は消えても、その性格の厄介さは据え置きな模様。

それを確認した古鷹は、遠くの空を眺めながら、現実逃避している。

提督のツッコミを受け流せるほどには、彼女も成長したようだ。

 

 

「そういやよぉ。お前……アークロイヤル、って呼べばいいのか?

お前提督のことAdmiralって呼んでるけどよ。ウチの艦娘になったってことでいいのか?」

 

「えぇ、構わないわ。テンリュウ。

『こちらの』姿では、Admiralが必要みたいだし、彼が主人で問題ないわ。

というか、彼以外をAdmiralと呼ぶ気などさらさらないわ」

 

「あぁ、そりゃ正解だぜ!ウチの提督は世界一だからな!」

 

「わかっているわ。

魚類に対するただならぬ敬意、私のマンタを喜ばせることができる腕前、そのどちらも尊敬に値する。

もし彼以外の下にいくことになるくらいなら、『あちらの』姿で人類殲滅をする仕事に戻るわ」

 

「あー、そりゃ困るな。

ま、提督なら何とかしてくれるだろ。なんたって俺の提督だからな!」

 

「そうね。

彼でなければマンタたちを喜ばせられないのだし、頑張ってもらうことにしましょう」

 

 

どうやら彼女は鯉住君の指揮下に入る模様。

提督の意思とは関係なく部下が増えるのはいつものことだが、本当にそれでいいのだろうか?

 

何故か天龍はドヤ顔してるし、アークロイヤルはマンタを呼び出して、愛おしそうに撫でまわしている。

 

というかキミ、なんでその姿でマンタ出せるの?

それって深海棲艦の艤装だよね?自由過ぎない?愛のなせる業なの?

 

 

「良かったですね、提督……航空戦力が増えるみたいですよ……」

 

「古鷹のそういうポジティブなところ、嫌いじゃないよ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「それでアークロイヤルさんは、ウチに来ることになったんだけど……

こちらのお方はどうしたらいいのか……」

 

「zzz……」

 

 

ドレスの深海棲艦は、アークロイヤルの姿となって傘下に入ることになった。

ではこちらの、ビキニの深海棲艦はどうするのだろうか?

 

……正直言うと、もうほっといて帰りたいというのが本音だ。

 

しかしそこは真面目な鯉住君。

ラバウル第1基地の第2艦隊という強豪を、ここまで追い詰めた相手。

野放しにすることはできない。

 

しかしそこは非情になれない鯉住君。

部下と一緒に帰ってきた彼女を、雷撃処分的な結末にするのはためらわれる。

 

なんとか穏便に話を済ませて、お帰りいただくのが上策か……

 

 

「その、なんだ……

お休みのところ悪いけど、彼女を起こしてくれないか?北上」

 

「ん~?わかったよ~」

 

 

一番相性がよさそうな北上に、彼女の目覚まし役を任せる。

 

ビキニの深海棲艦のカラダをゆさゆさ揺する北上。

熟睡していた彼女だが、その甲斐もあり、ゆっくりと目を覚まして目をこする。

 

 

「ンー……何ヨ……」

 

「お休みのところすいません。

あー……ええと……北上、彼女の名前は?」

 

「ん~?知らないよ?別に気にならなかったし~」

 

「キミたちはそういうところ、そういう感じだよねぇ……まぁ、いいけど……

……えー、あちらの方との話し合いが済みましたので、貴女がどうしてこちらにいらっしゃったのか聞きたいな、と思いまして……」

 

「何……?ドウイウコト……?

……アラ、アナタ、艦娘ノ姿ニナッテルジャナイ……ドウイウ風ノ吹キ回シ……?」

 

「彼は人類で最も優れた男だ。魚類に対する姿勢がそれを物語っている。

お前も自分の艤装を彼に預けてみろ。そうすれば私の言う意味も分かるはずだ」

 

「人間ギライノ貴女ガソコマデ言ウナンテ、初メテジャナイ……?

イイワ、ソコマデ言ウナラ、試シテミマショウ……」

 

 

 

……ブワアアァッッ!!!

 

 

 

「「「 !!??? 」」」

 

 

ビキニの深海棲艦が横たわる超巨大な艤装。

そこから視界が覆われるほどの鳥型艦載機が発艦する!

 

 

「うへぇっ!?何この数!?

さっきアタシらが全部撃ち落したじゃんか!?」

 

「アレハ一部ヨ……控エマデ合ワセルト、500クライカシラ……フワァ……」

 

 

さも当然だと言う雰囲気で、欠伸しながらすごいことを言い放つ、ビキニの深海棲艦。

 

彼女が一度に運用できるのは150機前後だが、それはあくまで『繊細な操作が可能』な機数。

これだけでも信じられない破格の性能だが、本当に怖いのは、実はそこではない。

 

彼女の真の実力は、その大規模戦闘を何度も行える継戦能力である。

その巨大な艤装に保管されているのは、実に500機に及ぶ艦載機。

彼女が全力でこれをフル回転させれば、どんな強敵であろうと、三日三晩は戦力マックスで戦えることだろう。

墜ちた艦載機の自動修復機能も備わっているので、鬼に金棒状態である。

 

……しかし彼女の性格上、そんなめんどくさいことするなら海中に逃げるだろう。

それはそれで決着をつけられないということなので、厄介なことこの上ない。

そしてそもそも、そこまで彼女を追いつめられるのは、一ノ瀬中佐のマブダチでもあるイタリアのオリーヴィア提督くらいである。

 

 

「うええぇ……マジで……?

ヤバいわー……姫級ヤバいわー……」

 

「フワァ……他ノ奴ラガドコマデデキルノカ、私ハ知ラナイケドネ……

興味モナイシ……」

 

 

とんでもない数の鳥型艦載機に動揺する面々。

彼女もドレスの深海棲艦と同様、圧倒的な実力を持つ化け物のようだ。

 

いくら研修を受けたとはいえ、これだけの規格外を相手できるわけがない。

部下が勝てたのはラッキーだったことを察する鯉住君。

 

しかし驚いてばかりでもいられない。

別に今回は敵意からの艦載機発艦ではなく、自分のメンテを受けさせるための発艦だ。危険を感じるより先にやることがある。

 

彼女の機嫌を損ねて大変なことにならぬよう、この数のメンテは不可能な事を伝えないといけない。

まずはそこからだ。

 

 

「ちょ、ちょっとっ!!

流石のこの数のメンテは無理です!!せめて2,3機にしてください!!」

 

「ナニ……?早ク言ッテヨ……

仕舞ウノ面倒クサイジャナイ……」

 

「私の意見なんて聞かずに、いきなり出したんじゃないですか!?」

 

「ハイハイ……ソレジャ仕舞ウワヨー……戻リナサイ、オ前タチ」

 

 

シュゴゴオオッ!!

 

 

すごい勢いで超巨大艤装に戻っていく鳥型艦載機。

まるでマジックでも見ているかのような光景だ。

 

 

 

 

 

……全ての艦載機が艤装に戻ったのを確認したビキニの深海棲艦は、発艦口に手を突っ込み、改めて一機引っ張り出す。

 

その鳥型艦載機は、先ほどのマンタと同様に、生き物であるかのように羽をパタパタさせている。

 

 

「ハイ。ソレジャ人間……何スルノカ知ラナイケド、預ケルワ……」

 

「ああ、と……

今からするのは艤装のメンテナンスというものなんですけど……

説明聞かなくて大丈夫です?」

 

「イイワヨ……面倒クサイモノ……

アイツガヤレッテ言ウンダカラ、大丈夫デショ……」

 

「はぁ……何というか、信頼してるんですね……」

 

「ソンナンジャナイワ……10年来ノ、腐レ縁ッテダケヨ……ムニャ……

ソレジャ、終ワッタラ起コシテ……zzz……」

 

「もう寝た……」

 

 

会話中に就寝するという離れ業を見せつけられ、多少面食らったものの、やることは決まっている。

 

鳥型艦載機のメンテ。

普通のメンテ技師なら、これは不可能だろう。

なにせほとんど生体部分なので、何をしたら良いか本格的にわからないのだ。

 

しかしレ級の艤装メンテ経験がここでも活きる。

加二倉中佐の言っていた「どうせなら多種多様な艤装を積んでる奴を捕まえてこい」という乱暴にとれる意見が、効果を発揮する機会が来るとは……

 

 

「彼女が深い眠りに入る前に終わらせないとなぁ……」

 

 

不気味なのか愛嬌があるのかきわどいラインの艦載機を相手に、ため息交じりにメンテを始める鯉住君である。

 

 

 

・・・

 

 

メンテ中

 

 

・・・

 

 

 

パタパタッ!!

 

 

「……」

 

「へぇ。流石はAdmiral。

マンタだけじゃなく、鳥にも懐かれるのね」

 

「……そのようで」

 

 

やっぱり懐かれた。

ブサカワイイ系の鳥型艦載機は、鯉住君の周りを嬉しそうに、クルクル飛び回っている。

 

なんなんだろうか?そんなに深海棲艦の艤装たちは、メンテに飢えているんだろうか?

 

鯉住君が困惑していると、ビキニの深海棲艦が目を覚ます。

 

 

「フワァ……ドウヤラ終ワッタヨウネ……

アラ……?何デアナタ、私ノ艦載機ニ懐カレテルノ……?」

 

「いや、その、なんていうか……」

 

「どうだ?驚いただろう?

Admiralはなんとな、私達の艤装の心を掴むことができるのだ!」

 

「そうなんですか!?」

 

 

アークロイヤルの謎解説にツッコミを入れる鯉住君。

マンタにしても、鳥型艦載機にしても、心を掴んだ覚えはないんだけど……

 

 

「フゥン……貴女ノ言ウ通リ、コノ人間ハ特別ミタイネ……

イイワ。私モ艦娘ノ姿ニナッテ、着イテイク事ニシマショウ……」

 

「え、ちょ……!

別に着いてこなくてもいいんですよっ!?」

 

 

 

ピカーーーッ!!

 

 

 

鯉住君の必死の説得に耳を貸さず、ビキニの深海棲艦も、艤装ごと光り輝く。

 

 

そして光が収まり、一行の前に現れたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_(:3」∠)_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_(:3」∠)_ <あまぎです……よろしく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  .,,..,,,,_

/ ,' 3  `ヽーっ

l   ⊃ ⌒_つ   <スヤァ……

`'ー---‐'''''"  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「  ……  」」」

 

 

 

 

寝た……

 

 

 

こうして無事(?)、高雄達の救助作戦は成功し、彼の鎮守府には新たな仲間が増えることになったのであった。

 

 

 




ちなみに帰路では、第2艦隊のメンバーは高雄含め船内待機、叢雲も操縦のため船内待機、その他のメンバーは甲板待機もしくは護衛という布陣を敷いていました。

高雄は泣きそうになっていたので、色々と事後処理は帰ってからの後回しにしたようです。


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第62話

事後処理回その1

どうしても冗長になってしまうので、さらっと流し読みしていただくのもいいかと思います。





 

 

ラバウル第1基地・第2艦隊のメンバーに加え、新入りふたり(強制加入)と共に、拠点であるラバウル第10基地まで戻った一行。

 

現在は一晩明け、一旦落ち着いている状態だ。

 

第2艦隊のメンバーはラバウル第1基地に戻らないといけないのだが、ダメージを負っている者もいるため、一旦第10基地預かりという扱いとした。

もちろん高雄によって、第1基地の提督である白蓮大将には許可を得てある。

 

 

高雄が連絡を取った際、大将は電話口で彼女たちの無事を大いに喜んでいた。

その時の高雄の嬉しそうな表情は忘れられない。

 

そしてそのあと、大将は事の顛末を聞いて大爆笑していた。

その時の高雄の般若のような表情も忘れられない。

 

 

 

ちなみに他の第2艦隊のメンバーは現在以下の状態である。

 

大破して肉体にダメージの及んでいた照月は、高速修復材使用ののち、艦娘寮(旅館)で療養中。

身体のダメージは残っていないが、溜まった疲労はメンバー内でも一番だ。今もぐっすりと寝ている。

2,3日はゆっくりしていってもらうことになるだろう。

 

能代は入渠後、引き続き照月の看病。

後輩である照月に、轟沈の危機をおして護られたのが、相当堪えているようだ。

今回の戦闘での負担は少なかったものの、責任感の強い彼女には、この事実が重荷となってしまっている。

彼女がそこから解放されるには、照月の回復しかないだろう。

早くふたりとも元気になってほしいものだ。

 

榛名は入渠時間が長かったため、高速修復材を使用し、これまた療養中。

照月ほどではないものの、彼女も艦隊の最大火力として気を張っていたため、精神の負担はなかなか大きい。療養は必要だろう。

落ち着いてくれるか少し心配だったが、艦娘寮(旅館)の雰囲気を気に入ってくれた模様。一安心だ。

興味本位で現れた、英国妖精シスターズと仲良くしていたのが印象的。

どう見ても彼女のコスプレをしている妖精さんもいるので、仲間意識を感じたのかもしれない。

 

飛鷹・隼鷹の軽空母姉妹は、榛名同様、高速修復材を使用し、その後療養中。

……のはずだったのだが、旅館に浴衣というシチュエーションにテンションが上がりまくってしまって、ふたりで酒盛りを始めていた。

高速修復材を使うことなかったかなぁ……なんて思っていたら、ふたりして高雄に説教を食らっていたので、許してあげることにした。

 

 

 

そして高雄はというと、入渠を終えて一晩明けた今、執務室で鯉住君、叢雲のふたりと情報共有を終えたところだ。

 

 

彼女たちは全員、艦隊全滅の危機と隣り合わせであった。皆一様に疲労が溜まっている。

そして高雄はその艦隊の旗艦だったのだ。精神的疲労は誰よりも大きいはずである。

そんな状態でもするべきことを優先するあたり、さすがは第1基地筆頭秘書艦。

 

ちなみに情報共有であれば、秘書艦ふたりも同席してもらうのが普通だが、今回は共有というより報告といった面が大きいので、同席は叢雲のみ。

古鷹には他の第2艦隊のメンバーの世話を頼んで、席を外してもらっている。

 

 

 

「……それで鯉住少佐。

色々と口頭報告していただいたところ申し訳ないですが、詳細な説明をしていただきたいです……」

 

「あ、はい……わかりました……

起こったことを即日で伝えておらず、申し訳ありません……なにせ報告する暇もなかったので……」

 

「別に報告を怠るつもりはなかったんだけど、結果としてそういう形になっちゃったのは、申し訳なかったと思っているわ」

 

「い、いえ、謝ってもらうことはありません……

というか、これだけの変化をたった2日で起こすなんて……

どこをどうしたら、こんな事態になるんでしょうか……?」

 

「あの……なんていうか、本当に申し訳ない……」

 

 

 

ここ2日で起こった、たった今報告を終えた出来事と、高雄も知っている出来事

 

・艦隊に3名加入(高雄には1名加入予定という報告をしていた)

・艦娘寮(旅館)の増築

・研修メンバーの第二次改装実装含めた研修報告

・艦隊メンバー全員とのケッコンカッコカリの導入

 

・第2艦隊のメンバーの救援成功

・上級の実力を持つ姫級2体の無力化

・艦隊に2名加入(元姫級であり現姫級)

 

 

 

「とりあえず緊急性がない話題は、書類での後日報告で問題ありません。

ツッコミどころは多いですけど……

その……旅館建設とか……異例の多重婚とか……」

 

「旅館については、申し訳ないです……英国妖精さんたちがハッスルしちゃいまして……

ケッコンについては、そっとしておいて下さい……私もいっぱいいっぱいなんです……」

 

「なんといいますか……

心中お察しできないですけども、ご愁傷様と言いますか……」

 

「お気遣いいただき、申し訳ない……」

 

 

ちょっと目を離した隙に、建物もメンバーもその関係性も、全てが様変わりする鎮守府。そんな鎮守府見たことも聞いたこともない。

高雄が現実感を感じ取れないのも、無理もないことだろう。

 

そんなふわふわした状態の、彼女の何気ない一言を耳にした叢雲は、ムスッとしながら話に割り込んできた。

 

 

「ちょっと高雄さん。結婚した相手にご愁傷様って、初めて聞いたんだけど。

流石にそれは失礼なんじゃない?」

 

「あぁ、ゴメンね叢雲ちゃん……

なんだか少佐を見ていたら、自然に口からその言葉が出てきちゃって……

アナタ達の仲を悪く言うつもりなんて無かったの。許してちょうだい……」

 

「よしなさい叢雲……高雄さんは悪くないんだから……

確かにそう言われてもおかしくない状態だもの……

だいぶ厄介なことになっちゃったよなぁ……」

 

「……」

 

「……叢雲?」

 

 

彼の発言を聞いた叢雲は、裏紙利用のためのA3用紙を何枚か使って、なにか折り紙を始めた。

 

そして……

 

 

 

スパァンッ!!!

 

 

 

「ッッッ!!!??」

 

 

叢雲は折り紙して作ったハリセンで、鯉住君の頭に一発お見舞いした。

 

 

「あのねぇ……!

高雄さんは百歩譲っていいけど、アンタがそういうこと言うのは許さないわよ!

私との結婚が厄介だとでも言いたいわけ!?

もうちょっとデリカシーを持ちなさいよ!この唐変木!!」

 

「す、すまん……そういうつもりじゃないんだ……!」

 

「最初の頃から、なんにも変わってないんだから!

いい加減そういうところ直しなさいよね!!」

 

「いや、ほんと、申し訳ない……」

 

 

確かに指輪を送った相手に、その言葉はないわよねぇ……

怒りを隠そうともしない叢雲を前に、自分の事を棚にあげて、そんなことを考える高雄。

 

先ほど聞いた話(半ば強制的にケッコン指輪を渡すことになった)を踏まえると、彼からそういった感想が出るのも致し方ないとは思う。

しかしそこは高雄も年頃の女性である。

どうしても色恋に対しては、理性よりも感情。叢雲の気持ちの方に共感してしまう。

 

 

 

・・・

 

 

 

叢雲と鯉住君の夫婦漫才を見ながら、高雄は考える。

 

 

まさか彼が鎮守府の部下全員とケッコンをしているとは……

 

彼女達の過去を知る高雄だからこそ、尚更その事実は受け入れがたい。

 

 

元々人当たりがよく、良い子であった古鷹が、彼に好意を抱くのはまだわかる。

相性もよさそうであるし、お似合いだろう。

彼と話している時の古鷹の目は物理的に輝いており、彼のことが大好きなのだろうことは、誰の目にも明らかだった。

 

叢雲についても同様だ。

初期艦として、ともに苦難(やらかし)を乗り越えた仲だし、絆が生まれるのは当然といえば当然だろう。

ツンツンした態度は生意気とも取られかねないが、彼女は本当は相手のことを考えられる、優しい性格をしている。

それくらいなら鯉住少佐はわかっているだろうし、それをわかってくれて、甘えられる相手に惹かれるのは、納得できる話だ。

 

 

……そのふたりが指輪を望んだのは、まだわかる。

しかしながら、クセの塊のような他の3人までもが指輪を望んだというのは、正直信じられない。

 

 

天龍については、色恋とはまるで無縁の性格だ。

 

第1基地にいた頃から、彼女は常に出撃したがっていた。

しかしその好戦的な性格とは裏腹に、彼女の艦としての性能は低く、駆逐艦よりはマシ、程度だった。

 

だから彼女に与えられる役割は、そのすべてが遠征。

一見そうは見えないが面倒見がよく、だらけがちな遠征メンバーをよくまとめてくれていたのが、遠征の度に声がかかる大きな理由だった。

やりたいことと自分の適性がかけ離れているということ。気の毒な話だ。

 

不満を口にしつつも遠征に向かう彼女の姿は、ひとつのよくある光景となっていたため、彼女が新天地を求めて異動を願い出た時も『それはそうだろうな』という意見が大半であった。

正直言って、層の厚い第1基地に、彼女の戦闘員としての居場所はなかった。

 

 

……そんな彼女が、まさか出会って数か月、しかも要望を積極的に叶えてくれているわけでもない提督に、あそこまで懐いているとは……

……とてもじゃないが信じられない。

 

今までの第10基地の戦闘報告を思い返すと、彼女が出撃した回数は、片手で収まるほど。

海に出ることは多くとも、大部分が遠征。その状況は、第1基地に居た時と、そう変わらない。

戦闘大好きな天龍の希望を満たせる内容ではないはずだ。

 

それだというのに、何故天龍は指輪効果が発揮されるほど、彼に信頼を置いているのだろうか……

指輪が練度上限解放機能を備えていて、天龍がそれを知って指輪をねだったということだが、そもそも信頼が強くないと効果が発揮できないのだ。

一体何があったというのだろうか……本当に謎だ……

 

 

 

龍田にしても、まったく予想外だ。

 

第1基地に居た頃の彼女は、まったく心の内がわからない存在だった。

唯一読み取れたのは、天龍のことが大好きで、彼女をからかって楽しむことが多い、ということくらいだろうか。

 

天龍と一緒なら別にどんな命令でも構わないし、逆に天龍と一緒じゃなければ、まったくやる気を出さない、といった感じだった。

 

それでも任務については、どんな状況でも最低限はこなすため、扱いに困るというほどではなかった。

だから龍田と周囲との関係は、あくまでもビジネスライクなものだった。

 

……そんな彼女が鯉住少佐の命令(というかお願いに近いが)ならば、天龍と一緒でなくともやる気を出していたのだ。正直我が目を疑った。

さらに任務達成の際、彼にお礼を言われた時に見せた、彼女のいい笑顔。龍田とはそこそこ長い付き合いになるが、あんな眩しい笑顔、初めて見た。不覚にもドキッとしてしまったくらいだ。

 

少なくとも、大好きな天龍と同じくらいには、彼のことが好きなのだろう。

ホントにこの数か月で何があったのだろうか……

 

 

 

そして、極めつけは大井である。

 

彼女の性格は、龍田以上によくわからない。

第1基地に居た頃の彼女は、常に他人とは一定以上の距離を開けており、その態度はよく言えばクール、悪く言えば冷徹だった。

そのため、言い方は悪いが、彼女は鎮守府内で孤立してしまっていた。精神年齢の低い駆逐艦などからは、怖がられて避けられていた。

 

そんな現状をどうにかしようと思って、こちらから距離を詰めようとしても、冷たくあしらわれるし……

誰にでも平等な対応を心がけてはいるが、彼女に対してはあまり良い印象を持っていなかった。正直苦手だった。

ひどい話かもしれないが、彼女の異動が決まった時、心の底でホッとしてしまった。

 

だから彼女が鯉住少佐に対して、冷たくもとれるが、感情を滲ませた態度をとっていたのは、衝撃的だった。

姉妹艦である北上の存在がとても大きいことはあるのだろうが、それにしても、誰にも心を決して開くことのなかった、あの大井が……

 

 

 

鯉住少佐は、彼女たちに対して、いったいどんな接し方をしてきたのだろうか……?

 

たったの数か月で、どんな艦娘でも心を開いてしまう接し方……

……駄目だ、よくわからない。

 

 

 

あまりにも仲の良い喧嘩を見ながら、若干その甘い空間に胸焼けしながら、高雄はそのようなことを考えるのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「ま、まぁ、なんと言いますか……先ほどの失言については、失礼いたしました……」

 

「す、すみません、高雄さん。お見苦しいところをお見せして……

ほら、叢雲も一緒に謝ってくれよ……」

 

「……ふんっ」

 

「……なんかもう、すみません……」

 

「い、いえ、大丈夫です。悪いのは私ですので……

そ、そうだ。それらの件についての報告は、書面で構いません。

それよりも、今一番の問題である、例の彼女たちの扱いについて話を聞かせてくれませんか?」

 

「あぁ……それは、何とかしないといけないですよね……

何とかできる自信は全くないですけど……」

 

 

深海棲艦でもあり、艦娘でもある例のふたり。

今までに前例がないケースであることから、どういった扱いをして良いか、計りかねている。

 

 

「しっかりしなさいよ。

よくわからないけど、アンタ、アイツらから認められてるみたいだし」

 

「そう言われても、俺自身もなんでこうなったか、よくわかんないんだよ……」

 

「そこは頑張って何とかしなさい。本人たちに聞き出すなりして。

ウチのトップなんだから、それくらいしなさいよ」

 

「そうは言ってもなぁ……叢雲も古鷹から聞いただろ?

あの人たちがここに来た理由と、来るまでにやらかした色々をさ……

あんな災害級の爆弾みたいな人たち、俺の手に負えないって……」

 

「あまり思い出したくないわ……」

 

「もうなんか、国際問題ってレベルじゃなかったもんなぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

鯉住君、高雄、古鷹の3名は、6-5からの帰路、艦娘へと変化した彼女たちから聞き取り調査をしていた。

 

何故欧州を縄張りとしている彼女たちが、太平洋までやって来たのか、聞いておきたかったからだ。

海域ボスとして十二分な実力を持っている彼女たちが、わざわざ地球を半周してきた。

理由によってはこれは人類全体の未来を揺るがす一大事である。

 

……しかし彼女たちの返答は……

 

 

『カラフルな熱帯魚を見たかったから』

 

『たまには動け、と言われたから仕方なく』

 

 

休日に遊びに行くような感覚で移動してきただけだった。

これには3人とも椅子からずり落ちるほど脱力した。

 

 

……しかし、こんなくっだらない動機でも、災害レベルの彼女たちが動くというだけで、人間世界には一大事が引き起こされる。

彼女達から旅路の話を聞いた3人は、顔面蒼白となった。

 

 

 

彼女たちが通ったルートは以下の通り。

 

 

まずドレスの深海棲艦が、北海からジブラルタル海峡まで、イギリス・ベルギー間のドーバー海峡経由で空母棲姫を迎えに行く。

 

空母棲姫がせっかくの南国だからという理由で、空母夏姫にスタイルチェンジする。

 

大西洋を中米に向かって横断。移動時は魚をよく見るため海中を進む。

 

中米でカラフルな熱帯魚に興奮した後、パナマ運河経由で太平洋入り。

 

北太平洋をウロウロした後、東南アジアの魚も見ようということで、太平洋に面したラバウルに到着。

 

 

こんな感じだったらしい。

 

 

その話だけ聞けば、欧州人特有の優雅なバカンスといったところ。

 

では何故3人の顔面がひきつったのか?

その理由は、世界で起こった大事件と彼女たちの移動がリンクしていたからだ。

 

 

 

約1年前

 

『ドーバー海峡強襲』

 

この事件では、戦線を維持しきれず、多くのイギリス人、ベルギー人が命を落としたという。

ロンドンも襲撃され、精鋭部隊による抵抗もあってなんとか全壊は防げたものの、甚大な被害を受けたようだ。

 

記録では『多大な被害を被るも、敵の撃退に成功』とされていた。

しかし当の本人が言うには、『部下が勝手にやったことだから、あまり覚えていない。むしろこれから見る熱帯魚にワクワクしていた覚えがある』とのことだった。

 

どうやら彼女に着いていこうとした部下たちが、勝手に暴れただけのようだ。

はた迷惑すぎる。

 

 

 

約7か月前

 

『カリブ海・船舶連続襲撃事件』

 

中米のキューバ沖に広がるカリブ海。

ここで艦娘護衛中のタンカーや客船が悉く沈められる事件が起こった。

人間だけでなく艦娘への被害も甚大で、これによりカリブ海周辺国家の海軍は大打撃を受けた。

 

これもやっぱり彼女のやらかしたことで、『大型船のモーター音のせいで、観察中の魚が驚いて逃げてしまった。当然プッツン来たので、片っ端から沈めることにした』とのこと。

 

今もって原因は謎とされているのだが、真相はこんなロクでもない理由だった。

彼女が港町を見つけなかったことだけが、不幸中の幸いと言ったところか。

 

 

 

約半年前

 

『パナマ運河半壊』

 

中米と南米の境にあるパナマ運河。

ここが何者かの強襲を受け、多大な人的被害を出す事件があった。

施設の多くはかろうじて無事だったため、現在はパナマ海軍(現地艦娘もいます)直轄設備として機能している。

 

当然これをやらかしたのは例の魚好きであり、『海路が狭く、水深も浅かったので、どうしても目障りな人間を知覚範囲に入れなければならなかった。だから見ないで済むよう、視界に入る前にマンタで掃除した』とのこと。

 

彼女からしたら、バルサン焚くような感覚だったようだ。

ホントにやめて欲しい。

 

 

 

そして彼女たちが止まらなかった未来に、なにが起こるはずだったのか。

 

 

どうやら彼女たちは、このまま東南アジアの熱帯魚を堪能しつつ、インドネシア、フィリピン、シンガポールなどを横切って、インド洋に向かうつもりだった模様。

そしてそれらの島国で熱帯魚が多く生息しているのは、島の近海。つまり人類の生活圏とダダ被りしている。

 

……つまり、ここで彼女たちが止まらなかった場合、海中からの突然の強襲が、進行ルートで繰り返される羽目になっていた可能性が高い。

いや、可能性が高い、というより、本人から『港町があったら見つけ次第潰していたはず』と物騒すぎる言質を取っていたので、それは確定事項だったようだ。

 

 

 

聞き取り調査の結果、こんな事実が明らかになった。

 

この話を聞いて、『羅針盤は正しかったんだなぁ……』と、3人ともしみじみ思うこととなった。

 

高雄達がギリギリまで追い詰められたものの、結果だけ見れば、

『轟沈者なし、災害クラスの強敵を2体も無力化、未来に起こる大規模惨劇を未然に防ぐ』

といった、とんでもなくラッキーな展開となったのだ。

本来知覚できないバタフライエフェクトを実感することになるとは、夢にも思わなかった3人である。

 

 

 

・・・

 

 

 

「今回はっきりさせとかなきゃいけない点を整理してみますね……

1つ目は、彼女たちの今後の立ち位置について。

2つ目は、深海棲艦と艦娘の姿が、自由に切り替え可能だという事実をどうするか。

3つ目は、彼女たちのやらかしたことへの対応。

この辺が、何とかしなきゃいけないところになるでしょうか……」

 

「そうですね……鯉住少佐のおっしゃる通りです……

そのどれもが、国際問題級の案件ですけども……」

 

「なんか、言葉にしてみると、どうしようもない気がしてくるわね……」

 

 

「「「 ハァ…… 」」」

 

 

3人そろってため息をつく面々。

こんな話、どこから手をつければいいのだろうか?

 

少なくとも、この面々だけで結論を出せる話ではない。

 

 

「……そういえば鯉住少佐。

昨日私が入渠している間に、お師匠でもある鼎大将に連絡を取っていたそうですね?

なにか助けになるような話は無かったんでしょうか?」

 

「あー……そうですね……

ちょっと今回の件で重要な内容があったので、高雄さんには悪いと思いましたが、早急に鼎大将に連絡を入れさせていただきました。

本来直属の上司である、白蓮大将か高雄さんから話を通すべきだとは思うんですが、何分事情が事情だったので……

申し訳ございません……」

 

「いえ、とんでもありません。お気になさらず。

しかし少佐、『重要な内容』とは、どのことを言っているのですか?

どの案件も重要すぎる物だと思うんですけど……」

 

「あぁ……そうですね……

まぁ、高雄さんなら問題ないかな……口も堅いでしょうし……」

 

「えっ……それってどういう……」

 

「実はですね。今回の件、例のふたりの艦娘化ですが……

ドロップ扱いではありません」

 

「……? ちょっとアンタ、どういうことよ?

艦娘が顕れるパターンなんて、建造かドロップだけでしょ?

確かに今回の件は、かなり異質なケースだと思うけど……」

 

「違うんだよ叢雲……今回のケースはね……『転化』って言います」

 

「て、転……化……?」

 

 

聞きなれないワードに、不穏なものを感じる叢雲と高雄。

ただでさえいっぱいいっぱいなのに、もっとヤバい情報が飛び出る気配をひしひしと感じる。

 

後で少佐から胃薬貰おう……

 

そんなことを考える高雄であった。

 

 

 




艦これも第2期になって初めてのイベントが開催されますね。
どんなイベントか楽しみだなぁ(怯え


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第63話

事後処理回その2

実は……という事実が明らかになります。


 

 

 

「て、転化とは、どういうことですか!?

私、そんな現象聞いたことありませんよ!?」

 

 

動揺で若干声が震えている高雄。

無理もない。『艦娘の顕現』という、基本中の基本の事柄において、未知の部分があったというのだ。

自身の根幹にも関わる重要な話である。

 

 

「高雄さんが聞いたことないのも無理のないことです。

この現象を知っているのは、世界でもごく一部だけでしょうから」

 

「えぇ……?な、なんでそんな……」

 

「まぁ、そのあたりも含めて説明します。

……叢雲。悪いけど、古鷹を呼んできてくれない?」

 

「はぁ~……アンタ、また私達に悩みの種を植え付けようって言うの……?」

 

「すまないねえ……でも、早いうちに知っとかないとだから……

これから本人たちと会うこともあるだろうし……」

 

「本人たち……?

まぁいいわ……今から呼んでくるわよ……なんか伝えとくことはある?」

 

「言葉通りの現実を受け入れて欲しい、とだけ」

 

「はぁ……またそういうパターンなのね……わかったわ……」

 

 

すぅーっ……とんっ

 

 

若干死んだ目で執務室を退室する叢雲。

研修で様々なストレス耐性を身につけた彼女だが、それでも常識ブレイクには慣れることができない模様。さもありなん。

 

 

「ちょ、ちょっと、少佐、今のってどういう……」

 

「まぁ、すぐにわかりますよ」

 

 

・・・

 

 

秘書艦召集中

 

 

・・・

 

 

「……お待たせしました」

 

 

叢雲に続き、古鷹が執務室に入ってきた。すでに死んだ目をしている。

具体的には彼女の目の光が、切れかけの電球のようになっている。

 

 

「なんか……ごめんね?」

 

「いいんです……提督の傍に居ると、いつものことですし……」

 

「ホントごめんね……」

 

 

なんで話をする前から、すでにお通夜状態なんだろうか……

不安に駆られる高雄。

 

そんな高雄の様子を見て、さっさと説明するのが吉と判断した鯉住君は、本題に入ることとした。

 

 

 

・・・

 

 

 

「それじゃイチから説明しますね。

まず艦娘の顕現方法は、建造とドロップの2種類。そういうことになってます」

 

「え、えぇ……それが当然だとばかり……」

 

「世間一般ではそうなんですが……

そうだ、古鷹。現状確認がてら、ドロップにはどういうケースがあるか説明してみてくれない?」

 

「は、はい。

ドロップには大きく分けて2つのケースがあります。

海域を漂っている艦娘と遭遇するパターンと、海域ボス攻略後にどこからか顕れるパターン。合っているでしょうか?」

 

「オッケー。丁寧な説明ありがとう。問題ないよ。

……だから今回の深海棲艦の艦娘化というケースは、『ドロップ』じゃありません。

『転化』と言います。

現にドロップ艦の北上に確認したことがあるけど、彼女は発見前の記憶がないみたいだし、深海棲艦だったという感覚もないみたい。

これはアークロイヤルさんや天城さんのケースとは、決定的に異なるところだね。

それを踏まえて見ても、『ドロップ』と『転化』はまったく違う現象と言っていい」

 

「そ、そうですか……

し、しかし!今まで今回のようなケースなんて、確認されていないじゃないですか!

何故鯉住少佐には、その知識があったのですか!?」

 

「『確認されていなかった』わけじゃありません。

『公表されていなかった』んです」

 

「え、えぇ……?」

 

「なんで私がそんな秘匿情報を知っているかと言えば、本人たちと面識があるからです。

……正直こんな裏情報なんて知りたくなかったんですが、関わり合いがある以上、そういうわけにもいかず……」

 

「本人たちと面識……?

そ、それって、もしかして……少佐が研修に赴いた……」

 

「はい。お察しの通りです。

私が知る範囲ですが、『転化』によって艦娘となった人たちは4名います。

 

横須賀第3鎮守府(一ノ瀬中佐のとこ)の鳥海さん。

佐世保第4鎮守府(加二倉中佐のとこ)の神通さんと、瑞穂さん。

トラック第5泊地(三鷹少佐のとこ)の阿賀野さん。

 

これ以上いるかどうかは知りませんが、少なくともこれだけの艦娘が、『転化』によって艦娘化した事実があります」

 

「……え、ええと……」

 

 

困惑が隠せない高雄。ついでに秘書艦ふたりも固まっている。

なんだか知ってはいけない情報のような気がするが、ここまで知ってしまった以上、もう後には引けない。

 

 

「それと転化にはいくつか特徴がありまして……

元々の実力が相当高い深海棲艦でないと、この現象は起こらないようです。

今回のふたりもこの例には漏れていませんね。

あとは深海棲艦だった時と、性格はあまり変わらないようです。

人間に対する敵対心の変化については、私も今回初めて知りましたが」

 

「へ、へぇ……」

 

「色々知ってるように話してますが、私も知らないことは多くって……

特に今回驚いたのが、深海棲艦と艦娘の姿がコンバート可能だということです。

そんなことができるなんて、誰も言ってませんでしたし……

ただ、昨日鼎大将に聞いた話だと、それはすでに知られていることだったようです。

ただ私が知らなかっただけという話でして」

 

「は、はぁ……」

 

「まぁ、少なくともこれだけの内容が、現在わかっています。

ご理解いただけたでしょうか?」

 

「はひ……」

 

 

怒涛の新情報に、情報処理能力が限界にきている高雄。

ふたりの秘書艦も同様だが、悲しいかな、このような事態は慣れっこである。

高雄よりも先に立ち直り、疑問を口にする。

 

 

「ちょ、ちょっと、アンタ。

実際目にしたから疑うつもりはないけど、なんでそんな大事なこと、秘匿情報になってるのよ?

そんな重要な話なら、公表するべきじゃないの?」

 

「……俺も初めてこの話聞いたときは、おんなじ反応したよ。

でもさ、よく考えてごらん?

キミたち最初、今回の件はドロップだと思ったよね?」

 

「まぁ、そりゃそうよ。それしか選択肢なんて無いもの」

 

「だよね。それが普通の反応だと思う。

……つまり今回の話を聞いた人はほぼ全員、キミたちと同じ状態になる。

そしてこう思うはずだ。『今までドロップ艦と思っていた艦娘に、転化体が潜んでるんじゃないか?』ってね。

深海棲艦にいつでも変身できて、はたから見ると絶対に区別できない艦娘がさ」

 

「あー……そういうこと……納得だわ」

 

「そうなんだよねぇ……

戦場で一番怖いのは、『味方の裏切り』だから……

そうでなくとも、同じ屋根の下、自分を殺しに来るかもしれない存在と一緒なんて、精神が持たないよねぇ……」

 

「もしこの事実が公表されたら……!

ちょっと眩暈がしてきました……」

 

「古鷹の反応が、『転化』が秘匿情報にされてる一番の理由かな。

『転化』の詳しい条件が元から浸透していれば、問題ない話なんだけどねぇ……

あとからこんなこと公表したら、絶対みんな疑心暗鬼になっちゃうでしょ?

だから秘匿情報なんです。おわかりいただけましたか?高雄さん?」

 

「はひ……それはもう、十二分に……」

 

 

高雄は彼の話から、もしこの情報が公開された場合を考えていた。

簡単に予測されるだけでも以下のような害があるだろう。

 

 

・艦娘に対する魔女狩りめいた所業が横行する

→艦娘が人類に見切りをつけ、深海棲艦により人類全滅。バッドエンド。

 

・ドロップ艦と建造艦で扱いが変わり、艦隊運用時に致命的な軋轢が生まれる。

→深海棲艦に押し込まれ、人類全滅。バッドエンド。

 

・艦娘は人類を攻撃しようとしないが、深海棲艦ならそれができるため、『対人戦力』とするための、艦娘の深海棲艦化が研究される。

→各国間の情勢が一気に悪くなり、第三次世界大戦勃発。バッドエンド。

→そもそもその前に、艦娘がそんなことする人類を見放す。バッドエンド。

 

・その逆に深海棲艦の艦娘化という名目で、深海棲艦の生体研究、同時に艦娘の生態研究が行われる。人権のない艦娘なので、非道な実験が予測される。

→実験が成功しても失敗しても人類の暴走不可避。大惨事世界大戦勃発。バッドエンド。

 

 

 

……パッと思いつくだけで、この有様である。

高雄が目からハイライトを完全に失うのも、仕方ない話だ。

 

 

「そういうわけで、この話は口外無用でお願いします。

ちなみに大本営の元帥や大和さん、高雄さんの提督の白蓮大将は、『転化』について知っていますから、話をしていただいても構いません。

あ、あと、他の第2艦隊のメンバーには、敵ボスを倒したら彼女たちがドロップしたということにしておいてください。少しゴリ押しな気もしますが……

……そんな感じでよろしいでしょうか?」

 

「よろしいんじゃないでしょうか……」

 

「それではよろしくお願いしますね」

 

 

 

・・・

 

 

 

「そういうわけで、彼女たちの艦娘化については、秘匿するしかありません。

言い換えると、艦娘姿と深海棲艦姿が切り替え可能な存在がいる、という事実を秘匿することになります」

 

「はい……それは、そうするしかありませんね……」

 

「ご理解いただけたようで何よりです。

それでは残り2つの問題について、話をしましょう」

 

 

鯉住君は一旦話を区切り、別の話題へ移る。

 

 

「……まずは、彼女たちの今後についてでしょうか。

大本営預かりとか、ラバウル第1基地預かりにしてくれると、私としては嬉しいな~、って思うんですけど……」

 

「無理です」

 

「無理ね」

 

「諦めてください」

 

「みんなヒドくない!?」

 

 

にべもなく提案を突っぱねられる鯉住君。

 

これは仕方ない。

そもそも彼女たちが艦娘化したのは、彼を認めたからなのだ。

もしここで、彼の元を離れて別のところに行け、なんて言った日には、おそらく彼女たちは元の生活へ戻るだろう。優雅な人類抹殺ライフに。

 

 

「鯉住少佐が面倒見てください。彼女たちがまた暴れださないように」

 

「頑張りなさいよ。私達の平穏もかかってるんだから」

 

「それしかないですね」

 

「うぅ……やっぱりそうなるのかぁ……不幸だわ……」

 

 

これからの生活を考え、あまりの精神的負担から、元ビジネスパートナーの口癖を口にしてしまう鯉住君。

 

人柱ってこんな気持ちだったのかなぁ……

この現代で、生贄の祭壇に捧げられた人たちの気持ちを、理解することになるとはなぁ……

 

 

「その問題はアンタが頑張ることで解決ね。ハイ終わり。

それじゃ次の問題にいきましょ」

 

「叢雲さん……あんまりじゃないですかねぇ……

高雄さんもそう思いません……?」

 

「……」

 

 

高雄はほっぺたを膨らませながら、そっぽ向いている。

よっぽどさっきの常識ブレイクが堪えたようだ。

鯉住君に八つ当たりするくらいには、ダメージを受けているということだろう。

 

 

「高雄さん……叢雲のアレって、高雄さんの真似だったのかぁ……」

 

「おふたりの今後ですが、提督が頑張るということで解決したようですね。

それでは最後の問題……

あのおふたりがしてきた行いについて、どう対応するかですが……」

 

「古鷹……そんな殺生な……

キミねぇ、俺に全部擦り付けるなんて、いくら何でもひどくないかい……?」

 

「私だってさっきの話で傷ついてるんですからね!

提督が男を見せて、もっと私達の心の負担を減らしてください!」

 

「わ、わかった……わかったから泣かないでくれ……

はい、ハンカチ……」

 

「うぅ……ありがとうございます……」

 

 

知ってはいけないことを知り過ぎて泣いちゃった古鷹を前に、叱るに叱れなくなった鯉住君。

女の涙に恋愛初心者が勝てる道理もないのだった。

 

 

「わかったよ……俺が頑張るよ……ハァ……

……それじゃ、最後の議題ね。

と言っても、彼女たちの存在が公にできない以上、知らぬ存ぜぬを決め込むしかないんじゃないかな?」

 

「それは……そうですね……

被害を受けた方々には申し訳ないですが……」

 

「どうせ公表したら、『加害者であるふたりをよこせ、もしくは処分しろ』みたいな、頭悪い意見が出てくるんでしょ?

実際そうしようとしたら、被害拡大するに決まってるのに」

 

「まぁ、言い方は悪いけど、そうならざるを得ないよねぇ。

やっぱりこれも秘匿情報にするしかなさそうか……」

 

「……あ、でも!

欧州の深海棲艦の圧力は劇的に弱まったんですから、それを教えてあげてもいいんじゃないですか?

かなり欧州情勢は厳しいと聞きますし、喜ばれると思いますよ!」

 

「やっぱり古鷹は優しいなぁ……天使だなぁ……

……そうしてあげたいのは山々なんだけどね、そうもいかないんだよ……」

 

「え!?ど、どうしてですか?」

 

「なんでそんなこと知ってるの?ってなっちゃうでしょ?」

 

「……あぁ、言われてみれば、確かに……」

 

「それに深海棲艦の圧力が弱まったら弱まったで、それはそれで問題なんだよ。

もう一度世界進出できると判断した国々の中で、帝国主義が復活しちゃうだろうから……」

 

「チカラによる他国支配ですか……

いや、でも、深海棲艦の脅威がある以上、他の国まで戦力を送ることはできないのでは……」

 

「そうなんだけどさ、『それが可能になった時の準備』みたいなものは、始めると思うんだよねぇ……

無償で頑張ってくれてるキミたちには、あんまり聞かせたくない話だけど……」

 

「ええと……」

 

「まぁ、ともかく、彼女たちの存在を明かせない以上、彼女たちがやらかした事についても、だんまり決め込むしかないと思う。

高雄さんもそれでいいですか?」

 

「は、はい」

 

「それじゃ、今の話し合いで決まった……といっても、無かったことにする、といったことぐらいですが……

この話を私の方から大和さんに伝えて、話し合ってみます」

 

「わかりました……」

 

 

もう高雄には、わかりました、としか言えない。

鯉住少佐は思った以上に遥かに視野の広い人だったし、自身の師匠である大和と話し合ってくれるというなら、口をはさむことなどない。

 

というか、こんな世界情勢をグラつかせる話題じゃなくて、もっと事務的な作業に戻りたい。

資材管理とか、変な緊張しなくていい仕事をして、この地雷原みたいな話を忘れたい。

はやくおうちかえりたい。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……では、難しい話はここまでで。

疲労がたまっているところ、お付き合いいただいてありがとうございました」

 

「いえ……必要なことでしたので……」

 

「それじゃ古鷹、キミも疲れてるところ申し訳ないけど、高雄さんを部屋まで案内してあげてくれ。

2,3日は照月さんの回復もあるし、滞在されるだろうから、その用意もしてあげてね」

 

「はい。わかりました。

それじゃ高雄さん、いきましょうか」

 

「え、えぇ……なんだかドッと疲れが出てきたわ……お願いするわね……」

 

 

すぅーっ……とんっ

 

 

古鷹に連れられ、高雄が退出する。

 

 

「……それで、大和さんに報告するのはいいけど、あのふたりのここでの扱いは決めとかなきゃいけないんじゃないの?」

 

「そうなんだよねぇ……

『何とかします』だけじゃ報告でもなんでもないからねぇ。

とすると、やっぱり本人たちにどうしたいか聞き取らないとなぁ……」

 

「頑張るのよ」

 

「……ついてきてくれないのかい?」

 

「……」

 

 

あっ、そっぽ向いて無視し始めた。

さっきの高雄さんにそっくりじゃないか……

 

 

げんなりしながらも、例のふたりと面談することにした鯉住君なのであった。

 

 

 




元深海棲艦の皆さん(転化組)がヤンチャしてた頃の話



長い上物騒なので、興味のある方だけどうぞ。



・横須賀第3鎮守府所属 鳥海(元 集積地棲姫)


小笠原諸島沖に出現した深海棲艦。

どの深海棲艦よりも戦略戦に飢えており、本能に任せて戦いを挑む同胞が許せず、自らが矢面に立つことに。
とんでもない鬼謀と統率力を持っていた彼女は、日本全土の海岸から一斉攻撃という、誰も予測していなかった超規模作戦を実行に移した。
あまりにも壮絶だったその総力戦は、現在、本土大襲撃と呼ばれている。

その戦いで、一ノ瀬少佐(当時)との壮絶な頭脳戦の末、圧倒的なアドバンテージを覆され、敗北。
自身よりも優秀な頭脳を持つ一ノ瀬少佐に感服し、さらなる頭脳戦を求める彼女は帰順することとなった。

現在は将棋盤の上に戦場を移し、充実した日々を送っている。



・佐世保第4鎮守府所属 神通(元 軽巡棲姫)


世界のどこかで顕現し、決まったテリトリーを持たず放浪していた深海棲艦。

定住しなかった理由は、ひとりでも多く、一秒でも長く、戦闘力を有する相手を殺傷していたいから、という物騒なものであった。
艦娘、深海棲艦の区別なく、目に入った相手には必ず攻撃を仕掛け、その全てに勝利してきた。欧州棲姫が唯一敗れた相手でもある。
敗北後命のあった者たちからは『ブラインド・デーモン』と呼ばれ、恐れられていた。

ある時日本近海を放浪していた際、佐世保第4鎮守府の艦隊に遭遇。
当然戦闘となり、一晩に及ぶ死闘の末、敗北。
当時旗艦であった龍驤に、面白い奴がいたということで捕縛され、加二倉少佐(当時)と面会。意気投合し、帰順することに。

今日も彼女は溢れんばかりの殺害衝動を深海棲艦に向けながら、充実した日々を送っている。



・佐世保第4鎮守府所属 瑞穂(元 水母棲姫)


香港近海に顕現した深海棲艦。

収集家にして、深海棲艦にしては非常に優しい性格。
だが、その優しさは深海棲艦の常識に支えられているものであり、人間からすると、とんでもないもの。

彼女は『倒した相手が世界から忘れられないように』という思いやりをもって、頭蓋骨に仕留めた日付を彫って保管するようにしていた。
香港から人類が頭骨を残して消えたのは、彼女が原因。
中国海軍からは『首狩り姫』と呼ばれ、恐怖と憎しみの対象となっていた。

彼女の討伐を目的とした、佐世保鎮守府・中国海軍の連合作戦により、佐世保第4鎮守府の面々と戦闘、そして敗北。
その際同行指揮を執っていた加二倉少佐(当時)に一目惚れし、帰順。

彼と一緒に過ごせる生活も当然幸せだが、彼が亡くなってから彼の頭骨と永遠に過ごす日々も素晴らしいだろうと考えている。

どう転んでも幸せな未来を妄想しながら、充実した日々を送っている。



・トラック第5泊地所属 阿賀野(元 軽巡棲鬼)


オセアニアのキリバス諸島に顕現し、ポリネシアの島々を荒らしまわった深海棲艦。

荒らしまわったと言っても、無慈悲な襲撃ではなく、彼女の目的を満たすための襲撃。その目的とはなんと、フルーツを食べること。
本能のまま島々に上陸し、フルーツ畑を荒らしまわり、ひたすらに食べ続ける生活を送っていた。

フルーツが無くなった島の人間には普通に攻撃を加えていたため、無害というわけではなかった。
それでも他の深海棲艦よりも、人類にとっては危険度の低い相手であったと言える。

トラック第5泊地所属の電の要望により、三鷹少佐率いる艦隊が彼女に接触。
その際彼の『ウチに来れば、東南アジア中のフルーツ食べ放題だよ?』という勧誘を受け、それにホイホイ誘われ、帰順。

現在はその言葉通り、フルーツ食べ放題な充実した日々を送っている。




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第64話

個別面談その1

1回でふたり分入れたかったけど、ひとり分になってしまいました。
やっぱり尖ったキャラを動かすのは楽しいですね。




高雄を古鷹に部屋まで送ってもらった後、アークロイヤル(元深海棲艦)と天城(元深海棲艦)への個別面談を敢行することにした。

 

アークロイヤルは魚好きということがわかるのでまだいいが、天城についてはよくわからない。

藪をつついて蛇を出したら、鎮守府どころか、辺り一帯の諸島から人間が消え去る可能性も十分にある。

慎重に、相手の反応を見ながら、話を進めないといけない。

胃が痛いが、いつかは向き合わなければならない問題でもあるし、腹をくくって臨むとしよう……

 

 

「わかってるとは思うけど、おかしな発言しないでよ?

アンタはたまに物凄くデリカシーがないんだから」

 

「わかってる、わかってるって……

彼女たちを怒らせたらヤバいってのは、重々承知してるから……」

 

「多分あのふたりが本気になったら、私達総出でも止められないわよ。

冗談抜きで頼んだから」

 

「やっぱりそうか……気を引き締めてかかるよ」

 

「わかってるならいいのよ」

 

 

結局なんだかんだ悪態をつきつつも、叢雲は着いてきてくれた。

本人曰く「秘書艦たるもの鎮守府メンバーの個性くらい把握しておくべき」ということだった。

まさしくその通りな正論ではあるが、本当のところは、自分のことを心配して着いてきてくれているのだろう。

いつも通りではあるが、不器用で優しい彼女らしい。ありがたい話だ。

 

 

「そう言えばさっき部屋に戻ってたけど、何してたのよ?」

 

「ちょっとね。必要になるかもしれないと思って、色々と準備してたんだよ」

 

「……? まぁいいわ」

 

 

 

・・・

 

 

移動中

 

 

・・・

 

 

 

とんとんとん

 

 

彼女が待機している部屋のふすまをノックする。

まだ部屋割りが済んでいないので、仮部屋扱いだ。

 

 

(誰かしら?)

 

「あ、私です。鯉住です」

 

「私もいるわよ」

 

(あら、Admiralと秘書艦のムラクモね。

いいわ。入りなさい)

 

 

ガララッ

 

 

「失礼します」

 

「お邪魔するわよ」

 

「かしこまらなくていいわ。

それで、わざわざ訪ねてくるなんて、どういった用件かしら?

貴方、提督なんだから、私を執務室に呼び出せばよかったんじゃなくて?」

 

「ええと、貴女に個人的な話が聞きたくてお邪魔したんです。

ですので執務室まで呼び出すこともないと思いまして……」

 

「あら、そうなの。

てっきりジャパニーズ・ヨバイかと思ったじゃない」

 

「よ、よば……!違いますって!

こんな真昼間から、秘書艦連れて、そんなことしませんって!」

 

「あはは!ジョークよ、ブリティッシュ・ジョーク。

それで、なんの話かしら?答えられることなら答えましょう」

 

「ハァ……勘弁してくださいよ……

それじゃ、色々とお聞きしようと思いますが、あまり難しいことは質問しないと思います。

気楽に受け答えして下さい」

 

「別にそんなに気を遣わないでもいいのに。

貴方は私のAdmiralなのよ?」

 

「それとこれとは関係ないですよ。

上司だから偉そうにしていい訳でもないでしょうし。

……それでは掛けさせていただきますね。叢雲は手前でいいかな」

 

「いいわ。それじゃ失礼するわね」

 

 

部屋の中央にある、多分すごくいい木を使った机。

そこに備え付けてある、これまたいい木を使った座椅子に、ふたり並んで腰かける。

それを見て、窓際の椅子に優雅に腰かけていたアークロイヤルも、対面の座椅子に腰かけてくれた。

別にそのままで良かったのだが、気を利かせてくれたようだ。

 

イギリスで地べたに座る習慣はないはずだが、こちらに合わせてくれたのだろう。

彼女は涼しげな顔をしながら、お姉さん座りで座っている。

ドレスっぽい制服にシワがつかなければよいが……

 

 

「そのままでも良かったのに……気を遣わせてしまってすみません」

 

「いいのよ。それで、聞きたい事とは何かしら?」

 

 

・・・

 

 

「ええとですね……

私達はまだ貴女達について、まったく知りませんので……

この鎮守府でやりたいこととか、得意なこととか、聞いておきたいと思いまして」

 

「あら、殊勝な心掛けね。

部下の嗜好を把握しておこうだなんて、流石はAdmiral」

 

「恐縮です。それで、何かやりたいこととか希望はあります?」

 

「そうね……」

 

 

アークロイヤルは軽く握りこぶしを口の前で作り、しばし考える。

 

 

「水族館と生け簀を造ることは確定として、料理もしていきたいわね」

 

「……ん?」

 

 

……なんだろうか。なんかおかしな発言があった気がしたんだけど……

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!なにかおかしなこと言いませんでした!?

いくらなんでも、そんな施設造れませんって!」

 

「Admiralも魚類の素晴らしさが分かっているのでしょう?

だったら全く問題ないはずよ」

 

「確かに魚は大好きですけど、問題ありますって!

一介の軍事施設が、そんな軍用以外の巨大施設、造れませんよ!」

 

「何言ってるの?

私達が今いるこの建物は、軍用施設ではないでしょう?」

 

「……うっ」

 

「それに鎮守府棟だって、そういう名前がついたワフウケンチクというものでしょう?

ここに軍事施設らしいものなんて、何一つないじゃない」

 

「……」

 

「水族館や生け簀が増えたところで、何も違和感はないわ。

違うかしら?Admiral?」

 

「えーと……」

 

 

言われてみればその通りだ。

というか、言われるまで気づかなかった。

 

ウチって軍事施設のくせに、豪農屋敷と、倉と、旅館しかないんだよなぁ……

そう言われてみれば、軍事施設感0%だよなぁ……

どうしよう……なんか彼女の提案に納得しかけてる自分がいる……

 

何故か頭おかしい提案を受け入れ始めている提督を見て、叢雲がため息交じりにそれをフォローする。

 

 

「はぁ……あなたね。

流石にそんなに大きくて、鎮守府運営に関係ない施設は作れないわよ。

大本営から許可なんて下りないわ」

 

「あら。そんなこと気にしないでもいいでしょう?

勝手に造ってしまえばいいじゃない」

 

「ただの中小規模鎮守府に、そんな横暴が許されるわけないでしょ……」

 

 

平然とワケの分からない事を言う英国艦に、困惑顔の叢雲。

しかしそんな彼女も、アークロイヤルの次の発言に、目を丸くすることとなる。

 

 

「許されるわ。

許可を出さないというなら、私が『あちらの』姿で、欧州から部下を全員呼び寄せ、日本海軍に大規模攻勢を仕掛ける。そう伝えればね」

 

「……!?」

 

 

この人とんでもないこと言いだした……!

自分の要求を通すためなら、使えるカードは容赦なく使う姿勢。

良くも悪くもイギリス的である。

 

これには叢雲も閉口。

その様子を見て、胃をキリキリさせながら、鯉住君がフォローする。

 

 

「あー……それは勘弁してください……

これ以上目立ってしまうと、色んなところから目をつけられてしまいますので……」

 

「ではAdmiral。水族館と生け簀の建造を進めても、問題ないわよね?

いつから動き始めるのかしら?」

 

「いえいえ……そもそもそんな巨大施設なんて造れる資金ありませんし……」

 

「資金?何を言っているのかしら?

fairy(妖精)に頼めばいいじゃない。

ほら、アナタのお供のfairy達もやる気満々みたいよ?」

 

「えっ……?」

 

 

彼が気付かないうちに、いつもの妖精さん3人が、ふよふよ浮いていた。

 

頭にはねじり鉢巻き、両手にはノコギリとノミ、カラフルな法被を着て、鼻息荒くドヤ顔している。

どう見てもやる気満々だ。

 

 

「おい、お前ら……まさか……!?」

 

 

(ごちゅうもんいただきました!)

 

(ひさしぶりのおおしごと!)

 

(さすがにきぶんがこうようします!)

 

 

「まだ確定事項じゃないから!

ちょっと落ち着きなさい!その大工道具を手から離しなさい!!」

 

 

(もうておくれです!)

 

(さいはなげられた!)

 

(くーりんぐおふは、みたいおうです!)

 

 

「お前らぁ!こういう時だけやる気満々になるのはやめろォ!!

なんでそんなにやる気なんだ!?

いつも俺をからかうくらいしかしないじゃないか!?」

 

 

((( こうはいたちには、まけられない! )))

 

 

「なに英国妖精シスターズに対抗意識燃やしてんのォ!?

そのやる気はもっと別のことに使ってくれない!?」

 

 

こうなると最早、彼の言葉でも抑えられない。

というか、元々あまり制御なんて利かせられないのだが……

 

 

((( とつげきじゃーっ!!! )))

 

 

フワーッ!!

 

 

「アハハッ!すごいわねAdmiral!貴方fairyと話ができるの!?

ますます気に入ったわ!私の主はやはり、貴方しか居ないようね!」

 

「アンタの様子見てると、もうあの子たち、抑えられないみたいね……」

 

「ゴメンな叢雲……」

 

 

すんごい楽しそうに笑うアークロイヤルと対照的に、あきらめムードなふたり。

 

妖精さんたちは、やる気に任せて退室してしまった。

もう止まらないし、止められないのだろう。

というか、細かい話なんてしなかったのに、水族館とか生け簀とかが、どういうものかわかるんだろうか……?

 

 

「はぁ……まぁ、もう起こってしまったことは仕方ないです……必要経費だと思って諦めます……

何が完成するのか予想できないのが、心底恐ろしいですけど……」

 

「細かい調整は私がしてあげるから、安心なさい」

 

「お任せしますね、アークロイヤルさん……」

 

 

時間は過去に巻き戻せない以上、起こったことをいい方に解釈するしかない。

 

そうだ、水族館と生け簀という2つの施設を造ることで、欧州で暴れていた彼女を満足させることができるんだ……

そう考えれば、コスパ最高な投資だったと言えなくもないのでは……?

 

 

「それと私、料理もしてみたいのだけど。

ここの料理長は誰なのかしら?和食というものを作れるのかしら?」

 

「あ、ああ……ちょっとショッキング過ぎて、料理をしてみたいって言ってたの、忘れてました……

ここでは重巡洋艦の足柄さんが料理長をしてくださってます。

和食に興味があるんですか?」

 

「そうね。和食はジャパニーズ・トラディショナル・フードなのでしょう?

ここはイギリス領だったパプアニューギニアらしいけど、日本海軍に居るのだから、和食を習得してみたいというのは、おかしい話ではないでしょう?」

 

「それは、まぁ、そうですが……しかしですね……」

 

「? どうしたの、Admiral?」

 

「言いづらいことですが、和食にはですね……

その、貴女の尊敬する魚を使った、魚料理というものが数多くありまして……」

 

 

アークロイヤルが魚類を異常なまでに崇め奉っているのは、当然把握している。

だからこそ魚料理などさせることはできない。

 

魚を切り刻んだり、釜茹でにしたり、果ては踊り食いなんてのもあるくらいなのだ。

それを知った彼女が激怒してしまったら、バッドエンド不可避である。

 

しかしそんな鯉住君の危惧に反して、アークロイヤルの反応はサッパリしたものだった。

 

 

「何を言っているのかしら?

そんなこと知っているに決まっているでしょう?

その程度の知識ならあるわ」

 

「え、えぇ……?

てっきり『崇高な魚を料理するなんて、人類には許されない!』なんて言うと思っていました……」

 

 

そんな提督の言葉を聞き、呆れた顔で返答するアークロイヤル。

 

 

「あのねぇ、Admiral……私のことをなんだと思っているの?

魚類の素晴らしさは留まるところを知らないわ。そんな狭い了見で、彼らのことを見ているわけではないのよ?

魚類の素晴らしさのひとつは、その数の多さをもって、地球の生態系を支えているところにあるわ。

だから他の生物に、その尊い命を提供するのも、魚類の役目なの。

私達は最大限の敬意をもって魚類を調理し、その命をいただくのよ。

実に神聖な行いだわ……それに、なんというか……少し背徳的で……いいのよね……」

 

「あっ……(察し」

 

 

毎度のことながら魚類について語り始めた彼女は、片手を頬に当てながら、うっとりとした表情を浮かべている。

 

これはあれだろう。

あまりにも魚類への愛が深すぎて、『魚を調理して食べる』という行為に、いやらしさを感じているということだろう。

話の途中までは感心して聞いていた鯉住君だが、最後の最後で台無しである。

 

隣を見ると、叢雲はドン引きしていた。

スゴイ表情をしながら、座椅子を後ろに下げ、距離を取っている。

 

 

「そ、そうでしたか……

まぁ、それなら構いません。足柄さんにも話を通しておきますね。

しかし、それだけ魚を愛していながら、魚を食べるということに理解があるとは……

正直甘く見ていました。すみません」

 

「ふふ。Admiralなら私の考え、分かってくれると思っていたわ。

やはり貴方は同志よ」

 

「そ、それはありがとうございます……」

 

 

相手に認められているのに嬉しくないという不思議。

 

 

「魚を食べるというのは非常に意味のある行為なの。人類の原罪よ。

だからこそ、無差別に、自身が食べる以上の殺戮をするというのなら、容赦はしないわ。

特に漁師は許せない人間の職業のひとつね……!

奴らほど、魚一匹一匹の命を軽んじている者どもはいない……!!

世界からいツカ消シテヤラナイト……!!!」

 

 

ズオオッ……!!

 

徐々にヒートアップしてきたアークロイヤルから、どす黒いオーラが溢れ始めた!

焦ってそれに待ったをかける鯉住君。

 

 

「わー!!ストップストップ!!

出ちゃってます!あっちの姿が少し漏れてきてますから!!

正気に戻って!お願い!」

 

「……あら。私としたことが」

 

「頼みますよ……本当に……

あちらの姿で怒り狂われたら、私達には止められないんですから……」

 

「自分を制御できないなんて弱者そのものよね。失礼したわ」

 

 

なんとか元に戻ってくれたようだ……冷や汗で手のひらが湿っている……

 

気を取り直してアークロイヤルに再度尋ねる。

 

 

「……なんだか色々ありましたが、ほかに要望はありますか?

せっかく人類に危害を加えないと約束してくれたんですから、ある程度なら融通利かせますよ?」

 

「もう結構よ。十分だわ。Thank you, Admiral」

 

「そうですか、それならよかったです」

 

 

 

・・・

 

 

 

聞きたいことが聞けたし、無事(?)彼女の希望も満たせた。

本来の目的は達成できたので、もうひとつの目的を果たすことにする鯉住君。

 

 

「……それでは、せっかく私達の艦隊に加入してくれたんですし、歓迎の意味を込めて、ひとつ渡したいものがあるんですが……」

 

「……なにアンタ。いつの間にそんなもの用意してたのよ?

私達には何もよこしていないクセに……」

 

 

ジト目で鯉住君のことを睨む叢雲。

研修終了のご褒美をまだ渡していないので(ケッコン指輪はノーカンの模様)、その事を言っているのだろう。

 

 

「い、いや、用意していたわけじゃないんだ。

彼女は魚好きってことだから、喜んでくれると思って……」

 

 

そう言って1冊の本を取り出す鯉住君。

表紙には『世界の淡水熱帯魚事典』と書かれている。

 

 

「なにアンタその本……魚の事典?」

 

「そう。俺が昔から大事にしてる本」

 

「さっき部屋に戻ったと思ったら、それを取りに行ってたのね」

 

「彼女なら淡水魚は見慣れてないと思うし、喜んで大事にしてくれるとも思ったからね。

俺が高校生の頃に買った本だから、ずいぶん昔のものだけど……

アークロイヤルさん、こんなものしかなかったですけど、いかがでしょう……か……」

 

 

本を渡そうと思ってアークロイヤルの方に視線を向ける鯉住君。

喜んでもらえるか気になっていたのだが、そんな心配は吹き飛んでしまった。

 

何故なら……

 

 

「あ、アド、Admiral……!!

そのひょう、表紙の写真……!!何なの……その、美しすぎる魚はッ……!!」

 

 

興奮しすぎて、両目の瞳孔を開きながら、

ガタガタ震えるアークロイヤルが目の前に居るからだ。

 

 

「え、ええと……これはネオンテトラと言いまして、南米のアマゾン水系に生息する、とてもベーシックな熱帯魚です……」

 

「み、見せてッ!!そ、その本、をッ!!!」

 

「は、はいっ!!」

 

 

あまりの興奮で言葉に詰まるアークロイヤル。

そんなエネルギー溢れる彼女の頼みなど断れず、本を渡す鯉住君。

 

 

「こ、こんなっ!!こんな美し……美しいッ!!!」

 

 

ペラペラペラッ!!

 

 

「「 うわぁ…… 」」

 

 

もの凄い勢いで図鑑をガン見する彼女に、またしてもドン引きするふたり。

喜んでくれたどころではない。

猫にマタタビ、馬にニンジン。

あまりの興奮で鼻血を流していることにすら、気づいていないようだ。

 

 

「美しいぃ……!!

世界の河川にはッ……こんな……こんな未だ見ぬ魚類たちがッ……!!

フロンティアッ……!シャングリラッ……!!

此処にあったのねッ……!!!」

 

 

 

「……帰ろうか、叢雲……」

 

「うん……」

 

 

すでに自分のワールドに没頭している彼女を背に、いそいそと部屋を去るふたりなのだった。

 

 

 

 

 




ちなみにアークロイヤルの得意料理は肉料理なようです。
イギリス艦ですが、メシウマ艦となります。


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第65話

個別面談その2

彼女の扱いは若干悩みましたが、まぁいっか、となりました。
大目に見ていただければと思います。




すたすた……

 

 

アークロイヤルの待機部屋を後にし、天城の待機部屋に向かう鯉住君と叢雲。

だいぶ気疲れしてしまったが、本番はこれからなのだ。

気を抜くわけにはいかない。

 

なにせ天城については、極端な怠け者だということぐらいしか、情報がないのだ。

まずはなにが彼女を刺激するのか、確かめないといけない。

 

彼女もアークロイヤル同様、恐ろしい実力の持ち主。

機嫌を損ねてしまっては、取り返しがつかなくなる。

 

 

「……さぁ、着いたぞ。それじゃ心の準備はいいかい?叢雲」

 

「大丈夫よ。それじゃ、入りましょ」

 

 

叢雲の準備ができていることを確認し、ふすまをノックする。

 

 

……とんとんとん

 

 

しーん……

 

 

返事がない。

タイミング悪く、出歩いているのだろうか?

 

 

「あ、あれ?……もう一度……」

 

 

 

……とんとんとん

 

 

 

 

 

(……留守です……)

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

いるじゃないか……

 

 

「ええと……すいません、提督の鯉住です。

ちょっとお聞きしたいことがありましてお邪魔したんですが……

都合悪いでしょうか?」

 

 

(提督……うーん……)

 

 

何か悩んでいる模様。

 

 

(……よし。……大丈夫です……どうぞ……)

 

 

なんだろうか?

なにかの準備をしていたのだろうか?

 

よくわからないが、入室許可をもらったので、お言葉に甘えてお邪魔させてもらうことにした。

 

 

「……失礼します」

 

 

すぅーっ……とんっ

 

 

入室すると、長机の隣には、どーんと敷かれた布団が。

もちろんその中には天城が納まっており、首だけ出して、寝ぼけ眼でこちらを見ていた。

 

とてもではないが部屋に誰かを招くような体勢ではない。

こんな有様だというのに、さっきは一体何の準備をしていたのだろうか……?

 

 

「お、お休み中?失礼します」

 

「わ、私も一緒よ。失礼するわ」

 

「提督に、叢雲さん……いったい何の用事でしょうか……?……ふわぁ……」

 

「えーですね……

今日は天城さんに、この鎮守府でやりたいこととか、何か欲しいものとか、そういったものがないか、聞きとり調査しにきました。

昨日の今日であるし、貴女のことを何も知らないので、必要かと思いまして……

正直言って、何故貴女が私に着いてきてくれたかすらわからないですし……」

 

「あら……提督ってマメなんですね……

わざわざそんなことのために、いらっしゃったなんて……」

 

「大事なことですよ。

それで、なにか希望はあります?」

 

「そうですね……特には無いですが……強いて言うなら……」

 

「強いて言うなら?」

 

「働きたくないです。面倒くさいので」

 

「えぇ……?」

 

 

どうしようもない事を、きっぱりと言い切った天城。

 

しかしいくらなんでも、鎮守府に所属してもらう以上、何らかの仕事はしてもらわないといけない。

機嫌を損ねてはいけないが、それはそれ。できれば最低限は働いて欲しいと思う。

ひとりだけ特別扱いして、他のメンバーと溝ができては、お互いのためにならないからだ。

 

 

「流石に何も仕事をしないというワケには……

鎮守府に所属する以上は、なにかしら貢献してもらわないといけません。

出来る限り融通は利かせますので……何かできることはないでしょうか?」

 

「あら……提督なんですから、ただ命令すればいいのに……律儀ですねぇ……

できること……うーん……そうですねぇ……むにゃ」

 

 

軽く目をつぶり、考え始める天城。

あれだけ強力な深海棲艦だったのだから、何かしら強みはありそうなものだが……

 

 

「……」

 

 

「……どうですか?思い当たらないですか?」

 

 

 

 

 

「……zzz」

 

 

 

「……ちょっと!?起きてください!!」

 

 

……ホントに自由だな、この人は!

 

やっぱり彼女は、会話中と言えど、隙あらば寝ようとするようだ。

その辺は『あちらの』姿と変わらない模様。

 

 

「……あら……失礼しました……むにゃ」

 

「せめて会話中くらいは起きていてください……」

 

「気を抜くと意識がとんじゃうんですよ……ごめんなさいね……

……そうですね、それじゃ、近海偵察なんてどうでしょうか……?」

 

「偵察任務……?」

 

 

彼女の提案に怪訝な顔をするふたり。

 

それもそのはず。

普通、偵察任務と言えば、近海哨戒のことである。

最も回数が多く、最も忙しい任務だ。

 

隙あれば寝ようとするほど怠け者の彼女が、志願するはずのない仕事と言える。

 

 

「偵察任務と言えば、近隣哨戒ですよね……?

一番忙しい任務のひとつですよ?

天城さんがやりたがるような内容だとは、到底思えないんですが……」

 

「近隣哨戒には出ませんよ……?」

 

「「 ??? 」」

 

 

近隣哨戒に出ずに、どうやって敵の動向を把握しようというのか……?

彼女の発言に首をかしげるふたり。

 

 

「うーん……そうですね……

叢雲さん……この鎮守府の担当海域って、どのくらいの広さなんですか……?」

 

「た、担当海域の広さ……?

そうね……この鎮守府から北に広がる海、ソロモン海の沿岸だから……

一番遠くて、半径約200㎞圏内ってところかしら」

 

「200㎞……ちなみにその中で、近隣哨戒によく出る範囲はどれくらいでしょうか……?」

 

「そうねぇ……近隣って言うくらいだし、半径30㎞くらいかしら。

それ以上の範囲は警戒するメリットが薄いわ」

 

「あぁ、だったら大丈夫ですね……

私、半径50㎞程度なら、深海棲艦の気配を感じ取れますので……

この部屋にいても任務できますね……

流石にその距離では『いるかいないか』程度の精度ですが、問題ないですよね……?」

 

「「 !!!?? 」」

 

 

なんかこの眠り姫、とんでもないこと言いだした。

驚いて目を見張るふたり。

 

50㎞と言えば、東京ー成田間、京都ー神戸間と同じくらいの距離である。

しかも彼女が言う感知範囲は、半径の話。範囲内に小さめの県がすっぽり収まる広さだ。

近隣哨戒で遠征に出向く範囲くらいなら、余裕でカバーできる。

 

 

「そ、それってホントなんですか!?

いくらなんでも、広すぎじゃないですか……!?」

 

「そう言われましても……わかるものはわかりますし……」

 

「はぁー……とんでもない話ですね……」

 

「だから私、動かないで任務できます……

提督がどうしてもとおっしゃるなら、出撃もしますけど……」

 

「あ、出撃もしてくれるんですね。

てっきり『めんどくさいから嫌だ』とおっしゃるかと思いました」

 

「一応私、今は艦娘ですので……

提督のご指示には、従いますよ……面倒くさいですけど……

……あ、でも、ひとつ条件を付けさせてもらってもよろしいですか……?」

 

「じょ、条件ですか?」

 

「はい……心の準備をしたいので、前日までには出撃があると教えてください……

動く気にならないと、まったく動けないので……」

 

「それは構いませんが……

動けない、というと、動く事に、なにかデメリットがあるんですか?」

 

 

どうやら彼女は、怠けたくて怠けているようではないらしい。

 

先ほどの索敵範囲の話から推測するに、彼女は強力過ぎるチカラを持っているせいで、恐ろしく燃費が悪いのだろう。

ただ動くだけでも、常人を遥かに超えるエネルギー消費があるに違いない。

 

そう考えると、こうしてずっと怠けているのも納得だ。

 

そのようなことを考えていると、その答えを彼女が口にする。

 

 

「いえ……別にデメリットとかはありません……

単純に、働く前には気持ちを切り替えたいだけです……

さっき提督が入ってくる前に心の準備してたのも、同じ理由です……」

 

「あっ……そうですか……」

 

 

思っていたよりも俗っぽい話だった。

連休最終日の夕方に、仕事のことを考え始めるようなものだろうか……

 

さっきノックした時にちょっとだけ待たされたのも、同じ理由とのこと。

気持ちは切り替えても、態度は切り替えなかったのが彼女らしい。

 

 

「提督だって、遊んでいる時と仕事の時は、気持ちを切り替えるでしょう……?」

 

「ま、まぁ、その通りですが……」

 

「そういうことで……事前に教えてください……

そうしていただければ、出撃もしますから……ふわぁ……」

 

「はぁ……わかりました……」

 

 

 

・・・

 

 

 

なんだか彼女の知られざる秘密が明らかになってしまった。

どんなレーダーでも敵わない索敵範囲とは、とんでもない性能だ。

 

しかしそれはあくまで性能面の話だ。

ここで彼女の嗜好や、此処に来る気になった理由をはっきりさせておく必要はある。

あの性能の艦が機嫌を損ね、元通り姫級となって敵に回るというのは、考えたくないものだ。

 

 

「条件付きとはいえ、作戦に協力していただけるということで、ありがとうございます。

……それで、何かここでやりたいこととかあります?

せっかく協力してくださるんですから、ある程度なら融通利かせますよ?」

 

「そうですね……ではひとつだけ……」

 

「はい。なんでしょう?」

 

「美味しいご飯をたくさん食べたいです」

 

「……ご飯……ですか?」

 

「はい……私がここに来たのって、北上さんに聞いた『サケの塩焼き』っていうの、食べてみたかったからですし……」

 

「……えっ!?

そ、そんな理由で深海棲艦やめちゃったんですか!?」

 

「もちろんそれだけじゃないです……

屋根がある建物なら、日差しを気にせず寝られるからとか……

腐れ縁のあの人が、着いてくって言ったからとか……

提督の技術や心意気が、人間にしては面白いと思ったからとか……

色々と考えているんですよ……?」

 

「そ、そうですか……」

 

 

色々と考えているとは言うが、明かしてくれた艦娘化の理由は、どれもこれもとっても些細なものだった。

 

こんなんで進路決めちゃうとか、彼女の将来が若干心配だなぁ……

 

 

「だからご飯が美味しければ、ずっと此処に居ます……

実際昨日食べた『サバの味噌煮』は、涙が出るくらい美味しかったし……」

 

「涙が出るほど!?サバの味噌煮ですよね!?」

 

「それはもう……いつも食べてた生魚と比べると、天と地ほどでした……

北上さんと大井さんが言ってた、味覚があるなら調理した方がいい、と言っていた意味、よくわかりました……」

 

「あぁ……そう言えばあのふたり、そんな話してたわよねぇ……

ていうか、あなた、生魚と料理比べるのは、流石にどうかと思うわよ?」

 

 

彼女と初めて接敵した際に、一連の会話を聞いていたらしき叢雲が、ツッコミを入れる。

あまりにも何とも言えない話の展開に、黙っていれられなくなったようだ。

 

確かに生魚と足柄さんの料理を比べること自体が、失礼なことだ。

いつも絶品の料理を提供してくれる彼女には、聞かせられない話である。

 

 

「しょうがないじゃないですか……

今まで食事と言えば、海水味の海産物だけだったんですから……

何よりもだらけるのが好きな私が、それと同じくらい気に入る趣味ができるなんて、思いませんでした……むにゃ……」

 

「そ、そうなんですか。

……まぁ、食事ということなら、足柄さんの腕前は一流です。

毎食楽しみにしていてくださいね」

 

「はい……それがある限り、裏切りません……ご安心を……」

 

「……忘れないようにします」

 

 

それがある限り、ということは、食事提供が無くなったら知らないよ、ということだろうか……

そんなこと起こらないだろうから、気にしなくてもいいだろうけど……

 

やっぱり彼女もアークロイヤルと同じで、深海棲艦側と人類側、どちらの立場でも構わない模様。

周りよりも自分の基準を優先するのはわかりやすいし、正しいと思う。

そんな素直な彼女たちは、しっかり手綱を握っていれば心配ないだろう。

 

……その手綱を握ってるのが自分じゃなかったら、安心できるんだけどなぁ……

 

 

「……それでは天城さんには、頻繁でない出撃任務と恒常的な索敵をお願いすることになると思います。

ご飯はちゃんと足柄さんが作ってくれますので、食堂で毎食食べていただいて構いません。

……こんなところでよろしいでしょうか?」

 

「ええ……問題ないです……

……あ、食事を部屋に運んでもらうというのは……」

 

「さすがにそれは足柄さんに申し訳ないので、ダメです。

それに、食事の時は食堂で、しっかりした体勢で食べてください。作ってくれた人に悪いですから」

 

「むー……それは……その通りですね……」

 

「魚料理を敬意をもって食べないと、アークロイヤルさんに怒られちゃいますよ?」

 

「あー……あの人、お魚大好きですもんね……

あ、そうだ……あとひとつ……私、結構量を食べますから、それを考慮してくださると、助かります……」

 

「あぁ、確かに正規空母の皆さんは、よく食べますもんね」

 

 

彼の脳裏に、今まで関わってきた空母の面々が思い浮かぶ。

 

 

普通サイズのお茶碗で、10回以上お替りしていた佐世保の赤城。

ラーメンどんぶりに、これでもかというほど大盛りによそっていた横須賀の二航戦。

みんなと同じ量だけ食べ、あとでこっそりおかわりしていたトラックの翔鶴。

 

 

どの正規空母も例外なく大食漢だった。

戦艦もスゴイが、正規空母もスゴイ。これが彼の持っている印象である。

 

 

……しかしそんな彼の予想を覆す一言が、彼女の口から漏れる。

 

 

「? 何言ってるんですか……?

今の私は巡洋戦艦ですよ……?」

 

「……ん?」

 

「天城型1番艦 巡洋戦艦『天城』ですよ……?」

 

「え……?」

 

 

彼女の口から飛び出した言葉は、ふたりを硬直させるのには十分なものだった。

 

 

 

 

 

 




実は一航戦の青い方に収まるのは、彼女の予定だったようです。


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第66話

個別面談その3

元深海棲艦組は、色々と枠組みにとらわれないようです。
精神的にも、物理的にも。


天城(未成空母)

天城はもともと巡洋戦艦として起工されたものだが、建造途中で航空母艦に変更された。
ワシントン海軍軍縮条約で、戦艦・空母の保有数が制限されたが、建造中の戦艦を中止にする見返りとして、各国とも二隻まで建造中止になった戦艦を空母に改造することが認められ、日本では巡洋戦艦として建造中だった「天城」と「赤城」を空母に改造することにした。
しかし、関東大震災で建造中の天城が破損して、同様にワシントン海軍軍縮条約で建造中止が決まっていた戦艦「加賀」が「天城」に代わって空母に改造された。

wikipediaより


「ちょ、ちょっと!?

天城って言ったら正規空母の……雲龍型2番艦・正規空母『天城』でしょう!?」

 

「あー……そっちにもなれますよ……?」

 

「そっちにもなれるぅ!?」

 

「元々『あちらの』姿では、航空戦も砲雷撃戦もやろうと思えばできましたし……

こっちの姿でもおんなじなんじゃないですかね……ふわぁ……」

 

「そ、そんな他人事みたいな……」

 

 

その後彼女に色々質問し、以下のことが明らかになった。

 

 

・通常時は天城型1番艦・戦艦『天城』の状態だということ

・ちなみに高速戦艦(巡洋戦艦)らしい

・雲龍型2番艦・正規空母『天城』とは、いつでもコンバート可能

・現在装備している艤装は、主砲2門と副砲1門、機銃1機

・それがコンバートすると、艦攻1部隊、艦爆1部隊、艦戦1部隊、高角砲1門に変わる

・なぜかそっちの状態で装備している艦攻は、ソードフィッシュMk2

 

 

……ツッコミどころ満載だが、本人がそうだと言う以上、そうなのだろう。

 

トラックの三鷹少佐のところで交流のあった、翔鶴さんみたいなものなのだろうか?

彼女も正規空母と装甲空母でコンバートできるし……

 

いや、でも、彼女のコンバートは、あくまで艤装(カタパルト)交換という面が大きいし……

艦種自体が丸々変わるなんて、聞いたことがないぞ……

 

あ、一応艦種が変わる艦娘は、千歳千代田姉妹がいたっけか……

とはいえ彼女たちも、そこまでの大転換ではないし……うーん……

 

もしかして聞いたことないだけで、実際は知られていることなのだろうか?

なんだかんだ言って、まだ新米提督だしなぁ……

 

 

鯉住君が混乱しつつも色々考えていると、天城からひとつ提案が入る。

 

 

「そうですね……これ以上説明するのも面倒くさいですし……

実際に見てみますか……?」

 

「見てみるというと……艤装ですか?」

 

「ハイ……部屋にあると邪魔なので、昨日北上さんに倉庫まで運んでもらいました……

実際にコンバートしてみますので、それを見て納得してください……」

 

 

そう言うと天城は、布団の中でもぞもぞし始めた。

怠け者の彼女にしては珍しく、外に出る気になってくれたようだ。

 

 

「ありがとうございます。

わざわざ説明するために、外に出て下さるなんて」

 

「いいですよ……他ならぬ提督のためですし……

こんな素敵な場所と食事を、提供してくれたお礼です……

一肌脱がさせていただきますよ……」

 

「恐縮で……すッ……!?」

 

 

会話しながら、もぞもぞ布団から出てきた天城。

それを見て鯉住君は絶句することになった。

 

 

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとアンタァ!!

なんで何も着てないのよォッ!!??」

 

 

もうすでに彼女は、一肌どころか全部脱いでいたからだ。

 

女性の美しさを極めたと言っても過言でないプロポーション。

それを目にした鯉住君は、石化したように固まってしまっている。

 

一ノ瀬中佐のところでの混浴対局でも、相手はタオルを身につけていたので、ガチの全裸を見るのは実は初めてだったりする。

 

 

「え……?

服なんて着ていたら、布団の気持ちいい感触が味わえないじゃないですか……?」

 

「そういう問題じゃないでしょ!?

人前に出るときにはちゃんと身だしなみ整えなさいよおっ!!

さっき私達が入る前に時間あったじゃないのっ!!

それに……なによその……!!

なんでそんなに痩せてるのに、胸だけ……そんなにッ……!!」

 

「どうしたんですか……?そんなに大声出して……?

訪ねてきたのはそちらからじゃないですか……理不尽ですねぇ……」

 

 

困り顔で腕をL字に組みながら、頬に手をあてている天城。

腕の上に胸がのっかっている。

世界水準越えの九九艦爆が格納庫からはみ出ちゃっている。

 

それに対し、不意打ちを喰らってフリーズする鯉住君と、テンパる叢雲。

 

 

……硬直する彼の頭の中では今、理性と本能が戦っている。

 

こんなすごい光景見逃しちゃいけないけど、叢雲に処される未来しか見えないから、やめとけやめとけ!……というのが理性の声。

 

こんなすごい光景滅多に見られないし、彼女も気にしてないんだから、今のうちに目に焼き付けておいても、かまへんかまへん!……というのが本能の声。

 

大した違いがないようにも感じるが、それはそれ。

理性で目を逸らそうとしても、本能が目を背けることを許さず、その場で固まることになってしまった。

女性経験皆無な彼には、男のサガと女性への好奇心に抗える術はないのだった。

 

 

 

「アンタはぁッ!何をそんなにぃッ!じっくり見てんのよおぉッ!!」

 

 

ガシイィッ!

 

 

「イタッ……ウガアァァッ!!

やめっ……ヤメテッ!!頭が割れるっ!!砕けるっ……!!」

 

 

視界を塞ぎつつ彼に折檻するために叢雲がとった行動は、アイアンクローだった。

艦娘の怪力で頭蓋骨が圧迫され、悲鳴をあげる鯉住君。

 

 

「そんなに!嘗めまわすような視線でぇっ!!

天城のこと眺めてんじゃないわよぉっ!!

そんなに大きいのがいいわけっ!?ホント最低!このクソ提督ッ!クズ司令官ッ!」

 

 

なんか色々混じってる気がするが、彼女には思うところがあるのだろう。

彼が処されるのも仕方ない気がする。

 

 

「悪かった!悪かったから放してえっ!もう見ないからっ!!」

 

「アンタはいつもそうやってっ!!私の心を傷つけるんだからぁっ!!」

 

「そ、それ、どういうことぉっ!?キミには何もしてなくない!?

それに今回は俺のせいじゃないでしょ!?」

 

「やかましいっ!!」

 

 

ギリィッ……!!

 

 

「わ、割れる……!

ストップ!そ、それ以上いけない!

殺傷沙汰になっちゃうから!マジでストップゥ!!」

 

「あらあら……なんだか大変ですねぇ、提督……ふわぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

その後なんとか叢雲に解放してもらい、天城には制服艤装を身につけてもらった。

 

無事頭が粉砕されることもなく事が収まり、一安心の鯉住君。

心の奥底ではもっと見ていたかったとか思っているが、それを表に出すと事故死不可避なので、無意識にストッパーをかけている模様。

 

 

「さあ、落ち着いたみたいだし、行きましょう……」

 

「は、はい、お願いします……」

 

「まったく、のんびりして……騒いでた私がバカみたいじゃない……

誰のせいでこんな騒ぎになったと思ってるのよ……」

 

 

 

・・・

 

 

工廠へ移動中

 

 

・・・

 

 

 

「聞いた話だとこの辺に……あった……

見てください……これです……」

 

「おお……!これは確かに、戦艦の主砲だ……!!」

 

 

天城が案内してくれた場所を見ると、確かにそこには戦艦艦娘のものと思われる艤装が置いてあった。

この鎮守府には戦艦艦娘がいないうえ、彼も初めて見る艤装であるため、彼女のものだということは間違いない。

 

技術屋として結構マニアックな彼は、初めて見る艤装にテンションが上がっている。

 

 

「それじゃ天城さん!

せっかく来たので、装備してみてもらえませんか!?」

 

「いいですよ……では……」

 

 

提督の言葉を受け、けだるげに艤装を身につける天城。

ものぐさな彼女も、さすがに一度動き出せば、ある程度アクティブになってくれるようだ。

 

戦艦特有の巨大な艤装を身につけた天城は、とてもサマになっている。

 

 

「かっこいい!やっぱり大型艦は迫力がありますね!」

 

「うふふ……気に入ってもらえたようで、嬉しいですわ……」

 

 

人に褒められるという初の体験に、喜んでニコッと微笑む天城。

それとは対照的に、叢雲がブスッとした顔で話しかける。

 

 

「ふ~ん、そう。

前からわかってたけど、アンタやっぱり、私達みたいな小型艦よりも、天城みたいな子の方が好きなのねぇ。ふ~ん」

 

「正直言うとそうだねぇ。

やっぱり大型艦にはロマンを感じるよ。

……あぁ、いや、だからって彼女だけ優遇しようとか、そういうことじゃないんだよ?

そこはほら、個人的な趣味だからさ。

キミたちもみんな同じように大事だから、安心してくれよ」

 

「そういうこと言ってるんじゃ……ハァ……

……まぁいいわ。それでほら、天城がコンバートできるの見せてもらいに来たんでしょう?

さっさとやってもらいなさいよ」

 

「そうだったな。

……それじゃ天城さん、空母になってみてもらえますか?

艤装の交換が必要でしたら協力します」

 

「あ、いえ……すぐに変われますので……では……」

 

 

ピカーーーッ!

 

 

彼女が艦娘化した時と同様、彼女のカラダが眩い光に包まれる。

 

あまりの眩しさに目を閉じたふたりが、目を開けると……

 

 

「はい……これで完了です……」

 

「おー……!」

 

「艤装が、変わってるわね……」

 

 

早着替えならぬ、早換装。

さっきまで背負っていた厳つい戦艦の艤装は、飛行甲板を搭載した空母のものへと変わっている。

 

 

「戦闘中や遠征中は、装備の関係で換装できませんが……

それ以外ではいつでも換装できます……」

 

「はー……アンタ達、本当に何でもありねぇ……」

 

「普通換装って、それなりに艤装の交換とかで手間がかかるんですけど……」

 

「まぁ、私達はどっちの姿にもなれますから……

その感覚で、換装もできちゃうといいますか……」

 

「すごい話ですねぇ」

 

 

 

・・・

 

 

 

天城の換装を見せてもらった後、ふたりは執務室に戻ってきた。

情報をまとめて、大和への報告時に活用するためだ。

 

 

「なんだか色々と凄かったねぇ」

 

「凄かった、ね……アンタ、アレ、思い出してるんじゃないでしょうね……」

 

 

ジト目で提督を睨む叢雲。

 

 

「ち、違うから。天城さんの裸なんて、思い出してないから」

 

「図星じゃないのよ……ホント、最低な男ね……」

 

「す、すまん……」

 

「ハァ……まぁいいわ。

さっさと情報まとめるわよ」

 

「あ、ああ」

 

 

叢雲は紙とペンを用意し、メモ書きの準備を整える。

 

 

「そうだな……まずは……」

 

 

転化したふたりについて、まとめていく。

 

 

まずはアークロイヤルについて

 

 

 

調査結果

 

・無類の魚好きで、漁師が大嫌い。

・視野は広く、魚を食べることについては理解がある。

・ただし、大事に食べないと逆鱗に触れる。

・生け簀と水族館を現在進行形で建築中(提督お付きの妖精さんが実働)。

・実は料理にも興味があり、肉料理が得意。

・深海棲艦の艤装を出すことができる。

 

 

タブー

 

・魚を無下に扱う。

・彼女がやると決めたことを邪魔する。

 

 

 

「まぁ、こんなとこかな」

 

「そうね。どう見積もっても変な奴だけど、話が通じるからなんとかなりそうね」

 

「一番怖いのは、魚を大事に扱わなかった場合かな……気をつけないとなぁ……」

 

「あとはあの人の動きを邪魔することかしらね……

そこはアンタ、信頼されてるみたいだし、大変なことにならないよう、釘刺しとくのよ?」

 

「まぁ、たくさんの人に迷惑かけるようなことはしないだろうから、そこまで心配してないけどね。

いい意味でプライドが高いっぽいし。

なんていうか、自分に甘くないっていうか……厳しいわけでもないけど……」

 

「そこはもう任せるわ。

私じゃ、あの人には敵いそうにないもの。なんかこう、相性的に」

 

「あー……わかる気がするな……」

 

「だったら頼んだわ」

 

「オッケー。それじゃ次は天城さんかな」

 

 

天城について

 

 

 

調査結果

 

・何よりもだらけることが好き。

・それと同じくらい、三度のご飯も好き。

・索敵範囲は半径50㎞。

・出撃に抵抗があるわけではないが、心の準備が必要。

・高速戦艦と正規空母のふたつの姿をコンバート可能。

・裸族。

 

 

タブー

 

・食事を抜く

 

 

 

「天城さんについては、あまり心配なさそうだね」

 

「そうね。アークロイヤルとは違った意味でマイペースだけど、危険ということはなさそう。

仕事もしっかりしてくれるって言うし、ウチとしては全く問題ないわね」

 

「美味しい食事が提供できなくなったら、どうなっても知らない、とは言ってたけど、そんなことにはさせないしねぇ」

 

「もしそんなことになったら、私達だって戦わないわよ」

 

「腹が減っては戦はできないからなぁ。

ま、心配ないでしょ」

 

「ウチでの扱いについては、だけどね。

大和さんへの報告では、色々と頑張るのよ?」

 

「あー……そうだねぇ……」

 

 

驚異の索敵範囲に、これまた驚異の完全別艦種コンバート。しかも一瞬で。

もっというと初期装備はなぜかイギリス製艦載機らしいし、そもそもの話、彼女は元深海棲艦。

 

どれをとっても、異常事態である。

実働性に関しての問題は全くないが、事例報告としての問題は山積みと言ったところ。

 

それを思う鯉住君は、眉間に手を当て、渋い顔をしている。

 

 

「大和さんにはいつもお世話になってるから、できるだけ負担のないように報告をあげたいけど……そうもいかないかぁ……」

 

「そこはもう仕方ないわね……いつも大変な大和さんには悪いと思うけど……

……ん?……ていうかアンタ、大和さんにいつもお世話になってるって、どういうこと?

私達が会ったのってあの時だけだし、普段は高雄さんに報告してるじゃないの」

 

「あー……そういえば言ってなかったか……」

 

「……アンタ、何隠してんのよ……?」

 

 

よからぬ流れを感じて、一気に不穏な表情になる叢雲。

 

 

「別に隠してたつもりじゃないんだけどさ、大和さんとは友達付き合いしてるんだよ」

 

「友達付き合い……?」

 

「そう。お友達。

なんだか大和さん、いっぱいいっぱいでさ。

本音で話し合える友達がほしいってことで、友達になったんだよ」

 

「いつの間に……」

 

「大本営で布団の申請しに行ったじゃない?

あの時だよ」

 

「アンタ……『大和さんは元気になってくれた』とか言ってたけど、実際はそんなことになってたのね……」

 

「元々連絡先も交換してたしねぇ。

メール友達って感じかな。たまに電話もするけど」

 

「はぁ……まぁ、アンタがどんな交遊関係もってようと、私には関係ないけど……

相手は大和さんだから、安心だろうし……」

 

「そうそう。そんな気にすることじゃないよ。

むしろこういう報告しないといけない時に、普段から交流あるお陰で、話をスムーズに進められるだろうし」

 

「……はぁ……」

 

「ど、どうしたんだ?ため息なんかついて……」

 

「ほっといて頂戴。

アンタには絶対わからないから」

 

「お、おう……」

 

 

予想通り色々とあったが、なんとか無事に面談を終えることができたのであった。

 

 

 




大和側から週2くらいのペースで連絡が来るので、鯉住君は律儀に毎回相手しています。
話題は些細なものから軍事機密まで多岐にわたる模様。
さすがに軍事機密関係は、記録に残らない個別回線で通話してます。


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第67話

ついに提督のストレスが限界突破するようです。

ラバウル第10基地の周辺状況

深海棲艦に滅ぼされた漁村跡地で、鎮守府近辺は廃材やほぼ崩れた廃墟がちらほらある。
裏は低山、表はソロモン海というロケーションなので、気にならない程度の斜面となっている。


スッ

 

 

「あら?アンタ、どこ行こうとしてるのよ?」

 

 

転化組ふたりの報告内容をまとめ終わったところだが、鯉住君はすぐに大和に報告しようとはせず、席を立つ。

秘書艦の叢雲は、彼のそんな行動を疑問に思って尋ねる。

 

 

「いやね、あのふたりについては、これでいいんだけどさ。

ちょっと気になることがあってね……」

 

「? 何かあるの?」

 

「ああ……アイツらどうしてるかと思って……」

 

「アイツら……? あぁ、忘れてたわ……」

 

 

天城全裸ショックで頭から吹き飛んでいた。

そういえば、野放しにしておくと大変なことになる面々がいたんだった。

 

 

「数時間しか目を離していない隙に旅館作っちゃう子たちに、対抗意識燃やしてたからさ……

今どんな状態なのか見とかないと……」

 

「わかったわ。

ちょっと見るのが怖いけど、私も行くわ」

 

「いいのかい?

キミはなんだかため息ついて疲れてるようだし、のんびりしててくれてもいいんだよ?」

 

「秘書艦も把握しとかなきゃいけない内容でしょ?

それに別に、疲れてため息ついてたわけじゃないから」

 

「? まぁ、キミがいいならいいけどね」

 

 

叢雲も彼に同行しようと席を立つ。

 

そう。いつも彼にくっついている妖精さんたちの様子を、外まで見に行かないといけない。

すでに1時間以上は経過しているため、あのやる気満々だった様子を鑑みるに、何かしらが完成しているとみるのが妥当だろう。

 

 

「それじゃ行こうか。何が完成しているのやら……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「これは……」

 

「なんていうか、お見事ね……」

 

 

ふたりの目の前には、更地になった一面の土地。

 

元々この辺りは、廃材や建材が打ち捨てられており、手をつけられないような状態だった。

鎮守府を手配してくれた大本営も、近辺の廃墟撤去までは、してくれていなかったのだ。

 

もちろん業務に支障があるようなら、撤去願いを出していたが、鎮守府運営に邪魔になることもないため、放っておいていた。

 

……そんな荒れた跡地だったのだが、今ふたりの目に映るのは、陸上競技場のトラックと見違うばかりの、平坦に均された一面の土地。

この辺りは若干の斜面になっているため、棚田のように段々となっている。

 

広さでいえば、総計して50mプールほどだろうか。

均された土地は、上段、中段、下段と3段になっており、1段はおよそ100平米くらい。

そこまで広いわけではないが、なにか小規模な建造物や施設を造るには、問題ないくらいだ。

 

 

「あの子たちって、海まで生け簀造りに行ったんじゃなかったの……?

なんで廃材や廃墟ばかりだった空き地が、更地になってるの……?」

 

「あぁ……これはあれでしょ……

多分、生け簀は生け簀でも、淡水魚用の生け簀を造ろうとしてるんじゃないかな……?

このキレイに均した土地に、どっかから水引いて、池にするつもりだと思う……

……なんで目の前が海なのに、そっちをチョイスしちゃうかなぁ……」

 

「私としては、別にどっちでもいいんだけどね……

なんかこう、納得いかないわね……」

 

 

ふたりが呆気にとられつつも、げんなりしていると、主犯である3名の妖精さんが近寄ってきた。

 

 

(げんばしさつですかー?)

 

(まだまだじゅんびだんかい)

 

(みずのかくほまで、かんりょうしました!)

 

 

「おう……そうかい……って、水の確保?

お前らな、たぶん池か何か作ろうと思ってるんだろうけど、海から水引っ張ってきてもダメだぞ?

ちゃんと淡水を用意しないと……」

 

 

(そんなことわかってます)

 

(ばかにしてはいけない)

 

(こっちにきてみるです!)

 

 

そう言うと、妖精さんたちは鯉住君の制服の裾をぐいぐい引っ張りだした。

何か見てほしいものがあるらしい。

そのまま誘われるままに、海の方向へと歩を進めるふたり。

 

 

……するとそこには

 

 

 

・・・

 

 

 

ブシャーーーッ!!

 

 

 

「「 ……なにこれ? 」」

 

 

いつも出撃に使っている波止場に、何やら謎の機械が設置されていた。

海水中にパイプが伸びており、ゴウンゴウンと音を立てている。

 

そしてその装置の天井から、5mはあろうかという噴水が盛大に立ち上っている。

 

 

(よくぞきいてくれました!)

 

(わたしたちのぎじゅつのけっしょう!)

 

(じょうすいきです!)

 

 

「……それマジ?」

 

 

海水を真水へと変換する浄水器は、人間の手でも作られてはいる。

しかし塩分処理のためのフィルターや、動力の関係で、実用的なものはいまだ作られてはいない。

 

それに対して目の前のこれはどうだろうか。

ものっすごい勢いで湧き上がる水が、本当に全部真水だというなら、これはもう人類史上に残る革命である。

一日もあればため池ひとつはできそうなほどの水量。

水不足に悩む世界の地域は、これひとつで大いなる発展が見込めるだろう。

 

深海棲艦のせいで海岸に近寄るのは危険と言えど、安全が保障された海に面したエリアなど、いくらでもある。

どんな地域でも、これを活用することは可能だろう。

もしこれが量産できれば、そして世界中に配布できれば、ノーベル平和賞が何個ももらえるほどの偉業ではなかろうか……?

 

 

 

……そんなことを考えて眩暈を起こしながら、制服が濡れるのも気にせず、シャワーの下に歩いていく。

そしてかかってきた水をひとなめ。

 

 

「……純水だわ、コレ……」

 

 

真水どころではない。純水だった。

この金属の刺々しさが一切なく、ぬるっとした舌触り……

間違いなくUPW(超純水)か、それに近い純度の水だ。

 

最先端精密電子機器に使用される工業用水としても、遺伝子工学や植物研究などのバイオ工学で使用する実験水としても、十二分に活用可能だろう。

 

 

……そしてなぜか物凄く冷たい。

感覚としては、晩秋の水道水くらいだろうか。

だいたい10℃~15℃といった具合。

 

なんで熱帯気候のここ、パプアニューギニアの海から、こんな冷水が錬成されているんだろうか……

 

 

「お前ら……凄いもん造りやがって……」

 

 

(ふっふーん!)

 

(ほめてもいいのよ?)

 

(これをつくるのに30ふんいじょうかかったです!りきさくです!)

 

 

「おう……」

 

 

あまりにもあまりな話に、言葉が出ない鯉住君。

 

たった30分ちょっとで、こんな超化学オーパーツが誕生するとか……

しかもその時間でこれ造ったってことは、残りの20分とかで整地したってことだよな……

あの50mプールくらいの面積を……瓦礫や廃材で埋め尽くされていた、あの荒れ地を……

 

これってやっぱり、大和さんに報告しないといけないんだろうなぁ……

 

 

(これでおどろくのは、はやいです!)

 

(こちらをごらんくださ~い)

 

(おーぷん・ざ・せさみ)

 

 

「……?」

 

 

魂が半分抜け、呆然とする彼の目の前で、妖精さんたちが装置横についている蓋に手をかける。

ご丁寧に噴水で濡れないよう、ジャンボな傘をさしながら。

 

そして何やら、ついているつまみを軽くひねると……

 

 

 

チンッ♪

 

 

 

電子レンジのあの音と共に、扉が開き、中から湯気の上がった大量の白い物体が取り出される。

そのホカホカした物体をバカでかいお盆にのせ、こちらに運んでくる妖精さんたち。

 

 

(かいすいせいぶんの、みずいがいがこちら)

 

(だいたい『しお』ですねー)

 

(らばうるのうみからおとどけ。やさしいあじ)

 

 

「……」

 

 

ペロッ

 

 

「……うまい……」

 

 

あっつあつの白い物体の正体は、海水塩だった。

これだけの量の純水を分離させたのだから、その余りがこちら、ということらしい。

 

彼の『うまい』という言葉を聞き、例外なくドヤ顔になっている妖精さんたち。

 

 

「あの……なんでこの塩……こんなにホカホカなの……?」

 

 

(あれー?こいずみさんしらないですかー?)

 

(『ねつりょうほぞんのほうそく』です)

 

(もっとべんきょうしないとですねー)

 

 

ねつりょうほぞん……あぁ……熱量保存ね……

 

あっ、そっかぁ……

あっちの純水がキンキンに冷えてるのと、こっちの塩がホッカホカなのを、足して2で割って、プラマイゼロってことね……

 

 

 

……そんな乱暴な法則じゃないとか、妖精さんが煽ってきてうっとおしいとか、普段の彼だったらツッコミを入れまくっているところだ。

 

 

 

 

 

……しかし彼のストレスは今、ついに限界にまで達してしまった。

そのようなことはもう、考えられなくなっていた。

 

 

 

2日前の、旅館建設&重婚カッコカリ大事件。

 

昨日の、救援要請に端を発した、人類殲滅系お姫様ふたりの、艦隊加入大事件。

 

そして本日の、魚類関連施設の建設決定に、天城全裸事件、そして技術革命級の、人類の未来を救う『妖精さん印の浄水器』開発大事件。

 

 

 

……ここ数日の、一生に一度あるかないかレベルの大事件ラッシュ。

もう彼の脳は、情報を処理できないところまで来てしまった。

 

過剰にかかった負担は、脳の生存本能を刺激し、理性的で建設的な思考を完全にカットしてしまっている。

他人への気遣いとか、空気を読むとか、言っちゃダメなことは言わないとか、やっちゃダメなことはやらないとか、そういった事ができない状態になっている。

 

そしてその結果、彼がどうなったか……

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっとアンタ! 一体何がどうなってんの!?

なんなの、この水!? なんなの、この白いの!?

私には妖精さんの声が聞こえないんだから、詳しく説明してよ!?」

 

「……」

 

「どうしたのよ!? 押し黙っちゃって!」

 

「……ふふっ」

 

「……な、何笑って……」

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふふっ!ハハハハハッ!!

よーしわかった!お前らがその気なら、とことんやってやろうじゃないかっ!!」

 

「!!!??」

 

 

自身の提督の変貌に、驚いて目を丸くする叢雲。

突然の出来事に、言葉が出てこない。

 

 

「いいか、お前らっ!俺が今から指揮を執るっ!

一気に色々と必要なものを完成させるぞっ!!?覚悟はいいかっ!?」

 

 

(おーっ!! ひさしぶりの『しゅらばもーど』っ!!)

 

(てんしょんあげあげですーっ!!)

 

(かっこいいです!! ひゅーひゅーっ!!)

 

 

「今からお前らには、存分に働いてもらうからなっ!

まずは人手が必要だ!お前らだけじゃ全然足りん!ウチに居る妖精さんたちを総動員して来い!

楽しい楽しい鎮守府開発を進めるぞーっ!!」

 

 

((( おーっ!! ))) 

 

 

鯉住君の檄により、メチャクチャ嬉しそうにキラキラしている妖精さんたちが、鎮守府棟の方へ飛んでいく。

 

 

「ね、ねぇ……大丈夫……? 一体どうしちゃったの……?」

 

「大丈夫大丈夫!

最ッ高にいい気分だからな!

今から妖精さんたちを総動員して、鎮守府土地改革するから、キミも楽しみにしてな!」

 

「う、うん……」

 

 

まるで危ない薬をキメちゃっている様子の提督に、何も言えない叢雲。

実際彼の頭の中には、脳内麻薬的なアレな物質が溢れているため、そうだといえばそうなのだが。

 

彼の脳は、キャパシティを遥かに超えるストレスからくる反動で、強烈なストレス解消を欲している。

 

その結果がこれ。

難しいことは全部投げ捨てて、やりたいことを好き勝手にやる暴君の誕生である。

 

……とはいえ、根が善人なので、悪行とかそういった方面には動かないのだが。

 

 

 

・・・

 

 

待機中

 

 

・・・

 

 

 

((( あつめてきましたーっ! )))

 

 

「よぉし!エライぞっ!!

よくこんだけ集めてきたな!褒美をつかわそう!」

 

 

((( ありがたきしあわせーっ!! )))

 

 

「……すご……」

 

 

ご褒美のアメちゃんを進呈している提督を横目に、あまりにも壮観な光景を眺める叢雲。

 

驚くのも無理はない。

彼女の目の前には、色んな格好をした妖精さんたちが、ものすごい数集まっている。

 

ざっと数えて100名以上はいる。

いや、200名以上かも……

 

普段目にする妖精さんは、多くても1日に4,5名である。

そもそもこんな数が鎮守府のどこにいたのか、というほどの大所帯だ。

 

 

(『こいずみさんが、ついにやるきだした』っていったら、みんなついてきました!)

 

(ひとことかけたら、すぐにうわさがひろまったです!)

 

(おきゃくさんも、いっしょにきました!)

 

 

「お客さん……そうか!

高雄さんたちの艤装にくっついてる子か!どこにいるんだい?」

 

 

何やら鎮守府の妖精さんが全員集合したようだ。

彼がやる気に満ち溢れて何かしようというのは、実は初めてのことなので、みんな期待しているのだろう。

集まった妖精さんは、ひとり残らず目がキラキラしている。

物理的にもキラキラしている。

 

そしてそれはこの鎮守府の妖精さんだけではないようだ。

ラバウル第1基地・第2艦隊メンバーの艤装に宿っていた妖精さんたちも、同様の状態で集合している。

 

彼に呼ばれ、目の前に飛んでくるゲスト妖精さんたち。

 

 

(まつりがあるときいて!)

 

(いったいなにするですか!?)

 

(たのしみです!)

 

(ごほうびはありますか!?)

 

 

「よーしよし! よく来てくれたな、お客人!

今からな、この鎮守府に色々と素敵な施設を量産するから、キミたちにも手伝ってほしい!

もちろん報酬もあるぞ!金平糖だ!」

 

 

そう言うと彼は、懐から金平糖の袋を取り出し、天高く掲げる。

それを目にして、さらにキラッキラになる一同。

 

 

((( おぉーーーっ!! )))

 

 

「もちろん追加報酬もあるぞッ!

特に頑張ってくれた妖精さんたちには、金平糖以外にも、マシュマロを進呈するッ!!

しかも2個、3個……いやいや、5個だッ!!どうだあッ!!!」

 

 

((( わ゛あ゛ーーーっ!!!! )))

 

((( あ゛ぁ゛ーーーっ!!!! )))

 

((( う゛ぁ゛ーーーっ!!!! )))

 

 

あまりにも魅力的な提案に、狂喜乱舞する妖精さんたち。

ゲストの子も、いつもの3名も、その他の皆さんも、ひとり残らずキラッキラである。

あまりの喜びで失神する子も出ているほどだ。

 

 

(てーとくー!すてきでーす!らぶゆー!)

 

(ひええーっ!すっごいやるきですっ!)

 

(いつものやさしさとのぎゃっぷがたまらないですっ!だいじょうぶですっ!)

 

(けいさんいじょう……いや、わたしのあたまでは、はかりきれませんっ!)

 

 

もちろん英国妖精シスターズも参加している。

 

 

「よーし!士気は十分だなっ!!

それじゃ今から、作戦会議するぞーっ!!

スピーカーとホワイトボードを持ていっ!」

 

 

(はっ! ここにっ!)

 

 

「うむ、ご苦労っ!

あー、あー、マイクテスッ!感度良好!上々ね!

それじゃ意見の出し合いを始めるぞー!準備いいかー!?」

 

 

((( おぉーーーっ! )))

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

タタタッ!

 

 

 

提督と妖精さんの群れで行われる会議を前に、茫然と立ちすくむ叢雲。

そんな彼女の元に、結構な人数の同僚が駆け付ける。

 

 

「一体何があったんですか!?叢雲さん!

工廠で秋津洲と艤装メンテの練習していたら、どこからか突然現れた妖精さんたちが、一斉に同じ方向へ飛んで行ったんです!

それを追いかけてきたんですけど……!!」

 

「何がどうなってるの!?

なんで提督が、すっごい数の妖精さんに囲まれて会議してるのっ!?

全然意味わかんないかもっ!」

 

 

工廠からは彼の弟子ふたりが。

 

 

 

「お茶の間でみんなでくつろいでたら、窓の外に妖精さんの大移動が見えたから、アタシたちも来たんだけど……

なんなのコレ?一大事?」

 

「提督は一体、何されてるんでしょうか……」

 

「あら~ すっごく楽しそう~

私達も混ぜてもらおうかな~? ね~、天龍ちゃん」

 

「はー、すっげぇ眺めだな、こりゃ。

でも確かに龍田の言う通り、面白そうだ!俺たちも混ざろうぜ!」

 

 

お茶の間(娯楽室)からは、W姉妹が。

 

 

 

「スゴイよ姉さんっ!!妖精さんがあんなにいっぱいっ!!

私あんな数の妖精さん、初めて見たよおっ!!」

 

「うむ!流石は我が愛しの旦那じゃな!

見てみよ明石!あの凛然とした振る舞い!元帥殿にも劣らぬ!なんと素敵なのじゃ!」

 

「あ~、たしかにスゴイですねぇ……

なんで鯉住くん、『修羅場モード』になってるんだろ?」

 

 

呉異動組も揃って到着。

 

 

 

「あらあら……

なんか彼、雰囲気がだいぶ違うけど、どうしちゃったのかしら?」

 

「て、提督!?どうしちゃったんですか!?

叢雲さん!提督は大丈夫なんでしょうか!?」

 

 

第2艦隊メンバーの世話をしていた、足柄・古鷹も到着。

 

 

 

「見よ!天城! fairyの群れに着いてきて正解だろう!?

あれこそが我らが主であるAdmiralの実力だ!

あれだけの数のfairyに慕われるなど、並大抵ではないぞ!

こうでなくてはッ!あははっ!」

 

「無理やり引っ張ってきたと思ったら……でも、すごいですね……

ちょっとだけ眠気が飛んじゃいました……」

 

 

アークロイヤルと、引っ張られてきたであろう天城も。

 

 

 

「何がどうなってるの……!?

なんで少佐がずぶ濡れで、とんでもない数の妖精さんとやり取りしているの……!?

ふたりと面談した後は、大和さんに報告するんじゃなかったの……!?

分からない……私には少佐がわからない……!!」

 

「凄い光景ですっ!こんな数の妖精さん!

榛名、感激ですっ!」

 

「……何なの、これ……照月、私、看病疲れで寝ちゃって、夢見てるのかな……?」

 

「ち、違いますよ、能代さん。ちゃんと起きてます。

でもこれって一体……ここの提督さんは、どんな人なの……!?」

 

「ひゃあ~!!すごいねコレは!!

酒もってくりゃ良かったよ!ねぇ飛鷹?」

 

「私達の艤装から妖精さんが飛んで行ったと思ったら……

一体何が始まるんです……?」

 

 

自分たちの艤装から飛び出た妖精さんについてきた第2艦隊のメンバーまで。

 

 

 

今ここに、この鎮守府に居るすべてのメンバーが揃うことになった。

 

 

 

「フフフ……!

どうやらギャラリーの皆さんが到着したようだ!

会議もちょうど終わったし、ピッタリのタイミング……!実にグッド……!

……いいかお前たち!お客さんの前で雑な仕事は許さないぞ!

全力で、そして楽しみながら!仕事するように!」

 

 

((( おぉーーーっ! )))

 

 

「全員復唱!

『楽しくまじめに仕事します』! ハイ!」

 

 

((( たのしくまじめにしごとします!! )))

 

 

「ぃよーし!続けてぇ!『ゼロ災でいこうっ!ヨシッ!!』」

 

 

((( ぜろさいでいこうっ!よしっ!! )))

 

 

「それじゃ持ち場につけー!!作業開始だー!!」

 

 

((( おぉーーーっ! )))

 

 

各自ヘルメットをかぶり、色んな方向へ飛んでいく妖精さんたち。

その光景と、提督のはっちゃけっぷりを見る部下たちは、どうしていいのかわからない表情をしていたのだった……

 




普段温厚な人物がリミッター外すと、何が起こるかわからないんだよなぁ……


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第68話

提督の暴走その1

片っ端からぶち込んだ結果、大変情報量が多くなってしまいました。
読んでいて「アカン、よくわかんない」と思った方は、無理せず天龍ちゃんのように「へー、すごいんだなー」といった反応で、読み流していただければと思います。

ちなみにいつも彼についている妖精さん3人衆は、現場監督として出張っています。
だから彼の傍に居る妖精さんは、今回に関してはいつもと違う面々だと思ってください。




 

「フフフ!みんな、よく集まってくれた!

これから始まる一大工事にひとり残らず駆けつけるなんて、みんな勘がいいな!

優秀優秀!」

 

「て、提督……一体どうしちゃったんですか……!?

数時間前まではいつもの提督だったじゃないですか!?

なんでそんなにハイになっちゃってるんですか!?」

 

「何故って?簡単だよ、古鷹!!

これから様変わりする鎮守府のことを考えると、落ち着いてなんていられないからさぁ!愉快愉快!ハハハァッ!!」

 

「て、提督がおかしくなっちゃった……!

どうしよう……」

 

 

茫然としている叢雲から情報が引き出せないと判断した古鷹は、直接提督にこの異様な光景を問いただすことにした。

しかし結局、満足できる答えは返ってこなかった。

 

彼女は自身の提督の変貌についていけず、涙目になっちゃっている。

今日は大変なことばかりだ。

 

 

「せっかくみんな揃っているんだし、今から鎮守府土地利用計画について説明するッ!

ホワイトボードに注目!」

 

 

すごい勢いの提督に誰も逆らえず、言われるがままにホワイトボードの前に移動する一同。

あるものは興味津々に、あるものは茫然としながら、あるものは心底不安そうにしながら、またあるものは冷静に情報分析しながら、この状況に臨んでいる、

 

 

「心の準備はいいかっ!?

土地利用計画のコンセプトは『みんなで創ろう楽しい鎮守府』だっ!

これから何をしようとしているか説明するぞー!!」

 

 

パンパンッ!

 

 

彼がそう言って手を叩くと、お付きになっている妖精さんが、ホワイトボードに黒マーカーで色々書き始めた。

 

彼女のヘルメットには『改革本部』の文字が。

どうやらここが、散っていった妖精さんを束ねる本部だということだろう。

椅子も屋根もない波止場の一角だというのに。

 

 

 

・・・

 

 

 

・計画名

 

『楽しい鎮守府改造計画』

 

 

・主目的

 

『自然と一体となりながら、お魚を立派に育てよう』

 

 

・要綱

 

一定レベルの自給自足を念頭に置いた土地改革のための各種工事。

妖精さん印の浄水器から出てくる純水で、各種設備を運営する。

 

 

第1班 『増養殖・農耕班』

 

荒地の農地転用工事

休憩小屋の建造

ミミズコンポスト作成

ため池作成

山葵田作成

渓流魚用(イワナ・ヤマメ辺りを予定)生け簀の作成

 

 

第2班 『旅館改造班』

 

冷水冷却用配管の設置(現在の上水と置換含め)

発酵小屋の併設

養蚕部屋の増設

隣接スペースにプール作成

 

 

第3班 『淡水魚水族館建設班』

 

建物の建造(2階建て)

生け簀からの引水パイプ設置

多数のアクリル水槽の作成・設置

水温別にエリア分割

オーバーフロー施設の作成

排水パイプを港まで延長

 

 

第4班 『製塩加工班』

 

製塩小屋の建設

浄水器からの塩輸送ベルトの作成

製造製品(食卓海水塩)の保管庫建造

余剰塩の海中投棄ベルトの作成

 

 

 

・・・

 

 

 

「「「   」」」

 

 

「ハハハッ!!

やるんなら徹底的にッ!妥協は死ッ!!

みんなで鎮守府を、生産性溢れる素敵施設へと生まれ変わらせようじゃないかぁっ!!」

 

 

(きゃーきゃー!!)

 

(かっこいいーっ!!)

 

(やだ……ほれちゃいます……!)

 

(だいてーっ!)

 

 

言葉が出ないとはこのことだ。

なんだろうこれ。ツッコミを入れるとかいう次元ではない。

彼の頭がどうかしているということしかわからない面々。

 

豪快に腰に手を当て、ガハハと笑う提督を見て、なんも言えねぇ状態である。

 

 

「おぉーっ!!なんだかよくわかんねぇけどスゲェな!

なんか俺にも手伝わせてくれよ!提督!」

 

「まるでお祭りね~。私まで楽しくなっちゃうわぁ。

本当にこれが全部実現したらぁ、この鎮守府、自給自足モデル区画になっちゃうかも~。

有機物循環も完璧だしぃ、ホントに凄いな~。

提督って、す~っごく頭良かったんだね~」

 

「これは……素晴らしいっ……!!

ここまで魚類のことを念頭に置いた施設群を造ろうとはッ……!!

その思慮の深さ……私達が生まれた深海よりも、なお深いッ!!

決めたぞAdmiralッ!!私は貴方に永遠の忠誠を誓おうッ!!」

 

「子日も手伝うよっ!!

鯉住さんや妖精さんたちと一緒に、色々造ってみたいっ!」

 

「うむ!わらわもようわからんが、鯉住殿がやろうとすることじゃ、きっとスゴイことに違いない!

子日よ!一緒に手伝おうぞっ!」

 

「なんだいなんだい!?

海水塩の製造って製塩業でも始めるのかい!?

いやー、それならちょっと分けてほしいねぇ!

つまみの揚げ物に合う塩なら大歓迎だよ!!」

 

 

……いや、一部に関してはテンションアゲアゲだ。

よくわかってない組と、よくわかり過ぎている組がそれである。

 

 

「そうだな……!

これだけじゃわからんメンバーも多いだろうから、俺が直々に現場を案内しよう!

……そこのキミ!

俺がいない間に本部に相談があれば、連絡を入れてくれ!

トランシーバーは持っているか!?」

 

 

(おえらびいただき、こうえいですっ!

こちらが、とらんしーばーですっ!)

 

 

「完璧じゃないか!エライぞ!

ご褒美にアメちゃんをあげよう!!」

 

 

(ははーっ! ありがたきしあわせ!)

 

 

「それじゃ視察に移ろう!みんな、ついてきてくれ!!」

 

「「「 は、はい…… 」」」

 

 

 

・・・

 

 

 

ぞろぞろ……

 

 

彼がまず案内したのは、比較的高所に位置する区画である。

先ほど叢雲と一緒に呆れていた、あの段々になっている更地だ。

 

そこの上段。

そこでは現在魔法のようなスピードで、ため池が造成されている。

 

 

「まずはここに、浄水器から出てきた水を貯める。

低水温の純水では、生きた水とは言えないからなっ!

ここには落ち葉や砂利を敷き詰めるつもりだ!

そうすることで微生物のチカラを借り、ミネラル、有機物を水中に溶かし、同時に水温も多少上昇させる!」

 

 

(たいちょー!たいちょー!)

 

 

「ん?どうした?何か問題があったのか?」

 

 

(『ようぞんさんそのうど』のそくていがおわったです!

けっかは10みりぐらむぱーりっとる!)

 

 

「おぉ!そんなにあるのか!

溶存酸素が10mg/Lもあれば、全く問題ないな!

お前らー!水面撹拌水車は造らなくてもいいぞー!!」

 

 

(りょうかいですー!たいしょうー!)

 

(だいぶしごとへりますねー!)

 

 

「ここはそんなところだな!

個人的には小型草食獣や、水生昆虫の定着なんかも狙っている!

カゲロウやトンボが来てくれれば、生体循環もはかどるからなっ!

さぁ、次に行こう!」

 

「「「 はい…… 」」」

 

 

・・・

 

 

「次はこの中段だ!ここでは、上段から流す水を利用して、山葵(ワサビ)の栽培を行う!

せっかくの冷水、活用しないともったいないからなっ!」

 

「あら。ワサビがあれば、和食のレパートリーも広がるわね」

 

「その通り!新加入の天城からヒントを得たんだ!

(天城山はワサビの名産地です)

これでより一層、アクセントの効いた食事が食べられるようになるぞッ!!」

 

「まぁ……美味しい食事がもっと美味しく……?

それは……素敵ですね……」

 

「比較的貧栄養でも栽培可能なワサビなら、条件にピッタリだからなっ!

では次!」

 

 

・・・

 

 

「ここの下段を生け簀とするっ!

生体としてイワナやヤマメの導入を視野に入れている!

販売するつもりはないから、多少小規模になるが、問題ないだろうっ!

餌の調達の関係もあるからな!それでいいか!?アークロイヤルッ!?」

 

「是非もないわ!Admiral!!

あの淡水魚図鑑で見た、気品ある美しい渓流魚が、私の直ぐ傍にっ……!!」

 

「ハハハッ!それならいい!

もし物足りなくなったら、俺に言え!なんとかしてやる!」

 

「Thank you, Admiral!!

貴方と出会えたのは、運命だったのね!よくわかったわ!!」

 

「そうかもな!

ちなみに餌としては、これから案内するコンポストのミミズや、養蚕の際に出てくるカイコのサナギを利用する!もちろん畑の作物に湧く芋虫も対象だ!

これから収穫することになるタロイモも、でんぷん餌として有効だろう!

あと採卵、稚魚の成育については、これも後程案内する水族館のバックヤードで行う!

水族館はただの娯楽施設にあらず!研究施設でもあるからな!

繊細な作業をするのにはうってつけだ!」

 

 

専門的な話過ぎて全くついていけない一行。

しかしそんな中でも、何か疑問があったのか、龍田が手をあげる。

 

 

「ねぇ提督? ひとつしつも~ん」

 

「む。どうした龍田?」

 

「別に餌を自前で用意しなくても、業者から買ってきちゃダメなの~?

提督ってお魚好きだしぃ、そうすればもっと数を増やせるんじゃないの~?」

 

「おお、いい質問だな。答えは簡単。

市販の餌には手ごろなタンパク質として、肉粉や魚粉が入っているからだ」

 

「別にそれでもいいと思うんだけどな~?」

 

「まぁそこは好みの問題だな。

そもそも肉粉や魚粉を餌にするくらいなら、加工前の肉や魚を食べる方がいい。

養殖はそもそも、3を使って1を作る、非効率的な食糧生産方法なんだ。

なんていうか、それを踏まえて、その点を克服してやらないと、個人でやる意味はないと思う。

美意識の問題だよ。やるからには徹底的に、機能美に溢れる仕組みを作りたい」

 

「あら~ 提督ってぇ、意外とそういうところにこだわるんだ~」

 

「やるからにはな。それに理由はまだあってな。

わざわざ粉状加工するということは、加工前は人間用の食材として適していない、という話でもある。肉骨粉とかはそれに当たるな。

まぁ、それについては業が深すぎて、あまり触れたくはないな……」

 

「? ふ~ん?」

 

「キミたちは知らなくていいんだ。

……これについては終わりっ!さぁ、次に行くぞッ!!」

 

 

・・・

 

 

「どうだ?広いだろう!

ここが一面の畑になる予定だ!」

 

 

次に彼が案内してのは、さっきの3連池のすぐ近くにある更地。

例によって妖精さんたちが均している途中である。

 

だいたい広さは500㎡(10m×10mが5つ。5a)くらいだろうか?

かなりの広さである。

 

 

「なー提督。いったい何作るつもりなんだ?教えてくれよ」

 

「もちろんだ、天龍!

ここでは養蚕のための桑畑を作るとともに、

蕎麦、サトウキビ、大豆、タロイモで輪作(農地ローテーション栽培)をしていく予定だ!」

 

「へー。なんか色々作るんだな。

ちなみに作物を選んだ基準って、なんなんだ?」

 

「桑は、今言ったように、カイコの餌だな」

 

「タロイモは、ここの気候で無理なく栽培できる作物だから。

里芋の代わりにもなる」

 

「サトウキビもタロイモと同様だ。

上質の砂糖が取れればまたまた料理もウマくなる!

それに加えて、砂糖を絞った後の搾りかすを餌とした、草食性魚類の養殖もしくは家畜の飼育も考えている」

 

「大豆は、連作障害を防ぐためだ。

マメ科の作物の根には、根粒菌という菌がいてな。空気中の窒素を土中に取り込んでくれるんだ。それが良い肥料になる。まぁ、輪作の定番だな。

それとついでに味噌も作ろうと思っている」

 

「最後にだな、蕎麦は夕張が食べたいって言ってたからだ」

 

 

「……ふえっ!? わ、私!?」

 

 

まさか自分の名前が出てくるとは思っていなかったので、ビックリして変な声を出してしまう夕張。

 

 

「研修中に、蕎麦を食べたいって言ってただろ?」

 

「い、言いましたけど……そんな前にちょっとだけ口に出したこと、覚えてくれてたんですね……」

 

「ハハハッ!!

夕張は大事で大好きな一番弟子だからな!当たり前だろう?」

 

「あ、ありがとうございます!

……ん? だ、大好きぃ!?」

 

「ああ!もちろんだとも!これ以上ないくらい好きだぞ!

素直で、美人で、笑顔が素敵で、一生懸命な夕張を、嫌いになる理由がない!

妖精さんたちもそう思ってるぞ!」

 

 

(ばりぃちゃんは、がんばりやです!)

 

(めろんちゃんは、にんきものですよー!)

 

(ゆうばりんがめんてしたぎそう、とってもちょうしがいいです!)

 

 

「ほらな?」

 

「し、ししょ……ふえぇ……」

 

 

プシュー……

 

 

「鯉住く~ん。妖精さんが何言ってるか、私達には聞こえないから。

あと破壊力あり過ぎ。夕張ちゃん、頭から煙だしちゃってるじゃん」

 

 

一発轟沈をしてしまった夕張を見て、一斉に彼にジト目を向ける此処のメンバー。どストレートな表現に顔を赤くする第2艦隊のメンバー。

 

この反応の差は、彼のことを知っているか否かによるもののようだ。

 

 

「ああ、そうだったな、明石!

キミたちには妖精さんの声が聞こえなかったか!

うっかりしてたよ、すまんね!」

 

「そこじゃないんだけど、今のキミに何言ってもダメだよねぇ……」

 

 

・・・

 

 

「キミたちがこれから引っ越す艦娘寮、まぁ、旅館だな!

あそこでも大きな工事をしてもらっているぞ!

英国妖精シスターズに陣頭指揮を執ってもらっている」

 

「あの榛名や霧島、お姉さまたちにそっくりな妖精さんですね!

スゴイです!あんな立派な建物を造れるだなんて!」

 

「あの子たちには研修中も随分世話になったからな。

今のウチには欠かせないメンバーだよ。

……それでやっている工事というのが、配管の再設置だ。

元々冷房を使うには貧弱な電源しかないから、浄水器から出る冷水で、旅館全体を冷やしてしまおうというワケだ。

そのために配管を、くまなく床下や壁の裏に通してもらっている。

それと目安として、約10℃の冷水が、配管を出終わるころには25℃程度になっているよう、流量調整してもらっている。

これはあれだな。排水先を同時増設しているプールにしているためだ。

流石にそれ以下の温度では体が冷えすぎる」

 

「ちょ、ちょっと提督!

確かに暑いから冷房代わりにってのはわかりますが、なんでそこでプールが出てくるんですか!?」

 

「なんだ?古鷹はプール嫌いか?」

 

「そういう問題じゃありません!」

 

「いいじゃないか!ここは暑いんだし、プールのひとつやふたつあっても!

俺もたまに泳ぎたくなるんだけど、ここら辺の海岸は砂浜じゃないから、海には入れないんだよ!」

 

「理由が私利私欲過ぎますぅ!!」

 

「大丈夫大丈夫!

艦娘のための慰安施設ってことで、何とかなるだろ!大和さん優しいし!」

 

「も゛ーーーっ!!

お願いだから、いつもの提督に戻ってくださぁいっ!!」

 

「俺はいつも通りだっ!!ハハハッ!!」

 

 

半泣きで懇願する古鷹を意に介さず、楽しそうに笑っている鯉住君。

誰がどう見てもいつも通りではないが、酔っ払いが酔ってないというようなものなので、誰にもどうしようもない。

 

 

「大井っち聞いた!?プールができるってさ!!

メッチャ楽しみじゃない!?」

 

「そうですね!北上さんと熱い太陽の下でプール……!素敵……!」

 

「プールだって!秋津洲、プールって初めて!

とっても楽しみかも!」

 

「そうね。私も楽しみよ。

今度聡美ちゃんたちを呼んであげようかしら?」

 

 

結構楽しみにしているメンバーもいる模様。

艦娘への慰安という名目も、実は的を得ていたりするようだ。

 

 

・・・

 

 

そんなこんなで鎮守府大開発ツアーはもうちょっとだけ続く。

 

現段階でおなか一杯のメンバーだが、提督の暴走を止められるものはいないのだった。

 

 

 

 




文字数は少ないけどここまで。

情報爆弾を作ってはいけない。反省してます。


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第69話

提督の暴走その2


前回の続き。
この鎮守府は一体どこへ向かってしまうんでしょうか?




(へーい!てーとくー!

わたしたちのこと、みにきてくれたのー!?)

 

 

「おお、そうだぞ!現場視察は重要な仕事だからな!

それにしても、随分と早い仕事じゃないか!」

 

 

(てーとくのきたいにこたえるために、みんなでがんばったよー!)

 

(ひええー! さすがおねーさまですっ!!

すばらしいりーだーしっぷをはっきしてましたー!)

 

(わたしもがんばりました!だいじょうぶですっ!)

 

(けいさんいじょうのはたらきをしました!)

 

 

「ハハハッ!ありがとうな!

お前たちが来てくれて本当に良かったよ!俺は幸せ者だッ!!」

 

 

なでなで……

 

 

(あぁ^~……だめになりま-す……)

 

(ひ、ひえぇー!! おねーさまがいちげきでっ!)

 

(わたしも!わたしもなでてくださいっ!)

 

(こ、ここはぜんいんなでていただくのが、じょうさくかと!)

 

 

「もちろんだぞ、お前たち!全員で頑張ったんだもんなっ!

よーしよしよし!かわいい奴らめっ!!」

 

 

なでなで……

 

 

((( あぁ^~…… )))

 

 

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

……現在鎮守府一行は、生け簀と農地を後にし、艦娘寮(旅館)までやってきていた。

近いうちに自分たちの住まいになる建物なのだが、今朝見た時から結構な変化がみられる。

 

 

 

まず旅館の隣に土倉ができている。

随分と古風な装いのその土倉は、先ほど提督が説明していた『発酵小屋』なのだろう。

畑で栽培した大豆と、浄水器から出てくる海水塩で、味噌を作るつもりのようだ。

 

開いている扉から中を覗くと、地面よりも下に階段が伸びている。

どうやら半分地下の建物のようだ。

 

その中では妖精さんたちが、せっせと配管を魔法のように伸ばしている。

まるでゴムを引っ張るかのように配管を引っ張ると、配管はその分だけ伸びる。

そして妖精さんが壁に、伸びた配管をぺたっと張り付けると、元の塩ビパイプに戻るといった具合。

うにょ~ん、ぺたっ、と言った効果音が出ていそうな作業だ。

 

質量保存の法則なんてどこ吹く風な光景だが、自身たちも質量保存の法則をガン無視した生まれ方をしている手前、強くは口に出せない一行である。

 

 

 

さらに最上階の部分が、心なしか上に伸びている。

これは先ほど言っていた、養蚕部屋とかいうのを造った関係だろう。

提督はこちらに向かいながら『天井裏に養蚕部屋は基本』とか話していたので、間違いないはずだ。

 

提督はここで採れた生糸を使って色々企んでいるようだが、一体どうするつもりなのだろうか?

生糸を取る時に出てくる、カイコ本体のサナギは、養殖予定の渓流魚の餌とするつもりのようだが。

 

 

 

そして最後に目を引いたのはプール。

旅館と海の間に、見事な楕円ドーナツ状のプールが、ほぼ完成している。

 

水深はほどほどで、駆逐艦が遊ぶのにギリギリと言ったところ。

艦娘の身体能力でどうにかなることはないだろうし、ここに居る駆逐艦3名は皆そこそこ身長があるので、心配は杞憂なのだろうが。

 

プールの中央、ドーナツの穴にあたる部分では、妖精さんたちがヤシの木を植樹(トトロ式)したり、どっかから持ってきたビーチパラソルやビーチチェアをセッティングしたりしている。

 

 

 

……妖精さんが散って行ってからまだ1時間も経っていないというのに、仕事早すぎではないだろうか……

 

 

「うむ!素晴らしい仕事だ!

4人には現場リーダー報酬として、マシュマロとは別にチョコレートもあげるからな!ティータイムのお茶うけにでもしてくれ!」

 

 

(ありがとうございまーす!てーとくー!)

 

 

「よいよい……が、時に英国妖精さん。

あのプールの原水は、旅館の上水から引っ張ってくるものにしてあるんだよな?」

 

 

(いっえーす!ざっつらいとねー!)

 

 

「そしたら流量はあまりないよな……よし!決めたぞ!

あのプールはただのプールではなく、『流れるプール』としよう!

流量変化モーターを増設したいんだが、できるか!?」

 

 

(さすがてーとくねー!おふこーすよー!

ほとんどしごともおわってたし、ちょうどいいねー!!)

 

 

「そちらこそ流石だな!ありがとうな!

……そうだ!い~いことを思いついたぞッ!!」

 

 

((( ??? )))

 

 

「キミたちには日ごろからお世話になりっぱなしだし、ひとつプレゼントをしようじゃないか!

整地中の畑に、茶畑も造ってしまおう!

桑畑の隣に若干スペースがあったし、冷水を漏水チューブで送り出せば、この高温の土地でも問題なく育成させられるはずだッ!!

鎮守府特製茶葉を使った「緑茶」!「烏龍茶」!「紅茶」!!

これも作ろうじゃないかぁっ!!」

 

 

((( !!! )))

 

 

「増設してもらった養蚕部屋で茶葉発酵は出来るだろうし、全部作るぞ!

そうと決まれば増養殖・農耕班のみんなに連絡だ!!」

 

 

ピピピッ……ツー、ポピッ(トランシーバーの連絡音)

 

 

「……あ~、もしもし……?

そちらは順調か?……順調?いよしっ!

それでひとつやってもらいたいことが……かくかくしかじかで……

ホントか!ありがとう!……フム、では何かあったら気軽にかけてくるんだぞ?

……ではな!」

 

 

ポピッ

 

 

「喜べお前たち!茶畑の増設は問題ないそうだ!

これで自分たちで育てた茶葉でティータイムという、ステキ体験ができるぞッ!」

 

 

(てーとくー!いっしょうついていきまーすっ!!

もうはなさないよー!!)

 

(ひええぇーーー!!

わたしたちのためにそこまで……かんどうしましたっ!)

 

(こんなにしていただいちゃって、わたしはもう、だいじょうぶじゃないですっ……!

あいしてますー!!)

 

(あなたにつくっていただいたちゃばたけ……ぜったいにまもりぬきますっ!

さすがはしれい!けいさんいじょうのかたですねっ!!)

 

 

ガシイッ!!

 

 

「ハハハ!よせよせお前ら!動けないだろう!?ハハハ!」

 

 

なでなで……

 

 

喜びのあまり、笑顔120%で提督に抱き着く英国妖精シスターズ。

それを笑いながら撫で繰り回している提督。

 

 

鎮守府に造られたプールの前で、妖精さんと戯れる提督、という奇妙な絵面。

 

それを見ている真面目な面々は、自分でもどう反応していいのか、よくわからなくなっちゃっている。

 

 

「スゴイよ大井っち!まるで南国リゾートみたいじゃん!?

テンション上がるわ~!」

 

「完成したら一緒にあのビーチチェアで、トロピカルドリンク飲みましょうねっ!北上さぁん!!」

 

「ねぇねぇ!ここが水でいっぱいになって泳げるの!?

しかも流れるプールってどんな感じだろう!?ワクワクするかも~!!」

 

「おい龍田!お前が通販で買ってた水着、役に立つんじゃねぇか?

給料の使い道ないし、南の島だから使うかも、って買ってたやつ!」

 

「うふふ~ そうね~。

ここが完成したら一緒に着ようね~、天龍ちゃん」

 

「フフフ……!これはチャンスじゃ!

鯉住殿と、ひと夏のアバンチュールを満喫するのじゃ!

楽しみじゃのう!」

 

「ここは年中暑いみたいだから、ひと夏ってのは変だけど、子日も楽しみだよっ!

また鯉住さんと遊べると思うと、ワクワクするねっ!」

 

「聞いた!?飛鷹!!流れるプールだってさ!

プールサイドで呑む酒ってのも、オツなもんじゃないかい!?

私まで楽しみになってきたよ!今度遊びに来たいね~!!」

 

「隼鷹……アンタってやつは……

この目の前の異次元空間を見ても、そんな感想が出てくるって……」

 

 

真面目組に対して、マイペース組はいつも通りな模様。

 

 

「なんていうか……高雄さん……

鯉住少佐に撫でられてとろけた顔をしている、あの妖精さんを見ていると、榛名、恥ずかしくなっちゃいます……」

 

「あ、あぁ……そうね……

あの子、榛名にそっくりの格好しているものね……」

 

「比叡お姉さまや霧島にそっくりな妖精さん達もいるし……

ちょっと羨ましいです……」

 

「なんて言っていいかわからないけど……

あの子たちは幸せそうだし、見守ってあげればいいんじゃないかしら……」

 

「はい……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「さぁ、次は水族館だ!

と言っても、あまりに大規模にすると食料確保が困難になるため、小規模なものとするようにした!

まぁ、大きめの熱帯魚ショップのような感覚だな!

淡水魚限定にしようと思っているし、その表現は間違いじゃないだろう!」

 

「ねぇ提督、ひとつ聞きたいんだけど、いいかしら?」

 

「ん? どうしたんだ?足柄さん」

 

 

何か聞きたいことがあるらしく、足柄が手を挙げる。

 

 

「なんで淡水魚限定なのかしら?

海水魚もいれば、鯛とかブリとか、食用魚の生け簀としても使えると思ったのに」

 

「あぁ、それはその通りだな。期待に応えられなくてすまん。

今言ったように、餌の関係で淡水か海水のどちらかしか選べなかったんだ。

本当はどちらも揃えたものを造りたかったんだが、あまり飼料の購入はしたくなかったからな」

 

「それはさっき、生け簀を案内してくれた時に言ってたわよね。

それじゃどうして淡水魚にしたの?」

 

「理由はふたつあってな。

ひとつは、せっかく温度の低い淡水が利用できるんなら、利用しない手はないと思ったからだ。

普通にここで魚を飼おうと思ったら、海水直引きか、水道水を真水に変換して利用するしかない。

それで飼育できるのは、水温の関係で、淡水海水関わらず熱帯魚のみだ」

 

「まぁ、それはそうよね」

 

「……しかし今回は冷水が利用できるときた。しかも淡水。

ならば多種多様な温度帯の魚種の展示を行える、淡水魚を選ぶしかないと思ったわけだ」

 

「うん。そう言われれば、その通りね。

元々食用魚のための施設じゃないみたいだし、理にかなってるわ」

 

「わかってくれてありがとう、足柄さん」

 

「それで、もう一つの理由って何なのかしら?」

 

「ああ、それはアークロイヤルのためだ。

彼女が今までに見たことのない魚を、その生態含めて見せてやりたい。

海水魚はかなり見て回ったようだけど、反面、淡水魚のことはよく知らなかったから」

 

「Admiralッ……!!

貴方は……貴方という人はッッッ……!!!」

 

「安心しろよ、アークロイヤル。

キミが大好きな魚を、その生態まで見られるようなレイアウトにする。

もちろん自家繁殖も狙っていけるような環境だ。

世界中から、美しく、たくましく、惚れてしまうような魚を集める。

魚が好きなのは、キミひとりじゃない!絶対に満足させてやるからなっ!」

 

「……ッッッ!!……う、うぅっ……!!」

 

 

感動のあまり泣き出すアークロイヤル。

提督どころか総員の前だというのに、プライドの高い彼女は膝を地に着き、顔に両手をかぶせて泣いている。

 

このように誰かが、自身の心を理解し、多大な労力をかけてまで尽くしてくれたのは、彼女にとって生まれて初めての体験だった。

 

人類や艦娘との戦いに明け暮れ、部下とは上下関係しかなく、常に孤高。

たったひとりの友人である空母棲姫(現天城)は、そのような心遣いとは無縁な存在。

 

自身のプライドと同じくらい大事なものに触れ、感情が抑えられなくなってしまったのだ。

実に感動的な瞬間である。

 

 

「提督アナタ……夕張ちゃんや初春ちゃん、叢雲ちゃんの前でそんな……」

 

 

一方呆れ顔の足柄である。

 

彼女が口に出した面々は、それぞれの理由で心ここにあらず状態である。

彼にとっては不幸中の幸いだろう。

 

 

「あー……提督は、女泣かせな方なんですねぇ……むにゃ……

この人とは長い付き合いですが……プライドの高い彼女がこんなになるの、初めて見ました……ふわぁ……」

 

「あ、あの……天城さん……彼女、大丈夫なんでしょうか……

なんだかすごく取り乱しちゃってますけど……」

 

「……? あぁ……昨日お話を聞いてた方……ええと、お名前は……?」

 

「あ、失礼いたしました……高雄と言います」

 

「高雄さんですね……ふわぁ……

貴女が聞きたいのは……私達がまた、人類の敵になるかどうか……ですよね?」

 

「えっ!? な、なんでそれが分かったのですか!?」

 

「なんとなく、ですよ……そういった心の気配を掴むのは、苦手じゃないですし……むにゃ……」

 

「で、では……」

 

「安心してください……彼女も私も、提督の元でなら、満足した生活が送れると分かっていますから……

彼が私達を見放さない限り、そのようなことにはなりませんよ……ふわぁ……

人の良い提督が、私達を見捨てるなど、ないでしょうし……むにゃ……」

 

「そ、そうですか……それは、何よりです……」

 

 

高雄は確信した。

 

このふたりは鯉住少佐に預けているウチは極めて安全だが、その状態が強制終了された時、何かひどいことが起こるのだろうということを。

 

もし彼女たちの希少性ゆえに、大本営や諸外国あたりが藪をつついたら、蛇どころではない、もっとおぞましいものが出てくることになるだろうということを。

 

やっぱり彼女たちは、此処に置いておく以外に方法は無いのね……

鯉住少佐には申し訳ないけど、頑張ってもらうしかないわ……

 

遠い目をして、現実を受け入れる高雄である。

 

 

「泣くな泣くな。嬉しいのはわかるけどな。

妖精さん達には、水温帯と生息域によって、飼育環境を細分化するように言ってあるんだ。

細かい手入れや世話は、魚に詳しい俺たちにしかできない。

キミのこと、頼りにしているんだ。ここからが本番だぞ!」

 

「そう……そうね……!

わかったわ!Admiral!!貴方の信頼に120%応えて見せるわっ!!

そのためなら、貴方のためになら……!!私はこの命までも捧げましょう!」

 

「そんなこと言うもんじゃない!

キミが無事でいてくれれば、それ以上はなにも望まないさ!」

 

「Admiralッ……!!」

 

 

ガシイッ!!

 

 

熱い抱擁を交わすふたり。

そしてそれをジト目で見る一同。

 

なんで「一緒に魚の世話しようね」というだけの話で、こんな大袈裟なことにならなければならないのだろうか……?

 

 

「ね~、大井っち。リミッターが吹っ飛んだ提督、ヤバくない?」

 

「そうですね、北上さん。非常に不愉快です」

 

「だよね~。

ケッコン相手の私達の目の前で、昨日加入したばっかの相手とイチャイチャするなんてね~。

大井っち的には罪状は?」

 

「終身刑です」

 

「ノータイムでそれかぁ……激おこってレベルじゃないね、こりゃ……」

 

 

大井の後ろからはヤバいオーラが見えている。

普段は提督にそっけない態度の彼女だが、思うところはあるようだ。

 

 

「なんということじゃ……!!

鯉住殿が異国の女にたぶらかされるとは……!!」

 

「まぁまぁ、初春ちゃん。

そっとしておいてあげてください。今の彼は普通じゃないですから」

 

「……明石、お主、随分と落ち着いておるのう……

一体何を知っておるのじゃ!?」

 

「呉第1のメンテ班のみんなは知ってるんですけどね。

鯉住くんの今の状態は『修羅場モード』です」

 

 

 

「「「 『修羅場モード』……??? 」」」

 

 

何か知っているであろう明石の言葉を聞き、思うところがある面々は、ふたりの会話に参加する。

 

 

「はい。といっても、メンテ班のみんながそう呼んでるだけですが。

大規模作戦でウチ……呉第1鎮守府が本拠地に選ばれる時がありまして、

その時は、ものすっっっっごく、仕事が大変になるんです。

呉鎮守府は第1から第10まであるんですが、そこに所属しているすべての作戦参加艦娘が、ウチにメンテ依頼をだしてくるんですよ?

いくら応援が来るとはいえ、そりゃもう修羅場も修羅場ですよ。

で、そんな中、理性を抑えるエネルギーすらもったいない!全力で仕事しないと間に合わない!ってなった時、鯉住くんはあのモードになります。

よく言う、『火事場の馬鹿力』ですね!」

 

「まぁ、大規模作戦の大変さは知っとるが……

技術班はそんなに大変じゃったのか。

わらわたちは後方支援が主じゃったから、あまりそちらには詳しくなくてのう」

 

「まぁ、そこは分業ですので、致し方ないかと。

……で、ですね。

鯉住くんと私で、トップ2を担わせていただいていたので、期待の高さに比例して、負担もそれなりに多かったんですよ。

例えば戦艦艦娘の中破艤装を、一晩で直したりとか」

 

「な……ひ、一晩!?

榛名たちの鎮守府では、戦艦の艤装が中破したら、3日ほどは修復に時間がかかりますよ!?」

 

 

・・・

 

 

実は艦娘の艤装は、大破よりも中破の方が修復に時間がかかる。

何故かと言えば、大破した艤装はパーツの修復が不可能なため、総交換という扱いになり、そこまで修復に時間がかからないからだ。

むしろ中途半端にパーツの修復が可能な中破の方が、メンテ技師としては重労働だといえる。

ギリギリ使える壊れ具合のパーツを、ひとつひとつ修復しなければならないからだ。

 

ちなみに当然、制服艤装(バリア)の修復と、大破艦娘の肉体部分の修復は、被害が大きい方が時間がかかる。

これには高速修復材(バケツ)が使えるため、大破艦娘のあまりの入渠時間の長さと、肉体損傷の一刻も早い回復の観点から、バケツ使用が推奨されている。

今回の照月のように、肉体損傷は命にかかわるため、入渠を極力早く済ませるためだ。

 

そのため艦娘が入渠を終えても、艤装はまだ直っていないという状況は、ざらにあることだ。

そうなればもちろん出撃はできない。

ラバウル第1基地の主力である戦艦『長門』は、この待っている時間が一番苦手だったりする。

 

さらに捕捉として、この世界では大破まで至る状況には、ほとんど遭遇しない。

大破=バリア部分の機能消失のため、大破した状態で次に何か攻撃を喰らえば、高確率で絶命してしまう。

そのような状況にならないための羅針盤であり、そのような状況になった時点で、轟沈はすぐ目の前だ。

つまり羅針盤に従っている以上、大破にまで追い込まれることはほぼ皆無なうえ、もし大破しても、何とか勝利、帰投できる状況以上にはならないということが言える。

 

 

・・・

 

 

「ホントですよ、榛名さん。

彼はホントの本気になれば、妖精さんたちと連携して、恐ろしい速さで仕事をすることができます。

それこそ、工作艦である私と同じくらいにはね」

 

「嘘……人間が工作艦と同じくらいだなんて……そんな……」

 

「まぁ普通は信じられませんよね。

だって工作艦って、艦の機能ひとつ分の仕事ができますからね。

だから鯉住くんの本気……『修羅場モード』は、艦ひとつ分くらいの能力があるといえます」

 

「鯉住少佐はメンテが得意って聞いてましたが、そこまで……!!」

 

「ふふっ!本気の私とタッグ組めるのは彼だけですからねっ!!

私、自分で言うのもなんですが、明石の中でもかなり高い能力がありまして、結構な孤独感があったんですよね~。

ほら、強者の孤独ってやつですかね?

そんな中、まさか人間である鯉住くんから、ライバル宣言されるとは思わなくってぇ!

一緒に切磋琢磨してたら、いつの間にか好きになっちゃってましてぇ!

うふふっ!」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

いつの間にか惚気話になっていた明石の説明を聞き、顔をしかめる面々。

 

 

「あ、そうそう!

それで彼、ストレスがかかり過ぎたり、忙しくなりすぎたりすると、修羅場モードになるんですよ!

そうなるともう、ご覧の有様ですね!

普段から私達、艦娘のことを大切に想ってくれてるのが、ダダ洩れになりますので、ところかまわず無自覚に口説きまくるナンパマシーンと化します!!

一時期それで伊勢さんが、大変なことになってましたから!」

 

「あー……そういえば伊勢殿が、なんだかおかしくなっとった時期があったのう」

 

「子日も覚えてるなぁ。なんだかいつもそわそわしてたよねっ」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

ギルティ……

 

 

「そういうワケなので皆さん!

今の鯉住くんのことは、大目に見てあげてください。

何が原因であんなになったのかはよくわかりませんが、放っておけば勝手に元に戻りますから」

 

 

「「「 はぁ…… 」」」

 

 

そう言われてもなぁ……

 

どうしていいのやらわからず、そんなことを考える面々であった。

 

 

 

・・・

 

 

 

提督による鎮守府大改造ツアーを終え、元の波止場まで戻ってきた一同。

 

製塩小屋については、さらっと見て終えることになった。

目の前で噴水を造っている浄水器から、ベルトが伸びていることくらいしか、特出すべき事柄は無いからだ。

基本的には小さな作業小屋で、ベルトで送られてきた塩を一時保管する容器と、それを詰めるビニール袋入れくらいしかなかった。

 

ちなみに、案内している間に提督のトランシーバーには何度か連絡があり、彼はそこで相談された案件を見事に解決しているようだった。

普段の指揮とは比べ物にならないほどの即断即決であり、みなぎる自信が強い説得力をもたらしていた。

普段からこれならなぁ……と思うメンバーがちらほらいたくらいだ。

 

 

「おしっ!それじゃみんな!

これで説明は終了っ!!何か質問がある者はいるかー!?」

 

「は~い。提督ー」

 

「ハイ北上!」

 

「あのさ、なんかすんごい勢いで色々造ってるけど、完成はどのくらいを目安にしてるの?」

 

「完成の目安? 当然今日中だろ!鉄は熱いうちに打て、ってな!」

 

「あ~……やっぱりそうなんだあ……

そのくらいのペースだと思ったよ……」

 

「北上はプールを見て楽しそうにしてたよな?

明日から多分入れるようになるぞ!よかったな!」

 

「まあね。でも残念だけど水着がないんだよね~

提督に水着姿を見せて、悩殺してやろうと思ってたのにな~。残念だわ~」

 

「そうか。俺も北上の水着見るの、楽しみにしてたんだけどな。

それなら仕方ないな!ハハハッ!」

 

「えっ……ふ、ふ~ん?そ~お?」

 

 

からかおうとしてニヤニヤしていた北上だったが、よくわからないカウンターを喰らって、逆にドッキリさせられてしまった。

 

 

「提督。北上さんにセクハラとか最低ですよ」

 

「あぁ、すまんな大井、キミが大事に思ってる北上だもんな。

でも俺はっ!キミと一緒にプール入るのも楽しみだぞっ!

北上も一緒なら、普段ほとんど見られない、キミの眩しい笑顔が見られるからな!

俺ひとりじゃ引き出せない美人の笑顔だ!それだけで1か月は頑張れるってもんだよ!!ハハハッ!」

 

「ちょ……何言って……!!誰が美人……!!

や、やめなさいよっ!こんな大勢の前でっ!!」

 

「大井ほどの美人、どこ探したって早々いないぞ!

ホントのことさっ!!ハハハッ!」

 

「~~~~~ッッ!!」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

明石が言ってたナンパマシーンという言葉が、一斉に頭によぎる面々。

 

そんな部下とゲストたちを全く意に介さず、話を続ける鯉住くん。

 

 

「そうだ!妖精さんにあげる報酬を用意せねば!!

ではそういうことで俺は本部を離れるから、キミたちも解散していいぞ!

手伝ってくれると言っていたみんなは、そうだな……」

 

「天龍龍田姉妹は、これから必要になるだろうトラクターやスプレッダー、コンバインの運転ができるよう、練習してみてくれ!

機械はもう妖精さんが造ってくれたはずだ!

操縦なんて初めての経験だろうから、動かすことを楽しんでくれればいい!

ただしケガだけは絶対しないように!」

 

「初春と子日は旅館の土倉と天井裏のレイアウトを頼む!

細かい指示は妖精さんに出してあるから、大枠は問題ないが、配置のセンスなどが必要だからな!

実際に働いてもらうこともあるかもしれないし、現場になれておくのは必要だろう!」

 

「アークロイヤルは言わずもがな、水族館で水槽レイアウトを頼む!

まだ淡水魚についてはよくわからないだろうから、俺がプレゼントした図鑑で勉強しながらでいい!

とにかく空気に慣れてくれればいいからな!」

 

「……こんなところだろう!

各班には手伝いの連絡を入れておくから、手伝い組は班長のジェスチャーに従うようにっ!!

それでは!解散ッ!!」

 

 

「「「 はい…… 」」」

 

「「「 ハッ!! 」」」

 

 

げんなりしている組とやる気満々組に分かれて返事する一行。

その反応を背に、食堂までお菓子を取りに行く鯉住君。

 

こうして鎮守府大改造・弾丸ツアーは幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

余談

 

 

 

結局あれから5時間後、本当に全ての施設が工事完了した。

 

魚は揃えられなかったが、何故か妖精さんパワーにより、作物は畑に生い茂ることになった。

(トトロ式。両手を合わせてグーンと背伸びすると、芽が出てくるやつ)

 

天龍龍田は謎の要領の良さを発揮し、農業用機械の運転が一通りできるようになった。

 

初春子日姉妹により、養蚕部屋と土倉は使い勝手の良いレイアウトに仕上がった。

 

アークロイヤルは次の日の朝までぶっ続けで水族館を隅々まで把握し、貰った図鑑で勉強を進め、実に機能的な水槽レイアウトを実現させた。

 

肝心の提督である鯉住君は、工事が完了したあと、妖精さんのMVPを各班ごとに決め、報酬の金平糖、マシュマロ、特別報酬のチョコレートを配布し終えた瞬間、糸が切れた人形のように倒れこんだ。

 

その後は妖精さんたちがキャタピラのようになり、バケツリレー方式で自室のベッドまで運ばれることとなったそうな。

 

 

 

 

 




彼は『止まるんじゃねぇぞ……』みたいなポーズで倒れこんだようです。

エネルギーがすっからかんになったんだね。仕方ないね。


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第70話

E-3第2ゲージのクレベースが硬すぎてA敗北ばっかりなんですけどぉ!
あのオノノクスなんとかなんないですかねぇ!?夜戦カットインで的確にフィニッシャー潰してくるの!
ウチのカメックスが仕事できないんですけどぉ!!

クレベース……泊地水鬼バカンスmode下
オノノクス……泊地水鬼バカンスmode上
カメックス……時雨


分かんない人はごめんなさい


ps

この頭おかしい不満を書いてる途中にゲージ割れました……すごくあっさりと……
今までの苦労は一体何だったの……?




「う……うぐ……」

 

 

目を覚ますと、見慣れた自室の天井が広がっていた。

 

意識がすごくぼやけている。頭がガンガンいっている。

体がだるい。金縛りにあったように動けない。

呼吸がうまくできない。

 

 

……間違いない。かなりひどい風邪をひいている。

 

 

「あ、ついに目を覚ましたのね」

 

「……その声……」

 

「私よ。アナタは丸一日寝てたの」

 

「丸一日……」

 

 

声の主は、部下の足柄だろう。

ハッキリしない意識だが、それは判断できた。安心する声だ。

 

しかし丸一日寝ていたとは……

ダメだ……何も考えられない……考えたくない……

 

 

「すいません……もう少し寝ます……」

 

「そう。かなり熱があるから、ゆっくりしてていいわよ。

それじゃ、おやすみなさい……」

 

「おやすみなさい……」

 

 

額にひんやりとした感触が。

どうやら濡れタオルか何か、かけてくれたのだろう。

 

程よい温度の心地よさに、意識を手放す……

 

 

 

・・・

 

 

 

結局鯉住君は、ひとしきり暴走した後ぶっ倒れ、妖精さんたちに自室に運び込まれた。

 

それだけならよかったのだが、何時間も濡れた服で体を冷やしながら活動していたツケが回り、盛大に風邪をひいてしまった。

エネルギー残量がゼロだったことも手伝って、熱にうなされながら苦しむことになったのである。

 

 

 

ちなみに、そのような死にかけの状態の彼は、秘書艦の叢雲により発見された。

 

彼女は、提督に無理をさせ過ぎたから暴走してしまった、という自責の念を感じており、そのことを謝ろうとしていた。

そこで普段は足を運ばない彼の私室まで赴いたのだが、その際に、高熱を出してうなされている提督を発見。

 

取り乱しはしたものの、地獄の研修でイレギュラー対応を叩き込まれた彼女である。

すぐさま看病を開始したのだった。

 

さらに言うと、その慌てっぷりは、すぐさま鎮守府中に広がり、ひと騒動起こることとなった。

誰が提督を看病するかという話だ。

 

立候補したのは、古鷹、足柄、初春だったのだが、子日からの進言もあり、初春は不適と全員が判断。

叢雲含めた3名でローテーション看病することで決定した。

その際、鎮守府に「なんでじゃー!」という大声が響き渡ることとなったのは、仕方ないことだろう。

 

 

 

・・・

 

 

 

さらに1日後

 

 

 

・・・

 

 

 

「……大変ご迷惑おかけしました……」

 

 

ずらっと並んだ、ラバウル第10基地・第2艦隊のメンバーに、頭を下げる鯉住君。

 

照月の精神的な回復は、彼が暴走した日にはある程度は達成されていたため、その翌日には自身の鎮守府へ帰ることもできたはずだった。

少し余裕をもって見たとしても、それプラス1日もあれば、十二分に元の健康状態まで回復が見込めたはず。

しかし、体調不良でうなされている、命の恩人でもある彼を差し置いて帰るのは、流石にどうにもはばかられた、とのことだった。

 

……そんな理由で出発が遅れてしまったことに対して、提督自ら謝罪している状況だ。

 

彼女たちは大規模作戦で何度も活躍している、非常に実力のある部隊である。

ハッスルしすぎて風邪ひいたなんていう、なっさけない理由で行動制限していいはずがないのだ。

 

 

「あまり気にしないで下さい、少佐。

事の顛末は白蓮大将にも大和にも、おおまかにですが伝達済みですし、大将からは長期滞在許可をもらっています。

ですから出発が遅れたところで、何の問題もありません。

そもそも元はと言えば、命を救っていただいたのはこちらですし」

 

「そうですよ!高雄さんの言う通りです!

榛名たちは、少佐と部下の皆さんに助けられたんです!文句なんてあるはずがありません!」

 

「そそそ。むしろ部屋から酒から至れり尽くせりの上、少佐にはずいぶん楽しませてもらっちゃったからさ~。

こちらこそ迷惑かけてすみません、だよ。

一生のうちに一度見れるかレベルの、珍しいもんも見せてもらっちゃったしね。

今思い出しても、魔法かなにかにしか思えないよ、ありゃ。

不思議が一杯な私達艦娘からしても、びっくり仰天だよ」

 

「そうね……隼鷹じゃないけど、魔法にしか思えなかったわ……

たった2.3分目を離しただけで、今まで更地だったところに施設が出来てるんですもの……」

 

「なんだかここに来てから、現実感が湧かない出来事ばかりなのよね……

……あ、でも、私達を助けてくれたことについては、本当に感謝してます!

おかげで全員無事に鎮守府まで帰れるわ!

ありがとうございます!」

 

「私も沈むことを覚悟してたけど、皆さんのおかげで、姉さんにまた会うことができます!

本当にありがとうございました!」

 

 

元気よく頭を下げる照月。

それにつられ、一呼吸遅れて頭を下げる他のメンバー達。

 

 

「いえいえ、こちらこそすいません……」

 

 

頭を下げられている側だというのに、つられて頭を下げてしまう鯉住君。

人がよいというか、日本人的というか、小市民的というか。

 

 

「それでは少佐、私達はこれで第1基地に帰投させていただきます。

……改めて、このご恩は絶対に忘れません。

なにか困ったことがあれば、どうにか融通を利かせますので、遠慮なく連絡して下さい。

もっとも、私にどうにかできる案件であればの話ですが……」

 

「あ、あはは……

こちらこそ、いつもありがとうございます。

また頼りにさせていただきますね。

……帰りはタクシーを呼んでおきましたので、それで港まで向かってください。

それではまたお会いしましょう。その時を楽しみにしていますね」

 

「わざわざありがとうございます。

こちらこそ、また会える日を楽しみにしていますね。

それではまた」

 

 

挨拶を終え、一行を手を振りながら見送る鯉住君。

 

彼女たちは救出されてから、なんだかんだ5日ほど滞在していたことになる。

タクシーに乗り込む彼女たちの表情は、どことなく名残惜しそうなものであった。

気のせいでなければ、こちらのもてなしに満足してくれたということなのだろう。一安心だ。

 

 

「さて……それじゃ大和さんに報告するとしますかね……痛っ……」

 

 

まだ残っている頭痛のせいで、頭を押さえながら執務室へと向かう。

 

ホントはもっと休んでいたいが、自分も盛大にやらかしたうえ、すでに事が起こってから何日も経ってしまっている。

いくら秘書艦が優秀で報告を任せても支障ないとはいえ、自分から速やかに報告(謝罪)するのが筋というものだ。泣き言を言っている暇はない。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

少し時間は巻き戻って、彼が倒れたその日の夜……

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

うろうろ……

 

 

「大和君、少しは落ち着きなさい」

 

「……はっ! す、すいません、提督」

 

「ここ2,3日、ずっとそのような調子じゃないか。

気持ちはわかるが、その調子では解決できるものも解決できないよ」

 

「その……申し訳ありません」

 

 

ここは横須賀第1鎮守府の執務室。

世間的には大本営と呼ばれている鎮守府の、心臓部だ。

 

そこでは筆頭秘書艦の大和と、彼女の提督であり、日本海軍のトップに立つ存在でもある、伊郷元帥が執務をしていた。

 

と言っても恒常的な執務はすでに終わり、目下最大級の案件について話し合いを始めようとしているところだ。

 

 

「しかし参ったね。EUからの応援要請とは」

 

「はい……まさかこのタイミングでそんな話が来るとは……」

 

 

欧州は非常に艦娘の数が多い地域であり、日本と同じかそれ以上の、対深海棲艦戦力を有している。

 

しかし以前の世界ほど、欧州が世界に与える影響は大きくない。

その原因は、深海棲艦の質と量にある。

 

日本海軍が人類防衛を担う地域も、深海棲艦の脅威が大きい危険地帯なのだが、欧州はその比ではない。

 

地中海、北大西洋、北海、バルト海、紅海……

 

そこまで広いとは言えない範囲に、日本海軍が相手取る深海棲艦と同じくらいの数の深海棲艦がひしめいているのだ。

 

こちらの掌握範囲が太平洋西側全域と、東南アジア近海全域、インド洋全域であることを考えれば、いかに欧州の海が深海棲艦で溢れているかがわかる。

 

さらにそれだけではない。

それだけでも十二分に欧州は危険地帯と言えるのだが、さらなる要因があるのだ。

 

 

 

……それは、あまりにも強力で、あまりにも無慈悲な、「二つ名持ち個体」の存在。

 

 

 

基本的には深海棲艦は、その姿かたちをもって性能認識することができる。

例えば、駆逐イ級の姿をしていれば、駆逐艦としての能力しか持たない、というように。

 

まとうオーラと言っていいのか、雰囲気によって、その個体の練度が上下するという見分け方もある。

しかしそれでも駆逐イ級は駆逐イ級なのだ。

エリート個体にしても、フラグシップ個体にしても、駆逐イ級が戦艦並みの火力を有することなどない。

 

それは深海棲艦であれば、どのような存在でも同じである。

どんなに上位の存在でも、その性質は変わらない。

鬼級でも姫級でも、この例から洩れる個体などほとんどいない。

 

……そう。「ほとんど」いない。

物事には必ず例外というものが存在するのだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

『インビンシブル』と呼ばれる個体がいる。

日本海軍が欧州棲姫と呼ぶ系統の、二つ名個体だ。

 

 

深海棲艦出現の初期も初期、北海に一体の姫級が出現した。

まだ艦娘という存在が出現していなかった段階である。

 

深海棲艦とは何か、どうすれば排除できるのか、そもそも人類にとってどういう立ち位置なのか、それらが全く認識されていない時代。

 

海沿いの街を徹底的に破壊し、油田プラントを壊滅させ、目につく人類をひとり残らず手にかけていく彼女。

それを見た者たちは、人類の負の技術の粋を集めた戦闘兵器を使って、なりふり構わず排除を試みた。

 

……今となっては既知であるが、深海棲艦である彼女には、何ひとつ兵器による攻撃は通らない。

その必死の攻勢を見た彼女は、その抵抗をあざ笑いながら反撃し、軍事基地のことごとくを破壊していったのだ。

 

 

それは仕方のない事だった。どうしようもないことだった。

むしろその出来事があったからこそ、深海棲艦には兵器が、核ですら、通用しないという情報が得られたのだ。

 

それだけの被害は出たが、これだけで済めば、まだよかった。

 

 

……深海棲艦出現後、少しのタイムラグの後、艦娘が出現。

彼女たちのチカラをもってすれば、深海棲艦に対抗できることを知った者たちは、多くの場数を踏んだ艦娘たちをそろえ、EU合同作戦として、彼女の討伐に向かった。

 

それは満を持しての作戦だった。

他の深海棲艦とは一線を画す彼女の討伐に、各国は万全を期していた。

彼女を討伐できるだけの練度を持った艦娘が育つまで、臥薪嘗胆の思いで待ち続けた。

それだけ万全に万全を重ねた布陣を敷いたのだ。

 

時がたった今からすれば、不十分と捉えられる程度の練度ではあった。

しかし、それが最速、最善だったのだ。

少なくとも当時の状況を考えれば、それ以上待つことはできなかった。

最善の作戦だったのだ。

 

 

……しかし結果は、完全なる敗北。

彼女から放たれる規格外の砲弾や、生物然とした艦載機。

近接戦でも圧倒的なパワーを誇り、手も足も出ない。

 

彼女を小破させることすら敵わず、甚大な被害を出し、作戦は失敗した。

 

その経緯から、誰とも知れず彼女は『インビンシブル(無敵)』と呼ばれるようになった。

 

 

今までに彼女と同系統の姫級が出現したことはあれど、形だけ同じで中身は月とスッポンだった。

他のどの欧州棲姫も、彼女の能力とは比べるべくもない。

現にイギリス海軍の精鋭艦娘達により、それらの個体は討伐されている。

 

彼女だけが特別なのだ。

理由はわからない。しかし確実に、彼女は特別なのだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

『キリアルケス』と呼ばれる個体がいる。

日本海軍が欧州水姫と名付けた個体だ。

 

 

北大西洋の高緯度地帯、スコットランド沖。

ある日甲冑のような装甲を身にまとって出現した彼女は、部下の深海棲艦と共にスコットランド、アイルランドを蹂躙した。

 

沿岸からの大量の空母系深海棲艦による空襲、長射程深海棲艦による艦砲射撃。

それにより海岸沿いからは、多くの人命と共に、人が住める場所が無くなってしまった。

 

すでに艦娘が出現してからある程度経っていたため、北大西洋に向けて、それなりの戦力は整っていた。

だから対抗戦力はあるにはあったのだ。『インビンシブル』出現時とは話が違う。

 

 

……しかし結果を見れば惨敗。こちらの大損害に対して、あちらは損害軽微。

その敗因は、圧倒的な部下の質。

 

50にも届こうかという深海棲艦を、ただのひとりで従える姿は、まさに絶望そのもの。

しかしそれが全て低級の深海棲艦だったなら、全く問題は無かった。

問題は部下の半数以上が鬼、姫級で構成されていたというところだ。

 

彼女に従う深海棲艦は、同系統個体よりも実力が低いものばかりだった。

しかしそれでも、鬼級は鬼級であるし、姫級は姫級である。

統一された指揮の下で束になって襲い掛かってくる深海棲艦に、多少の実力の上下など関係はない。

奇襲だったこともあり、これに抵抗することは不可能だった。

 

 

……それ以降人類は、北大西洋の制海権を失ってしまった。

不思議なことに、こちらから仕掛けなければ、彼女は手を出してくることはない。

しかし彼女のテリトリーは非常に広範囲に及ぶため、北大西洋での漁業は完全に不可能となっている。

海産物を食糧とできない現状は、干殺しに近い。

 

食糧の関係、イギリスが物理的に孤立している関係から、一刻も早く彼女を討伐し、制海権を取り戻す必要がある。

あるのだが、これには大きな問題がある。

 

 

……彼女の有する戦力上限が、全く読めないのだ。

北海にもにらみを利かせなければならない以上、戦力の上限が計れない存在を相手どる作戦はたてられない。

 

現在は膠着状態が続いており、直接被害は当初の強襲以降出ていないのだが、彼女が何を考えているかわからない以上、この仮初の平和がいつまで続くかもわからない。

彼女の存在は、そのものが脅威であり、決して取り除くことができないのだ。

 

その経緯から、深海棲艦を統べる存在として、彼女は『キリアルケス(千人隊長)』と呼ばれるようになった。

 

同系統の個体の存在はまだ確認されていないが、これから先出現してくる可能性は高い。

彼女が平均的な欧州水姫でなく、二つ名個体と呼んでいいほど異次元の実力を持つ存在であることを願うばかりだ。

あのような怪物が大量に発生したら、欧州はオシマイだろうから。

 

 

 

・・・

 

 

 

……このように、欧州には規格外の実力を持つ深海棲艦が、複数存在している。

 

その2体以外にも、

 

 

ジブラルタル海峡を根城にする空母棲姫『アポリオン』

 

スエズ運河北側で残虐の限りを尽くした港湾水姫『レディ・ツェペシュ』

 

地中海で航行する船を片っ端から沈めている深海仏棲姫『バレリーナ』

 

 

などが有名だ。

 

遠く離れた日本海軍にまで、その名が知られている個体である。

その実力は推して知るべしだ。

 

 

 

……このように人類生存がギリギリの状況とも言える欧州なのだが、今回EU名義で日本海軍に応援要請を入れてきた。

 

その内容は以下のようなもの

 

 

「北大西洋から北海への深海棲艦の大移動が確認された。

『キリアルケス』と『インビンシブル』の関係が変化した可能性がある。

EU加盟国だけでの対処に危惧することがあるため、艦娘先進国である日本の協力を要請する」

 

 

緊急事態なので、増援はいくらあっても足りない、といったところだろう。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……なんともいえない話だな。大和君はどう見る?」

 

「そうですね……ひとまずわかることとして、ですが……

こちらに知らされた実情に裏があるとは、考えられません。

深海棲艦の移動というのは、実際に起こったことなのでしょう」

 

「ふむ。何故そう思う?」

 

「欧州の情勢は非常に人類にとって悪いものであり、

私達が知る時代……帝国主義の時代よりも、欧州諸国は遥かに国力を落としています。

無理やり相手を従わせる剛腕外交をできる立場ではありません」

 

「そうだな」

 

 

目をつぶりながら、大和の意見を聞く元帥。

 

 

「はい。ですからこちらに選択権がある以上、関係が悪化するような真似はしないでしょう。

それと、もうひとつ。こちらの方が裏がないと確信する理由ですが……」

 

「なんだ?」

 

「先方が提示してきた交換条件が破格すぎます。

なんとしても急場をしのぎ切らないといけない、という意志が見えます」

 

「『高練度艦娘10体の譲渡』、か」

 

「ええ。こちらの出撃の費用、資材はすべて向こう持ち。

そのうえ、現在の世界で最も希少で最も強力な存在である、私達艦娘を、10名も移籍させると言うんです。

ハッタリにしては豪勢過ぎるかと」

 

「そうだな。私も大和君と同意見だ」

 

 

そう言うと元帥は椅子から立ち上がり、窓から外を眺める。

その視線の先では、大本営所属の艦娘が、まだ練度の低い艦娘を教導している。

 

 

「キミたち艦娘は、人類の存続になくてはならない存在だ。

交渉の手札として扱うには、あまりにも大きすぎる。

……つまりは、欧州でそれだけの事態が起こっているということで、間違いなかろう。

救援を求める相手がいるならば、手を差し伸べるが人の道」

 

 

真剣な面持ちで、救援に積極的な発言をする元帥を見て、大和は胸をなでおろす。

 

助けてくれと言われて、助けてやりたいと思う気持ち。

政治的には甘すぎて話にならないと言われるような意見だが、そのような気持ちが根底にあるかないかの違いは大きい。

 

自分が着いていく相手を間違えていない事が再確認でき、

喜びで口角が少し上がってしまう。

 

 

「……しかしながら、我々が所属する日本海軍も、現在のっぴきならない事態にある」

 

「ええ。おっしゃるとおりです。

呉鎮守府を北端とし、パラオ泊地、トラック泊地を覆い、ラバウル基地を南端とする、深海棲艦の異常活動がみられるエリアが広がっています。

過去の例から見ても、これら一帯の地域で大規模な動きが出てくる可能性は高いです」

 

 

たった今話に出た鎮守府では、深海棲艦がおかしな動きを見せている。

 

激戦区だったエリアから忽然と姿を消したり、

今までに全く見られなかった編成が組まれていたり、

補給艦の数が目に見えて増えていたり。

 

深海棲艦が何を考えているかはわからないが、何か大きな準備をしているような雰囲気が伝わってくる。

 

つまりは、近いうちに大規模攻勢が起こる可能性が高い、ということだ。

 

 

「うむ。

欧州の救援に応えることと、近い未来に起こるであろう大規模作戦に対処すること。

そのどちらもやらなければいけないのだが……」

 

「大本営内では、『他所様の事情に構っている場合ではない』という意見が主流で、欧州への救援は送らない空気になっていますが……」

 

「助けを求める者に手を差し伸べないでいれば、いずれ大きなしっぺ返しを喰らう。それを因果応報という。

だから私達は、どちらも無事に事を収めるには、どうしたらよいか考えなければならない。わかるな?」

 

「はい。そう言って下さると思っていました」

 

「うむ。しかし情報が足りないのも事実。

いかがしたものか……」

 

「……」

 

 

結局はそこで行き詰ってしまう。

動きたくても情報が少なすぎて手が打てないのだ。

 

悩んでもどうしようもない事だが、

だからと言ってこの一大事を放っておけるほど、無責任なふたりではない。

 

 

「何か……何かきっかけはないか……」

 

 

そう独り言ちる元帥。

 

その時……

 

 

 

コンコンコン

 

 

 

(お話し中失礼します。愛宕です。

大和秘書艦にお電話があってお邪魔しました)

 

「私に電話……?……どうぞ、入ってください」

 

 

ガチャン

 

 

「失礼します。大和秘書艦。元帥閣下」

 

 

恭しくお辞儀をする愛宕。

 

 

「愛宕君、頭を上げなさい。私にそのように丁寧なあいさつはしなくともよい。

それで、大和君に電話ということだが」

 

「はい。姉の高雄……ラバウル第1基地所属の高雄より、大和秘書艦に緊急連絡があるということで……」

 

「高雄から?緊急連絡で私に……?

いったい何がどうしたというの……?」

 

「なんでも先日お越しになられた、ラバウル第10基地の鯉住少佐関連の話だそうです」

 

「龍太さ……鯉住少佐の話?

ますますわからないわ……」

 

 

まったく思うところがなく、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる大和。

 

 

「大和君。悩むくらいなら、本人に聞いてしまいなさい。

私のことは気にしないでいいから」

 

「あ、す、すいません、提督。

……それじゃ愛宕、いいかしら?」

 

「はい。こちらです。

保留中になっていますので、よろしくお願いします」

 

 

そう言って電話機の子機を渡す愛宕。

それを受け取った大和は、不思議そうな顔で通話を始める。

 

 

……これから意味不明な会話が繰り広げられることなど、今の彼女には知る由もないのだった。

 

 

 




書き終えた時点でイベント突破しました!イエーイ!
ネルソンタッチすごい楽しいですね!


あとはゴトランドを見つけて、余裕あったらローマとアクイラを見つけるくらいですかねぇ。
初月もすごくほしいけど、いけるかなぁ。


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第71話

日本海軍の各鎮守府


『大規模鎮守府』

・横須賀鎮守府(横須賀第1鎮守府・大本営)
―――伊郷鮟鱇(いごうあんこう)元帥統括

・呉鎮守府(含む柱島泊地・佐伯湾泊地・宿毛湾泊地エリア)
―――鼎寛(かなえひろし)大将統括

・ラバウル基地(含むブイン基地・ショートランド泊地エリア)
―――白蓮雄正(しらはすゆうせい)大将統括

・リンガ泊地
―――船越源五郎(ふなこしげんごろう)大将統括


『中小規模鎮守府』

・佐世保鎮守府(含む岩川基地・鹿屋基地エリア)
―――鮎飛栄一(あゆとびえいいち)大将統括

・舞鶴鎮守府
―――岩波雀(いわなみすずめ)中将統括

・大湊警備府(含む単冠湾泊地・幌筵泊地エリア)
―――伊東仁(いとうじん)中将統括

・トラック泊地
―――尼子麗香(あまこれいか)中将統括

・パラオ泊地
―――平政恵(たいらまさえ)中将統括

・ブルネイ泊地(含むタウイタウイ泊地エリア)
―――益国皐月(ますくにさつき)中将統括


戦闘要員に関して女性(?)率100%の組織であるため、女性提督の数は非常に多いです。
艦娘は嫉妬とかそういう感情をあんまり抱かないため、ギスギスすることも基本ありません。

どう転んでも半分以上は登場しないでしょうから、覚えなくても大丈夫です。
気になる人だけ、頭の隅の隅にでも入れといてくださいな。

ちなみに登場人物の名前は、今までのあとがき含めて全力で遊んでます。
鼎大将の関係者以外は全員おさかなです。わかるかな?





丁寧な礼をして立ち去る愛宕を横目に、会話を始める大和。

 

 

「それで高雄、いったいどうしたというの?

こんな夜間に連絡なんて……緊急連絡ということだけど……」

 

(夜分遅く申し訳ありません。

しかし、今回あまりにも大きな出来事があったので、早急に連絡したく……)

 

 

愛宕から渡された子機を使い、弟子であり妹分でもある高雄と連絡を取る大和。

ちなみにこの回線は、防諜対策がしっかりとられているので、よそに機密が漏れることはない。それは高雄も承知の上だ。

当然執務室も完全防音だ。

 

 

「こちらに気を遣うことはないわ。

それで、どういった案件だというの?」

 

(ええと……いったい何から話したらいいのか……

すみません、考えがまとまらず……

こちらから連絡しておきながら、申し訳ありません……)

 

「いいのよ。順を追って話してくれればいいわ。

緊急とはいえ、一刻一秒を争う類の用事というわけでもなさそうですし、正確な報告を優先してちょうだい」

 

 

高雄の性格は、師匠である大和がいちばんよく知っている。

とても真面目で、何かをする前には準備を欠かさないマメな性格。

 

その彼女が、考えがまとまらないまま連絡してきた。

それはつまり、それだけ複雑かつ大きな出来事だということなのだろう。

 

 

(はい、では……

まずは極力詳細を省いて、大まかな流れだけ報告させていただきます)

 

「それで構いません」

 

(ありがとうございます。

……まずは、私達の艦隊の話から。

昨日私達は、エリア6の特務海域に哨戒任務で出向きました。

そこで予期せぬ敵から空襲を受け、艦隊が半壊しました)

 

「なんですって……?」

 

 

大和も当然ラバウル第1基地・第2艦隊についてはよく知っている。

何度も大規模作戦で共に戦ったメンバーだからだ。

 

……だからこそ自分の耳を疑った。

そんな強者の彼女たちが、いくら6ー5とはいえ、たった一度の空襲で、甚大な被害を受けようとは……

 

 

(そこで私達は、犠牲覚悟の運任せの撤退か、救援要請からの敵に見つからないことを祈りながらの待機か、二者択一の状況に直面し、後者を選択。

鯉住少佐率いる第10基地のメンバーに救助されることとなりました)

 

「第10基地が救援に……?

貴女達ほどの高練度部隊が、半壊するほどの空襲をしてくる敵なのよ……?

航空戦力をもたない第10基地から救援なんて、ありえないわ……」

 

(私もそう思ったのですが……

救援に来てくれた第10基地のメンバーなんですが……

顔を良く知った元同僚たちが、研修を経て尋常でないほど実力を上げていまして……

水雷戦隊と呼べるような編成でしたが、本当に敵との戦いに出向き、勝利してきました……)

 

「そ、そんなバカな……」

 

(ちなみに救援に来てくれたのは、叢雲、古鷹、北上、大井、天龍、龍田。

この6名、ひとり残らず全員改二になっていました……)

 

「!?」

 

 

彼が着任したのは3ケ月ちょっと前だったはず……

報告を思い返しても、実力がつくほど戦闘を繰り返してきたわけではない……

高雄が嘘をついていたり、勘違いしている可能性もほぼない……

 

……ということは、その『研修』だけで、全員がそこまでの高練度になったということ……?

 

 

 

なにそれ怖い……

 

 

 

(ちなみに少佐は、全員とケッコンカッコカリしていました……)

 

 

「!!!???」

 

 

何してるの!?龍太さん何してるの!?

それはちょっとおかしいんじゃないの!?

私そんなこと全然聞いてないんですけど!!

メールでも全然、そんなこと言ってなかったじゃないの!?

 

注:

この時点で重婚事件からは2日しか経ってません。ゴタゴタしてたため、報告はまだできてません。

 

 

(ええとですね、ここからが今回の報告の本題でして……)

 

「こ、ここから!?

まだあるというの!?」

 

(ハイ……その敵……2体いたんですが……

艦隊の一員である天龍が、その片方と一騎打ちをし、勝利。

意気投合したらしく、そのまま連れ帰ってきまして……

それで鯉住少佐とやり取りした結果、2体とも艦娘化して、ついてくることになりまして……)

 

 

 

「……???」

 

 

 

(……えと、大和さん、話を進めて大丈夫でしょうか……?)

 

 

 

なんか一気によくわからない話が飛び出してきた。

まってちょっとまって……ひと先ず内容を頭で整理しましょう……

 

 

天龍が艦隊に居る。

→わかる。

 

天龍が一騎打ちをした。

→天龍という艦娘の性格を考えると、まぁわかる。

 

天龍が第2艦隊を追い込んだ敵にタイマンで勝利。

→奇跡的な確率であるかもしれない。ギリわかる。

 

深海棲艦と意気投合した。

→わからない。

 

深海棲艦と一緒に帰ってきた。

→わからない。

 

鯉住少佐とやり取りをした。

→わからない。そもそもなんで提督が危険地帯に着いてきてるの?

 

2体とも艦娘化してついてくることになった。

→私の妹分は何を言っているんだ?

 

 

 

「高雄……貴女、あまりのストレスで頭がおかしく……」

 

 

(ち、違いますから!!

私だって意味不明なこと話している自覚はあります!

正直言って、バカめと言われても仕方ないことだと思います!

でも……そんなバカみたいなことが、目の前で起こっちゃったんですから、しょうがないじゃないですか……

見たままを話すしかないじゃないですか……)

 

 

「そ、そうよね、私が悪かったわ……」

 

 

若干鼻声になっている妹分の必死の叫びに、若干引く大和。

ここまで迫真した様子では、話してくれた事実が、本当にあったことだと受け入れざるを得ない。

 

 

(うぅ……すみません、取り乱しました……)

 

「い、いいのよ。私も悪かったんだから。

そ、それで高雄、貴女……深海棲艦が艦娘化したって言ったけど……」

 

(はい。……『転化』と言うそうですね……)

 

「!! 高雄、貴女……」

 

(鯉住少佐からお聞きしました。

艦娘の邂逅には、知られていない3番目があることを。

大和さんであれば、その情報は知っているということも)

 

「そうですか……」

 

 

高雄が口に出した『転化』という現象は、海軍内でも限られた者しか知らない機密事項である。

いきなりそれを知るはずの無い者から、その言葉が出てきたことに動揺してしまった。

 

……しかし出所が彼女もよく知る鯉住少佐であったこと、彼は信用できる人物だと考えていることから、大和は深く追求することは避けることにした。

 

彼が話して良いと判断したから話したのだろうし、話して良いと思った内容までしか話していないことだろう。

だったらある程度、高雄に知識がある前提で、これからの話を進めた方が良い。

 

 

……しかし、それにしても……

高雄の発言にも驚いたけど、龍太さんも龍太さんよ……

……深海棲艦と直接やり取りするなんて、なんて無茶なことを……

 

やっぱり龍太さんも、常識をポイした鼎大将のお弟子さんってことなのね……

 

 

少し切なさを感じつつも、気を取り直す大和。

高雄が転化体のことを知ってしまったり、友人が深海棲艦とトークしたという事実には、ひどく驚かされたが、それを掘り下げていては話が進まない。

 

 

「そ、それでは、今回の緊急報告は、転化体が2体出現したことと、その転化体が第10基地に所属することになった、ということでいいのかしら……?」

 

(いえ……まだ続きがありまして……)

 

「まだあるの!?」

 

(申し上げにくいですが、これで序の口です……

その転化体2体なんですが、どうやらどちらも欧州からやってきた個体のようで……

本人たちも、北海とジブラルタル海峡がそれぞれの縄張りだったと言ってましたし……

聞いた話だと、ドーバー海峡、カリブ海、パナマ運河での強襲は、彼女たちが原因です……

通行や観光する際に邪魔な人類を攻撃しただけ、とか言ってました……)

 

「ちょ……観光……???」

 

(その話からして、嘘はついていないようですし、2体……今は2名ですが……実力は極めて高いと言えます。上級の姫級と判断します。

ひとりは私の知らない、ドレスを着たような姿でしたが、もうひとりは空母棲姫の姿でした)

 

「それって……まさか……」

 

(私達の艦隊を半壊させたのは、空母棲姫の方で、今まで私が相対したどの個体よりも、遥かに高い実力を持っています。

一例を出すと、彼女は精密動作をしない前提なら、常時500機の艦載機を展開できます。

冗談のようですが、本当です。目の前で見ましたから……)

 

「……」

 

 

いや、まさか……まさかねぇ……

 

北海とジブラルタル海峡が縄張りで、種別はたぶん欧州棲姫と空母棲姫……

高雄達を空襲だけでどうにかしてしまう程の実力……

たったの2体でイギリス海軍、地中海近隣の海軍、パナマ海軍を、易々と相手どったという事実……

欧州動乱の原因は、北大西洋のボスと北海のボスに何か関係の変化ががあったから……

 

いや、そんな、いやいやいや……

 

 

(ちなみに2名は現在、正規空母『アークロイヤル』と正規空母『天城※』として、第10基地所属艦となっています……

本人たちに確認したところ、鯉住少佐の元に居る限りは人類に危害を加えるつもりはない、との言質をとることができました。

むしろ彼の元を離れるようなことがあれば、元通り人類と敵対する可能性が高いとも言っていました……)

 

※ 高雄は当然ながら、天城を正規空母だと思っています。

 

「そ、そう……なの……

穏やかじゃないにもほどがあるわ……

いったい何があって、その2名は、少佐をそこまで認めることになったの……?」

 

(なんだか、その……信じられない理由なんですが……

アークロイヤルに関しては、『趣味が同じだったから』で、

天城に関しては、『快適な衣食住が提供されて満足したから』らしいです……)

 

「えぇ……そんな……えぇ……?」

 

(私も納得できないです……)

 

「なんかもう……はぁ……

わかりませんけどわかりました……本人と後日話してみるとします……

重要な連絡、ありがとうございました……」

 

 

これはもう、本人に色々確認取るしかないわね……

概要だけ聞いてこれだもの……

高雄には申し訳ないけど、一次情報に触れないと、どうすることもできないわ……

 

ハァ……なんだろうこれ……?

起こってることは確実に人類にとってプラスとなることなのに、手放しで喜べないというか、胃が痛くなるというか……

 

げんなりしながら会話を切り上げようとした大和だったが、そこに高雄から待ったが入る。

 

 

(あ、待ってください、大和さん。

もう少しお話したいことが……)

 

「まだあるの!?」

 

(はい……まだあります……

ここ数日で、鯉住少佐に降りかかった予期せぬ事件が多すぎたせいで、その、なんと言うか……

少佐があまりのストレスから、暴走してしまいまして……)

 

「え、ちょ……暴走……?」

 

(たった1日で、基地に居た妖精さん全員の指揮を執り、鎮守府を大改造なさってしまいました……

具体的には、海水浄水器、畑、生け簀、山葵田、旅館、水族館、プール、製塩小屋などが増設されました……)

 

「……???」

 

(妖精さんって凄いですね……

ものの2,3分で建物建てたり、グラウンドほど広い面積を整地したり、よくわからない超技術の装置造ったり……

彼女たちを完全に掌握していた鯉住少佐も大概でしたが……)

 

「……」

 

(これでお伝えしたい概要は以上です……)

 

「……」

 

(や、大和さん……?)

 

 

 

「……あー!もうっ!

いったい何がどうなって、こうなったのよっ!

なんで少佐が起こす出来事は、無条件に喜べるようなものじゃないの!?

なんでそんなよくわかんない事ばかり起こすの!?」

 

(や、大和さん!お気を確かに!)

 

「……大丈夫です。私は大丈夫……!

もうこうなったら、直接問い詰めることにします!」

 

(ちょ、直接とは……?)

 

「高雄!報告ありがとう!

また何かあったらすぐに連絡をしてください!それでは!」

 

(や、やまとさ……)

 

 

 

ピッ!

 

 

 

・・・

 

 

 

「大和……大丈夫か……?

随分取り乱しているようだが……」

 

 

眉を吊り上げ、鼻息荒くしている大和は、明らかに興奮している。

元帥が気にかけるのも無理のないことだろう。

 

ちなみに元帥にも高雄の声は聞こえていたため、情報共有は出来ている。

それでも大和と違い、元帥が動揺していないのは、彼の精神が非常に強固だからである。

前職で禅宗の住職だったのは伊達ではない。

 

 

「私は大丈夫です!

まったく!なんでいつもいつもあの人は、こちらが理解できない事ばかり引き起こすんですか!?

だいたい何なんですか!全員とケッコンカッコカリなんて!

不純すぎます!」

 

「それは何か考えがあるのだろう。

鼎君から彼については聞いているが、不誠実とはかけ離れた性格だということだぞ?」

 

「わかってます!だから直接問いただすしかありません!」

 

「うむ。直接問いただすということには賛成だ。

話の中で聞こえてきた転化体についても、非常に興味があるしな。

今回の欧州動乱における、ターニングポイントとなる可能性が非常に高い」

 

「ですからみんなでラバウル第10基地まで行きましょう!提督!

この際根掘り葉掘り聞いてやるんです!」

 

「そうだな……そうしようか。

私もその転化体と話をしてみたい。

新たに加入したという彼女らの実力を計るためにも、第1艦隊のメンバーで出向く方がよさそうだな」

 

「了解しました!」

 

「横須賀鎮守府の守りは、第2鎮守府の及川中将と、第3鎮守府の一ノ瀬中佐に任せれば問題あるまい。

それではいつ出立しようか?」

 

「早い方がいいに決まってます!

できる限りすぐに向かいましょう!明日向かいましょう!」

 

「確かに欧州からの緊急要請がある以上、返事を待たせるわけにもいくまい。

できるだけ早くというのは賛成だな。

……しかし明日か……

……到着まで数日かかるとはいえ、彼にも事情があるのではないだろうか……」

 

「いいんですよ!

これだけ色々引き起こしたんですから、それくらい大目に見てもらいます!」

 

「ふむ……まぁ良いか。

ちょうど定期連絡船も明日出ることだし。

それでは第1艦隊の全員に報告。明日の7時に鎮守府を出るぞ」

 

「承知しました!連絡を入れてきます!」

 

 

 

バタンッ!!

 

 

結構な勢いで、執務室を退出する大和。

 

 

 

「……少々強引かもしれないが、問題ないだろう。

私も彼については興味があったし、転化体と話ができる絶好の機会だ。

事情があって対応できないという事であれば、近隣の街で宿を取り、準備ができるまで待てばよい……」

 

 

ひとりになった執務室でつぶやきながら、冷茶をすする元帥。

 

 

「現在の日本海軍は、2方面からの無視できない圧力に晒されている。

この訪問が、その現状を打開するきっかけになってくれればよいのだが……」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

おまけ

 

今回のお話の数日後。

鯉住君が復活し、大和に連絡を入れた時の会話。

 

 

 

プルルルル……

 

 

ピッ

 

 

 

「お久しぶりです、大和さん……

その、なんと言うか、お伝えしなければならないことが山ほどありまして……」

 

(知っています)

 

「え……あ、もしかして、高雄さんが一報入れてくれるとおっしゃってたので、それで聞いていたんですか?」

 

(はい)

 

「あの……もしかして大和さん、怒ってます……?」

 

(龍太さんみたいな不誠実な人には教えてあげません)

 

「ふ、不誠実……?

あ、ああ、ここ数日、何度か連絡をくれていたのに、すぐにお返事できなかったからですか……?

それはちょっと体調を崩して寝込んでいたからで……

……いや、それは大和さんには関係のないことですね。心配かけてしまい、申し訳ありませんでした」

 

(そうですよね。私には関係ないですもんね。

龍太さんが誰とケッコンしようと)

 

「うっ……あ、あの、それには深い理由がありまして……」

 

(教えていただかなくても結構です。

どうせもうすぐ直接お聞きすることになりますし)

 

「……え?」

 

(ちょうど今、元帥と第1艦隊のメンバーで、定期連絡船でそちらに向かっているところです。

明日の午前中に到着しますので、よろしくお願いします)

 

「え?え?」

 

(転化体のおふたりにもお話を聞きたいので、準備していてください。

問題ありますか?ありませんよね?)

 

「は、はい……」

 

(それでは到着次第、タクシーでそちらへ向かいます。

よろしくお願いします。それでは)

 

 

 

ピッ

 

 

 

「……ウソやん」

 

 

 

 




大和さんおこだよ。
友達の自分に黙ってケッコンしていたのが、腹に据えかねた模様。



ローマとゴトランドを迎えることができました!わぁい!
あとは初月とアクイラだけです。なんとかするぞー


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第72話

皆さんイベントお疲れさまでした!

結局初月はゲットできませんでしたが、ゴトランド2隻目や欧州艦多数、レア駆逐多数をゲットできたので、自分としては大満足でしたねー。

ネルソンのレベルが90になってたのにはビビりました。
ネルソンタッチが強力すぎたんやなって。


ラバウル基地の南端。

ショートランド泊地エリアよりも、さらに本土から遠い土地。

パプアニューギニアにあるポポンデッタ港に向かう船の一室では、日本海軍が誇る大本営・第1艦隊のメンバーが話をしていた。

 

戦艦『大和』を旗艦とし、旗下は航空戦艦『扶桑』、重雷装巡洋艦『木曾』、潜水艦『伊58』、正規空母『加賀』、装甲空母『瑞鶴』で構成される、

日本海軍の顔と言ってよいメンバーだ。

 

今は伊郷元帥と木曾が、これから向かう第10基地について話している。

 

 

「なぁ元帥。その鯉住?少佐だっけか。

ホントにわざわざ俺たちが出張るだけの意味があるヤツなのか?」

 

「ああ。キミたちでなければ見極められない部分があるはずだ。

なにせ彼は、あの鼎大将のお弟子さんのひとりだからな。

本人も部下も、通常とは一線を画した経歴を持っている」

 

「……マジか。一ノ瀬中佐と同じ穴の狢かぁ……

それじゃあ先入観を捨てて見ないといけないな。

少佐だとか新人だとか、全然アテにならないだろ。それ」

 

「話が早くて助かる。流石は木曾君だな」

 

「よせよ。持ち上げるなって。

あの人たちが常識を放り投げた存在だってのは、よく知ってるからな。

一ノ瀬中佐のところで研修を受けた時は、マジで陸の上で沈むかと思ったからな……」

 

 

窓の外に目を移して、遠い目をしながら当時を思い出す木曾。

 

彼女も姉である北上・大井と同じく、一ノ瀬中佐率いる横須賀第3鎮守府で、地獄の研修を受けたことのある身だ。

あの鎮守府の異常性(将棋の国)、一ノ瀬中佐の非凡さについては、身に沁みてわかっている。

 

そんな木曾を見て、会話に参加する者が。

 

 

「あの時は大変でしたね……

私も貴女も、大規模作戦佳境の様な集中力で臨んだものです」

 

「いつもクールな加賀さんが、廊下で白目向いて倒れてた時は、どうしようかと思ったもんだ」

 

「……それについては、そっとしておいてください」

 

 

木曾同様に、加賀も遠い目で窓の外を眺めている。

今でこそふたりとも、その立場に見合う以上の実力を備えているのだが、当然ながら下積み時代はあったのだ。

 

一ノ瀬中佐のところでの研修は、彼女たちにとって忘れることのできない経験だ。

ここまでの実力がつけられたのは、そこでの経験があったからと言ってもよい。

もちろん若干トラウマ化している。

 

 

「へ~え。普段鉄面皮な加賀さんが白目をね~。

いいこときいちゃったな~」

 

「……何をニヤニヤしているの? 五航戦の喧しい方」

 

 

知られざる先輩の過去を聞きつけ、煽りと共に乱入してきたのは、装甲空母・瑞鶴である。

 

ちなみに艦娘出現初期から今の立ち位置で戦ってきた加賀に対し、瑞鶴はここ半年で第1艦隊に抜粋されたメンバーである。

 

 

「いやあ、加賀さんの意外な一面を知っちゃったな、って思ってね~。ふふん」

 

「……頭にきました。

そういう台詞は、私を抑えてMVPを取れるようになってから言ってほしいものね」

 

「むっ!それは聞き捨てならないよ!

なに私がMVP取ったことないみたいに言ってんのっ!?

私だって、大・先・輩・の!加賀さんを抑えて!

MVP何度も取ってるじゃない!」

 

「5回に1回程度しか取れないMVPなど、カウントしません」

 

「何その理屈!?何涼しい顔してんの!?」

 

「……ふっ」

 

「あー!!鼻で笑った!!この人鼻で笑ったよ!?

提督さんからも何とか言ってやってよ!!おかしいよね、この反応!?」

 

「瑞鶴君も加賀君と同じで十分に実力がある。堂々と構えていなさい」

 

「だってー!!あんなこと言われて黙ってられないでしょー!?」

 

「そんな調子だから、いつまでたっても半人前なのよ」

 

「むきーっ!!」

 

「加賀君も、むやみと煽るのはやめなさい」

 

「わかったわ。提督」

 

「なんで提督さんに対しては、そんなに素直なのよ!?

ホントにムカつく!!」

 

 

ヒートアップする瑞鶴と、それを涼し気に煽りまくる加賀。

流石にそれを放っておくのはマズいと思ったのか、メンバーのひとりがフォローを入れる。

 

 

「ず、瑞鶴さん……落ち着いて……

私は貴女の航空戦力、すごく頼りにしていますよ……?

制空権をおふたりで確保していただけるからこそ、弾着観測射撃を満足に決められるのですから……」

 

「!!……ありがとう、扶桑さん!!

やっぱり戦艦の先輩は言うことが違うよね!大人よね!

どっかのお子さまな誰かさんと違って!」

 

「言われてるわよ。ゴーヤ」

 

「……ふぁっ!?

な、なんでいきなり私に振ってきたの!?完全に気を抜いてたでち!」

 

「どう聞いても加賀さんのことだったでしょ!?」

 

 

せっかくのフォローも功を奏さず、わちゃわちゃしだした面々を前にして、あたふたする扶桑。

 

 

「あ、あわわ……どうしましょう……て、提督……」

 

「仲がよいのは良いことだ」

 

「ええと、放っておいてもいいのでしょうか……?」

 

「本気で喧嘩しているわけではない。好きにさせておけばよい。

今回の視察は息抜きも兼ねているので、加賀君ではないが、皆気分が高揚しているのだろう。

扶桑君も、旅行など滅多にないから楽しみだろう?」

 

「まぁ、楽しみかと聞かれれば楽しみですが……南の島ですし……」

 

「出番が来た時に活躍してもらえば、他は自由にやってくれてよいからな。

あちらに迷惑が掛からない範囲で、と言うことではあるが」

 

「そ、そんな、迷惑なんてかけません……!」

 

「わかっているとも。念のために言っておいたまでだ」

 

「もう、提督ったら……」

 

 

どうやらこのように賑やかなのは、いつものことである模様。

物事に動じないタイプだということもあるが、慣れた様子の元帥である。

 

 

「やれやれ……これから任務だってのに、みんなのんきなもんだ。

なっ、大和さん」

 

「……」

 

「……? おい、聞こえてるか?大和さん」

 

「……はっ! き、聞こえていますよ?」

 

「窓の外に何か見えたか?

いつもしっかりしている大和さんが、心ここにあらずなんて珍しいな」

 

「……すみません。少し考え事をしていまして」

 

「ああ。なんだかんだ言って、今回の任務は重要だからな。

みんなバカンス気分の中、ひとりで任務内容について考えてたのか」

 

「ま、まぁ、そんなところです」

 

「流石だ。そのストイックな姿勢、俺も見習わないと」

 

「いえいえ……そんなに大層なものでは……」

 

「謙遜するなって。

クールで謙虚な大和さんを手本にしてるヤツは多いんだぜ?」

 

「あ、あはは……」

 

 

 

今回の任務は書類上では、『新任少佐の鎮守府運営がうまく行われているかの視察』という名目だ。

しかしその裏、『ドロップ艦である2名の様子を探る』という、真の目的もある。

 

もちろんその2名が転化体だということについては、大和と元帥以外は知らないことだ。

そもそも転化体という存在を知っているのは、このメンバーでは大和と元帥だけなので、当然と言えば当然だが。

 

だから今回の鎮守府訪問における他の第1艦隊のメンバーの認識は、『とんでもなく強いドロップ艦の実力確認』というものである。

 

そもそもドロップ時点で練度が高いというのは、今までになかったこと。

それだけを考えても、誰もが認める実力者である彼女たちが事の真相を確かめる、という名目は、異論の余地がないところだ。

 

……実は真の目的はもっととんでもないものであり、『欧州動乱における日本海軍の行く末を決める一手を見出す』や、『提督が1日で劇的大改造した鎮守府の視察』であったりするのだが。

 

 

 

「しかし謎のドロップ艦か……

話を聞くに、ふたりとも正規空母なんだろ?

それなら加賀さんや瑞鶴の判断に任せたら良さそうだ。

他に俺に何かできることはあるのか?」

 

「木曾さんには、ドロップ艦以外の所属艦娘の実力を計ってもらいたいと思います。

貴女と同様、鼎大将のお弟子さんの元で研修を積んできた艦娘ばかりですから、経験者の目であれば、正しく実力の把握もできるでしょう」

 

 

大和のセリフに目を丸くする木曾。

 

 

「……な、何だと?

あの地獄の研修を潜り抜けた艦娘が、出来て半年も経っていない新設鎮守府にいるのか……?」

 

「はい。半分以上の所属艦娘が、研修経験済みです。

鯉住少佐自らの技術研修を受けた艦娘がふたり。

呉第1鎮守府で、鼎大将の研修を受けた艦娘がふたり。

横須賀第3鎮守府で、一ノ瀬中佐の研修を受けた艦娘がふたり。

そして……その……佐世保第4鎮守府で、加二倉中佐の研修を受けた艦娘が……ふたり……」

 

「めちゃくちゃいるじゃないか……

しかも『鬼ヶ島』から生還した艦娘がふたりも……」

 

「その通りです。

だから私達でないといけないんです」

 

「実力差があり過ぎると、正確なチカラが計れないということか。

いいぜ、やってやるさ。鬼でも姫でもかかって来いってなもんだ。

俺たちの実力なら、何も怖くないさ」

 

「あ、あはは……」

 

 

かかって来るのは元上級の姫と、それに認められた実力を持つ艦娘集団なので、木曾のセリフは実は的を得たものだ。

それを知る大和の口からは、乾いた笑いが漏れる。

 

神通ショックがトラウマ化している大和である。

佐世保第4鎮守府(鬼ヶ島)から生還した艦娘がふたりもいるという事実を鑑みると、自分たちの実力があれば怖くないとは口が裂けても言えない。

ちなみに彼女はまだ、天龍龍田姉妹の教官が、その神通本人だとは知っていない。

 

 

……だから正直言って、鯉住少佐の部下と顔合わせするのは不安なのだ。

さっき心ここにあらずだったのも、それが原因だったりする。

以前大本営に来た3人に関しては悪い印象を抱いていないが、他のメンバーに関しては良くない予感しかしていない。

 

勢いに任せて出てきてはしまったが、今になってちょっと不安になってきた。

 

 

「まぁ、なんといいますか……

頼りにしていますよ。木曾さん。

私も自身の実力は低くはないと思っていますが、得意分野としては現場指揮や砲撃戦がメインです。

近接戦闘に関してはほとんど経験がないですから。

貴女のように武闘派な艦娘であれば、近接戦闘の実力をよく測ることができるでしょう」

 

「任せろ。実践剣術なら自信がある」

 

「存じております」

 

 

不敵な笑みを浮かべる木曾は自信満々だ。

実際に砲撃戦のさなか、隙をついて近接戦闘に持ち込み相手の陣形をかき乱すことは、彼女の得意戦術である。

 

甲標的と魚雷だけ積んでいき、遠距離から開幕雷撃をお見舞いする。

その後は航空戦、砲撃戦の隙間を縫って敵に近づき、注意が味方に向かっている敵に奇襲攻撃を仕掛ける。

これをやられると、どれほど強敵だとしても、同時に2方面対応することはできず、超高確率で勝利することができるのだ。

 

戦場を広く見据える眼、敵陣からの攻撃をかわしつつ、味方の攻撃に巻き込まれないようにする回避力、ヒット&アウェイを迅速に行える判断力。

これらがそろって初めて可能になる高等戦術と言える。

 

伊達に日本海軍のトップを長年務めているわけではない、ということだ。

 

 

「まぁ、実際に見極めにかかる時間は、長くても1日といったところでしょう。

それが済めばあとは自由時間ですから、所属艦娘や提督と交友を深めてください」

 

「ああ。俺たちとこれから共に戦うことになる同志だ。

いつかどこかの戦場で一緒になるかもしれないしな。仲良くさせてもらうさ」

 

「ぜひそうしてあげてください。

今回訪問するラバウル第10基地には、貴女のお姉さんである北上と大井がいますから、仲良くしてくださいね」

 

 

その大和の何気ないひとことに、木曾の動きがピシッと止まる。

表情も固まっており、一時停止したような状態だ。

 

 

「ど、どうしました……?」

 

「……え?マジで?

姉さんたちがいるのか……?」

 

「そうですよ。

普段会えない姉妹艦ですから楽しみ……というではなさそうですね……」

 

「いや、だって……楽しみといえばそうなんだが……

あのクセの塊みたいな姉さんたちだぜ……?

球磨姉さんや多摩姉さんならまだしも、北上姉さんに大井姉さんかあ……」

 

「まぁ、クセがあるというか、キャラが濃い艦娘というのは、非常に多いですし……」

 

「わかってるさ。わかってて言ってるんだ……

なんだかんだ言って真面目に任務をこなす北上姉さんと、対外的にはまったく問題ない大井姉さんだから、あまりおかしい印象は無いかもしれないけどさ……

実際プライベートではすごいからな……」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

一気に不安になってきた大和。

賑やかに騒ぐ空母コンビと伊58、提督と楽しそうに話している扶桑とは対照的に、先行きに若干の不安を抱えるふたりなのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

大本営一行がラバウル第10基地へと向かっている、その日の夜。

当の鎮守府では、緊急首脳会議が開かれていた。

 

提督である鯉住君に加え、筆頭秘書艦の叢雲、第2秘書艦である古鷹の3名で行われる会議だ。

 

あまりの緊急事態に、お通夜状態の3人。

そんな中、叢雲がぽつりぽつりと話し始めた。

 

 

「ひとつ、私はいつも傍にいるアンタの心労に気づかなかった……」

 

「ちょ……叢雲さん……?」

 

「ふたつ、暴走するアンタを止める決断ができなかった……!」

 

「叢雲……落ち着いて……!顔が怖い……!」

 

「みっつ、そのせいで大和さんを怒らせ、大本営のドキドキ☆鎮守府訪問が行われることになった……!!」

 

「む、叢雲……」

 

「私は自分の罪を数えたわ……

さあ、アンタの罪を……数えなさいっ!!このトラブルバキューム人間!!」

 

 

ブンッ!ブンッ!

 

 

「ちょ、ゴメン!ゴメンって!!

まだ頭痛が残ってるんだから、そんなに無茶しないでぇっ!!」

 

 

提督の胸倉につかみかかり、涙目になりながらブンブンと揺する叢雲。

まさかまさかの大本営、しかもそのトップである伊郷元帥と筆頭秘書艦の大和による直接訪問。

不測の事態に、精神を大きく乱されているようだ。

 

 

……彼女自身、たった今言っていたように、彼に対して引け目を感じている。

だから最近彼に無理をさせ過ぎたことを、しっかり謝るつもりだった。

 

しかし召集されて真っ先に彼の口から飛び出た

 

「大和さん達、大本営の主力メンバーが明日の朝やってくる」

 

という爆弾発言で、彼女の謝罪しようという気持ちは吹っ飛んでしまった。

 

ごめんなさいするのはとても大事だが、あまりにも緊急の用事ができてしまった今、そちらに気を取られてしまうのも無理からぬことだろう。

 

 

「叢雲さん!やめてあげてください!

提督が、提督が気を失っちゃいます!」

 

「フーッ……フーッ……!

そうね……こんなことしてる場合じゃないわよね……!」

 

「あ、ありがとう……古鷹……」

 

「いえ、私にも結構な非がありましたから……

本当に、提督の疲労に気づいてあげられなくて、ごめんなさい……」

 

「いや、その、いいんだよ、気にしなくて……

それよりも、明日の準備はどうすればよいか考えよう……」

 

「本当それよ……大和さんだけじゃなくて、まさか元帥自ら視察なんて……

それで結局、大和さんたちは何しに来るのよ……?」

 

「多分だけど、高雄さんから色々聞いてたって言ってたし、転化体ふたりの様子見と、その……俺が色々やらかした鎮守府の視察じゃないかと思う」

 

「あぁ……すごいことになっちゃいましたからね……」

 

 

・・・

 

 

彼が復活した時点で、鎮守府改造は完了していた。

 

高雄達を送り出し、大和に一報入れた後、鯉住君は重い頭を抱えながら、自分の目で工事の結果を確認しにいった。

自分がやらかした手前、現在どうなっているか見ておかねばならないと思ったらしい。

 

 

……純水配管は完全に張り巡らされ、生け簀や山葵田には、すでにきれいな水が張られていた。

生け簀については、まだ水中のバクテリアが繁殖していないため、生体投入は不可能だろうが、あと数日かすればそれも可能となるだろう。

 

さらに畑には、なぜかすでに作物が植わっており、区画分けされたエリアでそれぞれ、桑、茶、タロイモ、サトウキビ、大豆、蕎麦が、あと少しで収穫できるくらいのところまで成長していた。

これはもう完全に予想外で、妖精さんの謎パワーを痛感することとなった。

 

旅館と脇の土倉についても増築が済んでおり、こちらもいつでも味噌製造、養蚕が開始できる状態となっている。

すでに使い込まれた状態の、味噌発酵用の桶が設置されていたのには驚いた。

味噌製造にはこうじ菌が欠かせないのだが、その樽の状態を見るに、菌が居ついている様子。

その樽は、いったいどこから調達したというのだろうか……

 

旅館脇のプールは、完全に稼働状態となっていた。

流れるプールにしてくれと希望を出したのだが、流量調節までできる造りとなっていたのには驚いた。

ちなみに何故かすでに天龍龍田姉妹が利用中で、順応早すぎだろ、と呆れることになった。

 

水族館は内装も完全に整い、あとは生体を投入するだけというところまで来ていた。

渓流エリアには、どこからか持ってきた砂利が敷かれ、日本の原風景を思い出す造りとなっている。

熱帯エリアに関しては、これもどこからか持ってきた流木や水草が生い茂り、さながらジャングルとなっている。

 

どうやらアークロイヤルが妖精さんの指揮を引き継ぎ、不眠不休で作業してくれたらしい。

寝ていないので疲労がたまっているはずなのだが、全くそれを感じさせず、キラキラしながら提督に完成報告しに来た。

その際に「これがAdmiralと私の、初の共同作業だな!」とかいう、意味深なセリフを口走っていたので、あえてスルーすることにした。

 

製塩小屋についても問題なく完成していた。というよりすでに稼働していた。

小屋建造を担当させていた妖精さんがそのまま残り、塩のパッケージングにいそしんでいたのだ。

彼女たちもキラキラした目で完成報告してきたので、ご褒美にアメちゃんを進呈した。

 

 

……これだけの大工事、通常なら年単位で行われるものだが、妖精さんの手にかかれば時間単位で行えるものらしい。

人知を超えた、という表現が、何の誇張でもないほどの存在だ。

 

 

・・・

 

 

「まぁ、なんていうかその……

鎮守府改造については完全に俺の落ち度だから、責任は俺がとろうと思う」

 

「は?何言ってんのよ。

アンタがあそこまで追い詰められてるのに、私達は気づけなかったのよ?

連帯責任に決まってるじゃない!」

 

「そ、そうか……気を遣ってもらってすまないな……」

 

「当然のことを言ってるまでよ。

私はアンタの一番の秘書艦なんだから、そのくらい当然!」

 

「……お言葉に甘えさせてもらうことにするよ」

 

「それでいいのよ。まったく……!」

 

 

呆れ顔の叢雲に、バツが悪そうな顔をする鯉住君。

悪いことしちゃったのを謝りに行こうとしたら、お母さんが一緒についてくることになった時のような気持ちである。

 

 

「提督、もちろん私も一緒に責任を負いますよ。

とはいえ、よそに迷惑がかかるような内容ではないので、今の海軍のいい意味での緩さなら、大きなお咎めは無いとは思いますが」

 

「そうかもしれないけど、勝手に色々やっちゃったのは悪いことだからねぇ……」

 

「やっちゃったものはしょうがないと思います。

受けるべき処罰を受けて、反省して、それでオシマイにするしかないですよ。

それよりも、これからの施設の立ち位置について考えないと……」

 

「うーん……あの時は副業まで視野に入れて動いてたから、できたら副業申請したいんだけど……」

 

「副業申請?何を始めるつもりなのよ?」

 

「海水塩とワサビ、それと生糸の販売。

味噌、野菜、養殖魚については、自前で消費できるくらいしか作れないだろうから、販売は考えてない」

 

「うーん……でも販売といっても、販路がないのでは?」

 

「それはほら。三鷹さんがいるから」

 

「アンタ……先輩に丸投げするつもりなの?」

 

「あの人なら優しいから、2つ返事でオーケーしてくれるはず。

なにかあったら頼りにしてくれって言われてるしね」

 

「なにかあったらって、こういうことじゃないような気もしますが……」

 

「そんな細かいこと気にするような人じゃないから、大丈夫だよ」

 

「まぁ、それが本当だとしたら、販路確保はできるわね……

それじゃ大和さんには、そのように伝えればいいかしら?」

 

「そうしよう。

旅館とプールに関しては……まぁ、ここに逗留した艦娘のための慰安施設ということで……」

 

「そうするしかないですよね……

まさか『泳ぎたかったから』なんて、言うわけにはいきませんし……」

 

「大規模作戦の時に拠点にしてもらえる造りにした……というか、なっちゃったから、その辺も含めて伝えよう。

あくまでラバウル基地エリアで戦闘が起こった時、という条件付きだけど」

 

「バックアップ体制についてはウチはすごいから、認めてもらえるとは思うわ」

 

「だよね。

……鎮守府の改造についてはそんなところか。

まず謝る。そして各設備の有用性をアピールしつつ、後方支援鎮守府として認めてもらう。ついでに副業についても聞いてみる」

 

「旗色が悪いと思ったら、副業うんぬんは話に出しちゃダメよ?」

 

「わかってるさ。

……で、問題は、もうひとつの方……

おそらくだけど、今回大和さんや元帥がやってくる原因となった方なんだけど……」

 

「あぁ……例のおふたりについてですね……」

 

 

ハァー……

 

 

同時にため息をつく3人。

彼女たちは自由な精神を持っているため、こちらが何か口止めをしようとしても、無駄になる可能性が高い。

作戦を立てようにも実行が難しければ、あまり意味はないと言える。

 

 

「もうなんか……

事情を知ってる元帥と大和さんには、素直に全部打ち明けるしかないんじゃないかなぁ……」

 

「そうね……どうせあのふたりも同席して話を進めることになるんでしょうし、下手な口裏合わせはしない方がよさそうね」

 

「はい。私もそう思います……

あのおふたりを制御する自信なんて、まったくありません……」

 

「そうよねぇ……」

 

「だよねぇ……」

 

 

ハァー……

 

 

「まぁ、なんて言うか……

一応こちらの言うことは聞いてくれるから、話を進めること自体は出来るだろう。何とかなるさ……

それじゃ、明日の午前には到着すると言ってたし、ふたりにそのことを伝えてくるよ。

……他に考えなきゃいけないことってある?」

 

「いえ、大丈夫かと。

それではすいませんが、明日の予定の伝達、よろしくお願いします」

 

「そうね。なんだかもう、色々急にあり過ぎたから、今考えたこと以上に詳しく話せと言われても、無理だもの」

 

「わかった。それじゃ会議は終わりにすることにしよう。

じゃ、行ってくるよ」

 

 

そう言って立ち上がろうとする提督に対し、ふたりが待ったをかける。

 

 

「待ちなさい」

 

「そうですよ、提督」

 

「? 何か思いついたのかい?」

 

「違うわ。私達も同行するわよ。

また何かあって倒れられたんじゃ、たまったもんじゃないわ」

 

「大丈夫だとは思いますが、私達とは常識が違いそうなおふたりですから……

なにかあれば私達が対処しますので、提督は気を楽にされていてください」

 

「いやいや、そんな、呼びに行くだけなのに悪いって……」

 

「遠慮しなくていいから」

 

「そうですよ。本来そういった雑務は秘書艦の仕事なんです。

提督に今まで甘えていた分、私達にも働かせてください」

 

「そ、そうかい?

そういう事ならお願いするよ」

 

 

今までであれば、そのまま彼に任せていただろう。

声をかけに行くだけという、仕事とも呼べない些事であることだし、

何より、提督が自発的に動く以上はそれに任せる、というスタンスだったからだ。

 

しかし今回の騒動を受け、彼女たちはそれではいけないと考えるようになった。

少しおせっかいかもしれないが、進んで自分から提督の仕事を分担することにした。

 

ふたりとも、なんだかんだいって彼のことが心配なのだ。

 

 

「あ、でも私達はあくまで、もしもの時の処方箋、程度に思っていてちょうだい。

私、あの人たちには相性的に敵いそうにないもの」

 

「それについては叢雲さんと同じ意見です。

あくまで話の進行は提督にお願いしたいです。

そもそも提督以外の人の話を、おふたりが聞いてくれるかもわかりませんし……」

 

「あー……うん、まぁ、それもそうだねぇ……」

 

「お願いします。

……それじゃ明日は大変ですけど、一緒にがんばりましょうね」

 

「おう。頼りにしてるよ。ふたりとも」

 

「任せなさい」

 

「精一杯がんばります!」

 

 

 

 

 

 




結局無事に転化組ふたりへの伝達は終えることができました。
ただ天城には、「もうちょっと早く教えてくださいよー」とむくれられた模様。


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第73話

ちょっと修正。

大和の練度は90と以前書いた気がしますが、96に訂正します。
理由は若干のインフレが進んだからですね。

もちろん指輪補正がここに乗るので、実力はさらに上がります。
元帥の艦隊も、指輪の支給は実力制度であり、結婚という意味は無いです。
そもそも元帥は妻子持ちですしね。


 

「「「 …… 」」」

 

 

なんだこれ……

 

 

ラバウル第10基地に到着した、元帥と部下一行。

彼らの目の前には、日本の里山と見違えるほどの光景が広がっていた。

 

 

一面に広がる畑と、生い茂る様々な植物。

そしてそこでせっせと農作業している妖精さんたち。

 

すぐそばの段々になった部分には水が張られ、山葵田と生け簀が存在感を放っている。

 

そしてその奥には高級旅館と見まごうばかりの建物と、古民家にありそうな土倉が鎮座している。

 

 

「ええと……ここって日本人町か何かでちか……?」

 

「いえ、ラバウル第10基地で合っているはずよ……」

 

「そもそも日本人町がこんな南方にあるなんて、聞いたことありませんし……」

 

「うむ。随分変わった鎮守府だと聞いていたが、これほどとはな」

 

「提督さんはホントにメンタル強いよねぇ……尊敬しちゃうわ……」

 

「……うわぁ、なんだこれ……

ここって戦闘施設だよな?俺の頭がおかしくなったのか……?」

 

「……」

 

 

事情を知っている大和でも、この光景には閉口してしまった。

 

どう見ても鎮守府ではない。

というか軍事施設にすら見えない。

そもそも公的施設と言うのもはばかられる。

 

確かに高雄から色々と聞いていたが、報告以上にスゴイことになってた。

 

 

「それでは行くぞ。待たせてしまっては悪い」

 

「あ、ちょ、ちょっと待ってよ提督さん!」

 

 

この違和感バリバリの空間にもまったく動揺せず、歩を進める元帥。

実力者である第1艦隊のメンバーでも動揺してしまうというのに、とんでもない精神力だと言える。

 

 

 

・・・

 

 

移動中

 

 

・・・

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

なにこれぇ……

 

 

旅館の前に移動した一行は、またおかしな光景を目にすることになった。

 

旅館の横には流れるプールがあり、ヤシの木が生えている。

確かにここは南国だが、南国リゾートではないのでは……

 

さらにその奥には、日本の田舎によくある豪農屋敷と、蔵が建っていた。

こちらも非常に立派な造りだ。

 

そして海側には何か大きな建物が建っている。

パッと見外観は一番鎮守府棟っぽいのだが、建物の一部がガラスづくりになっていて、中には観葉植物が茂っているのが見える。

もっとよく見ると、建物の中に川が流れていたりする。

 

 

ええと……鎮守府棟はどこ……どの建物……?

 

 

「これはなかなかいい造りをしているな。災害にも強そうだ」

 

「提督……そういう問題じゃないでち……」

 

「まさかとは思いますが……この旅館かお屋敷が、鎮守府棟なのでしょうか……?」

 

「そうなのでしょうね……他に建物は無いし……」

 

「絶対こんなのおかしいよ……」

 

「なぁ、大和さん……

鼎大将の弟子のひとりだって聞いてたから、ある程度は覚悟していたが……」

 

「木曾……言いたいことはわかるわ……」

 

 

元帥除き呆気にとられる面々。

事前情報があった大和でさえこの有様である。

 

そんな面々の前に、鎮守府棟である豪農屋敷から出迎えがやってきた。

 

 

 

たたたっ

 

 

 

「……すいませーん!皆さん!出迎えが遅れまして!」

 

「……あ、古鷹さん」

 

 

手を大きく振りながら小走りでやってきたのは、秘書艦の古鷹である。

 

 

「ハァ、ハァ……申し訳ありません!お待たせしちゃいまして!」

 

「構いませんよ、古鷹さん。

急にお邪魔してしまったのはこちらですし、到着の時間も細かく決まっていなかったですし」

 

「いえ、それでも概ねの到着時間は連絡していただいていたわけですし、元帥のお出迎えに遅れてしまうなんて……」

 

 

息を切らしながらバツが悪そうにしている古鷹を見て、安堵のため息を漏らす大和。

どうやら彼女に関しては、大本営で初めて会った時とほとんど変わっていないようだ。

姿だけは改二となり、大きく変わっているが。

 

 

「そこまで気にかけていただいていたのに、遅れてしまったということは……

なにかあったのですか?」

 

「ええと……申し上げにくいのですが……

天城さんの着付けに手間取っていまして……」

 

 

 

「「「 (着付け……?) 」」」

 

 

 

「あの方はなんていうか、その……

服を着ていることに少々抵抗を覚える方でして……」

 

「「「 ええ……??? 」」」

 

「それでその……朝寝ぼけていてですね……

何も着ずに部屋から出てこようとしまして……

それを見てしまった筆頭秘書艦の叢雲さんと提督が、大変なことに……」

 

「た、大変なこと、ですか……?」

 

「はい……叢雲さんが視界を塞ぐために、とっさに提督にアイアンクローを喰らわせまして……それで提督が気を失ってしまいまして……

そういうわけで、私が寝ぼけた天城さんの制服艤装を着せまして、叢雲さんは提督の看病をしているという状況でして……」

 

 

 

 

 

提督にアイアンクロー……?

 

 

 

 

 

彼女たちの知る、提督と秘書艦の関係性からかけ離れた行動に、

困惑してクエスチョンマークを頭に浮かべる面々。

 

 

「そういった事情で、唯一動ける私が出迎えに来たんですが……

遅れてしまって本当に申し訳ないです……」

 

 

言葉通り本当に申し訳なさそうな表情で、頭を下げる古鷹。

 

 

「い、いいんですよ。そんなに恐縮していただかなくても……

それにしても、りゅ……鯉住少佐は大丈夫なのでしょうか……?

叢雲さんにその……攻撃されたんですよね……?」

 

「ああ、提督に関しては大丈夫です。これくらいならよくあることですので。

しばらくしたら目を覚ますでしょうから、皆さんへの対応もできるはずです」

 

「よ、よくあること……?」

 

 

部下が提督に手をあげるのが、よくあることでいいんだろうか……?

 

 

「ひとまず皆さんを客間にお通ししますね!

申し訳ありませんが、提督が復活するまで少々お待ちください!」

 

「「「 はい…… 」」」

 

「それではこちらです!着いてきてください!」

 

 

先導して元気よく歩き始めた古鷹に、とぼとぼついていく一行。

なんかもうツッコむのも野暮な気がしている。

 

 

・・・

 

 

客間へ移動完了

 

 

・・・

 

 

「待っててくれって言われましたけど……

なんといいますか……先ほどの発言、良かったのでしょうか……?

鎮守府内で暴力が日常化しているなど……」

 

「もうホント、分かんない事ばかりだけど……

秘書艦のひとりが問題ないって言ってたんだし、別にいいんじゃないの?扶桑さん」

 

 

先ほどの古鷹の発言(提督にアイアンクロー)を受けて、聞き流していいものか迷っている、大本営の皆さん。

 

一応ではあるが、彼女たちは『鎮守府が適切に運営されているか判断する』という任務を受けている。

提督への暴力行為とも取れる現状をどう判断したものか、それぞれが決めあぐねているのだ。

 

 

「そうでちかね、瑞鶴さん……?

海軍規範を考えるとアウトな気がするでち……

……放っておいていいの?提督?」

 

「本人たちの間で信頼関係が築けたうえでなら、その程度全く問題ない。

暴力行為というよりは、スキンシップといったところなのだろう」

 

「お前は細かいとこ気にしないもんな。

そういうとこ、頼りにしてるぜ」

 

「木曾君。信頼関係が築けているかどうかは、最も重要なことだ。細かいことではないぞ。

他人が決めた規範よりも、当人たちの絆の方を重視するべきだな」

 

「提督の言う通りね。しっかり勉強しなさい。五航戦の平たい方」

 

「はぁ!?私さっき『別にいいんじゃない?』って言ったよね!?

加賀さんにそんなこと言われる筋合いないんですけどぉ!?

ていうか平たい方って何!?何が平たいって言うの!?言ってみなさいよぉ!?」

 

「その規模の格納庫で、搭載機76機は詐欺ではなくて?」

 

「どういうことかな加賀さんんんん!!?

中破で案山子になっちゃうようなペラペラ飛行甲板積んでる人に、平たいとか言われたくないんですけどぉ!?」

 

「頭にきました」

 

「あ、あわわ……」

 

 

大本営第1艦隊、いつもの流れである。

 

 

「ゴーヤよ。今のふたりを見てもわかるだろう?

信頼関係が伴っていれば、はたから見れば罵り合いに見えようとも、それはコミュニケーションの一環なのだ」

 

「提督はこの状況で、よくそんな反応できるよね……」

 

「あまり気にしない方がいいですよ、ゴーヤさん。

加賀さんと瑞鶴さんのふたりにしても、こちらの鎮守府の皆さんにしても、信頼関係はしっかり築けています。

私は一度、鯉住少佐、叢雲さん、古鷹さんの3人と、お話したことがありますので、よく知っています」

 

「そういえば大和さんは面識があったんだよね。

そこまで自信があるなら、信じてみるでち」

 

「ええ。そうしてください」

 

 

マイペースに時間をつぶす大本営一行。

鎮守府が里山+αで、しかも提督が処されていたという精神的奇襲を受けたのにもかかわらず、すぐに持ち直したのは流石である。

 

そんな調子で待機していたところ、話題の人物たちがやってきた。

 

 

……とんとんとん

 

 

「む。どうぞ」

 

 

すぅーっ……とんっ……

 

 

「……失礼します。

お出迎えに向かうことができず、大変申し訳ありませんでした……」

 

「本当に、ご迷惑おかけしました……」

 

 

入室早々、謝罪のために頭を下げる、鯉住少佐と筆頭秘書艦の叢雲。

やらかしにやらかしを重ねてしまったので、初手謝罪もやむなしといったところ。

 

 

「構わないとも。頭を上げてくれ」

 

「……恐縮です」

 

 

元帥の言葉通り、所在なさそうに顔を上げるふたり。

よく見ると、提督の頭には5本の赤筋がついている。

それを見るに、古鷹が話していたことは本当だったということだろう。

 

 

「体調は良いのか?」

 

「た、体調……?

ああ、しばらく寝込んでいたんですが、頭痛はだいぶ収まりました。

心配していただいて、ありがとうございます」

 

「ふむ。私が聞きたかったこととは違うが、その様子なら大丈夫なのだろう。

急な訪問への対応、感謝する」

 

「いえ、そんな、滅相もないです。

……それで本日皆さまがいらした目的なのですが……」

 

「新規ドロップ艦にして、強力な実力を持つ2名の見極めと、ここの運営についての視察といったところだ。

いずれも達成率が5割を切るような研修をやり遂げた、所属艦娘の実力についても確かめたいと思っている」

 

「やはり、そういうことなのですね……」

 

 

プンスコしていた大和に一方的に連絡を受けていたので、詳細については聞いていなかった鯉住君。

大方予想通りだったため、動揺は少なく済んだようだ。

 

しかしそれでも、自分たちが目をつけられているという恐怖は隠しきれない。

それを察して元帥は、場を仕切るよう務める。

 

 

「まったく緊張する必要はない。安心してくれ。

キミたちは非常によくやってくれているのだ。罰を与えようなどという話では、断じてない。

少佐が鼎君に接するように、気を楽にして私に接してくれればよい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「うむ。私達としても、そちらの方がやりやすいのでな。

……それではまずはドロップ艦の確認をしたい。

こちらは私と大和、そちらは件の2名と少佐で話を進めたいと思っている。

いいだろうか?」

 

「は、はい。もちろんです」

 

「それではすまないが、ふたりを呼んできてくれ。

それと大和君以外のメンバーを連れていき、そちらの部下と交流をしてきてもらいたい。頼めるか?」

 

「はい。それじゃ叢雲、頼んでいいかな?」

 

「ええ。あのふたりにここに来るように言うのと、大本営の皆さんに、ウチのメンバーを会わせればいいのよね?」

 

「それで構わないよ。叢雲も一緒に交流してきてくれ」

 

「わかったわ。

……それでは皆さん、ご案内しますので、こちらに」

 

 

ぞろぞろ……

 

 

叢雲の先導で退室する大本営のメンバー。

転化組ふたりへの連絡は、古鷹に引き継ぐなりしてくれることだろう。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……さて。

それではふたりが来るまで、事実確認でもしていようか。

少佐たちはラバウル第1基地・第2艦隊のメンバーの救援に向かい、そこで戦闘を行い、敵深海棲艦が転化。そのまま連れ帰ってきたとのことだが」

 

「あ、はい。それで合っています。

やっぱり人払いしたのって、転化について話すからだったんですね」

 

「そういうことだ。

今回の訪問で私は、日本海軍の行く末を決めるきっかけを探しに来た。

奥歯にものが挟まったような状態では、重要な話ができない可能性が高いのでな」

 

「そ、そんなに重要な目的をもっていらしたんですね……」

 

「その辺は当事者の2名が来てから話をしよう。

……それで、少佐はまだ提督となって半年もなっていないということだが、調子はどうだ?」

 

「調子……ですか?」

 

「ああ。別に何か裏がある質問というわけではない。

私も良く知る鼎君と、そのお弟子さんに師事してきたのだ。能力に疑問があるわけではない。

しかし実際の提督業は、自身がどれだけ優秀か、というところよりは、部下との関係を良好にすることの方が、重要かつ難しい問題だからな。

先輩風を吹かすつもりはないが、何か気になる点があれば答えよう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

元帥といえば近づきがたい存在のように思っていたが、実際に対面してみれば、気のいい親戚のおじさんといった感じだった。

というか実際、彼は親戚のおじさんに人生相談をしていたこともあり、その姿と元帥がすごく被っている。

おかげでいい感じに気を抜くことができ、思っていることを相談してみることにした。

 

 

「えーと、その、ですね……

ちょっと申し上げにくいんですが、ケッコンカッコカリ制度について、ひと騒動ありまして……」

 

「ふむ。私も高雄君からの報告は聞いていたが、部下全員とケッコンカッコカリをしたとのことだったな?」

 

「アッハイ……元帥にも伝わってたんですね……

それについて、聞いてもらいたいことがございまして……ッ!?」

 

 

謎のプレッシャーにより言葉が詰まる鯉住君。

当然というかなんというか、そのプレッシャーの出どころは、元帥の横に座る大和である。

 

凄くニコニコしているのだが、逆にその笑顔が怖い。

 

 

「どうしたんですか、鯉住少佐?

どういったつもりでそのような行動をしたのか、早く説明していただけないですか?」

 

「や、やっぱり大和さん、怒って……」

 

「怒ってないです。

なんで私が、少佐のケッコン事情を聞いて、怒らなくてはならないんですか?

そういった連絡をいただいていない以上、私には関係のないことではないですか?」

 

「あ、あの、連絡出来なかったのはスイマセン……

なにせその事件が起こってから、ドタバタしっぱなしだったものですから……」

 

「それはいいですから。説明をお願いします。

重婚された理由を、できるだけ詳しく、お願いします」

 

「は、はいぃ……」

 

 

真面目で奥ゆかしい性格の大和にとって、重婚というのは非常に受け入れがたいものである。

鯉住君の部下たちには、そこまで重婚を気にする性格の艦娘がいないのだが、世間的に見れば重婚と聞いて顔をしかめる艦娘の方が多数派だ。

 

……彼にもそのニュアンスは伝わっている。

ここで下手な説明をすれば、超VIPな大和の機嫌を大きく損ねるかもしれない。

 

慎重に言葉を選び、当時の状況を説明することにする。

 

 

「実はですね……」

 

 

・・・

 

 

説明中

 

 

・・・

 

 

「……ということなんですよ……」

 

「なるほど。

それはなんというか、大変だったな」

 

「……」

 

 

彼が話をする前と違い、眉をハの字にして口を開け、ポカンとした表情をしている大和。

 

それもそのはず。

彼女はてっきり鯉住君が、若さと欲に任せてケッコンを全員に迫ったと思っていたのだ。

しかし実際は、言ってしまえばその逆であり、断ろうとしても断り切れずに重婚に至ってしまった、というのが真実なのであった。

 

誠実な性格の彼がなんでそんな真似を……と疑問に思っていたので、この証言には納得せざるを得なかった。

 

 

「決してみんなのことが嫌いだとか疎ましいとか思ってるわけではありません。

それに足柄さんからは、今までの調子で接してくれれば、みんなそれで満足だとも言われました。

……だけど、なんといいますか、こう……

自分の中で結婚というのは、もっと大事なものでですね……割り切れないと言いますか……」

 

「つまり君は、ケッコンカッコカリをしたからには、何か自分も特別なことをしてやらないといけない、そう考えているということか」

 

「……まぁ、そんなところです」

 

「そうだな……ならば、こういうのはどうだ?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「君が後ろめたさを感じているのは、特定のひとりを選んでいないからだろう。

ならばひとりを伴侶と決めればよい」

 

「「 ちょ、ちょっと待って下さい! 」」

 

 

元帥のざっくりしたアドバイスに、ふたりそろって待ったをかける、鯉住君と大和。

 

 

「何言ってるんですか提督!?

少佐はもう全員に指輪を渡した……というか、なんというか……!

とにかくケッコンを済ませているんですよ!?」

 

「それは制度としてのケッコンで、人生の伴侶を選ぶ結婚ではないだろう?

私だって妻子はいるが、キミたちにケッコンカッコカリの指輪を渡しているではないか」

 

「それはそうですけど!

急にそんなこと言いだしたって、みんな納得するわけないじゃないですか!

女の子が、指輪の交換を済ませた相手からいきなり『本当の相手を別に決めた』なんて言われたら、どう捉えると思っているんですか!?」

 

「それはその通りだから、全員で正直に腹を割って話しあうしかないであろう。

そもそもこのままの関係性では、彼が部下に無意識に壁を作ってしまい、そのひずみはいずれ、大きな問題となって表れてしまう」

 

「げ、元帥……そうしなければならない、という意見はわかりますが……

私は艦娘の皆さんを伴侶に選ぶつもりはなくて……」

 

「ほう?何故だね?」

 

「彼女たちは人類にとってのヒーロー……いや、女性にその表現は正しいんでしょうか……?

まぁ、とにかく、個人が共に歩むには過ぎた存在です。

私程度が彼女たちを、結婚なんていうもので縛りたくはないんですよ……」

 

「ふむ。君はそう考えているのか」

 

「指輪渡しといて、なんてこと言うんですか!」

 

「な、なんで大和さんが怒ってるんですか?」

 

「それでは人間の嫁を貰うのはどうだ?

私の人脈でよければ、いくらか伝手がある。見合いで相手を見つけるのもよいだろう」

 

「提督は何言ってるんですかぁ!?」

 

「よいではないか。

人間の相手がいれば、彼も落ち着くだろう。

部下の艦娘の説得には、ある程度骨が折れるだろうが、不可能ではあるまい。

何より今のままでは、彼は生涯独り身ということになるだろう」

 

「そんなの不可能ですっ!

少佐には指輪を贈った相手がいるんですから、これ以上混乱させるなんて良くないです!」

 

「それくらいしか解決策がないように思えるがな。

とにかく少佐。その気があるなら一報くれたまえ。私の個人連絡先を渡すから」

 

 

そう言ってサラサラっとメモ用紙に連絡先を書き、鯉住君に渡す元帥。

 

 

「は、はい……ありがとうございます……」

 

「その気になんてならないで下さいよ!?

それじゃあまりに部下の子が不憫すぎますっ!!そんなの許しませんっ!!」

 

「は、はい……」

 

 

何故か本人以上にヒートアップしている大和の迫力に、うなづく事しかできない鯉住君。

この話を出したのは失敗だった気がしている。

 

ちなみにこれで彼がゲットした連絡先は、

伊郷元帥、大和筆頭秘書艦、鼎大将、その弟子の3名、白蓮大将、高雄筆頭秘書艦、と、エライことになっている。

 

その気になれば国がいくつか獲れるメンツである。

 

 

 

・・・

 

 

 

「な、なんだかすいませんでした……個人的な相談に乗ってもらっちゃって……」

 

「大した解決策を提示できたわけではない。すまなかったな」

 

「い、いえ、聞いてくれただけでも楽になりましたし……」

 

「もっと少佐は、艦娘のことを見るべきです!

そもそも今回の話だって、少佐がしっかり断れば済んだ話ですし!」

 

「なんかホントすいません……」

 

 

鯉住君が脱線させてしまったことを謝っていると……

 

 

ガララッ!!

 

 

「うわぁっ!」

 

 

ふすまが急に開き、例のふたりが現れた!

 

 

「待たせたな、Admiral!!

アークロイヤルと天城、ただいま到着したっ!!」

 

「お、おう……待ってたよ……

それにしてもふたりとも、ちゃんとノックはしような……」

 

「そのような些細なこと、問題ではないわ!それよりも!」

 

「そ、それよりも……?」

 

 

やけにキラキラした目をしたアークロイヤルと、おねむなのか目をこすっている天城。

嫌な予感しかしない。

 

 

「聞いたぞ!?

Admiralは全員にmarriage ring(結婚指輪)を渡しているのよね!?

なら私にも用意してもらいましょう!!ついでに天城にも!!」

 

「ちょ、待っ……!!聞いてたって、いつからそこにいたの!?」

 

「Admiralが悩み相談すると言って、話し始めたあたりからね!!」

 

「随分前じゃないか!なんでさっさと入ってこなかったの!?」

 

「面白いことが起こる気がしたのよ!結果として大正解だったわけだけれど!

さぁ、すぐにshopまで行って、見立ててもらいましょうか!

私はdiamond(ダイアモンド)のringがいいわね!」

 

「それガチな結婚指輪じゃない!?勘弁して!!

ほら、天城も巻き込まれて迷惑でしょ!?この相方、止めるの手伝って!!」

 

「ふわぁ……私は別にどちらでもいいですから……

提督が指輪をくださるというなら、喜んで受け取りますし……むにゃ……」

 

「そんなテキトーな感じで決めちゃダメな奴だから!!

もっとしっかりした気持ちで断って!!」

 

「えー……?

この人言い出したら聞かないから、止めるなんて無理ですよ……?」

 

「そんな……救いは無いのか……!?」

 

「諦めて私と結婚しなさい!」

 

 

急な乱入に呆気にとられて、ポカンとしている大和に、何かに納得しながらアゴに手を当てうなづく元帥。

 

ともあれ、今回の目的である転化組のふたりが揃うことになった。

ここからどういった話が始まるのだろうか?




欧州動乱の真実が次回明かされる……ことになるといいなぁ。


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第74話

鯉住君が転化組ふたりにタメ語になってるのは、暴走時にどさくさに紛れて心の壁をだいぶ薄くしたからです。

目が覚めた後に、なれなれしくしちゃったなぁ、と一瞬思いつつも、他のみんなも同じだし、まあいいか、となったようです。

ちなみに足柄だけ『さん』づけなのは、研修の時に教官をしてもらったことがあるせいです。
立場変われど彼の中では、彼女はまだ教官なのでしょう。




 

「Admiral!!式はどこで挙げましょうか!?

オホーツク海、イワシの大回遊の中心で、煌びやかな銀色の光に囲まれて挙式だなんて、ステキではないかしら!?」

 

「ああもう!ストップ!落ち着いて!?

今はそういう話するつもりないから!そもそもキミと結婚なんて考えてないよ!?

それにそのシチュエーション、絶対海中じゃない!?しかも北国の!

俺そんなところにいたら1分も生きてられないよ!?」

 

「大丈夫よ!私があなたを護り抜くわ!!」

 

「極低温と無酸素環境からは、どう頑張っても護り切れないから!

お願いだから落ち着いて!お客さんも来てるんだから!」

 

 

(だいじょうぶです!わたしたちのぎじゅつがあれば!)

 

(かいていでも、うちゅうでも、どこでもいのちをおまもりできます!)

 

(あんしんあんぜんのさぽーとたいせい!にじゅうよじかんたいおう!)

 

 

「お前らァ!急に割り込んでくるんじゃない!そのドヤ顔やめろ!」

 

「fairyたちが何を言ってるかはわからないけど、何を言いたいのかはよくわかるわ!!

ズバリ、私とAdmiralの門出を祝ってくれているのよね!?

いいわっ!祝福しなさいっ!存分にっ!」

 

「悔しいけど当たってるよ!そして俺はそんなこと望んでないよ!!」

 

 

(ひゅーひゅー!)

 

(おんなたらしー!!)

 

(はぜろはぜろー!!)

 

 

「お前らは祝うのか貶(けな)すのかどっちかにしろよ!!

いや、祝われても困るけど!!」

 

 

「むにゃ……提督……私もう、限界です……

すみませんが、枕かしてください……」

 

 

ドサッ

 

 

グイッ

 

 

「ちょ、ちょっとぉ!?天城さん!?

俺の膝を枕にするの、やめてくれません!?

そもそもお客さんが来てるんだから、もうちょっとしゃんとしてて!

キミに用事があって、はるばる遠方から来てくれたんだよ!?」

 

「あ゛ー……落ち着くぅ……

提督の膝枕が……こんなに気持ちいいだなんて……」

 

「ちょ、離して!!俺の体をがっつりホールドしないで!!」

 

「本当にスゴイですね……この安心感……

私もう……これ無しじゃ生きていけないかも……」

 

「不穏なこと言わないで!!そんな良いもんじゃないでしょ!?

お願いだから座って!ホラ!」

 

 

ゆさゆさ

 

 

「あぁ……この揺れてる感じ……まるでさざ波のよう……

優しさ……に……包ま……れ……zzz……」

 

「あ゛ぁーーーっ!!寝たよこの人!

起こそうとして揺さぶったの、逆効果だったの!?」

 

 

(またですよ、このたらしは)

 

(ひとりときょしきのはなしをしながら、もうひとりをかんらくさせるとは……)

 

(まるで、せいよくもんすたーですね)

 

 

「うるせぇお前ら!

俺の心が読めるんだから、その感想はおかしいダルルォ!?」

 

 

「別に私は、天城と共に式を挙げても構わないわよ?

両手に花といったところね!喜びなさい!」

 

「ヤメテ!そんなの喜べないから!そんな気ないから!

そもそもふたりと同時に結婚とか、倫理的にダメだから!

だいたい出会って一週間くらいしか経ってないんだから、そんなに簡単に人生預けないで!もっと自分を大切にして!」

 

「人間が作ったみみっちいルールに、私達が縛られる理由などないわ!

それに私達は人生を預けるんじゃないわ!逆にAdmiralの人生を預かるのよ!

安心なさい!私達があなたを養ってあげるから!

wife(妻)が多ければ多いほどステキな暮らしができるわよ!」

 

「勘弁してぇ!男のプライドが死んじゃう!」

 

「アハハッ!面白い事を言うのね!

Admiralもブリティッシュ・ジョークを嗜んでいるとは、嬉しくなるわ!」

 

「ジョークじゃなくて本心だから!」

 

 

(ははぁん、ふだんからたくさんどくしょしてたのは、このためだったんですね)

 

(がいこくのむすめをおとすために、せかいのれきしや、きょうようを、べんきょうしてたんですか)

 

(これはさくしですね……たまげたなぁ……)

 

 

「お前らぁ!!テキトーなこと言うんじゃない!

俺がジャンル問わず色々本読んでるのは、単に楽しむためだから!

ナンパのためとかじゃないから!

その『こいつ……やりおる……!!』みたいな顔するのヤメロ!」

 

「zzz……むにゃむにゃ……もう食べられないですぅ……」

 

「あぁー!よだれが!よだれがズボンに!

そんな漫画みたいな寝言って、どんな夢見てんの!?」

 

「あぁ……サンマが……サンマが鼻に……えへへ……zzz……」

 

「ホントにどんな夢見てんの!?

それにしても幸せそうな寝顔してますねぇこの子は!?」

 

 

「これからAdmiralが、もっと幸せにするのよ?」

 

((( これからこいずみさんが、もっとしあわせにするんですよ? )))

 

 

「なんでそこで全員でハモるのかなぁ!?

提督そろそろ怒ってもいいかなぁ!?」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「……」

 

 

目の前で繰り広げられるボケとツッコミの応酬に、言葉が出ない大和。

 

 

「ふむ。これはなかなか。そうかそうか」

 

 

一方で元帥は、興味深そうな表情でその光景を眺めている。

 

 

「あ、あの、提督……止めてさしあげなくてもよろしいのでしょうか……?」

 

「む。そうか。もう少し眺めていたかったのだが」

 

「……悪趣味ですよ?」

 

「ああ、いや。そういうことではない。

彼がいったいどういう人物なのか、よく知る絶好の機会だと思ってな」

 

「ええ……?このお祭り騒ぎでですか……?

少佐について知りたければ、普通に話してみればいいと思うのですが……」

 

「なに、人間そうやって意識すると、素が出せないものだ。

それよりもこのように、必死になっている時にこそ、その者の本質が顕れる」

 

「はぁ……それはそうでしょうが……

しかしそんなにわかるものなんですか?話の内容が内容ですし……」

 

「ああ。鼎君から聞いていた人物像と合わせて、概ね理解することができた」

 

「そうですか。まぁ、提督がいいならそれでいいですけど……」

 

「うむ。……とはいえ大和君が言う通り、このまま放っておくのも悪い気がするな」

 

 

鯉住君の人物プロファイルを終えた元帥は、目の前でてんやわんやしている面々に声をかける。

 

 

「会話中すまん。そろそろ話を進めてもいいか?」

 

「……あ、ああ! スイマセン!本当スイマセン元帥!

お待たせしたうえに、お見苦しいところをお見せしまして!!

直ぐにみんなを落ち着かせますから……!!」

 

「いや、構わない……っ!!」

 

 

 

 

 

ズオッ……!!

 

 

 

 

 

元帥の言葉にすぐに対応してくれた鯉住君だったが、そのままスムーズに、というわけにはいかなかった。

 

 

元帥に向けられたのは、研ぎ澄まされた日本刀のように、鋭い殺気。

 

 

 

「……おい人間……

貴様何を偉そうに、私のAdmiralに敬語を使わせているのだ……?」

 

「む……」

 

「たかが一匹の猿が、私のAdmiralを見下そうなど、おこがましいと思わんのか……?

魚類の美しさも、深海棲艦の本質も、自分たちが何者かもわかッテイナイ、滑稽デ、低俗ナ猿ガ……!!」

 

「……提督ッ!!」

 

 

 

バッ!

 

 

 

アークロイヤルから黒々とした煙のようなものが溢れ、徐々に姿が変わっていく。

 

これを目にした大和は、瞬時の元帥を押しのけ、彼女との間に割り込む。

 

 

……間違いなく彼女は深海棲艦。

しかもこの気迫からわかるのは、尋常でない実力を持っているということ。

自分ひとりの実力では、止められないかもしれない。

差し違えることさえできるかどうかわからない。

 

室内で艤装展開は不可能。

そもそも人間であるふたりがいる空間で戦闘など、危険極まりない。

 

ならばどうする……!?

 

体当たりを仕掛け、屋外へ移動、そこで足止めをするか……?

空砲を鳴らせば他のメンバーも気づく。増援まで何分かかる?

それまでこの化け物を相手どるには、どういった行動をとるのが最適だ……?

 

 

 

緊迫した場。1秒が1時間にも感じられるような場。

 

……そんな空間に、まったくそぐわない声が響く。

 

 

 

 

「わー!ちょっと!ストップストップ!

落ち着きなさい!アークロイヤル!」

 

 

彼の大声によって緊張はかき消され、同時にアークロイヤルの姿も元に戻る。

 

 

「……ナゼ止める? Admiral……?」

 

「キミ勘違いしてるから!そういうことじゃないから!」

 

「勘違い、だと……?

あの人間は私の愛するAdmiralのことを、下僕扱いしているのよ?

一刻も早く魚の餌にしてやらないと、気が収まらないわ!」

 

「私の愛するとか言わないで!その気持ち受け止めきれないから!

……そ、それはともかく!

俺が使ってた敬語は丁寧語ってやつで、元帥に完全服従してるとか、そういうことじゃないんだよ!

英語で言うと、canやwillを、couldやwouldにするようなもの!

そこまで親しくない人に接するときのマナーみたいなものなの!」

 

「ああ、なんだ。そうなの。そういうこと。

そちらの人間が横柄な態度をとっているから、てっきり立場を利用して、Admiralのことを下に見ていると思ってしまったわ」

 

「元帥の言葉遣いは、軍のトップという立場上、仕方ないんだよ……

俺のことを人間として見下しているというわけじゃないから……

……ですよね、元帥?」

 

「うむ。当然だ。

先ほどの会話でも分かったが、少佐のことは尊敬できる人物として考えているよ。

勘違いさせてしまって、申し訳ない」

 

 

アークロイヤルに頭を下げる元帥。

 

 

「へぇ。人間のくせにわかっているじゃない。

私こそ早合点してしまって悪かったわね。I'm sorry(ごめんなさいね)」

 

「げ、元帥!頭を上げてください!

全面的にこちらが悪かったんですから!」

 

「ふむ」

 

 

鯉住君の言葉を受け、元の姿勢に戻る元帥。

殺気を向けられた時は多少動揺していたが、それが収まった今、完全に平常運転となっているようだ。

 

 

「いやホント……ウチの部下が申し訳ないです……

外国の文化しか知らなかったのを、失念していまして……」

 

「気にしなくともよい。

私もそのようなことがあるとは、念頭になかった。お互いさまというところだ」

 

「恐縮です……」

 

「もうその話はいいだろう。

大和君も落ち着きたまえ。これから重要な話をするのだから、できるだけ集中しようではないか」

 

「は、はい……

それにしても、あんなに強烈な殺気を直接向けられたというのに、もう元通りだなんて……

ホントに提督の心はどうなっているのですか……?

超合金か何かでできているんですか……?」

 

「修行の賜物だ」

 

「もう……そんな簡単に……提督には敵う気がしません……

それに少佐も少佐ですよ……

なんであの状況で落ち着いて対応できたんですか……」

 

「いえいえ、私も必死でしたよ。

それに殺気をうけるのはレ級で慣れてましたし」

 

「私のAdmiralが、あの程度で怯むはずないでしょう?

魚類の素晴らしさを理解している同志なんだから、私がAdmiralに手をあげるはずもないし」

 

「ぎょ、魚類……???」

 

 

さっきまでの剣呑な空気が嘘のように、通常通りに戻る3名。

それを前にして、なんだか納得のいかない大和である。

 

 

 

・・・

 

 

 

異文化コミュニケーションを何とか成功させ、今回の訪問の真の目的である『欧州動乱』についての話を始めることにした面々。

 

まずはということで、鯉住君が現状の説明を始めた。

 

転化組ふたりが元々どういう深海棲艦だったのか。

どういった趣味嗜好をもって転化するに至ったのか。

そもそも何故欧州からこんなに遠くまでやってきたのか。

そしてやってくるまでに何をやらかしたのか。

 

一応高雄から連絡を受けていた大和も、これには困惑することになった。

 

 

「ええとですね……つまりおふたりは、バカンス気分でここまでやってきた、と……

道中や中継地点では、バカンスの邪魔をされたから、人間を攻撃した、と……」

 

「そんなところね」

 

「そしてバカンスついでにアークロイヤルさんの趣味である魚類の観察をしていて、そこに邪魔が入ったから、ラバウル第1基地のメンバーを攻撃した、と……」

 

「その通りよ。魚類は人間や艦娘と違って、周囲の環境変化にはとても敏感なの。

あんな五月蠅い連中に近寄られたら、群れが逃げてしまうわ。

だからそこで寝ている天城に、追い払ってもらったのよ」

 

「……zzz……むにゃ……」

 

「はぁ……」

 

「結局そのあと天龍たちが来て、天城の航空部隊は墜とされちゃったけどね。

『コンナスグニ2回戦ナンテ、全然ヤル気ガデナイワ……』なんて言いながら、渋々艦載機を発艦させていたのよ。

あんな適当な操作してるから、あっさりと全滅させられるのよ」

 

「あぁ、薄っすら気付いてたけど、やっぱり天城、本気じゃなかったんだね……

エグい研修を経験したメンバーとはいえ、キミたちがそんなにあっさりやられたなんて、なんか変だと思ってたんだよ」

 

「それはそうね。もし天城が本気を出していたら、全員小破以上には追い込めていたはずよ。

それでも彼女たち、今まで相手してきた艦娘とは段違いに強いわ。大したものよ。

特に天龍には感心しているわ。

あれだけのスペック差で、よく私を中破まで追い込めたものよ」

 

 

目を瞑りながら腕組みしてうなづくアークロイヤルに、大和が尋ねる。

 

 

「そ、それ、気になっていたんです。

どうやったら軽巡洋艦の天龍が、貴女みたいな実力者を中破まで追い込めるんですか……?」

 

「私も驚いたのだけど、修練の賜物としか言いようがないわ。

私が負けを認めたのは、生まれてからあれで2度目。よくやったと褒めてやりたいくらいね」

 

「そ、そうですか……」

 

「戦闘方法が『blind daemon(ブラインド・デーモン)』によく似ていたわ。

後にも先にも私が完全敗北したのは奴に対してだけ。何かつながりがあるのかもね」

 

「ブ、ブラインドデーモン……?」

 

「私が勝手にそう呼んでいるだけよ。気にしないで頂戴」

 

「は、はい……」

 

 

なんだかよくわからない話が出てきたが、これで高雄の話の裏が取れた。

 

あまりにも自由なその精神と、それの裏付けとなる確かな実力。

 

これはやはり……

 

 

「……提督。

予想していた通りです。間違いなさそうですね」

 

「うむ。彼女らが『インビンシブル』と『アポリオン』で、間違いないだろう」

 

 

高雄の報告から、元帥と大和はふたりの正体にアタリをつけていた。

 

欧州を恐怖のどん底に叩き落している、超級深海棲艦である『二つ名個体』。

彼女たちがそれに該当するのではないか、というアタリだ。

 

 

「『インビンシブル』、聞いたことあるわね。

私に攻撃を仕掛けてきたやつらが、よくその単語を口にしていたわ。

それって私のことだったの」

 

「……やっぱりそうなんですね」

 

「ふん。だとしたらそいつらは頭が悪すぎるわね。

今から倒そうとする相手に『無敵』なんて呼び名をつけるだなんて、どうかしている。

戦う前から負けているという事に他ならないわ」

 

「命を落としたものには悪いが、その指摘は尤もだな」

 

「それで?それを確かめるだけにここに来たというの?

わざわざ遠いところから来たんだし、それだけじゃないでしょう?」

 

 

彼女は強さだけでなく、勘の良さも兼ね備えているらしい。

その言葉を聞き、本題を切り出す元帥。

 

 

「話が早くて助かる。

実は現在、欧州では『キリアルケス(千人隊長)』……と言ってもわからないか。

北大西洋、アイルランド沖の海域ボスが、北海に部下を連れて移動する気配がある、という連絡を受けている。

何か知ることはないだろうか?」

 

「なに?あのわがまま娘、私のテリトリーに移動してるの?」

 

「わ、わがまま娘……?」

 

 

自分たちの知るイメージと180度違う表現を、上手く飲み込めない大和。

 

 

「そう。あの鎧でしょ?

アイツの目的は『いい勝負すること』よ。

一度人間を攻撃したけど、全然歯ごたえなくて面白くなかったとか言ってたわ。

だからやることもなくてダラダラしてたみたいだけど……

私の部下にケンカ吹っ掛けに行ったのね」

 

「えぇ……?

そんな理由で、アイルランドを攻撃したんですか……?」

 

「そうみたいね。

今回の動きは、私がいないと分かったから、私のテリトリーまで『いい勝負しに来た』とか、そんなところでしょう。

私抜きなら、ほぼほぼ互角の戦力になるし」

 

「成程。では今まで北海に進出していなかった理由は、キミが居ると負けるのがわかっていたからか」

 

「そういうこと。

私ひとりでアイツの部下ぐらいならあしらえるから、勝負にならないのよね。

いくら人型個体だからって、腑抜けたチカラしか持っていない部下ばかりだもの。

あのじゃじゃ馬、いい勝負したいんなら、私の部下を見習って、自分の部下をもっと鍛えるべきだわ」

 

「ふむ。そういうことだったのか。協力感謝する」

 

「Admiralが敬意を払う相手なのだから、その程度構わないわ」

 

 

なんだか思ってたのと違う……

 

深海棲艦の覇権争いとか、人類殲滅のための共謀とか、そんな物騒な理由かと思っていたら、『バトルしようぜ!』みたいなノリだった様子。

 

これには大和も脱力してしまった。

ここしばらく悩んでいた自分がバカみたいだ。

 

 

「提督……なんだか、ドッと疲れが出てきました……」

 

「なに、よかったではないか。

人類の危機というわけではなさそうだし、日本海軍のこれからの動きも見えた。

協力感謝するぞ、少佐」

 

「い、いえいえ……あまり役に立てず申し訳ありません……」

 

 

 

 




いつも通り内容がとっ散らかってしまいました。面目ねぇ……


ちなみにアークロイヤル(元欧州棲姫)の部下には、
集積地棲姫、空母棲姫、戦艦棲姫、戦艦水鬼、港湾水鬼、潜水新棲姫、軽巡棲鬼などがいます。
全員強いです。


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第75話

もしも鯉住君がガチ結婚することになったら

もし彼が観念して部下とガチ結婚したらどうなるか予想しました。


穏やかで幸せな日々を送る……古鷹、夕張、足柄、北上

どう考えても保護者……初春、子日、秋津洲、天龍、天城、アークロイヤル

恐妻……叢雲、大井、龍田


3分の2が心休まらないとかいう、残念な結果になりました。
そもそも部下と懇ろになる気はなさそうですけどね。

果たして彼は幸せを掴めるのでしょうか?





 

 

「提督……欧州への増援、どうするつもりでしょうか……?」

 

「出す。出す、が。もう少し情報が必要だな。

少佐、アークロイヤル君に深海棲艦戦力について質問しても良いか?」

 

「私は大丈夫ですが……いいかい?アークロイヤル」

 

「Off course(当たり前)よ。

貴方の頼みなんだから、断るわけがないじゃない」

 

「ありがとう。それじゃ失礼ないようにな」

 

「任せて」

 

 

 

・・・

 

 

 

「それではよろしくお願いする。

とにかく確認したいのは、欧州における深海棲艦の勢力図だ。

君のような実力者は、あとどれくらいいるんだ?」

 

「なんだ、そんなことでいいの?肩透かしね。

そうね……大体縄張りのボスやってる奴らは……どうだったかしら……」

 

 

あごに手を当て、目を瞑り、古巣について思い出しているアークロイヤル。

部下を捨ててきたワケではない様子だが、その他のボスについては遠い記憶となってしまったようだ。

 

暫く考えたのちに、口を開く。

 

 

「紅海全域を支配しているのは、あの怠け者ね。

自分は空を飛びたいくせに大した努力もしない、口だけ女。

そのくせ艦載機飛ばされると、悔しくて必死で撃ち墜とそうとするんだから、性根がひん曲がってるわよね。

まぁ、一言で言えば変態よ」

 

「ふむ……」

 

「スエズ運河から北、地中海東側に居るのは、自称芸術家ね。

創作活動の素材が欲しいとかいう理由で、内地にまで足を運ぶらしいわ。たいしたモノ好きよね。変態としか言いようがないわ。

作品とか言いつつ、趣味の悪い廃棄物ばかり産み出す、悪趣味ナルシストといったところかしら。どうしようもない変態。

私が知る中でもかなりの変態ね」

 

「なるほど」

 

「地中海の西側、イタリア南部には、デカブツが居たわね。たしか。

胸や尻に余分に脂肪がついてて動きが鈍いくせに、踊るのが好きとかいう変態だわ。

尻尾の艤装を活かした創作ダンスが趣味とか言ってたわね。

ダンスこそ生き甲斐とか言ってる変態よ」

 

「そうなのか」

 

「そうなのよ。

あとはイタリア西部から北大西洋にかけての、ティレニア海のボスをやってる変態かしら。

別に飲む必要がない石油を飲むのが趣味の変態よ。アレはもう中毒ね。常に飲んでいるんだもの。とんだ変態だわ。

アイツが頼み込んでくるものだから、漁船を一隻残らず沈めることを条件に、石油を分けてやっていたわね。

聖域である漁礁を愚かにも破壊して造られた、北海油田なんていう忌々しいもの、頼りたくは無かったのだけれどね。

今を生きる魚類のために我慢することにしたのよ」

 

「そうか。随分視野が広いようだな」

 

「あら。アナタ、Admiralとは比べるべくもないけど、随分マシな人間のようね。

よくわかっているじゃない」

 

「憎い過去よりも、よりよい未来を選んだのだろう?

それが最善と頭で分かっていても、実際に行動できるものは少ない。

大したものだ」

 

「ふふん。当然ね。

その辺の低俗な奴らと同じにされては堪らないわ。

今の世界がどういう状況下にあるか、まるで見えていない、見ようともしていない猿などと、同じに思われるのは屈辱よ」

 

「そうか。失礼した」

 

「まぁ、Admiralに免じて許してあげるわ。

アナタは比較的分かっている方でしょうし」

 

「そうだといいのだが」

 

「……あとはもう目立った奴はいないわね。

ジブラルタル海峡でダラダラしてたのは、そこで寝てる天城だし、北大西洋全域は、さっき話したじゃじゃ馬だし、北海にいたのは私だし、バルト海は私の部下の潜水艦だし。

日本から派兵するなら、今話した順に接敵するはずよ。

さっさと行って、全員沈めてきなさい」

 

「む。話を聞く限り、全員知り合いのようだが……」

 

「知り合い?そんな関係ではないわ。

ただ顔を知っているという程度の関係よ。

私に対して変に気を回さず、好きにすればいいわ」

 

「そうか」

 

「流石に天城をどうこうしようというなら、止めさせてもらう。

ま、そんな愚かなこと、しないでしょうけど」

 

「そうだな……ふぅ」

 

 

話が一区切りし、ため息をつく元帥。

さしもの元帥も、怒濤の裏情報でお腹一杯なのだろう。

 

 

「これで聞きたいことは全部?

もう下がってもいいかしら?」

 

「いや、申し訳ないが、もう一件ある」

 

「そ。ならばさっさと聞きなさい」

 

「すまんな。

今聞いた航路では、君と同じような強者が、多数待ち構えているとわかった。

ならば、アフリカ大陸を大回りし、喜望峰経由でイギリスまでたどり着く航路はどうか。

姫級個体はこちらにもいるのか?」

 

「私とあの変態どもを一緒にしないでくれる?

奴らは実力も気品も大したことない連中よ。訂正なさい」

 

「それは失礼した。度々すまない」

 

「わかればいいわ。

それで、喜望峰航路だったわね。

なに、アナタたち、大航海時代のような航海をするつもり?

スエズを突っ切れば断然早いのに、ナンセンスだわ」

 

 

やれやれ、といったジェスチャーをとる、アークロイヤル。

彼女の感覚では、今話していた二つ名個体は、障害物という扱いですらないらしい。

戦闘が起こることよりも、到着までにかかる距離の方が、彼女にとっては重要なようだ。

 

 

「それができれば一番なのだが。

どうにも君の言う変態達と連戦出来るほど、我々の戦力は充実しているとは言いがたいのでな」

 

「あら、そう。まぁどうでもよいけど。

……そのルートには知性ある深海棲艦は居なかったはずよ。

少なくとも、理性的なやり取りが出来るレベルの個体はね。

ま、原始的なだけあって、単純なpower(パワー)だけなら、そこそこあるだろうけど」

 

「そうか。それはよいことを聞いた。

……聞きたいことは以上だ。手間をかけたな」

 

「そう」

 

 

 

・・・

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

あまりにも淡々と進むふたりの会話に、口をはさめなかった鯉住君と大和。

 

話を聞く限り、アークロイヤルは欧州の中では随分顔が広いようだ。

実力者の深海棲艦について非常に幅広い知識を有していることから、その認識で間違いないだろう。

 

というか、彼女の話を聞く限り、欧州深海棲艦の実力者には、変態しかいないようなのだが……

そして彼女が話していたメンバー以上に、彼女自身も相当な変態だということには、ツッコミを入れていいのだろうか……

 

 

「『フォートレス』『レディ・ツェペシュ』『バレリーナ』『オイルドリンカー』……

さすがに海域ボスね……二つ名個体が勢ぞろいじゃない……」

 

「あの、大和さん……

彼女の話を聞く限り、上位の姫級を相手どらない航路を行くとしても、相当な戦力が必要だと思うんですが……

本当に救援に向かうんですか……?」

 

「正直言って不安はありますが……

提督……元帥が救援を出すと言っている以上、考えがあるはずです。

少佐のおっしゃる通り、私達が先頭に立って出撃することになるかもしれませんね。

それでも、どうあれ、私達は粛々と従うまでです」

 

「今でこそアークロイヤルも天城も、こちらに友好的ですが、彼女たちに初邂逅した時は大変でした……

正直言って、彼女たちクラスの存在と戦闘するとなれば、いくら大和さん達だとしても無事ではいられないでしょう……

貴女達のことが心配なんです……失礼かもしれませんが……」

 

 

不安そうな顔で大和に話しかける鯉住君。

 

彼女たちのヤバさを知っているからこその、この反応である。

普段仲良くしている大和が、生きて帰れるかわからないほどの激戦区に飛び込もうというのだ。

それを黙って見送れるほど、彼の神経は太くはない。

 

そんな友人を見て、ニッコリとほほ笑む大和。

 

 

「大丈夫です。龍太さん。

私達は誉ある日本海軍が誇る大本営・第1艦隊です。

早々やられはしないわ。安心して」

 

「……すいません。お節介でしたね」

 

「いいの。心配してくれて嬉しかったわ。

絶対に生きて帰るから、その時はまた、お話ししましょうね」

 

「ええ。楽しみに待っていますよ」

 

「ふふ。そもそも作戦がいつ始まるかもわからないのだけれどね」

 

「ハハハ……それもそうですね」

 

 

 

・・・

 

 

 

アークロイヤルから情報収集を済ませた元帥と大和。

元帥の様子を見ると、十分な情報が揃ったようで、先ほどの話も合わせてメモを取りまとめている。

 

それを静かに見守る一同。

アークロイヤルは暇そうに欠伸をしながら、大和は得られた情報を頭でまとめながら、鯉住君は心配を紛らわせるために、無意識に天城の頭をなで繰り回しながら、それぞれが元帥の動きを待つ。

 

……そんな時間が数分続き、ついに元帥がこれからの動きを発表する。

 

 

「……待っていてもらって悪かった。

これからの動きを決めたので、聞いてもらいたい」

 

 

元帥の開口一番、鯉住君がそれに待ったをかける。

 

 

「あ、あの、元帥……

私もそのような重要決定、聞いてしまっていいのでしょうか……?」

 

「よい。むしろ、少佐の協力も必要になるので、聞いてほしい」

 

「え!? わ、私もですか!?

出来て数か月の鎮守府に、そんな大役、身に余ると思うんですが……!!」

 

 

まさか自分も絡むことになるとは思わなかった。

動揺してしまう鯉住君。

 

 

「うむ。とはいえ、欧州救援に同行してもらおうということではない。

その辺りは今からの説明ではっきりさせよう」

 

 

そう言うと元帥は一呼吸おき、改めて話を始める。

 

 

「欧州救援は私が指揮を執り、戦闘要員としてリンガ泊地、輸送要員としてパラオ泊地、後方支援要員として佐世保鎮守府、それぞれに要請をかけようと思っている。

これ以上の戦力は、反対勢力のことを考えると、動かすことができないだろう」

 

 

欧州救援については、大本営内で意見が割れている状態だ。

もちろん元帥といえど、反対勢力を無視して行動することはできない。

 

 

「少佐も知っているとは思うが、今現在、呉鎮守府からラバウル基地にかけて、深海棲艦の不穏な動きが見られる。

近々日本海軍の領海内で、大規模作戦を展開する可能性は極めて高く、それが欧州への派兵と被ることは十分に考えられる。

反対派の論拠はここであるし、至極真っ当な意見といえる」

 

「不穏な動きがあることは、鼎大将から聞いています。

近々大規模作戦が起こる可能性が高いことも」

 

「うむ。私達が欧州救援に出向いている間は、それ以外の鎮守府で有事対応してもらうことになる。

臨時指揮権は鼎君に預けるつもりだ。一番の古株であり、階級も問題なし。不満が出る事はあるまい」

 

「ふざけたところが多いですが、あの人すごく優秀ですもんね……」

 

「そこでラバウル以北は彼の指揮の元、運営してもらうつもりだが、ここ、ラバウル基地には、単独で防衛を任せようと思う。

本土からの距離と在中戦力を鑑みれば、妥当な線だろう」

 

「確かにおっしゃる通りですね」

 

「そこで少佐には、ラバウル基地を頼みたい」

 

「ファッ!?」

 

 

まさかのタイミングで自分の名前が登場し、変な声を上げて驚く鯉住君。

 

 

「な、なんでそこで私が出てくるんですかぁ!?

ラバウル基地を頼むって……白蓮大将がいるじゃないですか!?

ウチみたいな小規模鎮守府にとっては、荷が重いってレベルじゃないですよ!?」

 

「そういうことではない。別に戦闘を仕切れ、という話ではないのだ。

いずれ起きるであろう大規模作戦の際に、ラバウル基地の後方支援拠点として機能してもらいたい」

 

「あ、ああ、そういうことですか……

てっきり、私達が中心となって、大規模作戦を成功させろとかいう無茶ぶりかと……」

 

 

てっきり『戦闘で最前線に立て』と言われていると思った。

もちろん経験も実力も足りないため、そんな命令を受けられるはずもない。

誤解だと分かって、鯉住君は安堵の表情を浮かべる。

 

ちなみに研修中の彼に対しては、これくらいの無茶ぶりは日常茶飯事だった模様。

 

 

「今までの報告を見るに、少佐は後方支援を主軸とした運営をしていきたいのだろう?

それならばと思ってな」

 

「ホントに驚きましたよ……

でも、そういうことでしたら、こちらとしても願ったり叶ったりです。

確かにそのような鎮守府を目指してきましたし、人員も設備も十分なほどになりました……」

 

 

ここまで話して、ピタと表情が固まる鯉住君。

 

 

「……あ、設備……そういえば、その……設備についてですが……

私が、その……やらかしてしまったせいで……

なんというか……色々増えてしまったのですが……」

 

 

元帥の方から自分が言いだそうとしたことを提案してくれたので、気分を良くして一気に話してしまった。

 

そしてそこで気付いたのは、自分が暴走して色々はっちゃけてしまったという事実。

旅館にプールに畑にと、軍事施設には決して存在しない施設群がそれである。

 

寛容である元帥なら大丈夫だとは思うが、完全に軍規違反な手前、うっかり口に出してしまったことに動揺してしまった。

 

……しかしそんな調子で狼狽えている鯉住君に、元帥はいつもの調子で語りかける。

 

 

「よい。些細なことだ。

むしろ少佐が必要だと思ったから造ったのだろう?ならばよいではないか。

話に聞くところ、資金を不正に使ったわけでもないようだし、提督の裁量というくくりで処理させてもらう。

それでよいな?大和」

 

「提督がそうおっしゃるならば、何も異論はありません。

それよりも、少佐の功績を讃えて差し上げる方が重要かと」

 

「え、ええと……

元帥、寛大なお心、感謝いたします。

そして大和さん、功績とは一体……???

私は今回の件では、功績どころか、色々軍規違反的なことをやらかしてしまったのですが……」

 

 

咎められるどころか、功績という言葉が出てきたことに、首をかしげる鯉住君。

ひたすら謝る想定をしていた彼には、青天の霹靂といった話題だ。

 

 

「気づいていらっしゃらないんですか……?

少佐は今回、ラバウル第1基地・第2艦隊を救っただけではなく、北海とジブラルタル海峡の支配者であったおふたりを転化させ、欧州の情勢を劇的に向上させたのですよ?

しかも、誰一人犠牲を出すことなく、です。

これが称賛されないで、何が称賛されるというのですか?」

 

「あー……言われてみれば……」

 

「ホントに少佐はご自分のことに無頓着なんですから……

もっと自信を持って下さい」

 

「そうだな。

少佐、何か要望はあるか?

大和君が今言ったように、少佐の功績は本来讃えられるべきものである」

 

 

褒められ慣れていないのか、鯉住君は何とも言えない表情になる。

怒られると思っていたのもあり、どう反応していいのか戸惑っている様子。

 

 

「なんというか、今回は転化という現象を表に出せないこともありますので、別に何かをしていただきたいということもないのですが……」

 

「出世したいとか、所属艦娘を増やしたいとか、何でもいいのですよ?」

 

「いえいえ……むしろもっと、ささやかに暮らしたいと言いますか……」

 

「ささやかに、ですか……」

 

「はい。望みというか、なんというか……

もっと裏方として、注目されないようにやっていきたいんですが……」

 

「それは、なんといいますか……」

 

「厳しいな」

 

「そんな無慈悲な……」

 

 

元帥自らバッサリ切り捨てられてしまった。

 

そもそも一介の少佐が、こうして元帥と対面して会話できているのだ。

今さら目立ちたくないと言っても、時すでに遅しである。

 

 

 

・・・

 

 

 

「とにかく、今回の訪問で想定していた、大方の目的は達成することができた。

改めて協力感謝する」

 

「いえ、こちらこそ、寛大な処置をしていただき、ありがとうございました」

 

「人間にしては随分とまともなようで安心したわ。

Admiralに指示を出す以上、それなりでないと許すつもりはないもの」

 

「お眼鏡にかなったようで何より」

 

「いや、ホント……どうなることかと思いましたが、なんとか協力できたみたいで何よりです……」

 

「非常に有益な情報を得ることができた。

少佐とアークロイヤル君には、大きく助けられてしまったな」

 

「いえ、こちらこそ、寛大なお心で接していただき、ありがとうございます」

 

 

満足そうにうなづく元帥と、微笑んでいる大和を見るに、無事に今回の訪問はしのぎ切れたということだろう。

 

これから施設案内も控えているが、先ほど元帥直々に、勝手な行動に対してお許しをいただいたところである。

事前に報告が済んでいる以上、控えめに落ち着いて案内すれば、つつがなく事を終えることができるはずだ。

 

もしも、これから何かトラブルがあるにしても、些細なことで済む程度に収まるはずだ。

 

 

「それでは私はもう退室してもいいのかしら?

用件は済んだのでしょう?」

 

「ああ。わざわざ来てくれてありがとうな。

これからは自由にしてくれていいよ」

 

「了解したわ。Admiral」

 

 

元帥への情報提供を終え、涼し気な顔で退室を提案するアークロイヤル。

 

もちろん話が済んだ以上、彼女を拘束しておく必要はない。

快く提案を承諾する。

 

 

 

 

 

……しかし、彼女の去り際の一言には、この場を大変なことにする破壊力があった。

 

 

 

 

 

「……さあ、私は準備に戻るわ!

Admiralがいつでも中に解き放つことができるように、そして私はそれを喜んで受け入れられるように、ふたりの愛の巣の準備に!」

 

 

 

「「 !!!??? 」」

 

 

なんかいきなりすごいこと言い出したアークロイヤル。

それに激しく動揺する大和と鯉住君。

 

 

「ちょ、な、何言って……!

そ、それって……そういう……!?」

 

「ちょっとぉっ!!キミィ!!何言ってんのぉ!?

形容詞と目的語がまるっと抜けてるからぁ!!!誤解しか生まない表現になってるからぁ!!!

あと声が大きいからっ!!そんな発言、みんなに聞こえてたら……!!」

 

「大丈夫よ!そんな些細なこと!私の気持ちは伝わっているのでしょう!?

なんたって、私はもう既にAdmiralに、身も心も捧げたのだから!!」

 

「……ッ!?」

 

「捧げられてない!捧げられてないからぁ!!

それに俺にだけ伝わってもダメなの!この場の全員に伝わらないと!!」

 

「あははっ!貴方に伝わっているのなら、他は誤差よ!!

ふふっ!新たな命が、私達の間に……!!

ああっ!想像するだけで体が火照ってくるわ!こうしてはいられない!それではねっ!」

 

「……!!」

 

「キミ日本語上手でしょ!?

なんで俺の言うことが伝わらないのおおぉっ!!???」

 

 

 

バタンッ!!

 

 

 

非常に興奮した様子で、勢いよくアークロイヤルは退出してしまった。

 

この部屋に残されたのは、幸せそうによだれを垂らす天城、こんな状況でも落ち着いている元帥、茫然として青い顔をしている鯉住君。

 

そして、真っ赤な顔をして、プルプル震えている大和。

 

 

 

「ち、ちが……違うんです……!大和さん!これは……!」

 

 

「……!!」

 

 

「私達は、まだ出会って一週間も経ってなくてですね……!」

 

 

「一週間も経っていないのに……!

ケッコン相手がたくさんいるのに……!!

あんな……あんな……!!!」

 

 

「ご、誤解で……!!」

 

 

 

 

 

「この……

 

 

ヘンターーーーイッッ!!!!」

 

 

 

 

 

その後、アークロイヤルの大暴言と、大和の叫びにつられて、この鎮守府にいるすべての艦娘が勢ぞろいすることになった。

 

 

その際、天城の状況が状況だったために、もうひと悶着が起こった。

 

 

提督の股間を枕に、うつぶせで抱き着いている天城。

ズボンはよだれでビシャビシャ。

「すごく美味しいですぅ……」とかいう、意味深な寝言。

 

 

このせいで、何か勘違いをしてしまった叢雲から、腰の入ったタイキックを喰らわせられたり、

元帥に変態行為を見せつけるクソ提督の汚名を着せられ、木曾に処されそうになったり、

一瞬で全てを理解した龍田に、声にならないほどの大爆笑をされたり、

叢雲に問い詰められ、「膝枕してただけ」と釈明していたところを、凍死するかというレベルの冷たい目で大井に睨まれたり。

 

 

結局鯉住君は、甚大な精神的ダメージを負いつつ、誤解を解く羽目になったのであった。

 

 

 

 

 




さあ、私は準備に戻るわ!
Admiralがいつでも(熱帯魚を水槽の)中に解き放つことができるように、そして私はそれを(飼育係として)喜んで受け入れられるように、ふたりの愛の巣(水族館)の準備に!



日本語って難しいですね(すっとぼけ


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第76話

演習について


演習に使われるのは、演習弾と呼ばれるペイント弾です。
コンビニや銀行においてあるカラーボールみたいな感じです。
これに当たった艤装は使用不可、一定以上の面積が塗られた時点で、大破扱いとなり、戦闘離脱となります。

ちなみにあくまでペイント弾なので、被害状況や艤装使用の可否などの各種判断は、当事者に委ねられます。

まだまだ練度の低い艦娘の場合、うっかり使用不可となった艤装を使用してしまったり、大破判定に気づかず継戦してしまったりといったトラブルがよくあります。
しかしこれは多くの艦娘が通る道であり、状況判断能力の低さはまだまだ新人という証ですので、罰則とかはなく、温かい目で見られるようです。

余談として、唯一佐世保第4鎮守府では、演習でも実弾を使用するようです。



「本当に……本当にすいませんでした……」

 

 

びっしゃびしゃに濡れたズボンもそのままに、元帥一向に土下座をする鯉住君。

 

今現在会議室(客間)には、廊下側にラバウル第10基地のメンバーが勢ぞろいし、窓側には大本営の皆さんがかたまっている。

 

必死の弁解の末、大和や木曾の誤解を解き、部下をなだめ終えることができた。

この土下座は、その自己弁護のグランドフィナーレといったところ。

何とも情けない話だが、彼はこれでも真剣である。

 

ちなみに天城はすぐそばに寝かせてある。

引きはがすのにだいぶ苦労したが、そうせざるを得なかったため、必死でどかしたのだ。

天城を膝枕したまま謝罪したところで、なんにも説得力がない。

 

 

「よ、よしてください少佐……

私が、その……恥ずかしい勘違いをしてしまったのが悪いんですから……」

 

「その通りだ、少佐。今回は大和君が早とちりしてしまったのに非がある。

頭を上げなさい」

 

「はい……」

 

 

元帥の言葉に従い、頭をあげる鯉住君。

日本海軍で最も重要な人物に、こんな恥態を見せてしまうなど、まったく予想していなかった。

 

そんな謝罪タイムが終わったのを確認して、第1艦隊のムードメーカーである瑞鶴が口を開く。

 

 

「それにしてもさ~、すっごい驚いたよね。

最初におっきな声で、凄い内容のセリフが聞こえてきて、その直後に大和さんの悲鳴だもの」

 

「すまなかったわね……瑞鶴……私としたことが……」

 

「いやいや、大和さんは悪くないよ。

あんな話目の前でされたら、みんなおんなじ反応になるってば。

だって……その……内容が内容だったし……ねぇ?」

 

 

頬をポリポリかきながら、視線を逸らしてバツが悪そうにする瑞鶴。

 

確かに彼女の言う通りで、第1艦隊の皆さんは、例外なくアークロイヤルのセリフをいやらしい意味で捉えてしまったようだ。

みんな視線を宙に泳がせ、苦笑いしている。

 

 

「……いったい何を想像したというのかしら?

五航戦の頭の中がピンク色の方」

 

「なに煽ってきてんの!?加賀さんだって似たようなもんでしょ!?

ちゃんと私見たんだからね!加賀さんが凄い動揺しながら、恐る恐る部屋に入ってきたの!

絶対あれ、いやらしいこと想像して、部屋に入るの躊躇してたんでしょ!」

 

「そんなことはありません。とんだいいがかりね」

 

「なにさなにさ!自分のことばっかり棚に上げて!

提督さんからも何か言ってやってよーーー!」

 

「……加賀君、他人に嘘はつけても、自分に嘘はつけないぞ」

 

「……迷惑かけてすみません」

 

「加賀君も反省しているようだ。許してやりなさい」

 

「むー……!!

それは私に対してじゃなくて、提督さんへの謝罪な気がするんだけどぉ……!!」

 

 

納得いかず、ムスッとする瑞鶴に、木曾が話しかける。

 

 

「まぁ、なんていうか、仕方ないだろ。

加賀さんも恥ずかしくて、照れ隠ししたいんだよ。大目に見てやれって」

 

「木曾」

 

「気持ちはわかるが、今回は加賀さんが悪いぜ」

 

「そーよそーよ!ふふん!」

 

「……」

 

 

今度は加賀の方がムスッとしてしまった。

ドヤ顔で勝ち誇っている瑞鶴を、恨めしそうに睨んでいる。

 

表情には出にくいが、随分と感情豊かな性格をしているようである。

 

 

「それにしても少佐も少佐だぜ。あんなセリフ、部下に吐かせちゃいけない。

あれじゃ勘違いするなってのが無理ってもんだ」

 

「いやホントに……おっしゃる通りで……」

 

「まぁ、済んだことはいいさ。俺も悪かったからな。

元帥と大和さんが変質者に絡まれていると思って、軍刀で脅しちまったし」

 

「そ、それはいいんです……こちらが悪かっただけですから……」

 

 

木曾も聞こえてきたセリフや天城の状態を見て、同様に勘違いしてしまったのだ。

そのせいで、鯉住君は彼女の軍刀で先ほどまで牽制されていた。

 

 

「しかし本当に驚いたよ。

さっきのアークロイヤル……っていうんだっけ?新規ドロップ艦って。

そいつもそうだし、他のメンバーもそうだし、少佐、モテすぎだろ。

部下全員に指輪を贈ってるって聞いて、なんの冗談かと思ったぜ」

 

「……いえ、その……なんといいますか……

指輪は、そういった意味合いというよりは、仲間の証といったつもりでですね……」

 

「本人たちはそう思ってないみたいだぜ?

なぁ、姉さんたち?」

 

 

木曾が彼女にしては珍しく、ニヤニヤしながら北上と大井を見る。

 

 

「当たり前っしょ~?キッソー。

いくらアタシでもさぁ、その気がないのに指輪貰うとかしないから」

 

「……木曾。あとで鎮守府棟裏にきなさい……」

 

「ひえっ……わ、悪かったよ、大井姉さん……」

 

 

ケラケラ笑っている北上と対照的に、冷静に怒ってオーラを放つ大井。

 

振り回されっぱなしの姉をからかってやろうとした木曾だが、やっぱり大井には敵わなかった模様。

 

そして連鎖的に、触れてはいけない話題に触れてしまい、精神が削られる鯉住君。

 

 

「そ、その話はおしまいにしましょう……誰も得しない気がしますから……

いいですよね……? 大和さん……?」

 

「そ、そうですね……私も話題を変えたいと思っていたところです……」

 

 

げんなりしている鯉住君と大和。

先ほどまでの疲労もあり、いつまでもこの話を引っ張りたくはない。

 

そんなふたりをちらっと見た元帥から、唐突な提案が。

 

 

 

 

 

「よし。少佐、紅白演習をしよう」

 

 

「「「 !? 」」」

 

 

 

 

 

いきなりすぎる提案に、この場のほとんどのメンバーが、元帥の方を向く。

 

 

「えっと……提督……

なんで急にそんなこと言い出すんでちか……?」

 

「頭のなかを切り替えるには、適度な運動が一番だ」

 

「今の話から、いきなり演習の申し込みだなんて……

提督の頭の中は、どうなっているのでしょうか……?」

 

 

言ってることは尤もだが、話の流れを完全にぶったぎってまで、ぶっこんでくる必要はあったのだろうか……?

 

そんなことを考えて困り顔の面々に、元帥から追加でひとこと。

 

 

「どのみち我々は、少佐の部下の実力把握もしておかねばならないのだ。

それについて最も有効な手段は演習であろう」

 

「はぁ……」

 

 

正論も正論で、口をはさむ余地もない。

話が唐突過ぎでなければ、みんな納得したのだが……

 

マイペースすぎる元帥に面喰らいつつも、この提案にあまり乗り気でない鯉住君は、気になっていることを確認する。

 

 

「その……元帥……

とてもじゃないですが、私の指揮と元帥の指揮では、実力差があり過ぎて勝負にならないのでは……?

それに、いくら研修を受けたとはいえ、私の部下たちが栄光ある大本営・第1艦隊の皆さんに太刀打ちできるとは思えないんですが……」

 

 

至極尤もな意見だ。

日本海軍の顔と、できて数か月の小規模鎮守府では、戦闘にすらならないと考えるのが普通だろう。

 

しかし予想通りというか、予定調和というか、これに異を唱える者たちが。

 

 

「オイオイ、提督、俺達の実力は知ってんだろ?

いくら元帥の艦隊が相手でも、負ける気はねぇぜ!?」

 

「いやいや、いくらキミたちが実力をつけたとはいえ、相手が悪すぎるから……」

 

「いいじゃないか、やってみようぜ。

別に勝敗が目的じゃないし、経験も積めるし、いいチャンスだと思うぜ?

……それにさっき姉さんたちと話した感じだと、そんなに俺達との実力差は無いような気がするんだよな……

正直言うと、俺も戦ってみたいんだよ」

 

「木曾さん……そんなことは流石にないんじゃ……

そ、それにウチは装備が整っていませんし……」

 

「あそこではそんな言い訳通用しないわ~。

そんなこと言っちゃうひとは、沈められちゃうわよ~?」

 

「あそこは特別だから比べちゃダメだって……」

 

「いいじゃないですか。

私、少佐の部下の皆さんをよく知らないし、やってみましょうよ。

少佐の実力も気になりますしね」

 

「大和さん……結構ノリノリなんですね……なんか意外です……」

 

「フン。上等じゃない。

私達の実力を見せつけるチャンスでしょ?

もしかしてアンタ、自分のだらしない実力が披露されるのが怖いの?」

 

「俺のことはいいけどさ……負けてしまって、キミたちに悔しい思いをさせるのは……」

 

「……提督は、私達が負ける前提で話をしているようですね」

 

「い、いや……そういうわけでは……

大井……その冷たい目は心に刺さるから、止めてくれないか……?」

 

「ちょっとそれはないっしょ。

いこ~大井っち。キッソーたちをぶっ飛ばして、提督見返してやんないとね~」

 

「そうですね、北上さん。

この失礼な人に、私達だけでもできるというところを見せてあげましょう」

 

 

ガララッ

 

 

「あ、ちょっと……キミたち勝手に……」

 

 

提督を無視して退出してしまった北上大井姉妹。

とっても不機嫌そうにしていた彼女たちを前に、強く止めることができなかった。

 

やる気満々で出て行ったところを見るに、工廠まで出撃準備をしに行ったのだろう。

 

 

「よーし!!相手にとって不足無し!!腕が鳴るぜー!!」

 

「そうね~

いっぱい活躍して、ご褒美貰っちゃいましょ~」

 

 

スタスタ……

 

 

同様に退室する天龍龍田姉妹。

 

 

「ふふん!わらわの実力を鯉住殿に見せる、よいチャンスじゃな!

今回はお主の出番はないぞ!おとなしく指をくわえてみておれ!暴力女!」

 

「ハァ!?それはこっちのセリフよ!!

アンタなんていなくても楽勝だってのよ!この勘違い女!」

 

「なにうぉー!?」

 

「なによ!!」

 

 

ダダダッ!!

 

 

競い合うようにして出ていく、駆逐艦のふたり。

 

 

「……」

 

「鯉住さん、姉さんがゴメンねぇ」

 

「いいんだよ、子日さん……

気遣ってくれてありがとうね……」

 

「姉さんね。せっかく来たのに、鯉住さんにあまり構ってもらえてないって、ちょっとしょんぼりしてたから。

活躍していいところ見せられると思って張り切っちゃったみたい」

 

「そ、そうだったのか……

なんか、その、ごめんね……気づいてあげられなくて……」

 

「ううん。大丈夫だよっ。

姉さん、鯉住さんのためなら我慢するって言ってたし、私もちょっと寂しいけど、迷惑かけられないし……

私達が協力できることがあったら遠慮なく言ってねっ!」

 

「うぅ……罪悪感が……!!

本当にゴメンねぇ……!!」

 

 

制御できない部下と頭痛に頭を痛めつつ、

小学生(相当)の自己犠牲な気遣いに心を痛めつつ、

圧倒的格上相手に、自身の指揮をお披露目する未来にお腹を痛めつつ、

先ほど叢雲に喰らったタイキックに背中を痛めつつ、

天城の頭という重しを乗せていたせいで痺れた両足を痛めつつ、

 

鯉住君は元帥との紅白演習に臨むことになった。

 

 

 

「それでは私の艦隊も準備に入る。

ミーティングや準備を考慮して、2時間後に鎮守府前面海域で開始。

指揮は無線指揮でどうだろうか」

 

「あっはい……了解しました……」

 

「うむ。では我らの戦力情報を伝える。

存分に活用し、演習に活かすように」

 

「あ、ありがとうございます……

でも、いいんですか……私達だけ情報をもらってしまって……?」

 

「これは少佐に経験を積んでもらうための処置だ。

彼を知り、己を知り、百戦を切り抜けられるようになるのだ。

良き学びがあることを期待するぞ」

 

「は、はい……」

 

 

 

・・・

 

 

工廠にて

 

 

・・・

 

 

 

「さて……なんだかおかしな流れで演習をすることになってしまったけど……

情報共有から始めよう……」

 

 

顔を突き合わせて作戦会議をする演習参加者の面々。

先ほどつれない態度をとっていた者たちも、真剣に提督の言葉を聞いている。

 

 

……彼我の戦力比較は以下の通り。

 

 

 

 

 

『大本営・第1艦隊』

 

 

旗艦・戦艦『大和改』

51cm連装砲×2・一式徹甲弾・零式水上観測機・(増設バルジ大型艦)

 

2番艦・航空戦艦『扶桑改二』

試製41㎝3連装砲改×2・一式徹甲弾・瑞雲12型・(増設バルジ大型艦)

 

3番艦・重雷装巡洋艦『木曾改二』

甲標的 甲・試製61㎝六連装(酸素)魚雷×2・(北方迷彩+北方装備)

 

4番艦・正規空母『加賀改』

流星改20・震電改20・試製南山46・烈風改12・(12cm30連装噴進砲改二)

 

5番艦・装甲空母『瑞鶴改二甲』

天山十二型(村田隊)34・流星改24・烈風改12・彩雲6・(12cm30連装噴進砲改二)

 

6番艦・潜水空母『伊58改』

後期型艦首魚雷(6門)×2

 

 

 

 

 

『ラバウル第10基地・選抜メンバー』

 

 

旗艦・駆逐艦『叢雲改二』

12.7cm連装高角砲(後期型)×2・22号対水上電探

 

2番艦・駆逐艦『初春改二』

61cm三連装(酸素)魚雷・探照灯・照明弾

 

3番艦・軽巡洋艦『天龍改二』

12.7cm連装高角砲(後期型)×2・12.7mm単装機銃

 

4番艦・軽巡洋艦『龍田改二』

三式爆雷投射機・九五式爆雷×2

 

5番艦・重雷装巡洋艦『北上改二』

61cm五連装(酸素)魚雷・61cm四連装(酸素)魚雷×2

 

6番艦・重雷装巡洋艦『大井改二』

61cm五連装(酸素)魚雷・61cm四連装(酸素)魚雷×2

 

 

 

 

 

「これは……どうしようもないのでは……」

 

「なに弱気になってんの。

今さらゴチャゴチャ言うんじゃないわよ」

 

「うーん……そうは言ってもこれなぁ……」

 

 

眉間にしわを寄せ、元帥からもらったメモを眺める鯉住君。

そしてそんな彼を黙って眺める部下一同。

 

 

 

……相手は大本営第1艦隊。疑いようもなく練度は最高峰。

艤装も一切の手抜きなしで全力投球。

 

演習とはいえ、いや、演習だからこそ、元帥は手加減するつもりはないのだろう。

 

こちらの戦力把握と言っていたことを考えると、元帥はこちらの実力を買って、このような決戦布陣を敷くことにしたと見てよいはず。

それに加えて自分の成長を願うような言葉もかけてもらった。

 

……とすれば元帥は、全力の第1艦隊に対して、こちらのメンバーが『いい勝負ができる』ということを疑っていない。

そういうことになるだろう。

 

信頼されていると分かった以上、その信頼には応えなければならない。

少なくとも一矢は報いなければならない。

 

 

しかしこの戦力差……どこをどうすれば最善の結果を叩き出せるのか……

 

 

 

「……駄目だ。俺ひとりじゃどうにもいい案が思いつかない。

悪いがキミたちからの意見を聞きたい」

 

 

「当たり前でしょ?

私達が何のために研修してきたと思ってんのよ?

もっと頼りなさい」

 

「ふふん。わらわの聡明な頭脳を役立ててもらえる時が、ついに来たようじゃな!

伊達に何年も、前線の呉第1鎮守府で戦ってきたわけではない!」

 

「アタシ、難しいこと考えるのは苦手だけどさ~

なんとなく良さそうに思えた意見くらいなら言えるよ?」

 

「流石です北上さん!私も北上さんのアシストしますね!」

 

「うふふ~。久しぶりの劣勢からの戦闘……ワクワクしちゃうな~。

ねぇ?天龍ちゃん?」

 

「オウ!どんだけヤベェって言っても、教官ほどじゃねえだろ!

提督、大船に乗ったつもりでいろよ!勝利を届けてやるぜ!」

 

 

「すまんな、みんな。ありがとう。

……それでは状況共有が済んだところで、ミーティングに入る。

どんどん意見を出してくれ。期待してるよ」

 

 

「「「 了解!! 」」」

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに鯉住君は、工廠移動前にズボンと下着を履き替えました。


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第77話

今回の演習のルールは、実戦に近いものとなっております。


・最長でも日が落ちてから3時間経つまで
(昼戦、夜戦を同じくらいの時間でとるため)

・大破者が出た時点で決着判定
(実戦では大破が出た時点で撤退のため)

・旗艦が大破したら問答無用で敗北
(現場指揮が乱れ、著しく戦闘が不利になるため)

・戦闘はお互いの艦隊が10㎞離れた地点から開始する
(水平線に人影を目視できる距離は4~5㎞から。それの約2倍の距離。
電探に敵影を捉えられるのがそのくらいの距離からということもある)

・指揮官は海図を見ながら指揮ができる
(地理的情報は十分にある状態。指揮官の情報処理能力も問われる)


通常の演習では、大破者は離脱判定ですが、今回のルールでは大破者が出た時点で試合終了という形となります。



もっと頭使わずに楽しめる内容にしたいんだけど……
もう少し微シリアスにお付き合いくださいm(__)m




両陣営ミーティングを終え、演習前の握手を済ませ、鎮守府から開始地点まで移動。

現在は索敵を断ち、各提督からの演習開始連絡を待っている状態だ。

 

ちなみに提督側は、それぞれお互いの様子がわからない場所で指揮を執ることにしてある。

具体的には鯉住君は執務室(居間)で、元帥は先ほどの会議室(客間)だ。

 

 

『いいかい、先ほどのミーティング通りにいけば、勝利できる可能性はある。

焦らず落ち着いて臨むように』

 

「任せなさい。

無事に完遂してやるから、アンタも気を抜くんじゃないわよ」

 

「わらわに任せるのじゃ!

皆でたてた作戦、上手くいかん道理がない!」

 

『頼もしいね。

俺も要所で指示を出せるよう、気張ってるからさ。

通信は常時ONにしておいてくれ』

 

「わかったわ」

 

『基本的には現場のキミたちに任せるが、何か気づいたり、方針を多少変更する場合は指示を出す。よろしく頼む』

 

「了解だ!提督の指示がくる前に、ぶっ飛ばしてやるぜ!へへっ!」

 

 

ミーティングを通して、ラバウル第10基地の面々は方針を決めてきていた。

 

話の内容をざっくりまとめると、以下のようになる。

 

 

 

・・・

 

 

 

演習で勝利するには、色々と方法がある。

 

総合ダメージの蓄積を兼ね、戦闘力が大きく落ちる中破を狙い、万全な敵の数を減らす。

数の利を得るために、一隻一隻丁寧に攻略する。

奇襲攻撃により、一気に勝負を決めに行く。

 

などなど。

 

しかし今回の相手は、器用万能ともいえる面々が勢ぞろい。

定められる目標はひとつしかない。

 

 

 

すなわち『旗艦大破による勝利』である。

 

 

 

そもそもこちらは水雷戦隊。

航空戦力に削られる以上、ダメージレースで勝ちに行く選択肢は潰される。

 

さらに航空戦力に加え、超長射程を誇る大和、連射力に優れた扶桑がいる以上、近接戦に持ち込むことは至難のワザ。

後方に控える正規空母2隻を沈黙させることも、近接戦闘を仕掛けることも、非現実的。

 

 

……となれば、短期決戦、一点集中で、的確に旗艦を仕留めるしかない。

水雷戦隊の本領である、雷撃戦に勝負所を持っていく必要がある。

 

 

艦娘の魚雷の最長射程は、一般的には約100mと言われている。

艦時代は5㎞~25㎞なんていう、頭おかしい距離で砲雷撃戦していたが、それはあくまで的が巨大で動きも鈍かったからこそ。

 

人間大であり、素早く動き回る目標を捉えるのには、

砲撃中の隙をつく、という条件付きで、最長でも100mが限界と言われている。

 

 

つまり勝ち筋を探っていくと、

 

『魚雷命中が現実的な100mまで近づき、雷撃で戦艦大和を大破させる』

 

というのが、唯一だという結論となった。

 

 

……こうやってシンプルに書くと、いけそうに思えるかもしれない。

しかし実際に実行しようと考えると、かなりの無茶ぶりだということがわかる。

 

この目標を達成するのに必須である条件は以下の通り。

 

 

まず大前提として、開幕の航空戦をしのぎ切る必要がある。

 

敵艦載機を見ると、艦攻・艦爆連合の苛烈な攻めが予想される。

そこで大破が出て敗北という可能性も十分ある、というか、普通なら数隻大破艦が出るというレベルだ。

 

それとほぼ同時に襲ってくる、甲標的による開幕雷撃もかわし切る必要がある。

最低でも小破に留めないと話にならない。

 

100mまで近づくには、敵戦艦の砲撃を抜け続けなければならない。

直撃すれば大破確実の砲撃の雨を、潜り抜け近づく必要がある。

当然、撃ち漏らした敵艦載機の猛攻を潜り抜けながら、だ。

 

大和の化け物装甲を抜く以上、勝負どころの時点で雷巡のふたりの攻撃性能が万全でなければならない。

そこまでの動きを、少なくとも小破でやり過ごさなくてはならない。

 

 

 

……どう考えても無理ゲーなのだが、可能か不可能かと聞かれれば可能、というレベルで勝ち筋はあると言える。

 

 

 

・・・

 

 

 

「作戦も立てたしさ、何とかなるっしょ~。

ね~、大井っち」

 

「そうですね、北上さん!

私達の実力を、木曾に思い知らせてやりましょう!」

 

『大井……もしかしてさっきの事根に持って……』

 

「はい?何か言いましたか……?」

 

『なんでもないです……』

 

 

 

「フフフ……!血が滾ってくるぜ!

なあ提督!敵艦載機の撃墜なら、任せてくれよ!

俺が全機ぶっ飛ばしてやるぜ!」

 

『期待してるよ。天龍。

やる気がなかったとはいえ、天城のあの航空部隊を一方的に撃墜した実力、信じているよ』

 

「私もちょっと張り切っちゃうよ~。

敵の潜水艦は任せて~」

 

『頼りになるな。

潜水艦を放っておくと、いつどこから来るかわからない雷撃に苦しむことになる。

早急に撃破するようにしよう』

 

「わかったわ~」

 

 

 

『……さて、そろそろ時間だ。

それでは最終確認。

 

敵艦載機と邂逅してからは、対空の要の天龍を中心にして輪形陣。

龍田は対潜警戒、北上と大井は甲標的からの先制雷撃に注意。

叢雲と初春は視野を広く持ち、適宜足りないところの支援。

 

そこから先は乱戦となるだろうが、標的は変更なし。

天龍が一番キツイだろうから、余裕ができ次第天龍の援護を優先。

 

勝負を仕掛けるためにも、蛇行しつつ敵艦隊への接近を心がけるように。

夜戦を裏の選択肢にしたいのもあるから、とにかく回避優先で』

 

 

無線越しでも伝わる高揚感。

緊張しすぎている様子もなく、非常に良いコンディションといえる。

 

 

『それでは時間だ……演習開始!』

 

 

「「「 了解!! 」」」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

ザザーッ……

 

 

演習開始地点から相手の艦隊の方角に進む一行。

開始から5分ほど経つが、まだ景色に変化はない。

 

 

「どうだ?叢雲。

相手の動きに変化はあるか?」

 

「……電探の反応だと、動いていないみたいね。

現在位置は戦闘開始地点のままよ」

 

「ふ~ん。どういうつもりなのかな~?」

 

 

電探の反応では、敵艦隊は接近してくる様子も離れる様子もない。

こちらの位置が補足できておらず、様子見をしているということは考えにくいため、何か考えがあるのだろう。

 

 

「……なーんかキナ臭いよねぇ。

たっちゃん、潜水艦の気配ってする?」

 

「そうねぇ~……このあたりには居ないと思うよ~」

 

「ふうん。それじゃキッソーがなんか仕掛けてくるかな?」

 

 

動きがない相手に不穏なものを感じる一行。

とはいえ、接敵もしていないのに緊張しても仕方ない。

潜水艦、雷撃に警戒しつつ、先へと進む……

 

 

 

・・・

 

 

さらに5分後

 

 

・・・

 

 

 

「そろそろ敵艦隊との距離から見て、目視できる範囲に来るわ。

気を引き締めなさい」

 

「艦載機がそろそろ飛んでくるかもしれねぇな。腕が鳴るぜ!」

 

 

 

基本的には艦載機は、相手が目視確認できてから発艦する。

 

艦だった時代では、パイロットが乗り込んでいたので、敵が目視できない遥か遠くからでも問題なく発艦していた。

 

しかし艦娘となった今、艦載機はいわばラジコン機のようなもの。

手足のように動かせるとはいえ、目で見ることができなければ正確な操作など出来るはずもない。

 

それでも艦載機は未だに強力だ。

艦時代から有効範囲が狭まったとはいえ、目視さえできれば有効打を叩きこめる以上、砲雷撃よりも有効攻撃範囲は遥かに広いからだ。

 

ちなみに偵察機と観測機に関しては、その限りではない。

攻撃能力がない代わりに、簡易レーダーのような役目を持つため、感覚としてではあるが、視界外からでも敵の位置を大体は把握することができる。

 

 

 

「……と、噂をすれば何とやら、ってところね。

電探に反応あり!敵艦載機を確認!数は……だいたい100ってところね」

 

 

ちょうど話をしていた艦載機が、レーダーで確認できた。

かなりの数がこちらに向かって飛んできている模様。

 

 

「100……?」

 

「どったの?大井っち」

 

「確か敵の艦攻・艦爆搭載数は、合計140機程度だったはず……

明らかに少ないです」

 

『……なるほど。

大井が気付いてくれたようだが、おそらくは加賀の艦爆46機がごっそり抜けている。

上空からの爆撃に注意し、動きを止めないように』

 

「はっは~ん。なるほどねぇ。

目の前の艦攻に集中してるところを、上からドッカーン!ってことね」

 

「私が装備してるのは水上電探だから、上空からの攻撃はうまく感知できないわ。

危なかったわね」

 

「ま、そのくらいなら赤城さんに何度もやられたから対応できるぜ」

 

「うふふ~。さすが天龍ちゃんね~」

 

「……そろそろ話はおしまいよ」

 

 

ついに水平線の彼方に、元帥の艦隊が確認できた。

それと同時に、そこから発艦された艦攻群が、こちらに飛んできているのも確認。

 

 

「……む?何かおかしくはないかや?」

 

「何がよ」

 

「艦載機以外にも、何か飛んできているような……」

 

 

よく見ると、多数の黒い点である艦載機以外に、少し大きさの違う点が混ざっている。

そしてその点は、艦載機よりも上空に向かって飛びあがり、段々と大きく……

 

 

「……!!

アレは艦載機ではない!砲撃じゃ!!」

 

 

 

ヒュルルルル……

 

 

……ドッパァン!!

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

艦載機よりも早く到達したのは、大和から放たれた、超長距離砲撃による砲弾だった!

 

艦隊のすぐそばに、特大の水柱が上がる!

 

 

「落ち着きなさいッ!

流石にあの距離から狙いは定められないわ!」

 

「わかってるって。そんなんできるの武蔵さんくらいだろうしな。

陣形を乱すとか、そんな感じの狙いだろ」

 

「そうね~、さすが天龍ちゃんだわ~。

……あらぁ~?嫌な気配……えーい」

 

 

 

バシュシュッ!!

 

 

……ドドオォォンッ!!

 

 

 

龍田がおもむろに爆雷を放った場所で、激しい爆発と共に、何本もの水柱が発生する!

 

 

「キッソーの先制雷撃じゃん!あっぶねー!

たっちゃんサンキュー!

このタイミングとか、どんだけ息ピッタリなのさ!」

 

「気づかなかったわ……チッ」

 

「ん~……でも潜水艦の気配はないわ~……

いったいどこにいるのかな~?」

 

『潜水艦が同時攻撃を仕掛けてくるなら、今からの航空戦の最中という可能性が高い。

龍田、大変だけど警戒頼むよ』

 

「任せて~。

とりあえずぅ、危なそうなところに爆雷おいとこ~っと」

 

 

 

バシュシュッ!

 

 

 

龍田は危険と思われる場所にアタリをつけ、爆雷を投射する。

 

普通、爆雷は投射した後、水圧や接触で爆発するのだが、龍田は今回機雷のような使い方をした。

このような使い方ができるのは、彼女が受けた研修の賜物のようだ。

 

艦娘は艦だっただけあり、熟練者という条件付きで、ある程度なら艤装の性能を変化させることができる。

今回は感水圧・接触爆雷から、時限・センサー爆雷に性能を調整した模様。

 

 

「先制雷撃を防げたのは大きいわね!この調子で航空戦も切り抜けましょ!

全艦、回避行動をとりつつ、敵機撃墜に集中!」

 

「おっしゃあ!俺の出番だ!燃えてくるぜっ!」

 

 

 

・・・

 

 

 

ヒュルルル……

 

 

ドォンッ!

 

 

 

ブゥーン……バシュッ……!!

 

 

……ボォンッ!!

 

 

 

大和の超長距離砲撃と、敵の艦攻群による激しい雷撃に、ラバウル第10基地のメンバーは苦戦を強いられていた。

 

 

「あー、もうっ!かすったわっ!!」

 

「なかなか墜ちてくれねぇな!でも、それでこそだぜ!」

 

 

 

パラララッ!!

 

 

ボォンッ!!

 

 

 

「やっべぇ!こっちもかすったぁ!」

 

「北上さんっ!大丈夫ですか!?」

 

「まだ小破だよ!いけるいける~!」

 

「お主らの雷撃がキモなんじゃ!下がっておれいっ!」

 

 

 

バシュウッ!!

 

 

……ドォンッ!

 

 

 

初春の魚雷が、迫る雷撃を相殺する!

 

 

「サンキュー!はっちゃん!」

 

「その呼び方だと、別の艦になってしまいそうじゃのう……」

 

 

 

「それにしても、厄介ですね。

数の多さもありますが、練度が高いです」

 

「そうね~。

赤城教官や龍驤教官と同じで、部隊数増やしてるみたいだし~」

 

「それでも操縦精度は赤城さんほどじゃねえ!

このまましのぎ切るぜっ!そらっ!!」

 

 

 

パラララッ!!

 

 

ボォンッ!!

 

 

 

航空戦が始まって2分経過した現在、敵の艦攻の数は60機ほどになっている。

天龍が奮闘してくれてはいるのだが、なかなかこちらの対空射撃に当たってくれないのだ。

 

しかしそんな状態でもこちらの損害は軽微であり、中破者は未だゼロ。

小破は叢雲、天龍、北上とそこそこだが、まだまだ勝ち筋は残っている状態である。

 

 

「この調子でしのぎ切れれば、勝利まで近づけるわ!

気合入れなさい!」

 

「お主に言われずとも、わかっておるわっ!」

 

「だったらさっさと撃墜しなさい!!」

 

「喧しい!しゃべっとる暇があるなら手を動かさんか!」

 

 

これだけの猛攻に晒されながらも、いつも通り犬猿の仲のふたり。

これには他のメンバーも苦笑い。

 

 

「こんな時でも相変わらずなんだな。頼もしいぜ!」

 

「あら~。ふたりとも仲良しさんね~……ッ!!」

 

 

 

グイッ!!

 

 

……バッ!

 

 

 

天龍をかなり強めに引っ張り、後ろに放り投げる龍田!

自身も直後、後ろにステップする!

 

 

「このままいけば、何とかなるっしょ~」

 

「そうですね、北上さん……!!

……来たわよっ!敵機直上!!」

 

 

 

 

 

……ドドォンッ!!

 

 

 

キィィンッ!!

 

……ボボボォンッ!!

 

 

 

 

 

天龍が先ほどまで立っていた場所に、大きな水柱が上がる!

それと同時に上空から、今まで鳴りを潜めていた艦爆隊の爆撃が降り注ぐ!

 

 

「……チッ!こちら小破、損傷軽微!」

 

「ぐぬぬ……!ぬかったわ……!こちら中破……!」

 

「すまねぇ龍田!助かったぜ!」

 

「うふふ~……この爆雷網の中、気配も出さずにねぇ……

うふふふふふ……」

 

「お、おい、龍田……なんか怖ぇぞ……」

 

 

艦攻群の猛攻がほんの少し緩んだ瞬間に、海中からの雷撃と、上空からの爆撃。

これ以上ないタイミングでの連携だ。

 

しかしこれを何とか間一髪でしのいだ面々。

雷撃に巻き込まれ初春が中破、爆撃で大井が小破してしまったが、まだ首の皮1枚つながっている。

 

 

「とにかくやるぜ!

この程度の損害、あってないようなもんだ!

大破にだけ気を付けて、前進しながら迎撃!大将首取ってやろうぜ!」

 

「天龍の言う通りよ!

まだあちらからしたら開幕戦なんだから、ぐずぐずしてられないわ!

さっさとぶっ飛ばしに行くわよ!」

 

 

 

・・・

 

 

 

パラララッ!!

 

 

ボォンッ!!

 

 

 

「あ゛ー……きっつ……!!」

 

「弱音吐かないの!まだまだ序の口なんだから!」

 

 

あれからさらに2分経過。

中破は叢雲、初春、天龍。他のメンバーは全員小破。

勝利を狙うとすれば、そろそろ限界といったところだ。

 

 

そんな状態の一行であったのだが、戦局に変化が。

 

 

 

……ブゥーン……

 

 

 

「……お、見ろよ!

艦載機が戻ってくぜ!しのぎ切ったみてぇだな!!」

 

「うふふ~……どぉこかしらぁ……?

潜水艦の気配ぃ……そこかなぁ……?」

 

 

 

バシュッ!

 

 

……ドォンッ!

 

 

 

「ホラたっちゃん、いくよ。

艦載機が戻ってったから、近づくチャンスだよ」

 

「……ざんね~ん。仕留めきれなかったなぁ……」

 

「さっさと潜水艦潰しときたかったのはわかるけどよ。

今近づかないと詰んじまうぜ」

 

「わかったわ~、天龍ちゃん……

ゴメンね~、提督……」

 

『いや、龍田は随分活躍してくれた。十分だよ。

みんなも想像以上に激しい攻めを、よくしのぎ切ってくれたね』

 

 

冷や汗ダラダラで戦況を聞いていた鯉住君だが、それを悟られないよう、努めて冷静に無線で指示を出す。

 

 

『……ここから接近すれば、戦艦2隻の砲撃の雨が降り注ぐことになるだろう。

それを潜り抜け、100mまで近づいたら雷撃で勝負をかける。

ただし、もし誰かもうひとり中破が出た場合、それ以上の継戦はかなり厳しいだろう。

その時点での相手までの距離を踏まえて、遠距離雷撃に賭けるか、それ以上接近するかは、現場の判断に任せる。

加えて龍田は引き続き対潜警戒、天龍は瑞雲の撃墜と零観の妨害を優先するように。

……武運を祈る。それでは、行動開始!』

 

 

「「「 了解! 」」」

 

 

艦攻・艦爆連合の強烈な攻撃にさらされながらも、なんとか切り抜けた一行。

しかしここからが本番だ。真剣な面持ちで前進を開始する……

 

 

 

・・・

 

 

 

ヒュルルルル……

 

 

……ドッパァン!!

 

 

 

ブゥーン……

 

 

ボボボォンッ!!

 

 

 

バシュウウウッ……

 

 

……ドォンッ!

 

 

 

「「「 ……!……!! 」」」

 

 

あまりにも苛烈な攻めに、まったく余裕のない面々。

 

 

大和の51cm連装砲による超威力砲撃

扶桑の試製41㎝3連装砲改による主砲連撃

木曾の甲標的を利用した無差別長距離雷撃

空母2隻による艦攻・艦爆連合による再攻撃

 

 

平均練度の艦娘では一瞬で大破してしまうであろう、上から下から正面からの猛攻だ。

 

 

 

……ボォンッ!!

 

 

「キャッ……!!」

 

 

いくら高練度のメンバーとはいえ、この攻撃をかわし切ることは出来なかった。

ついに叢雲が一発いいのをもらってしまった。

 

 

「くっ……!旗艦中破よ……!!」

 

「……これはもう限界じゃ!これ以上は進めん!!」

 

「さすがにきっついぜ!一方的に防ぎ続けるのは!!

もっと射程が長けりゃ反撃できんだけどなぁ!」

 

「……どうする~?勝負かける~?」

 

 

敵艦隊までの距離はおよそ1㎞。

魚雷誘導をかけられる甲標的なしに、雷撃をあてられる距離ではない。

 

しかしそれは平均練度の艦娘の話。

彼女たちは決意のこもった眼で、龍田の問いに答える。

 

 

「もち!ここまで来たならさ、やったろうじゃん!」

 

「さすが北上さんです!」

 

 

息の合った動きで、魚雷発射管を構えるふたり。

 

 

「行くわよ!

……私と北上さんの前を遮る愚か者!沈みなさいっ!!」

 

「まぁ、ここは本気でやっときましょうかね……うりゃあっ!!」

 

 

 

バシュウウゥゥッ……!!

 

 

 

暫く雷跡を残した無数の酸素魚雷は、静かに、そして確実に、敵艦隊へと向かっていく。

 

 

そして……

 

 

 

 

 

…………ドドオォォンッ……!!

 

 

 

数十秒の後、敵艦隊の中心に巨大な水柱がたつ。

 

敵の猛攻をしのぎながら、この瞬間を待っていた面々。

勝負を決める一撃。どうしてもそちらに注意が向く。

 

 

そこを逃さず……

 

 

 

「……しまっ!!」

 

 

 

ドドオォォンッ!!

 

 

 

直下からの雷撃。

 

龍田が今まで牽制していた潜水艦の魚雷だ。

注意が逸れた気配を感じ取ったのか、そのタイミングを逃さず攻撃を仕掛けてきた。

海底付近から海上にいる艦娘の気配まで読み取るなど、神業としか言いようがない。

 

 

……これには第10基地のメンバーも対応できず、北上と初春が大破してしまった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……すまん、鯉住殿……大破してもうた……」

 

「ゴメンよ~……アタシも大破しちゃった……」

 

『いや、いい。本当によくやってくれた。お疲れ様。

先ほどの北上と大井の雷撃は、敵の扶桑に防がれてしまったうえ、その扶桑も中破にしか追い込めなかったようだ。

これにて演習は終了。被害状況を考えると、こちらの敗北だ』

 

「あー!!チクショウ!!悔しいぜ!!」

 

「最後まで……潜水艦を捉えきれなかったわ~……

みんな、ごめんなさぁい……」

 

「たっちゃんのせいじゃないってば。

勝負所で決めきれなかった私も悪いんだしさ。

……あ~、疲れた~……早くお風呂入りた~い……」

 

「うぅ、本当にすまん、鯉住殿……

あそこで気を抜かずにおれば、大破しなかったかもしらんのに……」

 

『いやいや、キミたち大健闘だから……

あの攻撃をいなし切ったのは、勲章ものだよ。

無線聞きながら、ヒヤヒヤしっぱなしだったぐらいなんだからさ』

 

「なにアンタ……私達が負けると思ってたっていうの……?」

 

「そんなことだから、うだつが上がらないんですよ……」

 

『そうじゃなくて。

勝負所までもっていって、決めてくれるとは思ってたさ。

ただね、あんなに攻撃が激しいとは思ってなかったから、よくしのぎ切れたな、って。

あと大井は、なんかゴメン……』

 

「……そ。

まぁいいわ。演習も終わっちゃったし、帰投するから。

お風呂を沸かして待ってなさい」

 

『わかったよ。

もう一度言うけど、お疲れ様。

今回は負けちゃったけど、素晴らしい戦いぶりだった。

みんな俺の自慢の部下だよ。胸を張って帰っておいで!』

 

 

「「「 ……了解! 」」」

 

 

 

演習には敗北してしまったが、周りの想像以上の健闘を見せた、第10基地のメンバー。

提督である鯉住君も、実際に戦った彼女たちも、貴重な戦闘経験を積むことができたのだった。

 

 

 

 

 

・・・演習結果・・・

 

 

 

『大本営・第1艦隊』

 

 

旗艦・戦艦『大和改』……小破

 

2番艦・航空戦艦『扶桑改二』……中破

 

3番艦・重雷装巡洋艦『木曾改二』……無傷

 

4番艦・正規空母『加賀改』……無傷

 

5番艦・装甲空母『瑞鶴改二甲』……無傷

 

6番艦・潜水空母『伊58改』……中破

 

 

判定・B 戦術的勝利

 

 

 

 

『ラバウル第10基地・選抜メンバー』

 

 

旗艦・駆逐艦『叢雲改二』……中破

 

2番艦・駆逐艦『初春改二』……大破

 

3番艦・軽巡洋艦『天龍改二』……中破

 

4番艦・軽巡洋艦『龍田改二』……小破

 

5番艦・重雷装巡洋艦『北上改二』……大破

 

6番艦・重雷装巡洋艦『大井改二』……中破

 

 

判定・D 敗北

 

 




このお話では、甲標的は魚雷誘導機能がありますので、かなり遠方の敵に雷撃できるという設定です。
妖精さんパワーの不思議効果ですね。いつものことです。

JOJO5部のセックス・ピストルズ+6部のマンハッタン・トランスファーみたいなイメージで大体あってます。
わからない人はスイマセン。


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第78話

ちょっとしたサービスシーンがあります。セクシー!


 

 

 

ザザー……

 

 

ここは新艦娘寮(旅館)に備え付けの大浴場(入渠ドック)。

立派な旅館の外見をしているだけあって、浴場も非常に豪勢な造りだ。

 

床と壁は全面タイル張りで、壁一面にはモザイクアートの一富士二鷹三茄子が描かれている。

ライオンというか狛犬のような石像の口からは、少し熱めのお湯が湧き出ている。

浴槽はヒノキ造りで、入浴剤が入っていないというのに、落ち着く香りが漂っている。

 

 

……現在ここでは、演習を終えた大本営第1艦隊のメンバーが、ひとっぷろ浴びているところだ。

 

 

演習弾を使用していたので、小破中破が出たと言っても制服艤装のバリアには影響はない。つまり入渠の必要は無い。

そんな状況なのだが、『演習で疲れただろうから、カラダの疲れを癒して欲しい』という鯉住君の計らいで、全員入浴することになった。

 

鎮守府のいち施設ではあるが、どう捉えても高級旅館の大浴場である。

お風呂大好きな彼女たちからしたら、彼のこの提案は非常に魅力的。

『お心遣いに感謝します』なんてクールな反応をしつつ、内心ガッツポーズでウキウキしていた。

 

 

……ただ一人を除いて。

 

 

 

「……あー、もうっ!ホントにあり得ない!」

 

「少しは落ち着きなさい。五航戦のターキーが食べられない方」

 

「ハァ!?どういうこと!?

私がいつターキー食べられないって言ったのよ!?

ていうか加賀さんだって悔しいでしょ!?あんなに艦載機墜とされて!!」

 

「ちっとも。

……そんなことだから、五航戦の白い方から預かった天山村田隊を、全機墜とされてしまうのよ」

 

「ぐっ……!!

……扶桑さ~ん!!そこの表情筋ガチガチな人がいじめる~!」

 

「は? 頭にきました」

 

「け、喧嘩はダメよ、ふたりとも……

提督に怒られてしまいますよ……」

 

 

プンスコする瑞鶴に、それを煽る加賀。

そしてそれを仲裁する扶桑。

 

いつもの光景である。

 

 

「なぁ瑞鶴よ。何をそんなにイライラしてんだ?」

 

「だって木曾さん!私達はこの国を背負った艦隊なのよ!?

そんな簡単に負けちゃいけないの!

……なのに今回の結果……!!

こんなんじゃ、提督さんにも翔鶴姉にも、顔向けできないよ!!」

 

 

いきり立つ瑞鶴の様子を見て、木曾は目をつぶる。

 

 

作戦行動中は、艦時代同様の精強さと冷静さを見せる彼女だが、戦闘以外の部分ではまだまだ精神的に未熟なところが目立つ。

 

空母機動部隊の最後の艦として戦い続けた記憶も手伝って、今回の演習結果は到底許せず、感情が爆発しているようだ。

 

 

「今回俺たちは勝っただろ?

何がそんなに許せないんだ?」

 

「木曾さんだってわかってるでしょ!?

艤装も艦種も強力な私達が、制空権も取れず、射程も短い水雷戦隊に、あそこまで肉薄されたのよ!?

結果は確かに私達の勝利だけど、こんな情けない勝利なんて……!!」

 

 

タオルを体に巻くのも忘れ、湯船から立ち上がって声を上げる瑞鶴。

圧倒的有利な状況にもかかわらず、思った結果を出せなかったことに、自分が許せないのだろう。

 

……せっかく少佐が好意で用意してくれた場で、仲間をこのような状態にしておくことは出来ない。

頭にのせたタオルで顔を拭き、ため息をひとつ。

 

 

「んっ……ふぅ……

……ハァ。なぁ、瑞鶴、今回俺たちはヘマをうったか?」

 

「……そ、そんなことはないけど……!!」

 

「だったらわかるだろ?

俺たちは出来ることをした。相手も出来ることをした。

だから今回の結果は、実力がそのまま出たものだ。

つまり相手と俺たちの実力差はそこまで大きくない。

むしろこちらが少し、負けているまであるかもしれない。受け入れろ」

 

「でも……!!

出来て半年足らずの、新設鎮守府の艦隊なんだよ……!?」

 

「じゃあなにか?

元帥の指揮が悪かったから、俺たちは相手を圧倒できなかった。

そう言いたいのか?」

 

「そんなこと思ってないわ!」

 

「そうだろ?

だったら癇癪起こさず、冷静になれ。

俺たちはもっと強くなるため、盗むべきものは盗むべきだ。

相手の行動を思い返してみろ。学ぶことなんていくらでもある」

 

「……!!」

 

「とにかく今は風呂を楽しめ。

こんな広い浴場、有名な旅館にしかないぞ?」

 

「うー……! ブクブクブク……」

 

 

木曾の話を聞き、ぐうの音も出なくなってしまった瑞鶴は、湯船に口まで浸かってしまった。

頭ではわかっていても、気持ちがついていかないのだろう。

口からブクブク息を吐いて、むくれてしまった。

 

 

 

「ありがとうございます、木曾さん……

私では瑞鶴さんをなだめきれなくって……」

 

「いいさ。扶桑さんはそういうの向いてないしな」

 

「そ、そうハッキリ言われると、ちょっぴり傷つきます……うぅ……」

 

 

木曾にズバッと言われてしまった扶桑も、体育座りで湯船に口まで浸かってしまった。

 

 

彼女も瑞鶴同様、その実力は本物なのだが、元帥とは反対にメンタル弱者なのが玉に瑕だ。

 

 

……彼女の強さは、その応用力の高さ。

 

1部隊限定ではあるが、空母並みの水上機搭載数を誇るうえ、

その数を同時に操り、自由自在に空爆を決める姿は実に頼もしい。

 

20機を超える爆撃機を自由自在に操るだけでも十分に集中力を要するのだが、彼女はそれだけに留まらない。

それをしながら、正確な弾着観測射撃を決めることもできるし、主砲連撃で畳みかけることもできる。

 

精密さと突破力を兼ね備え、たったひとりで様々な場面に対応する彼女の姿は、実に勇壮である。

 

 

……普段の頼りない様子からは、まったく想像できない。

 

 

 

「あーあー、ふたりしてしょんぼりしちまって……

ゴーヤはどうだ?お前はそういうこと、あまり気にしないだろ?」

 

「そうでちね。大きな反省点はないから、悔しいとかは無いよ。

……ていうか、相手の龍田……アレはヤバいよ。ありえないでち」

 

「あぁ……あの龍田か……確かにありえねぇ。

俺の先制雷撃が爆雷で完全に止められたんだぜ?

こんなの初めてだよ。大和さんの主砲奇襲とタイミング合わせたってのによ」

 

「アレは驚きましたね……

私達の連携は完璧でした。

正直あそこで終わると思っていましたよ」

 

「大和さんもそう思うよな。

主砲奇襲と先制雷撃の2方面攻撃だけでも、十二分だったはずだ。

……しかし防がれた」

 

「ええ。

元帥から『手を抜くな』と言われていましたから、全力で臨みました。

過小評価していたつもりはなかったのですが……」

 

「ゴーヤもそのタイミングで、先制雷撃入れるつもりだったの。

でも、できなかったでち。ずっと動きを警戒されてたから……」

 

「水中からそれがわかるんだから、スゲェよなぁ」

 

 

遠い目をしているゴーヤ。随分消耗している。

 

この艦隊の中では、大和の次に高い練度とされる彼女。

対潜装備を完備した艦娘に対して、演習中一度も居場所を感じ取らせない程度には、その実力は高い。

 

そんな彼女がここまで追い込まれるとは……

 

 

「海の中から対潜艦の気配を読むのは、練習すればできなくはないよ。

水中からなら相手の動きが見えるし、なに考えてるか分かりやすいから。

それよりも、海上から水中の様子を探る方が、ずっとずっと難しいでち。

……しかもアレ、ソナー使ってなかったよ。

ソナーの音波を感じなかったから……」

 

「……は?

それでどうやって水中の様子なんてわかるんだよ……?

相手が深海棲艦なら、俺も何となく気配はわかるが……艦娘相手だぞ?」

 

 

普通の深海棲艦は人間や艦娘に対して悪意を向けるので、海上から見えない潜水艦でも、気配を感じることが出来る。

あくまでそれは、熟練者にのみできることであって、全員可能ということではないのだが。

 

当然木曾もその程度のことならできる。

……ただしそれは、相手が艦娘でない場合においての話だ。

 

今回は悪感情をぶつけてくることがない相手。

しかも、潜水艦としての実力は、恐らく国内イチのゴーヤである。

 

そんな相手にソナー無しで挑むなど、正気の沙汰ではない。

 

 

「気配は完全に消してたから、勘だと思うなぁ……

確かにソナーを使わなければ、潜水艦側から気づかれる危険は減るから、奇襲対潜攻撃は決まりやすくなるでち。

でもそんなの机上の空論。そんな不安定な戦法なんて論外でち」

 

「勘って……そんなもんで、潜水艦や海底の様子がわかるのか?」

 

「木曾の先制雷撃が防がれた後、ゴーヤが移動しようと思った先に、次から次へと爆雷が降ってきたでち。

アレは偶然じゃないよ。完全に海中の様子がわかってたとしか……」

 

「なんだそれ……意味わかんねぇ……」

 

「おかげでずっと、提督に教わった空の心で機を待つことになったでち……

少しでも逸(はや)って心を乱したら、目の前に爆雷が降ってくるし……

もうあんなヤバいの、相手したくないよぅ……」

 

「なんつーか、お疲れさまだな……」

 

「もういっぱいいっぱいでち……

気持ちを休めるためにも、存分にお風呂を楽しんでやるでち」

 

「しっかり疲れ落とせよ」

 

 

 

・・・

 

 

 

「加賀さんはどうだ?

なにか思うところはあったか?」

 

「どういうことかしら?

貴女も五航戦のブクブクしている方と同じことを聞くの?」

 

「そういうことじゃねえよ。

……あの天龍、どうだった?

そこまで対空に詳しくない俺でも、ヤバいやつだってことはわかったが」

 

「そう。そういうこと。

貴女の想像通りよ。あの練度の対空など、ひとりしか見たことがないわ」

 

「あー、リンガの摩耶か」

 

 

大規模鎮守府のひとつであるリンガ泊地。

そこの船越大将率いる艦隊は、大本営第1艦隊と同等の実力を有する猛者たちだ。

 

彼女たちが言う摩耶は、そこに所属しているひとりであり、とんでもない対空性能を誇っている。

 

 

「ええ。艤装の質を考慮すれば、彼女よりも練度が高いでしょう。

正直言って、驚いているわ」

 

「そこまでかよ……

鬼ヶ島帰りっつっても、限度があるだろ……」

 

「彼女もそうだけど、駆逐艦ふたりも大概ね。

対空機銃もなしに、あそこまで艦載機を墜とされるとは思っていませんでした。

天龍が頭みっつほど抜けているとはいえ、全員かなり高い練度と言えるでしょう。

随分と驚かされました」

 

 

今の加賀のセリフを聞きつけ、ふてくされていた瑞鶴が会話に割り込んできた。

 

 

「……なによ、加賀さんだって悔しいんじゃない」

 

「悔しいのではないわ。実力を認めているだけ。

貴女とは違うのよ。五航戦の沸点が低い方」

 

「むぐぐ……!!」

 

「はいはい。じゃれつくのはその辺にしとけ。

とにかくだ。あちらさんはよくわかんねぇほど練度が高い。

それがわかったんだから、それでいいだろ。視察任務達成ってやつだ」

 

「むぅ……!!

木曾さんまで私のことバカにして……!!」

 

「そんなんじゃねえよ。仲間のことバカにするわけねえだろ?」

 

「うー……ホントでしょうね……

……あ、そういえばさ、雷巡のふたりはどうだったの?

お姉さんなんでしょ?」

 

「姉さんたちか……

動きのキレで言や、俺の方がだいぶ上だな」

 

「雷撃性能は?

最後のアレ、偶然としか思えないんだけど……」

 

「明らかにアレは狙ってやってたし、それまで雷撃を放ってこなかったのは、最後の一撃を読まれないようにするためだ。

ただでさえクセが強い性格だってのに、あそこまで実力があるんじゃ、頭が上がんねえよ」

 

「つまり雷撃に関しては、木曾さんよりも上ってこと?」

 

「ああ。俺から見ても化け物級だ。

対空、回避性能も高い水準だったが、雷撃性能は飛びぬけて高いと言っていいだろう。

1㎞離れた場所から甲標的もなしに雷撃とか、そんなこと普通は不可能だ。やろうとも思わねぇ」

 

 

1㎞も距離が離れていれば、その間にいくつも海流が流れている。

それをすべて読み切り、人間大の標的に当ててきたのだ。

 

ゴルフで言えば、グリーンの遥か外からパターでチップインするようなもの。

そんなもの決められる方がおかしい。

 

 

……扶桑の機転で旗艦大破は免れたが、余波で大和が小破したところを見ると、まともに喰らっていたら敗北も十分にあり得た。

 

 

「……はぁ。私達、頑張ってきたと思ったんだけどなぁ……」

 

「そう腐るなよ。お前はよくやってるさ。

日ごろの訓練でも一番頑張ってるだろ?

元帥もそれを見てたからこそ、お前を第1艦隊に指名したんだ」

 

「でもさ、できてたった数か月の艦隊に、ここまでいいようにやられるなんてさ……」

 

「俺たちの練度とあちらさんの練度は、別の話だろ?

悔しいと思ったらもっと精進しろ。

まぁ、言われるまでもなく、お前はそうするだろうけどな」

 

「うー……ブクブクブク……」

 

「ま、細かいこと考えるのはいつでもできるさ。

せっかくの豪華な風呂だ。羽伸ばさせてもらおうぜ」

 

「そうね。このような浴場は初めてですから。

流石に気分が高揚します」

 

「大本営のお風呂も、これくらいの規模に出来ないものでしょうか……?」

 

「それは厳しいと思うでち」

 

「あはは……そうですね。

滅多にない機会。存分に楽しみましょう」

 

 

 

・・・

 

 

一方そのころ

 

 

・・・

 

 

 

客間ではひと勝負終えて、元帥と鯉住君が歓談していた。

 

 

「ご苦労だったな、少佐。

君の艦隊は想像を遥かに越える実力だった」

 

「ありがとうございます。

元帥にそう言ってもらえるとは、部下たちも喜びます」

 

「当然世辞ではないぞ。

こちらは一切手加減せず、演習に臨んだのだ。

同程度の艤装で、なおかつ、そちらのメンバーに大型艦である転化体がいれば、こちらの負けだったかもしれない」

 

「そんなことありません。

もしそういった布陣を敷いていれば、元帥も戦法を変えてきたでしょう?

そもそも、もしもの話をしても仕方ないですし」

 

「そうだな。

……とにかく、こちらの趣向に付き合ってもらって助かった」

 

「いえ、こちらこそ。おかげで良い経験が積めました。

私の指揮にも改善点が見つかりましたし」

 

「ふむ。それは重畳」

 

 

当たり障りのない話をしつつ、リラックスするふたり。

 

普段女性に囲まれているため、男性同士で話ができる機会は少ない。

相手はとんでもなく立場が上の元帥とはいえ、親戚のおじさん感覚で接することができる人柄である。

普段より気を張らなくて済み、ホッと一息な鯉住君。

 

そんな緩めの空気の中、元帥がある話を切り出す。

 

 

「……時に少佐。

君は艦娘を伴侶に選ぶつもりはないと言っていたな」

 

「えっ。

……そ、そうですが、なにか問題でも……?」

 

「問題はない。

ない、が、もし気が変わったら、連絡してほしい。

少し提案したい件があってな」

 

「ええとですね……先程も申し上げたように、あまりそういったことは考えていないんです。

ご厚意は嬉しいのですが……」

 

「そう言うとは思っていた。が、聞くだけ聞いてくれ。

実は少佐にしか任せられない案件があってな。

それを任せるには、『少佐』では階級が足らんのだ。

だから私の孫か大和君、もしくは鼎君の推薦でもある、一ノ瀬中佐辺りと婚姻を結んでくれれば、万事丸く収まると思ってな」

 

「……んん?」

 

「ああ、もちろん少佐の意見を無視しようとは思わん。安心したまえ。

あくまで君が納得してもらう前提での話だ。

様子を見る限り、大和君も一ノ瀬中佐も、君のことを好意的に見ているようだし、どう転ぶかは少佐次第だろう」

 

「……んんん???」

 

「手前味噌ではあるが、孫はなかなかの器量良しでな。

落ち着いた性格であり、少佐と相性もいいことだろう。

まあ、元帥という立場からすると、大和君の支えになってもらいたいという気持ちもあるが」

 

「ちょ……ちょっと元帥……???」

 

「ん?どうした?」

 

「ええと、その……それって……政略結婚的な……?」

 

「事が運べば、結果としてそうなるな。

とはいえ、少佐は自身の幸せを第一に考えてくれればよいし、こちらもそれを念頭に置いて話をしている。

先ほど話に出した相手は、誰にしても少佐と相性が良いはずだ。

浅井長政とお市の方のような、おしどり夫婦となれるであろう。安心してほしい」

 

「……ええと……」

 

 

例えが全然安心できないんですがそれは……

 

え、なに?

俺、元帥に反旗を翻して、頭を盃にされるの?

ふつーに嫌なんだけど……

 

というか……俺に対して政略結婚とか、メリット薄すぎない?

もっと適役がいっぱいいるはずなのに、なんで俺なの?

全然わかんないんだけど……

 

えっと……何から考えたら……?

何がどうなって、こんなことに……??

というかいったい、何が起こってるの……???

 

 

鯉住君が混乱して、おめめグルグルになっていると、そこに乱入者が。

 

 

 

ガララッ!!

 

 

「話は聞かせてもらったわっ!!」

 

「うおおっ!?……あ、足柄さんっ!?」

 

「お茶を淹れてきたんだけど、ナイスタイミングね!

ハイ!元帥!提督!お茶をどうぞ!粗茶ですが!」

 

「うむ。すまない」

 

「は、はい……」

 

 

ずずずっ

 

 

差し出されたお茶をすする元帥。

 

 

「……ふぅ。うまいな」

 

「お褒めに預かり光栄です!

それはそうと鯉住君!!アナタ、聡美ちゃんと結婚するの!?」

 

「え、ええと……」

 

「それは良いわね……みなぎってきたわ……!

ねえ!もちろん聡美ちゃんと結婚するのよね!?」

 

「お、落ち着いて……」

 

「重巡足柄よ!式場選びなら私に任せて! 一緒に勝利を掴み取りましょう!」

 

「ホントに落ち着いて!?

俺そんなこと言ってないから!!」

 

 

なんか演習前にも、こんな感じのやり取りしてた気がする……

 

天ぷら特盛レベルの天丼に胸やけを起こしながらも、なんとか足柄を落ち着かせる鯉住君なのであった。

 

 

 




瑞鶴のサービスシーン、ご堪能いただけましたでしょうか?
(すっぽんぽんで仁王立ち)


元帥のお孫さんは、大学2年生の20歳です。
見た目と雰囲気としては、岸波がそれくらいの年齢になったような感じです。


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第79話

まだマジメ……だと思います。

早くスナック感覚な話に戻りたい……
次回くらいからもどれるかなぁ……?





「なんだ……

せっかくアナタが聡美ちゃんと結婚して、横須賀第3鎮守府のみんな、大勝利!!

……って展開になるかと思ったのに……」

 

「露骨にガッカリしないで下さいよ……

そもそも一ノ瀬さんと俺じゃ、つり合いが取れないでしょうに……」

 

 

縁談はあくまで元帥からの一方的なものと知り、肩を落とす足柄。

 

 

「あのねぇ……

アナタがダメだったら、聡美ちゃんと釣り合いの取れる男なんていなくなるわよ?

そもそも聡美ちゃんが結婚できないのも、高嶺の花過ぎて誰も寄り付かないからなんだから。

本人はその気があるのにそんな現状なの。見てて居た堪れないのよ」

 

「それはもうしょうがないでしょう……

高嶺の花というか、背後のプレッシャーがヤバいというか……」

 

「ちょっと!しょうがないとか言わないでくれる!?

聡美ちゃんがどれだけ、来る日に備えて女を磨いてるか知ってるでしょ!?」

 

「す、すいません……」

 

 

実は一ノ瀬中佐の結婚は、横須賀第3鎮守府の全員の悲願だったりする。

 

限りなく不老不死に近い自分たちとは違い、人間には時の進みがある。

女盛りの年頃があまり長くないことを考えると、どうしても応援したくなってしまうとのこと。

 

普段から良くしてもらっているという信頼があるからこそ、こういった空気にもなるというものである。

彼女の鎮守府運営は、実に健全かつ手本となるようなものなのだ。

教本に運営方法が載ってもおかしくないほどなのだ。

 

……内容が将棋一色でなければ、間違いなく教本に載っていただろう。

 

 

「まぁ、落ち着きなさい。

私としては良き話だと思うのだが、こればかりは少佐の意見が最も重要なのだ」

 

「うー……!

鯉住君、今は引くけど、私、諦めないから!

絶対に聡美ちゃんとアナタをくっつけてみせるわ!!」

 

「足柄さん……勘弁してください……ホントに……」

 

 

他の足柄も同じなのかはわからないが、彼女に関しては、目的のためには手段を選ばない節がある。

かなり強めに警戒していないと、いつの間にか縁談が成立していた、なんてことにもなりかねないのだ。

自身の教官であったこともあるので、彼も重々それは承知している。

 

警戒すべきことがまたひとつ増え、胃が痛くなる鯉住君。

 

 

「どうにもすまなかったな。

話が想定外の方向に向かってしまって」

 

「い、いえ、気にしないで下さい……

ところで元帥、何故私なんかに政略結婚の話をしたのですか?

先ほどは何やら、私の階級を上げる必要があるとおっしゃっていましたが……」

 

 

恐る恐る、先ほどの話を蒸し返す。

 

ただの一介の少佐であり、まだまだ経験も浅い自分が、何か重要な計画のキーマンになるということ。

とてもではないが、まったく信じられない。

 

 

……確かに演習前に大和からも言われたように、いくつか功績は残している。

 

転化体ふたりが部下に加わっちゃったことで、意図せず欧州の状況を好転させた。

それ以前にも、建造やドロップ、初邂逅などをやらかした。

 

しかしながら、そもそも転化体のことを表に出せない以上、それに関連したことは功績として残すことは出来ない。

そのうえ残りの功績だけでは、重要な計画の一員として選ばれるには不十分だろう。

 

 

……それでは何故、自分に白羽の矢が立ったのか?

 

全く元帥の意図が読めない以上、話を蒸し返して、もう一度詳しく聞いてみるしかない。

胃が痛くなる気がするが、そうするしかない。

 

 

「そうだな。そこから話すべきだった。

……ここから先は最重要機密であるので、ふたりとも、口外無用で頼む」

 

「え゛っ……? 最重要……?」

 

「わかりました」

 

「あくまで少佐次第だが……

先程話した誰かと少佐が籍を入れてくれれば、今から話す計画は、実現に向けて大きく進むことになる。

それを踏まえて聞いてくれると助かる。

無理強いはしないが。あくまで少佐次第だからな」

 

「は、はひ……」

 

 

俺次第だ、って2回も言われた……

なんともいえないプレッシャーを感じる……

 

 

「籍を入れてくれればですって!

元帥からここまで言われるなんて、もうこれは事実婚じゃないかしら!?

みなぎってきたわ!!早速婚姻届を取り寄せましょう!

聡美ちゃんには私から連絡いれておくから!!」

 

「事実婚って、そういうことじゃないですからね?

一ノ瀬さんに連絡なんてしないで下さいよ……?

絶対に首を突っ込まないでくださいね……」

 

「少佐の言う通りだ。

今から話す計画が、外部に漏れるのは避けたい。

一ノ瀬中佐なら構わないが、第3者に知られる可能性がある行動は避けてくれ」

 

「うぅ~……歯がゆい……歯がゆいわっ!!

……でも仕方ないわね。

なんといっても最重要機密ですもの……」

 

「うむ。理解してくれて助かる。

最重要機密だからな」

 

 

最重要機密ですって。

 

最重要機密って、一介の少佐程度が知っちゃっていいものなの?

 

鼎大将といい、先輩3人といい、その部下の皆さんといい、大和さんといい……

俺に軍事機密を暴露しまくるのが、最近の海軍のトレンドなの?

 

ほら、もう胃が痛くなってきた。

おうちかえって、ぜんぶわすれてねむりたい。

あ、ここがおうちだったっけ……ははは……

 

 

 

・・・

 

 

 

「日本海軍は現在、欧州からの救援要請と、西太平洋における深海棲艦の大規模攻勢対策という、ふたつの大きな作戦を抱えている。

それは先ほど話したな?」

 

「……ええ。把握できているつもりです」

 

「あら、欧州の救援ですって?

そんな話になってたの?」

 

「ああ、さっき足柄さんは居なかったからね。

今欧州では、北大西洋の深海棲艦ボスが、北海にちょっかい出してるらしいんだよ。

アークロイヤルが北海のボスをやってたらしいんだけど、彼女がこっちきてパワーバランスが崩れたんだってさ」

 

「にゃっ!?

アークロイヤルが鳥海と同じで転化体だってのは知ってたけど、海域ボスだったの!?

道理で全然実力がつかめないわけだわ……!」

 

「足柄さんほどの実力でも、底が見えませんか」

 

「全然見えないわね。

鳥海相手に対局してる時と同じ感じ」

 

「あー……そのレベルですか……流石は欧州の海域ボスですね……

ホントになんで、俺みたいな普通の奴についてくる気になったんだろ……?」

 

「「 普通? 」」

 

「なんでふたりそろって疑問形なんですか……」

 

 

足柄はともかく元帥にまで変な奴扱いされ、ガックリと肩を落とす鯉住君。

彼を『普通の人』扱いしてくれる相手は、すでにどこにもいないのだが、そのことに彼はいつ気付くのだろうか?

 

 

……そんな感じで話が脱線してしまった。

このままでは話が進まないので、路線を元に戻す元帥。

 

 

「そう。

その実力者であるアークロイヤルから、先ほど話を聞いてな。

欧州における、深海棲艦の動きの裏を取ることができた。

真実は深海棲艦同士の小競り合いが起こっているだけで、人類をどうこうしようということではないようだ」

 

「あら。それなら安心ね」

 

「うむ。その通り。

ただし、こちらがそれを知っていると公表することが出来ない以上、それを踏まえた行動をとらなければいけない。

日本海軍が緊急で対応しなければならないのは、こちらの案件だな」

 

「……オリーヴィア提督に伝えてあげたいんだけど、それは大丈夫かしら?」

 

「ああ。ローマ君の古巣のことか。

口外しない、情報の出どころは伏せる、この2点が守れるのならば構わない」

 

「あぁ、よかったわ。

地中海は激戦区だから、普通の海域維持でも大規模作戦並みらしいのよね。

そんな状況で遠征なんてできるわけもないし、実情くらいは知ってないと、やってられないでしょうから」

 

「自然な流れとしては、ローマ君経由での伝達が良いだろう。

機密漏洩と捉えられない程度で頼む」

 

「了解」

 

 

さらっとローマの名前が出てきた事に、疑問を感じる鯉住君。

彼女には研修中に随分お世話になったので、彼もよく知っている艦娘なのだ。

 

一介の鎮守府所属艦娘が、元帥と知り合いというのもおかしな話だ。

交換留学ということなので、その手続きの際に面識があったのだろうか?

大本営も同じ横須賀鎮守府なので、顔合わせする機会が多いのだろうか?

 

本題から逸れるのはいただけないが、どうしても気になり聞いてみることにした。

 

 

「あの……元帥はローマさんとお知り合いなのですか?」

 

「……うむ……知っていると言えば知っている」

 

 

……なんだか歯切れが悪い。

どんなことでもスパっと話す元帥らしくないなぁ。

 

そう思っていたところ、足柄から補足が入る。

 

 

「あら、提督は知らなかったの?

元帥は私達のファンクラブの一桁ナンバーよ?」

 

「……え?」

 

「……足柄君。その話は、元帥としてはすることができない」

 

「ああ、そうだったわね。

『本業は一切関与させてはならない』だったかしら?

鮫島総理もめんどくさい決まり作ったわねぇ。

ま、メンツがメンツだし、仕方ないというのはわかるけどね」

 

「……とにかくその話はここで終わりだ。本題に戻るぞ。

それでいいな?少佐」

 

「は、はい……」

 

 

第3よこちん将棋会ファンクラブは、とんでもないメンバーで構成されている。

そのことは知っていたが、まさか元帥まで会員だったとは……

 

しかも何千人といる中での一桁ナンバーとか、ガチ勢じゃないか……

 

これ以上この話題を広げることは、盛大な藪蛇になることを理解し、元帥の指示に従う鯉住君なのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……おほん。

日本海軍が現在抱えている作戦は、その2件。

しかしそれとはまた別に、全員の同意を得られているわけではないが、大きな目標をひとつ定めている」

 

「大目標というやつですか?」

 

「うむ。その認識でよい。

その話の前置きとして、ひとつ聞かせてほしい。

……ふたりは『ハワイに深海棲艦の本拠地がある』という噂を聞いたことがあるだろうか?」

 

「ああ、聞いたことがあります。

ネットで定期的に出てくる都市伝説ですよね」

 

「私も知ってるわ。

有名なコラージュ画像も見たことあるわよ」

 

 

 

 

 

インターネットの匿名掲示板では、定期的にこの話題が上る。

 

『ハワイは全ての深海棲艦を統べるボスに支配されている!

そしてハワイにいた人間はまだ生かされていて、深海棲艦の指揮下に置かれている!

その証拠がこの写真だ!!』

 

こんな内容に、一枚の写真が添えられる。

 

その写真は、ハワイを写した衛星写真であり、

ハワイ本島を中心に、周辺海域一面に広がる深海棲艦の群れを確認することができる。

 

さらに解像度を上げると、その写真には衝撃の光景が見られる。

ハワイ本島の海岸に、姫級と思われる深海棲艦に首を垂れる、原住民のような恰好をした人間達が見て取れるのだ。

 

 

……しかしこの写真、色々と疑問が残る。

 

 

そもそもハワイと通信が途絶えたのは、深海棲艦出現時。10年前。

隔離された島で、文明に頼り切った現代人が、そんなに長期間サバイバル出来るとは思えない。

そして深海棲艦に共通する『人類に対する憎しみ』も踏まえると、人類がまだ生存している可能性は限りなく低い。

 

 

そしてそれを前提にして考えると……

 

 

誰がそんな非現実的な話を語りだしたのか?

 

そもそも人間を支配する、などという回りくどい事をする深海棲艦がいるのか?

 

現在ハワイの衛星写真を見ると、深海棲艦の姿はぽつぽつとしか見られない。

そしてハワイ本島は廃墟が写し出されるばかりで、人っ子ひとり確認できない。

あの写真が真実だとするなら、オンタイムの衛星写真はどう説明するのか?

 

 

このような話し合いが毎度毎度起こり、結局は

 

 

『写真はコラ画像。噂はただの都市伝説』

 

 

という結論に落ち着くことになる。

 

 

 

 

 

「ふむ。それを知っているなら話が早い」

 

「ええと……その都市伝説が、何か関係してくるのでしょうか……?」

 

「……先ほど私は、今から話す件は最重要機密だと言ったな?」

 

「え、ええ……」

 

「最重要機密というのはそれだ」

 

「「 え……? 」」

 

 

 

「既に君たちも知っていることだ。

 

『ハワイに全ての深海棲艦のボスがいるという都市伝説は真実』

 

これが最重要機密だ」

 

 

 

「「 ……ええええ!!!??? 」」

 

 

 

驚きのあまり叫び声をあげるふたり。

 

それもそのはず。

あんなに胡散臭い都市伝説が、実は本当だったというのだ。

 

とても信じることなどできないが、それを元帥の口から聞かされた以上、嘘だと切り捨てることは出来なくなった。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!

そんな誰もが知っているような話ですよ!?

普通は軍事機密なんて、一般人が知ることなんてできないものでしょう!?」

 

「些細な機密なら少佐の認識で正しい。

しかしな、本当に隠したい秘密は、公開してしまうのだ。

これは昔から行われている手法だな」

 

「ちょっと私も驚いちゃったわ……

あまりにも信ぴょう性がない話だし、てっきり嘘だとばかり……」

 

「諜報活動では、何かを隠そうと思ったら、それを白昼堂々と人前に晒すのが定石だ。

今回もこのやり方に従ったに過ぎない。

結果として誰ひとりこれを真実と捉える者は出てこず、居たとしても陰謀論者として認識される。

……君達も、これが真実とは信じられなかっただろう?」

 

「はー……おっしゃる通りで……

ということはあの写真は……」

 

「想像の通りだ。

世間でコラージュ写真として出回っている写真が真実であり、現在インターネットで閲覧できる衛星写真こそが、加工済みのコラージュ画像なのだ」

 

「……狐につままれたような話ね」

 

「『秘密というのは、大事に大事に、人目に触れない金庫に隠されている』。

誰もがそう考える。

その思考の穴こそが、最も発見されにくく、最も堅固な『金庫』となるのだ」

 

「そ、そうなんですね……

なんだか世界の闇を見てしまった気分です……」

 

「人間を知れば知るほど、こういった事もわかるようになっていく。

少佐はまだ若いのだ。こういった経験を積んで、成長していけばよい」

 

「私もまだまだ未熟だってこと、思い知ったわ……

一歩前に進むための、大事なヒントを得られたかも……!」

 

「それはなにより」

 

 

自分の常識が壊れる経験を、またひとつしてしまった鯉住君。

何とも言えない表情をして固まっている。

 

そんな彼を見つつ、元帥は事もなげに話を続ける。

 

 

「……それでそのハワイの深海棲艦についてだが、我々は彼女とコンタクトを取ろうと考えている」

 

「えっ……!?

なんでわざわざそんな危険な真似を……?

こう言っては何ですが、日本とハワイは地理的に離れているし、メリットは薄いのでは……?

というか、出撃でなく、コンタクトを取る、ですか……?」

 

「うむ。少佐の意見は尤も。

実際大本営内でも、少佐と同様の意見が大勢を占めるため、

私の意見は相手にされていない」

 

「ですよね……

それでも元帥は、それを実現しようとしているのですか……?」

 

「そうだ。

正確にいえば私だけではなく、呉鎮守府の鼎君、ここラバウル基地の白蓮君、トラック泊地の尼子君。パラオ白地の平君が、賛同してくれている。

しかし他の将官からは『論外』と切り捨てられてしまっているな」

 

「そんな淡々と……」

 

 

自身の方針が歯牙にもかけられていないというのに、この落ち着きよう。

元帥がいくらそういった性格とはいえ、何かあると考えるべきだろう。

 

 

「確かに日本にメリットがあるかと言えば否と言うしかないうえ、

『コンタクトを取る』という目的の出撃では、同意を得るのに無理がある。

しかしこの作戦は、なんとしても実現しなくてはならない」

 

「な、なぜそこまでして……

そんな荒唐無稽とも言える作戦を思いついた理由は、いったい何なんですか……?」

 

「それはまだ伝えることができない。

何故コンタクトを取ろうとしているのか、そしてそれが成功したらどうなるのか、それについても同様に伝えられない。

……だが、人類が今の状況を打開する、最も重要な一手となるのは確実だ。

少佐はこの話を聞いて、どう思うだろうか?」

 

「それは……」

 

 

 

怒涛の情報ラッシュに考えがまとまらない。

突拍子もない話に現実感が全くわかないのだ。

 

……こういった時は、自分が思ったことをそのまま口に出すのが一番。

幸いにして、それが許される相手だということもある。

 

少しの逡巡の後、口を開く鯉住君。

 

 

 

「……少なくとも、人類の未来のためになるというなら、実行するべきだと思います。

しかしその作戦が多大な犠牲を伴うもので、艦娘の皆さんに大きな負担がかかるというのならば、賛成できません」

 

「鯉住君……貴方、またそんなこと……」

 

「違いますよ、足柄さん。

貴女達のことを籠の鳥扱いしようとか、そういうことじゃないです。

艦娘の犠牲の上に成り立つ人類の繁栄なんて、偽物だと思っているだけです。

 

……キミたちを使い捨てて、人類が一歩前に進む。

それはつまりキミたちのことを、『使い捨ての道具』扱いしているのと同じだ。

キミたちは人間ではないけれど、道具でもない。

もう軍艦だった時とは違うんだ。

ひとりひとりに意思がある、人間とそう変わらない存在なんだよ。

 

そんな友好的な隣人を、自分たちと多少違うから、都合よく言うことを聞いてくれるからと言って『道具扱い』した挙句、それが無かったかのように忘れ去るくらいなら、人間はこのままでいい。

 

……新しい歴史はキミたちとともに創るべきなんだ。

もっと言えば、深海棲艦まで含めたうえで、一緒に創っていくべきなんだ。

人類だけしか見えていない奴に……俺は人類の運命を任せる気はない」

 

 

真剣な顔で、鯉住君は足柄に向かって言い切る。

 

いつも控えめな彼にしては強い口調だ。

それだけ今の意見が彼にとって譲れないものであり、今の彼を形作っている考えでもあるということなのだろう。

 

 

「……そう。そうよね。……ありがとう」

 

「当然のことですよ。普通です。それが普通。

……ということで元帥、手放しで賛成できるとは言い切れないのですが……

……元帥?」

 

 

無意識に足柄にすごいこと言った鯉住君であるが、元帥からの質問に答える途中だった事を思い出す。

 

深海棲艦で埋め尽くされる海域に突っ込む以上、犠牲はかなり出てしまうことだろう。

あまり意に沿えるとは思えない意見を口にしてしまったため、恐る恐る様子をうかがう。

 

 

「……フフフ」

 

「げ、元帥……?」

 

「あぁ、ようやく鼎君が君のことを『少なくとも自分以上にはなる』と言っていた意味がわかった。

……もちろん艦娘の犠牲を出さずに作戦は遂行するつもりだ。

安心してほしい」

 

「そ、そうですか……それなら作戦には賛成です」

 

 

常に平静な元帥が笑っているのを見て、面くらってしまった。

鼎大将からの謎の高評価はいつものことだが、まさか元帥にまでその話をしているとは……

 

自分の知らないところで話が大きくなっていると知り、先ほどから少し収まっていた胃痛が再発してきた。

 

 

「うむ。それならば、先ほど縁談を切り出した理由も理解してくれるだろう。

多数の同意が得られない作戦。ならば実力で黙らせるしかない。

この作戦に参加する者は、少なくとも将官で固めねばならんのだ」

 

「そ、そういうことだったんですね……」

 

「そうだ。

当然ではあるが、姻戚となっただけで地位を上げられるはずもない。

が、しかし、その状態ならば、一介の提督ではなく実力者の近縁と見られる。

周りからの見る目が変わり、昇格も容易くなるだろう」

 

「あー……」

 

 

 

……つまりこういうことである。

 

 

実行すること自体が無理難題な作戦を強行するために、実力と階級を兼ね備えた人材が必要。

 

先ほどの演習で大本営第1艦隊に肉薄した鯉住少佐なら実力は十分。

足りないのは実績と階級だけ。

 

実績については、非公開なものを含めて考えれば、将官でも出せないようなものが揃っている。

これから活躍の場を与えれば、いくらでも積むことができるはず。

しかし昇級は、実績を積んだからといってすぐに行えるものではない。

 

そこで考えられる裏技。

実力者と政略結婚することで、強引に周囲の評価を上げる。

 

それには元帥とつながりができるお孫さんとの結婚か、

大本営筆頭秘書艦として活躍している大和との結婚、

そして、鼎大将と深いつながりがあり、本土大襲撃の立役者である一ノ瀬中佐との結婚が、彼の人脈も考えると現実的。

 

 

 

……鯉住君にとっては、完全に寝耳に水の案件だ。

なにせ今回の視察は、自分のやらかしに対するお叱りと、転化体についての確認程度だと思っていたからだ。

 

まさかまさかの大抜擢。

小市民的なメンタルを持つ彼には、まったく飲み込めない話だ。

 

 

「君の年齢からすると、年が近い、20代中盤から30程度の相手である方が良いと考えた。

だから君と交友関係にある一ノ瀬中佐か、大和君との縁談を薦めたかったのだが……」

 

「だ、だが……?」

 

「先ほどの話を聞いて、

君にこそ、私の孫娘を嫁がせてやりたいと思うようになった。

どうだ?自慢の孫だ。真剣に考えてみないか?」

 

「うえぇ……!?

え、ええとですね……お孫さんの気持ちもあるでしょうから……

その話はお断りさせて……」

 

「ダメよ!やっぱり鯉住君は、聡美ちゃんと結婚するべきよ!!

元帥といってもそこは譲れないわ!

聡美ちゃんを幸せにできるのは、彼しかいないのよ!!」

 

「あ、足柄さん……話がややこしくなるので……」

 

「一ノ瀬中佐には他の将官との縁談を持ちかけても良い。

それならば足柄君の心配することにはならないだろう?

だからここはひとつ、孫を紹介させてもらって……」

 

「それじゃダメよ!

いくら元帥とはいえ、彼以上に聡美ちゃんを幸せにできる相手を、連れて来ることができるとは思えないわ!

だから聡美ちゃんに今すぐ連絡して……!!」

 

「いや、しかしな……」

 

「譲れないわ!」

 

 

 

やめて……ヤメテ……

ふたりとも……私のために争わないで……

 

 

ハイライトさんがどこかへ行ってしまった遠い目をしながら、

一昔前の少女漫画の主人公のようなセリフを、脳内でリピートする鯉住君なのであった。

 

 

 

(やれやれ。またふらぐをたてたのですか?)

 

(とんだおんなのてきですね)

 

(こうなったら、ぜんいんめとるしかないですね)

 

(それはめいあん)

 

(かんむすとびじんでできた、すてきなはーれむ……)

 

 

((( はーれむきんぐ・こいずみ…… )))

 

 

 




ちなみに彼はこの話を『今はまだ答えられない』という曖昧な返事で濁した後、元帥に鎮守府案内をしました。

鎮守府に似つかわしくない施設群を見て、元帥は大層驚いていたようで、『やはり君しかいない』と、固めてほしくない決意を固めてしまったようです。





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第80話

ホントはこの小説のメインヒロインは神風ちゃんになる予定でした。
でも色々書いてるうちに、配役ががらりと変わってしまったのです。

今ではメインヒロインは……誰なんでしょうか?
一番ヒロインしてるのは鯉住君本人なんじゃないかと、最近は思っています。


あとは(女性陣に対する)サービス回もたくさん用意しないとですね。
思い返してもサービス回っぽいのは、古鷹との一件だけなんだよなぁ……

構想練ってるだけでお砂糖マーライオンになる展開もいくつか用意してありますが、それがいつブチ込まれるかは未定となっております。




 

衝撃的な事実暴露と、政略結婚という圧力におびえながらも、なんとか結論を先延ばしにすることに成功した鯉住君。

そのあとほうほうの体で元帥の鎮守府案内を終え、また会議室(客間)へと戻ってきた。

 

するとタイミングよく、演習に参加していた両陣営のメンバーも、お風呂から上がってきた。

 

鎮守府案内は1時間ほどかかっていたので、その前の暴露大会も含めると、彼女たちは約1時間半ほどかけて入浴していたことになる。

もちろんその時間ずっと入浴していたわけでなく、広間でくつろいだり、旅館内を見学なりしてくれていたのだろうが。

現に彼女たちから感じる熱気はそこまでではないし、髪もほとんど乾いている。

お風呂上りにゆっくりしていたという証拠だろう。

 

……ちなみに大本営の皆さんも、自分の部下一同も、全員浴衣姿である。

普段の艤装は見慣れているのでまだいいが、浴衣姿はなんか、こう、来るものがある。

目のやり場に困って非常に辛い。特に大人組に対して。

 

 

「鯉住少佐。温かいおもてなし、ありがとうございました。

あんなに豪華なお風呂、初めてでした。皆喜んでいます。

演習の疲れも取れましたし、純粋に気持ちよく入浴できました」

 

「あ、ああ、それは本当に良かったです。

お世話になっている大和さんにそう言われると、こちらとしても嬉しいですよ」

 

「いきなりの訪問でしたのに、ここまでもてなしていただけるなんて、思ってもみませんでした。

申し訳なくなってしまいますね」

 

「いえいえ、とんでもない。

皆さんこそお忙しいところ、わざわざこちらのために骨を折ってくださったんですから。

私と部下も、とても貴重な経験を積まさせていただきましたし。

感謝するのはこちらの方です」

 

「うふふ……やはり少佐はお優しいですね。

そう言っていただけるのは嬉しいです。

本当にありがとうございます」

 

 

お風呂上がりでお肌つやつやになった大和さんは、ニッコリとほほ笑んだあと、丁寧に頭を下げてくれた。

するとほぼ同時に、他の大本営の皆さんも頭を下げてくれた。

リラックスしてもらえたようで何よりだ。

 

……それはそうと、座っている私の目の前でお辞儀をされると、その……

見たいけど見ちゃいけない谷が、目の前に来てしまいましてですね……

リラックスしてくださってる皆さんとは対照的にですね、なにがとは言わないですが、緊張してきてしまってですね……

 

 

……感謝の気持ちを伝えられている最中だというのに、どうしようもない事を考えている鯉住君。

 

すると、後ろからトゲのある声が聞こえてきた。

 

 

「……ねぇアンタ、私達がいなくても、ちゃんと元帥はおもてなしできたんでしょうね?」

 

「あ、あぁ、叢雲か。

失礼が無いようにはできたと思うよ」

 

「どうだか。

アンタのことだから、粗相とかしちゃったんじゃないの?

正直に言いなさいよ」

 

 

話しかけてきたのは叢雲だった。

どうやら元帥に粗相をしていないか、心配しているらしい。

 

気にかけてくれるのはありがたいとは思うが、それくらいならなんとかなる。

先日はっちゃけてしまった手前、できて当然だなんて言えないけど……

 

もう少し信用してくれてもいいと思うんだけどなぁ。

なんだかいつもより当たりが強い気がするし……

 

……あ、そうか。これはあれか。

演習で負けちゃったから、やっぱり悔しいんだな。

それで態度がツンツンしたものになっちゃってるに違いない。

……勝たせてやれればよかったんだけどな。

実力つけねば……

 

 

叢雲がツンツンしてる原因は、当然そこではない。

彼が気付くことはなさそうだが。

 

 

「それで、どんな話してたの?」

 

「あ、ああ、なんというか……

そう、演習結果について、色々と意見交換してたんだよ。

あとは一通り鎮守府案内して、設備を見てもらってた」

 

「……ふーん。本当でしょうね……?」

 

「ほ、本当だとも」

 

 

ジト目を向けてくる叢雲。

これは間違いなく、嘘を言っていると疑われている。

 

……仕方ないじゃんか!

たしかにごまかしてるけど、間違ったことは言ってないし!

もしホントのこと言ったら、なんか怖いことになる予感がするんだもの!

そもそも最重要機密については、口に出すことすらできないし!

 

 

「ふーん……」

 

「な、なんだ、疑ってるのか?

……本当ですよね、元帥」

 

「うむ。少佐の言う通りだ。

彼は嘘を吐いてはいないぞ」

 

「……元帥がそうおっしゃるなら、信じます」

 

「もっと俺のことも信じてくれよ……」

 

 

ありがてぇ……さすがは元帥。

俺なんぞに気を遣ってくれるとは、人間の鑑やで……

 

……足柄さん。なに顔を背けてるんすか?

そんなに俺のごまかしに、思うところがあったんですか?

さすがに少し傷つきますよ?

 

あと龍田も、口に手を当ててプルプルしてんじゃないよ。

キミは察しがいいから気づいちゃってるっぽいけど、それ、困ってる提督見た時に取る態度じゃないよね?

なにか察してるんなら、普通助け舟とか出すよね?

困ってる人見て笑うとか、提督そういうのよくないと思います。

 

 

 

・・・

 

 

 

『なんかあったけど言えない』と丸わかりな態度をとる鯉住君。

助けてくれる気配がなんにもない部下たちにげんなりしていると、元帥から質問が飛んできた。

 

 

「ところで少佐。

隣の旅館施設に宿泊することは出来るだろうか?」

 

「て、提督?」

 

「どのみち次の連絡船出航までには、2日かかる。

宿をとってしまってはいるが、そちらはキャンセルしてしまえばよいだろう。

それよりもまだここで確かめたいことがあるのでな。

……どうだろうか?頼めるか?少佐。

もちろん宿泊費は出そうと思う」

 

「え、ええ。

こちらとしては構いません。

……しかし急なお話ですので、お食事などは簡素なものしか用意できないですよ?

それでもよろしいのでしたら……」

 

「構わない」

 

「そういう事でしたら、大丈夫です。

……ちなみに、ウチで確かめたいことというのは……?」

 

「この鎮守府の後方支援能力を確かめたい。

ちょうど演習で艤装を使った後であるし、メンテナンスを見られればと思っている。

あとは先ほど簡易的に案内してもらった施設を、じっくりと見てみたい。

信じられないことであるが、今の人類では再現不可能な機能を持った施設も多かった。

もっとしっかりと見てみたいのだ」

 

 

アークロイヤルとの対談の際に、ここをラバウルの後方支援基地にしようという話が出ていた。

確かにそのためには、実際どれだけの能力があるのか確認することは、必要だろう。

 

元帥の申し出ということもあり、断る理由もない。

 

 

「わかりました。

メンテに関しては、元帥にお披露目するほど大したものでないかもしれませんが……それでもいいでしょうか?

それと施設については、妖精さんが頑張ってくれたので、私も説明できない技術ばかりなんです。

先ほどした説明以上のことはわからなくてですね……」

 

「ああ、気を遣わなくてもよい。私が興味があるだけなのだ。

それよりも、協力感謝するぞ」

 

「いえいえ、その程度でしたら……

それじゃ足柄さん、古鷹と子日さんを連れてっていいから、宿泊の準備と、食事の準備をお願いします。

……そうだ。せっかくだから、今晩は会食みたいな感じにできます?

せっかく一緒に演習したんだし、友好を深めるためにも。

……どうでしょう?急な話だけど頼めます?」

 

「もちろんよ。私に任せときなさい」

 

 

自信満々といった表情で、胸を叩く足柄。

無茶ぶりと言ってもいいような仕事量だが、ノータイムで引き受けるのは流石である。

 

 

「いつもありがとうございます。

足柄さんには毎度毎度、おんぶにだっこですよ」

 

「ふふ。いいのよ。私は貴方の部下だもの」

 

 

軽く微笑みをつくって、ウインクをひとつ。

退出していく足柄。

 

改めて見るとすごい美人だ。惚れそう。

あ、そういえばケッコンしてたっけ。

 

……冗談はさておき、彼女には裏方や細かい仕事を頼んでばかりだ。

いつか感謝を込めて、なにか贈り物をしないとな。

 

 

足柄が準備に向かったのを見届け、元帥が話を進める。

 

 

「それでは少佐が準備出来たらで構わないが、艤装のメンテナンスを見せてもらいたい。

いつから始めてもらえるだろうか?」

 

「そうですね……下準備は常にしてあるし……

明石と夕張、秋津洲に、予定を確認してみます。

確認が取れたら予定をお伝えしますので、ここで待っていてもらえますか?

そんなに時間はかからないと思いますので」

 

「わかった。

それでは手間をかけるが、よろしく頼む」

 

「いえいえ……お目汚ししないよう、精一杯頑張らせていただきます」

 

 

 

……このあとメンテ要員に声をかけたところ、

『すぐにでもメンテを開始できる』という返事を全員からもらうことができた。

 

急な話でどうなるかと思ったが、嫌な顔をするどころか、大本営に実力を見せてやろうと息巻いているくらいだった。

頼もしいことだ。

 

その声掛けをしている時に、いつの間にかツナギに着替えた北上から、

『アタシも手伝うよ~』と、ありがたい申し出があった。

もちろんこれを快諾。

演習で疲れていたところをおしての提案に、嬉しくなってしまった。

 

あまりに嬉しかったので、ついついグシグシと頭をなでてしまった。

さっき天城の頭を撫でまわしまくっていた弊害が出た形だ。

彼女は『やーめーてーよー』と言いつつ、気持ちよさそうに撫でられていたので、本気で嫌がっていたわけではないはず。

セクハラにならなかったようで一安心だ。

 

……ちなみに艤装メンテをすぐに始めると伝えたところ、大本営第1艦隊の皆さんは全員見学するということになった。

 

どうやら皆さん、自身の艤装ということもあり、俺たちのメンテがどのような感じか勉強したいらしい。

さすがの向上心の高さに脱帽である。

 

 

 

・・・

 

 

 

……そんな流れで作業着に着替え、工廠に集合した。

 

明石、夕張、秋津洲も、全員ツナギである。

いくら暑いとはいえ、肌を出しての作業は危険なのだ。

安全第一である。

 

 

「では皆さん、今から艤装のメンテナンスを始めますね。

退屈な時間も多いでしょうから、私達には気を遣わず、気を楽にしていてください。

あ、ただし作業中はそこのライン以上には近づかないで下さいね。

艤装をいじる以上、負傷の危険がありますので」

 

「うむ。承知した」

 

「よろしくお願いします。

もし退屈でしたら、席を外していただいても一向に構いませんので。

……それでは、失礼します」

 

 

そう言って作業場に向かう鯉住君。

そちらでは北上含めた4名と、たくさんの妖精さんが、既に下準備を開始していた、

いつものお供妖精さん3名とともに、その輪の中に加わっていく。

 

みんな活き活きとしている。

彼も部下の4名も妖精さんたちも、本当にこの仕事が好きなのだと分かる。

 

 

「提督……私達の艤装は、希少な物ばかりです……

見たこともない造りのはずですが、大丈夫なのでしょうか……?」

 

「問題ないはずだ。

というより、むしろ少佐は喜んでいたぞ。

弟子たちに貴重な経験を積ませることができると言ってな」

 

「そ、そうなのですか……凄い自信ですね……」

 

 

扶桑の不安は尤もである。

彼女たちの艤装は希少な物で、非常に精密。

デリケートなのだ。

大本営の工廠班では、彼女たち専属のメンテ技師がついているほどである。

 

 

「それにしてもさ、私たち全員分の艤装メンテなんて、何時間かかるのかな?

ウチの工廠ではひとりの艤装に2,3人で当たって、無傷なら1時間半くらいだけど」

 

「そうだな。妖精さんがいるとはいえ、たったの5人でメンテするんだ。

普通に考えたら、早くても倍の3時間はかかるだろうな」

 

「だよね、木曾さん。

ずっとそれを見続けるのはちょっと辛いかな。

途中で施設探検にでも行っちゃおうかしら」

 

「……宿の提供をしてもらったうえ、艤装のメンテナンスまでしてもらえるというのに、感謝して見届けることもできないのかしら?

これだから五航戦のこらえ性の無い方は……」

 

「ハァ!?少佐だって席外していいって言ってたでしょ!?

テキトーなこと言わないでよ!

ホントは加賀さんが演習で疲れて動きたくないだけなんでしょ!?

年が年だから!」

 

「は?……はあぁ?

今なんて言ったのかしら?この七面鳥は」

 

「なっ……!!だれが七面鳥だっていうのおぉ!?

年だって言われて怒るのは、自分でそれを認めてるってことじゃないのかなああぁ!?」

 

「頭にきました」

 

「あ、あわわ……」

 

 

いつもの。

 

 

「ねぇ提督、加賀さんはなんであんなこと言ったの?

別にゴーヤも席を外してもいいと思うんだけど」

 

「うむ。ゴーヤよ。

目の前の彼女が『呉の明石』だということは聞いているか?」

 

「うん。さっきちょろっと話に出たから知ってるでち。

実力がすっごく高いってことも聞いてるよ」

 

「ならば話が早い。

加賀君が本当に言いたいところは『超一流の仕事なのだから、見るだけで得られるものがある』ということだろう。

本人は認めないだろうが、瑞鶴君の成長を願っての発言だろうな。

少佐自身も明石君と同様、非常に実績のある人物。

ゴーヤもしっかり見ておくとよい」

 

「そういうことでちたか。

それじゃしっかり見とかないとね」

 

「龍太さんの本当にすごいところは艤装のメンテナンスだって聞いてるけど……

実際どのくらい凄いのかしら?

ふふ、楽しみだな」

 

「ん?大和さん、何か言ったでちか?」

 

「いえ、なんでもありませんよ」

 

 

いつも通りなところはいつも通りだが、

集中して第10基地・工廠班の仕事を見学する大本営一行なのであった。

 

 

 

 




ようやくラバウル第10基地メンテ班が動き出すみたいです。

鯉住君が本当にやりたかったことの一環なので、みんな張り切ってるようですね。


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第81話

メンテのお話なので、わかりやすいよう独自設定を出しときますね


艦載機の扱いについて


艦娘の艦載機は、全機メンテする必要がありません。

どういうことかというと、艦娘の格納庫には艦載機が搭載数いっぱい格納されているわけではなく、ひとつの艦載機を、ボーキの不思議エネルギーを使って分身させて戦う感じです。

だからボーキ補給が不十分だと、艦載機があまり分身させられないのです。
連戦で艦載機が減ってしまうのは、この辺が原因ですね。

そして艦載機が墜とされる数に比例して、艦載機の微妙な『クセ』が大きく変わってきます。
この『クセ』にどれだけ慣れるかが、熟練度システムだと思っていただければ大体あってます。

だからメンテする艦載機は1スロットにつき1機でいいです。
というか全機メンテとかしてたら、いくら時間があっても足りません。



基本艤装(元々艤装)について


実は艦娘の基本艤装(カードイラストの部分)は、自由に消したり出したりできます。
不思議な話ですが、艦娘という存在がそもそも不思議なので、いまさらという気もしますが。

しかし基本艤装を装備し、パッと消したからと言って、完全に存在が消えるわけではありません。
モノとしては消えているのですが、どうやら装備している時と同じ感覚が継続しているようです。

人間で言えば、物理的には存在しない、荷物がたくさん入ったリュックを背負っているような感じ。
体重が数倍になったかのような、ずっしりとした感覚が続きます。

そういった実情から、普段は艤装全般を工廠に保管するのが一般的。
出撃時なら問題なく操れる艤装とはいえ、日常生活を送るうえで、ずっしりとした感覚が続くのは不便極まりないからですね。




 

大本営の皆さんが見守る中、メンテを始めようとしているラバウル第10基地メンテ班の面々。

 

チームで仕事する以上、いきなりメンテに取り掛かることは出来ない。

まずは作戦会議だ。

スムーズな作業には段取りが必須なのである。

 

 

「さて、ふたりは研修を終えてから初めての大仕事だ。

とても珍しい艤装ばかりだけど、何とかなるはずだよ。

いつも通りいこう」

 

「任せてください!師匠!」

 

「わかったかも!」

 

「ふたりともイイ感じだねー。

ちゃんと先生してるじゃない。やっる~」

 

「からかうなよ、明石……

俺がしっかりしてるんじゃなくて、ふたりがすごいんだって。

……まぁ、それは置いといて、割り当てはどうする?

夕張は砲雷撃系の艤装、秋津洲は艦載機系の艤装と補助兵装が、それぞれ得意だ。

それを考慮した割り当てにした方がいいよな」

 

「そうだね。

それじゃ鯉住くんは夕張ちゃんと、私は秋津洲ちゃんと組むようにしようか」

 

「まぁ、そうなるな」

 

 

下駄履き機大好きな例の妹さんのようなセリフを吐く鯉住君。

 

全員で同じ艤装に取り掛かっても、効率が悪い。

やはりここはふたりずつで、チームを組むのが一番よいだろう。

 

しかしメンバーは5人。それだとひとり余る。

その余ったひとりである北上から、質問が飛んできた。

 

 

「ねー提督~、アタシは何したらいい?」

 

「北上には運搬係を頼みたい。

簡単なように見えるけど、

空間把握能力とか、道具や部品の基本知識が必要になる、重要な仕事だ。

重労働で申し訳ないけど……任せてもいいかい?」

 

「あったりまえよ。

このハイパー北上様にお任せあれ~」

 

「疲れてるところすまない。ありがとうな」

 

 

大本営の皆さんの艤装は現在、工廠で保管してある。

6人分の艤装ともなれば、かなり場所を食うものだ。

しかもその中のふたりは、大型艦中の大型艦である大和、扶桑である。

現在工廠の結構なスペースが、大本営メンバーの艤装で埋まっている。

 

運搬係はそれらの艤装をうまく運んだり、メンテ済みの艤装を邪魔にならないように置いたり、とにかく結構な片付けスキルが必要となる。

もっと言うと、メンテ中のメンバーから頼まれた器具や部品を渡すこともあるので、そういったものの保管場所を把握しておくこと、現在のメンテ状況を把握しておくことなども必要となる。

 

決して、誰にでもできる楽な仕事ではない。

雑用を甘く見てはいけないのだ。

 

 

「それじゃ北上は運搬係で決定。

……そうだ。夕張と秋津洲には、作業前に換気を頼みたい。

溶接は無いから熱気は籠らないだろうけど、一応ね。

ということで、換気扇と窓を開けてきてくれないか?」

 

「了解しました!

それじゃ一緒に行こ?秋津洲」

 

「オッケーかも!提督、秋津洲に任せてね!」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 

 

・・・

 

 

 

意気揚々と換気に向かった弟子ふたりだが、ウキウキの夕張に対して、秋津洲は少しムスッとしている。

 

ふたりの心の内はどういったものなのだろうか?

 

 

「……むー。提督と久しぶりに作業できるのは嬉しいけど、やっぱりちょっと納得いかないかも。

夕張だけ提督と一緒のチームなんて、ズルいかも」

 

「それは仕方ないでしょ?

向き不向きがあるんだから」

 

 

どうやら先ほどのチーム分けに、思うところがあった様子。

 

提督と一緒に作業することになった夕張はキラキラしていて、一緒になれなかった秋津洲は不満げだ。

 

研修中は2か月間毎日一緒だったのに、ここ1週間ほどは色々あったので、提督とはほぼ顔合わせできていない。

それが少し寂しかったからこそ、こんな反応になっているのだろう。

 

 

「仕方ないとか言ってるけど、ニヤニヤしてるの隠しきれてないかも。

提督とふたりで作業するの久しぶりだから、嬉しいんでしょ?」

 

「そ、そんなことないわよ。

滅多にいじれない艤装がいじれるから、楽しみってだけなんだから。

ほ、本当だからね!」

 

「バレバレすぎて、嘘にすらなってないかも……

みんなの前で告白したのに、今さら提督が好きなこと隠す必要あるの?」

 

「な、ななな、なんで秋津洲がそれ知ってるのぉっ!?

あの時会場にいなかったじゃない!!」

 

「あんな爆弾発言、話題に上らないはずがないかも」

 

「あああ!!忘れてぇ!!

あの時は酔っぱらってて、ちょっと気が大きくなっちゃってたのよぉ!!」

 

 

顔を真っ赤にして、頭を抱える夕張。

あんな大胆な発言をするつもりはなかったようだが、お酒とその場の勢いで、ついつい暴露してしまったらしい。

 

そんな分かりやすい夕張を見て、ジト目になっている秋津洲である。

 

 

「忘れろなんて、そんなの無理かも」

 

「あ゛あ゛あ゛っっ!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「こっちに丸聞こえなんだよなぁ……」

 

「ひゅー。モテる男は辛いですね~!

このこの~!」

 

 

ぐりぐり

 

 

「肘離せ。こら。

……からかうの止めろよ、明石。

俺、結構さ、夕張に対しての接し方で悩んでるんだから……」

 

「ふつーに『愛してるよ』とか言っちゃえばいいじゃん。

提督ってば、全員とケッコンしてんだしさ。

アタシも一度くらい言われてみたいな~。

チラッ、チラッ」

 

「あ、私も!

耳元で愛を囁いてもいいのよ?キラキラ!」

 

「キミたち……効果音ってのは、口から出すもんじゃないんだよ……?

キミたちをそういう相手だと考えたくないから、悩んでるんだって……」

 

 

(まだこんなこといってますよ? このへたれは)

 

(へたれだからしかたないです。へたれだから)

 

(このへたれ)

 

 

「う、うるさいな!

人間と艦娘で、そういう関係はご法度なんです!

少なくとも俺の中では!」

 

 

「「 ブーブー! 」」

 

((( ぶーぶー! )))

 

 

「みんなでブーイングしないの!

……そんなことよりね、さっさと準備しちゃいますよ。

こんな漫才しててギャラリーを待たせちゃうとか、失礼でしょうが……」

 

「ま、むっつりスケベな鯉住くんだから仕方ないよね」

 

「お前なぁ……ハァ……」

 

 

さらっと酷いこと言ってる明石だが、言われている側はそれにツッコむ余裕が無いようだ。

よほど夕張にどう接するべきか、思い悩んでいる様子。

 

それを察した明石、流石にこれ以上いじるのはかわいそうだと考え、話を進めることにした。

 

 

「……ま、確かにそんなこと言ってる場合じゃないからね!

キミの言う通り、さっさと作業に取り掛かりましょ!

……それじゃ私は秋津洲ちゃんと一緒に、空母のふたりの艤装メンテするから。

キミは夕張ちゃんと一緒に、戦艦ふたりの艤装メンテしちゃって。

早く終わった方から雷巡と潜水艦のふたりの艤装メンテに入ろっか」

 

「……おう」

 

「提督さー、テンション下げてる場合じゃないっしょ。

気合入れなよ?

キッソーや元帥が見てんだからさ」

 

「……そうだな。……とりあえず俺の問題は保留!

全力でメンテさせていただこうじゃないか!

気合!入れて!行きますっ!!」

 

「「 おーっ! 」」

 

 

 

・・・

 

 

 

鯉住・夕張組

 

 

「さぁ、取り掛かろうか」

 

「ハイ!」

 

「まだ研修が終わってから一週間くらいしか経ってないけど、随分久しぶりに感じるねぇ。

こうやってふたりで作業するのも」

 

「そ、そうですねっ!」

 

「そんな緊張しなくていいから。

研修中と同じ感じでいけば、問題ないさ。いつも通りだね」

 

「はいっ!」

 

 

ふたりの目の前にあるのは、航空戦艦『扶桑改二』の超巨大な艤装と、戦艦『大和改』のこれまた超巨大な艤装。

 

艦種による艤装メンテの難易度の差は、艦時代よりも遥かに大きい。

駆逐艦の艤装と戦艦の艤装を比べれば、圧倒的に戦艦の艤装のメンテの方が時間がかかる。

そもそも大きさが段違いなのだ。

 

 

「さぁ、まずは扶桑さんの艤装から手を付けようか。

……扶桑型改二の艤装は、とんでもなく繊細なバランスで攻撃力、機動力、装甲のバランスをとっている。

腕の見せ所だよ」

 

「任せてください!

師匠にみっちり仕込んでもらった腕前、今こそ発揮するわよ!」

 

「ふふ。その意気だ。

さぁ、取り掛かろう……!!」

 

 

 

 

 

明石・秋津洲組

 

 

 

「さぁ、私達もあちらに負けてられませんよ!

頑張りましょうね!秋津洲ちゃん!」

 

「いっぱい頑張って提督に褒めてもらうかも!

よろしくね、明石!」

 

「はい!よろしくお願いします!

……それでは、まずは瑞鶴改二甲の艤装から取り掛かりましょうか。

秋津洲ちゃん、艦載機の整備と、基本艤装の整備、どっちが得意?」

 

「もちろん艦載機かも!

あ、基本艤装が苦手ってワケじゃないよ!」

 

「ええ、わかってますよ」

 

 

彼女たちの目の前には、空母ふたりの艤装が置かれている。

 

加賀型も翔鶴型も空母としてはメジャーな部類だが、メンテ難易度はその知名度に反して非常に高い。

 

なにせ空母勢は、非常に繊細な操作で艦載機を操る。

ほんの少しの違和感が命取りとなるのだ。

加えてボディバランスを考えると、空母にはあまり重要ではないと思われる、背部艤装と足部艤装のメンテも疎かにすることができない。

飛行甲板、カタパルトは言わずもがなである。

 

体幹の重心が少しズレるだけでも、大問題。

そのズレは大きなものとなり、艦載機の動きに大きな影響が出てしまい、本来の実力が発揮できなくなるのだ。

 

だから空母のメンテ難易度は、戦艦に負けず劣らず高いと言える。

 

 

「さぁ!まずは瑞鶴改二甲の艤装から取り掛かりましょう!

カタパルトが特徴の珍しい艤装ですね!

秋津洲ちゃんは艦載機、お願いします!」

 

「任せるかも!

ネームド艦載機のメンテなんて初めてだから、楽しみかも!」

 

 

 

・・・

 

 

メンテ開始

 

 

・・・

 

 

 

「……すっげぇ」

 

 

ついに始まったメンテ班による艤装メンテ。

それを見る大本営一行は、一様に目を丸くして驚いている。

 

 

「めちゃくちゃ仕事が早いでち……」

 

「なんと言いますか……

動きがそこまで速いわけではないんですが、物凄いスピードですね……

矛盾したような言い方ですけど……」

 

 

扶桑が言うことは、見学者全員が感じていることだったりする。

特別な動きはしていないし、物凄く速く動いているわけではないのに、すごいスピードだと感じるのだ。

 

実際に彼女が感じていることは正しい。

メンテしている4名の動きは、明石を除いて、実はまったく特別なものではない。

 

では何故そう思うのか?

 

 

 

・・・

 

 

 

鯉住君を例にとってみる。

 

 

彼はよくあるメンテ教本と全く同じ動きをしており、内容だけ見れば、駆け出しの技術工とそう変わらない。

 

決定的に彼が優れているのは、その精度。

 

ネジの締め方は常に最適。締めすぎも緩みも一切ない。

これにより、接続部への負担は均等に分散。連戦中常に安定した動きが可能になる。

 

凹部補正もこれ以上ない精度で行う。

少しでも窪みがあれば、角度をつけて受け流せるはずだった砲弾にも被弾しかねない。

それを避けるために完璧な傾斜をつける。

新品の一枚鉄板を湾曲させたものと、遜色ないレベルだ。

 

そもそも動きが洗練されている。

取り外したネジは、毎回毎回、完全に同じ場所に仮置きする。

しかもひとつひとつのネジの間隔は、これまた均等になっている。

 

当然工具も同様だ。

使った工具を戻すときは、元あった状態と全く同じ位置に設置する。

その徹底ぶりはすさまじい。

スパナ、ドライバー、サンダー、グラインダーなどなど、多種多様な工具を等間隔、平行に置くように、常に気を払っている。

工具使用前と工具使用後の写真を見比べても、一切違いが見つからないレベルだ。

 

さらに言えば、部品ひとつひとつの取り扱いが、尋常でなく丁寧。

彼の作業机からは、ゴトンとかガタンとかいった音は一切聞こえない。

部品を置くときは、少しの傷もつかないよう、音が出ないようそっと置く。

部品を外すときは、工具が部品に触ってかすり傷がつかないように、必要最低限な部分にしか触れないようにしている。

だからヤスリ掛けや塗装の場合を除いて、ほとんど音が出ないのだ。

 

 

……そのように、一連の動作が洗練され過ぎているので、物凄く速く動いているように見える。

実際かなり速い動きをしてはいるが、それは常識の範囲内。

見ている者からすると、本来のスピードを遥かに超えた速さに見えている。

 

そして妖精さんとのコンビネーションもあるため、その実力はさらに高まる。

彼の思考を読み取って、手足となって働いてくれる彼女たちの存在は、さらにメンテのスピードを加速させるのだ。

 

 

 

鯉住君についてはそのような感じ。

基礎動作をとことん丁寧に極めた結果、高みに到達したという言い方ができる。

 

弟子ふたりも彼ほどではないが、同様の傾向だ。

2か月の研修で十二分に、彼のやり方を踏襲することができた様子。

 

 

 

……しかし明石については少し違う。

 

もちろん彼女も基礎動作は極まっているのだが、それに加えて特殊専用艤装『艦艇修理施設』の存在がある。

 

この艤装はクレーンの先にロボットアームがついたような造りとなっており、本当の手とほぼ同じ動きをすることができる。

 

通常の明石なら、この『艦艇修理施設』、同時運用するのはふたつかみっつが限界。

空母勢の艦載機と同じで、ひとつ操るだけでとんでもない集中力を要するからだ。

 

しかしこの明石、この精密動作と集中力を要する艤装を、なんと同時に4つも操ることができる。

つまり単純に、腕2本の状態の3倍の働きができるということになる。

 

 

 

だから鯉住君と明石は、実力的にはトントンなのだ。

質の鯉住君、速さの明石といった言い方ができる。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……実に素晴らしい。

無駄な動きが一切ないからこそ、扶桑君が言うように感じるのだ。

門外漢の私達にはわからないが、あの洗練された動きの中には、高度なノウハウが詰まっているのだろう」

 

「『呉の明石』が凄いのは聞いてたけど、他のメンバーもすっごい……

頑丈な私のカタパルトが、あんなに簡単に解体されてくなんて……」

 

「私達も見習うべきところが多いわね。

全ての動きが次の動作を意識したものだわ。

効率が段違い」

 

「す、すごい……

本気になった龍太さんって、あんなにオーラが出てるのね……」

 

 

彼女たちが驚くのも無理はない。

鯉住君たちは、全員が全員とんでもない集中力で事に当たっており、迂闊には近づけないゾーンのようなものができているからだ。

 

この集中力。

深海棲艦で言えばフラグシップ級と言ってもよい。

 

 

 

……鯉住君と明石だけではなく、他のメンバーの実力もとんでもなく高い。

 

感覚としては以下のような感じ。

 

 

 

一般メンテ技師:B

 

熟練メンテ技師:A

 

熟練メンテ技師(班長クラス):A+

 

明石(一般):S

 

 

 

北上:B+

 

秋津洲:A+

 

夕張:S

 

鯉住君(本人のみ):SS

 

鯉住君(妖精込み):SSS

 

明石:SSS

 

 

ちゃっかり北上も実力をつけているのは、研修前によく鯉住君の手伝いをしてたからだ。

元々工作艦だったこともあるので、筋が良かったのもある。

あとは研修で得た将棋パワー。

 

 

こんな感じであるので、彼らのメンテ風景は、それはもうスゴイ。

 

どのくらいスゴイかというと、まったくメンテを見たことない人が見ても、『これはスゴイ』と感じるほどである。

最早エンターテイメントの域に達していると言ってもよい。

 

 

 

・・・

 

 

 

……そんなスゴイことをやっている彼ら。

順調に作業していたのだが、ふと夕張の手が止まる。

 

 

「……あれ?

師匠、これ見てください。ちょっとおかしくないですか?」

 

 

夕張が持っていたのは、扶桑の試製41㎝3連装砲改。

巨大な艤装であるが、艦娘のチカラなら持ち上げられる。

 

夕張はその主砲に違和感を感じているようだ。

その意見を受け、鯉住君も動きを確認してみる。

 

 

ガチャン、ッガチャン

 

 

「……お。よくこれだけ些細な違和感に気付いたね。

これは確かに少しおかしい」

 

「どうですか?」

 

 

カチャカチャ

 

 

「……パッと見問題はなさそうだけど……

多分ここだな」

 

 

キュルキュルッ

 

 

「これは……基礎部分のネジですか」

 

「そう。このネジはマルテンサイト系のステンレスだね。

被削性がかなり良いやつ。

多分砲撃の熱で、ほんの少し、気づかないくらいだけど熱膨張しちゃうんだろうな。

……こっちよりもオーステナイト系のステンレス素材に変えた方がいいだろう。

英国妖精さん、頼むよ」

 

 

(はーい!わかったよー!

そのそざいのねじをつくってくるねー!!)

 

 

「できるだけ高耐久性で、熱に強いやつにしてほしい。

モリブデンが入ってるといいな。

あちらさんに渡す分も含めて、結構な量作ってくれないか?

素材以外はこれと全く同じ規格でいいから」

 

 

(おふこーすよー!

てーとくとわたしは、いしんでんしんだからね!まかせるねー!)

 

 

「頼りにしてるよ」

 

「はー、やっぱり師匠はスゴイです……!!

一瞬でそこまで判断できるなんて!」

 

「普通だよ。普通。

夕張だってもうすぐ俺くらいにならなれるさ。

毎日頑張ってるからね」

 

「えへへ!ありがとうございます!」

 

 

 

そして、明石秋津洲ペアの方でも、似たような会話が。

 

 

 

「ねー、明石。

この足部艤装、左足だけホンのちょっと磨り減ってない?

このままメンテ進めちゃっていいの?」

 

 

秋津洲が手に持っているのは、瑞鶴改二甲の足部艤装。

どうやら緩衝材のすり減りかたに、若干の違いを感じたようだ。

 

 

「どれどれ、見せてくださいね。

……あー、普通ならこれくらいはスルーしちゃいますけど、持ち主は実力者の大本営第1艦隊ですからね。

気づかないレベルの違和感が、戦闘に大きく関わるはずです。

微調整しておいた方がいいでしょう」

 

「わかったかも。

それじゃ胸当ての重心を少し右側にずらして、左腕につけるカタパルトを少し軽量化させとくかも」

 

「うん。それで大丈夫でしょう!優秀ですね!

もちろんですがカタパルトは……」

 

「わかってるかも。

削るのは、運用に支障ない側面部分と腕まわり部分にしとくんでしょ?」

 

「ホントに優秀ですね!

その様子なら、余計なこと言わなくても大丈夫でしょう!」

 

「ふっふ~ん!

提督に指導してもらったんだから、このくらい序の口かも!」

 

 

 

精密機械にかけてみて初めて判明するような、不備とも呼べない不備。

それを感覚だけで見つけていく面々。

こんなことできるメンテ班は世界を探してもいないのだが、本人たちはそんなこと気にしていないようだ。

 

ただただ目の前の艤装に集中する。

それをひたすら続ける。

これをやってきただけ。

 

 

 

・・・

 

 

2時間後

 

 

・・・

 

 

 

全員分の艤装メンテを終えた、ラバウル第10基地メンテ班。

 

予想通り戦艦ふたりと空母ふたりのメンテには時間がかかったが、雷巡と潜水艦の艤装は、そこまでかからなかったらしい。

 

 

「……うし!みんなお疲れさま!

これにて作業終了だ!よくやってくれたね!」

 

「「「 おつかれー!!イエーイッ!! 」」」

 

 

パァンッ!

 

 

元気よくハイタッチする面々。

やり切った笑顔が非常に眩しい。

 

 

 

「オイオイ……もう終わったのか……?」

 

「ありえないでち……まだ2時間ちょっとしか経ってないんだよ?」

 

「私達の鎮守府のメンテ班だと、15,16人で1時間半くらいだよね……?

ありえなくない……?」

 

「決してウチのメンテ班の実力が低いわけではないでしょう。

少佐たち5人の実力が、異常というほかないわね……」

 

「異常……確かに、そう表現するしかないですね……

あまりいい表現とは言えないですけども……」

 

「……そうですね。

今見せていただいた神業は、無数の経験に培われたものでしょう。

異常と言うよりは、『極まっている』と言うべきかもしれないですね」

 

「そうだな。天才というものの本質を見た気分だ」

 

 

とんでもない光景を目の当たりにして、心底驚く大本営の皆さん。

何から何まで異次元の光景だったので、無理もないことだ。

 

そんな面々だが、報告のために鯉住君が近づいてきた。

 

 

「皆さん、長時間のお付き合い、ありがとうございました」

 

「お、おう……少佐たちヤバいな……

俺はメンテには詳しくないけど、見てるだけで凄いってわかったぜ」

 

「それはありがとうございます。

満足してもらえたようでよかったですよ」

 

「こんなに早く終わってしまうなんて……

いくら艤装が傷ついていなかったと言っても……」

 

「ははは。

今回はコアの部分のチェックは、簡易的に済ませちゃいましたからね。

ガワの部分と微調整くらいしかしてないので、これだけ早く済んだんですよ。

あ、手抜きしたとかではないですので、ご安心を」

 

「そ、そうですか……」

 

 

あっさりとした反応。

彼らにとってはこれが普通なのだろう。

 

呆気にとられる面々を気にせず、鯉住君は一枚の紙と小袋を取り出す。

 

 

「こちらは今回のメンテで見つかった調整部分と、それに必要な部品です。

そちらのメンテ班に渡してもらってもいいですか?

あ、もちろん余計なことをしてしまったようでしたらいけないので、元に戻せるように調整前の内容も記載しておきました。

方針の違いなどがあるかもしれませんので」

 

「は、はい……」

 

 

それらを受け取った大和は、紙に目を落とす。

 

 

「こ、こんなに……」

 

 

そこには6人全員の細かい調整内容が、ずらっと書かれていた。

今までの艤装でも全く問題なく使用できていたのだが、ここまでの改善点が見つかったとは……

 

 

「それでは皆さん、お疲れでしょうから、宿泊していただく部屋に案内いたしますね!

流石にもう足柄さんなら、部屋の用意をしてくれたでしょうし」

 

「うむ。素晴らしいものを見ることができた。

感謝するぞ、少佐」

 

「いえいえ、とんでもないです!

今から足柄さんに連絡取りますので、もう少しだけお待ちくださいね!」

 

 

久々に心置きなくメンテができ、キラキラしている鯉住君なのであった。

 

 

 




鯉住君だけでなく、他のメンバーもキラキラしていたようです。

仕事を趣味にしてしまった者たちならではですね。変態集団です。




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第82話

実は前回書きましたように、鯉住君のメンテは技術力が異次元というわけではありません。
誰が見ても「すごい」とは思いますが、「意味不明」とは捉えられないレベルです。

それでも信じられないくらい結果に差が出る理由、本当にスゴイところは、圧倒的に丁寧であることと、気持ちの込めようが尋常でないことです。

丁寧なのは、一連のすべてです。
パーツの取り扱い、作業場の整理整頓、掃除の徹底、器具の扱い、すべてが大掃除クラスの念の入り様です。
彼の作業場は、常に新設時相当の状態なのです。

気持ちの込めようがスゴいのは、彼は覚悟が決まっているからです。
一度命を救われたとき、心が生まれ変わったと言ってもいいです。
「何があっても彼女たちに苦労はさせない」という覚悟が決まっており、いざとなれば自分の命よりも彼女達を優先するくらいには、その想いは確かなようです。
提督になってからは、それが思うようにいかずモヤモヤしているようですね。




 

 

元帥一向にメンテの様子を見てもらった後、1時間ほど小休止をはさみ、全員揃っての会食を開かせてもらった。

 

会食開始まで3時間半ほどしかなかったわけだが、足柄さんは見事に美味しい料理をこしらえてくれた。

急な話だったので、有り合わせの食材で作ったはずだったのだが、ちゃんとしたバイキングっぽい感じに仕上がっていた。ホント凄いあの人。

 

そのことを足柄さんに伝えたら、古鷹と子日さんが頑張ってくれたおかげだ、と言って謙遜していた。

もちろんそれはそうなのだが、やっぱり足柄さんの腕前はすごいものだ。

 

ちなみにお酒は完全に禁止とした。例の事件を考えれば、当然である。

あんな痴態を大本営御一行に見せようものなら、俺の首が飛んでもおかしくはない。

昇進とか極秘作戦とか以前に、無職になる可能性が濃厚なのだ。

未成年っぽい子も多いし、今回もこれからもお酒は禁止である。

 

 

「わざわざこんな遠方まで足を運んでいただいた御一行に、失礼ないようにしましょう。

それでは皆さん、どうぞご自由にご歓談ください」

 

「「「 は~い!! 」」」

 

 

堅苦しい挨拶を終え、皆思い思いの料理を楽しみながら、交流を始めた。

 

特定のメンバーだけで話をしてしまって交流が上手くできない子がいるかもしれない。

そんなことを考えて少し不安だったのだが、みんな色んな相手と話を進めているようだ。

ほっと一安心である。その辺はちゃんとわきまえてくれているらしい。

 

 

粗相がないか心配で、しばらく隅の方から会場を眺めていたのだが、色々と面白い光景がみられた。

 

北上大井姉妹が、末妹であるらしい木曾さんに絡んでいたり、

瑞鶴さんと加賀さんが口喧嘩……というか、じゃれついていたり、

座りながら寝ている天城を気にせず、アークロイヤルが料理研究してたり、

夕張が扶桑さんと戦艦の艤装について歓談してたり、

ゴーヤさんが龍田のことを凄い顔で見てて、初春さんに笑われてたり、

元帥が秋津洲と子日さんに、じいちゃんと孫のような感じで接していたり。

 

……心配は杞憂だったようだ。

そもそも粗相なんてちっちゃいこと気にしてたのは俺だけらしい。みんなのびのびと羽を伸ばすことができている。

 

一安心し、自分も料理を楽しむことに。

 

 

「……うまい」

 

 

焼きサバを食べてみたのだが、なんかすごくうまかった。脂が随分のっている。

南国で北国の魚が食べられるとは、なんともありがたい話だ。

漁師さんと、冷凍技術という文明の利器には感謝である。

アークロイヤルには、なんとか漁の必要性を分かってもらわないとなぁ……

 

 

・・・

 

 

 

鯉住君が変なたそがれかたをしていると、ひとりの艦娘が近づいてきた。

 

 

「どうです?楽しんでますか?鯉住少佐」

 

「あ……大和さん」

 

 

ニコニコしながら声をかけてきたのは、浴衣を着た大和さんだった。

いつもの制服とは違う服装だが、とてもよく似合っている。

 

改めてみると、物凄い美人だ。

長身で、均整の取れた顔立ち。

優しくも決意がこもった、魅力的な表情。

浴衣をきっちり着こなしているのに、隠しきれないスタイルの良さ。

 

百年に一度の美人と言ってよいほどである。惚れそう。

 

……というか実は、いつもの制服は露出度高すぎなせいで、今まではまともに彼女のことを見ることができなかったのだ。

大本営で初めて会った時も、元帥と一緒に話をしている時も、そのせいで顔しか見られなかった。

それでも十分奇麗な人だとはわかっていたが。

 

 

(はー、むっつりむっつり)

 

(おともだちとかいっておいて、このしまつ)

 

(あたまのなか、ぜんめんぴんくいろですか?)

 

 

クォラァ!!何言うとんのオマエラ!?

目の前にあんな露出度高すぎる美人が来てみろ!

どうしたってセクシーな部分に目がいくだろうが!?

 

あんなボディスーツみたいなピッチリした肌着に、あんなクッソ短いスカートだぞ!?

男性特攻で4桁ダメージ不可避やろがい!

そんな服装で目の前で正座なんてされてみろ!

もう視線を首から下には下げられないだろうが!

 

 

(いいわけしてるよ、このおとこ)

 

(いいかげんむっつりだとみとめるべき)

 

(おとこはおおかみですねわかります)

 

(こいずみのあにきがおおかみ?)

 

(あー、それはいいすぎでしたね)

 

(せいぜいちわわでしょう)

 

(( わかるー ))

 

 

オマエラァ!!扶養家族なんだから、家長にちったぁ気を遣え!

俺だっていい加減傷つくんだぞ!?

何がチワワだ!俺だって立派な男なんや!

お、俺だってなぁ!本気出したら足柄さんよりも狼なんやぞ!!

 

 

(……ぷぷっ!!)

 

(あしがらさんより……おおかみ……ぶふうっ!!)

 

(ひつじよりそうしょくけいのくせに)

 

(かんぜんにたべられるがわのくせに)

 

((( うけるー!! )))

 

 

お前らああああっ!!

言っていいことと悪い事の区別もつかんのかっ!!

健全なアラサーお兄さんに対して、その態度はおかしいダルルォ!?

 

 

話しかけられている最中だというのに、いつもより長めな脳内漫才を繰り広げる鯉住君である。

 

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 

「……ハッ!!」

 

「なにか悩み事ですか?

心ここにあらずといった様子でしたが……?」

 

「い、いえいえ!そんなことありませんよ!?

全然悩み事なんて無いですから!」

 

 

貴女のセクシーさに戸惑ってて、それをからかわれてました。

そんなどうしようもないこと言えるわけないです。

 

色々と悩み事があるのは事実だけど、ここではそれは関係ない話だし。

 

 

「ならいいんですが……」

 

「ご心配おかけして申し訳ない……

……何か気になることでもありましたか?」

 

「いえ、久しぶりにお会いできたんですから、ゆっくりお話でもと思いまして。

……ご迷惑でしたか?」

 

「い、いえいえ!ご迷惑だなんて、とんでもない!

確かに普段よく連絡は取ってますが、実際会うのは久しぶりですもんね。

私達が大本営に向かった時以来ですから」

 

「うふふ。そうですね。

私にとって、少佐……龍太さんは、本音を話すことができる唯一のお友達ですから、こうやってお会いするのを楽しみにしてたんですよ?」

 

 

太陽のような笑顔で、こちらに笑いかける大和さん。

 

その姿を見てときめかない男がこの世にいようか?いや、いない。

当然私もときめいています。なんちゅう破壊力……!

 

 

「そ、そう言ってもらえて光栄ですっ!!

俺も大和さんみたいな美人とお友達になれて、本当に嬉しいですよ!!」

 

「そ、そんな……お上手なんだから……」

 

 

まるで初めて付き合った中学生のように、もじもじしているふたり。

 

 

(ひゅーひゅー!!)

 

(だいほんえいにまで、あにきのまのてが……!)

 

(やまとさんをめとって、げんすいしゅうにんですかー?)

 

 

や、やめろ!からかうんじゃない!

こんな美人とお友達になれて嬉しくない男なんて、いるわけないだろ!?

緊張しちゃうのは当然です!

 

あと元帥がいる場で下克上っぽい発言するのやめなさい!

ホントに浅井長政ルートを進んじゃうでしょうが!

そんなに俺が誅されるの見たいの!?そういうつもりないでしょ!?

 

 

「龍太さん……もしかして、妖精さんと話しているのですか?」

 

「え? あ、ああ、はい。

あまり建設的な話ではないですが……」

 

「すごい!初めて見ました!やっぱり龍太さんはスゴイですね!

いつもは私から話してばかりなので、今日はそちらのお話を色々聞きたいです!

妖精さんのこととか、今日見せてもらった艤装メンテナンスの技術を身につけた理由とか、色々聞かせてください!」

 

「そう言われてみれば、いつも大和さんから話題を振ってくれますもんね。

ちょうどいい機会ですし、気になることがあったら何でも聞いてください」

 

「ふふ。それではですね……!」

 

 

随分仲良さげに話をするふたり。

この会話が行われているのは会場の隅の方なので、本人たち的には周りから注目されているという意識はない。

 

 

……当然そんなことはない。

この場における自分たちの立ち位置を理解していないふたりは気づいていないが、なにせ大本営第1艦隊の旗艦と、この鎮守府のトップによる歓談である。

興味を持つなという方が難しい。

 

元帥はその様子を見て「大和君が本命だったか……」と少し残念そうに呟いているし、

他の大本営第1艦隊のメンバーは「あのクールな大和さんが笑顔を見せるなんて……」と驚いているし、

ラバウル第10基地のメンバーは、グヌヌしていたり、ジト目を向けていたり、冷めた目で見ていたりしている。

 

物申したいメンバーが横から突撃しにいかないあたり、場をわきまえているというか、お相手に配慮しているというか、そんなところである。

会食で相手に迷惑かけるほど、失礼なことはない。

それくらいはみんな分かっている。

 

だから耳をダンボにして話の動向を探ることにしたようだ。

大和が鯉住君のことを『龍太さん』と呼んでいるのもバレており、それが発端となって色々あるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

・・・

 

 

 

結局そんな感じで会食は平穏無事(?)に終わった。

 

鯉住君からしたら、好みドストライクの大和さんと直接話ができて楽しめたし、他のメンバーは大本営の皆さんと交流できていたし、なにより、お酒がなかったおかげで大惨事にならなかったしで、会食大成功!なんて思っている。

 

しかし実際は、結構不穏な感情がそこかしこにチラ見えする会食となっていた模様。

もちろん全員、会食での交流は楽しめていたのだが。

 

元凶ふたりともそれに気づいていないのは残念なところである。

周りの感情の変化には非常に敏感なのに、それに自分が絡んでくると途端に察しが悪くなるところは、ふたりの共通点だろう。

もっと自己評価が高ければそうはならないのかもしれないが、良くも悪くも謙虚なのだ。なんとも似た者同士なのである。

 

 

……そういった具合に楽しい時間は過ぎ、夜が明け、現在は朝の8時。

 

 

定期連絡船が出るのは明日の朝10時ごろなので、大本営の皆さんには本日いっぱい好きに過ごしてもらい、明日の朝にここを発ってもらう予定だ。

もちろんではあるが、こちらの鎮守府メンバーは通常業務を優先してよいとのこと。

 

 

そういうわけで現在、執務室で叢雲と一緒に書類を捌いているところである。

 

自室での近海偵察には天城。

念のための哨戒には初春さん、子日さん。

遠征任務には古鷹、天龍、龍田。

工廠担当として明石、夕張。

雑務担当として足柄さん、秋津洲。

自由行動は北上、大井、アークロイヤル。

 

本日の任務割り当てはこんな感じ。

いつも通りの、のんびり編成である。

 

 

「なんだかこうやってふたりで執務するのも久しぶりだねえ」

 

 

書類にサラサラとサインをしながら叢雲に語り掛ける鯉住君。

 

彼女が研修に向かう前の1か月間は、勤務日は大体ふたりで執務していたものだ。

古鷹に変わることも多々あったが、叢雲の希望により、書類仕事は叢雲が担当することが多かった。

 

 

「……そうね」

 

「研修中は足柄さんに手伝ってもらってたからねぇ。

ここに来た時を思い出すなあ」

 

「アンタ、口を動かしてる暇があったら、手を動かしなさい」

 

「はいはい。なんかそういう反応されるのも久しぶりだねぇ」

 

「私達が研修から帰ってきてから、色々あって仕事できてないせいで、かなり書類が溜まっちゃってるんだから。

無駄口叩いてる暇なんてないわよ」

 

「……なんかいつにもまして冷たくない?」

 

「アンタがだらしないから、このくらい当たり前でしょ」

 

「……そう」

 

 

黙々と作業する叢雲から、トゲのようなものを感じつつ、書類仕事に戻る。

いつもこんな感じと言えばそれまでだが、今日はなんというか、いつもよりも壁を感じる。

 

 

……なんかおかしいよなぁ。

いくらそういう態度とることが多いからって言っても、心の中ではもっと気遣いをしてくれる子だったはず。

ここまで壁を感じることなんてなかったんだけど……

 

……あー、もしかしてあれかな……?

呉での厳しい研修で秘書艦としても鍛えられたって言ってたし、かなり厳しい姿勢で仕事するように叩き込まれたとか。

あのやさしさの塊のような千歳さんが、そんな厳しい指導をしたなんて、想像できないけど……

……いやいや、やっぱりあの人も公私混同はしないってことだよな。きっと。

叢雲を鍛えるために、あえて厳しくしてくれたに違いない。

 

しかしこれからこんな感じの叢雲と、毎日仕事しないといけないのか……

心労が加速しないか心配です……

 

 

鯉住君が見当はずれな予想をしていると、叢雲は何かを察して話しかけてきた。

 

 

「……ちょっと、手が止まってるわよ。

さっさと仕事終わらせるんでしょ?いったい何考えてたのよ?」

 

「あ、ああ、すまん。大したことじゃないよ。

叢雲の研修、厳しかったんだなぁ、と思って」

 

「……ハァ。……そりゃそうよ。

そんなこと考えるのは執務の後でもできるでしょ。

アンタの仕事の方が量が少ないとはいえ、そこそこあるんだから、余計なこと考えないでさっさとやる」

 

「おっしゃる通りで……」

 

 

確かに彼女の言う通り、仕事の量は、提督1に対して秘書艦3くらい。

ただし、事務仕事が苦手な鯉住君のことと、研修でとんでもなく熟練度を上げた叢雲のことを考えると、これくらいでトントンだったりする。

 

 

……もちろん叢雲がツンツンしているのは、厳しい態度で執務するよう指導されたからではない。

 

彼女の中では、彼の隣には常に秘書艦としての自分がいるべきだ、ということになっている。

そう思っているというのに、あろうことかこの男、秘書艦として大先輩であり、実力も遥かに上である大和と、会食中ずっとキャッキャウフフしていたのだ。

 

立つ瀬がないとか、演習頑張ったのに一言もないのかとか、私のことほっといてどういうつもりだとか、そんなに胸が大きいのが好きなのかとか、実力で敵わないのが悔しいとか……

まぁ、彼女も色々思うところがあるのである。

 

それがうまいこと言葉に出せず、モヤモヤしているのが、現在進行中の塩対応の原因だったりする。

そういうところがまだまだ割り切れない、難しいお年頃なのだ。

言い換えると、大人になり切れないお年頃なのだ。

 

 

そんなふたりの悲しいすれ違いの中、執務室にはペンの走る音だけが聞こえるのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

執務開始からしばらく経ち、現在は昼を過ぎて13時。

 

朝イチから仕事を始めて、ようやく終了のメドが立った。

これも叢雲が物凄いスピードで執務をこなしてくれたからだ。感謝感謝である。

 

ここまでで本日の業務を終えても支障がない、というところまで来たので、叢雲と一緒に昼食をとることにする。

 

 

「……なんとかキリの良いところまで終えられたね。

お疲れさま。叢雲」

 

「ええ。ここまで終えれば、あとは明日に回してもいいでしょ」

 

「それじゃお腹も減ったし、ご飯にしよう。

叢雲も一緒に来るかい?」

 

「そうね。付き合ってあげるわ」

 

「悪いね。それじゃ食堂まで行こう」

 

 

・・・

 

 

移動中

 

 

・・・

 

 

ふたりは執務室(居間)を出て、そのまま食堂(お勝手)に向かう……

ことはせず、鎮守府棟(豪農屋敷)から、隣の新艦娘寮(旅館)まで足を運ぶ。

 

元々お勝手では4人までしか一緒に食事ができず、娯楽室(お茶の間)まで食事を運んでもらっていた。

それでは大変だし増員に対応できないと思っていたところ、旅館建設事件があった。

そこでそちらの食堂の方をメインとして使っていくことにしたのだ。

こちらの食堂は非常に広く、昨日の会食もこちらで行った。

 

これに関しては、英国妖精シスターズにグッジョブと言わざるを得ない。

勝手に建設した違法建築物ではあるが、色々と足りなかった部分をなんとかできたのは事実である。

 

 

「今日はカツ丼らしいね」

 

「そうね。

昨日ご馳走を食べたから、もっとシンプルな物でも良かったんだけど……」

 

「足柄さんは事あるごとにメニューにカツをねじ込んでくるからね……

今日もあれでしょ。大本営の皆さんに、ご馳走をふるまおうって考えでしょ」

 

「その考え自体は悪くないけど、週2ペースでカツが出てくる現状は、何とかならないのかしら……」

 

「まあまあ……

その辺は足柄さんもわかってるから、毎回飽きない味付けにしてくれてるし……」

 

「そうね。カツの日以外は基本的にサッパリした食事ばかりだから、カツに飽きるどころか、楽しみにしている自分がいるわね」

 

「方針以外は極端に有能なんだよなぁ……足柄さん……」

 

「そうね……」

 

 

愚痴というほどでもない些細な話を会話のネタにしていると、いつの間にか食堂に到着していた。

 

 

「この時間だと、誰かいるかな……?

邪魔するよー」

 

「あ、提督とムラっちじゃん。やっほ~」

 

「あら、アンタ達来てたのね」

 

「お先に頂いてます」

 

「北上に大井に……木曾さん」

 

「おはよう、少佐。

いや、もう『こんにちは』かな。ご馳走になってるぜ」

 

 

先客は球磨型3姉妹だった。

ニコニコしながら手を振ってくる北上に、いつも通り冷ややかな視線を向けてくる大井、そして大本営からいらした木曾さんの3名である。

 

みんなの前に置かれている丼を見ると、まだ食べ始めのようだ。

何切れもカツがのっている状態である。

 

 

「他のみんなは食事済ませちゃったのかな?」

 

「そだね。大本営御一行様と工廠組は、もう食べ終わって出てっちゃったよ」

 

「そうか。ご一緒した方が良かったかな……?」

 

「いいって。気にするなよ、少佐。

元帥はそんなこと気にするタマじゃねぇ。

それに気になったことがあれば、自分から聞きに行くだろうしな」

 

「そうですか。それならいいんです。

確かにあの元帥なら、そう言ってくれそうですよね」

 

「アンタが気にしてるのは、ホントに元帥なのかしら……?」

 

「え? そりゃそうでしょ」

 

「本当ですかねぇ……」

 

「ちょ、大井まで……

ふたりとも、いったいどうしたっていうの……?」

 

 

冷たい目を向けるふたりに対して、なんでこんな態度を取られているかわからず、困惑する鯉住君。

 

その様子を見て、北上と木曾は声のトーンを落として現状確認する。

 

 

「……なぁ、姉さん、少佐ってアレ、本当にわかってないのか……?」

 

「ホントだよ、キッソー。

提督はニブチン過ぎて、ソッチ系疑惑が浮かんだこともあるくらいだよ?」

 

「マジかよ……どんだけだよ……」

 

「提督は自分に好意が向けられてるのに気づこうとしないからね~

気づこうとすれば、すぐ気づくってのにさ」

 

「……俺にはよくわかんねぇ」

 

「キッソーってばダメダメじゃん?

もっと乙女心鍛えなよ。うりうり~」

 

「や、やめてくれよ、姉さん」

 

 

あまりにも過ぎて、鯉住君にドン引きする木曾。

しかし彼女もこういった男女のことに対しては、あまり興味がない方だ。

北上にそれをいじられてタジタジになっている。

 

そんな感じで話がとっ散らかっていたのだが、厨房の中から誰か出てきたことで、会話は中断されることになった。

 

 

「あ! 声がすると思ったら、やっぱり!!

提督と叢雲、いらっしゃいかも!お仕事はもう終わったの?」

 

「……ああ、秋津洲、助かったよ……

執務は今日やらなきゃいけない分は、もう終わったんだ。

だからキリもいいし、お昼食べに来たんだよ」

 

「それはお疲れさまでしたかも!

それじゃ秋津洲も、一緒にご飯食べていい!?」

 

「おう。いいよ。

足柄さんはひとりでも大丈夫かい?」

 

「3人分の食事くらい、足柄さんなら寝てても作れるかも!」

 

「そりゃすごい。

それなら大丈夫だね。秋津洲も一緒に食べよう」

 

「わーい!

昨日はあまり提督と居られなかったから、嬉しいかも!!」

 

 

ガシッ

 

 

「こらこら、そんな気軽に女の子が男に抱き着くんじゃありません」

 

「提督だからいいの~!!」

 

「しょうがないな秋津洲は……全く……

……足柄さーん!!カツ丼3人前でーっ!!」

 

(聞こえてたから、もう作ってるわよー!!)

 

「ありがとうございまーす!!」

 

 

ニッコニコの秋津洲を右腕にくっつけたまま、通常運転で厨房の足柄に向かって注文する鯉住君。

いつも通りといった感じで行われたその流れに戦慄する木曾。

 

 

「な、なぁ、大井姉さん……

頼むから落ち着いてくれよ……!顔が怖いって……!」

 

「誰の顔が怖いですって……!?」

 

「ヒエッ……

き、北上姉さん、助けてくれ……!!」

 

「しょーがないね、この末っ子はまったく。

どうどう、大井っち。提督はアレ、なんとも思ってないからさ」

 

「……別に提督がどうだろうと関係ありません。私はいつも通りです」

 

「だってさ。このくらいで気にしてたら、ここでやってけないよ?」

 

「深海棲艦と戦りあってた方が、まだ胃に優しいぜ……」

 

「提督にとって、アッキーは手のかかる娘みたいなものだろうからね~

あの距離感にいい加減慣れちゃったんでしょ」

 

「そういうのって慣れるもんなのか……?

俺にはよくわからねぇよ……」

 

 

怖い顔しているふたりを見て、やっぱりこの鎮守府ヤベェ、と再認識する木曾なのであった。

 

 

 




鯉住君の好みの女性

お姉さんタイプ
和風な服装が似合う
優しい
穏やか
かわいい系より美人系

だいたいこんな感じ

ぶっちゃけ赤城さんです。
例の経験が関係しているところはあると思います。

しかしこれを満たす人間がそんじょそこらに居るかと聞かれれば、居ないでしょう。
彼は無事人間と結婚することができるんでしょうか?
それとも抗いきれずに流されてしまうんでしょうか?

それは私にもわかりません(なげやり


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第83話

知性ある深海棲艦

現アークロイヤル(元欧州棲姫)や、現天城(元空母棲姫)のように、知性ある深海棲艦とは会話することができます。
ただし言葉が通じるというだけで常識が全然違う(人間は生かしておくことは出来ないと思ってる)ため、普通だったら一方的に攻撃されておしまいです。

だから彼女たちが転化するというのは、超激レア現象なのです。
本能以上の願望を持っている個体に対してのみ、常識以外の通じる部分で通じるしかないです。

この関係性は、ウルトラマンティガのガゾートのお話とよく似ています。
分かる人にしか分からなくて申し訳ないですが。




 

足柄さんに注文したカツ丼は、食堂に到着して5分と経たずに出てきた。

豪華な昼食に舌鼓を打ちながら、楽しく世間話をする一行。

木曾も加えての話であるので、大本営の話題で盛り上がることもできた。

 

ちなみに北上と大井に関しては、研修から帰ってきてからまともに世間話をできたのは、実はこれが初めてである。

 

 

「大本営第1艦隊ともなると、色々大変なのねぇ……」

 

「そうだな。叢雲の言う通りだ。

俺たちの仕事は戦闘だけじゃねぇ。数多くいる半人前たちを指導してやらなきゃならないんだ」

 

「大本営は所属艦娘の数が、全鎮守府で一番多いんでしたっけ?」

 

「ああ。大体120人くらいだな。

とはいえ、前線でやってくのも、後方で支援するのもおぼつかねえ、まだまだ未熟なひよっこばかりだけどな。

それに8割は駆逐艦だから、学校みたいな感じでもある」

 

「なに?キッソーって先生やってんの?

このちんちくりんがね~」

 

「や、やめてくれ、北上姉さん……

マントを引っ張らないでくれ」

 

 

昨日が初顔合わせだというのに、すでに長年の付き合いがある姉妹のような距離感である。

北上は積極的に絡みたがるし、大井は他に対してよりも彼女に辛辣である。

ふたりなりに距離感を縮めている証拠だろう。

 

 

「流石は北上さん!

木曾に任せておいたら、いつまで経っても新兵が育たないですよね!」

 

「大井姉さんも勘弁してくれよ……

昨日色々気に障ること言ったのは悪かったって……」

 

「……」

 

「真顔でこっち見ないでくれ!怖すぎるだろ!」

 

 

昨日なんかあったらしい。

なんかあったのが、自分が元帥と話している時か、会食の時かはわからないが。

 

 

「まあまあ……

私は木曾さん、教師に向いてると思いますよ。

ワイルドな見た目してますが、面倒見良さそうですし」

 

「すまない少佐……助かったぜ……」

 

「別にキッソーにおべっか使わなくてもいいんだよ?」

 

「ホントに思ってるんだって。

木曾さんもそうだし、なんなら北上と大井も向いてるんじゃないか?」

 

「アタシが~?むりむり。

駆逐艦の世話とかめんどくせ~。

わいのわいの言いながらまとわりつかれるんでしょ?

考えただけでうざい」

 

「天衣無縫な北上さんに子守させようだなんて、提督はどういう神経してるんですか?」

 

「そうかなぁ……

なんだかんだサマになると思うんだけどなぁ……

北上はともかく、大井なんて適任だと思うけど」

 

「は? なに北上さんに、ともかくとか言ってるんですか?

それに私が小さい子の世話なんて向いてるはずないでしょうに。

節穴もいいところです」

 

「キミ辛辣過ぎない?

……ま、キミたちが教導艦みたいなことすることはないだろうし、もしも、って話だからね」

 

「提督はもっと見る目を養ってください。色々と」

 

「善処します……」

 

 

研修から帰ってきて、一段と態度が厳しくなった気がする……

多分それは気のせいじゃないだろう。

 

 

「悪いな、かばってもらったのに、飛び火しちまって……」

 

「いえ、いつものことですから……」

 

「ええ……?いつもこれって……

それはそれで心配なんだが……」

 

「そっとしておいてください……」

 

 

・・・

 

 

球磨型3姉妹と賑やかにしていると、右腕にもたれかかりつつ器用にカツ丼を食べている秋津洲が、話に参加してきた。

 

 

「ねー、木曾さん。

北上と大井と同じところで研修受けたって聞いたよ?

どんな感じだったの?私知りたいかも」

 

「あ、それ私も気になるわ。

この間の宴会でサラッと聞いたけど、詳しく聞いてみたいわね」

 

 

叢雲も一緒になって話に入ってきた。

やはり研修組のひとりとして、自分が経験した以外の研修についても知りたいのだろう。

 

 

「え……ええと……

そ、そんな面白い話じゃないから、聞いてもつまらないぞ……?」

 

「あ、なーにー?

キッソーってば、トラウマ抱えちゃってる?」

 

「トラウマっつうか、なんつうか……マジで拷問だったからな、アレ……

むしろよく姉さんたちは平気だよな……」

 

「まー私達はねー。ふたりだったからさー」

 

「俺も加賀さんと一緒だったけど、そんなに余裕なかったぞ……」

 

「これだから木曾は……

私達を壊そうというのではなかったのだから、そんなに怯えることなどないでしょうに……」

 

「いや、あれ、壊そうとしてたろ……

1日10分でも仮眠できれば御の字って、拷問以外の何物でもないだろ……」

 

「気絶すれば、暫く休めたじゃん?」

 

「それは世間では休むって言わねぇよ……」

 

 

北上と大井からは、その地獄の内容を聞いていたが、改めて聞くとヤバい。

木曾さんがトラウマを抱えてしまうのもしょうがない気がする。

 

 

「なんといいますか、お疲れさまでした……

ちなみに木曾さんは、誰の元で研修を受けていたんですか?」

 

「それは主導教官のことか……?」

 

「ええ」

 

 

少しの溜めの後、木曾は重い口を開く。

 

 

「……霧島教官……」

 

「「「 ああ…… 」」」

 

 

同時に同じことを察する、内情を知る3人。

 

横須賀第3鎮守府の霧島といえば、第2席の強者。

しかもその性格は竹を割ったような物であり、やるかやらないか、達成するか倒れるか、生か死か、といった具合である。

 

本人の頭脳は決して第2席の肩書に恥じないものなのだが、最大効率を考えて行動した結果、すべての作戦が脳筋めいたものになることで有名だ。

 

 

彼女の名言をいくつか例に出すと……

 

 

「敵陣のど真ん中を突っ切って、ボス艦隊を撃破しましょう」

 

「沈むまで撃ち込むつもりで訓練するように。砲撃は質より量です」

 

「至近距離(5m以内)でのやりとりなら、攻撃力増加により弾薬を無駄に消費せずに済みます。だからマーシャルアーツを鍛えましょう」

 

「敵影が最も濃いところに突撃しましょう。

防衛と撃滅が同時にできる、効率的な作戦かと」

 

 

なんてものがある。

 

 

「それはそれは……」

 

「ご愁傷さまってやつ?」

 

「日頃の行いです」

 

「……あの人、加減ってモンを知らねぇんだよ……」

 

 

そんな霧島に師事したふたりが、どのような研修期間を過ごしたのか。

それは目の前で遠い目をしている木曾を見れば、察しても余りあるだろう。

 

 

「むー!わかる人だけで話さないでほしいかも!

私にもわかるように話して!」

 

「私も秋津洲の意見に賛成よ。

そこの霧島ってそんなにヤバい人なの?」

 

「あー……

ヤバいっていうか、木曾さんが言ってるように、加減しない人なんだよ。

俺も研修受けてた時、霧島さんの担当日には覚悟決めてたくらい」

 

「覚悟って……」

 

「その日は気を失って倒れる覚悟」

 

「やっぱりそれ、拷問かも」

 

 

このあと、眼から光を失った木曾による、研修話で盛り上がることになった。

 

内容は概ね自分が受けたものと変わらなかったが、そこに艦娘補正として、演習と不眠不休が加わった模様。

あそこの面々、特に実力者集団である上位陣は『艦娘は超人みたいなものだから、寝ないでも平気だよね?』という発想をしているようだ。フフ、怖い。

 

ちなみに3人が受けた研修は『飛車角コース』。

上から2番目の難易度だ。

 

一番上の『王将コース』は、今までひとりしか達成したことがない。

転化体である、第一席の鳥海さんである。

 

木曾さんの話によると、『王将コース』の内容は常軌を逸していた。

最初の一か月は将棋に慣れるために『飛車角コース』と同じメニューらしいが、残りの1か月が鬼畜極まりない。

 

なんとその驚愕のプランは、1か月、30日、720時間、休憩なし無限対局とのこと。

一局一局変わる対局相手に対し、トイレ休憩のみで1か月間過ごし切る。

食事は対局しながら。睡眠は当然不可。

 

……ちょっと理解できなかったので、2回くらい聞き直してしまったが、同じ答えが返ってくるところを鑑みるに、事実であるらしい。

なんでこんな生命の限界に挑戦みたいな発想が出てくるのだろうか?

そしてなんでその無茶ぶりを達成できてしまったのか?

 

やっぱりあそこも、佐世保第4鎮守府と同じで魔境だと言わざるを得ない。

 

 

・・・

 

 

そんな話をしている間に、全員昼食を食べ終わり、お開きとなった。

 

自分と叢雲は今日しなければいけない仕事はないし、球磨型3姉妹は自由行動。

本日の予定は特にないため、随分ゆっくりと世間話に花を咲かせてしまった。

秋津洲も特に急いでいる様子は無かったし、そこまで忙しくはないのだろう。

 

 

「……いつまでもここに居ては、片付けができませんね。

私達はそろそろ失礼します」

 

「そだね、大井っち。

それじゃみんな、まったね~」

 

「バイバイかも!

片付けはやっておくからね!」

 

「サンキュー、アッキー!」

 

「それじゃ私もそろそろ執務室に戻るわ。

アンタはどうするの?」

 

「そうだな……」

 

 

これからの予定を特に決めていたわけではない。

どうしようか決めかねていると……

 

 

「すまねぇ、姉さんたち。先に行っててくれ。

少し少佐と話したいことがあるんだ」

 

 

何か用があるらしく、木曾さんから声がかかった。

 

 

「木曾……なにかおかしなこと考えてないでしょうね……?」

 

「だ、大丈夫だって」

 

「だってさ。大井っち。

もしキッソーがなんか変なこと言ったとしても、別に提督だし、どうにかなるっしょ。

てなわけで、行きましょうかね~」

 

「あ!待ってください!北上さぁん!」

 

 

仲良く食堂を後にするふたり。

 

 

「私も失礼するわ。

アンタ、くれぐれも木曾さんに失礼のないようにね」

 

「大丈夫だって」

 

 

叢雲もワンテンポ遅れて退室する。

 

 

「それじゃ私は、足柄さんと片付けしてくるかも!

提督と木曾さんは食堂、まだ使っててもいいからね!」

 

「ありがとね。気を遣ってもらって」

 

 

厨房の方へ引っ込む秋津洲。

 

 

 

……ついに賑やかだったテーブルに座るのは、自分と木曾さんだけとなった。

わざわざ人払いしての話だなんて……

いったい何があるんだろうか……?

 

 

「すまねえな。

執務もあるってのに付き合ってもらっちまって」

 

「いえ、そっちは大丈夫です。急な仕事は終わってますので。

それで……私にどういった話があるんでしょうか?」

 

「ああ。昨日の話、元帥から聞いたんだ。

それで俺もその件については興味があるから、本人と話したいと思ってな」

 

 

昨日の話とは縁談……ではなく、ハワイ遠征についてだろう。

人払いをしたのは、当然その件が最重要機密なため。

厨房の秋津洲については、足柄さんが気を利かせて対応してくれるはずだし、問題ない。

あの人はこういう時にも頼りになる。

 

 

「その件については、寝耳に水だったので、まだ頭の中でまとまっていないんですよ。

知らされている情報も少ないし、実感がわかないと言いますか」

 

「それは仕方ねえだろ。いきなりもいきなりだったんだ。

それで……少佐としては乗り気なのか?

あんな重要な話なんだから、答えづらいかもしれねえが」

 

「そうですね……

元帥があそこまで推す案件なんです。

こちらの将来にも関わることですし、私としても断る理由がありません」

 

「……へえ。とんでもない話だからもっと動揺すると思ってたが……

なかなか肝が据わってるじゃねえか。

見直したぜ。やっぱり男はそうじゃなきゃな。姉さんたちが選んだだけはあるぜ」

 

「恐縮です」

 

 

結構木曾さんは驚いている様子で、声のトーンが高くなっている。

確かに昨日の話を聞くに、ハワイ遠征は日本海軍どころか人類のこれからを決める一大作戦だ。

非常に敵影の濃いエリアに飛び込むことになるとも聞いている。

普段は割と消極的にしているし、それを自覚してもいるのだが、そんな態度の自分が乗り気だったのが意外だったのだろう。

 

ヘタレることが多い俺だって、何が大切かは分かっているつもりだ。

人としてスゴイ元帥が、あそこまで本気で決行しようとしている作戦が、悪い方向へ転がるはずがない。

みんなが納得して生きられる世界のために頑張るのは当然だ。

 

 

「その時がいつになるかは俺にもよくわからねえがよ。

もしその時が来たら、俺も協力させてもらうぜ」

 

「ありがとうございます。

木曾さんが協力してくれるなんて、本当に頼もしいですよ。

大丈夫だとは思いますが、部下の説得などもしないといけませんからね。

同じ艦娘で実力者の木曾さんを頼れるとなると、ずいぶん気が楽になります」

 

「まぁ、そうだな。説得の必要はあるだろうから、協力はするぜ。

……とはいえ、北上姉さんはともかく、大井姉さんの説得は……

その、なんだ……正直自信が無いというか……」

 

「大丈夫ですよ。

大井は少し……いや、結構怖いところがありますが、大切なところは見極められる子です。

木曾さんが相性的に敵わないのはなんとなくわかりますし、私が話をしますから」

 

「マジか……すげえ自信だ……

流石に旦那様は違うな」

 

「ちょ……からかわないで下さいよ……」

 

 

大井の説得と聞いて、自身なさげにしていた木曾さんだったが、こっちがなんとかすると聞いて心底驚いた様子だった。

木曾さんは大井に頭が上がらない様子だったし、そこは提督であり上司である自分が、責任もって話をつけるべきだろう。

 

 

「ま、その時を楽しみにしてるさ。

少佐ならうまく事を収められるだろ」

 

「気を遣っていただいて、ありがとうございます」

 

 

 

・・・

 

 

 

こちらの意気込みを聞いて満足げな木曾さん。

話題が一段落した雰囲気を感じ、どちらともなく食後のお茶をすする。

 

……しかし木曾さんの緊張が解けた様子はない。

まだなにかあるのだろうか……

 

 

「それで少佐、俺が本当に聞きたかったことは、その話じゃねえんだ」

 

「……と、言いますと?」

 

「ここから先は大本営第1艦隊の一員である、雷巡『木曾』の言葉だと思ってほしい。

俺の個人的な考えというよりは、俺の立場からくる言葉だ」

 

「……わかりました」

 

 

やはり本題は別にあったようだ。

先ほどよりも真剣な態度。

 

わざわざこんな前置きをするなんて、いったいどんな話なんだろうか……

 

 

「その、な。

部下の異動を考えてみる気はないか?」

 

「部下の……異動……」

 

 

木曾さんの口から出てきたのは、それこそ寝耳に水な案件だった。

 

 

「ああ。具体的には北上と大井の異動。

現在日本海軍全体を見ると、重雷装巡洋艦の数は圧倒的に足りていないんだ。

北上、大井、木曾の艦数はそこそこいても、実戦で深海棲艦を圧倒できるほどの練度……改二練度まで至っている艦は、両手で収まるほどしかいない。

練度を高めようとしても、木曾はともかく、北上と大井はクセが強すぎて信用関係が築ける提督がほぼおらず、思うように育成が進まない。

……そういう実情があり、即戦力の改二雷巡の配備を望む前線基地は多い」

 

「……」

 

「俺クラスの雷巡ともなればなおさらだ。

どんな作戦でも、どれだけ激しい前線でも戦える艦娘。

こんな後方基地で眠らせておくには惜しすぎる戦力だ」

 

「……成程」

 

「だから俺は北上と大井の異動を提案する。

もちろん異動後のふたりの待遇については、俺と元帥の名にかけて保証するし、この鎮守府にも相応の見返りを用意させてもらう。

少しズルい言い方になるが、日本海軍の未来を考えるのなら、それがベストだ。

……どうする?」

 

「……そうですね……」

 

 

元帥からはそういった話は無かったが、確かにこの鎮守府は、後方支援というには過剰な戦力を抱えている。

正直言って今回の演習メンバーだけでも、大規模作戦の最前線で通用する実力だろうし、それに加えて足柄さんも転化体のふたりもいる。

 

木曾さんの提案は尤も。

3種しか確認されていない雷巡の、高練度艦娘。

配属を待ち望んでいる鎮守府が多いのも当然だ。

 

……しかし……

 

 

「……ウチの部下に対しての高い評価、ありがとうございます」

 

「では」

 

「しかしこの話、申し訳ありませんが、お断りさせてください」

 

「……その理由は?」

 

「大井については、精神的に非常に不安定なところがあります。

確かに実力は素晴らしい。

ですが彼女は、過酷な最前線で実力を発揮していくのは厳しいと思います。

実力にムラができる者に、常在戦場となる場所を任せることは出来ないでしょう」

 

「……」

 

「北上についても、大井と似たようなものです。

そもそも彼女が顕現してから、まだ半年と経っていない。

実力の高さに対して精神はまだまだ未熟なのです。

ふたりとも表向きは従順に命令に従うはずですが、いつガタが来るかはわかりませんし、それが危険なタイミングで来るとも限らない。

……とてもではありませんが、不安定過ぎて戦場には送り出せません」

 

 

遥かに身分が上の木曾さんの提案を断るのは怖いけど……

ここは引くことは出来ない。

 

 

「少佐、表情が硬いぜ。……嘘が下手だな」

 

「……そんなことは無いです。私は本心を口にしただけです」

 

「……フフ。そうか」

 

 

一貫して真剣な表情をしていた木曾さんだったが、フッと微笑み、緊張を解いてくれたようだ。

場の空気が弛緩していくのがわかる。

 

 

「すまなかったな、意地悪いこと言っちまって。

今の話はナシだ。忘れてくれ」

 

「……そうですか」

 

「あくまで今のは俺のイチ意見だからな。

姉さんたちと一緒に戦ってみたかったのもあるが、少佐が面倒見ると言うのなら、そうするのが正解なんだろう」

 

「正直言って、あのふたりをうまく活躍させられるか不安もありますけどね……」

 

「オイオイ……そこでヘタレてくれるなよ……」

 

「すいません……」

 

 

呆れられてしまったようだ。

ハァとため息を吐かれてしまった。ちょっと凹む。

 

 

「俺の話はここで終わりだ。

つきあってもらって悪かったな。義兄さん」

 

「いえ、こちらこそご期待に応えられず申し訳……

……ニーサン!?」

 

 

なんか聞きなれない言葉が聞こえてきた。

思わず聞き返してしまう。

 

 

「姉さんたちとケッコンしてるし、これからも責任もって面倒見てくれるんだろ?

だったら義兄さんで問題ないじゃねえか」

 

「にい……義兄さんって……!

俺は一人っ子です!兄弟姉妹なんて居ません!

そういう相手なんて、親戚の妹分ふたりしか居ませんから!」

 

「つれないこと言ってくれるなよ。

少佐が義兄さんだったら、俺も納得なんだから。

姉さんばかりだし、全員マイペースだから、普通に話せる男の兄弟が前から欲しかったんだよ」

 

「そういう問題ですか!?

というか、結婚とは言ってもそういうことじゃなくて、あくまで指輪はチームメンバーの証みたいなもので……!!」

 

「はいはい。もうそれでいいから。

連絡先交換するぞ」

 

「何ニヤニヤしてんですかぁ!!」

 

 

結局このあと木曾さんに押し切られ、連絡先交換することになった。

ハワイ遠征のアシストをしてくれると言ってくれたし、それ自体には文句はない。

 

……しかし、義兄さんとはどういうことなのか……

そんなこと言いだしたら、恐ろしい数の義理の姉さんと妹が誕生してしまう……

 

 

(そうやって、ふらぐをらんりつさせるんですね)

 

(ねずみざんしきですね)

 

(よめがふえるよ!やったね!)

 

 

おい、やめろ!

奥さんって鼠算式に増えていいもんじゃないから!

そもそもなんでお前らの中では、まだ見ぬ姉妹艦まで嫁認定されてんの!?

ありえないから!

 

 

 

・・・

 

 

 

そんなこんなでげっそりすることもあったが、無事にその日は何事もなく過ごすことができた。

大本営第1艦隊の皆さんも、ウチのメンバーと交流したり、畑とか水族館(まだ生体は未納入)とかの施設を見物したり、羽を伸ばしてくれたようだ。

 

……というわけで、義理の妹ができてしまう事件から一晩明け、定期連絡船が出発する日の朝となった。

先日ラバウル第1基地第2艦隊のメンバーを送り出した時と同様、中型タクシーを呼んで見送りをする態勢となっている。

 

 

「では少佐、この数日、世話になったな。

実に有意義な視察となった」

 

「そう言ってもらえて光栄です。

むしろこちらこそ、色々とやらかしたことに対してお許しをいただきありがとうございました」

 

「うむ。それではまた何かあれば、直接連絡する。

その方がラバウル第1基地の手を煩わせることがないだろう。

そちらにもそのように通達しておく」

 

「い、いいんでしょうか……?」

 

「普通はありえん、が、少佐に関してはそれが最善だろう」

 

「は、はい」

 

「では出発の前に……最後にちょっとした通達をする」

 

「え……?つ、通達……?」

 

 

 

 

 

 

 

「少佐はこの瞬間より中佐だ。書面は後程送る。

あと指令として、これより1年以内に少将まで昇進するように」

 

 

 

 

 

 

「……はへぇ?」

 

「ありえんと思うが、もし、万が一、昇進が間に合わねば、例の話も真剣に考えてもらうことになるだろう。よろしく頼む」

 

「え、ちょ……」

 

「それでは世話になった。

また顔を合わせる機会を楽しみにしているぞ」

 

 

軽く会釈する大本営一行。

 

 

「あ、えと……こ、こちらこそ、楽しみにしております……」

 

 

ツッコミを入れられない空気に流され、会釈を返す鯉住君。

 

 

……そしてその流れのまま、大本営一行は、タクシーに乗り込んで帰って行ってしまった……

 

 

「……」

 

 

(やったね!もくひょうができたよ!)

 

(えらくなれるよ!)

 

(げんすいにみとめられるほど、そのうつわはでかかった!)

 

 

おい……ヤメロぉ……

嬉しそうに踊ってるんじゃないよ……

俺それどころじゃないんだよ……?

 

今から中佐……?

1年以内に……少将……?

 

1階級特進に加えて、2階級特進……??

 

あれかい……?

華々しく戦場で散って、英雄になれって事かい……?

 

 

元帥が去り際に残した爆弾に、状況がまったく飲み込めない鯉住君なのであった。

 

 

 

 

 

おまけ・大本営の皆さんの帰路にて

 

 

 

 

「そういえば提督、少佐との去り際に言っていた『例の件』とは、なんだったのですか?」

 

「あ、大和さんも気になってたのね。

私も気になる!ねぇ提督さん!どんな話があったの!?」

 

「ああ、そのことか。

少佐……今はもう中佐か。彼の縁談についてだ」

 

 

「「 !!?? 」」

 

 

「て、提督っ!!

その話は少佐……中佐から断られていたじゃないですか!!」

 

「ああ、大和君には話していなかったな。

あの後またもう一度話をしたのだ。ハワイ遠征に参加してほしいと思ったので、彼の昇進のためにも必要と思ってな」

 

「そんなの……政略結婚じゃないですか!!

ダメです!もうケッコンしてるじゃないですか!!」

 

「そのあたりまで含めたうえで、詳しい話をしたのだ」

 

「俺は元帥から聞いてたぜ?」

 

「え、えぇっ!?

木曾さんは知ってたの!?そんな面白……重要な話!!」

 

「瑞鶴……ひとの縁談に『面白い』はひどいと思うんだが……

……ともかく、昨日確認したら、本人は乗り気だったぜ?」

 

「ほう。そうなのか」

 

「そ、そんなバカな!

あの時はあれだけ拒否してたのに!」

 

「実際どういう話してたかは、元帥から聞いただけだからわかんねえけどよ。

昨日食堂で確認したら、前向きに受け入れてる様子だったな。部下の説得まで視野に入れてたからな。

義兄さんはヘタレてるが、強い芯を持った奴だ。

全体の未来も考えて、受け入れる気になったんだろうよ。大した奴だぜ」

 

「し、信じられないわ……」

 

「……ん?

木曾さん今、義兄さんって……」

 

「中佐は姉さんたちの夫なんだから、俺からしたら義兄さんだろ?」

 

「そういうもんなの……?」

 

「ま、俺も適当な奴ならそんな呼び方しねえよ。

中佐なら姉さんたちを、艦としても女性としても幸せにしてくれると思ってな」

 

「ふむ。木曾君がそこまで言うとは。

何かあったのか?」

 

「フフッ。なんでもねえよ。たいしたことじゃねえ」

 

「ふむ。そうか」

 

 

 

こうして鯉住君本人の思うところと、周囲の認識は徐々にズレていくのであった。

 

これから彼らには、どのような出来事が待っているのだろうか?

彼は何をやらかしてくれるのだろうか?

 

それはまだ誰にもわからないのだった。

 

 

 

 




悲報 木曾と鯉住君、すれ違っていた模様

ちなみに元帥が少将まで昇進するよう指示したのは、諸々考えると政略結婚無しでも十分可能だと判断したからです。
現在の日本海軍は、できてまだ10年の組織なので、皆さんが思うよりもはるかに昇進が簡単というのもあります。


それではキリがいいので、これにて第3章終了ということにします。

次回からは鯉住君昇進編ですかね。
それ以外にも色々あるとは思いますが。

のんびりお付き合いいただければ嬉しいです。






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第4章 中佐編
第84話


これより第4章開始となります。

またもや忙しく鯉住君がやられていく展開にしようかとも思いましたが、ちょっとくらい休んでもらってもいいか、と思ったので、日常回多めの章にする予定。

普段彼らがどんな生活してるか、その辺がわかるような話を入れていくつもりです。
なんだかんだ言っても予定は未定なので、方針程度のものですけどね。




 

 

研修組が帰ってきてからは、怒涛の一週間と言ってもよい濃密な日々だった。

旅館建設、重婚事件、欧州組の転化、ストレス発散による鎮守府土地改革……

 

そしてそのグランドフィナーレである、嵐のような元帥の視察。

 

そんな一連のイベントラッシュが終わり、さらに一週間ほどたった頃……

正式に昇進手続きの書類が届いた。

 

あまりにサラッとした伝え方だったうえ、しばらく音沙汰がなかったので、元帥の冗談かと少し疑っていたのだが、そういうことではなかったらしい。

ちゃんと書類には『中佐昇進手続き書類』と書かれていた。

 

なんか実感がわかなかったし、昇進したからと言って何かが変わるわけでもない。

そのため部下に対してその件の告知をしていなかったのだが、そのせいで叢雲にこっぴどく叱られてしまった。

 

悪かったとは思うけど、『偉い人が言ってたから』とかいう小学生のような根拠で、このような重要な話をする度胸は無かったのだ。

「間違いでした」なんて軽い感じで訂正が効くことではない。

正式に書類が来るまで秘密にしていても、それは許してほしいところ。

 

そう叢雲に伝えたら、さらに怒られてしまった。

本人曰く、「秘書艦の私に相談するくらいしなさい!」とのこと。

「アンタそういうところよ!」とも。

 

その時にお見舞いされたタイキックはとても痛かった。

 

 

 

・・・

 

 

 

ちなみにその中佐昇進届にくっついていた別の書類がある。

その表紙には「大佐昇進手順」と書かれていた。

 

……昇進に手順とかあるんだろうか?

いや、書類手続きとかはあるんだろうけど、そういうことじゃないよなぁ……

 

そんな感じで心の中でツッコミを入れながら、その書類を開くと、様々な功績の立て方……

昇進につながる功績の立て方が、ずらりと書かれていた。

 

 

それによると、そもそも佐官内での昇進は、そこまで大きな壁があるものでもないようだ。

順当に功績を積めば、どんな出自だろうと、普通は大佐までならいけるものらしい。

 

それじゃあ例の先輩3人は、なんで少佐と中佐なのかということになるが……

それはあの人たちが普通じゃなさ過ぎて、警戒されまくっているからである。

提督養成学校組から見れば外様だし、そういうものなんだろう。

本人たちが昇進にまるで興味なしなのも、大きな要因である。

 

あの人たちに比べれば、まだ自分は全然警戒されていないということで、大佐まで昇進すること自体はすごく簡単らしい。そう書かれていた。

いや、本当は全然簡単じゃないらしいけど、ウチの戦力なら全く問題ないとのこと。

 

具体的に何をすればよいかというと……

 

 

 

『割り当て海域の特務エリア含む全開放及び、大規模作戦における一定以上の活躍』

 

 

 

……これのどこがすごく簡単なのだろうか?

常識をポイした面々とばかり付き合って、常識が若干おかしくなっているとはいえ、さすがの自分でもこれが簡単じゃないことくらいはわかる。

 

 

……しかしその一方で、ウチのメンバーならこれくらい、結構簡単に達成できるということもわかっている。

 

なにせ研修組……地獄帰りの天龍龍田姉妹に、将棋の国でしごかれた北上大井姉妹、ハイレベル何でも屋として大成した秘書艦ズが居るのだ。

さらに言うと、そもそも実力者である足柄さん、元北海の覇者であるアークロイヤル、元ジブラルタル海峡の主である天城まで居る。

 

戦闘力については5-5だろうが、6-5だろうが、まるで問題ない。

むしろこのメンツの仲を取り持つ方が、高難易度ミッションだったりする。

 

それにバックアップ部隊も、自分で言うのもなんだが充実している。

性格に難ありだが実力ある明石を筆頭に、弟子の夕張と秋津洲も優秀だ。

いざとなれば北上も頼れるし、もちろん自分も頑張る。

 

 

このような布陣のため、ぶっちゃけ戦闘に関しては何の不安もない。

追記として「貴鎮守府の出撃海域制限を解放する」ともあったので、まだ1-3までしか海域開放できていないにもかかわらず、いきなりレベル5海域とかレベル6海域に出向くことも可能だ。

悪天候で出撃中止などのケースも避けられるため、想像以上にスムーズにいくと思う。

 

 

 

「大規模作戦での活躍」についても、対策が記載されていた。

 

対策というよりは決定事項に近いのだが、

『欧州救援作戦に何らかの形で一枚噛むように』とのこと。

 

一介の少佐……じゃなかった。今は中佐だ。

ともかく、中佐程度で国際的作戦に噛んじゃってもいいのだろうか、という疑問はある。

しかしそこはさすがの元帥。

大本営内で行われる会議で、ウチの参加を承認させてくれたようだ。

 

どうやら大本営内では欧州救援に積極的でない意見が多いらしく、自分の鎮守府の戦力を割きたくないという流れがあるらしい。

そのおかげか、自分の参戦は思うよりもすんなりと認められたとのこと。

 

中佐程度の戦力が所属鎮守府から席を外したところで、なんのデメリットもない。

しかもそれが元帥に発言責任があるともなれば、役に立たなくても周りに非はないし、うまく活躍すれば欧州からの褒賞を労せずゲット。

棚ぼたが狙えるということだろう。

 

はなから期待されていないというのは、こちらとしてはストレスフリーでありがたいところ。

都合良いコマ扱いにムカッとしないわけではないが、そもそもただの中佐がそのような作戦に噛むことなど普通はない。

まあ、妥当なところだろうと納得する。

 

 

つまりこれからの動きは、

担当海域を片っ端から解放すること。

そして、きたる欧州救援に備えて、準備をしておくこと。

 

この2点……だけではない。

 

 

そもそもラバウル基地エリア含めて、西太平洋で深海棲艦の不穏な動きがある。

つまりは日本海軍統治エリアでの大規模作戦の兆しだ。

 

欧州救援に出向いている際に、拠点の目と鼻の先で大規模侵攻が起こる可能性もあるのだ。

その可能性は結構濃厚なので、それに備える必要もある。

 

 

ちなみにさらにその先の、大佐から少将への昇進については、またその時に説明するとのこと。

確かに捕らぬ狸の皮算用をしていてもしょうがない。今は目の前の課題をやっつけることだけ考える。

 

 

 

・・・

 

 

 

……なんというかよく考えると、非常に無理なことを言われていることに気づいた。

 

20名もいない小中規模鎮守府が、2方面の大規模作戦に備えるとかいう、わけわかんない状況となっているのだ。

 

普通の提督なら、よく考えなくても相当おかしい話だと気づくだろう。

よく考えなきゃおかしいと分からなくなっているあたり、常識の欠如がはなはだしい。

このままいくと戻ってこれない気がするので、気を付けることにする。

 

欧州救援アシストだけでもアレなのに、もうひとつの大規模作戦でもバックアップ頑張って、という話。

流石にこの状況はどうかと思ったので、連絡先を知ってる各方面に相談してみたところ、こんな反応が返ってきた。

 

 

鼎大将「鯉住君ならなんとかなるじゃろ」

 

一ノ瀬さん「鯉住君なら大丈夫よ。そんな気がするわ」

 

加二倉さん「貴様なら問題あるまい」

 

三鷹さん「ハハハ!龍太君のことだから、なんとかしちゃうんでしょ?僕よりよっぽど凄いんだからさ!」

 

白蓮大将「俺なら無理だが、鯉住ならいけるだろ?根拠はねぇけど」

 

高雄さん「元帥閣下と大和さんが通した案件なら、私に言えることはありません。なんというか、その……頑張ってください……」

 

伊郷元帥「中佐とその部下たちなら問題ないはずだ。期待しているぞ」

 

大和さん「大丈夫ですよ!龍太さんたちは私達に実質勝ったようなものなんですから!自信を持ってください!」

 

木曾さん「まあ義兄さんの言う通りだと思うぜ。だけど何とかしてくれるんだろ?期待してるぜ。一緒に頑張ろうな」

 

 

……前々から思ってたけど……自分の扱いって、なんでこんなに雑なの?

 

とりあえずアイツならやってくれるでしょ!大丈夫大丈夫!みんなして見物しようぜ!

 

そんな反応しか返ってこないでやんの。そういうのどうかと思います。

私だってプレッシャーとか感じるんですよ?ご存知でない?

 

というか既に全員、こちらの受けた昇進指令について把握してるようだった。

電話したら「ああ、あの件でしょ?」みたいな反応してたもの。間違いないねこれは。

なんで当事者より先に情報が知れ渡ってるんですかねぇ?なんなの?みんな俺で遊んでるの?

 

 

そんなこんなで「はい」か「YES」かの選択肢しか与えられていないことが分かったので、開き直っていくことにした。

 

無茶ぶりも極まると、好きにしてくれと言いたくなるというものだ。

圧し掛かり過ぎて逆にプレッシャーも吹っ飛んだので、ここまで色々ぶん投げられたのはラッキーだったともいえる。

そう。プラス思考が大事なのだ。特にヤバい人たちと関わる時にはそれが欠かせない。経験則である。

 

 

 

・・・

 

 

 

愚痴っていてもどうしようもないので、まずは海域開放に集中することにした。

 

そもそも欧州救援の準備と言っても、いつそれが始まるかわからない以上、備蓄くらいしかすることがない。

西太平洋大規模侵攻も同様だ。

相手の考えが掴めない以上、こちらもいつ起こるのかわからない。

 

そういうことなので、ここ最近はちまちまと海域開放を進めている。

目標は『無理せず一日一海域』。一日一善みたいな感じだ。

 

今現在は以前から解放していた1-3までに加え、第一海域エリアの残りをすべて解放。

それに加えて、第2エリアの3まで、第3エリアの2まで、第4は飛ばして、第5エリアの1を解放した状態。

 

非常にいいペースだと言えるだろう。

部下のやる気も高く、とても頼りになる。ありがたいことだ。

無理なくメンバーのローテーションも出来ているので、出撃組は隔日出撃というホワイト体制。

遠征を含めても、少なくとも週2でお休みがある。

裏方も常にふたりで回すようにしているため、こちらも隔日で休みが来る体制。

 

羅針盤に従えば命の危険もないし、普通の企業よりもよっぽどホワイトである。

みんな無理せずやりたいことをする、これがウチの基本姿勢だ。

この体制なら、それを守れていると言ってもいいのではないだろうか?

どんなもんだい、ってなものだ。

 

 

そんなこんなで、出された課題とは裏腹に、のんびりした日々を送っている。

 

心が致命傷を受け続ける日々から解放され、ようやく色々と趣味に精を出せる環境ができた。

秘書艦のふたりも「仕事をしてくれれば何も言わない」と、理解を示してくれているのが嬉しいところ。

 

なんか嫁に遊ぶ許可もらった旦那みたいだな……なんて一瞬思ったが、ちょっと精神衛生上よろしくなかったので、深くは考えないことにした。

みんな薬指に指輪してるって?ハハハ。気にしたら負けですよ?

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

……というわけで今日も今日とて事務仕事を終え、遠征の出迎えがてら波止場で釣りをしている。

 

他の釣り人がいないため、魚がスレていないのが嬉しい。たくさん釣れて楽しい。

今もクーラーボックスの3分の1が埋まるほど、カラフルな魚が入っている。

あとで足柄さんに頼んで煮込んでもらおう。

 

 

餌(昨日のおかずの残り)をつけ終わって、海に投げ込んだところ、後ろから声をかけられた。

 

 

「あら~ お仕事は終わったの~?」

 

「誰かと思ったら龍田か。

今日は非番だったはずだけど……ああ、天龍の出迎えか」

 

「そういうこと~」

 

 

今日は天龍には遠征に出てもらっている。

というか朝イチで3-3攻略に出向いてもらったあと、返す刀で遠征に出て行ったのだ。

本人たっての希望だったので、こちらもそれを承認。

どうやら遠征で戦闘にならないか期待しているらしい。

 

商船護衛任務なので、会敵しないに越したことはないのだが、人間が乗り込んでいる以上そうもいかない。

天龍は研修を経て、以前からのバトルジャンキーっぷりに拍車がかかった気がしないでもない。

まかり間違って神通さんのような破壊神になってしまわないか、ちょっと提督心配です。

 

……そんなことを考えていると、龍田がお姉さん座りで、隣に腰かけてきた。

顔にかかる髪を右手で払っている。相変わらずとんでもない美人だ。

あまり顔や胸を見ないようにしよう。やましいこと考えてるのがバレたら、色々斬り落とされかねない。

 

 

「……そういえば、龍田は一緒じゃなくてよかったのか?

いつも天龍と一緒に居たがるだろう?」

 

「出撃で一緒だったから、天龍ちゃん成分は補充できてるわ~。

だから今は、こうやって提督成分を補充してるところ~」

 

「提督成分って何なの……

まあ、それはともかく、適度に姉離れできればそれに越したことないか」

 

「天龍ちゃんと離れる必要なんてあるのかしら~?」

 

「もしかしたらってこともあるだろ?」

 

「あら~?

その『もしかしたら』を起こしちゃうつもりかしらぁ?」

 

「い、いや、そうならないように気を付けてるよ」

 

 

フフ、怖い。

やっぱり龍田に天龍の話するときは、ある程度気を張ってないといけないみたい。

 

とはいえ、天龍にべったりで何をするのも一緒、というのも不健康な気がする。

ここはひとつ、気になったことを聞いてみるとしよう。

 

 

「そういえば龍田は、なんか趣味とかあるのか?

やりたいことがあるなら、ある程度は融通利かせるけど」

 

「ん~ ……特にないわぁ」

 

「なんにも?

ほら、龍田みたいに落ち着いた大人の女性なら、化粧とかファッションとか、興味ありそうなものじゃない?」

 

「うふふ~。

それはぁ、私の化粧やファッションが、いまひとつってことなのかなぁ?

提督も案外辛口意見を言うのね~?」

 

「ご、ゴメン……そういうつもりじゃないから……!笑顔が怖い!」

 

「提督はぁ、デリカシーって言葉を辞書に加えといた方がいいわぁ」

 

「そんなに今の、デリカシーなかったか……?」

 

「そうね~。控えめに言って最低かしら~」

 

「控えめでそれなの?マジ?」

 

「マジよぉ。悔い改めて?」

 

「そっかぁ……」

 

 

自覚できないものを、どう直せばいいのだろうか……

こちらが悩んでいると、龍田はクスクス笑っていた。

幸いにもそこまで気にしているわけではないようだ。相変わらず掴めない人である。

 

 

「ま、まぁ、それはそれとして……

何かやりたいことがあるなら、できる限り援助するから」

 

「そうねぇ……

今は思いつかないから、思いついたら言うわぁ。

……あ、それじゃひとつお願いがあるんだけど……」

 

「お、なにかな?」

 

「艦娘用のファッションカタログが、娯楽室に置いてあるじゃない?」

 

「ああ。海軍支給の通販カタログな」

 

 

艦娘用の通販カタログは、基本物品として大本営より支給されることになっている。

理由は単純で、艦娘の士気高揚につながるからだ。

 

艦娘は基本的に、人間の女子と似た趣味嗜好をしている。

そのためオシャレ好きな艦娘も多くいる……というか、むしろそっちが多数派なのだ。

 

しかし彼女たちは皆軍属であるため、鎮守府から外に出る機会は極端に少ない。

つまり運営に必要な備品以外の、嗜好品の買い物をするタイミングが全くと言ってよいほどないのだ。

 

そこで大本営は少しでも艦娘のストレスを解消するために、艦娘用通販システムを立ち上げた。

 

これにより艦娘の満足度は一気に向上。

好きな服やアクセサリを買うことができるようになり、今やその通販利用率は、全鎮守府の90%にもなっている。

 

ちなみに現在スマホで見られるサイトの立ち上げが進んでいて、近い将来ネットショッピングが可能になるらしい。

実はこれは大和の案が採用されたものだったりする。

 

 

「あのカタログなんだけど、新しいものを取り寄せてくれないかしらぁ?」

 

「最新版ってこと?確か今あるやつがそうだったと思うけど……」

 

「違うわぁ。

ファッションカタログなんだけど、駆逐・軽巡用しか置いてないじゃない?」

 

「……あ。

そうか、そういえば大型艦用のカタログはなかったか。

そこまで考えがいかなかったなぁ……」

 

 

艦娘用ファッションカタログは、小型艦用、大型艦用の2種類があり、娯楽室に置いてあるのは小型艦用のみだ。

 

今まではメンツ的にそれで良かったのだが、アークロイヤルと天城が加わったので、それでは足りなくなったということだろう。

 

 

「あのふたりのために気を利かせてくれたのか。

ありがとう、龍田」

 

「それもあるけど、それだけじゃないわぁ」

 

「……ん? どういうこと?」

 

「私と天龍ちゃんはぁ、小型艦向けの服じゃ入らないのよ~?」

 

「あっ……(察し」

 

 

ウフフとニヤニヤしながら笑う龍田。

そうか、そういうことですか……

BWHのBが軽巡級じゃないですもんね……

 

 

「その、なんだ……気づいてやれなくてすまなかったな……」

 

「提督は気を抜くとすぐに胸を見てくるからぁ。

とっくに気づいてると思ったんだけどな~?」

 

「なんか、その……すいませんでした……

……そんなに俺の視線わかりやすい?」

 

「むしろあれで隠してるつもりだったのかしらぁ?」

 

「そんなにですか……善処します……」

 

「私は奥さんなんだから、もっと堂々と見てくれてもいいのよ~?」

 

「勘弁してください……」

 

 

天龍をからかうのが大好きな龍田だが、最近は俺のこともからかうようになってきた。

結構疲れるが、距離感を以前より縮めてくれている証だろう。

それはそれで嬉しいことだ。

 

 

ビビビッ!

 

 

「……おっ!」

 

「あら~?かかったのかな~?」

 

「そうだな。……よっと!」

 

 

釣り竿にアタリがあったと感じたら、その感覚通り魚がかかっていた。

特にファイトすることもなく、さらっと竿を上げる。

 

釣れたのは南国特有のカラフルな魚だ。

そのまま刺身で食べる気にはならないが、煮物にすればそこそこうまい。

 

 

「今日の晩は魚料理だな。

アークロイヤルにも知らせておかないと」

 

「足柄さんに美味しいごはん、作ってもらいましょ~」

 

 

……最近はこんな感じでのんびりとした日々を送れている。

元々こういうペースで運営したかったので、半年来の目標が叶ったといったところ。

 

色々と忙しくなるまで、暫くはこの平穏な生活を送らせてもらおう。

そのくらい許されてもいいはずだよな。

 

 

 




元々ラバウル第10基地には小型艦しかいなかったので、カタログは小型艦用しか用意されていなかったみたいですね。
それまで天龍龍田姉妹は、持参した私服をローテすることで凌いでいたようです。

え?古鷹はどうなのかって?
特に問題なかったみたいですよ。
鯉住君と買い物デート(両者無自覚)したおかげで、服はたくさん持ってるから大丈夫だったんじゃないですかね?
下着とかは買ってなかったみたいですけど、なぜか何とかなってたみたいです。なぜか。


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第85話

お久しぶりです。
今回はだいぶ前に書いた、人生ゲームで遊ぶ話のような感じです。

普段こんな感じで遊んでるんだなぁ、くらいに思っていただければ。




「あ゛ー……暇なのじゃー」

 

「今日は珍しく、やることがないよねぇ」

 

「今日は雨だから海域解放もないしねー。

……あー、やっぱお茶の間は冷房効いてていいわー」

 

「そうですね、北上さん!

この湿度の高さじゃ、私達の部屋ではくつろげませんよね」

 

 

本日の空は雨模様。

ラバウル第10基地では、出撃は雨天中止なのだ。

理由は当然濡れるのが嫌だから。なんとも緊張感がない話である。

もちろん護衛任務に関してはその限りではないが。

 

そんな日に非番の艦娘は、大体においてお茶の間(娯楽室)に集合する。

旅館にも談話室はあるのだが、あちらはマッサージチェアに卓球台というクラシック旅館スタイル。

それでは気を抜きすぎることができないということで……畳張りに長机、カゴに入ったアメちゃんという、ダラダラ推奨空間に惹かれて、いまだに豪農屋敷のお茶の間に集合するメンツは多い。

鎮守府棟でこの部屋だけ冷房完備であるのも、艦娘を呼び寄せる一因となっていたりする。

 

本日は呉異動組の初春子日姉妹と、雷巡コンビの北上大井姉妹がだらだらしているようだ。

 

 

「のう、子日や。なにか面白い遊びはないかや?」

 

「すぐに思い付くのは、トランプくらいかなぁ」

 

「むー……トランプでできる遊びは、一通りやってしまったからのう……

雷巡のふたりは、なにか思い付くことはないかや?」

 

「え~?だらだらしてればいいじゃんか。

せっかくの休みなんだし」

 

「そうですよ。

北上さんを見ていられれば、退屈なんてするはずないでしょう?」

 

「大井……それはお主だけじゃぞ……」

 

 

大井の全く参考にならない意見に眉をしかめつつ、初春は机にベターっと突っ伏す。

快適空間ではあるのだが、刺激が足りない。

毎度毎度なにかしら提督が引き起こすせいで、ちょっとの暇でもすごく長く感じてしまうようになったようだ。

 

 

「……そうじゃ!

こういう時の、わらわの旦那様ではないか!

鯉住殿に遊びに来てもらおうぞ!」

 

「姉さん、鯉住さんは多分執務中だと思うよ?」

 

「愛する妻が呼んでいるのじゃ!

体の半分以上が優しさで出来ている鯉住殿が、その程度の理由でわらわを放っておくはずがなかろう!」

 

「そうなのかなぁ……?」

 

「はぁ……提督は頭痛薬ではないんですから……」

 

「まま、いいじゃん大井っち。

はっちゃんの言う通り、提督だったら多分来てくれるだろうからね~」

 

「なんで休みの日にまで、提督と一緒にいなきゃいけないんですか……」

 

「嫌いな上司とかじゃないんだから、気にしない気にしなーい。

それじゃ呼んじゃって~」

 

「うむ!それでは電話を……」

 

 

 

プルルル……

 

 

ピッ

 

 

 

(はい、鯉住です)

 

「わらわじゃ!お前様!」

 

(ええ。わかってますよ、大丈夫。

というか、やっぱりその呼び方なんですね……

……それでどうしたんですか、初春さん?

今日は非番だったでしょう?)

 

「今みんなで茶の間におるんじゃがのう、退屈しているのじゃ!」

 

(た、退屈……?

カタログ見るとか、置いてあるもので遊ぶとか、色々できることあるじゃないですか)

 

「もうそれらはやり飽きてしまってのう!

お前様と一緒に何かしたいのじゃ!

というわけで、今からこっちに来てたもれ!」

 

(ええ……?

俺はいま執務中でですね……)

 

「そんな無体なことを言うでない!

お前様の愛する妻が、一緒になることを求めているんじゃぞ!?」

 

(その言い方ヤメテ!

……はぁ……仕方ないですね……確かにもう少しで執務も終わるし……

それじゃもう少し待っててください。すぐに終わらせ……ん、どうした叢雲?

ちょ、ちょっと何すr……!!)

 

 

ガササッ

 

 

(ちょっとアンタッ!!

何ワケの分かんないこと言ってんの!?

今コイツは執務中なんだから、邪魔すんじゃないわよ!)

 

 

電話口からは叢雲の大声が響いてきた。

いきなりボリュームが大きくなり、ビクッとしてしまう初春。

 

 

「ッ……!! ……おいっ!なんじゃ貴様!

今はわらわと鯉住殿が話している最中じゃぞ!それを邪魔しおってからに!」

 

(うるさいわね!!

ただでさえコイツは仕事が遅いんだから、余計な仕事増やすんじゃないわよ!)

 

「何が余計な仕事じゃ!嫁に構うのは主人の最も大事な仕事じゃろうが!

それに鯉住殿は、もう少しで執務が終わると言っておったではないか!

聞こえていたぞ!?」

 

(そういう話じゃないでしょ!?寝言は寝て言ってくれない!?

構ってほしいとかいうアホみたいな理由で、執務中に電話してくんじゃないわよ!!)

 

「何が寝言じゃ!! ……あ。はは~ん?わかったぞ!

いつものようにわらわ達の仲の良さに嫉妬しておるんじゃな!?

女の嫉妬は犬も食わんぞ!身の程をわきまえい!!」

 

(何ワケの分かんないこと言ってんのアンタわぁっ!?

とにかく、そこでおとなしく転がってなさい!

明日からバリバリ働いてもらうから!フンッ!!)

 

 

ピッ!!

 

 

すごい勢いで電話は切られてしまった……

 

 

「やれやれ……相変わらずの癇癪持ちじゃな」

 

「私は叢雲さんの言うことが正しいと思うなぁ」

 

「……ま、いいんですよ。

提督が来たところで退屈しのぎにもなりませんし」

 

「ふ~ん?そ~ぉ?

ま、大丈夫っしょ。どうせもうちょっとしたら来てくれるって。

それまでだらだらしてればいいっしょ」

 

「え?だって叢雲さん、そんなのダメだって……」

 

「まーね。ねのっぴーの言う通りだけどさ。

結局提督なら、色々済ませた後にこっそり来てくれるんじゃない?」

 

「そっかぁ。そうだといいな!

鯉住さんと遊ぶの久しぶりだから、楽しみだよっ!」

 

「北上の言う通りじゃな!

鯉住殿がわらわを放っておく理由などないからの!」

 

「まーあれじゃない?

執務の残りとムラっちの説教が終わり次第、来てくれるんじゃない?」

 

「……ここまで子供に期待させておいて来なかったら、ただじゃおきませんからね……」

 

 

 

・・・

 

 

一時間後

 

 

・・・

 

 

 

ガララッ

 

 

「……お待たせ」

 

「おお!待っておったぞ!お前様!」

 

「ホントに来た!わぁい!」

 

「お待たせしちゃったみたいだねぇ……」

 

 

なんだかゲッソリしているが、なんやかんや来てくれるあたり……

人がいいというかちょろいというかである。

 

 

「提督お疲れ~。ムラっちの機嫌はよくなった?」

 

「なんとか……」

 

「もっと仕事が出来るようになってください」

 

「相変わらずっすね……大井さん……」

 

 

すでに疲れているというのに、追撃をもらってしまう。

いつものことなので、誰も気にしていないのだが。

 

 

「それで!なにをして遊ぼうかのう!?

鯉住殿のことじゃから、何か考えてきてくれたのであろう!?」

 

「ああ……うん……一応ね」

 

 

そういうと彼は一冊の本を取り出した。

 

 

「これで遊ぼうと思って」

 

「なにそれ?……『水平思考パズル』?」

 

「うん、そう。

一言で言えば、推理ゲームみたいなものかな。

こっちがよくわかんない状況説明するから、その話を補完してく遊びだね」

 

「??? どゆこと?」

 

「そりゃ聞くだけじゃわかんないよねぇ。ま、実際やってみようか。

俺が今から問題出すから、それに答えてみて。

えーと……」

 

 

ペラペラと持ってきた本をめくる鯉住君。

手ごろな問題を探しているようだ。

 

 

「……これにしよう。

『ある姉妹が、ふたりで倉庫を掃除してました。

そしてそのあとふたりしてどこかに行きました。どこに行きましたか?』」

 

「……」

 

「……」

 

「……え? そんだけ?」

 

「うん。こんだけ」

 

「それだけでは、何が何やらわからないじゃないですか」

 

「そうだよね。大井の言う通り。

……というわけで、今からみんなには、俺に対して質問してもらいます」

 

「質問?どゆこと?」

 

「みんなにはこれから、『はい』か『いいえ』で答えられるような質問をしてもらう。

それに俺が答えていくことで、どんな状況か調べていくってわけさ」

 

「……それは確かに推理ゲームですね」

 

「そそ。

いくらでも気になったこと聞いてもらっていいから、みんなの違った発想を集めて真実を明らかにしよう、ってこと。まさに『水平思考パズル』ってわけ。

ホントは初春さんや子日さんくらいの子には難しいけど、キミたち艦娘の判断力があれば、大丈夫かと思って」

 

「ふふん!さすがはお前様じゃ!

わらわ達ならその程度、朝飯前よ!!」

 

「自信満々だね。それじゃ始めようか」

 

「うむ!

ズバリそれは、わらわと子日が工廠の掃除をしておって、そのあと空腹を満たすため、食堂に行ったということじゃな!」

 

 

ドヤ顔で自信満々に答える初春に、苦笑いする鯉住君。

 

 

「あはは……

あのですね……もっと外堀から攻めていってください……」

 

 

 

・・・

 

 

 

しばらく質疑応答が続き、色々と状況がわかってきた。

 

 

「……さて、そろそろいいかな?」

 

 

開示された情報

 

 

・ふたりはなかよし

・ふたりは艦娘じゃなくて人間

・倉庫は久しぶりの掃除で、随分汚れていた

・誰の指示で掃除したかは、特に関係ない

・ふたりは外出したわけではない

・どこかへ行ったのは、その必要があったから

 

 

「どうだい?わかったかな?」

 

「うん!体が汚れちゃったから、お風呂に行ったんだねっ!」

 

「正解!子日さん、よくできました」

 

「えへへ!」

 

 

ニッコリ笑う子日をみて、思わず鯉住君もニッコリ。

無意識に頭をなでなでする。

 

 

「えへへ~!」

 

「むむ!子日ばかりズルいぞ!」

 

「……ハッ! す、すまない、子日さん!

つい無意識に……」

 

「ううん!ありがとう鯉住さん!」

 

「い、いや、こちらこそ……」

 

 

なんなの?天使なの?

笑顔が眩しい……!

 

 

「提督ってロリコンなのかな?」

 

「ロリコンというより、父親とかそっち系な気がしますね」

 

「そう言われりゃそうかもねぇ。

娘もいないのに父性だけ強くなってるとか?」

 

「だいぶこじらせていますね」

 

「キミたち……全部聞こえてるからね……?」

 

 

・・・

 

 

「それじゃチュートリアルも終わったし、ちょっとだけ難しい問題に行こう。

どれにしようかな……」

 

 

ペラペラ……

 

 

「……これでいいかな。

 

『初めて見た目の前の女性を、私は一生守っていくと決意しました。

どういう状況か説明してください』

 

ちょっと難しいけど、やってみよう」

 

 

「えーとぉ……それって、一目ぼれ?」

 

「ふふふ。そう思わせる文章だからね。

でも違います」

 

「一目惚れと言えば懐かしいのぅ……

鯉住殿がわらわを口説いたあの日を思い出すのじゃ……」

 

「ちょっと、記憶のねつ造しないで下さいよ……」

 

「……このロリコン」

 

「ちが……大井、違うってわかって言ってるよね……?」

 

 

なんか話がそれてきた。

このままではいつまで経っても問題が解けないので、北上は場を仕切ることにした。

 

 

「はいはい。話進めるよー。

それって結構起こることなの?なんか変な話だけど」

 

「あ、ああ。答えはノーだね。

こんな状況はそうそうないかな」

 

「そうっしょ?そしたらあれかな?

SFとかのフィクションじゃないってことかな?」

 

「おー、いい質問するねー。

そうです。現実でも起こることです。すんごい稀な話だけどね」

 

「ふ~ん」

 

 

 

「それでは私も質問です。

この私というのは、男性ですか?」

 

「お、大井も鋭いね。そうです。男性ですよ」

 

「では、このふたりの間に愛はありますか?」

 

「真顔でスゴイこと言うね……」

 

「酸素魚雷喰らわせますよ?」

 

「すいません……

えー、愛はあります。ただし男女の愛じゃないね」

 

「……へぇ」

 

 

 

「私も聞くよ!

鯉住さん!その男の人は、その女の人と昔から知り合いだったの?」

 

「子日さんもいいとこつくね。

そう。昔から知り合いでした。かなり長い付き合いだね」

 

「……ん?あれ?

なんで昔から知り合いだったのに、男の人は女の人、初めて見たの?」

 

「ふふふ。そうなんだよね。

昔からこの私と女性は知り合いでした。でも、私は女性を初めて見たんだよね」

 

「??? んん……なんで? よくわかんないよぉ……」

 

「すごくいいところいってるよ!」

 

 

 

「わかったぞ!鯉住殿!

これはあれじゃな!ふたりは文通相手だったということじゃな!

手紙で愛を育み、実際に会って惚れてしまったということじゃろう!」

 

「あー、違います。ていうか文通って、渋いねぇ……

ちなみにメールでもないよ。男女の恋や愛ではないしね」

 

「むむ。そういえばそうじゃった。

ではふたりは実際に会ったことがあるという事かや?」

 

「お、そうです。

実際会ったことあるどころじゃないね。かなりの時間、一緒に居ました」

 

「むむ……?」

 

 

 

「さて、今までの話をまとめてみよう」

 

 

途中経過

 

ふたりは長年の付き合いで、長いこと一緒に暮らしていたが、その時初めて私は女性を目にした。

ふたりの間にある感情は男女の愛ではなく、親愛といった類の愛。

 

 

「……と、こんなところかな」

 

 

「なかなかよくわからん状況じゃのう……」

 

「ずっと一緒に居たのに、今まで見たことなかったんだよね……?」

 

「……」

 

「お?大井っち、なんか気付いた?」

 

「ええ、提督、質問いいですか?」

 

「もちろん」

 

 

 

「この男性……目が見えなかったのではないですか?」

 

「!!」

 

「それが手術か何かをして、目が見えるようになったのでは?」

 

 

 

「おお……!!

すごいじゃないか!正解だ!!

よくこれだけの情報で、その答えが出てきたね!!」

 

「……偶然ですよ」

 

「謙遜しなくてもいいって!

やっぱり大井は頭がいいなあ。勘も冴えてるし」

 

「……はいはい。それでは残りの謎を解明しますよ」

 

 

クールっぽく見せているが、まんざらでもない大井。

それが北上にしか気づかれていないのは、彼女にとっては幸いだろう。

大井はいじられることに免疫がないのだ。

 

 

「おおお!なるほどのう!

目が見えんかったから、初めて目にしたということになったのか!」

 

「一緒に暮らしてたけど、それなら顔がわからなかったのも納得だね!

大井さんすごいよぉ!」

 

「さっすが。大井っちは頭いいねぇ。

……そんで提督さ、あとは何をはっきりさせればいいの?」

 

「あ、そうだな。それは言っておかないとな。

あとは彼女が私にとってどういう存在なのか、これがでれば完答としようか」

 

「そっか。それはまだわかってないもんね」

 

 

 

「どういう存在も何も、その女性は妻じゃろう?」

 

「初春さんがそう思うのも無理ないけど、違うんだよね」

 

「では母親ですか?今まで世話してもらった恩返しということで」

 

「惜しい。けど違うね」

 

「えー?

身近にいる女の人で、奥さんでもお母さんでもないなんて、もう他に思いつかないなぁ」

 

「ふふふ」

 

「……ん?提督、今なんか反応したっしょ?」

 

「……お?」

 

「てことはさ。あれじゃない?

『女の人』ってあたりで空気がちょっと変わったから、そこに何かあるね~?」

 

「……では質問どうぞ」

 

 

 

「その女性って、人間じゃないね?」

 

「イエス!」

 

「しかもあれっしょ?

目が見えない人と一緒に暮らしてる動物なんだから、限られるよね?

……ズバリ、盲導犬だね!」

 

「正解!やるね!

それじゃこの話を、全部まとめてみてください!」

 

「おっけ~。

 

長年連れ添った盲導犬がヨボヨボになっててさ、手術して目が見えるようになった飼い主が、恩返しにこれから面倒見ようと思った。

 

……そんなとこかな?」

 

「おー!!完璧です!」

 

 

パチパチパチ!

 

 

「ふっふ~ん!

これがハイパー北上様の実力ってやつよ~!」

 

 

満足げに胸を張る北上に、みんなで拍手を送る。

みんなで辿り着いた答えなので、悔しいとか自分が答えたかったとか、そういう感情が出てこないのが良いところである。

 

 

「さすが北上さぁん!惚れ直しましたっ!」

 

「はー、成程のう。

言われてみれば、無い話ではないのう」

 

「ちょっと私には難しかったかなぁ」

 

「そうだね。ちょっと難易度高かったかも。

次はもうちょっと易しめにするからね。正解できるよう頑張ろう!」

 

「うんっ!」

 

 

この後もしばらくゲームは続き、楽しく休日を過ごすことができた休暇組なのであった。

 

ちなみに初春は翌日の業務を1.5倍ほどに増やされ、ブーブー言っていたそうな。

 

 

 

 

 




ついに我が鎮守府から、練度99艦娘が出てしまいました。瑞鶴です。

誰が一番先に99になるかレースを勝ち抜いた猛者ですが、上限解放するかは迷いどころ。
元々強い彼女を強化するべきか、他の回避率を上げたい艦娘を強化するべきか。

ちなみに最有力候補はレディ・カガ(98)です。
中破までの被弾を減らせれば、装甲空母並みお化け空母になるはずですが……
どうすっかなー。


ps:結局この話書いてる間に加賀ちゃんも99になり、指輪進呈は彼女となりました。おめでとうございます。
これで装甲空母との性能差は埋まったかな?
五航戦からの視線が痛い気がするけど、気のせいやろ!


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第86話

ちょっと毛色を変えてみたうえ、長くなっちゃいました。
読みづらかったら申し訳ありませんm(__)m


ハイパー北上様によるあだ名一覧

叢雲……ムラっち
夕張……バリっち
古鷹……フルちゃん
天龍……天龍
龍田……たっちゃん
秋津洲……アッキー
足柄……足柄さん
明石……明石さん
初春……はっちゃん
子日……ねのっぴー
アークロイヤル……あーちゃん
天城……あまぎん





本日は快晴なり。絶好の出撃日和だ。

いつもの波止場には、提督含め7名の人影が見える。

 

 

「今日は見事に晴れたから、予定通り難しい海域に出向こうか。

艤装もしっかりメンテしておいたからね」

 

「ありがとうございます!提督!」

 

「フフフッ!久々の戦闘……腕が鳴るわねっ!

私を楽しませてくれる相手はいるのかしら?

行くぞ天城!Swordfish Festival(ソードフィッシュ祭り)といこうかっ!」

 

「ふわぁ……今日の私は戦艦ですよ……?

そんなことより、私としてはさっさと終わらせて、布団に戻りたいです……」

 

「なんていうか、だいぶアクの強いメンツねぇ」

 

「うふふ~。5-5だってぇ。

頑張りましょうね~?天龍ちゃん」

 

「っしゃー!!腕が鳴るぜぇ!!

俺が旗艦なんて、さすが提督、わかってるじゃねぇか!」

 

 

 

本日の作戦はこんな感じ。

 

 

・目標

 

「レベル5特務海域(5-5)の解放」

 

 

・戦力

 

旗艦

軽巡洋艦『天龍改二』

 

随伴艦

軽巡洋艦『龍田改二』

戦艦  『天城』

重巡洋艦『古鷹改二』

重巡洋艦『足柄改二』

正規空母『Ark Royal』

 

 

戦力的にはぶっちゃけ過剰も過剰である。

これに加えて鯉住メンテ班の手が入った艤装を装備しているため、鬼に金棒状態。

 

だから全員緊張感の欠片もなく、のんきなものだ。

今も天城が欠伸をし、それにつられた古鷹が欠伸を嚙み殺している。

 

ちなみに古鷹と足柄が組み込まれているのは、上限突破組の保護者役として活躍を期待されているからだったりする。

本当に厄介なのは深海棲艦ではなく、自由な味方の扱いだったりするのだ。

なんとも言えない話である。

 

 

「まぁ正直苦戦することはないと思うけど、万が一ということもあるからね。

気は抜かないように、そして羅針盤には絶対に従うように。いいかい?」

 

「「「 ハッ!! 」」」

 

 

シュビッっと敬礼するメンバー。

ゆるゆるな鎮守府だが、こういうところはしっかりしている。

 

 

「それじゃ秋津洲がおにぎり作ってくれたから、持って行ってくれ。

たくあんもついてるから」

 

「おー!ひとり3つもあるじゃねえか!」

 

「うふふ~。 私は太っちゃうから1個でいいわ~」

 

「それなら私がもらいますね……もぐもぐ……」

 

「天城さん……もう食べてる……」

 

「ま、いいじゃない。戦艦は大食艦だし」

 

「これがジャパニーズ・オニギリなのね!初めて見たわ!」

 

 

ピシっとした敬礼もどこへやら。

遠足に出向く小学生のようなテンションで、出撃していく面々なのであった。

 

 

 

・・・

 

 

数時間後

 

 

・・・

 

 

当初の予想通り、何の苦労もなくボス艦隊の元へとやってきた面々。

天城のあほみたいな広範囲索敵により、一度も迷わずあっさりと辿り着くことができた。

そのせいか羅針盤にくっついてる妖精さんは、やることなくて暇すぎるためぐっすり寝ている。それでいいのだろうか。

 

ちなみに道中の敵は精強だったが、それはあくまで一般的な鎮守府の一般的な艦隊から見ての話。

いろんな壁を突破した艦娘たちの前では、鎮守府周辺の駆逐イ級と、さして変わらない扱いでしかなかった。

 

……というか実際は、アークロイヤルが深海棲艦に伝わるようなオーラを出して、言外で『こっちに手を出したらわかってるわよね?』という物騒なメッセージを発していたので、大体の深海棲艦はブルブル震えて近づけなかった模様。

特務海域だというのに、戦闘自体がほとんど発生しなかったとかいう、謎の現象が起きることになった。

 

 

そんなこんなで、ついにボス艦隊が目視できる距離まで来た。

 

 

「はー……道中雑魚ばっかりでつまんなかったぜ……

アイツらはちったぁ、歯ごたえがあるヤツらだといいんだけどな」

 

「争いが少ないのはいい事じゃないですか……

弾薬の消費も抑えられますし」

 

「あら~。

古鷹ちゃん、妙高教官みたいなこと言うのね~」

 

「ふわぁ……あまりにも退屈で、私眠くなってきました……」

 

「もうちょっと頑張りなさい。

あの艦隊をどうにかしたら、お弁当にしましょ」

 

「フム……こちらに対して悪意を向けているところをみると、アイツらには知性という知性がなさそうだな。

さっさと沈めて、マグロの回遊を見ながら食事にしようか」

 

 

一応目の前にボス艦隊が居るのだが、この有様である。

 

 

 

……緊張感の欠片もない一行だが、その一方で敵の艦隊には、強力な艦が揃っている。

 

 

旗艦

航空戦艦『南方棲戦姫』

 

旗下

戦艦  『レ級elite』×1

正規空母『ヲ級改flagship』×1

駆逐艦 『ハ級後期型』×2

潜水艦 『ヨ級elite』×1

 

 

「アナタタチガ……憎イ……!

何度デモ水底ニ……落チテイクガイイ……!!」

 

「キャハハハハッ!!」

 

 

南方棲戦姫の怨嗟の声と、狂気じみた戦艦レ級eliteの笑い声が、辺りに響き渡る。

 

その迫力に見あった実力を持つ、かなり強力な編成なのだが……

 

 

「おお。なかなかビリビリくるな」

 

「そこそこ強いみたいね~。

……あっ、せんすいか~ん」

 

 

バシュッ

 

 

……ボゴォゥン……!!

 

 

潜水艦『ヨ級elite』 撃沈

 

 

 

 

 

「ナッ……!?」

 

「さっさと終わらせるわよ。行きなさい、お前たち」

 

 

パタパタッ!!

 

 

何故か深海棲艦の時と同じく、マンタを発艦するアークロイヤル。

 

 

「!!??

コ、ココハ通シマセンッ……!!

全艦、艦載機ヲ射出ッ!!」

 

 

……ブウゥーンッ!

 

 

負けじと艦載機を発艦する南方棲戦姫。

それに呼応して、戦艦レ級elite、ヲ級改flagshipも、大量の艦載機を発艦。

 

 

「あー。この動きだと、練度はあんまりだな。

……オラアッ!」

 

「私もやるわよ~」

 

 

パラララッ!

 

 

ボボウゥンツ!!

 

 

天龍龍田の対空により、発艦したそばから撃墜される艦載機。

かろうじて発射された艦上攻撃機の魚雷も、古鷹、足柄の重巡コンビにより、撃ち抜かれていく。

 

 

「あら、丁寧な魚雷処理じゃない、古鷹。

研修で相当頑張って来たのね」

 

「はい。熊野教官の1時間耐久魚雷処理訓練で、随分鍛えられました」

 

「へ~。

私も聡美ちゃんのところにいた時、呉第1の熊野とは何度か演習したわ。

彼女に見てもらってたのねぇ。

道理でそつがない動きに仕上がったわけだわ」

 

「ありがとうございます……えいっ」

 

 

ボボウゥン!!

 

 

駆逐艦 『ハ級後期型』 2体撃沈

 

 

 

 

 

「クソォッ……!!」

 

「おーい。

降参して、もう悪さしねぇって誓うなら、許してやってもいいぜー?」

 

 

「……舐メナイデッ!」

 

「ッアアアッ!!」

 

 

……ボボボウゥンッ!!!

 

 

南方棲戦姫と戦艦レ級eliteが、激昂して主砲を連射する。

 

しかしその砲弾の軌道はシンプルなものであり、艦隊のメンバーはひょいひょいとかわしていく。

 

 

「キャハハハッ!!」

 

「おっ」

 

 

バシュウッ!!

 

 

砲撃の雨の中、なんと戦艦レ級eliteが、自身も砲弾を尻尾の艤装から放ちながら突撃してきた。

さらに言うと、魚雷も発射しながら。とんでもない神風特攻である。

 

しかも突撃先は旗艦の天龍。

旗艦を潰して一気にアドバンテージを取ろうということだろう。

それを本能でやってくるあたり、さすがはレ級eliteといったところ。

 

しかしながら、相手が悪い。

 

 

「ギャアァAAAHHHッッッ!!!!」

 

「おうおう、随分イキがいいな」

 

 

本能のまま砲雷撃と白兵戦を同時に仕掛けるレ級eliteだが、佐世保でもっとヤバいレ級の世話をしていたこともある天龍である。

なんなくこれを捌いていく。

 

 

「グッ……!!」

 

「どうにもイマイチだなー。

もっと相手の動きの先を読まねえと」

 

「グ……ギャアァァッ!!」

 

「なんて言っても無駄か……おりゃぁっ!!カウンターッ!!」

 

 

ズバアァンッ!!

 

 

天龍ブレードが、レ級の尻尾艤装を切り落とす!

 

 

「ギギッ……!!」

 

「生まれ変わりがあるのかわかんねぇけど、次やる時があったら楽しみにしてるぜ」

 

 

ズシャッ!!

 

 

「ア……アァァ……」

 

 

戦艦 『レ級elite』 撃沈

 

 

 

 

 

「天龍ちゃ~ん、ステキよ~」

 

「なんであの猛攻を、あんなに軽々かわせるんでしょうか……?

意味が分かりません……」

 

「天龍の実力は、ちょっと異次元なところまでいってるみたいね……

私じゃもう相手にならないかも……?」

 

「足柄さんまで、あちら側に行かないで下さいね……?」

 

「古鷹の心労が大変なことになっちゃうものねぇ」

 

「そういうことです……

それにしても、天龍さんも天龍さんですが、アチラもアチラですよね……」

 

 

古鷹の視線の先には、南方棲戦姫の砲撃をハエでも払うようなしぐさ(裏拳)で、いなし続けるアークロイヤルが。

 

 

「クソッ……何故当タラナイノ……!?」

 

「ハァ……殺気がまるで足りないわね。

相手の目を見るだけで『死んだ』と思わせるくらいにはなりなさい。

……Sword fish Shoot !!(ソードフィッシュ射出)」

 

 

片手間でマンタを使い空母ヲ級改flagshipを沈めつつ、どこかから取り出したソードフィッシュ小サイズ(カジキの子供)をぶん投げるアークロイヤル。

小サイズだが、全長1.5m、重量100㎏はある。

レーザービームばりの速度で、敵の砲弾を吹き飛ばしながら飛んでいくカジキ。

 

 

ズギャアァァンッ!!

 

 

それが南方棲戦姫にぶっ刺さる。

 

 

「ッッ!!……アアアァァァッ!!」

 

 

「うっわ……あれ痛すぎるだろ……」

 

「敵ですが、かわいそうになってしまいます……」

 

「zzz……」

 

 

息も絶え絶えの南方棲戦姫。

そんな彼女にアークロイヤルはさらっと言葉を投げる。

 

 

「私ハ……モウ……ヤラレハシナイ……ハズダッタノニ……」

 

「貴様程度の実力で、私にキズをつけられると思うな。

私は Her Majesty's Ship ……女王の艦娘にして、艦娘の女王だ。

……もっとも今は、身も心もAdmiralのものだが。フフッ!」

 

「ウゥ……モウヤダァ……グスッ……」

 

 

カジキがどてっぱらを貫通して、かわいそうな感じになってしまった南方棲戦姫は、黒い煙と共に沈んでいってしまった。

加害者に惚気られるという意味不明な状況に、なんか最期は半泣きになっていた。

そんな可哀そうな彼女を見る艦隊メンバーの視線は、哀れみに満ちていたという……

 

 

 

 

 

……色々普通とは違う戦闘だった気もするが、いまさらな話である。

無事にボス艦隊を撃破し、海域解放達成となったのであった。

 

 

「……はいはい、それじゃ折り返し地点についたわけだし、みんなでお弁当食べるわよ」

 

「足柄さん……こんな感じで、本当に良かったのでしょうか……」

 

「いいんじゃない?結果は同じだし。

細かいこと気にしてたら、鯉住君の相手なんてできないわよ?

知ってるでしょう?」

 

「それはそうですけど……

はぁ……まぁ、しょうがないですよね……」

 

 

常識がまだ残っている古鷹にとっては疑問の残る勝利だったが、無傷の大勝利であるのは事実。

釈然としない気持ちは後で提督にぶつけようと決意しつつ、お弁当を広げることとした。

 

 

「っしゃー!メシだメシ!

もっと戦いたかったのもあるけど、こっちはこっちで楽しみにしてたからな!」

 

「そうね~。

すっごくいい天気だから、ご飯も美味しいだろうな~」

 

「zzz……もしゃもしゃ……」

 

「天城さん……

ついに寝ながら食べられるようになったんですね……」

 

「モグモグ……うむ!うまい!

コメというのも、なかなか良いものだな!

……おっ!!あの光!アジの回遊ではッ!?」

 

「あ! ちょ、ちょっとアークロイヤルさん!

勝手にどこか行かないで下さい!」

 

「大丈夫でしょ。放っておきなさい。

ちょっとしたら帰ってくるわよ」

 

「そ、そうでしょうか……?」

 

 

こんな感じでピクニックを楽しんだ後、何事もなくみんなで鎮守府まで帰ったのだった。

今日もいつも通りの平和な一日である。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

当然普通の鎮守府では、5-5攻略がこんなに簡単に済むはずがない。

 

というわけで、試しに普通の鎮守府を見てみよう。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

例:ラバウル第9基地(お隣さん) 鈴木誠吾 大佐 直轄

 

 

 

「ついに……ついにこの時が来た……!」

 

「はい!長かったですね!司令官!」

 

 

執務室で感慨にふける彼は、鈴木誠吾(35)。階級は大佐。

そしてその隣で嬉しそうにしているのは、初期艦であり秘書艦の吹雪改である。

 

つい1か月前に彼の鎮守府は通常海域をすべて解放。

それを成し遂げた提督である彼は、2週間前に大佐へと昇進した。

 

そしてすでに解放済みだった、1-5、2-5、3-5に加え、ここ2週間で4-5も解放。

その功績を認められ、つい先ほど白蓮大将から、残す特務海域のひとつへの出撃許可が降りたところだ。

つまり、ついに数ある海域の中でも最難関のひとつ、5-5の解放を進める準備が整ったということになる。

 

 

「ここまで来るのに長かったな……!

5-5さえ解放できれば、残りは6-5のみ……!!」

 

「はい!今まで頑張ってきた甲斐がありました!」

 

「ああ!

……とはいえ、5-5は並大抵の難易度ではない。

それはこれまでの特務海域と同じだ」

 

「はい。存じています。

海域突入時からたえまなく、無数の潜水艦から狙われる1ー5、

索敵力がなければボス艦隊に出会えすらしない2-5、

大型艦を編成して上位の姫級と相対するか、リスクは大きいけど機動力で姫級を避けるかの2択を迫られる3-5、

鬼級が襲い掛かる海域を抜けたうえで、性質の違う陸上型であり上位の実力者でもある姫級を討伐しなければならない4-5……

そのどれもが苦戦、撤退、試行錯誤の連続でしたね……!」

 

「ああ……!今となっては懐かしい……!

毎回キミたちと一緒に顔を突き合わせて話し合い、そのたびに何とか解決してきたな。

……しかし、だ。今回はその時以上に困難な作戦となるだろう」

 

「なんたって……あの戦艦レ級がいるんですもんね……」

 

 

戦艦レ級と言えば、多くの提督から忌み嫌われる存在だ。

 

普通に艦隊行動をとっていたかと思えば、捨て身の特攻を仕掛けてきたりもする。行動が読めないのだ。

 

そしてその脅威は性質だけのものではなく……

 

 

「そうだ。吹雪は実際に目にしたことはなかったな?」

 

「はい。ですが、その脅威は重々承知しています。

ウチのエースである、比叡さんと蒼龍さん、そして那智さんが、口をそろえて『別次元だ』って言ってましたから」

 

「自分も実際には見たことはないが、話に聞くところ、訳のわからない性能をしているらしい。

正規空母並みの艦載機での制空争い、雷巡のごとき先制雷撃、姫級に勝るとも劣らない砲火力……

艦娘であれば、そのいずれか1項目もあれば、鎮守府のエースを張れるだろう」

 

「改めて確認すると、とんでもないですよね……

……でも! 私達ならそんな化け物相手でも、勝利できますよ!」

 

「そうだ、よく言った吹雪!その通りだ!

……それでは鉄は熱いうちに打て、だ!

今から海域解放作戦会議を行うこととする!

主要メンバーへの伝達を頼んだぞ!」

 

「はいっ!」

 

 

・・・

 

 

会議室にて

 

 

・・・

 

 

「良く集まってくれた。これより5-5海域攻略会議を始める。

皆、いつも通り遠慮のない意見を出すように」

 

 

現在会議室に集まっているのは、鈴木提督と秘書艦の吹雪に加え、ラバウル第9基地・第1艦隊のメンバー。

 

 

ラバウル第9基地・第1艦隊

 

戦艦  『比叡改』 練度68

正規空母『蒼龍改』 練度72

重巡洋艦『那智改』 練度65

軽空母 『祥鳳改』 練度58

重巡洋艦『衣笠改』 練度52

軽巡洋艦『五十鈴改二』練度56

 

 

大規模作戦でも前線で活躍できる、実力あるメンバーである。

 

 

「フフフ……!

ついに我が艦隊も、残すところあと2海域か!

貴様の昇進祝いも兼ねて、見事攻略してやろう!」

 

「頼りにしているぞ、那智。

そのためにも隙のない作戦を立てなければならん」

 

「レベル5海域特務エリア……

話に聞く限りですが、レ級eliteがボス艦隊に含まれているとか……」

 

「うむ。その通りだ、祥鳳。

海域突破ですら困難なのに、ボス艦隊は精強を極める強さ。

生半可な戦力では太刀打ちできまい」

 

「ですが、ここまで来れた私達ならどうにか出来るはずですよ!

気合い、入れて!行きますっ!!」

 

「いいぞっ!その意気だ、比叡!

そう!我々には今まで培ってきた経験がある!

キミたちの練度も、大規模作戦で通用するほどになっている!

必ずこの難関海域、突破しようっ!」

 

 

「「「 オーッ!! 」」」

 

 

気炎を上げる艦隊メンバーたち。

つい先日提督が大佐に昇進したこともあり、士気は非常に高いと言える。

 

 

「……それではこれから、海域解放作戦を立てていこうと思う。

まずは情報共有からだ。手元の資料を開いてくれ」

 

 

パラッ……

 

 

「そこに書かれていることではあるが、今から口頭で説明していく。

メモを取りながら聞いてくれ」

 

 

提督の言葉を受け、各自ペンを取り出す。

この鎮守府では会議はいつもこのようなスタイルで行われるため、筆記用具は誰に言われずとも全員持参しているのだ。

 

 

「……まずは海域の情報からだ。

この海域は潜水艦の支配地域があることに加え、多くの敵艦隊に空母が編成されているようだ。

つまりそこの対処を怠れば、ボス艦隊に辿り着くことすらできないだろう」

 

「あら。つまり対潜と対空を厳としろってことね?」

 

「そういうことだ。頼めるか?五十鈴」

 

「あったりまえじゃない!五十鈴に任せて!」

 

 

どんと胸を叩く五十鈴は誇らしげだ。

この艦隊で長らく対潜対空に特化して活躍してきた自負がある。

 

 

「ふふ。頼もしいな」

 

「それじゃ私達空母組は、艦戦多めにしておけばいいかな?」

 

「いや、それはそうだが……

ボス艦隊のこともあるので、艦載機の配分については少し待ってほしい」

 

「そっか。了解」

 

「すまんな、蒼龍。

……では話を戻す。

道中に出くわす可能性のある敵艦隊については、そのようなところだ。

気を抜ける編成はないということだな。

接敵時は燃費を踏まえたうえで、十分に実力を発揮するように」

 

「うむ。当然だな」

 

「次は航路についてだ。

ボス艦隊の根城にたどり着くまでには、2種類の航路がある。

北から向かう航路と、南から向かう航路だ」

 

 

資料に印刷された海域マップを見ながら、話を進めていく。

 

 

「特徴としては、北航路は潜水艦の巣と空母機動部隊の強力な攻撃にさらされる。

そしてなにより、ボス艦隊手前に戦艦レ級の所属する艦隊が陣取っているようだ。

この航路を進むとなれば、大破による道中撤退も頻繁に起こるだろう」

 

「ボス艦隊前に、レ級と一戦交えるのか……

少しそれは避けたいところだな。提督、南航路は?」

 

「うむ。手元の海域マップを見てもらえればわかると思うが、南航路は島沿いに進む航路となる。

この航路の恐ろしいところは、とんでもない数の空母が確認されているため、昼に進軍することは不可能に近いということだ。

よって夜間進軍……接敵時は夜戦となるのだが、夜間は戦艦タ級flagship率いる新鋭戦艦戦隊が巡回している。

こちらもかなり厳しい航路と言えるだろう」

 

「うっわー……

衣笠さんってば夜戦は得意な方だけど、新鋭戦艦戦隊が相手とか……

ちょっと考えたくないかな」

 

「自分も考えたくない。が、どちらかの航路を行くしかないのだ。

皆は今の話を聞いて、どちらが良いと思う?」

 

 

艦隊メンバーをぐるっと見渡す鈴木提督。

この鎮守府では、遠慮せず自分の意見を発言できる空気が出来上がっているのだ。

艦娘からもその方針は好評であり、非常に良い運営ができていると言ってよい。

 

 

「そうですね……私は北航路がいいと思います!

話を聞く限り、予想外な事態が起こりにくいのはこちらの航路でしょう!

夜戦続きでは索敵も十全とはいきませんし、不慮の事故が多発するはずです!」

 

「五十鈴も比叡さんに賛成。

夜戦の不安定さは精神的にも来るものがあるわ。

一晩を通して進軍すれば精神の消耗は激しいもの。

なにより、その航路だと対潜対空特化の五十鈴の出番がないわ」

 

「うーん。出番がないって言うなら、私達も一緒よね。祥鳳?」

 

「はい。6名のうち3名が戦力にならない状態で夜戦というのは、非現実的かと。

確かにボス艦隊と接敵するまで航空戦力の温存は出来ますが、そもそも道中を超えられないリスクの方が大きいでしょう」

 

「衣笠さんも同じかな。

北航路の方が現実的だと思う。夜戦の経験が多いとは言えないしね」

 

「その通りだ。さらに言えば南航路を夜間に進軍した場合、マップから見るに、おそらくボス艦隊と接敵する時は朝方になっているだろう。

夜間警戒を厳としていた状態で、精強極まるボス艦隊と一戦交えるでは、集中力に不安が残る」

 

「うむ。皆の意見は尤も。吹雪はどうだ?」

 

「私からは異論はありません。

実戦経験豊富な皆さんの言うことですから」

 

「わかった。それでは満場一致で北航路を往くこととする」

 

 

ひとまず道中の作戦は決まった。

北航路で接敵する潜水艦隊と空母機動部隊に対処しながら進むというもの。

王道を征く攻略作戦となった。

 

 

「オッケーだよ、提督。

それでさ、艦載機はどうかな?」

 

「艦載機について話す前に、ボス艦隊の確認だ。

先ほど話した通り、目下の最大の障害は、戦艦レ級eliteである。

しかしそれだけではない。

ボス艦隊には空母ヲ級改flagshipが確認されることもあり、制空権争いは熾烈極まるものとなるだろう」

 

「うっげ……空母ヲ級改flagshipぅ……?

それってかなりヤバいじゃん……相当艦戦積んでかないと……」

 

「ですね。戦艦レ級自身も制空権争いに噛んでくるようですし……

道中での艦載機消耗も加味すると、かなり厳しいでしょう……」

 

 

(本当は戦艦レ級elite以上に精強な、南方棲戦姫という化け物が出現するらしいが……

そもそもその姫級が待ち構えている場合であれば、接敵を避けるために羅針盤の針が逸れることだろう。

いくらウチの艦隊の実力が高いと言えど、そのレベルを相手できるほどではない……)

 

 

難しい表情をしている空母ふたりを見ながら、そんなことを考える鈴木提督。

 

とはいえ、遭遇しない相手の話をしても仕方ない。

気を取り直して自身の考えをふたりに伝えることにする。

 

 

「……その通りだ。

だからふたりには、1スロット残して艦戦を積んでいってもらいたい。

残りの1スロットには艦攻を積んでいき、開幕雷撃で護衛の駆逐艦を露払いしてもらえばと思うのだが」

 

「うーん……私もそれでいいと思う。

……ていうかそれで艦戦足りるかなぁ……?

アイツの艦載機搭載数、めっちゃくちゃだからなぁ……」

 

「蒼龍さんの言う通りかとは思いますが……

敵艦に攻撃できないでは、出来ることが絞られ過ぎてしまいます」

 

「自分も祥鳳の意見と同様だ。

キミたちが制空争い以外参加できないとなると、残りの4人で敵艦を沈めなければならなくなる。

護衛の駆逐艦だけでも相手してくれれば、戦況は随分こちらに傾くはずだ」

 

「はーもー……責任重大だなぁ」

 

「無責任かもしれないが……

蒼龍と祥鳳のこれまでを見れば十分に実現可能と踏んでいる。

よろしく頼む」

 

「……そんなこと言われちゃ、頑張るしかないよね。任せてください!」

 

「提督の期待に、見事応えてみせます」

 

 

提督にそこまで信頼を置かれているというのは、艦娘にとってこの上ない喜びなのだ。

やる気みなぎる空母のふたりである。

 

 

「うむ、期待してもらうべきは空母のふたりだけではない。

この那智と衣笠、重巡洋艦の本領を見せてくれよう!」

 

「そうですよ、提督!衣笠さんにお任せ!」

 

「ああ、その意気だ。自分が信じていない部下などいないとも。

……それでは大まかな方針は決定したので、細かい装備について議題を移す。

忌憚のない意見を期待しているぞ」

 

「了解です!」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

……一般的な鎮守府では、こんな感じで下準備をしていく。

そして何度もトライ&エラーを繰り返し、ようやく海域解放へと繋げるのだ。

 

ちなみにオマケとして、最も逸般的な鎮守府の5-5攻略の様子も紹介しよう。

 

 

 

・・・

 

 

 

例:佐世保第4鎮守府 加二倉剛史 少佐(当時) 直轄

 

 

 

「龍驤さん、ちょっと散歩してきます」

 

「ん?どこ行くん、神通?」

 

「この体に早く慣れるために、5-5まで」

 

「……ちょい待ち。

流石にその体になって3日で単艦出撃はキツイやろ。

一旦司令官に確認してき」

 

「大丈夫です」

 

「司令官にも色々プランとかあんねん。

とにかく話してきぃや」

 

「……わかりました」

 

 

・・・

 

 

「……というわけで、5-5で暴れてきたいです」

 

「うむ。いいだろう。

ただし龍驤の言うことも尤もである。

随伴艦として武蔵とあきつ丸を連れて行け。

最近出撃がなくて鬱憤がたまっているようだから、ガス抜きついでだ」

 

「かしこまりました」

 

 

・・・

 

 

「んっん~♪

ひっさしぶりの出撃でありますなぁ!!

自分の名槍『クロトンボ』がホコリをかぶっていたところであります!」

 

「貴様の槍は、走馬燈から出る影を実体化させたものだろう?

ホコリなど被らないだろうに」

 

「細かいことは言いっこなしでありますよ!武蔵殿!

武蔵殿だって久々の出撃が嬉しいのでありましょう?

口元が緩んでいるでありますよ!」

 

「フフフ……やはり演習だけでは物足りなくてなぁ……!!」

 

「……おふたりとも、今回は私の体の調整が目的です。

あまり暴れすぎないで下さいね?」

 

「わかってるわかってる」

 

「わかってるでありますよ、うふふ!」

 

「……だからひとりで行きたかったんです……」

 

 

・・・

 

 

「お、お疲れちゃん。

どうやった?体はうまく馴染んだかいな」

 

「……武蔵さんとあきつ丸さんが暴れすぎたせいで、消化不良です……」

 

「あはは!そりゃしゃーないな!」

 

「半分以上おふたりに取られてしまいました……ハァ……」

 

「ま、気にしんとき。

いつか存分に暴れまわれる時が来るやろ」

 

「そうだといいんですが」

 

「一応提督には報告しときや。

5-5は一応未解放海域やったはずやし」

 

「そうなんですか?

あんな雑魚しかいない海域をまだ解放してなかったなんて……理由はあるんですか?」

 

「なんやようわからんけど、上からの指示らしいで。

ま、今回あっさり許可が下りたってことは、ホントの話どーでも良かったからかもしらへんな」

 

「……確かにまぁ、どうでもいいことですね。報告に行ってきます」

 

「いってら~」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

このように、鎮守府ごとに全く毛色が違う。

提督の運営方針が色濃く反映される鎮守府運営は、とても興味深いものとなっているのだ。

 

……今回の話は、そんな違いがみられる一幕の紹介でした。

 

 

 

 




鈴木提督率いるラバウル第9基地のメンバーは、この後無事に5-5解放を達成しました。
何度も道中撤退を繰り返しましたが、最後は那智が2連主砲で戦艦レ級を撃ち抜き、見事勝利できたようです。
祝賀会も盛大に行われ、みんな笑顔で楽しんでいたとか。良かったね。


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第87話

今回はひっどい内容です。
もうほんとひっどい。ひっどいです。

深夜に書くからこんな有様になるんだよ!
反省して、どうぞ!





 

「今日はキミたちに、非常に重要な話がある……」

 

「話があるとかで呼ばれてきたけど、なんなのよ?」

 

「私も気になります。

提督がそんなに真剣にしているなんて……」

 

 

執務室の正方形ちゃぶ台に腰かけるのは、提督である鯉住君、筆頭秘書艦の叢雲、第2秘書艦の古鷹。

ラバウル第10基地・首脳会議の面々だ。

 

 

「今から話す内容はだな……

キミたちからしたら些細なことかもしれないが、俺からすると死活問題なんだ」

 

「……ホントになんなの? そんな前置きまでして……」

 

「悩みがあるんなら、遠慮せず打ち明けてください」

 

「その……そう言ってもらえるのは嬉しいんだが……

これからする話をすれば、キミたちに失望されてしまうかもしれない。

でも……俺はもう、限界なんだ……」

 

「げ、限界……?」

 

 

穏やかでない単語に、緊張する秘書艦ズ。

以前彼が限界を迎えたときは、鎮守府が一変してしまった。

その記憶が脳裏をよぎる……

 

 

ゴクリ……

 

 

 

 

 

 

 

「鎮守府のみんなに……スパッツを履かせたいんだ……」

 

 

 

「「 ……は? 」」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「アンタ……

ついに周りからの無茶ぶりに耐えかねて、頭がおかしく……」

 

「なんてことでしょう……

私達の想像以上に、提督のお心は傷ついていたんですね……」

 

「憐れむのはヤメテ!

呆れられたり怒られたりするより、心にくるから!!」

 

「正気なのにその発言ってほうが、受け入れがたいんだけど。

頭がおかしくなってたってことにしたほうが、まだ納得できるわ」

 

「もしかしてアレですか……?

提督には女性のスパッツに興奮してしまう性癖があるんですか……?

さすがに私、それは受け入れがたいです……」

 

「残念なものを見る目を向けられるのは、この際受け入れるよ……

俺もセクハラじみたこと言ってる自覚あるし……」

 

 

憐みの視線を向けるふたりにツッコミを入れるのもそこそこに、うなだれてため息を漏らす鯉住君。

おかしなことを言ってはいるが、元気がないというのは本当のことのようだ。

 

 

「で、なんでそんなアホみたいなこと思いついたの?

返答によっちゃおしおきだけど」

 

「あのな、叢雲……例えばの話だ。

街中で、人ごみの中、身長2m越えの大男がのっしのっしと歩いていたら……どう思う?」

 

「なによ? 藪から棒に」

 

「いいからさ、想像してみてよ。どういう反応する?」

 

「……まぁ、珍しいもの見たと思うわよね」

 

「うん。古鷹はどう思う?」

 

「そうですね。ついつい目が行ってしまいますよね」

 

「そう、そうなんだよ……」

 

「で、アンタ何が言いたいの?」

 

 

頭をガシガシしつつ、鯉住君は重々しく口を開く。

よっぽど口に出したくないらしい。

 

 

 

 

 

「……俺にとってのそのシチュエーションが、キミたちの服装なの……」

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

おかしな空気が流れる執務室。

誰もが何を言っていいのかわからない状態である。

 

そんな中、古鷹が顔を真っ赤にしつつ、複雑な表情で口火を切る。

 

 

「つ、つまり、その……提督は……

私達のその、服装に、無意識に目が行ってしまうと……?」

 

「……うん、そう……特に胸と脚……」

 

「帰っていいかしら?」

 

「見捨てないでくれ、叢雲……

こんなアレな話だけど、俺、真剣だから……」

 

「セクハラで憲兵呼ぶわよ?」

 

「なんかもうこれが相談できるなら、憲兵でも誰でもいい気がしてる……」

 

「そ、そこまで追い詰められて……」

 

 

セクシーが服を着て歩いているような艦娘ばかりの職場で、脂がのった年齢の男性がひとり。

そして相手は全員部下であり、そういう関係になるのは望ましいことではない。

さらに言うとその反面、女性陣からのアプローチはそこそこにあり、「別に手ぇ出していいんちゃうん?」なんて心の声が聞こえることも。

 

……そんな状況でここまでうまくやってこれたことが、すでに奇跡的だと言える。

 

仮とはいえケッコンしているので、同意の下でなら手を出しても問題ないといえば問題ない。

しかし彼としてはそれは望まないところ。

自分が艦娘とそういう関係となる可能性は、念入りに切り捨てるようにしているのだ。

 

……でも、そんなこと言っても、やっぱり艦娘の理性破壊力はえげつない。

ふとした瞬間に、その豊かな胸元や、はち切れんばかりの尻や太ももをガン見したい、あわよくばタッチしたいと思ってしまうことも多々ある。

 

しかしそれをしたらオシマイということくらいはわかっているため、理性で本能を押さえつける日々を送っている。

多分オシマイというのは、セクハラ相手を一生面倒見て幸せになる的なオシマイで、それは世間一般で言うハッピーエンドなのだろう。

それでもオシマイはオシマイなのだ。回避しないといけない。

 

 

顔を合わせれば引っ付いてくる秋津洲や明石、たまに北上、

隠す気ないやん、と言いたくなる丈の天龍龍田姉妹と初春に叢雲、

上着からモロ見えするおへそとくびれが眩しい北上大井姉妹、

無意識でダイナマイトバディを密着させてくる天龍、

性フェロモンがヤバいことになってる龍田、

事あるごとに幸せ家族計画(ペットは魚)を語るアークロイヤル、

出撃の度にご褒美に膝枕を要求し、股間で頭をぐりぐりする天城、

うっすいTシャツに、ホットパンツという超軽装でウロウロする天城、

毎度毎度、風呂上がりに全裸で部屋まで戻ろうとする天城、

 

などなど……

 

 

毎日が修行僧顔負けの精神修行と化しており、ついに限界が来てしまったというわけだ。

 

 

「まあ、その……俺も男だし、さ……

キミたちみたいな美人が、その、なんだ……魅力的な服を着てると……

本能が刺激されるというか……辛抱溜まらんというか……」

 

「……で、そんなワケわかんないこと言いだしたってことね」

 

「うん、そう……

せめて服装だけでも、刺激の少ないものにできればと思って……」

 

「そこでスパッツが出てくるあたり、アンタが普段からどこ見てんのかよくわかるわよね。

ま、見られてる側としては気づいてたけど」

 

「……マジ?気づいてたの?」

 

「アンタは露骨すぎるのよ。

まず胸とか脚とか見てから目を見てくるのは、そんな思考回路だったからなのね。ロクでもないわ」

 

「だってさぁ……もうぶっちゃけるけど……

叢雲の制服、なんでそんなにスカートの丈が短いの?

謎のスリットまで入ってるし。

あとスリットと言えば、胸元にも2本入ってるじゃない?

なんでそんなピンポイントな位置にスリット入ってるの?

そりゃ見ちゃうよ……男だったら……」

 

「提督……最低です……」

 

「ホントよね。怒るを通り越して、呆れてるわ。

艤装のデザインの理由なんて、そんなの私が知るわけないでしょ?」

 

「もうさ、ひとりでため込むのは限界なんだよ……

デリカシーの欠片もない発言してるのは自覚してます……」

 

 

ある程度吹っ切れたのか、ナチュラルにセクハラ発言をしまくる提督と、それに呆れかえる秘書艦ズ。

とはいえ3人はそこそこ長い付き合いである。

彼がここまで配慮のない発言をするほど追い詰められているということは、十分に伝わっているようだ。

 

 

「でもその……皆さんの服装をおとなしくするだけで、

提督は……その……えーと……ガマンできるんですか……?」

 

「正直言うと、それでも厳しいと思う……

みんな平気でカラダ押し付けてくるし、自意識過剰ではないと思うんだけど、積極的にアプローチしてくれる子もいるし……」

 

「まあそれは……明石さんとか、アークロイヤルとかね……

あと物理的に近いのは、秋津洲かしら?」

 

「そうなんだよ……明石のヤツも、秋津洲も、もっと男性との距離感を考えてくれないとさ……

ふたりともちびっこって言うには、成長しすぎてるし……

変な男にあの距離感で接したら、どうなるかわからないし……」

 

「明石さんはともかく、アンタは秋津洲のこと甘やかしすぎなのよ。

普段からもっと離れるように言いなさいよ」

 

「一回そう言ったらさ、泣かれちゃって……

もうそれからは諦めて、好きにさせるようにしてる」

 

「ハァ……それが甘いって言ってんの。

私に言われないと、そんなこともわかんないわけ?」

 

「あんないい子な秋津洲に泣かれちゃうと、断り切れなくてさ……」

 

「まったく……ホント、甘ちゃんだわ」

 

 

やれやれといったジェスチャーをする叢雲を見て、苦笑いする古鷹。

 

秋津洲も明石もあんなに距離感が近いのは提督だけなので、実のところ全く心配ない。

それがわかってない叢雲ではないが、それを素直に提督に伝えず『私がいないとダメなんだから』という展開にもっていくあたり、提督への好意が隠しきれていない。

 

 

「まぁ、とにかくさ……

この際スパッツと言わず、もっと布面積の多い服装にできないかな?」

 

「どんな服装がいいのよ?」

 

「中学生が着てるような、単色芋ジャージ」

 

「「 却下ね(です) 」」

 

「なんで!?」

 

 

これ以上ないアイデアが即却下されたことに驚く鯉住君。

その理由はというと……

 

 

「そんなダサいの女の子が着たがるわけないでしょ?」

 

「さすがに私も嫌です」

 

「いいじゃないか別に……

鎮守府にいる以上、誰に見られるわけでもないんだから」

 

「……仲間とはいえ、そんな姿を自分以外に見られたくはないわ」

 

「……右に同じです」

 

 

ふたりとも本当は『提督にそんな姿見られたくない』と思ってるが、それを口に出すことはしない。

そんな乙女心。

 

 

「そ、そうか……ふたりがそう言うなら、他の子もそうなんだろうな……

……あ、そうだ、看護師さんみたいな長ズボンはどう?

上着も薄めの長袖を羽織ってもらってさ」

 

「……遠慮するわ。却下ね。

というか、鎮守府内で制服艤装を身に着けてなくてもいいわけ?

制服じゃないと、耐久力が人間よりちょっと上くらいまでガタ落ちするわよ?」

 

「それはいいよ別に。

鎮守府内での制服着用は、奨励されているだけで強制じゃないから。

奨励されている理由も、深海棲艦の強襲に備えろってことだし」

 

「そもそもウチに攻め込んでくる深海棲艦なんて居ませんからね」

 

「そうそう。そんな無謀な奴がいたら見てみたいよ。

制服艤装なしでも戦えるようなメンバーまで居るし……」

 

「まあ、それはそうね」

 

「だからさ、肌の露出がほとんどない制服を着てもらってだね……」

 

「だからそれ、ダサい服しかないでしょ? 絶対イヤ」

 

「そんなこと言わず……」

 

「私達を説得したところで、他の皆さんが着てくれるとは思えませんよ?」

 

「う……それもそうか……

それじゃせめて、スパッツとか、タイツとか……

そういう……中が見えても問題ないものを着用するようにお願いしよう。

掲示板に張り出したいんだけど、いいかな?」

 

「ハァ……くっだらない話だったけど、アンタが必死なのはよくわかったわ。

本当はダメって言いたいけど……いいわ、許可してあげる」

 

「すまないねぇ……」

 

「ハードル高いとは思いますが、理由までしっかり記載しないと、皆さん受け入れてくれませんからね?」

 

「あー……マジか……

『みんながセクシーすぎるから、隠すとこ隠してください』って書かなきゃいけないのかぁ……」

 

「うっわ。キツイわね、それ」

 

「新手の刑罰のようですが、必要なことですので……」

 

「わかったよ……これもみんなをやましい目で見ないようにするためだ……

我慢するよ……」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

どうにか最低限ではあるが、これで性欲問題を緩和することができる……はずだ。

安堵というか、疲れによるため息が口から洩れる。

 

 

「はぁ……

すまないな、ふたりとも……変な話に付き合わせてしまって……」

 

「ホントよもう。

ま、それでアンタのいやらしい視線が無くなるならいいわ」

 

「善処します……」

 

「まったく……さ、それじゃ解散しましょ」

 

「ああ」

 

 

話が終わったので、提督と叢雲は席を立つ。

 

いや、立とうとしたのだが……

 

 

「……待ってください」

 

「「 ??? 」」

 

 

なんの用があるのだろうか。

古鷹により待ったがかかった。

 

 

「どうしたの、古鷹?

もうコイツの変態じみた提案に付き合わなくてもいいのよ?」

 

「……少し私、考えたんです。

確かにデリカシーの欠片もないお話でしたが、そうだと分かって打ち明けてくださったんですから、もっと真摯に向き合うべきではないかと……

それに提督がここまで悩んでいることなんだから、おざなりにしてよいことではないのでは……?」

 

「そ、それはそうかもしれないけど……

これ以上私達が何かしてやることなんてないわよ!」

 

 

 

 

 

「いえ、出来ることは……

……その……提督は……なんと言いますか……

性欲処理、とかは、どうしていらっしゃるのでしょうか……?」

 

 

 

 

 

「「 !?!?!? 」」

 

 

 

古鷹が真っ赤になった顔でとんでもないことを言い出したせいで、ふたり仲良く固まってしまった。

うつむいてもじもじしているうえ、その瞳はものすごい勢いで点滅しており、めちゃんこ動揺しているということが伺える。

 

 

「ちょ、ちょっと古鷹!どうしたっていうの!?

頭でも打ったの!?熱でもあるの!?自分が何言ってるか、わかってるの!?」

 

「そ、そうだぞ古鷹!

俺がセクハラまがいなことしたのは悪かったから、正気に戻ってくれ!」

 

「わ、私は正気ですっ!

そ、それで!どうなんですかっ!?答えて下さいっ!!」

 

「そ、それは……

正直ここにきてから、ロクにできていなくて……

自室があるとはいえ、アイツら(妖精さんたち)がいつもくっついてるし……

提督になる前は、そんなに性欲がたまることがなかったから、何とかなってたけど……」

 

「アンタも律儀に答えてんじゃないわよおおぉっ!?」

 

「や、やっぱり……それじゃ……!」

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私が……お手伝いしますっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「「     」」

 

 

 

 

 

古鷹の爆弾発言に、石化するふたり。

 

 

 

 

「こ、このままでは、提督は性欲モンスターと化してしまい、鎮守府の人間関係が崩壊してしまいます!!

だから、その……あの……わ、私がっ……!

私が鎮めて差し上げることができればっ……!!」

 

「……ハッ!!

な、ナニ言ってんの古鷹ァ!!?

アナタがコイツの底抜けの性欲の犠牲になって、みんなを護ろうっていうのっ!?

そんなの私、認めないからぁっ!!」

 

「で、でも、それしか……!!

それに、その……嫌というわけではっ……その……あうぅ……」

 

「ホントにナニ言ってんのっ!?

落ち着きなさい!そんなの私、認めないからっ!!

絶対認めないからぁっ!!」

 

「でもっ……!!」

 

「古鷹にそんなことさせるくらいならっ……!!

そ、そのっ……!!

私が、代わりにっ……!!」

 

「   」

 

 

 

提督、未だ戻らず。

 

 

 

「だ、ダメですっ!!

叢雲さんが、提督とそんな関係になんて!

叢雲さんは筆頭秘書艦なんですから、もっと提督とは距離感を……!」

 

「そ、そんなこと言ったら古鷹だって同じでしょぉ!?

その、あの……筆頭秘書艦だからこそ、面倒見なきゃって……!!」

 

「ダメって言ったらダメですっ!!

私が言い出したんですから、私がっ……!!」

 

「ダメなのっ!

コイツの隣にいるのは、その……私じゃなきゃダメなのっ!!

それに、私だって……その……嫌ってワケじゃ……」

 

 

 

ワーワー……!

 

ギャーギャー……!

 

 

 

 

 

あぁ……今日もいい天気だなぁ……

空があんなに晴れている……

 

あ、鳥だ。……おーい、どこへ行くんだい?

いいなぁ、キミは自由で……

 

ん?どうしたんだい?俺が自由じゃなさそうだって?

あはは。面白いことを言うんだね、キミは。

 

本当の自由を掴むために、慕ってくれるみんなが笑っていられるように、

そのために今は自由から離れて、頑張っているだけさ。

 

ふふふ。頑張れだって?ありがとう。

……ああ、飛んで行ってしまったなぁ……

 

俺もいつか、あんな風に……

 

 

 

 

 

とてもじゃないけど人に聞かせられないような話をする秘書艦ズに、現実逃避して精神を大空に飛ばす提督。

 

またいつぞやのように、おかしなワールドが展開されてしまった。

 

 

 

……ちなみにこの後、偶然通りかかったらしい龍田に仲良く拳骨を喰らい、全員正気に戻った。

 

龍田は手際よい鎮圧ののち、

「提督は羊みたいなものなんだから、がっついたら逃げちゃうわよ~?」

という言葉を残し、鯉住君の心を一刀両断していった。

 

怒涛の超展開からの、とんでもない置き土産に、提督の目からは完全にハイライトがご退場されていた模様。

 

これによりラバウル第10基地首脳陣には、大和電話号泣事件以来の新たなタブーが生まれてしまったのであった。

 

 

 

 

 

後日談

 

 

 

結局『スパッツ着用のお願い』は掲示板に張り出され、鎮守府全員に提督のなっさけない悩みを周知することとなった。

男性特有の悩みに呆れるやら、同情するやら……

鯉住君はかわいそうな人扱いを受けることになった。

 

 

しかしそれはそれ、これはこれ。乙女にとって恋は戦場である。

 

 

結局そのお願いを守ってくれる艦娘はほとんどおらず、逆にアプローチが激しくなる結果となったのだった。

 

古鷹が言ってたようなことは断固するつもりはないが、

真剣に性欲処理を考え始めることになった鯉住君である。

 

 

 

 




本当にすいませんでした


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第88話

ついにバケツがカンストしてしまいました……
小破で済んだ時の喜び……泊地修理が5人同時でできた時の喜び……!
そんなバケツ節約の喜びが薄れてしまう……!
早く冬イベントでバケツ放出させてぇ……!!(内政マニア感


艦娘の言語について

実は艦娘の言語は、『全人類共通語』です。
日本語訛りとかイギリス英語訛りとか、そういうのはありますが、誰でも理解できる言語を話しています。
人類じゃないからバベられてないんです。ご都合主義ともいいます。


※バベられる……神話・バベルの塔を参照して下せえ




 

 

 

 

「提督……指示を頼む」

 

『……』

 

 

電探に映るふたつの影。

その影の方角と反対向きに、激しく振れる羅針盤の針。

そして必死で身振り手振り、元来た道を戻るように訴えかける羅針盤妖精さん。

 

ラバウル第9基地の主力艦娘のひとり、重巡洋艦『那智改』は、

自身の提督、鈴木誠吾大佐に、無線を通して指示を仰ぐ。

 

 

……今現在彼女は、以前解放したレベル3海域の哨戒任務に出てきている最中だ。

哨戒部隊は以下の通り。

 

 

旗艦

重巡洋艦『那智改』

 

旗下

軽巡洋艦『長良改』

軽巡洋艦『名取改』

軽巡洋艦『由良改』

駆逐艦 『長波改』

駆逐艦 『高波改』

 

 

解放済み海域の哨戒任務とはいえ、それでもレベル3海域。

はぐれ艦隊にしてもそこそこ強力な編成で現れる可能性があり、そのため艦隊の主力である那智が出てきている。

 

同様の理由から、他のメンバーも決して実力の低いメンバーというわけではない。

第9基地軽巡の顔役である長良型姉妹に、数多くいる駆逐艦の中でも屈指の武闘派である長波と高波。

 

実力ある艦娘。だからこそわかる、この忌避感。

 

 

『……哨戒任務は中止。艦隊速やかに帰還せよ』

 

「了解。……奴らが何者か、探りを入れる必要はあるか?」

 

『那智……声が震えているぞ。

貴様がそこまでなる事態だ。それに羅針盤も警鐘を鳴らしている。

無理は言わない。速やかに帰還せよ。

この通信が終わり次第、白蓮大将に緊急連絡を行う』

 

「……助かる。大将への連絡は任せた。

……では、通信を切る」

 

『了解。無事を祈る』

 

 

プツッ……

 

 

「……」

 

「那智さん……司令官、なんて言ってました?」

 

「一刻も早く戻って来い、余計なことはするな、と」

 

「哨戒任務なのに、提督さんがそんなこと言うなんて……

長良姉、こんなの初めてじゃ……?」

 

「名取の言う通り、いつもなら司令官はもう少し探りを入れさせるよね。

電探に敵影が映った段階では、敵艦から攻撃されることは普通ないもの。

……普通なら、ね」

 

 

深海棲艦と戦闘になるのは、ほとんどの場合において目視確認できる範囲に入ってからである。

 

その距離は約4㎞以内。

そして電探が敵影を捉えた現在、敵艦との距離は約8㎞。

 

普通だったら哨戒任務ということもあり、

もう少し近づいて零水偵を飛ばし、詳しい情報を得ようとするのが普通だ。

零水偵が1,2機飛んでいるのに敵が気付いたとしても、それだけで戦闘まで発展することは少ない。

 

 

……しかし今回は、嫌な予感がする。

駆逐艦にして武勲艦であるふたりの様子が、それを物語っている。

 

 

「な、長波姉さま……!」

 

「ああ、わかるぜ、高波……!

震えが止まらねえよ……!」

 

 

歯をがちがち鳴らしながら、震える体を抑えるふたり。

決して普段からこんな臆病な性格をしているふたりではない。

むしろ武勲艦の経歴通り、任務に対しては他艦種顔負けの勇猛さを見せる。

 

そんなふたりがここまで怯えるとは……

当然旗艦であり実力者の那智も、その嫌な気配はビンビン感じている。

 

 

「詳しくはわからんが、皆の感じる嫌な予感には素直に従うべきだ」

 

「それってやっぱり、その敵艦2隻の正体と関係あるのかな……?

……帰りましょう、那智さん。提督さんの指示に従って……ね?」

 

「ああ。艦隊後方転回。

由良も言う通り、速やかに鎮守府に帰投する」

 

 

(いったい何が起こっている……?

一旦解放した海域は、哨戒を定期的に続ける限り、強力なボス艦隊は出現しないはずだ……

……いや、そもそもこの全身に鳥肌が立つような、おぞましい感覚……レベル3海域で感じるそれではない。

こんなレベルの嫌悪感を感じたのは、大規模作戦時に敵本拠地に突入した時か……

……いや、それよりもこれは……)

 

 

……艦隊はその場を後にし、来た道を戻る。

 

彼女たちを震え上がらせる正体不明のなにか。

その存在を背中に感じながら……

 

 

 

・・・

 

 

 

ラバウル第10基地・工廠

 

 

 

・・・

 

 

 

本日は鯉住君と夕張は非番である。

ということで、ふたりでメンテ練習をしている。

 

研修が終わってからは、なかなか一緒に居る時間をとることができなかったので、鯉住君にとっては久しぶりの機会である。

最後に一緒に仕事をしたのは、大本営の面々の艤装メンテをしたときだろうか。

 

 

「師匠!どうでしょうか?」

 

「そうだな……ちょっと待ってて……うん……

……お見事だね。もう俺から言うことはないよ」

 

「ほ、ホントですか!?」

 

「ああ。俺が整備したとしても、これくらいの仕上がりになると思う。

……よく研修が終わってからも、絶え間なく練習を続けてきたね」

 

「ありがとうございます!

師匠が最初に言ってたこと、最近分かるようになったんです。

『何があっても毎日続けること』。

最初のうちは苦労しましたけど、今となっては毎日練習しないと落ち着かないくらいになりました!」

 

「……! あ、ああ、そうだな……!!」

 

 

自分が最初の最初に伝えたことを忘れず、夕張はずっと頑張り続けてきたらしい。

それを聞いて感極まってしまう鯉住君。

 

 

「……あれ? 師匠、泣いて……」

 

「い、いや、なんでもない。……そんなことはないぞ……

……それより、よくここまでになったね。

これで夕張はもう卒業だな」

 

「そ、卒業……ですか?」

 

「ああ。俺が教えられることがない以上、もう師匠面できないからね」

 

「そ、そうですか……」

 

 

しょんぼりする夕張と、満足げな鯉住君。

ふたりの考えていることが、その表情から伺えるというものだ。

ふたりとも感情がよく顔に出る。似た者子弟とでも言おうか。

 

 

「あ、あの、師匠」

 

「ん? どうしたんだい?」

 

「私、これからもメンテの練習続けます。

またその時には……見てもらえますか?」

 

「ああ、もちろん。

ただし、これからは師匠でなく……信用できる同僚として接することにするけど、それでもいいかな?」

 

「は、はい。少し寂しいですけど……」

 

「ははは。そんなこと言わないで。俺はそっちの方が嬉しいんだ。

師匠より同僚の方が接しやすいからね。

これからもよろしく頼む」

 

「そ、そうですか?

あの……こちらこそよろしくお願いしますっ!」

 

 

がしっ

 

 

満面の笑みで握手するふたり。

ついに師匠と弟子の間柄から、肩を並べて歩む仲間へと関係を進めることになった。

 

夕張としては、今までの特別な関係が壊れないか不安もあったりするのだが、対等な関係というのも魅力的である。

 

 

「……さて、夕張がひとり立ちしたところで……

ちょっと別のお仕事しましょうかね」

 

「ん? お仕事ですか?今日は非番じゃ?」

 

「ああ。ちょっと約束を果たさないとね」

 

「約束?」

 

「そうだな……興味があるんなら、夕張も来てみるかい?

見ていて面白いと感じるかもしれないから」

 

「お、面白い……?」

 

 

 

・・・

 

 

 

提督の話の内容が見えず、首をかしげる夕張。

それを気にせず工廠の奥に進む提督。

 

その進む先には……

 

 

パタパタッ

 

 

「おー、よしよし。 今日はよろしくね」

 

 

パタパタッ!!

 

ピー!ピー!

 

 

「こ、これは……深海棲艦の艤装!

アークロイヤルさんと天城さんの艤装ですか!?

なんでこんなところに!?」

 

 

(へーい!てーとくー!)

 

(ひええー! おひさしぶりですー!)

 

(きょうは、このこたちのせいびですね! だいじょうぶです!)

 

(せいてつじょのちぇっくはばんぜんです! じゅんびよーし!)

 

 

「え、英国妖精さんたち!?

なんで深海棲艦の艤装と仲良くしてるの!?」

 

 

夕張の目の前には、鯉住君にじゃれつくマンタと鳥型艦載機たち。

そしてその艤装たちに乗っかって遊んでいる英国妖精シスターズ。

 

普通の鎮守府の面々が見れば、正気を疑うような光景である。

 

 

「前にこの子たちと約束したんだよ。

お友達みんなそろって、艤装メンテしてあげるって」

 

「そ、そんな約束を……?

え?艤装と約束って、どうやって……?

あ、あれ?深海棲艦の艤装って、メンテできるの……!?」

 

 

頭の中がはてなでいっぱいになり、おめめグルグルになっている夕張。

 

無理もない。

常識ある者では何ひとつ理解できない状況になっているのだ。

当の本人である鯉住君は、そのことに全く気付いていないのだが。

 

 

「し、師匠!大丈夫なんですか……!?」

 

「ああ、うん。大丈夫。

ま、色々急だったろうから、そこに腰かけて見ててよ」

 

「あ、は、はい……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「よーしよし。順番に並んでねー。

ちょっと時間かかっちゃうから、あとの子は遊んでてねー」

 

 

パタパタッ

 

ピー

 

 

「ん?外で遊んでてもいいかって?

もちろんいいよ。別にいつ来てくれてもいいからね」

 

 

パタパタッ!

 

ピー!ピー!

 

 

「ああ、そうか。わかった。

……遊び相手が欲しいみたいだから、キミたちも一緒に遊んでてもらってもいいかい?

あ、ただしパーツ交換が必要な子がいるかもしれないから、英国妖精さんひとりだけは残ってもらえるかな?」

 

 

(おふこーす!まかせるねー!

それじゃ、わたしはてーとくのさぽーとするよ―!

まいしすたーず!このこたちとあそんでくるでーす!)

 

(わかりました! おねえさま!ていとく!)

 

(はい!だいじょうぶです!)

 

(えんしゅうごっこしましょう!こうはくせんです!)

 

 

パタパタッ!

 

ピーピー!

 

 

英国妖精シスターズと深海艤装たちは、楽しそうにしながら揃って外に遊びに行ってしまった。

 

そんな光景を見る夕張の頭の上には、はてなマークがいくつも浮かんでいる。

 

 

「あ、あの、師匠……?」

 

「ん?どうしたの?」

 

「私から見るとですね……

大勢の深海棲艦艤装と英国妖精さんに囲まれて、師匠がひとりごとを言ってるようにしか見えないんですが……」

 

「……ああ、そうか。

そういわれるとそうだったな」

 

「その……師匠が妖精さんと話できるのは知ってましたけど……

深海棲艦の艤装とも話ができるんですか……???」

 

「いや、話は出来ないんだけど……

なんとなく何を言いたいのかは伝わってくるっていうか……

言いたいことはわかるっていうか……」

 

「え、ええと……それはつまり、艤装と以心伝心だってことですか……?」

 

「うーん……まぁ、そういうことになるのかなぁ……」

 

「……」

 

 

提督は事もなげに質問に答えながら、てきぱきと深海棲艦の艤装をメンテしていく。

 

その姿を見て、夕張はあまりの衝撃に言葉を失っている。

どうやら自身の提督は、艤装メンテがとんでもなく上手いだけではないようだ。

 

妖精と話ができるうえ、艤装とも心を通わせることができる。

しかもその艤装というのは、敵側とされる深海棲艦の艤装なのだ。

 

さらにさらに……

 

 

「……うん。よし。

どうかな?調子は良くなったかい?」

 

 

パタパタッ!

 

 

「ははは。じゃれつくなって。

その様子だと満足してくれたみたいだね。

それじゃ次の子が控えてるから、作業台からどいてもらっていいかな?」

 

 

パタパタ……

 

 

「そんな名残惜しそうにしないで。またメンテしてあげるから」

 

 

パタパタッ!

 

 

「ふぅ。どいてくれたか……

……よし。次の子は作業台まで来てくれ」

 

 

ピーピー!

 

 

 

……どう見ても生体にしか見えない深海棲艦の艤装。

それをまったく躊躇することなく、淀むことなく、メンテしている。

 

 

……それを見る夕張は、驚きの連続だ。

 

何故あそこで溶接をしたの?

そんなに激しくサンダーかけて大丈夫なの?

生体部分にドライバー使って大丈夫なの?

なんでそんな場所に接合部があるってわかったの?

そのかすり傷って塗装で直るの?

どう見ても肉だけど、それってバリに相当する部分だったの?

 

……自分が艤装メンテするとしたら、手も足も出ないだろう。

だというのに、自身の師匠はまったく悩むことなくメンテを続けていく。

 

ここまでになるのに、どれだけの経験を積めばいいのだろうか?

肩を並べた?とんでもない。

まだまだ師匠と自分の間には、高い壁が立ちはだかっている。

 

……そんなことを実感せざるを得ない夕張であった。

 

 

 

・・・

 

 

 

深海棲艦の艤装が作る順番待ちの列を、どんどんと消化していく提督。

そしてその姿を食い入るようにして見つめる夕張。

 

そんな中、ひとつの変化が。

 

 

プルルルル……

 

 

「……ん? 電話が……天城から?」

 

「天城さんですか?」

 

「ああ。今日は自室で索敵を頼んでいたはずだから……

もしかして敵艦隊を発見したとかかな?」

 

「えっ……!? それって一大事じゃ!?」

 

「どうだろう? とにかく出てみよう……」

 

 

ピッ

 

 

「もしもし」

 

(あぁ、提督……)

 

「どうしたんだい? 敵影が見えたかな?」

 

(いえ……お客さんです)

 

「んん? ……お客さん?」

 

(はい……ふわぁ……)

 

 

布団大好きであり、食事時でもなく、今日の任務は布団の中にいてもできる索敵任務。

そんな条件がそろっているというのに、天城が部屋から出てくるわけがない。

つまり、天城がお客さんを出迎えることなどないはずだ。

 

だいたいお客さんが来たなら、秘書艦のふたりがまずもって気づくはずであるし、そもそもそんな予定は今日は無かったはず。

 

……ではなぜ、天城はそんな連絡をしてきたのだろうか?

 

 

「お客さん……どんな人が来たんだい?」

 

(ええとですね……私達の知り合いです……)

 

「んん??? 私たち?」

 

(はい……私とアークロイヤルの……)

 

「私とアークロイヤル……って……もしかしてっ!」

 

(あ、たった今……波止場から上陸したみたいです……

もうそろそろ着くと思いますので、対応よろしくお願いします……ふわぁ……)

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

(あ、本日は私達の艤装の面倒見ていただいて、ありがとうございます……

それでは……むにゃ……)

 

 

ピッ!

 

 

天城は一方的に電話を切ってしまった……

 

 

「師匠、どんな話だったんですか?

お客さんって聞こえたから、敵艦発見ではなさそうですけど……?」

 

「夕張……隠れるんだ……」

 

「……えっ?」

 

「キミまで巻き込まれることはない……

ちょっとの間、ここから離れて……」

 

 

 

 

 

 

 

「本当ニ……コノ建物ニ居ルノ……?」

 

「のーぷろぶれむ!

人間ノ気配ガスルッ!!忌々シイ人間ノ気配ガッ!!」

 

「殺シチャ駄目ヨ……?

アイツラガ、ソウ言ッテタ……」

 

「おふこーすっ!!

我ラノタメニ、存分ニ働イテモラワナイトネッ!!」

 

「ワカッテルナライイワ……

……アッ、チョッ……ドコ行クノッ!?」

 

「コ、コラッ! 急ニ動イチャ……!!

……ヌワアッ!!……NOOOOOOッ!!」

 

 

 

バタバタバタ……!!

 

ズシン……ズシン……!!

 

 

 

 

 

「……ゴメン夕張……手遅れだったみたい……」

 

「えっ!? えっ!?」

 

 

 

バウバウッ!!

 

……ヌッ

 

 

 

「キャアアアアアアッ!?」

 

 

 

 





実は提督と一緒に居る時間の総計が一番長いのは、夕張なのです。
研修でずっと一緒に居ましたし、それ以前から工廠でずっとメンテ教わってましたし。

だからお話に出ないだけで、親密度はかなり高いんですよね。
鯉住君がひとり立ちした夕張を見て感無量だったのは、そういう裏事情も関係してたみたいです。


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第89話

3弟子の皆さんの元ネタ一覧

ある一部分だけ拝借してる元ネタも多いので、違和感あるかもしれませんが。
忘れてる元ネタもあるかもなので、一部分ということで。


一ノ瀬中佐
→孫権(蒼天航路)+郭嘉(蒼天航路)+中静そよ(ハチワンダイバー)+シロナ(ポケモン)

加二倉中佐
→劉備(蒼天航路)+宮本武蔵(刃牙)+無門(忍びの国・ED時)+斎藤杢之助(死ぬことと見つけたり)

三鷹少佐
→曹操(蒼天航路)+アマツミカボシ(国津神)+サンカ(現実)+ユダヤ人(出エジプト記)





 

 

パタパタッ!

 

 

バウバウッ!!

 

 

……ペコリ

 

 

 

「……ご丁寧にどうも……」

 

 

鯉住君の目の前には、1.2頭身くらいの犬っぽい深海艤装に、

身長5mはありそうな双頭の巨人型深海艤装。

そしてその2体を案内してきた様子の、アークロイヤルのマンタ君。

 

ついでに言うと、夕張はあまりのショックで固まっている。

 

 

 

犬型艤装は、舌ベロを出してハッハッと息をしている。

 

仕草だけ見るとかわいいのだが、問題はその頭の大きさとまがまがしさである。

頭の大部分はでっかい口であり、全開にすれば90度近く開けるんじゃないの?と言わんばかりの大きさだ。

歯もむき出しで、肉食動物というより人間のような歯をしている。とっても歯並びが良い。

 

それと口から伸びる舌ベロはスゴイ長さで、1m以上はあるようだ。

……よだれで床がべしゃべしゃである。あとで拭かないと……

 

ちなみに頭部に比べて、胴体はすごくかわいい。

脚はすべてなんというか……毛が無くてツルっとしたペンギンの腕みたい。

ゆるキャラ感がある。頭と体のギャップがすごい。

 

 

 

双頭巨人艤装はなんて言うか……威圧感の塊のような見た目をしている。

 

その姿をひとことで言うなら、筋肉モリモリマッチョマン。

丸太のような、というか、丸太よりも確実に太い両腕に両足。

 

そして頭の大部分を占める口からは、炎がたまに漏れている。

双頭怪獣なのだろうか?片腕と片足をサイボーグ化されそう。

マッチョだということを加味すると、印度の炎の神様の方かもしれない。

 

そして両肩にはこれまたでっかい主砲がくっついている。

戦艦の主砲……にしてもデカい。大和級だなこれ。

 

そしてこちらの艤装もギャップがすごい。

そのギャップというのは、彼の態度。

丁寧に『きをつけ』をして頭を下げ、礼をしてくれている。

それには思わずこちらも返礼。初対面の相手に礼儀正しいのであるから、こちらも相応の礼儀は見せないといけない。

 

 

 

そしてこの2体を連れてきたマンタ君は、最初にアークロイヤルの目の前でメンテした子らしく、随分こちらに懐いてくれている。

今も自分の頭に乗っかり、リラックスしているようだ。

 

 

 

「ええと……どちら様ですか……?」

 

 

挨拶もそこそこに、最も気になったことを聞いてみた。

 

しかし自分の問いかけには、2体とも無反応。

自分がどういった存在か、といったことは考えたことがないのだろう。

そんなこと考えるのは人間だけなのかもしれない。

 

 

「それじゃ……

マンタ君が連れてきたってことは、もしかして……

ふたりとも、艤装メンテ受けに来たのかい?」

 

 

この問いかけには2体とも反応し、うんうんとうなづいている。

 

 

あー……やっぱりそういうことなのね……

 

確かに自分はあの時、お友達連れておいでって言った。

言ったけど……それはあくまでマンタ仲間だけのつもりだった。

そもそも自分の意志を持つ艤装なんて、彼らだけだと思ってたし。

 

まさか別のタイプ……それも、こんないろんなタイプのお友達がいたとは……

どうやら頭に乗ってリラックスしているマンタ君は、とっても広い交友関係を持っているようだ。

やけによく懐いてくると思ったけど……キミ、コミュニケーションが得意な明るい性格だったのね……

 

 

……なんとも言い難い状況になかなか理解が進まないでいると、マッチョな彼の後ろから声が聞こえてきた。

 

 

「ウ……ウゥ……」

 

「……ん?」

 

 

……誰かいるらしい。

十中八九彼の主人なんだろうが……正直確認したくない。

 

こんなマッチョマン従えてるのなんて姫級に決まってるし、

全然悪感情を感じないから、相当理性的……つまり相当強いということも予想できる。

 

もう脳内キャパ的には90%くらいいっちゃってるので、これ以上情報が入るとオーバーフローしかねない。

できれば何もなかったことにして寝たい。

 

……とはいえ、どうせ遅かれ早かれ接触しなきゃいけないのだ。

腹をくくって、マッチョな彼の後ろに回り込んでみると……

 

 

「……えーと」

 

 

 

……なんだこれ?

 

 

 

ものっすごい長髪の、黒いドレスを着た女性が、気をつけの姿勢でうつぶせにぶっ倒れていた。

 

いや……倒れていたというより、引きずられてきたらしい。

彼女の美しい黒髪は、一本残らずマッチョな彼の金属部分に巻き込まれている。

なんかもう……なんて言うか……見てて居た堪れない。

なんでこんな残念なことになってるんだろうか?

 

 

「あ-……大丈夫ですか……?」

 

「NO……」

 

「ですよねぇ……」

 

 

もうなんかしょうがないので、巻き込まれてしまった髪の毛を頑張って外すことにした。

とはいえ、ここまで引っ張られてきただけあるので、相当ややこしく金属部分に絡んでいる。

これは結構大変だ。今の体勢ではにっちもさっちもいかない。

 

そこでダメもとでマッチョな彼に動いてほしいと頼んでみたら、髪の毛を外しやすいように体勢を変えてくれた。

見た目に似合わずホントいい子だな、キミは。

 

 

「なんとか動けるようにしますので……

髪が傷つくのは容赦してください……」

 

「ウゥ……急ニ動クカラァ……」

 

「艤装は機械部分があるんですから、長髪だと巻き込み事故が危ないですよ……?」

 

「ウルサイ……人間……私ノあいでんてぃてぃーダゾ……」

 

「安全第一だと思うんですが……」

 

 

実りのない会話を続けつつ髪の毛をほどいていく。

 

……ていうか、この髪の毛スゴイ。

絡まり過ぎて外せない部分は仕方なく切断しようとしたのだが、なんとハサミが弾かれた。

たった一本の髪の毛をチョッキンしようとしたら、「ガチン!」という音と共にハサミが止まったのだ。もちろん髪の毛は切れておらず、ハサミは刃こぼれしていた。

 

しかしそうなると……

これだけ絡まった髪の毛、どうすればいいのだろうか……?

 

そんな感じで苦戦していると……

 

 

「チョットたっふぃー……!

急ニ走ッテ、ドコ行クノッ……!?」

 

 

どうやら犬型艤装の主人であろうもうひとりが、ペタペタと走ってきた。

 

 

「ン?……アナタ……人間ト何シテルノ……?」

 

「絡マッタ……」

 

「ソレハ見タラワカルワ……ハァ……」

 

 

相変わらずうつ伏せで気を付けをしている、ロングヘアーの彼女を見て、呆れてため息を吐くツインテールの彼女。

 

 

……遅れてやってきた彼女も、こちらのロングヘア―の彼女程ではないが、スゴイ毛量だ。その美しい白い髪でツインテールを作っている。

光の当たらない側はなぜか黒髪だが、そういう艦娘もいるのでそこまで不思議感はない。清霜ちゃんとか。

服装は天龍龍田姉妹同様でノースリーブ。胸部装甲も彼女たちクラス。

そして休日の天城ほど過激ではないが、ホットパンツを履いている。あと裸足。

 

 

「あー、と……始めまして……」

 

「人間……アナタガ『コイズミリュータ』……?」

 

「あ、はい、そうです」

 

「驚イタワ……マルデ動揺シテナイ……」

 

「なんて言うか……慣れてますので……」

 

「ウワァ……アノ『魚狂イ』ト結婚シタ変人ナダケハアルワ……」

 

「え゛っ ちょっとそんなことどこで」

 

「チョットッ!! 何ヲ悠長ニ話シテンノッ!?

私ガコンナニ苦シンデルノヨッ!?

早ク助ケナサイヨッ! はりー!はりーーーっ!!」

 

「「 …… 」」

 

「何ヲ黙ッテイルノッ!?

どぅ いっと くいっくりぃーーーっ!!(早くしてーっ!)」

 

「……助けましょうか……」

 

「アァモウ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「とはいえ、この方の髪の毛が硬すぎて、どうしようもないんですよ。

何かいい手はないでしょうか?」

 

「ソンナニ丁寧ニ扱ワナクテモイイワヨ?」

 

「えっ?」

 

 

ペタペタ……

 

 

ガシッ

 

 

 

「……フンッ!!」

 

 

 

……ブチブチィッ!!!

 

 

 

「NOOOOOOッッッ!!!」

 

「ちょっとおおぉおっ!?」

 

 

なんとツインテールの彼女は、ロングヘア―の彼女の首根っこを掴み、無理やり引っ張った!

 

……とんでもないチカラだったのだろう。

あのハサミが刃もたたなかった剛毛が、根元から根こそぎ引きちぎられてしまった。

 

 

「ちょっと何するんですか!?

いくら何でもチカラ技過ぎるでしょうっ!?鬼ですかっ!?」

 

「ドウセ放ッテオケバ元ニ戻ルンダカラ、気ニシナイデイイワ。

ソレト私ハ鬼ジャナクテ姫ヨ」

 

「そういうことではなくっ!

女性の髪なんですから、もっと気にしてあげてくださいよ!」

 

「人間ナノニ、コッチニ気ヲ遣ウナンテ変ナ奴……

ソンナ些細ナ事、私達気ニシナイヨ」

 

「おーまいがっ……私ノあいでんてぃてぃーガッ……おーまいがっ……」

 

「めっちゃ気にしてるんですが……」

 

 

ロングヘア―の彼女は、10円ハゲどころではなく全面ハゲとなってしまった。

まるで尼僧……いや……ちりちりになった髪の毛が焼け野原のようになって頭に残っているので、もっとひどい状態だ。

 

あまりにショックだったのだろう。

元ロングヘア―の彼女は、引きちぎられた髪の毛を手に取ってワナワナしている。

 

 

……あまり女性の心の機微に敏感ではないとはいえ、流石に彼女の惨状は見ていて居た堪れない。

 

深海棲艦にも効くかわからないが、ここは高速修復材を使ってみることにしよう……

 

 

「……夕張、ちょっといいかな?」

 

「……」

 

 

あ、あかんこれ。

 

夕張は焦点の定まらない目で、口をぽっかり空けてフリーズしている。

この症状は情報過多によるパンクである。

……この鎮守府ではよく見る症状なのだ。

悲しいことに、この光景も見慣れてしまった。

 

 

「おーい、戻っておいで」

 

 

ゆさゆさ

 

 

「……ハッ!

ど、どうしましょう師匠……!?

姫級がっ! 姫級が2体も……!!」

 

「あー、大丈夫だから安心して。

それより、高速修復材をひとつ持ってきてくれないか?」

 

「そ、そんな……!!

師匠を深海棲艦の中に、ひとりで残していくなんてできませんっ!」

 

「いやいや……突然の訪問だったけど、一応お客さんだし……

彼女たちはこっちに攻撃するつもりないみたいだから……」

 

「ほ、ホントに大丈夫なんですか……?」

 

「うん。不本意だけど例のふたりで慣れてるから、大丈夫」

 

「そこまでおっしゃるなら……

絶対無事でいてくださいね……!」

 

 

そういうと夕張は、出口に向かって駆け出して行った。

高速修復材を持ってくるために、ドックまで向かってくれたことだろう。

巻き込んでしまって申し訳ない……

 

 

「ウゥ……みーノ『えれがんと』デ『ふぁっびゅらす』ナ髪ノ毛ガァ……

ウッ……ウッ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

悲しみに暮れる元ロングヘア―の彼女を宥めていると、夕張が高速修復材をもって帰ってきた。

 

それをダメもとで彼女に使ってみたところ、なんと一瞬で髪の毛が生えてきた。

……それはもうスゴイ勢いで……

高速修復材を塗った瞬間にブッワァァァッ!と生えてきたのだ。

 

これには彼女も大喜びで、ずいぶんと元気になってくれた。

「やんぐうーまんノ扱イヲ心得テ居ルノネッ!」なんて言ってた。

ハゲ散らかしたヤングウーマンと接したことがないので、その評価はまっすぐ受け取れないが。

 

 

 

「ええと……それで、今日は何をしにいらしたんです……?

アークロイヤルと天城……と、それじゃ通じないか。

ウチにいる魚大好きな姫級と昼寝大好きな姫級……そのふたりと知り合いだってことでしたが……」

 

「ソレガネ……」

 

 

 

ツインテールの彼女は、色々と説明してくれた。

 

彼女たちはどうやら北米大陸の西の海……

つまりはアメリカ側の太平洋からやってきたらしい。

 

ウチのふたりは地球半周バカンスの末、ラバウル基地エリアまでたどり着いたのだが、それまでに北太平洋も通過したと言っていた。

目の前のふたりいわく、その時に顔合わせをしたとのこと。そして腕試しと称して、バトルをふっかけられたとのこと。

 

……あの人ホント自由だな!

やりたい放題じゃないか!同族に対してもそうなんか!

 

 

「ウチの魚好きが、本当にすいません……」

 

「フンッ!はずばん(旦那様)ナラ、わいふ(奥さん)ノ面倒クライ、シッカリ見テオイテ欲シイワッ!!」

 

「その時点で俺、あの人と面識なかったので……

あと別に結婚はしてません……」

 

「嘘ツキ。アナタノ頭ニ乗ッテル艦載機カラノ情報デハ、はねむーんノ予定マデアルッテコトダッタヨ」

 

「なにしてくれてんのキミぃ……」

 

 

元気に頭の上でパタパタするマンタ。

キミはアレかい?ご主人と俺をくっつけたがっているのかい?

俺はあの人を満足させられるほど立派じゃないからね?勘弁してね?

 

 

「トニカク!アノばいおれんとれでぃ(暴力女)ノヤラカシタコトヘノ責任、シッカリトッテ!」

 

「ええと、出来ることでしたら……」

 

 

 

プンスコするロングヘア―の彼女と、鯉住君がアークロイヤルとガチ結婚してると信じて疑わないツインテールの彼女。

 

完全にアークロイヤルのやらかしのとばっちりを被っている形になるが、ここで「本人と話してください」なんて言って、本人登場となろうものなら、鎮守府内で大怪獣バトルが繰り広げられかねない。

そんなことになったら辺り一面が焦土と化すまでありうる。

それは避けねばなるまい。

 

 

「ヤッテモラウコトハとぅーいーじー(めっちゃ簡単)ヨッ!

みーノ『あんどれ君』ノ調子ヲヨクシナサイッ!」

 

「私ノ『たっふぃー君』モネ。

アノぐーたら女ニイジメラレテカラ、チョット元気ガ無イノ」

 

「あー、もしかして……ふたりと戦ってから、ずっと調子が悪いんですか?

というか、艤装に名前付いてるんですね……」

 

「YES!みー自慢ノ『あんどれ君』ヨ!

アノ魚狂イニ負ケテカラ、少シ元気ガ無イノ!ナントカナサイ!

アト一発コッチノ砲撃ガ決マッテタラ、沈ンデタノハアッチダッタノニィ!」

 

「『たっふぃー君』モ、アノぐーたら女ノ艦載機食ベチャッテカラ、調子悪イノ。ナントカシテ。

モウ少シデ、アイツノ艦載機全滅出来タノニ……

たっふぃー君ガ艦載機食ベチャッテ咽セコンダ隙ニ、押シ切ラレタノ……

私達ガ負ケテ沈ンダノナンテ、何年ブリダッタカナ」

 

「……んんん?

話を聞く限り、おふたりとも、ウチのふたりと同じくらい強いんですか……?

ていうか、沈んだって……今こうしてここに居るじゃないですか……?」

 

「NOッ!!みーノ方ガ強イノッ!次ヤッタラ負ケナイワッ!!」

 

「別ニ私達、沈ンデモ直グ浮イテクルカラ。ナンニモナケレバ大体ヒト月クライデ」

 

「えええ」

 

 

……待ってちょっと待って……

 

このおふた方、ウチのふたりと同じくらい強いってこと?ヤバくない?

あのふたり、一騎当千級なのよ?海域ボスもやってたらしいし……

 

それに、さらっとヤバい情報が出たんだけど……

 

なに?深海棲艦って、沈めても浮いてくんの?それってヤバくない?

ていうかなんでその情報、みんな教えてくれなかったの?

転化体の皆さんだったら知ってるはずなのに……

それ以外の機密情報は、聞いてもないのに教えてくるのに……

 

 

あまり歓迎したくない情報に、無茶ぶりに耐性ある鯉住君もげんなり。

 

……実は深海棲艦の復活については、人類で彼が初めて手に入れた情報だったりする。

鯉住君は転化体の面々ならそれを知っていると思い込んでいるが、実はそれは間違い。

他の鎮守府に居る転化体は、そもそも一度も沈んだことがない。

だから沈んだ後どうなるのかは知らないのだ。

 

 

「えにうぇいずっ(ともかく)!

『あんどれ君』ヲ元気ニナサイッ!アナタノ頭ニ乗ッテル魚ト友達ナンダカラ、ソノヨシミデ元気ニナサイッ!!」

 

「『たっふぃー君』モ元気ニシテ。

悪イモノ食ベタセイデ、オ腹壊シテルミタイナノ」

 

「あー……えー……はい……」

 

 

バウバウッ!!

 

ペコリ

 

 

嬉しそうに吠えている犬型艤装『タッフィー君』と、礼儀正しくお辞儀してるマッチョ双頭艤装の『アンドレ君』。

 

このふたりをメンテする以外の選択肢はないことがわかったので、渋々メンテに取り掛かる鯉住君であった。

 

ちなみに話の間、夕張はずっと空気になるように努めていたそうな。

 

 

 

 





流れまとめ


欧州組がバカンス開始。

北太平洋で2対2の大怪獣バトル勃発。

僅差で欧州組勝利。艤装の間に友情が芽生える。

北米組が沈んでいる間に、欧州組転化。

北米組が浮かんできたタイミングを見計らって、マンタ君単独出撃。

北米組にマンタ君が接触、現状説明。
タッフィー君とアンドレ君、最近不調だったので大喜び。

艤装に連れられて北米組鎮守府訪問 ←今ココ



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第90話

今回のお客さんプロフィール


・戦艦水鬼改(艤装:アンドレ君)

脳筋を極めるとこうなる、というバトルスタイルが得意。
スロット全部に特大口径主砲を突っ込んでいる。
アンドレ君の巨体だからこそ反動を抑えられるので、他の戦艦ではこんなことできない。

なお戦闘はアンドレ君に大体お任せで、本人はガイナ立ちして高笑いするのが役割。
実は本人のスペックも相当高いが、それが発揮される前にアンドレ君が片づけちゃう。彼はとっても優秀なのだ。



・護衛棲水姫(艤装:タッフィー君)

タッフィー君の伸ばした舌ベロを滑走路代わりに、ジェットが羽についた艦載機を射出し、アウトレンジから相手を攻撃する。
下駄履き機みたいな艦載機も射出できるので、ミドルレンジも強い。
とっても器用でマメな性格。

最近はタッフィー君がケホケホ咳をすることが多く、カタパルト(舌ベロ)使用中に咳をしたせいで事故が起こったりした。
その事故のせいで近場で魚雷が爆発し、自慢の白髪がアフロヘアーに。
それを見た戦艦水鬼改に大爆笑されたことは、未だに根に持ってる。




 

 

 

部下のやらかしの後始末に加え、マンタ君と交わした約束を守るために、お客さんの艤装たちをメンテすることにした鯉住君。

 

目の前で嬉しそうにしているワンちゃんと、礼儀正しくしているマッチョマンがそのメンテ対象。

すっごい期待している。ワクワクしたオーラが出てるもの。

 

 

「ソレデ、はうろんぐ……ドノクライカカルノ?」

 

「うーん……そうですね……

流石にこのおふたりだと、数時間では無理です。

少なくとも明日……程度によっては明後日くらいまではかかりそうですね。」

 

「フーン。ソレジャ、ソノ間ハ適当ニ、ウロウロシテルワ」

 

「えっ」

 

 

……ちょっとそれはマズい。

 

ウロウロしてるってことは、それはつまり鎮守府探検だワーイみたいなことだろう。

そんなことされてしまうと、いくら深海棲艦に慣れている部下たちとはいえ、面喰ってしまうことだろう。

さらに言うと、ウチの転化体のふたりと鉢合わせした暁には、どんな危険な化学反応が起こるか全く予想できない。

 

これはなにかしら対策を講じなければなるまい……

とりあえず、目の前のふたりには話が通じそうだし、直談判してみよう……

 

 

「えーですね……

ちょっとおふたりに確認したいんですが……」

 

「わっつ? 何ヨ?」

 

「別ニイイケド、ナンナノ?」

 

「おふたりに深海棲艦の姿で鎮守府内を散策されるとですね、部下たちが驚いてしまうんです。

ウチのふたりみたいに、一時的にでもいいので艦娘の姿になれないものでしょうか?」

 

「エー」

 

「気乗リシナイナァ」

 

「やっぱりというか、艦娘の姿になれるにはなれるんですね……

……深海棲艦の姿では、人間が近くに居ると気持ち悪いと聞いています。

人間……私がいる空間でその姿だと、落ち着かないんじゃないですか?」

 

「のーぷろぶれむ! 要ラナイ心配ネ!」

 

「別ニ気ニシナイケド」

 

「えええ……???」

 

 

せめて姿だけでもと思って、何とか説得しようと試みたのだが、のっけから出鼻をくじかれてしまった。

 

というかふたりとも、人間に対する嫌悪感をどこに忘れてきてしまったの……?

いや……人類側からしたら、すごくありがたい話なんだけど……

 

 

「えーと……おふたりは人間嫌いではないんですか……?」

 

「ンー、嫌イハ嫌イヨ。間接的ニ、ダケドネ」

 

「か、間接的……?」

 

「わっと あい しゅっど せい(なんて言おうかしらね)……」

 

「人間自体ニハ興味ナイケド、人間ガヤラカスコトハ許セナイノヨ」

 

「! ないすヨ!ソンナ感ジネ!」

 

「やらかすこと……?」

 

「ソ。私達ハダケド、人間以外ノ生物ヲ Holocaust(皆殺し)スルノハ許サナイカナ」

 

「あー……例えば、海洋汚染とかの環境破壊ですか……?」

 

「YES! ソーイウノ駄目ヨ!

見カケタラ髪ノ毛一本残サナイワ!

地面ノ「しみ」カ、海ノ藻屑ニシチャウッ!」

 

「ソウネー。

人間自体ハドーデモイイノ。身ノ程ヲワキマエテレバネ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

お客さんからの新情報ラッシュは続く。

 

 

「ぱわふるナ奴ホド、ソンナ感ジヨネ!

人間ハ居テモ居ナクテモイイケド、余計ナ事スルナラ間引イチャウミタイナ!」

 

「実力ガナイ奴ハ Simple(単純)ナ頭シテルカラ、『トリアエズ人間減ラシトケ』ッテナッテルンジャナイ?」

 

「はへー……」

 

 

どうやら深海棲艦の上位層になればなるほど、人類に対する悪感情は薄れていくらしい。

その代わり理性で判断して『コイツ駄目だわ』となったら、マップ兵器的に掃除する模様。

 

 

そう言われてみれば、アークロイヤルも天城もそんな感じだ。

 

アークロイヤルに関しては、『魚類をないがしろにするから』人類を憎んでいたのだし、

天城に関しては、『知覚範囲で色々とうるさくするから』人類を攻撃していた。

 

ちゃんとふたりには『人類を攻撃する理由』があったのだ。

 

 

……初めての情報に、頭悪そうな声を出してしまう鯉住君。

ちなみにこの情報も人類初獲得である。

 

 

「ダカラコノ姿デモ、別ニイイデショ?」

 

「ワザワザ変身スルノモ億劫ナノ」

 

「そ、そうですか……それじゃ無理にとは言えませんね……

えーと、どうしようかな……」

 

 

どうやらふたりが深海棲艦の姿で鎮守府内を練り歩くのは、確定事項の模様。

こうなったら対処療法的に対策を打つしかない。

 

大惨事鎮守府大戦が起こらないために、いま出来ることは……

 

 

「夕張、ちょっといいかい?」

 

「……」

 

「……夕張?」

 

「……ハッ! はひっ!?なんでしょう!?」

 

「ちょっと頼みたいことがあって。

……叢雲と古鷹に、『鎮守府メンバーに対して、深海棲艦が暫く滞在すると周知して欲しい』って伝えてくれない?

あと今日は非番だけど、明石を呼んでほしい」

 

「あ、はい……」

 

「俺から伝えたら状況説明で時間取られそうだし、叢雲の説教が始まりそうだからさ……」

 

「はぁ……」

 

 

夕張は半分魂が抜けたような状態で連絡を取ってくれた。

電話口から洩れてくる声を聴くに、明石も古鷹もまるで状況がわかっていないようだった。そりゃそうだ。

 

あ、叢雲が声を荒げている。

このままだと俺のスマホに連絡がかかってきそう。電源切っとこ。

……後が怖いけど今の方が怖い。

艤装メンテに取り掛かるのが遅れて目の前のふたりを怒らせるのが、一番怖い。ゴメンよみんな。

 

 

……考えた対処法は、ふたつ。

 

シンプルではあるが、とにかく艤装メンテをさっさと終わらせること。

それには多分戦力になるであろう明石の助けがいる。できれば本日中に終わらせたい。

 

そして、無用な混乱を避けるため、ウチのメンバーに来客があることを伝えること。

アークロイヤルとロングヘアーの彼女が出くわして暴走する可能性もあるが、秘書艦のふたりならうまいこと対処してくれるだろう。

ふたりの実力を信頼しているのだ。丸投げともいうが。

 

 

「それではこちらでもいろいろ準備してるので、しばらくはここに居てくださいね。

……それじゃタッフィー君からメンテを始めさせていただきます」

 

「BOOOッ!! ナンデ『あんどれ君』ガ後ナノッ!?」

 

 

ゴツンッッ!!

 

 

「ヘェアッ!?」

 

 

ブーイングするロングヘアーの彼女を黙らせるため、アンドレ君が拳骨を喰らわせた。

それを喰らった彼女は、ガニ股になって頭を抱えている。

アレは痛い。だって床が凹んでるもの。

 

というか、ご主人が艤装に殴られているんだけど……

いいんでしょうか……?

 

 

「何スルノヨ『あんどれ君』ッ!?」

 

 

ブンブンッ

 

 

アンドレ君はふたつある首を横に振っている。

筋肉モリモリ過ぎて首が隠れているため、正確には頭を振っている、だが。

……どうやらこっちに気を遣って、メンテの順番を遠慮してくれるつもりらしい。

ホントいい子だなキミ。

 

 

「……さて、アンドレ君も納得してくれてるようだし、タッフィー君から見てくからねー。

キミが思ってるより人間は脆いから、噛みつかないでね?

いやホントに」

 

 

バウッバウッ!!

 

 

嬉しそうにブンブンと首を縦に振っている。

尻尾があったらブルンブルン振っているんだろうなぁ。

 

 

「『たっふぃー君』ノコト、任セタヨ」

 

「はい。のんびりしててくださいね」

 

 

メンテを開始する鯉住君。

 

ロングヘアーの彼女はまだ呻いているが、ツインテールの彼女の方はこちらを真剣に見ている。

転化前のアークロイヤル同様の反応だ。彼女も好奇心旺盛な模様。

未知の技術には興味があるのだろう。

 

 

 

・・・

 

 

数分後……

 

 

・・・

 

 

 

「   」

 

「あの……」

 

 

工廠に入ってきた明石は、こちらの様子を見て固まってしまった。

夕張も彼女の気持ちが十分に理解できるので、なんて声をかけたらいいのかわからないようだ。

 

そうなるのも無理はない。

目の前で超強そうな深海棲艦2体に囲まれて、提督が彼女たちの艤装をメンテしているのである。

とはいえ今は、目の細かい紙やすりで犬っぽい艤装の歯磨きをしているので、メンテしているかと言われれば疑問符がつくのだが。

 

 

「……えっと……電話では聞いてましたけど……」

 

「明石さん、お客さんって、あの人たちです……」

 

「実際に見てみると、意味が分からないですね……」

 

「最初っから見てても、意味が分からないですからね……」

 

 

何をしていいのかわからないふたりに対して、明石が到着したことに気づいた提督が声をかける。

 

 

「……お、待ってたぞ、明石。

お前も協力してくれ。ひとりじゃ時間が足りない」

 

「あ、うん……

……って言っても私、あちらさんの艤装なんてメンテしたことないんだけど」

 

「そんなに艦娘の艤装と変わんないから大丈夫だって。

良いからやってみろよ。最初は俺が指示出すから。

……夕張はそうだな……これからこういう機会があるかもしれないし、俺と一緒にメンテしてみようか」

 

「「 はぁ…… 」」

 

 

どこをどう見たら、艦娘の艤装と深海棲艦の艤装が同じに見えるのだろうか?

そしてこれからもこういった機会があるのだろうか?

提督の頭おかしい発言に、ふたりも生返事をするしかなかった。

 

あぁ……興味津々なお客さんの視線が怖い……

 

 

 

・・・

 

 

1時間後……

 

 

・・・

 

 

 

「意外となんとかなるもんですね」

 

「でしょ?夕張くらい実力があれば、上手くやれると思ってたよ」

 

「鯉住くーん、ちょっとバール取って。

この子の外殻を一回剥がしちゃうから」

 

「おう。ほれ」

 

「ありがとっ」

 

 

何故かそこには、提督に従ってイキイキとメンテを続けるふたりが。

 

日本海軍でも5本の指に入るであろう実力者だけあり、どうやらふたりとも深海棲艦の艤装メンテに適応してしまった模様。

 

提督が提督なら、部下も部下である。

 

 

人手が3倍になったおかげで、とんでもないスピードでメンテを進めることができるようになった。

この調子なら、アンドレ君の様子にもよるが、夜にはメンテを終えることができるだろう。

なんとか「突撃!隣の鎮守府訪問」は、日帰りで済みそうだ。

 

 

そんなことを考えていると、当事者である突撃してきたロングヘアーの彼女が、なにか話しだした。

 

 

「フワァ……なっしん とぅ どぅー(やることないわねぇ)……

チョット きる たいむ(暇つぶし)シテクルワ」

 

「……あ、ちょっと待ってください」

 

「わっつ(何よ)? 時間カカリスギヨ。モウ待チキレナイワ!」

 

「ちょっとだけ待って!

今から案内役をお呼びしますので、もうちょっと座っててください!」

 

「エー?早クシテヨネー。はりーはりー!」

 

「急かさないで下さい……」

 

 

深海勢の実力者って、みんなこんな自由な感じなのだろうか?

 

 

「私トコイツヲ一緒ニシナイデ」

 

 

え?俺今何もしゃべってないよね?

何?このツインテールの子、エスパーなの?

 

 

「顔ヲ見レバワカルヨ、ソノクライ。

コイツハ堪エ性ガナイカラ、サッサト呼ンダ方ガイイヨ」

 

「あっはい……アドバイスありがとうございます……」

 

 

やっぱりエスパーじみてるじゃないか……

初対面なのに顔見たらわかるとか……

 

ま、まぁいいや。

秘書艦ふたりじゃ精神がもたないだろうから、消去法で足柄さんにお願いしよう……

 

 

「えーと、足柄さんの番号は……」

 

 

プルルルル……

 

 

 

・・・

 

 

数分後……

 

 

・・・

 

 

 

「   」

 

「なんかスイマセン……」

 

 

急いで駆けつけてくれた足柄だが、やっぱりこの光景を見て固まってしまった。

そりゃそうだろう。

 

 

「え……この、なんていうか……お客さん?を案内すればいいの……?」

 

「おっしゃる通りです」

 

「……大丈夫なの?これ?

このふたり、全っ然、底が見えないんだけど……」

 

「アークロイヤル、天城コンビと2対2の勝負して、ほぼ互角だったようです……」

 

「NO!言ッテルデショ!?

アレハ ばっど らっく(不運)ダッタダケヨ!

みー達ノ方ガ強イノ!!」

 

「ああ、すいません……」

 

「もちろんそれって、ふたりが深海棲艦だったころの話よね……?

なんでこんなことになってるの……?」

 

「マンタ君のお友達紹介です……」

 

「ちょっとアナタが何言ってるかわからないわ……」

 

 

そんなことを言いつつも、なんだかんだ足柄さんは、ロングヘアーの彼女を鎮守府案内へ連れて行ってくれた。ありがたいことだ。

 

もちろんアークロイヤルと鉢合わせた時の対処法も伝えておいた。

内容は、争いするなら後で俺に通してからにしておいてくれ、ということを伝えて欲しいというもの。

ふたりともその場でおっぱじめるような分別無しではないだろうし……

そうなる以前に、そもそも足柄さんなら、うまくいなしてくれるだろう。

そんな戦闘、起こらないに越したことはない。

 

ちなみにツインテールの彼女は、まだここで見ているということ。

こちらの様子が興味深いみたいで、1時間以上経っているのだが、飽きが来ないらしい。

まぁあれだろう。物珍しいうえに、タッフィー君が気になるのだろう。

 

 

 

・・・

 

 

しばらく経った頃……

 

 

・・・

 

 

 

「あ」

 

「どしたの?鯉住くん」

 

「タッフィー君の喉の奥に、なんか見える」

 

「どれどれ……あ、ホントね」

 

 

メンテを続ける3人だが、ついにタッフィー君の腹痛の原因と思われるものが見つかった。

外側はピカピカになって、歯もきれいにホワイトニングできたので、この異物を取り除いてケアすればメンテ完了だ。

 

 

「しかしこれは……

なかなか手を突っ込むには、勇気がいりますね」

 

「おとなしくしてくれてるとはいえ、ふとした拍子に口を閉じられると……」

 

「私達艦娘でも大破しちゃいそうですね」

 

「うん。俺だったら真っ二つだろうね。

……というわけで、明石の出番だな」

 

「えー」

 

「お前じゃないとできないんだよ。わかってるだろ?

ロボットアーム使ってさ」

 

「そうだけど……気乗りしないなぁ」

 

「そう言わず頑張ってくれ。

タッフィー君もいい子にしてくれてたけど、そろそろ集中力が限界だろうし」

 

「うーん……ま、仕方ないかぁ……えいっ」

 

 

艦艇修理施設(ロボットアーム)を出現させ、明石はタッフィー君の口の奥にアームを伸ばす。

 

そして……

 

 

……スポンッ!

 

 

「……っと!とれたよ!」

 

「ご苦労さん。どれどれ、なにが挟まって……あっ」

 

 

ピー……

 

 

「あー、天城の鳥型艤装……」

 

 

そういえばさっきツインテールの彼女が、戦闘中に天城の艤装を飲み込んだって言ってたな。

しかし戦闘が起こったのって結構前のはず。

まだ生きて(?)たとは驚きだ。

 

 

「お前も災難だったなぁ。

後で手入れしてやるから、そこでおとなしくしててくれ」

 

 

ピー……

 

ずっとお腹のなかに収まっていたせいで、元気がない。

さすがに放置するのはかわいそうなので、あとからメンテしてあげることとする。

ちょっと待っててな。

 

 

「……よし。

それじゃタッフィー君、これで楽になったかな?」

 

 

バウバウッ!!

 

 

元気よく吠えるタッフィー君。随分と調子が良くなったようだ。

 

 

「よさそうだね……それじゃ夕張、ちょっといいかい?」

 

「は、はい」

 

「そこに置いてあるポリビーカーに、燃料を入れてきてくれないか?

ただしそのままじゃなくて、高速修復材を10%希釈にしてくれ」

 

「それは大丈夫ですが……一体どういうつもりで……」

 

「今までお腹の中に異物が入っていたから、体内が荒れていると思ってね。

艤装に対しても、高速修復材、ちょっとは効くだろうし」

 

「のみぐすりってこと?」

 

「まぁそんな感じだな。

というわけで、夕張、頼んだよ」

 

「はいっ」

 

 

夕張は先ほど持ってきた高速修復材の残りをもって、資材集積所まで駆けて行った。

 

そして少しした後、高速修復材入り燃料である『のみぐすり』を持って帰ってきた。

 

 

「はい!どうぞ!

タッフィーちゃん、これを飲んでみて!」

 

 

ゴクゴク……

 

……バウバウッ!!

 

 

「大丈夫そうだね。

効果があるかどうかはわかんないけど、多分大丈夫でしょ」

 

「なんでそう思うの?

こんなことするの初めてなんでしょ?」

 

「なんて言うか……勘だね」

 

「相変わらずキミってば、私達艦娘よりオカルトじみてるよね」

 

「明石お前……言い方……」

 

 

なんだか締まらない感じになってしまったが、無事タッフィー君のメンテを終えることができた。

残りはアンドレ君だが、3人いればなんとかなるだろう。

 

それでは彼のメンテに移る前に、最後の仕上げを。

 

 

「すいません。ちょっといいですか?」

 

「ウーン、オ見事ダッタワネ。

たっふぃー君ガコンナニきらきらシテルノ、初メテ見タヨ」

 

「それならよかったんですが。

えー、ともかくですね、これでメンテは終了になります。

……あとこれをどうぞ」

 

「? ナニコレ?」

 

 

鯉住君は懐からビニールの袋を取り出し、ツインテールの彼女に手渡した。

 

袋には『大玉!飴玉アソートお徳用』と書かれている。

いつも妖精さんに事あるごとに駄菓子をせびられるので、それ用にいつも懐に忍ばせているのだ。

 

 

「今日はタッフィー君、何時間も頑張ってくれましたからね。

我慢できたご褒美に、お菓子でもと思いまして」

 

「鯉住くん……

のみぐすりだして駄菓子あげて、なんか小児科の先生みたいだね」

 

「うるさいな。必要だからやってるだけなの」

 

「ぺろぺろ……ウマッ……!!

ナニコレ美味シスギル。ヤバイ。

人間トハ思エナイ……コンナニ私達ノ事ガ、ヨクワカッテイルナンテ……」

 

 

明石にツッコミを入れた瞬間に、ツインテールの彼女はアメちゃんの袋を開けて舐め始めていた。

その動きには全く躊躇がなかったので、自然過ぎて誰もツッコめなかった模様。

 

 

「ええ……?なんで自分で舐めてるんですか……?

それはタッフィー君のために……」

 

「細カイ事ハ言イッコナシヨ。コンナニアルンダシ、イイジャンカ。

……ソウダ。私達ヲ満足サセテクレタ礼トシテ、ヒトツ願イヲ叶エテアゲマショウ」

 

「……え?いいんですか?」

 

「変ナ事ジャナケレバ」

 

 

アメちゃんをあげたら、なんかご褒美がもらえることになった。

急な展開だったので、あまりうまいお願いが思いつかない。

 

 

「あ、鯉住くんってば、やらしいこと考えてるでしょ。このむっつり」

 

「そ、そうなんですか、師匠!?

そんなに胸が大きいのがいいんですか!?体脂肪率が高くなるだけじゃないですか!」

 

「ナンダカヨクワカンナイケド、コノ緑ノ艦娘、スゴク失礼ナ事言ッテナイ?」

 

「い、いえいえ、なんでもないです!!

そんなことより、お願い決まりました!」

 

「ナンカ隠シテルネ。マァイイケドサ。

……ソレデ何ニスルノ?」

 

 

なんか部下たちがフリーダムな感じになり始めたので、パッと思いついたことをお願いすることにした。

 

この調子のまま彼女の機嫌を損ねたら、キラキラしてるタッフィー君と一緒に暴れだして、工廠が爆発オチに使われかねない。

 

その思いついたお願いとは……

 

 

「これから人間や艦娘と戦いになりそうになったら、一度威嚇というか、警告してやってくれないでしょうか?」

 

 

こんなお願いである。

 

 

「エー……面倒臭イナァ……」

 

「そんなこと言わず……」

 

「ウーン……マ、イイカ。ソンナニ戦ウ機会モナイシ」

 

「ありがとうございます」

 

 

なぜこんなお願いを思いついたのか?

それは、ふと非常にマズいことに気づいてしまったからだ。

 

自然と艤装メンテしてしまったのだが……

敵の艤装をメンテするとか、人類への反逆そのものではないか。

人類全体にケンカを売るとかいうロックなことはしたくないし、する勇気もない。

なのにやってることは、それそのもの。これはとってもよろしくない。

 

……というわけで、お茶を濁すためにも被害軽減となる提案をさせてもらった。

これで不慮の事故はかなり減るはずだ。

元々彼女たちが、人類とどういう関係だったのかはわからないが。

 

 

「ソレジャ、コレカラハ一回警告イレルヨウニスルヨ。

ソレデイイヨネ?」

 

「バッチリです。

……それじゃお手数ですが、ロングヘアーの彼女にも伝えておいてください」

 

「イイヨー」

 

 

こうして無事に、片方ではあるがお客さんの要望を満たすことができた鯉住君なのであった。

 

さぁ、次は隣で正座して待っているマッチョマンの番だ。

お待たせしました。

 

 

 






今回のお客さんプロフィール(米海軍データ参照版)


・戦艦水鬼改

コードネーム:メテオレイン(CN:MeteorRain)

通常の戦艦の倍以上の数の主砲を持つとされる。
放たれる主砲連撃により、隙間なく間断なく際限なく降り注ぐ無数の巨大砲弾は、まるで隕石の雨。

仰角砲撃と水平砲撃を同時に行ってくるうえ、空中で砲弾同士が衝突して炸裂するため、恐ろしい範囲で空間制圧が起こる。近接は不可能。
射程範囲(3km)に入るだけで、轟沈の危険が非常に高まる。

第■次太平洋解放作戦において、米海軍はこの個体に初邂逅。
5基地合同作戦であり、総勢60隻による連合艦隊が組まれた一大作戦だったのだが、たった一体に敗北したことで、その脅威が明らかになった。


危険度:SSS アンタッチャブル(untouchable)





・護衛棲水姫

コードネーム:サンダーバード(CN:ThunderBird)

特殊な艦載機を搭載しており、第2次世界大戦中の噴式戦闘機に似た性質を持つ。
高度な爆撃性能と旋回性を持っているうえ、特質すべき点として、その速度は音速を超える。
マッハで空中から噴式魚雷を放ってくるため、現代兵器のミサイルのような挙動となる。

当然その他の艦載機についても高性能であり、噴式戦闘機の攻撃を切り抜けたとしても、それだけで勝利は困難と言える。

深海棲艦出現初期に、米国のステルス戦闘機であるF-22(マッハ1.8)が太平洋飛行中に撃墜される事件が多発した。
これはこの個体が原因とされている。


危険度:SSS アンタッチャブル(untouchable)



危険度比較

駆逐イ級     E 
軽空母ヌ級    C 
戦艦タ級flagship A
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空母棲姫(通常) S



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第91話

秋雲、着任!提督よろしくねっ!(超スーパー修羅場mode)


新規艦がドロップしたと思ったら、既に大破してました。
こんなん笑いますわ。




タッフィー君のメンテを終え、ツインテールの深海棲艦と協定(戦闘前に警告してほしい)を結ぶこともできた。

 

そして今はというと……

随分とお待たせしてしまったのだが、筋肉モリモリマッチョマンである双頭艤装のアンドレ君のメンテをしている最中である。

 

本当は時短のために、夕張と明石にもフルで活躍してもらいたかったのだが……

流石に年頃の女性にマッチョな肉体をいじくりまわさせるのは気が引ける。

ということで、ふたりには彼の機械部分のメンテをお願いすることにした。

 

 

「師匠師匠」

 

「どしたの? 夕張」

 

「ぜんっぜんこの髪の毛、ほどけないんですけど……」

 

「あー……そうだよねぇ……

すっごい頑丈だから、ケガしないようにだけ気を付けてのんびりやってて」

 

「わかりました」

 

 

夕張には、無残にも引きちぎられた髪の毛をほどいてもらっている。

アンドレ君も絡まったままでは動きづらいようだし、地味だけど重要な仕事だ。

 

 

「ねぇねぇ鯉住くん。

この子の主砲って、大和型と同じ扱いでいいかな?

ちょっと違う気がするんだけど」

 

「そうだなぁ……

なんとなくだけど、米国艦規格っぽいんだよなぁ。

あまり日本海軍には米国艦の艤装ノウハウはないけど、お前なら問題ないだろ」

 

「まーね。米国規格ってわかってれば、なんとかなるし」

 

「だよな。任せるぞ」

 

「オッケー」

 

 

明石には、肉体部分から取り外した機械部分……主砲の数々を任せている。

正直ひとりでどうにかできる量ではないが、明石に関してはその限りではないだろう。

コイツの実力は信頼しているのだ。実力については。他は察してほしい。

 

 

……そして自分は何をしているのかというと……

 

 

「それじゃ診察始めるからねー。

どこか体で不調あるところってあるかな?」

 

 

クイクイ

 

 

「あー、喉からお腹にかけてか。

キミもタッフィー君と同じで、体内に何か収まっているのかも。

他に違和感を感じる部分はあるかい?」

 

 

ペタペタ

 

 

「なるほど。腕とひざの関節部分ね。

それじゃそのあたりも重点的にメンテしようか」

 

 

……なんか医者の診療じみたことをしている。

 

メンテ技師っぽくないが、これはもう仕方ない。

せっかく意思があるのだから、不調を感じる部分を聞き出すのが上策だろう。

 

さっきも明石に小児科医みたいってからかわれたが、艤装も人体も不調を回復するという点において同じなのだから、実はメンテ技師も医者も同じようなものなのかもしれない。

 

 

 

・・・

 

 

数時間後

 

 

・・・

 

 

 

「……はい。これでいいかな。メンテ完了だ」

 

 

自分が担当した部分は、ほぼほぼ肉体部分だったが……

なんとか無事にメンテを終えることができた。

 

明石と夕張も無事に割り当て分を消化できたことだし、これにて完了と言って差し支えないだろう。

 

それにしても……

アンドレ君の口の中から、1mを超える巨大な魚の骨が出てきたのには驚いた。

彼の口内は炎が飛び出るくらい高熱なのだが、まったく焦げていない。

しかもマンガでよく見る形の魚の骨だ。

 

十中八九アークロイヤルの魚キャノンを飲み込んでしまったのだろう。

どこから魚を召喚してるのかも不明だし、魚とは思えない強度だし……

彼女の攻撃は、相変わらず謎がいっぱいである。

 

 

メンテの出来はどうかと思ってアンドレ君の様子を見ると、実にキラキラしている。

随分とカラダが軽くなったのが嬉しいのだろう。腕をグルグルしている。

 

 

「満足してくれたようで何よりだよ。

さて……それじゃアンドレ君にも、もう一度伝えとくね。

これから艦娘や人類と戦いになりそうだったら、一回威嚇なり警告なりしてやってほしい。

出来たら本当は争いなんてしてほしくないんだけどね」

 

「彼ニハソンナ話、必要ナイヨ」

 

「え?そうなんですか?」

 

 

ツインテールの彼女は、アメちゃんを口の中でコロコロしながらメンテを見学していたのだが、釘をさす鯉住君に対して口を挟んできた。

ちなみにタッフィー君はメンテを受けて疲れたのか、横ですやすやと寝ている。

 

 

「あいつハ全然気ニシテナカッタケド……

彼サ、ココニ来ルマデズットぷれっしゃー出シテタモン」

 

「えっ……? そ、そうなんですか?」

 

「ソウダヨ。アマリ戦闘ガ好キジャナイミタイ。

弱イ奴イジメ、シタクナカッタンジャナイ?」

 

「そ、そうなの?」

 

 

コクコク

 

 

アンドレ君はうなづいている。

キミ……まさかの穏健派だったのか……

なんていうか……直情型のご主人とはえらい違いですね……

 

 

 

 

 

 

 

「チョットォ!!

みーノコト すとぅーぴっど(お馬鹿さん)ダトカ思ッテルデショ!?」

 

「ファッッ!?」

 

 

噂をすれば影である。

まさかの本人登場に、喉から心臓が飛び出そうになる鯉住君。

 

 

「彼女がそろそろ戻りたいっていうから、帰ってきたわよ」

 

「あ、足柄さん……そうだったんですか……

急に後ろから声かけられたんで、エライびっくりしましたよ……」

 

「ソンナコトヨリィ!!

絶対アンタ今、みーノコト馬鹿ニシテタデショ!」

 

「そ、そんなことないですよ……

ええと……す、素直なのはいいことだと思います!

貴女みたいに真っすぐ生きてる人は魅力的ですよ!憧れちゃうなぁ!」

 

「ア、ナニ、ソウ? ……ソウヨネ!

ヤッパリしんぷる(素直)ガ一番!ワカッテルジャナイ!」

 

「あ、あはは……」

 

 

えぇ……? この人大丈夫……?

いくら直情型と言っても、ちょろ過ぎない……?

おせっかいかもしれないけど、お兄さん心配です……

 

 

「アナタニ心配サレナクテモ大丈夫ダヨ。

こいつ、コウ見エテモ強イカラ、チョットクライ頭弱クテモ平気」

 

「なんで私の考えがわかるんですか……」

 

「顔ニ出テルモノ」

 

「はぁ……」

 

 

相変わらず顔に出やすい提督と、深海棲艦のくせに人の心の機微に敏感なツインテール。

相性がいいのか悪いのか。

 

 

 

 

 

……それからアンドレ君とロングヘアーの彼女にもアメちゃんを進呈し、ご主人である彼女にも例の約束を取り付けた。

 

いや、取り付けようとしたのだが、彼女はうまく理解できていなかったようで……

「取リアエズ一体沈メレバ、怖クテ全員逃ゲルッテコトネ!!」

とかなんとか言ってたので、やんわり訂正しつつアンドレ君に丸投げすることにした。

当のアンドレ君はドンと胸を叩いて自信満々に引き受けてくれたので、まあ大丈夫だろう。

主従が逆のような気がするが、今さらである。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……ソレジャ世話ニナッタネ」

 

「はい。急なことで驚きましたが、満足してもらえたようで何よりです。

こちらとしても人類側にメリットのある約束ができたので、良かったですよ」

 

「ソノクライナラネ。たっふぃー君ヲ満足サセテクレタカラ。

アナタハ人間ダケド特別ダヨ」

 

「ありがとうございます」

 

「よかったね鯉住くん。

それにしてもキミ……深海棲艦から好かれること多くない?」

 

「明石お前……結構気にしてんだから、ほっといてくれ……」

 

「大丈夫ですよ師匠!

師匠は私達、艦娘からも好かれてますから!」

 

「フォローありがとう、夕張……

なんかちょっと違う気もするけど……」

 

「そうねぇ。提督は人類以外から好かれることが多いのよねぇ」

 

「足柄さん……人類以外って……」

 

 

部下の歯に衣着せぬ意見にモヤモヤしていると、お客さん側から声がかかる。

 

 

「えにうぇいっ(とにかく)!

あんどれ君モ満足シタノダシ、みーモ鎮守府トカイウトコロヲ探検デキタシ!

ゆーノ事ハ特別扱イシテアゲルワ!感謝ナサイ!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「ソウダネ。ソレジャ、私達モウ帰ルカラ」

 

「あ、はい。くれぐれも気を付けてお帰り下さい」

 

「のーぷろぶれむ(問題無いわ)!

みー達ヲ襲ッテクル奴ラガイタラ、ケチョンケチョンニシチャウ!」

 

「いや、そちらの心配でなく……

艦娘に見つかっても、手を出さないであげてくださいね……?」

 

「奇襲ヲ心配シテルノ?

ソノ程度デヤラレルヨウナ軟弱ナばでぃー(肉体)ハシテナイワ!」

 

「……アンドレ君、お願いね」

 

 

コクコク

 

 

「ソレジャ、ばいばい。マタネー」

 

「しー ゆー あげいんっ(また会いましょう)!」

 

 

バウバウッ!

 

ブンブンッ!

 

 

「「「 お気をつけてー 」」」

 

 

元気よく頭や手を振っている艤装たちと共に、お客さんたちは帰って行った。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……ふう。

せっかくの非番だったんだけど、とんだ一日になったな……」

 

「ですね……せっかく師匠とふたりだったのに……」

 

「私は珍しい経験ができたから良かったけどね。

あ、用事が無くても呼んでくれてもいいのよ?

キミの部屋とか行ってみたいな~」

 

「何言ってんだ明石お前……もっと慎みをだな……

……はぁ……まぁいいさ……とにかく疲れた……」

 

 

ここにきてドッと疲れが出た鯉住君は、肩を落としながら椅子に腰かける。

初めての作業に気を張っていたメンテ組ふたりも、提督同様に椅子に腰かける。

 

 

ふぅーっ……

 

 

そして3人仲良く深いため息をつく。

今まではランナーズハイのような高揚感により疲れを感じていなかったのだが、一区切りついたせいか緊張感が途切れたようだ。

 

……そんな3人の様子を見た足柄から、ひとつの指摘が。

 

 

「……そんなことより……よかったの?提督」

 

「……? どうしたんですか?足柄さん。

何か気になることでもあったんですか?」

 

「その様子だと気づいてないわね?」

 

「え?え?」

 

「彼女たち、去り際に『またね』って言ってたわよ?」

 

「「「 ……あ…… 」」」

 

 

さらっと再訪の約束を取り付けられていた。

それに気づき、さらにぐったりする3名なのであった。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

  後日談 出来事の報告

 

 

 

 

 

プルルルル……

 

ピッ

 

 

(はい。こちらラバウル第1基地、秘書艦の高雄です)

 

「もしもし。お久しぶりです。

こちらラバウル第10基地提督、鯉住です」

 

(いかがなさいましたか?)

 

「あのですね……なんと言ったらいいのか……」

 

(……また何かやらかされたのですか……?)

 

「そうだけどそうじゃなくてですね……不可抗力と言いますか……」

 

(中佐……貴方が言い淀むほどなのですから、覚悟はしておきます……

どうぞこちらにお気遣いなく、すべてお話しください……)

 

「なんかスイマセン……あのですね……」

 

 

・・・

 

 

説明中

 

 

・・・

 

 

( …… )

 

「……というわけで……

またウチにあの人たちが来る可能性がある以上、ラバウル基地エリア全域に通達しておいてもらった方がいいかなって……」

 

( …… )

 

「た、高雄さん……?」

 

(……あうあう……)

 

「高雄さん……情報過多になって……」

 

(えと……

お腰につけた飴玉で、犬(カタパルト)と猿(マッチョ)と雉(艦載機)を仲間にして……

鬼(姫含む)を支配することで鬼ヶ島の頭領になったと……そういうことですか……?)

 

「そういうことじゃないです……落ち着いてください……」

 

(相変わらず意味不明すぎて、理解しかねますわ……時間をください……)

 

「本当に申し訳ございません……」

 

 

・・・

 

 

クールダウン

 

 

・・・

 

 

(お騒がせしました……

冷静になりましたので、話を進めさせていただきます……)

 

「はい、よろしくお願いします……」

 

(実はお話に出たふたりとの遭遇報告は上がっていました)

 

「そ、そうなんですか?」

 

(はい。第9基地の鈴木大佐の艦隊が、哨戒任務中に発見したとのことです。

あまりにも実力が違い過ぎると判断したため、接敵前に撤退したと報告を受けています)

 

「それはよかった……

アンドレ君がこっち来るなオーラを出してたおかげだな……」

 

(アンドレ君……戦艦水鬼改の艤装ですね。

艤装に意思があるなど、にわかには信じがたいですが……)

 

「あちらさんからしたら、なんかそういうものみたいです」

 

(はぁ……と、とにかくですね……

そのおふたり、私達が惨敗した天城さんクラスなのですから、接敵イコール艦隊壊滅と見て間違いないでしょう。

その最上位の姫級と停戦協定ともいえる約束を取り付けたのは、歴史的快挙と言ってよいです)

 

「なんだか実感わかないですね……」

 

(中佐は表沙汰にできない功績しか積めないんですか?)

 

「そんなこと言われましても……」

 

(とにかく……

今回の話で開示できる情報は、ラバウル基地エリアの全鎮守府に通達します。

『ラバウル基地エリア全域で非常に強力な姫級が出現する可能性があり、気配でわかるから絶対に近づかないこと』

……このような内容でいいでしょう)

 

「すいません。よろしくお願いします」

 

(はい。また何かありましたら、連絡お願いします。

とはいえ……こちらへの連絡が必要ない内容でしたら、直接大和さんに連絡してくだされば結構です)

 

「そう言われていますが、やっぱりそれは失礼だと思いますので、一応高雄さんにも連絡した方が……」

 

(やめてください)

 

「アッハイ」

 

(では、報告ありがとうございました。それでは失礼します)

 

「はい。失礼します」

 

 

……プツッ

 

 

「……さぁ、次は大和さんだ……」

 

 

 

・・・

 

 

大和に連絡中

 

 

・・・

 

 

 

(中佐は表沙汰にできない功績しか積めないんですか?)

 

「大和さんまで……」

 

(いやだって……おかしいじゃないですか、色々と……)

 

「自覚はしてます……」

 

(大本営としては現在米海軍と繋がりがないので、その2名のデータは無いのですが……欧州の二つ名個体と同レベル、もしくはそれ以上の実力を持つと推定されます。

ハワイ遠征時にその2名と接触する可能性があったことも考えると、今回の龍太さんの行いは非常に重要なものだったといえます)

 

「あー……確かにその可能性はありますね」

 

(当然今回の件は公開できないので、昇進の一手とすることは出来ないですが……)

 

「いえいえ、それはお気になさらず。

というよりむしろ、反逆罪的なものに問われなくてホッとしてます」

 

(そうですね。

大本営は一枚岩ではありませんので、そういった懸念もあります。

どの道、今回の件は公表しないほうがよかったですね)

 

「気を遣っていただいてすいません。

……あ、そうだ。今回の戦利品、送った方がいいですか?」

 

(戦利品……?)

 

「あれです。髪の毛。

今回の証拠品になるかと思いまして」

 

(あー……先ほどお話しいただいた……)

 

「はい。ハサミの刃が欠けるほどの髪の毛です」

 

(にわかには信じられないんですが……)

 

「オーパーツじみてますよね」

 

(うーん……正直持て余す気もしますが……

一応送ってもらえますか?少量でいいので)

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

(はい。こちらこそよろしくお願いします)

 

 

……ピッ

 

 

「ハァ……ホントに疲れた……」

 

 

 




先輩の過去をちょいだし

だいぶぼやかしますが物騒な描写もあるので、気になる人だけ読んでみてください。
知らなくても一切問題ありませんので。


一ノ瀬聡美(29)

非凡な頭脳と端正な顔立ち、そして整ったスタイルを持っていたため、小学校高学年の頃いじめに遭う。

それ自体はあまり気にすることではなかったが、
「教科書を一度見ればわかることを、何度も繰り返し教えられるのが苦痛」
という理由から、不登校に。
周りはいじめが原因で不登校になったと思っており、後ろめたさから彼女とどんどん疎遠になっていった。

その後両親の理解もあり、優秀な家庭教師をつけ、自宅で勉強をすることに。
15歳の頃には、高等教育で習う範囲全般を網羅していた。
この時点で大学入試模試で全国一位程度なら、すんなりとれるようになっていたため、『10年にひとりの天才』と呼ばれたりしていた。

そんな引きこもりっぽい生活のなかで、じいちゃんの趣味だった将棋に没頭し、オンライン大会で何度も優勝するほどの実力を身につける。
認定試験など受けていないため、肩書き的にはあくまでもアマチュアだが、実力はプロに四割くらいで勝てるレベル。

引きこもりなのにアクティブな性格なので、ネットで知り合ったアマチュア棋士たちを集めて、近所の公民館などで非公式大会を開いたりしていた。
彼女のファンはこの頃から、ひっそりと、そしてかなりの勢いで増えていった。

いつからか彼女には妖精さんが見えるようになり、言葉は通じないものの、自由な性格にシンパシーを感じたのか意気投合。仲良くなることになった。

ある時、妖精さんたちに大会の会場作りを手伝ってもらっていたところ、偶然大会に参加していた鼎大将の目に留まり、スカウトを受ける。

話自体も鼎大将の人柄もなんか面白そうだったので、申し出を快諾。
半年間の研修の後、提督として赴任することになった。



加二倉剛志(35)

箱根にある山合の里に生を受け、同年代の者と共に、一般教育とは別に特殊訓練を受けながら育つ。
中でも情報統括能力と総合身体能力については他の追随を許さず、『100年にひとりの逸材』と呼ばれるほどであった。

その教育を終えた後は、シークレットサービス的な組織に加入。
強者曲者揃いの組織の中でも頭みっつほど上の実力を発揮し、いつしか組織内で三本の指に入るほどになっていた。

そんな中、深海棲艦出現に合わせて、筆頭支援者である鰐淵鯨太郎の総理就任を、組織一丸となってサポートすることに決定。陣頭指揮をとり、これを見事にこなす。

その後は組織名を『憲兵隊』と変え、防諜部隊(通称・風魔衆)のトップとして活躍。
部署内で開催した「第一回・首都圏他国諜報員狩猟大会」では、ダントツのトップである23名を討ち取り、その実力を内外ともに知らしめた。

国内サーバーへの不正アクセスなどのサイバー攻撃へのカウンターアタックを主に担当していたのだが、待つのは性分に合わず、日々の仕事に不満が溜まっていった。
そんな折、鰐淵首相からの紹介で知り合いとなっていた鼎大将に本心を打ち明け、提督となることを決意。
半年間の研修の後、提督として赴任することになった。



三鷹優佑(33)

同一の祖先をもつ秘密のコミュニティが日本にはあり、そこの一員として育てられる。
その影響で一般的現代人とはかなり違う価値観をもつことになる。

中学生の夏休みの自由研究で、日本人全員を敵にまわすようなものを提出しようとし、両親に止められる。
そのような作品を作ることになった理由は、人類の裏の歴史を学ぶなかで、
「人類は強い集団が弱い集団を皆殺しにするか、無能にして支配するかしかしない」
という結論に達し、人類を生物として特別視しなくなったため。

その作品は中二病全開といった内容だったのだが、見る者が見れば実現可能な恐ろしいプランだとわかるものであり、彼の非凡さと独自の世界観が周囲に知れ渡ることとなった。
その事から『鷹が鵺を生んだ』『1000年にひとりの怪物』など、好き勝手言われる。

そんな周りの懸念とは裏腹に、大学卒業まで一般的な学生生活を送り、妖精さんが見えるという理由から海軍の提督養成学校へ入学。
しかし学校の方針が肌に合わず、1年と経たずに退学。
その際食堂に偶然居合わせた鼎大将にスカウトされ、抜粋メンバーとして提督の道を志すことに。
半年間の研修の後、提督として赴任することになった。


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第92話

ガチ年末しかもイベント開催時期というタイミングで、まったく関係ない話を投稿していくスタイル。




 

本日は天気も良く、風があり、外出日和。

とはいえ海域解放の予定はなく、予定は近海哨戒任務のみ。

そんな感じなので、いつも以上に緩い雰囲気が流れている。

 

普段は出撃してばかりの天龍も、流石に予定が無くては出撃できない。

というわけで彼女は今、艦娘寮(旅館)の自室で龍田と一緒にダラダラしているところだ。

 

 

「あー……すっげぇ暇……

なぁ龍田、やることないか?」

 

「ないわぁ。

たまにはゴロゴロするのもいいんじゃない?」

 

「そりゃそうなんだけどよ。

なんつーか……落ち着かねぇんだよなぁ……」

 

「研修中は平和な日々なんて、夢でしか見られなかったもんね~」

 

「あんまし思い出したくねぇから、研修の話はしないでくれぇ……」

 

「うふふ~」

 

 

露骨にテンションが下がる天龍を見て、クスクス笑っている龍田。

 

地獄の鬼よりも怖い、地獄の姫級による熱血指導は、彼女の心に大きな爪痕を残していったらしい。

妹の龍田も同様のはずだが天龍よりも芯が強いのか、姉をいじれるくらいには割り切れているようだ。

 

 

「なんかして暇つぶしできねぇかなぁ?

カラダ動かすとかしてよ」

 

「それじゃプールにでも行く~?

あそこなら存分にカラダ動かせるよ~」

 

 

提督が暴走して造ってしまったプールは、実は艦娘たちに好評なのだ。

流れるプールとなっているので、北上や子日なんかはよく流されて楽しんでいる。

 

それは天龍龍田にしても同じなのだが、天龍に関しては楽しみ方がちょっと違ったりする。

彼女はよく流量をMAXにして、ガチンコの競泳にいそしんでいるのだ。

 

その様子はまさに水泳版ルームランナー。

リゾート地の優雅なプールっぽい見た目に反して、やりようによってはトレーニングも出来ちゃうのだ。

 

 

「んー……それもいいけど、あんまし気乗りしねぇなぁ。

水泳って気分じゃなくて、どっちかってぇと陸の上でなんかしたいっつーか」

 

「う~ん……思いつかないなぁ。

私はゴロゴロできればそれでいいよ~」

 

「龍田はしっかりしてるように見えて、結構ものぐさだもんなぁ」

 

「やることはやってるから、それでいいの~」

 

 

特に何か解決するわけでもない会話をしつつ、畳に寝転がりゴロゴロするふたり。

 

ちなみに今のふたりは提督指定の芋ジャージを着用している。

提督はあれから少しでも自身の悩みを解決するため、全員分の芋ジャージを発注して配布することにしたのだ。

これを着て鎮守府内を歩き回ってくれる可能性が少しでもあるなら……という切実な願いがこもっている。

 

しかし結局は普段着として着てくれる部下は誰もおらず、提督の願いが果たされることはなかった。その理由はさまざまであるが。

その代わり、動きやすくリラックスできて手入れも簡単なジャージは、部屋着としてはとっても優秀なので、みんなパジャマ代わりに身につけている。

 

予想外な部分で福利厚生が充実してしまった形。

相変わらず彼の行動は、自分以外を幸せにしていくようだ。

 

 

「……何すっかなぁ……暇だなぁ……」

 

「も~。しょうがないなぁ……」

 

 

研修中の忙しさが身に沁みてしまったので、少しの自由時間でも耐えがたくなってしまったようだ。

忙殺という言葉がぴったりの生活だったので、仕方ないともいえるが。

 

そんな感じで暇を持て余していたところ、ノックの音がした。

 

 

 

トントントンッ

 

 

 

「……ん? 誰だ?」

 

「お客さん? ……は~い。誰かしらぁ」

 

(俺だよ。非番なのにすまないね)

 

「んあ……?提督?今日なんかあったか?」

 

「何もないはずだよ~? 何か御用かしらぁ?提督~」

 

(ちょっと天龍に話があってね。

もし暇してるんだったら、部屋に入れてほしいんだけど)

 

「おっ!暇してたしちょうどいいじゃねぇか!

いいぜ!入ってこ……モガッ!」

 

 

提督を部屋に招こうとした天龍だったが、龍田によって口をふさがれてしまった。

 

 

「乙女の部屋にいきなりやってきて、すぐに入れると思ってるのかしら~?

ちょっと待ってなさ~い」

 

(お、おう……そりゃ当然だよな。

部屋の前に居るから、準備ができたら声かけてくれ)

 

「おっけ~」

 

 

 

 

 

「なにすんだよ龍田。

別に見られて困るもんがあるワケじゃねぇし、すぐに入ってもらえばよかったじゃねぇか」

 

「見られたら困るでしょ~? 私達の服装」

 

「あん?なんかマズいのか?」

 

「女の子が殿方にジャージ姿なんて見せちゃダメよ~。

さ、いつもの制服に着替えましょ~。ふんふ~ん♪」

 

「別に非番なんだから、ジャージ着ててもいいじゃねぇか……」

 

 

ゴキゲンな様子でてきぱきと着替えていく龍田に、渋々といった様子でもぞもぞ着替えていく天龍。

提督的にはジャージの方が嬉しいのだが、部下のみんながそこを加味してくれることはなさそうである。

 

 

 

・・・

 

 

 

暫くした後、提督は無事に部屋に招かれることとなった。

その時に「非番だから制服じゃなくていいのに……」と漏らしたところ、龍田から「そういうワケにはいかないでしょ~」と窘められる一幕があったりした。

 

 

「んで、俺に用ってなんなんだよ?

ちょうど暇してたからいいんだけどよ」

 

「そりゃよかった。

実は天龍にしか頼めないことがあってな」

 

「俺にしか? 見当つかねぇな」

 

 

頭にクエスチョンマークを浮かべながら、首をひねる天龍。

提督直々の頼みで、しかも自分にしかできないこと……さっぱりわからない。

 

そんな姿を見た提督。

そりゃそうだろうという感じで本題を切り出す。

 

 

 

 

 

「あのな天龍……昆虫って大丈夫か?」

 

 

 

 

 

「……んん???」

 

「カブト虫とかバッタとか」

 

「いやそりゃわかるけどよ」

 

「カブト虫獲りに行かない?」

 

「んんん???」

 

 

提督はなんかおかしなこと言いだした。

よっぽど意味が分からない。

これには天龍だけでなく、龍田も首をかしげる。

 

 

「提督ってカブト虫も好きだったの~?

お魚だけじゃなかったのねぇ」

 

「いやいや、そういうワケじゃなくてね」

 

「じゃあどういうワケだよ?」

 

「水族館にさ、植物園があるじゃない?」

 

「……いや知らねぇけど」

 

「あ、あれ?」

 

 

予想と違う反応に肩透かしを食らう提督。

 

 

「当然みたく言ってるけどぉ。

植物園ができてたことなんて、私達聞いてないわぁ」

 

「あー……そっかぁ……

色々忙しかったから、言ったつもりになってたのかぁ……

妖精さん達とアークロイヤルがハッスルして、植物園造っちゃったんだよ。

『魚類の生育には周辺環境を整えるのが不可欠!だから陸上の植生こそ要となるはずよ!』とか言ってた」

 

「養分たっぷりの海をつくるのために植樹するみたいなこと~?

あの人は相変わらずだなぁ……」

 

「まぁそれはそれとして、なんでカブト虫なんだよ?」

 

「いやね、せっかく植生環境整えるんなら、昆虫も導入したいと思ってさ。

あとはそうだね……ホラ、天龍ならわかるでしょ?男の子のロマン。

でっかい箱で生き物飼いたいって」

 

「なんで俺が男の子のロマンを理解できてる前提なんだよ……

俺だって一応女だからな?」

 

「それはそうだけど、なんだかいける気がして。

なんとなくわかんない?男の子の夢」

 

「まぁわかるけどよ」

 

「やっぱり」

 

「私にはわかんないわ~。

私はお部屋でゴロゴロしてるから、ふたりでいってらっしゃ~い」

 

 

 

・・・

 

 

 

龍田は部屋に残し、提督御用達のバンに乗り込むふたり。

 

あの制服で昆虫採集のために森に入るのは流石に厳しい。

ということで、提督指定の芋ジャージに着替えてもらった。

 

天龍は「何度も着替えることになるなら、最初っからそのままでよかったのによ」なんてボヤいていたが、入室前のやり取りを知らない鯉住君には何がなにやらである。

ちなみにトレードマークである頭の電探と眼帯を外しているため、イロモノ感が抜け、相当なカッコいい系美人となっている。芋ジャージではあるが。

 

 

ブロロロ……

 

 

「なんか提督とふたりで出かけるのって、初めてじゃねぇか?」

 

「そう言われるとそうだね。

天龍はいつも出撃してくれてるから、なかなか一緒に居られないんだよな」

 

「まーな。

俺としてはそれで満足だからいいんだけどよ」

 

「たくさん出撃するのは天龍の悲願だったからなぁ」

 

「出撃の時にはそれを汲んで、毎度俺に声をかけてくれるんだもんな。

ありがたい話だぜ」

 

「約束したからね」

 

「その約束したのいつの話だってことだよ。

未だにそんな昔の約束、律儀に守ってくれてるんだからな」

 

「まま、そんなに気にしないで。

戦力としても頼りにさせてもらってるし」

 

「へへっ。そうかそうか。……こっちこそ頼りにしてるぜ。

俺や龍田ができないところはカバーしてくれよな」

 

「もちろん」

 

 

他愛ない話をしながら車を走らせる。

普段なかなか一緒に居ることはないので、こういった些細な話でも新鮮なのだ。

とても朗らかな空気が流れている。

 

カブト虫獲りに行ってるとは思えない。

 

 

 

・・・

 

 

 

鎮守府から約15分。近場の森までやってきたふたり。

ふたりの手には虫かごと虫網が握られている。

 

 

「うし。それじゃ捕獲していこう。

目標はひとり10匹。それだけいれば繁殖も狙えるんじゃないかな?」

 

「わかった。

……しかしあれだ。カブト虫ったって、日本にいる奴とは違うだろ?

どんなタイプを捕まえてきたらいいんだ?」

 

「そうだねえ。

正直どんな種類が生息してるかも知らないし、片っ端でいいかな。

とりあえず捕まえすぎてもあれだから、試しに1時間探してみて成果確認しよう」

 

「提督は魚には詳しいのに、虫にはあまり詳しくねえんだな」

 

「好きじゃないわけではないけど、そこまでじゃないから」

 

「ふぅん。まぁいいや。

……それじゃ探してみるかー」

 

「それじゃ集合場所はこの車のところで」

 

「了解だぜ」

 

 

 

・・・

 

 

1時間後

 

 

・・・

 

 

 

「……捕れたねぇ」

 

「……捕れたなぁ」

 

 

合流するふたりの手には、ギッチギチにカブト虫が詰まった虫かごが。

 

見る人が見れば失神するような光景だが、ふたりにとっては大戦果そのものである。

心なしかふたりともキラキラしてるのが、その証拠だろう。

 

 

「カブト虫だけじゃなくて、クワガタまでいっぱいだね」

 

「おう。提督の指示はカブト虫の捕獲だったんだけど……

なんつーか、見かけたら捕まえたくなっちまって……」

 

「わかる、わかるぞ天龍……

かくいう俺もたくさん捕まえちゃったから。クワガタ」

 

 

ふたりの会話通り、虫かごの中にはカブト虫だけではなくクワガタも。

もっというとカッコいいこがね虫も入っていたりする。

 

ざっと見ても合わせて100匹はいるのでは?

大きめの虫かごを持ってきたのだが、これでは狭すぎる。

 

 

「自分で捕まえといてこんなこと言うのもなんだけどよ……

これ、どーすんだ?」

 

「水族館のドーム部分が植物園になっててさ。

そこは広いから、これだけいても問題ないだろう。持って帰ろうか。

しかしあれだ……このまま持ち帰ろうとすると、狭すぎて半分くらい死んじゃいそうだな……」

 

「だよなぁ。そんなことになるくらいなら逃がしちまうか?

せっかく捕まえたから名残惜しいけどよ……」

 

「いや。俺も逃がしたくない。

というワケで……お前ら、頼んだぞ」

 

 

(まかせろー!)

 

(ろまんのために、ひとはだぬぎます!)

 

(どでかいの、つくっちゃいますよー!)

 

 

ここで登場したのは、提督にいつもくっついている妖精さんたちである。

 

彼女(?)たちも男の子のロマンがわかっているらしく、でっかい虫かごづくりに協力してくれるようだ。

 

 

((( うおおー! )))

 

 

やる気に満ち溢れて、すごい勢いで虫かご(特大)を作り出していく妖精さんたち。

すごく楽しそうである。キラキラしている。

 

 

「……相変わらず魔法みてぇだな」

 

「もう見慣れちゃったから、いつものって感じだなぁ」

 

「提督はもう立派な逸般人だよな」

 

「今のニュアンス、絶対一般人じゃないでしょ?」

 

 

妖精さんたちの高速作業を見ながら雑談するふたりだったが、それもすぐに終わった。

仕事が3分ほどで完了してしまったからだ。

 

目の前には完成した虫かご。

その大きさは1m立方ほどもあり、カブト虫数百匹は収まりそうだ。

ちなみにステンレス製ケージであり、底の方は土が入れられるように皿状になっている。

 

 

「よし。それじゃカブト虫たちをこっちに移そう。

あ、バンの中に妖精さん印の虫かごを移してからね」

 

「おう」

 

「それで虫かごを移した後は、適当な落ち葉や朽ち木を持ってこよう。

まっさらな空間じゃ、カブト虫たちのストレスがたまっちゃうからね」

 

「バッチリ任せとけ。

……んで、提督はどうすんだ?一緒に木とか拾いに行くか?」

 

「いや、俺は俺でまだやることがあってね。

天龍も知ってるだろ?ミミズコンポスト」

 

「ああ。あれってもう稼働してるんだろ?」

 

「いや、実は肝心のミミズがいなくてね。

それを探すのも、ここに来たもうひとつの目的ってわけ。

テキトーなミミズじゃなくて、コンポストに向いたミミズってのが居るから、それを見極めないと」

 

「あー、そしたらあれか。提督は今からミミズ探しに行くってことか。

俺が木とか集めてる間に」

 

「そういうこと。それじゃ雑用っぽくて申し訳ないけど、任せたよ」

 

「そんなことねぇさ。任された」

 

 

 

・・・

 

 

30分後

 

 

・・・

 

 

「終わったかい?

……おお、見事なもんだ。うまいこと朽ち木も落ち葉も収まってるな。

カブト虫たちもずいぶん落ち着いたように見える」

 

「へへ。この天龍様にかかればこんなもんよ。

それでそっちは終わったのか?ミミズ探し」

 

「終わったよ。ほら」

 

 

提督の手には、土がもっさり入ったバケツが。

よく見るとミミズがちらほら顔を出している。随分とってきたのだろう。

 

 

「おー。提督の方こそ見事なもんだ」

 

「お褒めの言葉どうも。

それじゃ、目的達成ってことでそろそろ帰ろうか。

なにかやり残したことはあるかい?」

 

「いや。大丈夫だ。帰ろうぜ」

 

「そっか」

 

 

 

・・・

 

 

 

ブロロロ……

 

 

「なぁ提督」

 

「? どしたの?天龍」

 

「今日は楽しかったぜ。ありがとな。

出撃も当然いいけど、こういうのもいいもんだな」

 

「そう感じてくれたなら嬉しいよ。

せっかくキミたちはさ、艦体じゃなくて人と同じカラダになったんだ。

戦うこと以外の楽しみも知ってもらえるのは何よりだよ」

 

「どうにも俺は戦うことばっかりで、他に目が行ってなかったみたいだ」

 

「兵士としてはそれで正解かもしれないけど、そうなってほしくないからね」

 

「……そっか。それじゃあよ……また俺をどっかに誘ってくれよ。

まだ知らない楽しい事、たくさんあるだろうし」

 

「もちろん」

 

「へへっ。頼りにしてるぜ。旦那様」

 

「ちょ……そういうこと言うのやめて……」

 

 

ちょっとだけいいムードの車内。

普段のふたりだったらそうはならないところだが、イイ感じに気が抜けているおかげで本心が出ているのだろう。

 

天龍が芋ジャージ、後部座席には大量のカブト虫という、ムードもへったくれもないシチュエーションなので、提督が変に緊張してないおかげである。

 

提督といい雰囲気になるためには、ムードが最悪でないといけないのだ。

なかなか矛盾した話である。高難度ミッションなのだ。

 

 

 

……この後ふたりは鎮守府まで戻り、植物園にカブト虫たちを放した。

 

これには水族館のスタッフ妖精さんたちも大喜び。

さっそくロデオのようにカブト虫にまたがり、騎馬戦に興じていた。

彼女たちはどうやってか知らないが、カブト虫を手懐けることに成功した模様である。

 

そしてその後ふたりは、農場に設置してあったミミズコンポスト容器まで向かった。

そこに持ってきた落ち葉に朽ち木、そして肝心のミミズを投入し、満を持してコンポストを稼働開始とした。

 

天龍は終始楽しそうで、誘ってよかったと提督はしみじみ思うのであった。

 

 




みんなが芋ジャージ着てくれない理由


叢雲・古鷹・龍田・大井・夕張・秋津洲・足柄・アークロイヤル……ファッション的な視点から

天龍・北上……姉妹にダメって言われたから

初春・子日……普段の服装の方が楽だから

明石……ツナギの方が気慣れてるから

天城……そもそも服を着たくないから


ちなみにスパッツ履いてくれてるのは、北上と大井だけです。
北上様は腹巻きをしていることもあります。
大井には止められてるようですが。


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第93話

年末投稿ラッシュ第2弾。
今回はラバウル第10基地の内政状況についてなので、けっこう小難しいです。
ふーん、とか思いながら見てみてください。もしくは飛ばしてください。

ゲームとは収支が違うところもあるので、雰囲気で見ていただけると助かります。


 

 

カリカリ……

 

 

「……提督、こちらにサインお願いします」

 

「あぁ。わかった」

 

 

カリカリ……

 

 

「古鷹、この書類お願いしていいかな?

俺がやってるといつまでも終わりそうにない」

 

「見せてください。

ええと……『1か月の鎮守府運営動向』……これですか。

毎月恒例の書類ですが、確かに厄介ですね。私に任せてください」

 

「ありがとう。俺は他の仕事進めるから」

 

「はい」

 

 

鎮守府では普段から仕事が多いわけではないが、月末は別だ。

ひと月のまとめのような書類をいくつか提出する必要があり、それの作成には結構な時間がかかる。

 

実はこれはデータ整理以上の意味がある仕事であり、この仕事を通して得られる重要なものがある。

その得られるものとは……「ひと月を通しての鎮守府の動きの再確認」。

 

毎日の仕事をしているだけでは、細かい部分は見えても大きな動きは見えてこない。

それは資材管理にしても、遠征任務による民間貢献の度合いにしても、出撃による海域維持のペースにしても、そうなのである。

 

つまりこの月末のまとめをすることにより、そういった鎮守府の流れといったものが再確認できるのだ。

木を見るだけでなく、森を見ろ。そういったところなのだろう。

 

 

 

実際この仕事をまとめた月別グラフをみると、各鎮守府の特色がよくわかる。

わかりやすい例を出すと、こんな感じ。

 

 

 

・・・

 

 

 

消費資材……艦娘の行動に伴う資材消費量。

民間護衛任務……民間との繋がりともなる護衛任務回数。

海域出撃……海域解放はもちろん、哨戒、資材獲得も含む出撃回数。

 

 

 

一般的な鎮守府である、ラバウル第9基地(鈴木大佐直轄)

 

消費資材・並  民間護衛任務・並  海域出撃・並

 

 

 

大規模鎮守府である、呉第1鎮守府(鼎大将直轄)

 

消費資材・高  民間護衛任務・極高 海域出撃・低

 

 

 

海域解放に重点を置いている、リンガ第6泊地(伊佐木中佐直轄)

 

消費資材・極高 民間護衛任務・極低 海域出撃・極高

 

 

 

小規模鎮守府である、トラック第4泊地(支倉少佐直轄)

 

消費資材・低  民間護衛任務・極低 海域出撃・並

 

 

 

EX1 トラック第5泊地(三鷹少佐直轄)

 

消費資材・極低 民間護衛任務・無  海域出撃・並

 

(三鷹グループの商船護衛のみのため、民間依頼引き受けは無し)

 

 

 

EX2 佐世保第4鎮守府(加二倉中佐直轄)

 

消費資材・極高 民間護衛任務・無  海域出撃・無

 

(消費資材はすべて鎮守府内演習によるもの。そして鮎飛大将の意向により、民間から隔離中。さらに報告上は出撃無し。艦娘の自主的な『散歩』は除いているため)

 

 

 

※横須賀第3鎮守府(一ノ瀬中佐直轄)は、データ上は普通の運営をしています。データ上は。

 

 

 

・・・

 

 

 

……とまぁ、このような感じで、データを見れば鎮守府の運営方針が見えてくるというものだ。

 

それで鯉住君率いるラバウル第10基地のデータはというと……

 

 

 

消費資材・並 民間護衛任務・高 海域出撃・高

 

 

 

このような感じ。

 

準水雷戦隊が主戦力のため、燃費は非常に良好。

鯉住君の意向もあるが、人里がある程度近隣にあるため、護衛任務は多め。

海域解放を進めているため、出撃は多い。

 

鎮守府の動きが、データを見れば見事にわかるようになっている。

データは嘘を吐かないのだ。

 

 

 

ちなみにこの月1報告をまとめたデータは、他所の鎮守府のものでも、大本営に依頼すればFAXで送ってもらえることになっている。

自分の鎮守府と似た状況の鎮守府がどのような運営をしているか。

それを参考にできるようにである。

 

もちろん重要なデータなので、オンライン上では閲覧不可となっている。

面倒くさい気もするが、防諜上致し方無し。

 

 

 

そんなこんななのだが、データをまとめていると、こんな事実がわかってくる。

 

ラバウル第10基地では民間からの護衛報酬が多く、消費資材は少ない。

所属艦娘は少なく、運営費用は高くない。

そして資材獲得のための遠征もそこそこにこなしており、製鉄所によるパーツ生産による資材純利益がある。

 

 

 

 

 

「……提督。報告書類、完成しました。どうぞ」

 

「ありがとう古鷹。どれどれ……?」

 

 

かなり速いペースで、古鷹は見事な書類をこしらえてくれた。

ちゃんと表計算ソフトに計算式まで入れたデータ管理をしているため、時短が効くのだ。

 

ちなみにレイアウトも高クオリティ。

円グラフ、棒グラフを駆使し、最低限ではあるがカラフルであり、視覚的にもよくわかるように配慮されている。

 

叢雲も古鷹も研修で高い事務能力を身につけたため、この程度なら朝飯前。

本人たちがマメな性格なのも、いい方向に働いているようだ。

 

 

……そしてそれに目を通す鯉住君。

 

余談だが、彼は事務仕事は苦手だが、情報の読み取りについてはかなり能力が高かったりする。

読書家なのが関係しているのだろう。

 

 

「あー……凄いねコレ」

 

「はい。嬉しいことですが、ここまで来ると逆に不安になりますよね……」

 

「そうだねぇ……何か使い道って思いつく?」

 

「いえ……正直言って今の生活で満足ですし……

お給金もこれ以上欲しいとは思いませんし……」

 

「うん。俺もそうなの」

 

 

そう。今のラバウル第10基地は、とんでもない黒字なのである。

 

元々鯉住君と秘書艦ズは全員貧乏性なので、各種出撃にかかる資材は、資材獲得遠征で賄える分までしか使っていなかった。

そして開発も建造も……というか、それらまとめて建造炉稼働についても、ほとんど行っていない。

鎮守府立ち上げ初期に貰った、ラバウル第1基地からのおさがりで十分やっていけているからだ。

バグった実力のメンテ班により、艤装性能がガン上げされるのが、初期装備級の艤装だけでもやっていけてる理由である。

 

 

 

その結果どうなっているかというと……

 

なんとなんと、今この鎮守府の資材量は、燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト……そのすべてが100,000を超えているのである。

 

 

 

燃費が悪い天城やアークロイヤルを含めて出撃をしたとしても、一度の出撃で減る資材量は、多くても各種1000ほど。

そして資材獲得遠征で1度に獲得できる資材量は、各種平均して1200ほど。

 

哨戒任務も含めると黒字とはいかないが、圧倒的にローコスト。

海域解放出撃を行わない日もあるため、黒字になる日も少なくない。

 

ついでに言えば、妖精さん印の製鉄所による他の鎮守府からの資材利益もあるため……全体を見れば圧倒的黒字なのだ。

 

そのため、大本営からの資材支援はとうの昔に打ち切られている。

これだけ資材がうなりを上げているなら、それも当然だが。

 

 

 

 

 

「資材についてもだけど、運営資金もスゴイよねぇ……」

 

「はい……正直実感がわかないといいますか……」

 

 

資材とは別の項目に、運営資金がある。

鎮守府の備品購入や設備増設、そして艦娘のお給金がここから出るのだ。

 

運営資金はお金なので、資材から出すというワケにはいかない。

そのため、所属艦娘人数や提督の階級によって、大本営から毎月お金が振り込まれてくるのだ。

 

しかし振込は最低限であり、提督のお給金については保証されているものの、艦娘のお給金については成果報酬制となっている。

 

 

艦娘のお給金を具体的にすると……

 

基本給(月3万円)+成果報酬(提督裁量による)

 

こんな感じである。

 

 

お給金が月3万というのはブラック過ぎる気もするが……

全寮制、食費なしなので、全額自由に使えることを考えると、そういうワケでもない。

 

それに鎮守府運営が上手ければ、民間からの護衛任務報酬(半分は大本営利益となるが)を貯めることで、成果報酬を期待することもできる。

 

ちなみに任務数と艦娘数のバランスの関係で、所属艦娘数が多い鎮守府ほど大本営からの振り込みが多いのだが、そこはあまり深掘りしないこととする。

 

 

 

そんな仕組みなので、ラバウル第10基地にも毎月お金が振り込まれてくる。

 

前述の通り、その中には設備運営費も含まれているのだが、ここでは妖精さんが自発的に設備修繕をしてくれるため、それが丸々うく。

 

実は普通の鎮守府では妖精さんは割かしビジネスライクなので、協力的な動きは特定の鎮守府でしかしていない。当然鯉住君は気づいていないが。

だから彼は「なんでこんなに設備修繕費用が多いんだろ?」とか思ってたりする。

 

 

ここラバウル第10基地では、提督の方針で護衛任務を多く受けていること、所属艦娘数が多くないことから、運営資金についてもかなりの黒字である。

 

だからこの鎮守府では、所属艦娘のお給金は月6万ほどとなっている。

全額好きな買い物に使えることを考えると、かなり多い方だと言えるだろう。

古鷹が「お給金に満足してる」と言ってたのは、それが理由である。

 

鯉住君の運営は艦娘に非常に好評なため、お金を使わずとも満足できているということもある。おかげで買い物せずともストレスがたまらない。

そもそも欲しいものを提督に申請すれば大体買ってくれることもあり、お金を使うことがないのだ。

 

 

 

……こんな状態なので、溜め過ぎた資材と資金を持て余している。

多くの人が羨ましがる状況になっているとも言える。

 

 

 

「このまま溜め続けてもなぁ……どうにかして放出しよう。

とはいえ、有意義なことに使わないと意味がないし、一考の余地ありってとこかな」

 

「そうですね。なかなか思いつかない気がしますが……」

 

「一通り執務が終わったら軽く考えてみようか。

ホントは叢雲もいるといいんだろうけど、今日は彼女には海域解放に向かってもらってるし」

 

「わかりました。それじゃ早く終わらせてしまいましょう」

 

「よし。頑張るか……」

 

 

 

・・・

 

 

3時間後……

 

 

・・・

 

 

 

「……あー、疲れたー……」

 

「提督、お疲れ様でした」

 

「いつまで経っても慣れないもんだねぇ。

いい加減こういう書類仕事にも慣れそうなものなんだけど」

 

「提督は割り切るのが得意じゃないですもんね。

もっと即断即決を意識すれば、早く仕事できるようになりますよ?」

 

「そうなんだけど、自分の決定をみんながどう感じるか考えてるとね……

なかなか進まなくてさ……」

 

「ふふ。提督はそれでいいと思いますよ。

私や叢雲さんではそこまで考えが及びませんし」

 

「そう言ってくれると気が楽だよ……ふう……

……さて、愚痴っててもしょうがない。

余剰資材と余剰資金の使い道、考えようか」

 

「そうですね。それではまず状況をまとめましょう」

 

 

・・・

 

 

ラバウル第10基地・財政状況

 

 

・備蓄資材

 

燃料  約10万

弾薬  約11万

鋼材  約12万

ボーキ 約11万

 

 

 

・資材バランスシート(/月)

 

遠征獲得資材    + 32000

艤装部品売却収入  + 25000

大本営支給資材   ±     0

 

出撃必要資材    - 14000

入渠・艤装修理資材 -  2000

艤装部品製造出費  - 20000

 

―――――――――――――――――

平均資材収支    + 21000

 

 

 

 

・備蓄資金

 

約1000万円

 

 

・資金バランスシート(/月)

 

大本営資金分配     +  300万円

平均護衛任務報酬    +  200万円

 

提督基本給       -  100万円

階級手当(中佐)    -   30万円

艦娘給金(14体)   -   42万円

艦娘給金(提督裁量分) -   42万円

施設運営費(生活費含む)-   85万円

施設修繕費       ±    0万円

 

―――――――――――――――――――――

平均資金収支      + 約200万円

 

 

・・・

 

 

 

「黒字も黒字なんだよねぇ……」

 

「約半年でこれですからね……」

 

 

黒字経営なのは歓迎なのだが、これはちょっと行き過ぎている。

そもそもそこまで黒字にならないための、資材支給打ち切りと、護衛報酬50%上納なのだ。

本来は鎮守府運営に必要最低限な資材、資金しか残らないようになるように、仕組みが組まれているはずである。

 

 

「それじゃ資材とお金の使い道、考えてみようか」

 

「わかりました」

 

 

・・・

 

 

5分後

 

 

・・・

 

 

「どうしよう……何も思い浮かばない……」

 

「私もです……お金ってどうやったら減るんですか……?」

 

 

貧乏性なふたりだけあり、有効的に資金を使う方には頭が回らない模様。

無理のない節約術ならいくらでも思い浮かぶというのに。

 

 

「うーん……どうも俺たちだけじゃだめだね。

これはもうみんなに意見調査してみるしかないか」

 

「そうですね。それがよさそうです。

それでは掲示板にアンケートを張り出しましょう!」

 

 

・・・

 

 

数日後・余剰備蓄使用方法アンケート集計

 

 

・・・

 

 

あれから数日たって、アンケートの結果も出そろった。

それを踏まえて、ラバウル第10基地首脳陣で備蓄の放出方法を考える運びとなったのだ。

 

 

「まったく……

私がいないってのに、慣れないことするからこんなことになるのよ」

 

「「 申し訳ないです…… 」」

 

「古鷹はいいのよ。アンタはもっと組織のトップらしくなさい」

 

「面目ねぇ……」

 

 

いつも通り叢雲の尻に敷かれつつ、アンケート結果を確認する3名。

結果としてはこんな感じ。

 

 

・・・

 

 

叢雲……艤装パーツ受注時の余剰資材受け取り廃止

 

古鷹……艤装パーツ受注時の余剰資材受け取り廃止

 

夕張……色んな艤装増やしたい

 

秋津洲……みんなで旅行行きたい

 

北上……みんなで旅行行きたい

 

大井……特になし。備蓄は多い方が良い

 

天龍……もっと出撃したい

 

龍田……みんなで旅行行きたい

 

足柄……高級将棋盤・最新調理器具数点

 

初春……ふたりの一軒家

 

子日……もっと鯉住さんと遊びたい

 

明石……色んな艤装いじりたい

 

アークロイヤル……世界一周ハネムーン旅行

 

天城……もっと寝ていたい

 

 

・・・

 

 

「公費としての運用方法を聞いたんだけどなぁ……

趣旨を分かってない人がちらほらいますねぇ……」

 

「今さらじゃないの。使えそうな意見を選別しましょ」

 

「そうですね……私と叢雲さんの案が一致してますし、製鉄所の利益は無くしてもいいんじゃないですか?

他に出来そうなことは……慰安旅行と建造炉稼働あたりでしょうか?」

 

「そうね。それじゃ高雄さんにその旨連絡入れないと。

喜ばれるんじゃないかしら?アンタの報告にしては珍しく」

 

「ひとこと余計ですよ、叢雲さんや……

ま、喜ばれるのは事実だろうし、他の鎮守府からのウチへの心象もよくなる。

大規模作戦のための資材備蓄も問題ないレベルまで来たし、言うことなし文句なしに採用だね」

 

「採用していただいて、ありがとうございます」

 

「頼んだわよ」

 

 

まずは一番真っ当な案である、

『艤装パーツ発注時の余剰資材受け取り廃止』を採用することにした。

 

この鎮守府では、妖精さん印の製鉄所での艤装パーツ生産、そしてそれの販売を結構なペースで行っている。

他の鎮守府からの注文を受けた際に、生産に必要な資材に1割上乗せしてお支払いいただくという決まりを作っているのだ。

それを廃止しようということである。

 

もともとこれは、大規模作戦中に他の鎮守府がジリ貧にならないための仕組みである。

こちらでため込んだ資材を、前線でカラダを張ってくれている艦隊に放出することで、もしもの時の保険とするつもりだった。

 

……しかしその資材備蓄も十分と呼べるほどになったため、この制度はお役御免である。

元々私財を肥やすつもりなど毛頭ないため、誤解を招くことがないように、さっさと撤廃するべきだったのだ。いい機会である。

 

 

「よし。慰安旅行と建造炉稼働も採用にしよう。

……それじゃまずは慰安旅行についてだ。どこか行きたいとこある?」

 

「……アンタそれ、本気で言ってんの?」

 

「……え?」

 

「提督、覚えてらっしゃらないんですか……?」

 

 

ジト目を向けるふたりに狼狽する鯉住君。

わけがわからないが、もしかして地雷を踏んじゃったのだろうか……?

 

 

「研修に行く前に、ご自身で何を言ったか……

覚えていらっしゃらないんですか?」

 

「……あ」

 

「忘れてたとか言うならぶっ飛ばすわよ」

 

「い、いや、まさかそんな……

みんなで呉まで旅行に行こうって話でしょ……?」

 

「それだけですか?」

 

「うっ……えーですね……」

 

「もうっ!なんで忘れてるんですかっ!?

私達に研修頑張ったご褒美、選んでくれるって言ったじゃないですかっ!!」

 

「す、すいませんでしたぁっ!!」

 

 

確かにそのような約束はしていたが、彼女たちが帰ってきてからのイベントラッシュで、頭の中からスッポリと抜け落ちてしまっていた。

 

しかし彼女たちはずっと楽しみにしていたのだ。彼の方から言い出してくれるのを。

……彼が怒られるのもやむ無しだろう。

 

 

「……ハァ。どれだけ私達が言葉に出さずに待ってたと……」

 

「む、叢雲さん……? 何かおっしゃって……」

 

「何でもないわよ……ハァ……

……それじゃ旅行までのプランでも立てましょ。

メンバーが大半居なくなるんだから、海域解放や護衛任務の予定を詰めないといけないわ」

 

「そうだね……

すまなかったな、楽しみにしてくれてたのに」

 

「いいんですよ。過ぎたことです!

それよりも皆さん好き放題おねだりすると思いますから、覚悟していてくださいね!」

 

「わかったよ。ありがとな」

 

「はいはい。それじゃ建造炉稼働のタイミングも合わせて、計画立ててくわよ」

 

 

なんだかんだ待望の呉旅行が決まり、ウキウキするふたり。

ずいぶん待たせてくれた延滞料として、散々色んなところに付き合ってもらおうと、心に決めるのであった。

 

 

 




E-1で神通さん使っちゃったあああああっっ!!(E-2甲挑戦中)


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第94話

年末投稿ラッシュ第3弾。


こうやって連続投稿してると、年初めのドラマ一挙放送を思い出しますね。


みなさま、今年はお話を読んでいただいてありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いします。


年明けにはたくさんお餅食べると思いますので、皆さんの健康のために、口から糖分を排出できるお話を目指してみました。




カリカリ……

 

 

執務室にはペンが走る音だけが聞こえる。

窓からはオレンジの陽が差し込み、長い影が伸びている。

もうそろそろ夜のとばりが下りてくる時間帯だ。執務ももう終わる。

 

 

「……よし。これで終わりだな」

 

「はい。ご苦労様。

それじゃ今日はここまでね」

 

 

本日の秘書艦は叢雲である。

実は秘書艦交代制度を取っているとはいえ、古鷹よりも叢雲と一緒に執務することの方が多いのだ。

最初のうちは日替わり制度をとっていたが、最近はそうでもない。

 

それというのも、シフトは秘書艦達で相談して作っているのだが……

 

「アイツは事務仕事がてんでダメだから、古鷹にそんなに世話させるわけにはいかないわ。気乗りしないけど私が見てあげないと」

 

なんて言いながら、叢雲が苦笑いする古鷹を説得した模様。

 

提督である鯉住君はふたりの仕事割り当てには口を挟まないでいるので、こんな微笑ましいやり取りがあったことは知らないが。

 

 

「さ、思ったよりも遅くなっちゃったし、さっさと片づけちゃうわよ」

 

「そうだな。明日は朝早いし」

 

「アンタがもう少し仕事できるようになってくれれば、もっと早く終われるんだけどね」

 

「はは……頼りにしてるよ。キミには世話をかけるね」

 

「まったく、仕方ないわねぇ」

 

 

セリフに反して嬉しそうにしている叢雲と、平常運転の鯉住君。

 

最初のうちは彼女の性格に振り回されていた鯉住君だが、半年間ほぼ毎日一緒に居るだけあって、いい加減慣れてしまったようだ。

 

最近は彼女のセリフは真に受けず、表情や雰囲気で判断できるようになってきた。ツーカーの仲と言ってもいいかもしれない。

そもそもの話、彼女の電探ユニットを見れば感情など一目瞭然なのだが。

 

 

ぽつりぽつりと他愛のない会話をしながら片づけをしていたのだが、ここで提督の口から少し珍しい言葉が出てきた。

 

 

「……なぁ叢雲、1週間後のこの日って空いてるかい?」

 

「……どうしたのよ、藪から棒に。

アンタがそんなこと気にするなんて珍しいわね。

なに?私にして欲しい事でもあるわけ?」

 

「して欲しいことがあるわけじゃないんけどさ。

俺の非番と被ってないかなぁって」

 

「? ますますわからないわ。

アンタの非番と私の非番がかぶってたら、なんだってのよ?

まさか一緒にどこかに行きたいっていうの?

街とか普段行かないとこに」

 

「うん、そう」

 

「いや、そんなことありえないわよね。

そんな用事なんてなかったし、アンタが自分の用事で部下を誘うなんて、一度も無かっ……え?」

 

「いや、だから。一緒に街まで行かないか?」

 

「ちょ、ちょっと待って!

買い物してこないと足りないものなんてあった!?

なんで街まで一緒に!?」

 

「何か必要なものがあるとか、そういうわけじゃないんだよ。

絶対必要な用事ってわけでもないし、仕事じゃなくてプライベートなことだし。

ただ、俺ひとりで出かけちゃ意味がないから」

 

「そ、それって……!!」

 

 

ひとりで出かけちゃ意味がない……つまり、私と一緒じゃないと意味がない!?

ってことは……もしかして……!?

この唐変木なおかつ草食系通り越してもはや草レベルの男がそんなまさか……!?

 

 

「別に叢雲の予定が合わなければいいんだ。

無理して付き合ってもらうほどの」「行くわっ!!」

 

「うえっ!?」

 

 

だいぶ食い気味に返答してきた叢雲に面喰う鯉住君。

 

 

「お、おう……でも……いいのかい?

非番だったとしても予定があっただろうし、無理することなんてないぞ?」

 

「誰が予定があるって言った話よ!?

行くって言ったの聞いてなかったの!?この無責任男ッ!!」

 

「ちょっとキミどうしたの!?

言葉がおかしくなるくらい動揺してない!?」

 

「うるさいわね!それじゃ私は準備してくるから!それじゃっ!!」

 

 

バタバタバタッ!!

 

 

すごい勢いで叢雲は執務室から出て行ってしまった……

 

 

「おーい……片付け……」

 

 

 

・・・

 

 

叢雲・自室にて

 

 

・・・

 

 

 

「うふ……ウフフ……」

 

「ど、どうしたんですか?叢雲さん。

随分と機嫌がいいようですけど……」

 

「なんでもない、なんでもないわ……ウフフ……」

 

「??? そうですか……?」

 

 

普段はまったく着ないようなオシャレな服を、タンスからガサゴソとひっぱり出す叢雲。

彼女にしてはとても珍しい落ち着きの無さに、同室の古鷹はなにがなにやらわからないといった様子である。

 

それでもどう見ても浮かれているし、頭の電探ユニットがものすごい勢いでピンク色にチカチカしているしで、彼女にとても嬉しい出来事があったのだろうという察しはついているのだが。

 

 

「ウフフ……

万が一に備えて、ちゃんとした服を通販で買っておいて正解だったわね……!」

 

「ゴキゲンだなぁ……」

 

「! そうだ古鷹!少しいいかしら!?」

 

「……は、はひっ!? なんでしょう!?」

 

「1週間後のこの日、確か古鷹って非番だったわよね!?」

 

「そ、そうですけど……」

 

「私の非番と交換してほしいの!お願い!」

 

 

パァンッ!

 

すごい勢いで目の前で両手を合わせ、古鷹を拝み倒す叢雲。

 

 

「うっ……そ、それは構いませんが……

その日に何かあるんですか……?」

 

「な、何もないわ!

ただ偶然何となくその日に休みたくなる気がしないでもないのよっ!」

 

「は、はぁ……」

 

 

だいぶテンパっている秘書艦仲間に、何も言うことができない古鷹である。

言葉がおかしくなるほどの勢いと、なにか嬉しいことがあるのがバレバレな様子を見てたら、誰であってもお願いを断ることなんてできないだろう。

 

 

「わかりました。

別にお休みがそこまで欲しいわけじゃありませんし、その日は叢雲さんの代わりに私がお仕事に入りますよ。

もちろん非番を変わっていただく必要もありません。

何があるのかはわからないですが、ゆっくり楽しんできてくださいね」

 

「!! さすがは古鷹ね!やさしさの固まりよね!ありがとう!」

 

「なんなんですか、やさしさの固まりって……」

 

 

そのあとも叢雲は、鼻歌交じりでコーディネートを続けるのであった。

 

その様子を見ていた古鷹は、

「幸せオーラが全身からにじみ出ていて、直視できないレベルだった」

そう後に語ったという。

 

 

 

・・・

 

 

約1週間後・例の日

 

 

・・・

 

 

 

「これは別に今日やらないでも大丈夫か……

こっちも問題なし、と」

 

 

今日は提督と筆頭秘書艦のふたりがお休みなので、鯉住君は本日の仕事に問題がないか確認している。

古鷹は頼りになるし、抜かりもないしっかり者なので、丸投げしても問題はないだろう。

それでも一応念のため、だ。

 

 

「うん。大丈夫だろう。特に面倒な仕事もないし。

……それじゃ暫くのんびりするか」

 

 

今日は叢雲とふたりで街まで出かける予定となっている。

というわけで、一旦執務室に集合して、そこから車で向かおうということにしたのだ。

 

 

(ついにやまがうごくんですね……!!)

 

(われらがまちにまったこのひが、ついに……!!)

 

(ばっちりきめてくださいね?)

 

 

「お前らなぁ……煽るんじゃないよ……

確かに慣れないことしようとしてる自覚はあるけど……」

 

 

(むらくもさんならだいじょーぶ!)

 

(なんだかんだいって、うけいれてくれるはず!)

 

(あにきにもついに、はるがくるですね……!!)

 

 

「お前らなんか勘違いしてない?それに……あの叢雲だよ?

受け入れてくれるか結構心配なんだよなぁ……」

 

 

いつもの通り妖精さんたちに煽られていると、執務室の扉が開く。

 

 

ガララッ!

 

 

「お、おま、おまたしぇっ!」

 

「お、おう……」

 

 

ガッチガチに緊張して、たった一言の挨拶ですら噛んでしまった叢雲に、複雑な表情をする鯉住君。

いつもの彼女ではありえない状態なので、そういった反応になるのもやむなしといったところ。

 

そんな彼女であるが、服装も普段とは全く違っており……

いつもの動きやすさ重視の装いではなく、女性らしさを全面に押し出したようなコーディネートとなっている。

 

 

具体的には……

ノースリーブの白色ワンピースに、腰には細めのベルト。

頭には麦わら帽子をかぶっており、胸元にはかわいいピンクのリボンタイが。

 

……なんとリボンである。あの叢雲が。

 

 

ちなみに鯉住君の服装は、以前大本営で自由行動した時とほとんど一緒である。

あの時に周りの女性陣からおかしな反応がなかったので、本日も同じ服をチョイスしたらしい。

流石にサンダルはやめたようだが。

 

女性とふたりで出かけようということなのだから、自分のおかしなファッションで相手に迷惑かけてはいけない。そんな気遣いからである。

 

 

「叢雲もこんなかわいい服、持ってたんだなぁ……

……すごくよく似合ってるよ。銀色の髪の毛とすごく合ってる。

いつもの格好も元気良くていいと思うけど、今日みたいに女の子らしい恰好も似合うんだねぇ。

やっぱり元がキレイだから、何着ても似合うんだなぁ」

 

「キ、キレイっ……!?

……う、うるさいわねっ!余計なお世話よっ!!」

 

「す、すまん。

でもさ、正直言ってキミがこんな格好するなんて意外で……」

 

「なによ!普段の私が女らしくないとでも言いたいわけっ!?」

 

 

言いたいです。

 

……という言葉を飲み込んで「そんなことないです……」という言葉をひりだす鯉住君。

 

 

「ああもう、調子狂うわっ!さっさと出かけるわよ!運転お願いッ!」

 

「はい……」

 

 

女心を読み取る気のない提督によって心乱されてしまった叢雲は、プンスコしながら執務室から出て行ってしまった。

 

誰がどう見てもさっきの殺し文句への照れ隠しである。

本日は私服なので頭の電探ユニットはついていないが、もしついていたならピンク色でチッカチカしていただろう。

 

……しかし言葉で殺しに来た本人には、幸か不幸かそれは気づかれていない。

そもそも彼としては「思ったこと言っただけ」であり、それ以上の意味は込めていないからだ。

現に今も「出かける前から不機嫌にさせちゃったよ……」なんて考えている。

どうしようもない男である。

 

 

「まったく……なんなのよもう……ブツブツ……」

 

「はぁ……こんな調子で、本当に今日大丈夫かなぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

移動中……

 

 

・・・

 

 

 

ブロロロ……

 

 

 

「しかし叢雲……街に行くだけなのに、緊張しすぎじゃない……?

なんかぎこちないよ?」

 

「う……そ、それはしょうがないでしょ!

こういうのには慣れてないのよ!

逆にアンタはなんでそんな落ち着いてるワケ!?」

 

「いや、まあ、そんなことはないんだけど……

そう見えるかな?」

 

「……まさか……」

 

 

このヘタレが、これから女性とデートするというのに堂々としていられるはずがない。

 

もしかして……私の勘違い……?

いや、でも……もしそうだとしたら、なんでわざわざ「ふたりで出かけたい」なんて言ったかわからないわ……

 

聞くのが怖いけど、確かめてみないと……

 

 

「もしかして、その……今日街に行く目的って……」

 

「ん? ああ……なんて言うかだな……その時になったら話すよ……」

 

「……何よ。今話せない理由でもあるっていうの?」

 

「いや、後ろめたいことがあるとかじゃないんだけど……」

 

「歯切れが悪いわね」

 

「まぁ、ちょっとね……

とにかく今日は俺に任せてもらえないか?

なんとか退屈させないようにしてみせるから」

 

「そ、そういうことなら仕方ないわね」

 

 

なんだか妙に男らしい提督に、まんまと言いくるめられてしまう叢雲。

 

さっきの疑問はどこへやら、である。

普段とのギャップにころっとやられてしまうあたり、彼女も相当ちょろいと言えるかもしれない。

 

 

 

・・・

 

 

港町に到着

 

 

・・・

 

 

 

車を駐車場に止め、車から降りるふたり。

わざわざふたりで街に来た目的を聞いていない叢雲は、これからどこに行くのかもわからない。

彼女が若干戸惑っている様子を見て、鯉住君が話しかける。

 

 

「叢雲って今日朝ごはん食べてきた?」

 

「は……?あ、朝ごはん……?

いや、食べてないけど……」

 

「それじゃまだちょっと時間あるし、どこかで早めのお昼でも食べようか」

 

「え、ええ……(まだちょっと時間がある……?)」

 

「それじゃどんな店がいいかな?

何か食べたいものはある?」

 

「ええと、別になんでもいいわ。

……ていうか、その……アンタ……ひとつ聞きたいんだけど……」

 

「ん? 何かな?」

 

 

 

「今日って、その……なんていうか……

世間で言う……デートってやつじゃないの……?」

 

 

 

どうしてもモヤモヤした状態に耐えられなくなり、ついに核心に切り込んだ叢雲。

 

彼の返答やいかに。

 

 

 

 

 

「デート? いや、そんなつもりじゃないけど」

 

 

 

 

 

「……」

 

「あ、もしかして、その……」

 

 

 

「ウラァッ!!」

 

 

 

ドゴオッ!!

 

 

 

「ぬわーーーっ!!」

 

 

 

顔を真っ赤にした叢雲のタイキックには、提督を弓のようにしならせるほどの威力があった。

 

 

「ぬおおっ……!!効くぅ……!!背骨ぇっ……!!」

 

「あ゛ーーーっっっ!!!

分かってたことじゃない!コイツがこんなに落ち着いてた時点でぇぇっ!!

私のバカアァァッッ!!!」

 

「す、すまん……なんていうか……すまん……」

 

「黙れええっっ!!」

 

 

orzみたいになってうずくまりながら謝罪する提督と、こちらもうずくまりながら頭を抱える秘書艦。

 

当然ながら周りの人たちからは、危ないものを見るような目で見られている。

 

 

「すまんかった……!

まさかキミがそんなつもりだったとはっ……!!」

 

「喧しいっ!!」

 

「すいませんっ!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「ふーっ……ふーっ……

それでっ……!なんで今日は私のこと誘ったのよっ!」

 

「す、すまんっ……!

まさか叢雲がそんな勘違いをしているとは……!」

 

「そういうのいいから答えるっ!!

返答によっちゃ、ただじゃおかないからっ!!」

 

「重ね重ね申し訳ないけど、もう少ししたらわかるから、ちょっとだけ待ってくれ……」

 

「なんなのよもうっ!!

そこまで口を割らないならいいわっ!待っててあげようじゃないっ!

こうなったらヤケ食いしてやるっ!スイーツをお腹いっぱい食べてやるっ!

散々もてなしなさいっ!死ぬほどもてなしなさいっ!!」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

それからなんとか気を持ち直したふたりは、街でもけっこう有名なスイーツが出てくるお店に向かった。

 

今の叢雲はさながら阿修羅である。

食べることに全身全霊をかけるつもりのようだ。

 

実際お店に入ってどうなったかというと……

 

 

「バクバクバクッ!!ムシャムシャムシャ!!」

 

「叢雲さん……もう少しペース落としません……?」

 

「うるさいわね!私がこうなったのも、アンタのせいでしょ!

店員さーん!追加でこれもお願いっ!!」

 

「……」

 

 

物凄い勢いでスイーツを注文しては消化していく叢雲。

駆逐艦とは思えないペースである。

 

別にお会計の心配はないが、彼女の体調が心配な鯉住君。

 

 

「なぁ、そんなに食べて大丈夫?」

 

「うるひゃいわね……!ムシャ……!

アンタが変な誤解ひゃひぇたせいで……モグ……!

こんなことになってんでしょ……パクパク……!」

 

「それは本当にすまなかった……

まさか叢雲が……なんて言うか……そういうつもりだったなんて……」

 

「……悪かったわね!普段からそういう風に見えなくて……!」

 

「どうも俺は艦娘のみんなのことを、そういう対象として見たくないからさ……それはキミに対しても同じで……なんかゴメンな……」

 

「……知ってるわよ。

今回は私がそういうシチュエーションに憧れてたから、勝手に舞い上がっちゃっただけ……アンタがどうとか、そういうのじゃないから……」

 

「いやホント、申し訳ない……」

 

 

スイーツを食べる手は止まらないものの、目に見えて落ち込んでしまった叢雲。

鯉住君の方も、いくら鈍感といえど叢雲を傷つけてしまった事には気づいているため、とても落ち込んでしまっている。

 

 

 

……こんなつもりじゃなかったのに……

 

浮かれてた自分がバカみたいだわ……

勝手にデートだなんて盛り上がって、勝手に今日を楽しみにして舞い上がって、

勝手に……好かれてるなんて……思っちゃって……

 

溢れそうになる涙をスイーツを食べることでごまかす。

グッとこらえる。

 

……何の用事があったのかは知らないけど、こっちの都合でこれ以上提督に迷惑かけるなんて、秘書艦失格よ。

もしここで泣いてしまったら、提督は周りから白い目で見られてしまう。

そんなことになったら、女を泣かせるクソ提督だって、街で噂になっちゃう。

 

そんなのダメ。

いくら辛くても、私がどう思われようとも、提督の評判を落とすような真似だけはしちゃダメなの。

 

だって私は……彼の秘書艦なんだから……

ただの秘書艦……職務上の同僚……それ以上でもそれ以下でもないんだから……

 

 

 

できるだけ平常に努めようと、それから叢雲は10分間も無心でスイーツを食べ続けた。

それを提督はずっと、真剣な顔をして眺めていた。

 

 

 

「……なぁ叢雲、そろそろ満足したかい?」

 

「……ふん。いいわ。勘弁してあげる」

 

「ゴメンな」

 

「もういいのよ。

……それじゃさっさと、アンタの用事とやらを済ませに行きましょう」

 

「ん。……店員さーん。お会計お願いします」

 

「私は先に店の外に出てるから」

 

「わかった。待っててくれ」

 

 

 

・・・

 

 

 

それからスイーツのお店を出た提督は、先に出て待っていた叢雲を連れ、どこかへ向かって歩き出した。

 

叢雲が「どこ行くのよ?」と聞いても「もうすぐ着くから」としか答えない。

いったいなんだというのだろうか?

 

 

 

そして数分後……

 

 

 

「さぁ、着いたよ。ここだ」

 

「ここって……ジュエリーショップ?」

 

「入ろう」

 

「え……ここに……?

よ、用事っていったい……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 

 

ウィーン……

 

 

 

わけがわからないという様子の叢雲に構わず、店内に入っていく鯉住君。

そして「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた感じのいい女性店員さんと、何やら話し出した。

 

 

「鯉住様でございますね?」

 

「ええ。頼んでいたものは届きました?」

 

「はい。つい先ほど」

 

「それはよかった。出来はどうでした?」

 

「手前味噌ですが、かなりの仕上がりとなっていますよ」

 

「なによりです。ありがとうございます」

 

「いえいえ。とんでもございません」

 

 

完全に置いてけぼりとなってしまった叢雲は、まったく状況が掴めない。

このままではワケが分からないままなので、なんとか会話に参加していく。

 

 

「ちょ、ちょっと……一体どういうことなの?

説明しなさいよ……」

 

「あら。こちらの方への贈り物ですか?

話に聞いてた通り、ステキな銀髪に端正なお顔立ち。

きっとお似合いになりますわ」

 

「えっ?えっ?」

 

「日頃から彼女には世話になりっぱなしなので、少しでも恩返しがしたくて」

 

「うふふ。ステキなことですね!」

 

「ちょっと待って!いいかげん説明してちょうだい!

いったいなんのために、こんな高級そうなお店に来たのよ!?」

 

「それはな叢雲……今日は何の日か覚えてるかい?」

 

「な、何の日……?」

 

 

 

 

 

 

 

「今日はな……

俺とキミが今の鎮守府に着任してから、ちょうど半年になる日だ」

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

そうだ。色々忙しかったから忘れてた。

確かに今日は、私達がラバウル第10基地に配属されて……

今の鎮守府に初めてやってきた日……そこからちょうど半年だ。

 

 

 

「こちらの鯉住様はですね……

ずっと大変なお仕事ばかりだったのに、弱音も吐かずについて来てくれた貴女に、贈り物をなさりたいということで……わたくし達の店に相談に来てくださったのです。

こちらと致しましても、そこまで大事に想われている方への贈り物なのですから、普段以上に真剣に考えさせていただきました」

 

「て、店員さん……恥ずかしいので、そのくらいで……」

 

「うふふ。いいじゃありませんか。ステキなお話なんですから」

 

「そ、そうですか……?

それになんて言うか、1か月でも1年でもなく半年の記念ですので……中途半端じゃないかな、と……」

 

「こういった贈り物は、贈りたいと思った時が正解なんですよ。

それにいいじゃないですか。半年の記念だって。

貰った側からすれば、大事な日を覚えていてくれたことが重要なんですから」

 

「……」

 

 

プレゼント……?

着任して半年の記念に……?

その……私に対して……?

 

考えがまとまらない叢雲は、現在放心中である。

 

 

「というわけで……これが俺の気持ちだと思って受け取ってほしい」

 

「あ、うん……」

 

 

提督から渡された小箱を開けると……

そこには銀色に輝くチェーンと、その先についている小さなペンダントが。

 

このペンダントの石……これってもしかして、ダイヤモンド……?

かなりピンク色だけど……

 

 

「店員さんとキミに合うようなアクセサリを相談させてもらってね。

首につけるチョーカーを選んだんだ」

 

「プラチナの上品なチェーンも素晴らしいですが……

先についているペンダントには、非常に希少で、尚且つ、これ以上ない美しさのピンクダイヤモンドを使用しております。

わたくし共の系列店でも滅多に見られない、ファンシーインテンスカラーのピンクダイヤですよ」

 

 

「え……あ……ホントに、これを私に……?」

 

 

「ああ。

さっきも言ったように、そういう関係にはなれないけど……

キミとはイチからやってきた仲だし、その……一番特別な部下だとも思ってる。

だからずっと、これからも、俺の隣で一緒に頑張ってほしい」

 

「あ……あう……」

 

「今までありがとう。そして……これからもよろしく頼む」

 

 

 

「う゛……う゛え゛え゛ええんっ!!」

 

 

 

「ちょ、ちょっと叢雲!ここお店!泣き止んで!」

 

「だっで……だっでぇっ……ヒック……!!」

 

「まぁ……なんて素敵なんでしょう……!」

 

「店員さんも感心してないで、なんとかしてください!!」

 

 

 

・・・

 

 

クールダウン

 

 

・・・

 

 

 

「……つまり、私に目的を話さなかったのは、サプライズにしたかったからなのね」

 

「うん、そう……

おかげでキミの事、傷つけちゃったけどさ……本当にゴメンな……」

 

「フフ……ホントにアンタはしょうがないわね」

 

「もしかしたら受け取ってもらえないかと思って、気が気じゃなかったよ……

かなり前から準備してたからさ……」

 

「ま、受け取らないでアンタを困らせるでもよかったかもね」

 

「勘弁してください……」

 

 

なんとか落ち着いた叢雲は、普段通り提督と話ができるまで回復した。

 

……いや、普段通りではない。あまりにもキラキラしている。

そのキラキラ具合は、店員さんが現在進行形で胸焼けを起こし続けているレベルである。

 

 

「あの……よろしいでしょうか?」

 

「あ、はい、すみません。なんでしょうか?」

 

「最終調整をさせていただきたいので、叢雲様に試着してもらいたく」

 

「あ、そうでした。

それじゃ叢雲、せっかくリボンタイをつけてきてくれたけど、一旦外してもらっていいかな?」

 

「うん」

 

 

スルッとピンク色のリボンタイを外す叢雲。

 

 

「もしかして私を連れてきたのって、このため?」

 

「そうそう。

調整はいつでもしてくれるってことだったけど、せっかくなら受け取ったその日に済ませたかったから」

 

「そういうことだったのね……

それでどっちでもいいみたいなことを言ってたの」

 

 

 

「それでは鯉住様、叢雲様の首にチョーカーをつけてあげてください」

 

「……え?」

 

「試着とはいえ、初めて贈り物を身につけるのですから。

こういった事も記念となるものですよ?」

 

「そ、そうなんですね。

……それじゃ首に手を回すけど……いいかい?叢雲」

 

「う、うん」

 

 

鯉住君はだいぶ緊張しながらも、腰かける叢雲の後ろに回り込み、チョーカーを着けてあげる。

お互いガチガチに緊張している。初々しいというレベルではない。

周囲に幸せオーラが満ち溢れている。

 

空間が甘い。店員さんの胸焼けが加速する。

 

 

「あ、ありがと……」

 

「ど、どういたしまして……」

 

「そ、それでは調整に入らせていただきますね……」

 

 

・・・

 

 

調整中

 

 

・・・

 

 

「……はい。これで大丈夫です。

叢雲様、身につけてみて、何か違和感のようなものはありますか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「それはよかった。

……それではこれで以上となります。

本日はご来店ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

「こちらこそ。色々とありがとうございました」

 

 

 

ウィーン……

 

 

 

「……ハァ……私にもあんなステキな彼氏、できないものかしら……?

もう今日は飲むしかないわね……」

 

 

 

・・・

 

 

 

そのあとふたりは映画館に行ったり、ブティックで洋服を買ったり、海が見えるレストランでディナーと洒落込んだり、とにかく1日を楽しみつくした。

 

叢雲はスイーツショップでのテンションの低さが嘘のように、幸せオーラをこれでもかというくらい振りまきながらデートを楽しんでいた模様。

 

鯉住君も彼女の様子を見て、一旦は悲しい思いをさせてしまった事への償いは出来たかな、なんて思っていた。

 

 

 

男女の仲だけが信頼の形ではない。

叢雲はそれを心で感じることができたのだった。

 

 

 

 




例のチョーカーは約250万円でした。
給料2か月分ですね!




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第95話

皆さまあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

新年一発目は割とライトなお話にしました。




 

「うーん……このままじゃマズいかも……」

 

 

食堂で腕組みをして、うーんうーんと悩んでいる彼女は秋津洲。

 

彼女は本日食堂担当なのだが……

昼過ぎであり、人もはけて後片付けが済んだので、ひと段落といったところなのだ。

 

最近は足柄からひとりでお昼を任せられるレベルまで料理スキルが上達し、給糧艦と言ってもよい働きができるようになっている。

もちろん提督からの愛のあるスパルタ研修を受け、工作艦としてもずいぶんな活躍ができるようになっている。

 

つまり今の秋津洲は……

水上機母艦でありながら、実態は工作艦であり給糧艦。

しかも性格は駆逐艦という、超ハイブリッド艦娘と化しているのだ。

 

そんな彼女の悩みとは……

 

 

「秋津洲はこのままでも満足だけど、大艇ちゃんをもっと活躍させてあげないと……」

 

 

そう。彼女の一部と言ってもよいレベルで大事にしている二式大艇を、まったく活躍させてあげられていないのだ。

そもそも活躍の機会自体が限られている運用方法しかできないので、仕方ないともいえる。

 

 

そんな理由で彼女がうんうんうなっているところ、提督が食堂に入ってきた。

 

 

「ふう……お、秋津洲じゃないか。ひとりで何やってるんだ?」

 

「あ、提督!」

 

「もうお昼終わっちゃったよね?」

 

「うん。提督遅すぎるかも!

なんでいつも他のみんなとお昼ご飯食べようとしないの?」

 

「あはは……」

 

 

提督が部下とお昼を食べたがらない理由は、いつものあれである。

クッソ短いスカートをはいているメンバーと天城のせいである。

 

旅館の食堂は結構広いため、テーブルもある程度数が揃えられている。

そしてそういったメンバーが離れたテーブルで向かい合いように座っていると……ガードが心許なさ過ぎる。ぶっちゃけよく見ると見える。

 

本人たちはそういった事を気にしていなかったり、そもそもわかっていなかったりするのだが、提督にとっては当然一大事なのだ。

 

というわけで提督は、意図的に昼をひとりで食べるようにしている。

そういった艦娘と距離を詰めて座れば問題解決なのだろうが、そういった相手に限って扱いが大変なのだ。お昼くらいのんびり食べたい。

 

 

「それはとりあえず置いといて……

なんでもいいけど、食べられるものはあるかい?

お茶漬けでもふりかけでもいいから」

 

「むー!せっかく秋津洲が美味しい料理作ったのに、食べてくれないの!?」

 

「あ、もしかしてまだ残ってる?」

 

「『残ってる』じゃなくて、『残してある』かも!

提督が遅いのはいつものことなんだから、それくらい考えてあるの!」

 

「す、すまんね」

 

「もっと提督は早く仕事終わらせて、さっさとお昼食べに来るべきかも!」

 

「それには理由が……いや……なんでもないよ、ごめんね」

 

「何か隠してるっぽいかも……」

 

 

疑いのジト目を向けつつも、秋津洲は料理をよそいに行ってくれた。

そして持ってきてくれたのは、麻婆豆腐とシューマイ、そしてご飯である。

麻婆豆腐はともかく、シューマイを自作したとは……本当に料理の腕が上がったものだ。

 

 

「おー!すごい美味しそう!

これ全部秋津洲ひとりで作ったのかい?」

 

「ふっふ~ん!そうよ!

提督のお嫁さんとして、料理の腕は妥協できないかも!」

 

「お、おう……」

 

 

提督にクリティカルヒットな発言をしながら、ドヤ顔で料理をふるまう秋津洲。

苦笑いすることしかできない提督。

 

もちろん彼女は鯉住君の嫁を自称する勢筆頭のひとりであり、左手の薬指に指輪をしている。

まぁ嫁と言っても本人的には『ものすごく仲の良い家族』程度の認識みたいだが。

 

現に今も提督の隣に腰かけて……というか、提督にくっついて座っている。

いいかげん彼も慣れたようなので、そこまで気にしていないが。

 

 

……とにかく提督的には、そんな話題は広げないに限る。

というワケでさっさと食べ始め、料理の感想の方に話を移すことにした。

 

 

「モグモグ……ああ、すんごい美味しい……

多分このレベルだと、有名ホテルの料理人とかと同じくらいじゃないかな?

こんなにいいものが職場で食べられるなんて、幸せだなぁ……」

 

「ふふっ!提督の胃袋はバッチリ掴んじゃってるかも!」

 

「それは……否定できないなぁ……」

 

「秋津洲の料理じゃないと満足できないくらいにしちゃうかも!」

 

「それけっこう怖いこと言ってるからね?その発想やめてね?」

 

 

実際足柄と秋津洲のハイレベル料理に慣れ過ぎていて、外食する気が一切なくなっているのはご愛敬である。

 

 

「そういえば……さっきはひとりで何を考えてたんだい?」

 

「あ、そうだ。

ねぇ提督、大艇ちゃんを活躍させてあげるのって、どうしたらできるかなぁ?」

 

「大艇ちゃん……秋津洲が大事にしてる二式大艇のことか」

 

「うん。活躍する場面がないって、悲しんでるかも……」

 

「艤装と話ができるなんてすごいなぁ」

 

「提督にだけは言われたくないかも」

 

 

そりゃそうだ。

 

 

「それじゃなんとかして二式大艇の活躍の場を作りたいって事か……

しかしなぁ、二式大艇かぁ……」

 

「ムッ!

いくら提督でも大艇ちゃんのことバカにするのは許さないよ!」

 

「いやそうじゃなくて……

二式大艇をどう使ったらいいのか、ノウハウがないんだよね……」

 

 

艦娘・秋津洲は、この鎮守府で初建造された存在であり、人類初邂逅。

つまり世界中で1体しかいないことになる。

 

そして彼女が持つ『艤装である二式大艇』も世界でただ一機。

そんな状態なので、飛行艇である二式大艇の運用方法は未知のものなのだ。

 

 

「言いたいことはわかるけど、それじゃあまりにも大艇ちゃんがかわいそうかも!

提督、なんとかしてー!」

 

「そうだよね。

秋津洲がそこまで大事にしてるお友達だ。俺もなんとかしてやりたい。

……それじゃまずは……そうだな……」

 

 

かわいい部下であり弟子でもある秋津洲のたってのお願いだ。

なんとかして叶えてあげたい。

 

そこで彼は秋津洲にひとつ確認することにした。

 

 

「なぁ秋津洲、二式大艇は何ができるんだ?

話ができるんなら、その辺はもう確認してるよな?」

 

「うん。大艇ちゃんは長距離偵察が得意かも。

あと昔だったら司令部のおじさんたちをよく運んでたみたい」

 

「偵察なら天城の謎性能があるからなぁ……艤装になった今では人は乗せられないし……

なにか他にできることってないかな?」

 

「一応対潜攻撃は出来るけど、あんまり得意じゃないかも……

昔は雷撃と爆撃だけじゃなくて、艦載機との戦闘までできる、世界最強の万能機体だったのに……」

 

「そっか……艤装になって随分と弱体化しちゃったんだねぇ」

 

「うん……大艇ちゃんも悲しいって言ってるかも……」

 

 

悲しくてしゅんとしてしまう秋津洲。

そんな事情があっては、なおさら放っておくわけにはいかない。

 

 

「……よし。なんとかしてみよう」

 

「……え?一体どうするの?」

 

「二式大艇をちょっといじってみる。

工廠まで秋津洲もついてきてくれないか?これから時間空いてるよね?」

 

「うん。でも……なんとかできるの?」

 

「わからない……けど、提督として部下の要望は出来るだけ聞いてあげたい。

それに何よりかわいい弟子の頼みだ。やれるだけやってみるよ」

 

「!! ありがとう提督!

やっぱり提督は優しいかもっ!大好きっ!」

 

「こ、こら。抱き着いてくるのはやめなさい」

 

 

 

・・・

 

 

工廠へ移動

 

 

・・・

 

 

 

「それで提督……

いったいどうやって大艇ちゃんをパワーアップさせるの?

艤装の性能変更なんて、そんなことできるの?」

 

「厳しいかもしれないけど……

艤装をアップグレードする技術ならあるから、元々備わっていた性能を取り戻すのも出来るんじゃないかなって」

 

「明石の装備改修のこと?」

 

「そうそう。アイツのその技術だよ。

アクティブソナーをパッシブソナーにしたり、水偵を水戦にしたり、色々とんでもない改修があるからさ。

二式大艇もそんな感じで、なんとかできるんじゃないかなと」

 

「うーん。私じゃまだその辺は難しいかも」

 

「普通は明石じゃないと扱えない技術だし、秋津洲ができないのはしょうがないさ。

夕張くらい実力があれば、できるかもしれないけどね」

 

「むー……

確かに夕張には敵わないけど、そういう言い方はデリカシーないかも」

 

「ご、ごめんごめん」

 

 

確かに慕ってくれる弟子に対して、『他の弟子の方が優秀』なんて言うのは失礼だろう。

彼はメンテに関してはストイックなため、そういう発言が出てきてしまったのだが。

 

 

「まぁいいかも。それじゃ提督も、装備改修できるってこと?」

 

「やろうと思ったことがなかったからわからないね。

そもそもメンテと改修じゃ、微妙に畑が違うし。

それでも明石が装備改修してるのは結構見てきたし、なんとかできるかもしれない。やるだけやってみるさ」

 

「わかったかも。がんばってね!」

 

「おう。……それじゃお前ら。ちょっと頑張ってみるか」

 

 

そう言うと、いつものメンツともいえる妖精さんたちがポンッと現れた。

 

 

(よばれてとびでて)

 

(はなしはきかせてもらいました!)

 

(だいていちゃんを、かいしゅうするですね?)

 

 

「さすがに話が早いな。

改修ってよりも性能向上って意味合いが強いけど、一緒にやってみよう」

 

 

((( おーっ!! )))

 

 

 

・・・

 

 

相談中……

 

 

・・・

 

 

 

「んー……やっぱり難しいかな……」

 

「えー? やっぱり無理なの?」

 

 

(ぴんとこないです)

 

(てぃんとこないです)

 

(きらりとひらめきません)

 

 

「お前ら……自分で案とか出せないの?

俺が出したいろんな意見に反応することしかしてないじゃない……」

 

 

(なんかおもいつかないです)

 

(おやつがあればちがうかもなーもしかしてー)

 

(わたしはすこんぶがいいです)

 

 

「おやつで閃くとか、絶対ウソだろそれ。

まぁ自分でも無茶なことしようとしてる自覚はあるから、強くは言えないけどさ。

……仕方ない……アイツにも頼るか……」

 

「明石を呼んでくればいい?」

 

「すまんな。頼んだよ」

 

「わかったかも!」

 

 

そう言うと秋津洲は工廠を飛び出していった。

 

 

(かわいいぶかのたのみ、かなえてあげるですよ?)

 

(だいていちゃんも、もっとつよくなりたいっていってます)

 

(ふぁいとー)

 

 

「なんで他人事なんだよ……お前らも頑張るの。

ほら、ちょっとおやつには早いけどアメちゃんやるから」

 

 

((( ひゅーっ!! )))

 

 

 

・・・

 

 

 

少しして秋津洲は明石を連れてきた。

かくかくしかじかと今までの経緯を説明する。

 

 

「なるほどね。

それで私の装備改修ノウハウに頼りたいって事なのね」

 

「そうなんだよ。俺とこいつ等じゃどうにもいい案が浮かばなくて……」

 

「期待してくれてるのは嬉しいけど、ちょっと私もうまくいかせられるかわかんないよ?

装備改修とは微妙に違うことやろうとしてるわけだし」

 

「それは承知してるさ。

でもな、できたら秋津洲のお願い、叶えてあげたいだろ?」

 

「キミは本当に秋津洲ちゃんに甘いよねぇ……

もっと私にも優しくしてくれてもいいのよ?」

 

「バカ言え」

 

「あー、ひどーい。

秋津洲ちゃんからも、鯉住くんに何か言ってあげてくださいよ!」

 

「おいおい、秋津洲を巻き込むんじゃない」

 

 

明石からの唐突なフリに対して呆れる鯉住君。

しかし秋津洲には何か思うところがあったようだ。

 

 

「ねー提督。前から思ってたけど、どうして提督って明石に冷たいの?

私や夕張にはすっごく優しいのに、それって変かも」

 

「! さっすが秋津洲ちゃん!いいこと言う~!」

 

「明石うるさい。

……あのな秋津洲、別に俺は明石に冷たくしてるわけじゃないぞ?

今までずっとこんな感じだったから、今もそうしてるだけなんだ」

 

「えー」

 

「明石のことは頼りにしてるし、ひどい扱いをしようだなんて、これっぽっちも思ってない。

……ただな……」

 

「あ、もしかしてツンデレってやつ?

私があんまりかわいいから照れてるんでしょ!

この恥ずかしがり屋!むっつり!」

 

「明石うるせぇ!

……ただ、こんな性格だから、そういう態度になっちゃうってだけなの」

 

「ふーん。

よくわかんないけど、仲が悪いわけじゃないなら別にいいかも。

……それよりも、早く大艇ちゃんの改修してほしいかも!」

 

「あ、ああ。そうだな。

……それじゃ明石、進めていくぞ。

まず俺の案ではだな……」

 

「うんうん」

 

 

・・・

 

 

「……なんとかできるかもね」

 

「かなり無茶な設計だけどな」

 

「ホント!?やったぁ!!

これで大艇ちゃんが活躍できるかも!」

 

 

(このせっけいなら、いけそうです!)

 

(さすがはおもしろばかっぷる!)

 

(わたしたちにできないことを、へいぜんとやってのけるー!)

 

 

「うるせぇ!!お前らァ!!」

 

「ねぇ鯉住く~ん、その子たちなんて言ってるの~?

すごく面白い事言ってる気がするんだけど~?」

 

「変なとこに食いついてくるなお前は!?

ニヤニヤしてねぇで、さっさと作業するぞ!!」

 

 

あれから1時間ほど意見を出し合い、かなり無理やり感はあるが、戦闘力を倍増させた改修案を作ることができた。

 

雷装は流石に厳しかったが、爆装と機銃を取り付けることで、水戦以上のスペックを実現するという内容。

普通の艦載機ではこうはいかないが、元々それができた二式大艇なら可能だろう、という見通しだ。

 

 

……あとは明石、妖精さんたちと協力していじっていくだけ。

上手くいけばいいが……

 

 

 

・・・

 

 

1時間後

 

 

・・・

 

 

 

「すっごーい!こんなにすごくなるなんて!

良かったね、大艇ちゃんっ!!」

 

「まさかここまでになるとは……」

 

「意外といけちゃったね……」

 

 

((( いいしごとしたー )))

 

 

なんかすごく予想以上になった。

スペック比較をするとこんな感じ。

 

 

・・・

 

 

(当事者たちには正確な数字は見えないので、なんとなくで性能を把握していると思ってください)

 

 

・二式大艇(元々)

 

対潜+1

命中+1

索敵+12

 

戦闘行動半径 20

 

燃費 高

 

 

 

・二式大艇改(改修後)

 

爆装+6

対空+6

命中+3

索敵+12

 

戦闘行動半径 20

 

燃費 高

 

 

・・・

 

 

対潜能力は低下してしまったが、それを補って余りある装備を増やすことができた。

艦戦や艦爆に見劣りしない性能をつけることができるとは……

 

 

「思ったより色々すんなりと載ったから、調子に乗っちゃったな……」

 

「やっぱり元々できたことだからなのかな……」

 

 

((( はっするしましたねー )))

 

 

その変貌っぷりは、主犯の5名も予想していなかったほどである。

 

 

艦載機は艦娘の視界と連動しているため(はっきりと見えるわけではないが)……

二式大艇が攻撃性能を持ったことで、秋津洲は陸上に居ながら近海での軽い戦闘ならできるようになった。

 

敵の艦載機に見つかっても善戦できるうえ、爆装による攻撃もできる。

一機での運用になるため軽巡級になると怪しいが、低練度のはぐれ駆逐程度なら、問題なく撃沈出来そうだ。

なにより秋津洲の高くないスペックでも、二式大艇一機を操る程度なら問題ない。

 

 

……今回の出来事の結果を受けて、近海哨戒の動きががらりと変わる。

 

今までは天城の超範囲索敵プラス海域哨戒だった。

しかしこれからは、そこに二式大艇の動きを挟むことができるようになる。

 

まず天城が超範囲索敵。

敵影があるようなら二式大艇で偵察、できるなら迎撃。

二式大艇で相手できない規模の艦隊なら出撃。

 

こんな動きが可能となったといえる。

 

これで哨戒のための出撃が減り、圧倒的に燃費が良くなるだろう。

天城が非番の日には特に二式大艇が活躍できる。

 

今までの二式大艇でも、哨戒からの索敵だけなら出来たのだが……

全く未知の艤装ということで、正直思いつかなかった。

飛行艇の運用方法を見つめなおせたということも、今回の大きな収穫だ。

 

 

「これで秋津洲も大艇ちゃんも、もーっと活躍できるようになったかも!

提督っ!明石っ!妖精さんっ!みんなありがとうっ!」

 

「ふふっ。満足してもらえてよかったよ」

 

「そうだねっ!やっぱり秋津洲ちゃんはかわいいな~」

 

((( は~。いやされます~ )))

 

 

はじける笑顔の秋津洲にお礼を言われ、つられて自然と笑顔になってしまう。

今回の出来事での一番の収穫は、彼女の笑顔が見られたことだな。

そんなことを感じる面々なのだった。

 

 




水上機工作給糧駆逐艦・秋津洲改(航空基地性能有)



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第96話

今回は若干不穏なので、人によってはひええとなる可能性があります。

そのことに注意して読むなり、読み飛ばすなりしていただければと思います。


「……あらぁ? 古鷹ちゃん、何してるの~?」

 

「あ、龍田さん」

 

 

旅館内を歩いていた龍田は、古鷹とバッタリ出くわした。

それだけなら普通のことだが……古鷹の挙動がどうにもおかしい。

 

 

「なんで洗濯機のコンセントを抜いているのかしら~?」

 

 

何故か古鷹は家電のコンセントを抜いて回っているようだった。

乾燥機のコンセントが抜けているし、たった今も洗濯機のコンセントを抜いているところだ。

 

 

「ああ、確かに不思議ですよね。これは提督の指示なんです。

今叢雲さんが告知文書作ってるところなので、龍田さんはまだ知らないですよね」

 

「提督の?一体何なのかしらぁ?」

 

「ええとですね……

本日は提督の先輩である、三鷹少佐がいらっしゃるんです」

 

「……あの三鷹少佐が?」

 

「はい……あの三鷹少佐です……」

 

 

提督である鯉住君の先輩が全員ヤバいというのは共通認識だ。

その中でも人鬼と言って差し支えない加二倉中佐と、優しさと冷徹さの振れ幅がとんでもない三鷹少佐は、超人である艦娘でも恐れるほどである。

 

鯉住君は「あの人はすごく優しい」という評価を下しているが、大本営での大和とのやり取りは秘書艦を通して鎮守府メンバーにも広がっており、当然優しい人という印象を抱いた者はいなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

この認識の差には実は理由があり……

彼が山城と一緒に大和に説明した内容は、彼の取り扱い方を誤ってはいけないという理由から、結構盛ったものだったりするのだ。

 

 

実は三鷹少佐は従業員に普段から

「仕事以外の場所でも、自活できるようなスキルを身につけること」を推奨しており、事実そういった試み……農地開拓や資格獲得、果てには生涯学習的なものから起業の相談、実行にまで推奨金を出しているのだ。

 

そして同時に従業員全体に対して「会社に頼らない生活を住民だけで送れるようにすること」も奨励している。

あくまで会社は自分の趣味でやっているだけなので、頼り過ぎてどうなっても知らないよ。ということである。

 

だからこそ三鷹少佐の中には……

「働き口がなくなったら生活できないということは、今まで自給自足できるように頑張ってこなかった自分たちの責任」という前提がある。

 

彼が例の工場乗っ取り未遂事件でグループ完全撤退を公表したことに、特に悪意などはなかったのだ。

そういった事がある場所に関わるのはメリット無しと判断しただけで、工場長をひどい目に合わせようとか、従業員を見捨ててやろうとか、政府を攻撃したいとか、そういった意思はなかった。

 

まぁ、言ってしまえば『無関心になった』というだけのことだが……

三鷹少佐は自分がそうなる可能性は十分把握しており、そのために住人に「もしもの時のために対策しといてね」というメッセージを送っていたのだ。

地震や火山噴火の可能性があるから、備えといてね。という感覚に近い。

 

 

だから鯉住君は、三鷹少佐のことを『優しい人』だと評価している。

相手の人生を考えて選択の余地と猶予を与えているのだから。

彼自身の性質や世界観は、そことはまた別の話だ。

 

 

 

・・・

 

 

 

「それで……例の三鷹少佐が、わざわざ何をしに現れるのかしら~?」

 

「龍田さんも当然知ってますよね?

ウチで海水塩とか生糸とか農産物とか生産してるの」

 

「ええ。もちろん」

 

 

現在この鎮守府では、結構な量の農作物が生産されている。

 

 

畑からは、タロイモ、サトウキビ、蕎麦、大豆、ワサビ、有機たい肥(ミミズコンポスト産)、茶葉、桑の葉。

 

旅館での内職では、味噌、醤油(増えました)、生糸、緑茶、烏龍茶、紅茶、ゆでカイコ(魚の餌)。

 

製塩所では海水塩。

 

 

こんな感じである。

 

 

「ウチで消費できない生産物を、副業として販売しようということらしいです。

それで今日はその販路確保のために、提督の伝手であり、世界でも類を見ない多角経営をしている三鷹グループに相談しようということで」

 

「なるほどね~。たしかにビジネスの要は集客だわぁ。

だけど……それと古鷹ちゃんがやってることって、何の関係があるのかな~?」

 

 

本日三鷹少佐が来るのは、ビジネスの話をするからということらしい。

まぁそれは納得。余った海水塩を海中投棄するのはもったいないと龍田も思っていたので、副業で販売するというのは賛成だ。

 

しかしそれがどうやったら、家電のコンセントを引っこ抜くという行動につながるのだろうか?

まったく意味が分からない。

 

 

「あぁ、これはですね、秘書艦の陸奥さんが来るかららしいです」

 

「???」

 

「ええとですね……私もにわかには信じがたいと思っていることなんですが……

三鷹少佐の秘書艦である陸奥さんは、一日に一度のぺースで、何かを爆発させてしまう性質があるらしいんです」

 

「……ん?」

 

「陸奥さんが関わると、一日に一度何かが爆発するらしいんです」

 

「……えーとぉ……」

 

 

ちょっと何言ってるかわからない。

鬼ヶ島帰りでメンタルを何度もスクラップ&ビルドされた龍田でも、戸惑ってしまう内容だ。

 

 

「提督がおっしゃるには、三鷹少佐のところの皆さんは、何らかの特殊性を持っているらしく……

陸奥さんは爆発、大鳳さんは艦載機不調、翔鶴さんは謎のデコイ性能、山城さんは不幸……

などなどらしいです」

 

「えぇ……?」

 

 

なんだかすごくよくわからない話が飛び出してきた。

随分とオカルトじみた話であり、こんなもの信じろという方が無茶だろう。

というか、その話が本当だとして……そんなんで海域維持ができるのだろうか……?

 

 

「そういうことですので、ウチで爆発が起こらないよう、家電の電源を落としているところなんです。

あとこの話を知らずにコンセントを入れなおしちゃう方が出るかもしれませんので、掲示板に事情を書いたお知らせを張り出して、館内放送で一読するよう周知する予定です」

 

「そうなのぉ……」

 

 

まったく実感がわかない話に、生返事することしかできない龍田である。

秘書艦のふたりも当初はそんな感じだったので、これは正常な反応だといえる。

 

 

……その後古鷹の言ったとおり、掲示板に張り出したお知らせを一読するよう館内放送が入った。

どうやら三鷹少佐はあと2,3時間で到着するようだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……どうしようかなぁ」

 

「ん? どうしたんだよ、龍田」

 

「今日って三鷹少佐が来るじゃない?」

 

「ああ。言ってたな。提督の先輩だっけ?」

 

「そうよ~。

その少佐なんだけど、一回会ってみたいな~って思ってぇ」

 

「マジで言ってんのか?

加二倉中佐とは違う感じで、相当キレてるって話じゃねぇか」

 

「だからこそよぉ。

叢雲ちゃんと古鷹ちゃんじゃ、ちょっと性格的に荷が重くなぁい?」

 

「あー、提督同士の顔合わせには、普通は秘書艦が同席するもんな。

あのふたりじゃ確かに真面目過ぎてキャパ越えちまいそうだな」

 

「そうなの~。だから私が代わりに同席しようかなって。

私としても加二倉中佐と同じくらい恐れられている人なんて、見てみたいしぃ」

 

「龍田はそういうとこ肝が据わってるよなぁ。

俺は絶対関わりたくないぜ」

 

「提督のためにもなるでしょうからね~」

 

 

そんな会話を天龍とした後で、龍田は提督を交え、秘書艦ズと直談判。

ふたりとも喜んで「どうぞどうぞ」と役目を譲ったらしい。

一応秘書艦の務めではあるので、後に報告をして欲しい、という条件は付いたが。

 

 

 

・・・

 

 

2時間後……三鷹少佐到着

 

 

・・・

 

 

 

現在提督と龍田は、到着した三鷹少佐と秘書の陸奥を客間に通したところだ。

「わざわざありがとねー」なんて気さくに笑っている姿からは、うわさに聞くヤバい一面はまったく感じ取れない。

 

お客さんのふたりは同席するのが秘書艦でないことを不思議に思ったが、龍田の「提督の知り合いを知ってる部下が多いのは大事だと思う」という発言に、うんうんと納得していた。

「ちょっと秘書艦のふたりでは、刺激が強すぎるかも」という鯉住君の補足に対しては、アハハと笑っていたようだ。

どうやら自分たちが特殊な存在に分類されているということは、自覚している模様。

 

 

「いやー、こうして龍太君と顔を合わせるのって、いつぶりだろうね!

久しぶりに会えて嬉しいよ!」

 

「こちらこそお久しぶりです。

研修ではよくしてもらって……随分とお世話になりました」

 

「それはこっちのセリフだよ。

キミが居てくれた間は、部下たち……あ、艦娘の方だけど、みんな活気があったからさ。

もちろん出版部門の社員たちもキミの事を慕ってたから。

正直言うと、また戻ってきてほしいくらいなんだよね」

 

「ハハハ……それは買いかぶり過ぎですよ」

 

「そんなことないわ。龍太君。

アナタがどれだけみんなの精神安定に一役買ってたか……

研修が終わった時に山風に大泣きされたの、覚えてるでしょう?」

 

「あ、あはは……」

 

「ふ~ん。提督はぁ、研修してた時から粉かけ放題だったのねぇ」

 

「そういうつもりはないんだけどなぁ……」

 

 

怖いほほえみを向ける龍田と、あらあらとほほ笑む陸奥にタジタジする鯉住君。

そしてそれを見てニコニコする三鷹少佐。

 

どうやら彼は、よその鎮守府の研修中も色々とやらかしてきたらしい。

 

 

「まあまあ。キミが一生懸命やってるのは知ってるからさ。

いいじゃないか。お嫁さんをいっぱい貰うくらいのご褒美あっても。

一夫多妻制なんて生き物として普通だしね。人間だってやってるし」

 

「いえいえ……倫理的にちょっと……」

 

「ま、その話はキミも困っちゃうだろうから、お仕事の話しようか。

今回出荷したいのは、海水塩、生糸、それにワサビだったかな?」

 

「あ、はい。その通りです。

その3種類はウチで消費できない量が取れるので。特に海水塩は」

 

「うん。実際見てみないとわかんないけど、ウチで取り扱うことは出来ると思う。

話に聞く限り、随分高品質らしいしね」

 

「ええ。特に海水塩は非常に上品な味だと感じます。

それは後で案内した時に、実際に体験してほしいと思っています。

……それとですね、生産品販売とはまた別件もありまして」

 

「ん?それは聞いてないな。……なんだい?言ってみてよ」

 

「こちらは販売ではないのですが、ニワトリと渓流魚……イワナとヤマメを購入することは出来ないでしょうか?」

 

「あぁ、なるほど。

生け簀があるって言ってたもんね。そのくらいならいいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

突拍子もない話を、何の躊躇もなく承諾してしまう三鷹少佐。

流石は「ひとり財閥」と言われているだけはある。

 

 

「それでは実際どんな感じになってるか、製品の品質チェックも兼ねて、鎮守府を案内しますね」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

席を立つふたりに合わせて、龍田も席を立とうとしたのだが、陸奥からそれに対してストップが入る。

 

 

「あ、ちょっといいかしら、提督」

 

「ん?どうしたんだい?むっちゃん」

 

「龍田さんのことなんだけど……

私達のことを知っておきたいっていうことなら、話をしといた方がいいわよね?」

 

「あぁ、それはそうだけど……大丈夫かな?」

 

「龍太さんの部下なんですもの。大丈夫でしょ」

 

「それもそうか。龍太君の部下だもんね。大丈夫だよね?」

 

「あー……まぁ、龍田なら大丈夫かなぁ……

加二倉さんのところで1か月も耐えることができたし……」

 

「え、ちょ、ちょっと提督?

ただの鎮守府紹介で、そんなに身構えなきゃいけないのかしらぁ……?」

 

「なんて言うか……龍田って普通よりも動揺しない方だよね?」

 

「え、えぇ、まぁ……そうだとは思うけど……」

 

「だったらまぁ何とかなるんじゃないかなぁ……多分……」

 

「そ、そうなのぉ……?」

 

 

すっごく不安な龍田。

それを見て、陸奥がフォローを入れる。

 

 

「そんなに身構えなくても大丈夫よ。

それにね、言うほど私達はおかしくないって、知っておいてもらいたいの。

これから長いお付き合いになるでしょうし、分かってくれている相手が増えるのは、私達としても嬉しいことだわ」

 

「そ、そういうことでしたらぁ……」

 

「僕としても、龍太君の部下から距離を取られたくはないからね。

それじゃ頼んだよ、むっちゃん」

 

「ええ。任せてちょうだい」

 

「龍田も頑張ってね」

 

「話聞くだけなのに、頑張らなきゃいけないのねぇ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

提督ふたりはそのまま鎮守府散策に行ってしまい、客間には龍田と陸奥が残された。

落ち着かない龍田の様子を見かねて、陸奥は話を始める。

 

 

「……それで、龍田さん」

 

「は、はい」

 

「私達の事知ってくれようとして、ありがとう」

 

「い、いえいえ~」

 

「それでどこまで聞いているのかしら?

貴女の私達に対する認識を知っておきたいんだけど」

 

「ええとですね……かくかくしかじかで……」

 

 

秘書艦ズから聞いた話を伝える。

工場長のやらかしからの島を見捨てかけた事件だ。

 

 

「……」

 

「ど、どうしたんですかぁ?」

 

「山城と龍太君が、そんなこと言ってたのかしら?」

 

「え、ええ」

 

「……ハァ。そんな部分だけ出したら、怖いに決まってるじゃない……」

 

 

ため息をつきながら、眉間にしわを寄せつつ手で押さえ、うつむきながら首を横に振る陸奥。

どうやら提督がしてきた話は誤解を招くものだったようだ。

 

 

「山城も居たわけだし、龍太君が提督を悪く言うような真似するはずがないから、何か理由があったんだと思うけど……

……一応言っておくわね。それ提督の一番怖い話のひとつだから。普段はそんなことないのよ」

 

「そ、そうなんですかぁ……ホッ……」

 

 

どうやら自身が抱く印象よりも、三鷹少佐の性質は穏やかであったようだ。

ホッとしてため息を漏らす龍田。

 

 

「そうなのよ。あの人は優しいの。

そうじゃなきゃ私達なんて引き取ったりしないわ」

 

「え……それってどういうことなんですかぁ?」

 

「私達の鎮守府にはね、問題がある艦しかいないのよ。

もちろん問題と言っても、性格が悪いとか、悪さをしてきたからといった理由じゃないわ」

 

「それじゃ……どういった問題が……?」

 

「一言で言い表すのは難しいから、ひとりひとりどういう問題があるか話すわね」

 

「は、はい……」

 

 

 

・・・

 

 

陸奥によるトラック第5泊地メンバー紹介

 

 

・・・

 

 

 

「……本当なんですか……?」

 

「まぁ、そうなるわよね」

 

 

陸奥のメンバー紹介を聞いた龍田は、とっても複雑な表情をしている。

 

それもそのはず。

陸奥が話した内容では「そんなことがあるのだろうか?」という経歴を持つ艦娘ばかり。

世の中には知らない事ばかりだなぁ……なんて感想を抱く程度には、現実味がない話だ。

 

 

「信じられないと思うけど、全部本当の話よ。

私達はみんな、生まれてからずっと、どうしようもない運命に苦しめられてきたの。

そんな私達のことを提督は『全然大したことじゃないから、ウチで好きなようにしなよ』なんて言って受け入れてくれたの。

良くも悪くも色眼鏡がない人なの。私達はみんな救われてるのよ。

……あの人は興味のある無しで、対応がものすごく変わるから……

ある程度知ってる人からすると、怪物だとか恐ろしい人間だとか、そんな評価になっちゃうけどね……」

 

 

そう話す陸奥の目には、何とも言えない寂しさが感じ取れる。

 

 

「でもね、怖いとか何考えてるかわからないなんていうのは……

結局それはその人が、心にやましいものを抱えているからなの。

あの人は決して……頑張ってる人や、人のためを想って行動する人、真面目に生きてる人に対しては、酷いことはしない。

間接的に酷いことをする可能性があるなら、そのことと、そうならないための対処法を、必ず相手に伝える。

だからちゃんと向き合えば、そんなにひどい人じゃないのよ」

 

「……そうだったんですねぇ」

 

 

三鷹少佐は、随分部下からは慕われているようだ。

思っているような無慈悲な人じゃないと聞いて、少し安心する龍田。

不穏な話がちょいちょい出ているので、完全に安心することは出来そうにないが。

 

 

「ま、そうは言っても、確かにあの人は見えているものが違うから……

相手してて怖くなっちゃう気持ちはわかるのだけれどもね」

 

「は、はぁ」

 

「提督をまるで恐れていないのは、私が知る限り……

伊郷元帥に鼎大将、そして大将のお弟子さんくらいかしら。

もちろん龍太君含めてね。アナタの提督、ホントに大物なんだから」

 

「ええと……ありがとうございます」

 

「提督が人をあそこまでベタ褒めするとか、実際見るまで信じられなかったから。

関係ない人間なら居ても居なくてもいい扱いする提督が、あそこまで高い評価するなんてねぇ……」

 

「え、ちょっと……」

 

 

やっぱり不穏な話が出てきた。

居ても居なくてもいい扱いとか……まったく安心できないじゃない。

 

そんな龍田に構わず陸奥は話を続ける。

 

 

「そうそう、もうちょっと言うとね。

私達鎮守府メンバーの一番の仕事は、頑張ってる姿を見せて提督を満足とか感動させることなのよ。

あの人は理性で物事を判断すると、ちょっと人類に都合が悪いことになっちゃうから、いつでも心を動かしていてもらわないとね。

なんて言うか……感情で理性をコントロールしてる感じかしらね」

 

「……」

 

 

提督……早く帰ってきてぇ……

 

やっぱり駄目なやつだった。

あまりタッチしてはいけなそうな話がバンバン出てくる気配を感じ、心の中で提督にSOSを送る龍田なのであった。

 

 

 




トラック第5泊地 全メンバー紹介



本編で陸奥が話した内容です。



戦艦・陸奥改

一日一回関与する何かが爆発する。大体山城が犠牲になる。
以前の鎮守府では、その特性から疎まれ、厄介払いのような形で三鷹少佐に引き取られた。
今はその爆発をある程度コントロールできるようになったらしく、問題なく戦闘で活躍している。
というか、戦闘に爆発を活かすレベルにまで達している。
艦娘のまとめ役。筆頭秘書艦。



航空戦艦・扶桑改二

戦闘中に低確率で主砲が機能不全に陥る。
戦闘が終われば元の調子に戻るが、戦闘中は戻らない模様。
彼女も以前いた鎮守府で役立たず扱いされていたところを三鷹少佐に引き取られる。
今は主砲機能不全の兆候がわかるようになったのと、副砲をうまく活用することにしたおかげで、問題なく戦闘できている。
最近は茶道と書道に夢中。三鷹少佐もその活動を応援している。



航空戦艦・山城改二

物凄く不幸。ある意味天に愛されているレベルでアクシデントに遭遇する。
そんな逆境に負けずに毎度芸人っぽい反応をする、面白お姉さんでもある。
以前いた鎮守府では周囲に影響する特性のせいで軟禁状態であり、それを問題視した鼎大将経由で三鷹少佐が引き取る。
戦闘中に関してではあるが、姉同様トラブルの兆候がわかるようになったので、問題なく出撃できるようになっている。
ビジネス活動も盛んに行っている。



装甲空母・大鳳改

非常に明晰な頭脳を持ちながら、艦載機が謎の不調を起こしてしまう性質を持つ。
その不調は多岐に渡り……
レバノン料理を食べた日には艦載機が墜落する、熟練搭乗員が乗った艦載機を飛ばすと墜落する、北国で艦載機を飛ばすとアンチアイス機能が発動せず墜落する、レベル3特務海域に出撃するとL域方面に羅針盤が必ずブレる、海鳥と艦載機が激突して墜落する……などなど。
以前に居た鎮守府では、今や教本に載っている伝説の作戦、『セントエルモの火』作戦や、『隻眼の一本道』作戦などを打ち立てたのだが……
出撃できない空母を置いておきたくないという不憫な理由で、島流しにあった。
現在は出撃もするが作戦立案もする、艦隊の頭脳として活躍中。
艦載機の謎の墜落はコントロールできないようだが。



正規空母・翔鶴改

敵に狙われやすすぎるという特性を持つ。
別に目立った動きをしているわけではないのに、何故かよく狙われる。
前に居た鎮守府はブラックな場所であり、その性質から役立たずの烙印を押され、かなりひどい扱いを受けていた。
加二倉中佐率いる部隊により提督が処され、行き場をなくしていたところ、鼎大将経由で三鷹少佐に引き取られる。
最近は心の傷もある程度癒え、出撃も普通にできるようになってきた。
内向的になってしまい、今は内職が趣味となっている。



航空巡洋艦・最上改

相手とすれ違う時、どうやってもぶつかってしまう。
戦闘中でもそれが起こってしまうのが厄介。相当練度の高い艦隊でなければ、それが原因で敗北してしまう。
そういうことで以前いた鎮守府では出撃禁止、そして毎度提督にぶつかることから、怒りを買って島流しに。
各鎮守府を転々とするも受け入れてもらえる場所はなく、最終的にたどり着いた三鷹少佐の鎮守府に落ち着くことになる。
アウトドア派なので、農場で野菜を育てるのを楽しみとしている。



航空巡洋艦・三隈改

姉の最上のとばっちりを毎回受けてきた不憫な妹。上述の最上と同じ異動経歴を持つ。
とはいえ、最上が悪いわけではないのはちゃんとわかっているため、律儀に付き合ってきた。とばっちりを受けるのが彼女の特性なのだろう。
今は姉が受け入れられたことから普通の生活を送ることができており、普通に出撃することもできている。
姉と一緒に企業管理農場で畑仕事をするのが楽しみ。



軽巡洋艦・阿賀野改

元軽巡棲鬼の転化体。キリバス周辺のフルーツ畑を荒らしまわっていた。
三鷹少佐の「ウチに来ればフルーツ食べ放題だよ」という誘い文句にホイホイつられ、帰順した。
現在は公約通り、フルーツを食べまくる日々を送っている。
戦闘に出ることもあるが、どっちかと言えばフルーツを食べ続けていたいため、基本は食堂に入り浸っている。実力は高い。あと体重増加を恐れている。



駆逐艦・電改

特に変わった特性はない普通の艦娘。三鷹少佐の初期艦。
けなげだが芯の強い優しさを持ち、深海棲艦を敵と考えず、なんとか共存できないかと日々頭をひねっている。
通常の鎮守府ではその姿勢は疎まれることを考えると、彼と一緒に着任できたことは幸運だったのかもしれない。
彼女の最大の功績は、三鷹少佐に人間(?)の素晴らしさを体験させたこと。
これにより彼は彼女の言うことなら、ポロっとこぼした発言まで全部拾って、10倍以上にして要望を叶えるようになった。甘やかしまくりである。



駆逐艦・狭霧

原因不明の体調不良のせいで、まともに戦えない。
具体的には急な動悸、持病のシャク、喘息のような症状、めまい立ち眩みなどなど。
そのせいで元居た鎮守府では不良品扱いされ、かなりひどい扱いを受けていた。
その事実を知った鼎大将により、三鷹少佐の鎮守府へと異動。
現在彼女は戦闘行動はとらず、体に負担のかからない事務仕事に精を出している。
鯉住君が基本艤装をメンテしたのがきっかけで、メンテの調子によって体調がよくなることが判明。
彼になんとか残ってもらえないか直談判したりしたが、彼もそれは出来ないということで、適切なメンテ法を所属技師に伝授するということで手を打った。



駆逐艦・山風

見えてはいけないものが見えてしまう。
元々消極的な性格の艦であり、その性質により消極的な性格に拍車がかかっている。
そのせいで前に居た鎮守府では提督から疎んじられ、冷遇されていた。
何度かの異動の末、三鷹少佐の鎮守府に着任。
現在は常に誰かと行動することで恐怖を抑えている。夜には絶対単独行動しない。夜戦とか無理。
鯉住君の研修中は、彼と一緒に居ると全く怖いものが見えないという理由から、ずっと彼にべったりくっついていた。
狭霧と一緒に大泣きしながら彼が去るのを止めようとしたが、流石にそれは無理ということで、後ろ髪ひかれまくりながら諦めた。




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第97話

今回は、あることないこと色々ねじ込んで物騒な感じになっています。
詳しくは注意書きを呼んでください。


注意書き

・今回の話では物騒な表現、言葉が出てきます。
・直接描写や轟沈描写はありませんが、人によってはひええとなる可能性があります。
・このお話は概ねフィクションです。真に受けるかどうかは私は関知しません。概ねフィクションですから。
・話に信ぴょう性を欠く上に、ダラダラ続いちゃう部分があります。ごめんなさい。


以上に同意していただける場合のみ、読み進めていただくことを推奨します。
今回の話は読み飛ばしてもらっても問題無いよう、次回にあらすじみたいなの入れますので。




 

陸奥による三鷹少佐の身の上話が始まろうとしている。

現状でも常識の外にある情報目白押しなので、いくらそういうのに耐性がある龍田でも、いっぱいいっぱいとなっていた。

 

もし龍田ではなく秘書艦ズだったら、とっくに真っ白になっていたことだろう。

彼女が役目を変わったのは正解だったといえる。

 

……そんな精神的ピンチを迎える龍田が、提督に声にならないSOSを発していると……

それが通じたのか、提督である鯉住君と、お客さんである三鷹少佐が、一緒に鎮守府散策から戻ってきた。

 

 

 

ガララッ

 

 

 

「ただいま。お待たせしちゃったね」

 

「て、提督……!待ってたわぁ……!」

 

「あら、おかえりなさい。……提督、早かったのね。

それで、どうだったかしら?龍太君の鎮守府は」

 

「いや、もう、凄いのなんのって!

人類の到達していない技術のオンパレードに、軍事施設とは真反対の牧歌的な雰囲気!

まさに龍太君そのものって感じだったよ!

やっぱりキミは凄い!僕じゃ足元にも及ばないって実感したなぁ!」

 

「三鷹さん……褒め殺ししてくるのは、物凄く恥ずかしいのでやめて下さい……」

 

「提督がそこまで言うなんて、本当にスゴイのね……

私も見てみたくなっちゃった。龍太君、あとで私にも色々見せてくれないかしら?」

 

「え、ええ。それは構いませんよ」

 

「フフ。楽しみねぇ」

 

 

興奮して少年のように感想を述べる三鷹少佐は、先ほどの話で出てきた人物像とはまるで一致しない。

 

本当に彼は要注意人物なんだろうか……?

そう考えて首をかしげる龍田。

 

 

「ああ、そうだ。ねぇ提督。

龍田さんにどこまで私達のこと話したか、報告しておくわね。

……まずは私達メンバー全員の来歴を説明してから、アナタの誤解を解いておいたわ。

アナタのことを冷酷非道で血が通ってない人間みたいに思ってたようだから、訂正しておいたわ」

 

「そ、そこまで言うつもりはないんだけどぉ……」

 

「アハハ!気を遣わなくてもいいよ!龍田ちゃん!

その表現も、あながち間違いでもないからさ」

 

「え゛っ……?」

 

「実際僕は普通の人とは考えてることが違ってさ。

例えばだけど……人間は多すぎるから3億人ぐらいまで減らした方がいいと思ってるし、国がいくつ滅ぼうとも、関係ない人が目の前でどうなろうとも、特に何も思わないんだよね。

食物連鎖とか考えると、それくらいの数がちょうどいいと思わない?

むしろ人類はピラミッドの頂点とか自称してること考えると、それでも多いと言っていいくらいだよねぇ」

 

「ひ、ひえっ……」

 

「あーもう、提督、龍田さんビックリしちゃってるでしょ。

もうちょっと歯に衣着せないと」

 

「あ、ごめんごめん」

 

「て、提督ぅ……」

 

 

三鷹少佐の雰囲気から、龍田は気づいてはいけないことに気づいてしまった。

ハッタリや虚勢なのではなく……彼は今の話を本気でしているということに。

 

さらに言えば、

それを実行するとしたら、なんの躊躇もなく実行するだろうということに。

実際にそれができる規模の財力を持っているということに。

 

……地獄の研修で鍛えられた第6感が、仕事しすぎてしまった。

SAN値の減少が著しい。

 

さっきから続く未知との遭遇に、一時的狂気を発症してしまい、半泣きになって鯉住君にしがみついてしまった。

 

 

「おお、よしよし……三鷹さん、俺もその意見は理屈では間違ってると思いませんけど……

あまり人前でその話はしないで下さいね?

誰に話しても、今の龍田みたいになっちゃいますよ?

俺はもう慣れてるから平気ですけど……」

 

「そうよ。そういうこと本気で言うから、普通の人はアナタの事、怪物扱いしちゃうのよ?

そのせいで私達まで腫れ物に触るように扱われるんだから、自重してちょうだい」

 

「当たり前のこと言ってるだけなんだけどなぁ……

キミたちや龍太君に迷惑がかかるなら、控えないといけないかぁ」

 

「頼みますよ。

そういう部分出さなければ、三鷹さんは聖人君主みたいな人なんですから」

 

「そうなの?よくわかんないなぁ……

人の細かい心を読むのって難しいねぇ」

 

「て、提督……怖いわ……グスッ……」

 

「よしよし……大丈夫だからね。

実際三鷹さんが暴走したら大災害待ったなしだけど、そうはなりようがないから」

 

「そうそう。私達がいるし、何より電ちゃんがいるもの。

任せてちょうだい」

 

「今の龍田ちゃん、ウチの山風ちゃんそっくりだね」

 

 

自信満々にする陸奥に、怖がる龍田を頭ナデナデして落ち着かせる鯉住君。

 

このふたりにとって、こういった場面は慣れっこのようだ。

こんな状況がスタンダートというのはどうなんだという話ではあるが。

 

 

 

・・・

 

 

 

……それから暫く龍田が落ち着くまで時間を空けた後。会話を再開することにした。

 

 

「ごめんなさぁい……取り乱したわぁ……」

 

「勘がいい人だと、キミみたいになっちゃうんだよね。

とにかく回復してよかったよ」

 

「どうしようかしら……

あの程度の話だけで今の状態になっちゃうってことは、このまま提督の話を聞かせちゃうのはマズいかしらね?」

 

「そうですね……ちょっと刺激が強すぎたでしょうか。

龍田には退出してもらいましょうかね?」

 

「い、いえ……そんなことで尻尾を巻いてしまったら、神通教官に呆れられて、沈められちゃいます……

それにこのままだと、三鷹少佐は危険すぎる人だって認識で固まっちゃいますしぃ……」

 

「キミたち3人揃って僕のことなんだと思ってるのさ……

劇物や毒物みたいな扱いしちゃって」

 

「普通の人からすると、まさにそんな感じなんですよ……

関わったらいつ消されるかわかんないみたいな」

 

「えー」

 

「えーじゃないわよ。それくらいはわかっててちょうだい」

 

「むっちゃんまで、ひどいなぁ」

 

 

少し困り顔の三鷹少佐を、いつもの事といった感じで秘書艦の陸奥は窘める(たしなめる)。

その様子を見ていた鯉住君は、なんとなく気になったことを聞いてみることにした。

 

 

「それにしてもなんで三鷹さんは、そこまでドライというか……

人類のことを冷めた目で見ているんですか?

普通に学生時代を過ごしてきたって聞いてますし、そんな発想まず出てこないと思うんですけど」

 

「そうだねえ……うーん……」

 

 

三鷹少佐は腕を組んで目をつぶり、何か考えている。

なにかしらを迷っているようだ。

 

 

「もしかして、何か話せない事でもあるんですか?

だったら無理して話していただかなくてもいいですよ?」

 

「……ま、いっか。

大丈夫大丈夫。鯉住君とその部下だし、大丈夫でしょ!」

 

「「 えっ 」」

 

「ちょっと提督……まさか……」

 

「そのまさかだね。なに、なんとかなるって。

五月蠅い連中には僕が話したって伝えれば、おとなしくなるし」

 

「アナタがそこまで言うなら止めはしないけど……

隠さなきゃいけないんじゃなかったの?」

 

「龍太君だしいいかと思って。

それに僕としても、自分のこと知ってもらえるのってすごく嬉しいし」

 

「まぁ、そうねぇ……確かに龍太君だし、なんとかはなるでしょうけど……」

 

「「 えええ 」」

 

 

なにやらキナ臭い展開になってきた。

どうやら三鷹少佐には隠し事があるらしく、ここでそれを暴露するつもりらしい。

 

俺だったらまぁ何とかなるでしょ、みたいな……関わった人はみんなそんな感じになるけど……

その謎の信頼、やめていただけませんか……?

 

 

「人間が何かを怖がる一番の原因は、正体がよくわかんない事じゃない?

ちょうどいい機会だし、長いお付き合いになるだろうし、僕の身の上話はしておいた方がいいんじゃないかな?」

 

「うーん……ウチのメンバーには怖がられ過ぎるのが目に見えてるから話せないけど……龍太君のところなら大丈夫かしらね。

超常現象とか突拍子もない出来事とか、慣れてるでしょうし」

 

「「 いやいやいや…… 」」

 

「実は僕はね、ちょっとした互助会みたいなところのメンバーなんだけど……」

 

「ああ、話が始まっちゃった……ゴメン龍田……」

 

「ううん……いいの……」

 

「そこのメンバーっていうのが、同じご先祖様を持つ集まりなんだよね」

 

「お、同じご先祖様……?」

 

「うん。そう。ヤマタノオロチだね」

 

 

「「 ……へ? 」」

 

 

 

 

 

「八岐大蛇(やまたのおろち)。

古事記とかに載ってて、草薙剣で有名なあれ」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「み、三鷹さん……それって一体……?」

 

「ああ、別に化け物から生まれたとかそういうわけじゃないよ?

あれだよ。古事記とか日本書紀って、わかりやすさと覚えやすさ重視で、実際にあったことを物語っぽくしてるじゃない?

だからヤマタノオロチって言っても、実際はでっかい蛇とかじゃないよ?」

 

「まぁ、歴史書がそういったものだってのは知ってましたが……」

 

「いやー!流石は龍太君だね!博識!

普通の人だったら今の段階ですでに伝わらないのに!僕感動しちゃうよ!」

 

「いや、その、はい……ありがとうございます……」

 

「それでヤマタノオロチが何の暗喩かって言うとね。

『八』はたくさんって意味じゃない?八百屋とか八百万(やおよろず)とか。

だから八岐大蛇は『豪族が治める集団がたくさん集まった合同集落』って意味だね。

あとなんで蛇かって言うと、勝った方が負けた方を悪い奴扱いするためだね。

イメージダウン戦略ってやつ。これは人類の伝統芸能だよねー」

 

「はぁ……」

 

 

なんかサラッと裏の歴史が飛び出してきた……

 

 

「だから僕が所属する互助会ってのは、その一大集落に住んでた人たちの子孫の集まりなんだ。

須佐の王であるシュメルミコト……最近だと皇尊(すめらみこと)か。

そいつらがいきなり攻めてきて、宝剣も族長の娘も奪われて、男たちはみんな殺されちゃったけど……俺達ずっと仲間だよね!

……みたいなところから始まったみたい」

 

 

「「 へー…… 」」

 

 

「そんな古い集まりだから、歴史にはみんな詳しくてさ。

僕もいろいろ学んできたんだよ。

で、人類の歴史ってのを見てみるとね。全然なっちゃいなくてさぁ。

別にこの種族ロクなことしないし、生き残んなくてもいいか、って思うようになったってわけ」

 

 

「「 …… 」」

 

 

なんかこの人怖いこと言いだした……

 

 

「だってさぁ、日本だけ見てもひどくない?

僕が知ってる限りだと、天の鳥船と同一視されてる乗り物が、空飛んでた時代からしか知らないけどさ。

 

よく知られてるところから話すと、

国内で各地の豪族同士で殺し合いしまくって、残った出雲の王……大国主って呼ばれてるけど、そいつが虐殺大会に優勝してトップに立ったじゃない?

 

そしたら日本に出戻り組の天津神が九州地方から攻めてきてさ、電撃夜襲で武御雷将軍が大国主の本拠地強襲して、日本の首都を乗っ取ったじゃない?

 

そいつらも下克上が怖くて、僕のご先祖様たちだけじゃなくて、大国主に従属してた氏族たちを攻撃して周るしさ。日本武尊(ヤマトタケル)将軍とかさ。

ホントなんのためにみんな死んでったのさ、とか思うじゃない?」

 

 

「「 はひ…… 」」

 

 

「だよねぇ。

それで結局互助会メンバーは流浪の民とかジプシーとか呼ばれる生活に入ったわけだけど、そこからもひどかったんだよ。

 

シルクロード経由での大陸からの圧力で、聖徳太子とかいう大陸の傀儡政治家に好き放題日本中をかき回されるし、坂上田村麻呂将軍が征夷大将軍とかいう肩書で東北を蹂躙するし、ただのチンピラ集団だった平氏とか源氏とかが、自分は正しいなんて顔しながら暴れまわるし……

さすがにこの辺は、割と最近の話だから知ってると思うけどさ」

 

 

「「 はぁ…… 」」

 

 

割と最近……?

源平合戦って、1000年くらい前の出来事なんだけど……

 

 

「人間なんて、ちょっとチョーシのった奴らが殺して回ることしかしないんだよねぇ。

そんなんだから江戸時代に『もう敵はいない』とか言って油断しまくって、戦国時代と江戸時代に大量に掘り出した金銀を、イギリスに根こそぎ持ってかれちゃうんだよ。

ほら、坂本龍馬とかがグラバーの奴に借金しまくって頭上がらなくなって、明治維新起こさせられて……官軍と幕府軍で二虎競食の計なんて喰らっちゃってさ。

医療用大麻とかいう名目でアヘンと金銀を交換しまくって。

どんだけだよって感じだよね。

しかもそれで傷ついたからって、薩摩に支配されてた沖縄とアイヌが平和に暮らしてた北海道を侵略するし」

 

 

自分の知ってる歴史と違う……

 

 

「その後もさ。ひどいもんだよ。

日清戦争とか言ってヤク中の清軍蹴散らさせられて調子に乗らされるじゃない?

イギリスがラクラク植民地とるために、デコイとしてやる気ないロシアとダラダラ戦わされるじゃない?

そしたら最終的に勝ち目ない戦いをアメリカとさせられるじゃない?

陸軍海軍で懲りずに二虎競食の計喰らいながらさ。

 

……あ、軍艦だった龍田ちゃんは、気分を害しちゃったらごめんね?

キミや当時の関係者を悪く言うつもりはないから。

あくまで人類そのものに呆れてるだけだから」

 

 

「は、はひぃ……大丈夫れす……」

 

 

龍田はまだギリギリ精神を飛ばさずに済んでいる模様。

 

 

「そっか。やっぱ艦娘はみんな強いんだねぇ。感心感心。

それで結局アメリカに心も体も支配されて、資本主義作り出した奴らに貢ぐための家畜にさせられるじゃない?

ホント人類って同じことばっかやってるよねぇ。

いいかげん飽きないのかなって思っちゃうよ。

ま、今は人類の天敵である深海棲艦が出てきてくれたおかげで、ほんのちょっとマシな世界になったけどねー」

 

 

「「 あはは…… 」」

 

 

乾いた笑いしか出ないふたり。

この人、深海棲艦が出てきて世界がマシになったとか言ってるんですけど……

 

 

「ま、それでもさ。

人類全体を見るとさっさと滅べよって感じだけど、個人を見ると全然そうじゃなくてさ。

一生懸命生きてる人がいたり、誰かを救いたいって人がいたり、人間の可能性を追い求めるアスリートやアーティストがいたり……

そういうのって美しいよね。やっぱり人間は滅んじゃだめなんだよ」

 

 

「は、はぁ……良かったです……そう思ってくれて……本当に……」

 

 

「あはは。それもこれも鼎先生と電ちゃんのおかげだねー。

 

……中学生のころ親に『人類という大きなくくりでなく、目の前で生きている存在として相手を見なさい』って諭されてさ。

それからおとなしく世界を見ながら、色んな人と交流しながら生きてきたんだよ。

 

それでも中々いい出会いに恵まれなくて、提督養成学校もロクでもないところでね。

「もうこの際、頑張って人類減らしてみようかな。そしたらなんか変わるかも」なんて考えてたんだけど……

両親以外で初めて「この人はスゴイ!」って存在に出会って、こんな素晴らしい出会いばかりのところに連れてきてもらって」

 

 

「提督は電ちゃん大好きだものね」

 

 

「そりゃそうさ!

自分より遥かに強くて、敵意を持たれているような相手を救いたいだなんて!

僕はそれを初めて聞いたとき、号泣しちゃったよ!

人類だったら確実に、皆殺しにするまで攻撃を加えるところだよ?

それが『救いたい』なんて言葉が出てくるんだ!美しすぎるじゃないか!」

 

 

「そ、そうですね……」

 

 

「自分のためだけだったら、どんな動物でも動けるんだよ。

それを超えたところに到達してこそ、真の人間じゃないかな。

だからそれが自然にできる人を、僕は尊敬しているんだよ。

鼎先生に、一ノ瀬さん、加二倉さん、伊郷元帥、もちろんキミもね」

 

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

「僕の話といっても大したこと無かったと思うけどさ、そんなところだね。

どうだい、龍田ちゃん?分かってくれたかな」

 

 

「はいぃ……」

 

 

常識ブレイクにより、龍田はまた涙目になってしまった。

 

正直知ったところで安心はまったくできない内容だったが、彼の行動原理はふたりともよく理解できた。

 

要するに……

自分を高めようと努力していたり、思いやりをもって生きている人間には、とっても協力的。

一方で、ただ生きているだけの人間にはまったく価値を見出していない。

 

……納得はなかなかできそうにないが、それでも話を聞いたおかげで、彼の価値観を知ることは出来た。

情報の洪水に理解できないこともあったが、異文化コミュニケーションの一環だと割り切ることで、鯉住君は無理やり納得することにした。

 

 

「しかし……本当に良かったですよ……

三鷹さんが鼎大将や電ちゃんと出会ってくれて。

もしそうじゃなかったら、かなり大変なことをしてたんですよね……?」

 

「まあねー。

その互助会の伝手で、世界中の重要人物とかと話をしたんだけどさ。

なぜかみんな『貴方が行動を起こすようならついていきます』なんて言ってくれて。

だから多分あのまま行けば、国家共同体のひとつやふたつ潰してたと思うねー」

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

事もなげに言ってるけど、それってヤバいですからね……?

 

 

「ま、そこまでしなくても深海棲艦がやってくれるからいっかってことで、今となってはそこまで頑張るつもりもないかな。

ただし、色々酷いことしてきた連中には、最低限の落とし前はつけてもらうけどね。

最近もその一環として、海外の資産家に散ってた日本銀行の株式を取り戻したおかげで、プライベート株含めて85%まで取得したんだよ」

 

 

「「 ……ん? 」」

 

 

「あらあら。提督、それって言っていいの?

まだ秘密にしておくんじゃなかったの?」

 

「いやね、僕のことを話せたのって本当に久しぶりだから、テンションが上がっちゃって!

ホントは龍太君が少将に昇進した時にばらして、『僕も少将になったんだよ!先輩だから負けられないよね!』ってやりたかったんだけどさ」

 

「随分嬉しそうに話してたものねぇ。

それじゃどうするの?隠しとく必要もないし、さっさと少将に昇進する計画進めちゃう?」

 

「んー、まだそれはいいかな。

せっかくだったら一ノ瀬さん、加二倉さん、龍太君と一緒に昇進したいしね」

 

「ハワイ遠征もまだ見通し立ってないものね。わかったわ」

 

 

もうやだこの人たち……

 

自分たちの知る世界とは違う世界があることを、これでもかと体験させられたふたりなのであった。

 





たつたさんはかわいいなぁ(現実逃避


三鷹少佐はちょっと違うものが見えていて、ちょっと違う世界の住人だったりするので、そっち方面の話はこれ以降あまり出しません。
出すときには今回みたいに警告文入れます。

このお話はギャグ路線前提ですので。
あんまりこういう話ばかりになって、それがブレてもいけませんしね。


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第98話

イベントで堀りをしてまして、遅くなりました。申し訳ないm(__)m



陸奥の格好は鯉住君にとんでもない特効倍率がかかっていますが、
避けられていると気づいた陸奥が「中にアンダースコート履いてるから平気よ」という、ありがたいお言葉を投げかけてくれたおかげで、彼は普通に陸奥に接することができるようになりました。

もちろん嘘です。アレあんなだけど制服ですし。
普通の服は戦闘中簡単に破けるので、制服には重ね着しないのが普通なのです。
そもそもアンスコの時点で、彼が耐えられるかも微妙なんですけどね。


前回のあらすじ

三鷹少佐の生い立ちと考え方が暴露されたことにより、鯉住君と龍田さんのSAN値が著しく減少。
龍田さんが涙目になってしまった。




三鷹少佐の強烈なカミングアウトはあったものの、無事に交渉を終えることができた鯉住君と龍田。

 

その後は陸奥を鎮守府案内したり、

鎮守府案内中に三鷹グループ企業の株価が暴騰したと連絡が来たり、

それを確認した三鷹少佐の「あの人たちが仕手だろうねぇ」という独り言からの、物騒な単語が飛び交う誰かへの連絡があったりと、

あんまり心休まることがなかった。

 

ちなみに今日の陸奥の爆発枠は、株価の暴騰だったらしい。

そういうのも効果範囲なんだ……なんて呆気にとられるふたりである。

 

 

 

今回決定したのは各種農産物と海水塩の出荷。

そして自己調達が難しい生体と養殖セットの購入。

 

購入内訳は以下の通り。

 

 

・食用卵調達用の烏骨鶏 雄3羽 雌17羽(自家繁殖目的のため雌雄)

・養殖用イワナ50匹 ヤマメ50匹

・渓流魚養殖用の人工催熟ホルモン薬(LH、FSH)

・低刺激水溶麻酔と薬品注射セット

 

 

そしてついでに

 

 

・野生動物侵入防止のための鉄条網

・世界の淡水熱帯魚 各種最低3ペアづつ

・バイオエタノール抽出装置設計図

 

 

こちらも卸してもらえることになった。

 

 

熱帯魚は当然水族館に導入する予定だが、

バイオエタノールに関しては「せっかくサトウキビ作ってるんだから、やってみたら?」という、三鷹少佐のありがたいお言葉がキッカケで、手を出してみることになった。

 

いつもの妖精さんに聞いてみたら「せっけいずがあれば、やってやるです!」と自信満々マンになっていたので、手配してもらえることになったのだ。

 

さすがは電ちゃんの要望を10倍増しで叶えちゃう三鷹少佐。

かなり無茶苦茶かつ多岐に渡る注文でも、テーブルの上の醤油とってくれる感覚で引き受けてくれた。

 

普通バイオマスエネルギー生産装置なんて、話題にすら上らないようなもののはずだが……

自然エネルギーのパイオニア、三鷹電力(株)を運営してるだけはある。

 

 

 

そんなこんなで三鷹少佐の訪問は、非常に実りあるものとなったのだった。

 

正気を取り戻した龍田が怖い笑顔で

「さっきの私の恥態を言いふらしたら……手首斬り落としますよ~?」

と口止めしてきたのは、ご愛敬といったところだろう。

 

 

 

・・・

 

 

数日後

 

 

・・・

 

 

 

コケーッ!コケーッ!

 

 

「もう来た……」

 

「早かったわねぇ……」

 

「提督の関係者は、皆さん規格外ですよねぇ……」

 

 

頼んでいた荷物がもう届いた。

あまりの荷物の量に呆気にとられる提督、叢雲、古鷹の3人。

 

まだ1週間と掛かっていないというのに、全部揃えて郵送までこなしてくれたようだ。

なんという早業。出来る男は違う。

 

……目の前にどっさり置かれた色々は、随分と存在感を放っている。

 

 

「とにかくここに置いといてもしょうがない。

必要な場所にどんどん運び込んじゃおう。

……というわけで、今日暇してる適任者を呼んでこようか」

 

「適任者っていうと……」

 

「おさかな関係はアークロイヤルと俺、それと古鷹にも手伝ってもらいたい。

烏骨鶏は……ホントは初春さんと子日さんに任せたいけど、鉄条網設置があって危ないからなぁ。

足柄さんと秋津洲に任せよう」

 

「わかりました」

 

「それじゃ私は、話に上がったメンバーを連れてくるわ。

その足で執務室まで行って仕事片づけとくから、あとは任せたわよ」

 

「あぁ。よろしく頼む」

 

 

・・・

 

 

叢雲の召集に応じて、指定されていたメンバーが集まってきた。

非番もしくはあまり忙しくないメンバー……給糧艦ポジションのふたりと、お魚大好きアークロイヤルである。

 

適役だとは思ってはいたが、案の定である。

足柄と秋津洲はニコニコしながら烏骨鶏と戯れているし、

アークロイヤルは当然の如く、待望の魚群を前にして目をキラキラさせている。

 

 

・・・

 

 

「鳥さんかわいいかも! この子たちウチで飼うの?」

 

「そうだよ。卵調達と食肉用にと思ってね。

20羽じゃちょっと多いかもとは思ったけど……

妖精さんの謎技術のおかげで、とんでもないスピードで作物が取れるからさ。

餌には困らないだろうと思って」

 

 

これからの予定をサラッと伝えた提督だったが、その言葉を受けた秋津洲は目を丸くして驚いている。

 

 

「えっ……食肉用って……

……この子たち、食べちゃうの……?」

 

「うん。その予定。

ちゃんと繁殖が上手くいってからの話だけどね」

 

「鳥さん……ちょっとかわいそうかも……」

 

「俺達さ、毎日なんの苦労もなくお肉食べてるだろ?

それは業者の人たちが、そういうこと代わりにやってくれてるからなんだ。

それを理解してほしくて」

 

「わかっててもちょっと嫌かも……こんなにかわいいのに……」

 

「わがまま言っちゃダメよ。

提督の言ってることは大事なことなんだから」

 

「うー……」

 

 

提督と足柄が言うことは正しいと頭ではわかっていても、どうにも納得できないようだ。

秋津洲はうつむいて、やりきれなさそうにしながら烏骨鶏をなでている。

 

その様子を前にした鯉住君。

どのような言葉をかけてよいやらわからなくなってしまった。

 

 

「……なんて言ったらいいかなぁ……気持ちはよくわかるけど……」

 

「そんなに気にしちゃダメよ。秋津洲ならわかってくれるでしょうから」

 

「足柄さん……

そうでしょうか……秋津洲にはまだ早かったんじゃないかなって……」

 

「そんなことないわよ。彼女なら大丈夫。

料理をするものとして、深海棲艦を沈める艦娘として……

自分たちが命を奪って生きていることを理解しておくことは、何より重要なことだもの。

すぐには難しいかもしれないけど、秋津洲ならアナタの言いたいこと、理解してくれるはずよ」

 

「だといいんですが」

 

「アナタのそういう、私達の心を見てくれるところ……好きよ」

 

「面と向かってそういうこと言われると恥ずかしいんで、そっとしておいてください……」

 

 

完全にふたりの会話は、小学生の娘を持つ夫婦の教育方針会議と化している。

なんだか夫と妻のセリフが逆のような気もするが。

 

 

「Admiralッ!! なにをコソコソと話しているのッ!?

そんなことをしている場合ではないでしょう!!

早くこの美しき宝石(魚)たちを、しかるべき場所へと運び込むのよぉッ!!」

 

「あ、ああ……それもそうだね……

それじゃ足柄さん、秋津洲のこと任せました。

俺は古鷹と一緒に、アークロイヤルに付き合ってきますので」

 

「わかったわ。囲いのセッティングもしておくから。

安心していってらっしゃい」

 

「恩にきます。

……それじゃ行こうか、古鷹」

 

「はい。わかりました。

……アークロイヤルさんのお相手は、お任せしていいですよね?」

 

「ああ」

 

「さっさと行きましょうッ!!

Let's partyyyyyy!!(ステキなパーティーするわよっ!!)」

 

「わかったから、も少し落ち着こうね」

 

 

 

・・・

 

 

 

その後は無事に渓流魚を生け簀に放ち、熱帯魚も水族館の方に迎え入れることができた。

水合わせ(水温と水質に慣れさせること)もつつがなく終わり、落ちた(死んでしまった)生体も出てこず、一安心。

 

ちなみにアークロイヤルはそのまま不眠不休で、生け簀と水族館の環境管理に入るということ。

「そこまでしなくても……」と止めようとしたのだが、好きでやってるから構わないと突っぱねられてしまった。

事実彼女の魚を見る目は非常にギラギラしており、口からはよだれが垂れていた。脳内麻薬がドバドバ状態なのだろう。

あまりにもハイになっていたので、よだれを拭く用のハンカチだけ渡して、古鷹とふたりで農場まで戻ってきた。

 

 

「あら、そっちはもういいの?」

 

「ええ。アークロイヤルが随分ハッスルしちゃいまして……

というか、こちらももう終わったんですね。流石の手並みだ」

 

「やったことなんて、鉄条網で柵を作っただけだもの。

たいしたことないわ」

 

「いやいや……」

 

 

足柄はたいしたことないと言っているが……

ちゃんと1mほどの木の杭が何本も打ち込まれ、そこに鉄条網を張り巡らせてある。

非常にしっかりとした造りの飼育スペースと言えるだろう。

入り口として木でできた扉がついているし、雨除け小屋まで建てられている。

 

 

「柵だけでよかったのにここまで……足柄さんは大工技術を持ってたんですか?それに材料はどこから調達したんですか?」

 

「ああ。私と秋津洲がやったのは、鉄条網を張ることだけよ。

その他の大体はあの子たちがやってくれたわ」

 

 

そう言うと足柄は柵の中を指さす。

そこには烏骨鶏たちと仲良くたわむれる、秋津洲と妖精さんの姿が。

 

……どうやら小屋や扉は妖精さんたちが造ってくれたらしい。

ついに提督が直接指示を出さなくても、空気を読んで働いてくれるまでになった模様。

 

 

「あぁ。農場を担当してくれてる子たちか」

 

「私にはあの子たちが何言ってるかわからないけど、とってもやる気を出して頑張ってくれたわ。

あとでご褒美でもあげといてちょうだい」

 

「そうでしたか。わかりました」

 

 

あとでマシュマロでもあげておこう。

日頃から農場の手入れをやってくれているお礼も兼ねてだ。

 

 

「それじゃ、私と秋津洲は晩御飯の仕込みに入るから。

あと他にやることは無いわよね?」

 

「ええ。大丈夫です。

お忙しいところ、ありがとうございました」

 

「いいのよ。いつでも呼んで頂戴。

……それじゃ今日の晩は、体を動かした分の栄養を補給できるような献立にしておくから。

楽しみにしていて」

 

「それはいいですね。今から楽しみだ」

 

「うふふ。期待にお応えしちゃうから。

……秋津洲、そろそろ行くわよー」

 

「はーい!」

 

 

 

そんなこんなで、無事に鎮守府改革に一区切りつけることができた。

 

これで今まで以上に、鎮守府内での自給自足体制を強固なものにできたことだろう。

そんなことする必要ある?という疑問に関してはノーコメント。

ぶっちゃけ提督の趣味だし。

 

 

 

「思った以上に早く終わっちゃいましたね。

これからどうしましょうか?

叢雲さんの事務仕事でも手伝ってきましょうか?」

 

「そうだねぇ。俺もだけど、古鷹も今日はこれ以上やることないもんな。

それじゃキミの言う通り、叢雲の手伝いを……」

 

 

もっと生体導入に時間がかかると思っていたため、手持ち無沙汰になってしまった鯉住君と古鷹。

 

これからどうしようか相談していたところ、提督のポケットの中から音が聞こえてきた。

 

 

 

ブーン ブーン

 

 

 

「この音……スマホの振動? 提督にメールですか?」

 

「あぁ。そうみたいだね。

しかしチャットならまだしも、メールなんて珍しいな……

いったい誰からだろう……?」

 

 

大体のスマホへの連絡は、チャットアプリか電話で入ってくる。

だから個別連絡であるメールが届くなど、中々ないことなのだ。

 

一昔前ならメールが主流だったというのに、時間の流れと技術の進歩はスゴイよなぁ。

そんなことを考えつつ、メールを開いてみると……

 

 

「……」

 

「何が書いてあったんですか?提督?」

 

「……」

 

「て、提督……?」

 

「あ……あぁぁ……!!」

 

 

スマホの画面を見つめながら、絶望の表情でガタガタと震えだす提督。

 

 

「ど、どうしたっていうんですか!?」

 

「……」

 

 

震える手でスマホの画面を古鷹に見せてくる提督。

もう嫌な予感しかしないが、見ないわけにもいかず、画面をのぞき込む古鷹。

 

そこに書いてあった文面とは……?

 

 

 

・・・

 

 

 

From:武蔵(佐世保第4)

 

To:鯉住龍太

 

 

 

タイトル:無題

 

 

 

本文:

 

 

 

いつまで待たせる気だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

もう待たん

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「こ、これって……!」

 

「む、武蔵さんがメールだなんて……!!

普段あの人、連絡は全部人任せなのに……!!」

 

「つ、つまり……?」

 

「激おこってこと……」

 

 

真っ青な顔になってる提督を見て、これアカン奴だと察する古鷹。

 

 

「ど、どうしましょう……?

これって、ずっと前に大本営で川内さんが言ってた件ですよね……?」

 

「そうだと思う……

色々あり過ぎて直ぐには行けなくなったとは伝えてあったんだけど……

すでにあの時点で武蔵さん、随分と鬱憤がたまってたっぽいからさ……」

 

「本当の本当に、我慢できなくなったということですか……?」

 

「そうだと見ていいはず……

そしてこうなった時の佐世保第4鎮守府の皆さんは、即断即決即行動なんだよ……!!」

 

「つ、つまり……?」

 

「古鷹……佐世保行きの準備を……!!」

 

 

 

 

 

 

 

「そゆこと。あと1時間待ったげるから」

 

 

 

 

 

「「 !!!??? 」」

 

 

 

「武蔵さんは秘密兵器で外に出られないから、代わりに迎えに来たよ!」

 

「せ、川内さんンンッッ!?」

 

「どこから現れたんですかぁっ!?」

 

「どこって、海からに決まってるじゃんか。

それより早く準備して!

大発動艇に妹たち待たせてるから」

 

「い、妹たちって……!!

もしかしなくても、あのおふたりですか!?」

 

「なにわかりきったこと聞いてるのさ。当たり前じゃん」

 

「いやそれよりも、そんな急に……」

 

「だーいじょうぶだって。

龍ちゃんの鎮守府の内情は全部把握してるからねー。

優秀な奥さんたちに任せとけば、2,3週間提督がいなくても、万事大丈夫っしょ」

 

「お、奥さんって……!!

俺はそんなつもりありません!!だよな古鷹!?」

 

「あ……え……!?

それは、その、そういうわけでもあると言いますか、無くはないといいますか……」

 

「古鷹ァ!?」

 

「アハハ!ほらねー!

ま、そういうことだからさ、龍ちゃんの代わりに運営よろしくね!古鷹さん!」

 

「は、はひ……」

 

「あ、それとさ、天龍と龍田も連れてこいって、神通から言われてるから。

ふたりとも今は哨戒任務中でしょ?

それもあと30分もあれば終わるだろうし、必要な物だけもたせて連れてきて」

 

「内情に詳しすぎる!」

 

「それじゃ、またあとで!

ここから西に行ったところの波止場に大発動艇泊めてあるから、準備できたら来てね!

遅刻厳禁だよ~」

 

「アッハイ……」

 

 

 

シュバッ!!

 

 

 

「「 消えた…… 」」

 

 

 

足柄さんと秋津洲に、晩御飯食べられなくてゴメンって伝えないとなぁ……

 

あまりの衝撃的な展開に、そんなことしか考えられなくなってしまった提督なのだった。

 

 

 

 




照月きたああああアアアアアッッ!!(現在時刻 1/22 2:50)

本編で登場させたおかげですねこれは!
やられ役だったからゴキゲン斜めになって出てくれないかと思ってましたが、なんとかなりました!

やっぱり照月ちゃんは優しいなぁ!
これはもう本編でもっと姉妹のみんなを出していくしかないですね!

ありがとうございます!ありがとうございます!






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第99話

節分イベントで豆集めが始まりましたね。

食べ物イベントがすごい好きだった私には、ちょっと物足りないのが寂しいところ。
まあ報酬があるのは嬉しいので、楽しみではありますが。

そういえば食べ物イベント好きって意見、全然見ないですね。
ドラクエで仲間モンスターやレアアイテム粘ったりするのが好きだから、性に合うんだけどなあ。そういう人少ないのかなぁ。





ザザザザ……

 

 

海を往く大発動艇。

その中では、ハイテンション組とげんなりした鯉住君で会話が繰り広げられている。

 

 

「うーん!懐かしいね、この感じ!

こうして龍ちゃんとゆっくり話すのってさ、いつぶりだっけ?」

 

「研修でお世話になったのは、大体10か月くらい前ですね……

川内さんとは一度大本営で会ったので、そこまで久しぶりではありませんが……」

 

「アレただの情報伝達だったじゃん。そーいうことじゃないって!」

 

「はぁ……」

 

 

ハイテンション組筆頭の彼女は、佐世保第4鎮守府の軽巡のひとりである「川内改二」。

 

提督に特殊技術の数々を伝授され、普通の戦闘よりも諜報活動の方が得意になってしまったヤバい艦娘である。

 

 

「那珂ちゃんもっ☆

龍ちゃんにまた会うの、すっごく楽しみにしてたんだよ~?

また那珂ちゃんと一緒にレッスンしよっ!プロデューサーとしてっ!」

 

「ホントやめてください……

アレはレッスンじゃありません……世間ではアレは拷問と言います……

第一なんでプロデューサーが一緒にレッスンしないといけないんですか……?

そもそも……当時から気になってたんですけど、なんで俺がプロデューサーなんですか……?

プロデューサーっていうなら、本来の提督である加二倉さんじゃないんですか……?」

 

「担当のアイドルが頑張ってるんだから、プロデューサーも一緒に頑張ってくれたっていいじゃん!

それとね、提督はぁ、プロデューサーっていうよりはオーナー兼SPって感じなのっ!キャハッ☆」

 

「さいですか……まぁ、そう言われればそんな気もしますが……」

 

 

とってもきゃぴきゃぴしている彼女は、川内型の3番艦にして末っ子である「那珂改二」である。

 

艦娘界のアイドルを名乗っているが、佐世保第4鎮守府は門外不出的な場所。

悲しいかな、彼女がアイドルだということは、世間からはまるで認知されていなかったりする。

誰にも知られていないアイドルとは、これ如何に。

 

 

「川内姉さん、那珂ちゃん、あまり龍太さんを困らせてはいけませんよ。

なにやら気分が落ち込んでいるようですし」

 

「神通さん……気を遣っていただいてありがとうございます……」

 

 

そして落ち着いた様子の彼女は、川内型2番艦にして戦闘の鬼である「神通改二」である。

 

数えるほどしかいない転化体のひとりであり、軽巡棲姫だったころから破格の実力を誇っていた。

それは艦娘になった今でも変わらない……というか、さらに極まっている。

 

戦闘以外にも色々できるらしく、今は大発動艇の操縦をしてくれている。

 

 

「え~?いいじゃん別に。

久しぶりに会うんだから、積もる話もいっぱいあるしさ」

 

「それはそうですが。

私も龍太さんと会うのを楽しみにしてましたし、教え子がちゃんとやれてるかも知りたかったですし。

……ふたりとも、鍛錬は欠かしていませんでしたか?」

 

「「 はい!教官! 」」

 

 

同乗している天龍龍田姉妹は、背筋をピンと伸ばして、座りながらもすごくいい姿勢で敬礼している。

 

キミたち……俺に対しても、そんな態度とったことないじゃない……

 

 

ちなみにふたりが遠征から帰ってきた際に、佐世保第4鎮守府の川内型が全員来ていることを知らせたのだが……

 

「神通さんがふたりを呼んでいる」と伝えた瞬間に、ふたりとも泡を吹いて気絶。糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

そして気絶したふたりに「あと30分で支度しないと、遅刻扱いになる」と伝えた瞬間に、ふたりとも目を覚まし、鬼気迫る表情で自室までダッシュしていった。

 

どれだけ研修で絞られたのか推して知るべしである。

 

 

「し、師匠……おふたりの様子が……」

 

「夕張……この程度で動揺してたら、この先どれだけ気絶することになるかわからないよ……?」

 

「え、ええ……?」

 

「やっぱり夕張まで巻き込むわけには……

今ならまだ帰れるから、やっぱり夕張は鎮守府に戻った方が……」

 

「い、いえ!

師匠が研修で通ってきた道を、私も知っておきたいんです!

それに今回はメンテ依頼なんですから、部下としてお仕事のお手伝いをするのは当然です!」

 

「う……そんな嬉しいこと言ってくれると弱いなぁ……

辛くなったらいつでも相談してくれよ。キミまでメンタルブレイクさせられるのは、しのびないから……」

 

「は、はい。ありがとうございます!」

 

 

なんと天龍龍田姉妹だけでなく、夕張もついてくることになったのだ。

鯉住君が死んだ目で鎮守府メンバーに事の経緯を説明したところ、着いていこうと決意したらしい。

 

もちろん本人が言うように、メンテ班のメンバーとして艤装メンテのアシストをするべきという理由からなのだが……

本当のところは、好きな人のことは知っておきたいとかそういうあれなのだろう。いじらしい娘である。

 

 

「ちょっと~。目の前でいちゃつかないでくれる?

そういうのはふたりきりの時にやって欲しいんだけど」

 

「い、いちゃついてるだなんて、そんな……

師匠とはまだそういう関係じゃ……」

 

「そ、そうですよ……そんなつもりは……」

 

「龍ちゃんがたらしだってのは知ってるし、部下全員とケッコンしてるのも知ってるから、強くは言わないけどさー」

 

「誰がたらしですか……心外です……

俺は皆さんに対して、誠実に対応しようとしてるだけなんですよ……?」

 

「そーいうとこだよ。そーいうとこ」

 

「那珂ちゃんはみんなのアイドルだから、龍ちゃんの彼女にはなれないの!

ゴメンねっ☆」

 

「なんか告白してもないのにフラれた……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「それでなんで龍ちゃんはそんなに疲れてんの?

露骨にテンション低いんだけど」

 

「そりゃそうでしょう……武蔵さんが物凄く不機嫌で、何されるかわからないとあっては……そうもなるでしょう……?」

 

 

佐世保第4鎮守府の武蔵は、現在世界で唯一の艦娘としての『戦艦・武蔵』であり、性格は超がつくほど好戦的。

彼女の機嫌を損ねるというのは、虎の尾を踏むとか藪から蛇を出すとか、そういった行為である。

 

だからこそ彼女がとんでもなく機嫌を損ねたであろうことは、命の危険に直結する一大事なのだ。少なくとも鯉住君はそう感じている。

そんな死地にこれから飛び込もうというのだから、テンションゲージが空っぽになるのもやむなしということだろう。

 

 

しかしそんな彼の様子を見た川内からは、意外なセリフが飛び出してきた。

 

 

 

 

 

「え?別に武蔵さん怒ってないよ?」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

「もしかしなくても、メール見てそう思ったんだよね?」

 

「は、はい。ていうかなんで川内さんがそれを知って……」

 

「ん」

 

 

川内はおもむろに懐から何かを取り出し、見せてきた。

 

 

「これは……ガラケーですね……

随分懐かしいですが、いったいなんだっていうんですか……?」

 

「これ武蔵さんの」

 

「……ん?」

 

「さっきのメール送ったの私だもん。

そりゃ龍ちゃんがビックリしたの知ってるよ」

 

「……んんん?」

 

「人を動かす基本技術ってやつ」

 

「えーと……?」

 

 

どういうことかよくわからず首をひねる鯉住君に対し、川内はドヤ顔で事の顛末を説明してくれた。

 

 

 

……どうやら武蔵が業を煮やしたのは本当らしいが、怒っているかといえばそういうわけではないらしい。

冷静になって考えれば、自分の艤装をメンテしてしてくれる相手に怒りの矛先を向けるとか意味が分からない。

いくら待たせたといっても、理由は説明してあったのだし、それについては納得してくれていたようだ。その程度の分別はあるとのこと。そりゃそうだ。

 

 

ではなぜ川内があんなこと……

つまり、武蔵のフリをして、鯉住君をビビらせるメールを送り、間髪入れずに拉致したかというと……

 

どうやら武蔵以外でも、久しぶりに鯉住君と遊びたいメンバーの勢いが結構すごくなっているとのこと。

 

閉ざされたコミュニティである佐世保第4鎮守府では、彼の存在は、おにぎりにおける漬物、うどんにおける七味、カレーにおける福神漬けのようなもの……

つまりは、居るととっても日々が充実する、アクセントのようなものだったらしい。

 

だからそんなみんなの要望(久しぶりに鯉住君で楽しみたい)を叶えるために、川内が一計を案じたということ。

かなりメチャクチャなやり方だと思うのだが、それを「問題ない」の一言で承認したあたり、加二倉中佐も大概である。

 

 

 

「ほら、人って絶望したり喪失感を感じたり焦ったりすると、藁って知ってても掴むじゃない?

だから人を動かす一番簡単なやり方は、正常な判断を奪うことなんだよねー」

 

「なにしれっと人を計略対象にしてくれてるんですか……」

 

「いいじゃん別に。

どうせ普通に「遊びに来て」って言っても、忙しいからって断ったでしょ?」

 

「そりゃまぁ……佐世保に行こうと思ったら、最低でも往復で1週間は固いですし」

 

「龍ちゃん早く少将にならないとだもんね」

 

「そうなんですよ……早く昇進しないと色々大変なんです……

ていうか、やっぱりそのこと知ってるんですね……」

 

「でも元帥のお孫さんって、かなりハイスペックだよ?

別にくっついちゃえばいいと思うんだけど」

 

「どこまで知ってるんですかホントに……」

 

「し、師匠!?それどういうことです!?

私というものがありながら!」

 

「ああ……なんでもない、なんでもないから……

お願いだから掘り下げないで……」

 

 

話がややこしくなる気配を感じ、話題を切り上げる鯉住君。

 

しかし元帥のお孫さんとの見合いの話は、元帥と自分のふたりしか知らないはずなのだが……

いくら諜報担当と言っても、なんでも知り過ぎじゃないだろうか?

 

 

 

・・・

 

 

 

川内にげんなりしつつ夕張をクールダウンさせていると、大発動艇運転中の神通から声がかかった。

 

 

「そういえば龍太さん。あの変人はどんな調子でしょうか?」

 

「へ、変人?いったい何のことです?」

 

「転化体であるアークロイヤルのことです」

 

「あー、変人……やっぱりウチのメンバー構成はご存知なんですね……

というか神通さん、アークロイヤルの事を知ってるんですか?

そのような口ぶりでしたが」

 

「ええ。昔に一戦交えたことがありまして」

 

「昔というと……え?まさか、深海棲艦時代?」

 

「その通りです。

随分と彼女には苦しめられました。もちろん勝ちましたが」

 

「マジすか……」

 

 

アークロイヤルが転化する前は、北海で海域ボスをやっていた。

その実力は、無数にいる深海棲艦の中でも最上位に入るもののはず。

 

その彼女を苦戦したとはいえ下したことがあるとは、流石というほかない。

 

 

「あの時は沈めることまでできなかったので、今度こそ徹底的に叩き潰してしまおうと思ったのですが……」

 

「何怖いこと言ってんですか……

いくら神通さんでも、彼女は大事な部下ですから……そういうのはダメですよ?」

 

「応急修理要員を装備させれば問題ないでしょう」

 

「いやいや、そういうことではなく……

仲間内で殺し合いなんてのは、見たくないんですよ……」

 

「何言ってんのさ龍ちゃん。

ウチで2か月も暮らしてたんだから、そんなの慣れてるでしょ?」

 

「相手を沈めるまで殺し合いするのは、普通は演習とは言いません……

見てるだけで心臓に悪いんです……あんなの慣れるはずがないじゃないですか……」

 

「相手の息の根を止めるまでするのが、本来の戦闘ですよ?」

 

「神通さん……そりゃそうなんですが、度が過ぎるんですよ……」

 

 

佐世保第4鎮守府の演習は、実戦形式で行われる。

それはもう本当に実戦形式で、戦闘終了条件は「片側のメンバーを全員沈めた時」である。

そういった趣向のため、そこのメンバーは常に全員、応急修理要員を装備している。

 

川内はそんなの慣れる、なんて言っていたが、当然そんなことはない。

隣で座っている天龍龍田姉妹が、冷や汗ダラダラでプルプル震えているのがその証拠である。

 

ちなみに夕張は遠い目をしている。

物騒な話が出始めたり、意味不明な状況に遭遇したりした時に、現実逃避してやり過ごすすべを身につけたらしい。

 

 

「もし時間があるようなら、一戦交えていきたかったのですが……残念です」

 

「まぁあの人も大概好戦的ですから、普段なら受けていたでしょうね」

 

「普段なら?」

 

「はい。今あの人は、水族館と生け簀の調整に集中力を全振りしてますので……

いくら因縁ある相手とは言っても、戦闘は後回しにしていたはずです」

 

「……あの戦闘狂が戦闘を後回し、ですか?」

 

「なんだかんだ言っても自分に正直な人ですので。

彼女にとっては戦闘よりも魚の方が大事なはずです。

戦う理由の多くは魚類のためってことでしたし」

 

「へぇ……さすがは龍太さんですね。

あのレベルの深海棲艦をも懐柔してしまうだなんて」

 

「懐柔というか、偶然趣味があっただけというか……」

 

「またまたぁ。

東太平洋の超強い深海棲艦を、ふたりもたらしこんどいてよく言うよ。

謙遜したってさ、実績いくつもあるんだから隠しきれないよ?この人気者!」

 

「だからホント川内さんは、どこまでこっちのこと知ってんですか……」

 

「那珂ちゃんも龍ちゃんにプロデュースしてもらえれば、国民的アイドルになれるかも!?

ねー、那珂ちゃんの事プロデュースしてよー!

二人三脚でアイドル活動しようよー!ねーねー!」

 

 

ゆっさゆっさ

 

 

「ちょっと……揺すらないでください……

提督業とプロデューサー業掛け持ちできるほど、ハイスペックじゃありませんから……」

 

 

 

こんな感じで楽しく(?)会話しつつ、7人は仲良く(?)佐世保まで向かうことになった。

 

果たして彼らは無事に目的を果たすことができるのだろうか?

そもそもどれだけ何をすれば目的達成となるのだろうか?

それはまだ彼らにはわからないことなのだった……

 

 




佐世保第4鎮守府メンバー紹介・軽巡駆逐編



軽巡洋艦・川内改二


佐世保第4鎮守府の諜報担当にして、加二倉提督の特殊技術をすべて受け継いだ怖い人。水雷戦隊旗艦のヤベー奴その1。

秘匿性の高い任務を主に担当しているので、実は彼女の姿を見た部外者は30名も居ないというレアキャラだったりする。
もちろん海軍の艦娘登録もしていない。ノー戸籍である。

性格は他の川内と同じで明るく、鎮守府内のムードメーカーでもある。
クセの強すぎる面々の手綱を握れる姉貴分。

他の川内と決定的に違うところは、夜戦にはこだわらないところ。
その理由は、そもそも通常任務からして全て裏のものなので、常時夜戦と言ってもいい状態だから。実際夜間に行動することの方が多い。

趣味は提督につけてもらう修行と特殊任務。
特殊兵装は、大苦無・『忍者ナイフ(清霜命名)』。
無数の深海棲艦の血を吸い過ぎたせいで、現在は妖苦無と化している。





軽巡洋艦・神通改二


元軽巡棲姫。世界中の海を放浪しながら、三度の飯より戦闘を優先してきた怖い人。水雷戦隊旗艦のヤベー奴その2。

目についた戦闘全てに乱入したり、強そうな相手に片っ端からケンカを売ったりと、随分ヤンチャしていた。

現在は鎮守府の切り込み隊長として活躍中。
どのメンバーも大概なので些細な差であるが、練度ナンバーワンでもある。
得意なバトルスタイルは近接戦闘だが、もちろん他ができないわけではない。
最低でもflagship程度の実力を持っていないと、彼女の気当てで失神させられて、そのまま沈められる。

天龍龍田の主導教官として、ふたりの面倒を見たのだが、実はこれは初めての教官経験だったりする。
あまりのスパルタから何度も那智にストップをかけられたのはご愛敬。

趣味はお茶会と殺戮。
特殊兵装は、大太刀・『まっぷたつソード(清霜命名)』。
無数の深海棲艦の血を吸い過ぎたせいで、現在は妖刀と化している。





軽巡洋艦・那珂改二


鎮守府のアイドルにして、連続100戦闘無被弾を成し遂げたスゴイ人。水雷戦隊旗艦のヤベー奴その3。

普通に戦っていてそれでも化け物クラスだが……
彼女は夜偵、照明弾、探照灯の装備でその記録を成し遂げた。

夜戦での艤装の使い方が実に独特。
照明弾を自分の真上に打ち上げながら、探照灯を括り付けた夜偵で自らをライトアップしながら歌って踊る。
彼女がヘイトを稼ぎ続けている間に、他のメンバーが大暴れするという流れ。

鎮守府に居る時は歌と踊りのレッスンを欠かさない。
日に25時間のレッスン的な無茶もよくする。スポ根系アイドル。
よく鯉住君も巻き込まれて死にかけていた。

趣味はもちろんアイドル活動。
女児向けアニメの視聴から実際のアイドルのライブに足を運ぶまで、何でも吸収できそうなことはやってみるスタイル。
とっても真剣に取り組んでいるのだ。





駆逐艦・早霜改


佐世保第4鎮守府における、対潜オバケ。
龍田の対潜における師匠であり、爆雷ひとつでどんな潜水艦でも沈めてみせる。

第6感の感度が尋常でない。
気配を察すること、気配を消すことにおいては、同鎮守府の川内すら上回る。
ホラー系女子でもある。

お酒も結構好きで、よく那智と一緒に飲んでいる。
その横では清霜がおつまみを食べてることが多い。

趣味のひとつに映画鑑賞があるが、好みはド派手なアクションもの。
ホラー系な見た目とミスマッチだが、ホラー系映画を見ない理由は本人曰く「ふだんみえているので、それでじゅうぶんです。うふふ……」とのこと。

趣味は切り絵と映画鑑賞(アメコミもの)と飲酒。
特殊兵装は、雨傘・『傘シールド(清霜命名)』。
無数の深海棲艦の血を吸い過ぎたせいで、現在は妖傘と化している。





駆逐艦・清霜改


とっても元気な末っ子であり、毎日騒がしい。
ペットのレ級と演習(実弾)をしてたわむれるのが日課。
演習が終わってもまだまだ遊び足りず、レ級と一緒に外に遊びに行くまでがデフォルト。

お互い大破してても平気で遊びに行く。
誰も入渠を薦めないあたりは流石である。

レ級ともどもエネルギーが切れるとすぐ寝ちゃうので、保護者として鯉住君と赤城がよく付き合っていた。

武蔵にとっても懐いており、レ級といないときは大体武蔵と一緒に居る。
武蔵も面倒見が良いので、くっついてくる清霜の相手をしてやることは多い。
あと早霜とも仲がいい。

趣味はレ級と遊ぶことと虫取りと磯遊び。
特殊兵装は、雨傘・『清霜セイバー(清霜命名)』。
無数の深海棲艦の血を吸い過ぎたせいで、現在は妖傘と化している。





駆逐艦・五月雨改


加二倉提督の初期艦にして、佐世保第4鎮守府のヒールスポット。
他の五月雨同様ドジっ子で、よく何もないところでつまづいている。
液体を運んでいる時声をかけると、ほぼ100%の確率でこぼす。

ほとんど無い対外折衝の際には、彼女が同行することで、相手をリラックスして交渉を進めやすくすることができる。

人外魔境の地で最も長くやってきただけあり、戦闘力も高い。
訓練では毎回毎回ひーひー言って死にかけているが、それでも毎回毎回最後までやり遂げるため、否応なしに実力が高くなってしまった。

天然で真面目な性格のため、鎮守府のみんなから愛されている。

趣味はお菓子作りとフラワーアレンジメント。
どちらも70%くらいの確率で失敗するのはご愛敬である。

鯉住君もよく塩と砂糖を間違えたクッキーや、バニラエッセンスとラー油を間違えたチーズケーキなどをふるまわれていた。
満面の笑みでふるまわれてしまった手前、断ることなど出来なかったらしい。




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第100話

なんとついに100話です。
週に1.5話投稿とかいう謎過ぎるハイペースだったことが判明し、のんびり投稿とはなんだったのか……となっています。

このままだと終わるの150話くらいになるのかなぁ……日常回次第で伸びそうだけど。
もっと早めにキレイに終わらせたいとは思いますが、グダグダしてしまったら申し訳ない。

これからもよろしくお願いしますm(__)m




応急修理要員について

この世界では応急修理要員は使い捨てでなく、そういう技能をもった妖精さんだと思ってください。
だから装備してる限り何度も効果が発動します。
なかなかありがたい存在ですね。

とはいえ疲労や熟練度のようなものはあるらしく、1日に最大3回までしか効果を発動させることができません。回数には個体差があるみたいです。
そして効果が発動しても、制服艤装バリアが復旧してない大破状態、航行に必要な燃料のみで復活します。ですので継戦はまず不可能です。

ですので、応急修理要員頼りの無茶な進軍なんてのは出来ません。
そもそもそういった作戦をとろうとする提督の元には、彼女たちは現れないようです。



あと今回は修羅の国での出来事なので、「残酷な描写」タグが適用されます。
そういうシーンは避けるようにしてますが、どうしても今回だけは。
せっかくの100話がこんな感じってのはなんだかなぁ……



大発動艇で約2日、一行は佐世保第4鎮守府へと到着した。

常時最大船速とはいえこのスピード。途中給油もしているというのに早すぎる。

 

そう思って川内さんに確認してみたところ、色んな技術をぶち込んだ結果スペックが大幅にアップしたとのこと。

彼女はそういった事にそこまで詳しくは無いようなので、「やたらスゴイ」ということくらいしか伝わらなかったが、こちらも門外漢なためそれで十分である。

 

航行中の寝食に関しては、備え付けてあった寝袋と缶詰で凌ぐこととなった。

食べ損ねてきた足柄さんと秋津洲の料理が恋しくなったが、こればかりはどうしようもない。缶詰は缶詰で美味しいし。

それとトイレは備え付き。トイレ休憩は必要ないつくりである。

 

ちなみに艦娘の皆さんについては食事睡眠共に問題なしとのこと。

2日くらいなら平気らしい。

とはいえそれが辛くないというワケではないらしいので、一緒に缶詰め食べたり、眠くなったらごろ寝したりしていた。

 

……神通さんに限ってはそうでなかったが。

だって彼女起きても寝ても、ずっと大発動艇運転してるし、こっちが食事してる時でも「必要ないです」と言いながら運転してたし……バトルジャンキーは伊達じゃない。

 

 

 

・・・

 

 

 

「あぁ……なんか久しぶりだなぁ……この胃が引き締まる感じ……」

 

「胃? 引き締まるって言ったら、普通は身じゃないの?」

 

「普通ならそうですけどね、川内さん……胃が痛くなるとも言える状態ですので……」

 

 

身も心もとんでもなく絞られた場所だけに、当時の思い出がフラッシュバックしては胃をキリキリと痛めつける。

それは天龍龍田姉妹も同様のようで、すごく切ない表情をしている。

 

 

「お、俺もちょっと気分が……」

 

「わ、私もちょっと眩暈が……」

 

「ふたりとも、何か言いましたか?」

 

「「 何も言っておりません!教官! 」」

 

 

ふたりには弱音を吐くことは許されていないらしい。

かわいそう。

 

 

「み、皆さんそんなに辛そうにしなくても……

川内型の皆さんとは普通に接することができてますし、そんなになるほどでしょうか……?

確かに結構、いえ、かなり変わったところはありますけど……」

 

「夕張……それは川内さんたちが、全然本領発揮してないからなんだよ?

彼女たち、まだ本性の1%くらいしか出してないから……」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「まぁ嫌でもわかるよ……」

 

「あー!本性とか人聞きわるーい!

いくら龍ちゃんでもそういうのメッ!だよ!

アイドルには裏も表もないんでーす!」

 

「那珂さんは逆に、常にそのテンションなのが異常なんですよ……」

 

 

不安そうな顔をしている夕張には申し訳ないが、フレンドリーな気持ちでここに足を踏み入れるというのは、飢えたライオンの群れに武装無しで飛び込むようなものなのだ。

ちょっとでも事前に脅かしておいて、身構えさせなければならない。

この魔境では、いついかなる事態が起こるとも知れないのだ。

 

 

……なんて考えつつ鎮守府棟に向かっていたら……

 

 

 

 

 

……メキョッ!!

 

 

 

……ボグウッ!!

 

 

 

 

 

そこまで遠くないところ……海の方角から、非常に鈍い音が聞こえてきた。

 

 

「うわぁ……言ってる傍から……」

 

「な、なんですかこの音!?

普段全然聞かないような音なんですけど!?」

 

「あー、今の時間は演習してる頃合いだからねー。

今日はどんなメンツなのかなー?」

 

「え、演習っ!?演習で聞こえる音じゃないんですけど!?」

 

「この打撃音は武蔵さんですね」

 

「え!?な、なんで音だけで……!?」

 

 

よりにもよって、演習中に訪問してしまったらしい。

ここの演習は下手なスプラッタ映画よりもよっぽどスプラッタなので、できることなら関わりたくない。

天龍龍田姉妹も先ほどの音でトラウマを呼び起こされたのか、口を堅く結び、必死で震えを抑えている。

 

音だけでここまで驚いていては、実際光景を目にした瞬間に失神不可避である。

そういうことで夕張に覚悟を決めるよう言葉をかけようとしたところ……

 

 

 

 

 

……ヒュルルルルルッ……

 

 

 

……ズドオォォォンッ!!

 

 

 

グシャァッ!!

 

 

 

「ヒイッ!?」

 

 

目の前に人型の物体が吹き飛ばされてきた。

 

 

「キ、キャアアアァッ!!

う、腕が……脚が……変な方向に……!!

ほ、骨まで見えて……!!」

 

 

 

 

「あ、あと少しで……沈められたの……に……ガハッ!」

 

 

 

ビシャァッ!

 

 

 

「ヒ、ヒイイイッ!!

口から血がっ!血があああっっ!!」

 

「うえっ……久しぶりに見るけど、やっぱりキッツい……

夕張、落ち着きなさい……大丈夫だから……」

 

「怖いよおおおっ!!師匠ぉっっ!!」

 

「よしよし……怖かったねぇ……大丈夫だからねぇ……」

 

 

吹っ飛ばされてきた物体は、重巡洋艦・妙高型1番艦『妙高改二』だった。

どうやら演習で殴り合いの末に敗北し、吹っ飛ばされてきたらしい。

今の彼女はちょっと直視できない。暫く肉が食べられなくなっちゃう……

 

あまりの恐怖でガタガタ震えながらしがみついてくる夕張を抱きしめていると、エライことになってる妙高さんのカラダから光が溢れ始めた。

 

 

 

ピカーッ!

 

 

シュウウゥゥ……

 

 

 

応急修理要員が発動。あれだけ酷く損傷していた肉体が元に戻る。

とはいえ制服については、そのまま据え置きで血だらけボロボロなのだが。

 

 

「……ふぅ。残念。負けてしまいましたね」

 

「お疲れさまー、妙高さん!」

 

「……あら、あなた達……帰ってきていたのですね」

 

「たっだいまー☆

那珂ちゃんたちはぁ、たった今帰った、と・こ・ろ!」

 

「そうでしたか。

……あら、鯉住さんに天龍、龍田もお久しぶりです。壮健そうで何より」

 

「こ、こちらこそお久しぶりです」

 

「「 お久しぶりです!妙高教官! 」」

 

 

さっきまでの震えがウソのように、ビシッと敬礼するふたり。

ふたりには怯えることすら許されていないらしい。

本当にかわいそう。

 

 

「良い返事ですね。

……では私は演習終了後の挨拶に戻りますので、失礼します」

 

「妙高さん、今日はどのような組み合わせだったんですか?」

 

「内容に興味があるなら神通もいらっしゃい。

あとのことは川内と那珂に任せておけば問題ないでしょう」

 

「それではお言葉に甘えて。

川内姉さんに那珂ちゃん、龍太さんの案内、任せますよ」

 

「オッケー!おねーちゃんに任せなさいっ!」

 

「那珂ちゃんもお仕事頑張りまーす!」

 

「ありがとうございます。それでは」

 

 

ペコリとお辞儀をし、妙高さんと一緒に海へ出ていく神通。

 

なんかとんでもない一連の流れだったが、彼女たちにとっては日常なのだろう。

まったくもって平常運転だ。

 

もちろん鯉住君側はあんなもの見て平常運転なんてできっこない。

夕張はボロボロ泣きながらしがみついているし、天龍龍田姉妹は当時の感覚を思い出したらしく、「明日は我が身」とばかりにガタガタ震えている。

 

 

「それじゃ泊まってもらう部屋まで案内するからねー!

私達に着いてきて!」

 

「はひ……」

 

 

 

・・・

 

 

宿泊部屋にて

 

 

・・・

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

男女別の宿泊部屋まで通された一行は、ひとまず女性部屋に集合した。

川内は「何かあった呼ぶから、それまで自由にしててねー。部屋はここ使っていいからさ!」なんて言ってたので、しばらくどう行動するかの話し合いだ。

 

しかし誰からも言葉が出てこない。

さっきの衝撃体験で、夕張は此処がいかに恐ろしい場所か痛感し、鯉住君は研修で散々な目に遭ったことを思い出し、天龍龍田姉妹はこれから自分たちに起こる惨劇を想像して、誰も言葉を発することができなくなってしまったのだ。

 

……とはいえ、無策で言われるがまま動いていたら、それこそとんでもないメンタルブレイクに遭遇しかねない。

 

皆一様に重くなった口を開き、会議を開始する。

 

 

「……えーですね……自由にしてていいと言われましたが、出歩きたい人はいますか……?」

 

 

誰も微動だにしない。

 

 

「ですよね……外にはレ級がウロウロしてますし、提督もそれでいいと思います……」

 

「……え……?

レ級って、あの戦艦レ級ですよね……?なんでレ級が鎮守府内に……?」

 

「ここではペットとして飼ってるから……

あ、性能や性質は普通のレ級とそんな変わらないから、出会っても話しかけないように」

 

「ひええ……」

 

「もし絡まれても、どこかしらからここのメンバーが出てきて止めてくれるから、命の危険とかはないんだけどね……」

 

「もうやだよぉ……おうち帰りたいよぉ……」

 

「くじけないで……夕張は俺とずっと一緒に居よう……」

 

「うぅ……ありがとうございます……ししょぉ……」

 

 

心がポッキリ折れちゃった夕張をひとりにするわけにはいかない。

流石に寝室は分けるが、それ以外は一緒に居るようにする。

 

気持ちは痛いほどわかるもの……俺も研修で最初のうちは、そんな感じだったなぁ……

 

 

「それで天龍と龍田は……」

 

「怖えよ……怖えよ……グスッ……」

 

「スイマセンスイマセンスイマセン……ヒック……」

 

「ダメみたいですね……」

 

 

ふたりとも半泣きになっている。

教官が神通さんって聞いて悪い予感しかしていなかったのだが、その予感通りふたりとも相当激烈な研修を経験してきたようだ。

 

なんとかしてやりたいのは山々だが、わざわざ神通さんがふたりを名指しで連行した以上、何が起こるかは火を見るより明らかだろう。

 

 

「多分ふたりには、鍛え直しとか実力再確認とか、そういったことが待ち構えていると思う……

俺じゃあの人たちは止められないから、申し訳ないけど、助けてやることができない……本当に申し訳ない……」

 

「いいんだ……提督は悪くねぇよ……

俺たちがまた死ぬ気で乗り切れば済む話だしよ……」

 

「実際何度か死んじゃうと思うけどね~……

さっきの妙高教官みたいに……あはは……」

 

「強く生きて……!!

時間がある時には必ず俺のところまで来て、何があったか報告するように……

そうすれば少しは気持ちも落ち着くはずだろうから……」

 

「ありがとな、提督……あの時とは違うもんな、今は提督がいるもんな……」

 

「そうね、提督がいるもの……

いくら斬られて轟沈しても、一晩で持ち直せるかもしれないわぁ……」

 

「ホントゴメンな……!頼りない提督で……!」

 

 

完全にお通夜状態になってしまった一行であるが、時間は待ってくれない。

これからの行動方針をまとめていく。

 

 

「それじゃ、なにかあった時以外は原則自室待機で。

食事や入浴については仕方ないから、なんとか頑張って交流していこう。

いざという時の覚悟を決めて話をすれば、大丈夫だから……

なんだかんだ言って皆さん真面目で優しいから……

ただちょっと行き過ぎちゃったり、常識がバグってたり、強さが大概なだけだから……

油断しないでフレンドリーに接していこう。

困った様子なら、俺も極力助け舟出していくから……」

 

「「「 はい…… 」」」

 

 

とりあえずこれでいいだろう。つーかこれが限界。

夕張は自分が一緒になって交流させてやれば、少しは落ち着くはず。

天龍龍田姉妹はあちらさん次第だが、こまめにメンタルケアをしてやれば、なんとか持ちこたえてくれるはず。

 

キミたちのこと、信じてるからな……!!

 

 

話が一段落し、少しだけ緊張が解けた。

 

……と思ったら……

 

 

 

 

 

バタァァンッッッ!!!

 

 

 

 

 

「「「 !!!??? 」」」

 

 

 

ものっ凄い勢いでドアが開き、ここの主力のひとり、戦艦・大和型2番艦『武蔵改』が乱入してきた。

 

 

「ハハハハアァッ!!!待ちかねたぞォッ!!

わかるかこの気持ちッ!?貴様に連絡を取ってから、半年以上だッッ!!

なあぁーーーッッッ!!?」

 

「キャーーーッッ!!」

 

「天龍と龍田もずいぶん実力が上がったようだなッ!!

神通のヤツがどれだけ強くなったか確かめると、気合を入れていたぞッ!!

そして……フムフム!!貴様が鯉住殿の弟子かっ!!

そんなに驚くな!!敵襲でもあるまいしッ!!」

 

「む、武蔵さんっ……!!お願いだからノックしてっ……!!」

 

「堅苦しい事を言うなっ!!私とキミの仲だろう!?

では時間が惜しい!この武蔵の艤装をさっさとメンテしろ!!」

 

「いやそんな急に……!!」

 

「つべこべ抜かすな!!そらっ!!」

 

 

ガシイッ!!

 

 

「うおっ!」「キャッ!」

 

 

米俵を担ぐように、両肩に鯉住君と夕張を担ぎあげる武蔵。

人ふたり分だというのに、猫でも持ち上げるかのようにあっさり担ぎ上げた。

 

 

「ハハハハァッ!!

天龍に龍田よ!!貴様らの提督は借りていくぞッ!!」

 

「「 は、はひ…… 」」

 

「それと神通から伝言だ!!

『今から1時間後の11:00に演習場に集合』!!伝えたからなッ!!」

 

「「     」」

 

「ではさらばッ!!」

 

 

 

バタンッッッ!!!

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

 

やっぱり駄目かもしれない……

ラバウル第10基地組の心は、例外なく不安な気持ちでいっぱいなのだった。

 





佐世保第4鎮守府メンバー紹介・大型艦特殊艦編




正規空母・赤城改


鎮守府最古参のうちのひとり。
秘書艦は彼女が務めることが多く、あまりにも加二倉提督が執務しないことに対して、しばしば頭を悩ませている。

戦闘力は正規空母の中でナンバーワン。
普通の赤城は4スロット82機だが、ここの赤城は実質24スロット82機。
通常の空母であれば、4部隊(4スロット)を同時運用するだけでもかなりの熟練を必要とするのだが、彼女はその6倍の部隊を操縦することができる。しかもとんでもない精度で。

本土大襲撃の際には駿河湾の守りを任され、ひとりで300を超える深海棲艦を撃沈した。

趣味は食事と運動。
特に最近はボルダリングにはまっており、鎮守府周辺の崖を使って壁のぼりを楽しんでいる。
鯉住君もたまにご一緒させてもらっていた。





軽空母・龍驤改二


この鎮守府で最古参のうちのひとりであり、上位の実力者。
大概な指示を出す加二倉提督に、ここまで嬉々として着いてきた怖い人。

強くなることに対しては人の何倍も貪欲であり、「赤城や加賀には負けへん」というのが口癖。

艦載機搭載数では正規空母に敵わないため、部隊数を増やす(スロットを増やす)ことによって、その差を埋めることに成功した。
しかし当然の権利の如く、同鎮守府の赤城もその境地に達したため、今度は艦載機にプラスして式神を使って戦うバトルスタイルを確立した。
戦闘技術なら他の追随を許さない。

夜間は他の空母(一部除く)同様、艦載機の発艦は不可能なのだが……
彼女は式神なら飛ばせることを活かして戦闘することができる。
式神として使用するのはコピー用紙であり、通常使いには再生紙、やる気がある時には上質紙、本気モードの時にはインクジェットプリンタ紙を使用する。

趣味は式神づくりと書道。
そのバトルスタイルと、この鎮守府のメンバーにしては外への露出が多いことから、『紙剣(カミツルギ)の龍驤』という異名で呼ばれている。





戦艦・武蔵改


世界でただ一隻の大和型戦艦『武蔵』であり、その存在は隠すようにと上から言われている。
そのため基本的に担当海域から外に出ることができず、鬱憤がたまりやすい環境となってしまっている。

戦闘力も戦闘センスも大和型の名に恥じぬもの。
超長距離砲撃、ミドルレンジでの主砲連撃、近接戦での殴り合いと、まったく隙が無い。姫級6隻をひとりで潰したこともある。その時は小破した。

駆逐艦連中から物凄く懐かれており、暇つぶしも兼ねてよく一緒に遊んであげている。意外と面倒見が良い。

趣味は演習と出撃と訓練。
特殊兵装は、指貫グローブ・『大戦艦グローブ(清霜命名)』。
無数の深海棲艦の血を吸い過ぎたせいで、現在は妖グローブと化している。





重巡洋艦・妙高改二


鎮守府の財布のひもを握る会計係で、よく言えば倹約家、悪く言えばドケチ。
資材の消費を抑えるように、常にメンバーを啓蒙している。

優秀な事務員さんというよりは、断捨離がメッチャうまい人。
余計なものはバッサバッサと切り捨てていく。
その徹底っぷりは、大本営からの指令でも、必要ないと判断したら切り捨てるほど。ここだから許される暴挙である。

当然戦闘力も高い。
弾薬の無駄遣いを毛嫌いしているだけあって、無駄な攻撃はしないよう心がけている。
その結果、彼女の砲雷撃は百発百中の精度まで高まっており、攻撃のすべてをクリティカルヒットさせることができる。
最近は近接戦なら弾薬を使わなくて済むと気づき、そちらに戦闘スタイルをシフトさせた。貫手や手刀が得意。

趣味は家計簿をつけることと、鎮守府内の掃除。
特殊兵装は、皮手袋・『すべすべグローブ(清霜命名)』。
無数の深海棲艦の血を吸い過ぎたせいで、現在は妖手袋と化している。





重巡洋艦・那智改二


この鎮守府屈指の常識人にして、唯一の異動経験者。戦闘の天才。
元居た鎮守府では、その苛烈な性格と比類なき戦闘センスから、周りと足並みをそろえられず、うまく活躍できなかった。

ある時龍驤にその能力を見いだされ、更なるバトルフィールドを求め、佐世保第4鎮守府に異動してきた。
しかし異動先はとんでもない魔境であり、自分が井の中の蛙だったことを痛感することになった。

得意なのは索敵と対空。天龍の対空の師匠でもある。
実際鎮守府内で対空に関しては、彼女がナンバーワン。

趣味は花壇の水やりと飲酒。
鯉住君はよく彼女に付き合い、愚痴を聞いていた。


参考までに……


異動前の彼女の発言一例

「撤退だと!?馬鹿を言うな!中破艦の3隻や4隻、なんだというのだ!」
「この那智が居るのだぞ!?どの海域だろうが問題ない!何故強気に攻めないのだ!?」
「周りを置いていくなだと!?この程度の行軍に着いてこれない方がどうかしている!」


異動後の彼女の発言一例

「頼むから撤退してくれ!もう弾薬が残ってないだろうが!何が『問題ない』だ!?」
「いくら歯向かったからといって、その仕打ちは惨すぎるだろう!?やめてやってくれ!」
「ま、待ってくれ!タービンがイカれてしまう!なんで貴様等はそう平然としているんだっ!?」





水上機母艦・瑞穂改


元水母棲姫。香港で無自覚ながら海域ボスをやっていた経験を持つ。頭蓋骨愛好家。
中国海軍と佐世保鎮守府合同の討伐作戦で敗北。加二倉提督に一目惚れして転化した経緯がある。

戦闘性能はバグっているといっても過言でない。
わかりやすく言うと、ペットとして飼っている戦艦レ級flagshipの完全上位互換。ずっと瑞穂のターン。

口調はとっても優雅なもので、挙動もゆとりを感じるもの。
さらにお姫様気質なので、身の回りのことは誰かに任せていくスタイルをとる。
鯉住君はよく彼女の身の回りの世話をさせられていた。

ただし性格は非常に好戦的なため、ギャップがすごいことになっている。

趣味は手品と頭骨収集。
愛用の三方を使った手品で、色々なものを出すのが得意。
鼻歌で『オリーブの首飾り』を口ずさみながら、楽しそうに手品する。
月一ペースで開催する手品披露会は、駆逐艦たちに大人気である。





揚陸艦・あきつ丸改


日本海軍において非常に珍しい陸軍所属船の艦娘。
一応まるゆもいるが、戦闘要員としては唯一。

主なお仕事は、川内同様に諜報活動と特殊任務。
川内が隠密行動を得意とするのに対し、あきつ丸は拠点強襲や部隊を率いてのゲリラ戦を得意とする。
憲兵強襲部隊で陣頭指揮を執ることもある実力派。

海よりも陸での戦闘が得意という珍しい船だが、もちろん通常の艦娘としての戦闘もばっちりこなす。

走馬燈を使った影の実体化技術は唯一無二のもの。
戦闘用の技術ではあるが、趣味としても走馬燈の影絵芝居を楽しんでいる。
月一ペースで開催する影絵芝居披露会は、駆逐艦たちに大人気である。

趣味は出撃と特殊任務と影絵。
特殊兵装は、影槍・『くろとんぼ(清霜命名)』。
無数の深海棲艦の血を吸い過ぎたせいで、現在は妖槍と化している。





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第101話

佐世保第4鎮守府の出来事は書きたいことが多すぎて、全部書くと10話以上いってしまうことが判明しました。

というわけで結構ざっくり行きます。ご了承ください。




 

 

「うむ!やはり鯉住殿の仕事は神がかっている!

貴様らもよく見ておくといい!!」

 

「当然です。武蔵さん」

 

「やはり鯉住殿の仕事は格が違う」

 

「部下の夕張殿も段違いの実力。我々も見習わねば」

 

 

ここは佐世保第4鎮守府の工廠。

武蔵に拉致された鯉住君と夕張は、現在彼女の艤装をメンテナンスしている。

 

鯉住君はここで2か月間過ごした経験があるので、ため息ひとつ吐いた後、いつもの調子でメンテを開始したのだが……

夕張に関してはメンタルブレイクが著しく、そんな余裕はない。

 

というわけで夕張が選んだ行動は、現実逃避だった。

彼女はいつも通りふるまうことで、心の安定を図っている。

つまり……物凄い集中力でメンテする提督のお仕事をアシストすること。

それ以外の情報をシャットアウトすることにしたのだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

ちなみに鯉住君と夕張の周りには、武蔵を中心に、屈強な男たちが円陣を作っている。

 

彼らはここ佐世保第4鎮守府の艤装メンテ技師たち。

そして同時に見習い憲兵隊員だったりもする。

 

……実はここ佐世保第4鎮守府は憲兵隊の訓練生受け入れを行っている。

提督やその他もろもろを取り締まったりなんやかんやしたりする憲兵隊員にとって、鎮守府での勤務経験は貴重な財産となるからだ。

 

何しろ人のような振る舞いをしてはいるが、艦娘はこの世界における最強兵器。

所持する艤装含めて、取り扱い方が分からないでは、仕事にならない。

 

そういった理由から、憲兵隊の訓練の一環として「艤装メンテ技術取得」があり、その訓練所として佐世保第4鎮守府が認定されているというワケだ。

 

これは憲兵隊統括である鮎飛栄敏(あゆとびひでとし)頭領と、その息子である鮎飛栄一大将の間にある協定によるものだが、それはまた別のお話。

 

 

 

・・・

 

 

 

ふたりの周りには筋肉ウォールが形成されており、熱心な視線も相まって、非常に暑苦しい。

 

当然というかなんというか、黙々と提督を手伝う現実逃避中の夕張の眼には、その光景は映っていない。

下手にツッコミを入れて藪蛇になってメンタルクラッシュが起これるのを恐れている模様。

かわいそうであるが、どうしようもないことだ。

 

 

 

「しかし皆さん……

俺が居た頃と比べて、また一段と力強くなりましたよね……」

 

「お褒めの言葉ありがとうございます。鯉住殿」

 

「鍛錬は1日たりとも欠かしていませんから。

それは鯉住殿も同じでしょう?以前よりも筋肉が引き締まっていらっしゃる」

 

「ははは……ここでの習慣が染みついてしまいまして……

今でもまだ毎朝トレーニングしてますよ」

 

「ハハハ!未だ習慣として続けているとは感心感心!

キミがここに来た当初は、瘦せぎすと言ってもいいくらい筋肉がなかったからなっ!

たったの2か月とはいえ、キミを鍛えるのは随分と楽しかったぞ!」

 

「瘦せぎすって……一般男性くらいは筋力あったと思うんですが……」

 

 

豪快に笑いながら当時を思い出している様子の武蔵。

 

鯉住君はここでの研修で、随分と肉体を鍛えられた。

指揮関係よりもむしろ肉体改造をメインにプランが組まれていた節さえある。

提督とは一体……という疑問と共に、ひたすら鍛えられていたのだ。

 

ちなみに研修内容は、それはもうハードなもので……

 

加二倉提督直伝の特殊武術訓練

メンテ班(憲兵訓練生)達との合同筋トレ

面白がってハイテンションになっている艦娘連中(+レ級)による、好き勝手な絡み

 

これが毎日6時間は続いたとか。

 

毎朝の筋トレもこの時に習慣となったようで、彼は今でも毎朝人知れず、自室で自重を駆使した筋トレに励んでいる。

おかげで彼は現在、懸垂なら10回、逆立ち腕立て伏せなら5回ほどできるまでになったのだ。若干ではあるがゴリマッチョ化してきている。

 

 

「いや本当にその……当時はお世話になったというか、なんというか……」

 

「む、なんだそのハッキリしない言い方は」

 

「だって皆さん、よってたかって俺で楽しんでたじゃないですか……

清霜ちゃんはレ級と一緒に追っかけてくるし、

那珂さんは半日丸々無休憩ダンスレッスンに巻き込んでくるし、

妙高さんは弾薬消費のない近接戦の良さを実践しながら布教してくるし、

龍驤さんは鎮守府100周マラソンに誘ってくるし、

川内さんは隙あらば暗器武術を仕込んでくるし、

あきつ丸さんは俺のこと勝手にサバゲーメンバーに組み込んでくるし、

武蔵さんだって事あるごとに筋トレに誘ってくるし……」

 

「そのくらいいいだろうに」

 

「どれかひとつならまだ耐えられましたが、無茶ぶりが日替わりでちゃんぽんですよ?

定食か何かじゃないんだから……」

 

「そのおかげで鍛えられただろう?

ならばよいではないか!ハハハ!」

 

「武蔵さんがポジティブなのはいいですが、こちらがまきこまれるのはちょっと……」

 

 

武蔵の艤装メンテの手を止めず、げんなりとした表情で受け答えする鯉住君である。

当時の激しすぎる思い出のせいで遠い目をしているが、メンテの精度が落ちないのは流石といったところ。

 

ちなみに夕張もいつも通りだが、その眼からはハイライトさんがいなくなっちゃっている。艤装メンテマシーンと化している。

 

 

そんな感じで謎のプレッシャーの中、艤装メンテをしていたふたりだったが、このまますんなりとはいかなかった。

 

 

 

 

……ドタドタドタドタ!!!

 

 

 

「……この足音……!マズい!」

 

「ム?どうした?」

 

「どうした?って……!早く逃げないと!」

 

 

彼にしては本当に珍しく、メンテ途中だというのに席を立とうとする鯉住君。

それに驚く夕張を尻目に、武蔵は彼の肩を抑え込む。

 

 

「まあまあ落ち着け。大丈夫だから」

 

「大丈夫なわけないでしょう!?

離してください!でないと危険が危ない!」

 

「ちょ、ちょっと師匠……一体何が……」

 

 

 

 

 

「ギャハハハハッ!!人間ンンッ!オ久シブリィッ!!」

 

「あーっ!!ホントに龍ちゃんだー!!遊ぼー遊ぼー!!」

 

 

 

 

 

「キャーーーーッ!!??」

 

「やっぱりレ級!……と清霜ちゃん!」

 

 

凄い勢いで工廠に突撃してきたのは、この鎮守府所属である駆逐艦『清霜改』と、ペットのレ級flagshipだった。

 

 

「人間ンンンンッ!!今日ハ何曜日イッ!?気分高揚日イイッ!!」

 

「相変わらず何言ってんのかわかんない!」

 

「龍ちゃん遊ぼー!ねーねーねー!」

 

「清霜ちゃん、今はメンテ中だから……!

というか怖いからレ級連れて帰って!」

 

「やだー!すぐに遊びたいの!遊んでよー!」

 

「清霜ノ霜ハ『あいざっく・あしもふ』の霜!

人間ンンッ!!ハ!考エル葦(あし)モフ!考エテナイデからだ動カセエエッ!!

ギャハハハハッ!!」

 

 

グイッグイッ!!

 

 

「ウオオオッ!!

ふたりしてカラダ引っ張らないで!!もげるっ!もげるからっ!!」

 

「ハハハハッ!!鯉住殿はウチのメンツに大人気だな!」

 

「人懐っこい清霜殿はともかく、レ級にここまで懐かれているとは……」

 

「メンテ技師としてだけでなく、提督としても抜きんでたものを持っているご様子」

 

「我ら感服いたします。実に素晴らしい御方だ」

 

「感心してないで助けてくださいっ!

その素晴らしい御方がまっぷたつに裂けちゃいますよ!?

このままだとぉっ!?」

 

「ハハハハッ!!まったく大袈裟な奴だ。

オイ、清霜にレ級、鯉住殿を放してやれ。本当に裂けてしまうぞ」

 

「ハイスイマセン武蔵サン」

 

「うー!仕事終わったら絶対遊んでよね!絶対だよ!?」

 

「ハァ……ハァ……

わ、わかりました……わかりましたから……」

 

 

2分割の危機を武蔵の一声で逃れた鯉住君は、肩で息をするほど憔悴している。

 

研修中からこのふたりには振り回されまくったし、追いかけられまくっていた。

レ級に関してはテンションが上がり過ぎると、ガチの戦艦パワーでじゃれついてくるため、命の危険が常にお隣さんという状況だったのだ。

鯉住君が先ほど逃げようとしたのは、条件反射であり生存本能でもあった模様。

 

ちなみに夕張は真っ白になって燃え尽きている。

 

 

「それで龍ちゃーん。あとどれくらいで仕事終わるのー?

あんまり待てないー!!」

 

「時間ハ限ラレテイル鍵ッ子ダアッ!

フタリデ留守番寂シイノオオッ!!」

 

「わかったわかった……

出来るだけ早く終わらせて一緒に遊びましょうね……」

 

「絶対だよ!?娯楽室で待ってるからねっ!!すぐに来てねっ!?絶対だよっ!!」

 

「嘘吐イタラはりせんぼん飲マスゾオオオッ!?

ふぐ毒デエッ!ゴ逝去アソバサレルゾオオオッッ!?」

 

 

 

ドタドタドタドタッ!!

 

 

 

来た時同様に、物凄い勢いでふたりは走り去っていった……

 

 

「モウヤダ……モウヤダ……

コワイ……ココ、コワイ……」

 

「俺はメンテ終わったら清霜ちゃんたちに付き合ってくるけど、夕張は自室待機してような……」

 

「しかし困ったな。

メンテが終わったら、鯉住殿と一緒に出撃しようと思っていたのに」

 

「ええ……?

この前みたいに勝手に出撃しちゃダメですよ……?」

 

「提督に近海なら自由に出歩いていいと、許可をもらってある。案ずるな」

 

「ええ……?勝手に出撃していいってこと……?」

 

「この武蔵、仕方ないとはいえ、飼い殺しのような現状では到底満足できんのだ!

だからせめてこの鎮守府の縄張り内でなら自由にやりたいと思い、提督に自由出撃の許可をとったのだ!」

 

「ええ……?なんで加二倉さんは許可出してるの……?」

 

「提督は部下想いな方ですから」

 

「憲兵隊に所属されていた際も、部下の命を優先して作戦立案されていたとか」

 

「一人前になり、部隊に配属された時にも、加二倉提督のような人格者の下で活躍したいものです」

 

「見習いの皆さんにも、武蔵さんが単独出撃して危険とか、そういう発想はないんですね……」

 

 

勝手に海域出撃、しかも単艦となれば、普通はちょっと待てよとなる。

しかしここでの常識には、そういった考え方は存在しないようだ。

 

わかっていたとはいえ、久しぶりに接してみるとやっぱりおかしい。

話が噛み合わないことに気疲れが止まらない鯉住君である。

 

 

 

・・・

 

 

「……はい。これで終了です。お待たせいたしました」

 

「おおっ!!終わったかッ!!

ああ!出撃が楽しみだ!楽しみで仕方がないッ!!

クククッ!ハァーッハッハァッ!!!」

 

「オツカレサマデシタ……」

 

「夕張……ゆっくり休んでな……」

 

 

焦点が定まっていない目をした夕張を、頭ポンポンしながら慰めている裏では、武蔵がさっそく艤装を装着している。

 

 

「おお……オオオオッ!!!

この感触!馴染む!馴染むぞォッ!!!

ああッ!!もう駄目だ!辛抱溜まらんッ!!極まる!達してしまうッ!

さあァッ!出撃だ!武蔵、出るぞオオオッッッ!!!」

 

 

バシュウッッ!!

 

 

武蔵は物凄いテンションで、勢いそのままに海に出て行ってしまった……

 

 

「「 …… 」」

 

「お疲れ様でした。鯉住殿」

 

「我々も大変勉強させていただきました。ありがとうございます」

 

「これから清霜さんと遊びに行くので?」

 

「ええ……約束しましたので……

死なないように頑張ります……」

 

「ははは。その心配はありますまい。

清霜さんが一緒に居て、そのような結末にはならないでしょう」

 

「それに気配はわかりませんが、川内さんが見張ってくれているはず。

清霜さんの目が届かぬところでレ級が暴走したとしても、瞬時に止めに入ってくださるでしょう」

 

「まぁ、それはそうですが……」

 

「恐らく久しぶりのご来訪に、他の皆様も喜んでいるはず。

もしかしたら川内さんだけでなく、早霜さんも見張ってくれているかもしれませんな」

 

「そんなに喜ばれるほどじゃないと思うんですが……」

 

 

 

「そんなことないって。メンテ班のみんなの言う通りだよ」

 

「ええ ええ わたしも、こころまちにしておりました……」

 

「ホラ。おふたりもそのようにおっしゃっています」

 

「だから毎回言ってるでしょう……?

突然現れると心臓に悪いんですよ……やめてください……」

 

 

メンテ班の皆さんとの会話中だったのだが、例によってというか、いつも通りというか、いつのまにやら川内が会話に参加していた。

しかも今回は彼女だけではなく、駆逐艦『早霜改』まで増えていた。

ふたりとも微塵も気配を感じさせないあたり、隠密スキルがカンストしているというしかない。

 

いいかげん鯉住君は研修当時の感覚を取り戻し、ここの異常性に順応してきたのだが……

夕張はそうはいかず、完全に思考停止。マネキン状態となっている。

 

 

「それでいったい何の用事ですか……?

わざわざ隠れてたのに現れたということは、なにかあるんでしょう?」

 

「なんにもないよ。

強いて言うなら早霜が挨拶したいっていうから」

 

「おひさしぶりです こいずみさん……

わたしとまた いっこんかたむけましょう……」

 

「一献傾ける……ああ、お酒飲みましょうってことですね。

あいにくですが今は禁酒しているんです。

ちょっと色々やらかしてしまいまして……」

 

「ええ……?

わたし、たのしみにしていたんですよ……?

わたしとあなたとなちさんで よるのじかんをすごすのを……」

 

「あ、ああ……そんな悲しそうな顔しないで下さい。

お酒は飲まないですけど、ジュースか何かでご一緒させていただきますので……

俺がいない間、早霜さん達にあったこと、色々と聞かせてください」

 

「あら そのようなうれしいことをいってくださるなんて……うふふ……

それではこんばん たのしみにしていますよ?

なちさんにも こえをかけておきますから……」

 

「わ、わかりました……」

 

「すごくたのしみ……なんていいひでしょうか……」

 

「ひゅー!さっすが龍ちゃん!このたらし!好感度上げてくねっ!

龍ちゃんってやっぱりロリコンなの?」

 

「なんでそうなるんですか……」

 

「だって叢雲ちゃんにプレゼ……」

 

「わー!わー!とにかくっ!

俺はロリコンじゃありません!からかわないで下さい!!」

 

「えー」

 

 

なんでそんなことまで知ってんの……と一瞬思うも、相手が相手だけに諦めざるを得ない。

 

夕張が放心状態で、川内の発言が頭に入っていなかったのは、不幸中の幸いである。

 

 

「ハァ……

天龍龍田の心配ばかりしてたけど、俺も無事でいられるかわかんないな、これ……」

 

 

 

……結局鯉住君はこの後、清霜レ級コンビとフルパワーで2時間ほど遊んだ(必死)あとぶっ倒れた。

そして3時間ほどして目を覚ました後はすぐに夕食、そのまま飲み会へと雪崩れ込むことになった。

 

飲み会には久しぶりの遊び相手がいるとあって、鎮守府の面々が数多く参加。

お酒飲まない発言をガン無視され、ぐびぐびと呑まされることになったのだった。

その際に鯉住君が疲労と酒気から「修羅場モード」に片足を突っ込み、色々と起ったのだが、その結果どうなったかはご想像にお任せ。

 

ちなみに天龍龍田がどうなったかというと……

肉体と精神の極限疲労から、鍛え直し終了から翌日の昼にかけて気絶していた。

夕張についても情報過多と精神的ストレスから、天龍龍田同様翌日の昼まで寝込むことになったのだった。

 

 







ラバウル第10基地の今までの功績まとめ
(重要度は日本海軍内での査定を参考としたものです)

艦娘飽和時代における建造成功
(重要度・中)

艦娘飽和時代におけるドロップ確認
(重要度・中)

艦娘飽和時代における建造による新艦娘邂逅
(重要度・中)

超小規模製鉄所開発
そしてその運用による、ラバウル基地全域における低予算・高品質な艤装部品の高頻度供給
(重要度・極高)

大本営筆頭秘書艦・大和の大幅なメンタルケア
(重要度・中 非公開 プライベート情報)

いずれも完遂率50%を切る研修プランにおける、部下全員の研修完全達成
(重要度・低)

ラバウル第1基地・第2艦隊の救援成功
(重要度・高)

欧州海域ボス2体の転化及び登用
(重要度・極高 非公開 最重要機密)

妖精を指揮下におくことでの鎮守府改造
それに付随した、多数の人類未到達技術の現地運用
(重要度・低 
日本海軍査定としては評価されづらい出来事のため、非常に軽い扱い)

大本営・第1艦隊との実践形式演習で惜敗
(重要度・極低 書類上ではD敗北のため)

転化体を通じた、欧州の深海棲艦勢力情報開示
(重要度・極高 非公開 最重要機密)

ラバウル基地内での護衛任務受注数第3位
(重要度・高 本編では触れてない出来事)

最上位姫級レベルの実力を持つ深海棲艦2体と交渉成功
(重要度・極高 非公開 最重要機密)

深海棲艦の生態(一定期間で復活・実力者ほど知性が高い)について情報獲得
(重要度・極高 提督が既出情報と思い込んでいるため未報告)


超重要な色々は軒並み非公開情報なので、海軍内での風評はそこまですごくないです。

とはいえ、艦娘数の純増、妖精さん印の製鉄所、救援を成功させたメンバーの実力、護衛任務引き受けの多さについては、かなり高く評価されています。
少佐という立場を遥かに越えた実績といっても過言ではありません。

元帥はさらっと中佐昇進を置き土産にしていきましたが、それはこういった功績があったからこそできたことなのです。
元帥はそんなに適当な人じゃないということですね。




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第102話

三隈の私服グラすごくいいですね。
なんか強者感あります。もしくは寂寥感。

いとしさと切なさと心強さを感じます。




 

 

 

昨夜の歓迎飲み会から一晩明け、現在は翌日の正午。

 

鯉住君は現在、この鎮守府所属艦である重巡洋艦『那智改二』と一緒に、演習場の全景が見られる高台、そこにある原っぱに座っている。

 

 

「大丈夫かなぁ……」

 

「問題ないだろう。

なにせ天龍の奴は、この那智が対空を鍛えたのだ」

 

「いやだって……

いくら天龍龍田のふたりで戦うといっても、相手はあのレ級ですよ……?」

 

「だからこそ問題ないと言っている。

我が鎮守府において、レ級が一番の弱者というのは貴様も知っているだろう?」

 

「知ってますが……他がおかしいだけじゃないですか……」

 

「酷い言われようだな」

 

「那智さんなら自覚あるでしょう……?」

 

「まぁそうだが」

 

 

不安そうな鯉住君の目線の先、1㎞程離れた海上演習場では、100mほどの距離を空けて、天龍龍田姉妹とレ級flagshipが向かい合っている。

 

何故このような状況になっているか?

それはつい先ほど、天龍龍田が神通に叩き起こされ、

 

 

「今からあなた達にはレ級と演習をしてもらいます。

応急修理要員はナシ。沈んだらもう浮き上がれませんので、努々油断することがないように」

 

 

という無慈悲な一言とともに連行されていったと言えば、よくわかるだろう。

 

 

……つまりは今目の前で起こっている事態は、昨日から続く鍛え直しの延長線にして延長戦であり、演習の皮を被った文字通りの『デスマッチ』というワケだ。

 

一番の常識人である那智が異議を唱えなかったあたり、本当に大丈夫なのだろう。

しかしそれでも鯉住君としては、部下の生命の危機を今から見届けることになるわけで……安心しろというのは無理な話だ。

 

 

「今からでもやめさせることは……」

 

「無理だ。あの神通だぞ?私でも止められん」

 

「うぐぐ……」

 

「まぁ聞け。あのふたりは神通の奴の教え子でもある。

研修内容は、この那智が何度もストップをかけるほど、出鱈目なものだったのだが……

見事それを必死になって乗り越えた実績が、ふたりにはある。

信じて見届けてやれ」

 

「そうは言いましても……」

 

「レ級には応急修理要員を装備させているあたり、神通の奴もふたりの勝利を確信しているようだしな。

ま、おおかた『これほどのハンデで万が一負けることがあるようなら、本当に沈んでしまって構わない』などと思っているのだろう」

 

「全然安心できない……

確かに神通さんなら言いそう……」

 

 

ハラハラしっぱなしの鯉住君であるが、こうなってしまえば、最早どうしようもない。

 

そもそも加二倉提督含め、他のメンバーが止めに入らないあたり、本当に大丈夫ということだろう……多分。

もし本当にふたりがピンチになってしまったら、流石に助け艦を出してくれるだろう……多分……

 

そんな感じで無理やり自分を納得させていると、随分離れた距離だというのに、演習場から声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「ギャハハハハッ!!

ココガァ!地獄ノ一丁目エェェッ!!オォオ帰リナサイマセエエッッ!!」

 

「レ級お前うるせえッ!!

ゼッテー沈めてやるからな!俺達も必死なんだ!悪く思うんじゃねぇぞッ!」

 

「出来ルト思ッテゴザイマス!?

ヤーイ!オ前ノ母チャン、ふぁりさい派アァァッ!!」

 

「俺達に母ちゃんはいねえよ!」

 

 

 

 

 

これから沈めあいを始めるというのに、賑やかなことだ。

 

余裕がありそうに見える天龍と龍田。まだ気持ちにゆとりがある証拠だろう。

とはいえ、ふたりの纏う空気は張りつめたものであり、臨戦態勢をとっていることもわかる。

 

 

「……那智さん。

ふたりの研修って、もしかして毎回このくらいムチャなことしてたんですか……?」

 

「この程度なら私は止めに入らん」

 

「ということは……」

 

「この程度序の口ということだ」

 

「ふたりとも……どんなことやらされてたの……?

ホントに頑張ったんだなぁ……」

 

 

本人たちからの報告書と簡単な説明で、研修内容については大まかに把握できている。

とはいえやはり、書面と口頭ではインパクトが違う。

 

例えば龍田の研修報告書面で

『3日間の教導艦(駆逐艦・早霜)同伴でのレベル1特務海域への出撃』

となっている部分がある。

 

これををわかりやすく説明すると、

『爆雷だけを積んだ状態で、3日間不眠不休ぶっ続けで、1-5で潜水艦を殲滅し続ける(早霜はもしもの時の保険と補給サポートのみ)』

ということだったりする。

 

書面だとインパクトが薄れるというのは、どこでも同じなのだ。

 

それに加えて……

ふたりのトラウマを刺激しないように、との配慮から、鯉住君はふたりに詳細な口頭説明を求めなかったので、詳しい研修内容を実は把握できてなかったりする。

 

 

「レベル6海域に保護者同伴で単独出撃くらいなら、日常的に行っていたな。

その中でも私が一番おかしいと思ったのは、ふたりの卒業試験だ。

よくもまぁ、あんな無茶ぶりを達成できたものだよ」

 

「天龍は赤城さんの艦載機全機撃墜、龍田は潜水艦密集地帯の海図作成でしたよね……?

確かによく達成できたなぁ、と思います。特に天龍は」

 

「うむ。ふたりとも尋常でない精神力だったな。

何度轟沈しても心折れずに目標に向かっていく姿は、私ですら感心するほどだったぞ」

 

「えっ……何度も轟沈……?」

 

「そうだとも。日に3回は沈んでいたな。思い出すだけで懐かしい。

ここに居る応急修理要員を全員動員する必要が出たので、その期間は演習を中止していたほどだ。

1週間ほど不眠不休で続けていたから、その間他のメンバーは随分と暇していたな」

 

「う、うわぁ……」

 

 

思っていたよりも数十倍はハードな内容だった。

どうやら最終試験は技能を見るというよりは、どれだけかかっても、何度沈んでも、目標を達成しきるという精神力を試されるものだった様子。

 

 

「気絶したまま運び込まれ、高速修復材をぶっかけられ、そのままノータイムで出撃だ。それを1週間。よくもまぁ心が保ったものだよ。

ふたりとも貴様との約束を心の支えにしていたようだぞ?

白目を剥きながら、うわごとのように『提督のため……提督のため……』と呟いていた」

 

「ううっ……!罪悪感がっ……!!」

 

「ははっ。結果オーライだろう。

それだけ慕われているのだから、あのふたりをうまく使ってやれ」

 

「使うって言うとちょっとアレですが……

なんとかふたりの頑張りに応えられるようにしますよ……」

 

 

鯉住君が知られざる真実を那智から暴露されている間に、演習(デスマッチ)の開始時刻となったようだ。

 

1kmも離れているというのに、とんでもなく空気が張り詰めているのがわかる。

こちらにまで刺すような殺気が伝わってくる。

 

 

「……!!」

 

「ふむ。なかなかの殺気だな。

ここを離れて精神が軟弱になってしまったかと懸念していたが、杞憂だったようだ」

 

「……ふたりとも、沈まないでくれよ……!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「ギャハハハハッ!!死合開始イィィッ!

沈メ沈メエエッッ!!」

 

 

バシュシュシュウッ!!

 

 

試合開始時刻になったと同時に、もう待ちきれないといった様子でレ級が突撃。

 

しかも魚雷をあらゆる方向に大量に発射しながらである。

さらにその魚雷というのが特殊で……

 

 

「踊レェ!オ前ラアァッッ!!

れっつだんすとぅぎゃざあアアァァッ!!」

 

 

キキーッ!!

 

 

なんとレ級の魚雷には意思があるのだ。

というわけでレ級の魚雷は、完全自動追尾性能を持っている。

 

あらゆる方向に打ち出した魚雷達は、それぞれの方向から天龍と龍田に襲い掛かる!

このレ級は、たった一体で全方位攻撃ができるインチキ性能を持っているのだ。

 

 

「相変わらず嘘くせぇ攻撃だな!」

 

「天龍ちゃんはレ級本体をお願い~」

 

 

パラララッ!!

 

 

ドドドオオゥンッ!!

 

 

龍田は装備した機銃で、丁寧に迫りくる魚雷を処理。

 

機銃や主砲で魚雷を無力化するためには、的確に信管を撃ち抜く必要がある。

本来そんな技術は神業だが、ここでは当然そんな常識通用しない。

必須科目であり、龍田もそれくらいなら取得している。

 

見事に処理されていく魚雷群。

 

 

……しかしレ級もここでの常識が染みついているため、その程度なら想定内。

ふたりが魚雷に気をとられている隙に、本体自ら突撃していく。

 

 

「ギャハハハハッ!!あん・どゅー・とろわァッ!!

へびーナあーむデ乾坤一擲イイイッッ!!」

 

「応ッ!来いやぁッ!!」

 

 

ズドオオンッ!!

 

 

ガギィンッ!!

 

 

レ級は2mはあろうかという尻尾艤装を、天龍に叩き付ける。

天龍はそれを艤装の長剣を使って受け止める。

 

響く激しい金属音。

尻尾艤装は柔軟性があり生体のように見えるが、硬度は鋼鉄クラスなようだ。

 

 

「手ガ塞ガッテ大ちゃんすッ!!

ワタクシカラノがいだんすッ!!飛行機ハァ!強インダゾオオッ!!」

 

 

バシュシュッ!!

 

 

対空が得意な天龍の動きを封じているレ級は、ここぞとばかりに尻尾艤装の口から艦載機を射出。

空母系の深海棲艦には及ばないが、かなりの数の艦載機が空へと放たれる。

 

魚雷や尻尾と同様、艦載機も意思を持った自律起動タイプである。

空に飛び立った艦載機群は、魚雷同様様々な方向からふたりへと攻撃を開始する。

 

 

「舐めないでほしいわぁ。

天龍ちゃんほどじゃないけど、この程度なら捌けるよ」

 

 

パラララッ

 

 

ボボウゥンッ!

 

 

しかしこの猛攻を龍田が防ぎ……

 

 

「テメエみたいなひとり艦隊と長期戦するつもりはねぇ!オラアッ!!」

 

 

ドゴォッ!

 

 

「ウゲエェッ!痛イノオッ!折レチャウウウッ!!」

 

 

天龍はレ級の尻尾を受け止めたまま、ヤクザキックをレ級の膝下に食らわせる。

脛の骨が折れるかというほどの衝撃に、たまらずレ級は後ずさる。

 

 

「ウオラァッ!」

 

「キシシシッ!!……オゲエエェッ!!」

 

 

……ボボボオォンッ!!

 

 

超至近距離から、天龍の主砲である15.2cm連装砲改2門が火を噴く。

それに対してレ級は大きく開いた口から16inch3連装砲を1門だけ吐きだし、これに応戦。

 

圧倒的な火力を持つ戦艦主砲ではあるが、天龍の砲撃の狙いどころが良かったため、これは相殺となった。

 

 

「……チッ!やっぱりこの程度じゃ無理か!」

 

「ギャハハハハッ!!タッノシイィ~~~ッッ!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「おぉ……!すごい……!

本当にあのふたり、レ級に対して優勢だ……!」

 

「だから言っただろう。

いくら神通の奴でも、教え子を無為に沈めたりはせん」

 

「そりゃそうですが……

本当にあのふたり、ここまで強くなってたんだなぁ……」

 

「なんだ。貴様、奴らの実力を見るのは初めてか?」

 

「彼女たちが本気出してるところ見るのは初めてですね。

それほどの相手なんて、そんじょそこらには居ませんから」

 

「成程な。神通が鍛え直しするといっていたのは、そのあたりが原因か。

腕が鈍っていないか危惧してのことだな」

 

 

鯉住君は未だに不安で仕方ないものの、演習開始前よりは安心している。

規格外なレ級にあそこまで優勢でいられるとは、思っていなかったのだ。

 

よく考えれば天龍は、神通が仕留めそこなうほどの実力者であるアークロイヤルに認められたのだから、それくらいの実力はあってもおかしくはない。

しかしレ級がトラウマとなっている鯉住君に、そんな冷静な判断は出来るはずもなかったのだ。

 

 

ふたりの実力を確かめ、ようやく落ち着いてきた鯉住君だったが、そんな観客席に乱入者が。

 

 

「……あー!居たー!」

 

「……へ?」

 

「龍ちゃーんっ!」

 

 

ドゴオッ!

 

 

「ゲフウッ!?」

 

 

突撃してきたのは清霜だった。

不意打ちでのダイビング抱き着きに、鯉住君は吹っ飛ばされる。

 

 

「痛つつ……清霜ちゃん……もっと落ち着いて……」

 

「今日のお仕事終わったから来たよー!

清霜も一緒に観戦する―!」

 

「お仕事って……」

 

「今日のお仕事は晩ごはんづくりだよー!

五月雨が何度も塩と砂糖間違えるから、遅くなっちゃった!」

 

「そ、そうですか……」

 

 

軽く地面に頭を打ったので、ちょっとだけできたコブをさすりながら、あぐらをかいて座りなおす鯉住君。

 

するとなんと、座りなおした鯉住君の足の上に、清霜が元気よく座ってきた。

完全に椅子にされてしまった形となる。

 

 

「き、清霜ちゃん……

あんまり男の人とくっつくのはよくないから、ひとりで座ろうね……」

 

「えー?やだー!」

 

「ハハハ!貴様、本当に懐かれているな!

幼女趣味があると聞いていたが、その性癖も満たすことができて一石二鳥だな!」

 

「そんな趣味無いですからね!?

全部誤解ですから!誰から聞いたんですかそれ!?」

 

「川内」

 

「あんの夜戦忍者ァァーーー!!」

 

「呼んだ?」

 

「呼んでないっ!急に出てこないでって何度言わせるのぉ!?」

 

「そんなつれないこといわず……」

 

「早霜さんも同じですからね!?

ビックリするからやめてちょうだいっ!」

 

 

 

・・・

 

 

 

……観客席は随分とカオスになってきたが、演習は佳境を迎えている。

 

現在、天龍龍田は共に中破。

レ級の猛攻に晒されて中破で済んでいるのは流石である。

 

対してレ級は天龍の袈裟斬りをモロに受け、大破している。

 

 

「ギ……ギヒヒイッ……!

黒イ血液ィッ……!!気ン持チイイヒヒヒッッ……!!

……ガハッ!!」

 

「ハァ……ハァ……

もう終わりねぇ……天龍ちゃん、お願いしてい~ぃ?」

 

「オウ……!……うおりゃあッ!!」

 

 

ズバアァンッ!!

 

 

「ゲバァァッ!!!

……楽シカッタヨォ……!サイッコオォ~~~……」

 

 

ブクブクブク……

 

 

天龍はレ級を一刀両断。レ級轟沈。これにて決着となった。

 

天龍龍田の勝利。

当初の予定通りの勝利とはいえ、命がかかった戦いであったため、ふたりとも随分と憔悴している。

 

 

「ハァ……ハァ……しんどかったぜ……」

 

「ゼェ……ゼェ……

でもこれで……神通教官にお仕置きされずに済むね~……」

 

「オウ……教官を怒らせるのは、沈むより怖えぇからな……」

 

「よかったわぁ……本当に……」

 

 

ホッと胸をなでおろすふたり。

自分が沈むことよりも、教官のお仕置きを恐れているあたり、ふたりがどれだけ神通を恐れているのかがわかるだろう。

 

 

……そんな中、レ級が沈んだあたりの海中から光が立ち上る。

 

 

「……おっ。応急修理要員発動か」

 

「今更だけど、深海棲艦にも効果あるんだね~」

 

 

応急修理要員発動の光をぼんやりと眺めるふたり。

 

応急修理要員はレア中のレア艤装なので、この光景を見れば神秘的だとか奇麗だとかそういった感想が出るのが普通だ。

しかしこの鎮守府では、目の前の光景は毎日見る光景なので、ふたりには特に何の感慨もない模様。

 

 

 

ピカーッ!

 

 

シュウウウゥ……

 

 

 

「おう、復活した……か……?」

 

「戦闘はここまで。

もう襲ってきちゃダメ……よぉ……?」

 

 

ふたりの目の前には、レ級が復活して……いなかった。

 

深海棲艦特有の青白い肌や、真っ黒なフード、身長よりも大きい尻尾艤装の姿はどこにもなく……

 

 

 

 

 

「あ~!楽しかったっぽい―!」

 

 

 

 

 

「お、おま……レ級お前……!」

 

「あらぁ……このパターンって……」

 

 

天龍龍田の目の前に復活したのは、薄桃色の髪をした艦娘だった。

 

 

「レ級お前……転化したのか!」

 

 




この世界では艦娘には人権がありません。

人権が発生すると法律で色々大変なことになっちゃうのと、艦娘が顕れて10年しか経っておらず、現状に法律が追っついてないのが原因です。

人権があれば「艦娘兵器派」は「艦娘兵士派」になってただろうなぁ。





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第103話

レ級の練度……約200相当(佐世保第4鎮守府で最弱)

天龍の練度……185
龍田の練度……180


練度だけ見れば天龍龍田ともにレ級に食らいつける程度なので、2対1なら余裕なように見えます。

しかし相手は数多くの提督を苦しめるインチキ戦艦。
2対1でようやく優勢が取れるくらいなのです。

まだまだふたりは艦種の壁を取っ払える実力ではないみたいですね。



参考比較データ


ここの那智改二(下から2番目)……練度220(特殊対空性能アリ)

ここの早霜改(下から3番目)……練度225(第6感による特殊スキル多数所持)

他の鎮守府(中、大規模)の第1艦隊旗艦クラス……練度80~85周辺



※注意

お話の途中で堅苦しいところがありますので、めんどくなったら飛ばしちゃってください。
直ぐ後に鯉住君にあらすじを話してもらいますから、そうしてもらっても大丈夫です。




デスマッチ演習が終わり、レ級の身に変化が。

不測の事態なため、情報のすり合わせが必要だろうということで、全員揃って会議室へと集合することとなった。

 

 

全員というのは本当に全員で……

 

あまりのカルチャーショックから部屋で寝込んでいた夕張、

あれからぶっ続けで深海棲艦をなぎ倒し続け、ついさっき帰ってきた武蔵、

この鬼ヶ島の提督であり、元憲兵隊部隊長でもある加二倉提督、

憲兵隊見習いである工廠班のメンバー全員、

本日演習予定だった面々と……

 

鎮守府に居るメンバーが勢ぞろいとなったわけだ。

 

 

転化そのものが超希少事例ではあるのだが、鬼級でも姫級でもないただの戦艦が転化したというのは、その希少事例の中でも初めてのこと。

やはりどのような変化があったのか気になるというのは、誰しもが同じなのだろう。

 

そんな状況で周囲の注目を浴びている元レ級は、いつも通りニコニコしながら、座っているパイプ椅子を後ろにギィギィ傾けて遊んでいる。

 

 

「さぁて、そんじゃレ級。

姿も変わったんやし、改めて自己紹介しとき」

 

「わかりましたっぽい!龍驤さん!」

 

龍驤の呼び掛けに応え、元レ級はガタッと椅子をならしながら、元気よく立ち上がる。

そして、誰に向けるでもない敬礼をビシッとつくりながら口を開く。

 

 

 

 

 

「レ級改め、駆逐艦『夕張』よっ!

みんなよろしくっぽい!」

 

 

 

「それ私ィ!」

 

 

傷心の夕張にまさかの飛び火である。

ツッコミを入れる元気くらいなら出たようだ。

 

 

「それじゃあねぇ、駆逐艦『夕雲』よっ!」

 

「あはは!それ私と早霜の姉ちゃんでしょ!夕立でしょ!夕立ー!」

 

「そんなちょっとの区別、つかないっぽい!」

 

「艦娘になっても変わんないねー!あははー!」

 

「ウケるっぽいー!」

 

 

ゲラゲラ笑う清霜と元レ級の夕立。

転化したおかげか、言語体系は以前よりもだいぶ人類寄りになったが、マイペースでハイテンションな性格は据え置きなようだ。

 

そんな夕立の様子を見て、それぞれは思い思いに会話を繰り広げている。

 

 

 

・・・

 

 

 

「加二倉さん……

これってかなり一大事じゃないですか……?

数少ない転化体がさらに増えただけでなく、戦艦が駆逐艦になったなんて……」

 

「そうだな。貴様の言う通り。

アテにできる戦力が増加したと、先生に一報入れねばなるまい」

 

「あ、そしたら私がひとっ走りしてこようか?」

 

「いや、少し成り行きを待て、川内よ。

伝達はレ級の性能考査を終えてからで良いだろう。

戦力がレ級の時より落ちていては、艦隊に組み込むのは厳しいからな」

 

「んー、それもそっか。了解」

 

「……? ねぇ、師匠……」

 

 

できるだけ話に関わらないようにしていた夕張が、鯉住君に耳打ちしてきた。

今のやり取りで気になったことがあるようだ。

 

 

「ひとっ走りって、川内さん、本当に走るつもりなんですか……?

佐世保から呉ってかなり距離がありますけど……」

 

「んー?気になっちゃう?夕張ちゃん」

 

 

かなりボリュームを下げた耳打ちにもかかわらず、情報収集能力がカンストしてる川内には聞き取られていた模様。

 

予想外だったのでビクッとなる夕張。

 

 

「!? はっ、はい……」

 

「流石に本当に走ると体力の無駄だからねー。

電車とか連絡船とかトラックとか経由で移動するんだよ」

 

「ト、トラック……?」

 

「うん。死角に張り付いてこっそりとね」

 

「普通に無賃乗車じゃないですか……

そんなことするなら切符買って普通に乗ってけばいいのに……」

 

「私ってば、顔バレNGだから」

 

「なに那珂さんみたいなこと言ってるんですか……」

 

「ちゃんと理由あるってば。ね?提督」

 

「川内は優秀な諜報能力を持っているが、顔が良すぎるのが唯一にして最大の欠点だ。

特徴ある顔をしているというだけで、人の記憶に残ってしまう」

 

「やだもー!そんな面と向かって美少女だなんて!提督やらしー!」

 

 

バンッバンッ!

 

 

「「 あぁ……そっすか…… 」」

 

 

 

・・・

 

 

 

ニッコニコしながら加二倉提督の背中をバンバンする川内を見て、鯉住君と夕張はげんなりである。

 

その隣では、赤城、五月雨、龍驤の3名が、レ級について話している。

 

 

「よかったですね、五月雨さん。

元々レ級だったとはいえ、あなたにお姉さんができて」

 

「うーん……赤城さんの言う通り、嬉しいと言えば嬉しいんですけど……

レ級のイメージが強すぎて、姉さんって感じがあまりしないんです」

 

「あら、そういうものなんですか。

確かにレ級が加賀さんになっていたとしたら、私もそんな気分になっていたかもしれませんね」

 

「ウチには姉妹艦娘おらんからな~。

どっちにしろ、ようわからんわ」

 

「龍驤さんはそうですよね。

ところでレ級についてどう見ます?」

 

「どうて?」

 

「いえ、私は別に転化したこと自体はどうとも思いませんが、鎮守府の一員として何か変化あるかな、と思いまして」

 

「別にないんちゃうん?

なんや話してる感じやと別に性格も変わっとらんようやし、清の字ともいつも通りやしな」

 

「ですよね!私もそう思います!

レ級ちゃんはレ級ちゃんですよね!

あ、でも私と同じ駆逐艦になっちゃったんだし、演習での戦い方は変わるのかなぁ?」

 

「そんなん気にするほどやないって。

艦載機飛ばせなくなるくらいで、他はいつも通りやろ。

もし全方位攻撃する相手が演習で欲しかったら、瑞穂に頼めばええしな」

 

「五月雨さんだと瑞穂さんの相手は少し厳しいのでは?」

 

「沈む前提で突撃すればええやん。な、五月雨?」

 

「うー……あまり私、沈むのは好きじゃないなぁ……」

 

「毎日沈んでるんやし、いい加減慣れとるやろ?」

 

「慣れてますけど……あの感覚、好きにはなれないですぅ……」

 

 

レ級が転化したこと自体は、3人にとっては別にどうでもいいことらしい。

おそらく歴史上初の出来事だということはわかっているのだろうが、それよりもレ級の戦闘力の変化に興味津々なようだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

普通の人が聞いたら耳を疑う会話だが、ここではそれが普通である。

その証拠に、こちらでも同じような話をしている。

 

 

「うーん……レ級が転化してしまったでありますか……

自分にとってはすこーし不都合でありますなぁ」

 

「わたしは くちくかんなかまができて うれしいですよ……?

あきつまるさんは なにがきがかりなんですか……?」

 

「艦娘姿になってしまっては、サバゲーの的役にできないでありますよ。

深海棲艦の姿をしていたからこそ、獣狩りといった雰囲気が出せたというのに……」

 

「たしかにそれでは おもしろくないですね……」

 

「なに、あきつ丸よ。それは要らぬ心配だろう」

 

「武蔵殿。その心は?」

 

「転化体ということは、深海棲艦の姿に戻れるということなのだろう?

だったら都度都度、元の姿に戻せばよいではないか」

 

「おー!流石でありますな!それなら問題解決であります!」

 

「じんつうさん……

てんかたいは ほんとうにすがたをかえられるのですか……?」

 

「ええ。本当ですよ。お見せしマショウ……」

 

 

ズオッ……!

 

 

神通のカラダから黒い煙が吹きあがり、姿がみるみるうちに軽巡棲姫へと変わっていく。

ついでに物凄いプレッシャーが周囲に漂う。

 

 

「ホラ、コンナ風ニ」

 

「わぁすごい それならあきつまるさんも あんしんですね……」

 

「グッドでありますな!」

 

「デハ元ニ戻リマすね」

 

 

ピカーッ!

 

 

シュウウゥ……

 

 

光と共に神通の姿が艦娘へと戻る。

それと同時に迸っていたプレッシャーもひっこむ。

 

 

「神通ちゃん自分で光れるのっ!?知らなかったっ!

今度那珂ちゃんのライブでバックライト係やってよっ!

光源がない屋外でもイルミネーション演出ができるかもっ!キャハッ☆」

 

「今の光は色や光量を調節できないので、それはちょっと無理ですね」

 

「えー!練習すれば何とかなるんじゃないのー?」

 

「そう言われましても……」

 

 

ここのメンツは特に気にしていないのだが、さっき垂れ流しにされていたプレッシャーは、並の艦娘なら気絶不可避級のシロモノだった。

全員強すぎるため完全にスルーされているあたり、流石としか言いようがない。

 

 

「教官怖ぇよ……そういうことするのやめてくれよ……」

 

「無理……あんなの無理ぃ……」

 

 

教え子ふたりはそういうわけにもいかず、半泣きでハイライトオフになっちゃっている。

さっき頑張ってきたばかりのふたりに安息が訪れるのは、まだまだ先のようだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

「やれやれ……こんな異常事態だというのに、全員のんきなものだ……

普通はもっと狼狽えるなりするはずなのだが……」

 

「あらぁ……那智さん、いいじゃないですか。

艦隊に組み込める戦力が増えたのですし、細かいことは気にしないでも」

 

「瑞穂よ……

恐らく世界初の出来事を、些事扱いというのはどうなのだ……

姉さんからも何か言ってやってくれないか」

 

「そうですよ瑞穂。

戦艦が駆逐艦へと変化したのです。

これが一大事でなくて、何が一大事だと言うのですか」

 

「そうだとも。姉さんの言う通りだ。

今回の新たなケースをしっかり研究すれば、未だに知られざる部分ばかりである奴ら……深海棲艦の正体が明らかになるかもしれんのだぞ?

貴様も転化体であるならば、深海棲艦の正体が気になるだろう?」

 

「そんなことおっしゃいましても……

私はそのようなお話にも、自分の正体にも、まるで興味がありませんので……

色々苦労して正体を知るよりも、全員沈めてしまう方が早いし楽しいでしょう?」

 

「貴様は本当にブレないな……」

 

 

キョトンとした顔をしている瑞穂に対して、那智は呆れてため息を吐く。

 

ここのメンバーは全員大概だが、その中においても瑞穂は尖っている方だ。

優雅で上品な振る舞いとは裏腹に、超がつくほどの好戦的な性格。

昔ヤンチャしてた那智ですらドン引きするレベルである。

 

そんなやりとりをしているふたりであるが、妙高がその会話を遮る。

何か言いたいことがあるようだ。

 

 

「いえ、重要なのは那智の言うようなことではなく。

……戦艦が駆逐艦になったということは、燃費がめざましく向上するということです。

元レ級の夕立が戦闘で使えるレベルでしたら、エンゲル係数的にも消費資材的にも、随分上向きになるということ!

バランスシートと家計簿をつけるのが、今から楽しみで仕方ないわ!」

 

「姉さん……そんな庶民的な……

いや……姉さんに話を振った私が悪かったのだ……ハァ……」

 

 

ガックリと肩を落とす那智。

相談する相手を完全に間違っていた。

 

ここの妙高は命を懸けているレベルで節約第一なのだ。

彼女の辞書には無駄弾とか浪費とかいう言葉はない。

 

 

「……今日もまた鯉住の奴に、愚痴でも聞いてもらうか……」

 

 

 

・・・

 

 

 

各々好き勝手言いたい放題言っているが、結局のところこれからやるべきことは、元レ級である夕立の戦力確認である。そういうことで意見が一致した。

 

そこで手っ取り早い確認法として、いつもの感覚をよく知る清霜がチカラ試し相手として選ばれた。

 

 

「よっし!それじゃいくよレ級!……じゃなかった!夕立!」

 

「やりたい放題やってやるっぽいー!」

 

 

ダダダダダッ!!

 

 

元気よく退室していくふたり。

 

 

「ハァ……なんかすごく疲れました……」

 

「貴様は心配性すぎるのだ。

大概のことはどうとでもなるのだから、大きく構えていればよい」

 

「加二倉さんは圧倒的強者だから、そんな意見が出るんですよ……

部下の轟沈の危機を目の前にして冷静でいられるほど、肝は座ってません……」

 

「問題ありませんよ、龍太さん。

ふたりの実力も、レ級の実力も、十分把握していますから」

 

「神通さんはそう言いますが……ハァ……

まぁ、とにかく無事に済んでよかったです」

 

 

レ級の戦闘結果待ちという状態ではあるが、ようやく一段落付いた形である。

多少気を抜きつつ、加二倉提督と話を進める鯉住君。

 

 

「それにしても、深海棲艦にも応急修理要員って効果あるんですね。

初めて知りましたよ」

 

「ここではレ級は毎日戦闘しているからな。

基本的に装備させることにしている」

 

「はー……そうなんですか。

しかしどうやってそれを知ったんですか?」

 

「試しに装備させてみて沈めてみたら、効果があったのだ」

 

「うわぁ……それって、人体実験的な……

効果が無かったらどうしてたんですか……?」

 

「そうなればまた鹵獲してくればいいだろう」

 

「ひええ……」

 

 

どうやら応急修理要員が効果あるかどうか、ぶっつけ本番で実験したということらしい。

確かに敵として毎日沈めている相手だが、ある程度苦労して捕まえてきた個体にその仕打ち。

無慈悲過ぎはしないだろうか……?

 

レ級にトラウマを抱える鯉住君ではあるが、そんな扱いを受けていたと聞いては、いくらなんでも同情してしまう。

 

 

「レ級も大変だったんだなぁ……

いくら実力ある深海棲艦は沈んでも復活するからって、そんな生きるか死ぬかの無茶をさせられてたなんて……」

 

 

 

 

 

ピィンッ……!!

 

 

 

 

 

鯉住君が何気なく漏らした言葉。

それに佐世保第4鎮守府のメンバーが、ひとり残らず鋭く反応した。

さっきまでのゆるゆるな空気が、一気に張り詰めた。

 

あまりの急変に面喰う鯉住君一行。

 

 

「えっ……ちょ……」

 

「龍ちゃん、今なんて言った?」

 

「ど、どうしたんですか……!?皆さん、川内さん……!?

なんかすごく雰囲気が怖いですけども……!?」

 

「いいから。もう一度言って」

 

「は、はい……

『強い深海棲艦は沈んでも復活するとはいえ、随分無茶させられてたんだな』と……」

 

「それ、どこで知ったの?」

 

「前ウチに来た、凄く強い深海棲艦から……」

 

「ククク……!出所も問題なし、か……!!

流石は鯉住殿だな!我らの鎮守府にとって、決定的な情報だ……!!」

 

「ちょっと武蔵さん怖いですよ!?

ていうかそんなの、みんな知ってるんじゃないんですか……?

神通さんも瑞穂さんも、元深海棲艦なんだし……」

 

「フフフ……私達は今まで、沈んだことはありませんの。

だからそんなこと知りませんでしたわ。

そう……つまり今まで沈めてきたアレもコレも、もう一度沈められるかもしれないんですね……ウフフ……」

 

「沈んだ者のことなど、気に掛ける必要はありませんので」

 

「そ、そうでしたか……おふたりらしいご意見ありがとうございます……

いやしかし、何故この情報がそこまで重要なんですか……?

知ったところで活用できるものでもない気がしますし……」

 

「何言ってんのさ。値千金だよ」

 

「そう。この情報は貴様しか知らないはずだ。

誰も知らない情報だからこそ、それを有効活用できるというもの。

そしてその性質上、自分含め佐世保鎮守府所属の提督には、決定打となるものなのだ」

 

「クハハハッ!良い!良いぞッ!

この武蔵が教えてやろうッ!我らが何をしようとしているかッ!

その情報で動きがどう変わるのかッ!!」

 

「えと……なんか物騒なことになる気がするので、結構で……」

 

「遠慮することはないぞッ!!

いいか、まずはこの佐世保鎮守府が、本当はどういう役割を担っているかだが!!」

 

「やめてって言ってるのに……」

 

 

 

・・・

 

 

 

なんかよくわかんないうちに始まってしまった武蔵の説明によると……

 

 

本来の佐世保鎮守府は、対深海棲艦の組織としてよりも、対外国向け防衛拠点としての役割の方が比重が大きい場所らしい。

それは古代から続く伝統であり、天孫降臨の遥か前から続く習わしなのだとか。

 

まぁ、要するに、この日本という国において、九州は圧倒的に外国から攻められやすい位置にあるということだ。

 

全体を見れば中規模であり、最前線とは程遠い佐世保鎮守府。

それにも関わらず、トップに大将(鮎飛大将)が据えられている理由も、このバトルマニアたちが巣くう人外魔境鎮守府(佐世保第4鎮守府)が設置されている理由も、対外国防衛を円滑に進めるためなのだとか。

 

実績も非公開なものがいくつもあるらしく、一例を出すと、ここの龍驤が大陸間弾道ミサイルを何発か撃墜していたりとかするらしい。

 

 

 

そういった場所なので、佐世保鎮守府の外国の動きに対しての感度は、日本のどの組織よりも高い。

 

当然欧州の話も耳に入っており、鮎飛大将の判断で秘密裏に欧州に派遣されている諜報員により、実情がかなり切迫していることが伝えられている。

 

EU各国では現在大きな混乱が起こっており……

海軍・艦娘への不満からのデモ、富裕層の内陸部への逃走、慢性的な食糧不足、インフラ不足によるゴーストタウン化、スラムの激増、犯罪の常態化などなど……

諜報員たちですら『何とかできないか』と言ってくるほどの地獄絵図と化しているとのこと。

 

 

 

あくまでこれは鮎飛大将個人が取得している情報なので、大本営には実情を伝えてはいない。

いち大将による重要な情報の秘匿とも言える、組織としてはよろしくない状態だが、理由はちゃんとある。

 

 

 

日本は日本で安定しているように見える半面、潜在的な危機に直面しており……

 

5年前の本土大襲撃以降、非常に安定した海域維持ができているのだが、それが原因で厭戦ムードが高まっていること。

 

深海棲艦出現初期の惨劇を知る、当時海上自衛隊所属だった提督と、

5年前の本土大襲撃という激戦を最前線で経験した提督、

そしてそのどちらも知らない提督。

大まかに分けてこの3パターンで、国防と艦娘運用の意識に大きな隔たりがあるということ。

 

つまり今の日本海軍は、一枚岩など夢のまた夢という状況なのだ。

 

鮎飛大将が大本営に重要情報開示を渋っているのもこれが原因で、信頼できるもの以外を議論に参加させたくないということ。

 

だから今の佐世保鎮守府をひとことで言い表すと、

『日本海軍内の独立自治区画』みたいなことになっているのだ。

 

 

 

そういうことで、欧州に救援を送るというのは、欧州の悲惨な実情を知る佐世保鎮守府の総意としては大賛成。

しかし仮想敵国である欧州国家を助けることは、軒先貸して母屋を取られることにも繋がりかねない。

 

 

 

……重要な条件が一つ足りないのだ。

 

 

 

救援に成功し、深海棲艦の圧力が弱まり、ある程度チカラを取り戻したEU諸国が、古代バイキングから続く悪習……帝国主義に再度目覚めた時に備えなければならない。

 

その首にリードをつけておける、なんらかの要素が足りない。

 

 

これが現在、佐世保鎮守府全体で抱えているジレンマだったりする。

欧州に救援を出したいが、出せない。そんな状態。

 

 

しかしその問題は、先ほど鯉住君がポロっとこぼした情報で、完全に解決した。

 

 

 

・・・

 

 

 

「ええと……つまり……

救援を送るのはいいけど、それが原因で欧州の各国がチカラをつけすぎるのは困る。

だからそうなった時に牽制できるような何かが欲しい、と……」

 

「うむ。そういうことだ。

やはり鯉住は優秀だな。飲み込みが早い」

 

「恐縮です……

そしてその問題は、深海棲艦のボスクラスは復活するということが分かったことで、解決した、と……」

 

「うむ。欧州のボス深海棲艦がいくらでも復活するのならば、沈めてしまっても構わない。

もし奴らを沈めてEU各国がおとなしくしているのならば、それで良し。

これまで通りの外交を続ければよいだろう。

もし奴らを沈めたことでEU各国が暴走すれば、それもまた良し。

復活した深海棲艦に再度蹂躙され、再度我々にすがりつき、返しきれないほどの借りをこちらに作ることとなるだろう」

 

「あいつらが復活するのを知ってるのが、私達だけってのがポイントだよね!

やっぱり重要な情報は秘匿するに限るわー」

 

「フフフ……これで歯ごたえのある相手を蹂躙できますわね……

欧州は日本とは比較にならないほどの激戦区と聞きます。

……毎日毎日、歯向かう気概のある相手を叩き潰せるなんて……素敵……」

 

「そうですね。カラダが火照ってきてしまいます」

 

「つ・ま・りっ・☆

那珂ちゃんのヨーロッパデビューってこと!?

どうしようっ!那珂ちゃん日本でトップアイドルになる前に、ヨーロッパで人気者になっちゃうっ!

ねぇどうしようプロデューサー!今から英語勉強した方がいいかなっ!?」

 

「だからプロデューサーって呼ぶのやめて下さい……

……しかし加二倉さん、どうするんですか?

佐世保鎮守府の大将にも、大本営にも、欧州救援に参加することを伝えなきゃいけないじゃないですか。

深海棲艦復活の情報は秘匿するんですよね?

今の話抜きで、各方面を納得なんてさせられないと思うんですけど……」

 

「なに、問題ない。

貴様ら、全員でジャンケンしろ。6名だ」

 

 

「「「 あっ……(察し 」」」

 

 

なぜそこでジャンケンなのか。

ここの実情を知る鯉住君、天龍、龍田は何かを察したようだ。

ちなみに夕張は例によって意識をどこかに飛ばしている。

 

 

 

……ここでのジャンケンが意味するところは、立候補者が多すぎる場合の出撃メンバー選出。

 

つまりは、加二倉提督は、今からジャンケンで勝ち抜いたメンバーを引き連れて、勝手に欧州へと向かうつもりだということ。

 

なんかもう色々すっ飛ばしたりガン無視したりしているが、この阿修羅たちのやろうとしてることなんて、やめさせられないし止められない。

 

色々と諦めて、気炎を上げてジャンケンをする面々を眺める鯉住君たちなのであった。

 

 




夕立(元レ級)の中での各メンバーの立ち位置


ボス: 加二倉提督

絶対服従: 龍驤・武蔵・神通・瑞穂・妙高

怒らせてはいけない: 赤城・あきつ丸・川内・那珂

遊び相手: 清霜・早霜・五月雨・那智・天龍・龍田・鯉住君


この魔境で無差別に喧嘩を吹っ掛けると、沈むよりひどい結末を迎えることになります。
それを身をもって学ばされた結果、このようなチカラ関係が骨の髄まで刻みこまれることになったようです。


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第104話

ジャンケンの結果、選抜メンバーは以下の通りになりました。


龍驤改二・妙高改二・神通改二・那珂改二・瑞穂改・五月雨改


低燃費メンバーで妙高さん大満足。






 

「……」

 

「清霜ちゃん、そろそろ機嫌直して……」

 

「……うるさい」

 

「うーん、どうしようかな……」

 

 

出撃ジャンケンが終わってから1時間ほど経つが、メンバー全員はまだ会議室でだべっている。

理由はそれぞれだが、鯉住君に関しては、ブスッとしてゴキゲン斜めな清霜をなだめるためである。

 

 

 

……清霜は夕立(元レ級)とドンパチやって帰ってきたのだが、その時には既に色々と終わっていた。

 

そもそも欧州に行くことになったなんて初耳の清霜は、自分もみんなと旅行()に行きたい!と思ってるのに、お留守番を言い渡されてしまった。

転化してすぐの夕立(元レ級)の世話係に任命されたのだ。

 

こんな置いてけぼりをくらっては、へそを曲げてしまうのも仕方ない。

そもそもジャンケンにすら参加させてもらえなかったのだ。

いくら転化直後のレ級には世話係が要り、彼女がその役にピッタリとはいえ、流石にかわいそうである。

彼女はまだ、その辺が割りきれるほど大人ではない……というか、我慢なんて自前の辞書には載ってない、元気一杯なちびっこなのだ。

 

 

 

そんな彼女の気持ちがわかるからこそ、鯉住君は文句のひとつも言わず、清霜の相手をしている。

元々面倒見はよい方だし、お人好しなところもあるので、そんな理由なくとも相手していた気もするが。

 

 

……彼も色々思うところがあるようで、清霜をあやしつつも思いを巡らせている。

 

 

 

・・・

 

 

 

清霜ちゃんが拗ねてしまうのは、まぁ、仕方ない。

ジャンケンにすら参加させてもらえなかったわけだし、まだまだ小さいんだし。

 

……それはいい。それはいいんだけど……

ジャンケンに負けちゃった他のメンバーまで、へそを曲げているのは、正直どうかと思う。

あなた達いい大人なんだから、それくらい我慢していただきたい……

 

 

 

……結局あのジャンケンで決まった選抜メンバーは、一通りの準備の後、30分も経たないうちに出撃していった。

普通の出撃でも準備にはそれくらいかかるというのに、欧州への長期遠征の準備でそれとは……やっぱりここの人たち頭おかしい。

 

 

ちなみに短時間の準備の中で、加二倉さんがしていった事とは……

 

 

佐世保鎮守府の統括である鮎飛大将への出撃報告

(『今から行くから後ヨロシク』みたいなこと言ってた。他に諸々の連絡もしていた)。

 

同行するメンテ班の選出

(流石に自身の鎮守府を持つ鯉住君は、同行せずに済んだ)。

 

後を託す秘書艦の選定

(赤城さんに決定。加二倉さんが渡したクッソ適当な方針メモに頭を抱えていた)。

 

 

こんなところである。

 

本人もテンションが上がってさっさと出撃したそうだったので、かなり適当な感じで済ませていた。

 

 

ちなみに、大将との話の中で

 

『ここ(佐世保第4鎮守府)のメンバーが一番槍+本隊に決定。

継戦能力を考慮して、佐世保第1鎮守府から後詰めで輸送艦隊とメンテ部隊を送る』

 

という話になったらしく、メンテ班のアテができたため、

憲兵隊見習いの皆さんの多くは鎮守府残留ということになった。

 

一番槍にして本隊とか、それ一体どういうことなの……?

なんて思ったが、そんな疑問もまた、ここのメンバーに対しては今更な話だった。

 

 

 

そして今回の一件で、こちらの鎮守府メンバーも無関係とはいかず……

 

なんと、天龍と龍田が佐世保第1鎮守府の輸送部隊に組み込まれる運びとなった。

 

提督である俺の意見が考慮されないのは、今更なので慣れっこだが……

加二倉さんが佐世保鎮守府統括である鮎飛大将に向かって、編成の指示を出していたのはどうなんだろうか?

あの人やりたい放題過ぎやしないだろうか……?

 

 

……ちなみに、その通達を受けたふたりは、凄く複雑な表情をしていた。

 

佐世保第4鎮守府の阿修羅艦隊と直接接触しなくともいい安堵と、

一方で、ここからしばらく地獄の鬼たちと少なからず関わらないといけない恐怖と、

まるで面識のない艦娘と長期出撃するという不安。

 

それらがない交ぜになって、そんな表情になっていたのだろう。

 

流石にかわいそう過ぎるので、何か俺にできることを見つけて、ケアしてやらないといけないな……

 

 

 

・・・

 

 

 

清霜のご機嫌を取りながら、そんなことを考える鯉住君である。

 

 

……ちなみに残留組の全員が全員、同行できなくて悔しいと感じているわけではなく……

 

赤城は無期限提督代理とかいう肩書をサラッとつけられたことに拗ねていて、

川内は妹ふたりにドヤ顔されたことに対して、プンスコしている。

 

逆に言えばそのふたり以外は、置いてけぼりくらったせいでいじけている。

そろいもそろってバトルジャンキーとはいえ、なんともいえない話だ。

 

そんな状況なので、清霜をなだめられるのが鯉住君だけだったともいえる。

 

 

 

「清霜ちゃんが仲間外れにされちゃって悔しいのはわかるけど……

レ級の世話は清霜ちゃんしかできないって、認められてるわけだからさ。

元気出してよ」

 

「龍ちゃんに清霜の気持ちなんて、わかるわけないもん……グスッ……」

 

「そんなこと言わず……

重要なお仕事任されて偉いじゃない。

みんな清霜ちゃんのこと、信用してるって証拠だよ」

 

「そんなこと言われたって、全然嬉しくないもん……ヒック……」

 

 

パイプ椅子の上で体育座りでべそをかいている清霜には、何を言っても届かないらしい。

見ざる言わざる聞かざるみたいな状態になってしまい、まともに話ができない。

 

……とはいえ鯉住君は小さいころ、親戚の妹分ふたりをあやしていた経験があるので、こういった場面には慣れていたりする。

 

言葉で説得する作戦は一旦保留。

こういう時の子供は感情の津波に押し流されて、まともな判断をつけられない状態なのだ。

話を聞いてもらうためにも、いったん気を紛らわせて落ち着かせる必要がある。

 

 

 

「そっか……

それじゃお仕事任されて偉いから、ご褒美になにか言うこと聞いてあげる」

 

「……ホントに?」

 

「ホントだよ。

まぁ、無理な事じゃなければだけど」

 

「じゃあ……ここに居る間、ずっと清霜と一緒に居て……グスッ……」

 

「えーと……」

 

 

清霜からのお願いは、要は鯉住君に甘え倒したいというものだった。

 

加二倉さんも他の鎮守府メンバーもそういう相手じゃないのはわかるし、このくらいの年齢の子が誰かに甘えたい気持ちもわかる。

このお願いを受けてあげて、機嫌を直してもらうのが吉だろう。

 

とはいえ彼女には、鎮守府メンバーとしての本来のお仕事もあるはず。

 

 

……清霜ちゃんを暫く借りてもいいか、提督代理をぶん投げられた赤城さんに確認しておこう。

 

 

「赤城さん、清霜さん借りちゃっても大丈夫でしょうか?」

 

「……え?ああ、すみません。

これからの鎮守府運営について考えていて、聞いていませんでした」

 

「あぁ、ええと、かくかくしかじかで……」

 

「あ、はい、構いません。

……というか、こちらこそすみません。

ただでさえ提督として忙しく活躍していらっしゃるというのに、天龍と龍田を借りるだけでなく、清霜の面倒まで見てもらうことになってしまって……」

 

「いえいえ、こちらこそ皆さんにはお世話になりましたから。

私としても恩返しするいい機会です」

 

「まぁ、相変わらずお優しいですね。

提督として活躍されている理由も、よくわかりますね。ふふふ」

 

「あ、その……あ、ありがとうございます!

赤城さんにそんなこと言ってもらえるなんて、本当に嬉しいです!」

 

 

赤城に褒められて物凄く嬉しそうにする鯉住君。

赤城は彼が今の人生を送るきっかけになった艦娘であり、憧れそのものなので、そんな態度とられてしまうと嬉しくてしょうがないのだ。

 

 

「龍ちゃんなに赤城さんと仲良くしてるの!?

清霜と遊んでくれるって言ったでしょ!?」

 

 

ガシイッ!!

 

 

「うぐえっ!?」

 

 

自分の相手をしているというのに、放っておかれた挙句、他の相手と仲良くしてるのを見せられた清霜。

ちびっ子メンタルの彼女にこれは耐えられなかったようで、我慢できず鯉住君におぶさってきた。

 

 

「ちょっと清霜ちゃん……驚くから急に飛びつかないで……」

 

「清霜と話してるのに、赤城さんと仲良くしてる龍ちゃんが悪いの!!

今から清霜が行きたいとこ言うから、このまま連れてって!」

 

「いや、流石に自分で歩いて……」

 

「なんでも言うこと聞くって言ったでしょ!

ウソつきは泥棒の始まりなんだよ!?」

 

「わかったわかった……」

 

 

さっきまでべそをかいていた清霜は、プンスコしながら鯉住君に負ぶさったまま、ふたりで会議室を出て行った。

 

 

「あー!ずるいっぽいー!

ふたりでちゃんと私のお世話するっぽいー!!」

 

 

ついでに元レ級の夕立も、彼らを追っかけていった。

あの様子だとすぐに追いついて、鯉住君はさらなる心労に見舞われることだろう。

 

実際夕立がダッシュで出て行ってすぐに「ギャー!勘弁してくれー!」というセリフが聞こえてきた。

そのすぐ後に清霜と夕立の笑い声が聞こえてきたので、清霜の機嫌はよくなったらしい。

 

相変わらず彼は、自分のメンタルを犠牲に、他人を幸せにしていくようだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

鯉住君たちが出て行った会議室では、彼の部下たちが話をしている。

 

 

「師匠は本当に大変ですよねぇ……」

 

「泣いてる子には勝てねぇっていうしな。

提督は本当にお人よしだぜ」

 

「清霜ちゃんもご機嫌戻してくれたみたいだし、一安心だね~」

 

 

怖い人たちが軒並みその剛腕でジャンケンに勝利し、出撃していったため、天龍と龍田には心の余裕が生まれたようだ。

夕張と普通に会話できるくらいにまでなっている。

 

 

「しかし師匠だけじゃなくて、天龍さんも龍田さんも、息つく暇もないですよね……

まさか激戦区の欧州に向かうことになるなんて……」

 

「まぁ、それ聞いた時は俺もビビったけどよ……

なんだかんだ詳しく聞いてみれば、神通教官の部隊とは直接かかわらない仕事だっていうじゃねぇか。

教官たちと一緒に戦うことがなければ、もうなんでもいいぜ……」

 

「神通教官の戦闘は……ダメ、思い出したらダメだわぁ……」

 

「は、はい」

 

 

龍田の目からハイライトさんが消えかかっている。

思い出しただけでこれとか、一緒に長期出撃なんて言われてたら、ふたりともどうなっちゃってたのだろうか……?

 

 

「ま、まぁアレだよ。

俺達が艦隊に配備されることで、提督に『大規模作戦に参加、活躍した』って経歴が正式に残ることになるんだ。

ちょうどいいじゃねぇか」

 

「まさに渡りに船ってところねぇ。

提督は色々あって出世しなきゃ行けないみたいだしぃ」

 

「ああ。それに俺たちが目覚ましい活躍をして、MVPをとることができりゃ、その功績にプラスして『大規模作戦で優秀な戦績を残した』って評価もつくんだ。

いつにも増してやる気が出るってもんだぜ!」

 

「教官たちが深海棲艦全部沈めちゃわなきゃいいんだけどね~」

 

「はー……流石ですね。おふたりとも。

……私も師匠の役に立てるように、今以上に頑張らなきゃ……!」

 

 

今回の話は寝耳に水案件ではあるのだが、見方を変えれば、提督の出世を大きく後押しできる案件だとも言える。

さらに言うと、一騎当千(誇張ではない)の阿修羅たちのサポートという、一定以上の実力(上限解放レベル)さえあれば、限りなく安全な案件。

ポジティブにとらえれば、とんでもないチャンスが目の前に現れたことになるのだ。

 

ダイレクトに提督の役に立てると意気込むふたりと、それに影響されてフンスとしている夕張である。

 

 

「はー……ふたりとも、妹たちのことヨロシクね」

 

「わかりました。川内サン」

 

「しっかりと後方支援してきますねぇ」

 

「そーじゃないよ!

アイツら、ひとりだけジャンケンに負けた私になんて言ったと思う!?

『川内姉さんは留守番よろしくお願いします』に、

『那珂ちゃん国際アイドルデビューしてくるから!川内ちゃんは地味なお仕事ヨッロシクぅ~』だよ!?

アイツら姉ちゃんのことなんだと思ってんのさ!?」

 

「「 あぁ……そういう…… 」」

 

「アイツらの痴態をしっかり記録してきてってこと!

はい!小型カメラ!」

 

「わかりました……

ていうか、あの人たちがヘマするなんて、想像つかないんっスけど……」

 

「こ、これ本当にカメラなんですかぁ……?

ボールペンにしか見えないんですけどぉ……」

 

「特注品だから!

ホント頼んだよ!帰ってきたら散々笑ってやるんだから!!」

 

「「 はい…… 」」

 

「天龍さん……龍田さん……

頑張ってきてくださいね……」

 

 

やっぱりなんだかんだ、ふたりとも心労からは解放されない模様。

何かできるアシストをしたいと考えるも、何にも思いつかない夕張なのであった。

 

 

 

 

 

 




悲報・鯉住君、ロリコン確定。
おんぶと称して清霜のケツにタッチする事案発生。

……冗談です。
どっちかというと、妹分をおんぶしてた記憶がよみがえってるので、いやらしさよりはノスタルジーを感じています。



あ、今更感ありますが、基本的に前書きもあとがきも、読まなくても特に本編には影響しない内容にしております。特にあとがきは。

私が設定を把握しときたいから、備忘録的な意味を込めて書いてるって面もありますしね。

そんな感じなので、よろしくお願いしますm(__)m


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第105話

ツイッターを始めてみました!
リンクはユーザーページに載せてあるので、気になったら見てみてね。



このお話の作戦難易度をゲーム艦これと比較すると……


レベル3海域(解放時)……ゲーム艦これの1-4相当

レベル5海域(解放時)……ゲーム艦これの2-4相当

大規模作戦の前線……
ゲーム艦これの大規模作戦『丙難易度・後段作戦』クリア相当

大規模作戦の後方支援……
ゲーム艦これの大規模作戦『丁難易度・前段作戦』クリア相当

上位姫級(大規模作戦ボスクラス)討伐……
ゲーム艦これの大規模作戦『乙難易度・後段作戦』クリア相当

最上位姫級(転化体クラス)討伐……
ゲーム艦これの大規模作戦『敵泊地強襲!(当時難易度)』クリア相当


だいたいこんな感じ。
かなりゲームよりもマシな状況です。
ただし欧州では通常海域ボスとして、二つ名個体が居座っているため、危険度は日本海軍統括エリアの比ではありません。

あくまで参考ですので、その場のノリでちょいちょい変わることもあるかもしれません。

ちなみに佐世保第4鎮守府の皆さんは、ゲーム『艦これ』でなくゲーム『真・艦娘無双』の住人なので、これらはまったく当てはまりません。




「も、もう無理……死んじゃう……ゼェ……ゼェ……」

 

 

ドサッ

 

 

「「 zzz…… 」」

 

 

あれから鯉住君は清霜・夕立のWちびっ子の遊び相手をし続け、鬼ごっこ、虫取り、磯遊びと、ひたすらに遊びに付き合わされた。

 

時間にしておよそ4時間ほどだったのだが、なにせ相手は、見た目に反して体力おばけなふたり。

それはもう物理的に引きずり回される勢いで連れまわされ、体力が空っぽになってしまった。

昨日も似たような状態だったため、もう彼の体力はすっからかんだ。

 

そんな彼はたった今、遊び疲れてぐっすり寝ちゃったふたりを、部屋のベッドまで送り届けたところ。

そしてそのまま自分の部屋に戻る体力はもう残っておらず、床に突っ伏してしまっている。

 

ちびっ子の部屋の床にぶっ倒れている成人男性とかいう、意味不明な絵面である。

 

 

「おつかれさまでした こいずみさん……」

 

「……あ、あぁ……早霜さん……」

 

「おゆうはんのおじかんですが いかがしますか……?」

 

「すいません……もう……動けな……く、て……zzz……」

 

「あらあら……ほんとうに おつかれさまでした……」

 

 

いつものように、いつの間にか現れていた早霜にツッコミを入れる元気もなく、鯉住君はそのまま寝落ちしてしまった。

 

そんな彼に毛布を掛ける早霜。

 

 

「……このままにしておくのは よくないですね……」

 

 

流石に床にそのまま寝かせておくのは気の毒だと思ったのだろう。

彼女は鯉住君を空いているベッドに寝かせることにした。

 

ちなみにこの部屋は、五月雨・清霜・早霜の相部屋であり、遊び疲れた清霜と夕立のふたりは、清霜は自分の、夕立は姉妹艦である五月雨のベッドに転がされている。

ということで鯉住君が寝かされたのは、唯一空いている早霜のベッドであり、もっと言うと被せられた毛布も早霜のものである。

 

本人に意識はないとはいえ、この状況。

憲兵さん的にはどういう判定なのだろうか?

 

 

「早霜殿、鯉住殿は見つかりましたか?」

 

「あら みならいさん。

ええ みつかりましたよ」

 

「おや、寝ておられる。随分とお疲れのようですな。

……しかしながら、鯉住殿が横になっているベッド……

もしやあれは早霜殿のベッドなのでは?」

 

「ええ おっしゃるとおり」

 

「清霜殿とレ級……夕立殿の相手を何時間もなさったのですから……鯉住殿の思いやりには頭が下がります。

あまりにも疲れが限界で、早霜殿のベッドと知らずに入ってしまったのでしょう。

悪気など毛頭なかったはず。大目に見てやっては下さらんか?」

 

「それはかんちがいですよ。

さきほど わたしみずから こいずみさんをおはこびしたのです。

ゆかのうえで ねかせておくわけには いきませんでしょう?」

 

「ああ、失敬。そういうことですか。

早とちりでしたな」

 

 

憲兵さん的には余裕でセーフ案件だった模様。

他所の鎮守府の艦娘、しかも駆逐艦のベッドに潜り込むとかいう、普通の提督だったら変態行為で一発レッドカード案件であるはずだが……

 

日頃の行いというのは、やっぱり大事なようだ。

 

 

「それでは鯉住殿の着替えは私がしておきますから、早霜殿は食事に向かってください。

おふたりと遊んだ後では衣服も汚れているはず。そのままではベッドに汚れが移ってしまいます」

 

「あら そうですか。

わたしとしては そのままでもかまいませんが……

せっかくのおきづかい ありがたくうけとっておきますね」

 

「お任せください。

清霜殿とレ級……夕立殿の着替えは女性の同僚に頼んでおきますので」

 

「たすかるわ よろしくおねがいします」

 

 

 

・・・

 

 

 

こちらはその少しあとの食堂の風景。

怖い人たちが留守となり、鬼の居ぬ間に心の洗濯ができている天龍龍田と一緒に、夕張は晩御飯を食べている。

 

 

「おふたりが出発するのって、2日後の朝でしたよね?

モグモグ……それまでどうしているつもりなんですか?」

 

「そうだなぁ……ズルルッ……

演習は……ゼッテー嫌だし、龍田と組み手でもしてっかなぁ」

 

「そうねぇ……サクッ……

いくら教官が居ないといっても、演習はちょっと心身によくないから~……」

 

「……スイマセン、演習の話は、来た時のアレを思い出してしまうので……」

 

「あぁ……すまねぇ」

 

 

本日のメニューは天ぷらうどん。

肉料理じゃなかったので今の話題はギリギリセーフだ。

 

 

「明日丸々空いてるとはいえ、欧州への長期遠征が控えてるしな。

準備はしっかりしておかねぇと」

 

「やっておくことは、燃料弾薬の準備、艦隊内での作戦のすり合わせ、艦隊行動の練習、それと艤装のメンテナンスってところかしらぁ」

 

「そんなもんだろ。

明日は佐世保第1鎮守府から、他の輸送艦隊メンバーが来るって言うしな。

1日中細かい動きのすり合わせってとこか」

 

「なかなか急な話ですよねぇ」

 

「ここの基準だと、余裕あり過ぎるくらいよぉ?

何か決まったとしたら、1時間以内で出撃が基本だからぁ……」

 

「さっき出撃していった時も、そんな感じでしたもんね……」

 

 

遠い目をして先ほどの出来事を思い出す夕張である。

 

なんで欧州まで遠征に行くとかいう一大イベントなのに、話が出てから1時間以内で準備を終えることができるのだろうか?

緊急出撃ならいざ知らず……

 

ちょっと、いや、だいぶ頭おかしい。

 

 

「あ、そうだ。

おふたりの艤装メンテは私にやらせてください。

おふたりだけに負担をかけるのは嫌ですし、私もチカラになりたいんです」

 

「お、すまねぇな、夕張」

 

「ホントは提督にやってもらおうかと思ってたけどぉ、そう言ってくれるならお任せするわぁ」

 

「ええ、任せてください!

師匠にはまだまだ及ばないですけど、これでも私は一番弟子ですからね!」

 

「おーおー、自信満々だなぁ、オイ。頼りにしてるぜ」

 

「提督がちょっとおかしいだけで、夕張ちゃんも十二分にスゴイものね~。

安心して任せられるわぁ」

 

「ハイ!誠心誠意やらせていただきます!」

 

 

 

仲良く話していた3人だが、そこにひとり話しかけてくる者が。

 

 

 

「お話し中のところ申し訳ない。少しいいでしょうか」

 

「……ん?

ああ、メンテ班の憲兵見習いか。どうしたんだ?」

 

「鯉住殿のことで」

 

「提督……あぁ、そういえばご飯食べに来てないわねぇ。

まだ清霜ちゃんたちと遊んでるのかしらぁ?」

 

「いえ、おふたりの相手は終わったようなのですが、そのまま疲れから就寝なさってしまいまして……」

 

「清霜さんも夕立さんも、すごく元気が有り余ってましたもんね……

師匠、お疲れ様です……」

 

「はい。あのおふたりの相手など、日ごろ鍛えている私達でも骨が折れるというのに、大した御方です。

それで現在鯉住殿は、そのまま清霜殿の部屋にいらっしゃいますので、それをお伝えしなければと思いまして」

 

「ああ、そういうことか。

わざわざすまねぇな。知らせに来てくれて」

 

「いえ、この程度なら。

そういうわけですので、よろしくお願いします」

 

 

業務連絡のような話だった。

言うべきことを言って憲兵見習いの彼は離れて行ってしまった。

 

 

「天龍さん、龍田さん。師匠迎えに行きます?」

 

「んー……別にいいんじゃねぇの?

世話してくれたって言うしよ」

 

「そうねぇ。それに提督の部屋の鍵、開いてないと思うわぁ」

 

「合鍵くらいならあるんじゃないですか?」

 

「そりゃそうだがよ。

わざわざ落ち着いてるってのに、起こすのもかわいそうだろ。

清霜とレ級の世話を何時間もしてたってんだ。提督にはゆっくりしてもらいてぇ」

 

「それもそうか……

それじゃ師匠にはゆっくり休んでもらいましょう」

 

「それがいいわぁ。

移動させるときに起こしちゃうのは気の毒だものぉ」

 

 

結局3人は提督をそのままにしておくことを選んだ模様。

上司に似たのか、3人とも思いやりのある発想ができるようになっているようだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

食後、清霜・早霜・五月雨の相部屋にて

 

 

 

・・・

 

 

 

「……」

 

 

スー……スー……

 

 

「まぁ……いいですよね。

わたしのべっどなのですし」

 

 

ごそごそ……

 

 

 

・・・

 

 

 

翌日の朝

 

 

 

・・・

 

 

 

チュン、チュン

 

 

「……なにがどうして、こうなった……」

 

 

夕方から朝までぶっ続けで寝ていた鯉住君であったが、ようやく目を覚ました。

……と同時に、何から何まで身に覚えのない状況になっていることに、クッソ激烈に戸惑っている。

 

 

「なんか知らないうちに寝巻(着流し)になってるし、筋肉痛がスゴイし、知らないベッドで寝てるし、そもそも遊び終わってからの記憶がないし……」

 

 

 

チラッ

 

 

 

ギュッ

 

 

 

「……何故か早霜さんに抱き着かれてるし……」

 

「すー……すー……

……うふふ……むにゃ……」

 

 

なんでこの……何……これ、何……?

いや待て……待って……ちょっとこれマズいのでは……

 

これってありえないとはいえ、はたから見れば、夜這いかけた的なサムシングに見えてしまうのでは……?

しかもちびっこである駆逐艦に……

 

それってアレでは……?

もしこれで憲兵さんにしょっ引かれたら、社会的にご臨終なのでは……?

「ロリコン提督、他鎮守府の駆逐艦に夜這いをかける事案発生!」的な……

 

父さん……母さん……俺、どうしたらよかですか……?

 

 

(あーあー、ついにいっせんこえちゃって)

 

(みてくださいよ、このしあわせそうなねがお)

 

(ほかのところの『けっこんかん』にてをだすなんて……きちく……)

 

 

やめてホント。ホントにやめて。

状況証拠的にキミたちの反応の方が正しいとか考えたくないから。

 

……落ち着こうじゃないか。いったん冷静に。KOOLになれ……

まずは記憶の整理からだ。昨日何があったっけ……?

 

 

清霜ちゃんと元レ級の夕立に付き合わされて、

ふたりとも疲れて寝ちゃったから部屋まで運んできて、

鍵が開いてたから、ふたりともベッドに寝かして、

 

それで……アカン、そっから先の記憶が……

 

 

(あまりのつかれから、せいよくがおさえられなくなって……)

 

(はやしもさんのべっどにもぐりこんで……)

 

(はやしもさんといちやをともにして……)

 

 

やめろ!記憶のねつ造すんな!

ありえない記憶が刷り込まれちゃうダルルォ!?

駆逐艦のちびっ子に欲情した挙句手を出すとか……ド変態かよ!ないから!

 

大体お前らの顔見れば、嘘ついてるかどうかなんて一発でわかるんだからな!?

ニヤニヤしやがって、このウソつき共が!

 

 

……鯉住君が混乱しつつも冷や汗を流していると、一緒に寝ていた早霜が目を覚ましたようだ。

 

 

「……あら おはようございます……」

 

「うおっ……お、おはようございます……」

 

「うふふ……こいずみさんと いっしょにねたおかげで すごくきもちよかったです……」

 

「ちょ……やめて下さい……誤解しちゃうような発言は……」

 

「たまにみていた わるいゆめ……

おきなみ ふじなみ しらぬいさんが めのまえでしずんでしまうゆめ……

でも きょうはちがいました……」

 

「え?え?」

 

「わたしをたすけにきてくれた かのじょたちにのせられて……

のりくみいんは ぶじにかえることができました……

うふふ…… すごくすてき……」

 

「あー……よ、よかったですね……」

 

 

どうやら早霜は前世(艦時代)の悪夢をたまに見るらしいのだが、今日はその夢の結末が良いものになっていたようだ。

寝起きでぼんやりしているとはいえ、すごくいい表情をしている。

とっても嬉しかったというのがすごく伝わってくる。

 

ちらっと横を見ると、お供妖精さんたちが揃ってサムズアップしている。

 

 

「……え? もしかしてキミらのおかげ?」

 

 

(せやで)

 

(ほめたたえよー)

 

(これでこいずみさんのこうかんどは、うなぎのぼりです!)

 

 

なんでお前らは変なやり方で俺の好感度上げようとすんの!?

早霜さんが嬉しそうだからいいんだけど!

 

 

(よめをふやすのです!)

 

(はーれむきんぐめざして、がんばろう)

 

(じんがいたらし こいずみ)

 

 

何がハーレムキングだ!なんだ人外たらしって!?

ただでさえ意味不明な呼ばれ方されまくってんのに、これ以上そういうの増やすんじゃないよ!

 

 

……どうやら早霜がステキ体験できたのは、お付きの妖精さんたちの仕業だったようだ。

こいつら色んな意味でやりたい放題だな!なんて思っていると、幸せそうな顔をした早霜が話しかけてきた。

 

 

「うふふ こんなにすてきなあさははじめて……

……そうだ こいずみさん まいばんいっしょにねてくれませんか?」

 

「そ、それはちょっと倫理的にダメです……」

 

「いけず……」

 

「その言葉選びは、今の俺に効くのでやめて下さい……

と、とにかく、離してください!この状況は見られるとマズいんです!」

 

「……いやです もうすこしこのまま いさせてください」

 

 

ギュッ

 

 

「痛っ!強くホールドしないで!

筋肉痛がひどいうえに、ただでさえ動きづらいんですから!」

 

「だめ うごかないでいいです」

 

「そういうワケにはいかんのです!」

 

「きしょうじかんまでは まだありますから。

ゆっくりと すてきなじかんをすごしましょう」

 

「誰かタスケテ……!」

 

 

 

ゴソゴソッ

 

 

 

「ふわぁ~……あれ……?

ベッドに居る……朝になってる……」

 

「おやすみからおはようっぽい~……

朝の陽ざしが眩しい……シャイニングっぽい~……」

 

「あっ……これヤバいやつ……」

 

 

必死になってベッド&早霜から抜け出そうとした鯉住君は、声のボリュームを上げてしまった。

そのせいで、彼と同じぐらいグッスリ寝て、フルパワー充電が完了したちびっ子たちは、目を覚ましてしまったようだ。

 

 

「なんかよくわかんないけど……早霜おはよー

……って……龍ちゃん……?」

 

「オ、オハヨウゴザイマス……」

 

「……なんで龍ちゃん、早霜と一緒に寝てんの……?」

 

「あっ。ホントっぽい。

龍ちゃんと早霜が、くんずほぐれつしてる」

 

 

 

終わった……見られてしまった……

くんずほぐれつはしてないけど、抱き着かれているのは事実……

 

これで俺も憲兵さんに逮捕されて、鯉住家の恥さらしとなってしまうのか……

 

 

 

「……何してんのー!?

龍ちゃんずっと清霜と一緒に居るって言ったのに、なんで早霜と寝てんの!?

一緒に寝るなら清霜とでしょ!?」

 

「夕立もくんずほぐれつするっぽいー!!」

 

 

あっ……そっちかぁ……

 

 

「うふふ……すごくきもちよかったですよ……」

 

 

そういうセリフはヤメテと言っているじゃないですか……

 

 

「ズルいズルい!私も一緒に寝るの!」

 

「夕立もダイブインザ龍ちゃーん!」

 

 

 

ぴょーんっ!

 

 

ドサァッ!!

 

 

 

「オゴオォっっ!?

きっ……筋肉痛がぁッ!!いきなりダイブしてこないでぇッ!」

 

「うるさいっ!龍ちゃんは黙っててっ!」

 

「あははっ!あったか~い!」

 

「まぁ……せっかくの すてきなじかんでしたのに……」

 

 

駆逐艦3名にくっつかれて一緒に寝るとかいう、見る者が見れば血涙を流して羨ましがる光景だが、本人にとっては災難である。

 

駆逐艦とはいえ艦娘に変わりなく、パワーはすごい。

寝起きでパワー調整が不十分なふたり、対するは筋肉痛で全身が弱点と化している鯉住君。

 

そういうことで、抱き着き×3を喰らっている彼は、全身から激痛シグナルを絶賛受け取り中なのだ。

 

 

「ぬわーーーっ!!」

 

「ここに居る間は龍ちゃんは私のものって言ったでしょー!?」

 

「アハハッ!!奇麗な断末魔っぽいー!」

 

「これでは おちつけないですね……

……まぁ いいでしょう……

くっついているだけでも なんだかしあわせですし……」

 

「よくないっ!離してっ!」

 

「艦娘をチカラづくでどかそうなんて、へそで茶が沸くっぽい!」

 

「龍ちゃん抵抗しないの!おとなしくしてて!」

 

「だ、誰かタスケテーーーッ!!」

 

 

結局この後鯉住君は、一部始終を見ていた川内に、爆笑しながら助け出された。

 

その際に「やっぱりロリコンだよねー」という、腑に落ちない言葉をかけられたが、それにツッコみを入れる余裕はなかったという。

 

 

 

余談

 

 

彼を助け出す前に、川内は何枚も一部始終の写メを盗撮しており、それらは後に早霜、清霜へと提供された。

そしてそれらの写真は、夕雲型ネットワークにコメント付きで晒されることとなり、鯉住君の知らないうちに彼の評価がスゴイことになってしまったそうな。

 

 

 




こいつとんでもねぇロリコンだぜ!?
(なお本人はそれどころではない模様)



本編には基本出てきませんが、このお話の中では艦これ未実装艦もフツーに存在します。

例えば夕雲型は全19姉妹ですが、艦これでは13名しか実装されてません。
でもこのお話では残りの6名も艦娘として存在してる設定です。

読者の皆さんの分かりやすさ重視で行きたいので、メインのお話には未実装艦は絡んでこないという方針ですね。



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第106話

日本海軍所属艦娘の半分くらいは駆逐艦なんですが、この話ではあんまり出てこないですね。

一応理由はあります。
駆逐艦は戦闘力が低く、近海哨戒やすごく簡単な資材獲得遠征くらいでしか活躍しないのが普通だからです。
第1艦隊や第2艦隊に駆逐艦が組み込まれていれば、それはもうとんでもなく実力が高い個体だといえるでしょう。

ラバウル第1基地・第2艦隊の照月は、その実力者にあたります。
ちなみにお姉さんの秋月は第1艦隊メンバー。流石の防空駆逐艦ですね。






「夕張……機嫌直してくれよ……」

 

「……」

 

 

 

カチャカチャ

 

 

 

「誤解なんだ……何もしてないんだってば……」

 

「……」

 

 

 

キュッキュッ

 

 

 

「だからホラ……キミの思ってるようなところでは……」

 

「……師匠のロリコン……」

 

「ち、違うんだって……」

 

 

 

ガチッガチッ

 

 

 

「川内さんが好き勝手触れ回ってるだけで、まったく根拠のないデタラメだから……」

 

 

 

 

 

「……そういう嘘っぽいセリフは、侍らせている駆逐艦のおふたりをどかしてからにしてください」

 

 

 

 

 

ここは佐世保第4鎮守府の工廠。

 

物凄く不機嫌な様子で天龍龍田の艤装メンテをする夕張に、鯉住君はひたすら弁明をしているところだ。

 

 

……夕立(元レ級)に背中からがっつり抱き着かれつつ、清霜を肩車しながら。

 

 

 

「夕張もああ言ってるし……お願いだから、ふたりともいい加減離れて……」

 

「ダメー!気絶するまで遊び倒すっぽい!」

 

「やだよーだ!一緒に居るんだもん!」

 

「違うんだよ……夕張……」

 

 

 

・・・

 

 

 

鯉住君は早霜添い寝事件のあと、全身の痛みを引きずりながら、食堂で食事。

栄養補給しないと、筋肉痛を治せないと判断したからだ。

 

そしてお腹がいっぱいになった後、再度就寝。

本当は天龍龍田の艤装をメンテしようと思っていたのだが、食事中に夕張から代わりにやっておくと聞いたので、ギシギシのカラダを何とかする方を優先した。

 

輸送艦隊が到着するのが午後という話だったので、午前中に寝ておいて、午後から天龍龍田を見ようと思っていたのだ。

これから部下がお世話になる相手方には、本調子で挨拶したいと考えていた。

 

 

……そこまではよかった。

そのプラン通りいけば、なんの問題もなかったはず。

 

しかし残念ながら、そうはいかなかった。

 

 

なんと就寝中、清霜夕立コンビが彼の部屋に侵入。

さっき早霜に鯉住君をとられて悔しかったふたりは、改めて一緒に寝ようと思い立ったらしい。

 

ちなみにカギはかけていたのだが、「面白そうだし龍ちゃんならいいよね」とか言いながら、川内が開錠(ピッキング)したあげた模様。

彼女にとって、部屋のカギが掛かってるかそうでないかは、あまり重要なことではないらしい。

 

 

それでぐっすり寝ている彼と、がっつり抱き着いているふたりを、なんと夕張が発見。

天龍龍田の艤装にクセがあるか聞きに来たら、提督が駆逐艦ふたりと添い寝しているとかいう、意味不明な状況に遭遇したのだった。

 

 

そして夕張に叩き起こされ、工廠まで連行され、今に至る。

 

 

 

・・・

 

 

 

「天龍さんも龍田さんも真剣に頑張ってるのに、提督がそんなのでいいと思ってるんですか!?」

 

「い、いや、そんなつもりじゃ……」

 

「おふたりも私も提督のためを思って頑張ってるのに!

なんでその本人が、他のところの艦娘とよろしくやってるんですか!

私達にはぜんっぜん手を出さないクセに!このロリコン!」

 

「だからそれは風評被害なんだって!

そもそもキミたちに手を出すわけないだろ!?大事な部下だよ!?

ていうか……清霜ちゃんにも手を出してないから!」

 

「私には手を出したっぽいー!」

 

 

 

「「 はへぇ!? 」」

 

 

 

鯉住君の後ろからまったく予想してなかったセリフが飛び出してきた。

ビックリして仲良く変な声を出してしまう師弟。

 

 

「何言ってんの!?レ級……じゃなくて夕立!」

 

「忘れちゃったの?

私のカラダの隅から隅までいじくり回したの!

すっごく気持ちよかったっぽい!」

 

「師匠……そんなはずないと信じてたのに……!

本当はロリコンなんかじゃないって……!!」

 

「い、いやいやいや!おおおおかしいでしょ!?

夕張も信じないで!そもそもレ級が転化したのって昨日の話でしょ!?

艦娘になってから手を出すにしても、そんな時間無かったでしょ!?」

 

「でも手を出したんでしょ!?

つまり深海棲艦じゃなくなった途端に手を出したってことですか!?

このロリコン師匠!最低!」

 

「龍ちゃん、清霜の知らないところで夕立とも仲良くしてたの!?

早霜だけじゃなくて!?ズルいーーー!」

 

「違うってぇ!!全く身に覚えがございません!!

レ級キミってばウソついちゃいけないでしょ!?そういうのホントやめて!!」

 

 

 

「何言ってるの!

あんなに夕立の艤装を好き勝手いじり倒したのに!」

 

 

 

「「 ……ん?? 艤装……??」」

 

 

 

「そうよ!

艦載機のみんなも魚雷のみんなも尻尾も、あのあと龍ちゃんに懐いちゃって、すっごく言うこと聞かせるの大変だったっぽい!!」

 

「あぁ……そういうことかぁ……」

 

 

元々佐世保第4鎮守府のメンバーがレ級を捕獲してきたのは、鯉住君が深海棲艦の艤装に興味を示したのが原因だ。

そういうことで、捕獲メンバー立ち合いの中、鯉住君はレ級の艤装をいじり倒した経験がある。

 

おそらく夕立はその当時のことを言っているのだろう。

 

 

「師匠!どういうことなんですか!?」

 

「清霜とももっと遊んで!龍ちゃん!」

 

「ふたりとも落ち着いて!

俺はロリコンじゃないし、夕立が言ってるのはかくかくしかじかで……!」

 

 

 

・・・

 

 

 

クールダウン

 

 

 

・・・

 

 

 

「はぁ……つまり……

師匠は体力回復のために寝てただけで、清霜さんと夕立さんが一緒に寝てたのには、まったく気づかなかったと……

夕立さんが言ってる手を出されたっていうのは、レ級時代に艤装をいじった話だったと……」

 

「そうなんだよ……

清霜ちゃんも夕立も、勝手にカギのかかってる部屋に入ってきちゃダメだからね……」

 

「ぶー!川内さんはいいって言ってたよー!?」

 

「カギ空けてくれたのも、川内さんっぽい!」

 

「ハァ……ホントにあの人は……

とにかくふたりとも、あの夜戦忍者の言うことは真に受けちゃいけません……」

 

「えー」

 

 

色々と諸悪の根源となりつつある川内に対して、諦めのため息を吐く鯉住君。

その様子を見て、夕張は彼のことを信じることにしたようだ。

 

 

「はぁ……わかりました……

師匠がロリコンじゃないってことは、信じてあげます」

 

「あ、ありがとう。夕張……」

 

「言いたいことは色々ありますけど……

師匠もなんだかんだ疲れているようですし、そこでおふたりと一緒に見学していてください」

 

「本当にゴメンな……余計な心労かけさせちゃって……」

 

「ホントですよ、もう……

とにかく、今はゆっくりしていて下さいね」

 

 

夕張の優しさに感謝しつつ、ふたりを装備したまま艤装メンテを見学することに。

ホントは自分がやるべき仕事だったので、申し訳なさも感じてしまう。

 

 

「俺はホントに良い部下に恵まれたよなぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

2時間後……

 

 

・・・

 

 

 

少し時間はかかってしまったが、無事にメンテは終了した。

 

夕張ひとりで、天龍龍田の艤装をメンテしたのだ。

いくら軽巡の艤装はそこまでメンテ難度が高くないといっても、流石にそのくらいはかかってしまう。

 

ちなみにちびっ子メンタルである清霜と夕立は、そんな長時間じっとしていられるはずもなく、外まで遊びに行ってしまった。

 

 

「ふぅ……終わりました」

 

「お疲れさま、夕張」

 

「頑張ってメンテしましたけど……師匠の目から見て、どうでしたか?」

 

「まったく問題ないよ。

大丈夫。もう夕張は俺と遜色ないレベルだから」

 

「そんなことありませんってば。

……でも良かったです。私達の代わりに、天龍さんも龍田さんも戦ってきてくれるんだし、少しでもチカラになれそうで」

 

「その気持ちが一番大事なんだ。

そうやって気持ちを込めて艤装をメンテすれば、必ず伝わるよ」

 

「ふふっ。そうですよね!」

 

 

 

夕張は鯉住君と共に生活し始めて半年以上経つ。

その間ずっと彼に追いつこうと師事してきただけはあり、彼の心意気までも理解、実践することができるようになったようだ。

 

実は彼女は今現在、世界中のメンテ技師の中で見てもかなりの位置にいる。

工作艦である通常の明石よりも技能が高いといえば、そのハイレベルっぷりが分かることだろう。

 

鯉住君と同僚の明石はそんな格付けあまり興味がないし、夕張、秋津洲も同様の傾向なので、自分たちがどれだけスゴイのか気づくことはなさそうだが。

 

 

 

(さすがはゆうばりんです)

 

(たったはんとしで、ここまでのじつりょくを……)

 

(わかりますか?あいのちからですよ?んん?)

 

 

「夕張は頑張ってるからな。

それとキミ、余計なこと言わない」

 

「師匠? 妖精さんたち、なんて言ってるんですか?」

 

「ああ、夕張はスゴイって感心してるんだよ」

 

「ホントですか? みんな、ありがとね!」

 

 

ニコニコしながら妖精さんたちに手を振る夕張。可愛すぎかよ。

 

お付きの妖精さんたちも元気に手を振り返している。

そこだけ見たら、童話とかに出てくる無害な妖精なんだけどなぁ……中身がなぁ……

 

 

(むっ。ききずてなりませんぞ)

 

(われらはとっても、おやくだちなそんざい)

 

(なんどもこいずみさん、たすけてきたでしょ?)

 

 

まぁそうなんだけど、結構な割合で余計なこともしてるからね?キミら。

 

貢献してくれるのは嬉しいけど、もっと落ち着いてくれないかな?

貢献度が大幅にプラスでも、イタズラとか煽りが多すぎて大幅にマイナスだからね?

 

 

(ふふん。げんてんほうしきは、なんせんすです)

 

(わたしたちにおんぶにだっこなくせに)

 

(そこまでいうなら、ひみつのうらわざ、おしえてしんぜよう)

 

 

「秘密の裏ワザ……? いったい何なんだ?」

 

 

なんか言い出した。

ロクでもないことである可能性も高いが、一応聞いとこう。

 

 

(みみのあなかっぽじって、よくきくです)

 

(だーれもしらない、ひっさつわざですぞー)

 

(ねらったぎそう、しかも、ちょーすごいぎそうをだすやりかたです!)

 

 

「そ、それマジ!?超スゴイ艤装を出すやり方!?

キミらそんなこと知ってたの!?」

 

「ちょ、ちょっと師匠!

私には妖精さんの声聞こえませんけど、なんだかすごい話してません!?

すごい艤装を出すとかなんとか……!」

 

「そ、そうみたいだ……」

 

 

なんと妖精さんたちは、狙った艤装を建造炉から出すやり方を知っているとのこと。

 

これはとんでもなく有益な情報だ。

なにせ建造炉から何が出てくるのかは、まったく予想できないのだ。

稼働させた建造炉から艦娘が出るのか艤装が出るのか、それすらもわからない。

 

そんな現状なので、出てくる艤装を選ぶことも当然不可能。

こちらから建造炉に対してとれるアプローチなど、稼働ボタンを押すことしかないので、それも当然といえば当然なのだが。

 

……しかし今回の話が本当なら、建造炉運用の方法が一気に変わり、艤装生産効率が段違いとなる。

 

 

「す、すごいなそれ……

ていうかキミたち……知ってたんなら、もっと早く教えてくれたらよかったのに……」

 

 

(ふっふーん! ほめてもいいのよ?)

 

(どうせふつうのひとは、おしえてもできないです)

 

(いまのこいずみさんで、ようやくってところー)

 

 

「今の俺でようやく……?

というか他の人には無理って……」

 

 

(かぎは『ぎそうへのあいじょう』と『かんむすへのあいじょう』です!)

 

(どっちもあふれさせるくらいで!ありったけねじこんで!)

 

(めんてぎし、ていとく、かたほうじゃむりむーり)

 

 

「ぎ、艤装と艦娘への愛情……?」

 

 

(そうだよー)

 

(けんぞうろにむかって、あいをさけべばおっけー!)

 

(ありったけですよ?ひゃくぱーせんとですよ?)

 

 

「そ、そんなんでいいの……?

なんか思ってたのと違うんだけど……」

 

 

彼女たちが言うには、狙った艤装を出すコツは、どうやら技術的な問題でなく精神的な問題にあるらしい。

 

 

「し、師匠、どういう方法なんですか……?

愛情がどうとかって言ってましたけど……」

 

「うん、まぁ、なんて言うか……

建造炉稼働の時に、艤装を大切にしている気持ちと、艦娘のみんなを大事に思ってる気持ちを込めればいいみたい……

それでいいんだよな?」

 

 

(たいせつにしてる? だいじにおもってる?)

 

(そんなんじゃあまいよ)

 

(『あい』ですよ『あい』。じゅんどひゃくぱーせんと!

ちゃんとくちにだすんですよ? だきょうしたらだめですよ?)

 

 

「……口に出すの……?

スゴイ恥ずかしいんだけど……」

 

 

(だいじなことはくちでつたえるって、ふだんからいってるでしょ?)

 

(じぶんでいってるのに、できないんですかー?)

 

(はー、これだからへたれは)

 

 

「愛を叫ぶって……ホントに叫ぶとは普通思わないでしょ……?」

 

 

(あーあー、しりごみしちゃってぇ)

 

(へたれてますけど、それだけじゃたりないですよ?)

 

(だいじなのは、いめーじりょくです)

 

(あいするあいてのことをおもいうかべながら……)

 

(あいするあいてがたたかうばめんをそうぞうしながら……)

 

(そのいめーじにあうぎそうを、よびだすのです)

 

(だいじなのは、いめーじりょくです。いまーじん)

 

 

「……さいですか」

 

 

まとめるとこんな感じなようだ。

 

自分が愛する艦娘が戦っている姿を想像する。

その想像した場面で、活躍している艦娘の艤装を詳細に思い浮かべる。

そしてその艤装を、愛情もって接すると念じながら呼び出す。

その時には当然、艦娘への愛も全力で念じなければならない。

 

……しかもこの一連の流れ、愛情のくだりは声に出す必要があるとか。

 

 

 

なんだろう? 新手の羞恥プレイかな?

 

 

「……ええと……」

 

 

(さぁさぁ、けんぞうろまでれっつごー!)

 

(もりあがってまいりました!)

 

(てんしょんあげあげです!やっふー!)

 

 

「あの……キミたち……?

別の方法ってなかったりしません?」

 

 

((( は? )))

 

 

「いやさすがに……

よそ様の鎮守府でそんな大声で叫んだら、絶対ギャラリーが寄ってきちゃうから……」

 

 

(なんのもんだいですか?)

 

(もんだいないね)

 

(こいずみさんのほとばしるぱっしょん、きかせてやりましょう?)

 

 

「いやぁ……ちょっと……」

 

 

(てんりゅうさんと、たつたさん、だいじじゃないんですか?)

 

(せっかくあにきのために、おうしゅうまでいくのになー)

 

(『いってらっしゃい』だけで、すませるつもりですかぁ?

すぺしゃるなぎそう、ぷれぜんとしたくないんですかぁ?)

 

 

 

こいつら……ニヤニヤしやがって……

 

今からものすごく恥ずかしいことをしないといけない……

多分やり遂げた後は、恥ずか死する……

 

でも、天龍と龍田に何も持たせず送り出すなんて、そんな薄情な真似できない……

俺のプライドとか羞恥心を犠牲にするだけで、彼女たちが少しでも楽ができるのなら……

 

いやしかし、こんなところでそんなこと叫んだら、絶対みんな集まってくる……

ぶっちゃけ進行形で川内さんに見られてるだろうし……

そして最悪、その話が広まりに広まって、世間様から見た俺のイメージが、完全に変態になってしまう……

 

 

 

鯉住君の心の中にはものすごい葛藤があるが、結局はやるしかないのだ。

大切な部下の安全と自身の羞恥心……天秤にかけるまでもなく、大切な方は決まっている。

 

 

「……ワカリマシタ……ヤリマス……」

 

 

(それでいいんですよそれで)

 

(てんりゅうさんはきじゅうでー、たつたさんはばくらいかなー)

 

(あにきのそうぞうりょく、きたいしてますよー)

 

 

「ハイ……」

 

 

 

とぼとぼ……

 

 

 

「あ、師匠! 待ってくださーい!」

 

 




多分全力で叫んだら、鎮守府内にくまなく響き渡ります。
そんなにおっきい鎮守府じゃないですからね。

あ、ちなみに今回、工廠は憲兵見習いさんに頼んで貸してもらってます。


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第107話

輸送艦隊について


この世界では輸送艦隊といえど、駆逐艦は基本組み込まれません。

艦時代ならいざ知らず、当時と比べたら足回りや燃費にほとんど差がない艦娘ですので、わざわざ駆逐艦を起用する理由もないのです。

さらに言えば、提督やメンテ技師が同行する場合も多く、そうすると各資材を積んでいける工作艦と同行することになりますからね。
艦自体の輸送能力はほとんど重要視されません。

とはいえ、長期遠征であるのは確かなので、燃費の悪い大型艦は避けられます。
だから艦隊に組み込まれるのは、メインが重巡と航巡に軽空母、ついで軽巡と潜水艦といった感じになります。

また、護衛で最も大切なのは索敵と対潜。
そのあたりが得意な艦が選ばれることが多いみたいですね。



「うわぁ……師匠それ本気で言ってます……?

……ホントに本気で……正気ですか……?

いくらなんでも、それは恥ずかしすぎるんじゃ……」

 

「……やるしかないんだよ……」

 

「絶対にここの人たち、みんな集まってきますよ……?」

 

「そうだろうけども……

逆に考えるんだ……ウチ(ラバウル第10基地)で部下のみんなに囲まれながらそれをやるよりは、だいぶマシだと考えるんだ……」

 

「まぁ……ウチでそれやったら、全員分やらされることになるでしょうし……」

 

「想像しただけで死にたくなる……

でも、天龍と龍田が少しでも楽になるのなら、このくらいのこと……」

 

 

夕張にこれから何をしなきゃいけないか説明しながら、ふたりと3人(3匹)は建造炉の目の前まで来た。

これから始まる大惨事に、テンションが地を這っている鯉住君。

 

なにせこれからやろうとしているのは、大勢の知り合いの見てる中、部下に愛を叫ぶという変態行為である。

 

夕張も十分に鯉住君の気持ちはわかるようで……

「自分の分もやってください!愛してるって言ってください!」

とは流石に言えなかったようだ。

 

……本当はすっごく言ってほしかったみたいだが。

 

 

(しっかりいめーじするですよー)

 

(ちゅうとはんぱないめーじだと、ちゅうとはんぱなものが、できちゃいますよー)

 

(うまくいくまで、けんぞうろ、うごかないようにしてあげますから)

 

(かどうぼたんおしても、はんのうしないようにしとくよ)

 

(おもうぞんぶん、うまくいくまで、なんどもなんども、ちゃれんじしていいですよ!)

 

 

「その配慮はありがたいけど……そんなに何度もできないって……」

 

 

(それじゃいっぱつできめちゃって)

 

(できるものならねー)

 

(うでのみせどころー)

 

 

「なんとかやってやるさ……」

 

 

いつも通り鯉住君を煽りつつも、建造炉にひっついて準備万端な妖精さんたち。

どうやら長丁場になると踏んでいるらしく、それに配慮して余計に建造炉が動かないよう、コントロールしてくれるとのこと。

 

しかし彼としては、そんな恥ずかしすぎる真似なんて何度もしたくない。

出来れば一発で決めたいところ。

 

 

「……ふー……

よし、心の準備は出来た……今からやるぞ……!」

 

 

(おー!)

 

(ついにはじまるですね!)

 

(もりあがってまいりました!)

 

 

イメージ……イメージするんだ……!

 

海の上を往く天龍に龍田……

その姿は自信に満ちていて、美しく、チカラ強い……!

どんな敵が出てきても、ひるむことなく、堂々と沈めていく……!

 

 

「ふー……よし……!」

 

 

(いめーじできましたかー?)

 

(おっけーなら、かどうぼたんをおすです)

 

(ちゃんと、あいをさけぶですよー?)

 

 

「わ、わかった」

 

 

イメージはこれでいいだろう。

あとは……彼女たちへの気持ちを言葉に出すだけ……!

 

……呼吸を整えろ……心を乱すな……一発で決めてやるんだ……!

俺は彼女たちのことは、この上なく信頼してる……!

できるさ……絶対に、上手くいかせてやる……!

 

 

「すー……はー……」

 

「師匠……すごく緊張してるけど、大丈夫かな……」

 

 

(どきどき)

 

(わくわく)

 

(なにがでるかな、なにがでるかな?)

 

 

心の準備も終え、すぅーっと息を吸い込み……

 

 

 

 

 

「天龍、龍田……!

俺はキミたちのことを、愛しているぞーーーッッ!!!」

 

 

 

ポチッ!!

 

 

 

 

 

……しーん……

 

 

 

 

 

「う、動かない……!」

 

 

(はー……それほんきですか?)

 

(じゅってん)

 

(そんなんじゃあまいよ)

 

 

「だ、ダメだったんですか!? 師匠!」

 

 

やれやれという風に手のひらを上に向け、首を振る妖精さんたち。

これでは全く足りないようだ。

 

これ以上、どないせーっちゅうねん……

 

 

「はぁ……はぁ……ダメだったみたい……」

 

 

今の一息ですんごくエネルギーを消耗してしまったらしく、鯉住君は肩で息をしている。

 

 

(こころのかべが、ぜんぜんとっぱらえてないですねー)

 

(ぶれーきふみながら、あくせるかけてるみたいな)

 

(それじゃあ、あいてのこころには、ひびきませんよ?)

 

 

こいつら……好き勝手ダメ出ししやがって……!

……こうなったら何度でも挑戦してやる!

ギャラリーが集まってくる前に、なんとしても任務完了してやる!

 

 

「ハァ……ハァ……つ、次行くぞ……!!」

 

 

(ひゃっはー! れっつとらい!)

 

(うまくいくまで、おつきあいしますぞ!)

 

(めしうまー!)

 

 

「師匠……大丈夫かなぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

鯉住君が愛を叫んだ、その暫く前

 

 

 

・・・

 

 

 

佐世保第4鎮守府の波止場。

 

天龍と龍田、そして提督代理の赤城が、たった今到着した佐世保第1鎮守府の輸送艦隊メンバーと、物資輸送用の工作船を出迎えたところである。

 

 

輸送艦隊メンバーは、以下の通り

(練度は本人たちは数字として把握できないので、「このくらい」といった感覚です)

 

 

 

旗艦・航空巡洋艦『利根改二』 練度85

 

2番艦・重巡洋艦『青葉改』  練度72

 

3番艦・軽空母『瑞鳳改二乙』 練度82

 

4番艦・駆逐艦『時雨改二』  練度78

 

 

彼女たちプラス、物資輸送船かつ簡易ドックつきの小型工作船(乗員メンテ技師3名)

 

 

抜群の索敵力を持つ利根、

情報収集力が高く、記録が得意な青葉、

艦時代は護衛空母として活躍していた瑞鳳、

有名な呼び名『佐世保の時雨』の名を冠する時雨、

 

対外諜報に特化した、佐世保第1鎮守府にふさわしいメンバーだといえる。

 

ちなみに利根と瑞鳳は佐世保第1鎮守府・第1艦隊メンバーで、

青葉と時雨は第2艦隊メンバー。

 

主力からメンバーを派遣してきたというのはつまり、欧州遠征という大規模作戦に出し惜しみしないという、鮎飛大将の意思の表れだろう。

 

 

ここに天龍と龍田のふたりが合流して、艦隊完成となる。

 

 

 

 

 

提督代理として、お客さんを出迎える赤城。

天龍と龍田は彼女の後ろに控えている。

 

それに対する佐世保第1鎮守府メンバー。

メンテ班は色々の作業があるため工作艦に残し、艦隊メンバーの4名が挨拶に来た。

 

 

「皆様ようこそお越しくださいました」

 

「うむ!久しぶりじゃのう!赤城!

息災なようで何よりじゃ!」

 

 

軽く握手をしながら、笑顔で挨拶を交わす赤城と利根。

 

片や鬼ヶ島の(実質)筆頭秘書艦、片や第1鎮守府の第1艦隊メンバーというエリート中のエリート。

とんでもなく立場も実力も優秀なふたりは、色々な場で顔を合わせる機会も多く、何度か交流したことがある。

 

 

「うふふ。利根さんこそお元気なようで。

相変わらず堂々としていて素晴らしいです」

 

「ふふん。吾輩は立場ある身じゃからの!

手を抜いて実力を落とすなど、あってはならんのじゃ!」

 

「とてもご立派です。私も見習わないと」

 

「貴様等はこちらを見習う必要など、無いと思うがのう」

 

「腕っぷしが強いだけではいけないんですよ。

心の強さの方が重要です」

 

「そこも含めて十分じゃと言っておるのだが……」

 

 

いつも自信満々で実力も高い利根は、佐世保第1鎮守府の顔役だ。

 

ここ鬼ヶ島の異次元艦娘たちの実力をよく知る、数少ないひとりであり、

その阿修羅たちの驚異的な実力を知りつつ普通に接することができる、稀有な人材でもある。

 

 

「他の皆さんも、なかなかの実力なようですね。

身のこなしが整っています」

 

「戦闘を見ているわけでもないのにそこまでわかるとは、流石じゃのう!」

 

 

他のメンバーは実際に阿修羅たちの戦闘を見てはいないので、利根ほどしっかりと彼女たちの実力を把握しているわけではない。

しかしそれでも、彼女たちがヤバい人たちだということは知っている。

 

そんな相手から評価されたというのは、やはり嬉しいことのようだ。

みんないい表情で喜んでいる。

 

 

「お褒めいただき、ありがとうございます!赤城さん!

青葉がんばっちゃいます!」

 

「瑞鳳たちに任せてください!

しっかり第4鎮守府の皆さんのアシストしてくるからね!」

 

「第4鎮守府の赤城さんに褒めてもらえるなんて……

嬉しいかな……うん。

天龍さんと龍田さんのことも聞いてるよ……よろしくね」

 

「オウ。よろしく頼むぜ。

俺たちは教官たちと比べたらまだまだひよっこだけどよ、教官たちのアシストくらいなら問題ないぜ。頼りにしてくれ」

 

「うふふ~。みんなよろしくね~」

 

 

ドヤ顔の天龍と、ニコニコしながら手を振る龍田である。

 

 

「うむ!貴様らの活躍には、うんと期待しておるぞ!

では赤城よ、早速じゃが出撃計画のすり合わせをしようぞ!

そしてそのあとは艦隊行動練習じゃな!

いくら吾輩を筆頭に実力者揃いとはいえ、即席艦隊には違いないからのう」

 

「ええ。よろしくお願いしますね」

 

 

 

・・・

 

 

ミーティング中

 

 

・・・

 

 

 

「しかしなんというか、加二倉中佐は相変わらず意味が分からんのう。

こちらに連絡をよこした1時間後には、既に出撃してしまっているとは……

そもそも輸送艦隊よりも本隊が先行するとか意味が分からん。

輸送艦隊が前線基地をこしらえてから、本体がそこを拠点にするのが普通であろう?」

 

「まぁ、それはそうなんですが。ウチの方針は即断即決ですので」

 

「青葉の感覚では、即断即決って言っても、そこまでしないものなんですが……」

 

「ボクだったら、ここまでできればOKっていう線は、出撃の方針決定から大将にそれを打診……かな。

そこからさらに出撃決行なんて、行き過ぎな気がするんだけど……」

 

「大丈夫ですよ。ウチの提督は実現不可能なことはしませんので」

 

「瑞鳳、そういうことじゃないと思うんだよね……」

 

 

当事者から事の顛末を聞いて、呆れ顔の4人である。

ここでは比較的常識人な赤城ではあるが、他の鎮守府から見たら十二分におかしい感性をしているのだ。

 

 

「まぁそんなこと、今さら言っても仕方ねぇよ」

 

「そうね~。天龍ちゃんの言う通り、これからのことを考えましょ~。

……赤城教官、先行した艦隊の皆さんは、アラビア半島沖のソコトラ島で待機する予定でしたよね?」

 

「ええ。その通り。

ある程度の燃料と弾薬、食糧は、提督と憲兵見習いさんが乗っていった大発動艇に積み込んであるうえ、道中補給も予定していますが……

インド洋へ出てからは補給ができないので、そのあたりが物資的に限界だろうという判断です」

 

「ここからそこにたどり着くまでの航路は……

東シナ海、南シナ海を超え、リンガ泊地を経由して、

アンダマン海、ベンガル湾、アラビア湾の順に進むことになるのう」

 

「言葉にしてみると、とんでもない長期航海ですねぇ」

 

「ただ航海するだけでも大変だっていうのに、先行してる皆さんは本当に大丈夫なの?

リンガ泊地エリア端っこの、タイ国近海のアンダマン海までは、日本海軍で海域維持できてるけど……

そこから先は深海棲艦の勢い、半端じゃないって聞くよ?

いくらみんな実力が高いって言っても、瑞鳳心配だよ……」

 

「まったく問題ありませんよ。瑞鳳さん。

リンガ第3泊地で一旦各種補給をしてもらうよう、打診してありますので」

 

「瑞鳳はそういうつもりで心配したんじゃないと思うよ……うん……」

 

 

やっぱり話が噛み合わない。

佐世保第1鎮守府の面々は、強力な深海棲艦と何連戦もすることに対する心配をしているのに対し、赤城はそれを燃料弾薬切れの心配をしていると捉えている。

 

どっちの感覚も知っている天龍龍田は、苦笑いするしかない。

 

 

「まぁ、先行組の心配はしても仕方ない。

我々は我々の心配をするべきじゃろう。

我々も先ほど瑞鳳が言っていたのと、同様の航路を往くのじゃ。

各区間での物資消費量の上限値など、念入りに計画を立てねばならん。

それを怠れば海の藻屑待ったなしじゃぞ?」

 

「それもそうだな。

そういうのは龍田が得意だろ?任せていいか?」

 

「いいわよ~。

でも私だけじゃ、そちらさんの事情が分からないわぁ。

ひとり出してもらってもいいかしらぁ?」

 

「ふむ。承知した。

吾輩はそういったものは筑摩に任せっきりだから無理なのじゃ。

というワケで、頼んだぞ、青葉。

貴様は数字に随分と強かったじゃろう?」

 

「ええ!この青葉にお任せください!

それでは龍田さん、よろしくお願いしますね」

 

「はぁい。こちらこそよろしくね~。青葉さぁん」

 

 

どうやら細かい物資消費の計算については、龍田と青葉のふたりが担当するようだ。

 

 

「したらば吾輩達は、これからする艦隊行動練習のプランでも立てようか。

明日の朝出発だから、そこまで無理な訓練は出来ん。

効率的に息を揃えられるようなプランを立てていくぞ!」

 

「それでしたら、私にいい考えが……」

 

「あ、赤城サン!ちょっと待ってください!」

 

「あら。天龍、どうしたんですか?

何かいい案でもあるんですか?」

 

「は、はい!その程度で赤城サンの手を煩わせることなんてないっスよ!

俺にいい考えがあるんで、赤城サンはお客さん達の受け入れ準備の方に入ってほしいっス!!」

 

「う、うむ!天龍殿の言う通りじゃのう!

吾輩たちに任せてくれて構わんからな!」

 

「「「 ??? 」」」

 

 

赤城の真の実力と、普段の常軌を逸した演習を知るふたりは、必死に赤城を遠ざけようとしている。

 

これはまぁ当たり前のことで、佐世保第4鎮守府基準の『無理のない訓練』が、どれほど鬼畜極まりないレベルになるか……ここでの普通を知らない者からすれば、想像もできないだろう。

 

ということで、その辺の事情を知らない3名は、ふたりが急に焦りだしたのを不思議に思って、首をかしげている。

 

 

「……? なぜそんなに焦っているかわかりませんが……

確かにそちらの準備は考えていませんでしたし、ちょうどいいですね。

それではお任せしますので、よろしくお願いしますね」

 

「は、はい!任せて欲しいっス!」

 

「そ、そうじゃな!吾輩たちだって一人前なのじゃ!

任せて安心なのじゃー!」

 

「は、はぁ……

それでは私はそちらの準備のため、席を外させていただきますね。

あとはよろしくお願いします」

 

 

天龍と利根の謎の態度を不思議に思いつつも、赤城は退室していった。

 

 

「ふー……利根さん、ナイスっすよ。

赤城サンに演習プランなんて組ませたら、2,3日は出発が遅れちまうところだった……」

 

「吾輩もあの拷問というか処刑というか……

阿修羅道に落ちたかのような沈めあいを見たことがあるからの……

あの基準で『無理のない訓練』とか言われても、着いていけんわ」

 

「話が早くてありがたいっすよ……」

 

 

冷や汗を流しながら額をぬぐっているふたりを見て、何とも言えず不安な表情の3名である。

 

 

「司令官から、ここの取材は絶対に禁止って言われてましたけど……

理由が分かった気がしますね……」

 

「あんまり深入りしちゃダメってのは、よくわかったよ……」

 

「ボクも余計なことは聞かないようにしておくよ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

数時間後

 

 

 

・・・

 

 

 

それぞれが分担された仕事を終え、艦隊行動のすり合わせもある程度済ませた一行。

 

陣形の素早い切り替えや、演習を通してのお互いの実力確認などを行い、随分と一体感のある動きができるようになった。

鎮守府近海に出撃して、駆逐イ級相手に軽い実戦をしたりと、なかなか実践的なこともできた。

 

ちなみに天龍と龍田の艤装は、ここの妖精さんたちが工廠から運んできてくれた。

 

やけにニヤニヤしていたのだが、言葉が分からないうえ、彼女たちの機嫌がいいのはよくあることなので、なんか嬉しいことがあったんだろうな、くらいに捉えることにした。

 

艤装の動きはとても良いものに仕上がっており、天龍も龍田も夕張にはすごく感謝したようだ。

 

 

……そんな感じで一通りの艦隊行動を練習することができたため、現在は波止場で、練習に使った備品の片づけをしているところだ。

 

 

 

「それにしても驚いたぞ。貴様等あれだけ動けるとはな!」

 

「まぁ、あれくらいなら。随分と鍛えられたんで」

 

「青葉もビックリでしたよ!なんですかあの正確な砲撃と雷撃!

イ級が口を開けた瞬間にそこを砲撃するなんて、偶然にしか見えませんでしたよ!」

 

「ボクも驚いたよ。

まるで攻撃する瞬間がわかってたみたいじゃないか……」

 

「……ん? それくらいわかるだろ?」

 

「えっ?」

 

「あん?」

 

「なにそれ怖い」

 

「まぁ私達ぃ、す~っごく頑張りましたのでぇ。

その程度なら普通にできますよ~」

 

「あの魚雷を機銃で百発百中相殺するのも……?

ウチの第1艦隊メンバーでも、あんなにおかしな精度で射撃できる人、居ないよ?」

 

「近隣の駆逐イ級程度ですものぉ。

それに魚雷の撃ち漏らしなんかしたら、被弾して痛手になっちゃいますからぁ」

 

「普通はそのために、雷跡見てからの回避をするんだけどね……

ふたりとも全然動かなかったのには驚いたよ……」

 

「あの程度ならなぁ」

 

「ここで2か月ほど研修を受けたと聞いとったが、大概な実力になっているようじゃのう……

……ま、よいではないか!

これから赴く海域は、人類の手が届いていない危険地帯も数多く存在する!

味方が頼もしいに越したことはないの!」

 

「それもそうですね!

おふたりがここまで実力があるのであれば、青葉も未解放海域や、寄港する港町の情報収集がしやすくなります!楽しみだなぁ!」

 

「そういえば青葉は特命も受けてたんだったね……」

 

 

そんな感じでせっせと片づけをしていたのだが、工廠の方角から大声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「……愛しているぞーーーッッ!!!……」

 

 

 

 

 

「「 !!!??? 」」

 

 

その声が聞こえた瞬間、すごい勢いでぐるりと頭をそちらに向けるふたり。

 

 

「な、なんじゃあ!?今の大声は!?」

 

「な、何なの一体……!?

しかも、愛してるって……!?」

 

「意味が分からないね……」

 

 

突然の意味不明な叫びに、全員もれなく困惑してしまっている。

そりゃそうだろう。

 

 

「ちょ、ちょっと天龍ちゃん……今の声ってぇ……」

 

「ま、間違いねぇ……提督だ……!」

 

「な、何がどうしたのかしらぁ……?

提督があんなセリフを口に出すなんて……ありえないわぁ……」

 

「お、おう……訳が分からねぇ……」

 

 

特に部下である天龍と龍田の動揺は激しい。

普段そういったことは口に出さず、愛とか恋とかの分野については、艦娘と結構な距離を置くようにしている提督である。

 

そんな人物が「愛している」なんて口に出すとは……

しかも鎮守府中に響き渡るくらいの絶叫で……

 

 

「な、なにやらよくわからん……

……気になるのことは気になるし、今すぐ見に行きたい気持ちがあるが、我等は現在片付け中じゃ。

これを終わらせてから改めて見に行くことにしようか」

 

「そ、そうですね~……」

 

「か、片付けは大事だもんな……」

 

「ふたりとも随分動揺してますねぇ……」

 

「瑞鳳も提督があんなこと言ったらドン引きするだろうから、気持ちはわかるなぁ……」

 

「鯉住龍太中佐だっけ……?

なんだか顔合わせするのが怖くなってきたよ……」

 

 

先ほどまであれだけ余裕で戦闘していたふたりが、あたふたして心ここにあらず状態になっている様子を見て、佐世保第1鎮守府組は怪訝な表情をしている。

 

他所の鎮守府で「愛している」なんて叫ぶとか、どんな感性をしている提督なのだろうか……?

 

知らないところで変人扱いされ、株が下がりまくっている鯉住君なのであった。

 

 

 




だいぶ長くなっちゃったので、鯉住君のやられっぷりは次回に持ち越し。
メンタルブレイク著しいですね。かわいそう。


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第108話

精神的ダメージを受けつつも、なんとか書き終わりました。
自分で書いたものでダメージ受けるとか、私は何をやってるんでしょうね?

目が離せないほどの美人が居たら、口説かないと逆に失礼とかいう、地中海式イタリアンメンタルを参考にしています。




 

「なんだなんだ?鯉住殿は一体どうしてしまったのだ?

この武蔵の眼には、気が触れているようにしか映らんが」

 

「このような破廉恥なことを口に出すような方ではなかったと思うのでありますが……

夕張殿、鯉住殿に何があったのですか?

頭がパーになってしまったのでありますか?」

 

「い、いやいや、違うんです。かくかくしかじかで……」

 

 

 

「お、おい、貴様等、何故鯉住の奴は、こんな意味の分からんことをしているのだ……?

工廠を貸すにあたって、どのような話になっていたのだ……?」

 

「あぁ、那智殿……それが我々にもさっぱり……

工廠を貸した理由は、天龍殿と龍田殿の艤装メンテをしたいからということでしたので、どうにも今の状況とのつながりが見えず……」

 

「我々も那智殿よりほんの少し先に到着したばかりですので、事情はよくわかっていないのです」

 

「鯉住殿に似つかわしくない内容の大声がしたので、なにかと思って来てみたのですが……」

 

「そ、そうか……

清霜たちに連れまわされ、あまりの疲労から、発狂してしまったとか……?

危害を加えた側がこんなこと言うのもなんだが、気の毒に……」

 

「我々メンテ班も、もっと鯉住殿のお心を理解して差し上げるべきでした……」

 

「ち、違うんです!憐れまないであげてください!

師匠がおかしいことしてるのには、ちゃんとワケがありまして!

かくかくしかじかで……!」

 

 

 

「龍ちゃんどうしたのかなー?

なんかすごく辛そうだけど……大丈夫かな?」

 

「頭おかしくなったっぽい!

今の龍ちゃん、すっごく私と気が合いそう!

フィーリングカップル!クレイジー!」

 

「そういうわけじゃないんですよ、清霜さん、夕立さん……

師匠が狂人っぽくなってるのには理由がありまして……かくかくしかじかで……」

 

 

 

「川内さん、早霜さん、鯉住さんは何故このような奇行を?

普段の様子からは想像もできないのですが……」

 

「あ、赤城さん。

なんか龍ちゃん、妖精さんにやらされてるっぽいよ?

天龍と龍田のためにスゴイ艤装を出すんだってさ」

 

「スゴイ艤装?」

 

「ええ どうやら けんぞうろから よいぎそうをだせるらしいのです。

わたしたち かんむすへの『あい』をさけぶことで……」

 

「まぁ、それだけで強力な装備が?

それは素晴らしいことですね」

 

「だよね~。

それにしても龍ちゃん、すっごく憔悴してるね」

 

「こいずみさん 『しゃい』なおかたみたいですので……

あのときも もっと よくしてくれてもよかったのに……」

 

「部下全員奥さんなのに、そういう経験してないのはおかしいよね~。

なんだろう?あれかな?不能なのかな?」

 

「それは……もし本当なら、同情を禁じ得ないですね……」

 

「こいずみさん……おきのどくに……」

 

「ちょ、ちょちょちょっと待ってくださぁいっ!!

そういうわけじゃありませんから!

師匠が……その……そういったアレだとか……そういうことじゃありませんから!

ていうか、師匠が変なことしてる事情がわかってるのに、なんでそんな話になるんですか!?」

 

「えー。あれだけ美少女をたらしこんでるのに、手を出してないとかさ。

そういう疑惑が出てきても仕方ないっしょ。

ウチみたいに純粋な実力向上目的の指輪進呈とは違うんだし」

 

「師匠は真面目なだけなんです!!

私達のことを真剣に考えてくれてるから、そういうことしないだけなんです!!

……ていうか、そうじゃなくて!それは関係ないでしょう!?

師匠がちょっとおかしい事してる理由わかってるんなら、温かく見守ってあげてください!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

 

諸々の片づけを終えて工廠までやってきた輸送艦隊メンバーの目に映るのは、控えめに言って意味不明な光景だった。

 

 

建造炉に両手をつきながら、肩で息をしている鯉住君。

 

彼を足でゲシゲシしながら、「しょーもないなこいつは」と言わんばかりの表情で、呆れかえる妖精さんたち。

 

彼の奇行に対して、好き勝手言いたい放題言っている佐世保第4鎮守府メンバー。

 

そして、必死になって提督の汚名を晴らすために奔走している夕張。

 

 

てんやわんやのお祭り騒ぎである。

 

 

「な、なぁ龍田……

もしかしなくても、提督って、俺達のこと言ってたよな……」

 

「え、えぇ……

ここに来るまでに何度か提督の声が聞こえてきたけど、私達の名前が出てたしぃ……

それに、その、あ、愛してる……って……」

 

「なんつーか……スゲー嬉しいんだけどよ……

死ぬほど恥ずかしいぜ……」

 

「て、提督……どうしちゃったのかしらぁ……

頭でも打ったのかなぁ……?」

 

 

なぜか巻き添えを喰らっている天龍と龍田は、真っ赤な顔をして、物凄く恥ずかしそうにしている。

 

それは仕方ないだろう。

ここに到着するまでに何度も「愛している」だの「信頼している」だの、恥っずかしいセリフが、とんでもない声量で響いてきたのだ。

普通の感性を持つ者なら、誰でも動揺してしまうというものである。

 

現に今ふたりの頭の電探ユニットは、気持ちを表すかのように、スゴイ勢いで発光・明滅していたり、ギュルンギュルン音を立てて回転していたりする。

 

 

「うわぁ……なんじゃあ、このわちゃわちゃした感じは……?」

 

「なんだか色々凄すぎて……

取材大好きな青葉でも、この中に突入して取材する気は起こりませんね……

すごく気にはなるんですけども……」

 

「こんなの絶対おかしいよ……」

 

「なんか……うん……ここって軍事施設だよね……?」

 

 

一般的な感性を持つ佐世保第1鎮守府の面々は、当然のことながらすごく困惑している。

 

 

「と、とにかく何が起こってんのか知りてぇ。

夕張に確認してみようか……」

 

「そ、そうね~……

夕張ちゃんが色々知ってるみたいだし、彼女に聞いてみましょ……」

 

 

 

・・・

 

 

確認中……

 

 

・・・

 

 

 

「……ということなんですよ」

 

「そ、そうか……それで提督はあんな、似合わねぇことしてんのか……」

 

「私達のためって……恥ずかしいなぁ……」

 

「ああ……こんな大勢の前で、そんなこと言われると、な……」

 

 

事情を聞いて納得はできたし、そこまで自分たちのために動いてくれていることに、ふたりはとても強く嬉しさを感じている。

そして同時に、物凄い恥ずかしさも感じている。

 

……しかしそれ以上に、慣れないことをして息も絶え絶えになっている提督を、心配する気持ちが大きい。

 

彼女たちだって彼のことを、これ以上ないくらい大事に想っている。

彼が自分たちのために頑張ってくれる嬉しさよりも、自分たちのせいで死にかけている心配を、優先する程度には。

 

だからふたりは現在、溢れる嬉しさと戸惑い、そして羞恥心により、

頬を緩ませながらも、眉を八の字にして困っているという、よくわかんない表情を作ることになっている。

 

 

「おふたりとも、なんて顔してるんですか……」

 

「だってなぁ……なんつーか……なぁ?……へへっ」

 

「うふふ……そうねぇ……提督が心配なのはもちろんだけどぉ……

あそこまでしてくれるなんて、嬉しいっていうかぁ……ふふっ……

すっごく恥ずかしいんだけど、それ以上に……うふふ~……」

 

「まったく……おふたりばかりズルいです……」

 

 

なんだかんだ嬉しそうなふたりを見て、羨ましいと感じる夕張である。

 

 

 

・・・

 

 

 

(はー、まだかかりそうですかー?)

 

(あといっかいで、きめるんじゃなかったですかー?)

 

(こころのとびら、いつになったら、ひらくんですかー?)

 

 

「ゼェ……ゼェ……そんなこと言ったって、お前ら……」

 

 

(こいずみさんのことばには、こころがつまってないですよ)

 

(おしいんだよなー、すごく)

 

(おおきなこえだして、すとっぱーはずしてもらおうとおもったのになー)

 

 

「ハァ……ハァ……心は込めてるつもりなんだけど……」

 

 

(こもってるにはこもってます)

 

(ただし『かんむす』にたいしてですよね?)

 

(てんりゅうさんと、たつたさん、

それぞれにたいして、こころをひらいてください)

 

 

「うっ……」

 

 

(ずぼしー。わかってんじゃないですかー)

 

(そんなんじゃ、だめだーめ)

 

(なにいまさら、はずかしがってるんですかー)

 

 

確かに鯉住君は、心の底から感謝の込もったシャウトをしてはいる。

しかし妖精さんたちが言うように、それは『艦娘としての』ふたりに対しての感謝であり、『個人としての』彼女たちへの気持ちとは少し違うのだ。

 

今回求められているのは、鯉住君と天龍、鯉住君と龍田、それぞれの間にある感情。

艦娘と人間という枠組みを超えた感情である。

 

……彼も頭では把握できているようだが、その関係性は今まで棚上げし続けてきたものだ。

そうすんなりと心で受け入れるのは難しいのだろう。

 

 

「……どうすればいいんだ……」

 

 

(しょーがないおとこですよ、まったく)

 

(わたしたちに、おんぶにだっこなんだから)

 

(かんたんなことに、きづいてないんですから)

 

 

「……簡単なこと?」

 

 

(これからおふたりは、げきせんくにむかうんですよ?)

 

(もう、あえなくなるかも、しれないんですよ?)

 

(それなのに、きもちをつたえないんですか?)

 

(もっとはなしておけばよかったと、こうかいするんですか?)

 

(こころでおもってるだけで、つたわるんですか?)

 

 

「……!!」

 

 

(あなたがつたえて)

 

(つたえられて)

 

(すてきなものが、うまれるのです)

 

 

 

「……そうだな」

 

 

(いいですよ)

 

(わかってくれたなら)

 

(なにごとも、こころひとつです)

 

 

あの人たちに着いていく以上、十中八九安全とはいえ……

確かに今から俺が彼女たちを送り出す先は、地球上で最も激しい戦闘地帯だ。

万が一だってあるかもしれないし、二度と会えなくなることも十分に考えられる。

 

それなのに、そんなことをさせるというのに、俺は何をやっていたんだ。

 

恥ずかしいから?慣れてないから?

彼女たちは命懸けだというのに。

 

そんな理由、言い訳にすらならない。

 

 

「……フーッ……よし」

 

 

(おっ?おっ?)

 

(しおめがかわりましたね?)

 

(わくわく)

 

 

「お前ら……まぁいい。気づかせてくれたしな」

 

 

(ほうしゅうは、うわのせしてくださいね)

 

(おかしましましー!)

 

(ぎぶみーすこんぶ)

 

 

なんだかんだいつも通りの彼女たちにくるりと背を向け、天龍と龍田の方に視線をやる。

 

 

「天龍、龍田、こっちに来てくれないか」

 

「うおっ!?……お、おう」

 

「は、はい……」

 

 

突然の指名に狼狽えながらも、おずおずと彼の方に近寄るふたり。

周囲からの好奇の視線が突き刺さるが、今の彼の言葉には、それを上回るほどの引き付けるチカラを感じる。

 

 

「まずは、そうだな……巻き込んでしまってすまない。

恥ずかしかったろう?」

 

「あ、ああ。

そりゃそうだけどよ、その……事情は聞いてるし……」

 

「そ、そうね~……

しょうがないと言うかぁ……なんと言うかぁ……」

 

 

顔を真っ赤にして、もじもじしてるふたり。

明らかに恥ずかしがっているのはわかるが、今の彼にはそのようなこと些細なことだ。

しっかりと彼女たちの目をまっすぐ見ながら、話を始める鯉住君。

 

 

「今から俺は、キミたちにすごく大事なことを伝える。

聞いてくれるかい?」

 

「「 は、はい…… 」」

 

 

 

「天龍。

キミはいつも出撃したがっていて、戦闘が本当に好きだけど……

それは戦うこと自体が好きだからじゃない。

戦って仲間を護れるのを誇りに感じるからこそ、戦いが好きなんだよな?

……大事な人たちが傷つくよりことも、自分が傷つくことを選べるということは、すごく素晴らしいことだ。

キミのその誇り高い生き方、俺は尊敬しているよ」

 

 

「て、提督……ッ!!」

 

 

「龍田。

キミは天龍といつも一緒で、そのせいで他の人から白い目で見られることもあったって聞いてる。

色々言う人もいるかもしれないけど、大事な人と過ごしたいという気持ちは大事なものだ。

誰に何を言われても、その姿勢を崩さないというのは、俺はすごくいいことだと思う。

……そして天龍と同じくらい、他の仲間も大事にしてくれてるよな。普段を見てればわかる。

俺はそのことを、すごく嬉しく感じてるよ」

 

 

「あ、ありがとう……ございましゅ……」

 

 

「ふたりとも立派で素晴らしい戦士だよ。

自分の強い意志で、誰かのために戦うことができる。真っすぐな瞳で。

キミたちのような誇り高い部下を持てて、提督として本当に嬉しい。

 

……それでもだ。いくらふたりが戦いを受け入れているといっても……

俺は、本当のことを言えば、ふたりにはいつも無事でいてほしい。

本当は少しも危険なことなんてしてほしくないし、ケガを負うことも、負わせることも、してほしくない。

いつだって、笑顔で帰ってきてほしいんだ」

 

 

「「 ……ッ!! 」」

 

 

「だから俺は今から、ふたりが思うように戦える艤装を作る。

どんな状況でも、自分の戦いができるように。

やむを得ず。どうしようもなく。仕方なく……

そんな言葉が出ないような、いつでも自分が納得して戦えるような……

キミたちがどんな現実にも負けず、芯を貫けるだけの強さを引き出せるような、そんな艤装を創り出す。

 

 

……ふたりとも。

俺はキミたちの生き方を心の底から尊敬しているし、ふたりのすべてが、とっても魅力的だとも思っている。

上司として、提督として、仲間として、人間として……そして、ひとりの男として……

キミたちのことを……愛しているよ」

 

 

 

ギュウッ……

 

 

ふたりのカラダを、強く優しく抱きしめる。

 

 

「「 あぅ…… 」」

 

 

あまりのことに、言葉がでてこないふたり。

そんなふたりから離れると、くるりと建造炉に向き直る。

 

するとなんと、すでに建造炉からは、青い冷光が迸り、穏やかなうなりが聞こえている。

建造炉稼働ボタンを、まだ押していないというのに。

 

 

((( じゅんびおっけーです!! )))

 

 

「良し……!!

……彼女たちが思い通り動けるような艤装、俺が頭に思い描く艤装……!

どんな攻撃でもかわし、相殺し、受け流し……傷ひとつ負わせないために……!

俺にできるのはここまで……ならば、精一杯のものを……!!

頼むっ……!!」

 

 

 

ポチッ!!

 

 

 

……ウィーン……ッ!!

 

 

 

ついに建造炉は、眩しい光を放ちながら稼働を始めた。

 

普段の建造炉から出てくる光よりも遥かに強く、周囲を優しく包み込むような光。

快晴の日に海中から天を見上げたときのような、心安らぐ陽光。

 

 

 

((( きたきたきたーっ!!! )))

 

 

 

「頼むっ!!

彼女たちの命を、心を、護ってくれっ!!」

 

 

 

……かしこまりー!!

 

 

 

建造炉から謎の声が響くと同時に、光が一層強くなって……!

 

 

 

((( おーばーふろーっ!! )))

 

 

 

ピカーッ……!!

 

 

 

シュウウゥゥゥ……

 

 

 

……眩い光と低いうなりが落ち着き、建造炉の扉が開く。

その中から出てきたのは……

 

 

 

ポポポンッ!!

 

 

 

「おぉ……こんなに妖精さんが……」

 

 

(はじめましてー!)

 

(よばれてとびでて!)

 

(にゅーびー、たんじょうですー!)

 

(よろしくですよ!ますたー!)

 

 

「そうか……よろしくな。ふたりのこと、頼んだぞ」

 

 

((( おまかせあれー! )))

 

 

まるでポップコーンが弾けるように建造炉から出てきたのは、20を越える数の妖精さんたち。

 

 

(ひゃー!さすがはこいずみのあにきー!)

 

(わたしたちのそうぞうよりも、ずっとすごいことを、へいぜんとやってのけるぅー!)

 

(そこにしびれる!あこがれるぅ!)

 

 

先程とはうってかわって、お供妖精さんたちはテンションアゲアゲになっている。

彼女たちからしても、この結果は想像以上だったようだ。

そして建造炉の奥には、新品の、キラキラと輝く艤装が4つ。

 

前代未聞の光景からいち早く立ち直った夕張が、建造炉に駆け寄る。

 

 

「こ、これって……!

ボイラー?タービン?……とにかくそれがふたつと……

増設機銃付の高角砲に、爆雷の噴進砲……?

……こんな艤装、見たことない……!」

 

 

何から何まで予想外の展開に驚く夕張に対し、信じられないくらい落ち着いている鯉住君が説明を始める。

 

 

「ふたりがどんな状況でも、自由に動けるようにと思っていたんだけど……

そうか。機動力強化のための艤装が出てきたか。

……ちなみにこっちは天龍のための機銃付き高角砲。

こっちは龍田のための爆雷投射機だな。

やっぱり天龍は対空、龍田は対潜で活躍してもらうのが、一番しっくりくるからさ」

 

 

彼の頭の中でイメージしていた天龍龍田の動き。

それを再現するために必要な艤装が現れた。そういうことだろう。

 

そしてそれだけに留まらず……

 

 

(それじゃー、わたしたちは、こっちでがんばるですー!)

 

(じゃあわたしは、こちらでありますー!)

 

(まってまってー!)

 

 

 

……すぃーっ

 

 

 

先ほど大量に出現した妖精さんたちが、たった今出来上がった艤装と、ふたりの基本艤装に吸い込まれていく。

 

艤装をどうやって動かしているかなど、誰も知らないこと。

使用している本人でさえ、『なんとなく』という感覚で操っている。

……だが、この様子を見るに、妖精さんたちが艤装の操縦に何か関係しているのは一目瞭然だろう。

 

 

(わー!すごいですねー!)

 

(てんりゅうさんと、たつたさんのぎそうが、おおはばにぱわーあっぷしました!)

 

(『おくたこあ』ですよ『おくたこあ』!

しょりのうりょく、おおはばあっぷー!!)

 

 

「オクタコア……あぁ、8人で動かすってことか……

艤装ってそういう構造してたんだな……」

 

「オ、オクタコアって……

確かに妖精さんたちは、基本艤装に8人ずつ入っていきましたけど……

そういうものなんですか……?」

 

「そういうものなんだろう。

なんとなくだけど、俺も納得できてるし、彼女たちの協力には感謝だな」

 

「は、はぁ……」

 

 

感覚で理解って……

自身の師匠がなんだか一般人離れしているのを感じ、何も言えない夕張。

さっきから理解できない事ばかりなので、頭が回らないのも仕方ないと言える。

 

そんな状態の夕張であるが、呆けることはまだ許されないようだ。

 

 

「……ところで夕張、お願いがあるんだけど」

 

「は?へ?……な、なんですか?師匠」

 

「すっごく申し訳ないんだけど……俺、もう限界……」

 

「はぁ……」

 

「というわけで、今から部屋に引きこもりたいと思います……」

 

「はい……ハイ!?」

 

「……ホントごめん!!必ずこの埋め合わせはするから!!

あとは任せた!それじゃっ!!」

 

 

ダダダッ!

 

 

「あ、ちょ!!待って師匠!!おいてかないでー!!

このカオスな空間を丸投げしていかないで下さーいっっ!!」

 

 

どうやら鯉住君は、キリがついたところで一気にガタがきてしまったらしい。

にっちもさっちもいかなくなった彼は、

最終奥義『逃げるんだよおぉーーーッッ!!』を発動した模様。

色々やらかした後始末を夕張に全部丸投げするという、外道極まりない一手に打って出たのだ。

 

ポジティブに見れば、夕張のことは全部丸投げできるほど信頼しているともいえるが、それにしてもあんまりである。

 

 

「うぅ……!!そんなの無理……!!

こんなメチャクチャな状態から場を収めるなんて……!!」

 

 

夕張の目の前では、一連の流れによって生み出された、ごっちゃごちゃな空間が広がっている。

 

どんな感じかというと……

 

 

 

・・・

 

 

 

「ヤバいな。鯉住殿。ヤバい。

この武蔵が完全に、空気に呑まれてしまうとは……」

 

「ヤバいでありますな。アレはヤバいであります。ヤバイ」

 

「な、何だったんだ今のは……ヤバすぎるだろう……

何から何まで、ヤバすぎる……」

 

「そうですな、那智殿……ヤバかったですな……

我々メンテ班から見れば、まさに奇跡の光景でございました……」

 

「龍ちゃんスゴイ!!ヤバい!!

夕立も見たよね!?さっきの!!すごかったなー!!」

 

「妖精さんがポポーンって飛び出たっぽい―!!

ヤバいっぽい!!」

 

「うわぁ……龍ちゃんヤバすぎっしょ……

あんなんされたら、オチない艦娘いないわぁ……ヤバ……」

 

「元々素晴らしい方だとは知っていましたが、ここまでヤバいとは……

鯉住さんの言う愛は、エロスではなくアガペーですね。

しかもとても純度の高い」

 

「うふふふふ……やばいですね……すごくやばい……

あぁ……わたしも あんなふうにせまられたらとおもうと……あぁ……」

 

 

 

鯉住君の暴挙(?)により、佐世保第4鎮守府の面々からは語彙力が消失しちゃっており……

 

 

 

「あ、愛して……フフフ……!!

提督……そこまで俺のことを……フフフフフ……!!」

 

「わ、私も、提督のことを……うふふ……

うふ、うふふふふ……!!」

 

「お、おーい!大丈夫かー!?貴様等ー!!」

 

「ダメみたいですね……

利根さんが目の前でブンブン手を振っても、まったく反応しません……」

 

「し、思考回路が、ショートしちゃってるね……うぅっ……」

 

「な、何だったんだい、今のは……

ボク、夢でも見ているのかな……?」

 

 

 

天龍龍田は完全に理性が崩壊。

佐世保第1鎮守府の面々は、いきなり濃厚な告白シーンを見せつけられたことで、物凄く動揺しちゃっている。

瑞鳳は鼻血出しちゃってるし、時雨は夢と現実の区別がつかなくなっちゃっている。

 

 

 

「もー!!私だっていっぱいいっぱいなのに!!

こんなのどうしたらいいのー!!?」

 

 

 

「ギャー!!

天龍と龍田が過呼吸でぶっ倒れおった―!!

筑摩ー!!ちくまー!!助けて筑摩ー!!」

 

「利根さん落ち着いて!?筑摩さんいませんから!!

す、すぐに安静にしないと!!布団を持ってきましょう!!」

 

「ここ工廠だよ!?こんなとこに寝かせちゃダメ!!

医務室に運び込まないと!!

瑞鳳じゃふたりは運べないから、利根さんと青葉さんで何とかして!!

……ズズッ……!!」

 

「あぁもう!瑞鳳はまず鼻血止めないと!!

天龍と龍田はふたりに任せて、一緒に医務室に行きなよ!!

ほら、まずはこれで鼻血拭いて!」

 

「時雨ちゃん、ありがとう……ズビーッ!!」

 

「あぁ!!時雨に瑞鳳、なにしとるのじゃ!?

それはちり紙ではなく、今回の作戦概要書類ではないかー!!」

 

 

 

混乱がどんどん激しくなるカオスな空間にひとり残された夕張は、あとで提督に必ずご褒美貰ってやると、強く決意したのだという。

 

 





今回のパワーアップ



出てきた艤装(カッコ内は☆による能力向上未反映状態の数値)


・改良型艦本式タービン+新型高温高圧缶 ☆+10 ×2(天龍型専用)
(回避+20 高速+化)

・10cm連装高角砲+増設機銃 ☆+10 (天龍専用)
(火力+2 命中+2 対空+9 回避+1 装甲+1)

・試製15cm9連装対潜噴進法 ☆+10 (龍田専用)
(対潜+15 命中+1)



基本艤装の強化


天龍改二

火力 48→64
雷装 12→53
対空 70→95
装甲 50→63

龍田改二

火力 37→50
雷装 35→80
対空 62→80
装甲 50→63


専属妖精さんがいっぱいついたので、こんな感じになりました。



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第109話

横浜八景島シーパラダイスで、また瑞雲イベントやるみたいですね。
神奈川県在住なので、これは楽しみです!

もちろんシーパラダイス自体も行きたい!
瑞雲や烈風だけじゃなく、色んな魚をこの目に焼き付けてやるぜ……!!



 

あまりの恥ずかしさやら嬉しさやら無茶ぶりやらで、仲良く全員精神的轟沈となったラバウル第10基地の面々。

 

しかしそんな大惨事が起こっても、何とかなるもので……

その翌日にはなんとか持ち直し、当初予定していた行動をとることができた。

 

 

すなわち、天龍龍田含めた欧州救援・輸送艦隊と、護衛対象の、資材輸送艦でもある工作艦の出撃である。

 

 

あまりの恥ずかしさから、あれからずっと部屋に引きこもっていた鯉住君も、この見送りには参加。

あれだけの啖呵切っておいて、恥ずかしいから部下の見送りに来れない、なんて超絶ヘタレなことは出来なかった様子。

……当然のことながら、死ぬほど茶化されて死ぬほどげんなりしていたが。

 

 

ちなみに天龍と龍田は、発光するレベルでキラキラしていた。

 

提督はあまりの恥ずかしさから、目を合わせて話そうとしなかったのだが……

 

天龍は、彼の頭をガッと掴んで真正面から見据え「行ってくるぜ。俺に任せてくれ」と男前な一言をかけ、

龍田は、目を逸らそうとする提督の目線の先に、自分の顔をひょいひょいと割り込ませながら「期待しててね~。旦那様♪」とクリティカルヒットな発言をしていった。

 

これを見た周囲の面々は、あまりのラブラブオーラから、胸焼けとモヤモヤが抑えきれなかったとか。

 

夕張や佐世保第1鎮守府の面々は、彼に向けてジト目を向けていたし、彼に懐きまくっている清霜や夕立は不満そうな顔をしていた。

あこがれの人である赤城が平常運転だったのが、彼にとっては唯一の救いだった模様。

 

 

 

・・・

 

 

 

そんなこんなで無事に(?)やるべきことを済ませ、今はお昼時。

面々を見送った留守番組は、全員で食堂に集合し、本日の昼食を食べている。

 

当然というかなんというか、昨日の大事件を引き起こした張本人である鯉住君が、一切触れられないなんてことあるはずもなく……

彼はテーブルの中心に座らされて、周りから質問攻めに遭っている。

 

この状況になるだろうというのは、火を見るよりも明らかだったので、実は鯉住君はひとりだけ昼食の時間をずらそうとしていた。

……していたのだが、コソコソと自室に戻ろうとするところを目ざとく見つけられ、武蔵と川内に連行されてしまった。

 

ということで今は、彼に対する事情聴取もとい尋問もとい質問責めが展開されているところである。

 

 

 

「オイ貴様。昨日のアレはこの武蔵に対してもできるのか?

あのような規格外な武装が手に入るかと思うと……フフッ!!」

 

「い、いえ、その……ちょっとそれは無理かなぁって……」

 

「何故だ!?この武蔵への信頼が足らんとでも言うのか!?

世界に誇る大戦艦だぞ!もっと頼れ!そして艤装を創ってくれ!」

 

「そういうわけじゃなくてですね……」

 

「ダメだよ武蔵さん。

龍ちゃんは愛する愛する奥さんのためじゃないと、昨日のアレは出来ないんだからさ~。

ね?そうでしょ?龍ちゃん」

 

「いや、あの、その……えぇと、まぁ……ハイ……」

 

「ムムム……!!」

 

「ひゅーひゅー!お熱いね~!!

妹たちにぞんざいな扱いされて頭に来てたけど、昨日のアレが見れたから、残って正解だったね!」

 

「そんな見世物みたいな……そんなつもりでは……」

 

「何を言ってるでありますかぁ~?

自分たちを全員揃えてから、あんなプロポーズ大作戦見せておいて、今さらそんな言い逃れは出来ないでありますよぉ?んん?」

 

「あきつ丸さんは楽しそうにしてますけど、私はあの時必死だったんですからね……

それに皆さんに見せるためではなく、必要だったから声を大きくしていただけで……」

 

「まぁまぁ!鯉住殿の心象がどうあれ、自分は大満足であります!

影絵劇場のネタがひとつ増えたでありますよ!」

 

「え、ちょ……

出来れば早急に忘れていただけると、ありがたいんですが……」

 

「アハハ!!不可能でありますな!!

艦娘であれば、恋に関心あるもの無いもの関わらず、あの光景は忘れられないでしょう!!

たとえ記憶喪失になろうと、アレだけは覚えている自信がありますよ!

そういうことなので、他の皆のためにも、鯉住殿と天龍龍田を基にした濃厚なラブストーリーを影絵で表現しなくては!!」

 

「うえぇ……勘弁してぇ……」

 

 

 

周りの勢いに圧倒される鯉住君。

ここの所属艦は恋愛についてはそこまで興味がないのだが、昨日のアレはそれどころじゃない出来事だったため、みんな一様に興奮している。

 

 

 

「しかし貴様……あの時は本当に狂ってしまったのかと思って、随分と心配したんだぞ?

この那智の心を寒たらしめることができる男など、提督と貴様くらいしかいないであろうな」

 

「それって褒めて下さってるんでしょうか……?」

 

「当然だ」

 

「そっすか……ありがとうございます……」

 

「それはそれとして、だ。

貴様、妹の足柄に対しても昨日のアレはやったのか?」

 

「いえそんなまさか……足柄さんにそんなことできませんよ」

 

「何故だ?

貴様のところの足柄とは、よく連絡をとっているのだが……随分と幸せそうにしているぞ?

少なくとも、他の足柄が羨ましがる程度には」

 

「え……そ、そうなんですか?

い、いや、それはきっと、他のみんなとの関係がうまくいっている証拠でしょう。

みんなのびのびできる運営ができているという嬉しさはありますが、足柄さんに対してそんな……俺にとっては高嶺の花です。

とてもじゃないけど、あんな完璧な女性にそんな……畏れ多いです」

 

「ワケの分からないことを……

天龍と龍田のふたりとて、相当な高水準だろうが。ふたりにあんなことしておいて、何を今更言っている。

しかしそれにしても……足柄ひとりに何をしり込みしているんだか。さっさと手を出して、手籠めにしてしまえ。この那智が許可する」

 

「ちょ……!?

お姉さんがそんな物騒なこと言っちゃダメでしょう!?」

 

「そしてその流れで奴に対しても昨日のアレをやり、艤装を出せ。

同じ妙高型であるこの那智でも、その艤装を装備することは出来るよな?」

 

「ちょっとぉ!?欲望が漏れてますよ!?

結局自分が艤装使ってみたいだけじゃないですか!!

そんなことのために妹売っちゃダメ!絶対にそんな展開にはしませんからね!!」

 

 

 

比較的常識人の那智ですらこの始末。

昼食時なので、お酒は誰にも入っていないはずなのだが。

 

 

 

「あの……那智さん……

盛り上がっているところ申し訳ないんですが……」

 

「む。なんだ夕張?」

 

「あの艤装なんですけど、本人にしか装備できないみたいなんです。

第1鎮守府の利根さんに試しに装備してもらおうとしたら、装備に入り込んでいる妖精さんから大ブーイング貰っちゃいまして」

 

「なに?そんなことがあるのか?」

 

「はい。普通の艤装ならそんなことありえないんですが……」

 

「なんとまぁ……これが愛のチカラというやつか。

つくづく規格外だな。貴様のやることは」

 

「そんなつもりはまるでないんですけど……」

 

「そうだな……やはり貴様、足柄を手籠めにしろ。

さっさと既成事実をつくってしまえ。そしてこの那智の義弟となれ。

そうすれば色々と……フフ……義理の姉の言葉だ。無下には出来まい」

 

「なんなんすか、それ……何を不穏な笑顔を浮かべてるんですか……

そんな理由で足柄さんに手なんて出しませんってば。

ていうかそもそも、部下のみんなに手を出すなんてしませんってば」

 

 

 

なんだかよからぬ妄想をする那智をなだめていると、横から大声が響いてきた。

 

 

 

「そうだ鯉住殿!!大和を娶れ!!

そうすればこの武蔵、貴様の義妹となれる!!

貴様ほどの男が義兄なら、この武蔵も反論などありはしない!」

 

「ちょ……話聞いてたんですか、武蔵さん……?

ただでさえ最近、男らしい義妹(木曾)ができたっていうのに、それに加えて那智さんに武蔵さんとか……俺の男のプライドが死んじゃいますから……

それに大和さんなんて、足柄さん以上に遥か雲の上の存在ですよ?

お友達やらせてもらってるだけでも、身に余る光栄なんですから」

 

「何を言っている貴様。

大和がどれだけ貴様のことを嬉しそうに話しているのか、知らないのか?」

 

「そ、そうなんですか……?

あーと……まぁ、多分あれでしょう。

大和さんは優しい方なので、日頃の心無い案件でストレスが溜まっちゃってるみたいですので……

それのガス抜きに使ってもらえているということでしょう」

 

「何故そう卑屈になるのだ……

あのカッコつけ大戦艦の姉がここまで素を出すなど、今までなかったことだぞ?」

 

「なんすかカッコつけ大戦艦って……

お姉さんなんだから、もっと立ててあげてくださいよ」

 

「事務仕事にかまけて鍛錬を怠っているのだ。そうそう立ててはやらんよ。

事務仕事がどれだけ負担かは、この武蔵には想像つかんが……

我等は戦艦なのだ。戦闘がその本領であろう」

 

「手厳しいっすね……

ていうか、ここ基準で戦闘力の話しちゃダメですからね?」

 

「ム?何故だ?」

 

「武蔵さんはここしか知らないので、分からないのは仕方ありませんが……

一般的に見れば大和さん、とんでもない実力者なんですよ?」

 

「フン。一般がどれだけかなど、関係ない。

大和型であるなら、そのプライドを拳に乗せ、姫級艦隊のひとつやふたつ粉砕してしかるべきだろう!!

まだまだこの武蔵、あの姉を認めてやることなど出来んな!天龍と龍田の方が余程骨がある!」

 

「なんでステゴロ前提なんですか……

ともかく、大和さんとは仲良くしてあげてくださいね?

気軽に友達付き合いできるのが私だけじゃ、寂しいでしょうから」

 

「本当に貴様は甘い男だな……まったく……

……ともかく!鯉住殿があの不肖の姉の面倒を見てくれるというなら、この武蔵も満足よ!

そしてそのついでに我が艤装も出せ!そして毎日艤装をメンテしてくれ!」

 

「やっぱりそういう話なんじゃないですか……

そんな『毎日味噌汁作ってくれ』みたいなノリで言われましても……」

 

 

 

欲望ダダ洩れの那智と武蔵の相手をして、ぐったりしている鯉住君。

大和との話が出てきたことで、夕張に疑惑のまなざしを向けられているのだが、それには気づいていない。

 

 

 

「ねー龍ちゃん。清霜たちにも艤装出してー!」

 

「夕立もおニューの艤装、欲しいっぽい!

愛してる!愛してるー!!これでいい?」

 

「ゴメンね、それはちょっとできないんだよ……」

 

「なんでー!?清霜たちのこと大事にしてくれてるでしょー!!

だったらちょっとくらいいいじゃん!!」

 

「ぶー!ケチー!」

 

「なんていうかその……ハァ……

ごめんね、ここ2,3日で色々あり過ぎて、清霜ちゃんたちの相手できるほど、エネルギー残ってないんだよ……

……そうだ、早霜さん、清霜ちゃんたちを説得してくれませんか……?

申し訳ないですけど……」

 

「うふふ……かまいませんよ」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

「ひとばん からだをかさねた なかじゃないですか。

えんりょなんて しないでくださいまし……」

 

「ファッ!? ちょっとぉ!? 言い方ァ!!」

 

「あら なにか おかしいところが ありまして?」

 

「全部です!

なんか俺がやましいことしたみたいじゃないですか!!」

 

「うふふふ……

ごういのうえでなら やましいことなど ありませんよ?」

 

「なんで今日みんなこんなにアグレッシブなの!?やだもー!!」

 

 

 

ここにきてから鯉住君は、振り回される(物理)か気を失っている(茫然自失含む)かのどちらかしかしていない。

それでもまだツッコミを入れる余裕があるのは、流石と言えるだろう。

日々の訓練が実を結んでいるようだ。

 

もっとも、こんな形で筋トレの成果が現れるとは、思ってもみなかったようだが。

 

 

 

「ふふ。なんだかんだ言いつつも、全員の相手をしているのですから……

鯉住さんはやはり優しい方ですね」

 

「ええ。その通りですな、赤城殿。

我等メンテ班も鯉住殿に対しては、見習うべきところばかりです」

 

「鯉住さんが提督になる決断の後押しができたこと、誇りに思いますよ」

 

「それについては、赤城殿に感謝せねばなりませんな。

鯉住殿のような御方が、一介のメンテ技師で居続けるなど、我々の私情を抜きにしても、国家としても大きな損失です。

我ら憲兵隊の隊長である鮎飛栄敏殿も、鯉住殿には大変注目していらっしゃる」

 

「あら。隊長さんって、鮎飛大将のお父さんでしたよね?

そんな大物も鯉住さんに注目しているんですか?」

 

「当然ですとも。

隊長だけではなく、実際のところは鰐淵元総理も鮫島総理も、さらに言えば……

元海上自衛隊幕僚長の真黒伸二(まぐろしんじ)氏や、裏の世界では知らぬ者のいない鏑鬼平(かぶらおにへい)氏など……

不文律で直接的な接触は避けているようですが、聞くものが聞けば震え上がるような面々も、鯉住殿には注目しています」

 

「まぁ。それはすごいことですね。

確かにそのクラスの大物が、鯉住さんの隠された功績を知らないはずがありませんし……納得です。

……ところで、何故直接的な接触がNGになっているのですか?」

 

「ああ。そこはほら。

鯉住殿は一ノ瀬中佐の最有力婿候補ですので。

……下手に手を出しておふたりの関係にヒビでも入れば、どんな権力を持っていようともタダでは済まないでしょうから。

最悪それに加えて三鷹少佐を怒らせることになり……まぁ、破滅でしょうな」

 

「あー、そういうことですか……ファンクラブ関係の……」

 

「そういうことです」

 

 

鯉住君が聞いていたら失神しそうな内容で盛り上がる外野であるが……幸い彼は今テンパっている。

運よく重要情報をスルー出来た模様。

 

 

「……」

 

 

しかし運悪く、夕張には一通りの内容がガッツリ聞こえちゃっていた。

当事者の部下である彼女にとっても、それらは多方面に対して大問題である。

世の中には知らない方がいいことも多いのである。

 

 

「……今日の晩御飯、なにかなぁ」

 

 

どうやら聞かなかったことにするようだ。賢明である。

 

 

 

・・・

 

 

 

……そんなこんなで引き続き疲労を溜めつつ、鯉住君と夕張は時間を過ごした。

 

そんな感じで過ごす中、赤城から提案により、佐世保第4鎮守府の滞在は明日までということになった。

いきなり拉致られたこともあるので、その辺を気にしてくれたのだろう。

 

しかしその話をしている中、川内が突撃してきて……

 

 

「それじゃ私、明日大本営に行くからさ!一緒に行かない?」

 

 

という謎の勧誘を仕掛けてきた。

 

どうやら今回のあれこれを直接伝えに行くようだ。

そもそもさっさとメールなり電話なりすればいいじゃん、なんて当然の反応をしかけた鯉住君と夕張だったが、今さら過ぎることに気づいて、その言葉は飲み込んだとか。

 

しかしここで疑問が残る。

……どうして川内は、こちらに大本営同行を提案してきたのだろうか?

こちらとしては、大本営に用事なんてないし、横須賀方面に行く予定もないし。

 

そんな疑問を感じた鯉住君。川内に質問してみることにした。

 

 

「川内さん……またなんで、私達を誘ってきたんですか?」

 

「だって帰り道って一緒じゃん?

だったらちょっと足伸ばすくらいしてもいいと思うんだけど」

 

「……ん?……あっ」

 

「そ、そうでした師匠……

私達って、神通さんが運転する大発動艇でやってきたんでした……」

 

「そそ。大発動艇の運転は神通かあきつ丸さん、それか憲兵見習いの皆さんしかできないからさ。

あきつ丸さんと見習いさんたちはここでやることあるから、ラバウルまで送っていけないし~」

 

「あー……ということは、

どのみち横須賀発の定期連絡船で帰るしかないってことかぁ……」

 

「そそ。だからさ、ついでに一緒に行こうよ。大本営」

 

「まぁ……そうですね。

久しぶりに大和さんと元帥に挨拶もしておきたいですし。

夕張もそれでいいかい?」

 

「私は構いませんよ」

 

「よっし!それじゃ決まりね!

明日は朝イチで出発だから、寝坊しちゃダメだよ!」

 

「わかりました……って、私達は電車で行ってもいいんですよね……?」

 

「あぁ、大丈夫だよ。私も電車で行くから。

ひとりだと目立っちゃうけど、3人いれば人込み補正で目立たなくて済むからね~」

 

「なるほど……

……もしかして川内さん……俺たち誘ったのって、自分が楽したいからじゃ……?」

 

「あったり~!」

 

 

本当なら川内は、ひとりで色々乗り継いで(無断)大本営まで向かうつもりだったのだが、人込み補正がかかれば電車に乗っても大丈夫なため、ふたりを誘った模様。

 

別に体力的にきついわけではないが、使う必要のない体力を使うのは無駄ということ。

 

言ってることはわかるが、自由過ぎるんだよなぁ……

 

 

「はぁ……ま、いいか。

それじゃ川内さん、明日はよろしくお願いしますね」

 

「こっちこそ、よっろしく~!!」

 

 




義姉・那智改二
義妹・武蔵改、木曾改二

鯉住君より全員男らしいとかいう不具合。


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第110話

連日投稿だオラァン!
いい天気で休みだから書き上げちゃいました。

……今回はほんのちょっと気分が悪いかもなお話。
ギャグ路線なお話の裏ではこんなこともあるよ、って感じで受け取ってもらえれば。

まぁ結局は爆発オチみたいな感じで決着がつくので、お話は暗い雰囲気には進みません。
その辺は安心しててくださいね。


「一体どうなっているのだ!?元帥殿!!」

 

「一通り話を聞かせてもらったが、到底納得できん。

我々、横須賀の精鋭になんの連絡もなく、独断で欧州へ向かったなどと」

 

「まぁ、それはそうだろうな」

 

「何を悠長な……!!

佐世保のような中規模鎮守府が、このような一大作戦の看板を務めるなど……

認めるわけには行かない!

国際社会から叩かれるぞ!?欧州への救援に出し惜しみをしたとして!」

 

「そうはおっしゃいますが、皆さま。

現状はそのような話をする段階にありません。

既に出撃した、佐世保の艦隊をどうサポートするか。

それがこの会合の主目的だったはずです」

 

「大和殿……

いくら第1鎮守府(大本営)筆頭秘書艦の貴女は優秀といえど、その意見には異を唱えさせていただく。

今回の一件は、とんでもない越権行為だ。まずは先走って出撃した者たちを呼び戻すべきだろう。

もしこれを放置してしまえば、軍としての体裁が保てなくなり、日本海軍は空中分解してしまうぞ。

そしていずれは深海棲艦との戦争にも敗北、国内が恐怖と混乱に陥ってしまう。

それでいいのか?元帥殿」

 

「うむ。皆の意見は至極尤もである、が。

佐世保の鮎飛大将には、対外諜報に必要ということで、ある程度の自治権を与えてある。

だから今回の出撃については、越権行為というのとは少し違う」

 

「屁理屈だ!

そもそもなんだその自治権というのは!?

古来より地方に自治権を与えた先にあるのは、独立と対立だ!

分国法を造られて、ここ横須賀に牙をむかれるのがオチだぞ!?」

 

「そもそも鮎飛大将殿は、あの諜報集団の頭の息子なのだろう?

本当にそのような出自の者に大将が務まるのか?」

 

「それは言い過ぎだ。自重しろ。

……まぁ、あながち間違いとも言えんがな。

裏のものが表に出るなど、筋違いと言われても仕方ない」

 

 

 

ここは大本営の会議室。

今現在この部屋には、横須賀第1鎮守府(大本営)から横須賀第10鎮守府までの、すべての提督が集まっている。

 

つい2日前に佐世保第1鎮守府から入った、

 

『こちらで欧州救援作戦に決定的な情報を得た。

そのため本隊として佐世保第4鎮守府から、輸送艦隊として佐世保第1鎮守府とラバウル第10基地の合同輸送艦隊を派兵した。

戦力としてはこちらが出したもので十二分だが、海軍内のいざこざを考慮すると、そちらから本隊を出すという体にした方がいいだろう。

ややこしい折衝を任せてしまうのはすまないと思うが、伊郷元帥殿であれば問題なく解決できるものと信じている。

急な話で申し訳ない。よろしくお願いいたす』

 

という電文を受け、元帥が横須賀の全提督を召集したのだ。

 

大将が上官である元帥に送るにしては、とんでもなく失礼な物言いである。

しかも内容も事後報告であり、本来の意味の海軍であれば、かなりの厳罰が下されるところだろう。

 

しかしあくまでこの組織は、艦娘からのイメージが固まりやすいから『日本海軍』としているだけで、別に軍隊でも何でもない。

強いて言うなら、ただの公務員である。

 

だから元帥も、このとんでもない一報を、

 

『了承した。こちらで諸々決定したのちに、連絡を寄こす』

 

という、すごくシンプルな返信をすることで受け入れることにしたのだ。

 

 

 

……そういうことで現在の会議の議題は、

 

 

 

『欧州救援における、派遣艦娘の選定』

 

 

 

というシンプルなものとなっている。

 

決して佐世保鎮守府の在り方を追及したり、国際社会における日本海軍の立ち位置を政治的に考える場ではない。

それを考えるのは、また別の場所、別の組織、別の機会だろう。

 

 

 

「そこまでにしておこう。

佐世保鎮守府の運営方法については、今回は棚上げ事項として取り合わないことにする。

もし意見があるようなら、別の機会に場を立てることにするので、意見要望課にその旨連絡してほしい」

 

「……ふん。承知した」

 

「納得はしていないがな。

まぁ、その議題は次回にとっておくことにしよう」

 

「そうか。では今回の議題だが……」

 

「いや、待ってほしい。

議題に入る前に……ひとつ指摘しておかねばならんことがある」

 

「む。どうした?」

 

「……この提督が意見出しあう場に、何故艦娘が提督として参加しているのだ?」

 

 

各提督の視線が、ひとところへと向かう。

そこには背筋を伸ばし、凛として席にかけているひとりの艦娘が。

 

 

「……申し訳ございません。

主の一ノ瀬司令は、現在体調を崩しておりまして……」

 

「フン!これだから民間上りは!

国防の要という自覚がまるで足りん!

養成学校を出ることのない選抜制度など、無くしてしまえばいいのだ!」

 

「誠に申し訳ありません……」

 

「そう滅多なことを言うな。

三鷹財閥の主に制裁を喰らうぞ」

 

「ハン!いくら経済界で成功しているとはいえ、所詮は少佐だろう!?

事実、奴の艦隊は、自分の企業の輸送船護衛ばかりで、ロクに海域解放に貢献していないではないか!

戦闘も出来ぬ輩に提督など務まるはずもない!」

 

「……少将、そこまでです。

これ以上は三鷹少佐及び、少佐を指導した鼎大将への暴言と捉えさせていただきます」

 

「……チッ」

 

 

露骨な舌打ちをしながら、言葉を引っ込める少将。

 

 

「すまんな。大和君。

……では、肝心の選抜メンバーについてだ。

現在先行している佐世保鎮守府組は、アラビア海までの露払いを引き受けるということだそうだ。

我々の仕事はそこから先……紅海から英国にかけての深海棲艦の掃討だ。

ここまでで何か意見はあるか?」

 

「佐世保鎮守府の面々はこちらの意思とは関係なく出撃したのだろう?

それだというのに、そこまで進んで終了とは……なんとも無責任だな」

 

「それは仕方ないだろう。

そもそも未解放海域をそこまで進むだけでも、かなりの戦闘が必要となる。

鮎飛大将からは、余裕があればそれ以降も進撃するとは聞いているが、あくまでできれば、という話だ」

 

「まったく……詳細に作戦を詰めずに出撃とは、戦争をなんだと思っているのか。

鮎飛大将殿は、諜報ばかりが得意で、戦闘行動は不得手と見える」

 

「それだけこちらが頼られていると捉えればよかろう」

 

「フン。丸投げの間違いに思えるがな。

……とにかく、そんな杜撰な作戦にウチの艦娘は出せん」

 

「こちらもだ。

そもそも羅針盤との兼ね合いもある以上、ただのイチ中規模鎮守府の艦娘部隊で、そこまでたどり着けるのかさえ怪しい。

実際にアラビア海にたどり着くまでに、設置した中継基地に、何度も撤退を繰り返すことになるだろう。

時間がかかるはずだ。早急にこちらから部隊を出す必要もあるまい」

 

「今回の報酬である『高練度艦娘10体の譲渡』は魅力的だがな。

即戦力が増えれば、これまで以上に功績を積むことが可能になる」

 

「ハッ!だからと言ってすぐさま増援を送る必要などないわ!

佐世保の奴らが散々疲弊して切り開いた血路を、悠々と進軍させてもらおうか!」

 

「うむ。それが最も賢いだろうな。

というわけで元帥殿、ウチからも部下はまだ出せない。

佐世保鎮守府の部隊がアラビア湾までの海域を解放してから、決戦部隊を出したいと思う。

そもそも急すぎる話だ。艦隊運用計画に大きな支障が出てしまう」

 

「ふむ……そうか。

それでは単刀直入に聞くが、今回主力艦娘を出そうという者はいるか?」

 

 

しーん……

 

 

静まり返る会議室。

しかしその中に二人だけ、手を挙げる者が。

 

 

「……元帥。

私の鎮守府からは主力を出そうと思います」

 

「そうか。助かるぞ、及川中将」

 

「こちらからも。

恐らく一ノ瀬司令ならば、そう言うと思いますので」

 

「代理だというのに気を遣わせてすまんな、鳥海君」

 

 

 

「……それで、他の者は今回は見送りという形でよろしいか?」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

「ふむ。承知した。

まぁ今回の件は突然の話だったからな。無理もない。

では、出るものも出尽くしたところで、ここまでだな。

今回所属艦娘を出すことになった及川中将と、鳥海代理、そして秘書艦の大和は、引き続き残るように。このまま計画の練り上げまでしてしまう。

それ以外の者は各自、自分の鎮守府に戻ってくれ。」

 

 

「「「 了解です 」」」

 

 

 

「それでは会議を終了する。全員解散」

 

 

 

ガタガタッ

 

 

バタンッ

 

 

 

席を立ち、退室していく提督たち。

最後の提督が扉を閉め終わると、廊下から声が漏れてきた。

 

 

 

「フン……とんだ無駄足だったな」

 

「そう言うな。

これで佐世保鎮守府が疲弊すれば、責任をとって大将の交代もある。

すなわち……」

 

「上が一つ空くというワケか」

 

「そうだ。これは我々にとっては千載一遇のチャンス。

佐世保鎮守府の面々には、十分疲弊してもらわねばな」

 

「それで艦娘を出すことを渋ったのか。なるほどな」

 

「当然だ。あくまで佐世保の連中は道を開くだけ、美味しいところは我々でいただく。

そもそもそんな無茶な動きをして、他の者が援助してくれると思う方が間違っているしな」

 

「ハハハ!違いない!」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

今回非協力的な姿勢をとっていた者たちが去り、会議室は随分と閑散としてしまった。

 

 

現在ここに残っているのは、

 

日本海軍のトップである伊郷元帥、

その秘書艦である大和、

横須賀第2鎮守府の及川中将、

そして、横須賀第3鎮守府の一ノ瀬中佐……の代理の、重巡洋艦『鳥海改二』である。

 

先ほどまで居た面々が、声が聞こえないようなところまで去ったのを見計らい、ようやく大和が口を開く。

 

 

 

「ハァ……提督、もう少しやりようはなかったんですか……?」

 

「何がだ?」

 

「とぼけないで下さい……

いくらなんでもあんな説明をされれば、普通は反感を覚えるというものです……

ただでさえ提督は、元住職ということで甘く見られることが多いのに……」

 

「しかしここに書いてあること以上には、詳しい内情説明など出来まい」

 

「それはそうですが……」

 

 

今回の作戦概要書をぺらりとめくる元帥。

 

実はこの会議で配られた資料には、佐世保鎮守府が報告してきた完全な情報は載っていない。

 

 

載っている内容は以下の通り

 

 

・欧州における人類の最終防衛線が突破されかけている

・現地潜入中の憲兵隊員により、深海棲艦の生息図が明らかになった

・予断を許さぬ状況のため、一刻も早い救援のために部隊を出すことにした

 

 

ざっとこんなところ。

 

 

本当はもっとスゴイというかなんというか、「なんなんそれ?」というような内容であるのだが、当然そんなもの話に出せない。

 

 

……というわけで、今回非協力的だった面々の主張は、何ら間違いではない。

計画が杜撰というのもその通りだし、緊急事態というのを踏まえても、勝手に出撃したうえ事後報告で増援要請など論外である。

 

まあ、真実はもっと論外な状況なのだが、それはそれ。

 

 

「もう少しそれらしい話を作っておけば、あそこまで皆さんの気分を害することもなかったでしょうに……」

 

「それについては大きな問題ではない。

……今回の件は、様々な極秘事項が絡んだ一件である。

この件に関わる者は、最低限で押さえねばならんのだ」

 

「つまり提督は、あえて他の皆さんから呆れられることで、この状況……

転化体についてよく知る面々だけで、話すことができる状況を作り上げた、と」

 

「そういうことだ。

普通はあのような話を聞いて、『ハイそうですか』と素直に従うことなど出来まい。

それよりも、今この場を整えることの方が重要だったのだ」

 

「それにしても……

私は提督が、あまりにもぞんざいに扱われ過ぎていることを心配しているんです……

元帥に対してあのような態度……

提督が放っておくようおっしゃるので、止めはしませんでしたが……」

 

 

実際に大和の言葉通り、横須賀鎮守府の他の提督から、伊郷元帥は舐められている。

 

元帥の出自が禅宗の住職であり、軍属と呼べる経験がないこと、

大本営第1艦隊と第2艦隊は滅多に他鎮守府との演習をしないため、はっきりとした実力差が浸透していないこと、

いくら舐めた態度をとろうとも元帥は一向に咎めないため、増長していること、

 

などなどが理由となっている。

 

 

一発実力を見せればある程度は収まるだろうが、それでは意味がないというのが元帥の考えだったりする。

 

 

大和は良くも悪くも真面目な性格なため、このように心配してしまっているが……

 

どうやら目をつぶりながら沈黙を保っていた彼女は違うようだ。

 

 

「……大和さん、少し落ち着いてください」

 

「鳥海さん……しかし……」

 

「元帥閣下のお考えは、もっと深くて冷酷なものです」

 

「れ、冷酷……?」

 

「うむ。まぁ、そういう見方が主流かもしれんな」

 

「……流石は元帥ですね。

あえて気に障るような表現をしたのに、まるで揺らいでいない。

聡美司令の上に立つものとして、合格です」

 

「それは何より」

 

「提督が冷酷……?

まったくイメージできないんですが……」

 

「大和さんの性格では、そういった思考回路にならないのは仕方ないでしょう。

内政官と軍師はまるで別の適性ですからね」

 

「は、はぁ……」

 

 

まるで表情を変えずに、よく理解できないやりとりをするふたり。

 

置いてけぼりをくらった大和と及川中将は、何を言っていいかよくわからなくなっている。

そんな状況に我慢できなくなった及川中将は、伊郷元帥に質問することにした。

 

 

「そ、それはつまり、どういったことなのでしょうか……?

元帥殿に失礼な態度を、あえて取らせているとは……

僭越なれど、この私にもどういうことか教えていただけないでしょうか……?」

 

「そうですね……元帥閣下、話してしまってもよろしいでしょうか?」

 

「うむ。構わない。鳥海君」

 

「ありがとうございます。

……では及川中将に確認しますが……

先ほど退室していった有象無象と、伊郷元帥や鮫島総理……どちらが優秀か、わかりますか?」

 

「それは……答えるまでもありません」

 

「えぇ、その通り。格が違うというべきでしょう。

つまり、あのように最低限の指揮能力しか有していない提督もどきなど、やろうと思えばいつでも処理できるということです」

 

「は、はい……確かに……」

 

「なのにそれをしない。理由があるに決まっている。

その理由とは何か?わかりますか?及川中将」

 

「……他の提督候補よりも指揮能力が高いから。

……というワケではなさそうですね」

 

「はい。その程度は察することができるようで、何よりです。

あえてあの連中を残しているのは、8:2の法則のためです。

そうですね?元帥閣下」

 

「うむ。それが主目的だな」

 

 

 

「……? そ、それは知っています。

私は7:3の方で記憶していましたが……働きアリの法則とも呼ばれるものでしょう?

しかしそれが、今回の件にどう絡んで……」

 

「そうです。働きアリの8割が働いている時、2割は何もしない。

その2割を取り除いて、8割の働いているアリだけにしてみる。するとどうなるか。

結局その8割のうちの2割が働くのを止め、元の8:2へと戻る」

 

「我々も、それと同じだと……」

 

「人間風情が特別な生き物であるはずがない。アリと同じですよ」

 

「つまり……今回の場合は今の例とは逆ですが……

あえて自分に反抗する8割を保持しておくことで、優秀な2割を活躍させる、と……

そういうことなのですか?……提督……」

 

 

鳥海が明かしたのは、大和にとって衝撃的な事実だった。

 

公平、平等、慈悲深いと信じていた提督が、他人を切り捨てるような考えを持っていたとは……

人をまとめるうえで仕方ないとはわかるが、悲しいという感情が、どうしても出てきてしまう。

 

 

「ふむ。言い訳するようだが、私に従わない者たちを見捨てているというワケではない。

彼らは皆、提督養成学校で鍛え上げ、優秀な指揮能力を持つに至った者たちだ。

横須賀鎮守府という日本海軍の中心で活躍してもらうには、十分な実力を持っていると考えている」

 

「そ、そうなのですか……?」

 

「悲しい顔をしないでほしい。

あくまで役割分担という話だ。

……鳥海君。キミの目から見て、先ほど出て行った者たちの指揮する艦隊、戦うに値するか?」

 

「まったく。全然。これっぽっちも。

艦娘の本来のチカラの3割も引き出せていない艦隊など、路傍の石と大差ありません。

あの程度しかいなければ、今頃は私の手でこの国は消滅していました」

 

「だろうな。……では聞き方を変える。

鳥海君。彼らの艦隊で、大量に発生する知性の低い深海棲艦に対抗することは可能か?」

 

「そうですね。その程度なら問題ありません」

 

「そういうことだ。大和君に及川中将」

 

 

「「 ええと…… 」」

 

 

 

急に話がとんだので、着いていけていないふたり。

 

 

 

「元帥閣下が言いたいのは、2割の昼行燈と8割の働きアリで組織を構成するのが理想、ということです」

 

「うむ。

彼らの艦隊は二つ名個体クラスに対抗することは出来ないが、非常に数の多い通常出現する深海棲艦の相手は問題なくできる。

そしてその反対に、一ノ瀬中佐や加二倉中佐、船越大将や私たち……

他よりも遥かに高い実力を持っている鎮守府は、数が少ないため大量の相手には難儀するが、規格外な個体の相手をすることができる」

 

「適材適所というのは、そういうことでしたか……」

 

「先ほどのアリの話と同じだ。

8割が働いている間、2割は何もしない。

しかしそれは、本当に何もしていないわけではないのだ。

外敵の侵入や自然災害に備え、いざという時に群れを護るためのチカラを温存しているのだ」

 

「な、なるほど……」

 

「では元帥殿……

こう言っては何ですが、舐められているともいえる態度を放置しているのは……?」

 

「人間というのは……

感情を表に出せないと、その感情は心の奥底で熟成、発酵、もしくは腐敗し、手の付けられない怪物に変わることがある。

そういった性質……心のうちによくないものを溜め込んでしまいそうな性質を持つ者を除外したら、そういう者たちが残ったというだけの事」

 

「しかし、実際に低く見られているのは元帥殿だというのに、そんなに冷静な……

……ハァ……参りました。貴方の心の強さには、到底敵う気がしない」

 

「そんな大層なものではない」

 

「フフフ。聡美司令以外にも、私が仕えてもいいかもと思う人間はいるものですね。

ま、片手に収まる程度ですけれど」

 

「そうか。

……では、雑談を終えたところで、話し合いに入ろうと思う。

『本当の欧州救援作戦概要の説明、及び、増援作戦の立案』」

 

「そうですね。いささか前座が長すぎましたけれど。

……さぁ、会議を始めましょう」

 

 




なんとなく察してる方もいるかもですが、この鳥海さんは転化体です。
5年前の本土大襲撃の黒幕ですね。
及川中将含め、ここに居る全員は彼女の正体、経歴について知っています。

ちなみに及川中将は本文中に出てきた『8割』から『2割』に這い上がってきた、数少ない人材となります。

彼の艦隊の加古改二は佐世保第4鎮守府の研修完遂組で(主導教官・あきつ丸。指導基準緩め)、
球磨改と多摩改二は横須賀第3鎮守府の研修完遂組となります(『飛車角コース』。上から2番目)。

非常に強い艦隊です。


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第111話

前回で元帥と鳥海さんが、運営方針の共有してるっぽい描写でしたが、実は違います。
あれ実は全部鳥海さんの憶測です。実際合ってはいましたが。
彼女は仕切りたがりなので、好き勝手しゃべってました。

そもそもほとんどあのふたり、話したことありません。
転化体なのであちら側の情報提供をしてもらったことはありますが、それだけです。


前回のふたりの心境

鳥海「状況や人物像を考慮すると、どうせこんなところでしょう。
計算するまでもありませんね」

元帥「聡明な鳥海君のことだし、的外れなことは言わないだろう。
間違っていたら訂正すればいいか」


鳥海さんの趣味でダークな味付けがなされてしまいましたが、実力によって役割分担するというだけの話でした。それ以上の意味はなかったり。




 

渡された極秘事項まみれの作戦概要書類を見て、横須賀第2鎮守府の提督である及川中将は、難しい顔をしている

 

 

「これは……なんとも……

たった12隻で作戦完了まで考えているとは……

しかもそれだけしかいないというのに、戦力過剰気味などと……」

 

「このメンバーなら妥当なところです」

 

「いやしかし鳥海代理、欧州の二つ名個体と言えば、数、質ともにとんでもないと聞きます。

欧州にだって実力ある鎮守府は多いと聞く。それだというのに人類側が敗北しかかっているのですよ?」

 

「よく考えてみてください。

敗色濃厚な軍に、人材を育てる余裕があると思いますか?

深海棲艦出現以降、欧州は優勢に立ったことがありません」

 

「つまり……欧州の艦娘は、十分な実力をつける暇などなかったと」

 

「艦娘『も』、です。提督側も育っていないでしょう。

人間を指揮するのと艦娘を指揮するのでは、求められるものが違います。

それに気づく事すらできない程度には余裕がないでしょうね。

余裕の中からしか、真の解決法は浮かんでこないものです」

 

「うーむ……では……人類側が未熟なだけで、実際のところ、欧州の二つ名個体はそこまでの実力ではない。

だから今回のような少数でも、任務には支障ない、と」

 

「違います。

こちらの戦力が冗談じみているだけで、あちらの海域ボスが精強無比であることに疑いはないでしょう。

……中将のところには佐世保第4鎮守府帰りの部下がいたはずでしょう?」

 

「えぇ。代理と同じ重巡洋艦の加古がいます」

 

「でしたら今回のメンバーがどれだけおかしい実力を持っているか、推測できるのではないのですか?」

 

「いえ実は……研修で何をしていたか書類にはまとめてくれたんですが、話を聞こうとすると、お茶を濁されてしまうのです。

研修先がどんなこところかくらいは詳しく知っておきたいのですが、私も噂でしか知らない程度で……」

 

 

及川中将の部下であり、横須賀第2鎮守府の不動のエースでもある、古鷹型2番艦・重巡洋艦『加古改二』。

彼女も天龍龍田と同じく、鬼ヶ島の研修を完遂できた数少ない存在である。

 

主導教官はあきつ丸。研修期間は短縮版の1か月。

戦闘行動全般を叩きこまれ、海上行動だけに留まらず、陸戦行動まで徹底的に仕込まれたようだ。

 

神通ほどのスパルタではなかったが、一般と比べれば彼女の指導も十分頭おかしいレベルだったため、加古の心には大きなトラウマが植え付けられた。

 

そういうことで、当時を思い出したくない彼女は、その話になるとなんとしてでも話題を変えようとするらしい。

天龍龍田とベクトルは若干違うが、似たようなもんと言えば似たようなもんなのである。

 

 

「まあ……あの鎮守府にひと月も居れば、そうもなるでしょう」

 

「はぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「鮎飛大将の意向で、私達にも佐世保第4鎮守府の情報がほとんど入っていない。いわゆる秘密兵器扱いということらしい」

 

「一応大本営は佐世保鎮守府の上部機関なのですから、情報開示していただきたいところなのですが……」

 

「いざという時の保険程度に捉えておいてほしい、ということだろう。

普段は彼らに頼らず運営してくれという意思の表れでもあるだろうな。

実際それで5年前は九死に一生を得た」

 

 

元帥の言葉を聞き、苦い顔をする鳥海。

 

 

「……あの人たちが居なければ、もっと可能性があったんですけどね……」

 

「私も事が済んでから一ノ瀬中佐に聞いて驚いた。

まさかたったの6隻で、駿河湾と相模湾を防衛しきるとは」

 

「……太平洋沿岸は日本における動脈。

愛知から東京までの破壊は、戦略目標だったのです。

……だからこそ、あの海には1000を超える上級戦力を投入したのです」

 

「せ、千を超える……!?」

 

「あら……大和さん。

あなたも知っているはずではないのですか?」

 

「具体的な数までは……

提出された戦闘詳報には『各員100以上の深海棲艦を掃討』としか……

それでも十分目を疑う内容でしたが……」

 

「ハァ……あの人たちは何を考えて……

……いや、どうせ『数えるのが面倒で覚えてない』とか、そんなところでしょうね……

戦闘には想定外は必ずついて回るとはいえ、化け物の登場は予想できなかったわ……」

 

 

当時を思い出して、眉間に手を当て眉をしかめる鳥海。

よほど悔しかったのだろう。

 

本当の化け物に化け物と言わせる面々。大概である。

 

 

「あの時は運よく、非公開演習のために横須賀第3鎮守府(一ノ瀬中佐のとこ)まで、佐世保から主力が出向いていたらしいな」

 

「……ええ。あとから聡美司令に聞いたところだと、そういうことのようですね。

日本全域の無線基地局を掌握する前に、あの人たちのデータを仕入れておくべきでした。

今思い出しても……本当に悔やまれます……」

 

「過ぎたことは仕方なかろう。

……それよりも今回の議題について話し合いたい」

 

「……ああ、申し訳ございません。

ついつい思い出にふけってしまいました」

 

「気にしないでよい。

先方からの打診では……戦力的には十分だから本当は増援など必要ないが、日本海軍全体の体裁を考えて一部隊送ってほしいとある。

先ほども指摘されたが、国際的な目を考えると妥当な線だろうな」

 

「では提督。

ここに居るメンバーの鎮守府から艦娘を選出する、ということでよろしいでしょうか?」

 

「うむ。大和君の言う通り。

数は……そうだな。連合艦隊を編成するので……

こちらから6隻、第2鎮守府から4隻、第3鎮守府から2隻ということでいいだろう。

実力としては、大規模作戦のボス艦隊を撃破出来る程度はないと厳しい。

いくら余剰戦力とはいえ、相手が相手なのでな」

 

「わかりました提督。

それでは私の方でメンバーを決めてしまってもよろしいでしょうか?

割り振ってある通常業務や性格を考慮して、最適な者を選出します」

 

「うむ。頼むぞ、大和君」

 

「すみません。電話で秘書艦と相談しても良いですか?

そこまで長くはかからないと思いますので」

 

「構わない。及川中将。時間も気にしなくてよい。

抜け漏れがないよう、ゆっくりと相談してほしい」

 

「ありがとうございます」

 

「それでは私も聡美司令と相談させていただきます」

 

「承知した。鳥海君。

……そういえば、一ノ瀬中佐の体調は大丈夫なのか?」

 

「ええ。健康体です。

体調不良ということにしてはありますが、それはただの口実ですから」

 

「そうなのか?」

 

「今回の召集内容を聞くに、大した案件ではないと判断しましたので、私が出てきました。

司令官の頭脳は、もっと有益なことに使うべきですから」

 

「ふむ。まぁ、佐世保鎮守府で完結している案件である以上、大したことがないというのはその通りだな。

中佐が息災ならば特に言うことはない」

 

「恐縮です」

 

 

やっぱり転化体はフリーダムである。そして元帥も相変わらずである。

げんなりしている大和と及川中将を気にすることなく、鳥海は横須賀第3鎮守府と連絡を取り始めた。

 

何を言っても暖簾に腕押しなことを心で理解した二人も、色々諦めてメンバー選出へと移った。

 

 

……と、その時。

 

 

 

プルルルル……

 

 

 

「……電話?誰かしら?……あっ」

 

「どうした?大和君」

 

「りゅ……鯉住中佐からです。出ても良いですか?」

 

「うむ。それはちょうどいい。

今回の出撃メンバーに、中佐のところの天龍君と龍田君の名前が見られたからな。

どういう経緯で作戦に参加することになったのかも、聞いておきたい」

 

「そうですね。わかりました。

それでは失礼します」

 

 

 

ピッ

 

 

 

「もしもし。大和です」

 

(あっ、お久しぶりです、大和さん)

 

「どうしたんですか?鯉住中佐」

 

(……ん?鯉住中佐……?

……ああ、お仕事中でしたか。お忙しいところすいません)

 

「いえ、大丈夫です。それで用件は?」

 

(あーと……非常に申し上げにくいのですが……)

 

「……また何かやらかされたのですか……?」

 

(すいません……直接的に何かしたわけではないんですが……

ちなみに、佐世保の皆さんが欧州に向かったのって伝わってますよね?)

 

「……ええ」

 

(その詳細報告というか、どうしてそんなことになったのかという話をですね……)

 

「え、ちょ……なんで中佐がそんなことを知っているんですか?」

 

(まぁ、実際居合わせましたし……)

 

「え?な、なんで?

なんで中佐が佐世保での決定に居合わせてるんです??

中佐って今ラバウルに居るんですよね?」

 

(いえ、その時は佐世保第4鎮守府に居てですね)

 

「なんで!?」

 

(拉致されてきたんです)

 

「拉致!?」

 

 

相変わらず彼の方から来る連絡は、わけがわからない。

なんだかよくわからない展開に、何も言えなくなる大和。

 

 

(ともかく、それで事の顛末を知ってるんですが、流石に大和さんと元帥には連絡しておいた方がいいと思いまして……)

 

「は、はぁ……」

 

(私は電話だけでも問題ないと思ったんですが……

どうにもそういうわけにもいかなくってですね……)

 

「えーと……それはどういう?」

 

(色々とやむを得ない事情とか逆らえない流れとかがあって、そちらに向かうことになりまして……)

 

「それはつまり……大本営までいらっしゃるということですか?」

 

(えぇ、まぁ、いらっしゃると言いいますか、なんと言いますか……)

 

「???」

 

 

なんだか歯切れが悪い鯉住君。

なにか言いづらいことがあるようだ。

 

大和がその辺をつついてみようと思ったところ、彼から予想外の二の句が飛び出してきた。

 

 

(ええと……すでにいらっしゃってると言いますか……)

 

「……え?」

 

(いや、ホントに申し訳ございません……

連れの方針で、極力相手には準備させないのが優位に立つコツだとか何とかで……今まで連絡させてもらえず……)

 

「……え? ええ???」

 

(ついさっきあの人、いつの間にか消えてましたので、そろそろ現れると思うんですが……)

 

「ちょ、ちょっと!それってどういう……!!」

 

 

 

 

 

「こういうことー」

 

 

「!!???」

 

 

 

電話中の大和の背後に、いつの間にか川内が立っていた。

佐世保第4鎮守府ではいつものことだが、普通はそんなの驚かない方がおかしい。

 

 

「せ、川内型……っ!!あ、あうあう……!!」

 

「そんなに驚かないでもいいじゃない。二度目なんだしさ」

 

「りゅ、龍太さん……これって一体……!?」

 

(あー……ちょっとだけ川内さんの声聞こえました。

本当に申し訳ない……すぐに行きますんで……)

 

 

ひょいっ

 

 

「龍ちゃん早く来てねー。2階の会議室だから」

 

(ハァ……なんでそう川内さんはハデな動きが好きなんですか……?

……あ、愛宕さん、お久しぶりです。

……あぁ、はい、すいません、アポイントメントはないんですが、元帥も大和さんも、もうご存知なので……

あ、そういうことです……ハイ……よろしくお願いします)

 

 

大和から電話をひったくって鯉住君と連絡を取る川内に、トラウマも手伝って開いた口が塞がらない大和。

そして大和と同様の状態になって、電話口から秘書艦に心配されている及川中将。

 

対照的に、多少驚いたものの通常運行な元帥に鳥海。

 

さっきまでの真面目な雰囲気が消し飛んだ瞬間である。

 

 

「まーそういうことで!

もうちょっとしたら龍ちゃんたちも来るからね!」

 

「あー……うー……」

 

「い、一体どこから……!?

いつの間に……!?」

 

「大和君、及川中将、落ち着きなさい。

……キミは加二倉中佐のところの川内君か?」

 

「あ、そうです。初めまして元帥!よろしくね!」

 

 

シュピッとキレイな敬礼をする川内。

不法侵入しておいて何を今さらという意見は、この場では効力を発揮しないことだろう。

 

 

「……うむ。かなり驚かされたが……

川内君は今回の件の報告をしに来てくれたと、そう受け取ってしまってよいか?」

 

「はい!それと書面以外でも色々あったから、補足説明も兼ねてお話ししますね!」

 

「そうか。それは助かる。

こちらとしても聞きたいことはあるのでな。

書面には、今回動き出すことになった詳細な理由が載っていなかった」

 

「あ、やっぱそれ気になります?

それの報告のために中佐にも同行してもらいました!」

 

「ほう……

鯉住中佐が、なんらかの切っ掛けとなったのか」

 

「ですね!

それじゃ中佐が来るまでに、核心部以外は説明しちゃいますから!

別に龍ちゃん居なくても説明できるけど、やっぱり本人の口から聞いた方がいいですからね!」

 

「承知した」

 

(これホントに龍太さん必要なのかなぁ……?)

 

 

 

・・・

 

 

 

2,3分すると、愛宕に案内されて鯉住君と夕張が会議室までやってきた。

 

愛宕は現場の変な雰囲気に戸惑っていたが、考えても仕方ないと割り切り、ふたりを引き渡すと逃げるように退出していった。

 

そして到着した鯉住君は、なんとなくこの状況は予想できていたのもあり、ため息ひとつした後に挨拶を始めた。

 

 

「はぁ……お久しぶりです。伊郷元帥、そして大和さん。

……それと何故か鳥海さん。

突然の訪問で失礼過ぎることは重々承知しております……」

 

 

深々と頭を下げる鯉住君。それにつられて夕張も。

 

 

「お、お久しぶりです、中佐……

頭を上げてください……」

 

「うむ。別に大した問題ではない。気にしないでくれ。

……それよりも久しいな。そちらに訪問して以来か。

夕張君もあの時は世話になった」

 

「は、はい!こちらこそお世話になりました!」

 

 

鳥海は電話で色々連絡を取っていたようだが、彼の挨拶を受けたあたりで通話を終了しており、一息遅れつつ挨拶を返す。

 

 

「……お久しぶりです。約10か月ぶりというところかしら」

 

「あぁ、もうそんなになるんですねぇ。

あの時は色々とお世話になりました」

 

「こちらこそ。

あなたが居た時は、色々と刺激があって楽しかったですよ」

 

「そう言ってもらえると、こちらとしても嬉しいです。

……それと……そちらのお方は?」

 

「彼は横須賀第2鎮守府を任せている、及川中将だ」

 

「ちゅ、中将殿!?すみません!挨拶が遅れてしまって!」

 

「き、気にしないでくれ……

そんなことよりも、何がどうしてこうなっているんだ……?」

 

「あ、あぁ、突然でしたもんね……説明させていただきますと……」

 

 

 

・・・

 

 

説明中

 

 

・・・

 

 

 

「つまり……最重要機密を連絡するために、電文を使わず、わざわざ直接口頭で報告しに来た、と……」

 

 

呆気にとられた顔をしている及川中将。

防諜上しっかりしてる海軍専用ネットワークであるので、いくら極秘事項と言えど、普通は電文で済ませてしまうものだ。

 

それをわざわざ口頭で伝えに来るとは……

 

 

「まぁその……佐世保第4鎮守府の皆さん的には、これが普通ですので……」

 

「加古……奴め、そんなとんでもないところに行ってたのか……」

 

 

加古の知られざる地獄の訓練に思いを馳せる中将。

そんな感じで話がいったん途切れたのを見計らって、鳥海が話しかけてきた。

 

 

「そういえば足柄はどんな調子ですか?鯉住さん。

将棋の腕前はあがっているのかしら?」

 

「あぁ……まず確認するのはそこなんですね……鳥海さんらしいです」

 

「当然でしょう。

足柄は貴方のところまで、将棋研修も兼ねて出向いたんですから」

 

「それは一応聞いていますが……

主目的としては、給糧艦の代わりとして来てくれたものだと思っていたんですが……」

 

「それはそうですが……まぁ、優先順位はこの際置いておきましょう。

それで?どの程度強くなったのですか?」

 

「申し訳ないですが、それは正直言ってわかりません。

なにせ足柄さんと俺では、実力が違い過ぎて、対等な勝負ができませんから」

 

 

実は鯉住君は、空いた時間を使ってたまに足柄と将棋を指している。

優秀な秘書艦のおかげで、事務仕事にそこまで時間がかからないので、そういった部下との交流時間はある程度確保できるのだ。

 

ちなみに足柄は彼とだけではなく、北上大井姉妹ともよく将棋を指している。

まだまだ足柄の方が実力があるらしく、北上と大井はほとんど勝てないようだ。

 

 

「ふぅん……では、聞き方を変えましょう。

足柄は貴方のところに着任してから今までに、何か変化したかしら?」

 

「変化……?そうですね……

なんというか……雰囲気が丸くなった気がしますね。

夕張はどう思う?」

 

「ふぇ!?わ、私ですか!?」

 

「うん。俺はなまじ足柄さんとの付き合いが長いからさ。

どう変わったかって言われても、ピンと来なくて」

 

「ええと……うーん、そうですね……

なんと言いますか……笑顔が増えた気がします」

 

「そうかな……?

前から結構笑ってた気がするけど……」

 

「何度か足柄さんと出撃……というか遠征ですが、一緒に戦ったことありますけど……

最初のうちは笑うと言っても攻撃的な感じだったんですが、最近は随分と角が取れてきたっていうか……

まぁ、最近はあまり一緒に海に出てないので、何とも言えませんが……」

 

「あー……言われてみれば……」

 

「……へぇ」

 

 

鯉住君と夕張の人物評を聞き、鳥海はニヤリとしている。

 

 

「その変化、どう出るか……

……とにかく、一度盤を挟んでみなければ、何とも言えませんね。

決めました。近いうちにそちらに向かいますので、よろしくお願いします」

 

「え、ちょ……ま、まぁいいですが……

そ、その時はしっかり事前連絡してくださいね!絶対ですからね!?」

 

「???

何を当然のことを言っているんですか?」

 

「みんなそう思ってくれていれば、もっと平穏な生活がおくれたんですけどねぇ……ハァ……」

 

「ですよねぇ……ハァ……」

 

「???」

 

 

元帥たちに向かって、楽しそうに事情説明をしている川内を横目に見つつ、ため息を吐くふたり。

 

色々と事情を知らない鳥海は、首をかしげて不思議そうにするのだった。

 

 

 




中途半端だけど長くなっちゃうからここまで。

登場人物が増えるとどうしてもなぁ。
もっとコンパクトに行きたいけど、そうすると薄味になるからなぁ。

その辺のバランスが悩みどころなのです。


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第112話

ナレーション部分の最初を1マス空けるようにしてみました。
国語の授業を思い出す変更。些細なものですけどね。


あと変な性格の艦娘が出てきますので、嗜好に合わない方や嫁艦がバグってると感じた方は、大変申し訳ございません。



 なんやかんや情報共有を済ませた面々。

そこから増援メンバー選定と、基本的な行動指針の話し合いまで済ませてしまい、現在は全員でまったりしているところである。

 

 愛宕が淹れてきてくれたお茶を飲みつつ、鯉住君がお詫びの意味も込めて買ってきたお土産『長崎カステラ』をお茶請けに、みんなで口をモグモグしている。

 

 

「パクパク……しかし中佐。報告はしっかりせねば。

色々と訳が分からなすぎて、その指摘が正しいのかどうかすら、若干分からなくなっているが……」

 

「すいません中将殿……なんかもう色々と……

『強い深海棲艦は復活する』という話が、まさか誰も知らない情報だったとは夢にも思わず……」

 

「まぁ普通に考えたら、そりゃそうだよねー。

龍ちゃん、転化体の知り合いたくさんいるし、そのうちのひとりくらいは知っててもおかしくない話だもんね。ムシャムシャ」

 

「私もその情報は初耳です。

沈んでしまえばそこまでだと思っていました。ススッ……ふぅ」

 

「鳥海さんは、なんと言うか……

自分が復活できるとか、そういう感覚ってなかったんですか?

自分のことなんですから、わかりそうなものですが」

 

「考えたこともありませんし、感じたこともありませんでした。

死んだ後のことなど、考えても意味がないわ。

今を全力で生きることが大事ですもの」

 

「前向きだなぁ……

今を全力で生きた結果が、あの大攻勢だったんですね……

もっとこう、穏やかでゆったりとしたスローライフみたいな発想って無かったんですか?」

 

「鯉住さんはそれでいいかもしれませんが、私はそのような生活には耐えきれませんので。

そもそも深海棲艦に対して人間を襲うなというのは、どだい無理な話です」

 

「血の気が多いっすね……」

 

 

 鳥海は戦いこそ生きがいといった性格をしているので、理想の生き方の話では鯉住君とは全く噛み合わないようだ。

 まぁ、戦いと言っても実際に自分が戦う方ではなく、部隊を動かす指揮官としての戦いに飢えているようなのだが。

 

 

「しかし中佐は、一体その、なんというか、一体何なのだ……?

そもそもホントに人間なのか? 姫級個体と繋がりが強すぎて、まったく信じられないのだが……」

 

「なんていうかスイマセン……

ちゃんと人間です……普通の一般人です」

 

 

「「「 一般人? 」」」

 

 

「全員でキレイにハモらないで下さい……

ていうか夕張までそんな……キミは事情わかってるでしょ?」

 

「だって……師匠は師匠ですし」

 

「なにをそんな、俺の存在自体がイレギュラーみたいな……」

 

 

 いつも通り満場一致で逸般人認定を受ける鯉住君である。

 

 

「とにかくだ。

川内君と中佐のおかげで、スムーズに救援メンバーを決定することができた。報告感謝するぞ」

 

「どういたしまして!」

 

「電話でも良かったのに、押しかけてしまって申し訳ないです……」

 

「い、いえ、タイミングも良かったので……

本当にお気になさらず」

 

「うぅ、優しさが染みる……

ありがとうございます、大和さん」

 

 

 今回の会議の結果、増援は以下のメンバーに決まった。

 

 

 

 増援部隊・第1艦隊

 

 

旗艦・航空戦艦『扶桑改二』 大本営第1艦隊より

 

2番艦・正規空母『瑞鶴改二甲』 大本営第1艦隊より

 

3番艦・正規空母『翔鶴改二甲』 大本営第2艦隊より

 

4番艦・重巡洋艦『愛宕改』 大本営第2艦隊より

 

5番艦・軽巡洋艦『球磨改』 横須賀第2鎮守府より

 

6番艦・軽巡洋艦『多摩改二』 横須賀第2鎮守府より

 

 

 

 増援部隊・第2艦隊

 

 

旗艦・航空戦艦『日向改』 大本営第2艦隊より

 

2番艦・軽空母『千歳航改二』 横須賀第2鎮守府より

 

3番艦・軽空母『千代田航改二』 横須賀第2鎮守府より

 

4番艦・軽巡洋艦『矢矧改』 横須賀第3鎮守府より

 

5番艦・潜水艦『伊19改』 大本営第2艦隊より

 

6番艦・潜水艦『伊8改』 横須賀第3鎮守府より

 

 

 

 航空戦力に重点を置いた、支援のための布陣。

 当然ながら、個々の実力についても折り紙付きであり……実際に過去の大規模作戦でボス艦隊を相手にした経験があるメンバーが揃っている。

 

 

 

「このメンバーであれば、何があろうと全員無事に作戦を終えることができるだろう。

万が一、二つ名個体と遭遇したとしても、逃げに徹すれば犠牲が出ることはあるまい」

 

「しかし元帥殿、万全というのはその通りでしょうが……

この顔ぶれならば、例の二つ名個体を討伐してしまうことも可能なのでは?

大規模作戦のボス艦隊とて、余裕をもって沈めきることが出来るほどのメンバーですよ?」

 

「可能性は無くはないと思うが……

どうだ? 鳥海君」

 

「そうですね……

私と同じ程度の戦闘力であるならば、打倒は可能でしょう」

 

「やはりですか。

この布陣で突破できない相手など、早々居るはずがない」

 

「? 何か勘違いしているようですが……

私が言ったのは、『最弱の』二つ名個体程度なら勝ち目があるだろう、ということですよ?

私の戦闘力はそこまで高くないですから」

 

「な、なんと……」

 

 

 今回送り出す連合艦隊は、日本海軍の準オールスターと言っても差し支えない面々。

 中将が言ったように、これで勝てなきゃおかしい、という意見が出るのは、当然と言えば当然だろう。

 

 だが、そのお相手本人(相当)から見れば、それでも不十分という評価になるようだ。

 人類側と最上位姫級の間にあるチカラの差は、誰もが想像するよりも、遥かに開いているのだろう。

 

 それにしても、いつも自信満々な鳥海が、弱気な発言をするとは……

 

 

「ふーん。鳥海さんってば、だいぶ弱腰じゃん?

演習してるときは、あんなに自信満々なのにさー」

 

「別に『私が弱い』と言ったわけではありません。

戦闘力が足りない分は、知略で十二分にカバーしますので。

チカラが強いだけの猪など、相手にならないわ」

 

「ああ、そゆこと。そっちの方がらしくていいねー。

しっくりくるよ」

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんなこんなで雑談していると……

 

 

 

 トントントン

 

 

 

「む。どうした?」

 

(愛宕です。またお客さんをお連れしました)

 

「ようやく着きましたか」

 

「鳥海君が呼んだのか? まぁいい。入ってくれ」

 

(では、失礼します)

 

 

 ガチャッ

 

 

「お話し中申し訳ありません。

横須賀第3鎮守府からお越しの、お三方です」

 

 

 愛宕に連れられてやってきたのは、鳥海の同僚でもある元気いっぱいな3名の艦娘だった。

 

 

「失礼します!

鳥海さんにお呼ばれしてやって来ました、綾波型9番艦『漣(さざなみ)』です!

元帥さんと大和さんにはお世話になってます! いつも定例将棋大会の許可くれて、どもども!」

 

「ども!恐縮です、青葉型1番艦『青葉』ですー!

極秘情報の収集から記念写真の撮影まで、なんでもお申し付けください!」

 

「ひゃー!大物が勢ぞろいじゃないっすか!

夕雲型……じゃなくて! 陽炎型19番艦『秋雲』です! よっろしくぅ~!」

 

 

「うむ。よろしく。

鳥海君はなぜ3人を呼んだのだ?」

 

「私は『手の空いたものを寄こしてくれ』と頼んだだけだったのですが……

少しばかり、鯉住さんのサインが必要な書類がありまして」

 

「なに? 中佐の?

大和君、何かそのような案件などあっただろうか?」

 

「い、いえ、知る限りでは。

……というか、ずいぶん賑やかな人たちがいらっしゃいましたね……」

 

 

 

「うわぁ、すごいテンションの高さ……

ねぇ師匠、この人たちも師匠の知り合いなんですか? ……師匠!?」

 

「   」

 

 

 ハイテンション極まりない3名を見た鯉住君は、白目を剥いて口をパクパクしている。

 その姿はさながら本物の鯉。過去になんかあったらしい。

 

 

「ど、どうしたんですか師匠!? すごい顔してますよ!?」

 

「ナンデ……ナンデ、コノ3人ガ……?」

 

 

 

「あー! 久しぶりですね、鯉住さん! キタコレ!!

ちょっとちょっとォ! 二の腕がたくましくなり過ぎじゃないですかぁ!?」

 

「これはいけません! 非常にけしからんです!

一枚撮らせてもらっていいですよね!? 返事は聞きません!! パシャパシャ!!」

 

「久しぶりですね~!! あいさつ代わりにちょっとタッチさせて!! さわさわ……おほぅっ!!」

 

「ちょ、ちょっとそんな急に何を!

師匠も何やってるんですか!? 元帥や大和さんがいるんですから、なんとか止めようとしてください!」

 

「無理……聞イテクレナイモノ……」

 

「どこか遠いところを見てる!」

 

 

 

「うわぁ、ずいぶん賑やかになってきたねぇ。

大和さんもあそこに混ざって、龍ちゃんの二の腕、触ってきたら?」

 

「い、いえ、そんな破廉恥な真似は出来ません……」

 

「やりたくない、じゃなくて、出来ない、なんだねー。ふーん?」

 

「な、何を言ってるんですか!?

ニ、ニヤニヤしないで下さい! なんでもありませんから!」

 

「アハハ! やっぱりそうだったんだねー!

武蔵さんから聞いてたから、アタリはついてたけどさ」

 

「そうって何がですか!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 クールダウン

 

 

 

・・・

 

 

 

 散々3人にボディタッチされた鯉住君だったが、ようやく解放され、本題を進めることができるようになった。

 

 3人はみんなして興奮しすぎて鼻血を出してたが、それも収まったようだ。

 たった今も写真を撮りまくってたり、スケッチしまくっていたりと、まるで懲りていない様子だが。

 

 

「……ハァ、鳥海さん、それで一体何の書類にサインすればいいんです?」

 

「足柄の異動関係の書類です」

 

「え? あ、足柄さんの?

足柄さんが異動してきたのって、随分と前じゃないですか。

そんなに前の書類なんて、なんで未処理になって残ってたんですか?」

 

「そういうわけではなく。異動後の意識調査の書類です」

 

「あぁ、なるほど。そっちですか」

 

 

 実は日本海軍には、異動した艦娘に対する意識調査制度がある。提出のタイミングは、1か月後、半年後、1年後の3回。異動前と異動後の両鎮守府のサインが必要だったりする。

 

 理由は当然ながら、艦娘が十全な実力をその鎮守府で発揮できるか調べるため。非常に個性的な面々が勢ぞろいの艦娘なので、肌が合うか合わないかというのは、かなり大きなファクターなのだ。

 もっと言うと、ブラックな運営をしている鎮守府をあぶりだすという側面もあったりする。実際にこの制度のおかげで運営不全が発覚したところもいくつかあり、加二倉中佐が私刑に処した提督たちについても、ここから明らかになったのだ。

 

 

「しかしそれにしたって、中途半端な時期ですね。確か次の提出は、1年後の書類だったはずでしょう?

それにその書類だったら、FAXで送ってもらった方が良かったのでは?

足柄さんに書いてもらうこともたくさんありますし、先に俺のサインだけ入れたって……」

 

「いえ、ご安心を。

実は足柄の方から既に、提督のサインが入れば完成という状態の書類を送ってもらっているんです。

1年後に提出するものですが『どうせ不満なんかないから』と言って、先にこちらのサインを入れるために書類をFAXしてもらっていたんです」

 

「そ、そうなんですか……?

なんで先に俺のサインもらわなかったんだろ? それに足柄さんが俺に連絡もせずに独断行動なんて……?」

 

「一応秘書艦には一報入れたらしいですよ。

まぁ、そんな細かいことはどうでもいいじゃないですか。ちょうど大本営に居るのですし、そのまま提出してしまえば一石二鳥です」

 

「うーん……それもそうか。

何かあった時のために提督印も持ってますし、ちょうどよかったですね」

 

「ええ、本当に。

……それでは、この欄にサインと印鑑を……」

 

 

 そう言って3人衆から受け取った書類を差し出す鳥海。

 

 鯉住君はその書類に、なんだか違和感をもちつつもサラサラとサインをしていく。

 

 しかし……

 

 

 

 

 

 パシィッ!!

 

 

 

 

 

「!? せ、川内さん!? いったい何を!?」

 

 

 鯉住君がサインを終え、カバンから取り出した提督印で押印しようとしたところ……なんと川内が横から提督印をひったくった。

 

 

「……こういうおイタはよくないと思うなー」

 

「……なんのことでしょう?」

 

 

 先ほどまでのゆるゆるな雰囲気はどこへやら。一気に威圧感を醸し出すふたり。

 川内は鳥海の刺すような視線を気にも留めず、足柄の意識調査書類をペラっと持ち上げ……

 

 

 

 ペリペリ……

 

 

 

「川内さん何やって……!?」

 

 

 川内はなんと書類を破りだした!

……ように見えたのだが、よく見ると書類は二枚の紙が密着しており……!

 

 

「これはどういうことなのかなぁ? んん?」

 

「……余計なことを」

 

「ゲェッ!! 何故バレたし!?」

 

「漣ちゃんの特殊工作(図工的な)スキルが一目で見抜かれるとは!?」

 

「マジィ!? 川内サン、コワイ!!」

 

 

 なんと足柄の意識調査書類はフェイクだった!

 真の内容はその下に隠されており、その上部には書類のタイトルが……!

 

 

 

「へぇー……『婚姻届』、ねぇ」

 

 

 

「へぇあっ!?」

 

 

 

「……返しなさい。それは横須賀第3鎮守府にとって、最重要なものなのです」

 

「は? なんで私がこんなもの返さないといけないのさ?」

 

「聡美司令と鯉住さんは、早々に結ばれるべきなのです。

早ければ早い方がいい。その程度のこともわかりませんか?」

 

「寝言は寝て言ってくんない?

そりゃ龍ちゃんもいずれは誰かと結婚するだろうけどさ。今じゃないっしょ」

 

「いいえ。今です。ナウです。

……さぁ、提督印を寄こしなさい。痛い目を見ますよ?」

 

「面白いこと言うねー!!

いいよ。取り戻してごらん?……出来るものなら」

 

 

 

ピシイッ……!!

 

 

 

 ふたりの闘気で部屋中の圧力が増す。

 

 きしむ家具。震える窓ガラス。

 

 

 

「……いいでしょう。

大和さん、演習場お借りします。

……さぁ、3人も準備なさい。化け物を狩りますよ」

 

「チョー怖いけど……やるしかねぇ!

10年選手なベテラン駆逐艦の本領、見せてあげちゃいますよ!」

 

「正直勝てる気が……いやいや、そんな弱気ではいけませんね!

ここで勝てば完全S勝利! 私たちのハーレム大作戦が完遂となるのですから!」

 

「負けられない戦いが、ここにはある……!!

秋雲さんも超スーパー修羅場モードで本気出しちゃうよっ!!」

 

「アハハ! たったの4人で私とやろうだなんて、度胸あんじゃん!

アリがいくら集まっても象には勝てないこと……思い知ってもらおうかな!!」

 

 

 

「「「 ……!? 」」」

 

 

 あまりの超展開に、何にもついていけないその他の人たち。

 いつも通りな元帥以外は、みんな目を丸くして何も言えなくなっちゃっている。

 

 

 

「3人とも。

1秒先の思考で3秒先に砲弾を撃ち込みなさい。

それができなくては、1分ともちませんよ」

 

「かわいい弟子たちが欧州から帰ってきた時に、ガッカリさせるわけにはいかないからね。

……すこーしだけ本気出しちゃおうかな」

 

「俺の提督印……返して……」

 

 

 

 

 




ちょっとした変更だったけど、どうだったかな?
こっちの方が様式的には正しそうだし、違和感あるって意見が無いようなら、続けて行こうと思います。


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第113話

前回の最後のみんな(置いてけぼり組)の頭の中


元帥「この川内君は大和君を一方的に降した神通君の姉……
いくら鳥海君が転化体と言えども、4人では厳しいかもしれんな」

及川中将「軽巡1隻に対し、重巡2隻に駆逐2隻、しかも転化体が旗艦……
こんなもの勝負になるのか? あの川内はなぜ、こんなに自信満々なのか?」

大和「川内型コワイ……川内型コワイ……!!」

夕張「今日はいい天気だなぁ……(現実逃避)」





「くっ……!! 全然当たらないっ……!!

……キャッ!? あ、秋雲中破ァ!!」

 

「瞬きの間に見失う……!! そこおっ!!

……ウッソ!? 何で今のがかわせるんですかぁ!?」

 

「ちょっと厳しいです……な!! っとぉ!!」

 

「もっと研ぎ澄ませなさい!! まるで間に合っていない!!

ひとりでも落ちたら一気に押し込まれますよ!!」

 

 

 

 ……ドドドオォンッ!!

 

 

 

「アハハッ!! やるねぇ!! 言うだけはある!!

この私を、もう小破させるなんて!!」

 

「この……!! 余裕ぶって……ッ!!」

 

 

 

 ……ドドドオォンッ!!

 

 

 

 

 

「な、何が……どうなっているのだ……!?

こんな……ありえない!! 何だこの動きは!?」

 

「信じられんな……

目で追いきれないほどの速さで動くなど」

 

「ねぇ師匠……

川内さん、動きが速すぎて2人いるようにしか見えないんですけど……」

 

「まぁ、そりゃあ川内さんだし……

それにしても、楽しそうだなぁ。

おいてけぼり食らった鬱憤、ついでに晴らしてるんだろうなぁ」

 

「川内型コワイ……無理……もうやだぁ……」

 

 

 ついに始まった、4対1の、鯉住君の提督印を賭けた決闘演習。

 現在戦闘開始から1分経過したところである。

 

 横須賀第3鎮守府の面々は、完璧と言っても良い予測砲撃を行っているのだが……

 川内はその上をいっており、的確な絶え間ない砲撃でさえも、彼女を小破させるに留まっている。

 

 敵の動きに合わせて、臨機応変に殺し間(十字砲火)の態勢を作るという、神がかった連携を見せている横須賀第3鎮守府の面々。

 しかし、だというのに、鳥籠の中の鳥が捉えきれない。詰めの部分で手こずっている。

 

 

 川内は尋常でないスピードに加え、独特な水上歩行技術、砲撃の反動を利用した回避と加速、激しい緩急がついた動きを駆使することにより……短距離ワープのような挙動を実現。瞳に映る残像によって、分身を創り出していた。

 

 これが加二倉中佐の技術を完璧に受け継ぎ、艦娘の潜在能力を十二分に引き出した者のみが到達できる領域。このレベルまで来ると、艦種がどうこうという話ではない。

 

 砲撃の反動で後ろにのけぞりながらサマーソルトキックして、重巡主砲を蹴り上げる。

 空砲を適度に交えることで思考に間隙を作り、視線と完全に一致する角度で距離感を掴ませない砲撃を撃ち込む。

 制服艤装にギリギリ掠らない超至近距離で、音速に近い速度の砲弾をかわし続ける。

 

 その技術と動きのどれもが、艦娘から見ても意味不明なもの。相当な実力者でもなければ、自分の見ている光景が何なのかすら理解できないだろう。

 

 

 

 ……実際に目の前で起こる激戦を見学している面々は、川内の戦闘をよく知る鯉住君以外、自分の見ているものが信じられないといった様子である。

 

 ちなみに見学者は先程から一緒にいたメンバーだけではなく、大本営第1艦隊と第2艦隊メンバーも加わっている。

 元帥直々に「後学のため」ということで、見学者の追加を川内に打診し、オーケーをもらった形。

 

 ちなみにその打診の際に、川内が

 

「見てもいいけど……私の存在は他言無用ですよ。

それが守れなかった人は誰であれ、二度と浮かんでこれないようにしますから」

 

などという、鉄骨クラスにごんぶとな釘を突き刺していったため、大和は現在涙目となっている。

 

 

 

・・・

 

 

 

館内通信で元帥に呼び出された大本営第1艦隊と第2艦隊の面々は、そろって目を丸くして驚いている。

 

 

「よ、呼ばれてきたのはいいですけれど……

なんだかスゴイことになっていますね……」

 

「なんであの川内、分身の術使ってるんでちか……?」

 

「ちょっとコレありえないんだけど……

ねぇ、木曾さん、何が起こってるのかわかる……?」

 

「いやこれ……なん……これなに?

なんであの川内、完全に死地に追い込まれてんのに、あんなに優勢なんだ……?」

 

「だよね……

加賀さんだったらコレ、どうやって相手する?」

 

「……どちらが相手でも、この状態に持ち込まれては無理ね。

川内の方は目で追いきれないし、鳥海旗艦の部隊の方も圧倒的な連携を見せているわ。

大和さん、貴女ならどうするかしら?」

 

「川内コワイ……無理……」

 

「……大和さん?

何をボソボソしゃべっているのかしら?」

 

「……ハッ!

え、ええ、そうですね……

近づかれたら敗北は必至ですので、遠距離から仕留めるしかありませんね」

 

「さすがは大和さんね!

アウトレンジから仕留めるしかないって事ね!」

 

「アナタにできるのかしら?

五航戦のアウトレンジ大好きな方」

 

「で、できるに決まってるし!

加賀さんこそそんな冷静っぽくしといて、ホントは焦ってんでしょ!?」

 

「焦ってません」

 

「ウソだね! 加賀さんいつも以上に鉄面皮になってるでしょ!?

焦ってるときはいつもそうなってるじゃない!」

 

「は?」

 

 

 

 歴戦の第1艦隊でさえこの有様なので、第2艦隊メンバーも全員が全員、目の前の光景に呆気にとられている。

 もちろん大本営の見学メンバーの実力が低いというワケではない。日本海軍の顔を務める面々なのだ。実力は折り紙付きである。

 川内と横須賀第3鎮守府の面々が頭おかしいくらい強いと言うだけの話だ。

 

 

 

 ……ギャラリーがそうこうしているうちに、演習も大詰めになった。ついに秋雲と青葉が同時に大破判定を受けてしまったのだ。

 

 

「ア゛ーッ!! 耐えられなかったああぁぁl!」

 

「……ッ!! スイマセンおふたりとも!!」

 

「ヤッベぇ! 鳥海さん、どうします!?

私は中破してるし、鳥海さんもほぼ中破っすよね!?」

 

「……ッ!!」

 

 

 4対1で何とか拮抗していた戦闘バランスが、一気に崩れた。これで横須賀第3鎮守府側の勝利はほぼ無くなったとみていいだろう。

 

 

「さて、どうする? 続ける?

私も中破まで持ってかれちゃったし、続ければ勝てるかもよ?」

 

「……ハァ。……降参です。艤装を収めなさい、漣。

秋雲と青葉もご苦労様でした」

 

「あー、やっぱかー!

もうちょっとだったんだけどなぁ。萎えー……」

 

 

 勝ち目がないことを悟って、鳥海は降参を選択した模様。

 実戦であれば退却ということになるだろうが、演習ではそこまですることは基本しない。退却の訓練をしたいときくらいである。

 

 ということで、これにて演習終了。5名は演習場からギャラリーのところまで戻ってきた。

 

 

「あーあ、つまんないの。もうちょっと楽しませてくれてよかったのに」

 

「勝ち目のない戦闘など、するだけ無駄です。

勝率0%の勝負など、勝負とは言えません」

 

「ひゅー。クールだねぇ」

 

「戦闘に負けても目的を達成できれば、なんの問題もありません。

……今回は退きますが、必ず聡美司令と鯉住さんを結婚させてみせますので」

 

「別にタイミング選んでくれればいいんだって。

今回は私も無視できない事情があったんだよ」

 

「その事情ってなんなんすか? 川内さん。

なんだかおもしろい気配がしますぞ!?」

 

「あ! それ青葉も気になります!!

普段ひょうひょうとしている川内さんが、そこまでムキになるなんて!!

のっぴきならない事情とお見受けしましたこれは!!」

 

「私も鯉住さんが何やらかしたのか気になる!

秋雲さん内蔵の電探には、愉悦の気配がビンビン反応してるんだよね~!!」

 

「ん? 何があったか知りたいの? えっとね……」

 

「わーわー!! お疲れさまでした皆さん川内さんちょっと黙って!!」

 

 

 例の事件をあっさりバラそうとする川内。

 当然ながら鯉住君的に、こんな大物しか揃ってないところでそんな恥辱を受けるのはNGなので、無理やり止めようとしている。

 

 

「えー? 別に話しちゃってもいいじゃんか。すごかったんだし」

 

「ダメです! 絶対ダメ!」

 

「どうせ事の顛末は書類報告するんでしょ?

だったら今話しちゃってもおんなじじゃないの?」

 

「時間と場所をわきまえて!? 全然違いますから!!」

 

 

((( あやしい…… )))

 

 

 必死になって川内を止めようとしている鯉住君を見たおかげで、さっきまでの極限バトルの衝撃から回復したギャラリーの皆さん。

 それと同時に、あの超人がここまですることになった理由が何であったのか、みんな気になりだした。

 

 

「中佐、いったい何があったのだ?

川内君はどうやら本気だったようだし、それほどの事態であれば相談してほしいところだが」

 

「い、いえ、な、何でもないです!元帥殿!

ちょっと佐世保第4鎮守府でいろいろあっただけなので!

別に何か危機的状況だとかそういうわけでは!」

 

「そうなのか?

とても些事だとは思えないのだが」

 

「あー、えー……夕張、どうしよう?」

 

「私に振られましても……

まぁなんて言いますか……正直に吐いて楽になるしかないと思うんですが」

 

「そんな無慈悲な……」

 

「師匠にカオス空間の鎮圧を丸投げされたの、忘れてませんからね?」

 

「……すんませんでした」

 

 

 割とゲスい無茶振りされたのを、夕張はまだ根に持っていたようだ。どうやら助けにはなってくれないらしい。

 彼女は例の事件のあと、現場鎮圧に小一時間ほど全力投球させられたのだ。水に流すにはハードな要求過ぎたようだ。

 

 

「艤装と妖精さんとの関係とか、建造炉と愛についてとか、色々と超重要な情報があるんですから、やっぱり後日の書類じゃマズいですよ。

これだけ日本海軍の中心人物が集まっているんですから、話しちゃったほうがいいと思います」

 

「う……そ、そう言われると……」

 

「観念してください。

いい加減私もわかってきたんですけど、師匠は多分、そういう運命の下に生まれちゃったんですよ」

 

「そんな殺生な……

……はぁ、仕方ないか……言うよ。洗いざらい吐くから……」

 

「別にそんな責め立ててるつもりはないんだけどなぁ……

あ、川内さんとしては、いろいろ大丈夫ですか?」

 

 

 佐世保第4鎮守府で、数多くの超常現象経験を積んだことで、夕張はだいぶたくましくなったようだ。

 その成長を喜んでいいのか、心の安定剤扱いできなくなったのを悲しむべきか……

 

 

「問題ないよー。公開しちゃっても。

龍ちゃん以外の誰かじゃ、どーせうまく使えない情報だしね」

 

「そっすか……ハァ……

それでは元帥、一切合切あったこと、口頭で報告しようと思うんですけど、大丈夫ですか……?」

 

「うむ。問題ない。よろしく頼む。

……演習を行っていたメンバーは、その間に汚れを落としてくるように」

 

「いえ、元帥閣下。

話を聞くに、私たちも聞いておかねばならない情報と判断します。

入渠は話を聞いてからにさせていただきたく」

 

「そうか。それでも構わない」

 

「ありがとうございます」

 

「私たちも聞いてきますぞ! ワクテカ!」

 

「これは一大スクープのにおいがしますねぇ!!」

 

「捗っちゃうネタの提供、感謝しまーす!!」

 

「よりにもよってこのメンツの前で、あのこと話さなきゃならないなんて……

うう、不幸だぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

 説明中……

 

 

・・・

 

 

 

「……ということでして」

 

「「「 ヤバい 」」」

 

 

 やらかしたことを一切合切話し終えた鯉住君。

 周りからの反応は、おおむね佐世保第4鎮守府メンバーと同様だった。

 

 

「ふむ。まさか艤装と妖精の間に、そのような関係があったとはな。

さしずめ彼女たちは、艤装の乗組員というところだろうか」

 

「提督……もっとツッコミを入れたいところ、無かったんですか?」

 

「ああ、中佐の行動のことか?

必要だとわかってもなかなかできることではないな。大した度胸だと思う。素晴らしい」

 

「そういう……まぁ、それはそうなんですが……」

 

「今回の情報を活かせるとすれば、妖精との友好関係は決して崩してはならないということだな。

普段から彼女たちの行動に対して、かなり融通を利かせるように、全鎮守府へ通達しよう。

……そういうことで、大和君。急ぎというわけではないので、手の空いた時にでも書類を作ってくれ」

 

「はい……承知しました……」

 

 

 いつも通りな面々はいつも通りなのだが、それ以外のメンバーはみんな揃ってあっけにとられてしまっている。

 さっきの極限バトルの衝撃がぶり返してきたこともあって、度重なる常識ブレイクのせいで思考回路がうまく回らなくなっちゃっている。

 

 

「それでは皆、いろいろと頭の整理があるだろう。いったんここで解散とする。

中佐と夕張君は、このまま執務室まで来てほしい。大まかに話してもらった内容の詳細と、当事者としての所感を聞きたい。

演習を行った面々は入渠ドックを開放するので、そちらで汚れを落とすように。それが終わったら執務室へ来るように。感想戦を行う。

第1艦隊と第2艦隊の面々は元の執務に戻るように。色々と質問がある者は、1時間ほどしたら執務室に来るように。

中将は自身の鎮守府へ戻り、欧州救援の準備を進めるように。何か質問があればいつでも電話を掛けてきてくれて構わない。

……何か意見がある者はいるか?」

 

 

「「「 いえ、大丈夫です…… 」」」

 

 

「うむ。それでは解散」

 

 

「「「 了解しました…… 」」」

 

 

 元帥にズバッと場を仕切られ、心ここに在らずな状態のまま、トボトボと解散する一行なのだった。

 

 

 

 




横須賀第3鎮守府・簡易メンバー紹介


第1席・鳥海改二
戦略戦が三度の飯より好き。転化体。キラークイーン。

第2席・霧島改二
イタリア留学中の比叡の妹。筋肉系知将。マッハパンチ。

第3席・香取改
ここでの教育係。大井の主導教官。防衛戦無敗。無限城壁。

第4席・Roma改
イタリアのオリーヴィア提督が本当の主人。留学生。大帝国。

第5席・大淀改
完全左脳派の筆頭秘書艦。むっつりメガネ。艦娘スパコン。

第6席・伊8改
本の虫。ドイツ艦娘にメル友が居る。将棋図書館。

第7席・巻雲改二
感覚派駆逐艦。北上の主導教官。シックスセンス。

第8席・足柄改二
現在は鯉住君の部下。もうちょっとでG7入りの実力。

第9席・漣改
一ノ瀬中佐の初期艦。最初の艦娘のひとり。歴戦の猛者。変態。

第10席・飛龍改二
制空の要。女子力低い。元気いっぱい。オープン。

第11席・蒼龍改二
制空の要その2。女子力低い。元気いっぱい。むっつり。

第12席・秋雲改
コミケ帰り艦隊旗艦。絵を描くのが生き甲斐。変態。

第13席・矢矧改
真面目枠。自由組の保護者。酒匂のおねーちゃん。

第14席・青葉改
定例将棋大会での司会担当。写真撮影が生き甲斐。変態。

第15席・衣笠改二
定例将棋大会での司会担当。青葉に振り回される役。苦労人。

第16席・朧改
筋トレ大好き。筋肉も大好き。カニも大好き。磯遊びが好き。

第17席・祥鳳改
比較的新入りの空母。飲み込みが早い。真面目。

第18席・曙改
釣りが大好き。サンマ漁大好き。好意は隠すが隠しきれない。

第19席・瑞鳳改
比較的新入りの空母。飲み込みはあまりよくない。頑張り屋。

第20席・夕雲改
コミケ帰り艦隊の精神的旗艦。圧倒的包容力。家事全般が得意。

第21席・酒匂改
難しいことは考えない感覚派。精神年齢低め。優しい。

第22席・風雲改
よく朧とランニングする。秋雲に振り回される役。苦労人。

第23席・潮改
戦闘が嫌い。三鷹少佐のとこの電ちゃんとメル友。優しい。

番外・明石改
工廠専任艦娘。むっつりピンク。鯉住君に完敗した経験あり。



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第114話

テンポの都合によりカットされたお話

佐世保第4鎮守府の初日夜の歓迎会では、かくし芸大会が開催されました。
内訳は以下の通り。


・メンテ班による殺陣実演(得物には本物を使用)

・加二倉提督による暗器実演(暗器は有名なものからマニアックなものまで20種類以上使用)

・那珂ちゃんの『AKB48メドレー』熱唱(演出、ダンス付き)

・川内の『にんじゃりばんばん』熱唱(演出、ダンス付き)

・神通の『夜桜お七』熱唱(演出、振りつけ付き)

・あきつ丸の影絵劇場(元寇の神風を再現)

・瑞穂の手品劇場(愛用の三方から色々出す)

・龍驤の式神人形劇(桃太郎を実演)

・武蔵の打岩ショー(直径1mくらいの岩を素手で球状に彫刻。所要時間3分)

・清霜と早霜のナイフ投げ(清霜が投げたナイフを目隠しした早霜がアクロバットにかわす)

・妙高の超速そろばん計算(7桁のフラッシュ暗算方式。摩擦でそろばんから煙が出た)

・鯉住君の艤装メンテショー(半修羅場モード。妖精さんアシストマシマシVer.)


どれもこれも一度見たら二度と忘れられないレベルのクオリティだったとか。
ほんとにこの人たちはどこに向かってるんでしょうね?

尚そのほかのメンバーは楽しむ側でした。


あ、実在するアーティストがこっちにもいるのかとかは、あまり気にしないでください。
全然本筋には関係ないので、フレーバーということで。




「はぁ……ようやく一息つけるねぇ」

 

「お疲れさまでした。色々とありすぎる数日でしたね……」

 

 

 鯉住君と夕張は、今現在大本営にある甘味処『間宮』で一息ついている。

 

 ……演習が終わってから元帥と大和に対して詳細な説明をしたのだが、当然というか、なんというか、それだけでは終わらなった。

 

 感想戦に見学メンバーが全員参加して、執務室がおしくらまんじゅう状態になったのだ。見学していたのは揃って実力者だったので、あの戦闘がほとんど理解できなかったことに対して、相応にショックを受けていたらしい。

 そこからは、わからなかった動きの確認や、想定されるシチュエーションにどう対応するかなどの質問ラッシュが始まり、終了するまでに3時間以上かかってしまった。

 

 自分たちここにいる意味あるのかな? なんて思いつつも、ふたりは律義に付き合っていた。話の中では参考になる部分も多々あったので、退屈ということはなかったのだが、なにぶん疲れのほうが大きかった。

 

 そしてそれよりも何よりも……

 

 

「……それで、本当におふたりとも、ウチでいいんですか?」

 

「ええ。 よろしくお願いするわね!」

 

「先輩方にこれ以上置いてかれるのは嫌なの!

とんでもなく強い天城姉もいるって聞くし、私ももっと鍛えて欲しい!」

 

「こっちとしてはいいけど……うまく説得できるかなぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 話の流れの中で、何故か大本営第1艦隊の瑞鶴と第2艦隊の葛城が、ラバウル第10基地まで研修に来ることになったのだ。

 

 

 ……いや、何故か、ではない。

 

 

 あまりにも演習勢との実力差を感じた瑞鶴が

 

「私もあなたたちと同じくらい強くなりたい!

加賀さんを越えて、私はこの国の空を護る一番の盾にならなきゃいけないの!」

 

 と、意気軒昂な様子で、川内のところで研修を受けたいと打診したところ……

 

 

 あの夜戦忍者が

 

「やる気は十分あるみたいだし、鍛えてあげたいけどさ。

ウチは今提督不在だし、ちょっと受け入れできないかなー。

……あ、そうだ。龍ちゃんのところで見てあげればいいじゃん」

 

 とかいう無茶振りをしていったのが原因だ。

 

 

 ちなみにそのタイミングで、向上心あふれる瑞鶴を見て目をキラキラさせた葛城も、一緒に立候補してきた。「私だってある意味一番の空母なんだから! 負けられないの!」とか言いつつ。

 そしてその申し出を、元帥はなんの抵抗もなく承認した。……いや、一応こちらに確認は取ってくれたが。

 

 こちらとしては断る理由などひとつもないので、受け入れざるを得なかった。

 本音を言えば、いい加減もっと穏やかに過ごしたかったのだが……。そんな私情で、目標に向かって頑張ろうとしているふたりを止めたくはなかったのだ。

 空母の教導ということで、必然的にアークロイヤルと天城のふたりが主導教官になるだろう。今からどうやってふたりを説得するか、考えておかねばならない。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そういうことで……

 空母ふたりの研修に対するヒアリングを兼ねて、4人で『間宮』に来た、というわけだ。

 

 

「それで、おふたりはどのくらい強くなりたいと考えてるんですか?」

 

「決まってるわ。あの川内と勝負できるくらいにはならないと」

 

「私も同じ。瑞鶴先輩だけじゃなくて、翔鶴先輩や加賀大先輩にも追いつきたいし、追い越していきたい」

 

「すごく立派な志ですね。素晴らしいことです。

……しかし、川内さんと同じくらいかぁ……」

 

 

 川内と同じくらいというのは、正直言ってかなり厳しい。

 あの修羅道がマイホームなクレイジーな面々と同じになるということは、毎日何度も轟沈して、そのうえで何事もなかったように日常生活を送れるようになるということだ。「死人は死を恐れない」を呼吸するように実践できる面々なのだ。

 目の前のふたりには、そういった精神性は身に着けられそうにないし、身に着けてほしくない。なんていうか、強さの方向性が違う気がする。

 

 

「正直言うと、川内さんと同じくらいというのは、いささか厳しいです。

てんか……あー……二つ名個体を艦隊メンバーと協力して討伐できるレベルでいいですか?」

 

「え……? それだけできれば全然いいけど……」

 

「あぁ、よかった。

それくらいまでなら、ウチにいる空母でももっていけると思います。

もちろん相当苦労することにはなると思いますが、沈むほどではないでしょうから」

 

「し、沈む……? そ、それって研修の話なのよね……?」

 

「? そうですが、何かおかしいですか?

二つ名個体を倒せるレベルになりたいんですよね?

だったらそんなもんじゃないかな。なぁ、夕張」

 

「そうですね。

あの人たちとまではいかなくても、それに近いレベルになりたいなら、それくらいなんじゃないでしょうか?」

 

「「 …… 」」

 

 

 なんかちょっと訳が分からないことを言い出したふたりに、先輩後輩空母は絶句してしまった。

 

 鯉住君と夕張の常識はずいぶんと良くないアップデートを受けてしまったので、研修で命の危険があるのはデフォルトという認識になってしまっている。

 当然一般的な研修が、そんな拷問めいたものであるはずがない。しかしふたりにはそれを知るすべがないので、どうしようもない。

 

 鯉住君の『普通に見られたい』という切なる願いは、瑞鶴たちには決して届かないことが、今この瞬間に確定してしまった。

 

 ……そもそもの話として『二つ名個体クラスを艦隊で撃破』以上の目標などあるのだろうか? そんな疑問をふたりは感じている。

 それ以上となると、『二つ名個体にサシで勝利できる』という、意味不明な目標くらいしかない。まぁ実際、川内にはそれができるのだが。

 

 

「よかったですね、師匠。そんなにひどい無茶振りじゃなくて」

 

「そうだねぇ。アークロイヤルと天城なら、たぶん川内さんといい勝負できるくらいだろうから。瑞鶴さんと葛城さんの望むくらいの実力なら、つけさせてあげられるでしょ」

 

「もしもあの佐世保第4鎮守府の演習みたいなこと、ウチで毎日やるってことでしたら、私……

……うっ、思い出したら、吐き気が……」

 

「あぁ、ダメだって、思い出しちゃ……

俺も最初の1,2週間はまともに食事できなかったから、気持ちはわかるよ」

 

「すいません、ししょぉ……」

 

「「 …… 」」

 

 

 涙目でうつむく夕張の背中を優しくさする鯉住君を見て、言い知れない不安が心にこみあげるふたりなのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 それから打ち合わせをしつつも甘味を楽しみながら、4人は夜の時間を過ごした。

 

 しかし4人で過ごしていたのは途中まで。閉店が近くなってきて客足がまばらになってきたところで、ウエイトレスをしていた伊良湖が会話に加わってきたので、そこからは5人になったのだ。

 

 

 

 伊良湖はなんだかんだ、まだ鯉住君のところへの異動を諦めてないらしく、しきりと給糧艦の良さを伝えてきた。

 

 

「中佐に昇進されたようですし、鎮守府の在籍人数も増えてきたそうじゃないですか!

これは本格的に給糧艦が必要になるんじゃないですか!?」

 

 とか

 

「もし私たち特製の甘味がいつでも食べられるようにしてあげれば、部下の皆さんからの中佐への心象が、すっごく良くなっちゃうだろうな~!」

 

 とか

 

「元帥がここで大和さんと話してるの聞きましたよ?

中佐の鎮守府、バックアップ体制を強化していくんですよね! それって給糧艦の出番ですよね!?」

 

 とか

 

「間宮さんはどうしても手が空かないと思いますが、私たち伊良湖なら、融通を利かせられますよ?

遠慮することなんてありません! 是非異動願いを出しちゃってください!」

 

 とか……そんな感じで給糧艦を猛プッシュしていた。

 

 

 以前に会ったときは、こんなに押しが強くなかったはず。若干勢いに押されつつも、本人にそのことを尋ねてみると、なかなか予想外な答えが返ってきた。

 

 

 

 ……なんと最近、大湊警備府とパラオ泊地にある、大寄りの中規模鎮守府で、提督の摘発があったそうなのだ。内容は賄賂と横領、軍資金着服。まぁ、よくあるといえばよくある汚職である。

 

 そのことが明るみになるきっかけが、両鎮守府に所属していた給糧艦・間宮だった。

 彼女たちは、日々の備品や食料の搬入量からちょっとした違和感を感じ、独自に帳簿を精査。非常に巧く隠してあった簿外資金をあぶりだすことに成功した。そして、部下の側からその事実を公にするのは何かと問題がある、とのことで、憲兵隊経由で大本営に報告が届けられた。

 これにより部下の艦娘からの信頼を大幅に失ってしまった両提督は、このまま指揮を執ることが難しくなり、更迭されてしまった。そんな一連の流れらしい。

 

 実をいうと憲兵隊も事実に気づいてはいたのだが、汚職内容がセーフとアウトの境目くらいだったので、摘発しようか判断に迷っている状態だった(この組織では、多少のヤンチャなら黙認される方針)。そういう意味では両提督はうまいことやっていたといえる。艦隊指揮の能力が高かったのも、見過ごされていた一因である。

 しかし艦娘側からの指摘があったとなれば、話は別。艦娘からの信頼を失うことは、妖精さんからの信頼を失うことにもつながり、提督が続けられる状態ではなくなってしまうからだ。

 

 

 それで結局、両基地の艦娘の一大異動が行われたのだが(戦闘関係でならまだしも、そういう不義理な思い出がある場所に留まりたい者は少ない)……

 人員整理により、間宮2名と伊良湖2名がフリーになった。

 

 間宮は引く手あまたなので、すでに着任予定鎮守府が決まったとのことだが、伊良湖についてはその限りではないらしい。

 1名はトラック泊地への異動が検討されているが、もう1名は宙ぶらりんの状態。一時的に大本営預かりとなるということ。

 

 

 

 完全にフリーな給糧艦がひとり。だからこその伊良湖の猛プッシュらしい。

 今現在も間宮・伊良湖の給糧艦ネットワークでは、『ラバウル第10基地への異動なるか!?』というトピックが一番人気で、書き込みも絶えない状態なのだとか。

 

 それを聞いた瑞鶴・葛城コンビは「そんなに熱望されてるんなら、許可してあげなよ」なんて言っていたが、鯉住君と夕張は首を縦にはふらなかった。

 

 

 

 なぜかと言えば、理由は簡単。足柄と秋津洲が本当に優秀で、現在の割り振りでも業務内容に相当な余裕があるからだ。

 ふたりの料理スキルは、本当に給糧艦とタメを張るレベルまで到達している。だからラバウル第10基地には、給糧艦が実質2隻在籍していると言ってよい。

 

 だからこそ、どこの鎮守府にも給糧艦が必要と考える鯉住君は、

 

「申し出は本当に嬉しいんですが……

自分のところは間に合っているので、別の鎮守府を助けてあげてください」

 

 なんて言って断ることにした。

 

 後方支援のことを常に考え、給糧艦の重要性が誰よりもわかっている鯉住君だからこそ、こういった答えが出て来たと言える。

 普通の提督なら「お、ラッキー」くらいにしか捉えず、二つ返事で異動を承認していただろう。

 

 その気持ちは伊良湖にも十分伝わったようで、ものすごく複雑な表情をしていた。

 

 自分たち給糧艦のことを、他の誰よりも大切に想ってくれている。だからこそ、招いてもらえない。あなたたちのところで働きたいのに、そう想わせてくれるからこそ、それが叶わない。そんなジレンマ。

 これでは押すに押せない。どうしていいかわからず、伊良湖は「ううぅ……」と呻き(うめき)ながら涙目になってしまっていた。

 

 足柄と秋津洲にそんなトンデモ能力があることなんて知らない空母組からは、

 

「なんでそんな頑固なの……? 泣かしちゃってかわいそうに……」

 

 みたいな視線が送られ、鯉住君は若干胃が痛くなっていたそうな。

 

 

 

・・・

 

 

 

 甘味処『間宮』での一幕が終わり、客室へ向かう道中

 

 

 

・・・

 

 

 

「はー……ドッと疲れたなぁ。

一息つけると思ったけど、予想外な展開になっちゃったし」

 

「まったく、師匠はホントに艦娘からモテるんですから……」

 

「いやー、あれは違うでしょ。

給糧艦からしたら、後方支援メインなところに配属されたいって気持ちがわくのは当然だし……

俺じゃなくても同じような考え方の人になら、同じ態度とってたと思うよ?」

 

「そうですかねぇ……? それだけじゃないと思います。

絶対あの態度、師匠のことを特別な相手だと思ってる態度でしたもん」

 

「だからそれはさ、『自分たちのことをわかってくれてるから嬉しい』ってことだと思うんだけど……」

 

「ハァ……だからそれを、モテてるっていうんですよ……

よく妖精さんから『艦娘たらし』みたいなこと言われてますよね? そういうとこですよ?」

 

「いやそんな……真面目にやろうと頑張ってるだけなんだって……

ていうかなんで、夕張がそんなこと知ってんの?」

 

「よく師匠、妖精さんにツッコミ入れてるじゃないですか」

 

「あー……盲点だった……」

 

 

(やーい! いわれてますねー!)

 

(このたらし! ぜんいんめとっちゃえ!)

 

(さっさとしょうしんして、はーれむきんぐになろう!)

 

 

「お前ら……ホントお前ら……」

 

「ほらね? どうせまた『艦娘たらし』ってからかわれてたんでしょ?

いい加減諦めて全員受け入れてください。仲間ってだけじゃなくて、ひとりの艦娘として。

それでもっと距離感縮めてください。あの時の天龍さんと龍田さんにしたみたいに」

 

「それは……ホラ、俺とキミたちって、上司と部下だし……」

 

「……私たちは艦娘だから、大丈夫なのに……」

 

 

 なにが? とは聞けない鯉住君。

 まるで察しはつかない……というか、つけたくないけれど、なんかとんでもない藪蛇になる予感がする。

 

 

「ま、まぁあれだよ。

俺も色々と考えてることはあるし、キミたちを大事に想ってるのは本当だから。

やりたいことがあるっていうなら、なんとか叶えてあげようと思ってるし」

 

「それじゃ、その……もっともっと師匠と、距離感縮めたいかな、って……」

 

 

 もじもじしながら顔を赤くしている夕張。

 着任してからほとんど毎日顔合わせしているのに、もっと言えば、艤装メンテ指導でかなりの時間一緒にいることが多いというのに、それ以上距離感を縮めたいということは……

 

 ……鯉住君。大ピンチである。

 彼の周りではお供妖精さんたちが、超絶ハイテンションではやし立てているが、それが目に入らないほどには焦っている。

 

 

「いや、その、ホラ……その、ね?

やりたいこと叶えてあげるっていうのは、ホラ……なんていうか、ええとね?」

 

「……」

 

「あー……そ、そうだ!

そういえば夕張って明日、瑞鶴さんと葛城さん連れて、街まで遊びに行くって言ってたじゃない?」

 

「……話の逸らし方、露骨すぎません?」

 

「ま、まぁまぁ! それでほら、どこに行くのかなって思ってさ!」

 

 

 実は先ほど『間宮』で歓談していたところ、空母ふたりからお誘いがあったのだ。これからしばらく一緒に暮らすので、親睦を深めるためにも、艦娘同士で打ち解けたいということ。

 

 鯉住君としても夕張としても、研修生とはいえ新たな仲間ができることを考えると、この意見には大賛成。明日は一日中、夕張はふたりと一緒に街で楽しむ流れとなったのだ。

 夕張にとっては初めての都会。やっぱり年頃の女の子なので、ウインドウショッピングなんかに憧れてたりもしたので、すごく楽しみにしている。

 

 とはいえ、夕張としては提督にもついてきてほしかった。もっと言えば提督とふたりでデートしたかったのだが……あの唐変木は「上司がいると気が休まらないだろうから、3人で行っておいで」などと供述し、別行動をとることになった。

 

 研修生としてのふたりの将来や、基地の仲間のことを考えると、自分が懸け橋になるべきだというのは事実なので、夕張はしぶしぶ納得した。横須賀をよく知る空母ふたりに、色々案内してもらうのが、楽しみだということには変わりないし。

 

 

「……ブティックや雑貨店、スイーツバイキングなんかを見て周ろうって話してました」

 

「そ、そうか! いやー、楽しそうだなぁ! 俺も行きたかったなぁ!」

 

「自分から断ったんじゃないですか。……ハァ……

……そういえば師匠は、明日何する予定なんですか?」

 

「あー……俺はまぁ、半分仕事みたいなもんだよ。半分遊びのつもりだけど」

 

「? どういうことですか?」

 

「夕張が瑞鶴さんたちと話してる時に連絡が来てさ。彼女たちのこれからとか、今までについて擦り合わせないとってことで……」

 

 

 

 

 

 

 

「明日は丸一日、大和さんとふたりで出かけることになったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「 は ? 」

 

 

 

 

 

 

 

 その時の空気が凍るほどのプレッシャーは、アークロイヤルがブチ切れた時と同じくらい恐ろしいものだったと、のちに鯉住君は語ったという。

 

 




ホント鯉住君には安息が訪れない。書いててかわいそうと思っ……いや、しゃあないなこれ。
部下のガス抜きをするのも提督の務めだからね。仕方ないね。いつか刺されないといいね。


余談

演習決戦のあとに横須賀第2鎮守府に戻った及川中将が、佐世保第4鎮守府研修組の加古に川内の話をしたところ、泡を吹いてぶっ倒れたようです。

研修の記憶という最大限のトラウマが蘇ったようですね。かわいそう。




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第115話

ゴールデンウイーク突入、明日から西伊豆旅行ということで、テンションが高まってしまいました。

ホントにごめんなさい。先に謝っときます。ホントにごめんなさい。




鯉住君修羅場モード → 修羅場に対応するためのモード

夕張修羅場モード → 修羅場を創り出すためのモード


似 た も の 師 弟




「……」

 

「……あの、夕張さん……?」

 

「誰が口を開いていいって言ったの?」

 

「スイマセン……」

 

 

 鯉住君の無神経発言により、逆鱗を鷲掴みにされてしまった夕張は、今現在激おこ状態である。

 

 その怒り心頭っぷりは、それはもうすごいもので……

 どれだけ彼女にストレスとかモヤモヤとかが溜まり溜まっていたのか、それは今の状況を見れば一目瞭然。

 

 廊下のど真ん中で正座させられている鯉住君と、仁王立ちしながら腕を組んで冷たい目で見下ろす夕張とかいう、地獄のシチュエーションが完成している。

 

 もっと言えばここは、大本営本館と、客人用宿泊棟のちょうど中間地点。

 つまり……大本営所属の面々と、用事があって大本営まで出向いてきた、あらゆるエリアの日本海軍所属者が、ひとり残らずこの光景を見物できる状態ということだ。とってもステキな状況となっている。

 

 

 

 ザワザワ……

 

 なにあれ……? ヤバくない……?

 

 え、あの人提督……? うそでしょ……?

 

 あんな怖い夕張、初めて見た……

 

 

 

 当然ギャラリーも盛りだくさんである。

 

 

「修羅場キタコレ!

他人の痴情のもつれは蜜の味ですな! グフフ!

スマホの録画アプリ起動して、っと……」

 

「やっぱり鯉住さんは最高です!

たった一日で、いくつスクープを提供してくれれば気が済むんですかぁ!? たまりませんねぇ!」

 

「ホントっすよね! 青葉さん!

あ゛~、修羅場の参考資料収集がはかどるぅ~!」

 

 

 まだ帰っていなかったらしい、第3鎮守府の3人も観戦している。例によって写真撮ったりスケッチしながら。

 鯉住君にとっては、地獄そのものである。

 

 

「師匠、なんで私が怒ってるか、わかる?」

 

「ええと……」

 

「すぐに答えられないの?」

 

「い、いや、その……

空母ふたりの現状擦り合わせが終わったら、そのまま大和さんと遊びに行くことにしたからかな、って……」

 

「……で?」

 

「え……?」

 

「なんでそれで、私が怒ってると思ってるの?」

 

「え、えーとですね……」

 

 

 怖い。本当に怖い。いつもの夕張じゃない。

 こんなに怖いのは、研修前に部下全員に処されかけた時以来だ……

 ここは言葉を慎重に選んでいかねば……!

 

 

「遊びに誘うなんてして、忙しい大和さんに迷惑かけるな、とか……」

 

「……」

 

「じ、じゃなくて! 仕事とプライベートくらいハッキリ分けろ、とか……」

 

「……」

 

「で、でもなくてですね! えーとですね……

当事者抜きで勝手に研修の話進めるな、とか……」

 

「……」

 

「あー、えー……

そ、そうだ! 夕張も大和さんと一緒に遊んでみたかったとか!?」

 

「フンッ!!!」

 

 

 ドゴォ!

 

 

「ぐはあっ!!?」

 

 

 夕張のモンキーレンチが、鯉住君のドタマに炸裂する。

 

 

「話を聞いてれば、大和さん大和さんって!!

 

そりゃ大和さんはものすごく美人で仕事もできて胸も大きくて戦闘もすごい強くてスタイルバツグンで胸が大きくて大和撫子でクールなのに可愛くて頭もすごいよくて胸がとても大きくてすごく魅力的で階級もすごい高くて身長もすごい高くて多分料理もうまくて女子力全開で胸がとんでもなく大きいわよ!!

 

だから夢中になるのはわかるけど! でも! まずは! 大和さんよりも先に! 構わなくちゃいけない相手がいるんじゃないの!? ここにぃ!!」

 

「ひえっ……」

 

「ひえっ……じゃない!!

師匠がケッコン指輪渡したのは誰なの!? 責任とってあげるって言ったのは誰なの!? いつも優しくして、慣れない仕事がうまくいくか気遣って、自分の技術を丁寧に伝えたのは、誰だと思ってるのおぉお!!?」

 

 

 ブンッ! ブンッ!

 

 

「ウオオッ! すまんかったっ!

すまんかったから揺すらないでぇえ! さっき食べた甘味が出ちゃうぅ!!」

 

「誰がしゃべっていいって言ったのおぉ!!?」

 

「スイマセンでしたぁぁ!!」

 

 

 ビジュアル的にもずいぶんと激しくなってきた修羅場に、ギャラリーの面々は思い思いの反応をしている。

 

 具体的には、夕張に共感してうんうんと頷いていたり、目をキラキラさせながら光景を脳裏に焼き付けていたり、鯉住君のあまりの察しの悪さに眉をしかめていたり、スマホの録画アプリを起動していたり、カメラのシャッターをきり続けていたり、高速でスケッチをしまくっていたり。

 鯉住君にとっては、地獄そのものである

 

 

「ハァ……ハァ……わ、悪かったよ、ホントに……

いつも一緒にいるからか安心して、夕張よりも仕事の方を優先しちゃって……」

 

「ホントそう!!

私がどれだけ師匠の事が大好きか、全然分かってないんじゃないの!?」

 

「あ、あぁ……ええと……

指輪を渡した(?)時に、その、嬉しいこと言ってくれたから、分かってるつもりなんだけど……」

 

「そんなのウソ!

もしわかってたなら、もっと私に態度で示してくれるはずよ! 今から私が、どれだけ私が師匠が好きすぎるか教えてあげるから!!」

 

「い、いや、その、こんな大勢の前で……」

 

「そんなの関係ないでしょ!? 何言ってるの!?

いい? よく聞いてよ!? 師匠のことが好きでスキでしょうがないから、最初のうちは一緒にいるだけでいつもドキドキしちゃってたけど、最近は一周まわってそれもなくなってきたんだからね!?

一緒にいるのが当たり前になりすぎて! それが幸せで! 傍にいるとドキドキするのを通り越して、近くにいないと不安になるようになっちゃったんだからね!?

一生面倒見るって言ってくれたの、ホントに嬉しかったんだから!! 私をこんなにした責任、とりなさいよぉ!!」

 

 

 

「「「    」」」

 

 

 

 大胆な告白は乙女の特権。

 夕張の熱烈すぎるというか、激甘すぎるというか、ともかくそんなカミングアウトに、鯉住君含め周囲の面々は言葉を失っている。

 あのやかましい3人組まで、口をポカンとあけながら鼻血を垂らしているほどの衝撃である。

 

 

 

 

 

 

 

 ……ハッ! い、いかん、あまりのアレな感じに、意識が飛んでた……!

 しかし夕張、なんていうかその……女の子の口からそこまで言わせてしまって、本当にゴメンよ……!

 

 

(みさげはてましたねぇ!!)

 

(はー! もう、はー! ほんとに、はー! なんだから!!)

 

(ばりぃちゃんにここまでいわせるとか……ほんまつっかえ!!)

 

 

 う、うぐ……!! 反論できない……!!

 い、いや、しかし、いくらストレスが爆発したり、俺の対応がホントにゴメンナサイだったとしても、普段温厚な夕張がここまでなるなんて、やっぱりおかしい……!! いったい何が……?

 

 

 

 

 

 ここで夕張ちゃんの、本日の甘味処『間宮』でのお食事内容紹介

 

 

・『伊良湖最中』 2個

・間宮特製『出来立て手作りどら焼き』 1個

・『間宮アイス with 純米大吟醸』 1皿

・有機栽培の『ゆず』を使った特製『ゆべし』 1皿

・カクテル『カンパリ』を使用した氷菓『グラニテ』 1皿

・新潟県産 純米にごり酒 2合

 

 

 

 

 

 ……あっ! 酒かぁ!!

 

 考えるまでもなかったわ!! これ絶対夕張酔ってるやん!! 普段お酒禁止してるからわからなかったけど、夕張ってそんな酔いやすいの!?

 

 

(ゆうばりんのよっぱらいやすさ、あまくみちゃいけませんよー?)

 

(めろんちゃんがだいじょうぶなのは、あまざけとか、ほっぴーまでです!!)

 

(すとれすと、あいじょうのせいで、おとめぜんかいになってますねー!! はいぶーすと!!)

 

 

 マジかよ!? 甘酒とかホッピーって、そもそもアルコール入ってないやん!? 夕張ってそんな極端な下戸だったの!?

 

 

 

「ちょっと師匠ぉっ!! 聞いてるのぉ!!?」

 

「うおおゴメン!!」

 

「こんなに師匠を愛してるんだし、いつもいっっっつも私のご褒美後回しにされるし、今日という今日は言うこと聞いてもらうからっ!!」

 

「……ええと、というのは……?」

 

 

 

 

 

 

 

「私を抱きなさい!!」

 

 

 

「   」

 

 

 

 

 

「今! ここでっ!!」

 

 

 

「……ハッ! 夕張何言っ……ここでぇっ!!?」

 

 

 

 

 突然の告白は乙女の特権。

 暴走酔っ払いラブマシーンと化した夕張は、とんでもないことを言い出した。

 

 この状況に冷静でいられる者など居るはずもなく、ギャラリーの皆さんは、目の前の特濃ラブコメを凝視するマネキンとなり果てている。

 何人か興奮しすぎて倒れ始めたり、鼻血勢が3倍に増員されたり、鼻息荒くハァハァと荒い呼吸をしていたり、1秒たりとも目を離せない状況である。

 

 

「ハァ……ハァ……

ヤバイ……ヤバいですぞこれ……!! いったい何が始まるんです!?」

 

「大惨事大戦だ!! ヤバいですねやはりヤバイ……!!

もうおなか一杯なのに、これ以上提供してくれるんですか!? もう無理……! 入らないのぉ……!!

お願い、キュン死しないで私! 青葉が今ここで倒れたら、鎮守府のみんなや写真集出版社との約束はどうなっちゃうんですか!? フィルムはまだ残ってる! ここから先をカメラに収めれば、お宝写真集(R18)ができるんだから!!」

 

「次回、『青葉死す』! デュエルスタンバイ!!

い、いやいやいや、これ流石にヤバいのでは!? 止めなくていいの!? 漣ぃ!?」

 

「いーんですっ!」

 

「「 グッドコミュニケーション!! 」」

 

 

 見ている側ですら、もうなんかよくわからなくなっちゃっている。

 

 

 

 

 

「ダメだって夕張! ようやくわかったけど、今の君は酔っぱらってる!!

酔いがさめたら恥ずか死しちゃうから、いったん落ち着いて!?」

 

「何言ってんの師匠!? それくらいしてくれたっていいじゃない!!」

 

「それくらいってキミ!!」

 

 

 

 

 

「師匠は……お姫様抱っこもできないの!!?」

 

 

 

 

 

「……お、おひめさまだっこ……?」

 

「誰が見てようと、私は師匠を愛してるんだから関係ない!!

師匠だってそうでしょ!? だったらお姫様抱っこくらいしてよ!!」

 

 

 そっちかぁ……と一瞬安心するも、結局すごいことするのには変わらない。

 そんなこと考えている余裕、今の彼にはないが。

 

 

「わ、わかった夕張! する! するから!!」

 

「じゃあ早く! いっつもそう言って、私のこと後回しにするんだからっ!!」

 

「よ、よし、わかったから!

……今からお姫様抱っこするからじっとしててくれ!」

 

「ん!!」

 

 

 

 ヒョイッ

 

 

 夕張の背中と太もも後ろに手を添え、軽々と夕張を持ち上げる鯉住君。

 

 

 

 うわぁ…… うわぁ……!!

 

 お、お姫様抱っこ……!! 初めて見た……!!

 

 私だって、私だって提督と……!!

 

 ハァ……ハァ……しゅごい……しゅごい……!!

 

 (目を皿のようにして凝視)

 

 

 

 乙女の中では、恋する相手がお姫様抱っこしてくれるというのは、すごく特別なことのようだ。

 

 金剛仁王像のようだった表情から一転、これ以上ないくらい幸せそうな表情となった夕張。鯉住君の首に腕を回し、そのたくましい胸板に頭をあずけ、どんどんその表情は、だらしなく蕩けていく。

 それを見たギャラリーの興奮は、本日最高値を更新。ストップ高を知らない熱狂は、危険な領域へ突入する……!!

 

 

 

「あっ……えへへ……!! 師匠……好き、愛してるぅ……」

 

「お、俺もだぞ、夕張」

 

「えへへへへ……」

 

 

 

「メシウマ! メシウマ! キタコレ! キタコレェ!!」

 

「あーダメダメダメ!! えっちすぎます!! ダメですこれダメェ!!」

 

「あっ、あっ、もう無理……しゅき……尊い……尊い……」

 

 

 変態3人衆は語彙を無くしている。

 

 

 

「夕張……その、なんだ……本当にゴメンな、今まで」

 

「いいんです……わかってくれれば……えへへ……」

 

「これからはもっとキミのことを大事にするよ。後回しになんかしないように」

 

「師匠……」

 

 

 鯉住君に抱き着くチカラをギュッと強めたかと思うと、夕張は……

 

 

「……」

 

「……夕張?」

 

「……すー……すー……」

 

 

 どうやら想い人に大切なことを伝えることができ、それを受け取ってもらえたことで、一気に安心してしまったようだ。

 もともと疲れが溜まっていたところ、酔いも相まって、夕張は眠りに落ちてしまった。

 

 

「……ハァ。俺も覚悟を決めないとな……」

 

 

(おっ? おっ?)

 

(ついに!? ついに!?)

 

(はぁ はぁ はなぢが……!!)

 

 

「頭の整理しないといけないとだから、少し先になるけどな」

 

 

((( んもうっ!! )))

 

 

 ハイテンションになっているお供妖精さんたちに背を向け、ギャラリーへと向き直る鯉住君。

 その多くが萌え死、キュン死して、死屍累々となっている面々に、鯉住君は夕張を抱いたまま声をかける。

 

 

「皆さん、こんな夜遅くにお見苦しいものをお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

私のことはどのように話してもらっても構いませんが、夕張の名誉のために、彼女については隠して下さると嬉しいです。……それでは、失礼します」

 

 

 そう言って、その体勢のままペコリと一礼。

 ザッと踵を返して、堂々とした姿勢で自分たちの客室のほうまで歩いて行ってしまった。

 

 修羅場に見せかけた痴話ゲンカ劇場は、そんな終わり方を迎えた。

 その場に取り残された面々は、しばらくの間しゃべることも動くこともできなかったという。

 

 

 

「夕張……明日はなんだかんだ言っても仕事だから付き合えないけど、明後日は空いてる。一緒にデートしよう。今度こそ」

 

「……すー……すー……えへへぇ……」

 




師匠がやったんだから、弟子ができない道理もないよね!(愛を叫ぶ)

夕張のサービス回はすぐそこぉ!大和さんゴメン!




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第116話

前書きはちょっとした心の機微の話です。若干真面目なので読まなくてもいいです。



 彼が一番大事にしている『相手、特に艦娘への献身』。これが一方向でなく双方向になったとき、全ては変わります。
 一方的な自己犠牲や、思い込みによる保護などは、自分勝手な自己満足でしかありません。ですが、相手も同じように、こちらに尽くしてくれ、さらにそれを受け入れることができた時……

 ……その時初めて、その行いは、真実の、何物にも勝る絆となります。

 足柄さんが前に言っていた与えることと受けとることの話や、彼女たちを籠の鳥扱いしたことで機嫌を損ねてしまったことについては、その辺が原因です。彼と艦娘たちは、似た者同士だからこそ、その行いが許せなかったんでしょうね。

 身勝手な押し付けが、賢者の贈り物に変わるのは、その時です。彼はそれに気づくことができるのでしょうか?





 あれから鯉住君は夕張を彼女の部屋のベッドに移し、「明後日デートしましょう」といった内容の書置きを残し、自身も自室で床に就いた。

 

 夕張のことは考えなければいけないが……提督として、任された空母ふたりに対する責任は果たさなければならない。明日はそのあたりを大和としっかり詰めることになっているのだ。

 こんな浮ついた気分を引きずっていて、心ここにあらずで話し合いをしていいはずもない。

 

 そういうことで、できるだけ気持ちを切り替えられるように、普段は飲まない野菜ジュースを一杯飲んでから寝ることにした。糖分が入ればぐっすり寝られるだろうという考えだ。

 

 実際その通りで、風呂でさっぱりした後ベッドに入り込むと、疲れがドッと出たのもあって、1分もすれば夢の中へと入りこんでしまった。

 

 明日はしっかりと仕事しよう……

 

 

 

・・・

 

 

 

翌日の朝、ロビーにて

 

 

 

・・・

 

 

 

「えーと……」

 

「さ、行きましょうか! 龍太さん!」

 

「その、なんて言いますか……随分とラフな格好ですね」

 

「うふふ! 普段着ることがないので、こういう機会でもないと押し入れから出さないんですよ!

どうですか? 似合ってますか?」

 

「え、ええ。すごく似合っています。とてもお奇麗ですよ」

 

「ホントですか!? うふふ、ありがとうございます!」

 

 

 本日は大和との研修内容相談ということで、半分お仕事のようなもの。なので鯉住君は割としっかりした服装でやってきた。具体的には白のワイシャツにグレーのジャケット、黒のチノパンと革靴といったいでたち。大本営の貸衣装屋で調達してきたものだ。

 

 しかし大和は彼のように仕事着という風ではなく、完全に私服である。ニット調で大き目サイズなブラウンの上着に、ひざ下あたりまでのタイトなライトグレーのチノパン、そしてホワイトのスニーカー。桜の花が彩られたシュシュがオシャレ感をアップさせている。

 

 ……どうもこれでは、ミスマッチ感が半端ない。ということで、鯉住君はジャケットを脱いでいくことにした。少しでもお堅い感じを無くさないと、周りから変なものを見る目で見られてしまう。

 

 

「そ、それじゃ出かけましょうか。

確か日本海軍御用達の、情報漏えい防止に努めてくれるお店があるんでしたよね?」

 

「はい! あそこでしたら、漏れてはいけない話でもすることができます!

こうやってお友達と街までお出かけするのって、私、憧れてたんですよ!」

 

「そ、そうなんですね……

俺も大和さんに楽しんでもらえるよう、頑張ります」

 

「もう! そんなに気を遣っていただかなくても大丈夫ですってば!」

 

 

 ウッキウキの大和を見て、なんだか肩透かしな気分になる鯉住君。

 今から行くのはVIP御用達のお店。それはもう格式高い感じなのだろう。そう思ったからこそ、彼はできるだけしっかりしてるように見える範囲で、カジュアルな服装をしてきたのだ。

 ……それだというのに、大和のこのテンションに、完全に私服といってよいファッション。なんだか違和感を感じつつも、彼女の先導で、店まで歩いていくことにした。

 

 

 

・・・

 

 

移動中

 

 

・・・

 

 

 

「ここです! 到着しました!」

 

「うそぉ……」

 

 

 大本営から徒歩15分。ちょっとした世間話をしながら歩いてきたのだが、見えてきた建物に、鯉住君はあっけにとられてしまった。

 

 

「こ、ここが、本当に、VIP御用達のお店なんですか……?

どう見ても海辺のおしゃれなカフェにしか見えませんが」

 

「ハイ! あえてオシャレなつくりにして目立たなくすることで、マスコミの目を逃れるのが目的だそうです!

それじゃ、入りましょうか!」

 

「あ、ちょ、手を引っ張らないでください!!」

 

 

 テンションアゲアゲな大和に引っ張られながら入店。大和が海軍証を見せると、店員さんは心得たもので、特別席まで案内してくれた。

 特別席は2階の海が見える席で、一面の東京湾が望める、すごく良いロケーションだった。盗聴対策として結構厚いガラスが張られていたので、海岸に打ち寄せる波の音などは聞こえなかったが。

 

 

「さ、それではまずは注文をしてしまいましょう!

龍太さんは何か食べたいもの、ありますか?」

 

「えーと、そうですね。では軽くサンドイッチのセットと紅茶でも頼みましょうか」

 

「あ、それよさそうですね! 私も同じものを頼もうっと!」

 

「わかりました。それでは店員さんに注文とってもらいましょう」

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんな感じで大分ラフに話を始めたのだが、ふたりの気の抜けた様子とは裏腹に、会話内容は一般の提督からすると耳を疑うものばかりだった。

 

 なにせその内容というのは……

 

 

 

・研修生空母ふたりに転化体のことを話してよいか

 

・主導教官となるふたりは英国海軍を壊滅させた当事者だと話しても大丈夫か

 

・欧州の二つ名個体と(たぶん)サシで戦うつもりである佐世保第4鎮守府の面々の、プロフィール紹介(主に戦闘力)をしてもよいか

 

・研修生ふたりの艤装を勝手にカスタマイズしちゃってもよいか

 

 

 

 などなど……秘匿情報のオンパレードで、普通の人からすれば正気を疑われるような内容ばかりだったのだ。

 いい加減ふたりともそういうのに慣れちゃったので、世間話をするような感覚で談笑している。

 

 

 

「……それでは、こちらが気を遣って何か隠す必要は、基本的にはない、と」

 

「はい。瑞鶴は誰よりも向上心と使命感にあふれている子ですし、葛城も瑞鶴を追いかけているだけあり、彼女に倣って柔軟に物事を受け止められる子です。

どれだけ想定外な事態が起こっても、対処できるだけの強さがありますから」

 

「そうですか。ふたりを随分信頼しているんですね」

 

「それはもう。瑞鶴本人も言っていましたが、いずれ彼女は加賀をも越え、大本営の顔となる実力を持っていると考えています。だからこそ、できる限り、思いつく限りのことをして、彼女たちを鍛え上げてやってください」

 

「大和さんにそこまで信頼されているとは……

……わかりました。かなり肉体的にも精神的にも厳しいことになると思いますが、ウチのふたりにも手を抜かずに相手するように伝えますね」

 

「それで大丈夫。ふたりのこと、よろしくお願いしますね」

 

「はい。こちらこそ、誠心誠意向き合わせていただきます」

 

 

 

 これで一旦話に区切りがついた。

 

 本当にあの自由人な転化体ふたりにやりたい放題やらせてしまっていいのか、という懸念もあるが、そこはなんとか自分が舵取りするように努めれば、なんとかなるだろう。

 こんな極東にまでその名を響かせる二つ名個体と戦うんだから、ある程度のリスクは負ってもらわなければならない。実戦で命を落とすよりは、ずっとマシだ。

 

 

 ……鯉住君がそんなことを考えていると、大和のほうから話を振ってきた。

 

 

「では、龍太さん。今日しておくべきお仕事も終わったところで……私のほうから少しお話が」

 

「大和さんから? あぁ、今日のこれからの予定についてですか?

大和さんの行きたいところに、お付き合いさせていただきますよ?」

 

「いえ、それもそうですが、その前に」

 

「?」

 

「……昨日の晩にあったことについて」

 

「あっ(察し)」

 

 

 

 ヤバい……! すっかり忘れてた……わけじゃないけど、大和さんとの話に集中してて、意識から抜けてた!

 そもそも大本営のあんだけ人通りが多いところでやらかしといて、大和さんの耳に入ってないわけがなかった!

 

 なんかもう色々と俺のプライドとか尊厳とかが粉砕されて、思い出すだけで変な笑いが出ちゃうけど……それ以上に大本営でそんな騒ぎ起こして、叱られないはずがなかったんだ!

 

 

 

 昨日の惨劇を思い出しつつ、あえてこの防音空間でその話題を出してきた理由を察しつつ、鯉住君はプルプル震えている。

 

 ……しかし大和の口からは、彼が思っていたことと、少し違った内容が飛び出してきた。

 

 

 

「甘味処の間宮さんから話は聞きましたよ?

伊良湖の着任を断ったとか」

 

「あっ……そっちかぁ」

 

「? 何か言いました?」

 

「い、いいえ! 何でもないです!

……ええと、確かに伊良湖さんの申し出はお断りしましたけど、それがどうかしましたか?」

 

「その理由がちょっと気になったんですけど、龍太さんの鎮守府って、現在15名所属でしたよね?」

 

「ええ。俺含めればそうなってます」

 

「ここに瑞鶴と葛城が加われば、17名。

そうなるともう、中規模鎮守府と言っても問題ない人数となります。

それくらいになると、持ち回り制の給食係制度ではなかなか厳しくなってくるので、給糧艦が居たほうがいいと思うのですが……

本当になんとかなってるんですか? ほかの鎮守府に気を遣って、無理しちゃったりしてません?」

 

 

 大和の指摘は尤もで、給糧艦がいないとなれば、普通は日替わり調理担当制度をとるもの。本職でない艦娘が10名を越えるメンバーのご飯を作るというのは、なかなかに難題といえるだろう。大食漢である大型艦が所属しているとなれば、なおさらである。

 

 しかしそれは一般的な話。マスクデータといってもよい足柄と秋津洲の料理スキルがあれば、10人でも20人でも、その程度の人数分の炊き出しなら、お茶の子さいさいなのだ。

 

 

「あぁ、大丈夫です。足柄さんと秋津洲の料理の腕は、本当にすごいですから」

 

「いやいや、いくら何でも17名ですよ?

しかも正規空母が4隻。私もよく食べるのでわかりますけど、とんでもない量になっちゃうんじゃないですか?」

 

「あー……普通だったらそうなんですが、なんて言おうかな……

……あ、そうだ。以前ウチに元帥と第1艦隊の皆さんを連れていらっしゃったときのこと、覚えていますか?」

 

「ええ」

 

「あの時こちらで、バイキング形式の料理をお出しさせていただきましたよね?」

 

「そうでしたね。どの料理もすごくおいしかったです」

 

「実はあれ、主に足柄さんが作ったんですよ」

 

「……え?」

 

「全部うちの部下がこしらえたものです」

 

「い、いやいや……え? 本当ですか……?」

 

「はい」

 

「てっきりそちら所属の足柄は、会場の用意と料理の外注を担当していたのだと……」

 

 

 大和はてっきり、あの料理は地元の弁当屋とか仕出し屋とかに注文をしたものだと思っていた。そうだとしても、急な話であそこまで豪華な食事を用意できるとは……と感心していた。

 

 しかし実際は完全に自給自足で作ったものだったということ。これには大和もびっくり。

 あんなハイクオリティで大量の料理、給糧艦でもなければ用意するなんてできない。まさか一般所属の艦娘2名で、あれだけのものを用意したとは……

 

 

「まぁ、そういうことで、ウチの台所事情はかなりの余裕があるということです。日々の給糧について……報告書にそういう記載箇所がないので、表ざたにはならないと思いますが、他の鎮守府では料理に関して困っているところも多いんじゃないでしょうか?

優秀な給糧艦の皆さんには、そういった場所で活躍していただきたいと思っていまして」

 

「そ、そうだったんですね……やっぱり龍太さんのところは色々とおかしいわ……」

 

「そ、そうなんでしょうか……?」

 

 

 イレギュラーの塊のような鎮守府と化しているラバウル第10基地なのだが、トップである鯉住君には、その実感がないようだ。

 本人としては無難に仕事をし、降りかかるトラブルを捌いていっただけなので、ピンとこないのは仕方ない面もある。対処の方針としては普通だったが、トラブル自体が意味不明なものばかりだった、というだけの話だ。

 

 

「龍太さんの言うことはその通りなんだけど……個人的には伊良湖のお願いを聞いてやってほしかったな、って思います。

今朝がた間宮に連れられて、半泣きの伊良湖が直談判に来たんだけど……見ていてかわいそうになっちゃったので……」

 

「そ、そんなことが……」

 

「龍太さんは功績に対して褒賞がおざなりになってるんだから、給糧艦の赴任くらいだったら、問題なく承認するのに……」

 

「ダメですよ、『給糧艦の赴任くらい』なんて言っちゃ。

おいしいご飯は一番大きなモチベーションのひとつですし、艦隊の実力を支える土台になるところです。足柄さんと秋津洲の料理を食べている俺が言うんだから、間違いないですよ。

給糧艦の皆さんは、俺からしたら、主力艦隊メンバーと同じくらい重要な方々なんです」

 

「……ハァ」

 

「え!? な、なんでそんな「やれやれ」みたいな顔してるんですか!?」

 

「なんでもないです。

普段主張しない間宮や伊良湖が、あそこまで無理を通そうとした理由がよく分かっただけです」

 

「???」

 

 

 

 鯉住君は知らないことだが、日本海軍という組織において、給糧艦の立ち位置はとっても低い。わかりやすく言うと、一般企業における掃除のおばさんみたいな扱いだ。

 

 給糧艦は戦闘に出られないし、料理自体は人間でもできる。つまり、給糧艦の替えは人間で効く。それが給糧艦の地位がすごく低い理由である。実際に給糧艦未着任の鎮守府では、人間の料理人が活躍しているところは多い。

 

 

 しかしながら、事の本質はそういうことではない。

 実は給糧艦の真価は、料理がうまいことではないのだ。

 

 彼女たちの真の能力は、艦隊メンバーのコンディションを料理でコントロールできるところと、それを可能にする視野の広さ、そして本人でも気づかない不調を見抜く細やかさ。

 それは目に見えづらい要素なので、目を向けようと思わない限り『人間で代替できる、優秀な料理人』の域を出ないのだ。

 

 大和のような実力も立場もある者でさえも、そのことは何となくでしか理解できていない。給糧艦は働きに対して、正しく評価されていないのでは? というくらいの認識しかない。

 コンディショニングは本当に重要なことなのだが、数値に出せない項目なので、どうしても組織として重要視ができない一面がある。

 

 

 ……そういう実情があるので、給糧艦の2隻はすごく寂しいのだ。するべき仕事はしっかりしているものの、本当に気を遣っていることが評価されることは稀なのだ。

 

 鯉住君の書籍に書いてあった内容は、その真の働きについてクリティカルヒットするものだった。「給糧は艦隊の要」とまで書いてあった。そんなこと書かれて喜ぶなというほうが無理というものだ。

 

 

 

 大和もなんとなくではあるが、給糧艦たちの訴えと、鯉住君の給糧艦に対する評価の高さを受けて、そこまで彼女たちが彼に執着する理由がしっくりきたようだ。あとは間宮と伊良湖の態度から察した女のカン。

 

 

「ホントに龍太さんは……指輪を贈った相手がいるというのに……ハァ……」

 

「え!? な、なんで急に指輪の話が!?」

 

「なんでもないです。ええ、なんでもないですとも」

 

「そ、そうですか……?

ま、まぁ、そういうことで、給糧艦の異動先は別の鎮守府にしてあげてください」

 

「わかりました……ですが、一応言っておかなければいけないことがあります」

 

「? なんですか?」

 

「給糧艦・間宮の諜報能力はとんでもなく高いです」

 

「……? それがいったいどうしたんでしょうか……?」

 

「そして、彼女たちは独自のネットワークを持っており、もっと言えば、龍太さんのところへの着任をまだあきらめていません」

 

「ええと……?」

 

「つまり、隙あらば、どんな手を使っても、異動を具申してくる可能性が高いということです」

 

「……はぁ」

 

「わかってませんね? 間宮たちが本気になったら、誰も彼女たちを止められないですからね?」

 

「い、いやいや、そんな大げさな……」

 

「変なところ(女性関係)で龍太さんは楽観的なんだから……

ともかく、できたら給糧艦の受け入れ態勢を作っておいてください。

いつその時が来るかわかりませんので」

 

「は、はぁ……」

 

 

 ピンと来てない鯉住君に、ため息をつく大和。なんでこの人は、自分に対する好意をまっすぐ受け止めようとしないんだろうか……? なんて思っている。

 

 実は彼は昨日の『夕張愛を叫ぶ事件』を受けて、ケッコン艦に対しては真摯に向き合うことを決めたため、ちょっと状況は変わっていたりする。それでも給糧艦や大和に対する態度は据え置きなので、大和がそれを感じることはないだろうが。

 

 

「ま、まぁその辺は、その時になったらなんとかしますよ。

最悪……というか、万が一、もしもの事態になっても、もうひとりメンバーが増えるくらいなら問題ありませんし、」

 

「ハァ……よろしくお願いしますね? 私、言いましたからね?」

 

「そんな念入りに釘を刺さなくても……」

 

 

 

・・・

 

 

 なんだか予想外な話が展開されてしまったが、今度こそ無事にお仕事の話を終えることができた。時間は早いが、ある程度お腹も膨れたので、鯉住君は店を出ようと提案することにした。

 

 

「さて、それじゃ話も済んだところで、街のほうまで出かけましょうか。

あまり長居してもお店に悪いですしね」

 

「そうですね。そろそろ店を出ましょう」

 

「では、お会計を……」

 

 

 ガタッと席を立つ鯉住君。だが……

 

 

「……と、言いたいところですが。

席を立っていただいたところ悪いのですが、もう一度座りなおしてください。龍太さん」

 

「え? 何を言って……」

 

「いいから。座りなおしてください。

昨日の晩の出来事……もうひとつありますよね?」

 

「アッ」

 

 

 

 大和はニコニコしているが、目が笑っていない。なんか大和の後ろに毘沙門天が見えるほど、すごいオーラが出ている。

 

 まったく逆らう気も起きず、鯉住君はおとなしく着席する。

 

 

 

「あの……」

 

「私が言いたいこと、わかるわよね?」

 

「アッハイ……」

 

「大丈夫。ここは防音環境がしっかりしていますから」

 

「いったい何が大丈夫なんでしょうか……?」

 

「しっかり答えてもらいますよ?

何故あんな公衆の面前で破廉恥な真似をしたのか。目撃者から聞いた話がどこまで真実なのか。そして……夕張さんとその後どうしたのか」

 

「ひえっ……」

 

「さぁ、しっかり答えてくださいね……? ウソをついても、わかるんですからね……?」

 

「ハイ……ワカリマシタ……」

 

 

 このあとメチャクチャ尋問された。

 大和はどうにも友人が公序良俗に著しく反する行いをしたことが許せなかったらしく、笑っているのに笑っていない状態で、鯉住君に問い質し続けていた。

 

 なんとかあれ以上は大本営という場にふさわしくない行動をしてないと信じてもらえたのだが、その必死の説得により、彼の精神はゴリゴリ削られていったそうな。

 

 

 




 夕張は目を覚ました後、昨日の大失態のあまりの恥ずかしさと、彼からの書置きを読んだ嬉しさが抑えきれなかったことで、小一時間ベッドの中で悶絶したようです。そのあとは予定通り空母ふたりと楽しんできました。買い物したり、おいしいもの食べたり。

 提督からの手紙それ自体は公開しませんでしたが、デートすることになったというのは伝えたようで、それを聞いた空母ふたりは、随分とテンションが上がっていたとか。
 そのおかげでふたりの力添えを得ることができ、コーディネートを兼ねてデート用の服の買い物に付き合ってもらったそうです。

 今までぞんざいに扱われることも多かった夕張なので、応援してくれる友達ができてよかったですね。





以下、読まなくてもいいやつです。たぶん読んでて恥ずかしいので。










 鯉住君が残した書置きの中身



 夕張へ


 昨日はキミに恥をかかせてしまって、済まなかった。疲れや酔いがあったとはいえ、あんなになるまで追い詰めてしまって。

 確かにキミが言うとおり、俺もキミが隣にいるのが当たり前になりすぎて、いつしか雑な扱いをするようになってしまっていたと思う。
 思い返してみないとそんなことにも気づかない辺り、自分のことながら、全くなっていないと痛感したよ。
 
 こんな女心が分からない俺だってのに、キミは嬉しいことに、愛してると言ってくれた。いや、もっと前から言ってくれてはいたのに、俺は無意識に気づかないようにしていたんだろうね。

 俺は今まで艦娘、ましてや部下であるキミと、そういった関係になることはご法度だと決めていた。それは身分が違うんじゃないかって。立場が違うんじゃないかって。俺ひとりの欲で、大きなもののために命を張るキミたちを、縛ることになるんじゃないかって。

 でも……キミは俺にまっすぐな気持ちを向けてくれた。しっかり、言葉に出して。
 その気持ちに俺は、応えなきゃいけないと思った。いや、応えたいと思うようになった。

 ……だから、もうやめにしようと思う。自分のこだわりでキミたちとの距離を置くことは。思い込みや常識で、キミたちのことを曇った目で見ることは。
 すごく待たせてしまったけど、これからはキミたちと、本当の意味で真摯に向き合っていくつもりだ。

 今までが今までだけに、すぐには変われないかもしれないし、考えることも多いと思う。接し方の変化に戸惑うこともあると思う。
 だけど、必ず、キミたちの想いは受け取っていく。約束する。

 こんな俺だけど、改めてよろしく頼む。
 だから、お互いに体が空いている明後日、デートして欲しい。

 ……いや、俺とデートしてください。キミが許してくれるのなら。
 
 もしオーケーだってことなら、明後日の朝、俺の部屋の扉をノックしてほしい。キミの心がどうかはわからないけど、俺は待っているよ。

 それでは。空母ふたりとの外出、存分に楽しんできてね。


 鯉住龍太
 


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第117話

ゴールデンウイーク明けで疲れてる人も多いかと思いますので、これ読んで力でも抜いてもらえればと思います。
力抜ける内容になってるよね……大丈夫かな……?




 結局あれから鯉住君は、午前中いっぱいこってりと絞られてしまった。時間にして1時間。研修の打ち合わせにかかった時間と同じくらいだった。

 

 幸い大和は切り替えが早いほうらしく、聞きたいこと聞いて言いたいこと言ったら、機嫌が良くなったようだ。店を出てきた現在、これからお楽しみの街歩きとあって、彼女は笑顔に戻っている。

 対照的に、鯉住君はそんなに切り替えがうまくないので、遠い目でげっそりしている。結構な割合で自業自得なので、仕方ない気もするが。

 

 

「さ! それじゃやるべきこともやっちゃいましたし、これからはフリーですね! どこに行きましょうか? ウフフ!」

 

「そ、そうですね……

大和さんは行きたいところってあります?」

 

「うーん……なかなかひとりで遊ぶことはないですし、街に出ることもすごく少ないんですよ。

だから行きたいところって言われても、すぐに思いつかないですね」

 

「そうですか。……それじゃ、俺が気になってるところ行ってもいいです?」

 

「ええ。構いませんよ!

ちなみにどこに行こうと思ってるんです?」

 

「大和さんの嗜好に合うか、少し不安ですが……

ちょうど今、映画館でネイチャー系のドキュメンタリー作品を放送してるみたいなんですよ。

深海棲艦が現れる前に撮られた海の生き物の映像が、たくさん流れるやつです」

 

「へぇ。そんな映画があるんですねぇ」

 

「昔からそういうネイチャー系の映像を見て育ったので、動物とか魚が好きになっちゃいまして。

今は昔と違って、一般人が海に出ることができないので、そういった映像は本当に貴重なんですよね。だから10年も前の映像なのに、今も映画館で放映されてるんだとか」

 

「私たちは毎日海に出てますけど、そういった自然の素晴らしさを感じられることは少ないですからね」

 

「まぁ、目的が目的ですもんね。いつもありがとうございます。

……そういうことで、大迫力の映像と音響で見てみたいなぁ、なんて思ってたんですよ。

クジラがジャンプする姿とか、海の中をペンギンが飛ぶように泳ぐ映像とか、深海の変わった姿の生き物も見れますよ」

 

「すごい! 面白そうですね!

それじゃ今日は一緒に映画を見ましょうか!」

 

「よかった。付き合っていただいて、ありがとうございます。

せっかく都会の横須賀に行くんだし、どこかで行きたいな、とは思ってたんですよ」

 

 

 自然な流れで、男女ふたりで映画を見に行くことにした、鯉住君と大和。誰がどう見てもデートにしか見えないが、本人たちはあんまりそのつもりがないようだ。やっぱりこのふたり、結構なぽんこつ気質である。

 

 ニコニコ笑顔で楽しそうなふたりは、やっぱりカップルにしか見えなかったようで……映画館へ徒歩で向かっている最中に、結構な頻度で周りからチラチラ見られていた。

 

 長身ですっごい美人な女子と、そこまでイケメンというわけではないけど、そこそこ高身長、引き締まったカラダの、笑顔でいい表情してるサワヤカ系男子である。なかなかしっくりくる組み合わせ。男性からも女性からも、うらやましいものを見る目で見られていたとか。

 

 しかし、やっぱりというか、そのことにもふたりは気づいていなかった模様。

 あくまで上司と部下という前提があるから、そういう関係という認識で固まっちゃってるのだ。ふたりしてクソ真面目でアタマかっちかちなのである。

 

 

 

・・・

 

 

映画鑑賞後

 

 

・・・

 

 

 

「うーん、よかった!

やっぱり映画館で観ると、迫力が違うなー!」

 

「そうですね! すごく楽しかったです!

特にあのペンギンのヒナがよちよち歩いてるの! かわいくってかわいくって!!」

 

「ホントですよね! あ、ショップでペンギンのぬいぐるみ売ってますよ! 買ってきましょう!」

 

「あ、カワイイ! 買いましょう買いましょう!」

 

 

 鯉住君と大和は、ふたりしてテンションアゲアゲになっちゃっている。

 映像と音響が美しかったのもそうだが、映画館という特別な空間にワクワクして舞い上がっちゃっている模様。普段遊び慣れてないせいで、こういった些細なことでも楽しめるようだ。

 

 

「いやー、すごく楽しかったですけど、まだ時間ありますね。

映画館の隣にカフェがあったので、そこでゆっくりしていきます? それとも他に行ってみたいところできました?」

 

「いえ、それで大丈夫です! それじゃカフェで映画の感想の言い合いっこしましょう!

あ、そうだ! パンフレットも買っていかないと!」

 

「そうですね! それ大事です! いやー、楽しいなぁ!」

 

 

 自然ドキュメンタリー映画を観たという割には、なんかテンションが高すぎる気がしないでもない。よっぽど娯楽に飢えているのか、それとも、お互い相性が良すぎて、些細なことでも楽しんじゃえるのか。

 

 事の真相はわからないが、とにかくふたりはカフェに入り、パンフレットを開きながら楽しそうに話し始めた。ニッコニコである。

 

 

 

 そんな感じでふたりで時間を過ごしていると、そこに声をかける者が。

 

 

 

「……あのー……」

 

「……ん? ええと、どうかしま……あれ!?」

 

「あ、やっぱりそうだ。久しぶりねー、龍ちゃん」

 

「おー……まさかこんなところでバッタリ会うなんて……

久しぶりだね、かじちゃん」

 

 

 鯉住君と大和の隣の席に座っていたのは、これまたふたり連れの大学生といった雰囲気の女性たちだった。

 女学生がふたりで来ているだけなら、オシャレなカフェなので珍しくないのだが……なんと偶然にも、鯉住君がよく知る相手だったのだ。

 

 

 彼女の名前は『寺戸果実菜(てらとかじな)』。

 鯉住君が小さい時によく面倒見ていた妹分。その姉のほうである。

 

 そしてもうひとりは……

 

 

「お久しぶりです。龍さん」

 

「ええと……南ちゃん、で、合ってるかな?」

 

「はい。最後にお会いしたのは、高校生の時でしたでしょうか」

 

「あー、そうそう。懐かしいねぇ」

 

 

 彼女は果実菜の昔からの友達である、『岸畑南(きしはたみなみ)』。今は同じ大学に通っており、学年も一緒である。

 鯉住君としても、妹分の果実菜と一緒によく遊んでいたので覚えている。果実菜のいわゆる幼馴染というやつだ。

 とはいえそれもずいぶん昔の話なので、パッと見ただけではそうだとわからなかったのだが。

 

 

「龍太さん、こちらのおふたりはどちら様ですか? 知合いですか?」

 

「あぁ、実はかくかくしかじかで……」

 

「まるまるうまうま、と。そうだったんですか。……すごい偶然ですね」

 

「まったくその通りで……」

 

 

 まさかほとんどない外出のタイミングで、昔からの知り合いに遭遇するとは……なんて驚く鯉住君である。

 

 確かに彼女たちが通う大学は横浜にあるうえ、横須賀は横浜と並ぶ神奈川県の2大都市であり、物理的に距離も近い。近辺の住人は休日になれば、そのどちらかまで遊びに出かけることは多い。

 こうして偶然顔合わせしたのも、おかしくはないと言えばおかしくはないのかもしれない。

 

 

「あ、もしかして龍ちゃん、デート中だった? ゴメンね」

 

「ちち、違いますよ!? デートだなんてそんな!!」

 

「こら、大人をからかっちゃダメでしょ。

こちらは大和さん。俺の上司で、日本海軍内でもすごく重要な位置にいる方だよ。

今日はお仕事で一緒に来て、それが終わったから少し休憩してるだけなの」

 

「……ふーん。そうなの?

ねぇ、南はどう思う? なんとか言ってやってよ」

 

 

 あきれながら鯉住君にジト目を向ける果実菜。彼が昔っから女性への接し方がなっていないのは知っているので、今更ツッコミを入れたりはしないようだ。

 大和は顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振りながら否定しているが、どう見てもそれは照れ隠しである。 

 

 

「大和……」

 

「南? どしたの?」

 

「……もしかしてですけど、大和というのは苗字ではなく……

貴女は戦艦『大和』の艦娘では?」

 

「え? え、えぇ。そうですけど……」

 

「ああ、やっぱり。一度写真でお見かけしたので、そうじゃないかなと思ったんです。

……いつもおじいさまがお世話になっております」

 

「そうだったんですね。……ん? おじいさま?」

 

「はい。おじいさまの秘書艦をされていると、お聞きしていますので」

 

「え? え?」

 

 

 いきなり予想外の接し方をされて、大和はとっても困惑している。そしてそれは鯉住君にしても同じことで……

 

 

「ちょ、ちょっと南ちゃん!? それどういうこと!?

それってもしかして……!!」

 

「はい。龍さんには言ってなかったですよね。私の祖父は伊郷鮟鱇といいます。

私が小さいころは禅宗の住職をしていたのですが、現在は日本海軍の元帥をしています」

 

「あらまぁ。提督のお孫さんだったんですね……

こちらこそ提督には本当にお世話になっています。部下の私から見てですが、素晴らしい御方ですよ!」

 

「そう言ってもらえると、孫として鼻が高いです」

 

「   」

 

 

 大和は彼女が自身の提督の身内だとわかり、彼女に対してフレンドリーな姿勢になったのだが……鯉住君にしては色々と想定外。それどころではない。あまりの衝撃的カミングアウトに、言葉が出てこないでいる。

 

 原因は当然、元帥が彼に対して残していった爆弾である、見合い結婚の話のせい。

 まさか元帥の言う見合い相手が、昔からよく知る、妹分のお友達とかいうポジションだったとは……

 

 ……鯉住君はなんとか意識を回復させ、状況確認をすることにした。

 

 

「ちょ、ちょっと待って! 南ちゃんの苗字って『岸畑』だったよね!?

伊郷元帥のお孫さんってそれ、おかしくない!?」

 

「おかしくありませんよ。私、外孫ですから。

おじいさまと血の繋がりがあるのは、お父様でなくお母様のほうです」

 

「い、いやいや!

いくらなんでも外孫に見合いの話持ってくなんて、おかしいでしょ!?」

 

「普通はそうでしょうけど、ウチは外とか中とかあまり気にしない家系なので」

 

「マジかい……」

 

 

 南ちゃん、まさかの外孫。あの元帥の一族はみんな我が道を行くタイプらしい。

 まだ大学生の外孫に、勝手に7,8歳離れた見合い相手を紹介するとかいう所業。普通だったら地雷行為ド真ん中なのだが、彼女たちの中では別に問題にはならないようだ。

 

 

「ていうか南ちゃん、その話知ってたのね……

てっきり俺は、まだ元帥がひとりで考えている段階かと……」

 

「はい。知ってました。ちなみに私だけじゃなくて、みんな知ってますよ?

お父様もお母様も、かなり乗り気になっていました」

 

「ウソやん……」

 

「あ、当然ですが、龍さんのお父様お母様もご存知ですので」

 

「なんで!? それこそおかしいでしょ!!?」

 

 

 話の中にまさかの人物が出てきて、ついつい強めにツッコミを入れてしまう鯉住君。

 

 

「母親ネットワークを舐めてはいけません」

 

「あー、そういう……!

なんでそういうこと知ってて、ひとつも連絡よこさないの!? あの人たち!!」

 

「私のお母様が聞いたところでは『息子はフリー素材だから、好きにしてやってね』ということらしいです」

 

「なんで俺をパブリックドメイン扱いしてんだ! あの人たちはぁ!!」

 

 

 彼の両親はふたりともかなりの自由人なのである。

 父(写真家)はコンビニ行く感覚で海外旅行に勝手に行くし、母(大学教授)はまだ幼かった彼を授業の教材にしたりしていた。

 それでも愛情は注がれて育ったので、だからこそ鯉住君はこんなにしっかりした性格になったのだが。

 

 ……そんな感じで、予期せぬ人物の登場ラッシュにより、大いに精神を乱されている鯉住君。しかし、精神が乱されているのは当然彼だけではない。

 

 

「ちょ、ちょっと龍ちゃん!? 見合いってどういうこと!?

南と龍ちゃんが見合いするってこと!? ウソでしょ!?」

 

「へぇー、龍太さん、結局お見合いすることにしたんですねぇ。

しかも提督のお孫さんと……こんなに年が離れているのに……へぇー……

指輪を渡した部下の皆さんがいっぱいいるのに……へぇー……」

 

「お、落ち着いて!! ここカフェだから!! 周りから白い目で見られちゃうから!!」

 

「むぐっ……!! 龍ちゃんの言うとおり、ボリュームは抑えるけど……

しっかり説明してよね! なんでそんな大事なこと、私と寧音に黙ってたの!?」

 

「そうですね。ええ。

そんな大事なことをお友達の私にもずっと黙っていたんですもんね、これはどういうつもりか聞いておかないとですよね?」

 

「ふたりとも、目が据わってる……!!」

 

「龍さんも大変ですね」

 

「キミ当事者でしょ!? 落ち着きすぎじゃない!?

言われてみると確かに元帥そっくりだね!? 物事に動じないところとか!!」

 

「「 いいから説明!! 」」

 

「ハイ!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 なんか昨日の夜と今日の午前中も似たようなことしたなぁ……なんて思いつつ、言葉に気を付けつつも、元帥とした話を説明していく鯉住君。

 

 自分が少将まで昇進しないと参加できない作戦があること(最重要機密なので詳細は伏せた)。そのためには権威による裏付けが必要なこと。だから一番手っ取り早い方法が、実力者と繋がれる見合いだったこと。そして何故か元帥は自分の孫をプッシュしてきたこと。

 

 大和も見合いの話が出たのは知っているが、彼女が知っているのは『鯉住君がケッコン艦との付き合いに悩んでいるので、元帥が見合いを薦めた』というところまで。一応木曾から政略結婚めいた話があったことは聞いていたが、すでにここまで具体的に話が進んでいるとは思っていなかった。

 

 妹分の果実菜については、完全に寝耳に水。なにせ自分が兄のように慕っている人物が、いきなり親友と見合いすることになったという一大事である。普段落ち着いた性格の彼女でも、かなり動揺してしまっている。

 

 

「あーもう……! 提督はホントにそういうところあるんだから!」

 

「そんなよくわかんない話になってるんだったら、少しくらい教えてくれたってよかったのに……」

 

「いやだって、まさか南ちゃんだとは思わなかったし……

それにまだこの話は全然進んでないはずだったし、見合いする可能性があるだけで、そもそも本当にそういうことになるのか決まってないからさ……」

 

「そういうの女の子は知りたいものなの!

たまにだけどメッセのやりとりするんだから、そのくらい教えてよ!」

 

「いやいや……かじちゃんはそう言うけど、自分の中で消化できてない話をするのはちょっと……」

 

「相談してくれてもよかったじゃないですか……お友達なんですし」

 

「いやいやそんなことは……」

 

 

 この話したら絶対大和さん機嫌悪くなりますよね? という言葉を喉元で呑み込んだ鯉住君。少しは成長しているようだ。

 

 

「でもあれだよ……これはこれで逆によかったのかも……

見合い(予定)相手が南ちゃんだってわかったんだし、見方を変えれば、少し安心できるかなって。

だっていくらなんでも妹分の友達で、しかもかなり年が離れてる子と見合いなんて、普通はありえないからね。

元帥だってそのこと知らずに話に出したんだと思うし、その辺しっかり伝えれば、この話もなかったことになるだろうし」

 

「でも龍ちゃん、昇進しなきゃいけないんでしょ?

その辺解決してないのに、お見合い立ち消えになるもんなの?」

 

 

 本当は彼女以外にも、隣に座る大和と先輩である一ノ瀬中佐との話も出ているので、彼女との見合い話が立ち消えたところで、政略結婚の話自体が立ち消えるわけではない。

 しかしここでそんな話だしたら、120%ややこしいことになるので、それについては伏せておくことにした。

 

 

「まぁ、なんていうか、昇進できるかってところが問題だからさ。逆に考えれば、昇進さえしてしまえば見合いしなくて済むってことだからね。

俺の部下はみんな頼りになるし、できないことじゃないと思ってるよ。あとは俺の腕次第かな」

 

「あぁ、部下って、龍ちゃんが片っ端からオとしたっていう……」

 

「だから違うんだって……メッセでも言ったけど、艦娘に対してのケッコン指輪ってのは、人間同士の結婚指輪とは違うんだって……」

 

「艦娘だって、すっごく強いだけで、中身は普通の女の子なんでしょ?

だったら龍ちゃんが言うようには思ってないと思うし、そういう相手からじゃなきゃ、指輪なんて受け取らないよ、普通。

そのあたりどうなんですか? 大和さん」

 

「果実菜さんの言うとおりですね。

龍太さんはもっと私たちの心を考えるべきです」

 

「ですよね! 大和さんもそう思いますよね!」

 

「はい。昨日もそのせいで、ひと悶着ありましたからねぇ……」

 

「うぐっ……!」

 

 

 どうやらこの場に鯉住君の味方はいないようだ。初対面なはずのふたりは、何故か息ピッタリである。ふたりして彼に向ける目には「ホントにこの男は……」というニュアンスが含まれている。

 

 

「ハァ……また龍ちゃん、女性問題で何かやらかしたんですね?

そんなだからご両親に男子校に進学させられたっていうのに、まだ治ってなかったなんて……」

 

「ちょっと待ってそれ初耳なんだけど!?」

 

「そうなんですよ……龍太さんってば、昔っからそうだったんですね……

……あ、そうだ、果実菜さんって言いましたよね? 突然ですけど、よかったら私と連絡先を交換していただけませんか?」

 

「え!? むしろこちらこそいいんですか!?」

 

「はい! ふだんから缶詰め状態で生活しているので、こうやって普通に話せるお友達ができないんです。だから私とお友達になってくれたら嬉しいなって!」

 

「すごい! 艦娘さんとお友達になれるなんて!

ほら、南も一緒に連絡先交換しようよ!」

 

「私はいいけど……大和さんは大丈夫でしょうか?」

 

「もちろんです! ふたりとも、よろしくお願いしますね!」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 なんだか彼を鎹(かすがい)にして、すっかり意気投合した3人は、端末を取り出して連絡先交換を始めた。完全に鯉住君のプライベートが流出することが、今この瞬間に決定してしまった。

 

 

「あぁ……もう……好きにしてください……」

 

「あ、そうだ、龍さん。ひとつお伝えしておくことが」

 

「ハァ……どしたの? 南ちゃん」

 

 

 

 

 

「別に私、龍さんと結婚しても構いませんので」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「おじいさまから、龍さんが部下の皆さんに指輪を贈ったことは聞いていますが、別に気にしませんので」

 

 

 

 

 

「いや、あの……南ちゃん……?? ……ンンン???」

 

「別に私としては、一夫多妻制でも問題ありませんので。昔の大名などは側室を持つのが当然だったのですし」

 

「ダイミョウ……? いや、いや……んん???」

 

 

 なんかさらっとすごい発言されたせいで、状況が呑み込めない鯉住君。当然ながらそんな話題、ふたりが黙っているはずもない。

 

 

「ちょ、ちょっと南!? あなた正気なの!?

龍ちゃんは女性とみれば誰彼構わず口説いていく、それでいて本人は全然そういうことしてるって気づいてないような、天然プレイボーイなのよ!?

大体私のお父さんのせいなんだけど!!」

 

「かじちゃんヒドくない?」

 

「知ってるから大丈夫よ。でもそれは別に下心からじゃないでしょ?

果実菜のお父様の『大事なことは、相手が喜ぶことならしっかり伝えなさい』って教えを大事にしてるだけよね?」

 

「そ、それはそうだけど」

 

「だったら龍さんが部下の皆さんから好かれてるのは、関係が良いって証拠でしょ? 別に批判的に見ることはないじゃない」

 

「私が言いたいのは、そういうことじゃなくてねぇ!」

 

「ねぇ、龍太さん……なんだか南さん、提督と同じ空気が出てますよね……」

 

「そっすね……」

 

 

 果実菜があたふたしているせいで、怒るタイミングを逃してしまった大和は、鯉住君と一緒にげんなりしている。

 自身もよく知る伊郷元帥とそっくりなメンタルの強さ。彼女には何があっても勝てないんだろうなぁ……なんてことを考えている。

 

 そんな感じで呆けていると、南の口から新たな爆弾が。

 

 

「それに別に私との結婚の話がなくなったところで、まだ候補はいるんだから、同じだと思うけど」

 

「こ、候補……?」

 

「ええ。そちらの大和さんと、龍さんの先輩で横須賀第3鎮守府提督の一ノ瀬さん」

 

 

「「「 !!? 」」」

 

 

 南の口から落とされた爆弾は、この場のメンツにはメガトン級の代物だった。

 

 あえて黙っていた事実が暴露されたせいで、これから起こるであろうどったんばったん大騒ぎを想像して、頭を抱える鯉住君。

 まさか自分も見合い候補に入っていたという、青天の霹靂もびっくりな事実に考えがまとまらない大和。

 その美貌と将棋の腕から、横浜や横須賀では知らない者など居ないレベルの有名人である一ノ瀬中佐が、兄貴分の先輩であり、なおかつ嫁候補だという事実に衝撃を受ける果実菜。

 

 三者三様とはいえ、事実を受け止め切れていないのは共通である。

 

 

「だから龍さんは、私と結婚しなくても、誰かとは結婚するんだと思うの。

実際に日本海軍の実情なんて知らないから、どうなるかはわからないけどね。

……まぁ、龍さんが私を選んでくれるなら、喜んで応えようとは思って……あら、どうしたんですか、皆さん。そんなに固まってしまって」

 

 

「「「 あ、あはは…… 」」」

 

 

 

 結局そのあと3人とも考えがまとまらず、何かあったら個々で連絡とりましょうということで、解散となった。

 

 鯉住君としては、夕張に対してケジメつけようとしていたところに、この展開だったので、その日の夜は何とも言えない気分で過ごさざるを得なかった。

 

 妖精さんたちから散々煽られたりからかわれたりしながら、無理やり眠りについたのだとか。

 

 




モテモテでうらやましいなあ!!(自分もなりたいとは言ってない)

なんだかんだ自分で大量にまいた種が実をつけているだけなので、仕方ない気もしますけどね。
こんなことがあった翌日に、夕張とどう接するんでしょうね?



登場人物(再)紹介


・寺戸 果実菜(てらと かじな)

鯉住君の親戚であり、妹分。寧音の姉。
現在大学2年生。実家の影響もあり、神学を専攻している。
実家は神道の神社であり、儀礼や行事の際には巫女服を着てお手伝いしている。
それを見るためだけに近隣の大学生が集まるくらいには美人。

艦娘で例えると朝潮がそれくらいの年齢になった感じ。



・岸畑 南(きしはた みなみ)

伊郷元帥の外孫であり、鯉住君の見合い候補。
果実菜と同じ、総合宗教文化大学に通っている。果実菜は神学専攻だが、南は佛教専攻。
おじいちゃんっ子なこともあり、元帥の影響を色濃く受けている。嗜好も精神性も。

艦娘で例えると岸波がそれくらいの年齢になった感じ。


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第118話

リアイベと連動させていくスタイル。

今回の夕張ちゃんの服装は、瑞パラパネルの例の私服です。
前書きでこんなこと書くのは、ファッションの知識不足が深刻で、服装の細かいところをうまく描写できなかったからです。切ない。





 ウロウロ……

 

 

 大本営別館である、客人のための宿泊棟。その廊下で朝一番からウロウロしている影がひとつ。

 

 

「うぅ……緊張するよぉ……」

 

 

 自身の提督の部屋の前で動物園の熊のようになっている彼女は、本日デートを控えている夕張である。

 

 一昨日に提督から口に出すのも恥ずかしいガチ書置きを受け取り、昨日は研修受け入れ予定の瑞鶴と葛城のアドバイスを受けながら、勝負服を準備した。当然彼女が今身に着けているのは、その勝負服である。

 

 普段から天龍や龍田を見て「目の毒だから、あまり首から下を見ないようにしてる」なんて言ってる提督である。あまり派手な服装にすると、気を遣わせてしまってデートどころではなくなるかもしれない。

 

 そういうことで、随分と落ち着いた服装にすることとした。とはいえ、彼女としても、好きな人との初めてのデートである。落ち着いてはいるが、うまくまとまった服装で揃えてきた。

 

 

 

 いつもの活動的なポニーテールから一転、おしとやかな感じを出すために髪を下ろし、シックな雰囲気漂うマリンキャップを頭に。

 それでいてフレッシュ感を損なわないために、白のワイシャツと長袖ベストという、学生風味なトップスをチョイス。いつも胸元に着けているリボンと同じオレンジ色のストールも身に着け、暗くなりすぎないようにひと工夫。

 そしてゆったりとしたガウチョパンツにブラウンのショートブーツ。パンツはいつも頭に身に着けているリボンと同じライトグリーン。ガウチョパンツは足首が見えるので、下半身をスタイル良く見せることができる。

 カラーリングはいつもと同じで、ストールのオレンジとパンツのライトグリーンが映える。制服艤装は選り好みできないが、この緑と橙の配色は彼女のお気に入りなのだ。

 

 

 

 一言で説明するなら、女の子同士で大きな街に出かけるときの気合が入ったコーデ、とでも言えばよいだろうか。男ウケはいまいちだけど、友達や周りから「すごいオシャレ」と言われるような感じである。

 

 ちなみにこの衣装選びでは、葛城が大活躍した。彼女はそういうことに結構な興味があるようで、まったく街歩きに慣れていない夕張は、かなり助けてもらったとか。

 「瑞鶴先輩の分も一緒に選びましょうか!? いや、選ばせてください!!」なんて言ってハイテンションになっていたのが印象的。瑞鶴からはやんわりと断られていたが。

 

 

 

 ……そういうことで、準備ばっちりな夕張なのだが、はじめの一歩を踏み出す勇気を出せずにいる。

 

 

「な、なんて言って入ればいいかな……

無難に『おはようございます! 今日はよろしくお願いします!』って感じでいいかな……

それともちょっと挑戦的に『失礼します! 今日は師匠のデートプラン、楽しみにしてるんですからね!』なんて楽し気にすればいいかな……

いやいや、でも……うーん……」

 

 

 いつもだったら何の躊躇もなくノックして入っていくのだが、緊張が高まっている彼女には、そんな余裕は微塵も残されていない。

 

 そんな感じで、答えの出ないセルフ押し問答をしながら右往左往していると、扉の奥から何か聞こえてきた。

 

 

 

(……どゆこと!? なんで!?)

 

 

 

「!!?」

 

 

 朝イチだというのに、結構な声量。付き合いの長い夕張には、彼が周囲の迷惑を顧みずにそう言う声を出すのはどういう時なのか、そのことはよくわかっている。

 

 つまり、周りの状況を考える余裕すらないほどの異常事態に見舞われたということ。普通の提督だったらそんな出来事には早々遭遇しないが、自身の提督については色々と例外である。

 

 

 コンコンコンッ!

 

 

「ど、どうしたんですか師匠!?」

 

(あ、ああ、夕張か)

 

「何かあったんですか!?」

 

(だ、大丈夫だ。とりあえず入っておいで)

 

「ハ、ハイ」

 

 

 ガチャっとドアを開け、入室する夕張。少しでも緊急性を感じたら、私情を置いといて行動できるのはよいことである。

 

 ちなみに鯉住君は寝間着ということはなく、すでに出かけるための服装をしていた。

 彼の服装は割とラフなもので、白黒ツートンのワイシャツにブラウンのチノパン、革のサンダルと、かなりのシンプルスタイル。以前に大本営に来た際に古鷹と買い物したのだが、その時と似たような服装である。

 

 

「それで……いったい何ががあったんですか?

朝から師匠がそんなに大きな声を出すなんて。しかも他のお客さんもいる宿泊棟で」

 

「いやその、俺としてもそんな迷惑なことしたくなかったんだけど、ついつい……

……ほら、これ見て。見ればなんでかわかるから」

 

 

 そう言って鯉住君が差し出したのは、自身の端末だった。

 端末は起動しており、その画面にはチャットアプリのものと思われるログが映し出されている。

 

 

「ええと……えっ!?」

 

 

 

 

 

 ログの中身

 

 

叢雲:ちょっとアンタ、起きてる?

 

鯉住:起きてるよ。どうしたの? 何か問題でも起こった?

 

叢雲:問題ではないわ。報告があるの

 

鯉住:緊急性はないみたいだね。なにかな?

 

叢雲:全海域の解放が完了したわ

 

 

 

 

 

「……!?」

 

「……ビックリするよね、これ……」

 

「……え、ちょ……!?

私たちが川内さんたちと佐世保に出発してから、1週間くらいしか経ってないですよね!?

その時点では未解放海域が、まだ8エリアくらい残ってませんでした!?」

 

「そう……ホントそれなんだよ……

なんで経過日数より解放エリアのほうが多いとかいう、面白いことになってるんだ……?」

 

 

 

 本来の海域解放なんていうものは、1エリアにつき1週間以上、難易度が高い場合は1か月以上も準備に時間を要するものである。

 

 準備が必要というのは、バグってる実力をもつ部下が多い鯉住君の鎮守府でもそう変わらないことで……書類整備があったり、近海哨戒や護衛任務も平行して進めなくちゃいけなかったり、天候が絡んだりで、最短でも1エリア解放には2、3日は必要であるはずだ。

 

 だというのに、デイリーでエリア解放とかいう謎の現象がホームで起こったらしい。いったいぜんたい、何がどうして、そんなことになったのだろうか?

 

 

「と、とにかく叢雲さんに事実確認しないと……

メッセじゃ大変ですし、電話かけちゃいましょう」

 

「そ、そうだな」

 

 

 慌ててスマホをとる鯉住君だったが、そのタイミングでメッセが届いた。

 

 

 

……ピロリンッ

 

 

 

 

 

叢雲:なにアンタ黙ってんの? もう電話かけるから

 

 

 

 

 

「あっ」

 

「なんかこっちの会話が聞かれてるみたいなタイミングですね……」

 

 

 タイミングばっちりな叢雲からの連絡に面食らっていると、彼女の宣言通り、すぐにプルプルと電話がかかってきた。それに出る鯉住君。

 

 

「……もしもし」

 

(ちょっとアンタ、何呆けてんの?

おおかた予想外の報告でビックリしてたとか、そんなところでしょうけど)

 

「あ、ああ。そりゃビックリするって、そんな予想外な連絡来たら……」

 

(予想外とか、アンタが言っていいセリフじゃないわ)

 

「な、なんか叢雲、怒ってない?」

 

(知らない)

 

 

 これ絶対怒ってる……

 夕張同様、彼女との付き合いも相応に長い鯉住君には、声のトーンや話し方からそのことが伝わってきたのだが……何故そんな状態になっているか、見当もつかない。

 

 

「ええと……いったいなんで、そんなことになっちゃってるのかな……?

いや、みんなが頑張って仕事してくれたこと自体は、嬉しいには違いないんだけど……」

 

 

 

 

 

(アンタ、今のまま昇進しなかった場合……見合いすることになってるんですってね)

 

 

 

「ん゛ん゛っ゛!?」

 

 

 

 

 

 死角からの強烈なストレートパンチが鯉住君にクリティカルヒット。

 昨日大和や妹分たちに話したことだが、見合い話については未確定も未確定だ。大和たちだけではなく、鎮守府の他のメンバーにも、この話はしていなかった。

 

 

「ちょっと師匠!! 見合いってどういうこと!?」

 

 

 当然夕張も見合いのことは知らない。

 

 

「ちょ、ちょっとまってふたりとも!!」

 

(夕張……?

……なんでアンタこんな朝っぱらから、夕張と一緒にいるの?)

 

「い、いやそれは、その……」

 

「私というものがありながら、なんで黙ってお見合いなんてしようとしてるの!?」

 

「ちょ、そういうワケじゃ……!!」

 

(『私というものがありながら』?

……ふーん。アンタついに、夕張に手を出したんだ……)

 

「ち、違うんだよ! 誤解だって!」

 

「何が誤解よ! あの時師匠が抱いてくれた感触、よく覚えてるんだからね!?」

 

「ちょ!! 夕張、何言って……!! 抱っこしただけでしょ!?

今から洗いざらい説明するから、少し黙ってて!」

 

( …… )

 

「叢雲は怖いから黙らないで!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 ……そこから鯉住君は、ふたりが放つ壮絶なプレッシャーの中、事情を説明した。

 

 出世するように元帥から言われており、その手段のひとつとしてお見合いが挙げられていたこと。そしてお見合いすることは、別にまだ確定してはいないこと。

 

 そして夕張が暴走したときのこと。それを受けて、部下のケッコン艦との向き合い方を変えようと考えていること。その第一歩として、好意を明確に向けてくれた夕張とデートすることにしたこと。

 

 なんか昨日から何度も同じ事話してるな……なんて思う鯉住君。不本意ながら説明に慣れちゃったのもあり、なんとかうまく説明を終えることに成功。

 提督の必死な様子と、自分たちに向き合うことにしてくれたという嬉しさから、叢雲と夕張は、なんとか平静を取り戻すことができたようだ。

 

 

(ハァ……アンタは本当に……)

 

「黙ってたのはさ、まだ見合いするって決まったわけじゃないからであって……」

 

「それは分かりましたよ。でも……それでもやっぱり教えてほしかったです」

 

「う……それは、その、ゴメン」

 

(私もそこに怒ってるのよ。そういう大事な話があるんなら、なんで筆頭秘書艦の私に相談しないワケ?

アンタひとりで突っ走るつもりでも、実際に海域に出向くのは私達なのよ?

アンタの「さっさと出世しないと」なんていう勝手な都合で、ワケもわからず出撃頻度上げられたんじゃ、たまったもんじゃないわ)

 

「いやホント、返す言葉もないです……」

 

 

 叢雲が語るガチな正論に、しょんぼりする鯉住君。

 確かに彼女が言う通り、自分が見合いしたくないから出撃の頻度を高くするなんて、すごく身勝手なことだった。やるなら事情をすべて説明してから、そういう動きをするべきだったのだ。

 

 とはいえ、その辺に配慮して、艦隊メンバーに無理がない範囲で海域解放を進めていたのも事実。

 雨の日では濡れて大変だから、とかいう理由で、晴れの日にしか出撃しないという超絶ホワイト環境であるので、そこについては叢雲の言うような懸念点はない。

 ついでに言うと鯉住君自身が「お見合いを断りたいので、皆さんのチカラを貸してください」なんていう、爆弾を投げ入れたくなかったというのもある。

 

 

 

 ……叢雲はなんだかんだ言ってるが、この問題は結局「私たちにそういう大事なこと話さないのは許せない」というところに落ち着くのだ。

 

 

 

 艦娘は嫉妬や執心、憎悪などのよくない感情を、ほとんど抱かない特性を持つ。

 だから彼女たちだって、提督がお見合いすることを自分で決めたというのなら、文句を言うくらいはするだろうが、受け入れることはできるのだ。

 

 しかし、だからと言って「好きな人が自分を無視して勝手に色々決めるのは許せない」という……そういった気持ちは少なからずある。

 そういう感情を持ちづらい艦娘からそこまで想われる時点で大したものなのだが、彼としてはそんなこと考えてる余裕などない。

 

 

「と、とにかく、そういうことなんだ。

これからはキミたちひとりひとりに、しっかりと向き合ってくようにするから……面談とかも考えているし」

 

「なんていうか……ホントなんていうかですよね……」

 

(なんでアンタはそうなのよ……)

 

 

 ふたりとも嬉しさと不満がまじりあった複雑な心境である。うまく言葉にできない感情のようだ。

 

 

「ええと、ちなみに……他のみんなも、お見合いについて知ってたりするの?」

 

(知ってるわよ。全員。

みんなそれで、アンタに勝手させたくないって一致団結したおかげで、ここまで早く海域解放できたのよ)

 

「うわぁ……帰りたくない……」

 

(諦めなさい。夕張とデートしてくるのは許可してあげるから、それが終わったらさっさと帰ってくるのよ)

 

「わかりました……」

 

 

 なんだかすでに尻に敷かれているようだが……帰ってから告白大会とも言えるムーブをしなくてはいけないことが確定し、げんなりする鯉住君。

 

 ……しかしまだこの話題は終わっていなかった。

 

 

「あ、そういえば叢雲さん。師匠のお見合い話って、どこから聞いたんですか?」

 

「そ、そうだ。俺が知ってる限りだと、元帥と木曾さん、それに同席してた足柄さんしか、この話を知らなかったはずだ。

叢雲はどこからその情報、仕入れたんだい?」

 

 

(白蓮大将よ)

 

 

「あのオッサン! 何してくれてんの!?」

 

(アンタたちが佐世保に拉致されたって報告するために、ひとまずラバウル第1鎮守府まで電話したのよ。緊急の案件だったから。

そしたら高雄さんが出撃中とかで、大将が受け答えしてくれてね。その時に教えてくれたわ……大爆笑しながらね……)

 

「ホントにあの人は……!

ていうか、なんで大将がそのこと知ってたの!?」

 

(昇進が絡むから、元帥直々に聞かされてたみたいね。

ちなみにその時に『功績は十分溜まってるから、海域解放が全部済んだら大佐に昇進だからな』って言ってたわ。言質とってあるから。アンタ実質もう大佐だから)

 

「マジすか!?」

 

(マジよ。昇進に必要な書類はもう揃えたし、大本営にも電文打っといたから。

今アンタがどこにいるか知らないけど、アンタからも元帥に一報入れときなさい)

 

「アッハイ」

 

(それじゃ。さっさと帰ってくるのよ)

 

 

 

 ピッ

 

 

 

「 …… 」

 

「あの、師匠……昇進、おめでとう、ございます……?」

 

「ええと……ありがとう、ございます……?」

 

 

 なんか気づいたら大佐になってたらしい。

 

 なんとしても昇進させてやるという部下のみんなのやる気と、そのやる気の源である見合い話の件、それについてたぶん全員から問い質されるというイベントの決定に、頭を抱える鯉住君である。

 

 

 

・・・

 

 

 

「ハァ……朝一でなんちゅうハードパンチ……」

 

「なんかあれですよね。師匠といると毎日がお祭り騒ぎですよね」

 

「そんなことない……ないよね?」

 

「自信もって否定できない時点で、相当自覚あると思うんですよね」

 

「まぁ、それは……そう……まぁ、そうねぇ……」

 

 

 机に肘をついた右手で頭を支え、「あちゃー……」と言いたげな姿勢をとる鯉住君。今更感がある話題だが、本人からしたら、それに慣れるなんてたまったもんじゃないのである。

 

 

「ふぅ……とにかく。気持ちを切り替えていこう。

せっかく夕張が俺のことを許してくれたみたいだし」

 

「ん? 許す?」

 

「ずっとおざなりにしてきたっていうのに、こっちのお誘いに応えてくれたから」

 

「……あっ!!」

 

 

 予想外のハプニングのせいで、すっかり頭から抜けていた。そういえば今日は提督とデートするために部屋までやってきたんだった。

 

 

「そそそそうでした……! あぁ、もぅ~っ!!」

 

「はは。そんなに恥ずかしがらなくても。

……ありがとな、本当に。俺が本当の意味でキミたちと向き合うためのキッカケになってくれて」

 

「そ、そんなこと! あれは、その、酔っぱらっちゃってて、気が大きくなっちゃってて……!」

 

「それでも本心だったでしょ? そのくらいはわかるよ。

それに、そんなに気合を入れておめかししてきてくれたんだ。キミの気持ちがこもってるのが伝わってくるし、男としては最高に嬉しいってもんだよ」

 

「そ、そうです? よかった、嫌われてなくて……!!

あの、ちなみに、今日の服……似合ってますか? 雰囲気変えてみたんですけど……」

 

「うん。似合ってるっていうかもう、眩しいレベル。

もともと夕張はカワイイ系だと思ってたからちょっと意外だったけど、落ち着いたファッションもよく似合ってるよ。すごく美人だ。

そんなにファッションに詳しいわけじゃないから、偉そうに言える立場じゃないけどね」

 

「わぁ……! すごく嬉しいです! ありがとうございますっ!!」

 

「ホント俺みたいなアラサーお兄さんが、キミみたいな美少女とお付き合いさせてもらうのなんて、申し訳ないくらいで……っと、そんな話してたらキリがないね。

それじゃ出発しよう。夕張は行きたいところあるかな?

ないなら俺のほうで行先決めちゃうけど」

 

「えへへ……美少女……」

 

「ゆ、夕張?」

 

「……ハッ!! だ、大丈夫です! 師匠にお任せします!」

 

 

 ナチュラルな口説き文句の応酬に、意識が飛びかける夕張。

 彼が本気を出す(お付き合いしてると意識する)と、普段の数倍の誉め言葉が飛んでくる模様。しかも全部本心だから、会話の中にしれっと紛れ込ませてくる。破壊力抜群である。

 

 

「そ、そうかい? それじゃ……遊園地に行かないか?

ここからすぐ近くに『瑞雲パラダイス』っていう日本海軍とコラボしてる複合レジャーランドがあるらしくて。

何故か遊園地が日本海軍と提携してるだけあって、艦娘の慰安旅行先にも結構選ばれてるみたいでね。ここなら艦娘に理解ある対応してくれるはずだから」

 

「初めてのデートで、遊園地……!

ステキです! そこでいいです! そこがいいです!」

 

「あはは、気に入ってくれたようで一安心だよ。デートなんて俺も初めてだから、少し不安だったんだ。

……それと夕張、ひとつお願いしたいことがあるんだけど」

 

「え? なんですか? 師匠」

 

「今日は……というか、ずっとかな。俺とキミは恋人同士だから。

ふたりでいるときは、もっと気を楽にしてくれないか?」

 

「こ、恋人……ずっと恋人……うぇへへ……」

 

「だからさ、いつもの礼儀正しい口調じゃなくて、もっと砕けた話し方をしてほしいんだよ。

それに恋人なのに『師匠』じゃおかしいからね。名前で呼んでくれないか?」

 

 

 真顔でとんでもないこと言いだした提督に、再度意識が飛びかける夕張。

 さっきから彼の言葉が全部クリティカルヒットしていて、轟沈一歩手前だが、なんとか踏みとどまっている。

 

 

「な、名前で……!?

そ、それじゃ……あの……龍太、さん……」

 

「うん。ありがとうね。

あと敬語も使わなくていいよ。普段は上司と部下だからそうはいかないけど、ふたりきりの時は、ね」

 

「は、はひ、わかりました……じゃなくて、わかったわ……」

 

「ん。オッケー。それじゃ今日は目いっぱい楽しもうか。

今まで後回しにしちゃってた分までね」

 

 

 そう言ってニコッと笑顔を作る提督を見て「今日は私、幸せすぎて死ぬんじゃないかな?」なんて考えが頭によぎる、夕張なのであった。

 

 




デート開始まで到達しない不具合……


ちなみにお留守番メンバーの心のうちはこんな感じ

叢雲・アイツが私抜きで勝手にそんな重要な決定するなんて……冗談じゃないわ!

古鷹・秘書艦に相談もなくあの人は……!

北上・みんな張り切ってるね~! 乗るしかねぇ! このビッグウェーブに!

大井・なんだか無性に深海棲艦を殲滅したい気分です……!

秋津洲・なんで秋津洲にそういうこと教えてくれないの!? もう怒ったかも!

足柄・鳥海は失敗しちゃったみたいだし、みんなにもバレちゃったし、どうしようかしら?

初春・鯉住殿と釣り合いがとれるのはわらわだけじゃ! 見合いなんぞでふさわしい相手が見つかるはずもないのじゃ! 阻止するしかないのう!

子曰・みんなもっと鯉住さんの応援してあげてもいいのに……

明石・盛り上がって参りました!!

アーク・Admiralのミアイ……その辺の人間ごときに、私達の高尚な思考(魚)が分かるはずもない。どう破談させてくれようか……

天城・提督に膝枕してもらえる回数が減りそうですねぇ……それはよくないです……


鯉住君、火消しできるのかな?



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第119話

『横浜八景島・瑞雲パラダイス』のマスコットキャラは、カワウソの『ズイパラ ズイ太』君です。
とても愛らしく、小さい子供から大きな大人まで幅広く愛されているキャラクターです。
ぬいぐるみもあり、結構な売れ行きがあります。人気キャラです。

決して焦点が合っていない目をして狂気を感じるオーラを放っているわけではありません。大人気キャラですからね。





 本日の取り決めをつけた提督と夕張。デートプランも決まったし、さぁ今から出発! ……とはならなかった。

 なんと鯉住君。秘書艦に対して、空母ふたりの研修受け入れを決めたと報告するのを、すっかり忘れていたのだ。

 まぁ実際はそれも仕方ないことで、そのことが決定してから起こったのは以下の出来事。

 

 

 伊良湖猛アピール事件、夕張愛を叫ぶ事件、大和の真相究明イベント、お見合い予定バレ事件、妹分の友人からの実質求婚事件

 

 

 たったの1日半で、色々起こりすぎでは? なんて考えるも、いつものことっちゃあいつものことなので、受け入れるしかないことを理解している鯉住君。諦めて叢雲にすぐに電話をしたのだった。

 

 

 叢雲からは呆れたように愚痴をいくつか言われたが、全くの正論だったので、反論などできなかったとか。

「アンタはなんでいつもそうなの!?」とか「こっちにも受け入れ準備とかあるんだからね!?」とか「あの自由人ふたりを説得できるの!?」とか。

 

 実のところ元帥直々の指示だったうえ、彼女たちの熱意は本物だったので、断ることは限りなくできなかった。だから鯉住君が叢雲にひとこと言う権利くらいはあったはずなのだが、さっきの今で頭が上がらなかったのだとか。

 

 それを見る夕張にとっても、その光景はいつも通りっちゃあいつも通りだったので、「締まらないなぁ……」と思われるくらいで済んだ。デート前から幻滅されなくてよかったといったところか。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんな感じでデート前からわちゃわちゃしてしまったが、それからは無事に何事もなくデート先『瑞雲パラダイス』まで移動することができた。

 

 本日は世間では平日。客足はまばらで、とてもゆったりと行動することができそうだ。この様子だと、乗り物の待ち時間もほとんど気にしなくていいだろう。

 これが不定休の強みのひとつ。日本海軍所属者のことを、不定休と称していいのかは微妙なところだが。

 

 

 

「わぁ……! すごいですね……じゃなくて、すごいね!龍太さん!

島の中が全部テーマパークになってる!」

 

「ふふ、そうだね。昔は島自体がテーマパークってところは多かったんだけど、深海棲艦が現れてからは、海に近づくこと自体が危険行為になっちゃったから……ここみたいな遊園地は珍しくなっちゃったんだよね」

 

「そうなんですね! ……ええと、そうなんだ! 龍太さんは色々知ってるのね!」

 

「ありがとね。……話しづらかったら、いつもの話し方でもいいよ?

さっきはああ言ったけど、夕張に無理させたいわけじゃないから」

 

「ううん! まだちょっと慣れないけど、今までよりも距離が縮まった感じがするから、こっちの方がいいわ!」

 

「そっか。気にしすぎたかな?」

 

「うふふ! 大丈夫よ!」

 

 

 年の差(見た目)がかなり離れているふたりだが、その様子はどう見てもカップルだったとか。昨日大和と出歩いていた時と同じように、周りの人たちの視線を結構集めていた。

 

 

 

 

 

 ……モノレールの駅から徒歩十分ほど。入島し、瑞雲パラダイスの敷地内に到着。フリーパス券を買って準備も万端。

 ふたりはチケット販売所でもらったパンフレットを見ながら、これからの動きについて相談することにした。

 

 

「おぉ、結構色々あるね。夕張はどこか行ってみたいところあるかい?」

 

「そうね……私はこの『ブルーフォール』っていうのに乗ってみたい!

あそこに見える高い塔みたいなやつよね!?」 

 

「お、おぉ……意外と攻めるねぇ……

夕張ってそういう絶叫系に興味あったんだ」

 

「ふふ! せっかくこういうところに来れたんだから、少しくらいハメを外そうと思って!」

 

「おー、いいねぇ。それじゃ俺もお付き合いしましょ。

一発目からハードな気もするけど、まずはそこに行ってみようか」

 

「うん!」

 

 

 

・・・

 

 

フリーフォール体験中

 

 

・・・

 

 

 

「あー、楽しかった! すごい迫力だったね!!」

 

「そ、そうだね……」

 

 

 夕張はフリーフォールを随分気に入ったようで、イキイキとしている。彼女は非戦闘要員に近いといっても、普段の戦闘から急激な動きには慣れている。だからこそこういった絶叫系アトラクションも楽しめるのだろう。さすが艦娘といったところ。

 対してそういうアトラクションが実は初めての鯉住君。こんなに内臓がヒュッてなるとは思っていなかった。かなりグロッキーである。

 

 

「ねぇねぇ! 次はジェットコースター乗りましょ! 『サーフコースター リヴァイアサン』ってやつ!

私こういうの好きかも! 癖になっちゃいそう!」

 

「そ、そうかい? ちょっと相談なんだけど、少し休憩したりは……」

 

「ささ! 早く行きましょ!」

 

「……はい」

 

 

 ハイテンションになっている夕張には、鯉住君のSOSは届かなかった模様。

 彼女の満面の笑顔を見て、それ以上は何も言えなくなった鯉住君。次の修練に繰り出す覚悟を決めた。

 

 

「ふー……よし! 行こうか、夕張!」

 

「うーん! すっごく楽しい!」

 

 

 

・・・

 

 

ジェットコースター体験中

 

 

・・・

 

 

 

「……うっぷ」

 

「すごかったね! 龍太さん! ビューッて! ゴーッて!

みんな叫んでたから私も叫んでみたけど、すっごく気分よかったわ!」

 

「そ、そうだね……夕張すっごく楽しそうだったね……」

 

「ねぇ! 次は何に乗る!?

私はこの『ドランケン・バレル(コーヒーカップみたいなやつ)』っていうのが気になって……!!」

 

「ちょ、ちょっとタイム!

そ、そろそろお昼だし、ちょっと早いけど食事にしない?」

 

「えー……ま、いいか! そうしましょ!」

 

「ホッ……」

 

 

 鯉住君の提案に夕張は納得してくれて、無事に休憩タイムに入ることができそうだ。内臓と三半規管がグロッキーになっている鯉住君には、九死に一生である。

 

 

「そ、それじゃ、フードコートまで行こう……

そこなら気に入ったもの食べられるからね……」

 

「私、外食って初めて! 楽しみだな~!」

 

「足柄さんや秋津洲の料理には敵わないだろうけど、こういうところのご飯には特別な良さがあるからね……

あまり満腹になりすぎないようにだけ気を付けて、好きなもの色々食べてみようか……」

 

「どんな料理があるかな~? うふふ! 私ね、今ね、これまでで一番楽しい!

デートしてくれてありがとう! 龍太さん!」

 

「夕張が楽しんでくれて、俺も嬉しいよ……うっぷ……」

 

「えへへ!!」

 

 

 正直もう、ベンチでもどこでもいいから横になって寝たい鯉住君だったが、夕張のあんなに眩しい笑顔を前にしては、そんなこと言いだせるはずもない。

 ここからしばらく、平静を装いつつ体力と精神を回復させるという荒行をこなしていく覚悟を決めるのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そこからふたりはフードコートへ移動。外食自体が初めてな夕張は、めちゃんこ楽しみながら昼食を選んでいた。

 夕張が食べることにしたのはハンバーガーにポテト、そしてチュロスというアメリカンスタイル。普段の献立ではほとんどお目にかからないメニューなので、物珍しかったのだろう。

 ちなみに鯉住君が選んだのは、讃岐うどん。パーキングエリアで食べる昼食みたいなチョイスだが、色々ダメージを受けている彼にとっては精一杯のチョイスである。

 

 店頭のホットデリカコーナーから取り出すだけのメニューと、材料を焼いて挟むだけのハンバーガーを注文した夕張のほうが、早く料理を受け取ることになった。

 

 というわけで、彼女は先に屋外の席へと戻ったのだが、そこに近づいて来る者たちが……

 

 

「ねーキミさ、ひとりなの?」

 

「……え? 私ですか?」

 

「そうそう! すっごいカワイイね~」

 

「は、はぁ……ありがとうございます」

 

「俺たち3人で今日は遊んでるんだけどさ、よかったら一緒に遊ばない?」

 

 

 なんとナンパである。なかなか今の時代には珍しい光景だが、美人な艦娘を前にしたら、男ならチャレンジしてみたくなるものなのかもしれない。

 ……なんてことを、そういったものに慣れている女性なら考えそうなものだが……

 

 夕張はこういう文化があると知らないし、そもそも他の人間と会話した経験すらほとんどない。さらっとあしらうことをせず、いつも通り丁寧に相手してしまった。

 

 

「い、いえ。私、今、人を待っていますので」

 

「えー? そうなの? それじゃ待ってる間、一緒に話さない?」

 

「キミみたいな美人さん、全然見ないからさー。仲良くなりたいな、と思ってね」

 

「は、はぁ……」

 

 

 夕張は言外で「相手できない」と言ったつもりだったが……

 もちろんその意図が伝わってないわけではないのだが、押せ押せな相手方にとってはあまり関係ないようだ。

 

 どうにも落ち着かない……というか、あまり良い気分がしない。

 ほめてくれること自体はありがたいが、自身の提督のそれとは違って、全く嬉しくない。なんだか心がこもっていない気がするし、こっちの気持ちがほとんど届いていない気もする。

 相手に悪いとは思うが、ここはハッキリと断ろうと考え、それを口に出すことにした。

 

 

「申し訳ありませんが、皆さんのお相手はできそうにないです。ごめんなさい」

 

「えー。そんなこと言わないでさ!」

 

「そうそう! 絶対俺たちと居たほうが楽しいって!」

 

「え、えーと、困ります。もうすぐ相手が来ちゃいますので……」

 

「まあまあ、そう言わず! ほら、アッチの方なら一緒に座れるから、席の移動しようぜ!」

 

 

 がしっ

 

 

「ちょ、ちょっと! 困ります!」

 

「いーからいーから!」

 

(うぅ……なにこれ……どうしたらいいの……!?)

 

 

 ナンパ集団はついに強硬策に出るようだ。夕張の腕を掴み、一緒に移動しようとしている。彼女にしてみれば、こんな体験初めてなので、なにがなんだかわからず困っていると……

 

 

「あー……ちょっといいですか?」

 

(あ、師匠……! お願い、助けて!!)

 

「ん? なにアンタ?」

 

「えーですね、その子の連れです」

 

「あ、もしかしてお兄さんっスか? ちょっと彼女と一緒に話してただけなんで」

 

「いえ、お兄さんじゃなくて恋人ですね」

 

(こ、恋人……!!)

 

「……は? アンタみたいなオッサンが?」

 

「えぇ、まあ」

 

「オジサンみたいな人と一緒にいるよりも、俺たちと一緒のほうがこの子も楽しいと思うんで、ちょっと借りてきますね~」

 

「いえ、それはちょっと無理ですね。

……と言いますか、そろそろやめておいた方がいいですよ」

 

 

 とっても冷静な鯉住君と対照的に、彼の言葉を受けて敵対的になるナンパ勢。一気に剣呑な雰囲気になるのを感じ、不安が募る夕張。

 

 

「……は?」

 

「なにオッサン、俺たちにケンカ売ってんの?」

 

「やめといたほうがいいぜ。3人に勝てるわけないだろ?」

 

(し、師匠、お願い! 負けないで!)

 

 

 このまま彼女をめぐってのケンカが始まるのか? という場面だったが、鯉住君はちょっと変わった対処をとり始めた。

 

 

「いや、そういうワケではなく。

私がどうこうじゃなくて、そのままだと皆さん、危ないですよ?」

 

「は? 何バカなこと言ってんの?」

 

「俺たちが怖くてイキってんじゃね?」

 

「ハハ! ダッセー!!」

 

「えーですね。知らなかったと思いますけど、彼女は艦娘ですよ?

艦娘はすごいチカラが強いので、本気出したら人間なんてペシャンコです。

だから彼女を怒らせる前に、放した方がいいですよ?」

 

(師匠……! 助けてくれてるのはわかるけど、なんかモヤモヤする……!!)

 

 

 ドラマか何かだったら、もっとカッコよく助けて愛が深まる的な展開になるのだろうが……あくまで鯉住君は穏健にいこうとしているようだ。

 しかしその反応がどうにも腑に落ちない夕張。まさか自分が怪力女かつ危険物扱いされるとは思ってもみない。そりゃそうもなる。

 

 これで相手が引いてくれればよかったのだが、そうもいかないようで……

 

 

「は? 艦娘? マジ?」

 

「それってラッキーじゃね?」

 

「おいオッサン、アンタはそれで俺たちを脅してるつもりかもしれねぇけどさ、知ってんだぜ? 艦娘は人間に手ぇ出せないってこと」

 

「一回艦娘と色々してみたかったんだんだよな~!

イイこと教えてくれて、アザーっす!」

 

「彼女を守ろうとして逆に取られるとか、超ウケるんだけど!」

 

「艦娘は手を出せないんじゃなくて、出さないだけで……

……あー、まぁいいや、それじゃ別の言い方をするよ? よく聞きなよ?」

 

「まだなんかあんの? オッサン」

 

「さっさと尻尾巻いて帰れよ」

 

「艦娘は法律上、国家所有の公共物という扱いです。あまり本人の前でそういうこと言いたくないけど」

 

「ハ? 法律とか」

 

「だから何?」

 

「だからね、彼女たちに手を出そうとすると……

国家に対してよくない人間とみなされます」

 

「ハハッ! なにそれ!? ウケるんだけど!!」

 

「こいつの親知ってる? 現役の国会議員だぜ!?

オッサンみたいな一般人よりも、よっぽど権力持ってんの!!」

 

「その程度の脅し、俺たちには効果ねぇから! はいザンネ~ン!」

 

「……え、それ本当? ちょっとそれはマズい……!!」

 

(あ、あれ? 師匠、どうしたんだろ……?)

 

 

 どうやらナンパ組の中には、国会議員を親にもつ者がいるらしい。それを聞いた鯉住君、さっきまでの冷静な態度が若干崩れ、やにわに焦りだした。

 

 それを見た夕張は、怖がることもすっかり忘れて不思議そうにしている。

 提督は佐世保第4鎮守府とかいう魔境での研修経験者。たかが国会議員程度の権力におびえる道理がない。

 

 

 

「ハハ! 今更焦ってんの! クソダセェ!!」

 

「違う! そういうことじゃない! 早く夕張に謝って!」

 

「なんで俺たちがそんなことしなくちゃいけないんですかー」

 

「ウケるんだけど!」

 

「早くしないと……! バレる前に!!」

 

 

「「「 バレる? 」」」

 

 

 

 

 

 シュルルルッ!!

 

 

 ギュッ!!

 

 

 

 

 

「もう遅い」

 

 

「「「 ガッ……!? 」」」

 

 

 ナンパ組の背後から影のように現れた男によって、彼らの首に一瞬にしてロープが巻き付く。

 その締まり具合は絶妙なようで、ギリギリ呼吸できるが言葉を発することができない強度で締め付けているようだ。カヒュー、カヒューと喉を空気が通る音を残して、3人は静かになってしまった。

 

 

「遅かった……!!」

 

「え!? し、師匠!? これどういうこと!?」

 

「お食事前に申し訳ございません。

ここでは人目に付くので、裏のほうまでご同行願えますか?

もちろんお食事代は上乗せしてお返しさせていただきますので」

 

 

「「 は、はい…… 」」

 

 

 謎の男の、まるでこれが通常運転とでも言わんばかりの態度に、逆らうことができない鯉住君と夕張。

 よくわからない集団となってしまった6名は、店舗のバックヤードへと移動することになった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「災難でしたね。園内でご迷惑おかけしました」

 

「い、いえ、こちらこそ、余計な手間をかけさせてしまって申し訳ございません……」

 

「とんでもない。暴言に対しても紳士的な対応を崩さなかったのは、本当にお見事でございました。

お客様は相当な修羅場を踏んでいるとお見受けしました。素晴らしいの一言です」

 

「いやいや……そんな大したものでは」

 

「ご謙遜を」

 

 

 首に縄がまかれて白目をむいている3人を気にも留めず、普通にやり取りするふたり。それを見てなにがなにやらわからない夕張は、疑問を口にすることに。

 

 

「師匠……いったいぜんたい、どうなってるんですか……?

この人たちもすごく感じ悪くて変な人たちだったし……」

 

「あぁ、夕張はナンパってわかってなかったのか。

男がキレイな女の人にアピールするやり方の一種だよ。まぁ、この子たちは強引すぎる感じだったけど……

そういう手合いは相手しちゃうとしつこいから、これからは適当にあしらうようにしようね」

 

「そ、そうなんですね……わかりました……

ち、ちなみにこのすっごく強そうな方は……? 師匠のお知り合いかなにかですか……?」

 

「ええとね……そうだな……

この『瑞雲パラダイス』だけど、日本海軍と提携してるって言ったよね?」

 

「は、はい……それは聞いてますけど……」

 

「つまり、ここには艦娘が遊びに来ることも多いから……

警官じゃなくて憲兵の皆さんが警備にあたってるんだよ」

 

「あっ(察し」

 

 

 艦娘が遊びに来ることも多いということは、彼女たちに何らかの悪影響があった場合、日本海軍としてそれに対応する必要があるということ。

 つまり、日本海軍内での風紀と、護国の要である艦娘、その2点をあらゆる者から護る、憲兵隊の出番というわけだ。

 

 警官は法律準拠で理性的に行動するのに対して、憲兵は、日本海軍が関わる案件限定であるが『法律で裁くのが面倒、かつ、明らかに国家に害のある者』を裁く権限を持つ。

 憲兵隊の介入があった場所は、プチ治外法権となるのだ。

 

 

「しかも加二倉さんの話だと、鎮守府みたいな閉ざされた場所で働く憲兵さんより、エリアが広い場所で働く憲兵さんのほうが優秀ってことだから……」

 

「あぁ、なんとなく言いたいことが分かりました……」

 

 

 提督があれだけ、無礼な彼らを紳士的に止めようとした理由が何となく理解できた夕張である。

 

 

「加二倉さん……?

それに我々の内情に詳しいことに加え、艦娘と一緒にいるということは……

もしや貴方は、噂に名高い鯉住中佐では?」

 

「ええ……?

確かに私は鯉住ですけど、いったいどんな噂が出回ってるんですか……?」

 

「おお! やはり! 一度お目にかかりたいと思っておりました!!

憲兵隊の中では、貴方は加二倉殿を超える提督ということになっております!」

 

「ヒエッ……なんすか、その謎の高評価……」

 

「加二倉殿本人がそう言っていたのですから、間違いありません!

それならば、あの優しくも毅然とした態度も納得というもの! このようなところでお目にかかれるとは、光栄です!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 まるでアイドルと会話できた一般人のように、目をキラキラさせて喜んでいる憲兵さん。

 このような取り締まるのが難しい広範囲エリアを任されているのだから、相当な実力者とみて間違いないのだが……鯉住君に対しての評価は、見習いの皆さんと同様にすごく高いようである。

 

 

「え、ええと……恥ずかしいな……

そ、それはともかくとしてですね、彼らについての処遇なのですが……」

 

「ああ。二等親以内を、二度と表に出られないようにしようかと。

これからも艦娘に手をかけるような発言もしておりましたし」

 

「ちょ、ちょっとやりすぎですよ! ナンパしたくらいで!

もう少し控えめにしてあげてください!」

 

「しかしですね。金持ちのボンボンほど、世の中の怖さを知らずに、怖い場所に首を突っ込むのがうまい人種はいません。

ここでひとつお灸を据えておかねば」

 

「お灸がマグマ並みに熱すぎるんですよ!

若気の至りってやつでしょうから、厳重注意くらいにしてあげてください!!」

 

「ふむ……流石は鯉住殿。敵対していた者にそこまでの情けをかけようとは……実にお優しいですな。

わかりました。ここは鯉住殿の顔に免じて、厳重注意ということで見逃しましょう」

 

「よ、よかった……」

 

「ただし、彼の親が国会議員というところは見過ごせませんね。

国家の骨子となる人材が、このような子を持っているなど、言語道断。子は親の鏡とも言いますので。

3日以内に辞職してもらい、これからは国益をひたすらに生み出す人柱となってもらうことにします」

 

「あ、やっぱりそんな感じになるんですね……」

 

「我ら憲兵隊は、より良い国家の存続のためにある組織。そこについては理解していただきたく」

 

「なんとなくわかってたんで……」

 

「恐縮です」

 

 

 非常に物騒な話が繰り広げられているのを見て、何とも言えない気分になっている夕張。あの時提督が焦りだした理由が完全に理解できてしまった。

 

 自分がしっかり断っておけば、彼らも幸せなままでいられたんだろうなぁ……なんて、他人事のように考えるくらいには、さっきの出来事に現実味がなくなっちゃっている。 

 

 

 

・・・

 

 

 

 結局あの後、憲兵さんにナンパ3人組を任せ、ふたりはデートを再開することにした。

 

 なんだかすごい展開に、ハイテンションで騒ぐという気分ではなくなってしまったので……鯉住君の「刺激が強いのはやめて、落ち着いた感じで行こう!」という必死の提案もあり、遊覧船や釣り体験でゆったりと楽しむことにした。

 

 

「夕張……なんかゴメンな? こんなことになっちゃって」

 

「そんなに気にしないで。

さっきのは、その……確かに色々衝撃的だったけど、いい経験になったから……」

 

「しなくてもいい経験だった気もするけどね……

ま……そんなに気にしてても仕方ないか。今から取り返すつもりでたくさん楽しもう」

 

「うん!」

 

「ふふ。俺の初めてのデートの相手がキミでよかった。ありがとうな、夕張」

 

「えへへ……私も幸せよ? 残りの時間いっぱい、存分に楽しみましょ!」

 

 

 それからふたりは夜になっても、園内散策やアトラクションを楽しみつくした。

 併設された水族館を楽しんだり、イルカやアシカのショーを見てテンションがあがったり、遊覧船から花火を見てロマンチックな気分になったり、一緒に観覧車に乗っていい雰囲気になったり。

 

 

 

 

 

 ……その中でも観覧車の中では起こった出来事は、特に衝撃的だった。

 

 

 

「うわぁ……すごい高い……! 見て見て! 大本営があんなに小さく見えるわ!

結構待ち時間あったけど、観覧車に乗ることにして正解だったわ!」

 

「そうだねぇ。横浜と横須賀は都会なだけあって、すごくキレイな夜景だ。

夕張は高いところ好きかい?」

 

「うん! いつもとは違う景色が見られて、とっても新鮮!

ジェットコースターやフリーフォールの時も、高いところまでいったけど、こんなにゆっくり見れなかったから」

 

「そりゃよかった。景色を楽しむってことだと、やっぱり観覧車だよね」

 

 

 夕張が高いところから見る夜の街並みを堪能していると……最上部に来た辺りで、提督から言葉が投げかけられた。

 

 

「……なぁ、夕張、ひとつ聞いてもいいかい?」

 

「え? どうしたの?」

 

「あのさ、いつも夕張、ケッコン指輪をしてくれてるじゃない?

他の、その……俺に好意を向けてくれてる子は、左手薬指に指輪してくれてるよね。初春さんとか、明石とか」

 

「あ……ま、まぁ、そうですね」

 

「夕張も、そういう気持ちを持ってくれてるのに、どうして右手なのかな、って。

もちろん、あまり気にしてないってことなら、それでいいんだけど」

 

「えーと、そのですね……」

 

 

 実は夕張はガチ勢の中で唯一指輪を右手にはめている(ガチ勢:初春、明石、秋津洲、アークロイヤル)。

 彼女が左手に指輪をはめていない理由。実はそれは彼女の乙女心からくるもの。

 

 

「あの……それはちょっと恥ずかしいから、言いづらいかなって……」

 

「……」

 

 

 夕張が指輪を右手にしている理由は……あんな無理やり渡されたものではなく、本当に彼の気持ちがこもった指輪を贈られる日を待っているから。

 

 つまり左手薬指にはめるのは、艤装としてのケッコン指輪ではなく、本当の意味での結婚指輪がいい。そういうことなのだ。

 

 

「そっか……それじゃ、今から俺がしようとすることに少しでも抵抗があるようなら、そうだと言ってほしい」

 

「ええと……いったい何を……?」

 

 

 

 スッ

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 なんと彼は、夕張の右手薬指にはめられた指輪を外した。そして……

 

 

 

 

 そっ

 

 

 

 キュッ

 

 

 

「……!! うそ……!!」

 

 

 

 そして、彼女の左手をやさしく取り、その薬指に指輪をはめなおした。

 

 それは夕張が心の中でひっそりと望んでいたこと。まさにそれそのものだった。

 

 

「キミが嫌じゃないなら、そちらに指輪をしてほしいんだ。もし嫌なら、無かったことにしてもらって構わないけど……」

 

「そ、そんなはずない!

ど、どうして師匠は私が思ってることが分かったの……?」

 

「いや、ハッキリわかったわけじゃないけど……夕張ならそういう考えなんだろうな、って。キミは普段は活発だけど、本当は慎ましいから。

それに……なにより、俺がそうしたいと思ったから」

 

「そ、それって……!!」

 

「うん。人間同士の結婚とはどうしても形は違っちゃうけど……込めた気持ちは同じだ。

今までキミを気にかけてやれなかった俺のことを……愛し続けてくれて、ありがとう」

 

「し、ししょお……ううっ……!!」

 

「お、おわっ!?」

 

 

 喜びが上限突破し、涙を流しながらガバッと彼に抱き着く夕張。

 間違いなく彼女の生きてきた中で、一番嬉しい瞬間だった。感情を隠すなんてもったいないことはできなかった。

 

 

「ありがとう……ありがとう、師匠……!!

私もあなたのことが、大好きっ……!!」

 

「そう、だな。……知ってた。知ってたよ。ずっと前から」

 

「うぅ~……!!」

 

 

 

 このサプライズに完全に轟沈してしまった夕張は、思考回路がショートしてしまい、しばらく彼に抱き着いたまま離れることができなくなってしまった。

 

 それは観覧車を降りてからも同様だったので……彼女の左手薬指を見た、観覧車に列を作っているお客さんからは、誰からともなく祝福の拍手が贈られることとなった。

 

 

 

 夕張は指輪の一件が嬉しすぎたこともあり、そのあと帰るまで、いや、帰ってからも、何をしていても幸せで、表情が緩みっぱなしだったとか。

 

 水族館で撮ってもらった写真や、提督に買ってもらったイルカのネックレス、そして、彼のほうから贈りなおしてくれた結婚指輪は、何があってもずっと大切にしていこう。そう心に決める夕張なのであった。

 




これにて夕張のサービス回終了となります。
末永く爆発しろ……末永く爆発しろ……!! という思いを目いっぱい込めて書きました。

その結果、私のメンタルがゴリゴリ削れました。
もう……ゴールしてもいいよね……?







 雰囲気ぶち壊しの余談。翌日の朝、大本営にて



「あ、師匠……おはようございます。
昨日は、その……ありがとうございましたっ!!」

「おはよう、夕張。それはこちらのセリフだよ」

「これからは私たち、夫婦ですよね……えへへ……」

「そうだね。これからよろしくね。
……ただ、ひとつ、いや、ふたつかな。すぐに伝えなきゃいけないことがあってね……」

「え、な、なんですか?」



「まずひとつめは……
夕張とは夫婦の間柄になったけど、俺はこれから他のみんなとも真摯に向き合おうと思ってる。
だから多分、重婚のような形になっちゃうから、それを夕張に謝っておかないとと思って……」

「なんだ、そんなことですか」

「そ、そんなこと?」

「はい。それくらい私はもうわかってますから、大丈夫です。
というより、師匠が他の皆さんをないがしろにして、私とだけ仲良くしようと思ってるような人だったら、私は惚れてませんよ。
ひとりを選ばないといけない理由なんて、私達にはありませんし」

「そ、そうか……そう言ってくれるのは本当に助かる。
かなり、いや、一番俺が気にしていた部分だったからね……」

「そういうこと真剣に考えてくれるから、好きになったんです」

「……ありがとうな。本当にいい相手に恵まれたよ」

「ふふ。それは私も一緒ですよ。
……それで、もうひとつの伝えたいことって、いったい何なんですか?」

「……」

「……師匠?」



「あの、その……こういうことってあまり言いたくないんだけど……言っとかなきゃいけないし……
セクハラっぽくなっちゃうけど、ほら、大事なことだから……」

「ほ、ホントになんなんですか!?」

「あのですね……」





「夫婦と言っても俺たちは上司と部下です。
過度な肉体的接触はするつもりがありませんので、ご理解いただきたく存じます」





「……」

「……ということなんだけど……」

「……なんで敬語?」

「いや、なんとなく……」

「その……つまりそれって……そういう行為はしません、ってことでいいのよね?」

「うん。そう。
今言ったように、上司と部下でそういうのってご法度だと思うし、なにより駆逐艦のみんなと結婚したときに、そういうことするのは抵抗感しかないし……見た目年齢的に……」

「……ふーん?」

「ほ、ホラ、相手によってそういう関係かどうか違うっていうのは、やっぱりよくないことでしょ?
そんな変なところで差別したくないし……」

「……はぁ。まぁ、いいですけど……
そういう行為もあるだろうなって、私、覚悟してたんですからね?
それに、その、ちょっと期待してたところもありますし……」

「す、すまん夕張……ただ、そこはあれだよ。
他のみんなとも結婚することがありそうな以上、その一線は譲れないところでだね……」

「師匠が漢を見せて、結婚した全員とそういうことしながら、上司と部下の関係を続けるっていう選択肢は?」

「ゴメン。流石にそれは無理。俺、そんな漢の中の漢じゃないから……」

「……はぁ。わかりましたよ、もう……
別に私たち艦娘は性欲が強いわけじゃないですので、それでも構いません。
人間と比べたら艦娘って、随分と淡白なようですから。そういうことでも、夫婦として良好な関係は築けるはずですし」

「それは助かる……いや、ホントに……」

「朝からなんて話をしてくれてるんですか……もう……」

「なんか後々にまでこの話持ち越してると、とんでもないことが起きそうな予感がひどくてね……」

「それはまあそうでしょうけど……
……あぁ、もう! 気持ち切り替えていきますよ! その件はわかりましたから、普段通りにしましょう!
今日は大本営で過ごす最後の日ですから、皆さんに泊めていただいたお礼して周ったり、研修引き受けの最後の挨拶しなきゃなんですから!」

「そ、そうだな! こんなところで時間食ってる場合じゃないよな!
それじゃまずは元帥に挨拶しに行こう! 昇進のお礼も兼ねて!」

「もう……それじゃ行きますよ!」

「お、おう!」


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第120話

イベントを無事完走しました!ワーイ!
投稿が遅れちゃってごめんなさいね。次の話もすぐ投稿しますので。


イベントは乙丙丙丙丙とかいうゆとり仕様でした。いいんです。最低限必要な装備はもらえたし。

掘りの進捗状況は、秋月、ガングート、サラトガのみ。
イントレピッド、アイオワ、ベイと護衛3隻、同志中くらいのはまだ出てきてくれません。

E4丙だとS勝利限定とか、鬼畜すぎるんですけどぉ!(血涙


 

「それでは元帥、大和さん、お世話になりました」

 

「うむ。瑞鶴君と葛城君のこと、よろしく頼む。大佐」

 

「はい。なんとかウチの空母ふたりを説得しますので」

 

「私からもお願いしますね。第1艦隊旗艦としても、筆頭秘書艦としても」

 

「最善を尽くさせていただきます。大和さん」

 

 

 大本営に来てから色々とあったが、本日は定期連絡船が出る日。つまり出発の日である。

 

 今は色々お世話になった面々に、夕張を連れてあいさつ回りをしているところ。まずは大佐への昇進を認めてくれたらしい元帥のところに、お礼も兼ねて出向いたというわけだ。

 

 

「しかし大佐は本当に驚かせてくれるな。提督不在で運営する鎮守府で海域解放など、前代未聞だぞ。普通ならば近海哨戒と護衛任務で手一杯になるものだが」

 

「あはは、ウチの部下は本当に優秀ですから。まぁ、今回は、色々とあったのも影響していまして……」

 

「そうか。しかしどの道、大佐の功績を非公開な部分まで加味すると、中将もしくは大将程度であるのだ。階級が大佐でも、まだ適正とは言えない」

 

「いやそんな……大将なんてそんな……」

 

「『深海棲艦との意思疎通』という実績ひとつでも、将官昇進クラスの重要度である。

誰もが理想としながらも、現実と天秤にかけ、もしくはできるとも思わず、諦めていた事柄であるからな。君含め、鼎君の関係者には驚かされてばかりだ」

 

「そうですよ。鯉住大佐のおかげで、どれだけ深海棲艦への理解が深まったのか考えれば、妥当な昇進です」

 

「大和さんまでそんな。なんと言いますか、先輩方は確かに規格外ですけど、私はもっと普通だと思うんですが……

それに鼎大将みたいなスゴイ人にはなれませんよ。大佐でも身に余るくらいなのに、中将とか大将なんて、そんなそんな……」

 

「……まぁ、よい。この話はこのくらいにしておこう」

 

 

 鯉住君は未だに、自分は一般人だと思っているらしい。

 元帥はそんな彼にひとこと言おうかちょっと考えたが、特に必要ないと判断したようだ。

 

 

「とにかく、わざわざこちらに出向いてまでの欧州救援に関する報告、ご苦労だった。

成り行き上とはいえ、瑞鶴君と葛城君の面倒も見てもらうことになってしまって、頭があがらんな」

 

「い、いえいえ、滅相もないです」

 

「ちなみに大佐は……ああ、そうだな、ふむ……」

 

「「「 ??? 」」」

 

 

 珍しく何か言い淀む元帥を見て、頭にクエスチョンマークを浮かべる3人。

 

 

「すまないが、今から重要な話をしたいと思う。夕張君は席を外してくれるか?」

 

「わ、私ですか?」

 

「うむ。別に聞いてもらっても構わんのだが、不都合なこともあるかと思ってな」

 

「不都合なこと……? は、はい。よくわかりませんけどわかりました」

 

「それじゃ夕張は、先に荷造りのほうを済ませてきてもらえるかい? 元帥、そのお話ですが、あまり長くはかかりませんよね?」

 

「そうだな。かかって10~20分といったところだろう」

 

「そういうことでしたら、承知しました。それじゃ先に私は部屋に戻ってますね。師匠も話が済んだら戻ってきてください」

 

「わかった」

 

 

 なんだか元帥から重要な話があるようだ。内容は不明だが、言われたとおりに席を外す夕張である。

 

 

 

・・・

 

 

 

「すまないな、大佐。無理を言ってしまって」

 

「いえ、大丈夫です。夕張も気にしてませんから。それで、いったいどのようなお話なんでしょうか?」

 

 

 色々な真実を知ってる夕張にも隠したいこと。思い当たることと言えば、最重要機密であるハワイへの遠征作戦だが、実際のところは……

 

 

「大佐は一昨日、私の孫と会ったそうだな?」

 

 

「「 ブフッ!! 」」

 

 

 想定外な一言に吹き出してしまう鯉住君。そして大和も。

 

 

「そ、それをどこで!?」

 

「もちろん孫からだ」

 

「そ、そりゃそうか」

 

「どうやら大佐と孫は昔馴染みだったようだな」

 

「え、ええ。まさか元帥のお孫さんが南ちゃんだとは知らなかったので、とても驚きました」

 

「孫は大和君とも仲良くすることにしたそうだな」

 

「あ、は、はい。すみません、黙っていて……」

 

「よい。日本海軍にとって重要というわけでもない、プライベートのことだからな。報告義務などない」

 

「提督に隠し事をするつもりなど、まるでないのですが……その、ちょっと、思うところがあって、昨日から気が気ではなかったと言いますか……」

 

「ふむ。大佐との見合いについて考えていたのか?」

 

「!! ……それは、その、そうでないと言えば嘘になると言いますか、そういうわけでもあると言いますか……」

 

「な、なんかすいません」

 

 

 元帥の指摘が図星だったのだろう。大和は顔を真っ赤にして、もじもじしてしまっている。それを見る鯉住君は、なんだか罪悪感を感じちゃってペコペコしている。

 

 

「うーむ。しかし大佐は昨日、夕張君を本当の意味で伴侶として受け入れたのだろう? この話にどう決着をつけるべきか」

 

「……えっ? 龍太さんが、夕張さんと……?」

 

「は、恥ずかしいですね、改めて言われると。

……あれ? そういえば、なんで元帥がご存じなんですか? 昨日の今日で誰にも話していないはず……」

 

「瑞雲パラダイスの憲兵から憲兵隊経由で、大佐が遭遇した事件の報告を受けている。あそこは日本海軍も共同運営している場所なので、こちらへの報告義務があるのだ」

 

「そうなんですか。い、いや、それにしても、俺と夕張の関係まで報告する義務はないのでは……?」

 

「そこはまぁ、私の推測だ。誠実な人柄である大佐が、そういう対象でないと言っていた部下と逢引きしていたのだ。上司と部下の関係でなく、男女の関係に進展したと考えるべきだろう」

 

「推測だけでそこまで……すごいですね、さすがは元帥です」

 

「それほどでもない。大佐を知っていれば、誰でもわかるだろう。

それでだ、大佐。この推測が正しいということは、以前相談してもらった部下との関係性について、答えが出たということか?」

 

「……はい」

 

「聞かせてもらっても?」

 

「大丈夫です。色々と悩みましたが……」

 

 

 

 そこから鯉住君は、元帥と大和に自分がどうして部下の気持ちを受け入れることになったか説明した。

 

 部下の大半に好意を寄せられていることは察していたが、その可能性を切り捨てて物事を判断し、無意識に好意に気づかないようにしていたこと。

 

 そのようにしていた大きな理由に、艦娘は自分よりも大事にされなければならない、横に並び立つことなどおこがましい、という信念があったこと。

 

 しかし彼女たちと接するうちに、そして、彼女たちの考えに触れるうちに、その距離感で本当に彼女たちを幸せにしてやれるのか疑問に思い始めたこと。

 

 彼女たちの気持ちを受け止めてやりたいと思う反面、全員の気持ちに応えた結果、一夫多妻制のような状況になることに対する抵抗感が強かったこと。

 

 しかし佐世保での『天龍龍田に愛を叫ぶ事件』、そして先日の『夕張に愛を叫ばれる事件』をきっかけに、自分の本当の気持ちと彼女たちの強い思いを再確認し、このままではいけないと思い立ったこと。

 

 一夫多妻となるであろう未来と、上司と部下という体裁もあるので、普通の夫婦のような関係は望めないけども、その中で自分たちにとっての最善の関係を探していくと決めたこと。

 

 

 このような話をふたりに語っていった。それを聞くふたりは、話の間ずっと真剣な態度を崩さなかった。

 

 

「……ということでして。部下のみんなに対して、改めて向き合うことを決めたんです」

 

「ふむ。大佐は強いな」

 

「……そう、なんですね。それは……素晴らしいことです。そこまで大事に女性として考えてもらえるなんて、大佐の部下の皆さんは幸せです」

 

「そ、そうですかね? それならいいんですが」

 

「私が提案した『ひとりに決めて、他の相手には納得してもらえ』というのは、一般的には最善の解決法だったのだがな。そこまでの覚悟が決まったというのならば、そのような無粋なことを言う気はない。何も心配はいらないな」

 

「元帥にそう言ってもらえると安心できます」

 

「ご立派ですよ。大佐」

 

「大和さんも、ありがとうございます」

 

 

 ひとしきり思っていたことを言葉に出した鯉住君は、どこかスッキリしている。今までずっとモヤモヤしていたものに、ひとまずの決着がついたのだ。無理もないことだろう。

 その様子を見る元帥は満足げだ。

 

 

「うむうむ。大佐が前に進めたようで何よりだ。これで私も安心して見合い話を進めることができるな」

 

「……え? ちょ、ちょっと待ってください」

 

「どうした大佐?」

 

 

 ここでまさかの話題再燃である。びっくりして話を切る鯉住君。

 

 

「そ、その話は、私が昇進するアテがなかったら、ということでしたよね? 部下の働きのおかげで大佐まで昇進できましたし、天龍と龍田が欧州で頑張ってくれるだろうから今以上の功績も積めるだろうし……それでも将官には全然足りないということでしょうか?」

 

「実のところを言えば、おそらくだが見合いは必要ない。

そもそもとして、将官になるためには『万人が納得する権威』のようなものが必要であり、それは普通に活動しているだけでは手に入れることが難しいものだ」

 

「はい。それはわかっているつもりです。だからこそ、権力者とすごく近い方との見合い話が出ていたんですよね?」

 

「うむ。その通り。しかし見合いがなくとも、大佐についてはその問題は解決するはずだ。

今回の欧州救援作戦が成功すれば、作戦に参加した者へそれなりの功績が積まれるのは当然だろう。欧州諸国からのお墨付きがある提督となれば、将官への昇進も当然の措置だと言える」

 

「やっぱりそんな感じになりますよね。あの人たちが負けるなんて想像もできませんし、ウチのふたりも問題ないでしょうし、救援成功はほぼ間違いないとみています。だから実は、将官にも問題なくなれる、なんて、軽く考えていたのですが……」

 

「実際その通りだろう。欧州救援まで成功したとなれば、大佐の積み上げた功績は大将程度にまでなる。将官昇進程度、問題なく話が進むだろう」

 

「それは言い過ぎでは……と、とにかく、それでしたらお見合いは必要ないのでは?」

 

「なに、私の個人的な意向だ」

 

「えぇ……?」

 

 

 まさかの元帥の私情だった。昇進に関係ないとなると、上司としてもひとりの人間としても尊敬する人の頼みということになる。心情的に非常に断りづらくなってしまう。すごく困る。

 

 

「大佐は実質一夫多妻を受け入れることにしたのだろう? だったら私の孫も、もらってやってはくれまいか」

 

「いや、あの、普通はそんな女たらしみたいな男の下に身内を嫁がせるなんて、言語道断だと思うんですけど。自分で言うのもなんですが……」

 

「私の一族でその辺を気にする者はほぼいない。そもそも大佐が、そのような情けない人物でないことは重々わかっている。孫も全く問題ないと言っていた」

 

「南ちゃん……豪傑すぎるよ……」

 

 

 一般常識を「それはそれ」で片付けてしまうとは、とんでもない一族だ。言葉がうまく見つからない鯉住君。

 

 

「と、とにかく、まずは部下たちひとりひとりと向き合わなければいけませんので、見合い話は保留ということで……」

 

「うむ。前向きに考えてくれれば嬉しい。もちろん孫だけではなく、大和君との話もな」

 

 

「 ブフッ!? 」

 

 

 まさかの名前が出てきたせいで、再度吹き出してしまう鯉住君。

 

 

「え、ちょ、元帥!? 元帥が計画しているお見合いって、南ちゃんとの話だけじゃないんですか!? てっきり大和さんとの話は『もしかしたら』程度のものだと思ってたのに!」

 

「まあ、そのつもりだったのだがな。大佐が嫁を複数娶るということなら、見合いが複数あってもいいだろう?」

 

「そ、そんなわけないでしょう!? 大和さんだって、そんなついでみたいな扱いされたら嫌ですよね!?」

 

「……」

 

「や、大和さん……?」

 

 

 夕張が退出して話が始まったころは、大和はいつも通りの雰囲気だった。

 しかし今の彼女は、普段よりも冷静であるように努めているように見える。

 そんな大和は、少しだけ突き放すような話し方で意見を述べ出した。

 

 

「……そうですね。私と大佐では夫婦になれないと思います」

 

「……!!」

 

「……ほう? 大和君、理由を聞いてもいいか?」

 

「昨日色々と考えたんです。私は大本営の筆頭秘書艦として、人類と艦娘の橋渡しをし、この国に平和を取り戻すという大きな目標を持っています。だから大本営を離れることはできません」

 

「ふむ」

 

「そして鯉住大佐は、部下の皆さんと、これまでにない理想的な関係を築き上げようとしています。それこそ、私達艦娘が初めて顕現した時から今までに、誰も築くことができ無かった関係を、です。

そんな大佐を今の基地から引き離すことなどできません。この国にとって、大きな、とても大きな損失となるでしょう」

 

「……そうだな」

 

「だからこそ……私と大佐は、共通の目的を見据えれど、完全に同じ道を歩むことはできません。それぞれが重要な、それでいて違う役割を担っていると考えます」

 

「……」

 

「提督。私と大佐の見合い話は無かったことにしてください。大佐の将官への昇進に目途がたった以上、余計な話で大佐の心労を増やすのは望ましくありません」

 

「それも、そうだな。……大佐はそれでいいか?」

 

「……はい。大丈夫です。

私としても、大和筆頭秘書官と夫婦の契りを結ぶことは、望んでおりません。これまで通りの気のおけない関係が、お互いのベストだと思います」

 

「そうか」

 

「大和さん……色々と気を遣わせてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

 

 そう言って深々と頭を下げる鯉住君。

 

 

「……ふふ。やっぱりお優しいですね。頭を上げてください、龍太さん。私は気にしてないわ」

 

「恐縮です。ありがとうございます」

 

 

 先ほどまでの態度から一変し、ニコッと微笑む大和。

 

 

「ふむ。それでは時間をとらせてすまなかったな、大佐。大和君との見合い話はこれ以上しないこととするが、孫と一ノ瀬中佐との話は出すこともあるかもしれない。その時はよろしく頼む」

 

「よろしくできるかはなんとも言えませんが、わかりました」

 

「それでいい。では、挨拶回りの続きをするといい」

 

「武運を祈っていますよ。鯉住大佐」

 

「はい。おふたりとも、ありがとうございました。それでは失礼します」

 

 

 暖かく送り出してくれたふたりに対し、ペコリと一礼して退出する。

 

 

 

・・・

 

 

 

 元帥と大和のいる執務室から退出し、夕張が荷造りをしている部屋へと向かう道中。ポポンと現れたいつもの妖精さん達が、話しかけてきた。

 

 

(こいずみさんこいずみさん)

 

(ちょっとききたいことがー)

 

 

「どしたお前ら」

 

 

(どうしておみあいことわったです?)

 

(やまとさん、かんぜんに『ほのじ』ですぞ)

 

(おせおせどんどんで、はーれむよういん、ついかできたのになー)

 

 

「お前らなぁ……大和さんがちゃんと理由言ってただろ? 俺はフラれたんだって」

 

 

(えー? だってー)

 

(やまとさん、むりしてましたよねー)

 

(ほんとはねー、いっしょになりたかったとおもうんだよなー)

 

 

「野暮なこと言うんじゃないよ。俺だってそのくらい気づいてる」

 

 

(ほー、へー、かわりましたねぇ)

 

(だったらなんでことわったの?)

 

(おとこみせてもよかったのに)

 

 

「……あの人はすごく優しくて、すごく強い人だからな。大和さんがそう決めたなら、俺がどうこう言えることなんてないだろ」

 

 

(えー? ほんとうにござるかぁ?)

 

(こいずみさんだって、やまとさんすきでしょ?)

 

 

「そりゃ俺だって男だから、大和さんみたいなステキな女性と一緒になれたら、なんて想像したりもするさ。それはもちろん、夕張や他のみんなと比べて、とかじゃなくてな」

 

 

(そういえばよかったのに)

 

 

「言えるわけないだろう。大和さんは、自分の気持ちよりも自分の役目が大事って決めたんだから。俺がその決断を邪魔しちゃいけないし、邪魔したくない」

 

 

(かっこつけてるですかー?)

 

(どっちも、すなおになればいいのに)

 

(はー、もー、おかたいんだから)

 

 

「カッコつけてるわけじゃなくて、大和さんのことを大事にしたいんだよ。お前らからしたら、めんどくさいことしてると思うかもしれないけどな。

……だから俺はこれから、大和さんのことは何があっても支えていくことにする。できることは少ないと思うけど、その少ない中でのできる限りをするつもりだ。それが俺にできることで、俺がしたいこと」

 

 

(そのはなし、めろんちゃんにはしないでくださいね?)

 

(よめがいるってのに、このおとこほんま……)

 

(ちのあめがふりますからね? それはもうざーざーと)

 

 

「怖いこと言うなよ……夕張にわざわざ言うことじゃないし、黙ってるって。今までとやることがそんなに変わるわけでもないし、部下の仕事を増やすつもりもないからな」

 

 

(そういうことじゃないんですよねぇ……)

 

(それはそれで、もやっとしますね……)

 

(ばくはつしろ)

 

 

 

 そのあと鯉住君は夕張と合流し、他の面々への挨拶回りを済ませた。

 

 具体的にみんなというのは、以前お世話になった大本営第1艦隊の皆さん、一緒に異次元演習を見学した第2艦隊の皆さん、そしてちょっとだけ罪悪感を感じている伊良湖に対してである。

 

 どのみち瑞鶴と葛城の見送りに行くから、ということで挨拶はあっさりしたものに終わったのだが、仕事があって見送りにこれない伊良湖からは、かなり別れを名残惜しまれた。

 

 「絶対に貴方の下へ向かいます!」と決意がこもった目をしながら宣言しており、非常に対応に困ってしまった。困った要因には、夕張が隣でジト目を向けていたせいで、うかつな返答ができなかったのもある。

 

 

 そんなこんなであっという間に時間は過ぎ、定期連絡船出発の定刻となった。

 

 

 




大和さんは鯉住君の話(部下と腹を割って話す)を聞いて、心が決まったみたいですね。


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第121話

実は120話とまとめるつもりだったのですが、長くなっちゃったので分割しました。というわけで時間を置かずに投稿。




 

 波止場には鯉住君と夕張、研修生となる瑞鶴と葛城、そして彼らを見送りに来てくれた皆さんが揃っている。

 

 鯉住君は今現在、以前お世話になった大本営第1艦隊の木曾と話をしているところだ。

 

 

「皆さん、わざわざ見送りに来てくださって、ありがとうございます」

 

「気にするなよ、中佐……じゃなくて大佐か。俺たちとしても、仲間を預かってもらうわけだしな」

 

「おふたりは責任もって面倒見させていただきますね」

 

「ああ。信用してるぜ。

しかし瑞鶴と葛城の教導艦……天城とアークロイヤルだったか。俺は直接戦ったわけじゃないから、ハッキリとした実力はつかめてないが、とんでもなく強いんだろ?

元帥が教えてくれたが、転化体っていうそうだな。元深海棲艦。にわかには信じられない話だが……」

 

「ええ。そうです。実は元深海棲艦、しかもレジェンドクラスなんですよ。強さもそれはもう凄くて。わかりやすく言うと、先日演習を行った川内さんが本気になったとしても、いい勝負ができるくらいと見ています」

 

「あのレベルかよ。それは凄まじいな……ん? 『本気になったとしても』……?」

 

「はい。あの時の川内さん、本気じゃなかったので」

 

「は? いや……は? ウソだろ?」

 

「ウソじゃないですよ。あの時確かに本気で動いてはいましたが、一番得意な近接戦を縛ってたみたいなので」

 

「確かに砲雷撃戦しかしてなかったが……」

 

「あの人が本気で近接戦したら、轟沈艦がでちゃいますので。一応配慮してくれてたんだと思います」

 

「……轟沈? 演習でか? 大佐が言うことは、相変わらず意味わかんねぇわ……」

 

「その評価、心外ですからね?」

 

 

 ふたりが川内の異次元っぷりを再確認していると、研修空母コンビが話に入ってきた。

 

 

「木曾さん! 私、必ず強くなって帰ってくるから! それこそあの川内さんに勝てるくらいに! 期待しててね!」

 

「ん? ああ、当然だ。たっぷりしごいてもらえよ、瑞鶴。葛城も期待してるからな」

 

「はい! 木曽さんみたいなスゴイ人にそう言ってもらえて、私、嬉しいです!」

 

「おう。本当に期待してるんだ。しっかり頑張って来いよ。ふたりとも」

 

「「 ハイ!! 」」

 

 

 艦隊のまとめ役である木曾にここまで言ってもらえて、思わず笑顔になるふたり。尊敬する人物に期待されるというのは、やはり嬉しいものだ。

 

 そんなふたりだったが、瑞鶴が何かに気づいたようだ。見送りメンバーをきょろきょろ見渡している。

 

 

「……あれ? そう言えば翔鶴姉は? 朝は一緒に居たのに……」

 

 

 瑞鶴と姉妹仲が良い、第2艦隊メンバーである翔鶴の姿が見えない。かわいい妹の門出なのだから、見送りに来ないというのもおかしな話だ。

 少し不安そうにしながら姉妹を探す瑞鶴に、同艦隊メンバーの加賀が話しかける。

 

 

「五航戦の控えめな方なら、先ほど横須賀第3鎮守府に向かいました」

 

「えぇっ!? なんで!? 私そんなの聞いてない!! どういうことなの、加賀さん!?」

 

「元帥と横須賀第3の鳥海に頼んで、研修を受けさせてもらうように打診していたわ」

 

「そんな、翔鶴姉……そんな大事なことなのに、なんで……」

 

 

 なぜそんな大事なことを、妹の私に相談してくれなかったのか。そんな思いが胸中にあふれ、瑞鶴はショボンとしてしまった。その様子を見る加賀は言葉を続ける。

 

 

「『自分が許せなかった』。あの子はそう言っていたわ。

……あの演習を見た後、妹が迷いなく『強くなりたい』と言い出した。それを見たあの子は『妹のことを誇りに思ってしまった』そうよ。あろうことか」

 

「そ、そう思ってくれたなんて嬉しい……って、そうじゃなくて! それの何が翔鶴姉にとって問題だったの?」

 

「ハァ……これだから五航戦の控えめな方は……」

 

「ハァ!? ちょっと加賀さん!! それ翔鶴姉に対しての『控えめ』と、絶対意味が違うよね!?」

 

「そんなことはどうでもいいわ。……現役である艦娘が、他の艦娘の必死な姿を見て『あぁ、誇らしいなぁ』なんて思ったのよ? 弱い自分のことを棚に上げて。それが恥でなくて、何が恥だというのかしら?」

 

「そ、それは……!!」

 

「とにかく、あちらの控えめな方は、柄にもなく強くなろうと決意したということ。仲の良い妹に連絡もせず発ったということは、そういうことよ」

 

「そう、だったの……」

 

 

 どうやら瑞鶴と仲良しな翔鶴は、自分の精神が緩んでいたことを恥じ、こっそりと研修に旅立ったらしい。

 いつも妹と一緒に行動するほど仲が良かったことを考えると、相当な覚悟だと言える。

 

 

「ねぇ提督。いつもより加賀さん厳しくないでちか? ちょっと言い方にトゲがあるっていうか」

 

「ゴーヤならわかるだろう。あの態度は自分に対してのものでもある、ということだ」

 

「……そっか。ゴーヤにも加賀さんの気持ち、わかるでち」

 

「あぁ。俺にもわかるぜ。加賀さんが気合入ってる理由。

瑞鶴、葛城のふたりはもちろん、翔鶴の奴も確実に強くなる。俺たちも負けてられない」

 

「木曾の言う通りでち。いつまでも第1艦隊とか言って、胡坐かいていられないでち」

 

「はい……今までの訓練内容を改めないといけませんね……」

 

「扶桑さんもあの演習で、いい刺激受けたんだな」

 

「ええ。私もまだまだだとわかりましたので……」

 

「もちろん俺もこのままじゃ終わらねぇ。義兄さんも楽しみにしててくれよな」

 

「義兄さん呼びよりも階級で呼んでいただいた方が……まぁ、いいか。皆さん、無理せず頑張ってくださいね。陰ながら応援してます」

 

「任せとけ。ただし無理はする」

 

「当然でちね。ぬるい訓練なんて、訓練とは言えないでち」

 

「ええ。自分を追い込むことになると思いますが、必要なことですので……」

 

「鎧袖一触よ。心配いらないわ。大佐」

 

「だ、大丈夫かな……? とにかく、やりすぎないようにだけは注意して下さい」

 

「安心しろ、大佐。ここにいる者は皆、己の限界を見極めることくらいできる」

 

「……それもそうですね。余計な心配でした」

 

 

 どうやら例の演習を見たことで、大本営の実力者たちに火が付いたようだ。

 

 普段は実戦よりも新兵への教導を優先しているせいか、闘争本能を刺激される機会が少なかったのだろう。もちろん自分たちよりも実力がある者が身の回りに少なかったのも一因だ。

 自分たちに伸びしろが十分にあることを自覚し、やる気をみなぎらせている。

 

 

「大本営の皆さんに負けずに、ウチも頑張ります。本当によくしてくださって、ありがとうございました」

 

「うむ。それはこちらのセリフだ。大佐のおかげで皆に気合が入った。また何かあれば、こちらからも頼むことがあるかもしれない。その時はよろしくな」

 

「はい。もしもそのようなことがあれば、ウチの方でも誠心誠意対応させていただきます」

 

「頼りにしている」

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんな感じで最後の挨拶をしていると、鯉住君のところに大和がやってきた。

 

 

「大佐、ここ数日間、お世話になりました」

 

「あ、大和さん。とんでもない。こちらこそお世話になりっぱなしで」

 

「ふふ。大佐が来て下さると、必ず何かが起こるので、みんなにもいい刺激になるんですよ」

 

「何かを起こしたくて起こしてるわけでは……ま、まぁ、あれです。そう言ってもらえるのは素直に嬉しいです。いつも厄介な話ばかりで申し訳なく思っているので」

 

「厄介だなんて、そんな。……あの、話は変わるんですが、確認しておきたいことがありまして。ひとつだけ聞いてもいいでしょうか?」

 

「? もちろんです。ひとつと言わず、いくつでも聞いてください」

 

 

 鯉住君の言葉を受けて、少し不安げに大和は話を続ける。

 

 

「あの……昨日の話なんですけども……

大佐は昨日、これから部下の皆さんと向き合っていくとお話してくださいました。それなのに私が、今まで通り大佐と接してもいいものなのかな、って。もっと距離を置いた方がいいんじゃないか、って思ったんです」

 

「……あぁ、なんだ、そんなことですか」

 

「そ、そんなこと……? ケッコン艦でもない私がそこまで親しくしていたら、部下の皆さんに迷惑なのでは……?」

 

「違います。それは違います、大和さん。

私の部下は、全員、そんな些細な理由で大事を見失ったりはしません。一番大事なことは、よりよい未来を全員で目指すことですから。

大和さんと仲良くさせていただいているのは、その一環でもあります。それはみんなわかってくれています」

 

「そ、それは……そうかもしれませんが……」

 

「大和さん。望む未来を創ることは、私ひとりでも、部下たちを含めたとしても、不可能なんです。私達だけでは、大きな方針を決めるには視野が狭すぎますし、できることも限られていますから。

私たちが抱える意味不明な案件を、いつもうまくまとめてくれる大和さんが、どれだけありがたい存在か。それが分からない部下はウチにはいませんよ」

 

「……そうですか。ありがとうございます」

 

「それはこちらのセリフですよ。ありがとうございます。いつもいつも助けてくれて。

だからこそ……私は今までよりも強く、大和さんを助けたいと思っています」

 

「大佐には十分助けられていますよ」

 

「それでもです。私はもっと大和さんのチカラになりたい。人類と艦娘の未来を一番考えているのは、大和さんだと思っています。だから貴女にチカラを貸さないなんてこと、ありえないんです」

 

「そう、でしょうか」

 

「はい。人類が大事と考えている人は、いっぱいいるでしょう。でも、人類と艦娘はどちらも対等な存在、並び立つ相手……そう考えられていて、実際にそれを踏まえて動けている人を、私は大和さん以外に知りません。

……だから俺は、貴女の創る未来が見たい。人類と艦娘が笑いあって過ごせる未来を、尊敬する貴女と一緒に創りたい。そのために協力を惜しまないのは当然です」

 

「……ふふ。責任重大ですね」

 

「そんなに気負わないでください。俺にも一緒に背負わせてください。ひとりで抱え込むことなんてないんです」

 

「龍太さん……」

 

「……なんて偉そうに言ってますけど、ひとりで抱え込むな、ってのは、部下から教わったことなんですよね」

 

「そうでしたか。素晴らしい方々ですね。本当に」

 

「はい。私の自慢です」

 

「ふふ。それでは、これからもよろしくお願いしますね」

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 どちらからともなく手を差し出し、固く握手を結ぶふたり。向かい合うお互いの顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 話に花が咲いているところだが、そろそろ時間である。それぞれ最後の挨拶をすまし、鯉住君達は定期連絡船へと乗り込んだ。

 

 連絡船に乗客全員が乗り込み、タラップが外される。ついに出航の時間だ。ボゥーッという汽笛と共に、定期連絡船が動き出す。

 

 

 ラバウルは日本から遠いこともあり、定期連絡船でそこまで到着するには、乗り継ぎ含めて数日かかる。だから乗客には部屋が用意されている。

 

 今回は2人部屋を2つ借りることに。

 部屋割りは空母組とラバウル第10組。鯉住君と夕張で男女相部屋となるが、鯉住君は「夫婦だし問題ないよね?」と言って、さらりと予約してきた。

 これには3人とも赤面。空母組には「夫婦だけどそういった行為はしない」云々は伝わってないので、「そういうことなんですか!? 私たちの隣の部屋で!?」なんて思うのは当然だ。

 夕張は夕張で、そういうことはないのは分かっているが、いつものへっぴり腰でない提督にドキドキしてしまった。

 

 そんなこんなで若干わちゃわちゃしてしまったが、現在はみんな荷物を部屋に置き、支度を終え、船内で自由に過ごしている。

 

 鯉住君はと言えば、定期連絡船の外側通路でゆっくりしている。

 特にやることもなく、一息ついたのもあって、船に寄り添って飛ぶ海鳥を眺めながらボーっとしていると、夕張が話しかけてきた。

 

 

「ねぇ師匠」

 

「……ん? どうした夕張?」

 

「出航前に、大和さんとどんな話してたんですか?」

 

「あー……俺、帰ったらさ、キミたちひとりひとりと、しっかり話し合うつもりじゃない?」

 

「はい」

 

「だから大和さんは、今まで通りの距離感で大丈夫か、って心配してくれたの。部下でもないのに、そんなに親しくしちゃっていいのか、って」

 

「そうなんだ。優しい方ですよね」

 

「うん。だからね。疎遠になる必要なんてない、むしろもっとチカラになりたい、って伝えといた。大和さんが見ている目標は、素晴らしいものだからね」

 

「むー……私たちのことも、ちゃんと見てくださいね?」

 

「当たり前だよ。大和さんに今まで以上に協力するって言ったのも、キミたちだったらそう答えるだろうと思ったのもあるからね。

……俺たちは俺たちにできることをやろう。決して妥協せず、みんなが笑っていられる未来に進もう。頼れる人たちもいる。キミたちとなら、それができる」

 

「はい。ついていきます。どこまでも」

 

「ありがとうな」

 

 

 隣り合ったふたりはしばらく、遠ざかる本土を眺めていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「大和君」

 

「? どうしたんですか? 提督」

 

「今更だが、本当によかったのか?」

 

「なんのことでしょう」

 

「大佐とのことだ」

 

「……よかったんですよ。これで」

 

「ふむ」

 

「大佐は私の心の中にあった目標を理解してくれて、応援したい、協力したいとまで言ってくれました。それ以上に何を望みましょうか」

 

「彼は本当に人をよく見ている。心根も強く暖かい。信頼に足る人物だ」

 

「はい。本当に。だからこれでよかったんです。

応援してくれる人がいる以上、頑張らないといけませんからね。新しいやりがいができて、私は嬉しいです」

 

「そうだな。認めてくれる相手がいるというのは、素晴らしいことだ」

 

「ええ。だから私が今まで通り大本営で仕事することには、何の不満もありません。これが私にできることで、私がしたいことですから」

 

「そうか」

 

「はい。……ただ……」

 

「ただ?」

 

「ただ……ちょっとだけ、もったいなかったかな、って」

 

「……そうか」

 

 

 出航した船を見送る大和。その視線の先では、仲睦まじそうな二羽の海鳥が、寄り添って飛んでいた。

 

 





この章は少し長かったですが、ここまでとなります。
次回からは鯉住君大佐編ですかね。





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第5章 大佐編
第122話


 こっから第5章、鯉住君大佐編ですね。
 このお話も終盤に入ります。うまいことまとめていかないとですね。

 あ、一応補足ですが、大本営第2艦隊の翔鶴が研修に出向いた関係で、欧州救援の増援は五航戦コンビから横須賀第3の二航戦コンビに変更となりました。
 実力的には全く問題ないふたりですので、さらっと決まったようです。



プチ情報

本作品における、艦娘の所属鎮守府に対する心象アンケート(提督に抜き打ちで調査)


「つらい」0.2割

「ガマンできる」3割

「不満はない」4割

「満足している」2割

「異動したくない」0.8割


 鼎大将組は大体の所属艦娘が一番下の項目です。うまく運営できているようですね。
 他所ではうまくやっていけないメンバー(将棋ジャンキー、阿修羅、謎のデメリット持ち)が多いとも言います。

 参考までに、真面目にやってる中で平均的な鎮守府である、鈴木大佐(ラバウル第9基地)のところでは、大体の艦娘が「不満はない」「満足している」になります。




 

「ようやく帰ってきたなぁ」

 

「そうですね、師匠。と言っても、2週間も経ってないんですけどね」

 

「川内さんに拉致られたのが、なんだかすごく昔のように感じるよ……」

 

「私もです……」

 

 

 ここはパプアニューギニアのラバウル基地エリア。そのエリアの中でも南端と言ってもよいポポンデッタ港。

 本土から数日掛けて到着した定期連絡船からは、観光客や仕事で来た人間がぞろぞろと出てきている。

 

 その中に見える一団である4人の人影。

 少し高めの背で浅黒く日焼けした男性と彼に寄り添う小柄でかわいらしい女性、そして実にスレンダーである、大学生の先輩後輩めいたふたりの女性。

 

 その4名は順に、ここから車で30分ほど離れたところにある『日本海軍・ラバウル第10基地』の主である「鯉住龍太大佐」と、その部下であり弟子であり艦娘でもあり伴侶でもある「軽巡洋艦・夕張改」。

 そして研修生として大本営からやってきた艦娘「装甲空母・瑞鶴改二甲」「正規空母・葛城改」である。

 

 長い船旅でカラダが凝り固まってしまっているのだろう。

 船着き場で立ち止まり、全員で軽いストレッチをしているところだ。

 

 

「うー……んっ! ようやく陸の上に足をつけられたわねー」

 

「そうですね先輩! さすがに何日も船の上だと、カラダが鈍っちゃいますね……っふぅ」

 

「キミたち元々は艦なのに、そういう感覚あるんだねぇ」

 

「そうね。いくら艦娘は人間と違うとは言っても、その辺は変わんないわ」

 

「それもそうか。夕張は平気かい?」

 

「ハイ! 本調子とは言えませんが、久しぶりにみんなと会えると思うと疲れも吹き飛びます!」

 

「そっか、それならよかった。個人的には戦々恐々なんだけどね……」

 

 

 ようやく目的地に到着して、ニコニコしている艦娘3名に比べて、鯉住君はそこまで手放しで喜んでいるわけではないようだ。

 

 というのも、今回の旅先で彼はついに『好意を寄せてくれている部下全員と真摯に向き合う』という一大決心をしたのだ。

 それはつまり、現代社会ではタブーのひとつとされている重婚に繋がることであり、今までのらりくらりと躱してきた好意を真正面から受け止めるということでもある。

 これからそんな一大イベントが待ち受けているというのが、彼が自然体でいられない理由であり、苦笑いを浮かべている理由だったりする。

 

 

「まぁ、今更そんなこと言っても仕方ないか。腹をくくるしかない」

 

「そうですよ。私だけイイ思いしてたら申し訳ないですからね。他の皆さんともしっかり話し合ってくださいね?」

 

「わかってるさ。……それじゃ、タクシー拾って鎮守府まで向かおうと思うけど、その前に街で買っておきたいものとかあるかな?」

 

「いいえ、私は大丈夫。葛城も大丈夫?」

 

「はい先輩! あ、そうだ。大佐、生活に必要なものとかって鎮守府にあるんですよね?」

 

「うん。その辺は心配しないでくれ。叢雲と古鷹が用意してくれてるはずだ」

 

「それならオッケーです!」

 

「よし、それじゃ行こうか。久しぶりのホームだから楽しみだ」

 

「「「 わかりました! 」」」

 

 

 

・・・

 

 

 移動中……

 

 

・・・

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

 タクシーに乗って約30分。

 ついに本拠地である鎮守府に到着したのだが……

 

 

「……ねぇ大佐?」

 

「はい」

 

「私たちが前来た時から、鎮守府増築したの?」

 

「してません。俺もこんなの知りません」

 

「だよね。大佐のリアクション、そういうリアクションだもんね……」

 

「はい……」

 

 

 久しぶりにホームに戻れて喜び溢れる……はずだったのだが、そういうわけにはいかなかった。

 なぜかと言えば、予想外な出来事が起こっていたからだ。

 

 

「なぁ夕張、多分あれって工廠だよな……?」

 

「そうなんじゃないでしょうか。他に思い当たる設備もないし。

……しかしすごく立派ですね、アレ……」

 

 

 ここラバウル第10鎮守府の工廠というのは、和風建築である豪農屋敷(鎮守府棟)の隣にある、蔵みたいな建物だったはずだ。

 

 もちろんそこにはまだ見慣れた工廠(蔵)があるのだが、問題はその奥。

 鎮守府建築の際に出てきたであろう端材が放置されていた場所だったのだが、なんとそこに立派な建物が建っていた。

 

 赤レンガで造られた2階建てのモダンな建物。工場制手工業でも行われてそうなデザインである。

 

 

「なんで俺が鎮守府から移動すると、毎度毎度、部下が増えたり建物が増えたりするんだろうな……」

 

「ねぇ大佐。さっそく私、ここでうまくやっていけるか心配になってるんだけど」

 

「一緒に覚悟決めましょう、瑞鶴さん……」

 

「なんで大佐は自分の本拠地に戻ったのに、覚悟決めないといけないのかな……?」

 

 

 なんでこんなことになってるのに秘書艦は教えてくれなかったのか、とか、工廠のキャパが限界に近かったのでアレが工廠なら助かっちゃう、とか、ツッコミを入れたいのに事態が好転していてツッコミきれずなんか無性に悔しい、とか……

 色々言いたいことはあったけども、何が何やらわからないため何も言えず、トボトボと鎮守府棟へと向かう鯉住君達なのであった。

 

 ちなみに葛城は増築された謎の建物云々以前に、一面に広がる緑豊かな畑とか、そこでせっせと働く妖精さん達とか、段々になった山葵田や生簀とか、鎮守府にあるはずのない旅館とかプールとか水族館とかを目の前にして、すっかり放心していたそうな。

 

 

 

・・・

 

 

 

 鎮守府棟(豪農屋敷)のほうまで歩いてくると、入口のところでは秘書艦のふたりが待機していた。

 鯉住君がタクシーに乗るときに連絡していたので、それで待っていてくれたようだ。

 

 ……なんだかふたりとも機嫌悪そうにしているのは、気のせいだろうか?

 気のせいに違いない。気のせいだといいなぁ……

 

 

「た、ただいま。ふたりとも、久しぶりだね」

 

「おかえりなさい」

 

「お久しぶりですね、提督。夕張先輩も」

 

「ただいま、古鷹。なんだか私たちがいない間に、色々あったみたいじゃない」

 

「そうですね、色々と。……先輩たちの方も色々あったみたいじゃないですか」

 

 

 古鷹の目線が、夕張の左手薬指に向かう。

 

 例のデートで何が起こったのか、詳細までは話していないのだが、手持ちの情報をもとに何が起こったのか予想していたようだ。

 当然乙女のカンもビンビンに働いていたからこそ、気づいたのだろうが。

 

 

「そ、そうね。こっちも色々あったわ。天龍さんと龍田さんが欧州に向かったり、こちらのおふたりが研修ってことでウチに来ることになったり」

 

「それもそうですが、私たちの関心は……

……まぁ、それはそれとして置いておきますね。あとで色々お聞きする場も設けてありますし」

 

「「 えっ 」」

 

 

 なんか不穏な発言があったので、反射的に聞き返してしまう鯉住君と夕張。

 しかしそんなふたりに構わず、古鷹は空母ふたりに挨拶を始めた。

 

 

「瑞鶴さん、お久しぶりです。葛城さん、初めまして。これからよろしくお願いします!

瑞鶴さんは二度目だから今更かもしれませんが、ここはかなり特殊な場所で、日本海軍っぽくないとよく言われます。ですがとっても居心地がいいところなので、存分に羽を伸ばしながら鍛えていってくださいね!」

 

「う、うん。これからよろしくね。頑張るから」

 

「ヨロシクオネガイシマス……」

 

 

 色々聞きたかったけど勢いに流されてしまう瑞鶴に、いまだ心ここにあらずな葛城である。

 

 そんなふたりの様子に構わず、叢雲が話を進める。

 

 

「それじゃふたりの案内は古鷹に任せるわ。ここでの部屋割りとか、暮らし方のルールとか、施設案内なんかをしてもらうから。聞きたいことがあったら何でも聞いてちょうだい」

 

「「 は、はい 」」

 

「ではおふたりは私についてきてくださいね。まずはお荷物を置いてきてもらいたいので、おふたりのお部屋まで案内いたします」

 

「「 は、はい 」」

 

 

 流れるような誘導に、流されるままになってしまっている空母ふたり。

 古鷹に連れられて艦娘寮(旅館)の方までトボトボ歩いて行ってしまった。

 

 この場に残されたのは、筆頭秘書艦である叢雲と、鯉住君に夕張。

 いったい何が始まるんです!? なんて戦々恐々してるところ、叢雲が口を開く。

 

 

「さて、アンタには色々と聞きたいことがあるんだけど……とりあえずはお疲れ様。夕張もコイツの御守りご苦労様だったわね」

 

「あ、ああ」

 

「は、はい」

 

「ひとまず言っておかないといけないことは、そうね。

今日の夕食は会食形式にしてあるから、楽しんで頂戴。足柄と秋津洲が随分と気合入れて仕込みしてるから」

 

「お、おう。そうなのか。それはすごく楽しみだ。

……ちなみにそれはあれかい? 研修生の受け入れ記念パーティみたいなことかな?」

 

「それもあるし、アンタと夕張のお帰り会でもあるわ」

 

「へぇ、それは嬉しいなぁ。わざわざそこまでしてくれるなんて。ありがとう」

 

「そして、アンタと夕張のガチ婚祝賀会でもあるわ」

 

「「 ファッ!? 」」

 

 

 まさかの発言に、変な声を上げてしまうふたり。

 

 

「アンタ自分で言ってたじゃない。『夕張の気持ちを大事にして、デートしてくる』って。

夕張の気持ち大事にして話がこじれてないんだったら、それもうガチ婚しかないから。それくらいみんなわかってるから」

 

「そ、そうすか」

 

「私たちとしても夕張の気持ちはよくわかってたから、お祝いしてあげたいって気持ちは素直にあるのよ。この唐変木にそこまで決心させたのを労う目的もあるわ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「で、その会食の後は、アンタと夕張が夫婦になった話とか、今後の私たち他の部下とのあれこれについて会見を開く予定になってるから。しっかり心の準備しておきなさいよ」

 

「なんすかそれ……落ち着いて食事できない……」

 

「安心なさい。別にアンタを糾弾しようなんて誰も思ってないから。楽しむときはしっかり楽しんで、やる時はしっかりやればいいのよ」

 

「まぁ、そうなんだけどなぁ」

 

「ま、アンタが見合いの話黙ってたことについては、ひとこと言わせてもらうけど。全員から」

 

「やっぱりそういうのじゃないか……ハァ……」

 

 

 なんだかんだで針の筵となるであろう会見の様子を想像して、ため息をつく鯉住君。

 

 とはいえお見合いの件を黙っていたことに部下が色々思うところがあるのは、それはやっぱり自分のことを大事に想っていてくれているから。

 普通の提督と部下との関係であれば『ご結婚おめでとうございます』の一言で済まされてしまうことを考えると、随分と愛されている証拠だろう。

 

 そこまで分かっていてゴネるような真似はしたくない。

 これも甲斐性のひとつだと受け入れることにする。

 

 

「……わかった。そこは俺もキミたちの気持ちを無視して悪かったと思ってるから、疑問にはひとつひとつ丁寧に答えることにするよ」

 

「……へぇ。アンタ本当に変わったわね」

 

「そうかな? そうでもないと思うけど」

 

「いえ、師匠は変わりましたよ。変わってくれました」

 

「そうよ。夕張の言うとおりね。

前までのアンタだったら『しょうがないから対応する』って態度で一貫してたはずよ」

 

「それは、そうかも」

 

「これから楽しみにしてるわね。色々と」

 

「お手柔らかに」

 

 

 

・・・

 

 

 

「そうだ。こっちも聞きたいことは色々あるんだけど、とりあえずひとつだけ。……あの建物、なんなの?」

 

 

 なんだか空気が柔らかくなったと感じ、話題を変える鯉住君。

 さっきから視界の端にチラチラ映る、あのレンガ造りのモダンな建物。アレが何かについては、すぐに確認しておくべきだろう。

 

 

「あぁ、アレはね。よくわからないわ」

 

「……ん?」

 

「よくわかんないのよ」

 

「いやいや、いくらなんでもそんなことないでしょ?」

 

「アレが出来たのって、今朝のことだから」

 

「……今朝?」

 

「今朝」

 

 

 なんか秘書艦がよくわかんないこと言いだした。

 

 

「あの建物、昨日までは影も形もなかったのよ。少なくとも昨日の夜勤のタイミングでは、ただの廃材置き場だったわ」

 

「ウソぉ……」

 

「一応は一通り中を確認したんだけどね、どう見ても工廠だったわ。必要な機材や設備まで完備されてて、今すぐに使えそうな状態だったわね。あとはそうね、今までウチで使ってた場所(蔵)の、少なくとも5倍ほどは広いわ」

 

「ヤバいなそれ。俺が前にいた呉第1鎮守府の工廠クラスじゃないか」

 

「しかも艦娘寮(旅館)に使われている『まったく結露しない塩ビ配管』で水冷されてて、かなり涼しい状態になってるわね。肌寒いくらい。あ、ちなみにあのレンガも結露しない素材みたいね」

 

「あー、いつものオーパーツかぁ……十中八九、英国妖精シスターズだろうなぁ……」

 

「まぁアレよね。前に艦娘寮(旅館)建ててくれた時と同じで、人数増えるから施設の強化してくれたんでしょうね。自発的に」

 

「だろうねぇ」

 

 

(ざっつらいとでーす!)

 

(がんばりました! ひええー!)

 

(わたしたちもしんかしてるのです! だいじょうぶです!)

 

(そうぞういじょうをていきょういたします! けいさんいじょうです!)

 

 

「あ、やっぱりそうなんだ。キミたちが建てたんだね、アレ」

 

「いきなり現れたわね。それはそうと、やっぱりこの子たちの仕業だったの」

 

「相変わらずこの子たち自由ですよねぇ」

 

 

 いつの間にか登場していた英国妖精シスターズによれば、予想通り彼女たちの仕事らしい。

 なんだかんだ言いつつも、まるで動揺していない3名。慣れとは恐ろしいものである。

 

 

(むらくもとでんわしてたとき、いってたねー! にゅーふぇいすがとうじょうするって!)

 

(だからしせつをきょうかしました! はい!)

 

(ていとくのごきかんにあわせた、さぷらいずです!)

 

(ここはですね! わたしたちのあたまをなでていただくのが、じょうさくかと!)

 

 

「あー……まぁ、実際に工廠が狭く感じてたところだからなぁ。

結果的に助かったよ。ありがとな、お前たち」

 

 

 なでなで

 

 

((( あ゛ぁ^~ ……!! )))

 

 

 鯉住君に頭をグシグシ撫でられてつつ、だらしない顔で彼に抱き着く英国妖精シスターズである。

 

 

「それじゃ謎の建物についても解決したところで、他の情報共有といきましょう。天龍たちのことも聞きたいし」

 

「あぁ。俺も海域解放の流れとか知りたい。頼んだよ」

 

「それじゃ私はどうしてましょうか?」

 

「夕張は大丈夫かな。疲れも溜まってるだろうから、夕食まで休んでていいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 これから先の情報共有は、あくまで提督と秘書艦の間でしておけばよいものだ。

 だから夕張には席を外してもらおうとしたのだが……

 

 

「ちょっと待って」

 

「? どうしたんですか、叢雲さん? まだ何かあるんですか?」

 

「あるのよそれが」

 

「……ッ!?」

 

 

 なんか不穏な予感がしてきて、ブルッと身震いする鯉住君。

 

 

「これを見ればわかるわ」

 

 

 そう言っておもむろに端末を取り出す叢雲。その画面に映っていたのは……

 

 

 

「 お゛う゛っ゛!!? 」

 

 

 

 佐世保第4鎮守府での一幕。

 満面の笑みで幸せそうに寝ている清霜と夕立から、鯉住君がガッチリと抱き着かれている写真だった!

 

 

 

「あー……師匠コレ……」

 

「ななななんでこの写真があるの!? ていうかなんで叢雲がソレ持ってんの!?」

 

「足柄から受け取ったわ。清霜所属の礼号組ネットワークで拡散しているそうよ」

 

「ファッ!?」

 

「もっと言うと、夕雲型ネットワークと白露型ネットワークでも拡散しているそうね。バズってるらしいわ」

 

「無慈悲すぎる!!」

 

「さぁ……私にちゃんと説明できるんでしょうね?

ウチのメンツならまだしも、他所の艦娘に手を出した理由……説明してもらうわよ?」

 

「ご、誤解なんだって!!」

 

「それを判断するのはアンタじゃないわ。私よ。

夕張は知ってることを話してちょうだい。コイツが思ってることと実際にこの子たち(清霜と夕立)が思ってることが違うくらい、私にはわかるんだから」

 

「それはそうですね。師匠、頑張ってください」

 

「夕張!?」

 

「さ、詳しい話は執務室で聞かせてもらうわ。夕張も着いてきて」

 

「分かりました」

 

「うおぉ! ヘルプ! ヘールプ!!」

 

 

 両腕を両側からガッチリと掴まれ、泣きそうな顔をしてドナドナされていく鯉住君なのであった。

 

 

(ていとくはもてもてでーす!)

 

(さすがはしれいですね! ひええー!)

 

(わたしにも、もっとかまってほしいです!)

 

(けいさんいじょうのおかたですね!)

 

 




 礼号組ネットワーク一部抜粋


 清霜(佐4:見て見てー! 川内さんにもらった!


 [ 画像添付(鯉住君に清霜夕立が抱き着いて寝てる写真) ]


 大淀(横3:!!?

 清霜(佐4:いいでしょー!

 足柄(ラ10:あら、提督じゃない。なんでこんなことに?

 清霜(佐4:龍ちゃんが遊んでくれたんだよー!

 足柄(ラ10:遊んでるというよりは、寛いでるみたいだけど

 大淀(横3:他の写真はありますか!?

 清霜(佐4:んーん。こんだけ

 大淀(横3:そうですか……

 足柄(ラ10:拉致されていった時は心配したけど、提督大丈夫みたいね

 清霜(佐4:楽しかったよ!

 大淀(横3:もし他の写真もあるようでしたら、教えてくださいね

 清霜(佐4:わかったー



 補足:横須賀第3の大淀さんはムッツリ眼鏡です。




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第123話

 皆さん今回のイベントはいかがだったでしょうか?
 私は新規艦目白押しで大変満足できる結果となりました。

 秋月、葛城、同志でっかいのと中くらいの、サラトガ、アイオワ、イントレピッド、そしてフレッチャーと、超強力かつ超レアな面々を迎えることに成功しました。やったぜ。

 石垣ちゃんと岸波、大和とは未邂逅に終わりました。岸波は分かりませんが、大和さんはこの作品での扱いに思うところがあったのかもしれません。おこなのかもしれません。

 これからトライする大型建造で、大和さんは果たして来てくれるんでしょうか? 代理人として武蔵(既所持)ばっか出てくる気もします。私の気のせいでしょうか。そうだといいなあ。




 

 叢雲からの尋問はつつがなく(?)終わった。

 鯉住君の必死の弁明と、夕張による的確な合いの手により、いやらしいことは一切なかったと信じてもらうことに成功したのだ。

 

 とはいえ叢雲の説得のためにやむを得ず、『超性能な艤装のために天龍たちに愛を叫んだ』という、出来れば切りたくなかったカードを切ることになってしまった。

 

 それを聞いた叢雲は、ひとしきり八つ当たりした後「ふーん……そう。ふーん……そうなのね。ふーん……」と何か意味ありげに思案していたのが、鯉住君にとっては非常に印象的だった。

 

 その様子を見て「フフ、怖い」なんてブルっちゃう鯉住君。遠からぬ将来に、良からぬことが起こるのを感じ取ったのだ。ついに未来予知能力に目覚めてしまった様子。

 

 

 

 それはともかく、現在は夕方の18:00。夕食の時間である。

 

 今日の夕食は、色々な出来事(研修生受け入れ、提督帰還、昇進祝い、ガチ婚祝い)に対する祝賀会といった体で行われるので、かなり豪華なオードブル形式である。給糧艦顔負けな足柄と秋津洲のふたりが腕によりをかけたのだ。

 

 そんな豪華な会食が始まる前に、この鎮守府代表である鯉住君の挨拶が行われている。

 

 

「えー、皆さん、今日はこのような素晴らしい会を開いていただいて、ありがとうございます。

皆さんのおかげで私も大佐などという過分な身分に昇進できたことに加え、栄えある大本営からの研修受け入れという、非常に名誉ある大役を担わせていただくことと相成りました。

研修に来てくれたふたりとは、ぜひとも仲良くしてあげてください」

 

「久しぶりね! ヨロシク! 大本営第1艦隊の瑞鶴よ!」

 

「先輩ともどもよろしくお願いします! 大本営第2艦隊の葛城です!」

 

 

 よろしくねー。頑張りましょー

 

 ムニャ……あら、葛城じゃないですか……いつの間に……zzz……

 

 お前様ー! 妾は頑張ったのじゃ! 労ってくりゃれー!

 

 私も頑張ったかも! ご褒美が欲しいかもー!

 

 

「はいはい。挨拶中だから細かいことはあとでね。おふたりには会食中にぜひ絡んであげてください。

……それとですね。ここに居ない天龍と龍田は、現在みんなのために欧州まで出向いてくれています。危険はほぼないとはいえ、それでも確実とは言えません。みんなからも応援の連絡をしてあげてください」

 

 

 わかりましたー

 

 ふぅん。天龍なら問題ないわね。私に勝ったのだし

 

 流石はウチの二枚看板ですね!

 

 

「……えー、またですね、紆余曲折ありながらも、この度夕張と改めて夫婦となりましたことを、この場を借りてお知らせしたいと思います」

 

「えへへ……!!」

 

 

 !? あの草系男子な提督が、そんなに堂々と……!?

 

 夕張先輩が、あんなに幸せそうに……!!

 

 提督ヤバいわー、全然動揺してないわー……!!

 

 なんなのよ、ヘタレのくせに……!!

 

 おめでとうー! 鯉住さーん!

 

 

「はい、これも皆さん色々言いたいことあると思いますが、会食の後でね。秘書艦のふたりがそういう場を用意してくれてるみたいだから。不本意にも。

……とにかく、挨拶はこれくらいで。足柄さんと秋津洲が丹精込めてこしらえてくれた料理を、存分に楽しみましょう。

それでは皆さん、お飲み物(ノンアルコール)をお持ちください」

 

 

 カチャカチャ……

 

 

「それでは……みんなの頑張りと、研修生ふたりの頑張り、そしてラバウル第10基地のこれからを祝して……カンパーイ!」

 

 

 カンパーイ!!

 

 

 

・・・

 

 

 

 会食はバイキング形式ということもあり、会場のあちこちでは楽しそうに談笑する姿が見られる。

 

 特に人気なのは、研修生である瑞鶴葛城コンビと、鉄壁な提督の守りを酒の勢いでこじ開けた夕張。

 食事を楽しむ暇がないほどに質問責めにされている。

 

 その様子とは対照的に、鯉住君の周りは比較的静かだ。

 もっともそれは、この後の質問会で色々聞くからは今は楽しんどけ的な「嵐の前の静けさ」であるのだが。

 

 そんな彼の下に、今回の歓迎会の立役者のひとり、ここの厨房を任されている足柄がやってきた。

 

 

「どう? 提督、楽しんでるかしら?」

 

「あぁ、足柄さん。いつもですが、こんなおいしい食事を用意していただいて、ありがとうございます」

 

「それが私の仕事だもの。気にしないでいいわ」

 

「そういうわけにはいきませんよ。いつでも足柄さんの料理が食べられるってだけで、元気になれるんですから。

ここから離れている間中ずっと足柄さんの料理が恋しかったくらいには、気に入っちゃってるんです」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。アナタの胃袋はバッチリ掴めてるってことかしら?」

 

「なんだかそうみたいですね。頼りにしてます」

 

「それは責任重大ね。……それはそうと、ちょっとこれ見てほしいんだけど」

 

「ん? 一体どうしたんですか?」

 

 

 足柄は自身の端末の画面を鯉住君に見せてきた。

 どうやらチャットアプリの画面のようだが、その中身は……

 

 

「ん゛ん゛っ゛!?」

 

 

 

・・・

 

 

 

 [ 友達申請リクエスト ]

 

 

 伊良湖(大本営:

 

 お久しぶりです! 私、大本営所属の給糧艦、伊良湖と申します。

 ずっと前に調理技術の相談をしていただいたことがありますが、覚えていてくださいますでしょうか?

 

 現在は鯉住大佐の下にいらっしゃると聞き、居てもたってもいられず友達申請を送らせていただきました!

 

 聞くところによると、艦隊の食を預かる私達と同じくらい、もしくはそれ以上に、料理の腕前が上達されたとのこと。

 給糧艦の艦としての能力抜きで、そこまで人に認めさせるだけの実力が発揮できるなんて! 正直信じられないくらい驚いてますし、尊敬もしています!

 

 一度しか面識がないうえ、いきなりで不躾だということは理解できていますが、情報交換やレシピの相談、調理技術の色々についてお話ししたいという気持ちが抑えきれず、こうしてご連絡させていただきました!

 

 もし嫌でないのなら、お友達に追加して欲しいです! そして色々とお話ししたいです! よろしくお願いします!

 

 

 追伸:

 

 鯉住大佐の鎮守府運営に対する信念についても非常に好ましく思っており、そこで働ける素晴らしさについても教えてもらいたいな、なんて思ってます!

 

 実は私、大佐と直接顔合わせした際に、そちらで働かせていただけないか打診させていただいたのですが、残念ながらその時はお断りされてしまいました……残念ながら……

 

 しかし! これから何かの拍子で私を受け入れてくださることもあるかもしれません! そして私達給糧艦一同は、その時を待ち望んでいます!

 もしそうなった時は、改めてよろしくお願いします! 一緒に頑張りましょう!

 

 

 

・・・

 

 

 

「そうきたかぁ……外堀から……」

 

「ねぇ提督、大本営で何やらかしてきたの?」

 

「いや、あのですね、伊良湖さんからウチに来たいって打診されてですね、それを断ってきまして……」

 

「文章に書いてある通り、私は大本営の伊良湖と面識あるのよ。

彼女ってば、すごくいい娘でね。本来こんなに押しが強い性格じゃないのよ。むしろ逆ね」

 

「そ、そうなんですか? かなり強めにアピールされましたが……」

 

「本当にアナタ、艦娘からモテるわよねぇ。そういうフェロモン出してるとしか思えないわ」

 

「そういうワケじゃなくてですね……たぶん……

伊良湖さんが言うには、俺の運営方針に共感してくれてるってことなので、モテてるとかじゃなくて理想の上司として見てくれてるんだろうなって……」

 

「あのねぇ……艦娘にとって、理想の上司って言ったら尊敬の対象なんだから。それが恋心や愛情に発展してもおかしくないでしょう?

そもそも元帥なんていう超一級提督が治める大本営の所属なのに、僻地の大佐相手にそこまで想いを寄せてるんだから、推して知るべしというものよ」

 

「あんまり考えたくないなぁ……」

 

「粉かけた責任は取りなさい。アナタは艦娘の女性の部分に特効持ってるんだから」

 

「その特効、心底要らないっすね……」

 

 

 なんか予想外のところから予想外のアプローチが飛び出してきて、とってもげんなりする鯉住君。

 

 足柄が言うように、鯉住君自ら粉をかけたわけではない。というか、勝手にいつの間にか粉がかかっちゃってたような状況だ。

 とはいえ見て見ぬふりして逃げ切るのは不可能なのだろう。ハッキリと結論を突き付けるしかない。

 

 

「……ハァ。彼女のことを受け入れてあげたい気持ちはあります。ありますが、そこは俺も提督です。

艦隊運用の面から考えて、ウチでの給糧関係は足柄さんと秋津洲で十二分に事足りてますし、給糧艦の皆さんをお迎えすることはできません。然るべき赴任先はいくつもあるでしょう」

 

「アナタやっぱりお堅いわよねぇ。とはいえそれが正しい判断なんでしょうね。

もし大規模作戦が起こったりして、私と秋津洲だけで厨房を回すのが難しくなったとしても、2,3人にお手伝いをしてもらえれば問題ないでしょうし」

 

「ですよね。ということで、大本営に向けた電文で、しっかりとお断りを入れるようにします。

『将来的に見てもラバウル第10基地で給糧艦が必要になる局面は訪れない見立てなので、給糧艦の赴任については断固拒否させていただきます』みたいな感じで」

 

「伊良湖には申し訳ないけど、それしかないわよね」

 

「気まずいかもしれませんが、足柄さんの方からも伊良湖さんに連絡を入れてもらえると助かります」

 

「そのくらい構わないわ。それくらいで気分悪くするような性格してないでしょうし」

 

「ありがとうございます」

 

 

 ドッと疲れが出てくる話だったが、ここでハッキリとした対応を決めることができたのは、これからにとって良いことだったのだろう、なんて考える鯉住君。

 無理にでもそう思っていないと心労が加速するので、思い込んでいるだけということでもあるのだが。

 

 

「ハァ……とにかく、この話はここまでで。

足柄さんの作ってくれた料理、まだまだ楽しまさせてもらいますからね」

 

「アナタも大変よねぇ。ま、しっかり食べるもの食べて、精をつけておきなさい。この後にメインイベント(質問会)も待ってるんだし」

 

「とりあえずそのことは忘れておきたいので……」

 

「それもそうね。頑張ってね」

 

「やっぱり頑張らなきゃいけないんすね……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 会食が始まってから2時間ほど経過し、料理もずいぶんはけ、宴もたけなわといった様相である。

 夕張は質問責めに遭ってため息をついているし、空母ふたりの研修組は、ここの面々と顔合わせを無事に終えることができ、満足そうだ。

 

 そんな会場に、パンパンと手を叩きながら、秘書艦である叢雲が声を響かせる。

 

 

「はいはい、みんな注目なさい。そろそろ楽しむだけ楽しんだから、会食も御終いにするわ。

片付けまでふたりにやらせるのは申し訳ないから、みんなでやっつけちゃうわよ。あ、ただし瑞鶴さんと葛城さんのふたりは、今日のところはお客さん扱いだから、のんびりしててくれていいわ」

 

「そういうワケにはいかないわよ。私たちも手伝うから」

 

「そうですよ! こんなにおいしいお料理を頂いちゃったんだし、それくらいさせて下さい!」

 

「あら、悪いわね。それじゃ全員で片付けしましょ。始めるわよー」

 

 

「「「 はーい!! 」」」

 

 

 叢雲の号令と共に一同は片付けを始めた。

 とはいえ人数が人数だったので、あっさりと10分程度で終わってしまったのだが。

 

 片付けが済んだ会場は、いつも通りの食堂に戻っている。

 

 

「ありがとな、叢雲。仕切ってもらっちゃって」

 

「アンタがいない間はずっと私が仕切ってたんだから、もう慣れたものよ」

 

「俺がいなくても鎮守府が回るんじゃないかって思えてくるな……」

 

「バカ言ってんじゃないわよ。それじゃ……」

 

 

 会話を中断した叢雲が秋津洲に視線を向けると、彼女は心得たように厨房の方へ引っ込んでいった。

 そして次に出入り口にいた古鷹に目を向けると、彼女も秋津洲同様に心得た様子でピシャリとドアを閉めてしまった。ご丁寧に鍵までかけている。

 

 その様子を見て、猛烈な悪寒にブルっと身震いする鯉住君。

 

 

「……なぁ叢雲、お腹の調子が悪くなってきたから、ちょっと用を足しに行きたいかなー、なんて……」

 

「さっき行ってたでしょ。ガマンなさい」

 

「えーと……」

 

「さ、それじゃみんな、席に着きなさい」

 

 

 叢雲の指示に従って、その場にいる全員がキビキビと着席していく。

 何が何やらよくわかっていない先輩後輩空母は、古鷹が誘導していた。

 

 

「なぁ叢雲さんや」

 

「何かしら」

 

「なんか雰囲気が変わったんだけど……」

 

「そうでしょうね。アンタが居ないのは2週間くらいだったけど、お互いに色々あったでしょ?」

 

「それは、まぁ……」

 

 

 もしかしなくても、これから始まるのは、彼に対する質疑応答及びなんやかんやに対する追求だろう。

 本当にお腹が痛くなってきた鯉住君。

 

 

「それじゃみんな。前半の祝賀会も終わったところで後半戦に入るわ。心の準備はいいかしら?」

 

「そんな大げさな……」

 

 

 無言でうなずく面々。困惑している研修組。

 

 

「聞きづらいこともあるでしょうから、それに対する対策もとってあるわ。秋津洲、お願い」

 

「わかったかも!」

 

 

 叢雲の合図で厨房から戻ってきた秋津洲。彼女の両手には……

 

 

「ちょっと叢雲さんや」

 

「何かしら」

 

「アレは禁止にしたはずでは?」

 

「乙女に素面で恥ずかしいこと発言させようっていうの?」

 

「いや、その……」

 

 

 

 酒だった。

 

 

 この鎮守府では酒乱でないメンバーの方が少ないので、永久封印を施していた酒。

 それがカクテル、日本酒、焼酎、洋酒……ありとあらゆる酒と人数分のグラスが、秋津洲の手によって次々に揃えられていく。

 

 

「私は焼酎でお願いします」

 

「やったぜ! お酒久しぶりー! 私はねー柑橘系かなー」

 

「とにかく強いものをお願いします……!!」

 

「うむ。ラム酒を貰おうか」

 

「日本酒呑みたいです……ふわぁ……」

 

 

 そしてそのバリエーション豊かな酒は、座っている面々にどんどんと届けられていく。

 

 

「何なのだ、これは! どうすればいいのだ?!」

 

「難しいことはないわ。質問に答えればいいだけ。

さぁ、アンタも席に着きなさい。私と古鷹で両隣に座ってあげるから。感謝なさい」

 

「ただでさえ大変なことになるってのに、酒が入ったらそれはもう地獄じゃないですか! ヤダー!」

 

「つべこべ言うんじゃないわよ。男なら潔く諦めなさい。古鷹もそう思うわよね?」

 

「そうですね。私も隣に居てあげますから、思う存分本音で話してください」

 

「叢雲の言葉のチョイスが酷い! あと古鷹の目から光が消えていて怖い!」

 

「大丈夫ですよ。色々と黙ってたことに対して、少しだけお聞きしたいことがあるだけですから……」

 

「そうよ。私たちが何徹もして書類を捌き続けた意味さえ理解してくれてれば、それでいいから」

 

「くっそぅ……なんて日だ……!!」

 

 

 両側を秘書艦ズに固められ、とぼとぼとお誕生日席まで連れていかれる提督からは、そこはかとない悲壮感が漂っていた。

 

 今から始まる精神的処刑タイムに、決めたくなかった覚悟を決める鯉住君であった。

 




 瑞鶴と葛城のふたりは巻き込まれてしまいそうですね。
 鼎大将一派の研修では、変なところで精神がやられるのは確定的に明らか。

 鯉住君のところでも、ちゃんと先輩3人からの系譜を受け継いでいるようですね!



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第124話

 なんかもうメチャクチャです。
 お酒が入ったらこうなるっていうのを表現したかったのです。ごめんなさい。
 なんかいつも謝ってる気がするけど、これはもうしょうがないです。

 あ、一応注意事項です。

 あなたの嫁艦がおかしくなっているおそれがありますので、そのことに留意して読み進めていただくように、よろしくお願いいたします。



 夜も更けてきた午後の8時。

 ラバウル第10基地・艦娘寮(旅館)の食堂には、この鎮守府に所属するすべてのメンバーと、研修生として本日やってきた、瑞鶴と葛城の空母コンビが勢揃いしている。

 

 そこそこ広い空間には、穏やかなムードだった先ほどまでと比べて、明らかに剣呑な空気が漂う。

 普段の食堂の活気ある喧騒とはかなり違う様子。卓の上に置かれた調味料一式や塗り箸と、誰もが真剣になっている張りつめた空気の対比は、何ともミスマッチである。

 

 多くのメンバーが普段呑まない、いや、禁止されていて呑めないお酒を煽り、何を発言しようか思案している状態だ。

 

 そんなおかしな雰囲気漂う空間に、筆頭秘書艦である叢雲の声が響く。

 

 

「それじゃみんな、聞きなさい。これから歓迎会後半の部を始めるわ。

事前に決めておいた通り、一通り聞くべきことを聞いていくから、コイツに対する質問は、その都度していってちょうだい」

 

 

 鯉住君は叢雲のセリフに気がかりなところでもあるのか、叢雲とは反対側に座る古鷹にコソコソと質問している。

 

 

「えっと……事前に決めてたって、どういうこと……?」

 

「どういうこと、って、それくらいしておくのは当然ですよ。

何も決めずにこんな場を用意したら、みんなからの質問が止むことなく出てきて、話題がこんがらがっちゃうじゃないですか」

 

「いや古鷹そんな……俺の見合いの件なんて、別にこれからの鎮守府運営の方針にそんなに関わってこない案件なんだし、それは考えすぎでは……?」

 

「提督が考えなさすぎなんですよ。提督は組織のトップなんですから、ご自身の振る舞いにはもっと頓着してください」

 

「いやいや、そんなこと言ってもねぇ……

もしお見合いを受けることになって、昇進が絡んでくるとは言っても、キミたち部下のみんなには、そこまで影響出さないつもりだったんだけどなぁ」

 

「上司と部下として、だけなら、それでいいですけどね。

……とにかく、悪いようにはしませんから、皆さんの質問に答えていってください。それで解決するでしょうから」

 

「それしかないかぁ……」

 

 

 ふたりがコソコソ話している間にも、叢雲の取り仕切りは続いている。ちょうど場のザワザワも落ち着いてきて、最初の話題に移るところのようだ。

 

 

「それじゃまずは、焦らすこともないし本命からね。

……コイツが今まで見合い話があるってことを黙っていた件について。本人の弁明から始めるわ」

 

「弁明ってキミ」

 

「いいから。それじゃ一連の流れを説明なさい」

 

「……はい」

 

 

 有無を言わさない叢雲の謎のプレッシャーに抵抗できずに、言われた通りに事の経緯を説明していく鯉住君。

 

 

 以前元帥が訪問してきたときに、政略結婚としての見合い話が持ち上がったこと。

 そして相手の候補は元帥のお孫さん、大本営筆頭秘書艦の大和、先輩であり5年前の英雄でもある一ノ瀬中佐の3人だったこと。

 あまりにも突然だったのでお断りしたうえ、天龍龍田のおかげで見合いなしでの将官への昇進の目途が立ったことで、政略結婚としての見合いの必要性はなくなったこと。

 なんだけど、なんかよくわからないうちに元帥に気に入られたせいで、大和以外の見合いの話自体はまだ生きているということ。

 

 

 鯉住君的には別に何もやましいことはないので、最重要機密であるハワイ遠征については伏せて、淡々と説明していった。

 最近この話ばかりしているが、気にしてはいけない。

 

 しかし彼にとっては特に問題ないことでも、その他のメンバーにとってはそういうワケでもないようで……

 

 

「……っていうことなんだよ。

だから別にキミたちの負担を増やすつもりなんてなかったし、その時が来たらその時が来たで、なんとかなるだろうということで……」

 

 

 鯉住君の現状説明が終わったあたりで、なにやら我慢できなくなったらしい秋津洲が勢いよく右手を挙げる。

 ちなみにもう片方の手には純米大吟醸の入った杯が握られている。

 

 

「はい議長! ちょっと聞きたいことがあるかも!」

 

「発言を許可するわ」

 

「叢雲キミ議長て」

 

「ありがとうかも!

提督はもし誰かとお見合いで結婚したら、私たちを置いてどこかへ行っちゃうの!? それは絶対イヤかも!」

 

 

 秋津洲は半泣きで騒ぎ立てている。どうやら泣き上戸のようだ。それにしても呑み始めたのがさっきの今なので、まわりが早すぎる気もするが。

 

 

「ちょっと落ち着いて!? キミたちを置いていくなんてするわけないだろ!?」

 

「だってそんな重要な人たちと結婚したら、こんな日本から遠い鎮守府で提督なんて続けられるわけがないかも!」

 

「それは……そう思うのは分かるけど、大丈夫! 元帥と大和さんから、ここでそのまま働いてほしいって意味のことを言われてるから!」

 

「信用できないかもー! 提督と離れるのヤダー! う゛え゛ぇーん!!」

 

「ちょ、ちょっと、泣かないで! すいませんけど、足柄さんお願いします!」

 

「もう、しょうがないわねぇ……

……ホラ落ち着きなさい、秋津洲。提督が私たちを見捨ててどこかにおいていくなんて、するはずがないでしょう?」

 

「う゛ぅー……! や゛だぁ!!」

 

 

 不安が募って隣に座る足柄に抱き着いている秋津洲は、現在その足柄に頭をなでられながら、よしよしとあやされている。ギャン泣きである。

 

 その様子はまさに母と娘。娘については精神年齢に対して肉体年齢がだいぶ上という気がしないでもないが、雰囲気はまさにそれそのものである。

 ちなみに荒ぶる秋津洲が手に負えず足柄に丸投げする鯉住君は、誰がどう見ても、娘との距離感がつかみきれない父親それそのものである。

 

 

「いきなりこれとか、前途多難だぁ……」

 

「アンタがどれだけみんなを不安にしたか、よくわかったかしら?」

 

「秋津洲は特別でしょ? 他のみんなはそんなことないはず……」

 

「さてね、どうかしら。

……あ、大井が挙手してるわね。発言どうぞ」

 

「大井!? ホントに挙手してる!? ウソでしょ!?」

 

 

 まさかの大井参戦にたじろぐ鯉住君。彼女はこういう時はいつも、冷たい視線を投げつけながら黙っているのが常だからだ。

 もうこんなの嫌な予感しかしない。それでもまな板の上の鯉状態なので、なすが儘にしかならない。

 

 

「……それでは発言させていただきます。

提督は……指輪を渡した相手がいるというのに、それに満足できず、私たち以外の相手をドンドンと増やして……!! 恥ずかしいとは思わないんですか……!?」

 

「うぐぅっ!!」

 

「北上さんまでその毒牙にかけておいて……!! 提督の辞書には、貞操観念という言葉は載っていないんですか!?」

 

「ぐはぁっ!!」

 

 

 大井の切れ味鋭すぎる指摘に、対地装備ガン積みでクリティカルヒット出された集積地棲姫みたいになってる鯉住君。

 

 実際彼はその辺をとっても気にしており、お見合いの話を断りまくっている大きな理由のひとつでもある。

 とはいえ結局見合いを断っていることからも、彼が貞操観念をとっても大事にしていることは明白なのだが……これから重婚的なムーブをする予定であるということで、やっぱり改めて口に出して言われるとクるものがある様子。

 

 

「う、うぐぐ……!! た、確かに大井の言うとおり、そう捉えられても仕方ないと思ってる……!!

でも、だからこそ、お見合いの話は断ってるんだって!!」

 

「ウソおっしゃい! どうせそんな調子のいいことばかり言って、他の子をドンドン篭絡してるに違いないんです!」

 

「そ、そんなことないから!」

 

「シラを切らないでください! 佐世保では駆逐艦に手を出して! 横須賀では自分の先輩である一ノ瀬中佐に手を出したんでしょう!?」

 

「ファッ!? な、なんでそんな……アレか! 叢雲が持ってた写真か!

いやしかし、一ノ瀬さんについては何もなかったって! なんでそんな勘違いしてんの!?」

 

「『一ノ瀬さんについては』ってことは……!!

やっぱり佐世保の駆逐艦とは爛れた関係になってるんですね!? このロリコン! 鬼畜! 変態!」

 

「なってないからぁ!!」

 

「一ノ瀬中佐についてもちゃんと聞いてるんですから!

『大本営で婚姻届けにサインしようとしたところを、佐世保の川内さんに阻止された』って!! お付き合いもしてないのにいきなり婚姻とか、頭おかしいんじゃないですか!?」

 

「うごふっ!!」

 

 

 

 ざわざわ……

 

 

 婚姻届……? 鯉住くん、生き急ぎすぎじゃない……?

 

 な、なぜじゃ……!? なぜ妾よりも先に、他の者とそのような!!

 

 あー、あの時の……なんかニュアンス違う気がするんだけど……

 

 ですよね先輩……なんか話が捻じれてません……?

 

 

 

「ちょっとおかしい! いや、だいぶおかしいそれ!

その言い方だとまるで、俺が無理やり婚約を迫ったみたいに聞こえるでしょ!?」

 

「実際そうなんでしょう!?」

 

「そんなことありません! どっからそんなこと聞いたの!?」

 

「私が研修に赴いた、横須賀第3鎮守府の青葉さんです!!」

 

「アオバワレェ!! 何してくれとんじゃあ、あの変態!!

わざと誤解を招くような伝え方しやがってぇーっ!!」

 

「その騒動のついでに、青葉さんと秋雲さん、そして漣さんまで口説いたんでしょ!? 甘い言葉でノックアウトされて、メロメロになったとか言ってましたよ!? ホント最低!!」

 

「ナニソレ!? そっちは完全に嘘だから!!

捻じ曲げた真実に嘘をてんこ盛りにするとか、悪魔の所業かよぉ!!」

 

「あ、師匠、多分その『口説き落とされてメロメロになっちゃった』のって、私のことじゃないかな? えへへ」

 

「ちょっと夕張ィ!! 空気読んで黙ってて!!

しかもそれ俺から言ったわけじゃなくて、キミの方から来たやつだからね!?」

 

「夕張さんにも……そのようなことをしたんですね……!?

数々の女性を口説き落としておきながら、その口で夕張さんを篭絡して、手籠めにしたんですね!? この外道!!」

 

「ご、誤解なんだって!! 言いたいこといっぱいあるけど、とにかく誤解!!」

 

 

 いつもならあり得ない大井の暴走に、防戦一方となっている鯉住君。

 

 大井の右手には焼酎のボトルが握られており、すでにその4分の3は空になっている。どう見ても呑みすぎである。

 どうやら大井は、酒には強いが酔っぱらうとタガが外れるタイプのようだ。

 

 そしてこの熱狂は、ふたりの間だけで収まるものではない。

 これまた、にごり酒を片手にした初春がガタっと席から立ち上がる。

 

 

「ぬおー!! お前様ぁー!! なぜ妾にはあれ以来、愛の言葉を投げかけてくれぬのに、そのような者たちにうつつを抜かしておるのじゃー!!」

 

「初春さん!? 参戦してこないで!! 今誤解を解いてるところだから!!」

 

「妾にも愛を注ぐのじゃー!! もっともっと大事にするのじゃー!!」

 

「姉さんダメだよぉ。鯉住さん困っちゃってるよ?」

 

「落ち着いてぇ!! こんど個人面談するから、その時にゆっくり話し合うつもりだから!! それと子日さんいつもすいません!」

 

 

 そろそろ対応できなくなってきた鯉住君。

 しかし当然ながらこの場に漂っているのは、ここで終息するようなエネルギー量ではない。

 

 今度はレディキラーカクテルと名高いカクテル『カルーア』を片手にした明石が立ち上がる。ちなみにもう片方の手に握られたグラスに入っているのは、牛乳で割ったカルーアミルク。すでに6杯目である。

 

 

「そんなに無差別に口説いてるんなら、私のことも口説いてくれてもいいよねっ!!

ねーねー鯉住くーん、私にも愛の言葉を囁いてー。それだけで1ヶ月はフルスロットルで頑張れるから!!」

 

「明石お前ウルセェ!! お前まで参戦してくんな! 誰がそんなこと言われて、愛の言葉なんて囁くか!!」

 

「えー? 頑張っちゃうよ? 人間と艦娘の間に子供を作る研究!!」

 

「寝言は寝て言えこの淫乱ピンクがぁーーーっ!!」

 

「フム! 明石よ、貴女なかなかやるわね! その研究、私にも一枚噛ませてもらおうか!!

admiralと私の間に、魚類以外の尊い命が芽生えるなど、極上の喜びと言う他ないわ!!」

 

「ヴェアアァッ!? アークロイヤルは何ノリ気になってるんですかねぇ!?

そんな人体実験まがいな研究はやっちゃダメ!! 人権問題とかいろいろややこしいことになっちゃうでしょ!? もっと倫理大事に!!

禁止! 禁止です! ダメ絶対!!」

 

「やっぱり鯉住くんは優しいねっ! 私が自分のカラダで実験しようとしてたのを止めてくれたってことは……私のカラダが大事で、興味があるってことかな?」

 

「何お前自分のカラダで人体実験しようと思ってたの!? ホントやめてそういうこと! 心臓に悪い!!

それとドサクサに紛れて、俺がお前のカラダを狙ってるみたいな言い方するんじゃない!!」

 

「えー、つまんなーい。好きなくせにー」

 

「うっせぇわ!」

 

 

 なんか生命の神秘に触れるようなとんでもない話が持ち上がったが、これ以上その話題に触れるのは藪蛇もいいところだ。

 

 とはいえ、例の『過度な肉体的接触はしない』という話をここで出さないと、後々大変になることが確定してしまった。

 あまりこの流れで出していい話ではないが、背に腹は代えられない。意を決して勢いのままに話を切りだす。

 

 

「ゴホン!! 今言っとかないと大変なことになるだろうから言っとくけど、みんなと子供作るとか、そういう行為をするつもりはありません!

これは言っとかなきゃいけない事だから、しっかり言っとくけども!! セクハラとかじゃなくて大事なことだから!!」

 

「この後に及んで、ホントに往生際が悪い……!!

夕張さんに手を出しておいて、何をいけしゃあしゃあと宣ってるんですか!!」

 

「いやホントに手を出してないからね!? 大井は俺のこともうちょっと信じてよ!」

 

「えー? でもさ提督、定期連絡船の中で相部屋だったんでしょ?

つまりそれってそういうことなんじゃないの?」

 

「北上の思ってるようなことは無かったんだって! 第一キミたちとは上司と部下なんだから、そんなことしないってば! いや、まぁ、他にも理由はあるけど……

と、とにかく! この場にいるみんなには、絶対に手を出しません!! だよな夕張! そういう話だったよな!」

 

「えぇ、そういう話でしたよね……納得いってませんけど……」

 

「ねーバリっち。マジで何もなかったの?」

 

「えぇ。プロポーズしていただいたところまでは、先ほど(前半戦)話した通りで、これ以上ないくらい幸せだったんですが……

それ以降はいつも通りすぎるほどいつも通りで……キスすらしてなくって……」

 

「うわ……提督さぁ、何してんの?

もっと漢みせなよ。バリっちかわいそうじゃん。ねぇ、大井っち?」

 

「ハイ北上さん!! 提督はなんでまだ手を出してないんですか!? それでも日本男児ですか!!」

 

「大井キミ手のひらくるっくるじゃないか!! 北上が大事なのはわかるけど、もっと自分の意思も大事にして!!

そもそもそういう雰囲気に流されて手を出しちゃうのは、俺の思うところじゃないから!」

 

 

 なんだか先ほどよりヒートアップしてきた空間。

 鯉住君が必死になっているのをしり目に、先ほど不穏な話をしていた変態たちが、気が狂ったとしか思えない談合を始めた。

 

 

「成程ね……! 完全にadmiralの考えが読めたっ!! 聞け天城!!」

 

「zzz……ふわぁ……なんですか……?」

 

「admiralが我々と性交渉に及ばない理由はただひとつ!!

そう! 人間と艦娘では繁殖ができないことから、性交渉の必然性を感じていないということよ!!

確かにいくら行為を重ねても、結果が必ず伴わないのならば、そのような行為などする必要がない……!!

つまり! admiralが我々と性交渉に及ぶのは、我々との間に子供を作ることができるようになってから!! そういうことなのだ!!

フフッ……!! 自然の摂理にのっとった、実に理性的で天道に沿った思考回路……!! 水魚の交わりという格言はあるけれど、水と魚では子供はできないっ! 流石はadmiralと言う他ないわっ!!」

 

「あー……そうなんですねぇ……ムニャ……」

 

「つまり明石!! 貴女の働き如何で、我々とadmiralの関係性が変わってくるということっ!! 責任重大よっ!!」

 

「フフフッ!! 腕が鳴りますねぇ!!」

 

「私は別にそこまでいかなくても……ムニャ……提督を丸1日ほど抱き枕にしていられれば……

……いえ、それでは足らないわ……丸1週間ほど抱き合っていられれば、それで十分です……ふわぁ……」

 

「フフ……それもadmiralとの仲が進展すれば可能になる……!!

よいか明石!! プライベートの時間を研究に充てるっ!! いつから始める!?」

 

「そうですね、早ければ明後日にも……いや、明日です!! 明日から始めましょう!!」

 

「うおおぃっ!? そこのヤバい奴ら!! 少し頭冷やしてぇ!!

その話題はもう禁止だって言ったでしょうがっ!! 舌の根も乾かないうちに、なんつー計画たて始めてるんだ!!」

 

 

(これはこれは、さすがのおふたりですね……!! はっそうが、いじげんきゅう!!)

 

(われわれにとっても、いちだいぷろじぇくとになりそうなよかん……!!)

 

(みえるみえる……こいずみのあにきのはーれむが、ねずみざんしきにふえていくみらいが……!!)

 

 

「テメェらまで首つっこむんじゃねぇよ!! 収集つかなくなっちゃうだろうが!! 絶対やらせないからな!!」

 

 

 鯉住君が効くかわからないブレーキを全力で踏んでいると、さっきからギャン泣きし続けている秋津洲が、いつの間にやら縋り付いていた。

 傍らには「やれやれ」といった表情の足柄が付き添っている。

 

 

「でーとぐがぁ! でーどぐが、お嫁にいっぢゃうがも~!! びええ~ん!! やだぁ! やだぁ~~~っ!!」

 

「うおおぁ!? あ、秋津洲、いつの間に!?」

 

「まったくもう。貴方のところに行くって言って聞かないから、連れてきちゃったわ。

……ほらほら、提督がどこか行っちゃうなんてそんなことないから、泣き止みなさい。よしよし」

 

「ぞん゛な゛のウソがも~~~!! う゛え゛~ん!!」

 

「足柄さんホントありがとうございます……

あと秋津洲、俺はお嫁には行かないからね? 万が一行くとしても、お婿としてだからね……?」

 

「でーどぐー! いっぢゃやだぁ~!!」

 

「行かないから! 安心してぇ!!」

 

「もう。アナタが余計なこと言うから、不安にさせちゃったじゃない。

大丈夫よ~。いい子だからねー」

 

「うっ、す、すまない、足柄さん……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 最初の統率が取れた場づくりは何だったのか。思い思いのタイミングでそれぞれが勝手に参戦したせいで、場がしっちゃかめっちゃかになってしまった。

 

 

「先輩……やっぱりマトモに見えた鯉住大佐も、あの鼎大将のお弟子さんなんですね……」

 

「そうね……大和さんがいっつも、鼎大将がらみの案件で頭を抱えてる理由、頭じゃなくて心で理解できたわ……」

 

「私すでに不安なんですけど……あの天城姉も大分おかしいし……」

 

「もう研修が始まっているのかもしれないわね……どんな状況でも動じない、鋼の精神を鍛えるという研修が……」

 

 

 研修の初日からこんなカオス極まりない現場にぶち込まれた空母2名は、遠い目をしてこれからの苦難に思いを馳せている。

 自分たちがどんな場所に来てしまったのか再確認しているようだ。

 

 そんなかわいそうなふたりに、比較的いつも通りな秘書艦ズが話しかける。

 

 

「ふたりともお疲れ様。初日からいきなりこんな有様で、疲れたでしょう?」

 

「えぇ、まぁ、ハイ……叢雲さん……」

 

「普段はこんなに賑やかじゃありませんので、安心してくださいね!」

 

「普段からこれだって言われたら、どうしようかと思ったわ……」

 

「ま、大目に見てちょうだい。アイツにはいい薬なのよ。

アイツったら、どれだけ自分が周りに影響与えてるか、まるでわかってないのよ?」

 

「そうなんですよ。提督は私たちにこんなに愛されてるのに、『自分は脇役』程度にしか思ってないんですから。困っちゃいますよね!!」

 

「そうそう。自覚もないくせに私たちの心を掴んどいて、それでいて放っておいてください、ってなものなのよ? ありえないでしょ。ありえないわよね?」

 

「ありえませんね!! まったくありえません!! 今さら提督以外の人の所でなんて、絶対に働けませんよ!

なんなんですか! あの私たちを気遣って無理のないように組んであるシフト! そんなホワイトな環境にもかかわらず、誰にも平等に、いつも声をかけてくれる優しさ! プライベートでも遊んでほしい子にいつでも構ってあげる面倒見の良さ!」

 

「ホントよね!! アイツのせいで、私達ここから離れられなくなっちゃったんだから、責任はしっかりとってもらわないといけないわ!

それだというのに、アイツったら……見合い話なんていう、とんでもない爆弾隠し持ってて……!!」

 

「私達艦娘にあそこまでよくしておいて、本人は黙って私の知らない女性と結婚だなんて……!!」

 

「ギルティよね……!!」

 

「許されませんね……!!」

 

 

「「 さいですか…… 」」

 

 

 秘書艦のふたり。全然いつも通りじゃなかった。

 まさか突発的に惚気話を聞かされるとは思わず、さらにうんざりする研修組なのであった。

 

 




 ここの鎮守府ではお酒は永久封印されています。
 今回のやり取りでその理由もわかっていただけたかと。


・各メンバーの飲酒による状態変化


・叢雲
キレた様子で本音をぶちまけ始める。愚痴り酒。酒乱。

・古鷹
叢雲と似たタイプだが、大分おとなしめ。話題に便乗する酒。プチ酒乱。

・夕張
本音がダダ洩れになる。古鷹と叢雲の中間くらい。酒乱。

・北上
実は一番お酒に強い。だから酔わない。ザル。

・大井
一定のラインを越えると感情的になる。でも本音は見せない。隠れ酒乱。

・天龍
弱いうえにハイになる。気分が良くなる酔い方。酒乱。

・龍田
極度の笑い上戸。呼吸困難になるほど笑うようになる。酒乱。

・初春
ちょっと悲観的になる。元々賑やかな性格なのでうるさい。酒乱。

・子日
甘えたがりになる。けど大体は初春のストッパーしているので酔わない。

・明石
超絶ボディタッチが増える(鯉住君限定)。酒乱(鯉住君限定)。

・秋津洲
強いが泣き上戸。精神年齢が低いのもあって、手が付けられなくなる。酒乱。

・足柄
強くも弱くもないし、酔ったら気持ちよくなるが、自分を見失う呑み方はしない。

・アークロイヤル
ハイテンションになる。天龍と同じ。酒乱ではないがそもそも性格が厄介。

・天城
酔うと寝ちゃう。でも睡眠が浅いため、短スパンで呑む寝るを繰り返す。

・瑞鶴
普通。ちょっと気分が良くなるくらい。

・葛城
普通。ちょっと気分が良くなるくらい。




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第125話


やっぱり、Amazonプライムビデオの海洋関連映像は……最高やな!
日本のテレビではなかなか見られない、水中の貴重映像が満載!大満足!
もちろん動物系も充実しているぞ!

最近お気に入りリスト見たら、結構前に登録したリュウグウノツカイの超貴重映像集(ディスカバリーチャンネル系)が、いつの間にか公開終了してました。悲しみが深い……





 

 

 ザッ、ザッ、

 

 

「ねぇ大佐。ホントにあんな感じでよかったの?」

 

「いやぁ、その……」

 

「よくないよね? わかってるよね?」

 

「なんと言いますか……はい……」

 

「私と葛城のこれからにも悪影響が出そうなんだから、もっとちゃんとしてくれないと。研修生の身でこんなこと言うのは失礼だと思うけど」

 

「いや、瑞鶴さんのご指摘は尤もです……」

 

 

 艦娘寮(旅館)の廊下にザッザッと響き渡るのは、提督である鯉住君と、研修生である瑞鶴の足音。ふたりとも屋内なので、備え付きの室内用草履を履いている。

 

 昨日の歓迎会+αから一夜明け、ふたりは研修についての前準備に取り掛かったところ。

 すなわち、研修の指導をしてもらえるように、転化体のふたりに頼みに行こうとしているのだ。

 

 まずはアークロイヤルと交渉。

 葛城は姉妹艦である天城に任せるつもりだし、話もスムーズにいくと踏んでいるので、心配していない。

 アークロイヤルを優先したのはそういうことだ。瑞鶴との相性はいいのか悪いのか、判断が難しいところだからだ。

 そもそもアークロイヤルは天上天下唯我独尊な感じであり、運動部のエースで頑張り屋といった感じの瑞鶴とは、どういう関係になるか読めない。

 

 不確定要素が多いからこそ、ふたりの正式な顔見せはさっさと済ませておきたい。そんな心持ちである。

 

 

「だって……大佐ってば、昨日雲隠れするように会場を出てったじゃない?

私にも好きな人がもしもいたとして、あんな放置みたいな事されたら……それはちょっと許さないと思うよ?」

 

「流石にあの数の酒乱に囲まれながら、場を収めるのは……」

 

「大佐が優柔不断だからこんなことになってるんでしょ? それに酒乱とか言わない。

夕張ちゃんひとりにさっさと決めてれば、こんなことにはならなかったのに」

 

「それは……ひとりを特別扱いするわけには……」

 

「上司としては大したものだと思うけど、ひとりの男性としてはダメダメだよね」

 

「うっくぅ……なんも言えねぇ……」

 

 

 流石は鯉住君。研修生である瑞鶴にさえも尻に敷かれている様子である。早速である。

 

 こんな感じでずけずけと言いたい放題言われているのは、昨日の歓迎会後半戦の最後で鯉住君が逃亡したから。

 場がすごくヒートアップしてきた中での雲隠れだったので、彼が居なくなった後は、愛のこもった罵詈雑言が会場に飛び交ったとか。

 

 鯉住君としては、あの場の勢いでこれからの個別面談の内容を決められたくなかった。

 だって「添い寝まではOKかどうか」だとか「提督の部屋に入り浸ってよいか」だとか「デートはひとりづつ順番に」だとか、触れてはいけない意見しか出てこなかったからだ。酔った勢いにしても、本能に忠実すぎる。

 

 そんな混沌とした状態で、叢雲が『天龍龍田に愛を叫んだ事件』の話を始めたので、これはいけないと危機感知。みんなの注目が叢雲に集まった瞬間を狙って、とんずらこいたというわけだ。

 個別面談の内容については、今回の場で出た意見は無かったことに。それについて何か言われても「聞いていないから、イチから相談しよう」と言って逃げ切る所存。

 

 

「とにかく。大佐がすごくモテるのは分かったから、ちゃんとみんなの手綱握ってよね。大いなるチカラには責任が伴う、って、誰かが言ってた気もするし」

 

「そんな大げさなことでは……あ、着きました。この部屋ですね」

 

 

 なんやかんや話をしながら歩いていると、アークロイヤルと天城の相部屋へと到着した。

 この旅館は3階建て+屋根裏なので、部屋数もかなりのもの。部屋まで向かうだけでも、そこそこに時間がかかるのだ。

 

 

 ……コンコンコン

 

 

(……誰かしら?)

 

「俺だよ、アークロイヤル。今入っても大丈夫かな?」

 

(ああ、admiral。貴方ならいつでも歓迎よ)

 

 

 すぅーっ……とんっ

 

 

 声の主が提督だとわかったとたんに、アークロイヤルによってふすまが開かれる。

 出迎える彼女の表情は柔らかいものだったが、鯉住君のうしろに瑞鶴が立っているのを見ると、その表情からは色が抜け落ちる。

 

 

「……あら、ひとりではなかったのね。何の用事かしら」

 

「ああ、瑞鶴さんは研修でやってきたって、昨日の歓迎会で伝えただろ?

その関係で話がしたくて」

 

「ふぅん……まぁ、どんな話かの見当はつくわね。

いいわ、入って頂戴。そこの空母も入りたければどうぞ」

 

 

 そう伝えるとアークロイヤルは、さっさと部屋の中に戻ってしまった。入ってきてもいいとは聞いたが、どうにもつっけんどんな態度である。

 

 

「……なんか感じ悪い。大佐、大丈夫なの?」

 

「あー……そうだなぁ……まぁ、なんとかするよ」

 

「大佐がそう言うなら信用してもいいけど……」

 

 

 どうやらアークロイヤルは、瑞鶴のことを快く思っていない様子。悪い予感が的中といったところか。

 鯉住君は頭を抱えたくなるが、これから交渉しようというのに不安感を与える仕草は見せられない。なんとかやせ我慢してみせる。

 

 

 

・・・

 

 

 

 招かれるまま入室したふたりは、部屋の中央に鎮座する机、そこにセットされた座椅子に腰かける。すでに座っていたアークロイヤルに対面する形だ。

 ちなみに奥まったスペースでは、天城が布団に籠ってスヤスヤしている。いつも通りである。

 

 

「それで、一体どういう用事かしら? admiral」

 

「それがね、かくかくしかじかで……」

 

 

 瑞鶴の研修における、筆頭教導艦を頼みたいと伝える鯉住君。もちろん彼女の経歴、実力もしっかりと伝達。本人による補足ありの説明だ。

 大本営第1艦隊の空母として活躍していること、艦隊レベルではあるが、転化体と渡り合える実力をつけたいと思っていることも伝える。

 

 瑞鶴の気合の入った自己PR付きで、一通りの説明を聞いたアークロイヤルは……

 

 

「ふぅん、そう。悪いけど、admiral。その空母にそこまでの実力をつけられるとは思えないわ」

 

「なっ……!!」

 

「いやいや、アークロイヤル……俺はそんなことないと思うけど……」

 

「そんなことあるわ。そこの空母の存在なんて、その程度のものよ」

 

「黙って聞いてれば、好き放題言って! 私の実力を実際に見てもいないのに、そんなこと言われる筋合いはないわ!!」

 

「ふん。その程度で熱くなる時点で、器が知れているわ。admiralには悪いけど、お帰り頂いて」

 

「何を勝手な……!! 自分の提督が決めたことなのよ!? そんな失礼な発言、許されると思ってるの!?」

 

「貴女が許さまいが、世間が許さまいが、私にはそんなことこれっぽっちも関係ないし、そもそもadmiralなら許してくれるわ。

貴女とadmiralでは器の大きさが違うの。わかるかしら?」

 

「むきーっ!!」

 

 

 最悪の予想がドンピシャで当たってしまった。

 何が気に入らなかったのか、今回の話をまったく歯牙にもかけないアークロイヤルに、それに真っ向から不満をぶつける瑞鶴。

 もうこれは一触即発。頭を抱えている場合ではない。キリキリと痛む胃を抱えながら、仲裁に取り掛かる鯉住君。

 

 

「お、落ち着いてください、瑞鶴さん。あとアークロイヤルも、もうちょっと歯に衣着せて……」

 

「なんでほぼほぼ初対面なのに、こんな失礼なこと言われなきゃならないの!? ホントに腹立つ!!」

 

「私は子守をする趣味はないのよ。

貴女の提督である元帥は人間にしてはマトモだったけど、部下はそうでもないみたいね。イチからやり直したらどうかしら?」

 

「なんなのよもう!! アンタこそイチから礼儀を学びなおしなさいよ!!」

 

「ストップストップ!! いったんふたりとも冷静に!! 俺が仕切るから!!」

 

「admiralも大変ね。こんなのの御守りをしなきゃならないなんて」

 

「ぐぬぬぬ……!! タダじゃおかない……!! タダじゃおかないわ……!!」

 

「ふたりの気持ちはわかるから、お互い冷静になろう!!

とりあえずお互いの意見を聞くから、それを踏まえて話進めるからね!!」

 

「仕方ないわね。admiralがそう言うなら、協力するのもやぶさかではないわ」

 

「今さら何を聞こうってのよ!? 大佐はもっと部下の躾をした方がいいんじゃない!? それでも大佐なの!?」

 

「……admiralを悪く言うのはやめておけ。……沈めるぞ?」

 

「……ッ!? じょ、上等よっ!! 返り討ちにしてあげるから!!」

 

 

 ガタタッ!!

 

 

「わーっ!! やめてふたりとも!! 座って! シッダウンッ!!

俺は全然気にしてないから、もっと穏便に進めさせて!!」

 

「……admiralに感謝することだな」

 

「そ、それはこっちのセリフよっ!!」

 

 

 ……スッ

 

 

「もっと理性的に、理性的にいこう……ハァ……」

 

 

 

・・・

 

 

 事情聴取中……

 

 

・・・

 

 

 

「それじゃ、ふたりの言い分をまとめよう……

アークロイヤルは、教導艦をやる事自体には問題ないけど、瑞鶴さんのことをどうにも認められない。だからやだ」

 

「そういうことになるわね」

 

「瑞鶴さんは、日本海軍のためにも、日本そのもののためにも、大本営の顔として活躍できるためのチカラをつけたい。だから転化体であるアークロイヤルか天城に、直々に師事したい」

 

「そうよ!! こんな失礼な人だとは思わなかったけど!!」

 

「ハァ……わかりました。お互いの気持ちは、よくわかりました」

 

「流石はadmiralね。わかってくれるとは信じていたけど」

 

「……やっぱり、今のままの瑞鶴さんでは、納得できないかい?」

 

「ちょ、ちょっと大佐……どういうこと?」

 

 

 何やら鯉住君にはアークロイヤルの真意がわかっているらしい。

 それがよくわからない瑞鶴は真意を確認しようとするが、そんな彼女を無視してアークロイヤルは話を進める。

 

 

「そうね。admiralの考えているとおりよ。

何度も言うけど、私は子供の御守りをするつもりはないし、お人形遊びをする趣味もないの。ごめんなさいね」

 

「いや、こっちこそ、急に話を振って済まなかったね。……また出直してこようと思うから、その時は話を聞いてくれるかい?」

 

「当然よ。私の心は貴方のもの。そこまでわかってもらっていて、誘いを断ることはないわ」

 

「ありがとうね。……それじゃ退出しましょう、瑞鶴さん。詳しいことは別室でお話しますので」

 

「……納得いく説明をしてくれるんでしょうね」

 

「はい、そのつもりです。……それじゃ失礼するよ、アークロイヤル」

 

「それじゃあね、admiral。貴方ならいつでも歓迎するわ」

 

 

 

・・・

 

 

 

 不満を隠しきれずにムスッとした瑞鶴をなだめつつ、鎮守府棟(豪農屋敷)の娯楽室(お茶の間)まで移動。

 幸い利用者はいなかったので、入室してそのまま、机を挟んでお互いに座布団の上に腰かけた。

 

 

「……で、なんでアイツは私のことをあんなにバカにしたわけ? ちゃんと説明してもらうから」

 

「まぁまぁ、落ち着いてください。ちゃんと説明しますので……」

 

「当然でしょ!? あんなにバカにされる謂れはないもの!! 私の何が間違ってたっていうのよ!!」

 

「ひとまず落ち着いてください。私にもアークロイヤルの気持ち、わかりますので。瑞鶴さんの何が気に入らなかったのか、よくわかります。

そして瑞鶴さんは別に間違っているわけではありません」

 

「そんなよくわかんないこと言って! 大佐も私のこと、バカにするの!?」

 

「滅相もないです。……瑞鶴さんは責任もって、日本海軍を支えようとしている。誰にでもできることじゃない。誰にでも決められる覚悟でもない。素晴らしいことだと思います」

 

「それじゃ、一体何が気に入らないっていうのよ!」

 

「そうですね……」

 

 

 理由は分かるが、うまく伝えるための言葉が見つからない。そういった事柄のようだ。

 鯉住君は顎に手をやり、目を瞑り、うーんと唸っている。なんと言おうか言葉を探している様子。

 

 

「……瑞鶴さんには、戦う以外の過ごし方……趣味とかってあります?」

 

「……は?」

 

 

 なんだかいきなり予想外の質問が飛び出してきたことに、間抜けな声を出してしまう瑞鶴。

 

 

「それ……今回のことに何か関係あるの?」

 

「関係あります。で、どうですか?」

 

「それは……たまに翔鶴姉や葛城と街に買い物に行く、くらいかな」

 

「つまり瑞鶴さんは、大事な人と買い物をしている時が最高に幸せ。そういうことですか?」

 

「えーと、翔鶴姉や葛城と一緒に居るのは幸せだけど、『最高に幸せ』って程じゃないかな……訓練も任務もない暇なときに出かけるってくらいで、そこまでじゃ……」

 

「それじゃ、瑞鶴さんにとっての『最高に幸せ』ってタイミングは、どんな時ですか?」

 

「……どうだろう。自分が強くなったって実感できる時……かな」

 

「そうですか。つまり瑞鶴さんは、心の中では、この戦いが終わることを望んでないってことですか?」

 

「んなっ!?」

 

 

 とんでもないことを言い放つ鯉住君に、驚いて目を丸くする瑞鶴。

 

 

「そんなわけないでしょ!? 何言ってんの大佐!?」

 

「でも、そういうことじゃないですか?

戦いってのは、相手が居なければ成立しません。そして艦娘の言う『強くなりたい』は、『深海棲艦と戦うチカラをつけたい』と同義です」

 

「そ、それは……!!」

 

「強くなることに喜びを見出しているということは、この戦いを終わらせたいと思っているということには繋がりません。

戦いの場で活躍したいと思っている。もしくは、今よりも強くなった自分が好き。それだけです」

 

「そんなこと……」

 

「それじゃ聞き方を変えますね。

……瑞鶴さんは、深海棲艦と人類との戦いがもし終わったとしたら、何をやりたいですか?」

 

「……!!」

 

 

 鯉住君の質問に、瑞鶴は言葉が詰まってしまう。何故なら……

 

 

「……そんなこと、考えたこともないわ。

そんなことよりも、今が大事。このまま私たちが負けてしまったら、守りたかった日本が、壊滅しちゃうもの……」

 

「それは、その通りです。瑞鶴さんの考えは一般的だし、全くもって正しいことです」

 

「だったらなんで、そんなこと……」

 

「でもそれは……そうだな、なんと言おうか……。それは……そう。『兵士』としての正しい考え方です。

今の自分のできることだけに集中し、目の前のことに注意を払い、強くなり、敵を打ち滅ぼし、勝利する。それが平和へとつながる唯一の方法で、自分に与えられた役割。そういうことですよね」

 

「え、ええ」

 

「でもそれはつまり、人から与えられたことをしているということ。

貴女が信じているものは、貴女の意志ではないのではないですか? 貴女が信じているものは、現実とつながっていますか?

アークロイヤルが言った人形遊びとは、そこを指しています。絶対強者として生きてきた彼女は、それを許しません」

 

「……もう少し、わかりやすく言って」

 

「はい。では……瑞鶴さんが自分で考えて、自分が大事だと思って決めたことって、何がありますか?

元々生まれたときから持っていた『艦娘として深海棲艦を打ち滅ぼし、日本という国の盾となる』という役目を抜きにして」

 

「……」

 

「私はそういった『兵士』の生き方が間違っているとは、全く思いません。だから心の底から気に入らないと思ったなら、私の意見は無視してください。

もちろん研修だって、アークロイヤルに絶対見てもらわないといけないってことはない。いくらでもやりようはあります」

 

「……ちょっと、考えさせて。すぐには飲み込めないわ……」

 

「考えもしなかったことをいきなり言われて、そうやって素直に受け止めようとできるのは、とても素晴らしいことだと思います。

そんな瑞鶴さんだからこそ、将来的に日本を背負うことができるようになるとも感じます。

……ウチの部下や、元帥、大和さんたち第1艦隊の皆さんに、一度この話を聞いてみてください。

ウチの部下はみんなその辺のことをわかってるし、私の知る限りでは元帥と大和さんもよくわかっているでしょう」

 

「うん……わかった」

 

「みんな瑞鶴さんには期待しているんです。もちろん俺も。

生きていく中で一番大事なことですから、じっくりと考えてみてください。もちろんその間、自由に生活してくださって構いませんので」

 

「……さっきはゴメンね。怒っちゃって」

 

「いえ、気にしないでください。こちらが失礼な振る舞いだったのは間違いないですし」

 

 

 瑞鶴はこれまで我武者羅にやってきた。それには艦だったころの記憶も手伝っている。

 

 あの時の絶望。

 

 日々悪くなっていく戦況。絶対的な物量差。自分に後を託して消えていった先人達。物資の枯渇により生きることで精一杯な国民。必ず来る敗北。受け入れがたいがはっきり見える、無条件降伏という最悪の未来……

 

 最後の機動部隊として戦った記憶、乗組員の戦時特有の覚悟と狂奔を知っている彼女だからこそ、二度と日本国民をあのような目には遭わせたくない。

 

 彼女は正しい。絶対的に正しい。

 誰もが回避すべき未来を回避するために、できることをする。できないことも実力をつけ、できるようになる。この国、国民のために、命を懸ける。

 勝利し、栄光を掴むというよりは、敗北をなんとしてでも避け、集団が生き地獄に突入するのを回避する。それを彼女は、その身で背負おうとしている。

 

 

 

 

 

 彼女は正しい。

 

 

 もし、それが、本当に、そう、今やっていることが……本当に『戦争』だったなら。

 

 

 

 

 

「ありがとう、大佐。頭が冷えたわ。

正直大佐が言っていたことはまだわからないし、私に何が足りないのかも、頭ではうっすらわかっているけど、心が認識してくれてない。

……だから時間をいただくわ。大佐の好意に甘えさせてもらうことにする」

 

「はい。存分に、納得いくまで時間を使ってください。それだけでも貴女は今よりも、余程強くなるはずです」

 

「そう言われるのは悪い気がしないけど……確信があるみたいな言い方ね」

 

「ええ、そうですね。よく知っていますから。そういう強い人たちを、沢山ね」

 

「……そう」

 

 

 我武者羅に強くなろうとしているだけではいけない。そういう段階に来たのだ。

 そうやって自身を無理やり納得させ、一歩先へと踏み出す覚悟を決める瑞鶴なのであった。 

 





ギャグ路線にあるまじき小難しい話……!!
鼎大将組以外の真面目枠な人たちが関わると、ちょっとだけ真面目になります。


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第126話

 瑞鶴聞き込み回前編。

 彼女に関しては殆どギャグ補正入りませんので(たぶん)、もうちょっと真面目な展開にお付き合いください。





「……ってワケなのよ。葛城はどう思う?」

 

「……」

 

「葛城?」

 

「ちょっと何言ってるかわかんないですね」

 

「だよねぇ……」

 

 

 アークロイヤルからワケもわからず一刀両断され、鯉住君に答えの出ない禅問答のようなことを指摘された翌日。

 瑞鶴は手始めに、後輩であり研修生仲間でもある葛城に、昨日言われたことを聞いてみることにした。

 

 すなわち

『「深海棲艦と戦う」ということ以外に、自分がやりたいと考えていることは何か?』

という質問だ。

 

 元々艦娘は、前世の記憶を多かれ少なかれ持っている。

 だからこそ、兵器として、護国の象徴として、その身は戦闘に捧げるという意識は共通のものであり、普通ならそのことについて深く考えることなどない。あまりにも当然の使命として受け入れている。

 それ以外の大事なことと言われても……聞かれるまで考えもしない者が大半なのだ。

 

 

「私はあっさりと天城姉に教導艦になってもらえたのに、瑞鶴先輩はずいぶん苦労してるんですね」

 

「……葛城だけズルい」

 

「そんなこと言われても……逆に先輩がそこまで拒否されているのが理解できませんよ」

 

「うーん……」

 

 

 実は昨日、瑞鶴が撤退したあとのこと。

 彼女のことはなるようになるこということで放置し、鯉住君は葛城の研修受け入れを天城に頼みに行ったのだ。

 さっきの今で葛城と共にやって来た鯉住君をアークロイヤルは快く迎え入れ、天城を布団から引っ張り出してくれた。

 

 天城は完全に寝ぼけていたが、葛城の「天城姉! 瑞鶴先輩みたいに強くなりたいの! 鍛えて!」という素直な申し出に「ふわぁ……提督がいいって言うなら、別に構いませんよ……」と、あっさりと教導艦を引き受けてくれた。

 

 それを紅茶を飲みながら見ていたアークロイヤルは、涼しげな表情だった。瑞鶴に対する態度とは雲泥の差だったとか。

 

 ちなみに天城はその時ちゃんと服を着ていた。上下ともにメチャクチャ薄くてメチャクチャゆるゆるな服を着ていた。

 鯉住君はその姿を直視しないよう、常に視線をそらし続けており、葛城は鯉住君が姉をいやらしい目で見ていないか、常にチェックしていた。

 

 

「このまま私達だけで考えていても、サッパリ話が進みませんね。

ここの皆さんに片っ端から聞いてみたらどうです? 皆さんならわかってるって、大佐は言ってたんですよね?」

 

「それしかないか。葛城は?」

 

「私は今日から研修開始ですので、ご一緒できません! すいません先輩!」

 

「葛城だけズルい!」

 

「1日でも早く先輩に追いつきたいので! それでは!」

 

 

 瑞鶴のぶすっとした様子を気にも留めず、ニッコニコで葛城は走り去って行ってしまった。

 ポツンと置いて行かれてしまった瑞鶴は、しょうがないなぁといった様子で、頭をガシガシやっている。

 

 

「ハァ……仕方ないか。私ひとりで聞き込みに行こう」

 

 

 

・・・

 

 

 

「それでまずは私に相談しに来たってわけね」

 

「ええ。大佐のことなら、筆頭秘書艦のアナタがよくわかってると思ったから」

 

「ふふん。その判断は正解ね。いいわ、教えてあげる」

 

 

 瑞鶴はまず最初に叢雲に相談することにした。

 彼女が鯉住君に対して一番遠慮なく接していると感じているからだ。言い換えると、一番彼のことを尻に敷いていると感じているということでもある。

 

 

「色々話す前に……まずはアナタに謝らないといけないわね。

話を聞く限りだとアイツの説明の仕方、これ以上ないくらい、わかりにくかったでしょうから」

 

「謝ってもらうことないけど、正直言って大佐の言ってることは半分も理解できなかったわ……」

 

「それは仕方ないわよ。普通の艦娘にそんな話いきなりして、理解できるわけないもの」

 

「ふ、普通の艦娘?」

 

「そ」

 

 

 当たり前のように『普通の艦娘』と言われて、たじろいでしまう瑞鶴。

 彼女は日本海軍で最も強力な部隊(表向き)である、大本営第1艦隊に所属しているのだ。尊敬の視線や意見には慣れていても、『普通』扱いされたことなどない。

 

 しかしそんな事実はお構いなしに、叢雲の中では彼女は普通枠に収まっているようだ。瑞鶴が普通というよりは、叢雲の知る鼎大将組の面々が頭おかしすぎるだけなのだが。

 

 

「艦娘っていったら、深海棲艦と戦うのが自分の使命と思ってる子が殆どだわ。

なのにいきなり『戦わなくていいとしたら、何したい?』なんて聞かれても、何を言われてるかわからずフリーズするってものよ」

 

「実際そうなったわ」

 

「ということは瑞鶴さんも、そう考えてるってことよね?」

 

「そ、そりゃそうでしょ。そう考えるのが当然じゃない」

 

「ところが当然じゃないのよ。ウチではそう考えてる子なんて、全然いないわけ」

 

「な、なんですって!?」

 

 

 予想外な言葉をさらりと口にする叢雲に、瑞鶴は驚きを隠せない。

 

 

「ああ、勘違いしないでほしいんだけど『戦いなんてしたくない』って、戦いから逃げてるわけじゃないわ。必要なら戦うし、必要なければ戦わないってだけ」

 

「そんな気持ちで……敵から護るべきものを護れるはずないわ」

 

「何言ってるのよ。現に私達、全海域解放したじゃない」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「だったらいいじゃない。やることはできてるんだし」

 

 

 叢雲が言うには、この基地には『深海棲艦と戦わなくてはならない』と思っているメンバーは殆どいないらしい。

 瑞鶴にとっては大きな衝撃だ。『そんな艦娘居るのか?』というレベルの話である。

 

 しかしそれでも、この基地ではちゃんとした結果を出している。つまり戦いができないわけではない。むしろ得意ともいえる。

 

 そのかみ合わない事実に、ちぐはぐなところを感じる瑞鶴。そこを理解しなければならないようだ。

 

 

「……今の私じゃ分かんないということが分かったわ。大佐と話した時と似た感覚ね」

 

「アイツの話はごちゃごちゃしすぎなのよ。

大方アイツ、『誤解されるような言い方できない』とか『自分で気づけるような話の組み立てしなきゃ』とか『瑞鶴さんに失礼な言い方できない』とか、その辺のことを考えてたんでしょうけど……

それを全部詰め込んだせいで、逆に意味不明な聞き方になってちゃ世話ないわよね。呆れちゃうわ、ホント」

 

「へ、へぇ」

 

「そんなだからアイツ、事務仕事も全然できないのよ。

一部を切り捨てられずに、全員が納得するやり方をギリギリまで探すせいで、仕事が遅いのなんのって……」

 

「はぁ……」

 

「そのせいで私の仕事がぐーんと増えちゃってるのよ? ありえなくない?

私がいないとアイツひとりじゃやってけないんだから。ホントになんとかしてほしいわよね!

そんなだからアイツからは目が離せないのよ!」

 

「えーと……」

 

 

 なんかボヤキに見せかけた惚気話が始まった。まともに付き合っていては胸焼けしてしまうので、瑞鶴は話を元に戻す。

 

 

「そ、それは大変ね。

……ところで、アナタは大佐に同じこと聞かれたら、どうやって答えるの?」

 

「……ん? ああ、そうね、その話だったわね。

結局アイツが言いたいのは、『自分で自分の生き方決めてほしい』ってことだから。アークロイヤルも似たようなところね」

 

「……はぁ」

 

「というわけで、私の答えは『今までと一緒でいい』ね。別に私はやりたいことないもの」

 

「……え?」

 

「強いて言うなら、ずっと傍でアイツの面倒見てやらなきゃいけないくらいかしら。強いて言うなら」

 

「そ、それだけ? え? それでいいの?」

 

「別にいいじゃない。やることやってるんだし」

 

「いやまぁ、それはそうなんだけど……」

 

「私も最初はもっと真面目だったのよ?

第1基地で艦娘として転生してから、高雄さんや龍田に基本的な研修受けて、今度こそ最後までこの国を護ろうって思って……

ま、今やそれも昔よね。そんなお堅い考えで乗り越えられるほど、現実は甘くなかったってところかしら」

 

「……ええと」

 

「私からはこんなところね。他のみんなにも聞いてみなさい。参考になるでしょうから」

 

「……はい」

 

 

 なんか思ってたのと違って、割と適当な感じだった。

 叢雲に放り出されるように追い出され、なにがなにやら、どうしていいのやらわからない瑞鶴である。

 

 

「はぁ、なんなのよもう……とりあえず他の人にも聞いてみよう」

 

 

 

・・・

 

 

 

「私ですか? えーと……ここのみんなとずっと一緒に居たいですね。それだけで十分です」

 

「え? 私? 師匠と暮らせていられれば満足かな。えへへへ」

 

「そだねぇ。ダラダラできればいいかなー。つまり今まで通りってことで」

 

「北上さんと居られればなんだっていいです」

 

「私は提督のお嫁さんだから、もっと料理とメンテの腕を上げなきゃいけないかも!」

 

 

 思いたったらすぐ行動。

 足が止まりそうになったらとりあえず動いてみる派の瑞鶴は、片っ端から聞き込みをしていった。

 

 

「……誰も戦闘について考えてないわ。この鎮守府、本当に大丈夫なの?」

 

 

 そしてその結果は、『今が幸せ派』と『提督大好き派』の2パターンに分かれていた。

 普通の鎮守府なら大多数がそうである『戦闘頑張る派』がひとりも居なかったのは、彼女にとって少なからず衝撃的だった模様。

 艦娘は戦闘で活躍してナンボだと思っているので、この結果には違和感しかない。

 

 

「うーん……」

 

 

 廊下を歩きながら瑞鶴が戸惑っていると、通路の向こうから、まだ聞き込みをしていないふたりが歩いてきた。

 

 

「やや? そなたは瑞鶴殿ではないか。難しい顔をして、何を考えているのかや?」

 

「なんだか悩みがありそう。子日たちでよければ、相談にのるよ?」

 

「あ、ああ。初春ちゃんに子日ちゃん。実はね……」

 

「ふむ。かくかくしかじかというわけか」

 

「そうなのよ」

 

 

 駆逐艦のふたりにも、戦闘以外で自分がやりたいと思うことについて聞いてみる瑞鶴。

 駆逐艦は精神的に幼い者が多いこともあり、瑞鶴としてはふたりに対してしっかりした答えは期待していない。とはいえ、全員に聞いてみると決めた以上、例外を作ることもないだろう。

 というわけで、同じように聞いてみたのだが……

 

 

「別にわらわは戦闘をしたいわけではないのう。鯉住殿、妹たちと共に歩めれば、他はなんだってよい」

 

「子日もみんなと暮らせれば幸せだよぉ。今のままでも幸せだけど、できたら若葉と初霜も呼んで、一緒に暮らしたいなぁ」

 

「ふたりも戦闘については触れないのね。艦娘の本領は戦闘だと思ってたのになぁ……」

 

 

 やっぱりこのふたりも、他のメンバーと似たような感じだった。戦時だというのに、実に暢気なものだ。

 しかし、瑞鶴のボヤキを聞いたふたりは何やら思うところがあるらしく、少し違った話題を振り始めた。

 

 

「姉さん。瑞鶴さんが悩んでることだったら……鯉住さんといつもしてる話、してあげればいいんじゃないかなぁ」

 

「そうじゃな。まさにうってつけじゃろうて」

 

「大佐といつもしてる話?」

 

「うむ。我が愛しの旦那様は、色々とわらわ達のために、心と時間を割いてくれておるのじゃ!」

 

 

 ドヤ顔で胸を張る初春。何やら瑞鶴の疑問に対するジャストな答えがあるようだ。

 

 

「それってどんな話なの?」

 

「ええとねぇ。鯉住さんとはたまに、駆逐艦がどうやったら活躍できるかの話し合いをするの」

 

「駆逐艦が? 活躍?」

 

「うむ。瑞鶴殿はどうやら戦闘に興味があるようじゃからの。

……正規空母から見て、戦闘面での駆逐艦とは、如何ほどのものかや?」

 

「え? ええと……私達は夜戦ができないし、護衛としての活躍は頼りにしてるけど……」

 

「しかしそれも、軽巡洋艦や重巡洋艦と比べれば、心許ないじゃろ?」

 

「それは……」

 

「遠征でも同様。資材獲得、護衛任務共に諸々のリスクを考えると、軽巡洋艦や重巡洋艦の方が適任。

駆逐艦が効率で勝るのは、被弾の危険が極端に低い近海哨戒のみ、といったところかの」

 

「……まぁ、正直言うとそうね」

 

「じゃろ? 艦の時代には、低燃費に魚雷の高火力、艦体の小ささからの機動力と回避力、そして艦体修理速度の早さという、様々なアドバンテージがあったが……

艦娘となった今では、そのすべてにおいて、艦種による差が大幅に縮んでしもうた。

つまりは艦娘における駆逐艦には、戦闘における居場所がないということじゃ」

 

「そんなに卑屈にならなくてもいいと思うけど……」

 

「卑屈ではなく事実。

ま、そういうことで、わらわ達駆逐艦には、大型艦のお主らには思いもよらぬ悩みがあるんじゃよ」

 

「うーん……」

 

「姉さんが言いたいことはね。駆逐艦と海防艦は、本当に強い子以外は戦闘で活躍できないから、他のところで活躍した方がいいんじゃないかなってことなの」

 

「そうなっちゃうかぁ」

 

「そうなっちゃうんじゃよ。

駆逐艦が他艦種に勝るのは、基本的には数のみじゃ。しかし数だけおっても艦隊に居場所はない。

他の駆逐艦も皆、瑞鶴殿の言うように戦闘に居場所を見出しておるようじゃが……このような現状ではの」

 

「……そっか」

 

 

 そんなこと、言われるまで気にしなかった。艦時代(前世)の記憶に頼って、駆逐艦は大型艦の護衛という印象しかもっていなかった。現実が見えていなかった。

 何年も同じ鎮守府で、駆逐艦と一緒に頑張ってきたというのに。

 

 初春の言葉が事実だというのは、各鎮守府の第1艦隊、第2艦隊の構成比率を見れば明らか。なにせその中で駆逐艦が占める割合は、5%にも満たないのだ。

 

 艦娘はみんな戦闘での勝利に自分の価値を見出している。そこは間違いない。

 しかし、他艦種の完全劣化と言ってもよい駆逐艦や海防艦は、その考え方で行くと、常に劣等感と無力感に苛まれることになる。

 それは……とても辛いことだろう。

 

 

「だから鯉住さんと私と姉さんで、駆逐艦がどうやったら活躍できるのか、時々相談してるんだ!」

 

「……大佐、そんなことしてたんだね」

 

「む。惚れるでないぞ? わらわの旦那様なのじゃぞ?」

 

「惚れない惚れない。それで、結論はどうなったの?」

 

「そんなもの簡単に出るものではない。

……が、ひとつの可能性として、戦闘以外での活躍を考えたらどうか、という話で落ち着いておる」

 

「鯉住さんが教えてくれたんだ! この鎮守府に色々造ったのは、そのためでもあるんだって!」

 

「農場とか生簀とか?」

 

「そう! 鯉住さんが言うには、同じ艦娘と戦闘力で比べるから辛いんだろうって!

だから人間のお仕事を色々してみて、気に入ったお仕事ができれば、居場所が見つけられるかもしれないって!」

 

「はー……」

 

 

 このどう見ても軍事施設とは思えない鎮守府には、農場や生簀、水族館など、ワケのわからない施設群があるが……それらを造った理由は鯉住君の趣味というわけではないようだ。彼は彼なりに考えて、それらの設備をこしらえたらしい。

 ……実はそれらを造った理由の殆どは、ノリと勢いでハッスルしてしまった、という情けないものだったりする。何とも言えない理由だが、元々頭の中にそういった考えがあったからこそ、そんな施設群ができたともいえる。

 

 

「おかげでわらわ達も、随分と充実した毎日を送らせてもらっておる」

 

「妖精さんたちと一緒に畑仕事したり、ニワトリさんやカイコさんの面倒見たりするの、すごく楽しいよっ!」

 

「……ふーん。そんなに楽しいんだ」

 

「わらわとしては面倒くささが先立つので、楽しいとは言い難いの。

しかし、仕事をした分は、誰かが喜んでくれる。誰かに必要とされるのは嬉しいものよ。お主にもそれはわかるじゃろ?」

 

「戦闘で認められるか、他で認められるか、それだけのこと、ってわけか」

 

「うむ。鯉住殿がお主に伝えたかったことのひとつは、そこじゃろうな」

 

「なるほどなぁ」

 

 

 ここでは『艦娘=戦力』という公式が当てはまらない。その風潮は、提督によって作られたようだ。

 他所とは違った方向性で、艦娘に対して真摯な姿勢を貫いているということだろう。瑞鶴はそこに感心し、此処での生活に対する興味もわいてきた。

 

 と、そんな雰囲気の中、初春がおかしな話を始めた。

 

 

「実際に他の鎮守府にも、戦闘以外で活躍しておる艦娘はおるぞ?

わらわ達が元居た呉第1鎮守府の元同僚、神風型の旗風がそうじゃ。

どこをどう間違ってしまったのか、今では大漁旗制作に没頭しておる」

 

「……ん? 今なんて?」

 

「大漁旗制作じゃ」

 

「聞き間違いじゃなかったのかぁ……」

 

「神風型は駆逐艦の中でも旧型じゃからの。あやつは悩んでおった時期があったのじゃ。『戦闘でうまく活躍できない。もっと皆さんの役に立つには、どうしたらいいのでしょう……?』といった具合に。

それがいつの間にやら、何かが吹っ切れたようで、元々趣味だった手芸経験を活かして、大漁旗を造ってみることにしたとかなんとか」

 

「ちょっとぶっ飛びすぎじゃない……?」

 

「鯉住殿が鎮守府改造した辺りから、本腰を入れ始めたようじゃし……わらわ達が影響を与えたという一面はあるじゃろな。

あやつは現在、大漁旗販売を通じて知り合った呉の漁師連中から、アイドル扱いをされておる。そのおかげで漁船護衛任務では指名が入るほど引っ張りだこ。地元の豊漁祭りでは司会を務めるほど持て囃されておる。

どうじゃ? 旧式のいち駆逐艦が、豊漁の女神扱いじゃ。元同僚として鼻が高いというものよ!」

 

「旗風さん、そのおかげで最近元気だよねっ!

呉鎮守府の駆逐艦ネットワークで、新作の画像載せてくれるんだよっ! ほらこれ!」

 

 

 子日がササっと取り出した端末の画面には、実に見事な大漁旗を掲げた、満面の笑みの旗風が写っていた。

 『私、今、生きてます!』なんてビビットなセリフが聞こえてくるようだ。

 

 

「なんかすごい方向性だけど……こういうのもいいものなのかもね」

 

「これもひとつの艦娘の生き方ということよのう。

瑞鶴殿には瑞鶴殿の生き方があるはずじゃ。じっくり探せばよかろ」

 

「うん。そうしてみる」

 

「頑張ってね!」

 

「ありがとね。ふたりとも」

 

 

 瑞鶴はふたりにお礼を言って別れた。

 昨日ボロクソに言われて焦りと悔しさに心が支配されていたのだが、いつの間にかそれも随分と薄まっていた。

 

 たったの1日ではあるが、昨日までの自分と比べて、随分と視界が広くなったと感じる。大本営でずっと訓練を続けていれば、このような機会は得られなかっただろう。

 

 

「まだ本当の意味で分かったとは言えないけど……一歩前には進めたかな」

 

 




 初春ちゃんは実は相当頭がいいです。伊達に大規模鎮守府筆頭である呉第1鎮守府でネームシップやってただけはありません。
 普段が自由奔放なので、あまりそれを感じさせないですけど。



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第127話

 瑞鶴が頑張る回、中編です。あまりにもややこしい話……!
 ふだんのギャグ路線から大分外れてますので、「こまけぇこたぁいいんだよ!」的なメンタルをお持ちの方は、瑞鶴頑張る編が終わるまで読み飛ばしていただいた方がいいかもしれません。今さらですが。



 初春、子日から話を聞いた瑞鶴は、その足で食堂まで向かった。

 少し遅くはなってしまったが昼食の時間であり、本日はまだ何も食べていないのだが、彼女の目的は食事ではない。

 

 

「失礼しまーす」

 

「……あら、いらっしゃい、昨日ぶり。昼にしては少し遅かったわね」

 

 

 瑞鶴の目的は、まだ話を聞いていない足柄に話を聞くこと。

 ここ以外の施設はあらかた回ったので、足柄と明石以外の艦娘には話を聞き終わっている。

 

 

「あ、こんにちは、瑞鶴さん! パクパク」

 

「ああ、明石さんね。ちょうどよかった。

食事中で申し訳ないけど、時間あったら話に付き合ってくれない?」

 

「ふぁい? なんでしょ? モグモグ」

 

 

 都合のいいことに、この後探してみようと思っていた明石が食事を摂っていた。

 まだ彼女に対しても意見を聞いていないので、一石二鳥である。

 

 

「ああ、もしかして私に色々と聞きに来たの? 他のみんなに聞きまわってるみたいだし」

 

「ご明察。あとは貴女とそこでご飯食べてる明石さんだけだから、都合よかったってわけ」

 

「モグモグ……ゴクン。

ふぅ……そういうことですか。いいですよ、何でも聞いてください!」

 

「そうね。いつも過保護なくらいの提督が、そこまで厳しく接しているんだもの。

私達も協力くらいしないといけないわ」

 

「ありがと。他の子とも話したからわかるけど、大佐の人気ってホントにすごいよね」

 

「彼が嫌われる理由がないもの」

 

「そうかなぁ……? 昨日の様子を思い出すと……」

 

「ふふっ! 皆さん照れ屋ですからね!

あんな反応になってしまうのはご愛嬌ということで、勘弁してあげてください」

 

「いや、あの、言いづらいけど、昨日は明石さんも大概おかしかっ……」

 

「まあまあ、ひとまずは落ち着くことね。そこに腰かけて。

アナタまだご飯食べてないんでしょ? 簡単なものならすぐに出せるから、食べながら話しましょうか」

 

「あ、私もじっくりお付き合いしますよ! この後の予定は大分余裕ありますし!」

 

「ええと……ありがと」

 

 

 この鎮守府では大人メンタル筆頭のふたりになんだか逆らえず、流されるまま着席する瑞鶴。

 ともあれこのまま目的はすんなり達成できそうだ。流れに身を任せていくことにする。

 

 

「ではどうぞ! 足柄さんは昼食準備中なので、この私がどんなお悩みか先に聞いちゃいますね!」

 

「うん。かくかくしかじかで……」

 

 

 

・・・

 

 

 説明中……

 

 

・・・

 

 

 

「ふむふむ。そういうことですか」

 

「そういうことなの。

みんな戦闘に興味なさそうなのを、どう受け止めていいかわかんなくてね。それに急に戦闘以外で何をしたいかなんて聞かれても、全然ピンと来なくて……」

 

「戦闘については、私は工作艦なのでどう言っていいかわかりませんが……

それ以外で何をしたいかについては一家言ありますね!」

 

「へぇ。何か趣味でもあるの?」

 

「趣味というかお仕事ですね!

私は元々呉第1鎮守府に居たんですが、そこで展開している酒保の運営を任されています!」

 

「酒保の運営……?」

 

「分かりやすく言うと、スーパーの代表ですね!

今ではこちらに来てしまったので、実務としては海軍籍の事務員さんにお願いしているんですが……仕入れの内容や季節のイベント、運営方針決定会議なんかでは口を出させてもらってます」

 

「えと、それって、オーナーさんってこと?」

 

「実質的には筆頭株主みたいな立ち位置です。あ、だから私、艦娘にしてはかなーり高収入ですよ?」

 

「うわぁ、すごい」

 

「そのお金で色々艤装の改修について研究してるので、手元にはそんなに残んないんですけどね。あはは!」

 

「明石さんはこの鎮守府でも、随分特殊な感じなのね」

 

 

 艦娘兼スーパーのオーナー、趣味は艤装の研究とかいう、特殊に過ぎる立ち位置だった。話をしてくれたことはありがたいが、正直言ってさっぱり参考にならない。

 

 

「うーん……私が参考にするには、ちょっと違うかなぁ……」

 

「そうですか? 変わったことやってる自覚はありますが、他の皆さんとそう変わらないと思いますけど」

 

「? いやいや、全然違うでしょ。

普通は酒保の筆頭株主なんてなれないし、艤装の研究なんてしないから」

 

「そういうことじゃないんですよ。提督が言いたいのは」

 

「?」

 

 

 別におかしなことを言ったつもりはないのだが……どうやら自分の考えていることは的外れな様子。

 頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる瑞鶴を見ながら、明石は話を続ける。

 

 

「そうですね……もし瑞鶴さんの趣味が、一輪車に乗ることだったとします」

 

「い、一輪車?」

 

「まあこれは物の例えなので、深くは考えないでください。

それで、私の趣味……艤装いじりの方が上等な趣味かどうかって聞かれたら、そういうことじゃないって答えますよね?」

 

「まぁ、関係ないもんね」

 

「そういうことですよ。

提督が言いたいのは、『自分がやりたいと思うことをやるように』ということですからね。瑞鶴さんがやりたいかどうかが重要なんです。中身は重要じゃありません。

もしこれから瑞鶴さんが『戦いなんてしたくない』と提督に伝えたとしても、受け入れてもらえることでしょう」

 

「いやいや。研修をお願いした身でそんなこと言ったら、いくら大佐でも流石に怒るでしょ」

 

「絶対に怒りませんね。賭けてもいいです。

無いことでしょうが、もし瑞鶴さんがそう決めたのであれば、戦闘以外の内容で研修すると思いますよ?」

 

 

 どうやら明石は、鯉住君は瑞鶴がどのような答えを出しても面倒見るだろうと、確信しているらしい。

 

 いくら何でも自分から頼み込んだ研修を、始まる前から『やっぱやめたい』なんて言って許されるはずがない。瑞鶴はそのように考えている。

 普通に考えれば、どんなシチュエーションだったとしても、それは当然のことのように思える。

 

 

「うーん、そんな我が儘、軍属じゃなくても許されないと思うんだけど……」

 

「普通はそうでしょうけどね。

あいにくここは普通じゃない鎮守府ですし、提督の感性も普通の軍属とは違います」

 

「それはまぁ、そうよね」

 

「そして何より、瑞鶴さんがこれから相手取ろうとしている面々は、全くもって普通ではありません。

そして私達はそのことをよーく知ってますし、提督に関しては求愛されているレベルでよく知っています」

 

「ええと……つまり?」

 

「乱暴に言ってしまうと、瑞鶴さんの『普通』という感覚は、全然アテにならないということです。最上位の深海棲艦を相手取る、というシチュエーション限定ですが」

 

「そ、そうなのかな?」

 

「それじゃ聞きますが……なんでもない漁礁が壊されたからといって、北ヨーロッパを壊滅させた深海棲艦の気持ちがわかりますか?

静かな環境でゆっくり寝たいからといって、スペイン南部とアルジェリア北部の人間を虐殺した深海棲艦の気持ちがわかりますか?」

 

「……え? ちょ、え、ウソでしょ……?」

 

「ウソのような本当の話です。

あ、ちなみに、別に汚くもない工業廃水が流されているのが気に入らなくて、人類を大掃除する人たちもいるみたいですね」

 

「ちょ、ま……そ、そんな理由で、人類は攻撃されているの……?」

 

「だからこそなんですよ。提督が『自分のやりたいことをやるように』って言ってるのは。

何考えてるのか理解できない、それでいて超々弩級の実力を持っている。加えてこちらへの殺意は高い。そんな相手ですからね。

本当の意味で得体が知れない、はるか格上の相手と戦うことになるんです。心に芯のない艦娘が相手できる存在ではありませんよ。

戦闘について門外漢な私でも、それくらいは分かります」

 

「あ、頭が痛くなってきたわ……」

 

 

 さらりと出てきたワケのわからない現実に、頭を物理的に抱える瑞鶴。頭痛が痛いレベルで理解できないことだ。

 

 そうやって瑞鶴がうんうん唸っていると、足柄が昼食を持ってやってきた。

 

 

「出来たわよー……あら? どうしたのかしら?」

 

「かくかくしかじかで」

 

「ああ、そういうこと。それじゃ今度は私がお相手しようかしら。バトンタッチね」

 

「私じゃ戦闘について深い話はできませんからね。お任せします」

 

「うーん……理解が追い付かない……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「明石からどんな話したか聞いたけど、悩んでるみたいね」

 

「そんな実力も考えもメチャクチャな奴らに、勝てるビジョンが浮かばないのよ……」

 

「とりあえずこれ食べなさい。腹が減ってはなんとやらって言うしね。

アナタ朝から聞き込みしてるんでしょ? 無理しちゃダメよ」

 

「……ありがとう」

 

 

 足柄が差し出した特盛級のドンブリには、カツ丼がたっぷりと収まっていた。

 量は空母サイズ、味は極上。なんだかんだ頭を使って糖分不足になった瑞鶴に、我慢できるようなものではない。

 

 

「……ゴクリ。いただきます……!」

 

 

 生唾を飲み込みつつ、足柄特製カツ丼に手を付ける瑞鶴。

 

 口の中いっぱいに広がり鼻孔から抜ける、脂身とカツオ節の香り。サクサクと心地よい音を立てる衣に、それに絡み合う出汁のしみ込んだ卵。ギシュギシュと噛み応えのある豚肉と、噛むたびにジュワッと口いっぱいに広がる脂の旨味。それを引き立てる玉ねぎのアクセント。

 

 要素の全てが絶妙に絡み合い、食欲を加速させる。朝から何も口にしておらず、いつの間にかお腹がすいていた瑞鶴には、悩みを吹き飛ばして集中してしまうほど魅力的な一品だった。

 

 

「ガツガツガツ……!!」

 

「だいぶお疲れだったみたいですね」

 

「新しいことを受け入れようとするのには、エネルギー使うものね」

 

「お腹いっぱいにして、頭を再起動してもらいましょう!」

 

「ガツガツガツ……!! おかわり!!」

 

「はいはい」

 

 

・・・

 

 

 食事中……

 

 

・・・

 

 

「……うっぷ。ごちそうさまでした……」

 

「まさか特盛を3杯も食べるなんてねぇ」

 

「大型艦、恐るべしですね」

 

「ふ、普段はこんなに食べないのよ? ものすごく美味しかったから、ついつい……」

 

「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」

 

「お腹いっぱいになって、少し眠くなってきちゃったわ……」

 

「でしょうね。あれだけ食べたんだし。……また明日にしましょうか?」

 

「う、ううん。そんなに甘えていられないわ。お願い、もう少し付き合って」

 

「少しくらいボンヤリしてる方が、話もスムーズにいくかしらね。

……いいわ。アナタが気にしてるところ、解決していきましょう」

 

 

 

・・・

 

 

 

「……というわけで、なんだか自信がなくなってきちゃって」

 

「なるほどねえ。ま、確かに普通の感覚してたら、あの人たちの相手はできないわよね。敵としても味方としても」

 

「正直言うと、もっと自分は強いと思ってたんだけど……ハァ……」

 

「そんな卑屈なこと自分で言うものじゃないわ。栄光ある大本営第1艦隊なんでしょ?」

 

「それはそうだけど……」

 

 

 大分精神的に参ってしまっている瑞鶴。そんな彼女の様子を見て、足柄は参考になりそうな話をすることにした。

 

 

「私もここに来るまではね、何においても勝利することが一番大事だって思っていたわ」

 

「私と同じ……って、『思ってた』ってことは、今は違うの?」

 

「そうね。今だってやるからには勝つべきって思ってるけど、そこに焦りとか義務感とかは無くなったわ」

 

「それはどうして……」

 

「彼と一緒に居るとね、いちいち勝つことにこだわるのが馬鹿らしく思えてくるのよ。

ホラ、提督って大分ヘタレじゃない?」

 

「ええと……言っていいのかわからないけど、大分ヘタレよね」

 

「加えて戦闘における指揮は及第点。問題はないけどあくまで普通レベル。

提督がするべき事務仕事についても不得意で、他所では秘書艦をひとりつけるだけ、もしくはつけないで鎮守府を回すことができるのに、叢雲と古鷹におんぶにだっこ。

日本海軍が求める提督能力としては、下の下もいいところなのよね」

 

「叢雲さんも同じこと言ってたけど……ズバッといくなぁ」

 

「でも、彼は物事を必ず良い方向にもっていってくれる。

提督養成学校に入れられたら卒業できるかも怪しい。同戦力以上の相手と演習をやったとしたら負けちゃうくらいに指揮能力は普通。事務処理能力なんて普通の提督の半分以下。

……それでもね、今の彼は全海域解放を史上最速で成し遂げた大佐で、第1鎮守府で第1艦隊に組み込まれるレベルの部下を多数要している強豪鎮守府の長で、ラバウル基地エリアの艤装パーツ生産を7割以上賄うやり手でもあるわ」

 

「改めてそう聞くと、ワケがわかんないよね」

 

「でしょ? 私も彼のやることなすことには、毎度驚かされっぱなしなのよ。

前にあったことだと、初めて見る姫級最上位個体を目の前にして『鎮守府案内してあげてください』とか言われたことがあってね……流石の私でも頭フリーズしたわ」

 

「え゛……?」

 

「とにかく。恐らくだけど、勝つ勝たないじゃないのよ。私たちがしていることは。

戦闘で勝利することが大事なら、提督がここまで重要な人物になることはなかったはずよ」

 

「ちょっと何言ってるのかわからない……」

 

「相手をどれだけ理解できるかが、今私たちがやっていることのカギになるんでしょうね。

彼が今までしてきたことと、その結果を考えると、そういうことなんじゃないかと思うの」

 

「ええと……」

 

「前にね、対局しながら彼が話してくれたことがあるの。

『最初に深海棲艦に襲われた時、動けなくなるほどとんでもない殺意を向けられた。

でも、なんでもない相手にそんな純粋な殺意を向けるなんて普通はできない。

だから、なんで深海棲艦が自分たちをここまで憎んでいるのか、その理由が知りたい』

なんて意味のことをね。

あの人は戦術的勝利には一切興味がない。というか、私たちを信じてくれているから、その部分については丸投げしてくれてる。

……あの人が求めているのは勝利ではないわ。妥協案よ。

この戦いが何なのか、その本質を見極めようとしている。そして、人類にとっても艦娘にとっても深海棲艦にとっても納得できる未来はどこにあるか、探しているの」

 

「私、そんなこと……全然考えたこともなかったわ」

 

「こんなこと考えてる方がどうかしてるのよ。だからあなたは正しいわ。でもね……

……そうだ、貴女、戦争の反対はなんなのか知ってるかしら?」

 

「ええ? なんなの? 藪から棒に……

戦争の反対なんて、『平和』なんじゃないの……?」

 

「違うわ。戦争の反対は『話し合い』よ」

 

「え……?」

 

「戦争というのは、あくまで政治のイチ手段よ。お互いの主張がぶつかり合って、もしくは一方的に奪いたいという裏があって、初めて起こる物理的侵略なの。

だから落としどころは必ずあるし、少なくとも意思疎通ができる相手じゃないと、戦争なんて成立しないわ」

 

「それは……それじゃ、私たちがやってることって、戦争じゃないって言いたいの……?」

 

「世間一般的に言えば、戦争ってことになってるわ。

でも実際やっていることは、意思疎通ができない相手を、武力をもって制していき、制海権を取り戻すということ。

どっちかと言えば、『戦争』というより『縄張り争い』じゃない?」

 

「……言われてみれば」

 

「本当は『縄張り争い』ですらないと思うけどね。

だから、ちょっと戦いに勝ったからって、何も解決しないのよ。終わりなんてないから」

 

「でも、深海棲艦が居なくなるまで殲滅し続ければ……」

 

「人類が野生動物を根絶やしにするとかならできるけど、軍艦級のチカラを持つ深海棲艦に対しては不可能じゃない? 相手の数は、おそらく人類よりも多いわよ?」

 

「……それは……」

 

「ま、ともあれ情報が足りなさすぎるのよね。それに答えが出ない話をしてもしょうがないわ。

貴女が信じていたもの、正しいと感じていたものは、そうでもなかったってわかったでしょ?」

 

「……うん」

 

「今はゆっくり考えなさい。答えなんて無理に出さなくてもいいから。

強くなるってことは、腕っぷしの強さだけじゃないわ。貴女に足りないものは、提督が言っていたとおりよ」

 

「『戦闘以外で、自分がやりたいことは何か』ってことかぁ……」

 

「それがどんなことでもいいし、それでも戦闘を選ぶって決めたなら、それでもいい。

大事なことは、『やりたいからやる』って気持ちなのよね。言い換えると『覚悟を決める』。それが無かったら、ギリギリの土壇場でも笑っていられないもの」

 

「うーん……腑に落ちてないけど、よくわかった……

……ちなみに足柄さんは、戦闘以外でやりたいこととかってあるの?」

 

「将棋よね」

 

「ああ、そういえば貴女も横須賀第3鎮守府出身だったね……」

 

「さぁ、もう眠くて限界でしょう? 仮眠をとってきなさい。寝ている間に、勝手に頭の中が整理されるから」

 

「……そうする」

 

 

 この鎮守府のメンバーの話からは、色々と考えてもみなかったことが湯水のように湧き出してくる。

 話の整理すらつかない頭を抱え、ふらふらとあてがわれた自室まで足を運ぶ瑞鶴なのであった。

 




 抽象的な話で本当にゴメンなさい……!
 瑞鶴頑張る編はあと一回で終わりの予定なので、それが終われば反動でロクでもない話を書く予定なので、お許しください!


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第128話

瑞鶴頑張る編の後編です。これで一区切り。





「……うっそ。外がもう暗いんだけど……」

 

 

 あてがわれた自室で目を覚まし、開口一番、驚きの声を上げる瑞鶴。

 

 昼下がりの食堂で足柄からカツ丼をふるまわれつつ、戦いについての意見を聞いた後、瑞鶴は自室で仮眠をとることにした。思いもよらなかった意見ばかりで、頭がパンクしてしまっていたからだ。

 その負担は思っていたよりもはるかに大きかったようで、1、2時間休もうと思っていたのとは裏腹に、ガッツリと睡眠をとってしまったようだ。

 

 

「ああ、もう……まぁ、でも頭はけっこうスッキリしたかな……」

 

 

 睡眠をとる前と比べて、明らかに頭がスッキリしていた。

 寝坊してしまったが、必要な寝坊だったということなのだろう。

 

 

「あと話を聞いてないのは……転化体のふたりを抜かすと、大佐だけか。……よし」

 

 

 けだるい体を引きずり、着替えを済ませ、部屋を出る。

 まずは鯉住君を探すところから。今日は仕事がほとんどないと言っていた気がするので、話をするくらいの時間なら取ってくれるだろう。

 

 

 

・・・

 

 

 大佐捜索中……

 

 

・・・

 

 

 

「……あのさ大佐。何してんの?」

 

「違うんです……これは報酬なんです……」

 

「何が違うの? ここ娯楽室でしょ? 公共の場でしょ? お茶の間にしか見えないとはいえ」

 

「ここしかなかったんです……

流石に部下とはいえ、女性の部屋に入って膝枕するのは倫理的にアウトじゃないかなって……

最初は執務室でってことにしたんですけど、叢雲にタイキックののち、叩き出されまして……」

 

「天城さんとは夫婦なんでしょ? それくらいいいじゃんか……

ていうかさ、ガッツリ組みつかれながら膝枕なんて、誰の目にも触れるところでするもんじゃないでしょ? それこそ倫理的にどうなの?」

 

「スイマセン、おっしゃるとおりです……」

 

「zzz……むにゃむにゃ……もう食べられませぇん……」

 

 

 割とすぐに鯉住君は見つかった。

 なんか娯楽室で天城に膝枕してた。ガッツリとホールドされながら。

 

 どうやら葛城の研修を見ることに対する報酬が、この目の前の光景なのだろう。

 幸せそうにヨダレを垂らしながら寝ている天城と、その隣でぶっ倒れている葛城が、そのことを何よりも雄弁に物語っていた

 

 葛城はそれはもうかわいそうなことになっていた。気を付けの姿勢のまま、うつ伏せで畳の上に転がされていた。白目を剥きながら、口を半開きにして気絶していた。このまま動き出したら完全にゾンビといった様子である。

 

 

「……それで葛城のこの姿は……」

 

「ああ、定期連絡船で過ごす間は運動できなかったですからね。カラダがまだ慣れていないんでしょう」

 

「いや、そんなに私たち、ヤワじゃないからね……? どんだけ無茶したの……?」

 

「そんなに無茶はしてないはずですよ? 天城も『最初は慣れてもらうために、簡単なことだけやってもらいました……』なんて言ってましたんで」

 

「いやいやいや……ウォーミングアップでその有様なことに、疑問を抱かないワケ?」

 

「普通だったらやりすぎでしょうけど、目標の高さからいくと妥当だと思いますよ」

 

「やっぱりココおかしいよ……」

 

 

 葛城の見事なやられっぷりと、鯉住君の平常運転な態度を交互に見比べて、瑞鶴はドン引きしている。

 

 決して葛城は打たれ弱いわけではなく、それなりにハードな訓練にも余裕をもって耐えることができる。伊達に艦載機搭載数が少ない雲龍型で、大本営第2艦隊の空母枠に収まっているわけではない。

 当然ながら、本土からラバウルまでの移動でカラダが鈍っていたということもない。つまりこの惨状は、どれだけ研修が過酷だったのかを物語っているということになる。

 

 確かにやり過ぎ感が否めない状態だが、それも仕方ないことだったりする。

 彼女たちが相手しようとしてるのは、転化体クラスの相手、もしくは、人外魔境の佐世保第4鎮守府メンバー相当。

 沈められないだけ優しいとか、そういう基準でないとやっていけないのである。

 

 

「まぁまぁ……俺が天城から解放されたら、葛城さんには掛布団かけときますので」

 

「大佐が解放されるのっていつの話よ? 掛布団なら私が持ってくるから、収納場所教えて」

 

「すいませんねぇ……」

 

「本当に大佐は……なんでこんなに頼りないのに、あんなに信頼されてるんだか……」

 

 

 ブツクサと文句を言いつつ、瑞鶴は掛布団を取りに行くのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 風邪をひかないよう、掛布団オンザ葛城状態にしたあと……瑞鶴は相変わらず解放される気配のない鯉住君に対し、そもそも聞く予定だったことを聞くことにした。

 

 

「ホントにありがとうございました……」

 

「別に気にしないでいいから」

 

「恐縮です……」

 

「ホントにいいから。……私が大佐探してたのは、他のみんなに色々聞き終えたからなの」

 

「え!? もう!? 流石は瑞鶴さん、仕事早いですね!」

 

「そういうのホントにいいから。私は大佐の意見も聞きたいのよ。

……ここのみんなは、みんな私に見えないものが見えていた。心に大きな余裕があった。

普通の鎮守府だったら、そういうワケにはいかないのよ。もっと気が張り詰めている。

ここの元締めとなる大佐の考えを聞きたいの。理解できないなりに、知るだけでもいいから、私は知りたい」

 

 

 瑞鶴の真面目な態度に、鯉住君も気を引き締める。

 たったの1日でここまで瑞鶴が先へ進むとは思っていなかったので、彼としてはかなりの驚きである。

 そして驚くのと同時に、彼女が元帥や他の大本営の強者から信用されている理由も理解できた。

 

 ひたむきで、素直で、まっすぐで、受け入れられないことでも自分が正しいと妄信せず、受け入れようと努力することができる。多くの人を護りたいという、まっすぐで眩しい理想もある。

 彼女のような人こそが、大衆の希望となり、日本を背負っていくべきなのだ。そしてそういう人を支えることが、彼の大きな目標のひとつでもある。

 

 

「……コホン。失礼しました。もちろんお答えさせていただきます」

 

「お願い」

 

「私のやりたいことは、戦いでも戦争でもありません。鎮守府としては後方支援を方針としていますが、本当のところは戦いの支援をしたいということでもありません」

 

「うん。それはなんとなくわかる。他のみんなの感じだと、そうなんじゃないかと思ってた」

 

「軍属としては言語道断なことは理解していますが……

それをすぐに受け入れられるとは、たったの1日で随分変わられましたね」

 

「ありがと。今までの私が考え無し過ぎただけだと思うけどね」

 

「いやいや、ウチの方針は異端も異端でしょうから、そんなことは……

……ともかく、本当に私がやりたいことは、戦いを終わらせることではありません」

 

「……」

 

「戦いを続けながら、艦娘の皆さんに胸を張って生きてもらうことです」

 

「……なんで戦いを終わらせることを考えてないの? 戦いさえ終えれば、私たち艦娘も、もっと自由になると思うんだけど」

 

「部下と話をして、色々な考え方があると知った今の瑞鶴さんなら、そう答えられるかもしれませんが……昨日の瑞鶴さんでは、そうはいかなかったでしょう」

 

「……『戦い以外でやりたいことはあるか?』ってことね」

 

「はい。……もしある日唐突に戦いが終わったら、その多くが戦いしか知らない艦娘の皆さんは、一体どうするのでしょうか?

人間でさえも、多くの退役軍人は心に傷を負い、日常生活がうまく送れなくなります。戦時のことを忘れられず、望んでいなかった裏の仕事に就くしか選択肢がなくなる人も、たくさん出てきます。

そこは艦娘の皆さんも同じ……いや、もっと大きな問題になっていくはずです」

 

「そう言われると……」

 

 

 瑞鶴も、アークロイヤルと鯉住君にコテンパンに言われるまで、『戦争を終わらせる』ことしか意識がなかった。

 実際に戦いが終わった後のことを聞かれたら、何も答えることができなかった。

 

 もしそんな状態で、本当に戦いが終わったとしたら、自分はいったいどうしていただろうか?

 お金の稼ぎ方も知らず、生活基盤は日本海軍におんぶにだっこな艦娘たちは、どうやって平和な未来を生きるのだろうか?

 

 深海棲艦が居なくなった未来では、戦いの化身としての自分たちの居場所はない。

 

 そのことを改めて確認させられ、背筋がブルっとする瑞鶴。

 

 

「ですから、個人的にはですが、この戦いを終わらせることは考えていません。

そもそも終わるはずないとも思っていますし、他の人の『終戦』と、私の考える『終戦』は、形が大きく異なっているはずです」

 

「戦いが終わらないだろうってのは、足柄さんから聞いた。

……大佐の中での終わり、いえ、落としどころを教えてくれないかな?」

 

「私の描く『終戦』は、和睦です。私の中では、深海棲艦は人類の敵というわけではないんですよ」

 

「深海棲艦が人類の敵じゃない……? それに和睦って……

あれだけこちらのことを憎んでいるのに不可能だとは思わないの? 大佐だってアイツらの悪感情に晒されたことあるんでしょ?」

 

「思いません。……いいですか、瑞鶴さん。憎しみとは、愛情の裏返しです。

相手のことに関心がありすぎるから、人は人を愛したり、憎しみを抱いたりするんです。そもそもの話、形は違えどそれらは同じ感情……相手に自分を見て欲しい、という願いなんです」

 

「……」

 

「だから、あれほどの憎しみをぶつけてくる存在が、話が通じない相手なはずがないんです。

必ず、私たちが気づいていない何かがある。そしてそれは深海棲艦の正体に関わることであり、人類の未来を大きく左右するものです」

 

「大佐は、深海棲艦と話が付けられると思ってるんだ」

 

「そういう前提で動いているというだけです。

もしそうでなくても、現在人類は技術の衰退を防ぐことができている。深海棲艦という外圧のおかげで、リサイクルやリユース、新素材発明など、生産規模を縮小する方向での技術発展も盛んだ。

だからもし深海棲艦と話が付けられず、このまま拮抗状態でも、それはそれでアリだろうと思っています」

 

「人類は制海権を失ったままだよ? それでもいいの?」

 

「漁業は艦娘の護衛ありきですが続けられていますし、ヒト、モノの輸送も同様だ。問題は何一つありません」

 

「海辺の街なんて、鎮守府があるところにしかないよ?」

 

「艦娘の雇用先が増えて、いいことじゃないですか。別に海辺に住む必要性もありませんし」

 

「それはそうだけど……」

 

「そうだな……瑞鶴さん、海は誰のものだと思いますか?」

 

「?」

 

 

 鯉住君の唐突な質問に、頭にクエスチョンマークを浮かべる瑞鶴。

 昨日までの彼女なら、関係ない質問だとかなんとか言って噛みついたところだが、今の彼女は、その質問に重要な意図があるとわかっている。

 

 とはいえ、何を言いたいのかまでわかるわけではない。シンプルに思いついた答えを口にする。

 

 

「それは……人類のもの、ってことじゃないのよね?」

 

「はい。一般的にはそう捉えている人が大半です。ですが、私は違うと思っています」

 

「それじゃ、誰のものでもない、とか?」

 

「いえ。そんな曖昧なことだとも思ってません。

……私は、海は『海に住む生き物のもの』だと思っています」

 

「……へぇ」

 

「だからそもそも世間でいう、『制海権を取り戻す戦い』というお題目は、どうにもしっくりこないんですよね。

元々の意味の『人類同士の縄張り境界線』という意味での制海権ならわかりますが、相手は海に住む生き物ですから」

 

「なるほどねぇ」

 

「深海棲艦は海に住んでいます。彼ら、彼女らの生活圏を、正しいと言いながら蹂躙していく行為には、正当性があるのでしょうか?」

 

「……」

 

「ま、実際には人類は海の恵みなしには生きていけないので、世間でいうところもよくわかるんですけどね。生きるためですから、否定するつもりもありません。

でも、制海権拡大を正しいと信じることは間違っています。その考え方は、人間以外の生物を自分の食い物としか見ていない考え方です」

 

「……だから大佐は、深海棲艦を攻撃するっていうより、和睦したいと思ってるのね」

 

「そうですね。もちろん今の立場もありますから、海域解放はしますし、向かってくる相手は倒します。

一応部下のみんなには、知恵がありそうな相手なら、開戦前に話し合いを持ちかけてもらうように言ってますけどね。まぁ、それが実ったことはまだありませんが」

 

「大佐はそれでいいの? こっちから侵略してる形になるでしょ?」

 

「そこは仕方ないでしょう。こちらにも事情がありますし、こちらの勧告に応じず戦う意思を見せているわけですし。最低限の譲歩はしている、というワケで」

 

「意外とリアリストなのね。少し安心したわ」

 

「そもそも武力がなければ交渉もできないですので」

 

 

 世の中には鯉住君のように『深海棲艦との共生』を謳う集団はいる。そしてそういう集団は往々にして、デモやヘイトスピーチなどで、日本海軍のことを日常的に批判している。

 しかしその多くが、現実が見えていない頭お花畑な連中だったりする。自身の生活への不満を日本海軍にぶつけるために、『深海棲艦との共生』をお題目にしているだけなのだ。

 もし彼らが実際に深海棲艦に襲われれば、掌を返して日本海軍に助けを求めることだろう。その程度の連中だ。

 

 鯉住君が彼らと決定的に違うのは、現実が分かったうえで、深海棲艦に悪感情をぶつけられつつ殺されかけた経験があるうえで、同じことを言っていること。そしてそれを実行しようとしていること。

 

 それが分かった瑞鶴は、素直に感心した。

 さっきまであれほど頼りなく見えた鯉住君から、元帥と一緒に居るときのような心強さを感じる。

 誰にも負けるはずがないと思わせてくれる、そんな心強さだ。

 

 

「……そっか。大佐のこと、少し見直したよ」

 

「? よくわかりませんが、ありがとうございます。

それで……ええと、話が逸れましたが、私がやりたいことの話でしたよね」

 

「うん」

 

「現状は人類だけ見れば、我が世の春が終わって衰退したともとれる状況ですが、大勢を見るとそこまで悪い状況ではないと思うんです。

だから私がやりたいことは、深海棲艦側と協定を結ぶことですね。

知性ある深海棲艦と、本当の意味での『制海権』……縄張りの線引きみたいなのを話し合えたら、と思っています。

野生動物同士がやるような縄張り争いを、交渉でできたらいいなって」

 

「そんなこと、できるかな」

 

「アークロイヤルや天城を見て、できないなんて思いませんよ。

だいぶ私達とは感性が違いますが、彼女たちにだって大切にしているものがある。それこそ、人類への憎悪以上に大切にしているものが。私達と一緒じゃないですか。

……どれだけ大変かわからないし、糸口もつかめていませんが、和睦を諦める理由は見当たりません」

 

「……そうだよね。やる前から諦めちゃダメだよね」

 

「はい。……参考になりましたか?」

 

「うん」

 

 

 彼は全員にとっての不幸な未来を避けるために、その人生を使うつもりだ。そしてその全員の中には、深海棲艦も含まれている。

 話をしている中で、瑞鶴にはそれがよく理解できた。

 

 

「……ねぇ大佐」

 

「どうしました?」

 

「なんていうか、さ。私に見えていたものって、今じゃなかったんだなって」

 

「というと?」

 

「ええとね。私は今まで、この国を敵……深海棲艦から護るために強くなるのが、正しいことだって思ってた。それは今も変わらない」

 

「はい」

 

「でもね。その感覚っていうのは、艦だった時、日本が別の国と戦争していた時の……前の私の乗組員の人たちや、海軍の人たち、日本で暮らす国民たちの願い、それそのままだったんだな、って」

 

「……」

 

「昔とは敵も違うし、物資状況も違う。何もかもが昔とは違ったんだわ。

よく考えればそんなことわかったのに、想いに引きずられてた、って言えばいいのかな」

 

「難しいところですね。それも正しいことです」

 

「うん。昔の人たちの『護りたい』って気持ちが、これまでの私を支えてくれたの。間違ってるなんて言えるはずないわ。

……だからこそ、ここから先は、それだけじゃいけない。私が自分の足で、その先へ進まなきゃいけない。

私と一緒に戦った昔の人たちのためにも、私は前に進まなきゃいけない」

 

 

 どうやら瑞鶴は、自分の意志で先に進むことを決意したようだ。鯉住君を見据える瞳には強い意志が宿っている。

 

 まだ『自分が本当にやりたいことは何か』なんてわかっていないだろう。そもそもそれが見つかるかもわからないだろう。

 それでも彼女は、自分の足で進んでいくことを決めた。ならばもう余計なことを言う必要はない。

 

 

「……今日はもう遅いので、明日の朝一番に、もう一度アークロイヤルに話をつけに行きましょう」

 

「!!」

 

「今の瑞鶴さんなら、もう大丈夫です。

必ずアークロイヤルには教導艦を引き受けさせますので、明日のために、実戦の準備をしておいてくださいね」

 

「うん! わかった!」

 

「それと、元帥にも一報入れておいてください。

どのような話の展開になるかはわかりませんが、良い方向に進むことでしょう」

 

「そうね! ありがとう大佐!」

 

「お礼を言うのはこちらの方ですよ。

私が守りたいのは貴女のような素敵な人ですから。こちらも頑張らないと、って思えます」

 

「ふふっ! それじゃあね! 明日はよろしく!」

 

「はい。おやすみなさい」

 

 

 ダダダと元気よく退室する瑞鶴を、手を振りながら見送る鯉住君であった。

 

 

 

 

 

 

 

「しかしアレだな……俺の方が明日どうなるかわかんないんだよな」

 

 

 そうボヤく彼の膝の上には、アメフトのタックルのように腰をホールドして、膝枕で眠っている天城が。

 

 明日までに彼女をどけて、アークロイヤルと瑞鶴の仲を取り持たないといけない。

 天城の幸せそうな寝顔を見ると、深い眠りに入っているのは確定的に明らか。夜が明けるまでに起こすとか、そんなん多分無理である。

 

 

「どうしよっかなぁ、コレなぁ……もしかして徹夜なのかなぁ……」

 





余談・本編後の瑞鶴と伊郷元帥の電話



「……ってことなの! 私、これから頑張るから!」

(……)

「……提督さん?」

(……フフッ)

「!!?? て、提督さん!? もしかして笑ってる!?」

(いや、すまない、瑞鶴君。バカにしているワケではないんだ)

「それは分かってるけど! 提督さんって笑えたの!?」

(普段はあまり笑わないからな)

「あまりっていうか皆無じゃない!? 提督さんが笑うとか異常事態だよ!? 明日槍でも降るんじゃないの!?」

(いや、私は普通に笑うぞ。そこまで気にしないでほしい)

「気にするなって言ったって無理だよ! こんなの正規空母ネットワークで拡散するしかないよ!」

(まぁその辺は好きにしてくれてよい。
……瑞鶴君、しっかりと学んでくるように。大佐は戦闘における強さとは違った強さを持っている。話を聞く限り、彼の部下も皆、本当の意味での戦士と言える)

「……うん」

(その辺りを教えていなかったのは、まだ瑞鶴君がその段階ではないと思っていたからだが……大佐には頭が上がらんな)

「そんなことないよ! 提督さんがここまで私を育ててくれたんだから!
帰ったら絶対に提督さんを驚かせて見せるから!」

(楽しみにしているぞ。本当に。……フフッ)

「!! また笑ったぁ!?」

(では切るぞ。もう遅い時間だ)

「ちょ、ちょっと待って提督さん! ちょっとその笑った顔、写メで送っ……!!」



 ピッ!!



・・・


 大本営・執務室


・・・



「……フフッ。やはり大佐にハワイ遠征の話をしたのは、正解だった。
期待をはるかに越えて、大佐は素晴らしい人物だったな」


 ぬるくなったお茶を一口すすり、窓の外を見る。


「私の唯一にして、最大の仕事。
……待っていてほしい。鮫島さんに鰐淵さん、そして鼎君。未来は、明るい」


 窓越しに元帥が見上げる夜空には、満天の星空が広がっていた。


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第129話

 今回はひどい話です。ロクでもないです。お下品です。
 これ読んで、前回までで凝り固まった頭をダルダルにしてください。





「うぅ……か、カラダがうまく動かせない……イタタ……」

 

 

 鎮守府棟(豪農屋敷)の廊下で、壁に手をつきながらフラフラとしている彼女は瑞鶴。

 

 昨日アークロイヤルに心身ともに極限まで追い詰められ、轟沈半歩手前の大破まで追い込まれた彼女は、長い制服艤装修復を終えて入渠ドック(浴場)から出てきたばかりなのだ。

 制服艤装の修復は完璧なのだが、気を抜けば永遠に眠ってしまいそうなほど追い込まれたダメージは抜けきっていない。一晩明けた今も、骨や筋肉がギシギシいっている。

 

 

 ……瑞鶴が覚悟を決めたその次の日、鯉住君の仲介により、アークロイヤルに教導艦を頼むことに成功した。

 

 アークロイヤルは初対面の時とは打って変わって、あまりにもアッサリと瑞鶴のことを受け入れた。

 鯉住君が「今の彼女なら大丈夫。頼んだよ」と話しかけると、瑞鶴の姿を一瞥したのち「わかったわ。admiral」と即答。どうやら瑞鶴の変化をアークロイヤルは見抜いたようだ。

 

 

 そういうことでアークロイヤルによる研修が開始されたのだが……

 

 

「イカれてる……ホントにイカれてるわ……なんで魚があんな動きするのよ……」

 

 

 初日からアークロイヤルのお魚攻撃の洗礼を受け、瑞鶴はとことんまで追い込まれたようだ。

 

 初見殺しも甚だしい謎アタックなうえ、長距離、中距離、短距離、接近戦、その全てに対応できるチートアタックでもある。

 マトモな艦隊戦しか経験したことがない瑞鶴が、これに対応することなど不可能だった。

 

 ちなみにアークロイヤルのお魚攻撃は、鯉住君と水族館を運営し出してから、そのバリエーションが大幅に増加していた。今まで海水魚のみだった魚種に淡水魚が加わるようになったのだ。

 おかげで艦種詐欺とも呼べる多種多様な攻撃ができるようになり、以前よりも圧倒的な強さを誇るようになったのだが、それはまた別の機会に。

 

 

「今日もまた地獄が待ち受けてるわ……泣きそう……

……でも、辛いけど……私、絶対やり遂げるんだから……!!」

 

 

 カラダ中の骨を何本も折られても、その心は折れていない様子。

 彼女の心が成長していなければ、この時点で精神的にポッキリと折れてしまっていたことだろう。なんだかんだ必要な問答だったということだ。

 

 

そんな感じでヨロヨロと歩いていた瑞鶴だが……

 

 

(……が……だよ……)

 

 

「……ん?」

 

 

 とある部屋から話し声が聞こえてきて、それがなんとなく気になって足を止める。

 

 ここはこの鎮守府の提督である鯉住君の部屋。 どうやら本日の業務を終え、自室に戻っているようだ。

 

 

「……? ここが大佐の私室ってのは知ってるけど……誰かと一緒に居る?」

 

 

 彼はケッコン指輪を部下全員に渡す(渡させられる)という、気が狂ったというか漢らしすぎるというか、そういった暴挙を働いた男。そしてその一方で、誰よりもお堅い貞操観念を持ち、その中の誰にも手を出していないという、ある意味とんでもない変態。

 

 そんな彼が、ケッコン相手とはいえ、自室に部下を招いてよろしくやっているなど……考えもつかない。

 とはいえこの鎮守府に彼以外の男はおらず、つまり誰かと会話しているということは、その相手は間違いなく女性……部下の艦娘と言えるだろう。状況証拠的に逢引き以外に考えられない。

 

 

 

 ……彼のお堅さを、研修組の空母ふたりはよーく知っている。

 

 歓迎会の最中に瑞鶴と葛城が夕張に直接聞いたところ、定期連絡船の中で同室だったというのに、一切手を出していなかったということが判明した。

 ものすごくげんなりした様子で夕張が話してくれた。「勇気を出して誘惑してみたのに、見てさえくれなかったの……やっぱり胸なの……!?」なんて言いつつ。

 

 彼女たち3人は、大本営の近くの街で、夕張のデート用の洋服を一緒に選んだ仲。

 夕張のデートをふたりは応援していたし、その結果が予想をはるかに越えて大成功だったことをお祝いもした。

 

 それだというのに、一緒の部屋で夫婦が何日も過ごしたというのに、ボディタッチのひとつすらなかったとは……それを聞いた時のふたりは、夕張に心底同情したそうな。 

 夕張が言うように胸のサイズで色々判断してたというなら……自分たちには関係ないけどブッ飛ばしてやる。自分たちには関係ないけど。全然関係ないけど。

 ……ふたりのそんな私怨もあったとかなかったとか。

 

 ちなみに実際のところは、夕張のアプローチに鯉住君は気づいていた。

 しかし『物理的に手を出しません』宣言をしていたこともあり、鋼の精神力で気づかないふりをしていた。男として辛抱溜まらんという気持ちも出てきたが、なんとか抑え込んでいた。

 ふだん通りの穏やかな表情で接しながらも、心の中では血の涙を流していたのだ。自身の欲望を抑え込む姿は、ほぼほぼ修行僧だった。

 

 

 

 そんなこんなで、瑞鶴は提督の私室から会話が聞こえてくることに違和感を持ったのだ。

 そもそもこんな白昼堂々と鎮守府内で逢引きするなど、全く考えられないことだ。普通の提督でさえそうなのに、いっとうお堅い鯉住君がそんなことするはずもない。

 

 

「……気になる」

 

 

 お行儀が悪いと思いつつも、好奇心に負けてしまった瑞鶴。鯉住君の私室の扉にピトッと耳を当て、聞き耳を立てることにした。

 盗聴じみた行為というか盗聴そのものというか。彼女が大本営に居たころには絶対にしなかったことである。

 ここに来て1週間も経ってないというのに、色々なじんでしまったようだ。

 

 そんな感じでヤンチャしている瑞鶴の耳に入ってきたのは……

 

 

 

 

 

(古鷹はやっぱりキレイだな……)

 

(うふふ……ありがとうございます)

 

(いつまでも見ていられるよ……なんてかわいいんだ……)

 

(ふふ。そんなに見とれちゃって……提督も正直ですね)

 

 

 

 

 

「!!??」

 

 

 聞こえてきた声からすると、鯉住君と一緒にいるのは古鷹らしい。

 

 ……というか、聞こえてきたのは、まさかの鯉住君の口説き文句だった!

 いくつもある可能性の中で、最もありえなさそうなやつだった!

 

 そしてそれに余裕ありげに応える古鷹。普段の真面目な彼女の様子からすると、こちらもあり得ないと言ってよい反応。

 いくらふたりがケッコン指輪で結ばれた仲とはいえ、予想外中の予想外。

 

 いったい何が起こっているのだろうか? 現実がまるで飲み込めない瑞鶴は、体の痛みも忘れて混乱している!

 

 

(な、何が起こってるの!? クソ真面目な大佐と、これまた真面目な古鷹さんがそんな!?

いや、でも、夫婦だからおかしくはないし、普段の距離感はフェイクで、実はラブラブでズブズブだったってこと……!? 夕張ちゃんをほっといて、そんな不誠実な……!?

……って、あの不器用なふたりがそんな器用なことできるわけない! ホントに何が起こってるの!?)

 

 

 理解できない現実と、部屋の中で行われている、もしくは行われるであろうアレコレに、お目目グルグルで夢中になっている瑞鶴。さらに扉に体を密着させ、少しでも中の話を聞き出してやろうと必死である。

 世間ではこれを出歯亀というが、今の彼女にはそんなこと考えてる暇はない。

 

 

 

 

 

(でも……ホントにいいのかい? 入れてしまっても……)

 

(はい。提督に入れて欲しいんです……)

 

 

 

 

 

(あ゛ーっっ!!? 始まっちゃう!? 夫婦のアレコレが始まっちゃうぅっ!!?)

 

 

 なんか良からぬことが、まさに今始まる予感!

 瑞鶴はこれ以上聞いちゃダメとわかっていても、扉から耳を離せない! お年頃ゆえ致し方なし!

 

 と、そんな状態で、瑞鶴がヤモリのように扉にベッタリ張り付いていると、声を掛けてくる者が……

 

 

「……あら? 瑞鶴さんどうしたの? そんなワケわかんないことして」

 

「……!? ……っ!!」

 

「モゴッ!?」

 

 

 声を掛けてきたのは叢雲だった。とっさに彼女の口をふさぐ瑞鶴。

 

 いきなりそんなことされて不審の目を向けてくる彼女には悪いが、このまま普通の声量で会話してしまっては、中に声が聞こえてしまう。そして盗み聞ぎしていたことがバレてしまう!

 研修生の身で提督のプライベートを詮索していたなど、不躾というレベルではない。普通に軍法会議もの。スパイの疑いをかけられるまである。

 

 そう考えた瑞鶴は叢雲も引きずりこむことにした。

 どうせ提督大好きな叢雲のことだ。ちょっと中で起こっていることを教えてやれば、すぐにこちら側に付けることができるだろう。

 

 必死だからか、かなり外道な作戦をとることにした瑞鶴。やっぱりすでにこの鎮守府に染まってきているようだ。

 

 

(叢雲さんっ! 静かにっ……!)

 

(な、なにすんのよ……!)

 

(中から大佐と古鷹さんの声が聞こえるのよ……! それに、その、内容が……!)

 

(!!? ど、どきなさいっ……!!)

 

 

 みなまで説明せずとも、叢雲は勝手に引きずり込まれた。

 瑞鶴をグイっとどかし、先ほどの彼女とまったく同じように、扉に耳を当て密着する叢雲。

 

 

 

 

(……それじゃ俺が中に入れたら、声を出してくれ。俺はそのほうが嬉しい……)

 

(わかりました……私もそっちの方がいいです……)

 

 

 

 

 

(!!? な、ななななぁ!!?)

 

(叢雲さん、落ち着いてっ……!! こっちは声を抑えないとバレちゃう……!!)

 

(アイツ……アイツ……!! 古鷹になんてこと言わせてんのっ……!!)

 

(『声を出してくれ』って……!!

普段おとなしいふたりが、イザという時にはそんなに情熱的に……!!?)

 

 

 なにやら提督と古鷹の嗜好は、穏やかじゃないものであるようだ。

 完全に出歯亀と化したふたりは、仲良く扉にベッタリくっついている。

 

 

 

 

 

(私、初めてだから、うまくできないかもですけど……大丈夫でしょうか……?)

 

(大丈夫だよ。全部俺に任せてくれ……)

 

(うふふ、やっぱり提督は優しいですね……わかりました。全部お任せします……)

 

 

 

 

 

(あ゛ーーーっ!! あ゛ーーーっ!!)

 

(だから叢雲さん静かにっ……!! は、初めてって、そういうことなの……!? それなのに、声を出しながら……!?

どうしよう……!! どうしようっ……!!)

 

(アイツ……アイツよりによって古鷹にっ……!! 私というものがありながらっ……!!)

 

(私どうしたらいいの……!? 提督さんっ……!! こういう時、私、どうしたらいいの……!?

ああっ!! 扉から耳を離せないっ……!!)

 

 

 初めてなのにボイスオンで致そうという超絶高等プレイに、ふたりの理性は崩壊しかけている。

 

 

 

 

 

(あぁ、それにしても……本当に古鷹はかわいい、いや、美しいな……

まるで宝石のようだよ……なんてキレイなお腹なんだ……)

 

(うふふ、そんなに改まって……いつも見ているじゃないですか……)

 

(何度見ても飽きないし、いつまでも見ていたいよ……)

 

(もう、提督ったら……)

 

 

 

 

 

(なんなの!? なんなの!? なんでふたりともこんなに情熱的なの……!?

それに大佐って、お腹フェチだったの……!? 葛城に注意しとかないと……!!)

 

(くぁwせdrftgyふじこlp;……!!)

 

(叢雲さん落ち着いて……!! 言葉になってない……!!)

 

(なんなのよ……! 本当になんなの……!?

アイツだって初めてのクセに、なんでそんなに余裕あるのよ……!!)

 

(大佐が初めてとか、なんでそんなこと知ってんの……!?)

 

(うるさいわね、勘よ勘っ……!! あんなヘタレが経験者なワケないでしょ……!?

初めて同士で秘書艦仲間の古鷹ととか、許されない……!! 永遠に許されないわ……!! そこにいるのは私であるべきなのよ……!?)

 

(叢雲さんスゴイこと言ってるけど気づいてる……!? それにそういうことなら、そのポジションにいるのは夕張ちゃんのはずじゃ……!?)

 

(黙ってなさいよ……!! そんなの誤差の範囲内でしょ……!?)

 

(ちょっと何言ってるのかわかんない……!!)

 

 

 中から聞こえてくるものに反応して、暴走超特急と化している叢雲。瑞鶴も叢雲ほどではないが、頭オーバーヒート状態である。

 そんなふたりに追い打ちをかけるように、提督と古鷹の会話が漏れ聞こえ続ける……!

 

 

 

 

 

(さぁ古鷹、そろそろ……心の準備はいいかい……?)

 

(はい。それでは、提督のお好きなタイミングで……入れてください……)

 

 

 

(それじゃ……入れるよ?)

 

(わかりました。どうぞ、ここに……あっ……)

 

 

 

 

 

 ピチャッ……

 

 

 

 

 

「「 わ゛ーーーーーーーーっっっ!!! 」」

 

 

 

 バタァンッッッ!!!

 

 

 

「うわぁぁぁっっ!? 叢雲ォ!?」

 

「キャーッッッ!? ず、瑞鶴さんまでっ!?」

 

 

 テンションが上がりすぎて、何が何やらよくわからなくなっちゃったふたりは、あろうことか提督の私室に突入する暴挙に出た!!

 さっきまであんな会話が聞こえていて、今まさに夫婦のアレコレがおっぱじまろうというタイミングで、あろうことか!!

 

 

 

 ……しかし出歯亀ふたりの予想とは違い、部屋の中の様子は、そういったピンク色なものではなかった。

 

 

 

「「 あ、あれ? 裸じゃ、ない……? 」」

 

 

 

・・・

 

 

 

 出歯亀ふたりの予想に反して、提督と古鷹はそういうことしてるわけではなかった。

 

 当然ながらふたりとも普段と同じ服を着ており、断じて服をはだけさせていたり真っ裸だったりするわけではない。

 ふたりは部屋の真ん中に置かれた机に座っており、その上にはコンパクトなキューブ(立方体)水槽が置かれていた。

 

 

「い、いったいなにが、どうなって……!? いやらしいことしてるはずじゃ!?」

 

「瑞鶴さん何言ってんの!? そんなワケないでしょ!?」

 

「じゃあいったい何をしてたっていうのよ!!」

 

「何してたもなにも、古鷹と一緒に水槽のメンテナンスしてただけだけど……」

 

「……水槽のメンテナンス?」

 

「はい。提督にお願いして、私が飼ってるお魚のために、水質検査薬を使ってたんです」

 

「妊娠検査薬!?」

 

「水質検査薬ですよ!? なんでそうなるんです!?」

 

「なんかよくわかんないけど、そっちがヤバい勘違いしてるのは分かった!

一切合切説明するから、それ聞いて落ち着いて!!」

 

「ちゃんと説明してくれるんでしょうね!! このケダモノ!!」

 

「叢雲ヒドイ!!」

 

 

 未だ頭の中が真っピンクなふたりを落ち着かせるために、ふたりが何してたか説明していく鯉住君。

 

 

 鯉住君と古鷹は、ずっと前に一緒に大本営近くの街で買い物したことがある。その時に購入した熱帯魚飼育セット一式を使って、今彼女は熱帯魚を飼っているのだ。

 とはいえ熱帯魚飼育ノウハウは古鷹にはない。ということで、実はしょっちゅう鯉住君と一緒に、熱帯魚の飼い方から種類から、そういった類の雑談をしていたのだ。

 

 今回は、少し熱帯魚の元気がないということで、鯉住君に相談。水質が原因と考えた鯉住君は、水質検査薬を使ってみようと提案し、古鷹がそれに乗った形。

 

 そこで古鷹は、自分だけで判断せず提督の判断に任せようということで……自室から提督の部屋まで水槽をもってきて、ふたりで一緒に様子を見ながら対処することにしたのだ。

 ちなみに水質検査薬は、スポイトで水槽に一滴たらし、その時に変化した色で水質を判断するタイプのものである。

 

 そういうことで、先ほど出歯亀ふたりが色々勘違いした一連の流れは、以下のようなもの。

 『鯉住君が水槽の上から検査薬を垂らし、それを横から古鷹が見て、色の変化を見逃さないようにしましょう』という、ただそれだけのことだったのだ。

 

 

 断じてふたりがいやらしいことしてたとか、鯉住君のなにかを古鷹のどこかに入れようとしてたとか、ふたりとも初めてにしてボリューム最大とか、そういう話だったわけではない。

 

 

「……ということなんだけど、わかった?」

 

「「 …… 」」

 

 

 完全に誤解が解けて、何を言っていいのかわからないふたり。

 

 

「いや、だってその……『古鷹は美しい』って……」

 

「……? そんなこと言ってないけど」

 

「言ってたじゃないの! しらばっくれるわけ!?」

 

「……あ、提督。もしかして、この子たちのことじゃ……」

 

「ああ、そういうことか。フルカタのことね」

 

「「 ……フルカタ? 」」

 

「うん、そう。ポポンデッタ・フルカタ。

この水槽で泳いでいる熱帯魚のことだよ。いつ見ても美しい発色だよねぇ」

 

 

 

 ※ポポンデッタ・フルカタ……

 

 淡水熱帯魚のレインボーフィッシュの仲間。ヒレ先とお腹がオレンジがかった黄色に染まるのが、とっても美しい小型魚。

 鯉住君と古鷹で近所の川から採ってきたワイルド個体(野生産の非養殖個体)。

 

 

 

「アンタややこしいのよぉっ!!」

 

 

 ドゴォッ!

 

 

「ひでぶっ!!」

 

 

 叢雲の理不尽なタイキックが鯉住君を襲う!

 

 

「だ、大丈夫ですか!? 提督!?」

 

「うん……ひでぇや……」

 

「そ、そうだったのね……ハァ……

大佐や古鷹さんにしては、色々とおかしいと思ってたのよ」

 

「……それで、なんでおふたりが部屋の前にいたんですか? 何してたんですか?」

 

「あっ」

 

 

 そういえばそうだった。そもそも叢雲と瑞鶴という謎の組み合わせで、提督の私室に来る用事なんてあるわけなかった。

 つまりこのままではごまかしきれず、瑞鶴は『研修先の提督の情事を出歯亀するド変態』という烙印を押されてしまう。どこぞの第3鎮守府の重巡洋艦1番型レベルの変態だと勘違いされてしまう。

 実際そういうことしてたので、勘違いではないのでは? という疑問は脇に置いといて。

 

 その事実にこの時点で気づき、冷や汗がダラダラと滝のように流れてくる瑞鶴。言い逃れできない状態に、彼女が口をパクパクさせてうろたえていると……

 

 

「……古鷹」

 

「どうしたんですか? 叢雲さん」

 

「……なんでもないわ」

 

「……え?」

 

「なんでもないのよ。偶然なのよ、偶然」

 

「いや叢雲、なんでもないワケないでしょ!? いきなり俺の部屋に突入してきて!」

 

「私がなんでもないって言ったら、なんでもないのよ。この話は終わり、何もなかった。いいわね? ハイ解散」

 

「「 は、はい 」」

 

「うわぁ……」

 

 

 叢雲のゴリ押しにすぎるゴリ押しに、ドン引きする瑞鶴。

 しかし渡りに船であることには違いない。無表情でズンズンと退出する叢雲に従って、こそこそと退出することにする。

 

 

「「 なんだったんだ(でしょうか)…… 」」

 

 

 

・・・

 

 

 

 ザッ、ザッ

 

 

「……」

 

「……」

 

「……あの、叢雲さん?」

 

「……なにかしら?」

 

「ホントにあんなんでよかったの……?」

 

「なんのことかしら? 私はこれから書類仕事なんだけど?」

 

「無かったことにするつもりだ、この人……」

 

 

 叢雲の中では先ほどの出来事は、記憶の彼方に消し飛ばしてしまう案件のようだ。

 お互い相当な痴態をさらしてしまった以上、瑞鶴にとってもそうすることに反論はないが……すごい胆力である。

 

 とはいえ、さっきまでの衝撃がそうそう消え去るはずもない。叢雲には悪いと思うが、思ったことを口に出していく瑞鶴。

 

 

「それにしても驚いたよね、まさかこんな勘違いするなんて……」

 

「……」

 

「大佐も古鷹さんも、そんなキャラなはずないってのに、なんであんな思い違いしちゃったかなぁ……」

 

「……忘れなさい」

 

「そんなこと言ったって、そんなすぐに忘れられないよ……

……しかし大佐はもっとお堅いと思ってたんだけど、そこまでじゃなかったのね。部下であり艦娘である古鷹さんを、よく自室に招いてたみたいだし」

 

「……!!」

 

「まぁそれも問題ないか。ちゃんと大佐と古鷹さんって、ケッコンしてる仲だし」

 

「……ちょっと忘れ物をしちゃったから、取りに戻るわ……!!」

 

「え? いや、忘れ物って……」

 

「いいから。アンタは研修に行きなさい。じゃあね!」

 

「あ、ちょ」

 

 

 ザッ!ザッ!

 

 

 何かに気づいたのか、叢雲は提督の部屋へと踵を返してズンズン進んでいってしまった。

 それをポカンとした間抜け顔で見つめる瑞鶴。理由を聞こうとしたが、多分答えてくれないだろう。取り付く島もないとはこのことである。

 

 

「……私もさっきのことは忘れて、またあの拷問に戻ろう……」

 

 

 色々と気疲れしてしまったが、生命力を極限まで削ぎ落とされるのはこれからである。

 そのことを思い出し、とっても重い足取りでアークロイヤルの下へと向かう瑞鶴なのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「いったいなんだったんだ……ひどい目に遭った……」

 

「なんていうか、災難でしたね……」

 

「随分とよろしくない勘違いしてたようだけど、そんなはずないのにね……よりにもよって、誰よりも真面目な古鷹と……」

 

「……」

 

「……古鷹?」

 

「あ、あの、提督……さっきのおふたりの勘違いですけど……」

 

「? あ、ああ」

 

「私のこと、その……『美しい』って……

て、提督は、私が『美しい』って……そう思ってくださいますか……?」

 

「!! そ、そうだな……熱帯魚だけじゃなくて、もちろん古鷹も……とても美しいよ」

 

「……!!」

 

「なんていうか、その、恥ずかしいけど……

古鷹と上司と部下の関係じゃなかったら、間違いなく……その、なんだ……」

 

「そ、それって……!! ま、間違いなく、なんですか!?」

 

「ええと、その……間違いなく……」

 

「間違いなく……!?」

 

 

 

 

 

 バタァンッッッ!!!

 

 

 

「オラアァッ!!」

 

 

 ドゴォッ!

 

 

「うわらばっ!?」

 

 

 突如再突入してきた叢雲による、さっきよりも破壊力の高いタイキックにより、鯉住君の背中がまたしてもダメージを喰らう。

 

 

「む、叢雲さんっ!?」

 

「よくよく考えたら、なんでアンタは古鷹を自室に連れ込んでんのよおぉっ!?」

 

「うごふっ……そ、それは……貴重な熱帯魚仲間で……」

 

「ちょくちょくふたりの姿が見えないことあると思ってたけど、アンタが古鷹を連れ込んでたのね! 私に断りもなく自室デートしてたっていうのね!? 私に断りもなく!!

最低! 変態! クソ提督! クズ司令官!!」

 

「ちょっと何言って……自室デートとか、そんなんじゃないから!

ふたりで熱帯魚の図鑑見ながらゆっくりしたり、ネイチャー系のDVD観て楽しんだり、畑で採れたお茶を楽しんだりしてただけだから!!」

 

「どっからどう見ても自室デートじゃないのおっ!! オラアァッ!!」

 

 

 ドゴォッ!

 

 

「あべしっ!?」

 

「て、提督ーーーっ!?」

 

 

 そのあと鯉住君は叢雲に執務室まで連れ出され、理不尽な説教を小一時間浴びることになったとか。

 部屋からドナドナされる鯉住君を見る古鷹は、なんとも言えない表情を浮かべていたのだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 余談

 

 

「ちょっとまって!! なんで魚が魚雷みたいな動きして……うわあぁっ!!」

 

 

 ドッゴオォンッッ!!

 

 

「この鶴、貴様ァ!!

貴様を今吹き飛ばしたのは『ライギョ』!! もしくは『カムルチー』!!

提督と私の間に生まれた命の結晶だぞっ!? 貴様ごときが『魚』呼ばわりしてもよい存在ではないわぁっ!!」

 

「いやいや、ありえないっ!!

なんでただの魚が、魚雷みたいに爆発してっ……うぎゃああっ!!」

 

 

 ドッゴオォンッッ!!

 

 

「魚、魚と、身の程をわきまえよっ!! 薄汚い鳥風情がっ!!

いくわよ『マンタ』達!! 全機発艦ンッ!! 空爆でくたばりなさいっ!! 焼き鳥になりなさいっ!!」

 

「死……ッ!! た、助けてッ!! 誰か助けてえええぇっ!!」

 

「アハハハハァッ!! くたばれえええっ!!」

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!!」

 




 予告通り今回はロクでもない話した。
 実は古鷹に鎮守府に着任してもらった動機の90%はこれです。
 理由からしてロクでもないですね。ホントなんなの。



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第130話

 鯉住君と部下のみんなの個別面談は、ある程度カットする予定です。
 そんなん全部やってたら終わりが見えないんだよぉ! という理由からです。早く先へ進めたいからね。

 面談話は気分次第で入れたり、重要な部分があれば入れたりすると思いますが、過度な期待はご勘弁ということであしからず。



それと今回は短編集みたいな感じです。こんなのもたまにはね。




 空母コンビが転化体ふたりに研修を受け始めて、早1ヶ月が経った。

 この間は特にこれと言った出来事もなく、順調そのもの。鎮守府には平穏な空気が漂っていた(研修生ふたりは除く)。

 

 今日もそんな穏やかな日であったのだが、どうにも鯉住君はそわそわしているようだ。

 叢雲といつも通り執務中だというのに、心ここにあらずといった様子である。

 

 

「……」

 

「ちょっとアンタ、どうしたのよ? ペンなんかクルクルして」

 

「……ん? ああ、叢雲、ちょっと考え事をね」

 

「考え事? 執務中だってのに珍しいわね」

 

「最近さ、ウチの農場、結構安定してきたじゃない?」

 

「まぁそうね。野菜の収穫量はどんどん増えてるし、鶏も健康的に育ってるわよね」

 

 

 現在この鎮守府では、数々の生産品が日々作られている。

 

 

 

 ・農場関連では

 

 大豆、蕎麦、タロイモ、サトウキビ、桑、茶葉、ワサビ、鶏卵(烏骨鶏)、食用渓流魚(イワナ、ヤマメ)

 

 

 ・加工品では

 

 天然海水塩、味噌、醤油、緑茶、烏龍茶、紅茶、生糸、カイコの蛹(副次品、家畜の餌)

 

 

 ・その他では

 

 バイオマス発電(サトウキビのバガスから)、純水製造(妖精さん印の浄水器製)

 

 

 こんな感じで、鎮守府ってなんだっけ? レベルな有様となっている。

 

 

 ちなみにバイオマス発電設備については、妖精さんがハッスルして造り上げた。

 鯉住君の先輩である三鷹少佐から設計図を貰ってはいたのだが、なにやら謎のアレンジを加えたことで、エネルギー精製率が大幅に向上したらしい。オーパーツと言ってよい代物である。

 

 妖精さんつながりで言うと、彼女(?)たちは何故か通常の鎮守府運営業務よりも、農場の方を生き生きとして手伝うことが多い。

 そのおかげなのだろうが、作物の生育は異常なほど早く、出来も上々。連作障害もなし。世の農家さんが歯噛みしてしまうレベルの生産量と高品質を叩き出している。

 

 所属艦娘のみんなも、農場における自分のメイン担当がうっすらと決まってきたので、作業効率が最初よりも上がっている。

 具体的には、畑の世話は北上と大井(今はいないが天龍と龍田も)、ため池とワサビ田は古鷹、烏骨鶏の世話は秋津洲、生簀(と水族館)はアークロイヤル、天井裏のカイコと茶葉は子日と初春、発酵小屋の味噌醤油は叢雲といった具合。

 

 

 そんな状態なのだが、鯉住君が考えていたのはその生産に関わること。

 

 

「……慰霊碑を造ろうと思って」

 

「……いれいひ?」

 

「うん、そう」

 

「いれいひって言うと、あの慰霊碑? またアンタはワケわかんないこと言いだすわね」

 

「提督らしくないことは自覚してるよ」

 

「そんなアンタがラバウル基地で指折りの戦果叩き出してんだから、重ねてワケわかんないわよね。

……それで、慰霊碑ってどういうことよ? 誰を慰霊するつもり?」

 

「魚と鳥と深海棲艦」

 

「……」

 

 

 なんか提督がおかしなこと言いだした。

 なんで魚、鳥と食料が並んだあとに深海棲艦なのだろうか? そんな疑問を感じつつ、首をひねる叢雲。

 

 

「ほら、畜産業とかやってる人たちって、家畜の慰霊祭やったりするでしょ?

ウチでも同じようなことしたいなと思って」

 

「……そこになんで深海棲艦もくっついてるのよ」

 

「まぁそれは……ここって鎮守府でしょ?」

 

「……? 何が言いたいのよ?」

 

「まぁまぁ。それでほら、深海棲艦って、何故かこっちのこと凄い憎んでるでしょ?

なんとしても絶対に許さない! みたいな」

 

「そういえばアンタ、深海棲艦に殺されかけたって言ってたわね」

 

「そう。んでね、『鎮守府』って『鎮めて守る場所』ってことでしょ?

だったら深海棲艦の荒ぶる霊も鎮めてやらないと、なんて、前々から思っててさ」

 

「んー……そう言われるとそうなのかしら? アンタらしいというかなんというか……」

 

「そういうことで、この辺の石工さんに祭壇を造ってもらえないかなって」

 

「私にはアンタが言ってること、どうにもピンとこないから……ま、好きになさい。

どうせ資金はほっといても増えるんだし、なんとなく悪いことじゃない気もするし、アンタがやることは何故か良い方向に進むし」

 

「悪いね。それじゃ今度街で聞き込みしてみよう。石屋さんがあるかどうか」

 

「その時は一緒に着いてくわ」

 

「おっ。来てくれるのかい?」

 

「アンタひとりじゃうまく探せるかわからないから、着いてってあげるのよ」

 

「ふふ。その時はまた一緒に美味しいものでも食べようか」

 

「楽しみにしてるわ」

 

 

 そっけない風を装っていても、頭の電探がピンク色にピカピカしているので、彼女の気持ちはバレバレである。

 そんな秘書艦殿を見て、鯉住君はほっこりしながら「この前のフルーツパーラーにでも連れてってあげよう」なんて考えていたとか。

 

 

 

・・・

 

 

 また別の日……

 

 

・・・

 

 

 

「足柄さん、今日はよろしくお願いします」

 

「ええ、こちらこそ」

 

「他のみんなとの面談は心底気が休まらないですが、足柄さんに対してはそういうところがないので、本当に助かります……」

 

「だいぶ疲れてるわねぇ」

 

「はい、とっても……」

 

 

 本日は足柄との個別面談。ふたりは現在娯楽室(お茶の間)で机を挟んで対面している。

 

 

「それで、他のみんなとはどんな感じで話が進んだの?

なんとなく想像できるけど、一応聞かせてくれるかしら?」

 

「ハイ……なんていうかですね……

夕張とだけ夫婦になってズルいと言われ、そのまま夫婦宣言をすることになったこと多数、

肉体的な行為はしないというところに非難を浴びせられること多数、

不妊治療という名目の肉体改造が成功したら、子供は何人欲しいかと詰問されることそこそこ、

『毎晩日替わりで添い寝までならセーフ』と言わせられそうになること多数……」

 

「あらー……みんな正直すぎない?」

 

「いいんです……心にモヤモヤを溜めてほしくないですから……」

 

「結局それでもアナタ、『夫婦の営みはしない』っていう肝心なところは譲らなかったんでしょ?

だったらモヤモヤは晴れてないんじゃない?」

 

「そうかもしれませんが、そこは俺としても譲れないところでして……

そんなこと許したら、女たらしの鬼畜野郎みたいなことになっちゃうじゃないですか……」

 

「半分くらいは合ってると思うけど」

 

 

 足柄は今や、この鎮守府における彼の一番の心の支えとなっている。次点は古鷹。

 そんな彼女からの無慈悲な一閃に心をぶった切られ、鯉住君は目から光を失ってしまった。

 

 

「うっくぅ……と、とにかく、これ以上そうはなりたくないんですよ……

ていうか、みんな揃いも揃って肉食系で……艦娘ってもっと淡白なはずじゃなかったんですか?

俺はそう聞いてたんですけど、全然そういう感じがしなくて……」

 

「他所だともっと淡白なのよ。あの阿修羅だらけの加二倉中佐のところだって、そうだったでしょ?

私が元居た横須賀第3鎮守府とか、三鷹少佐のところなんかは、だいぶ毛色が違うからそうでもないけど」

 

「いや、まぁ、その……はい。

言われてみれば、俺が元々いた呉第1鎮守府でも、男性職員と艦娘の恋愛話みたいなことは聞かなかったですね。

いくら仲が良い相手でもご近所さんくらいの距離感でしたし、同僚で艦娘に告白した奴もにべもなく断られてたし」

 

「でしょ? それが普通なのよ。そもそも私たちは戦いが第1意義だもの。本来はね。

……ていうかアナタ、明石に対して鈍感系主人公してたのって、それが原因なの?」

 

「なんすかその鈍感系主人公って……

まぁ、アイツの『好意』を『いじり』だと思っていたのは本当です。

明石が妙に馴れ馴れしすぎてかなり引いてたってこともありますが、そもそも『艦娘と恋愛なんて成立しない』って思ってましたからね。

いくら目が覚めるような美少女や美人しかいないと言っても、そこはほら、別の存在だと割り切ってましたから」

 

 

 実は鯉住君は言うように、普通の鎮守府での艦娘はそんな感じである。

 実際に多くいる海軍所属の男性職員でも、艦娘とお付き合いしてる人はごく少数。それも基本的には提督に限られている。

 その事実には、艦娘側がその気にならないということと、人間側に『艦娘は違う生き物』という認識があり、心の底で線引きをしているということの、両方が関係している。

 

 だから、たかがイチ艤装メンテ技師であった彼が、艦娘の方からすり寄っていくほど好意を寄せられていたことは、イレギュラー中のイレギュラーと言ってもいいことだった。

 そのうえ妖精から気に入られ、あまつさえ会話することができるようになったというのだから、びっくり仰天案件である。

 

 鼎大将が彼を無理やり提督として抜粋したのは、実はそういった事情もあったりする。

 妖精の一件は当然ながら、艦娘からもそこまで慕われる人間は現役提督の中でも片手で収まるほど。既存の概念をぶっ壊す事案だったのだ。

 

 だからこそ逆に言えば、彼以外の人間と艦娘の関係であれば、お互いが事務的で非常に淡白なものであるのは普通のことだったりする。

 

 

「それはまぁ、普通はそうよね。

だから明石のあんなにストレートな愛情表現を、捻じ曲げまくって捉えてたのねぇ」

 

「そもそも本来ありえないじゃないですか。提督以外の人間と艦娘がお付き合いするなんて……

まぁ、その、今となっては、アイツの本心に気づいてしまったわけですが……」

 

「何をそんな、気づいちゃいけない事実に気づいたみたいな顔してるのよ」

 

「実際そうなんですよ……

そう意識すると、アイツの過度なボディタッチとかが心臓に悪すぎて……」

 

「もういっそ抱いちゃえばいいのに」

 

「バカ言わないでくださいよ……

そんなことしたら、なし崩し的に他のみんなとも堕落した感じになっちゃうじゃないですか……」

 

「どう転んでもそうはならないと思うけど……

まぁいいわ、今日は私の話を聞いてくれるんでしょ?」

 

「え、ええ。そうでした」

 

 

 そう。今回は足柄と腹を割って話をするために時間を作ったのだ。愚痴を聞いてもらってばかりでは、忙しい中時間を作ってくれた彼女に申し訳が立たない。

 

 

「それじゃ、何か普段から感じていることがあるなら、話しちゃってください」

 

「わかったわ……と言っても、言いたいことは他の子があらかた言っちゃったと思うのよね」

 

「と言いますと?」

 

「ほら、夫婦なのに距離感があるって話よ」

 

「ああ、その類の……え?」

 

「なに? どうかしたの?」

 

「あ、いや、その、こう言っちゃなんですが、足柄さんはそういったことには、そこまで興味がないと思っていまして……」

 

「なに言ってるのよ。いくら私が将棋と勝利に熱を上げる戦闘狂チックな一面を持ってるとしても、他の子と一緒で恋に憧れたりもするんだからね?」

 

「そ、そうなんですね。てっきり足柄さんは将棋盤が恋人とか思ってるんだと……」

 

「アナタたまにものすごく失礼よね」

 

「すいません……」

 

「ま、私がそういうこと考え始めたのも、アナタの下に来てからなのよね。

それまではアナタの思ってる通りだったから、失礼なこと考えてるのを責めはしないわ」

 

「やっぱりそうだったんですね……

ていうか、なんで異動してきてからそんなことを考えるように……?」

 

「自覚ないの?

アナタと一緒に居ると、今まで必死になってたのが馬鹿らしくなって、心に色んな余裕が出るのよ。

勝利だけが目的だったあの頃は、強くなること、一番になることがすべてだったわ。それこそが艦娘の使命であり、喜びなんだ、ってね。

聡美ちゃんはそれを無自覚ながら最短最速で叶えてくれてたのよ。だから艦娘から人気あるのよね」

 

「ええと、それはちょっと寂しいんじゃ……」

 

「そう。アナタはそう思ってて、他の提督はそう思ってない。それがアナタの特別なところなのよ。

それで、そんなアナタを支えてあげないと、って庇護欲が出ちゃったのよね。私も、他のみんなも。

だから私たちは誰よりも強くなろうと頑張ってるし、目的が『勝利』から『提督を護る』になってから、色々と心に余裕が出てきたってわけ。それが愛情につながるのは、普通のことだと思うけど?」

 

「そう言われましても……なんていうか、照れますね」

 

「照れなくてもいいのよ。私達をここまでオとしておいて、照れる必要もないじゃない」

 

「オとしてないんだよなぁ……」

 

 

 足柄は嬉しいことを言ってくれたが、自分に対する認識が女たらしで固まっていることに寂しさを覚える鯉住君。

 そんな感じで遠い目をしていると、足柄が爆弾をぶっこんできた。

 

 

「で、本題だけど、夫婦のアレコレはいつから始めるの?」

 

「!!? な、何言ってるんすか!? いきなり!!」

 

「だってアナタ、姉さんからも催促されてるんでしょ?

『さっさと手籠めにされて、天龍龍田のように良い艤装出してもらえ』って連絡来てるわ」

 

「あのバトルマニア!! 妹に送っていいメール内容じゃないでしょうが!!」

 

「他の足柄からもメールもらってるのよね。

『さっさと本格的に物理的にくっつきなさい!! うらやましい!!』みたいな感じで」

 

「いくら自分に対してっつっても、それはおかしいでしょう!?」

 

「そういうことで周りからの期待にも応えないとだから。

で、いつから同衾するの? 海域解放も終わったし、ちょうどいい区切りじゃない?」

 

「なんでそんなに淡々としてるの!? そういった意味での淡白なの!?

足柄さんが最後の砦だと思ってたのに!! 古鷹と並ぶ俺の癒しがぁ!!」

 

「何言ってんの。私なんてサッパリしたものじゃない」

 

「態度はね! 要求内容がディープすぎるの!!」

 

「夫婦生活以外について不満はないから、安心してちょうだい。

いつもありがとう、提督。アナタのおかげで私は大きな世界を見ることができたわ」

 

「ここでいい話ブッこむとか、話の流れを考えてください!! ありがとうございますチクショウめ!!」

 

「どういたしまして。

あ、それと聡美ちゃんは別に初めて同士じゃなくてもいいって言ってたから、私が先でも問題ないわよ? そこは気にしないでちょうだい。

鳥海や他のみんなもその辺気にしてないというか、殿方にお任せしますって子も多いし、やっぱり艦娘は性に対して淡白よね」

 

「なんでそんなワケわかんない情報をブッこんできたの!?

ああ! わかっちゃいそうだけどわかりたくないぃ!!」

 

 

 一番平穏に済んだ足柄との個別面談でもこの有様だった。

 他の面々との面談については、今回の結果から察してもらえるとおりである。

 

 

 

・・・

 

 

 またまた別の日……

 

 

・・・

 

 

 

「て、提督っ!! 大変ですっ!!」

 

「ど、どうした古鷹!?」

 

「ラバウル第1基地の白蓮大将から、電文が届きましたっ!!」

 

「マジ!? あのテキトーの化身のような白蓮大将から直々に!? 高雄さんを通してではなく!?」

 

「ハイ! 私が元々所属してた鎮守府の大将でもある、テキトーの化身である白蓮大将直々に、です!!」

 

「なんてこった……! その電文読みたくねぇ!」

 

「私もです……!!」

 

 

 執務室で鯉住君と古鷹がお仕事していると、普段は秘書艦である高雄を通してからしか連絡のない、ラバウル第1基地から、大将直々の連絡が入った。

 高雄を通してないということは、品質チェックが済んでいないようなものなので、どんな爆弾発言が書き込まれているかわかったものではない。

 それを理解しているふたりは、電文に目を通すことを心底嫌がっている。

 

 ……ちなみにふたりのテンションが若干おかしいのは、この日は半期に一度の棚卸的な備品チェックイベントがあったからで、疲労が溜まり過ぎて一周してハイになっちゃっているせいである。

 時間は現在深夜の1時。朝8時ごろからぶっ続けで働いている。叢雲は倉庫でまだ頑張っている。プチ修羅場である。

 

 

「……考えていても仕方ない。電文開けるぞ。古鷹も一緒に見てくれ」

 

「わ、わかりました」

 

 

 

 カチッ

 

 

 

・・・

 

 

 

from:ラバウル第1基地・白蓮大将

 

 

題名:よう

 

 

本題:

 

おう、久しぶりだな。

大本営の精鋭空母をふたりも鍛えてるそうじゃねぇか。やっぱお前んとこおかしいわ。

つーわけで、ウチからもふたり送るから、鍛えてやってくれ。

よろしくな!じゃあな!

 

 

 

・・・

 

 

「「 …… 」」

 

 

 あまりの雑さと、無茶振りと、こんな忙しい時にお前ぇ! という気持ちが重なり、うまく言葉が出てこないふたり。

 

 

「……あの人は……ホントにあの人は私が居た時から変わらないんだから……!!」

 

「つーわけで、って、なにがつーわけなんだろうな……?」

 

「もう! とにかく今はこんなのに構ってる暇はありません!!

さっさと備品チェック終わらせますよ、提督!!」

 

「こんなのって……古鷹は強くなったよなぁ、ホントに……」

 

 

 考えたくもない厄介な連絡だったが、とりあえずは目の前の棚卸を終えねばならない。

 大将からの電文は見なかったことにして作業を再開するふたりだったが……

 

 

 

 ガララッ!!

 

 

 

「た、大変よっ!!」

 

「叢雲さんっ!?」

 

「どうしたっ!?」

 

「備品のボルトの数がデータ上と合わないから数えなおしてたんだけど……

英国妖精の子たちがニコニコしながら、大量の同型のボルトを持ってきちゃったわ!!」

 

「そ、そんなぁっ!! ダメですぅっ!!」

 

「古鷹多分それキミのセリフじゃない!!

大方『ぱーつがたりないの? わたしたちにおまかせでーす!!』とか言って造っちゃったんだろうな!!」

 

 

(ざっつらいとでーす!!)

 

(さすがはていとく! おみとおしですね! はいっ!!)

 

(ていとくと、いしんでんしん……はずかしいです! きゃっ!)

 

(わたしのけいさんによれば、これだけあれば、すうねんかんたたかえます!!)

 

 

「アンタ達、着いてきてたの!?」

 

「あぁ、やっぱりそういうことなのね!!

気持ちは嬉しいけど、今回はそういう目的で部品の数を数えてたわけじゃないんだよなぁ!!」

 

「あ゛あ゛あ゛! 部品造ったってことは、資材減ってますよね!? 数えなおし!?」

 

 

(これだけじゃたりないとおもって、ほかにもこしらえたねー!)

 

(さすがはおねえさまです! ぜんぶのぱーつをすこしづつふやしました!)

 

(これで、ぶひんのかずはばんぜんです! だいじょうぶです!)

 

(もとめられるいじょうのかつやくをしました!)

 

 

「そうかそうか! パーツ全種類造るとか、お前らは偉いなぁ!! ありがとな!!

気持ちは嬉しいけど、今それをやられると……いや、なんでもない、嬉しいよ、ありがとなぁ!! チクショウめぇ!!」

 

 

 英国妖精シスターズは、100%の好意から、全部のパーツを増やしてくれたらしい。

 当然資材はその分減っており、パーツは全て数え直し。棚卸的には状態が初期化され、もう一度遊べるドン! みたいなことになったようなものだ。

 

 とはいえ彼女たちは何も悪くないのだ。良かれと思ってやってくれたことなのだ。そして、そこを厳重注意しても何も変わらないのが妖精さんであり、この叫びたいほどの情動を彼女たちにぶち当てても、何も解決しないのだ。

 

 ということで鯉住君は、心の中で血の涙を流しつつ、彼女たちの頭を撫でてあげることにした。

 

 

 

 ナデナデ……

 

 

((( あぁ^~~~ …… )))

 

 

「あ、あはは……全、全種類、数え、数え直し……あはは……」

 

「古鷹……戻ってこような……

今日は徹夜だろうけど、俺も頑張るから……」

 

「大丈夫……大丈夫よ、私……研修の時を思い出すの……

あの時に比べたら、この程度のイレギュラー、おままごとみたいなもんよ……!!」

 

 

 そのあと翌日の昼までぶっ続けで棚卸業務を行い、なんとか3人は無事に事を済ませることができたとか。

 その時の3人からは、深海棲艦顔負けの負のオーラが沸き上がっていたとかなんとか。

 

 

・・・

 

 

 そしてそこから数日後……

 

 

・・・

 

 

「ハーイ!! 連絡してマシた、ラバウル第1基地所属の、金剛型戦艦1番艦の『金剛改二』デース!!

初めマシてデスネー!! よろしくお願いしマース!!」

 

「あの……あの時はお世話になりました。金剛型3番艦の『榛名改二』です。

少佐……ではなく今は大佐でしたね。榛名達を鍛えなおしてください。よろしくお願いいたします」

 

 

「「「 はい…… 」」」

 

 

 棚卸が地獄過ぎて、この時この瞬間まで、大将にぶん投げられた研修の話をすっかり忘れていた3人。

 そんなこと正直に言えるはずもなく、準備してましたよ的な空気で新たな仲間を受け入れるしかないのであった。

 

 




3本立てとかサザエさんみたいですね。

じゃん、けん、ぽん! うふふふふ~。

ハイ、俺の勝ち。

なんで負けたか、明日までに考えといてください。


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第131話

 鼎大将組以外は、基本的にシリアスなのです。今回はそんな感じの内容。



「ど、どうすんのよ、こんなことになっちゃって……」

 

「まさかの戦艦2隻とはなぁ……」

 

「しかも金剛さんに榛名さんって、ラバウル第1基地の主力オブ主力ですよ……?

そんなすごい人たちの研修って、私たちにどうしろっていうんですか……」

 

「そんなこと言ったら、瑞鶴さんも葛城さんも実力者だけどね……」

 

「そもそもウチにはもう、自由に動ける戦艦が居ない(天城は葛城担当)ってのに、どうやってあのふたりを鍛えればいいってのよ……」

 

「そこはもう、なんとか工夫するしかないよな……」

 

「もうっ……!! あとで白蓮大将に抗議文書送ってやるんですから……!!」

 

「高雄さんが胃痛で倒れちゃうから、ほどほどにね……」

 

「アンタまたそんな甘いこと言って……

まぁどのみち白蓮大将には、何言っても暖簾に腕押しでしょうけど……」

 

 

 

「? 3人とも何をコソコソ話してるデスカー?」

 

「あ、ああ! スイマセン、ほったらかしにしちゃって!」

 

 

 白蓮大将の無茶振りからの金剛型2隻の来襲に、3人してテンパってしまう第10基地首脳メンバー。

 

 さっさと研修受け入れを断るなり、細かい話を要求するなりしていればよかったのだが……とっても忙しいタイミング(半期に一度の棚卸中)での連絡だったため、すっかりとそのこと自体を忘れてしまっていたのだ。

 

 そもそも研修願いを出すにあたって、研修開始日、研修人数、研修対象艦種、その経歴と実力、目標練度など……それらのすべてを知らせることなく『よろしくな!』だけで連絡した気になってる大将がクレイジーすぎるのだが、そんなこと言っても始まらない。

 

 

「ええと……それじゃ、おふたりにはまずは鎮守府見学をしてもらいましょうか。

ここの鎮守府、少し変わってるので」

 

「少し……? 里山と水族館が敷地内にある鎮守府デスヨ?

大佐はもっと自分が異端だってこと、自覚するべきだと思いマース」

 

「それは、まぁ、そうですねぇ……」

 

「よく言われるわ。それにしても久しぶりね、金剛さんと榛名さん。

私が第1基地に居た時は、新兵ド真ん中だったから、ふたりが私のこと覚えてるかはわからないけど」

 

「忘れるわけないヨ!

あんなに頑張って新しいカラダに慣れようと努力してた叢雲のこと、忘れるわけがありマセン!!」

 

「榛名もよく覚えています。数年ぶりの新規建造艦だったというのもありますが、毎日真剣に研修を受けていましたよね」

 

「そ、そう?」

 

「叢雲さんは頑張り屋ですからね。ふふふ」

 

「ふ、古鷹まで! やめてちょうだい!!」

 

 

 自分の新兵時代を知る3名に温かい目で見られ、叢雲はあたふたしながら照れまくっている。頭の電探艤装が真っ赤にピカピカ点滅している。

 それを眺める鯉住君は、笑顔が抑えられない。信頼する筆頭秘書艦が自分以外にも認められているのを見るのは、気分がいいものだ。とてもいいものだ。

 

 

「……アンタは何見てんのよ……!!」

 

「ん? ああ、ゴメンゴメン。仕事するから。

……叢雲はおふたりを鎮守府案内してあげて。それで古鷹はおふたりの使う部屋を整えてあげて欲しい。金剛さんも榛名さんも相部屋で構いませんよね?」

 

「イグザクトリー! もちろんネー!」

 

「榛名も大丈夫です!」

 

「よかった。それじゃふたりとも、よろしく頼むよ」

 

「……フンッ!!」

 

「お任せください、提督」

 

 

 いきなりの金剛型ふたりの来訪で面食らってしまったが、別にふたりに恨みがあるわけではない(大将に対しては少なからずある)。

 ひとまずはここでの生活に慣れてもらい、細かい研修プランはそこから考えればいいだろう。

 

 そう考えていたのだが、予期せぬ人物から待ったがかかった。

 

 

「……大佐、少しいいでしょうか?」

 

「ん? どうしました榛名さん?」

 

「榛名は少し前に鎮守府見学……と言いますか、大佐の鎮守府改造を目の前で拝見いたしましたので」

 

「あー……そうでしたね。私は当時の記憶がありませんが……」

 

「き、記憶がない……?

ええと、ともかく、そういうことなので、榛名は鎮守府案内は結構です。大佐にお話したいこともありますし……」

 

「そうなんですか? こちらとしてはそれでも構いませんけど……」

 

「ンンー? 榛名は大佐とトークタイムデスカー?

あっ、もしかして榛名……大佐のことが……?」

 

「ち、ちち、違います!! 金剛お姉さま!!」

 

「そうですよ、金剛さん。榛名さんとお会いしたのは一度だけなんだし、そんなはずありませんって」

 

「アーハン? 恋はエブリデイエブリタイム、いつ訪れるのかわからないものデース!!

お姉ちゃんは応援しますヨー! グッドラック、榛名!!」

 

「あ、ちょ、ちょっと待って金剛さん!! 私が案内するから!!

……アンタは榛名さんに手を出すんじゃないわよっ!!」

 

 

 ニッコニコの金剛と、案内役なのにそれを追いかける形となってしまった叢雲は、ドタバタと執務室から出て行ってしまった。

 

 

「もうっ! 違うんですって、金剛お姉さまっ!!」

 

「あはは。賑やかなお姉さんですね」

 

「自慢のお姉さまなのですが、時々ああやって暴走してしまうのが玉に瑕で……」

 

「妹想いなのが伝わってきますし、素晴らしい方だと思いますよ」

 

「……はい! 金剛お姉さまの良さをわかっていただけて、榛名感激です!」

 

 

 榛名はお姉さんの金剛が褒められるのが嬉しいのだろう。鯉住君の感想を聞いて、すごくうれしそうにしている。

 

 

「それじゃ私は寝室の用意してきますね。

榛名さんは何やら提督に話があるようですし、本日の他の仕事もある程度片付けておきますから」

 

「それはすごく助かる。ありがとな、古鷹」

 

「私達のためにお気遣いいただき、ありがとうございます」

 

「大丈夫ですよ。あ、でも提督」

 

「どしたの?」

 

「叢雲さんも言ってましたが、榛名さんを口説き落とすのはNGですからね?」

 

「あ? え? いや、何言っちゃってんの古鷹。

ちょっと話するだけだよ? そんな気も全然ないし。

天地がひっくり返ってもありえないから」

 

「完全にフリにしか聞こえませんよ?

それに、そんなに簡単に天地がひっくり返ったら、たまらないじゃないですか」

 

「部下が手厳しい……」

 

「あはは……」

 

 

 何故か太い釘を秘書艦ズにぶっ刺されつつ、榛名との対談に移る鯉住君だった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「それじゃ……まずはご挨拶を改めて。

お久しぶりです、榛名さん。以前にお泊めさせていただいた時以来ですね」

 

「あの時は本当にお世話になりました。

大佐に救援に来ていただけなければ、榛名たちはまた海の底に沈むことになっていたでしょう」

 

「そんな大袈裟な……アークロイヤルも天城もやる気なかったみたいですし、おおらかな性格だし、逃げるだけならなんとかなったんじゃないですかね?」

 

「そうは到底思えないです……

あと、欧州で大量虐殺をしてきた彼女たちに対して『おおらかな性格』なんて、普通は言えないと思うんですが……」

 

「そうかなぁ。自分に正直すぎるところはあるけど、相手のことも考えられる子たちですよ?

人間と折り合いつかなかったのは、深海棲艦特有の敵対感情に加えて譲れない部分があったせいですので」

 

「……高雄さんが言ってた『鯉住大佐が居なくなったら、ラバウル基地は壊滅するかもしれない』って言葉の意味が、少しわかった気がします」

 

「いやそんな、基地壊滅とかありえないですって、そんなこと……

高雄さん何言ってるんすかホントに……」

 

 

 実際彼が雲隠れしたら、世界最強クラスの姫級2体が野放しになるのに加え、艤装パーツ生産効率がガタ落ちし、さらに言えば第10基地の艦娘の士気が地の底を這うだろう。

 

 あながち高雄の懸念は言い過ぎとも言えないのだが、本人にはその自覚がないらしい。

 

 

「まぁ、それはともかくとして。榛名さんは何の用があって、話をしたいなんて切り出したんですか?」

 

「はい、実は……今回金剛お姉さまと榛名が研修をお願いしたのには、大きな理由がありまして。大佐にはそれを知っておいて欲しいんです」

 

「研修に来た理由……ですか。

確かに金剛さんも榛名さんも、研修が必要なほど実力が足りないわけではないでしょうし、不思議に思っていたんです」

 

「確かに一般的に見れば、実力が足りないというほどではないでしょう。

……でも、それではいけないんです」

 

「……と、言いますと?」

 

 

 思うところがあるのだろう。一拍置いた後、榛名はゆっくりと、それでいてハッキリとした口調で言葉をつなぐ。

 

 

「榛名と金剛お姉さまには、なんとしても解放しなければいけない海域があるんです」

 

 

 

・・・

 

 

 

「解放しないといけない海域……?」

 

「はい。ラバウル第1基地の直轄エリアには、深海棲艦の勢力が強すぎて解放できていない領域があるんです」

 

「え? そうなんですか?

第1基地直轄エリアに未解放海域とは、ちょっと意外な気もしますね」

 

「あまり知られていませんが、実はどの鎮守府エリアにもそういった領域はあるんですよ。

第1鎮守府や第1基地でないと、深海棲艦の勢力拡大を抑えることすらままならない。そういった危険度特級区域とも呼べる場所が」

 

「穏やかじゃないですね……

……とすると、私たち第10基地のような、第2以降の基地に割り振られる解放目標海域には、そういった特級危険区域は含まれてはいない、と」

 

「そういうことです。

そもそも第1基地で対応できない領域を、第2基地以降に任せるわけにはいかないですからね」

 

「それもそうか。

……それで、榛名さんと金剛さんは、その危険すぎる海域を解放したいわけですか」

 

「はい」

 

「理由を聞いても?」

 

「もちろんです。その話をするためにお時間を頂いたので」

 

 

 

 少しの逡巡の後、榛名の口から飛び出てきたのは、予想外の一言だった。

 

 

 

 

 

「実は……あの海には、比叡お姉さまと霧島が眠っているんです」

 

 

 

 

 

「!! それは……」

 

「今から9年前。深海棲艦が現れ始めて、1年も経っていない頃……

まだ羅針盤すら発明されておらず、提督と艦娘の関係すら朧気だった時代のことです。

ラバウル基地エリアには大量の深海棲艦が現れたことで、戦力増強の観点から、当時としては数が少なかった戦艦枠として、榛名達、金剛型4姉妹が異動することになりました」

 

「……榛名さんも金剛さんも、最初期からの古参艦娘だったんですね」

 

「はい。金剛お姉さまも同様ですが、記録上では最古の戦艦艦娘ですね」

 

「おふたりとも、凄い人なんだなぁ」

 

「ありがとうございます。

……そんな経緯で提督……白蓮大将と一緒に海域解放してきたのですが、ある日出撃した未解放海域で、事件が起こりました」

 

「事件……」

 

「……忘れもしない、雲一つない晴天だったあの日。普段問題なく使用できていた無線が、いきなり繋がらなくなったのです。

まだまだ榛名たちの練度は低く、提督の優秀な無線指揮に頼って戦闘をしていたので……このトラブルは文字通り致命的な問題として、艦隊メンバーに降りかかりました。

それと同時に、前後左右を囲むように、無数の深海棲艦が海中から出現したのです」

 

「無線が使えなくなって、強烈な奇襲……それってもしかして」

 

「……お察しの通り、罠だったのでしょう。

そんな不測の事態、絶望的な戦力差の中で採れる作戦は『囲いを一点突破して撤退』以外にはありませんでした」

 

「……」

 

「しかし敵の数は艦種混合で50以上、こちらの戦力は損傷激しい連合艦隊12隻。

どうあっても全艦無事に帰投は望めない、誰かを切り捨てて誰かが助かれば幸運という、差し迫った状況でした。

……そんな極限状態で……ふたりが、比較的損害が少なかった比叡お姉さまと霧島が、殿(しんがり)を買って出たんです」

 

「……その状況で殿って」

 

「……金剛お姉さまが『自分が代わりに』と言って、最後までふたりを押しとどめたのですが……

比叡お姉さまも霧島も『これは損傷少なく、囮ができる練度の自分たちの役目だ』と言って譲らず……金剛お姉さまは断腸の思いで、連合艦隊旗艦として、その作戦を決行したのです……」

 

「そんなことが……」

 

「今思えば比叡お姉さまと霧島の判断は適切なものでした。

……でも、それしか手がなかったなんて……そんな簡単に割り切れるものではありません。

……榛名は……榛名は、悔しかった。

なんで自分はこんなに弱いのか。もっと実力があれば、比叡お姉さまと霧島は犠牲にならずに済んだんじゃないか。道中がすんなりいきすぎだったところから罠だと気づけていれば。提督の指揮無しで艦隊を率いることができる判断力があれば。

……今でもあの時のことは夢に見ますし、いくら後悔しても、し足りないくらいです」

 

「それは……そうですか」

 

「そして榛名の抱いているその気持ちは、金剛お姉さまも同様です。

……いえ、その作戦を最終的に決定したのは金剛お姉さまなので、榛名が思っているよりも遥かに深く心に傷を負ってしまっているはずです。『大事な妹ふたりを見殺しにしたのは自分だ』と……」

 

「……」

 

「榛名でも心が引き裂かれるほどなのに、金剛お姉さまのお気持ちを想うと……

それでも金剛お姉さまは、周囲を気遣って明るく振舞える性格ですから、その事件以降も務めて精力的に艦隊を引っ張ってきました。ご自身の辛い気持ちは、心の奥底に押し隠して……」

 

「強いなぁ……」

 

「今でもお姉さまは、あの時の失態を取り返すと言わんばかりに、やり過ぎと言えるほどの過酷な自主訓練をこっそりと続けています。榛名も強くならねばとは思い行動していますが、金剛お姉さまには遠く及びません。

……榛名は金剛お姉さまの悲痛なお姿を、もう見ていられないのです。そしてその気持ちは提督も同じだったようで……今回大佐を頼ることにさせていただいたのです」

 

「……そうだったんですね」

 

 

 

・・・

 

 

 

 榛名の話を聞き、心の中で頭を下げる。

 

 羅針盤がない時代のことはうっすらとしか知らないが、艦隊運用というものが今とはまるで違うものだったのだと痛感する。

 いくら万全の準備をしたとしても、轟沈の危険が常について回る。轟沈が確実に回避できる今とは、何もかもが違う。

 深海棲艦の奇襲など、現在は起こらない。羅針盤に従っていれば『幸運な方角』を指し示してくれるので『不測の事態』そのものと無縁なのだ。

 

 そんなすべてが手探りの黎明期に、文字通り必死で道を切り開いてきたのが、彼女たちなのだ。

 彼女たちと当時の提督たちの試行錯誤と犠牲の上に、今日の日本海軍が成り立っている。

 

 ……そして、そんな時代を生きてきた榛名と金剛。あまりにも悲痛な経験を経て、それでもなお心折れず、仲間たちを引っ張ってきた。

 本当に、本当に強い人たちだ。その時代を生きた面々は、艤装や練度で表せないギリギリで発揮される底力では、最高峰の実力があるのだろう。

 

 ふたりを尊敬しながらそんなことを考えつつ、気になったことを聞いていくことにした。

 

 

「……おふたりの経験した出来事と、お気持ちは、よくわかりました。

そのうえでいくつか質問させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「もちろんです」

 

「まずは……なぜそのお話から、ウチの研修へとつながるのですか?

ウチには戦艦がいませんし(表向き)、金剛さんや榛名さんに何か教えられるほどの高練度の部下も、ほぼいないはずです。

ウチでの研修は、おふたりの実力向上には向いていない気がしますが……」

 

「それは……提督が元帥と相談して決められたことだそうなので、榛名には詳しくわかりません。

ただ、大佐の鎮守府でしか学べないことがあるということは聞いていますので、考えあってのことだとは思うのですが」

 

「うーん……元帥がそう言ったならそうなのかもなぁ。白蓮大将は置いとくとしても」

 

「あはは。提督は普段はすごくテキトーですけど、やる時はやる御方なので、もっと信頼してあげてください」

 

「まぁ、それはそうですね。

……とにかく、なんとかしておふたりの実力向上に貢献させていただきますので、よろしくお願いします」

 

「具体的な指示もなかったようですのに、そこまで真摯にとらえていただいて……感謝に堪えません」

 

「さっきの話を聞いて協力しないなんて、口が裂けても言えませんよ。

今まで何年も人類を護り続けてくれたことへの、恩返しだとでも思っていただければ」

 

「……本当に、ありがとうございます」

 

 

 ラバウル基地エリアでも最高クラスの練度を誇るふたり。その研修が自分の鎮守府で行われることになった理由は、どうやら明かされることはないようだ。

 話を聞くに、元帥が一枚噛んでいるようだが、あの思慮深い元帥がこちらに何も知らせなかったことを考えると、自己完結させることができる内容だということだろう。

 こちらへの信頼ということでプラスに受け止め、なんとか研修を成功させることを心に決める。

 

 そして、そうなってくると、もうひとつ聞いておかなければならないことがある。

 

 

「それでは、もうひとつお聞かせください。先ほどのお話に関係することです」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 

 

「榛名さん。貴女は深海棲艦のことを恨んでいますか?」

 

 

 

「……恨み、ですか」

 

「はい。どうでしょうか?」

 

「それは……恨んではいないと思います。

先ほどさせていただいたお話では、確かに榛名たちは深海棲艦の罠にかけられたと言いました。でもそれは、仕方のないことだと思っています」

 

「……金剛さんも、そうでしょうか?」

 

「はい。金剛お姉さまから、そういった心暗さは感じません。大丈夫のはずです」

 

「ハァ、よかった。それを聞いて安心しました」

 

 

 ホッと安堵のため息をつく鯉住君。それを見る榛名は不思議そうな顔をしている。

 

 

「ええと……深海棲艦を恨んでいると、何かマズいのでしょうか?

確かに良い結果にはならないという感覚はありますが、うまく言葉にできないです。

榛名たちのように姉妹艦が犠牲になった子もたくさんいますし、そういった感情を抱く子も少なからずいると思いますが……」

 

「かなりマズいですね。榛名さんも、そういった子が居たら、憎しみを解きほぐしてあげてください」

 

「理由を聞いてもいいでしょうか?」

 

「はい。そんなに難しい話じゃありません。

深海棲艦が人類と、それに与する艦娘に、並々ならぬ悪感情を抱いているのは知っていますよね?」

 

「もちろんです」

 

「深海棲艦に対して憎しみをもって戦うということは、憎しみを憎しみで塗りつぶすということに他なりません。人間で言えば、殴られた相手を殴り返すようなものです。

その連鎖は終わることなく続きますし、それを続ける限り、お互いはすごく近い存在だということになります。

『朱に交われば赤くなる』とか『人を呪わば穴二つ』というのは、そういうことです」

 

「そう、ですね」

 

「憎しみに捕らわれたまま強くなっても、それは本当に強いということではないと思います。

ただ強いだけでは、姫級最上位個体なんかには手も足も出ないことでしょう」

 

「大佐は、普段からそのようなことを考えているのですね」

 

「変な奴だというのは自覚してます。

ともかく、おふたりにそういった気持ちがないのなら、大丈夫です。

……ちなみに、例の海域を解放して、何をやりたいのですか?」

 

「……比叡お姉さまと霧島のために、あの場所で、花を手向けようと思っています。

約束したんです。ふたりと別れる時に『絶対に戻ってくる』と」

 

「……そうでしたか」

 

「榛名も金剛お姉さまも、そうすることでやっと、気持ちの整理をつけることができるはずです」

 

「それは素晴らしいことですね。尚のこと、協力しないといけない気持ちになりました」

 

「金剛お姉さまのために、よろしくお願いいたします」

 

 

 深々と頭を下げる榛名。

 

 

「頭を上げてください。それと、金剛さんだけじゃなくて、榛名さんのためにも、ですよ」

 

「本当に……ありがとうございます」

 

「いいんですよ」

 

 

 瑞鶴や葛城とは違った、強くなるべき理由を持つふたり。

 自分が今、色々と戦闘以外のことを考えた運営をしていられるのは、彼女たちが土台を造り上げてくれたおかげなのは間違いない。

 

 恩返しの気持ちを第一に、ふたりの研修プランを組んでいこうと心に決める鯉住君であった。

 

 




 金剛改二(ラバウル第1・第1艦隊) 練度95(+指輪)

 榛名改二(ラバウル第1・第2艦隊) 練度83(+指輪)


 ふたりとも10年選手です。
 深海棲艦出現初期から活躍している数少ない艦でもあります。


 あと、せっかくアンケート機能があるので、使ってみようと思います。お気軽に投票してみてください。


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第132話

 アンケートの結果、投票数の過半数が『個別面談読みたい』とかいう鯉住君の胃にやさしくないことになったので、カットするつもりだった子の面談書きます。

 鯉住君からしてみたらたまったもんじゃないので、彼にとっては珍しくダメージを受けなかった面談をご紹介。


「……ということなんだよ。

金剛さんも榛名さんも、かなりの覚悟で日々強くなろうとしてるみたい」

 

「はー……そんなことがあったなんて、私知らなかったわ」

 

「私もです。知らないだけで、味方の轟沈は昔はよくあることだったのかもしれませんね……」

 

 

 金剛と榛名の研修プランを決めるために、鯉住君は秘書艦のふたりを集めて相談しているところ。

 

 そこで榛名から聞いた話を出してみたのだが、元ラバウル第1基地所属だったふたりも、そのことは知らなかったようだ。

 

 

「それで……どうすんのよ。

榛名さんがアンタだけに話したってことは、その話を私たちが知ってるのは金剛さんに隠した方がいいってことでしょ?

知ってるって悟られないように研修していかないと」

 

「榛名さんがわざわざこっそりと教えてくれたことですもんね。

責任感が強い金剛さんのことですから、自分たちの過去に付き合わせるのは申し訳ないって、研修そのものを辞退してしまうかもしれません」

 

「白蓮大将からの辞令だし、お仕事だから、別になにも気にしなくてもいいんだけどね。

そういうところに気を遣う金剛さんだから、エースとして頼られてるのかも」

 

「それは間違いないわね。

……で、肝心の研修内容はどうすんのよ。正直言って、あのふたりに教えられることなんてない気がするのよね」

 

「俺もそう思う。というか榛名さんについでに色々ヒアリングしたところだと、ふたりの実力は大本営第1艦隊レベルみたいなんだよね。超強い」

 

「ラバウル第1基地は、日本海軍屈指の大規模区域ですからね。

そこのトップともなれば、大本営の皆さんと同格レベルなんですよ」

 

「それじゃなおのこと、これ以上の実力向上は難しいよなぁ……」

 

「だから白蓮大将もこっちに丸投げしてきたんじゃないの?」

 

「それはそれでどうなんだって思うけど……」

 

 

 話をすればするほど、できることなんてないんじゃないかなんて思えてくる。

 実力は自分たちの誰よりも高いうえに、ふたりとも修羅場を何度も経験した大ベテランであるため精神的な強さも折り紙付き。

 となると、どう研修を進めていいかわからなくなる。

 

 

「……まぁ、普通にやってもしょうがないということはわかった。

実力は申し分ないなら、あとはイレギュラー対応ってところかなぁ」

 

「それしかないわね。

と言っても、歴戦のふたりに対応できないイレギュラーなんて、そうそう無いとは思うけど」

 

「ですねぇ。内容はどうしましょう?」

 

 

「……足部以外の艤装を全部外してもらって1日中実弾で追い立てられるとか、低速化(重り装備)かつ引率付きでそこそこの海域に単艦出撃してもらうとか、四方から魚雷で絶え間なく狙われ続けるとか……?」

 

 

「「 ……うわぁ 」」

 

 

「え!? 何その反応!?」

 

「アンタそれ鬼畜すぎるでしょ……」

 

「提督の基準はおかしくなっちゃってるんですから、もっと自覚を持った発言してください……」

 

「そんな馬鹿な……」

 

「そんな馬鹿なはこっちのセリフよ。佐世保で何があったか、うっすら見えてくるわね……

せめて弾薬が最低限の状態で出撃とか、その辺にしときなさいよ」

 

「ですね。それくらいにしといたほうがいいんじゃないですか?

あとはそうですね。近接戦だけで下位の実力を持つ姫級を撃破する、とかでしょうか?」

 

「いやいや、それじゃ甘いんじゃない? だってふたりの目標は『未踏海域解放』なんだよ?

二つ名個体クラスのボスと戦うかもしれないし、1回の出撃で何百も深海棲艦を相手しないといけないかもしれない。

だったらそんな状況でも動じないくらいには、色々と経験しておかないと」

 

「うーん……そう言われると、そんな気もするわね……

アークロイヤルとか天城みたいなバケモノ級と戦うかもしれないとなると……」

 

「そう言われると納得しちゃいますね……

……だったらこの際、今出た案を全部試してみては?

金剛さんと榛名さんなら無理というほどでもないでしょうし」

 

「そうね。あのエースふたりなら、無茶っぽいやり方でも問題ないわよね」

 

「よし。それじゃそういう方針で。

ウチにも応急修理要員として活躍できる妖精さんがいるから、彼女たちにも頼んでおこう」

 

「え? ウチにもいたの?」

 

「うん。つい最近あっちから挨拶された。今は畑で作物づくり楽しんでるみたい」

 

「応急修理要員が来たなんて大事なこと、早めに連絡してくださいよ……」

 

「ゴメンゴメン。すぐには必要なさそうだったから。

……それに、それが周知されると、瑞鶴さんが今以上の地獄を見そうだから……

アークロイヤルが『それならあの鶴を沈めていいのよね?』なんて言いながらハッスルしちゃうことで……」

 

「「 ああ…… 」」

 

 

 なんだかんだありつつも、今後の研修内容について決定した。一般的に見れば十二分に頭おかしい内容である。

 

 鯉住君ほどではないが、秘書艦ふたりの感覚も地獄の研修を経たことでバグっちゃっているので、こんなことになってしまった。

 それを指摘してくれる者がこの場にいなかったのが、ふたりの運の尽きだったともいえる。

 

 その結果、会議で出てきたトチ狂ったとも言える研修案はすべて実行されることになり、金剛と榛名は地獄を見ることになったとかなんとか。

 

 

 

・・・

 

 

 その会議とは別の日……

 

 

・・・

 

 

 

「今日はよろしくね。子日さん」

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

 

 本日は子日との個別面談の日。

 ということで、ふたりは現在艦娘寮(旅館)の空き部屋で対面している。

 

 

「面談というか、俺に普段言えないことを言ってもらう場だから、そんなに緊張しないでね」

 

「うんっ!」

 

 

 いつも通りニコニコしながら対応してくれる子日。これには鯉住君もほっこり。

 彼女はこの鎮守府でも珍しく、鯉住君に対して部下っぽく接してくれる人材なのだ。

 

 言葉遣いは見た目年齢相応なのだが、ちゃんと指示したことはキッチリこなしてくれるし、妙なアプローチもないし、強烈なお姉さんを抑えてくれるし、素直で元気いっぱいだし、とにかく精神的な疲労を和らげてくれる。

 古鷹、足柄と並んで、鯉住君からは癒し要員としてありがたがられている。

 

 

「それじゃ始めよう。

まずはそうだな……子日さんは俺にしてほしいこととかってある?

他のみんなにはこんなストレートなこと怖くて聞けないけど、子日さんならいいかなって」

 

「えーっとね……前よりも毎日楽しいから、どうしても気になるってことはないかなぁ」

 

「それはよかった」

 

「でもね。本当はね。若葉と初霜も一緒に暮らせないかなぁ、って」

 

「あー……ずっと4人で暮らしてたもんね」

 

「子日だけは大湊から来たから違うけど、呉での生活の方が長かったから」

 

「良く知ってるよ。……でもちょっと異動願いを出すのは厳しいかな。

ウチの頭数が足りないってこともないし、呉第1の駆逐艦の数がそもそも少ないし、それ以前に部下を補充したいならラバウル基地内で済ませるべきだし」

 

「うん……」

 

 

 妹たちと一緒に暮らしたいというのは、子日がずっと願っていることだった。それはダメだとしっかりと伝えられ、目に見えて落ち込んでしまう。

 

 

「うっ……ご、ゴメンね。

でもそこまでいくと、俺のどうにかできる範疇を越えちゃうから……」

 

「……大丈夫っ! それくらいわかってるよっ!」

 

「っ……!! 本当にゴメンねぇ、ふがいない俺で……!!」

 

 

 小学生っぽい見た目と態度の子日が、自分自身のことをガマンしてまで気遣ってくれる姿に、多大なる精神的ダメージを負う鯉住君。

 昔っからお兄ちゃんしてきた彼にとって年下の女の子が自己犠牲する姿など、とてもじゃないが耐えられないのだ。

 

 

「それ以外だったら、もうホントに何でも聞くから……!!」

 

「そ、そんなに無理しないでも……」

 

「違うんだよ子日さん! 俺がそうしたいからしてるだけなんだよ!

ホントに俺にできることなら何でもするから、ちょっとしたことでも遠慮せずに言ってほしい!」

 

「なんだか鯉住さん、怖いよう……」

 

 

 暴走気味の鯉住君にちょっと引く子日。

 彼としては、悲しませてしまった子日の機嫌をなんとしてもよくしたいというところだが、いかんせん空回りしてしまっている。

 見た目は小学生だが、そこは艦娘。そこまで子日の精神年齢は低いわけではないのだ。

 

 

「さあさあ、何でも言ってね! さあさあ!!」

 

「え、えーとね……それじゃ……」

 

 

 鯉住君の謎の迫力に気圧されつつも、子日はおずおずと口を開く。

 

 

「それじゃあね……もっと鯉住さんと一緒に何かしたいな。

姉さんと一緒に色んなお仕事するのは楽しいし、みんなと遠征するのも嫌じゃないけど……

鯉住さんとなにかすることが全然ないから……」

 

「……ッ!!」

 

「わがままだってのは分かってるけど、子日はもっと鯉住さんと仲良くしたいの。

提督のお仕事が忙しいのは分かってるし、他のみんなと話すことが多いのもわかってるから、無理にとは言えないけど……」

 

 

 わがまま言っちゃって心底申し訳ないといった様子の子日を見て、鯉住君は心の中でいつもとは違った種類の血涙を流す。

 そのいじらしいにもほどがある姿は、彼の精神にクリティカルヒットしているらしい。

 

 

「そんなことない! そんなことないよ子日さんっ!!

こっちのことを考えてくれてるキミを後回しにし続けた俺が悪かった! 完全に悪かった!!」

 

「え、ちょ、そんなことな……」

 

「これからはもっとキミに構うようにするから!!

そうだ! そういえば今日は子日さんカイコ部屋でのお仕事だったよね!?

俺も一緒に手伝うよ! いや、今日だけじゃなくて、これからもたくさん手伝うようにするからね!!」

 

「う、うん」

 

「そうと決まればすぐにお仕事始めよう!! さぁ一緒に行こうか!!」

 

「……うん!!」

 

 

 そんなこんなで鯉住君は子日とよく一緒に過ごすようになり、子日はこれまでよりも笑顔でいる時間が増えることになった。

 ついでに子日と一緒の仕事に就くことが多い初春も、鯉住君と同じ時間を過ごすことが多くなり、彼女からしたらとっても棚ぼただったとか。

 

 ちなみにそれが原因で鯉住君ロリコン疑惑がより一層深まってしまったのだが、彼としては一片の後悔もなかったらしい。

 やっぱり彼、ホントにロリコンなんじゃないのだろうか。

 

 

 

・・・

 

 

 また別の日

 

 

・・・

 

 

 

 本日は晴天なり。

 

 駆逐艦たちに魚雷を撃ち込まれ続けて凄い顔してる金剛と榛名や、アークロイヤルにボコボコにされつつ叫びながら必死に空爆をよけている瑞鶴や、天城の無限航空隊に絶え間無く雷撃されて恐怖の表情を浮かべている葛城……

 

 いつものように追い込まれまくっている研修組を視界に収めながら、鯉住君と古鷹はワサビ田でのワサビ収穫にいそしんでいた。

 

 

「すいません、提督。こんなに暑い日に外仕事手伝ってもらっちゃって」

 

「いいさ。ちゃんと妖精さんが作ってくれた麦わら帽子かぶってるし、足元は湧き水の冷たさだし、全然気にならないよ」

 

「それはそうですが、やっぱり提督にこんなことさせるのは……」

 

「それを言うなら、逆に古鷹にそんなことさせられないよ。

古鷹も女の子なんだし、肌が焼けちゃうのはよくないでしょ?」

 

「うふふ。私は艦娘だから日焼けはしないんですよ?

それにそんなこと言ったら、出撃中なんてずっと炎天下なんですから」

 

「そうなの? って、それもそうか。

出撃そこそこしてもらってるけど、古鷹は初めて見た時から変わらず美肌だもんね」

 

「やだもう提督ってば。お上手なんですから」

 

「ホントのことだよ」

 

「そんな……照れちゃいます」

 

 

 阿鼻叫喚の研修組を眺めつつ、イチャイチャしているふたり。そんなふたりを周りで眺める妖精さん達もこれにはニンマリ。

 

 驚くことに、このイチャイチャしたやり取りはふたりにとって通常運転なのだが、本人たちとしてはイチャイチャしている自覚はない。

 見る者が見れば砂糖吐いちゃうような光景だというのに。

 

 

「しかしワサビがこんなに順調に育つとは思わなかったね。

苗から育て始めたから、収穫できるのはせいぜい半年後とかだと思ってたから」

 

「こんなにわさわさ育つとは思ってもみませんでしたよね」

 

「わさわさ……ワサビだけに?」

 

「ち、違いますっ!! 冗談を言ったんじゃありません! 偶然です!!」

 

「あははっ。からかっただけだよ」

 

「んもうっ!」

 

「ゴメンゴメン」

 

 

 そんな感じで妖精さん達にニヤニヤしながら眺められつつ、ワサビを収穫していくふたり。

 

 根の方は薬味として、葉の方は漬物として、足柄と秋津洲がうまいこと美味しく料理してくれるだろう。

 醤油と味噌もすでに自家用分なら確保できているので、上質な海水塩を合わせることで、ワサビ漬は美味しく出来上がってくれるはずだ。今から楽しみである。

 

 そんなことを考えながら作業していると、鯉住君のズボンのポケットに入っている端末から振動が伝わってきた。

 

 

 

 ブルブルブルッ……

 

 

 

「ん? 電話かな?」

 

「どちら様からですか?」

 

「えーと……あっ」

 

「提督? どうされたんですか?」

 

「いや、その……三鷹さんから」

 

「あー……」

 

 

 電話をかけてきたのは、鯉住君の先輩でもあり、収穫した作物を卸している三鷹青果(株)の創業者でもある、三鷹少佐だった。

 他の先輩ふたりよりは常識的な人なので、そこまで警戒する必要はないのだろうが……彼は彼で変な方に常識がぶっ飛んでいるので、心の準備は必須なのである。

 

 

「ま、まぁ、待たせても悪いしね。出ることにするよ」

 

「提督……頑張ってください」

 

「はい……」

 

 

 

 ピッ!!

 

 

 

(あ、もしもしー。三鷹です)

 

「あ、はい、お久しぶりです。鯉住です」

 

(久しぶり! 元気してたかい?

ちょっと連絡しないといけない案件があってね。電話させてもらったんだけど、今って大丈夫?)

 

「はい、大丈夫です。……それで、どんなことでしょうか?」

 

(オッケー。龍太君ってさ、間宮アイスとか伊良湖モナカて食べたことある?)

 

「??? えーと……あるにはあります」

 

(あれってすごく美味しいよね)

 

「はい、絶品ですよね。……それがどうかしたんですか?」

 

(まぁ聞いてよ。あれを艦娘が食べると、戦意が高揚するってことが分かったんだ。

ウチの尼子中将が間宮アイスの熱烈なファンなんだけど、彼女が趣味で『間宮アイスの有無による艦隊の任務成功率変動』みたいなことを調べさせてたんだよ。そしたらなんと有意な結果が出たんだ)

 

「……つまり、間宮アイスは艦隊運用に大きく影響を及ぼす……ってことですか?

にわかには信じられない話ですけど……」

 

(そうなんだよねー。やっぱり女の子は甘味が燃料だってことかな。

……そういうことで、今度『日本海軍・甘味製造工場』を三鷹青果と協賛して建造することになったんだ)

 

「なんかすごい話してますね……」

 

 

 

 

 

(んでね。その工場の建設予定地が、キミの鎮守府の隣に決まったってのを知らせたくて)

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

(それと、間宮と伊良湖をその際に赴任させるにあたって、艦娘である彼女たちの命令系統をしっかりさせなきゃってことになってね?)

 

「……んんん?」

 

(その工場で働く予定の艦娘数隻については、ラバウル第10基地所属になる予定だから)

 

「ちょ、ちょっとまって! おかしい! おかしいですよ!?

そもそもなんで大本営とかラバウル第1基地じゃなく、三鷹さんからその話が来るんですか!?」

 

(そりゃ僕は今回の件におけるアドバイザーのひとりだからね。インサイダー情報ってやつだよ)

 

「それって情報漏えいでは!?」

 

(アハハ! 気にしない気にしない。

それと今回異動になる艦娘は、実はもう決まってるから)

 

「俺の意志はいずこに!? ……ってもしや!!」

 

(あれ? なんか心当たりあるの?

メンバーはね、鼎先生のとこの間宮に大本営の伊良湖に加えて、リンガで戦力外って冷遇されてた速吸、神威、大鯨の3隻だよ)

 

「想像以上過ぎる!! なんであの間宮さんまで!?

呉第1なんて大規模鎮守府から、食事係引き抜いちゃダメでしょ!?」

 

(先生のとこには優秀な鳳翔がいるから平気だよ。

って、その辺は龍太君の方が知ってるよね。元々そこで働いてたんだし)

 

「そりゃそうですけども!!」

 

(なんかあれらしいよ。この件はちょっと前から間宮と伊良湖から提案されてたみたいでね。

自分たちの作る甘味の有用性を熱心にアピールしてたんだって。尼子中将の調査結果を前面に出しつつね。

まぁここに来て一気に計画が進んだのは、何故か給糧艦たちからの要望が強くなったかららしいけど。

給糧艦たちが尼子中将の調査結果だけじゃ足りないって言って、各自の鎮守府で出撃と甘味の相関関係の統計とって、ビッグデータと呼べるほど情報量をそろえて、それをキレイに分かりやすくまとめたプレゼンを大将中将全員にして、過半数から賛成をもぎ取ったとかなんとか)

 

「給糧艦ネットワーク怖い!! 伊良湖さんのその情熱が怖い!!」

 

(なんで伊良湖? まあそういうことで、近いうちに代表者揃えてそっちで会議するから、心の準備しといてねー)

 

「はいぃ……」

 

 

 

 ピッ!

 

 

 

「て、提督……途中から随分白熱してましたけど、どんな内容だったんですか……?」

 

「給糧艦怖い……給糧艦怖い……」

 

「本当にどうしたんですか!?」

 

 

 外堀を埋めてから異動するどころか、新たな事業を始めるという超絶チカラ業で異動をキメてきた給糧艦たち。

 鯉住君は大和の『間宮たちが本気になったら、私達じゃ止められないですからね!?』という言葉を思い出しつつ、戦慄するのであった。

 

 

 

 

 




非戦闘艦から愛される鯉住君。うらやましいなぁ(目逸らし


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第133話

ついにイベントが始まりましたね!
小規模イベントなので、非常にありがたいです。何がありがたいって、お札管理がとっても楽なところ。

今回は甲勲章取れるかな? ドロップ艦次第かな。
ひとまずはE1甲でチャレンジしてみます。


「あー……生き返ったー……文字通り……」

 

「ですね先輩……さっきまで半死半生でしたもんね……カラダがもう動かせません……」

 

「あの優しそうな大佐が、こんなにドレッドフル(凄まじい)なメニューを組んでくるとは、思いもよらなかったデース……」

 

「はるなはだいじょうぶじゃないれす……」

 

 

 ここは艦娘寮(旅館)の大浴場。

 後付けされた入渠ドック(スーパー銭湯の仕切り付き泡風呂浴槽みたいな感じ)が横並びに4つ。そこに収まるのは研修生の瑞鶴、葛城、金剛、榛名である。

 

 元々大浴場にはドックがなかったのだが、研修生用にということで、妖精さんが張り切って増設したのだ。

 もちろん普通はそんなに簡単にドック増設なんてできないのだが、そんなこと言ったら他の施設どうなの? って話である。

 

 

 彼女たちは現在、地獄の研修で負った重傷を癒しているところ。

 そのまま放っといたら最悪の事態もあり得るので、当然バケツ(高速修復材)使用中。

 つい先ほど、自身の教導艦たちの手でドックに突っ込まれたのだ。

 

 ボロ切れと化した制服艤装を纏って気絶している姿には尊厳のかけらもなく、ほぼ全裸だというのに色気よりも憐みの方が強く出てしまうビジュアルだったのだが……そんなの見慣れてる教導艦たちからしたら、その惨状はいつものことだった。

 彼女たちを運び込んだ教導艦の面々は、米俵を担ぐようにして彼女たちを脱衣室まで運び込み、邪魔なボロ切れをひん剥き、ドックにポイっと放り投げていた。例えるなら荷物搬入といった感じだった。倉庫搬入作業の方がまだ優しい扱いだった。

 

 自分たちが研修中に同じようにやられていたことだったりするので、それが当然と思い込んでいるのだ。とんでもない当然もあったものである。

 

 

「バケツのおかげで傷は治ったけど、全然動けそうにないわ……」

 

「無理です……カラダが動くからって、あんな地獄から生還してすぐに何かしようだなんて、まるで思えません……」

 

「毎日大破するのが基本って、どうかしてるヨー……」

 

「はるなはだいじょうぶじゃないれす……」

 

 

 バケツを使えば瞬く間に傷が治り、五体満足な状態に戻るのだが、あくまでそれは肉体面の話。精神的な疲れまで取れるわけではない。

 心の疲れの方は、お風呂に浸かって一息つくことでとる必要がある。

 

 ということで、限界の一歩先くらいまで追い詰められた4人は、お風呂でガールズトークとしゃれこんでいるところだ。

 まぁガールズトークと言っても、死にかけの帰還兵のようなメンタルであるし、毎日ドックで顔を合わせていることもあるので、話に花が咲くというよりは生きていることを確認しあうといった意味合いの方が強いのだが。

 

 

「確かに私さ、二つ名個体クラスを倒せるようになりたいって言ったよ?

言ったけどさ、ホントにそういう相手と毎日タイマン張らさせられるとは思わないじゃん……

あの魚好き、頭おかしい性能してるのに、毎日毎日私が大破してるのに攻撃してきて……」

 

「そもそもなんで演習弾使わないんでしょうね……おかげで毎日ドック入りですよ……

だいたいあの天城姉なんなんですか……? なんで航空機を3ケタも発艦させられるんですか……? 雲龍型ってそういうのじゃないでしょ……」

 

「演習弾を使わないのは、緊張感を持たせるためなんデショウ……でもここまでくると、訓練というか拷問の域デスネ……」

 

「はるなはだいじょうぶじゃないれす……」

 

 

 愚痴というか心の叫びが止まらない面々。

 うつろな目をしながら無表情で天井を眺めている姿は、さながらゾンビとか廃人といった様相である。

 

 

「わかるよ……? 私達って、自分で言うのもなんだけど、かなり練度高いからさ……実戦とかシチュエーション対応とかの方が効果出るってのはわかるよ……?

でもさ、おかしいじゃん……? 毎日大破させられながら『大破してからが本番だぞ!! 沈まない程度に追い詰めてやろう!!』なんて言いながら追い回されるのって、おかしいじゃん……?」

 

「もっと天城姉って優しいはずなんですよ……いや、ここの天城姉も言葉は優しいんだけど、そういうことじゃなくて……

今日も『早く提督の膝枕で寝たいので、今から手数を倍にしますね……葛城、早めに気絶させてあげますね……』なんて意味不明なこと言って、空が埋まるほどの艦載機を発艦してきて……

私が知ってる天城姉は、どこにいっちゃったの……?」

 

「ワタシと榛名も、今日は地獄を見マシタ……

妖精さん特注のバルジ(超重い)を3つも付けられて、満足に動けない中で四方八方からの砲雷撃……いくら応急修理要員を積んでるからと言ったって、あんまりデース……

雷撃処分される標的艦の気持ちが痛いほどわかったヨー……大破してもお構いなしだったから、実際沈みかけたほど痛かったヨー……」

 

「まさか研修で、応急修理要員を装備することになるとは思わなかったよね……」

 

「応急修理要員の妖精さんが4体以上いるとか、大本営より豪華ですよね……

いきなり大佐が『この子たちがいるから、万が一の時も安心だよ』って妖精さん連れてきた時は、ヘンな笑いが出ちゃいました……

おかげで研修が二回りくらいハードになったのは、全然笑えませんけど……本当に笑えませんけど……」

 

「転化体のふたりは『これで手加減しなくて済む』って、喜んでましたネ……」

 

「私あれなのかなぁ……こんなにひどい目に合うなんて、前世でなんか悪いことしたんだっけかなぁ……?

……あ、私の前世って艦だったわ……結構酷いことしてたわ……」

 

「戦争だったからいっぱい人命を奪っちゃいましたもんね……時代が時代だったんだし、仕方ないですよ先輩……」

 

「いやそんな別に罪悪感感じてるわけじゃないけどね……そもそもお互い様だったし……」

 

「これが業(カルマ)……償いからは逃れられないんデショウカ……?」

 

「いのちだいじに……今世こそ命を大事にしていきましょうね、先輩……」

 

「そだね葛城……生きてるって素晴らしいよね……生命バンザイ……」

 

「はるなはだいじょうぶじゃないれす……」

 

 

 徹底的に追い詰められすぎたせいで、中身があるようでないような、とっ散らかった会話というかなんというかの応酬を繰り広げる4人。

 今から約5時間も経過すればまた明日が始まり、別の地獄に身を投じなければならない故の現実逃避である。

 

 ……だが彼女たちはまだ知らなかった。

 この鎮守府の常識がフライアウェイしちゃった面々は、これでもまだ緩いやり方だと思っているということを。毎日大破する『だけ』で済んでいると考えているということを。睡眠時間が4時間『も』あると考えていることを。

 

 ……のちのち合同訓練と称した、研修組2名づつVS転化体2名+鎮守府メンバー4名という地獄オブ地獄が待ち構えていることを。

 

 

「あぁ……お風呂を出て4時間も寝たら、また明日が始まるわ……」

 

「先輩……明日のことは言わないでください……今を生きさせてください……」

 

「ソウネ、瑞鶴……身の危険がないこの天国で、地獄の話をしちゃノーなんだからネ……」

 

「はるなはだいじょうぶじゃないれす……」

 

 

 

「「「 はぁーーーーーー…… 」」」

 

 

 

・・・

 

 

 それはそれとして……

 

 

・・・

 

 

 

「みんな、よく集まってくれたね」

 

「鯉住くんがわざわざ名指しで私たち集めるなんて、珍しいね」

 

「いったい何する気なんですか? 師匠」

 

「みんなで集まるのなんて久しぶり! 楽しいかも!」

 

 

(てーとくー! きょうはなんのようじー?)

 

(おまつりみたいでたのしいです! はい!)

 

(なんでもいってください! わたしはだいじょうぶです!)

 

(ようせいずいいちのずのう、おみせいたします!)

 

 

 ここは英国妖精シスターズがハッスルして造り上げた新工廠(大正モダンなレンガ造り)。

 鯉住君の呼びかけにより、本日お仕事の面々だけでなく非番だったメンテ班も全員集合した。英国妖精シスターズも集合し、鯉住艤装メンテ班勢ぞろいといった様相である。

 

 まだ彼の口からは今回招集された理由が説明されていない。だというのに、文句のひとつもなく(というかむしろ嬉しそうに)、非番を潰してまでも招集に応じてくれたというところに、彼への絶大な信頼が垣間見える。

 

 そんな状況なのだが、今回メンテ班が招集されるに至った理由が鯉住君の口から語られる。

 

 

「非番の子もいるってのに、わざわざ付き合ってくれてありがとう。

今日みんなを集めた理由はふたつあるんだ」

 

「ふたつ? なんか緊急の用事ってあったっけ?」

 

「いや、別にそういうワケじゃないんだけどな。やっとかなきゃいけないことと、やってみたいことがあって」

 

「もったいぶりますね。やってみたいことって、何か変わったことでもやるんですか?」

 

「まあ思い付きだから、できるかわからないんだけどね。

……とりあえずそっちの用事は保留。まずはやっとかなきゃいけないことからやろう」

 

「それでなにするのー? 提督ー」

 

「今いるこの新工廠ってさ、結局使ってないじゃない?

だからもしもの時のために、工廠の機能調査というか、工廠見学しておかないとと思って」

 

 

 鯉住君が佐世保経由大本営帰りしてきたときに、英国妖精シスターズによってこの新工廠は造られた。

 しかしなんだかんだ言って、広すぎる空間であることと、今までの工廠(町工場規模の倉庫)に慣れ親しみ過ぎていることから、誰もこっちの工廠を利用していないのだ。

 

 確かに今の艦隊の規模なら、今までの工廠の規模で何の問題もないため、わざわざ慣れない新しい設備を使うことはない。

 とはいえ、大規模作戦の際に拠点基地となる可能性も考えると、それではいけない。

 他所の鎮守府からメンテ班を招集して、修羅場ともいえる仕事量のメンテをこなす必要が出てくるため、その時には必ずこの新工廠が必要になることだろう。

 

 有事の際にここの鎮守府の面々が新工廠に慣れていないでは、本末転倒。

 というわけで、徐々にこちらの工廠にも慣れていこうという考えなのだ。

 

 

「あー、なるほどね。確かに鯉住くんの方針だと、大規模作戦がこの辺で起こったら、かなりの人数のメンテ技師がウチに来ることになるよねー。

後方支援する時にはこのくらいの規模の工廠ならフル稼働させることになるから、リーダー格が『慣れてません』じゃ話にならないか」

 

「そういうこと。特に俺とお前(明石)はリーダーとして動くだろうからな。いざって時にスムーズに指示出せるくらいにはなってないと」

 

「だよねー」

 

「むむっ! 師匠! 私だって主戦力ですからね!?」

 

「明石だけ特別扱いするのは、いくら提督でも許さないかも!!」

 

「ご、ゴメンゴメン。そういうつもりじゃないんだよ。みんな実力高いのは知ってるから。あくまで特殊技能持ちってことで、明石の名前出しただけだから」

 

「「 本当かなぁ……? 」」

 

「そんな疑わないでよ……」

 

「ふふっ。まま、時間も無くなっちゃうし、ササっと施設を見に行きましょう!

私としては、もうひとつの用事の方が気になりますので!!」

 

「むー……それは私もそうですけど……」

 

「そ、そうそう、明石の言うとおりだよ! ちゃちゃっと見学しちゃおう!」

 

「なんか焦ってる……煙に巻こうとしてるようにしか見えないかも……」

 

 

(てーとくはみんなからあいされてますねー)

 

(すてきなおかたです! はい!)

 

(わたしのこともあいしてくれても……だいじょうぶです!)

 

(けいさんいじょうのおかたですよね!)

 

 

 

・・・

 

 

 ……職場見学後

 

 

・・・

 

 

 

「いやー、思ったよりもずっと機能的だったねぇ」

 

「実際に動くにあたって、動線がうまいこと重ならないつくりになってたよね」

 

「私はいまいちピンとこなかったけど、そんなにすごかったんですか?」

 

「そうだね。このつくりなら、30人とかが一斉に作業しても問題なく動けるんじゃないかな」

 

「ふーん。秋津洲もよくわかんないかも。そんなに大人数で作業したことないから」

 

「ああ、そういえばふたりともそういう経験はないのか。まぁ実際にそういう機会が来れば、自然とわかるよ。

ホントによくやってくれたね、キミたち。頭を撫でてあげよう」

 

 

 なでなで……

 

 

「「「 あ゛ぁ゛^~~~…… 」」」

 

 

 

 英国妖精シスターズの頭を撫でまわしながら労っていると、明石が話しかけてきた。

 

 

「その子たちを労うのもいいけど、そろそろもうひとつの用事を教えてくれない?

見学してる最中から、気になってたんだよね~」

 

「ん? ああ、そっちの話な。言っても実現できるかわかんない話だぞ?」

 

「だからこそいいんじゃない。キミのアイデアって、かなーりぶっ飛んでることがあるから、聞くだけでも面白いんだよね~」

 

「そんなことないでしょ」

 

「そんなことあるかも! 大艇ちゃんをすっごくしてくれたの、秋津洲は感謝してるかも!」

 

「それはまぁ、明石の入れ知恵というか……」

 

「私のせいにするとか、いけないんだ~。キミの発案なんだから、人のせいにしちゃだめだよ?」

 

「まぁ、それはそうだけど……」

 

「秋津洲はとっても嬉しいかも!」

 

「そう言ってもらえると、こっちも嬉しいよ」

 

「皆さん、私に関係ない話で盛り上がらないでください! 話についていけないじゃないですか!

……それで師匠、もうひとつの用事ってどんなことなんですか?」

 

「ああ、それはね……」

 

「それは……?」

 

 

 

 

 

「出撃中に艦艇修理ができる艤装、作れないかなって」

 

 

「「「 何言ってるの? 正気? 」」」

 

 

 

 

 

「いや……みんなちょっとひどくない? 俺はいつも正気だよ?」

 

「一回暴走したから、正気って言われてもなんにも説得力無いよね。

それより戦闘航行中に艦艇修理とか、小学生でも思いつくような発想じゃない」

 

「そりゃそうなんだけど。

もちろんそれがほぼ不可能だったってことまでわかって言ってるから」

 

「というと、なにかアイデアがあるんですか?

普通に考えたら、敵地のど真ん中でのんびり艤装修復なんてしてる暇ないですよ?」

 

「だいぶ無理があるかも」

 

「かなり限定的なシチュエーションになっちゃうけど、できなくはないと思ってさ。

ま、とりあえず聞いてみてよ」

 

 

 

・・・

 

 

説明中

 

 

・・・

 

 

 

「……というわけ」

 

「うーん……それだけ限られた状況なら、実現できなくもない、かな……?」

 

「また師匠はすごいこと考えつきますよねぇ」

 

「それだったら、秋津洲でも手伝えることがあるかも」

 

 

(さすがはてーとくねー! とってもおもしろいよー!)

 

(わくわくしてきますっ! はいっ!)

 

(がんばります! だいじょうぶです!)

 

(わたしのけいさんのうりょくを、ぞんぶんにかつようしますよー!)

 

 

 説明を聞いて、一転乗り気になってきた面々。その様子を見て、発案者の鯉住君はホッと安堵のため息を漏らす。

 

 

 

 彼の考えてることは、以下のような感じ。

 

 

 出撃中、交戦の合間を縫って艤装を修復できれば、継戦能力が圧倒的に向上するのでは?

 

 ……という誰でも考えそうな頭悪そうな発想を基に、鯉住君は洋上応急修理施設の草案を作ってみた。

 

 

 そもそもそんな誰でも考えそうなアイデアが実現されてこなかったのは、相応の理由(問題点)があるから。メンテ班のみんなが呆れてたのもそのせい。

 

 その問題は何かというと、具体的には……

 

 

・その艤装が開発できたとして、扱える艦娘は工作艦の明石しかいない。ということで、非戦闘艦の工作艦を艦隊に組み込むくらいなら、6隻すべて主力艦で構成した方がいい。

 

・艤装の修理には相当な集中力と時間が要る。出撃中にそんな状況を用意できるか。

 

・修理にかかる資材をどうするのか。艦隊メンバーの保持している資材を使用してしまったのでは、航行できる距離が短くなり、継戦能力は逆に下がってしまう。

 

 

 といったところ。

 

 つまりは、そんなもの造って明石にのっけて艦隊枠圧迫しながら出撃するくらいなら、普通に主力艦隊で何度も出撃して試行回数稼いだ方が、ずっとずっと効率的ではないだろうか? ということなのだ。

 

 それは鯉住君も当然わかっていることなので、こんな解決策を考えた。

 

 

・非戦闘艦筆頭の明石しか装備できないじゃん

→ウチの超優秀な夕張ならいけるのでは? 夕張なら最低限の戦闘はできるし。

 

・洋上で艤装メンテとか無理

→それはもう仕方ないので陸を探す。離島や孤島がある海域に限って運用しよう。

 

・出撃中にメンテ時間の確保できるの?

→そもそも艤装の応急修理が必要な場面は、長時間かかる遠方への出撃のみ(近場なら出撃回数増やした方がいい)。だからどこかしらで長時間の休憩は入るはず。

 

・資材の工面はどうするの?

→せっかく補給艦が赴任してくる(無理やり)んだし、彼女たちに資材運搬を任せてみてはどうか。洋上補給もできるので一石二鳥。

 

・そもそも補給艦って戦闘できるの? 足手まといじゃない?

→速吸なら艦攻積めるらしいから、彼女に特訓してもらえばなんとか……

 

・非戦闘要員が2枠(工作艦or夕張、補給艦)入ってしまう以上のメリットはある?

→一度の出撃でかなり遠方まで出撃できるようになるはず。小破程度までならパーツ換装無しで修理できるはずなので、無理しなければ持続航行距離は大幅に伸びる予定。

 

・それでも2枠が潰れてしまうのは痛すぎるのでは?

→正直その通りなので、負担を薄めるために連合艦隊を組む時限定の運用にする。

 

 

 半分くらい解決できてない気もするが、一応疑問に対する答えは出すことができた。

 

 

 ごちゃごちゃしてるのでまとめると……

 

 

 遠方への出撃で、連合艦隊を組むような大きな戦いのとき限定で、補給艦と工作艦(もしくは夕張)同伴の上でのみ、洋上応急修理を可能にする艤装を造りたい。

 性能としては、艤装パーツの持ち込みは流石にかさばりすぎるので、艤装パーツ交換の必要がない小破までの修復、辺りを目指す。

 

 

 といったところだ。

 

 

 正直有用性はすっごく微妙なので、わざわざ開発するべきかと聞かれれば、優先順位はものすごく低いと言わざるを得ない。

 もっと言えば、そんな特殊過ぎる艤装の開発なんて誰もやったことがないので、どう転ぶかわからない。手間に対してのリターンが低すぎて話にならないレベルである。

 

 そんな具合なので、こんなこと真面目に話し合っている時点で随分とクレイジーなのだが……そこは艦娘の艤装に対する技術について、周回差をつける勢いで世界トップなラバウル第10基地。

 

 暇を持て余した変態艤装ジャンキーが集まった此処だからこそ、本気でそんなもの開発しようと考えたというものである。

 

 

 

「実際有効に活用できる場面なんてそんなにない気がするけど、選択肢は多いに越したことがないよね。やっちゃう? やってみちゃう?」

 

「明石お前楽しそうだなぁ……」

 

「そりゃそうでしょ! 新しい艤装の開発とか、工作艦の私が喜ばないわけないじゃん!」

 

「それならいいんだけどな」

 

「私も兵装実験軽巡としてグッとくるものがありますね!」

 

「秋津洲も協力するかも!」

 

 

(だれもつくったことないぎそう……うでがなるねー!)

 

(おてつだい、ぜんりょくでまいります!)

 

(わたしもだいじょうぶです!)

 

(もりあがってきましたね!)

 

 

「正直どういう反応になるか心配だったけど、みんな乗り気なようでよかったよ。

ま、別に開発がうまくいかなくても、必要になるかどうかは分からないからね。あまり気負いせずに行こう。

それと実は秋津洲には、特別にお願いしたいことがあってね」

 

「特別!? なになに提督! 気になるかも!!」

 

「秋津洲がどんな艦だったか知るために、昔の……艦だった時代のころの資料を色々読んだことがあってね。

そこに書かれてた内容だと、秋津洲って『秋津洲流・戦闘航海術』ってのがあったんだけど……」

 

「提督、秋津洲のこと調べてくれてたの!? 嬉しいかも!」

 

「そりゃあ秋津洲は大事な部下だからね。それで、その技術って今も使えるのかな?」

 

「当然! 爆撃をかわしたり潜水艦から身を護ったりならお手のものかも!」

 

「おぉ、思った以上に自信満々……

そういうことならさ、もし艤装開発に成功したらだけど、夕張と赴任してくる給糧艦にその技術を伝授してあげてくれない?

元々戦闘艦じゃない面々だから、回避第一で動いてもらいたくて」

 

「お安い御用よ! 夕張、厳しくいくから覚悟しとくかも!」

 

「わかりました、師匠。秋津洲もよろしくね。なんだか秋津洲に教えられるって、不思議な感じがするわ」

 

「ふっふ~ん! いつまでも妹弟子だと思ったら、大間違いかも!」

 

「別に急がなくてもいいから、空いた時間に訓練してほしい。

そもそも洋上修理できる艤装が開発できるかが最初の山なんだけどね」

 

「そこはこの明石にお任せ! 勤務中以外のプライベートでも艤装開発してきた腕前、存分にお披露目しちゃおうかな!」

 

「おう、頼りにしてるぞ」

 

 

(わたしたちをわすれちゃ、のーなんだからねー!)

 

(ひええー! みなさんやるきまんまんです!)

 

(がんばります! だいじょうぶです!)

 

(けいさんいじょうのはたらきをします!)

 

 

「キミたちもありがとな。

……それじゃ、今日はまだ時間あるし、やるだけやっちゃおうか!」

 

「「「 おーっ!! 」」」

 

 

 そのあとはみんなでアイデアを出し合い、艤装開発について夜まで話し合った。

 当然ながら即日完成とはいかなかったのだが、それでも着実に実現可能なアイデアが出てきたので、艤装メンテ班の手の空いた者が隙間時間を見繕って開発を進めることとなった。

 

 そんなこんなでちびちびと試作品を造っては修正案を出し、ということを続けていったのだが……

 なんとなんと、1週間ほどの短期間で、本当に洋上修理が可能な艤装を開発することに成功した。

 

 完全新規の艤装をたったの1週間で開発するとか、絶対に他所の工廠では真似できないことである。他で同様のことをしようとしたら、少なくとも2か月はかかることだろう。

 ラバウル第10基地の艤装メンテ班は、存在自体がオーパーツと言っても過言ではない。

 

 ということで艤装も完成したので、現在はメンテ班全員で新工廠に集まり、お披露目会兼祝賀会としゃれこんでいるところだ。

 

 

「いやぁ、みんな頑張ったね! まさか無事に何事もなく完成、しかもこんなに早く完成するとは思わなかった!」

 

「やー、頑張ったよねー! 久しぶりにいい汗かいちゃった!」

 

 

(やりましたねー!)

 

(おみごとです! ひええー!)

 

(がんばりました! だいじょうぶです!)

 

(けいさんいじょうですね! しれー!)

 

 

「だいぶ大型になっちゃいましたけど……兵装実験軽巡の私なら、問題ないレベルです!」

 

「すごくおっきいね! なんか棺桶背負ってる感じかも」

 

「秋津洲ちょっと……棺桶っていう表現は縁起悪いからやめてくれない? 担いでる私が不吉な存在みたいじゃない。

どっちかっていうと千歳さんや千代田さんのカラクリ艤装に近いし、そっちの認識に変えて欲しいわ」

 

 

 出来上がった洋上修理施設はかなりの大きさで、夕張が基本艤装と一緒に背負うとだいぶ威圧感が出てくるほどのものだった。

 中にメンテに必要な機材が収まっていることもあり、重量もそこそこである。重心バランスもそこまでよくないので、そこは改善課題のひとつだろう。

 

 

「それもそうかも。でも夕張、その大きさでまともに動けるの?」

 

「うーん……普通に動く分には問題ないけど、戦闘行動になるとどうしても影響出ちゃうかな」

 

「それはしょうがないよね。そんな大きさなんだし。

そこはまぁ、ホラ、秋津洲に回避行動を教えてもらってくれ。

秋津洲、この艤装背負ったままでも『秋津洲流・戦闘航海術』は使えそうかな?」

 

「大丈夫かも! 重心バランスさえうまく取れれば使える航海術だから、艤装の重さは関係ないかも!」

 

「ホントに優秀だなぁ……こう言っちゃなんだけど、それだけの回避方法があるなら、戦闘が苦手っていうのも違うんじゃない?

普通に戦闘してもイイ線行くと思うんだけど」

 

「えーと、それはちょっと厳しいかも。あくまで回避特化の技術だから、攻撃とか防御と併用できるものじゃないかも」

 

「成程。でも非戦闘艦からしたら、攻撃を受けないことが何よりも重要だから、夕張や補給艦とは噛み合ってるし……ウチの鎮守府の非戦闘艦勢の必須取得技術にしようかな?」

 

「いいんじゃない? 被弾率が減れば戦闘で優位に立てるし。

ま、私は戦場に出ないから、必要ないけどね~」

 

「明石お前なぁ……ま、お前は戦闘には出さないし、それでもいいか」

 

「あ、それって『私のことをいつまでも手元に置いておきたい』っていう独占欲の表れかな? 照れちゃうなっ!」

 

「バカ言え。適材適所ってだけだよ」

 

「もっとノってくれたっていいのにー。ケチー」

 

「お前なぁ……」

 

「ふふん。別にいいけどね。今度予定してるキミとの個別面談で、じっくりとお話しちゃうから」

 

「勘弁してくれよ、マジで……」

 

 

 なんか明石と鯉住君がイチャイチャしだしたので、夕張を筆頭に他のメンバーの機嫌が悪くなり始めた。

 

 

「……師匠? 明石さんと仲良くするのはその辺で……」

 

「明石ばっかりお話してズルいかも!」

 

「ご、ごめんごめん。話が逸れちゃったね」

 

「そのまま逸れ続けて、私との濃密なコミュニケーションに移ってもよかったのにな~」

 

「明石さんとばかりお話してないでください! 私とも面談して!」

 

「夕張とは話がついてるから、他の子を優先させてほしいなって……」

 

「またそうやって私のこと後回しにする!」

 

「いやいやいや、個別面談に関しては夕張がトップバッターで……」

 

「そうかも! 夕張は提督のこと独り占めし過ぎかも!」

 

「そんなことないの! 全然足りないの!」

 

「いやちょっと、今日は新装備のお披露目だから、その話はまた今度……」

 

 

(やれやれ、ていとくはだいにんきですねー!)

 

(さすがはしれいです! ひええー!)

 

(わたしにももっとかまっていただいても、だいじょうぶです!)

 

(あたまをなでなでしていただくのも、ごいっこうください!)

 

 

「キミらもぶれないねホントに……」

 

「アハハ! 結局こうなるんだね! いよっ、女たらし!」

 

「明石テメェ! お前が火付け役だろが!」

 

 

 新艤装を開発するとかいう結構な偉業を成し遂げたにもかかわらず、結局はそのことを特に気にもせず、いつも通りになってしまう一同なのであった。

 

 




 この話(出撃中の艤装修理)は前々から考えてたのですが、まさかの公式とまるかぶり(緊急泊地修理)。
 公式の方ではなかなか使い勝手が難しい気もする追加要素ですよね。


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第134話

イベント甲丙乙で完走しました! わーい!

E1のボスBGM、特にイントロがすごくいいですよね。
アトリエシリーズとかFF13のバトルBGMに近いものを感じます。やっぱりピアノとバイオリンの組み合わせは最高なんやなって……


イベントはまだ堀が残ってるので、まだ折り返し地点ってところですね。

現在の成果……ニムちゃん、グレカーレ、リシュリュー(2隻目)

これから掘る……ジャービス(S限最難関)、アクイラ、岸波、御蔵、ろーちゃん(2隻目)


こいついつも岸波掘ってんな(年始イベからずっと未邂逅)



ちなみに今回はイベント中なのでかなり短めのお話です。ご了承ください。


 

「古鷹、コンセントは全部抜いてきた?」

 

「はい。これで陸奥さんの爆発対策はバッチリです」

 

「ありがとう。叢雲も出迎えの準備は出来た?」

 

「バッチリよ。客間(会議室)の掃除は済んでるし、食事とお茶請けの用意も万全。

宿泊についても、旅館(艦娘寮)の空き部屋はたっぷりあるし、すぐにでも泊まれる状態にしてあるわ」

 

「苦労かけるねぇ」

 

「これから集まるメンバーのことを考えたら、これくらいはしとかないとダメよ。

1週間も準備に時間かけたんだし、最後の最後でドジ踏みましたじゃシャレにならないわ」

 

「流石は叢雲。頼りになる」

 

「ふふん」

 

「それにしても……緊張するなぁ……」

 

「まさかの日本海軍のVIPが大集合ですもんね……」

 

「どうしてこうなったんだろうなぁ……」

 

 

 ラバウル第10基地首脳陣は、お客さんを招待する準備を終えてホッと一息ついているところ。

 なぜ3人がそこまで大々的に準備するほどの事態になっているのか? その流れというのはこんな感じ。

 

 

 

・・・

 

 

 

 時系列順です

 

 

 

 給糧艦総出の作戦により、ラバウル第10基地の隣に甘味工場が建設されることが決定。

 (鯉住君の意志は『彼なら大丈夫でしょ』という関係者総意の下に無視される。後にそんな扱いだったことを聞いて、鯉住君は泣いた)

 

 

 工場稼働に際して部下となる艦娘(間宮、伊良湖、速吸、神威、大鯨)が居ると、鯉住君と仲が良い三鷹少佐が内々に電話連絡。

 (数話前の話。回収したくなかった伊良湖へのフラグが勝手に回収されたことに、鯉住君は泣いた)

 

 

 関係者による合同会議が開催決定。日本海軍全体の方針にも関わる一大プロジェクトなのに、場所は何故かラバウル第10基地ということに。

 (普通はそういう大事な話をするなら大本営でやる。あまりに責任重大な役目に、鯉住君は泣いた)

 

 

 プロジェクトリーダーはまさかの呉第1鎮守府(鯉住君の古巣)の間宮と判明。ということで、鼎大将率いる呉第1鎮守府のメンバーが来訪決定。

 (鼎大将は電話越しに南の島でバカンスとか言ってた。鯉住君は泣いた)

 

 

 協賛企業である三鷹青果(株)の取締役である三鷹少佐も当然ながら参加表明。鼎大将がバカンス気分でやってくると聞いていたからか、彼の鎮守府の艦娘もかなりの人数来訪することに。

 (『新しい部下の紹介と、それに関する相談もしたいんだよね』とか言ってた。厄介事の濃厚な気配を感じ取り、鯉住君は泣いた)

 

 

 当然と言えば当然だが、ラバウル基地エリアでの出来事であるため、統括している白蓮大将も参加決定。金剛と榛名の様子を見たいとのことで、第1艦隊と第2艦隊のメンバーも来訪決定。

 (ここに来てお客さんの人数が激増。準備の大変さを思い、鯉住君は泣いた)

 

 

 日本海軍にとっても大きな案件のため、まさかの伊郷元帥が参加表明。預けている瑞鶴の様子も見たいということで、第1艦隊メンバーも来訪決定。

 (超VIPな面々の再訪に責任感が重くのしかかり、心臓がキュッとなる。教導艦の転化体2名の暴走を抑えるという重責も加わり、鯉住君は泣いた)

 

 

 さらにここでタイミング悪く(タイミング良く)横須賀第3鎮守府の鳥海から『以前お話したそちらへの訪問ですが、甘味工場建設会議に合わせて伺います』という一方的な連絡が来る。一ノ瀬中佐やその部下もバカンス気分で同行するとのこと。

 (誰が来るか確認したところ『少なくとも漣、青葉、秋雲の3名は確定です』という、最も聞きたくなかった名前しか出てこなかった。鯉住君は泣いた)

 

 

 大勢のお客さんが遊びに来ると聞いた妖精さん達が、一気にハッスルする。流れるプールと艦娘寮(旅館)が一晩のうちに増設され、艦娘寮の規模が1.5倍ほどに、プールの規模が3倍ほどになる。ついでにプールの流量増加のために、妖精さん印の浄水器が一基増設される。

 (寝て起きたらそんなことになってた。妖精さん達が満足気な様子でご褒美をねだりに来た。鯉住君は泣いた)

 

 

 欧州救援作戦が無事成功したとの連絡を、佐世保第4鎮守府の加二倉中佐から受ける。世間話をする中で、今回の会議の話となり『それならば自分も出よう。作戦の報告をすべき相手が揃っている』ということで、こちらもバカンス気分な面々を引き連れて参加決定。

 (天龍龍田だけでなく参加メンバーが全員無事だったことや、加二倉中佐と一緒にふたりが帰ってくることを聞き、鯉住君は嬉しくてこっそり泣いた)

 

 

 

・・・

 

 

 

 ……こんな感じで紆余曲折ありながら、日本海軍の大物が大集合という形となってしまった。

 

 元帥、大将ふたり、救国の英雄(一ノ瀬中佐)、鬼が島の頭領(加二倉中佐)、ひとり財閥(三鷹少佐)、そして彼ら彼女らの一線級の部下が大集合とかいう、夢のコラボが実現ということになる。

 

 事情を知らない者が聞けば、あまりの豪華さに感動してしまうところだが、諸々の準備をしないといけない当事者側(ホスト)としては、たまったもんじゃない。

 今回の甘味工場建設会議のために、丸々1週間ほどかけて、ラバウル第10基地では準備を進めてきた。

 数日間の滞在、しかもおそらく50,60名の滞在となれば、それくらいの準備期間じゃないと足りなかったのである。

 

 部屋の準備や食事の準備、そして当日のスケジュール組みなんかを考えるのは、とっても大仕事だった。

 実を言えばスケジュール組みについては呉の間宮から受け持つと打診があったのだが、メンツがメンツだし、話題が話題になるだろうことは間違いないので、打診はお断りすることにしたという経緯があったりする。

 なにせ少なくとも欧州救援の報告とかいう一大イベントがあるのだ。それを抜きにしても色々と爆弾みたいな話題が出てくるのは目に見えてるし、色々融通を利かせまくることになる以上、こっちで時間調整しないと会議が進まない。

 

 

 

「色々と無事に済む……はずがないわよね」

 

「誰かひとりだけでも一大事ですからね。

……何が起こるかわからなくて、正直怖いです。何も起こらないということは考えられませんし……」

 

「そこはまぁ、出たとこ勝負するしかないよ。

甘味工場建設の話と、それに伴う新しい仲間の紹介。三鷹さんの相談とかいう嫌な予感しかないトピックに、加二倉さん直々の欧州救援の報告……

……なんだろね、これ? なんでウチで日本海軍首脳会議みたいなことしなきゃいけないの? 俺あんまり関係なくない?」

 

「なんでもなにも、それはアンタだからよ」

 

「理由になってないと思うんですけどねぇ……」

 

「うぅ……できることはしましたけど、緊張します……

私と叢雲さんの教導をしてくださった、五十鈴教官と熊野教官もいらっしゃるかもですし……」

 

「そうよね、もしも何か不手際があったりしたら……想像したくないわね……」

 

「キミたちも大変だねぇ……」

 

 

 プレッシャーがかかり過ぎて、一回りして逆に落ち着いてきた鯉住君。

 すごく久しぶりに天龍と龍田に会える喜びを支えに、これから始まるどったんばったん大騒ぎに備えるのだった。

 

 





ということで、導入みたいな回でした。
色々詰め込んだ会議が次回から始まるので、しばらくお付き合いください。




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第135話

わーい!ジャービスちゃんゲットしました!
これにてどうしても欲しかった艦はゲットできました!

アクイラさん? 岸波さん? まだ邂逅してないんだよなぁ……




ちょっとしたランキングを備忘録ついでに作ってみました。後書きに載せとくので、気になる人は読んでみてください。
本編が短いので、そっちでお茶を濁す感じでよろしくお願いいたします。




 なんやかんや色々あって、ラバウル第10基地(鯉住君のところ)で合同会議を行うことになった。

 話題は元々『ラバウル第10基地に隣接した土地に建設予定の甘味工場について』だけだったのだが、参加者が揃いも揃って話題を持ち込むことになり(未確定分含め)、日本海軍首脳会談と化すことが確定してしまった。

 そういうことで、鯉住君たちは入念な準備を終え、会議参加者たちの訪問を待っているところ。

 

 本日は第1陣として、ラバウル第1基地の白蓮大将率いる面々と、トラック第5泊地の三鷹少佐率いる面々が到着する予定。

 ラバウル第10基地は本土から遠く移動に日数がかかることや、会議の日程が決まったのが最近であることから、現地入りのタイミングはバラけてもオーケーということにしたのだ。

 そういうことでまずは、物理的な距離が近い白蓮大将組と三鷹少佐組が来ることになったのである。

 

 タイミング合わせて当日に全員集合でもいいんじゃないの? という意見も出るには出たが、受け入れる側としては到着がバラけてくれた方が負担が少ないということで、今回のような形になった。

 ついでに言うと、さっさと到着してバカンス楽しみたいとかいう白蓮大将の意見もあったりしたのだが……別にその意見が決め手になったとかではない。なんなら逆に鯉住君としては、その無神経発言にちょっとイラっとしていたりした。

 

 

 そういうことで、鯉住君たちが普段通り執務をしつつ到着を待っていると……鎮守府棟の外から中型タクシーと思われる車のエンジン音が響いてきた。

 執務室に居る鯉住君、叢雲、古鷹はそれに気づく。

 

 

「この音は……到着したみたいだね」

 

「白蓮大将と三鷹少佐のどちらかしら?」

 

「距離を考えれば、ラバウル第1基地の皆さんが先だと思いますが」

 

「そうだね。とりあえずどっちだろうと到着しちゃってるんだし、迎えに行こうか」

 

「それもそうね」

 

 

 

・・・

 

 

 移動中……

 

 

・・・

 

 

 

 鯉住君たちが外へ出ると、予想通りそこには中型のタクシーが。そしてそこから降りてきている、顔を知っている面々の姿が。

 

 

「おお、一番乗りは三鷹さん達でしたか」

 

「やあやあ、久しぶりだね龍太君! 会いたかったよ!」

 

「ハァイ。お姉さんも今日という日を楽しみにしてたのよ」

 

「陸奥さんもお久しぶり……って、その恰好……!」

 

 

 鯉住君の知っている陸奥は、ビキニからほんの若干布面積が増量した感じの制服艤装を着ていた。

 本人の嗜好は無関係なのでそんなこと口には出せないが、すごい露出だった。

 

 それは今も変わらないのだが、今の彼女はそれに加えて肩掛けマントを羽織っている。色っぽさ100%だったのが、色っぽさとカッコよさが半々くらいになっている。

 今の彼女の恰好ならお色気成分が薄れたおかげで鯉住君でも直視できる。そんなこと口には出せないが。

 

 

「そうよ。ついこの間の戦いで改二になったの。どうかしら? 似合ってる?」

 

「はい。すごくカッコいいですよ。なんていうか、前よりも自身に満ち溢れてる感じがします」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。

爆発を自由に操れるようになったから、それが自信につながったのかしらね」

 

「……ん? 爆発を自由に操る……?」

 

「そうよ。相当厳しい戦いだったんだけど、それを乗り越えたおかげで感覚を完全につかめたの」

 

「相変わらずぶっ飛んでますね……」

 

「龍太君だけには言われたくないわ」

 

 

 以前から三鷹少佐の部下の陸奥は、ランダムな爆発に悩まされていた。

 彼女が関わる物事に関して、まったく理由は不明だが、1日1回爆発が発生するのだ。

 

 それが原因で以前いた鎮守府では冷遇されていたこともあり、彼女は随分と悩んでいたのだが……三鷹少佐の下でやり直すうちに、徐々にではあるが誇りと自信を取り戻していった。

 その中で謎の爆発体質についても感覚を掴んでいき、ついにそれをコントロールするまでに至ったということらしい。

 

 ちなみに鯉住君が初めて大本営に行ったときに、彼女の鎮守府所属の山城が泊まるはずだった宿でボイラーが爆発したのだが、それは陸奥がうっかり予約をとってしまったせいだったりする。

 ついでに言うと、旅館に対してあとで三鷹少佐から潤沢な謝礼金が出たので、フォローはバッチリだったりもする。

 

 

「それで、爆発うんぬんはよくわかんないので棚上げしときまして……陸奥さん達がそこまで苦戦したって、どんな強敵だったんですか?

俺が知る限り、トラック第5の皆さんはかなり強かったと思うんですけど……」

 

「あぁ、それはね……」

 

「ちょっとストップ。それについては僕から説明するよ」

 

「うおっ。……三鷹さんが直接、ですか?」

 

「うん。その方が都合がいいから」

 

「あらあら、それもそうね、提督。それじゃお願いするわ」

 

「オッケー」

 

「都合がいいって、どういうことなんでしょうか……?」

 

 

 鯉住君と陸奥の会話を遮ってきたのは、彼女の提督である三鷹少佐だった。

 基本的に話への割り込みとか、そういう不躾な行いはしない人なので、これには鯉住君もびっくり。

 陸奥は何か察しているようだが、どういうことなのだろうか?

 

 

「いやね。事前にさ、連絡してたじゃない? キミに相談したいことがあるって」

 

「ああ、言ってましたよね。……その件と関係が?」

 

 

 

「そそ。実はね、その時のボスが今来てるんだよ」

 

「……ん?」

 

「ああ、安心してよ。転化してて害はないから」

 

「いや、ちょ、待って、どういうことなの……!?」

 

「おーい、ガンちゃんこっちおいでー」

 

「待ってって言ってるのに!!」

 

 

 初っ端からとんでもない爆弾をブッこんできた三鷹少佐。

 フリーダムな先輩が涙目の鯉住君を尻目に中型タクシーに手を振っていると、中からしっかりとした足取りで、ひとりの艦娘が現れた。

 

 

「呼んだか提督よ。……ムッ、この人間が、同志の言っていた……」

 

「そうそう。紹介するよ龍太君。彼女はガングートって名前。戦艦艦娘だよ。

アラスカ辺りが出身の元北方水姫でね、なんやかんやあってウチに来ることになったからさ。

彼女のこと、これからよろしくね」

 

「えっと、あの……ハイ、ヨロシクオネガイシマス……」

 

 

 ご近所さんを紹介する感覚で転化体とかいうレアキャラを紹介され、考えることを若干放棄してしまった様子の鯉住君である。

 ちなみにその様子を見ていた陸奥は「あらあら」と言いながら困り顔だし、同行している叢雲と古鷹は遠い目をしている。

 

 

「提督以外の人間と親しくするなど、我が本懐とはかけ離れているのだが……

『コチラの姿』でうまくやっていくには、貴様との協力が不可欠と聞いた。よろしく頼む」

 

「ヨロシクオネガイシマス……」

 

 

 登場した勢いのままに握手を迫られ、されるがままの鯉住君。

 そのあとに「貴様らがこの男の部下か。よろしく頼む」と握手を求められた叢雲と古鷹も、「ヨロシクオネガイシマス……」と、上司同様の反応をしていた。

 

 そんな様子を見て満足気な三鷹少佐は、彼女の紹介を続けていく。

 

 

「それでね、彼女なんだけど、人間を支配することに並々ならぬ喜びを見出してるんだよ。

だからむっちゃん達が頑張って勝った後、試しにその関係の話をしてみたらさ、何故か、

『人間トハ思ヘヌ思考回路……イヤ、誰ヨリモ人間ラシヒト言ウベキッ!!

戦闘デ敗北シ、思想マデモ上ヲ行カレタ……悔シヒガ完敗ダ!部下共々好キニシロッ!』

とかなんとか言いだしたから、着いてくるなら別にいいよって事にしたの」

 

「ククッ……私はただただ、恐怖と報酬だけで人間を支配しようとしていたが……

提督の前ではその程度のこと、赤子の児戯にも等しかったのだっ!! 己の至らなさをこれでもかというほど痛感したのだっ!!」

 

「えーと、あー……そっすか……」

 

「ガンちゃんってば、アメと鞭だけで人間を支配しようとか思っててね。

それも使えなくはない手法だけど、やっぱり本当に支配するのなら、生まれた時から人生を捧げるのが当然と考える住環境を整えないとね。実際にやってみて、成果もでてるし」

 

「人間の悪意を凝縮し、高純度な結晶として練り上げたような思想!

げに恐ろしきは、それを当然のことと捉え、実行することが可能な現実を創り上げた手腕よ!

提督との出会いは運命だったのだ! 私は同志の下で全人類を支配下に置く夢を叶えるのだ!」

 

「……あー、えーですね……夢いっぱいで素晴らしいっすね……

……それでその、三鷹さんの相談したかったことって、一体なんなんですか……?」

 

 

 なんだか物騒な話になってきたのを感じて、鯉住君は話題を元に戻すことにしたようだ。

 秘書艦のふたりが若干青ざめ始めたことも、話を逸らすことにした原因のひとつである。

 

 しかしいくら世界中に信者っぽい人間が多い三鷹少佐といえ、深海棲艦、それも上位個体の姫級(多分)まで心酔させてしまうとは……

 慣れた慣れたとは思ってはいたけれど、まだまだこの人に対する理解は浅かったようだ。

 

 

「ああ、そうそう。その話だったね。

彼女こんなこと言ってるけど、真面目で頑張り屋だからさ。ちゃんと育てればいい『王』になってくれると思って。それに協力してほしいんだよねー」

 

「えっと……何……? 『王』……?」

 

「うん。そう。要は彼女って『人の上に立ちたい』って考えてるだけだからさ。

人間の理想としてどういう振る舞いが善なのか、人間の素晴らしい部分は何か、ってところを、しっかりと分かっていてもらわないとね。

それが無かったらさ、彼女『暴君』みたいになっちゃうし、そうなったら処分せざるを得なくなるでしょ?」

 

「しょ、処分とは……提督、た、頼むから物騒なことを言わないでくれ……!!」

 

「大丈夫だってば。キミがおかしなことをしない限りは、そんなことしないしさせないから。

せっかく叶えたい夢があるんだから、上司としてはできるだけ実現できる形で叶えてあげたいと思うじゃない?」

 

「そ、そうか。それならいいんだ……ホッ……」

 

「……あー、えー……それで俺は何をすれば……?」

 

 

 ひどく怯えるガングートを見て、考えることを放棄した鯉住君。

 色々とツッコミどころが多すぎるやり取りだったが、何を突っ込んだとしても、藪から蛇が飛び出てくること請け合いである。

 ちなみに秘書艦のふたりはよっぽど恐ろしかったようで、空に浮かぶ雲の数を声に出して数えている。現実逃避である。

 

 そんな彼のげんなりした様子は研修中では割と見る光景だったので、三鷹少佐は特に違和感なく話を進める。

 

 

「そういうことでさ、龍太君には彼女の教育を手伝って欲しいなって。

具体的にはね……キミのとこに研修受け入れしてもらいたいんだよ」

 

「け、研修っすか!?」

 

「うん。なんだか最近龍太君のところで研修ってのがトレンドになってるらしいし、先輩としてはそこは外せないかなって」

 

「そんなトレンドありませんからね!?

いや、でも、もしもそうすることになったって、転化体の人に何教えたらいいかなんてサッパリわかんないですよ!?」

 

「大丈夫大丈夫。龍太君なら絶対なんとかなるから!

それにやって欲しいことなんて、日常生活を一緒にしてもらうことくらいだから。ホームステイみたいなものだと思ってくれればいいから。

あ、もちろん滞在費とか迷惑料とかはポケットマネーから払うよ?」

 

「よろしく頼むぞ! リュータ、と呼べばいいかな!?」

 

「ああもう、わかりましたよ! 断れない流れなんですよね!? いつものですよね!?」

 

「いやー、さすがは龍太君! あっさり引き受けてくれるなんて、懐が深いね!

他の人だったら、元姫級で人間支配したいなんて彼女、絶対受け入れてくれないよ!」

 

「ホントは断りたいんですけどねぇ!! チキショウメェ!!」

 

「ハハハ。ま、すぐにって話じゃないからさ。

彼女へしなきゃならない教育も、まだまだ残ってるしね」

 

「まだ提督に学ばなければならないことが山積みなのだ!」

 

「そうっすか……ハァ……」

 

 

 

「ゴメンね龍太君……

そうするのが一番人類のためだって、私たち艦娘の間でも結論が出ちゃって……」

 

「陸奥さんは悪くないですから、謝らないでください……

悪いのは……なんなんだろう? 誰も悪くないってのに、一体どうしてこんなことに……?」

 

「龍太君……お姉さんもささやかながら応援するわ。

私の個人的な連絡先を教えるから、なにか辛いことがあったら相談してちょうだい」

 

「うう……ありがとうございます……」

 

 

 思っていたよりも相当厄介な話が飛び出て、引き受けざるを得ない状況に追い込まれた鯉住君。陸奥のフォローもむなしく、大きく肩を落とすことになるのだった。

 ちなみに秘書艦のふたりは、話の途中でこうなることを察していたので、目からハイライトさんがご退場する程度で済んでいたとか。

 

 





情報量過多につき、読みたい方だけどうぞ




・転化した北方水姫のプロフィール(米海軍データ参照版)



 コードネーム:ベリンジア(CN:Beringia)


 東シベリアとアラスカの間にまたがるベーリング海峡。そこを深海棲艦出現当初から支配していたと思われる上位姫級個体。

 数えきれないほどの部下を支配下に置いており、ベーリング海を埋め尽くさんばかりの駆逐型、軽巡型、重巡型を常時配備することで、人類の西伐を許さず、西側世界と東側世界の物理的な交流を難しくしている。
 理由は分からないが、周期的に深海棲艦の数が激減するので、そのタイミングでのみロシア側との交流が可能となる。

 その部下を含めた性質から、ユーラシア・北アメリカ間の文化起源伝承である『ベリンジア』の名が冠されている。

 ロシア側に上陸し人類を支配下に置いているという情報も入っており、意思の疎通ができるのではという見解も散見されるが、危険性が高すぎるためこの個体とコンタクトをとる計画は凍結されている。

 またハワイ州における件の画像(姫級に対して人々がひれ伏している)の個体は、同個体ではないかと目されている。
 ベーリング海の魔女がハワイ州のような南方で目撃されている理由は全くの謎。



 危険度:SS ディザスター(disaster)



危険度比較

駆逐イ級     E 
軽空母ヌ級    C 
戦艦タ級flagship A
戦艦レ級elite   S
空母棲姫(通常) S



・・・



 ☆色々ランキング☆



・艤装メンテ技師実力ランキング

同率1位・鯉住龍太、明石(ラバウル第10)
2位・夕張(ラバウル第10)
同率3位・基本的な工作艦、秋津洲


・ラバウル第10基地 練度ランキング

1位・アークロイヤル
2位・天城
3位・天龍(対空・近接に関しては断トツ1位)


・全艦娘 練度ランキング

1位・神通
同率2位・川内、赤城、龍驤
同率3位・武蔵、瑞穂、アークロイヤル


・全深海棲艦 練度ランキング

1位・???
2位・???
同率3位・???、戦艦棲鬼改(CN:MeteorRain)、護衛棲水姫(CN:ThunderBird)、現アークロイヤル(元:欧州棲姫(インビンシブル))


・鯉住君と一緒に居る時間の長さ(累計)ランキング

1位・夕張(断トツ)
2位・叢雲
3位・古鷹


・対鯉住君好感度ゲージランキング(同鎮守府)

同率1位・夕張、叢雲、初春、天龍、龍田、アークロイヤル(ゲージ振り切れ)
同率2位・古鷹、秋津洲、明石、北上、大井(ゲージMAX)
同率3位・子日、足柄、天城(多大な信頼)


・対鯉住君好感度ゲージランキング(他鎮守府)

同率1位・清霜、夕立(レ級)、早霜、大和、山風、狭霧、伊良湖(ゲージMAX)
同率2位・川内、神通、那珂、山城、翔鶴(トラック第5)、漣、青葉、秋雲(多大な信頼)
同率3位・いっぱい(異動してもいいかな)


・対鯉住君好感度ゲージランキング(人間)

1位・三鷹少佐(敬愛)
同率2位・鼎大将、一ノ瀬中佐、加二倉中佐、伊郷元帥、岸畑南(多大な信頼)
同率3位・妹分ふたり、身の回りの親御さん方、赤平礼介(先輩メンテ技師)、白蓮大将(信頼)


・日本海軍精強鎮守府ランキング(鼎大将組除く)

1位・大本営(横須賀第1鎮守府・伊郷鮟鱇元帥)
2位・リンガ第1泊地(船越源五郎大将)
3位・ラバウル第1基地(白蓮雄正大将)


・鎮守府内一体感ランキング

1位・横須賀第3鎮守府(一ノ瀬聡美中佐)
2位・パラオ第1泊地(平政惠中将)
3位・佐世保第3鎮守府(加二倉剛史中佐)


・覚悟が決まってる人ランキング

1位・伊東仁中将(大湊第1警備府)
2位・ゲイズ・スターク国防大臣(英国)
3位・船越源五郎大将(リンガ第1泊地)




 ちょいちょい登場してない人物もいますが、設定的には結構濃かったりします。


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第136話

ジャービス以来、ついに新しい艦娘と邂逅しましたよ!



神風ちゃんです!

1-4です!




……アクイラさんと岸波ちゃんは……まぁ、なんていうか、そうねぇ……(目逸らし




 衝撃的な転化体(元北方水姫、現ガングート)との初顔合わせも終え、合同会議の初っ端から疲労困憊の3名(鯉住君、叢雲、古鷹)。

 

 とはいえ呆けてはいられない。

 なんせ目の前では、中型タクシーからぞろぞろと会議参加者が降りてきているからだ。

 

 ……というか……

 

 

「……あの、三鷹さん?」

 

「ん? どうしたのかな?」

 

「今タクシーから降りてきてるのって、今回の参加者ですよね?」

 

「うん。そうだよ」

 

「……多くありません?」

 

「そう?」

 

「そうです……」

 

 

 三鷹少佐と鯉住君が話している間にも、絶え間なく顔を知る艦娘たちが降車してきている。

 

 鯉住君の見通しでは、三鷹少佐含め3、4人だろうと予想していたのだが、そんなことはなかったようだ。

 パッと見たところだと、鯉住君が研修中に顔合わせした艦娘が半数以上揃っている。

 

 

「せっかくのバカンスだもの。できるだけ大勢で楽しみたいでしょ?

そういうわけで用事が無かったり遠出できる子は全員来たわ。迷惑だった?」

 

「いやー、その……迷惑というわけではありませんが……

部屋と食事どうしようかなぁ……」

 

「部下たちの部屋は相部屋でいいから、そんなに気を遣ってくれなくてもいいよ。4人一緒とかでもいいって話してて決まったから。

あ、それと食料についてだけど、あとからトラックで運んでくるから安心してね」

 

「あぁ、それなら安心……ん……? ト、トラック……?」

 

「そう。トラック。僕らの泊地の方じゃなくて、車の方ね。

何人で来たらいいかって確認無かったから大勢で来ちゃったけど、食料くらいは自前で何とかしようってことになってさ。予定必要量の3倍くらい用意したよ」

 

「さ、さんばい……!?」

 

「同志は何事も事前準備こそが肝要だと常に言っていてな。潤沢でやり過ぎなくらいの準備を心がけているのだ」

 

「いや、ガングートさん、それにしたって3倍って……叢雲、そんなに大量の食料、必要ないよな……?」

 

「そ、そうね。確かに今の食料備蓄だと足りないけど、そんなには必要ないわ……」

 

「まぁまぁ。そんなこと言わずに。

どうせ他の皆さんも大勢で来るだろうし、結局はそれくらい必要になるはずだよ。

あ、もちろん費用の方はボクの方で負担するから、そこは気にしないで」

 

「あー、えー……ま、いいか。ありがたくご厚意に甘えさせていただきます」

 

「いやいや、ご厚意に甘えてるのはボク達の方だよ。いつもありがとうねー」

 

「いえいえ、そんな……」

 

 

 なんだか色々想定外な事態が続くが、悲しいことに鯉住君にとってはこの程度のアクシデントなど慣れっこである。

 3,4人だと思っていたのがフタを開けたら8人だったとしても、そこまで驚いていいことではないのだ。

 

 そういうわけで精神安定のために余計なことを考えず、これからの方針について話を進めることとした。

 

 

「ところで、こんなに大勢で来てしまって大丈夫なんですか?

担当海域の哨戒を怠ってると、深海棲艦に勢力圏取り戻されちゃいますよね?」

 

「ああ、それは大丈夫。残ってる子たちは非戦闘要員ばっかりだから哨戒はできないけど、ガンちゃんの部下が代わりに哨戒してくれてるから」

 

「え、それって……」

 

「うむ! 私の部下の駆逐や軽巡に縄張りを更新させたからな!

私よりも実力が上の存在が攻めてくるでもしない限り、全く問題はない海となった!」

 

「やっぱり深海棲艦に任せてきたんすね……なんかもう、なんなんでしょうね……?

鎮守府の存在意義が揺らぐような感じになっちゃってるんですね……」

 

「あはは、使えるものは使わないとね。

それに万能ってわけでもなくて、いくらガンちゃんの支配下にある深海棲艦とはいえ、人間が近寄り過ぎると本能に負けて襲いだしちゃうみたいだし」

 

「なんか物騒っすね……」

 

「仕方あるまい。元より深海棲艦とは本能が先に立つ存在だ。私のように自我を持つ者の方が珍しい」

 

「まぁ、それはそうですよね……はぁ……」

 

 

 あまりの自由っぷりにため息をついてしまう鯉住君。

 色んな人から「お前んとこおかしい」なんてよく言われる彼だが、周りの関係者がみんなこんな感じなので、鯉住君が「自分はマトモ」なんて思いこんじゃうのも仕方ないことなのかもしれない。

 

 ……そんな感じで話し込んでいたところ……

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

 

 気が付くと鯉住君の周りには、三鷹少佐の部下が勢ぞろいしていた。全員タクシーから降車し終わったらしい。

 そして何故か、一定の艦娘たちは無言で彼のことをガン見している。

 

 そのことに気が付いた鯉住君、驚きの声を上げる。

 

 

「……うおっ、ビックリした!」

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

「え、ええと……お久しぶりです、皆さん。

……ていうかなんで何も言わないんですか……? 怖いじゃないですか……」

 

「ああ、それはね、龍太君。

みんなキミに会いたがってたから、一斉に話をしに行っちゃうと場が収まらなくなると思ってさ。

ボクの用事(ガングート転化からの研修依頼の件)が済むまでは、キミに話しかけないように言ってあるんだよね。

まだボクがゴーサイン出してないから、みんな黙ったままなんだよ」

 

「いやもうそれ意味なくないですか!?

気遣いは嬉しいですけど、すでにこんなに接近されてガン見されてるんですよ!?」

 

 

「……」

 

 

 

 ギュッ

 

 

 

「ホラ、山風ちゃんなんていつも通りくっついてきちゃったし!

無言で囲まれるの怖すぎるんで、わちゃわちゃしちゃってもいいからゴーサイン出しちゃってください!」

 

「うーん、個人的にはもう少しゆっくり話していたかったんだけどね。

仕方ないか、みんな楽しみにしてたし。

……あ、その前に。むっちゃんは叢雲ちゃん、古鷹ちゃんとこれからの動きについて話しておいて」

 

「あら、私も龍太君とお話ししたいのに」

 

「あはは、そこは他のみんなに譲ってあげてよ」

 

「んもう、仕方ないわねぇ。

それじゃ叢雲さんに古鷹さん、この前お話し出来なかったのも含めて、しっかり打合せしましょ」

 

「「 は、はい…… 」」

 

 

「よし、それじゃみんな、もうしなきゃいけない話は済んだから、龍太君と自由に話をしてもいいよ! ただし迷惑にならない程度にね!」

 

 

「「「 ハーイ! 」」」

 

 

 

・・・

 

 

 

 三鷹少佐からの許可が出るや否や、ニコニコしながらトラック第5泊地のゲストたちが話しかけてきた。

 

 今回遊び……もとい提督の護衛でやってきたのは合計7人。

 筆頭秘書艦の陸奥に、先ほど紹介されたガングート。そして正規空母の大鳳に、航空巡洋艦の最上と三隈。そしてビジネスパートナーでもあった山城と、鯉住君にやたら懐いている山風である。

 

 トラック第5泊地のメンバーの半数はこちらに来たことになる。

 その中でも一番に話しかけてきたのは、ニコニコと爽やかな笑顔をしたふたり。最上と三隈である。

 

 

「やあやあキミィ、久しぶりだね! ボクと会いたかったよね?」

 

「まあ、モガミン、レディがそんなにガツガツ行くものじゃありませんことよ。

お元気そうで何よりですわ、龍太さん」

 

「お久しぶりです、最上さんに三隈さん。研修の時は色々教えていただき、お世話になりました。

最上さんは人にぶつかっちゃう謎の現象、少しは解明できました?」

 

「いやー、全然なんともだね。

原因がわからないのに真相解明なんて、なかなか難しいものさ」

 

「それもそうか」

 

「あはは、今は全然不自由してないから、別に気にしてないよ。

提督が『鎮守府内は右側通行』のルールを徹底してくれたし、白テープで通行帯まで作ってくれたし。

おかげで人とすれ違う時でも、鎮守府内ならぶつからなくなったのさ」

 

「おー、流石は三鷹さんですね」

 

 

 実は三鷹少佐のところの最上には『人とすれ違う時にほぼ確実に衝突する』という謎の特性がある。

 そのせいで今までいろんな鎮守府をたらい回しにされてきたのだ(それの巻き添えで妹の三隈も一緒にたらい回しにされてきた)。

 

 

「出撃の時に密集した戦闘ができないのは不便だけど、それも陣形次第でいくらでもやりようはあるのさ。

ボクと三隈が本隊と離れて戦うようにしたおかげで、なんとか出撃できるようになったんだよ」

 

「おー、大進歩じゃないですか。

俺が居たころは、ほぼほぼ非戦闘要員で農家さんみたいな感じだったのに」

 

「あのままじゃボク、ただのカワイイ農業ガールだったからね。

艦娘としてはちょっとマズいかと思って頑張ったんだよ。だよねー、三隈」

 

「ふふっ、そうですの。

あとモガミンはいい加減わたくしのことをくまりんこと呼ぶべきですわ」

 

「三隈さんのセンスは相変わらずっすね」

 

 

 

・・・

 

 

 

 三鷹少佐のところでは、割かし明るいふたりとの会話に癒された鯉住君。とはいえまだまだメンバーは残っている。

 彼女たちの次に話しかけてきたのは、以前大本営に突撃してきた山城だった。

 

 

「……久しぶりね、龍太さん」

 

「ああ、久しぶりですね。……なんで辛気臭い顔してるんですか?」

 

「なんで久しぶりに会ったビジネスパートナーに開口一番そんなヒドイこと言えるの?

ホント前からそういう……そういうとこよホントに……」

 

「まあまあ。山城さん相手だと気苦労が少ないんで、そこはご容赦ください」

 

「ご容赦するわけないじゃないの……ハァ……

私がテンション低いのは、扶桑姉さまが今回来られなかったからよ……」

 

「……あ、ホントだ。扶桑さん居ませんね。いったいどうしたんですか?」

 

「提督がガングートの部下たちのお目付け役を募集したんだけど、それに志願したのよ……

姉さまは提督のことが大好きだから……ハァ……」

 

「あー……薄々気づいてたけど、扶桑さんって三鷹さん好きなんですね……」

 

「そうなのよ……なんで姉さまのような完全完璧非の打ち所がない大和撫子代表が、提督みたいな『伏ろわぬ神々』の人間体みたいな人に惚れなきゃならないのよ……

まるでヤマタノオロチの生け贄に捧げられるクシナダヒメのようだわ……

あぁ、姉さま……おいたわしや……」

 

「いやいやいや、三鷹さんはそんなヒドイ人じゃないですから……恐ろしい人ではありますけど。それに扶桑さんからアプローチかけてるみたいだし、生け贄とは違うでしょう。

三鷹さんは艦娘に対して偏見がない稀有な人だし、素直に扶桑さんの恋を応援してあげればいいのに……」

 

「イヤよ! 扶桑姉さまが誰かのものになるなんて、想像したくもないわ!!

それに、もしそうなったとしたら……提督が私のお義兄さんになっちゃうじゃない……!」

 

「イイじゃないですか別に……」

 

「いいワケないでしょ!?

もし龍太さんのお兄さんが提督だとしたら、平穏な生活が送れると思うの!?

私あの人怖いのよ! 尊敬してるけど怖いものは怖いのよ! 畏れてるのよ!!」

 

「気持ちはすごい分かります。

三鷹さんがお兄さんとか絶対に無理ですね。そもそも身内に三鷹さんが居るとか絶対に嫌です。怖すぎます。メンタルやられちゃいます」

 

「ほらみなさい! どーして自分が嫌だと思うことを平気で勧められるワケ!?

どーいう神経してるのよ貴方はっ!!」

 

「いやだって……山城さんだって三鷹さんのこと嫌いじゃないですよね?」

 

「……それはまぁ、そうよ。

提督には虐げられていた私を救ってもらった恩があるし、とてもいい待遇を受けられているし、いくら私が不幸体質でも見捨てられないし……返しきれない恩を感じているわ」

 

「でしょう? だったら別に三鷹さんがお義兄さんでもいいじゃないですか」

 

「それはそれ、これはこれでしょう……!?

それだったら提督の代わりに龍太さんが家族になった方が、ずっとずっとマシってものよ……!!」

 

「またそんな無茶なこと言って……あ、三鷹さん、どうしたんですか?」

 

「ハヒッ!? て、提督、こ、これは違うの!!

今まで話していたことは、全部冗談で……! って、居ない……?」

 

「すいません、ウソです。話が纏まらなさそうだったので」

 

「貴方って人はー!!」

 

 

 鯉住君と山城が中身のない会話を繰り広げていると、業を煮やしたと思われる大鳳が乱入してきた。

 

 

「ちょっと山城さん! いつまで話してるんですか!? 私が挨拶できないじゃないですか!」

 

「大鳳はちょっと黙ってなさい!!」

 

「いーえ! そうはいきません!!

龍太さんは昔みたいに研修生じゃなくて、大佐という立派な立場に出世されましたし、今回、私達を受け入れてくれるホストですし!

いくら顔を知ってる相手とはいえ、すぐに挨拶しないなんて失礼すぎます!」

 

「そんなのどうだっていいでしょう!?

このデリカシー無し男に常識ってものを叩きこんでやらないといけないじゃない!!」

 

「それは山城さんが変な絡み方するからでしょう!?

龍太さんは普通に接していれば、すごく紳士的な方です! とにかくもう代わってください!!」

 

「イヤよ!」

 

「代わってください!」

 

 

 目の前で口喧嘩が勃発し、どうしたものかと頬を掻く鯉住君。

 大鳳の主張は尤もだし、早く挨拶をすまさせてやりたいとは思うが、なんだかんだ山城を若干ながらからかっていた自覚はある。

 ということで、どちらかに肩入れするわけにもいかずに居ると……

 

 

「コラ、やめなさい! 大戦艦パンチ!」

 

 

 

 げ ん こ つ !!

 

 

 

「「 ふぎゃっ!! 」」

 

 

 秘書艦ズとのやり取りを終えた陸奥が、ふたりの頭に鉄拳を喰らわせた。

 ビッグセブンの鉄拳。ふたりとも頭を抱えてうずくまり、すっごい痛そうである。

 

 

「な、なにするのぉ……! 陸奥ぅ……!」

 

「山城アナタいい大人でしょう!? 変なことでゴネたらダメでしょ!」

 

「陸奥さぁん……なんで私までぇ……」

 

「大鳳も! 龍太君の目の前で喧嘩して迷惑かけたのは一緒でしょう!?

礼儀正しく挨拶したいなら、龍太君の心の広さに甘えないでシャンとしなさい!」

 

 

「「 うう…… 」」

 

 

 まるでオカンのような陸奥に怒られ、涙目になってしまっているふたり。

 鯉住君は自分も悪かった自覚があるので、ストップを入れることにした。

 

 

「む、陸奥さん、俺も山城さんをからかってしまって悪かったですから、その辺りで……」

 

「ハァ、全くアナタは甘いわよねぇ……

そもそもアナタは大佐なのよ? いくら良く知る仲と言っても、佐官の艦娘が振り回してもいい立場じゃないんだから」

 

「いえいえ、元々ただのメンテ技師なんで、畏まられると逆に落ち着かないっていうか……」

 

「私達にはそれでもいいけど、公の場に出たらその調子じゃダメよ。

アナタたちもそう思うでしょ?」

 

「そうね。然るべき場でしっかりした立ち居振る舞いができないようじゃ、提督どころか社会人失格よね」

 

「大らかなのは提督のいいところですが、時間と場所を考えてもらうのは必要ですね」

 

「叢雲に古鷹まで……」

 

 

 いつの間にか陸奥と打ち解けていたらしい秘書艦ズにまでたしなめられる鯉住君。

 彼が身代わりになったおかげで山城と大鳳への追及はなくなったのだが、やっぱり鯉住君は損する形になってしまった。かわいそうである。

 

 

 

・・・

 

 

 

 陸奥の登場で場がリセットされたこともあり、大鳳が改めて話しかけてきた。

 

 

「あの……先ほどはすみませんでした……グスッ……」

 

「あ、ああ、気にしないでください、大鳳さん。ほら、このハンカチで涙拭いてください」

 

「泣いてないです……うう……ズビーッ! ……ありがとうございます。お返しします……」

 

「鼻を……まぁ、いいか……

……しかしそんなに丁寧にしていただかなくてもいいんですよ?

いくら私がいつの間にやら大佐になってしまったと言っても、皆さんにとってはまだまだ私は研修生でしょうし」

 

「しかし、陸奥さんも言ったように、それではケジメが……」

 

「それは公式の場だけで十分ですよ。変に気を遣われると、こちらも気が気じゃないですし」

 

「そ、そうですか……それでは前と同じように接することにしますね」

 

「それでお願いします」

 

「では改めて……この度は私達トラック第5泊地の面々を受け入れていただき、ありがとうございます。

色々と勉強させてもらうこともあるでしょうから、これからしばらくよろしくお願いします」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「ええと、それで……」

 

「ん? まだ何かあるんですか?」

 

「その……いいんでしょうか? ウチの山風が……」

 

「……ああ。山風ちゃんですか」

 

 

 そう。現在進行形で鯉住君の背中には山風がくっついている。

 もっと言うと、彼女がタクシーから降りてきた時から、一時も離れずくっつき続けていた。

 

 彼に対する態度がどうとかで揉めていたが、そもそも背中に駆逐艦をくっつけた状態でのやり取りだったので、そんなこと話し合う前にするべきことがあったんじゃ? といったところである。

 

 

「大丈夫ですよ。2か月間ずっとこんな感じでしたし、俺も慣れてますから」

 

「でもやっぱり邪魔になってるんじゃ……ホラ、山風も離れてしっかり挨拶なさい」

 

「……やめて……構わないで……」

 

「もう、この子は聞きわけがないんだから……」

 

「まぁ、山風ちゃんについては仕方ない面もあるので、好きにさせてあげましょうよ」

 

「龍太さんはちっちゃい子に甘いですよねぇ」

 

「山風ちゃんに関してはしょうがないですよ。

常人には見えないホラー系な何かが常に見えてるんですから……」

 

「それはまぁ……

いつも誰かと一緒に居るようにしてますし、承知はしてるんですけどね」

 

 

 この山風、普通なら見えるはずがないものが見えてしまうという特徴を持つ。

 霊感があるとかそういうレベルではなく、そこに幽霊や思念体的なものが『はっきりといる』ものとして把握できてしまうのだ。

 

 そのせいで常にビクビクした振る舞いになってしまい、勇猛果敢を是とする一般的な鎮守府では彼女は受け入れられなかった。

 結果として何度も左遷を繰り返され、心が随分と消耗していたところを三鷹少佐に救われたという経歴があったりする。

 

 三鷹少佐のところでは、その特徴からくる消極的な性格を咎められずに比較的伸び伸び暮らして居た。

 そして鯉住君とくっついている間は何故か『そういった存在』を感じ取れないことが判明し、研修中は彼に物理的にベッタリだったのだ。

 

 

「まぁ、とにかく皆さんと久しぶりに会えたのは、俺も嬉しいんです。

まだ1年くらいしか経ってませんけど、皆さんと過ごすのは懐かしい感じがしますから」

 

「そう言ってもらえると、お世話になる身としてもありがたいです。

……迷惑かけてしまうことがあったら、遠慮なく指摘してください」

 

「正直言って、三鷹さんよりも厄介な人たちが目白押しなので、多分大丈夫です」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「そうなんです」

 

 

 なんだかんだ色々とやり取りがあったが、ガングートの一件以上には厄介ごとを抱えているわけではないようだ。

 色々と癖が強い面々だが、他の人たちに比べれば薄味なものだと自身を納得させる鯉住君なのであった。

 

 




 三鷹少佐のところのお留守番艦娘・理由一覧



・扶桑改二

 ガングートの部下(深海棲艦)による近海警備を行うにあたって、不慮の事故があったときのための予備兵力。
 三鷹少佐が好きなので、彼が応募をかけた際に立候補した。


・翔鶴改

 昔居た鎮守府でひどい扱いを受けていたせいで対人恐怖症なところがあるので、人が大勢集まる会議への参加は断念。
 鯉住君とは研修中に仲良くしていたこともあり、彼に会えないことをかなり残念に思っている。


・阿賀野改(転化体)

 外出中はフルーツを食べ続けられないので参加を断念。今もトラック第5泊地の鎮守府食堂でフルーツを食べ続けている。
 最近はお腹の肉が気になり始めており、焦りを感じている。でも食べるのはやめない。


・電改

 三鷹少佐の初期艦として、彼のいない鎮守府を切り盛りするために残った。
 鯉住君とは話が合う(深海棲艦に対する接し方について)ので、本当は久しぶりに会って話をしたいと考えているが、鎮守府のお仕事を放りだすことはできないと判断。泣く泣く居残り組に。


・狭霧

 原因不明の体調不良を抱えているので、長期的な外出ができない。よって居残り。
 鯉住君とは研修中は『病弱な入院中の妹と、それを気遣って毎日見舞いに行く優しい兄』みたいな感じの関係だったうえ、彼の艤装メンテで体調がよくなっていたこともあり、ものすごく彼に対する好感度が高い。
 ということですごく会いたいのに会いに行けず、枕を濡らしながら遠征不参加を表明した。



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第137話

皆さんイベントお疲れさまでした!
私の鎮守府では新たな仲間を数多く迎え入れることができ、ウハウハでしたね!
ジャービスが来てくれたり、なんかUちゃんが2隻も来てくれたり。


ただし御蔵、アクイラ、岸波とはついぞ邂逅なりませんでした。


岸波は一体いつウチに来てくれるんでしょうね?(昨年冬イベからずっと未邂逅)





「ふー……ようやく一息ついた……」

 

「まだ午前中なのに、一日動き回った気分よね……」

 

「提督のお知り合いは、皆さんアクがすごいですよねぇ……」

 

 

 想像の倍くらいの人数で到来した三鷹少佐一行を案内し終わり、鯉住君に秘書艦の叢雲と古鷹は、執務室で一息ついていた。

 

 なにか紹介する度に驚かれていたので、思っている以上に時間をとられてしまったのだ。いつものことと言えばいつものことだが。

 

 

 特に激しくリアクションしていたのは大鳳で……

 

 

 陸奥に「この鎮守府、貴方が想像できないくらいおかしいから」と釘を刺されたのに対して「いやいや、そんなはずないじゃないですか。陸奥さんったら驚かそうとして」とフラグを立てていたところ、見事にフラグ回収して「なんなんですかここ! どこがそんなはずないですか! 騙された!」などとセルフツッコミしていたり、

 

 豪農屋敷っぽい鎮守府棟を見て「ここが鎮守府棟……? 建物がしょぼいような……いや、ある意味すごく立派ですけど……」と呆気に取られていたり、

 

 工廠を案内したところ、なんか楽しそうなこと(合同会議)が起こるのを察知した妖精さん達が独自の祭りを開催しており(彼女たちの暴走は悲しいかないつものこと)、それを目撃して「龍太さん……妖精さんのリソースマネジメントはしっかり行ってください……」とド正論なツッコミを入れたり、

 

 艦載機に乗って紅白演習ごっこしていた妖精さんが艦載機ごと爆発。ギャグアニメのようにすごい勢いで吹っ飛んできた妖精さんが顔面に突き刺さるという、バードストライクならぬキャプテンストライクに遭遇して吹っ飛ばされたり、

 

 北方水鬼(現ガンちゃん)との激闘から続く勤続疲労が抜けきっていなかった彼女の妖精さんが、キャプテンストライクの衝撃で機械油たっぷりの機器まで吹っ飛ばされ、結果ベトベトになって気絶。大鳳はフラフラしながらも「うぅ……は、はやく真水に浸けないと……! 洗剤! 洗剤ー!」なんて叫びながら取り乱したり、

 

 流石に工業洗剤で洗うのは憚られるため、みんなして浴場まで急いで向かっていると、曲がり角から「ふんふ~ん♪ 今日のおやつはポーテートッ」と鼻歌交じりに登場した秋津洲と激突。顔面にアッツアツのフライドポテト(厚切り)を浴びることになり、「フゴイドォッ!?」と謎の叫びをあげつつ悶えることになったりと……

 

 

 まぁ、ありていに言って散々な目に遭っていた。

 その様子は同鎮守府の面々もドン引きするくらいで、とにかく不幸な山城にさえ「なんだか今日の大鳳見てると、憐みの気持ちが湧いてくるわ……」なんて言われてしまう始末だった。

 

 

「いつもはああいう役目は山城さんが担当なはずなんだけど、大鳳さん、今日は調子悪かったのかなぁ」

 

「なんでああいう珍事がいつものことで、しかも担当が居るのよ」

 

「世の中は不思議でいっぱいなんですね……」

 

 

 先ほどのてんやわんやを思い出して、仲良くため息をつく3人。

 そんなこんなだったが、無事に三鷹少佐一行を客室まで誘導することはできたので、ひと段落である。

 

 ……とはいえ今日の用事はまだ終わってはいない。

 自分たちの直属の上司である白蓮大将。彼が率いるラバウル第1基地の面々が、この後やってくる予定なのだ。

 

 

「……いつまでもだらけてたら仕事が進まないわ。さっさと書類片付けるわよ」

 

「まあね。白蓮大将がいつ来るかもわからないし」

 

「ですね。幸い書類はほとんどないですし、ササっと片付けてしまいましょう」

 

「オッケー」

 

 

 

・・・

 

 

2時間後

 

 

・・・

 

 

 

 本日の書類仕事を終えたタイミングで、三鷹少佐が来た時と同様、ブロロロ……という大型車特有のエンジン音が聞こえてきた。

 どうやら白蓮大将一行が到着したらしい。ナイスタイミングである。

 

 3人が鎮守府棟から外に出てみると、案の定そこには中型バスから降りてくるラバウル第1基地ご一行の姿が。

 その様子を見た鯉住君は、歓迎の言葉を投げかける。

 

 

「お久しぶりです、高雄さん。いつもお世話になっております」

 

「こちらこそお久しぶりです。鯉住大佐。金剛と榛名の面倒を見ていただき、感謝しています」

 

「いえいえそんな……

いつも無理難題で高雄さんのことを困らせてしまってるので、その程度のことは……」

 

「最近はそれも大本営の大和に直接対応してもらっていますので、困ってなんていないですよ。

……それよりも、異例の2段階早期昇進、おめでとうございます。

提督になりたてだった時から知っている貴方のことを、直接お祝いしたかったの」

 

「そ、そんな……ありがとうございます。嬉しいです。

正直言って階級が変わったからと言って、なにか実感があるわけじゃないんですよね」

 

「ふふ。最初はそういうものらしいですわ」

 

 

 鯉住君が日ごろから何かとお世話になっている高雄と仲良く話していると、その話に勢いよく入り込んでくる者が。

 

 

「おー! ひっさしぶりだなぁ、オイ! 元気にやってるみてぇじゃねぇか!」

 

「うおっ、ビックリした……相変わらず声がデカいっすね、白蓮大将は……

急に話しかけてこないでくださいよ。今高雄さんと話してたんですから」

 

「細けぇ事言ってんじゃねぇよ。もう大佐だろ? 堂々としてろや。

あー、しっかしアレだよなぁ。お前相変わらず女好きだよなぁ」

 

「ちょ……!? 誰が女好きですか!」

 

「だっておめぇ、俺より先に高雄に声かけたじゃねぇか。

普通はそういうの階級順だろ? ま、そういうの気にしねぇ俺が言うのもなんだけどよ」

 

「お世話になった回数が圧倒的に高雄さんの方が上だからです!

白蓮大将はもっと自覚持ってくださいよ! 俺、アナタの無茶振りで結構やられてきたんですからね!?」

 

「ガハハッ! 細けぇ事言うなっつってんだろ!

お前はそれだけ大将から期待されてると思っときゃいいんだよ!

実際お前は俺以上になるってくらいには期待してんだ。光栄だろ?」

 

「あー、もう……ホント、何言っても聞かないんですから……」

 

「あの……スイマセン、鯉住大佐……ウチの提督が……」

 

「いいんです……もう慣れましたから……」

 

「本当に申し訳ありません……」

 

 

 げんなりしている苦労人ふたりを特に意に介さず、ガハハと高笑いしている白蓮大将。

 戦闘の際には野生的な勘と確かな戦術眼で、本当に頼りになる存在なのだが……この光景を見れば誰にでも、普段の執務を高雄が全部肩代わりしている理由がよくわかるだろう。

 

 久しぶりの再会で話に花を咲かせる秘書艦ズと第1基地の主力部隊をうしろに、白蓮大将は鯉住君に対して話を続ける。

 

 

「おう。それでな、鯉住。実際のところ最近はどうだ?

話に聞くところだと大分落ち着いてきたみてぇだが、お前に関しては逆にそれが不気味でよ」

 

「心外ですよその評価……

心配していただいてるところ悪いですが、本当に何もありませんよ。

最近は元々やりたかった落ち着いた地盤固めもできていますし、民間護衛任務でも好評を頂いていますし、順風満帆というやつです。

……まぁ、今回の会議に関しては、その限りではありませんけどね……ハハ……」

 

「本当か? なんか金剛からの定期連絡からは、この世の地獄みたいな雰囲気が感じ取れるんだが。

榛名に至っちゃ連絡すら寄越さねぇしよ。あのクソ真面目な榛名が。なんかあったとしか思えねぇんだが」

 

「あ、それは私も心配でした。

鯉住大佐のことですから心配はしていませんが、一方で鯉住大佐なので厄介ごとに巻き込まれているのではないかとの不安もあり……」

 

「高雄さんまでそんな……ハァ。

ふたりにはちょっと激しい研修プランでやってもらってますので、そのせいだと思います。

毎日頑張って食らいついてきてくれてるんですが、そのせいであまり余裕がないみたいで」

 

「……ちなみにおめぇ、研修ってどんな内容だ……?」

 

「ちょっと提督! なんで研修内容を把握してないんですか!?

提督が『金剛と連絡とるから任しとけ』って言うからノータッチでしたけど、研修元が内容を知らないなんて、ありえませんわ!」

 

「あーあーハイハイ。それで、どうなんだ?」

 

「話を聞きなさい!」

 

 

 どうやら白蓮大将は今回の研修に関して、高雄に色々雑な説明をしていたらしい。

 そんなこといつものことだろうに、高雄は毎度諦めることなく諫めているのだろう。秘書艦の鑑のような性格である。

 

 それはそれとして、別に隠すこともないので研修内容を開示する鯉住君。

 金剛と榛名の目標が『深海棲艦密集地帯の解放』ということで、『欧州の二つ名個体討伐レベル』を想定した研修設定にしたことから、一般から見れば常軌を逸した、佐世保第4鎮守府基準ではあまりにもヌルいと言える内容を、毎日こなさせていることまで。

 

 それを一通り聞いたふたりの反応は……

 

 

「やっぱお前頭おかしいわ」

 

「ひどい……」

 

「いやいやいやいや!

おふたりの望むところをなんとかするには、これくらいしないとなんですって!」

 

「まー、二つ名個体を嫁にしてる奴の言うことだから信じるけどよ。

そりゃ金剛も榛名も死にかけてるわけだぜ。……死んでねぇよな?」

 

「そんなわけないじゃないですか。ウチをなんだと思ってんですか……

ちゃんとふたりには応急修理要員を積んでもらってるので、沈んでも大丈夫ですってば」

 

「ヒエッ……沈む前提で研修なんて……

……鯉住大佐、ついに頭がおかしく……」

 

「おかしくないですから! 普通ですから俺ぇ! 一般的な平均的な提督!!」

 

「普通の奴は訓練でダメコンなんて持ち出さねぇよ」

 

「そもそも実弾で訓練なんて、聞いたことがないわ……」

 

「しょうがないじゃないですかぁ! 目標が目標なんだもの! そのくらいしないと対抗できないんだもの!

俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ!!」

 

 

 ドン引きする白蓮大将と高雄に対して、必死で猛抗議する鯉住君。

 しかしすでに色々と実績が山積みなため、彼の叫びは青空に木霊するだけで、誰の心にも響かないのであった。

 

 

「なんでみんなわかってくれないの!? チクショウメェェェッ!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 鯉住君がひとしきり無意味な弁解をし終えると、見計らったかのように叢雲と古鷹が声をそろえて

 

「「 それじゃ、大将と高雄さん以外の皆さんを鎮守府案内に連れてくわ(いきますね) 」」

 

 と言って、お客さんたちを連れて行った。

 

 鯉住君の扱いがいつも通りだったので、彼の弁解を一緒にしようだとか、金剛と榛名に受けさせている研修がどれだけ効果的か、とか、そういったフォローをするつもりは無かったようである。無慈悲。

 

 味方ふたりに置いてけぼりにされた鯉住君は、ガックリと肩を落とす。

 

 

「なんつーか、あれだな。俺が言うのもなんだけど、お前の扱いひでぇな」

 

「分かってるんなら、もっと優しくしてくださいよ……」

 

「古鷹も叢雲も、元々ウチに居た時はもっと世話焼きだったと思うんだけど……

……ほ、ほら、鯉住大佐が凄く信頼されている証よ! ケッコンしてるほどですもの!

だ、だから元気を出してください! 話をマトモに受け止められなかったことは謝りますわ!」

 

「なんかフォローありがとうございます、高雄さん……うぅ、提督ってつれぇや……」

 

「何言ってんだ。部下全員嫁にして楽しんでるくせに。

男だったら別嬪やボンキュッボンに囲まれて、ニヤニヤしちまうだろ?」

 

「そりゃそうですけど、って、楽しんではないですよ……そんなの最初だけです……

それにずっと一緒に過ごしてると、楽しむっていうよりは気を遣っちゃうでしょ……?」

 

「そうか?」

 

「あぁ、白蓮大将じゃそんなことわかりませんよね……」

 

「すげぇ失礼だな、お前。まぁ気にしねぇけどよ」

 

 

 男同士のゲスい会話に高雄がジト目を向けていると、白蓮大将から違った話題が飛び出してきた。

 

 

「ところで鯉住よぉ。

ちょうど立場あるメンツだけになったし、ついでに切り出すが、ちょっと真面目な話がある」

 

「……真面目な話?」

 

「おう。今からの話は、金剛と榛名を送りこんだ理由でもある」

 

「……と、言いますと?」

 

「おい高雄、説明してやってくれや。順序だった話するの俺は苦手だからな」

 

「はい、わかりました」

 

 

 

「鯉住大佐。最近日本海軍の統括エリア全域で、深海棲艦におかしな動きが散見されるというのは知っていますね?」

 

「ええ、はい。鼎大将から呉鎮守府の異常を聞いてますし、ラバウル基地報でも書いてありましたよね。

『従来と違う編成の敵部隊が、ラバウル基地全域で確認されている』って」

 

「はい。最近は動きの変化もほぼ無かったのですが、この度大きな動きが確認されました。

……私達ラバウル第1基地が抱える解放不可海域……多くの犠牲を払っても解放できなかった、強烈な密度で深海棲艦が生息する海域。

そこから深海棲艦が漏れ出てくるようになりました。まるで、溢れ出るように」

 

「!! その海域って、金剛さんの妹さんたちが犠牲になったっていう……!」

 

 

 

「……はい。比叡と霧島だけでなく、多くの艦娘が眠る海域。そして、私達の前世である軍艦そのものが無数に眠る地。

その海域、またの名を……鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)と言います」

 

 

 

「アイアンボトム・サウンド……そうだったんですね」

 

「ご存知でしたか」

 

「名前だけは。しかし、まさか金剛さんと榛名さんが言う海域が、艦の墓場とも言われる例の場所だったとは……」

 

「私達艦娘とおそらく深海棲艦のモデルは、大東亜戦争……WW2(第2次世界大戦)と言った方が適切かしら。ともかく、その時に生みだされた軍艦です。

このラバウルの地で起こった激しい海戦、それに伴う悲劇を考えれば、深海棲艦が無数に出没するのも納得できるかと」

 

「それは……そうですね。

……そして今、その海から深海棲艦が溢れ出してきている、と」

 

「はい。そういうことで……恐らくこのままいけば、パンデミックが起きます。

圧倒的な数の相手に先手を許せば、待っているのは目も当てられない未来でしょう」

 

「つーわけだ。近いうちに、日本海軍始まって二度目の『緊急事態宣言』が発令される運びになるだろう。

もちろん1回目は『本土大襲撃』の時な」

 

「そっかぁ……ついに大きな戦いが……」

 

「オウ。日本海軍ではこれまで何度も『小、中規模作戦』や『大規模作戦』が発令されてきた。つってもそれはあくまで『羅針盤に従う以上、不測の事態は起こらない』レベルのもんだった。

だが、今回はそのレベルじゃねぇ。欧州みたいなメチャクチャな戦いを強いられる事になりかねん。『羅針盤の指し示す方向を無視して出撃しなきゃいけねぇ』とかな」

 

「う……羅針盤を無視しなきゃいけないって……!」

 

「はい。敵の侵攻を深い部分まで許してしまい、民間人が住む地域への危険が及ぶなどした場合、いかに羅針盤が逆の方向を指し示していようとも、出撃しなければならないのです。

……当然そうなれば、生きて帰ることができる保証はありません。轟沈の可能性はついて回ります。

私達の本来の使命。敵を打ち倒し、命を守るという行いをしなければならないのです。たとえ自らの命が尽き果てようとも」

 

「そう、なりますか……」

 

「もちろんそうはさせねぇ。そのために俺たち提督が居る」

 

「……」

 

 

 さっきまでコントみたいなことをしていたところに、緊急事態宣言発令というとんでもない話が飛び込んできた。

 話の流れが急すぎて、うまく受け止め切れていない。とはいえ……

 

 

「……分かりました。その時に備えて、準備しておきますね」

 

「お? 驚いたな。随分肝が据わってるじゃねぇか。

こんな話急に切り出されたら、どんなに神経太い奴でもビビるもんだが」

 

「さっき自分で言ったじゃないですか。『そのために俺たちが居る』って。

俺達だって、ただのんびりしてきたわけじゃない。史上初の後方支援特化鎮守府の実力、お披露目させていただきますよ」

 

 

 どちらかと言えばおとなしい鯉住君がズバッと言い切ったことが意外で、白蓮大将と高雄は驚いて目を見開く。

 彼の口から自信過剰ともいえる言葉が出てくるなど、想像していなかった。

 

 

「お? おォ? ……ガハハハッ! オイオイ!啖呵切るじゃねぇか!!

テメェみてぇなヤツがそんな態度とるなんて、よっぽど自信があるんだなぁ!?」

 

「自信があるとかじゃなくて、部下を信用してるんですよ。

彼女たちが居ればなんだってできるし、やってみせます。負ける気も、誰かを沈める気も、毛頭ありません」

 

「……クハハ! いい! いいぞぉ! いい目だ!

よし、決めたぞ! 高雄よ、今回の作戦はコイツの鎮守府を総督府とする!」

 

「はい、承知しました」

 

「……ファッ!? え、ちょ、総督府って……!?」

 

「あんだけ大見得切ったんだ! 自分の言動には責任とれよ!」

 

「言動に責任とれとか、アナタがそれ言います!?

高雄さんも止めてください! こっからじゃアイアンボトム・サウンドはかなり遠いでしょ!?」

 

「確かに少し距離はありますが、前線基地をいくつか設営すれば問題ありません。

……私にもようやくわかりました。何故龍田や大井のような気難しい子たちが、あなたを信頼していたのか」

 

「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど……! 荷が重い……ッ!」

 

「どうせお前将官になるんだろ!? だったらそのくらいやって見せろ!

お前に散々鍛えてもらった金剛と榛名もいるし、俺が最前線で命張ってやるからよ!」

 

「ちょ!? なんすか!? 白蓮大将自ら出撃するんすか!?」

 

「ガハハハッ! 部下にだけ命かけさせてられっかよ! 一蓮托生なんだよ、こーいう時は!

特に『あそこ』には、無線妨害してくるなんかが居るからな! 直接指揮が必要だろ!

ま、それに俺が戦場でおっ死んでも、お前らに後のこと丸投げすればいいしな!」

 

「「 縁起でもないこと言わないでくださいっ!! 」」

 

 

 自分の命をスナック感覚で賭けようとしてる白蓮大将に、好き勝手振り回されるふたりである。

 

 

「とにかくこの話はまだ未確定だから、あまり気にすんな!

あ、それと最重要機密でもあるから、他所では触れ回るんじゃねぇぞ!」

 

「うえっ!? また最重要機密っすか!? もう、そんなんばっかりだよ……」

 

「もうお前はそういう立場なんだよ。諦めろ」

 

「ヒドイなこの人は!? ……ハァ……分かりましたよ。

……とにかく、準備だけはしっかりしておきますから、できるだけ早めに全体に周知してくださいね?

他の鎮守府の皆さんも、心と艦隊の準備が必要でしょうから……」

 

「俺の部下に『想定外でした』なんて言うような腑抜けはいねーよ。

それに兆候があるとはいえ、藪をつつかなきゃ蛇は出ねぇだろ、って状態だ。調査することも山ほどあるし、発令はもう少し先だな」

 

「それを聞いて少し安心しましたよ……ハァ……」

 

「その時が来たら、よろしくお願いしますね。鯉住大佐。私も貴方を信頼しているわ」

 

「いや、もう、なんていうか……

さっきはああ言いましたけど、頼られ過ぎると胃が痛くなるといいますか……」

 

 

 突然降って湧いたとんでもない話に、またひとつ胃が痛くなる鯉住君。

 仕方ないことだし、避けられないことだとはいえ、災禍の中心に自分が据えられる未来を思い描いてしまい、げんなりするのであった。

 




 三鷹少佐の転化体ホームステイ依頼からの、日本海軍全体での緊急事態宣言発令とかいう特大の厄ネタ。
 無慈悲なデスコンボのせいで、鯉住君の胃はもうボロボロ。




おまけ



 ラバウル第10基地 とあるランキング(新入り加入版)


甲・天城、足柄、天龍、龍田、神威、大鯨、間宮

乙・明石、大井、速吸、伊良湖

 越えられない壁

丙・初春、秋津洲、アークロイヤル

 越えられない壁

丁・叢雲、古鷹、夕張、北上、子日


 いったい何のランキングだろうなぁ?(すっとぼけ)


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第138話

鯉住君のソロ修業時代

彼が学生だった頃、特に深海棲艦に襲われて以降は、艤装メンテについて知見と経験を深めていくために、こんな毎日を送っていました。


朝ごはんwith読書(艤装関連)→
夕方まで大学で講義受講+実習→
備え付けの工廠にて艤装をひたすらいじくる(自学自習)→
小型艤装持ち帰りつつ帰宅(艤装は艦娘にしか扱えないので危険はなく、許可制だけど持ち帰り可)→
ひたすら艤装をいじくりながら過ごす(時に読書しつつ)→
艤装と一緒に寝る


わかる人にわかりやすく言うと、ハンターハンターの具現化系の修行とほぼ同じです。
これを1年と数か月、しかも毎日続けていたせいで、割と狂人扱いされてました。本人は気にしてませんでしたが。

この下積みがあったうえで最前線の呉第1鎮守府でバリバリやったおかげで、他の人より頭ひとつふたつ抜けた職人になれたみたいです。

普通の人でも同じことをすれば(+奉仕の精神があれば)同じくらいハイレベルになれると思いますが、少なくともまだ同じようなことをした人はいないみたいですね。



 三鷹少佐からの転化体ホームステイ依頼に続いて、白蓮大将からの緊急事態宣言発令時における総督府指定予約。

 なんだか初日にして盛りだくさんで一気に老け込んでしまった鯉住君だったが、幸いにしてその日はもう胃が痛くなるような事態は起こらなかった。

 

 しいて言うなら、ラバウル第1基地・第2艦隊の隼鷹が酒を求めてうろついたことで高雄に説教されたくらい。

 それくらいのイベントなら日常茶飯事なので、軽く受け流す程度だった。

 

 

 

 大人数のお客さんとの共同生活がつつがなく続きつつ、さらに2日後。

 今現在、鯉住君、叢雲、古鷹の3名は玄関で待機している。

 

 ついに本命である本土組……甘味工場建設計画のホストである間宮を抱える呉第1鎮守府(鼎大将のとこ)、研修中の瑞鶴が所属する大本営、鯉住君の先輩であり将棋ジャンキーな一ノ瀬中佐率いる横須賀第3鎮守府、そして新たに鯉住君の部下となることが(勝手に)決定した、非戦闘艦の皆さん。

 これだけのメンバーを一気に出迎える日が来たのだ(同じ定期連絡船で来るため)。

 

 

 

 メンツの階級がヤバかったり、秘書艦ズの教導をしていた艦が来るのでふたりともガチガチに緊張してたり、そもそも何十人のもてなしをするとかいう大きな旅館も真っ青な重労働があったりで、ストレスの役満もとい厄満といった様相を呈している。

 

 ちなみに正確な訪問人数を教えてくれたのは、元帥だけだった(第1艦隊メンバー+自分と伊良湖)。

 他は軒並み、やれ『バカンスしたい部下の数次第』だの『当日まで参加権争奪将棋大会するから未定』だの、全然教えてくれなかった。

 訪問人数わからなきゃ準備ができないじゃないか……というか参加権争奪戦するのに参加人数不明なのか……なんていうツッコミを入れる余力さえも湧かなかった。

 

 結局のところ分かったことは、どうせすごい人数になるということだけ。つらみを感じる鯉住君である。

 

 

「メンツは最低限しかわからないし、そもそも人数すら全然わかんないし……

結局何人になるんだろうなぁ……」

 

「どうせこないだ(三鷹さんと白蓮大将が来た時)みたいに、想像よりも多めになるんでしょ?

その想定で部屋の用意したし、なんとかなるでしょ。というか、なんとかするわ」

 

「準備は万全です。とはいえ部屋数が足りなくて、4人一部屋予定になっちゃいましたけどね。流石に他所の提督の皆様には個室を用意しましたが」

 

「まぁ艦娘と同室とかマズいからね。男女一緒ってことになるし」

 

「……夕張と連絡船で同室だったのは、どこのどいつだったかしらね……?」

 

「あー……いや、それは、その、叢雲……それはそれ、これはこれだから……」

 

「……(じっとりとした視線)」

 

「ま、まあまあ! 夕張先輩も提督とケッコンしてるわけですし!」

 

「……まぁ、そうね」

 

「そ、それにほら!

提督はそういった意見が出るからということで、それ以降全員と平等に接するよう気を付けてくださっていますし!」

 

「古鷹フォローありがとう……! 距離感保っててよかった!」

 

「……………………(じっとりとした視線)」

 

「古鷹の言うとおりだぞ、叢雲!

あれはその、ほら、夕張が真剣だったから応えなきゃいけないって思ったからで……

キミたちに対して、軽い気持ちで接するつもりはないから! しっかり向かい合うつもりだし、ちゃんとそれなりに距離を取るつもりだから!」

 

「……………………………………………………(じっとりとした視線)」

 

「提督は黙っててください!」

 

「なんで!?」

 

「私が黙っててって言った理由がわかってないからです!」

 

「なにそれ!? どういうこと!?」

 

 

 

・・・

 

 

 

 いつも通りコントを繰り広げながら時間をつぶしていると、遠くの方からエンジン音が響いてきた。どうやらお客さんたちが到着したようだ。

 

 ブロロロというエンジン音と共に大型のバスが1台、道路の先から姿を現す。

 大型バス1台ということは、多くても40名程度ということだろう。十分大人数だが、想定はもっとひどいものだったため許容範囲内である。

 

 

「あ、ホラ、来ましたよ! 気を取り直してください!」

 

「お、おう。……思ったより少なそうだな」

 

「……ホントね。大型バス1台くらいなら大丈夫だわ」

 

 

 ちょっとだけホッとした3人の目の前では、ぞろぞろとバスからお客さんたちが降りてきている。

 

 どうやら先に降りてきたのは大本営の面々のようだ。

 伊郷元帥に筆頭秘書艦の大和、第1艦隊のメンバーである木曾、加賀、扶桑、伊58……よく知る顔ぶれである。

 

 

「久しぶりだな、大佐。しばらく私達全員で世話になる」

 

「お久しぶりです、伊郷元帥。

大本営の方々については、ちゃんと事前に人数を連絡していただいてるので全然問題ないですよ」

 

「うむ。大佐たちをよく知る者が大本営にはほぼいないのでな。同行したいと立候補する者もおらず、すんなりと決まったのだ」

 

「そうだったんですか」

 

 

 確かに大本営で鯉住君たちを知る人が他に居るかと言えば、答えはノーである。強いて言えば愛宕がそうだろうか。

 ちなみに『夕張愛を叫ぶ事件』の時に結構な人数に衝撃を与えたのだが、あの時はどこの誰とは名乗っていなかったので、ラバウル第10基地の鯉住大佐だとは知れ渡っていない。よってノーカン。

 

 そんな感じで元帥と軽く社交辞令の挨拶をしていると、見知った第1艦隊メンバーが声を掛けてきた。

 

 

「よう義兄さん。元気そうじゃねぇか」

 

「木曾さん。相変わらず義兄さん呼びなんすね……」

 

「細かいことはいいだろ。それはそうと姉さんたちも元気でやってるか?」

 

「ええ。よくやってくれていますよ」

 

 

 いの一番に話しかけてきたのは、鯉住君のことを義兄さん扱いしている重雷装巡洋艦、木曾改二。

 姉妹艦であり姉である北上、大井と彼がケッコンしているので、そんな扱いになっている。

 

 

「ちらっと第10基地の戦果報告を見てきたけど、護衛任務において、とっても優秀な成績を残しているでちね。あ、久しぶりだね大佐。お世話になるでち」

 

 

 そこに加わってきたのは大本営潜水艦部隊の中でも一番の練度を誇る潜水空母、伊58改。

 対潜艦がソナーを使っていたとしても、相当注意していなければ存在を感じられないほどの隠密力を誇る実力派だ。

 

 

「鎮守府設立してまだ2年も経っていないというのに、大したものね。

不甲斐ない五航戦の面倒を見ていただいて、感謝しています」

 

 

 正規空母の加賀改も挨拶ついでに話しかけてきた。

 彼女は以前横須賀第3鎮守府で木曾と一緒に将棋研修を受けていたこともあり、相当な実力者である。

 一定以上の練度を誇る空母にしかできない「艦載機部隊分割」を使いこなせる、数少ない艦娘だ。

 

 

「ゴーヤさんに加賀さん。お褒め頂けて光栄です。

それと瑞鶴さんは本当に頑張っていますよ。毎日ギリギリではありますが、タフな精神力で食らいつき続けることができています」

 

「あらまぁ……瑞鶴さんはとっても向上心に溢れていますので、納得ですね。

先日はどうもお世話になりました。今回もご迷惑おかけしませんよう配慮いたしますので、よろしくお願いいたしますね……」

 

 

 航空戦艦の扶桑改二も会話に加わってきた。

 オドオドしていることも多いが、非常に丁寧な戦闘を構築できる強者でもある。

 

 

「扶桑さん、そんな丁寧にされなくても……

正直言って、大本営の皆さんはこちらとしてはなんの危険もない(主にイレギュラー対応的な意味で)部類ですので、ぜひとも自由に過ごされてください」

 

「ありがとうございます……」

 

「いえいえ。なんかもう手のかかる人たちが濃すぎるので、常識的な皆さんは逆にありがたい存在でして」

 

「そ、そうなんですか……? 常識的……?

ま、まぁ、歓迎していただけているのはありがたい限りです。そうよね? 大和さん」

 

 

 そして当然、大和も参加メンバー。

 彼女と顔合わせするのは瑞鶴を引き取った時以来なので、かなり久しぶりである。

 

 

「ええ。りゅ……大佐にはいつも苦労を掛けているのに、そう言ってもらえるだけでもありがたいことです」

 

「そんなそんな。毎度のイレギュラー対応でお世話になっているのはこちらですので。

……それはそうと、お久しぶりですね。大和さん」

 

「うふふ。普段から電話でやり取りをしているじゃありませんか」

 

「それでもやっぱり、直接顔合わせすると感覚が違いますので。

今回は休暇の意味もあると聞きました。日ごろの疲れをゆっくりとっていってくださいね。

ご存知とは思いますが、大浴場もプールもありますので」

 

「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて羽根を伸ばさせていただきますね。

今回はプールでゆっくりさせてもらえると聞いたので、みんなで水着を持ってきたんです」

 

「……え? まさかの水着持参ですか?」

 

 

 これは完全に予想外。バカンス楽しんでとは言ったものの、まさか本当に全力で楽しむための装備(水着)をもってきているとは……

 

 せっかく事前に用意しておいた貸し出し用の水着が無駄になってしまった。

 ちなみに各サイズをそこそこの量発注したため、水着の種類は安価で丈夫なスクール水着である。提督指定の水着である。

 

 

「ええと……ちなみに水着持ってきたのって、皆さん全員なんですか?」

 

「おう。北方迷彩柄のショートパンツ水着だぜ」

 

「ゴーヤはいつも通りの艤装でち」

 

「私はビキニタイプを用意しました。色は青よ」

 

「私はモノキニタイプ……? などという種類の水着を、加賀さんにまとめて発注していただきました……」

 

「私はパレオ付きのビキニを用意してあります。

大佐もお時間が許すようでしたら、その……よ、よろしければご一緒しませんか?」

 

「あー……いや、その……運営側で手一杯だと思いますので、申し出はありがたいのですが……」

 

「そ、そうですよね……すみません、変なこと言って」

 

「いやいや大和さん、一緒に楽しみたいと思ってるのは俺も同じだぜ。

しかしマジかよ大佐。こんな時くらい仕事を忘れて一緒に楽しめばいいだろうに」

 

「いえいえ木曾さん、皆さんが楽しむためにはこちらが働かないとですので……」

 

「あー、それもそうか。マジでそれはすまねぇな」

 

「そう思うんでしたら、コチラは気にせず楽しんでください。

おもてなしした時に相手が楽しんでくださるほど、嬉しいことはありませんから」

 

「相変わらず大佐はイイ奴だよな。姉さんたちも惚れるワケだぜ」

 

「あはは……」

 

 

 まさかのプールのお誘いであったが、断りを入れることに。

 男としてはこんな美女たちにお誘いされたら嬉しさ100%なのだが、ホスト側が一緒に楽しんでいては『それはどうなのさ』となってしまう。

 

 大和からのお誘いでテンションが上がったのを察知したのか、後ろからの秘書艦ズの視線が鋭さを増したのも、断った原因のひとつだったりする。

 危機感知能力(対女性)が向上しているようでなにより。

 

 

 そんな感じで挨拶を終えると、秘書艦ズが話しかけてきた。

 

 

「……それじゃ、私が大本営の皆さんを案内してくるから。アンタは他のお客さんを出迎えなさい」

 

「お、おう。わかった叢雲」

 

「叢雲さん、お願いしますね。

私と提督で、これから降りてくる皆さんをお出迎えしますので」

 

「頼んだわ。古鷹」

 

 




ちょっと短いけどここまでで。
キャラクターがいっぱい登場するから頭の切り替えが大変なのです(いいわけ


ラバウル第1基地のお客さんをカットしたので、訪問メンバーを載せときますね。


・提督

白蓮大将

・第1艦隊

長門改二88、金剛改二(研修中)研修前92、赤城改85、雲龍改78、阿武隈改二90、秋月改79

・第2艦隊

榛名改二(研修中)研修前85、高雄改78、飛鷹改70、隼鷹改68、能代改65、照月改62


ラバウル基地は横須賀鎮守府、呉鎮守府、リンガ泊地と並ぶ大規模鎮守府ですので、そこの筆頭鎮守府の主力となれば、日本海軍でも指折りの実力者集団ということになります。

というわけで第1艦隊メンバーは本当に強いです。
どっかで前に練度出してたらすいません。こっちに記憶を更新してください。

それにしても、こんなに一か所に戦力集中しちゃていいんだろうか。



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第139話

 前書き・現在の日本海軍ができるまでの流れ

 文字タワーっぽくなってる上に小難しいので、読みたい方だけどうぞ。



・・・



 深海棲艦出現。当時の自衛隊でこれに対応
(米軍は本国の危機を受け日本から早々に撤退)



 海上自衛隊、陸上自衛隊、航空自衛隊、警察隊で協力し、深海棲艦の直接被害と副次的被害を抑える。相当数の優秀な人材が命を落とすも、民衆を命の危機から遠ざけることに成功。
(それでも人口の3割は失うことになった)



 艦娘出現。それと同時に混迷の状況の中、衆議院議員であった鰐淵鯨太郎がクーデターを起こす。
 当時の国会議員の過半数を物理的に国会から追放し、国家首席となる。そして、よく言えば果断、悪く言えば独裁といった動きで、日本国のライフラインを復活させる。
(深海棲艦出現当初、国民が飢えと犯罪で地獄を見ていた中、議員はいつも通り喧々囂々の形だけのパフォーマンスに興じていた。その背景もあり、このクーデターを非難する国民は少数派だった)
(このクーデターの際に私兵として活躍したのが、加二倉中佐の古巣の組織。この時加二倉中佐本人も情報統制で圧倒的な結果を出した)



 鰐淵首相は、いの一番に憲法改正に着手。
 各国の諜報員を拿捕するための対スパイ法案をわずか三日で成立させる。それと同時に工作員の粛清を開始。彼の私兵部隊により、わずかひと月で国内の工作員の8割が無力化される。
 それと並行して、戦後初となる憲法改正をゴリ押しで行う。
 『軍を持ってはいけない』という文面を『軍を持つが侵略してはいけない』と書き換え。
 これにより『海上自衛隊』を『日本海軍』と改めることで、大東亜戦争時の軍艦の特徴を色濃く受け継ぐ艦娘を、スムーズに軍に配備することに成功。前世と同じ組織体系であったため、艦娘側からの戸惑いは無かった。



 そして『自衛隊』でなく『軍』になったことで海外進出が可能に。
 海外進出の目的は侵略というよりは救済。瀕死の東南アジア諸国に対して駐軍許可条約を結ばせ、迅速に艦娘部隊を展開した。
 もちろん将来的に日本を盟主とする共栄圏を創り出すという狙いはあったし、公言までしていたので、この動きは善意だけというわけではない。
 とはいえ被支配におけるデメリットがほぼなく、そもそもそのままでは国家消滅、国民全滅が視野に入るような状況だったため、諸国は一も二もなく日本海軍を受け入れた。



・・・



 こんな感じです。

 現在東南アジア全域を日本海軍が防衛しているのは、こんな流れがあったからですね。
 当然見返りとして生活物資や資源の非課税供給なんかを取り決めてたりしますが、深海棲艦出現以前から見ても良心的な範囲なので、不満はほとんど出ていないようです。大東亜共栄圏成れり、といったところですね。

 ちなみに鰐淵首相は色々落ち着いたタイミングで辞任しました。
「本来、武力で権力の中枢に食い込むことは、人道にもとる行為である」という辞任の際に残した言葉は有名だとか。
 とはいえ後釜として鮫島由基(現首相)という怪物を首相に据えていった辺り、完全な民主制度を許すつもりはないみたいですけどね。

 あと補足として、鼎大将とリンガ第1泊地の船越大将、そしてラバウル第1基地の白蓮大将は、元海上自衛隊の隊員です。
 しかも艦娘が出現する前から前線で深海棲艦とやりあってた、生き地獄を経験した猛者でもあります。





 

 

 大本営一行の案内を叢雲に任せ、残りのメンバーの応対をすることにした鯉住君と古鷹。

 目の前のバスに残っているのは、一ノ瀬中佐率いる横須賀第3鎮守府ご一行と、鼎大将率いる呉第1鎮守府ご一行。そして、新たに鯉住君の部下となる予定の非戦闘艦の皆さんのはず。

 

 大本営ご一行と挨拶している間に、バスからぞろぞろと降りてきてもよさそうなものだが、どうやら区切りがつくまで車内で待機してくれるようだ。

 コチラの人数の関係で一気に案内することはできないし、挨拶をすることもできないので、そこら辺に配慮して鎮守府別で降車してきてくれているのだろう。ありがたいことである。

 

 とはいえそもそも今回の会議はそんな大したことない議題(甘味工場建設について)であり、少人数で来てくれればそんな配慮する必要もなかった。相変わらず変なところにばかり気が回る人たちである。

 

 鯉住君がそんなことを考えながら、バスの乗降口をなんとなく眺めていると、第2陣がワイワイと賑やかにしながら降車してきた。

 

 真っ先に地に足をついたのは、鯉住君の先輩であり研修を請け負ってくれたひとりでもある一ノ瀬中佐。そして後に続くのは、霧島、鳥海、香取といった、確かな戦闘力と煌めく知性を有する面々。

 その顔触れを見るに、どうやら第2陣は横須賀第3鎮守府のようだ。

 

 

「提督、降りてきている皆さんはどの鎮守府の方々なんですか?

先頭の軍服を着ていらっしゃる女性が提督だとしたら……」

 

「ああ、古鷹は会ったことないもんな。

あの美人さんが一ノ瀬中佐。俺を鍛えてくれた人だよ」

 

「やっぱりそうでしたか。

それにしても……提督がおっしゃる通り、すごい美人ですね。

長門さんの精悍さと陸奥さんの大人びた雰囲気を兼ね備えているといいますか……」

 

「いや、ホントにそうだよねぇ。

それでいて性格は子供っぽいから、ギャップがすごいんだよなぁ」

 

「そうなんですか。モデルさんもビックリな見た目なのにその性格なんて、なかなか信じられませんね」

 

「だよね。なんかアレなんだよ。残念美人って言葉が結構似合うというか……」

 

「その表現はちょっと失礼すぎません……?」

 

 

 目の前に本人が居るというのに好き勝手話しているふたりであったが、ここではたとひとつの違和感に気づいた。

 

 

「……ところで古鷹」

 

「はい」

 

「なんか多くない?」

 

「……奇遇ですね。私も同じこと考えてました。

もしかして呉第1鎮守府の人たちとか、私たちの仲間になる艦娘が混じってます?」

 

「いやー……」

 

 

 そう。ふたりが言いたい放題言っている間にも、バスから降りてくるメンバーが途絶えないのだ。

 そして別にそれは他の鎮守府のメンバーが混ざっているから、というわけではない。間違いなく全員、横須賀第3鎮守府所属の艦娘である。

 

 つまり……

 

 

「これは……そう、あれだな……横須賀第3鎮守府、全員集合だな……」

 

「うわぁ……ざっと数えても20人くらいいますよ……?」

 

「居ないのは……工廠担当の明石さんくらいかなぁ……」

 

「それ大丈夫なんです? 鎮守府の守りは一体……?」

 

「一ノ瀬さんだから大丈夫なんだろうけど、メチャクチャするよなぁ……」

 

 

 なんか全員で来た様子。

 部屋数の都合とかあるんだから、そういうことは本気でやめてほしい。

 今回の会議(バカンス)への参加権を賭けた将棋バトルを繰り広げたとのことだったが、全員で来るんならそんなことする意味無かったんじゃないだろうか?

 鯉住君の中で、『ただ将棋大会するこじつけが欲しかっただけ』説が浮上した。多分あってる。

 

 

「はー……もうなるようになれですわ……

来ちゃったものはしょうがないから、あまり深く考えずに対応しよう」

 

「それしかありませんね……ハァ……」

 

「ま、気持ち切り替えて。

古鷹は一ノ瀬さんに会うの初めてなんだし、話してみるといいよ。変わった人なのは間違いないけど、いい人だし面白い人でもあるから」

 

「うーん……そうですね。個人的にも本土大襲撃をしのぎ切った立役者と話せる機会、無駄にはしたくありません」

 

「そうそう。ま、あの美貌の割にはすっごくフランクに接してくれるから、気負いしないでよ。

廊下で朝一番にあった時に『やっほー』とか『おっはー』とか声掛けしてくるくらいだしさ、すごく面白い人なんだよ」

 

「そうなんですか。それなら緊張せずにすみそうです」

 

「ほら、全員バスから降りてこっちに向かってきてるから、俺の方から挨拶してみるよ。

きっとフランクに返してくれるだろうからさ。見てて」

 

「はい。わかりました」

 

 

 全員の用意ができたらしく、一ノ瀬中佐を先頭にこちらに向かってくる面々。

 そこに鯉住君の方から、大き目の声を掛ける。

 

 

「お久しぶりです! 皆さん! 一ノ瀬さん! お待ちしてましたよ!」

 

 

 

 

 

「あ、あら、お久しぶりね。ご、ごきげんようございますことよ……」

 

 

 

「「 ……へ? 」」

 

 

 

・・・

 

 

 

「……いや、あの……え……?

い、一ノ瀬さん……その言葉遣い、どうしたんですか……?」

 

「な、何を言っていらっしゃるのかしら? 鯉住君?

わたくしはいつも、このようなしゃべり方であそばされていらっしゃいますわ……」

 

「いやいやいや! どう見ても無理してるでしょ!?

なんですか!? なんかのドッキリですか!? また俺にヒドイことするつもりですか!?」

 

「お、おほほほ……なにをおっしゃっているのか理解できかねますで候ですことよ……」

 

 

 何やらとってもぎこちない笑顔を浮かべながら、日本語再翻訳もビックリな謎言語を引っ提げて登場した一ノ瀬中佐。

 どう考えても怪しい。違和感の塊もいいところである。鯉住君が動揺するのも無理ないこと。

 

 ……そんなふたりの様子を見かねて、横須賀第3鎮守府でもエース格である、重巡洋艦・鳥海改二(転化体でもある)が、ひそひそと耳打ちし始めた。

 

 

「(……聡美司令。あまりにもお粗末です。もっと自然に)」

 

「(……そ、そんなこと言ったって、上品に話せとか言われても急にできるわけないでしょ……!)」

 

「(鯉住さんに良い印象を与えるには、大和撫子のような立ち居振る舞いが必要なのです。散々練習してきたでしょう? なぜその程度のことが出来ないのですか?)」

 

「(練習ってアンタが無理やりやらせただけでしょうが……! 『執務の時は上品に話さないと食事抜き』とか言ってきて……!)」

 

「(ハァ……言い訳は聞きたくありません。そんなことでは足柄の足元にも及びませんよ?

いいんですか? 一緒に妻として暮らすんですよ? 足柄に家事をすべて任せるつもりですか? 家庭内ヒエラルキーの最底辺に甘んじるつもりですか?)」

 

「(だから私は別に鯉住君と一緒になるつもりはないって言ってるでしょ……!? 何度も何度も……!)」

 

「(何を今さら……ご自身が今、御年いくつかわからないわけではないでしょう?

30ですよ? 30。アラサーどころではありません。ジャストサーティですよ? とうが立ちすぎているとは思わないんですか?)」

 

「(ふぐうっ……!!)」

 

「(今まで男性とお付き合いした経験はゼロ。有象無象の提督如きを捕まえるなど私が許しませんので、ここからの出会いもゼロ。ファンクラブの実力者のお眼鏡に敵う殿方が現れる可能性も限りなくゼロ。

なんですか? 聡美司令には可能性というものがないんですか? それで今30歳。未来は何色ですか?)」

 

「(おごぉっ……!)」

 

「(わかりましたか? 聡美司令には選択肢がないんですよ。少しでも『この人イイな』と思った殿方に食らいつかずしてどうするのですか?

今のアナタは人生の中で最も輝いている時です。逆に言えばこれからは衰える一方ですよ? 我々艦娘とは違って。

その美貌も、はつらつとした笑顔も、シミひとつない肌も、10年後、いや、5年後にはどうなっているでしょうね? 我々艦娘と違って、タイムリミットが刻一刻と近づいているのですから、それを自覚してください)」

 

「(こいつッ……自分たちが年を取らないからって……ッ!!)」

 

「(聡美司令の周りにいる殿方は、例外なく艦娘とのつながりがありますよ? 比較対象、つまり敵を意識せずしてどうするのですか? 孫氏の兵法をご存知ですか?

聡美司令が我々艦娘と勝負できているうちに動かないといけないことは分かりますよね? 小学生でもわかることでしょうからね。

あぁ、失礼しました。小学生では未来が明るすぎてわからないかもしれませんね。時間がまだまだ有り余っていますからね。独身で社会人経験が長い干物のような生活を送るOL辺りに聞いてみればわかってくれますかね?)」

 

「(うわぁぁぁ……!!)」

 

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

 

 一ノ瀬中佐は圧倒的な言葉の暴力を受けたことで膝から崩れ落ち、orzみたいな感じになってしまった。

 それを見て、ひたすらにいたたまれない気持ちが湧いてくる鯉住君と古鷹。

 

 目と鼻の先でひそひそ話されて内容が聞こえないわけがない。当然ふたりにもさっきの会話は全部筒抜けだった。

 鯉住君が言ってた『面白い人だから』という言葉の根拠が、なんとも言えない形で示されてしまった。憐みと切なさで胸いっぱいになる古鷹である。

 

 そんな感じで呆気にとられるふたりに対して、自身の提督をK.O.してご満悦な鳥海が声を掛けてきた。

 

 

「……と、そういうことです、鯉住さん。女性としての老い先が短い聡美司令を貰ってやってください。

あ、挨拶がまだでしたね。お久しぶりです。大本営以来でしょうか? 壮健そうでなによりです」

 

「あー、えー……お久しぶりです……

あの、さっきの会話、わざと聞こえるようにしてたんですか……?」

 

「その方が聡美司令の現状がよくわかると思いまして」

 

「無慈悲が過ぎる……気の毒な一ノ瀬さん……」

 

「自分に正直にならないから、こんな無様を晒すことになるのです」

 

 

 提督のことを大切に思っているのは本当なのだろうが、目的のためには手段を選ばない性格とサディスティックな性癖が混じったせいで、あんな感じになってしまったようだ。

 研修中に色々やられてきた鯉住君でも、地面に崩れ落ちている先輩の姿に同情を禁じ得ない思いである。

 

 

「それで、お返事は?」

 

「あー、一ノ瀬さんと結婚するつもりはありませんので……」

 

「どちらが無慈悲ですか」

 

 

 

・・・

 

 

 

 衝撃的な再会ではあったが、衝撃からボーっとしているわけにはいかない。

 なにせ目の前には、横須賀第3鎮守府のメンバーが総員待機しているのだ(明石除く)。順々に挨拶をしていかなければならない。

 例え目の前で崩れ落ちている先輩がいたとしても、構っている暇はないのだ。優先順位的に無視する形になるのは仕方ない。冷血漢と言うなかれ。

 

 なんてことを考えていると、向こうの方から挨拶してきた。先手を譲った形となる。

 

 

「大佐への昇進、誠におめでとうございます。

指導した相手が活躍してくれるほど、練習巡洋艦として嬉しいことはありません」

 

「功績、戦果、任務成功率、どれをとっても非の打ちどころがありません。

香取も言いましたが、私、霧島も鯉住さんを鍛え上げることができて光栄です」

 

「香取さんに霧島さん。

おふたりのようなすごい人に、そう言っていただけて光栄です。

……とはいえ実際は部下におんぶにだっこで、自分が何か大きなことを成し遂げることなんてできていないんですが」

 

「まぁ、ご謙遜を。

実力に見合った成果が出ているから実感がないというだけで、貴方の努力が実を結んでいるのは確実ですよ。すごいことをされているのです。もっと自信をもって」

 

「それに部下のおかげとは言いますが、部下が実力を発揮できる環境づくりも提督の重要な仕事ですよ。誇ってください。

それと、金剛お姉さまと榛名お姉さまがお世話になっているとか。姉妹として礼を言わせていただきますわ」

 

「な、なんか照れちゃいますね……

それと、金剛さんと榛名さんのおふたりは、元々教えることがないほどの実力者でしたので、こちらが教えるというより逆に教えられることも多く……」

 

「うふふ。相変わらず謙虚な御方。

とにかくも、暫くお邪魔させていただきますので、よろしくお願いいたします。

なにか人手が入用な場合は、遠慮なくお声かけください」

 

「私達のことを無理してゲスト扱いしていただかなくても構いませんよ。

よく知る仲ですし、協力できる部分では協力させていただきますので」

 

「そう言ってもらえると気が楽です。ありがとうございます」

 

 

 そんな感じで香取と霧島との挨拶が終わると、他の艦娘もワッと話しかけてきた。どうやらふたりがキッカケになったらしい。

 

 昔話に花を咲かせながら(大体は将棋の話題だったが)挨拶を済ませていく鯉住君。

 そんなこんなでゲストを捌いていると、不穏な空気を醸し出す影が……

 

 

 

 

 

「どもどもー! お久しぶりですね! 鯉住さんっ!!

いやー、立派な鎮守府! 激写激写! うーん、青葉感激ですぅ!」

 

「ちわーっす! ご存知秋雲でーっす!!

いやー、すごいっすねぇ! 畑! 生け簀! 旅館! 意味わかんない! フフッ!」

 

「バカンスッ! 南の島で、水着の美女がくんずほぐれつ……キタコレェッ!

鯉住さーん! 綾波型9番艦・漣だよ! 水着持ってきたからガン見してもいいヨ!」

 

 

 

 

 

「帰ってください」

 

 

「「「 ヒドッ!? 」」」

 

 





 あとがき・横須賀第3鎮守府での悲劇



 漣、秋雲、青葉の3名が鯉住君から雑な扱いを受けている理由は、研修中に彼に対して好き勝手してたからです。間接的にではありますが。


 流れとしては以下の通り
(注:知らなくてもいい汚い話なので、興味ある方限定でどうぞ。前書きとは違った方向性で高密度です)


・・・


研修中、一ノ瀬中佐からのまさかの混浴対局提案(入浴中の時間を無駄にしないため)。
鯉住君は度重なる頭脳の酷使で知能が低下していたため、どうにでもなれと受け入れてしまう。



将棋初心者なのに湯に浸かりつつ目隠し対局とかいう難易度エクストリームモードだったので、性欲が湧く暇もなく必死で事に当たる。
そのせいで何度も何度も鼻血を吹きながらぶっ倒れる。



その度に対局中の相手(艦娘)に脱衣場まで運ばれて寝かされ、介抱される。
本人に既に意識はなく、荒い息遣いでハァハァと青息吐息している状態。
ちなみに鯉住君はタオル腰巻スタイル、対局相手はカラダにタオル巻くスタイルのことが多かった。気にしない子(酒匂ちゃんとか)の場合全裸だったりもしたので、非常にアレな介抱の光景となる。
余計なこと言うと、鯉住君は血流が非常によくなっているうえに意識がとんでいたので、カラダが元気な反応をしてしまっていることが多かった。
鯉住君の龍太君はなかなかの龍太君なので、人間相手だと完全にアウトな光景(艦娘は一応性欲が薄めなのと、人命救助を優先するのでギリセーフ)。



その様子を偶然見てしまった青葉女史。何かに目覚めてしまう。
それ以降その光景が展開されるたびに、カメラを抱えてダッシュしてきては激写するという流れが出来上がる。



その写真を見てしまった漣女史、秋雲女史のふたり。
グラップラー刃牙・最凶死刑囚編ばりの同時覚醒を見せ、それ以降青葉女史と共に現場にダッシュで赴くことになる。
秋雲女史は高速スケッチ、漣女史は動画撮影で役割を分担する。
これにより変態3人衆の手元には、本人が見たら気絶するレベルの一次資料が大量にストックされる。



その大量の一次資料だけでは満足できず、3人は2次的な作品をドンドンと創り出す。
それぞれ画像加工、イラスト作製、動画編集で大規模作戦さなかのような息の合った連携を見せる。



ある日それらのアンダーグラウンドで行われていた活動が大淀女史にバレる。
3人はこってりと絞られた後、大淀女史との取引を経て釈放。彼女の検閲を通したものだけ残しても良いということになる。
(取引内容は、創作活動を認める代わりに任務を今までより10%上乗せすること。一応お客さんである鯉住君をフリー素材化したことに対する罰。
ちなみにその際接収された作品群と検閲で弾かれた過激な作品は、大淀女史が個人的に保管している。通称『大淀アーカイブ』)



大淀女史の検閲を通過したものは公開することを許される。
これにより、過激な作品が残ることがなくなった代わりに、3人の創作物が鎮守府に蔓延ることになる。パンデミック。
鯉住君はこの時に初めて、手の付けられない大惨事が起こってしまっていたのだと知る。
初めて自分が主役の作品を目にした時は、あまりのショックで白目剥いて気絶した(もちろんその様子も、どこかから現れた3人にバッチリ資料化された)。



鯉住君の必死の訴えにもかかわらず、創作物の流通は止まらなかった。
彼も学生時代には、そういった目的の創作物や映像作品にある程度はお世話になっていたのだが、まさか自分が出演者になるとは思ってもみなかった。
そしてその扱いはかなりキツいものだったらしく、けっこうな期間反対活動をしていた。もちろん孤軍奮闘であり無駄だったのだが。
ちなみにその反対活動の時の必死な様子も3人に資料として活用されていた。あまりにも無慈悲。



・・・



 そういった経緯で鯉住君は、変態3人衆を徹底的に避けています。
 おもちゃにされたといってもよい扱いなのに、ブチギレたり強硬手段に移ったりしない辺りは、鯉住君ならではですね。

 ちなみに横須賀第3鎮守府で蔓延っている創作作品で人気があるジャンルは、人気がある順に
『将棋で負けて言いなりにされる』『なんやかんやで性格が逆転』『一ノ瀬中佐との純愛もの』『艦娘ハーレム系』『BGM付き環境映像』『元帥との絡み』です。
 全部主人公は鯉住君です。

 最近の一番のヒットは『同僚として働いていた夕張と結ばれて子供を作るハッピーエンド』作品です(本来は人間と艦娘では子供はできません)。
 例の事件の影響をモロに受けており、『作中の臨場感が違う』と好評を博しているとか。

 あまりにも業が深すぎますね。他所の鎮守府に飛び火してないのが不幸中の幸い。



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第140話

どうやらサンマ漁が明けて、今月末には秋イベントが始まるみたいですね!
12月開始の秋イベントとは一体……?

新艦も何隻か登場するでしょうし、楽しみですね!




 

「鯉住さーん! どうしてそんなひどい扱いするんですかぁ!?

青葉たちがいったい何したっていうんですかぁ!」

 

「どの口がそんなセリフを吐けると思ってんですか……

人のこと好き勝手おもちゃにしておいて……」

 

「何言ってんすか! 秋雲たちはこれでも我慢して我慢してやってきてるんすよ!?

この溢れ出る創作意欲を、思うように表現できないもどかしさ……ああんっ!」

 

「悶えながら喘がないでください。

ていうか、あれだけやっといて満足できてないんですか……?」

 

「いいじゃないですかー。直接迷惑かけたわけじゃないんだしー。

漣たちの創ってるものなんて、人間が創る薄いブックスとかベッドの下にしまうビデオとかに比べたらかわいいもんじゃないですかー。ブーブー」

 

「比較対象がダメなやつでしょうがそれ! ていうかなんで鎮守府で将棋指してるだけの生活なのに、そんな知識があんの!?

それに! 第一! 直接被害は確かに無いけど、間接被害は被りまくってますからね!?

アナタたち3人が色々やりだしてから、他の皆さんとの距離感も結構変わってきちゃったんですから! もちろん悪い方に! なんかこっち見た瞬間に逃げられるとか!!」

 

「あー。潮ちゃんとか蒼龍さんねー。恥ずかしがり屋なのヨ。許してあげて♪」

 

「そっちは許すというか悪く思ってないけど、アンタらは許さないですからね!?」

 

「「「 あーん。そんなことおっしゃらずー 」」」

 

「アンタらホントに息ピッタリだな!」

 

 

 他の横須賀第3鎮守府組との和やかな挨拶は、一体何だったのか。

 変態3人衆と漫才を繰り広げる鯉住君は、とても必死な表情をしている。

 

 ちなみにこの3人が創った創作物(主役は7割がた鯉住君。残りの3割でも彼氏役とかでフル登場)は本当にヒドイものだったので、彼が必死になっているのも無理はない。

 あんなものこちらの鎮守府の部下たちに広められては堪らないのだ。今まで彼女たちに我慢させてた分が膨れ上がって、鯉住君の身に危険が及ぶかもしれない。主に貞操的な意味で。

 

 

「とにかく! アナタたちに関しては、ここでの自由行動を一切禁止します!

食事や入浴の際には必ず同鎮守府の重巡以上と同席すること! もちろん浴場やプールなどの公共の施設を利用する際にも、お目付け役をつけてもらいます!

そうでもしないと良からぬ知識が蔓延しちゃいますからね!」

 

「あ、青葉は重巡なので、ひとりで活動してもいいですか?

ホラ、監視役と監視対象、ひとりふた役ってことでぇ!」

 

「保護者同伴ってこと~?

それなら重巡の青葉さんと一緒ならいいってことかな!?」

 

「目の届く範囲ならいいんでショ?

だったら索敵能力の高い飛龍さんや蒼龍さんを保護者に選べば、それはもう鎮守府内を自由移動可能なのでは?」

 

「話聞いてた!? 正気ですか!? 理屈がガバガバってレベルじゃないから!!」

 

「キャアッ! 鯉住さんの口からガバガバなんていやらしい言葉が!!

漣ちゃん! 録音しましたか!?」

 

「モチのロンですよ、青葉さん!

駆逐艦・漣! どんな時でも臨戦態勢です!」

 

「あぁっ! 本人の口からそんないやらしワードが聞けるなんて……! 濡れるッ!!」

 

「やめろぉ!! 人をおもちゃにするのはヤメロオオッ!!」

 

「いやですよ~鯉住さん!

青葉達はむしろ逆におもちゃにして欲しいほ……おっと、これ以上はお下品ですね!!」

 

「まだお昼前っすからね~! あぁ^~~~、昂ってきた……イラスト書きたいっ!!」

 

「それにぃ……漣たちはガバガバじゃないわ。し・ん・ぴ・ん・ヨ?」

 

「喧しいわ! 何が新品! ベテラン艦娘でしょうがアナタ!

あーもうメチャクチャだよ! 誰か助けて!」

 

 

 何を言っても養分にされるので暖簾に腕押し状態。

 流石にそんな哀れな鯉住君を見かねたのか、横須賀第3鎮守府組の中から、文字通り助け艦を出してくれる艦娘が現れた。

 

 

「はいは~い。そこまでそこまで。

鯉住君困っちゃってるでしょ。3人とも発情してないで、ちょっとは落ち着きなよ」

 

「飛龍の言うとおり! もっと慎みを持たないとダーメ!

ヤッホ、鯉住君! 会いたかったよー!」

 

「た、助かりました。ありがとうございます、飛龍さんに蒼龍さん……」

 

「まったく……日本の艦娘は、どうしてこう落ち着きがないのかしら……ちゃんとしなさい。

ヴォンジョールノ、コイズミ。立派にやっているようね、感心だわ」

 

「ローマさんもありがとうございます……変態を止めていただいて」

 

 

 3人の暴走を止めてくれたのは、横須賀第3鎮守府組の中でも実力者の部類に入る、二航戦コンビの飛龍と蒼龍。そして、比叡と交換留学をしているローマだった。

 

 二航戦のふたりは大学生くらいのはしゃぎようを見せることが多く、とっても快活な性格なのだが、締めるところはきちんと締めることができる。

 今も滞在先の主が困っているのを見て、見知った仲と言えど流石に失礼にあたる、なんて考えて止めに来てくれたのだろう。ありがたいことである。

 

 そしてローマは、見た目通りというか、キツイ部分もあるにはあるが面倒見がよく真面目な性格。変態3人衆の変態的受け答えを放っておくのは論外、なんてことを考えてきてくれたのだろう。

 

 とにもかくにも鯉住君としては、この3人は地獄に垂れる蜘蛛の糸そのもの。

 態度にもその気持ちはガッツリ現れているようで、菩薩を拝むような面持ちでお礼を言っている。

 

 

「もう本当に俺では止められず、どうしようかと……

ありがとうございます! 変態たちを止めてくれて!」

 

「いいのいいの、それくらい! 一緒に体からも頭からも汗を流した仲じゃん!

私の中の多門丸も、鯉住君の努力は認めてるんだから、このくらいとーぜん!」

 

「そだね。人間向けとはいえ、全くの将棋初心者が飛車角コースを走り切ったんだもんねー。

私達も鯉住君を見て、もっと頑張らなきゃ! ってやる気出せたし、ちょっとくらい恩返しさせて!」

 

「ううっ……なんて優しいんだ……!! まるで女神さまだ……!!」

 

 

 

 

 

「あぁ^~~~……! いいですよぉ……いいですよぉ、その表情!!

これを撮らずにいられるだろうか!? 否! 撮らずにはいられないっ!!」

 

「心の底から安心した澄みきった笑顔……! ハァハァ……尊みの化身かなにかですか!?

スケッチ……スケッチ……!! ハァハァ……!!」

 

「ピンチの時に大人のお姉さんに助けられ、善意の籠った熱視線を送る旦那様……!

あぁ、堪らないですゾ! キタコレェ! ハァハァ……!」

 

 

 

 

 

「アンタらホンマに!! 俺、もうどうすりゃいいのぉ!?」

 

「あー、ダメだこりゃ。久しぶりの燃料供給で、完全にトリップしてるね」

 

「そだね飛龍。いったん電源落とさないと。

……というワケで、ローマさん、お願いします!」

 

「ハァ……面倒くさいわね……アンタ達、反省なさい」

 

 

 ガシャコンッ!

 

 

「……あ、え? ロ、ローマさん? いったい何を……?」

 

「秋雲の目には展開された戦艦艤装が見えるんですけど!?」

 

「あ、これヤバい奴では……」

 

 

「少しキツイお仕置きが必要ね……全砲門、開けっ!!」

 

「「「 ちょ、待っ……!! 」」」

 

「主砲!! 撃てぇーーーッ!!!」

 

 

 ボボボボオォォゥンッッッ!!!!

 

 

「「「 ぬわーーーーーっ!!! 」」」

 

 

 ローマの戦艦主砲一斉射により、哀れ変態3人衆は仲良く大破。ボロ雑巾のようになってしまった。……いや、哀れでもなんでもない。完全なる自業自得である。

 

 

「ハァ……こんなことで弾薬を無駄にするなんて、ナンセンスもいいところよ……」

 

「ありがとうございます。ローマさん。大変スッキリしました」

 

「あぁ、身内の恥晒しを咎めただけだから、貴方は何も気にしなくていいわ」

 

「そうそう。鯉住君が絡むと、この3人熱暴走しちゃうからさー。こうでもしないと収まりがつかないのよね」

 

「普段はとっても優秀なんだけどなぁ」

 

「それはもう、よーく知ってます。

ハァ……こんなことになるんなら、やっぱり混浴対局なんてしなきゃよかったですよ……」

 

「それはまー、気にしてもしょうがないじゃん?

聡美提督が言い出したことだし、私もいいモノ見れたしさー。

鯉住君だって男なら嬉しかったでしょ? 私達のカラダじっくり眺められて!」

 

「それについては、セクハラになりますのでノーコメントでお願いします……」

 

「こらっ! 飛龍も3人のこと言えないじゃん! もっと慎みもたないと!」

 

「そんなこと言って蒼龍だってさ、鯉住君と混浴対局した後は部屋でコッソリ……」

 

「ッ!! ワーワーッ! な、何言ってんの飛龍!?

こ、この話はこれでおしまいっ!! 鯉住君もそれでいいでしょ!?」

 

「も、もちろんです。俺も妙な藪蛇したくありませんので……」

 

「よしっ! じゃあ飛龍、本題に移るわよ! ローマもイイよねっ!?

ていうかローマの方が私たちより詳しいんだから、ローマから説明しちゃって!」

 

 

 なにやら飛龍にバラされたくない事情があるようで、蒼龍は話題を進め始めた。

 あそこまで口に出されたら、彼女が隠したいことなんてバレバレなのだが、そこは見て見ぬふりをする鯉住君。彼にとってもそんな事実不都合でしかない。

 

 それはそれとして、本題とは一体なんなのだろうか?

 漫才じみたやり取りに興味を示さず退屈そうにしていたローマが、そのことについて口を開く。

 

 

「……ふわぁ。やっと茶番が終わったのね。待ちくたびれたわ」

 

「なんかスイマセン。お待たせしてしまって」

 

「別に貴方が謝るようなことじゃないでしょうに。

……まぁそれはいいわ。ちょっと貴方、頼みたいことがあるのよ。聞いてちょうだい」

 

「た、頼みたいこと……?」

 

「そうよ。ちょっとヒリュウ。悪いけど連れてきてちょうだい」

 

「オッケー」

 

「つ、連れてくるぅ……???」

 

 

 どうやら用事というのは、今ここに居ない誰か、もしくはなにかに関することのようだ。

 変態3人衆から解放されてスッキリしていたのだが、嫌な予感で脂汗がジトリと染み出てくる。

 

 そんな鯉住君の心境を知ってか知らずか、飛龍はすぐにバスに戻り、誰かを連れて戻ってきた。

 

 その誰かというのは……

 

 

「ハイ、お待たせっ! 挨拶して!」

 

「……コンニチハ」

 

「……え!? ちょ、ちょっと飛龍さん!? ローマさん!?」

 

「ま、そういう反応になるわよね」

 

「ビックリするよねー。普通」

 

「そりゃビックリしますって! だって……!!」

 

 

 

「だってこの子、いや、この個体……深海棲艦、しかも恐らく姫級じゃないですか!?」

 

 

 

・・・

 

 

 

 飛龍が連れてきたのは、人間でも艦娘でもない少女……どうみても深海棲艦、それも鬼級や姫級にあたる個体だった。

 

 青白い肌、真っ黒なワンピースとゼブラ模様のパンプス、そして海の底で見る太陽光のような、うっすら光るライトブルーのメッシュが入った黒髪。

 

 どこをどう見ても深海棲艦。そして飛龍やローマに従っている様子を見るに、知性もかなり高い……つまりは姫級クラスの実力を持っていると考えられる。

 いったい、何がどうしてこんな事態になってしまったのだろうか?

 

 そんな感じで鯉住君が混乱していると、ローマから説明が入った。

 

 

「この子はね、深海棲艦に見えて深海棲艦じゃないの」

 

「あ、えー……? いやだって、どう見ても……」

 

「ウチの鳥海と似たようなものよ。

それに、貴方のところにもいるでしょ? そういう艦娘」

 

「えー、つまり、転化体って事ですか……?」

 

 

 まさかの転化体(?)登場に、驚きを隠せない鯉住君である。

 ……と、ここでローマから追加の情報が。

 

 

「正確に言うと違うわ。

……この子は元々が艦娘で、色々とあったせいで深海棲艦の姿になってしまったのよ。

ヒリュウとソウリュウがヨーロッパ遠征に行った時に、私の故郷で見つけてきてくれたの」

 

「そうそう! この子を見つけた時はすっごいビックリしたんだから! ねー蒼龍!」

 

「ねー飛龍! 駐軍のための仮拠点を設営しようとして出くわしたから、あの時はそりゃもう驚いちゃったなぁ」

 

「はー……よくそこからコミュニケーション取ろうと思いましたね……

普通だったら姫級と対峙なんて状況、即戦闘でしょうに……」

 

「普通ならそうだけど……佐世保第4のちょっとおかしい人たちが、なんていうか片っ端から戦意を削いでいってくれてたからさ。後詰めの私達は全然戦闘無かったの。

んで、燃料も弾薬も損傷も余裕だったから、とりあえず様子見しようってなったワケ」

 

「戦意が全然感じ取れなかったってのもあるよねー。余裕もった対応できたの」

 

「なるほど。それでこの個体……って言い方はよくないか。

この子とそこから話をすることに成功したってわけですか」

 

「そうなのよ。それで色々何があったか聞いてみるとさー。ほっとけなくなっちゃって」

 

「欧州情勢は厳しいって比叡さんからも聞いてはいたけど、最近はそれでもマシになってきてたんだなってよくわかったの。この子の話を聞いてね。

欧州の救援は成功して、劇的に平和に近づいたけど……この子をそのまま置き去りにするのは、ちょっとね……」

 

「はー……なにやら相当な修羅場があったんですねぇ……」

 

「ヨーロッパじゃそれくらい当たり前だったわ。日本がうまくいきすぎているのよ。

……私も何度祖国に戻って戦おうと思ったかわからないわ。こっちに居るほうが色々踏まえると祖国のためになるし、学ぶことも多かったから、帰ることはしなかったけど」

 

「そっか。今俺たちがのんびりやれていることに、改めて感謝しないといけないですね。

艦娘の皆さんにも同じくらい感謝しなおさないと」

 

「ふーん……私達に感謝なんて、いい心がけね。それじゃ……」

 

「……それじゃ?」

 

 

 

 

 

「この子の面倒見なさい」

 

「やっぱりそうなるんですか!?」

 

 

 

 

 

 目の前の姫級っぽい艦娘(?)が連れてこられた時から、そんな展開になる気はしてた鯉住君(いつものことなので)。

 しかし実際そうなってみると、やっぱり気が重い、というか荷が重い。複雑かつヘビーな過去を背負っている様子の目の前の少女を、どうやってケアしていこうか……

 

 悩みの種がまたひとつ増えた鯉住君である。

 

 

「ハァ……分かりました……

この子すごく悲しい目をしてますので、放ってはおけないですし……ウチでお預かりすることにしますね……」

 

「……意外ね。もっと色々と難癖をつけてくるかと思ってたわ」

 

「ローマさん、普段はそういうことは向いてないって言って、こういう交渉は他の人に任せるでしょ?

それをわざわざご自身で伝えに来たってことは、そうするのがこの子にとって一番と考えて、居ても立ってもいられなくなったからですよね。

だったら、そこまでわかってて断るなんて、俺にはできませんよ……」

 

「……そう。貴方は私達のために動いてくれるんでしょ? だったら少女ひとりくらい、救って見せて頂戴」

 

「俺もこの子には元気になってもらいたいので、なんとかしてみせますよ」

 

「グラーツェ、コイズミ」

 

 

 

 

「よろしくね。俺は鯉住龍太。ローマさんと同じように、コイズミって呼んで欲しい。

俺はキミのことをなんて呼んだらいいかな?」

 

「ヨロシク……オ願イシマス……こいずみ……

ワタシハ……まえすとらーれ……デス」

 

「そっか、よろしくね、マエストラーレちゃん。

ウチは色々変わってるけど、みんないい人ばかりだから、安心してね。

……それじゃ、初めましての印に握手しようか」

 

「……ハイ」

 

 

 努めて元気よく振舞いながら握手を求める鯉住君と、おずおずといった様子でそれに応える マエストラーレ。

 なんかもう色々抱えすぎてパンク寸前の鯉住君ではあるが、こんな小さな女の子を悲しませることだけはすまいと、心に決めるのだった。

 

 





テンポの都合上、そして重すぎるのでカットした情報


新登場の子・プロフィール


・外見

 深海棲艦姫級・船渠棲姫
(元マエストラーレ級1番艦駆逐艦・マエストラーレ)


・簡易経歴

 彼女は元々とあるイタリアの鎮守府に所属していた駆逐艦だった。
 ある日彼女が重傷を負い入渠している最中に、深海棲艦の襲撃(旗艦:重巡棲姫(二つ名個体『オイルドリンカー』)の戦隊)があり、彼女を残して鎮守府メンバーが全滅してしまう。
 絶望的な状況で仲の良かった面々がやられていく音声を、何もできずにドックで聞いていた彼女。絶望と怒り、そして海の底に沈んだかのような深い哀しみにより、気が付くとそのカラダは青白いものへと変わってしまっていた。
 その姿では他の鎮守府に救助される望みもなく、かといって深海棲艦と同じ心を持つわけでもない彼女が選んだのは、何もせず、何も考えず、廃墟となった元鎮守府で、辛くても楽しかった思い出と共に朽ちていくことだった。

 ……そこから数年後、欧州救援として日本海軍から派兵された面々と邂逅。飛龍と蒼龍の真摯な説得に心動かされ、何ができるかはわからないけれど、もう一度立ち上がろうと決める。そして本編に至る。

 ちなみに深海棲艦の鎮守府襲撃は、欧州ではよくあること。彼女のいた鎮守府も守りは固めていたのだが、タイミングと相手が最悪だった。


・鯉住君に託した経緯

 本当は横須賀第3鎮守府で面倒を見られれば良かったのだが、本土のしかも人の目に触れやすすぎる環境で、それは不可能という結論に。
(そもそも将棋を中心に回っている特殊過ぎる鎮守府なので、環境になじめないだろうという意見もあった)

 そこで誰もが、いの一番に思いついたのが、鯉住君の存在。
 本土から最も遠く、そもそも現地基準でもド田舎に位置するラバウル第10基地なら、彼女の療養に最適。
 鯉住君の人柄は誰もが信頼するところだし、横須賀第3鎮守府から異動した足柄もいるので密な連絡も取れる。
 
 彼女と同郷で、駆逐艦マエストラーレの同僚もいるローマが、彼女のことを一番気にしていたので、鯉住君と直接交渉すると立候補。
 鯉住君が色々と注文を付けてくると思っていた(普通は当然そうなる)が、まさかの無条件快諾だったので、そのまま預けることに。
 人選が間違っていなかったことが分かり、一同はホッと一息である。

 ちなみにこの場に居合わせた面々の中で、鯉住君の株は爆上がりした。
 古鷹も実はずっといたので、彼女の中での株も爆上がりした(とっくに上限突破済み)。
 大破中の変態3人も不幸なことに意識があったので、彼女たちの中での株も爆上がりした。



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第141話


随分お待たせして申し訳ございませんm(__)m
ツイッターで遊ぶものじゃないですね……アレは時間泥棒です。


現行中の晩秋イベントでは、相当数の新規艦と邂逅することができました!
春風・松風・旗風・初月・天城・秋霜・デロイターですね!
完全勝利Sです!


……なお最終海域は夜戦マスがおっくうで、友軍到着まで放置している模様



 

 精神的に大変自由な横須賀第3鎮守府の面々ではあったが、なんとか話をつけることに成功した鯉住君。

 

 変態3人衆に厳重な見張り制度を導入することで、非常に厄介な知識と文化が鎮守府でパンデミックすることを防ぐこと。

 まさかの艦娘→深海棲艦という、聞いたこともない状況にあるイタリア駆逐艦艦娘「マエストラーレ(姿・船渠棲姫)」を保護することにしたこと。

 

 大きなこの2つの案件をなんとかし、先輩でもある一ノ瀬中佐とも改めて挨拶をし(鳥海に心折られていたのだが、驚きの早さで立ち直っていた)、なんとか話をまとめるのに成功したといったところだ。

 

 ちなみに第3鎮守府の面々の案内は、古鷹にお任せした。総勢20名を超える面々なので、流石に口頭説明だけで放置するわけにはいかないのだ。

 

 

 そんなこんなで心労を重ねつつ、鯉住君は次の来襲に心を構えることにした。

 次の来襲とは当然、今まさにバスからぞろぞろと降りてきている面々のことである。

 

 

「さて、今日予定されてるお客さんは……鼎大将のところと、新しくウチに配属されることになった新入りの皆さんになるけれど……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 目の前でバスから降りてきている顔ぶれを見ると、どうやら鼎大将率いる呉第1鎮守府組と、新入り組の全員のようだ。

 艤装メンテ技師としてバリバリ働いてきた時代に顔合わせしたことがあるメンバーが揃っている。鯉住君としては非常に懐かしい顔ぶれだ。

 

 ……と、思いのほかメンバー人数が少なかったことに安堵しながら懐かしさに思いを馳せていると、集団の中からひとり、タタタッと小走りでこちらに近づいてきた。

 

 その姿を見た鯉住君。表情は一気に固くなり、その鍛えられた体には緊張が走る。

 

 

「……あー、えー、お、お久しぶりですね……伊良湖さん……」

 

「ハイッ!! ようやく……ようやく上司と部下の関係としてお会いできましたねっ!!!」

 

「あ、アハハ……そうですね……」

 

 

 そう。

 猛烈なアプローチ(転属願い)をスカされたことにめげず、面識ある足柄を通じて外堀を埋めるのに失敗したことにもめげず、最終手段として今回の『甘味工場建設』計画を立案、実行することで、日本海軍全体を巻き込みながら、無理やり自身の転属をキメてきた、あの伊良湖だった。

 

 元来恋愛事に対しては、草食系を通り越してもはや草と表現するレベルの鯉住君である。

 押しが強すぎる彼女に対してはすでに、えもいわれぬ苦手意識を持っていた。

 

 

「これからはずっと一緒ですね! 鯉住大佐!

あ、スミマセン! もう『提督』とお呼びした方がいいですよね!

鯉住大佐はもう、私、伊良湖の提督……ウフフ……!!」

 

「そ、そっすね……それでいいんじゃないでしょうか……」

 

 

 あまりの嬉しさで若干暴走気味になっている伊良湖に、ドン引きする鯉住君。

 気持ちが溢れて押せ押せどんどんになっている彼女の言動は、彼にとっては避けるべきものとなってしまっている。悲しいすれ違いである。

 

 とはいえどうせこの男は勢いに押し切られるはずなので、このアプローチが正解なんじゃないかと一部では噂されているのだが。

 

 

「ええと……それで、そうおっしゃるということは、もう正式に辞令が出ているということですかね……?

その、伊良湖さんはもう異動が確定したっていう……」

 

「フフッ! まだですよ! でもほとんど確定してますから、安心してください!」

 

「安心できないんだよなぁ……」

 

「え? 何かおっしゃいましたか?」

 

「なんでもないっす……」

 

「そうですか! それじゃ、私が知らない色んな事、教えてください!

南方で任務に就くなんて、私、初めてなので!!」

 

「は、はい……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 ニッコニコの伊良湖からの質問攻めに鯉住君がタジタジしていると、その光景を見てニヤニヤしながら鼎大将御一行が近づいてきた。

 

 

「ほっほっほ! お熱い、お熱いのう! 若いっていいのう、なぁ日向君?」

 

「まったくその通りだな。不老不死だろう我々に年齢の概念はないが、初々しいという感情は湧いてくるな」

 

「いやー、若い若い。とはいえもうちょいで30だというのに、青々しいったらありゃしないのう。

嫁を何人もとっているっちゅうのに、なんでこんなに童貞くさいのかのう?」

 

「あはは。そりゃー鯉住君、実際に童貞だからじゃない?」

 

「こら伊勢。提督は男性だからいいが、女性である私達がそのようなはしたない言葉を使うんじゃない」

 

「なに言ってんのさ日向~。艦年齢で考えたら私達って熟女もいいとこじゃん?

そんな細かいこと気にする必要ないって!」

 

「そうそう。そもそもキミたち人間じゃないしの。

わざわざ人間のめんどくさいルールに縛られず、好きに生きればええよ」

 

「まったく……もっと真面目になれ……」

 

 

 

 必死な鯉住君を肴に楽しくおしゃべりをする鼎大将御一行。

 さすがにその傍若無人な振る舞いを見かねたのか、伊良湖に攻められている隙を縫って鯉住君は抗議を始めた。

 

 

 

「アンタら! 全部聞こえてますからね!?

久しぶりに会ったと思ったら、人の事童貞だのなんだの好き勝手言い放題言って!!」

 

「え!? ど、どうてい……!? 鯉住大佐、じゃなくて提督!

結婚相手がいるのにまだなんですか!?」

 

「ほっといてください伊良湖さん! それタブー扱いにしてるんだから!!」

 

「そ、そんな……! それじゃ私が初めての……!?」

 

「何言ってんの!? 正気に戻って!?」

 

「いや~、青春じゃのう! ほっほ!」

 

「なんか鯉住君アレだよね、日向。ラノベの主人公みたいだよね」

 

「ら……のべ……? 伊勢がいつも暇つぶしに読んでいる小説か?」

 

「そうそう! 主人公が鯉住君みたいな感じなんだよね~。

本人はその気がないって言いつつ、無意識に周りの美少女を攻略してくんだよ!」

 

「なんなんだそれは……そんな都合のいい展開あるわけ……

……いや、鯉住殿は実際そのような体質だったか。伊勢も一時期……」

 

「わ~!! 日向、ストップストップ!!

そのことは忘れてって言ったじゃん!?」

 

「そういえばそうだったな」

 

「ほっほっほ! 愉快愉快!」

 

「アンタらは俺の事なんだと思ってんの!? 特にこのクソ提督は!!

なんで俺の周りの大人は、こんなんばっかなんだ!!」

 

「提督……伊良湖は、その、いつでも、その……キャッ!」

 

「ストップ、そこまで! それ以上言わせませんからね!? 伊良湖さん!!

ハイハイハイ! 本題に入りましょう本題にィ!!!」

 

 

 

・・・

 

 

軌道修正中

 

 

・・・

 

 

 

「ハァ……ハァ……!!

そ、それで、お久しぶりですね、皆さん……ふぅ……」

 

「必死じゃのう、鯉住君」

 

「相変わらずレスポンスいいよね~。そんなだから明石に気に入られるんだよ?」

 

「久しぶり」

 

「もうツッコみませんからね!?

……それで、呉第1の皆さんは何人で来たんですか? 伊勢さんと日向さんだけですか?」

 

「いやいや、他にもおるぞい?

航巡の鈴谷君、熊野君と、軽巡の五十鈴君、由良君、そして今回の件(甘味工場)発案者の間宮君が来とる。全員で出てくると場がとっ散らかるから、バスで待機してもらっておるがのう」

 

「ああ、そうでしたか」

 

「熊野と五十鈴は、研修で面倒見てた叢雲ちゃんと古鷹ちゃんの成長を確かめたいってことでね。

鈴谷はバカンス楽しみたいからで、由良は夕張ちゃんに会ってみたいからそうだよ?」

 

「なるほど。……若葉さんと初霜さんはいないんですか?」

 

「ほほう? 鯉住君や。初春君と子日君だけでは飽き足らず、その妹たちも嫁にしたいと……ロリコンの鑑だのう!!」

 

「うるさいよクソ提督!! そんなワケないでしょ!?

……初春さんはそこまで気にしてないけど、子日さんがたまーに寂しそうにしてるんですよ! こないだも面談した時に、久しぶりに会いたいってこぼしてたし!」

 

「ははぁ~ん。つまり、愛する少女を喜ばせてあげたい、と。

やっぱり鯉住君ロリコンなんじゃない」

 

「何言ってんですか伊勢さんは!? 人聞きの悪い!

ただ俺は、子日さんの保護者として出来る限りのことをしてやりたいだけです!!」

 

「保護者でなく上司だろうに。やはり少女趣味があるのだな」

 

「日向さんは真顔でロクでもない事言わないで!」

 

「提督……そこまで部下のことを想って……やっぱり私の想像通りのお方……!!」

 

「伊良湖さんはこんなしょうもない話で目をキラキラさせんといて!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 丁寧なツッコミが災いして、どうあがいてもいじられてしまう鯉住君。

 

 結局この後何事もなく話は進み、呉第1鎮守府のゲストたちを鎮守府棟まで誘導した(五十鈴は勝手に秘書艦ズを捕まえて案内させると言っていた。鯉住君は心の中で合掌した)。

 

 そして呉第1のゲストが去った後、他の異動してきた補助艦艇艦娘との顔合わせとなった。

 

 

「えー、皆さん。まだ私は皆さんの仮の提督という立場ですが、長い付き合いになるのは間違いないと思います。ということで、自己紹介をお願いします」

 

「「「 は、はい…… 」」」

 

 

 鯉住君が呼びかけるも、どうにもまごまごとして話し始めない新顔の皆さんたち。

 

 原因は間違いなく先ほど繰り広げられていた漫才で、それに圧倒されてしまっているせいである。

 とはいえ一通り嵐が過ぎ去って安心している鯉住君が、そのことに気づくことはない。悲しいギャップである。

 

 そんな理由から戸惑っている面々に、これまた別ベクトルで変なテンションになっている伊良湖が声をかける。

 

 

「皆さん! 不安にならなくても大丈夫です!

鯉住大佐は私達非戦闘艦でも、戦闘艦と同じ、もしくはそれ以上によくしてくれる稀有なお方です!」

 

 

「「「 ざわ……ざわ…… 」」」

 

 

「皆さんも読んだでしょう? 提督が執筆された書籍を!

私達、補助艦艇にこれほどスポットを当ててくれた方は提督以外にはいませんでした!」

 

 

「「「 ざわ……! ざわ……! 」」」

 

 

「そういうわけで、ここでは今までみたいにコソコソと肩身の狭い思いをしなくても大丈夫なのです!」

 

「い、伊良湖さん……? なんかキャラ変わってません……?」

 

 

 伊良湖のちょっと高めなテンションに中てられたのか、ちょっとヒいている鯉住君を尻目に、新メンバーたちは自己紹介を始めた。

 

 

「あ、あの、その……! 私、速吸って言います!

これからよろしくお願いします! 提督さん!」

 

「給油艦・神威です。今までは活躍しようにも活躍の機会を得ることができませんでした。ぜひとも私達のこの能力、存分にお使いください」

 

「同じく補助艦艇の大鯨です。こちらには潜水艦の皆さんがいらっしゃらないと聞いているので、お役に立てるかはわかりませんが……よろしくお願いしますね」

 

「あ、あぁ、ええと……よろしくお願いします。

あのー、そんなに期待のこもった眼で見つめられると、胃がキリキリするというか……」

 

 

 伊良湖の言葉を聞いて、これからの生活に希望を持ったらしい面々。

 実は彼女たちは今までかなり冷遇されてきたので、今回の異動で何かが変わることを、心の中では信じ切れていなかったという背景があったりする。

 そんな疲れ果てた心に伊良湖の魂がこもった説得はとてもよく染み渡ったのだろう。

 

 もちろん鯉住君にはそんな情報ロクに知らされていないので(普通は異動者の経歴が知らされないなどありえない)、この熱量の理由がまるで理解できていないのだが。

 

 そんな感じでキラキラした目に囲まれてアタフタしていると、彼の後ろから声をかける者が。

 

 

「ふふっ。大人気ですね。鯉住さん」

 

「うおっ!? ……ビックリした。

って、間宮さんじゃないですか。いらっしゃってたんですね」

 

「うふふ。そんな失礼なこと言ってると怒っちゃいますよ?」

 

「ヒエッ……すいません!」

 

 

 声をかけてきたのは、呉第1から来た間宮だった。

 今回の甘味工場建設計画は、実質的には伊良湖が執念をもってプロデュースしたのだが、対外的には彼女が発案者ということになっている。

 

 呉第1における怒らせてはいけない人No.2である(No.1は鳳翔)。

 

 

「一応今回は間宮さんは主役のひとりですので、お手柔らかにお願いしますね……」

 

「あら。別にそこはどうでもいいんですよ」

 

「いやいや、どうでもいいことないでしょう!? 今回のメインの話題ですよ!?」

 

「だってその件については、すでにほとんど決まってますもの。

だから別に話し合うことなんかなくて、やることなんて合意確認くらいです」

 

「うわぁ……じゃあなんで皆さんわざわざ集まって……あぁ、バカンスでしたね……」

 

「そういう方が大半とは聞いてますね。提督もそのようなことをおっしゃってましたし。

でも、私は別の用事があるので足を運ばせてもらったんですよ?」

 

「別の用事?」

 

 

 

「ええ。伊良湖についてなんですが……彼女は私の妹のようなものです。

だからちゃんと夫となる鯉住さんに、改めてご挨拶をしなければ、と」

 

「……ん? 夫……?」

 

「間宮さん! ありがとうございます! 私、伊良湖は幸せになります!」

 

「い、いやいや……!」

 

「うふふ。鯉住さんなら大丈夫よ。安心して頼りなさい」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「はい!!」

 

「はいじゃないが!!」

 

 

 こうしてすったもんだしながらも、第2陣の到着は完了した。

 鯉住君がこの訪問で多大なダメージを受けたことで、胃薬をかっ込んだのちに3日ほど自室に引きこもったのは、仕方ない事だったのかもしれない。

 




投稿遅くなってすいませんでした(2回目)

年内にあと1話は投稿する予定です。




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第142話

年内最後の投稿……のつもりでしたが、ネタに困って年始初投稿に。
皆様、昨年はお付き合いいただき、どうもありがとうございました。今年もよろしくお願いします。


今年最初の話は単発集みたいなものです。
色んなゲストが鎮守府に参上したことで、彼女たちと鯉住君の部下(嫁)達との絡みが色々と発生してます。それの切り抜きみたいなものですね。


昨年度みたいに年末年始スペシャルと言うほどではありませんが、寝正月の方はちょろっとお付き合いください。



 

 早々にラバウル第10基地まで到着した、白蓮大将率いるラバウル第1基地の面々と、三鷹少佐率いるトラック第5基地の面々。

 そして、そこから少し遅れて到着した、一ノ瀬中佐率いる横須賀第3鎮守府の面々と、鼎大将が連れてきた少数の部下と補助艦艇(異動予定)の皆さん。

 

 すでに当初予定していた人数は大幅にオーバーし(だいたい三鷹少佐と一ノ瀬中佐のせい)、ただの片田舎に造られた物静かな里山といった雰囲気のラバウル第10基地は、賑やかな乙女の花園と化していた。

 

 世の男性諸君が見れば「羨ましい」と羨望の言葉のひとつでも漏れてきそうなものだが、傍観者と当事者の感覚はいつでも違うもので、そこの主である鯉住大佐は心労により3日間自室に引き籠るという、見事な現実逃避をしていた。

 

 ちなみにその間の事務仕事は秘書艦の叢雲と古鷹が担当していた模様。

 ぶっちゃけ鯉住君が居なくても問題なく鎮守府は回るのである。本人もそのことに気づいてはいるようだが、悲しくなるので深くは考えないようにしているとか。

 

 

 

 そんな状態なので、現在のラバウル第10基地は異文化交流の場所と化していた。

 

 同じ日本海軍所属とはいえ、活動する国や地域が違えば、やっぱり生活もそれなりに変わってくる。それに艦時代に面識があった面々でも、現在のカラダになってからは初顔合わせだったりすることもしばしばである。

 そういうことで鯉住君が不在(引き籠り)の間も、鎮守府内では色んなメンツが色んな理由で顔合わせし、普段ない触れ合いを楽しんでいた。

 

 今回のお話はそんな微笑ましかったり、そうでなかったりするふれあいの一部を切り取ったものである。

 

 

 

・・・

 

 

 食堂にて

 

 

・・・

 

 

 

 ここはラバウル第10基地の艦娘寮に備え付けられた食堂。

 旅館とほぼ同じ豪勢な造りをしている艦娘寮は、厨房と食堂に関してもその例に漏れない。

 

 料理人が10人は自由に動き回れる規模のこの厨房は、任務の入れ替わりから素早く食事を済ませたい艦娘でごった返す昼食時にも、問題なく対応できるキャパシティを秘めている。

 飲食スペースは、利便性を追及したテーブル席とくつろぎを重視した座敷席に分かれ、立食形式、宴会形式、そのどちらにも対応することができるようになっている。

 

 とはいえここは所属人数が20人に満たない中規模鎮守府。

 普段はこれらの設備がもつ潜在能力は半分ほどしか発揮されていない。

 鎮守府の方針として、時間に追われることのないゆとりあるシフトが組まれていることも、よくある食堂の慌ただしさを無縁なものにしている一因だ。

 

 しかしながら、それはあくまで普段の話。

 40名(まだ増える)もの大所帯をゲストとして迎えている現在の食堂は、普段とは打って変わって大変な喧騒で溢れていた。

 

 

 

「あーもうっ! 全然手が回らないかもー!!」

 

「ほらほら、泣き言言わないの。もうすぐ人の波がひくから、それまで辛抱なさい」

 

「だってー! 10人分のチャーハン同時に炒めながらギョーザ焼くとか、秋津洲やったことないかも!

中華鍋振り回しすぎて手が痛いかもー!!」

 

「人数が人数だし、仕方ないでしょ。諦めなさいな。

デザートやサラダなんかは作り置きしてあるけど、出来立てが美味しい料理についてはそういうわけにはいかないじゃない」

 

「わかってるかもー! ただのグチかもー! うえぇーん!!」

 

「なんだかんだ上達してきたとはいっても、まだまだねぇ。

ほら、頑張りましょ。新入りのみんなが給仕と食洗器担当してくれてるんだし」

 

「……足柄さん、秋津洲さんっ! また注文はいりました!

チャーハン定食4人前の追加です!!」

 

「うえぇーん! もう勘弁してほしいかもー! わかったかもー!」

 

「ありがとね、大鯨さん。

いい加減ラストスパートでしょうから、気合入れなさい」

 

「ひーん!」

 

 

 厨房の中には、とんでもない量の注文をふたりで捌く足柄と秋津洲の姿が。

 おもに秋津洲による阿鼻叫喚が響き渡っているが、実はこの状況は彼女が自ら招いたものだったりする。

 

 新たに配属された(実は内示だけなので正式な配属はまだ)料理が得意な4名によるお手伝いの具申があったのだが、秋津洲は先輩としてのメンツから

「足柄と秋津洲のふたりで問題ないわ! 何十人でもドーンときたらいいかも!」

と見栄を張ってしまったのだ。

 

 足柄がさすがにそれは無理と判断して、給仕の方を手伝ってもらうことにしなかったら、秋津洲は食事時が来るたびに燃え尽きていただろう。

 

 忙殺されて死にそうになりながらも、足柄が先を見据えた判断をしてくれたことに、秋津洲はとっても感謝している。

 横須賀第3鎮守府で、20名を越える艦娘相手にひとりで食堂を回していた経験は、伊達ではないということだ。

 

 

「ビ、ビッグセブンです!

今度はトラック第5の陸奥さんとラバウル第1の長門さんがやって来ました!!」

 

「大型艦2隻とか、ほんっとーにやめてほしいかもっ!!」

 

「つべこべ言わないの」

 

 

 

……

 

 

 

「やー、お客さんがすっごい来たせいで、食堂激込みだねー、大井っちー」

 

「そうですね! 北上さぁん!」

 

「いやホントにすげぇよな。大本営の食堂クラスだぞ、この混み方」

 

「ウチの鎮守府……ラバウル第1基地も人数多いけど、こんなに混んでないです」

 

 

 昼食時の終わり際に食堂に顔を出したのは、ここラバウル第10基地所属の北上大井姉妹と、その末の妹であり大本営のエースでもある木曾、そしてラバウル第1基地でこれまたエースを張っている阿武隈だった。

 

 なぜ姉妹艦の中に阿武隈が混じっているのかと言うと、自身の提督である白蓮大将に

「せっかくヤベー実力の奴らが揃ってんだから、なんか参考になることもあるだろ! 色々となんやかんやしてこい!」

 とかいう投げやりな指示を出されたからだったりする。

 

 まぁ本人としても雷撃のスペシャリスト……特に先制雷撃を扱える顔ぶれにコンタクトできることなど珍しいので、何かしら強くなるヒントをつかみに行こう、なんて思っていたらしいが。

 

 ちなみにこの阿武隈、北上と木曾には面識がないが、大井がここに来る前は同僚だったため、彼女に対しては面識がある。

 とはいえ当時の大井は誰にも心を開かずに敬遠されていた節があり、対する阿武隈は当時から第1艦隊のメンバーとしてブイブイ言わせていたため、本当に『面識がある』程度の関係なのだが。

 

 

「いつもだったらアッキーと足柄さんの豪華なご飯が食べれるんだけど、ここ数日はシンプルな定食ばかりでちょっと物足りないよねー」

 

「この人数をふたりで捌いてるんですから、仕方ないですよね」

 

「新しいメンツが給仕係やってるから、普段よりは増員されてるんだろうが……

なんで厨房担当がふたりだけで、この人数捌けると思ったんだろうな……?」

 

「今日のチャーハン定食、十分豪華じゃない……?

なんかここの人たち、常識が通じない相手ばかりで怖いんですけど……」

 

 

 総勢40名を越える人数への給仕、しかもとんでもなく食べる大型艦が大勢ときたら、料理人が5,6人いたとしてもままならないほどである。

 それをたったのふたりで回しているとのこと。木曾と阿武隈には意味が分からない。

 

 ちなみに本日の定食はチャーハン定食。

 皿いっぱいのチャーハン(お替り自由)に、付け合わせの羽根つき餃子5つ。そこに中華スープと小盛のサラダ、そしてデザート小鉢の杏仁豆腐。

 定食だけでは物足りない艦には、別口でおむすびや稲荷、付け合わせの漬け物が、食べ放題で置いてある。すごい数置いてある。具材は数種類でより取り見取り。

 

 普通に豪華である。

 メニューの選択肢はないものの、大本営で10名を越える料理人が作る昼食と同じくらいには豪華である。

 だから木曾と阿武隈には、北上と大井の感覚がまるでピンと来ていないのだ。何言ってんだこの人たち? みたいな感覚である。

 普段のメニューが豪華なレストランで出てくるようなものであることに慣れてしまっているのだ。足柄と秋津洲は、提督だけでなく艦隊メンバーの胃袋までがっちりと掴んでいるらしい。

 

 

 そんな感じで呆気にとられるふたりには目もくれず、北上と大井はいつものように4人分注文を出し、さっさと空いている席に着こうとしている。見つけたのは座敷席だったので、席に着くというよりは席に上がるという表現が正しい。

 

 

「ほいほい、っと」

 

「おいおい、北上姉さん、靴くらいちゃんとそろえようぜ」

 

「いいのよ、木曾は黙ってなさい。私が揃えるから」

 

「大井姉さん、あんまり甘やかすのはどうかと思うぜ?」

 

「黙ってなさい。私と北上さんのことに口を出すんじゃないわよ」

 

「……ッ!? 妹に向ける殺気じゃねぇだろ……勘弁してくれよ、マジで」

 

「あのー……やっぱり私帰っていい? 怖くなってきたんですけど……」

 

「アブゥさー、何言ってんのー。せーっかくアタシ達球磨型が雷撃について教えてやろうってんだから、ありがたく聞いてきなって。うりうりー」

 

「や、ちょ、やめて!! 前髪いじんないでくださぁい!!」

 

「貴女が北上さんに生意気な口を利くから悪いんですよ」

 

「大井さんってそんな人でしたっけ!? とにかく、もう、やーめーてっ!!」

 

「わおっ。ふりほどかなくてもいーじゃんかー」

 

「この髪型にセットするの、すごい時間かかるんだから! もうっ!

とにかく! 私の周りには先制雷撃の使い手がいないから、色々と勉強させてほしいんです!

こっちもわかってるコツとか教えるから、そっちの技術も教えてください! お願い!」

 

「えー? どうするぅー? 大井っちー」

 

「そうですねぇ……北上さんに対する敬意が足りてないようですしねぇ……」

 

「なんなのこの人たち!?

さっきは北上さん『いいよー』って言ってたじゃない!

それに大井さんだっていいよって……ていうか、昔ウチに居た時はそんなキャラじゃなかったでしょ!?」

 

「いやー、やっぱアブゥはからかい甲斐があるわー」

 

「北上さんが満足されてるみたいで嬉しいです」

 

「私の話を聞いてくださぁい!! 聞いてくださ↑ぁ↓いぃっっ!!」

 

 

 普段は縁側の猫のようにのんびりしている北上と、その世話をしている大井だが、阿武隈相手だとどうにもいじり倒したくなるらしい。

 艦時代の遠い記憶がそうさせるのかどうなのか、それは誰にもわからないが、相性が良い相手だというのは確かなようだ。

 

 とはいえこのまま話が進まないでいれば、昼食の時間が終わってしまう。

 阿武隈がこの調子で出来立てチャーハンと餃子を食べられないのもかわいそうだし、せっかくの休暇にお昼時から精神的に疲れさせるのも後味が悪い。

 そう考えた木曾により、助け船が出された。

 

 

「姉さんたち、その辺にしといてやれって。

いくらいじり甲斐があるからって、阿武隈がかわいそうだろ」

 

「しょーがないねぇ。普段いじれる相手がいないから、珍しい楽しみ方ができてたのにさー」

 

「なんなのよ、本当にもう……!!」

 

「阿武隈も落ち着けって。

北上姉さんに悪気はねぇし、今からちゃんと相手してくれるみたいだから」

 

「最初っからフツーに接してくれればいいんです! フンだ!」

 

「あーあー、ほっぺた膨らましちまって。リスみてぇだぞ」

 

「……」

 

 

 ぶにっ

 

 

 プシューッ

 

 

「むぁみひゅるんうぇふかぁ(何するんですかぁ)!!」

 

「いやだって……そんなにほっぺ膨らませてたら、フツーはぶにってやりたくなるじゃん?」

 

「みゅー!! おこりはひゅひょぉっ(怒りますよぉっ)!?」

 

「あははー、何言ってんのかわかんねー。あ、ちょっとー揺すらないでー」

 

「あーもう……相性がいいんだか悪いんだか……

阿武隈は北上姉さん揺すっても多分効果ねぇぞ。それと、大井姉さんも止めてやってくれよ」

 

「満足そうにしている北上さんを止める理由が、いったいどこにあるのかしら?」

 

「ホントなんていうか……ブレねぇよな……」

 

 

・・・

 

 

クールダウン

 

 

・・・

 

 

「それで、雷撃のコツだったか。阿武隈が知りたいことってのは……パクパク……うまっ」

 

「そーですっ! 特に先制雷撃!

大本営の木曾さんくらいしか上手に扱える艦娘はいないって聞いてるから、是が非でも技術を盗みたいの!」

 

「そういえば貴女、甲標的の扱いは我流だってボヤいてたわよね……パリッ、モグッ……この餃子、美味しいわね」

 

「先人が居ないからどーしようもないじゃないですか……ススッ……わぁ、このスープ、上品な味……」

 

「パクパクパク……チャーハンうまー……シャクシャク……サラダがあると、味のアクセントが効いていいよねー」

 

「そんなこと言ったら俺だって我流だけどな。周りに甲標的使える奴なんて……一応瑞穂が居たが、アイツはあまり雷撃が上手くなかったから」

 

「そりゃウチにも瑞穂さんはいますけど、あくまで水母は雷撃が本職ってワケじゃありませんから」

 

「まぁ、水母のウリは、雷撃、下駄履き機、砲撃と取り回しが良いところですからね」

 

「そういうことです。だから雷巡の皆さんに意見を聞きたいんです!」

 

「ふーうまかったー。……もうちょっと食べよ。

アタシお稲荷さん持ってくるからー。大井っちとキッソーも食べる? あとアブゥも」

 

「あぁん! 気遣いができる北上さんステキ! 私は大丈夫ですぅ!」

 

「おっ、すまねぇな、北上姉さん。梅シソがあったらよろしく」

 

「私はもう結構です……ていうか北上さん、私の話聞いてました!?」

 

「オッケー、そんじゃキッソーの分だけとってくるからー。そんじゃね……よっと」

 

 

 北上は阿武隈をスルーして、お替りを取りに行ってしまった……

 

 

「もうっ! 本当になんなのあの人!?」

 

「いちいち突っかかるなよ……そういう人なんだって……」

 

「北上さん自ら動いてくれているのに、本当に失礼ですね」

 

「人の話上の空でずっと定食食べてる方が失礼だと思いまぁすっ!!」

 

「まーなんだ、恐らくだが……北上姉さんがあまり会話に参加する気が無かった理由はちゃんとあるんだろ? 大井姉さん」

 

「むー! そうなんですか!?」

 

「……ハァ。この変な髪形は……実力者を自称するのなら、そのくらい読み取りなさいよ」

 

「流石にそりゃ無茶だろ。それで、どういう理由であまり口出ししないんだ?」

 

 

 

 

 

「私と北上さんには……甲標的が支給されていないからです」

 

 

「「 ……ええっ!? 」」

 

 

 

 

 最も効果的に先制雷撃を扱える雷巡。

 しかも総合力の木曾改二に対して雷撃特化ともいえる北上改二と大井改二。

 

 まさかこの雷撃の申し子と言っても良いふたりに、肝心の甲標的が支給されていないとは……

 

 あまりにも意味不明な状況にお口あんぐりな木曾と阿武隈。

 

 

「そういうことなので、普段使いをしない装備のことを語るほど、私も北上さんも自惚れてはいないということです」

 

「いやいやいや!

確かに前に演習した時も、姉さんたちは甲標的を装備していなかったが……

それはあの時点でこの鎮守府に甲標的が無かったからじゃないのか?」

 

「そんなワケないでしょう?

北上と大井の改二なんてウチくらいにしかいないのに、肝心の甲標的が無いなんて……そんな戦略上の致命的欠陥、上層部が許すわけないでしょうに」

 

「そ、それならここにも甲標的あるって事……?」

 

「ええ。艤装バカの提督が、いつでも使える状態に保っているわ。

とびきり強力なヤツをふたり分ね」

 

「なにそれスゴイ!? ちょっとそれ後で見せて……って、そうじゃなくて!

だったらなんで普段から装備しないの?」

 

「それは……あ」

 

「ヤッホー、ただいまー。ほれ、キッソーの分」

 

「おかえりなさい! 北上さぁん!」

 

「あ、ありがとう、北上姉さん。それより……」

 

「大井さんから聞きました!

なんでふたりとも甲標的使ってないの? 意味わかんない!」

 

「あー、そのことねー。っていうか、大井っち喋ったんだ」

 

「すいません北上さん。このふたりがあまりにもうるさかったので。

理由の方はまだ話していません」

 

「あー、ふんふん。大井っち気を遣ってくれたんだね。ありがとね」

 

「そんな! とんでもないですぅ!」

 

「な、なんか特別な理由があるのか……?」

 

「私的にはすっごく気になります……!」

 

 

 理由が気になって仕方ないふたりを気に留めず、木曾に梅シソおにぎりを渡しながら「よっこらせ」っと座布団に戻る北上。

 

 

「まぁ別に話すのはいいんだけどさー。

戦略的な理由とか、アタシ達が甲標的うまく扱えないとか、そういうやつじゃないよ?」

 

「それ以外って事なら、その方がよっぽど気になるんだが……モグモグ……あっ、うめぇなコレ」

 

「木曾さんなに食べてんの……? みんなマイペースなんだから……

それより! その理由を知りたいです!」

 

「アブゥは知りたがりだねー。まったく。聞いても面白くないよ?」

 

「焦らさないでさっさと教えてください!」

 

「そんじゃ教えてあげる。提督がアタシ達に甲標的載せない理由はねー」

 

「「 り、理由は……? 」」

 

 

 

 

 

「愛だよね」

 

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

「愛」

 

「あい……?」

 

「そだよ。愛」

 

「大井さん……それってどういう……うわっ! スゴイ苦い顔してる!」

 

「大井姉さんは北上姉さん大好きだからなぁ……

大好きな人の惚気話を聞かされるのが嫌なんだろ……って、大井姉さんも大佐と結婚してるじゃないか」

 

「黙りなさい」

 

「うわ怖っ!! 声がとんでもなく冷たいんですけど!!」

 

「ま、まぁあれだ、大井姉さんのことは置いておいて……

それで北上姉さん、愛ってどういうことだよ? それだけじゃわからない」

 

「んー? そだねぇ。

アタシってさ、艦時代の時に『アレ』積むことになってたじゃん? 結局お流れになったけど」

 

「『アレ』っていうと……アレか」

 

「そそ。特攻兵器ね。……あまりいいもんじゃないよねー。

アレは必要だったのかそうじゃなかったのか、それはわからないよ。アタシにはねー」

 

「あー、それで……」

 

「そうそう。甲標的ってまんまアレじゃん?

甲標的に妖精さん積んで発射するわけだし。そのまま深海棲艦に突っ込ませるわけじゃないけど」

 

「こっちの姿になってからの甲標的は、敵艦隊との中継地点まで発射、設置して、そこから魚雷を誘導することで命中率と射程距離を飛躍的に向上させる役割でしょ?

だったらその……そういう兵器とは実際は関係ないんじゃ……」

 

「アブゥ説明乙。ま、アブゥの言う通り、実際は別物なんだよねー」

 

「それじゃなんで……」

 

 

 

 

 

「実際には関係ない……

そう分かっていても、木曾も貴女も『似てる』と思いましたよね?」

 

「そ、それはまぁ、大井さんの言う通りですけどぉ……」

 

「戦場で最も大事なものは、肌感覚と本能です。

潜在的に『思い出したくもないモノに似ている』艤装を普段使いする……その行為は、長い目で見てどういう結果を及ぼすでしょうね?」

 

「それは……

でも、だからって強くなる手段をみすみす手放すなんて……!」

 

「だからさ、提督はこう言いたいのさ。

『甲標的に頼らないでも苦戦することがないくらい強くなれ』って。

厳しいよね~。優しいふりしてとんだスパルタだよ。まったく」

 

「そ、そんな無茶な……北上さんはそれでいいの!?」

 

「いいに決まってんじゃん。お子様だね~、アブゥは。

提督がさ、一番嬉しくて一番厳しい形でわがまま言ってくれてんだよ?

これに応えなきゃー、重雷装巡洋艦・北上の名が廃るってもんだね」

 

「うっ……!

で、でも、それだとしても、大井さんまで付き合うことないじゃない!」

 

「貴女はまったく……私と北上さんに差をつけるような真似、許されるわけないでしょう?」

 

「いやいやいや!

そんな理由で戦力強化しないのは提督としてどーかと思うんですけどぉ!?」

 

「あっはっは! アブゥにはまだわかんないかー」

 

「なんなのもう! 木曾さんもわかんないよね!?」

 

「ん? いや、なんだ……そうだな。

わかるかわからないかで言ったら、俺にもよくわからない」

 

「でしょ!?」

 

「でも、なんだ、それで正解なんだろうよ。姉さんたち、いい顔してるぜ」

 

「おっ? キッソーみたいなちんちくりんが分かったふりですか~?

うりうり~」

 

「わ! ちょ、やめ、やめてくれ北上姉さん!

マントを引っ張らないでくれ!」

 

「飲食店でマント脱がないのはマナー違反っしょー?」

 

「仕方ないんだって! これは艤装の一部だから、取れないんだよ!」

 

 

 どんな理由があるかと身構えていたら、まさかの精神論だった。

 そのことに対してどんな反応をしていいかわからない阿武隈は、眉をハの字にして途方に暮れてしまった。

 

 

「はぁ……意味わかんないんですけどぉ……」

 

「もっと精進なさい。何度も何度も死線をさまよえば、北上さんが言っていることも少しはわかるようになるかもね。

……とりあえずは甲標的なしでの戦い方なら教えてあげるから、しっかり盗んでいきなさい」

 

「わかりましたぁ……ハァ、ドッと疲れちゃった……」

 

「あはは! お詫びに北上様のグレートな雷撃方法を伝授してあげるからさ~」

 

「俺は普通に甲標的の使用感を伝えるようにする。というかむしろ阿武隈の技術も気になるんだよ。ギブアンドテイクでいこうぜ」

 

「わかりましたぁ……よし! 気を取り直していきまぁす!」

 

 

 その後雷撃トークは予想以上の盛り上がりを見せ、昼の閉店時間になっても話の終わりが見えなかった。

 それを見た足柄とヘトヘトの秋津洲は「どうせ仕込みをしなきゃなんだし」ということで、彼女たちにドリンクなど出しつつ温かい目で見守ることにしたのだとか。

 

 

 

「あの人たちは別にいつまで居てくれてもいいけど……

あと3時間で40人分の晩御飯の仕込みしなきゃいけないかも~!!」

 

「出撃と比べたら危険もないし楽な仕事でしょ。

10分休憩が終わったら仕込みに入るわよ」

 

「うえぇ~ん!!」

 

 

 

「あの……伊良湖さん……

私、給仕をしていただけなのに、もうヘトヘトなんですが……」

 

「そ、そうですね、大鯨さん……

私は大本営の『間宮』で給仕をしていましたが、ここまで忙しいのなんて滅多になかったです……」

 

「はぁ……はぁ……

40人分と言っても、大型艦の皆さんも大勢いらっしゃいましたからね……それを9時から15時まで……

もうホㇳケ(横たわる)したい気分です……」

 

「お皿が一枚……お皿が二枚……

私、あんなにお皿と触れ合ったの、生まれて初めてです……」

 

「神威さんも速吸さんも、お疲れさまでした……

あと3時間もしたら、夜の開店時間です。私達も仕込みを手伝いましょう……!」

 

「「「 はぁい…… 」」」

 

 





ちなみに鯉住君は、雷巡のふたりに甲標的を渡してない理由は説明してません。
『必要になったら支給する』とだけ伝えてあります。
言葉に出すのは無粋と言うか、ちょっと違う気がしてるみたいですね。
伝えるべきことは伝える、がポリシーの彼にとっては、すごく珍しいことです。

それで北上から反論がないのを受けて、お互いに語らずとも気持ちを汲んでいる、といった状態ですね。

当然その状況を見て何も言わない大井に対しても、気持ちは伝わっていると信じて説明していません。
そして実際その通りなのです。



・あとがき


雷撃トーク一部抜粋


「だからさー、甲標的が無くても、100mの狙撃くらいなら楽勝じゃん?
いくら海が荒れてて風が強くて視界が狭くても、そんな近い相手に当てられないわけがないじゃんか」

「いや、北上姉さん……普通はそれ、命中率ひとケタ%だぞ……?
俺だってそんな悪条件じゃあ、半分も当てられるかわからねぇ」

「甲標的に頼るから心に隙が生じるんです。もっと精進なさい」

「ちょっと何言ってるかわかんないんですけどぉ……(涙目)」

「まぁキッソーは近接戦ができるからいいけどねー。
アタシらはそっちはからっきしだし」

「まぁな。魚雷打ちながらの吶喊(とっかん)なら自信があるぜ。
相手の逃げ道と狙いを定める余裕を無くしつつ、懐に斬り込むんだ。
艦隊のみんなが正面からやりあってる時に、脇腹から食いちぎる!
これが決まると快感だな!」

「ふん……まぁ、木曾の近接の強さについては、私も認めています。
実際に見たわけではないけれど、話を聞いているだけで有効だということはわかりますし」

「おっ? 大井姉さん、俺のこと認めてくれるのか?」

「調子に乗らない。そういうセリフは、私と北上さんよりも雷撃が上手くなってから口になさい」

「そりゃあ厳しいな。ハハッ」

「もっと普通の艦隊戦の話がしたいんですけどぉ!(涙目)」


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第143話

今回も主役が登場しない脇道のお話です。
天龍龍田たち含め佐世保第4のメンバーが揃ったら会議開始(そして分で終了)予定なので、それまでは前回みたいな感じにしようかな、と。



 ここは現在お客さんが滞在している艦娘寮……ではなく、その隣にある豪農屋敷めいた鎮守府棟。

 その一室である娯楽室(お茶の間)。そこではふたりの艦娘が将棋盤を挟んで、真剣な顔で向かい合っていた。

 

 

 

パチッ

 

 

「誘っておいてなんですが、本当に良かったのですか?

貴女の仕事を放り出してきてしまっても」

 

 

パチッ

 

 

「いいのよ。別に放り出してきたわけじゃないもの。

呉第1の間宮さんが代わってくれるって言うから、任せてきただけ」

 

 

パチッ

 

 

「へぇ。可愛がっている弟子を預けてきてもいいのですか?

私が食堂を利用した際に感じた雰囲気だと、あの水上機母艦の能力では、今の食堂を捌くのには不十分だと感じましたが」

 

 

パチッ

 

 

「だからこそよ。あの子の料理の腕は、私だけについて学ぶ段階を過ぎているわ。

給糧艦として大規模鎮守府を支えている間宮と一緒に仕事することで、視野も広がるでしょう。

それに、なにかを上達させたいときには、ちょっと無理するくらいがちょうどいいわ。そのくらい知ってるでしょ?」

 

 

パチッ

 

 

「当然」

 

 

パチッ

 

 

 将棋盤を挟んでいるのは、横須賀第3鎮守府から来た重巡・鳥海改二と、彼女の元同僚であり現在はラバウル第10基地に所属している重巡・足柄改二である。

 足柄が間宮に仕事を任せて休暇をとると聞いて、鳥海が一局指そうと誘ってきたのだ。

 

 足柄としてもこれを断る理由などなく、特に用事があるわけでもなかったため、付き合うことにしたのだ。

 ……というか、足柄としても久々にガチの勝負をしたいと思っていたところだったのだ。

 

 この鎮守府に居ると将棋相手は鯉住君と北上大井姉妹しかおらず、さらにその3人では足柄の本気を引き出すまでは至らないのだ。

 ごくごくたまーに北上が、神がかった閃きを見せて勝利することはある(その閃きは確実に師匠である巻雲譲り)ものの、1000回やったら999回は足柄が勝つような戦力差なのだ。

 

 そういうわけで、最近は鳴りを潜めている足柄の闘争心が、ビシバシ刺激されたのだ。

 

 

「私がわざわざこんな南方にまで来た理由のひとつは、貴女の実力の変化を見極めるためです。

無様な姿を晒すことが無いよう、精々食らいついてくださいね」

 

「相変わらず毒舌ねぇ。

ま、期待外れにはならないでしょうから、楽しみにしておきなさい」

 

「……おや、私の知る貴女でしたら、このような安い挑発にも乗ってきたはずですが」

 

「あら? 貴女が人を褒めるなんて珍しいじゃない?

安心なさい。腑抜けたわけじゃないわ。むしろその逆」

 

「へぇ」

 

「飢えた狼はなによりも恐ろしいなんて、昔の私はそう信じてがむしゃらにやってきたわけだけど……それがそうでもなかったみたい。

それよりも強いもの見せてあげるわ。覚悟なさい」

 

「私を挑発し返してくるとは。

……いいでしょう。その言葉が虚仮脅しではないこと、証明してみなさい」

 

「言われなくてもね。

フフッ、久しぶりの真剣勝負で、血が滾ってきたわ……!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 元同僚とは思えない刺々しい会話を皮切りに、雑談を止め、真剣に指しあいを始めたふたり。娯楽室にはパチリパチリという、駒と将棋盤が触れ合う音だけが響く。

 

 とはいえ局面はまだまだ序盤。

 局所で小競り合いが繰り広げられることはあるものの、陣構築と攻勢への準備を整えるような状況。本格的な喰らい合い、潰し合いの前段階である。

 

 足柄はもっとも得意とする戦法、居飛車からの棒銀(※1)を選択。非常にオーソドックスだが実力者にも好まれる戦法だ。

 対する鳥海は、居飛車からの雀刺し(※2)を選択。超攻撃的だが、上手に受けられると一転直下で敗北してしまうというピーキーな戦法だ。

 

 

 

 

 

※1……飛車が居る側から銀将をガンガン前進させていき、相手の角の目の前で攻防を繰り広げる型。

棒銀で攻められた際に受けを誤ると、最強の駒・龍王をノーリスクで暴れまわれる状態で自陣に降臨させてしまう。

攻めに割くリソースが少ないうえに、相手はある程度守りを警戒しないといけないという、かなりコスパがいい戦法。

 

※2……龍王を相手の陣地に送り込むという狙いは同じだが、こちらは銀将ではなく、歩、桂馬、香車、飛車、角の5枚を使って一点突破する。

大駒(王将、角、飛車)を2枚も使ったド派手な攻めで、ものすごい攻撃力。しかしその分守りが手薄になってしまう。後戻りが厳しいので、上手く対処されると敗北必至。

特に盤の端を攻める時には無類の強さを発揮する。応用も効く。

 

 

 

 

 

「やはり貴女は棒銀ですか。そこは変わっていないようですね」

 

「戦法を変えれば強くなるわけじゃないわ。

それにしても……スズメ刺しとはね。どういうことかしら?

貴女が突き刺そうとしている場所には、獲物になる私の大駒はいないんだけど」

 

「さぁ、どうでしょうね? 終わってみればわかるでしょうね」

 

「まったく……気が抜けないわね。どこにいくつ罠を仕掛けているのやら。

無思慮に足を踏み入れたが最後、ドカンと局面が爆発する……『キラークイーン』とは、よく言ったものね」

 

「漣の命名センスは嫌いではないです。

……さて、いつものように、警戒しすぎた挙句、攻めきれずに息切れする姿を見せてくださいね?」

 

「ふふん。言うじゃない。

とはいえ、今の私を昔の私と一緒にしない事ね。……と、いうわけで……」

 

 

 

……スッ

 

 

スチャッ

 

 

 

「……? いったい何をしているんですか……?

懐から取り出したメガネをかけたところで、何かが変わるとは思えませんよ?」

 

「これはただのメガネじゃないわ。鯉住君からのプレゼントよ」

 

「……は? 何故プレゼントにメガネ? 鯉住さんは何を考えているのですか……?」

 

「あの人、夕張の猛アピールが功を奏したのか、私たちひとりひとりと改めて向かい合うなんて言ってね。個別面談をしてくれたのよ」

 

「夕張さんとのアレコレについては漣から聞いていますし、それ以降については貴女が報告してくれたから知っています。

……貴女があそこまで鯉住さんとの距離を縮めようとするとは……

昔の貴女は勝負事以外、特に色恋なんてものには、まるで興味が無かったと記憶していたのですが」

 

「こればっかりは仕方ないわね。惚れてしまったんだもの」

 

「ハァ……それは別に構いませんが、鯉住さんの心には聡美司令の居場所は確保しておいてくださいよ?

貴女の女子力と聡美司令の女子力では、月とスッポン……いや、太陽とミジンコくらい差があるのですから。私が目を離すと、すぐに夕雲に頼りだす体たらく……

……と、話が逸れました。で、そのメガネが何だというんですか?」

 

「この伊達メガネは、その個別面談の時に彼がくれたものよ。

彼の言い分としてはね。G7(横須賀第3鎮守府の実力者上位7名)はみんなメガネかけてるから、私もメガネかければその位置に食い込めるんじゃないか、って」

 

「……なんですか、その最高に頭の悪い意見は……」

 

「まぁ、正直私も同じこと思ったわ。でもね、そこは重要じゃなくて。

これは彼が選んでくれたプレゼントなのよ。人間じゃない、世間では兵器と呼ばれて避けられることが多い私達に、心を込めて渡してくれたプレゼント。

しかもまさかの手作り、そのうえ超高性能電探機能付きよ?

妖精さんとの合作で、フレームからレンズ、加えて極小精密レーダー機能まで搭載してくれたの。凄いでしょ?」

 

「凄いのか頭が悪いのか、なんだかよくわかりませんね……

そういえばあの人は、研修を受けていた頃から、そこそこの頻度でよくわからない言動をとっていましたね……」

 

「彼は私達艦娘とは少し感覚が違うもの。妖精さんと話ができるのも、そのせいかもしれないわね。

……ま、そういうわけで、彼と私の絆のチカラで、この勝負勝たせてもらうわ」

 

 

 どうやら鯉住君は、とんでもない伊達メガネ(電探機能搭載)をプレゼントしていたらしい。

 なんだかんだ足柄もそれは嬉しかったらしく、スチャッとメガネをかけなおす彼女の表情は、自信に満ち溢れている。

 

 それを見る鳥海の表情は苦々しい。足柄の言っていることが理解し難いのだろう。

 

 

「世迷言を……そんなあやふやなもので、将棋という残酷なまでの実力勝負に勝てるものですか」

 

「試してみる?」

 

「……上等」

 

 

 雑談により止まっていた盤上の時間が動き出す。

 お互いの戦支度は済んでいる。あとはぶつかり合うだけだ。

 

 

「感情の昂ぶりなど不純物。頭脳の輝きこそが全てなのです」

 

「かかってきなさいな。今の私はひとりじゃないわ」

 

 

 

・・・

 

 

一方その頃

 

 

・・・

 

 

 

 鳥海と足柄がプライドをかけた対局を行っている、ちょうどその頃。

 艦娘寮(旅館)の一室では、彼女たちの張りつめた緊張感とは無縁のダラダラ空間が展開されていた。

 

 この部屋の主……というか、割り当てられたメンバーは、横須賀第3鎮守府の4名。

 提督である一ノ瀬聡美中佐と、初期艦の駆逐艦・漣改、そして漣の同好の士というか悪友というかなふたり、駆逐艦・秋雲改と重巡洋艦・青葉改である。

 

 一ノ瀬中佐はともかく、他の3名は鯉住君から蛇蝎の如く嫌われており(自業自得)、この鎮守府における自由行動の一切合切を禁じられている。

 そういうことで、滞在期間通してのお目付け役は、提督の一ノ瀬中佐が担当することになったのだ。

 

 ちなみに秋雲と青葉に関しては、持ち込んだPC端末で色々と作業しているので、暇しているわけではなかったりする。

 もちろんその作業とは、鯉住君から余すところなく感じ取ったエロスや尊みをアウトプットする作業である。ロクでもない。

 

 

「あ゛ー……ヒマヒマの実の暇人間ですぉ、ご主人サマぁ……」

 

「諦めなさいよ。自分たちが暴走したせいで、こんなことになってるんでしょう?」

 

「だってぇ、しょーがないじゃないですかぁ。

旦那様がいやらしすぎるのが悪いんですー」

 

「別にそんなことないでしょうに……

第一なによその呼び方。鯉住君は別にアンタの旦那様じゃないでしょ?」

 

「ご主人様の旦那様になるんだから、旦那様なんですよぅ。なんの問題ですか?」

 

「今更鯉住君がその程度でギャーギャー言うことはないでしょうから、別に問題はない……っていうか、別に私は鯉住君と結婚するつもりないから!」

 

「ハハッ ナイスジョークですぞ」

 

「いやホントそういうんじゃないから……

鳥海も足柄も、初期艦のアンタも、挙句の果てには元帥まで……

なんでみんな彼と私をくっつけようとするのよ……」

 

「ご主人様の天才的頭脳なら、分かってるでしょー?

気づかない振りしちゃってぇ」

 

「そりゃあ、言いたいことはわかるのよ。

私の適齢期とか、アンタ達艦娘からの好感度の高さとか、彼の性格が私と相性良さそうとか……

私もまぁ、その、彼の事、別に嫌いじゃないし……」

 

「やっぱしわかってんじゃないですかー。

それに嫌いじゃないなら、さっさとくっつけばよかろうでしょうにー」

 

「いやいや……もう彼は部下とケッコンしてるんだから、倫理的にも私がどうこう言える立場じゃないのはわかるでしょ?」

 

「押し切れば全然よゆーのよっちゃんイカですってば!

旦那様だってご主人様のこと悪く思ってないし! そもそもあの人、押しにクッソ弱いですし!」

 

「そんな気楽なモンじゃないんだって……」

 

「なーに言ってるんですか! 相性のいい男女が一緒にならなくてどうするんですか!

何億年もこの星の生き物はそれでやってきてるんだから、細かいことは気にしない気にしない! 気軽に好きって言ってくっついちゃいましょ!

それに、こんなにか弱い乙女な私達をナマモノと戦わせておいて、今さら倫理なんて持ち出しても、ヘソで茶が沸きますぞ!」

 

「アンタは昔っから、そういうとこあるわよねぇ……はぁ……

アンタだけじゃなくて艦娘はみんなそうだけど、すごいドライというか、達観してるというか、常に第3者目線で物事を見てるというか……」

 

「そりゃしょうがないですよ。

漣たち艦娘は、一緒に沈んでった色んな人の想いを乗せてますからね。

色んな視点でモノを見ちゃうのもそうだし、自分が自分かどうかあやふやだから、キャラを強くしないとやっていられなかったりで、大変なのヨ」

 

「知ってる知ってる。

しかしアレよねぇ。そんないろんな視点を持つアンタたちが、こぞって鯉住君との結婚を勧めるんだから、大概よね」

 

「それもまた致し方無しってやつですよ。あの人ったらエロ過ぎるんですから」

 

「なに言ってるの……そんなにじゃないでしょ?

確かに良いカラダしてるし、顔は悪くない方だと思うけど」

 

「美貌を無駄遣いしてるご主人様からしたら、大半の人間はブサイクでしょ~?」

 

「美貌の無駄遣いとか、サラッと人が気にしてること言ってんじゃないわよ……」

 

「ま、アレです。鯉住さんはですね、艦娘である私達が、ついていきたくなるというか、放っておけなくなるというか、貴方と合体したいというか、そんな気分になっちゃう人なんですよ」

 

「サラッと物騒なこと言ったわね」

 

「ただでさえそんなフェロモン出してるのに、毎日一緒に過ごして、人間よりも大事にしてくれて、優しい言葉かけ続けてもらっちゃったら、どうなっちゃうと思います?」

 

「まー、その結果が重婚だものね……

部下に迫られてとかいう話だけど、それが着任半年以内で起こったって事実には戦慄するわ……」

 

「漣たちなんて、研修期間のたったの2か月でコロリですよ!」

 

「なに誇らしげにしてんのよ……アンタらがチョロ過ぎるだけでしょうが……

ハァ……」

 

「だからこそぉ!

ご主人様と旦那様が物理的にもくっついてくれれば、漣たち部下の艦娘も連動して旦那様の部下に!

司令官兼心の支え兼将棋で越えるべき壁としてのご主人様! 癒しの権化兼攻略対象兼下半身に響く紳士兼いつか還る場所としての旦那様! うーん、ベストマッチ!

ここが天国ですか!? ノン! ここはこの世の楽園です! そんな鎮守府が誕生するのですぞ!!」

 

「うわぁ……」

 

「なにドン引きしてるんですか! マジマジのマジですぞ!」

 

「いや……欲望ダダ洩れもいいところじゃない……

誰だってヒクでしょ、そんなの……うわぁ……」

 

「その蔑んだ目、やめてもらえませんかね?

みんな多かれ少なかれ思ってる事なんですからー」

 

「なんだかなぁ……

漣アンタ、最初に会った時はもっとお堅い感じだったじゃない。いつからそんな色ボケピンクに成り下がったんだっけ?」

 

「ヒドッ!? 言い方ってものがあるでしょ!?

漣だって言葉の刃でボロボロに傷ついちゃう、可憐な乙女なのヨ?」

 

「可憐な乙女は、下半身に響くとか言わないから。

アンタ達がこんなに自由にやるようになったのも、鯉住君の影響なのかしらねぇ」

 

「ご主人様の影響があったから自我が大きくなって、結果として鯉住さんに対するアレコレが目覚めちゃったって感じですねー。

聡美司令の前のご主人様たちは、どうしても人として好きになるとか、そういう感じじゃなかったんで。

みんな有能な指揮官様ではあったんだけど、ビジネスライクなお付き合いしかできませんでしたから」

 

「あー、確かに初対面の時は、ドラマとかの重役会議でよく見るような、無表情な塩対応だったわねー。

アイスブレイクに半年くらいかかったのって、前の提督のせいだったの?」

 

「そうといえばそうですねー。

仕事はキッチリする人だったし、指揮の腕は確かだったから、別に最悪ってわけではなかったんですけどー。

……どうしても殿方だったので、漣たちに対する視線と、軽いセクハラがねー」

 

「うわ……漣アンタ、セクハラされてたの?」

 

「巨乳派だったらしく、潮ちゃんが被害に遭ってましたね。

まぁ、かるーいボディタッチ程度でしたので、その程度でギャーギャー言うワケもありませんケド。

せいぜいボノたんが心の底から軽蔑した目で睨みつけるくらいです」

 

「平然としてるわねぇ……そういうところなのよ。私がアンタ達がドライだって思うの」

 

「なんと言いますかですね、そういう時って心の中の軍人部分が顔を出すわけですよ。深海棲艦と戦ってる時と同じですねー。マイナスな感情には敏感なんです。

セクハラされた潮ちゃん凄かったですよ~?

もう完全に無表情。アレは鉄の心を持つ軍人顔ですね!」

 

「そういうものなのね。やっぱ艦娘って、人間とはちょっと違うわ……」

 

「今さら何言ってるんですかー。いやですよぉ、ご主人様ったら。

とにかくですね、そういうワケで、ご主人様には鯉住さんと一緒になってもらわないと困るんですよ!!」

 

「だから嫌だって言ってるでしょうに……」

 

「むむむ……!」

 

「なにが『むむむ』よ。

アンタ達の気持ちも知ってるし、彼と一緒になるのが嫌なわけじゃないんだけど……一緒になっちゃいけない気がするのよ」

 

「うー、よくわかんねーです……その心は?」

 

「勘よ」

 

「えー」

 

「私は勘を大事にしてるの。知ってるでしょ?」

 

「あ、それもしかして、『勘』と『艦』をかけたダジャレ……」

 

「ここに居る間、部屋から出るの禁止するわよ?」

 

「ヒエッ……サーセンっしたぁ!!」

 

「漣もそこのふたりを見習いなさい。

秋雲はタブレットでお絵描きしてるし、青葉はPCでなんか編集してるし、静かなもんでしょ」

 

「いやあれは、ここに到着した時の鯉住さんのエロさとか尊さとかを必死にアウトプットしてるから静かなだけで……

漣は撮影担当なんで、やることもうやっちゃったんです。目的のない作業なんて拷問ですからね?」

 

「はいはい。鯉住君を困らせたんだから、軟禁くらい甘んじて受けなさいよ。

ホラ、ここに将棋盤があるでしょ? 死ぬほど鍛えてあげるから」

 

「普段なら別にそれでもいーんですけどぉ……

ハァ……漣もみんなと一緒にバカンス楽しみたかったー」

 

「ひと段落するまではおとなしくしてなさい。

会合が終わった後くらいは、遊びに出るくらいなら許してあげるから」

 

「言質取ったり! 約束ですぞ!? ご主人様!」

 

「はいはい。それじゃまずは一局指すわよ。飛車角落ちでいいかしら」

 

「悔しいけどハンデとしてはその辺が落としどころですね!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「……負けました」

 

「……ふぅ」

 

 

 鳥海と足柄による勝負がついたのは、対局開始からなんと9時間後。

 始めは顔を出したばかりだった太陽が、今となっては逆の方角に隠れかけている。

 

 

「……あと……あと少し、だったんだけどね……」

 

「そう簡単に……越されてなるものですか……」

 

 

 勝者は横須賀第3鎮守府・第1席として君臨する鳥海。

 結果だけ見れば、(元)第8席の足柄の敗北は当然ともいえる。しかし、その試合内容はどちらが勝ってもおかしくないほど拮抗したものだった。

 

 鳥海の張り巡らせた地雷群を、時には紙一重でかわし、時には被弾しながら突っ込み、時には勝負所をずらすことで無効化する。

 このような指し筋のバリエーション、以前の足柄には無いものだった。少なくとも地雷を踏み抜けば終了という姿勢だった。地雷を踏んだ後に巻き返すことなどできなかった。

 

 地雷群の中、愚直に、それでいて勇猛に前進を続ける戦士。それが以前の足柄だった。

 だったのに、今の足柄は、地雷原を散歩するように優雅に進み、爆発が起こっても動じずケアする。そんな立ち回りに変わっていた。

 

 それだけではなく、攻めと守りのスイッチがほとんど見えなく、分かりづらくなっていた。

 以前の足柄の最大の弱点にして、最大の持ち味である、猪突猛進、勝ちへの執念。それゆえに苦手としていた攻守切り替え。

 それが別人であるかのようにスムーズになっていた。そう、鳥海ですら見極めるのに苦心するほどに。

 

 とにかく激戦だった。

 かかった時間と、ふたりの疲労が、そのことを何よりも物語っている。

 

 

「一体……一体何が、貴女をそこまで変えたのですか……?」

 

「だから……言ったじゃない……フゥー……今の私はひとりじゃないって……」

 

「絆のチカラ、ですか……バカバカしい……

……と、言いたいところですが、ここまで結果を出されてしまっては……悔しいですが……」

 

「ここに来てから、常識や自分の経験なんて、アテにならない事ばかり。

……彼がね。広い世界を見せてくれたのよ」

 

「まったく、どれだけ夢中なのですか……貴女のような戦闘狂が惚気るなど、怖気が走ります……ハァ……」

 

「別にいいじゃない別に。毒舌もほどほどにしないと、いいかげん私も怒るわよ?

……聡美ちゃんにも、同じような幸せを味わってもらいたいんだけどね」

 

「……当然です。私に勝った聡美司令には、誰よりも幸せになってもらわなければならないのです」

 

 

 激戦を終え、将棋盤を一緒に片付けるふたりは、対局に夢中で昼をとっていなかったのを思い出して食堂に向かった。そしてそこで間宮にビシバシ指導されている秋津洲を見つけることになった。

 調理のことになるとガチモードに入る間宮の熱血指導を受けた秋津洲は、半泣きで巨大寸胴鍋を7,8個同時に面倒見ていたとか。

 

 その様子を見たふたり、特に手伝おうなどとは思わず『ちゃんと仕事してるな』くらいにしか感じなかったとか。

 なんだかんだ仲が良く、なんだかんだ戦闘狂なふたり、実は似た者同士なのであった。




イベントは明日でついに終了ですね!
皆さんお疲れさまでした!


補足


・32号対水上電探改二 ☆+10 (足柄専用・眼鏡型)

命中+12 索敵+14 回避+6 補強増設部分に装備可能

(上昇数値は改修分未反映です)


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第144話

皆さんイベントお疲れさまでした!(激遅)

そして夕張改二おめでとうございます!(激遅)
このお話では色々はっちゃけてる夕張なので、なんだか嬉しくなりますね!

性能は5スロか甲標的なら嬉しいなー、と思ってましたが、まさかの全部乗せ。軽巡界の次郎と化しましたね。ホント強い。


 本日は強すぎない日差しに加えて、鎮守府裏の低山から吹く涼風(not艦娘)が心地よい外出日和。

 

 軍事施設には似つかわしくない、ゆったりとした空気が流れるラバウル第10基地。そこに併設されている農場では、何人かの艦娘がせっせと農作業に勤しんでいる。

 本日はいい塩梅で育ったタロイモの収穫。みんなで仲良くクワをふるいながら、背負った籠にポイポイと芋を放り込んでいる。

 

 ちなみに全員ジャージ着用。提督が以前、艦娘の制服は自身の目のやり場に困るという理由で大量購入した芋ジャージである。

 提督と顔合わせする日常遣いでは乙女のプライドから着用を避けられ、その機能性から提督の目の届かない部屋着や仕事着として重宝されている、あの芋ジャージである。

 

 未だに提督はショックで引きこもっているので、現在この鎮守府で彼にこの姿を見られることはない。

 乙女な皆さんも心置きなく芋ジャージを着用できるというものだ。

 

 

「由良~、籠のどのくらいまで収穫できた?」

 

「ま、まだあんまり……ヒッ! お、おっきな芋虫ぃ!」

 

「もー、いいかげん慣れてよ虫くらい。秋月ちゃんと照月ちゃん見てみなさいよ?」

 

 

 夕張と由良の目の前では、立派に育ったタロイモを前に、目をキラキラさせた秋月と照月がたわむれていた。

 

 

「す、すごい……! こんなに立派なお芋がゴロゴロと!

ねえねえ照月! 煮っ転がしにしたらおいしそうよね!?」

 

「そうだね、秋月姉! 姉妹みんなで芋煮会出来たら幸せだろうなぁ……!」

 

「そうね、そんな贅沢……夢みたいだわ!

……あ、照月、背中におっきな芋虫がついてるわよ?」

 

「え、ウソ? 秋月姉、とって~」

 

「はいはい……それにしてもこの芋虫、丸々としてるわね」

 

「芋虫もおいしく食べられたらよかったのにね!」

 

「それはそうかもだけど、私達が食べちゃいけないわ。お魚の餌にするみたいだから」

 

「鎮守府でお魚飼ってるなんて、本当にここすごいよね!

あぁ、お芋の煮っころがしにお魚の塩焼き……じゅるり」

 

「南方で川魚が食べられるなんて、こんな贅沢夢みたいよね……じゅるり」

 

 

「由良もあのふたり見習ったら?」

 

「そ、そんなの無理よ! ヒィッ、こっちにも芋虫ぃ!」

 

「も~、由良ったら、しょうがないなぁ」

 

 

 本日の農場担当は夕張と北上大井姉妹の3人……だったのだが、呉第1鎮守府(鼎大将のとこ)の由良改二と、ラバウル第1基地(白蓮大将のとこ)の秋月照月姉妹がお手伝いに立候補してくれたのだ。

 どうやら至れり尽くせりで第10基地に世話になっているのが所在なくなったらしい。艦娘はみんな働き者なのだ(一部除く)。

 その好意に甘えて北上大井姉妹は非番となったので、彼女たちは阿武隈と木曾との雷撃訓練を開催しに繰り出していった模様。

 

 ちなみにこの由良は、何故だかウマが合う夕張(軽巡由良と軽巡夕張は艦娘ネットワーク上での絡みが多いらしい)と実際に会って話してみたくて鼎大将に着いて来た。

 そんな経緯もあったので、一緒に仕事でもして話に花を咲かせたかったらしい。

 

 ……しかしながら、農場で畑仕事ということは、苦手な虫に八方囲まれるということ。

 艦娘として深海棲艦との戦闘を本領とする彼女には、その辺の想像がつかなかったらしい。軽巡由良、痛恨のミスである。

 

 

「なんで秋月ちゃんも照月ちゃんも、あんなに平然としてるのぉ……?」

 

「由良が気にしすぎなだけだと思うけど」

 

「そんなことない! だって芋虫気持ち悪いじゃない!

夕張もそんな平気で芋虫手づかみして……! おかしいよ、こんなのぉ……」

 

「慣れよ、慣れ。ここで生活してたら、芋虫の一匹や二匹へっちゃらになるわ。

夜中とか普通におっきなカブトムシが窓にぶつかってくるし」

 

「うぅ……やっぱり南方は地獄よ……」

 

「その発言、ここで生活してる私たちに失礼とか思ったりしない?」

 

 

 今にも泣きそうな顔をしながら芋の収穫をする由良。これには夕張も苦笑い。

 夕張としても彼女とウマが合うのは同じなので、そこまでして一緒に仕事してくれるのは、結構嬉しかったりする。

 

 

「ほら、今晩は秋津洲が天ぷらそばを振舞ってくれるらしいから、それを励みに頑張ろ」

 

「うぅ……それは楽しみだけどぉ……虫ぃ……」

 

「もー」

 

 

 夕張が呆れていると、背中の籠を芋でいっぱいにした秋月たちが話しかけてきた。

 

 

「夕張さん! お芋の収穫終わりました!

あっちの大型コンテナに入れに行けばいいですか?」

 

「あ、うん、それでお願い。

一緒に採った芋虫とか甲虫は、すぐそこの生け簀に直接放り込んじゃっていいから。

それと切り落とした茎と葉っぱはあとで私がコンポストに入れておくから、そのままで構わないわ」

 

「わかりましたっ! いこっ、秋月姉! 早くお魚に餌あげたい!」

 

「そうね照月。虫がたくさん採れたから、しばらく餌やりを楽しめそうね」

 

 

 元気よくトトトッと早足で農機具小屋まで向かうふたり。

 腰につけた虫かごに、見る人が見れば失神しそうなほど大量の虫が詰まっているのを見ると、しばらくは生け簀で餌やりを楽しんでくることだろう。

 彼女たちの収量はとっくにノルマ達成なので、のんびりと遊んできてもらっても何ら問題はない。そもそも有志のお手伝いなので、もっと働けなんて言う理由もないのだが。

 

 

「ゆ、由良もそろそろいいかなって……」

 

「なに言ってるのよ。まだ3分の1くらいしか集まってないじゃない」

 

「だってー……!!」

 

「そんなに嫌なら北上さんと大井さんと一緒に雷撃訓練しに行けばよかったじゃない。由良だって甲標的積めるんでしょ?」

 

「それはそうだけど、せっかく夕張に会いに来たんだから、一緒に仕事したいじゃない……」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、ちゃんと仕事はしてよね。

師匠がストレスで寝込んじゃってるんだから、これ以上苦労かけちゃいけないでしょ?」

 

「夕張は本当に鯉住さん好きなのね」

 

「当然でしょ? 私と師匠は夫婦なんだから! 夫婦……フフフ……!!」

 

「もー、惚気ちゃって……

由良も昔から鯉住さんのことは知ってるけど……そんなに好きなの?」

 

「当り前じゃない」

 

「由良たちと同じ呉第1に居たときは、そこまで目立つ人じゃなかったんだけどなぁ。

明石さんが熱烈にアプローチしてたけど『なんであの優秀な明石さんがそこまで入れ込んでるのか』って首を傾げられていたくらいよ?」

 

「みんな見る目がないなー。師匠の良さがわからないなんて」

 

「良さがわからないというより、ほとんど接点がなかったのよね。

関わった時も挨拶して終わりとか、そのくらいだったし。

メンテ技師としての腕がとんでもないとは聞いていたけれど、あまりそっち方面に詳しい子もいなかったから、そのすごさも実感として湧かなかったし」

 

「もったいないなぁ。

……でも、そこでみんなが魅力に気付かなかったおかげで、師匠がここに赴任してこれて、そして私を呼び起こしてくれたのよね……フフフ……」

 

「ちょっと夕張、鯉住さんが好きなのはわかったから、その辺にしてよ。

恥ずかしくなってきちゃうじゃない……」

 

「アハハ、ごめんごめん。……それじゃ私たちも残りの仕事を済ませちゃお?」

 

「……ハァ、また芋虫と格闘しなきゃなのね……」

 

「もうちょっとだから。ファイトー」

 

 

 

・・・

 

 

同日昼・演習場にて

 

 

・・・

 

 

 

「金剛さーん、榛名さーん! 大丈夫ですかー?」

 

「も、もう無理ヨー、古鷹ァ……ゼェ、ゼェ……」

 

「榛名も、もう……限界です……ゲホッ……」

 

「受け答えできるなら問題ありませんね!

あと2セットで予定終了です! もうちょっと頑張りましょう!!」

 

「「 そんなー!! 」」

 

 

 

 

 

「動きはよくなってきたが、まだまだっ!!!

艤装と心を通わせろっ!! 愛を感じろっ!!

admiralが私に注ぐような!! 私が魚類に注ぐようなっ!! そんな溢れるほどの愛を注げぇぇっっっ!!!」

 

「相変わらず意味わかんなあぁぁぁァァッッッッ!!!」

 

 

ボボゥンッ!!

 

 

「そんな体たらくでは、私を小破させることすらできんぞっ!!

艤装と意志を通わせろっ! このようになぁっ!

さぁ、行くのだ、トビウオ達よっ!! 飛翔し爆ぜろっっ!!」

 

「ちょ、なに!? 水中から魚がジャンプして……ほげえぇッッッッ!!?」

 

 

ボボボウゥンッッ!!!

 

 

 

 

 

「葛城……よくここまで私の艦載機を落とせるようになりましたね……」

 

「あ゛、あ゛り゛がど……天城姉……ハァ、ハァ……」

 

「ええ、えらいですよ……ということで……」

 

「え……?」

 

「今から艦載機の量を3割増しにしますので」

 

「いやああああっっっ!!!」

 

 

 

 

 

「甲標的アリでそれなの!? もっと集中なさい! 情けない!!」

 

「大井さん正気!?

そんなこと言ったって、100m先のラジコンボート(30cmくらい)に雷撃当てるなんて……できるわけないんですけどぉ!!」

 

「阿武隈アナタ、ラバウル第1基地の第1艦隊メンバーでしょ!?

そんな情けないセリフを口にするなんてどういうつもり!? 恥を知りなさい!!」

 

「そんなこといわれてもー!!」

 

「大井姉さんこっわ……」

 

「あはは、大井っちきっびしー」

 

 

 

 

 

 この鎮守府では日常となり果てた、息をするように無茶ぶりを吹っ掛ける教官と、阿鼻叫喚を繰り広げる研修生という図式が、そこかしこで展開されていた。

 

 そしてそんないつもの光景をのんびりしながら眺める者たちと、満足げに眺める者たちと、なんとも言えない表情で眺める者たちが。

 

 

 

・・・

 

 

 

「うん! いい感じね! 古鷹はこっちでもうまくやれているようじゃない」

 

「上々ですわね。もともと古鷹さんは飲み込みも早く、礼儀正しい性格ですから。

わたくしはさほど心配していなかったですのよ?」

 

「五十鈴もそれには同感。ちゃんと私たちが教えたことが身になっているようで安心したわ!

熊野が教えてた主砲と魚雷のコンビネーションもサマになってるじゃない?」

 

「そのようですわね。

自分ひとりでできるだけでは二流。人に教えられてようやく一流。

金剛さんと榛名さんへの指導、及第点と言ってよくってよ」

 

「はー、理想がチョー高い五十鈴と熊野をマジに満足させれるなんてねー。

古鷹ちゃんすっごいわー」

 

 

 古鷹による金剛・榛名姉妹への教導を見学しているのは、呉第1鎮守府所属の鈴谷・熊野姉妹と、五十鈴である。

 以前行った研修で、熊野は古鷹、五十鈴は叢雲の主導教官を受け持っていたことがあり、彼女たちの成長具合を確かめに来たようだ。

 

 ちなみに鈴谷は完全にバカンス気分なので、食堂からトロピカルドリンクとケーキを拝借してきた。

 伊良湖が実力を認めてもらうためにせっせこ甘味製作をしているので、食堂には甘味のストックが常に用意されているのだ。

 

 

「何を言っていますの? 鈴谷。

わたくしは安定して戦闘ができるほどの実力しか求めていませんわ」

 

「熊野の言う通りよ。五十鈴だってそれほど多くを求めてるわけじゃないわ!

五十鈴の知ってる提督がもし指揮することがあるとしたら、満足してもらえるくらいの実力を求めているだけ」

 

「あのさぁ……ふたりともさぁ……

熊野は天才型だからわかんないかもしれないけど、鈴谷がどれだけ熊野とバディ組むために努力してるか……

それに五十鈴の知ってる提督ってさ、パールハーバーでさえ氷山の一角な功績お化けの山本五十六元帥とか、人殺し多門丸で有名な山口多聞中将とか、その他のお歴々がてんこ盛りでしょ?

ふたりともそれを人に求めてんだよ? 理想が高いって言うしかないじゃん?」

 

「「 そんなことないでしょう? 」」

 

「あーあー、これだから一逸艦娘は……

ま、別にいいんだけどさー。鈴谷には関係ないし、叢雲ちゃんと古鷹ちゃんもそれで本望みたいだったし」

 

「そうそう。本人たちがそうありたいって言ってるんだから、問題ないのよ。

出来れば叢雲がどうなったかも見ておきたかったんだけど」

 

「仕方ありませんわ。叢雲さんは鯉住さんが寝込んでいる間の提督代理なのですもの」

 

「大丈夫なんじゃないの?

古鷹ちゃんがこれなんだし、叢雲ちゃんだって鈍ってないっしょ」

 

「まぁ、そうですわね。

少なくともひとりで、この人数の来客を捌きながら鎮守府運営業務ができているということですものね。杞憂だったかしら?」

 

「そーそー。ウチの間宮さんに策謀関係を叩き込まれて、筆頭秘書艦の千歳ねーさんに事務全般を叩き込まれたんだよ?

ウチらが心配することなんてないない」

 

「それでも主導教官としては気になるものなのよ!」

 

「真面目だよねー。ふたりともさー。

……ま、鈴谷は日ごろのいざこざから離れてバカンスできるだけで大満足でーっす!

トロピカルドリンクおいしーっ! ケーキもサイコーッ!」

 

「もう、鈴谷ったら……はしたないですわ。

ほっぺたにクリームがついていましてよ?」

 

「ウソ、マジ? 教えてくれてサンキュー、熊野」

 

「鈴谷は本当にマイペースよね。まったく」

 

 

 

・・・

 

 

 

 自分たちの教え子が気になる呉第1鎮守府の面々(ひとり除く)のすぐ傍では、大本営第1艦隊の加賀と伊58が、これまた同僚の瑞鶴の様子を眺めていた。

 

 

「ねぇ加賀さん? あの海外艦、とんでもない化け物に見えるんでちけど」

 

「……そうね」

 

「謎の技術で魚を操ってるのを差し置いても、身のこなしに隙がなさすぎるでち。

相手になったらどうしようもない未来しか見えない……ていうかアレ、魚じゃないでしょ絶対……爆発してるし……」

 

「……そうね」

 

「ちなみに加賀さんの見立てだと、瑞鶴はどのくらい強くなったでちか?」

 

「……」

 

「なんとなく理由はわかるけど、黙ってないで教えてよ」

 

「……私よりも……私と同じくらいには」

 

「プライド高いのはいいと思うけど、自分は騙せないよ? 提督も言ってたでしょ?」

 

「……私よりも……上です……うぅ……」

 

「やっぱりそうでちたか。ギャーギャー騒いでるけど、なんだかんだあの化け物の攻撃に対応できてるもんね」

 

「甘かった……甘かったわ……

一から鍛え直しよ……五航戦の後塵を拝すなど……許されないわ」

 

「いいかげんに瑞鶴の事認めてあげてもいいと思うんだけど」

 

「いけません。一航戦の誇りにかけて、日本海軍の顔として、私が正規空母の手本とならなければ」

 

「先輩の意地ってやつでちねぇ……

ちなみに、瑞鶴は多分無意識でやってるっぽいけど、艦載機の部隊数が10くらいになってるのって見間違い?

普通は正規空母って展開できる部隊数は多くて4だし、加賀さんも8くらいだよね?」

 

「あれは……悔しいですが、見間違いじゃありません……悔しいですが……」

 

「ワァオ」

 

「とにかく……このままではいけません。一刻も無駄にはできないわ」

 

「せっかくバカンス気分でやってきたのにな。

扶桑さんにも手伝ってもらって、演習場で練度上げさせてもらお」

 

「ハイ」

 

 

 後輩が思った以上に実力をつけていて、焦りを感じるふたりなのであった。

 

 

・・・

 

 

当日夜・食堂にて

 

 

・・・

 

 

「うふふ……今日の夕餉は天ぷらつきのお蕎麦……素晴らしいです……

ズズッ……はぁ、おいし」

 

「本当……美味しいわ」

 

「本当に、本当に美味しい……限界を迎えたカラダに栄養が染み渡るぅ……」

 

 

 今晩の食堂も大盛況。厨房から時々「勘弁して欲しいかもー!!」という叫びが聞こえるのを除けば、いたって平和、活気にあふれた食事処である。

 

 今日の特別メニューは天ぷらそば。鎮守府の農場で採れたそば粉を使った7割そばである(さすがにそば粉の在庫の関係で10割そばにはできなかった)。

 天ぷらは王道のエビに、野菜かき揚げ、キスに大葉やナスにサツマイモ、カシワにイカ。……とにかく考えられる天ぷらがより取り見取りでトッピングできるようになっている。

 もちろんそれだけでは満足できない大食漢のために、いつも通りおにぎりお新香食べ放題サービス付き。

 

 ちなみに普通のそばとざるそばを選べる仕様になっている。ざるそばにはタレと一緒に、これまた農場で採れたおろしたてワサビがついてくるので、注文数はざるそばの方が上回っている状況だ。

 

 大人数への給仕のため普段はここまで豪華にはできないのだが、今日はちょっとだけ気合が入っているらしい。

 

 

 そんな食堂の一角で食事を楽しんでいるのが、ラバウル第1基地の雲龍改、この鎮守府の転化体でもある天城、そして彼女にさっきまでしごかれまくっていた、大本営第2艦隊の葛城改である。

 全員所属は違うが、同じ型の姉妹艦。雲龍型は絶対数が少ない艦なこともあって、3名とも揃うのはなかなか珍しい出来事だったりする。

 

 

「それにしても、姉妹全員で食事できるなんて……嬉しいわ」

 

「そうですね……雲龍姉様……ズズッ」

 

「天城姉は話してる時くらい食べるのやめようよ……」

 

「いいの。食べられる時に食べておくのはよいこと」

 

「雲龍姉……それはそうだけど、淑女としてはしたなくない?」

 

「別に提督に嫌われなければ問題ないです……ズルルッ」

 

「まあ、あの提督さんがそのくらいで天城姉を嫌いになるとは思えないけど……」

 

「ならいいじゃない。それよりも、葛城はとても実力をつけているのね。長女として誇らしい」

 

「あ、ありがと。でもさ、そういう雲龍姉だって、大本営とほとんど同格のラバウル第1基地で主力メンバーやってるじゃない。雲龍型でそれってやっぱりすごいと思うな」

 

「それは葛城も同じ。偉いわ」

 

「そ、そうかな? えへへ」

 

「そうですよ……モグモグ……正直ここまでついてこられるとは思ってませんでした……サクッ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも天城姉は本当になんなんだろうね?

雲龍型なのに、あのよくわかんない艦載機搭載数……やっぱり転化体って違うんだなぁ……」

 

「私は私ですから……エビの天ぷら、おいしいわ……」

 

「……転化体?」

 

「……あ」

 

 

 ずっと一緒にいるせいで当然のことと認識してしまっていたが、転化体という存在は一般的にはシークレットである。

 そのことを疲れも相まってすっかり失念していた葛城は、ついついうっかり口を滑らしてしまった。

 

 

「ねぇ葛城。転化体って、何?」

 

「あー、えー……」

 

「いいじゃないですか、葛城……減るものじゃありませんし……ズズッ」

 

 

 天城の言う通り、ここまで疑問を持たれてしまった以上、今さら「何でもないわ」で済ませるのは不可能というものだ。

 それに口数が少なく物事に動じない雲龍のことである。転化体について話してしまっても、それを口外することはないだろうし、天城に対しての感情も変わらないだろう。

 

 

「うー……仕方ないか……私のバカ」

 

「それで何なの、その転化体って」

 

「えーとね、驚かないでね雲龍姉。実はね……」

 

 

 

 説明中……

 

 

 

「ふーん」

 

「……え、それだけ!?

驚かないでとは言ったけど……いくら雲龍姉でもリアクション薄すぎない!?」

 

「だって雲龍型であの物量はあり得ない。何かあるとは思ってた」

 

「それにしても……元深海棲艦だよ?」

 

「天城は天城。そうでしょう?」

 

「そうですよ……私は私です……サクサク」

 

「……ハァ、気にしてた私がバカみたいじゃない……ま、いいけどさ……」

 

 

 衝撃の事実があっさりと流されてしまって、なんとも言えない葛城である。

 そのことでホッと一息しつつ、物騒な話題を変えることにした。

 

 

「あれ? 天城姉、せっかくのざるそばなのに、ワサビ入れないの?」

 

「ワサビ……?」

 

「食通っぽいのに知らないんだ。

そこの緑の、ちっちゃい山みたいになってる薬味のことだよ」

 

「へぇ……天ぷらとおそばに夢中で、気づいていませんでした……」

 

「まぁ、それだけでもすんごく美味しいもんね。

ワサビを一緒に食べると、スーッとした爽快感とツーンとした辛味が味わえて、お蕎麦が一層美味しくなるの。試してみたら?」

 

「そうなんですか……では」

 

 

パクッ

 

 

「あっ。丸ごといった」

 

「天城姉ー!? ワサビってもっと少しずつ食べるもので……!!

そんな一気にワサビだけで口の中に入れたりなんかしちゃったら……!!」

 

「……」

 

「あ、天城姉、大丈夫!?」

 

「……(プルプル)」

 

「プルプル震えているわね」

 

「目を見開いてプルプルしてる!? これ大丈夫じゃないよね!?」

 

「……あ」

 

「あ……?」

 

 

 

 

 

「あぁーーー~~~~~っっっ!!!!」

 

 

 

 

 

「天城姉ーーーっっっ!!!」

 

 

 あまりの辛さで、普段絶対に出さない大声で叫びだした天城。さしもの転化体もワサビの刺激には勝てなかった模様。

 

 

「ど、どうしようどうしよう!?」

 

「まずはお水で流しましょう。葛城、お冷を」

 

「わ、わかった雲龍姉!」

 

「あぁぁぁ~~~!!!」

 

「すぐにお冷持ってくるからもうちょっと我慢して!!」

 

「あ……あぁ、あああ!!!」

 

「葛城、ストップ」

 

「なんで止めるの雲龍姉!?」

 

「見て」

 

「見て、って何を……あ、天城姉、光ってない!?」

 

 

 なんと、悶絶しながら叫ぶ天城が発光し始めた。怒涛の展開に頭が追っつかない葛城。

 ここまで騒いで注目を集めないはずもなく、今や食堂のメンバー全員が光を増していく天城に対して目を向けている。

 

 

「どういうこと!? どういうことなの雲龍姉!?」

 

「そんなのわからない」

 

「だよね!? どうなっちゃうの!?」

 

「ああああぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 ピカーーーッッッ!!!

 

 

 

 一際強く光があふれ、目を開けていられないほどになる。

 そして一瞬ではあったが長い時間が経ち、みんなの目が開かれたその先に居たのは……

 

 

「あ、天城姉……それって!!」

 

「改……」

 

 

 そう、そこには着物がキャストオフされ、鯉住君が見たら衝撃で気絶しそうになるほどの露出となった艤装に身を包む、改装された天城の姿が!

 

 

「ふぅ~~~~……」

 

「いや、ちょ……確かになんでそんな強いのに改じゃないのか気になってはいたけど……なんで今!? ワサビで!?」

 

「おめでとう、天城。すごく素敵」

 

「ありがとうございます、雲龍姉様……ふぅ」

 

「ワサビを食べてパワーアップって……米国の海兵さんじゃあるまいし……」

 

「ワサビとは素晴らしいものですね……チカラが溢れてきます……」

 

「そうなの!?」

 

「というわけで葛城、食事がすんだらもう一度特訓しましょう……」

 

「……え?」

 

「頑張って葛城」

 

「え? え???」

 

「今の私なら、もっとあなたを上手く追い込むことができそう……ズルルッ……

しっかりと鍛えてあげますからね、葛城……モグモグ……」

 

「い、いやーーーーっ!!!」

 

 

 食堂に響き渡る葛城の悲痛な叫び。

 一部始終を見ており、葛城の日々の地獄を知る面々は、彼女を助けることを早々にあきらめ、何も見なかったことにして食事を続けたという。




月一更新ペースになってしまってすいません!
転職決まったので、これからはもうちょっとペース上げられるといいな。


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第145話

鯉住君の地味にすごい特技

一度扱ったことがあれば、触っただけでミリネジとインチネジの判別ができる(製品規格がわかる)




 

「……いくらメチャクチャな話ばっかりだったとはいえ、執務丸投げはマズかったなぁ……」

 

 

 呉第1鎮守府の鼎大将と横須賀第3鎮守府の一ノ瀬中佐が到着し、あまりの無茶ぶりとストレスから引き籠っていた鯉住君ではあったが、ようやくメンタルが回復したのか、みんなの前に姿を見せることに決めたようだ。

 

 ちなみについ先ほど叢雲に謝罪したところ『アンタがまた暴走してお偉方に迷惑かける方がよっぽどマズいわ』と軽くいなされたのが、地味に心にキているらしい。

 彼の感覚では自身は良識ある一般人なのだ。誰が何と言おうとそうなのだ。だからそんなこと言われたらちょっとショックなのだ。

 

 もうちょっと言うと、叢雲が今日明日の日常業務をすべて終わらせてくれていたおかげで、本日何もすることがないというのもけっこうショックだったらしい。

 叢雲がいれば自分要らないのでは……? という考えが一瞬頭をよぎるが、深く考えないようにしたらしい。精神的安定のためには仕方ないことだとかなんとか。

 

 

「はぁ……それにしても、みんな南国を全力で楽しんでるなぁ……

まさか水球大会を開催するなんて……」

 

 

 ため息をつきながら遠い目をする鯉住君。

 

 

 

 ……叢雲から聞いたのだが、どうやら本日、備え付けのプール(観光地にあるでっかい家族向けプールくらいの規模)で水球大会を開催する運びになっていたらしい。いつの間にか。

 

 主催は横須賀第3鎮守府とのこと。

 変態3人衆が軟禁されていても、その他のメンバーのモチベーションは高く『せっかくのバカンスで何もイベントがないのではもったいない!』との意見が出たとかなんとか。相変わらずレクリエーションに余念がないメンバーである。

 

 よくそんなの許可したなぁ、と思いつつ叢雲に理由を聞いてみると、ストレス緩和のためという答えが返ってきた。

 確かに明日には欧州救援組がやってくるとはいえ、他のメンバー、特に先行組である白蓮大将率いるラバウル第1基地メンバー、三鷹少佐率いるトラック第5泊地メンバーについては、かれこれ5日も滞在していることになる。

 自発的に執務を手伝ったりしてくれている子はいるようだが、それでもやはり何もなしに5日間では暇すぎるだろう。叢雲の判断にも納得である。

 

 とはいえそんなおちゃらけた内容、いくら理由があるといっても真面目な叢雲が許可するのは変だよなぁ、なんて思ったのだが、提督代理を丸投げして後ろめたいこともあって追及はしないことにした。

 なんで許可したか聞いていた最中、一度もこちらと目を合わせてくれなかったから、

本当のところは何かあるんだろうが……まぁ、気にしないことにした。

 

 

 ちなみに水球大会の参加メンバーは以下の通りらしい

 

 

・チームドラゴンズ

飛龍改二(横3)、蒼龍改二(横3)、雲龍改(ラ1)

 

・チームホークス

祥鳳改(横3)、瑞鳳改(横3)、大鳳改(ト5)

 

・チームイーグルズ

隼鷹改(ラ1)、飛鷹改(ラ1)、古鷹改二(ラ10)

 

・チームグラスィーズ

霧島改二(横3)、Roma改(横3)、鳥海改二(横3)

 

・チームバトルシップス

長門改二(ラ1)、陸奥改二(ト5)、伊勢改二(呉1)

 

・チームトーピードーズ

木曾改二(横1)、阿武隈改二(ラ1)、由良改二(呉1)

 

・チームセブンス

朧改(横3)、潮改(横3)、曙改(横3)

 

・チームクラウズ

夕雲改(横3)、巻雲改二(横3)、風雲改(横3)

 

 

・実況:衣笠改二(横3)

 

 

 どうやら3人1組のメンバーで1チームで、そこから2チーム合同で組んで6対6で戦う予定らしい。

 ウチからはなぜか古鷹のみ参戦。叢雲によると、元同僚であり押しが強めな隼鷹に絡まれて断り切れなかったのだとか。古鷹らしいといえば古鷹らしい。

 

 

 ちなみに優勝賞品は、三鷹さんが新たに興す会社である『三鷹物流』の持ち株0.01%だとかなんとか。意味が分からない。

 

 東南アジアで実質独占企業と化している三鷹グループ、それを一手に担う物流会社を新規立ち上げ(既存企業の吸収合併ももちろんあり)……発展していって会社が大きくなっていく未来しか見えない。

 確実に少なくとも総資産1兆円企業くらいにはなるだろう。その持ち株0.01%となると……1億円。

 

 

 1億円である。頭おかしい。3人で割ってもひとり頭3300万円。頭おかしい。

 

 

 さすがにやり過ぎだろうと止めようとしたが、叢雲によると、三鷹さんは『お祭りだし別にいいんじゃない?』と気にしてないようだったし、参加艦娘たちも『勝利すること自体が大事だから、そんなの正直オマケ』程度にしか考えてないとのこと。

 もう頭痛くなってきたので突っ込まないことにした。三鷹さんについてはもう何も言うことはないというか言えないし、彼女たちについては社会に出た時の金銭感覚が今から心配である。

 

 

 そしてユニフォームというか水着は、もちろん自分指定のスクール水着。安価で大量発注でき、伸縮性があって汎用性抜群なため、貸し出し用として各種サイズを結構な数揃えておいたスクール水着である。

 公平を期すために差をなくすという理由と、そもそも水着を持ってきてない艦娘が多くいることから、そういうことになったらしい。正直言って水着を持ってきてる方がおかしいと思うが、そんなの今さらな話である。

 個人的にも布面積たっぷりで非常に目に優しいので、活用してくれて何よりである。

 

 まぁ、会場のプールには絶対に行かないが。

 正直言えば、美女が大勢で水着でプールなんて男のロマン(欲望)を感じざるを得ないが……一応こちらは指輪を渡した(不可抗力)相手が多数いる身。そして彼女たちを指揮する上司という立場。

 艦娘たちをだらしない表情で眺めてたなんて知られ、あまつさえ拡散されたらと考えると……たまったもんじゃない。おそらくロクなことにならない。具体的には多分叢雲から処される。冗談じゃない。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんな感じでプールには絶対近づかないと心に決めつつ、鎮守府棟(豪農屋敷)をアテもなくうろうろする鯉住君。すると初春と子日、そして、こちらで預かることになったマエストラーレ(見た目は船渠棲姫)とはちあうことになった。

 

 

「おお! お前様ではないか、会えて嬉しいぞ!! 体調はもうよくなったのかえ?」

 

「初春さん、そのお前様という呼び方は……まぁいいか。

迷惑かけちゃって申し訳なかったです。みんな頑張って任務を受けてくれてたのに……」

 

「なぁに、そのような些事、気にするでない!

わらわにとって、お前様のために働けることこそが喜びなのじゃ!」

 

「ホントに申し訳ない……ところで、3人で何してたのかな?」

 

「子日たちはねぇ、今日のお仕事が終わったから叢雲さんに報告してきたんだよぉ!」

 

「え、まだ午前中だけど……あぁ、今日はカイコの世話かな?」

 

「その通りじゃ。新入りのマエストラーレと一緒に世話をしてきたぞ!」

 

「それはご苦労様でしたね。キミもありがとう」

 

「……ハイ」

 

 

 どうやら3人の今日の予定は半休といってもよい内容だったらしい。

 新入りであり、精神的に消耗しているマエストラーレに、叢雲が気を利かせて無理のない仕事を充ててくれたようだ。

 彼女のそういう細かい気配りにはよく助けられている。本当に頼りになる秘書艦だ。

 

 

「うむ、それでのう、お前様。藪から棒ではあるんじゃが、今日は何か予定があるのかや?」

 

「俺の予定ですか? ありませんよ。

提督としての本日の仕事は、叢雲がもう捌いてくれたってことですので」

 

「おお! あの『つんでれ』もたまには役に立つではないか!

ならばお前様、今日はわらわ達に付き合ってたもれ!」

 

「ツンデレって……まぁ確かに素直じゃないところはありますが。

せっかく誘っていただいたんですから、ご一緒しますよ。やりたいこともなかったですし」

 

「おお、来てくれるか!」

 

「やったぁ! 鯉住さんも一緒だ~!」

 

「……ヨロシクオネガイシマス」

 

「はい、よろしくね。

それとマエストラーレちゃんはそんなに固くならないでいいからね。

まだこっちに来て一週間も経ってないし、提督の俺と一緒だと緊張しちゃうかもしれないけど……みんなの反応見てたらわかるとおり、俺に対しては態度を気にしなくてもいいからさ」

 

「……ハイ」

 

「お固いのう。鯉住殿がよいと言うとるんじゃから、素直になればよいというに」

 

「鯉住さんはそんなことじゃ怒らないから、安心していいよっ!」

 

「……ソンナコト言ッタッテ……」

 

「まぁまぁふたりとも。彼女、今までが今までなんだし、ゆっくり慣れてくれればいいから」

 

「むー……まぁよいか、お前様がそう言うなら。

では、参ろうかの。目的地は水族館じゃ」

 

「水族館ですか? 何か用があって?」

 

「うんっ! マエちゃん虫大丈夫そうだから、一緒に虫取りしようと思って!」

 

「あー、なるほど」

 

 

 現在アークロイヤルが主として管理している水族館は、施工当初と比べて格段な進化を遂げている。

 

 三鷹少佐経由で仕入れた多種多様な熱帯魚は皆すくすくと育って、繁殖するほど今の水槽に馴染んでいる。

 ちなみに鯉住君のもともと飼ってたフグたちも引越し済み。以前よりも大きな水槽で優雅に暮らしている。(鯉住君は基本的に毎日餌をあげに出向いていたりする)

 

 それにプラスして、水に栄養素を溶かして魚が住みやすい環境にするために、アークロイヤル監修、妖精さん実働により、施設内にはジャングルと見まごうばかりの密林が生い茂っていたりもする。

 

 おかげで下流域に行けば行くほど、堆積した落ち葉からポリフェノールが染み出す環境が出来上がっており、うっすらとしたブラックウォーターが生成されている。

 特に最下流の大規模人工池は、濃い茶色に着色されていて、向こう側が目を凝らさないと見通せないような状態。

 鑑賞しにくい反面、そこで暮らす南米産熱帯魚……いずれも50㎝を超えるサイズの大物たちにとっては安心できる環境らしく、飼育環境では繁殖が難しい種類のブリードにも成功している。

 

 

 そして実は魚だけではなく、この施設内……というか、件の大規模人工池があるドーム状の区画には、各種甲虫が屋内飼育されている。

 いつだったか鯉住君と天龍がノリノリで捕獲してきたカブトムシとかカナブンとかだ。

 

 もちろん彼らものびのびと暮らしながら繁殖しており、結構な数に増えていたりする。

 熱帯魚の世話はアークロイヤルがしているが(というか鯉住君以外には世話させてくれない)、甲虫の世話は妖精さんたちが担当しており、うまいこと相性よく噛み合っているようだ。

 特に妖精さんたちは甲虫たちを騎馬に見立てた騎馬戦ならぬ騎虫戦に興じていたりと、甲虫たちと仲が良い。甲虫たちに本来ない知性が備わってきている気がするが、気にしてはいけない。

 

 

 

 そういうことなので、今現在の水族館は、水族館にして植物園、そして昆虫ふれあいコーナーといった装いとなっている。

 子日が言ってた『水族館で虫取り』というのは、なんにも間違った表現ではないのだ。

 

 

「誰が一番採れるか競争しようよっ!」

 

「頑張リマス……」

 

「だからそう固くなるなと言うておろうに」

 

「まあまあ」

 

 

 なんだかんだマエストラーレはある程度は心を開いてくれている様子。それを見て、ほっと一安心な鯉住君である。

 同じ長女つながりで、なおかつマイペースに周りを引っ張っていってくれる初春に彼女の世話を任せたのは大成功だったようだ。

 

 

 

・・・

 

 

 移動中……

 

 

・・・

 

 

 

 途中で倉庫で虫かごを回収して、水族館の植物園エリアがあるドームまでやってきた一行。

 予定通り虫取りを始めようとしたのだが、茂みの奥からガサゴソと、何かが動く音が聞こえてきた。

 

 

「……あれ? なんだろ、誰かいるのかな?」

 

「ふむ。ウチのメンバーは皆、本日は予定があるはずじゃが」

 

「ってことは、お客さんの誰かかなっ?」

 

「そうかもしれない。とにかく確かめてみよう。

……おーい、誰かいるのかな?」

 

 

 鯉住君が呼びかけると、それを耳にしたのかガサゴソという音が近づいてきて、茂みの中から人影が現れた。

 

 

「……こんにちは」

 

「あ、朧さんじゃないですか」

 

 

 顔を出したのは、横須賀第3鎮守府所属の、駆逐艦・朧改だった。

 

 提督指定の芋ジャージをしっかり着用してくれており、これには鯉住君もニッコリ。彼女は駆逐艦にしては女性的な体つきをしているので(混浴対局で不本意ながら確認済み)、ボディラインがしっかり出る制服艤装だと、なにかと精神衛生上よろしくない。

 

 そしてそのタイミングで、奥の通路からも新たに2人の人影が。

 

 

「朧ちゃーん、虫さんは採れたの? ……ひゃっ! こ、鯉住さん……!」

 

「ッ……! ……久しぶりです」

 

「あ、あぁ、潮ちゃんに曙ちゃんか……ふたりとも久しぶりだね……」

 

 

 朧とは別の方向、通路の奥から現れたのは、これまた横須賀第3鎮守府所属の駆逐艦、潮改と曙改であった。

 

 朧は別に何ともないような普通の反応だったが、このふたりは鯉住君に対して何か思うところがあるのだろうか、なにやら距離感のある反応をしている。

 具体的には潮は曙の後ろに隠れているし、そんな潮と鯉住君の間に壁を作るように立つ曙は、鋭い目で彼のことをにらんでいる。

 

 

「ええと……もっと楽にしてくれていいよ」

 

「ひえぇっ! すいません!」

 

「……お気になさらず。潮が怖がります」

 

「そ、それはすまなかった……」

 

 

 なかなか受けない塩対応で地味に傷つく鯉住君だが、実は彼女たちの塩対応にはちゃんと理由があったりする。

 

 

 潮については、彼と混浴対局をした際に男性の肉体を見てしまった記憶と、漣たちによる鯉住君を素材にしたアンチ倫理的な作品群の印象が重なっているせいで、彼のことがまともに見られなくなってしまっている。

 そんな態度をとっているからか、鯉住君からは特に親切に対応されているのだが……そもそも彼のことをセクシャルな対象として捉えてしまっているため、話をするたび恥ずかしさが増していくという状態になっている。一言で言うと、むっつりともいう。

 

 曙については、彼に対しての好感度が高い(外見で侮ったりせず、紳士的に接してくれる人間なため)うえに、自身が認める一ノ瀬中佐も彼のことを悪く思っていない状況なので、実は避けるどころかむしろもっと話したいと思っている。しかし、そんな彼は今、自分たちを置いてよその鎮守府に行ってしまい、あまつさえ自分たちをほっといて他の艦娘たちと重婚なんてしている。

 ……そんな事実が気にくわない。理屈じゃわかってるけど、気にくわないものは気にくわない、なんてことを思っていたりする。一言で言うと、素直になれないともいう。

 

 そしてそこまで拗らせた感情を持たれているとは思っていない鯉住君は、なぜ自分が塩対応を受けているのかよくわかっていなかったりする。紳士的な対応をしている自覚はあるのに……

 

 

 悲しいすれ違いというか、誰も得しない状況というわけだ。

 

 

 ちなみに朧については、今出た全員の考えを理解しているため、平然としたものである。

 わかっているからと言ってフォローを頑張ったりしないあたりが彼女らしい。

 

 

「えー、あー、3人は虫取りかな? こっちも虫取りに来たんだけど」

 

「はい。と言っても、虫取りしたかったのは私だけで、曙ちゃんと潮ちゃんは付き添いです」

 

「そうなんだ」

 

「珍しいお魚もいるって聞いたから、みんなで来たんです。だよね? ふたりとも」

 

「は、はい……ごめんなさいっ!」

 

「……朧の言う通りです」

 

「そ、そっか……まぁ、その、別に自由にしてくれていいから、ゆっくり楽しんでいってね」

 

 

 このようなしょっぱい反応を研修時からとられていたので、特にこのふたりには努めて優しく接するようにしているのだが……その努力が実ることはなさそうだ。

 

 紳士的な態度により好感度はぐいぐい上がるものの、むしろそれは逆効果。

 潮にしたら恥ずかしさから、曙にしたらその好感度の高さから、思春期特有のトゲっぽい反応になってしまっているのだ。

 お互いのすれ違いが加速していく、どうしようもない状況が出来上がっているといえる。

 

 こんな気まずい状況に陥ってしまい、しかも話が全く続かない。

 彼女たちも自分と一緒に居たくはないだろうと思い、戦略的撤退を決めた鯉住君は話を切り上げることにした。

 

 

「そういうことで、邪魔しちゃ悪いし俺たちはもう行くから……」

 

「「「 …… 」」」

 

 

 潮と曙のふたりからなんとも言えない、朧からやれやれといった視線を受けながら、逃げるように背を向けてUターンしようとしたのだが……

 

 

「ははーん、なるほどのう……だいたいつかめたのじゃ」

 

 

 初春が何かに納得したような反応をして、去ろうとする鯉住君の袖をぐっと引っ張った。

 

 

「え、ちょ、初春さん……どうしたんですか?」

 

「まぁ待て待てお前様。ここで会ったのも何かの縁というものじゃろう?

ちと話をしていったらどうじゃ?」

 

「え゛!? い、いやぁ、そんなに俺、歓迎されてないみたいなんで、いいかなって……」

 

「はー、謙虚なのは美徳のひとつじゃが、行き過ぎるとよくないぞ?

なぁ、そこの……朧といったかのう、お主もそう思うじゃろ?」

 

「そうですね。もっと自信持ってください」

 

「えー……? どういうことなの……?」

 

「まぁよいわ。お前様、そこなふたりに話を振ってやってたもれ」

 

「えー、うー……ま、まぁ、初春さんがそう言うなら……」

 

 

 潮と曙からは嫌われているだろうと考えているので、初春と朧がどういう意図なのかさっぱりつかめず、困り顔の鯉住君。

 とはいえ初春が実は思慮深い性格だということをよく知る彼は、意図はわからずとも意味はあるだろうと考え、彼女の提案に乗ることにした。

 

 

「……あー、そうだな……そういえばみんなは今日の水球大会に出場するはずだったよね。こんなとこで時間つぶしてて大丈夫? 事前練習とかってしなくていいのかな?」

 

「ひぃうっ!? そ、その……だ、大丈夫ですっ!!」

 

「別に……漣が勝手に参加登録しただけなので」

 

「あー、あのピンクめ……自分が出ないクセに姉妹を勝手に登録したのか……

……ふたりとも、漣さんに付き合って、無理して出場しなくてもいいんだよ?

もし嫌だったら俺の方から取り消すように伝えておくし、普通にプールで遊びたいならそうしてくれて構わないから」

 

「だ、大丈夫ですからっ! ごめんなさいっ!」

 

「……心配してくれなくても、みんなで出ますから」

 

「う、うぐっ……! そ、そっか、余計なこと聞いちゃったね……」

 

「そ、そんなことありませんっ……! 全然、その、鯉住さんは悪くないですっ!」

 

「……私たちはいつでも出撃できるようにしてますから。時間になるまで暇つぶししてるんです」

 

「そ、そっかぁ……」

 

 

 中学生相当のふたりとの会話でダメージを受ける鯉住君は、思春期を迎えた娘との距離感がわからず苦悶するお父さんそのものだった。

 その様子を見て満足げにしているのは初春と朧だ。

 

 

「ふむふむ。やはりあのふたり、鯉住殿を嫌っているわけではないようじゃのう。

なあ? 朧とやら」

 

「そうだよ。ふたりとも信頼できる男の人って鯉住さんが初めてだから、素直になれないんだよ」

 

「やはりか。ウチにも同じような『つんでれ』がおるのじゃ」

 

「ふーん」

 

「ねぇ、姉さん、鯉住さん困ってるよ? 助けてあげなくていいのぉ?」

 

「よいよい。心配無用じゃ。鯉住殿はあれしきでどうにかなるような器の小ささはしておらん。

それに、我らが鎮守府以外にも理解してくれる者を増やしておくいい機会じゃろ? 提督という仕事は幅広い人脈も必要なのじゃ。

まぁ、人脈も信用も鯉住殿はすでに十二分にもっているものじゃから、これ以上どうのこうのということもないじゃろうが」

 

「うーん。それはそうだろうけど、大丈夫かなぁ?」

 

「大丈夫だよ。えーと……お名前は?」

 

「子日だよっ!」

 

「子日ちゃんだね。私は朧。

うちの潮ちゃんと曙ちゃんは、鯉住さんのことは好きだけど素直じゃないだけだから。鯉住さんもふたりが悪い子じゃないのはわかってるはずだよ」

 

「それはそうかもだけど、なんだか無理してるみたいで……」

 

「子日は心配症じゃのう。……まぁよいか、それならばついでに……マエストラーレや」

 

「!? ワ、私……?」

 

「そうじゃとも。お主、話に混ざって参れ」

 

「エエッ!? ソ、ソンナイキナリ……」

 

「お主、横須賀第3鎮守府で暮らしておったのじゃろ?

だったら顔を知る者だけの空間なのじゃから、深海棲艦だの転化体だの面倒くさいことは気にせず、好きに振舞えるじゃろ? なぁ、朧や?」

 

「そうだね。当然だけどマエストラーレちゃんの事情は潮ちゃんも曙ちゃんも知ってるし、色んな状況に慣れるのにはちょうどいいかもね」

 

「ということじゃ。行ってこい」

 

「ソ、ソンナ乱暴ニ……朧チャン止メ……ヒャ、ヒャアッ!」

 

 

 半ば無理やり会話に参加してくることを求められたマエストラーレは、初春と朧に背中を押されて、冷や汗をかく鯉住君とあたふたする潮ともやもやした表情の曙が向かい合う場に突入させられた。

 

 

「あ、あれ? マエストラーレちゃん、どうしたの?」

 

「エ、エト、ソノ……」

 

「あ……マエストラーレちゃん……」

 

「ウ、潮チャン……ソノ、エット……」

 

「あ……そうか、ふたりは元々同じ鎮守府に居たから知り合いなのか。

……ということは、潮ちゃんだけじゃなくて曙ちゃんもマエストラーレちゃんと仲良かったの?」

 

「……まぁ、そうです」

 

「そ、そっか」

 

 

 潮は元々戦いを好まない性格で、できれば深海棲艦とも仲良くしたいと思っている(これは三鷹少佐のところの電も同様)。他の一般的な艦娘は戦うことを是としているのを踏まえると、これはかなりイレギュラーというか公にできない思想だったりする。

 そういうことで、深海棲艦の見た目になってしまったマエストラーレと偏見なく最も親しくしていたのは、実はこの潮だったのだ。

 そして潮と仲良くしている他の第七駆逐隊(朧、曙、漣)メンバー3人も、その縁からマエストラーレとはかなり交流していた。

 

 

「それじゃ……時間もあるみたいだし、よかったらマエストラーレちゃんがそっちに居たときのこと、教えてくれないかな?

彼女、これからはこっちで暮らしていくことになるから、些細なことでも知っていた方が過ごしてもらいやすくできるかと思って。

えーと、その……嫌じゃなければだけど……」

 

「えっと、は、はいっ! わかりましたっ!」

 

「……変なことは聞かないでくださいね?」

 

「うっ……あ、曙ちゃんは嫌だったかな? だったら無理しなくても……」

 

「嫌なんて言ってません」

 

「そ、そっか……ならいいんだけどね……

マエストラーレちゃんも細かいことは気にせずに、好きなこととか好きな料理とか、いろいろ教えてくれないかな?」

 

「ワ、ワカリマシタ」

 

 

 全員が全員ぎこちないなんとも言えない空気の中、マエストラーレを話題の中心に据えて、会話の輪が出来上がった。

 それを見る初春と朧はやっぱり満足げだ。

 

 

「うむうむ。仲良きことは美しきかな。

マエストラーレもこれで少しは心を開いてくれるとよいのう」

 

「潮ちゃんと曙ちゃんはいい子だし、鯉住さんも優しいから大丈夫。

ていうか初春ちゃん、マエストラーレちゃんと仲良くしてくれてるんだね。ありがと」

 

「なに、気にするでない。それが提督命令じゃし、これから共に過ごす仲間じゃからの。存分に自分を出し、元気よく活躍してもらわねば。

……さて、話が盛り上がってきたようじゃし、わらわ達も会話に参加するかの」

 

「そだね。鯉住さんと会うの久しぶりだし、いろいろ聞いちゃおうかな」

 

「……むっ。鯉住殿はわらわの旦那様じゃからな?

鯉住殿自ら選ぶならともかく、横恋慕は許さぬぞ?」

 

「あはは、大丈夫。漣ちゃんほどお熱じゃないから」

 

「その漣ちゃんをよく知らんのじゃが……まぁよい。

行くぞ子日よ! 鯉住殿の下に友軍艦隊として馳せ参じるのじゃ!」

 

「わかったよぉ! 子日も横須賀第3鎮守府について知りたかったんだっ!」

 

「うむ! ……お前様ー! わらわ達も混ぜてたもれ!」

 

 

 そこからその場にいた全員で会話に華を咲かせ、充実した時間を過ごすこととなった。

 最初はギクシャクしていた面々も、マエストラーレという共通の話題ができたことで、そして初春と朧というマイペース組が参加したことで、楽しく話をすることができたようだ。子日の明るさも場を盛り上げるのに一役買っていたとか。

 

 そのおかげで潮と鯉住君の距離感は普通に会話できるところまで縮み、マエストラーレは本来の明るい性格を少しづつ取り戻せることになった。

 これには鯉住君もホッと一息。嫌われていた(と思い込んでいる)潮から少しは信用を得られたことと、心に傷を負っていたマエストラーレが少しでも笑顔を見せてくれるようになったのは、彼の中で大きな前進だった。

 

 ちなみに曙については態度が変わらなかった。もともと照れ隠しでつっけんどんな態度をとっているので、そりゃそうだろな、というところではある。

 しかし鯉住君としては『少しでも距離感をちぢめられたらなぁ』なんて思っていたので、これはちょっとショックだったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 余談

 

 

 このあとの水球大会についての話題が再度出て、鯉住君は欠席表明をしたのだが……

 その際に潮と朧から『頑張るから応援してください』との言葉を受け、さらには曙から『艦娘の水着が見たいだけなんですよね……最低です』からの『来てほしくないとは言ってないんですけど』の、黄金ツンデレコンボを食らって、結局観戦に行くと約束をしてしまうことになったとか。

 

 水球大会は目に毒といったレベルではなく、艦娘がお互いにしのぎを削る中、鯉住君は性欲と数時間格闘することになった。

 駆逐艦ならまだよいが(よくない子もいっぱいいたが)、空母勢や戦艦勢のスクール水着は破壊力がすごかったとかなんとか。

 

 おかげで彼は股間の紳士が目を覚まさないことに全力を向けることを強いられ、サケの産卵やイワシの回遊、ヌーの大移動やアマゾン川の生態系などなど、ネイチャー映像を脳内再生しながら乗り切ることになった。

 




 水球大会の結果は、チームバトルシップス(長門、陸奥、伊勢)とチームホークス(祥鳳、瑞鳳、大鳳)の同時優勝でした。
 そしてチームセブンス(朧、曙、潮)とチームドラゴンズ(蒼龍、飛龍、雲龍)が同時準優勝。7駆の面々は一ノ瀬中佐と鯉住君にいい所見せようと頑張ったみたいですね。

 優勝賞品とされてた株式譲渡については、候補がいっぱい出たし、みんな頑張ったからという理由で、大本営の艦娘運用部署(管理:大淀改)に進呈されることになったとか。
 艦娘が将来的に社会とうまくやっていくための原資として運用される予定のようです。



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第146話

皆さん本当にお久しぶりです。

転職をキめたものの、モロにコロナの影響を受ける職場で、日々ヒィヒィ言っております。
なんて一か月以上ぶりとなる久しぶりの更新の言い訳をしつつ、始めていきますね。


・・・


前書きのおまけ・みんなの改二事情


叢雲・研修中の演習で、初春に勝利するために限界を越えた

古鷹・熊野による実践演習の最中に、砲撃・魚雷・下駄ばき機によるひとりジェットストリームアタックを捌くために覚醒

天龍・地獄の研修中にいつの間にか改二になってた。それを見て神通が訓練(拷問)を強化したせいで、喜びよりも絶望の感情が強かったとか

龍田・天龍と一緒

北上・主導教官である巻雲との対局中に、彼女の肌感覚を掴み、覚醒。その一局のみ北上は巻雲に勝利できた

大井・ほぼ北上と同様。彼女の場合はその一局で、初めて主導教官である香取の鉄壁の守りを突破できた。それ以降は一勝もできず

足柄・一ノ瀬中佐の部下時代、本土大決戦の際に覚醒。彼女率いる分隊は、沖の鳥諸島で3倍の兵力を相手に見事戦い抜いた

アークロイヤル・未だに改ですらない

天城・ワサビ食べて改になった




 日本海軍のVIPがこぞって集まる、しかもその全員が何かしら無茶ぶり案件を持ってくる、それに精神をやられて自室に提督がひきこもる……

 ここ数日間でラバウル第10基地では色々とあったが、ついに本命である、欧州救援組が帰ってくる日となった。

 

 正確に言うと後続組である横須賀鎮守府の面々は来ないので、欧州救援組と言ってもメインで大暴れしてきた佐世保第4鎮守府の面々だけを出迎えることとなる。

 もっと言うとその中には、ここラバウル第10基地で主力として頑張ってくれている天龍と龍田も含まれており、鯉住君はふたりの帰還を心待ちにしていた。

 

 欧州は世界でも稀に見る深海棲艦高密度地域。やはり自分の部下がそんな危険地帯に赴くことにはぬぐい切れない不安を感じるものだ。佐世保第4鎮守府の阿修羅たちがメイン戦力なので、十中八九安全は保証されているとしてもだ。

 

 ……まぁ、実際は救援作戦が成功した段階で『完全勝利』の電文を受け取っているので、心配する要素などもう残っていないのだが。

 

 

 そういうことで、天龍から『もうすぐ到着する』という割と雑な電文を受けた鯉住君と叢雲は、鎮守府棟の正面玄関で待機している状態だ。

 

 

「ふたりに会うのも久しぶりよね。無事に作戦を完遂できたようだし、報告が楽しみね」

 

「そうだな」

 

「話に聞くトンデモな人たちと激しい戦場を経験してきたんだから、さぞかし実力も上がってるんでしょうね」

 

「そうだな」

 

「それにしてもよかったわね、無事に帰ってくるみたいで。アンタずいぶん心配してたでしょ? 隠してるつもりだったみたいだけど」

 

「そうだな」

 

「……? アンタがそういうの、素直に認めるなんて珍しいわね」

 

「そうだな」

 

「……今日の晩御飯は、天龍と龍田、ふたりの帰還祝いも兼ねて料理バトルイベントをやるそうよ。足柄がヒレカツ定食で間宮さんがサバ味噌定食だとか。アンタはどっちを選ぶつもり?」

 

「そうだな」

 

 

 

「……ちょっと」

 

「……あ。……ゴメン、ええと……ヒレカツ定食……」

 

 

 

 完全に上の空の鯉住君。その様子に呆れる叢雲は、ため息ひとつ吐いてからジト目で小言を続ける。

 

 

「ハァ……いくら心待ちにしてたふたりの帰還だからって、呆けてんじゃないわよ」

 

「す、すまん」

 

「全員目立った被害もなく任務完了したって連絡来てたでしょ?

今さら心配する意味なんてないじゃない。仮にもウチのトップなんだから、もっとシャンとなさいな」

 

「それはそうなんだけど、気持ちが追い付かなくてね」

 

「ま、アンタのそれは心配というより……特別な艤装まで出してあげたふたりに会いたくてしょうがないんとか、そういうのなんでしょうけど」

 

「う……ま、まぁ、そうだな。心配してた分、顔を見て安心したいということかもしれないな。特別な艤装については欧州へ出発する前に出してあげられてよかったよ。少しはふたりの負担を軽くできただろうし」

 

「……私たち、他のメンバーの負担は楽にしてくれないのかしら?」

 

「まぁ、大きな作戦もないし、その必要は今のところないかなって。……アレ、死ぬほど恥ずかしいし……」

 

「部下の安全のためなら、そのくらいなんてことないんでしょ?」

 

「ちょ、ど、どこでそんな……誰にも話してないのに……!?」

 

「夕張からよ。アンタの考えてることくらい、見てる側からすれば筒抜けだったみたいね。よほど恥ずかしいこと呟いてたみたいじゃない」

 

「や、やめてくれ叢雲……! 思い出しただけで鳥肌がっ!!」

 

「『俺にできることはこれくらい、ならば、せめてありったけを……!』みたいな感じだったかしら?」

 

「うわあああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 叢雲の無慈悲なトラウマほじくりにより、頭を抱えてうずくまってしまった鯉住君。

 そもそもそんな一挙手一投足まで伝わるほど鎮守府内でその話が広まっているあたり、彼がいかに愛されているかという話である。

 

 ちなみに叢雲は普段はもっと彼に対して優しい(口は悪め)のだが、今回の特別な艤装の一件については思うところがあるらしい。けっこう辛辣な態度になっている。

 真面目で(根は)優しい彼女のことだ。着任半年記念でチョーカーを貰って以降、公平性を損ねるとかいう納得できそうでできない理由でなにも貰えていないのを根に持っているわけではないだろう。きっとそうなのだろう。多分。メイビー。

 

 

 そんな感じでいつも通りの漫才を繰り広げていると、いつものエンジン音が聞こえてきた。

 待ちに待った欧州遠征組の到着のようだ。

 

 

「あ、来たみたいよ。そろそろ立ち直りなさい。ほとんどない威厳をちょっとでも絞り出しなさい」

 

「叢雲なんか今日辛辣すぎない!? ……と、そんなこと言ってる場合じゃない!

トラウマでうずくまってるとか……そんな恥ずかしい姿、加二倉さんには見せられない!」

 

「はいはい。いいからシャンとしなさい」

 

 

 

・・・

 

 

 

 ほどなくして鎮守府棟前には、エンジン音の主である大型バスが到着した。

 当然の権利のように大型バス。ほかのメンバーと違って滞在期間は短いものの、人数の事前連絡なしで数十人で来るとかいう暴挙である。

 

 そしてバスが完全に停車し、扉が開くと、すごい勢いで何人か降車してきた。しかもこっちにダッシュで向かってきた。

 

 

「龍ちゃーん!! 久しぶりーっ!!」

 

「ぽいぽいのぽーいっ!!」

 

「え……ちょ、やめっ!!」

 

 

「「 とっつげきーっ!! 」」

 

 

「ちょ、待って! タックルはやめ……ゴブウッ!!」

 

 

 さながらミサイルの如く飛び出してきたのは、佐世保第4鎮守府でも最年少なふたり。清霜と夕立(元レ級)だった。

 すごい勢いでダイビングタックルを決めたせいで、鯉住君は数メートル吹っ飛ばされてしまった。

 鯉住君とて彼女たちの姿が見えた瞬間にこうなることは予想していたのだが、実力オバケで高速な駆逐艦のふたりが相手では分が悪い。対策をとる暇もなく、無抵抗でクリティカルヒットを食らってしまった。

 

 ちなみに叢雲はドン引きしている。

 清霜夕立コンビのスピードが速すぎて見切れなかった驚きやら、人間が数メートル吹っ飛んで大丈夫なのかという懸念とか、鬼ヶ島から来た常識外の艦娘たちの情報インストールとか、色々考えがまとまっていない様子である。

 

 

「うごふっ……だから、急にタックルするのはやめてって……言ってるでしょ……」

 

「だってー!! 楽しみにしてたんだもん!」

 

「ハンターの本能には勝てないっぽい!! がるるー!!」

 

「だってじゃありません……偉い人もたくさんいるんだから……それくらいは守って……痛たた……」

 

「むー! 久しぶりに会えたのに龍ちゃんが冷たい! 龍ちゃんのバカ!」

 

「ファッ〇ンコールドっぽい!! ソロモンは暑いのにおかしいわ!」

 

「ああもう……ふたりとも、汚い言葉は使っちゃダメじゃない……」

 

「「 ブーブー!! 」」

 

 

 なんか保護者と子供みたいなやり取りをしつつ、カラダに清霜夕立ダブルバルジを装着したまま立ち上がる鯉住君。

 するとそこには見慣れたメンバーがずらりと並んでいた。一連のやり取りをしている間にバスから降りてきたらしい。

 

 

「ああ、と……皆さんお久しぶりです。よくおいでくださいました」

 

 

 駆逐艦2名をくっつけているという、なんとも締まりのない見た目をしているが、ここにそんな些細なことを気にするメンバーはいない(鯉住君と叢雲は普段なら絶対気にする)。

 そんな鯉住君の歓待の言葉を受け、代表者である加二倉中佐が会話を引き継ぐ。

 

 

「うむ。こちらこそ場所の提供をしてもらったことに感謝する。

色々と公にできないことが重なったのでな。本土で会談するよりも、こちらで会議をする方が遥かに情報漏洩の危険が少ない」

 

「加二倉さん……それってつまり、欧州救援に成功したって報告以上の出来事があったってことですか……?」

 

「端的に言うとそうなる。公表した情報の他に2点……いや、3点、4点か? まぁ、色々とある」

 

「薄々そんな気はしてたけど、やっぱりそうなんですね……ハァ」

 

「当然ながら貴様に直接関係のある案件もある。それについては全面的に任せる」

 

「アッハイ……」

 

 

 厄ネタ満載、さらにそのうちいくつかはこっちにブン投げる気マンマンらしい。

 人類最強格と言ってもよい加二倉中佐から仕事を丸投げされる。それはつまりよっぽど実力を認められている証……なのだが、豪速球(多分)を投げられる本人からしたらたまったもんじゃない。

 鯉住君はげんなりして見た目年齢が5歳はプラスされている。

 

 

「わかりました……ま、まぁ、それは後々に置いておくとして……今回は佐世保第4鎮守府の全員でいらっしゃったんですか?」

 

「そうだ。……ああ、いや、武蔵は置いてきた。奴は鎮守府から出してはいけないということになっているからな。

それとメンテ班も置いてきた。ここで議題に上がるのは、憲兵見習いには必要ない情報であるからな(加二倉中佐のところでは、憲兵見習いがメンテ班として実務研修をしています)」

 

「そういえば武蔵さんはそうでしたね」

 

「うむ。話題も出たことであるし貴様等、鯉住に挨拶しろ。気が知れた仲ではあるがな」

 

 

 加二倉中佐の言葉を受け、ゾロゾロと前に出てくる艦娘たち。

 その中から最初に声をかけてきたのは、賑やかなふたりと物静かなひとり。川内、神通、那珂の軽巡3姉妹だった。

 

 

「やっほー! 龍ちゃん元気してたー?」

 

「お久しぶりですね、龍太さん。お変わり無いようで何より」

 

「キャハッ! 那っ珂ちゃん登場~☆

今回の会議でもちゃんと那珂ちゃんのことプロデュースしてね~☆」

 

「皆さんも相変わらずで。

神通さんと那珂さんは欧州遠征組でしたよね。無事で何よりです」

 

「ふふ。久しぶりにカラダが火照ってしまう、いい戦闘ができました」

 

「那珂ちゃんも! ヨーロッパにいいライバルができちゃった!」

 

「神通さんが満足できる相手が、この世にまだ存在してたんですね……怖ぁ……

ていうか那珂さん、ライバルとはいったい……?」

 

「那珂ちゃんとのダンスバトルに最後までついてこれたんだよ!?

あれだけホットな勝負ができるのなんて初めてだったから、那珂ちゃんちょ~っと本気になっちゃった☆」

 

「えーと……ダンスバトル? ワケが分かりませんが、ワケがわかんないおかしい相手がいたってことは伝わってきました」

 

 

 どうやら深海棲艦側に、那珂の流儀を理解できてそれに付き合える感性を持ち、なおかつこの三日三晩踊り続けられる体力お化けと張り合える相手がいたということらしい。

 マトモな相手ではない。とんでもない変態である。そして相当な猛者である。

 

 さらに神通が言っていた満足できたほどの相手……化け物クラスなのは間違いないが、その個体は那珂が言うライバルとは別物なのだろう。

 とんでもないのが少なくとも二体は居たということになる。やっぱり欧州は魔境だ。

 

 そんなことを考えつつ鯉住君が呆気に取られていると、それを補足するように欧州救援組である五月雨、龍驤が話に入ってきた。

 

 

「あのっ、那珂ちゃんさんが言うライバルなんですけど、本当にすごかったんですよ!」

 

「あ、知ってるんですか? 五月雨さん。

……って、それは当然か。一緒の艦隊に居たわけだし」

 

「ええと……那珂ちゃんさんがやる気を漲らせて『那珂ちゃんが相手するからみんなは先に行ってて! 五月雨ちゃんはオーディエンスよっろしく~☆』って……

だから私と那珂ちゃんさんしか、その相手とはマトモに対峙してません」

 

「えぇ……? どう考えてもその相手って二つ名個体ですよね……?

なんで一対一で対戦しようとか考えちゃうの……?」

 

「ハハッ。そりゃ~キミ、日頃の訓練の成果とか実力を出し切れない鬱憤とかをぶつけられる相手やで?

そこでタイマン張らんで、いつタイマン張ったらええっちゅうねん」

 

「あっ、龍驤さん……そもそも艦隊単位で行動して、安全第一を心がけてくださいよ。心臓に悪いじゃないですか」

 

「大袈裟やな~、キミ。出世しても心配性なところは変わっとらんね」

 

「何度も言ったと思いますけど、こちらの考え方が普通ですからね?

対戦ゲームじゃないんですから……」

 

「ウチらには要らん心配やな。気持ちだけ受け取っとくで! アッハハ!」

 

「本気で言ってるんですけどねぇ……ところで龍驤さん、なんだかゴキゲンですね。いいことがあったんですか?」

 

「ビンゴ! わかっちゃうんやな~! 実はウチ、久しぶりに必殺技出せたんよ!」

 

「え!? あ、あの残虐で極悪非道で文字通り必ず殺す必殺技を!?」

 

「……なんやねんキミ、無意識にウチにケンカ売ってへん……? ……ま、ええわ。

ふっつーのナマモノには使う気もおきひん必殺技やけど、ごっっっつい固い奴がおったからな。ちょうどええやん! ってことで、ウチが相手したったんや!」

 

「うわぁ……お相手さん、ご愁傷様です……」

 

「ちなみに今回使ったのは、龍驤流式神戦斗術・式神千枚遣『血飛沫鎌鼬(ちしぶきかまいたち)』やな!!!」

 

「相変わらずぶっ飛んだネーミングセンスっすね……」

 

「やっぱりキミ、ウチにケンカ売ってへん?」

 

「滅相もないです。滅相もないです」

 

「なんで二回言うね~ん! ガハハハ!!」

 

「なんかもう、嬉しそうで何よりです……」

 

 

 どうやら龍驤も二つ名個体級の化け物とタイマン張ってきたらしい。

 艦隊行動をとるとかいう概念がないあたり、やっぱりこの人たち頭おかしいと言わざるを得ない。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんなこんなで会話のたびに呆れるやらツッコミを入れるやらしつつ、残りのメンバーからも挨拶を受けることになった。

 そして佐世保第4鎮守府の艦娘全員と軽い会話を終えたあとは、死んだ魚のような眼をした叢雲に鎮守府案内を任せることにした。

 

 現在この場に残っているのは、怖い人たちに囲まれていたせいで存在感を消していた天龍龍田の2名のみである。

 鯉住君にくっついていた清霜と夕立もちゃんと他のメンバーについて行ってくれたので、彼はやっと解放された形になる。

 

 ちなみに鯉住君としては天龍龍田のことはずっと気になっていたのだが、他のメンバーの相手を優先しないと色々不都合が発生しそうだったので、やむを得ず後回しにしてしまっていた。

 なにより本人たちが空気でいるよう努めていたのに、そこに声をかけるほど彼は空気が読めない男ではない。

 

 鬼たちの気配が消えたおかげで、辺りの空気が一気に緩む。それを感じた天龍と龍田は、ようやくホッとして自由に話し始めた。

 

 

「はー……ようやく気が抜けるぜ……帰ったぜ、提督」

 

「そうだね~。教官たちの話に割って入ったりなんかしたら、大変なことになっちゃうもんね~……提督、ただいまぁ」

 

「なんか色々とお疲れ様、ふたりとも。無事に帰ってきてくれて本当にうれしい。

……満足いく戦いはできたかい?」

 

「おう! 提督のくれた新艤装がすごすぎでよ!!

今まで被弾覚悟で突っ込んでた場面でも、余裕で回避しながら突撃できるようになったぜ!!」

 

「回避しながら突撃って……ま、まぁ、少しは役に立ったようでよかったよ」

 

「うふふ~。提督がこの艤装を出してくれたときのことを思い出すと、頬が緩んじゃうな~」

 

「そ、それは何というか……心の中だけににとどめておいてくれ……恥ずかしいからさ」

 

「何言ってんだよ。あんなに嬉しいこと言ってくれたのに、隠す必要なんてないだろ?」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、恥ずかしいものは恥ずかしくてね……

……まぁ、それは置いておくとして、俺が一番気にしてたのは選択肢を増やしてあげられたかってことなんだ。

戦うことしか選べない状況じゃ、戦闘には勝ててもそれだけになってしまう。実力があれば余裕ができて視野が広がる。貧すれば鈍するともいうし、その逆もまた然りってところだ。

今のアークロイヤルの時にそうしてくれたように、言葉が通じる相手なら別のやり方があるかもしれない。

あの艤装には、そういう余裕が作り出せるようにと想いを込めたんだよ」

 

「……? なんか難しいこと言ってるけど、要はあれか?

俺がやりたいようにできたかってことか?」

 

「あー……まぁ、そういうことだね。敵を倒す以外の何かでも見つけてくれればと思ってさ」

 

「そういうことなら提督の考えた通りにできたぜ! ちょうどいいから呼んじまうか!

おーい、出てきていいぞ!!」

 

「……え?」

 

「うふふ~」

 

「いや、あの……龍田さん、どういうことっすか……?」

 

「それは見てのお楽しみ~」

 

「ちょっとその笑顔怖いんですけど!?」

 

 

 感動の再開になる予定が、なんか不穏な気配が漂い始めた。

 身構える鯉住君に構わず、バスの中から誰かが降りてきた。まだバスが出発していなかったのは、誰かが残っていたかららしい。

 その誰かとは……

 

 

「は、早霜さんと……誰!?」

 

「おひさしぶりです こいずみさん」

 

「……Enchantée Je m'appelle Commandant Teste(初めまして。コマンダン・テストです)」

 

「えっと……フランス語か何か? ちょっと何言ってるかわかんないっす……!!」

 

「おあいしたかったわ またいっしょに おなじべっどでねてくださいね」

 

「誤解を招くことを言わないで!? あとさっきのメンバーで早霜さんがいないこと気づかなくてスイマセン!!」

 

「C'est quoi(なんてこと)!!

こんな幼い子に手を出すなんて……Aucun en personne(この人でなし)!!」

 

「何言ってるかわかんないけど、多分俺誤解されてますよね!?」

 

「あー、テストよぉ、提督はそんなんじゃないから安心しろ。

どっちかって言うと真面目な奴だからな。これだけ女に囲まれても誰にも手を出してないし」

 

「何……? それはそれで怖いわ……!!Pédophile(ペドフィリア)でBisexuel(両刀使い)ってこと!?

それなのに自分からは手を出さないなんて……! とんだPervert(変質者)!! 怖い……怖すぎるぅぅ!!」

 

「話聞けよ。真面目な奴って言ってるだろうが」

 

「不穏な単語がちらほらと聞こえてきた!? それ全部誤解ですからね!? 初対面でそんな誤解されたら辛すぎます!!」

 

 

 なんか一気にてんやわんやしてきた。

 さっきまでの天龍との会話の流れを考えると、目の前にいるフランス艦娘っぽい女性と、欧州遠征の際になんやかんやあったんだろう。

 

 さっそく爆弾級の誤解を受けて必死になる鯉住君ではあるが、龍田が助け舟を出してくれた。

 

 

「大丈夫だよ~提督。この子は人一倍怖がりなだけで、話さえできれば意外とマトモだから」

 

「そ、そうなのか、龍田……?

しかしこのフランスの艦娘さんも、そんなに怯えないでもいいと思うんだけど……」

 

「初顔合わせした時からこの調子だったから、個性だと思ってあきらめて~」

 

「……ちなみにその初顔合わせって……?

こういうクセの塊みたいな性格の艦娘って大概、その……」

 

「お察しの通り、転化体だよ~」

 

「やっぱりね!! 薄々気づいてたけど!!」

 

「神通教官が相手したのがこの子だよ~」

 

「ヒィッ!!? 神通!!? その名前は出さないでって言ったでしょ!?

ダメ……あの時のCauchemars(悪夢)が脳裏に蘇えって……!! ……あふん」

 

「き、気絶したー!!? 神通さんのこと思い出しただけで!?

あの人いったいどんな酷いことを!?」

 

「アレはひどかったっていうか……すごかったよなぁ……なぁ、龍田」

 

「テストちゃんじゃないけど、私も思い出したくないなぁ……」

 

「ふたりとも遠い目をしている!? 本当にあの阿修羅、何をしでかしたの!?」

 

「まあまあ やっぱりこいずみさんのまわりは にぎやかですてきですね」

 

 

 目をキラキラさせて嬉しそうにする早霜と、トラウマを思い出して気絶したコマンダン・テストに、遠い目をして当時を思い出さないようにしている天龍龍田。

 

 感動的な再開となるはずだったのに、本当になんでこんなことになってしまったのか。

 どうせ彼女のことも押し付けられるんだろうなぁ、なんて考えつつ 頭を抱える鯉住君なのであった。

 

 




本編その後



「あ、そうだ。提督~、お帰りのハグ~」

「……え?」

「嫌なこと思い出しちゃったから、安心したいの。いつもみたいに抱っこして~」

「いつもみたいにって、そんなことしたことない……って、ニヤニヤしているじゃないか!! 提督のことからかわないでください!!」

「おっ! それいいな、龍田! 俺のことも抱いてくれ!!」

「天龍ちゃん言い方ァ!!!」

「ブフッ……!! い、一緒に抱っこしてもらお~……ブフウッ!!」

「龍田キミ笑ってんじゃないよ!!」

「まぁすてき わたしのことも だいてください」

「早霜さんは乗っかってこないで!!!」


 結局押し切られて全員にハグしたみたいです。
 死ぬほど恥ずかしかったからもう思い出したくないとは本人の談。

 ちなみにその一部始終を、挨拶の時にあまりかまってやれなかった川内に盗撮されていたらしく、早霜経由でその写真は夕雲型ネットワークに拡散されたとか。
 その後、夕雲型全員に波乱が巻き起こったのは言うまでもないことである。



おまけ・今回話に出たバトル一覧(一部グロ注意)



・那珂 VS 深海仏棲姫(二つ名個体・バレリーナ)


 南仏のティレニア海を縄張りとしていた二つ名個体・バレリーナ。
 いつもなにかしらダンスをしており、その邪魔になる行動をとる(視界に入るレベルでもNG)と、問答無用で攻撃してくるという厄介な姫級であり、今回の遠征における討伐対象の一体。

 三日三晩に及ぶダンスバトルの果てに、僅差で那珂の勝利。深海仏棲姫は過労のため轟沈。五月雨は未届け人役として体育座りしながらその様子を眺めていた。
 彼女は深海棲艦が沈んでも復活できることを知っていたらしく、『次ニ会ウトキハ、私ノ創作だんすデ度胆ヌイテヤルカラァ……!!』という捨て台詞を残していったらしい。



・神通 VS 水母水姫(二つ名個体・インビジブル)

 エーゲ海周辺を根城にしていた二つ名個体であるインビジブル。現地で目撃者の全員を消していたために、『目に見えない恐怖の存在』として認知され、インビジブルの名前を付けられていた。
 目撃証言が皆無なうえにその不気味さから、エーゲ海は東欧のバミューダトライアングル扱いされていた。当然危険度も未知数なので討伐対象ではなかった。

 ちなみに彼女の部下というか取り巻きには港湾水姫(二つ名個体・レディ・ツェペシュ。シナイ半島周辺でその名の通りの『芸術作品』を生み出していた)がおり、その非道な行動と相応の危険性から、こちらは討伐対象となっていた。
 こちらについては『実地訓練』の名目で、神通が天龍龍田に戦闘を丸投げし、辛くも勝利。討伐に成功している。

 欧州遠征の帰路において、天龍が以前(レディ・ツェペシュ討伐時)から抱いていた違和感に従って周囲を探索すると、自然洞穴に隠れていた水母水姫を発見。
 一目見てその実力の高さを見抜いた神通により、自分がタイマン張りたいと志願。瑞穂からも自分がやりたいと声が上がったが、じゃんけんに勝利したことで神通がタイマンを張ることに決定。

 インビジブルは砲雷撃については普通の姫級としても頼りないレベルだったが、その他兵器のエグさが尋常ではなかった。
 具体的には……足部艤装に張り付いて爆発し自由を奪う水上撒き菱、レ級と同じような尻尾艤装から発射されるバリスタ(攻城槍)と連弩、無数の球状艤装(たこやき)から放射される硫化水素ガス、催涙ガス、神経毒ガス、海中でも燃え盛る火炎(グリークファイア)、などなど。

 神通は凶悪な笑みをしながら、その全てを受けつつ前進。
 神経毒で動かなくなった自分の腕を斬り飛ばしながら、涙の止まらなくなった両目をえぐりながら、動かなくなった足部艤装を無理やり筋力でカバーしながら、カラダの至る所に連弩が突き刺さりながら、全身の皮膚がやけどで焼け爛れながらも、無理やり前進。久しく見る強敵への喜びに溢れた笑みを絶やさずに前進。

 その姿を見て恐怖のあまりインビジブルが失神してしまったことで戦闘は終了。
 一度沈めても実力ある深海棲艦は復活するという事実から、この個体を沈めるのは未来の人類にとってあまりに危険との加二倉中佐の判断により、簀巻きにして連れ帰ることに。
 監視にはなんとなく天龍が抜擢され、帰ってからはなし崩し的に鯉住君に丸投げになることがこの辺で確定したとかなんとか。



・龍驤 VS 泊地水姫(二つ名個体・フォートレス)

 紅海に陣取っていた泊地水姫であるフォートレス。彼女はとにかく空を飛ぶものを憎み、艦娘の艦載機はもちろん小鳥からジェット機まで、果ては味方であるはずの他の深海棲艦の艦載機までも、一切の例外なく撃ち落とし続けていた。
 その特性から紅海の制空権は完全に深海棲艦側に奪われており、当然この個体は討伐対象となっていた。

 遠征メンバーが欧州入りして初めて遭遇した個体が彼女であり、一番槍を誰が務めるかということで、公正なるじゃんけんにより、龍驤が相手をすることになった。

 普通の艦載機では、その化け物じみた対空性能によりすべて墜とされてしまうことから、龍驤は式神を使うことに。本編でもあった必殺技により、彼女は血で赤く染まった竜巻に飲み込まれ、かわいそうな沈み方をしてしまった。


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第147話 会議開始&主題終了

 アトランタとかデ・ロイテルとか出したいけど、話の都合上うまくねじこめないですね。いつか機会があれば出してあげたいかも。

 今回はようやく会議が始まります。ちょっとした情報整理みたいな部分もあります。読みづらかったらスイマセン。




 なんだかんだあったが、最初の客人である三鷹少佐一行と白蓮大将一行が到着してから、2週間ほど経った。

 誰もかれもが鯉住君に無茶ぶりを持ってくることもあって本題が忘れ去られている感もあるが、そもそもの議題は『ラバウル第10基地に隣接する、艦娘用甘味の生産工場建設と運用について』なのである。

 

 そして、ようやく参加メンバーが全員そろったこともあり、ついに会議が開催される運びとなった。

 

 場所は艦娘寮(高級旅館)の中にある大宴会場。

 鎮守府棟(豪農屋敷)の会議室(客間)では狭すぎるので、50人以上入る大宴会場を活用することにした。

 そもそもそんなに大人数が会議に参加する必要があるのか、という話なのだが……本題の甘味工場うんぬんよりも副題のアレコレが厄ネタ過ぎるせいで、参加人数が絞り切れなかったのだ。

 

 

 

 議題についてはこんな感じ

 

 

 本題……呉第1鎮守府・間宮とラバウル第10基地・伊良湖による艦娘用甘味の生産工場建設と運用について

 

 副題1……加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)

 副題2……一ノ瀬中佐、加二倉中佐、三鷹少佐のそれぞれが上げた功績に伴う昇進について

 副題3……白蓮大将による鉄底海峡の不可侵領域攻略作戦と大規模侵攻の兆候について

 副題4……鼎大将による沖縄沖からフィリピン海にかけての大規模侵攻の兆候について

 副題5……三鷹少佐による北方水姫の迎撃作戦の結果と彼女の転化について

 副題6……一ノ瀬中佐による各地大規模侵攻に対する人員再配置案について

 副題7……伊郷元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想について

 

 

 

 会議参加メンバーについては以下の通り

 

 

 横須賀第1鎮守府(大本営)より……伊郷元帥、大和秘書艦、加賀、瑞鶴

 

 横須賀第3鎮守府より……一ノ瀬中佐、鳥海秘書艦、霧島、香取、青葉、漣

 

 呉第1鎮守府より……鈴谷以外全員(6名)

 

 佐世保第4鎮守府より……加二倉中佐、赤城秘書艦、龍驤、コマンダン・テスト

 

 トラック第5泊地より……三鷹少佐、陸奥秘書艦、ガングート

 

 ラバウル第1基地より……白蓮大将、高雄秘書艦、長門、金剛、榛名

 

 ラバウル第10基地より……鯉住大佐、叢雲秘書艦、アークロイヤル、天城、伊良湖

 

 

 総勢33名……と、特別ゲストとしてリモート通信によるプラスアルファ。

 

 

 

 議題についてのツッコミは置いておくとして、参加メンバーを見てみるだけでもすごい質と数になっている。

 実は当初、鯉住君としては、各提督と筆頭秘書艦だけの参加を想定していた。色々あるとは聞いてたけど、言っても甘味工場の建設の話がメインなわけだし。

 ……まさかこんなに副題が充実しているとは思ってなかったのだ。

 

 そういうわけで大人数が入る宴会場での会議となったのだが、叢雲と古鷹がちゃんとした会場づくりをしてくれたおかげで、しっかりとした話し合いが行われる雰囲気となっている。酒飲みが居ても宴会したくてたまらなくなることはないだろう。

 プロジェクターとスクリーンなんかが倉庫から引っ張り出されてセッティングされている。

 なぜそんなものが倉庫にあるのかは妖精さんのみぞ知る。とはいえ、あるものはあるということで、秘書艦のふたりはうまく利用しているようだ。

 

 

 

 滅多に揃わない豪華メンバーが勢ぞろいなため、集まった面々はめいめいのリアクションをとっている。

 「議題目録を見たが、とんでもないな……!」と緊張している者や、「日本海軍オールスター、キタコレ!」と興奮している者や、「多少話せる人間が多いのはいいけど、早く済ませて熱帯魚の交配実験に戻りたいわ」とどこ吹く風の者……

 会議に臨む意気込みはそれぞれな様子である。

 

 

 ……そういうわけで、ただ今宴会場では、結構な人数が座布団に座ってザワザワとしている。このメンバーにしては珍しく定刻までに全員集合し、会議開始まで5分となった。今現在はそんな状況である。

 全員会場に集合し、古鷹がこさえてくれた簡単なレジュメも行き渡っている。ということで、全員の準備が整ったとみた間宮が壇上に登る。

 

 

「あー、マイクテストマイクテスト。皆さん聴こえてますね?

……それでは定刻よりも早いですが、準備が整いましたので、これより会議を始めさせていただきます。皆さんよろしくお願いします」

 

 

 間宮の挨拶を受け、会場全体からパチパチパチと拍手が起こる。

 簡易的な挨拶ではあったが、こういったタイミングでは全員で拍手して気持ちを切り替えるのが大事だ。

 

 

「盛大な拍手をありがとうございます。

それではさっそく今回の主題である『ラバウル第10基地の甘味工場建設』について、話し合っていきましょう。この議題の間はわたくし発案者の間宮が議事進行役を務めさせていただきます。改めてよろしくお願いしますね」

 

 

 再度会場から拍手が起こる。挨拶には拍手で返すと色々スムーズにいく。

 

 

「ありがとうございます。それではお手元の資料を……」

 

「す、すいません、ちょっといいでしょうか」

 

「あら、どうしたのですか? 鯉住さん」

 

 

 間宮が本題に入ろうとしたところ、鯉住君の挙手が。普段ならこういった場で進行を妨げる彼ではないのだが、どうしても言いたいことがあるらしい。

 

 

「話の腰を折ってしまって申し訳ないのですが、いくつかハッキリさせておきたいことがあってですね……」

 

「なんでしょう?」

 

「まずひとつとして……そもそもですが、本当にウチに工場なんて作るんですか?

細かい話を私自身が全く聞いてないので、いまだに実感がないんですけど……」

 

「大丈夫ですよ。鯉住さんでしたら、なんとかなります♪」

 

「そういう問題じゃ……」

 

「ですよね? 提督」

 

 

 間宮のいう提督とは、鯉住君の古巣でもある呉第1鎮守府の鼎大将。彼女からのフリを受けて、面白そうに話を聞いていた鼎大将は口を開く。

 

 

「そうじゃの。むしろ鯉住君にしか頼めんまであるのう」

 

「いやいやいや、そんなワケないでしょ……

別に俺、甘味に詳しいわけでもなければ、補給艦と給糧艦の皆さんについて詳しいわけでもないし、そもそも工場運営なんて全然ピンとこないですし……」

 

「ははっ、ナイスジョークじゃな」

 

「本気なんですけど……」

 

「私たち給糧艦のことを一番大切にしてくださる方は、鯉住さんしかいないと思ってますよ。

工場運営については三鷹グループのノウハウと流通を流用させてもらえるとのことで、そちらも心配ありません」

 

「そうだよー。僕たちが全面的にバックアップするから、龍太君がそんなに心配することないって!」

 

「いやいやそんな……荷が重いですって、間宮さん、三鷹さん……」

 

「お任せください提督! 私、伊良湖が内助の功として支えていきます!」

 

「伊良湖さん!? その言葉選びはおかしくないですか?」

 

「ウフフ、伊良湖のこと、末永く可愛がってあげてくださいね♪

私にとっては妹のようなものですから」

 

「間宮さんまで!?

……そ、そういえば、伊良湖さんも、他の補給艦の皆さんも、まだ正式にはウチに異動してきてないんですけど……辞令っていつ出るんです?」

 

 

 なんだかよくわからないけど外堀を埋められ始めた気配を感じ、話題をそらす鯉住君。

 彼の疑問に答えられるのは事務統括としても責任を持つ元帥。いつも通り冷静にしていた元帥は鯉住君の質問に答える。

 

 

「今のところ、甘味工場が完成すると同時に異動辞令を出すつもりでいる。

施設運営のための増員という名目なので、先に人員を異動させるでは理由が立たないのでな」

 

「そ、それは確かに元帥のおっしゃる通りですね……

でも実際もう彼女たちは来ちゃってるわけですし……いいんですか?」

 

「まぁ、構わんだろう。伊良湖くんはそうでもないが、彼女たちが元々居た鎮守府では、その能力を十全に発揮させることができていなかったようだしな。

鯉住大佐の下で働いていた方が、なにかとよい方向へ転がるであろう」

 

「なんかプレッシャーが……うう……」

 

「本当であれば、異動辞令もすぐに出してしまいたいのだが、先ほど言った通りタイミングがおかしいのでな。

大佐の言う通り異動辞令が出る前に本人たちが出向するというのは普通ではないし、工場自体が出来上がればすぐにでも辞令を出したいのだが」

 

「それはまぁ、大規模な建物の建設でしょうから、だいぶ時間がかかるでしょうし……

……間宮さん、建設完了ってどのくらい先を考えてるんです?」

 

「そうですね……先ほど端末に連絡があったので、そろそろだと思うんですけど」

 

「……ん? それってどういう……!?」

 

 

 議長の間宮に話を振ったところ、なんか変な回答が返ってきた。

 鯉住君が嫌な予感をビンビンに感じていると、いきなり彼の後ろのふすまが勢いよく開いた!

 

 

 

 ガラガラガラッ!!

 

 

 

「おっまたせしましたぁ!!!」

 

「うおおっ!? ビックリしたぁっ!?

……って、明石じゃないか! お前何してんのぉ!?」

 

 

 絶賛会議開催中だというのに、ノックもせずに突入してきたのは、鯉住君の天敵である明石だった。

 すごいいい笑顔をしている。そして彼女の周りには、英国妖精シスターズがふよふよと浮いている。

 

 いつも変な出来事ばかりでそういうのに慣れている鯉住君。一瞬でどういうことか察する。

 

 

「明石お前ノックくらいしろ!!

っていうか英国妖精シスターズまで一緒に……ってことは……!?」

 

「艦娘用甘味工場、完成しましたよっ!!」

 

「やっぱりかよぉ!?」

 

 

 げんなりしながらツッコミを入れる鯉住君とは対照的に、すごいドヤ顔でビシッと窓の方を指さす明石。

 その先では、英国妖精シスターズたちが窓の障子戸を開け、外が見えるようにしていた。

 

 ……今まで建築資材やガレキが転がる更地だった場所に、小さくはあるが立派な工場が建っていた。

 会場からは「おお~」とか「話が早いな」とか「意味が分からん……」とか「どういうことなの……」とか、いろんな反応が飛び交っている。感心半分、驚き半分といったところだろうか。

 常識や物理法則をガン無視した出来事なのにもかかわらず、それに驚きもしないメンツが半分もいるあたり、ここに集まったメンバーがどれだけ特異な顔ぶれであるか推して知るべしである

 

 

「お疲れ様だったわね、明石」

 

「こっちも楽しんでたから気にしないでいいよ~。

間宮とは呉第1鎮守府からの長い付き合いだしね、このくらいならいつでも協力するよっ!」

 

「ウフフ、ありがと。

皆さん、そういうことで甘味工場自体はもう完成しましたので、あとは伊良湖たちがスタッフとなって稼働させるだけになります。

……元帥閣下、この際異動も一緒にしてしまってはどうでしょうか?」

 

「そうだな、問題となっていた部分が解消されたのでそれがいいだろう。

大和君、会議が終了したら書類を出すように愛宕君に連絡してくれ」

 

「……えっ、あの……いきなり工場ができて……どういうことなの……?」

 

「まぁ鯉住大佐であるしな。今までにそういった報告も受けているし」

 

「確かにそういう話は聞いてますが……実際に見ると手品か何かみたいですね……」

 

「そうだな。しかし現実に出来上がっているのだから問題あるまい。事務手続きを頼んだぞ」

 

「あの、えっと、はい……いつも思いますけど、元帥のメンタルは本当に強いですね……」

 

 

 鯉住君との付き合いは長いが、いまだにこういったと突拍子もない出来事には慣れない大和。口をポカンと開けて呆然と外を眺めている。

 その隣では加賀と瑞鶴も同じ反応をしている。そりゃそうだ。

 

 そんな感じで半分くらいのメンバーが外に視線をくぎ付けにされているのだが、画策していた側の間宮は堂々としたもので、ニコニコしながら話を進め始めた。

 

 

「皆さん、驚かせてしまってすみませんね。

この素早い対応には、この鎮守府の妖精さんと明石の協力が不可欠でした。皆さん、彼女たちに拍手をお願いします」

 

 

 パチパチパチ……

 

 

「いや~、照れちゃいますね!!」

 

 

(いいしごとしたでーす!)

 

(きあい、いれましたっ!! はいっ!!)

 

(すごいひとたちからほめてもらえて、わたし、かんげきですっ!)

 

(けいさんどおりですっ!! ごほうびもきたいしちゃいます!)

 

 

 間宮に促されるままに、考えがまとまらないまま流されて拍手する面々である。

 まぁ、これほどの異常事態でも驚いていない人たちはそうでもないが。

 

 

「というわけで、残りの問題はいつ稼働を始めるかだけですね。

三鷹少佐、三鷹グループからの食材供給はどれくらい先になるでしょうか?」

 

「そうだねぇ。今から三鷹青果(株)の各所に食材調達の連絡入れるから、次の連絡船で送るようにするよ。諸々合わせてコンテナ3個分くらいでいい?」

 

「ちょ、ちょっと待ってください、間宮さんに三鷹さん!」

 

「あら、どうかされました? 鯉住さん?」

 

「ん? どうしたの、龍太君?」

 

「おふたりともさらっと話進めてますけど、あの工場、インフラがどうなってるか確認できてないです!

いきなり生鮮食品を運び込んでも、すぐには動かせないですよ!」

 

「あ、それは大丈夫だよ。

ちゃーんと私が監修したから、電気もガスも水道もしっかり引いてあるから!」

 

「いや待ってくれよ明石!

水は妖精さん印の浄水器から出てくるからいいとして、電気とガスは賄えないだろう!?

いくら超性能のバイオ発電機があるからって、工場ひとつ分の電気が生み出せるほどではないし、そもそもガスはどうにもならない!」

 

 

 インフラ設備は万全とのことだが、そもそも原料となる、水以外の資源が足りないのだ。

 電気もガスも使えないでは、工場を稼働させることなどできない。鯉住君が焦るのも当然である。

 

 ちなみにここラバウル第10基地では、以前三鷹少佐からバイオエタノール発電装置の設計図を譲り受けたことがある。そしてその設計図を基に妖精さんたちが魔改造して作成した、妖精さん印の発電機(燃料効率は驚きの100%)がある。

 すごい勢いで収穫できるサトウキビをガンガン投入してバイオエタノール発電をしているのだが、さすがに一基で工場をどうこうできる発電量は賄えない。

 

 そしてガスについては、普通にポポンデッタの港町からプロパンガスをボンベで届けてもらっている。そんな大量に使用することは想定していない。工場で使う量を考えると、非常にコストがかかるだろう。

 

 

 そういう事情があるのだが、それを明石が知らないはずもなく、ドヤ顔で鯉住君に説明を始める。

 

 

「ふふん。そのくらいは織り込み済みだよっ!

工場のついでに、妖精さんたちのチカラを借りて、妖精さん印のバイオエタノール発電機を3基増設しちゃいました!」

 

「あのオーパーツをそんなに量産しちゃったの!?」

 

「しちゃったの。てへ♪」

 

「かわいこぶってんじゃない! 自分が何したかわかってんの!?」

 

「ふふ~ん。かわいいと思ったでしょ~?」

 

「喧しいわ! 思ったけども!」

 

「キャッ! かわいいって言われちゃった~!」

 

「顔もスタイルもいいし、性格も基本的にはいいんだから、俺の話聞かないで色々勝手にやっちゃうところだけ直してくれよ!」

 

「やだ~、褒め殺し? 鯉住くんったら情熱的!!」

 

「うっさい!」

 

 

 なんか突然いちゃいちゃしだした。これには会場の皆さんも困惑。

 

 ただしふたりを『おもしろバカップル』として認識している呉第1鎮守府組にとっては、よく見た光景だったりする。

 「若いっていいのう」とおじいちゃん気分だったり、「あのやり取りを見るのも久しぶりだな」と冷静だったり、「ちょっとちょっと! いつものラブコメだよ!」とハイテンションだったり。おおむね見て楽しんでいる様子。

 

 

「まあそれはともかく! ともかくっ!!

……電気についてはなんとかなりそうっていうのはわかったけども、ガスについてはどうにもなんないだろ?

普通に街からガスボンベを届けてもらう一般家庭仕様だから、工場で使う量を賄うとなれば、すごいコストがかかるだろうし」

 

「そこはしょうがないでしょ?

どうせ甘味工場が稼働し始めたらかなりの利益が見込めるんだし、必要経費ってことで。

経営者の感覚としては、利益が支出を上回ってれば問題なし! バランスシート的にも問題ないじゃん?」

 

「いや、それはそうなんだけど、なんだかなぁ……

もっと効率的なやり方がありそうで……」

 

「工場って言ったらどこでもウチ以上の燃料をバンバン使ってるよ?

ウチがやらなきゃ他所がやるだけなんだから、気にしちゃダメだって」

 

「まぁ、それはそうか……それにしても、一気に話が進んじゃったなぁ……ん?」

 

 

 なんだかんだ工場稼働はできそうだと結論付けようとした鯉住君だったのだが……うしろから制服の裾をクイクイと引っ張られた。

 

 

「いったい誰……って、コマンダン・テストさん?」

 

「Oui(そうよ)」

 

 

 そう。加二倉中佐たちに連れて来られた鹵獲された転化体、コマンダン・テストだった。

 

 なぜ彼女が鯉住君の後ろにいるのかと言えば、彼女が座席割り振りで加二倉中佐の隣に指定されていると聞いて……

『ワタシをあのDémon(悪鬼)と一緒にするなんて、正気なの!? 怖すぎて瞬く間にsyncope(失神)するわよ!?

一番怖くない人間の近くにして!! それが無理なら、部屋の隅で空気のように丸くなるわ!! こんな会議なんて出たくない! 部屋に引きこもりたい!!』

なんてワガママを必死になって訴えたからである。

 

 欧州救援についての話し合いの時に彼女の情報共有は必須なので、会議には出席してもらわないといけない。引き籠らせるわけにはいかない。

 ということで、誰がどう考えても一番怖くないのは鯉住君という結論になったのもあり、鯉住君は不承不承彼女が隣に座ることを承知した。

 

 エーゲ海周辺から命という命を奪った相手が後ろに座るとかいう無茶ぶりに、相当げんなりしてはいたが……彼としても加二倉中佐と愉快な仲間たちの怖さは骨身に染みて分かっているので、断るに断れなかった模様。そういうところがこういう無茶ぶりを放り投げられる土台となっているのだが。

 

 

「どうしたんですか? もしかして体調でも悪くなりました?

つらいようでしたら部屋まで戻ります?」

 

「Non(違うわよ)。Gaz naturel(天然ガス)なら用意できるわ」

 

「……え? 天然ガスを、用意できる……?」

 

「私の艤装(たこやき)から放出できるの。すごいでしょう?」

 

「えっと、はい、すごいです……ちなみに、どの程度……?」

 

「En permanence(永久に)」

 

「あー、スイマセン、フランス語はさっぱりで……」

 

「仕方ない人ね、もっと教養を身につけなさい……いつまでも、よ。上限は多分ないわ」

 

「いや、スイマセン。簡単な会話くらいならできるようになりま……いつまでもぉ!?」

 

「ヒッ!! 急に大きな声出さないで! 怖いじゃない!」

 

「す、スイマセン……! しかし永久にガスを出せるって……!!」

 

 

 まさかの伏兵現る。コマンダン・テストの艤装は、ガスであれば延々と放出できるようだ。

 確かに昨日の報告では、神通さんが各種毒ガスで苦しめられたって聞いたなぁ……なんて、遠い目をする鯉住君である。

 

 

 

 ちなみに極度の怖がりのコマンダン・テストと鯉住君との心の距離が急激に近くなっているのは、『まったく生物として怖さを感じない、唯一の相手だから』と思っているからだとか。

 草むらから飛び出てくるバッタにさえ驚いて、その拍子に島ひとつ分の生命を根絶やしにしてしてしまう彼女なのだが、鯉住君に対しては一切危険を感じないらしい。

 

 それを聞いた鯉住君は、自分がその辺のバッタよりも脅威度が低いという評価に少し落ち込んでいた。確かに『お前バッタより怖くないな』なんて言われたら普通はショックを受けるだろう。彼は要所要所でメンタルを殴られる運命らしい。

 

 さらに言うと、鯉住君に対する誤解……彼が小児性愛者であるのに自分からは手を出さない変態で、女だけではなく男にも興味がある特殊性癖を持っている。それでいて紳士的な対応と心のケアを欠かさない面倒見の良さを兼ね備えているところから、ほとんどの部下から好かれ、片っ端から手を出しまくっている性豪。

 ……なんて話を、コマンダン・テストはいまだに信じている。

 

 自分は恋とか愛とかに興味があるわけではないし、そういった関係になることはないだろうという考えがあるため、人類全体でもトップクラスの変態のクセに怖さを感じない原因はそれではないか?

 

 そんなあまりにもアレな誤解と考察を包み隠さず暴露された鯉住君は、あまりの酷さに頭を抱えて座り込んでいた。絶対言いふらされる流れだと感じたらしい。すごくかわいそうである。

 

 

 

 それは置いておいて……コマンダン・テストの地球における燃料問題が一瞬で解決するような爆弾発言を受けて、色々と思い出したのか加二倉中佐一行が雑談を始めた。

 

 

「提督、コマンダン・テストの言うことは本当なのですか?」

 

「うむ、そうだ。そういえば赤城は一度も奴の艤装を見たことはなかったな。

確かに奴の球状艤装からは、様々な毒ガスが噴出していた」

 

「せやな。あの神通が少し吸い込んだだけで膝をつくような、ごっつい毒ガスやったな」

 

「少なくとも自分が感知できる範囲と、神通の症状を鑑みると……

皮膚を爛れさせるマスタードガスに、硫化水素を多く含む火山ガス、全身の痙攣を引き起こすVXガス……ノビチョクかもしれんが、そしてサルファアタックで発生する硫酸ガスが確認できたな」

 

「ほっほ~ん。さっすがウチの提督やな! 知識量と実学量が半端ないで!」

 

「人類の悪意が凝縮されたようなラインナップですね。神通さんもよくひとりで戦い抜けましたね」

 

「普段から実力に見合った訓練を行っているのは、このような時のためでもある」

 

「毒物耐性のために散々血反吐吐いて慣れてきたのも、無駄じゃなかったんやね~」

 

「全くです」

 

 

 加二倉中佐の鎮守府では、ガチの命の奪い合い(演習)だけではなく、毒物耐性獲得のために食事に毒を混ぜ、自己免疫をパワーアップさせるという試みもしている。

 本来化学兵器系の毒というのは、そんな自己免疫程度で太刀打ちできるものではないのだが、そこは艦娘。半分人体、半分軍艦という特徴から、そういった非人道兵器への耐性も獲得できることが分かったとか。

 ちなみにそんな人体実験まがいの訓練をしているのは加二倉中佐のところだけである。当然である。

 

 

「ヒイィィィ!!! また怖い話してる! あの人たち怖すぎるわっ!!

Aidez-moi(助けて)!! 提督ぅ!!!」

 

「いや、あの、貴女の話してるだけですよね……?

俺は毒ガス業界に詳しくはないですけど、とんでもなくヤバいもの出せるってことは伝わってきましたよ……? 正直、ドン引きしてるんですが……」

 

「Pourquoi(なんでそうなるのよ)!?」

 

「そんな意外そうな顔されても……とにかく、そういったヤバいのは、今後出さないでくださいね……?」

 

「Non(イヤよ)!! 先に殺さないとケガさせられちゃうのよ!?」

 

「えーと、日本ではそういうのは過剰防衛って言って……って、そんなこと言っても無駄だよなぁ……」

 

「なに愛想尽きたみたいな顔しているの!? 生物なら当たり前でしょ!?」

 

「そんなことないっす……全然そんなことないっす……」

 

 

 自分がやったことの話だというのに、怖がってビクビクしながら鯉住君の背中にくっついているコマンダン・テスト。

 このピンが抜けた手榴弾のような危険人物とこれから付き合っていかなければならないことを思うと、胃がキュッと痛くなってしまう鯉住君である。

 

 

 

・・・

 

 

 

 なんか色々とてんやわんやしたが、結局のところ、今回の議題である甘味工場については今すぐにでも稼働開始できるという結論に落ち着くことになった。

 もともと工場建設の話し合いから始まる予定だったのに、モノがもうできちゃったとかいう意味不明な事態である。

 というわけで、甘味の原料運送についての話を残すのみとなった。

 

 これについては物流を一手に担ってくれる三鷹少佐から説明が入る。

 

 

「さっきも言ったけど、別にやろうと思えば1週間以内に原料をそろえられるよ?

間宮さん、何がどれくらいほしいです?」

 

「ウフフ。そんなこともあろうかと、全鎮守府への供給量と工場の生産量予想から計算した数字は作ってきてあります。

すいません、この資料を三鷹少佐まで渡してくださいますか?」

 

 

 バケツリレー方式で後方に座る三鷹少佐まで資料が届けられる。

 

 

「どーもどーも。……ふーん」

 

 

 パラパラと資料をめくる三鷹少佐。必要なところだけ拾っているのだろう。かなり早めなスピードで一枚一枚確認している。

 そして全部に目を通した後に『なるほどねー』なんていいつつ、裏表紙にボールペンでサラサラとメモを書いていく。

 

 

「……はいできた! それじゃむっちゃん、会議が終わったらこれ、各所に通達しといて」

 

「わかったわ。……なんかこれ、スゴイ量じゃない?」

 

「間宮さんの予測量の1.5倍は生産できるように組んどいたから」

 

「あらあら……それって大丈夫なの? 工場の生産ペースが追い付かないんじゃない?」

 

「冷凍庫があれば原料は長期保存が効くわけだしねー。どうせ龍太君のところだし、こっちの予想くらい軽く裏切ってくれるって。

だよね、明石さん。大型冷蔵庫ってもう工場に入ってるよね?」

 

「モチのロンです!!」

 

「アハハ! だってさ! やっぱり龍太君のところはすごいなぁ!!

ガンちゃんもしっかり学んでおくんだよ? しばらくしたら龍太君に預かってもらえるんだからね」

 

「当然だ! 人間の掌握に必要なもの……すべて吸収させてもらおう!!」

 

「その意気その意気」

 

 

 こっちはこっちで物騒な会話になりかけている。爆弾発言しか飛び出さない会議に、慣れていない面々は現実逃避をしている。さもありなん。

 

 

 こうして怒涛の展開のままに、今回の会議の主題であった『艦娘用甘味生産工場の建設』については、予想以上のところまで決定することになった。

 来週には各種穀物やフルーツ、香料などが届くと聞いて張り切る伊良湖とは対照的に、もうどうにでもなーれ、と言いたげに乾いた笑いをあげる鯉住君なのであった。

 




 ちなみにこの本題にかかった時間は10分くらいでした。
 でもそのたった10分で、こういった常識ブレイクに免疫のない面々のメンタルはスクラップ&スクラップされたとか。かわいそうですね(ひとごと)


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第148話 副題1

 今回の会議の議題一覧


 済・本題……呉第1鎮守府・間宮とラバウル第10基地・伊良湖による艦娘用甘味の生産工場建設と運用について

 

 副題1……加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)

 副題2……一ノ瀬中佐、加二倉中佐、三鷹少佐のそれぞれが上げた功績に伴う昇進について

 副題3……白蓮大将による鉄底海峡の不可侵領域攻略作戦と大規模侵攻の兆候について

 副題4……鼎大将による沖縄沖からフィリピン海にかけての大規模侵攻の兆候について

 副題5……三鷹少佐による北方水姫の迎撃作戦の結果と彼女の転化について

 副題6……一ノ瀬中佐による各地大規模侵攻に対する人員再配置案について

 副題7……伊郷元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想について


 今回は副題1です




 会議の主題である甘味工場建設計画については、すでに建設が終了しているという謎の状態から始まったことで、10分程度で議題終了となった。

 各鎮守府の大将や鯉住君の先輩であるレジェンド級提督たちが集う場である。これだけで解散となるはずもなく、それぞれが持ち込んだ案件をひとつひとつ議論していく運びとなっている。

 

 今から始まるのは、その議題の中でも緊急性が高いトピック。

 加二倉中佐による欧州遠征の報告である。

 

 日本海軍データベース上にはすでに、欧州の情勢と佐世保第4鎮守府メンバーの戦闘詳報(当然の権利の如くかなりの苦戦を強いられていたような内容に改竄されていた)、そして援軍としてその面々の後詰をした艦隊の戦闘詳報(こっちは改竄なし)が記載されている。

 そこをわざわざ改めて報告ということなので、当然ながら相手を選んでしなければならない話であり……一般には非公開にしなければならない情報がてんこ盛りになっているとのことらしい。レジュメにはそう書いてあった。

 

 そういうわけで本題から引き続き、間宮が議長をするということになり、彼女の仕切りで話が進むことになった。

 

 

「はい、それでは皆さん、本題である工場についても話がまとまりましたので、次の議題に移ることにしましょう。

加二倉中佐、説明をお願いしても大丈夫ですか?」

 

「無論だ。それでは早速状況を報告していく」

 

 

 間宮に話を振られた加二倉中佐は、わかりやすく注目を集めるために起立してから話を始める。

 かなりの長身に鍛え上げられた肉体、分厚過ぎる胸板に丸太のような太もも、キリっとした逆ハの字の眉毛と刺すような眼光、まるで侍のように後頭部で髷を結う髪型、固い意思を表すかのように引き結ばれた唇、そこから発せられるよく通る声。

 その全てが並々ならぬ威圧感を放つのに一役買っており、起立しただけだというのに会場全体の空気が引き締まる。

 

 

「諸兄であれば、日本海軍データベース上の報告にはすでに目を通していると思う。

自分がこれから報告するのは、そこに書かれていない、諸事情で報告していない事実となる。そのことを前提として話を聞いてもらいたい」

 

 

 ただ話しているだけでも威圧感が放たれている加二倉中佐。その雰囲気も相まって、真面目な表情でうなづく一同。

 

 

「では報告する。真実の戦闘詳報についてはレジュメの後半に載せてあるので、あとから見てほしい。それとは別に自分が今回報告する案件は2つ。

ひとつは、欧州の……主として英国が主導で行っていた、艦娘を対象とした艦体実験について。そしてもうひとつは、鯉住の後ろにいる転化体について」

 

 

 後者は置いておくとして、前者はあまりにも物騒すぎる話題。多くの艦娘が嫌な予感にざわつく。

 そんな彼女たちを気に留めることなく、平常運転で話を進める加二倉中佐。

 

 

「まずは艦娘を対象とした各種実験を行っていた実験場について。

これは英国が旗手となって行っていたプロジェクトで、実験場はアイスランド付近の孤島に建造されていた。どうやら人間スタッフの数を少数に絞ることで、深海棲艦からの襲撃を回避していたようだ。

艦娘を被検体とした実験が行われていたのだが、歴史上で人間を対象として行っていた実験はすべて網羅されていたようだな。もちろんそれ以上のことも」

 

 

・・・

 

 

 加二倉中佐の言葉に会場からどよめきが起こる。

 自分たち艦娘は人類のためを想って戦場に身を置いているというのに、そんな非道な実験が行われていたなんて……

 そう考えるのが普通だし、心情的にもよくわかる反応だ。

 とはいえ、この場は普通でないものばかりが集まっている場。そういった反応をしていたのは実は少数派で、この衝撃的な話でもまるで動揺してない……というか、衝撃を受ける、という反応とは違った反応をしている面々の方が多かった。

 

 特に顕著なのは、ちょっと一般的な感覚から逸脱している三鷹少佐である。

 

 

「あー、そりゃそうなるよねぇ。人間でやったことを人間以外にやらない道理なんてないし」

 

「提督……もっと他の皆さんみたいに、私達艦娘のこと心配して欲しいんだけど?」

 

「えー。むっちゃんだって分かってるでしょ? 人間ってそんなもんだよ?」

 

「そうだけどそうじゃないのよ……気持ち的に、ね?

ほら、ラバウル第1基地の長門姉さん見てちょうだい。憤懣やるかたなしって顔してるでしょ?

私だってお仲間がそんなヒドイ目に遭ったって聞いたら、悲しい気分にもなるわ」

 

「むっちゃんは優しいなぁ。別の国、しかも他人種の人間なんて、その辺の野良猫よりもどうでもいい、ってのが人類だからさー。

その点艦娘は、国籍に関係なくお互いを思いやれてて……みんないい子だからすごいよね」

 

「提督、違うの……感じ入ってほしいポイントはそこじゃないのよ……

そんなことだから山城や山風ちゃんから怖がられてるのよ……?」

 

「うーん、難しいなぁ……」

 

「もうちょっと提督は龍太君を見習うべきだわ……ハァ」

 

 

 三鷹少佐は極端な例だが、他の面々でも驚きや怒りとは別の感情を感じている者はいる。 鯉住君に散々迷惑をかけられていたラバウル第1基地の高雄もそのひとりだ。

 さっき三鷹少佐と陸奥の話に出ていた長門が怒りとやるせなさを感じているのに対し、彼女は少し違った感想を持った様子。

 

 

「ああ……やっぱりというかなんというか、欧州ではそんなことに……」

 

「クッ……私たちは人類のために戦っているというのに、その人類がそんな、私たちを実験動物扱いしていたなどと……!!」

 

「ちっと落ち着け長門。気持ちはわかるが、追い詰められた人間はどうしたって狂っちまうもんだ。

ウチの国だって竹槍でB29墜とそうとしただろ? それは日本人がバカだったからじゃなくて、人間窮すれば誰だってそうなるって話なだけだ」

 

「しかし提督! そんな非道、許せないではないか!

同胞はきっと命を懸けて祖国を護ろうとしていたはずなのだ! それだというのに、その機会すら与えられず……胸が張り裂ける想いだ!」

 

「ま、人として許せないことではある。ヘルシンキ宣言でもヒト対象の実験は禁止されてるしな。

艦娘はヒトじゃねぇって理屈なんだろうが、それが通るならナチスだって正しかったってことになるわな。ユダヤ人をヒト扱いしてなかったんだから」

 

「提督……! そう言ってくれるのか!!」

 

「そりゃそうだろうよ。まぁあれだ、日本だって他人事じゃねぇぞ。

高雄は知ってると思うが、転化体の件が明るみに出たら、似たようなこと考える輩なんてごまんと出てくるぜ。

どうせそんな命知らずは加二倉の古巣の奴らが粛正するだろうから、ウチの国じゃそういうのは実らんだろうけどな」

 

「そ、そうだ。加二倉中佐の話に出ていた『転化体』とは何なのだ……?

鯉住大佐の後ろにいる海外艦がそうだという話だが……」

 

「おお、そういや説明してなかったな。つーわけで高雄、ヨロシク」

 

「あー、もう……だから提督はそうやって丸投げするのをやめていただけません……?」

 

「た、高雄は知っていたのか?」

 

「ハイ。転化体について特定の者にしか情報開示されていなかったことについては、一応理由がありまして。

……転化体とは何か、そしてそれを知ることで何が起こるか、それを説明します」

 

「頼んだぜー。俺は加二倉の演説聞いてっから」

 

「私もそれを聞いとかないと、提督では聞き逃しが多発して……あぁもう、なるようになれですわ! 長門さん、説明いたします!」

 

「う、うむ。よろしく頼む」

 

 

 色々と投げ出したい出来事ばかりで疲労が隠せない高雄であるが、生真面目な性格通りしっかりと転化体について説明していく。

 

 深海棲艦は艦娘になれること、それが世間に知られれば、出所不明のドロップ艦の立場が非常に悪くなること、建造艦とドロップ艦で待遇に大きな違いが出るだろうこと、深海棲艦の艦娘化、もしくはその逆の人体実験が、戦力増強のために多発するだろうこと……

 

 色々衝撃的過ぎてフリーズしている長門を横目に、実際に転化体のことを知らなくてもそのような凄惨な実験が行われていたことに、高雄は眩暈を覚えるのだった。

 

 

「艦娘を只の便利な生体兵器扱いして、非道な人体実験を行っていたことを嘆くべきか、深海棲艦の艦娘化が知られていなかったおかげで、無用な被害が抑えられていたことを安心するべきか……」

 

 

・・・

 

 

 報告者である加二倉中佐は、会場のざわつきが収まらない暫くの間は黙っていたが、いつまでたってもざわつきが収まらないのを見て、話を進めることにした。

 

 

「各々思うところはあるだろうが、今は置いておけ。続きを話すぞ。

実際に行われていた実験は、艦娘の実力を引き出すやり方とは正反対の方向性だった。故に潰した。太い釘も何本も打ってきた。だからこの話題については以降触れる必要はない」

 

 

 またなんかよくわからない話がブッこまれた。少しは収まっていた会場のざわつきが再燃する。

 そんな中、共通認識を作るためなのか、伊郷元帥が挙手をする。

 

 

「少しいいか、加二倉君」

 

「なんですか、元帥殿」

 

「気になることがある。艦娘の実力を引き出すやり方とはなんだろうか?

キミはそれを知っているのか?」

 

「ハイ。難しいことではありません。艦娘の意志を引き出すことです」

 

「そうか。キミのところではそうしているのか?」

 

「無論。元帥殿が率いる部下も、それくらいはわかっているでしょう?

私のところでは、単独で何物にも阻まれない実力を育てています」

 

「個々の実力を高めるためにはそれが必須か。大本営では艦隊行動を前提にした訓練を行っている。方向性が違うか」

 

「個々の実力を重視するか、群れの実力を重視するかというだけの話でしょう。

どちらが正しいという話ではないと愚考します」

 

「うむ。ありがとう」

 

 

 もともと寡黙というか必要なことしか話さないふたりだけあり、会話が卓球のラリーのようにテンポよく進む。

 それにつられてクールダウンしてきた会場を気にすることなく、元帥は質問を続ける。

 

 

「それで、潰したとはどういうことか? 実験施設を潰したということだろうか」

 

「全てです」

 

「と言うと」

 

「物理的にも、計画も、後援者も、当事者も、全て潰してきました。現地に潜ませた工作員の協力で」

 

「そうか」

 

「後始末もつけてあります。英国議員のひとりで提督でもあり、計画の主要人物であった、ゲイズ・スターク氏に内務的な尻拭いを任せてあります」

 

「む。その人物は計画の主要人物なのだろう。任せてもよいのか?」

 

「行いは愚かでしたが、なかなか気骨のある男です。

国と艦娘の命を天秤にかけて苦渋の決断をしたようだ。被検体も自分の部下から募ったとのこと」

 

「ふむ。……道を外さねば、名の知れた存在になっていただろうな」

 

「そのような『惜しい』輩は掃いて捨てるほどいます。が、おっしゃる通り価値のある人物でもあります。それ故に斬って捨てず、贖罪の機会を与えました」

 

「そうか、わかった。話の腰を折ってすまなかったな。続けてくれ」

 

「承知……では、都合よくその話が出たので、そちらの処理から。

三鷹、ひとつ頼まれてくれ」

 

 

 なんだか物騒な話ばかりで会場はヒエッヒエなのだが、ふたりとも気にした様子はない。

 そしてどうやら今の会話の流れでしておくべき話があるらしく、加二倉中佐はなぜか、この話題に関係ない三鷹少佐に話を振る。

 

 

「んん? どうしたんですか、加二倉さん?

今の話の中で、僕が何かすることなんてありました?」

 

「被検体となっていた艦娘で、精神的な消耗が激しい者を日本まで連れてきた。

欧州に居るままでは心機一転が難しいと踏んだのでな。

ということで、貴様が面倒を見ろ。会議が終わり次第自分の鎮守府から貴様の鎮守府に出発させる」

 

「ええっ!? ちょっと無茶ぶりじゃないです!? ていうか龍太君の役目じゃないんですか、そういうのって!?」

 

「貴様の鎮守府はそういう艦娘を受け入れているのだろう? 1隻や2隻増えようと同じではないか。実際任せるつもりなのは1隻だが」

 

「あー、まぁ、別に構いませんけど」

 

「よし。預けるのは正規空母のグラーフ・ツェッペリンだ。

戦闘で活躍させる必要はないし、国際的な問題を避けるために艦娘登録も抹消してある。

あと貴様に限ってはありえないだろうが、手を出すな。ゲイズ・スターク氏のケッコン艦だ」

 

「はいはい。心配しなくても大丈夫ですよ。

部下のみんなにメンタルケアを任せるから、僕自身は必要以上に関わるつもりもないですし」

 

「ならいい。本当はそういうのは鯉住が適任なので、そちらに投げようとしていたのだがな。奴には転化体を任せることになったのでな」

 

「あー、やっぱりそうなんですね。龍太君の後ろにいる彼女のことかー」

 

「そうだ」

 

 

 淡々と重要な話が進んでいく。ツッコミどころが多すぎて誰も話に入っていけない。というより頭が追い付かない。

 

 そんな中で鯉住君と叢雲は

「あぁ、やっぱりコマンダン・テストさんはウチが預かるんだなぁ……」とか

「その例のメンタルケアが必要な彼女も預けられる予定だったのか……」とか

「すでにメンタルケア要員としてマエストラーレちゃん預かってるんだよなぁ……」

なんてことを考えながら、遠い目をしていたとか。

 

 

 

・・・

 

 

 

 ……終始加二倉中佐の話はこのようなペースで進められ、元帥や鼎大将からたまに合いの手が入るものの、スッパリと日本刀で両断したようなキレの良さであった。

 

 結局何があったかまとめると、以下のようになる。

 

 

・欧州の深海棲艦については、加二倉中佐の部下(6名)だけでおおむね掃討された。(公開情報だと主力は欧州の艦隊ということになっていた)

 

・欧州はひどいダメージを受けているが、二つ名個体が軒並み掃討されて深海棲艦の勢力が劇的に弱まったので、これからの復興の目途はたったと言ってよい状況となった

 

・二つ名個体で復活の恐れが無くなったのは、欧州水姫であるキリアルケスと(首級を瑞穂が持ち帰ったため)、水母水姫であるインビジブルのみ(鯉住君に丸投げしたため)。他は時間経過により復活するだろうとのこと

 

・欧州は困窮の極みから、艦娘を生体兵器として使い倒すために、生体実験に手を出していた

 

・その行いはほぼ黒の灰色であり、本質的に艦娘の戦力増強が狙える方法でもなかったため(加二倉中佐基準)、加二倉中佐率いる現地工作員(憲兵隊)により、関係者含めて『無かったこと』にされた

 

・被検体となっていた艦娘は、大なり小なり心に傷を抱えており、その事後対応については英国のゲイズ・スターク氏に丸投げしてきた

 

・その中でも特に消耗が激しかったグラーフ・ツェッペリンについては、三鷹少佐の鎮守府で面倒を見ることに

 

 

 大体のところをまとめると、このような内容となった。

 公開されている情報とは全然違う事実に、一同はとても驚いていた。特に加二倉中佐の鎮守府のヤバさを体感していない(演習をしたことがない)艦娘たちは、二つ名個体とタイマン張って勝利とか聞いても、まったく実感が沸かなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんな感じで欧州遠征の話がひと段落し、次の話を始める加二倉中佐。

 次の話とはすなわち、わざわざ沈めずに連れてきた、現コマンダン・テストについてである。

 

 

「では次。鯉住の後ろで怯えている海外艦……水上機母艦のコマンダン・テストについて。

奴は元々エーゲ海を根城にしていた姫級で、二つ名個体でもあったのだが、自分の判断で沈めずに連れてくることとした。その理由を説明する」

 

 

 一拍置いて、会場が静まっているのを確認する加二倉中佐。

 

 

「端的に言うと、奴が人類の天敵のような性能を有していたからだ。

保有する兵器の性能と有害さが尋常ではない。放っておけば欧州から人類が消えるまである」

 

「す、すまない、加二倉中佐。いいだろうか?」

 

「構わない。ラバウル第1基地の長門か」

 

「そ、そうだ。先ほどの話を聞くと、到底信じられない話ではあるが……貴方の鎮守府の艦娘は、二つ名個体と同等かそれ以上の戦力を有しているということなのだろう?

それほどの実力を持っている貴方に、そこまで言わせるほどの存在なのだろうか、彼女は……?

正直言うと、常に怯えているだけのように見えて、そこまでの脅威を感じないのだが……」

 

 

 話しながらチラリとコマンダン・テストに視線を向ける長門。

 それを受けたコマンダン・テストはビクッとしながら鯉住君の後ろに完全に隠れる。

 

 

「そう思うのは当然だ。奴は本質的に強者ではない」

 

「な、ならば、なぜ……?」

 

「奴は戦おうなどとは微塵も考えていないし、強くなりたいとか何かを護りたいとかそういったこととも無縁だ。

あるのはただただ自己防衛の精神と、自分以外に対する怯えのみ」

 

「そ、そんな相手が脅威だというのか……?」

 

「当然だ。そういう性格だからこそ奴は、他の命をゴミクズのように扱える。自身に迫る脅威と認識しているのだから、情けなど一片もあるはずがない。

それだけならば只の臆病者だが、何がどうしてそうなったのか、奴は大量殺戮兵器を多数有している。

例えるならば、押せば相手が死ぬスイッチを握っているいじめられっ子のようなものだ。関わったものは皆死ぬ」

 

「う、それはまた……ちなみにどのような武装が……?」

 

「確認できている範囲では、毒ガス、連弩、撒き菱、火計兵器だな。どれも人類の戦争の歴史のターニングポイントとなった兵器群だ。全くもって恐ろしい。

……それを踏まえると、核も使えるかもしれんな。オイ、貴様、核を出せるか?」

 

 

 いきなり加二倉中佐に声を掛けられたことで、ビクウッ!とカラダを跳ねさせ、涙目になるコマンダン・テスト。

 蛇に睨まれた蛙というより、夏場のアスファルトの上に放置されたミミズといった具合で、今にも失神しそうな様子で怯えてしまった。

 

 その様子を見て、さすがに気の毒すぎると思った鯉住君。加二倉中佐とコマンダン・テストの間に入ることとした。

 

 

「えーと、加二倉さん……コマンダン・テストさんが震えすぎて失神しそうなので、俺が間に入りますね……」

 

「そうか。では奴に聞いてほしい。出そうと思ったら、どのような兵器が出せるのか」

 

「わかりました……聞こえてましたか、テストさん?

テストさんはあっちの姿だと、どんな兵器を出せるんです?」

 

「コワイ……Démon(鬼)コワイ……!!」

 

「ああもう、落ち着いてください、加二倉さんは攻撃してくるわけじゃないんですから。呼吸整えて……ほら、スーハー、スーハー」

 

「スゥーッ……ハァーッ……」

 

「テストさんは強いんですから、もっと自信持ってください……」

 

「Non(そんなことないわ)!! こんなか弱い乙女が強いワケないでしょう!? 常識はないの!?」

 

「か弱い乙女は毒ガス吐いたりしないっす……

まぁ、なんとか調子戻ったみたいで何よりです。それでどうなんです? どんな兵器出せるんです?」

 

「提督はもっとfille(女の子)の扱いを学ぶべきよ! 目の前にfaon(小鹿)のように怯えて震えている乙女がいるのに、そのぞんざいな態度は何!?

デリカシーがないワケ!? もっと優しく慰めなさい!!」

 

「いや、あの、デリカシーないとか、そんなことないと思いますよ……? なぁ、叢雲」

 

「コマンダン・テストが正しいわ。アンタ、言われた通りに反省なさい」

 

「ちょ、叢雲……!? なんでそんな冷たいの!?」

 

「女の子に毒ガス吐くとか言っちゃうからよ」

 

「それはまぁ……いや、でも事実だし……!?

俺にデリカシーがないとか、そんなことないよな! アークロイヤルに天城……!!」

 

「admiralにはデリカシーがないけども、私への愛があるから問題ないわ」

 

「提督はご飯と寝床を用意してくれるから好きです……ふわぁ……」

 

「ありがとうふたりとも! でも期待してた答えじゃないかな! チクショウ!」

 

 

 真剣な空気だったのに、なんか一気にコメディ空間が展開された。これには会場の皆さんも肩透かし。鯉住君たちが絡むとマトモな空気が霧散してしまうらしい。本当に自由な一団である。

 その中でも鯉住君は、シリアスでいようと頑張ってるのに一向に報われない悲しいサガを背負っているらしい。気の毒である。

 

 それはそれとして、痴話ゲンカというかなんというかが収まり、話が元の路線に戻ってきた。

 

 

「ああもう……俺が悪かったですって。今度からもっと気を遣うようにしますから……」

 

「最低限のマナーよ!」

 

「すいません、はぁ……それで、どうなんですか? どんな兵器を出せるんですか?」

 

「そうねぇ。あそこのDémon(鬼)が言ってたの以外だと……動物が吸い込むと動かなくなる菌とか、見ると目が潰れるレーザーとか、頭が割れるように痛くなる電波とか、耳が聞こえなくなる大きな音とか……」

 

「ヤバいのしかないじゃないですか!?」

 

「何言ってるの? 大砲や爆弾みたいなコワイ兵器は使えないのよ? 艦娘の方がよっぽど狂暴じゃない!!

それに核は私、使えないわよ? 常識で考えてよ。あんな大きな爆弾、扱えるわけないじゃない」

 

「大砲とか爆弾よりヤバいのいっぱい積んでるじゃないっすか……というか、核は使えないんですね。全然安心できないけど、多少は安心しました……」

 

「放射能なら使えるけど」

 

「欠片も安心できなかった!!」

 

 

 厄満と言ってよい非人道兵器の国際展示場状態だったコマンダン・テストに、会場の皆さんはドン引きである。

 口に出さなくても「絶対相手したくない」というのが総意なのは、誰の目にも明らかだった。

 

 ただし佐世保第4鎮守府組は「戦ったらなかなか面白そう」とか考えていたので、実は総意ではなかったりする。

 そしてもうひとつ誰もが思ったことは「あんなヤバいの押し付けられる鯉住君かわいそう」であり、これは本当の本当に総意だったとか。

 

 

「そういうことだ。やはり奴を野放しにすると、国単位が簡単に滅ぶ。

実際にエーゲ海群島のいくつかの島は、わずかな植物を残して、昆虫含め動物が根絶やしにされていた。それは間違いなく奴がやったことだろう」

 

「うええ……そうなんですか、テストさん……?」

 

「仕方ないじゃない! こっそりと洞窟に隠れてただけなのに、コ、コウモリがブワーッて奥から出てきて!

私怖くて、体が動かなくなるガスでおとなしくさせようとしたら、アイツら、く、狂ったように暴れだすのよ!?

そんなの間近で見せられて、怖すぎて、もう二度と動かなくなるように、そういうガスで島全体をおとなしくさせたのよ!!」

 

「ひええ……」

 

「なんでヒいてるのよ、おかしいでしょう!? もっと私に同情しなさいよ! そういうところがデリカシーがないっていうの!!」

 

「いやその理屈はちょっとおかしいのでは……

と、とにかく、前にも言ったように、ウチではそういうの絶対にやめてくださいね……? みんな仲良く死んじゃいますから……

身の危険が迫るようなことには、絶対にさせませんので……」

 

「そ、それなら考えてもいいわ……!!

絶対よ! 約束して! 絶対に私を護り抜いてよ!?」

 

「どう考えても、テストさんに敵対できる相手なんて数人しかいないと思いますが……

……わかりました。絶対に傷つけさせませんので」

 

「Promettre(約束)だからね! 破ったらいけないのよ!?」

 

「分かってますよ。他の部下のみんなも傷つけさせませんので、テストさんも同じです」

 

「なんで他と一緒にしてるのよ!? 私とのPromettre(約束)なのよ!? 私だけじゃないと嫌!」

 

「ええ……? そんな乱暴な……」

 

「アンタそういうところよ、デリカシーがないっていうの」

 

「叢雲それおかしくない? 俺そんなにおかしいこと言ってないよね?」

 

「admiral。女性はいつでも意中の男性には特別扱いして欲しいものなのだよ」

 

「さ、魚のことくらいにしか興味のないアークロイヤルにダメだしされた!?」

 

「大丈夫ですよ提督……美味しいご飯とあったかくてフワフワな布団があれば、私は護られている気持ちになりますので……ふわぁ……」

 

「天城は本当に欲がないね!?」

 

 

 自由過ぎる転化体の面々に振り回される鯉住君。彼が口を開けばコメディが始まる。

 そこまでいくと逆に尊敬の念が出てくるもので、会場のメンバーの間で、何故だか鯉住君の株が上がり始めている。よくわからない現象である。

 

 それはそれとして、伝えたいことが出そろったようで、加二倉中佐はまとめに入った。

 

 

「……まぁ、なんだ。とにかく話をまとめる。

そこのコマンダン・テストは国単位を呆気なく滅ぼす能力と性格を持ち合わせているため、沈めてしまうのは中止した。いつ復活して暴れまわるかわからないからな。管理できる場所で管理するしかないという結論だ。

そして見て分かる通り、奴を安全に管理できるのは鯉住ただひとりだと見ている」

 

 

 この発言に満場一致で首が縦に振られる。なんだか納得いかない鯉住君。

 

 

「話が逸れて時間がかかってしまったが、自分からは以上だ。何か質問がある者はいるか」

 

 

 今度は誰も手をあげず。

 これは疑問がないというよりも、頭の中で情報をまとめられていないと言った方がよさそうだ。怒涛の情報ラッシュと漫才ラッシュのサンドイッチで、現状が飲み込めていないものが大半である。

 

 ……とにもかくにも色々あったが、副題のひとつ目である『加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)』については終了となった。

 これからいくつも似たような厄ネタが出てくる予定である。一部を除いてみんなして胃が痛くなるのであった。

 

 




あとがき


佐世保第4鎮守府の戦闘詳報の改竄 ビフォーアフター


例・欧州水姫(二つ名個体・キリアルケス。以下、甲と記載)との戦闘


【公開版】


作戦概要・
英国海軍の大西洋部隊・第1艦隊と第2艦隊の助力を受け、敵本拠地を攻略


作戦結果・
損傷甚大ながらも甲を撃沈。当該海域からの脅威の排除に成功


作戦詳細・
アイルランドの西海岸、ゴールウェー基地を拠点とし、複数回の『釣り出し』を実行。日本海軍側が主導。
甲は多数の姫級個体を部下として抱えており、戦力低下を狙った各個撃破を狙いとした。これにより姫級個体を67体撃沈。鬼級個体を122体撃沈。通常個体を約1100体撃沈。
戦力の著しい減少を確認したのち、敵本拠地へと進軍。連合艦隊決戦により甲の轟沈を達成。


最終出撃編成と被害・
佐世保第4鎮守府所属を佐4、英国海軍第1艦隊、第2艦隊をそれぞれ英1、英2と記載。

第1艦隊(空母機動艦隊)

キング・ジョージⅤ改二(英1・旗艦) 中破
ネルソン改(英1)          中破
ウォースパイト改(英1)       大破
クイーン・エリザベス改二(英1)   大破 
アークロイヤル改(英1)       中破
イラストリアス改二(英2)      中破

第2艦隊(護衛水雷戦隊)

神通改二(佐4・旗艦) 中破
妙高改二(佐4)    中破
ジェイナス改(英2)  大破
ジャービス改(英2)  大破
ノーフォーク改二(英2)中破
カロライン改二(英2) 中破


作戦結果・
甲の撃沈、甲の部下だった深海棲艦の著しい減少により、北大西洋の脅威度は日本近海と大差ない状態まで減少すると考えられる。


備考・
英国海軍から協力への対価として、セントー級軽巡洋艦『セントー』『コンコード』の2隻の譲渡。この2隻の日本海軍における再編については大本営に一任する。



【実際あったこと】


作戦概要・
欧州水姫(二つ名個体・キリアルケス)を部下もろとも沈める

作戦結果・
瑞穂が中破。目についた深海棲艦は殲滅完了。

作戦詳細・
瑞穂が敵本拠地に突っ込む。保険として佐世保第4鎮守府組(加二倉中佐含む。那珂と五月雨はイタリアでお留守番のため不在)は小型船舶で同行。
姫級個体を100体くらい撃沈。鬼級個体を100体くらい撃沈。通常個体を2000体くらい撃沈。


出撃編成と被害・

瑞穂改(佐4・旗艦) 中破


作戦結果・
燃料と弾薬の補充のため複数回の出撃となった。北大西洋の脅威度は日本近海と大差ない状態まで減少したと考えられる。

備考・
英国海軍から協力への対価として、セントー級軽巡洋艦『セントー』『コンコード』の2隻の譲渡。
英国海軍の長官には、艦娘実験の方向性を正すように指導し、これを守れないなら相応の行動をとると通達。色々と各方面を脅しておいた(物理)ので、しばらくは問題ないはず。
瑞穂は久しぶりにやりたい放題暴れられて、いい笑顔をしていた。
瑞穂がおみやげとして欧州水姫(キリアルケス)の首級を持ち帰ってきたので、おそらく当該個体の復活は無し


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第149話 副題2

今回の会議の議題一覧


 済・本題……呉第1鎮守府・間宮とラバウル第10基地・伊良湖による艦娘用甘味の生産工場建設と運用について

 

 済・副題1……加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)

 副題2……一ノ瀬中佐、加二倉中佐、三鷹少佐のそれぞれが上げた功績に伴う昇進について

 副題3……白蓮大将による鉄底海峡の不可侵領域攻略作戦と大規模侵攻の兆候について

 副題4……鼎大将による沖縄沖からフィリピン海にかけての大規模侵攻の兆候について

 副題5……三鷹少佐による北方水姫の迎撃作戦の結果と彼女の転化について

 副題6……一ノ瀬中佐による各地大規模侵攻に対する人員再配置案について

 副題7……伊郷元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想について


 今回は副題2です


※前回の補足

 イタリアの二つ名個体・『オイルドリンカー(重巡棲姫)』は、同国のオリーヴィア・シラス提督(一ノ瀬中佐のマブダチにしてローマの出向元)により打倒されています。欧州で初めて二つ名個体に人類側が打ち勝った快挙となります(非公式含まず)。






 加二倉中佐による、大変物騒なカミングアウト(と鯉住君に対するいつもの丸投げ)が終わって、会場は一息ついている状態である。

 

 欧州の救援は佐世保第4鎮守府組による蹂躙で大成功だったという朗報と、欧州では艦娘たちの人体実験(かなり非道)が行われていたという凶報のダブルパンチ。

 ベクトルは違えども、どちらもなかなかにショッキングな内容だったので、会場は全体的に浮足立っている。無理もないことだ。

 

 とはいえ今回の会議はまだまだ始まったばかり。主題であった甘味工場についてはとっくに終わっているのだが、始まったばかりなのは確かである。

 ざわざわする会場を静めるため、司会進行役の間宮が壇上に上がる。

 ちなみに彼女は加二倉中佐の報告には特に驚いていない。諜報のスペシャリストでもある彼女は、今開示された情報をすでに手に入れていたのだ。流石である。

 

 

「はい。加二倉中佐、貴重な情報をありがとうございました。

それでは皆さん、衝撃的だったのはわかりますが、時間が限られていることもありますので次の議題に移りますね。

次の議題は、提督……鼎大将のお弟子さん3名の昇進について、ですね。

実力も実績もある3名の昇進、大変喜ばしいことです。詳しい話は元帥閣下からということですので、マイクを譲りますね。……元帥閣下、お願いいたします」

 

「うむ」

 

 

 司会しながら伊郷元帥へとマイクを手渡す間宮。昇進についてのトピックということで、元帥直々に発表となるらしい。

 

 

「ここからは私が話す。

……まず前提としてだが、一ノ瀬中佐、加二倉中佐、三鷹少佐は、これまでに日本海軍に対して多大な貢献をしてくれている。艦隊運営の実力も日本海軍指折りだ。ここにいる者で3人の昇進に異を唱える者はいないだろう」

 

 

 元帥の言葉を受けて、会場の面々は一様に首を縦に振る。

 

 日本が国家として壊滅するほどの国難であった本土大襲撃、それを防いだ立役者である一ノ瀬提督。

 部下の艦娘はひとり残らず一騎当千(誇張ではない)の実力者で、今回の欧州救援ではその実力を余すところなく示した加二倉提督。

 提督としてでなく経営者として世界でトップクラスであり、艦隊の実力としても二つ名個体クラスを討伐できるほどハイレベルな三鷹提督。

 

 こんなトップクラスの実力者たちの昇進だ。政治的なしがらみや権力闘争的な企みがあるわけでなければ、異議など出ようはずもない。

 というかこのレベルの人材が佐官だったこと自体が、おかしなことだったと言ってもよい。

 

 一応その理由はあり、本人たちに出世欲が皆無なこととか、政敵を増やさないため他の提督から妨害工作を受けていたからとか、元帥としても出世させる必要がなかったからとか、だったりする。

 組織として全く問題なく運営できており、本人たちも立ち位置に満足しているということであれば、事を荒立てる必要はない、という認識だったのだ。

 

 

「今まで本人たちの意向もあり、功績とは見合わない立場で活動してもらっていたのだが……

欧州の情勢が落ち着いたのはいい機会であるので、これを機に適切な立場に昇進してもらうことにした。3名とも、異論はあるか」

 

 

 元帥の問いかけに対して、3名は鎮守府メンバーと一緒にそれぞれ反応している。

 

 一ノ瀬中佐のところはこんな感じ。

 

 

「あー、私としては、昇進とかあんまり興味ないんですよね。鳥海はどう思う?」

 

「聡美指令より上の立場として認められる者など、片手で数えられるだけしかいません。順当な評価です。おとなしく受けてください」

 

「あんまり実感ないのよねぇ……できることしてるだけだし」

 

「ご主人様はホントにマイペースですよね~。もっとガツガツ行けばいいのに。青葉さんもそう思うっしょ?」

 

「当然ですね! お金と立場はあって困ることはありませんよ!」

 

「いや、別にそんな、ほどほどでいいから」

 

 

 普通なら泣いて喜ぶ昇進であるが、彼女としては、別にそこまで……といった具合らしい。

 

 一方加二倉中佐のところは……

 

 

「自分も異論はない。元帥閣下の決定なら従うのみ」

 

「キミはそうやろな。軍人の鑑やで、ホンマ」

 

「秘書艦としても喜ばしいことですね。細かい仕事が減りそうです」

 

「いつも書類仕事をこなしてくれる赤城には感謝している」

 

「提督がもっと事務をしてくれれば……ハァ」

 

「ま、ええやん。出世するだけ雑用は減るもんや。細かい仕事は格下にブン投げりゃええもんな」

 

「重要なことだけ抑えれば、他は些事だ」

 

「またそんなことを言って……

……勘ですが、鯉住さんにしわ寄せがいくような気がしますね」

 

 

 加二倉中佐としては、上からの命令だから自分の意思はどうでもいいと思っているらしい。相変わらず職務に忠実である。

 実際の細かい事務は秘書艦の赤城に丸投げだし、そもそも秘密兵器扱いなので面々が明るみに出ないというのもあり、本人的にはやることが変わるわけではなかったりもする。

 

 そして残った三鷹少佐のところは……

 

 

「あらあら、おめでとう提督。完全に計画通りとは流石ね」

 

「あはは、ありがとむっちゃん。本音としては僕個人はどっちでもいいんだけどね。

でもどうせなら、みんなで一斉に昇進したかったからさ」

 

「……何? 同志はこの昇進を以前から知っていたのか?」

 

「ああ、ガンちゃんには話してなかったっけ?

色々と根回ししておいたから、この昇進は既定路線だよ」

 

「ムム! 何をどうしていたか教えてくれないか!?

私の人類支配の夢の一助となりそうだ!!」

 

「あー、大したことはしてないよ?

危険な欧州から優秀なブロックチェーン技術者を大量に囲い込んで……ああ、これは三親等まで安全な土地への移住を保証することで実現させたよね。

それで三鷹グループと提携企業で使える暗号通貨である『電ちゃんコイン(INZ)』を開発して、日本海軍の将官クラスに賄賂として与えたんだよ。

あとは暗号通貨と国家通貨の取引所を開設しておしまい。楽な仕事だよね」

 

「な、なるほど……?」

 

「提督、人間の先端技術に疎いガングートに専門的な話してもわかんないわよ」

 

「それもそっか。えーとね、分かりやすく言うと、だいたい3000万円くらいのはした金を、発言力だけはある連中に別個にばら撒いたんだよ。

信念よりも欲望が強い人間はこれで十分。札束を餌付けすれば喜んで動く犬みたいなものだからね」

 

「おお、そういうことか!!」

 

「ま、こんな3流しか動かせない方法じゃ、この場のメンバーには全く響かないけどね。

ガンちゃんが裏で動くときは、ちゃんと相手を見て権謀術数を張り巡らせるようにね」

 

「流石は同志提督! 勉強になるな!!」

 

 

 三鷹少佐は独自で昇進のための暗躍をしていたらしい。さらりと言っているが普通に軍紀違反である。

 とはいえそれを咎めることができる者はいないし、咎めたとして良いことなど何もない。そこまでわかって自由に動いているのは流石としか言いようがない。

 

 

 こんな感じでざわざわとしている中、元帥は話を続ける。

 

 

「うむ、さほど驚いているわけでもなく、浮足立っているわけでもない。

全員、部下まで含めて、将官の器だと言えるだろう。

……ということで、全員の階級を『少将』とする。これは事前に全将官の同意をとってあるので、決定事項である」

 

 

 まさかの全員『少将』への昇進。驚きの声が上がる。具体的にはラバウル第1基地(白蓮大将のとこ)から上がる。

 

 

「お、おい、提督、このようなことあり得るのか!?

中佐から少将への昇進だけでも『2階級特進』! それでも早々ない話だというのに……三鷹少佐に至っては、少佐から少将だと!?

私の頭がおかしくなったとしか思えん! 何がどうしてこうなったのだ!?」

 

「落ち着けよ長門。お前の頭がおかしいんじゃなくて、ここにいる奴らがバグってるだけだ。結果も出してるしな」

 

「提督は落ち着き過ぎだろう! 日本海軍には日本海軍の常識というものがあってだな!?」

 

「しょーがねーだろ。その常識で縛れねー奴らが結果出してんだから。

俺も大概やりたいようにやってる自覚はあるが、その程度のぶっ壊れじゃ足りんらしいからな」

 

「提督……ご自身が適当な存在だって自覚があったんですね……」

 

「高雄オメェ、それちょっとニュアンスが違くねぇ?」

 

「普段の仕事ぶりを鑑みてください。順当な評価ですわ」

 

「なんか鯉住の世話を任せるようになってから、図々しくなったな……」

 

「色々とワケの分からない案件を処理してきて、精神が鍛えられましたもの」

 

「て、提督! 阿武隈は提督の戦闘指揮は信頼してまぁす!」

 

「あら阿武隈、別にフォローしなくてもいいのよ?」

 

「ホントにまぁ、図々しくなっちまって……」

 

 

 一般常識がしっかり根付いているラバウル第1基地では、やはり異例の特進はショッキングだったらしい。

 

 同様に一般常識が浸透している大本営組ではどうだろうか。

 

 

「提督……本当に良かったんですか?

やはりもっと段階を踏んでいくべきだったのでは?」

 

「なに、大和君も知っての通り、事前に各将官からの同意も得ているだろう」

 

「それはそうですが……真面目な方々は『功績通りの昇進だから』と納得してくれたので、それはよいのです。

ですが、自分に正直というか、欲に正直というか……そういった方々までふたつ返事で納得したのが気にかかります」

 

「それも裏取りができているだろう? 三鷹少佐が根回しをした、と」

 

「堂々と軍紀違反していたとはいえ三鷹少佐ですし、今さら問題にするつもりはありません。それよりも、賄賂を受け取った面々に付け入る隙を与えてしまいそうで」

 

「そうなったとしても問題あるまい。三鷹少佐は一角の傑物であるのは確か。その程度のスネの傷など気にならない程度のものだろう」

 

「部下が自分の手に収まらないのは落ち着かないんですよ……ハァ……

鼎大将率いる皆さんについてそんなこと、ホントに今さらなんですけど……」

 

「大和君は毎回丸く収めてくれているからな。本当に助かっている。

……何か特別な褒賞を用意するべきだろうか」

 

「い、いえいえ、先日は内政艦を数人、追加配属させてくださったばかりですし、十分助けていただいています」

 

 

 こちらは実際に昇進の事務処理をしていた当事者たちなので、ラバウル第1基地の面々と違って驚きはない。

 とはいえ、三鷹少佐が色々と暗躍したから話がスムーズに進んだことについては多少思うところがあるようだ。元帥はともかく、大和、加賀、瑞鶴の3名は煮え切らない表情をしている。ちゃんとした真面目な感性を持っているので、仕方ないことではある。

 

 

「ということで、3名はこれ以降少将として活動するように。以上」

 

 

 元帥の仕切りと共に、会場も静かになる。そんな『はい次』で流していいような話題でもないのだが、この場でそんなこと今さらである。

 

 なんとも言えない不完全燃焼な空気感と共に、会議は進むのだった。




 次回は白蓮大将による『鉄底海峡攻略作戦について』です。
 ここで誰もが思う疑問について、先取りでお答えしておきます。


Q.鯉住君のところのバグ艦娘たち(転化体)がハッスルすれば、鉄底海峡攻略も余裕なのでは?

A.こんな感じになります


鯉住君
「ウチの全戦力を以て鉄底海峡を攻略しよう!」

アークロイヤル
「なんだ? admiralらしくない……
誰に言わされているのかしら? 事と次第によってはそいつを始末しなければ」

天城
「提督らしくないですね……なんだか気分が乗りませんし、ゆっくりしていたいのでパスで……」

コマンダン・テスト
「私に戦場に出ろなんて、どうしてそんなヒドイことが言えるの!? 見損なったわ!!
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ信頼していたのに!! traitre(この裏切り者)!!」

鯉住君
「すいませんでした!!」


 日頃の行いというかなんというかですね。
 らしくない行動をとろうとしても、多分言うこと聞いてくれません。そもそも鯉住君は、それぞれの気持ちを無視した指令は下さないです。

 あ、他のみんなはちゃんと言うこと聞いてくれます。一応軍属だしね。上司命令だからね。


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第150話 副題3

今回の会議の議題一覧


 済・本題……呉第1鎮守府・間宮とラバウル第10基地・伊良湖による艦娘用甘味の生産工場建設と運用について

 

 済・副題1……加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)

 済・副題2……一ノ瀬中佐、加二倉中佐、三鷹少佐のそれぞれが上げた功績に伴う昇進について

 副題3……白蓮大将による鉄底海峡の不可侵領域攻略作戦と大規模侵攻の兆候について

 副題4……鼎大将による沖縄沖からフィリピン海にかけての大規模侵攻の兆候について

 副題5……三鷹少佐による北方水姫の迎撃作戦の結果と彼女の転化について

 副題6……一ノ瀬中佐による各地大規模侵攻に対する人員再配置案について

 副題7……伊郷元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想について


 今回は副題3です




 まさかの何階級かすっ飛ばしての昇進に驚かされる面々ではあるが、まだまだ会議は続く。

 次の議題はラバウル基地全体で臨む大掛かりな作戦、『鉄底海域の不可侵領域攻略作戦』について。

 

 これについては同基地のトップである、ラバウル第1基地所属・白蓮大将から説明がなされるようだ。

 間宮からマイクを受け取った白蓮大将が、よっこらせとつぶやきつつ起立する。

 

 

「あー、あー、マイクっつーのはいつまでも慣れねぇな……まぁいいか。

今からウチの基地でやろうとしてる作戦のアレコレについて説明する。わかんねぇところがあったら遠慮せず聞いてくれ。まずはアレだ、手元の資料開いてくれ」

 

 

 白蓮大将に促され、レジュメを開く面々。高雄がまとめたとってもわかりやすい資料に目を通していく。

 

 

「まずはアレだな。なんでこの大事な時期に攻勢掛けようとしてるか、ってーとこだな。

鼎のじっさまや元帥殿も言ってるが、敵さんは今こっちに大規模攻勢をかけようとしてる……っぽい感じがする。敵艦隊の配置がおかしくなってたり、輸送艦の数がやたら増えてたり、とかな。なんかアイツら動いてんだよ。

俺達には海の上のことはわかっても、海の下のことはわからねぇ。見える情報だけで判断したら足元を掬われかねん。

海の上の動きで俺たちの動向を縛ろうって考えがあるのかもしれねぇから、対応した作戦打つような博打はできねぇし、そもそもそれを考えられるだけ頭が回る知将がいるのかもわかんねぇ」

 

 

 つまりは、深海棲艦側の情報がほとんどない現状では何も手が打てないということ。

 できることと言ったら、攻勢に備えて哨戒や防衛にチカラを入れることくらいか。

 

 それくらいのことは、この場に集った面々はわかっている。

 白蓮大将の説明を確認した参加者たちは皆、うんうんとうなづいている。

 

 

「ま、そういうことで、俺たちから積極的な動きは取れん。とはいえだな、これも重要なことだが、後手に回るのは戦で最もやっちゃならねぇことだ。

いくら戦力差があろうが、奇襲一発決まりゃあ平気で負ける。桶狭間やらアルプス越えやら剣閣迂回やらなにやらな。

最近じゃあ本土大襲撃があったな。そこの一ノ瀬の嬢ちゃんの機転と勘働きがなけりゃ、日本は終わってた」

 

「そんなに持ち上げないでくださいよ。できることやっただけなんですって」

 

「へぇへぇ。天才肌はみんなそう言うんだよ。

大将からのありがたい言葉なんだから、おとなしく受け取っとけよ。英雄様」

 

 

 こんな重要な場で持ち上げられて苦笑いを浮かべる一ノ瀬提督。

 実は彼女が白蓮大将の言葉を遮ったのは、隣でこれまた苦い表情を浮かべている鳥海のためでもあったりする。

 

 一応転化体のことは秘密になっているため(この場のメンバーはほとんど知ってることだが)、白蓮大将はわざわざ鳥海が主犯だとは言わなかった。しかし当然ながら一ノ瀬提督と現鳥海の関係性を彼は知っている。

 知っていて、しかも鳥海のひたすら負けず嫌いな性格まで知っていて、さっきの話題を出したのだ。流石デリカシーを気にしない白蓮大将と言ったところか。

 

 そんな煽り発言のせいで一ノ瀬提督側からじっとりした視線を受けつつ、白蓮大将は一切気にせず話を続ける。

 

 

「ま、そういうわけでよ。俺たちは後手に回れねぇんだよ。

ついでに言うと、攻略予定海域の動きもだいぶキナ臭くなってんだ。無策で居たら最悪ラバウル基地壊滅もありそうだ。

まーそう考える根拠って言われると、大部分が勘だからハッキリとは言えねぇんだけどよ」

 

 

 白蓮大将が肝心な部分を勘の一言で済まそうとしていたところ、それはマズいと感じたのか、隣にいた秘書艦の高雄が挙手。話に割って入る。

 

 

「すみません、ラバウル第1基地で秘書艦をさせていただいている高雄です。今の話の補足をさせていただきますわ。

たった今、提督は勘だと言って済ませようとしましたが、一応の根拠はあります。お手元の資料、23ページの中段をご覧ください。

……よろしいでしょうか。その部分に目を通していただけますとわかりますが、ラバウル基地内での敵戦力の偏りが見られます。

具体的には、鉄底海峡の南に位置する鎮守府での敵艦隊の動きが緩慢になっています。対して西側の鎮守府では戦力の増強が確認されています。これらの動きには何らかの意図があると考えました」

 

「色々考えられんだけどよ、多分『溜め』じゃねぇえかと思うんだよな」

 

「ちょっと提督……話の途中ですから、口を挟まないでほしいですわ。ハァ……。

……とにかく最終的な結論としましては、今提督が口にした『戦力増強のための一時的な戦力変遷』であると仮定しました。

他にも『こちらの侵攻を誘う策』『深海棲艦の出現が抑えられた』『縄張りの位置が変わる兆候』など……考えられる可能性は色々とありますが、戦力増強中だと仮決めして動くのが、一番固いということで」

 

「ま、楽観視せず手をこまねいて見てるわけでもなく、ってなったら、そういう前提で動くのが一番ってこった。高雄、ご苦労さん」

 

「ハイ。口出し失礼いたしました」

 

「つーわけだ。抑えるので手一杯なヤツらがパワーアップなんて考えたくもねぇ。

ヤツらのなんかの準備が整う前に、さっさと叩く。今回の作戦はそーいうモンだ。

概要としちゃあそんなとこだな。ここまででわかんねーとこあるヤツはいるか?」

 

 

 会議が始まるまでの待ち時間で大半のメンバーはレジュメに目を通していたため、ここまでの話は予習済み。白蓮大将と高雄の説明がスッキリしたものだったこともあり、特に誰も反応せず。

 

 

「うし。無いようだから進める。

でだ、その抑えるだけで手いっぱいな奴らをどう潰すかだが……それについてはウチでやる。あそこにはちょっとした因縁もあるんでな。落とし前つけさせてもらうにはちょうどいい機会だ」

 

「白蓮大将。その方法は」

 

「ああ、元帥殿。当然勝算はあります。

まずひとつに、個々の戦力強化っすね。鯉住のところに金剛と榛名を送り込んでるのを筆頭に、第1艦隊と第2艦隊メンバーは長門にシゴいてもらってます。

なんかこっちに来てから阿武隈が自発的に鍛えてもらってたり、長門の頭固いのがちったぁ良くなってたりで、嬉しい誤算はありますが」

 

「うむ。金剛君と榛名君は非常に厳しい研修を受けているとは聞いている。

本人たちとしては実力の向上を感じているか?」

 

 

 話に出てきた金剛と榛名は、元帥からの質問を受けて苦笑いしている。

 

 

「ハイ。正直言って常軌を逸した研修ですが……実力は遥かにアップしたと言えますネ」

 

「榛名も大丈夫じゃないくらい追い込まれて頑張ってます……」

 

「そうか。実力向上が見込めるとは上々」

 

「その分……本当に追い詰められるけどネー……」

 

「大丈夫じゃないです……」

 

「ふむ」

 

 

 話しているうちにハイライトを失っていく金剛と榛名の瞳である。しかしその反応を見ていた教官陣は……

 

 

「なぁ叢雲、金剛さんと榛名さんを追い込みすぎたりとかは……」

 

「してないわよ。そもそもアークロイヤルとか天城とかに対抗できるくらい強くならなきゃなんでしょ? 多少の無理は飲んでもらってるわ」

 

「だよなぁ」

 

「当然古鷹もわきまえてるわよ」

 

「まぁ、古鷹については心配してないよ。彼女は優しいから」

 

「ちょっと。私と古鷹の扱いに差がある気がするんだけど?」

 

「いやいや、気のせいだって」

 

「……納得いかないわ」

 

 

 

「ほっほ、白蓮君のところのふたり、ずいぶんと絞られてるようじゃのう。

熊野君に五十鈴君や。キミたちは彼女らの研修見学しとったんじゃろ? どうじゃった?」

 

「問題はありませんでしたわ。

わたくしたちが見たのは古鷹さんの研修だけでしたけども」

 

「五十鈴がやるとしても、あれくらいになるってところかしらね。

相手は戦艦なのだから、もう少し厳しくしてもいいとは思ったけど」

 

「そうかそうか。キミたちがそう言うなら間違いないじゃろうて」

 

 

 教える側としては、やることやった、くらいにしか思ってない模様。

 その話を小耳にはさんでいた金剛と榛名、そしてついでに瑞鶴は、目の彩度を先ほどよりも落としてしまっている。必要だとわかっていても無条件に受け入れられるシゴキではないのだ。

 

 なんとなく現状を察した元帥が満足したのを見計らって、白蓮大将は話を引き継ぐ。

 

 

「つーことで戦力増強については順調ですね。

んで、もうひとつ勝算があると言える根拠は、無線技術と艤装の向上ですわ」

 

「うむ。それは私の知るところでもある」

 

「そらそうっすよね。前回は無線封鎖から包囲されて痛い目見ちまったが……

今の無線技術は、妖精さん開発の中継局をいくつか経由する短距離無線。中継基地局と共に橋頭堡として前線基地をいくつかこしらえるつもりです。

もしまた連絡が取れなくなっても、中継基地でそれを即座に感知し、増援を送り込める。そんで今のウチの実力なら、応援が来るまで持ちこたえることもできる。……同じ轍は踏まねぇ」

 

「ふむ」

 

「それに加えて新型偵察機による索敵性能向上、主砲更新による火力増強……艤装の性能も前と比べたら月とスッポンです。

アチラさんも多少は強くなってるのかもしれねぇが……俺たちは負けねぇ」

 

「こちらから増援を送る必要はなさそうだな」

 

「ええ、お気遣いどうも。問題ねぇっす」

 

「ふむ」

 

 

 来る決戦を思って意気軒高な白蓮大将と部下の艦娘を見て、伊郷元帥は納得したようにうなずいている。

 ラバウル第1基地がどれだけ鉄底海峡で仲間を喪ってきたか知る者は、その様子に感じ入っている。

 

 それは榛名から姉妹の不幸を聞いていた鯉住君も同様で、うんうんと首を縦に振っている。

 

 

「伊郷元帥も部下の皆さんも張り切ってて、さすがの迫力。金剛さんと榛名さんの件もあるし、これはウチもなんとかして作戦成功に貢献しないと! なぁ叢雲!」

 

「そうね。私もラバウル第1基地の先輩たちがどれだけ苦労してきたかは聞いてるわ。しっかり役目は果たしましょ」

 

「フフフ、admiralったら張り切っているわね。私は水族館と生け簀の世話があって1日以上空けられないから、応援だけさせてもらうわ」

 

「そうですね……ふわぁ……私も1日以上お布団とは離れられないので、留守は任せてください……zzz……」

 

「な、なに、アナタ達、まさか戦争をしようとしているの……!?

なんて物騒な……Barbare(野蛮人)のすることじゃない!!

絶対に私を巻き込まないでよ!? いい!? Jurer(誓うと言いなさい)!!」

 

「キミたち転化体組はホント自由だよね……

まぁ、戦力的には大丈夫だと信じたいから、キミたちはウチを護っててね……」

 

 

 なんだかんだ転化体組はマイペースすぎて作戦には組み込めないようだ。

 彼女たちがここに居てくれる理由と連動した訴えなので、その心情を思うと鯉住君としても無理を言うことはできない。やっぱり押しが弱いのであった。

 

 

「そうだ白蓮大将。その橋頭堡建設だが、見通しは立っているのか?」

 

「ん? ああ、問題ねぇっす」

 

「ほう。そちらの計画も立っているのか」

 

「いえ、計画が立っているっつーほどでは」

 

「? というと、問題がないというのは」

 

「俺の仕事から上手くやってくれる奴の仕事に変わったんで、大丈夫ってことですよ。詳しくは本人に聞いてください」

 

「本人というと」

 

 

 

 

 

「そこで夫婦漫才してる鯉住です」

 

「ファッ!!???」

 

 

 

 

 

 まさかの飛び火に奇声を上げてしまう鯉住君。

 

 

「ちょ、白蓮大将!? そんなん聞いてないんですけどぉ!?」

 

「あぁん? こないだ言ったじゃねぇか。お前んとこ作戦本部……総督府にするって」

 

「そりゃ言ってましたけど、形だけとも言ってたじゃないですか!?」

 

「ちょっとアンタどういうことよ!! 私そんなの聞いてないわ!!」

 

「うおぉっ!? ごめん叢雲!! 色々あり過ぎで説明のタイミングが……!!」

 

「アンタいっっっっっっつもそれじゃない!!

もう少し人の上に立ってる自覚持ちなさいよ!! 報連相もできないとか、社会人すら失格だわ!! この人間失格!!」

 

「俺が悪かったからやめて! 心にクる!!」

 

 

 確かにラバウル第1基地が到着した時にそういう話はあったのだが、鯉住君としては、総督府として本拠地を任されるのはバックアップをスムーズに行えるようにするためだと理解していた。

 要は、自身の鎮守府の後方支援能力を買ってくれていて、その能力を存分に活かしてもらいたい、と、そう言われていると理解していたのだ。

 だから結局のところ自分たちの役割を存分に果たしてほしいということだけで、自分の中での優先順位があまり高くない事柄だった。

 総督府なんていうと肩書きは偉そうだが、その実は普段通りの仕事の延長をやるというだけの話だからだ。

 

 ……まあ、確かに叢雲と古鷹に報告してなかったのは落ち度ではある。

 

 しかし、白蓮大将曰く、そんな理解とは裏腹に、本当に総督府としての機能をほぼほぼ任せるつもりだったらしい。

 

 ぽっと出の若造で、ものすごいスピードで大佐まで昇進していて、大将や元帥と交流があり、よくわからない奴という認識と共に十二分に妬まれている。

 そして艤装パーツ販売で儲けている銭ゲバというイメージまでもたれている。

 そんな男がいきなり、見せ場も見せ場である『大規模作戦』の旗印を掲げる。

 

 ……そんなことになって、上手くいくビジョンなど見えるはずもない。ラバウル基地の他の鎮守府の提督に、どんな顔して向かい合えばいいというのだろうか。

 

 叢雲に激おこされながらも、鯉住君はお先真っ暗なビジョンに涙目になっている。

 

 

「全く……オマエは気にしすぎなんだよ。いいじゃねぇかそれくらい。

高雄を補佐につけてやるんだし何とかなるだろ。優秀な嫁もたくさんいるし」

 

「いいわけありますか!! この適当オヤジ!!

あああ!! ラバウル基地内で言えば俺ってぼっちみたいなもんなのに、こんなことになっちゃって……どうやって他の提督に接していけば角が立たないって言うんだ!? 無理でしょそんなの!!」

 

「なぁ高雄、アイツついに俺の悪口を面と向かって言い始めたぞ?」

 

「提督が120%悪いのであれは悪口には当たりません」

 

「お前ホント図太くなったよなぁ……太いのはその足だけで……オグゥッ!!?」

 

「何を言ってるのですか!!! セクハラで訴えますよ!? 馬鹿めと言って差し上げます!!! グーパンしますわよ!! グーパン!!」

 

「もうしてんじゃねぇか……痛つつ……」

 

「とにかく! 私も聞いていませんよ、鯉住大佐に丸投げしようだなんて!!」

 

「丸投げじゃねぇよ。決戦艦隊の編成と指揮は俺がやるから、それ以外しか頼まねぇよ」

 

「それ以外って、ほとんど全部でしょう!? 馬鹿めと言って差し上げますわ!!

部下にばかり頼ってないで、提督としての仕事をしてください!!」

 

「だから戦闘は俺が仕切るっつてるじゃねぇか……」

 

「それだけで仕事した気になってもらっては困ります!!」

 

「うるせぇなぁ……」

 

「思春期の中学生男子みたいな拗ね方をしないでください!!」

 

 

 こっちはこっちで高雄が激おこである。

 ラバウル第1基地のメンバーとしては見慣れたものなので、いつものことといった感じで落ち着いたものだが、鯉住君の扱いに対しては憐憫の情がある様子。

 

 

「鯉住大佐がヒドイ無茶ぶりされてるヨー、榛名……」

 

「そうですね、金剛お姉さま……榛名、ドン引きです……」

 

「な、なぁ、金剛、この長門は鯉住大佐を初めて見るのだが、普段からああなのか……?」

 

「ホワッツ? ああ、とは?」

 

「総督府の長を丸投げされたり、元欧州の二つ名個体で対生物特効を持っているような転化体を丸投げされたり、自身の鎮守府の敷地に部下が勝手に工場を建てたりとか、そういうやつだ……」

 

「ああ……大佐はそういうの日常茶飯事だからネー……」

 

「それ以外にも榛名が知る限りでは、横須賀第3鎮守府から姫級深海棲艦に転化してしまった駆逐艦のお世話を任されたり、全人類の支配者となりたい転化体の研修を引き受けさせられたりしているみたいです……

ここに来て榛名は大丈夫じゃない毎日を送ってますけど、鯉住大佐の心労の方がたぶん大丈夫じゃないと思います……」

 

「……なんだろうか。よくわからなかったし、わかったらいけないのだろうな……」

 

「それでいいと思うヨー……大佐には頭が上がらないデース……」

 

「まぁ、なんだ……大佐には強く生きてほしいな……」

 

 

 

 

 

 なんだかんだ漫才が始まってしまったので話題はお開きとなった。

 

 決まったことをまとめると、

 

・日本海軍全体で大規模作戦の予兆はあるが、ラバウル基地が先陣を切ることになりそうだということ

 

・主力部隊の大幅な実力強化と艤装の技術発展により、取れる作戦の幅が増えたことで、勝算は十分に見込めるということ

 

・最終戦闘は白蓮大将率いる精鋭が取りまとめるが、そこまでのそれ以外はすべて鯉住大佐がなんとかすることになったこと

 

 ということになる。

 

 実質全ての後方作戦と前段作戦を丸投げされた鯉住君は、怒って頭部艤装を赤くビカビカさせている叢雲にブンブンと振り回されながら、己の不幸とこれからの激務に頭を悩ませるのだった。




そろそろいちゃいちゃする話が書きたいなぁ(会議進行中は厳しい)


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第151話 副題4

今回の会議の議題一覧


 済・本題……呉第1鎮守府・間宮とラバウル第10基地・伊良湖による艦娘用甘味の生産工場建設と運用について

 

 済・副題1……加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)

 済・副題2……一ノ瀬中佐、加二倉中佐、三鷹少佐のそれぞれが上げた功績に伴う昇進について

 済・副題3……白蓮大将による鉄底海峡の不可侵領域攻略作戦と大規模侵攻の兆候について

 副題4……鼎大将による沖縄沖からフィリピン海にかけての大規模侵攻の兆候について

 副題5……三鷹少佐による北方水姫の迎撃作戦の結果と彼女の転化について

 副題6……一ノ瀬中佐による各地大規模侵攻に対する人員再配置案について

 副題7……伊郷元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想について


 今回は副題4です




 今までの議題とは毛色が変わり、白蓮大将による大規模作戦概要が周知された。

 その流れはそのままに、次の議題は鼎大将による深海棲艦の情報共有である。

 

 マイクを間宮経由で白蓮大将から受け取った鼎大将は、のんびりとしたペースで立ち上がり、話し始めた。

 

 

「そいじゃワシからの連絡を始めるぞい。

とはいえあれじゃ、皆いい加減疲れてきたじゃろ? ということであっさりと話すのでな」

 

 

 どうやらそこまで切羽詰まった話ではないらしく、込み入った部分まで説明するつもりは無いようだ。

 

 なんだかんだで日本海軍内でも古株な鼎大将である。

 そんな権力者の議題ということもあり、一同それなりに身構えていたのだが……今の一言で気持ちが軽くなったらしく、場の空気が多少ゆるくなった。

 

 

「ほっほ、結構結構。頭を働かせるにはそれくらい気が抜けてた方がいいんじゃよ。

さて、そいじゃワシの持ち込み議題を話していくからの。

……現在西日本からフィリピン海、さらにもうちょっと行ってシンガポール沖辺りまで、深海棲艦の動きに変化がみられる状態じゃ。

ま、これは今回の議題以前に日本海軍データベースに色々載っけといたから皆知ってるじゃろ」

 

 

 うんうんとうなづく面々。

 鼎大将の話通り、日本海軍データベースには戦闘詳報とそれに伴う考察が随時投稿されている。

 

 呉鎮守府以南の海域で、白蓮大将が先ほど話題にした鉄底海峡と同様の、深海棲艦側での戦力変遷が起こっていること。

 原因は不明であるが、現在の戦力で対抗できる範囲からは逸脱していないため、油断なく現状維持と戦力増強に努めること。

 

 ざっくりというとこのような内容である。

 

 

「まぁワシの方で伝えたいのも、白蓮君の議題とほぼ同じじゃな。

なんとも不穏な動きがあやつらに見られるから、なにかしら対策しとこうというわけじゃ。

で、その内容が……ここじゃな。31ページに書かれておる。みんな読んどいてくれたかの? まだということならパパッと目を通してみてくれい」

 

 

 ほとんど、というかほぼ全ての参加者はすでに目を通していた内容らしく、新たに資料に目を向ける者はいない。揃って鼎大将に真剣なまなざしを向けている。

 彼ら、彼女らがそこまで真剣な理由。それはそのページに書かれている内容にある。

 

 

「大丈夫なようじゃの。

……まぁ、書かれていることをまとめるとじゃな、日本海軍の領海内で欧州の二つ名個体と同格になりうる存在が出現する可能性がある、ということになるの。それもそこそこの数」

 

 

 そう、なんと、レジュメには二つ名個体クラスの出現予測が書かれていたのである。

 これは日本海軍データベースでは公開されていない、完全新規の情報。なぜそんなことが予測できるのか? その疑問について鼎大将が答えていく。

 

 

「そもそも日本海軍の領海で、そのような強力な深海棲艦が幅を利かせていなかったということ自体がおかしいんじゃよ。

……皆も知っての通り深海棲艦という存在は、人類史で過去に大きな海戦が起こった地域に多く出現しておる。その筆頭が欧州じゃな。

欧州に二つ名個体が多く存在していたのは、古代の海の民やバイキングの影響もあろうが、それ以上にWW1とWW2が原因じゃろう。そうじゃな? 加二倉君」

 

「その通りです、先生。実際にこの目で奴らの言動を見聞きした結果、その可能性は高いと考えます」

 

「うむ。つまりあやつらは海で亡くなった人間の無念を抱えているということじゃな。

まぁその辺は皆、感覚的にすとんと収まるじゃろ。

……それでの、問題は、日本海軍領海の深海棲艦がおとなしすぎるということじゃ」

 

 

 欧州で深海棲艦が強力なのは当然だ。人類の歴史を見て、あそこほど多くの血が流れた地域は他にない。それは共通認識である。

 

 では日本は……?

 

 確かな証拠はないが、長く戦い続けてきた者たちにとってそれは共通の疑問のようだ。皆うんうんとうなづいている。

 

 

「知っての通り、日本の歴史は内戦の歴史。島国の日本では多くの海賊やら倭寇やらが幅を利かせていた歴史がある。

呉鎮守府管轄では壇之浦、佐世保鎮守府管轄では元寇と、国内を見るだけでも大きな海戦を経験しておる。鉄底海峡を抱えるラバウル基地や、帝国主義の犠牲となったリンガ泊地周辺諸国と、東南アジアを見ても血は多く流れておる。

……というわけで、そもそもウチの領海に深海棲艦が欧州よりも少ない理由がないんじゃよ」

 

 

 これについてもオーディエンスは真剣に反応している。

 日本海軍という組織を運営する上では考える必要がなかった話ではあるが、よくよく見なおしてみるとおかしな話だ。

 

 なぜ欧州や米国よりも(米国については通信網が完全に機能停止しているので被害については憶測もある)、日本や東南アジアの方が深海棲艦の勢力が弱かったのか。

 

 確かに欧州では古代から争いが絶えなかったし、海戦も多かった。深海棲艦が多く出現することも分かる。

 しかし日本においても同じように海で血は流され続けてきた。

 

 それに深海棲艦や艦娘は明らかに軍艦モチーフである。

 相当数の軍艦が犠牲になった戦いは、東南アジアや大西洋でも起こっている。

 

 

 つまり、その推測が正しければ、日本海軍の管轄する海(アジア圏)で深海棲艦が弱いはずがないのだ。

 今まで欧州で地獄のような惨劇が繰り広げられていたが、日本や東南アジアでそうなっていないのが、そもそもおかしかったのだ。

 

 

 鼎大将の言いたいことはそういうことであり、他の参加者としても感覚的に理解できる話である。

 意識共有ができたと踏んだ鼎大将は、話を続ける。

 

 

「うむ、皆これについては異論ないようじゃの。

それでその理由……深海棲艦の実力が予想と噛み合っていない現状についてじゃが……」

 

 

 

 ゴクリ……

 

 

 

「さっぱりわからん」

 

 

 

 ズコー

 

 

 

「いやいや、そんな顔されても。そりゃしょうがないじゃろ。

そもそもあやつらの生態についてなーんも分かっとらんのだし。鯉住くん経由で転化体の嫁さんたちに話聞いても『興味ない』の一点張りじゃし」

 

 

 名前の出た鯉住くんに視線が集まる。

 当の本人である鯉住くんはバツが悪そうに頬をかきながら苦笑いしており、転化体の面々はどこ吹く風といった様子である。

 

 

「キミたちはもう少し同族に興味持ってもいいと思うんだよなぁ……」

 

「何言ってるのadmiral。私の興味が向いているのは天城と魚類と貴方だけ。ああ、この基地のメンバーも一応ね。知ってるでしょう?」

 

「私は……美味しいもの食べて、ゆっくり寝ていられれば……十分……zzz……」

 

「あんな怖い奴らに興味なんて持ちたくないわ!!

なんか知らない奴が勝手に配下にしてくれってやってくるし、言葉も話せないナマモノが私の近くで縄張り作るし……!!

関わりたくない!! Le plus bas!!(最低よ!!)」

 

「知ってたけどね……ていうかテストさんは同族のことも怖いんですね……」

 

「あんなのと一緒にしないで!! Hors de coeur!!(心外よ!!)」

 

「そっすか……あの、仲間になりたいって人には、もうちょっと優しくしてあげてもよかったんじゃ……」

 

「やめときなさい。わかってるでしょ? 言うだけ無駄よ」

 

「叢雲そんな殺生な……まぁ、そうだけどさ……」

 

 

 こんな調子で深海棲艦事情を探ろうとして失敗したらしい。転化体には天上天下唯我独尊な節があるので、それも仕方ないことである。

 

 

「ま、そういうことでじゃな。

よーわからんが、なんか起きようとしてるっちゅうのと、現状のあちらさんが弱すぎるっちゅうのはわかり切ったことなんじゃし、なんかはほぼ確実に起こるじゃろ?

んで、こういう時っちゅうのは大概悪いことが起きるじゃろ?

そしたらそんなの欧州並みにあちらさんが強くなるくらいしか考えられんじゃろ」

 

 

 なんとも論理的という言葉を放り投げたような話だが、なぜか納得してしまう説得力がある。

 根拠はないけど自信はあるといった様子の鼎大将の姿がそう思わせているのだろう。

 

 しかしそれだけで話を通すというのは違う気がしたのか、元帥から質問が入る。

 

 

「いいか鼎君、私としても腑に落ちる話ではあるが……それだけではどうにも。

根拠がないのは仕方ない。ではこれからの動きはどうする?

本当に欧州と同じ勢力図に塗り替わるとなると、対抗できる鎮守府は相当限られることになるが」

 

「おお、流石は伊郷さん、話そうとしてたことを先取りされてしまいましたの。

それについては、つい昨日纏まったんで報告してしまいます」

 

「昨日? 随分とタイムリーだな」

 

「実際に欧州で交戦してきた加二倉君と擦り合わせを行いましての。

結論から言いますと、欧州の二つ名個体クラスとまともに交戦できる鎮守府となると……今ここに集まっている者たちのところに加えて、リンガの船越君、佐世保の鮎飛君、大湊の伊東君、横須賀の及川君、あとはギリギリじゃがパラオの平(たいら)君、といったところでしょうなぁ」

 

「ふむ……やはり厳しいな。

とはいえ幸運にも、各地に二つ名個体級に対抗できる鎮守府は点在している。

欧州のような最悪の事態は避けられるだろう」

 

「ですな。……とはいえそれは相手が単独、もしくは二つ名個体級と同じかそれ以下の実力の場合。

今挙げた鎮守府でも、加二倉君のところの神通君や、鯉住君のところの嫁さんたちクラスが出現すれば、防戦一方になるじゃろうて」

 

「ふむ……欧州の敵戦力を上限に見るべきではない、と」

 

「楽観視はできませんからの。

……というわけでワシから提案ですが、実力ある艦娘の派遣制度を整えておきましょう」

 

「派遣制度……ふむ。成程」

 

 

 今現在、日本海軍内における派遣制度というものは存在しない。

 基本的には戦力が足りなくなっても各統括エリア内で友軍を派遣することになっているし、そもそも戦力が足りないような事態は稀だからである。

 

 

「幸いここに居る者たちは、多くても連合艦隊で二つ名個体級と相対することができる実力を備えております。

もしそれなりの実力を有する姫級が現れ、討伐が厳しそうとあらば、時間を稼いでもらっている間に対抗できるメンバーを派遣してやればよいというわけですじゃ」

 

「そうだな。そのための仕組みというか制度を作っておけば、組織としてもスムーズに動ける」

 

「伊郷さんは話が早くて助かるのう」

 

 

 敵を倒すまではいかなくとも、足止め、時間稼ぎ程度なら、近隣の鎮守府総員で掛かればなんとかなる。

 もし二つ名個体級かそれ以上の化け物が現れようとも、最悪の事態は避けられるという算段だ。

 

 もちろんこの計画は鼎大将の『日本海軍領海で超強力な姫級が多数発生する』という半ば勘に頼った推測をベースにしているのだが、敵の実情がわからない以上は最悪を想定して動くべきであり、妥当な判断だともいえる。

 

 

「うむ。ありがとう鼎君。その方策を採用しよう。大和君、連絡を頼む」

 

「はい。今から愛宕に電文を送ります」

 

「優先順位は高めと伝えておいてくれ」

 

「承知しています」

 

「ほっほ。流石は大和君。ワシらの無茶ぶりをいつも捌いてくれているだけあって、優秀じゃのう。いやー、頼りになる頼りになる」

 

「無茶ぶりって自覚があったんですね……ハァ」

 

 

 肩を落としながら端末で愛宕に対して電文を打ち始めた大和を見つつ、満足そうにしながら鼎大将は話の締めに入る。

 

 

「うむうむ。そういうわけじゃ。皆の衆。

あちらさんに厄介なのが現れたときは、ちょいと旅行に出かけてもらうことになるかもしれんからヨロシク。

そいじゃ、小難しい話も済んだところで次の話題行こうかの。

お、次の話題は明るそうじゃな。三鷹君の武勇伝じゃぞ!」

 

「アハハ、武勇伝だなんてそんな、持ち上げないでくださいよ、先生」

 

「ほっほ、若いもんが謙遜するでない。

ほれ、間宮君、すまんが三鷹君にマイク持って行ってやってくれい」

 

「畏まりましたわ、提督」

 




皆さんイベントお疲れさまでした!!
私の鎮守府では新艦を隈なく迎えられて満足いく結果となりました。


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第152話 閑話 鯉住君の過去編



会議の話ばかりで私が飽きてきたので、唐突に過去話などをねじ込みます。(身勝手)

鯉住君が赤城さんに助けられてから、どんな経緯で呉鎮守府で働くことになったのか。
そんな内容になっております。

ちなみに建造炉技術や羅針盤技術は最高軍事機密になっているので、鯉住くんもそれについてはまだ詳しくは知りません。
艦娘は羅針盤に従っている限り命の危険はない、とかも未知ですね。




 太陽が中天から少し傾いた昼下がり。俺は昼食を終え、通っている大学の食堂から所属する研究室へと足を運んでいた、

 

 本日は晴天なり。まだまだ蒸し暑い時期だ。舗装された学内通路のアスファルトに、陽炎が揺らめいている。

 少しでも涼を得ようと、キャンパスを行く人々は木陰を選んで歩いている。もちろん俺もその列に続く。

 

 

 ……あの日。本土大襲撃で俺が深海棲艦に殺されかけ、そしてとんでもなく強く美しい艦娘に助けられた日から、1年が経った。

 

 その時をきっかけに、俺は人が変わったかの如く勉強とスキルアップに勤しんできた。というか実際友人達からは「別人みたいだ」とか「意識高い系」とかいろいろ言われている。からかわれることも多い。

 ヒドイ言い草だな、と思うこともあるが、仕方ないことだとも思う。

 

 ……もしもあの出来事がなければ、今も俺は無目的にただただ時間つぶしのようなキャンパスライフを送っていただけだっただろう。

 そしてそんな俺だったら、誰かがいきなり「俺は命がけで戦ってる艦娘を支える仕事に就く! それが俺の使命だ!」なんて言い始めたら、今の友人たちと同じリアクションをとっていたことだろう。

 なに熱くなっちゃってるんだよ、くらいの冷や水はかけられても仕方ないと思う。

 

 

 話が逸れたが、とにもかくにも以前の自分とは全く違う熱心さで勉学に取り組んでいる。目的ができると人は変わるというけれど、自分がそうなるとは思ってもみなかった。

 そのおかげでつい先日の研究室配属で、目的の教授の研究室に入ることができた。

 

 

「先生、戻りましたー」

 

「はい、おかえりなさい」

 

 

 この優しげな雰囲気の初老(とは本人には言えないが)の先生、柳 もろ子(やなぎもろこ)教授がその人だ。

 

 先生は穏やかな性格をしているが、若いころは相当デキる女性だったという印象が強い。背筋はしっかり伸びているし、動作も一つ一つ優雅で気品がある。しめるところはしっかりとしめる人でもある。もしかしたら名家の子女だったのかもしれない(昔の写真を一度だけ見せてもらったことがあるが、すごい美人だった)。

 

 そしてそれよりも重要なことがあり、先生はなんと、旧海上自衛隊から現日本海軍の変遷に携わったすごい人で、艦娘の艤装研究の第一人者なのである。

 

 深海棲艦出現当初、非常に厳しい戦況だった日本海軍内で研究者として活躍し、研究者仲間や風水師、艦娘、そして妖精さん(という座敷わらしみたいなのがいるらしい)と協力して、建造炉や羅針盤を開発したとか。

 

 詳しいことは軍事機密ということで知ることができないが、それは艦娘の戦闘を圧倒的に有利にできる技術なんだとか。

 そんなすごいものを開発した人に教えてもらえるなら、これ以上のことはないだろう。

 

 ……これから俺は人生をかけて、俺たちを護ってくれている、強く美しくそして気高い艦娘の皆さんを、全力でサポートしていこうと思っている。それが俺にできる唯一の恩返しで、俺が初めて感じた心の底からやりたいと思えることだ。

 だからこそできることはなんでもやるつもりだし、やるべきこと、方向性を指示してくれる師匠というのは絶対に必要だ。

 そう考えると柳教授以上の先生はいないように思えた。だからこそ必死で必要以上の授業で単位を取りまくり、学年10位以内の成績を叩き出し、この研究室に入り込むことに成功したのだ。

 

 今までのんべんだらりと生きてきた俺にとって、それは結構……いや、相当に大変なことだった。

 艦娘の艤装研究に関係あると感じた授業は片っ端から出て、どの授業でも一番の成績をとるつもりで必死で勉強した。

 

 実技が試される授業もたくさんとったので、大学で利用時間いっぱいまで技術棟を利用して、帰ったら寝るまで勉強するという生活を続けた。

 幸い俺は金を最低限のことにしか使わず、ダラダラとバイトを続けてきたので、生活資金には相当な余裕があった。だからバイトはすっぱり辞め、生活のすべてを技術と知識を身に着けることに投資した。

 今までサボってきた進学ギリギリラインの成績の俺は、これくらいしないと一番なんてとれっこないと思っていたからだ。

 

 そして実際にほとんどの授業で単位:優(最上級)をとることに成功した。

 しかしながら優秀な成績とはいえ、それはここ半年のもの。それ以前は可(及第点)と良(そこそこ)が並ぶ通知書だったので、それが仇となって配属希望が通らない、なんてことを心配していたのだが……

 柳先生は「何か大きな理由がなければこうも人が変わることはできません。そこまでして私の指導を受けたいと思っている若者を無碍にする道はありませんよ」と言って、俺を受け入れることを決めてくれたらしい。

 

 この話を研究室の先輩から聞いたときは、嬉しくて込み上げてくるものがあった。

 何かのために頑張ることは、そしてそれを認めてもらえることは、何よりも嬉しいことだ。それを知ったのはこの時だったと思う。

 この研究室の倍率が高いのは、教授のそういう人柄もあるんだろうな、と思ったものだ。

 

 ……余談だが、ついでに言うと柳先生の研究室が学生から人気なのは、先生が女性だからということもある。

 ウチの大学は男女比が95:5くらいなのだが、先生は5の方に含まれる貴重な存在である。そして前述したとおり相当な美人だ。まぁ女性と言っても年齢が年齢なので、くすぐられるのは恋愛感情でなく敬老精神なのだが。

 とはいえそれでもこの男女比である。歳はともかく美人、しかも輝かしい実績があるということで、研究室の人気はトップクラスというわけだ。

 

 話が逸れたので戻すと、つまり俺はギリギリの成績で研究室配属されたペーペーで、まったく実力が不足しているということだ。

 

 ここがスタートライン。艦娘の皆さんが安心してくれるようなメンテ技師になるには、全部が足りていない。

 なにせ軍事機密の関係で、実際にいじったことがある艤装は、機銃や駆逐艦主砲などシンプルなものだけなのだ。しかも戦闘で使えなくなったお古のもの。こんな状態で艦娘を支えるだなんてちゃんちゃらおかしい話だ。

 

 幸いというか、俺がこの研究室を選んだ最大の決め手なのだが、柳先生のもつ日本海軍とのパイプのおかげで、取り扱える艤装の幅はかなりのものだということらしい。

 今から気合が入る。絶対に知識と技術をモノにしてやるぞ!!

 

 

 ……そんなことを考えながらデスクに座って愛読書(『図解:艦娘艤装全集』)に目を通していると、柳先生から声をかけられた。

 

 

「ねぇ鯉住さん」

 

「……え? は、はい、なんでしょう先生」

 

「あら、考え事をされていたのかしら? 失礼したわね」

 

「い、いえ、とんでもないです! それで、何か用事でしょうか?」

 

「ええ。貴方にぴったりの案件があったので、それを伝えに来ました」

 

「ぴったりの案件……?」

 

「私の知り合いが運営する鎮守府でね、しばらく予定に空きのある駆逐艦が出たの。

だから彼女の基本艤装(イラストで艦娘が背負っている部分。最重要)を暫く借りられることになったわ」

 

「基本艤装を!? ホ、ホントですか!?」

 

 

 これはすごいチャンスだ!

 構造が単純な機銃や主砲と違って、基本艤装というのは技術のブラックボックスのようなもの。言うなれば最重要軍事機密の塊だ。

 それをいじれるチャンスが、こんなにすぐに訪れるなんて……! やっぱりここに配属を決めたのは正解だった!

 

 あまりの興奮で俺は勢いよく立ち上がってしまう。

 いきなり動いたせいで、柳先生は一瞬だが目を丸くして驚いてしまった。

 

 

「あ、す、すいません先生。あまりのことで興奮してしまって」

 

「ふふ、いいんですよ。確かに少し驚きましたが、貴方がそれだけ情熱を持っている証拠です。素晴らしいことでしょう」

 

「恐縮です……」

 

「件の艤装は技術棟のBー2室に置いておくので、明日から自由に取り扱うことを許可します。基本艤装は最重要機密扱いなので、最初は私が立ち合います」

 

「ハイ!」

 

「良い返事です。基本艤装の取り扱いなのだけど、貴方なら大丈夫だと思うから最初の立ち合いを終えたら一任します。一応レポートとして研究結果は提出してもらうけれども」

 

「もちろんです! あ、搬入の手伝いはしますか?」

 

「必要ありません。その基本艤装の持ち主が直接搬入しますので」

 

「持ち主……っていうと、艦娘の方ですか?」

 

「ええ、そうよ。このキャンパスには殿方ばかりだから、見目のいい少女がやってきて噂にならないといいんだけど……」

 

「あはは……それはちょっと難しそうですね……」

 

「一応憲兵隊の方に護衛を頼んであるから、問題になるようなことは起こらないと思うけど……心配には心配ですね」

 

「まぁ、駆逐艦の方なら幼い見た目らしいですから、変な気を起こすやつは出ないと思いますよ」

 

「そう願いたいわ」

 

 

 ……その次の日に駆逐艦艦娘がキャンパスに現れ、そのあまりの美少女ぶりから片っ端から写真を撮られ、軍事機密ということで片っ端から護衛の憲兵にデータを消されるという事件が起こったりしたのは、仕方ないことだったのかもしれない。

 

 『日本海軍に関係する物事を無許可で記録してはならない』というのは、この大学での明文化されたルールだが……美少女の魅力の前ではそんなもの用を成さなかったようだ。悲しきかな、男のサガ。

 

 

 

・・・

 

 

 

 プルルルル……プルルルル……ピッ!

 

 

「はい。柳です」

 

『あ、つながった! 艤装の搬入終わったわよ、司令!』

 

「その司令というのはやめなさいと言ったでしょう?

私は研究者であって、指揮官などできる器ではありませんよ」

 

『もー、またそんなこと言って! それはいいから、任務完了したわ!』

 

「はいはい。お疲れさまでした」

 

『でもさ司令、本当に良かったの?

私たち艦娘の基本艤装を、ただの学生さんにいじらせるなんて。

私としても、自分の半身を見ず知らずの人間に預けるとか気が気じゃないのよ?』

 

「普通なら許可しませんが、あの子なら大丈夫です。心配はいりません」

 

『へー、堅物な司令がそこまで言うなんて、相当な大物よね?』

 

「今はまだ羽ばたき始めたばかりですが、いずれ必ず貴女もお世話になる時が来るはずです。そういう人ですよ」

 

『うへー、司令ったらゾッコンじゃない? そこまで?』

 

「あの子のメンテナンスした艤装は、妖精さんがとても元気になるの。彼女たちが見えていないのにあそこまで心酔されているのは、正直驚きですね。

一度あの子のメンテナンス風景を見れば、その理由もよくわかるのだけれどね」

 

『ふーん、すごい人間がいたものね。将来性は二重丸ってとこかしら?』

 

「花丸でも構わないくらい。とにかくありがとう」

 

『どういたしまして!

それじゃ私は基本艤装預けてる間、ちょっと長めの休暇に入るから!』

 

「……何を言っているのですか。定休はいいですが、それ以外はちゃんと訓練なさい。

端間(はたま)副官にトレーニングメニューを電文しておきますので、それに従うこと」

 

『ゲーッ!? やめてよ司令! 私ってば基本艤装ないんだよ!?』

 

「それならそれでやりようはあります。基礎体力の向上は陸上トレーニングで補えますからね」

 

『うへー、また長時間耐久マラソンするのぉ……?』

 

「しっかり自覚をもって、役割をこなしなさい」

 

『はーい……』

 

「あとですね、常々言っていますが、貴女はもう少し上官に対しての言葉遣いというものを……」

 

『わー! わー! お小言はもうおなかいっぱいだから!!

以上で報告を終わります、柳中将殿!! それでは失礼しますっ!!』

 

「ちょっとお待ちなさい、まだ言いたいことが……切れたわ。

あの子は妹の爪の垢を煎じて飲むべきね、まったく」

 

 

 

・・・

 

 

 

 ……俺がこの研究室に所属するようになって、かなりの月日が流れた。今は1月も終わり、卒業論文の作成に追い込みかかっている時期だ。

 とはいえ俺についてはそんなこともない。普段から柳先生に提出している勉強ノートと艤装研究成果をまとめるだけだから……というか、それもとっくに終わっているからだ。

 

 研究結果をまとめるのが大変なんだという人もいるだろうが、俺からすると全然そんなことはない。

 成果のひとつひとつが俺にとって大事な宝物であり、まとめるのが大変なものというよりかは、この先困難な道を歩んでいく時の心の支えになるものだと思っているからだ。

 だから普段から、アナログノートとは別にPCソフトで見やすく編集したり、考察や記録をつけ足していったりしていた。それをそのまま提出するだけで卒業論文はおしまいでいいのだ。難しいことは何もない。

 ……まぁ、柳教授は文章校正にうるさいから、その点では苦労してきたが。

 記録が国語辞典の厚さのA4サイズ5冊とかになろうとも、まったく問題ないのだ。これは俺にとって生きた記録であり、記憶なのだから。

 

 

 そういうわけで卒業の心配はしていないが、進路については思うところがあったりする。

 

 なんとなんと俺の進路は、歴史と伝統ある『呉第1鎮守府・技術班』に決まった。

 これは自分の実力というよりは、柳先生のコネによるところが大きいので、あまり胸を張って自慢はできない。

 

 そろそろ就活を考えている、と先生に相談したら「もし貴方に不満がないのなら、呉第1鎮守府の技術班に内定させますが、どうですか?」と言われたのだ。

 いや、もう、それはもうビックリした。ビックリしない人間はいないと思う。就活の相談したら内定が決定したのだ。それも超一流の鎮守府に。

 だいたい内定させますってなんだ。柳先生どんだけ太いパイプ持ってるんだろうか?

 

 かなりの激務だと聞いているが、それについては心配ない。そもそも俺がやりたかったことをひたすらにやるということだからだ。

 ここ2年ほどは食事と睡眠以外の時間を艤装メンテに当ててきた。激務だろうがなんだろうがどんと来いというものだ。

 

 問題は、俺の実力が第1線で通じるかどうか不安だということだ。

 艦娘の皆さんは命懸けであんな化け物と戦ってくれているというのに、俺のミスが原因で、最悪、命を落としてしまうかもしれない。それは今までになかったプレッシャーだ。

 全力で、最善は尽くす。それはいい。それはやる。

 ……でも、それでも至らず大事な場面で艤装に問題が起きてしまったら……?

 ダメだ、考えたくもない。彼女たちを支えようという俺が、間接的に彼女たちを殺してしまうなんて……!

 

 現役のメンテ技師の皆さんは本当にすごいと思う。こんなプレッシャーと戦いながら毎日の激務をこなしているんだ。俺にそれが耐えられるのだろうか……?

 

 そんな不安を抱えておくことができず、俺は柳先生に相談したのだが……

 「大丈夫です。その気持ちがあれば全く問題はありません」とあっさりとしたものだった。

 正直全く大丈夫じゃない気がするんだけど、柳先生の言うことなんだし、素直に信じようと思う。俺みたいなぺーぺーでも、なんとかやっていけるさ。多分、きっと。

 

 

 

 ……そんなこんなで卒業と進路についてはなんの問題もない。とはいえ普通の大学生みたいに「卒論終わったから遊ぶぜ~!」なんて言ってる暇もない。

 これからが俺にとっての正念場なんだ。出来るうちに出来ることはしておかないと。

 

 自分で言うのもなんだが、俺の艤装メンテ技師としての実力は、研究室に配属されてから今までの間にグーンと伸びていると感じる。

 

 俺がこの研究室に配属されてから、柳先生は様々な艤装をどこからか調達してきては、俺に任せてくれていた。

 それこそ基本的な主砲や魚雷(艦娘が扱わない限り爆発しない謎仕様)から、「こんなのいじっていいの? 軍事機密的に」と聞きたくなるような、基本艤装や海外艦の艤装、複雑な造りの艦載機なんかまで、ありとあらゆる艦娘艤装に触れさせてくれた。これには感謝しかない。

 

 ここまでしてくれたのはどう考えても俺に対する期待の現われである。それがわかって手を抜くような真似はできない。そもそも手を抜くつもりなんてなかったけれど。

 

 俺は柳先生のはからいに感謝しながらも、考えうる方法全てで艤装への理解を深めていった。

 

 

 技術棟の消灯時間まで残っているなんてのは毎日のことで(技術棟は技術流出を防ぐため、厳しい出入りチェックと消灯時間がある)、柳先生に頼んで艤装を持ち帰るようにしてもらい、家でも解体、再構築を繰り返すなんてのは日常茶飯事だった。

 

 柳先生と技術に詳しい艦娘の方が作ったという『図解:艦娘艤装全集』も、何ページに何が書いてあるかまでそらんじられるほどに読み込んだ。

 

 深層意識は常に働いていると聞けば、寝ている時間がもったいなくて、艤装と一緒に寝ることもしてみた。これは効果があったのかはわからないが、艤装に対する愛情というか親しみみたいなの気持ちが大きくなった……気もする。

 

 基本艤装を艦種問わずいくつも借りてきてくれたおかげで、姉妹艦の99%同じ基本艤装でも、見た瞬間に違いが分かるようになった。

 

 柳先生に頼み込んで、損傷のある艤装を持ち込んでもらい、それを修理することもしてみた。カラダが勝手に動くようになるまで、何度も、何度も。

 

 

 正しい目標を持った努力は必ず報われる、なんてよく言ったものだ。

 自分で「頑張った」と言えるほど頑張ったのだ。あの時ああしておけば、もっとやっておけば……そんな言葉なんてまるで浮かんでこない。後悔なんてない。そう胸を張って言えるくらいには頑張った。

 

 柳先生にはたびたび無理を聞いてもらってしまい申し訳なく思っている。

 でも、そのことを伝えたら

「何を言っているのです。貴方のおかげで他の学生の心にも火が付きました。もっと好きに私を利用なさい。学生の無茶を聞くのは教授の喜びです」

 とまで言ってくれたし、あれでよかったのだろう。柳先生には本当に感謝しかない。

 

 

 

 ……少しだけ気になっていることがひとつだけある。基本艤装を一番提供してくれた艦娘さんのことだ。

 

 結局艦娘というのは存在が軍事機密。護衛任務中など狙って遠目から彼女たちを見ることはできるものの、一般的には彼女たちとの接触というのは禁止されている。当然、ウチの大学でも艦娘に関わるもので触れてもよいのは、許可が下りた艤装だけだ。

 

 だから俺が艦娘の皆さんに顔合わせできることなんてないわけで、それはかなり残念に思っている。

 別に美人や美少女揃いらしいから会いたいとか、そういうことではない。……いや、美人さんに興味はなくはないというかすごくあるけど、そういうことではない。

 そもそも艦娘の皆さんをそんな目で見るなんてとんでもないことだ。本能では見たいと思っても、それは隠さなきゃならないのである。当然である。

 

 つまり何が言いたいかというと、そこまで親切に協力してくれた相手にお礼も言えないのは、人としてどうなのさという話なのだ。

 

 艦娘の皆さんは基本艤装がなければ出撃できない。つまり、俺が暫く基本艤装を借りてしまえば、その間彼女たちは海に出られないのだ。

 本来の仕事ができない状態になってまで、俺に協力してくれたんだ。例のひとつくらい誰でも言いたくなるだろう。

 

 一応そのことも柳先生に話してみたのだが、

「今の貴方をあの子たちと会わせると、なかなかややこしいことになるでしょう。特にあの子たちは貴方のことを好意的に感じているようだし、いずれ機会があったらということにしてくださいな。貴方が感謝しているというのは私から伝えておきます」

 なんてことを言われてしまった。

 まぁ、艦娘は軍事機密みたいなものだし、いち学生がホイホイと会っていい存在ではないのだろう。

 お礼は言伝してくれるということだし、メンテ技師として活動する上で、いつかは直接会えることもあるだろうから、この気持ちはその時まで取っておこうと思う。

 

 

 

 ……順風満帆。進路はやや見通し悪くも、乗り越えられない波は無し。北極星の如く輝く理想、迷うべき路も無し。

 こうして俺は卒業ギリギリまで技術を磨きつつ、呉第1鎮守府へと旅立っていったのだった。

 






おまけその1

鯉住君が明石に宣戦布告したやりとり
(とある大規模作戦の時。鯉住君は徹夜明け修羅場モード)



「いやー、ようやく一段落つきましたね!
はいこれ! スポーツドリンクです。どうぞ飲んでください!」

「ありがとうございます明石さん! ……ゴクゴク、プハーッ!! いやー、徹夜明けのスポドリはうめーっす!」

「いい飲みっぷりですね!
艦娘の私と違って、人間の皆さんは体調管理をしっかりしないとですから、カラダがつらいと感じたら、遠慮なく言ってください! サポートしますので!」

「いやいや、同じ仕事をする仲間なんですから、変な気を遣わないでください!」

「いやいやいや、艦娘と人間ではカラダのつくりが違いますので! 仕方ないことですよ!」

「……仕方ないことないですって! 俺も明石さんも同僚なんですから!」

「そんなに気を張らないで大丈夫ですよ! 人間の貴方は無理がある場面も多いんですから、艦娘の私に任せてもらえれば!
ささ、徹夜して眠いでしょう? あとは全部私が片付けときますんで、仮眠室に行っちゃってください!」

「……明石さん」

「……はい? どうかしました?」



「俺は貴女のことを尊敬しています。貴女が監修した本で艤装のことを学んだくらいですから。
あの本から伝わってくる艤装に対する深い知見と愛情は、到底今の俺じゃ及びもつきません。本当に尊敬できることです。素晴らしいことです」

「え……? あ、あはは、照れちゃいますね! あの本読んでくれてたなんて光栄ですよ!
えーと……でも、どうしてそんなことをいきなり……?」

「……でも、だからこそ、貴女に下に見られるわけにはいかない。そんなつもりはないと思いますが、俺のことを保護する対象とみてもらっちゃ困る。
俺は貴女達艦娘を護りたくてこの仕事をやってるんだ。人間だからとか、そんなありきたりな理由で甘やかされたりしたら興醒めなんですよ。
……今はまだまだですが、いつか必ず貴女に追いつき、追い越してみせる。貴女達艦娘と艤装への感謝で、俺が負けるわけにはいかないんだ」

「……!!」

「そりゃ深海棲艦との戦いは任せっぱなし護られっぱなしですよ。でもね、その戦いで貴女達が傷つかないようサポートするのは、人間の俺にでもできる。
その一点でだけですが……貴女達のことを護るのは、俺だ。人任せにはしたくない」

「……ッ」

「いいですね? 明石さん。
いくら徹夜明けで眠いとはいえ、自分の仕事は自分でやりますんで。仮眠を30分程度はとってるんで健康の問題もないです。
だから俺に構わず、明石さんは明石さんの仕事をキッチリとこなしてください」

「……ふーん。そこまで言うんだね」

「? 明石さん、その話し方……?」

「私と対等になりたいんでしょ? ぜーんぜん実力不足なキミが。
だったら私も遠慮せずに素で接するようにするから、さっさと追いついてみなよ!
いつかなんて言ってると、いつまで経っても私におんぶにだっこだよ~?」

「……ハハッ! 間違いないね!
分かった、俺も素で接するようにする。近いうちに追い越してやるから、首を洗って待ってろよ!」

「言うじゃ~ん! その時を楽しみにしてるから!
でもその前に目の前の仕事やらなきゃね! 私の分はもう終わりそうだけど、キミはどれくらい残ってるのかな~?」

「くっ……! まだ……戦艦艤装と駆逐艦艤装がそれぞれ1隻分、それに戦艦主砲が1門……!」

「徹夜明けでその量キツいんじゃない? 受け持ってあげよっかぁ?」

「あれだけ啖呵きっておいて、そんなことできるはずないだろ!?
明日までにやればいいんだ! なんとか済ませる!」

「意地張っちゃって~」

「うっせぇ! すぐに作業に取り掛かるから、行った行った!!」

「ハイハイ。無理して倒れるのだけはダメだからね?」

「わかってる。そんなことしたら余計に仕事増えることくらいな。
明石は俺以外の困ってる人を助けてやってくれ」

「分かってるよ。それじゃ!」

「あ、そうだ明石」

「? なに?」

「スポーツドリンク、ありがとうな。嬉しかったよ」

「……いいって、そのくらい。それじゃーね」

「おう」



・・・



「どうですか? はかどってます? よかったらお手伝いしますよ!!
あ、スポーツドリンク持ってきたんでどうぞ!」

「ああ、スンマセン明石さん。ありがとうございます。
手伝ってくれるってんなら、こっちの軽巡主砲3門、お願いしますわ」

「了解です!! ちゃちゃっと済ませちゃいますね~!」

「やー、助かります、マジで。やっぱり工作艦の艦娘って人間よりよっぽどすごいっすねぇ。……ところで、あの、明石さん?」

「? どうかしましたか?」

「なんか今日、メチャクチャ機嫌よくないです? 大規模作戦の最中でみんな疲れ果ててんのに……」

「あ、わかっちゃいます~? ちょっとイイことがありまして!」

「ハァ……何があったんすか?」

「フフッ! それはですね……」

「……それは?」

「ヒ・ミ・ツ です! ウフフ♪」

「……そっすか。……まぁ、幸せそうでなによりっす」

「そうですね!! やっぱり張り合いができると幸せですよね!!」

「はぁ……(なんでこんな修羅場なのに、この人は満開の笑顔してんだ?)」



。。。



おまけその2

今回出てきた人の設定



・柳 もろ子(やなぎ もろこ)
 呉第2鎮守府の治める日本海軍中将。御年55歳。
多方面との共同研究により、艤装(艦娘)建造炉、羅針盤の技術を確立させた(技術班の一員として)。

 前線は肌に合わないということで(実際に現場指揮も苦手)、大学で教鞭をふるうことを生業としている。ただし鎮守府の内務にはしっかり意見する。
 呉第2鎮守府の実務は専ら副官の端間 九会(はたま くえ)中佐に任せている。とはいえちゃんと業務内容は毎日指示出ししているので、リモート鎮守府運営といった感じ。部下の艦娘からの忠誠度は高い。
 偶然だが鯉住くんが目指す後方支援特化に近い運営をしており、通商護衛や近海対潜哨戒などの官民業務を非常に多くこなしている。そのため駆逐艦が多く在籍している。

 鯉住くんが勉強していた『図解:艦娘艤装全集』は彼女の著書。

著者:柳 もろ子
監修:工作艦・明石
技術協力:鯉住 龍太(改訂版のみ)
挿絵:駆逐艦・秋雲
写真:駆逐艦・磯波

 技術協力は鯉住くんの卒業時に、新装改訂版を発行するとともに柳教授が追加した。実際に新装版は鯉住くんの卒論の内容が大幅に取り入れられたものとなっている。
 学生だと何かと問題になるので、卒業まで待ったとか(学生なのになんでこんな突っ込んだこと知ってるの?ってなってめんどくさいらしい)。

 ちなみにこの秋雲は呉第2所属の秋雲で、横須賀第3のような変態ではない。写実的なイラストからデフォルメしたキャラクターまで、作風の幅が広い。
 鯉住くんが鼎大将から渡された『しょうがくせいでもわかる! かんむす・しんかいせいかん とらのまき』の挿絵は彼女の作品。


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第153話 副題5,6

今回の会議の議題一覧


 済・本題……呉第1鎮守府・間宮とラバウル第10基地・伊良湖による艦娘用甘味の生産工場建設と運用について

 

 済・副題1……加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)

 済・副題2……一ノ瀬中佐、加二倉中佐、三鷹少佐のそれぞれが上げた功績に伴う昇進について

 済・副題3……白蓮大将による鉄底海峡の不可侵領域攻略作戦と大規模侵攻の兆候について

 済・副題4……鼎大将による沖縄沖からフィリピン海にかけての大規模侵攻の兆候について

 副題5……三鷹少佐による北方水姫の迎撃作戦の結果と彼女の転化について

 副題6……一ノ瀬中佐による各地大規模侵攻に対する人員再配置案について

 副題7……伊郷元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想について


 今回は副題5、6です。一気に2つです


 鼎大将からの、大規模作戦の備えとしての艦娘派遣制度の提案が終わり、今度は次の議題『三鷹少佐の姫級討伐について』に続くこととなった。

 マイクを手渡された三鷹少佐は、スクッと立ち上がり話し始める。

 

 

「次の話題は僕からですね。と言っても、皆さん知ってますよね?

ここにいるガンちゃん……戦艦ガングートが元北方水姫です」

 

「そうだぞ」

 

 

 あっさりととんでもないことを言っているが、ここのメンバーは大体事情は知っているので、驚いているのはごく少数である。

 戦闘詳報は日本海軍データベースにすでに公開されているし、転化体の存在はここの大体のメンバーには知れ渡っているからだ。

 

 

 ……なぜトラック泊地(太平洋の真ん中あたり)所属の三鷹少佐が、大湊警備府管轄の北方海域ボスを相手にしたのか。それには色々な事情が噛んでいた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 大湊第1警備府所属の伊東中将は、若干20歳にして中将の肩書と北方領域のすべてを預けられる、若き天才である。幼さの残る顔つきとは裏腹に、その眼には鋭い光が宿っている。

 

 彼のその有能さは、天性のものだけではない。彼は幼い頃に故郷の島を深海棲艦に滅ぼされ、天涯孤独となってしまった過去を持つ。

 それから彼はすべてを投げうってでも深海棲艦を滅ぼすという意思を胸に、血を吐きながら、軍人として最前線に立つための努力を続けてきたのだ。

 そこに元々持っていた指揮の才能が噛み合い、今の立ち位置まで上り詰めることに成功した。

 

 怒りと憎しみを燃料として進み続ける彼に、部下の艦娘は頼もしさと、それ以上の不安を感じていた。何か昔の艦時代の自分たちが知っていたものと、重なるところがあったのかもしれない。

 そんな彼女たちからは秘密裏に『提督を助けてやってほしい』と嘆願書が届いていた。それは実務的な意味でも、精神的な意味でもあった。

 

 それを受け取った元帥は、比較的深海棲艦密度が薄かったシベリア辺りまでを領海と定め、大湊警備府全体の負担を軽くするようにした。激しい戦闘が無ければ無理をすることもない、という理屈である。

 

 

 

 しかし、そんな安定した日々の中、シベリアの遥か北に潜むベーリング海峡の悪魔が南下してきた。

 これは日本海軍には知られていないことだが、米国海軍では『ベリンジア』と呼ばれ恐れられている、二つ名個体に匹敵する脅威である。

 

 その破格の実力は、彼女と接敵した部隊の激しい損傷から明らかになった。本体の実力は言わずもがな。そして指揮下の深海棲艦の数が尋常ではなかったのだ。

 伊東中将治める第1警備府の精鋭でそれだったのである。大湊警備府全体の戦力でも対応できないほどだった。

 

 そこで大本営に願い出て、大規模作戦発令としてもらえばよかったのだが……

 なんと、伊東中将はそうすることをせず、その持ち前の才覚と執念で大湊警備府全体を指揮し、とんでもない数の深海棲艦を殲滅することに成功したのだ。

 

 しかし、それでも、そびえ立つ巨塔を崩すことはできなかった。

 何度も何度も北方水姫(ベリンジア)に挑んでも、中破させることはできても、それ以上の戦果を挙げることはできなかった。どういう理屈なのか、出撃するたびに損傷が完治しているのだ。賽の河原で石を積む気分だった。

 

 一回の出撃で決めきる破壊力が求められた。

 しかし水雷戦隊である第1艦隊ではそれは厳しく、それ以外のメンバーでは実力不足でボスにたどり着くことができなかった。手持ちの戦力では、どうしようもなかったのだ。

 

 

 

 そんなジリ貧の状況で、なんと伊東中将は現場指揮として戦場に同行することを決意した。

 

 確かに彼の天才的な現場指揮であれば、決定的な一撃をボスに与え、轟沈せしめることができるかもしれない。

 ……しかし、十中八九、彼が乗る小舟は鎮守府に帰還できないだろう。

 

 ただでさえ実力が足りない戦闘で、大きく無防備な的となる小型艇が無事でいられるはずがない。そんなことは誰でもわかる。彼は死に花を咲かせるつもりだったかもしれない。

 

 その作戦が決まってから、彼の部下である艦娘たちは再度大本営に電文を送ってきた。『提督が死んでしまう。助けてほしい』『提督を護るチカラが無くて悔しい』。そんな悲痛な内容だった。

 

 それを読んだ伊郷元帥は、伊東中将は止めても止まらないだろうことを見据え、内緒で援軍を送ることを決定。

 ただしここで大本営から勝手に援軍を送るとなると、方々でそこそこの問題が起こるので、遊軍的に動かせる鎮守府に多くコネを持つ鼎大将にこれを打診。

 その結果、鼎大将の弟子でもある三鷹少佐に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

 とはいえ二つ名個体級と交戦経験のない三鷹少佐の艦隊だけでは少し不安、ということで、横須賀第3鎮守府から6隻援軍を出し、2鎮守府合同での二つ名個体級討伐作戦となった。

 

 

 

 ……作戦はなかなか、なんと言っていいのかヒドイもので……大湊第1警備府が決戦のつもりで出撃し、他の部隊の眼をひいている中で、こっそりとボスを討伐しちゃおうというものだった。

 そうすればボスに損傷軽微で辿り着けるし、討ち漏らしたとしても大湊のメンバーが止めを刺してくれるだろうという作戦である。

 

 この作戦が功を奏し、三鷹少佐率いる連合艦隊により、北方水姫の打倒に成功。何故か三鷹少佐の精神性に多大な感銘を受けた彼女が、転化体として帰順することになった。

 

 ちなみに三鷹少佐は普通に同行してた。どうせこのメンバーなら負けないでしょ、とか言ってたらしい。

 秘書艦の陸奥や山城、そして同行を命じられた横須賀第3鎮守府の大淀やローマは、終始ヒヤヒヤしっぱなしだったらしい。そりゃそうだ。

 

 さらに言うとこの戦いで三鷹少佐のところの陸奥が改二に覚醒。毎日1回関わる何かが爆発するという謎の特性をコントロールできるようになった。

 これにより敵北方水姫の砲塔内部を爆発させたのが決め手になったらしい。いきなり敵が爆発するのを見た艦隊メンバーは、何が何だかわからなかったとか。

 

 決着がついたタイミングで大湊第1警備府のメンバーが辿り着いたのだが、三鷹少佐の「もう終わったよ。疲れたから帰ろっか」の言葉には、伊東中将も部下の艦娘たちも開いた口がふさがらなかったとかなんとか。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんなこんなで三鷹少佐は『二つ名個体級を国内で初めて討伐した提督』として認識されることになった。

 本人としてはそんなの気にするところでなかったので、伊東中将に「功績譲りましょうか?」と聞こうとしたらしい。流石に無礼すぎるということで、秘書艦の陸奥に止められらしいが。

 

 もちろん加二倉中佐のところの神通とか、鯉住くんのところの嫁とか、二つ名個体級をなんとかした例はあるにはある。ただしそれは全部非公式なので、知る人ぞ知る事実なのだ。

 

 

「ま、そういうことで、北方の危険はずいぶんと減ったんじゃないかなと思います。ガンちゃんが指揮してたからあれだけの数の深海棲艦が集まってたらしいので」

 

「うむ。私がいなくなったからには、まぁ、ベーリング海の戦力は半分くらいにはなったろうな。まだ多くの深海棲艦が居るには居るから警戒は解かない方がいいだろうが」

 

「うむ。急な要請にもかかわらず、迅速な対応をとってくれて助かった、三鷹少佐。それに援軍として向かってくれた一ノ瀬中佐。

報酬としての資材、賞金、勲章はすでに送ったが、改めて礼を言わせてもらう」

 

「いえいえ、そんな、勝つってわかってたんだから、気にしないでくださいよ」

 

「私も色々といいもの貰っちゃったので、お礼を言いたいのはこちらって感じです」

 

「うむ。おかげで若い命を散らせずに済んだ。

伊東中将の精神的なところは私がフォローしているが、それも彼に余裕が持てたからこそできたことだ」

 

「いやあ、仁くん(伊東中将の本名は伊藤仁(いとうじん)です)の生き方は僕も嫌いじゃないですけど、死ななくてもいいところで死ぬのはもったいないですからね」

 

「その通りだ。彼には未来がある。そして人望も。決して自身の命を軽んじてもよい存在ではない。

運命に翻弄されて死に向かうのを止めてやるのは、私たち大人の役目だ」

 

 

 大きな戦闘を半ば肩透かしのような形で終わらされてしまった伊東中将は、一時期抜け殻のようになっていたが、現在は伊郷元帥との面談を重ねて良い意味で前向きになれてきている。

 彼の部下の艦娘も、彼から憑き物が落ちてきているのを見てホッとしているとか。そして『自分たちの実力さえ足りていれば、提督に死を決意させることもなかった』と、猛特訓に励んでいるんだとか。

 なんにせよ良い方向に進んでいるようである。

 

 

「ところで三鷹少佐。ガングート君が人類に及ぼす影響だが……」

 

「ああ、それは心配しないでください。

ガンちゃんの夢はでっかく世界征服ですけど、僕が一番穏便なやり方を教えてますから」

 

「うむ。その言葉、信じるぞ」

 

「まあ僕だけだったら不安なところもありますけど、龍太くんに研修を頼んであるんで、心配いりませんよ!」

 

「そうか、それなら安心だな。鯉住大佐なら大丈夫だろう」

 

 

 この場で確認しておくべき、転化体の安全性というトピックについて、『鯉住大佐がなんとかしてくれるから大丈夫』なんてガバガバな結論で終わらせていいんだろうか……?

 

 そんな疑問を抱いたのは、鯉住君本人と、まだ常識が残っているラバウル第1基地の面々だけだったとか。それでいいのか日本海軍。

 叢雲にため息とともに胃薬と水を差しだされながら、眉をハの字にしてお腹を押さえる鯉住君であった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 三鷹少佐の功績確認が終わり、次は一ノ瀬中佐の人員再配置案についての議題だったのだが……

 これもすぐに終わる内容のようで、一ノ瀬中佐はマイクを受け取ることはせず、座ったまま話し始めた。

 

 

「あー、皆さん、私の話はすぐに終わるから、座ったまま失礼するわ。

……というか、話すことないのよね」

 

「あ、もしかしてワシの話と被ったかのう?」

 

「そうですそうです。先生さっき艦娘派遣制度の話しましたよね?

私が言いたかったのはそれです。現状だと戦力の偏りがすごくて、前みたいな広い範囲での大攻勢があった時に対応が難しいのよね」

 

「うむ。そしたら会議が終わったら詰めちゃうかの。それでよいか?」

 

「オッケーです。ついでに一局指しません?」

 

「ええよ。飛車角落ちでヨロシク」

 

「わかりました」

 

 

 なんか雑談が始まりそうだったので、そこまでとなった。

 一ノ瀬中佐は日本海軍全体の防備策立案を元帥から頼まれていて、それについての議題だったようだ。

 しかし鼎大将の大規模作戦準備の話と被ってしまった、ということらしい。

 

 ということでこの話は終了。最後の議題に突入することになった。

 

 

 

 ……最後の議題である『元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想』。

 この場に居るほぼ全てのメンバーにとって、最も興味ある議題が開始されようとしていた。




今回は他の鎮守府の提督がメインのお話になっちゃいました。そして短め。
舞鶴の岩波中将とか、パラオの平(たいら)中将とか、まったく出してない提督にもキャラ設定はそこそこしてありますが、本編に出てくるかは不明です。


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第154話 議題7 会議終了

今回の会議の議題一覧


 済・本題……呉第1鎮守府・間宮とラバウル第10基地・伊良湖による艦娘用甘味の生産工場建設と運用について

 

 済・副題1……加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)

 済・副題2……一ノ瀬中佐、加二倉中佐、三鷹少佐のそれぞれが上げた功績に伴う昇進について

 済・副題3……白蓮大将による鉄底海峡の不可侵領域攻略作戦と大規模侵攻の兆候について

 済・副題4……鼎大将による沖縄沖からフィリピン海にかけての大規模侵攻の兆候について

 済・副題5……三鷹少佐による北方水姫の迎撃作戦の結果と彼女の転化について

 済・副題6……一ノ瀬中佐による各地大規模侵攻に対する人員再配置案について

 副題7……伊郷元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想について


 今回は副題7です。ようやく終わるぞ~




 三鷹少佐と一ノ瀬中佐(ふたりとも本日をもって昇進したので、本当は少将だが)の

議題があっさりと終わり、長かった会議も最後の議題となった。

 

 最後の議題は『伊郷元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想について』。

 世間だけでなく海軍内でも色々な憶測が飛び交う話題ではあるが、こうやって立場ある将官から公式に触れられることは初めて。

 未知な存在であり、自分たちの敵でもある相手。興味がわかない者など居るはずもない。否応なしに会場には緊張が走る。

 

 マイクを渡された伊郷元帥はすくっと立ち上がり、いつも通りな様子で話し始めた。

 

 

「さて、今回の会議では様々な重要案件が飛び交った。皆、精神的に疲れているだろうが、次の議題で最後である。今しばらく付き合ってもらいたい」

 

 

 非常に重要な話を始めようとしているのだが、やっぱり元帥は平常心で感情の起伏が微塵も見えない。

 周りの参加者は、気を取り直したり姿勢を正したりで集中力を増しているのだが、それに動じている様子もない。流石の鋼メンタルである。

 

 

「今から話していく内容は、深海棲艦の正体予測である。

私と鼎君、そして大勢の協力者の元、ある程度確信をもって伝えられるところまで来たので、情報開示することとした。

尚、知っての通りここから話す内容は初出、そして他言無用。重要機密扱いとする」

 

 

 重要機密扱いという言葉でざわつくオーディエンスたち。

 どうやら今から始まる話が日本海軍データベースに載ることはしばらく無いようだ。

 

 そんな重要な場に同席できるとあって、緊張感がさらに高まる。

 

 

「そこまで緊張するほどの話でもない。落ち着いて聞くように。君たちが予想している内容のどれかには当てはまるだろう話だ。突拍子もない、ということでもない。

……では、そうだな……鯉住大佐」

 

「……ハイ!?」

 

 

 なんか急に話を振られ、変な声を出してしまう鯉住君。

 

 

「一方的に説明するだけだと、皆の理解が深まらない可能性がある。そこで会話形式で話を進めようと思うのだが」

 

「あー、えーですね……それは構いませんが、なんで私なんです……?」

 

「大佐がこの中で最も、深海棲艦と艦娘について造詣が深いと考えている」

 

「なんでぇ……? そんなことないと思うんですが……

まぁ、聞き役になるのは一向に構いませんけども……」

 

「ふむ。助かる」

 

 

 いつもの謎の信頼。納得いかない鯉住君である。

 断るのも失礼に当たるので、半ば諦めつつ提案を飲むことにした。

 

 

「では、話を始めようと思う。まずは、そうだな……大佐、このような諺(ことわざ)を知っているか。

『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花』」

 

「え? あ、ああ、知ってますよ。

恐怖心があると、ただの草木でも幽霊に見えるって話ですよね。ネガティブな姿勢でいると、悪い方に考えちゃうっていう。

……でも、いきなりなんでそんなことを?」

 

「この諺は真実ではない」

 

「……んん? と、言いますと……?」

 

「幽霊はいる」

 

「……んんん?????」

 

 

 なんか突拍子もない言葉が元帥の口から出てきた。これには鯉住君も困惑。

 会場からもちらほらとどよめきが聞こえる。

 

 

「正確に言うと『思念エネルギー』と名付けられた、人類科学が到達していない領域の新エネルギー。それが高濃度となり人の形をとった存在が幽霊で、高濃度で溢れている場を霊場と呼ぶ。

このエネルギーを発見、有効利用しようとしていたのが、元『筑波最先端技術研究所』所属、玉神 希(たまがみ のぞみ)女史である」

 

 

 なんかとんでもない話が出てきた。鯉住君は理解しきれず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 

 

「えー……そういうものがあるっていうのは、元帥がおっしゃっている以上嘘ではないんでしょうが……

なんだか、こう、いきなりすぎて飲み込めないというか……」

 

「実際この話については国家機密とされているし、そのエネルギーの研究についても深海棲艦出現以前に凍結されている。

思念エネルギーの存在を知る者は、国内では百名も居ないはずだ。

当人の玉神女史は現在消息を絶っているし、『筑波最先端技術研究所』自体も今は存在していない。色々あって更地となっている」

 

「消息を絶ったとか更地になったとか、なんか穏やかじゃないんですけど……」

 

「まあ、そうだ。完全新規、なおかつ石油やガスよりも可能性のあるエネルギーだ。

裏の社会で大きな国際問題となったので、謎の爆発が起こったということにして全ては闇に葬られ、無かったことにされた」

 

「やっぱりそういうやつじゃないですか……」

 

「その事故というか、揉み消しからの研究凍結ののちも、玉神女史は個人で研究を続けていた。

その研究結果は彼女の蒸発ののちも部下に引き継がれ、現在は建造炉と羅針盤の技術に利用されている」

 

「あー、えー……理解できなさ過ぎて、一周回って冷静になってきたんですけど……

つまり、こういうことですか? 深海棲艦や艦娘、それとその周りのよく分からない色々は、その『思念エネルギー』ってやつが船に憑りつくか何かした存在……?」

 

「うむ。概ねその通り。ただ、実際に物理的に憑りついているわけではない。

軍艦と共に沈んでしまった何十人もの英霊の思念エネルギー、それを核として産まれた霊的存在が、艦娘と深海棲艦である。

思念エネルギーには他のエネルギーと違い、指向性がある。正の思念エネルギーが核となって産まれたのが艦娘。その逆が深海棲艦だ」

 

「あー……」

 

 

 新情報ラッシュでどんな顔していいのかわからない鯉住君。思考回路がショートしている。なんて言っていいのか言葉が見つからない。

 周りの艦娘たちも、一部を除いてものすごく動揺している。自分たちが何者なのかという話なのだ。そうもなろうというもの。

 

 

「そういうことで、艦娘と深海棲艦の正体というのは、『高エネルギー生命体』だ。

幽霊や付喪神、妖怪、精霊、神。そういった表現でも構わない」

 

「そうなんすか……すごいっすね……」

 

「まぁ、だからと言ってやることは変わらないのだが」

 

「そうなんすか……すごいっすね……」

 

「補足すると、世界で見て日本海軍の深海棲艦に対する戦績が非常に高いのも、ここに原因があると考える。

相手も味方も霊的存在であるため、祀る(まつる)という思想が非常に重要なのだ。日本文化の中で日本人にはその精神が培われており、それが偶然にも功を奏したという予測だ。

欧州には、おそらく米国にも、このような東洋的な思想の土台がほとんど無い。それが大きな明暗を分けたと私は考えている」

 

「そうなんすか……すごいっすね……」

 

「ちなみに先ほどの鼎君の話で『近々日本海軍領海でも、二つ名個体級の深海棲艦が誕生する』という予測も、この仮説を前提にしている。そうだな、鼎君」

 

「そうですのう。ワシもむかーし希ちゃんと一緒に研究してたからわかるんじゃけども、思念エネルギーって伝播するんじゃよ。良くも悪くも。

鯉住君だって、周りで誰かが笑ってたら楽しい気分になるし、怒ってたらイやな気分になるじゃろ? それと一緒じゃよ」

 

「そうなんすか……すごいっすね……」

 

「そういうことで、どこかでそういう凄いのが出てきたら、その周りでも同じようなことになるんじゃないか、っちゅう話じゃよ」

 

「そうなんすか……すごいっすね……」

 

「なんじゃ、頭がパンクしちゃってるのう……もっといい反応してくれてもいいと思うんじゃが……

あ、ちなみに希ちゃんってワシのワイフね?」

 

「そうなんすか……すご……ファッ!? 奥さん!?」

 

「あとキミの恩師の柳ちゃんは、希ちゃんの助手やってたからね?

希ちゃんがいなくなっちゃってから研究引き継いだの、柳ちゃんだからね?」

 

「んんんんんんんん???????????????」

 

 

 すごいっすねbotと化していた鯉住君だが、鼎大将がなんか変なこと喋りだしたせいで現実に引き戻された。

 そんなとんでもない重要人物との接点があっただけでも驚きなのに、まさかの結婚相手だったとは……

 

 

「い、いやいや、だって玉神さんって言って……苗字違うじゃないっすか!」

 

「そこはホラ、希ちゃんが気を利かせてくれたんじゃよ。別姓にして事実婚の方がお互い動きやすいでしょ、って言っての。いやー、ワシにはもったいない妻の鑑じゃの!!」

 

「そこで惚気られてもどうしていいかわかんないんですけどぉ!?」

 

「柳ちゃんはそういった縁で日本海軍の将官としてスカウトしたんじゃよ。そもそもそんな国家機密のド真ん中に関わってる人間をほっとくワケにもいかんしのう」

 

「先生にそんなバックグラウンドが!?

先生があっさりと俺に内定くれるほど権力もってたの、そういうことだったのか……!!」

 

「思念エネルギーを物質に留める技術を発展させたのも柳ちゃんでのう。

建造炉と羅針盤の基礎構成は彼女の発案じゃよ」

 

「先生凄いな!? 頭が上がらないよ……!!」

 

「と言うわけで、重要なことなんじゃが……

あー、この場に居る全員は今から言う内容を理解しておくように。これからの行動のキモになってくるからのう」

 

 

 混乱してお目目ぐるぐるになっている鯉住君を放置して、鼎大将はぐるっと周りに呼び掛ける。

 周りのオーディエンスたちも、鯉住君ほどではないが、現状が理解できていない状態だが、鼎大将のちょっとだけ真剣なトーンに耳を傾ける。

 

 

「キミたち艦娘も本質的には同じじゃが、深海棲艦は『負のエネルギーの集合体』じゃ。んで、負のエネルギーは世界中に溢れている……というか現在進行形で増え続けておる。人間から発せられる思念エネルギーは他生物の比ではないからのう。

と、いうワケで、人間が全滅することがない限り、深海棲艦は産まれ続ける」

 

 

 会場がどよめく。鼎大将は明確に口にした。『戦いは終わらない』と。

 

 

「そういうことじゃ。皆、それを努々忘れることが無いように。いのちだいじに、じゃよ。

それで、鯉住君は今の話聞いてどう思ったかの?」

 

「……今度先生に菓子折りでも持っていこうかな……」

 

「おーい? 聞いとる?」

 

「……ハッ!? な、なんすか提督!?」

 

「落ち着きなさいよ。提督って、呼び方がウチで働いてた時に戻っとるよ?」

 

「いやだって……情報が多すぎるんすよ!!」

 

「まあまあ、それで、鯉住君はどう思うかの?

深海棲艦は人間の負の感情から産まれるから、人間がいる限り産まれ続けるよ?」

 

 

 心ここにあらずで話聞いてなかった鯉住君に、鼎大将はもう一度説明する。

 それを聞いた鯉住君は……

 

 

「あー……やっぱりそういうやつですか」

 

「なんじゃ、つまらん。他のみんなみたいにもっと驚きなさいよ」

 

「そう言われましても……そういう可能性はあるかなって思ってましたので」

 

「ほほう? そしたら君はどう動くかね?」

 

「どうと言われましても、そう変わりませんよ。

まあ、アレですかね。艦娘のみんなが職にあぶれることがなくなってちょっと安心したというくらいですかね。

鎮守府でしか活動したことがなく、戦闘しかしてこなかった彼女たちに、人間社会に溶け込めなんてあんまりですから」

 

「すんごい強い深海棲艦が出てくるかもしれんよ? そしたら命の危険も出てくるじゃろ」

 

「だから毎日訓練してるんじゃないですか。ウチのメンバーはみんなそのつもりで日々精進してます。

ていうか、ヒドイことにならないように、なんかうまいことやってくださいよ。今以上のことなんて俺には難しいっす」

 

「丸投げとかヒドイのう」

 

「ちょっと! そういうのブーメラン発言って言うんですよ!

知ってるでしょ!? 俺が色々ブン投げられてるの!!」

 

「えー。出来る人に出来ること任せてるだけじゃって」

 

「えー、じゃないっすよ! えー、じゃ!」

 

 

 鯉住君的には別にオッケーだった模様。特に衝撃を受けるでもなく、鼎大将と漫才を始めてしまった。

 

 それを見ていた周りの艦娘たちも、雰囲気につられて表情から固さを抜いていた。

 確かにやることは変わらない。未来に備え、負けないよう準備し、考え、護る。今までずっとやってきたことだ。

 

 そんな感じで場が落ち着いてきたのを見計らい、伊郷元帥が話を引き継ぐ。

 

 

「うむ。皆、流石は実力者である。平静を取り戻したようだな。

先述した通り、今話した内容は他言無用。情報開示するメリットもなければ、必要もないことであるからな。現段階では、ということではあるが」

 

 

 その言葉を聞いた全員が、うんうんと首を縦に振っている。元帥の言葉に納得したようだ。

 

 

「よし。それではこの議題は終了とする。皆、正しい心を持ち、日々励むように。

……それでは議長の間宮君、締めを頼む」

 

「は、はい。承知しました」

 

 

 間宮は元帥からマイクを受け取り、閉幕の挨拶をする。

 

 

「それでは皆さん、えーとですね……色々と衝撃的な話も多かったですし、よそでは話せないことも多かったですが、これから過ごしていくのに良い刺激になったのではないかと思います。

この場に参加できたことを誇りに思い、過ごしていくようにしましょう。

それでは、これにて『艦娘用甘味の生産工場建設と運用について』会議を閉会といたします。

長時間のお付き合い、ありがとうございました。お疲れさまでした」

 

 

 間宮の挨拶が終わり、パチパチパチと会場全体から拍手が起こる。

 ラーメン特盛アブラマシマシヤサイカラメ全部乗せみたいなボリュームだったが、その分得るものも多かった。

 そして、全員漏れなくこんな感想を抱いたとか。

 

 

 そういえばこの会議、甘味工場建設についての会議だったなぁ……と。

 




ぬわあぁぁぁんつかれたもぉぉぉん!!!

これにて会議終了!以上!閉廷!みんな解散!!


あ、すいません、解散しないでください。会議は終わりですが、お話は続きますので……


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第155話 会議の総括とおまけ

夏は酷暑で地獄でしたが、最近は一気に寒くなってきましたね。
もうちょっと涼しい期間が続いてほしいんだけどなぁ。秋は短いですねぇ……



 波乱万丈な話題が咲き乱れた『甘味工場建設会議(とオマケ議題)』が終わり、このラバウル第10基地に集まってきた面々は、目的達成となった。

 

 会議で出てきたトピックの多くは重要機密扱いで他言無用とのことなのだが、ラバウル第10基地に滞在して居る限りは、話題に出してもよいということになった。

 会議に参加したのは全員ではないため、不参加だったメンバーとの情報格差が生まれるのもよくないだろう、という元帥の配慮である。

 ちなみにこの鎮守府に来ていない留守番組に対しては、『提督が直接1対1で情報開示する』という条件なら、今回出てきた話をしてもよいということになった。こちらも元帥による配慮である。

 

 

 

 そういうワケで、どの鎮守府でも不参加メンバーへの情報共有をすることにしたようだ。

 さすがに会議があった当日は多くの参加者が疲れてしまったため、翌日にした鎮守府が多かったようだが。

 

 鯉住君率いるラバウル第10基地組も例外でない。会議翌日に不参加メンバー全員を集めて情報共有することにした。

 昨日会議をした大広間(宴会場)に不参加組が全員集まったところで、筆頭秘書艦の叢雲が口を開く。

 

 

「さ、それじゃみんな集まったことだし始めるわね。私は昨日参加してたけど、コイツだけだと話がややこしくなる部分が絶対出るから、私が仕切ることにしたわ」

 

「俺だけでも大丈夫だと思うんだけどなぁ……」

 

「そんなワケないでしょ。見通しが甘いのよアンタは。

……それじゃちゃちゃっと話しちゃうわね。みんなもある程度は知ってることが多いから」

 

 

 提督の威厳がまるで感じられない鯉住君の隣で、叢雲が説明を始める。

 その様子を見たメンバーは「いつものやつね」みたいな感じで平常運転である。夫婦漫才にも慣れたものだ。

 鯉住君を挟んで反対側には古鷹が座っているが、彼女は苦笑いしている。どっちかと言えば叢雲の言い分に賛成なようだ。

 相変わらず鯉住君は、信頼があるんだかないんだかわからない扱いをされている。

 

 

「先ずはみんなも知ってる辺りから。

えーと……今回色んなお客さんを迎えた流れの中で、ウチに新しく赴任してくる、もしくは研修とかワケありで預かることになった新入りをまとめるわね。

まずは大本営経由で赴任することになった、主に甘味工場勤務要員として働く予定の補助艦艇の4名。給糧艦の『伊良湖』と補給艦の『神威』に『速吸』、あとは潜水母艦の『大鯨』ね」

 

 

 叢雲の紹介に合わせて、話に上がった面々はその場で軽く会釈をする。

 ちなみに伊良湖は昨日の会議に参加していたが、同じ立場の同期ともいえる3人のために同席している。

 鯉住君に対してだけはよく分からない押しの強さな彼女だが、基本的にはおとなしいけど気が利く性格をしているのだ。

 

 

「すでに食堂で頑張ってもらってるから、みんなもうウチの一員として受け入れてるとは思うけど。特に足柄と秋津洲はかなりの時間一緒に居るわよね?」

 

「そうね。調理は秋津洲と私でやってるから、一緒に厨房で動いてるわけじゃないけれども。食器洗いや注文取りで活躍してくれてるわね」

 

「秋津洲としては、そろそろ調理の方も手伝ってもらいたいかも……」

 

「ダメよ。『手助け無しでもやれる』って言ったの貴女でしょう?」

 

「それは……ちょっと調子に乗っちゃっただけ! 足柄ってば厳しいかも~!」

 

「いいじゃない。おかげで繊細さもスピードも大幅に向上したんだから。

自分を追い込んでこそ勝利がつかめるのよ?」

 

「そうかもだけど~!!」

 

 

 半べそをかいている秋津洲だが、実際にその労働環境はとんでもないもので……毎日毎日朝から晩まで、休憩を計1時間程度しかとらずに食堂で働き詰めになっている。相当ハードである。

 

 艦娘は長期遠征なんかだと1日中航行しっぱなしなんてこともあるため、艦娘だからこそ耐えられる労働環境と言えるが……耐えられるからと言って平気というワケではない。しんどいものはしんどいのだ。

 

 それもこれも全部、最初に見栄を張ってしまったのが原因だったりする。新入り組に対して『厨房は秋津洲に任せればいいかも!』なんて言ってしまったのだ。

 当然ながら、毎食50人以上、しかも大型艦も多数という修羅場を想定したうえでの発言ではなかった。

 

 それが足柄に聞きつけられ『実力向上にちょうどいいから本当にそうしましょう』なんて死刑宣告されてしまったのだ。

 なんだかんだ丸くなったとはいえ、勝利を貪欲に求める足柄である。弟子のレベルアップのチャンスは逃さないのだ。

 

 

「……まぁ、毎回おいしいご飯作ってくれてるから私は感謝してるわ。

食堂の運営の仕方については口を出す気がないから、好きにやって頂戴」

 

「叢雲ヒドイかも! もっと秋津洲のことフォローしてよ!」

 

「細かい事情は知らないから、足柄に任せるわ。足柄は料理の師匠なんでしょ? ちゃんと言うこと聞きなさい」

 

 

 もちろん本当は経緯を知ってる叢雲。めんどくさそうだし、かけてやれる言葉もないので、スルーするつもりらしい。

 ここに来た当初と比べると、たくましくなったものである。

 

 

「あんまりかも! 叢雲の人でなし~!」

 

「人じゃなくて艦娘だもの。話すことたくさんあるから次行くわよ。

……それで、それ以外の増員メンバーなんだけど……佐世保第3鎮守府から水上機母艦『コマンダン・テスト』を預かった……というかブン投げられたわ。

本人はアークロイヤルに任せてきたから、詳しいことは天龍と龍田に話してもらおうかしら」

 

 

 コマンダン・テストはこの場にはおらず、アークロイヤルのオリエンテーションを受けている最中である。ふたりとも昨日の会議に出席済みだし、同郷と言えば同郷だしで、そういった流れになった。

 

 もっともコマンダン・テスト本人は、アークロイヤルとふたりになるのをメチャクチャ嫌がっていたが。

 本人いわくアークロイヤルは『魚を信奉するカルト宗教の狂信者』とのこと。間違っていると言い切れないのがなんとも言えないところ。

 

 コマンダン・テストは相当な危険人物で、ピンの抜けた手榴弾みたいな存在だが、そこはアークロイヤルが上手くやってくれると信じることにした。

 もしもの時は彼女に殺気を放ってもらって気絶させればいいという考えである。なかなかヒドイ話だ。

 

 そんな経緯もあり、コマンダン・テストについては天龍龍田姉妹から説明が入ることとなった。

 彼女たちがコマンダン・テストを連れてくる決め手になったという話だし、ちょうどいいだろう。

 

 

「そうだな、本人も居ねぇし俺から話すか。

アイツと遭遇したのはギリシャ辺りのエーゲ海の島なんだけどよ、アイツすげぇビビりだからっつって、自分以外の生き物を毒ガスで皆殺しにしてたんだよ。

それで流石にほっとけねぇってことになって、連れてきたわけだ」

 

「沈めてもいつ復活するかわからないからね~」

 

「龍田の言う通りだな。しかも本人がまたエグイ兵装ばっか積んでるから、アホみてぇに強いしな。……と、みんなここまでは知ってるだろ?」

 

 

 うんうんとうなづく一同である。

 加二倉提督がここにやってきたときにその話は伝わっているため、みんなその情報は知っているのだ。

 

 危険性の塊みたいな存在をぶん投げられたわけだが、みんな『提督だし仕方ない』とすんなり受け入れたとか。鯉住君に対するよく分からない信頼は、部下にも浸透しているようだ。

 

 

「それで~、それ以外にも実は判明してることがあってね?

実はあの子、二つ名個体『レディ・ツェペシュ』のボスをやってたらしいよ~」

 

「ああ、本人も半ば都市伝説みたいな感じで『インビジブル』って呼ばれてたらしいけど、それとは別に二つ名個体を一体部下にしてたらしい。

つっても本人にはそんな気が無くて『勝手に食べ物持ってくるなんか強そうなやつ』くらいの認識だったらしいが」

 

「あ、そっちの部下の方の二つ名個体は、天龍ちゃんと私で倒したから安心だよ~」

 

「本当は一緒に出撃したメンバーと艦隊戦するつもりだったんだが、神通教官が『ちょうどいいからふたりで沈めてきなさい』とかヒドイこと言いだしてな……

ま、勝つには勝ったが胸糞悪い相手だったぜ。強えのはもちろんだったが、性格がな」

 

「そうだね~。もっと言うと、その個体を沈めたときに『私ヲ倒シタトコロデ、アノオ方ニハ勝テナイ』なんて捨て台詞を吐いてたから、遠征の帰りに天龍ちゃんが水母水姫(現コマンダン・テスト)の存在に気づけたのよね~」

 

「そうだな。ま、それはいいんだ。

とにかく俺が言いたいのは、アイツはとんでもなくビビりなだけで、性質としては悪いやつじゃねぇってことだな。

自分以外に敵対的なのも、もしかしたら自分に危害を与えてくるんじゃないかっていう疑心暗鬼からだしな。

つーことで、ウチの提督ならその辺なんとかしてくれると思って、ウチで預かることにしたってわけだ」

 

「そういうことなら、提督である俺にあらかじめ一報入れておいて欲しかったんだけど……

いきなり彼女の世話を頼まれたときは、本当に驚いたんだよ?」

 

「申し訳ねぇとは思ってるけど、しょうがなかったんだよ。

極秘作戦だったから遠征中は電文入れられなかったし、日本に帰ってきてからも転化体の情報なんて電文で流せねぇし」

 

「それはそうだけど……なんともなぁ……」

 

「それによ、佐世保第4(加二倉提督のとこ)にアイツを残してきちまったときのことを考えれば、提督だって自分で預かるってしたはずだぜ?

満場一致で『沈められないなら永遠に無力化するだけ』みたいな話になってたからな……」

 

「うわぁ……」

 

「提督は優しいからぁ、そんなの見過ごさないわよね~?」

 

「それはまぁ、そうだねぇ……見過ごせないよなぁ……」

 

「そういうことだぜ。俺たちは提督ならそう判断すると思って、アイツを預かることにしたんだよ」

 

「そう言われると、何も言えないなぁ」

 

「うふふ~」

 

 

 なんだかんだ提督の方針はみんな理解しているのだ。天龍と龍田が勝手に危険物であるコマンダン・テストを連れてきたのも、それを踏まえてのこと。

 そう言われてしまっては、鯉住君としても言い返すことなどできない。

 

 

「そう言えば、天龍と龍田はマエストラーレちゃんのことは知ってたのかい?

一緒に欧州から日本に戻ってきたんでしょ?」

 

「ああ、それはそうなんだが……実際はここに帰ってくるまで、マエストラーレとの接点はなかったんだよな。

テストのやつを預かったあたりから、俺たちふたりは教官たちに連行され……じゃなくて、教官たちに同行してたからな。

マエストラーレは横須賀第3(一ノ瀬提督のとこ)の二航戦ふたりと一緒に居たって聞いてるぜ?」

 

「だよね~? マエストラーレちゃん」

 

「ハ、ハイ。ソノ通リデス」

 

 

 話に出てきたマエストラーレが返事をする。

 マエストラーレとは言っても、今の彼女は『深海船渠棲姫』の姿なので、深海棲艦と同じような話し方になっている。

 

 

「ちょっと」

 

「ん? どうした叢雲」

 

「話に割り込んで申し訳ないけど、マエストラーレのことについて私からみんなに説明するわ。もうみんな知ってると思うけど、話の流れ的にね」

 

「あー、それもそうか。悪いね」

 

「いいのよ。アンタはそういうの苦手だから。

……そういうわけでみんな、横須賀第3から預かったマエストラーレについてよ。

彼女は昔色々とあって、悲しみの末に深海棲艦の姿になってしまったらしいわ。これは世界でも初めての事例らしいわね。

そういうことで、世間の目に触れさせるわけにもいかないから、辺境の地でもあるウチで面倒見ることになったのよ。

とりあえず気持ちが落ち着くまでって話になってるけど、結局いつまで預かるかの明確な指標は出てないわ」

 

「あー、一応俺からも。

彼女は年単位で一人で過ごしてきたらしいから、コミュニケーションのカンが取り戻せてないみたい。だからみんな、遠慮せずに話しかけてあげてほしい。

マエストラーレちゃんもそれでいいかな?」

 

「ハ、ハイ。ソノ……ヨロシクオ願イシマス」

 

「うむ! 鯉住殿に世話役を任されているわらわからも頼むぞ!

こやつは久しぶり過ぎて距離感がつかめてないだけで、元来は明るい性格だったようじゃからな」

 

「ア、アリガトウ」

 

「助かるよ、初春さん」

 

 

 今のやり取りを見て、みんなほっこりとしている。この様子なら彼女が寂しい思いをすることはないだろう。

 

 話が途切れたところを見計らって、叢雲が仕切りなおす。

 

 

「これで一通り新顔の紹介は終わったわね。

一応もうひとり、いつになるかはわからないけど、トラック第5泊地(三鷹提督のとこ)からブン投げられる予定はあるわね。

これも転化体で、今は戦艦『ガングート』の姿をしてるらしいわ」

 

「これももうみんな知ってると思うけど、なんか世界征服が夢だって言ってる物騒な人でねぇ……」

 

「そこはアンタがどうにかするって話でしょ。人間の良いところを教えるとかなんとかで」

 

「全然何していいかわかんないんだよなぁ……」

 

「それを考えるのが提督の仕事でしょ。それじゃ次の話題ね」

 

「それはそうなんだけど、どうするかなぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「新顔の紹介の次は、今後あるであろう私たちの任務についてよ。

白蓮大将から報告があって、ラバウル第1基地管轄の不可侵エリア……鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)の辺りね。そこの解放作戦をやることになったわ。すぐにってワケじゃないけど。

で、問題はね……その大規模作戦の主導鎮守府が、ウチになっちゃったってことなのよ」

 

 

 まさかの発表に、いろんな無茶ぶりに慣れているメンバーもざわついている。

 

 

「お! まさかの大抜擢かぁ!?

俺たちが欧州で頑張ってきたのが認められたのかもしれねぇな!!」

 

「そうだね~。天龍ちゃん頑張ったもんね~」

 

 

「フフッ、腕が鳴りますね!

工廠班の実力を見せてあげましょう! ね、夕張ちゃん?」

 

「ハイ! せっかく師匠の晴れ舞台なんだから、張り切っちゃいますよ!」

 

 

「だってさ、大井っち。これって私たちの出番じゃん?」

 

「はい、そうですね。北上さん」

 

 

「良かったじゃない、秋津洲。また大勢お客さん来るわよ。今回の経験がすぐに役立ちそうじゃない?」

 

「ひー! 勘弁して欲しいかもー!」

 

 

「大規模作戦の主役じゃと!? 大将殿も鯉住殿を選ぶとは分かっておるのう!」

 

「鯉住さんすごいね! マエストラーレちゃんも、またいっぱい人が来るみたいだから、知らない人と話すの慣れとかないとね!」

 

「エエト、ソノ……他ノ人ニ見ラレテ、大丈夫ナノカナ……? コンナ格好ダシ……」

 

「あー、もう慣れてしまったが、確かに初めて見る者には刺激が強いじゃろうな。

ま、その辺はわらわの旦那様がなんとかしてくれるじゃろ!」

 

「ソ、ソウカナァ……?」

 

 

「うふふ! 会議の時から分かっていましたが、大規模作戦の主役を任されるなんて……流石は提督ですね!

私、伊良湖の選んだ御方なだけはあります!」

 

「な、なんだかすごい話になっていますね……!?

普通は大規模作戦の拠点といったら、大規模鎮守府になるものなんですが……」

 

「神威さんの言う通りですよね……私たち、もしかしてとんでもない提督のところに来てしまったんじゃ……?

も、もしかして、もっと水戦を飛ばす訓練しないと、見捨てられちゃう!? 潜水艦がいない鎮守府では役立たずな潜水母艦だもの!!」

 

「お、落ち着いてください、大鯨さん!

速吸たちの任務はあくまで甘味工場での生産なんだから、戦闘が苦手でも大丈夫のはずです! だ、大丈夫、よね……?」

 

 

 驚いているかと思いきや、一部を除いて意外と平気そうだった。

 さすがは鯉住君への無茶ぶりに慣れているメンバーである。

 

 

「大規模作戦での拠点になるっていうのは、コイツが安請け合いしちゃったのが原因だけど、ラバウル第1からのサポートが期待できるから、そこまで大変なことはないわ。安心してちょうだい」

 

「それはまぁそうなんだけど、他の提督さんたちとの人間関係がなぁ……」

 

「そんな大事なこと後回しにしてたアンタが悪いんでしょ。私も協力してあげるから、なんとかなさいな」

 

「考えただけで、胃が痛くなるなぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

「ま、そういうわけで、今回の会議におけるウチに影響ある報告って言うとそんなところね。

活躍の場があるってことだけわかってくれればいいわ。新入り含めてみんなで頑張っていきましょ」

 

「「「 はーい 」」」

 

 

 割とすんなりと話が通ってしまった。

 鯉住君としては、これなら自分が話しても一緒だったのではないか? なんて思わざるを得ないので、叢雲にそのことを聞いてみた。

 

 

「なぁ叢雲、これなら別に俺だけでも良かったんじゃないか?」

 

「ここまではね。ここまでは。

……さあみんな、次に話すのが一番重要な話よ。私たち艦娘と、深海棲艦の正体について。これについて元帥と鼎大将から発表があったわ」

 

 

 そうだった。この大事な話が残っていた。

 鯉住君としてはなんとなくアタリがついていた話でもあったので、そこまで驚きもなかったのだが……叢雲がわざわざ『提督に任せると大変だ』とまで言っていたのだ。本人にとってはすごく衝撃的なのかもしれない。

 今の叢雲の言を受けてみんなどよどよしているし、やはりそういうことなのだろう。

 

 鯉住君はそう判断し、口を挟まず見守ることにした。

 

 

「私たち艦娘も深海棲艦も、『思念エネルギー』とかなんとかいうエネルギーが核になって産まれた存在らしいわ」

 

 

 ざわざわ……

 

 

「つまり、人間とは根っこの部分で違う存在ということになるわ」

 

 

 ざわざわ……

 

 

「とはいえカラダの造りは人間とほぼ同じになってるわ。

違う存在とはいえ、人間の意志が私たちを造る基になっているようだから、その可能性は高いはず」

 

「……それもそうか。確かに叢雲の言う通り、人間も艦娘も同じ。それでいいじゃないか。うんうん」

 

 

 ざわざわ……

 

 

「つまり!! 私たち艦娘と人間の間に、子供を作ることができる可能性が高まったということよ!!」

 

「……はい? 叢雲、今なんて……?」

 

 

 ざわざわ……!!

 

 

「幸いにして、私たちのカラダがある程度チューニングできることは、明石さんと妖精さんの共同研究で明らかにされたわ。半分艦なのが幸いしたわね!」

 

「ちょっと俺用事を思い出して……」

 

「座ってなさい」

 

「アッハイ……」

 

 

 ざわざわ!!!!!

 

 

「ちょっと叢雲!? 話の流れがおかしいでしょ!?

違う存在だとは言っても、みんな人間と変わらない気持ちで生きているんだから、自信もって自分の意志でこれからも生きて欲しいって話に持ってこうよ!?」

 

「うるさいわね! そんな当たり前の話しても仕方ないでしょ!?

あ、みんな、言い忘れていたけど、深海棲艦は人間がいる限り無限に湧いて出てくるそうよ。だからそこそこに沈まないように頑張ればいいわ」

 

「「「 ふーん。やっぱり 」」」

 

「重大発表のはずなのに、みんなリアクション薄いな!?」

 

「そんなことよりも! 明石さんはこの話聞いてどう思うかしら?」

 

「フフフ……! これは朗報ですよ!!

艦娘のDNAがヒトと完全に一致しているのは知っていましたから、子供を作るのも問題なく可能だとアタリをつけていましたが……私たちの基盤が純粋なエネルギーだってことなら色々と都合がいいですね! エネルギーの性質をタンパク質によせればいいだけですから!

妖精さんと合同で、うまいことカラダの性質をいじれる再生成炉みたいなのを作れるかもしれません! 『艦娘妊活プロジェクト』的には良い知らせでしかありませんね!」

 

 

 ざわざわ!!!!!!!!!!!!

 

 

「ファッ!? なにその計画!? そういう実験するのやめろって言ったよな!?」

 

「提督命令でもそれは聞けませ~ん!

いいじゃない、夫婦なんだし。やることやってもさ。ね、夕張ちゃん?」

 

「そうですよ師匠!! あれだけ情熱的な気持ちにさせたのに手を出してくれなかったの、今でも覚えてるんだから!」

 

「ちょ、ちょっと待って……! 夕張のそれについては、その、ゴメンだけど……今は気持ちが追っつかないから! その話はまた今度ということで……!!」

 

「そうやってまた煙に巻こうとしてるんでしょ!? 私、師匠との子供欲しい!!」

 

「ちょ、そんなドストレートに……!? ていうか、なんでみんなそんなにヒートアップしてんの!?」

 

「そんなの決まってるじゃない。私主導でキミにバレないよう進めてたさっきの計画、みんな知ってるからだよ?」

 

「明石テメェーーーー!!!!」

 

 

 その後もなぜかヒートアップし続ける会場に対して、焼け石に水レベルの消火活動を続けながら、鯉住君はなんとかその場を乗り切ったらしい。

 どう乗り切ったのかは必死過ぎて覚えてないのだとか。

 

 別に彼女たちと人間のような家庭を作ることに否やはない鯉住君なのだが、色々立て込み過ぎている今は勘弁して欲しいと切に願うのであった。

 

 




おまけ
明石の『艦娘妊活プロジェクト』に対する他の皆さんの反応


叢雲「秘書艦としてはそういう重要な試みを放っておけないわね! 秘書艦としては!」

古鷹「ええと、その、やっぱり私も女の子ですから、そういったことには興味があります……はい……」

夕張「協力は惜しみませんから!!!(大声)」

北上「いいんじゃない? アタシ達にどうしても護りたい相手が増えるってのはさ。ちっこいのはうざいから苦手なんだけどね~。アハハ」

大井「北上さんに悪い影響がでないように、私も聞いておきますから」

天龍「あんまり実感ねぇけど、気にはなるよな。俺も女だしな」

龍田「最新情報をちょうだいね~」

初春「ピンクにしてはやるではないか! 全速で進めるのじゃ!」

子日「子日には早い気がするから、別にいいかなぁ」

秋津洲「カワイイ赤ちゃんほしいかも!」

足柄「夫婦なんだし、やっぱり子供を授かるのは夢よね」

アーク(むしろ最重要資料提供者。主に深海棲艦側のデータを提供)

天城「私はご飯とお布団があれば十分ですので……」

伊良湖「素晴らしい試みですね! 私に出来ることがあれば協力しますよ!(大声)」



こんな感じです。他の新参メンバーは「やだ怖い……近寄らんとこ……」って感じです。


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第156話 突撃!隣の鎮守府 1

久しぶりにあの人が登場です。(第86話以来)

ちなみに会議に参加した面々は、まだ鯉住くんの鎮守府に半分くらい残っています。
完全にバカンスを楽しんでいます。自由人の集まりです。



 太陽は海を明るく照らし、野鳥のさえずりが戦時だということを忘れさせる。

 そんな地上の楽園と見まごうばかりのこの地には、ひとつの鎮守府が建っている。

 

 南国にあれども治めるのは日本海軍。ラバウル第9基地である。

 実直で部下のみならず各方面からの信頼篤い、鈴木誠吾大佐が率いる艦隊が控えている。

 

 本日は大きな任務もないのか、鎮守府棟には穏やかな空気が流れている。

 執務室では提督である鈴木大佐と、その秘書艦である駆逐艦『吹雪改』が書類仕事に精を出していた。

 

 ペンが書類を走る音だけが響く静かな空間。

 そんな中、ピロリという電子音と共に一通の電文が届いた。

 

 

「……ん? 電文か、どれ。……これは」

 

「? 司令官、どうしたんですか?」

 

「吹雪、ちょっとこれを見てくれないか」

 

「はい。隣失礼しますね……って、『見学依頼』?

差出人は……ええっ!? だ、第10基地の鯉住大佐ぁっ!?」

 

「……っ、気持ちはわかるが、落ち着いてくれ。声が大きい」

 

「すっ、すいません司令官!!」

 

「だからうるさいと言ってるじゃないか。……まあいい。

『あの』鯉住大佐から直々の電文とは……どうしたものか」

 

「や、やめた方がいいですよぅ。いい噂を聞かないお人ですし……」

 

「ううむ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 知り合いの中での鯉住君の評価は、本人も疑問に思っているくらい謎に高いのだが、直接かかわったことのない面々からすると全くそんなことはない。

 

 なにせ、よくない噂だらけなのである。

 

 

 艤装メンテ技師から提督に転向という、前例のない経歴。

 破天荒で名高い鼎大将のお気に入りで、提督養成学校をすっ飛ばしているという異例さ。

 辺境の鎮守府に飛ばされたかと思えば、出所不明の艤装部品を大量に提供し始めたことから、立場を利用した違法製造と密売をしている疑惑。

 部下の全員に手を出したあげく、うまい言葉で奴隷のように操る、艦娘を都合よい女扱いしている外道。性欲魔人。

 上層部にうまく取り入って、大した手柄も上げていないのに昇進を重ねた卑怯者。

 

 etc.etc.……

 

 

 とにかく、公にできない功績が多すぎて、大佐と言う立場と書類上の実績がまるで見合っていないのだ。

 

 

 官民の護衛任務での評価が非常に高いこと、鎮守府の運営がすこぶる順調で大幅に黒字を出していること、異例の早さで割り当て海域全解放を成し遂げたこと、危険な欧州任務に部下を派遣して活躍させたこと……

 

 

 健全で安定した鎮守府運営ができていることはわかっている。部下の実力が高いこともデータは示している。

 

 だが、肝心の大規模作戦に未参加で、合同作戦をとったことがないところが、そういったよくない噂の出所になっているのだ。

 実際に自分たちの眼で実力を見たことが無いのが、好き勝手言われる原因となっている。

 そもそも大きな戦で他提督との共同戦線を経験したことのない若造が大佐なのである。仕方ない面も多々ある。

 

 

 まぁ、要は『俺たちよりも年も経歴も浅い人間がもてはやされるのは気にくわない』というやっかみが大半であるのだが……そういった妬み嫉みは大きな組織につきものなので、仕方ないことではある。

 

 

 ということで、鈴木大佐も秘書艦の吹雪も、鯉住君に対しては良い印象を抱いていない。

 お隣の鎮守府なのに一度も顔見せしてこなかったのも、そう思われる原因となっている。

 

 挨拶してこなかったことについては、全面的に鯉住君が悪い。挨拶はジッサイ大事。

 胃が痛くなる出来事がわんこそばみたいに降ってわいてきて、ご近所付き合いする余裕がなかったとしても、相手に悪く思われちゃったら言い訳してもしょうがないのである。

 

 

 

・・・

 

 

 

「そうは言うが吹雪、同じ大佐としては断るわけにもいかないだろう。隣接した鎮守府でもあるしな」

 

「うええ……」

 

「露骨に嫌そうな顔をするんじゃない。感情がすぐに表に出るのはキミの悪いところだぞ」

 

「だって司令かぁん……」

 

「まったく……艦娘というものは戦闘のこととなると頼もしいのに、こういったことには免疫がないのだな」

 

「そこは大目に見てくださいよう。

産まれたときからなぜか一般常識があるとは言っても、戦闘以外のアレコレなんて経験したことないんですからぁ……」

 

「それはそうなのだが……まぁいい。

いいか吹雪。もし鯉住大佐が本当に噂のような外道であったら、彼の部下の艦娘を救ってあげねばならん。

電文には秘書艦の叢雲と古鷹が同行すると書いてある。彼女たちが騙されていいように扱われているのがわかったら、目を覚まさせてやるのは同じ艦娘であるキミの役目だぞ」

 

「ハッ……!! そ、そうですよね!!

叢雲ちゃんたちがひどい目に遭ってるのなら、私が助けてあげなくちゃ!!」

 

「ウム! その意気だ吹雪!! これもひとつの乗り越えるべき試練として心構えしていたまえ!!」

 

「分かりました司令官!!」

 

「……とはいえまずは下調べからだな。

吹雪、キミに指令を言い渡す。我が鎮守府の各員が知る鯉住大佐の情報を集めてきたまえ。私達の知らん話が出てくるやもしれん。

今日の執務の残りは私だけで片付けるので、今すぐにいってきなさい」

 

「了解です! 吹雪、行ってまいります!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「……で、事情は分かったけど、なんで私たちが一緒に居なきゃならないの」

 

「もしかしたら、姉妹艦の叢雲ちゃんがひどい目に遭ってるかもしれないんだよ!?

これは吹雪型にとっての一大事! いまこそ姉妹の結束を見せる時だよ!!」

 

「いや、そのお隣さんって階級大佐なんでしょ? うちの司令官とおんなじで……

そんなに階級高いならさ、別に大丈夫な人だと思うんだけど……」

 

「甘い! 甘すぎるよ初雪ちゃん!!

私たちが艦だった時代だって、軍の上層部はロクデナシばかりだったじゃない!

悪い噂ばっかりの鯉住大佐だってそうにちがいないよ! ね! 白雪ちゃん!!」

 

「あ、あはは……何気にすごい毒舌だね吹雪ちゃん……」

 

「あー……私今日は非番なのにー……だるー……」

 

 

 フンスフンスと鼻息荒くしている吹雪の隣には、彼女と同じ制服を着ている少女がふたり。

 おかっぱの黒髪ロングの眠そうな目をした少女であり、吹雪と姉妹艦でもある『初雪改』。

 そしてこれまた姉妹艦である、髪をおさげにした押しが弱そうな艦娘『白雪改』である。

 

 

 提督から事前調査任務を言い渡された吹雪は、その勢いのままに姉妹艦である初雪、白雪を駆り出して聞き込みに繰り出すことにしたのだ。

 

 長女のやる気と比べてふたりはあまり気が乗っていない様子。

 白雪は長女の暴走っぷりに若干ひいており、初雪はせっかくの非番で積みゲー消化をしようとしてたのを邪魔されたせいである。

 

 

「だいたいさぁ、よその鎮守府の提督情報なんてどうやって聞き込むのさ。早く終わらせて部屋に戻りたいんだけど……」

 

「またそうやって初雪ちゃんは不健康な生活しようとする!

鯉住大佐のところの艦娘の姉妹艦だったら、なにかしら情報を掴んでるかもしれないでしょ? そこを攻めます!」

 

「ええと、ラバウル第10基地の所属艦の姉妹艦ってことだよね? 誰がそうなのか、もう調べたの?」

 

「当然だよ! そこには足柄さんが所属してるみたいだから、お姉さんの那智さんに聞き込みします! 今日が主力艦隊の非番の日でよかった!」

 

「えー……? ウチのエースの那智さんにぃ……?

私正直あの人苦手なんだけど……すごくできる女って感じで……」

 

「なんでそんなに消極的なの! 叢雲ちゃんの将来がかかってるんだからちゃんとしなきゃ!! というわけで行くよふたりとも!!」

 

 

 鎮守府の廊下は走ってはいけないので早歩きだが、気分としては猛ダッシュで先行する吹雪である。

 これには姉妹のふたりも苦笑い。

 

 

「白雪ちゃん白雪ちゃん……そもそもその叢雲ちゃんから吹雪型ネットワークにSOSがないんだから、ほっといてもいいと思わない……?」

 

「吹雪ちゃんは思い立ったら猪突猛進なところがあるから……」

 

「よくあれで秘書艦続けて来れたよねー……司令官が超優秀じゃなきゃ失敗続きだったと思うよ、私」

 

「初雪ちゃん……そういうのは思ってても言っちゃだめだから……」

 

 

 ため息をつきつつも吹雪の後をとぼとぼと追うふたりであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「で、この那智に情報を求めてきたというわけか」

 

「はい! 知ってることがあったらなんでも教えてください!

これは日本海軍の未来のためなんです!!」

 

「えー?……いやそんな大袈裟な……」

 

「すいません那智さん、せっかくの非番に押しかけちゃって……」

 

 

 申し訳なさそうな白雪とめんどくさそうな初雪を脇に、すごい熱量で那智に質問する吹雪。

 ここの那智はどっちかというと吹雪よりの性格なので気にしてないが、ただでさえ忙しい鎮守府のエースにアポなし突撃とか、普通はやっちゃ駄目である。

 

 

「なに、その程度構わん。非番とはいえすることもなく、コーヒー片手に読書していたくらいだからな。

それで鯉住大佐の情報ということだが……まぁ、色々と知っていると言えば知っている」

 

「!! 流石は那智さんです! ぜひ教えてください!!」

 

「いや、その、なんだ。知っているのだが、情報の中身がな……」

 

「ええと……疑わしい情報なのですか?」

 

「白雪、そうではない。出所ははっきりしているが評価を下しづらいのだ。まあ聞いてみろ。

……鯉住大佐のところの足柄なのだが、元々は横須賀第3で活躍していた猛者でな。そこの艦娘には共通のことらしいが、なぜか将棋に異様な執着を持っているらしい」

 

「しょ、将棋ぃ……? 私もたまにオンゲでやるけど、そんなに好きなの……?」

 

「うむ。能力は疑うべくもないのだが、感性がだいぶ特殊というか……ついていけないところがある。

我が妹ながら、なかなかとっつきづらくてな……」

 

「でも情報があるってことは、その足柄さんが何かしら発信してたってことですよね!? どんなに特殊な話でも教えてほしいです!!」

 

「うむ、そうだな……なんというか……」

 

「「「 なんというか? 」」」

 

 

 

「その……惚気マウントを無意識にとって、他の足柄を煽り散らかしている」

 

 

「「「 ……????? 」」」

 

 

 

「いや、その、な? 言葉が出てこないのはよく分かるが、これを見てみろ。

言いたいことが少しは理解できるだろう」

 

 

「「「 ……はい 」」」

 

 

 ちょっとよく分からない情報が出てきたせいで、なんて言ったらいいのかわからなくなっちゃった3人。那智に促されるまま、彼女がとりだした端末をのぞき込む。

 するとそこには……

 

 

 

・・・

 

 

 

~妙高型ネットワーク~

 

〇月×日

 

 

 

足柄(ラ10

「今日提督から『足柄さんの作る料理は世界一美味しいんじゃないか』って言われたわ」

 

足柄(呉3

「なにそれちょっとなにそれ」

 

足柄(大湊5

「私とそこ変わって」

 

妙高(ト2

「あらあら……」

 

羽黒(パ1

「わぁ……! 素敵ですね!」

 

足柄(パ3

「料理が上手くなれば私も提督と……!?」

 

那智(佐4

「早く手籠めにされろ」

 

羽黒(ト4

「!?」

 

妙高(横2

「那智、言葉は選びなさい」

 

那智(ラ9

「妙高姉さん、そこの私は別物だと思ってくれ」

 

足柄(ラ10

「私は一緒に寝ても構わないって言ってるのに『もっと情勢が良くなってちゃんと向き合えるようになったら』って言って聞かないのよ。お堅いわよねぇ」

 

足柄(呉3

「機関部が爆発する呪いをかけたわ」

 

足柄(大湊5

「私とそこ変わって」

 

足柄(パ3

「砂糖吐いた」

 

 

 

・・・

 

 

 

「「「 ヒュッ…… 」」」

 

「まぁ、あれだ……将棋にしか興味ない女がこんな投稿を繰り返すようになったのでな……私としては幸せそうで何よりと言う他ないというか……」

 

「うわぁ……大人だ……! 大人の会話だ……!!」

 

「ちょっと私たちには刺激が強すぎというか……!」

 

 

 恋愛ごとに耐性がなくとも興味はある3人には、この履歴は刺激的過ぎたようだ。

 3人して顔を真っ赤にしてしまっている。

 

 

「は、ハレンチです……!! こ、こんなエッチなこと言わせるだなんて……!!

私たち護国の象徴である艦娘を、こんなに、その、デレデレになるまで誑し込むなんて……!!」

 

「いや、足柄の方から迫っているようだから、その表現は違うと思うが……」

 

「わかりました那智さん!! おかげで鯉住大佐が噂通りの女たらしだってことがわかりました!! 情報感謝します!!」

 

「いや、あのだな……まぁ、女たらしというのは間違いではないか」

 

「行くよ、白雪ちゃん! 初雪ちゃん! もっと証拠をつかまないと!!」

 

 

 顔を真っ赤にしたまま勢いよく退室する吹雪。ワンテンポ遅れて白雪と初雪のふたりもそれに続く。

 

 

「ちょっと吹雪ちゃん!? 待って待って!」

 

「那智さん、なんかすいませんでした……それじゃ……」

 

「構わんよ。吹雪は昔からああだからな」

 

 

 

・・・

 

 

 

 かしまし3人娘が退室していって静かになった部屋で、那智はふぅとため息をつく。

 

 艦隊のエースとして初期から吹雪と活動してきた那智であるので、勢いに任せてロクに挨拶もせず退室していったくらいでとやかく言うつもりはない。

 だが、非番でゆっくりしていたところにあのテンションで押しかけられるのは、精神的に疲れるものだ。

 

 

「まったく、嵐のようだったな。

……しかし、佐世保の私がやけに鯉住大佐を高く評価しているというのを伝えそびれたな」

 

 

 佐世保第4の那智(加二倉さんのところの修羅)と言えば、『戦闘の天才にして唯我独尊』なことで名を馳せた艦娘である。

 その認識は同型艦の那智の間でも同じで、誰彼構わず噛みつき、気に入らない指示には従わず、勝手に進撃して勝手に圧勝してくる姿から、那智の中でもイレギュラーな『狂犬』扱いされている。

 

 そんな狂犬が、鯉住大佐のよくない噂が話題に上ると必ず彼の肩を持つのだ。

 しかも「戦闘指揮はてんでダメだが敵う気がしない」とかいう、戦闘狂にあるまじき評価を下している。

 

 将棋にしか興味がなかった足柄がベタ惚れしているとか、戦闘狂の那智が戦闘が苦手なのに認めているとか、鯉住大佐の評価はよく分からないのである。

 

 

「……ま、考えても分からんものは分からん。

世間の悪評が真実かどうかはさておき、そんなに大事には至らないことだろう」

 

 

 そんなことをひとり呟きつつ、少し冷めたコーヒーを啜りながら苦笑いを浮かべる那智であった。

 




おまけ

足柄さんの無意識惚気煽り投稿 別のやつ



足柄「今日は提督からメガネ型電探艤装を貰ったわ。『日頃からの感謝を込めました』ですって。妖精さんと一緒に作ってくれた一品ものらしいわ」

他の足柄「「「 グギギ……!! 」」」

佐世保の那智「鯉住のやつが製作した一品もの艤装……!? 装備したい!!!!」

足柄「私専用らしいから姉さん……といか他の人じゃ装備できないみたい。『足柄さんのための艤装ですから』だそうよ」

他の足柄「「「 グギギギギ……(血涙) 」」」

佐世保の那智「クソぉ!! 鯉住のやつ、もっと私に良くしてくれたっていいだろうが!! 研修の時にあれだけ面倒見てやったのに、艤装のひとつもよこさない!」

足柄「まあそれは大目に見てほしいわ。今回のプレゼントをくれるきっかけって『ちゃんとした結婚指輪は情勢が安定してから改めて渡したいので、今はそれを代わりとして』ってことらしいから」

他の足柄「「「 怨……!!!! 」」」

佐世保の那智「クソぉっ!!!! アレか! この那智も鯉住のやつに嫁入りすればいいのか!?」

足柄「そういうことじゃないと思うわ。姉さんじゃ無理かも」

他全員「「「 あああああっ!!!!!(声にならない叫び) 」」」


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第156話 突撃!隣の鎮守府 2

吹雪ちゃん(と他一部)が頑張る(暴走する)お話です。
一所懸命なだけなので、悪気があるわけではないですので……(先取り謝罪)


 鯉住君の悪評の裏取りをするために、提督から命じられて聞き込みをすることになった吹雪。

 ノリノリで妹の白雪、初雪を引き連れながら那智に話を聞いてみたところ、とんでもない惚気エピソードが飛び出してきた!

 

 鯉住大佐はクソ女たらし野郎だという疑惑が強まった今、これを放っておくわけにはいかない!

 正義感の塊となった吹雪は、那智の部屋を飛び出してさらなる調査に向かうのだった!

 

 

 

「行くよ白雪ちゃん! 初雪ちゃん!

さらなる聞き込みで、鯉住大佐の悪行の証拠をもっと集めます!」

 

「ま、まってよ~、吹雪ちゃん」

 

「早い早い……もっとゆっくり歩いて~」

 

「そんなゆっくりしてたら日が暮れちゃうよ! ひとりでも多く聞き込みしないと!」

 

「ひとりでも多くって……次の聞き込み先のアテってあるの?」

 

「ないよ!!」

 

「ええ……? そんな状態でどこに急いでるの、吹雪ちゃん……」

 

「なに覇気のない目をしてるの白雪ちゃん!

アテがないのなら総当たりすればいいんです! ローラー作戦だよ!!」

 

「うわぁ……うちの長女、脳筋すぎない……?」

 

「初雪ちゃんの言う『のうきん』が何かよく分かんないけど、ちゃんと作戦概要は考えてあるから!

ローラー作戦は数が大事! ということでここからは3人バラバラに分かれて聞き込みします!

そういうことでこれからは別行動! 集合はヒトゴーマルマルに執務室で! それじゃ健闘を祈ります!!」

 

 

 スタスタスタスタ!!

 

 

「あ、ちょ、吹雪ちゃん!? 待って!! ……行っちゃった」

 

「えええ……作戦概要ってそんだけ……?

うちの長女、猪かなにかなの……?」

 

「良いところもちゃんとあるから、そういうのは思っても黙っててあげて……

それはそうと、どうしようか?」

 

「吹雪ちゃんが向かってったのは戦艦空母寮の方だから、私たちは別のところに行こうか……ホントはもう帰りたいけど……」

 

「吹雪ちゃん、行っちゃう前に集合場所はしっかり伝えていったから、さすがにすっぽかすのは悪いよ……

普段はそんなに話すことのない仲間とコミュニケーションとる機会だと思って、ね?」

 

「それはそれでめんどい……」

 

「そんなこと言わずに……とりあえず、駆逐寮と重巡軽巡寮の二手に分かれようか。初雪ちゃんはどっちがいい?」

 

「色々おっきいお姉さん相手だと緊張するから、そっちは遠慮したい……駆逐のみんなの方で」

 

「わかった。それじゃ私が重巡軽巡寮に行くからね」

 

「ん、助かる。

……白雪ちゃんの方が秘書艦に向いてるんじゃない? 提督に言っておこっか?」

 

「初雪ちゃん……吹雪ちゃんにそれ言っちゃだめだからね。すごい落ち込むだろうから……

もちろん提督にも言っちゃだめだよ?」

 

「わかってる。冗談冗談」

 

「はぁ……それじゃいこっか。成果があるといいんだけどなぁ」

 

「うん。がんばり過ぎずにがんばる」

 

 

 

・・・

 

 

 とりあえず大人な皆さんならなんか知ってるだろう、という洞察力溢れる思考の下、吹雪は戦艦空母寮までやってきた。

 ローラー作戦で片っ端から聞き込みするつもりだったので、大型艦から順に攻めよう、なんて思考もあった模様。なお、妹ふたりにはその思考は伝わっていない模様。

 

 とにかく本日は第1艦隊が非番なのがハッキリしているので、まずはこの鎮守府唯一の戦艦である『比叡改』に突撃することにした。

 

 

 コンコンコン!!

 

 

「すいませーん! 比叡さんいますか!? 吹雪です!!」

 

(はーい)

 

 

 ガチャンッ!!

 

 

「失礼します! 吹雪です!!」

 

「はい。吹雪ちゃんは元気ですねぇ」

 

「おー、吹雪ちゃんが来るなんて珍しいんじゃない? 仲いいの? 比叡さん」

 

「仲はいいと思いますが、こうやって訪問されたのは初めてですね」

 

「急いでいるようですが、どうしたのですか?」

 

「あ、あれ?」

 

 

 てっきり比叡ひとりで非番を満喫しているものだと思っていたが、なにやら先客がいたようだ。

 

 比叡の部屋では彼女だけでなく、同じ第1艦隊メンバーの『蒼龍改』と、これまた第1艦隊メンバーである『祥鳳改』がくつろいでいた。

 

 みんなでテーブルを囲んで紅茶を飲んでいる。

 どうやら比叡が空母のふたりを招いたようだ。

 

 

「比叡さん、蒼龍さんと祥鳳さんにお茶を出してるんですか?」

 

「はい! 戦艦の私が弾着観測射撃を決められるのは、制空権を獲ってくれるおふたりのおかげですからね。日頃の感謝を込めておふたりをお茶会にお招きしたんです!」

 

「お招きされてま~す!」

 

「空母が制空権を獲るのは当然なので、それを感謝されるのは恐縮ですが……

せっかく私たちのために場を整えてくださったんですから、ありがたくごちそうになってます」

 

「はー……さすがは比叡さん!! 気遣いができてすごく大人です!!」

 

「いや~、それほどでも!」

 

「吹雪ちゃんは相変わらず元気だねぇ。ね、祥鳳?」

 

「そうですね。こちらまで元気になってきます。ふふふ」

 

 

 ラバウル第9基地が誇る大型艦の3名が勢揃いである。

 吹雪のいきなりの不躾な突撃にも動揺していない姿は、貫禄の第1艦隊メンバーと言ったところ。

 吹雪の突撃はいつものことなので、みんな慣れてしまっているともいう。

 

 ちなみにラバウル第9基地には、大型艦はこの3名しかいない。

 それでは戦艦空母寮とはなんぞや、という話になるのだが、この3人のひとり部屋以外は倉庫や娯楽室、リネン室なんかになっているため、そこそこの広さがある区画である。

 

 

「それでそんなに急いでどうしたんですか、吹雪ちゃん?」

 

「あ、ああ、そうでした! 聞いてください! 実はですね!」

 

 

 

・・・

 

 

 説明中……

 

 

・・・

 

 

 

「はー、成程……あの悪名高い鯉住大佐がウチに来るんですね……!」

 

「そ、その口ぶり……! 比叡さん、何か知っているんですか!?」

 

「それはもう! 戦艦比叡の間では、鯉住大佐は悪の大魔王扱いされているんですよ!!」

 

「な、なんですってーーーー!?」

 

 

 どうやら比叡にとっての鯉住大佐の評価はかなり低いらしい。

 ローラー作戦でまさか一発ツモをひくとは思ってなかった吹雪、これにはビックリである。

 

 

「ラバウル第1基地の金剛お姉さまは、あらゆる金剛お姉さまの中でもかなりの金剛お姉さまパワーが高い金剛お姉さまなのです!!

そんな金剛お姉さまの鑑とも言える金剛お姉さまなんですが、鯉住大佐の鎮守府に特訓に出向いてしまって……」

 

「で、出向いてしまって……!?」

 

「ぜんっぜん金剛型ネットワークに書き込みしてくれなくなっちゃったんです~~~!!

前は一日に何度も姉妹の様子を確認する投稿をしてくれていたのにぃ~~~!!」

 

「な、なんですってーーー!?」

 

「しかも!! これまたラバウル第1の妹の榛名まで、めっきり投稿をしなくなってしまって!!

前はあんなに『大丈夫です!!』って元気いっぱいだったのに!! 今はたまの投稿で『大丈夫じゃないです……』なんて榛名らしくない投稿ばかり!!

お姉ちゃん心配です!! そして金剛お姉さまも心配です!!」

 

「なっ、なんたることですか!! これは一大事の香りがします!!」

 

「吹雪ちゃんもそう思いますよね!! 絶対に鯉住大佐が何か良からぬことをしているんです!! 違いありませんっ!!

ああっ!! 麗しの金剛お姉さまが、卑劣な鯉住大佐の毒牙にかかって……!! ううっ……!!」

 

「た、大変なことを聞いてしまいました……あわわわ……!!」

 

 

 留まることなく盛り上がり続ける賑やかコンビ。

 ここの比叡は普段は元気印のできるお姉さんなのだが、金剛が絡むと途端にポンコツ化するのが玉に瑕である。

 

 そのことに吹雪はまるで気づいていないが、当然ながら空母のふたりは気づいている。

 

 

「おーおー、盛り上がってるね~」

 

「ええと、止めた方がいいでしょうか?」

 

「そだね。だーいぶ憶測で話が進んじゃってるし。

特訓してるって言うんだから、訓練内容が秘匿だったりすることもあるし、投稿が減るのは仕方ないと思うな」

 

「ですね。榛名さんの元気が無いというのは心配ですが……それほど厳しい研修ということなんでしょうか」

 

「あのラバウル第1の最精鋭が受ける特訓でしょ? そりゃ厳しいんじゃない?

……にしても鯉住大佐かぁ。祥鳳は何か知ってる?」

 

「いえ。横須賀第3(一ノ瀬提督のとこ)の私が面識あるのは知ってますが、それ以外は噂でしか」

 

「私もおんなじかな~。噂って言うと、あのよく分かんないほどサゲサゲにされたやつでしょ?」

 

「はい。確かに公開されている功績からは大佐という地位は見合わないとは思いますが……最短で全割り当て海域解放は、かなりの偉業ですよね」

 

「私たちも散々苦労したからそれがどんだけ大変かは良く知ってるし、提督やってればそのくらいわかると思うんだけど……まぁ、悪評は新人に対する嫉妬からかなぁ」

 

「人間は大変ですよね。艦娘の身としては、そういった感情はあまり湧いてきませんので理解しかねます」

 

「ねー。でもま、それだけ言われるってことは注目株ってことでもあるよね?

興味あるし、横須賀第3の私に電話して聞いてみよっか?」

 

「いいですねそれは。ではそろそろおふたりを落ち着かせましょう」

 

「オッケー。……ほらほら、ふたりともヒートアップしてないで、こっちに注目!!」

 

 

 未だに半ば妄想がかった話で盛り上がる吹雪と比叡を止めるため、蒼龍はちょっと強めに手をパンパンと叩く。

 これに驚いたふたりは、肩をビクッとさせて蒼龍の方を向く。

 

 

「「 な、なんですかっ!? 」」

 

「証拠のない話はそこまで! 私が今から横須賀第3の私に鯉住大佐がどんな人なのか聞いてみるから、それ以上はそれ聞いてからね!」

 

「わ、わかりました!」

 

「横須賀第3の蒼龍さんは、鯉住大佐と面識があるんですか?」

 

「そだよ。鯉住大佐が研修生だった時代に、そこで預かってたことがあるんだって。

あの本土大襲撃で防衛の要になった由緒正しい鎮守府だし、信憑性の高い話聞けると思うよ?」

 

「やった! すごいです蒼龍さん! これで更なる証拠を集められます!!」

 

「吹雪ちゃん、悪い話じゃないかもしれないから、その辺は意識しておいてね?」

 

「はい!」

 

「オッケー。それじゃ通話、っと……」

 

 

 プルルルルル……

 

 ピッ!

 

 

(はーい。こちら横須賀第3の蒼龍でっす!)

 

「あ、あれ? その声、そっちの私じゃなくて飛龍じゃん! どういうこと?」

 

(やっぱりバレたか~! こっちの蒼龍は今ね、ちょっと海に出てて)

 

「それで飛龍に端末預けた、と」

 

(そそ、野暮用ができちゃってね。それで、何の用? 言伝しとくよ?)

 

「あー、飛龍でもいっか。……ちょっと聞きたいことがあってね。鯉住大佐のことなんだけど」

 

(……え? 鯉住くんのこと? あー、タイムリーだね)

 

「鯉住『くん』? タイムリー? ちょっとどういうことなの飛龍?」

 

(わざわざ横須賀第3の蒼龍にかけてきたってことは、ウチに鯉住くんが研修に来てたこと知ってるんでしょ? 距離感近いのはそれが原因だよ。タイムリーってのはちょっとヒミツ)

 

「ヒミツって……まぁいいけどさ。

それにしても距離感近すぎない? 提督候補生に『くん』づけってさ……」

 

(そういう人だから仕方ないんだよね~。何度も混浴したから物理的にも距離感近かったし)

 

 

「「「 こ、混浴ぅ!?!? 」」」

 

 

 他のメンバーにも聞こえるように、スピーカー機能を使って通話していたので、全員今のセリフはバッチリ聞こえていた。

 そしてみんな仲良く衝撃を受けたらしく、揃って声を上げることになった。

 

 

「こ、混浴って、あの混浴ですかぁ!? ひえぇ~!!」

 

「エッチです! ハレンチです!

男の人と女の人でそういうの……良くないです!!」

 

「こ、これ、このまま聞いていてもいいのかしら……」

 

(あれ? 蒼龍もしかしなくてもひとりじゃない?)

 

「う、うん。ていうか飛龍、混浴って……!?」

 

(あー、安心して? 残念ながらそれ以上のことはしてないから)

 

「なんで提督候補生と艦娘が混浴なんてことになるのよ……」

 

(一言では言い表せないアレコレがあってさ~。ま、それはいいじゃん?

それよりも今の話で思い出したけど、彼ってばかなり立派なものをお持ちだよ?)

 

 

「「「 !?!? 」」」

 

 

(他の男の人のやつを見たことあるわけじゃないから、多分だけどね~)

 

「ちょ、ちょっと飛龍!? 自重してよ!!」

 

(あはは! いーじゃんいーじゃん、せっかく女の子のカラダに転生したんだし、ガールズトークしてみたいじゃん?)

 

「こっちは真面目な話なんだってば! もー!!」

 

 

 色々ととんでもないことを暴露していく飛龍。鯉住君本人が聞いたら卒倒モノである。

 

 ちなみに飛龍は軍事機密に当たる情報は一応漏らしていない。

 今現在鯉住君のところでバカンスしてるとか、蒼龍がせっかくだからと言って瑞鶴の研修(生き地獄)を見学しに行ってるとか。

 

 鯉住君のプライバシーに関してはフルオープンなのはご愛敬である。

 鯉住君がフリー素材なのは今さらであるし、彼女は性に関してオープンな性格をしているし。

 

 

「とにかく! そんなことよりも鯉住大佐ってどんな人なのか教えて!!

今度ウチに挨拶に来るらしくて、世間で流れてる悪評がホントなのか確認したいの!」

 

(えー、色々おもしろエピソードあるのにぃ。

鯉住くんがお風呂でのぼせて気絶した時に血流良くなってて、ご立派な御柱が拝めてラッキーだった、とか……)

 

「猥談はもう、い・い・か・ら!!」

 

(わかったわかった。怒んないでよ、もー。

私も鯉住くんが色々言われてるのは知ってるけど、あんまり気にしないでいいよ)

 

「噂は間違いってこと?」

 

(んー……艦娘を誑し込んでるって話は、当たらずとも遠からずかも。

それと指揮官能力が高くないのもその通りかな。本人もその自覚はあるみたいだよ)

 

「えー……その話聞くと、あんまり会いたくないなぁ」

 

(大丈夫大丈夫! 本人はすごい堅物で、しっかりした芯を持ってる人だから!

私の中の多門丸もGOサイン出してるくらいだから!)

 

「出た。飛龍の中の多門丸シリーズ」

 

(ちゃんと聞こえるんだってば。

まぁいっか。とにかく鯉住くんがやってくるって言うなら、楽しみにしてたらいいよ!

色々面白いイベントが起こるだろうから!)

 

「うーん……よくわかんないけど、心配しなくていいってことだよね?」

 

(そそ)

 

「じゃあいっか。情報ありがと!」

 

(どういたしまして!)

 

 

 プツッ

 

 プープープー……

 

 

「ってことらしいんだけど……」

 

 

「ひっ、ひええええぇ……! 艦娘と混浴なんて、ふしだらです!!

もしかして金剛お姉さまとも、こ、混浴を!? うらやま、じゃなくて、許せませんっ!!」

 

「そ、そうですよ比叡さん!! 研修の名のもとに身も心も追い込んだ後に、たらし込んで好感度上げて混浴してグフフなんですよきっと!!

とんだ鬼畜です……!! 鬼畜スケベ提督です!!」

 

 

「あー、比叡さん、吹雪ちゃん。飛龍が言うには、真面目な人だってことらしいから、ね? その評価なのに混浴とかしてるのは本当に謎だけど……」

 

「そ、そうですよ。飛龍さんは心配しなくてもいいとおっしゃっていましたから……

指揮官として能力が低いうえに女誑しなのに、堅物と評価されていたのは本当に謎ですが……」

 

「いくら蒼龍さんと祥鳳さんがフォローしようとしても、鬼畜スケベ提督だというのはほぼ確定ですよ……!

……こうしちゃいられない! すぐに提督にこの情報を伝えないと!!

ということで、失礼しますっ!!」

 

 

 タタタッ!!

 

 

「あー、いっちゃったよ。あんなに顔を真っ赤にしちゃって……大丈夫かなぁ?」

 

「まぁ、提督でしたら正しく判断してくださることでしょう……おそらく。

吹雪ちゃんは真面目ですので、情報は正確に伝えてくれるでしょうから。自身の推測の正誤はともかく」

 

「だねぇ。実際に鯉住大佐が来た時に、おかしなことにならなきゃいいけど」

 

「そこは提督を信じましょう」

 

 

「金剛お姉さまと混浴……!! ハァハァ……!!」

 

 

「……吹雪ちゃんも心配だけど、今は比叡さんを正気に戻さないとね」

 

「そうですねぇ……紅茶を飲ませれば元に戻るでしょうか……?」

 

 

 飛龍の絶妙な情報ピックアップにより、鯉住君の評価がおかしなものになってしまった。

 果たしてお隣さん鎮守府への訪問は、こんな調子でうまくいくのだろうか?




おまけ

飛龍の中の多門丸の評価一覧


一般的な提督
→「一山いくらの人間だな。悪い気がしないなら助けてやればいい」

鼎大将
→「安心して後ろを預けられる人間だな。彼の派閥からは抜けない方がよかろう」

一ノ瀬提督
→「女とは思えん軍才だ。彼女の下でなら実力以上の能力を発揮できるだろう。何としてでも傘下に入れ」

加二倉提督
→「人の皮を被った阿修羅だな。出来たら関わらん方が良いが、関わることがあれば絶対に逆らうな」

三鷹提督
→「人の皮をかぶった祟り神だな。絶対に近づくな。機嫌を損ねれば取り返しのつかんことになる」

鯉住くん
→「甘いところがあるが、飛龍への接し方は及第点だな! 飛龍に乗る権利をやろう!(暗喩)」



実は艦娘は全員、多かれ少なかれ元乗組員の集合的無意識みたいのを感じ取れます。
赤城や飛龍が顕著ですね。意識できるかどうかは個体差があります。


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第158話 突撃!隣の鎮守府3

ラバウル第9基地のメンバー


鈴木誠吾大佐統括

秘書艦・吹雪改

第1艦隊・比叡改、那智改、衣笠改、五十鈴改二、蒼龍改、祥鳳改


戦艦・比叡
空母・蒼龍、祥鳳
重巡・衣笠、那智、最上
軽巡・五十鈴、名取、由良、鬼怒、阿武隈
駆逐・吹雪、白雪、初雪、深雪、磯波、浦浪、夕雲、巻雲、長波、高波、沖波、岸波、朝霜



 長女である吹雪が誤解とも言い切れない悪評に慄いている間、妹である白雪と初雪はそれぞれ別の仲間に聞き込みを行っていた。

 

 

 

・・・

 

 

 白雪サイド

 

 

・・・

 

 

 

 艦隊の重巡と軽巡から聞き込みすることにした白雪は、那智からの聞き込みを終えて初雪を見送ったあと、そのまま重巡軽巡寮で活動することに。

 本日は重巡軽巡と駆逐の一部が任務で海に出ているため、残りのメンバーを総当たりする心づもりだ。

 

 

「すいませーん」

 

 

 コンコン

 

 

(あら? その声……白雪かしら?)

 

「はい。今ってお時間大丈夫でしょうか? 少し聞きたいことがありまして」

 

(いいわよ。入ってらっしゃい)

 

「失礼しまーす」

 

 

 ガチャ

 

 

 白雪が最初に尋ねたのは、第1艦隊メンバーである『五十鈴改二』の部屋。

 先ほどお世話になった那智と同じ第1艦隊の一員にして、この鎮守府唯一の改二艦でもある、かなりの実力者だ。

 対空能力と対潜能力のどちらも鎮守府一であり、海域解放のみならず近海哨戒や護衛任務にも引っ張りだこなマルチプレイヤーなのだ。

 

 

「どうしたの白雪。今日は非番だったでしょ?」

 

「はい、あの、そうなんですが……少し野暮用ができたと言いますか」

 

「なによ、煮え切らないわね。聞きたいことがあるんでしょ? 言ってみなさい」

 

「ありがとうございます。実はですね、かくかくしかじかで……」

 

 

・・・

 

 

 説明中……

 

 

・・・

 

 

「……ふぅん。そういうことなの」

 

「はい。個人的には鯉住大佐は噂ほどヒドイ人じゃないとは思うんですが……何か知ってたりしますか?」

 

「直接じゃないけど、そこの叢雲については少し聞きかじっているわ」

 

「えっ、叢雲ちゃんについて!?」

 

 

 ダメもとで聞いてみたのだが、意外にも何か知っているようだ。

 驚く白雪を気にせず、五十鈴は話を続ける。

 

 

 

「呉第1の私がね、そこの叢雲の教導艦をやったらしいのよ」

 

「なんで本土から遠く離れたラバウル基地の叢雲ちゃんが、呉の五十鈴さんに教導されてるんだろう……?」

 

「鯉住大佐を推挙したのが、あの有名な呉鎮守府の鼎大将らしいから、そのつながりでしょうね。鯉住大佐は元々呉第1で整備技師として働いていたようだし」

 

「そうか、そういう繋がりがあるって話もありましたね」

 

「で、そこの私は天才肌で、かなり戦闘能力の基準が高いんだけど……褒めてたわよ。ラバウル第10の叢雲のこと」

 

「おぉー、すごい! さすが叢雲ちゃんです!」

 

「白雪が思ってる以上にすごいことなのよ? 私、特に呉第1の私に褒められるのって。

知ってるとは思うけど、この私、五十鈴の歴代艦長って、『あの』山本五十六提督を筆頭に、山口多聞提督や松永貞市提督……とにかくデキる男ばかりだったから。

『出来る』の基準がそういった提督だから、並みの相手じゃとても満足できないの」

 

「存じています。五十鈴さん、司令にも厳しいですもんね」

 

「全然優しい方よ? 提督は五十鈴から見てもなかなかの男だから、そんなに口うるさくしているつもりはないわ」

 

「あ、あはは……」

 

 

 今はそれほどでもないが、鈴木大佐がまだ新人だった頃(といっても5年ほど前であるが)は、五十鈴のアタリはなかなか厳しかった。

 艦隊の初期から吹雪、五十鈴などと一緒に頑張ってきた白雪からすると、その記憶は鮮明に思い出せるほどなので、『あれで』優しい方とか言われても苦笑いしか出ない。

 

 吹雪の暴走に振り回されたり、五十鈴の厳しい叱責に落ち込んだりしている提督を、白雪はよくフォローしたものだ。

 あの頃よりも提督と一緒に居る時間は減ってしまったが、その時に築き上げた絆を彼女は今も大事にしている。

 

 そういうことで、五十鈴が手放しで褒めるというのがどれだけのことか、白雪にはよく分かっている。

 そして、自分のよく知る五十鈴よりも遥かに基準が高いという五十鈴が褒めていたとなれば……その実力と努力は疑うべくもないだろう。

 

 

「しかしそれってすごいですね。ラバウル第10の艦隊は実力が高いとは聞いてますが、想像以上みたいです」

 

「白雪が思っている以上よ。なんたって、あの欧州に艦娘を派遣しているんだから。

この鎮守府で第1艦隊として活躍してる五十鈴でも、それは到底無理」

 

「ウチで唯一の改二実装艦である五十鈴さんでもですか?」

 

「改二実装程度じゃどうにもならないわ。

少なくとも全海域解放くらい片手間で済ませられる艦隊じゃないと、戦いにもならないでしょうね」

 

「そ、そこまでなんですか!?」

 

「普通の艦娘の間、しかも欧州から遠く離れたラバウルじゃ話題には上らないものね。知らないのも無理ないわ」

 

「はー……そうすると、噂になっているコネ出世とか実力の過大評価とかはウソみたいですね」

 

「馬鹿みたいな話ね。欧州救援がどれだけ無理難題だったか、そのメンバーとして白羽の矢が立つということが、どれだけとんでもないことなのか。

欧州の二つ名個体と言えば、1体1体が戦略核クラスの実力よ?

どれだけの国がアイツらのせいで壊滅したか、そんなことも知らないレベルの人間が流したデマね」

 

「ひゃあぁ……」

 

 

 日本海軍内にはほとんど海外艦というものがいない。日本海軍が統治する範囲では、ドロップ艦にしても建造艦にしても海外艦は出現しないからだ。

 

 そういうわけで欧州への関心は必然的に薄くなる。

 地理的に離れていることはもちろん、貿易は基本アジア圏で完結しているため経済的影響はほぼなく、国内における欧州人の比率も著しく低い。

 深海棲艦出現前と比べて、明らかに欧州との繋がりは希薄になっているのだ。

 

 日本海軍内の提督や艦娘にとって、欧州情勢というのは『どこか遠くの話』という認識なのである。そんな良く知らない場所のことより目の前のことが重要なのだ。

 共通してある認識は『かつて人類社会の中心として幅を利かせていたが、現在は深海棲艦の影響で大きく被害を受けている』程度である。

 

 そういった事情もあり、欧州の地獄具合を実際に知る者はほんの一握りだったりする。

 鯉住君の艦隊が実力詐欺だなんだと言われているのには、その辺の事情も絡んでたりするのだ。

 

 

「それにしても五十鈴さん、よくそこまで知ってますね」

 

「実は何年か前に大規模作戦に参加した時に、ラバウル第1の白蓮大将から直々に聞いたことがあるのよ。偶然そういう話になってね。

『重要機密も含まれてるが、お前なら他言しねぇだろ』とか言って教えてくれたのよ」

 

「それはまた……豪快というか、白蓮大将らしいというか」

 

「実力と人望があってあの態度だから、それは問題ないわ。五十鈴的にも高得点よ」

 

「そうですか。……って、そんなこと私に話しちゃってよかったんですか!?

機密が含まれてるんですよね!?」

 

「馬鹿ね。他言無用な部分は話してないに決まってるじゃない。五十鈴は吹雪みたいにうっかりしてないわ」

 

「そ、それはそうですよね。よかった……」

 

「昔っからそうだけど、アナタ真面目よね。吹雪と秘書艦交代した方がいいんじゃない?」

 

「そういうのは思っても、吹雪ちゃんには言わないであげてくださいね……」

 

「言うわけないじゃない。冗談よ、冗談」

 

「はぁ……

……とにかく。鯉住大佐の評価は高く見積もってもよいということですね?」

 

「構わないわ。本人がどういう人間かはよく知らないけど、部下の実力で言えば確実にウチよりも上よ」

 

「わかりました。ご協力ありがとうございます」

 

 

 丁寧にぺこりとお辞儀をする白雪を見る五十鈴は満足げである。

 なんだかんだ彼女はちゃんとした性格の相手が好きなのだ。他人にも自分にも厳しい性格なのである。

 気分を良くした五十鈴は、ひとつ白雪に提案してみることにした。

 

 

「ちょっと待ちなさい、白雪。アナタこれからどうするの?」

 

「? 他の重巡と軽巡の皆さんに同じことを聞いて回るつもりですが」

 

「それなら五十鈴が空いてる全員に連絡取って、聞き込み手伝ってあげる」

 

「えっ!? そ、そんな、悪いですよ。ただでさえ忙しい五十鈴さんのたまの非番なのに、そこまでしてもらっちゃ!」

 

「変な気を遣わなくてもいいわ。だいたい那智以外で今日非番なメンバーって、同じ第1艦隊の衣笠と五十鈴の姉妹艦だけだから。

そのほうが白雪も手間が省けるでしょ?」

 

「それはそうですが……本当にいいんですか?」

 

「白雪は日頃からよくやってくれてるから、そのご褒美と思ってくれたらいいわ。

それじゃこの部屋に召集かけるから、しばらく待ってなさい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 白雪はその後、五十鈴の電話によって召集されたメンバーたちと話に華を咲かせた。

 

 鯉住大佐について知っているメンバーは衣笠くらいだったが、その情報を基にみんなで話しあうことにした。

 その結果鯉住大佐は、真実としてはかなり有能で艦娘からの信頼も厚い提督だという結論に至ったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 初雪サイド

 

 

・・・

 

 

 

「あ~、だるい……はやく終わらそ……」

 

 

 明らかにやる気のなさそうな初雪は、猫背になってとぼとぼと駆逐寮まで向かっていた。

 そんなどんよりした様子を気に留めることなく、彼女に声をかける者が。

 

 

「あら、どうしたんですか初雪さん。そんなに気を落として」

 

「……あ。おっきい方の長女……」

 

 

 話しかけてきたのは夕雲型1番艦駆逐艦『夕雲改』だった。

 吹雪型と夕雲型が多数所属するこの鎮守府において、吹雪と並ぶ駆逐艦のまとめ役である。

 

 ちなみに初雪の言うおっきいは、彼女が視線を少し下げて見ている部分から察して欲しい。

 

 

「もう。そういった呼び方はよくないですよ。めっ」

 

「それじゃ……おかん」

 

「夕雲は初雪さんのお母さんではありませんよ、まったく。

それで、どうしたのです? 明らかに落ち込んでいるようですけど」

 

「あー……ちょうどいいから聞いちゃお。実はね、吹雪ちゃんが……」

 

 

 

・・・

 

 

 説明中……

 

 

・・・

 

 

 

「まぁ! この鎮守府にあの鯉住大佐がいらっしゃるのですか!?」

 

「うおっ、びっくりした……なになに、なんか知ってるの?」

 

「うふふ、知っていますとも!

鯉住大佐と言えば……と、説明するより見てもらった方が早いですね。少々お待ちを……」

 

 

 どうやら夕雲は鯉住大佐に良い印象を抱いているようだ。

 何かを初雪に見せるつもりらしく、ニコニコしながら端末を操作する夕雲である。

 

 初雪としては、一発で向こうからアタリがやってきてくれたので『手間が省けてラッキー』なんて思っている。

 

 そんなことを初雪が考えている間に、どうやら目的のなにかは検索できたようだ。

 夕雲は端末をずいっと初雪の目の前にかざす。

 

 

「えっとこれ、写真? ……って、うわっ!」

 

「どうです? 素敵でしょう?」

 

「素敵って……なんでこんなことになってんの!?」

 

 

 夕雲が初雪に見せた写真は、鯉住君が清霜、早霜、夕立といちゃいちゃしている(?)写真だった(105話参照)。

 

 死んだように疲れて寝ている鯉住君に、早霜が心の底から幸せそうな寝顔で抱き着いている写真。

 そして、激しい筋肉痛に身もだえする鯉住君に、3人が満面の笑顔で抱き着いている写真。

 

 これらはもちろん鯉住君が佐世保第4鎮守府(加二倉さんのとこ)に拉致られた時の、川内による盗撮写真。

 清霜と夕立(元レ級flagship)のちびっ子コンビに散々連れまわされて疲労の極みな鯉住君が、いつの間にか早霜のベッドに寝かされて、色々あって翌朝に早霜に抱き着かれながら目を覚ました時のものである。

 

 

「どうです、この清霜さんと夕立さん、そして早霜さんの幸せそうな笑顔!

これは佐世保第4で撮られた写真なのですが、ここの早霜さんは悪夢からほとんど睡眠をとっていないということで、長女としては心配だったのですが……」

 

「それにしちゃ満足そうな寝顔だけど……って、佐世保第4!? なんで佐世保!?

ていうか、この苦しんでるちょいイケメンが鯉住大佐!?」

 

「うふふ。そんなにいっぺんには答えられませんよ?」

 

「あーうん、そりゃそうだけど……わけがわからないよ……」

 

「まぁまぁ。佐世保第4の清霜さんが、とっても喜びながら投稿してくれた内容がありますから。それを見ながら確認していきましょう」

 

 

 

・・・

 

 

 確認中……

 

 

・・・

 

 

 

「……なんか気のいいあんちゃんって感じなんだけど」

 

「うふふ、そうですね。夕雲もそう思いますよ。

前々から一度お会いして、長女としてお礼を言いたいと思っていたんですよ?」

 

「うちの長女とはえらい違いなんだけど……」

 

「距離があるとはいえ、お隣の鎮守府なんですし、そう遠くないうちにお会いできると思っていたんですが……なかなか機会が訪れなかったですからね」

 

「まぁ、普通はベテラン提督がお助けキャラするからね……」

 

 

 新規の鎮守府ができた際には、近場のベテラン鎮守府がサポートするのが普通である。

 最初のうちは慣れない実務ばかりの上、所属艦娘の練度も数も少なく、なかなかうまく鎮守府運営できないからだ。

 

 しかし鯉住君のところはそういうのが一切なかった。

 正確には、本来は第1鎮守府から第9なり第8なりにそういったお達しがいくところ、第1自らサポートをしていた。

 もっと正確に言うと、のっけからイレギュラーばかりだった鯉住君のことを気にかけた高雄が、自発的に専属サポートすることにしていた。

 

 

「ていうかさ、鯉住大佐、艦娘から好かれ過ぎじゃない?

そこそこイケメン寄りなだけじゃ、そうはならないと思うんだけど……」

 

「そこはまぁ、実際話してみないとわかりませんけども……

横須賀第3の私、夕雲が言うには『永遠にお世話していたくなる』ということらしいですよ?

そんなの会ってみたいに決まってるじゃないですか……うふふ」

 

「うわぁ……(ドン引き)」

 

 

 とんでもないことを口走った夕雲から若干距離をとる初雪。

 現在彼女の中での鯉住君の評価は、関わる艦娘全てを惚れさせる艦娘バキュームである。

 

 だってまだ本人に会ったことのない夕雲でこれなのだ。

 話を聞いている限り、直接関わった艦娘はほとんど暴走っぽい形で彼にグイグイ行っている。

 足柄はそれはもうグイグイ行ってるし、駆逐仲間もそれはもうグイグイ行っている。

 

 ちょっと本人に会うのが怖い初雪である。

 

 

「その反応は少し傷つくんですが……」

 

「いや、だってさぁ、那智さんから聞いた情報もあるけど、関わった艦娘は鯉住大佐のことどんだけ好きになるのさ……

永遠にお世話したいとか……なんなの? そんなに母性がくすぐられるの……?」

 

「ですから、それは会ってみないとわかりませんよ。

でもきっと、提督とは違った方向で素敵な方なんでしょうね……うふふふ」

 

「なに呆けてんのさ……」

 

 

 なんらかのよからぬ妄想をして上の空になってしまった夕雲を見て、初雪はため息交じりに考えをまとめる。

 

 どうやら鯉住大佐は『性欲魔人』というより『性欲を掻き立てる魔人』の方が真相に近いっぽい。

 艦娘には性欲とか独占欲とかがほとんどない……のだが、完全にゼロというわけではない。それは自分が艦娘でもあるため、よーくわかっている。

 那智に聞いた足柄の超絶アプローチや、今聞いた早霜のお熱ぶりを考えると、その少ない感情をガツンと揺すぶられているのは間違いなさそうだ。

 

 清霜と夕立に関しては、それこそ構ってくれるにーちゃんに懐いているといった感じで、そういった愛とか恋は関係なさそうだが、艦娘を引き寄せているのは同様である。

 

 

「んー……なんか世間の噂とは全然違いそう。

他の夕雲型のみんなは、鯉住大佐についてどんな反応してんの?」

 

「そうですねぇ。私はなにかこう、母性がくすぐられるというか、並々ならぬ興味を惹かれるのですが……他の皆さんはそこまで興味はないようですね」

 

「そりゃそうでしょ。普通はよその鎮守府の提督なんて、そんなに気にしないでしょ。夕雲がおかしい」

 

「む。そんなこと言うと、さすがの私も怒りますよ?

仕方ないじゃないですか。感じ入るものがあるのですもの」

 

「子供もいないのに母性とか、私には全然わかんない……

……ま、いいや。情報ありがとー。あとは時間までゆっくりしてよ」

 

「あら、他の皆さんに聞きこみしてみなくてもいいのですか?」

 

「……正直めんどい。せっかくの非番だからゲームしようと思ってたのに、吹雪ちゃんに駆り出されただけだし」

 

「あら、それは大変ですね。それはそうと、あまり引き籠るのはよくありませんよ?

せっかくの非番でしたら、外をお散歩なりトレーニングルームで汗を流したり、カラダを動かした方がいいと思いますよ」

 

「うー、こっちの長女も同じこと言う……非番くらい好きにさせて。じゃーね」

 

「もう、仕方ないですねぇ」

 

 

 

 こんな感じで三者三様の情報収集が終わり、その結果は鈴木提督に報告されることになった。

 しかしその報告内容が全然違っていたので、提督は頭を抱えることになったそうな。

 




吹雪
「鯉住大佐はとんでもない鬼畜ですよ!
あのラバウル第1の優秀な金剛さんと榛名さんが、鯉住大佐にひどい扱いを受けています!
しかも研修生の時に艦娘と、こ、混浴までしていたらしく……!! とんだ鬼畜スケベ変態提督です!!」

白雪
「鯉住大佐は素晴らしく優秀な方みたいですよ。
部下の艦娘も、叢雲ちゃんを筆頭に大変な信頼を置いているようですし、司令官も交友関係を結んでおくべきです。
あの気難しい叢雲ちゃんが信頼しているくらいですから、性格的にも好ましいものであるはずですし。
艦隊の実力は想像以上に高いようですから、万が一の際に援軍を求められるのはかなりのメリットだと考えられます」

初雪
「鯉住大佐は……艦娘バキューム。
性欲魔人じゃなくて性欲を掻き立てる魔人。艦娘が勝手に懐くみたい。
司令官も私たちを取られちゃわないよう気を付けなよー? 司令官ならみんなから信頼されてるから、大丈夫だと思う、けどね……」


鈴木大佐
「全然わからん……」


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第159話 突撃!隣の鎮守府4

今回は戦力分析要素強めでちょっと複雑な内容です。
めんどかったら流し読みしてね。

演習があった話 77話
https://syosetu.org/novel/151202/77.html


 吹雪率いる吹雪型3人娘からの鯉住大佐についての報告を受け、頭を抱えてしまった鈴木大佐であったが……よく分からない状態をそのままにしておくわけにもいかない。

 別に海域解放などの作戦行動というわけでもないが、まるで情報がまとまっていない状態で事にあたるわけにもいかないとの考えからだ。

 そういうことで鈴木大佐は、執務が終わった夜に提督にしかできない調査方法で鯉住大佐について洗ってみることにした。

 

 何をしたかと言えば、日本海軍データベースの再調査である。

 

 それくらい先にしておけば、という気もしないでもないが、そもそも吹雪に聞き込みを頼んだ時点ですぐに噂が本当かどうかわかると思っていたのだ。

 まさかこんなによく分からない状況になるとは思ってもみなかった。

 

 

「ふむ。任務の履歴についてはおかしなところは見当たらないな……異例の海域解放スピードと、欧州派遣の件を除いてだが」

 

 

 基本的には、日本海軍データベース上で誰でもいつでも閲覧できる部分には最低限の情報しか載せられていない。これは防諜上当然と言えば当然である。

 

 なので、提督の間ではあまり閲覧する者は多くなかったりする。

 もちろんざっくりとした鎮守府情報は手に入るので、気になったところは押さえておこうという意識は全鎮守府で共通だが。

 

 しかしながら、それだけだとデータベースを公開しておく意味が薄い。

 あくまでこれはだれでも閲覧できる情報というだけで、ちゃんと申請を出せばFAXで大本営から子細な情報が載った資料が送られてくるようになっている。

 いわば『もくじ』のようなものだ。

 

 とはいえ手続きが大変に煩雑なので、よっぽどのことがないとそこまでする者がいないというのも事実。提督は日々の業務でなかなか大変なのだ。

 特に鯉住君のところみたいな中小規模鎮守府相手ならなおさら。

 

 鯉住君のところの鎮守府情報には目を見張る部分が多いものの、全海域解放している鎮守府は他にもある。

 わざわざ面倒くさくて日頃の執務以外の時間を割かなくてはいけない申請書類をこしらえるなら、各第1鎮守府などの有名で大規模な鎮守府にしてしまおうとなるのは仕方ないことである。

 

 

 ……そういうことで、わざわざ新興の鎮守府である鯉住君のところの資料を取り寄せようとする提督はほぼいなかった。ゼロに近い。

 

 鈴木大佐は今回必要に迫られて、大本営に申請資料をFAXし、その返信を受け取った。

 内容は鯉住君のところの艦隊が大本営の第1艦隊と戦った時の演習詳報だ。

 

 

「……そもそも対外鎮守府の演習記録が1つしかないという時点で、だいぶ異常だな。普通に運営していれば半年に一度くらいは演習の機会があるんだが」

 

 

 鯉住君の鎮守府の演習記録はただひとつしかない。

 同じラバウル基地でなく大本営相手というのもかなりおかしいが、その少なさはかなり異質である。

 とはいえ公開されている情報としては、『対 横須賀第1鎮守府(大本営) D敗北』のみであるので、たいして珍しい結果ではないが。

 

 しかし、だからこそ鈴木大佐は、わざわざ取り寄せた詳報に面食らった。

 

 

「これは……何から何までおかしい。……皆の意見を聞いた方がいいか」

 

 

 演習の詳報は、そのありきたりな結果とは裏腹に、中堅である鈴木提督でも驚かされるようなものだった。

 これはひとりで押さえておく情報ではない。そう判断した鈴木大佐は、急遽第1艦隊のメンバーを招集することとした。

 

 

 

・・・

 

 

 

 鈴木大佐の招集に応じて、第1艦隊メンバーは会議室に集合した。

 みんな非番の日に緊急の呼び出しを食らったのだが、そういったケースもままあるので不満そうにしている顔は見当たらない。

 

 ちなみに第1艦隊メンバーは、比叡改、那智改、衣笠改、五十鈴改二、蒼龍改、祥鳳改である。

 

 

「皆、非番だというのに招集してしまってすまない。よく集まってくれた」

 

「まぁ、そのこと自体は構わないが……いったい何の用事だ?

この那智含め、第1艦隊の面々を集めるなど。なにか緊急の任務か?」

 

「そだよ提督。せっかく祥鳳と一緒に比叡さんにおよばれしてたのにさー」

 

「非番の日でも緊急出撃はあるものなので、私は気にしていませんが……」

 

「比叡としても問題ありません! 任務最優先ですから!」

 

「楽しんでいたところすまないな。それに緊急出撃というわけでもない」

 

「それだったらもっと切羽詰まってるもんね。

むしろ衣笠さんは、切羽詰まってないのに呼ばれた理由が気になるなー」

 

「五十鈴も気になるわ。なんとなく察してるけど、話してちょうだい」

 

 

 

「うむ。実は鯉住大佐の件でな」

 

 

「「「 ああ、やっぱり 」」」

 

 

「なんだ、息があっているじゃないか。皆の予想の通りだよ」

 

 

 どうやらみんな鯉住君のことについてだろうと察していたようだ。

 ちょっと前まで吹雪型3人娘が色々聞き込みしていたので、それに関係していると考えるのは当然と言えば当然である。

 

 

「それで、わざわざこの那智たちを呼んだからには相応の情報があるのだろう?」

 

「うむ。皆、これを見てくれ」

 

 

 鈴木大佐はA4が5枚ほどになっているレジュメを全員に配る。

 それは鯉住君の鎮守府が大本営第1艦隊と演習した時の戦闘詳報だった。

 

 ちなみに大本営のメンバーは

 大和改、扶桑改二、木曾改二、加賀改、瑞鶴改二甲、伊58改。

 

 鯉住君の鎮守府メンバーは

 叢雲改二、天龍改二、龍田改二、初春改二、大井改二、北上改二。

 

 

 ……その資料を読み込んでいく第1艦隊メンバーは、次第に眉間にしわを寄せていく。

 

 

「……なぁ、貴様。これはなんというか……信じられないのだが」

 

「だろう?」

 

「ひえぇー……大本営第1艦隊の本気メンバーですよ、多分これ……

あの戦艦大和がいますし、加賀と瑞鶴の正規空母コンビもいますよ」

 

「加賀さんと瑞鶴がすごいのもそうだけどさ、艤装がヤバくない?

どれもこれも最高品質のやつなんだけど!?」

 

「ですね……ネームド航空隊が何部隊かいますし、戦闘機のバランスも良い。

生半可な航空隊編成では、制空権を獲られた上で決定打を加えられてしまいます」

 

「祥鳳が今話に出したけど、問題は制空権なのよ。

水雷戦隊にとって最大の敵は制空権。空からの攻撃に対抗できる手段は対空射撃くらいだもの。

対空に自信のある五十鈴でも、制空権喪失状態での艦載機相手は絶対したくないわ。

そんな鬼門の艦載機を、片端から撃墜することで対処するなんて……とんでもない実力差がないとできない、ごり押し中のごり押しだわ」

 

「そうそう。なんでそんなごり押しができるの、って話なのよね。衣笠さん信じられないんだけど……」

 

 

 各々が戦闘詳報に対しての意見を述べる。

 概ね『これ意味わかんないんだけど』という結論に落ち着いているが、それは当然である。

 そう感じる理由を、自身の考え含めて鈴木大佐がまとめる。

 

 

「私が何か見落としていないかとは思ったが、そういうことでもなさそうだな。

……そう、この演習結果はおかしなところばかりだ。

そもそも、艦隊の編成からしておかしい。駆逐艦の改二が2隻もいるなど……この規模の鎮守府では普通ありえないことだ」

 

 

 艦娘の練度は戦闘経験を通して向上するのが普通である。決して戦闘のない遠征任務では戦闘のセンスは磨かれない。

 駆逐艦というのは基本的には非戦闘員扱いされる場合が多い。なので任務の多くは、危険度が少なく頻度は多い近海哨戒に絞られる。

 

 そういうことで駆逐艦の戦闘の練度は、かなーり上がりにくいのだ。

 駆逐艦の改二がいる鎮守府など、一部の大規模鎮守府のみ、しかもいても2,3隻だけである。

 

 中小規模鎮守府に何隻も居ていいものではない。

 

 

「そして装備。雷巡の2隻が、必須装備ともいえる甲標的を積んでいない。

1鎮守府に雷巡が2隻もいる時点で相当おかしいのだが、その貴重な雷巡に入手が難しくもない甲標的を用意していないはずがない。これはどういうことだろうか?」

 

「うーむ……貴様の言う通り、この戦力で甲標的を手に入れていないということはあるまい。とすると……意図的に積んでいない?」

 

「甲標的積まないメリットなんて、五十鈴にはまるで思いつかないけど」

 

「んー……そもそも雷巡というか、球磨型の面々というか、大井と北上はねぇ……かなーーーーり気難しいって聞くから……

衣笠さんも前の鎮守府で軽巡北上と仲間だったことあるけど、つかみどころがわかんない性格でさ。

だから、その辺りがもしかして関係してるのかも?」

 

「性格の問題で有効な艤装を避けているということですか?」

 

「祥鳳の言う通りになっちゃうなぁ。そんなことないと思うけど、それ以外で考え付かないから」

 

「うーん……わかんない。雷撃の威力を少しでも上げるため? にしてはデメリット大きすぎるよね。提督はどう考えてます?」

 

「それが見当つかないから皆を呼んだのだが……やはりわからないか」

 

「戦艦の視点からすると、たしかに甲標的を捨てての魚雷3か所装填の破壊力は、一発大破の危険が高まりますね。

大戦艦である大和の装甲なら一発大破まではないかもしれませんが、それでも中破は免れないはずです」

 

「しかし比叡、甲標的の超長距離雷撃のメリットを越えられるものか?」

 

「この演習でラバウル第10の目的は、一撃にかけての旗艦大破だったようですから、あり得ない話ではないかと。

……制空権喪失の状態で、潜水艦と雷巡木曾の雷撃、艦載機の先制攻撃、大和の超長距離砲撃を避けながら前進することを考えると、少しでも長距離での戦闘手段は欲しいと思いますが」

 

「いやいや、甲標的どうこう以前にそれ全部回避して前進とか普通に無理でしょ?

ていうか甲標的以上にさ、正規空母の私的には、制空権完全に獲れてるのに瑞鶴の艦載機がほとんど壊滅させられてるの信じられないんだけど」

 

「そこもまた不思議なところだな。この艤装の性能差でその結果とは……

そもそも天龍しか対空装備を積んでいないというのに」

 

「提督もそう思うわよね。対空が得意な五十鈴としても、とてもじゃないけどこの結果は出せないわ。流石の欧州派遣艦というところかしら。

……実際に会ってみるのが楽しみになってきたわね」

 

 

 今回ラバウル第10艦隊がとった戦略は、おせじにもスマートとは言えないものだった。

 火力全特化のゴリ押し。一発でもいいのを貰えばそこで戦闘敗北という、ギャンブル性の高いもの。

 

 もっとうまくやれば勝利も十分狙えただろう。

 具体的には、昼戦を無難にこなし夜戦に持ち込む、潜水艦の対策を分厚くしてさっさと大破させて条件勝利する、など。

 

 それを選択しなかったのは、決して短慮からということではないはず。

 これだけの練度の艦娘を多く従える提督であればその程度はわかるはずだ。

 

 

「甲標的を積まなかった理由は分からんが、水雷戦隊が真正面から空母機動部隊に立ち向かうというというのは愚行でしかない。わざわざそんな作戦を採用した理由はいったい何なのか……

……とにかくも、異様な艦隊の実力にちぐはぐな杜撰な作戦。どう判断したものか……」

 

「そうだな……こうやって部外者だけで考えていても分からん。

どうだ貴様、我ら第1艦隊と鯉住大佐の部隊で演習をしてみては?」

 

「……なんだと? ふむ……」

 

「今回の訪問は挨拶程度のものだと言うではないか。

ならば時間に余裕はあろう。演習をすることもできるのではないか?」

 

「不可能ではない、とは思うな。那智からの提案、皆はどう考える?」

 

 

「五十鈴も那智に賛成よ。この詳報を読んでラバウル第10に興味が湧いたわ」

 

「衣笠さんも賛成かな。単純に実力ある部隊との戦闘経験は積んでおきたいし」

 

「比叡は鯉住大佐の悪行をハッキリさせたいですね! 実際に戦闘して所属艦娘のことを理解するのは有効かと! ハイ!」

 

「いやー、比叡さんはそう言ってるけど、私は鯉住大佐ってそんな悪者じゃないと思うなぁ……あ、私蒼龍はどっちでもいいです。みんながその気なら付き合うよ」

 

「全員その気ですね。祥鳳もその案に賛成です。

大本営第1艦隊の艦載機を機銃だけで壊滅させた腕前に、今の私がどこまで通じるか見ておきたいです」

 

 

「そうか。それでは鯉住大佐にもその旨打診しておこう。あちらの予定もあるだろうから、実現させられるかはわからんが。

本当に演習を行った際に醜態を晒すことがないよう、今から各自調整をしておくように。

なにせ相手は大本営第1艦隊相手に肉薄した艦隊だ。新人の鎮守府だと侮ることなく、こちらが胸を借りるつもりで臨むこと。わかったか?」

 

「「「 了解! 」」」

 

「うむ。それでは私は鯉住大佐と調整をしておく。以上、解散」

 

 

 ぞろぞろと会議室を退室する艦娘たちを見送りながら、鈴木大佐は思考を巡らせる。

 

 鯉住大佐の噂は良いものから悪いものまでピンキリ。鎮守府運営は実に良好だが、艤装パーツの調達方法が不明という大きな謎がある。

 艦隊の実力は異常なほど高く、一方、演習で採られた作戦は杜撰の一言。その作戦が悪手だと知りながら高練度の艦娘が意見具申せずに従ったのは何故か?

 甲標的という有効な艤装があるにも関わらず使用しなかった理由、夜戦装備を積んでおきながら昼戦にこだわった理由、標準的な性能の機銃しか積んでいないのに艦載機を壊滅させることができた理由……まるで理解できない。

 

 ……これ以上は考えても仕方ないだろう。

 せっかく本人が出向いてくれるというのだ。自分をもっと高めるチャンスでもあると捉え、理解できないところは遠慮なく確認することにしよう。

 

 

 そんなことを考えながら、自身も会議室を退室していく鈴木大佐なのであった。

 

 




今日はもう一本、年末スペシャルを投稿する予定です(年始スペシャルになるかも……)

Twitterでヒロイン候補アンケート取ったんだけど、キレイに票が割れてるんだよなぁ……どうしよっかな


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第160話 閑話・清水慕情 前編

年末年始スペシャルはあまり目立たない彼女にしました。

明けましておめでとうございます!


 お隣の鎮守府でちょっとした騒動が起こっているとは露知らず、鯉住君のところの鎮守府はのんびりとした雰囲気に包まれていた。

 とはいえ例の会議が終わったまま休暇で居残りしているメンバーも多くいるので、にぎやかであるにはにぎやかなのだが。

 

 今日は鯉住くんは非番。執務を叢雲と古鷹に任せて娯楽室でのんびりと本を読んでいる。

 ちなみにひとりで居るわけでなく、娯楽室には多くの艦娘がいる。具体的には佐世保第4の清霜と夕立、トラック第5の山風である。

 要は鯉住くんに懐きまくってる顔ぶれである。

 

 そして、当然ながら3人が3人構ってもらいたくて押しかけているため、鯉住くん争奪戦が起こっている。

 

 

「ダメ……ここは山風の場所だから譲らない……!!」

 

「ぶー! 龍ちゃんひとり占めとかずるい!!」

 

「っっぽいっ!! 龍ちゃんのフィット補正は夕立たちの方が高いっぽいっ!!」

 

「嘘だね……! 山風の方が相性がいい……」

 

「そっちこそ嘘つきだー!!」

 

「イウザクトリーっぽい!!」

 

 

 ガヤガヤしてる中で読書できるのかという話だが、鯉住くんは逆にこの状況だからこそ無理やりに読書に集中している。

 

 なにせ前面まるまる、赤ちゃんを抱っこするみたいな状態で山風にホールドされているのだ。

 駆逐艦の中でもなかなかの発育を誇る山風であるので、鯉住くんとしてもムラムラ来るものがあるのだ。

 別に今回は筋肉痛で性欲がまぎれるということもないため、それはもう綱渡りギリギリなのである。意識をそらして大型犬が懐いているくらいの認識で居ないと、色々と危ないのだ。

 

 

「えーと……今日は俺は非番だから、離れてくれると嬉しいんだけどな……

ほら、いろんなところのお姉さんたちが揃ってるから、その人たちに遊んでもらってですね……」

 

「「「 やだ!!! 」」」

 

「参ったなぁ……マジで……」

 

 

 鯉住くんを優しくて構ってくれるお兄ちゃん扱いしているだけあり、なかなか離れてくれない駆逐3名である。

 ちなみに本当は3名ではなく、屋根裏とか床下とかに潜んでこっそり注目しているプラス3名ほどがいるのだが……それはそれである。

 

 

(やれやれ……すきあらば、くちくかんにてをだすなんて……)

 

(ろりこんのかがみですね)

 

(これはゆびわをとりよせないとですかね?)

 

 

「やめなさい……! 人様の鎮守府の艦娘に手を出すわけないでしょ……!?」

 

 

(げんじつしっかりみて?)

 

(そのきょりかんで、てをだしてないとかいいますぅ?)

 

(さすがですわー。ぶかぜんいんに、てをだしてるひとがいうと、ちがいますわー)

 

 

「ホントやめろ!? 誰にも手を出してないから! ノータッチ貫いてるから!!」

 

 

(にくたいてきにはねー)

 

(せいしんてきには、ずぶずぶにしずめてますからねー)

 

(やくざのてぐちですよ。いやらしい)

 

 

「お前らはホント俺のことなんだと思ってんだ……!?」

 

 

 いつも通り妖精さんの煽りに丁寧に対応する鯉住くん。

 目の前で抱き着いている存在を忘れようと現実逃避する目的もあって、煽りラッシュに律儀に付き合っているのだが……そのせいで山風から意識が外れ、無意識に彼女の髪を手漉きなんかしちゃっている。

 肉体的に手を出してないとかロリコンじゃないとか色々言っているが、現在進行形でどっちの疑惑も確かなものにしている辺り、面倒見が良いというか言い逃れしようがないというかである。

 

 そのこともあり、髪を丁寧に撫でられている山風は満足げで、清霜夕立コンビに向かってドヤ顔している。

 

 

「んふー……やっぱり龍ちゃんは山風のことが一番好き……!!」

 

「うー……ずるいずるい、山風ちゃんばっかり!! 清霜たちにも構って!!」

 

「そうだそうだー! 構うっぽい! リメンバーアス!!」

 

「いや、あー、あのですね……誰が一番とかはありませんので、皆さん仲良くお外で遊んできては……?」

 

「「「 それじゃダメ!! 」」」

 

「えぇ……?」

 

 

 どうあっても離れてくれなさそうな3名をどうしたものかと悩む鯉住君。

 無理やり引き離すことは性格的に出来ないこともあり、3人の面倒を見るために非番を諦めかけていると……娯楽室に新たな訪問者がやってきた。

 

 

「やっほ~、北上様だよー。提督は相変わらずちっこいのに好かれてるねぇ」

 

「お、北上か。……よかったら助けてくれない……?」

 

「はいはい、しょうがない提督だねぇ。

へいへいチビども。今食堂で伊良湖が甘味を振舞ってるからもらっといで」

 

「「「 甘味!! 」」」

 

「うまいぞ~。他所じゃ絶対に食べられない出来立てだぞ~」

 

「「「 行ってくる!! 」」」

 

 

 北上の甘言にのせられて、元気よく3人揃って退室していく駆逐艦。

 そして、その様子を見て疲れたような顔でため息をつく鯉住君と、ニヤニヤしながら彼を見る北上。

 

 

「ハァ……助かったよ、北上。ありがとう」

 

「まったく仕方ない人だよ提督は。チビの扱いなんて雑でいいんだって」

 

「いやー、流石に他所の艦娘だし、ちゃんと構ってあげないと。かわいそうだし」

 

「そんなこと言ってると一生離れてくれないよ?」

 

「それはまぁ、そうかもしれないけどねぇ……」

 

「まぁそれはいいや。それでさ提督、ちょっと顔かして欲しいんだけど」

 

「それは別に構わないけど……何かあった?」

 

「デートするよデート」

 

「……?」

 

 

 急に予想してなかった単語が飛び出してきたせいで、鯉住君はフリーズする。

 なんか手伝ってほしいとか、そんな感じのお願いだと思っていたようだ。

 

 

「なに固まってんのさ。車出して車。大井っちとアタシと提督で街に繰り出すよ~」

 

「……ハッ!? い、いきなり何言ってんの!?」

 

「何って、デートのお誘いだよ。こんなかわいい女の子から誘われるなんて役得だね~。

ま、ホントは私たちも非番だから、街で羽伸ばさせてほしいってことなんだけどね。

提督同伴じゃないと街に出られないからね」

 

「まぁ、役得ってのはそうかもだけど……唐突過ぎない? 俺にも用事が……

……ていうか、もしかして大井も一緒とか言った?」

 

「言った言った」

 

「あー……ちょっと本日は遠慮させていただきたいといいますか……」

 

「はいはい。いいから行くよ」

 

「えー……」

 

「なーに渋ってんのさ。どうせのんびり本読んでただけでしょ?

かわいい奥さんのデートのお誘いくらい二つ返事で受けなよ」

 

「奥さんって……まぁそれは置いておくとしてもね。

北上は気負いしないで話せるから全然いいんだけど、大井にはけっこう気を遣うからなぁ……」

 

「ハァ……そんなんだから提督は提督なんだよ……

ま、その辺を解決してあげるからさ、北上様に任せろー」

 

「うわ、ちょ、引っ張らないで……!!」

 

「アタシ達女の子は準備に時間かかるから、提督はその間にデートプラン考えといてねー。あ、服装もちゃんとしたのにしとくんだよ。女の子が恥をかくようなのは論外だかんね」

 

「まったく、北上にはかなわないな……」

 

 

 どうやら非番の日にゆっくりしようとする計画は、おじゃんになってしまったようだ。

 北上に引っ張られつつ、言われるがままに外出の用意を進める鯉住君なのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 提督を引っ張り出した北上は、出発時間だけ決めて自室まで戻ってきた。

 部屋で待っていたのは、目をつぶりながらムスッとして頬を膨らませている大井。

 

 今回の話は北上の発案であり、北上と一緒に街にお出かけということを聞いていた大井は、最初は超絶ハイテンションだったのだが……提督も一緒というのを聞いてから、複雑な感情が溢れてきてこんな表情になっている。

 

 

「……ってわけで大井っち、提督を動かすことに成功したよー。

提督には準備に1時間くらいかかるって言っといたから、ちゃっちゃっと用意しちゃおー」

 

「北上さん、本当に行くんですか……?

北上さんと私だけなら大歓迎ですが、提督までついてくるとか乗り気になれないんですけど……といいますか、あの人はこの忙しい時にのんきに付き添いなんてしてていいんですか? 正気を疑うんですが」

 

「いーのいーの。どうせ提督の仕事なんて、ムラっちとフルちゃんがいればあってないようなもんなんだしさ。そんな心配ご無用ってやつだよ。

それよりも、最近は提督が全然構ってくれてなかったから、たまにはアタシ達のこと見てもらわないとね~」

 

「私はそんなのなくて良いって言ってるじゃないですか……」

 

「前もそんなこと言って、提督との個別面談断ったじゃん? 素直じゃないよねぇ。

ま、その辺もこのハイパー北上様がフォローしてあげるからさ~」

 

「そんなの大丈夫ですから、変な気を回さないでください……

……ああ、もう、そんなことはいいんです! 街に着いたら提督なんてほっといて、ふたりでデートしましょ! そう考えると楽しみになってきたわっ!!」

 

「あははー。まぁいっかそれでも」

 

「北上さんっ! この間通販で取り寄せたおそろいの服を着ていきましょ!

ああ、北上さんとおそろいの服を着て買い物できるなんて……みなぎってきたわっ!!」

 

「おっけーおっけー。それじゃ準備しましょっかねっと」

 

 

 そんなこんなのやりとりを済ませた後、あっさりとしたナチュラルメイクをしてから着替えを済ませた北上。

 真剣な顔で時間いっぱい入念にメイクを施している大井を見て『素直じゃないよねぇ』と、何回目になるかわからない感想を抱くのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 鎮守府正面玄関に集合時間よりも相当早めに到着した鯉住君は、椅子に座って街のお出かけマップを眺めていた。街に出かけることは何度もあることから、こんなこともあろうかと案内所でもらっておいたのだ。

 北上からデートプランを考えておくよう言われたため、さっさと準備を終えて集合時間でそれを考えることにしたのである。

 

 ちなみに鯉住君の服装は、黒のVネックカットソーにベージュのジャケット、白のジーンズに黒のスニーカーというモノトーンコーデである。

 外出する機会は少ないが、それなりにビジネスカジュアルな服も用意しておこうということで、ネットと相談しながら購入しておいたものだ。

 これならデートで着ていっても相手に恥はかかせないだろう、と考えて、本日のコーディネートに選んだのだとか。

 

 仕事時には襟付きTシャツにハーフパンツ、非番にはジャージ一式とかいう、過ごしやすさ全振りクソダサコーデで普段は過ごしているので、それを見慣れている面々からすればとんでもないギャップである。

 そのせいで通りかかる相手からは、必ず声を掛けられる羽目になっていた。

 

 素敵な格好だとストレートに褒めてもらったり、見慣れない格好だからかガン見されたり、外行くなら自分も行きたいと駄々をこねられたり、さりげなく隣に座られて軽く話をしたり、鼻血を出しながら写真を撮られまくったり、鼻血を出しながらスケッチされたり、鼻血を出しながら何故か持っていた台本通りにボイスを録音させられたり……

 そんなことしてたせいで出かける前から疲労がたまってしまった。愛され税である。

 

 そんなこんなで色々ありながらも、なんとかデートプランを組み立てることができたタイミングで、北上と大井がやってきた。

 

 

「やっほ~、来たよー」

 

「お待たせしました」

 

「……お、ふたりとも来たか……って、おお……!!」

 

 

 声をかけられた方向を見た瞬間、言葉を失う鯉住君。ふたりの服装があまりにも普段と違っていて目を奪われたのだ。

 

 北上も大井も、シンプルなブラウスにプリーツの入ったロングスカートと、揃いのコーディネート。

 北上は赤のセミハイネックブラウスに、ベージュベースに斜め白ラインが入ったロングスカートと、いつもの地味目な印象とは違って少し派手めな配色。

 大井はリボンのついた白のボウタイブラウスに、緑ベースに斜め白ラインが入った上ロングスカートと、配色も装飾も上品にまとまった印象。

 足元のほうはペアではなく、北上が厚底タイプの白スニーカーでカジュアル感を出しているのに対し、大井はハイヒールの桃色リゾートサンダルでかわいさを演出している。

 持っているショルダーバッグはこれまたお揃いで、北上は白のものを、大井はベージュのものを下げている。

 

 露出という意味では普段の制服の方がはるかに刺激的だが(鯉住君の要望通りスパッツを身に着けてくれているので、そこまで激しくはない)、こういった清楚系とも言えるファッションを目にする機会は少なく、鯉住君にとってはそれはもう眩しく映っている。

 

 

「おやおや~? 見惚れちゃったかな?」

 

「お、おう……その、なんだ、ふたりともすごくキレイだ。普段とのギャップがその……いいな。見とれすぎて少しフリーズしちゃったよ」

 

「反応が初々しいね~、このこの~。でも褒めてもらえてアタシゃ嬉しいよ。ありがとね」

 

「お、おう」

 

 

 ニコっとしながらお礼を言われて、たじたじしてしまう鯉住君。

 ギャップにやられちゃったとはいえ、アラサーの男性にしてはどうにも反応がフレッシュすぎる感じもある。この年にして恋愛初心者なので、致し方ないところではあるが。

 

 

「大井っちもよかったじゃん? 洋服褒められたよ」

 

「……」

 

「……大井っち?」

 

「……ッ!? え、ええ、よかったですね! 北上さぁん!」

 

「あ~、うん、そだね」

 

「えーと、大井、大丈夫か? 固まってたけど、俺の服装なにかおかしかったか?」

 

「いえ、その、ですね……あの、鎮守府の提督という立場ある身ですから、人の目に触れる場所に出るのに、フォーマルな服装をするのは良いことだと思います」

 

「そ、そうか。変だと感じたワケじゃないみたいで良かった。

キミたちふたりみたいにオシャレでもキレイでもないかもだけど、隣に立って歩く以上はそれなりに釣り合って見えないとね」

 

「え、ええ、その、問題ないと思います」

 

「そ、それはよかった」

 

「……あのさぁ……まぁいいか。それじゃ行くよ~」

 

「お、おう」

 

「は、はい」

 

 

 ふたりのたどたどしい感じに心がもぞもぞさせられながらも『似た者同士だよねぇ』なんて感想を抱く北上である。

 それでもその雰囲気は悪いものではないし、それもまたいいかと考え直しつつ、出発の音頭を取るのであった。

 

 

 




後編はちょっと待ってね。


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第161話 閑話・清水慕情 中編

中編です。

年明けスペシャルなので、ボリューム多めでお送りいたします。


 

 北上を中心にして話に華を咲かせながらドライブを楽しんだ3人は、1時間半ほどかけて港町までやってきた。

 鯉住君の振る話題が「最近の任務はどうだ」とか「なにか困ってることはないか」とか、完全に仕事の意見アンケートと化していたため、北上が見かねて話題のかじ取りをしていたりした。

 

 大井は大井で北上の話題に対してしかニコニコで反応しないし、北上としてはやれやれである。

 大井は会話の中で鯉住君をないがしろにしていたわけではないのだが、彼女の返答も大概事務的だったので、北上からすると提督とどっこいどっこいだったとか。

 

 そんな感じで、北上が全面的に潤滑油になったおかげでいい感じに和やかな雰囲気を保つことができ、街に到着するまでの1時間半楽しむことができた。

 手近なコインパーキングに車を停めてから、街に繰り出す3人。

 

 

「ん~! ここに来るのも本っ当に久しぶりだねー!!

前来た時っていつだっけ? 提督とプレゼント一緒に買いに来た時?」

 

「あー、着任してすぐのアレね。というかそうか、北上はそれ以降は街に出たことなかったか」

 

「そだよ。大井っちに至ってはこれが初めてだからね」

 

「ハイ! 北上さんと一緒に初めての街でデートできるなんて夢みたいです!!」

 

「アハハ~、大袈裟だよ大井っち。喜んでもらえて誘った甲斐があるけどさ~」

 

「北上と大井だけじゃなくて、みんなももっと連れてきてやれればいいんだけど……どうしても運転できるのが俺しかいないからさ。本当にゴメン」

 

「ま、それは仕方ないっしょ。って言っても、もっと外出したい子もいるとは思うからね~。自由に自分たちだけで外出できるようにしてもらえたら嬉しいね」

 

「そうですね。せっかくのお給金を通販だけでというのも味気ないですので、それができるなら頑張ってほしいです」

 

「うーん……運転の問題が解決できても、保護者というか、艦娘以外の人間がついていないと色々マズいからなぁ。ラバウル第1の高雄さんに相談してみる」

 

「お? 脈アリっぽい? いいね~」

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ。キミたちにはできるだけ外の世界を知ってもらいたいから。なんとかするさ」

 

 

 艦娘を街につれていくには、物理的な問題で車の運転技術が必要であり、防犯的な問題で人間の付き添いが必要となる。

 車の運転に関しては艦娘の能力ならサラッと覚えられるだろうから、免許の問題さえなんとかすればどうにかなるのだが……付き添いが必要な部分についてはどうしようもない。

 なにせ艦娘は総じて社会経験がないのだ。知識としては知ってはいても、体験がないのではトラブルが起こった時に対応するのは難しい。

 

 鯉住君としては、いつかは部下に社会に出てもらいたいと考えているので、艦娘だけで街に出られるようにするのは大賛成なのである。

 

 

 

 ……そんな感じで他愛ない話をしつつ、北上と大井がお上りさんのように街の景色を楽しんでいるのを眺めつつ、最初の目的地に到着した。

 

 

「えーと、確かこの辺だったはず……お、あった。最初はここで楽しもう」

 

「おっ、ここってアレじゃん。アクセサリーショップ?」

 

「そうそう。やっぱり女の子はこういう小物好きかと思って」

 

「まぁ嫌いではないです」

 

「よかった。それじゃ欲しいもの選んでよ。代金は俺が出すから」

 

「お、太っ腹だね~!」

 

「少しくらいはカッコつけとかないとね」

 

「ありがとうございます」

 

 

 普段はアクセサリーなんてつける場面はないが、そこはやっぱりふたりとも年頃の女の子である。楽しそうにキャッキャしながら試着なんかを楽しんでいる。

 女性陣が楽しんでいるところに水を差す必要もないということで、鯉住君は鯉住君でよさそうなものをいくつか見繕っていたのだが……

 

 

「……ちょっとさぁ提督」

 

「ん? 欲しいもの決まった?」

 

「アタシ達ほっといて何してんのさ」

 

「いや、何って、ふたりの邪魔しないようにしてたんだけど」

 

「ハァ……そういうところなんだよ、提督がダメなのは……

デートで来たんだから、女の子に付き合って選んだアクセの感想くらい聞かせてよ」

 

「あー……ふたりとも楽しそうにしてたから」

 

「だったらせめて近くには居てほしいよねー。話振りたいときは話振るから」

 

「その方が良かったかぁ」

 

「当然だよ。どうせあれでしょ? 大井っちに遠慮してたんでしょ?」

 

「う……」

 

「だーいじょうぶだって。そっけない態度だけど、大井っちだってその方が嬉しいから」

 

「そうかなぁ……」

 

「そうだってば。いいからいくよー、ほれほれ」

 

「ちょ、引っ張んないで!」

 

 

 そのあと鯉住君は北上の言った通りに、百合の間に挟まる彼氏ポジションとなってショッピングを楽しんだ。

 

 色々と試着して感想を求める度に、真顔で恥ずかしくなるような褒めを畳みかけていく鯉住君であったが、北上は真正面からそれを受け止めつつ満足そうにしていた。

 大井もなんだかんだそっけない態度を取りつつ、彼に褒めてもらったアクセサリーはほとんど購入するというクーデレムーブをかまし続け、北上から生温かい目で見られていた。

 

 そんな感じで結構な時間をショッピングで楽しんだ3人は、次の目的地へ向かう。

 

 

「提督~、次はどこに連れてってくれんの?」

 

「そうだなぁ。ふたりはお腹すいてる?」

 

「何か食べに行くってこと? 別に構わないよ」

 

「そうですね……そろそろお昼ですし、ちょうどよいのでは」

 

「そうか、ちょうどよかった。なら先にお昼にしよう。

普段から足柄さんや秋津洲の食事に伊良湖さんの和スイーツと、かなり美味しいもの食べてるからさ、普段は食べないようなジャンルで予約したんだけど、どうかな?」

 

「え? 提督レストランの予約してんの!?」

 

「そうだけど……北上驚き過ぎじゃない?」

 

「いやだって提督だよ? エスコートって言葉が頭の片隅にもない提督だよ?

そんな気が利いた動きできたんだねぇ……見直したよ」

 

「そんなしみじみしながらディスられるとは……」

 

「まぁ、そうですね。私としても気遣っていただけるのは悪い気はしません」

 

「大井がそう言ってくれるなら、気を回した価値はあったか……

人気のレストランらしいから『突然行って1時間待ち』なんてことになったらしんどいからね。そんなことに時間かけるくらいだったら、ふたりにはもっと楽しんでもらいたいし」

 

「あー、デートのいろはってことじゃなくて、保護者視点での気遣いだったわけね。なんか納得したよ。それでこそ提督だね」

 

「なんかガッカリされた気がする……北上が冷たい……」

 

「……同行者への気遣いができるのはいいことだと思います」

 

「すまんなぁ大井……フォローしてもらっちゃって……」

 

「そんな落ち込まないでよねー。短い時間しかなかったのに予約入れるまでしてくれたのは素直に嬉しいからさ。元気出してよ」

 

「北上さんの言う通りです。……ちなみにどのような食事なんですか?」

 

「ウチでは大人数な関係もあって和食と中華が多いからさ、イタリアンだよ。

港街だから海鮮が豊富らしくてね」

 

「おー! いいじゃんいいじゃん! それじゃ行こうぜー」

 

「そうですね北上さんっ!!」

 

「オッケー。それじゃついてきて」

 

 

 

・・・

 

 

 

 3人はそのあと、鯉住君の予約していたイタリアンレストランまで向かった。

 当然ながら予約していたこともあり、スムーズに席に案内してもらった。普段はなかなかお目にかからないメニューを見て、目を輝かせる3人。

 

 

「ほへ~、アタシこういう料理見るの初めてだよ」

 

「そうですね、北上さん! どれも美味しそうです!」

 

「知識としてはあったけど、実際に初めて食べるとなるとテンション上がるねぇ!

提督、いくつ頼んでいいの?」

 

「そうだな……そんなにたくさんは食べないよね?」

 

「まーね。艦娘だからお腹にはそこそこ入るけど……メイン料理をふたり前くらいかな」

 

「オーケー。予算は気にしないでいいから、ふたりとも満足するまで頼んでいいよ。ただし勢いで注文しすぎないように」

 

「そりゃそうだね。そんじゃいろんなの食べたいし……大井っち、分けっこしない?」

 

「き、北上さんっ!? 北上さんと料理をシェアですか!?

こ、こちらこそ望むところですっ!! ウフフフフ……!!」

 

「……大井は相変わらず、北上が絡むとヤバいなぁ……」

 

「提督ぅ? 何か言いましたぁ?」

 

「いえ、なんでもないっす……」

 

 

 ニコニコしながら圧を放つ大井に、ツッコミすることを諦める鯉住君。下手に藪蛇することもないだろうという判断である。付き合いの長さが生死を分けた形。

 

 そんなやり取りがありつつも、定番メニューから物珍しいメニューまで、3人は気になったものを順々に頼んでいった。

 

 オマール海老とタコのマリネ、スズキのアクアパッツァのパスタ、サワークリームのサーモン巻き、マルゲリータピッツァ、地魚のペスカトーレピッツァ、などなど……

 

 鯉住君にとっては久しぶりの、北上と大井にとっては初めてのイタリアングルメに、3人は舌鼓を打つことになった。

 本当に美味しそうに料理を食べるふたりを見て、鯉住君はとっても幸せな気分になった。お金を出してでも見たい表情だよなぁ、なんてしみじみ思ったそうな。

 

 そんなこんなで心行くまでイタリアンを満喫した3人であるが、食事だけで終わりにするのはもったいない。やっぱり女子ふたりとしてはデザートは外せないのだ。

 

 

「ふ~、うまかったー。そいじゃ提督、デザート食べよー」

 

「おう。好きなの注文していいよ」

 

「ありがとうございます。……北上さん! どれを頼みます!?」

 

「そだね、メニュー取ってよ提督。……どれどれ……

……うん、これ美味そー。このジェラートなんていいかもねー。さっぱりしたシチリアレモン味で」

 

「私もそれにしまぁす! 北上さんと同じ味で!」

 

「本当に仲いいよなぁ……俺も同じレモン味にしようかな。

アイスよりもレモネードで。たくさん食べた後だから、軽いものがよさそうだ」

 

「いいじゃんいいじゃん。それじゃアタシ、ちょっとお花摘みに行ってくるからさ。注文しといてよね~」

 

「ああ、わかった。いってらっしゃい」

 

「任せてください! 北上さぁん!」

 

「じゃね~」

 

 

 ひらひらと手を振りながら離席する北上。残されたふたりはというと……

 

 

「「 …… 」」

 

 

 北上が間に入っていてくれたおかげでスムーズに会話できていたのだが、ふたりきりになると何を話していいかわからない様子。

 

 なにせこのふたり、実は執務のこと以外ではほとんど何も話すことがなかったのだ。

 仕事の時にはそこそこ充実した会話もするのだが、完全プライベートな状態ではうまく言葉が出てこないのだ。

 真面目過ぎてプライベートな話題に頭が回らないのである。そんなところもそっくりだとは北上の談。

 

 

「あ、あー……とりあえず注文しちゃおうか」

 

「……そうですね。私が注文します」

 

「そうか。その、ありがとう」

 

「いえ、この程度お礼を言われることではありませんので……」

 

 

 この距離感である。ぎこちないとかいうレベルではない。

 初対面ならまだしも、ひとつ屋根の下で年単位で暮らしてきた間柄でこれはひどい。

 

 大井がベルを鳴らして注文をした後も、北上はしばらく戻らずギクシャクした空気が流れることになった。

 

 

「あー……今日はよく晴れてよかったな。外出日和になって」

 

「そうですね。北上さんと出かけるのには絶好の天気です。本日は連れてきていただいてありがとうございました」

 

「それくらい気にしないでくれ。まぁ、その、大井が楽しんでくれているなら、俺も嬉しいよ」

 

「まぁ、その……はい。楽しませていただいております。

それと本日出していただいたお金ですが、申し訳ないので後でお返しします」

 

「いや、それは受け取ってくれよ。流石にそんなことされたら俺のメンツが立たない」

 

「そんなことで提督に甘えるわけにはいきません」

 

「あー、それじゃあ言い方を変えるよ。

今日の俺の目的は、キミたちに心から楽しんでもらうことだ。俺がお金を出すのは、その気持ちだと思ってほしい。

普段から真面目に指示を聞いてくれるキミたちには、日頃からの感謝がある。特にいつも冷静な大井には助けられている。

キミたちが奢られてくれるのは、俺にとってすごく嬉しいことなんだよ」

 

「……そこまで言ってくれるのなら、ありがたく受け取っておきます」

 

「悪いね。無理やり渡すような感じになっちゃって」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

 今さら天気の話をしたり、奢る奢られないの話をしたり、なんともビジネスライクなやりとりが抜けきらないふたり。

 何も知らない人が見たら、取引先との商談と言われても信じてしまいそうである。

 

 そんなやり取りをしていると、ウエイターが注文していたデザートを持ってきた。

 

 

「お待たせしました。ご注文の品になります」

 

「あ、どうも」

 

「こちらシチリアレモンのジェラートがふたつと、同じくシチリアレモンのレモネードがひとつ」

 

 

 

 

 

「そして、ドリンクの『Vero amore(真実の愛)』ピーチ味となります」

 

 

「「 !!?? 」」

 

 

 

 

 

 鯉住君と大井の目の前に現れたのは、注文していたデザートに加えてもうひとつ。桃色のふたり前ドリンクだった。

 大きめのグラスにカップル御用達の例のストローがぶっ刺さっている。ハート型になっていて、ふたりで一緒に同じドリンクを飲める例のブツである。

 

 意識の外に衝撃を加えられたふたりは、そのラブラブドリンクを目にしたまま思考停止してしまった。

 そんな様子を目の前にしても、プロであるウエイターは動じずに対応する。

 

 

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

 

「「 …… 」」

 

「……お客様、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

 

「あ、えと、あのー……こちらのドリンクはいったい……?」

 

「こちらはEstathé(エスタテ)と言いまして、イタリアでは一般的なアイスティーとなります。果実の新鮮な香りと紅茶の優雅な香りが合わさり、程よい甘みがクセになる、当店オススメの一品となっております」

 

「えー……解説ありがとうございます、じゃなくてですね……

こちらは注文した覚えがないのですが……?」

 

「こちらの注文はもうひとりのお連れ様から受けております」

 

 

「北上かぁ……」「北上さぁん……」

 

 

 このドリンク、北上からの刺客だった。道理で席を立つときにニヤニヤしていたわけだ。

 そんな妙な納得の仕方をしつつ、受け取る以外の選択肢が無いことに心の中で頭を抱える鯉住君。

 チラッと大井の方を見てみると、死んだ魚のような目をして無表情になっている。相手が北上なだけに怒るに怒れないのだろう。

 

 ウエイターをそのままにしておくわけにもいかないため、鯉住君はとりあえず流れのままに対応することにした。

 

 

「あー、はい、わかりました。注文はこれで全部ということで大丈夫です……」

 

「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」

 

 

 スタスタと離れていくウエイターを見送ったあと、お互いに目を見合わせる鯉住君と大井。お互いにハイライトがどっかいってしまっているため、なんとも言えない空気が漂っている。

 

 

「北上が……やってくれたみたいだな……」

 

「そうですね……」

 

「まずは、自分が頼んだ分でも食べようか……?」

 

「いえ、それは北上さんと一緒に食べるんです……」

 

「徹底してるなぁ……それじゃ、もしかして……?」

 

「徹底してるとはなんですか、徹底してるとは……!

非常に心外ですが、先にこのエスタテとかいう悪魔の飲み物を消費しますよ……!!」

 

「しますよ、って……まさかふたりで飲むつもり!?」

 

「北上さんがそれを望んでるんです! やるしかないでしょう!?」

 

「そりゃ北上はそう望んでるだろうけども! 大井はそれでいいの!?」

 

「いいわけないでしょ! そんな恥ずかしいこと!

でも、それが……それが北上さんの望みなら……!!」

 

「キミはもうちょっと自分を大事にした方がいいと思うよ!?」

 

 

 まさかのやる気の大井っち。

 いくら北上の意向だといえ、普段は絶対にやらないだろう、人前でのラブラブドリンク同時飲みをノータイムで決意するとは……北上に対しての妄信がとんでもない。

 

 鯉住君としては、大井が相手なのが嫌というわけではないのだが、そもそもこんな大衆の眼がある中でそんなことするなんて御免こうむりたい。

 なんとかバーサク状態の大井を説得して、この窮地を乗り切らなければならない。とんでもない緊急ミッションである。

 

 

「落ち着くんだ大井! キミは今冷静じゃない!

あとから北上に無理だったって話せば、納得してもらえるって!!」

 

「そんなことを北上さんに話したら落胆されちゃうでしょう!?

北上さんのそんな顔を見るのは、ぜっっっったいにごめんだわ!!」

 

「北上にはチラッと残念そうにされるだけでしょ!?

このレストランで他のお客さんからヘンな目で見られる方がキツイでしょ!?」

 

「背に腹は代えられないわ!!」

 

「心の中の北上の比重がデカすぎる!!」

 

「四の五の言わず、いいから覚悟決めなさい!!

いつも穿いてあげてるスパッツ穿かないようにするわよ!?」

 

「すいませんでしたっ! わかりましたっ!!」

 

 

 ダメだった。性欲を抑えるために穿いてもらってるスパッツをキャストオフされるのは、鯉住君にとってかなり厳しいことだったらしい。

 大井に北上の比重がどうのこうのと言っていたが、スパッツの比重がデカすぎる男が言っていいセリフではなかった。五十歩百歩であった。

 

 ……よく分からないウィークポイントを突かれた両者は、大規模作戦の最終海域ボスに挑むような表情で向かい合う。非常に鬼気迫っている。

 

 

「それじゃ、できるだけ早く飲み切ろう……!」

 

「当然です……!」

 

 

 ふたりは決死の覚悟でラブラブドリンクのストローに口をつける。

 そしてそのまま、肺活量の許す限りの勢いでドリンクを吸い上げる!

 

 急激に低下していく水位、ゴクゴクゴクと超スピードで喉を流れていくジュース。

 お互い気恥ずかしすぎて目の前の顔を見られず、固く目をつむっている。とにかく必死である。

 

 ……そしてズゴゴゴゴという水音が聞こえたのを合図に、仲良くストローから口を離し、目をつむったままそれぞれのイスにすごい勢いでのけぞるふたり。

 なんだかんだギクシャクはしていたが、実はかなり似ているふたりである。その動きは事前に打ち合わせしていたかのように、鏡合わせのごとく息ピッタリだった。

 

 

「……ッフーッ!! ハァ、ハァ……お、終わった……」

 

「プハァッ……味なんて全然解らなかったわ……」

 

 

 疲労感を漂わせつつも、なんだかやり切った雰囲気を醸し出している。

 ただ単にふたりでジュース飲んだだけなのだが、全力疾走した後のように息が上がっている。

 

 ふたりして仲良く同じタイミングで目を開くと、通路側からとある気配が……

 

 

「お疲れー、ふたりとも」

 

「「 はい? 」」

 

 

 そこにはなんと、デジカメを構えてすごくいい笑顔をしている北上の姿が!

 

 

「いやー、注文しといてよかったよかった。いい画が撮れちゃったねー」

 

「き、ききき北上さぁん!?」

 

「たっだいまー」

 

「北上……その手に持っているのは、もしかしなくても……!?」

 

「デ・ジ・カ・メ・♡」

 

 

「「 うわあああああっ!!! 」」

 

 

 またもや仲良く頭を抱えてうずくまるふたりを見て、北上は大満足するのであった。

 

 




イタリアンは鎮守府では食べられない貴重なレパートリーです。

大人数のまかない的なメニューが少ないですからね。
やるとしてもパスタくらいです。


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第162話 閑話・清水慕情 後編

これでこの話題はおしまいです。
2年以上前からいつか書こうと思っていたんですが、ようやく書けましたねー。

えらい久しぶりの投稿で申し訳ないですが、2話分くらいあるしええやろ!!(どんぶり勘定)


「ちょっと提督、北上さんに道路側を歩かせないでください」

 

「次の目的地まで歩いて15分くらいなんでしょう? それくらいならタクシーに乗らなくても大丈夫です。気を遣ってくれたことは、その、嬉しいですが」

 

「映画館に行くつもり、ですか。いいんじゃないですか?」

 

「荷物を持ってくれるんですか? ありがとうございます。

もっと早くから気づいてくれたら、もっとポイント高かったんですけどね」

 

「ポップコーンを買っている間にパンフレットを買ってきた?

私は結構ですが、北上さんは……あ、先にパンフレット見たかったんですね!!

やるじゃないですか、提督。少し見直しましたよ。ほんの少し」

 

 

 ……イタリアンレストランから出た3人は、鯉住君が考えていた次のプランにより、現在は映画館で作品の上映を待っている状態である。

 

 北上によるラブラブドリンク大作戦に見事ハマって、羞恥心をガツンとぶん殴られたふたり。

 それがきっかけとなって大井は色々と吹っ切れたようだ。随分と口数が多くなっている。見事に北上の狙い通りアイスブレイクはうまくいったらしい。

 

 とはいえ普段からビジネスライクなやりとりをしているだけあり、鯉住君はプライベートでは全然大井と話したことがない。

 業務関連の話題ならその限りではないが、趣味や休日の過ごし方なんかはまったくである。

 

 そのため、どうにも勝手がわからず……と言うか、どんな反応が正解なのか分からず、鯉住君の情報処理能力は限界を迎えていた。

 

 

「……なぁ、北上」

 

「どしたの? ヒソヒソ話して」

 

「大井からの距離感がえらい縮まってる気がするんだけど……」

 

「よかったじゃん。大井っち嬉しそうでしょ?」

 

「まぁそれは確かに。俺からしても嬉しいには間違いないんだけど……急にこうなるとなぁ」

 

「アタシが一肌脱いだ甲斐があったってもんだよ。もっと距離縮めてチューくらいしたらいいじゃん?」

 

「チューってお前なぁ……」

 

 

 鯉住君と北上がこそこそしているのを見て、大井は首をかしげる。

 声が小さかったからか、どんな話をしているのか聞きとれなかったらしい。

 

 

「? どうしたんですか北上さん? 何を話してたんですか?」

 

「なんでもないよ~。映画楽しみって話してただけ」

 

「そうでしたか。確かにこんな大画面で映像作品観るなんて初めてですから、とっても楽しみですね!」

 

「だよね~。しかも内容が恋愛映画だなんてさ。提督頑張ったじゃん」

 

「まぁ、このジャンルは俺ひとりじゃ観ることはないだろうから。

本土で人気の作品だっていう触れ込みだし、ちょうどいいでしょ。ふたりもこういうの興味あるんじゃない?」

 

「まーね。アタシ達ってお年頃だからさ。いいじゃんいいじゃん」

 

「そうですね北上さん! 提督のことも少し見直しましたよ。

てっきり私達の生い立ちにちなんで歴史系の作品を選ぶとか、自分の趣味全開の自然ドキュメンタリー系を選ぶと思ってました」

 

「いやぁ……さすがにそれは無粋と言うか、失礼と言うか……

今日はキミたちのエスコートなんだから、その辺はちゃんと考えたさ」

 

「「 お~ 」」

 

「お~、って……俺のことなんだと思ってるのさ。それくらい気を遣えるって」

 

「いやいやいや、最近はそうでもないけど昔はひどかったじゃん」

 

「ですよね。あれだけ夕張さんや明石さん、叢雲さんがアプローチしていたのに、知らぬ存ぜぬを貫いてたじゃないですか」

 

「いや、まぁ、それはね……キミ達艦娘を変に縛りたくなかったからでね……」

 

「まー普通はそれでいいんだろうけどさ。異動とかあるし。

でもウチは色々普通じゃないからね。特に提督が」

 

「そうですね。特に提督が普通じゃありませんよね」

 

「人のこと変人みたいに言わないでくれる?」

 

「「 変人でしょ? 」」

 

「えー……まぁ、その……そろそろ映画が始まるし、この話はやめようか……」

 

 

 クスクスと笑顔を浮かべながら仲良くするふたりにいじられ、鯉住君は苦笑いである。

 レストランでの北上の一計以来、大井は自然体で話してくれるようになった。そのため女子ふたりに勢いで押し切られてしまっている形。

 

 とはいえ鯉住君的には、会話が増えたので『それはそれでいいか』なんて気もしている。やっぱり変に壁がないのはいいことだ。

 ただただ気まずいよりも、自分がいじられることでふたりが笑顔で居られるならそれに越したことはない。

 

 ……そうこうしているうちに、照明が落ち始めた。上映時刻が迫っているようだ。

 他の観客もいるため、話もそこそこにスクリーンに集中する3人。鯉住君にとっては久しぶりの、北上大井にとっては初めての映画上映である。

 ワクワクしながらも緊張している姿を見て、鯉住君は『連れてきてよかった』と満足げなのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「いや~、良かったねぇ。評判ってことだったけど、それも納得だよ」

 

「ですね! 北上さん! 北上さんとあんなに素敵な作品が見られるなんて、感激です!」

 

「ふたりともよかったねぇ」

 

「最後の最後で離れ離れになろうって時に、彼氏が駆けつけてくるシーンは特によかったよ。ベタだけどああいう展開はやっぱりグッとくるね」

 

「そうですね北上さぁん!!」

 

「北上は詳しいなぁ」

 

「……提督には感想を求めないであげるよ」

 

「……ありがとうございます」

 

「提督、今までに上がった株がけっこう下がりましたよ」

 

「すいません……」

 

 

 普段から動画サイトとかで色々映画を楽しんでいるのだろう。恋愛映画に詳しい北上は、なかなか通な評論をしている。

 今回の映画が目の肥えた彼女にも好評だったのは、鯉住くんにとって幸運だった。

 

 なにせ鯉住くんにとって恋愛映画は完全に未踏の領域。

 今回の感想も「幸せになれてよかったね」くらいしか出てこないのである。空気の読める北上に感謝しなければなるまい。

 

 

「さ、それでこれからどーすんの?」

 

「そうだな……予定してた場所はここで全部だし、そろそろ帰らないとかな。時間があれば買い物でもしてくのもよかったけど」

 

「えー、もうちょっといいじゃん」

 

「いやぁ、一応明日から仕事だし、日も暮れちゃったしね?」

 

「そこをなんとか。アタシちょっと買ってきたいものがあるんだよねー」

 

「うーん……」

 

 

 なかなかに食い下がる北上に、ちょっと対応に困る鯉住くん。

 いつもはあっけらかんとして主張弱めなだけに、この態度はちょっと珍しい。よっぽどほしいものでもあるのだろうか?

 

 

「提督、北上さんがこんなに頼んでるんですよ?

明日の業務はしっかりこなしますので、もう少しお願いします」

 

「……まぁいいか。別にふたりが良いって言うんなら。それで、北上は何買いたいの?」

 

「ちょっと女の子関係のものだから提督にはヒミツ~」

 

「んー……? ちょっと見当つかないけど……まぁいいか」

 

「ということで、提督はそこにある公園でのんびりしててよ。

ネットで調べた感じだとその店、ここからすぐの場所にあるらしいからさ。ひとりで歩いてくよ」

 

「私もお供します、北上さん!」

 

「大井っちもちょっと待ってて~。提督と一緒にさ」

 

「!? えぇっ!? な、なんでですか!?

夜の街に北上さんひとりなんて、どんな輩に絡まれるか……! そんなの私耐えられません!」

 

「女の子ふたりでも似たようなもんだってば。とゆーわけで、提督、大井っちをよろしく~」

 

「いやまぁいいけど……大井の言うように身の危険を感じたら、艦娘証明書出して追い払うんだよ?」

 

「合点承知の助だよ。んじゃね~」

 

 

 呆然とする大井と困り顔の提督を残し、北上は軽やかに去って行ってしまった。

 

 自分で気づかないようにしてさえいなければ、鯉住くんも察しが悪いわけではない。

 また北上が大井と自分を仲良くさせようと、そういう場を作ってくれたんだろうなぁ、なんて思っている。

 

 一方で大井は北上に理由も分からず拒絶(というほどでもないけど)されたのは初めてだったので、目に見えて動揺している。

 

 

「北上さん……ウソよ……私を置いてそんな……」

 

「考えすぎだって。北上もひとりでのんびりしたい気分になっただけでしょ」

 

「提督、私何かしちゃいましたか……? 北上さんに嫌われるようなことを……?」

 

「いやそんなワケないでしょ。よっぽどのことじゃなきゃ北上は怒んないって」

 

「ですよね……提督ですら愛想をつかされずここまで来たのに、ここにきて私にそんな事があるわけ……だったらどうしてぇ……?」

 

「そのセリフでちょっと俺傷ついたけどそれは置いとくとして、あまり深く考えなくても大丈夫だってば」

 

「うぅ……しんどいです……」

 

「それ杞憂だから……まぁあれだ、北上が戻ってくるまで散歩でもしようか」

 

「仕方ありません……うぅ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 海が見える公園には夜風が心地よく流れる。街の光に照らされて、カップルたちがそれぞれふたりだけの世界を作り出している。

 そんなムードあるシチュエーションなのだが、鯉住くんと大井はそんな雰囲気もどこ吹く風である。

 

 

「うぅ……辛いです……」

 

「大丈夫だから。北上が大井のこと邪険にするわけないから」

 

「だって実際に私のこと要らないって……」

 

「言ってない言ってない。大井みたいないい子に愛想つかすとかありえないって」

 

「本当ですか? 本当にそうなんですか?」

 

「本当だって」

 

「信じられません……うぅ……」

 

「気にしすぎだってば」

 

 

 最初は散歩しながら大井をなだめていたのだが、道行くカップルたちに「ああはなりたくない」という目線を向けられまくったため、今はベンチに腰かけている。どうにもいたたまれなくなったらしい。

 メンタルがちょっと不安定になってる大井をどうにかしようと頑張っているのだが、どうにも安定してくれない模様。重雷装巡洋艦は難しい艦なのだ。

 

 そんなこんなで大体10分ほど奮闘し、なんとか落ち着いてきた。

 大井の調子が若干戻ってきたのを見計らい、鯉住くんは気になっていることを尋ねてみることに。

 

 

「……わかりました。北上さんは私のこと、置いていったりしないって信じることにします……」

 

「それはもう無条件で信じていいから。……というか大井って、なんでそんなに自己評価低いの?

いつもしっかりしてるし気が効くし、仕事はできるし、もっと自信持ってもいいと思うんだけど」

 

「……別に自己評価が低いつもりはないです」

 

「そうは言っても、今の調子を見るとなぁ……北上に依存してるというよりは、自分を保つための芯みたいなのが不安定って感じがして」

 

「なんですか、そんなこと言って……人の内面に踏み込んで、不躾だとは思わないんですか?」

 

「普通ならそうなんだけど、なんていうか、こうさ。さっきまでの大井を見てるとついね。普段のしっかりした態度が強がりなんじゃないかって。

俺が助けられることなら助けたいんだよ。出来るだけ艦娘のサポートするのが目標だし、キミの上司だし、普段から世話になってるし、その、なんだ……個人的にもね」

 

「……ハァ」

 

 

 鯉住君にしては珍しく、相手の深いところにまで踏み込むような質問である。彼がこのような話を切り出したのはある理由から。

 

 普段の大井は同僚にそこそこ気を許してはいるものの、あくまで同僚としての付き合いの域は出ていない。そして北上に対しては強烈に信頼を寄せているせいで、自分の意見を出すことは稀。そしてもっと言うと、真面目でお固いところのある彼女はSNSもほぼほぼ利用していない。

 

 つまりは、本音を出せる相手というものがいないのだ。

 軍艦の時であればそのような問題とは無縁だったのだろうが、人としての感情を手に入れた今、それは本当にしんどいことである。彼女がそう見せることはないが、やっぱり少し無理をしていた。

 

 鯉住くんとしても実は普段からその辺は心配していた。彼にも同じようなところがあるので気持ちがよく分かっていたのだ。

 普段の大井は相手に踏み込ませない対応だったので、ついぞ切り出すことはなかったのだが……本日の彼女は良くも悪くも自分というものをいつもより出してくれている。何かよくない結果が出る前に解決を、と思ったのだ。

 

 大井も彼が普段しないような話題を振ったことで、何か思うところがあったのだろう。ため息ひとつ吐いて胸の内を話し始めた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……提督は知ってます? 私たち艦娘は多かれ少なかれ、艦だった時代の乗組員の声が聞こえるって」

 

「あぁ、それは一応。赤城さんが特にそうだってのは本人から聞いたことがある」

 

「だったら話が早いです。私には時折聞こえるんですよ。私が沈んだ時の乗組員たちの声が」

 

「なっ……!?」

 

 

 大井の最期と言えば、潜水艦の雷撃で船体が耐えられなくなっての沈没。その際の乗組員の声と言えば、どんなものかなんて想像に難くない。

 思っていたよりも深刻な告白に姿勢を正す。まさか彼女がそんな悩みを抱えていたとは……

 

 

「別に毎日というわけではありませんし、もう慣れたものですので精神を乱されるということもありません。

ですが、その声を聴くたびに思うんですよ。『なぜ私だけが今生きているのか』って」

 

「それは……辛いな」

 

「同情はやめてくださいね。辛い辛くないという段階も、とっくの昔に過ぎました。

……あの人たちは必死で生きていました。護国のためにと気を張っていた人もいたし、しぶしぶ戦争に参加している人もいた。戦うのが嫌で嫌で弱っている人もいた……

いろんな人がいましたが、みんな生きていました。必死で生きようとしていました。

それなのに、私の体がもたなかったせいで、生き残ることができなかった。敷波に救助してもらった人たちの方が多かったとはいえ、数じゃないんですよ。

……私だけが、こうして生きています。当時生きていなかった私だけが、今、こうして。私は生きていていいんでしょうか?」

 

「……」

 

「いいとか悪いとかじゃないのはわかっています。でも、わからないんですよ。

私が深海棲艦を倒すたびに誰かが救われるかもしれない。だから私には生きる価値があって、生きて働く事を求められている。そんなことなんて言われなくても分かってます。

でも、この気持ちをどうしていいかわからないんです。私自身がどうしたいか、生きたいのか、生きるのをやめてしまいたいのか、わからないんですよ」

 

「それは、難しいなぁ……」

 

 

 感情というものに振り回されている……と言えば簡単だが、人間でもどうしていいかわからない問題を、感情に慣れていない艦娘が、ちょくちょく最期の声が聴こえる状況で処理できるかと言われれば……それがどれだけ難しいのかわかるというもの。

 最期の声に気持ちが引きずられてしまうのだろう。それは想像に難くない。

 

 悩みを聞き出せたしても答えを出せない話であるが、大井ののっぴきならない状況を放置することなどできない。

 出来る限り感じたことを誠実に伝えるしかない。そう考えて腹をくくり、自分の考えを伝えることにした。

 

 

「まぁ、そうだな……まずこれだけは言えるけど、キミの今の状況は慣れていいものじゃない。思っているよりも深刻なものだと思っておいてくれ」

 

「そんな無責任な事言われても困ります。じゃあどうしろって言うんですか?」

 

「勝手なこと言ってるのは分かってるけど、これだけは言っておかないといけないと思って。精神的な負担っていうのは怖いもので、気づいたときには手遅れってことになってしまう。

じゃあどうすればいいかっていうと……諦めずに原因と向き合うしかない」

 

「そんなこと……簡単に言ってくれますね。私の中に流れる声を消してしまえと? どうやって? 出来もしないことを言わないでください!」

 

「ひどいこと言ってるのも分かってる。でも大事なことを話すから、怒らないでもう少し聞いてほしい。

……キミは心の中で声が聴こえるといったけど、本当にその声は、その、悲劇的なものばかりなのかい?」

 

「ええ、そうですよ。あれだけの人が無念の中死んでいった戦争ですから、当然かと」

 

「そうか……今はそうかもしれないけど、変えられるかもしれない。俺が知ってる話だと、聴こえる声は辛いものだけでもないみたいなんだ。

赤城さんの場合は常に冷静な視点から戦況分析の助言があるって言ってたし、飛龍さんは多門丸の声だけが聴こえるって言ってた。

早霜さんについては大井と似たような状態らしいけど……彼女はちょっと感性が変わってるから参考にならないか」

 

「……それで、何が言いたいんですか? 他は他、自分は自分だと思いますが」

 

「つまり、キミは人の気持ちを感じすぎてしまう優しい性格だってことだよ。

人の痛みを自分のもののように感じられるからこそ、そういった場面の声が聴こえると思うんだ。

赤城さんも飛龍さんもとても強い人だから、戦いについての記憶というか助言が強く聞こえてきてるんだろう」

 

「そんなフォローをされたって……嬉しくないです。

私にもっと強くなれって言いたいんですか? 悪かったですね。心が弱くって」

 

「そういうわけじゃないよ。ただ、もうちょっと他のことも思い出してほしい。

俺は当時の人たちを実際知らないからハッキリとは言えないけど、みんな苦しい中でも楽しいことを見つけてたんだと思う。大事な人を護る喜びとか、たまに出る美味しいものを食べる喜び、仲間と一緒に仕事をする喜びとかも」

 

「……」

 

「大井にもそういう思い出、あるんじゃないか?」

 

「……」

 

 

 少しの間目を閉じ考えていた大井だが、何かを思い出したのだろう。ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「……そう、ですね。私が練習巡洋艦として運用されていた時代は、新兵の面倒を多く見ていました。学校を出たばかりで調子に乗って天狗になってる上級生が、よく鼻っ柱をへし折られていたものです。

みんな、不安の中でも楽しそうにしていましたね……」

 

「そうか。あるじゃないか、いい思い出も」

 

「いい思い出と言っていいのかわかりませんが、確かに他の艦よりは多くの新兵を見てきたかもしれませんね。……みんなでこの国を護ると奮起していました」

 

「悲しい最期になってしまった人もいただろうけど、その時のその気持ちは本物だったはずだよ。それは実際に見てきた大井が一番分かってるだろう?

今感じた気持ちを忘れないでほしい。死にたくて戦った人なんていないんだって。誰だって大切な誰かのために戦うんだよ」

 

「……そう、かも、しれないですね」

 

「大丈夫。キミのことをいい思い出にしていた人はたくさんいたはずだよ。

軍艦が艦娘になるなんて予想できた人はいなかっただろうけど、今のキミの状況だってその人たちも喜んでくれてるさ。

もちろん北上を筆頭にウチのメンバーだってキミが居てくれることで嬉しいんだ。今、生きていてくれて嬉しいんだよ」

 

 

 大井の張り詰めていた雰囲気が薄まる。どうやら声が心に届いたようだ。

 戦争だ。辛い事なんて山ほどあっただろう。でも、それだけじゃなかったはずだ。必死に生きて、楽しさを見出して、前に進む。それが人間の強さであり美しさなのだ。

 

 

「……ハァ。提督に励まされてしまうなんて、私もヤキがまわりましたね……」

 

「……ハハッ、そうだな。俺みたいなのに励まされてちゃな。

大井には、いつでも冷静で的確なアドバイスをしてもらわないと。それで色々と抜けてる俺の穴を埋めてもらわないといけないからな」

 

「フフッ、なんですかその情けない宣言は。心配しなくてもビシバシ指導してあげますので」

 

「おお怖い。お手柔らかに頼むよ」

 

「……でも、もしも頼りたくなったら……話をまた聞いてもらってもいいですか?」

 

「喜んで」

 

 

 大井は憑き物が晴れたように穏やかな顔をしている。

 まだ完全に問題は解決したわけではないだろう。それでも、大事な記憶を思い出せたのだ。これからは何か変えていくことができるだろう。

 

 記憶を呼び覚ますというたったそれだけのことだが、それだけのことでもひとりで悩んでいるとできないものだ。

 ここで大井の悩みを聴くことができてよかった。でなければ手遅れになっていたかもしれない。この状況を造り出してくれた北上に心の中で感謝する。

 

 ……今日は満月だ。月明かりが彼女の顔を照らす。優しげな微笑みがこれ以上なく美しい。

 

 

「……今日は月が見事だな。こんなに明るい夜は久しぶりだ」

 

「そうですね。綺麗なものです」

 

「ああ。手を伸ばしたら届きそうだよ」

 

「……伸ばしてみたらどうですか? 届くかもしれませんよ?」

 

「……」

 

 

 大井の瞳がハッキリとこちらをとらえている。まったく、彼女には敵いそうにない。

 

 

「大井」

 

「ハイ」

 

「キミがウチに居てくれて俺は嬉しい。これからも俺のことを支えてくれ。俺にはキミが必要なんだ」

 

「……喜んで」

 

 

 ……それからしばらくの間、月を見上げるふたりを心地よい静寂が包んでいた。言葉は必要なかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 それから北上が帰ってきてやたらと茶化され、ふたりして顔が真っ赤になって悶絶したのはご愛敬と言ったところだろう。

 

 実は北上はけっこう早い段階で戻ってきており、ふたりの様子をのぞき見していたのだが……それをカミングアウトするとふたりとも恥ずか死しそうだったので、そのことは黙っていたらしい。英断である。

 

 北上としても優しくも頑固な大井のことは心配していたので、彼女の心を解放してくれた提督には感謝しているとか。

 今日外出に誘った本当の目的は大井の気晴らしだったので、彼女としても大満足な結果に終わったのだった。

 




後日談



 トントントン


「? 執務室にノックということは……?」

「そんな律儀なの大井しかいないわよね。私はちょっと手が離せないから、悪いけど古鷹が対応してくれない?」

「わかりました、叢雲さん。……どうぞー、入ってください」


 スーッ……とんっ


「失礼します。大井です」

「はい。どうしました? 大井さん、何かありましたか?」

「意見具申にきました。私を鎮守府の教導担当にしてもらえないでしょうか?」

「ええと……どうしてまた急に?」

「理由は当然あります。来るラバウル基地全体であたる大規模作戦の際に、ウチが司令部になると聞きました。
その際に召集された艦隊の訓練を取り仕切る者が必要になると思いまして」

「それは……確かにそうですね。まだそこまで先のことは考えてなかったです」

「それに、ウチの戦力の底上げも必要かと。
甘味工場所属とはいえ、速吸と神威の補給艦ふたりと潜水母艦の大鯨は唯一無二の性能です。
彼女たちも最低限戦えるように仕込んでおくのは、選択肢を増やすために必要かと」

「うーん、その2艦種の運用方法が思い浮かばないですが……転ばぬ先に杖としては、確かに」

「その運用方法を探るためにも、最低限の実力はつけてもらわないと。
それに、あの人……提督は現状不遇な艦種の活用を目標のひとつとしていたはずですので、鎮守府の方針にも合致するかと」

「そうですね。大井さん自身の意思があるのなら、断る理由はなさそうです……叢雲さんもそれでいいですか?」

「……私も構わないわ。大井は本当にいいの? 忙しくなるでしょうけど」

「構いません……と言いますか、それに関してもうひとつ。
戦闘訓練を増やすということで実務の負担も上がるかと思います。
良ければ私がその穴を埋めるために、戦闘、演習部分だけでも秘書艦の仕事を肩代わりできないかと思いまして」

「えー……それは秘書艦を3隻体制にするということで……?」

「そう捉えてもらっても構いません」

「私としては仕事が減って助かりますし、忙しくなった時の助けが増えるのはありがたいですが……叢雲さんはどう思います?」

「別にいいんじゃない? 古鷹の言う通りだし。
あとはアイツが良いっていうかどうか……まぁ、良いっていうわね、アイツなら」

「「 ですよね 」」

「わかったわ。それじゃ大井が言うような方向でスケジュール変更を進めるから、追ってまた連絡するわ」

「ありがとうございます」

「よろしくお願いしますね、大井さん! 一緒に頑張りましょう!」

「ええ、よろしくお願いします。古鷹さん。……では、失礼します」


 スーッ……とんっ


「「 …… 」」

「ねぇ古鷹……?」

「ハイ」

「大井があんなにグイグイ来るなんて、初めてじゃない?」

「ですねぇ」

「それにそんな大事な話をアイツに許可も取らずに持ってくるなんて、どうしたんでしょうね……?」

「ですねぇ」

「そういえばこの間、大井と北上とアイツの3人で街に出かけてたわよねぇ……」

「羨ましいですねぇ」

「さっき大井、アイツのこと『あの人』って言ってたわよね……普段は『提督』呼びなのに……」

「ですねぇ……」


「「 …… 」」


 その後無事に大井の秘書艦着任は提督に受理され、中規模鎮守府としては異例の秘書艦3人体制が完成してしまったのだった。鯉住くんは事後報告という形で知らされてビックリしてたそうな。

 なお、しばらく叢雲と古鷹が鯉住くんに対して少し冷たい対応ををとっていたらしいが、そのことと秘書艦増員との関連性はよくわからないままである。



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第163話 突撃! 隣の鎮守府5

久しぶりの本筋です。


 こちらラバウル第9基地の入場門。

 鯉住くんのお隣さん鎮守府である第9基地には、もうすぐ第10基地一行が到着する予定となっている。そのため提督である鈴木大佐と筆頭秘書艦の吹雪で出迎えのために待機している状態だ。

 

 まだ到着時刻より10分も前なのだが、「私が鯉住大佐からみんなを守るんだから!」と吹雪が意気込んでおり、鈴木大佐は付き合わされている形だ。

 まぁ別に急ぎの仕事も入れていないので、問題はないのだが。

 

 

「司令官! 車が見えてきましたよ!」

 

「ふむ。早めに来ておいて正解だったな」

 

 

 まだ早いと思っていたが、それは杞憂だったらしい。指定の時間よりも少しだけ早く到着する姿勢は鈴木大佐的には好印象である。

 

 

「絶対に鯉住大佐の悪行を暴いてやるんだから……!!」

 

「うむ。意気込んでいるところ悪いが、吹雪は口を出さないように」

 

「ええっ!? なんでですかぁっ!?」

 

「先入観が勝ちすぎるところは吹雪の悪い癖だ。

白雪と初雪の話ではかなりの好人物であるという話。もし吹雪の言う通りならそれなりの対応をとらねばならないが、あのふたりの評通りなら友好な関係を築く必要がある」

 

「絶対鬼畜スケベ提督なのに……」

 

「そうであるならば敵対的に接しても間違いではないが、そうでないなら致命的になる。そのくらい吹雪も分かるだろう? ……と、車が止まった。話はここまでだ」

 

「う~……!!」

 

 

 自分の考えに自信はあるけど提督の意見は正論なので、吹雪は納得いかないけど黙ることにした。納得いかないけど。

 

 そんなふくれっ面の吹雪をよそに、車からぞろぞろと第10基地のメンバーが降りてきた。

 お供には艦隊演習をする予定とあって6名の艦娘がついている。

 秘書艦の叢雲改二、古鷹改二、大井改二。天龍改二に足柄改二、そして新入りの補給艦、速吸改である。

 

 

「こんにちは、今日はよろしくお願いします。……って、も、もしかしなくても鈴木大佐ですか!? わざわざ正面玄関まで!?」

 

「うむ。その通りである。こちらこそよろしく頼むぞ、鯉住大佐。

それと同じ大佐であるのだから、敬語など使わなくてもよい。それでもこちらはまったく気にしない」

 

「いや、そういうわけには……鈴木大佐は提督としても個人としても私よりもずいぶん先輩なんですし、敬語は当然です。

それに私が大佐なんて重要な役職に就いているのも、部下の働きによるところが大きいですから。私の提督としての実力なんて知れたものですし」

 

「なんだ、随分と謙虚なのだな。それならその調子で構わんが……こちらも合わせて敬語にした方が良いか?」

 

「いえいえ、滅相もないですよ! 今日はこちらが勉強させてもらいに来たので、その調子でお願いします!」

 

「わかった。それでいいと言うならそうさせてもらおう。

正直言うとキミがどういう人物か不安もあったのだが、まったくの杞憂だったようだな」

 

「あー……まぁ、色々と言われてるのはなんとなく知ってましたので。そう言ってもらえると嬉しいです」

 

「おそらく勉強させてもらうのはこちらになりそうだ……と、立ち話もなんだ。

応接室まで案内する。こちらの秘書艦、吹雪についていってくれたまえ」

 

「はい、わかりました」

 

「そういうことだ。吹雪、私は資料を取りに行ってくるから、鯉住大佐一行を案内しておいてくれ。くれぐれも粗相のないように」

 

「……はい、わかりました司令官」

 

 

 自身の提督と鯉住大佐の会話を聴きつつも、吹雪は警戒心を緩めていなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 今の吹雪の頭の中はこんな感じ

 

 

 

 ……イケメンと言ってよいかきわどいラインの鯉住大佐。見た感じだと、切れ長の目で悪いやつに見えなくもない。

 物腰は柔らかだし、すごくいい人っぽいけど、油断しちゃダメ。司令官があっさり受け入れてしまったっぽいから私が最後の砦として気を張っておかないと……!!

 

 それと、部下の皆さんはというと……

 

 って、叢雲ちゃんがなんかすごい大人っぽい雰囲気になってる!? あれが吹雪型の改二なの!? 私も改二になったら、あんなふうに色っぽくなるのかな? 楽しみだなぁ、ウフフ!!

 それから他の秘書艦の古鷹さんと大井さんも、すごく落ち着いてて余裕な感じ……!! すごい大人って感じ!!

 憧れちゃうなぁ、私もいつか改二になったら、大人の魅力ムンムンになるんだろうなぁ……!!

 

 ……ていうか秘書艦が3人ってどういうこと!? 聞いてないよそんなの!!

 ……ハッ!? まさか、鯉住大佐が3人とも侍らせてるってことなの!? これはとんでもないよ……!! とんでもないスケベ女たらし提督だよ!! この鎮守府を鯉住大佐の魔の手から護るために、私がしっかりしなくっちゃ!!

 

 そして那智さんから色々聞いてる足柄さん。こ、こっちもすごい余裕な感じ……!! 初めてくるところだっていうのに、全然緊張してないよ……!!

 あ、古鷹さんと話して……ほ、微笑んでいる!! ウッ!! 心が締め付けられるほどキレイなんだけどぉ!? ずるいよ、なんでそんなにキレイなの!? 私もあんな風になれるかなぁ……いつかなれるよね……!!

 

 あとは天龍さん……て、すごいスカート短いよ!? 大丈夫なのそれ!?

 普通にしてるのに強者のオーラが漂ってるとか、そのおっきな剣って砲雷撃戦でどうやって使うの? 使えなくない? とか色々思うところがあるけど、スカート丈が気になって他が全部ふっとんじゃったよ!? 叢雲ちゃんのはワンピースだからギリギリわかるけど、スカートでその短さはマズくない!? そのすごいボディでそのスカートは風紀違反じゃない!?

 ……ハッ!? これってまさか、鯉住大佐の趣味!? こんなに短いスカートに艤装を改造させてるなんて、とんでもない鬼畜スケベ変態提督だよ!! やっぱり私がしっかりしなくっちゃ……!!

 

 残るひとりは、えーと、確か補給艦の速吸さん……だったよね? 他の皆さんと比べて遠慮がちにしているし、新入りさんっぽいね。最近ラバウル基地に補給艦が赴任してきたって話はあったけど、速吸さんのことだったのかな?

 って、すごく珍しい非戦闘艦でもある補給艦を、演習もあるのに連れてくるなんてどういうこと……?

 ……ハッ!? まさか、鯉住大佐は新入りをわざわざ対外演習に参加させて、いたぶって楽しむつもり!? と、とんでもない鬼畜だよ!! 鬼畜外道人でなし提督だよ!! 絶対いじめながら『これは教育だ』なんて言ってるに違いないよ!! 私がすごくしっかりしなくちゃ、ウチのメンバーにもその魔の手が延ばされかねないよ……!!

 

 

 吹雪の今の頭の中は、こんな感じである。

 いっつも彼女は全力全開なのだ。猪突猛進ともいう。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……おい、吹雪、どうしたのだ。ボーっとして。早く鯉住大佐一行を応接室まで案内しなさい」

 

「……ハッ!? すみません司令官!! 少し考え事してしまいまして……」

 

「やれやれ……客人を目の前にそれでは困るぞ。反省するように。

それはそれとして、本当に頼むぞ。粗相のないようにな」

 

「は、はい!!」

 

 

 なんだか変な吹雪の様子に、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる鯉住くんたちであったが、「し、失礼しました! こちらです!!」と一生懸命に案内してくれる吹雪の姿は好印象であり、「これはいい関係が築けそうだな」なんて考えるのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 応接室に通された鯉住君たちは、鈴木大佐の意向もあり、一部メンバーに鎮守府見学をしてもらうようにした。

 具体的には、鈴木大佐と色々話を進めるのは鯉住君と大井、その他は吹雪の案内により見学、といった具合。

 

 特に叢雲と古鷹、足柄はこちらに姉妹艦がいるということで、見学組に回された。

 叢雲が『まだ秘書艦として新人の大井に、色々抜けてる提督を任せるのは不安』とか言ってちょっとだけ駄々をこねたが、吹雪のひと押しもあってしぶしぶ承諾することになった。

 

 叢雲が『提督と一緒にいることで、自分が提督の筆頭秘書艦(一番)だって他所様に認知させたかった』なんて思っていることは、新人の速吸以外には気づかれていた模様。

 鈴木大佐にも叢雲の考えは気づかれていたあたり、彼女はやっぱりわかりやすいのだ。

 

 とにもかくにも、ながーいことやってこなかったご近所付き合いは、ここから始まる。

 

 

 

・・・

 

 

 応接室にて

 

 

・・・

 

 

 

「いや、なにか済まなかったな。あの叢雲、この場に残りたがっていたようだ」

 

「あー、気にしないでください。叢雲は秘書艦としてかなり責任感が強いので。

こちらこそウチの部下がゴネてしまって申し訳ないです」

 

「いや、それだけ鯉住大佐が信頼されている証だろう。良好な関係を築けているようで羨ましい限りだ」

 

「いえいえそんな……私がもっとしっかりしていれば、あんなに心配かけることもないと思うんですよね。彼女には本当に支えられています」

 

「あの鯉住大佐への態度を見るに、心配なだけではないと思うが……まぁいいか。

こちらとしては鯉住大佐が答えられるであろう範囲の質問しか用意していないので、キミさえ残ってくれていれば問題はないよ」

 

「そう言ってもらえると助かります。……と、忘れてた。こちら、つまらないものですが……」

 

「ム、それはなんだ? 和菓子……最中か?

わざわざ用意してくれたのか。すまないな」

 

「ええ。つい先日ウチに甘味工場ができまして。

まだそちらは稼働していないんですが、そこで増産する甘味の試作品です。給糧艦の伊良湖が作ってくれたので、味は保証しますよ」

 

「なんと、あの給糧艦の伊良湖が……?

それはまたたいそうな貴重品を。ウチの部下も手放しで喜ぶだろう。心から感謝する。

こちらも何か用意しておけばよかったな……」

 

「いやぁ、毎日作ってくれるので貴重品というわけでもないですから。その気持ちだけで十分です」

 

「恩に着る」

 

 

 なんと、お土産を持ってきていた鯉住くん。なんだか本当にご近所付き合いの体を成してきた。アイスブレイクは上々といったところ。

 ちなみにその様子を見て大井はため息を吐いていたりする。提督間でのあいさつでお土産持って行くなんて普通はないことなのだ。まぁ、なんだかんだ提督らしいと受け入れてはいるようだが。

 

 和やかな空気ではあるが、時間がたくさんあるというわけではない。

 鈴木大佐はさっさと本題に移ることにした。

 

 

「さて、早速で悪いが話を進めさせてもらおう。

今回の訪問ではこちらの鎮守府を見てみたいということだが……私が案内しようと思う」

 

「鈴木大佐自らがですか? それはありがとうございます!」

 

「なに、こちらの『演習を受けてほしい』という要望に応えてくれたのだ。その程度ならな。

それはそれとして、案内する前に、この場でお互いの情報交換をしたいのだ」

 

「それはそうですね。……では」

 

 

 色々と自分の鎮守府に居てはわからないことを聞いていく鯉住くん。

 一応ではあるが、自身と知り合いの提督たちが軒並み普通じゃないことは気づいてるのだ。普通の鎮守府運営はどんなものか知りたいと前々から思っていた。

 

 話を聞いていくと、やっぱり色々と自分のところは特殊だと判明した。

 

 勝手に妖精さんが施設を直してくれることはないとか、艤装の修正はあんまり行われず、貴重でないものは壊れたら直すことはほぼないとか、入渠施設は農家のお風呂っぽくも旅館の大浴場っぽくもないとか、旅館みたいな艦娘寮なんて存在しないとか、畑も生け簀もないとか、味噌とか醬油を作ってないとか。

 

 わかってたとはいえ、実際に鯉住くんの鎮守府運営話を聞いて、頭からクエスチョンマークが頻繁に出てる鈴木大佐を見ると、『やっぱりウチっておかしいんだなぁ……』という実感が出てくる。

 

 

「……鯉住大佐。キミが運営してるのは本当に鎮守府なのか……? 田舎の集落とかではないのか……?」

 

「鎮守府です……鎮守府です、一応……。だよね? 大井」

 

「鎮守府機能もある村落、という言い方しかできませんね」

 

「そっかぁ……」

 

 

 秘書艦からの同意を得られずしょんぼりする鯉住くん。

 

 鈴木大佐もいい加減わかってきた。鯉住大佐はメチャクチャとっつきやすいうえ、部下の艦娘からはそれ故に信頼されているんだろうな、と。

 とはいえ、戦争の最前線で戦ってきた記憶のある彼女たちが、ただの優男に嬉々としてついていくはずもない。その辺もハッキリさせるため、鈴木大佐は気になっていることを聞くことにした。

 

 

「まあなんだ。鎮守府運営については提督に一任されているので、だいぶ特殊ではあるが問題があるということではないだろう。犯罪に加担しているわけでもないしな。

……それはそれとして、私からも聞きたいことがある。以前そちらで行われた、大本営との演習についてだ」

 

「あー……元帥殿との話の流れですることになった、あの演習の……」

 

「話の流れで演習となったのか……なんだその緩い動機は……」

 

「まぁ、その、元帥殿が気を遣ってくださったんですよ。

しかしウチみたいな末端鎮守府の演習記録を調べてくださったなんて、なんだかありがとうございます」

 

「こちらの興味から調べさせてもらっただけなので、別に気にしないでほしい。

それで、その際の編成と戦術について話を聞きたいのだが……話してもらえるだろうか? もし機密が含まれているならば、諦めるが……」

 

「ああ、いいですよ」

 

「そ、そうか」

 

 

 夜戦装備を積んでいるのに昼戦で勝負を仕掛けてたり、潜水艦に対して対潜特化の龍田が居たのに潜水艦大破による勝利を狙わなかったり(その演習では大破艦が出た時点で決着だった)。

 色々とツッコミどころ満載の演習記録だったので、なんらかの秘密があるのだと踏んでいた鈴木大佐だったのだが……鯉住くんはそれはもうアッサリと説明を受けてくれた。肩透かしである。

 

 それはそれでありがたいので、気を取り直して質問していったのだが……

 

 

「ああ、夜戦装備の件ですか。夜戦まで粘る可能性もあるとは思ってたんですが、みんなの感じだとやれそうだったので、昼戦で決める方がいいと判断しました」

 

 

 とか

 

 

「対潜での決着……それも演習前の作戦会議では出たんですが、対潜に警戒心割き過ぎると航空隊に対応できないかなと思いまして。その辺は現場の判断に任せました。

元帥殿が鍛えた潜水艦は尋常でない潜伏能力を持っているという話は聞いていましたので」

 

 

 とか、けっこうボンヤリした理由で不可解な行動をとっていた。

 

 

 演習での勝利を優先するというよりは、自艦隊の力量を披露するということを目標にしていたらしい。

 そして、本人も言っていたが戦術を考えるのは苦手なようで、艦娘の判断を重要視する運用を心がけていることもわかった。

 

 自身の足りない部分は部下に任せ、決定だけは責任もってする、というスタイルとも言えるだろうか。

 

 能力の高い提督たちの中ではあまり見ない……というか、聞いたことのない艦隊指揮の方針である。

 個性が強く、戦時の記憶もあり、判断力も優れ、それでいて命令に従順。そんな艦娘を率いるのには揺るぎない実力と信頼を勝ち取れるだけの判断力が必須。

 ……というのが提督間での常識であるのだが……彼はそのような事は考えていないということになる。

 なかなか軍属の気風からは生まれない考えだ。

 

 

 鈴木大佐は鯉住くんが元技術屋で提督養成学校を通っていないということを思い出し、なるほどそういう人間かと納得する。

 

 そんな彼の人間性は、いくつかした質問のひとつからも伺えることだった。

 

 

「甲標的を積まなかった理由、ですか。

それは、そうだな……ここには本人である大井がいますので、ちょっと……」

 

「別に気にしていただかなくても大丈夫です。もう分かっていますので」

 

「あー……本当に?」

 

「北上さんもよく理解しています。理由を話していただかなくとも、そのくらいは察することはできますよ」

 

「そっかぁ……そうだな。要らない気遣いだったか。

ええとですね、甲標的ってその、あまり言いたくはないですが、特攻兵器に似てるじゃないですか。

北上は艦だった時代にそれを載せていたこともあり、搭乗員の心情をその目で……当時は目はなかったでしょうけど、ともかくよく見てきたことでしょう。甲標的を使うたびに辛い記憶を思い出すのなら、それは相当にしんどいことですよ。

幸い彼女は甲標的がなくとも十二分に活躍できる実力をつけてくれたため、だったらそれで頑張ってもらえばいいだろうと判断しました」

 

「フム……実力向上よりも、心情を取った、と」

 

「甲標的がなくても、北上の実力は一級品ですよ。彼女が対応できない状況に置かれたというならば、それはその状況を作り出した俺の責任です」

 

「それは……鯉住大佐がそう言うなら、そうなのかもしれないな」

 

「普通に考えたら甲標的を積まない選択はないですからね。それは分かります。だからこれは俺のワガママですよ」

 

「ム……そうか。ちなみにそちらの大井が甲標的を積まなかった理由は?

軍艦の大井が例の兵器を積んでいた記録はないはずでは?」

 

「それは、まあ……自分が大事に想っている相手が辛く感じることを、自分がその横でするなんて……考えたくもないでしょう?」

 

「……それもそうか」

 

 

 なるほど、納得だ。そういう男か。優しい男だ。

 艦娘のことを心底大事にしている。部下として、信頼できるパートナーとして、人格を持つ個人として、とても大事にしている。

 

 それは彼の話を横で聞いている大井の表情を見ても明らかだろう。強い絆があるのだろうな。

 あながち初雪が言っていた『艦娘バキューム』というのも間違いではなさそうだ。

 

 

「……うむ、話はよく分かった。ありがとう。鯉住大佐の人となりもよく分かった」

 

「それはよかったです、って、私の性格まで分かっちゃったんですか?」

 

「それはもう、な。キミ達のような信頼できる実力者が近くに居ること、頼もしく思う。これからもよろしくしたい」

 

 

 そう言って鈴木大佐は頭を下げる。

 別に鯉住くんに直接失礼な態度をとったわけではないが、色々とウワサに踊らされて疑ってしまったことへの『けじめ』である。真面目な男なのだ。

 

 

「ちょ、ちょっと、頭をあげてください! よろしくしたいのはこちらの方ですから!」

 

「おお、そうか。それは都合がいいな。ハハハ」

 

「からかわないでくださいよー……」

 

「提督が気にしすぎなだけですよ。もっと堂々としていてください。私たちの上司なのですから」

 

「大井も叢雲と同じで手厳しいなぁ……」

 

 

 お互いに気になることが確認でき、友好的な関係にもなれた。

 非常に実りのある時間を過ごせてホクホク顔な両名なのであった。

 




鯉住くんは鈴木大佐の運営のやり方(自分が部下を引っ張って艦隊運用していくスタイル)を聞いて、『やっぱエリートは違うなぁ! カッコいいなぁ!』なんて、目をキラキラさせながら感動してたとか。


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第164話 突撃! 隣の鎮守府6

今日は伊豆に行くのでテンション高めで書きました。
待ってろよ伊豆ゥ!!!!


「叢雲ちゃん、私が鎮守府を案内してあげるからね! お姉ちゃんの私が!」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「いま私たちがいるのが軽巡・駆逐棟でね! あっちに行くと倉庫も一緒になってる大型艦寮があるんだよ!」

 

「そうですか」

 

「それでね、こっちに行くと食堂で、あっちに行くと工廠で……!」

 

「丁寧にありがとうございます」

 

 

 鯉住くんと大井が鈴木大佐と色々話している間、残りのメンバーはラバウル第9基地の秘書艦である吹雪の先導のもと、鎮守府案内を受けていた。

 

 初めて姉妹艦の叢雲に会えて、しかも駆逐艦みんなのあこがれである改二になっている叢雲に会えて、吹雪はニッコニコである。

 

 対して叢雲と言えば、露骨に無表情でそれに受け答えしている。スーパー他人行儀である。

 彼女にとっては他所の鎮守府の間取りなど特に興味もない。彼女は元々はラバウル第1基地で艦娘として建造されたのだ。立派な鎮守府で生活していたこともあり、普通の鎮守府を案内されたところで今さらというものである。

 というか彼女の頭の中は、自身の提督が上手くやれているか、とか、秘書艦初心者の大井に代わりを頼んだのが気がかり、とか、そんな事でいっぱいである。

 半ば無理やり吹雪によって引きはがされたこともあり、だいぶゴキゲン斜めなのだ。

 

 

 

 そんな様子を見て、鯉住くんのところの古鷹とこちら所属の衣笠は……

 

 

 

「ちょっと古鷹、叢雲ちゃんなんであんな塩対応なの?」

 

「ア、アハハ……ゴメンね衣笠、普段はもっと話しやすいんだけど……」

 

「やっぱりウチの吹雪が無理やり連れ出しちゃったからだよね。こっちこそゴメンね?」

 

「いいよそんな。叢雲さんが提督のこと好きすぎるだけだから……」

 

「あ、やっぱりそうなの? ……ていうか古鷹もさ、そうなんでしょ~?

その右手薬指、衣笠さんは見逃さないんだからね~?」

 

「ちょ、ちょっと、からかわないでよ!

これはその……実力向上のための艤装ってだけで……提督とはそういうのじゃないから!!」

 

「ホントにぃ? もしそうだったら、重巡のよしみで応援しちゃうんだけどな~!!」

 

「違うってば!! 提督とは、一緒に趣味の熱帯魚を眺めながら話したり、一緒に部屋で映画観たり雑誌読んだりしてるだけだから!」

 

「……それさぁ、もう恋人……いや、うん、まぁいいか……」

 

 

 

 なんてやりとりをしている。他にも……

 

 

 

「天龍さん、ウチの吹雪ちゃんが叢雲ちゃんに失礼してしまって、本当にすみません……代わりに私から謝らせてください……」

 

「別に気にしねーからいいって白雪。申し訳なさそうな顔すんなよ、お前が大変なのはわかるからよ」

 

「いえ、そんな……大変なんてことは……

それに吹雪ちゃんはいつだって真面目に頑張ってるだけですので……」

 

「なんつーか空回りしてるけどな」

 

「返す言葉もございません……」

 

「お前も大変だな。ウチの提督も同じような感じだから苦労してるのはわかるぜ?」

 

「え、鯉住大佐も似たような立場なんですか?」

 

「おうよ。ウチは自由人ばっかだからなぁ。っていうかウチじゃなくて知り合いが、か」

 

「知り合い……ですか?」

 

「おう。横須賀第3だろ? 佐世保第4だろ? トラック第5だろ?

なんかアレなんだよ。どうつもこいつもなんかおかしいんだよ」

 

「横須賀第3というと……あの本土大襲撃での英雄、一ノ瀬提督の!?」

 

「本人と話してみると、とっつきやすい面白いねーちゃんだけどな。

本人はそんなだし、部下の艦娘も大概自由人ばっかだぜ」

 

「そ、そうなんですか……それと、佐世保第4といえば、あのウソかホントかわからない噂ばかりで、実在するかすら疑問視されている『鬼ヶ島』ですか!?」

 

「なんだそりゃ。実在するに決まってる……っていうか、俺と龍田はそこで研修受けてたからな」

 

「ホ、ホントですか!? スゴイ! どうだったんですか!?」

 

「いや、あの、な? あんまり思い出したくねえんだよ……厳しすぎてな……精神的にな……」

 

「目からハイライトが失われていく!?」

 

「本当はそんな弱気なこと言ってたら『そんな軟弱に鍛えた覚えはない』とか言われて、また拷問じみた訓練に駆り出され……うっぷ……」

 

「あー!! いいですいいです! もうその話は終わりにしましょう!!」

 

「白雪お前……やっぱいい奴だな……オェ……そういうところ提督にそっくりだぜ」

 

「恐縮です……」

 

「まぁ、とにかくだ……周りにはそういう違う世界に生きてる奴ばっかだからな。艦娘も人間もな。だから提督はいっつも苦労してんだよ」

 

「そうなんですね……シンパシー感じちゃうなぁ」

 

「おう。提督もお前となら気が合うと思うぜ。また時間あったら話してみろよ」

 

「はい。そうさせていただきます」

 

 

 

 こんなやりとりをしてたり、他には……

 

 

 

「なあ足柄、その、本当のところは貴様の鎮守府というのはどうなのだ?」

 

「なによ那智姉さん、藪から棒に」

 

「いやなに、ウチの提督も心配していたのだが、世間での貴様達の鎮守府の評価はまるで安定していないのでな。本人の口から聞くのが早いと思ってな」

 

「う~ん……私はそういう評判とか一切気にしないから、分からないのよねぇ……

那智姉さんが色々と聞いてくれたら、実際どうなのか答えることはできるわ。それでいいかしら?」

 

「そこまで風評に無頓着だとそれはそれで心配だが、まぁそれは置いておこう。

ではそうだな……鯉住大佐なのだが、どうも艦娘をたらし込んでやりたい放題してるという噂がある。さきほどの本人の様子を見る限りデマだとは思うが……どうだ?」

 

「そうねぇ。間違ってないわね」

 

「ま、間違ってないのか!?」

 

「彼は女たらしみたいなところがあるのは本当だし、好き勝手してるっていうのも畑とか生け簀とか作ってるから本当よね」

 

「は、畑……?」

 

「それで姉さん、他には?」

 

「あ、ああ、よく分からんがそれは棚上げしておこう……

ではそうだな。貴様達の鎮守府の実力について疑いがあるという噂もあるが……それはこれから演習をするのだ。そこで確かめればいいか」

 

「実力はまぁ、大概おかしいわよ」

 

「……どういうことだ、その表現の仕方は?」

 

「そうねぇ……色々機密も盛りだくさんだから、全部は話せないけど……私の実力がだいたい真ん中くらいっていえば伝わるかしら?」

 

「なに? 足柄はあの横須賀第3で準エースだったはずだろう? それが真ん中の実力など……冗談だろう?」

 

「そういう反応になるでしょ? それが本当なのよねぇ。

私も昔よりだいぶ強くなってると思うし、艦隊戦単位での動きなら多分一番上手いとは思うけど」

 

「艦隊戦単位でない動きが実力の基準になってる時点でよく分からん……

まぁいい。いや、よくはないが理解できんので演習で確かめる。これも棚上げだ。

それでは次に、あまり聞きたくはないことだが……鯉住大佐が色々と資材の横流しやら裏取引やらに手を染めてるという噂もあるのだが」

 

「ああ、それはそう思われてるでしょうけど、全部デマね」

 

「んん? デマでそんなことを言われているのに怒らないのか?

というか、そう思われてるでしょうとは……自覚があるのか?」

 

「だってウチ、艤装パーツ自給自足してるもの」

 

「は? パーツの自給自足???」

 

「ね? そういう反応になるでしょ?

だからしょうがないのよね。信じられない、ってなるのは。そういった悪い噂が立つのもね」

 

「ダメだ……よく分からん……」

 

「アハハ。そうでしょ? 彼といるとそんなことばっかり。退屈しないで済むわよ?」

 

「……まぁ、足柄が幸せそうなのだから、間違いはないのだろう。

本当に理解不能なのだが……本来こちらが口出しするようなことでもないしな」

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫よ。何があってもなんとかなるし、なんとかするわ」

 

「そこまで言うのなら、この那智が言えることは何もないな」

 

 

 

 こんな感じで逆に鎮守府情報を提供していたり、他には……

 

 

 

「ねぇねぇ、速吸さん」

 

「? なんでしょうか? えーと……」

 

「私、初雪」

 

「あ、失礼しました、初雪さん……他の艦娘さんとの交流が少なくて、あまり誰がどの艦なのか分からなくって……」

 

「いいよいいよ。私も引き籠ラーだから気持ち分かる……」

 

「ひ、引き籠ラー??? ちょっとそれは分かりませんが……何か御用ですか?」

 

「んとね。鯉住大佐って、どう?」

 

「どう、と言いますと……?」

 

「好き?」

 

「すっ!? 好きっ!!?」

 

「うん。初雪辞典では鯉住大佐は『艦娘たらし』ってことになってる。ほんと?」

 

「いや、その、あのー……私自身は他の皆さんほどではないかと。いや、信頼してはいますよ?」

 

「ふむふむ、速吸さんより他のみんなの方がすごい。心のメモにチェック完了っと。……それじゃ速吸さん自身はどうなの? 好きなの?」

 

「ええとですね、さっきも言ったように信頼していますよ。

洋上補給の必要性が薄い艦娘のカラダになったせいで、私たち補給艦は艦隊のお荷物扱いされていました。

でも提督と秘書艦の皆さんは、そんな私達でも活躍できると言って、身柄を引き受けてくれました。そればかりか実際に色々と運用方法を模索してくださっています。

これで感謝しないなんて出来ないですよ」

 

「へー。すごくいい人だね」

 

「すごくいい人ですよ。だから好きというよりは、尊敬しているといったところですね。正直愛とか恋とか……私にはまだよく分かりません」

 

「艦娘ってそうだよね。そういうのより使命感とかの方が強いよね」

 

「そうそう、そうなんですよ。だから冷遇されていて、しかも原因が自分の力不足だった時分は本当にもう辛くて辛くて……」

 

「うんうん。それじゃ補助艦艇のみんなからしたら鯉住大佐はヒーローだね」

 

「そうですね。その通りです」

 

「それじゃさ、速吸さんはなんで今日ウチに来ることにしたの? 補助艦艇が活躍するための勉強? えらいね」

 

「ええと……そうだといえばそうなんですが……その、演習に参加するためで」

 

「??? 補助艦艇は戦闘できないんじゃないの?」

 

「いやその、一応ですね……私、速吸は、艦だった時代の名残で艦上攻撃機や水上爆撃機を10機ほど搭載することができます」

 

「うん」

 

「だから戦えるだろうと……」

 

「……え。たった10機で?」

 

「はい……」

 

「砲撃は? 雷撃は?」

 

「砲撃は最低限、雷撃はそもそもできませんね……正直言ってその辺の駆逐イ級の方が上です……」

 

「回避は? 船速は? 耐久は?」

 

「正直言って、大型艦の皆さんほどのゆったりしたフットワークしか……耐久力は、駆逐の皆さんと同じくらいでしょうか……」

 

「えーと……どんな艤装積めるの?」

 

「さっき言った戦闘機と、補給艦なので洋上補給物資、あとは……ソナーとか機銃とかですかね……」

 

「戦闘できなくない?」

 

「私もそう思ってたんですけどね……」

 

「違ったの?」

 

「教官として大井さんが着いてくれたんですが『攻撃を全部先読みすれば、いくら低速低回避低耐久でも、回避に専念するという条件下で被弾は最小限に抑えられる』とのことで……」

 

「いや無理でしょ」

 

「私もそう思ってたんですけどね……」

 

「違ったの?」

 

「死ぬほど鍛えられてまして……そうならないとダメだという認識に……」

 

「うわぁ……」

 

「いや、あの、間違いないように言いますと、感謝はしてるんですよ?

ただ、補給艦の可能性を探るうえでは、無理を通して道理をねじ伏せないといけない、ってことらしくって……」

 

「うわぁ……」

 

「ヒかないでくださいよ……客観的に見ておかしなこと言ってるのは分かってますから……」

 

「吹雪ちゃんが鯉住大佐は鬼畜だって言ってたけど、そういうことかぁ」

 

「いやホント、厳しいだけですので……信じられないくらい厳しいだけですので……

鬼畜というわけでは全然なく、本人も他の皆さんもすごく優しいですので……」

 

「なんかあれだね。DV夫から離れられない女の人みたいだね」

 

「誤解を招くような表現はやめてくださいね!?」

 

 

 こんな感じで和気あいあい(?)と話している。

 鎮守府の交換交流はとっても順調といったところだ。

 

 しかしそんな友好的な雰囲気の中、吹雪の叫びが木霊する。

 

 

「ちょっと! 叢雲ちゃん! ちょっと他人行儀すぎるよ!? お姉ちゃん寂しいでしょ!!」

 

「そんなこと言われましても、実際に初対面の他人ですし」

 

「姉妹艦だから他人じゃないでしょ!? それに敬語やめて! 辛くなるからぁ!」

 

「……ハァ。仕方ないわね……これでいい?」

 

「それでいいよ! なんで叢雲ちゃん、そんなにツンツンしてるの!?」

 

「それはアンタが無理矢理連れ出したからでしょ?

私はアイツの筆頭秘書艦として、提督同士の会話に参加しなきゃいけなかったっていうのに……台無しにしてくれちゃって」

 

「そんなの私の司令官に任せておけば大丈夫!! 司令官なら鯉住大佐がどんな相手かちゃんと見極めて対処してくれるから!!」

 

「アイツのこと見極めるって……大袈裟じゃないの?」

 

「大袈裟じゃないよ! 叢雲ちゃんも辛かったら言ってね! 今なら鯉住大佐の目もないから大丈夫だよ!!」

 

「はぁ? 別に辛い事なんかないけど」

 

「本当のこと言っていいんだよ!

鯉住大佐は鬼畜でスケベで女たらしだって、もっぱらの噂なんだから!!」

 

「……あのねぇ、確かにアイツはスケベだけど、他はそんなことないから」

 

「そ、そんなワケないよ! 叢雲ちゃんもしかして、そう言えって言われてるってこと……!?」

 

「そんなワケないはこっちのセリフよ。アンタこそアイツのこと直接見たでしょ?

だったら、そんな好き勝手出来るような太い神経してないってわかるでしょうに」

 

「そんな少し見ただけで分かるワケないでしょ!

今日は叢雲ちゃんたちを鯉住大佐の魔の手から救い出すために、張り切ってるんだから!!」

 

「余計なお世話よ。ほっといて頂戴」

 

「ほっとけないよ!! 叢雲ちゃん、鯉住大佐に騙されてるんだって!!

そんな左手の薬指に指輪なんてはめさせられて、俺のモノアピールまでされちゃって!!」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

「分かるよ叢雲ちゃん……!! 無理矢理そこに指輪をはめるよう命令されてるんだよね……!!」

 

「……」

 

「本当は好きじゃないのに、上官命令だから従わざるを得ないなんて……辛すぎるよ!!」

 

「……」

 

「絶対に鯉住大佐の悪事を司令官が暴いてくれるから、それまでの辛抱だよ!!」

 

「……吹雪」

 

「どうしたの、叢雲ちゃん!? 本音を話してくれるの!?」

 

 

 

「屋上」

 

 

 

「……へ?」

 

「アンタは触れちゃいけないところに触れたわ……久しぶりにキレちゃったわ……だから屋上」

 

「屋上は立ち入り禁止なんだけど……」

 

「じゃあ演習でぶちのめすから覚悟しなさい」

 

「こ、コワイよ叢雲ちゃん!? どうしちゃったの!?」

 

「まずは準備……工廠はアッチだったわね……ほら行くわよ」

 

「ちょ!? 叢雲ちゃん!! 引っ張らないでぇ!?」

 

 

 どうやら叢雲の触れてほしくないところに触れてしまった吹雪は、そのまま禍々しいオーラを漂わせた叢雲に連れていかれてしまった。

 

 その一連を眺めていた他のみんなはこう思っていたとか。

 

 

「「「 (めんどくさいなぁ……) 」」」

 

 




 叢雲が激おこしちゃった理由は、吹雪が言ってたことは絶対に鯉住くん本人がしてくれないことだし、むしろ逆に心底して欲しかったことだからですね。

 叢雲は現在自主的に左手薬指に指輪をはめているのです。本当は夕張から聞いた話みたいに、本人の手で直接はめてほしいのです。
 そんな気持ちを隠している(周りには当然バレてる)のに、初対面で猪状態な姉妹艦なんかに当てられて穏やかではいられなくなったのです。

 的を見ないくせにドンピシャでクリティカルヒットを欲望の中心にブチ当てられてしまって、もう我慢できなぁい!!ってなったのです。


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第165話 突撃! 隣の鎮守府7

長らくお待たせいたしました。色々と忙し……くはなかったのですが、なんとも筆が進まずこんなに時間が空いてしまいまして。

ちなみにイベントは甲甲甲甲乙で無事に完走することができました。報酬が美味しいぜ!



「ちょっと!? これどうしたの!?」

 

「あ、提督……」

 

「古鷹、何があったの!? なんで吹雪さんが演習弾の塗料塗れでぶっ倒れてんの!?」

 

「いやー、あはは……ちょっと叢雲さんがハッスルしてしまいまして……」

 

「いや叢雲かこれやったの!! ボロボロになったお姉さんを仁王立ちして見下ろしてるとか……どうしたらこんな状況になんの!?」

 

「ほっといて頂戴。姉妹のコミュニケーションだから」

 

「そんなワケないでしょ!?」

 

 

 鈴木大佐の案内のもと、鎮守府を見て回ってきた鯉住くんと大井なのだが、最後に案内してもらった工廠ではとんでもないことが起こっていた。

 

 煙を上げながら塗料塗れになって床に突っ伏している吹雪と、それを冷たい目をしながら見下ろす叢雲。そして、それを困ったような目をしながら眺めるギャラリーの皆さん。

 いくらなんでも予想外過ぎた。ゲストがやらかしてはいけない狼藉に、鯉住くんの胃がキリキリ痛む。

 

 

 ……ちなみに彼に同行していた鈴木大佐は、鯉住くんの引率でだいぶ疲れていた。

 『ここの鎮守府いいですね!! すごい普通です!!』とか『よく見る普通の食堂だ……!! 新鮮だなぁ!!』とか『これが艦娘寮なんですね! ビジネスホテルみたいですごく普通だ!!』とかなんとか……とにかくこの鎮守府が普通であることに感動しきりな相手と会話していたのだ。

 なんて返していいかわからず、『そうだな』とか『普通だな』とか、テキトーな返事で受け流すしかなかった。

 

 そもそも鎮守府の造りなんてどこも同じでは……? なんて思ったが、彼の話を聞く限りでは全然そんなことないようだし……常識が違う相手との会話はなかなかしんどいものであることを痛感させられたとかなんとか。

 

 

 それはそれとして、確かにこのわけのわからない状況には鈴木大佐も首をかしげざるを得ない。ということで、こういう時頼りになる白雪に確認をとってみることにした。

 

 

「おい白雪、説明を頼む」

 

「あ、提督。ここでは少し……あちらの方で」

 

「なんだ、周りに聞かせたくないということか。了解した」

 

「助かります」

 

 

・・・

 

 

「それで、これはどういうことだ? 吹雪が何か失礼なことをしてしまったか?」

 

「う~~~~~~ん……失礼と言っていいのかどうなのか……」

 

「煮え切らないな」

 

「私ではちょっと判断が難しくて。あったことを説明しますので、ここは司令官にも判断していただきたく」

 

「む。ややこしい状態だということは分かった。話してみろ」

 

「ありがとうございます。では……」

 

 

・・・

 

 

 説明中……

 

 

・・・

 

 

「……」

 

「ということでして……」

 

「なんというか……真面目に対応したくないな」

 

「おっしゃる通りで……」

 

「叢雲君が鯉住大佐に愛情を向けていることは薄々分かっていたが……

なんだ? 彼女からすると求愛して欲しいのに生殺しになっていた状態で、そこを吹雪が無自覚に煽ってしまったと」

 

「おそらくですけど、そういうことかと」

 

「叢雲君は左手の薬指に指輪をはめていたから、そういったことは済ませていると思っていたのに……まさか、釣った魚にエサどころか水も与えていないとは……」

 

「ええとですね、天龍さんが聞かせてくれたんですが、鯉住大佐は誰とも深い仲にはなっていないとのことで……」

 

「叢雲君以外も、ほぼ全員指輪をしているというのにか?」

 

「そのようで……」

 

「ありえんだろう……指輪が行き渡っていることから、気さくな性格の割になかなかのやり手だと思っていたのだが……いや、相手が艦娘ならそういう事もあり得るのか?」

 

「ええとですね、艦娘はみんな恋とか愛には関心が薄いので、普通なら大丈夫だと思います」

 

「その口ぶりだと、大丈夫ではないということか」

 

「多分ですが。鯉住大佐の部下の皆さん、鯉住大佐の話する時キラキラしてるんですよね……艦娘とか人間とか関係なく大好きなんだと思います。見ていて眩しいです……」

 

「ハァ……弱ったな。そちらのフォローは得意ではないぞ」

 

「まぁ、話に聞く限りでは、皆さん現状に納得しているということですので……叢雲ちゃんは納得しきれないほど大好きなだけだと思いますので……」

 

「わかった。わかりたくないが、わかった。報告ご苦労、白雪」

 

「チカラになれず申し訳ないです……」

 

「構わん」

 

 

 鈴木大佐としては、鯉住くんは心身ともに部下を満足させているものだと思っていた。

彼のような好青年がそういったプレイボーイな面もあるのは意外とは思っていたが、部下のほぼ全員に指輪を渡しているともなれば、そういうことだと認識せざるを得ない。

 上司と部下の関係でそれは問題な気もするが、同意のうえで艦隊運用に支障がないということなら第三者が口出しするのも野暮というものである。

 

 一般的な感覚としては、指輪を渡すというのは深い仲になるということだ。

 いくら実力向上のための艤装が本質とはいえ、ケッコン指輪という俗称がもつイメージからは逃れられない。

 一部例外的な鎮守府はあるし、提督が女性もしくは高齢の場合はその限りではないが……好意を互いに持つ適齢な男女でケッコン指輪となれば、それはもうそういうこととしか思えない。

 

 しかし実情は違ったらしい。鈴木大佐は妻帯者であるため、夫婦の実状的にそういったことがないのはちょっとマズいというのはよく分かっている。これはちょっとフォローしてやった方がいいかもしれない。

 

 

 

 ……と、一瞬思ったのだが。

 直接鯉住大佐と対面したのは本日が初。ロクに相手方の込み入った事情も知らないのにアドバイスなんかしたくないというのが本音。特にそれが複雑怪奇で完全オーダーメイドな恋愛事情となればなおさらだ。

 

 馬に蹴られて死ぬなんて情けない最期は迎えたくない。

 鈴木大佐はその辺に触れることの一切を諦めることにした。

 

 

「……白雪君」

 

「はい、どうしました?」

 

「この状況はなかったことにして、本日の残りの予定を進めるように」

 

「えー、あー、そのー……はい、わかりました……」

 

 

 投げっぱなし政策を取ろうとする司令官に何か言おうとしつつも、白雪もそれが最適解なことはよーくわかるので、色々のみ込んで司会進行することにした。

 

 

 

・・・

 

 

 

「す、すいません皆さん! ちょっといいでしょうか!!」

 

 

 白雪の珍しい大声での掛け声に、その場の全員が視線をよこす。『早くなんとかしてくれ』という無言の叫びを過半数から向けられつつ司会進行していく。

 

 

「司令官と鯉住大佐、大井さんが到着しましたので、この次の予定に入りたいと思います!

このあとは艤装の準備ののちに演習を行う段取りとなっていますので、メンバー選出としましょう!

吹雪ちゃんはその……ちょっと調子悪そうなので、今回はお休みということで……」

 

 

 みんなして色々察しながら白雪の言葉にうなづきつつ、鎮守府別に分かれた話し合いが始まった。

 ちなみに強引な進行に着いていけなかったのは、無残な姿で横たわっている吹雪と、叢雲の狼藉に胃がキリキリしている鯉住君だけだった。

 

 

 

・・・

 

 

ラバウル第10基地サイド(鯉住君の方)

 

 

・・・

 

 

 

「えー……叢雲さんがちょっと冷静じゃないので、私、古鷹が進行役を務めたいと思います」

 

「なによ古鷹、私は冷静よ!」

 

「本当に冷静な人はホスト側の秘書艦をボコボコにしないので……

実際どうしますか? さきほどの吹雪さんの実力を見たところだと、こちらがフルメンバーで相対するのは些かマズいかと」

 

「だなぁ。正直あのくらいだと、艦隊単位でその辺の姫級ぶっ潰せるかどうかってところだろうしなぁ」

 

 

 天龍の意見にみんなしてうなづく。先ほどの演習(?)で感じた実力は共通認識としてそれくらいのようだ。

 古鷹も同意見のようで、叢雲に代わりその流れで話を進めていく。

 

 

「ですね、天龍さんの言う通りです。ホスト側に華を持たせようとかそういう失礼な考えではありませんが、全力で挑んでしまって一方的な結果になってしまっては経験を積むことができません。いい塩梅にお互い実りある成果を得るためにも、皆さんの意見を聞かせてください」

 

「先にちょっといいかしら。私は提督に同行していて叢雲と吹雪さんの試合を見ていなかったのだけれど……そんなに練度に差があるのかしら?」

 

「大井さんにわかりやすく言うなら、天城さんの航空隊に為すすべなく蹂躙されるくらいでしょうか。大井さんの研修先である横須賀第3に居た足柄さんなら、もっとわかりやすい例えができたりします?」

 

「そうねぇ。補足すると、新入りだった瑞鳳ちゃんの方が強いくらいかしら。艦種の違いはあるけど、基本的なところを比べるとね」

 

「……ふたりともありがとう。だったら、飛車角落ち程度の差は設けるべきね」

 

「バカにするわけじゃないけど、そうなっちゃうわよね。那智姉さんが所属している第1艦隊メンバーなら、もう少し実力あるでしょうけど」

 

「そこまで大きな差はないだろ。あの吹雪だってここの最古参だっていうし、実力はある方だろうよ。こっちは半分の3隻で相手するかぁ?」

 

「それはちょっと心象的に良くないですね……いくらなんでも失礼です。

とはいえそのくらいの実力差は設けたいところ……うーん……」

 

 

 古鷹はじめ、大井、天龍、足柄の4名はラバウル第10基地の最古参だけあってスルスル話を進めていく。ちなみに本当の最古参である叢雲は、未だにプンスコしている。

 

 経験も実力もまだまだで所在なさげな速吸は、話に入ることができない。

 ということで、水なしで飲めるタイプの胃薬を飲んでいる気の毒な提督に話を振ることにした。

 

 

「提督さん、提督さん」

 

「うぅ……胃が痛い……どうかした?」

 

「あのですね、私、皆さんの話にうまくついていけず……」

 

「あー……みんな付き合い長いからねぇ。まだまだ日が浅い速吸じゃ会話に入り込むのは難しいか」

 

「お恥ずかしながら。提督さんのところでやってきた仕事も、補助艦艇仲間と食堂の切り盛りしたくらいなので、あまりベテランの皆さんとプライベートな付き合いが無くて……」

 

「いいよいいよ。こっちもこき使っちゃった自覚はあるから。むしろうまく人事出来ないこっちが悪いんだって。もっと休み増やしてあげないとな……」

 

「い、いえ、そんなことは!! 現状ですごく満足できていますから!!

それに、最近は大井さんに見てもらって毎日しごか……鍛えてもらってますから、出撃任務を通して仲良くなれていけると思いますし!!」

 

「あー……そっちもゴメンね……ウチのメンツって訓練の基準が『沈まなきゃいい』みたいなところがあるから。相手が相手だから仕方ないんだけどね」

 

「あ、あはは……まぁ、その、実力をつけなきゃしょうがないってことはわかるので、受け入れようとはしてます……

……と、それに関することでもあるんですけど、さきほどの叢雲さんと吹雪さんの演習……というかなんというかを見ていたんですが、皆さんが言うほど吹雪さんの実力が低いとは感じなかったんです。

今皆さんが議論しているほど、練度も低くないと感じたのですが……」

 

「俺は見てないからハッキリとは言えないけど、みんなの話を耳にはさんだ限りだと弱くはないと思うよ。ウチの基準がおかしいだけで」

 

「そ、そうなんですね」

 

「なんというかウチの基準というか、俺の知人たちの基準がおかしいというか……

まぁそれはともかく、叢雲が小破もしてないのを見ると実力差はかなりあると思う」

 

「だったら……どうするべきでしょうか?

古鷹さんの言うように、普通に演習してもあまり実りが無い結果になってしまっては……」

 

「そうだねぇ。まず速吸には出てもらうとして」

 

「……や、やっぱり出るんですか?」

 

「別に負けちゃダメっていうつもりはないから大丈夫。キミを今日連れてきたのは、色んな相手と戦う経験積んでもらいたいからだから、そこは既定路線だよ」

 

「緊張するなぁ……」

 

「あと実力差をどうにか埋めたいといったら……艤装かなぁ」

 

 

 鯉住君がポツンと呟いた一言に、賑やかに相談していたベテランたちが反応する。

 

 

「「「 それだ!!! 」」」

 

 

「お、おう?」

 

 

 

・・・

 

 

 

 鯉住君たちが色々と話していた場所の反対側の壁際では、鈴木大佐率いるラバウル第9基地の面々も話し合っていた。

 この場に居合わせた第1艦隊メンバーの那智、衣笠を中心に、白雪や初雪も参加している。

 

 こちらも内容についてはほぼ同様で、どのように演習を組めば実りある結果を得られるか、というトピックだ。

 こちらの面々としても叢雲の戦闘力の高さには舌を巻いており、その差をどう埋めるかに焦点を当てていた。

 

 

「ううむ……白雪君の話では、あちらの叢雲君の実力は並々ならぬものだということだが、間違いないか?」

 

「うむ。この那智としても、かなりの実力だと判断している。

あの叢雲、吹雪が砲塔を向ける『前に』回避行動をとり始めていた。まるで動きが読めているかのようだった。練度としては……悔しいが、この那智よりも上だろう」

 

「そこまでの実力か」

 

「衣笠さんも那智も重巡だけどさ、1対1じゃ勝てないと思うよ。駆逐艦相手にこんなこと言うなんて情けないけどさー……」

 

「正確な情報分析は重要だ。引け目を感じる必要はない。

しかし、そうなると他のメンバーも同様に実力者揃いだろう。普通にやっても勝ち目はなさそうだな」

 

「正直に言おう。叢雲の動きにはこれと言った隙は見当たらなかった。

水雷戦隊での戦いでは勝ちの目は見いだせないだろうな」

 

「那智としては水雷戦は避けるべきだ、と。衣笠はどうだ?」

 

「衣笠さんも同意見だなー。さっきの演習……って言っていいのかな? まぁいいや。

吹雪が戦ってる時に、あっちの古鷹と話してみたんだけどね。『このくらいの動きなら、みんなできるかな』なんて言ってたんだよね。あれ多分本気で言ってたし、正直今の衣笠さんじゃついてけそうにないなー。

……ってことで、大人げなく空母のふたりを組み入れて制空権取りに行こーよ」

 

「やむを得んか。元々あちらの艦隊は実力者揃いという話は聞いていたのだし、事前情報通りと言えばその通りなのだが……気が進まないことではあるな」

 

「まーね。あっちは補給艦の速吸がいるとはいえ軽めな編成の水雷戦隊なのに、こっちはガチガチの大型艦編成で行こうっていうんじゃねー」

 

「ともあれある程度はよい勝負にせねばならん。するとウチの最高戦力で臨むしかないか。

第1艦隊で相手することにしよう。皆、それでよいか?」

 

「那智としては異論はない」

 

「衣笠さんも同じでーす」

 

「私、白雪と初雪ちゃんは、提督にお任せします」

 

「みんながんばれー……」

 

「よし。それではその方針で行くことにする。鯉住大佐には少々申し訳ない気もするが、理解してくれるはずだ。

第1艦隊の皆であれば早々やられることはないだろう。勝利を目的に心してかかるように。もちろん私の指揮で足りない部分は補っていく」

 

「「 はっ!! 」」

 

 

 鈴木大佐の掛け声に合わせ、敬礼を向ける那智と衣笠。やる気満々である。

 

 鎮守府としても提督としても後輩な相手に、全力で潰しにかかるという鬼畜ムーヴにも見えるが、実のところは実力差を埋めて対等な勝負ができるように考えてのことである。

 こういった立場に関係ない広い視野を持っているのが、鈴木大佐ひいてはこの鎮守府全体の強みである。

 

 ……と、そんな感じで話がまとまりかけたところに、声をかける者が。

 

 

「あのー……」

 

「……ム? 鯉住大佐か。どうかしたのか?」

 

「少しですね、相談がありまして……」

 

 




ちょっと短いですね。ごめんね。
次回はそんなに間を空けない予定。イベントも終わったのでね。


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第166話 突撃! 隣の鎮守府8

イベントが終わったので、17ページもある任務群をこなす日々です。

三川戦隊の5-1任務が終わってないせいで、6-4未クリアなのがしんどいですね……
青葉が改二になって水戦積めるようになってくれないかなぁ……


 叢雲による吹雪ボコボコ事件から一晩明け、時刻は午前10時。昨日取り決めておいた演習開始時間となった。

 

 明らかに地力で上をいく相手に戦いを挑むとあって、第1艦隊メンバーは意気軒高な様子。

 実際に叢雲の動きを見ていない五十鈴、蒼龍、祥鳳、比叡については、半信半疑なところもあるようだが。

 

 

 ……結局鯉住君が提案した実力差を埋める案というのは『ラバウル第9メンバーの艤装メンテナンスを自身が行う』というものだった。

 

 

 鯉住君の部下の実力の高さは、ぶっちぎりで世界一の練度を誇る第10基地メンテ班によるところも大きい。

 ということで、その艤装バフをひっくり返そう、という提案である。

 

 具体的には、第10のみんなの艤装を貸せるものは第9に貸し、代わりとして第9にある在庫から適当に見繕ってもらう。

 それでもカバーできない第9の艦載機や戦艦主砲などは、鯉住君が一晩で気合で再メンテする、ということである。

 

 那智、衣笠に対しては艦として性質が近い足柄、古鷹の艤装をそのまま貸し与えた。五十鈴に対しては大井が装備していた魚雷を貸与。

 しかし残りの蒼龍、祥鳳、比叡に対しては、対応する艤装が無かったため、鯉住君が徹夜でメンテする、という感じ。

 ちなみに速吸に関しては、彼女の練度からして慣れない艤装で戦闘できるほどではないため、元々の装備で臨んでもらうことになっている。

 

 

 全部まとめると、今は下記のような状況。

 

 

 

・・・

 

 

 

・ラバウル第10基地サイド(鯉住君の方)

 

 

『叢雲改二』

(4連装酸素魚雷×3)

『足柄改二』

(20.3㎝主砲×3・零式水偵・32号水上電探改二(眼鏡型)☆10(増設部分))

『古鷹改二』

(20.3㎝主砲×2・22号水上電探・4連装酸素魚雷)

『天龍改二』

(14㎝連装砲×2・タービン+新型缶☆10・10㎝連装高角砲+機銃☆10(増設部分))

『大井改二』

(4連装酸素魚雷×3)

『速吸改』

(流星改☆10×2・強風改☆10)

 

 

※☆10になってるのが普段使いの装備。全部☆10なのはメンテ班と明石の装備改修の賜物。

天龍の主砲以外のエグイ装備は鯉住君の特製品(第108話参照)。足柄の電探も同様(第143話参照)。

 

 

 

・ラバウル第9基地サイド(鈴木大佐の方)

 

 

『那智改』

(20.3㎝(3号)砲☆10×2・33号水上電探☆6・零式水偵11乙熟練☆10)

『比叡改』

(試製35.6cm三連装砲☆6×2・九一徹甲弾☆6・零式水観☆6)

『衣笠改』

(20.3㎝(3号)砲☆10×2・32号水上電探改☆10・零式水偵11乙熟練☆10)

『蒼龍改』

(流星改☆6×2・彗星二二甲☆6・紫電改二☆6)

『祥鳳改』

(流星改☆6×2・彗星二二甲☆6・紫電改二☆6)

『五十鈴改二』

(5連装酸素魚雷☆10×3)

 

 

※☆10なのが鯉住君の艦隊から貸し出している装備。☆6なのが一晩かけて鯉住君がメンテした装備。

流石にメンテ量が多すぎたため、彼基準で及第点くらいの出来に仕上がった。よって☆6バフ。本気出すと☆9くらいにはなる。

 

 

 ちなみに艦娘の基本艤装部分(イラストで装備してる部分)はノータッチ。

 理由は単純に時間が足りないことと、初見の艦娘のクセに合わせたメンテをするにはひとり(+妖精さん)では諸条件が厳しいため。

 この部分にこそメンテナンスの差が出るのだが、鯉住くんをもってしても不可能な仕事量になるため断念した。

 

 あと、ラバウル第9のメンテ班は通常業務で手いっぱいで協力が得られなかった。突発的な話だったので当然といえば当然。

 

 

 

・・・

 

 

 

「さて、これから演習に入るわけだが……

皆、どうだ? 鯉住大佐がメンテナンスした艤装は普段と違うか?」

 

「まだ実際に戦闘していないからハッキリとはいえんが、明らかに違うな。普段使いの艤装とは、なんというか……何もかもが違う。なんだこれは、本当に3号砲なのか、これ?」

 

「私は古鷹に艤装貸してもらった時にちょっとだけ動かしてみたけどさ、すごいよこれ。試しに的撃ちしてみたけど、威力と命中率が全然違ってた」

 

 

 実際に叢雲の実力の高さを見ていた那智と衣笠は、概ね肯定的な意見。

 衣笠については試射を済ませていることもあり、早く戦いたくてうずうずしている様子である。

 

 

「むー……! 金剛お姉さまと榛名にひどいことしてるらしい鯉住大佐の補佐を受けることになるなんて……!! やっぱり納得しかねます、提督!!」

 

「だが比叡、なんだかんだ彼のメンテナンスした艤装、気に入っているようにみえるが」

 

「それは、そのぅ……」

 

「それにメンテ中の鯉住大佐と友好的に話していたではないか」

 

「み、見てたんですか!?」

 

「うむ。すでに比叡が考えているような人物ではないと分かっているだろうに。そう見栄を張るものではないぞ」

 

「……だってだって!! 鯉住大佐の悪事を暴いてやろうと話してみたら、すごいいい人だったんですよ!? 面食らっちゃいましたよ!! あれだけ悪く言っておいて、今さら引っ込みつかないんです!!」

 

「別に本人に伝わっていないのだから、意見を変えてもいいだろうに。というか彼は客人でもあるのだから、意固地にならずに友好的な姿勢で接するように」

 

「ひえぇ~……戦う前から負けた気分ですぅ……」

 

 

 比叡については今までの自身の態度から、色々と思うところがあるようだ。頭を抱えながらうずくまってしまった。

 

 鯉住君と実際に話してみて、金剛と榛名を虐待している疑惑は勘違いだったとわかったのだが(なお訓練内容は虐待に近い)、あれだけ啖呵きっておいて今さら掌返しするのに抵抗があるらしい。

 その辺吹雪であれば誤解とわかった瞬間ノータイムで謝罪するので、比叡は彼女と似ているようで違うタイプだったりする。

 

 

「ちょっと祥鳳! 艦載機なんかキラキラ光ってない!? これすごくない!?」

 

「そうですね蒼龍さん。正直言うとメンテナンスひとつでそこまで変わるか疑問だったのですが……想像以上かもしれないですね」

 

「五十鈴も驚いてるわ。私が借りたのは5連装酸素魚雷なんだけど、なんていうか凄みを感じるのよね。きちんと手入れされてるだけじゃないっていうか」

 

「私さ、吹雪ちゃんがボコボコにされたって聞いて半信半疑だったんだけど、ちょっとだけ納得できたかも。艤装に差があり過ぎるもん」

 

「ウチの整備班の実力が足りないとは思えないですから、あちらさんが規格外なのでしょうね」

 

「……なんでこれだけすごいメンテナンスが出来るのに、鯉住大佐は提督やってるのかしら? 頼れる相手が増えてこちらとしてはありがたいけれど、五十鈴としては不思議でしょうがないわ」

 

「元々は呉第1で整備技師やってたらしいじゃない。整備もすごくて提督としてもやり手なんて、すごい才能だよね~」

 

 

 羞恥心で悶えている比叡はさておき、実際に叢雲の戦闘を見ていなかった蒼龍、祥鳳、五十鈴の3名であったが、出来上がった艤装を手にしたことである程度納得がいったようだ。『確かにこれだけ凄いのを使ってれば、吹雪に圧勝したのもわかる』という具合に。

 

 

 このようにラバウル第9組は、質の良い艤装を試してみたい気持ちも相まって高い士気を保っている。

 

 対してラバウル第10の方はというと……

 

 

 

・・・

 

 

 

「眠いです……」

 

「アハハ……提督、徹夜でのメンテナンスお疲れさまでした」

 

「うん、労ってくれてありがとね古鷹……」

 

 

 だいぶリラックスしていた。というより提督が死にかけていた。

 急な徹夜作業でグロッキーになっている模様。他所の鎮守府という慣れない環境で作業しっぱなしだったので、だいぶストレスが溜まってしまったようだ。

 

 

「なによアンタ、呉第1に居たときは大規模作戦での徹夜なんて日常茶飯事だったんでしょ? それと比べるとそこまでじゃないように思えるけど、そんなにキツいの?」

 

「いやあのな叢雲……そりゃそうなんだけど、徹夜での作業には事前の心の準備が必要なんだよ……この年になると『今日は徹夜しよ!』みたいなノリで出来るもんじゃないんだよ……」

 

「まぁその、アンタが無理する事になったのは私が悪かった面も多々あるから、それについては謝っておくわ……悪かったわよ」

 

「いいよいいよ。結局実力の擦り合わせはどこかしらでしなきゃいけなかったんだし。ただ吹雪さんには一言謝罪入れておいてもらって……」

 

「あの頭イノシシな長女にはそんなもの必要ないわ」

 

「さいですか……」

 

 

 一晩明けて頭が冷え、叢雲は色々と反省したようだ。

 しかし吹雪のデリカシーのなさについては許すつもりはない模様。相当お冠である。

 

 

「悪りぃな提督。もっといい代案がありゃあ俺たちが協力できることもあったかもしれねぇんだけどな。メンテについては最低限しか分かんねぇからよ。

だがお陰様でいい勝負ができる……かもしれないようになったぜ」

 

「そうね。これで来る大規模作戦の時に実働してくれる部隊の戦力把握ができるわ。

私たちが後方支援に徹するのはいいけど、前線部隊の実力がわからないんじゃ上手く支援できないでしょうから。

それと帰りの運転はこっちの基地の自動車免許持ってる人がしてくれるよう手配しておいたから、帰りはゆっくり休んで」

 

「ありがとうふたりとも、心遣いがマジで嬉しい……

……そういえば天龍も足柄さんも、俺が渡した艤装はそのままなんだね」

 

「俺の場合は、これ着けてる時と着けてないときで動きが別物になるんだよ。まだまだ動作制御が完璧じゃねぇから、少しでも場数踏んどきたくてな」

 

「渡した本人が言うのもなんだけど、それかなりトンデモ性能だからね」

 

「おう。なんつーか、原付がスポーツカーになるような感覚っつーか……

地獄の研修の日々が無かったら、確実に使いこなせてねーだろな、これ」

 

「運転したことないのにその例えが出るの謎だけど、そんな違うのか……くれぐれも無理しないでくれよ」

 

「分かってるって」

 

「私の方は、そこまで戦局に影響なさそうだからそのままでいいって判断かしら。

あくまで電探だから直接火力には影響ないし。まぁ命中率は変わるけど、相手の練度を考えると誤差の範囲ね」

 

「あー、そういうことだったら納得かな。眼鏡型だから一回外すと増設部分との接続が大変だしね」

 

「そうなのよね。ていうかどういう技術で増設部分と眼鏡をオフライン接続してるの?

未だに私仕組みがよく分かんないんだけど」

 

「妖精さんによる情熱の結晶と言いますか……」

 

「貴方にもよく分かんないのね……よくそれでメンテナンス出来るわね」

 

「経験と勘でなんとか……」

 

「やっぱり貴方おかしいわよ」

 

 

 特別な艤装については相手方に貸し出すのはやめたようだ。

 というか鯉住くんのプレゼントでもあるそれらは、他の艦娘が装備しようとしても艤装についている妖精さんが拒否するので、当人たち専用だったりする。

 ふたりからすると、提督がわざわざ自分にプレゼントしてくれた特別な艤装を外したくないという思いが強いので、そういった事が無くても貸し出しはしなかっただろうが。

 

 

「しかしこれで実力差をある程度埋めることができます。ありがとうございます提督。

私たちとしては他鎮守府の戦力把握、相手方としては格上に対する戦いの経験を得ることができます」

 

「お互いに得られるものがあれば、頑張った甲斐があるってもんだよ。

……そういえば、俺がメンテしてる間に演習前の擦り合わせを大井がしてくれたらしいけど、どんな反応だった?」

 

「お互いの演習目的については好意的に受け入れていただきました。

こちらの方が実力がある前提で話していたのですが、嫌な顔ひとつせずに真剣に話を聞いてくれましたよ」

 

「うーん……流石は鈴木大佐だぁ。イキった後輩と見られてもおかしくないのに、冷静な判断力……懐が深い……憧れちゃう……」

 

「貴方も同じ大佐なのですから、もう少し憧れられるように振舞ってください。

それは置いておいて、追加として『二つ名もちの姫級率いる艦隊と同じくらいの実力』と伝えてあります」

 

「それはまぁ……本物の姫級なアークロイヤルと天城はいないけど、このメンツなら艦隊単位でそれくらいの実力にはなるか」

 

「そういうことです。お相手もそのつもりで全力で挑むと言ってくださいましたので、こちらとしても無様を晒すわけにはいかなくなりました。

まぁ、普段通りを心がけていれば大丈夫でしょう」

 

「わかった。それじゃそろそろ開始の時間だし、みんな頑張って……」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださぁい!!」

 

 

 鯉住くんが話を〆ようとしたところで待ったが入った。新人の速吸である。

 

 

「どしたの速吸? 何かわからないことでもあった?」

 

「ありますよそれはもう!!

今の話を聞いてると、私まで二つ名個体と同じ実力があるように思われてると思うんですけど!!」

 

「大丈夫だよ、実戦経験が無くて不安だと思うけど、みんなフォローしてくれるから」

 

「それは心配してないですが、空母2隻相手に航空戦しないといけない身なんで、そんなにハードル上げられるとやりづらいと言いますか……!!」

 

「大丈夫だって。制空権については出来るだけ頑張ってもらえばいいから。みんなフォローしてくれるから」

 

「そ、それはそうですけどぉ! 気持ち的にぃ……!!」

 

「大丈夫大丈夫。こういう格上ばっかりの修羅場でも必死でやればどうにかなるって、みんな経験で知ってるから。俺もみんなもそういう場所で研修受けたから。

速吸はまだ経験してないから心配だろうけど、死ぬことはないし大丈夫だから」

 

「今修羅場っていった! やっぱり自覚あるんじゃないですか!!」

 

「大丈夫大丈夫。それじゃみんな、勝利以上に演習の目的が達成できるよう、頑張ろうね」

 

 

「「「 ハイ!! 」」」

 

 

「まだ話し終わってないのにぃ!!」

 

 




だいたいの練度比較


ラバウル第10……みんな90前後。天龍は170くらい。速吸ちゃんは50くらい。

ラバウル第9……みんな70前後。一般的に見るとかなり高いレベルでバランスがとれた精強艦隊。


練度が20も違えば、艦種差はほとんどなくなる感じ。相手に艤装バフがかかってますし、いかに速吸ちゃんにハードな環境かわかりますね。

まぁもっとハードなエクストリーム環境(鬼ヶ島だったり将棋の国だったり日本海軍の準トップ鎮守府だったり)で研修を受けてきた人たちには、その気持ちは伝わるけど加味してはもらえないんですが(無情)


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第167話 突撃! 隣の鎮守府9

大変お待たせいたしました。
部屋が暑すぎたり冷房が無かったりしてたせいで執筆意欲が湧かなかったのですが、いい加減更新しないと人権がはく奪されそうだったので奮起しました。


「うっ……ぐっ……!! も、もう少しだけでも……!!」

 

「ふぅん。なかなかやるじゃねぇか速吸のやつ。大井の特訓のたまものだな」

 

「私が仕込んだんだから、これくらいやってもらわないと困ります」

 

「大井さんってば、速吸さんの訓練は戦闘担当の秘書艦になってからの初仕事だって、随分張り切ってましたもんね」

 

「私だけ遅れて秘書艦になったんですもの。自分の能力は結果で示すしかないわ」

 

「そんなの無くても、私も叢雲さんも大井さんの実力はよく知っていますよ」

 

「古鷹の言う通りよ。大井が戦闘関係を担当してくれてから実際に秘書艦業務はラクになったんだから、肩肘張ってアピールなんてしなくていいわよ」

 

「それでは私の気が済みませんので」

 

「……意外と大井って頑固よね」

 

 

 ラバウル第10(鯉住くんの方)とラバウル第9(鈴木大佐の方)の部隊の演習が始まって30分ほど。

 お互いに見えない程度に離れた距離からスタートし、相手艦隊を索敵、接近し目視確認、そこから航空戦に突入。そうして艦載機での制空権の取り合いが激化している、そんな状況である。

 

 こちらは補給艦の速吸に気持ち程度の水戦が載っているだけなのに対し、相手艦隊は正規空母の蒼龍改に艦戦が2スロット、軽空母の祥鳳改に同様と、それこそ鎧袖一触で蹴散らされてしまいそうな物量差。

 

 

 ……それでも速吸は粘っていた。別に制空権をどうこうできるとは思ってはいなかったが、なにひとつ自身の役割を果たせないような真似だけはできなかった。せめて一矢は報いなければいけないという思いが彼女にはある。

 

 

 

 確かに相手の航空部隊は精強であるし、そもそもこちらの提督の頭おかし……じゃなくて、神業がかったメンテが施された機体たちを操っている。歴の短い自分では歯が立たないかもしれない。というかそうなる可能性は高い。

 

 しかし……大井による対空砲火訓練、秋津洲による小規模航空部隊訓練、頭おかし……じゃなくて、とんでもない実力を持つ、提督の知り合い艦娘(バカンス中)による指導(賑やかし)が無駄ではなかったと示さないといけない。

 航空部隊を動かしながら砲撃と雷撃を小一時間かわし続けるとかいう、頭おかし……じゃなくて、苛烈な訓練をこなしてきたという自負もある。

 

 それよりなにより、プレッシャーが違う。

 アークロイヤルの頭おかし……頭おかしい魚類の群れ(水中空中問わず)や、天城の頭おかし……どうかしてるとしか思えない、ひとり絨毯爆撃をくらってきた身である。

 相手を滅殺してやろうという威圧感が、あの人外さん達とは断然違うと言い切れるのだ。

 

 こちとら異動してきたことを後悔したくなるほど訓練してきたのだ。

 同期の大鯨なんていつの間にか軽空母になってたのだ。短期間で頭おかしいくらい練度が上がってるのだ。

 食堂のお手伝いで魚をさばくときに目が合って、訓練の様子がフラッシュバックするくらい頑張ってるのだ。

 

 全然ダメだったなんて秘書艦の大井さんに言われたら、たぶん泣いちゃうのだ。

 

 

 

 ……そんな思いで必死に頑張っている速吸の後ろでは、他のメンバーがゆるい感じで雑談している。

 

 

「うんうん、なかなか安定してるじゃない。普段から食堂で働きながら戦闘訓練してるんだから大したものよね」

 

「それはまぁその通りですが……同じ食堂勤務のよしみだからといって甘やかさないようお願いしますね、足柄さん。ただでさえ補助艦艇で戦闘能力は低いんですから、一線で活躍できるようになるには相当かかるでしょうから」

 

「大井もなかなかにスパルタよねぇ。秋津洲みたいに回避訓練特化でもいいと思うんだけど」

 

「足柄さんの古巣の横須賀第3では、私と北上さんに2か月不眠訓練なんていう地獄の拷問を強いてきたじゃないですか……そんなに優しい意見、どんな心境の変化ですか?」

 

「それはまぁ、相手を見て節度を踏まえてるだけよ」

 

「納得いかないんですけど……」

 

「ほらアンタたち、気を抜き過ぎないの。太陽を背にして艦爆部隊が1部隊迫ってるわよ」

 

「わかってますよ。手が空いてるのは……古鷹さんですね。いくわよ、対空射撃よーい」

 

「はい! 少しでも速吸さんの負担を減らしてあげなきゃですね。対空砲構え!」

 

 

 雑談をしつつも対空射撃や魚雷回避をしているあたり、普段はのんびりしていても、なんだかんだ言っても実力は高いのである。

 

 

 ……そんな調子で、速吸が粘っている間に対空措置を取り続けていただけあり、航空戦が終わった時には、相手の艦攻艦爆部隊はその戦力を3分の1まで減らしていた。

 

 制空権は奪取されてしまったものの、航空部隊の戦力を十二分に削ぐことが出来たこと。そしてこちらの損害は速吸が中破、叢雲と古鷹が小破で収まったことから、緒戦は優勢といってもいい結果であった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 一方そのころラバウル第9基地隊の方では……

 

 

「ごめんみんな! 航空部隊の戦力だいぶ削られちゃった!!」

 

「すみません、私の残存部隊は約4分の1しか……!!」

 

「私の方は半分くらい! 補給艦1隻に対してこれって、ホント情けないよ……!!」

 

『いや、気にするな、蒼龍に祥鳳よ。相手方の実力は二つ名個体クラスということだった。予定通り制空権を確保できたのだからそれでよい』

 

「そうですよおふたりとも! 制空権さえ確保できていれば弾着観測射撃をドドンと決められます! ここからは戦艦と重巡の出番ですよ!! 気合、入れてっ、いきますっ1!」

 

「そうだな。この那智も久しぶりの強敵で血が騒いでいる! いい勝負しようなどと甘えたことを言わず、勝ちにいくぞっ!!」

 

「いいねぇ。衣笠さんとしても古鷹に舐められちゃいけないからねっ! 頑張るよ!」

 

「ちょっと、軽巡である五十鈴も忘れないでもらいたいわ。この魚雷なら50m先の的でも狙えそうな気がするのよ。あちらに一泡吹かせてあげるから!」

 

『意気軒高で何より。これより比叡の長距離射撃を重点として、那智衣笠の射程ギリギリの範囲を保ち砲雷撃戦を行うように。五十鈴は魚雷による牽制、蒼龍と祥鳳は残った航空隊で装甲の薄い、もしくは被害の大きい艦から撃破するように。異論ないか』

 

「「「 はいっ! 」」」

 

『よし。では健闘を祈る。行動開始』

 

「「「 了解!! 」」」

 

 

 想定以上に艦載機を削られてしまったものの、制空権を確保できたのは想定の範囲内、そして最も重要な事項であった。

 そこがクリアできた今、相手艦隊よりも射程が長いという優位をフルで活かした戦闘をすれば、まず間違いなく勝てる。

 

 艦隊運用としての基本を押さえた手堅い戦術を基に、ラバウル第10部隊へ接近し始める第9部隊。各々の顔は勝利をその手に収めたような自信に満ち溢れていた。

 

 

 ……だが、彼女たちには実感がなかったのだ。

 『通常の艦隊戦』とは大きくかけ離れたところに、規格外の怪物の戦闘はあるのだという実感が。

 

 そして、知らなかったのだ。

 怪物が怪物たる理由を知る者たちが、どのような慮外の戦闘でそれらに相対するのかということを。

 

 

 

・・・

 

 

 

 砲雷撃戦が始まって約5分

 

 

「な、何かの間違いでしょう!? ありえませんよこんなの!!」

 

「狙いはついている、タイミングも悪くない……しかし、当たらない!」

 

「吹雪ちゃんと叢雲ちゃんの戦闘見てたけど、実際戦ってみると違うね……!!」

 

 

 当初の想定とはまるで違う現状に、ラバウル第9の面々は慄いていた。なにせ……

 

 

「ウッソでしょ!? なんで『艦載機があんなに正確に撃墜される』のよ!?」

 

「ありえませんよこんな……いくら機銃と高角砲を装備しているといえ、正確無比に飛び回る艦載機をこんな早さで撃ち落としてくるなんて……

艦載機の軌道を読んで機銃掃射を『置く』のが普通なのに、それを直接、しかも猫の額ほどの燃料タンクを狙って……!?」

 

 

「ありえないのは五十鈴も同じよ! なんで『命中する軌道の魚雷が到達前に爆発する』のよ!?

迫ってくる魚雷の信管を撃ち抜いているとでもいうの!? ありえないそんなの!!」

 

「雷跡を見てからの回避を安定させるにも熟練が必要だというのに、そんな曲芸じみた動きができるというのか!」

 

 

「こっちがいくら攻撃しても全部対処されちゃうんじゃね、参っちゃうよ本当に!

みてよ那智、あの天龍、砲雷撃戦が始まってから一歩も動いてない!」

 

「ああ、解っているとも。解りたくなどないがな……!!

先ほどこの那智の渾身の主砲連撃が『艤装の剣で角度をつけられ、全弾逸らされた』……!!」

 

「なんなんですかあの人たち、私もう怖いですよ!!

なんで『弾着観測射撃で命中を確信してた砲撃が、あちらの主砲で撃墜される』なんてことが起こるんですかっ!?」

 

 

 通常であれば確実に命中していた攻撃がなにひとつ届かない。

 安全マージンを取った動きをしている艦載機が悉く撃ち落とされる。

 

 決して弱くはない、むしろ実力者の側にある自負はあった。

 しかし、であればこの現状はどうしたことか。決定打どころか直撃すらとれず、与えられる被害はかすり傷のみ。あとは全てかわすかいなされる。

 

 これで狼狽えるなというのは無理がある。そしてその困惑の瞬間を実力あるものが逃すはずがない。

 

 

「祥鳳! 私たちは攻撃に参加できないから、とにかく囮に……ッッッ!?」

 

「蒼龍ッ! そんな、魚雷の雷跡なんて見え……ああッ!!」

 

 

 艦載機を全滅させられて行動が止まっていた空母2隻に、大井の放った魚雷が直撃した。

 当然ふたりは雷跡への注意を怠ってはいなかったのだが……意識に隙間ができたことに加え、大井の巧妙な雷撃手法により決定打を貰ってしまったのだ。

 

 

「蒼龍、祥鳳ッ!」

 

「この被弾率じゃ……すいません! 大破判定、離脱します!!」

 

「私も同様です! 祥鳳離脱します、後は頼みますっ!!」

 

「ダメか……ふたりともご苦労だった!! あとは我らに任せろっ!!」

 

「なんで、どこから……? 五十鈴も注意してたけど、雷跡なんて見えなかったわ!」

 

「……! 衣笠さん解ったかも。さっき風が出てきた、だから波が!」

 

「!! ま、まさか……風波に沿って魚雷を発射することで、白波の泡に雷跡を紛れさせたとでもいうのか!?」

 

「いやいやいや! そんなの無理でしょう!?

いつ起こるかわからない強風と、それに伴う白波に合わせて、予知するように魚雷を放ったってことですよね!? 人間技じゃありませんよ!! 艦娘だから人間技って言っていいのか解んないですけど!!

そもそもですよ、たとえ未来予知で波が出るか分かったとしても、それに合わせた軌跡で魚雷撃つとか、そんなのどうやっても無理……うえええッ!!」

 

「ひ、比叡ーーーッ!!」

 

「比叡さんに魚雷着弾!? やっぱり雷跡は見えなかったような……!」

 

「ううん、五十鈴は注意して見てたからわかるわ。比叡に着弾する直前に、波の中から魚雷が出てきてた!!

信じられないけど今推測した通りよ、総員、白波に注意してっ!!」

 

「冗談のような話だが、信じるしかな……ッ敵重巡より砲撃確認、各艦回避行動ッ!!」

 

 

 大井の雷撃を皮切りに、あちらの攻撃が始まったようだ。

 不可視の雷撃から間を置かず、足柄、古鷹による中距離砲撃が迫る。

 

 

「ケホッ……比叡中破!! って、砲撃が来てるじゃないですかぁっ!」

 

「でもこれなら回避できそう……いや、ちょっと待っ、キャアッ!!」

 

「衣笠!?」

 

「うっぐぅ……衣笠中破! 古鷹ったら、どんだけなのよ!!」

 

「何が起こった衣笠! 砲撃を回避しなかったのは何故だ!?」

 

「回避しようと思ったんだけど、ドンピシャのタイミングで左右から雷跡が迫ってた! 砲撃をかわしたら魚雷がクリティカルしてた!」

 

「ええい、どれだけのコンビネーションだまったく!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 ……その後も超絶技巧のような砲雷撃を受け続けたラバウル第9部隊は、それ以上相手に近づくことができずに戦闘敗北という結果に終わった。

 

 二つ名個体級の姫級がいかに強大なチカラを持っているか、それを身をもって噛み締めることになったラバウル第9の面々は、現状を受け入れつつも苦い顔をしていた。

 




 戦闘終了時の天龍と叢雲の会話


「なぁ、俺なんもしてねぇんだけど」

「しょうがないでしょ。近接戦までいかなかったんだから。それにアンタ対空射撃でバンバン艦載機墜としてたじゃない」

「そりゃそうだけどよ。不完全燃焼なんだよ」

「アンタが満足できるのって、それこそアークロイヤルとか天城レベルでしょ? そんなの求めちゃダメよ」

「わかっちゃいるがなぁ……ていうか流石にアイツらクラスは無理だ。俺だけじゃどうもできねぇ」

「そ。ま、いいじゃない。こっちでやるべきことはこれで終わりだし、あとは許される範囲で好きにしたらいいじゃないの」

「つってもな……やることなんてねぇよな」

「それじゃおとなしくしてなさい。アイツ貸してあげるから、暇つぶしでもしてもらえば?」

「お前が貸し出す側なのかよ」

「フン、当然でしょ? 私が筆頭秘書艦なんだもの」

「……大井にMVP獲られたの、そんなに気にしなくてもいいと思うぜ?」

「気にしてないわ」

「随分食い気味だなオイ」


 ちなみに大井にはMVP報酬として、北上と一緒に提督お手製の艤装を贈られることが決まりました。

 実は天龍龍田姉妹や足柄だけ特別扱いしないでほしいという古鷹の要望があり、専用艤装を全員分用意することになってたという背景があります。
 今回のMVP報酬はその順番を先にする権利みたいなものですね。


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第168話 突撃! 隣の鎮守府10

演習終了後の速吸に対する評価


鈴木大佐「補給艦とは思えん働きだな……」

ラバウル第9の面々「非戦闘艦の補給艦にあそこまでしてやられるとかプライド壊れる」

鯉住くん「いい感じに強くなってるねぇ」

大井(教導艦)「早々に大破してしまったのはマイナスですね」


がんばれ速吸ちゃん


 今回の視察の中でもメインイベントであった演習も終わり、これにて鎮守府見学の予定も全て終了ということになった。

 とはいえ、演習が終わって日が沈みかけている状況で『やること済んだんで帰ってください』なんてホスト側が言い出すはずもない。

 

 そういうわけで、ラバウル第9基地の大食堂で懇親会が行われることとなった。

 

 始まりの挨拶を鈴木大佐がした後に、鯉住くんによる友好宣言的なトークがあり、いい感じにお互いの鎮守府メンバーで交流が交わされている。

 ワイワイとにぎやかな雰囲気で場は進行しているが、一部ではそういった雰囲気でもなく……

 

 

「む、叢雲ちゃん……」

 

「……」

 

「あのね、お姉ちゃんが悪かったから機嫌直して……」

 

「……」

 

「お願いだからそんな汚いものを見る目で見ないでよー!!」

 

 

 こちらは吹雪型での交流が行われているが、ラバウル第9の筆頭秘書艦である吹雪が、鯉住くんのところの叢雲に謝り倒している。

 非常に申し訳なさそうに両手を合わせて平謝りする長女であるが、一方の叢雲はとってもしょっぱい塩対応をしている。

 

 これはもう完全に吹雪が悪く、鯉住くんのことを断片的な情報から悪の権化みたいな扱いした挙句、叢雲の逆鱗を撫で繰り回すような発言をして、実際にこっぴどくしばかれた経緯からそんなことになっている。

 

 結局は完全なる(と言い切れない部分もあるが)吹雪の誤解だったため、吹雪が意識を取り戻した後に鈴木大佐立会いのもと、鯉住くんとしっかり話し合って和解したのだが……

 それはそれとして叢雲の腹の虫は収まっていなかったため、関係修復のために現在平謝りしているということである。

 

 

「ハァ……いいわ、口をきいてあげる。なんでアンタそんなに間抜けな勘違いしたのよ?」

 

「辛辣すぎる!? だってだって、色々と聞き込み調査したら、鯉住大佐の悪い話しか出てこなかったんだもん!」

 

「仮にもアンタ筆頭秘書艦なんでしょ? そんなお粗末な情報のまとめ方して恥ずかしくないの? そんな態度とって、噂がデマだったら鎮守府間の仲が険悪になるっていう可能性は考慮しなかったの? 生きてて恥ずかしくないの?」

 

「ひぐぅっ……!!」

 

「今の見た目はこんなだけどアンタだって昔の記憶あるでしょ? それなのにそんな感情に任せて動くなんて、知能まで中高生レベルに下がったの? そんなんで秘書艦の仕事なんて本当にできてんの? 本当にその体たらくで長女名乗れると思ってるの?」

 

「あばばばっ……!! し、白雪ちゃぁん、助けて……! お姉ちゃんもうむり……」

 

「あはは……あの、全面的に吹雪ちゃんが悪かったから、叢雲ちゃんもそのあたりで許してあげてほしいなって……」

 

 

 隣で付き添っている白雪と初雪の、なんとかしてくれる方の妹、白雪に助け船を求める吹雪。ほっときゃいいのに律儀にその通りにしちゃう辺り、白雪も大概苦労人気質である。

 そんな白雪クッションを挟まれた叢雲はというと……

 

 

「……ハァ~~~~~~~~~~~~~~~……仕方ないわねぇ」

 

「ため息が深すぎる!?」

 

「いい? 私はアンタと違って秘書艦として生きることに全力かけてんの。だから自分の提督が悪く言われるのは見過ごしておけないのよ。いくら同型艦が相手だとしてもね。わかる?」

 

「ハイ……」

 

「私が悪く言われるのは『ハイハイ』って聞き流すけど、立場的に鎮守府やそこのトップの提督を悪く言われるのは看過できないわけ。あくまで立場的にね。そんなことも分かっていないようだったからアンタにお灸据えさせてもらったのよ。わかる?」

 

「はいぃ……」

 

「本当にそれが分かってるなら許してあげるわ。よかったわね寛大な妹をもって」

 

「すいませんでしたぁ……」

 

 

 白雪のアシストもあり、なんとか許しを得られた模様。なお吹雪のメンタルはビル爆破後のように綺麗に粉砕されている。涙目である。

 

 

「……ねぇねぇ白雪ちゃん」

 

「どうしたの初雪ちゃん? そんなひそひそ声で」

 

「叢雲ちゃんが機嫌悪くなったのってさ、大好きな提督をバカにされたからだよね」

 

「……絶対にそれ叢雲ちゃんに聞かせないでね?」

 

「ツンデレ乙だよね」

 

「本当にやめてね? フリじゃないからね?」

 

 

 その後はなんとか吹雪のメンタルも持ち直し、白雪クッションをフル活用しながらの姉妹艦コミュニケーションがはかどったとかなんとか。

 

 

 

・・・

 

 

 

 秘書艦の叢雲がそんな感じで仲直りしてる時、上司である提督は苦難に襲われていた。

 

 

 

 

「まあまあ、鯉住大佐、グラスが空になっているじゃないですか。夕雲がおかわりをお持ちしますね。……え? そんなに気を遣わなくてもいい? うふふ、いいんですよ、夕雲に甘えてくれても。うふふふふふ」

 

「なーなー大佐よー、長波様の艤装もメンテしてくれよなー!!

演習見てたけど、普通の艤装と全然性能違うじゃねーかよー! ……え? 明日には帰らないといけないから無理? いいじゃねーかよー、もう2,3日ゆっくりしてけよー!! なーなー!!」

 

「あの……鯉住大佐、高波からお願いかもです!! 高波のことも部下の皆さんみたいに鍛えてもらえないでしょうか!! あのあの……高波の夢は姫級に単艦突撃して撃破することなんです!! ……え? 自分はそんな戦闘狂を育てられない? め、迷惑なのは承知してますけど、そんなわかりやすい噓つかないでほしいかもです!! 本気なんです!!」

 

 

 すごい困った。いやホントに。

 

 

 遠い目をする鯉住君である。

 交流会が始まり、部下が交流し始めたのを見届け、鈴木大佐と軽く言葉を交わし、やっとひとりでのんびり食事を楽しめると思った矢先にこれ。

 夕雲型による強襲が始まってしまったのである。

 

 ひたすら世話を焼きたいオーラ全開なニコニコ長女に、つよい艤装が欲しくてたまらない勇猛果敢四女、そして鬼ヶ島適性(修羅適正)をプンプン匂わせている戦闘狂六女。

 この厄介にしてクセの塊みたいな3名にそれはもう絡まれてしまったのだ。

 

 他にも夕雲型は居るには居るが、他のテーブルで慎ましく食事を楽しんでいる。

 ゲストに一気に距離を詰めるコミュ力お化けムーブをしでかせるのは、この3名だけだったらしい。

 

 ちなみに物理的にも距離が詰まっている。具体的にはゼロ距離である。四女と六女は両手にぐいぐいカラダをひっつけて、言うこと聞いてとアピールしている。

 悪気が無いので怒るに怒れない。たぶん怒っても無視されて構え構えとアピールされ続けるだろうが。

 

 

 本当にやめてほしい。本能が喜んじゃうからこそやめてほしい。

 

 

「あの、みなさん。私は明日帰る身ですし、鈴木大佐の鎮守府で余計なことはできませんので、離していただいて……」

 

「なんだよー、固いこと言うなって! アタシ達の強化は誰にとってもいい事しかないんだから、大丈夫だってば! 提督だって『うん』って言うに決まってるからさー!!」

 

「そ、そうですよ、長波姉様の言う通りかもですっ!! 高波が姫級を単艦撃破出来るくらい強くなれば、ぜっっっったいラバウル基地全体のためになるかもです!!」

 

「いやあの、言うことは分からなくもないですが、一旦それは鈴木大佐を通していただいてですね……弱ったなぁ……」

 

「うふふふふ、そんなに困った顔をされるとゾクゾクして……いえ、使命感に駆られてお世話してあげなきゃって思っちゃいます。ええ、これはもう世界の真理みたいなものですよね。何か私にお手伝いできることはありますか? なんでも言ってくださいね」

 

「何か怖いこと言ってるのは聞かなかったことにしますね。それはそれとして、私が困ってるの分かってるなら、夕雲さんには妹さんたちを止めてほしいんですが……」

 

「かわいい妹たちの普段滅多にないワガママなんですから、夕雲としては聞いてあげたいんですよ。かといって他所様の鯉住大佐に妹の負担を丸投げするなんて、長女として失格オブ失格……

ですからね、名案があります。鯉住大佐と私との二人三脚で問題解決に取り組めばいいと思うんですが、どうですか?」

 

「なんかすごい事言ってるぅ……えー、それは鈴木大佐に相談してもらってですね。というか別の鎮守府所属なのに二人三脚とか不可能では……?」

 

「出向という制度が日本海軍にはあるんですよ?」

 

「ひえっ」

 

 

 ダメである。こうなってしまった夕雲型駆逐艦は言うことを聞かない。

 佐世保第4(加二倉さんのところ。鬼ヶ島)と横須賀第3(一ノ瀬さんのところ。将棋の国)でめっちゃ体験したから嫌でもわかる。

 物腰が柔らかかったり無邪気だったり弱腰だったりしても、なんだかんだみんな頑固なのだ。自分の意見を曲げないのだ。そんなところだけ海軍魂を見せつけないでほしい。

 

 こんな感じになった清霜は全力で遊んであげないと満足しなかったし、早霜は不機嫌になった時は晩酌に付き合ってあげないと数日は不機嫌だった。

 横須賀第3の夕雲と風雲は変態の秋雲の世話で忙殺されてあまり絡みがなかったが、巻雲は機嫌がいい時それはもう容赦なかった。ニコニコしながら将棋で精神的に追い込んできた。手心は建造炉の中に置いてきてしまっていたのだろう。

 体力の限界でぶっ倒れたときに、お姫様抱っこで風呂まで運ばれて脱がされて混浴させられた時は死にたくなった。小中学生に介護される青年とかいう地獄みたいな図だった。

 

 それだけならまだいい。いや、よくはないけど。

 特に清霜は体力の限界まで遊ぶので、遊び相手になるのはどんな訓練よりもハードな体力消費となっていた。命の危険という意味でよくなかった。

 巻雲については『機嫌よさそうな小中学生にお互いタオル1枚で良からぬことをさせる青年』という図が良くなかった。犯罪的な光景という意味でよくなかった。

 

 それはさておき、満足するまでなんかに付き合わないといけない以上にマズいのは、夕雲型の距離感の近さである。こんな感じになってる時の夕雲型は、例外なく物理的にべったりなのである(鯉住くん調べ)。

 

 ただでさえこっちの話聞かないうえに、物理的にも接触してくるので非常に精神に悪い。

 今回については、高波はまぁ大丈夫だが、残りふたりにべたべたくっつかれるのは非常にまずい。何がまずいって感触がまずい。胸である。

 

 こちとら普段からそれはもう我慢しているのだ。佐世保第4で習慣づけられた筋トレで体力消費することで多少は押さえられるが、辛抱たまらんようになることも多いのである。

 常に妖精さんがひっついているので、自室でもひとりではないのである。朝起きて中学生がやってしまうようなアレをやってしまったと気づき、まだ寝ている妖精さんに気づかれないように下着を手洗いしに行った時の惨めさは、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 

 そんなんなるくらいには溜まっているのである。提督として着任してからの自分は膨れた風船みたいなものなのだ。硬い針で一突きされるだけでパンと弾けてしまう。実際は逆に柔らかいものでムニッとされると弾けてしまうのだが。

 

 そういうわけで、現在頭の中ではサケの産卵ムービーが大絶賛放映中である。自然の神秘と雄大さを感じていないと、生き物の本能が鎌首をもたげてくるのである。物理的にも下の方で鎌首をもたげてくるのである。 

 

 

 夕雲型はこわい。鯉住くんの中で評価が定まった瞬間だった。

 

 

「とにかくですね。おふたりは離れてください。夕雲さんも落ち着いてください」

 

「そんなこと言ってうやむやにする気だろー!?」

 

「食らいついたら離さないかもです!!」

 

「あらあらうふふ」

 

「ダメかなこれ、ダメだろな……って、鈴木大佐ぁ!!」

 

「あー、うむ」

 

 

 救世主登場である。あまりにもあまりな状況を見て、彼女たちの上司が来てくれたようだ。

 

 

「お前たち、鯉住大佐が困っているだろう。言う通りに離れろ」

 

「「「 えー 」」」

 

「えーではない。まったく……すまんな鯉住大佐。普段ならば3人とも客人に迷惑をかける真似はしないのだが」

 

「いえいえそんな、本当にありがとうございます……」

 

 

 本当に残念そうにしぶしぶ距離を取る夕雲型暴走艦3名。ホッとした鯉住くんの瞳にようやくハイライトが帰ってきた。息子も元気にならずに済んだ。

 今の鯉住くんにとって鈴木大佐は救いの神そのものである。今日だけで彼に対する好感度が急上昇ストップ高である。ギャルゲーなら攻略余裕なレベルだ。

 

 

「こちらが悪いのだから感謝されては申し訳ない。それよりも、先ほどの彼女らの提案、鯉住大佐としてはどう思う?」

 

「どうもこうも、流石に俺にはもう余裕がありませんので、申し訳ありませんが……」

 

「だろうな。通常業務に加えて、大本営とラバウル第1の主力研修に、甘味工場の運営、大規模作戦の総督府としての下準備……とてもではないがこれ以上抱え込ませるのは気が引ける」

 

「いやもうホントにその通りで。すいません、本当は彼女たちの望みを叶えてあげたいんですが」

 

「その気持ちだけで十分だよ」

 

「オイオイ提督、長波様は十分じゃないぞ!! 気持ちだけじゃなくて行動もくれよ大佐ー!!」

 

「か、かもです!! すごい人たちの研修に高波も混ぜてもらうだけでいいので、負担にはならないかもですっ!!」

 

「うふふ、その負担を減らしてあげるために、夕雲もお供するべきでは?」

 

「お前ら……何を言っているんだお前ら」

 

「うわぁ……」

 

 

 押しが強すぎる。提督に『この話は終わり! ハイおしまい!』と完璧に打ち切られたのに食い下がってきた。夕雲型こわい。

 

 

「いや本当にスマン、鯉住大佐。普段はこんな聞き分けがない部下ではないのだ。

……お前たちは少し冷静になるために、たった今から厨房の手伝いに入るように。その有り余った行動力を消費してこい。これは命令である」

 

「「「 そんなー…… 」」」

 

「どうにもならんと受け入れろ。ほら行け」

 

「「「 はーい…… 」」」

 

 

 心底渋々といった様子でトボトボ厨房に向かう3人。何度もこっちを振り返っているあたり、後ろ髪ひかれまくりなのだろう。

 ともかくこれで嵐は去った。鯉住くんの中での鈴木大佐の好感度がまた上がった。さっきストップ高になったはずなのにまだ上がるとは、インフレーションが激しい。

 

 

「鯉住大佐は本当にすごいな。初雪が言っていた艦娘バキュームというのはこういうことだったか」

 

「いやなんすか艦娘バキュームって。俺は別に特別な事なんてしてませんし、勘違いだと思いますが……」

 

「勘違いでは夕雲たちはああはなるまいよ。艦娘から見て頼れると感じる何かがあるということだろう。鯉住大佐は提督が天職だと思うよ」

 

「俺はそうは思えないんですよね。現場指揮の才能はからっきしですし。個人的には一介の技術屋のままでもよかったと思ってるんですが」

 

「……まぁ私から言えることはそこまで多くないが、それは部下の前では言わんほうがいいな」

 

「あー……上が自信なさげにしてたらマズいですもんね。忠告ありがとうございます」

 

「それは少し違……まぁいい。とにかくもっと自信を持っていいと思うぞ。……では、他を周るのでこれで」

 

「わざわざ困ってるところ助けていただいて、ありがとうございました!」

 

 

 鈴木大佐としては、鯉住くんが『提督にならなくてもよかった』と部下に伝えるのは『お前たちと出会わなくてもよかった』と伝えるのだと同義だと言いたかった。

 

 しかし、それを伝えるのは悪手である。

 さっきの夕雲型3人の暴走を鑑みるに、色恋関係で鯉住くんになんか言うのは地雷原を駆け抜けるのと同じくらい危険と判断できる。

 なにせ初対面の3人があの有様なのだ。初顔合わせでどんだけ懐いてるんだ。交流を続けたら親愛度が急上昇するのは想像に難くない。

 

 それを思うと、ずっと一緒に居るあの規格外艦娘たちがどれだけ焦らされているのかわかったものではない。

 釣った魚にエサどころか水も与えてない鯉住大佐のことだ。そこらへんに特大の恋愛爆弾が起爆寸前で放置されてるなんて想像もしてないだろう。どうせ『あくまで上司と部下の関係』なんて考えてることだろう。

 恋愛の機微をちょっとは考えろと声を大にして言いたい。穴でも掘って叫んでやりたい。お前愛されまくってるんだから満足させてやれと言ってやりたい。

 

 まぁ、ノータッチ以外の選択肢はないのだが。

 自分で解除できない特大爆弾を一緒に解除しようとして大爆発するなど御免こうむるのだ。だから心の中でこう言うしかないのである。

 

 

 頑張れよ、鯉住大佐。

 

 




これでお隣さんへの訪問は終了です。いやぁ、
なんとなく入れた話なのに長くなってしまいましたねぇ



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第169話 そんなこと言ってたねそういえば

今回のお話は、ラバウル第9から帰ってきた時点からのものです。

夕雲型強襲艦3名は置いてきました。全員まるで諦めていないそぶりを見せていたので、鯉住くんは背中に寒いものを感じているそうです。



 短いようでなんかやたらと長く感じた視察も終わり、ラバウル第10の一行はホームグラウンドに帰ってきた。

 色々な交通機関を経由して1日ないくらいの距離なため、出発する時には顔を出していなかった太陽が、今現在は月に選手交代してしまっている。

 

 少しばかり疲れを抱えたカラダで車から降りると、もうすぐ到着すると連絡を入れていたからか出迎えが待機してくれていた。

 

 

「皆さんおかえりなさい! ご近所付き合い、上手くいったみたいですねっ!」

 

「おう明石、出迎えありがとな」

 

「おかえりなさいのチューでもしよっか?」

 

「やめてくれ。それより、こっちでは変わったことはなかったか?」

 

「いやー……あるんだよね、それが。しかも現在進行形で」

 

「……マジ?」

 

 

 頭をかきながら苦笑いする明石を見て、ああこれはアカンやつだなと察する鯉住くん。

 明石とは長い付き合いのため、様子を見れば何考えてるかくらいわかる。今回の反応は『明石自身ではどうしようもないから手を貸してほしい』といった時に出るものである。呉でメンテ技師やってた時、大規模作戦中の繫忙期にそこそこ見た反応なのだ。

 

 大規模作戦中に艦隊が全員中破以上で帰ってきたときなんかは、いくらなんでも明石ひとりでは抱えきれず明石の仕事の早さについていける者はほぼおらずということで、鯉住くんにヘルプを頼むのが常だった。

 

 ……なんだかんだ言って明石のことは背中を安心して預けられる相手だと思っている鯉住くん。そんな彼女がヘルプを出すほどの事態。ロクでもないことが起こっているに違いない。

 

 考えられるところだと、会議を終えた後もバカンス気分で滞在し続けている連中が何かやらかしたとか、アークロイヤルか天城、もしくはコマンダン・テストの誰かがうっかりアッチの姿(深海棲艦・姫級)をお披露目してしまったとか、その辺だろう。

 前者は明石じゃどうにもならないというか鯉住くんにもどうにもならないし、後者は明石じゃどうにもならないけど鯉住くんなら場を治められる案件である。

 前者じゃないといいなぁ、でも多分前者なんだろうなぁなんてあきらめムードを漂わせつつ、鯉住くんは覚悟を決めて詳細を聞くことにした。

 

 

「あまり聞きたくないけど、何が起こってるか教えてくんない?」

 

「ふたつあるんだけど、どっちから聞きたい? 良い方と悪い方」

 

「明石お前それ、差し引きマイナスになるやつじゃないだろうな?」

 

「なんとも言い難いから聞いてから判断してよ」

 

「嫌な予感しかしねぇんだけど。明日でよかったりする?」

 

「私抱えてたくないから、さっさと話して楽にさせてよ。それに明日の報告は状況的に無理だから」

 

「緊急性があるとか輪をかけて嫌だなぁ……」

 

 

 ホントに何が起こってるんだろうか?

 明日まで引き延ばせない程度には緊急性があり、今ここでのんびり話していられるくらいには余裕がある。そんな案件。

 

 考えても分からないので、覚悟を決めて確認することに。

 

 

「はぁ……よし、覚悟決まった。明石、報告してくれ。良い方からで」

 

「オッケー。良い方はね……」

 

「……良い方は?」

 

 

 

 

 

「ウチに残ってたお客さんたちが帰りました!!」

 

「よっしゃあ!!」

 

 

 マジもんの朗報であった。

 そろそろ帰るなんて言いながら、長いこと南国バカンスを楽しんでいたメンツ(横須賀第3、佐世保第4、トラック第5の皆さん)が、お隣さんに挨拶に行っている間に帰ったらしい。

 帰る時くらい提督に一報入れてけよと思わないでもない鯉住くんだったが、これで変態パパラッチや変態盗撮魔や変態絵師の恐怖におびえることがなくなり、阿修羅達によるプレッシャーや忍者たちによるスニーキングに心ざわつかせられることもなくなるのだ。もうこの際、鎮守府の長である自分に無断でどうこうしようと些細な問題なのだ。

 

 明石から詳しく事情を聴くと、それぞれの第1鎮守府から緊急招集がかかったとのことで、その関係で帰宅の途に就いたとかなんとか。

 その話を鑑みるに、日本海軍全体で何か大きな話が動くのかもしれない。そうなると自分たちのところにラバウル第1から連絡が来てないのが謎だが、まぁ何か考えがあるのだろう。

 

 ともかく、ようやく普段の鎮守府が戻ってきたのだ。喜びで笑顔になってしまうのも許してほしい。自分と部下を鍛えてくれた大恩ある先輩方だが、それはそれこれはこれなのである。

 一応滞在費としてかなりな額を貰ってはいたが、リネンと食事を筆頭とした生活にかかる人的負担がだいぶ大きかったので、そこから解放されたのはかなり嬉しいところだ。

 

 これでようやくゆっくりできるし、日常業務以外のやりたかったことも出来るしさせてやれる。

 

 

「いやぁめでたいな! 今夜は赤飯にするか!?」

 

「いやもう晩御飯食べちゃったから。明日の献立にする?」

 

「明日は栗ご飯だろ? それはそれでおいしいから変更はなしで!」

 

「テンション高いなぁ。……で、心の準備できた?」

 

「……なんの?」

 

「とぼけちゃってぇ」

 

 

 明石はニヤニヤしている。久しぶりに提督をからかえてご満悦なのだろう。

 対して鯉住君は目を逸らしている。ここで話をぶった切ることができれば胃に優しいのだ。本心としてはぜひそうしたい。

 

 

「さっき言ったけど、もうひとつ報告あるんだよね」

 

「……なかったことにして解散しない?」

 

「現実逃避はよくないよ~? それじゃ悪い方の話するね」

 

「あ゛ー!! 聞きたくない!!」

 

「諦めよっ! 何があったかというとね……」

 

 

 

 

 

「お客さんが来ました。団体様で」

 

「???」

 

 

 何言ってんだろうかこのピンクは。

 たった今お客さんが帰ったって言ったばかりだろうに。ここが名のある温泉宿とかリゾートホテルだったとしたら、次の団体客が来るのはわかる。商売繁盛というものである。

 だがここは鎮守府。見た目が鎮守府じゃないとはいっても、誰がなんと言おうと鎮守府なのである。団体客の予約とかそんなサービスはしていない。

 

 これには話の筋がまるっきり読めず、鯉住くんは頭をかしげながらクエスチョンマークをだしている。後ろで話を聞いてたお出かけ同行メンバーも似たような反応をしている。

 

 いったい誰が、いや、どんな団体が来たというのだろうか……?

 

 

「全然わかんないって顔してるね。それじゃ実際に見にいこっか」

 

「いや、うん、まぁ……おう」

 

 

 ニヤニヤ笑う明石に『コイツ楽しんでやがる……』と不満を抱きながらも、鯉住くんは秘書艦の古鷹と一緒についていくことにした。

 ちなみに他のメンバーは解散。筆頭秘書艦の叢雲はちょっとゴネたが、吹雪とのやりとりで疲れていたので古鷹に役を譲った形となる。しぶしぶではあったが。

 

 

 

・・・

 

 

 屋外プール

 

 

・・・

 

 

 

「なぁにこれぇ」

 

「ね? 私じゃどうしようもないでしょ?」

 

「だろうけどさぁ……古鷹、任せていい?」

 

「絶対無理ですし嫌です。提督じゃないとどうにもなりませんよこれ……」

 

「やっぱりぃ……?」

 

 

 とぼとぼとやってきた3人の目の前では……

 

 

 

 

 

「暗イ水底ニィ、沈メェッッ!! 殴リ合イダ、オラアアッッッ!!!!」

 

「ハァ、野蛮人ハコレダカラ……艦隊ノちからハ護ルタメニアルノ、オ解リ? ……きゃっち」

 

「コッチに寄越セェ!! 私ガ決メルゥ!! どらむ缶抱エテ、沈メェェェッッ!!!」

 

「どらむ缶ナンテェ、持ッテイマセンコトヨ……? 帽子ダケジャナク頭ニモふじつぼガ湧イテルンジャアリマセンカァ……? ハイきゃっち。容易ク、コノヨウニ」

 

「イイゾー、ヤレヤレー!! どっぢぼーるハ楽シイワネェ!! イケッ! しゅーとっ!! ソコヨッ!!」

 

「ア、オ帰リ。オ邪魔シテルヨ」

 

 

 見たことある2名が、見たことない4名による水中ドッヂボールを見学していた。

 これには鯉住くんも困惑。もちろん古鷹も困惑。困惑する鯉住くんを見て明石はニッコリ。

 

 

「あー、えーですね、いったいいつこちらに……?」

 

「昨日ダヨ。太平洋全域カラ来レル奴集メテクルノニ時間カカッチャッテネー」

 

「来れる奴っていうと……?」

 

「艤装達ノ井戸端会議デ、めんてなんすシテモラウト最高ニ気持チヨクナルッテ知レ渡ッチャッタカラネ。オ仕事ガ暇デ艤装連レテ来レル奴ダケ連レテキタヨ」

 

「あっはい……」

 

 

 どうやら以前に深海棲艦(クソ強姫級)の艤装をメンテナンスした後に、井戸端会議で噂が広がってしまったらしい。『あそこにいけば体調めっちゃ良くしてくれる上に美味しいお菓子までくれる』みたいな。というか『艤装の井戸端会議』のパワーワード感がすごい。

 現にその時メンテしたアンドレくん(マッチョマン)とタッフィーくん(わんこ)も奥の方の港に居るのが見えるので間違いないだろう。

 

 呆気に取られていたが、現状把握はしなければならない。とうわけで、改めて目の前を見渡す鯉住くん。

 

 

 

・・・

 

 

 

 目の前にいるふたりの情報は、それぞれこんな感じ。

 

 

 

 まずはドッヂボールを応援している黒髪ロング超絶グラマラス白肌黒ドレス美人。

 彼女は以前もここに来たことがある。その際には間抜けにも、艤装(アンドレくん)に髪を盛大に巻き込まれたあげく、それを同行者に無理矢理引きちぎられて禿散らかしてしまった、なんてことがあった。ルー語体得者にしてドジっ子でもある。

 彼女は日本海軍的には戦艦水鬼改とカテゴライズされる容姿だが、実力はその範囲に収まらない。鯉住くんには知る由もないが、米海軍により『CN:MeteorRain』の呼び名が与えられた特級危険物である。

 

 そして現在鯉住くんと話しているツインテール短パンノースリーブ白肌グラマラス美人。

 彼女も以前ここに来たことがあり、その際は艤装(タッフィーくん)のメンテをじっくり見ていた。ペット想いの飼い主なのかもしれない。しかしタッフィーくんにプレゼントしたはずの飴ちゃんを勝手に貪り食っていたので、ペット想いというよりは自身の好奇心が強いだけなのかもしれない。

 彼女は日本海軍としては未邂逅のため名称がないが(名称がつけられるとしたら護衛棲水姫)、米海軍では『CN:ThunderBird』と呼ばれSSS級の危険度とされている。もちろんこちらも鯉住くんが知る由はない。

 

 

 このふたりが以前鎮守府に突撃してきたメンバーである。

 そしてここからが初見の人たち。初めて見る彼女たちへの鯉住くんの感想としては以下の通り。

 

 

 

・・・

 

 

 

 なんかすごいガラが悪そうな喋り方してるのがひとり。テンション高いし怖い。

 ギザギザな黒バンダナ(?)と黒マスクをしていて、頭にはヒトデ型の髪飾りがいくつものっている。服装はフリルワンピースのようだが胸元がヘソまで空いているという痴女仕様。それはもうバルンバルンなため、正直目の毒でしかない。絶対重巡か戦艦だろう。あとボン〇ーマンみたい。

 

 そして彼女が目の敵にしてるっぽいちびっこ深海棲艦。こっちはかなりシンプルな見た目である。

 ヒトの下顎っぽい首輪をしてるのは深海棲艦っぽいが、その他はそんなにインパクトが無……くはない。なにせ上は面積少ないビキニ、下はピッチリしたレザーパンツである。なんだこの組み合わせ。ちびっこなので興奮はしないで済むが、独特のセンスすぎて少し心配である。

 たぶん駆逐艦だと思うが、痴女ボ〇バーマンからの剛速球を普通にキャッチしてたパワーを考えると、駆逐艦かどうか怪しいものだ。まぁ深海棲艦相手に常識は通じないのでよく分かんないのは仕方ない。

 

 そしてちびっこからパスを受けた深海棲艦。うるさすぎる鳥海さんである。

 頭の帽子オシャレですね。うるさすぎるけど。あと胸からおへそにかけて肌を出す服装は精神衛生上よくないのでやめてください。それとうるさすぎるのでボリューム落としてください。

 

 クソうるさい鳥海さんからのこれまた剛速球をキャッチしたのが、妖精さんたちが夏を刺激しそうな衣装に身を包んだお姉さん系美人。たぶんその衣装を水着と言い張れるのは日本の某有名アーティストと貴女だけです。というかその服装で激しく動かないでほしい。胸がポロリしそう。見たくないというかむしろ見たいけど、世間体的に死ぬので落ち着いてほしい。

 あと言葉はすごい丁寧語なのに煽り散らかしていてなんかこわい。こういうのを慇懃無礼といのだろうか。

 

 

 総評:〇ンバーマン・ちびっこ・騒音・T〇R

 

 

 あ、よく見ると向こうの海で艤装達がビーチバレーボールでトス回ししてる。

 アンドレくん(マッチョ)とタッフィーくん(わんこ)が実に楽しそうだ。周りに居るロブスターくん、タラバガニくん、オウムガイくん、アンモナイトくんたちは、たぶん目の前の集団の艤装なんだろう。みんなしてキャッキャとトス回ししている。和むなぁ……

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんなことを考えながらボンヤリしていると、目の前のツインテール美人から話しかけられた。

 

 

「ドシタノ? 気ニ入ッタ奴デモイタ?」

 

「いやー……みんな個性的だなぁって」

 

「フゥン。マ、イイケド。ソレデサ、アイツラノ艤装モめんてシテ欲シインダケド」

 

「やっぱそうなります?」

 

「ソリャソウデショ。ソレニ前ニ言ッタジャン、『マタ来ルヨ』ッテ」

 

「……言ってたなぁ、そう言えば……」

 

 

 当時の記憶がよみがえる鯉住くん。確かに言ってた。『またね』って。

 しかしこんなに増量キャンペーンしてくるとは思っていなかった。そりゃ遠い目もしてしまう。

 

 不幸中の幸いは、奇跡的に目の前の深海棲艦ご一行とこないだまで居たバカンス艦隊がブッキングしなかったことだろう。

 ブッキングしてたら絶対地獄絵図になってた。自分がまとめられるのはどっちか片方だけである。ラバウル第10基地は1団体までの宿泊しか対応しておりませんご了承ください。

 

 鯉住くんがそんなことを考えつつ、艤装達のボール遊びを見て癒されつつしていると、その奥の海が……

 

 

「んんん? 海が……盛り上がってる……? いやそんなワケ……明石に古鷹、俺の目おかしい?」

 

「いやぁ、盛り上がってるねこれ……」

 

「おかしいのは現状であって提督の目じゃないですね……」

 

「ア、来タ来タ。一組遅レテ来ルコトニナッテタノ」

 

「えっと……っ!?」

 

 

 盛り上がった海の真ん中から、激しい勢いで汽笛のような轟音と共に10m近い水柱が上がる。その正体は……

 

 

「噓だろ!? シロナガスクジラ!?」

 

 

 全長10mに届くかというクジラが姿を現す。そしてその背に立っていたのは……

 

 

「ヨウヤク辿リツイタッ!! 嬉シイゾッ!! 私ノ全テヲ、歓迎シテモラオウカッ!!」

 

 

 少し小柄ではあるが、これまた二つ名個体クラスの迫力を持つ姫級だった。

 

 

「ひとり増えたよ……」

 

「全員揃ッタトハ言ッテナイデショ?」

 

「そりゃそうですけど……」

 

「アトサ、アイツダケド、アンタニ是非会イタイッテ言ッテタヨ。スゴイ気合イ入ッテルカラ」

 

「なんでぇっ!?」




そろそろ最終章かな~


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第170話 なるようになーれ

巻頭おまけ
かんたんなお客さんプロフィール(名称は日本海軍準拠。原作での名前ともいう)


・戦艦水鬼改
マッチョマン艤装の主人。超強い。艤装の方がしっかりしてるので、本当の主人は逆なのでは?と周りからは思われている。アホの子。うさんくさいルー語で喋る。

・護衛棲水姫
わんこ艤装の主人。超強い。相方の戦艦水鬼改のお守りみたいな存在。けっこうしっかりしてる。裸足。

・南方戦艦新棲姫
ロブスター艤装の主人。すごい強い。基本的にブチ切れてるので、自分の艤装からすらもうっとおしがられる事が多い。喧嘩上等。

・戦艦新棲姫
タラバガニ艤装の主人。すごい強い。防御面でとんでもない実力を持つ。見た目はちんちくりんだけど実は戦艦級。

・ルンガ沖重巡棲姫
チョッカクガイ艤装たち(鯉住くんはアンモナイトだと勘違いしてる)の主人。かなり強い。うるさすぎて艤装たちから疎ましがられている。米海軍を何度もボコしている。

・バタビア沖棲姫
オウムガイ艤装たちの主人。かなり強い。言葉遣いは丁寧だけどSっ気が強い。艤装たちとは仲良しな軍師タイプ。米海軍を間接的にボコした。

・太平洋深海棲姫
シロナガスクジラ艤装の主人。超強い。美味しいご飯がなにより好きだが、それをダシに人間に利用されかけてブチ切れた経験あり。こちとらご飯食べてるのよ!!無粋な話するなら消えなさい!!(消した)



 目の前を見る。美白を通り越して真っ白な肌をした高身長美人がずらり。深海棲艦のお姫様が目白押しという謎の状況だ。いやホントにどうしてこんなことに……

 

 パッと見でわかる戦闘能力の高さがなんていうかヤバい。そもそも面識ある2人については、ウチのアークロイヤルと天城コンビと接戦したくらいヤバいと知ってるけど、他の皆さんも十二分にヤバそうな気配がする。

 深海棲艦なのに非常に理性的っぽいので、間違いなくそこら辺の姫級とは格が違う。普通の深海棲艦は人類滅すべしみたいな本能に従って生きてるから、ドッヂボールなんかで遊んだりしないもの。理性的だったら人の家で勝手にドッヂボールするのはおかしいってツッコミはこの際置いておく。

 

 こちとら人間だよ? この中の誰かひとりの機嫌でも損ねて、パンチ一発でも喰らおうものなら、問答無用でバラバラになる自信がある。

 なんでそんな緊張感の中、色々仕切らなきゃならんとですか? 胃が痛いです。

 

 そして下世話な話だが、彼女たちの見た目がこう……ムラムラしてしまう。

 ひとりを除いて誰も彼も出るとこ出まくってへこむとこへっこみまくっている。まぁそれだけなら部下たちで見慣れてる(目の毒ではある)けども、その服装がみんなしてアレなのである。男性特効甚だしいのである。

 胸元からヘソ下まで丸見えってどうなのさ日向? パリコレでもこんな奇抜なファッション見ないと思う。目のやり場に困るというか見るだけでセクハラ判定受けそう。つらい。

 

 深海棲艦に欲情するとか正気ですか!? という至極まっとうなツッコミを受けそうなものだが、日頃から性欲と戦っている身であるので大目に見てほしい。

 空腹状態なのに目の前にごちそうが並びまくっているのを我慢し続けているようなものなのだ。据え膳をさっさと食えよ! なんてことを据え膳自体から言われているような状態なのだ。この際少しくらいゲテモノ料理っぽくても『すげー美味そう』と感じてしまうのはホントわかってほしい。

 

 なんというか、色々危ないので正直すぐにでも帰ってほしい。

 艤装のメンテはするから、本人たちには先に帰ってもらって、艤装くんたちだけ残ってもらうってのはどうですかね……?

 正直彼らだけなら全然ウェルカムである。むしろ毎日来てくれていいまである。だってかわいいもの。見てみなよ、あのビーチボールでトス回しして遊んでる姿。

 キャッキャしながらハサミとか触腕で器用にボールを弾いているのを見ると、心が落ち着く。この状況における唯一の癒し要素だよホントに。他のところに目を向けると一瞬で真顔になるくらい問題だらけなんだもの……

 

 

 ため息つきたい気持ちはすごいけど、現実逃避もそこそこに問題点をまとめてないと……

 

 まず第1に『身の安全を確保すること』。これがマストだ。

 お相手の戦力がバグみたいなものなので、下手をうつとウチどころかラバウル基地まるまる壊滅させられる、なんてことになっても不思議ではない。

 まぁこれについてはタッフィーくん(わんこ艤装)の主人でもあるツインテール姫級さん(仮称)がだいぶ理性的なので、誠実な対応しておけば大丈夫だろう。この場の大半を抑えられそうな実力持ってそうだし。勘だけど。

 

 そして第2に『最終兵器みたいな敵さんたちの武力を底上げしていいの?』という問題。

 これは前回も懸念していたんだけど、あの時は『戦闘前に警告して』という、人類にある程度は利のある提案を吞んでもらって帳消しにできた。

 今回も新顔の皆さんに同じ話してみてもいいんだけど……たぶん無理だと思うんだよなぁ。気性が荒い人が多いっぽいし、そんな話して機嫌を損ねると大惨事につながりかねない。うーん、どうしたらいいかわかんないなぁ……

 

 次に第3として『本当にあの海の生き物みたいな艤装たちをメンテできるの?』という問題。

 アンドレくん(マッチョ艤装)とタッフィーくん(わんこ艤装)のメンテができたので、他の皆さんの艤装も問題ないとは思う。前回一緒に頑張ってくれた明石と夕張も頼れるわけだし。

 しかし万が一ということもある。もしも他の、例えばあのロブスターくんだったりタラバガニくんだったり、オウムガイ……はなんかいけそうだな。ともかくメンテできない艤装がいたら、そのご主人にどう思われるかわかったもんじゃない。それでキレられたりなんかすれば、最悪バッドエンドだ。勘弁して欲しい。

 これについては全身全霊メンテをするしかないだろう。一応できるかどうかわかんないとは事前に断っとくけども。

 

 そして最後に『俺にめっちゃ会いたいって言ってたクジラ艤装のご主人』問題。

 ツインテール姫級さん(仮称)と黒髪ロングドレス姫級さん(仮称)は、前回こちらに来たときのことを、クジラ艤装のご主人にどう伝えたんですかね……?

 その姫級さんなんだが、他の姫級たちが身長2m越えてるっぽいのを見ると、自分と同じくらいの背丈で少し小柄といっていい。十分でかいので威圧感がないわけではないんだけど、それでも他のメンツよりだいぶマシだ。

 でもこっちのことニッコニコでガン見しているし、クジラ艤装の上で仁王立ちしてるしで、圧がすごい。なんか期待されてないですかねこれ……?

 

 

 どうしよっかなぁ……問題山積みだなぁ……

 今さらっと上げた問題だけでもいっこいっこ大変なのに、こっちのメンバーをどう動かしたらいいかとか、高雄さん……は連絡しても勘弁してくれっていうだろうから、大和さんに連絡入れないとだとか、つい先日帰った鬼ヶ島の皆さん(加二倉さんたち)を

呼び戻した方がいいかだとか……

 

 どうしようか……わかんねぇなこれ……

 

 

「チョットソコノぴんく髪ノ艦娘。アンタタチノ提督黙ッチャッタケド、ドウシタノサ?」

 

「あー……これはですね、今色々と悩んでる最中ですね」

 

「ナニヲ悩ムノサ? サッサト艤装ノめんてなんすシテクレレバイイノニ」

 

「まぁまぁ。提督も色々しがらみがあって考えることばかりで大変なんですよ。

まぁ見ててください。この窒息しそうなほど苦しい表情してる時はかなーり追い詰められてる時なんで、もうちょっとしたら面白くなりますから!!」

 

「提督ガ苦シンデルノニ、アンタハ楽シソウダネ」

 

「ウチの提督は追い込まれるほど頼もしくなるんですよ! 好きな人がリーダーシップ発揮して活躍してくれるのはたまらないですからね!!」

 

「ウワァ……ヤッパリココノ連中、オカシイ奴シカイナインダネ……」

 

 

 なんか不本意な罵倒を受けた気がするんだけど、そんなん気にしてる場合じゃなくて……有効的な打開策をどうしよう……早く結論出さないと……いっぺん大和さんに聞いてみる……? ダメだ、時間がかかり過ぎる……古鷹にアドバイスをもら……ああダメだ遠い目をして現実逃避してる……

 俺がなんとかしないと……鎮守府のトップとして……でもどうしたらいいか……

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 ……まぁなるようになるか!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

「……ハハハ!! 明石!!!!!!」

 

「わぁい! きたね修羅場モード!! なになに!?」

 

「館内放送の端末もってこい! メンテ班のみんなを召集するぞ!!

色々考えたが俺たちはとどのつまり技術屋集団よ!! 目の前に困ってる艤装達がいるなら、考える前に行動だ!!

全身全霊で直すぜ!! フルスロットルで最高のコンディションまでもってくぜぇ!!」

 

「カッコいい!! やっぱり私の隣は鯉住くんしかいないよね!! すぐに持ってくるよ!!」

 

「頼んだぞ明石!!」

 

 

 メンテ班として夕張に秋津洲、北上と、最近夕張から色々教わって孫弟子と化しているマエストラーレちゃんを招集!!

 そんでもって万が一の護衛になんとかしてくれるだろう天龍龍田姉妹も招集!!

 アークロイヤルと天城は頼もしいけど連鎖爆発しそうだからお留守番!!

 

 うーん! 完璧だな!!

 

 

 

「ナニコレ……ナニコレ?」

 

「あの……ウチの提督は追い詰められるとああなっちゃうらしくって……」

 

「コンナノ絶対オカシイヨ……」

 

「私もそう思います……」

 

 

 

・・・

 

 

 明石から無線を受け取り、メンバー招集中

 

 

・・・

 

 

 

「さて! みんなが準備完了してここに来るまでに、出来ることは済ませていこう!

まずは、そこのツインテール美人姫級さん!!」

 

「私ノコト? ナンナノソノ呼ビ方。美人ッテ言ワレルノハ嬉シイケドサ」

 

「なんて呼んだらいいかわかんないですから」

 

「マー私タチニハ名前ナイシネ」

 

「それだと不便ですね……では、わかりやすく飼い主さんでいいです? タッフィーくんのご主人ですし!!」

 

「ソンナ適当ナノ嫌ダヨ……マーイイカ。ソシタラコッチノ姿デ相手スルヨ」

 

「こっちの姿?」

 

「ソソ」

 

 

 こっちの姿って言うと……ってうわっ!! めっちゃ光ってる眩しっ!!

 

 

「……ハァイ。ちょっと疲れるけど名前ない方が不便だよね。こっちの姿の私はガンビア・ベイだよ。よろしく」

 

「おー、金髪美人さんだ。ガンビア・ベイさん、あらためてよろしくお願いしますね!!」

 

「一応深海棲艦が艦娘になるって異常事態なんだけど、全然動揺しないのなんなの?

えーと、フルタカだっけ? 貴女の提督本当になんなの? 無敵なの?」

 

「あはは……深海棲艦の皆さんが艦娘になるのは、アークロイヤルさんと天城さんで経験済みですので……」

 

「ああ忘れてた。あの変態魚狂いと結婚してたんだったね。そりゃ無敵だよね」

 

「アークロイヤルも天城も真面目で良くできた女性ですよ!!」

 

「ここでその返答おかしくない? ちょっと無敵すぎない?」

 

 

 なんかやれやれみたいな顔をしてるけど、まぁ気にすることでもないかな! 印象が悪いということでもなさそうだし!

 ということで、先ずはあちらのシロナガスクジラ艤装のご主人さんについて諸々解決してしまおう!!

 

 

「まーまー、俺のことは脇にでも置いておきましょうよ!!

そんなことより、あちらのスレンダーな美人さんは俺に何の用事があるのか教えてほしいなと!」

 

「誰にでも美人っていうのはどうかと思うよ? まぁいいか、オーイ、話聞くっていうからこっちにおいで!!」

 

 

 例の姫級さんが、ガンビア・ベイさんの呼びかけに応じて、待ってましたと言わんばかりに早歩きでこちらに向かってくる。

 うーん、近くで見るとやはり美人。スチュワーデスみたいな髪型と帽子の組み合わせ、ビスチェみたいな上着に脚が長く見えるよう切れ込みが入ったハーフパンツ。太ももの中ごろまであるロングブーツにスラリと伸びた脚。その全てがスレンダーな体形にぴったりフィットで非常に魅力的。自信ありげな表情もポイント高いですね。

 

 ……っと、初対面の女性にそんな色目を使うなど無礼千万。視線は相手の目に固定で紳士的にいかねば。

 

 

「ないすとぅみぃとゅー(初めまして)!! アナタノ噂ハソコノ『あほ』ト『ハダシ』カラヨ~ク聞イテルワッ!!」

 

「ナイストゥミィトゥートゥー(こちらこそ初めまして)!! どういう噂なのかわかんないですが、俺は鯉住龍太って言います! 日本海軍で提督やってます! よろしくお願いします!!」

 

「イイジャナイ、好感触ネ! ぽいんと高イワヨアナタ!

他ノ人類ミタイニ打算トカ恐怖トカ無イノハカナリびっくりヨ!!」

 

「ありがとうございます!!」

 

「うふふふ!! コレハ想像以上ニ期待デキルワネッ!!

今回アナタニ会イニ来タ目的ハタダヒトツヨッ!! アナタノ全部デ、コノ私ヲ盛大ニモテナシナサイッ!!」

 

「持て成しですか? お持て成しには自信ありますよ、こちとらっ!!」

 

「何モ聞イテナイノニソノ自信!? スゴクイイワアナタッ! 好キッ!!」

 

「貴女のような美人にそう言われるなんて光栄です!!

俺も素直な女性は好みですよ! それに貴女の艤装であるシロナガスクジラも大好きです!!」

 

「ヘェ!? ワカッテル、ワカッテルワアナタ!! ばるたー君ノドノ辺ガ好キナノカシラ? 言ッテゴ覧ナサイナ!!」

 

「でかい! 優雅! 海上から海底まで行動範囲が広い! 強い! 白くてかっこいい! でかい! 男のロマン! 世界最大の哺乳類! でかい! あのクジラくんバルターっていう名前なんですか? 名前が強そう!」

 

「アー!! イイワイイワ!! ドレダケ私ヲ満足サセレバ気ガ済ムノカシラッ!? この女タラシ!!」

 

「女たらしというのは女性を満足させられるということなので、誉め言葉として受け取らせていただきますね!!」

 

「ぽじてぃぶナノハ嫌イジャナイワ!! イツモ住ンデル深海ダト、ドイツモコイツモ辛気臭クテイケナイワ!! ココニ居ルコイツラハソウデモナイケド!!」

 

「恐縮です!! それで、俺は何をもって貴女をもてなせばいいんでしょうか?

実質ここは温泉宿みたいなもんなんで、人を寛がせる事に関しては他の鎮守府の追随を許しませんよ!!」

 

「ソコマデ言ウナンテ……はーどるガ尋常ジャナク上ガッテルワ!!」

 

「どんなハードルでも飛び越えて見せましょう!!」

 

「頼モシイワ……ヤダ、本当ニ好キカモ……!! ……デモ、私ヲ陥落サセヨウト思ッタラ甘クナクッテヨ!!

私ガ望ムノハタダヒトツッ!! 『ゴハン沢山食ベサセテ!! シカモ美味シイヤツ!!』」

 

「むむっ、料理ですか!!」

 

「ソウ!! 私ハ食ベルコトガ何ヨリモ好キッ!! 生キルコトハ食ベルコト、ソウデショウ!? ナラバ『食』コソガ『人生』ッ!! ワカルカシラ、コノ真理ッ!!」

 

「……素晴らしいですっ!! 貴女もアークロイヤルや天城と同じで、生き物に対しての愛と敬意がある!!

世間では深海棲艦は悪の権化だの人類の敵だのアレコレ言ってますし、俺も大筋はそれに賛成ですが、貴女のように尊敬できる人もいるというのは声を大にして世界に叫びたいですねっ!! 実際はややこしくなるのでそんなことできなくて歯痒いですが!!」

 

「ハー、好キ!! 私タチノコト、ヨクワカッテルジャナイ!! ネェアナタ、うちニ来ナイ!? ソレハモウ好待遇ヲ約束スルワヨ!? 今ナラ私モ着イテクル!!」

 

「ハハハ! 光栄ですが、大事な部下たちがいますので遠慮させていただきます。

それで料理の方ですが、もう暫く待ってもらってもいいでしょうか? 具体的には艤装の皆さんのメンテナンスが終わるくらい。

俺は提督なんてやってますが、根っこのところでは技術屋なんですよ。だから本調子でない艤装がいるなら、なにをおいても真っ先に見てやらないといけません」

 

「コレガじゃぱにーず職人……!! 素敵ネッ!!

モチロンイイワヨ、じゃぱにーず心意気ヲ見セラレタラ、引キ下ガルシカナイワ!!」

 

「ありがとうございます! やっぱり貴女は素晴らしい人だ!!

お待たせしてしまう分、私と部下で腕によりをかけて、質も量も満足度120%の食事を提供しましょう! してみせます!!」

 

「頼モシイワッ……素敵、抱イテッ!!」

 

「ハハハハハッ!!!」

 

 

 

 

 

「ねぇ、古鷹だったよね? いいの? このふたりほっといて」

 

「ガンビア・ベイさんでしたよね? 逆に聞きますけど、私がこんなの止められると思います?」

 

「貴女じゃ無理だね」

 

「分かってるならほっといてくださいよぅ……秘書艦なのに何していいかわかんない無力感に打ちひしがれてるんですからぁ……」

 

「貴女って秘書艦だったの? 苦労してるね」

 

「深海棲艦に心配されちゃった……うぅ……」

 




巻末おまけ
細かい方のお客さんプロフィール(名称は日本海軍準拠。原作での名前ともいう)


・戦艦水鬼改(転化体:アイオワ)
ノリで生きる自由人。鯉住くんのところのアークロイヤルとどっこいな実力者。
艤装は双頭マッチョマンのアンドレくん。彼の性格は生真面目な穏健派。鯉住くんとの約束(開戦前警告してほしい)を律儀に守っている。
圧倒的物量の面制圧砲撃により、射程内の敵を問答無用で沈める。でも実は近接戦の方が得意。
米海軍プロフでは『CN:MeteorRain(コードネーム:メテオレイン)』として、危険度SSS:untouchableという扱いを受けている。

・護衛棲水姫(転化体:ガンビア・ベイ)
話が通じる系の自由人。鯉住くんのところの天城とどっこいな実力者。
艤装は大頭ワンちゃんのタッフィーくん。彼の性格はだいたいわんこ。飴玉大好き。
UFOみたいなカクカク動きをするジェット機艤装を操る。人工衛星を単騎で全滅させた。
米海軍プロフでは『CN:ThunderBird(コードネーム:サンダーバード)』として、危険度SSS:untouchableという扱いを受けている。

・南方戦艦新棲姫(転化体:サウスダコタ)
常にブチギレてる系の自由人。実力は上ふたりから1段落ちる。
艤装はロブスター型のロブソンくん。彼の性格は頑固な職人肌。なんでも食べるが美味しいものは好き。
戦闘では相手を沈めきるまで狙いを変えない。タイマン上等。遠近どちらも得意。ロブソンくんに海底ケーブルをほとんど食べさせた。
人類未邂逅のため彼女の脅威は知られていない。

・戦艦新棲姫(転化体:ワシントン)
パンクロッカーみたいな恰好の自由人。実力は上ふたりから1段落ちる。
艤装はタラバガニ型のキングくん。彼の性格はとてものんき。なんでも食べるが美味しいものは好き。
守りがメチャクチャ固く、クリティカルはほぼ受けない。キングくんに海底ケーブルをほとんど食べさせた。
人類未邂逅のため彼女の脅威は知られていない。

・ルンガ沖重巡棲姫(転化体:ノーザンプトン)
鳥海改二にそっくりな爆音系自由人。実力は上ふたりから2段落ちる。
艤装はチョッカクガイ型のクラッカーちゃんとコーンちゃん。主人がうるさいので日々辟易としている。姉妹のコンビネーションは艤装仲間からも一目置かれるほど。
艤装の触腕一本一本から機銃を発射でき、縦横無尽の砲門からの対空射撃が得意。米海軍の空母部隊をおおいに苦しめた実績あり。
米海軍プロフでは『CN:CrazyScream(コードネーム:クレイジースクリーム)』として、危険度SS:disasterという扱いを受けている。

・バタビア沖棲姫(転化体:ヒューストン)
セクシーお姉さん系自由人。実力は上ふたりから3段落ちる。
艤装はオウムガイ型のロウトちゃんとズキンちゃん。2匹ともとてもおとなしい性格だがやるときはやる。基本的には主人の言うことをよく聞く。
戦闘において際立った特徴は持たないものの、普通に強い。指揮官タイプな性格なので、戦場にはあまり出ない。命令を順守できる程度の知能を持つ部下による米国イージス艦の『内部奇襲』を立案し、実行。その結果数十隻をほぼ無傷で鹵獲した。
人類未邂逅のため彼女の脅威は知られていない。

・太平洋深海棲姫(転化体:コロラド)
ごはんパクパク系自由人。実力は上ふたりと同じくらい。
艤装はシロナガスクジラ型のバルターくん。とっても寛大な心を持つイケメンだが、海山の斜面をズリズリ滑り落ちて遊ぶお茶目な面も。主食は海中のプラスチック。毎日数トン食べる。
バルターくんの高圧水流大放出(砂礫マシマシ)と、そこに紛れ込ませた大口径主砲の組み合わせが凶悪。実は近接戦が得意で、棒術で鯉住くんのところの天龍と張るくらい。シリコンバレーの海岸沿いを高圧ジェット土石流で更地にした。
米海軍プロフでは『CN:Moby-Dick(コードネーム:モビィ・ディック)』として、危険度SSS:untouchableという扱いを受けている。


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第171話 よくわかんなくても受け入れようね!

Q.なんでバルターくん(クジラ艤装)の主人は鯉住くんがごちそうしてくれるのをめっちゃ期待してたの?

A.タッフィーくんの主人(現ガンビア・ベイ)が鯉住くんにもらった飴ちゃんを配ったせい。敵対勢力を色眼鏡かけず見られる相手と期待した。あと日本のお菓子が美味しかった。


「いやー、結局みんな集まってきちゃったな! 参った参った!」

 

「そりゃ鯉住くんが館内放送で『みんな起きてるか!? 技術班はプールに全員集合!! 護衛として天龍龍田も!! それ以外でもいろいろ気になる奴は野次馬しにきてもいいぞ!!』なんて言うから」

 

「だって除け者にされたら嫌だろ? 昨日からお客さんいるって話だし、みんな気になってしょうがないと思ってな!」

 

「キミのそういうところ好きだけど、これだけ集まっちゃうと収集つかなくない?」

 

「……まぁなんとかなるだろ!!!」

 

「……それもそっか!」

 

 

 鯉住くんのアナウンスにより技術班が全員集まったのはいいのだが、別に来たい人は来てもいいという言葉通りに、それ以外のメンバーも全員集まってしまった。

 

 全員というのは本当に全員である。ラバウル第10メンバーだけでなく、普段は何処かに隠れている妖精さんたちや、研修でしごかれている4名もである。

 寝ていた者は仲のいい同僚に起こされて、仕事中だった者はキリの良いところで切り上げて、自室でダラダラしていた者は急いで着替えて集まってきた。

 任務で海に出ている者がちょうどいなかったので、全員集合と相成った。いくら異常事態に慣れているとはいっても、クッソ強そうな姫級が何体も昨日から滞在しているのだ。ほとんどのメンバーにとっては気になってしょうがない状況なのである。

 

 

「よーし、良く集まってきたなみんな!!

それじゃ技術班はこっちに集まって明石から色々聞いてくれ!! それ以外の野次馬たちについては俺から色々説明する!! 何か質問ある人!!」

 

「はい」

 

「ハイ叢雲!!」

 

「ツッコミどころしかない状況には慣れてきたけど……とりあえずひとつ。なんでアンタまたそんなテンションになってんのよ……」

 

「せっかくの珍しいお客さんだから、気合入れてもてなさないとだからな!!」

 

「ああダメねこれは……絶妙に会話が成立しないわ……」

 

「なんだかしらんがよさそうだな! ハイ次の人!!」

 

 

「あの……」

 

「ハイ研修生の葛城さん!!」

 

「えーーーーーーーと……なんて言ったらいいかその……常識的に考えて、そこで遊んでる姫級たちって、撃退とかしなくていいんでしょうか……?」

 

「戦力的に100%負けるのでケンカは売れない!! だからその線はナシ!! そうじゃなくても艤装メンテを頼みに来たお客さんだから、戦闘しないでもてなすけどな!!!」

 

「えっと、あの、そう、ですか……いいのかなホントに……?」

 

 

「それじゃ次の人!!」

 

「なぁ提督」

 

「ハイ天龍!!」

 

「一応俺と龍田は護衛って放送で言ってたけどよ、アイツら相手じゃ正直キツイぜ?」

 

「そこは問題ない!! ガチ戦闘はお互い望むところじゃないから、あくまで突発的な事故対応だと思ってくれ!! 俺は人間で脆いから、あちらさんがチカラ加減を間違えて挽き肉にされる、なんてこともあるかもだからな!!」

 

「あー、あっちが本気じゃなきゃいけるか」

 

「そういうこと! ハイ次!!」

 

 

(しつもんがありまーす)

 

「ハイ英国妖精シスターズの長女さん!!」

 

(あちらの ぎそうのみなさん とってもたのしそうでーす!! わたしたちも まざってきていいですかー?)

 

「おっ、いいぞいいぞ!! みんなで仲良く遊んでおいで!!」

 

(やったでーす!!)

 

「うんうん、元気が一番!! それじゃ次!!」

 

 

「いいかしら」

 

「ハイ、アークロイヤル!!」

 

「見知った顔はまぁいいとして、頭の弱そうな蛮族が何体かいるようだけど。admiralに狼藉を働くようなら私は許さないわよ?」

 

「気持ちが嬉しい!! でも護衛は天龍龍田に任せるから安心してくれ!!」

 

「……天龍なら心配要らなさそうね。ま、いざとなったら私と天城でケジメをつけさせてやろうか」

 

「ハハハッ、頼もしいよアークロイヤル!! では次!!」

 

 

「ねぇちょっと……」

 

「ハイ研修生の瑞鶴さん!!」

 

「ここで拷も……すごいキツイ研修受けたからなんとなく分かるようになったけど、あの姫級たちってどいつもこいつもヤバくない……? アークロイヤル並の怖気を感じる奴がちらほらいるんだけど……」

 

「いい目利きじゃないか! 研修頑張った成果が出てていいと思います!!

アークロイヤル、天城と同じくらいなのが3人。そこから一段落ちてふたり。もう一段落ちてふたりってとこかな!! ちなみに瑞鶴さんはあの中に混じると一番下か下から二番目の実力だから、もうちょっと努力しましょう!!」

 

「なんか腹立つんだけど……ていうかなんでそんなの大佐がわかるのさ」

 

「勘としか言いようがない!!」

 

「なにそれ……堂々と言うセリフじゃないんだけど……? 今日の大佐、頭のネジが全部吹っ飛んでない……?」

 

 

 まさに快刀乱麻。一問一答形式で部下たちの質問に答えていく鯉住くんは、活力が溢れまくっていてオーラが見えるレベルである。回答内容についてはアレだったが。

 

 

「うーん、強すぎ。精神力お化け過ぎて人間とは思えないね」

 

「アラ、チョット目ヲ離シタ隙ニ『ソッチ』ノ姿ニナッテルナンテ。わっあーゆーはぷん(どうしちゃったの)?」

 

「あのadmiralさんが、名前ないと不便だって言うからさ」

 

「ソレダケデ? 人間ニ媚ビルミタイデ気乗リシナイッテ言ッテタジャナイ。ソレニ疲レルシ」

 

「なんていうかさ、別にいいかなって思っちゃったんだよね。それにこっちの姿で居るのに全然疲れないし」

 

「りありぃ(ホントに)? ジャア私モ試シテミヨウカシラ」

 

「いいんじゃない? なんか色々こっちの姿の方が都合よさそうな予感もするし」

 

「アナタガソウ言ウッテコトハ、あ りとる(ちょっとだけ)期待出来ルワネ!!

ソレジャ、めたもるふぉーぜっ(変身)!! ……ふぅ」

 

「へー、そっちの姿の貴女ってそんな感じなんだね。そのスカート短すぎない? おっぱいこぼれそうだけど大丈夫?」

 

「ナァイスバディでしょっ!! こっちの私はア・イ・オ・ワよ!! 自慢の黒髪が金髪になっちゃったけど、これはこれで!!」

 

「そこはどうでもいいけど。で、クジラのご主人様、貴女はどうするのさ?」

 

「admiralニ嫌ワレタクナイカラ、私モ艦娘ニナロウカシラ!」

 

「別にあの人その辺気にしないと思うけどね。でもいいんじゃない? 貴女美味しいもの食べたいって言ってたし、艦娘姿の方が食事に向いてるだろうから。それに貴女がお熱なあの人と距離感縮めるにも都合よさそうだし」

 

「ソレモソウネ!! コッチノ姿ジャ温度ガヨク分カンナイモノネ!! 食事モ熱イきっすモ文字通リ味気ナクナッチャウワ!! トイウコトデ……これでどうかしらっ!?」

 

「おー、初めてにしてはお上手。ていうか貴女もスカート短いね。痴女?」

 

「今の私はコロラドと呼んで頂戴。栄光のビッグ7よ! とは言っても別に人類に思い入れとかないから、栄光とかどうでもいいけどね。

……ていうかガンビア・ベイ、貴女だって横から見たらパンツ丸見えじゃない。痴女はどっちだって話よ。前垂れみたいな布はね、スカートとは言わないのよ?」

 

「好きでこんな姿してるわけじゃないんだよ。ほっといて」

 

「フン。だったら人の容姿を貶すんじゃないわよ。ま、admiralを脳殺するためには、少しセクシュアルなこの服装も有りよりの有りよね!!」

 

「私は何言われても別にノープロブレム(気にしないわ)!! 心もカラダも太平洋のようにでっかい女だから!! フフン!」

 

 

 なんだかんだ鯉住くんが部下たちを振り回している間に、お客さんたちの中で色々話がまとまって、約半数が艦娘姿になっていた。

 ちなみに変身する時にめっちゃ光っていたので、この場の全員が目を奪われていたりする。いや、鯉住くんと彼につられてハイテンションになってる明石は気づいてるけど全然気にしてないので、目を奪われてるのは厳密には全員ではないが。

 

 ……実はという話だが、深海棲艦から艦娘の姿になる(転化する)のは、けっこう覚悟がいることだったりする。

 アークロイヤルと天城(あとコマンダン・テストも)はアッサリ転化してたし、今回のお客さんの転化した3名もアッサリしたものだったが、それは彼女たちがバグめいた実力を持つからであり、自我がハッキリしているからである。

 転化してしまうと普通は艦娘側に自我が引っ張られる。その結果、元々持っていた人類に対する憎しみと新たに芽生えた庇護欲がバチボコに反発し合うことで、最悪アイデンティティが崩壊する。

 実際そうなった個体はいないが、本能レベルでそれを感じ取ることで『不快感』『嫌悪感』『忌避感』という形で無意識レベルでのアウトプットが為されるのだ。

 

 もちろんガンビア・ベイ、アイオワ、コロラドの3名にも、このような嫌悪感は少なからずあるはずだった。現に前回来たときはふたりとも転化を『なんとなく嫌だな』と思って拒否した。

 今回そのような忌避感が彼女たちになかったのは---誰にも知られないことだが---鯉住くんがコツコツ計画を立てて、コソコソと業者に協力してもらって造り上げ、毎朝日課として手を合わせて冥福を祈っている、鎮守府の隅にある慰霊碑が大きく影響していたりする。

 バタフライエフェクトという言葉があるが、何の気なしに建てた慰霊碑が大きな役割を果たすこともある。何がどう転ぶかなんて誰にも分らないものなのだ。

 

 

「……ネェ榛名」

 

「……はい、金剛お姉さま」

 

「なんか姫級が艦娘に変身したヨ。ナニコレ?」

 

「榛名達は夢でも見てるんですかね……?」

 

「夢ならばどれほどよかったデショウ……」

 

「榛名もうわかんないです……」

 

「お姉ちゃんもよくわかんないデース……」

 

 

 

・・・

 

 

 技術班サイド

 

 

・・・

 

 

 

 鯉住くんに説明を任された明石によって、深海棲艦(姫級)の艤装をメンテする事が発表された技術班メンバー。大概の無茶ぶりはいつも通りではあるが、このレベルはなかなか無いようで、みんなして現状把握に務めていた。

 

 ちなみにメンバーは明石、夕張を筆頭に、秋津洲、北上、最近自分に出来ることを探して夕張にメンテを教えてもらってるマエストラーレ(姿は船渠棲姫)である。

 

 

「……というわけで、私たちであちらさんの艤装をメンテしていきましょう!」

 

「ねえ明石さん。私と明石さんは前にもメンテしたからなんとなくやり方わかるけど、他のみんなはちょっと厳しくない?」

 

「む、夕張に出来るなら秋津洲にも出来るかも!!」

 

「だって秋津洲、最近は食堂ばっかりで工廠に全然来れてないじゃない」

 

「むー! だからってそんなに簡単にやり方忘れないもん! 艦載機の扱いだったら夕張より上かも!!」

 

「普通の艦娘用艤装ならそうかもしれないけど、今回は深海棲艦艤装なのよ?」

 

「まぁまぁふたりとも! 秋津洲ちゃんにもちゃんと期待させてもらってますからね!! それはそうと、北上さんはどうです?」

 

 

 話を振られた北上は、たははーと頬をかきながら苦笑いしている。その理由は当然ながら、この状況の異質さに完全適応していないからだ。

 

 

「んー、アタシじゃちょっと荷が重いよねー。そもそもだけどさ、そこで遊んでる海産物を艤装って言い張ってる状況を飲み込めない程度には常識捨ててないんだよねー」

 

「え? やですよぉ北上さん。どう見ても艤装じゃないですか。ね、夕張ちゃん?」

 

「そうですよ、見てくださいあのマッチョマンの肩にくっついた立派な砲塔。どう見ても艤装じゃないですか。ね、秋津洲?」

 

「そうかも! あのイカちゃんの触腕よーく見てみるかも。ちゃんと関節部分がジョイントになってるからちゃんとした艤装でしょ!」

 

「そっかぁ」

 

 

 ああ、これは何言っても噛み合わないな、と察して、これ以上の深掘りを避けることにした北上。彼女は受け流すことが得意なのだ。流れる水のごとしである。

 

 

「みんなして提督に毒されて立派な変人になっちゃってまぁ。

ま、あのシーフード達が本当に艤装って言っていいかどうかはおいとくとして、アタシはこれまでどーりサポート役で立ち回らせてもらうよ」

 

「わかりました! それはそれで大事な役目ですからね。頼みましたよ!」

 

「オッケー。で、この駆逐どうする?」

 

 

 北上の視線の先には、頭を抱えてうずくまっている、深海棲艦の姿をしたひとりの駆逐艦娘が。

 

 

「深海棲艦コワイ……姫級コワイ……」

 

「ウチに来た事情というか、深海棲艦の姿になっちゃった事情が事情なので、トラウマが蘇っちゃってますねこれは!」

 

「だよねー。普段面倒見てくれてる、はっちゃん(初春)とねのっぴー(子日)に任せちゃおっか? そんで自室かどっかでおとなしくしててもらう?」

 

「いえいえ! 相手は深海棲艦ではなく、その艤装ですので大丈夫でしょう!!」

 

「うーん、本当にそうかなー?」

 

「大丈夫ですよ! 私、夕張が指導役として保証します!

まだまだ師匠から独り立ちできてない私が言うのもなんですが、マエストラーレちゃんはすごく筋がいいんです!! 深海棲艦の艤装でもすぐに慣れちゃいますよ!」

 

「うーん、そういう問題なのかなー?」

 

「北上、よく見て! あの艤装達すごく楽しく遊んでるから、絶対いい子たちかも!! マエストラーレでも手に負える範疇かも!!」

 

「うーん、艤装ってそういうもんだっけかなー?」

 

 

 変態メンテ集団と化した同僚からの猛プッシュを受けた北上は、色々めんどくさくなった。そして思った。『諦めも肝心だよね』と。

 

 

「……まーいっか。一緒に頑張ろーな駆逐ー」

 

「全然ヨクナイヨゥ……助ケテ、北上サン助ケテェ……!」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。世の中なんとかなるようにできてるからさー」

 

「ウエェェェン!!!」

 

 

 

 




出てこなかった皆さんの心中


大井「北上さんは尊いなぁ(現実逃避)」

足柄「なんだか料理振舞うことになりそうね。団体さん向けに大量仕入れしてた分がはけてちょうどいいかも」

初春「妾の旦那様は頼もしいのう!」

子日「鯉住さん大丈夫かなぁ。前にこうなった時は倒れちゃったから心配だなぁ」

龍田「天龍ちゃんと一緒に護衛がんばろ~」

天城「ねむいです……あと服が窮屈……」

コマンダン・テスト「なんか変なのがいっぱいいるぅ!? コワイ! でも提督がいつもよりも頼もしそうだから、私のこと護ってくれるわよね……!? 信じてるから、裏切らないでよ!!」

速吸・龍鳳・神威「(フリーズ中)」


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第172話 楽しもうね!

まえがき


登場人物も増えてきたので、白兵戦の強さ一覧(鼎大将一派メイン)をまとめてみました。

横3→一ノ瀬さんのとこ、佐4→加二倉さんのとこ、ト5→三鷹さんのとこ、ラ10→鯉住くんのとこ、未所属→今来てるお客さんたち、呉1→鼎大将のとこ、横1→伊郷元帥のとこ、ラ1→白蓮大将のとこ


☆がついているのは転化体です




・バグ(ティアー1)

☆神通(佐4)、川内(佐4)、武蔵(佐4)、赤城(佐4)、龍驤(佐4)、☆瑞穂(佐4)、☆アークロイヤル(ラ10)、☆天城(ラ10)、☆コマンダン・テスト(ラ10)、☆ガンビア・ベイ(未所属)、☆アイオワ(未所属)、☆コロラド(未所属)


・別次元(ティア―2)

那珂(佐4)、妙高(佐4)、五月雨(佐4)、あきつ丸(佐4)、陸奥(ト5)、天龍(ラ10)、龍田(ラ10)、☆サウスダコタ(未所属)、☆ワシントン(未所属)


・人外(ティア―3)

清霜(佐4)、早霜(佐4)、☆夕立(佐4)、那智(佐4)、北上(ラ10)、大井(ラ10)、☆ノーザンプトン(未所属)


・練度上限突破(ティアー4)

☆ガングート(ト5)、叢雲(ラ10)、古鷹(ラ10)、足柄(ラ10)、初春(ラ10)、☆ヒューストン(未所属)、大和(横1)、瑞鶴(横1)、葛城(横1)、榛名(ラ1)、金剛(ラ1)


・救国の英雄級(ティアー5)

☆鳥海(横3)、霧島(横3)、香取(横3)、ローマ(横3)、大淀(横3)、伊8(横3)、巻雲(横3)、漣(横3)、扶桑(ト5)、山城(ト5)、大鳳(ト5)、電(ト5)、子日(ラ10)、呉第1の過半数艦娘(呉1)、大本営の第1艦隊と第2艦隊メンバー(横1)、阿武隈(ラ1)



純粋に強いのが大半ですが、特定の戦闘スタイルに特化してたりする艦娘もいます。
1日に1回任意で何かを爆発させられる三鷹さんのところの陸奥とか、対潜性能(と近接戦)に特化した鯉住くんのところの龍田とか。
また、横須賀第3(一ノ瀬さんのとこ)はおかしなレベルの実力者はいないですが、艦隊単位での戦闘力は別次元です。佐世保第4(加二倉さんのとこ)と演習でいい勝負できるのも、その辺が理由だったり。




 たまりにたまったストレスが爆発してしまった鯉住くんは、とりあえず技術班に独自に動いてもらおうと考えたらしく……まず初めにと言わんばかりに、ラバウル第10基地技術班の目の前で、海産物っぽい深海棲艦の艤装達を集めて問診をし始めた。それはもう楽しそうにマシンガントークで艤装とコミュニケーションをとっている。

 

 

 最初は以前も来ていたアンドレくん(マッチョマン)とタッフィーくん(わんこ)を相手取ってにこやかな感じで。

 

 

「いやぁ、久しぶりだね! アンドレ君にタッフィー君! 元気してたかい!?

うん、見た感じ調子は良さそうでなによりだよ! ああ、アンドレくんはそんなに畏まらなくてもいいからね! 実家のようにくつろいでいってほしい! あ、こらこらタッフィーくん、濡れちゃうからベロで舐めないでくれよ!!」

 

 

 次には甲殻類っぽいふたりに対してフレンドリーな感じで。

 

 

「やあやあ、キミたちは初めましてだね。タラバガニとロブスターなんてカッコいいじゃないか!! ガンビア・ベイさん、このふたりの名前は……キングくんにロブソンくんですね。ふたりともよろしくな!!

……ふんふん、キミたちもカラダに大きな不具合はないみたいだね。上々なことだ! おっと、あまりベタベタされるのは好みじゃなさそうだね。これは失礼。ふたりとも落ち着いた性格みたいだし、『くん』呼びじゃなくて『さん』呼びした方がしっくりきそうだね」

 

 

 そして2体1対という珍しいタイプの貝型艤装たちに対して紳士的な感じで。

 

 

「キミたちは……ふたりでひとつの艤装なんだね。初めて見るタイプだ!

オウムガイとアンモナイトなんて随分と深海深海してるね! 素敵だよ! ……え、どうしたんだいアークロイヤル? アンモナイトじゃなくてチョッカクガイ? アハハハ、これは失礼! 貝には造詣が深くないんだよ、ゴメンね!

って、もしかしてオウムガイのふたりもチョッカクガイのふたりも女の子だったりする? あ、やっぱりそうなんだね、そしたらキミ達はレディと同じ扱いじゃないといけないな!! 名前はええと……オウムガイのキミたちはロウトちゃんとズキンちゃん、チョッカクガイのキミたちはクラッカーちゃんにコーンちゃんか!! かわいい名前じゃないか!!」

 

 

 最後にジャンボなクジラ型艤装に対して嬉しそうな感じで。

 

 

「やあやあようこそいらっしゃい! ウチの港は狭苦しくないかい? え? 勝手に押しかけてきたのにそんなこと言えない? アハハ、謙虚だなぁキミは!! 俺としてはキミみたいなでっかくて強そうでカッコいい艤装ならいつでも歓迎だよ!! ハハハ、そんなに恐縮しなくてもいいって! 実家のように寛いで欲しいな!!」

 

 

 

 

 

「ナニアレェ……コワイ……」

 

「大丈夫よマエちゃん! 師匠のすることに間違いはないから!!」

 

「エェ……」

 

「あの艤装達の様子を見てみて! みんな嬉しそうにしてるでしょ?」

 

「嬉シソウニ……アレッテ嬉シソウナノ?」

 

「あの動きは嬉しそうな時の動きで合ってるかも。マエストラーレももっと深海艤装と触れ合えば分かるようになるかも!!」

 

「ソウイウモノナノ……?」

 

「そういうものですよ、大丈夫! 今回あの艤装くんちゃんたちと触れ合う中で経験値高めていきましょうね!」

 

「イヤ、アノ、当然ミタイナ反応ダケド、色々ト異常ナ事ナンジャ……?」

 

「マエっちさぁ、諦めなって。ウチに居るんだから、異常は正常ってね。おとなしく先輩達の指示に従ってけば無事に異常に慣れるよ。やったね」

 

「慣レタクナイィ……」

 

 

 明石と夕張に関しては2回目の深海勢訪問だけあり慣れたもの。

 秋津洲についても日頃から天城の鳥型艤装をメンテしてるため、こちらも慣れたもの。

 北上については全然慣れてないけど、ごちゃごちゃ言っても始まらないし提督の事を信じているしで受け入れ態勢万全。

 

 こんな感じのメンテ班に囲まれた常識人、マエストラーレちゃんはおっかなびっくりの極みだったりする。そりゃそうもなる。

 

 そんな感じでメンテ班が雑談している間に、鯉住くんの円滑なコミュニケーションがいいところで落ち着いたようだ。満足げな表情の鯉住くんは、艤装達をぞろぞろと引き連れてメンテ班の下へと歩いてきた。

 堂々としたいでたちで海産物を率いてくる成人男性の姿は、人によっては正気を削られるレベルである。深海よりの使者と言われても文句は言えないだろう。

 ちなみにクジラ型艤装のバルターくんも、カラダの両側から生えた何対かの腕を使ってずりずりとついてきている。まるで地上を征くガレオン船である。

 

 

「みんな待たせたね!! 簡単に彼ら彼女らの問診は済んだから、それぞれ見合った方針のメンテを指示していく!! 細かいところは明石に任せるけども、俺が他の色々をしている間にメンテを始めちゃっていてくれ!!」

 

「わかったよ!! それじゃ艤装の皆さんのプロフ教えて?」

 

「おう。かくかくしかじかで……」

 

「ふむふむ」

 

 

 鯉住くんが引き出した情報は、やたらと細かいところまで網羅されていた。

 艤装達の性別をはじめとして、性格や兵器としての性質、最近不調を感じている部分、果ては好物や趣味に至るまで。

 

 

「ナンデェ……? 艤装ト話ナンテシテナカッタヨネ……?」

 

「言葉は確かに通じないが、まぁあれだ!! 勘だな!!」

 

「何言ッテルノ、コノ人……」

 

「駆逐さぁ、だから諦めて受け入れなってば。ウチの提督は色々と人間離れしてんだから」

 

「コンナノ絶対オカシイヨゥ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 異常に慣れ切ったメンテ班(一部除く)に艤装達を預けた鯉住くんは、次に野次馬として集まってきたその他メンバーの元にやってきた。その場には転化したお客さんも一緒に居る。今のところ古鷹が話し相手をしているようだ。手持ち無沙汰というわけではなさそうで一安心。

 

 

「すまないなみんな! 待たせてしまった!!」

 

「それは別にいいけど……アンタ、どうするつもりよ?」

 

「叢雲、それは俺が艤装メンテで席を外してる間、お客さんたちをどう扱えばいいかということかな!?」

 

「そうだけど言い方が腹立つわね……」

 

「それについては問題ない!! 妖精さんたち、ホワイトボードをもていっ!!」

 

 

((( りょうかいですー!! )))

 

 

 鎮守府中から集まった、総勢100名を優に超える妖精さんたち。その中でもなんか動きが早そうなメンバーが鎮守府棟にすっ飛んでいく。

 

 ……待つこと約1分。戻ってきた彼女たちの手には、ホワイトボードと筆記具一式が。

 

 

「よーしよし! いい子だ、グッボーイ!! アメちゃんを進呈しよう!!」

 

((( ありがたきしあわせー!!! )))

 

「あ、あの時のアメ玉じゃんか。私にも頂戴よ」

 

「ガンビア・ベイさんは艤装のタッフィーくんのメンテが終わってからです!! 彼がおとなしくいい子にしてるのに、主人だけ寛いでたらよくないでしょう?」

 

「それはそうだけどさ。……少しくらいならいいじゃん」

 

「ダメです! あげませんっ!」

 

「む……ケチ」

 

 

 人類に散々痛手を負わせてきた相手を手なずけつつも、ホワイトボードにサラサラと何かしら書き込んでいく鯉住くん。そしてボードをくるりとみんなの方に向ける。

 

 そこにやたらと勢い良い字面で書いてあったのは……?

 

 

 

『納涼!! ラバウル第10基地・大夏祭り!!』

 

 

 

「「「 は……? 」」」 

 

 

 ドヤ顔で胸を張る鯉住くんに対し、その他のメンバーは呆気に取られている。そりゃそうもなる。

 自分たちしかいないのにいきなり夏祭りとか言われても謎過ぎるし、そもそもここラバウルは常夏の地なので納涼もへったくれもない。

 

 

「あの、提督……? それはつまりどういうことですか……?」

 

「それはな古鷹!! 夏祭りをするってことだぞ!!」

 

「説明になってないです……」

 

 

 提督のテンションについていけずしょんぼりしてる古鷹を尻目に、鯉住くんはホワイトボードに新たに色々書き足していく。

 

 

『出店班 神輿班 花火班 盆踊り班』

 

 

「今からキミたちにはこの4つの班に分かれて活動してもらうっ!!

あ、お客さんのキミたちはゲストだから遊んでてくれていいからな!!」

 

「あ、そう。それじゃゆっくりさせてもらうよ」

 

「オーケイ! こちらの姿で動くのはほぼ初めてだから、慣らしがてらエンジョイさせてもらうわ!!」

 

「突然現れた私たちに対して心からの気遣い! なんて紳士的なのかしらっ!! あなたと合体したいっ!!」

 

 

 げんなりしている部下たち(一部除く)とは対照的に、転化してくれた皆さんには好感触だったようだ。働きたくないのは誰でも同じらしく、みんなにこやかである。

 ちなみに転化してないお客さんたちはというと……

 

 

「アラアラ、随分ト頭ノねじガとンデシマッテイル……ゴ様子デスネェ」

 

「あたし達モ手伝エッテ言ワレタラぶち切レテタガ、ソノ辺ワキマエテンジャネェカ、人間風情ガヨォ。暴レルノハ無シニシテヤルゼ」

 

「暴レルナンテ、アァ野蛮野蛮……同ジ存在ト思ワレタクナイネ。……シカシコノ人間ノ気振レ具合、コレハモウ人間ジャナクテ私達側ナンジャナイノ?」

 

「ギャハハハハハハハ!!!! 気ニ入ッタヨォ!

私達ヲ前ニシテ恐レルデモナク憎ムデモナク、コノ意味不明ナ言動ッ!! トンデモナイ変態ダネコイツハ!!」

 

 

 どうやらこちらにもグッドコミュニケーションだった様子。深海側の面々に言動が気に入られているあたり、鯉住くんの非人間化が甚だしいような気もする。ちなみに妖精さんと深海艤装達にも絶賛好評である。やっぱり感性が人間のそれとズレてるようだ。

 しかしそんなこと本人からしたらどこ吹く風。周りの反応なんて気にしてない彼は、どんどこ話を進めている。

 

 

「各班3名か4名で運営してもらうから、自分に向いていそうな班を選んでくれ! そしたら右から順に『出店班 神輿班 花火班 盆踊り班』で縦一列に並ぶように!!

当然人数にばらつきが出るだろうから、そこは各班で相談してみるように! やりたいことが決まってる人はその班所属を優先してもらっていいからな!

 それと実働は妖精さんたちに頼んでくれ! 色々造ってくれるから、あまりにも無茶じゃなければ問題ないぞ!! 聞くんだ、妖精さんたちの迸るパッショォン!!」

 

 

((( やってやるでぇすっ!!! )))

 

 

「そういうことだ!! 妖精さんに気を遣うんじゃなくて、どうしたらめっちゃ面白くできるかを優先しようなっ!!

そういうことで通達は以上!! 楽しい夏祭りを期待しているぞ!! 深海で悠々自適な日々を送ってる彼女たちに、人間の熱いパトスを思い出させてやろうなっ!!」

 

 

(さすがは、こいずみさんですっ!!)

 

(わたしたちにできないことを、じょうねつてきにやってみせるっ!!)

 

(そこにしびれる、あこがれるぅ!!)

 

(われらがだいおうっ! われらがだいおうっ!)

 

(おーさっ! おーさっ!)

 

(いあ! いあ! ふんぐるい! むぐるうなふ!)

 

 

「いいぞ諸君! その意気だぁッ!! ハハハハハッ!!」

 

 

 絶好調である。妖精さんたちにヘドバンされたり五体投地されたり拝まれたりしながら高笑いをする姿は、まさに無敵である。一部の艦娘除いて現実逃避を余儀なくさせるその姿は、まさに重力場である。ちなみに一部の艦娘とは、キラキラした目をしたアークロイヤル、天城、初春、天龍龍田姉妹あたりである。

 

 

「よしっ!! 万事上手くいくことが俺の時空で確定したところで、俺は艤装のみんなのメンテに移るからな!!

それじゃ明日の夕方くらいまでに全員のメンテを仕上げるから、それまでにそちらも形にしておいてくれ!! よろしくゥ!!」

 

 

((( おまかせあれー!!! )))

 

 

「あばよっ!! ハハハハハッ!!」

 

 

 颯爽と去っていく提督の背中を眺めながら、残された面々は各々違ったベクトルではあるが『どないしよか』という想いを抱くのであった。

 

 

「ネェ榛名……」

 

「どうしましたか金剛お姉さま……」

 

「これから部屋に全部終わるまで引きこもりたいんデスガ」

 

「奇遇ですね、榛名もです」

 

「見なかったことに出来ないですかネェ」

 

「そうしたいですねぇ」

 

「アンタら……色々説明してあげたいけど、時間ないから全部受け流しながら、アイツの言う通りにするわよ……」

 

「「 叢雲サン(さん)…… 」」

 

「私もああなったアイツはどうしようもないのよ……もう受け入れるしかないのよ……

それで、アンタたちは何やりたいの?」

 

「私は紅茶が好きなので、屋台で紅茶でも配りマース……」

 

「ウチの茶畑から調達していいから、それで好きにするといいわ」

 

「榛名は舞踊の心得が多少あるので、盆踊り班でいいかなと……」

 

「舞踊と盆踊りがどれだけ違うか知らないけど、それでいいんじゃないかしら」

 

 

 

「「「 …… 」」」

 

 

 

「「「 どうしてこうなったのかなぁ…… 」」」

 



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第173話 それぞれ準備開始

夜戦マスにネ級改を設置した馬鹿者はどいつだぁ!!
イベント頑張って終わらせます(残り1日)


 提督による無茶ぶり指令(夏祭り開催)が発令されてから束の間、異次元の実力を持つメンテ班は脅威のスピードで深海棲艦艤装のメンテを進めていた。

 歴史モダン感じる工廠では、あわただしくも活気ある雰囲気で艤装たちのパーツが外されたり研磨されたり清掃されたり、とにかく大忙しである。

 

 

「ほらしっかり見とくんだよ駆逐。普段は能天気なウチのメンテ班だけど、本気出すと世界一すごいんだからさ」

 

「スゴイ……手元ガヨク見エナイクライ動キガ早イシ正確……」

 

「そりゃそうよ。なんたってラバウル基地全体の総督府になる予定なのに、ここにいる4人だけで、その時集まる大勢のメンテ班まとめようってんだからね。ひとりひとりがトップクラスじゃないと回らないってば」

 

「ソレニシタッテ、アンナ艤装ッテ言エナイ相手ナノニ……」

 

「ああ、それはアタシもおかしいと思うわ。どう見ても海産物なのになんであんなにスムーズに艤装としてのメンテできるんだろうね? 意味わからん。アハハ」

 

「デスヨネ……」

 

 

 実際に目にすると意味の分からない状況過ぎて、マエストラーレは置いてけぼりである。北上も同じような理解度なのだが、こっちは慣れたもので『そういうもの』として受け入れちゃっている。

 

 

「ほら、マエちゃんも北上さんも、話してないでもっとテキパキ動いて!!

マエちゃんはバルターくん(クジラ型艤装)の肋骨?磨き! 北上さんは研磨カス大量に出てるから掃除機で吸い取って!!」

 

「ハ、ハイッ!!」

 

「はいはーい」

 

 

 夕張に怒られてアセアセしながら作業に入るマエストラーレに、あくまでのんびりした感じで掃除を始める北上であった。

 

 

「なぁ龍田」

 

「天龍ちゃん、なにかな~?」

 

「やっぱ暇だよなぁ。みんなして完全に艤装飼いならしてるしよ」

 

「のんびりできていいと思うけどな~」

 

「そりゃそうなんだがよ、護衛としてなんとも言えねぇっつうかなぁ」

 

「また落ち着いたら相談してみようね~」

 

「そうすっか。最近の俺、なんか蚊帳の外なんだよなぁ」

 

 

 

・・・

 

 

 食堂にて 出店班

 

 

・・・

 

 

 

「なんでっ! なんで私を呼んでくれなかったんですかっ!! 同期といえば同期じゃないですか!! 皆さん薄情です!!」

 

「いやあの、伊良湖さん……行かなくて正解だったと思いますよ……?」

 

「速吸ちゃんの言う通りですよ。私、大鯨……じゃなくて龍鳳も、いつの間にか軽空母になってたくらいには鍛えられてちょっと自信がついてたんですよ?

それなのにあんな強そうな人たちを目の前で見ちゃって……自信喪失しちゃいました……」

 

「そんなことはどうでもいいんですよ!! ここの人たちがちょっと色々とおかしいのなんてわかってたじゃないですか!!

私が言いたいのは!! 提督が気合入れながら男らしく指揮を取ってるところを、なんで私だけが見逃しちゃったかってことなんですよっ!!」

 

「いやそれもなんていうか、かなりショッキングな光景で……」

 

「速吸さん何言ってるんですか!! 好きな人の雄姿を見たくない女の子が居るはずないでしょう!?」

 

「ひぃっ、すごい迫力……」

 

「諦めましょう速吸。伊良湖は提督に夢中なんですから……」

 

「神威さん……そんな遠い目をして……」

 

 

 鯉住くんがはっちゃけていた場には、ひとりだけ顔を出していなかった。そう、伊良湖である。彼女は新作の和スイーツの研究で手が離せなかったのだ。

 それよりも鎮守府に襲来したアホみたいに強い姫級集団の方が気になるのが普通だが、そんなことよりも提督に喜んでもらえるスイーツ開発の方が優先度が上なのだろう。

 どうせ提督がなんとかしてくれるから、もっと有意義なことをしよう、なんて考えているあたり、彼女もいい感じにこの鎮守府に馴染んできている。

 

 そんな新入り達の微笑ましい(?)やりとりを遮って、彼女たちと一緒に食堂まで戻ってきていた足柄が話を切り出した。

 

 

「はいはい、その辺にしときましょ。伊良湖はまた提督の良いところみられる機会があるから、そんなに荒れないの」

 

「だって今見たかったんですもん!」

 

「だからまた見られるって言ってるじゃない。落ち着きなさいな。

……それはそうと、私たちの役目はいつも通り、料理作りね。出店班ってことで色々と作らなきゃいけないわ。秋津洲が工廠班にとられちゃってるから、ちょっと忙しいわよ」

 

「料理……そう言えば、あの転化体の方、コロラド、さんでしたっけ。あの方に料理を作って欲しいと頼まれましたね」

 

「どんなものが好みなのでしょうか? 米国では肉料理がスタンダードなのですが……」

 

「そうね。神威は艦だった時分に米国に居たことあるから、アッチの食生活について知ってるわよね。今回は明日の晩までっていう期限と、屋外で出せるようなものっていう制限がかかってるから、それも込みで喜んでもらえるものを考えないとね」

 

「出店で出せる料理ですと、下ごしらえも必要でしょうか?」

 

「そうそう。そういうわけで、バカンスしてた人たちが帰って余っちゃった食材を、片っ端から調理していくわよ。さ、タイムリミットまで気合入れていくわよ!!」

 

「「「 はい~…… 」」」

 

 

 明日の晩までとはいえ、あの大型艦の数であの人数。今からとりかかっても休む暇がないくらいには時間が足りなかったりする。

 多数の鎮守府メンバーがバカンスしてたこの間よりはマシとはいえ、それでも徹夜は避けられない気配を感じてげんなりする新入り達であった。

 

 

「う~! 提督に喜んでもらえる料理、絶対作って見せるんですから!!」

 

 

 

・・・

 

 

 艦娘寮(旅館)の大会議室(宴会場)にて 盆踊り班

 

 

・・・

 

 

 

「さて、とりあえず盆踊り班は宴会場まで来たわけですが……」

 

「日本の伝統的な踊りなんでしょ? ちょっと気になるよね」

 

「イッエ~ス! トラディショナル・ダンス!! 楽しみだヨ!」

 

「ふむ。人類というだけでなく日本の文化に興味を抱いてもらえるとは、なかなかに嬉しい事よのう。なぁ子日」

 

「そうだね姉さん! みんなで踊って仲良くなれたら嬉しいなっ!」

 

「はるなはだいじょうぶじゃないです……」

 

「榛名さんがおいたわしい感じに……ウチの班、大丈夫ですかね……?」

 

 

 盆踊り班に最初に立候補したのは、舞踊の心得が多少はあると言っていた研修生の榛名だった。

 

 それはまぁよかったのだが、その次に立候補してきたのがなんと今回のお客さんであるガンビア・ベイとアイオワ。これには榛名の表情筋もフリーズ。異文化コミュニケーションどころじゃないレベルのこんな非常識な存在を相手に出来るわけがない。この時点で榛名は大丈夫じゃなくなった。

 

 それを見逃さなかったというか見過ごせなかった古鷹。追加で立候補。榛名はこれでちょっとだけ大丈夫になった。

 そこにさらに追加メンバーとして初春子日姉妹が参加。普段やってる養蚕で出た絹から作ったアレコレを屋台に出そうかと最初は思ってたらしいが、普段からみんなに配ってるものをわざわざ屋台に出すのも違うと思ったらしい。初春にも舞踊の心得があったことからこちらに参加と相成った。

 

 大丈夫な人の比率が増えたことで、ここで榛名はかなり大丈夫になった。のだが、初春の「せっかくじゃから研修がてら、榛名に班を仕切ってもらおうかの」という無慈悲な一言を受け、完全に大丈夫じゃなくなってしまった。なにがせっかくなのだろうか。存在がピンの抜けた手榴弾みたいな転化体相手に、なにがせっかくだからなのだろうか。

 

 心の中では『榛名は大丈夫じゃないので、その辺の隅っこで空気にでも徹することにします』なんて主張しっぱなしだったが、普段から拷問じみた訓練を施されている手前「はい、わかりました」以外の返答は口から出せなかった。ああ恨めしや反射行動。

 

 そんなこんなで死んだ目をした榛名先導のもと、盆踊り班は広く使える大部屋である大会議室(宴会場)までやってきたというわけだ。

 

 

「えー、それではですね。米国生まれ……で合ってるのかな? 深海生まれ?

……とにかく、日本文化をご存じないおふたりのために、まずは盆踊りが何かってところから説明しましょうか。……榛名さん、いけます?」

 

「はい、いけます……」

 

「うむうむ。榛名は大和撫子然としているからのう。頭もよいじゃろうし、どんな蘊蓄が出てくるのか期待が膨らむのう!!」

 

「そうだね姉さん!!」

 

「あの、そんなにきたいされますと……」

 

「オーウ! ヤマトナデシコ!! なんかカッコイイ響きですネー!!」

 

「ヤマトが確か日本だっけ? どんな意味なのさ、知らないから教えてよ」

 

「えと、その……はい……」

 

 

 大和撫子だと言われた自分が、大和撫子がどんだけ素晴らしい女性なのか説明しろというのか。それどんな辱めなんだろうか。

 自分で自分のことを奥ゆかしいとかふり返られるほど美人だとか、そんな美辞麗句で懇切丁寧に説明するとか……それってどんだけ調子乗った女なんだろうか。

 穴があったら入りたい、いや、穴がなくても掘り返して収まってセミの幼虫みたいに引きこもりたい。そんな気分になること不可避である。

 

 でも興味深そうにこっち見てる人型大型機雷みたいな連中の機嫌なんて損ねられない。断って暴れられたら色々マズいことになるに決まってる。

 

 話すしかないなぁ……心底しんどいなぁ……

 そんな事を考えつつも、魂が抜けかけた榛名による説明が始まり、なんとか彼女の精神が擦切れる前に完了した。

 

 

「大和撫子、日本における理想的な美人ね。ふーん」

 

「パーフェクト・ウーマン! ステキな言葉だヨ!」

 

「おおむね……そんなかんじです。はい……」

 

「なんか元気ないね。大和撫子って言われてからあんな説明サラリとできるんだから、すっごい自分に自信あると思ったのにさ」

 

「ふぐぅっ!」

 

「普通はあの話の流れでそんだけの誉め言葉を説明するなんてできないでしょ。そこのフルタカ辺りにでも説明投げるもんじゃない?

とてもじゃないけど普通なら恥ずかしくて『私はすごく美しい女性です』なんて意味のこと言えないでしょ。日本の艦娘は自信家だね」

 

「ぅっ……」

 

「あの、ガンビア・ベイさん、そのあたりにしてあげてください……榛名さんの心が限界っぽいので」

 

「あれだけ丁寧に『自分はキレイって言われた』って説明してたくらい、自分に自信があるのに? あの魚狂い級の自信家じゃないの?」

 

「ぁぅ……」

 

「ま、まぁまぁ、それはもういいじゃないですか! そんなことより踊りですよ、レッツダンシンです!」

 

「オーケェイ!! レッツダンストゥギャザー!」

 

「い、いえーい!!」

 

「いきなりそんなノリ? フルタカ大丈夫なの? 頭のネジでも外れた?」

 

「うむ! なんだか盛り上がってきたのう!! それでは妾の舞を披露してしんぜよう!!」

 

「わぁい! 楽しくなってきたね!!」

 

「はるなは……はるなはもうむりです……」

 

 

 

・・・

 

 

 畑のすみっこ、ちょっとした広場にて 神輿班

 

 

・・・

 

 

 

「あの、大井さんさ。叢雲さん置いてきちゃってよかったの?」

 

「いいのよ。叢雲が自分から筆頭秘書艦だからって言って、あの姫級たちの相手するって言いだしたんだから」

 

「それにしても瑞鶴先輩と私が来たところで、どうにかなるもんなんですかね……? 神輿班なんて言われても、私どうしたらいいのかわかりませんよ?」

 

「別にいいのよ。どうせ実働は提督の息がかかった妖精さんがやってくれるんだから、アイデア出しだけしてくれれば問題ないわ」

 

「なんていうか雑な方針ね……」

 

「じゃあ瑞鶴に聞くけど、あの姫級達の相手できる? 出来ないでしょ、私にもどうしようもなくてお手上げなのに。それよりは神輿班なんて言うよく分かんない任務に就く方がいいでしょ」

 

「そりゃそうだけど……考えるだけ無駄かぁ」

 

「そういうこと。提督がああなった時点で、私たちはよく分からない指示を遂行するしか選択肢が無いのよ。とにかくいい感じになるように考えるわよ」

 

「あのー、その前に、私が背負ってる天城姉はどうしたらいいですかね……?」

 

「そこにベンチがあるから寝かしときなさい」

 

「あっはい」

 

 

 こちらは神輿班ということで、大井に加えて瑞鶴と葛城、そして立って話聞いてるのがめんどくて葛城にもたれかかって寝ちゃった天城の4人が集まっている。

 もっと言うと、けっこうな数の妖精さんが、鼻息荒く『はよ仕事よこせ』と言わんばかりについてきている。

 

 本当のことを言うと、神輿に興味があったということは全然なく、あの場でヤバそうなメンツの相手をしたくなかったので逃げてきたということだったりする。

 

 

「神輿ってことは、誰かがその上に乗ってみんなで担ぎ練り歩くって図が、提督の頭の中では出来上がってるはず。だったらそういう事が可能で、ある程度形式ばったデザインを考えればいいわね」

 

「簡単に言うけどそれ無理じゃない? 宮大工は……なんか妖精さんが任せろって顔してるから大丈夫だとしても、デザインだけでも難しいよ? 葛城もそう思うでしょ」

 

「いえ、デザインやってみたいです!」

 

「……マジ?」

 

「マジですよ! 私の制服艤装って着物っぽいじゃないですか。天城姉のほど着物着物してないですけど。だからそういう和風デザインって興味あって色々調べてるんですよねー」

 

「そういえば夕張ちゃんと一緒に買い物行った時も、色々とオシャレな服選んでたなぁ……」

 

「ハイ!」

 

 

 意外にも乗り気な葛城である。これには瑞鶴もビックリ。自分の知らないところでこの後輩は充実した趣味を持っていたようだ。女子力でおいてかれた気がしてちょっと悔しい瑞鶴。

 ともあれこれは渡りに船というものである。これ幸いと大井は彼女に仕事を全振りすることにした。

 

 

「それは都合いいわね。神輿のデザインは葛城に任せることにするわ。それじゃあ瑞鶴と私でそれ以外のところをカバーしましょう」

 

「それ以外って言うと?」

 

「決まってるじゃない。神輿を実際に動かすとしたらルート取りが必要よ。始点と終点を決めてその間のルート整備。

それに出店班と相談して出店の簡易店舗も作らないといけないわね。どうせあっちは料理で忙しくてそれ以外なんて手につかないでしょうから、建造物全般を私たちでやることになるでしょう」

 

「あー……よくそんなすぐに思いつくよね」

 

「戦場では臨機応変が求められるんだから、瑞鶴もこの程度出来るようになりなさいな」

 

「そういう問題なのかなぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

 解散場所のプール 花火班

 

 

・・・

 

 

 

「fireworks(花火)とはadmiralも洒落たことを考えるものだな!! 素晴らしい! 妖精たちよ、もちろん魚類を模した花火は作れるのだろうな!?」

 

「これってその辺に浮かんでいる妖精に頼めば、それだけで好きな花火を作れるってこと!? いいじゃない、花火の音は大きくて怖いけど、それ以上に美しいのがいいわ!! まるで私のよう!! C'est merveilleux!!(素晴らしいわ!)」

 

「アメリカでもファイアワークスは親しまれていたわ! このコロラドがビッグ7の名に恥じない大迫力の逸品を作ってあげるわ! そして彼と一緒に見ていい感じになるのよ!!」

 

「フゥム、花火、デスカ。面白イデスネ、人間ガ飛ビ散ル爆発ハ見慣レタモノデスガ……フフ、美シキ爆発、タマニハ良イ」

 

「ギャハハハハハハハ!!!! コノ中デ一番ノ花火ヲ作ッテヤルワ!! 派手ニイクゼェ!」

 

「ハァ!? テメーナンゾニ一番ガ獲レルわけネェダロ、阿呆ガ! 一番爆発サセルノガ上手イノハ、コノ、私ダァッッ!!! 最高ノ爆発ヲ見セテヤルゼェ!!」

 

「ドイツモコイツモ……モノヲ知ラナイ哀レナ愚者ネ。花火トイウノハソンナ野蛮ナ考エデ作レルモノジャナイノヨ。繊細デ緻密ナ計算が必要……実践デコノ私ガ見セツケテアゲルワ」

 

 

「「 …… 」」

 

 

 花火班はそれはもう盛り上がっていた。花火班というか深海側の皆さんがそれはもう盛り上がっていた。どうやら美しい爆発というところが琴線に触れまくっているらしい。

 筆頭秘書艦の責任感でこの場に残った叢雲は、このハイテンションモンスター共をどうコントロールしようか絶賛熟考中である。

 

 ついでにこの場を離れようとして捕まってしまった金剛も絶賛現実逃避中である。

 叢雲に「旗艦としていい経験になるからアンタも残りなさい」と言われて首根っこを掴まれては、離脱することは叶わなかった。

 頭の中では「どうしてこんな罰ゲームを受けなきゃいけないんデスカ……私が何したって言うんデスカ……」とボヤいているが、妹同様に地獄の訓練を経て逆らえないカラダにされてしまっているので、それを口にすることすらも叶わないのだ。かわいそうである。

 補足すると叢雲が金剛をこの地獄めいた場に残したのは、本当に経験が積めると思ったわけではなく、単に道連れが欲しかっただけである。やっぱりかわいそうな金剛である。

 

 

 普段は落ち着いて淑女然としているアークロイヤルと、何もかもにビビり倒しているコマンダン・テストの2名も漏れなくハイテンションになっている辺り、本当に何らかの深海特効が発動しているのだろう。

 もっと言うと、ここに残ってる妖精さんたちも超絶ハイテンションが抑えきれずに踊りまくったりクルクルしてたり組体操してたりと、楽しみまくっている。深海勢だけでなく妖精さんに対する特効も発動しているのだろう。

 鯉住くんは的を見ないでどころか的があるとも知らないで引き金を引いたとしても、どうしてか的のド真ん中に命中させるのである。百発百中なのである。

 

 提督が絡むといつもこうなる、と叢雲はあきらめムードだ。そんな分かり切ったこと今さら考えたところでどうしようもないんだけど。

 提督が正気に戻ったら久しぶりに蹴りを食らわせてやろう。それくらいしても許されるはずだ。許されなくても蹴るけど。正気に戻ったらと言わず、今から行って一発かましてやろうかしら。

 そんな感じで、やることもないので無益なことを考える叢雲である。

 

 

「「「 私ガ一番ノ花火ヲ作ッテミセル!!! 」」」

 

 

「私これなんかする必要あるのかしら」

 

「お願いですカラ、この状況を放り投げないでくだサーイ……」

 

 



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第174話 地獄の盆踊り

投稿が4か月以上空いてしまいクオータリー任務と化してしまい、これはもう申し開きできないやつですね。申し訳ございません……
仕事が変わって生活リズムが変わったりしてなかなか書く方に手が回らず……

落ち着いてきたので、これからはもうちょっとペース戻せればなぁなんて思っています。


湿った空気を吹き飛ばすようにドォンドォンと大太鼓の爆音が轟くラバウルの空。

二つ名個体級の姫級が多数襲来した(お供の健康診断に来た)ラバウル第10基地は、現在お祭り騒ぎとなっていた。実際お祭りを開催していた。

 

 

「ハーッハッハッハッ!! みんな踊れー!!」

 

 

 鎮守府前の広場の中心に備え付けられた櫓。その上で妖精さんが用意した大太鼓をドンガドンガ叩いているのは、この鎮守府の提督であり現在絶賛はっちゃけ中の鯉住くん。階級はこんなでも大佐。 服装はサラシに法被、下は半股引(はんだこ・股引のハーフパンツバージョン)という完全お祭り男スタイルでノリノリである。

 

 ちなみに彼のすぐ傍では初春、子日、マエストラーレ(姿は船渠棲姫)が、三人官女よろしく十二単を着ながら横笛を吹いている。十二単は妖精さん特製の常夏ラバウルでも熱くない空冷仕様。謎技術を無駄なところに存分に使い尽くした逸品である。

 

 そして、その櫓を囲むように他のメンバーが浴衣を着ながら盆踊りを楽しんでいる。そこにはお客さんである姫級たちもしっかり混ざっており、ジャパニーズオリエンタルスタイルOMATSURIを大いに楽しんでいる。

 また、ずらりと並んだ出店では給糧艦たちが焼きそばやら焼きトウモロコシやらイカ焼きやらを出しており、盆踊りの輪に参加していないメンバーたちはそっちで楽しんでいる。

 

 みんな楽しそうではあるが、控えめに言って鎮守府でやることじゃない。

 

 

「提督ノリノリだよねぇ。大井っちは踊んないの?」

 

「あの百鬼夜行に混ざるのはちょっと……そういうキャラクターでもありませんので」

 

「だよねー。ていうかアタシ達が着てるこの着物ってどっから出てきたの?」

 

「何やら英国妖精たちの建造炉?製鉄所?から出てきたとかなんとか……」

 

「あー、あれね。それじゃこの着物って艤装の資材からできてんの?」

 

「意味が分からないですがそういうことかと。本当に意味が分からないですが」

 

「どう見てもこれ西陣織とかそんな感じなのにね。提督やっぱおかしいわ」

 

「それには完全に同意ですね」

 

「まぁ楽しいからいいよねー。あまぎんのおかげで近場に敵がいないのハッキリしてるし、気楽なもんだよ。みんなして近海哨戒もせず祭りしてるのなんてウチだけじゃない?」

 

「祭りを鎮守府でやってる時点で正気じゃないです」

 

「まぁねえ。楽しいからいいけどー。イカ焼きうめー」

 

「ハァ……あの人にはもっとしっかりしてもらいたいんですけど……」

 

 

 普通の鎮守府であれば、どんなに戦闘が少ない地方でも警備に人員は割くものである。それはまぁ当然のことだ。

 しかしここでは転化体の天城がチート索敵を行っているため、その必要がない。よって全員で気を抜きまくって祭りを楽しんでいるというわけだ。そもそも敵のボス級がいっぱい参加してるじゃんとかいう意見は棚上げしておく。

 

 

「ハイハイ! みなさんご飯できましたよー! よく一晩のメンテ頑張りましたね!!」

 

「秋津洲が捌いたお魚さんたちかも! マグロやカレイ、淡水魚ではウチで育てたイワナもあるかも!」

 

「はいみんな並んでねー。いっぱいあるからねー」

 

 

 祭りを楽しんでいるのは艦娘や姫級だけでなく、深海艤装のみんなもである。

 工廠でメンテが終わって一息ついた後はご褒美タイムということで、明石、秋津洲、夕張の3名によるごちそうが振舞われていた。

 出店から持ってきた屋台グルメと秋津洲がちゃちゃっと用意した大量の刺身である。この鎮守府で作った醤油とワサビも添えてある。

 普段であれば食卓に並ぶ側であるエビ、カニ、イカ、貝なんかがおいしそうにごちそうをつついている光景はなかなかにショッキングであった。

 

 

「こっちでは利き紅茶やってますヨー。どしどし参加するデース」

 

「盆踊りがわからない方には榛名が手本を見せますので、こちらまでどうぞー」

 

「はぁっ!? ちょっと、なんで私だけ浴衣じゃなくてこんなにゴツい陣羽織なのよ、妖精さんたち! あ、ちょ、背中押さないでってば! 今から着替えてくるから!!」

 

「うーん、もう少し櫓のデザインを豪奢にしてもよかったかな? 妖精さんたちがこんなに自由自在に宮大工顔負けの仕事してくれるって分かってたら、妥協しなかったのになぁ……!!」

 

 

 研修中の4名もなんだかんだ現実を受け入れることができているようで、場に馴染んでいる。

 金剛は屋台で呼び込みしてるし、榛名は半ばヤケクソ気味に深海勢に盆踊りの振り付けを教えてるし、瑞鶴はひとりだけ特別な着物に着替えさせられてるし、葛城は自分がデザインした櫓だの神輿だのを見てうんうんうなっている。

 彼女たちも数か月はここに居るだけあって、このような異常空間にも免疫ができているようだ。なによりである。

 

 

「オイ、陰気ちびすけ!! コレガ私ノ渾身ノ一発! 名付けて『あとみっく・たいふーん』ダ!! テメエノショボクレタ花火ナンザ、消し飛バシテヤルゼェ!!」

 

「ハァ、野蛮極マリナイコト……コノ私ノ『あとらんてぃっくおーしゃんノ夕暮レ』ニ勝ル花火ナド無イトイウノニ、現実ヲ見ズニ喚イテ騒イデ……マルデ道化ネ」

 

「はぁ!? ンダトてめぇ!! 冗談ハソノ貧相ナ見タ目ダケニシタラドウダ、あぁん!?」

 

「アァ五月蠅イ五月蠅イ。ソウイウトコロガ野蛮ダト言ウノヨ」

 

 

 今回初顔見せのお客さんの中でも、やたらとヤンキーっぽい姫級と小柄な姫級は自作の花火を自慢し合いつつ罵り合っている。

 やたらとケンカ腰なのに一触即発という空気がないので、提督の護衛を担う天龍龍田姉妹や鎮守府周りの防衛レーダーも務める天城もこれを放置しているようだ。このふたりなりのコミュニケーションということなのだろう。

 

 

「ぎゃははははは!! オイあんたハドンナ花火作ッタンダ!? 私ハ艤装達ノ姿ヲ模シタノヲ作ッタゾ!! ソノ名モ『いかチャンすぺしゃる』ゥゥ!!!」

 

「アラマァ、わたくしト同ジ発想デスカ。心外デスネ。賢イ賢イわたくしガアナタノヨウナ頭はっぴート一緒ナンテ。マ、芸術ト知能ハ連動シナイモノ。イイデショウ。許シテ差シ上ゲテモ」

 

「ハーーーーー!? 言イタイ放題ジャナイカ、変ナ服着トイテ偉ソウニ! ソコマデ言ウあんたハドンナノ作ッタッテンダヨ!!」

 

「『黄金比長方形無限回転体貝殻』デスヨ」

 

「ナンダソノ頭悪イ名前!?」

 

「ワカリマセンヨネ、コノせんすノ良サ。知性ガ欠如スル生命体デハ」

 

「ぎゃははははは!! 一周回ッテすげー阿呆ダゼあんた!!」

 

 

 こっちはこっちでメチャクチャ煽り合っている。護衛メンバーが動いてないところを見るに、こちらもじゃれ合い判定なのだろう。

 ちなみによく笑っている姫級が鳥海にすごく似ている方で、インテリっぽい雰囲気の方が妖精さんが夏を刺激するような水着を着ている方である。

 

 

「アイオワはハルナに盆踊りを教わりに行ったけど、アンタは行かなくていいの? 踊り方わかんないと参加できないよ」

 

「ハムッ!! ハグッ!! いいのよ、そんなの後で!! モグモグ……幸せッ!!」

 

「あーあーそんな両手いっぱいに食べ物持って。何食べてんの? 焼きイカ、焼きトウモロコシ、焼き鳥、焼き魚、焼き餅……よくそんなに食べられるね。食い意地張り過ぎ」

 

「ムシャムシャ……そっちの姿だとガンビア・ベイなんでしょ? 軽空母なんだから食欲も少ないアンタにゴチャゴチャ言われたくないわ!! ん~、美味しい!!」

 

「ハイハイ、天下のビッグ7、コロラド様には余計な口出しだったね。ま、私もりんご飴食べてるから人のこと言えないけどさ」

 

「モチャモチャ……アンタそのシニカルな物言い直した方がいいわよ。あの素敵なアドミラルの爪の垢でも少しもらったら?

とにかく、私はここに美味しいもの食べさせてもらいに来たの!! だから食べたいモノ食べさせてもらうのが大正解なのよ!!」

 

「別に他からどういわれようが気にしないから、そういうのどーでもいいけどさ。やっぱ戦艦級ってよく食べるよね」

 

「今でも大満足だけど、食後のデザートも欲しいところね!! そのあとはアドミラルと素敵な夜を過ごすのよ!! ディナーを一緒に過ごした男性と一夜を共にする、完璧なプランね!!」

 

「全然一緒に過ごしてないように見えるけど。それにあのアドミラルさん、頭おかしいけどそういうところはお堅そうだから、そんなうまくいかないと思うけど」

 

「同じ空間に居るんだから誤差よ!! それに私の魅力をもってすれば男なんてイチコロ!!」

 

「イチコロねぇ。コロラドだけに?」

 

 

 こっちはお客さんの中でも転化してくれたメンバー。アイオワは榛名のところでニコニコしながら盆踊りを教わっており、残りのふたりであるガンビア・ベイとコロラドは隅っこの方でおとなしく屋台でもらってきたあれやこれやをモグモグしている。

 転化してない組と比べると随分と落ち着いたものなので、周りの鎮守府メンバーも放置している状態だったりする。

 

 

 

 全体を見ると、お祭り会場で楽しんでいる面々、花火の出来で言い争っている深海棲艦姫級軍団、自分たち向けに用意されたごちそうに舌鼓を打つ深海艤装軍団(海鮮)、櫓の上で熱いパッションを奏でる提督とお供の駆逐とかいう、人外魔境感が半端ない事になっている。普通じゃないと名高い鯉住くんの鎮守府基準でもだいぶカオスな空間である。

 

 そんな謎空間の中心にいる鎮守府の主、鯉住くん。太鼓をボンゴボンゴしつつ何を思いついたのか、近くにいた明石に大声で話しかける。

 

 

「あぁかしぃー--!!!!」

 

「どしたのー---???」

 

「俺たちだけ楽しんでたらバチがあたるよなぁあ!? ということで、楽しい空間をおすそ分けだ!! 動画配信しよう!!」

 

「いいねぇ!! 軍紀とか常識とかが邪魔して普通じゃ考えついても口にできないアナーキーな発想!! さすがは鯉住くん!!!」

 

「ハハハハハ!! だろぉ!?」

 

「妖精さんに出来るか聞いてみるからね!! どう!?」

 

 

(これだから こいずみさんは たまらないんですよねぇ!!!)

 

(すてき! だいて!!)

 

(わたしたちでも できるかびみょうだけど…… やるしかない!!)

 

(のるしかない この びっぐうぇーぶに!!)

 

(ものども しゅつげきじゃあ!!)

 

(40びょうで したくしな!!)

 

((( いえっさー!!! )))

 

 

「妖精さんたち何言ってるかわからないけど、ノリノリで工廠に向かってったよ!! 多分配信できると思う!!」

 

「うはははー--!!! 楽しむならみんなで!! テンション上がってきたぜー--!!」

 

「艤装メンテの疲れも吹っ飛ぶよねぇ!!」

 



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第175話 対深海部隊全面防衛作戦

鯉住くんのところから早めに帰った皆さんは、自分たちの本拠地に到着した状態です。伊郷元帥、鼎大将、白蓮大将の鎮守府ですね。
3弟子の皆さんはお祭り騒ぎの2日前まで鯉住くんのところに居たので、まだ海上を移動中です。


 とある夏の一日。夏の暑さも本格的になってきたなんでもない一日に、小笠原諸島をさらに南下したグアム島近海で事件は起こった。

 

 

『コレハ必要ナ痛ミ。熱クテ、苦シクテ、ナニモカモガ吹キ飛バサレテ……人ハ痛ミヲ知ッテコソ優シクナレルンデスカラ……仕方ナイノ』

 

『エゲツナイワネ。ソレニ協力シテイル私モダケド。……皆シテ時代ノ先ニ進ンデシマッテ羨マシイワ。少シクライ私達トユックリシマショウ? ネェ?』

 

 

 20XX年 7月某日 正午

 イージス艦数隻から無数の核ミサイルが発射される。これによりグアム島付近の人間は全滅。哨戒をしていたパラオ泊地の艦娘が6隻被爆する被害も出た。

 なおこれらのイージス艦は、深海棲艦出現初期に米海軍に所属していた物と同一と考えられる。

 

 

 

・・・

 

 

 

 グアム島が壊滅という大惨事。しかし普段であればそんなことは起こらなかった。

 フィリピン近海を統括するパラオ泊地は、太平洋からの護りの最前線であるグアム島には、常時であればミサイル防衛戦線となる高練度空母艦娘を配置していた。

 それができなかった理由は、かの第二次大戦での悲劇の地、レイテ湾にあった。

 

 

『アァ、悲シイ。私ハ静カニ眠リタイダケナノニ、人ハ栄エテ煩クテ五月蠅クテ。姉様モソウ思ウワヨネ? ミンナ死ネバ静カニナルワヨネ?』

 

『誰カノタメニ頑張ッテ頑張ッテ、ソレデモ届カナクッテ。暗クテ冷タクテ、トッテモ寂シイ水底デ、ズットヒトリ。……ナンデ私ダケガコンナ目ニ……!! 他ノ奴ラモ同ジ気持チヲ……思イダセバイイ!!』

 

 

 レイテ湾では核攻撃の数日前に、超強力な姫級深海棲艦が2隻出現。普段相手取る姫級とは別次元の強さに、パラオ泊地の最大戦力でも足止めが精いっぱいの状況となっていた。このままでは資材が尽きるより早く、限界の戦力差に心が折れてしまう。

 想定を超えた強敵の複数出現。まったく猶予がない状況といえた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そしてそれよりさらに南。日本海軍統括エリアでも最南端のパプアニューギニアでも示し合わせたように大きな動きが。

 

 

『人間ハ栄華絶頂ヲ極メ、行キ着クトコロマデ行キ着イテシモウタ。コレヨリ先ニハ苦シミシカ残ットラン。アア! 気ノ毒ジャ!!

コノわしガ人種性別関係ナク皆殺シニシテ、日ノ元ヲ巨大ナ墳墓トシテ、御霊ヲマトメテぶちコンジャルケェノゥ!! 死コソ唯一ノ救済ジャ!!』

 

 

 グアム島壊滅と同日同時刻。

 ラバウル基地統括地区のアイアンボトムサウンド。その中でも超危険海域内にあるブーゲンビル島近海を中心に、怒涛のような数の深海棲艦による侵攻が起こる。

 第一波をラバウル第1基地と第2基地の総力戦で食い止めることに成功。現在はやや不利な膠着状態だが、敵戦力が未知数のため予断は許されない状況。第二波の規模がまったく読めない以上、対策は急務である。

 

 

 

・・・

 

 

 

 これだけでも未曽有の危機ではあるが、現実はより厳しかった。

 日本海軍統括地区として最西端であり、インド洋からの護りの要であるリンガ泊地。その真っ只中であるシンガポール沖でも、脅威が海の底から出現した。

 

 

『アナナタチ、ソンナニ急イデドコヘ行クノ? イヤ、行先ハ決マッテルワネ。ソウ、ミンナ仲良ク海ノ底。一緒ニ沈ミマショウ? 何度デモ誘ッテアゲル』

 

 

 特殊な陸上型である姫級が、大量の部下を引き連れてシンガポールに出現。

 これらをリンガ泊地の精鋭で1度は撃滅するも、肝心の姫級がわずか1週間でチカラを増して再出現。更なる強化の可能性も踏まえて2度目の撃沈はせずに現状維持に努めているものの、打開策は未だ掴めず。

 敵の陸上型姫級を沈黙させない限り大量の配下も消え去らないと見られており、艦隊の致命的な消耗が懸念されている。

 

 

 

・・・

 

 

 

 ついに恐れていた事態が起こってしまった。

 深海棲艦による同時多発拠点攻撃。しかも核まで持ち出してくるとは誰も予想できなかった。

 

 これに備えるよう通達はされていたし、各鎮守府ではそれなりの警戒もしていた。しかしここまで強烈な同時攻撃が行われると予想できていた者は少なかった。

 

 不幸中の幸いとして、ラバウル基地とリンガ泊地の国外2大巨塔と呼べる大規模鎮守府では対策が過剰なほどされており、被害を最小限に抑えられている。

 一方でパラオ泊地は壊滅的といっていいほどの被害を受けてしまった。決して準備不足だったわけではないのだが、まさかの核ミサイル連射に二つ名個体級の姫級大量出現という地獄である。対応できないのも無理からぬことであった。

 

 

 ……このような緊急事態である。ある意味では当然ではあるが、横須賀第1鎮守府でもある大本営では、各鎮守府のトップを集めた会談が開かれていた。

 

 

 

・・・

 

 

 大本営・会議室

 

 

・・・

 

 

 

「本日は遠いところからよく来てくれた。本日は言うまででもないことであるが、現在日本海軍統括地域全域において行われている強襲。その対策を会議していく」

 

 

 最初に口を開いたのは、現在の日本海軍におけるトップ。伊郷鮟鱇(いごう あんこう)元帥である。元々は禅宗の住職であり、類稀な戦略眼と何事にも動じない鋼の精神力、そして艦娘に対するかなりの指導力を有している。

 そしてその横に座るのは、日本海軍の顔にして大本営のエースを張っている戦艦・大和。戦闘力以外の能力も非常に高水準である彼女であるが、流石に今の日本海軍が置かれている現状にはのっぴきならないものを感じており、その表情は優れていない。

 

 

「いやー、ついに来てしまったのう。ヤツらの一斉攻撃。ラバウルとリンガではなんとかいなせたようじゃが、パラオで被害が出てしまったのが痛いわい」

 

 

 次に発言したのは呉鎮守府をまとめあげる最古参、鼎寛(かなえ ひろし)大将。彼にしては珍しく困り顔である。

 隣の筆頭秘書艦である軽空母・千歳も落ち着いてはいるものの、いつもの穏やかな微笑みにはわずかに陰りが見える。

 

 

「……ッ!! も、申し訳ありませんっ!! 私に、私にもう少し戦略眼が備わっていれば!! どんな責任でも取るつもりですっ!! うっ、うっ……」

 

 

 今にも泣きそうな顔をして慟哭するのは、今回の強襲で最も被害が出てしまったパラオ泊地の統括、平政惠(たいら まさえ)中将。元海上自衛隊所属の古株であり、同時に長距離マラソンの陸上選手としても有名なアスリートである。

 人心掌握術は苦手なものの、持ち前の明るさと実直さで妖精さんと艦娘からの多大な支持を得ているのだが……流石に今回の被害を出した当事者とあっては平静ではいられないようだ。

 隣の秘書艦、軽空母・龍驤も、そんな鬼気迫る彼女のことを不安そうに見つめることしかできないでいる。

 

 

「パラオ泊地だけの責任ではありません!! 自分の担当するタウイタウイ泊地だって、問題のレイテ海域から遠からぬ場所にありますのに、さしたる援護もできず……!! 戦力の増強をもっと進めておけば、この緊急事態にも対応できたかもしれませんのに!! 罰するなら自分も連座させていただきたく!!」

 

 

 大きな声で自身も罰して欲しいと嘆願するのは、タウイタウイ泊地をまとめる益国皐月(ますくに さつき)中将。華族の出自であり由緒正しい家柄の彼女は、実にまっすぐで責任感が強い女性である。海上自衛隊から日本海軍に転換してからの所属であり比較的新参でありながらも、その人一倍の努力と実直さで中将まで上り詰めた傑物といえる。

 そのため今回の隣の鎮守府で起こった一大事にも責任を感じており、秘書艦の装甲空母・大鳳と共に土下座を敢行しようとしている。

 

 

「そういうのはいいっての。ちょっと深呼吸でもして落ち着けや、政惠ちゃんに皐月ちゃん。人死にが出ちまったのは辛いが、被害をできる範囲で抑え込めてんだからそれ以上望むんじゃねぇ。……この借りは、奴らにつけさせてやろうや。俺の大事な部下も奴らにゃ世話になったからなぁ……!! 借りは熨斗つけて返してやらなきゃ気が済まねぇ……!!」

 

 

 ラバウル第1基地の白蓮雄正(しらはす ゆうせい)大将が、軽く恐慌状態になっている平中将を抑える。彼は直情家であるので、自身を落ち着けるためにもそうしたのだろう。過去にアイアンボトムサウンドにおいて部下の比叡、霧島を筆頭に何名かを喪った事があり、今回現れた敵にはかなり思うところがある様子。

 いつもならそんな提督を諫める秘書艦の重巡・高雄も今回ばかりは口を出さない。彼女にとって喪った仲間は友人だったのだ。提督の怒りは自分も抱いているものである。

 

 

「フン……ギャーギャーピーピーと囀るな、若造共が。戦争じゃ、人が死ぬのは当然。そんなことも分からんで覚悟なく提督をやっていたとは……失笑ものじゃわい。茶番で時間を浪費するよりもさっさと話を進めんか、マトモに仕切れよ生臭坊主」

 

 

 トゲのある言葉ではあるが正論でもある発言。リンガ泊地での防衛を担う老将、船越源五郎(ふなこし げんごろう)大将である。元海上自衛隊の幕僚長であり、艦娘兵器派の筆頭でもある。

『艦娘は兵器であり、個性や感情など不要。ただ護国のために自身の兵器としての性能向上と戦場での練度向上だけを存在意義とせよ』

 そういった主義を掲げている自他に非常に厳しい人物である。このような厳しい物言いも、彼自身が普段から護国のために命を懸ける覚悟を決めているからこそ出てくるものである。

 彼の隣で微動だにせず目を閉じている重巡・摩耶も、この教えと覚悟を受け継いでいる。そのためこのような場で兵器の自分が為すことはないと考え、空気に徹している。

 

 

「そ、それはちょっと厳しい言い方じゃないでしょうか……! 私だってそんな、艦娘の皆さんやお世話になってる人たちが、し、死んじゃったりしたら、平静じゃいられないと思いますので……!!」

 

 

 おずおずと、それでいてしっかりした意思をのせて反論の言葉を絞り出したのは、舞鶴第1鎮守府の岩波雀(いわなみ すずめ)中将。

 元々は保育園の保母さんだったのだが、妖精さんがいきなり大量に見えるようになって『最近なんだか疲れてるのかな?』と心配になって医者にかかってみたら、よくわからないからと大病院への紹介文を書かれ、妖精さん適性がメチャ高いことが判明して、あれよあれよという間に鼎大将の抜粋枠に入って提督になっちゃったと言う、異色の経歴を持った提督である。

 戦略面体力面ではからっきしなのだが、他の追随を許さない面倒見の良さと小動物みたいな親しみやすさから、駆逐艦と海防艦、そして妖精さんに多大な信頼を置かれている。駆逐艦中心の練度向上を主としている舞鶴鎮守府のトップをやっているのもそういうところが理由だったりする。

 彼女の秘書艦は駆逐艦・吹雪。日本で最初に出現した艦娘の1隻であり、鼎大将の元秘書艦でもある。戦略面は彼女が代わりに担っていて、提督よりもしっかりしている。今も自身の提督が船越大将にギロリと睨みつけられビビって「ひぃう……」と涙目になってるのを慰めている。

 

 

「船越さん、若い女の子をいじめるのはやめなさいな。そんな射殺すような視線、同僚に向けるものじゃないわよ?」

 

 

 こちらはトラック泊地の統括である尼子麗香(あまこ れいか)中将。

 元は大御所の女優であったのだが、深海棲艦が出現した時に海上自衛隊が日本海軍へと再編成される際に多大な貢献をした人物である。彼女も岩波中将と同様に妖精さんとの相性が良く、そのうえで艦娘のお姉さまとしてよく鎮守府をまとめられることから、中将まで昇進した経緯を持つ。男社会の海軍でも物怖じしない性格もかなりのプラスに働いている。

 隣の秘書艦、軽巡・矢矧も彼女と同じように柔らかくも凛とした雰囲気を漂わせる。

 

 

「それで、いかがしましょうか元帥。私達の佐世保鎮守府は基本的には大陸からの防衛ですので全戦力は回せませんが。あぁ、もちろん加二倉さんの戦力は回します」

 

 

 張り詰めた空気の中でもマイペースを貫く糸目の好青年といった風貌の男。佐世保鎮守府の鮎飛栄一(あゆとび えいいち)大将。日本海軍の大将にして、日本に古くから続く隠密集団の現当主でもある。もっと言うと加二倉提督の弟子でもある。

 彼の言う通り佐世保鎮守府の主な役目は対深海棲艦というより対他国なところがあるので、少し特殊な立ち位置だったりする。

 隣に座り存在感を消している秘書艦、航巡・筑摩も、提督同様に薄く微笑を浮かべて心の中が読めない様子でいる。

 

 

「僕は一度命を諦めた身です。この命を救ってくださった伊郷元帥と三鷹提督からの指示、要望であれば、身命賭して働きます。この国のために命を投げ出す覚悟はとうに出来て……って痛い! 何するんだ瑞鳳、今僕は大事な話を……」

 

 

 自分の覚悟を示そうとしたところを、秘書艦の軽空母・瑞鳳に不機嫌そうに脇を突かれているのは、大湊警備府をまとめる伊東仁(いとう じん)中将。

 彼は故郷の島を深海棲艦に滅ぼされ、復讐の鬼と化していた。鬼気迫る修練で提督養成学校の首席を取り、大湊警備府では多大な功績をあげ、それでもどうやっても攻略できない二つ名個体級に玉砕覚悟で挑もうとした過去がある。

 結局は三鷹提督に横やりを入れられてうやむやになったのだが、そのおかげで今彼は生きていられると言ってもいい。その恩義は消えないものとして彼の中に残っている。ちなみに命懸けをスカされて抜け殻となっていたところを伊郷元帥にカウンセリングで助けられたので、そちらでも恩義を感じている。

 そういう経緯から彼の部下は彼が命を粗末にすることをとても恐れており、先ほどの瑞鳳の態度もその表れということになる。

 

 

 

 ……とにもかくにも、この場には日本海軍が誇る各地の鎮守府の長が勢ぞろいしているということだ。

 そして、そんな優秀な彼ら彼女らでも落ち着きが保てないほど、今回の事件はショッキングであるとも言える。

 

 

「ふむ。各々一旦落ち着くように。元帥の私が進行役となるので落ち着いて考え、答えてくれればよい。なに、犠牲が出てしまったことは遺憾であるが、重要なのはこれ以上被害を増やさないことだ。全て事が片付いてから献花に出向けばよいし、それしか出来ないということでもある」

 

 

 元帥の言葉でざわついていた場が幾分落ち着く。まるで動揺しない姿が周囲にも落ち着きを与える。

 

 

「そして対策としてはまず敵を知ることから始まる。大和君、プロジェクタで写真を写してくれたまえ」

 

「はい」

 

 

 元帥の指示を受けた大和がプロジェクタを起動させ、いくつかの画像を写していく。

 

 

「見よ。これが現場で撮影された敵主力の写真である。白蓮君、船越君、平君、君達の艦隊が危険の中持ち帰った成果だ。恩に着る」

 

「そういうのはいいですって、伊郷サン」

 

「任務なのだから遂行は当然。さっさと進行しろ」

 

「あ、ありがとうございます……!!」

 

「ふむ、それではだ。どうでもよさそうで大事な事であるが、彼女たちの呼称を発表する。大本営の秘書艦の間で考えたものであるが、異議があれば代替案を出すように」

 

「ほほう? 欧州における二つ名個体と同様の扱いということかのう?」

 

「鼎君の言う通りだ。各鎮守府の艦隊の実力は把握している。そのうえで今回の奇襲、本来であれば十二分に防衛しきれるものであった。そうならなかったのは、敵の指揮官が圧倒的に強かったか、圧倒的に指揮能力が高かったか。今回の情報と写真から伝わる雰囲気を鑑みるに、そのどちらかの可能性は非常に高いとした。故に二つ名を決めることにした」

 

「ついに……日本海軍領にも二つ名個体級が……!!」

 

「そうだ。……実を言うと先例はあったのだがな。益国君には伝わっていないだろうが」

 

「な……!? 何故です!?」

 

「強烈な個に対抗できるのは優秀な群れではなく強烈な個のみ。益国君の艦隊を馬鹿にするわけではないが、こればかりは人間同士の戦闘とは違う部分であるのでな。言っても不安にさせたり無理な鍛錬を誘発したりするような情報であるため、大部分の提督には黙っていた」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「気を落とさないでほしい。決して折れない一本の槍と脆いが数の多い矢束では出来ることがまるで違う。適材適所ということだ。……さて、益国君と同じく今の話を不満に思う者もいるかも知れないが、ひとまずそれは置いておいてもらいたい。まずは本題を進める。……大和君」

 

「はい提督。では、日本海軍としての敵性存在の名称をまとめて発表します……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 パラオ泊地に登場した姫級

 

・深海海月姫(二つ名:【大虚 オオウツホ】)

数隻のイージス艦を従えている。接敵時にも核兵器攻撃が予想される。基となった艦艇は艤装の巨大な穴からビキニ環礁に沈んでいた空母サラトガと予想される。

 

・空母水鬼(二つ名:【妖傅 アヤカシ】)

【オオウツホ】と共に出現。彼女と会話していたことから通常の空母水鬼よりも知性に優れる強敵と考えられる。数々の特徴から空母・翔鶴が基になっている可能性が高い。

 

・海峡夜棲姫(二つ名:【深鬼牢 シンキロウ】)

レイテ海峡に出現した強力な姫級。砲撃が“すり抜けた”という報告が上がっている。原理不明なため接敵時は細心の注意を払うこと。基になった艦艇は戦艦の扶桑・山城だろう。

 

・深海鶴棲姫(二つ名:【姑獲鳥 コカクチョウ】)

レイテ海域に出現した強力な姫級。ジェット機含む航空隊と大口径主砲からの砲撃を兼ね備える死角のない性能を持つ。好戦的な性格であり接敵は非常に危険。瑞鶴の面影があるが大和型とみられる主砲も搭載している。

 

 

 ラバウル基地に登場した姫級

 

・深海日棲姫(二つ名:【天戸隠 トガクシ】)

アイアンボトムサウンドに出現した姫級。多くの部下を引き連れており指揮官タイプと考えられる。とはいえ本体の実力が未知数な事から油断は禁物。基となった艦艇は水母の日進である可能性が高い。

 

 

 リンガ泊地に登場した姫級

 

・港湾夏姫(二つ名:【古椿 フルツバキ】)

艦隊との交戦記録が少ない陸上型の姫級。その上撃沈しても復活する厄介な性質を持つ。さらに復活してからの方が戦闘力が上がっている可能性が高く、むやみやたらな撃沈は取り返しのつかない結果を招く可能性がある。基となった艦艇は不明。

 

 

 

・・・

 

 

「……以上です。なにか意見のある方は?」

 

「「「 …… 」」」

 

「いらっしゃらないようですね。それでは元帥、次の議題……を?」

 

 

 敵の姫級情報の共有が済んだところで、大和は元帥に話を戻そうとした。……のだが、プロジェクタの調子が悪いのか、ザリザリとノイズが走り始めた。

 

 

「どうした大和君、トラブルか?」

 

「ええ、プロジェクタの調子がおかしいようですね。急に映像が乱れて……って、あれ?」

 

 

 段々乱れがひどくなって砂嵐のようになり、どうにも落ち着かないプロジェクタだったが、3,4秒したら自然に画面も落ち着いてきた。

 一体どうしたんだろう?とみんなが考える中でプロジェクタに写し出されたのは、今まで見ていた資料映像ではなく……

 

 

 

 

(あ、写りましたね!! 皆さん見えてますかー!? ラバウル第10基地でーす!!)

 

 

 

 やたら笑顔が眩しいピンク髪の見覚えある顔だった。

 




今回色んなキャラが出てきましたが、基本的には覚えなくて大丈夫です。
みんなチョイ役だからね!


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第176話 やりたいことやったもん勝ち

日が長くなってきて春の兆しが見え始めましたね!(ニュースで見る大雪から目を背けつつ)
無限に伊豆に行きたい季節だぁ。


(あ、鯉住くーん、映ったよ!! ほら、多分これ大本営の会議室!!)

 

(でかした明石!! 妖精さんもいい仕事したねぇ!!)

 

(なんか人いっぱいいるから会議中かな? お忙しいところすみませーん!)

 

(なんかあれだな、映像めっちゃノイズあるしカクついてるな。これこっちの映像ってちゃんと映ってるのか?)

 

(それは大丈夫! こっちの映像を滑らかに映す犠牲であっちの映像がコマ送りみたいになっちゃってるだけだから。あっちではこっちの映像が滑らかに流れてるはずだよ!!)

 

(原理が全然わからんけどすごい自信だしホントにそうなんだろな! よし、明石とスタッフの妖精さんたち、祭りを実況するから着いて参れー!!)

 

(おー!!)

 

 

 やたらぬるぬる動く鮮明な映像で、見たことがある人にはやたら見慣れた顔が、見たことのない人にはお祭りの若い衆にしか見えない男性が、部下であろう工作艦・明石をカメラマンとしてずんずんと進んでいる。

 大本営の会議室に集められた各地のトップとその秘書艦は、あまりにもいきなりの出来事に言葉を失っている。

 

 いきなりなんだこの映像?

 これオンタイムのライブ映像?

 あのやたらいいカラダした男の人って提督?

 ていうか祭りを実況って何? 見た感じ日本じゃなさそうな雰囲気だけど……

 そもそもなんでただのプロジェクタで映像が流れてんの?

 

 頭の中がハテナでいっぱいになると、脳内処理でいっぱいいっぱいになってフリーズしてしまうようだ。会議に集まった大半のメンバーが呆気に取られてしまっている。

 

 

(皆さん! なんか会議してるっぽいですけど息抜き気分でちょっとお付き合いください! ラバウル第10基地の鯉住です! 今ウチにお客さんが来てて、せっかくだから祭りしてるんで、皆さんも一緒に盛り上がりましょう!!)

 

(押しが強い! 流石は修羅場モードだね!)

 

(今日の俺は絶好調だからな!! 会議中の皆さんもいい息抜きになっていいだろ!! いいことができて気分がいい!!)

 

(すごい自信だね! 私も楽しくなっちゃう!!)

 

(いいぞ明石、楽しめ楽しめ!! TPOを意識した言動をとれぇい!! はっはっはー--!!)

 

 

 テンションが高すぎる。ようやく頭の中が落ち着いてきた面々だが、なんか場の空気が完全に支配されちゃってるので口を挟もうにもはさめないという状況が生まれてしまった。まるで気分は何も知らないまま、しょっちゅう連行される某タレントのようである。

 

 

(皆さん見てください! こちらが我々で用意した出店になります!! 主に補助艦艇のみんなで頑張って料理を作ってくれました!!)

 

(ええと提督に明石さん、そのモニターなんですか? ……って、映ってる皆さんってすごい人たちじゃ!?)

 

(なんかそうみたいだな、元帥とかいるし! 俺たちだけで楽しむのもなんだから雰囲気だけでもお届けすることにしたぞ!! 速吸もなんか一言どうぞ!!)

 

(え、ちょ、そんな無茶ぶりしないでくださぁい!!)

 

(ハハハハハ! それじゃそうだな、他に誰か感想言ってくれる人いるかー!?)

 

(ハイ、では私が!!)

 

(お、伊良湖じゃないか! マイクに向かってどうぞ!!)

 

(見えてますか元帥閣下ー! 私ここで充実した生活を送ってます!! こっちに送ってくださってありがとうございます!! 今の目標は提督から結婚指輪を貰うことです!!)

 

(はいありがとうございます!! 伊良湖がんばってくれてるからな!! 今度指輪申請しとくから無理しない程度にこれからも頑張ってくれ!!)

 

(やったぁ!!)

 

(てなわけで屋台からでしたー!! あ、イカ焼き貰ってくね。モグモグ……うまい!!)

 

 

 やたら勢いが良すぎる上に声もすごいデカい。そしてものすごいテンポがいい。ツッコミどころが多すぎるがゆえになんかこう口をはさめない。

 未だ置いてけぼりの大本営組をさらに置いてけぼりにする勢いで、画面の中のハイテンションな連中は話を先に進めていく。

 

 

(ハイ次はこちら! 見事な櫓と神輿でしょう!! 造ってくれたのは妖精さんですが、デザインしてくれたのは研修生の葛城さんです!! 一言どうぞ!!)

 

(え、あ、私ですか!? って、この映像、提督と大和さんいるじゃないですか!! 今これって繋がってるんです?)

 

(おう!!! なんか伝えたいこと伝えていいぞ!!)

 

(いやちょっと何やってるのさ大佐、葛城に絡んでどうしたのよ)

 

(あ、ちょうどいいところに瑞鶴先輩!! これ今大本営と繋がってるみたいですよ? 提督と大和さんにメッセージ送れるみたいです!!)

 

(提督さんと大和さんに? いやそんなワケないでしょ……こっから本土までどんだけ離れてると思ってるのよ)

 

(いやいや本当だぞ!! ということで瑞鶴さんも葛城さんといっしょになんかどうぞ!!)

 

(フリが雑過ぎるんだけど……まぁいいや。もしホントに聞こえてるならだけど、私、かなり強くなったからね。次の大規模作戦は私に任せて!!)

 

(私も天城姉にすごい鍛えられたんで、そんじょそこらの深海棲艦には負けませんよ!!)

 

(うーん、いいですねぇ!! こんな感じでふたりとも頑張って研修してますので、元帥も期待しててくださいね!!)

 

 

 ついに見知った顔が出てきてしまった。大本営第1艦隊の瑞鶴と葛城である。見た目だけでは流石に判断できないのでもしかしたら別の鎮守府の瑞鶴と葛城かもしれないが、そんな態度は微塵も感じられないので本当にそうなのだろう。

 そんなふたりの報告を受けて、鋼のメンタルでこの場でも動じていない元帥は「うむ」と満足げにうなづいている。大和はまだ回復しておらず、真顔で画面を見つめている。

 

 

(そしたら次はメインイベントですよ!! 花火大会!! お客さんたちがデザインした花火を見比べてみましょう!!)

 

(オイ人間、モウ始メテイイノカ!? 待チキレネェンダヨ、サッサトシロ!!)

 

(散々御膳立テシテモラッテオイテソノ態度……コレダカラ蛮族ハ。イクラ相手ガ人間ダトハイエ、義理ヲカクト畜生ト変ワラナイワヨ? 同族トシテ恥ズカシイワ)

 

(黙レコノくそちび!!)

 

(ヤレヤレダワ……)

 

(まぁまぁまぁケンカせず仲良くしてもらって!! 準備できたんで打上げ始めましょう1!)

 

(ぎゃははははは!! コノ私ノ『いかチャンすぺしゃる』ガ一番ニ決マッテルゼェ!!)

 

(私ノ『黄金比長方形無限回転体貝殻』ニハ敵イマセンヨ。エエ、間違イナク)

 

(はははは!! 自信があるようで何よりです!! それじゃあ妖精さんたち、やっちゃってくれ!!)

 

 

 ひゅるるるる……

 

 

 ドドドォォンッ!!

 

 

((( オォ~! )))

 

 

(キレイねadmiral、なんて美しいのかしら!! 本当の芸術ってのはこうじゃないといけないわ、そうでしょ!?)

 

(コマンダン・テストも満足してくれたか!! いいよな花火!!)

 

(ふぅむ。一発の花火ではなく小玉を連発して躍動感を出すとは、かなりの技術だな。こうも見事にイカやカニが動きまでも再現されるとは、なかなかやるじゃないか。褒めてやってもいい)

 

(すごいなアークロイヤル、まるで花火博士だな!!)

 

(心が落ち着きますね……落ち着いたら眠くなってきました。……提督、抱き枕になってくれません?)

 

(悪いが天城、それはまた今度な!! ちょっと今用事があるからな!!)

 

 

 なんか見たことない深海棲艦たちが打ち上げ花火で盛り上がっている。いや、ありえないでしょ。と言わんばかりに目をこすりまくる会議参加メンバー。そりゃそうもなる。

 時間が結構経ったからか冷静になれる者も増えてくるらしく、一部では独特のリアクションが始まった。具体的には呉の鼎大将とラバウルの白蓮大将が大爆笑し始めた。ちょっと前まで自分たちがいた場所でなんかよく分かんないことが始まってしまったので、それがツボに入ってしまった模様。報告書だけで聞いていた鯉住くんの暴走を目の当たりにしたことで、そっちもツボに入ってダブルパンチという形である。

 そしていきなり笑い始めた大御所ふたりを見て、その他メンバーは更なる混乱に包まれる。ようやく持ち直してきたところに更なる不意打ち。頭の上のクエスチョンマークは増えていく一方である。

 

 

(ねぇちょっとアドミラルさん、なにしてんのさ)

 

(おお、ガンビア・ベイさんじゃないですか! 大本営にこの楽しいお祭りをお届けしてるところですよ!!)

 

(え、もしかしてライブ配信中ってこと? いやダメでしょ軍紀的に)

 

(ダメなところには流してないのでギリセーフですよ! ハッハッハ!)

 

(そういう問題じゃないよね。やっぱ頭おかしいわこの人間。いや、褒めてるんだけどね、私達への対処含めて)

 

(恐縮です!!)

 

(ハーイ! 聞こえたわよ、ベイ!! 配信中ですって!? ミーのこのビューティフルボディを世界に見せびらかすチャァンスじゃない!!)

 

(うわなんか来た)

 

(モグモグ……ゴクン。なによ、画面の向こうに居るの誰? 偉い人間? だったらよく聞きなさい! このアドミラルは私の夫にすることに決めたわ!!)

 

(ハッハッハ! コロラドさん、気持ちは嬉しいですけど俺はここを離れられないですよ! 大事な部下もいますからね!!)

 

(うわまたなんか来た。ていうか私達は帰んなきゃいけないからそれ無理でしょ)

 

(フン、場所なんか些細なことよ!! 美味しいご飯と紳士的なおもてなしができる人間を手放すなんて出来るわけないじゃない!)

 

(アハハハ! そこまで褒めていただけると悪い気はしませんね! 楽しんでいただけるように場を整えられてよかったです!! ホラ、艤装のみんなも楽しそうにしてますよ!!)

 

 

 プロジェクタの画面がスライドした先に見えるのは、楽しそうにキャッキャしながら食事をしている深海棲艦の艤装達。傍から見ると魑魅魍魎大集合みたいな絵面に、普段戦いの相手として相対している秘書艦たちはカラダがこわばる。しかし……

 

 

(ししょぉー! なんかロブソンさん(ロブスター型艤装)とキングさん(タラバガニ型艤装)がプルプル震えてるんですけどー)

 

(ん? ああ、ちょっと待ってくれ! ……なるほど、そういうことな!)

 

(食あたりかなにかです? 胃薬持ってきます?)

 

(いや、彼らの持っているものを見てごらん!)

 

(これは……刺身とワサビ!!)

 

(そう! ワサビをポリポリしすぎて刺激に震えているんだろうな! ……うん? そうですか、美味しいですか!! この刺激がクセになる? わかってますねー!!)

 

(いきなりバンザイしてどうしたのかと思ったら、感謝のジェスチャーだったんですね。それなら一安心! 艤装と心を通わせられる師匠はやっぱりすごいです!!)

 

(おうおう、そんなに褒めるな夕張よ!! 照れるじゃないか!!)

 

 

 なんか艤装と仲良くしてる……

 会議室の空気がまた一段とモヤモヤしたものになる。目の前のこれっていったい何なんだろうか? 同じ世界線の出来事なんだろうか? そろそろ見えない疑問符で会議室が満たされそうである。

 そして大爆笑しすぎて腰に来た鼎大将が崩れ落ちる。年には勝てない模様。ひとり脱落である。

 

 

(普通の人間なら艤装の気持ちなんてわかんないわ! そういうところが素敵! 抱いて!)

 

(オーゥ! パッショネイトなアップローチですねー!! これはもうウェディング待ったなしですヨ!)

 

(ハハハハハ!!)

 

(頭痛くなってきたよ……)

 

(まぁまぁガンビア・ベイさん! こういう時くらいは羽目を外して楽しまないとですよ!! はいリンゴ飴!)

 

(モゴォッ!! ……ちょっとさぁ! いきなりレディの口にリンゴ飴突っ込むとか、デリカシーとかないの!?)

 

(ハハハ! ソーリーソーリー!! でも大丈夫ですよ、ベイさんがさっき食べてたやつとは別の味のやつですから! 味変です!)

 

(私が今怒ったのそういうことじゃないんだけど……無敵すぎる……)

 

(ハハハ!!)

 

 

 なんか見たことない金髪の艦娘達と漫才したりイチャコラしたりと忙しい様子を見て、やっぱり言葉が出てこない会議室の面々。情報爆弾の前には思考回路もショート寸前である。

 そしてここで大爆笑していた白蓮大将が腹を抑えてぶっ倒れた。どうやら腹筋が攣ったらしい。ふたり脱落である。

 

 

(……あぁ、提督、こんなところに居たんですね! 花火大会も終わったので、そろそろお神輿で練り歩く時間……って、なにしてるんです?)

 

(おう古鷹! 日本に元気をお届け中だぞ!!)

 

(ええ? それってどういう……?)

 

(フルタカじゃん。あんたのアドミラルさん、上司のところにライブ配信してるよ)

 

(ラ、ライブ配信!? マズいですよ軍紀的に!!)

 

(大丈夫大丈夫!!)

 

(私もそう言ったんだけど、終始この調子だよ)

 

(それホントですか、ガンビア・ベイさん!? 提督、深海のお客さんの方が常識的ってちょっと良くないと思います!!)

 

(大丈夫だって! ほら、画面の皆さんもイスに座りながら楽しんでるだろ!?)

 

(画面の皆さんって……なんだか大御所ばかりに見えるんですけど!?)

 

(普段気を張ってばかりの人たちにこそ息抜きしてもらいたいだろ!? 俺は疲れた皆さんに癒しをお届けするんだ!!)

 

(気遣いの方向が明後日なんですよぉ!!)

 

(フルタカじゃ相性的に勝てないの分かってるでしょ。諦めなよ)

 

(うぅ、報告書になんて書けば……!!)

 

(この映像録画もしてあるから、動画データですって提出すればそれだけでいいんじゃないか!?)

 

(こんな色々おかしい動画、アーカイブに残したらダメでしょう!?)

 

 

 やっと常識的な艦娘が出てきたことで、会議室のほぼ全員が彼女の言葉にうなづいている。正論だし普通はそう考えるということを、ちゃんと言葉に出してくれてるのを見て安心する。本当の意味で会議室に居る疲れた心を癒してくれたのは、言うまでもないことだが彼女の存在である。

 ここで鯉住くんと付き合いが長く、色々と察している大和が机に轟沈した。これからの色々を思って頭と胃が痛くなってしまったらしい。さんにん脱落である。

 

 

(まあまあいいじゃないか古鷹!! それじゃ神輿で練り歩くかぁ!! 本日のメインイベントだぞ、昂ってきた!!)

 

(えぇいヤケですよもう! 後のことは後で考えます!! それじゃお神輿みんなで担ぎ始めますからね!!)

 

(いいぞいいぞぉ! キミたちのパワーには俺はついていけないから応援しかできないが……歌で応援しよう!! 一番鯉住、歌います!!)

 

(いやちょっとまってよ)

 

(あ、ベイさんも歌います? オーゥ↓セイユーキャンシィ↑ー!!)

 

(いや国歌斉唱始めないでよ。絶対アナタエネルギー切れたら動けなくなるでしょ? その前に今回のお礼何にするか決めてよ)

 

(お礼って何のですか?)

 

(うわすごい、ノリだけでなんにも考えてない。ホラ、私達の艤装達をメンテしてくれたお礼だよ。他の相手なら別に気にしないけど、アナタ相手に貰いっぱなしはどうもね)

 

(そんなの気にしなくてもいいのになぁ!)

 

(私達がここまで気にするなんて普通はないんだからありがたく受け取っときなよ。で、なんか欲しい? して欲しいことある?)

 

(そしたら今回初めての皆さんにも、前回と同じこと伝えておいてください!!)

 

(戦う前に威嚇しろってやつ?)

 

(そうです! やっぱりね、戦いはスポーツくらいに収めてほしいんですよ! 昔っから戦いで得するのは戦ってない人だけ! それはねぇ、よくないことですよ! 貧乏くじを引く覚悟がある人に本当に貧乏くじ引かせるわけにはいかないですから!!)

 

(ふーん……まぁいいけど。基本的にケンカをこっちから売らないってことで伝えとくよ。アナタに艤装達えらく懐いてるから、本体が戦おうとしても止めてくれるでしょ。好戦的な奴も多いから不満出そうだけどね)

 

(ラブ&ピースですよラブ&ピース! とはいえ戦いが好きな人がいることも重々承知です!! ということで、定期的に交流戦とかどうです!?)

 

(え゛……て、提督? それって私達が今来てるお客さんみたいな相手と戦うってことですか!?)

 

(そうだぞ古鷹!!)

 

(無理です無理です!! あのオウムガイちゃんたちのご主人(妖精さんたちが夏を刺激しそうな水着を着ているお客さん)くらいなら相手できますけど、それ以上は出力的に厳しいです!!)

 

(大丈夫だって! 古鷹も他のみんなも普段から頑張ってくれてるだろ!? 追いつけ追い越せひっこぬけだ!! いざとなったら加二倉さんのとこから助っ人も呼べるしな!!)

 

(提督の期待が重いですぅ!!)

 

(ふーん、まぁそれならいっか。そんじゃまた来たくなったら色々連れてくることにするから)

 

(合点承知の助です!! あ、その時には一か月前くらいに知らせてもらえます? 艤装の艦載機くん飛ばすとかして)

 

(いーよ。そんじゃま、そういうことで。良かったね古鷹、これ以上の人死にが出ないで済むよ)

 

(いやまぁそれは本当にいいんですけど、もっともっと強くならないと……うぅ……)

 

(私も正直言うと、知り合いに今回の強襲戦に誘われてたのめんどくさいと思ってたからね。ここに居るメンツの参加が無くなっただけでもアンタ達からしたら良かったんじゃない?)

 

(強襲戦?)

 

(ああ、知らないならいーよ。腐れ縁で頼まれてただけだから断っても大した話じゃないし、このどんちゃん騒ぎでここに居る奴らのガス抜きもできたからさ。それよりあの人神輿の方に走ってったけど?)

 

(ああ、本当だ! もうあんな遠くに!? 待ってくださーい!!)

 

(ホラ、アカシだっけ? あんたもカメラマンしてんならアドミラル追っかけなよ)

 

(お心遣い感謝します!! では失礼!!)

 

 

 その後もお神輿練り歩きからのカラオケ大会、伊良湖による和スイーツ大盤振る舞い、艤装達と妖精さんを巻き込んだ鯉住くんの一発芸連発と、言葉にできないようなお祭り騒ぎが大本営会議室に垂れ流しになったのであった。

 




元帥「大佐のおかげで命拾いしたな、まったく」


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第177話 卒業試験(スパルタ)

ウマ娘が捗るせいでイベント未達したバグの修正をお願いしまぁす!!!



「穴があったら入りたい……」

 

 

 自室の片隅で体育座りをし、現実逃避をしているこの男。名前は鯉住龍太(こいずみ りゅうた)と言う。所属は日本海軍で階級は大佐である。

 

 彼はつい先日、大本営の組織トップ集団に対して盛大にやらかし、自身の特異性を盛大にアピールしてきたばかり。

 あまりにも疲れていた上にストレスが限界を迎えていたからと言って、正気に戻って振り返ってみれば、狼藉も狼藉である振る舞いだったと言わざるを得ない。

 

 そういうことなので、限界を越えてはっちゃけまくった結果、丸一日寝込んだのちに羞恥心に襲われてメンタルブレイクを引き起こしているというわけだ。

 以前のやらかしの時はもっと長い事倒れていた上に手厚い看病まで受けていたのだが……今回は日頃の筋トレの成果もあって体力が増えており、寝込むのは一日で済んだようだ。周りも彼の色々に慣れてきたため、今回は自室に放り込むだけで看病は無し。目覚めたときに少し寂しかったのは秘密である。

 

 

「私は貝になりたい……」

 

(こいずみさんのゆうし、ひさしぶりでしたねー!!)

 

(やっぱりうちのていとくが、なんばーわん!!)

 

(しっかりろくがしてありますよ! みたい? みたい?)

 

「思い出させないで……」

 

 

 そんなこんなで妖精さんたちに持て囃されつつ現実逃避してる提督だが、いつまでもそんなことしていられる場合ではない。

 なんたって彼が寝込んでる間に正式に大規模作戦が日本海軍統括海域全域で発令されたのだ。それはつまりラバウル基地全体の総督府にするよと言われてるこの鎮守府では、色々準備しないといけないということになる。

 そういうことで新たに黒歴史を生み出してしまった哀れな提督のもとに、秘書艦の叢雲が訪ねてきた。

 

 

 コンコンコン

 

 

(ちょっとアンタ起きた? もう大丈夫?)

 

「……大丈夫じゃないです……」

 

(大丈夫そうね。そろそろ引き籠ってないで出てきなさい。寝込んでた間に舞い込んできた色々な仕事は私と古鷹、大井で片付けといたから。アンタじゃないとできない仕事だけやればいいから)

 

「そんなのがある時点で行きたくないんだけど……」

 

(いいから出てきなさいよ。想像してる通り私は触れたくない系のあれこれだから、さっさと捌いてもらわないと困るのよ)

 

「明日じゃダメです……?」

 

(いいからさっさと出てきなさい。扉ぶち破るわよ)

 

「秘書艦が乱暴だぁ……」

 

 

 前回倒れたときと比べて圧倒的に塩対応になった筆頭秘書艦に逆らえず、しぶしぶ部屋を出る鯉住くん。心なしか表情もしょんぼりしている。

 

 

 

・・・

 

 

 

 ということで、しぶしぶながらも提督は執務室(お茶の間)まで連れられてきた。先に仕事を始めていた古鷹に軽く挨拶し、指定席につく。

 

 

「……おはよう古鷹」

 

「あ、おはようございます提督。今回はもう大丈夫なんですね」

 

「心配かけたねぇ……よいしょっと」

 

「色々と大変でしたけど、元気が出たみたいでなによりです」

 

「ありがとう。古鷹は優しいなぁ……」

 

「ちょっとアンタ、私への態度と古鷹への態度に差があるでしょやっぱり」

 

「ないですないです」

 

 

 ちょっとした会話をしつつも、さっき叢雲が言ってた『提督じゃないと解決できない案件』の書類束を古鷹から受け取る。そこに目を通していく鯉住くん。

 

 

「これが言ってたやつね。どれどれ……」

 

 

 

 

 

案件1・伊郷元帥(横須賀鎮守府統括)からのダイレクトメール

 

 先日の動画配信は素晴らしいものであった。大佐の働きは勲章をいくつ授与しても足りないほど大きいものであると認識しているが、機密上それを公開できないのがなんとももどかしいところである。いつか別の形で報いることは予定しているので覚えておいて欲しい。

 本題に入る。そちらにも通達がいったとは思うが、日本海軍全体で最大規模といえる防衛作戦を展開することと相成った。そこで瑞鶴君と葛城君の研修にきりがついたら研修を終了とし、こちらに戻してもらえたらと思う。

 報酬は大佐が欲しがる何かを授与したいところなので、要望を送ってほしい。可能な限り応える腹積もりである。

 

 

案件2・白蓮大将(ラバウル基地統括)からのダイレクトメール

 

 オメーのせいで俺の腹筋が攣っただろうがどうしてくれる。そのせいで暴れてた腹の虫まで潰れちまった。

 責任取ってオメーのところの鎮守府がラバウル基地の全部を仕切れ。俺は金剛と榛名連れて元締めんところにお礼参りしに行くからよ。つーわけで金剛と榛名をこっちに戻せ。どうせもうお前のことだし、よく分からんくらい実力上がってんだろ?

 高雄をそっちに寄越そうかとも思ったが、なんかもうお前んとこのメンツでどうにかできんだろ。なんとかならんことが起こったり、欲しいもんあったりしたら連絡してくりゃなんとかすっからよ。

 

 

案件3・一ノ瀬少将(先輩その1)からのダイレクトメール

 

 またやらかしたって聞いたわよ。というか動画見たわ。なんだったのあれ。

 今回の敵は個体群の間で共通の動機とか口裏合わせとかありそうだから、色々と聞き出しておいてくれたら嬉しかったんだけど、過ぎちゃったことは仕方ないわよね。

 ところでなんだけど、そっちにお邪魔してた時の会議でも話してたけど、艦娘の鎮守府間での派遣制度がこんなタイミングでと言うかだからこそと言うか整ってね。それでウチからも大打撃を受けたパラオに何人か送ろうとしてるんだけど……鯉住くんのところからも何人か出す? 今だったらだいぶ恩売れるわよ。

 もちろんそっちの忙しさを加味してくれればいいけど、コネとか作っとくといいかもしれないし一応声かけさせてもらったわ。正直それ以外に鯉住くんが欲しそうなものって思い当たらないけど。ま、考てみてね。

 

 

案件4・加二倉少将(先輩その2)からのダイレクトメール

 

 先日は世話になったな。今回の貴様の動画、先生を通じて見させてもらった。

 鎮守府内で共有したところ、満場一致であの来訪した深海棲艦等は相当な強者だということで意見の一致を見た。具体的にはあれらの半数以上が那智よりも強いだろうな。

 ということで、だ。例の動画で最後の方に言っていた『交流戦』を行う際には必ずこちらに声をかけるように。今でさえ神通や武蔵辺りが堪え切れずに戦意を持て余している状態だ。いい鬱屈の発散の場になるだろう。

 その際には当然相応の礼をしたいところだが、貴様の欲しがるものが思い当たらん。思いついたら連絡して欲しい。

 

 

案件5・三鷹少将(先輩その3)からのダイレクトメール

 

 やっほー龍太くん! 先生から動画見せてもらったけどすごかったねー! 僕たちがいる間にやってくれたら参加できたのになぁ!

 それはそうとうちのガンちゃん(ガングートね)なんだけど、こっちでの卒業祝いも経験させたからそっちに送るようにするよ! 昨日発ったから1週間くらいで着くかな? 大規模作戦でビシバシしごいてやってね!

 お礼は何がいい? 今までの分として龍太くんの為の暗号通貨ウォレットを作ってあって、三鷹グループ全域で使える独自コインのINZコイン(いなづまちゃんコイン)をたくさん入れてあるからさ。とりあえずそこに追加で入金しとくね。日本円にして2000万円分くらいかな?

 他になにか入用なものがあったら遠慮なく言ってよね!

 

 

案件6・岩波中将(舞鶴鎮守府統括)からのダイレクトメール

 

 初めまして。こうしてお話させていただくのは初めてですが、私も貴方と同じで鼎提督からの指導を受けたひとりです。よかったらこれからもよろしくしてもらえると嬉しいです。

 ライブ中継を見させてもらって、私、感激しました! 正直いきなりよく分からない動画が始まっちゃったときは面食らっちゃって、そのあと丸一日くらい飲み込めなかったですけど……深海棲艦とも仲良くできるって実際に見せられて、争いのない平和な世の中も夢じゃないなって実感できました! ありがとうございます!

 舞鶴では海防艦と駆逐艦の子供たちを多く抱えているんですが、彼女たちにも同じ未来を見せて上げたくて! 今は大規模作戦が始まったばかりでどうにもできないですが、情勢が落ち着いたら何人か連れて視察をさせていただきたいなって思ってます!

 もちろんお礼として出来る範囲ですが要望には応えますから、前向きに考えてくださると嬉しいです!

 

 

案件7・鮎飛大将(佐世保鎮守府統括)からのダイレクトメール

 

 初めましてになるね。佐世保を預かる身でもあり、憲兵隊の統括もしています。鮎飛栄一(あゆとび えいいち)です。よろしくね。

 欧州救援の際にお世話になった佐世保鎮守府の代表として、まずは謝意を。あの時には天龍君と龍田君に大いに助けられました。主に加二倉さんの暴走を抑えてもらう役割で。

 いやホントに、あの人には昔から鍛えられてて頭が上がんないんだけど、ちょっと暴走気味になった時の周囲への影響はよく知るところだからさ。それを抑えてくれるだけでも胃薬の量が減って体にいいんだよ。

 閑話休題だね。今回の動画とか今までの色々とか鑑みると、近々来る新たな世界……人間、艦娘、深海棲艦の共存が成立した世界において、キミは間違いなく台風の目になる。人間同士の争いを一手に担う憲兵隊としては、キミと関係を良好にしておかないと色々マズいから、簡単に言うと親交を結んで欲しいんだよ。

 もちろんこちらだけに利のある話なんて持ちかけた日には、加二倉さんに絞められてしまうからさ。見返りは思うものを言ってくれれば応えるから。わかりやすいところだと護衛とかかな。憲兵隊はある程度私的に動かせるから、対人のアレコレは専門分野だよ。

 

 

案件8・平中将(パラオ鎮守府統括)からのダイレクトメール

 

 突然の連絡失礼いたします。初めまして、パラオ第1泊地で泊地統括をさせていただいている平政惠(たいら まさえ)と申します。

 昨日の配信、私も拝見させていただきました。あまりにも常識を外れた内容に言葉を失ってしまい、未だに現実として起こったことだと認識できていないほどです。

 そこでひとつ申し出があるのですが、こちらからの使節を受け入れていただき現状の正しい把握を助けてもらいたく思います。

 先日の深海棲艦の強襲で致命的な被害を出してしまった身としては、精神的な余裕が全くなく藁にでもすがりたいところ。貴方の存在が藁だということではないですが、ぜひ協力していただきたく。厳しい状況だからこそ広い視野を持たないといけないと秘書艦からも叱咤された若輩者ではありますが、だからこそ初心に立ち返るためにも、ご協力を何卒。

 

 

 

 

 

「……読まなかったことにしていい?」

 

「いいワケないでしょ」

 

「だってさぁ、なんかこう……どの案件も対応するのに精神的な消耗がすごそうというか……」

 

「アンタが暴走したのが原因なんだから、完全に自分で蒔いた種でしょ。一個一個片付けるしかないわよ。私達も協力してあげるから」

 

「そうですよ提督。それに厄介な案件ばかりとはいえ、ちゃんと皆さん好意的な反応をしてくださってるんですから、無碍にするのも悪いですよ」

 

「それもそうだなぁ。それじゃまずはこれから片付けようか」

 

「あー……研修してるメンバーの返還ね」

 

 

 

・・・

 

 

 

「ということで、皆さんには卒業試験を受けてもらいます」

 

 

 突然呼び出されて困惑気味な研修生、大本営の瑞鶴と葛城、ラバウル第1基地の金剛、榛名を相手に、鯉住くんが淡々と指示を出す。

 鯉住くんの隣には秘書艦の叢雲と、教導艦のアークロイヤル、天城が立っている。なんかまたロクでもないことが起こるんだろうなぁ、とここでの無茶ぶりにもいいかげん慣れてきた研修組は遠い目をしている。

 

 

「多分皆さんも元帥や白蓮大将から聞いてると思うけど、日本海軍の統括エリアで大規模作戦が発令されました。ということで、皆さんに帰ってきて欲しいとお達しがきてます。とはいえ、一応こちらも皆さんを預かった身なので、ゴーサインを出せるような結果が欲しいということで、このような場を用意しました」

 

「ちょっと大佐、いいかな」

 

「はい瑞鶴さん。なんですか?」

 

「卒業試験って何するの? 私まだ全然アークロイヤルには勝てないんだけど」

 

「これから説明しようと思ってたけどちょうどいいね。お察しの通りアークロイヤルと天城は世界トップクラスの実力者なので、タイマンでどうこうってのはちょっと難しいです。ということで、本人から試験内容を発表してもらいます。それじゃ、アークロイヤルから順にお願いね」

 

「うむ。そこの未熟者を世に出すなど恥ずかしいのだが、admiralがそうしろと言うなら否やはない。そういうことで卒業試験をする。内容は簡単だ。10分の間に私に一撃でもいいのを入れてみろ。それだけでいい」

 

「ふわぁ……それでは私、天城も試験内容を。葛城はアークロイヤル同様に10分間だけでいいので私の航空隊から身を護ってください。大破しなければいいです」

 

「金剛と榛名は私、叢雲が担当するわ。別に私はアークロイヤルや天城みたいな難題は吹っ掛けないから安心なさい。基本艤装以外全部外した状態で私の攻撃全部いなせば合格よ。砲弾撃墜、魚雷信管狙撃、体術によるダメージ回避、全部活用して捌ききってもらうわ。こちらも他に合わせて10分でいいわよ」

 

 

 それらの言葉を受けて、研修組の表情がこわばる。元の鎮守府からの帰還命令が出ているとのことなので、この卒業試験はあくまで通過儀礼的なものなのだろう。つまりは頑張れば乗り越えられる内容ということになる。

 しかしこの鎮守府は色々と頭おかしいのは今さら指摘するまでもないこと。なんだかんだ言って不合格にされてしまう可能性が否定できない。

 大規模作戦の主役となるであろう自分たちが『実力不足で研修終えられませんでした』なんて報告された日には、ただでさえすり減っているプライドが砕け散ってしまうだろう。

 呆けている場合ではないと気合を入れなおす姿に、これならなんとかなるだろうと鯉住くんも満足げである。

 

 

 

・・・

 

 

 

 試験が開始され数分が経った。

 葛城は持ち前のセンスの良さでなんとか天城の猛攻を凌いでいるし、金剛、榛名姉妹もこれまでの経験によってなんとか初期艤装のみで叢雲からの連撃を防いでいる。

 この調子であればこの3名についてはなんとかなりそうだ。

 

 

「ちょっとマズいのは……瑞鶴さんかな」

 

 

 鯉住くんの見立てでは瑞鶴がかなり厳しそうだった。決して瑞鶴の実力が他よりも劣っているわけではない。というか他の3名よりも頭一つ抜けている。

 それでもアークロイヤルに一発いいのを入れるのは生半可なミッションではない。もちろんいいのというのは中破以上のダメージであるため、チマチマした攻撃では任務達成とはならない。そもそもチマチマした攻撃ですら当てるのが難しいというのもある。

 加二倉提督の下で地獄の特訓を受けたバグ級の実力を持つ天龍の突き。それを急所に直撃させても、彼女を中破させるのが関の山だったのだ。今の瑞鶴の航空隊でそれほどの損害を出すことは……

 

 

「ちょっと厳しいだろうけど……アークロイヤルも考え無しじゃないはず。瑞鶴さんに可能性を見てるってことだろうな。信じるしかない」

 

 

 そう独り言を口にする提督の目の前では、涼しい顔をした仁王立ちのアークロイヤルと、歯を食いしばって必死になっている瑞鶴の姿があった。

 空には多数のマンタ、海上には無数のダツとトビウオ、時折水中からホホジロザメが大口を開けて突きあがる。相変わらず意味の分からない魚群フィールドが展開されている。

 

 

「くっ……いつも通り、ハチャメチャな攻撃……!! そこっ! 直上爆撃!!」

 

「フン、そんなわかりやすい攻撃など通るものか」

 

「ダメか……!!」

 

 

 こんな意味不明な全方位360度デスゾーンみたいなフィールドで反撃に転じられるだけでも大したものだとは思うが、そのレベルではアークロイヤルに一発入れることはできない。

 心の中で鯉住くんが瑞鶴を応援していると、アークロイヤルが何やらアドバイスめいたものを口にしだした。

 

 

「今の貴様など何も怖くない。陸に打ち上げられたマグロのようなものだ。自由に泳ぐことはおろか、息をすることさえできていない。そんなことだからどの空母艦娘も脅威たりえんのだ」

 

「そんな余裕……打ち破ってやるっ!!」

 

「だから脅威たりえんと言っているだろう。……仕方ない、分からないなら教えてやろう。出来の悪い弟子ではあるけど、中途半端なまま帰してadmiralの顔に泥を塗るわけにもいかない」

 

「誰の出来が悪いよ! そこっ!」

 

 

 瑞鶴の艦上攻撃機から放たれた魚雷が、アークロイヤルの雷魚によって食いちぎられる。色々と常識を無視した光景だが、瑞鶴にとっては毎日見る見慣れた光景でもある。

 

 

「フン……そういうところだ七面鳥。当たる確信もない攻撃を繰り出してなんになる。……お前が、いや、お前たちが弱いのには決定的な理由がある。教えてやろう」

 

「何をっ……!」

 

「大破しないよう注意しながら聞け。まず貴様が何故私にとって脅威たり得ないか。理由は山ほどあるが一番は、手数が少なすぎるからだ」

 

 

 瑞鶴の表情が歪む。こんだけ意味不明なパワーで魚を大量に具現化しているチートにそんなん言われてもどうしようもないだろふざけんなという表情である。それはそう。

 そんな顔をしつつ必死に突き刺さろうと突っ込んでくるダツを躱しながら、瑞鶴はアークロイヤルに続きを促す。

 

 

「貴様の考えていることくらいは分かるが、私が相手だからどうだという話ではない。そんなことを考えている時点で3流だ。

貴様、自身の艦載機が何機搭載されていると思っている? 70機ほどは操っているだろう。それで手数が少ないと言われていては話にならんと言っている」

 

「そんなこと言ったって……!」

 

 

 基本的に空母艦娘は非常に過酷な頭脳労働をしている。スロットが4つあって全てに艦載機を搭載しているということは、イメージしやすく言えばラジコンを4つ同時に操作するような話だからだ。スロットごとにリーダー機がおり、そのリーダー機を自身で操作することで部隊全体を運用するというのが基本となる。

 搭載機が70機もあるからと言って、その全てを自身が操縦しているわけではない。そんなことはいくらなんでも不可能だ。4部隊ですら相当の熟練を必要とするというのに。

 

 ではアークロイヤルが言っているのはその無理を通して70機全てを操縦しろということなのだろうか?

 

 

「泣き言をいう暇があったらなんとかしろ。不可能を可能にしろ。出来ないならできるやり方を考えろ。私がこれだけの魚類を同時に操った上で、こうして無駄話に興じる余裕がある様子を見ても何も思わないのか?

貴様がいつ気づくのかと思いながら研修を続けてきたが、察しが悪すぎてこうして直接指導してやらないといけない羽目になってしまった。あまりにも情けなくて愛するadmiralに申し訳が無い。反省しろ」

 

「好き勝手、言って……!!」

 

 

 ヒントとも言えないようなヒントと一緒に理不尽な煽りを叩きつけられながらも、そして魚群の猛攻をしのぎながらも瑞鶴は考える。

 認めるのは非常に腹立たしいのだが、アークロイヤルの言うことは尤もでもある。彼女は100を優に超える魚を自由自在に操っている。しかも本人には必死さの欠片もない。まるでなんにもしていないかのように、悠々とたたずんでいる。

 

 

(それだけのスペック差があるってこと……? いくらなんでもありえない)

 

 

 いくら相手がバケモノ級とはいえ、100以上のラジコンを同時に操って余裕綽々なんてあり得ないのだ。ひとつの脳で100以上の並行思考。不可能である。

 だったら自分の艦載機と相手の魚の違いは何? それがわからないと、多分だけど現状を打開できない……!

 

 

「お前ら艦娘は全くもって出来損ないだ。admiralの爪の垢を煎じて飲むべきだ。もしadmiralが艦娘であれば、こんな問いかけなどなくとも答えにたどり着くだろう。そしてこの世界のどの艦娘よりも優れた存在になる。貴様等には愛が足らず、器の大きさもない」

 

 

 今度は艦娘全体をディスり始めたアークロイヤルに対し、瑞鶴の額に青筋が浮かぶ。とはいえこの程度の精神攻撃は研修の時に山ほど経験したものだ。一瞬で冷静になってさっきの言葉の意味を考える。なんだかんだアークロイヤルは実力が上がるように指導してくれている。意味のない言葉はかけてこない。

 先ほどの話に出た重要なことは『鯉住大佐が艦娘の殻を破るカギを握っている』ということ。ここでわざわざ大佐が引き合いに出された意味。大佐の一番の特徴と言えば……

 

 

「……妖精さん?」

 

「ほう。ようやく掴んだか」

 

 

 当たりだったようだ。アークロイルの顔から侮蔑の色がなくなる。

 

 

「貴様等はどいつもこいつも人間を護るために命も惜しくないといった顔をする。自己犠牲、大いに結構。しかし無駄な事をしているとわかっていない愚を棚上げして、自己陶酔に任せて玉砕する様は愚かでしかなかった。

貴様等、ひとりで戦っているつもりか? フネの運用がひとりでできるとでも? 妖精は命令すればそれに従うだけの機械とでも思っている愚か者よ、恥を知れ。自分のカラダの動かし方も分かっていない赤子が何を護れるというのか。

だから私はadmiralは全ての艦娘に勝ると言っている。愛が足らない、器が足らない。だから目の前の妖精の必死な姿も見えず、自分のことしか考えられないのだ」

 

 

 相変わらずの煽りだが、もう少しで何かが掴める状態の瑞鶴はそれに取り合うことはない。攻撃を終えて被害を負いながらも、自身の甲板に戻ってきた天山村田隊の隊長機に目を向ける。

 その搭乗席には、まるで『心配するなよ大将』とでも言いたげな表情でサムズアップしている妖精さんが見える。

 

 

(そうだ……なんで忘れてたんだろう。私達はひとりで戦ってるわけじゃない)

 

 

 そう。目の前に居る妖精さんは村田少佐の魂を引き継いでいる……のだろう。本人と言葉は交わせないので真偽は不明だが、なにせ『天山村田隊』なのだ。そういうことなのだろう。

 

 村田重治少佐。龍驤、赤城、翔鶴と歴戦の艦で飛行隊長を務めた超一流の軍人であり、『艦攻の神様』の異名を持つ。真珠湾では彼の雷撃技術が不可欠だとまで言わしめた英雄の中の英雄である。

 その彼の魂をその身に宿す妖精さん。艦娘がその他の動きをしながら片手間で操作する航空隊と、彼が、歴戦の飛行隊長が自分の意志で指揮する航空隊、どちらが上か。

 

 考えるまでもない。

 

 

「……今まで気づいてあげられなくてゴメンね。目の前の化け物に一泡吹かせたい。協力してくれる?」

 

 

 瑞鶴の問いかけにニヤッと不敵な笑みを浮かべながら、村田隊の隊長は部隊を率いて発艦していく。そこに瑞鶴の操作は必要なく、負担の無さに反して機動は鋭く。

 

 

「ハハハッ!! ようやく気付いたか出来損ない!!

貴様はようやく戦いの土俵に上がった。さぁ、あと3分しかないぞ? 勝ち取って見せよ!」

 

 

 アークロイヤルの操る魚群からの攻撃が激しくなる。しかしその猛攻の中でも、天山村田隊はその機体の性能を十二分に活かし、瑞鶴の操作では躱すことのできない攻撃を躱し切り、瑞鶴の操作では当てられない雷撃を叩き込んでいく。

 

 悔しいがアークロイヤルの言う通りだ。ようやく土俵に上がることができた。気づいてしまえば本当に簡単な事だったのだ。

 軍艦がひとりの意志で動かせればそれは強力だ。操舵も索敵も砲撃も雷撃も空爆も、なにもかも思う通りに行える。しかしその分の取りこぼしがどうしても出てしまっていた。そうして取りこぼしてしまったものこそ、今の彼女に、艦娘に本当に必要なものだったのだ。

 

 

(このカラダ、私ひとりで動かすんじゃない。私と私についてきてくれてる妖精さんたち、みんなの気持ちをひとつにして動かすんだ!)

 

 

 瑞鶴の動きが変わる。今まで航空隊の操作のために棒立ちになっていた艦体は、軽やかな回避を行えるように。艦載機はそれぞれの部隊の持ち味を活かし、今までを凌駕する機動を見せるように。

 それはまるで、目の前のアークロイヤルが何も意識せずに無数の魚を操るのと同じような状態。ようやく瑞鶴は本当の意味での『艦娘としての戦い方』を掴んだのだ。

 

 

「私はここから一歩も動かないし手も足も出さないでやる! 残り時間は少ないぞ? 沈むつもりでかかって来い!」

 

「言われなくても!」

 

 

 ようやく戦いの形になってきたとはいえ、相手は世界でも指折りの実力者。本体が手出ししないとはいえ実力差は如何ともしがたく、時間だけが過ぎていく。

 

 

(このままじゃ時間切れ……! 勝負を決めるなら今! 航空隊、一斉攻撃仕掛けるわよ!)

 

 

 瑞鶴の指示を受け、各航空隊から気炎が上がる。『こんな魚なんぞに私達が止められるか!』声にならない意気込みが聞こえてくる。

 村田隊の苛烈にして正確な雷撃が魚群をすり抜け始め、魚たちの意識が艦攻隊に向く。しかしそれは囮。

 

 

(魚だけに『釣り針にかかった』、なんてね。頼んだわよ、江草隊長!!)

 

 

 雷撃の激しさに気を取られて注意が薄くなった上空。敵の艦載機であるマンタは艦戦である烈風改の部隊が決死の覚悟で抑えている。この状況こそ垂涎の的であった。

 

 江草陸繁少佐。『艦爆の神様』とも呼ばれ、率いる急降下爆撃隊はとんでもない命中率をたたき出した艦爆乗りの中の艦爆乗り。その彼の意志を継いだ『彗星江草隊』が、『村田隊なんぞに負けてられるか!』と言わんばかりに、お得意の急降下爆撃を仕掛ける!

 

 瑞鶴の操作では到底及ばない急角度からの急接近、そして流れるような爆音轟く大爆撃がアークロイヤルに炸裂する。

 そして爆風ののちに煙が晴れた場所には、何もなかったようにアークロイヤルが佇んでいたのだが……

 

 彼女の制服艤装はボロボロと焼け焦げていた。

 

 

「合格! 及第点だ七面鳥!」

 

 

 アークロイヤルの声が戦場に響き渡り、魚の群れは何事もなかったかのように海中に散っていく。

 見事アークロイヤルを中破まで追い込んだ瑞鶴は、無事に合格を貰うことができたのだった。

 

 

「……やったぁ!! 見てた大佐!? やっと一泡吹かせてやったわ!!」

 

「おー……すごいですよ瑞鶴さん。土壇場で覚醒するなんて主人公みたい」

 

「もっと驚きなさいよ! 張り合いないでしょ!」

 

「いや驚いてますって。とにかく、今の瑞鶴さんなら単艦でも二つ名個体といい勝負できると思います。よく頑張りましたね」

 

「ふふん! もっと褒めてもいいのよ?」

 

「テンション高いなぁ……」

 

 

 瑞鶴のテンションはもう普段からは考えられないくらい上がっている。

 今まで数か月にわたって毎日ボコボコにされ続けてきたアークロイヤルに、一発いいのを初めて入れられたのだ。その気持ちはわかるというものだ。

 とはいえその姿が若干うざくなってきたようで、アークロイヤルが話に割り込んできた。

 

 

「……そうやって調子に乗るあたりが三流だと言っている。まだまだ妖精と自在に意思を合わせることができるようになっていないというのに……大した自信だな。まだここで研修を受けたいか?」

 

「いーやーでーす! 鍛えてくれたことには、まぁ、しぶしぶだけど、感謝するけど……もう魚にサンドバックにされるのは結構でーす!」

 

「ねぇadmiral、この七面鳥景気よく鳴いてるけど本当に大丈夫かしら?」

 

「まぁまぁ……」

 

 

 キャッキャと騒ぐ瑞鶴を目にして心底めんどくさそうな表情を浮かべるアークロイヤルに、鯉住君も苦笑いを浮かべるしかないのであった。

 




今回の話の中で瑞鶴はひとつ上の段階に到達しました。
あと他の3人も無事に卒業試験に合格しました。よかったね。


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第178話 研修生入れ替わりと総督府としての活動開始

ゴールデンウイークの伊豆2泊3日旅行は極端に楽しかったですねぇ!!!!
伊豆が存在するだけで活力がもらえる日々で幸せだなぁ!!!!


……投稿遅れたうえちょっとボリューム不足なのは本当に申し訳ない(メタルマン並感)


 

 受け入れていたメンバーへの卒業試験合格を受けて強敵に立ち向かえると太鼓判を押し、元居た鎮守府に返還したラバウル第10基地。

 ひとつ大きなイベントが完了して一息つきたかったところだが、そうは問屋が卸さない。なぜなら今現在ラバウル基地では敵戦力不明な深海棲艦の軍勢に攻勢をかけられている真っ最中だからだ。そしてそれ以上に、ラバウル第10基地は統括である白蓮大将からの無茶ぶりを受けて、大規模作戦の総督府として運営しないといけない状況にあったりする。

 

 つまりどういうことかというと、これからは自分たちだけではなく他の艦娘も受け入れられる基地としないといけない、ということ。

 最前線で戦ってきた艦娘たちの心身ともに回復させ、ボロボロになった艤装を復帰させ、燃料弾薬ボーキサイトをフルに補充して送り出さないといけないのだ。

 

 現在のラバウル第10基地メンバーだけで見ると、これらのうち大半の業務はなんとかなる。伊達に今までバカンス勢を接待しまくっていたわけではない。50近い艦娘たちに衣食住を提供していた経験がこんなところで活きることとなった。

 

 しかし、どうにもならない事が一点。それは艤装のメンテナンス。

 いくらここの技術班がぶっ飛んで世界最高だったとしても、頭数が足りなすぎる。鯉住君、明石、夕張、秋津洲の4名だけで毎日代わる代わるやってくる20以上の破損艤装をどうにかするのは現実的ではない。

 

 ということで。研修生返還から数日たったところで、ラバウル第10基地は他の鎮守府からの応援の技術者を受け入れていた。

 その数なんと20名。今までバカンス勢を大量に受け入れていたので感覚がマヒしそうだが、これでも十分に大所帯である。

 

 

「ハイ皆さん、よく来てくださいました。ここの提督兼技術班リーダーをやっております鯉住です。よろしくお願いします」

 

「「「 よろしくお願いします! 」」」

 

「いい返事ですね、とても良い事です。では詳しい工廠の説明はこちらの明石からありますので、彼女についていってください」

 

「ハーイ、ご紹介に預かった明石です! まずはこちらの鎮守府の各所を案内、次に仕事場となる工廠の案内、最後に秘書艦の古鷹に交代して宿舎の案内となります。では皆さん、荷物をもってついてきてください!!」

 

 

 明石の声に従ってぞろぞろとついていく応援技師たち。かなり若いメンバーで構成されており、全員20代というフレッシュさだ。

 ラバウル第10基地としてはもっとベテランの連中をよこしてくれと言いたいところだったが……よく考えればそういった技師たちは、そもそもその鎮守府工廠の中核を担っているため動かしづらく、新しい現場で働かせるよりも現状維持の方がパフォーマンスが出せるという現状があったりする。

 それにメンテ技師はここ10年くらいで出てきた新職業とはいえ、仕事内容からして職人も職人である。頭が固いのだ。今まで別の工場で働いていた技師が、深海棲艦出現に合わせて艤装メンテ技師に転向したという人間の数がかなりを占めている。

 

 つまり出向させて新しいリーダーの指示で新しいルールで動けるような技師は、大抵の場合若者に限られるということになる。悪く言えば実力不足だが、よく言えばまだまだ頭が凝り固まっておらず、成長の伸びしろが多いということでもあるのだ。

 

 そんなフレッシュな技師たちは、明石についていきながら「おお、本物の明石さんだ……!! クッソかわいい!!」とか「あの立派な旅館が宿舎ってこと? ウチと全然違うんだなぁ」とか「憧れの鯉住さん率いるメンテ班に私も……サイン貰わなきゃ!」とか、それぞれ初々しい反応をしている。素直そうな反応を見てこれには鯉住くんもニッコリ。

 

 

「新しいメンバーが来るとなると人間関係とか心配だったけど、なんとかなりそうだな」

 

「そうだな。奴らを良く統率してやれよ?」

 

「そうですね。……ハァ」

 

「なんだ、何ため息なんて吐いている? 不安が解消されたんだろうが」

 

「それはそうなんですけど、別の不安がありまして」

 

「組織の長ともあろうものが頼りないことを言うなよ。士気に影響が出るぞ」

 

「いやその不安って貴女なんですけどね……」

 

「なに?」

 

 

 鯉住くんが半ば諦めの目で見ているのは、彼の隣でパイプをふかせながら仁王立ちしている銀髪の美女である。

 

 

「確かに三鷹さんから研修のお願いはされてましたけど、このタイミングなんですね……ガングートさん」

 

「ハッハッハ!! 提督からの地獄のような研修を乗り切った今の私は無敵である!!」

 

「テンション高いなぁ……」

 

 

 そう。前々から『人間のすばらしさを教えてやって欲しい』と頼まれていたガングートが、このタイミングでやってきたのだ。

 このクソ忙しい時期にと思うものの、勝手に自分のことを拉致していくような鬼ヶ島の首魁である加二倉提督や、隙あらば将棋デスマッチを申し込んでくる修羅の国のトップである一ノ瀬提督に比べれば優しいもんだと思いなおす鯉住くん。かわいそうに無茶ぶりの基準がだいぶおかしくなってしまっている。

 

 

「そもそも人間のすばらしさを教えてやって欲しいって言われても、何したらいいんですか? 三鷹さんからはいつも通りにしてればいいなんて言われてますけど」

 

「それを教えられる側の私に聞くなよ。提督からは頑張ってきてとしか言われてないから私にもサッパリだ」

 

「三鷹さんらしいなぁ……俺のこと信頼してくれてるのは嬉しいんですけど、信頼が重すぎるんですよねぇ」

 

「なにっ!? お前、提督に信頼されていることがどれほど恵まれているか理解できていないのか!?」

 

「いや理解はできてますよ。三鷹さんは世界的に見てかなりの権力者でもありますから、そういう人から信頼されているのは悪い気はしないと言いますか」

 

「そんな甘い話じゃあない! 私がどれだけ提督指導の研修で恐ろしい目に遭ってきたか……!! お前はもっと根本的なところで恵まれているんだぞ!!」

 

 

 なんかガングートの顔色がより一層白くなり、ガタガタと震え始めた。鯉住くんはこの症状を知っている。天龍と龍田が地獄の研修のことを思い出した時になるアレだ。

 つまりその見立てが正しいのなら、彼女も三鷹提督に相当しごかれたということになるのだが……基本的には菩薩のように優しい三鷹提督がそんなに部下を追い込むのかと言われると、疑問符が浮かぶ。

 

 

「落ち着いてくださいよ……そんなに怯えるなんて、三鷹さんの研修って何したんです? そんなにハードなものだったんですか?」

 

「聞きたいか、聞かせてやる! いや、聞いてくれッ!! どれだけ提督の指導が常軌を逸していたのかっ!!」

 

「うわテンション高い。そんなに話したかったんですねぇ……」

 

 

 

・・・

 

 

 解説中……

 

 

・・・

 

 

「……というわけだっ!! お前の考えが甘いというのはそういうことだ!! この世には提督に愛される人間とそれ以外の人間の2種類しかいないッ!!」

 

「うわ」

 

 

 ドン引きである。鯉住くん、今年に入って一番のドン引き。

 三鷹提督の研修は肉体的なものでなく精神的なものだったので、天龍龍田とはちょっと違っていた。のだが、その激しさでは引けを取っていなかったようだ。

 話に聞いた範囲でも地域単位でふたつみっつ犠牲になっている。いくら治安が最悪な地域だったからと言ってやりすぎである。

 深海棲艦のせいで人類の栄華が失われたこのご時世、そういったスラムみたいなところはかなり存在するが、いくらなんでもやりすぎである。

 

 

「話聞いといてなんですが、三鷹さんのそういうところはノータッチでいきたいんですけど……」

 

「私も話をしておいてなんだが、今の話を聞いてその程度の反応しかしないのは相当に感性が死んでいるとしか思えんが」

 

「なんていうかもう、世の中どうしようもないところはどうしようもないって色々諦めがついてるんで……」

 

「なんだお前も苦労してるんだな……」

 

「そうなんですよ……まぁ、細かい話するのに立ち話もなんですから、執務室でも行きましょう。鎮守府棟(豪農屋敷)の中は涼しいですよ」

 

「ム、涼しいのはいいな。北国生まれの私にはこの暑さは堪える」

 

 

 謎の一体感が出てきたところで、これからの流れを話し合うために執務室へと向かうことにした両名。

 そしてそのまま彼女の研修、運用について、執務中だった叢雲と一緒に話し合うことになった。

 

 その結果、もうなんか普通に鎮守府の一員として過ごしてもらえばいいんじゃないかというところに話が落ち着いた。

 特に指示も受けていないし、『人類の支配者になる』とかいう物騒な夢を持つ彼女を放置するのもよくないし、それだったらこの鎮守府流で動いてもらうのが一番丸そうだなということになったのだ。

 

 この決定に当のガングートは「提督の機嫌が損なわれない内容ならなんでもいい」とどうでもよさそうな反応だった。どれだけ提督のこと怖がっているのだろうか。

 

 

 

・・・

 

 

 一方そのころ

 

 

・・・

 

 

「皆さんお疲れさまでした! これで工廠の案内は以上となります!! 案内は私、明石と夕張ちゃん、秋津洲ちゃんでお送りしました!!」

 

「突然案内に混じることになっちゃったけど、これから一緒に働いていく仲間として早めに交流できたのはよかったわ。ししょ……提督のメンテの腕はここの明石さんと並んで世界一だから安心して何でも聞いてね! もちろん私に聞いてくれても優しく教えるからね!!」

 

「秋津洲のことも遠慮せずに頼るといいかも! 最近は食堂でご飯作ってることが多いし、お客さんが増えてきたらそっちに移ることが多くなると思うから、それまでにみんな秋津洲が抜けても大丈夫なようにしておいて欲しいかも。だからわかんないことはなんでも聞いて!」

 

 

 こっちでは新入りのためのガイダンスが工廠案内まで終わっていた。工廠で任務中だった夕張と、本日の晩御飯の仕込みが終わってぶらぶらしてた秋津洲も途中から加わって、かなり賑やかな時間となっていた。

 そんな一通りの案内を終えて新入りのメンテ技師の反応はというと……

 

 

(3人ともかわいすぎる……結婚したい……)

 

(俺のいた鎮守府の艦娘さんよりも美人……美人じゃない?)

 

(女の私でも見惚れるくらいキラキラしてる……敗北感で狂いそう……!!)

 

(同じ女性だけど明石さんたちからのいい匂いでおかしくなりそう……!!)

 

(こんな綺麗な人たちと一緒に仕事出来るとか、ここは桃源郷だった……?)

 

(工廠が新築みたいに綺麗に保たれていた……これが世界一のメンテ班の実力!!)

 

(歴史の教科書で見たモダンな建物みたいだったな。それはそれとして明石さんたちみんなかわいすぎる。フリーだったりしないかな……)

 

 

 なんか全体的にぽわぽわしていた。普段から油臭い職場で仕事している若手に対して彼女たちのキラメキは特効を持っていたらしい。

 艤装メンテ技師には女性が少なからずおり、今回のメンバーの3割くらいは女性だったりもするのだが……そんな同性の彼女たちからしても明石たちは魅力的に映っていたらしい。恋する女はキレイとかいうあれだったりする。

 

 

「明石さん、案内は順調ですか? 夕張さんと秋津洲さんもご苦労様です」

 

「おっと古鷹さん、丁度いいところに。それじゃ皆さん、案内を引き継ぎますね~。今から鎮守府棟の宿泊スペースについて、こちらの古鷹が案内してくれますので!」

 

「はい、ご紹介に預かりました古鷹です。こちらの鎮守府で秘書艦のひとりとして活動させてもらっています。今から皆さんの生活スペースを案内させていただきますね!!」

 

 

 案内を引き継いでにこにこしながら話をする古鷹を見て、新入り技師たちは……

 

 

((( またとんでもなくかわいい人が出てきた…… )))

 

 

 言葉はなくとも心をひとつにするのだった。

 

 

 こんな感じで総督府としての戦力も整い、ラバウル第10基地も大規模作戦傘下の準備を着々と進めるのだった。

 






おまけ


※極端にぼかしていますが内容がアレなので読み飛ばし推奨です。すごく穏やかでない内容となっております。




・ガングートちゃんの研修の締めに行われた現場実習


「龍太くんから人間の美しいところを学べると思うから、ボクは人間の汚くてどうしようもない所見せてあげるからね。気は進まないけど必要だと思うからさ」

 との提督の言葉から始まった実地研修。提督命名『無脳実験』。


1.
とある国のとある治安が最悪な地域。そこに根付く社会通念上不適格とされる行いが激しい団体を選び、そこのトップ、組織の規模により加えてナンバー2,3辺りを合計30名ほど選び出す(当該個体は以下『サンプル』と記載)。

2.
その選別されたサンプルの人間関係の対象から本体の順に精神を薄弱にする。

3.
サンプルとして選択しなかった組織の権力者たちに内部抗争を焚き付け、本格的に抗争が激化するのを待つ。
この際、地域の治安の急激な悪化を理由に一般市民の避難、誘導も行う。

4.
機を見て深海棲艦を地域に投入(近海の駆逐イ級を15隻使用。鹵獲と輸送はガングート担当)。1週間かけて遂次投入することでその間の抗争中の人間がどのような行動をとるか観測する。

結果:
深海棲艦の脅威は正しく理解しつつも、互いに手を取ることなく人間同士の戦いに明け暮れた結果、全ての組織が全滅。逃亡しようとした者は内部粛清により始末された。
その中でも逃亡に成功しかけた一団はあったが、偶然にも現れた駆逐イ級により全滅した。



「頭が潰れたトカゲはなんにも見えなくなっちゃうんだよねー。すぐにみんなで逃げればよかったのに」とは三鷹提督の談。
「人間の醜さなんてチープなものよりも、蹂躙劇を見ている中で眉ひとつ動かさず、あまつさえ欠伸までしていた提督への畏怖が心に焼き付いた」とはガングートの談。



・三鷹提督が所有する『資料館』(研修の一環で見学)

人類のあらゆる行いが生データとして展示されている資料館。五感で感じられる超臨場感。
行き過ぎて反抗的な人間はこちらの見学ツアーに参加させられ、大抵の場合は精神的に再起不能となる。その後は非常に協力的になるか、消息不明になる。
コンセプトは『いかに効率的に人間の心を折るか』。非友好的な人間と極力関わらずにおとなしくさせるために生み出した施設。


「そんなこと(敵対者への教育)よりもやりたいことで世の中一杯だからね。頑張ってる人たちへの支援もしなきゃいけないし。ちゃちゃっと終わらせるための施設だよ」とは三鷹提督の談。

「元深海棲艦の私ですら1時間もたなかった。二度と思い出したくないし近寄りたくない。提督でなく私に征服される人類は幸せな生き物なんだと深く感じた」とはガングートの談。


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第179話 大規模作戦の準備

お待たせしました。
他の作品を書きたいけど今のも進めないとなと思ってモヤモヤしていたり。


 日本海軍全体で行われる今までにないほどの大規模作戦。その準備として戦力としてのメンテ技師受け入れをしてからだいたい1週間経った。

 時間というのはだいたいの問題を解決してくれるもので、新入り達も何とかこの鎮守府に慣れることができた。

 ここに来た当初はおもてなしされている感が強すぎて所在なさげにしていた面々も、今では美味しい料理に気晴らしの農作業を楽しんだり、生け簀や波止場での釣りや水族館で優雅なひと時を楽しんだりと、いい感じに肩のチカラが抜けてきている。

 このままここに馴染みすぎると元の鎮守府に戻った時が大変なのだが……その時がきたら娯楽施設のない普通の鎮守府生活を頑張っていただきたいところ。

 

 とにもかくにも、新入り達が馴染んできたおかげでこの鎮守府もだいぶ安定した運営ができるようになってきた。

 そんなタイミングでラバウル第1基地の白蓮大将から連絡があったのだ。

 

『金剛と榛名がアホみたいに戦力になってるから、そっちに高雄よこすわ』

 

 とのこと。

 自分たちが鍛えた相手が活躍できてるようで、教導担当だった叢雲と古鷹は満足げだった。それはそれとしていつもの投げやり連絡に呆れ顔でもあったが。

 まぁテキトーなのはいつもの白蓮大将なので置いておくとして、日本海軍有数の大規模鎮守府で筆頭秘書艦として色々と仕切ってきた高雄が来てくれたのは鬼に金棒だ。内輪だけで鎮守府運営するならなんとかなっても、他の鎮守府からのメンバーがゴチャゴチャな状態で運営するというのは勝手が違うからだ。

 そういうところで容赦なく頼らせてもらおうと考える鯉住くんである。

 

 そんな重要人物でもある高雄だが、現在執務室のこたつ机の一角でラバウル第10基地首脳陣と一緒にくつろいでいる。それでもって自身の提督のいつも通りさに呆れ、ため息を吐いている。

 

 

「ハァ……いつもすいません鯉住大佐。私からもキツく言っているのですが、暖簾に腕押しで……」

 

「いえいえいえ、高雄さんはまったく悪くないですよ。あの自由人が全部悪いんですから。それにしても本当に留守にしてきてよかったんです? ラバウル第1に高雄さんがいないのってけっこう心配というか……」

 

「それについては問題ありませんわ。ウチに対しては最悪ここから私が指示を出しますので」

 

「……? ええと、それはどういう……?」

 

「秘書艦のひとりである能代に対応マニュアルを渡しておきましたので、それの通り行動すればどうにかなる体制をとっています。それでもわからないことがあった時や、方針に迷った時は私に連絡するように伝えてありますので、どうとでもなりますわ」

 

「おお……すごい用意周到!」

 

「まぁそのマニュアルの半分ほどが、提督の暴走をコントロールする方法についてなのですが……」

 

「ホントあのオッサンは……」

 

 

 どうやら高雄は自分がいなくても現場が回る環境を整えてからやってきたようだ。出来る女は違うなぁとしみじみ尊敬する鯉住くん。

 そして自身の秘書艦としての最初の先生でもある高雄のすごいところが見られて、ドヤ顔で鼻高々になっている叢雲。

 そしてそしてそんな3人を見ながらウフフと微笑んでいる古鷹。

 

 日本海軍最大の危機の渦中だというのに、なんとも締まりがない空間となっている。

 

 

「いやでもホントに高雄さんが来てくれてよかったですよ。実際に受け入れる他鎮守府の方って出撃する艦娘の皆さんだけらしいので、そちらの提督さんの指揮を頼ることができないとのことなので……正直不安なところが大きく」

 

「それは仕方ない事ですわ。そもそもいつもの場合では『各鎮守府に割り当てられた海域を期限までに解放』ということで個別主義な面も強かったのですが、今回初めての『総督府に戦力を集めての統括指揮』という体制になったんですもの。前例がなく不安に駆られるのも無理なきことです」

 

「今までの大規模作戦と違って敵部隊の出現位置がハッキリしてない……というか出現箇所が多すぎて柔軟性が求められるってことだもの。高雄の言う通り仕方ないわ」

 

「そう言っても叢雲、それぞれ方針がちょっとずつ違う鎮守府の艦娘さんたちを俺がまとめなきゃいけないんだよ? 後方支援に関しては任せてくれって大見得切ったけど、戦略面、戦術面は荷が重くてなぁ……」

 

「そこは安心してください提督。そのために私達がいるんですから。それに高雄さんまでついてくれています。心配な気持ちは分かりますが、提督の思う通りになさってください」

 

「ありがとう古鷹……大天使……やっぱり最後に帰るところは古鷹なんだよなぁ」

 

「そ、それってどういうことですか提督!?」

 

「……ハァ」

 

 

 古鷹に穏やかな目でほほ笑む提督、その視線を受け顔を赤くしてアタフタする古鷹、そんな空間を眺めてじっとりした目をする叢雲。この鎮守府ではいつもの光景だが、かなり甘ったるい空気なのは間違いない。

 そんな面々を眺めて高雄は苦笑いである。日本海軍始まって何度目かの大きな危機だというのに肝が太いというか、戦術核レベルの深海棲艦と日常的に触れ合ってるだけあって特殊な環境に慣れているというか……半ば呆れ、半ば安心という心象具合だ。

 

 とはいえ彼らの艦隊に救援を受けて命を救われてから、そんなこと今さら言うまでもないことでもある。彼らには何度も頭を抱えさせられたものの、人類と深海棲艦の関わりに大きな進展を見せてくれた時代の牽引者達でもあるのだ。

 多少のことは受け流しつつこの一大事を共に乗り切ろうと、こっそり気合を入れる高雄。この難局を乗り切るための話し合いは肝要であるので、話をそっちに持って行こうと話題の舵を取る。

 

 

「……コホン、そういうわけで今回の作戦は前例がないわけです。本格的に稼働する前にどうやって総督府として運営していくのか話を詰めてしまいましょう」

 

「あ、ああ、そうですね。一応こちらでも考えていた方針というか方策というかがありますので、確認お願いしてもいいです? 叢雲、あれだして」

 

「ええ、今の話にあったものを纏めたのがこれよ。読んでみてもらえるかしら?」

 

「あら、しっかりしたレジュメまで作ってあるなんて用意がいいわね。秘書艦業務を教えた身としては嬉しくなるわ」

 

「フフン、私もコイツの面倒見なきゃいけないから成長したのよ」

 

「叢雲には頼らせてもらってますよ、高雄さん」

 

「自覚あるんならもっとしゃんとしなさい」

 

「……精進します」

 

「ふふ、それではこの資料拝見しますね。どれどれ……」

 

 

 叢雲がまとめたと思われる総督府運営に関する資料は、なかなか隙が無くしっかりしたものであった。

 危険度が低そうな、もしくは撤退が簡単に行えるであろう海域から偵察を兼ねて攻略。その結果により無理をせず安全圏を確保しながら包囲するように海域解放を進め、最後は敵のボス個体がいると予想される海域に無補給で出撃できるところまで持って行く。これを各艦隊の実力を考慮しながら割り当てる、というもの。

 情報が整っていないのでハッキリした作戦は立案できないし、羅針盤の結果も関わってくるのであやふやなところも多いのだが、方針としては十分であった。

 

 

「……ええ、これなら問題なさそうね。あとはやってくる艦隊の実力次第と言ったところかしら。そこはどうやって確認するつもり?」

 

「いくつか質疑応答をして大枠をとらえた後に、大井による研修での適正チェック。そして最後に天龍の『怖いかセンサー』を頼ろうと思います」

 

「え、『怖いかセンサー』……?」

 

「はい」

 

 

 なんかよくわかんない単語が飛び出した。なんだそれ。

 

 

「天龍はなんとなく強さが感覚でわかるんですよ。数字で表せるとかじゃないんですけど、ふたりいたらどっちが強いかはわかるし、自分と相手のどっちが強いかもわかるみたいです」

 

「ええ……? そんなオカルトじみたことが???」

 

「まぁ彼女もだいぶ極限状態に追い込まれ続けていましたので、そういった感覚が鋭くなったのかと」

 

「相変わらず頭が痛くなりますわね……」

 

 

 なんかおかしなことを言いだした鯉住くんだが、本人の表情を見るとすごく普通にしてるし、なんなら秘書艦ふたりも普通にしている。常識が違うってこわい。

 これから先もこんな場面にたくさん遭遇するんだろうなぁ……とゆるい覚悟を決めつつも、慣れていくしかないのであまり考えないようにする高雄である。

 

 

「……わかりました。それでは確認するところも確認できたので、あとは各鎮守府からやってくる艦娘待ちですね。他になにか気になるところはあります?」

 

「あー……えっとですね」

 

「あら、鯉住大佐、何か思いつきましたか?」

 

「大変申し上げづらいのですが……」

 

「???」

 

 

 なんか急に申し訳なさそうにする鯉住くんを見て、高雄は首をかしげる。どんな無茶ぶりを受けてもげんなりするだけの彼がそんな反応をするのは初めて見る。言い出しにくい事って何なんだろうか……?

 ちなみに横の秘書艦たちに目を向けると、提督に対してしょーもないものを見る目を向けている。本当になんなんだろうか?

 

 

「あのですね、実はですね……」

 

「実は?」

 

 

 

 

 

「高雄さんの制服艤装が目の毒というかなんというかなので、普段は用意したジャージを着てほしいと言いますか……」

 

「……」

 

 

 高雄は『何言ってんだこの人』と思ってしまった。普段はなんだかんだ彼に対してはかなり良い印象を持っている高雄なのだが、何言ってんだと思ってしまった。

 

 

「……」

 

「何か言ってもらえると嬉しいんですが……」

 

「秘書艦のおふたりは制服では?」

 

「言っても……誰も着て……くれないんですっ!! サイズに合わせたものを支給までしたのにっ!!」

 

「はぁ……」

 

 

 高雄はすごく馬鹿めと言って差し上げたかった。よもや自分の提督以外の相手に馬鹿めと言って差し上げたくなる日がこようとは思いもしなかった。

 

 

「ちなみにその、デザインとかは?」

 

「中学生が着るような単色ジャージです。一番セクシャルを感じないのでッ!!」

 

「……他の目がある中で、しかも鯉住大佐という異性の目がある中で、何の柄もない単色のジャージを着て一日中過ごせと……?」

 

「ジャージ楽でいいじゃないですか! すぐに着替えられて急な出撃でも安心だし、何がいけないんですか!? みんな着てくれないのは何故ッ!?」

 

「……」

 

 

 もう馬鹿めと言って差し上げてもいいんじゃないか? 命の恩人ではあるがそれはそれこれはこれで全然いいんじゃないか? そんなお気持ちである。

 秘書艦のふたりを見てみると目が合った。そしてすごく冷めた目でうなづいていた。女子3名の心がひとつになった瞬間である。

 

 

「馬鹿めと言って差し上げますわ」

 

「なんでっ!?」

 

 

 馬鹿めと言って差し上げることにした。

 

 結局鯉住くんの希望は叶わず、高雄は普通に制服艤装を着た状態で過ごすことになった。鯉住くんの性欲に耐える日々は未だ終わりそうにない。

 




ちなみに大井が執務室に居ないのは、彼女の担当が戦闘関連のみということになってるからです。普段は他のメンバーと同じように過ごしてますね。


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第180話 前線じゃなくても戦場は戦場なんですよ

失踪してませぇん!! 疾走もできてないですけども!!
ウマ娘とかカイロソフトさんとかばっかやってるからこうなる!!
あとビートマニア(インフィニタス)でレベル9が初めてひとつ埋まりました!!やったぜ!!そんなことしてるからこう(前の投稿2か月以上前)なる!!


 日本海軍全体をあげての大規模防衛作戦がぬるりと始まってから2週間が経った。

 

 最初の1週間は索敵と海域偵察がメインであったので、いくら鯉住くんのところでラバウル基地大半の攻略部隊を預かっているとはいえども余力は十分にあった。

 しかしこれが1週間を越えてきた辺りからそうでもなくなってきた。敵の哨戒部隊と接敵する頻度が露骨に上がってきたのだ。敵が支配しているエリアまで踏み込む段階に来たらしい。

 

 従って、帰還してくる部隊の損傷もそれに合わせて激しくなってきた。

 

 

「第4基地第1部隊帰投! 損傷はそれなりかも! 1班に余裕あるなら回しちゃうよ!?」

 

「1班ちょっと厳しいですね! 2班はどうです!?」

 

「いいですよ預かります!」

 

「頼りになりますね! それじゃよろしくお願いします!」

 

 

 部隊の損傷とは艤装の損傷であり人命が失われるというわけではないので、艦娘の戦闘は人間同士の戦闘より悲壮感が少ない。

 だが、メンテ班としてはそこは問題ではない。1部隊の帰投につき中破者が3,4名は出る。一番楽な駆逐艦一隻分の中破艤装でも直すのに普通なら一晩はかかってしまうのだから、それが日に3部隊は帰投するとなるとその仕事量はシャレにならない。

 

 よって現在のメンテ班はかなりの修羅場である。

 各地の基地からそれなりの数の応援が来ているとはいえ、現在の人数の3倍はいないとこなせなさそうな仕事量なのだ。それはもう修羅場オブ修羅場である。

 そんな全力でさじを投げたくなる状態でも余裕を残した状態で1日を終えられている辺り、メンテ班の中心であるラバウル第10基地の面々の実力は頭いくつも抜けていると言える。

 

 メンテ班は今のところ暫定的に1班から3班で班分けしており、1班から順に班長を明石、夕張、鯉住くんとしている。

 ちなみにメンテ班リーダーの鯉住くんが1班でなかったり、主力のひとりである秋津洲が組み込まれていないのは、それぞれ提督の仕事と厨房の仕事を兼任しているからだったりする。

 そのことを聞いた応援の皆さんは最初は揃って唖然としていた。こんだけの艦隊のメンテをこなしてまだ他で働けるのかと。これから実際に忙しくなるのは目に見えてるのに、そんな現場をほっぽりだして他の仕事なんて正気ですかと。

 しかし修羅場になってきてから自分たちの3倍以上のスピードと正確性で仕事をこなす姿を見ていたら、なんかもうどうでもよくなった。自分たちが必死でこなす一日仕事を半日もあれば余裕で終わらせてるのだ。もうなんも言えなくなるのは仕方ない事だった。

 それに加えて、『提督から大事な場面を任された』と明石と夕張がキラキラ笑ってるのを見てしまっては、そりゃもう何も言えなかった。実際にそのおかげで彼女たちのパフォーマンスは3割増しくらいになっているので、鯉住くんがちょろっと抜けるくらいなんでもないことである。

 

 

 とにもかくにも、大規模作戦が本格化してきたことでラバウル第10基地もにわかに忙しなくなってきた。メンテ班はもちろんそうだし、首脳陣である提督と秘書艦たちもそうである。

 

 

 鯉住くんは元々事務仕事が苦手なので、彼が提督とメンテ班の二足の草鞋を履いているのは別に大丈夫なのだが……そもそもの仕事量がかなり増加しているのだ。

 各部隊が帰投するごとに報告を受け、部隊メンバーへその後の指示を出し、各部隊から受けた報告を基に敵の動きを予測し、次の出撃予定を意図含め作成。さらにそうしてできた資料をラバウル全体の他の基地に報告する。さらにさらにもちろん通常業務も普段通りこなさないといけない。これを毎日やっている。

 

 高雄が応援に来てくれているとはいえ、鯉住くんはあまり戦力にならないし、3人目の秘書艦である大井はここに来ている他基地の艦娘に対する演習監督で手が離せないしで、実質執務室を回しているのは叢雲、古鷹、高雄の3名となる。普通はこの人数でこの仕事量はどうあがいても不可能だ。

 しかし叢雲と古鷹は秘書艦としてトップレベルである呉第1の千歳から徹底指導を受けた身であるし、高雄は言わずもがなラバウル基地全体をまとめる第1基地のブレーンである。執務室もメンテ班と同様に、まるで問題なく回っていた。

 

 

 普通の鎮守府なら半日もあれば立ち行かなくなる状況を、普通に涼しい顔して回すメンバーを見て、増援として送り込まれた面々はしみじみと思うのだった。

 

 

『あれ? ここの人たち思ってたのの数倍おかしいな?』と。

 

 

 そしてたまに行われる第10基地同士の演習を見て思うのだった。

 

 

『もしかしてこの人たちメチャクチャ強いのでは?』と。

 

 

 ラバウル第10基地の面々は気づかない間に周りからの高評価を稼ぎ続けていたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんな感じで忙しくも別にまだまだ平気ですといった日々を送っていたラバウル第10基地なのだが、ひとつのイベントがやってきた。それはまったく予期しない方向からのものだった。

 

 

「2班一通りメンテ片付きました! 手伝うことあります?」

 

「3班は問題ない。明石、1班はどうだ?」

 

「ないよ! 夕張ちゃん、2班は今日は早上がりしてもらって大丈夫ですよ! 昨日から多めの仕事頑張ってもらいましたからね!」

 

「わかりました! それじゃ班員に通達して……って、アレ?」

 

 

 今日の仕事が終わりかけていた夕方ごろ、班長達である3人が班ごとの報連相をしているところに彼女は現れた。

 

 

「ん? どうかした夕張……って、なんでここにキミが???」

 

 

 普段なら絶対に工廠に来ることはない人物。もっと言えば部屋とトイレと食堂以外には滅多に足を運ばない人物。

 工廠の入り口に眠そうな目をこすりながら現れたのは、この鎮守府でもトップレベルの実力を持ち、トップレベルの怠惰さも持つ艦娘、天城であった。

 

 

「ふわぁ……おはようございます、皆さん……」

 

「おはよう天城。もう夕方だけどね……なんでキミが工廠に? なんかあったの?」

 

「お客さんのようです……」

 

「……マジ?」

 

「マジですね……ふわぁ……」

 

 

 まさかの報告だった。天城の言う『お客さん』とは普通のお客さんではない。深海から来る理性ある皆さんのことである。ちなみに理性無い皆さんに関しては日々の近海哨戒で駆逐してるので不在である。

 そしてそんな皆さんがやってくるという報告は……端的に言って爆弾であった。この各鎮守府から事情を知らない面々が集まっている中で、提督と深海の皆さんへの繋がりをこれでもかと見せつけるのは非常によろしくない。

 

 

「ちなみに天城……お客さんたちはいつごろ到着しそう?」

 

「だいたい10分くらいかなと……」

 

「もうすぐじゃないの!?」

 

 

 考えてる暇はなかった。もうちょっと早く報告してよと思いつつも、天城にそんなこと求めても無駄だし、そもそも未然に不可避な敵襲を教えてくれるだけでも本来は感謝の土下座ものである。とりあえず色々考える暇もないので、最低限の準備だけして対面することに心を決める鯉住くんである。

 

 

「明石、夕張、本当に申し訳ないけどあとは任せる!! 俺はちょっと行ってくるから!!」

 

「鯉住くんも大変だねぇ。なんとかなるんだろうけど、護衛を連れてくの忘れちゃだめだよ?」

 

「任せてください師匠! 2班メンバーは上がらせて私は3班メンバー見ますので!」

 

「スマン助かる! 護衛は例によって天龍に頼むか」

 

「あの提督……」

 

「どうした天城、まだなんかあるの!?」

 

「お腹減ったので一足早くご飯食べたいんですが」

 

「天龍呼ぶついでに足柄さんに連絡しとくね……」

 

「わぁい」

 

 

 なんだか緊張感が足りない、いつものラバウル第10基地メンバーなのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「やっほー。こないだぶり」

 

「ハァイ! ミー達が来たわよ!!」

 

「会いたかったわマイダーリン!!」

 

「お久しぶりと言いますか、なんと言いますか……」

 

 

 天城に教えてもらった接岸ポイントまで行くと、そこには既に艦娘の姿になってくれてる現ガンビア・ベイと現アイオワ、現コロラドの姿が。そして……

 

 

「みんなも揃ってきたんだねぇ。ご主人様のこと置いてきちゃってよかったの?」

 

 

 顔なじみとなった深海艤装達の姿が。

 マッチョマン艤装のアンドレ君にわんこ艤装のタッフィーくん、そしてシロナガスクジラ艤装のバルター君は主人と一緒なので居るのは当然だが、こないだ来たメンバーで今回不在の面々の艤装達も同伴している。こないだメンテを受けてスッキリし、祭りで雰囲気と美味しいものを楽しんだのが相当嬉しかったのだろうか。

 

 具体的には、ヤンキーみたいな姫級(南方戦艦新棲姫)のロブスター艤装のロブソン君、パンクロッカーみたいなちびっ子姫級(戦艦新棲姫)のタラバガニ艤装のキングくん、やたらうるさい鳥海みたいな姫級(ルンガ沖重巡棲姫)のチョッカクガイ艤装のクラッカーちゃんとコーンちゃん、妖精さんたちが夏を刺激しそうな服を着ている姫級(バタビア沖棲姫)のオウムガイ艤装のロウトちゃんとズキンちゃん。

 

 ともかく、本体が居ないだけでも二つ名姫級艤装ともなれば威圧感は抜群なので、この大勢の魑魅魍魎の存在感はそれはもうとんでもないことになっている。

 これ見られたら詰みだな? と鯉住くんが冷や汗を流すのは無理からぬことであった。

 

 

「こいつらの主人はめんどくさいから置いてきたよ。あいつら艦娘の姿になるのめんどくさがるし」

 

「お気遣いありがとうございます……そもそもどっちの姿でも艤装達がいる時点でどうしようもない気がしますが……」

 

「ちょっとはマシでしょ」

 

「それはそうですけどね……」

 

「今日はミー達の艤装のメンテナンスを頼みに来たんじゃないわ!! 別のサムシングトゥドゥ(用事)があって来たのよ!!」

 

「あ、そうなんですね」

 

「バルター君たちはメンテナンスして欲しそうだったから、そうしてもらえるに越したことはないわよ? 本題っていうのはね、私とマイダーリンの愛を確かめ合う事よ! これから毎晩抱いてもらうために来たわ!!」

 

「えぇ……?(困惑)」

 

「いや違うからコロラド」

 

「あ、あぁ、違うんですね。それ聞いてホッとしましたよ……」

 

「別に私はどうでもいいけど」

 

「いやお願いだから止めてくださいね!?」

 

 

 話の主導権を完全に持ってかれてる鯉住くんである。横で護衛として着いてきた天龍もこれには苦笑い。

 

 

「私達がここに来たのはね、めんどくさいやつにめんどくさいこと頼まれたからなんだよ」

 

「えーと……聞いてるだけで関わりたくなさそうな案件ですね……」

 

「そーなの、ホントめんどいったらないんだけどさ。この前私達さ、人類への大規模侵攻に手を貸さないことにするって約束したよね?」

 

「ああ、覚えてます。あとで思い返してみたら、メチャクチャありがたい申し出でしたよね……皆さんが敵になったら日本海軍半壊までありましたよ……」

 

「後から思い返すまで気づいてなかったの逆にすごいと思うよ。やっぱりadmiralさん頭おかしいわ」

 

「いや、まぁ、その……あの時は色々と楽しくなっちゃってたので、忘れていただけると嬉しいかなって……」

 

「分かるわadmiralさん!! ブラックヒストリー(黒歴史)なんでしょう!? でも忘れるのなんてノー! とってもエンジョイしたメモリーを忘れるなんてノーセンキューだわ!!」

 

「あんなに刺激的な夜を忘れろなんてひどい人ね!! そんなこと言われてもアイオワの言った通りよ。忘れてあげないわ! ウフフッ!」

 

「みんなひどいや……」

 

「ひどいのはあの時のadmiralさんの情緒でしょ? そんなことよりこっちの要件聞いてよ」

 

「はぃ……」

 

 

 やらかしにやらかしを重ねて黒歴史のミルフィーユみたいになってる記憶を掘り返されて、鯉住くんは完全に意気消沈してしまった。そんな彼のしょんぼり姿を気に留めず、ガンビア・ベイはここに来た事情を話し出した。

 

 

「あの時は大規模攻勢に手出ししないって言ったんだけどさ、それを先約相手に伝えたら『約束と違う』とか言ってキレられてね」

 

「あー……お相手からしたらそうですよね……」

 

「そそ。だからこっちもさ、ちょっとは手助けするフリでもしとかないといけなくなったんだよ。建前ってやつ」

 

「つまり、こっちに攻撃するフリをして、実績作っときたいってことですか?」

 

「そゆこと。だから比較的落ち着いてるこの3人で来たのさ。他の奴らにそういう事情だって伝えたら『行キタイ行キタイ蹂躙シタイ攻メ滅ボシタイ!!』とかなんとか五月蠅かったから、お仕置きして置いてきたんだよ。すごいめんどかった」

 

「いやそれはホントありがとうございます……」

 

「ガチで戦ってもいいことないからね。そっちズタボロにしたら艤装のメンテしてもらえなくなるし、美味しいご飯も食べられなくなるし、息抜きもできなくなるし、コロラドが多分大暴れするし、ホントにロクなことない」

 

「マイダーリンに手を出す相手は世界と私の敵よ!!」

 

「ね?」

 

「いやなんというか、重ねてありがとうございます……なんかガンビア・ベイさんには頭が上がらないですね……」

 

 

 一連の話を聞くに、先約から『契約不履行だー!』と攻められて、しぶしぶポーズだけでも取るためにやってきたようだ。それで『めんどいし本格的に攻撃しちゃおう』とならない辺り、本当にありがたい話である。ガンビア・ベイが交渉役になってくれているおかげで、なんもかんもうまい事回っている印象だ。

 鯉住くんの中でのガンビア・ベイの『頼れる相手ランク』が急上昇した瞬間である。ちなみに1位は大和。ガンビア・ベイはベスト10に食い込んだ。

 

 

「しかしそうすると、やり方を考えないといけませんね。今ここには色んな所から艦娘や人間が集まってますので、そちらに色々と配慮が必要となります。……とは言ってもそれは皆さんには関係ない事ですよね。できるだけそちらの都合を優先してそれっぽいところに着地させられるように相談してみます」

 

「うん、それでいいよ」

 

「ということでちょっと席外しますね。……天龍、皆さんを人目に触れないけど飽きがこないところ……そうだな、アークロイヤルが館長してる水族館にでも連れてってもらえるか?」

 

「……お? ああ、わかったぜ。それはいいけどよ、アークロイヤルの奴が機嫌損ねるんじゃねぇか? アイツの大事な場所に他所モンぞろぞろ引き連れてったらよ」

 

「施設を破壊とかしたらそうだろうけど、このお客さんたちなら大丈夫でしょ。落ち着いててもらえるように、食堂から大量に作ってある干し芋たくさん持ってきて支給してあげて。美味しいもの食べてる時は誰でもおとなしくなるもんだからさ」

 

「了解だぜ。しかしなぁ、深海棲艦のしかも艤装を落ち着かせるための適切な処置なんて、一瞬で出せるモンじゃねぇんだよな普通。流石は提督だぜ」

 

「褒められてるのは分かるけど、変人って言われてる気がしてちょっとモヤるな……」

 

「いいじゃねぇか変人でも。俺にとっても他のヤツにとっても替えの利かない人間なんだからよ」

 

「うーん……まぁいいかぁ」

 

 

 ちょっとモノ申したい気分を味わいながらも、天龍に後を任せて執務室に向かう鯉住くんなのであった。




鯉住くん「また深海からお客さんが来た」

秘書艦ズ「「「 えぇ……? 」」」

鯉住くん「政治的な理由で戦闘したフリがしたいんだって」

秘書艦ズ「「「 政治的な理由……??? 」」」


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第181話 こうするしかなかったんですと供述しており

実はギャグ展開ばかりなラバウル第10基地の裏で、結構な激闘が繰り広げられてたりします。


「皆さんにはこれから運動会をしてもらいます」

 

 

 鎮守府の隣にある広大な畑。そのさらに隣にあるこれまた広大な空き地に集められた面々は、宇宙に思いをはせる猫みたいな顔で提督の言葉に反応した。

 ラバウル第6基地から応援として寄越されたメンバーである綾波、敷波、天霧、狭霧の4名もそれは同様だった。

 

 事の起こりは今朝の起床時。起床の放送が流れた後に鎮守府内のメンバーは揃って食堂に行き、連絡があればそこで為されるというのがいつもの流れなのだが……今日は起床放送の後に召集命令が流れてきたのだ。

 

 

 『全員に連絡します。食事が済んだ後に全員で広場まで集合してください。服装は支給してあるジャージ、もしくは動きやすい格好でお願いします。現在出撃中のメンバーには別途こちらで連絡を入れますので、そちらへの配慮は不要ですのであしからず』

 

 

 とのことだった。

 普段はそんな放送が無いため、私、綾波は首をかしげる。同室であり姉妹艦でもある妹3人もいぶかしげだ。ここは私が長女として冷静にしていないと……

 

 とりあえず4人とも指示通りジャージに着替え、広場に集合した。周りを見ると本当に第10基地のメンバーが勢ぞろいしているらしく、かなりの人数が揃っていた。

 さっきまで厨房を取り仕切ってくれていた足柄さんや秋津洲さんもいる辺り、本当に全員なんだろう。

 詳細が知らされないままでの召集なため、誰もが不安そうにしている。もともとここのメンバーである速吸さんや龍鳳さん、神威さんを見ると同様に不安そうにしているので、本当に緊急というか機密的な話なんだろう。私も不安になってきたな……

 

 

「……あのさ綾波。一体何なんだろうね、急にジャージ着て集合なんてさ」

 

「綾波にもわかりませんよ敷波。なにか特別な事でもあるのでしょうね」

 

「皆さんすごく……不安そうですね」

 

「狭霧は心配性だなぁ。あの提督がやることなんだから、そこまで大事にはならないだろうよ。変わったヤツだけど頼りにはなるだろうし」

 

 

 天霧が言うように鯉住大佐は変わったところが多少……いや、かなりあるけど、優秀な人物だということに間違いない。

 ウチから派遣されてる技術班の方が言うには『私の3倍くらいの速さと精度とスタミナでメンテする超人。心折れそう』とのことだし、風の噂とは真逆でご本人の能力や人間性に不満はない。あの方の指揮なら問題ないだろうという安心感もある。筋肉もすごく凄いし、私的にもとっても高得点だ。

 でもそれはそれとして色々と不安なのは確かだ。朝一番にジャージ着て空き地に集合、しかも全員。なんて急に言われたら不安にもなる。なにせなにひとつ意味が分からないんだもの。

 

 そうして集まったメンバー全員で不安にしていたところに提督が現れて、軽く挨拶してから口にした言葉が冒頭のアレ。

 

 運動会……?? いや、あの……運動会……???????

 

 余りにも理解できない一言に、会場の心がひとつになったのはしょうがない事だった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 深海からのお客さんの急な襲来、そしてなんか戦った実績が欲しいという内容。それに対してラバウル第10基地首脳班が導き出した答えは『隠すのは土台無理だしオープンにしちゃうか』だった。

 

 いやなに無責任言ってんの、と普通の感覚を持つ人間ならツッコむところだが、もう本当にどうしようもなかったのだ。

 

 戦闘をするということならドンパチするしかなく、よっぽど鎮守府から離れたところで行動しないと必ずバレる。戦闘をするということならそうするしかない。

 しかしながらそんな離れたところで戦闘なんてしてみたら、相手の超火力にさらされるこちらに万が一があった際にリカバリできない。

 演習弾を使ってもらうという手もあるにはあるが、それではあくまで演習の域を出ず、戦闘をしたという話で通すのは無理筋である。まぁ正直それでもいい気がするのだが、変に誤魔化してしまうと後が怖いとは鯉住くんの談。なんか直感が働いたらしい。

 

 そういうことで相手に全力を出してもらいつつ、安全が確保されていて、それでいてこちらにも勝ちの目があるいい感じの勝負がしたいということで、候補に挙がったのが……『運動会』であった。

 

 

「ホラ、スポーツって元々代理戦争みたいな所があるし、こっちもあっちも初めてのルールで戦うんならお互い全力でいい勝負できるし」

 

「アンタまたおかしな事言い出したわね……」

 

「本気で言ってるのがわかるので私も止められないんですよね……」

 

「鯉住大佐をどうこうするのはもう諦めてますわ」

 

「ナイスな解決策出したのにその態度ひどくない? みんなもうちょっと提督に優しくしない?」

 

 

 こんな会話が執務室であった上で、鯉住くんのトンチキな解決策は実行に移されることになった。

 秘書艦のみんなはもう提督の奇行に慣れてしまったので、このくらいなら『まぁあちらさん怒らせて大事になるよりマシか』くらいの認識だったりする。提督ともども常識が喪われていってるのには誰も気づいていないところが悲しい。

 

 なお一番の問題である深海棲艦との内通疑惑的なアレコレは『米海軍からの留学で精鋭がやってきた』でゴリ押しすることにした模様。

 こないだ三鷹提督がベーリング海を解放(ベーリング海の海域ボスは今のガングート)したので、そのルートで国交が回復したというていにするとか。無くはない話なので疑われることは無いだろうという目論見である。

 

 そういうことで冒頭のあいさつに戻る。

 

 

「みなさん急な話で困惑してるのは分かりますが、たまには息抜きも必要と考えまして、この企画を用意いたしました。特別ゲストもいますよ!」

 

 

((( 特別ゲスト……? )))

 

 

「やっほ、日本の艦娘たち。ガンビア・ベイだよ」

 

「ハァイ!! このワタシがステイツでナンバーワンのパワー! アイオワよッ!!」

 

「コロラドよ、ビッグ7のひとりでもあるわ。今日はマイダーリンに頼まれたから仕方なく慣れ合ってあげることにしたの。貴方達をコテンパンにするからよろしく」

 

 

((( 誰……? ステイツって……米海軍? いや、ていうかマイダーリンとは……???????? )))

 

 

「はいみなさん挨拶ありがとうございます。ということで、今日の運動会はゲストの米国組に参加してもらうこととします。こっちで組み分けしましたので、自分が紅組と白組のどっちなのかはあっちのホワイトボードで確認してくださいね」

 

 

((( いつの間にかホワイトボードが用意されてる…… )))

 

 

「組わけを確認したらそこにあるカゴから対応した色のハチマキもってくようにお願いします。それじゃ何か質問ある方はどうぞ」

 

 

((( 展開が早すぎる…… )))

 

 

 

・・・

 

 

 

 ここであった質問あれこれ

 

 

Q.なんで急に運動会?

A.いい汗流して気分よくなってもらおうと思って

 

Q.そこの人たちは? ていうか米国とは連絡がつかないのでは?

A.大本営経由で秘密裏にベーリング海経由で来ました(嘘)

 

Q.大規模作戦中なんだけどこんなことしてていいの?

A.1日くらいヘーキヘーキ

 

Q.一応本拠の鎮守府に顛末を連絡しないといけないんだけど……

A.めちゃくちゃやってる自覚はあるからホントは話広めてほしくないけど、それがキミたちのお仕事だししょうがないです。しんどい

 

Q.運動会っていうけど種目は何を……いつの間にかホワイトボードに書かれてる……

A.はい

 

Q.会場はここでいいけど小道具とか待機所とか用意して……いつの間にか道具とか椅子が置いてある……

A.はい

 

 

 

・・・

 

 

 

 綾波です。ラバウル第6基地から姉妹艦の敷波、天霧、狭霧と一緒に応援としてやってきました。大規模作戦に従事する精鋭としてやってきました。

 そんな私は今、紅組のリレーメンバーとしてバトンが渡ってくるのを待っています。

 

 

「ハァッ、ハァッ……!! 綾波っ!」

 

「よく頑張りました敷波! あとは任せて!!」

 

 

 敷波が頑張って順位をキープしてくれました。前を行くのは軽巡の長良さん。

 ……流石に普段から鍛えていらっしゃるだけあって追いつける気はしませんが……私も黒豹の異名を冠された艦ですからね。そんなに簡単に引き離されてあげませんよ。カッコ悪い所見せられないですしね。長女ですからね。

 

 

「……ッ!!」

 

 

 くっ……!! 強がってはみましたが、やはり離されてしまいました。でもこれはリレー、ゴールまでにはまだまだ追いつける圏内です。

 あちらの次走は五十鈴さんですし、胸の抵抗的にこちらの次走の天霧に分があるでしょう。えぇ、空気抵抗はこの世の真理ですので。

 

 

「天霧ッ!!」

 

「さっすが姉貴だぜ、良く抑えてくれたっ! 五十鈴先輩だからって負けねぇからなぁ!!」

 

 

 よく言いました天霧! すごいスピードで離れていく背中を息も絶え絶え見つめながら、私は選手控えゾーンまで戻ります。そこには申し訳なさそうに出迎えてくれる狭霧が居ました。

 

 

「姉さん、その、お疲れ様でした……」

 

「ハァ、ハァ、結局追い越すことはできなかったですけどね」

 

「そんな、長良さん相手にあそこまで追いすがれるだけでもすごいです……! 狭霧など、競争に参加することすら二の足を踏んでしまいましたのに」

 

「いいんですよ、艦娘の強さは足の速さではなく海戦での強さ。徒競走が向いていないだけで狭霧の良さが失われることはありませんから」

 

「ハ、ハイ……!!」

 

 

 健気でかわいい妹ですね……素直になれない敷波と素直で分かりやすい天霧もそれぞれかわいいですが。

 私達の本分は海上での戦闘ですから、走るのが速い遅いでそんなに一喜一憂することなんてないですよ。

 

 ……あれ、走るのが速い遅いと言えば。運動会なんて言われて最初は困惑していたのに、随分と楽しくなってきてしまいましたね?

 周りの他の鎮守府の皆さんも熱気ある応援をしてますし、元々こういった催し物が私達艦娘は好きなのかもしれませんね。

 もしや鯉住大佐は、私達の目に見えないストレスを鑑みて今回の運動会を企画したのでしょうか? うーん、そう考えるとあの方の観察眼には舌を巻かざるを得ませんね。

 艦娘本人にもわからないコンディションを見抜いて、奇抜ながらも的確な対処をしたということになります。新人さんと聞いてはいましたが、異例の出世スピードにも納得ですね。

 

 

 

・・・

 

 

 

「いやぁ、いい勝負だねぇ」

 

「そうね。なんか艦娘側も思った以上に楽しんでるみたいだし、やってみてよかったのかもね」

 

「純粋な馬力ではベイさん達には敵いませんが、運動会の種目なら話は違いますからね。……あ、アイオワさんが両手にたくさん玉を抱えたまま転んじゃいましたね。足元が見えなくて玉を踏んづけちゃったみたいです」

 

「玉入れなのにあんなに抱え込むから……」

 

「なんで運動会なんていうワケのわからない解決法で、事が丸く収まりそうなのかしら? いつもながら理解に苦しみますわね……絶対に提督に報告したら大笑いですわコレ」

 

 

 運営サイドとしては思った以上に効果的だったので大満足であった。

 点数的にも紅組と白組に大差はなく、抜きつ抜かれついい勝負である。懸念点であった深海組の満足度としてもいい感じである。アイオワは大喜びだし、他ふたりも初めての競技に四苦八苦しつつもまんざらではなさそうだ。

 

 

「これにて一件落着ってやつかな。いやぁ、いい仕事したなぁ」

 

「アンタ……現実から目を背けるんじゃないわよ」

 

「そうですよ提督。肝心な問題がまだ残ってるじゃないですか」

 

「叢雲も古鷹も何を言ってるのやら……」

 

「すっとぼけないでいただきたいですわ、鯉住大佐。彼女たち……認識としては米海軍の研修生ということにしていますが、少し調べればそんな事実はないことと分かるでしょう。彼女たちの存在をどう秘匿するつもりです?」

 

「それはホラ、こっそりと技術交換でやってきた研修生って扱いにすることで決定してたじゃないですか、高雄さん」

 

「あの時は私もそれ以外方法が思いつかなかったですが、今考えると無理筋も良いところかと。そもそもそんな重要人物が第10基地に来て運動会するなんて意味が解りません」

 

「まぁそれは……」

 

「いったんその意見に賛同してしまった以上は大佐おひとりを責めるつもりはありませんが……なかなか難しいですね」

 

「うーん……やっぱりゴリ押しでいいんじゃないですかね? 海外からの研修生が辺鄙な基地で運動会してるとかいう意味不明な状況ですけど、なんか意味があると思ってもらえるもんですし、自分の生活に影響なければそんなに気にする人もいないでしょう」

 

「アンタはホントに楽天的になったわよねぇ」

 

「叢雲もそうでしょ? 色々起こり過ぎて大体のことはなんとかなるって分かっちゃったんだよ」

 

「その変化が良いことなのか悪いことなのか……ちょっと不安です」

 

「古鷹の魅力はちょっと大雑把になったくらいじゃ失われないから大丈夫だよ」

 

「ま、また提督はそんなことおっしゃって……」

 

 

 そのあと叢雲と高雄から裏紙でできたハリセンでブッ叩かれた鯉住くんではあるが、彼の予想通り特に問題なく運動会は終了したのだった。

 結果は紅組が僅差の勝利。深海勢は白組に所属していたため惜しくも敗北となってしまった。

 

 とにかくこれにて深海側は『攻め込んだが全力で戦うも敗北した』という実績を得たことになり、これがきっかけでまたひと悶着起こるのだが……それはまだ少し未来のお話である。



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第182話 アイアンボトムサウンド決戦

鯉住くんのところで運動会してる裏で起こってた話です。
鯉住くんが関わらないせいでシリアスになってるのでおまけ的な話。読まなくても全然大丈夫ですので、とばしたい人はそのようにして下さいな。


 ラバウル第10基地主導のスムーズかつ圧倒的な早さでの索敵任務完了により、海域ボスまでの最短道程は明らかになっていた。

 

 これを機と見たラバウル第1基地の精鋭は、編成を組んで海域に突撃。

 

第1艦隊・金剛改二、長門改二、隼鷹改、飛鷹改、赤城改、雲龍改

第2艦隊・榛名改二、阿武隈改二、長良改、名取改、能代改、照月改

 

 これに無理を通して着いてきた白蓮提督(直接指揮のため。提督が的になる危険さえ除けば連携は格段に良くなる)を加えた必殺の布陣だった。

 

 運航は順調。敵泊地の奥深くまで突撃する。

 しかし順調にいっていると思いきや、大規模な戦力で後方から突然の奇襲を受ける。

 

 奇しくも過去に比叡、霧島を喪った時と同じ状況となる。妖精技術を駆使した電探技術でそれに気づくが、時すでに遅し。

 そこで深海日棲姫が登場。日本古代の巫女を連想させる服装に、即身仏のような肉体。深海棲艦の中でも異形の姫級。

 彼女の存在がアイアンボトム・サウンド特有の強力な磁場と一体化しているため、ジャマーの効果を発揮し、彼女の出現と同時に通信不能に。

 

 

『儂ノ目的ハ全テノ人間ヲ救ウ事ジャ』

『ソノ飛行機雲ノヨウニ儚イ儚イ命、不浄ナル肉体ヨリ解キ放チテ、永劫不滅ノ魂トスルコトデノゥ!』

 

『アノ美シキ瑞穂国。ソコニ生キヅク全テノ生命。ヒトツ残ラズ肉体ヨリ昇華サセ、国ヒトツ丸々全テヲ、人類最後ニシテ最大ノ霊廟トスルノジャア!』

 

『ソコニハ喜ビモ悲シミモナク、只々『在ル』事ガデキル!

完全ナル自由! 完全ナル平等! 彼岸コソガ人類ノ思ヒ描ク理想郷! 人類トイウ業ノ深ヒ生命体ノ、唯一ニシテ至高ノ到達点ハ、ソコニシカ無ヒ!』

 

 

 冷や汗すら凍るほどの圧倒的な威圧感を持つボスに加え、50を越える深海棲艦からの挟み撃ちを受け、さらに通信不能という四面楚歌の状況。未だ小破者すら居らずとも、艦隊は絶体絶命だった。

 

 動揺する艦隊の中で初めに声を上げたのは、誰から見ても無理して作った笑顔を貼り付けた金剛であった。

 

 

「……ここは私が引き受けマス! テートクとみんなは、後方から迫る敵部隊の対処を! このまま挟み撃ちされれば、どう足掻いても全滅しマス!」

 

「そんなっ! ダメ……ダメです!! 金剛お姉さまひとりであの怪物の相手なんて、無謀すぎます! それならば、せめて私も一緒にっ……!」

 

「ノープロブレム! 心配ないヨー! 榛名、電探からの情報を感じ取ったデショウ? 後方からの敵の数は、おそらく50を越えていマス。テートクを護りながらその数を相手するんデスヨ。頭数がいくつあったって足らないネ!」

 

「そう、ですけど……!!」

 

 

 榛名との会話中も、目の前の強敵への集中を途切れさせない金剛。

 誰よりも榛名には金剛の気持ちがわかった。あの時、比叡と霧島も同じことをしたからだ。

 

 

「……オイ、金剛!」

 

「ワッツ? どうしましたか? テートクー」

 

「死ぬことは許さねぇ。これは厳命だ」

 

「そ、そんな、提督! 金剛お姉さまをひとり残していくのですか!?」

 

「黙ってろ榛名。それで返事は?」

 

「……ウフフ。愛するテートクにそこまで言われたら、勝つしかありませんネ! オフコース! 負けるつもりなど端からありマセン!」

 

「良し! 帰ったら何でもひとつ言うこと聞いてやる!

……艦隊転回! 後方より迫る深海棲艦の群れの掃討に入る! 鬼姫級がわんさか居るぞ! 気を抜くな!」

 

 

「「「 ……応ッッ!! 」」」

 

 

 

「提督! 私は……!!」

 

「黙ってろ、榛名! これしかねぇんだからこうするしかねぇだろうが!! それに金剛に死ぬ気なんて微塵もねぇ! お前と一緒に鍛えてきたアイツを信じろ!」

 

「うぅ……金剛お姉さま……どうか、どうかご無事でっ……!!」

 

 

 半泣きになってしまっている榛名を引き連れ、白蓮大将と艦隊メンバーは後方へと退却(前進)する。

 その様子を見る金剛は優しい目をしていた。

 

 

「ふぅ……行ってくれましたカ。ゴメンよ榛名、辛い思いをさせて。……それで、なんでアナタは今の隙に攻撃してこなかったのデスカー?」

 

『隙? ドノクチガホザクンジャア。隙ナドヒトツモ作ットランカッタジャロウ』

 

「まぁ、そのくらいわかる実力はありますヨネ」

 

『ソレニジャ。ドウアッテモ同ジ事ジャカラノウ。逃ゲヨッタ連中モ、殿トシテ残ッタ我ェモ、一刻モスレバ等シク塵ト化ス』

 

『それを、させるとデモ?』

 

『儂ガソウ言ウタラ、ソウナルジャロウガ。……サァ、仲良シコヨシモ此処マデヨ。儂ニハヤル事ガ沢山デ忙シヒ。サッサト我ヲ沈メテ救ッテヤルケェ』

 

「忙しいはこちらのセリフですヨ。アナタをさっさと片付けて、榛名たちを援護に行かないとですカラ!」

 

 

 お互いが放つ闘気が豪と膨れ上がる。空気の密度が一気に高まる。そして……

 

 

『儂ノ救世ノ旅路、ソノ魁トシテヤルケン……往生セイヤァァァッッッ!!』

 

「比叡、霧島……私に皆を護るチカラを下サイ……!

……ここから先には通しマセンッ! かかってきナサァイッッ!!」

 

 

 血戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 あの時妹たちがそうしたように、金剛は自らが殿となって提督や榛名たちを逃がすことに決めた。しかしそこにあったのは犠牲の精神などではない。

 

 そこに在ったのは、必ず勝って、生きて戻るという覚悟。

 華々しく散ることなど良しとせず、地を這い、泥に塗れてでも、意地汚くても、なんとしても命だけは残そうとする決心である。

 

それを感じ取ったからこそ白蓮大将は、彼女がひとり残ることを許したのだ。当然それがわからない榛名ではないが、とめどなく押し寄せる感情の波に、理性を保てないでいた。

 

 

 

「金剛お姉さま……うっ、ううっ……」

 

「榛名ァ! 泣いてんじゃねぇ!」

 

「だって……これじゃ、あの時と同じ……」

 

「この馬鹿が! 全然違うだろうが! お前らはあの時より何倍も強くなった! だろうが、長門ォ!!」

 

「当然だ! 榛名、泣いている暇があったら一秒でも早く敵を殲滅し、金剛の援護に向かうぞ!」

 

「な、長門さん……」

 

「私とて……伊達でラバウル第1基地の主力を務めてきたわけではない!! 金剛を見捨てるなどあってよいものかっ!! そうだな皆ッ!!!」

 

「「「 応ッ!!! 」」」

 

 

 意気を吐く長門とそれに呼応する艦隊は、これまでで一番の連携を見せていた。

 しかし敵の数は思うように減らない。ここに居る50、雑兵などではないからだ。半分以上が鬼級、姫級の精鋭部隊。この戦場に未熟者は存在しなかった。

 

 しかしそれでも、その中でも、輝く星がひとつ。

 

 

「あなた達に、私達はやられはしません!! 金剛お姉さまが戦っている相手に比べたら、あなた達など……!!」

 

 

 榛名もその戦場で、己の能力を余すところなく発揮していた。研修で培った危機を感じる第6感を鋭敏に、死角からの攻撃をすべて回避し、お返しとばかりにカウンターを叩き込む。

 正確無比で無駄のない動きは、まるで舞っているかのようで……

 

 

「ハハッ……榛名だけにいい格好をさせるなっ!! ラバウル第1基地精鋭部隊の底力、今こそ見せる時!! 実力を十二分に発揮せよっ!!」

 

 

 相手の数が自分たちの5倍近くとも、負けてやる道理など彼女たちには存在しなかった。

 ある者は敵艦を撃滅し、ある者は制空権を確保し、ある者は空からの攻撃を見事に防ぎ続けた。それはたった十数分の出来事であったが、されども永遠にも感じられる十数分だった。

 

 そして敵の数がゼロとなった時、こちらに欠けている人員は見当たらなかった。

 死中に活。窮鼠猫を噛む。数も質も状況も上回る相手に、見事な勝利を収めたのだ。

 

 ただし、それは彼女、金剛の活躍あってこそだった。

 

 

「増援は……いないか!! 皆の者、見事だった!! よくこの難局を乗り切ったな!!」

 

「長門さん! 安心するのはまだですっ!! 金剛お姉さまはっ!?」

 

 

 

・・・

 

 

 

 後顧の憂いを絶った榛名達は、金剛の元へ急いだ。全速前進。一刻を争う。

 しかし現実は思うままとはいかないもの。彼女たちの目に飛び込んできたのは、受け入れられない光景だった。

 

 

 

 轟音

 

 

 そびえ立つ水柱

 

 

 水中に消えていく、見慣れた手

 

 

 

 一歩。本当に一歩だけ遅かった。

 惜しかったのだ。あと1分でも早く敵を撃滅せしめていれば、こうはならなかった。

 

 しかし、そんな『もしも』は何の意味もない。

 

 

「あぁ……あああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!」

 

「待て榛名!! 飛び込むなっ!!!」

 

 

 頭より先にカラダが反応していた。あの状態はもう『手遅れ』だ。いくら手を伸ばしても、もう彼女の手には届かない。

 ならばどうするか。何故こんなことになっているのだ。

 

 

 ……お前さえいなければ、こうはならなかった。こうはならなかった!!!

 

 

『はぁ、はぁ、思ッタヨリヤリヨッタノゥ……

……ン? ナンジャア、我ェ、猪ノヨウニ突ッコンデキテカラニ……』

 

「お前が! お前がぁぁ!!!」

 

『フン、猪トハコウ使ウモンジャ。ヤレ……』

 

「ッ!? ぐっ、がぁっ!」

 

「榛名!」

 

 

 冷静さを欠いた艦娘など、自我を持つ姫級からしたらただの的。馬力の違いは残酷なまでの出力の差として現れる。

 姫級の使役する猪型艤装は榛名の砲撃を自慢の牙でいなし、そのまま榛名へ突撃。榛名はその突撃での致命傷は避けたものの、限界ギリギリで戦ってきた彼女を大破させるには十分な威力だった。

 

 

『哀レ。言ウタジャロウ、全員始末シテ瑞穂国ニ魂ヲぶち込ンジャルト。冷静サヲ欠ヒテ儂ニ突ッカカッテキタトコロデ……ナンノ意味モナヒ』

 

「かッ……コフッ……」

 

「クソッ、榛名、しっかりしろ!! 金剛に続いて貴様まで喪うなど、この長門耐えられん!! 奴は我らで必ず撃滅するから、提督の元で休んでおけっ!!」

 

「こ、金剛お姉さま……うぅ……」

 

『はっはっは、無駄無駄無駄!! 先程沈ンダ艦娘ニハチィトバカリ手ヲ焼ヒタガ、貴様等カラハソコマデノ勢ヒハ感ジナヒ。予定通リ、貴様等纏メテ海ノ藻屑ジャア!!』

 

 

 長門を筆頭に、誰もが中破、酷い者は大破の状態。まともに戦えるものはいないだろう。

 このまま戦えば最悪全滅、良くても半数以上は海の藻屑と消えるだろう。姫級が口にしたように。

 

 しかし、誰もが恐れていない。あの金剛が命を張って戦い、強大な敵を追い詰めていたのだ。

 彼女の願いはこのまま揃って撤退し、これ以上の人的損失を避けることなのだろうが……その選択ができる者はここには居なかった。心に灯る闘志が、敵を討てと叫んでいる。

 

 お互いににらみ合い、どちらが先に引き金を引くかという状況。緊張感は高まり、一触即発の空気が張り詰める。

 

 

 

 

 

 その時

 

 

 

 水柱が上がった

 

 

 

 

 

『グ、オオオッ!?』

 

 

 

 姫級の足元から。これは、魚雷の着弾だ!

 

 

 

「な、なんだ、いったい何が!?」

 

「ヘーイ長門、私は撤退しろって言ったんですヨ!! なーにケンカ売ってるんですカ!!」

 

「こ、金剛!? 沈んだはずでは……それに、その姿!!」

 

「どうやら大佐に助けられちゃったみたいデスネ! 今の私は一味違いますヨ……FIRE!!!」

 

『ナ、何故ッ……グオオッ!?』

 

「今の私は金剛改二『丙』とでも言いましょうかネ!! 手数が増えた高速戦艦、その真価を見せてあげまショウ!!」

 

 

 言うや否や、新たな衣装を身にまとった金剛は姫級への猛攻を始める。

 敵の動きを予測した偏差砲撃。それだけでも絶技と呼ぶにふさわしいもので、実際に先ほどは相手を撃沈手前まで追い詰めていた。

 

 しかし今の彼女はそれだけではない。新たに手にしたチカラは魚雷。高速戦艦という火力と機動力を武器に戦う金剛にとって、決め手となる更なる一手。雷撃による砲撃との連携。

 高火力砲撃がウリの戦艦には本来不必要だった雷装が、艦娘の姿では必殺の一手へと昇華される。

 

 今まで雷撃など扱ったことのない金剛だが、慣れていないなどという言い訳など彼女には必要ない。

 研修で受けてきた無数の決定的な雷撃、考える前にカラダが動くように高められた練度が、雷撃を扱う側となった今でも十二分に活きている。

 そしてそれよりも何よりも……いいように蹂躙されてきた、それでも自分のために戦おうとしてくれた仲間の想いを、妹の想いを、日和って台無しにするようなテンションはしていない!!

 

 

『ソンナ馬鹿ナ……!! ソンナ事ハ許サレン、アッテハナランノジャアアアアッ!!!』

 

「喧しいヨっ!! カワイイ妹をいじめてくれた落とし前、つけさせてもらいマスッ!!」

 

『オオオアアアアッ!!!!』

 

「ここで負けるものデスカッ!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 他の仲間が手を出せないほどの激闘を制し、最後まで立っていたのは金剛だった。

 先ほどとは違った結末。場を支配していた威圧感は霧散し、通信機能は回復。空は澄み渡るほどの高さを取り戻した。

 

 見事にラバウル第1基地の精鋭部隊は、ひとりの欠員もなく大規模作戦の決定打を決めることに成功したのだ。

 

 

「金剛……よく戻ってきてくれた。私はまた、戦友を喪ってしまったのかと……」

 

「ンー、気持ちは嬉しいですシ、色々伝えたいこともありマスガ……先ずは揃って帰投しまショウ」

 

「あ、ああ、そうだな。確かに今の戦力で強敵に出会ったらまずい」

 

「そういうことデス。長門が冷静で助かりましたヨ。ところでテートク……」

 

「なんだ」

 

「約束通り、生きて帰ってきマシタ。なんでもひとつ言うこと聞いてくれるんでしたよネ?」

 

「……ハハハハハ!! お前ってやつは!!

いいぜ、良く生きて戻ってきた。お前は俺の誇りだよ。ひとつと言わずいくらでも聞いてやるからな」

 

「オーウ! テートクったら太っ腹デスネー!!」

 

 

 こうしてラバウルにおける大規模作戦は、大勝利の3文字と共に幕を下ろした。

 

 この激闘を越えた死闘は伝説の作戦として語り継がれ、ラバウル第1基地の精鋭の強さは日本海軍全体に広まっていくことになる。

 

 




Q.なんで金剛は復活したの?
A.鯉住くんが研修終了の餞別として応急修理女神妖精さんを艤装に仕込んでたから。
榛名から比叡と霧島が沈んだ話を聞いてたので、いざという時は今回みたいな展開もあり得ると考えてたので。もちろん榛名の艤装にも仕込んである。金剛が丙に覚醒したのは彼女の覚悟が要因なので鯉住くんは関係ない。

Q.安全な方角を示す羅針盤はどうしたの?
A.もちろん羅針盤からゴーサインは出てなかった。しかしこれ以上の状況の好転は見込めなかったので博打に出た。羅針盤がゴーサイン出してなくても、必ず作戦が失敗するわけではない。安全が保障されないだけ。

Q.高雄はこれ知ってたの?
A.知らなかった。提督主導で半ば暴走っぽく出撃したせいでそちらに頭を回す余裕がなかった感じ。もちろん事後報告して高雄にしこたま怒られた。

Q.今回のボスってどれくらい強いの?
A.深海日棲姫(二つ名:【天戸隠 トガクシ】)。実力としては実は結構弱め。天龍龍田姉妹が神通に戦わされた『レディ・ツェペシュ(水母水姫。イスラエル壊滅の原因)』と同じくらい。ただし指揮官タイプなので総合力としては中の中。


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第183話 それぞれの戦後処理

新イベント開催しましたね。
艦これは出撃するまでが長くて、ボスと対面するまでも長いんだよなぁ……(重い腰を上げられない)


 ラバウル基地における大規模作戦は、第1基地の精鋭部隊によって敵の総大将が討ち取られたことで終結した。そして時をほぼほぼ同じくして、他の地域に出現していた海域ボスも討ち取られたとのことだった。

 

 パラオ泊地における戦線は、大変厳しいものだった。

 同泊地統括の平中将と隣接泊地であるタウイタウイ泊地の決死の働きにより、2泊地共同での討伐作戦を決行。多数の犠牲を払ったものの、レイテ海に出現した特記戦力である海峡夜棲姫(二つ名:【深鬼牢 シンキロウ】)を下すことに成功する。

 艦娘の戦艦扶桑、そして戦艦山城の姿を模した姫級であったのだが、その正体が『戦艦扶桑のような形状をした艤装を操る戦艦山城のような姫級』だということを看破できたのが攻略の糸口となった。

 『2体の姫級が協力している状況』と『1体の姫級が自由に人型艤装を出し入れできる状況』では、対処方法が全く違ったのだ。

 

 

 

 この1体の二つ名個体級の討伐だけでも、パラオ泊地とタウイタウイ泊地の全戦力を投入しなければままならなかった。

 しかし同泊地に出現した二つ名個体級はあと3体いる。そちらの対処なしに1体に全戦力を傾けることなどできはしない。そう、援軍があったのだ。

 

 以前から横須賀第3鎮守府の一ノ瀬提督が推し進めていた艦娘派遣制度。そちらの初の運用により、二つ名個体級に対抗できる戦力が送り込まれた。

 大本営からは正規空母の加賀、瑞鶴、翔鶴、葛城が。横須賀第2鎮守府の及川中将からは、二つ名個体級とも十分渡り合える加古、球磨、多摩が。発起人の一ノ瀬提督のところからは主力である霧島、ローマ、大淀が。それぞれパラオ泊地まで派遣された。

 

 

 

 彼女たち援軍の力量はそれはもう凄まじいもので、2つ名個体を3体見事に相手取っていた。そして多くの者が『あの化け物共を足止めできるというだけでも信じられない』と考えていたところ、その予想をはるかに越えて討伐までしてしまったのだ。

 

 パラオ泊地海域のバリ島に出現した姫級であり、何隻ものイージス艦から核を撃ち出すことで大戦の口火を切った深海海月姫(二つ名:【大虚 オオウツホ】)と空母水鬼(二つ名:【妖傅 アヤカシ】)。

 彼女たちを相手にしたのは加賀、翔鶴、葛城の空母3隻と加古、球磨、多摩の遊撃隊を中心とした部隊。両軍共に空母が主戦力だっただけあり、空一面を埋め尽くすような

壮絶な航空戦が展開された結果、見事に犠牲を出さずに敵部隊をイージス艦群と共に沈黙させる事に成功した。

 

 そしてレイテ湾に現れた片割れの2つ名個体、深海鶴棲姫(二つ名:【姑獲鳥 コカクチョウ】)を相手取ったのは残りの面々。瑞鶴を旗艦とした霧島、ローマ、大淀を含む部隊だ。

 他のどの2つ名個体よりも戦闘力の高い姫級であったが、戦闘に参加した艦娘からの詳報に寄れば『旗艦の瑞鶴が単艦で姫級を抑えていたおかげで、想定以上の損傷の軽さで戦闘を終えることができた』ということだった。

 実際に瑞鶴は、何処かから手に入れた陣羽織を身に着け、航空戦、砲撃戦、近接戦闘を高いレベルでこなす2つ名個体相手に大立ち回りを繰り広げた。正規空母1隻とは思えないほどの大規模な空戦を繰り広げ、圧倒して見せたのだ。相手の艦隊の姿が無くなった時、瑞鶴は大破すらしていなかった。

 

 また、日本海軍の領海でも最も西にある泊地、リンガ泊地でも壮絶な消耗戦の末に勝利を収めていた。

 敵のボスであるニつ名個体、港湾夏姫(二つ名:【古椿 フルツバキ】)は沈めても沈めても短スパンで復活してくる厄介な姫級であり、しかもその度にパワーアップするという危険極まりない特性まで兼ね備えていた。

 さらに言うとその姫級は部下の深海棲艦を質より量といった具合で多数抱えており、こちらにも頭数が必須。そして本体は陸上型であり交戦経験があるものが少なかった。とにかく厄介な要素が複合していたのだ。

 そんな中でもリンガ第1泊地の精鋭は鉄壁の護りを見せ、無数に居る深海棲艦から人類の安全を保証し続けた。その中で倒れる者もいたものの、最終的には『配下を一定以上撃沈させた上で本体を沈めれば復活を抑えられるはず』という仮説の元行動し、見事勝利を勝ち取る。戦闘員皆精鋭であるリンガ第1泊地の意地を見せた。

 

 

 

 人的被害は出てしまったものの、欧州とは比べ物にならない軽傷で未曽有の危機を乗り越えることができた。

 明確に日本海軍は深海棲艦に大勝利したと言ってもいいだろう。

 

 

 

 

 

 それはそれとして。

 

 

 

 

 

「なんじゃぁワレェ!! 儂らぁに協力するっちゅうておいて、人間共に寝返ったんか!? 死ななきゃ救われん人間共のために、アイツら全員ブチ殺しちゃろうって話じゃったろうが! この恥知らずがぁ!!」

 

「うっ、うっ……そうですよ、ヒドイです……同じ故郷の仲間じゃないですか。一緒に人類に痛みを教えてあげようって約束したのに、裏切るなんて……グスッ」

 

「いや裏切るも何もそんなことまで約束してないから。『私達も人類のとこに攻めこむ』って言っただけだから。約束果たしたから」

 

 

 大規模作戦が終了し、快適な暮らしに慣れ切って後ろ髪ひかれまくりな応援の皆さんを、1週間ほど前に見送ったラバウル第10基地……つまり鯉住くんのところは、なんか知らんけどなんか知ってるかもしれない新顔のお客さんにアポなし突撃されていた。

 いや、うちひとりは顔なじみとなってしまったガンビア・ベイなので、全員が全員初見というワケでもないのだが。

 

 この1週間は『大規模作戦で消耗した鎮守府の機能回復』という名目で、随分と穏やかな日々を過ごせていたというのに……どうやらゆっくりできるのは昨日までだったようだ。

 

 

「ちょっとアンタ、なにこれ……?」

 

「俺が知るわけないでしょ叢雲さんや……」

 

「聞いてみてくださいよ提督……ベイさん色々知ってそうですし。……なんとなく見当はついてますが」

 

「だよねぇ……古鷹の言う通り、頭抱えたくなる事情がチラついてるけどさ。一応確認取ってみようか……」

 

 

 なんか神主さんみたいな服着てる小柄な転化体と、髪をポニーテールにしたスタイル抜群な転化体から極力目を逸らしつつ、このふたりを連れてきて無理矢理転化させたガンビア・ベイに話題を振ってみる。

 

 

「あの、ベイさん。このおふたりはどちら様で? というかなんでウチに……?」

 

「わかんないの? こないだアドミラルさん達……日本海軍に沈められた奴らだよ。今日は主導者のふたりが復活したから反省会」

 

「やっぱりそんな感じかぁ……」

 

「こっちのジャパニーズ・ミコスタイルのちんちくりんがこの辺で頑張ってたやつで、こっちの優しさこじらせてるのがイージス艦から核ぶっ放したやつ。他の奴はまだ沈められてから浮かんできてないよ。年単位でかかるかもね」

 

「うーんこの……そっすか……。反省会ウチでやらないでほしいなぁ……」

 

 

 悲しいことに予想通りの答えだった。大本営からの写真付き海域ボス情報が送られてきてたので、ふたりが転化する瞬間を見ていた鯉住くんと秘書艦ふたりは完全に察していた。

 そもそも転化できる時点で並の姫級の実力は軽く越えてるので、もし人違いだったとしてもそれはそれでこの実力者ふたりは誰なのよって話になる。

 

 

「なーに人間とイチャコラしとるんじゃ貴様ぁ!! 契約違反したんじゃぞ!? 責任取って落とし前つけろやコラ!! 儂の人間共に対する慈悲を無碍にさせおって!!」

 

「だから違反してないってば。話くらい聞きなよ。アンタ艤装と同じで頭まで猪になったの?」

 

「ムキー!!」

 

 

 あぁ、こないだ言ってた『全力で戦闘をする』云々の話なんだろうなぁ……

 

 というかすごい主張してるなこの人。死んだらみんな平等! 争いもない素晴らしい世界! だからみんな殺すね!! 私ってば優しい!! ……ってコト!?

 ……いや、そうはならんやろ……なっとる、やろがい……。おかげで金剛さんの艤装に仕込んだ女神妖精さんが発動したらしいし、笑えないんスよねマジで……

 

 

 

 この一般人が見たらフィクションにしか思えない現場の裏事情を、一瞬で察してしまう鯉住くん。別に話が早くていいんだけど、自分が常識離れしてきてるんじゃないかと思って少し悲しくなる。

 なお心配してる本人ではあるが、彼が思っているよりも数倍は常識離れしちゃっている。手遅れも良いところだ。現実は非情である。

 

 

「シクシク……人間は愚かなんですよ……? 私達がちゃんとカラダと心の痛みを教えてあげないと、いつまで経っても猿から進化できないんですよ……?」

 

「アンタは泣き虫のクセに無自覚に口が悪いよね。別に人間なんてどうでもいいんだから、ほっとけばいいじゃん。変に干渉すると拗れてめんどいだけでしょ」

 

「ベイさんはなんて冷たいんでしょうか……。大切な人がカラダの芯からこんがり焼かれる悲しみ……核の炎の熱さを知る私が教えずに、誰が教えられると言うんですか? ベイさんならこの優しさ、分かってくださると思っていたのに……悲しくなります、うぅ……この冷血漢……」

 

「深海棲艦だからカラダ冷たくて当然でしょ? それにアンタの優しさはおせっかいだからね?」

 

 

 こっちはなんか……人間サイドからするとほっといてくれと大声で叫びたくなる主張してる……。

 人は痛い目見ないと反省しないから、地域ひとつ丸ごと消滅させて人類という種単位で痛手を与えた。だからみんな痛みを知って優しくなれるね!! ……ってコト!?

 ……いや、そうはならんやろ……なっとる、やろがい……。グアム島がお陰様で天国みたいな楽園(比喩表現)から天国みたいな楽園(焦土)になってしもうたんやで……? 洒落にならんのですわ……

 

 

 

 心の中でツッコミを入れまくってる鯉住くんであるが、流石に口には出せない。言葉が通じる相手に対して、必ずしも会話が通じるわけではないのだ。変にツッコミ入れても藪蛇になりかねない。彼もその辺将棋の国とか鬼ヶ島とかでよくよく学んできた。経験が活きた形である。

 

 しかし本当に驚きの事実なのだが、このふたり的にはさっきまで喋ってた内容は皮肉とか方便とかじゃない模様。このふたりなりにではあるが、本当に人類のためを思って行動してくれてたのだ。本気も本気だったのだ。

 やった事、もしくはやろうとした事はとんでもないことだけども。あまりにも思考のベクトルが明後日の方向だけども。

 

 愛情の反対は無関心なんて言うけど、この場合は無関心で居てくれる方が人類的には嬉しい。相互不干渉だと特に嬉しい。その辺の石ころばりに興味を持たないで、どーでもいい存在とか思っててほしい。

 

 

「あ、人間はどーでもいいけどアドミラルさん達はどうでも良くないからね。艤装達の面倒見てくれるし、アイオワとか五月蠅い奴らのガス抜き完璧にしてくれるし、変に警戒しないで話してくれるからこっちも気を張らなくていいし」

 

「しれっと心読まないでくださいよ……」

 

「顔に出てるからすぐわかるんだよ。深海棲艦に心読まれるとか分かりやすすぎだよね」

 

「ダメだしされた……はぁ、つら……。まぁいいや、嘆いてても仕方ないですし……。とりあえず皆さんお客さんなんで、お茶とお茶菓子用意しますね。復活して間もないってことなんで、疲れてお腹すいてるでしょうから軽食も用意します。それに波止場で話しててもアレですから、客間まで案内しますよ」

 

「至れり尽くせりじゃん。特別扱いされるの、そーいうとこだよ。嫌われたいんなら、もっと塩対応すりゃいいのに」

 

「そしたら攻撃されて被害甚大じゃないですか……」

 

「それはそうだよ」

 

「詰んでるんだよなぁ……ハァ……」

 

 

 

・・・

 

 

 客間(お茶の間)まで移動中……

 

 

・・・

 

 

 

 こんな非常事態でも、ここではお客さんの無茶ぶりに対応するのはいつもの事である。悲しいことに耐性がついてしまった鯉住くんと秘書艦ズは、流れるようにお持て成しの準備を進めた。

 慣れた手つきで用意したのは、鎮守府棟の隣で採れた茶葉で淹れた煎茶、お茶請けの和菓子色々。そしてアメリカ艦だろうなって方もいるのでグミとかフライドポテトとかコーラとかそれっぽいもの。

 

 元海域ボスのふたりとしては、なんで人間が自分たちの事を全然ビビってないのかとか、なんで鎮守府でこんなバリエーション豊かな食べ物が出てくるのかとか、なんで自分たちがこんなに抵抗感なく転化して艦娘になってるのかとか……なんか理解できないことがいっぱいだったので、おとなしく出された食べ物でもてなされることにした様子。考えることを放棄したともいう。

 

 これでもラバウルやパラオで精鋭艦娘部隊と死闘を繰り広げた大物なのだが……そうは思えない姿がそこにはあった。

 神主っぽい格好の元海域ボスは煎餅をポリポリしながらお茶をすすっているし、ポニーテールでワンピースな元海域ボスはコーラ飲みながらホットドックをムシャムシャ

している。

 

 

「で、一息ついたわけなんですが、なんで皆さんウチで反省会しようと思ったんですか? 別にここでやる理由なさそうに思うんですけど……」

 

「フン! 儂も知らんわそんな事! コイツが着いて来いとか抜かすから渋々従ってやったんじゃ!!

……ズズッ。むぅ、この煎茶、なかなかいい茶葉を使っとるようじゃのぅ。客をもてなす最低限の姿勢ぐらいは心得とるようじゃな。人間にしてはマシだと認めてやろうかのぅ」

 

「私も同じ理由です……グスッ。なんのつもりでベイが約束を反故にしたのか聞き出そうとしたのですが、それなら着いて来いと言われまして。……酷いでしょう? カラダだけでなく心までも冷たくなってはお終いですのに……友人を辞めるべきでしょうか?

……モグッ。ホットドッグなんて食べたのはいつぶりでしょうか……? イージス艦から人間をお掃除した時に、冷蔵庫に入っていたものをいただいた時かしら……?」

 

 

 どうやらガンビア・ベイは理由を明かさずここに連れてきたようだ。ふたりとも細かい事情はよく知らないと言っている。

 

 というか、どうにもこのふたり話が通じるようである。場に馴染みまくっている。つい先日まで日本海軍の敵として君臨してたというのに、なんともフレンドリーな人たちである。

 こっちに配慮してなのかガンビア・ベイに無理矢理やらされたのかはわからないが、何故か艦娘の姿にまでなってくれちゃってるし。

 

 

「そっすか……。まぁ、なんと言いますか……おふたりなりに私たちの事を考えて行動を起こしてくださったみたいですのに、こちら側が拒む形になってしまい申し訳ないです」

 

「む。なんじゃ貴様、儂等の崇高な考えが理解できるんか?」

 

「まぁ……! 人間だというのに分かっていただけるんですね……!!」

 

「あー、その……私としては、理解はできるけどちょっと賛同は出来かねないと言いますか……」

 

「はぁ!? なんじゃ貴様期待させおってからに!!」

 

「ひ、酷い……持ち上げてから落とすなんて、非道な人間らしい所業です……うぅ……」

 

 

 自分たちを理解してくれる相手が現れたと思ったら、急に梯子を外されたふたり。これにはちょっとご立腹なご様子。

 

 

「傷つけるつもりはなかったんですが……」

 

「なんなのアドミラルさん、また女を口説こうっての? この節操なし」

 

「口説くつもりもないんですが……」

 

「もっと言ってあげてくださいベイさん。提督はすぐ女の子に思わせぶりな態度取るんです」

 

「私達より新しい娘に興味津々なんでしょ。この裏切り者」

 

「裏切るつもりもないんですが……」

 

 

 そしてついでとばかりに鯉住くんに言葉のバックスタブを仕掛けてくるその他の面々。

 彼がご立腹してもだいたい自業自得なので、結局被害が拡大してしまう。よって甘んじてバックスタブを受け入れる。まぁちょっとだけお気持ち表明はしたけど。

 

 なんか予想外のダメージが入ったが、鯉住くん的には彼女たちに『やり方は受け入れられないけど、こっちのために行動してくれた心意気には感謝したい』ということを伝えたいのだが……。なかなかうまい言い回しが思いつかず、言葉に詰まってしまった。

 

 

 

 そんな時、ガラララッとふすまが勢いよく開いた!

 

 

 

「話は聞かせてもらった!!!」

 

「うおビックリした! ……って、ガングートさん!?」

 

「たまたま通りかかったのだ。そして一部始終も気になったから聞かせてもらったぞ!!」

 

「盗聴じゃないっすか!?」

 

「いいか、考えの浅い貴様ら! 私が本当の人間のヤバさを教えてやるからそこに直れ!!」

 

「なんじゃワレェ!? いきなり入ってきてギャアギャア騒ぎおって!!」

 

「こ、声が大きいです……ビックリしましたぁ……グスッ……」

 

 

 ダイナミックに登場してきたのはガングートだった。なんでも暇を持て余して散歩してたらよく知らない気配を感じたので、鯉住くん達を波止場からストーキングしてきたらしい。

 いや最初から居たんかい、という鯉住くんのツッコミを受け流し、何やらスマホをいじりだすガングート。目的のものが見つかったのか、物騒なこと言ってるふたりにずいっと画面を突き出した。

 

 

「これを見ろ! 死んであの世に行けば平等? 考えがぬるすぎる! 人間が2人以上いればすぐに格付けしだすのに平等とかありえないだろう頭お花畑め!! あの世なんてものがあったとしても、支配する者とただただ奪われる者に別れるに決まっている!!」

 

「な、なにぃ!? 好き勝手言いおって……死こそ唯一の救済なんじゃ!! そこまで言うからにゃよっぽどの根拠があるんじゃろうなこの露助ェ!!」

 

「フン! 参考資料に撮っておいたこれを見てみろ、考え無しめ! ……私はもう見たくないからひとりで見ろ!!」

 

「なんじゃあ、このファイル名は……? 『実地研修記録(封印したい)』……?」

 

 

 

・・・

 

 

 ガングートの見てきた人工の地獄(三鷹提督謹製)を閲覧中……

 

 

・・・

 

 

 

「うわ……(ドン引き)」

 

「見たか! 死んであの世に行ったところで、人間はこういうことするんだぞ! ウチの提督くらいしかここまでの悍ましい所業は出来んだろうが、方向性は同じなんだぞ!! ただ殺してそのあとは幸せになってねとか無責任が過ぎる!! あの世も恐怖で支配するくらいの根性を見せろ!!」

 

「いやちょっと……うわ……何この……うわぁ……」

 

「ほら、そっちの辛気臭いのも見てみろ! これが人間の獣の部分だ!! 命を弄ぶのなんて序の口だぞ!! この施設を作ったウチの提督はそれでも優しいからな! 理性と感情を使い分けられる真の化け物だぞ! お前らなんぞが提督を差し置いて人類に教育などできるとつけあがるな!!」

 

「ひ、ひどい狂信者です……深海棲艦の私達よりも人間をうまく害せられるなんてそんな……ヒュッ(画像集を見て息をのむ音)」

 

「思いあがった鼻っ柱はへし折れたか!? 提督がいる以上その世界に地獄はいくらでも造り上げられる!! いや、懲罰施設である地獄よりももっとひどい……魂までもヤスリで無為に惨たらしく削りつくされ存在をなかったことにされるような、ただの無感情な屠殺場をだ!!」

 

「ヒ、ヒック……うえぇ……」

 

 

 ガングートは何を見せたんだろうか? なんとなく察しがついてる鯉住くんはさておき、秘書艦ふたりは冷や汗を流している。

 

 今まで死こそ救済とか、痛みを知るために殺すとか、そんな物騒な思想を口にしてた深海棲艦たち。それが自分のキャラも忘れてドン引きしてたり、怖くて泣いちゃったりするような、そんな写真……

 いや、ただの写真でここまでなる? でもなってるしなぁ……。なんてことを考えつつ、絶対にその特級呪物にはこれ以上踏み込まない決心を固めている。

 

 

「それがわかったらとっとと反省して、これからの生き方を見つめなおせ!! なんだったら私が提督に言伝してやるぞ? 『私と同じで人類の支配に興味がありそうだから、研修受けさせてやってほしい』とな!! このフォルダに入った画像以上のものが見られるしなんなら体験させられるぞ!! 私はカリキュラムの60%以上は生理的に受け付けつけられず、リタイアを土下座で懇願したがな!! ハッハッハ!!」

 

「「 遠慮しときます 」」

 

「なにぃ!? この軟弱者どもめ!!」

 

 

 ビックリするほど無感情で息の合った拒否であった。よっぽど嫌だったんだろう。

 

 ガングートの熱の入った演説に、鯉住くんは思わずパチパチと拍手してしまったのだが……このガングート、誰がどう見ても立派な三鷹提督の狂信者である。

 なるほど三鷹さんの狂信者ってこんな感じで脳が破壊されて産まれてくるんだなぁ……なんてことを現実逃避がてら考える鯉住くんなのであった。

 

 

「ねぇアドミラルさん、ここってこんなヤバいのまで居るの? 正直深海棲艦の私達のホームよりもヤバい場所になってる気がするんだけど」

 

「まぁ、その……多様性ということでここはひとつ……」

 

「純粋な悪意とかなら全然分かるんだけど、なんかこう……変態の見本市というかさ。まぁあの魚狂いを嫁にしてるアナタに言ってもわかんないと思うけどさ」

 

「サラッと人を変態扱いしないでくださいよ……まだ常識人のつもりなんですから。アークロイヤルについてもしっかりした女性ですから、そんな風に思わないであげてください」

 

「変態はみんなそう言うんだよ。あとついでにノロケないで」

 

「いやまぁその……ハァ」

 

 

 なおその後、深海棲艦のふたりは人類に対する(はた迷惑な)情熱の火を鎮火されたせいなのか、随分と落ち着いてしまった。そんで暫くカラダを休めてくとか言ってここに居座ることになった。鯉住くんも秘書艦ズも、どうせそんなことになるだろと思ってたらしく、さして驚かなかったとか。

 

 

 

 余談だが……後日、大本営の大和に事の顛末を報告したところ、電話越しに机に倒れ込む音が聞こえたとかなんとか。

 

 大和の側から大規模作戦の戦後処理が終わったと連絡をしたところ、ヘビー級すぎるカウンターパンチでそんな話を聞かされたので、一発でノックアウトされてしまったのだ。戦後処理の激務もあって疲れていたところに新情報(メガ盛り)のオラオララッシュである。そんなん耐えきれるわけがない。

 

 その日の夜は、大本営の明石に頼んで強力な胃薬を作ってもらう大和の姿があったとか。すごくかわいそうである。

 

 




大和はけっこう鯉住くんと電話で連絡を取っています。お友達なので。
だけどたまにこういう爆弾が放り込まれるので、どんなに些細な話をしててもほんの少しの警戒心は抱き続けているんだとか。
でも最近は『爆弾がでかすぎて警戒とか無意味なんじゃないの?』とのことで、ノーガード戦法を採用しているみたいです。


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第184話 描いた決意は形を変えて

非常にお待たせしました定期。
そんなこと定期にするなよって? それは本当にそうっすね……(目を逸らす)


 ガンビア・ベイに連れられてきた大規模作戦の主犯2名が居ついてから1週間。

 ふたりともやたらリラックスしてるせいで最初から実家レベルの振舞いだったのだが、ここ数日でその度合いが一層加速して居間(娯楽室)で寝転がりながら煎餅片手にテレビを観るまでになってしまった。

 初対面の時に大演説をかました縁なのかガングートにしょっ引かれて畑の仕事をさせられていることも多いが、基本的には夏休みに帰省して実家でだらける大学生みたいな生活を満喫している。こないだまで激しく敵対していたとは思えない寛ぎっぷりである。

 

 これには鎮守府メンバーも困惑……することもなく、提督がらみの案件は大体いつもこんな感じで丸く収まるので『またいつものか』くらいの受け取り方をしている。慣れたものである。

 大規模作戦の際に受け入れていた増援メンバーが居なくなって余裕もできているので、2名ぽっち娯楽室に居座った程度では別に何ともないのだ。娯楽室が布団と駄菓子で占拠されていると言ってもメンバーは全員(鯉住くん以外)艦娘寮(高級旅館)の方に居を移しているので、実質そこは空き部屋となっている。おかげで手間がかからないのだ。

 

 そんなグータラ生活を送る2名に鯉住くんは呼び出されていた。今さらお礼参りとかそういう物騒な用事ではないだろうが、一応念のため叢雲と天龍にも同席してもらっている。

 

 

「失礼しまーす」

 

「ようやっと来たか、遅いんじゃこのクソボケ」

 

「お待ちしておりました……そ、そんなに部下を引き連れてくるなんて、ケンカを売りに来たのですか……? やはり人類は狂暴……」

 

「相変わらず口悪いっすね……あとケンカは売るつもりありませんから安心してください。俺自身は皆さんからしたら吹けば飛ぶような貧弱フィジカルなんで、一応の護衛みたいなものですから」

 

「そういうこった。ま、提督になんか用があるって話だから、俺たちの出番は無いだろうけどな。近接戦なら負けるつもりはねーから変な気は起こすなよ?」

 

「コイツは人間にしては鍛えてるけど、私達からしたらどっこいどっこいだから護ってあげなきゃいけないのよ。……ていうか、アンタたち養ってもらってるクセに随分生意気じゃない。コイツこんなでもウチのトップなのよ? もっと敬意とか感謝とかないワケ?」

 

「じゃかぁしいわ。儂らの善意を蔑ろにした人間じゃぞ。しかもその上部下と称してぎょうさん女誑しこんどる輩には当然の評価じゃろ」

 

「それもそうね」

 

「叢雲? なんで一瞬で掌返したの???」

 

 

 いつものように筆頭秘書艦に裏切られつつ、話が進まないのもしんどいのでさっさと着席する提督。それに合わせて両脇の天龍と叢雲も座布団に腰かける。ちなみに鉄底海峡ボスだった現・日進とグアム島を焦土にした現・サラトガは、それぞれの布団の上でどんと構えている。

 

 

「ふぅ、それでなんの用事なんですか? わざわざ呼びだしてまでする話だなんて。食堂でご飯食べるときのついでとかじゃマズい話ですか?」

 

「まぁそれでも構わんが、それなりに長くなりそうじゃからな。話っちゅうのはこないだの作戦についてじゃ」

 

「先日の大規模作戦の、ですか? 何か気になることでも?」

 

「そう、ですね……ガンビア・ベイに連れられてやってきたのはいいですが、マトモに反省会をしていなかったことに気づいて……うっかり寛いでしまいましたが、本末転倒だったなと……」

 

「そう言われると確かに」

 

 

 そう。ガンビア・ベイがこの2名をここまで連れてきた(丸投げしてきたともいう)のだが、その連れてきた理由というのは『作戦失敗の反省会をするため』ということだった。まぁガンビア・ベイ本人としてはただの厄介払いの口実だったため、その辺はどうでもいいというのが本音だったりするのだが。

 ということでわざわざこんな辺境までやってきたのに、快適さにかまけてグータラしてしまい、肝心の反省会を今までやっていなかったのだ。もちろん個々人で振り返りを多少はしているが、岡目八目という言葉もある通り自分のことなんて自分じゃわからないものだ。

 

 ということで1週間も経った今になって、ようやく本題を思い出したということらしい。

 そもそも自分たちが滅ぼそうとしてた人類に自分たちの反省点相談するとかどういうことなの、って感じではあるが、その辺鯉住くんに対しては相当気持ちの壁が薄くなっているので気にしてはいけない。心の壁はそれはもう薄くなっている。格安賃貸の壁くらいには薄くなっている。

 

 

「いやしかしですね、反省と言われてもどういった作戦だったか知らないので何も言えないんですが。とはいえ人間の私に詳細を説明なんてしたくないですよね……」

 

「とりあえずこのサラトガともう一体の空母姫級でパラオを強襲。浮足立つ連中を山城型姫級と瑞鶴型姫級の鬼札で殲滅。それと同時に精鋭であるリンガ泊地とラバウル基地を、それぞれ指揮能力がずば抜けとる陸上型姫級と儂で足止めあわよくば殲滅。そうすることで本土の戦力を援軍という形で各地に散らす。あとは……業腹じゃが儂らよりも実力が数段上の連中、あんのクソ戯け者のガンビア・ベイと一緒につるんどる連中5,6体送り込んで本土を焦土に。こういった展開をする予定じゃった」

 

「あ、教えてくれるんすね。ていうかエッグいな……ウチに来たお客さんたちがそのまま作戦に参加してたら被害甚大だったんじゃないです?」

 

「当然じゃ分かり切ったこと言うなやこのクソボケェ!! あンのド阿呆共がブッチせんかったらこがいな醜態さらさんで済んだんじゃ!!」

 

「まぁまぁ抑えて抑えて……」

 

「ホントに酷いんですよベイさんたち……私と同じアメリカ仲間だっていうのに、私達の覚悟を踏みにじるような真似をして……グスッ……どう償ってもらえばいいんでしょうか……」

 

「サラトガさん消極的なのに発言は尊大ですよね。……過ぎてしまったことは仕方ないですし、これからのことを考えましょうよ、おふたりとも」

 

「間接的とはいえ、儂らの野望を砕いたクセに我ぇも相当面の皮が厚いのぅ。これだからクソボケは……」

 

「そのクソボケってのやめません? 地味に傷つきますので……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 そこから始まった反省会は、なかなかお互いに実りのあるものとなった。

 

 そもそもの話、日本海軍では事前に深海棲艦の動きが怪しいことを踏まえて、戦闘準備を入念に行っていた。いくら深海勢が奇襲に長けているとはいえ、その可能性が濃厚と分かっていれば打てる手なんていくらでもある。

 

 それに傭兵のような立場のガンビア・ベイ達に作戦の要を任せておくのも良くなかった。

 契約を順守させるだけの強制力があったワケでもなく、そうしなければいけないと意気込むほど彼女はカッチリした性格でない。話が通じるほど理性がしっかりしているだけあって、契約があってもなくても暴力を解放して暴れたいというタイプでもない。

 まぁ約束を守るという程度の倫理観はしっかり持っていたので(実際に運動会を開催したのは彼女が交わした約束を守るため)人選が間違っていたとは言い難いのだが、それよりも鯉住くんと縁を作っておくことを優先してしまった。これはもう完全に事故みたいなものだ。巡り合わせが良くなかった。

 

 逆に良かったこともある。

 一番は同時奇襲のタイミングにほとんどラグがなかったこと。現サラトガの開戦の狼煙から1日も経たないうちに奇襲が同時に行われた。これは普通に脅威だった。瞬間火力の高さはいつの時代でも脅威である。

 

 それに作戦自体も非常に完成度が高かった。日本海軍の要を過不足なく抑え、比較的戦力に劣るパラオ泊地を落とし、戦線をかき乱したのちに切り札で本土を襲撃する。

 一度の襲撃で壊滅的大打撃を与えるという目的において、かなり合理的な作戦だったように思える。落とすべきパラオと本土には主戦力を多く集中させていたのも好判断だろう。

 まぁ実際には本土には鼎大将派閥が居るので、そのままうまく本土壊滅といったかは疑問が残るところ。特に加二倉提督率いる修羅の面々が最終防衛戦力として立ちふさがるので、いくらガンビア・ベイ達と言えども好き勝手出来ていたかは怪しいところ。

 

 しかしながら加二倉提督のところの艦娘が各地に派遣されるという案もあった。もしその通りになっていて、なおかつ次点戦力の伊郷元帥、鼎大将、一ノ瀬提督辺りの部下もそれぞれ派遣されていて、本土の護りが薄くなっていたのならば……分からなかったのかもしれない。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんな感じで、それぞれ意見を出し合いながら反省会は終了した。

 

 いくらある程度打ち解けたからと言って、敵である深海棲艦に要らない情報与えるなよ、と普通であればツッコミが入るところだが……本人たちに侵攻の意志が見られないので別にいいか、というのが現場の判断である。

 そもそも兵を起こしたのだって人類を救済するため(本人的には)だったのだが、今はもうそのこだわりは鳴りを潜めているからだ。ガングートの猛烈な演説が冷や水になった形である。

 

 

「あーだこーだ話しましたけど、正直言ってそちらの運が悪かったに尽きるって感じですね」

 

「あァん!? そんな一言で片づけるなやアホたれが! 儂らに運がなかったのと違うて、我ぇの運が良すぎるだけじゃ!」

 

「そ、そうですよ……。アメリカ大型艦、総数7隻、それも本国で文字通り一騎当千の活躍をなさった皆さんが、配下を引き連れて同時に日本本土に攻め込む予定だったんですよ……? それがなぜ『ジャパニーズOMATURIに参加して満足したからこのまま帰る』なんて話になるんですか……?」

 

「まぁまぁ、皆さん楽しそうだったしそれでいいじゃないですか……」

 

「儂らは楽しくもなんともなかったんじゃこのクソ戯けが!!」

 

「いいじゃないですか。人類を救済するっていう考えは嬉しいですが、やり方はよくなかったわけですし。そのまま必要ない犠牲があまり出なかったのは不幸中の幸いですよ」

 

「どうしたって戦闘が激しい地域はあったから、沈んじまった奴もいるって話だがな。それでも提督の言う通り最低限で済んだとは思うぜ」

 

「天龍の言うとおりね。人間皆殺しが一番幸せなんて勝手な考えで犠牲なんて出ていいはずがないのよ。はた迷惑な話だわ」

 

「まぁまぁ叢雲抑えて……俺も同じ意見ではあるけど、こちら側だって日進さんやサラトガさん含めて深海棲艦たくさん沈めちゃったしさ……」

 

「こいつらは復活するし良いのよ。命の価値が軽い奴らなんて存分に沈めてやれば」

 

「フン! ちんちくりんな駆逐如きに儂らの考えなんぞわかるワケないんじゃ!」

 

「なによ! そっちだってちんちくりんじゃないの! そんなんで人類を救済なんてお題目掲げて、ヘソで茶が沸くわね!」

 

「あ゛? なんじゃとこのクソガキがぁ!」

 

「は? なによこのチンピラ!」

 

「まぁまぁまぁまぁ! お互いに抑えましょう、ね!? ほら、美味しいお菓子ありますよ! 伊良湖さん特製の最中を食べましょう、たくさんあるのでいっぱい食べましょう!」

 

「「 モグモグモグ!!! 」」

 

「むしゃむしゃ……ジャパニーズ・ワガシですね……。最初はアンコって苦手だったんですが、食べ慣れると美味しいですね……」

 

「お、この新作最中うめぇなぁ! なぁ提督、これ工場で増産する予定なのか? 最近の試作品の中だと俺はこれ一番好きだぜ」

 

「率直な感想ありがとう天龍! 伊良湖さんもそれ聞いたら喜ぶと思うよ!」

 

 

 最中のおかげで、同じタイプっぽい叢雲と日進の火花バチバチが徐々に収まってきたのを見て、ようやく鯉住くんは一息つく。彼女は最初に比べたら随分落ち着いては来たが、なんだかんだ強力な戦闘力を有している存在だ。余り怒らせたくはない。

 

 鯉住くんによってわんこそばの如く繰り出される和菓子ラッシュによって気持ちを落ち着けた日進。何か思い出したのか、別の話題を振り出した。

 

 

「もぐもぐ……そういえばじゃ。儂らは今の人類に発展の可能性なしと判断して、絶頂である今で終わらせようと全部滅ぼそうとした。それが正しいと思っていて、やりたかったことじゃ。もう実現するつもりはないが、その考えはそう間違っとらんと今でも思っとる」

 

「はぁ」

 

「でじゃ。何が言いたいかっちゅうと、我ぇのやりたいこととかやろうとしてることって何じゃ? なんだかよく分からんがガンビア・ベイ達が一目置いておるし、部下たちもようけ懐いとる。よっぽど艦娘や儂ら深海棲艦をひきつける何かがあると見た」

 

「うーん、そんな大層な事は考えてないんですが」

 

「嘘つけクソボケ。本当にそうなら誰も着いてこやせんわ」

 

「そうですかねぇ……? まぁ、俺がやりたいことと言えばですね。艦娘の皆さんが幸せに生きていくために奉仕すること……でした」

 

「は? 随分とまぁ自己犠牲甚だしい話じゃが、過去形か?」

 

「そうなんですよ。今はちょっと違ってですね。……艦娘の皆さんは深海棲艦と戦うことで現代社会では居場所を得ています。だから昔は深海棲艦を倒して自分たちはケガしないように、無事に帰れるようにって、艤装メンテナンスを通して役に立てればって、それだけ考えてました」

 

「提督の艤装メンテ技術はマジで異次元らしいからな」

 

「ありがと天龍。自分じゃピンとこない評価だけどね。……だけど提督をやってくうちにそれだけじゃいけないかなって思い始めたんですよ。深海棲艦の中には日進さんやサラトガさん、ガンビア・ベイさんみたいにちゃんと自分をもって生きてる人たちもいるし、アークロイヤルや天城、コマンダン・テストみたいに人間が気に入らなくて敵対してた人たちもいる。まぁ、要するにですね。艦娘の戦闘を助けるのはいいけど、戦う相手にも考えがあるって実感しちゃったんですよねぇ」

 

「なんじゃ我ぇ、儂らが考え無しの畜生かなんかと思っとったんか?」

 

「思ってたっていうか、実際大多数の深海棲艦って憎悪とか怒りとか絶望とか妬み嫉みとか、そういう薄暗い感情だけで動いてるじゃないですか。しっかり自分の考え持ってるのって相当強い人たちだけでしょう?」

 

「それはまぁ、そうですね。日進もワタシも配下については……簡単な命令でしか意思疎通できないので、仲間というより駒という感覚ですし……」

 

「だから。今の俺は色々知って思ったんですよ。『アレ? これ殺し合いする必要ある?』って。まぁ自我がない鬼級以下辺りですと、自己防衛のために戦わざるを得ないといけないと思いますが、貴女達のように話ができるのならワンチャンないかなって」

 

「またアンタは……そんな甘いこと考えてたのね」

 

「いいじゃないか叢雲、別に領土の取り合いしてるわけじゃないんだし、無理に争う理由もないし。そりゃアークロイヤルみたいな過激派がいるなら話は違ってくるけど、戦いたいとかゆっくり暮らしたいとかなら命の取り合いしないでもどうにでもなるし。……要はお隣さんみたいな感覚でお付き合いできないかなってこと。お互い深入りせずに戦闘なしで敷居を跨がず暮らしたいよねって」

 

「はー、提督はそんなこと考えてたのか。流石だぜ。俺は戦って勝てればそれでいいだけだからなー」

 

「実際そうしてくれないと話が進まないから、天龍みたいな人が居てくれるのはマジで助かるよ。まぁそれはそれとして、例えばもしお相手の家の敷地から木の枝が伸びてきてたとして、それ邪魔だから勝手に枝払いしていい? って確認だけでも取っておけたらいいな、ってさ。無断でやったらトラブルのタネだけど、確認取っとけば別にいいよで済む話というか……今の人類と理性ある深海棲艦の関係ってそんな感じじゃないかと思ってるんだよね」

 

 

 もしこの場に居る日進とサラトガと事前に話ができていたら、今回のような大規模攻勢は起こらなかったかもしれない。

 お互いに相手を知らないから起こるいざこざってものはままあるものなのだ。もちろん相手が武装してる以上話し合いの場を作るための武力は必要になるが、それでも大々的な戦闘になる前に片を付けられるのなら、それに越したことは無いという話。

 

 ……今思い返すと、魚類>>>>>人類なアークロイヤルと友好的な関係になれたのって本当になんでなんだろうか?

 余りにも運が良かったとしか思えない。天龍のさっぱりした性格と、自分の鍛え上げたメンテ技術が噛み合ってなければ、非常に想像したくない展開になってた気がする。

 

 

「ふぅん。……まぁ我ぇが変人だってことはよう分かったわ。ぎょうさん人間ぶち殺してる儂らに味方しようなんて、村八分にされても文句言えんぞ?」

 

「幸い俺の周りは理解ある人たちばかりなので、そうはならないと思います。本当に人に恵まれていますよ」

 

「ケッ、そりゃ結構なことじゃ。よかったのう、ロクでもない人間に囲まれとらんで」

 

「まぁまぁそう気を悪くしないで。……あ、そうだ。もし良かったら色々世話になった人に会ってみます? 呉に居るんですけど」

 

「あん? なんじゃい藪から棒に」

 

「オイオイ、それマジで言ってんのか提督……?」

 

「アンタもしかしなくてもそれ鼎大将でしょ……。こいつら会わせるとか正気?」

 

「いやふたりともなんなのその怪訝そうな顔。日進さん広島が故郷っぽい感じだし、サラトガさんには日本の良いところ知ってもらいたいし、一回くらい観光がてら行ってみてもよさそうじゃない? あとは、ほら……結構前に話してたやつ。状況もだいぶ落ち着いてきたから、皆で旅行しようって思って」

 

「「 あー…… 」」

 

 

 恥ずかしそうにしてる鯉住くんを見て、これまた恥ずかしそうに顔を赤くする叢雲と天龍。つまりどういうことかというと、色々落ち着いてきたから鯉住くんがそれなりに長く暮らしてた呉まで新婚旅行(団体)に出向こうという話なのだ。

 

 

「なぁサラトガぁ、こいつら儂らをダシにイチャコラし始めたぞ。なんなんじゃマジで。ぶちギレる気力も沸いてこんわ」

 

「私達、こんな人たちに負けたんですか……? よく分からない敗北感でどうにかなりそうです……」

 

 

 なんか知らんけど御大層な話からいきなりピンク色空間を展開し始めた連中に、日進もサラトガも気力がごっそり削がれてしまうのであった。

 

 

 



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最終章 提督編
第185話 久しぶりの本土


遅くなりまして申し訳ありません。

ようやく本作も最終章と相成りました。だからと言って深刻なシリアス展開とかありませんが(裏ではあるが作品内には出てこなかったり)。

最後まで書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。


 呉は造船の町として長い歴史がある。瀬戸内海という天然の要害の奥に面するという立地から、戦時に軍艦の造船が盛んだったという事実もある。

 深海棲艦と艦娘が世界に出現し、海戦の様式が様変わりした現代であってもその風土は変わらない。呉は昔と変わらず造船の町として栄えており、関西方面で最も大きな派閥である呉鎮守府を抱えている。

 

 そんな呉の港に接岸する連絡船から、ゾロゾロととある一団が降りてきた。本土からはるか南方に位置するラバウル第10基地からやってきた、日本海軍所属、鯉住龍太大佐及び彼率いる艦娘たちである。

 今や日本海軍内でも色んな意味で超重要な立ち位置となった彼ら彼女らが、これまた重要拠点である呉第1鎮守府にやってきた目的。

 

 それは……新婚旅行だった。

 

 別に何か重要な役目があってやってきたわけではない。ただのウキウキハネムーンである。

 普通であったら『なんだよ新婚旅行って。お前真面目にやれよ』と叱られる案件だが、普段からよくわかんない功績をよくわかんない頻度で積み重ねている彼に何か言える人間は早々いないのだ。そしてその数少ないモノ申せる相手達は彼以上に自由人だったりするので、実質的に鯉住くんは軍属にあるまじき自己判断裁量を持ってたりする。

 

 そんな彼は呉の港の空気を吸ってニコニコしている。

 

 これはいっぱいいる嫁たちと新婚旅行だぜ夜はハッスルしちゃうぜグフフ的な笑みではなく、久しぶりに昔の職場に戻ってきて懐かしいなぁ先輩たちとまた会えるの楽しみだなぁウフフ的な笑みだったりする。

 

 

 

・・・

 

 

 

 なんでいい歳の男性が、より取り見取りの相手達と一緒にハネムーンという状況でムラムラしてないのか。その理由は男としては非常に同情を禁じ得ないものだったりする。

 

 彼がこんなより取り見取りな美女美少女相手に劣情を我慢できる理由。それは……『もう部下だとか立場があるとかそういうの良いから、さっさと全員抱いて子供作れや!!早よしろ!!』とせっつきまくってくる性欲(と妖精さん一同)を、日々の筋トレによって本来と違った用途で消費しているから。

 

 いまさら新婚旅行で嫁と組んづほぐれつできるくらいでムラムラすることはない。というか彼は、今までに嫁と組んづほぐれつしたこともなければこの旅行でするつもりもない。

 彼の中では彼女たちは嫁というより大事な部下という位置づけの方が強いのだ。まぁ、押し切られてではあるが、全員の面倒見ると啖呵きったことがあるので、今さら自分を好いている相手を『ただの部下』とか突き放すような真似はしないが。

 

 美少女と美女に囲まれて、本人たちからすらもさっさと手を出せと匂わされている環境。傍から見ればどう見積もっても男のロマン、ハーレムキング。しかし上司と部下の関係なので手を出したくない。だからと言って自室で発散しようにも妖精さんがいつもひっついてるので発散できない。八方塞がりも良いところ。

 

 そんな中で生み出した苦肉の策……それが筋トレでスッキリ作戦だった。

 加二倉提督のところで教わった肉体改造メニューを律儀にこなし、メニューに慣れたら本人と連絡を取って負荷を更新することで、性欲が顔を出したらすぐ引っ込められるような環境を構築。無限の筋トレスパイラルに自身を叩き込むことで心身共に追い込み、性欲を生存本能へと転換する。子孫繁栄に傾いた肉体を自己防衛の方向に舵を切らせるのだ。

 

 逆立ち指立て伏せ10回を5セット、それを片手それぞれで。とかいう常人には不可能な殺人的荒行も、今となってはギリギリではあるがこなせるようになってしまった。

 部下に性欲のまま手を出してしまう不逞の危険と比べれば、なんてことは……ないことは全くないが、それでもギリギリ地獄の筋トレを選ぶくらいの覚悟は持っているのだ。

 おかげで今の彼の身体能力は、提督着任前と比べてそれはもう比較にならないほど凄いことになっている。懸垂くらいなら無限にできるし、フルマラソンくらいならちょっと息を切らせるくらいでできるし、反復横跳びさせれば目にもとまらぬ瞬発力を発揮することができる。普通に人類最高峰の肉体を手にしかけている。怪我の功名というのかなんというかである。

 

 なお、しなやかで頑丈なローマ彫刻みたいな肉体を日々更新している提督に対して、一部の艦娘たちも相応にムラムラしていたりする。こっちはこっちで提督に襲い掛かりそうになる自分を律するのに苦労しているのだ。さっさとくっつけばそれで済む話なのに、難儀な連中である。

 ちなみに一番ヤバいのは夕張。いつぞやの遊園地デートで情緒をぶっ壊されているのに加え、技術指導と称して毎日のように提督と至近距離で過ごしているので、艦娘が持つ本来は非常に薄い性欲がギャンギャン刺激されている。

 彼女も提督と同じで戦闘訓練や演習で性欲を別方向に発散している。似たもの師弟であり似たもの夫婦でもある。

 

 

 

・・・

 

 

 

 とってもどうでもいい閑話は休題。

 

 そんな童貞を拗らせて鋼の肉体を手にしてしまった鯉住くんは、部下であり嫁のひとりである初春とその妹である子日と共に、呉鎮守府を遠目に眺めながら楽し気に話をしている。3人にとってはここはかつて違った立場で働いていた思い出の場所であるのだ。

 

 

「いやぁ、ここに来るのも久しぶりだなぁ」

 

「そうじゃのう。妾はお前様の元に嫁いでからは一度も本土に戻っておらんかったからの」

 

「初春さんには苦労かけます。あと嫁いだんじゃなくて異動でしたよね?」

 

「そのような些細なことを気にするものではないぞ? お前様に指輪を貰ったのは事実なんじゃから」

 

「それはまぁそうですが……ま、いいか」

 

「そうじゃそうじゃ。妾に選ばれたのじゃから堂々としておくと良いぞ」

 

「鯉住さんなら姉さんを幸せにできるって子日思ってるよ!」

 

「子日さんにそう言われると見栄を張りたくなっちゃいますね。みんなで幸せに過ごすためにも、思い出をたくさん作りましょうか」

 

「そうだね!! みんなで楽しい思い出作ろうね!」

 

 

 どうみても仲の良い兄妹にしか見えない図だが、実際は旦那と嫁とその妹とかいう関係である。世間的に見たらどう考えても犯罪だし、鯉住くんもその辺非常に気にしているのだが、押し切られてしまったからには仕方ない。

 なんだかんだ皆楽しそうだし、当事者が良ければもうそれでいいか……ということで、鯉住くんとしては深く考えることはもう諦めている。

 

 

「楽しみなのは楽しみなんだけどね。本当は皆で来れたらよかったなぁ」

 

「それは仕方あるまいよ。いくらなんでも鎮守府を空にするわけにはいかんじゃろ」

 

「留守番するって言ってくれたみんなには感謝だねぇ」

 

「そうですね、子日さんの言う通りです。満足してもらえるようなお土産買ってかないと」

 

 

 いくら鯉住くん達が自由に動けるとはいえ、1週間以上も鎮守府を空にするわけにはいかない。ということで、留守番を申し出てくれた数名は今回の旅行に不参加だったりする。

 具体的には精神的に成熟している北上、大井、足柄、そしてそもそもケッコン指輪を貰ってない甘味工場組。あとは人目に触れるとよろしくないマエストラーレである。

 意外なところだと、絶対着いてきそうな伊良湖は想定通り相当ゴネたが、先日に甘味工場の責任者に抜擢されていることからそちらを優先せねばならず、泣く泣く諦めることになった。

 あと水族館の管理があるのに着いてきたアークロイヤルは『admiralとのハネムーンを逃す理由がない』とのこと。留守の間の魚の世話はマエストラーレに投げてきたらしい。欧州壊滅の原因から事細かな世話の指示を受けていた彼女は、トラウマをほんのり思い出していたせいで目からハイライトを失っていたとか。

 

 そんなこんなで本当に全員で来たというワケではなかったりする。大体のメンバーはそろっているのだが。

 

 

「妾としてはじゃ、居残り組の一部は見返りにお前様に『でぇと』を取り付けておったから、残ったことに関して特別感謝しているワケではないのじゃ。お前様をひとり占めして楽しむつもりじゃからの。お前様もお前様じゃ、妾を差し置いて他の女と出かけるのは感心せん!」

 

「まぁまぁ……初春さんとはここ、呉で一緒に過ごせるんですから」

 

 

 プンスコする初春を見ながら、こういうところは見た目通りの年齢っぽいのになぁ、なんて思う鯉住くんである。

 いつまでも港でたむろしていても仕方ない。和気藹々とした雰囲気で一行は呉第1鎮守府へと向かうのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「Oh……」

 

 

 一行は港からしばらく歩き、一部の者にとっては懐かしの呉第1鎮守府までやってきた。……のだが、正門のところで出迎えてくれた面々がすごく個性的だった。

 

 

「おお! なんだか久しぶりじゃな子日や! 神風型総出で出迎えじゃぞ!」

 

「そうだね姉さん! ラバウルに異動してから会うの初めてだもんねぇ!」

 

「なぁ明石、神風型の皆さんが出迎えてくれたのはいいんだけどさ……」

 

「やー、気合入ってるねぇ。愛されてるじゃん鯉住くん」

 

 

 神風型が総出で出迎えてくれたのは分かる。鯉住くんはここでいち技術者として働いていた時は、駆逐艦の艤装整備を担当していた。なので一番絡みが多かったのは初春型と神風型だからだ。

 

 ……しかしその出迎え方は普通ではなかった。ド真ん中で仁王立ちするネームシップ1番艦神風。その左右でニコニコ微笑んでいる3番艦春風と5番艦旗風。それはまだいい。

 問題はそのさらに左右。ネームシップ以上のドヤ顔でドでかい大漁旗をバッサバッサ振り回している、2番艦朝風と4番艦松風である。

 

 なんだその自分たちの身長よりもデカい大漁旗は。それが2枚もはためいているではないか。よくよく見ると旗には荒波に舞い踊るマダイやマグロだけでなく、とても豪勢な宝船、そして『大歓迎!!』のチカラ強いフォントで刺繍されたクソデカ文字。

 

 どう見ても今回の訪問のために誂えられた一品ものである。どんだけの労力がこの2枚の旗にはかかっているんだろうか? 誰がここまでしてくれと言ったのだろうか? 作成者というか下手人というかは間違いなく旗風だろう。彼女の微笑はどこか誇らしげだ。

 

 

「鯉住大佐一行、よく来てくれたわね! この私、ネームシップ神風を筆頭に神風型全員で案内するわ!! ようこそいらっしゃいました、そして一部の人たちはおかえりなさい!」

 

「こうしてお会いするのは鯉住さんが技術者をしていた時以来でしたよね。そんなにご立派になられて……春風は提督に推薦させていただいたひとりとして誇らしく思います」

 

「お久しぶりです鯉住さん……いえ、鯉住大佐! あなたが背中を押してくれたおかげで旗風は幸せな生活を送れています! 積もる話もありますので、是非後程お話させてくださいね!」

 

「私のこと覚えてるかしら!? 朝風よ!! 初春の事幸せにできてるようで安心したわ!! それそれ、歓迎の旗振りよっ!!」

 

「やあやあ色男! こんな美人をたくさん落としちゃって隅に置けないよねキミは! ボクの妹である旗風もキミにゾッコンさ! こんなゴージャスな旗を2枚も仕立てちゃうくらいにはね! そいやっそいやっ!」

 

 

 なんか久しぶりにこのノリにさらされた気がする……。と鯉住くんは苦笑いだ。

 今まで色んな艦娘だったり深海棲艦だったり人間だったりに振り回されてきたのだが、なんかこの駆逐戦隊神風レンジャーとのやりとりはそれらとは違った疲労を感じる。テンション高い女子中学生集団を相手にしてる感じだ。

 このノリに振り回されるのも自分がメンテ技師だった時以来なので、なんだか感慨深いものがある。思えば遠くへ来たものだなぁとちょっとメランコリックな気分になる鯉住くんである。

 

 

「や、神風さんたち、わざわざお出迎えありがとうございます。自分としてはすごく懐かしいんですが、部下たちは他所での生活の勝手がわからない者もチラホラいますので、迷惑かけないよう注意していきますね」

 

「いいのよそんなこと、私達に任せておきなさいな! 神風型全員でお持て成し係に任命されたんだもの、任務はキッチリこなして見せるから!」

 

「頼もしいですね。ありがとうございます」

 

「さ、立ち話もなんだから、さっさと中まで案内するわ! こっちよ皆、着いてきてね!」

 

 

 元気いっぱいで姉妹を先導していく神風に、バスガイドのごとく大漁旗をフリフリ続いていく残りの神風型。

 

 そんな神風レンジャーを見た深海勢は『漁師のことは気に入らんが、芸術性の高いフラッグを生み出した功績だけは認めてやらんでもない』とか『あの旗のお魚おいしそうですね……』とか『こんなおちゃらけたんと儂ァ鎬を削り合っとったんか……』とか『ジャパニーズカルチャー……悪くないですね、いいですね』とかなんとか、既に楽しそうにしている。

 そんな様子を見て、良くない問題は心配しなくてもよさそうだなと安心する鯉住くんであった。




小ネタというか裏情報

この世界で一番かわいそうなのは多分鼎大将の元奥さん


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