サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題) (エキバン)
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転生先はマサラ人

初投稿です。
何番煎じかのサトシ転生です。
よろしくお願いします。


目を開けると、知らない天井だ……というのはよく漫画などでよく見るが、現在はまさにそんな状況だった。

部屋は暗く外も暗い。現在は夜中のようだ。

そして自分がベッドで眠っていたことを知り、起き上がり周りを見渡すと、そこは部屋だが見たことのない部屋だ。

 

「……なんだ、ここ?」

 

と呟いて驚く、自分の声が非常に高かったのだ。まるで子供のような……

 

ベッドから降りて、近くにある鏡を見ると、そこには少年がいた。

若返ったのかと思ったが子供のころの俺の顔ではない。

見たことのない……いや、どこかで見たことのある顔だ。

 

しかし、鏡を見ているのは俺なのに俺ではない人間がそれも自分より遥かに若い少年が映っている。

ベタだが頬をつねって痛みで現実かどうか確かめる。

痛い、すごく痛い。

 

つまり、これは―――

 

「転生とか、そういうことか?」

 

あまり驚かないのは、普段からそういう小説やアニメに慣れ親しんでいたからだろうか。

 

「しかし、転生したとして、俺が生きてた世界と似た世界なのか……?」

 

転生といえば中世ヨーロッパ世界というのは偏見だろうか?

それにしても、部屋の内装や着ている服は俺のいた世界でも慣れ親しんでいたものだ。

 

窓を開けて外を見ると立ち並ぶ家々、それらには車庫があり車もあった。

ここから見える森の向こうには大きな街らしきものも見える。

 

「どんな世界だ?」

 

部屋の電気を点けると周りを見渡す。

 

「……ポケモンのグッズ?」

 

最初に目についたのはポスターだ。そこには、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメがプリントしてある。

部屋を散策するといろいろあった。

カビゴンのクッション、ニョロモの鉛筆削り、ピッピの貯金箱、ズバットの飾り――

ベッドの傍らにはビリリダマがいた。

試しにそれを弄っていると真ん中からパカッと開きポッポが飛び出して「ポッポポッポ」と音がした。

円状の部分は時計だ。どうやらこれは目覚まし時計のようだ。

 

「ポケモンか懐かしいな……」

 

子供のころ、親にねだってポケモングッズをたくさん買ってもらった。

ゲームはもちろん、ピカチュウなどのぬいぐるみもだ。

ポケモントレーナーに本気でなりたいと思った時期もあった。

 

そう思い、ふと机の上を見ると何冊か本があった。

その題名を見て「は?」と呟いた。

 

『ポケモンの友』『強いトレーナーになるには』

 

という表紙だった。

 

思わず手に取り中身を確認する。

 

読み進めると現実ではありえないことが書いてあった。

 

『ポケモントレーナーは10歳で資格を得る』

『ポケモンはあらゆる場所に生息している』

『手持ちのポケモンを使い、相手のトレーナーと戦わせるのがポケモンバトル』

etc……

 

まるで現実にポケモンがいるかのような内容(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だった。

 

すると頭に何か電流のようなものが走る。

幼いころにテレビで見た場面。

そして、俺は慌てて部屋のドアを開けて外に出る。

ドアには『サトシ』と表札がかけられていた。

 

そして、鏡で見たあの顔は記憶にあるサトシと似ていた。

アニメの顔を三次元に置き換えたようなそんな顔だ。

俺はポケモンの主人公のサトシになってしまったのか……

 

 

思わぬ転生に俺は椅子に座って思案していた。

まさかサトシに転生してしまうとは……

しかもピカチュウもモンスターボールも無いとなると旅立つ前のようだな。

 

「それにしても……」

 

改めて鏡の中の今の自分であるサトシを見る。

サトシを見ると、本当に10歳なのか疑問だ。

もう2〜3歳ほど上なのではという見た目のような気がする。

 

さてと……サトシになったからにはこのままサトシとしてトレーナーになるしかないのだろうか。

しかし、ポケモンなんて久しぶりだし、ゲームで覚えていることが通用するのか?そもそも最初のポケモンのこともうろ覚えだというのに。

聞いた話では種類は700体を超えているという話だが……

 

 

そう考えていると、先ほどの本が目に入る。

 

『強いトレーナーになるには』

『ポケモンの友』

 

「ひとまずこれで勉強するか」

 

外は真っ暗で子供は寝る時間だろうが、目が冴えて眠る気にならない。眠くなるまで読むとしよう。

 

 

本に書いてあるポケモンについての内容はゲームで知っていたこととほぼ同じだった。

ポケモンのタイプの相性も覚えている通りだ。しかし、知らないタイプがいることに驚いた。

『あく』と『はがね』は知っているが『フェアリー』ってなんだ?本には『ドラゴン』に強いと書いてあるため強いタイプだとわかった。

 

バトルの指示の仕方やご飯の食べさせ方など、やはりゲームと現実では大きく違うとわかった。

ボタン1つでとはいかないよな。

 

けれど、これは本当に嬉しい転生だ。

子供のころはポケモンの世界に憧れていた。

こんな冒険がしたいと思っていた。

それができるチャンスを手に入れて本当に嬉しい。

最高の冒険のためにももっとたくさんのことを知らないとな。

 

そうして読み進めるうちに外が明るくなっていることに気づいた。何かの鳥のような鳴き声が聞こえた。

結局、眠くならなかったな。

 

トイレに行こうと思い、階段を降りた。

場所はわからないが、探せばすぐに見つかるだろう。

 

「あら、サトシ早いじゃない」

 

探索していると、髪を後ろで結んだ半袖シャツとスカートの女性が現れた。

そうか、この人はサトシの母親か。

アニメではわからなかったがすごい美人じゃないか。

……胸も大きい。服が盛り上がってるぜ。

 

「どうしたの、ぼーっとして?」

 

「え?あ、いやなんでもないよ、おか……ママ」

 

確かサトシは『ママ』と呼んでいたはず。

 

「そう、ならいいけど」

 

よし、正解!

 

「絶対に寝坊すると思ってたのに、早起きできるなんて偉いじゃない。まさか、今日が楽しみで寝てないんじゃないでしょうね?」

 

「いや、ちゃんと寝たよ。バッチリさ」

 

「なら、よし、朝ごはんできてるから食べなさい」

 

「はい」

 

サトシのママはそのままリビングまで歩いて行った。

ふむ、素晴らしい尻だぜ。

 

あれ?

今日が旅立ちの日だったのか!?

 




ここのサトシ君はなかなかスケベです(笑)
誤字脱字がありましたら、遠慮なくご報告ください。


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ライバルたちとの出会い

早速オリキャラ、オリヒロインが登場します


朝食を終えて、パジャマから着替えてリュックを背負い。玄関で新品のスニーカーを履く。

ママは俺の後ろで見送りをしてくれている。

 

「よし」

 

「忘れ物はない?」

 

「うーんと……ないない。大丈夫」

 

「そう、それじゃあ研究所まで気をつけてね。ママもあとで研究所まで行くから」

 

マサラタウンから出る時にも見送ってくれるのか。

こんな素敵なママとのお別れは寂しいけど、冒険のためだ。

 

「うん、じゃあ行ってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

研究所までの道のりは先ほどしっかり確認していたため、迷うことなく研究所に到着した。

 

「……誰もいないのか?」

 

まさか、早く出発したと思ったのに原作通りサトシは四番目なのか?

 

「すいませーん」

 

研究所の入り口の前で人を呼んでみる。

 

すると、扉が開いた。

現れたのは白髪頭の白衣の老人だった。

この人がオーキド博士か。

 

「む?もしやサトシ君か?」

 

「はい、おはようございますオーキド博士。ポケモンをいただきにきました」

 

90度のお辞儀とともに挨拶をする。

顔を上げるとオーキド博士は驚いた顔でこちらを見ていた。

 

「……博士?」

 

「ん、ああ、いやいやすまんすまん。君はてっきり遅刻すると思っていたのじゃが、まさか一番に来るとはの」

 

「……はあ」

 

サトシはあわてんぼうでおっちょこちょいなのは何となく覚えていたが、そこまで信用が無かったのか。

 

「まあ、せっかくの旅立ちの日ですからね」

 

「ふむ、そうか感心感心。よし、さっそくポケモンを渡そう。ついてきたまえ」

 

俺はそのまま研究所の中に案内される。

中は知らない機械や本でいっぱいだった。

しかし、人は博士と俺以外いない。

俺が一番乗りなのは本当のようだ。

 

連れてきてもらった部屋には3つのモンスターボールがあった。

それぞれに、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメと書いてある。

初めて見る本物のモンスターボール、それも俺の世界にある玩具ではなく、本物のポケモンが入った正真正銘本物のモンスターボール。

俺は自分でもわかるくらいに興奮していた。

 

「さあ、好きなポケモンを選びなさい」

 

「はい」

 

きっと俺の目はキラキラと輝いているだろう。

本物のポケモンが今、俺のものになるんだ。

 

俺は最初から決めていたボールに手を伸ばす。

そして、ふとあることに気が付いた。

 

「博士、他の人たちは来てませんけどいいんですか?」

 

「む?『いい』とは?」

 

博士は怪訝な顔で俺に尋ねる。

 

「いえ、あの、まだ全員揃っていないのに俺が選んでもいいのかなって……」

 

「うむ、なるほどな。しかし、何事も早い者勝ちじゃ。君は誰よりも早くワシのところまで来た。好きなポケモンを選ぶことができるのは君に与えられた正当な権利と言える。遠慮はいらんぞ」

 

確かに博士の言うことももっともだ。けれど……

 

「俺、全員揃うまで待ちます」

 

「……なぜじゃ?」

 

「なんというか、フェアじゃないというか、今日みんなの旅立ちの日だから、俺がほしいポケモンを持って行って、後から来た人がそのポケモンを欲しがってたら、なんか悪いから……みんなが納得する形で旅にでたいんです」

 

上手く言えないけど

 

「ふぅむ、人生は他人のことよりも自分の気持ちを優先した方がいい時もあるのだがの。よかろう、そこまで言うなら全員が来るまで待つとしよう。こっちの部屋で茶とお菓子でもご馳走しようかの」

 

「ありがとうございます」

 

自分で言っておいてなんだけど、あとで後悔するかもな

 

ソファに座ってお茶を飲んでいるとドアが開く音がした。

 

「こんにちはー!」

 

そこにいたのは女の子だった。

白い帽子を被り、水色のノースリーブに赤いミニスカートとルーズソックスを着て、バッグを肩にかけたロングヘアで物凄く可愛い女の子だ。

 

「オーキド博士。リカです。ポケモンを貰いに来ました」

 

「おお、リカ君。よく来たな。君は2番目じゃ」

 

「え、早く来たつもりだったのに。1番は……ええっサトシ!?」

 

リカと名乗った少女は俺を見て驚いていた。

俺からしたら初対面だがどうやら面識はあるようだ。話を合わせて受け答えをしなければいかん。

 

「君も俺が遅刻すると思ってた?」

 

「え、ああ、いや……そうじゃ、なくって……」

 

目が泳いでますよお嬢さん。

 

「ええと、サトシ、1番なんてすごいじゃない。じゃあもうポケモンは貰ったんだ」

 

「それがサトシ君はまだ受け取ってなくての」

 

「え、どうして?」

 

「うむ、彼が言うには公平に全員が揃ったときに選んで受け取りたいとのことじゃ」

 

「そうなの、サトシ?」

 

「まあ、ね。おかしいかもしれないけど」

 

「ううん、そんなことないよ。そういう考え、その、すごいと思うよ」

 

「うむ、リカ君はどうじゃ?」

 

「はい、私もサトシに賛成です。ほかのみんなが来るまで待ちます」

 

「うむ、わかった。ではリカ君の分のお茶とお茶菓子も用意しよう」

 

「ありがとうございます」

 

俺とリカはソファでお茶を飲んでいる。

ふむ、リカは10歳だというのにすばらしい胸をお持ちだ。

最初に見たときのバッグの紐のスラッシュはたまらなかった。

それにミニスカートから伸びている脚、脚!

太腿が眩しいぜ!

やはりこの世界の10歳は子供らしくない。

この子は顔つきはサトシと同様にプラス2〜3歳だが、身体はプラス6は行くぞ。

もしかして、まだまだ成長するのか……ゴクリ

 

「どうしたの?」

 

「え、ああ、いやなんでもないぜ」

 

不躾な視線を送ったことがバレるところだったぜ。

 

「……なんかサトシ、いつもと雰囲気違う?」

 

「え、そ、そうか?」

 

この娘はサトシとはそれなりに付き合いがあるのかな?やはり見知った人には違和感があるのか?

 

「なーんかいつもと違って落ち着いてるっていうか。サトシがさっきみたいなこと言うなんてびっくりだよ」

 

「あ、あはは、旅に出るからな。心構えはキチンとね」

 

「そう、なんだ……なんか、かっこいいね」

 

「え?」

 

「あ、いや、変な意味はないよ!?ただ……その、心構えは見習わないとって思ったから!?」

 

あたふたと両手を振って慌てるリカ。

真っ赤な顔をして可愛いぜ。

 

「まあ、お互い、頑張ろうぜ」

 

「う、うん。そういえば、貰うポケモンは何にするか決めた?」

 

「うーん、まだかな」

 

「えー、もう決めた方がいいよ。私はフシギダネ!一目見て可愛いと思ったんだー」

 

やはり女の子は可愛いポケモンが好きなんだな。

けど、進化して姿が変わってショックを受けないか心配だな。

 

決まってないとは言ったが俺はヒトカゲが良いなとは思っている。

ゲームで最初に選んだのがヒトカゲだったからな。

 

そのまま雑談や博士に借りた本を読みながら時間をつぶすことにした。

しばらくすると、扉が開いた。

 

「おじい様ー!」

 

「オーキド博士、来たぜー!」

 

「おお、シゲルにナオキ君。よく来たな」

 

現れたのはツンツンと尖った髪の顔立ちの整った少年と彼よりも背が高く鋭い目つきの短髪の少年の2人だ。

 

「はい、おじい様。今日はよろしくお願いします」

 

「早くポケモンくれよ博士」

 

そういえば、シゲルはオーキド博士の孫だったな。

もう1人は初めて見た。リカもそうだけど。

 

「まあ、慌てるでない。これで全員揃ったからこちらに来なさい」

 

「は?全員揃ったとは?」

 

シゲルは素っ頓狂な声を上げる。

 

「言葉通りじゃぞシゲル。サトシ君とリカ君はもう来ておるぞ」

 

「な、そんな馬鹿な!?」

 

「リカはともかくサトシが俺たちより早く来てるだと!?」

 

この2人からもサトシという少年の評価は良くないようだな。

 

「うむ、それも一番乗りじゃ」

 

「あ、ありえない……」

 

「俺がサトシより遅いだと……」

 

おいおいお前ら。

 

「随分な言い様だな2人とも」

 

俺が現れると、シゲルとナオキは信じられないものを見る目で俺を見ていた。

 

「や、やあサートシくん。流石の君でも早起きくらいはできたんだね、ははは、感心じゃないか」

 

「ありがとう、俺より遅く来たシーゲルくん」

 

そう言うとシゲルは悔しそうに俺を見ていた。

 

「こ、こほん……おはようリカ君。新人トレーナーとしてお互いに頑張ろう」

 

「うん、頑張ろうね」

 

話を逸らしてリカに笑いかけるシゲル、滑稽。

すると、ナオキと呼ばれた少年が俺を睨みながら近づいてきた。

 

「てめぇサトシ!早く来たからって勝った気になるなよ。いやそれ以前にお前なんかまともなトレーナーになんかなれるわけねえんだよ、とっとと家に帰れよ!」

 

おいおい初対面で失礼な奴だな。あ、サトシにとっては知り合いなのか。

しかし、こんな如何にも偉そうなガキ大将みたいな男と知り合いなんてサトシも大変だな。

まあ、なんにしても言われっぱなしは趣味ではない。

 

「いやだね、君に指図される謂れはない。俺のことよりもお前みたいに平気で人をなじる奴なんか旅先でろくな目に遭わないぞ。旅は延期して、教育し直してもらったほうがいいんじゃないか?」

 

「てめぇ……サトシの分際でぇっ!!」

 

「やめんか!?」

 

俺の言葉に激高したナオキは博士の言葉も無視して腕を振りかぶって突進してきた。

俺はナオキの懐に潜り込み自分の脚でナオキの脚を引っかける。ナオキは勢いのまますっころんだ。

 

「こぉのぉ……」

 

起き上がったナオキは顔を真っ赤にして俺を睨む。

 

「もうやめてよ!?」

 

リカが俺の前に守るように出た。

 

「せっかくの旅立ちの日なのに、仲良くできないの!?」

 

「うっせぇどけ!」

 

「やめんかナオキ君。これ以上暴れるのなら君のポケモンはなしじゃぞ!」

 

博士がそう言うとナオキは舌打ちをして引き下がった。

 

場の空気がかなり悪くなったところで口を開いたのはシゲルだ。

 

「サトシ君。一番に来たというのに、なぜまだいるんだい?」

 

えーあーごめん。長い説明になるから面倒です。

 

「博士、説明よろしくお願いします」

 

ごめんなさい。丸投げします。

 

「うむ、実はの……」

 

かくかくしかじかと博士はシゲルとナオキに説明した。

 

「なんだよそれ、意味わかんね」

 

「変わったことを考えるんだね、君は」

 

ナオキは吐き捨てるように言い、シゲルは興味深いというような理解できないというような言い方だ。

 

おう、なんとでも言え。

 

「よし、では全員揃ったところでポケモンを渡そうかの」

 

全員、オーキド博士について行く。ようやくポケモンが貰えるな。喧嘩に……なりそうかな、あのナオキとか特にね。

 

あれ、ポケモン3体なのに、4人?

 




アニメで明かされなかった(映画では後ろ姿が映りましたが)もう2人のマサラタウンのトレーナーをオリジナルで登場させました。

リカちゃんはサトシのヒロインです。
リカちゃんはお察しの通りFRLGの女主人公のリーフちゃんがモデルです。
名前は松本梨香さんから頂きました。
けれどリカちゃんはCV松本梨香さんではございません。


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俺のポケモン、君に決めた

やはりアニポケのタイトルば「君に決めた」を入れたいですよね。

さてさて、サトシのポケモンは?


研究室に入り、3つのボールを前にしたところでここにいる全員が思っている疑問をシゲルが代表して聞いた。

 

「あのおじい様、今日旅立つのは4人なのですが、モンスターボールは3個しかありませんよ?」

 

疑問に答えてくれたのはシーゲル君だった。

ほう、なんだかんだで俺のことも数に入れてくれるんだなと彼への認識を変えていると

 

「はん、そんなの決まってるだろシゲル。サトシのポケモンはナシってことだよ」

 

あーもうこいつホントうるさい。

 

「もう、ナオキやめなよ」

 

リカも俺の味方をしてくれる。優しいなこの娘は、おじさん感動しちゃう。怒った顔も可愛いしね。

 

「うむ、確かにここにポケモンは3体しかいない。実はもう1体おるのじゃが……」

 

すると博士は別のモンスターボールを取り出した。

そのボールには黄色のギザギザマークが付いていた。

まさか……

 

博士がボールを開くと、そこからポケモンが現れる。

 

「ピカチュウ」

 

そいつは俺が元いた世界ではポケモンの代表ともいえる黄色の電気ねずみ。ピカチュウだ。

 

「それはピカチュウというポケモンじゃ」

 

ピカチュウはくりくりとした目で俺たちを見上げる。

 

「かっわいい〜」

 

最初に反応したのはリカだった。

リカはピカチュウに手を伸ばしたその時だ。

 

「ピカッ!」

 

「キャッ!?」

 

「リカ!?」

 

パリッという音と共にリカは尻もちをついた。

 

ピカチュウは微弱な電気で威嚇したのだろう。

するとピカチュウは飛び上がり、部屋を縦横無尽に走り回った。

 

「こ、こりゃ、大人しくせんか!!」

 

「うわっ、くそっこっちくんな!?」

 

「こ、ここは僕に任せたま、あばばばば……!」

 

暴れ回るピカチュウに四苦八苦する博士に、追い払おうとするナオキ。

そして、シゲルは捕まえようと触れたら電気を流されて倒れた。

 

「ピカ……」

 

「ひっ!」

 

ピカチュウはリカに狙いを定める。

これはマズイ!

 

電撃がリカを襲う。

気がつくとリカに向かって飛び出していた。

 

「キャアッ!」

 

無我夢中で走った俺はリカを抱えて電撃を回避した。

 

「大丈夫か!?」

 

「う、うん……」

 

抱きかかえられたリカはおずおずと俺を見上げる。

俺はリカを離して立たせる。

 

「どうにかしないとな」

 

あの暴れん坊を止める方法は1つ……

 

俺はピカチュウに向かって突進した。

 

「サトシ、ダメぇ!」

 

「おおおおおおおお!!」

 

ピカチュウは突進する俺を見据えると電撃を放つ。

俺はまともにそれを浴びた。

 

「ぐうう……」

 

痛い、きつい、痺れる……だけど……最初から当たるつもりだったからなんてことねえええええっ!!

 

俺はピカチュウの脇を通過すると、落ちてたそれを手にする。そして……

 

「戻れピカチュウ!」

 

ピカチュウはボールからの光を避けようとするも間に合わず、そのままモンスターボールに収まった。

 

「ふう、なんとかなったな」

 

「だ、大丈夫かサトシ君?」

 

博士は俺に近づいて心配してくれた。

 

「ええ、この通り。ピカチュウもこの通りです」

 

「うむ、すまない。本来はピカチュウを出したワシのやることなのじゃが」

 

「いえいえ、俺はトレーナーになるんですから、これくらいはなんてことないです」

 

そう言うと博士も笑ってくれた。

 

「クソが、なんだそいつは、ロクでもないポケモンだな!!」

 

ナオキが大声で悪態をつきながら歩いてくる。

 

「ふう、まあ、ポケモンは大きな力を持っているからね。危険なポケモンを扱えるようになるのもトレーナーの必須条件さ」

 

シゲルは焦げた体でクールに語る。滑稽。

 

「サトシ、大丈夫!?本当に大丈夫なの!?」

 

リカは不安げな顔で俺の体に触れた。

 

「ああ、大丈夫だよ。心配ないよ」

 

「良かった……ごめんね。私がドジで……」

 

安堵した顔から落ち込んだ顔になるリカ。

表情がコロコロ変わって、多感な年頃なんだな。

 

「問題ない。言っただろ、トレーナーならこれくらいどうってことないって」

 

「……うん」

 

リカは笑ってくれた。うんうん、美少女は笑顔が一番だ。

 

「それで、博士、そのピカチュウですが」

 

「うむ、こいつも新人用なのだが、まあ、先ほどのように人間の言うことは聞かん、暴れて苦労させられとるのじゃ……やはりこいつはいかんな。もう1体は別に取り寄せるとしよう」

 

「その場合は……」

 

「うむ、届くまで旅立ちは延期ということになるじゃろうな」

 

やっぱりな。

 

「おじい様、残念ながらそのピカチュウと僕とでは相性は良くないようです。しかし、僕は一流のトレーナーになるべく一日も早く旅立ちたいのです。ですから、僕は待つことはできません」

 

「俺もだよ。留守番なんてごめんだね。そのねずみもごめんだがよ」

 

男子2人はノーピカチュウノー留守番の姿勢のようだ。

すると、リカがおずおずと前に出た。

 

「えと、私、ピカチュウに、しようかな。慣れてくれないなら、留守番でもいいよ」

 

申し出てくれる人がいるなら丸く収まる。けれど、それじゃあ俺が待った意味がなくなるし、誰にも留守番なんてさせたくない。

 

「俺、ピカチュウにします」

 

「え、サトシ?」

 

「リカ、さっき欲しいポケモンは決まったって言ってただろ。無理してピカチュウにしなくていいよ」

 

「でも……」

 

「それにさ、俺、あのピカチュウの元気に動く姿を見てたらピカチュウと旅してみたくなったんだ。だから頼む。ピカチュウ譲ってくれ」

 

それは嘘ではない。サトシといえばピカチュウとか言うつもりはないが、ピカチュウを見たとき、自分の中で何かが噛み合う気がした。

ピカチュウとなら何でもできるとか、頑張れるとかそんな漠然としたものだが、そう思った自分の気持ちを信じたいと思った。

 

俺は両手を合わせてリカを拝むように頼み込む。

 

「……うん、わかった」

 

リカは微笑んで了承してくれた。

 

「ありがとう!」

 

「じゃあ博士」

 

「良いのだな?」

 

真剣な顔で博士は俺に尋ねる。

 

「ええ」

 

俺はピカチュウのモンスターボールを受け取った。

 

「はん、お前がそんな問題児ポケモンをまともに扱えるわけないだろ……いや、違うな、問題児同士お似合いなのかもな!」

 

こいつはこんな時にも……あれこれいちゃもんをつけないと生きていけない体なのか?

 

「よし、それではシゲルたちも選ぶのじゃ」

 

「俺はヒトカゲだ!男は炎タイプだろ!」

 

ナオキはリカとシゲルを押しのけてヒトカゲのボールを手にした。

 

「おい、ナオキ……まったく。ああ、リカが先にどうぞ、レディファーストさ」

 

「ありがとうシゲル。私、フシギダネがいいなって思ってたんだ。いいかな?」

 

「どうぞ」

 

「うん」

 

リカは恐る恐るといった感じでボールを手に取る。

 

「じゃあ僕はゼニガメだな」

 

最後になったことにも嫌な顔一つしないシゲルは残ったボールを手に取った。

 

「最初からゼニガメが良かったのか?」

 

「確かに水タイプは強力なタイプだから欲しいと思っていたけど、誰を選んでも使いこなすつもりだったのさ」

 

あーさいですか。

こいつはいちいちカッコつけないと生きられないようですな。

 

「よし、決まったようじゃな。他にも皆に渡すものがある。モンスターボールとポケモン図鑑じゃ」

 

ポケモン図鑑、これをポケモンに向ければそのポケモンの情報が載っている電子辞書みたいな図鑑だったな。本物のポケモン図鑑マジかっけえ!俺は今本物の図鑑持ってるんだ。

 

「ありがとうございます!!」

 

「うむ、サトシ君、そこまで喜んでくれて嬉しいぞ」

 

「はい、欲しかったですから!」

 

「やれやれ、そんなにはしゃぐなんて子供だねサートシ君は」

 

「残念ながら俺も君も子供なんだよ。コゲコゲシーゲル君」

 

シーゲル君はまたも悔しそうな顔をしていた。

 

 

リカ、シゲル、ナオキの3人はポケモンを出して親睦を深めていた。

 

「私リカっていうの、よろしくね、フシギダネ」

 

「ダネダネ!」

 

「ゼニガメ、僕が君を最強のポケモンにしてあげるよ」

 

「ゼニゼニ!」

 

「おいヒトカゲ、俺は最強になるんだ。手伝えよ」

 

「カゲカゲ!」

 

ふむふむ、動くポケモンはいいな。リアルな見た目だと怖くなるかと思ったが、みんな可愛いな。

それじゃあ俺もピカチュウを出そうか。

 

「おいサトシ!外でやれよ!問題児ポケモンと問題児トレーナーはあっちだ!」

 

「……珍しく最もなことを言ったね、ありがとう」

 

後ろから文句が飛んでくるが無視無視。

 

研究所の外に出た俺はモンスターボールからピカチュウを出した。

 

ピカチュウは不満顔で俺を見上げる。

 

「俺はサトシ。これから君のトレーナーになるんだ。よろしくなピカチュウ」

 

「ピカ……」

 

ピカチュウは低い声で俺を睨んで四つ脚の姿勢になる。低くなったその姿勢は戦闘体勢なのだろう。

頬がピリピリと帯電している。

 

ーーお前を痛い目に遭わせてやる

 

そんな意思が伝わってくる。

 

「やるならやれよ。だが俺はそんなんで引き下がらないぞ」

 

俺はピカチュウの目を見据えて一歩近づく。

一歩、また一歩……するとピカチュウは少しだけ後ずさった。

 

「ピ……」

 

「俺は君のトレーナーなんだ。いくら自分のポケモンが俺を嫌っていても諦めない。俺はトレーナーになるんだ。君を選んだのは、君と冒険がしたいからだ。それだけはわかってほしい」

 

言いたいことは言った。あとはどうとでもなれ。

俺は両手を広げる。

 

「来なよ。君の気が済むまでやってくれ」

 

俺はピカチュウを見る。ピカチュウも俺を見る。

 

ピカチュウの頬の帯電が止む。彼は二本脚の姿勢に戻るとバツの悪そうな顔でそっぽを向いた。

 

ひとまずなんとかなった……かな?

 

「サトシ!」

 

呼ばれて振り向くと、リカがフシギダネを抱いて歩いてきた。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だよ。不用意に電撃攻撃はしてこない……はず」

 

「そ、そうなんだ」

 

俺もリカもピカチュウを見て苦笑いをした。

 

「リカは仲良くなれたのか?」

 

「うん、見て見て。フシギダネ可愛いでしょ〜」

 

「ああ、可愛いな」

 

「ダネダネ〜」

 

俺がフシギダネの頭を撫でると、(彼女?)は気持ち良さそうな顔をした。

しかし、俺の視線はリカがフシギダネを抱き上げたことによって形を変えた彼女の豊満な乳房に目がいっていた。

むうう……リカさん。あなた本当に10歳ですか?こんなの反則ですよ。

 

「おいサトシ!」

 

眼福を堪能していると嫌な声が聞こえる。

振り向くといてほしくないナオキがいた。

 

「せっかくポケモンが手に入ったんだ。しようぜ、ポケモンバトルをよ!」

 

ニヤリと顔を歪めて俺に鋭い視線を送るナオキ。

 

「俺がポケモンバトルのなんたるかを教えてやるよ!」

 

ポケモンバトルか……俺がこの世界に来て初めてのポケモンバトルになるんだな。

ピカチュウが言うことを聞いてくれるかはわからない。けれど、何もせずにそのままなら変わることはできない。

 

「……いいぜ、ポケモンバトル、受けて立つ!」




サトシの相棒はピカチュウになりました。
最強クラスのポケモンにしたいです。

誤字脱字、違和感のある表現があったらどうか指摘ください。


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バトルしようぜ 電気vs炎

応援してくださる方々、投票してくださる方々、皆さまありがとうございます。

初バトル。サトシvsナオキ。
レディーゴー!

※前回の話でポケモン図鑑を渡す描写を追加しました。


「ほう、早速ポケモンバトルか。よし審判はワシが務めよう」

 

オーキド博士の許可を貰い、俺とナオキとのポケモンバトルを行うことになった。

俺たちはオーキド研究所の裏庭にいる。

 

「これからサトシ対ナオキのポケモンバトルを開始する。使用ポケモンは一体、どちらかが戦闘不能になればバトル終了じゃ」

 

向かい合うのはこれから旅立つ新人トレーナーの一人のナオキ。

俺たちを見守るように同じく新人トレーナーのリカとシゲルが離れて立っていた。

 

「それからワシからアドバイスじゃ、ポケモン図鑑で自分のポケモンの能力や覚えている技がわかるぞ。バトルの前に確認してみるといい」

 

なるほど、図鑑にはそんな機能があったのか。

俺はポケモン図鑑を開いてピカチュウにかざすと画面にピカチュウのデータが表示される。

能力値を見る限りスピードが高いな。やはりピカチュウはスピード型のポケモンだな。

技も見てみよう…………あれ、『10まんボルト』は?ないぞ、『10まんボルト』!!どこだ『10まんボルト』!!なぜ『10まんボルト』を覚えていないんだ?ピカチュウといえば『10まんボルト』だろ!!

あ、そうか、新人用のポケモンだからまだそんな大技は覚えていないのか。

危ない危ない調子に乗って「ピカチュウ、『10まんボルト』!!」とか言って失敗して「あいつなんで覚えていない技を指示してんだ、ぷーwwwクスクスww恥ずかしいwww」とかなるところだった。

オーキド博士教えてくれてありがとうございます。

えーと、あとは、『ポケモンは一度のバトルで扱える技は4つで、5つ以上技を覚えさせている場合、その中から4つのみを指示する』(『強いトレーナーになるには』より抜粋)だったな。

 

「よし、頼んだぞピカチュウ」

 

「……ピ」

 

俺はピカチュウに話しかけるが、ピカチュウは相変わらずそっぽを向いて聞いてくれそうにない。

 

「なあ、頼むよピカチュウ」

 

「ピ……」

 

そっぽを向いた先に回って頼むがまた無視。

 

「おいおい、そんなんでバトルになるのかよ。無理ならいいんだぜ?お前にトレーナーなんて無理なんだからよ!」

 

はい、無視無視。あんなやつ知りませーん。

ナオキは俺が反応しないことに腹を立てたのか、またギャアギャア言ってる。

これも無視。

 

あ、そうだ。

 

「なあ、ピカチュウ。今からバトルする相手はあそこにいるナオキってやつなんだが、あいつがさっきお前になんて言ったか知ってるか?『問題児ポケモン』って言ったんだぜ」

 

「ピィカ?」

 

俺の言葉に反応したピカチュウはナオキの方を向いて、その悪人顔を確認すると、言われたことに腹を立てたようでナオキを睨みつけた。

 

「ピカ……」

 

「ああいう調子に乗ったやつは鼻をへし折ってやりたくならないか?」

 

「ピカ!」

 

よしよし、良いぞ乗ってきた。

 

「そこで提案なんだけど。あいつとのバトルでピカチュウが勝つために俺に手伝いをさせてくれないか?」

 

「ピカ?」

 

「そうだ、俺はあれこれ技や動きを指示するけど、それはお前が勝つために必要な手伝いなんだ。だからどうかな、バトル、してくれないか?」

 

ここでは「俺の言うことを聞け」と言うよりも「手伝い」と言ってピカチュウ主体だと印象付けた方が相手も受け入れてくれやすくなる。この交渉、上手くいくか……

 

「……ピカ!」

 

ピカチュウは力強く頷いてくれた。

 

「やってくれるのか?」

 

「ピカチュウ!」

 

「ありがとう!」

 

よし、上手くいった。あとはナオキに勝つためにどう戦うかだな。

 

「両者、準備は良いかな?」

 

「こっちはいつでもいいぜ」

 

「はい、いつでもいけます」

 

俺のピカチュウは四足の構えを取り、ギザギザの尻尾をピンッと立てる。

ナオキのヒトカゲは尻尾の炎をメラメラと燃やしながら力強く構えていた。

 

「では、バトル……開始!!」

 

先手必勝!

 

「ピカチュウ、『でんこうせっか』!!」

 

「ピッカァ!」

 

ピカチュウは高速の突進攻撃でヒトカゲを攻撃する。

 

「ヒトカゲ、『きりさく』だ!」

 

「カゲェ!」

 

ナオキの指示でヒトカゲは片腕を振り上げて迫るピカチュウの『でんこうせっか』に合わせて鋭い爪による一撃を繰りだす。

両者は激突したと思うと、その反動で後ろに跳ぶ。

 

「ピカ!」

 

「カゲ!」

 

しかし、両者に大きなダメージは無い。

ナオキの指示が飛ぶ

 

「『ひのこ』!」

 

「カゲェェェッ!」

 

ヒトカゲが口から小さな火球を連射する。

ならばこっちも遠距離攻撃だ。

 

「『でんきショック』!!」

 

「ピィカ、チュウウウゥゥゥッ!!」

 

ピカチュウの全身が帯電し、電撃が放出される。

 

『でんきショック』と『ひのこ』がぶつかり、小さな爆発が起こり、煙が巻き上がる。

ここは攻め入って畳みかける。

 

「もう一度『ひのこ』だ!」

 

「カァゲェ!」

 

再び小さな火球が放たれる。

ここはひとまず

 

「かわせ!進みながらだ!」

 

「ピッ!」

 

ピカチュウは俺の指示を受け、斜め前に素早く動くことで回避する。

 

「『でんこうせっか』!」

 

「ピッカァ!」

 

ピカチュウはそのままの勢いからさらに加速して突進する。

 

「なっ!?」

 

ナオキは思わぬ攻撃に驚き指示が遅れ、ヒトカゲは『ひのこ』を放った直後であるため回避できない。

 

「カゲェ……!」

 

ピカチュウの体がヒトカゲの腹にクリーンヒットし、吹き飛んだ勢いを止めるために足でブレーキをかけながら後ろに下がる。

 

「くっ……怯むな、『ひのこ』!」

 

ヒトカゲの火球がピカチュウに迫る。

 

「『ひかりのかべ』!」

 

「ピッカ!」

 

ピカチュウは四足の体勢のまま、ギザギザの尻尾を立てると淡く光だす。次の瞬間、ピカチュウを囲むように半透明の黄色の壁が出現する。

 

『ひのこ』がピカチュウを襲う。

 

しかし、ピカチュウは微動だにしない。

 

「バカな、効いてない!?」

 

ナオキが驚きの表情を浮かべるとオーキド博士が口を開いた。

 

「うむ、『ひかりのかべ』はしばらくの間、特殊攻撃の威力を半減させる技じゃ、『ひのこ』は先ほどよりも通じなくなったぞ」

 

まるで講義を受けているような説明、さすがは博士だ。

 

「だったら物理攻撃だ。『きりさく』!」

 

ナオキが焦りながら指示を飛ばすと、ヒトカゲは再び腕を振り上げる。

よし、良いペース。ここからだ。

 

「腕を弾きながら『しっぽをふる』!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウは走った勢いのまま、背中を向け、ギザギザの尻尾を振り、ヒトカゲの『きりさく』を内側から弾くと、そのまま尻尾をヒトカゲの顎にビンタするように連続で当てていく。

 

「ピカピカピカピカピカ!」

 

「カ、カゲ……カゲェ……」

 

尻尾を当てられたことでヒトカゲはたじろぐ。

 

「たいした攻撃じゃないだろ!振り払って『きりさく』だ!」

 

ヒトカゲはナオキの指示に従い、腕でピカチュウの尻尾を払うと、そのまま爪を振り下ろす。

だが、遅い!

 

「『でんこうせっか』!」

 

「ピカァ!」

 

ピカチュウの全身を使った高速の突撃。『きりさく』を容易く躱しながら、ヒトカゲに迫り、先ほどと同様にぶつける。

ヒトカゲは再び耐えようとする。しかし、先ほどとは違い、ヒトカゲは勢いを止められず、後方に吹き飛んでしまった。

 

「カ、カゲッ!」

 

「なに!?」

 

明らかに違う様子にナオキも驚愕する。

よし、上手くいった。

 

 

***

 

 

「ピカチュウの『でんこうせっか』、さっきよりも強くなってる」

 

「いや、そうじゃない。『でんこうせっか』はそのままでヒトカゲの防御が下がったんだ」

 

「え?」

 

「さっきの『しっぽをふる』は相手の防御を下げる技なんだ」

 

「あ、そういうことだったんだ」

 

「しかし、驚いたよ。サトシなら攻撃技でガンガン攻めると思っていたのに、先ほどの『ひかりのかべ』といい、『しっぽをふる』といい、補助技をここまで使いこなすなんて……」

 

「技のことだけじゃなくて、ピカチュウの特徴とか、ヒトカゲの特徴とかわからないと難しいよね……すごいな、サトシ……」

 

 

***

 

 

あせるナオキはヒトカゲに指示を飛ばす。

 

「『ほのおのうず』だ!」

 

ヒトカゲの口の炎が収束して大きくなる。そして、炎が螺旋を描きながら放たれる。

『ほのおのうず』これはマズイ!

 

「ピカチュウ、『でんきショック』で『ほのおのうず』を打ち消せ!」

 

「ピィカチュウウウウゥゥ!!!」

 

ピカチュウの全身から発せられた電撃が、『ほのおのうず』と衝突すると、大きな爆発を起こした。

 

「くそっ」

 

「ふぅ……」

 

ナオキが悪態をつくのとは対照的に、俺は安堵していた。

『ひかりのかべ』があるとは言え、あれを受けるわけにはいかない。『ほのおのうず』は喰らえば最初のダメージのほかにしばらくの間、一定のダメージを受け続ける。厄介な技を覚えているな。

 

「こうなったら、ヒトカゲ『つるぎのまい』だ!」

 

ヒトカゲは両手に力を纏わせると、力一杯振るう。

攻撃を上げて来たか、特殊技で上手くいかないなら、改めて物理技で攻める戦法に変えたのか。

 

「『きりさく』だ!」

 

ヒトカゲは腕を振り上げて、ピカチュウに突進する。先ほどよりもその勢いは増し、いかに攻撃が上がったのかがわかる。あれを受けるのはまずいな。

 

「ピカチュウ『でんきショック』!」

 

「ピッカチュウウウゥゥ!」

 

『でんきショック』はヒトカゲに直撃する。

ヒトカゲはその衝撃で、動きを止めてダメージを受ける。

よし、このまま畳み掛ける!

 

「『でんこうせっか』!」

 

「ピッカ!」

 

ピカチュウは素早い動きで突撃する。

 

ナオキがニヤリと笑う。

 

「今だ、『ほのおのうず』!」

 

ヒトカゲの口から『ほのおのうず』が発生する。

なるほど、『ほのおのうず』を確実に当たるために誘ってきたのか。

ピカチュウの『でんこうせっか』は勢いが止められない。

 

「……ピカチュウ、ジャンプ」

 

俺の指示に、ピカチュウは高速の勢いのまま、跳び上がった。

放たれた『ほのおのうず』は螺旋を描いてピカチュウに襲いかかるも、ピカチュウはその炎を越えて、ヒトカゲの頭上も越えた。

落下する時には、ヒトカゲの背後を取った。

 

「『でんきショック』」

 

ピカチュウは空中で反転し、帯電する。そして。

 

「ピィカァ、チュウウウゥゥゥ!!」

 

電撃が放射され、ヒトカゲを包み込む。

 

「カゲエエエェェェ!!?」

 

ヒトカゲはプスプスと煙を出し、そのまま倒れた。

 

「ヒトカゲ戦闘不能、ピカチュウの勝ち。よって勝者はサトシじゃ!」

 

勝った……勝ったんだ。

この世界に来て、生まれて初めてのポケモンバトルに勝ったんだ。

俺が判断して、指示してピカチュウと一緒に勝ったんだ!!

 

「やったぜピカチュウ!」

 

「ピカピカチュウ!」

 

ピカチュウは俺の足元まで走ってくると、嬉しそうな顔をした。

 

「すごいよピカチュウ、お前強いな!」

 

「ピカピカ!……ピ、ピカチュ……」

 

俺の言葉に笑顔になったピカチュウはハッとなると、誤魔化すようにぷいとそっぽを向いた。

ほんのり赤くなってるぞ。

 

「……まだ、素直にはなってくれないか。まあ、いいさ。まだまだこれからだからさ」

 

ピカチュウはチラリと俺を見るとまた顔をそらした。

ははは可愛い可愛い。

 

 

***

 

 

「二人ともすごいバトルだったね。ピカチュウもヒトカゲも」

 

「そうだね……けれど、このバトルは終始サトシのペースだった」

 

「え?」

 

「スキのあるタイミングでの『でんこうせっか』、攻撃の意味だけでなく牽制とヒトカゲの攻撃範囲から遠ざけるための『でんきショック』、補助技のタイミング。どれも適切でピカチュウは大きなダメージもなく伸び伸びと動いていた。そして、最後のジャンプはナオキの誘いのスキにはまりながらも見事に回避して見せた……サトシの圧勝だよ」

 

サトシのバトルの組み立てにシゲルは顔には出さないが驚いていた。

そして同時に思った。

――自分ではあそこまでのバトルの組み立てはできたのか?

――今、自分がサトシとバトルをしたら勝てるのか?

確かに自分のゼニガメとサトシのピカチュウではタイプの相性は悪い。しかし、そんなことは言い訳にしかならない。技の組み合わせや指示の仕方でバトルは大きく変わる。その証拠がこのバトル、サトシがナオキを圧倒したこのバトルだ。

 

シゲルは直接対峙していない観客の立場にもかかわらず、敗北感が心を占めていた。

 

 

***

 

 

リカはサトシのバトルを思い返していた。

シゲルのようにどういうバトルなのか考えてみようと思った。

確かにピカチュウを見てみると激しいバトルのあとにもかかわらず、怪我もなく元気のようだ。

それはサトシがピカチュウに指示した結果

タイプの相性を抜きにすれば、今日、自分たちが貰ったポケモンは強さで見ればトントンだろう。

そして、そんな似たレベルのポケモン同士がバトルをして、差を決めるものがあるなら。それはトレーナーの技量。隣のシゲルもきっと強いのだろう。しかし、サトシは少なくとも負けたナオキや自分よりはトレーナーとして先に進んでいる。

 

リカの知っているサトシは、やんちゃ坊主の一言に尽きる。

高い木に登っては落ちる。流れの激しくなった川で泳いで溺れる。

先生にはいたずらをする。

そのうえ勉強もダメダメ、テストは赤点ギリギリ、宿題を忘れることも多かった。

けれど、今のサトシはそんなことが嘘のように落ち着いた顔をしている。

今日研究所で出会ったとき、大人びた話し方や他者を思いやる考え方。

今まで知っているサトシとは違っていた。

何が彼を変えたのかわからないが、とても良いことなのではないかと思った。

 

(サトシって、あんな顔もできたんだ)

 

けれど、その真っすぐな目は変わっていないと思った。

どこまでも自分を信じて挑戦していくその熱い目だけはまさにサトシだ。

優しいところも変わってない。身を呈して私を危険から守ってくれた。

そして、あの時リカはピカチュウを選ぼうとしたけど、きっと仲良くなることはできず、結局留守番になったはずだ。そんな時、サトシはピカチュウを選んでくれたから。自分は欲しかったフシギダネをパートナーに旅に出ることができた。

他人を思いやることができる彼のままだ。

 

そして、今回のバトルで見せた鋭い視線、冷静な表情。

今までの彼とは違うギャップはリカにはとても魅力的に見えた。

 

不意に、胸の奥が熱くなった。

 

(あれ、なんだろこれ……?)

 

リカはその胸の熱さの意味を理解できない。

けれど、とても心地良く、その熱さを感じながらサトシを見つめていた。

 

 

***

 

 

ナオキは膝から崩れ落ちてブツブツと呟いていた。

 

「うそ……だろ……俺がサトシに負けるなんて……」

 

ナオキは見上げると俺を睨んだ。

 

「もう一回だ、もう一回バトルしろ!」

 

してやりたいのは山々だけど、今は無理だよ。

 

「なあナオキ、ヒトカゲを見てみろよ。『ひんし』でとてもバトルなんかできるわけないだろ」

 

「ぐっ……」

 

俺の言葉に反論できないナオキは黙り込む。すると、オーキド博士が話しかけてくる。

 

「うむ、ナオキ君、自分のポケモンが傷を負った場合にトレーナーがやるべきことはなにかな?」

 

「……ポケモンの回復」

 

「その通りじゃ、ポケモンも生き物、怪我をしたら治してやるのがトレーナーの義務じゃ。研究室に回復装置があるからそれを使いなさい。サトシ君もじゃぞ」

 

「え、いえ俺は……」

 

ピカチュウは大きなダメージを受けていないから回復は必要ないと思った。

しかし、気づかないところで思わぬ怪我をしているのかもしれない。

これからピカチュウのトレーナーになるのに、それでは失格だろうな。

 

「はい、ピカチュウもお願いします」

 

ナオキがヒトカゲをボールに戻すと俺もそれに倣おうとしてふと思った。

ピカチュウはボールに入るの嫌いだったっけ?

そんな設定だった気がするけれど、どうだ?

俺はボールをピカチュウに向けると

 

「……戻れ、ピカチュウ」

 

ボールからの光にピカチュウは逃げもせず浴びて、そのままボールに収まった。

こいつはボールに入っても平気なんだな。

 

 

 

 

 

研究室にある回復装置でピカチュウとヒトカゲを回復させた。

おお、『テンテンテレレ~ン』て鳴った。ポケモンセンターだけじゃないのか。

 

「よし、ピカチュウとヒトカゲは回復したぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「うむ、よし、そろそろ時間じゃな。外で見送りの方々が待っているはずじゃ」

 

その言葉にみんな

 

「また会ったときバトルしようぜ」

 

「ふん、その時は俺が勝つに決まってるだろ」

 

「どうかな、やってみなくちゃわからないぜ」

 

「……ちっ」

 

まったく、何がそんなに気に入らないんだよ、ナーオキ君

 

 

***

 

 

ナオキは今日朝からずっとサトシに負かされっぱなしで胸の中がムカムカしていた。

 

(俺がサトシなんかに負けるなんて……!)

 

サトシはナオキよりも勉強ができなくて、彼よりも周りから問題児だと思われている。

いじめやからかいの格好の的だし、現にナオキ以外にもサトシをダメな奴だと断じている奴もたくさんいる。

けれど、サトシはどんな目に遭っても決して折れない少年だ。

そのうえ、彼は今日の朝から普段のやんちゃでいたずら好きの彼とは見違えるくらいに冷静で大人びていた。ナオキも簡単に言い負かされた。

 

しかし、変わらないものもあった。

 

(あの目だ。あの『信じてる』とか『諦めない』とか忌々しいくらいに真っすぐな目。

俺が捨てた目、俺には一生できない目。

なぜお前はそうやってなんでも信じられるんだ『やってみなくちゃわからない』だと……

そんなことが言えるなら、俺だって……)

 

 

トレーナーに必要なのは力。弱い奴は弱いまま。

こんな負け方をしたヒトカゲは怒鳴りつけてやろうかと思った。

けれど、自分の中の言い様のない悔しさは、そんなことをしても晴れないだろうとわかってもいた。

 

(クソッ、いいぜ、やってやるよ。今度はこのヒトカゲでサトシを倒す!)

 

サトシはやはり気に入らない。負けるなんて納得できない。

これからの旅でサトシを意識することは多くなるだろうが、少なくともナオキの中ではサトシを見て不愉快に思うことはなくなった。

 

 

***

 

 

いよいよ旅立ちだ。

この扉を開ければ未知の冒険が待っている。ずっと憧れていた、辛いことも苦しいこともあるけど、ワクワクを与えてくれる冒険が。

 

「ピカチュウ、頑張ろうぜ」

 

何も言わないモンスターボールが少し頷いた気がした。




1対1なのに物凄く時間がかかった。
今後の描写は大変そうです。

ここのピカ様はボールの中でも平気な子です。

バトルを映えさせるために、高レベルにならないと覚えない技とか、技マシンの技も覚えさせました。「『ひかりのかべ』を覚えてるなら『10まんボルト』を覚えてるはずだろ」とお思いになった方には申し訳ないです。
そのあたりのレベルと覚える技の順番は一致しないつもりにしてます。

誤字脱字、おかしな表現がありましたら、ご指摘ください。

これからも応援よろしくお願いします。


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さあ、旅立とう

思った以上に時間がかかりました。
それなのにあまり進んでいないという。

このサトシは現時点でDPサトシやXYサトシの面構えだと思います。


頭にはなんとなくだが記憶があった。

マサラタウンの景色や街並み、どんな自然があって、どんなお店があって、どんな人たちが住んでいて、どんなポケモンたちが生きているのか。

記憶を探るように考え込むとそれらの情景が頭に浮かんだ。

これがサトシの記憶なのか。

 

憑依してしまったが、記憶まで見ることができるとはなんとも都合が良い気がするが、今後のマサラタウンの人たちとの付き合いに於いては重要になるだろうから助かる。

 

今日出会った共に旅立つトレーナーの記憶もある。

 

シゲルはいつもサトシを嫌味な態度で見下している。

リカはとても優しくサトシとも友人だ。

ナオキはいじめっ子のガキ大将で、特にサトシにつっかかることが多い。

 

サトシとの仲が良い悪いはともかく、彼らとはそれなりの付き合いの長さなのは間違いない。

彼らともかかわることになるだろうから、サトシの知る彼らを俺もしっかり理解しなければいけない。

 

 

 

研究所の前にはいつの間にか人だかりができていた。

老若男女、たくさんの人がいた。

 

シゲルが一番前に来て、群衆に手を振っていた。

 

『いいぞ、いいぞシゲル!がんばれがんばれシゲル!』

 

チアガールやブラスバンドの人たちがシゲルの登場に大盛り上がりだ。

この人たちはどこから現れたんだ?

 

「ありがとう。愛しい僕の友人たち、ハニーたち。僕は超一流のポケモントレーナーになって帰ってくるよ」

 

『きゃあー!!いいぞいいぞシゲル!!』

 

シゲルの宣言に歓声が増す。

さらにはシャッターを切るカメラマンやマイクを向ける記者もいた。

 

シゲルがオーキド博士の孫であることも期待される要因なのだろうな、それから、オーキド博士の祖先も有名なトレーナーで、ここマサラタウンの名前になったんだよな。

期待されるということはそれだけ本人にはプレッシャーになるものだが、シゲルは大丈夫か?

 

「皆様、お見送りありがとうございます。オーキド・シゲル。ただいまよりポケモントレーナーの修行をして参ります。おじい様とそしてそのまたおじい様の名に恥じない成果を上げて帰ってくることを誓います!」

 

『きゃあー素敵ー!!』

 

……うん、あいつは心配なさそうだな。

 

「そこにいるサートシくん!」

 

「は?」

 

「先ほどはなかなかのバトルをしたようだね。しかし、それはトレーナーにとって当たり前でしかない。僕もすぐにあれくらいのことはして見せる。次会うときは君を圧倒してみせよう!」

 

「あ、はい」

 

群衆が拍手を送ると、シゲルは仰々しく一礼する。

『心配』は撤回しよう、そのまま潰れろ。

 

「それでは皆様応援ありがとうございました。では行って参ります」

 

シゲルは美人の運転手付きのオープンカーに乗り込むとそのまま行ってしまった。

徒歩で行けよ。

 

 

***

 

 

両親が用意してくれたキャンピングカーに揺られながら、シゲルはシートに深く座っていた。

そこに先ほどの余裕の表情はなく、深く考え込むような顔だった。

 

(僕は負けない。今までサトシに負けたことなんてないんだ。トレーナーとしても負けるはずがない)

 

シゲルは自らに強く言い聞かせるように『負けない』という思考を反芻した。

 

サトシとは昔からの付き合いで、向こうは何かと意識してつっかかってきて、シゲルは自分よりあらゆる面で遥かに劣るサトシを見下し、圧倒して勝利してきた。

しかし、先ほどのサトシのバトルを見て、シゲルの中には敗北感に似た悔しさが胸を占めた。

今までサトシに対して抱くはずの無い感情をシゲルは認めたくなかった。

 

(そうだ、サトシのことなんか気にする必要はない。僕はオーキド・マサラの子孫で、オーキド・ユキナリの孫なんだ。誰にも負けない!)

 

「そうだよね、マイハニー」

 

シゲルは初めてのポケモンであるゼニガメのモンスターボールに口づけをすると、マイナスの気持ちを振り払うように前を向いた。

 

しかし、今はシゲルがサトシを強く意識していること、そして、先ほどのシゲルのサトシを見下すような宣戦布告は彼への敗北感を誤魔化すためのものであり、シゲル自身はそれに気づいていないままだった。

 

 

***

 

 

シゲルの応援団が去るが、まだまだたくさんの人たちが研究所前に残っていた。

見るとリカが同年代や年下の女の子たちと話していた。

 

「リカ、頑張ってね」

 

「うん、もちろん」

 

「私も来月で10歳になるから、旅に出て絶対追いつくからね」

 

「待ってるからね」

 

「リカなら美少女トレーナーってなってテレビに出られるかもね」

 

「や、やだもうそんなことないよぉ」

 

キャッキャッとなる女の子たち。うんうん微笑ましいなあ。

 

ところ変わって、別の方ではナオキが如何にもヤンキーな少年少女や年上の兄ちゃん姉ちゃんと話していた。

 

「兄貴、頑張ってください!」

 

舎弟っぽい小さな男の子がナオキを応援する。

 

「おう、任しときな」

 

「しっかりやるのよ」

 

いかにも姉御肌な美人さんも激励する。

 

「心配ねえよ」

 

あちらさんは全体的に雰囲気怖いな。

目が合っただけで喧嘩売られそうだ。

 

それにしても、リカの女友達もナオキの女友達もみんな可愛いな。

清楚な娘だったりとギャル系だったりと、どっちも美人揃いだ。

マサラタウンの女性は美人しかいないのか?

 

 

***

 

 

「ねえ、リカ」

 

友人たちと別れの挨拶と談笑をしていたリカに友人の一人が話しかける。

 

「どうしたの?」

 

「あそこにいるのって、サトシよね?」

 

友人が指さした方にはオーキド博士と話しているサトシがいた。

 

「そうだよ」

 

「なんか、いつもと違うくないかな?」

 

「うん、そうなの。なんか旅に出るから気を引き締めてるみたい」

 

「へー、そんなに変わっちゃうものなのね。『男子三日会わざれば』ってやつ?」

 

確かに旅立つ一週間ほど前から準備で忙しく、サトシたちとは会っていない。

 

「そうかもね」

 

「だね、それにしても……あのサトシ。なんか……かっこいいかも」

 

友人の言葉に周りの女子たちも色めきだす。

 

「そうそう、ガキっぽさが薄れてるっていうか」

 

「うんうん、絶対うるさくはしゃぎ回ると思ってたのに、落ち着いてるよね」

 

「顔は悪くないのにバカでガキだから台無しになってたのが、すっかりイケメンになってるよね」

 

「リカもそう思わない?」

 

「え!?う、うん、そうだね。サトシ、ちょっとかっこよく、なったかも……」

 

また高鳴り暖かくなる胸。

その心地よさが長く続けばいいなとリカは思った。

 

 

***

 

 

「ナオキ、シゲルになんか負けんじゃねえぞ」

 

「ああそのつもりだ。それに……サトシにもな」

 

ナオキがサトシの名前を出すと、周りの友人たちの雰囲気が少し変わる。

 

「サトシ?お前相変わらずサトシ嫌いなんだな」

 

「ああ、あいつは気に入らねぇ……けどまあ、実力は認めるがな」

 

「あん?どういうことだよ?」

 

ナオキがサトシを認めるという言葉に一同は怪訝な顔をする。

 

「……さっきバトルして負けたんだよ」

 

「マジかよ!?あのバカに負けたのか!?」

 

「ほーん、いじめられてたサトシがな」

 

「ああ、だからもう負けねえ」

 

「おいおい、なかなか熱いじゃねえかよ」

 

「るっせ」

 

からかうような言葉に、ナオキは悪態をつく。

しかし、その口元は少し緩んでいた。

 

 

***

 

 

今の今までオーキド博士にピカチュウを任せたということ念入りに頼まれ「ゴム手袋やゴム紐を持った方がいいのではないか?」とアドバイスをもらった。

だが俺は「そんなものを使うのはピカチュウを信頼していないのと一緒だから必要ありません」ときっぱり言った。博士は俺の言葉に感心したのか心配しているのか微妙な表情だったが納得してくれた。

 

「おいサトシ」

 

ママを中心としたサトシ応援団であるご近所の皆様のところへ行こうとすると、後ろから声をかけられる。

もう何度も聞いたナオキの声だ。

 

「なにか用?」

 

ナオキは鋭い目で俺を見ていた。しかし、その目は先ほど俺に喧嘩を吹っかけてきたときとは違い真剣に見えた。

 

「俺は最強のトレーナーを目指す。そのために俺は必ずお前に勝つ。これはそのための旅だ」

 

心臓が強く鳴った気がした。ナオキの目やその強い言葉がなんというか心に響いた気がした。

湧き上がってくるこのゾクゾクして熱くなってくる気持ち、これはきっと喜びだ。

競う相手が自分を意識して認めてくれていることがわかったから沸いてくる。

つまり『ライバル』。自分にとっての『ライバル』がいることで俺は喜んでいるんだ。

 

「……俺も負けない」

 

「……そうか、じゃあな。先に行ってるぜ」

 

後ろから来たナオキの応援団のいかついお兄さんたちやお姉さんたちに去り際に笑いかけられたり背中や肩をポンッと叩かれた。

見た目は怖いけど良い人たちなんだな。

 

ナオキはそのまま町の出口まで歩いて行った。見送りの彼の家族や友人たちもずっと声をかけ続けていた。

 

 

***

 

 

「おいあれほんとにサトシかよ」

 

「なんつーか顔つき変わったよな」

 

「ああ、いつもの馬鹿面じゃない。あれは出来るぜ」

 

「へー、意外なところに良い男っているもんなのね」

 

「あ、アネさん!?」

 

ナオキの後ろでは友人たちがサトシを口々に評価していた。

背中越しに聞こえるその声にナオキはどこか誇らしげだった。

 

 

***

 

 

「なんかいいなー」

 

次は綺麗な声が聞こえた。

リカだった。

 

彼女も両親や友人たちに出口まで見送られるようだ。

 

「ライバルってやつだよね。なんだか素敵」

 

「それならこれから旅立つリカも俺にはライバルだよ。ついでにシゲルもな」

 

あいつも一応サトシのライバルってことになってるからな。

俺にとっては本当に、ほんっとうっについでだけども!!

 

「そ、そんな、私、サトシみたいにすごいバトルとかできないから全然だよ」

 

「そんなの少しずつ身に着ければいいんだよ。そのために旅をしながらフシギダネと仲良くなっていっぱい知っていけばいいのさ。他のポケモンのこともだけどな」

 

「そう、ね……そうだよね。ありがとうサトシ!」

 

リカは笑顔で俺に礼を言ってくれた。

うんうん、やはり美少女は笑顔が一番。

 

「サトシもピカチュウも頑張ってね」

 

「ああ、リカもフシギダネも頑張れよ」

 

「うん、次会うときは今よりすごいトレーナーになってるから!」

 

そして、リカとその応援団の皆様は町の出口まで歩いて行った。

リカの友人の女の子たちが何人かがこちらを振り返った。

そこまで知り合いではないが手を振ってみよう。

 

あ、顔を逸らされた。

……俺あんまり好かれてないのか、ショック。

 

 

***

 

 

「やばい、やっばい……サトシがかっこいい」

 

「態度も紳士的でめっちゃ大人!」

 

「なんで、どうして?いつの間にあんなかっこよくなったの?」

 

「うう……こんなことならもっとお話ししとくんだった」

 

「なんか、胸がドキドキしてきた……」

 

リカは後ろの友人たちの声を聞きながら、自分の胸の高鳴りを感じていた。

そして、友人たちのサトシへの評価に一つの答えが見えた気がした。

 

(この気持ちはもしかしたら――)

 

***

 

 

『いいぞいいぞサトシ!がんばれがんばれサトシ!』

 

ご近所のおじさんおばさんチビッ子たちが俺に応援の言葉をくれた。

 

「なんだか今日のあなたはいつもより立派に見えるわ」

 

ママは感慨深そうに俺を見ていた。

 

「今日だって寝坊してパジャマのまま家を飛び出すんじゃないかって思ってたのに、ちゃんと早起きして、自分で準備して、しっかりポケモンも貰って……本当に見違えたわ」

 

ごめんなさい、ママ。今の俺はあなたの知るサトシではありません。

だましてごめんなさい。

けれど、なんとかサトシらしくがんばります。

 

「俺は超一流のポケモントレーナーになるんだ。それくらいできるよ」

 

「サトシ……怪我しないように、風邪を引かないように気を付けなさいね」

 

「うん、わかってるよ。ママ」

 

「……サトシィ!」

 

目に涙を浮かべたママは感極まったようで、俺の顔を胸に抱きしめた。

うおおお、ママの胸やっぱ大きい、俺の顔を包み込んでいる。服越しでも柔らけぇ、暖けぇ!

あ、息が、やっばい息が……

 

「もご、もがが、むうう!」

 

「あ、あらごめんなさい。つい」

 

ママはパッと両腕を離して俺を開放した。

 

「い、いや、大丈夫だよ。ママ」

 

ご馳走様です。

 

「そういえば、あなたはどんなポケモンを貰ったの?」

 

「ああ、こいつなんだけど……」

 

ボールを取り出したが、待てよ。

あのピカチュウをここで出すのは危ないか?

いや、ピカチュウを信じよう。

 

ボールからピカチュウが現れる。

 

「ピカチュウ」

 

出てきたピカチュウを俺は抱き上げる。

おお、抱っこは初めてだが、そこそこ重い、でもふかふかで気持ちいいな。

 

「こいつが俺の相棒のピカチュウだよ」

 

「まあ、可愛い子じゃない。ちっちゃくて毛並みも綺麗ね」

 

ピカチュウを見たママは色めき立った。

まるで十代の女子学生がはしゃいでいるようだ。

……この人ならまだまだ十代で通じそうだよな。

 

「でしょ?それにバトルも強いんだぜ!」

 

「まあ、いい子を貰えたのね。撫でてもいいかしら?」

 

「どうぞ」

 

「やった。こんにちはピカチュウ、サトシのママでーす」

 

「……ピカ」

 

ママがピカチュウの頭に触れようとすると、ピカチュウは目を細めて頬を帯電させる。

 

「あら?」

 

ピカチュウの反応にママは疑問の声をあげる。

 

「ああ、こいつ少し恥ずかしがり屋なんだよ」

 

「まあ、そうなの」

 

「ピカ……」

 

勝手に触ろうとしたことが気に入らないのか、帯電が大きくなる。

 

「なあピカチュウ」

 

「ピ?」

 

俺の声にピカチュウはピクッと反応し俺を見上げる。

なるべく優しい声と笑顔で話さないとな。

 

「大丈夫、この人は俺のママだよ。何も怖くないし、恥ずかしがることもないよ」

 

そう言うと納得してくれたのかよくわからないが、ピカチュウはおずおずとママを見上げる。

頬の電気はなくなっていた。

 

「うふふ、よろしくね。ピカチュウ」

 

「ピカ」

 

ママがピカチュウの頭を撫でると、ピカチュウは大人しく従った。

少々不満げな様子だが、『でんきショック』をする様子はなさそうだ。

 

 

 

ピカチュウをボールに戻すと、俺は町の出口まで歩いてきた。見送りのママやご近所さんたちも一緒だ。

 

「それじゃあ、皆さん。立派なポケモントレーナーになるため、サトシは旅立ちます」

 

「ええ、パパやグランパに負けないようにしっかりやるのよ」

 

『いいぞいいぞサトシ!がんばれがんばれサトシ!』

 

みんなが声援を送ってくれる。

サトシの記憶のせいなのか、お世話になった記憶が頭を駆け巡り、目頭が熱くなる。

誤魔化すように頭を下げる。

 

「行ってきます!」

 

そのまま振り返り、トレーナー修行の第一歩を踏み出した。

マサラタウンに、みんなに、さよならバイバイ。




憑依サトシは言動は大人ですが、冒険にワクワクして素直なのがサトシと似ているから、周りの人間にもあまり違和感になっていないという、無理矢理なご都合主義です。

それからサトシの記憶が残っているのもご都合主義です。

申し訳ないです。


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走る俺、君と行く

前話よりも短いです。


「うおおおおお!!!」

 

俺、マサラタウンのサトシは町を出てしばらく経つと走り出した。

別に何かに追われているわけでも、お腹が痛いわけでもない。

言うなれば、喜びを全身で表現しているのだ。

 

「よっしゃああああ!!旅だ!冒険だああああああ!!!」

 

サトシに憑依する前の世界で、子供のころどれだけ夢を見たことか、どれほど焦がれたことか。

旅、冒険、アドベンチャー!

知らない町、知らない自然、知らない人、知らない生き物。

それらと巡り合いたいと誰もが思ったはずだ。

 

そんな冒険が俺の目の前に広がっている。どれだけ吐き出しても足りないくらい喜びが溢れてくる。

 

しばらく走ると丘に到着した。そこから見下ろすとマサラタウンが見えた。

あっという間にここまで来たのか。

サトシの記憶のおかげか、見下ろすマサラタウンに懐かしさがこみ上げてくる。

 

「よし、お前も出てこい」

 

モンスターボールから相棒を呼び出す。

 

「ピカチュウ」

 

黄色の可愛い電気ねずみのピカチュウが大地に降り立つ。

 

「見ろよピカチュウ、マサラタウンがもう遠いぜ。俺たち旅に出たんだぜ!」

 

「……ピカ」

 

ピカチュウはそっぽを向いた。

――お前と一緒にするな、旅をするなんて認めてない

と言った雰囲気だ。

 

ふむ、まだまだ先は長いかな。

 

「ポッポー!」

 

「お?」

 

「チュウ?」

 

頭上から何やら声がして見上げると、そこにいたのは鳥ポケモンのポッポだ。

ポッポは俺とピカチュウを上からじっと見つめて視線を外さない。

 

つまりこれは、「野生のポッポが飛び出してきた」ということか。

 

「ポッポー!」

 

ポッポは一鳴きすると、そのまま俺たちの方へ向かってきた。

この速度の攻撃は『でんこうせっか』か!

 

俺とピカチュウは転がりながらポッポの攻撃を避けた。

ポッポは旋回して、再び突撃してきた。

狙いはピカチュウか。

 

「ピカチュウ避けろ!」

 

「ピカ!」

 

俺の声にピカチュウは横に跳んで避けた。

するとポッポは翼をはためかせて突風を巻き起こした。

 

「『かぜおこし』だ、踏ん張れピカチュウ!」

 

でんきタイプのピカチュウにひこうタイプの技は効果は薄いものの、体を吹き飛ばされないようにしなければいけないな。

 

「ピィカァ、チュウウウ」

 

いきなりの攻撃で腹が立ったのか、ピカチュウはお返しとばかりに俺が指示をする前に『でんきショック』を放つ。

しかし、ポッポは容易く躱す。

 

「チュウウウ!チュウウウ!チュウウウウウ!」

 

空のポッポに向かい『でんきショック』を連発するピカチュウ。

 

「待て、そんなに闇雲に撃ったって当たらない!」

 

「ピカ?」

 

俺の言葉にピカチュウは攻撃を止めて、こちらを見た。

 

「相手は空にいるんだ。ただ攻撃しても簡単に逃げられる」

 

そういうとピカチュウは悔しそうにポッポを見た。

 

「大丈夫、俺に考えがある。またお前が勝つための手伝いをするよ」

 

ポッポは俺たちを観察するように空中を旋回している。

ピカチュウがでんきタイプの攻撃をするとわかったのかなかなか近づいてこない。

けれど、それでいい。

 

「ピカチュウ、『でんこうせっか』!」

 

「ピッカァ!」

 

ピカチュウは走り出すと最高スピードに乗り、一本の光の線のようになり空のポッポに突撃する。

ポッポもピカチュウのスピードが予想外だったのか、驚いた様子で間一髪で躱す。

 

ピカチュウは着地すると、空のポッポを見上げる。

 

ポッポはピカチュウを見ると距離を取る。

そして、翼をはためかせた。

来た!

 

「今だ、『でんこうせっか』!」

 

「ピカピカァ!」

 

ピカチュウは最高速度で空中で停止したポッポを捉えて突撃した。

そして、ピカチュウの一撃はポッポの体に激突した。

 

「ポッポォ!?」

 

ダメージを負い空中でふらつくポッポ。

その真下には着地したピカチュウがいる。

充分に射程距離内だぜ!

 

「ピカチュウ、『でんきショック』!!」

 

「ピィカ、チュウウウウウウ!!」

 

全身の帯電と共に、ピカチュウは電撃をポッポに放つ。

 

「ポッポォー!!?」

 

効果は抜群だ!!

 

そのままポッポは地面に落ちて、目を回した。

戦闘不能だ。

 

「よくやったなピカチュウ。作戦通りだな」

 

作戦と言っても単純なものだ。

ポッポが『かぜおこし』をするには一旦空中で停止して狙いをつけなければならない。

そこを狙っただけだ。

 

「ピカピカチュウ」

 

――すごいだろ

とでも言いたそうに胸を張る。

 

はは、可愛い奴め。

 

「やっぱりお前はすごいよ」

 

「ピッカ!……ピ、ピカ」

 

ピカチュウは俺の賞賛に笑顔で返してくれたと思ったら、ハッとなりそっぽを向いた。

 

「相変わらずだな、まあいいさ。まだ旅は始まったばかりだからな」

 

「ポッポー」

 

「うん?」

 

声のした方向を見ると先ほどのポッポが起き上がり、何処かへ飛び去ってしまった。

敵わないとわかり逃げることにしたようだな。

 

「よし急ぐか」

 

できれば夕方までにトキワシティに着くようにしたいため急がないとな。

しばらく歩いていると大事なことに気づいた。

 

ピカチュウをボールに戻し忘れた!

あのままどこかに逃げたかもしれん。

 

 

しまったと思い、足を止めて振り返ると、そこにはピカチュウがいた。

 

 

俺が振り返ったことに驚いたのかビクッとした反応をして俺を見ていた。

もしかして――

 

俺は少し考えると再び歩き出す。耳を澄ますと小さな足音が後ろから聞こえた。

そして止まって振り返る。

 

ピカチュウは俺の後ろにいてビクッと反応して、俺を見つめた。

 

しかも俺との距離が先ほど立っていた時と変わらない。

つまり――

 

「着いてきてくれるのか?」

 

「ピ!?ピカ……ピカチュ」

 

俺の言葉に驚いたピカチュウは目を泳がせると誤魔化すようにそっぽを向いた。

 

「ははは……」

 

少しずつだが、ピカチュウとの距離が縮まったようで嬉しかった。

 

「よし、行こうぜピカチュウ!」

 

「……」

 

返事はない

あくまで『そんな気はない』スタイルを貫くつもりなのだろう。

 

俺は小走りで道を進んだ。

後ろの足音も少し早くなった気がした。

 

 

***

 

 

ピカチュウは不思議に思っていた。

 

――どうして僕はこのニンゲンについて行っているのだろう。

 

それはピカチュウ自身にも理解できない感情だった。

 

――ニンゲンとは話したくない、ニンゲンには触りたくない。

――命令なんかされたくない。

 

けれど、今の自分はこのサトシというニンゲンの後ろを歩いている。

嫌なら逃げ出せばいいのに、どうして……

 

「ほらほらピカチュウ、置いてくぞ!」

 

サトシは振り返りピカチュウに呼びかける。

 

――あの目だ。このニンゲンのあの目はいったいなんなんだろう。

 

いつか見た夜空の星。あれらよりも強く輝いている彼の眼差しはピカチュウの心を揺らした。

彼を攻撃しようとしたときも、その強い目に息を呑んだ。

 

さっきのバトルも素直にサトシに従った自分が不思議でならない。

 

――ニンゲンの指示に従うなんて何をやってるんだ僕は

 

と自分を責めた。しかし、それよりも

 

――どうして嬉しかったんだろう

 

いや、それはバトルに勝利したからだ。勝てば誰でも嬉しいんだ。

そうだ、そうに決まっている。

 

けれど、どこか納得できない自分がいた。

嫌いなニンゲンの指示で勝ったのに本当に嬉しいのか?

 

――わからない。どうして僕は……

 

ピカチュウは答えの出ない疑問に悩みながらも、走るサトシの背中を見つめて追いかけていった。




ピカチュウの心情を入れました。
彼の一人称は「僕」で合ってるでしょうか。

それから、これは転生ではなく憑依だと指摘されました。その通りなので、近いうちに題名を変更します。


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道中は色々出会う

今回はいよいよ、あの人の登場です。


「まさかこんな早い再会になるとは思わなかったよ」

 

「あはは……」

 

マサラタウンを出発して数時間、道を歩いていると近くの草むらで昼寝をしている人物を見つけた。

リカだった。

傍らに相棒のフシギダネが眠っていて2人とも幸せそうに寝息を立てていた。

 

「草むらが気持ちよくてつい、お昼寝しちゃってた」

 

恥ずかしそうにはにかむリカ。

 

まあ、気候はポカポカしているし、昼寝には最適か。

気持ち良さそうに寝ていて、悪いなと思って起こすのをしばらく待ったくらいだ。

仰向けになっているのに、激しく自己主張して、呼吸をするたびに揺れている双丘をしばらくガン見していたかったから起こさなかったわけではないですよ、ないですとも……

 

俺はコホンと咳をして考えを振り払う。

 

「野生のポケモンもいて危ないぜ」

 

「フシギダネが守ってくれるって言ってくれたから、ね」

 

「ダネダネ」

 

なるほど、確かにフシギダネは俺とピカチュウが近づいたときは起き上がって俺の動きを観察していたな。

ポケモンは気配の察知に優れていて、眠っていてもすぐに反応できるのか。

 

「ははは、頼もしいナイトだな」

 

「あ、この子女の子だよ」

 

「え、そうなの?」

 

「ダネダネ~」

 

これは失言だったな。

プクーと頬を膨らませるフシギダネはなんとも可愛らしい。

 

「それは失礼しました」

 

「でも、女の子のナイトもかっこいいよ、ね」

 

「ダネ、フシャ」

 

リカさんナイスフォロー。

彼女の言葉にフシギダネは機嫌を直してくれたようで、気持ちよさそうにリカに撫でられている。

 

不意に俺はあることを思い出し、足元にいるピカチュウに声をかける。

 

「あ、そうだピカチュウ。リカに言わなきゃいけないことがあるんじゃないか?」

 

「ピカ?」

 

俺の言葉にピカチュウは首をかしげる。

 

「研究所でリカに酷いことしただろ、謝るんだ」

 

「ピカ……」

 

途端にピカチュウは渋るような顔になる。

 

ピカチュウとの初対面のとき、触れようとしたリカを威嚇し、倒れた彼女にさらに電撃を浴びせようとした。何も悪いことをしていないリカに対してそれはやってはいけないことだ。だからピカチュウは彼女に謝らなければいけない。

 

「……サトシ。私は気にしてないから大丈夫だよ」

 

「そうもいかないよ」

 

リカは本当に気にしていないだろうけど、それではダメなんだ。

俺はそっぽを向くピカチュウの肩を抱いて視線を合わせる。

 

「ピカ……!」

 

俺の行動に驚いたのかピカチュウはビクッと体を震わせる。

幸い電撃は来ない。

 

「あのなピカチュウ。お前が恥ずかしがり屋で人に慣れないこともわかるよ。けど、通さないといけない筋はあるんじゃないか?」

 

「ピ……」

 

「悪いことや酷いことをしたら謝る。これは当たり前のことだぞ」

 

俺はピカチュウから両手を離す。

するとピカチュウはリカに正面から近づいて行った。

 

「……ピカピカチュウ」

 

おそらく、「ごめんなさい」と言ったのだろう。

ピカチュウは耳の垂れた頭をペコリと下げた。

 

「うん、もう気にしてないよ」

 

「よし、ピカチュウ。よくできました」

 

やっぱりピカチュウは悪い子というわけではないな、少しずつ人間に慣れていけば大丈夫そうだな。

 

「ねえ、サトシ。ピカチュウを少し撫でていいかな?」

 

「俺は構わないけど、ピカチュウはどうだ?」

 

「ピカチュ」

 

おずおずと頭をリカに差し出すピカチュウ。

リカはその頭を優しく撫でる。

 

「わあ、毛並みが柔らかいねー」

 

楽しそうに撫でるリカに、ピカチュウも少し気持ち良さそうな顔をしている。

 

小動物と戯れる美少女、良いね……

 

「ダネ〜」

 

「わ、フシギダネ?」

 

膨れた顔のフシギダネがリカの前に出た。

 

「ははは、妬いてるのか?」

 

「ダネダネ〜」

 

「ごめんごめん、フシギダネもね。はい」

 

リカはフシギダネの頭を撫でると嬉しそうな顔をした。

 

それを不思議そうな顔で見るピカチュウが印象的だった。

 

 

 

 

俺とリカのひとまずの目的地がトキワシティであるため、しばらく一緒に歩いて行くことにした。

可愛い女の子とこうして歩くなんて生まれて初めてであるためなかなか気分が高揚している。

あ、変なことはしませんよ。

 

「お、あれはモモンの実か?」

 

周りの木々とは一際違う形をした木には、前の世界に存在した桃に似た見た目の木の実がたくさん生っていた。

 

「少し小腹も空いたし、あれ食べようぜ」

 

「そうだね。よし、フシギダネ、『つるのムチ』で――」

 

「いや、俺が行くよ」

 

リカがフシギダネに指示を終える前に、俺は動き出した。

幹を蹴りながら登り、上にあるモモンの実を8つを手に取ると、そのまま飛び降りた。

 

「はい、お待たせ」

 

リカ、フシギダネ、ピカチュウの3人はポカンとした顔で俺を見ていた。

 

「すごいね。そういえば、昔から木登り得意だもんね」

 

「え、あ、ああ。そうだよ、任せとけよ」

 

実は自分でもあんな動きができるというのは驚いた。

手足を動かすとものすごく身軽で、どんな動きでも可能なのではないかと思えてくる。

 

俺は手にしたモモンの実の内4つをリカに手渡した。

 

「ほら、リカとフシギダネの分」

 

「ありがとう」

 

「ダネダネ~」

 

「ほら、ピカチュウも」

 

「ピ?」

 

ピカチュウに1つ手渡すが、ピカチュウは警戒しているのか食べようとしない。

 

「ピカ……」

 

意地っ張りさんめ、毒なんかないぞ。むしろモモンの実は毒を消す効果があるって書いてあったぜ。

 

「ほら、むぐむぐ……美味いぞ」

 

モモンの実にかぶりつくとさっぱりした甘さが口いっぱいに広がる。

なんだこりゃ美味え!本当に桃みたいな食感と味だけど、良い甘さでものすごく美味い!

 

「甘くて美味しい~」

 

「ダネ~」

 

リカとフシギダネも甘いモモンの実をほおばると幸せそうに顔を綻ばせる。

 

俺たちの様子にようやくピカチュウは決心したのか、小さな口を開いてモモンの実にかぶりついた。

 

「チャ~」

 

ピカチュウもモモンの実の甘さが気に入ったのか、幸せそうな顔でモモンの実を食べ続けた。

 

 

 

 

今後のことを考えると、食料調達も兼ねてモモンの実をたくさん取っておいた方がいいかもな。

 

「もっと取ってくるよ」

 

「あ、待ってサトシ、あれ……」

 

リカの指を指した方を見ると、モモンの実の生っていた木をコラッタが登っていた。

コラッタはモモンの実をいくつか取ると、木から飛び降りた。

そこにはコラッタの仲間が数匹いて、彼ら彼女らと取ってきたモモンの実を食べていた。

 

さらに木の上にはポッポやピジョンやオニスズメが集まってきて、彼らもモモンの実をつついていた。

 

「やっぱりこの木はみんなの木なんだよ」

 

リカの言葉を聞いて理解した。この木はこのあたりに住む野生のポケモンたちが食べている木なんだ。

 

よく周りの木々を見ると、モモンの実以外の木の実もたくさん生っていて、ポケモンたちがそれを食べていた。

 

「はは、全部取ったりしたらここのポケモンたちにボコボコにされるところだったな」

 

モモンの実が好物のポケモンもそれなりにいるみたいだし、彼らに恨まれてしまう。

 

「あはは、危ないところだったね」

 

リカさんのおかげです。マジ感謝っす。

 

「でも、今はああして仲良く食べてるけど、木の取り合いとかにならないのかな?」

 

「木の実の木は成長が早いし、取ってもすぐ実が生るからな、争うほど食うには困っていないんじゃないか?それに縄張りとかあるなら、今頃俺たちも襲われているはずだぜ」

 

「そっか、そういえば、実を植えたら数日で生えてくるって本に書いてあったね」

 

「不思議なもんだな」

 

この世界の木の実の生命力の凄さや自然の力の凄さには驚嘆せざるを得ないよな。

 

「こういうの良いなー」

 

不意にリカが呟いた。

 

「なにが?」

 

「こうして野生ポケモンたちと私たち人間が同じ空の下、同じ大地の上で同じものを一緒に食べてるのが。なんだか一緒に生きてるって感じがして良いなって……」

 

言われて気づく。トレーナーにゲットされていない野生のポケモンが、人間に敵意なく近くでものを食べるというのは珍しいことかもしれない。

少なくとも、今ここにいる野生のポケモンたちはここにいる俺とリカ、そのポケモンであるピカチュウとフシギダネがここでこうして木の実を食べることを許してくれているのは確かだ。

ポケモンと人間……同じ地球で生きているが、それぞれが住み分けて生きていることが多い。

けれど、こうして近くに寄って来ても平気なのは、人間とポケモンが理解し合える一つの証明なのかもしれない。

 

「確かにな……それってとても素敵な感想だと思うよ」

 

「そ、そうかな?」

 

「ああ」

 

照れた顔のリカになごみながら、まったりと自然に浸っていると、さきほどまで仲間と木の実を食べていたコラッタの内の1体がこちらに近づてきた。

 

「コラッタコラッタ!!」

 

コラッタは低い姿勢でこちらを威嚇する。

もしかして、俺たちが木の実を食べて怒っているのかと思ったが、他のポケモンたちは何もしてこないようだし、ただ単にこのコラッタがバトルをしたいだけのようだ。

 

「お、食後の運動か?いいぜ、付き合ってやるよ。ピカチュウ――」

 

「あ、待って」

 

「どうしたリカ?」

 

「私がバトルするよ」

 

リカの顔を見ると闘志が見て取れた。

彼女のバトルも見てみたいし丁度いい機会だな。

 

「よし、任せた」

 

「うん。いくわよフシギダネ!」

 

「ダネダネ!」

 

リカの言葉にフシギダネは元気よく前に出た。

 

「フシギダネ、『つるのムチ』!!」

 

「ダネ、フシャ!」

 

フシギダネの背中の蕾の根本から2本のムチが飛び出す。

そのムチはコラッタの体を強く叩いた。

攻撃を受けたコラッタはフシギダネの先制攻撃に一瞬怯むが、負けじと見据えて突進してきた。

さらにコラッタは口を開けて、前歯をむき出しにしてきた。

 

「『いかりのまえば』が来るぞ!」

 

「ええっ、フシギダネ、『はっぱカッター』!」

 

「ダネダネェ!!」

 

フシギダネの蕾の根本から、鋭い葉っぱが無数に出現した。

 

「コ、コラ、コラッタ!?」

 

無数の葉っぱは迫るコラッタに直撃し、ダメージを受けたコラッタはそのまま失速した。

 

「いいわよフシギダネ、そのまま『たいあたり』!」

 

「ダネダネダネ、フシェッ!!」

 

フシギダネの『たいあたり』は、失速し大きくスキができたコラッタにクリーンヒットした。

 

「コラッ、タアアアッ!」

 

そのままコラッタは吹き飛び、仲間のコラッタたちと草むらの向こうに逃げてしまった。

 

「よくやったわフシギダネ!」

 

「ダネダネ~」

 

フシギダネは嬉しそうにリカの足元まで駆けてくる。

リカはかがんでフシギダネの頭や顎を撫でる。

 

「ナイスバトルだぜリカ、フシギダネ」

 

「ありがとう。けど、まだまだだよ。もっとフシギダネの力を引き出せるようにならないと」

 

「この調子ならすぐに強くなれるよ。本当にマサラタウンの凄腕美少女トレーナーってテレビに出る日も近いんじゃないかな」

 

「も、もう、サトシまでっ!」

 

赤面するリカの可愛い顔、ご馳走様でした。

 

 

 

 

 

フシギダネとコラッタのバトルのあと、他の木々になっている木の実を野生のポケモンたちの迷惑にならない範囲でいくつか頂いた。

それからトキワシティを目指して歩いていると、川が見えてきた。

 

しばらく川沿いを歩いていると、岸に人がいることに気づいた。

 

「……あれは?」

 

「釣り、みたいだね」

 

背格好から俺とリカと同年代と思われる女の子が川に釣り糸を垂らしていた。

近くには彼女のものと思しき新品の自転車がある。

 

後ろからその女の子を見ていると、彼女の釣り竿がビクンと動いた。

女の子はそれに反応するように両腕で竿を力いっぱい引いた。

 

「おお、来た来た。これはなかなかの……」

 

そして女の子が思いっきり釣り竿を引くと、釣り針にかかった獲物が川から出現する。

 

黒い長靴が飛び出してきた。

 

「うええ、大外れじゃない……」

 

女の子は見るからに落胆していた。

 

「長靴とはこれまたベタですね」

 

「ん?誰よあんたたち?」

 

俺の声に女の子は訝し気にこちらを振り向いた。

 

「おっと、失礼。俺たちは今日マサラタウンを旅立ったトレーナーです。俺はサトシ」

 

「私はリカです」

 

「ふーん、新米トレーナーさんたちか。私は世界の美少女、名はカスミ、水ポケモンを極めるトレーナーよ」

 

普通、自分で美少女って言うかな?

まあ、可愛いのは間違いないけど。

それにしても、すごい格好だな。

ノースリーブで丈の短い黄色いシャツでお腹が丸見え、下はサスペンダーショートパンツで脚がほとんど見えているという露出の高い格好だ。そのためボディラインがくっきりしている。シャツを押し上げる胸は細身にしては大きく、丸見えのお腹は綺麗なくびれが見える。太ももからふくらはぎまで丸見えの脚はスラリとしている美脚だ。

 

「いっつっ!?」

 

いきなり背中に痛みが走る。誰かにつねられていた。

いや、誰かってこの距離からつねられるのは1人しかいないよね。

横目で見るとリカが少し膨れた顔で俺を見ていた。

 

「むー」

 

ごめんなさい。もう女の子をいやらしい目で見ません。

そう目で訴えるとリカさんは解放してくれた。

 

俺たちの様子を怪訝に思ったカスミさんは首をかしげる。

 

「?どしたの?」

 

「なんでもないですよ。カスミさんは水ポケモンと出会うために旅をしているんですか?」

 

おお、リカさん切り替え早い。

 

「そうよ、こうしてあちこち回って水辺のポケモンと出会うようにしてるわ。湖や川があればこうして釣りもしてね。あと、呼び捨てとタメ口でいいわよ」

 

それでは遠慮なく。

 

「なるほど、1つのタイプを極めるのも一流のトレーナーの道ってことか」

 

「そうよ!あなたサトシだったっけ?なかなかわかってるじゃない!」

 

カスミは嬉しそうに目を輝かせて顔を近付けてくる。

近い近い……あ、良い匂い。

 

するとカスミは両手を組んで恍惚な表情で語りだす。

そこで俺はあることに気づいた。

 

「水ポケモンってそれはもうみんな可愛くって美しくって最っ高なの!」

 

「なあ」

 

「そんな最高な水ポケモンを極めるのが最高のトレーナーになることだって私は思って――」

 

「あのさ」

 

「なによ、せっかく人が語ってるのに!」

 

「いやその……釣り糸引いてるぞ」

 

そう、カスミの後ろにある彼女の釣り糸が川に引き寄せられていたのだ。

 

「え?あああ、おっとっと!」

 

カスミが慌てて釣り竿を持ち、両脚を強く踏みしめるが少しずつ釣り竿と彼女の体は引っ張られていく。

 

「こ、これは……っ……かなりの……っ……大物!」

 

苦戦しているな、これは本当に大物なのか。

 

「カスミ、手伝うわ」

 

リカがカスミに近づき、一緒に釣り竿を引こうとする。

 

「ダメよ、ポケモン釣りは、一人で引かないと、これも、水ポケモン、トレーナーの、試練、なんだから!」

 

カスミの言葉にリカは手を引いて離れた。

下手をすればカスミの体は池に落ちてしまうかもしれない。けれど、彼女もその覚悟はあるのだろう。それがカスミのトレーナーとしてのプライドか。それなら邪魔をするわけにはいかないな。

 

「見守っていようぜ」

 

「うん」

 

カスミは釣り竿を必死で引っ張ると、少しずつ彼女は後退していった。カスミの引く力が勝ってきているようだ。それに合わせて釣り糸が川から引き上げられていく。

そして、決着の時は訪れる。

 

「っ!せええっのおっ!!」

 

カスミが掛け声と共に思いっきり釣り竿を引っ張ると、それは出現した。

 

「ひゃ!」

 

リカはそれの姿に思わず悲鳴を上げる。

 

それは巨大な青だ。

青はその長い体を覆っている鱗の色であり、大きな背ビレと尻尾もある。

そして、それの顔は凶悪と言えるほどの迫力があり、三叉の角、大きな口、青い二本のひげが特徴的だ。

全体的に龍を思わせる姿をしているそれを俺は知っている。おそらくリカもカスミも知っているだろう。

 

「ギャオオオオオオォォッ!!!」

 

「これは、ギャラドス!?」

 

水タイプ最高クラスのポケモンの出現に俺は驚いた。

俺はポケモン図鑑をギャラドスに向ける。

こいつはすごいな『凶悪、凶暴、周りを焼き尽くす』など、恐ろしい表現ばかりが出てくる。

旅立って早々こんなポケモンに出会うなんて運が良いのか悪いのか。

 

「ギャ、ギャラドス……」

 

悲鳴に近い声を出したカスミはギャラドスに負けないくらい青い顔になっていた。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

「わ、私、ギャラドスはダメなの……」

 

「……水ポケモンが好きなんじゃなかったのか?」

 

「ギャラドスだけは別なの!!」

 

水ポケモンが好きなら分け隔てなく愛してやれよ。

差別ダメ、絶対。

まあ、苦手なら仕方ないか。

 

「わかった。俺がバトルするよ」

 

「い、いいえ、このギャラドスは私が釣り上げたの。だから、私がバトルするわ」

 

ほう、やはりカスミはトレーナーとしての強い矜持を持っているみたいだな。

苦手だと言いながら、臆せずギャラドスの前に立ってモンスターボールを構えている。

 

「お願い、My Steady!」

 

「ヘアッ!」

 

カスミの投げたモンスターボールから現れたのは星形の水ポケモンのヒトデマンだ。

 

「あれがヒトデマン」

 

図鑑を向けると、謎が多いことや、再生力の高さが載っていた。

 

「ヒトデマン、『みずでっぽう』!」

 

「ヘアッ!!」

 

ヒトデマンの頭(?)から水流が勢いよくギャラドスの顔に発射され、その巨体を僅かに後退させる。

 

「水タイプに水タイプの技は効果は今一つよ、けど、ヒトデマンがかなり押しているみたい」

 

リカの言う通り、ヒトデマンの『みずでっぽう』はギャラドスの大きな体を押していた。

これはヒトデマンのレベルの高さ、つまりカスミの育て方の良さが出ているのだろう。

 

するとギャラドスは体を反転させたかと思うと、巨大な尻尾を振り回す。

 

「ギャオオオオッ!!」

 

「ヘアッ!?」

 

「ヒトデマン!?」

 

カスミのヒトデマンは振り回されたギャラドスの尻尾の一撃をまともに喰らってしまった。

その尻尾はよく見ると水を纏っていた。

 

「あれは確か『アクアテール』だっけ?」

 

水タイプの技ならヒトデマンには効果は今一つのはずだが、ギャラドスの攻撃は並外れて高いため、ダメージとなったようだ。

ヒトデマンはそのまま川岸で倒れるが、すぐに立ち上がる。

 

「それならこっちは、『こうそくスピン』!」

 

「ヘアッ!!」

 

ヒトデマンは飛び上がると横回転に回り始める。

猛スピードの回転攻撃はギャラドスにクリーンヒットした。

 

「おお、良い当たりだ」

 

「いいわよヒトデマン、そのまま連続『こうそくスピン』よ!」

 

ヒトデマンはカスミの指示に従い、回転しながら上下左右、縦横無尽に動き、ギャラドスを翻弄しながら回転攻撃をしていく。

このまま勝負はついたと思ったその時、ギャラドスは両目を見開き、迫りくるヒトデマンの攻撃を躱した。

 

「なっ!?」

 

今になってヒトデマンのスピードに慣れてきたのか。

そして、再びギャラドスの巨大な尻尾がヒトデマンに襲い掛かる。

 

「また『アクアテール』だ!」

 

水を纏った尻尾が激突したヒトデマンは吹き飛ばされる。

不意に俺は気づく。カスミも気づいたようだ。

 

「ま、待ってヒトデマン!止まって!」

 

吹き飛ばされたヒトデマンの先には、カスミの自転車があった。

 

途轍もないスピードのヒトデマンの体はカスミの自転車に衝突した。

金属が砕け散る音と共に、自転車はサドルを中心にくの字に折れ曲がり、ボルトやナットがあちこちに飛んだ。

 

「ああああ!!?私の自転車が!!!」

 

カスミは愕然とした表情で悲鳴を上げた。

そんなカスミにお構いなしに、ギャラドスは大きく吠えると、口の中から青い炎を発射した。

 

「ギャオオオオ!!!」

 

「あれは『りゅうのいかり』か!」

 

「ヒトデマン避けて!!」

 

カスミは叫ぶも、ヒトデマンは立ち上がるのもやっとという体で、『りゅうのいかり』が直撃した。さらにヒトデマンの周りにも炎の範囲が及び、カスミの自転車も炎に焼かれた。

 

「ヘアァ……」

 

青い炎が収まると、ヒトデマンは全身に焼け跡が残ったまま立っていたが、そのまま仰向けに倒れる。

 

ヒトデマン、戦闘不能。

 

「ヒトデマン!?」

 

ギャラドスは勝利の雄叫びを発すると、そのまま池に帰ってしまった。

 

「逃げちゃった」

 

リカがギャラドスを目で追うと、カスミはヒトデマンに駆け寄った。

 

「ヒトデマン、大丈夫!?」

 

「……ヘア」

 

カスミがヒトデマンを抱きかかえると、ヒトデマンは片手を上げて返事をした。

 

「良かった」

 

安堵の笑みを浮かべたカスミは顔を上げて、無残な姿になった自転車を見て再び悲痛な顔になる。

 

「ああ……私の、私の自転車が……」

 

「へ、ヘアァ……」

 

落ち込むカスミにヒトデマンが申し訳なさそうな声を出す。

 

「ああ、ヒトデマン。あなたは何も悪くないわ。全部私の判断ミスよ」

 

「ヘアァ……」

 

「うう、ヒトデマンッ!!」

 

カスミとヒトデマンは涙を流して抱き合った。

そのまますすり泣く声がしばらく響き、俺とリカは見守るしかなかった。

 

 

 

 

しばらくして、川岸の草むらに座った俺とリカはカスミを慰めていた。

 

「元気出せよ。これ、モモンの実だ。甘くて美味しいぜ。ほら、ヒトデマンも」

 

「……ありがとう」

 

「ヘア……」

 

しょんぼりしながらハムハムとモモンの実を齧るカスミ。さきほどの強気な様子とは打って変わって、それはまるで小動物のようだった。

ヒトデマンは、どこに口があるんだ。

 

しばらくするとカスミは口を開いた。

 

「私ね、本当は家族を見返すためにトレーナーになって無理して家を飛び出してきたの。だけど、水ポケモンを極めたいっていうのは本当よ」

 

そうしてヒトデマンを撫で始めるカスミは笑っていた。

しかし、それは無理した笑顔だった。

 

「あんたたちを新米扱いしたけど、ほんとは私も新米みたいなもんよね。それなのに2人の前でかっこいいところ見せたくて、無理してこうなって……あーあ、カッコ悪いわね」

 

「全然かっこ悪くなんかないと思うぜ」

 

「え?」

 

「カスミはさっき、自転車よりもヒトデマンのことを心配しただろ」

 

「あ、当たり前でしょ。この子も他の水ポケモンも大事なMy Steadyなんだから」

 

「ああ、そうだ。カスミはポケモンを大事にしている。トレーナーは何よりポケモンのことを一番に考えることが大事だと思うんだ。さっきみたいにポケモンのために行動ができるなら、カスミは立派なポケモントレーナーになれると思うぜ」

 

俺の言葉にリカも続いた。

 

「そうだよ。まだまだ新米だっていうなら、カスミはこれからだよ。こうやって落ち込むこともあるかもしれないけど、めげずにポケモンたちと頑張れば、きっとすごいトレーナーになれるよ」

 

「……うん、2人とも、ありがとう」

 

その笑顔は今度こそ、心からの笑顔だとわかった。

 

「よっし、そろそろ行こうか」

 

「そうだね。あ、ねえ、カスミはこれからどうするの?自転車も……ああなっちゃったし」

 

「まあ、なくなっちゃたものは仕方ないから、歩いて旅するわ」

 

結構前向きなんだな。

 

「俺たちはこれからトキワシティに行って今夜はそこのポケモンセンターに泊まるけど、カスミは?」

 

「うーん、そうね。もうすぐ暗くなるし、私も行くわ」

 

「やった、人数は多い方が楽しいもんね」

 

こうして、トキワシティまでだが、3人旅が始まった。

両手に花とはなんとも嬉しい。

 

 

***

 

 

人に褒められるなんて久しぶりだった。

 

カスミには3人の姉がいる。その姉たちから褒められたのは本当に小さい頃だけ、最近では姉妹の落ちこぼれのような扱いだった。

 

カスミはそんな姉たちに反発するように家を飛び出したは良いけど、上手くいかないことばかり。

 

カスミは自分はトレーナーに向いてないのではないかと何度も思い、今回もそう思った。

 

しかし、まさか今日なったばかりのトレーナーに慰めてもらい、褒めてもらえるなんて思わなかった。

 

2人はカスミと同い年なのに不思議とカスミより年上のように見えた。そのためか、後輩なのに生意気、だなんて思うこともなかった。

――カスミなら立派なトレーナーになれる。

 

その言葉を貰った時、心から嬉しいと思えた。

 

(私もまだまだやれるんだ……)

 

2人はこれから前を向いて旅をするのだろう。それならば自分も負けたくない、カスミは改めて決心して立ち上がる。

 

前を歩いている2人の背中を見つめる。

 

「サトシ、リカ……本当にありがとう」

 

カスミはボソリと呟いて、2人の後を追った。

 

 

***

 

 

時折野生のポケモンに遭遇しながらも、バトルで倒していけてる。

俺とリカはピカチュウとフシギダネをボールから出して一緒に歩いている。

 

「そのピカチュウ、なんだかあんたに懐いてないみたいね」

 

「ああ、こいつかなりの恥ずかしがり屋な上に人が苦手みたいでね。オーキド博士に貰った時からこうなんだ」

 

「ピ……」

 

「それにしてはバトルではちゃんと指示通りに動いていたけど?」

 

「サトシ、指示を出すの上手だもんね」

 

「なんだかんだで、俺の指示を聞いた方がバトルに有利だってわかってくれてるみたいだからな。そこは聞いてくれてる。まあ、それ以外では興味を持ってくれないけどな」

 

「最初のポケモンがそんなんで大丈夫なの?」

 

「まあ、なるようになるさ」

 

そんな談笑をしているとき、向こうに大きな影を見つけた。

 

「どうしたの?」

 

リカの問う声に俺は指を指してその大きな影に注目させる。

それはポッポの最終進化系、ポッポよりも大きな体、大きな翼、頭には長い髪のような羽がなびいている。

鳥ポケモンのピジョットだ。

 

「あれは……」

 

「嘘、ピジョット?最終進化系がどうしてこんなところに?」

 

カスミが呟き、リカが驚きの声を出す。

 

すると、ピジョットはこちらに視線を向けて翼を大きく広げ、こちらに飛んできた。

 

「ピジョットオオオォォッ!!!」

 

「わ、ちょっちょっと、こっちに来るわ」

 

「サ、サトシ、逃げようよ。あれ絶対強いよ」

 

「いや、ゲットする。野生のピジョットなんてめったに会えないぜ」

 

ゲットできれば強い戦力になるし、空も自由に飛べる。

こんなチャンスを逃す手はない。

 

「ちょっと、新米トレーナーなのにいくらなんでも無謀よ!」

 

確かに新米だが、上手くバトルできれば勝つチャンスはある。

 

「大丈夫だって、行くぞピカチュウ!」

 

「チュ~」

 

俺が声をかけるとピカチュウはリカの後ろに隠れてしまった。

 

「え、戦いたくない?」

 

「ピカピカ」

 

ピカチュウは不安げな顔でコクコクと頷く。

 

「ほら、やっぱり無茶よ」

 

「大怪我したら大変だよ」

 

そうだよな。ポケモンが嫌がるなら無理にバトルさせるなんてしてはいけないよな。

無茶なバトルを強要して傷ついたら、それはトレーナー失格だ。

 

そうしてる間にピジョットはもう近くまで来ている。

ならば、やることは一つ。

 

「わかった」

 

「わかってくれたみたいね。それじゃあ、急いで退散――」

 

「ピカチュウを頼んだ」

 

「「へ?」」

 

俺は逃げてるリカとカスミの反対方向、つまり、迫りくるピジョットに真正面に向かった。

ピジョットは俺と対峙すると、怪訝な顔で俺を見てその場で停止した。

 

俺は息を思いっきり吸って、ピジョットに向かって叫んだ。

 

「ピジョット!俺と勝負だ!!」

 

「「は?」」

 

「ピ?」

 

「ダネ?」

 

「ピジョ?」

 

俺がピジョットとバトルしてやる、そして、勝ぁつ!!




サトシの初バトル(?)です。


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君達と駆けていく

前回までのあらすじ
相棒のピカチュウを失ったサトシは怒りと悲しみで、伝説のスーパーマサラ人へと覚醒したのであった(大嘘)



「ピジョット!俺と勝負だ!!」

 

「「は?」」

 

「ピ?」

 

「ダネ?」

 

「ピジョ?」

 

俺の宣戦布告に、目の前のピジョットや後ろにいるリカたちは驚きの声をあげた。

 

「サ、サトシ!あんたピカチュウ以外にポケモン持ってるの!?」

 

「いや、今はピカチュウだけだ」

 

「な、はあっ!?あんた本当に生身で力でポケモンと戦う気!?」

 

「そう言ってるだろ!」

 

「む、無茶だよ!人間がポケモンに勝てるわけないよ!」

 

「そんなの、やってみないとわからないだろ!」

 

目の前のピジョットはあきれ顔だった。

リカとカスミの言う通りだと思っているのだろう。

――人間がポケモンに勝てるはずがない。

そうかもな、いや、確実にそうだろう。

けれど、俺はどうしても、この場から逃げるわけにはいかないんだよ。

 

「行くぞおおおぉっ!!!」

 

俺はピジョットに突進していった。

 

 

***

 

 

ピカチュウは茫然とサトシの背中を見ていた。

 

――何を考えているんだこのニンゲンは

 

ポケモンを相手ニンゲンが武器も無しに勝負を挑むなんて、いや、例え武器を持っていたとしても勝つ可能性は低い。それなのに――

 

「ああ、もうっ!?ほんとむちゃくちゃ!!何考えてんのよ!?」

 

そう文句を言いながら、カスミはボールを取り出す。

 

「もう、仕方ないわね!助けに行くわ!」

 

「わ、私たちも、行こうフシギダネ!」

 

「ダネ!」

 

サトシの無茶な行動に驚きながらもカスミとリカはサトシを助けるべく構えた。

そして、ピジョットの元まで走っているサトシを追っていこうとしたその時だ。

 

「「はぁっ!!?」」

 

「ピカッ!?」

 

「ダネッ!?」

 

女子2人とフシギダネとピカチュウはほぼ同時に驚きの声を上げた。

 

 

***

 

 

ピジョットは呆れた顔で俺を見下ろすと、巨大な2本の翼を大きく振るう。

すると、空気を切り裂く音がした。

両の翼から風が複数の刃となって迫ってくる。

この技は知っている。ひこうタイプの大技、『エアスラッシュ』だ。

 

流石に最終進化系となると、強力な技を覚えているよな。当たれば大怪我は免れないだろう。

しかし、なんとか軌道は読めている。

迫り来る風の刃をステップを踏み、左右に躱すが、

 

「!?」

 

僅かに頬を掠めた。

大きな痛みはないが、当たったことが一瞬だけ俺の動きを止める。

 

だから、反応が遅れた。

そのことをピジョットは見逃さなかった。

 

さらなる風の刃が眼前に迫る。

避けられない躱せない。全身を動かすには間に合わない。

ならば対処法は一つ、そして一か所なら動かせる。

俺は右腕を引き絞り――

 

「おおっ!!」

 

そのまま拳を突き出した。

触れた瞬間、『エアスラッシュ』の強烈な破壊力を拳で感じた。力負けして押し切られ、俺の体は吹き飛ぶだろう。

だからそうならないように、思いっきり拳を振るう!

一瞬停止した俺の拳は再び前進し、空気の刃はそのまま解けて消滅した。

 

「「はぁっ!!?」」

 

「ピカッ!?」

 

「ダネッ!?」

 

「ピジョッ!!?」

 

前方と後方から似たような驚きの声が聞こえた。

ははは、俺も自分で驚いているよ。

本当に真っ二つになっていたかもしれないからな。

 

右手を見て、握って解いてを繰り返す。

『エアスラッシュ』の感触がまだ手の甲に残っている。少し痛みはあるが、動かすのに支障はないな。

俺は再び大地を蹴って走り出した。

ピジョットは大技を放った後だからか、それとも驚きからか、俺を見て動かない。

 

やれるかどうかわからないが一か八か!

俺は走った勢いで大地を踏みしめ、飛び上がった。

ジャンプして飛行中の鳥ポケモンに接近するなんて、これまた正気じゃねえよな。けど、幸いピジョットは俺より1メートルほど上空であるため届くことができた。

呆然として俺を見ているピジョットの懐までジャンプして近づき、胸部を狙い拳を振るった。

 

 

ピジョットはギリギリで反応し、俺の拳を翼をぶつけることで防御した。

まるで鋼鉄を殴ったような感触、いや、それは紛れもなく鋼鉄だ。翼を鋼鉄の固さに高めるはがねタイプの技、『はがねのつばさ』。

ピジョットのその巨大な翼の通り、強く重く固い一撃だった。

 

俺とピジョットの体は反動で後方に飛んだ。

 

地に降りた俺はピジョットを見上げたまま肩で息をした。

 

ピジョットは空を疾走し向かってきた。そのまま右の翼を剣のように横薙ぎに振るった。勿論、その翼は鋼鉄になっている。

 

俺は『はがねのつばさ』の横一閃を左拳で迎撃する。そこから『はがねのつばさ』に加え、嘴や両脚の連撃が襲いかかる。俺は両腕を使い、時に拳をぶつけ、時に受け流し、猛攻を耐えた。

 

ピジョットは痺れを切らしたのか右の翼の大振りの『はがねのつばさ』を打ち込んできた。

俺は右腕を引きしぼり、迎撃しようとして――

 

空振りをした。

 

ピジョットは空中で僅かに旋回し距離を取った。先ほどの『はがねのつばさ』はフェイントだった。大振りを空振った俺はそのまま体勢が崩れる。ピジョットはその隙を見逃さずに突撃してきた。

 

それはピカチュウをも、今朝のポッポをも超える『でんこうせっか』だ。

巻き起こった風が草を土を押しのけ、ピジョットの体は空気を引き裂く。

 

あの『でんこうせっか』を喰らったらひとたまりもないんだろうな。

しかし、回避は間に合わない。ならば――

俺は両手を前方に向ける。

 

「ぐうう……おおおっ!!」

 

俺は猛スピードで突進するピジョットを受け止めた。

勢いにより体が引きずられ、尚もこちらに突き進もうというピジョットの力に両腕が軋むようだ。

 

俺は強く両脚を踏みしめる。

次第に勢いは弱くなり、ピジョットは『でんこうせっか』は停止した。

 

ピジョットと視線が合う。彼は焦りと驚愕、信じられないものを見る目をしていた。

 

「……どうだ?」

 

「……ピジョ」

 

俺は手を離すと、ピジョットは俺の目の前で飛行した。

ピジョットは俺と目線を合わせるように見ている。探るように、確かめるように俺を見ている。

 

「はは……」

 

つい、笑みがこぼれる。

 

血が沸き立つ。例えるならそんな感じか。

正直自分でもトレーナーがポケモンと生身でバトルするなんて正気じゃないと思う。

しかし、こうしてポケモンと直接ぶつかるのも悪くないと思った。

 

いや……楽しいと思った。

 

すると、ピジョットが笑っていた。

それは見下すような笑いではない。

 

「……お前も楽しんでくれているのか?」

 

「ピジョ」

 

ピジョットは満足そうに頷いた。

 

「それじゃあ、続きだ」

 

「ピジョ!!」

 

「行くぞおぉ!!」

 

ピジョットは大きく翼を広げて飛び上がり、俺は拳を構えて踏み出した。

 

 

***

 

 

「……あいつほんとに人間なの?」

 

「……少なくとも私の知ってるサトシは人間のはず、だよ?」

 

ピカチュウは呆然とするリカとカスミの声を耳にしながら自身も驚いていた。

 

――ありえない、何で、ニンゲンがポケモンと戦えてるの?

 

大きなポケモンの技に耐え、打ち破り渡り合っている。

 

「そういえば、『一流のトレーナーは自身の肉体も強くするべきだ』って聞いたことある」

 

「あーなんかの本に載ってたわね。『ポケモンを知るために厳しい自然を知って己も鍛えろ』って。例えば水ポケモンを知るために海や川の近くで暮らしてみるとかね」

 

「……だけど、ああやってポケモンとバトルできるようになれる気がしない……」

 

「……そうだね」

 

「ていうか、今日トレーナーになったばかりなのにどうしてあんなことできるのよ?」

 

「サトシ、昔から山とか川とかで野生のポケモンとよく遊んでたし、それで体が強いのかな?」

 

「それだけで説明できない気がするんだけど……」

 

「あはは……」

 

サトシが地を駆けるとピジョットは空を駆け、サトシが攻勢に出るとピジョットも受けて立った。

しかし、ピカチュウはそこに違和感を感じた。2人には鬼気迫るものが、命のやり取りをする必死さが無かったのだ。

 

それはまるで――

 

「なんだか本当に遊んでるみたいだね」

 

リカが呟いた。

そうだ、サトシはまるでピジョット楽しそうに遊んでいるように見える。

 

「は?遊んでる?ピジョットがサトシに攻撃してるのに?」

 

「うーん……ピジョットの攻撃も、そんなに本気に見えない感じがするんだよね。サトシに技を見せたがってる感じかな?」

 

ピジョットもまたさきほどからサトシを仕留めようとしていなかった。

『はがねのつばさ』は急所である首や頭を狙うことなく、サトシの拳や蹴りにぶつけるような攻撃だ。

ポケモンであるピカチュウはよりそれが理解できた。

 

サトシもまた、その攻撃に暴力性を感じさせるものではなく、ピジョットを潰してしまおうとしいう気配はない。

まるで自分の気持ちをぶつけようとしているかのようだった。

 

サトシとピジョット、2人の口元は緩んでいた。

 

「リカ……あれってもしかして、サトシもピジョットも笑ってる……?」

 

「うん、私もそう見える……」

 

なぜ、どうして。

野生のポケモンにとってニンゲンは縄張りを荒らす敵で、ニンゲンにとっても強い野生のポケモンは脅威のはずだ。

 

――どうして遊んでいられるんだ笑っていられるんだ。

 

そして、それを見ている自分もどうかしている。

あの光景を見て、

 

――どうしてこんなに胸が高鳴るんだ。どうして、あの場所に行きたいと思うんだ。

 

「ピカチュ……」

 

思わず声がこぼれた。

すると、リカがこちらに近づいてくる。

 

「ねえ、ピカチュウ……もしかして、サトシのところに行きたいの?」

 

「ピカ!」

 

即座に否定する。

 

――違う、そんなはずない。僕は人間と馴れ合いなんて……

 

「うーん、まだ、人間には慣れないんだね。それでもこれだけは聞いてほしいな」

 

リカは両膝を曲げた体勢でピカチュウと向き合った。

 

「サトシはね、あなたを見て、あなたと旅がしたいって言ったんだよ。ピカチュウとならどんな冒険でもできるって。だから、サトシはピカチュウを信じているんだよ」

 

――そんなの……そんなの僕には、関係、ない……

 

カスミも同様に近づいて来た。

 

「その……私はそんなにあいつのこと知ってるわけじゃないし、あんなことする無茶なやつとは思うけど……悪いやつじゃないと思うわ」

 

時折サトシの方を見ながら、カスミは続ける。

 

「あいつは私にポケモンを大事にしてるって言ってくれた。けどそれはあいつも同じだと思う。ピカチュウのことを考えて、あなたに無理をさせないために、ああしてるのよ。むちゃくちゃだけど……だから――信じてあげてもいいと思うわ。サトシのこと……」

 

リカとカスミの言葉に、ピカチュウは完全に混乱してしまった。

 

 

――僕は、どうしたいんだ……

 

(どうしたいか、答えなんて最初から出ているだろ?)

 

――君は?

 

(言わなくてもわかるだろ、僕)

 

――そうだね、君は僕だ

 

(僕はニンゲンは嫌いだよ、だけど、それはなぜ?)

 

――ニンゲンはよくわからない。変、苦手、だから嫌い。

 

(ニンゲンをよく知らないのに嫌いなの?)

 

――いいじゃないか、それでも

 

(じゃあ、どうしてあのニンゲンについていってるんだ?逃げることくらいできるのに)

 

――それは……

 

(もう素直になろうよ)

 

――え?

 

(さっきも言ったよ。もう答えなんて出ている)

 

――なら、どうして僕はあのニンゲンのバトルの指示に従ったの?

 

(それで勝てると信じたからだよ)

 

――どうしてバトル以外でもあのニンゲンの言葉に従うの?

 

(彼の言葉を信じていいと思ったからだよ)

 

――どうして僕は逃げなかったの?

 

(彼に着いて行きたかったからだよ)

 

――どうしてバトルに勝って嬉しかったの?

 

(彼が喜んでくれたからだよ)

 

 

――あのニンゲンが嬉しくなったら、僕も、嬉しい。

 

(そうさ、僕はもうあのニンゲンを受け入れているんだよ)

 

――君は

 

(そうだ僕は)

 

――僕は

 

(そうだ君は)

 

――サトシのことが大好きなんだ

 

(それなら、することがあるよ)

 

――そう、だね……だけど、ずっと冷たい態度だったから、嫌われてるかもしれない

 

(やってみないとわからない)

 

――?

 

(諦める前にやってみよう。今まさに、彼はそうしてるよ。さあ、行こう。彼のところまで走るんだ)

 

――まだ間に合うかな?

 

(確かめに行こうよ。あ、そういえば、まだ一度も名前を呼んでなかったね)

 

――そうだったね。

 

(それなら元気よく力一杯に……)

 

――そうだ呼ぶんだ!

 

――サトシ!!

 

「ピカピー!!!」

 

 

***

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ピジョ……」

 

散々暴れ回って、俺もピジョットもフラフラだった。

お互いに致命的な傷は負っていない。激しく体を動かして、俺は地を蹴り、彼は空を駆り、技をぶつけ合ったことによる疲労が主な要因だった。

俺は肩で息をして、ピジョットは地に降りて、その顔には疲労が見える。そして――

 

ピジョットはそのまま倒れ伏した。

 

「ははは……俺の……勝ち、だ……」

 

「ピジョ……」

 

なんかもうトレーナーがバトルとかおかしいけど、俺たちがやっていたのがバトルかどうかもわからなくなったけど、

 

「楽しかった、な……」

 

「ピジョ……ト」

 

ピジョットは倒れながら笑っていた。

 

ああ、やっぱポケモンはいいな……

これがポケモンを知るということか

本来ならば自分のポケモンとのバトルで相手のポケモンを知るのが普通なのだろう。

トレーナーが直接ポケモンとぶつかることも方法の一つなんじゃないかと思った。

馬鹿げた手段だとは思うけどな。

 

ピジョットを起こしてやろうと、近づいたその時だ。

 

「キエエエエェェッ!!」

 

何者かの声が聞こえた。

 

それは目の前で倒れているピジョットのものではなく、後ろから聞こえる。

 

振り返ると、そこにいたのは大きな鳥ポケモン。

茶色の体、赤い鶏冠、大きな嘴を持っている。

オニスズメの進化系のオニドリルだ。

 

オニドリルは大きく羽ばたき、こちらに向かって飛んできている。

 

まさかこれはあのオニドリルは襲ってきているのか、俺とピジョットに窮地が迫っているのかと焦っていると、オニドリルはピジョットの側に降り立つとピジョットの顔を覗き込む。

 

「あ、待て!」

 

俺はオニドリルを止めようと駆け出した、しかし、

 

「キエ……」

 

「ピジョ……」

 

何やら話している。

そして、オニドリルは俺に向き合うと大きく翼を広げた。それはピジョットがしたような戦いの構えだ。しかし、彼は俺もピジョットも襲うつもりはないのか、そのまま俺の目を見つめていた。

 

「……もしかして、お前も俺とバトルしたいのか」

 

オニドリルは頷く。

そうか、俺とピジョットのバトルを見てオニドリルも参加したくなったのか。野生のポケモンというのはかなりバトルが好きなようだな。

まだ疲れはあるが、せっかくのお誘いを断るのも申し訳ない。

 

「よし……それじゃあ相手に――」

 

「ピカピー!!!」

 

またも後方からの声、それは紛れもなく俺のポケモンの声だった。

 

「ピカチュウ?」

 

向こうにいたはずのピカチュウが走ってきた。

 

「どうしたんだ?」

 

ピカチュウは俺を見上げると、決心をしたような目をして口を開いた。

 

「ピカピ、ピカピカ、ピカピカチュウ」

 

ピカチュウが頭を下げた。

そのまま顔を上げてピカチュウは続けた。

 

「ピカチュピカピカピカチュウ。ピ、ピカピカピィカ……ピカピピカピーカチュウ。ピカチュピカピピカピッカピィカピカチュウピッピカチュウ。ピカピカ……ピカチュウピカピピカピカチュウ!!」

 

はっきり言って、何を喋っていたのかわからない。

けれど、想いは伝わってきた。

ピカチュウが俺を認めてくれたこと、一緒に旅をしたいと思ったこと。

だから俺はピカチュウに問いかける。

 

「ピカチュウ……俺で、いいのか?」

 

本当に俺は君のトレーナーでいいのか、本当に俺と旅をしたいのか。

 

「ピカチュウ!」

 

ピカチュウは最高に可愛い笑顔で答えた。

 

「!」

 

ピカチュウは俺の体を素早い動きで駆け上がると、俺の肩に乗った。

それはとても重い、けれど暖かく、彼を強く感じることができた。

 

「ピッカ!」

 

「ああ、ピカチュウ、これからもよろしくな」

 

オニドリルを放ったらかしにしてしまったな。

彼とのバトルをしなければとピカチュウを降ろすと、ピカチュウが俺の目を見た。

 

「ピカ!」

 

それの表情を見てピカチュウの気持ちが伝わって来た。俺は頷くと、

 

「なあ、オニドリル。ピカチュウがお前とバトルしたいみたいなんだ。それでもいいか」

 

「キエ!」

 

オニドリルは了承してくれたようで、ピカチュウを見て翼を大きく広げた。

 

「よし、頼んだぜピカチュウ」

 

「ピカチュウ!」

 

そうだ、まだこれを言ってなかったな。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「ピッカ!」

 

 

***

 

 

「良かった、サトシとピカチュウ。本当に仲良しになれたんだね」

 

「まったく、お騒がせね。けど、悪くないなこういうのも」

 

ポケモンとトレーナーの絆が生まれる瞬間を見たようで、カスミもリカも暖かい気持ちを胸に抱いていた。

 

その気持ちは感動と、絆を見せてくれたサトシへの感謝と尊敬の気持ちなのだろう。

 

そうして微笑むカスミはふと、空を見上げると、暗くなってきたことに気づく。

 

「なんだか雲行きが怪しいわね」

 

今後の天気の心配をしながら、サトシとピカチュウに視線をもどした。

 

 

***

 

 

空が暗くなってきたと思ったら、すぐに雨が降り始め、風も強くなってきた。

本当ならすぐにでもどこか雨宿りができる場所を探すべきだが今はバトル中、雨でも雪でも関係ない。

目の前の相手に集中する。

 

「ピカチュウ、『でんこうせっか』!」

 

スタートからトップスピードに乗ったピカチュウはオニドリルに突撃した。

オニドリルは翼を動かして飛び上がることで回避する。

 

「『でんきショック』!」

 

「ピィカ、チュウウウ!!」

 

オニドリルに全身から放たれる電撃が襲いかかる。しかし、オニドリルは空中で旋回することで躱す。

 

「キエ!」

 

オニドリルは嘴を向けて突っ込んできた。そのまま全身を回転させる。

 

「『ドリルくちばし』だ。かわせ!」

 

ピカチュウは横に飛んで回避する。

通り過ぎたオニドリルはピカチュウに背中を見せている。

 

「『でんきショック』!」

 

「ピッカチュウウウ!」

 

俺の指示に瞬時に応えたピカチュウの電撃がオニドリルに直撃する。

 

「キエエエッ!?」

 

効果は抜群!

しかし、オニドリルは体をさらに回転させ、翼を大きくはためかせることで電撃を振り払った。

直撃してダメージは受けたようだが、まだまだオニドリルは健在だ。

 

「そうこなくっちゃな」

 

「ピカ!」

 

俺の言葉に同意するピカチュウは楽しそうだった。

ピカチュウもバトルを楽しんでくれて良かった。以前よりも動きが良くなっている気がして

 

雨と風が俺とピカチュウとオニドリルに打ち付けられる。しかし、雨の冷たさが気にならないくらいに、俺の体は熱くなっている。それはピカチュウとオニドリルも同じでその顔は真剣に目の前の相手を見ている。

先に動いたのはオニドリルだった。

 

オニドリルは再びこちらに突撃し、体を大きく回転させる。また『ドリルくちばし』か。しかし、先ほどと比べてどこか違和感があった。

 

反射的に図鑑を手に取り、オニドリルに向けるとその違和感の正体に気づいた。

 

「『ドリルくちばし』じゃない!?ピカチュウかわせ!!」

 

しかし、ピカチュウが動くよりもオニドリルの方が僅かに速い!

高速で回転する嘴がピカチュウに衝突した。

 

「ピッ、カアアアアア!!」

 

「ピカチュウ!」

 

今の技は『ドリルライナー』。『ドリルくちばし』と似ているが、タイプの違う技だ。しかも、それはでんきタイプに効果抜群のじめんタイプの技だ。

大ダメージを受けただろうピカチュウは後方に吹き飛んでいった。

 

「ピカチュウ、大丈夫か!?」

 

「ピ、カ……」

 

ピカチュウは何とか立ち上がる。

一撃でこれだけのダメージになるとは、次『ドリルライナー』を受けたら確実に戦闘不能になる。

 

オニドリルは再びこちらを向き、回転を始めた。

また『ドリルライナー』が来る。

タイミングを見誤らないように……

 

「かわして『でんきショック』!」

 

オニドリルの嘴が当たる寸前にピカチュウは身を翻し、体に帯電を始め、放出する。

 

「ピカチュウウウウウッ!!」

 

回避直後の『でんきショック』。先ほどの攻防ではこれでダメージを与えられた。これでまた――

 

しかし、電撃はオニドリルを捉えることはなかった。

背を向けたオニドリルのスピードが上がった。

 

「な、『こうそくいどう』!?」

 

自身の素早さを上げる補助技。オニドリルは『でんきショック』を回避すると、そのままピカチュウの真上まで飛び、そして体を回転させる。

 

真上からの『ドリルライナー』。

 

「ピカチュウかわせ!!」

 

オニドリルがピカチュウに激突した。

技を放ったオニドリルは再び飛び上がる。

ピカチュウは吹き飛んで地面に伏した。

 

「ピカチュウ!?」

 

しかし、ピカチュウは立ち上がった。ダメージはそこまで大きくないようだ。あの時ギリギリで回避していたのか。

 

だが次は回避し切れるとは限らないだろう。それなら、こちらも次で決めるつもりで行かないと勝てない。

 

「ピカチュウ……これから結構無茶な指示出すけど、いけるか?」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウは当然だ、とばかりの自信に満ちた顔で頷いた。

 

「行くぜピカチュウ、お前を信じてる。『でんこうせっか』だ!!」

 

『でんこうせっか』と『ドリルライナー』が衝突した。

 

オニドリルの方が体が大きくそれに加えて急降下によりスピードも上がっている分威力は高く、ピカチュウは押し切られそうになる。だから、チャンスは一瞬だけ。

 

「ピカチュウ、前に回転しながらジャンプ!」

 

ピカチュウは一瞬の拮抗の間に両手で地面を強く叩いてジャンプした。

そして、回転するオニドリルの体にしがみついた。

 

「キエ!?」

 

驚いたことでオニドリルはスピードを落としてしまい、回転も止まったまま飛行をしていた。

そしてオニドリルは自分がピカチュウに背後を取られ、尚且つ超至近距離であるということに気づいた。

そうだ。もう逃がさない!

 

「ピカチュウ、『でんきショック』!!」

 

「ピィカ、チュウウウウ!!!」

 

「キエエエエエエェッ!!?」

 

ゼロ距離からの電撃を流し込まれるオニドリルは飛びながらもがき、暴れてピカチュウを振り落とそうとする。しかし、ピカチュウは決して手を離さない。これで勝負を決めるつもりで全身に力を込めてフルパワーの『でんきショック』を放つ。

ダメージを受け続けたオニドリルは、次第に暴れる力も弱くなり、飛ぶだけで精一杯となり。遂には飛ぶ力も弱くなってきた。

ピカチュウの電撃が終わる。出し切ったのだろう。

そして、オニドリルは体を焦がして、フラフラとした動きになり、高度が次第に下がってきた。

 

「やった!!」

 

だが上ばかりを見て、さらにピカチュウが受け入れてくれたことで舞い上がっていた俺は気づかなかった。

 

 

***

 

 

「やった、サトシとピカチュウが勝った!」

 

「まったく危なっかしいバトルばっかりね」

 

安堵したリカとカスミ。

しかし、そこであることに気づいた。

 

「ねえ、あれって!」

 

「ピカチュウとオニドリルが危ない!」

 

 

***

 

 

「サトシ!」

 

「え?……あっ!」

 

カスミの声でようやく理解した。

 

オニドリルの落下地点が雨で流れの速くなった川であることを。

 

「しまった!!」

 

俺は何て間抜けなんだ。

まずい!このままではピカチュウもオニドリルも落ちる。

 

「ピィカ、ピィカ!」

 

「キ……キエ……」

 

しかし、ピカチュウはオニドリルを起こすために声をかけ続けて降りようとしない。

俺は川まで走る、が、間に合わない。

 

そのままピカチュウとオニドリルは川に落下した。

沈んだままピカチュウとオニドリルは浮いてこない。

 

「ピカチュウが、フシギダネ、『つるのムチ』でお願い!」

 

「ダネ!」

 

「待って、川の流れが速すぎて危ないわ!私の水ポケモンで!」

 

「で、でもヒトデマンだけでピカチュウとオニドリルを引き上げられるの?」

 

「もう1人、スターミーって子がいるわ。ヒトデマンと2人でなら」

 

カスミとリカの会話が聞こえた。だが俺は待つことができずに声を出す暇もなく俺は川に飛び込んだ。

 

「「サトシ!?」」

 

水の流れが強く、体が流されそうになる。腕を川に入れて探すも見つからない。

 

嫌だ、せっかく仲良くなれたのに、失いたくない。

 

ピカチュウ、どこだ、ピカチュウ。

 

すると、水が浮かび上がった。

 

「!?」

 

それはギャラドスだった。

俺はギャラドスの背に乗っていた。

いや、俺だけじゃない。

そこにはピカチュウとオニドリルがいた。

 

「ピカチュウ!オニドリル!2人とも無事だったのか!」

 

「ピッカ!」

 

「キエ……」

 

ピカチュウは元気よく、オニドリルはダメージのせいか声が小さかった。

2人の無事を確認すると、自分たちを乗せてくれているギャラドスを見た。

見覚えがあった。

こいつはさっきカスミが釣り上げたギャラドスだ。

 

「ギャラドス、助けてくれたのか?」

 

「ギャオ」

 

ギャラドスは肯定したような返事をした。

 

「サトシー!」

 

「大丈夫-!?」

 

「ああ、ギャラドスのおかげでみんな助かったぜー!」

 

川岸に立っているリカとカスミは安心した顔をしていた。

 

ギャラドスは岸に体を寄せた。「降りていい」ということだろう。

俺はピカチュウを肩に乗せてオニドリルを支えるとギャラドスから降りた。

 

「ありがとうギャラドス、助かったよ」

 

「ピカチュウ」

 

「キエ……」

 

俺、ピカチュウ、オニドリルの感謝にギャラドスは頷いた。

 

「まったく、私の水ポケモンで助けられたのに何無茶してんのよ」

 

「悪い、なんか居ても立っても居られなくてな」

 

我ながらまたまたバカなことをしてしまいました。

 

「みんな無事で良かった。でも、どうしてギャラドスが?」

 

リカが疑問の声を上げる。すると、ギャラドスはカスミの元まで近づいた。

 

「ギャオオオ」

 

「ひっ!?な、なんなの!?」

 

カスミは苦手なギャラドスが近づいて見つめてくることに驚き、悲鳴を上げてリカの後ろに隠れてしまった。

 

「ギャオオ……」

 

盾にされてるリカが何かを察したような顔になる。

 

「あ、もしかして、カスミに謝りたいの?」

 

「え?」

 

ギャラドスがカスミに謝ることと言えば、

 

「もしかして、自転車のことか?」

 

見るとギャラドスは申し訳なさそうな顔でカスミを見ていた。

なるほど、カスミに謝るために追いかけてきたら、溺れている俺たちを見かけて助けてくれたのか。

 

「そ、そうだったんだ。べ、別にもういいわよ。バトルを仕掛けたのは私なんだし」

 

カスミは怖がりながらもギャラドスに応えてあげた。

 

「あ、あんまり暴れないように気を付けなさいね」

 

そう締めくくると、ギャラドスは頷き一声吠えて川に潜っていった。

 

「ギャラドスー!助けてくれて本当にありがとうー!」

 

「ピカピカー!」

 

 

 

 

「じゃあなー、ピジョットー、オニドリルー!」

 

「またねー!」

 

「バイバーイ!」

 

「ピカピカー!」

 

「ダネー!」

 

「ピジョオオオ!!」

 

「キエエエエ!!」

 

雨は上がり、日が差してきた。

俺たち3人は見送ってくれてるピジョットとオニドリルたちに手を振り、歩き出した。

すると、カスミが尋ねてくる。

 

「サトシ、せっかくバトルで勝ったのにどうしてピジョットもオニドリルもゲットしなかったのよ?」

 

ああ、それか。

 

「理由は二つある。まず、あの2体はこのあたりのポッポやオニスズメたちのボスなんだ。急にボス不在になったらかなり影響が出ると思ったんだ」

 

「もう一つは?」

 

「ゲットする必要はなくなったからだよ」

 

2人は首を傾げる。

 

「俺とあいつらは、もう友達になったからな」

 

カスミとリカはハッとした顔になった。

 

「へー、面白い考え方じゃない」

 

「そっか、ゲットしなくてもポケモンと仲良くなれるんだね」

 

自分のポケモンじゃなくても友達になることはできる。ピジョットとオニドリルとバトルをしてそれを知ることができた。

 

「そういう意味じゃ、カスミもあのギャラドスとは友達になれたと思うぜ」

 

「そう、かしら……」

 

カスミはなんとも微妙な表情になった。

 

「今更だけど、俺がピジョットとバトルをしたのって……その、ポケモン虐待とかにならないかな?」

 

殴ったりしたしな。

答えたのはカスミだった。

 

「うーん、ピカチュウみたいな小さなポケモンはともかく、ピジョットみたいな大型のポケモンはそもそも人間が素手でどうこうできるなんて誰も思わないし、それにあんたも同じくらい攻撃されてたし、問題ないんじゃない?」

 

「なるほどな」

 

「ま、なんにしても無茶苦茶だけどね」

 

はい、反省してます。

すると、空を見上げたカスミがあることに気づいた。

 

「見て、虹よ!」

 

割れた雲の向こうには虹が見えた。

自然の神秘に俺もカスミもリカも見惚れていた。

 

 

 

しかし、そこにあったのは虹だけではなかった。

虹の間を大きな鳥が飛んでいた。

 

「おい、あれって……」

 

それはまるで生きた虹だった。

鳥の姿をしたその虹は輝きを放ちながら飛び去ってしまった。

 

「今のは、ポケモンか?」

 

「わかんない、初めて見たわ」

 

「綺麗だったね」

 

改めて生きた虹のいた方向を見ると、あることに気づいた。

空に何かが舞っていた。

俺は空に舞う何かに手を伸ばした。

それは鳥の羽根のようだった。

虹色に輝く羽根。

 

「わー綺麗……」

 

「何かしらそれ?」

 

「さっきの鳥の、羽根?」

 

落ちてきたのは偶然なのか?

まあ、なんにしても。

 

「……また会ってみたいな」

 

「サトシなら会えるよ、きっと」

 

「あんたポケモンとは妙な縁がありそうだしね」

 

そうだな、旅をすればいつか出会う日が来るかもしれないからな。

 

「よし、じゃあ改めてトキワシティまで行くか!」

 

「「おー!」」

 

俺たち3人は駆け出した。

新たな冒険を目指して。




ここまででようやくアニメ第1話分という事実。無印だけでもかなりかかりそうですね。


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登場人物紹介&雑文

簡単な紹介です。
加筆するかもしれません。


サトシ(憑依)

突如、この世界の主人公サトシに憑依した男。前世では20代の会社員。憑依前の世界については曖昧にしか覚えていない。

サトシに憑依してからマサラ人の体を使いこなして凄まじい身体能力を発揮している。また、サトシが今まで生きてきた記憶が頭に残っており、自分の記憶のように思い返すことができる。

憑依した影響で、ポケモンや冒険への憧れとポケモンが大好きな気持ちが蘇り、世界中を旅し多くのポケモンと出会うことを夢見ている。

 

ポケモンについては子供の頃にゲームをよくしていた。金銀バージョンまで経験している。

アニメはたまにテレビで放送されていたのを見ていた程度で大まかなストーリーは知らず、サトシとピカチュウだけはわかる。

実はポケモンの種類やゲームの内容についてはうろ覚えで全部は覚えていない。おそらく憑依の影響もあると思われる。

 

スケベで女の子の身体にすぐ興奮するが、自身が現在子供であるためか手を出そうという気が起きない。

ピカチュウを最初に選んだ。まるで言うことを聞かないピカチュウだが、真摯な気持ちで向き合ったことで本当の相棒になることができた。

 

 

ピカチュウ

サトシの最初のポケモン。

最初は人間に不信感を抱いていて、サトシの言うことを聞かなかったが、サトシの熱い気持ちやポケモンに対する想いを知り、心を開く。

 

 

リカ

サトシの幼馴染の少女。

スタイル抜群の美少女で、1度雑誌にモデルとして載ったこともある。

旅を通じて自身を成長させることを目指し、多くのポケモンたちとの出会い、多くのポケモンを知ることを夢見ている。

サトシのことはポケモンを大事にする優しい男の子として好感を抱いていた。

旅立ちの日のサトシの大人で紳士な態度、さらにポケモンへ向き合う姿勢に好意を明確に自覚する。

フシギダネを最初に選び、とても仲良し。

作者はリカのフシギダネを進化させないままにするか、フシギバナまで進化させるか迷ってます。

可愛いを取るか、メガシンカを取るか。

 

 

カスミ

サトシとリカが道中出会った少女。

水ポケモンを心から愛し、水ポケモンを極めることを夢見る。

川で釣りをしている時にサトシとリカに出会う。バトルで負けて落ち込んでいたところを2人に励まされて立ち直る。

サトシのことは無茶苦茶だけど、面白そうな男だと感じている。

美少女でスタイルが良く、それを強調するような露出度の高い格好をしている。

 

 

シゲル

サトシの子供の頃からのライバルの少年。オーキド博士の孫。

先祖のように立派なポケモントレーナーなることを目的としている。

サトシに対しては常に勝ってきたため見下した態度を取ってきたが、旅立ちの日にサトシの雰囲気の変化や、バトルの戦略の高さに敗北感を抱くもそれを認めず、サトシに必ず勝つことを宣言して旅だった。

ゼニガメを最初に選んだ。

 

 

ナオキ

マサラタウンの少年で悪ガキ。

最強のポケモントレーナーを目指している。

サトシのことをいじめていたが、彼がめげずに反抗したため、さらに目の敵にする。

旅立ちの日も、サトシが誰よりも早く研究所に来て、さらに自分を言い負かしたこと、バトルで圧倒されたことでサトシへの認識を改め、ライバル宣言をした。

ヒトカゲを最初に選んだ。

 

 

オーキド博士

ポケモン研究の権威。ポケモンが151匹だけとか言ってない、言ってないったら言ってない。

しかし、適当なところがある。

 

 

ハナコ(サトシのママ)

マサラタウンが誇る未亡人。

美人、スタイル抜群で巨乳、料理上手、まだ20代と理想のママ。

サトシがしっかりしてくれて嬉しい。

 

 

マサラタウンの子供達

旅立つ前の子供達や、ポケモントレーナーの旅をしてマサラタウンに帰ってきた少年少女たちで、サトシ、リカ、シゲル、ナオキの友達。

 

女の子たちは不思議なことに美少女ばかり。

最近、女の子たちの間ではかっこよくなったサトシのファンクラブが出来ているという噂がある。

ナオキの友人は所謂ヤンキーやギャルが多いが、悪い子たちではない。ナオキの兄貴や姉貴に当たる人たちはサトシをいじめるナオキを戒めることも多い。

 

 

マサラタウン

カントー地方の田舎町、オーキド博士が住んでいること以外は特筆すべきことが無い町。

特別な力を持つ子供が生まれることがあるという伝説があるとか無いとか。

 

 

・使用ポケモンについて

登場人物はアニメポケットモンスターで使用したポケモンと違うポケモンを使うことがあります。

 

 

・世界観

ポケモンはアローラのポケモンまで判明しています。

映画「キミに決めた」の世界に近いです。

技の種類、タイプの数、タイプ相性、ポケモンの種族値、その他のシステムも最新作ゲームの通りです。

 

 

・旅立つ子供について

10歳になったら旅に出るとアニメではあったけど、10歳になったらすぐに旅ではなく、バラバラの誕生日で10歳になった3、4人の子供をいっぺんに同じ日に旅立たせるのだと思います。だから、サトシたちが旅立った数ヶ月前や数ヶ月後にもマサラタウンから旅立つ子供がいるはず、サトシ達と今後出会うとは限りませんが。

 

・リカについて

リカの名前は『サユリ』の予定でした。『サユリ』はアニメポケットモンスターのキャラクターデザインを担当した一石小百合さんからです。

しかし、『サユリ』は『サトシ』と混ざってしまいそうになったので、松本梨香さんから『リカ』をいただきました。

 



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トキワシティの攻防

遅くなって本当に申し訳ないです。
上手く考えがまとまらなくて時間がかかってしまいました。
色々捏造設定があります。



マサラタウンに一番近いトキワシティはそこそこ大きな町だ。と言ってもカントーの中心の都会に比べれば田舎には意義無いのだが。

夕日が差しオレンジ色に染まったトキワシティは外の人通りも少ない。もうすぐ日暮れなのだから仕方ないのだが、旅に出て最初に訪れた町がこう静かだと寂しいものがある。

 

「もうくたくただよ~」

 

「私も早くシャワー浴びたいわ」

 

リカとカスミは町が近い安心感からか休息を望んでいた。

そうしてトキワシティに入ろうとした矢先、

 

「そこのあなたたち」

 

目の前に女性が現れた。

青い帽子を被り、纏っている青を基調とした服は制服のようだ。

ミニスカートからは美しい脚が伸びている。

 

「私はこのトキワシティの治安を任されているジュンサーよ」

 

なるほど、警察というわけか。

しかし……警察の人がそんな風紀を乱すような肌の目立つような恰好をするなん

 

「ってぇ!?」

 

突如背中に痛みが走る。それも二か所。

何者かに思いっきりつねられている。

まさか、このパターンは……

 

「……えっち」

 

「……ばか」

 

左のリカさんと右のカスミさんでした。そんなに睨まないで怒らないでつねらないで、反省してます。もうしません……たぶん。

 

「どうしたの?」

 

「あ、いえ、なんでもないです。お……僕たちは旅をしているトレーナーです。俺と左の彼女はマサラタウンから来ました。右の彼女は途中で出会いました」

 

「あら、マサラタウンのトレーナーなら今日あなたたちの前に2人来たわね」

 

シゲルとナオキか。

 

「町に入る前に身分証明書を見せてもらえるかしら?」

 

え?身分証明書?そんなの貰った覚えが――

と思っていると、

 

「え、それポケモン図鑑じゃ?」

 

「知らなかったの?ほら、ポケモン図鑑のここをこうして……」

 

リカを真似てポケモン図鑑を操作すると、図鑑の音声が流れた。

 

「これが身分証になってたのか……」

 

「もう、図鑑と一緒に説明書も貰ったでしょ、読んでなかったの?」

 

「……はい」

 

「カスミのそれは?」

 

カスミは小さなカードを手に持っていた。

 

「これはトレーナーカードよ。普通はこれがポケモントレーナーの身分証になるのよ」

 

なるほどな、トレーナーに関する決まりはしっかりしてるんだな。

ジュンサーさんは俺たち3人の身分証をまじまじと見ると笑顔になる。

 

「はい、3人が町に入ることを許可します」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

危機は去った……まあ、そんな大袈裟なものではないけどな。

すると、ジュンサーさんは面白そうに笑い、俺に話しかけてきた。

 

「それにしてもあなた、こんなに可愛い娘たちと両手に花の旅なんて隅に置けないじゃない」

 

ジュンサーさんは面白がるように俺とリカとカスミを見比べた。

 

「な、なななな何言ってるんですかジュンサーさん。私とこいつはたまたま会ってここまで来ただけで、そうよね、リカ……リカ?」

 

「わ、私とサトシがそんな……ま、まだ手も繋いでないのに……で、でも、サトシがどうしてもって言うなら……」

 

「おーい……リカー?」

 

「あらあら、本当に可愛い娘たちね」

 

2人とも……ジュンサーさんは揶揄っただけだろ、本気にしなくていいよ。

 

「あのジュンサーさん、ポケモンセンターはどこですか?」

 

「ポケモンセンターなら、この道を真っすぐに行った先にあるけど、結構遠いわよ。今から歩いたら夜になるわ。詳しい道はそこの地図に載っているけど」

 

ジュンサーさんの説明を聞き終えると交番に掲示されているこの町の地図を見つけた。

トキワシティは思ったより広いな。ゲームでは建物も少ないように描かれていたが、現実に沿ったら一般の都市くらいの広さは当然だが。

 

「まあ、今日はポケモンセンターに泊まるつもりでしたので暗くなっても問題ないです」

 

「そう、じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい。その娘たちに何かあったらあなたが守ってあげるのよ。トレーナー君」

 

ジュンサーさんはウィンクして悪戯っぽく笑った。

 

「ええ、もちろんです。いろいろありがとうございました」

 

「「ありがとうございました」」

 

俺に続いてリカとカスミもお礼を言った。

 

そのまま俺たちはジュンサーさんに見送られながらトキワシティへと入って行った。

 

すると、カスミが話しかけてきた。

 

「サトシ、言っとくけど、私はただ守られるだけの女じゃないわよ」

 

「わ、私もだよ。サトシと一緒に戦えるよ」

 

なるほど、先ほどのジュンサーさんの言葉に対するものか。

カスミは負けず嫌いなのはなんとなくわかっていたが、リカもかなり積極的なんだな。

微笑ましくて頬が緩んでしまう。

 

「ああ、わかってるよ。俺が危ないときは頼りにしてるからな」

 

「う、うん、任せて」

 

「わ、わかればいいのよ」

 

リカは照れて頬を染め、カスミは誇らしげな顔で同様に頬を染めていた。

この2人はいちいち反応が可愛くて困るわー

 

 

***

 

 

辺りは真っ暗になった。ジュンサーさんの言う通り、着く前に夜になってしまった。

 

「あ、もしかしてあの建物?」

 

リカの指さす方には、周りとは形や雰囲気が違う建物があった。

赤い屋根にモンスターボールの飾り、看板を確認すると『ポケモンセンター』とあった。

 

俺たちはつい嬉しくてポケモンセンターまで走り出した。

 

自動ドアを通過すると、綺麗な床が見え、その先には受付らしき場所があった。

しかし、中には人っ子一人いなかった。

 

「すいませーん」

 

すると、受付の奥から女性が現れた。

白衣にスカート、被っている帽子には十字のマークがついていた。

 

「こんばんわ。ようこそポケモンセンターへ私は当センターの責任者のジョーイです」

 

ジョーイさんはその整った顔立ちで綺麗な笑顔を見せてくれた。

服の上からもスタイルの良さが――と危ない。また2人からお仕置きされるところだった。

 

「こんばんわ。あの、ポケモンの回復をお願いしたいんですけど。あと、今日ここに宿泊できますか?」

 

「回復承りました。宿泊については部屋は空いているのであとで鍵を渡しますからね」

 

「ありがとうございます」

 

「はい、ではこちらにモンスターボールを乗せてください」

 

ジョーイさんが取り出した3つのトレイに俺たちはそれぞれ自分のボールを乗せる。

俺とリカは1個でカスミは3個だ。

 

「それではお預かりします」

 

すると、ジョーイさんの後ろから大きなピンクのポケモンが現れる。

 

「ラッキー」

 

ラッキーだ。そう言えば、ポケモンセンターではラッキーがお手伝いをしていると聞いたことがあった。ジョーイさんと同じ帽子を被ったラッキーはボールの乗ったトレイを運んで行った。

 

「良かった~泊まる部屋があって」

 

「あんまり人も少ないみたいだな」

 

「まあ、このあたりはトレーナーが少ないから」

 

田舎町だからということか。

 

こうしてしばらく談笑していると、

 

『テンテンテレレ~ン』

 

例の音が鳴った。

 

「皆さんのポケモンは元気になりましたよ」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

トレイに乗ったボールを受け取る、すると、ボールが勝手に開きピカチュウが飛び出してきた。

 

「ピカチュウ!」

 

「うお、ピカチュウ!ははは元気になって良かったな」

 

俺に抱き着いてきたピカチュウは俺に頬ずりをしてくる。

ピカチュウの頬っぺたってこんなに柔らかいんだな、くせになりそうだ。

 

「ピカピカ~」

 

「うふふ、仲良しなのね……あら?」

 

ジョーイさんが俺を見て怪訝な顔をした。

 

「どうかしました?」

 

「あなた、その手はどうしたの?」

 

ジョーイさんは指ぬきグローブに包まれた傷だらけになっているの俺の手を見ていた。

 

「あ、えーと、これは……」

 

「少し、見せてもらえるかしら?」

 

「あ……」

 

何と答えたらいいものかと考えているとジョーイさんは俺の手を取り観察を始めた。

ジョーイさんの細くてしなやかな指に触れられるのはなんとも心地よかった。

 

「この切れ方は、刃物?いえ、それよりも……」

 

するとジョーイさんは何かしらの器具を取り出してパソコンに繋げると俺の手に当てた。

 

「この反応はひこうタイプの技の反応ね。鋭いひこうタイプの技と言えば……『エアカッター』か『エアスラッシュ』かしら。どうしてあなたの手から反応が出ているの?」

 

パソコンの画面を見ながらジョーイさんは俺に問いかけてきた。

 

「実は……」

 

俺は観念して、ここに来るまでにピジョットと直接バトルしたことを語った。

 

「なんて無茶なことをしたの!?」

 

「いやぁ、あはは……」

 

ジョーイさんの物凄い剣幕に気おされながらも笑うしかなかった。

 

「笑いごとではないわ。大型のポケモンは大人でも大怪我を負わせるのよ!子供が立ち向かって行くなんて、取り返しのつかないことになったらどうするの!?」

 

「すいませんでした。ピカチュウに無理をさせたくなくって、ピジョットからは逃げられないし、それに直接ぶつかればピジョットのことを知れるかもしれないと思い、無茶だとはわかっていたのですが、軽率でした」

 

「あなたに何かあったら、あなたのご両親やそこにいるあなたのお友達も悲しむわ。それに……」

 

ジョーイさんはピカチュウに視線を送る。

 

「あなたのピカチュウもそうよ。ポケモンにとって、トレーナーはかけがえのない存在なの。その子には、あなたしかいないのよ」

 

その言葉に俺は肩に乗ったピカチュウを見つめる。

そうだよな、せっかく友達になれたのに、すぐにさようならするのは悲しいよな。

もっと、ピカチュウと冒険したいんだよな。

すると、ジョーイさんは軽く微笑んだ。

 

「けれど、あなたのポケモンを思いやる気持ちと、ポケモンを知りたいと思うことは大事なことだと思うわ」

 

「はい」

 

「その気持ちは忘れないでね。だけど、無茶は禁物よ」

 

「はい」

 

怒られたが、褒められて嬉しかった。

ピカチュウを見ると彼もまた笑っていた。

 

 

***

 

 

俺はセンター内のパソコンを操作していた。

そして、画面に目的の人物が現れる。

 

「ママ?」

 

「あら、サトシ!?」

 

画面に映るママは就寝前なのか寝巻き姿だ。

 

「さっきぶりだね。トキワシティに着いたから連絡したんだ」

 

「まあ、もうトキワシティに着いたの?結構早いんじゃないかしら?」

 

「そうかな?まあ、今日一日でいろいろあったよ。今リカと一緒なんだ」

 

「まあ、リカちゃんと?仲良くしてる?」

 

「もちろん。それから、もう1人カスミって女の子と一緒にいるんだ」

 

「あら、サトシったら、結構手が早いのね」

 

「そういう言い方はやめてくれよ」

 

息子を好色扱いせんといてください!

 

「うふふ、はいはい。それでそのカスミちゃんは可愛いの?リカちゃんとどっちがタイプなのかしら?」

 

「タイプとかそういう話じゃないよ。確かにカスミも可愛いけどさ」

 

「えー、せっかく女の子と仲良くなったんだから、もっとこう……楽しいことすればいいのに〜」

 

なんだよ楽しいことって。

 

「旅始めたばかりでそんな余裕無いよ」

 

「じゃあ、これからなのね。うふふ……」

 

女子かこの人は。あ、女性だったな。

 

「それじゃあ、また次の町に着いたら連絡するよ」

 

「そう。サトシ、女の子には優しくするのよ。変なことしちゃダメよ」

 

「しないよ!切るよ」

 

「はーい、またの連絡お待ちしてまーす」

 

なんだか旅の話よりも俺の女性関係の話しかしてないような気がする。ま、いいか。

そうして電話を切るとちょうどリカもご両親との連絡を終えたようだった。

 

 

「パパとママが一日でトキワシティに来れたのがすごいって褒めてくれたんだ」

 

嬉しそうに笑うリカ。

初めての旅立ちを褒められるのは嬉しいよな。

 

「……パパとママか」

 

「カスミ、どうした?」

 

「……ううん、なんでもないわ」

 

少し憂いを帯びていたカスミが気になりながらも、次の人に連絡することにした。

 

「よし、次は博士に連絡だな」

 

「うん、一緒にしよっか」

 

リカに促されパソコンを操作すると画面が切り替わる。

 

画面の向こうには誰かの後ろ姿があった。

まあ、誰かなんて一人しかいないんだろうけど。

 

「オーキド博士?」

 

「む?おお、その顔はもしやサトシ君か?この電話は……トキワシティからかかっとるのお、今日中にトキワシティに到着して何よりじゃ」

 

電話の相手はオーキド博士。近況報告のために連絡をしたのだ。

 

「博士ー私もいますよ」

 

「おお、リカ君。もしやサトシ君と一緒かの?」

 

「はい、道の途中で一緒になりました」

 

「それから、途中で水ポケモンのトレーナーのカスミって娘に出会いました」

 

「そうかそうか、トレーナー同士の出会いとは良いものじゃ。互いが互いを高めあう良き関係となるじゃろう。それで2人とも、ポケモンは何体捕まえたのかな?」

 

「「……まだ1体も」」

 

「な、なんじゃと?」

 

「いやぁバトルしまくってたら捕まえることすっかり忘れてしまいまして」

 

「のんびりポケモンたちを観察してたら忘れてしまいまして」

 

一日目とは言え、博士をがっかりさせて申し訳ない。

 

「はぁ~まったく、シゲルはもう何体か捕まえたというのにの」

 

なんと、あのシーゲル君は真面目に捕獲していたのか、さすがは優等生君。

 

「ナオキはどうですか?」

 

「うーむ、ナオキ君も君らと似たようなものじゃな、ポケモンを鍛えることに集中しておるようじゃ」

 

強くなりたいと言っていたからな、自分のポケモンを強くすることを優先したのか。

しかし、4人中1人しかまともに捕獲をしようとしないとは、人選大丈夫か?

自分のことなんだけども。

 

「ポケモンは捕まえていませんが、友達はできましたよ」

 

「ぬ?」

 

「道の途中でピジョットとオニドリルに会ってバトルして友達になりました。あとギャラドスも」

 

「な、ピジョットにオニドリルにギャラドスじゃと!?」

 

俺の言葉に博士は前のめりになり、画面いっぱいに博士の顔が広がる。

 

「ええ、ほら、俺とリカの図鑑に出会った記録があるでしょ?」

 

「す、少し待て……うーむ、その記録を見たいから図鑑のデータを送ってくれまいか」

 

博士に手順を教わり、図鑑のデータを博士の研究所まで送ると「少し待っておれ」と博士は無言になりデータに目を通し始めた。

 

「……あの地域は小型のポケモンしか住んでおらんと思っておったが、それらが進化しておったのか。うむ、とても貴重なデータじゃ、感謝するぞ2人とも」

 

「お役に立てて何よりです」

 

「それから……おお、リカ君は写真も撮っていたのか」

 

「はい、興味深いと思った写真を記録しました」

 

「いつの間に」

 

「えへへ……」

 

というか図鑑にそんな機能があったことも知らなかった。ホントによく説明書を読んでおくべきだったな。

 

「ほう、同じ木で違う種類のポケモンが食事をしておるの」

 

「はい!これってすごく珍しいことだと思うんです!」

 

「うむ、野生のポケモンは縄張り意識が強いものが多いはずじゃが。リカ君、この写真はかなり珍しいものじゃ、素晴らしいぞ」

 

「ありがとうございます」

 

嬉しそうに笑うリカ。ご両親にもオーキド博士にも褒められて、幸先の良いスタートになって良かったな。

 

「む?」

 

「どうしました?」

 

「……この写真、サトシがピジョットと戦っておるように見えるのじゃが、わしも年で老眼が悪化したのか?」

 

あ、そこ触れちゃう?

 

「……それ、見間違えじゃないです。サトシはピジョットとバトルしました」

 

「お主なにをやっとんのじゃ」

 

博士は今まで以上のあきれ顔で俺をジーッと見ていた。

すんません、おじいさんに見つめられても嬉しくないっす。

 

「あはは……リカとカスミにも言われましたし、さっきジョーイさんにも怒られました」

 

「そうか、ならばわしからはあまり言うまい。いや、しかし、ポケモンを知るためにトレーナーが直接ぶつかるというのは……なかなか理にかなっているやもしれん。それに……」

 

博士はブツブツと何やら思案を始めた。

 

「博士?」

 

「む?な、なんでもないぞ。そう言えば『友達になった』と言っておったが?」

 

「はい、バトルをして友達になりました。捕まえることもできたかもしれませんが、あのポケモンたちの群れのことを考えてしなかったのですが」

 

「うーむ、確かにむやみやたらにゲットするのも自然環境に悪い影響を与えるかもしれん。サトシ君の判断は間違ってはいないじゃろう」

 

うむうむと頷き感心する博士。

すると、足元にいたピカチュウがテレビ電話の画面に顔を出した。

 

「ピカピカチュウ!」

 

そのままピカチュウは「もっとかまえ」と言わんばかりに俺の顔をスリスリしてきた。

よしよし可愛い可愛い。

 

「む、もしやピカチュウか?」

 

「ピカ!」

 

驚く博士。

あんなに不愛想だったピカチュウが笑顔で俺に懐いているんだからな。

 

「まあ、いろいろあってご覧の通り仲良くなれました」

 

博士はますます驚いた顔で俺とピカチュウをマジマジと見ていた。

 

「まさか、あのピカチュウがそこまで懐くとはの。サトシ君もなかなかやりおるの」

 

「ははは、どうも」

 

「それでは2人とも、これからもしっかりポケモンのことを学ぶのじゃぞ」

 

「「はい」」

 

「では、また連絡してくるのを楽しみにしておるぞ」

 

そうして、画面が消えた。

 

 

***

 

 

オーキド博士への連絡を終えた俺とリカはロビーで待っていたカスミと合流して、今後の予定を話し合おうとしていた。すると、リカが口を開く。

 

「ねえ、サトシ。一緒に旅しない?」

 

なんと、女の子からお誘いを受けるとは、いや確かにこんな美少女と旅ができるなんて願ったり叶ったりなんだが。

 

「お誘いは嬉しいけど、どうしてなんだ?」

 

「サトシはすごいよ。ピカチュウも心を開いてくれて、野生のポケモンとすぐに友達になって。こんなことできるなんて、絶対にサトシはすごいトレーナーになれるよ。そんなサトシと一緒に旅して、サトシから色々学びたいんだ」

 

真っすぐ俺の目を見てくるリカ。

こんなに女の子から褒められるなんて生まれて初めてかもしれないな。

 

「わかった、けど、俺もリカからいろいろ学ばせてもらうけど、いいかな?」

 

「え!?い、いやそんな、私に学ぶところなんて……」

 

「リカはポケモンをよく観察して自分なりによく考えているよ。それこそすごいことだと俺は思うよ。だから、学びたいんだけど、どうかな?」

 

照れた顔になったリカは嬉しそうにうなずいた。

 

「……うん、わかった。それじゃあ、よろしくね」

 

「ああ、よろしく」

 

そして置いてけぼりにしていた彼女に話を振る。

 

「カスミはどうするんだ?」

 

「うーん、そうねぇ。旅をするのは確定なんだけど……」

 

「それならさ、カスミも私たちと旅しようよ。人数は多い方が楽しいし、水ポケモンのことも教えてほしいな」

 

「いいの?」

 

不安げに俺に尋ねてくるカスミ。

俺の答えはもちろん、

 

「ああ、俺もカスミなら大歓迎だぜ」

 

「そっか、それじゃあ2人ともよろしくね」

 

「やった!」

 

「ただ、これだけは言っとくわ」

 

急に怒気を強めたカスミは俺の前に出て、ビシッと指さした。

 

「サトシ、私と旅するからにはあんたには変な無茶はさせないからね!」

 

「急にどうしたんだよ?」

 

「丸腰で大型のポケモンに突進していくような人は心臓に悪いってこと。だからしっかりあんたのこと監視させてもらいますからね!」

 

「……俺のこと心配してくれてるのか?」

 

そう言うと、カスミは顔を赤くして驚いた顔になる。

 

「な、ち、違うわよ!私の目の前で死なれでもしたら眼覚めが悪いの!それだけよ!わかった!」

 

「あ、はい……」

 

目の前まで顔を近付けてまくし立ててくるカスミの剣幕に圧されてしまった。

 

「ふふ……素直になればいいのに」

 

「だぁかぁらぁ!」

 

「きゃー」

 

リカの言葉にカスミは顔を真っ赤にして接近した。リカはそんなカスミから小走りで逃げた。

じゃれつく2人は微笑ましいなー

 

一通りじゃれたリカとカスミは元の位置まで戻る。

そして、俺が音頭を取ることになった。

 

「よし、リカ、カスミ、これから頑張ろうぜ!」

 

「「うん!」」

 

 

***

 

 

警報ベルがなったのはその直後だった。

 

『警報です。警報です。トキワシティに何者かが侵入しました。ポケモン誘拐団の恐れがあります』

 

「これは?」

 

「なんなの?」

 

何かの気配を感じて天井を見上げると、そこにある天窓から何かが飛来した。

 

「上から何か来るぞ!」

 

ガラスの割れる音がした後、現れたのは2個のモンスターボール。そして2人の人間だった。

 

「「ハッ!!」」

 

「シャー!!」

 

「ドガ~ス!」

 

2人組が着地すると、モンスターボールから蛇ポケモンのアーボとガスポケモンのドガースが出現した。

それは男女の2人組だった。

女はピンクの長い髪にへそ出しのシャツにミニスカートでボディラインが強調されている。

男は青い髪長袖と長ズボンの長身。

2人の服は制服なのか、真ん中に大きく『R』の文字が描かれている。

 

「一体なんなの!?」

 

ジョーイさんの言葉に2人はニヤリと口角を上げると、口を開く。

 

「なんだかんだと――」

 

「ピカチュウ、『でんきショック』!」

 

「ピィカチュウウウウ!!!」

 

「「あばばばばばば!!!」」

 

2人組が何かを喋る前に俺は動いた。

よっしゃあ、先制攻撃成功だぜ!

 

「ちょっと何すんのよー!」

 

「名乗ってる時は攻撃してはいけないっていうお約束を知らないのかー!」

 

全身が焦げた2人組は怒りの形相で俺にクレームを入れてきた。

 

「いや、あんたら悪者だろ。悪者ならやっつけるのが普通のことだと思うけど?」

 

「まったく、これだから子供はヤなのよ。もっかいやったげるからよーく聞きなさいよ……なんだかん――」

 

「フシギダネ、『つるのムチ』!」

 

「ダネフシャ!」

 

リカの足元にいるフシギダネが2本の蔓で2人を滅多打ちにする。

 

「「痛い痛い痛い痛い痛い!!」」

 

はははー良いぞリカちゃん。グッジョブだぜ!

 

「「だからー!」」

 

今度はリカに文句を言う2人組。

 

「えと、サトシ、攻撃して良かったのかな?」

 

「もちろんだ。リカは間違ってないぞ」

 

「間違いだらけよー!」

 

「おみゃーらいつまで遊んでるのにゃ!」

 

不意に聞こえた見知らぬ声。

声の主を探そうとキョロキョロしていると、それは2人組の足元にいた。

 

それは紛れもなく猫ポケモンのニャースだ。

 

「早く仕事に取り掛かるにゃ!」

 

ニャースが口を開くと、言葉が飛び出してきた。

 

「「「「ニャースが喋ってる!?」」」」

 

俺、リカ、カスミ、ジョーイさんは驚きを隠せず言葉が見事にはもった。

 

「ポケモンが人間の言葉を話せるなんて!」

 

ジョーイさんは好奇心が抑えられないと言った雰囲気でニャースを見ていた。

 

するとニャースは顔を上げて、遠い目をし始める。

そして、語りだす。

 

「……そこには聞くも涙語るも涙の苦労があったのにゃ。そう、あれは――」

 

「ピカチュウ、ニャースに『でんきショック』」

 

「チュウウウウ!!!」

 

「あにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!?」

 

「こりゃー!話を遮るにゃー!」

 

焦げ猫ニャースは「フシャーッ」と言った具合に俺を睨みつけた。

 

「もういいよ。んで、悪者さんたちはここに何しに来たんだ?」

 

「話す途中でまた電撃ビリビリするつもりじゃないでしょうね?」

 

「天丼のやりすぎは皆さまに飽きられるぞ、わかってるのか!」

 

皆さまって誰だよ?

 

「はい、どうぞ」

 

「コホン、私たちは悪の組織ロケット団。私はムサシ」

 

「俺はコジロウ。このポケモンセンターには珍しいポケモンを頂きにきたのだ」

 

「ニャーはニャースでにゃーす」

 

名乗りを上げたロケット団。ムサシ、コジロウ、ニャースは先ほどのコントのような雰囲気が嘘のように悪人の顔で語りだす。まあ、コントになったのは俺のせいだけどさ。

 

「待って、このセンターにはそんな珍しいポケモンなんていないわ」

 

というか、お前たちのニャースの方が珍しいポケモンなんじゃないか?

 

「ここには病気で入院しているポケモンがたくさんいるはずだ」

 

「中には何匹か珍しいのもいるはずよ。それに――」

 

するとムサシは不適な笑みで視線を送る。

その視線の先にいたのは――

 

「さっそく珍しいポケモンはっけーん」

 

「え?」

 

「ダネ?」

 

リカとフシギダネだった。

 

「フシギダネは新人に配られるポケモンとしてなかなか希少価値の高いポケモンだ。そいつは確実にいただいていくぜ!」

 

「な!そんなの嫌よ!」

 

「あんたの意見なんて聞いてないわ。ポケモンはぜーんぶ私たちロケット団のものなのよ」

 

「随分勝手なこと言うんだな。それに、俺たちがポケモンを奪われるのを黙って見てるとでも思ってるのか?」

 

「ピカ!」

 

俺はロケット団を睨み、牽制と挑発をした。

ピカチュウは俺の気持ちに応えるように、頬を帯電させてロケット団を睨み前に出た。

 

「まったく……我らロケット団に逆らう生意気なジャリガキ共にお仕置きをしないといけないわねぇ……子供の躾は大人の仕事。あんたたちは私たちがちゃーんと教育してやるわ」

 

「俺たちの教育はスパルタだ。泣いてもやめない、どんどん厳しくだ」

 

不適な目で俺たちを見るムサシとコジロウ。その目には自分たちの敗北を微塵も感じていない。俺たちをどう叩きのめすかを考えている加虐的な目だ。

 

「やってやるのにゃおみゃーら!」

 

「あったりまえよ!行けアーボ!」

 

「ドガースお前もだ!」

 

「シャーボ!」

 

「ドガ~ス!」

 

ニャースの号令でムサシとコジロウ、彼等のポケモンであるアーボとドガースが動き出す。

 

「俺たちも行くぞピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「私たちも戦うわ!さっき言ったでしょ、守られるだけじゃなくて一緒に戦うって」

 

「リカ……ああ、頼んだぜ。カスミはジョーイさんを守ってくれ」

 

「ええ、わかったわ。任せて」

 

カスミがジョーイさんと一緒に奥に行くのを見届けると、俺とリカはロケット団に向き合った。

これは俺とリカのタッグバトルだな。絶対勝つぜ!

 

「ふふん、どくタイプの恐ろしさを見せてあげるわ。アーボ『どくばり』!」

 

「シャー!!」

 

アーボはその紫の長い体を思いきり振り上げると口から複数の針を発射した。

あれに当たるのはまずいかな。

するとリカが動く。

 

「任せて。フシギダネ、前に出て受け止めるのよ!」

 

「フシャ!」

 

フシギダネは迫る毒針を浴びながらも前に突進していく。

 

「はははは、これでそのフシギダネは毒々に――」

 

「『たいあたり』!」

 

「ダネ!」

 

「シャボッ!?」

 

「あれ?」

 

フシギダネは何事も無かったかのように走った勢いのまま『たいあたり』をアーボに浴びせた。

アーボはその威力の高さに吹き飛ばされる。

 

「よし、いいぞリカ!ピカチュウ、ドガースに『でんこうせっか』だ!」

 

「ピッカァ!」

 

負けじとピカチュウもトップスピードの一撃をドガースにお見舞いする。

 

「ドガ~」

 

間の抜けた声を出しながらドガースも吹き飛ぶ。

 

「ちょ、ちょっと!?なんで毒にならないの!?」

 

焦った声で文句を言い始めたムサシにコジロウがフォローを入れる。

 

「フシギダネはどくタイプを持っていて、どくタイプは毒状態にならないんだよ」

 

「ええ!?なにそれずっるいじゃない!」

 

「お、落ち着けムサシ!お前のアーボと俺のドガースもどくタイプだから、毒にはならないってことだ」

 

「あ、そうか。アーボあんた偉いじゃな~い」

 

説明を受けて機嫌が良くなるムサシ。

ポケモンのタイプの性質くらい覚えろよ。

それに『どくばり』は確実に毒を与える技ではないからな。

 

「フシギダネ、『はっぱカッター』!」

 

「毒にならなくてもこれならどう?アーボ、躱して『へびにらみ』!」

 

リカの追撃をアーボは素早く躱すと、不思議な力を込めて睨みつける。

 

「ああ、フシギダネ!」

 

『へびにらみ』は蛇ポケモン固有の技で、相手を麻痺させる強力な技だ。

それを受けたフシギダネは動きづらそうになり苦しみだす。

 

「アーボ、そのまま『まきつく』!」

 

アーボは動けないフシギダネに巻き付き締め上げる。

フシギダネは麻痺とダメージで苦しそうな顔をしている。

このままだとフシギダネが危ない!

 

「ピカチュウ、フシギダネを助けるんだ!」

 

「おっとぉ、お前の相手はこっちだ。ドガース『ヘドロこうげき』!」

 

「ドガ~」

 

ピカチュウの行く手を阻もうとするドガースが口からヘドロを出して攻撃してくる。

悪いがお前の相手をしている暇は無い!

 

「ピカチュウ!躱してアーボのところまで走れ!」

 

俺の指示にピカチュウは高速で動き、ヘドロを避けてドガースを通り過ぎた。

 

「アーボに『でんこうせっか』!」

 

「ピカッ!」

 

ピカチュウの高速の突撃がアーボの顔面を捉え、アーボの体は遠くまで飛んでいく。

同時にフシギダネの拘束も解かれる。

 

「シャボッ!?」

 

「よし!」

 

「サトシ、ありがとう!」

 

リカの言葉に俺は頷いた。そして、その一瞬が油断になった。

 

「今だドガース、『どくガス』攻撃!」

 

ドガースがピカチュウの後ろに迫ると、口から黒いガスを放った。

ピカチュウはそれをまともに受けてしまい、毒状態になってしまった。

 

「ピ……ピ、カ……」

 

「しまった!」

 

毒で苦しそうに立つピカチュウはフシギダネに近寄る。次の瞬間、ピカチュウはフシギダネを背負い、こちらに猛スピードで走り出した。

 

ピカチュウは俺の元まで来ると勢いのまま倒れ込んだ。

ダメージを負いながらも仲間を助けることに全力を尽くしたのか。

そんなピカチュウに俺は胸が熱くなった。

 

「ピカチュウ、フシギダネ!」

 

リカは近寄ると、フシギダネを抱き寄せた。

 

俺は閃き、バッグの中を探る。

そして見つけた。

 

「ピカチュウ、モモンの実だ。食べてくれ」

 

震える体でモモンの実を咀嚼するピカチュウ。

するとみるみるうちに顔色が良くなり元気を取り戻した。

良かった。毒は綺麗さっぱりなくなったようだ。

 

問題はフシギダネだ。麻痺を治すのはクラボの実だが、俺は今持っていない。

 

「リカ、クラボの実は持ってるか?」

 

リカは悲痛そうに首を振る。

 

まずい、このままではフシギダネが、

 

「こっちよ!」

 

声のした方を振り向くと、カスミとジョーイさんが部屋からこちらに手を振っていた。

 

「行こう」

 

「ええ」

 

俺とリカは部屋まで走り出した。

後ろからは物が壊される音がする。おそらくアーボとドガースがセンター内の機材を破壊しているのだろう。そして、ドガースの毒ガスが建物内に充満してきた。ガスに追いつかれる前に行かなくては。

 

俺とリカは必死に走り、カスミのいるところまで到着した。

部屋に入るとシャッターが閉まる。

 

「これで毒ガスも防ぐことができるはずよ」

 

その時、部屋の電灯が一瞬消えたかと思うと、部屋が真っ暗になってしまった。

 

「停電だ」

 

おそらくロケット団がセンターを壊しているうちに電気がやられたのだろう。

 

「大丈夫よ、自家発電があるから」

 

すると、機材の入ったガラスケースが現れた。

そのケースの中にはたくさんのピカチュウがいた。

 

「「「「「「ピカピカチュウチュウピカチュウチュウ。ピカピカチュウチュウピカチュウチュウ」」」」」」

 

ガラスケースの中のピカチュウたちはランニングマシンのような機材の上を電気を発生させながら走り出した。

すると、明かりがついた。

部屋の中の電気が回復したようだ。

なるほど、でんきタイプのポケモンは自家発電のために重宝されると聞いたことがあるが、その力を目の当たりにするとなかなか不思議な気持ちになる。

 

「ジョーイさん、フシギダネが痺れて苦しそうなんです……」

 

リカが今だ麻痺で苦しむフシギダネを抱きしめながら辛そうな顔でジョーイさんに懇願する。

 

「わかったわ。少し待ってて」

 

ジョーイさんが棚に手を入れると、何かを取り出してリカに手渡した。

 

「はい、『まひなおし』よ。これで痺れが取れるわ」

 

「ありがとうございます」

 

リカは手渡された『まひなおし』をフシギダネに与えると、フシギダネは麻痺が全快したようで気力が戻った顔になった。

 

「ダネ……」

 

「良かった、フシギダネ……」

 

リカは喜びでフシギダネを強く抱きしめた。

 

「けど、フシギダネはダメージが多いみたいね。しばらくボールの中で休ませてあげて」

 

確かに麻痺は治ったが、心なしか弱っているようにも見える。

アーボの『まきつく』のダメージが大きいようで、無理はさせられないな。

 

「はい、戻ってフシギダネ」

 

「私はセンターのポケモンたちをニビシティのポケモンセンターに転送するわ」

 

 

突如、シャッターから大きな音が鳴った。

そして、次第に毒ガスが漏れ始め、ついにはシャッターが壊れるとアーボが飛び出し、続いてドガースが部屋に侵入してきた。

ロケット団2人とニャースが現れる。

 

「隠れても無駄よ」

 

「覚悟するんだな」

 

向こうのポケモンだってそれなりにダメージを受けているはずだ。

完全にあっちが有利ってわけじゃない。

 

「ピカチュウ、まだやれるな」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが元気に返事をすると、カスミが俺の傍まで来た。

 

「サトシ、今度は私も参加するわ」

 

「ああ、わかった」

 

次はカスミとのダッグだな。

 

「カスミ、お願い」

 

リカは自分の代わりに戦うカスミにエールを送る。

 

「任せて。さあ、泥棒さん。世界の美少女カスミちゃんの実力を見せてあげるわ。お願い、My Steady!」

 

「ヘアッ!」

 

カスミのボールからヒトデマンが飛び出す。

こっちは準備OK。バトル開始だ!

 

「ピカチュウ、『でんこうせっか』!」

 

ピカチュウは高速でアーボに突進する。

 

「今度はその鼠を痺れさせてやるわ。アーボ『へびにらみ』!」

 

アーボは鋭い眼でピカチュウを睨む――が、

 

「あ、あれ?」

 

ピカチュウは何事も無いように『でんこうせっか』をヒットさせ、アーボは飛んでいく。

 

「でんきタイプは麻痺にならないんだよ」

 

「ちょっとズルいわよ!」

 

「知らん!ピカチュウ『でんきショック』!」

 

「ピカチュウウウウウ!!!」

 

「シャボー!!?」

 

追撃の電撃が、アーボに放たれる。

よし、行ける。

 

そして、カスミのヒトデマンはドガースの相手をしていた。

 

「ドガース『たいあたり』だ!」

 

「ヒトデマン『こうそくスピン』!」

 

互いに体をぶつける攻撃をする。しかし、回転と持ち前のスピードで攻撃するヒトデマンの方が分があり、ドガースは力負けし吹き飛ぶ。

 

「おのれ、ならば『どくガス』だ!」

 

「ドガ~」

 

口から放出される毒ガス。

あれを浴びれば毒状態になる。どうするカスミ?

 

「ヒトデマン、もっと回って!」

 

「ヘアッ!」

 

毒ガスがヒトデマンに迫る。しかし、ヒトデマンはさらに回転スピードを上げる。すると回転によって発生した風圧が毒ガスを吹き飛ばす。

 

「なに!?」

 

「いいわよヒトデマン、『みずでっぽう』!」

 

水流によって吹き飛んだドガース。その先にはピカチュウとバトルしてるアーボがいる。

ドガースとアーボが激突した。

 

「今よサトシ!」

 

「ああ、ナイスだカスミ。ピカチュウ、2体まとめて『でんきショック』!」

 

「ピィカ、チュウウウウウウ!!!」

 

「シャボー!!」

 

「ドガー!!」

 

容赦のない電撃がアーボとドガースを襲う。ここまでのダメージなら戦闘不能は確実だろう。

 

「ああ、アーボ!?」

 

「ドガースッ!」

 

戦闘不能とまでは行かないが、2体はフラフラになり立っているのがやっとという感じだ。

次で決める。そう思った時、

 

「おみゃーら何を遊んでるにゃ」

 

喋るニャースが前に出た。

 

「まったく、おみゃーらはニャーがいないとダメだにゃ」

 

次はこのニャースがバトルするのか、と思っていると、ニャースはその手(前足?)に何かの機械を持っていた。そして、不適に笑う。

 

「覚悟するのにゃ。ロケット団の本当の恐ろしさを教えてやるのにゃ。あ、ポチッとにゃ」

 

地響きが鳴る。

 

すると、天井が破壊され、何かが出現した。

それはニャースだった。ただし、見上げるほど大きなニャース。

そしてそれは生き物ではなく見るからに機械、ロボットだった。

 

「な、なんだこれ……」

 

「これぞ、ニャーたちの秘密兵器。『ウルトラメカニャース』だにゃ!」

 

誇らしそうに胸を張るニャース。だが、俺は言わずにはいられない。

 

「おいこら猫ふざけんなよ!ポケモンバトルにロボットなんて卑怯だ!」

 

「そうよ、ちゃんと正々堂々とバトルしなさいよ!」

 

俺とカスミは抗議した。しかし、ニャースはそれを大笑いした。

 

「にゃははははは!ロケット団は悪の組織、卑怯はモットー、卑怯は褒め言葉なのにゃ!正々堂々なんて三下のやることにゃ。一流の悪にそんなものないにゃ!」

 

「ははは、さあ、お前の力を見せてやれスーパーメカニャース!」

 

「ウルトラメカニャースだにゃ」

 

「ロケット団の力を見せておやり、ロボニャース!」

 

「ウルトラメカニャースだにゃ!」

 

ロケット団がアホなやり取りをしている隙に攻撃だ。

あのロボットは何があるかわからない。

先手必勝で倒してしまわないといけない。

 

「一気に決めるぞカスミ!ピカチュウ、『でんきショック』!」

 

「ええ、わかってるわ!ヒトデマン、『みずでっぽう』!」

 

「ピィカ、チュウウウウ!!!」

 

「ヘアッ!」

 

電撃と水流がメカニャースに直撃する。しかし、メカニャースはビクともしない。

 

「くっ!」

 

「そんな!?」

 

「にゃははははは!!そんなショボい技じゃウルトラメカニャースはビクともしないにゃ。さあて、今度はこちらの番にゃ。ポチっとにゃ」

 

メカニャースがその大木のような腕を振り上げ、ヒトデマン目掛けてパンチを繰り出した。

大きなロボットの鋼鉄の拳はヒトデマンを容易く吹き飛ばした。

 

「ヘアッ!?」

 

「ヒトデマン!?」

 

想像よりもパワーがある。攻撃が来る前にスピードで攻める!

 

「ピカチュウ、『でんこうせっか』!」

 

「ピカ!」

 

猛スピードのピカチュウの『でんこうせっか』がメカニャースの腹部に決まる。しかし、

 

「効かないと言ってるにゃ、無駄無駄なのにゃ!」

 

メカニャースの装甲には大きなダメージにはなっていないようだ。

そして、ニャースが操作すると、メカニャースは腕を振るってピカチュウを薙ぎ払う。

 

「ピカ!?」

 

ピカチュウは地面に叩きつけられる。

 

「ピカチュウ!」

 

「いいことを教えてやるのにゃ。鼠は猫には勝てないのにゃ!!」

 

「いいぞー!」

 

「やっちゃいなさーい!」

 

メカニャースが倒れるピカチュウを踏みつけようとする。

この……やらせるかよ!!

 

「おおおおおっ!!!」

 

俺は駆け出していた。そして、右拳を振るい、メカニャースを殴りつけた。

 

「なに!?」

 

「嘘ぉ!?」

 

「ウルトラメカニャースが!?」

 

メカニャースは俺の拳で装甲が凹み、そのまま後退した

 

「そっちがポケモンバトルをする気がないなら、こっちもそれなりに対応させてもらう。こっからは俺が相手だ!!」

 

「な、なあ、あのメカニャースは結構軽いのか?」

 

「そんなはずないにゃ、かなりの重さのはずにゃ」

 

「じゃあ、なんであのジャリボーイのパンチで後退させられちゃうのよ?」

 

「ニャーが聞きたいのにゃー!!」

 

あちらさん驚いているようだな。このまま攻める。

 

「よっし、行くぜ――」

 

「シャーボ!」

 

「なっ!?」

 

再びメカニャースまで駆けようとした瞬間、アーボが俺の腕に巻きついてきた。

ダメージが大きくて動けなかったはずなのになぜ!?

 

「ははは!ここはポケモンセンター。ポケモンを元気にする薬はたんまりあるんだよ!」

 

そう言うコジローの傍らには元気になったドガースがいた。

こいつら薬をくすねていたのか!

 

「あんまおいたするんじゃないわよジャリボーイ。アーボ、そのまま『どくばり』!」

 

「シャー!!」

 

腕に巻きついたアーボは口から無数の毒針を発射する。回避できない俺は反射的に空いている左腕でガードする。

 

「ぐううううっ!」

 

針の痛みが左腕を襲う。

 

「「サトシ!?」」

 

「ピカピー!?」

 

まず怠さが全身を襲い、俺は膝をついた。

そして体が熱くなり、痛みがあちこちに走って来る。

ピカチュウはこんな苦しみを感じていたんだな。

 

モモンの実はさっきピカチュウに食べさせたのが最後だし、参ったな……

 

荒い呼吸をして動けないでいる俺にロケット団が迫る。

 

「さあ、ジャリボーイ。私たちロケット団を舐めたツケを払ってもらうわ」

 

「大人の怖さを教えてやるぜ」

 

「やるのはニャーだけどにゃ」

 

朦朧とする頭で大ピンチであることを自覚したその時だ。

ふと、何かの低い音がした。

 

すると、ピカチュウが俺の足元で何かを言っていた。

 

「ピカピー!ピカピカチュピカピカピカチュウ!」

 

ピカチュウが何か俺に伝えようとしている。

そして、ピカチュウは天井を指差した。

俺はその意味を理解してしまった。

 

「……まさか、お前……」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウの顔は真剣そのものだ。

だから俺はトレーナーとしてピカチュウに応えなければならない。

 

「わかった」

 

ピカチュウは走り出した。俺もフラつきながら走り出す。

 

「逃がさないにゃ、行くのにゃウルトラメカニャース!!」

 

クソ、追いつかれる!

 

「サトシ!」

 

「おっとぉ!ここから先は毒ガスフィールドだぜ〜」

 

「ドガ〜ス」

 

俺を助けようとしたカスミはコジロウとドガースに阻まれる。

リカ、カスミ、ジョーイさん。俺は大丈夫だから、そのままそこにいてくれ。

 

「「「「「ピカピカチュウチュウピカチュウチュウピカピカチュウチュウピカチュウチュウ!!!!」」」」」

 

「な、なんだ!?」

 

「ピカチュウがいっぱいよ!?」

 

「にゃんにゃこいつらは!?」

 

センターの自家発電を担当していたピカチュウたちがロケット団の前に立ちふさがる。

このピカチュウたちは俺たちを助けてくれてるのか?

 

「ピカチュ!」

 

ピカチュウたちの内の1体がこちらを振り向いた。

「早く行け」ということか。

彼等も俺のピカチュウの意図を理解してくれているのか。

 

「ありがとう!」

 

俺はお礼を言うと、そのまま走り出した。

 

 

***

 

 

発電ピカチュウたちは、センターを襲った悪党を見据え、構えた。

 

「「「「「ピカピカ、ピカー、チュウウウウウ!!!!」」」」」

 

ピカチュウたちは帯電したかと思うと、全員で『でんきショック』を放った。

たくさんのピカチュウの電撃は大きな塊となり、メカニャースを襲う。

 

しかし、その電撃はメカニャースの動きを少し止めただけで大きなダメージを与えてない。

ピカチュウたちは今まで発電に力を注いでいたから大きな力は残っていなかった。

発電だけでかなりの疲労が溜まっていたが、センターを守ろうとしてくれたサトシたちを守るために協力しようとしているのだ。

 

限界が来たのか、ピカチュウたちの電撃の放射は終わり、彼等は肩で息をしていた。

 

「鬱陶しいにゃ……邪魔するんじゃ、ないにゃー!!!」

 

薙ぎ払われるピカチュウたちはそのまま倒れる。

ロケット団はメカニャースを先頭にサトシたちを追いかけて行った。

 

それでもピカチュウたちは立ち上がる。

勝つ可能性のあるサトシたちを信じて。

 

 

***

 

 

俺とピカチュウはポケモンセンターの外に出た。

毒が回って来ているのか、思ったよりも体が動かせない。

フラつきながら歩いているうちに、膝をついてしまった。

ピカチュウが心配そうに俺を見上げる。

 

「ピカピ!」

 

「ああ……ピカチュウ、平気だ……少し、キツイだけだか、ら……」

 

すると、後ろから複数の足音がした。

もちろんロケット団とメカニャースだ。

連中はあざ笑うように俺を見ていた。

 

「ジャリボーイ、あんたの魂胆はわかってるわよ」

 

「今日の天気は雨、外にメカニャースを出してずぶ濡れにすれば動けなくなるって思ったんだろ?だが、残念ながら、雨はぜ〜んぜん降ってなかったな〜」

 

「にゃはははは。雨が降っててもメカニャースは濡れただけでは何ともないのにゃ。つまり、おミャーのやったことは結局無駄だったのにゃ!」

 

「勘違いすんなよ。雨は必要ない。曇りで十分だよ」

 

「「「は?」」」

 

3人とも俺の言葉を理解できないというポカンとした顔をしていた。

 

「訳が分からないにゃ。大人しくやられるのにゃ!」

 

ニャースがリモコンを操作すると、メカニャースが再び動き出す。

 

「ピカチュウ、躱し続けるんだ!」

 

メカニャースの巨体をピカチュウは持前のスピードで回避し続ける。

やはりスピード勝負ならピカチュウに軍配があるようだ。

 

そうして躱している内に、俺たちとロケット団に位置がいつの間にか逆になっていた。

今、俺の後ろにセンターがある。

 

「しつこいわね!」

 

「いい加減やられろよ!」

 

口々に文句を言うがもちろん聞くつもりはない。

 

「「サトシ!」」

 

建物からリカとカスミ、そしてジョーイさんが出てきた。

あの様子だと、ポケモンは全部転送できたみたいだな。

 

そして、またあの音がした。

そろそろだな……

 

「ピカピ!」

 

「行けるかピカチュウ?」

 

「ピカ!」

 

作戦を実行しようと構えた時だ。

 

「「「「「ピカピカチュウピカチュウピカピカチュウ!!!!!」」」」」

 

俺たちを逃してくれたセンターのピカチュウが俺たちの前に現れた。

みんなボロボロだった。

 

「お前たちは……」

 

「「「「「ピカピカチュウ!!!!!」」」」」

 

その強い目を見て、彼等の意思が伝わってきた。

 

「……手伝って、くれるのか?」

 

「「「「「ピカッ!!!!!」」」」」

 

ピカチュウたちは強く頷いた。

 

「……ありがとう」

 

「なによなによ、なにする気よ?」

 

「どうせつまんない足掻きだろ。たくさんのピカチュウとダンスでもしてればいいのにな」

 

「ニャーは猫らしく、鼠どもを1匹1匹弄んでやろうかにゃ」

 

音が鳴った。そして、空を見上げると、雲がところどころ光っていた。

 

 

 

雲の中では静電気が発生する。その静電気は次第に雲に蓄積され、その雲は帯電していく。

そして、その溜まった大きな電気は、いつしか地表へと落ちる。

 

雷となってーー

 

強烈な光が雲から発生した。

 

「ピカチュウ、今だ!!」

 

「ピカピカー!!」

 

「「「「「ピカピカチュウ!!!」」」」」

 

雷はピカチュウたちへと落ちていった。

凄まじい光が当たりを包み込み、雷の勢いは地面の砂埃を巻き上げる。

この場にいる皆は反射的に顔を腕で守る。

 

「な、なんだ?」

 

「かんだ?」

 

「にゃんだ?」

 

 

激しい光が収まり、砂埃が晴れると、そこには元気なピカチュウがいた。

 

「へへへ……大成功……だな」

 

「ピカチュ!!」

 

「「「「「ピカチュウ!!」」」」」

 

俺のピカチュウは小さな両腕を握りこむと、頬が帯電した。それは今まで以上の電気を帯びていた。

 

周りのピカチュウたちは疲れ果てたように次々と倒れてしまった。

ピカチュウたち、本当にありがとう……

 

「な、なにが?」

 

「避雷針、だよ」

 

リカの疑問の声に俺は答える。

雷は落ちたのではなく、ピカチュウたちに吸い寄せられたんだ。

 

「まさか、自然の雷を引き寄せるなんて……」

 

ジョーイさんが驚きの声を上げた。

 

そう、でんきタイプのポケモンは電気を引き寄せる避雷針になることができる。さっきから雷の音が鳴ってたからな。その雷を上手く利用してピカチュウの力に出来ないかと思っていたが、上手く行ったな。センターのピカチュウたちも協力してくれたお陰でより確実に雷を引き寄せることができた。

 

「ピィカァ……!」

 

ピカチュウは頬だけだった帯電を全身で行なっていた。まるで溜まった力を放出したくてうずうずしているかのようだ。

 

「あ、あれー?なんかさっきよりたくましくなってなーい?」

 

「電気ビリビリで元気ビンビンなのー?」

 

「狼狽えるにゃ!なにをしようと関係ないのにゃ。言ったはずにゃ。鼠は猫には勝てないのにゃー!!」

 

ニャースが操作し迫りくるメカニャース。

しかし、俺の思考は冷静だった。

目の前の巨大な鉄の塊がまったく脅威に感じない。

 

俺は図鑑を確認し、俺のピカチュウのデータを確認し、ほくそ笑んだ。

ああ、ここまで上手くいくなんてな。

俺はフラつく体に力を入れて、両脚に力を込めて大地を踏みしめる。

そして、目の前の相手を見据え、大きく息を吸う。

 

「ピカチュウ……『10まんボルト』!!」

 

「ピィカ……チュウウウウウウウ!!!!!」

 

ピカチュウの全身から暴力的な電撃が放たれる。

その電撃は暴龍がのたうち獲物を目掛けて飛んでいくようにも見えた。

圧倒的な破壊の電撃がメカニャースを襲う。

 

「にゃあっ!?メカニャースが!?」

 

メカニャースは『10まんボルト』をまともに受け、電撃に包まれた巨体は動きを止めた。

そして、破壊の電撃はメカニャースを通過して、後ろのロケット団にも襲いかかった。

 

「あにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!?」

 

「「あばばばばばばば!?」」

 

そして、メカニャースに異変が起こった。ガタガタと動き、煙を体中から放出したかと思うと、ピーッピーッと音を出しメカニャースは爆発を起こした。そして、轟音と共に強風が巻き起こる。

 

「メカニャースが……」

 

「いいとこまで行ったのにー!」

 

「ちっくしょー覚えてろー!」

 

「「「やな感じー」」」

 

ロケット団は捨て台詞を叫んでどこかへ飛んで行ってしまった。

勝ったんだな……

 

「やったなピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「ああ、ほんとに、よか……た……」

 

全身の力が抜けてきた。

もう意識が……

 

「ピカピ!?」

 

「「サトシ!!」」

 

そのまま俺の意識は暗転した。

 

 

***

 

 

目を覚ますと見知らぬ天井だった。

 

「あれ……ここは……」

 

俺は真っ白はベッドで眠っていたようだ。

そっか、病院か。

ふと、横を見るとそこには相棒が眠っていた。

 

「ピカチュウ……」

 

そして、目線を動かすと、俺の足のある場所には仲間が眠っていた。

 

「リカ……カスミ……」

 

これ、かなり心配かけたよな。

毒で死にかけたしな……

 

無茶はしないって言ったばかりなのにな……

 

「……ピカピ?」

 

ピカチュウが起きた。

 

「ピカチュウ、おはよう」

 

「ピカピ、ピカチュウ」

 

ピカチュウは不安げに俺を見上げていた。

 

「心配かけてごめんな」

 

俺はピカチュウの頭を撫でる。

すると、ピカチュウは俺の胸に飛び込み、頬ずりをした。

 

「ピカチュ……」

 

俺はピカチュウの背中を撫でる。

 

「本当にごめんな、ピカチュウ……」

 

「チャー」

 

ピカチュウは優しく返事をしてくれた。

 

「起きたみたいね。おはよう」

 

顔を上げると、そこにはジョーイさんがいた。

 

「おはようございます」

 

「幸い、どこにも異常は無いみたい。すぐに退院できるわ」

 

「そうですか、お世話をかけて申し訳ないです」

 

ジョーイさんは微笑み、「それから」と言葉を続けた。

 

「サトシ君。ポケモンセンターを守ってくれてありがとう。責任者としてあなたにお礼を言うわ。本当にありがとう」

 

そう言い頭を下げるジョーイさん。

 

「いえ、成り行きなんで」

 

「謙遜しないで。あなたのお陰でセンターのポケモンたちはみんな無事だわ」

 

優しい顔で微笑んでくれるジョーイさん。

しかし、次の瞬間、引き締めた顔で俺を見た。

 

「ただ、ポケモンの医師として、あなたの行動には少し注意したいことがあるわ」

 

「ピカチュウを雷でパワーアップさせたことですね」

 

「ええ、そうよ。あれは危険な行為だったわ。自然の雷はエネルギーが大きすぎるのよ。小型のピカチュウは自身の電圧を上げる前に電気を取り込み切れずに脳や電気発生の器官に異常が出る可能性だってあったわ……最悪の場合、本当に取り返しのつかないことにも……」

 

「……はい、軽率でした」

 

俺はジョーイさんの指摘に頭を下げたすると、ピカチュウは俺とジョーイさんに割って入った。

 

「ピカ!ピカピカピカチュウ!」

 

ピカチュウはジョーイさんに全身で身振り手振りをし、必死に何かを訴えていた。

 

「……そう、あなたが望んでしたことなのね。だけど、危険性の高い行動には違いないの」

 

ジョーイさんがそう言うとピカチュウは耳を垂らさせる。

 

話を続けるジョーイさん。けれど、彼女は最初のように笑っていた。

 

「あなたもピカチュウも無茶が目立つわ。けど、互いが互いを思いやるからこそそうやって無茶をするんだと思う。あなたたちは良いコンビなのかもね」

 

「へへ……」

 

「ピカ……」

 

不意にジョーイさんは俺の右手を両手で掴んで、見つめてきた。そんなことされるとドキドキしますよ。

 

「けど、もう危険なことはしないようにね」

 

真摯な目でそうお願いしてきた。

俺は、

 

「約束……できないかもです」

 

「ピカ」

 

「もうっ!」

 

ごめんなさい嘘はつけません。

俺の答えに不満げなジョーイさん、しかし、おかしそうに笑っていた。

 

「んっ……」

 

「ふぁ……」

 

可愛らしい声がしたと思ったら、リカとカスミが起きた。

 

「「……サトシ?」」

 

「お、おはよう……」

 

寝ぼけ眼で俺を見上げる2人。

 

「「サトシ!!」」

 

「うおっ!?」

 

リカとカスミは勢いよく抱きついてきた。

 

「良かった……元気になって良かったよ〜!」

 

「このバカ!あれだけ言ったのに無茶して、ホントバカ!」

 

そう言う2人は泣いて、震えていた。

柔らかさを堪能する暇も無い。

俺はこの娘たちを悲しませてしまった。

 

「……リカ、カスミ……ごめんな」

 

ただそう謝罪するしか俺にはできなかった。

 

 

***

 

 

俺の体の毒も綺麗さっぱり無くなり、異常はどこにも無いため退院が許された。

俺たちは病院の外でジョーイさんに見送られていた。

 

「サトシ君、リカちゃん、カスミちゃん。ポケモンセンターを守ってくれてありがとうございます。トキワシティを代表して感謝いたします」

 

丁寧なお辞儀をするジョーイさん。

改めてお礼を言われると照れるな、成り行きだし、自分たちの身を守る意味もあったしな。

するとジョーイさんは「でもね」と続けた。

 

「サトシ君はポケモンのためなら危険でも構わず動く子だわ。言ってもたぶん聞かないと思うから。リカちゃんとカスミちゃんがサトシ君を支えてあげてね」

 

さっきまで泣いていた2人にジョーイさんがお願いした。

 

「はい、任せてください!」

 

「一緒に旅をするから監視をしっかりするって決めてますから」

 

「それなら安心ね」

 

ははは……俺が危なっかしい人間なのは確定事項ですか。否定はできないけど……

 

「サトシ君、リカちゃん、カスミちゃん。あなたたちの旅の無事を祈ってます。他のポケモンセンターには私の姉妹や従姉妹たちがいるから。会ったらよろしくね」

 

「「「はい」」」

 

 

そうしてトキワシティの出口まで歩いて行く。

 

「いや〜、まさか旅の初日を病院で一晩明かすことになるなんてな」

 

「あんたが無茶なことしたからでしょ」

 

「もう危ないことダメだよ」

 

はいごめんなさい。反省してます、本当です。

 

「よっしゃ、次の町はニビシティ。出発だー!」

 

「「誤魔化さない!」」

 

「……はい」

 

心配させすぎたよな。ママから「変なことするな」と注意されたけど、悲しませるのもいけないよな。

けど、また似たようなことが起こって何もしない自信ないな……

 

不意に、両手が何かに掴まれる。

 

「んっ?」

 

前を歩いていたリカとカスミがそれぞれ俺の手を片方ずつ掴んでいたのだ。

細くてすべすべした2人の手が触れるのは胸がときめくが……

 

「こ、これも監視のためよ」

 

「危ないサトシ君はこうして捕まえておかないとね」

 

左様ですか。

すると、俺の腰のボールが開いてピカチュウが出てきて、俺の肩に乗った。

 

「ピカピ!」

 

「あら、ピカチュウも危なっかしいサトシを見張りたいのね」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウまで、俺を監視ですか……

 

昨日のことで俺の信用は無くなったな。いや、こうして俺と旅をしてくれてるのは信用が有るからなのか、どっちなんだろうな。

 

「「行こう!!」」

 

リカとカスミは俺の手を掴んだまま駆け出した。

女子2人に引かれながら、俺たちの旅は再開した。




アニメ第2話はどうにか1つにまとめることができました。
アニメよりも早いですが、ピカチュウが『10まんボルト』を覚えました。雷吸収からパワーアップはどうしても書きたかったです。

ただ、理屈は無茶苦茶だと思いますが、どうかご容赦ください。

捏造設定

①ポケモン図鑑の写真機能
無印ですが、図鑑にも写真機能を付けました。

②ウルトラメカニャース
ロケット団はロボットをよく使うので、今回の最初の戦いでも強敵として登場させました。
ここのサトシとピカチュウは原作よりも強いので、今後の敵も強くなると思います。

③ピカチュウの雷吸収
このピカチュウの特性は原作と同じく「せいでんき」です。
特性が「ひらいしん」や「ちくでん」がは無いでんきタイプも電気を吸収してパワーアップ出来るのではと思いました。アニメでもそうでない特性のポケモンがパワーアップしてる描写がありましたから。


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いざ行かん、トキワの森 前編

お待たせして本当に申し訳ないです。
毎日少しずつでいいから書くべきだということが身に沁みました。書かないと上手にならないんですよね。
今回は前後編に分けました。

活動報告でご意見募集をしております。
ご一読いただければ幸いです。


トキワシティから出るとその先には森へ続く大きな道がある。

 

そこにはポケモンの探索やポケモンバトルをするトレーナーたちがいた。

そして、俺の目の前にはバトルを挑んできた同年代の少年がいる。

 

彼の使うポケモンは小柄だが屈強な体を持つ格闘ポケモンのワンリキーだ。

 

ワンリキーの『からてチョップ』を素早く回避する。スピードならピカチュウの方が上、そして、遠距離で使える技もある。

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』!」

 

ピカチュウが全身を帯電させる。全身に力を込めたとき、ピカチュウが少しフラつく。しかし、ピカチュウは構わず『10まんボルト』を発射した。

高速で迫る電撃がワンリキーを襲う。

眩い閃光はワンリキーの強靭な体を包み込み、大きなダメージを与える。

光が晴れると、ワンリキーはそのまま倒れ、動かなくなる。

 

「ワンリキー戦闘不能、ピカチュウの勝ち。勝者、マサラタウンのサトシ!」

 

審判を務めてくれたお兄さんの宣告でバトルが終わる。

 

「やったぜピカチュウ!」

 

「ピッピカチュウ!」

 

対戦相手の少年と握手を交わし、審判のお兄さんにお礼を言うと、カスミとリカが待っているベンチまで戻った。

 

「勝ってきたぜ」

 

「お疲れ様」

 

「絶好調でよかったじゃない」

 

報告すると、リカとカスミが労いの言葉をくれた。

 

ピカチュウを見るとお疲れのようだった。

 

「大丈夫なの? ピカチュウ?」

 

「連戦で疲れてるね」

 

お疲れピカチュウをこのままにしておくわけにはいかない。

どうすれば……

 

「うーむ……そうだ!」

 

「「?」」

 

「ピ?」

 

疑問に思う3人に構わず、俺はピカチュウを抱き上げるとリカとカスミが開けてくれたベンチの間のスペースに座り、ピカチュウを膝の上に乗せた。

 

疲れ気味のピカチュウを膝の上に乗せてマッサージをしてあげる。

 

「どうだピカチュウ?」

 

「チャ〜」

 

ピカチュウは気持ち良さそうに目を閉じて身を捩る。

可愛いな〜ピカチュウ。毛並みもふわふわでマッサージしてるこっちも気持ち良くなってくるな。

 

「「いいなぁ……」」

 

左右から同時に聞こえた呟き。そっか、そういうことか。

 

「それなら2人もどうだ?」

 

「「へっ!?」」

 

リカとカスミは何故か顔を真っ赤にして素っ頓狂な声をあげた。

 

「な、ななな、何言ってんのよサトシ!? わ、私たちべつにそういう関係じゃ……」

 

「そうだよ! ま、まだ早いよ! も、もっと順序が……」

 

慌てた様子で両手で自分の肩を抱く2人。

順序? よくわからんが、そんなもん気にしなくていいだろ。

 

「いいよ、2人とも仲間だしな。遠慮すんなよ」

 

「あ、あああんた……本当に?」

 

「あわわわ……」

 

さらに赤みが増した2人は口をパクパクと動かした。

どういう反応かよくわからんが可愛いです。

 

「どっちからにする?」

 

「「ええと……」」

 

2人は互いに見つめ合うと無言になる。

するとカスミが先に口を開いた。

 

「わ、私は後でいいわよ。リカ、どうぞ」

 

「え、でも……」

 

「いいの。リカの方がサトシと付き合いが長いんだし、後から出た私は後回し。ここはリカが先にすべきよ」

 

カスミは優しいくもどこか儚い微笑みでリカに向けた。

リカは俯くと膝の上に乗せた両手をキュッと強く握った。そして、顔を上げるとその顔は決意を秘めたもので、カスミに応えるように嬉しそうな笑顔を向けた。

 

「……カスミ、ありがとう」

 

カスミは頷いた。

話は決まったな。

 

「じゃあ、リカからだな」

 

「う、うん……や、優しく、お願いします」

 

少し恥ずかしそうにもじもじとしだしたリカ。

うん?よくわからないが。

 

「はい、頼んだ」

 

俺は抱き上げたピカチュウをリカに渡す。

 

「「はへ?」」

 

「マッサージよろしくな」

 

リカとカスミもピカチュウをマッサージしたいんだよな。この気持ち良さを独占してはいけないよな。

 

「え、あ、えと……うん……」

 

「こいつ鈍感……私ったらバカみたい……」

 

リカが乾いた笑いとハイライトの消えた目でピカチュウを受け取り、カスミは片手で頭を押さえるとため息をついた。

カスミは頭痛でもあるのか?

 

リカは無表情でピカチュウを撫でていたが、ピカチュウが気持ちよさそうに反応すると、次第に目のハイライトが戻り、楽しそうに両手を動かした。

 

「どうだピカチュウ、リカのマッサージは気持ちいいか?」

 

「チャ〜」

 

ピカチュウはゴロゴロとリカの手にされるがままだ

 

「うふふ、ピカチュウったら可愛い」

 

「ダネ〜」

 

フシギダネが自分からボールを飛び出してリカの足元で頭をスリスリと擦りつけていた。

 

「フシギダネもマッサージしてほしいみたいだな」

 

「それじゃあ、カスミと交代だね。はい、どうぞ」

 

リカがピカチュウをカスミに手渡すと、フシギダネがリカの膝の上にピョンと飛び乗った。

 

「うん、ありがとう」

 

ピカチュウを受け取ったカスミはそのまま膝の上に乗せると撫で始める。

ぐぬぬ……リカはスカートだったが、カスミは生の太ももだ。羨ましいぞピカチュウ。

 

「あはは……フカフカね。ピカチュウ」

 

「ピー」

 

「フシギダネ、気持ちいい?」

 

「ダネダネ〜」

 

小動物と戯れる美少女たち、良いね〜。

 

するとリカは思い出したように俺に話しかけてきた。

 

「やっぱりサトシとピカチュウはすごいよ。さっきのバトルで今日は5連勝だよ」

 

リカは俺の戦績を自分のことのように喜んで褒めてくれた。

そんなに言われると照れるな。

 

「ああ、俺はピカチュウとどこまでだって強くなるからな」

 

「ピカ!」

 

そこでふと、先ほどのピカチュウのバトルを思い返す。特に大きなダメージを受けたわけではないのに、疲労が溜まっていたピカチュウのことを考え、あることが頭に浮かんだ。

 

「どうしたのサトシ?」

 

「ああ、ピカチュウなんだが、電撃の扱いが少々難しくなっている気がしてな」

 

「ええ?さっきのバトルはすごかったよ」

 

「そうよ。それに昨日の雷で『10まんボルト』を覚えて強くなったんじゃないの?」

 

「確かにピカチュウの電気は強くなった。けど、強くなった分、ピカチュウの体の負担も大きくなったみたいなんだ」

 

「どういうこと?」

 

「ピカチュウは常に全力でバトルしている。でんき技を撃つときも最大パワーで攻撃しているみたいなんだ」

 

「えと、つまり……」

 

「このままだとピカチュウの体に悪いってことね」

 

その通り。トレーナーとしてピカチュウの体のことを考え、教えてあげなくてはならない。

俺はカスミの膝に座るピカチュウに話しかける。

 

「なあ、ピカチュウ。一生懸命に全力でバトルすることは良いことだと思う。けど、自分の体力や技の強さを把握しておかないと、すぐに疲れて戦えなくなる」

 

「ピカ」

 

「それに今のピカチュウは電気の力が大幅に上がっている。もし自分よりも、その……力も体力もずっと下の相手とバトルするときも全力を出しすぎたら相手に大怪我をさせてしまうかもしれない」

 

「ピ……」

 

ピカチュウは考え込むような表情になる。

 

「そうならないためにも、自分の力のコントロールは必要なんだ。これはお前がもっとすごいポケモンになるための手段でもあるんだ」

 

「ピカ!」

 

わかってくれたようで、ピカチュウは笑顔で俺の言葉に頷いた。

 

「よし、それじゃあこれからは力をコントロールする特訓だ」

 

ひとまず先に進むために俺たちはトキワの森を目指すことにした。

 

「あ、見て見てサトシ!」

 

リカの声に彼女の指差した方を向くとそこに2体のポケモンがいた。

 

「お、あれは……」

 

「ニド」

 

「ニン」

 

ニドラン♂とニドラン♀、2体は草むらで仲良くきのみを食べていた。

 

「ニドランじゃない、オスとメスが揃ってるなんて珍しいわね」

 

「可愛い〜、ゲットしたいな〜」

 

カスミが感心し、リカが弾んだ声を出す。

そろそろ新しい仲間も欲しいと思ってたからちょうどいいな。

 

「よっし、ゲットしようぜ!」

 

カスミは水タイプ以外はパスのようで、俺たちから一歩下がった。

そのため、俺とリカがそれぞれゲットすることになる。

 

「サトシはどっちがいい?」

 

「俺はそうだな〜……オスにしようかな」

 

男がオス、女がメスという単純な理由だけどな。

 

「じゃあ、私はメスだね」

 

話が決まったため、俺とリカはニドランたちの元まで近づいた。

するとニドランたちは俺たちに気づき、真剣な目つきになり、両脚で大地を強く踏みしめ構えた。

 

「ニド!」

 

「ニン!」

 

向こうさんはやる気みたいだな!

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「お願い、フシギダネ!」

 

俺とリカはモンスターボールから相棒を出す。

 

ピカチュウvsニドラン♂。

フシギダネvsニドラン♀。

ある種のダブルバトルが始まる。

 

「さあ、ニドラン、愛しのあの娘に良いところを見せてみろ!ピカチュウ、『でんこうせっか』!」

 

ニドラン♂は右に跳ぶことで『でんこうせっか』を回避する。

 

ニドラン♂がピカチュウに向かって突進してきた。しかも、頭についてる角を向けた突進。これは『つのでつく』だ。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

「ピィカァ……」

 

ピカチュウは全身に力を込めて帯電する。

そこでふと先ほどピカチュウに話した電気のコントロールについて思い出した。

 

「あ、ピカチュウ、威力を――」

 

「チュウウウウ!!」

 

そう言ったときには遅かった。ピカチュウの全力の『10まんボルト』がニドラン♂まで走る。

 

「ニド!?」

 

強力な電撃が直撃したニドラン♂はそのまま倒れる。

 

「ニィ……ド!」

 

ニドラン♂は四つの脚を踏みしめ立ち上がった。

その眼はまだまだ闘争心でギラギラとしていた。

 

「やるな……」

 

ピカチュウの全力の『10まんボルト』を受けてまだ立ち上がるなんて、こいつはかなり強いニドランみたいだな。

 

「ニドォ!」

 

ニドラン♂は再び疾走しピカチュウに『つのでつく』を仕掛ける。

 

「ピカチュウ。今度は力のコントロールに気を付けるんだ。『10まんボルト』!」

 

「ピカ、チュウウウ!!」

 

先ほどよりも細くなった電撃がニドラン♂に襲いかかる、しかし、ニドラン♂は電撃を走りながら回避する。ピカチュウが『10まんボルト』を放つ度に右に左に跳んで躱す。

想像以上の素早さだな。

 

「ニィドォ!!」

 

するとニドラン♂は跳躍し、後ろ脚で蹴りを放ってきた。あれは『にどげり』か!

 

「それならピカチュウ、そのまま引き付けろ!」

 

ピカチュウは四つ足で俺の指示に従いそのまま待つ。

俺はタイミングを見計らう。

 

「今だ、『しっぽをふる』!」

 

「ピカ……ピカ!」

 

ピカチュウは尻尾を振り回し、ニドラン♂の左脚を払う。一発目の蹴りが不発になったニドラン♂は驚きながらも右脚で二発目の蹴りを放つ。

しかし、ピカチュウは体を回転させ、尻尾を下から振り上げて二発目も払いのける。

 

ニドラン♂の攻撃を回避すると同時に『しっぽをふる』の効果でニドランの防御も下げることができた。一石二鳥の動き。

防御が下がったところに、撃つ!

 

「ピカチュウ、『でんこうせっか』!」

 

「ピッカァ!」

 

「ニドォ!?」

 

ニドラン♂にクリーンヒットする。

 

 

 

***

 

 

 

リカはフシギダネと共に野生のニドラン♀と相対していた。

このバトルは彼女にとって初めての野生のポケモンをゲットをするためのもので、いつもと違う緊張感があった。

それでも、隣でニドラン♂とバトルしているサトシに負けないように己を鼓舞し、フシギダネに指示を出す。

 

「フシギダネ、『つるのムチ』!」

 

「フッシャー!」

 

フシギダネは蔓を伸ばし、ニドラン♀を捕らえようとする。しかし、ニドラン♀は蔓を避けたかと思うと、その蔓の上を走りフシギダネに突進してきた。

 

「ニン! ニンニンニンニン!」

 

ニドラン♀は前脚を振り上げ『ひっかく』攻撃を繰り出す。

ニドラン♀の爪がフシギダネの額を捉える。

 

「ニンッ!」

 

「ダネッ!?」

 

思わぬ動きとダメージにフシギダネはわずかに怯む。

しかし、リカは冷静に対処していた。

 

「フシギダネ、『はっぱカッター』!」

 

「ダネェ!」

 

鋭い葉が連射され、そのうち何枚かがニドラン♀に当たる。

 

「ニン!?」

 

体勢が崩れたニドラン♀はすぐに立て直すと再びフシギダネに突進する。

そして、射程圏内に入ると蹴りを繰り出した。

ニドラン♂と同様の『にどげり』だ。

 

「ニンニン!」

 

「フシギダネ、『つるのムチ』!」

 

二本の蔓がニドラン♀を捕えようと襲い掛かる。

しかし、ニドラン♀の『にどげり』が二本の蔓を弾く。

再びニドラン♀はフシギダネに『ひっかく』を仕掛ける――

リカの狙いどおりに――

 

「フシギダネ、蔓を使ってジャンプ!」

 

フシギダネの蔓が地面に強く叩きつけられる。その反動でフシギダネは跳びあがり、ニドラン♀を飛び越えた。

 

「『やどりぎのタネ』!」

 

フシギダネの蕾から一粒の種が発射される。

それは落下速度も加わり、ニドラン♀が反応できないスピードになっていた。

種がニドラン♀に背中に当たると、それは芽を出しニドラン♀に絡まる。

『やどりぎのタネ』は対象のポケモンの体力を時間とともに奪う技だ。

ニドラン♀は動くのには問題ないが、少しずつ体力が奪われることで疲労が見えてきた。

 

 

 

***

 

 

 

ピカチュウもフシギダネも良い具合にバトルができているな。

2体のニドランはかなりのダメージが溜まっている。

ここがチャンスだ。

 

「リカ、行くぞ!」

 

「ええ!」

 

俺とリカは空のモンスターボールを取り出し、構える。

 

「行け――」

 

「行って――」

 

「「モンスターボール!!」」

 

俺とリカは同時にそれぞれボールを投げた。

そして、同時にニドラン♂とニドラン♀に当たると、ボールは開き光を現れる。

その光がニドラン♂とニドラン♀を覆ったかと思うと、それぞれのボールに吸い込まれた。

 

ボールの揺れが収まる。それはすなわち……

 

「よっしゃ!ニドラン、ゲットだぜ!」

 

「ピッピカチュー!」

 

「やった!ニドラン、ゲットよ!」

 

「ダネダネー!」

 

リカも初めてのゲットで文字通りに飛び跳ねながら喜んでいる。

ほほう、彼女の気持ちに呼応しているのか立派な双丘様もぷるんぷるん弾んでいらっしゃる。

スカート様も良い感じにめくれそうになっていますな~。

ありがとうございます。

 

「2人ともおめでとう」

 

後ろからカスミの声がかかる。

 

「へへへ、初ゲット上手くいったぜ!」

 

「新しい友達だよ!」

 

「そうよねぇ、新しいポケモンをゲットして友達になれたら嬉しいのよね」

 

ゲットの喜びに満ちていたが冷静になるとあることが頭に浮かぶ。

そのことをリカに話すと彼女もハッとなり、ボールを見つめると頷く。

それなら早速……

 

「出てこいニドラン」

 

「ニドラン出てきて」

 

「ニド?」

 

「ニン?」

 

「なあ、ニドラン。こうしてお前たちをゲットしたんだけどさ、お前たちは俺たちについて来てくれるか?」

 

ニドランたちが俺とリカを見上げて首をかしげる。

 

「どうしてもお前たちが野生で生きていきたいっていうなら、その気持ちを尊重したいんだ」

 

無理やり連れ回すようなことはしたくない。ポケモンは自由であるべきだと思うから。

 

ニドランたちは互いに顔を見合わせると、俺とリカに近寄った。

 

「ニドニド!」

 

「ニンニン!」

 

元気の良い声だった。

 

「私たちと旅をしてくれるの?」

 

2体はコクリと頷く。

俺たちを受け入れてくれたんだな。

 

俺とリカはそれぞれがゲットしたニドランを抱き上げる。

 

「これからよろしくな、ニドラン」

 

「これから楽しい旅をしようね、ニドラン」

 

「ニド!」

 

「ニン!」

 

新しい仲間を迎えて、俺たちはトキワの森を目指した。

 

 

 

***

 

 

 

トキワの森は木々が生い茂っているため日が高くても薄暗い。

そんな暗い場所には人間はあまり来たがらないため、自然豊かな場所は、多くの野生のポケモンにとって住みやすい場所なのだそうだ。

人が来ないと言ってもここはトキワシティとニビシティを行き来するには通らなければいけない場所でもあるため、人が通るための道は存在している。

 

俺は今、そんな人が通る道から外れた場所にいる。

目の前には緊張した面持ちで俺を見つめるカスミがいる。

俺がカスミに一歩近づくと、カスミは一歩下がる。そのままカスミを大きな木まで追い込んでいた。

 

「……なぁカスミ、やっぱりダメか?」

 

「だ、だめ……だめなのぉ……」

 

顔を逸らし、喘ぐようにカスミは言葉を紡ぐ。

 

「そんなこと言うなよ。ほら……」

 

「ダメよサトシ……わ、私ほんとにダメだから……」

 

 

 

 

「ほら、ビードル可愛いだろ?」

 

「む、虫はいやぁ……虫はダメなのぉ……」

 

カスミは俺がゲットした新しい仲間のビードルに慄いていた。

 

遡ること数十分前。トキワの森に入ってすぐ、しばらく自由行動として俺たち3人は別々に森の中を散策していた。

 

そこで俺はビードルをゲットした。

リカはキャタピーをゲットした。

カスミにゲットしたビードルとキャタピーを見せた途端、彼女は顔を真っ青にして震え上がった。

どうやらカスミは虫ポケモンが苦手のようだ。

 

「……リカは、怖くないの?」

 

同じ女の子のリカが平気でキャタピーに触れていることにカスミは驚いているようだ。

 

「うん、私は平気。可愛いもん」

 

リカは膝の上に乗るキャタピーを撫でながら答えた。

 

「そう、なのね……」

 

どこか自分を責めているようにも見える顔でカスミは俯いた。

 

「まあ、無理にとは言わないよ。けど、こいつらはいつでもカスミをウェルカムだぜ」

 

「ビー」

 

「キャタ」

 

可愛らしく小首をかしげながら、ビードルとキャタピーは鳴いた。

 

「……うん。できる限りやってみる……」

 

頑張って笑顔を作ったカスミはそう答えた。

 

 

 

***

 

 

 

俺たち3人は道なりにトキワの森を歩いている。

そんな俺たちの足元にはポケモンたちがいる。俺はピカチュウとニドラン♂を、リカはフシギダネとニドラン♀をボールから出して一緒に歩いている。

ビードルとキャタピーはゲットしたてて疲れていることと、カスミが怖がるためボールの中だ。

また、カスミの水ポケモンは陸地を長く歩くのには向いていないため彼らもボールの中だ。

 

「あれ? この感じ……」

 

「ピカ?」

 

ふと、ピリピリとした感覚を覚えた。

ピカチュウも何かを感じたようだ。

この近くに何かが、誰かがいる。

 

俺とピカチュウは感覚が強い方向を振り返る。

すると、そこにいたのは見慣れた2つの存在だった。

 

「え、ピカチュウ?」

 

「野生のピカチュウよ!」

 

振り返った草むらにいたのは、俺のピカチュウと同じくらいの大きさの2体のピカチュウだ。

トキワの森はピカチュウの生息地だったのか。

彼らはジッと観察するように俺たちを見ていた。

 

「ピーカー!」

 

その時、俺のピカチュウは野生のピカチュウたちの元まで走って行った。

同族に会えて嬉しいのだろう。

 

「ピカ!」

 

「チュー!」

 

2体のピカチュウは鋭い鳴き声をあげた。

その目もまた鋭く、俺のピカチュウに敵意を抱いているようだ。

 

「ピカ?」

 

「警戒、してるの?」

 

「そんな、同じピカチュウなのに……」

 

カスミとリカが驚きの声を出すと、そのまま2匹の野生のピカチュウは森の奥へと消えていった。

 

「ピ……」

 

ピカチュウは耳を垂らさせ落ち込んでいた。

せっかく仲間に会えたのに、あんな反応されたら辛いよな。俺はそんなピカチュウを撫でるくらいしかできなかった。

 

「仕方ないのかも。野生のポケモンって人間を警戒することが多いし、人間の匂いのついたポケモンだって例え同種族でも敵視することってよくあるのよ」

 

カスミは残念そうにつぶやく。

人間を警戒するポケモンが多いのは知っていたが、同じポケモンにまでそうだとはな……

 

「そんな……」

 

「大丈夫か?」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウは元気に振り返った。

けれど俺には彼が無理をして笑っているのがわかった。

そんなピカチュウを俺は抱き上げ、背中を撫でてあげる。

トレーナーの俺にできることがそれくらいなのが、なんとも情けなく思えた。

 

 

 

***

 

 

 

「もう真っ暗だよ」

 

昼にトキワの森に入ってから数時間後、日は落ちすっかり夜になってしまった

 

「今日はここで野宿だな」

 

「ええ〜そんな〜」

 

カスミが不満そうに答える。

 

「まあ、野宿も旅の醍醐味だぜ」

 

「そうだね。さ、準備しよう!」

 

リカは生まれて初めての野宿に結構ワクワクしていた。

自然に囲まれてポケモンや友達と一緒に夜をすごすのには前からあこがれていたのだ。

 

ちょうどいい大きさの切り株を見つけ、その近くに荷物を置いて座った。

 

「よし、それじゃあみんな出てこい!」

 

「出てきてー!」

 

リカとサトシはそれぞれ3つボールからポケモンたちを出すと、皆自由に動き回った。

フシギダネは近くに生えている花の匂いを嗅ぎ、ピカチュウはキャタピーとビードルと一緒に木の上に向かい、ニドラン♀とニドラン♂は一緒に遊んでいた。

すると、リカは歩き続けたことによる自分の脚への疲労を自覚した。

帽子を外して座り込むと、お昼にピカチュウにしてあげたように、自分の両脚を揉みこみほぐした。

しばらくするとカスミが話しかけてきた。

 

「そこの川で水浴びしましょう」

 

「うん、そうだね。汗かいちゃったし」

 

身体にこびりついた汗や汚れの不快感はどうしても流してしまいたいと思っていたところだった。

本当は熱いシャワーを浴びたいが贅沢は言えない。体を洗い流せる水があるだけで充分と思わなくてはいけない。

 

リカとカスミはタオルと替えの下着と寝間着を手に持つと近くの川に向かおうとする。

すると、カスミが振り返る。

 

「サトシー覗くんじゃな――」

 

「ぐおー、かー……ぐおー、かー……」

 

サトシは大きないびきをかいて爆睡していた。

 

「……寝ちゃったね」

 

「……なんか複雑な気分ね」

 

カスミの言葉通り、リカは自分の心に妙なモヤモヤを感じていた。

覗きはいけないことだ。しかし、サトシが自分にそんな「いけないこと」をしないというのは正しいことのはずなのに、なんとなく悔しい思いがあった。

 

 

川のほとりに来ると、リカとカスミは脱衣を始める。

 

裸になった2人は服と下着を綺麗に畳んで置くと、そのまま入水した。この辺りの川は汚れも無く澄んだ美しいものだ。

 

リカは身体を洗うカスミを見ていた。

 

(カスミ……やっぱり綺麗……)

 

全体的に細身でありながら、女性らしいふくよかさは見事で無駄の無いプロポーションだ。

胸は自分の方が大きいが、大きすぎる胸は不恰好なのではと思うときがある。

また自分たちよりも先に外の世界を知っているカスミはずっと大人に見えた。マサラタウンでチヤホヤされていた世間知らずの田舎者の自分が恥ずかしくなるほど、カスミは女性としての魅力に溢れていた。

 

(サトシは、ああいうオシャレな女の子の方が好きなのかな……)

 

サトシへの気持ちを自覚してから、リカは女性らしさというものをより強く意識するようになった。

サトシはどんな娘が好きなのか、自分はサトシが好ましいと思える女になのか。

不安と心にチクリとしたものを感じながら、リカは夜空を見る。

 

 

 

***

 

 

 

カスミは身体を洗いながらリカを見る。

 

(やっぱり、リカって物凄く可愛いのね)

 

自分もスタイルには自身はある。

胸も同年代の女子に比べて大きく、脚も自分で見せびらかしたくなるほどの美脚の自負がある。

 

それでも、リカは自分よりも可愛い女の子なのだと思う。

自分よりも大きな胸、別に胸の大きさが女の子の全てだと言うつもりはない。しかし、リカは胸だけでなく、キュッとくびれた腰、まだ美しい丸みのお尻、全てを合わせたリカの身体はまさに一つの芸術のように思えた。

 

(サトシは付き合いの長いリカの方が好き……なのかな)

 

カスミの知る同年代の男の子というのは、ガキばかりだ。うるさくてくだらないことで盛り上がって、そのくせちょっと言い負かしたら癇癪を起す情けない存在。そんな認識だった。

だから、カスミが好きなのは大人の男性。物静かで知的で何を言っても笑顔でいてくれる。そんな男性といつか素敵な出会いをして、素敵な時間を過ごしたい。そんな夢を見ていた。

 

サトシはカスミの理想の男性そのものかと言われればそうではない。

まず同い年、自分がガキだと思った同い年だ。それにむちゃくちゃ、ポケモンに生身で喧嘩を売ったり、怪我を顧みず動く。ある意味ガキよりもたちが悪いかもしれない。

 

けれど、彼の行動には一つの信念のようなものがある。

「ポケモンのため」。自分のであろうと他人のであろうと野生であろうと、彼はポケモンのために無茶をしている。

それに無茶をしながらも、彼は冷静に周りを見ている。ポケモンバトルにしても、自分のポケモンの得手不得手や相手のポケモンの性質をよく見てバトルをしている。

 

そんなことができるサトシは果たして自分が嫌う「ガキ」なのだろうか? 冷静な判断ができるのはまるで大人のようにも思えた。

 

ガキでもない、大人でもない、そんなどっちつかずでよくわからない男、カスミはサトシがよくわからない。

ただ一つ言えるのが、サトシが気になっているということだ。

 

そんな気になる男の子に可愛い幼馴染の女の子がいる。

そして自分はサトシにどう思われているのかわからない。

カスミの心は少しざわついた。

 

 

 

***

 

 

 

「カスミはサトシのことどう思ってるの?」

 

「は?」

 

水浴びを終えて着替えるとリカはカスミに尋ねた。

いきなりのことでカスミは素っ頓狂な声をあげた。

 

「いきなりごめん。けど、どうしても聞きたかった」

 

本当は「どうしてそんなことを聞くの?」と聞き返したかったが、質問を質問で返すのは失礼に思えた。

そして、リカの真剣な表情を見て、誤魔化さず真剣に答えたいと思った。

 

「……たぶん私は、サトシのことが気になってるんだと思う」

 

「……そうなんだ」

 

「リカはどうなの?」

 

「……私は……好き、サトシのことが大好き」

 

やっぱりか、という思いだった。

リカのサトシに向ける目線はとても熱がこもっていた。好意があるのは間違いないとは思っていた。

だとすれば、彼女にとって自分はきっと邪魔になるだろう

 

「私は、カスミがサトシのことが好きでいてくれて嬉しいな」

 

思わぬリカの言葉に、カスミは驚く。

 

「どうして? いきなり現れた女が自分と同じ人が好きなのって嫌でしょ?」

 

「ううん……なんていうか、好きになった人がたくさんの人に好かれてるのって嬉しい。それに……カスミなら一緒でもいいなって思えるの」

 

「リカ……」

 

その言葉はきっと嘘じゃない。リカの私を見る目はそう確信させるものだった。

 

「カスミこそ、私がサトシのことが好きなのは嫌じゃないの?」

 

「まったく思ってない……なんて言えないわね。だってこんなに可愛い娘がライバルなんだもの」

 

「もうっ! カスミったら!」

 

カスミの冗談めかした言葉に、リカはおかしそうに笑っていた。

 

「それでも、こういう関係も良いと思ってるのよね。リカのことも好きだから。大好きな人たちとの旅なんて、素敵じゃない」

 

そうだ。こうやって過ごすのも自分の求めていた時間なのかもしれない。

 

「カスミ……」

 

「だから、これからもあなたたちとずっと旅がしたい」

 

「うん、私も!」

 

ふときがつくと心の中のざわつきは無くなっていた。

目の前で笑うリカもきっとそうなのだろう。

 

「さて、戻りましょう。晩御飯の用意もしなくちゃだしね」

 

「そうだね。お腹空いちゃった」

 

2人とも軽い足取りで川をあとにした。

 

 

 

***

 

 

 

カスミは戻る前に川で自分の水ポケモンたちをしばらく遊ばせることにした。

ポケモンたちをボールから出してからキャンプまで戻るとサトシは相変わらず眠っていた。

カスミとリカは互いに顔を見合わせて苦笑いをした。

 

「サトシー起きなさーい」

 

「晩御飯食べるよー」

 

「むにゃ……もう食えねー……」

 

「……夢の中で晩御飯?」

 

「現実でも食べないとだよ、ほら!」

 

「それから水浴びもしてきなさい!」

 

2人で揺らしてサトシを起こす。

寝顔を見てドキドキしたのは、本当に彼のことが好きだからなんだなと少し頬が緩んだ。




サトシはニドラン♂とビードル、
リカはニドラン♀とキャタピーを仲間にしました。

誤字脱字、違和感のある表現、描写がありましたらご報告、アドバイスをお願いします。


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いざ行かん、トキワの森 後編

遅くなって本当に申し訳ないです。
これからも頑張ります。


叩き起こされた俺は起きてすぐに美少女2人を拝むというご褒美をいただいた。

水浴びを簡単に済ませ、食事も終えてそろそろ眠ろうとしたとき、カスミが落ち着かずにキョロキョロしていたことに気づいた。

 

「カスミ、まだ怖いか?」

 

「あはは……虫ポケモンが寝てる間に飛び出してくるんじゃないかと思ったら……ちょっと……」

 

カスミは笑ってはいるが、その笑みは引きつっている。

 

「それなら……ピカチュウ」

 

「ピカ?」

 

「カスミの近くで寝てあげてくれないか? ポケモンが近づいたら追っ払ってほしいんだ」

 

「ピカ……ピカ!」

 

ピカチュウは承諾してカスミの元まで行こうとしていたが、何かを思いついた顔をして俺の元まで戻ってきた。

そして、俺の手を引き始めた。

 

「な、なんだ?」

 

「ピーカー」

 

「え、なに? どういうこと?」

 

ピカチュウに引っ張られてカスミの隣まで来てしまった。

 

「まさか……俺がカスミと寝るのか?」

 

ほとんど冗談で尋ねた。しかし――

 

「ピカ!」

 

ピカチュウは頷いた。

 

「「ええっ!?」」

 

おいおい、なにを考えているんだピカチュウ。

年頃の男女が一緒に寝るなんていけないだろ。

 

「いやさすがにそれは……」

 

「ピーカー」

 

ピカチュウは「寝ろよー」とでも言っているように不満げな顔をしていた。すると

 

「わ、私は、サトシが隣でもいいかなー……」

 

カスミが両手の人差し指をツンツンさせながら呟いた。

 

「へ?」

 

「ピカチュウはサトシと離れるの嫌みたいじゃない? 無理矢理引き離すなんてしたくないし、サトシの隣ならピカチュウの隣ってことと同じだし、2人一緒ならより確実……みたいな?」

 

なるほど、カスミとしては確実に虫ポケモンが来ない状況が望ましいのか。

そのためには俺がいても我慢するということか。

心なしか顔が赤いのはなぜだろう?

可愛いけどさ。

 

「まあ、カスミがいいなら、俺もいいけど」

 

「ピカピカ」

 

ピカチュウは満足そうに頷いていた。

可愛い仕草だが、どこか怪しいものを感じるのは気のせいか?

などと考えていると、肩にチョンチョンと何かが触れるのを感じた。

 

振り返るとリカがいた。触れたのはリカの指だったのか。

 

「リカ?」

 

リカはどこか懇願しているような表情で俺を見ていた。

彼女の顔も赤くなっているように見えた。

そんなリカに思わずドキリとした。

 

「わ、私も……夜暗いの怖いなー……なんて」

 

「そうなのか?」

 

「私も……その、サトシの隣が……いい……」

 

思わぬ発言。

リカが暗闇が苦手なのも初めてだ。まあ、女の子は暗い森で一人で眠るのは確かに怖いだろう。

 

「じゃあ、みんなで並んで寝よっか」

 

「うんそれがいいよ」

 

カスミがそう言うとリカも嬉しそうにうなずいた。

まあ、俺も役得だし、良しとしようか。

 

「ピカピカ〜」

 

ピカチュウよ、その「良い仕事したぜ」な顔はなんなんだ?

 

3人の寝袋を近くに寄せ合ったその時だった。

 

「ん?」

 

そこでふと気配があった。

ピカチュウも気付いたようで俺と同じ方を向いた。

 

そこには野生のピカチュウが3体いた。

 

「どうしたの?」

 

「ほら、あそこに野生のピカチュウがいる」

 

「え? ……あ、ほんとだ」

 

「もしかして、私たち見張られてるの?」

 

「かもな。まあ、こっちがなにかしない限り向こうは何もしてこなさそうだけどな」

 

俺のピカチュウを見ると、寂しげな様子で野生のピカチュウたちを横目で見ていた。

 

俺たちはこちらを見つめるピカチュウたちを少々気にしながらも寝袋に入った。

 

 

 

***

 

 

 

夜も深い時間。俺は未だに目が冴えていた。

 

「……眠れん」

 

それもそのはず、

 

「すぅすぅ……」

 

「くぅくぅ……」

 

俺の両脇では、リカとカスミが可愛らしい寝息を立てていたのだ。

自分の両隣で美少女2人が寝ているなんて状況は前の世界で彼女いない歴=年齢の俺にはご褒美と同時にキツすぎる試練だ。

 

「ピー……」

 

ピカチュウは俺の頭の近くで丸まって眠っていた。

こんにゃろう、こっちの苦労も知らないで気持ちよさそうに寝やがって。

 

しかし、人間とは「慣れ」が早い生き物のようで、俺の意識は次第に静かになっていき。

いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

 

 

 

***

 

 

 

「……ん」

 

目を覚ましたリカはサトシがいないことに気づいた。

 

(サトシ……川かな?)

 

すると、何かが砕けるような音が断続的に続き、リカは僅かに驚く。

 

「なんの音?」

 

少し怖かったが、リカは音のする方へゆっくり歩み寄った。

すると、そこにはサトシとピカチュウがいた。

 

「おーリカおはよう」

 

「ピカチュ!」

 

「サトシおはよう。何してるの?」

 

「ああ、なんか目が覚めたから、特訓をしてたんだ」

 

「ピカピカ」

 

よく見ると、ピカチュウがところどころ汚れていた。

トレーニングに余念がないサトシを改めて一生懸命でいいなとリカは思った。

 

「へー、がんばってるんだね」

 

「もちろんだ」

 

「カスミが起きたら朝ごはんにしよっか」

 

「そうだな、腹減ったよ」

 

サトシが戻ったらあと、リカはふと彼が特訓していた場所を覗いた。

そこには大きな岩があった。おそらくこの岩をマトにして特訓していたのだろう。

岩のところどころに何かがぶつかった跡があった。

それはギザギザしていて、どこかで見たような形をしていた。

 

(どんな特訓してたんだろう……)

 

そう思いながら、リカはキャンプまで戻った。

 

 

 

***

 

 

 

「どこまで続くのよこの森……」

 

「今日中には町まで着くと思うから、もう少しがんばろうよ」

 

「うー……」

 

相変わらず虫が苦手なカスミは虫だらけのこの森が嫌なようだ。

かく言う俺も、いつまでも森が続くのは軽くノイローゼになりかねないため、早く抜けたい。

 

すると、茂みの方でガサガサと音がした。

 

「ひゃっ!」

 

カスミが俺の後ろに隠れて抱きついてきた。

おいおいビビりすぎだろカスミさん。

役得ありがとう!

 

茂みから現れたのは二本角のポケモンだった。

 

「あれは、カイロスだね」

 

「珍しいな。よし、あいつもゲットだ」

 

「よし、今回は……ニドラン、君に決めた!」

 

「ニド!」

 

ニドラン♂が向き合ったことで、カイロスはハサミを打ち鳴らして戦闘体制になった。

 

「『つのでつく』攻撃!」

 

ニドランが鋭い角を構えて突進する。ニドランの角はカイロスの腹部に突き刺さる。

 

「よしいいぞ!」

 

カイロスはニドランの先制攻撃に後ずさるが、すぐに体制を立て直し、ハサミをニドランに狙いを定めて向かって来た。

 

「『はさむ』攻撃だ、躱せ!」

 

ニドランは素早い動きでカイロスの攻撃を回避する。

 

「そのまま『にどげり』だ!」

 

ニドランが後ろ脚で二連続の蹴りを放つ。

かくとうタイプの技はむしタイプに効果は今一つだが、カイロスの動きを止めるには十分。

 

「『どくづき』!」

 

ニドランの得意技を放つ。

それは見事にカイロスの体を捉えた一撃だ。

 

カイロスは飛ばされて後ろの木に思い切りぶつかった。

すると、そのまま茂みの中に消えていった。

 

「ああ……逃げられた」

 

「惜しかったね」

 

リカの労いの言葉を聞いていたが、俺には違和感があった。

カイロスが逃げたのはニドランを恐れてではなく、もっと別のものが原因のような気がした。

 

そして、さっきから聞こえるこの音。

 

「これは……何の音だ?」

 

「え、音?」

 

「そういえば、なんだろ……?」

 

なんとなく恐怖を覚えるような音はだんだん俺たちまで近づいていた。

 

そして、音の方を見ると、そこにはポケモンたちがいた。

 

出現したたくさんのポケモンは大量のどくばちポケモン、スピアーの大群だった。

 

「うええ!?」

 

「まさか、カイロスはこのスピアーたちに気付いて逃げたのか!?」

 

「まずい、逃げよう!」

 

やばい、このままだと追いつかれる。

こうなったらバトルで追い払うしかない。

 

「来いピカチュウ!」

 

「お願いフシギダネ!」

 

「行くのよヒトデマン!」

 

俺たちは走りながらポケモンを出す。ピカチュウは俺の肩に乗り、フシギダネとヒトデマンはリカとカスミの両腕に抱かれていた。

 

「『10まんボルト』!」

 

「『はっぱカッター』!」

 

「『バブルこうせん』!」

 

激しい電撃、鋭い葉っぱ、大量の泡の水流がスピアーの群れに直撃する。

 

「よし!」

 

これで追い払えたと思えた矢先、スピアーはまだ俺たちに迫ってきた。

よく見ると墜落しているスピアーが何体かいるため、ポケモンたちの攻撃が効かなかったのではなく、攻撃を受けたスピアーはリタイアしているが、後続のスピアーはダメージを受けず俺たちを追いかけてきている。

まだまだ技を打ち続けるしかない。

 

「くっ、まだまだ行くぞ。ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウ、フシギダネ、ヒトデマンはスピアーに攻撃を続ける。

すると、スピアーの何体かは素早い動きで攻撃を避け始めた。

 

「ヘアッ!」

 

ヒトデマンが『こうそくスピン』でスピアーを撃退する。しかし、カスミから離れた瞬間をほかのスピアーは逃さなかった。

 

スピアーの針がカスミを襲う。

 

「キャ!」

 

「カスミ!?」

 

「ダメェ!!」

 

そのスピアーの針は

 

カスミを襲う直前で停止した。

いや、正確にはスピアーの体が停止していた。

スピアーの体に何重にも巻かれているものが存在していた。

それは『糸』の塊、すなわち『いとをはく』により生み出された糸。

その発生源は二ヶ所。

俺のビードルとリカのキャタピーだ。

 

「ビードル……」

 

「キャタピーも……」

 

そう。俺たちはビードルとキャタピーをボールから出していなかった。

2人は自分でボールから飛び出してカスミを助けたのだ。

 

「ビービー!」

 

「キャタキャタ!」

 

ビードルとキャタピーは息を合わせると糸を引っ張りスピアーを投げ飛ばした。

 

投げ飛ばされたスピアーはほかのスピアーとぶつかる。

 

「ビービー」

 

「キャタキャタ」

 

「……ビードル、キャタピー、ありがとう」

 

カスミがビードルとキャタピーにお礼を言った。

その顔は虫ポケモンを毛嫌いしていたものではなく、自分のポケモンに向けるような優しい笑みだった。

 

と、カスミがビードルとキャタピーを受け入れてくれたことに感動している場合ではなかった。

 

投げられたスピアーはビードルとキャタピーに向かって飛んできた。

自分の種族の進化前でもお構いなしか。まあ、人間にゲットされたポケモンだしな。

ビードルでは勝つのは難しい。

 

「ビードル、キャタピー逃げて! ヒトデマンお願――」

 

その時、カスミが言い終わる前にビードルはスピアーに向かっていった。頭の針を相手に突き刺す『どくばり』攻撃だ。

 

スピアーの針とビードルの針が衝突する。

 

まずい、スピアーにはもう片方の針がある!

予想通り、スピアーは動けないビードルに対しもう片方の針を向ける。

 

「ビードル!」

 

「行ってヒトデマン!」

 

その時、ビードルの体が輝き出した。

 

「え?」

 

「これって……」

 

金色の光沢のある殻に守られた鋭い目の蛹がそこいにた。

 

「……ギロ」

 

ビードルはコクーンに進化した!

 

驚いて一瞬動きを止めたスピアーは再び針でコクーンを貫こうとする。

 

俺は不意に浮かんだ指示を飛ばす。

 

「コクーン、『かたくなる』!」

 

「……ギロ」

 

金属がぶつかったような音がした。

スピアーの針はコクーンの体を貫くことなく、その体表で動きを止めた。

そして、スピアーはコクーンから距離を取るとコクーンを刺そうとした針を痛そうに庇っていた。

 

そして、別のスピアーがカスミに襲いかかる。

 

ヒトデマンが迎撃態勢を取る。しかし、それよりも先にカスミの足元にいたキャタピーが動く。

 

キャタピーは全速力でスピアーに向かう。

 

そして、その体が輝き出した。

 

「まさか……」

 

緑色の光沢のある殻に守られた眠たげな目の蛹が現れた。

 

「……セル」

 

キャタピーはトランセルに進化した!

 

「リカ!」

 

「うん、トランセル、『かたくなる』!」

 

トランセルと相対するスピアーもまた、その針で硬化したトランセルを貫くことはできなかった。

 

「トランセル、『いとをはく』!」

 

トランセルの口から大量の糸が発射され、スピアーの体を包む。

 

「そのまま『たいあたり』!」

 

動けなくなったスピアーはトランセルの全身の一撃に吹き飛ばされる。

 

 

 

***

 

 

 

「ピカチュウ、残りを片付けるぞ」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウは呼吸を整え、サトシの言葉を思い返していた。

常に最大パワーでは体力がもたなくなる。

だからその場に必要な力だけを引き出して、長く戦えるようにする。

それだけではない。大きすぎる力はコントロールが難しい。特に、目の前のスピアーのように素早い相手には当てられなくなる。

だからこそ、集中し、自分の中の電気をコントロールするんだ。

自分の電気は自分の体の一部。自分の体をコントロールできないポケモンは強くなんてなれない。

 

ピカチュウはスピアーの群れを見る。

素早い動きでこちらに向かってくる。

しかも連携がとれているため、下手な攻撃では簡単に回避される。

 

よく見ろ、感じろ。自分の周りを、自分の内側を……

 

ピカチュウの頬袋が帯電する。

そして、ピカチュウの中で必要なものが噛み合う。

 

「『10まんボルト』!」

 

瞬間、閃光が走る。スピアーが1体墜落する。

出来た。相手を倒すために必要な電気のコントロール。しかも、それはスピアーが反応できないほどのスピードとなって放つことができた。

 

ピカチュウはその呼吸を繰り返し、『10まんボルト』で次々とスピアーを迎撃していく。

 

「よし、いいぞピカチュウ!」

 

サトシの激励の声が嬉しい。

しかし、高揚する気分を抑え、電気のコントロールに集中していく。

そして、残るスピアーは1体。

 

「行けえ! ピカチュウ!」

 

「ピィカ、チュウウウ!!」

 

最後のスピアーが墜落する。

 

 

 

***

 

 

 

「やったやった、すごいよサトシ、ピカチュウ!」

 

「あれが、サトシの言ってたコントロール?」

 

「ああ、さすがピカチュウだ。もう出来るようになったんだな!」

 

「ピカピカー!」

 

目標だった電気のコントロールの感覚を身につけることができてピカチュウも嬉しそうに笑っている。

 

「それから……」

 

「うん……」

 

俺とリカは今回頑張ってくれたそれぞれのポケモンを抱き上げた。

 

「コクーン、進化おめでとう」

 

「トランセル、進化やったね!」

 

「……ギロ」

 

「……セル」

 

さなぎポケモンのコクーンとトランセル、表情に変化は無いように見えるがなんとなく笑っているように思えた。

すると、カスミが近づいてきた

 

「2人とも、助けてくれてありがとうね」

 

ピンチを助けてくれたこともあるのだろう。カスミはコクーンとトランセルを毛嫌いする様子もなくそれぞれの頭を撫でていた。

 

 

 

***

 

 

 

「ピカ?」

 

歩いていると、ピカチュウがいきなり耳と尻尾をピンと立たせて立ち止まった。

そして、不意に茂みの中に走って行った。

 

「おい、どうしたピカチュウ!」

 

「待って!」

 

「なになに!?」

 

ピカチュウを追いかけると、木々に囲まれた原っぱに出た。そこには多くのポケモンたちが集まっていた。

見慣れたポケモンたちだ。

 

「これって……」

 

「わあ、ピカチュウがいっぱい」

 

「すごい……」

 

たくさんのピカチュウが原っぱに集まり遊んでいたのだ。

 

「こんなにたくさんのピカチュウ見たの始めてだよ」

 

「みんな可愛いわね」

 

リカとカスミが感想を口にしていると俺のピカチュウが茂みから原っぱに出た。

 

すると、遊んでいた野生のピカチュウたちが一斉に俺のピカチュウの方を見た。

 

「「「「「ピカピカチュウウウウウ!!」」」」」

 

数体の野生のピカチュウが俺のピカチュウの前に立った。しかし、その顔は決して好意的ではなく臨戦体制で威嚇していた。

 

「ピカ!?ピカチュウウウウウウウッ!!!」

 

「「「「「ピカ!?」」」」」

 

「ピィピカ、ピカピカチュー!」

 

俺のピカチュウは必死に身振り手振りで野生のピカチュウたちに話しかけていた。

おそらく自分には敵意がないということを伝えているのだろう。

野生のピカチュウたちは困ったように互いに顔を合わせた。

けれど、俺のピカチュウに近寄ろうとするピカチュウはいなかった。

 

「……ピカチュウ、もう行こう」

 

「ピカ……」

 

落ち込んだピカチュウはそのまま俺の足元まで来た。その間に何度もピカチュウの群れを名残惜しそうに振り返った。

ピカチュウをボールに戻そうとした、その時――

 

頭上から大きな何かが現れ、野生のピカチュウたちに落ちていった。

 

「ピカ!?」

 

「ピィ!?」

 

「ピッカ!?」

 

「「「「「ピィカチュ!?」」」」」

 

それは網だった。

大きな網が野生のピカチュウたちを捕らえた。

ピカチュウたちは動くことができずに混乱していた。

 

「なんだあれは!?」

 

すると、2人の男女と1体のポケモンが現れた。

 

「なんだかんだと―――

 

(中略

 

「にゃーんてにゃ!!」

 

なにか省かれた気がするが、気のせいか?

 

「ロケット団!」

 

「またあんたたちなの!?」

 

「そうよ、また私たちよ!」

 

「俺たちのしつこさ舐めんなよ!」

 

「ロケット団は諦めないのにゃ!」

 

まったくなんでこう俺たちの旅を邪魔しに来るのかなこいつらは。

 

「ジャリボーイ、私たちはね、あんたのピカチュウを追いかけてきたのよ」

 

「ピカチュウを?」

 

「ピカ?」

 

「そのピカチュウはそんじょそこらのピカチュウとは違うとわかった。あの電撃は間違いなく最強の電気ポケモンになる」

 

「そうにゃ。そのピカチュウを手に入れればロケット団の戦力となり、ニャーたちも昇進間違いなしなのにゃ!」

 

「そんで追いかけてたら、ここにたっくさんのピカチュウがいるじゃない」

 

「よく調べたらピカチュウは生息地が限られたなかなか珍しいポケモンなんだってな、だからこいつらもいただくのさ」

 

「そのピカチュウみたいに強くなれるやつがいるかもしれないからにゃー」

 

ペラペラと目的を話してくれてどうもありがとう。

けど、そんなの納得できるわけないよな。

 

「ゲットするならモンスターボールでしなさいよ!」

 

「そうだよ。そんな捕まえ方、ピカチュウたちが可哀想だよ!」

 

リカもカスミもロケット団のやり方に憤慨していた。

 

「お子様ね〜、大人はそんな面倒なゲットしないの」

 

「ボール代もかかるしな〜こうして一網打尽にした方が効率がいいのさ」

 

「ロケット団は賢いのにゃ」

 

「そんなの許せるか! 森のピカチュウたちは返してもらうぞ!」

 

全国のトレーナーを敵に回す発言、ポケモンのことを考えない物言いに本当に腹が立った。

 

すると、ニャースがリモコンを取り出しボタンを押した。おい、このパターンは……

 

「見るがいいにゃ、これこそ進化したメカニャース……ウルトラメカニャース改だにゃ!」

 

どこからか巨大なニャースロボットが現れた。前回よりもデカくないかこれ?

額の小判にはご丁寧に『改』と書かれていた。

さらに頭のてっぺんにはガラス張りの部屋のような部分があった。

 

ロケット団3人はロボットの後ろに下がると機械音が鳴り、ガラス張りの部屋に入っていた。

あれはコックピットだったのか。

 

「さあ、覚悟するのね!」

 

「どんなにデカくなっても、そんなもんすぐにガラクタにしてやらあ!!」

 

俺は駆け出してジャンプすると、拳を振るった。

 

しかし、メカニャースはビクともしなかった。

 

「なに!?」

 

コックピットのニャースは高笑いを上げた。

 

「このウルトラメカニャース改は特別な合金なのにゃ、いくらおみゃーが規格外でもそんなパンチじゃメカニャースには効かないのにゃ」

 

「あ、少し装甲が凹んだみたいだぞ?」

 

「にゃんと!? しかーし! そんなの問題にならないのにゃ!」

 

「そうよ、壊れてたまるもんですか!! これ造るのにどんだけ貯金つぎ込んだと思ってんのよ!!」

 

俺の攻撃ではダメか、あいつらも学習するんだな、厄介なことにな。

 

「だったらこれだ! ピカチュウ、『10まんボルト』!」

 

「ピカチュウウウウウ!!」

 

あの時このロボットを倒すことができたピカチュウのこの電撃なら上手くいくはず、そう思った。

しかし、ロボットは傷1つついていなかった。

 

「なに!?」

 

「ピカ!?」

 

「「なーはっはっはー! 」」

 

「何度も同じ轍は踏まないわよ!」

 

「対ピカチュウ用に電撃対策はバッチリなんだよ!」

 

「いかに強い電撃でも、ウルトラメカニャース改には通用しないのにゃ!」

 

ここまで対策されているとは。

だったら計画を変更するしかない。

 

「リカ、トランセルを出してくれ。行け、コクーン!」

 

「わかった、来て、トランセル!」

 

「……ギロ」

 

「……セル」

 

「コクーン、『いとをはく』!」

 

「そっか! トランセル、『いとをはく』!」

 

トランセルとコクーンから放出された大量の糸がメカニャースの全身に張り付く。

 

「ぬわあああ! なんだ!?」

 

「うへえ、ネバネバ鬱陶しい!」

 

「ウルトラメカニャース改の美しい体にこんなものを!」

 

ひとまずこの厄介なロボットの動きを封じることにした。

動けないうちにやることがある。

 

「今のうちにピカチュウたちを!」

 

「ええ!」

 

網に囚われているピカチュウたちを助けようとしたとき、ビリビリと何かを破る音がした。

 

「よくもやったなジャリども!」

 

「お返ししてやるわ!」

 

丈夫なコクーンとトランセルのいとでも簡単に破られるのか!? あのロボットは想像以上に進化している!

 

「ウルトラメカニャース改、パンチだにゃ!」

 

大きな拳が俺たちに迫る。

なんとかリカだけでも守らないと、そう思っていたが、拳が俺たちを襲うことはなかった。

 

「コクーン!?」

 

「トランセル!?」

 

コクーンとトランセルが指示を待たずに『かたくなる』で体を硬くして俺たちを守ったのだ。

 

「おのれ虫の分際で!」

 

しかし、押し切られるのは時間の問題のように思えた。その時だ。

コクーンとトランセルの体が光輝いた。

 

「なに?」

 

「嘘、まさか!」

 

それぞれの硬い殻から2体のポケモンが現れた。

 

「スピ!」

 

「フリーフリー!」

 

コクーンから鋭い2本の針を持ったポケモンが、トランセルから薄い羽を羽ばたかせ華麗に飛ぶポケモンが現れた。

 

「スピアー……」

 

「バタフリー……」

 

俺とリカは自然とその名前を口にした。

 

「1日で2回進化するなんて……」

 

カスミは驚きの声を上げた。

 

「へん! それがなんだってんだ!」

 

「いい気にならないでよジャリども! 進化しても虫は虫よ!」

 

「喰らうがいいにゃ!」

 

ロケット団も驚いたようだがすぐに切り替えて襲いかかってきた。

 

先に動いたのはリカだ。

 

「バタフリー、『ねんりき』!」

 

「フリィ!」

 

バタフリーの眼が光ると、メカニャースの拳は動きを止めた。

 

「な、なにぃ!?」

 

「ちょっと! 動かないわよ!?」

 

俺も負けてられない。

 

「行くぞスピアー、『みだれづき』!」

 

「スピィ!!」

 

目にも留まらぬ両腕の針の突きがメカニャースの右手に炸裂する。

右手は跡形もなく破壊された。

 

しかし、俺は失敗したことに気づく。

 

破壊されたメカニャースの右手の破片が落ちる先には捕まっているピカチュウたちがいる。このままではピカチュウたちが怪我をしてしまう。

だが、その心配は無かったとすぐにわかった。

 

「ヒトデマン、『バブルこうせん』!」

 

「ヘアア!!」

 

いつの間にか出てきたカスミのヒトデマンが大量のバブルを発射し、機械の破片を次々と吹き飛ばして破壊する。しかも、その破片がメカニャースに次々と激突する。

 

「助かったぜカスミ!」

 

「ええっ!」

 

カスミのファインプレーに俺はつい興奮してしまった。

 

「や、やめろぉ!」

 

「ちょっとニャース、なんとかしなさいよ!」

 

「お、おのれ猪口才にゃ……」

 

「あれ? スピアーは?」

 

奴らはスピアーを見失ったようだ。

それはそうだ、なぜなら俺のスピアーは―――

 

「後ろがガラ空きだ……」

 

もうお前たちの後ろで構えているんだからな!

 

「いっけえ!! 『ダブルニードル』!!」

 

「ス……ピィ!!!」

 

スピアーは鋭い2本の針を構え、メカニャースに突進する。

そして、容易くメカニャースの体に大きな穴が空いた。

そして、爆発。

 

「「「やな感じー!!!」」」

 

前回と同様にロケット団は何処かへと飛んで行ってしまった。

 

 

 

***

 

 

 

「「「「「ピカチュウ!」」」」」

 

ピカチュウたちを網から解放すると、彼ら彼女らは俺たちに好意的な視線を送り、鳴き声を上げた。

どうやらお礼を言われているようだ。

 

「みんな無事で良かったな」

 

「うん、誰も怪我しなくて良かった」

 

「あたしもあいつらには腹が立ってたからぶっ飛ばしてやりたかったけどね」

 

わーお、カスミさんはまだ腹に据えかねているようだな。

 

「ピカ!」

 

「ピ?」

 

野生のピカチュウたちは俺たちについてくるように促した。

 

歩いていくと森の奥にまで行き、そこには周りのどの木よりも大きな木があった。

そして、その幹は大きな空間が存在していた。

 

「こんな奥にこんな場所があったなんて」

 

「もしかして、ここがピカチュウたちの住処?」

 

中に入ると、眠るための草の布団や盛られたきのみなど、生き物が生活している跡がある。

 

「写真撮っちゃダメかな?」

 

「ピカチュウたちに聞いてみたらどうだ?」

 

「うん……えと、悪いことには使わないから、写真いいかな?」

 

「「「ピカピカチュウ!」」」

 

ピカチュウたちは頷いた。

許してくれたみたいだ。

というかそもそも写真を知ってるのか?

 

リカが図鑑を構えてあちこち写真を撮った。

野生のピカチュウたちはリカに写真を見せてもらい画面に自分たちが写っていることに驚いて喜び、「ピカピカチャー!」とはしゃいでいた。

 

そして、この空間の中央にある「それ」に俺たちは驚愕した。

 

何体かのピカチュウが「それ」を大事そうに見守っていた。そのピカチュウたちはいずれも尻尾に窪みがあるメスだった。

 

「あれって、もしかして……タマゴ?」

 

「ピカチュウたちのタマゴなの?」

 

ピカチュウたちが見守っている楕円形の丸い「それ」はまさにタマゴだった。

 

その時、タマゴが揺れた。

3つとも揺れたのだ。

 

「ええ!?」

 

「う、生まれる!?」

 

それぞれのタマゴに罅が入り、それが少しずつ広がっていく。

そして、殻が弾かれたように飛んだ。

 

「「「ピチュー!!!」」」

 

タマゴから生まれたのは、ピカチュウの進化前、ピチューだった。

 

「「わあ!」」

 

「すげぇ……」

 

生まれたてのピチューたちはキョロキョロと周りを見渡すと、メスのピカチュウたちを見つけた。

そして、それぞれが甘えるように抱き着いた。ピカチュウたちも優しくピチューたちを抱擁した。

 

「タマゴからポケモンが生まれるところなんて初めて見たよ」

 

「私もよ。こんなに胸が熱くなるなんて……」

 

「ピカ」

 

ピカチュウは野生のピカチュウに誘われ、ピチューたちの傍に寄った。

 

「ピカ……」

 

「ピチュ?」

 

「ピチュー!」

 

ピチューは俺のピカチュウに笑顔で返してくれた。

 

「もしかして、サトシのピカチュウに願掛けしてもらってるのかも」

 

「願掛け?」

 

「うん、サトシのピカチュウってこの森のピカチュウたちより強いでしょ? だから、あのピチューたちが強くたくましく成長してくれますようにって」

 

リカの言葉に合点がいった。そういうことか、だから俺のピカチュウは誘われたのか。

つまりそれはこの森のピカチュウにとって俺のピカチュウは仲間と同じくらい信頼できるポケモンになれたという証明だ。

 

昨日のように敵意を抱かれずにみんなと仲良くし、ピチューたちからも好かれているピカチュウに俺は嬉しくなった。

 

そのまま俺たちは彼らの交流を見守っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「ああ!」

 

カスミがいきなり声を上げた。

 

「ど、どうしたのカスミ?」

 

「ここって結構深い森の中よね? 出るには結構時間がかかるんじゃ……」

 

そういえばここまで来るのに結構歩いたよな。

 

「あーそうなりそうだな」

 

「そんなー……また野宿なのー……」

 

すると、1体の野生のピカチュウが俺のピカチュウを連れて近寄って来た。

 

野生のピカチュウに促されるまま俺たちは歩いていた。

 

「どこに行くの?」

 

「さあ、わからないけど、危険な場所じゃないと思うぜ」

 

「だといいけど……」

 

意図が掴めないまま野生のピカチュウについていく俺たち。

すると、比喩ではなく本当に光が見えた。

 

「え? ここって……」

 

「出口!?」

 

案内された先には深い木々は無く、開いた道があった。その先をよく見ると、町が見えた。

 

「そっか、ピカチュウたちは抜け道を知っていたんだ」

 

「すごーい! 案内してくれてありがとう」

 

野宿を嫌がったカスミは一層喜び、ピカチュウたちにお礼を言った。

 

後ろを振り返ると森のピカチュウたちがたくさんいた。

着いてきてたのか。

 

俺のピカチュウと1体の野生のピカチュウは2人とも背中を向けたそしてお互いの尻尾をタッチさせた。

ピカチュウ流の挨拶か。

 

「ピカピカー!」

 

「ピカ!」

 

「チュウ!」

 

「ピッピカー!」

 

「「「「「ピカピカ!」」」」」

 

「なんだかすごい体験した気がする」

 

「うん、トキワの森にあんなにピカチュウがいるなんて知らなかった」

 

「世界は俺たちの知らないことだらけなんだよ。それを見つけるから冒険は楽しいんだ」

 

ピカチュウたちが森へ帰るのを見届けると、俺たちは町まで続く道を見つめた。

 

「よっしゃニビシティまで直行だ!」

 

「「おーっ!!」」




なぜモチベーションとは続かないのか、悔しいです。

今回はピカチュウの森のような展開も描きました。

最近、ニドリーナとニドクインがタマゴ未発見だと知りました。
少々困りました。

次回もよろしくお願いします。


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到着 ニビシティ

ようやくニビシティです。
もっと執筆速度を速くできるようになりたいです。


道路をしばらく歩くと大きな門が見えた。門の一番上の看板には『ようこそニビシティへ』と書いてあった。

俺たちはニビシティに到着したのだ。

 

門から見下ろす町は静かだった。

ニビシティは石の町としてかつては有名だったそうだ。

昔は宝石や大理石がよく採れたため、宝石を掘って一攫千金を狙おうとしたり、自分の装飾品や意中の人へのプレゼントのために宝石を求めてこの町に訪れる人が多かったらしいが、今は石も掘り尽くされて昔のような活気はない。

 

ポケモンジムのある町としてほかの町から来たトレーナーたちが時々訪れることがあるくらい。

 

それがニビシティの現状だ。

 

ネットで調べたニビシティの情報を一通り閲覧し終えると、俺たちの中には微妙な空気が流れてた。

 

「なんだか寂しいね」

 

「……今のカントーの町はそんな状況が多いのよ。今は子供の数が少なくなってるの。そうなると町から人が減ってどこも不景気になるのよ。町はそれぞれ持ち味を生かして人を集めようとしているけど、上手くいかない……」

 

リカの言葉にカスミはどこか悔しそうに語る。

そして、続ける。

 

「聞いた話だと、このニビシティでは石売りしてる人が結構いるみたいよ」

 

宝石は無いけれどかつて良い石が取れた夢の町をお土産にどうぞということか。

 

「石売り……ね。なんつーか、きっとまだまだ夢を追ってるんだろうな。それが自分のためなのか町のためなのかわからんけど、

 

「ははは、なかなか鋭いじゃないか」

 

「「「わっ!?」」」

 

いきなり知らない声が後ろから聞こえたことで俺たちは同時に驚きの声を上げた。

 

振り返ると、そこにいたのは帽子を目深にかぶり、髭をたくわえた壮年と思しき男がいた。

 

「儂がここの石売りのムノーというものだ」

 

老いているが重く太い声でムノーさんは名乗った。

俺は先程の話を聞かれてたと思うと申し訳なくなった。

 

「あの……生意気言ってごめんなさい」

 

しかし、ムノーさんは快活に笑った。

 

「ははは、構わんさ。本当のことだ……あのころは良かった。皆が明日に夢を見ていた。儂も夢を追ってずっと生きている。それでしがない石売りに成り果てているがな」

 

そう語るムノーさんの声はだんだん寂しそうになっているように思えた。

 

「それでも特色が無いわけではない。例えば化石だ」

 

「化石?」

 

ムノーさんは声の張りを戻し、まるで観光案内をするように話し出し、リカが反応した。

 

「そう、古代ポケモンの化石。最近ではそれが見つかって博物館ができている。古代にはロマンがある。そのロマンを売りにしているのだよ。それに噂では遠くで化石を復元ができているという話だ」

 

「なるほど」

 

思わず俺は返事をした。

たしかに古代にはどんな生き物がいたのかとか、どんな文明があったのかとか夢が溢れている。

化石を復元することで古代のことが少しでも分かればとても面白いことだろう。

 

「そしてもう一つは進化の石だ。これは聞いたことがあるのではないか?」

 

「一部のポケモンを進化させる石ですよね?」

 

次はカスミが返事をした。

 

「そう、特殊は波長を持つ石は特定のポケモンを進化させる。宝石は見つからなくなったがこれらの進化の石は見つかることがあるのだよ。それらを他の町に売ることでニビシティは昔ほどではないが潤ってはいるのだ」

 

「進化の石ってニビシティが原産だったの!? 初めて聞いたわ」

 

カスミは目を見開いて驚いていた。

 

「まあ、多くのトレーナーは進化の石の効力が目当てだからな。それがどこで取れるなんてさして興味がないのだろう」

 

たしかにそうだ。

それを聞いて少々バツが悪くなる。

カスミもリカもギクリとした表情だった。

 

「ああ、責めているわけではないから気にしないでくれ。このニビシティ原産のものが役に立てばそれだけで嬉しい。それから進化の石は独特の輝きがある。それらを加工して装飾品にしている店もある。どういう訳か加工したら進化の石としての効果を失うが、まあ、装飾品としてならさして気にはなるまい」

 

一通り説明を終えたムノーさんは首からぶら下げた水筒に口をつけた。

 

最初は驚いたが、良い話が聞けたと思う。町の新しいことを知ることができて、なんだかニビシティに対して愛着のようなものが湧いた気がする。

 

「えっと、いろいろありがとうございます」

 

「いやいや、暇な石売りのただの一人語りだ。気にせんでくれ。ところで君たちはポケモントレーナーのようだが、もしやニビジムのジムリーダータケシに挑戦しに来たのか?」

 

「はい、あ、挑戦するのは私とサトシだけなんですけどね」

 

「ふむ、そうか。ではまた暇な石売りの一人語りだ。ニビジムのタケシはこの石の町であるニビシティを象徴するように、いわタイプのポケモンを使う。いわタイプは硬く強い。それらを打ち壊すだけの力が君たちにはあるのかね?」

 

リカの返事にムノーさんの口調がより圧力のあるものになった。

だが、俺たちは臆さない。

 

「俺たちはポケモントレーナーとしてもっと強くなりたい。相手がどんな強敵でも逃げたくないんです」

 

そう力強く答えることができた。

 

「そうか。では頑張りたまえ。しかし、ただがむしゃらに突っ込むだけで上手くいくほどジム戦は甘くはないぞ」

 

「ええ、わかっています。いろいろありがとうございました」

 

3人でお辞儀をすると、そのままニビシティに入ろうとした。

 

「ああ、最後に一ついいかね?」

 

「……はい」

 

急に呼び止められて驚いたが、きっと大事なことなのだろうと真剣な気持ちで振り返った。

そして、俺たちはムノーさんの言葉を待った。

 

「情報料として、1人100円いただき」

 

俺たちはずっこけた。

 

 

 

***

 

 

 

俺たちはニビシティのポケモンセンターでポケモンを預けて休んでいた。

 

「まったくなんなのよあのおじさんは!!」

 

カスミの声はセンター内に響かんばかりだった。

リカはおろおろしながらカスミを宥めている。

 

「お、落ち着いてカスミ、私はとっても良い話だったと思うよ? 100円なら安いんじゃないかな?」

 

「話した後に請求するのが気に入らないのよ!! ほとんど詐欺じゃない!!」

 

あのあと俺たちはムノーさんに合計300円を払った。

 

情報料に関してカスミは未だに納得いってないようでここに来るまでずっと不機嫌だ。

 

『テンテンテレレーン』

 

「はい、皆さんのポケモンは元気になりましたよ」

 

回復終了の音楽が流れるとジョーイさんが現れ、俺たちのモンスターボールを持ってきた。

 

カウンターに集まった俺たちはモンスターボールを受け取った。

 

しかし、この人はトキワシティのジョーイさんに瓜二つだな。

思わず聞いてしまった。

 

「あの、ジョーイさんはトキワシティのジョーイさんの……その、ご家族の方ですか?」

 

俺の疑問にジョーイさんは笑顔で答えてくれた。

 

「私たちは姉妹なの。それにカントーのポケモンセンターで勤務してるジョーイさんはみんな家族なのよ」

 

「似てるからよく間違われるんだけどね」

 

「もしかしてあなた、何日か前にトキワシティの事件を解決した……えと、サトシ君?」

 

「え? はい、マサラタウンのサトシです」

 

「やっぱり! トキワシティのジョーイから聞いてるわ。子供なのにすごいトレーナーだって」

 

「え、そうですか? なんだか照れますね」

 

「可愛い女の子たちと両手に花の旅をして、無茶なことして大怪我する子だって」

 

「あ……そうすか……」

 

なんという不名誉な伝わり方だ。

しかし、反省しなさいと言われただけに反論できない。

 

「私はあなたみたいな元気な子は嫌いじゃないわよ」

 

ジョーイさんは綺麗な笑顔でそう褒めてくれた。

ふむ、やはり美人の笑顔とお褒めの言葉は元気が出ますな。

 

「いやー」

 

自分でも分かるくらいにデレデレとしてしまった。

恥ずかしい恥ずかしい。

 

すると、腕を何かに掴まれる。

 

「ほらサトシ、食堂に行くわよ!」

 

「ポケモンたちもお腹空いてるよ。それじゃあジョーイさん失礼します」

 

カスミに腕を引かれ、リカに咎められる俺。

 

「あらあら、仲良しなのね」

 

「あはは……じゃあ失礼しまーす」

 

ジョーイさんは手を振ってくれたので俺も応えて手を振った。

俺はリカとカスミと食堂の席に向かった。

 

 

 

***

 

 

 

リカとカスミは窓際で一列になっている席にいた。テーブルの上には3人分の食事が並べられていた。カスミは席に座るとショートパンツから伸びる長い脚を組んだ。それに続ようにリカも席に着き、ピタリと合わせた太ももの上の乱れたスカートを直していた。

 

「みんなーご飯だよー」

 

リカの言葉を合図に俺たち3人はモンスターボールからポケモンを出す。

ピカチュウ、ニドラン♂、スピアー

フシギダネ、ニドラン♀、バタフリー

ヒトデマン、スターミー、トサキント

 

全員の前にはポケモンフーズの入ったトレイがあった。

 

「それじゃあみんなで……」

 

「「「いただきます!!!」」」

 

元気に食事の合図をすると、ポケモンたちも続きみんなで食事を始めた。

ふと気付いたことがある。

 

「そういえば、カスミのスターミーとトサキントは初めましてか?」

 

俺の声に反応したのか、カスミのスターミーとトサキントが俺の方を向いた。

スターミーは紫の星型でヒトデマンと似ているが違いは背中に同じ色の星型がくっついていることと中心のコアの形だ。

トサキントは白ベースの小さな体に優雅なヒレに切れ長の目の魚ポケモンだ。

 

「そういえばそうね」

 

「ヒトデマンもスターミーも見れば見るほど不思議なポケモンだよな。表情読めないし」

 

「私はわかるわよ」

 

「マジで?」

 

それはヒトデマンとスターミーのトレーナーだからわかるのか? それともカスミが特別なのか?

 

「ほら、今は2人ともサトシに笑顔を向けてるわよ」

 

「あ、そうなの? ど、どうもー」

 

「ヘアッ!」

 

「フゥー」

 

……うん、俺にはどんな表情なのかわからん。それにしても声はどこから出てるんだ? だがこれ以上考えてはいけない気がする。

俺は考えを振り払うように話題を変える。

 

「そ、そういえばトサキントは魚ポケモンなのに水の中じゃなくて大丈夫なのか?」

 

「ええ、たしかに水中の方が速く動けるけど、陸上でも呼吸はできるし動けるのよ」

 

「トサキ〜ント」

 

ピチピチと跳ねながらどことなく色気のある声を出すトサキント。

この子も笑ってるのか?

 

なかなか美味しいポケモンセンターの食事に舌鼓をうっていると、ふと、リカの綺麗なおみ足……ではなくリカの足元のフシギダネを見ると見慣れないものが彼女の頭にあった。

 

「リカ、フシギダネの頭にあるのは?」

 

まるで人間の頭に付ける飾りのごとく、フシギダネの頭の左耳寄りに綺麗な花飾り……ではなく本当に綺麗な花があった。

 

「あ、これ? 実はね、トキワの森で可愛い花があったから。フシギダネに付けてあげたんだ。そしたらフシギダネったらすっかり気に入ったみたい。ねー」

 

「ダネー」

 

リカの言葉に同意するように可愛く返事をするフシギダネ。

微笑ましく思いながらフシギダネの花をよく見る。

するとおかしなことに気づく。

 

「……なあ、その花、フシギダネに直接生えてないか?」

 

花の後ろはフシギダネに根をはっているように見えた。

 

「うん。なんだか、フシギダネにくっついちゃたみたい。フシギダネが元気ならこうして綺麗に咲いてくれるみたいだよ」

 

なるほど、フシギダネの体にくっついて栄養を貰って咲くことができるわけだ。

……それってなんか怖くね?

 

「寄生してるのとは違うよな?」

 

「違うよーこんなに綺麗なお花なんだから、ねー」

 

「ダネー」

 

「まあ、リカとフシギダネが満足してるならいいけど……」

 

嬉しそうに笑うリカとフシギダネを見るともう何も言えないな。

あまり深く考えないようにして食事を再開した時だ。

 

「ねえ、サトシ。ニビジム対策はどうするの?」

 

食事の途中、カスミは切り出した。

俺はカスミに顔を向ける。

 

「ニビジムのタケシはいわタイプ使い、フシギダネがいるリカはともかく、サトシは今の手持ちだけじゃ厳しいかもしれないわ」

 

「そっか、いわタイプはじめんタイプを兼ね備えているポケモンも多いから、でんきタイプの技が効かないこともあるんだね」

 

カスミの意見にリカは納得しながら困った顔をした。

 

「ニドランがかくとうタイプの『にどげり』を使えるけど、それだけで攻略できるほどジム戦は甘くないわ」

 

たしかにそうだ。ニドランはともかく、ピカチュウもスピアーもいわタイプとじめんタイプは天敵だ。

普通なら勝つことは不可能だろう。

俺は皿に目を落として思案する。

 

「……ねえ、サトシ」

 

呼ばれてカスミの方に視線を向けると、カスミはどこか落ち着きがなく、期待を込めたような目で俺を見ていた。

 

「よかったらあたしの水ポケモン使わない? みずタイプなら相手がいわでもじめんでも有利に戦えるわ」

 

「それならフシギダネも貸してあげる。くさタイプもいわにもじめんにも強いから」

 

リカもカスミに続いて提案してきた。

 

「「どうかなサトシ?」」

 

カスミとリカの提案はとても魅力的だ。

確かに有利なタイプを使えば攻略も容易だろう。

けどーー

 

「気持ちは嬉しいけど、遠慮しておく」

 

「どうして?」

 

リカとカスミは怪訝な顔をする。

まあ、普通そう思うよな。

 

「俺は自分のポケモンの力で勝ちたいんだ。それはピカチュウたちも一緒だ。自分の力で勝ちたいって思ってる」

 

「ピカ!」

 

「ニド!」

 

「スピ!」

 

ピカチュウ、ニドラン、スピアーは力強く俺の言葉に同意してくれた。

その顔はやる気に満ちていてとても心強い。

 

「そっか、そうよね」

 

リカもカスミも納得してくれたようだ。

 

「それに、もし俺がフシギダネを使ったら連戦できついだろ。リカもジム戦あるんだし」

 

「あーそっか」

 

「ニビジムがいわタイプのジムだってことは前から知っていたからな。俺も対策はしてあるし、問題ない。まあ見ててくれよ」

 

俺の言葉にカスミはニヤリと面白そうに笑い。

リカは嬉しそうに笑った。

 

「そこまで言うならお手並み拝見よ。情けないバトルしたら承知しないんだから!」

 

「頑張ってねサトシ! 私も頑張るから!」

 

2人にここまで言われたら男として恥ずかしいバトルはできないな。

 

 

 

***

 

 

 

みんなで食事を終えポケモンセンターを出るとニビジムに向かった。

 

「ここがポケモンジムか。なかなか立派な建物……」

 

と言いたいが建物のところどころが汚れていて、看板の文字も少し薄くてなってる部分もある。

そんな俺の反応を見てカスミが口を開く。

 

「ジムも経営難なところが多いのよね。ポケモンジムは町の看板なのに、これじゃあ来たトレーナーはがっかりしちゃうわね。まあ、ジムリーダーとしての仕事だけじゃ食べていけないから。ついでみたいになるのは仕方ないのかもしれないけどね」

 

どこか自嘲気味なように見えた。

 

「……カスミ、ジムについて詳しいんだな」

 

「へ? まあ、ね、私もトレーナーだから、ある程度は……ね」

 

どこか歯切れが悪いが本人が言いづらいのなら追求しない方がいいのだろう。

 

すると、ジムの扉が開いて人が出て来た。

 

俺たちと同年代の少年は肩を落として俺たちの横を通り過ぎて去っていった。

 

「……挑戦者かな?」

 

「みたいね。あの様子だとジムリーダーに負けたのね」

 

やはりジムリーダーというのは一筋縄ではいかないようだな。

 

「ジムリーダー……ようし、俄然燃えて来た! 俺は勝ってバッジをゲットする!」

 

「うん、私も!」

 

「今日は来客が多い日だ」

 

「「「わっ!!!」」」

 

後ろから急に声をかけられまたまた揃って声を上げた。俺たちが振り返るとそこには俺たちより背の高い男がいた。

がっしりした体格に健康的に焼けた肌、糸目の顔は穏やかな雰囲気を出している。

 

「えと、もしかしてジムリーダー……ですか?」

 

「そうだ。俺がこのニビジムのジムリーダータケシ。君たちは挑戦者かな?」

 

「はい、挑戦するのは俺とこちらのリカの2人ですが、よろしくお願いします!」

 

「お願いします! あ、私たちはマサラタウンから旅をして、このニビジムに挑戦しに来ました」

 

「なに? マサラタウン?」

 

タケシさんはマサラタウンという言葉に反応を示した。

 

「あの、どうしました?」

 

リカがおずおずと尋ねる。

 

「ああ、いやなんでもないよ。気にしないでくれ。元気な少年とお嬢さん。君たちはトレーナーとして情熱に溢れているのは素晴らしいし、ジムに挑戦しに来たことを嬉しく思う。だが今は挑戦を受けられないんだ」

 

なに? 受けられない?

 

「え、どうして?」

 

「俺はたった今ジムの挑戦者とバトルをしたばかり、俺もポケモンたちも疲弊している。このままではベストなバトルはできない。だから休息が必要なのだ」

 

「あ、そうですね。すいません気づかなくて」

 

「いやいや、いいんだ。それからジム戦は基本的に予約制だから挑戦の前に電話連絡などで予約をしてほしい。それから向こうに看板があるだろう? あそこにはジムの主な予定が書いてある。

 

なになに……開業時間、朝9時から夕方5時まで、お昼の12時から1時までお昼休み、3時から4時までお茶の時間……週に2日は休み。臨時休業有り。

 

……なんというか、ポケモンジムが一般のお店みたいに開業時間や休み時間があるのはなんともおかしな感覚だ。夢が壊されたというか……

いや、たしかにジム経営の中心であるジムリーダーとポケモンにも休息が必要なのは当たり前のことだ。

それにトレーナーとしての訓練時間も必要だろう。

 

前の世界の変なイメージを持っていた俺が悪い。反省反省。

 

「バトルの時間やポケモンたちの休息時間。看板に書いてある休み時間を考えるとどうしても、1日に相手にできるのは2人から3人が限度なんだ。それに今からお昼休憩に入る。また午後来てもらいたい」

 

俺とリカは頷く。

 

「わかりました。ではまた後で」

 

「うむ、挑戦を待ってる」

 

そして、タケシはジムの奥まで去って行った。

 

「せっかく来たのに残念だったね」

 

「ジムリーダーにも都合があるものね」

 

「まあ、またあとで来ればいいさ」

 

さて、そうなるとジム戦の時間まで暇になるのだが。

 

「どこかで時間を潰すか?」

 

「いろいろお店を回ってみない?」

 

「いいね。アクセサリーとか見てみたいし」

 

カスミとリカは女の子らしく綺麗なアクセサリーが気になるようだ。

確かに進化の石を加工したアクセサリーというのは俺も興味がある。

 

「よし、じゃあ土産物屋やアクセサリーショップまで行くか。

 

「「うん」」

 

俺たちはジムを離れて目的のアクセサリーの売ってるお店に向かった。

その途中で住宅街に入るとふと視界に入る人がいた。

 

「ん、あれって?」

 

そこにいたのはさっき会ったばかりのジムリーダーのタケシさんだ。

彼はそのまま一軒家に入ってしまった。

ということはこの家は――

 

「ここ、タケシさんのお家なのかな?」

 

「うむ、その通りだ」

 

「「「わっ!!!」」」

 

今日はどうも後ろから話しかけられることが多いな!

そこにいたのは見知った男性だった。

 

「ムノーさん?」

 

「また会ったな少年少女たち。ジムは今は休憩時間だったな」

 

「ええ、だから時間まで時間を潰そうと思って」

 

「そしたらタケシさんを見かけたんです」

 

「……そうか」

 

どこか悲しそうな顔のムノーさんはタケシの家を見つめていた。

 

「ついて来たまえ。少しタケシという男について教えよう」

 

いきなりついて来いと言われて俺たちはよくわからなかったが、言われた通りにすることにした。

おい、これって覗きじゃ……

家の中にはたくさんの子供達がいた。

子供達は遊んだり、机に座っている子は勉強しているのだろうか、とにかく窓から見える範囲で動き回っていた。

すると1人の女の子が台所に立つ背の高い人物の裾を引っ張る。

その人物が振り返ったことで驚いた。

 

そこにいたのは割烹着を着たタケシだった。

 

台所に立っていたタケシはおそらく料理をしていたのだろう。

鍋の中に出来上がった料理を皿に家の中にいる人数分盛ると食事を始めた。

 

「あの、あの子たちはもしかして……」

 

「そう、タケシの弟妹たちだ」

 

予想通りだが俺たちは驚いた。

まるで主婦のようなことをタケシさんがしているなんて。

真面目で厳しそうなジムリーダーのイメージだったのにすっかり崩れてしまった。

 

「えと、タケシさんのご両親はお出かけしているのですか?」

 

「いや、彼の両親は家出したのだ」

 

「「「えっ!?」」」

 

それは予想外の答えだった。

そして内側から熱いものが湧き上がる。

この気持ちは怒りだ。

自分の子供達を家に残して家出なんてその親達はどういうつもりだ!

俺と同じ気持ちなのか、リカは悲しそうな顔をし、カスミは拳を握り歯を食いしばっている。

 

そんな俺たちに構わずムノーさんは話を続ける。

 

「元々ニビジムは彼の父親のジムだったのだ。だが彼の父親はポケモントレーナーとして大成する夢を諦めきれず、家族を置いて旅に出てしまったのだ。そんな父親に彼の母親は愛想を尽かして出て行ってしまった」

 

ふざけんな、そんな身勝手な話があるか!

父親なら家族を支えろよ! 母親も愛想を尽かしても子供をほったらかすなんてやっていいわけないだろ!

 

ムノーさんの話はあまりにも衝撃的で何も言えなかった。

ふとカスミを見ると、彼女は目を見開いて何かを堪えているようだった。

 

「残された幼い子供をタケシはジムを守りながら養っているのだ。自分の夢も諦めてな……」

 

「タケシさんの夢?」

 

「ポケモンブリーダーになりたいと彼は言っていた。悲しいことだ。親がまともなら立派なポケモンブリーダーになれてただろうに……」

 

家には残された幼い弟妹たちがいる。

親が居ないなら彼等を守るために一番上の兄貴が必死になって頑張るしかないじゃないか!

どんなに夢を持ったってそうするしかない……

 

「それがタケシだ。くだらない親のワガママでこの町に縛り付けられた哀れな青年だ」

 

そう言ってムノーさんは立ち去る。

 

俺たちにはなんとも言いようの無い空気が流れた。

もう馬鹿親に怒っていいのか、タケシとその家族の境遇を哀れめばいいのか。

 

そして、一番最初に口を開いたのはカスミだった。

 

「……どうして、そんなに簡単に捨てられるのかな……親にとって子供ってそんなものなの……?」

 

それは今まで聞いたことないほど悲しそうで悔しそうなカスミの声だった。

俯く彼女の表情は伺えない。

だが、その憂いを帯びた雰囲気はただ事ではないとわかった。

 

「カスミ?」

 

俺の言葉にカスミは顔を上げる。

 

「ううん、なんでもない! サトシ、リカ、彼の事情は大変そうだけど、それとジム戦は別よ。ガンガン全力でバトルしなさい!」

 

カスミは笑顔で明るい声で俺たちにそう言った。

 

「あ、ああ」

 

「うん……」

 

俺とリカの返事にカスミは頷き、俺とリカの片腕に自分の腕を絡める。

 

「さあ、お店にゴーよ!」

 

明らかなカスミの空元気だが、俺たちは何も言えなかった。カスミにどんな事情があるのだろう。それを俺たちが聞いて、彼女を慰められるのだろうか。

 

その後、俺たちは各自自由行動としていろいろな店を回った。

 

 

 

***

 

 

 

約束のジム戦の時間が近づいてきた。

しかし、俺はまだジムの元までついていない。

はい、そうです私サトシは遅刻をしてしまいました。

しかも、リカとカスミはもうジムの前にいると連絡があり、待たせてしまっている。

 

走っているとようやくジムが見えてきた。

 

リカとカスミがジムの前に立っていた。

2人は腰に手を当て厳しい目つきで俺を見ていた。

 

「こら! なんでこんなギリギリになるのよ!! あんたのジム戦でしょ!!」

 

「ごめん! 本当にごめん!」

 

「もう! ポケモン貰った日は一番最初に来てたのにどうして今日は遅れるの!?」

 

「ごめんなさい!!」

 

やっぱり女の子を怒らせると恐ろしい。

けど怒った顔も可愛らしい……あ、すいません、反省してます。

 

すると「しょうがないわね」と言ったカスミからは怒気が消え、リカも「反省してよ」と口元を緩ませた。

 

「まあいいわ。ほら、あんたが先頭になって行くわよ」

 

「サトシ、頑張ってね」

 

「よっしゃ、任せとけ!」

 

俺たちはニビジムの扉の前に来た。

人生初のジム戦が始まる。

 

 

自分の心臓が激しく動いているのが、手が震えているのがわかる。

だが心は高揚し、早くバトルがしたいと叫んでいた。

ほかのトレーナーよりも強いジムリーダーとのバトル。それはトレーナーとして進化するための一歩。

自分の大事なポケモンたちとのこれまでの日々を全力でぶつけていく。

 

そして勝つ!

 

俺は前を向き、大きな扉を開いた。

 

「たのもー!!」




ジム戦は次回です。

・進化の石について
完全に捏造です。
アニメでは確かイーブイの話で進化の石がたくさん採れる町の話がありましたよね。
・サトシたちの連絡について
映画「君に決めた」でマコトがスマホのようなものを持っていたので、サトシたちもスマホを持っています。
パソコンから連絡するのは、間違いなくその町にいると証明して親を安心させることと、トレーナーの間では旅の醍醐味になっている、ということにします(いつもながらご都合主義で申し訳ないです)
・タケシについて
タケシは苦労人ですよね。
タケシの家族の件は小説とアニメを比べたら、アニメの方が遥かにマイルドなのだなと思いました。

これからも執筆頑張ります。


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対決ニビジム サトシvsタケシ

いよいよサトシとリカのジム戦です。


ニビジムの扉を開けると、目の前に岩がたくさんある四角形のフィールドが見えた。

なるほど、いわタイプのポケモンジムらしく岩のフィールドというわけか。

 

「ようこそニビジムへ」

 

声をかけられた。

声の主はもちろん、このニビジムの主であるジムリーダーのタケシさんだ。

まずは時間ギリギリになってしまったことへの謝罪だ。

 

「どうもお待たせしまして申し訳ないです。ニビジムに挑戦しに来ました」

 

「いや、こちらこそ待たせたな、少年とお嬢さん。どちらから来るのかな?」

 

当然の疑問。

俺は前に出た。

 

「俺です」

 

「ふむ、もしかして君たちはジム戦は初めてかな?」

 

「ええ、そうですけど」

 

「ジム戦は野良試合とは大きく変わる。ルールがありそれを守らねばならない。そして、俺もジムリーダーとしてポケモンを育てているが、そのあたりのトレーナーとは違うと言っておこう」

 

タケシさんの言葉は昨日の時とは打って変わって重いものだ。

これはジムリーダーとしてトレーナーを試すためのプレッシャーの言葉なのだろう。

 

不思議と背筋がゾクリとした。

だが、こんなことで臆するわけにはいかない。

 

「もちろんです。そうじゃないと張り合いが無いですから!」

 

俺はタケシさんの目を見て強い口調で答えた。

 

「ほう、なかなか自信があるようだな」

 

タケシさんは立ち上がるとフィールドの前に立つ。

 

「たしか、君とお嬢さんはマサラタウンの出身だったな」

 

「ええ、そうですが」

 

「実は数日前にマサラタウンから来たトレーナーの挑戦を受けたんだ。2人の少年の挑戦をな」

 

2人の少年……まさか。

 

「もしかして、シゲルとナオキって名前の2人ですか?」

 

「うむ、あまりチャレンジャーの情報の公開はよろしくないが、同郷ならばいいだろう。そうだ。2人はそう名乗っていた」

 

顎に手を当ててタケシさんは続けた。

 

「最初に来たのはヒトカゲを連れた少年だ。ほのおタイプのヒトカゲは我がいわタイプのポケモンとの相性は悪い。にもかかわらず圧倒的な攻めに俺は敗北した。ヒトカゲの炎のようにその少年も燃え滾っていた」

 

ナオキか、あいつは宣言通り強くなってるんだな。

 

「次に来たのはゼニガメを連れた少年だ。いや、ゼニガメだけでなく、多くの女性を引き連れていた。みな美しい女性で彼女たちに応援されていたというのは本当に羨ましい……」

 

語っている内にタケシさんはどこか遠い目をして羨望を抱くような表情になっていった。

 

「あの、タケシさん?」

 

「ん、ああ、それは置いといて。みずタイプのゼニガメはさすがに相性が悪い。しかし、俺もジムリーダーとして相性の悪いポケモンの対策もしている。だが彼は計算されたバトルスタイルでこちらの対策を悉く打ち破った。完敗だったよ」

 

シゲル……ふざけているように見えてちゃんとトレーナーとして勉強しているんだな。

というか応援団の女の子連れてジム戦してるのかあいつは。

 

「とにかく、前に訪れたマサラタウンのトレーナーは強かったということだ。君はどうだ? 俺を驚かせるトレーナーなのか?」

 

「それは……バトルで見極めてください」

 

俺の答えにタケシさんは口角をわずかに上げて呟いた。

 

「……ふ、違いないな」

 

すると、奥からタケシに似た少年が現れる。

身長がタケシより低いだけで顔も髪型もそっくりだな。

 

「俺の弟だ。今回は審判を務める。誓って言うが身内贔屓をした判定はしないから安心してくれ」

 

「わかりました」

 

ジムリーダーがそんな卑怯なことしたら信用はガタ落ちだし、タケシさんの人柄からそんなことを許すとは思えないからな。

 

俺とタケシさんがバトルフィールドの前で構えるとタケシさんの弟がルール説明を開始する。

 

「使用ポケモンは2体、すべてのポケモンが戦闘不能になった方が負け、交代はチャレンジャーのみが認められます」

 

初のジム戦、まだワクワクが止まらない。

行くぞみんな! 勝ってバッジをゲットだぜ!

 

 

 

***

 

 

 

「バトル、開始!」

 

「行け、イシツブテ!」

 

「ニドラン、君に決めた!」

 

「ラッシャイ!」

 

「ニド!」

 

サトシはニドランを出し、タケシは大きな岩にゴツい顔、2本の腕が生えたポケモン、イシツブテを出した。

 

「イシツブテ、『いわおとし』だ!」

 

「躱しながら進め!」

 

「ラッシャイ!」

 

「ニドニド!」

 

イシツブテから放たれる多量の岩石、しかし、ニドランは持ち前のスピードで右に左に回避し、ダメージはない。

 

「む、速いな」

 

サトシの作戦は単純、スピードで勝負。

岩ポケモンは頑丈で防御も攻撃も高いだろう。だがその分スピードは遅いとサトシは見ていた。

フットワークの軽いポケモンで攻撃をかわしながら速攻で攻撃をしていく、これがジムリーダータケシ攻略の鍵。

 

「『にどげり』だ!!」

 

「ニドォ!」

 

ニドランが飛び上がり、両脚で2発の蹴りをイシツブテに浴びせる。

1撃目、2撃目ともにイシツブテの体(顔面?)に直撃した。

 

「ラッシャ!?」

 

効果抜群のかくとうタイプの技を受け、イシツブテは苦悶の顔で後退する。

 

「パワーもなかなか、よく育てられている」

 

「ありがとうございます!」

 

タケシの賞賛にサトシは喜びが湧き上がる。

 

(よかったなニドラン!)

 

「いいわよニドラーン!」

 

「その調子だよー!」

 

「ニンニン!」

 

応援席でらリカとカスミだけでなく、リカのニドラン♀も声援を送っていた。

 

(ニドラン、みんなの応援に応えるんだぞ!)

 

サトシが見るとニドランはいっそうやる気が出たようで、まだまだ健在のイシツブテに対し構える。

 

「ならばこれはどうする? イシツブテ、『ころがる』!」

 

「ラッシャ!」

 

イシツブテは体を丸めるとその場で回転を始める。そして、猛スピードでニドランに突撃してきた。

 

「迎え撃つぞ! 『にどげり』!」

 

ニドランは蹴りを放つ。

しかし、イシツブテの高速の転がりに弾き飛ばされてしまった。

 

「ニド!?」

 

「くっ、効かない!」

 

「『ころがる』は転がるほど威力が上がるわ。早くどうにかしないと」

 

カスミの言葉通りイシツブテはこれからどんどん速度と威力を上げていく。

そこでサトシは合点がいった。

 

「岩ポケモンはスピードが弱点と思っていたのに、さすがジムリーダー、対策はバッチリですか」

 

「無論だ。挑戦者は対策が破れた際の対応も重要だ。

そうしたトレーナーの戦略の成長を促すのもジムリーダーの役目。さあどうする。『ころがる』攻撃はまだ続くぞ!」

 

見ているうちにイシツブテはどんどん回転スピードを上げている。あまり時間もない。

このまま速度が上がりつづければ威力も……

 

(そうだ!)

 

サトシは攻略法に気づく。

 

「走れニドラン!」

 

「ニドニドニドニド!」

 

ニドランは猛ダッシュを始め、転がるイシツブテに向かって行く。

 

「む! イシツブテ!」

 

「ラッシャイ!」

 

迎え撃とうとイシツブテはニドランに向かう。

 

走り続けるニドランはトップスピードに乗った。

 

「今だ、『にどげり』!」

 

ニドランは跳び上がり、『にどげり』を放つ。

その勢いは先程のものよりも速く、強い蹴りとなった。

 

「ニィ、ドオオ!!」

 

「ラッシャ!?」

 

一撃目の蹴りがイシツブテに炸裂すると、回転は弱まり遂に止まってしまい、イシツブテにダメージを与えた。

 

「なに!?」

 

タケシは驚愕の声を上げる。

そして、ニドランの攻撃はまだ終わってない。

 

「もいっぱあああああつ!!」

 

「ニドォ!!」

 

「ラッ、シャア!?」

 

サトシが叫び、二発目の蹴りがイシツブテにクリーンヒットする。

イシツブテはそのまま吹き飛び、目を回して動かなくなる。

 

「……アイヨ」

 

「イシツブテ戦闘不能、ニドラン♂の勝ち!」

 

「やったぜニドラン!」

 

「ニドニド!」

 

「やったあ!」

 

「いいよーニドラン!」

 

「ニンニン!」

 

声援を送るカスミたちにサトシは手を振る。

先手を取れたことで流れを掴んでいる感覚があり、一気に決めにいこうと気を引き締めた。

 

「戻れイシツブテ。ご苦労様、ゆっくり休んでくれ……見事だサトシ。よく『ころがる』を攻略した」

 

タケシはイシツブテをボールに戻してサトシに声をかけた。

威力が足りないなら上げればいい、それはスピードで勢いをつけることで上げることができる。

これも単純な策だ。

 

「『ころがる』で思いついた作戦ですから」

 

「ははは、なるほどな。素晴らしい発想だ。ならば、次はこいつだ。いけ、イワーク!」

 

「イワアアアク!!」

 

タケシの次のボールから現れたのは、複数の大きな岩石が連なった蛇のような体をしたポケモン。

 

「で、でかい……」

 

「ニド……!」

 

その巨体はジムの天井に届くのではというくらいに大きく、足が竦むほどの緊張を覚え、サトシは息を呑んだ。

しかし、サトシは気合を入れなおす。相手がいかに巨大で恐ろしくても、トレーナー自身が臆せばポケモンにもそれが伝わってしまう。

 

「いけるかニドラン?」

 

「ニドォ!」

 

ニドランの目は強かった。

相手が巨大でも立ち向かおうとするガッツは見事だ。

 

「そうこなくっちゃな! よおし、『にどげり』だ!」

 

ニドランはイワークに向かって走り出した。

すると、イワークが動く。

 

「イワーク、『がんせきふうじ』!」

 

「イワアァク!」

 

イワークを囲むように複数の岩が出現し、それらすべてがニドランに襲いかかる。

 

「ニド!?」

 

「大丈夫かニドラン!?」

 

「ニ……」

 

岩石の直撃を受けたニドランはダメージを負いながらも立ち上がる。

しかし、イワークの攻撃は終わらない。

 

「『すてみタックル』!」

 

イワークがその巨体をニドラン目掛けてぶつけようとしてきた。

 

「まずい、避けろニドラン!」

 

「ニ……ドォ……」

 

回避を指示するが、ニドランは足をフラつかせて動きが鈍い。

 

「どうしたんだ!?」

 

「たしか『がんせきふうじ』は素早さを下げる技だった」

 

「しかも、当たれば確実に下げられるわ」

 

カスミとリカの説明でサトシは理解した。

この技もタケシさんの素早い相手の対策ということだ。

 

「その通りだ。ニドランの素早さを封じさせてもらった」

 

イワークの『すてみタックル』が動けずに無防備なニドランに直撃する。

 

「ニドラン!」

 

「ニドォ!!」

 

ニドランは大きなダメージを受け吹き飛ばされる。

 

「でも、『すてみタックル』は使ったポケモンにもダメージを与える!」

 

カスミの言葉通り、威力が高いぶん反動があるのが『すてみタックル』だ。

 

「イワアアアアアク!」

 

しかし、イワークはなんともないように大きな雄叫びを上げる。

 

「全然ダメージを受けてない?」

 

リカが疑問を上げる。

だがサトシの中でこの疑問はすぐ氷解した。

 

「『いしあたま』か!」

 

「そうだ。特性『いしあたま』は反動ダメージを無くすことができる」

 

「つまり、大技の『すてみタックル』をダメージを気にせず撃つことができるのね」

 

「イワーク、もう一度『すてみタックル』だ!」

 

素早さを封じられ、ダメージの蓄積したニドランに回避の術はない。

 

「ニ……!」

 

ニドランは吹き飛ばされ、そのまま目を回して倒れた。

 

「ニドラン♂戦闘不能、イワークの勝ち!」

 

俺は倒れたニドランを抱き上げた。

 

「ニドラン!」

 

「ニド……」

 

ニドランは薄目を開けて俺を見た。それはとても申し訳なさそうな視線だった。

 

(そんな顔しなくていい、お前は良くやったよ)

 

サトシは微笑み頷き、ニドランをモンスターボールに戻した。

 

「ありがとうニドラン、ゆっくり休んでくれ」

 

「さあ、次はどうする、サトシ」

 

タケシさんとイワークはまるで勝利を阻む巨大な壁のように立ちふさがる。

 

(これを乗り越えなければ俺は前に進めない。だから、俺は負けない!)

 

サトシはモンスターボールを構える。相棒のボールを……

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「ピカチュウ!」

 

「頼んだぜピカチュウ!」

 

「ピッカ!!」

 

ボールからピカチュウが元気良く飛び出す。

ピカチュウを見たタケシは怪訝な顔をした。

 

「……じめんタイプを持つイワークに対してピカチュウだと? 単に手持ちがピカチュウだけなのか、何か作戦でもあるのか?」

 

「さあ、けれど一つだけ言えるのはピカチュウは俺の相棒で簡単には負けないってことだけですよ!」

 

その言葉にタケシはほんの少し口角を上げた。

 

「そうか、ならば行くぞ。イワーク、『がんせきふうじ』!」

 

「イワアアク!」

 

イワークから岩石が出現し、ピカチュウを目掛けて飛来してきた。

 

「ピカチュウ、『こうそくいどう』!」

 

「ピカピカピカァ!」

 

素早さを上げる技『こうそくいどう』を使用してピカチュウは『がんせきふうじ』を回避する。

サトシの戦略は最初と同じスピード勝負。ピカチュウの持ち前の素早さをさらに上げて一気に攻める。

素早さを下げる『がんせきふうじ』も当たらなければ何も問題ない。

 

加速して走り続けるピカチュウはイワークの真下に迫った。

 

「今だピカチュウ……『アイアンテール』!!」

 

「チュー、ピッカァ!!」

 

ピカチュウのギザギザの尻尾が硬質化し鋼の力を得る。そうしてピカチュウはジャンプし、イワークの胴体目掛けて尻尾を直撃させた。

 

「イワアアア!?」

 

「イワーク!?」

 

イワークは苦悶の声を上げて後退し、タケシは驚愕の声を上げた。

 

(よし、狙い通り効いたぜ!)

 

「『アイアンテール』はがねタイプの技ね!」

 

「そっか、トキワの森での特訓はこの技のためだったんだ」

 

カスミとリカはピカチュウの技をすぐに理解した。

リカの言う通りサトシはピカチュウはここまでの旅の中でアイアンテールを特訓していたのだ。

 

「大丈夫かイワーク!?」

 

「イワァ……」

 

効果抜群の技を受けたイワークは少し辛そうにしていたが、すぐに態勢を立て直した。

 

「まさかはがねタイプの技を覚えていたとはな」

 

「ピカチュウが自分に不利なタイプのポケモンを相手にした時の対策ですよ。それにニビジムがいわタイプのジムだってことは前から知っていましたから」

 

「そうか……やはり無謀にピカチュウをぶつけたわけではなかったのだな。面白くなってきた、勝負はこれからだ! イワーク、『すてみタックル』!」

 

「『アイアンテール』で迎え撃て!」

 

「イワア!」

 

「チューピッカ!」

 

イワークの全身突撃に、ピカチュウは鋼鉄の尻尾を振るう。

技と技がぶつかり合う。そして押し勝ったのはイワークだった。

ピカチュウは吹き飛ばされる。

 

「ピカ!?」

 

「なに!?」

 

「イワークはパワーでは負けていないぞ!」

 

(やっぱり簡単にはいかないか)

 

しかし、イワークも『アイアンテール』とぶつかって無傷では無いはず。

その証拠に痛みを紛らわすように頭を振っていた。

 

「『がんせきふうじ』!」

 

タケシはすぐにイワークに攻撃をさせ、サトシも続いてピカチュウに指示を出す。

 

「ピカチュウかわせ!」

 

「ピカ!」

 

襲いかかる岩石を自慢のスピードで回避していくピカチュウ。

 

(よし、このままーー)

 

「『すてみタックル』!」

 

イワークがピカチュウに突進して来た。

 

「ピカ!?」

 

「なに!?」

 

イワークの予想外の素早い動きにサトシとピカチュウは驚愕する。

 

まるでピカチュウがどこを動くのか読んで待ち伏せしていたような動きだ。

 

(っ!? そういうことか!)

 

『がんせきふうじ』はピカチュウにダメージを与えるためではなく、わざとかわさせて動きを制限するためのものか。

かわした先を読んで『すてみタックル』を仕掛けてくる。

 

「イワーク、『がんせきふうじ』!」

 

タケシは再びイワークに指示を出す。

つまり先ほどと同様の戦略だ。

『がんせきふうじ』を受けたらダメージを負い、素早さを下げられる。

避けたら『すてみタックル』で大ダメージになる。

 

もはや逃げ場はなく、サトシとピカチュウは追い詰められる。

しかし、サトシは諦めない。

 

(だったら……)

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』!」

 

「イワークに電気は効かない!」

 

「『がんせきふうじ』を押し返せ!!」

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

ピカチュウから放たれた電撃が、飛来して来た岩石群とぶつかる。

『10まんボルト』が押し勝ち、岩石はイワークの元まで戻り、全てその巨体に激突した。

 

「イワアアア!?」

 

自分が生み出した岩石群がイワークの全身を襲い、タケシは信じられないというような声を上げた。

 

「そのままイワークまで走れ!」

 

「ピッカァ!!」

 

イワークの動きが止まった隙にピカチュウは接近する。

 

「『アイアンテール』!」

 

「チュー……!」

 

「避けろイワーク!」

 

「イワァ!」

 

「ピッカァ!」

 

持ち直したイワーク長い体を器用に動かし、『アイアンテール』は空振りに終わった。

 

「くっ……」

 

そして、イワークの長い胴体はピカチュウを取り囲む位置にいた。

 

「そのまま『しめつける』攻撃!」

 

イワークはとぐろを巻きピカチュウを岩の体で挟み込もうとする。

岩の体に締め付けられてしまえば、ピカチュウに脱出の手段は無い。

 

「回転しながら『アイアンテール』!」

 

ピカチュウはイワークの体が触れる瞬間、そこに手を置き支点として自分の体を横回転させて巻きつこうとしたイワークに『アイアンテール』をぶつけた。

 

「イワアアア!!」

 

回転の『アイアンテール』は締め付けを阻むと同時にイワークに大ダメージを与える一石二鳥の攻撃となった。

苦痛の雄叫びを上げるイワーク。

 

「決めるぞピカチュウ、『アイアンテール』!」

 

「負けるなイワーク、『すてみタックル』!」

 

お互いこれが最後の攻撃。ピカチュウは尻尾に渾身の力を込め、イワークは全力で突進する。

 

「チュー……」

 

「イワアアア!!」

 

そして、イワークが先にピカチュウに『すてみタックル』を決める。

吹き飛ばされるダメージを負うピカチュウ。

しかし、持ちこたえて態勢を立て直し鋼鉄の尻尾をイワークの頭に振るう。

 

「ピッカァ!!」

 

『アイアンテール』の直撃を受けたイワークはそのまま倒れた。

 

「イワァ……」

 

巨体が倒れ、ズズンと重い音がフィールド内に響く。

 

「イ、イワーク戦闘不能、ピカチュウの勝ち。よって勝者、マサラタウンのサトシ!」

 

審判であるタケシの弟が宣言した。

サトシの勝利だと。

 

「勝っ……た……勝った、勝ったんだよな!?」

 

「ピカピカチュウ!!」

 

「やった、勝ったああああああっ!!」

 

湧き上がる達成感がサトシとピカチュウを満たし、2人は全身で喜びを表した。

 

 

 

***

 

 

 

「すごいすごいよカスミ! サトシ、ジム戦で勝ったよ!!」

 

「ええっ! 初めてで勝つなんてやるじゃない!」

 

観客席からリカとカスミの声援が聞こえる。

俺、本当にジムリーダーに勝ったんだ!

 

「見事なバトルだった。少年……いや、サトシ君」

 

「ありがとうございます。俺も楽しかったです!」

 

あんなに熱いバトルは初めてかもしれない。

心から楽しいと思えた。これは偽らざる本音だ。

 

「楽しい……か、そうか。その気持ちが一番大事なのかもしれないな」

 

「さあ、これがニビジムで勝利した証、グレーバッジだ」

 

タケシさんの手にあったのは八角形の名前の通り灰色のバッジだ。

これがジムバッジ、俺が勝利した証。

喜びと緊張によって震える手で俺はグレーバッジを受け取った。

 

「ありがとうございます」

 

おっと、言うことがあったなこれを言わないとサトシじゃない!

俺は高らかに叫ぶ。

 

「グレーバッジ、ゲットだぜ!!」

 

「ピッピカチュウ!」

 

ピカチュウも一緒に言ってくれた。

さすが相棒!

 

「おめでとうサトシ!!」

 

「ジム戦初勝利おめでとう!」

 

「リカ、カスミ、ありがとう。2人とニドランの応援嬉しかったぜ!」

 

「えへへ」

 

「あれだけ応援してあげたんだから勝たないと怒ってたわよ」

 

はにかむリカと冗談めかして言うカスミ。

本当に心から2人の応援は心強いと思うよ。

 

するとカスミはリカに話しかける。

 

「リカ、次はあなたの番よ」

 

「うん、そうだね。タケシさんお願いします!」

 

リカはやる気充分、けどたぶん……

 

「すまないお嬢さん。今回のバトルのダメージは大きいんだ。俺のポケモンを回復させたいからお嬢さんとのバトルは明日でいいかな?」

 

「あ、そうですよね。ごめんなさい気づかなくて」

 

リカの謝罪にタケシさんは「大丈夫だよ」と言ってくれた。

俺たちはジムを出ようと踵を返した。

 

「あの、タケシさん!」

 

その時カスミがタケシさんを呼んだ。

 

「どうしたんだ? 君は、挑戦者じゃない方のお嬢さんだな」

 

「ええ、その……あなたは……」

 

カスミはタケシさんに何か聞きたそうだが、なぜか口ごもる。

 

「む?」

 

「いえその、やっぱりジムリーダーは育て方も戦略も普通とは違ってすごいなと思ったんです」

 

「ああ……だからこそジムリーダーを任されているんだ」

 

タケシさんはフッと笑うとそう答えた。

 

「はい、ありがとうございました」

 

カスミは頭を下げると俺たちに追いついた。

 

「……カスミ?」

 

「ううん、なんでもないわ」

 

どこか歯切れの悪いカスミだが、俺はそれ以上追求しなかった。

 

 

 

***

 

 

 

俺たちはニビジムを後にし、昨日からの宿であるポケモンセンターに向かった。

 

すると、行く先からこちらに向かう人が見えた。

 

「あ、ムノーさん」

 

「やあ、ジム戦はどうだったかな?」

 

「へへへ、勝ちました! ほら、グレーバッジです!」

 

「ほう、タケシに勝ったか。すごいじゃないかサトシ君」

 

「ありがとうございます!」

 

するとムノーさんはどこか言いづらそうに尋ねてきた。

 

「ああ、その……どうだった? ジムリーダータケシは?」

 

「タケシさんですか? すごいトレーナーだと思いました。使うポケモンがとても頑丈で強くて、何よりポケモンたちがタケシが大好きなんだってバトルしてわかりました」

 

「うんうん、みんな生き生きしてたよね!」

 

「そうね……あれだけポケモンを大事にできる人なら、ブリーダーになればすごいことになってたはずなのに、残念です」

 

「……そうか」

 

ムノーさんはどこか安心したように静かに呟いた。

 

「うむ、良かった。明日はお嬢さんのジム戦か。頑張りたまえ」

 

「はい!」

 

ムノーさんはそのまま立ち去って行った。

 

なんにしても今日は勝てて良かった。

明日のリカのジム戦に切り替えていこう!

 

「よしリカ、今夜はしっかり英気を養おうぜ」

 

「そうだね。明日になって風邪とか引いたら大変だもんね」

 

「それから今日のタケシさんのバトルスタイルをよく思い返して、明日の参考にするのよ」

 

「うん!」

 

カスミのアドバイスはさすがに先輩らしいな。

俺も今日のバトルがリカの勝利に繋がったら嬉しい。

 

「あーなんだか緊張してきたー」

 

「リカ、大事なのはポケモンを信じることだ。そうすれば勝てる」

 

俺にできるのはこんなアドバイスだけだ。それでも俺もなにか伝えたかった。

 

「サトシ……うん、頑張るからね」

 

リカは力強くガッツポーズをした。




前後篇に分けました。
リカvsタケシは次回です。


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対決ニビジム リカvsタケシ

お待たせいたしました。
ニビジム戦のリカのバトルです。
彼女はどう戦うのか。


翌日、サトシたちは再びニビジムに訪れた。

今回はリカのジム戦であるためサトシは観客席でカスミと共にフィールドを見ている。

 

昨日と同様にタケシはフィールドの奥で仁王立ちしていた。

リカは挑戦者の位置についてタケシと相対していた。

 

「今日はお嬢さんが相手か。全力で行かせてもらう」

 

「はい、お願いします!」

 

リカとタケシがボールを構える。

 

「行け、イシツブテ!」

 

「お願い、フシギダネ!」

 

「ラッシャイ!」

 

「ダネダネ!」

 

リカはフシギダネをタケシはイシツブテを出す。

 

「くさタイプか、セオリー通りに来たな。それにしても可愛い花飾りだな」

 

「えへへ、この娘のお気に入りなんです」

 

「だが手加減はしない。行くぞイシツブテ、『ころがる』!」

 

「フシギダネ、『はっぱカッター』!」

 

「ラッシャ!」

 

「ダネフシャ!」

 

イシツブテが高速回転を始めそのまま突進してきた。フシギダネはイシツブテ目掛けて鋭い葉を連射する。

 

鋭い葉を数発受けるがイシツブテは止まらない。

 

「効いてないの!?」

 

「いや、そうじゃないみたいだぜ」

 

カスミは驚いたがサトシは冷静に見ていた。

 

一見イシツブテにダメージは無いように見える。しかし、相性の良い攻撃に、『ころがる』は確実に失速していた。そしてリカはそのことを見抜いていた。

 

「フシギダネ、『つるのムチ』を思いっきり叩きつけて!!」

 

「ダネ……フシャッ!!」

 

フシギダネは『つるのムチ』を出すと力一杯振り下ろした。

渾身の草タイプの攻撃はイシツブテの『ころがる』を完全に止めた。

 

「ラッシャ!?」

 

効果抜群の攻撃を受けて声を上げるイシツブテ。

 

「今よフシギダネ、『はっぱカッター』!!」

 

「ダネダネ!」

 

『はっぱカッター』の連続攻撃がイシツブテを襲う。

イシツブテは大ダメージを受け、目を回して動かなくなる。

 

「ラッシャ……」

 

「イシツブテ戦闘不能、フシギダネの勝ち!」

 

「やった、すごいよフシギダネ!」

 

「ダネダネ!」

 

リカの労いにフシギダネは彼女に飛びついて喜びを表した。

 

「よし、まずは一勝!」

 

「その調子よリカ! フシギダネ!」

 

サトシとカスミの声援にリカは手を振って答える。

するとタケシも口を開く。

 

「タイプ相性が良いとは言えここまでのパワーがあるとは、君もよく育てている」

 

「ありがとうございます! 褒められたよフシギダネ!」

 

「ダネ!」

 

タケシからの賞賛にリカはフシギダネと喜びを分かち合う。

 

「さあ次だ。君はどう来る? 行け、イワーク!」

 

「イワアアアク!!」

 

目の前に出現した巨大なポケモン。実物を見るのは二度目だが、観戦してた時と実際に相対するのとでは大きく違うとリカは緊張を強める。

 

(サトシはこんなプレッシャーの中にいたんだね)

 

「フシギダネ、このまま行くよ!」

 

「ダネダネ!」

 

身にかかる緊張や不安を振り払うようにリカはフシギダネに声をかける。

 

「『はっぱカッター』!」

 

「避けろイワーク!」

 

鋭い葉の群をイワークは難なく回避しフシギダネに勢いよく接近する。

 

「速い! それなら引きつけて!」

 

リカはイワークがフシギダネの射程範囲になるまで待つ。そしてすぐその時が来る。

 

「よし、『ねむりごな』!」

 

「フシャシャシャ!」

 

フシギダネの蕾から紫の粉が吹き出す。

この『ねむりごな』を浴びればしばらく眠って行動不能となる。

 

しかし、タケシの対応は早かった。

 

「イワーク、『あなをほる』!」

 

「えっ!?」

 

「ダネ!?」

 

イワークは『ねむりごな』が届く前に地面の中に潜り回避をした。

 

そして、フシギダネはイワークの姿を完全に見失った。

 

「ダネ、ダネ?」

 

「お、落ち着いてフシギダネ」

 

フシギダネは敵がどこから来るかわからず困惑し、トレーナーであるリカもイワークが見えなくなったこと、フシギダネの混乱を宥めないといけないことによる焦りが出てしまった。

 

それが隙となる

 

フシギダネの真下に亀裂が走り、次の瞬間イワークが飛び出す。

 

「あ!?」

 

「ダネェ!」

 

「フシギダネ!?」

 

『あなをほる』が炸裂しフシギダネは吹き飛ばされるもなんとか態勢を立て直す。

リカはフシギダネが無事なことに安堵するが、立ち塞がるイワークに視線を戻し、フシギダネに指示を出す。

 

「フシギダネ、『つるのムチ』!」

 

「ダネェ!」

 

フシギダネの『つるのムチ』がイワークの頭に巻きつく。

 

「そのまま引っ張って!」

 

イワークを投げ飛ばしてそのまま追撃で一気に決めるつもりだ。

しかし、イワークはビクともしない。

 

「そ、そんな……」

 

「残念だが力比べでイワークは簡単には負けない! イワーク、引っ張れ!」

 

「イワァ!」

 

「ダネェ!?」

 

勢いに負けて叩きつけられるフシギダネ。

そのままフラフラになって立ち上がる。

 

(ダメ、交代させないと!!)

 

「も、戻ってフシギダネ!」

 

このままではフシギダネが戦闘不能になってしまうため、それを避けるための判断だ。

 

「不味いな、完全にペースを崩された」

 

「フシギダネで決め切れると思ったのに」

 

サトシとカスミはリカの様子に焦り始める。

リカはわずかに取り乱しながら落ち着こうと自分に言い聞かせる。

 

「だ、大丈夫……まだ、大丈夫」

 

リカは次のボールを構える。

 

「お願い、バタフリー!」

 

「フリーフリー!」

 

リカの次のポケモンはバタフリーだ。

 

「むし・ひこうタイプ、いわタイプとは最悪の相性だ。君も何か秘策があるのか?」

 

「わ、私はポケモンを信じてます。バタフリー、『ねんりき』!」

 

「フリィ!」

 

焦りを見せながらリカはバタフリーに指示を出す。

バタフリーから放たれた『ねんりき』は衝撃波となりイワークを襲い巨体がわずかに後退する。

 

「よし、イワークに効いてるぞ」

 

「そのまま『ねんりき』でイワークを止めて!」

 

「フリ!」

 

次は『ねんりき』がイワークの体を拘束する。

これで形成逆転と思われたが、イワークは全身を少しずつ身じろぎさせる。

 

「言ったはずだ、力比べでイワークは負けない! 振り払えイワーク!」

 

「イワアア!!」

 

雄叫びとともにイワークは全身にかけられた『ねんりき』を弾き飛ばす。

 

「フリィ!?」

 

「くっ!」

 

リカは狙いが再び外れたことで焦りがさらに増した。

 

「イワーク、『がんせきふうじ』!」

 

タケシは手をゆるめずに反撃に出た。

イワークが大量の岩石をバタフリーに飛ばす。

 

「上昇して躱して!」

 

先程の指摘通り岩技はバタフリーに最悪の相性だ。攻撃を受けるわけにはいかない。

バタフリーは指示通り上昇した。それによってイワークの上を取ることができた。

 

まだ逆転のチャンスはある。

リカは確信し指示を出した。

 

「バタフリー、『ねむりごな』!」

 

バタフリーの羽から紫の鱗粉が放出されイワークを眠らせようと襲いかかる。

 

「『あなをほる』!」

 

タケシはイワークを地面に潜らせる。

これは先程フシギダネにもした対処法だ。

 

「ひこうタイプを持つバタフリーはじめんタイプの技は効きません!」

 

そうこれはリカの狙い通りでもあった。

イワークは地面に潜って見えなくなるが技は確実に空振りとなる。

その隙にこちらから技を使う。

 

「百も承知だ」

 

だが、タケシの顔に焦りは無い。

 

「今だイワーク!」

 

イワークはバタフリーの背後から出現した。

 

「後ろ!?」

 

バタフリーは一瞬遅れて振り返るがタケシの方が早かった。

 

「『すてみタックル』!」

 

イワークの巨大がバタフリーに突撃する。

 

「フリィ!?」

 

「バタフリー!?」

 

タケシの追撃は止まらない。

 

「とどめだ、『がんせきふうじ』!」

 

吹き飛ばされ地面に倒れたバタフリーに岩石が襲う。

 

「フリィ……」

 

バタフリーは目を回してそのまま動かなくなる。

 

「バタフリー戦闘不能、イワークの勝ち!」

 

「たとえ効果の無い技でも、使い方で相手の意表を突くことができる。そういった工夫もバトルでは大事だ」

 

効果の無い技でも上手く生かす、これはまさに昨日サトシがやって見せたことだ。

それを自分も見ていたはずなのに、簡単にしてやられてしまった。

 

「さあ、君のポケモンは残っている。早く出したまえ」

 

タケシは試合続行を促すが、リカは極度の緊張と恐怖で混乱していた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

(どうしようどうしようどうしよう……このままじゃ負けちゃう……サトシもカスミも見てるのに、負けたくない……2人から見放されたくない……サトシから失望されたくないよ……)

 

心臓が破裂しそうなほど波打つ、呼吸が苦しい、視界がブレる。

 

「う……あ、あぁ……」

 

激しく吐息が出る。このまま自分の中の怯えを全部吐き出してしまえればいいのに、けれど、恐怖は体の中で生み出されていく。

もうダメだ、これ以上バトルできない。けど、負けたくない。どうすればーー

 

「リカ!!」

 

意識の中に沈み込みそうになったリカを現実に引き戻したのはサトシの声だった。

 

「サトシ……?」

 

サトシは観客席から身を乗り出しながらリカに声をかける。

 

「落ち着けよ! お前にはまだフシギダネがいるだろ! トレーナーならまず自分のポケモンを信じるんだ! 絶対に諦めるな!!」

 

リカはフシギダネのボールを見る。

そうだ。何を勝手に負けた気になっているんだ。

サトシの言う通り、トレーナーである自分が諦めたらすべてが終わる。

そんな情けない終わりをポケモンたちの前でするわけにはいかない。

深呼吸を繰り返して、両手で帽子の前後のつばを掴みキュとしめる。

心臓が規則的にリズムを刻む、当たり前の呼吸が心地いい。

その目は覚悟を決めていた。

 

「……ほう」

 

タケシはリカの顔を見ると面白そうに口角を上げる。

 

「私は、私たちは、負けない! お願いフシギダネ!」

 

「ダネダネェ!」

 

現れたフシギダネは前のバトルの傷がところどころにあったが、まるでリカの闘志が宿ったかのように力強く立っている。

 

「『はっぱカッター』!」

 

「ダネダネ!」

 

「避けろイワーク!」

 

『はっぱカッター』がイワーク目掛けて飛来するが、難なくかわされる。

 

「『つるのムチ』で捕まえて!」

 

フシギダネの『つるのムチ』がイワークの顔を縛る。

しかし、イワークはなんともない顔だ。

 

「また同じことを……イワーク、引っ張れ!」

 

先程と同様にイワークは体を捻り逆にフシギダネを引っ張ろうとする。

それをリカは待っていた。

 

「今だよフシギダネ、跳んで!」

 

「ダ、ネェ!」

 

フシギダネはイワークの引く力を利用して勢いよく跳び上がったのだ。

 

「なに!?」

 

「『つるのムチ』で方向転換、イワークに向かって!」

 

「ダネ!」

 

空中で『つるのムチ』で地面を叩き、イワークの方へ向きを変えて接近した。

 

「驚いたが空中ではいい的だ! 『すてみタックル』で迎え打て!」

 

狙いを定めたイワークは『すてみタックル』でフシギダネに迫る。

 

「もう一度『つるのムチ』で跳んで!」

 

フシギダネはさらに『つるのムチ』を地面に強く叩きつけて上昇した。

イワークの『すてみタックル』は空振りとなる。

 

「む!?」

 

そしてフシギダネは空中でイワークの後ろを取った。

 

「イワークの体に捕まって!」

 

「フシャ!」

 

イワークの後ろにいるフシギダネは『つるのムチ』をイワークの体に巻きつかせることでブレーキをかける。

 

「『やどりぎのタネ』!」

 

フシギダネの蕾から種が飛び出す。

種はイワークの体に付着すると瞬時に大量の芽が飛び出してイワークの全身に巻きついた。

巻きついた芽はイワークから体力を奪い取る。

 

「イワァ……!?」

 

「まずい! イワーク、『あなをほる』で地面に隠れるんだ!」

 

タケシは態勢を立て直すためにイワークを一時的に地面に退避させる。

イワークが地面を掘り進んだ時だ。

 

「フシギダネ、穴に向かって『はっぱカッター』!!」

 

「ダネダネ!」

 

リカはすかさず指示を出し、『はっぱカッター』がイワークの掘った穴に吸い込まれるように放たれる。

 

「イワアアアアア!?」

 

苦悶の雄叫びをあげながらイワークが地面から飛び出してくる。

 

「なに!? イワーク!」

 

「今だよフシギダネ、『つるのムチ』!」

 

「ダネダネ……フシャッ!!」

 

最後の力を込めた渾身の『つるのムチ』が振るわれ、イワークに叩きつけられる。

 

「イワァ……」

 

イワークはその巨体を地面に倒れこませ目を回して動かなくなる。

 

「イワーク戦闘不能、フシギダネの勝ち。よって勝者、マサラタウンのリカ!!」

 

「……やったあ!! やったよフシギダネ!!」

 

「ダネ、ダネダネ!!」

 

リカはフシギダネを抱き上げ、フシギダネはリカの胸の中で喜びを表していた。

 

「やったぜリカ!」

 

「リカー! おめでとう!」

 

サトシとカスミが応援席からリカに声をかけ、リカはそれに両手を大きく振り答える

 

「うん! ありがとう! 私やったよ!! 勝ったよ!」

 

「見事だったよお嬢さん。よくあそこから逆転した」

 

「はい、ポケモンたちのおかげです」

 

「ああ、そしてそのポケモンたちを最後まで信じた君の実力だ」

 

タケシはリカの戦いぶりを褒めると、グレーバッジを取り出す。

 

「さあグレーバッジだ。受け取ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

リカはバッジを掲げて叫ぶ。

 

「グレーバッジ、ゲットだよ!!」

 

「ダネダネ!」

 

フシギダネと笑い合うリカ、ふと窓の外を見ると人影が見えたような気がした。

 

 

 

***

 

 

 

リカのジム戦が終わり、俺たち3人はニビジムの入り口でタケシさんに見送られている。

 

「昨日と今日でとても良いバトルをさせてもらった」

 

「こちらこそありがとうございます」

 

「3人の旅の無事を祈っているよ」

 

これでタケシさんとはしばらくお別れになるだろう。その前にどうしても聞いておきたいことがあった。

 

「タケシさん、あなたの夢はいいんですか?」

 

「うん?」

 

きっとこれはお節介なのだろう。だけど、聞かずにはいられなかった。

 

「その……この町の人から聞いたんです。タケシさんは本当はポケモンブリーダーになりたいんだって」

 

「そうか……だが、俺はここを、家族を守らなければならない。夢は弟や妹たちが自立してからでも遅くないはずだ」

 

「そう……ですか……」

 

本人がそう決めた以上、なにも口出しはできない。

 

その時、タケシさんの後方からこちらに歩いてくる人がいた。

 

「あ、ムノーさん」

 

「な、ムノー!?」

 

「え?」

 

俺の言葉にタケシさんは振り返る。

タケシの驚き様に俺の方が驚いてしまった。

 

するとムノーさんは帽子を取り、口元に手を当てるとたくわえた髭が取れてしまった。

 

その顔はタケシによく似ていた。

まさか……!

 

「……タケシ」

 

「親父!?」

 

「ええっ、ムノーさんってタケシのお父さんだったんですか!?」

 

「そうだ。私が夢のために家族を捨てたダメな父親だ」

 

あまりのことに呆然としてしまう。

するとムノーさんはタケシに頭を下げる。

 

「タケシ、済まなかった。今までお前に苦労をかけてしまった。サトシ君たちとバトルしていたお前を見てわかった。私はお前にも彼ら同様に夢を追いかけてほしいんだと。お前に夢を叶えてほしいと」

 

「親父……」

 

何都合の良いことを!!

俺は抑えられないほどの怒りが湧き上がり、一歩踏み出す。

 

「……!?」

 

しかし、俺の手は掴まれを行く手を阻まれる。

俺を止めたのはカスミだった。

彼女は俺の手を握り、目を見て首を振った。

 

ーーこのまま見守ってて

 

彼女はそう言っているように思えた。

 

「いまさら父親ヅラなどする資格はないことはわかっている。だが、せめて罪滅ぼしをさせてほしい。タケシ、ジムのことを私に任せてもらえないか? お前はブリーダーを目指してくれ」

 

そうか、たしかにこの人は自分のために家族を捨てた。

けれど自分がどれほど許されないことをしたのか、この人が一番分かっていたんだ。

この人は罪悪感で苦しんでいたんだ。

 

それを許すかどうか、罰を与えるかどうか決めるのは部外者の俺ではない。

ムノーさんの家族なんだ。

 

タケシさんはムノーさんに近づく。

 

「頭を上げてくれ、親父」

 

「あいつらの好みの味やあいつらのための一日のスケジュールを叩き込んでやるから、覚悟していてくれよ」

 

「ああ、もちろんだ」

 

タケシさんもムノーさんも微笑んだ。

どうやら和解できたみたいだな。

 

「家族が戻って良かったね」

 

「そうだな」

 

ふと横目でカスミを見ると彼女は優しく親子の遣り取りを見守っていた。

 

「……カスミ、ありがとうな。おかげで余計なことをしないで済んだよ」

 

殴ったりしてたら確実に話がこじれていただろうな。

 

「うん……て言っても本当は私も何か言おうと思ったのよね。サトシの怒った顔見たら頭が冷えちゃったのよ。たとえ何か言いたくても、これはタケシさんの家族の問題だから、部外者は立ち入らないのが礼儀よ」

 

「ま、そうだよな」

 

「サトシ君」

 

タケシさんに呼ばれて振り返る。

 

「俺は明日にでも旅に出るよ」

 

「あのタケシさん、よかったら一緒に旅をしませんか?」

 

先輩トレーナーであるタケシさんと一緒ならより勉強になると思うから。

けれどタケシさんは首を振る。

 

「いや、俺なりの道のりがあるからな。君たちの役に立つとは限らない。俺は自分のポケモンたちとの旅をするよ。それに……」

 

タケシはリカとカスミを見てフッと微笑む。

 

「俺は人の邪魔をするほど野暮ではないつもりだからな」

 

「「なあっ!?」」

 

リカとカスミの素っ頓狂な声が聞こえた。

俺が後ろを向くと2人は俺から赤くなった顔を晒してモジモジとしていた。

 

「はは。それから、もう敬語はよさないか? 俺たちはそこまで歳は離れていないし、なんというか、対等に君たちと接したいんだ」

 

「わかりま……わかったよタケシ」

 

「それじゃあ、よろしくねタケシ」

 

「あなたの夢が叶うことを祈っているわタケシ」

 

「ああ、みんなありがとう」

 

俺、リカ、カスミはニビシティの出口まで来ていた。タケシさんとムノーさんは俺たちの見送りに来てくれた。

 

「サトシ、お前のリーグへの旅を良いものになるように祈っている」

 

「ありがとう。俺もタケシが一流のブリーダーになるように祈ってる」

 

「こちらこそありがとう。リカ、カスミ。君たちも良い旅を」

 

「ええ、こちらこそ」

 

「頑張ってね!」

 

「サトシ君、リカ君、カスミ君」

 

「ムノーさん……」

 

「ありがとう、君たちには感謝してる」

 

「君たちはきっと私を軽蔑していることだろう。だが、君たちのおかげでここに戻る勇気が出た。これからは家族のために償いを、タケシが旅に出るためになにかをしたいと思えた」

 

正直、もう思う所が無いと言えば嘘になる。

けれど、さっきの言葉、この人の真剣な態度を見て、何よりタケシが信じたように俺もこの人を信じたいと思った。

 

するとカスミが前に出た。

そして彼女は真剣な眼差しでムノーさんに言った。

 

「本当に、本気で、尊敬されるような父親になって、あなたの子供たちを守ってあげてください」

 

「ああ、もちろんだ」

 

ムノーさんは頷くと、懐からなにかを取り出した。

 

「これは私なりの感謝のつもりだ。受け取ってほしい」

 

「これって!?」

 

「進化の石!?」

 

ムノーさんの手にあるのは3種類の進化の石、かみなりのいし、みずのいし、ほのおのいしだ。

 

「そうだ。今後の旅に役立ててくれ」

 

「こんな高価なもの良いんですか?」

 

「ああ、本当はこれくらいでは足りないくらいだ。けれど今できるのはこのくらいで申し訳ない」

 

「……わかりました。大事に使わせてもらいます。本当にありがとうございます」

 

「「ありがとうございます」」

 

俺は3つの進化の石の入った袋を両手で受け取る。

 

「じゃあ、俺たちは行きます。タケシ、旅先で会うことになったらいろいろ話そうぜ。ムノーさんも頑張ってください」

 

「ああ、またいつか」

 

「ああ、必ず家族を不幸にしないと誓う」

 

俺たちは手を振りながら進んで行った。

 

 

 

***

 

 

 

「またどこかでタケシと出会うかもな」

 

歩いていると、ふと思い出したことがある。

 

「なあカスミ、もしかして昨日はタケシに夢を諦めるのかどうか聞こうと思ったのか?」

 

「……うん、そうよ。けど、お節介だと思ってやめたの。結局サトシが聞いたけどね」

 

「はは、お節介か……」

 

「けどモヤモヤは晴れたわ。代わりに聞いてくれてありがとう、サトシ」

 

カスミの言葉に俺は頷く。

 

そうして再び歩き出そうとするカスミとリカを俺は呼び止める。

 

「……2人とも、少しいいかな?」

 

「どうしたのサトシ?」

 

「なんなのよ改まって?」

 

「はいこれ」

 

俺が取り出したのは2つのケースだ。

 

「これって……?」

 

「受け取ってほしい」

 

これは昨日から俺が2人に渡したいと思っていたものだ。ジム戦が終わってから渡そうと思っていたが、ようやく渡せる。

2人はケースを手に取ると恐る恐るという感じで俺を見た。

 

「えと、開けていいの?」

 

「もちろん……」

 

そうしてリカとカスミはケースを開け、目を見開いた。

 

「え……もしかしてこれ……」

 

「ああ……進化の石のアクセサリー……」

 

「「ええっ!?」」

 

ニビジム名物の進化の石のアクセサリー。それぞれ種類の違うものを渡した。

リカにはたいようのいしのネックレス。

カスミにはみずのいしのヘアバンド

 

2人は呆然と俺が手渡したアクセサリーを見つめていた。

 

「ああ、その……これからもよろしくってことで昨日買ったんだよ。こういうの女の子が喜ぶと思ってさ。どう?」

 

各自ジム戦までの自由時間の間、俺はいろんな店で進化の石を加工した様々なアクセサリーを見ていた。

その中のある店のアクセサリーがなんとなく綺麗だと思った。フィーリングが合ったというか直感的にその店のアクセサリーがいいと思った。

そうしてどれが一番リカとカスミに合うのか死ぬ気で悩んでこの2つを選んだ。

ギリギリまで迷ったからジム戦の時間に遅れてしまったんだよな。

 

「……うれしい……すごく嬉しいよサトシ!」

 

「こ、こんな気遣いができるなんて、や、やるじゃない!」

 

リカは顔をほころばせ、カスミは口調は強いが頬が緩んでいた。

 

「つ、付けてみてもいい?」

 

「ああ、もちろん」

 

そう言うと2人の動きは早かった。

リカは帽子を脱いでからたいようのいしのネックレスを首にかけ、カスミは既に付けているヘアバンドを外してからみずのいしのヘアバンドをつけた。

 

「「ど、どう?」」

 

少し顔の赤い2人。

リカは首から垂れ下がるネックレスを示すように胸元に両手を置き、カスミは髪の結び目を見せるように顔を傾けた。

 

「ああ、すごく似合ってるよ」

 

2人は照れたような満面の笑みを向けてくれた。

 

「……本当にありがとう、サトシ」

 

「サトシ、このプレゼント一生大事にするから!」

 

カスミとリカは本当に幸せそうな綺麗な笑顔で俺も幸せな気持ちになってくる。

 

「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいよ」

 

どこか恥ずかしいような雰囲気になり、それを誤魔化すように俺は大きな声を上げた。

 

「よし、次の町にしゅっぱーつ」

 

「「うん!!」」

 

これからも先の旅が素晴らしいものになることを願いながらみんなで歩み出す。




サトシのハーレム旅が基本コンセプトなので、今作でのタケシはサトシたちと旅はしません。
タケシはこの先、サトシたちの先輩トレーナーとして、旅先で何度も出会うことになる予定です。
タケシも一緒がいいと思われている方々には本当に申し訳ないです。

これからも頑張ります。


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オツキミ山のピッピ

昔アニポケ無印を観ててなんとなく記憶にあるのがオツキミ山の回です。


ニビジムを発ってから途中の森や原っぱで野生のポケモンやトレーナーとバトルしたり野宿したりで旅は続いていた。

 

「次の町はどこが近いかな?」

 

「えーと……ハナダシティだね。この先にあるオツキミ山を越えるのが一番早いみたいだよ」

 

「よっし、じゃあ次はハナダシティで決まりだな」

 

にしてもオツキミ山とは風流な名前だよな。そこにいたら心が安らいだりするのかな?

そんな益体のないことを考えていると、カスミの顔がどこか暗いことに気づいた。

 

「どうしたんだカスミ?」

 

「えっ? ううん、なんでもないわ。あ、そうだハナダシティにもポケモンジムがあるわよ。挑戦する?」

 

そいつは朗報。

 

「そうなのか! じゃあ、ハナダシティでもバッジをゲットしようぜ!」

 

「うん、次も勝とうね」

 

「……そっか、そうよね」

 

明るいリカとは対照的にカスミは暗い、しかも本人はそれを隠そうと必死になっているような気がする。

仲間だから悩みがあるなら聞きたい。

けれど、本人からしたらあまり干渉してほしくないかもしれないし、女性のそういった複雑さは苦手であるため、『相談にのるぜ』の一言が言えずにいた。

俺一応中身は大人なのに情けないよな……

 

そう思って前を見るとポケモンセンターが見えた。

ラッキーだあそこで休もう。

そう思っているとあの辺り一帯が何やら騒がしい。

 

「お、なんだあの人だかりは?」

 

「あ、ポケモンバトルしてるみたい」

 

「『かえんほうしゃ』!」

 

「ブヒャ!?」

 

「マンキー戦闘不能、ヒトカゲの勝ち!」

 

ヒトカゲから放たれた強烈な勢いの炎がぶたざるポケモンのマンキーに直撃し、丸焦げになってマンキーは倒れた。

焼き豚の匂いはしないな。豚なのに、それとも猿要素が主なのか?

 

「すげえ、これで10連勝だ!」

 

「え、すごい……」

 

いやホントそれはすごい。俺はこないだ5連勝だったのにな。

ヒトカゲのトレーナーはどんな奴だ?

 

「もっと鍛えるんだな!」

 

負けたマンキーのトレーナーに対し、ヒトカゲのトレーナーは強くそう言い放った。

 

あのヤンキーはナオキ!?

 

「おーいナオキー!」

 

「あん?」

 

ナオキは怪訝そうな顔で名前を呼んだ俺を見た。

 

「ナオキー! 俺だよ! サトシだよー!」

 

「サトシ!?」

 

俺の顔を認識するとナオキは目を見開いた。

そして、俺はナオキの元まで近づく。

 

「よう久しぶりだな」

 

「お前もここまで来てたのか。お、リカもいたのか」

 

ナオキは俺の後ろから来たリカに声をかける。

 

「久しぶりだね」

 

「2人一緒なんてどうしたんだよ?」

 

「あのね、私今サトシと一緒に旅してるんだ」

 

「そりゃ意外だな。ライバルじゃねえのか?」

 

「うーん、ライバルに……なるのかな? うん、たとえライバルでもサトシと一緒ならもっと面白い旅になると思ったんだよ」

 

そんなに褒められると照れるよリカさん。むふふ。

 

「まあ、好きにしたらいいと思うがな……ん? そっちの女は初めて見るな、誰だ?」

 

「ちょっと、人に名前を聞くならまず自分から名乗りなさい!」

 

カスミは眉間に皺を寄せてナオキに一喝した。

ナオキはたじろいだ。

うん、俺も怖い。

 

「お、おう……わりぃ……俺はマサラタウンのナオキだ。サトシやリカと同じ日に旅に出たんだ」

 

「そう、よろしく。私はカスミ。水ポケモンを極める女よ」

 

喧嘩になるかなと思ったが何事もなく自己紹介が住んで良かった。

するとナオキは引いたような顔で俺に近づき小さな声で言った。

 

「なんだこのキツそうな女は」

 

「良いやつだからそんなに警戒しなくていいよ」

 

「何コソコソしてんの?」

 

「いやいやなんでもないよ」

 

怪訝な顔のカスミに俺は慌てて誤魔化した。

カスミはそこまで興味は無かったのかそれ以上追求はしてこなかった。助かったあ……

 

「なあサトシ、リカ。お前たちニビジムはどうだったんだ? ここにいるってことはニビシティにも行ったんだろ?」

 

顔を引き締めたナオキが尋ねて来た。

同じ日に旅立ったライバルの動向は気になるよな。

俺は懐から勝ち取ったバッジを取り出す。

リカも同様に取り出した。

 

「ああ、ほらグレーバッジだ」

 

「えへへ、私もだよ」

 

「ほーやるじゃねえか。俺もこの通りだ」

 

ナオキも自慢げにグレーバッジを示した。

 

「ああ、ジムリーダーから聞いたよ。相性悪いのに強かったって」

 

「まあ、俺にかかればこんなもんよ」

 

ニヤリと笑うナオキは旅立つ日と同様に自信たっぷりだ。その顔は第一印象の嫌味さは無く、見ていて気持ちの良い顔だ。

そしてバッジを直したナオキはその笑みをさらに深して言う。

 

「ところでサトシ。ここで会ったんだからただ話すだけで終わったりしねえよな?」

 

空気がピリッとした、ような気がした。

ナオキから発せられるそれが空気を変えたからだ。

『それ』の正体はわかる。

俺もニヤリと笑いながらナオキに返す。

 

「んー? 何が言いたいのかな、ナオキ?」

 

「はん! 決まってるだろ。ポケモンバトルだよ!」

 

『それ』は『闘志』だ。

目の前にいる相手と戦いたいという気持ち、俺はナオキから明確にぶつけられた。

だから俺は『闘志』を持って応える。

 

「よっしゃきた! いいぜバトルだ!」

 

 

 

***

 

 

 

「おい、あの10連勝の男がバトルするってよ!」

 

「ほんとか!? 見ようぜ!」

 

向き合うサトシとナオキの周りには多くの野次馬がいた。この近くを通ったトレーナー、先程ナオキとのバトルで負けたトレーナー、最初からナオキのバトルを観戦していた人々などだ。

この辺りのトレーナーに10連勝したナオキが連勝を重ねるのか、それとも今回の相手がそれにストップをかけるのか、いずれにしても見ものだ。

 

 

サトシとナオキは同時にボールを投げた。

 

「行けピカチュウ!」

 

「行けヒトカゲ!」

 

「ピカ!」

 

「カゲ!」

 

ピカチュウとヒトカゲは顔を見合すと一瞬驚くと真剣な顔になる。

闘志は充分、それを示すようにピカチュウの頬は帯電し、ヒトカゲの尻尾の炎は大きくなる。

 

「カゲェ……」

 

「ピカ……」

 

ヒトカゲは「今度は負けない。俺も強くなった」

ピカチュウは「僕も負けない」

そう言っているように見えた。

 

「ヒトカゲ、『かえんほうしゃ』!」

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』!」

 

「カゲエエエエエエエエ!!」

 

「ピィカチュウウウウウ!!」

 

以前見た『ひのこ』『ほのおのうず』とは比べものにならないほどの膨大な火炎がヒトカゲから発射される。

ピカチュウの極大の電撃とぶつかり爆発を起こした。

 

砂煙が止むとサトシとピカチュウ、ナオキとヒトカゲは最初の位置から動いていなかった。

 

「……強くなってんじゃねえか」

 

「……そっちも腕を上げたみたいだな」

 

面白そうに笑うナオキにサトシもまたニヤリと笑い返す。

そして、動いたのは同時だ。

 

「『でんこうせっか』!」

 

「かわして『つるぎのまい』

 

ピカチュウが高速で突進する、ヒトカゲは対応してかわしながら両腕に力を溜め攻撃力を上げる。

 

「『メタルクロー』!」

 

「カゲェ!」

 

ヒトカゲの両手の爪に鋼鉄になると、ピカチュウに対し振るわれる。そう、『メタルクロー』は鋼タイプの技だ。

 

「かわせ!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウもまた、ヒトカゲの攻撃を素早くかわす。

サトシはヒトカゲの技に合点がいく。

 

「それがお前のニビジム対策か!」

 

「そうだ、こいつの爪の破壊力は並外れてるぜ!」

 

ーー望むところだ!

 

サトシも自分のピカチュウも負けていないと果敢に攻めていく。

 

「『でんこうせっか』!」

 

ピカチュウは最高速度でヒトカゲに強襲する。

 

「迎え撃て『メタルクロー』!」

 

衝突するとピカチュウとヒトカゲは瞬時にバックステップをする。

そして、サトシは指示する。

 

「いっけえ『アイアンテール』!」

 

ピカチュウの尻尾が鋼となり振るう。

ヒトカゲは鋼鉄の爪で受け止める。

 

「お前も鋼技を覚えさせていたか! 面白え!!」

 

ピカチュウとヒトカゲ、『アイアンテール』と『メタルクロー』の打ち合いとなる。

そしてピカチュウが上から『アイアンテール』を叩きつける。

ヒトカゲは『メタルクロー』で受け止めるが、次第に押し切られそうになる。

 

「ピカピカ!!」

 

「カゲカゲ!!」

 

「負けるなヒトカゲ、弾き返せ!」

 

ナオキの指示にヒトカゲは両脚に力を込めて腕の力を増大させる。

ヒトカゲの『メタルクロー』が『アイアンテール』を弾き、ピカチュウは吹き飛ぶ。

 

「追撃の『かえんほうしゃ』だ!」

 

「カゲエエエエエ!!」

 

無防備なピカチュウに向かって強力な火炎を吐き出す。

『かえんほうしゃ』はピカチュウに直撃しダメージを与える

しかし、ピカチュウは態勢を立て直し、大地に降り立つ

 

「ピカ!!」

 

「やるな」

 

「『でんこうせっか』!」

 

「ピカァ!!」

 

「これならどうだ! 『ニトロチャージ』!」

 

「カ……ゲェ!!」

 

ピカチュウの『でんこうせっか』に対し、ヒトカゲは炎を身にまといピカチュウに突進する。

『でんこうせっか』と『ニトロチャージ』が衝突する。ピカチュウとヒトカゲは互いにダメージを負いながら後方に跳び距離を取る。

 

「もう一度『ニトロチャージ』!」

 

ヒトカゲは再び炎を纏いピカチュウを強襲する。

 

「カゲ!!」

 

「なっ!?」

 

「ピカ!?」

 

予測よりも速くヒトカゲはピカチュウに接近していた。

想定外のスピードにサトシとピカチュウは反応が遅れる。

そして、ピカチュウは炎をまともに喰らう。

 

「な、なんだこのスピードは!?」

 

サトシの驚愕に応えたのは相対するナオキだ。

 

「この技は使えば使うほど素早さを上げる。スピードが得意なお前のピカチュウ対策だ!」

 

吹き飛ばされたピカチュウはなんとか立ち上がる。

そして、サトシは焦る。

もはやヒトカゲの素早さはピカチュウに匹敵していた。

さらに使えば使うほど素早さが上がるとなればヒトカゲはピカチュウでは手が付けられないほどの力を得ることになる。

バトルは続いている。ナオキはヒトカゲに追撃を指示する。

 

「もう一度行けえ! 『ニトロチャージ』!」

 

「カゲェ!!」

 

圧倒的なスピードを得たヒトカゲはもはや真っ赤な閃光になっていた。

一呼吸するうちにピカチュウを直撃してしまうだろう。

だから――

 

「今だ、『こうそくいどう』!」

 

「ピカピカピカ!!」

 

当たる寸前、呼吸する間もなくピカチュウは自身の素早さを高めた。

それにより三度の『ニトロチャージ』で素早さを高めたヒトカゲを僅かに上回る。

 

「なに!?」

 

「そっちがスピードを上げるなら、こっちはさらにスピードを上げるまでだ!」

 

ヒトカゲの『ニトロチャージ』は空振りとなる。

一瞬の隙、ピカチュウはヒトカゲに狙いを定める。

 

「『10まんボルト』!」

 

「ピカチュウウウウウ!!!」

 

ピカチュウの素早さの上昇に比例するように“10まんボルト”のスピードも上がり、ヒトカゲが反応するよりも前に直撃となる。

 

「カゲェ!!」

 

ヒトカゲの体はところどころ焦げ、ダメージは大きい。

しかし、闘志は死んでいない。

 

「まだだ! 『ニトロチャージ』!!」

 

「決めろ、『でんこうせっか』!!」

 

「カッゲェ!!」

 

「ピッカァ!!」

 

2体の極限のスピードが空を切り、衝撃波が起こる。

赤き炎が、黄色い閃光が激突する。

一瞬の小さな爆発が起こったような衝撃音。

 

「カ……」

 

「ピ……」

 

ヒトカゲが倒れる。

ピカチュウも倒れた。

両者戦闘不能。

 

沈黙が訪れる。そのバトルの激しさに誰も声を上げられなかった。

最初に動いたのは当事者2人。

 

「ピカチュウ!」

 

「ヒトカゲ!」

 

サトシとナオキが互いの相棒を抱き上げる。

 

「引き分けね」

 

「うん、それにすごいバトルだったね」

 

カスミとリカがバトルの結果を言い切ると、野次馬たちが弾かれたようにどよめきだす。

10連勝のナオキの本気のバトルの凄さに驚く者、そんなナオキと引き分けたサトシの実力に慄きながら賞賛する者。2人のバトルそのものに感激する者。少なくともその場に負の感情は存在しなかった。

 

「戻れヒトカゲ」

 

「戻れピカチュウ」

 

2人は自分のポケモンをボールに戻す。

 

「まだ勝てない……か」

 

ナオキは悔しそうだが、笑みを浮かべどこか愉快そうな顔だった。

それはサトシも同じようでナオキに快活とした笑みを向けている。

 

「良いバトルだったなナオキ。ヒトカゲが前より強くなってる」

 

「当たり前だ。俺は最強を目指してるんだからな。だが、そのためにはやはりお前に勝たないとダメみたいだな」

 

「だったら俺はお前よりももっと強くなる」

 

「なら俺はそれよりも強くなる」

 

「さらに俺が超える」

 

「それよりも――」

 

「はいストーーップ、いつまでも終わらないよ!」

 

「まずはポケモンたちを回復させなさい」

 

「はい」

 

「わかったよ」

 

終わらない宣言を止めたのは美少女2人。

強く言われた男子2名は大人しく従った。

 

 

 

***

 

 

 

近場のポケモンセンターで回復させた俺たちは今後の予定を話し合っている。

 

「俺たちはオツキミ山に行くんだけど、ナオキはどうするんだ?」

 

「あーそうだな。俺も行こう。あそこには珍しいポケモンがいるらしいからな。オーキドのじいさんも『育てるばかりじゃなくポケモンを捕まえろ』ってうるさいからな」

 

「あはは……まともにゲットしてるのってシゲルだけみたいだからね」

 

「今更ながら俺たちってオーキド博士から図鑑を渡されたトレーナーとしてどうなんだ?」

 

俺の言葉にリカもナオキも気まずそうに視線を外す。

 

「ま、まあ、これからだよ。俺たちの旅はこれからだって!」

 

「そ、そうだよね。うん、私たちはこれからいろんなポケモンと出会うんだよね!」

 

「あ、ああ、ちゃんとやるぜ。ポケモンと出会いながら最強を目指す。やってやろうじゃねえか!」

 

俺、リカ、ナオキは必死に自分に言い聞かせるように宣言した。

そしてその気持ちを忘れないように出発した。

半ばやけくそだけれども。

 

 

 

ポケモンセンターからしばらく歩くとすっかり夜になってしまった。

夜空に満月が輝いている。

このまま野宿するのも大変なので、このままできる限り進むことにした。

オツキミ山の入り口を通る。

中にはちょうど人が通れる道が続いていた。

だが俺はある違和感に気づく。

 

「なんか妙に明るくないか?」

 

普通の洞窟なら薄暗いはずなのだが、ここは昼間みたいに明るい。外が夜であることを忘れてしまいそうなくらいだ。

 

「ライトがたくさんあるみたいね。ここを通る人たちのための設備なんじゃない?」

 

カスミの言葉に周りを見ると洞窟のあちこちにライトを始めとした電気設備が置いてある。

 

「明るいなら暗いよりはいいんじゃないかな。道がよく見えるし」

 

リカは安心した口調でカスミに言った。

確かにこれなら安全に先を進める。この設備を置いてくれた人に感謝かな。

 

「お、早速ポケモンがいるな」

 

ナオキの指差す方向にはポケモンがいた。

サンドとパラスだ。

だが様子がおかしい。

 

「なんだこいつらだらけきってるぞ」

 

サンドは虚ろな目で寝そべり、パラスもまた虚ろな目で自分のキノコを植え始めるという謎の行動をしている。

 

「だらけてるというより、なんだか元気がないみたい」

 

「うわあああああ、助けてえええ!!」

 

悲鳴が洞窟の奥から聞こえたのでよく見ると、そこでは男の人がズバットたちに追いかけられていた。

 

「た、大変!」

 

リカが慌てた声を出す。

あれって助けた方がいいよな

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』!」

 

「ピィカチュウウウ!!」

 

ピカチュウの膨大な電撃がズバットの大群を襲い。ズバットたちは洞窟の奥に逃げて行った。

 

「ありがとう、助かったよ。君たちすごいね。あれだけのズバットの大群を一瞬で追い払うなんて」

 

メガネで白衣の男は着ている服はところどころ泥だらけだが、本人に怪我は無いようだ。

 

「いえ、ピカチュウのおかげですから」

 

すると男は眼を見開いて、

 

「素晴らしい! 君たちは人間とポケモンの絆を象徴しているようだ! こんな素晴らしい出会いをありがとー!!」

 

男はいずこかに叫んだ。

そんなことしてたらまたズバットが来るぞ。

 

カスミとリカが苦笑いし、ナオキがため息をつく。

 

「大袈裟なお人……」

 

「結構熱い人なんだね」

 

「変わったおっさんだろ」

 

「む、僕はおっさんじゃないよ。僕はリカオ。ニビシティ科学博物館の愛と勇気の研究員!」

 

「はあ……」

 

本当に変わった人だな。

 

「このオツキミ山でポケモンの研究をしていたんだけど、実は最近、変な連中が洞窟中をこんなに明るくしてポケモンたちの生活がめちゃくちゃになってしまったんだ。さっきのズバットたちもそう、だから僕はこの洞窟をパトロールしているんだ」

 

そんな大変なことになってるなんてな。

人間の都合でポケモンたちが迷惑しているとは、さっき感謝とか思ってしまった自分が情けない。

反省しなくては。

 

「1人でパトロールを?」

 

この人強そうには見えないし一人は危険過ぎないか?

 

「実はね、協力してくれるポケモン保護団体の方々もいるからとても心強いよ」

 

「ポケモン保護団体?」

 

「そうさ、名前の通り傷ついてたり捨てられたりしたポケモンの保護をしている人たちなんだ。ポケモンの生態系も崩れないようにもしてくれる。僕の話を聞いて保護団体の人たちが協力してくれてるんだ」

 

ほーそんなすごい団体があるのか。

そういう団体なら危険があっても自衛の手段はいくらでもあるだろうな。

 

「そもそもなんでこの山はこんなに荒らされてんすか?」

 

意外にもナオキが質問をした。

 

「つきのいしが有名になったからさ」

 

「つきのいしって進化の石の一つの?」

 

「そう、それを欲しがる人たちがたくさんいるんだ。それからこの山には――」

 

「ピッピ、ピッピ」

 

リカオさんの話の途中で可愛らしい鳴き声が聞こえた。

 

「うわあ! あれピッピだよ!」

 

そこにいたのはようせいポケモンのピッピだ。

 

ピッピは興味深そうにつぶらな瞳でこちらをジッと見ていた。

 

「「かっわいい~!」」

 

女子2人はそんなピッピの愛くるしい姿にメロメロのようだ。

 

「そう、このオツキミ山にはピッピが生息しているからね。あの子たちは珍しいから狙う人も多い」

 

リカオさんの説明を聞いているとナオキが動き出した。

 

「ほう、珍しいポケモンか。ならゲットだな、行けヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

「ま、待ってくれ。あの子たちは静かに暮らしているんだ。そっとしといてあげてくれ!」

 

「なに言ってんだよ。トレーナーがポケモンを捕まえるのは自由だろ!」

 

ナオキはリカオさんを押しのけヒトカゲとともにピッピにバトルを仕掛けようとする。

これはリカオさんの言うこととナオキの言うことのどちらが正しいんだ?

ピッピたちの事情を汲むリカオさんの意見もわかるが、野生のポケモンであればゲットするのはトレーナーに与えられた権利だ。

ナオキの行動を止めることは俺にはできない。たぶん、ナオキが動かなかったらきっと俺がゲットしようとしていたから。

リカとカスミは俺と同じ考えなのか、どうしたものかと顔を見合わせている。

 

「カゲ」

 

臨戦態勢で威嚇するヒトカゲにピッピは体をプルプルと震わせて怖がっている。

 

「ピッ……」

 

ナオキとヒトカゲもピッピを見たまま動かない。すると、ナオキが溜息をついてボールを取り出した。

 

「……戻れヒトカゲ」

 

「ピ?」

 

「え?」

 

何も攻撃せずにナオキがヒトカゲを戻したことで俺たちもピッピも驚きの声を上げる。

 

「もう行け行け」

 

「ピ」

 

ナオキが「シッシッ」と手で払うとピッピは笑って洞窟の奥へ行ってしまった。

それを見届けたナオキは仏頂面で戻ってきた。

 

「あ、ありがとう」

 

「勘違いすんな、気分が乗らなかっただけだよ」

 

リカオさんの感謝にナオキは素っ気なく返して先に進もうと歩き出した。

するとナオキは振り返らずに口を開く。

 

「それから、リカオさん。このオツキミ山を守りたいなら、見知らぬ人間にあんまりベラベラ喋らない方がいいぜ」

 

「あはは、忠告ありがとう。けど、君たちみたいなトレーナーなら信頼できると思うよ」

 

リカオさんの答えにナオキは「そうか」と言うとそのまま進んだ。

 

俺を横切るナオキに俺はニヤリと笑う。

 

「素直じゃないな、ナオキ君」

 

「るっせ」

 

ツンデレさんめ。

リカとカスミに視線を送ると彼女たちは俺を見て軽く笑った。

 

 

 

***

 

 

 

「会長さーん!」

 

「やあリカオさん」

 

リカオさんに案内された場所にいたのは作業服を着た人たちだ。

 

「この人が保護団体の会長さんだよ。会長さん、彼らは旅のポケモントレーナーです」

 

「そうですか、私はポケモン保護団体の会長です。このオツキミ山が大変なことになっていると聞いてやって来ました」

 

会長と呼ばれた髭のおじさんと若い作業員らしき人が2人の計3人がいる。

 

「このオツキミ山は素晴らしい場所です。まるで自然のエネルギーを発しているような気がします。このような場所はポケモンに力を与えてくれる。ですからなんとしてもここは守らねばなりません」

 

「その通りです会長さん」

 

会長さんの話にリカオさんは聞き入っていた。

リカとカスミも感心するように頷き、俺も良い話だと思う。

ナオキをチラリと見るとどうでも良さそうに欠伸をしていた。興味無くてもそういうのは隠そうよ。

 

「一先ず洞窟を明るくした犯人を見つけることが先決です。では……」

 

会長さんが言いかけたところで、足音が聞こえた。

皆で音のした方を見る。

 

「ピッピ、ピッピ」

 

「あ、またピッピだよ!」

 

ピッピがこちらにピョンピョン跳ねてやって来た。

よく見るとピッピの手に何かがあった。石のように見える。

それになんだか様子がおかしい。まるで、何かから逃げているような。

 

「待つニャー!」

 

「こらチビポケモン、つきのいしを渡しなさい!」

 

「渡せば痛い目見なくて済むぞ!」

 

ピッピの後ろから2人の人間と1体のニャースが現れた。

あいつらは!

 

「ロケット団!」

 

「な!? ジャリボーイにジャリガールズ!?」

 

「どうしてここに!?」

 

「またニャーたちの邪魔をするつもりニャ!」

 

「なんだこいつら?」

 

初対面のナオキは怪訝な顔でロケット団を見ていた。

 

「お前たち、また良からぬことを考えているのか!」

 

「良からぬことではない。世にも珍しいつきのいしを探して手に入れようとしただけだ」

 

「そのピッピが持ってるから貰おうとしたのよ、悪い!?」

 

「泥棒だろ、思いっきり悪いことじゃないか!」

 

「ロケット団は悪の組織、悪いことは当たり前!」

 

偉そうに胸を張って言い放つロケット団に俺は溜息をつく。

すると、リカオさんが口を開く。

 

「まさか、この洞窟をめちゃめちゃにしたのは君たちなのか!?」

 

「そうだ。野生ポケモンたちを弱らせれば捕まえるのは楽勝だからな!」

 

「文句があるならかかってきなさい!」

 

「行けドガース!」

 

「行くのよアーボ!」

 

「ドガ〜ス」

 

「シャーボ!」

 

ロケット団のモンスターボールからドガースとアーボが飛び出す。

 

今回はあのふざけたロボットは出てこないだろうな?

俺はリカとカスミに目で合図を送ると2人は頷き、みんなで一斉にボールを構える。

 

「よし、行けピカチュ――」

 

「ヒトカゲ、『かえんほうしゃ』!」

 

「カゲエエエ!」

 

ヒトカゲの『かえんほうしゃ』がロケット団を包み込む。

 

「「「あちあちあちちちち!!」」」

 

「あ、ナオキ」

 

俺たちの後ろにいたナオキはいつの間にかヒトカゲを出していた。

 

「よくわからんが取り敢えずこいつらをぶちのめせばいいんだな?」

 

あらら、やる気無さそうだったくせに協力してくれるの?

やっぱりツンデレじゃんか。

 

「おのれ新たなジャリボーイ!」

 

「セットした髪が黒焦げよ!」

 

「許さないのニャ!」

 

真っ黒焦げのロケット団は攻撃してきたナオキとヒトカゲを睨む。

あの炎を受けて火傷せずに黒焦げで済むものなのか?

 

「ああ? どう許さねえんだよ?」

 

「カゲェ……!」

 

ナオキが物凄い目でロケット団にガンを飛ばすと同じくヒトカゲも鋭く睨みつけた。

 

「「ひいい!!」」

 

「人間なのに『こわいかお』が使えるのニャ!?」

 

ムサシとコジロウは抱き合いながら震え上がり、ニャースもガクガクと震えていた。

ちょ、『こわいかお』って……

ナオキはニャースの発言が癇に障ったようでさらに睨みを利かせた。

 

「あんだとこら!!」

 

「「たいさーん!!」」

 

「退散にゃー!!」

 

ナオキの恫喝にロケット団は仲良く逃げてしまいましたとさ。

そんな様子を見たナオキが吐き捨てる。

 

「はん、腑抜けどもが」

 

「おー流石ナオキ、悪そうな見た目は伊達じゃないな」

 

「るっせ」

 

照れるな照れるな。

 

ロケット団がいなくなったことでピッピは安心したのか、そのままピョンピョン跳ねながらいずこかへと行こうとしていた。

 

「ピッピ、ピッピ」

 

「あ、ピッピが!? あの会長さん、私は科学者としてあのピッピとつきのいしにどんな関係があるのか知りたいです。決して彼らの邪魔はしないので、追いかけてもいいでしょうか?」

 

そう言えばあのピッピが持っているものがつきのいしってロケット団が言っていたな。

会長さんはリカオさんに頷く。

 

「とても良いことだと思いますよ。私も気になりますから、一緒に行きましょう」

 

「俺たちもいいですか?」

 

「もちろんだよ」

 

俺たちはリカオさんに付いていき、ピッピを追いかけた。

 

 

 

***

 

 

 

その空間は洞窟の中だというのに月明かりに照らされていた。

天井から壁にかけて穴が開いていて夜空が見えているからだ。

そこに広がる光景に俺もみんなも目を見開いた。

 

「ピッピたちがたくさんいる!」

 

リカの言葉通り、そこにはたくさんのピッピたちがいた。

月明かりに照らされてそこにいる彼ら彼女らはなんとも不思議な雰囲気だ。

 

するとピッピたちはつきのいしを持つピッピに一斉に注目した。

そのピッピがつきのいしを置くと、周りのピッピたちはそれを囲むように円になって踊り始めた。

 

「もしかして、何かの儀式なのか?」

 

リカオさんの言葉に納得した。儀式、確かにそう見える。

これが何を意味するのか俺たちにはわからない何かが今そこにある。

ポケモンの不思議、今俺たちは貴重な瞬間に立ち会っているのかもしれない。

 

すると岩陰から何かが飛び出してきた。

 

「つきのいしいっただきー!」

 

飛び出してきたのはロケット団のムサシだ。

ムサシのいきなりの登場にピッピたちは固まり、その隙につきのいしを奪取されてしまった。

遅れてコジロウとニャースが岩陰から現れる。

 

「ロケット団!? しつこいなお前らも!」

 

「つきのいしを返しなさい!」

 

「ふっふーん、誰が返すもんですか」

 

俺とカスミが前に出るがロケット団は余裕の顔で流す。

 

「「「「「ピッピー!?」」」」」

 

「ピッピたちが!?」

 

リカが悲鳴のように叫び、振り返るとピッピたちが大きな網に捕まっていた。

 

「か、会長さん。早くピッピたちを助けないと!」

 

慌てたリカオさんが会長に助けを求める。

しかし会長は返事をしない、なにか様子がおかしい。

 

 

 

 

「ああ? もうお前は用済みだよ」

 

「え? うわあ!!」

 

会長がリカオさんを突き飛ばした。

その会長の顔は今までの穏やかな優しい顔ではなく、悪人のような醜悪な笑みだ。

 

「な、会長さん、どういう……」

 

「がははははは!! ポケモン保護団体は仮の姿。俺たちの正体、それは……」

 

一瞬で会長やその部下たちは作業服から黒い制服になる。

 

「ポケモン密猟団だ!」

 

「ポケモン密猟団!?」

 

俺が驚くとカスミが口を開く。

 

「聞いたことがあるわ。ポケモンを非道な方法で捕まえてお金儲けの道具にしてる連中がいるって」

 

「その通りだ。この山に珍しいピッピがいると聞いてな、ちょいと儲けさせてもらおうと思ったんだよ」

 

「そ、そんな、僕を騙していたのか!!」

 

リカオさんは愕然として密猟団に突っかかる。

 

「騙されるお前が悪いんだよ。間抜けな科学者の小僧! だが感謝してるぜえ、お前が得意げにペラペラ喋ってくれたお陰で金になるポケモンを捕まえられたんだからな」

 

「……やっぱりあんた喋りすぎだったな」

 

「……くぅ」

 

ナオキが呆れるとリカオさんは悔し気な顔になる。

 

そんなやり取りに構わず密猟団がモンスターボールを取り出す。

 

「行け、ナッシー、ゴローン!!」

 

「ナッシ〜!」

 

「ゴローン!!」

 

ヤシの木に三つの卵のような形の顔があるナッシーと岩に手足の生えたイシツブテの進化系であるゴローンが現れる。

 

そして、密猟団が指を鳴らすと地響きとともに大きな機械が現れる。

 

「これぞポケモン捕獲マシーンだ! スイッチ一つでポケモンを捕獲し中の檻に入る。これでピッピどもは俺たちのもんさ」

 

密猟団がスイッチを入れるとピッピたちを捕らえた網が動き出し、中のピッピたちが悲鳴を上げながらマシーンの方へ向かっていく。

マシーンに搭載されている檻にピッピたちが捕らえられてしまった。

 

「大漁ですぜボス!」

 

「おうよ、これで大儲けだ!」

 

大声で笑う密猟団たち。

 

「こんな……ひどいよ!!」

 

リカが悲痛な叫びが洞窟に響く。

そうだ、こんなこと許せるはずがない。

すると、今まで空気だったロケット団が密猟団の側に立った。

まさかこいつら……!

 

「俺たちはポケモン密猟団の旦那の協力者さ!」

 

「今回得られた利益は山分けなのよねー」

 

「ニャハハハ! これぞ賢いやり方なのニャ」

 

そういうことか。

洞窟内を明るくしていたのも、密猟団の指示か。

そうして洞窟内のポケモンを弱らせて捕まえるということか。

異変が起きているところにポケモン保護団体として近づけば怪しまれることもない。

 

「さあ、旦那やっちゃってください!」

 

「そうだな……その前に……」

 

「きゃあ!」

 

密猟団はムサシからつきのいしを取り上げると突き飛ばした。

 

「ちょっと何すんのよ!!」

 

「お前たちも用済みだ!」

 

「「「なにー(ニャニー)!!!」」」

 

おいおい仲間割れかよ。

 

「お前たちみたいな間抜けな連中はもういらん。消えろ! つきのいしありがとよ、儲けにさせてもらうぜ」

 

「ふざけんな!」

 

「私たちがどんだけ苦労したと思ってんのよ!」

 

「あんまりだニャ!」

 

ロケット団の抗議に密猟団はどこ吹く風だ。

そんな態度に我慢ができなくなったのかロケット団はモンスターボールを取り出す。

 

「こうなったら実力行使だ、ドガース!」

 

「行きなさいアーボ!」

 

「うるせえよ。ナッシー、『サイコキネシス』でぶっ飛ばせ!」

 

「ナッシ~」

 

ナッシーの目が光るとドガースとアーボが攻撃しようとするがあっさりと吹き飛ばされてしまい、ロケット団自身も吹き飛ぶ。

 

「「「やな感じー!!!」」」

 

お約束のセリフで空へと消えるロケット団。

 

「ボス、あいつらの喋るニャースは捕まえなくてよかったんすか?」

 

「あー、いやいらねえな、なんか気持ち悪いしよ」

 

「そうっすね」

 

そんな会話をした密猟団は振り返り、俺たちを睨む。

 

「さて次はお前たちだ。叩き潰したあと、ピッピどもはこのまま頂いていく」

 

「そんなことさせない!」

 

「ピッピたちは返してもらうわよ!」

 

「……俺には関係ねえ、と言いてえが……てめえの上から目線が気に入らねえ。ここでぶっ潰す」

 

リカ、カスミはともかく、ナオキまで戦う姿勢を見せてくれた。

やっぱりこいつは素直じゃないツンデレだな。

俺も負けてられないな。

 

「逃がさねえぞ密猟団。ここで倒してジュンサーさんに突き出す!」

 

「ガキが粋がってんじゃねえぞ!」

 

密猟団が見下しながら恫喝すると、俺たち以外に密猟団に近づくものがいた。

 

「ピッピ! ピッピ!」

 

「ああ、捕まえ損なったのが一匹いやがったか」

 

網から運良く逃れたピッピが密猟団に『はたく』攻撃をしていた。

 

「ピッピ! ピッピ!」

 

ピッピは必死に密猟団のボスの足を『はたく』。しかし、奴はなんともないようでピッピを嘲笑っていた。

そして、密猟団のボスはピッピを踏みつけた。

 

「鬱陶しいんだよ!」

 

「ピー!!」

 

「やめて!!」

 

ピッピが悲鳴を上げ、リカが必死に叫ぶ。

 

「ボ、ボス、あんまり傷を付けたら値が下がっちまいますぜ」

 

「問題ねえよ、ポケモンの傷なんかすぐ治る。それに……一匹くらいなんでもねえよっと!!」

 

「ピー!!」

 

蹴り飛ばされたピッピはリカの足元まで転がってきた。

 

「ああ、ピッピ!」

 

傷だらけのピッピをリカが抱き上げる。

頭に血が上り、頭が沸騰しそうになった。

こいつら、ポケモンを「モノ」扱いしやがって!!

これが人間のやることかよ!

 

「てめえら、絶対許さねえ!!」

 

「草タイプのナッシーは俺がやる。行けヒトカ――」

 

「バタフリー『かぜおこし』!!」

 

ナオキの言葉を遮ったのはリカの技の指示だった。

 

「フリフリフリフリ!!」

 

「ナッ、シィ〜!?」

 

バタフリーが羽を高速で動かすと突風が巻き起こりナッシーが吹き飛ぶ。

 

「な、なにぃ!?」

 

いきなりのことに密猟団のボスも呆然としているが俺も驚いている。

そのせいか、思考が冷えてきた。

指示を出したリカを見ると、彼女は手にキズぐすりを持っていた。ピッピを治療したのだろう。

ピッピを優しく撫でると、密猟団の前に立ちふさがり、顔を伏せながらボールを投げフシギダネとニドラン♀が現れる。

 

「お、おいリカ……?」

 

「……さない」

 

一瞬、誰の声かわからなかった。その静かで冷たい声がリカの声だと信じられなかった。

 

「絶対に、許さない……!!」

 

リカが無表情に怒り視線で挑み掛かるように密猟団に言い放つ。

 

「ダネェ……!」

 

「ニンッ……!」

 

「フリィ……!」

 

フシギダネもニドラン♀もバタフリーも物凄い迫力だ。

まるで今のリカの怒りの感情が丸々乗り移ってしまったように思える。

 

「クソが、行けゴローン!! 『たいあたり』で潰しちまえ!!」

 

ゴローンが屈強な体でこちらに突進する。

 

「ニドラン、『にどげり』!」

 

「ニンニン!!」

 

跳んだニドラン♀が2発、ゴローンを蹴り飛ばす。

そして、ニドラン♀はリカは止まらなかった。

 

「『にどげり』『にどげり』“『にどげり』『にどげり』『にどげり』『にどげり』“『にどげり』『にどげり』『にどげり』『にどげり』“『にどげり』『にどげり』ィ!!」

 

「ニンニンニンニンニンニンニンニン!!」

 

何度も何度も指示を出すリカ、その指示通りにゴローンを蹴り飛ばすニドラン♀。その鬼気迫る暴れっぷりは燃え盛る炎のようだ。

 

吹き飛んだゴローンは密猟団のボスに当たり、のしかかる。密猟団のボスはゴローンの重さで動けなくなる。

 

「ク、クソ!! おいナッシー『サイコキネシス』で――」

 

「バタフリー『かぜおこし』!!」

 

「フリフリフリィ!!」

 

ナッシーが攻撃する前にバタフリーが羽を高速で動かすと突風が巻き起こりナッシーの体が宙へと浮かぶ。

 

「ナッシ~!」

 

「……もっと、もっと『かぜおこし』! もっともっと『かぜおこし』『かぜおこし』『かぜおこし』『かぜおこし』ィ!!」

 

リカの指示により増幅する風、それはもはや嵐と言ってもいいだろう。

そして、ナッシーは洞窟の天井に激突し、そのまま落下した。落下先に密猟漁団の部下2人がいた。

 

「「ぎゃあああああ!!?」」

 

「な、なに!?」

 

密猟団の部下はナッシーの下敷きになり気を失った。

 

そして、リカは緩やかにフシギダネに視線を送ると指示を出す

 

「フシギダネ、『つるのムチ』!」

 

「ダネフシャ!!」

 

フシギダネの2本の蔓が密猟団の捕獲マシーンに叩きつけられる。

 

「や、やめろぉ!!」

 

密猟団の叫びを無視し、フシギダネの“つるのムチ”が容赦無く振るわれる。

捕獲マシーンの外装がボコボコに粉砕されていく様子は、すべてを破壊する自然の怒りそのものが具現化したようだ。

 

「『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』ムチ、ムチィッ!!」

 

マシーンのところどころから煙が吹き出てくる。そして、ピーッという音が鳴ると、マシーンは完全に沈黙した。すると、カチリという音が鳴りピッピたちのいる檻の扉が開く。

 

俺はハッとするとカスミとナオキに声をかける。

 

「い、今のうちにピッピたちを!」

 

「え、ええ……」

 

俺たちはピッピたちを密猟団から離し安全な場所へ誘導した。みんな無事で良かった。

 

呻き声に振り向くと、ゴローンの下敷きになった密猟団のボスはなんとか仰向けからうつ伏せに体を動かすことはできたがそこまでで、悔しそうに顔を歪めていた。

 

「う、うぐ……お、俺がこんなガキどもに」

 

すると密猟団のボスに近づくリカが見えた。

リカは片脚を上げると、そのまま密猟団のボスの後頭部を踏みつけた。

 

「ぐええ……!」

 

「……最っ……低」

 

汚らわしいものを見るような目を帽子から覗かせ、リカはそう吐き捨てる。

普段の優しくて大人しい彼女からは想像もできない冷たい表情と重い声音だ。

 

「……なあ、リカってそういや、キレると手がつけられないんだよな……」

 

ナオキがリカの様子を見て苦笑いを浮かべる。

 

「あーそう、だっけ……そう、だったな」

 

俺はサトシの記憶を探ると、リカが静かに暴れる姿が見えた。なんとなく映像がブレてるのはサトシが見たくないほど恐怖しているからだろうか。

大人しく子ほどキレると恐ろしいのは真実だったか。

 

いきなりリカがこちらを振り向いたため、俺はビクリと体を震わせる。見るとナオキもリカを見て固まっている。

 

「ピッピ大丈夫!?」

 

先程の大暴れが嘘のようにリカは心配の表情を浮かべてピッピたちに駆け寄ってきた。

ピッピたちが怪我が無いことを確認すると、「良かった」と安心したようだ。

俺はナオキと顔を見合わせて互いに肩をすくめる。

俺もリカが元に戻って安心したよ。

 

ふと、振り返ると驚いた。

密猟団のボスの姿は無く、転がるゴローンとナッシーとその下敷きの密猟団の部下だけがいた。

 

「あ、あいつ逃げやがった!」

 

すると、リカオさんが口を開く。

 

「大丈夫だよ。そう遠くへは行っていないはずだ。さっきジュンサーさんに連絡したからすぐ捕まるよ」

 

そう言った矢先、サイレンの音が聞こえた。

もっと早く来いよ、と文句を言いたいが、ひとまず密猟団を捕らえることが先だと言葉を飲み込むことにした。

 

 

 

***

 

 

 

密猟団のボスはボロボロになり這々の体でオツキミ山を下っていた。

 

「クソ……あのガキども絶対に許さねえ」

 

このまま捕まってたまるか、ここは逃げて隠れて、いつか必ず復讐してやる。そして、密猟団として返り咲いてやる。

そう思いながら進むと、前に複数の人影があった。

 

「ん?」

 

そこにいたのは見知った顔だった。

 

「よお、密猟団の旦那」

 

「さっきぶりね」

 

「お、お前らは……!」

 

自分が今回の密猟のために雇って最後に捨てた間抜けなロケット団だ。

青髪の男と赤髪の女は邪悪な笑顔をしていた。

喋る謎のニャースも鋭い目で笑みを浮かべていた。

 

「よくも俺たちをコケにしてくれたな」

 

「たっぷりお礼させてもらうわよ」

 

「猫の怨みが恐ろしいことを教えてやるのにゃ」

 

「あ、あ……ぎぃやああああああ!!!」

 

夜空にこだます悪党の声。

そしてそれを見守るポケモンたちは誰も助けることはなかった。

 

 

 

***

 

 

 

数分後、ジュンサーさん率いる警察の人たちがオツキミ山に到着し、密猟団2人をひっ捕らえた。

ジュンサーさんは俺たちに向かって敬礼した。

 

「連絡ありがとうございます」

 

「ポケモン密猟団のボスですが、近くの森でボロボロになっているところを発見し、署まで連行しています」

 

あの男は結局逃げられなかったのか、やっぱり悪党は栄えない。正義は必ず勝つってな。

 

ジュンサーさんたちがそのまま連行していくのを見送るとリカオさんが声をかけてきた。

 

「君たちのおかげでピッピたちもつきのいしも無事だ。本当にありがとう!」

 

「いえ、一番頑張ったのはリカですよ。すごかったぜ」

 

「うん、ポケモンと一体になったみたいですごい攻撃だったわ!」

 

「お前も強くなってんな、俺もうかうかしてらんねえな」

 

俺、カスミ、ナオキは三者三様にリカを褒めたたえた。

しかし、当の本人は顔を真っ赤にして帽子で顔を隠して蹲っている。

 

「わ、忘れて! お願い忘れて!」

 

ははは、それは無理ですよリカさん。あんなすごいポケモン捌きはトレーナーとしては参考にしなければいけませんから。

別にリカさんのもう一つの人格をからかおうなんて思っていませんよ。ええもちろん。

 

「ピッピ、ピッピ!」

 

足元から声がしたと思うと、そこにはピッピがいた。

体に治療の跡があるところを見ると、リカが助けたピッピのようだ。

 

「あ、ピッピ、どうしたんだ?」

 

「ピッピ!」

 

ピッピは両手に何かを持っており、それを俺たちに差し出してきた。

 

「それってつきのいしか?」

 

「ピ!」

 

「え? もしかしてくれるの?」

 

「ピ!」

 

リカの疑問の声にピッピはコクリと頷く。

 

「でも大切なものなんじゃ?」

 

カスミの言葉に構わずピッピは素早く俺たちの手につきのいしを手渡していく。

 

「俺もか?」

 

ナオキは意外そうに呟くとピッピは彼に笑顔を向けた。そして、最後にリカオさんの前に来る。

リカオさんは信じられないという顔でピッピとつきのいしを見ている。

 

「ほ、本当にいいのかい?」

 

「ピッピ!」

 

ピッピは明るく鳴くとリカオさんにつきのいしを渡した。

リカオさんは弾けたように笑う。

 

「ありがとう大切にするよ!」

 

「俺たちにもありがとうな、大事にさせてもらうよ」

 

「ありがとうピッピ」

 

「ありがとう!」

 

「さんきゅ」

 

みんなでお礼を言うとピッピはジッとリカを見つめて立っていた。

 

「どうしたのピッピ?」

 

「ピ!」

 

ピッピはリカの足元に来ると元気に両手を振った。まるで自分をアピールしているような。

 

「もしかしてリカについていきたいのか?」

 

「ピッピ!」

 

俺の言葉にピッピは元気に返事をした。

 

「ええ!? そうなの!? でもここのピッピをゲットするのは……」

 

驚いたリカは恐る恐るリカオさんを見ると彼は考え込む顔になる。

 

「うーん、ピッピ自身が望んでいるなら問題ないんじゃないかな?」

 

リカオさんの結論は賛成とのことだ。

 

「そう、ですか……ピッピ、本当に私でいいの?」

 

「ピッ!」

 

元気に頷くピッピにリカは笑顔で答える。

 

「うん、わかったよ」

 

リカはモンスターボールを取り出しピッピに差し出す。

ピッピはモンスターボールのスイッチにタッチした。

ボールはピッピを吸い込むと、数回動いて停止した。

それを見届けたリカは嬉しそうにボールを突き上げる。

 

「ピッピ、ゲットだよ!」

 

これで俺たちに新しい仲間が増えたってことだな。

バトル無しでゲットするなんてすごいぜリカ!

 

 

 

***

 

 

 

オツキミ山を下る頃には朝になっていた。

俺たちの視線の先にはハナダシティの入り口が見えていた。

 

「俺たちはこのままハナダシティでジムに挑戦するつもりだけど、ナオキはどうするんだ?」

 

「そうだな……ジム戦の前に鍛えることにするぜ。向こうにトレーナーの腕試しができる橋があるらしいからな。そこに行く」

 

「そっか、じゃあ先に行ってるぜ」

 

「ああ、サトシ、次は俺が勝つ」

 

「俺も負けないぜ」

 

ナオキは軽く手を挙げるとそのまま行ってしまった。

 

「いよいよ次のジムか」

 

「やっぱりまだ緊張するよね」

 

ニビジムの時もそうだった。

けれど、俺たちは勝った。

ポケモンを信じてぶつかるだけだ。

 

俺たちは次のジム戦に向けて歩き出した。

ハナダシティ到着まで、カスミは終始静かだった。




久しぶりのナオキです。
すっかりサトシのライバルになってます。シゲルの影が薄くなっているような……アニポケでもあまり出ませんからね。

ブチ切れるリカはずっと書きたいと思ってました。こういうギャップは好きです。

オリジナル悪役のポケモン密猟団です。
アニポケでは極悪非道に描かれていることが多いですよね。
彼らもポケモンを使いますが、悪いことに使われてもポケモンはトレーナーに従うだけで悪くないと思うんですよね。

あとリカオの名前が少しリカと一文字違いなので間違いそうになりました。


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ハナダジム 水のバトル

今回はハナダシティが舞台です。
ジム戦はどうなるのか。


オツキミ山を越えてからしばらくして、俺たち3人はハナダシティに到着した。

 

ハナダシティは花と水の街と呼ばれていた。

温泉がたくさん湧き出て、その地熱によって年中温かくなるため綺麗な花が咲き誇っていた街だ。

ハナダ=花の田んぼ、というのが語源らしい。

 

そんなハナダシティの花咲き乱れる美しい景色は全国に知れ渡り、カントーだけでなく他の地方からも観光客が押し寄せた。

しかし、そんな観光客を狙った怪しい人間や、怪しい店が増えてしまったため、いつのまにか危ない街と呼ばれることも多くなった。

そのため観光客も減ることとなり、そういった怪しい店は次々と潰れることになったそうだ。しかし、それに巻き込まれるように健全な店も潰れることになった。

 

ニビシティもそうだが、本当に廃れる街は廃れるんだな。

 

俺たちはポケモンセンターのロビーで夕食をとっていた。

一つのテーブルに俺とカスミが並び、向かい側にリカが座っている。

黙々と食事をしているとリカが声を上げた。

 

「ねえカスミどうしたの? 昨日から元気が無いみたいだけど?」

 

「え? ううん、なんでもないの」

 

横目でカスミを見ると確かに元気が無さそうだ。ここ数日、彼女に覇気は無いように思えた。

 

「けど、本当にいつもより元気ないぜ、具合が悪いなら――」

 

「心配ないから、平気、気にしないで」

 

「……そっか」

 

あまり無理に聞くのは良くないと思い、それ以上聞かなかった。

 

「明日はハナダジムに行くんでしょ?」

 

俺とリカは頷く。

 

「私、寄るところがあるから、先にジムに行ってて」

 

「何か用事があるの?」

 

「うん、まあね」

 

それから俺たちの会話は途切れた。

 

食事を終えると俺たちはそれぞれの部屋に入った。

俺は寝巻きに着替えベッドの中に入る。

 

頭の中には明日のジム戦のことよりもカスミのことがグルグルと巡っていた。

いつもは元気な彼女がどうして最近、暗くなっているのか、何が彼女を思い詰めさせているのか。

しかし、俺はカスミとは少し旅をしただけで詳しく彼女を知るわけではない(リカはサトシとしての記憶があるから多少はわかる)。

カスミにはカスミの過去があり事情がある。

それを知る資格があるほど、俺はカスミから信頼されているのだろうか。

 

あれこれ思考をしていると、いつのまにか俺の意識は沈んでいった。

 

 

 

***

 

 

 

夜、ハナダシティのある場所にて3人組が、いや、2人の人間と1体のポケモンがいた。

赤い髪の女ムサシと青い髪の男コジロウ、そしてニャース、3人組のロケット団だ。

 

3人組は懐中電灯で照らしながら侵入した建物内を歩いていた。

 

「ニャハハ、首尾よく侵入できたのニャ」

 

「ハナダジムには強いポケモンがいるはずだ」

 

「それを手に入れるために必要なものはこれよ」

 

3人組は目的の「ブツ」を見上げてほくそ笑んだ。

 

「いやーそれにしてもここしばらくの食事は美味しかったわねー」

 

ムサシは心底嬉しそうな口調で切り出した。

コジロウとニャースは頷いて肯定を示した。

 

「それもこれもあの密猟団の隠し金庫を探り当てたおかげだな。あの密猟団も口を割らないだろうし、もう全額引き出したし、警察の手が加わっても俺たちにはたどり着かないだろうな」

 

「あれだけの金があれば、しばらくはご飯に困らないのニャ」

 

「あんな棚からぼた餅、私たちの日頃の行いがいいからよね」

 

「そうそう、悪党の神様は俺たちの頑張りを見ているのさ」

 

「ここでもっと頑張って、猫に小判なのニャ」

 

「さあ、仕事仕事」

 

「神様見ててくれー」

 

3人は意気揚々と作業に入った。

 

 

 

***

 

 

 

翌朝、カスミは俺たちよりも早くポケモンセンターを出発していた。

俺とリカはカスミに言われた通り先にハナダジムに向かうことにした。

ちなみに俺の肩にはピカチュウが、リカの足元にはフシギダネがいる。

 

「ピカァ」

 

「ダネェ」

 

より人が多い都会にピカチュウとフシギダネはキョロキョロと周りを見ながら驚きの声を上げた。

 

「ニビシティに比べれば人は多いみたいだな」

 

「うん、お店もいっぱい。アパレルショップとかアクセサリーショップとかいっぱいあるし、オシャレな人たちもいっぱいだね」

 

周りを見渡すと、なるほど今時な服装をしている若い男女がチラホラ。

自らを着飾り、より綺麗であろうとしている人たちが多い。

 

特に女性は薄着だったり生脚を出したりと少々肌を露出している。

どれも美人ばかりだ。

 

しかし、こんな綺麗な女性たちがいる街でもリカはまったく見劣りなんてしない。

むしろ、この一帯にいる女性の中ではリカが一番綺麗だと思う。

白い帽子にノースリーブの水色シャツ、赤いミニスカート、ルーズソックスに靴というシンプルな服装だが、持ち前のスタイルの良さや整った顔立ちと相まって、彼女の魅力を十分に引き出していた。

現にすれ違う男性は皆リカを見ている。女性もまたリカを見て目を見開いている。

まあ男性の場合は目線が顔から下に行っているわけだが、気持ちは分かる。

カスミもおそらくここら一帯の女性の中では美人に思える。ここにカスミもいればさらに騒がしくなっていただろうと思う。

 

リカを横目で見ると、気づいてないのか気にしていないのか、ただ前を見て歩いている。

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「ピ」

 

ピカチュウがジト目で俺を見る。

いや俺はそんな目でリカのこと見てないよ、今は……

 

そうして歩いていると道の先がなにやら騒がしい。

見ると人だかりができていて道路にはパトカーが何台か停まっていた。

 

「あの、なにかあったんですか?」

 

「泥棒が入ったらしいよ」

 

「おかしなことに巨大なホースと大型エンジンが盗まれたんだって。一体なにに使うのかな」

 

確かにおかしな強盗だ。

動向が気になるが我々はハナダジムを目指す身、ここは先を急ごう。

 

そのまま俺たちは事件現場を後にした。

 

 

 

 

 

「ここがハナダジム……なのか?」

 

カラフルな屋根にポケモンのジュゴンの飾り、外にはアイスクリーム屋などの売店がある。

挑戦者を待ち構えるポケモン道場というよりは、何かのテーマパークのようにも見える。

しかし、看板にはしっかりと『ハナダジム』と書かれていた。

 

「こういうのってジムリーダーの趣味とかもあるのかも」

 

なるほど、確かにニビジムは真面目で堅実なタケシらしく飾り気のない質素で落ち着いた雰囲気のジムだった。

となると今回のジムリーダーはかなり派手なことが好きなのかな。

 

ジムの受付に行くと、そこには張り紙がしてあった。

 

『ハナダジムへようこそ。ただいま当ジムは水中ショーの時間となっております。建物内でお待ちください。よろしければ、水中ショーもご歓談ください』

 

俺とリカは顔を見合わせる。

 

「「水中ショー?」」

 

「ピカ?」

 

「ダネ?」

 

説明を見るとハナダジムではポケモンとジムの人間によるショーが行われているらしい。

これがハナダシティの新たな名物として注目されている、と書いてある。

 

「みずタイプのジムだから、水中ショーってことか?」

 

「なんだか面白そうだね。観てみようよ」

 

「そうだな、どちらにしろショーが終わるまでジム戦はできなさそうだからな」

 

俺たちはチケットを購入して観客席に向かった。

ちなみにポケモンは無料だった。

 

観客はかなりの数がいた。

でもなんか、男ばっかりじゃないか?

 

そこは大きなプールがあった。

学校や市民プールよりも大きいように思えた。

 

よく見ると飛び込み用のジャンプ台も備えてある。

 

『ただいまよりハナダ美人三姉妹による。ポケモン水中ショーを開始します』

 

歓声が強まり、会場全体が振動したようだった。

隣のリカが「ひゃ」と可愛い声を上げて俺の腕を掴んで着た。

普段は喜ぶところだが俺も驚いたためそんな暇は無かった。

 

ジャンプ台にスポットライトが当たると、そこに3つの人影が見えた。

 

そこにいたのは3人の女性だ。

 

それぞれ金色、紫色、ピンク色の髪の3人だ。

全員似た顔立ちでおそらく肉親なのだろう。

確実なのは3人とも美人であるということだ。

 

そんな美人3人がプールに相応しい水着姿でジャンプ台に現れたのだ。

 

金髪の人は赤、紫髪の人は緑、ピンク髪の人はオレンジのワンピースの水着を着て、そのスタイルの良さを強調していた。

 

周りの男性客の熱狂も頷ける。

 

出てきた女性3人は大きなプールに飛び込む。

 

水中から上がった3人は踊り始めた。

すると彼女たちの周りをみずポケモンたちが囲み一緒に踊った。

タッツー、シェルダー、パウワウ、トサキント、アズマオウ、ニョロモ、ニョロゾと様々なみずポケモンたちがいた。

 

水中に潜った紫髪さんはシェルダーを胸に抱くと周りをトサキントとアズマオウが合わせて舞う。

パウワウが金髪さんを足から突き上げると、金髪さんは華麗に空中を回り着水。

ピンク髪さんがニョロゾと手を取りダンスをするとその周りをタッツーとニョロモも合わせてダンスする。

 

自分でもその光景に見惚れているのがわかる。

リカも同様に言葉を発することなく見入っていた。

 

ピカチュウもフシギダネも目をキラキラさせていた。

 

踊りが終わり3人は水面でポーズを決めた。

みずポケモンたちも観客に向かい顔を出した。

 

その瞬間、観客席から大歓声が沸いた。

 

「すごかったな」

 

「うん、あのお姉さんたちの踊りすごく綺麗だったね」

 

「ああ、3人ともすっごくスタイルも良かったし、こりゃ名物にもなるよな」

 

「む……ほら、ショー終わったみたいだから行くよ!」

 

「うわちょ、リカ……さん?」

 

「行・く・よ!」

 

「あ、はい」

 

有無を言わさずという雰囲気だ。

ピカチュウとフシギダネが溜息をついて俺を見ていた。なんなんだよ?

 

 

 

***

 

 

 

リカに手を引かれて会場を出ると、ひたすら俺たちは建物内を歩いた。

 

「えと、ジムリーダーはどこにいるんだろうな……」

 

「見つけるためにあちこち歩いてるの」

 

「あ、はいそうですね」

 

現在俺たちは水槽の見える通路を歩いている。

さっきからリカはどこか不機嫌だ。

あまり逆らわない方がいいよなと思っていると、前方から人の話し声が近づいてきた。

 

先ほどの水中ショーをしていた3人の美女だ。

 

あの人たちに聞いてみるか。

 

「あのすいません」

 

美女3人は俺たちに気づいたようだ。

 

「あら、あなたたちは?」

 

「あ、俺たちは――」

 

「まあ、可愛いピカチュウとフシギダネね」

 

「あ、ど、どうも」

 

「あ、ありがとうございます」

 

金髪さんが笑顔を向けてくれる。うわあ、惚れてしまいそうな綺麗な笑顔だなあ……

そうやってぼうっとしていると、

 

「申し訳ないけど、いくら私たちの美貌に見惚れてもサインはお断りしてるの」

 

「写真がほしいなら、売店に私たちのブロマイドが売ってるからそれを買ってね」

 

ピンク髪さんと紫髪さんが俺の返事を待たずにまくし立ててきた。

すると俺の代わりにリカが口を開いた。

 

「そうじゃなくて私たちハナダジムに挑戦に来たんです。ジムリーダーはどこなんですか?」

 

「目の前にいるわ」

 

「「へ?」」

 

金髪さんの言葉に俺とリカは同時に首をかしげる。

 

「私たちハナダ美人三姉妹がこのハナダジムのジムリーダーよ、私は長女のサクラ」

 

「次女のアヤメでーす」

 

「三女のボタンよ」

 

金髪さんがサクラさん、紫髪さんがアヤメさん、ピンク髪さんがボタンさんか。

 

間近で見るとやはり素晴らしいスタイルだ。

露出の少ないワンピースの水着なのに3人とも胸元が大きく膨らんでいる。

 

ふむ、サクラさんは全体的に細いのに出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる無駄の無いスタイル。

アヤメさんは3人の中で一番胸は大きいようだ、脚もややムッチリしてる。

ボタンさんはキュッと締まった綺麗な美脚がスラリと伸びている。その割に腰回りがふっくらしてて美しい丸みを帯びている。

 

美人三姉妹の名は伊達では無いということか。

手に痛みが走る。

 

リカさんでした。彼女は繋いだ俺の手を強く握った。

痛い痛いごめんなさいごめんなさい!

 

何食わぬ顔でリカは三姉妹に話しかける。

 

「3人がジムリーダーを?」

 

あ、力が緩んだ。

 

「そ、交代でしてるの」

 

リカの疑問をボタンさんが答える。

 

「それにしてもカップルで挑戦だなんて羨ましいわ。私達全員独り身だものね」

 

「仕方ないわよ姉さん、スターの私たちは誰のものでもないもの」

 

「けれど現れる素敵な王子様にいつか迎えに来てほしいわー」

 

サクラさんが妖艶に溜息をつき、ボタンさんが誇らしげに大きな胸を張り、アヤメさんが胸の前で両手を組むと夢見るように見上げる。

 

「カ、カップルとかじゃないです!」

 

「えー、でも仲良く手を繋いでるじゃない」

 

「わあああ! こ、これは違うんです!」

 

サクラさんの指摘にリカは慌てて手を離した。

そんなに必死に否定されるのは傷つきますよ。

 

「あの話進めたいんですけど?」

 

脱線しかけた話を戻そうと俺が口を開くと、アヤメさんはジッと俺の顔を見た。

 

「んーあなた結構可愛い顔してるわね」

 

「へ?」

 

アヤメさんが顔を近づけ俺の顔をマジマジと見た。

あ、良い匂い。

 

「あと5年くらいしたら楽しみかも。その時はお姉さんがいろいろ教えてあげるけど、どう?」

 

「はえ!?」

 

「アヤメ姉さん年下が好きだったの?」

 

「だって将来有望な子はマークしときたいじゃない?」

 

ボタンさんは意外そうにアヤメさんを見ていた。

おっと年上のジョークなんだから本気にしてはいけないよな。

 

「むー……」

 

リカさんそんな膨れないでよ可愛いけど。

 

「あ、あのそれよりもジム戦を……」

 

再び脱線した話を戻そうとした。

これ無限ループとかならないよな?

 

「うーん、申し訳ないけど私たちジム戦する気は無いわ」

 

「「え?」」

 

ポケモンジムなのにジム戦をしない!?

 

「私たちは水中ショーに集中してるの」

 

「ジムの経営だけじゃやっていけないから、ジムの大きなプールを上手く使ってポケモンたちと始めたんだけどこれが大受けなのよ」

 

「おかげでただのポケモンジムだったころよりも来る人が増えたわ」

 

サクラさん、アヤメさん、ボタンさんが順に説明する。

まあ、ジムの都合はわかったけど、それだと困ったな。せっかく来たのに。

 

すると三姉妹は続ける。

 

「パパとママが出てった時はどうしようかと思ったけど、案外やっていけるのよね」

 

「「は!?」」

 

サクラさんは何でもないように語ったことが俺とリカを驚きの声を上げさせた。

 

「……パパとママが出てったって?」

 

「言葉通りよ、私たちのパパとママはジムがやっていけないから出てったの」

 

ボタンさんも気にしていない様子で続いた。

 

「そんな……」

 

ここもなのか? ジムを投げ出すだけじゃなくて、自分の子供まで捨てるなんて、どうしてそんな……

 

「言っておくけど、私たちはそんな悲嘆はしてないわ」

 

「え?」

 

アヤメさんの言葉に思わず声が出る。

 

「そもそも、人は10歳になったら大人扱いが常識だしね。大人な私たちは自分の力で生きるの。だからパパとママが自由を求めたのも間違ってないわ」

 

そうだ、今更だけどこの世界は俺がいた世界とは違うんだ。この世界にはこの世界のルールがある。

まあ、それでも納得できない気持ちは消えない。

 

「そういうもん、なんですか?」

 

「そういうもんよ。とは言っても実際に子供を捨てた私たちの両親はかなりレアケースみたいだけどね」

 

この人たちはきっと自分の境遇に負けずに前に頑張ってきたんだ。今の俺より年上といってもまだ十代なのにすごいよ。

 

「それに水中ショーも軌道に乗ってきたしね。これからはポケモンジムのジムリーダーとしてじゃなく、世界一のポケモン水中ショーのスターになるのよ」

 

「それに今日は夜の部もあるのよね。そのリハーサルもしないといけないの」

 

ボタンさんが熱く語り、アヤメさんが申し訳なさそうに伝えてくる。

すると、サクラさんが何かを取り出した。

 

「ここまで来てくれた可愛いトレーナー2人に、はい、ブルーバッジよ」

 

つまり、ジム戦無しでバッジをくれるってことか?

いや、いくらなんでも……

 

「え、でもバトルもしないでバッジを受け取るなんて……」

 

リカも同じ思いのようでサクラさんの言葉に戸惑っている。

 

「バッジをあげるかどうかの裁量は私たちに任されてるわ。もう他のジムのバッジを持っているし、そのピカチュウとフシギダネを見たら、よく育てられているのがわかるわ。だからバッジに相応しいトレーナーだと判断します」

 

だからどうぞ、とサクラさんは俺とリカにバッジを差し出してくる。

 

どうしたものかとリカと顔を見合わせていたその時。

 

「ちょっと待ったああ!!」

 

通路に響く聞き覚えのある少女の声。その主は――

 

「「カスミ!?」」

 

ノースリーブシャツにサスペンダー付きのショートパンツの強気な顔の美少女、カスミだ。

 

「今までどこにいたんだ?」

 

カスミは小走りに近づいてくる。

 

「2人とも遅れてごめん。少し心の準備が必要だったから」

 

カスミは俺たちに謝罪するとサクラさんを見た。

 

「サクラ姉さん、そんなバッジの渡し方はダメよ!」

 

「え、姉さんって……?」

 

もしかして……

 

「今まで黙っててごめん。私、このハナダジムのトレーナーなの」

 

それは驚いた。

しかし納得もある。どうりでこの三姉妹を見たことあると感じたわけだ。

 

「ハナダ美人三姉妹はハナダ美人四姉妹だったの」

 

自分で美人って言うか普通。

まあ、カスミが美人なのは間違いないけどさ。

 

「まあ、水中ショーしたことないカスミはお客さんには知られてないけどね」

 

「もう、いきなり家を飛び出したと思ったらいきなり帰ってきて」

 

「一流のトレーナーになるって息巻いてたけど、なれたの?」

 

サクラさんが補足し、アヤメさんとボタンさん詰問するとカスミはたじろぐ。

 

「う、それは……まだだけど……」

 

「ねえ、カスミ、さっきのやり取り見てて思ったけど、2人と知り合いなの?」

 

「え、ええ、2人が旅してるときに出会って、そこからしばらく3人で旅してたの」

 

「ええっ! カスミ、彼女持ちの男狙ってるの?」

 

「略奪愛なんて、我が妹ながら恐ろしいわ」

 

「ああ……あの男の子から怖がられてたカスミに好い人が見つかるなんて、奪ってでもほしいくらい想ってるのね」

 

アヤメさんとボタンさんは口元を押さえて驚愕を露わにし、サクラさんはハンカチで目元を押さえて感極まっていた。

いや略奪てお姉さん方。

 

「ち、ちちち違うわよ。べ、別にサトシのことは……良いやつとか思ってるけど、そ、そんな好きとかちが……わくないこともないけど……とにかくそういうのじゃないからね!!」

 

「そ、そそそそれに私もサトシの彼女とかじゃありませんから!!」

 

2人ともそんなに強く拒否らなくても……

 

「え、もしかしてこれビンゴ?」

 

「からかってただけだったのにまさか……」

 

「まあまあ、そうなの?」

 

「と、とにかく、ポケモンジムとしてトレーナーにはジムバトルをしてからバッジを渡すべきよ」

 

「けど、私たちにそんな暇は――」

 

「私がやる、サトシとリカとバトルするわ」

 

「んーそうね、一応このジムは私たち4人が全員ジムリーダーの資格を持ってるわけだし、カスミでも問題ないけど」

 

ほう、カスミはジムのトレーナーどころかジムリーダーでもあったのか。

 

「やる気満々みたいだけど大丈夫なの?」

 

「ええ、もちろんよ。サトシ、リカ、どっちからにする?」

 

「それじゃあ今回もサトシからでいいかな」

 

「わかった、じゃあ――」

 

「ねえ、提案なんだけど、一緒にバトルするっていうのはどうかしら?」

 

俺の言葉をサクラさんが遮る。

 

「一緒、てどういうことですか?」

 

「タッグバトルよ」

 

「「「タッグバトル?」」」

 

「ええ、トレーナー2人でタッグを組んだ2vs2でバトルするの。最近ウチでも取り入れたのよ」

 

「まあ、時間短縮のためだけどね」

 

なるほどそれは理にかなっているな。

 

「つまり、サトシ君とリカちゃんがペアになる。そして、私がカスミと組むわ」

 

「え、サクラ姉さんどうして?」

 

「カスミとしばらく旅をした2人がどんなトレーナーなのか気になっちゃって……どうかしら?」

 

「俺は構いません」

 

「私もです」

 

サクラさんはパンと手を叩く。

 

「はい、決まり。それじゃあフィールドに行きましょう」

 

サクラさんたちの後を俺とリカはついて行った。

 

バトルフィールドまで歩く途中で気づく。

カスミがあの三姉妹の妹ということは、カスミは両親に捨てられたということだ。

 

ニビシティのタケシの境遇に強く反応していたのは、自分の境遇と重ねていたからなのか?

お姉さんたちは自分たちの力で生きる覚悟を決めたが、カスミはまだ、そのことでずっと苦しんでいるのか?

 

 

 

***

 

 

 

バトルフィールドは水中ショーをしていた大きなプールだ。

水タイプが戦いやすいフィールドということか。

それ以外のタイプのための足場も浮いているが、やはり水タイプが有利なんだろうな。

 

「審判は私、アヤメでーす。それではルールの確認です。使用ポケモンはそれぞれ2体ずつ。ポケモンが全滅したペアの負け。1体でも戦えるポケモンが残っていれば勝ちです」

 

俺たち4人はボールを構える。

 

「スピアー、君に決めた!」

 

「お願いバタフリー!」

 

「行くのよヒトデマン!」

 

「行くわよアズマオウ!」

 

俺とリカはスピアーとバタフリーを出す。

カスミはヒトデマンを出し、サクラさんが出したのはオレンジの肌に黒い点がついて、角が生えた金魚ポケモンのアズマオウだ。

 

「スピ!」

 

「フリ!」

 

「ヘア!」

 

「マーオ!」

 

「あら、ピカチュウとフシギダネじゃないのね」

 

そう、今回はリカと作戦会議をして、相性よりもフィールドをよく見ることを優先しようということになっだ。

 

「水のフィールドでも自在に動ける飛行能力を持ったポケモンの方がいいと思いまして」

 

「そう、なかなか考えてるのね」

 

サクラさんが感心すると、審判のアヤメさんが片手を上げる。

 

「バトル、開始!」

 

 

「ヒトデマン『バブルこうせん』」

 

「アズマオウ『みずのはどう』!」

 

「スピアー『ダブルニードル』!」

 

「バタフリー『むしのさざめき』!」

 

スピアーは2本の針でバブルを次々と割っていく。

アズマオウの水の音波に対し、バタフリーが羽を振動させた音波を放ち、打ち消す。

 

「スピアー急降下!」

 

水面にいるヒトデマン目掛けて『ダブルニードル』で攻撃する。

 

「ヒトデマンかわして!!」

 

「ヘア!」

 

ヒトデマンは水中に潜ることで回避する。

 

「バタフリー『かぜおこし』!」

 

「フリフリフリフリ!」

 

突風がアズマオウ目掛けて発射されるが、アズマオウもまた水中に潜ることで回避する。

水中に潜られたら攻撃ができない。

なんとか攻撃してきたところを突くしかない。

 

「アズマオウ『たきのぼり』」

 

アズマオウはフィールドの水に干渉し、自身の体から一定範囲の水を自ら纏う。

そのまま巨大な水の弾丸のように猛スピードでバタフリーに突撃する。

 

「マオウ!」

 

「フリィ!?」

 

「いいわよアズマオウ、そのままスピアーに『つのドリル』」

 

方向転換したアズマオウの回転する即死の角がスピアーを狙う。

 

「『はたきおとす』!」

 

「スピ!」

 

スピアーは持前のスピードで『つのドリル』をギリギリ回避する。

そして、頭上から針の側面を思いきりアズマオウにたたきつける。

 

「アズマオウかわすのよ!」

 

アズマオウはひらりとかわして落下し再び水中に入る。

 

「あらあらやるわね。けど……」

 

サトシは先ほどの『つのドリル』がスピアーにギリギリかすっていたことに気づく。

 

かすっただけでスピアーにはダメージが入った。

一撃技がここまで恐ろしいとはな。

 

「うふふ、私のアズマオウなかなか強いでしょ。切り札の温存なんてこだわってないでピカチュウと交換したら?」

 

サクラさんは優しく諭すように微笑んでいる。

なんでも言うことを聞きたくなるような素敵な笑顔だ。

だけどーー

 

「そうはいきませんよ。だってそのアズマオウ、『ひらいしん』でしょ?」

 

「……」

 

サクラさんの笑顔が少し固まる。

『ひらいしん』でんきタイプの技を吸収して無効化、さらに自身のとくこうを上げる特性だ。

 

みずタイプのアズマオウが『ひらいしん』ということは、弱点が一つ減るということだ。

有利なでんきタイプで挑戦してきたトレーナーは度肝を抜かれることだろう。

 

「しかも、『ひらいしん』はでんき技を自身に引き寄せる。つまり、別のポケモンにでんき技を使ってもアズマオウが吸収してしまうってことですか。流石は水タイプのジムリーダー、タイプ相性の対策はバッチリですか」

 

サクラさんより笑みを深くした。

 

「うふふ、あなたこそ可愛い顔してなかなか観察しているのね」

 

「初対面の美人ほど警戒しないといけませんから」

 

「まあ、お上手ね。だけど、手は抜かないわよ。カスミ!」

 

「ええ! ヒトデマン『バブルこうせん』!」

 

『バブルこうせん』がスピアーに襲いかかる。

 

「スピアー『ダブルニードル』!」

 

「スピア!」

 

バブルを割りながら突進するスピアー。

 

「アズマオウ『たきのぼり』!」

 

「マオウ!」

 

ヒトデマンに集中していたスピアーにアズマオウが迫る。

スピアーは『たきのぼり』を受けて吹き飛ぶ。

 

「もう一度『たきのぼり』!」

 

スピアーを追撃せんとアズマオウが迫る。

 

「バタフリー『むしのさざめき』!」

 

「フリー!」

 

そこにバタフリーの『むしのさざめき』が決まり、アズマオウは吹き飛び、さらにヒトデマンにもダメージが入る。

 

「さんきゅリカ」

 

「うん」

 

タッグなんて初めてなのにうまくいくもんだな。

 

最初は俺vsカスミ、リカvsサクラさんになっていたのが、気がつくと対戦相手が変わっていた。

 

このまま一気に行く!

 

 

 

***

 

 

 

「バタフリー『かぜおこし』!」

 

ヒトデマンを吹き飛ばして一旦距離を取り体勢を立て直そうと『かぜおこし』を指示した。

 

――今よ!

 

バタフリーが『かぜおこし』をする際、翼を強く羽ばたかせ風を発生させるために数秒必要だ。

カスミはこの瞬間を狙っていた。

 

「ヒトデマン『パワージェム』!」

 

ヒトデマンの周りに光の塊が複数現れ、バタフリーに飛来した。これはいわタイプの特殊技『パワージェム』。バタフリーに最も有効な攻撃だ。

 

『パワージェム』がバタフリーを襲う。

 

「フリィ!?」

 

しかし、バタフリーはまだ飛んでいた。

『かぜおこし』によって『パワージェム』の勢いは幾分か相殺されていたため、効果抜群ではあったが、ダメージを減らすことができた。

 

「バタフリー接近して!」

 

バタフリーがヒトデマンに向かって飛行する。

 

「迎え撃って、『パワージェム』!」

 

「バタフリーかわして!」

 

バタフリーはフラつきながらも、パワージェムの一つ一つを空中を上下左右に動きかわす。

いくつか直撃し痛みで怯みそうになるが止まらない。

 

――ここ!

 

「バタフリー『エナジーボール』!」

 

バタフリーが緑のエネルギー球を発射する。

草タイプの特殊技『エナジーボール』。

ヒトデマンに大ダメージを与える。

 

「な!?」

 

「畳みかけて! 『エナジーボール』!」

 

「ヒトデマン、水の中に――」

 

しかし、ヒトデマンはダメージから動きがおぼつかなくなる。カスミの指示は聞こえるもののフラつき、2発目の『エナジーボール』が迫り、直撃した。

 

ヒトデマンはそのまま倒れて動かなくなる。

 

「ヒトデマン戦闘不能!」

 

「……戻ってヒトデマン……お疲れ様」

 

カスミはヒトデマンを戻すと悔しそうに俯いた。

 

チャレンジャーの優勢となった。

 

 

 

***

 

 

リカとカスミがぶつかっているのと同時にサトシとサクラがぶつかっていた。

 

「アズマオウ『たきのぼり』」

 

「『ダブルニードル』で迎え撃て!」

 

水を纏ったアズマオウの突撃に、スピアーは2本の針で迎え撃つ。

 

「『つのドリル』!」

 

アズマオウは体から水を離すと、角を回転させスピアーに攻撃する。

 

「かわせ!」

 

一撃技はかわさなければならない。

スピアーはアズマオウの頭上を飛ぶ。

 

「今よ『みずのはどう』」

 

アズマオウは瞬時に上を向き、『みずのはどう』を発生させる。

『つのドリル』は囮だった。ワザと避けさせて近距離から『みずのはどう』を撃ち、勝負を決めるのが狙い。

 

サトシも理解していた。これは避けられない。

ならば、避けない。

 

「『ドリルライナー』!」

 

スピアーの両の針が激しく回転する。

発射された『みずのはどう』がスピアーの体に当たる直前、『ドリルライナー』がぶつかり、『みずのはどう』を削って行く。

 

「な!?」

 

「そのまま打ち破れえええっ!!」

 

スピアーは『みずのはどう』を完全に削りきると、そのままアズマオウに直撃した。

 

アズマオウは落下するとそのまま目を回した。

 

「アズマオウ戦闘不能!」

 

「戻ってアズマオウ……ご苦労様」

 

サクラは優しくアズマオウのボールを撫でる。

 

「まさかドリルをかわしてドリルを決め技にしちゃうなんてね」

 

「サトシ君なかなか小洒落てるわね」

 

アヤメとボタンが感心したように言った。

 

 

***

 

 

 

ジムリーダーの2人のポケモンはそれぞれ残り1体ずつとなった。

 

「誘いをかけていたのに、誘われていたのは私の方だったのね……本当に強いわ……リカも……サトシも……」

 

「……カスミ?」

 

カスミは俯いて呟くとボールを取り出した。

 

「さあ次よ! 行くのよスターミー!」

 

「行きなさいパウワウ!」

 

「フゥ!」

 

「パーウ!」

 

カスミはスターミーを出し、サクラさんは真っ白な体に短い角が生えて、口から舌を出した愛らしい顔のポケモン、パウワウを出した。

 

「スターミー『れいとうビーム』!」

 

発射された冷気の光線はスピアーへと向かった。

 

「よけろスピアー!」

 

スピアーはギリギリ回避する。

羽を凍らされたら飛ぶのが難しくなるな。

カスミを見ると鋭い目で俺を見据えていた。

俺と勝負したいのか、いいぜ。

 

「リカ、カスミは俺が相手する!」

 

「わかった!」

 

リカの了解も得た、遠慮はいらない。

 

「パウワウ『れいとうビーム』!」

 

「かわして『むしのさざめき』!」

 

「『れいとうビーム』!」

 

パウワウの『れいとうビーム』とバタフリーの『むしのさざめき』が衝突し爆発を起こす。

 

「『こうそくスピン』!」

 

「上昇、からの『ダブルニードル』!」

 

スターミーの『こうそくスピン』を一瞬速くかわしたスピアーは2本の針でスターミーを貫く。

 

大きなダメージを負ったスターミーはそのまま水中に落下する。

 

「追撃の『ダブルニードル』だ!」

 

「今よ、スターミー『サイコキネシス』!」

 

強力な念動波がスピアーを襲い、全身に衝撃を与える。どくタイプを持つスピアーにエスパータイプの技は効果は抜群だ。

スピアーは持ち直すも大ダメージで先程よりも飛行スピードが落ちている。

一気に形勢はカスミが有利となった。

 

 

 

***

 

 

 

「パウワウ『こおりのつぶて』!」

 

「かわして!」

 

氷の塊をバタフリーがかわしたその時

 

「『アクアジェット』!」

 

パウワウが水を纏った高速の体当たりをしかけてきた。バタフリーは成すすべなくダメージを受ける。

 

「フリィ……」

 

バタフリーは先ほどのヒトデマン戦で消耗していた。

しかし、このままバタフリーで決めにいかなければならないとリカは考えていた。

バタフリーが戦闘不能になれば、残るリカの手持ちはフシギダネ、ニドラン♀、ピッピ、いずれも水のフィールドでの戦いは不利。

だから、バタフリーで勝負を決めるしかない。

 

「バタフリー『エナジーボール』!」

 

バタフリーは緑のエネルギー球をパウワウに発射する。

 

「パウワウ、潜って!」

 

パウワウは水中に潜ることで『エナジーボール』を回避した。

 

(きた、今!)

 

「バタフリー『ねんりき』!」

 

『ねんりき』が水を押し上げる。

 

「その水を回して!」

 

水が渦を巻き、その渦の中にパウワウが巻き込まれる。

目を回したパウワウが水面に現れフラフラになる。

 

「パウ……」

 

「今だよ、『むしのさざめき』!」

 

渦の中にいるパウワウに虫タイプの音波が命中する。

パウワウは目を回して水に浮かんで動かなくなる。

 

「パウワウ戦闘不能!」

 

「まあ……戻ってパウワウ。お疲れ様」

 

サクラはパウワウをボールに戻すと悔しそうにするではなく素直に感心してリカを見ていた。

 

 

 

***

 

 

 

「みずタイプのジムでエスパー技を喰らうとはな」

 

「スターミーはエスパータイプも持ってるんだからおかしくないでしょ。『みずのはどう』!」

 

「かわせ!」

 

「『みずのはどう』!」

 

スピアーはスターミーから発射される『みずのはどう』をフラつきながら回避していく。

 

(この『みずのはどう』は牽制のための技だ。スピアーを近づかせないようにしつつ、かわし続けて疲れたところに『サイコキネシス』をぶつける気だ)

 

サトシは動く。

 

「『ドリルライナー』! 『みずのはどう』を打ち破れ!」

 

カスミはほくそ笑む。

 

(来た!)

 

カスミはサトシのスピアーがアズマオウの『みずのはどう』を『ドリルライナー』で破壊したことを覚えていた。

ダメージを負ったスピアーがこのままスターミーの攻撃をかわし続けることは難しい。だから、サトシは真正面から勝負を決めに来るはずだと読んでいた。

『みずのはどう』が破壊され、スピアーがスターミーまで猛スピードで迫る。

 

「スターミー『サイコキネシス』!」

 

高威力の念力がスピアーを襲う。

 

――サトシの狙い通りに

 

「スピアー『こうそくいどう』!」

 

スピアーは自身のスピードを上げ、一瞬でスターミーとカスミの視界から消えた。

『サイコキネシス』はスピアーに直撃することなく空振りとなる。

 

「しまった!?」

 

カスミはノーマークだった技、そしてスピードを高めたスピアーに対して次の手を考えるために一瞬動きが止まる。

そして、その一瞬はスピードタイプのポケモンを相手にする場合に致命的な隙となった。

スピアーは自身の射程範囲内にスターミーを収める。

 

「『ダブルニードル』!」

 

スピアーの針がスターミーに直撃する。

スターミーはプールから飛び出して壁に激突し動かなくなる。

 

「スターミー戦闘不能、よって勝者、サトシ&リカペア!」

 

バトル終了。

サトシとリカはハナダジムを突破した。

 

 

 

***

 

 

 

2回目のジムに勝利した俺とリカ。

喜びを噛み締めていると四姉妹が近づいてくる。

 

「2人ともおめでとう、素晴らしいバトルだったわ」

 

「「ありがとうございます!」」

 

サクラさんはあるものを取り出すとカスミに手渡した。

 

「カスミ、バッジはあなたから渡してちょうだい」

 

「え……うん、わかった」

 

サクラさんがカスミに渡したのはバッジだった。

まさかカスミからジムバッジを受け取るとは思わなかった。

 

「サトシ、リカ、ハナダジム制覇おめでとう。勝利の証のブルーバッジ、受け取って」

 

「ああ……」

 

「ありがとう」

 

どこか暗いカスミからブルーバッジを受け取る。

するとカスミはフッと笑うと口を開いた。

 

「私はこのままハナダジムに残るわ。2人は旅を頑張って」

 

「え、どうして?」

 

急な申し出に俺は戸惑う。

リカも同様でカスミに疑問の視線を送る。

 

「トレーナーとして一からここでやり直すわ」

 

急なことと言うより、もしかして、ずっと考えていたのか?

 

「カスミ、それって最近元気がなかったことと関係があるのか?」

 

俺の言葉にカスミはピクリと反応し、こちらを見た。

 

「短い間だけど仲間だから、何を悩んでいるのか知りたい、カスミの力になりたいんだ」

 

しばしの沈黙が包むと、意を決したようにカスミは口を開いた。

 

「……私、このジムが大好きなの」

 

「パパとママは私たちを捨てて出て行っちゃった。けど、家族みんなで頑張ってたこのジムだけは守りたい」

 

「ジムリーダーだって胸を張れるように強いトレーナーになりたい。だから水ポケモンを極めたいと思ったの」

 

俺から顔を晒してカスミは言う。

 

「もしかして、私たちが水中ショーばかりしてまともにジムの仕事をしてないから?」

 

「あんたそんなに私たちの水中ショー反対だったの?」

 

サクラさんとアヤメさんが困った顔で尋ねるとカスミは首を振った。

 

「違うわ。私、お姉ちゃんたちには水中ショー頑張ってほしい」

 

「あれ、そうなの?」

 

ボタンさんの声の後、カスミは顔を赤くして俯きながら声を絞り出した。

 

「お姉ちゃんたちには好きなことをさせてあげたい」

 

三姉妹が目を見開く。

 

「パパとママがいなくなってから、お姉ちゃんたちが今までジムを頑張ってくれてた。お姉ちゃんたちは水中ショーが本当に好きなのは知ってるし、きっと世界に通用する。だから私はジムリーダーになってこのジムを守りたい」

 

やはり……

 

「カスミ……それはお前がタケシの家族を気にしていたこととも関係あるのか?」

 

俺の言葉にカスミはキョトンとした顔になる。

 

「え? ……あ、もしかしてサトシ、私がパパとママに捨てられたことでずっと落ち込んでると思ってた?」

 

「……違うのか?」

 

「うーん、半分当たってるかも、たしかにタケシの家族のことを知ってショックを受けたわ。けど、あの家族は必死に生きてた。親が必要無いくらいに。ま、ムノーさんが戻ってきたことは嬉しかったけどね」

 

俺の想像は外れていた、それ自体は嬉しい。

だが、カスミの顔を見ると安心はできない。

 

「タケシは頑張ってた。ジムのことだけじゃなくて、家族のことも頑張ってた。だから、私も本気で頑張ろうって思ったの」

 

「私がお姉ちゃんたちに比べてダメなところが多いことは……前から自覚してたわ」

 

「それから旅をして思い知らされたの。私はサトシやリカよりも前にトレーナーになった。ポケモンも鍛えたしバトルもしてきた。けれど、サトシとリカに出会ってわかったわ。私は外で通用するトレーナーじゃなかった。あなたたちはもう私より強いもの。私じゃあなたたちの足手まといよ。だから、ここでお別れしましょ」

 

カスミは笑っていた。

やめろ……そんな哀しそうな笑顔を向けるな!

 

そんな俺の胸中を知らないカスミは続ける。

 

「トレーナーとしてサトシとリカには抜かれちゃったけど、ハナダジムで鍛えて、立派なジムリーダーになる。だから―――」

 

瞬間。轟音が響いた。

 

 

 

***

 

 

 

轟音が止むと次は笑い声が聞こえた。

 

「「なーはっはっはっは!!」」

 

ジムの壁が轟音とともに壊れ、巨大な機械とホースが現れる。

巨大ホースはジムのプールに突っ込み、水を吸い上げ始めた。

そして、巨大な機械の上には2人の人影がある。

 

「い、いったいなんなの?」

 

「なんだかんだと――」

 

(以下省略

 

 

「あ、ジムが、ハナダジムが……」

 

カスミはロケット団が壊した壁を見て呆然としていた。

 

「このハナダジムの水ポケモンは全部いただきよ!」

 

「ニャハハ、ジム戦の後とはグッドタイミングだニャ。ジムのポケモンも動けないはずだニャ」

 

ロケット団が機械を作動させる。

すると、ホースがプールの水を吸い込み始めた。

 

「ああ! 水が!」

 

サクラの悲鳴に構わず、ホースは吸引速度を上げて行く。

 

その時、巨大な機械に近づく影がある。

 

「どらあぁ!!!」

 

サトシはホースを蹴っ飛ばした。

ホースから飛び出た水がサトシの体を濡らす。しかし、サトシは構わず倒れるロケット団に近づく。

そして、大型機械の下を両腕で持ち上げた。

 

「おいお前ら……」

 

「な、なにするんだジャリボーイ!?」

 

次第に巨大な機械は浮き上がっていく。

 

「ここは俺の大切な仲間の大切な場所なんだよ」

 

サトシは全身に力を込めながら、ロケット団に言い放つ。

 

「サトシ……」

 

サトシの言葉にカスミは思わず呟く。

 

――もう旅をやめようとしている私もあなたにとっては仲間なの?

 

高鳴る胸とともにサトシを見守る。

 

「好き勝手に荒らそうとしてんじゃねえ……とっとと出ていきやがれえぇ!!」

 

サトシは全身の筋肉を総動員して大型の機械をひっくり返した。バランスを崩して倒れた機械と共に上に乗っていたムサシとコジロウとニャースも巻き込まれてプールサイドに落ちてしまう。

 

「「わああああああああ!!!」」

 

「ニャアアアアアア!!」

 

「まあ……」

 

「「すご……」」

 

サクラは感心し、アヤメとボタンは呆然としていた。

 

落ちた3人は痛みを耐えながら立ち上がりサトシを睨む。

 

「おのれ野蛮なジャリボーイ!!」

 

「こうなったらあんたからボコボコにしてやるわ!!」

 

「何度も勝てると思わないことニャ!!」

 

ロケット団が臨戦態勢になるとサトシはモンスターボールを構える。

 

「行けピカチュウ!!」

 

「ピッカチュウ!!」

 

サトシのモンスターボールから飛び出して来たピカチュウは頬袋をバチバチと帯電させながらロケット団を鋭く見据えた。

それを見たロケット団たちの顔が青くなる。

 

「あ、あれー? ピカチュウ君なんだか怖ーい……」

 

「ジ、ジム戦の後でつかれてるんじゃないのー……?」

 

「ああ、今日こいつ一回もバトルしてないんだ。だから元気が有り余ってんだよなー」

 

「ピカピカ」

 

「「「えー!!」」」

 

水タイプのジムならピカチュウが大活躍だろうと思い、疲れたところを奪おうとしたロケット団の思惑は完全にご破算となる。

それどころかもはや逃れようのない窮地に立たされたことを自覚した。

 

サトシはそんなロケット団の反応に満足そうに頷くと邪悪な笑みを浮かべる。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』」

 

「ピィカチュウウウウウウウ!!!!」

 

ピカチュウの暴力的な電撃がロケット団を襲い、彼らに強烈な痺れを与えながら、ジムの外に追い出した。

 

「「「やな感じー!!!」」」

 

お決まりのセリフと共にロケット団は飛んでいった。

 

 

 

***

 

 

 

ロケット団が居なくなると、動きを止めた巨大な機械とホースが残った。

壊れた壁をカスミは悲しそうに見つめていた。

 

「ああ、ハナダジムが……」

 

そんなカスミの後ろからサクラさん、アヤメさん、ボタンさんが話しかける。

 

「大丈夫よカスミ。これくらいなら保険が下りるから」

 

「そうそうすぐ直せるわ」

 

「ほら、そんな暗い顔しない」

 

「……うん、よかった」

 

「でも今日の夜の部は中止ね」

 

そんな仲の良い四姉妹のやり取りを見て、思わず笑みがこぼれる。

 

――本当にカスミはお姉さんたちが大好きなんだな。

 

本人に指摘されたら顔を真っ赤にして否定すると思うけどな。

 

「サトシ、リカ、ハナダジムを守ってくれてありがとう」

 

「本当に助かったわ」

 

「2人とも、私はこのままハナダジムに残るわ。これで――」

 

「私は嫌だよ!」

 

カスミの声を遮りリカが叫んだ。

この場にいるみんなが驚いてリカを見た。

 

リカはスカートをギュッと握ると再び口を開いた。

 

「私、この数日楽しかった! サトシとカスミといろいろ話してバトルしてポケモンたちと遊んだ旅が楽しかった! それなのに、こんなすぐにお別れなんて嫌だよ! 私はカスミとこれからも旅をしたい!」

 

リカは目に涙を溜め、絞り出すように、吐き出すようにカスミに訴えた。

 

そんなリカを見て、ようやく理解した。

ああほんと、馬鹿だ俺は。

カスミに対して踏み出そうとしなかった俺は本当に馬鹿野郎だ。

こんな当たり前のことにも気がつかないなんて何やってんだ俺は。

信頼される資格なんてそんなもん。本当の気持ちを伝えないと得られるわけないじゃないか。

 

リカは偽りのない本心をぶつけた。

 

俺もカスミに向き合った。

 

「カスミ、本当にごめん! 俺、怠けてたんだ! 悩んでるカスミのために話を聞いてカスミを知ろうとすることを怠けてたんだ! けど間違いだった。俺はカスミに向き合うべきだったんだ!」

 

「サトシ……」

 

「カスミ、俺もお前と旅がしたい! カスミお前がトレーナーとして強くなりたいならいくらでも俺たちが協力する。バトルだってするし、勉強もいくらでもする。俺は、お前と一緒にいたいんだ!」

 

リカが伝えたように俺も本心を伝えた。

カスミは戸惑うように視線を彷徨わせる。

 

「カスミ、あなたは旅を続けなさい」

 

助け船を出したのはサクラさんだ。

 

「え、サクラ姉さん、でも……」

 

カスミが困っていると、続いてアヤメさんとボタンさんもサクラさんに加わった。

 

「でもじゃないわよ。だいたいね、何が外で通用しないからジムでがんばる、よ。あんた言ってることがめちゃくちゃなの」

 

「初心者がジムに籠って鍛えてもそんなのたかが知れてるのよ。経験を積むために外にでるのよ」

 

「アヤメ姉さん、ボタン姉さん……」

 

「ジムを守りたいなら外の世界を見てからよ」

 

「それにジムと水中ショーの両立くらい私たちにできるわよ。心配なんて生意気なこと言わない」

 

「ジムリーダーとしての役目はまっとうするわ。あんたが帰ってくるまでは」

 

姉3人の言葉にカスミは俺とリカを見た。

そして、俺たちに向かって一歩踏み出し――

 

姉3人がカスミを遮る。

 

「んー、カスミがそんなに旅を嫌がるなら……私たちがサトシ君とリカちゃんと旅に出ちゃおっかなー」

 

「あーいいわねサクラ姉さん。旅をしながら色んな町で水中ショーの売り込みをしたらいいのよ」

 

「そうすればカントー中に私たちの名が広がって世界デビューの第一歩になるわ」

 

サクラさん、アヤメさん、ボタンさんが俺を囲んできた。

 

「ねぇサトシ君、どうかな?」

 

サクラさんが顔を近づけてくる。

 

「え、あの……」

 

「リカちゃんもどう、あなたも水中ショーやってみない? 絶対人気出るから」

 

「え、わ、私にはそんな……」

 

あたふたするリカを見て面白そうに笑うと再び俺が矛先となる。

 

「私たちね、サトシ君のこと気に入っちゃったから一緒に旅したいなーって思ってるのよ?」

 

「バトルも強いし本当に将来有望だわ」

 

「それにさっきの悪人さんたちを追っ払った時も、ワイルドでかっこよかったわよ」

 

俺を囲むようにサクラさんが後ろに、アヤメさんが右に、ボタンさんが左に着いた。

水着姿の美女に囲まれてしまった。

逃げられない。

 

うお、なんか良い匂いする。

けどなんか怖い!

 

「ちょ、お姉さん方!?」

 

「一緒に旅してくれたら、いーっぱい良いことしてあげちゃうわ」

 

サクラさんが耳元で甘い言葉を囁き、ゾクゾクしている俺の腰から腹にかけて撫で回す。

 

「サトシ君、美人の大人のお姉さんに興味あるでしょ?」

 

アヤメさんが俺の右腕を絡めると豊満な胸の間に挟み込んでくる。

 

「私たちの身体見てたの気づいてるんだからね」

 

ボタンさんが俺の左腕を絡めると自分の腰に当ててくる。

 

「ええっ!?」

 

なんだと! リカだけでなくお姉さんたちも気づいてたの!? いやでもそのスタイルは反則だからあ! 見ないなんて無理だからあ!

ていうか、全身が柔らかいからあ! 水着姿でそんなにせまられたら……!

 

すると、左右のアヤメさんとボタンさんが自分の水着の肩紐に手をかけた。

そして、ゆっくりと下ろしていく。

 

「いいわよ、サトシ君になら。お姉さんたちの秘密のところとかいっぱい見せて、ア・ゲ・ル」

 

2人の水着が下がっていくと、豊かな胸がその肌を露わにして――

 

 

「「こらああああああああ!!!」」

 

リカとカスミが怒鳴り声がこだました。

 

「「「きゃ!」」」

 

驚いた三姉妹の隙をついてリカとカスミが俺の腕を取り引き寄せた。

 

「そ、そんな破廉恥なことやめてください!!」

 

「こいつは私とリカと旅するの、これ決定! 変更無し!」

 

顔を真っ赤にしたリカとカスミが言い放つ。

まるで威嚇しているようだ。

あのままだと抜け出せなかったと思うから助かった。

 

「あらまあ」

 

「最初からそう言えばよかったのに」

 

「ちょっと残念」

 

三姉妹は可笑しそうに俺たちを見ていた。

うん、やっぱり冗談だったんだな。

ちょっと残念。

 

 

 

***

 

 

 

ジムの前で俺とリカはカスミと相対して立っている。

 

カスミは照れくさそうに口を開いた。

 

「そ、その……あんなこと言っておいてなんなんだけど、やっぱりこれからも2人と旅がしたいな……と思うのですが……」

 

答えは決まっている。

 

「ああ、もちろんだ」

 

「大歓迎だよ!」

 

「っ!! う、うん、これからもよろしくね!」

 

カスミは本当に嬉しそうに笑った。

薄っすら目に涙が浮かんでいた。

 

ああ、本当にいつものカスミに戻ったんだな。

やっぱり、今のカスミがいいな。

 

「なあ、カスミ」

 

「なに?」

 

「やっぱりお前さ、笑った顔が可愛いよ」

 

「……ええっ!?」

 

カスミが見るからに顔中を真っ赤にして目を見開いた。

あ、こんなストレートな言い方は流石に照れるか。

なんか俺も恥ずかしくなってきた。

 

「まあ」

 

「おお、なんと策士……」

 

「いや、多分天然でしょ……」

 

お姉さんたちが驚いているとカスミは俯くとスタスタと俺に歩み寄ってきた。そして、俺を抱きしめてきた。

俺の肩に頭を乗せて両腕を背中に回した。

 

「え、ちょ、カスミ!?」

 

「うっさい動いちゃダメ!」

 

ふわりと良い香りが鼻をくすぐり、胸板に柔らかい2つが押し付けられている。

カ、カスミさん、さすがあのお姉さん方の妹君!

 

俺が焦っていると、カスミは離れた。

カスミの顔は未だ赤く、目線は下を向いていた。

 

「えと、今のは……?」

 

「その……お礼……と姉さんたちの上書き」

 

「もう、カスミったらひどいわ」

 

アヤメさんが少し膨れた。

 

「むー」

 

リカも膨れてた。

 

 

 

***

 

 

 

「カスミ、気をつけてね」

 

「うん、姉さんたちも頑張ってね」

 

「言われなくてもよ」

 

「サトシ君、リカちゃん、いつでもハナダジムに寄っていいからね」

 

「はい、いつか必ず来ます」

 

「また水中ショーを見せてくださいね」

 

 

 

見送られながらハナダジムを後にした俺たち3人。

再び始まる俺たち3人の旅、なんとなくだが、心の距離とでも言うのか、それが縮まった気がする。

 

「カスミ、また旅が出来て嬉しいよ」

 

「ふふん、まああんたを見張ってないと……」

 

カスミは得意げな顔をしたと思ったら、穏やかな顔になり言葉を区切る。

 

「……うん、私も2人と旅がしたかった。負けていることをうじうじと気にせずに初めから素直になれば良かった」

 

「今は素直だから問題ないよ」

 

カスミの言葉にリカが答える。

ああ、まったくその通りだ。

 

俺たち3人は互いに顔を見合わせて笑い合う。

どこか気恥ずかしい空気に覆われながら歩いている時、前方から人が歩いて来た。

 

それはがっしりした体格の細目の男。

 

「「「タケシ!?」」」

 

「む? おお、サトシ。カスミにリカも久しぶりだな!」

 

どこかで会おうとは言ったがまさかこんな早い再会になるとは思わなかった。

 

「ハナダシティにいるということは、ジムには挑戦したのか?」

 

「ああ、ほら、ブルーバッジ」

 

俺とリカはジムに勝利した証をタケシに見せる。

 

「順調なようでなによりだ。俺は宿と食料の確保をな、暗くなる前に街について助かったよ」

 

タケシの旅も順調なようだな、ここまで来るのにどんなことがあったのかいろいろ聞きたいーー

 

「タケシく〜ん!」

 

どこからか甘えるような女性の声が聞こえてきた。

タケシの後ろからシャツにハーフパンツの美人の女性が走ってきた。

 

「は〜いマナミさ〜ん!」

 

俺は目を疑った。

タケシがふにゃふにゃの顔で後ろから来た女性の元まで走って行った。

 

「ごめんね〜先に行かせちゃって、待ったでしょ?」

 

「いえいえなんのこれしき! 男タケシ、素晴らしい女性であるマナミさんのためならどんなことも苦ではございません!」

 

「きゃ、もうタケシ君ったらあ!」

 

「いやあ、あはははは! あ、それじゃあサトシたち、俺は先を急ぐ、次のジムも頑張れよ!」

 

タケシは俺たちに振り返ると瞬時にキリッとした顔に戻るとそう言い、マナミさんと手を繋いで「ルンルン」と言いながら歩いて行った。

 

嵐が去った後のように俺たちの間で静かな空気が流れた。

 

「……あはは、タケシも旅の仲間が出来たんだね」

 

リカはさすがの前向きさで先ほどのタケシをフォローした。

 

「……無駄に鼻の下伸びてたけどな」

 

「……騙されたりしてないといいけどね」

 

どこか微妙な空気になりながら俺たちは歩き出した。

 

まあ、タケシは今まで抑圧されてたみたいだからな。ああして羽を伸ばすのもいいだろう。

 

俺は無理矢理納得することにした。

硬派のイメージのタケシを忘却の彼方に消し飛ばしながら。




カスミの姉たちは原作よりもカスミへの態度が軟化している設定です。出涸らしとか言いませんよ。
だからカスミは姉たちのために頑張ろと思えてます。
ちなみに姉たちのスタイルは完全に私の独断と偏見です。

タケシさんステキなお姉さんと出会って幸せです。これからいろいろ出会いがあるかも?

リカのニドラン♀とピッピが出番少ないですね。なんとかしなければ……


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強いトレーナーになるということ

もっと描写、表現を身に付けたいです。


「スターミー『れいとうビーム』!」

 

「フシギダネ『エナジーボール』!」

 

「ダネェ!」

 

「フッ!!」

 

冷気光線と草エネルギー弾が衝突し爆発を起こす。

 

カスミとリカがバトルをしている。

スターミーとフシギダネのバトルだ。

 

サトシの提案した仲間内の特訓だ。

 

スターミーは高い特殊攻撃と素早さを兼ね備えている。さらに技の多彩さもあって強力なポケモンと言える。

しかし、カスミは自覚していた。

『自分はスターミーの強さを引き出し切れていない』ともっと力をつけていればジム戦でサトシとリカに勝てたかもしれない。

まずはみずタイプに強いくさタイプを相手にバトルをしようということになった。

 

姉たちを安心させる強いトレーナー、ジムリーダーになるために特訓、特訓、ひたすら特訓。

 

そして、このバトルはリカの特訓にもなった。

 

フシギダネのタイプ、くさ・どくは弱点が多い。

相性の悪いタイプの技にも対抗するために適した相手がカスミのスターミーだ。

持ち前のエスパー技だけでなく、こおりタイプの技も使える。

強力な技を見切り、どう対策を立てるか、特訓を通じて身につけていこうとしている。

 

「『つるのムチ』!」

 

「フシャ!」

 

蔦がスターミーの全身に巻き付く。

 

「『サイコキネシス』!」

 

スターミーのコアが光、念動波が発射されようとする。

 

「投げて!」

 

フシギダネが『つるのムチ』を振るい、スターミーを投げ飛ばす。

『サイコキネシス』は不発となる。

 

スターミーは回転して体勢を立て直す。

 

「『はっぱカッター』!」

 

「『れいとうビーム』!」

 

葉っぱの刃はすべて凍らされる。

そして、フシギダネはスターミーまで疾走している。

 

「スターミー『れいとうビーム』!」

 

「フウッ!」

 

フシギダネは連射される『れいとうビーム』を次々とかわしていく。

 

「フシギダネ『つるのムチ』!」

 

「かわして!」

 

振るわれるムチをスターミーは上に跳んで回避する。

 

「『サイコキネシス』!!」

 

上空から強力な念動波がフシギダネに襲い掛かる。

効果は抜群でフシギダネは苦しむ。

 

しかし、持ち前の打たれ強さから耐え抜く。

 

「『ギガドレイン』!!」

 

「ダネダネ!」

 

スターミーの体からエネルギーが発生し、それはフシギダネに吸収され体力の回復となった。

また、くさタイプの技であるため、スターミーは通常より多くのエネルギーが奪われることなった。

スターミーはフラフラになり地上へ降りる。

 

「とどめの『エナジーボール』!」

 

「『こうそくスピン』!」

 

 

力を振り絞っての高速回転。

『エナジーボール』を回避し、フシギダネに突撃する。

 

「行っけぇ『れいとうビーム』!」

 

「フウッ!」

 

「ダネェ!?」

 

スターミーは全力の冷気光線を放ち、フシギダネに直撃した。

フシギダネは目を回し、戦闘不能となった。

 

「戻ってフシギダネ、ご苦労様」

 

「戻ってスターミー、ゆっくり休んでね」

 

「流石、強いね」

 

「ありがとう、でもリカのフシギダネも良い動きだったわよ」

 

バトルを終えたリカとカスミは笑顔で互いを労った

 

新たに旅を始めたサトシ、リカ、カスミ。

より強い絆を得た3人は今日も新たなポケモンとの出会いの心を躍らせていた。

 

 

 

***

 

 

 

ハナダジムを出てしばらく旅を続けているサトシたちは、道中野生のポケモンとのバトルやトレーナー戦をして腕を磨いていた。

 

現在3人は自分たちと同じ旅のトレーナー3人組(男1人と女2人)とバトルしていた。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

「フシギダネ『はっぱカッター』!」

 

「ヒトデマン『バブルこうせん』!」

 

3人のポケモンの攻撃が相手ポケモンに直撃し、そのまま相手は戦闘不能となった。

 

「負けたよ、すごいな君たち」

 

「私たちと同い年なのに腕が段違いね」

 

「ポケモンたちもよく育てられているわ」

 

「ははは、ありがとう」

 

サトシ、リカ、カスミには自覚が無いが、この3人はトレーナーデビュー数週間にして、その実力は初心者を逸脱し、中堅トレーナーの上位に組み込むまでになっていた。

 

多くのバトルを経験した、自分のポケモンの強みの理解、ポケモンへの信頼や愛など理由は様々だが、いずれにしても3人は確実にトレーナーとしての腕を上げていた。

 

「君たちなら猛獣使いのアキラに勝てるかもな」

 

「猛獣使いのアキラ?」

 

「向こうで非公認ジムを経営していて、挑戦者を募ってるって話よ」

 

「かなりの凄腕らしいわ」

 

「へえ、そこまで言われたらバトルしてみたいな」

 

「バトルはいいけど油断はしないことよ」

 

「非公認だけど、ジムを経営するなんてよっぽど腕に自信があるってことだよ」

 

「ああ、わかってるさ」

 

サトシたちはアキラのジムの道を教えてもらい、早速向かうことにした。

 

 

 

***

 

 

 

看板には『ポケモンリーグ非公認ジム』と書かれていた。

非公認ということは勝ってもジムバッジは貰えない、または貰ったとしてもリーグ出場のためのバッジではないということか。

 

ジムの扉に近づいた時、その扉が独りでに動き始めた。

そのまま扉が開くとムチを持った尖った頭の1人の少年が現れた。

その少年は怪訝な顔で俺たちを見た。

 

「ん? お前たちは?」

 

「俺はマサラタウンのサトシ。君がアキラか?」

 

「そうだ、もしかして挑戦者か?」

 

「ああ、君が個人ジムを構えて挑戦者を募ってると聞いてさ」

 

「そうか、だが申し訳ないがもうジムは閉めるつもりだ」

 

思わぬ言葉に俺たちは驚いた。

 

「ええっどうして?」

 

「俺がここにジムを建てたのは俺のポケモンバトル100連勝目標のためだ」

 

「「「100連勝!!?」」」

 

とんでもない数字に俺たちの驚愕の声がハモる。

 

「ああ、そうさ。100連勝をしたらジムバッジを集めてポケモンリーグを目指す、それが俺の目標だ」

 

そこまでしてジム巡りを始めようとするなんて、ものすごくストイックだな。

 

「じゃあ、ジムを閉めるということは……」

 

「ああ、俺は遂に100連勝を達成した。明日にでもポケモンたちとバッジ獲得の旅を始める」

 

アキラの衝撃の言葉に未だに俺は呆然としている。

凄腕とは聞いていたが100連勝を達成してしまうなんて、アキラはとんでもない腕の持ち主ということになる。

なんとか俺は言葉を絞り出す。

 

「そっか、今日初めて会うけどおめでとう」

 

俺の言葉にアキラはフッと笑みを浮かべる。

 

「ああ、ありがとう。だがせっかく来てもらったのに追い返すのも忍びない。どうだ、俺のポケモンたちのトレーニングだけでも見ていかないか?」

 

「いいのか?」

 

「ああ、さあ入ってくれ」

 

後ろのリカとカスミを見ると肯定の頷きをしたため俺たちはアキラについて行き、ジムの中に入った。

 

 

 

ジムの中にはダンベル、バーベル、サンドバッグがところどころに置かれており、中央にはバトル用にリングがある。そして、プールまであった。まるで本当に格闘技のジムのような場所だった。

そこではコラッタ、バタフリー、スピアーが謎のギプスを体に巻いてトレーニングをしていた。

技の打ち合い、走り込み、火の輪くぐり、玉乗り……後半はバトルというよりサーカスのような気もするが、彼が猛獣使いだからか?

 

「なんというか、すごいな」

 

「すごいスパルタだね」

 

俺とリカが驚いているとアキラが頷く。

 

「こいつらには俺がいない間に自主トレをさせている。どんな時もバトルの感覚を忘れないようにな」

 

そう言ってアキラはモンスターボールを取り出し、そこからポケモンが現れる。

 

ねずみポケモンのサンドだ。

 

「サンド、トレーニング開始だ」

 

「サン!」

 

アキラがそう言うとサンドは自分でギプスを着て、プールに向かって走り出した。

そして、ジャンプ台に登ったサンド。

おい、まさか!

 

サンドはそのままプールに飛び降り沈んだ。

 

「「「えっ!?」」」

 

そして、丸くなったサンドがプールサイドに飛び出して回転し水を振り払う。

 

「お、おいサンドは水に弱いんじゃ」

 

「わかっている。だからそれを克服するためのトレーニングだ」

 

再びサンドはジャンプ台まで行くとそのままプールに飛び込んだ。

 

「相性の問題を根本から克服しようとするなんて、初めて見たわ」

 

もし成功したら大発見だ。

オーキド博士も腰を抜かすぞ。

 

しかし、苦手な水に何度も入ってサンドも辛くないのだろうか。

そう思いサンドの顔を見ると、そこに疲れはあっても怯えや嫌悪はないように見えた。

そうか、これはサンド自身も望んでいること、もっと強くなりたいという気持ちはアキラと同じなんだ。

アキラが口を開く。

 

「俺はサンドと出会って誓ったんだ、究極のポケモントレーナーになると。サンドも最強のポケモンになると約束してくれた。そのために俺たちはどんな困難も乗り越える覚悟がある」

 

「究極のトレーナーに最強のポケモン……か」

 

「そういえば、お前たちは旅をしているなら、もうジムには挑戦したのか?」

 

「ああ、ほら2つゲットした。まあ君みたいに100連勝とはいかないけどな。あっちのリカも2つ。カスミはジムリーダー資格者だからバッジ集めはしてないけどな」

 

「ほう、なかなかやるようだな」

 

アキラは面白そう笑う。

さて、そろそろお暇するか。

これ以上彼の邪魔をするわけにはいかない。

 

「今日は君のポケモンたちをみせてくれてありがとう。またどこかで会うことがあったらバトルしようぜ」

 

「待ってくれ」

 

「どうしたんだ?」

 

「今日はジムを閉めて明日に備えるつもりだったが気が変わった。お前にバトルを申し込みたい」

 

「え?」

 

いきなりの申し出に驚くが、アキラは真剣な顔だった。

 

「バッジ獲得を始める俺の最初の相手になってくれ!」

 

そこまで言われてバトルを受けないわけにはいかないな!

 

「ああ! 受けて立つ!」

 

 

 

***

 

 

 

アキラに案内され、俺たちはバトルフィールドで向かい合っている。

 

「使用ポケモンは1体だ。行けサンド!」

 

「ピカチュウ君に決めた!」

 

「サン!」

 

「ピッカチュウ!」

 

フィールドでピカチュウとサンドが降り立つ。

 

「ええっ!? じめんタイプはでんきタイプの天敵なんだよ!?」

 

リカの驚きの声、やっぱりそう思うよな。

 

「ああ、そうなんだけど。アキラが自分の相棒で来るっていうなら、俺も最初の相棒でバトルしたくなったんだ」

 

「まったく、あんたらしいわ」

 

カスミは呆れながらも仕方ないなという風に笑った。

無茶かもしれないけど、譲れないものがあるんだよ。

 

「相性の悪いポケモンでも向かって来るか、面白い!」

 

アキラも闘志を燃やしてムチを握りしめる。

 

「先手必勝! ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

「サンド『ブレイククロー』だ!」

 

「ピッカァ!」

 

「サンドッ!!」

 

ピカチュウが高速で突撃し、サンドが爪にパワーを纏い、2体は技の衝撃で後退し、その勢いを両脚で和らげている。

 

「パワーは互角か!」

 

「ならばサンド『すなあらし』!」

 

サンドが空を仰ぐと、フィールド全体に砂が勢いよく吹き荒れる。

視界が悪くなり、ピカチュウも少し苦しそうな顔をしている。

 

「これで、いわ、じめん、はがねタイプ以外のポケモンはダメージを受けるわ」

 

「ピカチュウ大丈夫か!?」

 

「ピカ!」

 

ダメージを受けながも、ピカチュウは強気な顔で頷いた。

 

「よおし、ピカチュウ、『でんこうせっか』!」

 

「かわせサンド!」

 

ピカチュウが猛スピードでサンドに突撃する。

パワーが互角なら得意のスピードで攻める。ピカチュウの『でんこうせっか』は一瞬でサンドに接近しーーサンドの姿が消える。

 

いや消えたのではなく、サンドは『でんこうせっか』一瞬でピカチュウの後ろに回った。

 

「な、なんだあのスピードは!?」

 

「驚いたか、サンドの特性『すなかき』だ! 『すなあらし』のフィールドではサンドのスピードは上がる!」

 

「サンド『ブレイククロー』!」

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

「サン!」

 

「チューピッカァ!」

 

サンドはピカチュウの背中に爪を立てようとする。しかし、ピカチュウは素早く反応し、勢いよく尻尾を振いサンドの爪を弾き、回転の勢いでサンドの腹に『アイアンテール』を直撃させる。

 

「ピ……!」

 

攻撃後、ピカチュウは『すなあらし』のダメージを受ける。

 

思わぬカウンターにサンドはダメージを追って後退する。

アキラも驚きながらも冷静に判断を下す。

 

「ならば、サンド『あなをほる』!」

 

サンドは足元を掘るとそのまま穴に入って姿を消した。

地中を素早く掘り進んでいるのだろう。

 

「ピ、ピカ?」

 

相手を見失ったピカチュウは焦り、キョロキョロと周りを見渡す。

直後、ピカチュウの足元の地面が動き、サンドが飛び出しピカチュウに爪を振るった。

 

「ピカ!?」

 

ただの攻撃ではなくじめんタイプの攻撃。

ピカチュウには効果抜群のダメージが入り、そのまま吹き飛び倒れる。

 

「ピカチュウ!」

 

サトシの声にピカチュウは立ち上がる。

 

「サンド『ブレイククロー』!」

 

アキラは攻撃の手を緩めずに追撃する。

 

「くっ、『アイアンテール』!」

 

サトシは迎撃のための『アイアンテール』で『ブレイククロー』を凌ぐ。

 

「サンド『あなをほる』!」

 

再びサンドは地面に潜り、ピカチュウに攻撃を仕掛ける。

 

「ピカチュウ、落ち着いて地面の動きを感じろ!」

 

ピカチュウは頷き、その場に留まり耳と肌を研ぎ澄ませる。

サトシもまた気持ちを鎮めて、神経を研ぎ澄ます。

僅かな沈黙の直後、2人は地面の僅かな揺れを感じた。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

後ろの地面が陥没し、サンドが飛び出す。

しかし、ピカチュウは耳に感じた地面の音、肌で感じた揺れ、そして、サトシの言葉で身をかわす。

サンドの攻撃は空振りとなり隙が生まれる。

 

「なに!?」

 

「ピカチュウ、『アイアンテール』!」

 

横回転で鋼鉄の尾がサンドの体を薙ぎ払う。

サンドに『アイアンテール』がクリーンヒットしそのまま吹き飛ばされる。

ピカチュウは追撃のためにサンドに走って接近しようとする。

 

「サンド、スピードスター!」

 

ダメージは受けたが、『すなかき』により得たスピードで素早く飛びのく。

そして、遠距離攻撃の『スピードスター』を放つ。

 

「『アイアンテール』で打ち消せ!」

 

ピカチュウは『アイアンテール』を何度も振るい、連射された『スピードスター』を迎撃する。しかし、これでアキラの狙い通り追撃は失敗した。

 

「ピ……!」

 

『すなあらし』のダメージがピカチュウを襲った瞬間、アキラは動く。

 

「『ブレイククロー』!!」

 

猛スピードにより一瞬でサンドはピカチュウとの距離を詰める。

 

(このスピード、躱しきれない!?)

 

絶体絶命と思ったその時、サトシは閃く。

 

「そうだ! ピカチュウ『10まんボルト』! 地面を狙え!」

 

「ピィカチュウウ!!」

 

『10まんボルト』の激しい閃光と巻き上げられた砂でサンドとアキラの視界は一瞬遮られ、ピカチュウを見失う。

 

「くっ!」

 

サンドの動きが止まった一瞬、ピカチュウはすでに攻撃準備は完了していた。

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

「チュウウ、ピッカァ!!」

 

ピカチュウの鋼鉄の尾がサンドの脳天に振り下ろされる。

 

サンドはそのまま倒れて目を回した。

戦闘不能。

 

 

 

***

 

 

 

「……戻れサンド」

 

サンドをボールに戻したアキラはそのまま俯く。

しばらく沈黙が続き、俺はその様子に戸惑う。

 

「なあ、アキラ」

 

するとアキラが顔を上げ、可笑しそうに哄笑した。

 

「ははははは!! 旅の最初のバトルが敗北か、こいつはいい!! ははははは!!」

 

そこに悔しさや怒りなどの負の気持ちはなく、ただ気持ちよさそうに笑っていた。

そして、バトルフィールドを通って俺に近づいて来た。

 

「礼を言う、おかげで世界の広さを知ることができた」

 

アキラは右手を差し出した。

俺は笑い、その手を力強く握った。

 

「こちらこそ、良いバトルをありがとう」

 

アキラは頷く。

 

「いつか旅先で出会うことがあれば、またバトルしてくれ。次勝つのは俺だ」

 

「ああ、だけど俺ももっと強くなるぜ」

 

新たなライバルができた。そう確信が持てた。

 

 

 

 

俺たちはアキラのジムを後にし、旅を再開した。

 

「まったく相性悪いのに一時はどうなるかと思ったわ」

 

「そうだね、だけど、勝っちゃうなんてすごいよ」

 

「アキラも言ってたがやっぱり世界は広いよな。これからまだまだ強いトレーナーやポケモンと出会うんだと思うとわくわくしてくる」

 

そう思うと居ても立っても居られない。俺は走り出した。

 

「ちょ、待ちなさいよ!」

 

「もう、いきなり走らないでよ!」

 

カスミとリカのお咎めを頂きながら、俺は次の出会いを待ち焦がれ走り続けた。

 

 

 

***

 

 

 

「霧が深いねー」

 

「先が見えないわ」

 

アキラとのバトルからしばらく、俺たちはどこか深い森の中にいた。

どういうわけか霧が立ち込め、視界が遮られる。

 

「はぐれたら危ないから手を繋ぐか?」

 

「「え?」」

 

リカとカスミがポカンとした顔になった。

 

「なーんて冗談――」

 

「それいいかも、うん、はぐれたらいけないもんね」

 

「しょ、しょうがないわね、サトシがはぐれないように繋いであげるわ」

 

「い、いや、今のは冗談――」

 

これはたしかにご褒美だが、流石に恥ずかしいよ。

 

「「は?」」

 

「いえ、なんでもないです……」

 

いやこれは何も言えない。

女の子がしていい目じゃなかったもの。

 

 

 

 

俺を挟むようにカスミとリカは手を繋ぎそのまま歩き出した。

歩けど歩けどどこまでも霧、霧、霧、先は見えない。

そしてお嬢さん方、時々俺の手をにぎにぎしないでください。

変な気持ちにならないとも限りませんよ。

 

「それにしても人どころかポケモンもいないわね」

 

「うん……うん?」

 

不意にリカが立ち止まり、前方をジッと見ていた。

 

「ねえ、あれ……」

 

リカが前を指さしたため、俺とカスミはつられて見る。

 

深い霧の中でなにかがゆらゆら赤く光っていた。

あれって……

 

「「ひ、人魂!!?」」

 

体に窮屈さを感じるとカスミとリカが左右から俺にしがみついていた。

ああ、2人の柔らかい胸とか太ももが密着して幸せ……だけどそんなに圧迫されると苦しい……

 

「ま、まて2人とも……何か、は、話し声が、聞こえる」

 

「「え?」」

 

俺の言葉で2人は離れた。

少し惜しかったかな?

 

「行ってみよう」

 

 

 

 

 

「おいジュン、早く答えろ。じゃないともっとスピードを上げるぞ」

 

「は、はい……」

 

光に近づくと、そこには6人の少年が蝋燭を持ち1人の少年を囲んでいた。

光の正体は蝋燭だったのか。

ただ驚くところはそこではなく、囲まれている少年はランニングマシンで走らされていた。

 

「うわあ!」

 

そして、走っていた少年は転んでしまった。

 

「……すいません、わかりません」

 

俯いてそう言うと、周りの少年たちは溜息をついた。

 

「わからないで済むか、それでもポケモンゼミの生徒か?」

 

「まったく、君みたいな問題児と一緒に勉強なんて本当に嫌になるよ」

 

おいおいこれは完全に――

 

「おい待てよ」

 

つい口が出てしまった。

少年たちは一斉にこちらを振り向き怪訝な顔をした。

 

「よってたかって1人をイジめるなんて感心しないぜ」

 

するとリーダー各らしき少年が前に出る。

 

「部外者は引っ込んでてくれるかな、これは僕たちの問題なんだ。それにイジメとは心外だな。僕たちは彼を想ってこうしてるんだ。友情なんだよ」

 

「そんな友情があってたまるか。確かに俺たちは部外者だけど、イジメの現場を放っておくほど人でなしじゃないつもりだ」

 

「やれやれ、どうしても僕たちを悪者にしたいらしい。まあいいや、君たちなんかとかかわってる暇は無いんだ。今日はこれでお終いにしよう。じゃあなジュン、またゼミで会おうな」

 

「は、はい」

 

そうしてイジメ少年たちは霧の奥へと消えて行った。

 

「大丈夫か?」

 

「ええ、いつものことなので」

 

ジュンと呼ばれた少年は作り笑いを浮かべる。

 

するとリカが前に出て言った。

 

「もしかして、あなたポケモンゼミの生徒さん?」

 

「は、はいそうです」

 

「ポケモンゼミってなんだ?」

 

「確かポケモントレーナーの学校のことよね。学費が物凄く高くてお金持ちじゃないと通えないって話よ」

 

この世界では10歳までに義務教育を終えるはず、つまりそのポケモンゼミは予備校ということか。

確かにポケモントレーナーはこの世界における花形とは言え、学校であれこれ勉強とはな。

 

そう思っていると霧の奥からキーンコーンカーンコーンと音がなった。これはもしや……

 

『本日の霧の中の授業はこれで終わりです。明日は雪の中の授業になります」

 

大きな建物からチャイムと共にそんなアナウンスが流れた。

あの霧はこの学校が出していたのか、人騒がせな。

 

「こんなところに学校があったんだね」

 

「今日の授業は終わったみたいだけど、明日もこのままだとイジメを受けるわよ」

 

カスミが言うとジュンは首を振る。

 

「いえ、あれは愛のムチです。僕のためにあえて厳しくしてるんです」

 

「あれのどこがの愛の鞭なの!? どう見てもイジメだよ!」

 

リカの言う通り。

学校という閉鎖された空間。

そこでは精神的に未熟な子供たちによりカーストが生まれ、下層の人間は上層の人間に淘汰される。

どこでも人間のすることは同じなのか。

 

「仕方ないんです。僕は初級クラスのドベだから」

 

「初級ってなんだ?」

 

「このゼミでは生徒の能力ごとにクラスを分けているんです。初級はバッジを2つ持っているのと同じ資格があるんです。中級はバッジ4つ分の資格、そして上級と卒業者はバッジを集めなくてもそのままポケモンリーグに出場できるんです」

 

真面目に勉強した分見返りも大きいってことか。

果たしてバッジを集めるのとどっちが大変なのかね。

 

「まあ、成績は君自身の問題だ。だけど、だからって何も言い返さずされるがままで辛くないのか?」

 

「確かに、毎日あんなことされるのは辛いです。だけどおかげでちゃんと必要なことを覚えられたのは事実です。それに僕はたとえどんな仕打ちを受けても僕はここで勉強してしっかり卒業したいんです。パパとママが一生懸命働いて、僕をここに入学させてくれたんだから」

 

両親の期待に応えたいか、それならご両親のためにも迂闊に「ゼミを辞めた方がいい」なんて言えないな。

それならイジメ自体を失くすしかない。

 

「教師は何も言わないのか?」

 

本来なら教師が生徒を守るはずなんだがな。

 

「あの人たちは授業するのが仕事だから、それ以外のことは知らぬ存ぜぬなんだ」

 

なんとも虚しい話だ。

俺の元いた世界も似たようなものだけどな。

 

教師が頼りにならないなら、本気でジュン自身がどうにかするしかない。

俺たちも手を貸すことになるだろうけどな。

 

「ジュン、君のその愛の鞭の親玉は誰なんだ?」

 

「この人です」

 

ジュンが懐から取り出したのは写真だった。

写真には1人の女性が映っていた。

 

「わあ、綺麗な人……」

 

「セイヨさんです」

 

おお、美人だ。

長い茶髪に整った顔立ち、さらに写真からでもスタイルの良さが伺える。セーラー服というのもなかなかポイント高い。

たしかに美人だけど、性格キツそうなのが表情に出てるな。

 

「彼女は初級クラスのツートップの1人です。ちなみにもう1人はさきほど僕に指導してくれた内の1人のケントさんです。先ほどあなたたちに話しかけていた人です」

 

あのリーダー各の男か。

 

写真を見ているとカスミがジュンに強く問いかける。

 

「ちょっと待って! どうしてそんな娘の写真なんて持ってるの!?」

 

「いいんです、性格悪くても可愛ければ」

 

面食いか君は、それか……ドM?

 

「まあ、君がどんな性へ……ゴホン! どんな気持ちでもこのままだと事態は悪化するだけだぞ」

 

「ええ、わかっているのですが……」

 

こう気が弱いから付け込まれるんだよな。

仕方ない、協力するか。

 

すると、肩を叩かれる。

 

「どうしたリカ?」

 

どこか不安げにリカは俺を見ていた。

 

「ねえ、サトシは……この綺麗な人……どう?」

 

「うん? まあ、美人だと思うけど、タイプじゃないな。それにイジメを主導するような娘は嫌だな」

 

「そっか……そうなんだ……」

 

「……よかった」

 

どこかホッとしたような顔のリカとカスミ。

ああそっか、俺がその娘に一目惚れして、強く言えないんじゃないかと思ったんだな。

まあ俺は確かにスケベだけど、そのあたりの良識はあるから心配しないでくれ。

 

「まあなんにしても、このままだとジュン、君は潰れる可能性が高い。このゼミにいたいのなら、嫌なら嫌とハッキリ奴らに言うべきだ」

 

「そう……でしょうか……」

 

「とにかくジュン、そんな悪い子にはガツンと言っとかないと後で取り返しのつかないことになるわ! 言えないなら私が言うわ、さあ、行くわよ!」

 

カスミはズンズンと校舎に向かって歩き出した。

 

「お、おいカスミ!」

 

「勝手に入ったらダメだよ!」

 

「いえ、一般のトレーナーは見学ということなら入っていいんですよ」

 

「あ、そうなの?」

 

「はい、事務室に入って許可証を貰ってからですが」

 

「聞いただろカスミ! 事務室行くぞ!」

 

俺は走りながらカスミを呼び止めた。

 

 

 

***

 

 

 

事務室での手続きを終えた俺たちはポケモンゼミに足を踏み入れた。

 

ジュンに付いて行って『トレーニング室』と書いてある部屋に入った。

どんなトレーニング器具や広いバトルフィールドがあるのかと思って中に入ってみると、そこにあったのはたくさんのパソコンだった。

 

「セイヨさんはいつもここで自主トレしてるんだ」

 

自主トレって、パソコンしかないぞこの部屋。トレーニングなんてどうやるんだ?

 

不意にジュンが立ち止まり俺たちに振り返った。

 

「あの、暴力はやめてくださいね。ここはポケモンゼミなのでポケモンバトルの実力がモノを言うんです。実力を示さないと誰も相手にしてくれませんよ。ちなみに3人はバッジは持ってるんですか?」

 

「ああ、俺とリカが2つずつ」

 

「私はジムリーダー資格者だからバッジは集めてないわ。ちなみにハナダジムのトレーナーよ」

 

「うーん、皆さんそれだと心許ないな……」

 

「どういうこと?」

 

ジュンが残念そうな顔をするとリカが尋ねた。

 

「さっきも言ったけどセイヨさんは初級のトップでバッジ3つの実力があるんだよ。初級のドベの僕だって、バッジ2つ以上の実力があるんだ」

 

つまりこういうことか?

 

「この中だとお前が一番実力があると?」

 

「まあ、そうだね。それにハナダジムもシミュレーションで何度も勝ってるし、負けないと思うよ」

 

「ちょっと! なによシミュレーションって!?」

 

すると納得いかない表情のカスミが前に出てジュンに言い放った。

 

「ほら、このパソコンでポケモンバトルのシミュレーションが出来るんだ。弱いポケモンからジム戦まで幅広くね」

 

自主トレってそういうことか。

ジュンがパソコンを操作すると、画面にウツドンとスターミーが現れてバトルを始めた。

ウツドンの『はっぱカッター』がスターミーに直撃し、一発で戦闘不能になった。

 

「ほらね」

 

いやこれただのゲームだろ、そんなドヤ顔されてもなにもすごくないが。

 

「シミュレーションはシミュレーション、私は私よ!」

 

カスミはボールを取り出す。

 

「証明してあげるわ」

 

強い意志のこもった真剣な表情のカスミは宣戦布告した。

対するジュンは余裕な表情だ。

 

「負けないよ」

 

 

 

 

別の部屋のバトルフィールドに案内され、そこでカスミとジュンが相対している。

最初と趣旨がずれてるぞ。

ジュンを助けるはずがバトルすることになるなんてな。

 

「どうなっちゃうんだろ」

 

「まあ、見守ろうぜ」

 

カスミがボールを構える。

 

「ハナダジムをナメないで! 行っけえ、My Steady!!」

 

「水の無い場所でみずポケモンは力が発揮できるはずがないよ。行け、くさタイプのウツドン!!」

 

カスミのボールからスターミー、ジュンのボールからは大きな口と手のような2枚の葉っぱがついてる草ポケモンのウツドンが現れる。

 

「ウツドン『はっぱカッター』!」

 

ウツドンから鋭い葉っぱが大量に発射される。

 

「スターミー、『みずのはどう』!」

 

スターミーから水の音波が発射される。

 

2体の放った技が激突した、すると『みずのはどう』が押し勝ち『はっぱカッター』を飲み込む。

そしてウツドンに直撃し、そのまま戦闘不能になった。

 

「そ、そんな馬鹿な、ウツドンは水に強いのに!?」

 

ジュンは信じられないという顔になる。

 

「だからあなたは弱いのよ」

 

透き通るような声が部屋に響いた。

 

「ポケモンジムのトレーナーはその辺りのトレーナーよりも腕が立つわ。その上、実力を磨き続けてる。あなたみたいな実力もままならない子が力押しで勝てるはずないじゃない」

 

「セイヨさん……」

 

そこにいたのは写真に写っていた少女セイヨだ。

周りには先ほどジュンにイジメをしていた男子たちがいる。

 

「まったく、そんなんじゃ先が思いやられるな。お前1人の負けじゃないんだぞ。俺たちやこのゼミの評判にもかかわるんだ」

 

男子たちの中から1人が前に出る。あの時のリーダー格、ケントだっけか。

 

「あなたへの教育の前に、汚点を消さないといけないわね」

 

ジュンを叱責していてセイヨはカスミの方を見た。

 

「ハナダジムのトレーナーさん、次は私が相手よ」

 

「そう、かかってきなさいイジメっ子さん」

 

おおう、女同士の睨み合い、めちゃこええ~!

 

セイヨはモンスターボールを一つ手に取る。

 

「あなたのスターミーには……これよ。行きなさいゴローン!!」

 

「ゴロォ」

 

セイヨのモンスターボールからゴローンが飛び出した。

 

「な、いわタイプのゴローン!?」

 

「みずタイプとの相性は悪いのに!?」

 

「相性の悪いポケモンが相手でもレベルが高ければ勝つことは簡単よ!」

 

「スターミー、『みずのはどう』!!」

 

「フゥ!!」

 

スターミーが発射した『みずのはどう』がゴローンに直撃する。

ゴローンにとって一番相性の悪いみずタイプの攻撃。これで戦闘不能になってもおかしくない。

だが、ゴローンは何事もないように立っていた。

 

「なんだと!?」

 

「効果は抜群のはずなのに!?」

 

「言ったでしょ、レベルが違うの! ゴローン、『すてみタックル』!」

 

「スターミー!?」

 

ゴローンの強烈な一撃にスターミーは吹き飛ぶ。

これほどの破壊力とは、これが高レベルのポケモンの力か。

フラフラと立ち上がったスターミーだが、ボロボロで満身創痍という様子だ。

 

「『れいとうビーム』!!」

 

スターミーが力を振り絞って『れいとうビーム』を放つ。

ゴローンにクリーンヒットし、氷漬けになった。

 

「今よ、『じこさいせい』!」

 

上手い、相手が動けない今なら体力を回復できる。

 

しかし、セイヨは余裕そうに笑っていた。

 

「砕きなさい」

 

その一言でゴローンは氷の呪縛から解かれ動き出す。

 

「『ストーンエッジ』!」

 

ゴローンから鋭い岩石が発射される。

 

「『サイコキネシス』で止めて!」

 

回復の途中だが、スターミーは念動力で岩からガードする。

 

またもスターミーに接近するゴローン。しかし、スターミーは動き回って捕まらない。

素早さではスターミーがまだ優っているのか。

まだ勝機はある。

 

「スターミー『れいとうビーム』!」

 

「ゴローン『アームハンマー』」

 

スターミーの『れいとうビーム』をゴローンは拳を振るってかき消していく。

そして、その拳がスターミーに振り下ろされる。

 

完全にスターミーの体を捉え、クリーンヒットした一撃、ボロボロになったスターミーはそのまま――

 

 

――まだ立っていた。

 

「スターミー!!」

 

「そんな!? もう体力は尽きたはず!?」

 

カスミの驚嘆の声とセイヨの驚愕の声が重なる。

先にカスミが動く。

 

「『サイコキネシス』で動きを止めて!」

 

一瞬、ゴローンは全身を硬直させたが、念動力を振り払う。

しかし、その時にはスターミーはゴローンに接近していた。

 

スターミーとゴローン、その距離はゼロ!

 

「『みずのはどう』!!」

 

全身全霊の水技が超至近距離でゴローンに放たれる。

濡れたフィールドで苦悶の表情のゴローンが僅かに後退する。

 

「もう一度『みずのはどう』!!」

 

「フゥ!!」

 

スターミーは再び接近し、超至近距離の『みずのはどう』を放つ。

激しい水流がゴローンの全身を包み込む。

今までで一番の破壊力のスターミーの『みずのはどう』だ。

 

水流が止むと、水浸しになったゴローンが倒れ、スターミーも力を出し切ったように倒れた。

バトルの結果は、

 

「……ダブルノックアウトか」

 

「スターミー!!」

 

悲痛な声を上げてカスミはスターミーを強く抱きしめる。

 

セイヨは呆然とした顔でゴローンを見ている。

 

「引き分けになってよかったな、ゼミの汚点はギリギリ消せたんじゃないか?」

 

「っ!」

 

悔しそうな顔で俺を睨むセイヨ。

おいおいこれくらいの嫌味は許してくれよ。

 

セイヨはゴローンをボールに戻すと髪をかき上げて余裕そうな表情を取り戻す。

 

「ふんっ、それでも本来相性の良いはずのみずポケモンがいわポケモンに苦戦した理由はわかるかしら?」

 

セイヨは言いながら前に歩き出す。

 

「ポケモンが高いレベルを持ち、それを扱うトレーナーがその能力を計算して指示を出せば、どんな相手であろうと負けない。そのための勉強をして本番で発揮できるのか一流のトレーナー。残念だけど、ただ旅をしてるだけのあなたたちとは文字通りレベルが違うのよ」

 

得意げに語ってるとこ悪いけど、それズレてんだよ。

 

「その理屈だと、レベルが高いポケモンを腕が一流のトレーナーが扱うなら相性悪くても負けないだろ。それでも君はカスミと引き分けになった。つまり、君のトレーナーとしての腕が未熟で、むしろ引き分けに持ち込んだカスミの方が遥かに優れていたってことだ。いくらお勉強ができてもその程度なんだな」

 

セイヨは再び悔しそうに俺を睨む。

不思議なことにカスミと睨み合いをしていた時の彼女に比べるとまったく怖くないな。

 

「そんなに悔しいなら試してみるか? ただ旅をしてるだけのトレーナーの実力を」

 

「いいわよ、相手してあげるわ」

 

「それなら俺はこっちのお嬢さんだな。ここでは場所が狭いからみんな外のフィールドに行こう」

 

セイヨに続いてケントも前に出た。

 

「リカ、あの男の相手頼んだ」

 

「うん、サトシも負けないでね」

 

俺とリカは座り込むカスミの肩に手を置く。

 

「「勝ってくる」」

 

俺とリカは同時に言う。

 

「ええ、任せたわ」

 

カスミの声を背に、俺たちは外に向かう。

 

 

 

***

 

 

 

グラウンドにある複数のバトルフィールドのうちの2箇所にサトシたちはいた。

 

リカはケントと相対する。

 

ケントは見下したような顔でリカを見る。

 

「お嬢さんには趣向を変えたバトルを申し込もう。ダブルバトルは知ってるかな?」

 

「はい、タッグバトルが2人のトレーナーがそれぞれ1体ずつポケモンを出すのに対して、ダブルバトルは1人のトレーナーが2体のポケモンを出すバトルですね」

 

「ははは、知識は花丸だな。だが、複数のポケモンに適切な指示を出すのはかなりの技術が必要だ。君はどこまで戦えるかな?」

 

「私はポケモンたちを信じてバトルするだけです。お願いピッピ、ニドラン!」

 

「ピッピー!」

 

「ニンニン!」

 

「ピッピにニドラン♀、フェアリータイプにどくタイプか、ならばこっちは、行けコイル、サイホーン!」

 

「ジジジ!」

 

「グオオ!」

 

球体に目があり、頂部にネジ、左右に磁石がついたポケモン、コイル。

岩で出来た四足の体、穴の先に角があるポケモン、サイホーンが現れる。

 

「コイル『マグネットボム』、サイホーン『ドリルライナー』、ニドランを狙え!!」

 

コイルから黒い球体が発射され、サイホーンの角にエネルギーが纏い、ニドランを狙い撃つ。

 

「ダブルバトルの基本、それは相手のポケモンを1体ずつ確実に戦闘不能にしてしまうことだ」

 

ケントは勝利を確信したようにニヤリと笑う。

しかし、リカは焦らず冷静に指示を出す。

 

「ピッピ『リフレクター』!」

 

「ピッピッ!」

 

ニドランとピッピの周りを薄く光る直方体が取り囲む。

発動すれば一定時間、相手の物理攻撃の威力を半減させる補助技だ。

ニドランは効果抜群の『ドリルライナー』は避けるが『マグネットボム』は回避が間に合わない。

しかし、『リフレクター』の効果でダメージは軽減され、まだまだ健在だ。

 

「な、なに!? ならば特殊攻撃だ。コイル『10まんボルト』、サイホーン『かえんほうしゃ』!!」

 

「ピッピ『ひかりのかべ』!」

 

『リフレクター』とは違う色の直方体がピッピとニドランを囲む。

特殊攻撃を半減させる『ひかりのかべ』がコイルとサイホーンの攻撃を弱める。

 

「な、おのれ……」

 

ケントは思い通りにいかないことに苛立ちが顔に浮かぶ。

 

「今度はこっちが行くよ、ニドラン『にどげり』!! ピッピ『コメットパンチ』!!」

 

「ニンニン!」

 

「ピッピ!」

 

ニドランは浮遊するコイルを蹴り飛ばし、ピッピは鋼を帯びたパンチをサイホーンに振るう。

どちらも効果抜群の攻撃。

コイルは吹き飛ばされる。

 

「ジジジ!?」

 

「サイホーン、ニドランを狙え!!」

 

ピッピの『コメットパンチ』を耐えたサイホーンは走り出し、角を回転させてコイルの相手をしているニドランに迫る。

 

「ニドラン『みずのはどう』!」

 

迫り来るサイホーンに対しニドランは水の音波を生成し、発射する。

みずタイプの攻撃がいわ・じめんのサイホーンに大ダメージを与える。

 

「グオオ!?」

 

「な、みずタイプの技だと!?」

 

「カスミに教えてもらった技だよ」

 

互いに覚えられる技を教え合う。

これはサトシたちが行なっているトレーニングの一つだ。

練習の成果が出たことにリカは自信を胸に抱く。

 

 

 

***

 

 

 

サトシと向かい合うはセイヨ、彼女は先ほどと変わらず余裕そうな顔でサトシを見ている。

 

「あなた、本気で私に勝つつもり? だいたいピカチュウなんて、扱いにくくて初心者用のポケモンとして相応しくないわ。そんなポケモンを最初に選ぶなんてトレーナーとしての知識にも問題があるみたいね。このゼミのどんな先生もそんなことは教えないわよ」

 

サトシは答えない。

 

「それにピカチュウって見た目は可愛いから基本的に愛玩用としての人気は高いのよ。少なくとも進化させない限り実践向きでは無いわ。そのあたりわかってる?」

 

「ピカチュウが可愛いのは知ってるよ」

 

俺の足元のピカチュウが「チャー」と照れているが今は置いておこう。

 

「はあ……まったく皮肉が通じないなんてお勉強が足りないのね」

 

「無駄口はいいから、バトルするのか、しないのか?」

 

「ふん、いいわ、あなたのピカチュウにはこれよ。行けカラカラ!」

 

セイヨが投げたボールから現れたのは、骨を被り、長い骨を手に持つ小型のポケモン、カラカラだ。

 

「カラカラカラカラ……」

 

じめんタイプのカラカラはでんきタイプのピカチュウには天敵だ。

 

「あれだけ大口叩いて、でんきタイプのピカチュウに強いポケモンを使うんだな」

 

「心配しないで、このカラカラのレベルはあなたのピカチュウにあわせてあるわ。それにジム巡りの旅をしているトレーナーの実力を見せてくれるのでしょう?」

 

「ああ、じゃあそうするよ。ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

「ピッカァ!」

 

「カラカラ、かわしなさい」

 

ピカチュウの猛スピードの突進をかわすカラカラ。

 

「『ホネこんぼう』」

 

「『アイアンテール』!」

 

「カラァ!」

 

「チュー、ピッカ!」

 

振るわれる骨にピカチュウは『アイアンテール』をぶつける。

打ち合った後、2体は後退して元の位置に戻る。

 

「ふーん、じめんタイプにでんき技は効果が無いことは知ってたの、最低限の知識はあるみたいね。だけど、でんき技の使えないピカチュウなんて翼を失くした鳥ポケモンよ。あなたたちに勝ち目は無いわ」

 

「悪いな、俺、じめんタイプを持つ強いトレーナーをピカチュウで倒したことあるんだ」

 

「だからなに?」

 

「少なくとも、その人の方が君より強かったぜ」

 

サトシの言葉にセイヨは目に見えて顔を怒りで赤くする。

 

「っ! カラカラ、『ホネブーメラン』!」

 

「かわして、『でんこうせっか』!」

 

ピカチュウは飛来する『ホネブーメラン』を走りながらジャンプで回避し、カラカラに突進する。

 

「カラカラ『れいとうビーム』!」

 

「カラ!」

 

ピカチュウはスピードを維持したまま『れいとうビーム』を回避し、カラカラに突進する。

 

「ピカチュウ、後ろだ!」

 

「ピッ!」

 

『ホネブーメラン』が戻ってきて、ピカチュウの後頭部を狙う。サトシの声が聞こえたピカチュウはジャンプして骨を回避する。

 

骨はカラカラの手に戻り、そのままピカチュウに振るわれる。

 

ピカチュウバックステップでそれを回避する。

 

2体は再び睨み合いとなる。

 

 

 

***

 

 

 

「これならどうだ、コイル『でんじは』!」

 

苛立ち混じりにケントは指示を出す。相手を痺れさせ『まひ』状態にする補助技がピッピに放たれる。

 

「ピッピ『しんぴのまもり』!」

 

「ピッ!」

 

ピッピとニドランを守るようにオーラが発生し、『でんじは』を遮断する。

 

「これでこの子たちは状態異常にならないよ」

 

ケントは自分が出す全ての技が空振りとなり、驚愕と混乱と苛立ちで顔がぐしゃぐしゃになった。

 

そんなケントにリカは指差し言い放つ。

 

「ダブルバトルの基本は、ポケモン同士が助け合うことだよ!」

 

ケントは苛立ちをぶつけるように地団駄し、うめき声を出す。

 

「ま、負けるか、初級トップの僕が負けるかあ!! コイル『10まんボルト』、サイホーン『ドリルライナー』!!」

 

ニドランはジャンプし、コイルに向かう。

 

「『にどげり』!!」

 

「ニンニン!!」

 

半減された『10まんボルト』をニドランは耐え抜き、強烈な蹴りをコイルにお見舞いする、

コイルは吹き飛ばされ、戦闘不能になる。

 

「ジ……」

 

「ピッピ、お願い」

 

「ま、まだサイホーンは耐える!」

 

ケントはピッピの『コメットパンチ』が来ると予想するが、先ほどのように耐えられると確信していた。さらにそこから逆転のチャンスもあるはずだと。

 

「ニドラン『てだすけ』!」

 

コイルを倒したニドランはリカの元へ戻るように走っていた。そして、サイホーンに向かうピッピとすれ違いざまに2人は笑顔でハイタッチする。

 

「ニン!」

 

「ピッ!」

 

それには技の威力を高める『てだすけ』の効果が含まれていた。

 

「行っけぇピッピ、『コメットパンチ』!!」

 

「ピッピー!!」

 

「グオオオ!?」

 

再びサイホーンに振るわれるピッピの鋼の拳、威力の上がった拳はサイホーンの顔面を捉えてめり込んだ。

強烈な一撃を受けたサイホーンはそのまま吹き飛び、仰向けに倒れ、戦闘不能となった。

 

「やった! すごいよピッピ、ニドラン。いえーい!」

 

「ニン!」

 

「ピッ!」

 

呆然とするケントを他所に、リカは健闘したニドランとピッピと笑顔でハイタッチをした。

 

 

 

***

 

 

 

(一気に決める!)

 

サトシは瞬時に戦略を組み立てた。

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』」

 

「はあ? あなた正気? でんきタイプの技はじめんタイプには――」

 

「ピカァ!」

 

瞬間、閃光が走る。

カラカラは自分に飛来してきた閃光を咄嗟に骨でガードした。

いくら効果の無い技でも、高速で自分に向かうものを生き物は反射的にガードしてしまう。

それがサトシの狙い。

 

「今だ、ピカチュウ走れ!」

 

防御姿勢をとったカラカラにピカチュウは一瞬で距離を詰める。

 

「な、なにを無駄なことを、カラカラ『ホネこんぼ――」

 

「『アイアンテール』で骨を弾け!」

 

鋼鉄となったピカチュウの尻尾が振るわれ、打ち下ろされるカラカラの骨をその手から弾き飛ばす。

 

カラカラは自分の得物が上空に打ち上げられたことに驚き、顔上げて骨を目で追った。

 

「もう一度『アイアンテール』!」

 

ピカチュウは回転して尻尾を振るいカラカラを顎から打ち上げる。

 

カラカラは成すすべなく上に吹き飛ばされる。

 

「ピカチュウジャンプだ!」

 

「打ち下ろせ『アイアンテール』!」

 

「チュウウ、ピッカァ!」

 

『アイアンテール』が頭に直撃したカラカラは勢いよく落下した。

カラカラは痛みを堪えて立ち上がる。

すると、上空に飛んでいた骨がカラカラの頭に落下し、ぶつかった。

ゴンッという音がし、カラカラが尻餅をついて一拍

 

「カラアアァ!! カラカラカラカラカラァ……!」

 

カラカラは大声で泣き出した。

 

 

 

***

 

 

 

俺とセイヨのバトル、リカとケントのバトルは同時に決着がついた。

俺たちの勝ちだ。

 

「ああ、ねぇちょっと、な、泣かないでよ……」

 

セイヨはカラカラに近づき泣き止ませようとするが、カラカラの涙は止まらない。セイヨはどうしていいかわからずに狼狽える。

 

泣いた子供のあやし方なんかそうわからないよな。

仕方ない助けてやるか。

 

「なにやってんだ、ほら、あやしてやらないと」

 

「そ、そんなこと言われても、どうしたら……」

 

「ほら手、貸せ」

 

「あっ!」

 

俺はセイヨの手を握り、その手をカラカラの頭に持っていく。

そのままセイヨの手でカラカラの頭を優しく撫でる。

 

「ほら、もう痛くないぞ、泣きやめよ」

 

「……カラ」

 

少しずつ、カラカラは落ち着きを取り戻した。

よし、いい子だ。

 

「もう休ませてやれ」

 

「え、ええ、戻ってカラカラ」

 

セイヨはカラカラをボールに戻した。

 

「ね、ねえ、手を……」

 

おっと、ずっと手を握ったままなのを忘れてた。

俺はセイヨの手を離す。

セイヨはジッと自分の手を見ていたと思ったら顔を上げて俺を見た。

 

「ね、ねえあのピカチュウの電撃はなんなの? いえ、電撃だけじゃない、あのピカチュウのパワーよ! ピカチュウにあんなパワーがあるなんて信じられないわ!」

 

「ああ、あれ? ピカチュウの体に負担をかけないように電気のコントロールができるように鍛えたんだ。あの速い電撃はその副産物みたいなものだな。パワーについては、これも鍛えたとしか言えないな」

 

「そ、そんな!? ピカチュウみたいな進化の途中のポケモンは自分の力のコントロールなんてままならないはずよ! パワーだって、ピカチュウは力が弱いポケモンなのに!?」

 

「でも俺のピカチュウはできるぜ」

 

「そんなの、どの教科書にも載ってないわ」

 

ああ、そうか。

セイヨたちはやっぱりわかってなかったんだな。

 

「君たちが使ったポケモンは全部このゼミで借りたポケモンたちだろ? だからわからないんだよ」

 

「……どういうこと?」

 

「ポケモンはな、データでも数字でも無いんだよ。ここにこうして生きてるんだ」

 

セイヨたちはよくわからないと首をかしげる。

 

「ポケモンの能力のデータをいくら読んで勉強してもポケモンのすべてをわかるなんてできるはずがない。それは同じ種類のポケモンでも1人1人違うからだ。みんなただ1人だけのポケモンなんだ。それはトレーナーが自分でポケモンに触れあわないとわからない」

 

ようやく理解したのか、セイヨたちはハッとした顔になる。

 

「ただ、これは俺が思ったことで絶対正しいかなんてわからいよ。けど、こうしてポケモンたちをゲットして友達になれば、どこまでも強くなれる。俺はそう思う……そう信じてる」

 

セイヨは持っているボールを見て俯いた。

 

「めちゃくちゃよ、データから外れた力なんて……そんな教科書に載ってない考え……」

 

「教科書に載ってないなんて、すごい!」

 

セイヨの言葉にジュンは目を輝かせる。

 

「どうする? まだバトルするか?」

 

俺が言うとセイヨは首を振る。

 

「……いいえ、白旗を上げるわ。私の完敗よ」

 

「セ、セイヨさん……」

 

ケントはまだ納得していないのか、セイヨの敗北宣言に驚く。

 

「あなたもわかったでしょ? 私たちはまだまだ世間知らずだったのよ」

 

「っ!」

 

セイヨがそう言うとケントも諦めたのか、もう何も言わなくなった。

 

するとセイヨは前に出て俺たちに頭を下げた。

 

「見下すようなことを言って本当にごめんなさい」

 

「俺たちはいいよ。それよりも……」

 

俺がジュンの方を見るとセイヨはジュンにも頭を下げる。

 

「ジュンくん、いままで酷い仕打ちをしてごめんなさい」

 

ジュンは顔を赤くしてワタワタと両手を顔の前で振る。

 

「い、いいんですよセイヨさん。みんな僕のためにしてくれたんですから」

 

「それでも、キツく当たるような仕打ちだったのは間違いないわ」

 

「セイヨさん……僕、皆さんの期待に応えられるようにこれから頑張ります。だから……これからも、よろしくお願いします!」

 

ジュンは強く言うと、お辞儀をして右手をセイヨに突き出す。

驚いたセイヨはフッと笑うとその手を握る。

 

「ええ、こちらこそ!」

 

和解成立。

これで万事解決だな、よかったよかった。

 

握手を終えたジュンが俺たちの前に来た。

 

「サトシさん、カスミさん、リカさん、本当にありがとうございました。皆さんのおかげで、僕、これからも頑張れそうです」

 

そこにはもう悩んだり落ち込んだり不安になる顔は無い。自信に満ちた良い顔だ。

 

「よかったな、これからみんなとがんばれよ」

 

「あ、あの、サトシ……くん」

 

ジュンの前進に満足していると、セイヨが俺に話しかけてきた。心なしか、顔が赤い。

 

「ん? どうした?」

 

セイヨは胸の前で両手を握り口を開いた。

 

「先ほどのあなたの話、とても感動したわ。私の固定観念がすべて覆った気持ちよ」

 

いやいやそんな大袈裟な、俺もトレーナーとして未熟なんだし、そこまで深く考えなくても。

まあ、彼女が納得しているならいいか。

 

「そっか、まあ俺も偉そうなことを言って申し訳ない」

 

「いいえ、とんでもないわ。とても大事なことを教えてもらいました。それで……その……」

 

セイヨの顔がさらに赤くなった気がするが勘違いか?

彼女は言い淀んで俯いたと思ったらまた顔を上げた。とても良い笑顔だ。

 

「ん?」

 

「私、これからトレーナーとしてより一層の研鑽に励むわ。ゼミを卒業したら旅に出るつもりよ。そしてその時あなたに逢えたら……」

 

セイヨは深呼吸した。

 

「私とバトルしてください!」

 

セイヨは先ほどジュンがしたようにお辞儀をして右手を突き出してきた。

 

「おう、いいぜ。待ってるよ」

 

俺はその手を握った。

すると顔を上げたセイヨはもう片方の手も使い、俺の手を包み込んだ。

 

「はい、是非お願いします」

 

こんなことされると流石に照れる。

最初に見た時とは違い、今のセイヨの笑顔はとても綺麗だ。最初にこの笑顔を見ていたら好きになっていたかもな。

 

そして、セイヨは校舎まで歩いて行った。

去り際に照れくさそうに小さく手を振ってくれた。

あの娘、本当は良い子なのかもな。

 

「マサラタウンのサトシ……」

 

横から地の底から響いたような声がした。

 

「ジュン?」

 

ジュンは鋭く俺を睨んでいた。そして、俺を指差す。

 

「お前は敵だ!! 僕は必ずお前を倒す!! 絶対に負けない!」

 

おお、ジュンくんトレーナーとして闘志がさらに湧いてきたようだな。

いいぜ受けて立つ!

 

「ああ、俺も負けないぜ!」

 

「うわあああああああん!!」

 

ジュンはそのまま校舎まで走って行った。

 

「ははは、やる気十分だな」

 

「いやあれはあんたの考えているのとは違うわ」

 

「サトシ、ジュンの目の前でセイヨさんと……ひどいよ」

 

カスミとリカが、どこか冷たい目で俺を見ていた。

え? なに? どういうこと?

 

「ていうか私たちも腹が立ってるから」

 

「……節操無し」

 

恨みをこめたような目で俺を見るカスミとリカ。

「ピカピカァ……」

俺の足元でピカチュウが両手を挙げ、やれやれと首をふった

 

本当になんなんだよ?

 

 

 

***

 

 

 

夕陽が昇ったころ、俺たちはポケモンゼミを後にした。

 

オレンジに染まる空を見ながら俺は考えていた。

 

「どうしたのサトシ?」

 

それに気づいたのか、カスミが話しかけてきた。

 

「ああ、この間のアキラや今日のポケモンゼミの生徒たちを見て、みんな強いトレーナーになろうと頑張ってるんだなって思ってさ」

 

「まあそりゃね」

 

「俺も頑張っているつもりだけど、それが正しいやり方なのかなって思ってさ。もっと別に強いトレーナーになる一番良い方法があるんじゃないかって」

 

そう考えを話すと、カスミは呆れたような諭すような顔になる。

 

「そんなの人それぞれに決まってるでしょ」

 

「え?」

 

「あんた今日言ったじゃない。ポケモンは1人1人違うって、それはトレーナーにも当てはまることなんじゃないの? 私たちトレーナーも1人1人違うから考え方もバトルスタイルも違う」

 

するとリカが続く。

 

「絶対の正解も不正解も無いんだと思う。ただ1人1人が自分の納得する考え方を見つけていくことが大事なんじゃないかな」

 

そうか、あれこれ考えたけど簡単なことだったんだ。

あっさりとし過ぎて拍子抜けするくらいに。

 

すると、背中に衝撃が走る。

その正体はカスミの平手だった。

 

「まったく、あんな偉そうに説教してたくせにウジウジしない、シャンとしなさい!」

 

また背中に衝撃、今度はリカだ。

 

「サトシはサトシらしく元気に真っすぐが一番だよ!」

 

2人は綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

「ほら、野宿は嫌だから早く町まで行くわよ!」

 

「置いてくよ!」

 

カスミとリカが走り出した。

楽しそうな2人を見ると自然と口角が上がった。

 

「待ってくれよ!」

 

走る彼女たちを俺は追いかける。




今回はアニメ8話と9話を一つにしました。
強いトレーナーを目指すということで似てると思ったからです。

原作アニメではサトシと出会った時点のアキラは98連勝でしたが、サトシに負けてほしくないのと、アキラの連勝をストップさせたくないので100連勝制覇後にしました。

セイヨさんはサトシが異性を意識していたころに惚れられたというレアケースの女の子でしたね。この話では彼女がサトシに……ということにしました。
私がサトシに毎回女性にフラグを建てたがる人間で申し訳ないです。


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サトシvsシゲル ここにいる理由

少し変わった展開をと思いました。


ポケモンゼミを出発して森を抜けるとすぐそこに大きな町があった。

先日は霧が深かったせいでこの町の存在に気づかなかったが、ゼミで必要な物資を調達するために町が近いのは当然のことだ。

 

「大きな町だね、人もたくさん」

 

「ようやくポケモンセンターで休めるわ。もうクタクタよ……」

 

リカは疲労が顔にたまりながらも周りを不思議そうに見渡し、カスミは町に着いた安心感からかどっと疲れが目に見えていた。

かくいう俺もここしばらくの歩き続けやバトル続きでかなり疲れている。

思いっきり柔らかいベッドに飛び込みたい気分だ。

 

もうひと頑張りだと町に足を踏み入れたその時だ。

 

「どうもどうも、カントーナウです! インタビューよろしいですか?」

 

現れたのはマイクを持った美人のお姉さんとカメラを抱えた男性だった。

よく見るとそのお姉さんには見覚えがある。

カントーの大きなテレビ局の美人アナウンサーだったはずだ。

いきなりの登場に呆然としていると、お姉さんはグイグイとマイクを向けてきた。

カントーナウは確か、カントーで有名なテレビ番組だ。

まさかそのインタビューにつかまるなんて、これはなかなかレアな体験だな

 

「あ、はい、いいで――」

 

「はーい! インタビュー受けまーす!!」

 

俺はカスミに押しのけられた。

嬉しそうな声を出して元気いっぱいじゃないかカスミさん。

 

「ありがとうございます! 今若者トレーナー特集をしていまして、皆さんのお名前とトレーナーデビューしてから今日までどのくらいなのか教えてください。」

 

「私はカスミです。旅を始めて2か月くらいです」

 

「俺はサトシです。期間はカスミと同じくらいです」

 

「私はリカです。私も同じくらいです」

 

「ふむふむなるほど、皆さんのご出身はどちらですか?」

 

「私はハナダシティです」

 

「俺はマサラタウンです」

 

「私もマサラタウンです」

 

「え、あなたたち2人はマサラタウン!?」

 

インタビュアーのお姉さんは驚いた顔で俺とリカを交互に見た。

 

「ええ、そうですけど」

 

「これはまた偶然ですね、実は先ほどマサラタウンのトレーナーにインタビューをしたところなんですよ。それも二人、しかもその1人があのオーキド博士のお孫さんだっていうからびっくりですよ」

 

連続マサラタウンだから驚いていたのか、しかも、二人のうち一人は確実にシゲルだよな。

もう一人はもしかしたらあいつか?

 

「おっと、話が逸れましたね。ではポケモンジムには挑戦したのですか?」

 

「皆さんはポケモンジムには挑戦しましたか?」

 

「はい、俺とリカが挑戦してバッジは2つです」

 

「おお! なかなか早いペースですね。カスミさんはジムには?」

 

「ええと、実は私、ジムリーダー資格者なんです。だからジム巡りじゃなくてトレーナー修行の旅をしてるんです」

 

「ええ!? あなたジムリーダーなの!? 確かにハナダジムは姉妹でジムリーダーをしていて有名だと聞いていましたが、あなたのことだったんですね」

 

お姉さんの賛辞にカスミは顔を赤くして照れる。

 

「そ、そんな有名だなんて……それほどでもありますね!」

 

認めるのかよ。照れながらのドヤ顔も可愛いけれども。

若干お姉さんも引いてるぞ。

 

「それでは最後に……ズバリ、お三方のご関係は?」

 

そう言われた途端、リカとカスミが固まる、と思ったら二人とも俺の顔をチラチラ見た。

 

「え、えと……」

 

「か、関係といわれましてもそんな決してやましいとかそんなのじゃ……」

 

言葉に詰まるリカと何故か早口になるカスミ。

そんな迷うようなことじゃないだろ。ここは俺がビシッと言ってやろうではないか。

 

「仲間です」

 

俺たちは旅をする仲間、それで十分だ。

 

「うん……まあ間違いじゃないけど……」

 

「……もう少し迷ったり焦ったりしてほしかったのに、鈍感」

 

ボソリと何やら呟く二人、いや鈍感てどうして?

 

「あらあら、これはあなたたち、苦労しそうですね」

 

お姉さんが慈愛に満ちた眼で俺たちを見て笑っている。

旅する子供はそんなに微笑ましいのだろうか。

 

「それではインタビューを受けていただきありがとうございました。これからもカントーナウをよろしくお願いいたします」

 

お姉さんとカメラマンさんはそのまま立ち去った。

 

人生初のインタビューはなかなか緊張するものだな。

 

 

 

***

 

 

 

流石に大きな町だと訪れるポケモントレーナーも多いようで、ポケモンセンターにはたくさんのトレーナーがいた。とは言っても人が居過ぎて俺たちの休む場所が無いというわけではなく、俺たちはジョーイさんにポケモンの回復をお願いすると、待合室で休憩することにした。

 

「どうしたカスミ、そんなにニヤニヤして」

 

「さっきのインタビューよ。カントーナウはカントー全体で放送されてるでしょ? だから今日のインタビュー映像がカントー中に流れるじゃない? そうしたら、私のことをカントー中の人たちが知ることになるのよ!」

 

「そ、そうだな」

 

「そうよ、そうなのよ。そうなったらこう言われるの! 『謎の美少女トレーナー現る。彼女はいったい何者なのか』ってね。そうしたら全国のお茶の間騒然で私に会いたいってトレーナーが殺到してそれから――」

 

あれこれ語りだしたカスミさん。

隣のリカも苦笑いしてる。

謎って、あなた名前と出身を言ってたでしょ、すぐに誰かわかるよ。

ただ一回のインタビューを受けただけでなぜそこまで想像が巡るのか、第一映像が使われるかもわからないだろ。カスミのこういう自信過剰というかポジティブというか、誰に似たのやら……あのお姉さんたちか。

まあこういうところは嫌いじゃないけどな。

 

未だ熱弁を振るうカスミからふと視線を逸らすと、見知った顔がいた。

 

「ナオキ!」

 

「ん? サトシか」

 

2つ隣の席に座っていたナオキは俺の声に反応してこちらを見た。

 

「ナオキもこの町に来てたのか」

 

「まあな、オツキミ山でお前たちと別れてからハナダジムに挑戦してな。それから次のジムを目指している途中でこの町に着いた。今は休憩中だ」

 

「そっか、ハナダジムはどうだったんだ?」

 

「もちろんこの通りだ」

 

ナオキは懐からブルーバッジを取り出してニヤリと笑う。

 

「流石だな。そう言えばナオキ、インタビュー受けたんだって?」

 

「ああ、あれか。鬱陶しかったがしつこかったんでな」

 

そう文句を言うナオキだがどこか満更でもない顔をしている気がする。

 

「そんなこと言ってぇ……本当は嬉しかったんじゃないか?」

 

「……るっせ」

 

相変わらず素直じゃないなナオキ君、と思っていた時だ。

 

「兄貴ー、ジュース買って来ましたー!」

 

大きな声がしたので振り返ると、黒のハーフパンツに赤いシャツ、黒の上着を羽織り、ツバのついたキャップを被った少年がこちらに向かって走ってきた。

可愛らしい顔立ちの快活そうな少年だ。

彼の隣には赤い体の犬ポケモンのガーディが一緒に走っていた。

 

「だから兄貴はやめろ、つーか頼んでねえ」

 

「勝手にしたことっす、どうぞっす」

 

素っ気ないナオキに見知らぬ少年は眩しい笑顔で話しかける。

 

「あの、あなたは?」

 

少年はジュースを机の上に置くと尋ねたリカと俺たちを見た。

 

「押忍! 自分、ユウリってもんっす。ナオキの兄貴の腕に惚れて、子分になったっす! こっちは自分の相棒のガーディっす!」

 

「バウッ!」

 

「だから俺は認めてない!」

 

あららナオキ君ご立腹だ。

 

「認めてもらえるまでずっとついて行くっす! それであなた方は?」

 

ユウリ君も名乗ったのだから俺たちも名乗り返さないとな。

 

「俺はマサラタウンのサトシだ」

 

「私は同じくマサラタウンのリカ」

 

「私はハナダシティのカスミよ、よろしくね」

 

するとユウリ君が目を見開き俺とリカの顔を交互に見た。

 

「な、なんと、お二人も兄貴と同じマサラタウンっすか!?」

 

「この二人は俺と同期だ」

 

ぶっきらぼうにフォローを入れたのはナオキだ。

 

「おお!! 兄貴のお友達に会えるなんて光栄っす!!」

 

「ど、どうも」

 

「よろしくね」

 

「押忍! こちらこそサトシさん、リカさん。カスミさんもよろしくっす!」

 

「ええ、よろしく」

 

元気いっぱいに挨拶をするユウリ君は物凄く積極的で気合を感じる人だ。

基本的に根が素直で真っすぐなんだな。

気持ちのいい人柄に俺もリカもカスミも自然と笑顔になる。

ユウリ君の傍らにいるガーディも嬉しそうに尻尾を振ってる。

 

「ガーディもよろしくな」

 

「バウバウッ」

 

俺に続いてリカとカスミもガーディに話しかけた。

すると、リカがナオキに尋ねる。

 

「そういえば腕に惚れたって言ってたけど?」

 

ナオキは机に肘をついて素っ気なく答える。

 

「別に、こいつとバトルして俺が勝っただけだ。そしたらなんかついて来たんだよ」

 

「自分、旅に出ていろいろバトルしてトレーナーとして強くなった気になってたっす。だけど、兄貴に負けて目が覚めたっす。自分がまだまだだって、だから自分の目を覚ましてくれた兄貴に一生ついて行って、腕を磨くことにしたっす!!」

 

「バウッ!」

 

とてもキラキラした目で思い返すように語るユウリ君。

ナオキに向ける尊敬の眼差しは物凄く熱いものに見えた。

隣にいるガーディが尻尾を振っているが、ユウリ君にも尻尾がついていて物凄い速さで振っているように見えた。

 

「目が覚めたのはともかく、それで俺についてくるのはおかしいだろ! 俺は子分なんかいらねえ! 強くなりたきゃ一人で旅すりゃいいだろ!」

 

熱弁を振るうユウリ君にナオキは青筋を浮かべて冗談じゃないとばかりに異を唱える。

 

「でも兄貴『勝手にしろ』って言ったっすよ。だから勝手について行くっす!」

 

「ああ、もう!!」

 

言質は取ってあるとドヤ顔するユウリ君に返す言葉が見つからずに頭を抱えるナオキ。

そんなに嫌がらなくてもいいでしょ。

 

「もうナオキ、ユウリくんもここまで言ってるんだから」

 

「いいじゃないかナオキ、男と二人旅も悪くないんじゃないか?」

 

「「ん?」」

 

リカと俺がナオキに忠告すると、ナオキとユウリが同時に顔に疑問符を浮かべた。

 

「どうしたんだ?」

 

「こいつ女だぞ」

 

一拍おいて、ユウリ君を見て、もう一拍。

 

「「「ええええええええっ!!!!!」」」

 

「……女の子だったの?」

 

「そうっすよ」

 

少し困った表情のユウリく……ちゃん。

確かに可愛らしい顔立ちとは思ってたけどまさか本当に女の子だとは思わなかった。

 

「す、すまない、失礼なことを言ってしまった」

 

「問題ないっすよ、よく間違われるっすから」

 

流石に女の子を男扱いするのは失礼なことだと思うが。

するとカスミがユウリの前に立つ。

 

「ちょっと確かめたいから胸触らせてもらっていい?」

 

「いいっすよ」

 

カスミが手を伸ばしてユウリの胸に触れた。

そこは起伏がなくとてもなだらかだった。

ユウリはリカやカスミに比べるとなかなか慎ましいようだ。

すると、カスミが何やら怪訝な顔になる。

 

「あれ、なにこれ、うん?」

 

「あ、あの、そ、そんなに触られると――わっ!?」

 

爆発が起こった、と表現するほかなかった。

爆心地はユウリの胸部、カスミが触れて確認していたところ、ビリッと言う音がしたと思ったら、ユウリの胸が急激に膨らんだのだ。爆発したように。

そうしてユウリの慎ましかった平原にお山が二つできたとさ。

 

 

 

「わああああああああっ!!!」

 

叫んだユウリが両腕で胸を隠すとしゃがみ込む。

 

「え、ちょええ!? なにどうなってんの!?」

 

「サ、サラシっす……」

 

か細い声でユウリは答える。

 

「……そ、その、最近なんか胸が大きくなって動くのに邪魔になるんすよ……だからサラシ巻いてるんす」

 

ユウリは顔を赤くしておずおずと立ち上がる。

 

「す、すいません、巻きなおしてくるっす……」

 

「わ、私も手伝うわ。本当にごめんなさいね」

 

ユウリはカスミと一緒にお手洗いに向かった。

 

「……ナオキ、あれも知ってたのか?」

 

「……るっせ」

 

ナオキは顔をそらしてぶっきらぼうに答える。

え、なに? 君も興味があるお年頃だってことでいいの?

 

 

 

***

 

 

 

「お騒がせしたっす」

 

「本当にごめんなさい」

 

「ユウリく……ちゃん、本当に女の子だったんだね」

 

「いえいえ、気にしないでほしいっす」

 

快活に笑うユウリは本当に気にしていないように見えた。

なるほど、こうしてよく見るとパッチリとした目に柔らかそうな笑みは間違いなく女の子だな。

 

「何はともあれナオキの兄貴! 自分はこれからも兄貴について行くっすよ!」

 

「……勝手にしろ」

 

なんだかんだで冷たく突き放したりしないあたり、実は結構ユウリのこと気に入ってるんじゃないかナオキ君?

ナオキの返事にユウリはパアと花が咲いたように笑う。

 

「押忍っ!!」

 

元気に返事をするユウリを見て微笑ましく思っていると、あることを思い出す。

 

「なあナオキ、さっきのテレビの人がマサラの4人にインタビューしたってことは……」

 

「あいつもいるってことか、オーキドのじいさんの孫って言ってたしな」

 

その時、

 

「おやおや見覚えのある顔だね」

 

聞き覚えのある自信に満ち溢れた声。

 

「「「シゲル」」」

 

噂をすればなんとやらか。

 

「やあみんな、マサラの希望の星のシゲルだよ」

 

マサラタウンの優等生シゲル君久しぶりのご登場。

相変わらずキザだよね。

 

不意に後ろから肩を叩かれるとカスミだった。

 

「もしかして、彼もサトシたちと同じ日に旅に出た人?」

 

そっか、カスミは初対面だったな。

 

「ああ、シゲルっていうんだ。オーキド博士の孫なんだよ」

 

「ふーん」

 

するとシゲルもカスミに気づいたのかどこか仰々しく挨拶をする。

 

「よろしく初対面のレディ、僕がマサラタウンのオーキド・シゲルだよ。いずれは世界一のポケモントレーナーになる男さ、以後お見知りおきを」

 

「あ、はい、どうも」

 

微妙な顔をするカスミ。うん、気持ちはわかるよ。

 

「ふふふ、先ほどカントーナウのインタビューを受けてね。やれやれ困ったよ、放送されたら僕の旅先できっと僕のファンになる人たちに囲まれてしまうだろうね。これから忙しくなりそうだよ」

 

いや誰も聞いてないんだけど。

 

「……随分自信家なのね」

 

カスミさん、あれが数分前のあなたなんですよ。

 

「ところでみんな旅の方は順調かい? ここで近況報告といこうじゃないか」

 

「ちなみに僕はもちろん、旅の途中のトレーナー戦もジムバトルも順調さ、未だ負け無しでジムバッジは2つだ」

 

「俺も今のところ連勝中だぜ、バッジも2つ手に入れた」

 

「私は、バトルは順調……だと思う。サトシとカスミとの練習のバトルで負けることもあるから連勝とは行かないけど、ジムバッジは2つだよ」

 

「俺もリカとほとんど同じだな、リカとカスミを相手に勝ったり負けたりで連勝無し、でジムバッジは2つだ」

 

「な、みんなバッジ2つなのかい!?」

 

信じられないという顔になるシゲル、どうやら自分だけ進んでいるとでも思っていたみたいだな。

 

「ま、まあ、僕の同期ならそれくらいおかしくないさ、なにせ僕のおじい様が選んだトレーナーなんだからね」

 

シゲルは余裕そうな態度を崩そうとしない。

無理して作り笑いしているのがバレバレだぞー。

 

シゲルは咳払いすると「ところで」と話し始める。

 

「君たちもポケモンリーグ出場を目指しているのだろう?」

 

俺たちは頷く。

 

「トレーナーとして当然思うことだ。しかし、これだけは覚えておくといい。ポケモンリーグに出場することはトレーナーにとっては通過点でしかない。勝ち進んだとしてもその先には四天王やチャンピオンへの挑戦もある、負けてしまってもそれで終わりではない。リーグは他の地方にもある、様々な地方のリーグに挑戦するトレーナーはたくさんいるからね。僕たちはカントーのリーグだけでなく、もっと先のことも見据えるべきだ」

 

「リーグについて語ったけど、僕らトレーナーに課せられた試練はそういったポケモンの大会でバトルをしていくことだけじゃない。この広い世界の多くの場所を訪れて、多くのポケモンに出会うことなんだ」

 

シゲルの言う通り、俺はすぐそこにあるリーグ、カントーだけの未知の冒険しか見ていなかった。そもそも俺がいた世界で登場したゲームやアニメとしてのポケモンの世界と、今いる世界は全く同じとは限らない(そもそもポケモンのゲームを全部遊んだこと無いからゲーム内のポケモンを全部知らないのだが)。この世界は広い、まだまだ俺の知らないポケモンもたくさんいる。

 

シゲルは俺たちに課せられた試練だと言ったが、俺は誰に言われるまでもなくそんな旅が、冒険がしたい。

これからどんな出会いがあるのかと思うとワクワクする。

自然と口元が緩むのがわかる。

 

リカとナオキをチラリと見ると面白そうに笑っている。おそらく俺と同じ考えなのだろう。

 

シゲルは椅子から立ち上がる。

 

「それじゃあ僕はもう行くよ。またどこかで会おう」

 

「待てよシゲル」

 

俺が呼び止めるとシゲルは振り返り、顔に疑問を浮かべていた。

 

「なあシゲル、旅立ちの日は俺とお前はバトルしなかったよな。俺たちはあれこれ言い合いしてたわけだけどさ、ポケモンバトルも無しでこれから旅を続けるってのはどうにもモヤモヤが残るんだよ」

 

サトシにとってシゲルという男はライバルだ。

だけど俺はシゲルというトレーナーをよく知らない。機会が無かったということもあるが、ここでシゲルと次回までサヨナラというのは寂しいものがある。

 

「つまり、サートシくんは僕とポケモンバトルしたいのか?」

 

「そうだ」

 

多分俺はシゲルのことを知りたいんだ。

ただの嫌な奴なのか、オーキド博士の孫らしくポケモンを極めんとする男なのか。

 

「ふっ、いいだろう、受けて立つ!」

 

シゲルは余裕を持って笑う。

勝利を確信しているかのように。

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンセンターを出てすぐの広場でサトシとシゲルは対峙する。

リカ、カスミ、ナオキ、ユウリはその様子を観戦していた。

そして、その様子を見ていたのは彼等だけでなく。

 

『いいぞいいぞシゲル! 頑張れ頑張れシゲル!!』

 

シゲル応援団の実目麗しい女性たちが声をそろえてシゲルに声援を送っていた。

 

(あのお姉さんたちどこから現れたんだ?)

 

サトシは疑問に思いつつも今は目の前のバトルだと集中する。

 

「おおっ! 兄貴の同期の方々のバトル、楽しみっす!」

 

「この2人のバトルか、どうなるのか……」

 

「ねえリカ、あの2人って仲悪いの?」

 

「うーん……そうだね、なにかと言い合いとか張り合いとかが多かったよ。だいたいはシゲルの勝ちだったんだけど……このポケモンバトルだけは、わからない……」

 

シゲルの手持ちの切り札はおそらくゼニガメだ。俺のピカチュウなら相性は良い。

しかし、シゲルもそのことは理解しているはず、あいつは対策のためにどんなポケモンを持っていて、どんな技を覚えさせているのか。

 

まずここは……

 

「ニドラン、君に決めた!」

 

「行け、サイホーン!」

 

「ニド!」

 

「グオオ!」

 

「サイホーンか、ピカチュウに強いじめんタイプだな。そいつがピカチュウ対策というわけか」

 

初っ端からピカチュウじゃなくて良かったと言いたいところだが……

 

「確かにサイホーンもそのための一体だよ、けれど、毒タイプのニドランでは相性も悪い。そうだろ?」

 

まあその通りだ。ここは交代をさせるべきかと迷ったが、残るはピカチュウとスピアーだ。ピカチュウは言わずもがな、むしタイプのスピアーはいわタイプには弱くて不利なのは変わらない。

それに――

 

「ニド!!」

 

ニドランがこんなにやる気を出しているのに交代なんてできないよな。

 

「行くぞサイホーン、『とっしん』攻撃!」

 

「ニドランかわせ!」

 

「グオオ!」

 

「ニド!!」

 

巨体を勢いよくぶつけてくるサイホーン。だがスピードはそこまで速くないため、ニドランは簡単に躱すことができた。

 

「なるほど、ニドラン♂はスピード自慢なポケモンだったね。ならば、サイホーン『ロックカット』!」

 

サイホーンの体が光り、その岩肌に磨きがかかったようになる。

すると、サイホーンは再び動き出し、大地を踏みしめ疾走した。

先ほどとは比べ物にならないほどの素早い動きでニドランに迫りくる。

ニドランもサトシも驚愕の表情になる。

 

「ここまでスピードが上がるのか!」

 

「もちろん、僕のサイホーンだからね! 『ドリルライナー』!」

 

サイホーンの角にエネルギーが発生し、勢いよく回転を始める。

 

「だったらこっちも『ドリルライナー』!」

 

「グオオオオ!!」

 

「ニ、ニド……!!」

 

迫るサイホーンに対し、ニドランは同様に角にエネルギーを纏って回転させ力いっぱい突きこんだ。

猛烈なスピードで回転する角と角が衝突して激しい風圧と衝撃が走る。

一見互角に見えるが、徐々にニドランが押されて行った。

 

「残念だけど、サイホーンとニドランでは体格差、固さで大きく差があるのさ!」

 

シゲルの言う通り、サイホーンの方がニドランよりも大きく、その差がニドランを劣勢にしていた。

このままではニドランが押し負け、大ダメージを受けるのは必至。

 

だが、サトシにはわかっていた。

ニドランが諦めないということを、例え押されようとも全力を出し切るということを。

 

「頑張れニドラン!!」

 

「ニド!!」

 

変化は突然だった。

押されていたニドランの全身が光り輝く。

 

「これは!?」

 

そして、その体は次第に大きくなり、光が収まるとニドランはその姿を変えていた。

ニドランよりも大きな体、より鋭くなった目、そして大きくなった角を持つニドリーノに。

 

「ニドォ!!」

 

「すごい、ニドランがニドリーノに進化した!」

 

「まるでサトシの気持ちに応えたみたい……!」

 

「ほう……」

 

「うおおお! バトル中に進化、超熱いっす!」

 

ニドリーノは地面を強く踏みしめて大きくなった全身をぶつけるように『ドリルライナー』をサイホーンに打つ。サイホーンは予想外のニドリーノのパワーアップに押し切られ、後退させられてしまった。

 

「く、だけど僕のサイホーンの優位は変わらない! サイホーン『がんせきふうじ』!」

 

サイホーンから複数の岩石が発射されニドリーノに襲いかかる。

ニドリーノの素早さを下げて、一気に攻めるのがシゲルの狙いだ。

 

「ニドリーノ、走れ!」

 

サトシの指示にニドリーノは疾走する。

『がんせきふうじ』を瞬時に回避し、サイホーンにまで距離を詰め、自身の攻撃圏内に収める。

 

「な、なんだこの速さは!?」

 

シゲルはニドリーノの速度に目を見開く。

そしてサトシは攻める。

 

「ニドリーノ、そのスピードのまま『ドリルライナー』!」

 

その『ドリルライナー』はニドランの時とはスピード、パワー共に段違いだ。

サイホーンは成すすべなくニドリーノの回転する角の一撃を受け吹き飛ぶ。

 

「グオオ!?」

 

「な、サイホーン!?」

 

「とどめだニドリーノ、『みずのはどう』!!」

 

ニドリーノの追撃はサイホーンに最も効果的なみずタイプの技。水の音波が発射され、フラフラのサイホーンに直撃する。

そして、サイホーンはそのまま戦闘不能となった。

 

「戻れサイホーン、ご苦労様」

 

シゲルはサイホーンを戻したボールを愛おしげに見ると、サトシに強い眼差しを向ける。

 

「なるほど、君も昔のように無鉄砲というわけではないんだね……」

 

そして、次のボールを取り出す。

 

「ならば次はどうかな、行けゼニガメ!」

 

「ゼニ!!」

 

現れたのは甲羅から薄い水色の手足と丸い尻尾の生えた亀ポケモンのゼニガメ。

シゲルがオーキド博士からもらった最初のポケモン。彼にとってはエースであるはずだ。それを二番目に出したということは。

 

(一気に勝負を決める気か)

 

「行けるなニドリーノ!」

 

「ニドォ!」

 

ニドリーノはやる気満々。

シゲルがここからゼニガメでサトシのポケモン2体抜きをする気なら計算を狂わせてやるようにニドリーノでゼニガメを倒す。

サトシはそう考え、速攻勝負を仕掛ける。

 

「よおし、『ドリルライナー』!」

 

「ゼニガメ『ロケットずつき』!」

 

「ニドォ!!」

 

「ゼニガ!!」

 

角を回転させ持ち前のスピードで突撃するニドリーノに対して、ゼニガメはは真正面から猛スピードの頭突きを繰り出した。

激突する両者、そして、吹き飛んだのはニドリーノだ。

 

「ニドリーノ!?」

 

吹き飛んだニドリーノはフラフラになって立ち上がりそれを見たサトシは驚愕する。

サイホーンの時と理屈で言えば、体の大きなニドリーノが押し勝つはずだ。

だが、ゼニガメはあの小さな体にニドリーノを凌ぐパワーとスピードを持っているということだ。

これが理屈を跳ね除けるポケモンの潜在能力ということか。

 

「ゼニガメ、とどめの『ハイドロポンプ』!」

 

「ゼェニュウウウ!!」

 

ゼニガメから高圧水流が発射される。

そのスピード、パワーはサトシが今までのバトルで見てきたどの水技よりも圧倒的な激流。

ニドリーノは避けられずに直撃して吹き飛ばされ、戦闘不能となる。

サトシは呆然とシゲルのゼニガメを見た。

 

「な、なんだこの強さは……」

 

「彼は僕の最初のパートナーだからね、これくらいなんでもないのさ」

 

シゲルの自信のこもった眼差し、そしてゼニガメも力強く立っている。

 

『きゃああああ!! いいぞいいぞシゲル! 頑張れ頑張れシゲル!!』

 

シゲルの一勝に応援団も大興奮して声を高める。

 

「戻れニドリーノ、ゆっくり休んでくれ」

 

圧倒的なゼニガメの能力、それを育て上げたシゲルの実力。

サトシの全身に駆ける衝撃、しかし、そこに恐怖は無い、あるのは高揚感。シゲルの予想外の実力に心が躍っている。

 

「ピカチュウ君に決めた!」

 

「ピカチュ!!」

 

サトシのボールからピカチュウが現れる。

ピカチュウは目の前に立っているゼニガメが只者ではないと本能的に理解すると鋭い目で見据えて臨戦態勢となる。

 

「ピカ……!」

 

「ゼニ……!」

 

「……やはりピカチュウか」

 

「相性ではピカチュウの方が有利のはずだけど」

 

「あのゼニガメ、侮れないわね」

 

ナオキ、リカ、カスミがそれぞれの感想を述べるとサトシは動く。

 

「先手必勝だピカチュウ、『10まんボルト』!」

 

「ピィカチュウウウ!!」

 

「やはりそう来たか、ゼニガメ『ハイドロポンプ』大回転!!」

 

「ガァメメメメメメッ!!」

 

シゲルの指示と同時に、ゼニガメは頭と両手両足を甲羅の中に引っ込めると高速回転を始める。そして、甲羅の穴の中すべてから水流が激しく発射される。

ピカチュウが放った『10まんボルト』はゼニガメに到達する前に高速の水流がかき消す。

 

「なに!?」

 

「なんなのあの『ハイドロポンプ』!?」

 

サトシの驚きの声と共に、みずタイプが専門のカスミが信じられないというように声を上げる。

 

「教えてあげよう、ゼニガメの『ハイドロポンプ』は2種類存在するんだ。1つは高圧水流を一直線に発射、もう1つは回転と同時に発射、ゼニガメの高速回転のスピードはたとえ『10まんボルト』であろうと打ち消してしまうのさ」

 

「ゼニガ!」

 

これこそがポケモンの特徴を活かした技。

シゲルがゼニガメの能力を最大限に発揮させるために編み出した戦い。

 

「だったら『でんこうせっか』!」

 

「ゼニガメ『ロケットずつき』!」

 

「ピッカ!!」

 

「ゼニィ!!」

 

『10まんボルト』が通用しないならと接近戦に持ち込もうとするサトシ。

ピカチュウの高速の『でんこうせっか』が放たれ、シゲルはそれに対抗するようにゼニガメに高速の『ロケットずつき』を指示する。

 

両者は激突する。

そして、互いに威力を相殺して後ろに跳ぶ。

ニドリーノを圧倒したゼニガメの攻撃力とピカチュウの攻撃力は同等である証拠だ。

 

「『10まんボルト』!」

 

「回転『ハイドロポンプ』!」

 

先ほどと同様にピカチュウの電撃はゼニガメの『ハイドロポンプ』に阻まれダメージを与えることができない。

しかし、サトシは顔色を変えることなく指示を出す。

 

「もう一度『10まんボルト』!!」

 

「無駄だ、回転『ハイドロポンプ』!!」

 

「ピィカチュウウウ!!」

 

「ガメメメメメメ!!」

 

同じことを繰り返すサトシ、攻撃しても無駄であるとわからないのかとシゲルは少々失望する。

だが、サトシに焦りの無い顔に疑問を覚える。

 

「ピカチュウ、そろそろ慣れたか?」

 

「ピカ!」

 

ボソリとサトシが呟くとピカチュウは力強く返事をする。

 

「1つの技で2種類の攻撃か……似たようなのならあるけどな。なあ、ピカチュウ」

 

サトシの不適な笑みと言葉にシゲルは胸騒ぎを感じた。

 

「狙え『10まんボルト』!!」

 

再び『10まんボルト』。サトシの狙いが何であろうと、シゲルは対抗策を講じるだけだ。

 

「ゼニガメ、回転『ハイドロポンプ』!!」

 

ゼニガメは高速回転と共に強烈な水流を発射する。

しかし、ピカチュウは見極めていた、ゼニガメの高速の『ハイドロポンプ』を。

頬を帯電させてから一瞬、回転水流の動きを見極め、高速の電撃を発射する。

 

「ピカ……チュウウウ!」

 

その電撃は水流の動きの間を針の穴を通すように合間を縫って、ゼニガメ本体に直撃した。

 

「ゼニガァ!?」

 

「馬鹿な!?」

 

高速の電撃は本来の『10まんボルト』に比べて威力は大きく下がる。しかし、ゼニガメの動きを止めるには十分だ。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!!」

 

「ピィカ、チュウウウウウ!!」

 

動きの止まったゼニガメに最大威力の『10まんボルト』が炸裂する。

効果抜群の電気技にゼニガメは苦悶の表情を浮かべる。

 

「くっ、負けるなゼニガメ、『ハイドロポンプ』だ!!」

 

「ゼェニュウウウ!!」

 

シゲルの言葉にゼニガメは電撃を振り払い、口から高圧水流を放つ。

ピカチュウは思わぬ反撃を受け『ハイドロポンプ』が直撃して吹き飛ぶ。

しかし、ピカチュウはすぐに体勢を立て直す。

力を振り絞って『ハイドロポンプ』を放ったゼニガメは満身創痍といった状態で立っている。

 

「とどめの『でんこうせっか』!!」

 

「ピッカア!」

 

「ゼニガア!?」

 

ピカチュウが高速でゼニガメに突撃する。

避けきれないゼニガメは直撃を受けて吹き飛び、そのまま戦闘不能になる。

 

シゲルは自分の一番のパートナーが倒されたことに呆然としている。

 

「戻れ、ゼニガメ。ゆっくり休んでくれ……」

 

目の前の現実が信じられないとばかりに俯くシゲル、少し間をおいて、顔を上げる。

 

「まさか……ゼニガメが倒されるなんて……」

 

目を閉じて思うのは悔しさか、悲しみか。

しかし、目を開けるとシゲルの顔はどこかスッキリしたものだった。

 

「サトシ、僕は今まで君に負けたことなんてなかった。君に勝つなんて当たり前だと思っていた。だけど君は強くなった。もう僕は君を侮ったりしない。君を倒すべきライバルとして全力で行く!」

 

シゲルの目にはサトシに対する侮りも油断も無い。

そんな強い表情にサトシも笑みを浮かべる。

 

「ああ、来いシゲル!!」

 

シゲルは三つ目のモンスターボールを取り出す。

 

「最後はこのポケモン、行けエレキッド!」

 

「ビビビッ!!」

 

シゲルの3体目は黄色の体にコンセントのような二本角、太めの腕を持つエレキッド。

 

「エレキッド?」

 

「彼はエレブーの進化前なんだ。カントーではお馴染みのエレブーに進化前がいるとわかったのは数年前なのは知っているね。僕がお爺様から預かったポケモンのタマゴから孵ったのが彼だ。その電気の力、パワー、スピード、君のピカチュウに負けてないよ!」

 

エレキッドはやる気満々という感じで両腕を力一杯回転させて帯電する。

ピカチュウもそれを見て頬を強く帯電させる。

 

「俺のピカチュウは負けない!」

 

そして、動く。

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』だ!」

 

「エレキッド、『10まんボルト』だ!」

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

「ビビビッビビビイ!!」

 

対峙する2体の全身から強力な電撃が放たれ衝突する。

数秒の間、膨大なエネルギーがぶつかり合うとそれらは相殺される。

 

「ピカチュウ『でんこうせっか』!!」

 

「エレキッド『れいとうパンチ』!!」

 

特殊攻撃による遠距離戦では決着がつかないと分かるとサトシもシゲルも同様に近距離戦を選択する。

 

「ピカッ!!」

 

「ビビビッ!!」

 

ピカチュウの高速の突進と、エレキッドの冷気纏う拳が激突する。

一瞬の拮抗、そして、ピカチュウの力が勝りエレキッドに『でんこうせっか』が直撃する。

 

「『かみなりパンチ』だ!」

 

態勢を立て直したエレキッドは雷を拳に纏い力一杯振るう。

 

「かわして『アイアンテール』!」

 

「チュウ、ピッカア!!」

 

ピカチュウはそれをかわすと、鋼鉄の尻尾をエレキッドにぶつける。

 

「『れいとうパンチ』!」

 

まだ闘志を宿すエレキッドは再び『れいとうパンチ』を放つ。

 

「『しっぽをふる』だ!」

 

エレキッドの冷気を纏う拳を尻尾で払い、そのまま尻尾でエレキッドの顔を叩く。

 

「俺にした時と同じ戦術か」

 

ナオキが面白そうにつぶやく。

 

「行け『でんこうせっか』!!」

 

怯んで一瞬動きが止まったエレキッドにピカチュウは高速で突撃する。

 

「まだ行けるぞエレキッド、『10まんボルト』!!」

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』!!」

 

「ビビビ、ビビビッ!!」

 

「ピィカ、チュウウウウウウ!!!」

 

力を振り絞り、二体は極大の電撃を放つ。

『10まんボルト』同士が激突し、激しい閃光を放つ。

 

光が止むとボロボロになったピカチュウとエレキッドが対峙する。

疲労から荒い息となる二体、そして――

エレキッドが倒れ戦闘不能となる。

 

「やったぜピカチュウ!!」

 

「ピッピカチュウ!!」

 

「戻れエレキッド、ありがとう、よく頑張った」

 

シゲルはエレキッドをボールに戻すと俺に歩み寄ってきた。

その顔はどこか柔らかい笑顔だ。

 

「認めるよサトシ、僕の負けだ」

 

それはさっきみたいな自信過剰で傲慢な態度ではない。後悔を感じさせない清々しい顔だ。

そんなシゲルに俺は素直な気持ちを言いたくなった。

 

「お互いまだまだ強くなる。もっと鍛えてまたバトルしようぜ」

 

俺の言葉にシゲルは気持ちのいい笑みを浮かべる。

 

「本当に驚いているよ。僕はサトシに負けたことなんてなかったのに、今は先を行かれている気分だ」

 

「それは俺も思ったぜ。考え無しでなんでもするやつだと思っていたのにな」

 

「うんうん、旅立ちの日からすっかりサトシはすごい人になったよね。すぐ無茶するところはそのままだけど、本当にサトシは変わったよ――」

 

「――まるで違う人になったみたい」

 

その言葉に俺の胸にズキリとした痛みが走る。

 

「それじゃあ僕はもう行くよ。サトシ、ナオキ、リカ、またどこかで会おう」

 

シゲルは応援団を正面から見据える。

 

「愛しい我が友人たちよ。今回は僕の負けだ。けれど、僕は今日の敗北を糧にこれから旅を続けて腕を磨いていくつもりだ。これから先待ち受けるどんな困難も乗り越えて見せる。みんなにそんな僕を見ていてほしい!!」

 

『いいぞいいぞシゲル! 頑張れ頑張れシゲル!!』

 

演説を終えたシゲルは応援団のお姉さんたちを引き連れて立ち去る。

 

「そんじゃ、俺ももう行くぜ。サトシ、今度会った時は俺とバトルしろよ。リカもな」

 

「うん、全力でバトルしようね!」

 

「……ああ、またな」

 

そのままナオキは歩き出す。

 

「兄貴ー! 待ってくださーい!」

 

ナオキの背中をユウリが追いかけて行く。

 

シゲルとナオキとユウリが見えなくなると、カスミが口を開く。

 

「私たちは今日は泊まって休みましょう。もうくたくた」

 

「休める時は休んどかないとね。でもその前にまずは晩御飯にしようよ」

 

「そうね、ポケモンセンターの食堂は久しぶりだから楽しみね。サトシも食べるでしょ?」

 

カスミは問いかけるが後ろにいるサトシから返事は無かった。

怪訝に思ったリカとカスミが振り返ると、サトシは空を見上げていた。

 

「どうしたのサトシ?」

 

「ん? いや……なんでもないよ」

 

いつもの元気がなくボンヤリしている様子のサトシを二人は心配そうに見る。

 

「ねえサトシ、悩みとかあるなら言ってね」

 

「私たち仲間でしょ、ちゃんと頼りなさいよね」

 

彼が何を悩んで、何を思っているのかはわからない。

だけど仲間だから、大事な人だから、彼の力になりたい。彼の苦しみを少しでも和らげてあげたい。自分が彼を助けられるようになりたい。そんな少女たちの繊細でも芯の強い乙女心。

それを知ってか知らずか、サトシは軽く笑い。

 

「……ああ、わかってる……ありがとう、リカ、カスミ……なんでもないから、心配ないよ」

 

ただそう答えた。

 

「ピカピ?」

 

サトシを心配そうに見上げるピカチュウ、だがサトシはただ笑うだけだ。

 

「心配ないよピカチュウ、さ、ボールに戻れ」

 

「ピカ……」

 

サトシはピカチュウをボールに戻してなんでもないと笑う。

 

もちろんカスミとリカはサトシには何か悩みがあることを察したが、彼が話そうとしてくれるまで、そっとしておこうと思い、彼の言葉に頷き歩き始めた。

 

 

 

***

 

 

 

シゲルとのバトルの後、みんなが昔の俺のことを話ていた時、ずっと頭の中に引っかかるものがあった。

 

俺はリカやナオキやシゲルが知っているサトシじゃない。

 

今までなんとも思っていなかったが、改めて自覚した。俺は本当はサトシじゃない、サトシに憑依している男なんだ。

今も尚そのことがずっと頭の中でぐるぐる回っている。

 

たしかに俺には昔のサトシの記憶がある。けれどこれは俺が体験したものじゃない、ただ頭の中にある記憶を見ているだけだ。

 

そう、俺はサトシの人生を乗っ取っているんだ。

サトシの皮を被って、サトシのフリをして、サトシを知る人たちを騙して、サトシの冒険を横取りしているんだ。今まで考えなかったのも、きっとそれを自覚するのが怖かったからだ。

 

俺はどうしてサトシになってしまったんだ。

これは夢ではないと何度も何度も確認した。間違いなく俺という別の人間がポケモンの主人公であるサトシになってしまった。

 

誰かが俺をサトシにしたのか? だとしたらいったい誰が?

そもそも俺が、俺の魂がこうしてサトシに憑依してしまっているのなら、本当のサトシの意思は魂は、どこにあるんだ、どうなってしまったんだ?

 

なあサトシ、君は今、どこにいるんだ?

消えてしまったのか? どこかにいるのか? それとも、この体の中のどこかで眠っているのか?

君の人生を乗っ取ってしまった俺はこのままサトシとして生きていていいのか?

 

君は今この状況をどう思っているんだ?

 

怒っているなら、怨んでいるなら、苦しんでいるならそう言ってくれ。

俺がどうしたらいいのか教えてくれ。

君の声を聞かせてくれ。




オリジナル展開のサトシvsシゲルでした。この二人はもっと早くからバトルをしてぶつかり合ってほしかったなと思いました。

シゲルの手持ちはアニメと変えてます。
まずシゲルはニドキングとニドクインを手持ちにしません。そして、いわタイプ枠はゴローニャではなくサイドンにします。これはグリーンに近いですね。
エレキッドはダイパでエレキブルを持っていたので早い時期から持たせました。アニメではシンオウでゲットしたと言ってましたが変えました。

オリキャラのユウリちゃんはナオキのヒロインですね。

最後にシリアスになりました。
活動報告で今後の展開について皆さんにお話したいことがあります。


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出した答えは

読者の皆様にたくさんのご意見をいただきました。
ご協力いただき、本当にありがとうございました。


何もない真っ白な場所を俺は歩いている。

いつの間にこんな場所に着いたのか、どうしてこんな場所にいるのかわからない。

 

リカもカスミもいない、俺のポケモンもいない。

今俺は1人、独り、ひとり……

 

「おーい!」

 

不意に遠くから誰かに声をかけられた。

振り返るとその声の主はどんどん近づいてくる。

 

「君は……?」

 

近づいてくるその姿を見て、俺は言葉を失った。

青いジャケットに長ズボン、穴あきグローブを両手にはめ、赤いキャップを被った少年。

 

「君は、サトシ……なのか?」

 

俺の問いにサトシは笑顔で答えた。

 

「ああ、そうだよ。だけど、君もサトシだろ?」

 

サトシの返答に胸がズキリと痛む。

 

「……いや、違う。俺は君の皮を被った紛い物だよ」

 

「そんな言い方しなくても」

 

サトシは少々困った顔になる。だけど、事実なんだから仕方ないだろ。

 

「それにしても、こうして君と出会うなんてどういう……」

 

この状況の答えはすぐに思い至った。ついにこの時が来たのだと。

 

「ああ、そうか、そういうことか……いいよ、もう散々楽しんだし、覚悟もしてた。この物語と冒険、そしてこの体を君に返すよ。君はそのために現れたんだろ?」

 

「違うぜ、俺はなにもしないよ」

 

思わぬサトシの答えに俺は困惑する。

 

「は? どういうことだ?」

 

「俺はただ、君の顔を見に来ただけなんだ。それが済んだら帰るよ」

 

ただ顔を見て帰るだけ? なんだそれは!?

 

「な、なに言ってんだ!? 俺は君の人生を乗っ取ったんだぞ! 君がするはずだった冒険を奪ったんだ! 君のピカチュウも奪った! なのにどうしてそんな平気な顔してるんだ、どうして返してくれって言わないんだ!?」

 

「そう言われても、俺はもう俺の冒険をしてるから」

 

「……どういうことだ?」

 

「俺は俺の世界でピカチュウやほかのポケモンたちとたくさん冒険したぜ。今もしてる」

 

「いや……は、えっ!? お、俺は今こうして君の人生を……」

 

「それは君の冒険だよ。俺はもう俺の冒険をしてる。だから君の冒険に何かしてやろうとか思ってないよ」

 

「だ、だけど、俺は君の人生を奪って……」

 

「だからぁ……君は俺の人生を奪ったりしてないよ。今君が生きているのは君の人生なんだ、君の冒険なんだ。君の世界にいた俺は、もう君なんだよ」

 

なんで、サトシはこうもあっさり俺を受け入れているんだ?

 

「だ、だが、少なくとも10歳になるまでのサトシは君のはずだ! それまでのサトシを俺は消してしまった。それに君のピカチュウも……」

 

「そんな悪い方に考えるなよ。君がそうしたくてそうなったんじゃないんだろ? それに君のいる世界はそうやって君が俺になるように始めから決まっていたんじゃないか? それにほら」

 

「ピカ!」

 

「え?」

 

聞き覚えのある鳴き声に驚く。

目の前にいるサトシの足元にいる黄色い小さな生き物。

それは紛れもなくピカチュウだ。

 

「な、ピ、ピカチュウ!?」

 

「ああ、俺の相棒のピカチュウだ!」

 

「ピッピカチュウ!」

 

ピカチュウはいつも見ている通りに可愛い笑顔だ。

 

「俺のピカチュウと君のピカチュウは同じだけど、違うピカチュウだぜ。ほら、えと……パ、パラパラ、ワールド?」

 

「……パラレルワールドか?」

 

「そうそう、それそれ。たぶんそういうことだ。だから、君が生きている世界のサトシは間違いなく君だ。ピカチュウも同じピカチュウだけど違う世界のピカチュウだ。だから、何も悩まなくていいんだ」

 

パラレルワールド……なるほどな、俺がいる世界は本来サトシが冒険する世界とは似ているけど違う世界なんだ。

 

「だけど、俺がリカやシゲルやナオキが知るサトシとは違う人間になったのは間違いないんだ。俺はこの世界において、異端な存在なのは間違いないんだ」

 

「じゃあ、どうするんだ? もう俺は君の体を奪うとかできないぜ?」

 

少しトーンの落ちた声でサトシは静かに問う。

 

「……消えるしか、ないのかな……もう誰にも会わないように……」

 

「……そんなことしたら君の仲間やポケモンたちが悲しむんじゃないか?」

 

「それは……じゃあどうしたら……」

 

俺は紛い物、だけど、俺がいる世界の人間からすれば間違いなくサトシだ。

母親や仲間のリカやカスミも俺のポケモンたちも、俺がいなくなれば悲しむと思う。

本当に、どうしたらいいかわからないんだ。

 

「簡単だよ。気にせず冒険を続けていけばいいんだ。『この世界に来たからには俺は冒険を楽しむぞー!』ってさ!」

 

サトシは明るく言い、俺に笑顔を向けてくれた。

 

「そんな……そんな考え方、まるでご都合主義みたいに――」

 

「それでみんな納得するんだからいいはずだぜ」

 

サトシは俺の肩に手を置く。

 

「君は今、サトシとして生きている。周りのみんなもサトシと言ってくれるし、君も自分がサトシだってわかっているはずだ」

 

「……」

 

ああ、なんて眩しい瞳だ。

本当なら君が俺の世界にいたはずなのに、紛い物の俺なんかじゃなくて。

 

そんな俺にサトシは「心配ない」と言い、

 

「そんなに不安なら、俺が言うよ。君は間違いなく、誰がなんと言おうとマサラタウンのサトシだ! 紛い物なんかじゃない! 君は望まれてここにいるんだ! あとは、君自身が望むだけだぜ!」

 

「ピカチュウ! ピカピカ!!」

 

サトシはその綺麗な瞳で俺をしっかり見据えて断言し、ピカチュウも強い眼差しを向けて両手でガッツポーズをした。

 

俺も、マサラタウンのサトシ……そんな、外ならぬ君がそう言ってくれるのか?

ピカチュウも俺を認めてくれるのか?

 

「俺は自分の物語を、自分の世界をこれからも生きるよ。だから、君も君の物語を、世界を生きてくれ。たとえ、別の誰かの力によるものだとしても、君が望むなら君の世界なんだ」

 

俺の……物語……

 

「じゃあ、俺は帰るよ」

 

サトシは背向ける。それに合わせて彼のピカチュウが彼の肩に乗る。

 

「ま、待ってくれ、俺はこれからどうしたらいいんだ!?」

 

振り返るサトシとピカチュウはニカッと笑う。

 

「だから、自分のしたいことをすればいいんだよ。君は悪い人ではないから、きっと良い方向に向かうと思うぜ」

 

「サトシ……」

 

「次はどんなポケモンに出会うのかな! 楽しみだぜ! 君も楽しみなんだろ?」

 

「!?」

 

冒険……俺が望んだ、願った冒険……俺は――

 

「難しく考えて、冒険を楽しまないなんてもったいないぜ!」

 

サトシとピカチュウが遠くなる。

俺はただ、それを見送るだけだった。

 

「じゃあなサトシ、お互い自分の冒険を楽しもうぜー!」

 

「ピカピカー!」

 

世界が消える。

そして、俺の視界が暗転する。

 

 

 

***

 

 

 

目を覚ますと、そこは見覚えのある天井。

俺は、リカとカスミと一緒にポケモンセンターに泊まったんだった。

俺はベッドで眠っていた。

 

部屋は電気もついていないのに明るい、窓の外を見るとすっかり朝のようだ。

 

俺は顔を洗うと着替えてしばらく部屋でぼうっとしている。

 

あれは夢だったのか? あのサトシは本物? それとも、俺の願望なのか?

 

ノックの音で現実に引き戻される。

 

ドアを開けるとそこにはリカとカスミが立っていた。

どうやら俺を起こしに来てくれたらしい。

 

「おはようサトシ」

 

「やっと起きたわね、もうさっさと朝ご飯食べちゃいなさい」

 

いつも通りの2人だ。

リカは柔らかで暖かい笑顔を向け、カスミは呆れ顔だが俺を優しく見てくれている。

 

昨日、2人に心配されたばかりだ。2人は俺が悩んでいることに気づいている。

きっと、今の俺は顔に出ているはずだ。きっとまた心配されることだろう。

適当なことを言って誤魔化す手もある。

しかし、俺はこのままでいいのか、彼女たちに秘密にしたままで。

いや、きっと誤魔化しても2人はその嘘に気づく。

だったらいっそ――

 

「……リカ、カスミ」

 

「話したいことがあるんだ」

 

2人は一瞬目を見開くと真剣な面持ちで頷いた。

 

 

 

 

話す場所は俺の泊まっている部屋になった。

俺はベッドに座り、カスミとリカはそれぞれの椅子に座っている。

そして、俺は打ち明ける。

 

「――これが俺の秘密だ。俺は……本当のサトシじゃない」

 

そして、俺は洗いざらい話した。

自分が憑依したこと、自分はサトシのフリをしていたこと、すべてを。

 

「今まで騙して、本当にごめん……」

 

しばしの沈黙。

 

「えっと……なんて反応したらわからないけど……」

 

困惑した様子のカスミ。

まあ、普通は妄言だと言われても仕方ないよな。

 

そして、リカが口を開く。

 

「ねえサトシ、質問していいかな?」

 

「……ああ」

 

「その、憑依っていうのをしたあなたは、今までのサトシの記憶って無いの?」

 

サトシの記憶、マサラタウンで過ごした10年間の記憶。

 

「……なんというか、よく思い出そうとしたら、なんとなく覚えてる。だから、シゲルとよく競って負けてたこととか、ナオキと喧嘩してたこととか、リカに怒られたこととか、サトシの記憶はある……」

 

探って思い出すこともあれば、ふと頭に浮かんでくるときもある。

サトシ本人だと思ってもらうための何かしらの配慮なのだろうか。

 

「……そっか」

 

考え込むように俯くリカの表情は読めない。

多分、気味悪く思ったり、嫌悪感を抱いたりしているんだと思う。

そりゃそうだ。友達がまったく違う人間なったりしたら――

 

「ねえ、思ったんだけど」

 

顔を上げたリカの言葉に思考が中断される。

 

「え?」

 

「サトシの言う『憑依』ってこうも言えるんじゃないかな? そのサトシじゃない誰かさんの記憶を持ったままサトシに生まれ変わったんだって」

 

「う、生まれ変わり?」

 

「そう、つまり前世だよ! サトシに誰かが乗り移ったんじゃなくて、サトシが前世を思い出したんだよ。そう考えれば間違いなくサトシはサトシなんだよ」

 

思いがけないリカの発言に俺は戸惑う。

いや、発言以上にリカの表情だ。

彼女が俺に向ける顔には負の感情が見られない。むしろ、楽しそうないつものリカの顔だ。

 

カスミも納得したように頷いた。

 

「なるほどね、そう考えたらなにもおかしくないわね。私も前世占いしてもらったことあるわよ」

 

「うんうん私もしたことある。私の前世は看護師さんだって」

 

「へーなんかリカっぽい。私はコックさんだって……私料理苦手なんだけど……」

 

「やってみようよ。すぐに上手になるかも」

 

「うーん、そうしようかな?」

 

俺のカミングアウトから一転、よくある女子トークになってしまった。

なんか俺おいてけぼりなんだけど?

 

「な、なあちょっと?」

 

「「あ、ごめんごめん」」

 

妙な空気になってしまったが、俺は気を取り直して彼女たちに聞く。

 

「俺の話聞いて、その……嫌な気持ちにならないのか? それとも……俺の頭がおかしくなったって思ったか?」

 

「違うわよ。あんたがそんな嘘つくとも思えないしね」

 

「うん、それにそんなことになってもサトシはサトシだから」

 

カスミ呆れながらも優しく俺を見ていて、リカは柔らかくて暖かい笑顔を向けていた。

いつものように、まるで、憑依したことを明かした俺を今までのサトシだと受け入れてくれたように。

 

「どうして……そんなすぐに受け入れられたんだ。リカ、昨日言ってたじゃないか、まるで別人みたいだって」

 

リカは「あーうん言ったね」と照れたように笑いながら人差し指で頬をポリポリとかいた。

 

「たしかに旅立ちの日のサトシを見て別人みたいだと思ったけど、間違いなくサトシなんだなとも思えたよ。それは今も変わらない。あの日から今日まであなたと旅をして、あなたと過ごしていたけど、あなたはやっぱりサトシ」

 

リカは自身の胸に手を置き、目を閉じて続ける。

 

「ポケモンが大好きで、ポケモンのために頑張って無茶して、いつも元気で優しくて、辛いことも諦めない……今のサトシは昔のサトシのままだよ。今こうしてあなたの話を聞いて、サトシをこうして見てみても、嫌な気持ちなんて全然無いよ」

 

そしてカスミがリカに続く。

 

「第一、サトシのその違う人の記憶が憑依なのか前世なのか、どっちが本当なのか確かめる方法なんて無いじゃない? あんたがサトシじゃない別の人間だなんて証明できるの?」

 

「それは……」

 

その指摘に困惑してしまう。

カスミの言う通り、自分の中にある記憶がある瞬間に憑依したことによるものなのか、サトシに『俺』という前世の記憶が蘇ったものなのか、断言する方法はない。

 

「重要なことは私たちにとってはあんたはサトシだってことなんだから、それでいいんじゃない?」

 

2人の言葉に俺は胸の奥が暖かくなるのを感じた。

 

するとリカとカスミは椅子から立ち上がり、ベッドに座った。

俺を挟むようにリカが右に、カスミが左に座った。

そして、2人は俺の手を片方ずつ握る。

 

「違う記憶があるかもしれないけど、あなたには今までマサラタウンで過ごしたサトシの記憶があるんだよね。だったらそれは間違いなく私の知ってるサトシだと思うよ」

 

「まあ、私が知ってるサトシは今のサトシだけだからあれこれ言えないけど、あんたは……その、私にとって信頼できる大事な人よ」

 

「サトシの中の記憶が、その憑依なのか前世なのか、どっちかわからない。だけど、あなたは間違いなく私の知ってるサトシ、私の大事な人」

 

「それが私たちの答えよ」

 

「それでいいかな?」

 

リカとカスミはジッと俺の目を見た。

それはとても優しくて暖かくて安心するような素敵な笑顔だ。

 

俺は……このまま生きていていいのだろうか。

この世界でサトシを名乗って生きていく資格が俺にはあるのだろうか。

 

本物のサトシは俺を肯定してくれた。俺がサトシであると、この世界を生きるサトシで間違いないのだと、他ならぬサトシが認めてくれた。

 

この世界は本来のポケモンの世界とは違う世界、それはわかっていた。

では、どうして俺はそんな世界でサトシになってしまったのか。

 

そんなの簡単だ。

この世界を創った『誰か』を楽しませるためだ。

 

俺は『誰か』によって選ばれた違うサトシ。

良い人生と冒険を餌に、『誰か』のお楽しみのために用意された登場人物。

 

俺が今まで心を躍らせていた冒険はきっとそれはこの舞台を用意した『誰か』のお楽しみの遊びなのか気まぐれなのか。

もしかしたらこう考えているのもその『誰か』の思惑通りなのかもしれない。

 

俺はその『誰か』を楽しませるために操られた人形……

 

それがどうした!!

 

サトシの言う通り、難しくあれこれ考えるなんて必要ない。ただ生きればいい、冒険すればいい!

俺はこの世界を生きてやる。

この世界で、自分のやりたいことをしてやる、行きたい場所に行って、会いたい人やポケモンに会って、まだ誰も知らない冒険をしてやる!

 

あれだけうじうじ悩んでいたのに、こんなすぐに切り替えられるなんて我ながら図太いというか、単純というか。

 

けれどこれは本物のサトシと、リカとカスミのお陰だと思う。

彼の言葉がずっと胸に響いている。

リカとカスミの言葉で勇気が湧いてくる。

サトシは俺を認めてくれて、俺を応援してくれた。

そしてリカとカスミは俺に勇気を自信を与えてくれた。

 

サトシ、やっぱり君は本物の主人公だよ。

俺は心から君を尊敬する。

 

だから胸を張れる。

君が肯定してくれた俺を俺自身が肯定できる!

 

リカ、カスミ、君たちと出会えてよかった。

俺は君たちとどこまでも冒険できる気がする。

 

俺が憑依なのか、前世の記憶があるのかどちらでも構わない。

俺はこの世界で生きる。

 

これは俺の人生だ、俺の冒険だ!

誰のものでもない俺だけの!

 

なあ『誰か』さん、あんたの思い通りに動いてやるよ。だけど、その分たっぷり楽しませてもらう。

好き勝手な冒険をしてやる。

 

もしいつか『俺』が消える運命にあるとしても、最後の瞬間まで必死に生き抜いてやる。

 

それが、俺がサトシになった意味だと、俺を肯定してくれたサトシへの答えだと信じて。

 

「ちょ、ちょっとサトシ!?」

 

「だ、大丈夫!?」

 

「え?」

 

急に慌てるカスミとリカを不思議に思っていると、左右の頬に違和感が、そしてズボンが濡れているのに気付いた。

 

俺、泣いているのか?

 

ああ、もうダサい。2人の前で何泣いてるんだよ。

今すぐ止めないと……だけど、止まらない。どんどん溢れてくる。

 

「ひっ、ぐぅ……ううあ、はぁ……うぐっ……」

 

きっと、サトシが認めてくれたこと、リカとカスミが受け入れてくれたことが嬉しかったんだ。

拒絶されることが怖かったのに、そんなこと気にしなくていいんだって安心して自然に出てしまったんだ。

 

恥ずかしいけど、涙も嗚咽も止められない。

 

「こんなに苦しんでたんだね」

 

「もうっ、男なのに女の子の前で泣くなんて情けないわよ」

 

リカはハンカチで俺の目元を拭いてくれて、カスミは厳しい言葉ながら俺の背中をさすってくれる。

ああ、やっぱり、2人に出会えて良かった。

 

「……うぐぅ、リカ……うぅ、カスミ」

 

嗚咽混じりにどうにか言葉を絞り出す。

 

「これ、からも……ふぐっ、一緒に、旅を、っく、して、くれるか? うぅ……俺を、仲間だって……言ってくれる、か?」

 

目の前で花が咲いたように見えた。

 

「「もちろん!!」」

 

2人は俺を抱きしめてくれた。

それからカスミとリカは何も言わずに俺が泣き止むまでずっと、包み込んでくれた。

 

 

 

***

 

 

 

「ねえリカ」

 

「ん? どうしたのカスミ?」

 

あの後、サトシは泣き止んで落ち着くと、いつもの明るさを取り戻した。

そして、朝ご飯がまだだったため、食堂に向かって行った。

本当にいつものサトシで2人は安心していた。

 

今、リカとカスミは次の旅のための支度をしている。

そんな時、カスミが不意にリカに話しかけた。

 

「さっきのサトシの話だけど、リカはどう思ってるの?」

 

「さっき言った通りだよ。私にとってサトシはサトシ、昔からの友達のままだよ」

 

「本当に違和感とか無いの?」

 

マサラタウンを出てからの今のサトシしかしらないカスミは簡単に受け入れられる。

しかし、昔からサトシを知るリカはどうなのだろうか。

カスミはリカが本心ではどう感じているのかが心配だった。

ここは女同士で腹を割って話したかった。

 

「確かにサトシが違うサトシになったのはびっくりしたよ。だけど、さっきも言ったように今のサトシは昔のサトシのままだって思えるんだ。それに、秘密を明かしてくれてからサトシのことを考えたんだ、そしたらね――」

 

言葉を区切るリカの頬は赤く染まっている。

 

「――やっぱり私、この人が好きなんだって思ったの」

 

その笑顔を見て、カスミも笑った。「何も心配いらない」と確信できた。

そして、自分も正直に打ち明けるべきだと。

 

「私はね、あいつが秘密を明かしてくれて嬉しかった。あいつの力になりたいって本気で思えたから。私はどんなことになってもあいつを信じていくつもりよ――」

 

顔を赤くしたカスミは深呼吸して言い放つ。

 

「――サトシは私が心から好きになった人なんだから」

 

2人は「ふふふ」と笑うと作業を再開する。

 

同じ想いを抱く2人、これからの旅はどんなことがあっても力を合わせて乗り越えて行ける。

そんな確信を持てる。

 

 

 

***

 

 

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!!」

 

「ピィカ、チュウウウウ!!!」

 

ピカチュウから放出された莫大な電撃が相手のポケモンの全身を包み込みダメージを与える。

電撃が収まると、相手のポケモンは黒焦げになりところどころからプスプスと音が鳴ると、そのまま倒れる。

 

「よっし、よくやったピカチュウ!!」

 

「ピカピカチュウ!!」

 

俺が親指を立てるとピカチュウも俺のポーズを真似る。

 

対戦相手の少年がポケモンをボールに戻すと互いにバトルフィールドの中央に集まり握手を交わす。

 

「本当に強いな、君も君のポケモンも。よかったら君の名前を聞かせてくれないか?」

 

「俺は……」

 

悩む必要も、戸惑う必要もない。

この世界で俺は、自分の名を名乗ればいい。

胸を張って、自信を持って、生きていけばいい。

 

「俺は、マサラタウンのサトシだ」




矛盾やご都合主義がたくさんあると思います。しかし、今私が出せる答えがこれです。
あっさりと解決して、サトシもリカとカスミに受け入れられました。

ママやオーキド博士に打ち明けるのは先になると思いますが、あっさり解決だと思います。

これから先、憑依についてちょいちょい触れるかもしれませんが、重い話にはならないと思います。

「憑依にした意味はないのでは」と厳しい意見もいただきました。
これも私が思いつきと見切り発車で書き始めたせいだと思います。
今のところはサトシは憑依設定のままにしていきます。

私のワガママでこのような話になってしまい本当にお騒がせして申し訳ないです。

これから先は明るく楽しい物語を頑張っていきたいです。

今後とも私の作品を読んでいただければ幸いです。
これからもよろしくお願いします。


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はぐれヒトカゲを救え

今作の20話目について、読者の方々を不快にさせ、失望させる展開となってしまったことをお詫びいたします。
大変申し訳ないです。

これからも書き続ける所存でございます。
今後ともお付き合い頂ければ幸いです。


次のジムのある町であるクチバシティを目指してどこかの山道を歩く俺たちは絶賛、雨に打たれていた。

 

「もう〜最悪〜!」

 

「ここの峠を越えたらポケモンセンターがあるはずだからもう少しの辛抱だよ」

 

カスミは悲鳴をあげるとリカが優しく宥める、

 

「それにしても、久しぶりの雨だな」

 

ここしばらく晴天が続いたため、久しぶりの雨にどこか懐かしさすら覚えた。

 

リカの足元を走るフシギダネは気持ちよさそうに雨を浴びている。

心無しか、彼女の額の花もいつもより大きく咲いているように見える。

 

周りを見渡せばくさタイプのポケモンたちが嬉しそうにとび跳ねている姿がチラホラ見える。

彼等彼女等からにとっては恵みの雨ってことか。

まあ、人間にとっても雨は生きるために必要な生命の源なんだけどな。

 

俺の足元を走るピカチュウもでんきタイプにもかかわらず、どこか雨を楽しんでいるように見える。

雨で電気がショートしないか心配だが、ピカチュウの電気のコントロールのお蔭かその心配もなさそうだ。

 

雨に打たれつつ、そんな自然の偉大さを感じていると、視界に入るものがあり、俺は立ち止まる。

 

「サトシ?」

 

「どうしたの?」

 

カスミとリカが疑問の声を上げるが、俺は答える時間も惜しいとばかりに、視界に入ったものに近づく。

 

それは岩の上で座っていた。

オレンジの体に両手の鋭い爪、長い尻尾の先には火が灯っている。

 

「ヒトカゲ?」

 

「「え?」」

 

そこにいたポケモンは紛れもなくヒトカゲ。

カントーの新人トレーナーが最初に貰えるポケモンとして有名だが、野生の個体を見かけるのは珍しい。

 

俺たちはどこか浮かない顔のヒトカゲに駆け寄る。

 

「おい、こんなところで何してるんだ?」

 

「雨に濡れて風邪ひいちゃうよ」

 

「それにこのままだと尻尾の炎も消えちゃうわ!」

 

ヒトカゲは尻尾の炎が消えると死ぬと言われてるんだったな。

それならこのまま放っておくわけにもいかない。

 

見た感じ弱っているみたいだし、近くのポケモンセンターに連れて行かないと危ない。

 

すると、ヒトカゲは何かに気づいたようにハッと顔を上げると、岩から飛び降りて走り出した。

 

「クァ……」

 

ヒトカゲを目で追うと、彼が走った先には人がいた。

尖った髪の十代と思しき少年が歩いて来た。

その後ろからはポケモンが1体少年に付いていくように歩いている。

赤と白の体毛に覆われた二足歩行に赤い目をしたポケモンだ。

確か、遠い地のアローラに生息するポケモンのルガルガンだ。

 

「カゲェ……」

 

ヒトカゲは歩いてくる少年に駆け寄ると心から嬉しそうにその足にしがみついた。

 

「トレーナーがいたんだね」

 

野生ではなかったんだな。ヒトカゲはあの少年を待ってたってことか。

あとは彼がヒトカゲを連れて行ってくれるだろうから、これで一安心だな。

 

その時だ。

少年は足にしがみつくヒトカゲを蹴り飛ばした。

 

「カゲェ……!」

 

「「「えっ!!?」」」

 

あまりの光景に目を疑った。

蹴とばされたヒトカゲはそのまま水たまりにバシャバシャと転がり、なんとか上半身を上げると縋るように少年を見上げた。

 

「クァ……」

 

「まだいたのか、消えろ」

 

少年はヒトカゲに冷たい視線を送るとそう吐き捨てる。

 

全身が熱くなり、脳が沸騰する。

考えるより先に体が動いていた。

この男をぶん殴ってやりたい衝動に駆られるが、そんなことよりもこのヒトカゲが優先だ。

 

俺は濡れてしまったヒトカゲを抱き起す。

 

「お前どういうつもりだ!!」

 

目の前の男が怪訝な顔をすると後ろから足音。

リカとカスミも駆け寄ってきた。

 

「あんたこのヒトカゲのトレーナーなんじゃないの!?」

 

「この子、あなたのこと待ってたんだよ。嬉しそうにあなたに駆け寄ってきたのわからないの!?」

 

「なんなんだお前たちは?」

 

「俺たちはただの通りすがりだ。このヒトカゲの様子がおかしかったから見ていたらお前が現れたんだ」

 

男は眉をひそめると溜息混じりに言い放つ。

 

「ふん、ただのお節介焼きか。俺はそいつの元トレーナーだ。そいつが使えないポケモンだから逃がしたんだよ。それなのにしつこく付きまといやがって」

 

「ちょっと、そんな言い方ひどいよ! それに使えないから逃すなんて!」

 

リカの言葉に男は反論する。

 

「いらないポケモンを逃がすなんてトレーナーにとって当たり前のことだろ?」

 

その言葉に俺たちはわずかに言い淀む。

たしかに、トレーナーにはそれぞれの事情があってやむを得ずポケモンを手放すこともある。

能力が低くてバトルに向かないからポケモンを捨てることもあると聞く。

 

「けど、ヒトカゲはこんなになるまで待ってたんだぞ。お前のことを慕ってるんだ。ポケモンが一緒にいたいと思うなら、その気持ちを理解してやろうと思わないのか!?」

 

しかし、男は態度を変えない。

 

「使えないポケモンにそんな感情抱かれても迷惑なだけだ」

 

「あんた最低よ! トレーナーの資格なんか無いわ!!」

 

カスミが怒りを露わにするが、男はフンッと鼻を鳴らす。

 

「トレーナーの資格があるかどうかはポケモンとの馴れ合いで決まるものじゃない。いかに強いポケモンを使いこなすかだ。弱いポケモンなんか邪魔だ」

 

言い捨てた男は、衰弱したヒトカゲに一瞥すらしない。

 

「話は終わりだ、無駄な時間だったな」

 

「待てよ!」

 

俺は去ろうとする男の腕を掴むとこちらに向かせる。

男がめんどくさそうに俺を見た時、後ろのルガルガンが動いた。

 

「ガウッ!!」

 

唸り声を上げ、俺に攻撃を仕掛けようとしている。

 

その時、俺の後ろから黄色い物体が飛来する。

俺のピカチュウだ。

 

「ピカッ!」

 

ピカチュウは攻撃をしようとするルガルガンに突撃し、その動きを阻んだ。

不意打ちを受けたルガルガンは僅かに後退し、ピカチュウも反動で後ろに跳び着地し臨戦態勢となる。

 

「ガウッ……」

 

「ピカァ……」

 

四足で立ち尻尾を立てるピカチュウと、姿勢を低くして両腕を構えて牙を剥くルガルガンが睨み合う。

 

「やろうってのか?」

 

射貫かんばかりに鋭く俺を睨み据える男。

ポケモンバトルとなれば負けるつもりはないという絶対の自信の表れだ。

 

こんなポケモンを大事にしないやつは、バトルで倒して間違ってることを証明してやりたい。

俺は――

 

「……戻れピカチュウ」

 

「ピ?」

 

バトルをしないことを選択した。

俺の指示にピカチュウは驚いて振り返るがすぐに俺の元に戻ってきた。

 

「ふん、尻尾を巻いて逃げるのか」

 

男は俺の判断に対し見下すような視線を送る。

 

「……今はこのヒトカゲの事だ、ポケモンセンターに連れて行く」

 

「……勝手にしろ」

 

男は嘆息し、興味を失ったとばかりに歩き出しルガルガンもそれに続いた。

意外なのは、山を下りると思っていたが森の中に入って行ったことだ。

おそらくこんな雨の中でもポケモンを探しているのだろう。

 

「あんたなんか森で迷えばいいのよー!!」

 

「ついでに風邪でも引いちゃえー!!」

 

「ダネー!!」

 

カスミとリカとフシギダネが去って行く男に向かって叫ぶ。

男からの返事は無い。

 

「クァ……」

 

俺の腕の中のヒトカゲは弱々しくなっている。

一刻の猶予もない。

俺は上着でヒトカゲを包むと立ち上がる。

 

「みんな急ごう」

 

リカ、カスミ、フシギダネ、ピカチュウが頷くと、俺たちは急いで山を下りてポケモンセンターまで向かった。

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンセンターに急いで駆け込んだ俺たちはジョーイさんにヒトカゲの治療をお願いした。

幸い他に急を要するポケモンたちはいなかったため、ヒトカゲはすぐに治療室にまで運ばれた。

 

治療室のベッドの上でヒトカゲは寝かされ、ジョーイさんが容態を見ている。

苦しそうにしているその姿はとても痛々しい。

 

「どうしてこんなになるまで放っておいたの!?」

 

ジョーイさんが険しい目つきで俺たちを叱る。

うぐ、たしかにこの状況だと俺たちがヒトカゲの保護者だと思うだろうけど……

 

「違うんです、実は――」

 

すると、リカがジョーイさんにヒトカゲとあの男との出来事を話した。

 

ジョーイさんは悲しそうな顔になる。

 

「そうだったの、勘違いしてごめんなさい」

 

「いいんです、それよりも、ヒトカゲをお願いします」

 

「ええ、必ず助けるわ」

 

ジョーイさんはラッキーに指示を出して治療の用意を始めた。

 

「それからあなたたちもお風呂に入って体を温めなさい。そのままだと風邪を引くわ」

 

そう言われて俺たちは雨にすっかり濡れてしまっていたことを自覚した。

 

髪も服もずぶ濡れで、服の中まで濡れていた。

足元も俺たちの立っていた場所も水たまりができていた。

気づかなかったのが不思議なくらいだ。

 

「お風呂お借りします」

 

集中治療室にヒトカゲは入り、そこでジョーイさんに治療を受けることになる。

治療が終わるまで部外者は立ち入り禁止。

治療室に入るヒトカゲとジョーイさんを見送るが俺は扉から目を離せなかった。

 

すると、肩を叩かれる。

 

「今はジョーイさんに任せましょう」

 

「ひとまずお風呂だね、私たちが体調崩したらジョーイさんに怒られるかもしれないから」

 

2人に言われて俺は頷く。

リカとカスミも早くお風呂に入りたいよな。

 

チラリと2人を見ると、雨に濡れた服が白い肌のピタリと張り付いて、リカとカスミの身体のラインがくっきりと浮かんでいた。

 

しかも、濡れたシャツに浮かぶ線は……

 

はっ!? 俺はこんな時に何を考えてる。

ヒトカゲはあんなに苦しんでるのに…

 

俺は自分の頬をピシリと叩くと煩悩を消しながらお風呂に向かう。

 

 

 

***

 

 

 

入浴を終えた俺たちは治療室の外で扉の上で赤く光る治療中を示すランプを見つめて待っていた。

 

「頑張れよ、ヒトカゲ」

 

リカは祈るように両手を胸の前で組み、カスミは心配そうに扉を見ている。

 

そして、1時間ほど経ったころ、ランプが消えた。

 

扉が開きジョーイさんが治療室から出てくる。

 

「ジョーイさん、ヒトカゲは?」

 

俺の問いかけにジョーイさんは笑顔で答える。

 

「バッチリ治ったわ」

 

「「やったあ」」

 

その言葉に俺は思わずガッツポーズをとり、リカとカスミも手を握り合って喜んでいる。

 

ジョーイさんに促されて治療室を見ると、そこにはカプセルに入ったヒトカゲがいた。

眠っているヒトカゲの顔にはここに来た時のような苦悶の表情は無く、安らかに寝息を立てていた。

尻尾の炎もよく燃えている。

 

「一晩眠ればもう大丈夫よ」

 

「よかった……本当に、よかった」

 

緊張が解けた俺はほっと胸を撫でおろす。

すると途端に眠気が襲って来た。

 

「うふふ、そうよね、子どもは眠る時間。部屋の鍵を渡すから、今夜はもう休みなさい」

 

「はい、ありがとうございます。ジョーイさん」

 

俺たちはそれぞれの部屋に行き、明日に備えることにした。

 

ベッドに入って瞼を閉じると、浮かぶのは眠っているヒトカゲの姿。

あんなに衰弱するまであのトレーナーを待ってたなんて、君はトレーナー思いなんだな。

やはりあいつは許せない。

今度あったら絶対に謝らせてやる。

 

けど今は助かってよかったなヒトカゲ。

 

疲労と眠気に身を任せ、少しずつ俺の意識は暗転していく。

 

 

 

***

 

 

 

窓から差し込む朝日で俺は目を覚ました。

 

顔を洗って歯を磨いて着替えると待合室に向かう。

すでにリカとカスミは起きていた。

 

「おはよう」

 

「「おはよう」」

 

2人とも昨日は夜遅かったのに元気そう……と思ったがまだ眠そうだ。

寝ぼけ眼で欠伸をする2人はとても可愛らしいな。

 

まだまだ寝足りなくても早起きした理由は1つだよな。

 

「よし、ヒトカゲの様子を見に行こうぜ」

 

「「うん」」

 

その時後ろから人が近づく気配がある。

 

「あら、3人ともおはよう」

 

ジョーイさんだ。

 

「「「おはようございます」」」

 

「よく眠れたかしら?」

 

「「「はい」」」

 

半分嘘ですごめんなさい。

 

「今からヒトカゲの様子を見に行きたいんです」

 

「……そうなの、わかったわ。ついてきて」

 

ジョーイさんの表情はどこか優れない。

治療は成功したのにどうしたんだろ?

 

ヒトカゲは治療室から病室に移されていた。

 

その病室に入るとベッドの上にヒトカゲはいた。

彼は窓の外を見ているようだ。

 

「ようヒトカゲ、元気になってよかったな」

 

「……」

 

ヒトカゲは俺を一瞥すると、何も言わずに窓の外を見た。

顔色は良いし、尻尾の炎もメラメラと強く燃えている。だが、ヒトカゲは元気が無い。

 

「体の治療は終わったわ、だけど、心の方が……ね」

 

そこで理解する。

ヒトカゲはあのトレーナーに捨てられた事実に激しくショックを受けているんだ。

当然だ、ヒトカゲは本当にあのトレーナーを慕っていたのに、その気持ちを裏切られた。

 

俺はなんとかヒトカゲを慰めようとしたが、言葉が出ない。何が彼の慰めになるのかわからないんだ。

 

ジョーイさんが俺の肩に手を置く。

 

「今はそっとしておきましょう」

 

「……はい」

 

名残惜しいが、俺たちは病室を後にした。

 

食堂は俺たち同様にポケモンセンターに宿泊していたトレーナーたちが朝食を摂っていた。

 

「……ヒトカゲ、可哀想だよ」

 

「なんとか元気付けてあげたいが、何と言うのが正しいのかわからないし、今の俺たちが何か言っても聞かないと思う、ジョーイさんの言う通り、今はそっとしておこう」

 

「……そうね。それにしても、やっぱりあのトレーナー許せない。次会ったらただじゃおかないわ!」

 

「……そうだな」

 

俺たちと同様に宿泊していたトレーナーも食堂に集まってくる。そして、ポケモンセンターの建物内に入ってくるトレーナーも現れ次第に賑やかになっていく。

 

ある人はジョーイさんにポケモンを預け、ある人は他のトレーナーと談笑したりと様々だ。

 

人通りの少ない山道だが、トレーナーなら集まることは多いんだな。

 

すると、ポケモンセンター内にいたトレーナーたちがざわめく。

 

「おい、あれって……」

 

「ああ、間違いない、クロスだ」

 

「遠くから来た凄腕だって聞くぜ」

 

コソコソと話をしているトレーナーたちの視線の先を見ると俺は驚愕で目を見張る。

そこにいたのは間違いなくあのヒトカゲの元トレーナーだった。

クロスって名前だったんだな。

周りのトレーナーたちがクロスを遠巻きに見ている。そこには畏怖や羨望など様々な感情がある。

 

受付まで来たクロスは自分のモンスターボールをジョーイさんに預けていた。

 

「噂をすれば、ね」

 

「……あいつ、実力のあるトレーナーだったんだな」

 

「見失わないように急ごうよ」

 

俺たちは食べ終えた食器を片付けると荷物を持ってクロスを追う。

 

ポケモンの治療を終えてポケモンセンターから出たクロスに俺たちは近づく。

 

俺たちに気づいたクロスが振り返る。

 

「ん? お前たちか」

 

相変わらず冷たい目だ。

ヒトカゲの心配すらしていないようだな。

 

「あのヒトカゲ、治療はしてもらったよ。けど、お前に捨てられたことにショックを受けてるよ」

 

「ふん、どうでもいい」

 

クロスは吐き捨てる。

 

「本当にヒトカゲに何も思わないの!?」

 

「あんたみたいなトレーナーはやっぱり許せないわ!」

 

リカとカスミが言い放つがクロスは何処吹く風だ。

 

言葉で通じるとは思ってなかったよ。

だったらポケモントレーナーとしてやることは1つだ。

俺はクロスに歩み寄る。

 

「お前にバトルを申し込む。俺が勝ったら、ヒトカゲに謝れ」

 

クロスは嘲るように俺を見てニヤリと笑った。

 

「ふん、いいだろう。受けてやる。使用ポケモンは1体ずつ、それで十分だ」

 

「ああ」

 

昨日と同様に相変わらずの自信のようだな。

 

「サトシ、こんなやつに負けないでね」

 

「ヒトカゲのためにも頑張って」

 

「ああ、勝つ!」

 

決心を胸に俺はクロスと視線を交錯させる。

 

 

 

***

 

 

 

サトシとクロスは近くの草むらで相対した。

互いにモンスターボールを構える。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「行けルガルガン、トゥアームズ!!」

 

「ピカ!」

 

「ガウ!」

 

ピカチュウとルガルガンがボールから現れ、戦闘態勢となる。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

「ルガルガン『ストーンエッジ』!」

 

「ピカチュウウウウウウ!!」

 

「ガアァッ!!」

 

ピカチュウから電撃が放たれると、ルガルガンから鋭い岩が複数現れ発射される。

2つの攻撃が高速でぶつかり爆発を起こす。

 

そして、2人は瞬時に指示を飛ばす。

 

「『でんこうせっか』!」

 

「『バークアウト』!」

 

「ピッカァ!」

 

「グォガアアアアア!!」

 

ピカチュウの高速の突撃に対し、ルガルガンは口からあくタイプのエネルギーを発射する。

地面を削る凄まじい勢いでピカチュウに迫る。

 

「そのままかわせ!」

 

『でんこうせっか』のスピードを維持してピカチュウは『バークアウト』を回避する。

そして、ルガルガンの懐に到達する。

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

「チューピッカア!!」

 

「グゥ!?」

 

ピカチュウが鋼鉄と化した尻尾を振るうとルガルガンの肩に直撃する。

いわタイプにはがねタイプの技は効果抜群、ルガルガンは苦悶の表情を浮かべる。

 

「ルガルガン『ほのおのパンチ』!」

 

「ゴォア!!」

 

「ピカ!?」

 

クロスの指示にルガルガンはすぐに持ち直すと右拳に炎を纏うとピカチュウの体に振るわれ、吹き飛ばされる。

 

「大丈夫かピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウは吹き飛ばされながらも素早く態勢を立て直す。

 

まよなかのルガルガンはスピードに優れているわけではない。

しかし、素早いピカチュウの攻撃を受けながらも反撃の対応は速い。

ルガルガンは低い姿勢で、獰猛なその赤い目でピカチュウの動きを一瞬も逃すまいとしている。

 

「『10まんボルト』!!」

 

「『バークアウト』!!」

 

「ピッカチュウウウウウウ!!」

 

「グアオオオオオ!!」

 

膨大な電撃と悪の衝撃波が激突する。

爆風で一瞬視界が遮られる。

 

「地面から『ストーンエッジ』!」

 

「グッガァ!!」

 

ルガルガンが地面に拳を叩きつけると尖った岩が次々と出現してピカチュウに襲いかかる。

 

「『でんこうせっか』でかわせ!」

 

「ピッカ、ピカピカピカ!」

 

高速で動きながらピカチュウは地面から発生する鋭い岩を右に左に回避していく。

 

「『アイアンテール』!」

 

そのまま鋼鉄の尻尾をルガルガン目掛けて振り下ろす。

クロスがニヤリと笑う。

 

「今だ『カウンター』!」

 

「グルア!!」

 

『アイアンテール』が振るわれたその時、ルガルガンがその攻撃に対して拳を叩きつける。

ピカチュウは『カウンター』に吹き飛ばされる。

 

「ピッカ!?」

 

そして、吹き飛ばされた先には『ストーンエッジ』の岩がある。このままではピカチュウはさらなるダメージを受ける。

 

「ピカチュウ、後ろの岩に気をつけろ!」

 

「ピッカア!」

 

ピカチュウはサトシの声に気づき、体を回転させて『ストーンエッジ』の岩に着地する。

 

「『バークアウト』!」

 

ピカチュウが岩に着地した瞬間、ルガルガンから悪のエネルギーが発射された。

 

「グアオオオオ!!」

 

(しまった、わざと岩に着地させてそこを狙い撃つ作戦だったのか!)

 

しかし、まだ攻撃が間に合う。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!!」

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

『10まんボルト』と『バークアウト』が衝突する。

そして、ピカチュウがさらに電力を上げると、『10まんボルト』が『バークアウト』を押し、ついにはルガルガンを包み込んだ。

 

「畳み掛けるぞ、ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

「チュー……」

 

ピカチュウは岩から飛び、尻尾を硬質化させてルガルガンに突撃する。

 

「ルガルガン『カウンター』!」

 

ピカチュウの『アイアンテール』の直撃に対し、再びルガルガンは拳を振るい『カウンター』を仕掛ける。

 

「今だ、尻尾でいなせ!」

 

「ピカピカ!」

 

『アイアンテール』に対する『カウンター』が決まる瞬間、ピカチュウは尻尾をルガルガンの拳に当てて、攻撃を流す。

 

「なに!?」

 

驚愕するクロス。

そして、ピカチュウは流した勢いでルガルガンに接近する。

そして、『アイアンテール』がルガルガンに直撃した。

 

「チューピッカア!!」

 

効果抜群の攻撃の直撃、これは大ダメージだ。

 

「『ほのおのパンチ』!!」

 

「グオオ!!」

 

しかし、ルガルガンは『アイアンテール』を耐えきり、炎の拳をピカチュウに振るう。

 

ピカチュウは吹き飛ばされて地面を転がる。しかし、瞬時に立て直した。

 

(こいつ、自信のある態度は伊達じゃない。とんでもなく強いトレーナーだ)

 

サトシはクロスが強敵であると理解した。

しかし、ヒトカゲのために何としても倒さなければいけないのだと気を引き締める。

 

睨み合うピカチュウとルガルガン。

サトシとクロスが新たな指示を飛ばそうとしたその時。

 

巨大なメカが出現し、2つのアームがピカチュウとルガルガンを透明な檻の中に入れて拘束した。

 

「なに!?」

 

「なんなんだ!?」

 

サトシとクロスが同時に声を上げると、メカの後ろから3つの人影が現れる。

 

 

「「なーはっはっはっ!!」」

 

「なんだかんだと――」

 

(省略

 

現れたのは3人組のロケット団。

 

「またお前たちか!!」

 

「そうだ、また俺たちだ!」

 

「久々にあんたたちを見かけたからね。お仕事しないといけないじゃない!」

 

コジロウとムサシは偉そうに胸を張る。

 

ロボットの透明なケースの中でピカチュウとルガルガンが暴れる。

 

「チュウウウウウウ!!」

 

ピカチュウはケースを破壊せんと電撃を放つがケースはビクともしない。

 

「にゃははは! 電撃対策はバッチリなのニャ!」

 

「バトルで弱ったピカチュウゲットだ!」

 

「ついでにピカチュウと良い勝負したポケモンもいただきよ!」

 

このままでなピカチュウもルガルガンも連れさらわれてしまう。

しかし、サトシもクロスも冷静だった。

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

「ルガルガン『ほのおのパンチ』!」

 

「チューピッカア!」

 

「グォガアア!!」

 

ピカチュウの鋼鉄の尻尾とルガルガンの炎の拳がケースに叩きつけられる。

 

ケースはあっさりと砕け、地面に破片を撒き散らす。

ピカチュウとルガルガンはケースの空いた穴から飛び出る。

 

「「「えええぇぇぇっ!!!」」」

 

ピカチュウとルガルガンはそれぞれのトレーナーの元に戻る。

 

「な、なんで!?」

 

「特注で作ったのに!?」

 

「残念だが、ピカチュウもルガルガンもバトルで疲れてるとは言え、そんなガラクタ壊すのには何も問題無いみたいだな」

 

「そ、そんニャー!」

 

とてつもないショックを受けるニャース。

 

クロスは面倒くさそうにロケット団を見ている。

サトシはいつものパターンだが、ロケット団をこの場から排除すると決めた。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

「「「あばばばばばば!!」」」

 

ピカチュウの膨大な電撃がロケット団3人組に襲いかかる。そして、ロケット団が用意したロボットも電撃が包み込んでいた。

 

そして、ロボットは強力な電撃にショートし爆発を起こした。

爆発の衝撃はロケット団を襲う。

そして、3人組のロケット団は吹き飛ばされる。

 

「せっかく久しぶりに登場したのに!」

 

「こんなあっさりやられるなんてー!」

 

「あんまりなのニャー!」

 

「「「やな感じー!!!」」」

 

ロケット団3人組はお決まりのセリフを叫んで何処かへと飛んで行った。

 

消えたロケット団を見送ると、サトシはクロスに向き直す。

 

「邪魔が入ったが仕切り直しだ」

 

「ああ」

 

サトシとクロスが睨み合うと、ピカチュウとルガルガンも姿勢を低くして戦闘態勢となる。

 

するとバトルフィールドに新たな乱入者が現れる。

オレンジの体に尻尾に火が灯っているポケモン。

 

「カゲ!」

 

「ヒトカゲ!?」

 

「ど、どうして?」

 

リカとカスミが驚きの声を上げる。

ポケモンセンターの病室にいるはずのヒトカゲがどうして外にいるのかサトシたちにはわからない。

そして、走ってくる人がいた。

 

「ここにいたのね」

 

近くのポケモンセンターのジョーイだ。

 

「急に病室の窓を開けて外に出たから後を追ってたの……もしかして、彼が?」

 

「はい、あの男がヒトカゲの元トレーナーです」

 

リカの説明にジョーイはクロスを見る。

その視線はとても悲しそうなものだ。

ポケモンを捨てるトレーナーがいることに胸を痛めているのだろう。

 

ヒトカゲはクロスの元まで歩み寄り、彼を見上げた。

 

「クァ……」

 

クロスはそんなヒトカゲに対し、相変わらず冷たい視線だった。

 

「まだ俺にくっついてくる気か、何度も言わせるな。弱いポケモンに興味はない、消えろ」

 

「カゲ……」

 

そうクロスに言い放たれたヒトカゲは悲痛の表情を浮かべて俯いた。

ヒトカゲは捨てられたのはわかっていたが、一縷の望みをかけてクロスと向き合った。

しかし、結果はヒトカゲにとって最悪なものとなった。

 

ヒトカゲはトボトボと歩いていった。

行く当てもなく、これから彼は生きていく。

 

サトシはあのままのヒトカゲを放っておくことができなかった。

 

「ヒトカゲ!」

 

サトシはヒトカゲに強く呼びかけ、歩み寄った。

そして膝を降り、できる限りヒトカゲと目線を合わせようとする。

 

「なあ、俺たちと来ないか?」

 

「カゲ?」

 

サトシの言葉にヒトカゲは驚く。

 

「もしかしたら、お前は人間のことを信用できなくなったかもしれない。だけど、俺はお前をそのままにしておけないんだ」

 

サトシはヒトカゲに手を差し出した。

 

ヒトカゲはジッと不安げにサトシを見ている。

 

「同情なんかじゃなくて、俺がお前と一緒に居たいんだ。お前を強くしたい、お前がどこまでも強くなれるポケモンだって証明したい。だから、俺たちと旅をしよう!」

 

ヒトカゲはサトシの言葉を聞きながら、昨日のことを思い返していた。

 

目の前の人間は、雨の中の自分を気にかけてくれた、トレーナーに捨てられて絶望して体力の限界になって倒れた自分を守ってくれた。そして、こうして今、見限られた自分に手を差し伸べようとしてくれてる。

 

彼の目はとても綺麗に輝いている。

ずっとその目を見ていたいと思えるくらいに。

 

彼の輝く目、熱意のこもった言葉。

ヒトカゲには彼が本気で自分といたいという思いが伝わってきた。

心の中の寂しい気持ちが少しずつ和らいでくるのを感じた。

もう一度だけ、人間を信じてもいいかもしれない。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲはその小さな手でサトシの手に触れた。

 

「ヒトカゲ!」

 

ヒトカゲの笑顔にサトシも喜びで頬が緩んだ。

後ろで見守っていたリカ、カスミ、ジョーイも安心したように笑っていた。

 

サトシはモンスターボールを取り出し、ヒトカゲに差し出す。

ヒトカゲが額をボールのスイッチ触れさせると、ボールに吸い込まれ、ボールの振動はすぐ止まった。

 

「ふん、物好きな奴だな。まあ、お前には使えないポケモンがお似合いだな」

 

クロスはサトシを見下し嘲笑う。

 

「人とポケモンは互いに信頼し合えばどこまでも強くなれるんだ。いつか後悔するぜ、『このヒトカゲを手放すべきじゃなかった』ってな!」

 

サトシは鋭く強い視線を送ると、クロスはフンッと鼻を鳴らすと踵を返した。

 

「興が覚めた。お前みたいな信頼だ友情だとくだらないことを言うトレーナーとバトルしても結果は見えてる。やるだけ無駄だ」

 

「そうかよ、だったらもう行けよ。ヒトカゲに悪影響だ」

 

クロスは一瞥することなくルガルガンを引き連れて歩き出した。

 

「ふんだ! 尻尾を巻いて逃げるのがあんたにはお似合いよ!!」

 

カスミがクロスの背中に言い放つ。

ついでにあっかんべーをした。

 

バトルは終わり、リカ、カスミ、ジョーイがサトシに集まる。

リカが口を開く。

 

「サトシ、あんな人の言うことなんか気にしちゃダメだよ。バトルだって、あのまま行けばサトシが勝ってたはずだから」

 

「いや、そうとも限らない」

 

「「え?」」

 

サトシの答えは意外なもので、リカとカスミは怪訝な顔をした。

 

「ピ……」

 

すると、ピカチュウがフラフラになっていた。

倒れそうになるピカチュウをサトシは抱き上げる。

 

「ピカチュウが負ったダメージは大きい。あのままいけば負けてたかも……あいつ、強さが全てだって言ってるだけあって実力は本物だ」

 

その言葉にカスミとリカは驚きの表情を浮かべる。

 

「けど、次は負けるつもりはない」

 

ポケモンを蔑ろにするトレーナーには絶対負けたくない。サトシは強く決心した。

 

「と、忘れてたな」

 

サトシはヒトカゲのモンスターボールを掲げる。

 

「ヒトカゲ、ゲットだぜ!」

 

「ピ……ピカチュウ……」

 

サトシの宣言すると、ピカチュウも弱々しく鳴く。

 

そして、サトシは抱き上げたピカチュウを見る。

 

「ジョーイさん、ピカチュウの治療をお願いします」

 

「はい、じゃあポケモンセンターに戻りましょう」

 

ジョーイはポケモンセンターに歩き出し、サトシたちは続いた。

 

すると、サトシの両肩が叩かれる。

もちろんリカとカスミだ。

 

「サトシ、絶対にヒトカゲを強くするのよ」

 

「サトシなら絶対できるよ、私たちも手伝う」

 

サトシは仲間の頼もしい言葉に微笑む。

 

「ああ、2人ともありがとう」

 

その前にピカチュウの回復だと、3人はポケモンセンターに向かった。

 

 

 

***

 

 

 

クロスは次の目的地に向かいルガルガンと共に歩いていた。

 

「ガウ……」

 

ルガルガンが苦悶の表情を浮かべて呻き、膝をついた。

クロスは瞠目してルガルガンに駆け寄る。

見ると肩や腹部に傷を負っていた。

 

「痛めたのか?」

 

原因はもちろん先ほどのサトシとのバトル。

クロスは顔を歪めるとキズぐすりを取り出しルガルガンの傷を治療した。

 

自分のポケモンがあんな甘いことを言うトレーナーにここまで傷を負わされ胸の中に苦いものが浮かぶ。

もしあのままバトルを続けていればあるいは――

 

「……ふん、口先だけではないようだな」

 

クロスは苦い気持ちを飲み込むとボソリと呟く。

回復を終えたルガルガンをボールに戻すと再び歩き出す。

 

そして、歩みを再開させた。

 

そこそこやるようだが、あんなトレーナーは今は気にしないようにする。

自分には追い求めいることがある。

まずはそれを見つけなければいけない。

そうすれば自分はトレーナーとして更なる高みに至ることができる。

 

クロスは決意を新たに進む。

 

 

 

***

 

 

 

新たにクチバシティを目指して俺たちは旅を再開した。

そして、俺たちには新しい仲間がいる。

 

俺はヒトカゲのボールを見つめる。

するとカスミが話しかけてくる。

 

「それにしても、ヒトカゲといい、リカのピッピといい、バトル無しでポケモンをゲットするなんてね」

 

たしかにポケモンの同意を得てゲットするなんて、初日に読んだトレーナーの本には載ってなかったな。

 

「うーむ、これはトレーナーの基本から外れてるかな?」

 

俺が言うとカスミは少し考えるとはにかむ。

 

「そうかもしれない、だけど、そんなゲットも素敵だと思うわ」

 

その言葉にリカは同意したように頷く。

 

「ゲットのための旅じゃなくて、ポケモンと仲良くなって友達になるための旅……か、なんだか楽しそう!」

 

楽しそうな弾んだリカの声に俺も自然と口角があがる。

 

前にシゲルが言っていた、「トレーナーは多くの場所を訪れて、多くのポケモンと出会うべきだ」と。たしかに、旅をしているからには多くを見聞きするのが良いはずだ。

 

早くジムの制覇を目指さなければと思っていたが、慌てずにゆっくりと旅をして、途中でたくさんのポケモンに出会って仲良くなるのも良いかもしれないな。

 

俺はこれから遭遇するであろう未知に心を躍らせながら、行く先の大地の感触を楽しむように一歩一歩踏み出した。




今回はヒトカゲとの出会いです。
捨てたトレーナーは映画「君に決めた」のクロスにしました。

サトシの御三家との出会いの順番はアニメと変えてます。


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いたずらゼニガメ団参上!

お待たせして申し訳ないです。
継続力がほしいです。嫌なことがあってもめげない気持ちがほしいです。毎日少しでいいから書ければいいのに。


「ヒトカゲ、『かえんほうしゃ』!」

 

「かわしてヒトデマン!」

 

ヒトカゲから放たれた猛烈な火炎が襲い掛かるが、ヒトデマンは体を回転させること難なくかわす。

渾身の一撃を回避されたヒトカゲは困惑してしまう。

 

「ヒトカゲ落ち着け、もっと相手の動きをよく見るんだ」

 

サトシの言葉に落ち着きを取り戻したヒトカゲは、目を凝らしてジッとヒトデマンの動きを追い、トレーナーであるサトシと呼吸を合わせていく。

 

「今だ、『かえんほうしゃ』!」

 

サトシの指示に素早く反応したヒトカゲは『かえんほうしゃ』を放つ。

それはヒトデマンの動きを先読みし、その直線上を目掛けて撃ったため見事に直撃した。

 

しかし、水タイプに炎技は効果が今一つのため、ヒトデマンは僅かによろけながらも未だ健在だ。

 

「次はこっちが行くわ、ヒトデマン『こうそくスピン』!」

 

「『きりさく』で迎え撃て!」

 

猛スピードで回転して突撃するヒトデマンにヒトカゲは腕を振りかぶって打ち下ろす。

強力な爪の一撃はヒトデマンにパワーで勝つことに成功し吹き飛ばす。

 

「よし、『かえんほうしゃ』!」

 

「『こうそくスピン』でかわして進むのよ!」

 

追撃に『かえんほうしゃ』を放つがヒトデマンは素早く動いて回避する。

 

「今よ、『みずのはどう』!」

 

瞬時にヒトカゲの右に回り込んだヒトデマンは強力な水の一撃を放つ。

 

「カゲェ!?」

 

躱しきれないヒトカゲは『みずのはどう』が直撃し、大ダメージに倒れ込んだ。

ヒトカゲ戦闘不能、ヒトデマンの勝ち。

 

「いいわよヒトデマン」

 

「ヘア!」

 

「ヒトカゲ、大丈夫か?」

 

「……クァ」

 

カスミが褒めることで誇らしげなヒトデマンに対し、負けたヒトカゲはこの世の終わりとばかりに落ち込んでいた。

そんなヒトカゲの頭をサトシは優しく撫でる。

 

「みずタイプはほのおタイプのお前と相性が悪いんだ。苦戦しても仕方ないよ。むしろここまで戦えてすごいよ」

 

「ええ、あなたの『かえんほうしゃ』、ヒトデマンに効果は今一つなのにすごい勢いで押されてたもの。すごい炎だったわ」

 

「この調子でいけばもっともっと強くなれるよ!」

 

カスミとリカの賞賛にヒトカゲは心から嬉しそうな笑顔になる。

その様子にサトシはヒトカゲの頭を撫でると気持ち良さそうに鳴いた。

あんなに傷ついて苦しんでいたヒトカゲが元気になってくれて本当に良かったとサトシは心から喜んだ。

 

 

 

***

 

 

 

ヒトカゲの特訓を終えた俺たちは次の町を目指した。一番近い町はジムは無いが食料の調達と休むことはできそうだ。

ようやく一息つける、というときに異変は起こった。

 

地面が消えた。

 

「うわあああ!?」

 

「「きゃあああ!!?」」

 

呼吸ができない、何かが俺の顔を塞いでいる。

顔で感じるのはそれはなかなか弾力がある。

それに暖かくてなんだか良い匂いもする。

どうにか顔からどかせられないかと手を動かすと、俺の手も何かに触れた。

思い切って掴んでみると、これまた暖かくて弾力のあるものだった。

 

「ひゃあ、だ、ダメぇ……」

 

「あ、やん、そんなもぞもぞしないでぇ……」

 

む? どこからかリカとカスミの声がする。

なにやら喘いでいるようだがどうした?

 

俺は顔を動かしてどうにか視界が開けないか探る。

そして、手のひらに感じる柔らかいものもさらに掴んでグニグニと動かす。

 

「ああ! も、もうダメだったら!」

 

「い、いい加減にぃ……!」

 

瞬間、視界に差し込む光が増えた。

顔に乗っていた何かがいなくなったのだ。

 

顔を上げてみると、顔を赤くしたカスミが自分の両手をお尻に回していた。

そして、俺の脚に同じく顔を赤くしたリカが乗っていた。

そこでようやく理解した。

俺が手でつかんでいたのはリカの臀部だったのだ。

許可無く女性の肉体をまさぐるという重罪を犯したことに気づいた俺はすぐに手を離し、そしてカスミを見てまた理解した。

俺の顔に乗っていたのはカスミのお尻だったのだと、そうとは知らずに俺は顔を動かしていたのだ。

 

罪状、婦女2人へのセクシャルハラスメント。

判決、死刑、情状酌量の余地無し。

 

判決を言い終えた脳内裁判長が「最後に言いたいことはありますか?」と仰った。

 

寝ていた俺は立ち上がってリカとカスミを見る。

 

そして、決死の覚悟を持って、地面にというか地中深く跪いて額を擦りつけた。

 

「すいませんでしたああああああっ!!!」

 

おそらく人類史上初の地中深くで行う土下座だ。

 

どうせ死刑になるなら、2人に処されたい。

そう思って俺は土下座のまま動かないでいると、両肩に手を置かれる。

 

「あんた、そんな大袈裟にしなくていいのよ」

 

「事故だから仕方ないよ」

 

「え? 死刑じゃないの?」

 

「「何言ってるの」」

 

良かった、俺の旅はここで終わりじゃなかった。

こんなセクハラ野郎を許してくれる慈悲深き美少女2人に感謝します。

 

「……別にあんたなら」

 

「……それにちょっと嬉しかったし」

 

カスミとリカの思わぬ反応に俺もどう答えていいのかわからなくなった。自分でも顔が赤くなるのがわかる。どうにかこの空気を解消して話を逸らすために俺は呟く。

 

「それにしても落とし穴なんてどうなってんだ?」

 

「「「「「ゼニゼニ~」」」」」

 

サングラスをかけた5体のゼニガメが穴から俺たちを見下ろして笑っていた。

 

「「「ゼニガメ!?」」」

 

俺たちが穴の外に出ようとするとゼニガメたちは引っ込む。

 

穴から脱出した俺たちをゼニガメたちは笑って見ていた。

 

「お前たちの仕業だったのか!」

 

「危ないじゃない!」

 

「どうしてこんなことするの!」

 

「「「「「ゼェニュウウウウウ!!!!!」」」」」

 

彼らの答えは『みずでっぽう』だ。

 

俺たちは迫りくる『みずでっぽう』を三手に別れてかわす。

ゼニガメたちは俺たちで遊んで楽しんでいるのか、大声で笑っている。

 

このままやられっぱなしでたまるか。

みずタイプにはでんきタイプだ。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

ボールから現れたピカチュウがゼニガメたちを睨むと思いっきり放電した。

 

すると1体のゼニガメがリーダーのゼニガメの前に出て『10まんボルト』を浴びた。

電撃で痺れたゼニガメはそのまま倒れ伏した。

効果抜群だというのに身を呈して庇うとは、リーダーのゼニガメはそこまで慕われているということか。

 

ゼニガメたちは倒れたゼニガメを抱き上げるとそのまま全速力で逃走した。

 

「あ、こら待て!」

 

と言った時には森の向こうへと消えた。

ゼニガメってあんなに足速かったっけ?

 

呆然と逃げるゼニガメたちを眺めていると後ろからエンジン音が近づいてくることに気づいた。

 

「あなたたち大丈夫?」

 

見覚えのある婦警さんのジュンサーさんだ。

 

「あ、ジュンサーさん」

 

 

 

***

 

 

 

俺たちはジュンサーさんに案内され、町の交番に訪れていた。

 

「彼等はゼニガメ団っていうの。とは言っても便宜上この町の人たちが付けたんだけどね」

 

ゼニガメたちだけで構成されているからゼニガメ団か。

というよりそもそも同じ種族の野生のポケモンが群れを成すのはよくあることだ。

それをわざわざ『団』を付けて組織のように扱うとはどういうことだ?

 

「彼らは人間に捨てられたポケモンたちなの」

 

「またか……」

 

どこでも似たような話はあるみたいだな。

こんな話を聞くとやるせない気持ちになる。リカとカスミも同様の気持ちなのか悲しそうな顔になっていた。

 

「そのせいか、町の人や旅の人にいつも悪戯ばかりしているの」

 

俺たちにしたことも悪戯の一環ということか。

まさかポケモンに落とし穴に嵌められる日が来るとは思わなかった。

 

「ジュンサーさん、またゼニガメ団だ!」

 

交番に数人の大人が飛び込んできた。

また現れたのかゼニガメ団。

 

「わかりました。すぐに行きます」

 

ジュンサーさんが出動の準備を始めた。

 

「君たちもしかしてゼニガメ団に何かされたのかい?」

 

俺たちが手持ち無沙汰に町の人の人の様子を見ていると声をかけられた。

 

「ええまあ」

 

「あいつらは町の面汚しだ。早く捕まえてとっちめてやらないと」

 

町の人は苦々しい顔でゼニガメ団に対して悪態をついていた。

やっぱり散々いたずらを繰り返したことで町の人たちにはゼニガメへの敵意が芽生えてしまっているんだな。

 

ジュンサーさんが準備を終えると、町の人たちと一緒に交番を出発した。

残された俺たちは顔を見合わせる。

 

「サトシどうするの?」

 

初めて訪れた町で部外者の俺たちが口出ししていいものかわからない。この町をスルーしてとっとと次の町を目指すのが無難なのかもしれない。

しかし、このままゼニガメ団をほったらかしたままというのはどうにも俺たちの中に後味の悪いものが残りそうな気もする。

だったら、

 

「どうにかしてあのゼニガメ団たちに悪戯をやめさせよう」

 

ポケモンには人間を憎んだままでいてほしくない。

ゼニガメ団には人間を信じてもらい、悪戯をやめて人間と仲良くしてもらいたい。

それに町の人たちからもゼニガメへの敵意を取り除きたい。

 

「でも、どうやって?」

 

「……とにかく説得する」

 

「……はぁ、特にこれといったアイデアは無いのね」

 

「あはは……でも、まずは話さないとだよね」

 

カスミが呆れ、リカがフォローしてくれる。

申し訳ないが今はこれしか思いつかんのだよ。

ただ、説得する前にゼニガメ団を見つけないと始まらないけどな。

 

 

 

***

 

 

 

「わかってはいたが、簡単には見つからないな」

 

「それに見つけても、あのゼニガメたちすばしっこいから逃げられちゃうんじゃないかな」

 

俺たちは町の近くの森や川を捜索している。

そもそもポケモンはこういった自然が多い場所に生息するからだ。

ゼニガメ団は町に出没しているようだが、住処はおそらくこのあたり一帯のどこかだとにらんだ。

とは言ってもこの広い森を探すのは至難の業なのだが。

 

「こうなったら奥の手よ」

 

「「?」」

 

強く言い放つカスミに俺たちは視線を向けた。

 

「私には鍛えられた水ポケモンセンサーがあるのよ。これがあれば水ポケモンなんてすぐ見つかるわ!!」

 

いやいや、あるわけないでしょ、そんなの初耳だし、あったらカスミはもっとたくさん水ポケモン見つけているだろ。

リカも隣で苦笑いしてるし。

 

「むむむ……」

 

カスミは頭に両手の人指し指を添えて、何やら念じる動作をする。

 

「むむ、来た、あっちよ!!」

 

カスミはカッと目を見開くと、茂みの一つを指さした。

そんなことで見つかるわけが――

 

「ゼニ?」

 

茂みからひょっこり顔を出したのは尖ったサングラスのリーダーゼニガメだ。

 

「やっぱり、いたわ!」

 

「「うそぉ!!?」」

 

俺たちに気づいたゼニガメは一目散に逃げ出した。

 

「ゼニゼニー!!」

 

呆然としている場合じゃない、追いかけないと。

 

「待てゼニガメエエ!!」

 

俺たちはゼニガメを追いかけて猛ダッシュした。しかし、ゼニガメもまた二本の足で猛スピードで逃げていた。

だからなんで亀がこんなに足が速いんだよ!

 

こうなったら――加速!!

 

「うおおおおおお!!!」

 

俺は全身の筋肉を爆発させるかの如く力を込めて一気に加速した。

『こうそくいどう』にも匹敵する俺流加速術でゼニガメまで一気に詰め寄った。

 

「よし、捕え――」

 

俺が腕を伸ばしたその時、

 

「ゼニガ!」

 

ゼニガメが頭と手足を甲羅に引っ込めて地面を滑る。ゼニガメもまた加速したのだ。

俺は勢い余ってバランスを崩して前に倒れそうになる。

 

そして、前方に現れる複数の影――

――ゼニガメ団だ。

 

「「「「「ゼェニュウウウウウウ!!!!!」」」」」

 

ゼニガメ団の『みずでっぽう』が俺に襲い掛かる。

俺の体に向かって直線状に放出された水流、つまり、当たらない場所が存在する。

それは下だ。

 

俺は前に転ぶ勢いに任せて地面に倒れこむ。

そのまま全身を一回転させる。

これで『みずでっぽう』を回避したぜ!

 

「え、ひゃあ!!」

 

「な、きゃあ!!」

 

「あ」

 

リカとカスミの悲鳴が聞こえた。

ゼニガメ団の『みずでっぽう』はちょうど追いついて来た彼女たちに直撃してしまったようだ。

 

ゼニガメ団は高笑いすると逃げてしまった。

 

「うええびしょびしょだよぉ……」

 

「もうこないだ雨に濡れたばっかりなのにー!」

 

落ち込むリカと憤慨するカスミ。

なんかごめんなさい。

 

「着替えてくるから向こうの茂みに行くね」

 

「覗いちゃダメよ!」

 

「おう、わかってる」

 

ジュンサーさんに怒られたくないからな。

 

「「むぅ……」」

 

俺が答えるとなぜか不満げな表情になったカスミとリカが茂みの奥に行った。

 

 

 

***

 

 

 

「急がないとゼニガメたちが遠くに行っちゃう」

 

「そうね。まったく、いくら可愛い水ポケモンでも悪質ないたずらばかりするならお仕置きなんだから」

 

リカとカスミは上下の衣服を脱ぐと下着姿になる。

あらかじめバッグから出していた着替えに手を伸ばしたその時。

 

「あれ、着替えは?」

 

「リカどうしたの? あれ、私の着替えが!?」

 

2人の着替えがいつの間にかなくなっていたのだ。

しかし、すぐに見つけることができた。

 

「「ゼニゼニ~」」

 

「「あ、ゼニガメ!!」」

 

2体の丸いサングラスのゼニガメがリカとカスミの着替えを見せつけるように持って笑っていた。

ちなみにこの2体のゼニガメはメスである。

驚く2人に背を向けたゼニガメたちはそのまま走って行った。

 

「「ああ! 待ちなさい(待ってよー)!!」」

 

逃げるゼニガメたち追いかけるリカとカスミ。走ったことで揺れる胸元を気にしていない2人は今の自分たちの格好がすっかり頭から抜けているのであった。

 

 

 

***

 

 

 

リカとカスミの声が聞こえた。茂みの奥で何かあったのか?

2人の元に向かおうとしたその時、

 

「ゼニゼニ」

 

「あ、ゼニガメ!」

 

茂みの奥から丸いサングラスの2体のゼニガメが現れた。

リカとカスミがいる方向から来たということは、こいつら2人に何かしたのか?

 

「ゼニー!」

 

一瞬思考しているとゼニガメたちが俺に向かって来る。

この距離ではボールは間に合わない、自分で応戦するしかないと思い両腕を構えると2体のゼニガメが大量の布らしき物を投げる。

視界が遮られ、反射的にその布を両手で掴む。

 

ゼニガメたちはその場から消えていた。

嘆息し、ふと手に取った布を見る。

 

「なんだこれ?」

 

どこかで見たような気もするけど――

 

「「待てー!!」」

 

リカとカスミの声がした。やはり何かされてたのか、そう思い顔を上げる。

 

「へ?」

 

「「あ」」

 

走ってきたリカとカスミは下着姿だった。

2人とも普段は服で隠れている立派な胸元が可愛いブラに包まれている。

くびれから臀部にかけての曲線もとても綺麗だ。

 

顔を真っ赤にするカスミとリカ。

俺の手にある2人の服を手渡した。

なんとか冷静になろうと頑張った。あと覚悟も決めた。

 

「あ、えと、もしかしてこれはお二人のお洋服でございますか? ど、どうぞお返ししま――」

 

「「み、見ないでぇえええ!!」」

 

2人は真っ赤な顔で俺にバッグを投擲した。

カスミとリカの『なげつける』、サトシに効果抜群だ!!

 

サトシは目の前が真っ暗になった。

 

 

 

「ご、ごめんなさいサトシ」

 

「本当にごめんね、まだ痛む?」

 

着替えを終えた2人は俺に謝って、心配してくれていた。

 

「いやいや平気だよ、2人こそ大変だったな」

 

こちらこそ申し訳ございません。脳内にあの衝撃の光景がバッチリ残ってしまいましたもので。

どうにかして消去するように努めますのでご容赦ください。

なんというかこういうラノベのお約束のような展開もなかなか悪くないよなあ、へへへ……

 

「サ、サトシ、本当に大丈夫なの?」

 

「やっぱり打ちどころが悪かったんじゃ……」

 

「あ、いやあ大丈夫だって。ほら、とにかく今はゼニガメ団だろ。さあ、行こうぜ」

 

こんなところで足止めするわけにもいかないしこの話は終わり。

納得してくれたのか微妙だがリカとカスミもゼニガメ団探しを再開した。

 

それにしても2人は10代とは思えない素晴らしいおもちをお持ち――ハッいかんいかん消去、消去だ!

……うーんでもやっぱり。

 

しばらく悶々とした葛藤が続くのであった。

 

 

 

***

 

 

 

散々いたずらを楽しんだゼニガメ団たちは隠れ家に戻るために森の中を歩いていた。

そこにいるのは4人でリーダーのゼニガメはいない。彼は今、別の場所で食料の調達をしていた。

4人はリーダーに「先に戻って休んでいろ」と言われていた。

今日はこの4人が特にいたずらを頑張っていたため、リーダーとしての労いの気持ちだった。

そうやって仲間を気遣えるポケモンだからこそ他のゼニガメたちは彼をリーダーとして信頼していた。

 

「ゼニ!」

 

1人のゼニガメが声を上げると他のゼニガメたちも反応した。

声を上げたゼニガメは一本の木を指さしていた。

みんなつられてその木を見ると、そこには一個の木の実が生っている。

それは『チイラのみ』と呼ばれる木の実だった。

とても美味しいが、一度に僅かしか実にならず希少価値が高いきのみだ。

 

ゼニガメたちは貴重な木の実の発見に小躍りした。

これを持って帰ればリーダーも喜んでくれると皆同じ気持ちで頷いた。

 

そして、木からチイラのみを落とそうと、一斉に『みずでっぽう』を発射した。

しかし、4体の『みずでっぽう』はチイラのみに当たらなかった。

 

ゼニガメたちが『みずでっぽう』を発射した直線上にスピアーの大群が通りかかったのだ。

『みずでっぽう』はスピアーたちに直撃した。

思わぬ出来事に驚くゼニガメ団。

全身を濡らしたスピアーたちは攻撃されたと思い、怒りの表情でゼニガメ団を睨みつけた。

 

ゼニガメたちは怒れるスピアーの気迫に当てられたのか体が竦み、少し後ずさるだけで精一杯だった。

 

スピアーの大群は目をぎらつかせると、一斉にゼニガメたちに襲い掛かった。

 

 

 

リーダーのゼニガメは悲鳴を聞いた。

それは聞き覚えのある声、仲間たちの声だ。ただならぬことが起こったと思い、リーダーのゼニガメは急いだ。

 

 

 

***

「今の声は……」

 

「ゼニガメ団だわ」

 

「あっちの方から聞こえたよ」

 

「何かあったのかもしれない、急ごう」

 

森の奥から聞こえた複数の悲鳴、ただならぬ状況であることがさっせられたため、俺たちはその悲鳴の元まで向かうことにした。

 

「つっても正確な場所がわからないよな」

 

行くのはいいがそこがネックだ。

 

「私に任せて、お願い『バタフリー』!」

 

「フリィフリィ!」

 

リカの投げたモンスターボールからバタフリーが現れる。

なるほど飛行能力があるポケモンなら空から探せるな。

 

「バタフリー、ゼニガメ団を探して、何か困ったことになってるかもしれないから」

 

「フリッ!」

 

しばらくするとバタフリーが戻ってきた。

 

「見つけたの?」

 

「フリィ!」

 

「みんな行こう!」

 

「「ああ(ええ)」」

 

俺たちはリカを先頭に飛行するバタフリーを追いかける。

 

バタフリーが連れてきてくれた場所には案の定ゼニガメ団がいた。

しかし、丸いサングラスの子分のゼニガメ4体は苦しそうに倒れ、リーダーの尖ったサングラスのゼニガメはパニックになっているのか、子分たちを揺すりながら必死に声をかけていた。

 

「おい、どうしたんだ!!」

 

「大変、みんな毒を浴びてるわ」

 

「は、早く治さないと」

 

「あ、どくけしが無い、モモンの実もだ!」

 

「わ、私も無いよ!」

 

「もう、こんな時に使い切ってるなんて!」

 

このあたりにモモンの実の木も無さそうだ。

 

「仕方ない、ゼニガメたちをポケモンセンターに連れて行こう」

 

「「ええ(うん)!」」

 

俺たちがゼニガメたちを抱き上げようとしたとき、リーダーのゼニガメが慌てて彼等を守ろうと俺たちを阻んだ。

必死で仲間を守ろうとしているのがわかる。

 

「ゼ、ゼニゼニ!!」

 

そうか、人間に捨てられたゼニガメにすれば、俺たちを信用するなんて無理な話だよな。

だけど、彼らをこのままにしてはおけない。

俺は膝をついてゼニガメとなるべく視線を合わせようとして話しかける。

 

「なあゼニガメ、俺たちはお前の仲間たちを助けたいだけなんだ」

 

「ゼニガ……」

 

「お前たちを捨てた人間のことなんか信用したくない気持ちはわかる。だけどこのままだとゼニガメたちの命が危ない。だから、俺たちに任せてくれないか?」

 

俺なりにゼニガメに気持ちを伝えたつもりだ。

彼が俺を信じてくれるかが問題だが。

 

「ゼニ!」

 

リーダーのゼニガメは俺の目を見て強く頷いて臨戦態勢を解いてくれた。

 

俺はカスミとリカに振り返り目で合図すると彼女たちは頷く。

倒れているゼニガメのうち、2人は俺が抱え、カスミとリカは1人ずつ抱えていくことになった。

 

森から町まで俺たちは走って行った。後ろからはリーダーのゼニガメが着いてきた。

 

町に到着した。

すると、町の大人たちが集まっていた。

そのうち1人が俺たちに気づいた。

 

「む、君たちは?」

 

「そいつらはゼニガメ団か!?」

 

「ええ、そうですけど」

 

俺たちを見て町の人たちは色めき立つ。

 

「そうか、君たちがこらしめてくれたのか、いやあ助かったよ」

 

この人たちにはそんな風に見えたか。

 

「違うんです。この子たち野生のポケモンに襲われて毒を浴びてしまったんです。だから、今からポケモンセンターに――」

 

俺がそう言うと町の人たちは皆怪訝な顔をした。

 

「何を言っているんだ。そいつらのせいでこの町がどれだけ迷惑を受けたことか。そんな奴らを助ける義理なんかない!」

 

俺たちが手に抱くゼニガメたちに冷たい目線を送りながら町の人たちは「そうだそうだ」と言い放つ。

なんだよそれ、ゼニガメたちは苦しんでいるんだぞ!

 

「そ、そんな、いくら悪戯を繰り返したからって、こんなに苦しんでいるのに助けないなんてあんまりです!!」

 

リカがゼニガメをギュッと抱きながら訴える。

しかし、町の人の態度は変わらない。

 

「苦しんでいるのはそいつらの自業自得だ! ともかく、そいつらをポケモンセンターに連れて行くなんぞ認めん!!」

 

「じゃあこのまま毒で苦しみ続けろっていうの!?」

 

全員で俺たちを通すまいと立ちふさがる町の人たちにカスミが言い放つ。

 

「そうだ、それがゼニガメ団への罰だ」

 

今まで散々な目に遭わされて怒りがある気持ちはわかる。だからと言ってこんなに苦しんでいるポケモンをそのままにするなんて俺は認めたくない。

最悪力づくでこの場を切り開くつもりで俺は覚悟を決めたその時、

 

「待って!」

 

俺たちの後ろから聞こえる声に振り返るとそこにいたのはポケモンを癒やす白衣の天使だ。

 

「「「ジョーイさん?」」」

 

ジョーイさんは決意を込めた目で町の人たちに向き合っていた。

 

「そのゼニガメたちはポケモンセンターで預かります」

 

「な、なにを言うんだねジョーイさん、そいつらは町に迷惑を――」

 

「たとえそうでも苦しんでいるポケモンがいるなら治療して健康な体にしてあげるのがポケモンセンターの役目です」

 

ジョーイさんははっきりとした口調でたくさんの大人たちに言い放つ。

その勇ましい姿は白衣の天使から白衣を纏った戦乙女にも見えてとても美しい。

 

「なな、そ、そんなこと私たちが許さん――」

 

「では私が許します」

 

現れたのは町を人をポケモンを守る婦警さんだ。

 

「「「ジュンサーさん!!」」」

 

「病気で倒れているポケモンをポケモンセンターに連れていって治療させるのは法で定められた人間の義務です。それを阻むというなら、私が法に則って対応させていただきます」

 

美しい声と意志のこもった眼で町の人たちを威圧する勇者のごとき姿勢に思わず見惚れる。

ジュンサーさんに断言された町の大人たちはもはや何も言えずに萎縮して大人しく道を開けるしかなかった。

 

「さあ、ポケモンセンターに行きましょう」

 

「「「はい!!!」」」

 

ジョーイさんの優しい言葉に俺たちは暖かい気持ちで頷き彼女の後に続いた。

 

 

 

***

 

 

 

町長はバーで酒をあおりながら苛立っていた。

 

「くそう! ゼニガメ団め、あんな連中をのさばらすなんぞ許せないというのに!」

 

町長は汚点であるゼニガメ団を成敗できなかったことに憤慨した。

どうにかしてあの厄介なポケモンたちを追い出さねばならない。

そう思い思案していると、近く人影があった。

 

「もしもしそこのお方」

 

「なにやらお困りのようですな」

 

「ニャーたちが聞いてあげてもいいニャ」

 

町長は怪訝な顔をしながらも話だけは聞こうと思い彼らを招いた。

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンセンターの回復装置の中でジョーイさんの治療を受けている4体のゼニガメたちをリーダーのゼニガメは心配そうに見つめていた。

 

「安心しろよゼニガメ、ジョーイさんに任せておけばきっとあいつらは元気になるよ」

 

ゼニガメは俺を見上げると小さく頷く。

 

 

 

ジョーイさんの懸命な治療の結果、4体のゼニガメたちは全快した。

そこまで酷い毒では無かったため治療時間も1時間もかからなかった。

俺とリカとカスミ、ジョーイさんとジュンサーさんはポケモンセンターの扉の前にいた。

 

「ゼニゼニー!」

 

「「「「ゼニゼニー!!!!」」」」

 

ゼニガメたちは互いに抱き合って喜びを分かち合ってる。

 

「良かったなみんな元気になって」

 

「「「「「ゼニゼニ!!!」」」」」

 

ゼニガメ団は俺たちに向かってお辞儀をした。

 

「ゼニガメたち、みんな町の人たちに謝ろう」

 

そう言うと疑問を浮かべるゼニガメに俺は続ける。

 

「君たちは人間を恨んでいるだろうけど、それがこの町の人たちを困らせていい理由にはならない。今までのことを謝って、簡単には許してもらえないかもしれない。だけど、自分たちが反省していることをこの町の人たちに示さないといけないんだ」

 

ゼニガメ団が互いに顔を見合わせて考え込んだ。しかし、すぐに答えは出たようで決意のこもった顔で俺に頷いた。

 

「しっかりと誠意を込めてごめんなさいするのよ」

 

「キチンと謝ればみんなわかってくれるはずだよ」

 

「そうね、この町の人たちは決して悪い人じゃないから」

 

「ええ、それからあなたたちの謝罪が受け入れられたら、反省のために町の奉仕活動をするのはどうかしら。一生懸命に頑張ればもう誰もあなたたちを邪険にしないはずよ」

 

「「「「「ゼニゼニガ!」」」」」

 

カスミ、リカ、ジョーイさんの励ましとジュンサーさんの提案に元気に頷くゼニガメ団。

彼らが頑張ればあとは何とかなりそうだと思った時だ。

 

大勢の足音がこちらに向かってきているのが聞こえた。

町長を中心とした町の人たち凡そ30人がポケモンセンターに集まってきた。

皆顔を引き締めている様子からゼニガメ団を追い払う準備をしているのがわかる。

 

ゼニガメ団を見ると真剣な顔で町の人たちを見ている。覚悟は決まっているようだな。

俺はリカとカスミに目で合図を送る。

 

「あの、町の皆さんにゼニガメたちからお話が――」

 

「さあ先生方、やってください!!」

 

俺の言葉を遮った町長が叫ぶ。

人垣が割れてそこから現れたのは『R』の文字の入った制服を着た人間の男女2人と1体のニャース。

 

「な、なんだ!?」

 

「なんだかんだと――」

 

(省略

 

「「「ロケット団!!!?」」」

 

「この町で何をやってるんだ!!」

 

「何って人助けよ」

 

「人助け? あんたたちが?」

 

「そうだ、この町の平和を脅かすゼニガメ団とかいう悪いポケモンたちを駆除するという仕事さ」

 

「ここにいる町長直々に頼まれたのニャ」

 

その言葉にジョーイさんが困惑する。

 

「そ、そんな、ゼニガメたちは町の皆さんに今までのことを謝ろうとしてるんですよ!」

 

「何が謝罪だ、そんな奴らが謝るなんてできるはずがないだろうが! ゼニガメ団にはこの町から消えてもらう!!」

 

町長は憤怒の感情を隠そうともせずにゼニガメ団を睨みつける。

 

「待ちなさい、そんな横暴認められないわ!」

 

「黙れ、役立たずの警察にはもう用はない!!」

 

ジュンサーさんの反論にも町長以下町人とロケット団は聞く耳を持たない。

 

「「というわけで、ゼニガメ団覚悟!!」」

 

雇われたというロケット団は拳銃のような武器を取り出した。

 

「んな、あんな武器なんてありかよ!!」

 

ポケモン相手にあんな危険な武器を使う気か!

 

「ゼニガメたち逃げて!!」

 

「対ポケモン用特性銃よ」

 

「ははは、これでゼニガメ団は木端微塵だぜ!!」

 

ロケット団が拳銃を向けるとゼニガメ団たちは驚愕を浮かべて動かなくなる。

あんなのを撃たれたらゼニガメたちは……そんなこと――

 

「さあせるかああああああ!!!」

 

俺は地面を蹴り上げロケット団の2人に突進した。

火事場の馬鹿力というのか一歩で最高速度に達した俺はロケット団の2人、ムサシとコジロウの銃を構える腕を捻りあげる。

 

「んな、ジャリボーイ!?」

 

「こんのぉ邪魔しないでよ!」

 

「「サトシ!!?」」

 

カスミとリカの声が聞こえた。

俺のことはいい、今は2人に頼みたい。

 

「ゼニガメたちを連れて逃げろぉ!!」

 

リカとカスミは頷くとゼニガメたちを連れてこの場から逃げる。

 

「そらあ、町の威信にかけてゼニガメ団を成敗するぞお!!」

 

「ま、待ってくださ――」

 

「こら、やめなさ――」

 

ジョーイさんとジュンサーさんの制止の声にも誰も耳を傾けずにゼニガメ団を追いかけてしまった。ジョーイさんとジュンサーさんは人波にのまれながらも懸命にみんなを止めようとしている。

 

「おお、助かるぜ町のみんな!」

 

「あ、町の者がゼニガメ団を仕留めたらギャラは半分にするから」

 

「「なぁにぃ!!」」

 

町長がボソリと言うとロケット団の2人は町長の言葉に血相を変えて予想外の動きと力で俺の拘束から抜け出した。

思わぬ素早い動きに俺も反応が遅れて気がついたらムサシとコジロウは俺の後ろを走っていた。

 

「あ、待てロケット団!!」

 

「お前に構ってる暇はないんだよ!!」

 

「ギャラ半分なんて冗談じゃないわ! なんとしてもゼニガメ団は私たちロケット団が仕留めるのよ!!」

 

走り去っていくロケット団、そして町の人たち。

このままゼニガメ団を傷つけさせるわけにはいかない、なんとしても彼らを守る。

俺はみんなを追って行った。

 

 

 

***

 

 

 

リカとカスミはゼニガメ団と一緒に走って町を出ていた。

 

「逃げるったってどうするの!?」

 

「とにかく今は落ち着いて隠れられる場所に行かないと!」

 

「そうね、ひとまず森まで逃げましょう!」

 

「なにか飛んでる!?」

 

空を見上げたカスミとリカが目撃したのは大きなニャースの首、その正体はロケット団の気球だった。

 

「「なーははははは!!!」」

 

ロケット団の笑い声がすると、何かが気球から落ちてきた。

それは複数の黒色の球体だ。しかも、一部分が赤い、否、火がともっている。

その正体に気づいたリカとカスミは背筋が凍る。

 

「みんな避けてえええええっ!!!」

 

轟音と爆発。発生した爆風と熱と煙がカスミとリカとゼニガメ団を襲う。

反応が速かったお蔭か、リカたちに怪我は無い。

 

「爆弾なんてあいつら正気!?」

 

「危ないよ、下手したら死んじゃうじゃない!!」

 

「ははは、安心しろ。爆発はするが殺傷能力は低めだ。せいぜい強い衝撃と熱があるくらいさ!」

 

「さっそくギャラ、もといゼニガメ団を発見よ」

 

「そらそら、どんどん投下だニャ」

 

ロケット団はゼニガメ団を狙って次々と爆弾を落としていく。外れた爆弾が森の木々に当たり爆発していく。

 

「よぉし、このお手製爆弾を使えば、ゼニガメ団も今度こそ木端微塵だ」

 

「ほほほ、私たちの美しい手際こそ芸術、芸術は爆発よお!!」

 

ムサシ、コジロウ、ニャースは爆弾を大量に取り出し、落下させる準備を整える。

 

「ほほほ、さあとどめ……はっはっハックション!!!」

 

狙いを定めたところでムサシはくしゃみをしてしまった。その勢いで彼女の手に持った爆弾が滑り落ちた。

 

「「「あ」」」

 

つまり爆弾は気球内で落ちることを意味し、爆発した。

 

「いいところだったのにー!」

 

「また俺たちは決まらないのかー!」

 

「ここまで来ると慣れてきたニャー」

 

「「「やな感じー!!!」」」

 

ロケット団は自滅して飛んでいってしまった。

 

「助かった……のかな?」

 

「そうね、あとは町の人たちを説得すれば――え?」

 

最初に異常事態に気づいたのはカスミだった。

まず感じたのは気温の上昇、走ったとはいえ異常なほどの熱を感じていた。

森を見渡すと、あちこちが燃えていた。

ロケット団が無差別に落とした爆弾は僅かな火でありながら大量に落としたことにより燃え広がってしまった。

森は瞬く間に赤い炎に包まれる。

 

「な、森が!」

 

リカもゼニガメ団も森が焼けようとしていることに気づき驚愕する。

 

「な、なんだこれは!?」

 

次いでゼニガメ団を追って来た町長を中心とした町の人間たちもこの異常事態を把握してしまった。

町の一部である森が燃える、そこに住むポケモンたちにも被害が及ぶ。

 

「水だ、水を持って来るんだ!」

 

「急げ、速く火を消すんだ!」

 

町長の言葉を号令に町の人間たちが動く。実はこの町の人間は水タイプのポケモンを所持していなかった。タイミングの悪いことだが今は嘆いていても仕方がない。町に戻り水を汲んできて火を消さなければ、森が取り返しのつかないことになる。そう思いみんなが活動する。

 

「リカー、カスミー、ゼニガメだーん!」

 

そんな時、町の人間たちとロケット団を追って来たサトシがリカとカスミに合流する。

 

「「サトシ!!」」

 

「どうやらロケット団どころじゃないみたいだな、火を消すぞ!」

 

「ええっ!」

 

「うん!」

 

「ニドリーノ『みずのはどう』だ!」

 

「ニドラン『みずのはどう』!」

 

「ヒトデマン『バブルこうせん』、スターミー、トサキント『みずのはどう』!!」

 

「ニドォ!」

 

「ニン!」

 

「ヘア!」

 

「ハッ!」

 

「トサキ~ン!」

 

サトシたちが自分のポケモンたちを出して消火活動に当たる。

5体の水タイプの技により、火は消えていく。しかし、火はそれ以上に強かった。

消してもまた火は範囲を拡大させていく。

町の人間が水を汲んできたが大した援護にはならない。

 

「くそ、火の勢いが強すぎる!」

 

「このままじゃどんどん焼けちゃうよ!」

 

「どうしたら……」

 

自分のポケモンたちだけではここまでが限界であると知り悔しがる3人。

 

「そうだ、ゼニガメたち、力を貸してくれ!!」

 

「「「「「ゼニ?」」」」」

 

水タイプのポケモンはまだいた。

ゼニガメ団の力があれば、どうにかできるかもしれない。

 

「みんなの水技で森の火を消してくれ、君たちだけが頼りなんだ!!」

 

サトシの言葉にゼニガメ団は強く頷く。

 

「「「「「ゼニゼニ!」」」」」

 

ゼニガメ団たち5体は水技を放つサトシたちのポケモンに並び、思いっきり息を吸い込む。

 

「「「「「ゼェニュウウウウウウ!!!!!」」」」」

 

大量の『みずでっぽう』が発射された。

それは膨大な水流となって、燃えている木々を次々と鎮火していく。

サトシのポケモンたちも負けじと力を振り絞って鎮火に努める。

 

火はどんどん消えて行った。

そして数分後、どこにも火は見当たらなくなった。

 

「「やったあ!!」」

 

「火が消えたぜ!!」

 

カスミとリカが互いの両手を握って跳びあがり、サトシはガッツポーズをした。

 

「みんなよくやった!」

 

サトシたちのポケモン、そしてゼニガメ団が嬉しそうに鳴いて喜びを表す。

 

すると、後ろにいた町の人間たちの大歓声が森を包み込んだ。

そこには敵意も悪意も存在せず、功労者を称える気持ちだけが満ちていた。

 

 

 

***

 

 

 

ゼニガメたちが整列して町の人たちに頭を下げた。

 

今までの悪戯の謝罪をこめた彼らの誠意だ。

ゼニガメ団は頭を下げたまま動かない。

すると、町長がゼニガメ団の前に立った。

 

「ゼニガメ団、頭をあげてほしい。その、こちらこそ済まなかった。人間に捨てられた君たちの気持ちをわかろうとしなかった。思い返せば、始めてこの町に訪れた君たちを私たちは気にせず放っておいたのだ。あの時君たちに手を差し伸べられなかった私たちが悪かったのだ。許してくれ」

 

町長は悲痛さと申し訳なさを顔に浮かべてゼニガメ団に頭を下げた。

ゼニガメ団は下げていた頭を上げる。

 

「ゼニ……」

 

「そして、ありがとう。君たちのおかげで森が焼けずに済んだ。本当に感謝する」

 

町長がゼニガメ団に目線を合わせると、リーダーのゼニガメに歩み寄り手を差し出した。

その手をゼニガメは掴んだ。

 

町の人たちから歓声と拍手が起こる。

ジョーイさんもジュンサーさんも俺たちも自然と笑顔になり拍手していた。

 

すると、ジュンサーさんが町長とゼニガメ団に歩み寄った。

 

「提案なんですが、彼等に消防団になってもらっては?」

 

「消防団?」

 

「ここら一帯は水ポケモンが少ないですし、彼等の力があれば安心だと思います」

 

確かに、さっきの事態になったとき町の人たちは水ポケモンがいないために鎮火に手間取っていた。もしゼニガメ団が消防団になってくれればそれも解決するだろう。

 

「どうだろうゼニガメたち?」

 

町長が恐る恐るゼニガメ団に尋ねるとゼニガメ団はニヤリと笑う。

 

「「「「「ゼニゼニィ!!!!!」」」」」

 

みんな「任せろ!」とばかりに強く頷いた。

またも湧き上がる大歓声。人とポケモンが手を取り合って生きようとする姿に俺は胸に歓喜が沸き上がった。それはきっとリカとカスミも同じなのだろう。瞳を潤ませていた。

 

 

 

***

 

 

 

町の人たちから感謝された俺たちは彼らに見送られて町を出た。

一番近いクチバシティを目指さなければと自然と歩行が速くなる。

 

ちなみに俺の足元ではピカチュウが歩いている。心なしか落ち込んでいるようにも見える。耳も垂れているし。

 

「どうしたのピカチュウ?」

 

リカが尋ねると、ピカチュウは弱弱しく「ピカ……」と答えた。なんとなくだが「今日、僕ほとんど活躍しなかった」と言っているように聞こえた。なんとなくだけど。

 

「待ってー!」

 

その時、後ろから声をかけられた。

 

「ゼニィ!」

 

「ジュンサーさん、とゼニガメ?」

 

2人は全速力で走ってきたのか、息を切らしていた。

激しく動くミニスカから伸びる脚も美しいですし、走って体温が上がった影響で頬が赤くなるのも色っぽいですし、「はぁはぁ」と荒くなる呼吸も艶っぽいです、じゃなくて、なんで追ってきたんですか?

 

「それが、この子がね……」

 

「ゼニ!」

 

尖ったサングラスのリーダーのゼニガメが俺の足元に来て、俺を見上げて手をあげた。

これはデジャヴ、オツキミ山でリカがピッピをゲットしたときのような――

 

「もしかしてサトシのポケモンになりたいの?」

 

「ゼニガ!」

 

リカの言葉にゼニガメは頷く。

 

「ゼニガメ団はどうするの?」

 

「あの子たちも了承しているわ。あとはあなたさえよければなんだけど」

 

カスミの疑問にジュンサーさんは答え、俺に確認した。

 

「ゼニィ……」

 

ゼニガメはサングラスを取ると、つぶらな瞳で俺を見つめていた。

うん、可愛い。

 

「わかった、一緒に行こうぜゼニガメ!」

 

俺はモンスターボールを取り出してゼニガメ向ける。

 

「ゼニー!」

 

ゼニガメは満面の笑みでボールに飛び込んできた。ボールが開きゼニガメを吸い込む。揺れはすぐに収まる。

 

「ゼニガメ、ゲットだぜ!」

 

「ピ、ピカチュウ!」

 

ピカチュウも喜んでくれた。

こうして仲間が増えていくの本当に嬉しい。次はどんなポケモンが仲間になるのか本当に楽しみだぜ!




今回はお色気描写が多めかもですね。
ロケット団って普通に銃刀法違反で、町の人たちは公務執行妨害ですよね。

活動報告でご意見を募集しています。
よろしければご一読ください。


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癒しの隠れ里 フシギダネ登場

もっと執筆能力と速度を上げたいです!


ゼニガメを仲間にした俺たちはクチバシティを目指して旅を続けていた。

早くジムに挑戦したい気持ちもあるがせっかく旅をしているのだからゆっくりと寄り道するのも悪くない。

なので森の中で一休み。

 

「はー自然の中は空気が美味しいわねー」

 

「いつも野宿は嫌とか言ってないかー」

 

「こういう気分の時もあるのー」

 

女心と秋の空とはよく言ったものだ。カスミは長閑な声で落ち着いている、と思ったら寝ている俺の横にカスミも寝転がった。

そして、俺に肩を寄せてきた。

 

「お、おいカスミ?」

 

甘い香りと触れる肌の感触にドキリとする。

 

「なんか、こういう長閑な気持ちになれるっていいわねー。サトシとこうして一緒にいられるのも、いいな……」

 

吐息のように呟くカスミの頬は赤く瞳は潤んでいた。その姿に俺は生唾を飲み込む。俺を見つめる彼女の姿がとても色気があった。

カスミ、女の子と思ってたけど、こんな綺麗な女性なんだな……

胸の鼓動が速くなる。ジッと俺を捉えた視線に何か応えなければならないのではと口を動かす。

 

「カスミ……」

 

「サトシ……」

 

俺はカスミに顔を近づける。カスミも俺に顔を近づける。そして、2人の距離は……

 

「むー……」

 

可愛らしい声がした。

 

「「わっリカッ!」」

 

リカはジト目で俺とカスミをジーッと見ると頬をハリーセンのように膨らませていた。

 

「私もいるのに……」

 

「ま、まあなんというか自然の力に乗せられたというか……」

 

「い、いや、べ、別に抜け駆けとかそんなこと思ってないから……ほら、リカ反対側空いてるわよ!」

 

「お邪魔します」

 

はや、回答はや!

次の瞬間リカは俺の隣で寝転がった。なんという速さこれは『でんこうせっか』いや『しんそく』だ!

カスミと反対側に来たリカはいつのまにか俺の手を握っていた。

俺を無造作に広がる長い髪、潤んだ瞳で見上げる姿は蠱惑的で胸がドキリと鳴った。

リカ綺麗だな。それにあの髪の毛どんな感触がするんだろう、柔らかいのかな。

俺は彼女の広がっている髪に手を伸ばす。リカは俺の行動に無言だが「いいよ」と言っているように「笑顔」を向けた。その顔がとても大人っぽくてさらに鼓動が高まる。俺の手がリカの髪に――

 

ガサリと音がした。

 

「「「わあ!!!」」」

 

ビクリと反応した俺たちは音がした方向を見る。

するとそこからポケモンが現れた。

頭から草を生やした丸くて脚の生えたポケモン。

 

「ナゾ?」

 

「あれは、ナゾノクサだな」

 

「へー可愛いじゃない」

 

カスミがナゾノクサの姿に反応して立ち上がる。

 

「水ポケモンじゃなくて草ポケモンだぞ」

 

「そうだけど可愛いものは可愛いの」

 

カスミはナゾノクサに歩み寄る。ナゾノクサはカスミの姿にビクリと驚き顔を少し強張らせていた。

 

「こんにちはー、怖いことしないから安心してー」

 

笑顔で両手を広げて近づくカスミをナゾノクサは怖がりながらも興味深そうに見上げていた。

ザワリと空気が動く。

 

「危ないカスミ!」

 

「きゃ!」

 

俺は直感に従いカスミに後ろから覆いかぶさる。カスミが立っていた場所に何かが飛来する。

 

「な、なに!?」

 

見上げるとそこにあったのは見覚えのある蔦だった。その蔦は茂みから伸びていて、そこに引っ込んだ。

そして、蔦の主が姿を現わす。

 

「ダネェ!」

 

そこにいたのは、たねポケモンのフシギダネだ。

 

「「「フシギダネ!?」」」

 

どうりで蔦に見覚えがあったわけだ。

目の前にいるフシギダネはリカのフシギダネよりもどこか気の強そうな顔つきをしている。

フシギダネは俺たちを敵と認定しているのか目を吊り上げて睨んでいる。

ナゾノクサの仲間なのか。

 

「待ってくれ、俺たちは君の仲間に酷いことしようとしたわけじゃない」

 

俺は前に出て野生のフシギダネに弁解する。しかしフシギダネは2本の蔦を出して威嚇する。

 

「ダネェ!」

 

膠着状態の中飛び出したのは昼寝をしていたリカのフシギダネだ。彼女は野生のフシギダネに近づく。

 

「ダネダネ」

 

同族が現れたのが嬉しいのかリカのフシギダネは笑顔と愛らしい声で野生のフシギダネに近づく。額の花もいつもより元気に咲いているようにも思える。

 

こうして見ると野生のフシギダネはリカのフシギダネよりも大きく見える。目つきもリカのフシギダネに比べれば鋭く強気な性格であることが伺える。

 

野生のフシギダネは同族が現れたことに驚いていた。

彼女を見て多少敵意が薄れたように見える。

 

するとフシギダネはナゾノクサに声をかける。ナゾノクサはそのまま茂みの奥に駆け足で入っていった。

 

フシギダネはこちらを一瞥するとナゾノクサが行った方向に姿を消した。

 

「ダネ……」

 

リカのフシギダネは残念そうな声を出して野生のフシギダネが消えた茂みを見つめていた。

 

「ひとまず解決……かな」

 

「結構好戦的なフシギダネだったわね」

 

「あんまり考えたくないけど、人間が嫌い、とかかな?」

 

その可能性はあり得る。人間に酷い目に遭わされたポケモンは人間不信になる。

そんなポケモンには何度も出会った。

先日ゲットしたゼニガメがまさにそうだ。彼は俺を信じてくれたが、全てのポケモンが考え直してくれるとは限らない。

 

あのフシギダネはどうなのだろうか。

俺はあれこれ考えながら彼が姿を消した茂みを見つめていた。

 

 

 

***

 

 

 

旅を再開して俺たちは森の中を歩く。

 

背中にゾワリと何か走る、嫌な予感。

 

「避けろ!」

 

俺は反射的に跳びあがりながらリカとカスミに警告した。

カスミは俺に合わせてその場から離れたが、リカは反応が遅れてしまった。

 

「え、きゃあああー!」

 

目の前でリカが足から持ち上げられた。

リカは地面に仕掛けられた縄の罠に引っかかってしまった。輪っかになっている縄の中に足が入るとそのまま吊るし上げられるという仕掛けだ。

 

「た、たすけてー!」

 

これはスカートを抑えている両手に注目すべきか腕に挟まれている豊満な胸に注目すべきか、悩む、悩むぜ!

後頭部を引っぱたかれた。痛いですカスミさん!

 

「変なこと考えてないで早く助けなさい!」

 

「す、すいません!」

 

俺はリカの足首に巻きついている縄をどうにか解こうとする。しかし、このまま解いたらリカは頭から落ちるぞどうする?

 

「もう、私が縄を解くからサトシはリカを支えてて」

 

あ、そうですね。2人でやればいいんだ。

 

俺はリカの上半身を両腕で支える。そしてカスミが縄を解いた。

勢いよくリカの脚は降りたため、怪我をしないように右手で脚を受け止めた。

一件落着か、と安堵していると左手で支えているリカと目が合った。この体勢は半分お姫様抱っこのようで照れ臭いな。俺もリカも誤魔化すようにはにかむ。

 

「リカもう立てるでしょ」

 

「はーい」

 

カスミが鋭い声で指摘するとリカはシュタっと立ち上がる。やはり動きは速い。

俺も立ち上がり再び歩き出した。

 

 

 

どうなってるんだこの森は!?

罠だらけじゃないか!?

 

さっきの縄だけじゃなく、落とし穴、いくつもあった。どうにかギリギリの回避はできたがこれだけの罠の数は異常だ。明らかに誰かが仕掛けたものだ。

 

「この先に何か人に知られたくないものでもあるのか?」

 

「それか何かを守りたいのかもしれないわ」

 

そうして罠を警戒しながら辺りを見渡して歩みを進めた。

 

「あ、小屋があるよ」

 

リカが指した先には一階建ての木造建築の小屋があった。やっぱり森の中に人がいるようだ。

 

「ねえ、あそこ見て」

 

カスミが指さした先は小屋の近くの原っぱで近くに池もある。そこにはたくさんのポケモンがいた。

原っぱにはコラッタ、パラス、ウツドン、ナゾノクサ、キノココ、タネボー

池にはコイキング、ヒトデマン、マリル、ウパー

 

「あのナゾノクサ、さっきのやつじゃないか?」

 

「あ、そういえば」

 

種族の違うポケモンたちが一か所に集まっているのは珍しい、しかも、彼らはポケモンフーズを食べている。そして近くには人が住んでいると思われる小屋。つまりあのポケモンたちは誰かのポケモンということか。

 

「はーいみんなー、マッサージの時間よー」

 

小屋から女性が現れポケモンたちに笑顔で呼びかけた。ポケモンたちは嬉しそうに女性の元に走って集まった。ちなみにコイキングは池でバシャバシャ嬉しそうに跳ねるだけだった。

 

「あの、こんにちは」

 

「あらこんにちは」

 

振り返った人はピンクのカチューシャを髪にしていて、赤いオーバーオールを着ている綺麗な女性だった。

女性は俺たちに微笑んで答えてくれた。

 

「俺たち旅のトレーナーなんです、ポケモンたちを見かけてなんだろうと思ってここまで来たんです。あ、俺はマサラタウンのサトシです」

 

「同じくマサラタウンのリカです」

 

「私はハナダシティのカスミです」

 

「私はミドリよ。この隠れ里で、ポケモンたちの療養させているの」

 

なるほどここはポケモン専用の療養施設ということか。自然の中はポケモンたちが喜ぶのだろう。

「隠れ里」というのは人に知られずにポケモンを癒すということか。

 

「自然の中で療法なんて素敵ですね。この子たちはみんなミドリさんのポケモンなんですか?」

 

「いいえ、この子たちはみんな野生のポケモンたちよ」

 

「じゃあ、ミドリさんはポケモンのお医者さんということですか?」

 

「いいえ、残念ながら医療資格は持ってないの。それでも私は傷ついたポケモンたちを元気にしてあげたいの」

 

「傷ついた、ですか?」

 

その言い方はまるで酷い仕打ちがあったかのような。

 

「この子たちは、バトルで大怪我を負ったり、トレーナーに捨てられたポケモンたちなの。そんな身も心も傷ついたポケモンたちを放ってはおけないじゃない」

 

ここにも捨てられたポケモンたちがいるのか。どこに行ってもその問題はつきまとうようだな。

人間の身勝手でポケモンたちが傷ついてしまうのは同じ人間としてポケモントレーナーとして申し訳なく悲しくなってしまう。そんな傷ついたポケモンたちを癒してあげようとしている人がいる。それなのにポケモンを扱う俺たちトレーナーがなにもしなくていいのだろうか?

俺がカスミとリカに目線を送ると彼女たちは口角を上げて俺に頷いた。

考えることは同じようだな、嬉しいぜ。

 

「俺たちも何かお手伝いできることはありますか?」

 

「え?」

 

ミドリさんが意外そうな顔で俺たちを見た。

 

「その、俺は野生のポケモンとバトルで傷つけることもありますし、そのあと野生のポケモンたちがどうなるとか今まで考えてなかったです。だから、せめて少しでもポケモンたちのために何かしたいんです。ご迷惑でなければ何かお手伝いさせてください」

 

「私も傷ついたポケモンを元気にしてあげたいです」

 

「私もお手伝いします」

 

俺たちの気持ちが通じたのか、ミドリは嬉しそうに笑ってくれた。

 

「じゃあ、お願いしちゃおうかしら。この子たちの体をマッサージしてほぐしてあげたいの」

 

「「「わかりました」」」

 

「あ、せっかくだからあなたたちのポケモンもここで遊ばせたらどうかしら、旅の疲れが取れるかもしれないわ」

 

「わかりました、みんな出てこーい!」

 

俺たちは自分たちのポケモンをボールから出した。

 

「ピカ!」

 

「リノ!」

 

「スピ!」

 

「カゲ!」

 

「ゼニ!」

 

「そぉれ!」

 

「ダネ!」

 

「ニン!」

 

「フリ!」

 

「ピッ!」

 

「出てきなさーい!」

 

「ヘア!」

 

「フウ!」

 

「トサキ〜ン!」

 

俺たちのポケモンたちは走り回って思い思いに自然の中で遊び始めた。

 

ちなみに森の中の多くの罠はミドリさんが仕掛けたものらしい。隠れ里のポケモンたちにトレーナーが手を出さないようにするためのささやかな抵抗ということらしい。「隠れ里」を守るためのものということか。

 

俺たちトレーナーはミドリさんと一緒にポケモンたちのマッサージを始めた。ちなみに俺はマリル、リカはコラッタ、カスミはナゾノクサだ。

 

マリルって結構プニプニしてるな。

 

「リル〜」

 

かっわいいなこいつ〜

 

「さっきは怖がらせてごめんなさいね」

 

「ナゾ?」

 

ふと見るとカスミはマッサージしながらナゾノクサに話しかけていた。

 

「ポケモントレーナーって自分のポケモンを強くしたり体調のことだったりでそれだけで手いっぱいになって、野生のポケモンのことを顧みないことが多いのよね。ポケモントレーナーは自分のポケモンのことだけじゃなくて、他のポケモンのことも気にかけないといけないのにね」

 

「ナゾ」

 

カスミは膝の上にいるナゾノクサに微笑みながら自分の気持ちを伝えた。ナゾノクサはカスミの気持ちが通じたのか笑顔で答えた。

それを見たカスミは可愛らしい笑顔になる。

 

「うふふ、可愛い!」

 

その時、カスミの体は何かに吹き飛ばされた。

 

「ダネェ!!」

 

「きゃあ!?」

 

「「カスミ!?」」

 

地面に倒れるカスミを抱き起す。

 

「大丈夫かカスミ?」

 

「え、ええ、大したことないわ」

 

見るとカスミの肩は腫れていた。かなりの力で叩かれたことが分かる。カスミも強がっているが痛そうにしている。

カスミを襲ったのは『つるのムチ』だ。そして、技を放った犯人もすぐそこにいる。

 

「ダネェ」

 

フシギダネだ。

俺たちに向けるこの眼、見ただけでわかる激しい憎悪が宿っている。ここにいるのは人間に捨てられたポケモンたちもいる。フシギダネのこの激情は間違いなく人間を憎んでのものだ。

だけど――

 

「フシギダネ、お前が人間を憎んでいるのはよくわかる。けどな、だからって俺の大事な仲間をむやみに傷つけるのは許せない! そんなに憎いなら俺が相手だ、かかってこい!」

 

「ダネエ!!」

 

フシギダネは「上等だ!」と言わんばかりに俺を威嚇する。

 

「やめなさいフシギダネ、彼らは悪い人たちじゃないのよ」

 

ミドリさんに言われたフシギダネは俺たちを一瞥すると茂みの奥に消えて行った。

 

「ごめんなさいね、あの子少し荒っぽいところがあるから」

 

「ミドリさん、もしかしてあのフシギダネはナゾノクサを守ろうとしていたんですか? 実はここに来る前にここのナゾノクサに出会ったんです。そしたらあのフシギダネが間に入って来たんです」

 

「そうだったの。ええそうよ、フシギダネはここにいるポケモンたちを守ってくれてるわ。バトルが得意でこの里の用心棒をしてくれてるの」

 

ミドリさん曰く、あのフシギダネも捨てられたポケモン。バトルが得意なポケモンが捨てられることは珍しいがもしかしたらポケモンを捨てる自身の主人を見限ったのかもしれないということらしい。

だから人間不信でここのポケモンを守ろうとしているのだろう。

人間を憎むのは仕方のないことだ。しかし、このまま憎んだままでいて欲しくないと俺は思った。

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンたちのマッサージを終えて、やることが無くなった俺たちは森のパトロールを提案した。

俺が1人、カスミとリカがペアで森の中を散策することになった。

さてさて、美味しい木の実さーん、ポケモンたちのために瑞々しいその御姿を私めにお見せくださーい。

 

足音がした。リカとカスミではない。彼女たちが散策しているのとは別方向、具体的には俺が歩いている二時の方向といったところか。

 

すると、そこに人影があった。

その人影を観察していると、何かを置いて走りだそうとしていた。俺は声をかける。

 

「おい、何やってるんだ!」

 

人影は俺と同年代の少年だった。少年は俺に気づくとギクリと動きを止めた。彼が置いたものを見るとそれはポケモンだった。

丸い体に丸い頭に大きな顎のありじごくポケモンのナックラーだ。確かホウエン地方のポケモンだ。

ナックラーは寂しげにジッと少年を見ていた。

 

「このナックラーを捨てようとしていたのか?」

 

「な、なんだよ。別にいいだろ捕まえたポケモンを捨てようがどうしようが、トレーナーの自由だ」

 

「彼を見て本当にそんなことが言えるのか! お前を呼んでずっと鳴いているんだぞ!」

 

「し、知らないよそんなこと。そもそもポケモンは野生の生き物なんだから野生に帰したって問題ないだろ!」

 

「ポケモンをゲットしたトレーナーにはそのポケモンのことを考える責任があるんだ。ポケモンの気持ちを無視して勝手に捨てるなんていいわけないだろが!」

 

捨てられそうになっているナックラーは不安げにトレーナーの少年を見上げていた。

 

 

 

***

 

 

 

一方そのころ、サトシと分かれて森の見回りをしているリカとカスミは森を一人で歩いている少年を見つけた。

 

「ねえそこの君」

 

カスミが近づきながら声をかけると、少年はビクリと反応して振り返った。近づくカスミとリカから逃げようとしているのか少しずつ後ずさりをしているが、動き出そうとはしていない。

リカとカスミはそのまま少年に近づいた。

遠目からはわからなかったが近づいて気づく。少年はこぐまポケモンのヒメグマを抱えていた。

 

「君、なにしてるの?」

 

「ええ、と……その……」

 

先ほどの少年の動きはヒメグマを木の根っこに下ろそうとしているように見えた。

 

少年はリカとカスミを見ると明らかに動揺してヒメグマを抱きしめていた。

 

「その子、どうするの?」

 

リカは屈んで少年と目線を合わせると優しく話しかける。少年の抱いているヒメグマは眠っていた。

少年は恐る恐るという態度で口を開いた。

 

「パパが、まだポケモンをもっちゃダメだって、だからすてなさいって」

 

今にも泣きそうな少年にリカとカスミは互いに曇らせた顔を合わせて、どうしようかと思っているとまた人が近づいてくる。

現れたのは眼鏡をかけた男性だった。

 

「ヒロト」

 

「パパ……」

 

現れた男性は少年――ヒロトと呼ばれてた――の父親だった。彼は厳しい目でヒロトとその腕に抱かれたヒメグマを見ていた。

 

「捨てたんじゃなかったのか?」

 

「ご、ごめんなさいパパ、でも……」

 

「いいからヒメグマを捨てるんだ」

 

「待ってください、そんなの酷いです!」

 

有無を言わさぬ父親の言葉にリカが思わず抗議する。案の定ヒロトの父親は怪訝な顔でリカを見て、次いで一緒に現れたカスミのことも見た。

 

「なんだね君たちは」

 

「私たちは旅のトレーナーです。本人が嫌がってるのにポケモンを捨てさせるなんておかしいです!」

 

「君たちには関係ないだろう、黙っててくれ。これは親子の問題なんだ」

 

「いいえ、トレーナーとして黙っていられません。一度でも手にしたポケモンなら、愛情を注ぐべきです。それはトレーナーだけじゃなくて人間としての義務です」

 

リカとカスミを言葉を聞いたヒロトの父親は呆れたように嘆息した。

 

「子供の意見だ。そんなに上手くいくはずがない。第一この子は10歳になっていなくてトレーナーの資格は持てない上に我が家にはポケモントレーナー経験者はいない。ポケモンを扱える人間はいないんだ」

 

「扱えなくても家族にはなれます!」

 

「やはり子供だ。ポケモンは大きな力を持っている。トレーナーでもない人間にどうにかできるはずがない。責任の持てないことをするべきではない」

 

「だからって捨てるんですか!?」

 

リカとカスミの必死の訴えにヒロトの父親は聞く耳を持たない。

 

「とにかく我が家で決まったことだ。何度も言うが口出ししないでもらいたい。いくぞヒロト」

 

「いやだ!」

 

父親の伸ばした手を振り払いヒロトはヒメグマを庇うように抱きしめる。

 

「な――!?」

 

「ぼ、僕やっぱりヒメグマとお別れしたくない! いっしょに暮らしたいよ。お願いお父さん、ヒメグマといっしょにいさせて!」

 

するとヒメグマは目を覚ました。

ヒメグマはヒロトの胸で気持ち良さそうに額をくっつける。

 

「聞き分けのないことを言うんじゃない、育てられないんだから仕方ないだろう。そのヒメグマは捨てるんだ」

 

ヒロトの必死の叫びに対し父親は厳しい目で諫める言葉を放つ。

 

口を出したはいいが自分たちは親子の問題にこれ以上踏み込んでいいものか、しかし、捨てられるヒメグマを放ってはおけないとカスミもリカも悩んでいるその時だ。

 

「あ、サトシ」

 

別の場所を散策していたサトシが現れた。見知らぬ男と一緒に。

 

「どうしたの? ってその人誰?」

 

「こいつポケモンを捨てようとしている不届き者だ。今説教してるところだ」

 

「こいつじゃねえ、俺にはタカシって名前があんだよ! それに何度も言うが自分のポケモンをどうしようがトレーナーの自由だ」

 

まさか同じ問題を抱えていたとは、これで2つの問題が発生してしまったと頭を抱えるリカ。

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンを捨てようとする2組の出現にどうしたものかと思っているとミドリさんが現れた。

 

「どうしたのサトシくん」

 

「また新しい人出てきたよ」

 

「どなたですか?」

 

捨てようとした2人がミドリさんに話しかける。

 

「私はこの先の隠れ里で捨てられたポケモンのお世話をしている者です」

 

いやいや隠れ里なのにそんなこと言ったら隠れる意味ないだろ!

 

「え、そんな場所があんの! ラッキー! ねえ姉さん俺のナックラーのお世話頼むよ」

 

「ちょうど良かった、このヒメグマもお願いします」

 

「待てよあんたら、簡単に捨てるなんて言うなよ!」

 

「お前には言ってないんだよ下がってろよ」

 

「その通りだ。君は下がっていたまえ」

 

好機とばかりにミドリさんに迫る2人、なんでそんな簡単にポケモンを捨てようなんて思えるんだ。

 

「……その子たちを手放して後悔はありませんか?」

 

「あったりまえだろ」

 

「もちろんだ」

 

「……わかりました」

 

ミドリさんは嘆息しながら捨てられるポケモンを引き取ろうとしていた。

たしかにこのまま断っても別の場所で捨てられる可能性があり、そこで生きていけるかわからない。

 

だとしても一番望ましいのはこの人たちが納得してポケモンを連れて帰ってもらうことだ。

どうすればポケモンを捨てないでもらえるか思案していた時だ。

 

「ならばそのポケモンは我々が頂こう!」

 

「な、なんなの?」

 

人間2人とポケモン1体の3人組が現れる。

 

「なんだかんだと――」

 

(省略

 

「ロケット団! あれ、なんでお前らボロボロなんだ?」

 

名乗りを終えたロケット団をよく見ると制服はところどころ泥だらけで、彼らの顔にはかすり傷があった。

 

「ぐ……ここに来る途中に落とし穴に落ちたり網に捕まったりで罠に引っかかりまくったんだよ!」

 

「そこの女が仕掛けたっていうじゃない、いい迷惑よ!」

 

トラップが見事に機能していたのか、ミドリさんすごいな。

 

「慰謝料代わりに隠れ里のポケモンたちはニャーたちがいただくのニャ!」

 

「ジャリボーイのピカチュウも一緒にいただきだぜ!」

 

相変わらずめちゃくちゃ言ってくれるな。それにまだピカチュウを諦めていないのか。

 

「行くのよアーボ!」

 

「ドガースお前もだ!」

 

「シャーボ!」

 

「ドガ~ス」

 

ロケット団のボールからお馴染みアーボとドガースが飛び出した。

 

ボールを構えようとすると、リカとカスミが俺の前に出た。

 

「アーボとドガースは私とカスミで相手をする!」

 

「じゃあ任せたぜ!」

 

リカとカスミがそれぞれのボールを取り出す。

 

「お願いニドラン!」

 

「ニンニン!」

 

「『みずのはどう』!」

 

「ニーンニン!」

 

ニドランの水の音波がアーボに発射される。

 

「シャー!?」

 

水流と音波の衝撃がアーボに襲い掛かる。

 

ドガースがカスミに向かって突進する。

 

「ドガースは任せて、ヒトデマン『バブルこうせん』!」

 

「ヘア、ヘアッ!!」

 

大量の泡が勢いよく発射される。

 

「ドガ~」

 

ドガースは猛烈な攻撃で泡まみれになりダメージを受ける。

 

ムサシとコジロウは悔しそうに見ている。

バトルはこちらの優勢だ。

しかし、ニャースは不適に笑っている。

 

「それではニャーたちの秘密兵器だニャ、ポチっとニャ」

 

地響きと共に何かが接近してくるのを感じる。またこのパターンかよ。

 

現れたのは人型の鉄の塊、特徴的なのはその両腕ともいえる箇所。とても太く大きくまさに剛腕と言えるだろう。反して下半身はお粗末なキャタピラだった。

巨大な腕が主武器と言わんばかりの造形であとの部分にはお金をかけていないというのがよくわかり、脅威なのはわかるが何とも格好がつかないように見えた。

 

「これぞ『ポケモン捕獲用巨大アームロボ』だニャ!」

 

「邪魔なやつらは蹴散らしちゃいなさ~い!」

 

ロケット団が乗り込んだロボットは動き出す。地響きがするような前進にサトシたちが圧倒されていると草むらから飛び出す影がある。

 

「ダネェ!!」

 

隠れ里のフシギダネだ。森を荒らす敵だと思っているのか鋭い眼でロケット団の乗るロボットを睨んでいる。

フシギダネは『つるのムチ』を高速で振るうと炸裂音が鳴り、ロボットの巨大な両腕にたたきつけられた。

ムチの猛烈な威力でロボットの両腕は地面に落ちる。

 

「おのれ、まだ蕾な種ポケモンの分際で猪口才な!」

 

ロケット団が操作したことでロボットは両腕を振り上げて再び襲い掛かろうとする。

 

「フシャ!」

 

フシギダネはロボットの反撃にも焦らず『つるのムチ』を撃ちだす。ムチは巨大な腕を弾くとそのままロボットの全身に絡みついた。『つるのムチ』に覆われたロボットは振り払おうとするもできずにそのまま動きを止める。

 

「すごいぞフシギダネ!」

 

サトシはフシギダネの想像以上の実力に感服し、思わず声を張り上げて声援を送った。

これはもう「バトルが得意」なんてレベルではない。きっと多くのバトルを経験した実力者だ。

 

フシギダネに圧倒され動きを封じられたロケット団は四苦八苦していた。

 

「ニャアアア!! ニャーたちの汗と涙の結晶があああ――にゃーんてにゃ!」

 

ニャースは頭を抱えて嘆いた顔から一転、ニヤリと口角を上げる。

ガチャリガチャリと機械音がした次の瞬間、ロボットの背中から二本の巨大な腕が生えてきた。

 

「おーほっほっほっ、これぞ、『モードカイリキー』!!」

 

腕が四本だからカイリキーとはまた安直な、しかし、これはかなり厄介かもしれない。

 

「くらえ!」

 

「ダネッ!」

 

新たに出現した巨大な腕の一撃がフシギダネの小さな体を吹き飛ばす。ダメージは大きいようでフシギダネはフラフラになりなっていて立ち上がるのもやっとだ。

 

『つるのムチ』から解放されたロボットが再び進撃した。

 

「お返しよ!」

 

「ダメェ! フシギダネ!」

 

ロボットの剛腕が振るわれようとしたとき、ミドリが飛び出してフシギダネを守ろうと抱きしめた。

巨大な鉄塊の腕がミドリの細い体に打ち下ろされる。

させるか!

 

「うおおおらあああっ!!!」

 

俺は猛ダッシュして跳びあがり、巨大な腕に跳び蹴りを放った。俺の蹴りがロボットの腕に突き刺さり振り下ろされるはずの剛腕は逸れることになった。

着地した俺はミドリさんとフシギダネに駆け寄る。

 

「ミドリさん、フシギダネ、大丈夫!?」

 

「大丈夫よサトシくん、ありがとう。」

 

「ダネ……」

 

笑顔で答えるミドリに対してフシギダネは少し素っ気ない態度だった。しかし、両目でジッとサトシを見つめていた。

 

「おのれぇ、相変わらずトンデモな身体能力してるぜジャリボーイ!」

 

「放っておくのニャ、今はポケモンゲットを優先するのニャ!」

 

「ええと、ここをこうして……」

 

「ちょおい、そんなめちゃくちゃしたら!」

 

ロボットが両腕をめちゃくちゃに振り回し始めた。

巨大な腕を振り回すと突風が起きる。巨大な鉄塊が乱暴に振り回されて危険で近づくのも難しい。

これはかなりのピンチなんじゃないか!?

 

 

 

***

 

 

 

「さあ、まとめてやっつけてやるわ!」

 

巨大な腕を振るい暴れ回るロボット、皆走りながら逃げ回る。その中でタカシが慌ててしまい転んでしまった。そして、ロボットの剛腕が迫る。

 

「う、うわあああああ!」

 

もうダメだとタカシが思ったその時だ。

 

「ナック!」

 

ナックラーがタカシの前に飛び出し、剛腕に噛みついて動きを止めたのだ。

 

「ナ、ナックラー!?」

 

タカシは予想外のことに呆然とし、ナックラーを見つめた。

 

「ど、どうして……」

 

「決まってるでしょ! この子にとってあなたが大事なトレーナーだからよ!」

 

答えたのは離れた場所でロケット団のポケモンと交戦中のカスミだった。

タカシはカスミの言葉に驚き、再びナックラーの背中を見る。

 

「お、俺、こいつを捨てたのに……」

 

「そうね、でもこの子はこうしてあなたを助けた。それがこの子たちの答えよ。あとは、あなたがどうするか考えなさい」

 

そう言葉を切ってカスミはバトルを再開させる。

タカシがナックラーを見ていると、ロボットが腕からナックラーを引き離そうと必死に動かそうとしている。しかし、ナックラーはより強く噛みつき、踏ん張る。その体からは疲労と汗がにじみ出ていた。

 

――俺のために、こんなに頑張ってくれるのか? 俺をトレーナーだって思ってくれるのか?

 

タカシは立ち上がりナックラーに近寄る。

 

「ナックラー『どろかけ』!」

 

「ナク? ナック!!」

 

ナックラーはタカシの指示に一瞬驚くがすぐにロボットの腕を口から離し、泥をロボットの顔に発射した。

 

「ちょ、ちょっと! 見えないじゃない!」

 

「早く泥を拭うのニャ!」

 

タカシとナックラーは顔を見合わせ頷き合う。

 

「一緒に戦ってくれ!」

 

「ナック!」

 

その姿は間違いなく一人のトレーナーと相棒の姿だ。

 

 

 

左のアームはナックラーが押さえているのと同じ頃、右のアームは未だ暴れ回り、その巨大な鉄の塊は父親に手を引かれて逃げているヒロトに襲い掛かっていた。

 

「急ぐんだヒロト!」

 

全力で走る2人だが、アームはすぐそこまで迫っていた。

 

「くっ、ヒロト……!」

 

「パパ!」

 

このままでは逃げきれない、その時、

 

「ヒメェ!」

 

どこからか飛び出して来たヒメグマが小さな拳を振るい、凄まじいパワーでアームを殴り飛ばした。

 

「ヒメグマ!」

 

着地したヒメグマはヒロトと彼の父親を守るように巨大ロボットの前に立ち塞がった。

 

「守って、くれたのか?」

 

巨大ロボットを前に構えるヒメグマの背中をレンズ越しに見つめるヒロトの父親。そして、決心したように歩き出す、ヒメグマの元へ。

 

「ヒメグマ、すまない少しだけ力を貸してくれないか」

 

「ヒメ?」

 

ヒロトの父親の言葉にヒメグマは不思議そうに顔を上げてつぶらな瞳で見つめた。

 

「君を捨てようとした人間の言葉なんて聞きたくないかもしれない。だけど、ヒロトを守りたいんだ。だから頼む」

 

「ヒメ!」

 

ヒメグマは強く頷いた。その顔には嫌悪感も恨みも無い、大事な人を一緒に守ろうという想いが満ちているようだった。

 

「で、でもパパ、ポケモンのことわからないんじゃ」

 

「……今まで黙ってたが昔はパパもトレーナーを目指していた頃があるんだ。だからポケモンバトルの経験もあるぞ」

 

「ええっ!?」

 

照れくさそうな父親のカミングアウトにヒロトは言葉を失う。そんなこと一度も聞いたことがなかったからだ。

 

「まあ、そういうことだ。よし、いくぞヒメグマ!」

 

父親がロボットを引き付けている間、自分はこのまま安全な場所に逃げるべきなのだろうか。しかし、ヒロトはこのままここにいたかった。ヒメグマと共に立っている、今までのどんな時よりも頼もしくかっこよく思える父親の姿を見ていたかった。

 

 

 

***

 

 

 

ロケット団のポケモンはリカとカスミが相手をしてくれている。次は俺の番だ。といっても相手はポケモンではなくロボットだ。俺が直接やってやる。

危険だと思ってたロボットはナックラーとヒメグマの活躍で動きが鈍った。

こんなはた迷惑なガラクタロボは俺がぶん殴ってぶっ壊す!

俺が拳を握って走り出そうとしたその時だ。

 

「ナックラー『かみつく』!」

 

「ヒメグマ『きあいパンチ』!」

 

ナックラーが大きな顎でロボットの腕一本を抑え込み、ヒメグマが拳でロボットの違う腕を殴りつける。

 

「よし、いいぞナックラー」

 

「その調子だヒメグマ」

 

さっきまでポケモンを捨てようとしていた二人は、意志の籠った強い顔でポケモンとともに立ち向かっている。ナックラーもヒメグマも2人の指示をまともに聞いて従っている。

そこにはさっきまでとは段違いの強い絆のようなものを感じる。

 

ようやく理解した。これが本当に人とポケモンのあるべき姿なんだ。

ポケモンと一緒に力を合わせて困難を乗り越えていく、それがポケモントレーナー。

だったら俺も立ち向かうぜ、ポケモンと共に!

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「ピッカチュウ!」

 

ボールから飛び出したピカチュウは俺を見て強く頷く。

 

向こうを見るとロボットの背中から生えている二本の腕が応戦するナックラーとヒメグマに襲い掛かる。

 

「『でんこうせっか』! 続いて『アイアンテール』!」

 

「ピッカァ!! チュウウウ、ピカ!!」

 

ピカチュウが高速で片腕に突撃すると、その反動で硬質化した尻尾を回転しながら振るいもう片方の腕を弾き飛ばす。

 

「助かった」

 

「さんきゅ」

 

ナオトのお父さんとタカシがお礼を言ってくれた。

 

「どうも、一旦ナックラーとヒメグマをロボットから離れさせて。ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

俺の言葉通りにナックラーとヒメグマを離れさせると、そのタイミングでピカチュウから暴れるような電撃が放出されロボットに浴びせられる。

 

「「「あばばばばばばば!!!」」」

 

ロボットの中にいるロケット団も電撃を全身に浴びることとなった。

 

 

 

***

 

 

 

ニドラン♀はアーボの攻撃を躱し続ける。大きな口での噛みつきも長い体をしならせるたたきつけも、ニドランはすべて素早い動きで回避し、的確に攻撃を当てていく。

 

(ニドラン、今日はとっても調子が良いみたいだね)

 

リカはニドランのいつも以上の動きの良さにバトルの優位性を感じて胸が高鳴っている。そして、何か予感がし、その答えはすぐに出た。

 

「ニンニン!」

 

ニドランの体が光を放つ。

 

「え!?」

 

見覚えのある光景にリカは瞠目してその光を見つめる。

輝くニドランの体は少しずつ変化を開始し、その光は徐々に収まっていく。

そこにいたのは耳、背中の角、尻尾と輪郭は大きくなり、凛々しい目を持つニドランの進化系、ニドリーナだ。

 

「リナ!」

 

「やったあ、すごいよニドランがニドリーナに進化した!」

 

より強くたくましく凛々しくなったリカのニドリーナは大地を踏みしめ構える。

 

「よおし、ニドリーナ『にどげり』!」

 

「リノォ!!」

 

蹴り飛ばされたアーボは倒れるドガースにぶつかる。

 

「フィニッシュよリカ!」

 

「うんっ!」

 

「ヒトデマン『バブルこうせん』!」

 

「ニドリーナ『みずのはどう』!」

 

二つの水攻撃を受けたドガースとアーボは仲良くまとめて動かなくなったロボットの方向に吹き飛ばされる。

アーボとドガースが激突したロボットはピーッという音が鳴ったと思うと爆発を起こした。

次の瞬間にはロケット団が宙を舞っていた。

 

「「「やな感じー!!!」」」

 

恒例の爆発によっていつも通り飛んでいったロケット団であった。

 

 

 

***

 

 

 

なんとかロケット団を追い払った俺たち。

そして問題だったポケモンを捨てようと人たちはどうなったかというと。

 

「あんたたちのおかげで大事なことに気づけた、本当にありがとう。俺、こいつともっかい一からやり直すよ」

 

「ナック」

 

タカシはさっき会った時と比べてとてもいい顔になり、ナックラーを大事にしていることが態度から伝わる。

 

「気づけたのはあなた自身だよ。これからナックラーのこと大事にしてあげてね」

 

「もちろんだ」

 

リカが答えるとタカシは頷き、ミドリさんの方を見た。

 

「無責任なことしようとしてすいませんでした」

 

タカシが頭を下げるとミドリさんが答える。

 

「あなたがナックラーと仲直りしてくれたらそれだけで嬉しいです」

 

「はい、これからはこいつと立派なトレーナーを目指します!」

 

そう言ってタカシはナックラーと一緒に歩いて行った。

 

 

 

「挑戦する前から諦めてはいけない。そんな当たり前なことを忘れていた」

 

「パパ……」

 

ヒロト君のお父さんは厳しい顔つきが消え、優しく父性に溢れる顔で息子のヒロト君とヒメグマを見つめていた。

 

「ミドリさん、身勝手に押し付けようとして申し訳ございませんでした」

 

ヒロト君のお父さんの謝罪にミドリさんは笑顔で答えた。

 

「これからヒメグマを大事にしてあげてください」

 

「はい、もちろんです。ヒロト、お前が10歳になるまでヒメグマと暮らそう。その時が来たら一緒に旅に出るんだ」

 

「うん、ありがとうパパ!」

 

「ヒメ!」

 

「皆さん本当にありがとう」

 

ヒロトとお父さんは俺たちにお辞儀をして去って行った。

 

全部解決一件落着。

俺たちもクチバシティを目指そうとミドリさんに挨拶をしようとすると、小屋のドアが開きそこにはフシギダネを抱きかかえるミドリさんがいた。

 

「みんなもう行くの?」

 

「はい、早くクチバシティに行きたいので」

 

ミドリさんは微笑むと意を決したように俺を見た。

 

「サトシ君、フシギダネを連れていってくれない?」

 

思わぬお願いに俺は驚いた。

 

「え、どうしてですか?」

 

「この子はポケモンバトルの才能がある。この森だけでバトルをしているだけじゃこれ以上は成長できないと思うの。だから外の世界を見てもっと強くなってほしい」

 

「でもフシギダネはここの用心棒なんでしょ、いなくなったら他のポケモンたちが困るんじゃないんですか?」

 

「確かにフシギダネのおかげでここのポケモンたちは守られてきた。だけど、守られているままではこの子たちはいつまでも自分の力で生きることができなくなるわ。私はポケモンたちと一緒にいたいけど、それ以上にこの子たちに一人で生きていけるようになってほしいの」

 

ミドリさんはフシギダネのために一番良い道を行かせようとしている。それに療養しているポケモンたちを自立させたいと思っている。ミドリさんは本気でフシギダネを、ポケモンたちを思っているんだな。

 

「……俺は、フシギダネが仲間になってくれるなら嬉しいです」

 

けど、問題はフシギダネの気持ちなんだ。もし彼がここにいることを望んでいるなら無理やり連れていくことはできない。それにフシギダネは人間を嫌っているから付いてきてくれるかどうか。

 

ミドリさんの腕の中で俺に視線を送るフシギダネに視線を返すと

 

「ダネェ!」

 

「キャ!」

 

フシギダネはミドリさんの腕の中から飛び出した。着地したフシギダネは前後の脚に力を入れて姿勢を低くして俺を睨んでいた。ジッとそのまま俺の動きを観察するように。

まさかお前は――

 

「よし来い、フシギダネ!」

 

「サトシ!?」

 

「何言ってるの!?」

 

「フシギダネは確かめたいんだ。俺が自分に相応しいトレーナーなのか。だったら俺は全力でフシギダネを受け止める!」

 

俺の言葉にピカチュウをはじめとした俺のポケモンたちは見守る姿勢になる。

ピカチュウと目が合うと無言で頷き合う。

俺はフシギダネに向き合い両腕を広げる。フシギダネは俺に向かって猛スピードで突進してきた。

 

「ダネェ、ダネダネダネダネダネダネ、ダネェ!!」

 

フシギダネの全力の『たいあたり』が俺の腹に激突する。衝撃が肉体の外側を押し込み、内側にも響くような衝撃が走り、背中を突き破る。

俺は両脚を突き刺さんばかりに踏みしめた。そして『たいあたり』の勢いに押されて俺の体は少しずつ後退していく。俺は今一度大地に強く踏ん張った。

そして、止まる。

 

俺は腹に突き刺さるフシギダネを抱きしめる。

 

「……ダネ」

 

「……俺に着いてきてくれるか?」

 

「ダネェ!」

 

フシギダネはニヤリと笑う。

俺はフシギダネに認めてもらえたようだ。

 

「決まりねフシギダネ、サトシ君との旅、頑張ってね」

 

「ダネェ!」

 

フシギダネはミドリさんに笑いかける。

 

別れが辛くないはずがない。それでもポケモンの幸せを願って見送ろうとしている。フシギダネもミドリさんの気持ちに応えようとしている。

なら俺はミドリさんとフシギダネの気持ちに応えてフシギダネと最高の旅をしよう。

俺はモンスターボールを取り出す。

それを向けるとフシギダネは額をくっつける。

ボールが開きフシギダネが中に入る。ボールの振動はすぐに止んだ。

 

「よし、フシギダネ、ゲットだぜ!」

 

「ピッピカチュウ!」

 

ピカチュウが俺に合わせて喜びの声をあげ、ニドリーノ、スピアー、ヒトカゲ、ゼニガメも喜んでくれた。

 

俺はボールからフシギダネを出す。

 

「ダネェ!」

 

「これからよろしくなフシギダネ」

 

「ダネダネェ!」

 

フシギダネは俺に笑顔をくれた。睨んでたときより可愛いじゃないか。

すると、フシギダネに近づくポケモンがいる。

 

「ダネダネ!」

 

リカのフシギダネだ。

額に綺麗な花を咲かせる彼女は新たに仲間になった同族に大歓迎とばかりに文字通り花のような笑顔で俺のフシギダネに挨拶をする。

 

「ダネェ」

 

俺のフシギダネは可愛い女の子に少々照れているようだ。

 

「カッコイイ子が仲間になって良かったねフシギダネ!」

 

「ダネ〜」

 

リカがそう言うと彼女のフシギダネは照れたように笑う。

 

「それに今日はこの子も」

 

「ニン、リナ!」

 

現れたのは先ほどのバトルで進化したリカのニドリーナ。より大きく強く凛々しく美しくなった彼女に歩み寄るのはもちろん。

 

「ニド、リノ!」

 

俺のニドリーノだ。彼はニドリーナにおずおずと近づく。

 

「……リノ」

 

「リナ!」

 

ニドリーナはニドリーノに頬ずりした。 以前と変わらず仲良しで良かった。

 

「みんな仲良しね」

 

カスミもポケモンたちの仲良しな姿に喜んでいる。

するとフシギダネがカスミに近づく。

 

「ダネダネェ……」

 

フシギダネがカスミに向かって頭を下げた。フシギダネの体型の問題で額を地につける形だ。

おそらくカスミに攻撃したことに対する謝罪なのだろう。

 

「もういいわ。あなたは仲間のためにしたんだから、それは責められないわ」

 

カスミはフシギダネの頭を撫でて彼の謝罪を受け入れた。これで本当に万事解決だな。

 

その微笑ましい光景の中、ミドリさんが歩み寄ってくる。

 

「サトシ君、フシギダネのことお願いね」

 

「任せてください!」

 

必ず最高の旅をして最高に強くしてみせる。

 

 

俺たちは隠れ里を後にした。

 

「これでサトシはフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメをゲットしたことになるわね。これって凄いことになんじゃない?」

 

「そうだよね。この3体をいっぺんにゲットするなんて凄いことだよ!」

 

「そうか……そうだな。けど、その3体をゲットしたトレーナーがポケモンリーグで優勝したりしたら、もっと凄いんじゃないか?」

 

思わずこんな無責任なことを言ってしまう。だけど、今の俺のポケモンたちとなら誰にも負けない気がしていた。彼らとならどこまでも強くなれる気がしていた。

 

「言うじゃない、やってみなさい」

 

「サトシならできる気がする」

 

「それならまずはバッジ集めだ。クチバシティに急ぐぞお!!」

 

森を出た俺たちは一気に駆け出した。




フシギダネゲットはリカがいるからやめようかなと思っていましたが、サトシには初代御三家を揃えさせたいのでゲットしてもらいました。

サトシの手持ちとリカの手持ちはラブラブになってるのにカスミの手持ちはそういう子がいない。どうしよう……まあ、それはそれ、これはこれですね。

まだまだ活動報告でご意見募集中です。


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超電撃バトル クチバジム

前回から間が空いて申し訳ないです。


隠れ里でフシギダネを新たな仲間にした俺たちは再びクチバシティを目指し旅を続けていた。

そして目的のクチバシティを目前に思わぬ人物と出会った。

 

「こんなとこで再会するなんて思わなかったぜ」

 

「俺もだ。こうして会えて良かった。サトシたちの旅も順調そうで何よりだ」

 

ニビジムのジムリーダーの青年のタケシ、彼はジムを父親に任せて一流のポケモンブリーダーになるための旅をしている。

いつかまた会おうといい、ハナダシティで再会してまたこうして早い再会になるとはさすがに驚く。

 

そんなタケシは昼食の用意をしている。コンロに火を点け鍋をお玉でゆっくりかき混ぜる姿はまんま主婦だ。他にもテーブルの上にはすでにサラダやトーストなどいくつか並んでいる。

タケシのかき混ぜる鍋からはとても良い匂いがしていた。

 

「全部俺だけでできるからサトシは向こうでみんなと話してくればいい」

 

「いやこうして見ているのも楽しいよ、それに……あの空間に入る勇気は俺にはないんだ……」

 

俺の視線の先にはリカとカスミがいる。彼女たちは楽しそうに話をしている。そこにはタケシと一緒に旅をしているショートの赤い髪にシャツとハーフパンツを履いた美女のマナミさん、そして、今日初めて会った女性がいた。

要するにタケシと旅をしているお姉さんが増えてるということだ。

 

その女性はヒナコさんといい、物静かで長い黒髪で片目が隠れてどこかミステリアスな美女だ。

タケシめ、こんな美女を捕まえるとはけしからん!

 

リカとカスミ、マナミさんとヒナコさん、美少女と美女の語らいはずっと見ていたいほど麗しい光景だ。

間に入る勇気も無いが、あれを壊したく無いとも思う。眼福眼福。

 

それはさて置きなぜタケシたちといるかというと、タケシ一行も目的地が同じクチバシティということでこれから一緒に行こうとなったからだ。

 

一休みついでのお昼ご飯。シェフはタケシ、アシスタントは俺、とは言ってもほとんど何もしてないのだが。

 

そうしてタケシの周りをチョロチョロしている間にタケシが「よし」と言い鍋の火を止めた。

 

「さあ、特性シチューの出来上がり!」

 

タケシは出来上がったシチューを器に盛り、机に並べていく。

料理が全て並べられ、俺たち6人はそれぞれの席に着く。6人テーブルで俺を真ん中にリカとカスミが左右に座り、俺の向かいにタケシが座り、左右にマナミさんとヒナコさんが座っている。

 

器に盛られた真っ白なクリームシチュー、その白いクリームは輝きゴロゴロと転がる大きな野菜やお肉は白の海の中で彩りを与えてくれる。

さらに鼻腔をくすぐる香りが食欲をそそる。

 

「「「美味しそう!」」」

 

俺たちはシチューを見て思わず口にした。

タケシが手を合わせると俺たちも手を合わせる。

そしてタケシが口を開く。

 

「それでは皆さん、いただきます」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

木で出来たスプーンで真っ白なシチューを掬う。俺はクリームに浸かるお肉と人参を口に運んだ。

 

「うわ、ウマッ! なんだこれ!」

 

クリームのまろやかさが舌を優しく包み込み、噛むと肉汁が溢れ、人参のほぐれた食感とともに甘みが広がる。

 

「お、美味しい!」

 

「ホント絶品よこれ!」

 

リカもカスミも目を見開き次々とシチューを口に運んでいく。食すたびに頬は緩み、うっとりした幸せそうな顔になる。

 

「タケシ君ほんとに料理上手よね〜」

 

「……美味しい、タケシ君、お婿さんに欲しい……」

 

間延びした声で言うマナミさんと、静かな声で嬉しそうに言うヒナコさんはタケシに熱のこもった視線を送る。

 

「いや、そんなあははは、自分は皆さんに喜んで頂きたいだけですよ」

 

タケシは鼻の下を伸ばして美女2人の賞賛に喜びデレデレと幸せそうな顔をしていた。

もう何も言うまい。

 

「タケシ君あ〜ん」

 

マナミさんが自分のスプーンでシチューを掬ってタケシの口に運ぶ。

 

「えぇ良いのですか? それではあ〜ん」

 

タケシはニヤニヤとしてマナミさんのシチューをいただいた。「むふふふ」と笑いながら嬉しそうに咀嚼した。

 

「……タケシ君こっちも……あ〜ん」

 

「はい、いただきます!」

 

ヒナコさんもシチューを掬ってタケシに差し上げた。タケシは素早く口を開けて再び口に含み咀嚼。この世の幸せすべてを味わっているとばかりに目元は緩み口角はつり上がっている。

それを見たマナミさんもヒナコさんも笑顔で嬉しそうだ。

 

おいおい人が見てる前で惚気なんてひどいぞタケシくん。

不意に俺の肩が叩かれる。

 

「ん?」

 

「サ、サトシあ〜ん!」

 

振り返ると顔を真っ赤にしたリカが自分のスプーンでシチューを掬って俺の口に近づけた。

 

「は、はいぃぃっ!?」

 

思わぬリカの行動に自分でも変だと思う声が出てしまった。

 

「……だめ?」

 

驚きで動けない俺を見てリカが不安げに目を潤ませていた。泣かすわけにはいかん!

 

「い、いただきます」

 

俺は瞬時にリカのスプーンを口に含んだ。

間接キッスとか気にしてられない。リカの好意を受け取らなければと体が動いた。

タケシのシチューの味もそうだが、こうして女の子に食べさせてもらうのはもっと違う喜びを感じる。

 

また肩を叩かれる。

振り返るとカスミが頬を染めてスプーンを差し出していた。

 

「ほらサトシ、これも食べなさい!」

 

「え、そっちも!?」

 

「……私のは食べられないっていうの?」

 

ジト目で俺を見るカスミさんに思わずたじろぐ。

 

「そ、そんなことありません」

 

俺はそう言ってカスミのスプーンを口に収める。

こんなことカスミがするなんてというギャップもあるのだろうか、胸がいつも以上に高鳴り、俺を見つめるカスミがとても愛おしく思えた。

 

反対側、すなわちリカからまた肩を叩かれる、

 

「サトシもっかいあーん!」

 

「あ、はい」

 

さらに反対側、すなわちまたカスミから肩を叩かれる。

 

「ほらこっちもあーん!」

 

「わ、わかりました!」

 

そうして何度か美少女からの「あーん」が続いた。目の前ではタケシがふにゃりと崩れた顔で美女からの「あーん」を受けていた。

 

見知らぬ男に見られればきっと嫉妬と殺意を一点に集めそうな幸せを味わいながら、長閑な昼食は続いた。

 

 

 

***

 

 

 

タケシの美味しい料理に舌鼓をうった俺たちはその後再び歩き出し、ようやくクチバシティに到着した。

 

「長かったー!」

 

クチバシティはカントー最大の港町だ。

町のあちこちに屈強な船乗りたちがたくさんいる。

また、ここは海軍のいた町であり、多くの軍人がこの町に住んでいた。それから海外の軍人もこの町に来ることが多くなり、多くの外国人がこの町に移住し暮らしている。

さらにこの町には世界一周をする豪華客船が年に一度来るらしい。

港町であること以外にも、この町には大きな発電所がある。カントー最大の電力を供給できるということもこの町の持ち味となっている。

 

ちなみにクチバとは「朽ち葉」という意味で地面に落ちた葉っぱの色のことだ。

 

タケシ一行も加わり6人と大所帯になった俺たちは宿泊とポケモンの回復のためにポケモンセンターに来ていた。

早速ポケモンたちを回復させようと思ったがセンター内は利用者であるトレーナーたちでごった返していた。見れば怪我をしているポケモンたちがたくさんいた。

 

「なんだかクチバシティのポケモンセンターは大盛況だな」

 

「もう怪我したポケモンがいるんだからそういうこと言ったらダメだよ」

 

「ごめんごめん」

 

ようやく受付までたどり着いて回復してもらおうと思った時、後ろから俺たち同年代の女の子がセンターに入ってきた。駆け足からとても焦っていることがわかる。その腕には赤い体に6つの尻尾のきつねポケモンのロコンが抱かれていた。

 

「ジョーイさん、この子をお願いします」

 

そうとう急いでいたのか、俺たちに気づかなかったようだ。言ったあとに俺たちを見てハッとした表情になる。

 

「あ、ごめんなさい。あなたたちが先、ですよね……」

 

責められると思ったのか女の子は萎縮してしまった。

 

「君のポケモンは酷い怪我だろ。だから先にどうぞ。みんなもいいだろ?」

 

リカとカスミ、タケシ一行も問題ないとばかりに広角を上げて頷いた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

少女はロコンをジョーイさんに預ける。

 

「本当にありがとうございます!」

 

少女はペコリと深くお辞儀をしてくれた。

 

「いいよ、ロコン元気になるといいな」

 

「はい!」

 

少女は嬉しそうに笑った。

うんうん、可愛い女の子は笑顔は似合うな。

心なしか顔が赤いが。

 

「……こうやってフラグを建てるのかしら」

 

「……優しいのはいいんだけどね」

 

うぐ、視線が痛い。

 

「うむ、青春はいいものだ」

 

タケシ君感心しないでくれ。

理不尽に責められて落ち込む気持ちを誤魔化すようにセンター内でトレーナーたちの預けているポケモンたちを見ると、彼ら彼女らはみな傷だらけのぼろぼろでぐったりしている。

 

「……みんな、焦げた跡、ある」

 

ヒナコさんの小さな呟きにポケモンたちをよく見ると、確かに黒い焦げた部分があった。

 

「あの感じは炎というより電気による焦げ跡ね」

 

続いてマナミさんが解説してくれた。

 

「2人ともわかるんですか?」

 

「これでもブリーダー志望だからね」

 

「……得意」

 

得意げに胸を張るマナミさんとヒナコさん、そんな2人を見てデレデレとした顔のタケシとそんな彼に微妙な視線を送るリカとカスミ、全体で見るとなんともシュールな光景だ。

 

「おそらく皆クチバジムに挑戦したのだろう。あそこは電気タイプのジムだからな」

 

一瞬で真面目な顔になったタケシの発言にみな耳を傾ける。

 

「クチバジムのジムリーダーのマチスさんは海外から来た電気タイプのエキスパートの元軍人、ジムリーダーになったあの人はポケモンの鍛え方もバトルの強さも並外れていると聞く」

 

「それは、楽しみだな」

 

元軍人か、きっとリアルファイトしたら絶対に負けるだろうけど、ポケモンバトルは別だ。

今まで鍛えてきたポケモンたちと全力でバトルして勝ちたい。武者震いを感じる。

 

「そういえばタケシたちはクチバシティに何か用があるの?」

 

カスミがタケシに質問する。そういえばジムが目当てでないタケシたちはどんな用があるんだ?

 

「クチバシティで行われるポケモンブリーダーの講習会に参加しに来たんだ」

 

「そっか、俺たちは今からクチバジムに行くからまたあとでな」

 

するとタケシがニヤリと笑う。

 

「実はその講習会は午前が女性の部で午後が男子の部なんだ。だから俺は見に行けるんだ」

 

なんとそうだったのか。ポケモンブリーダーは男女でどう変わるのかわからないが、お陰でタケシに俺たちのバトルを見てもらえるんだな。

 

 

 

***

 

 

 

「それじゃあタケシ君、私たちは行って来るね」

 

「……また後で」

 

「は~い、いってらっしゃいませ~!」

 

講習会に向かうマナミさんとヒナコさんをタケシはふにゃふにゃした顔で見送った。

タケシ君、あなたすっかりキャラが変わりましたね。

 

「さあ、いざクチバジムだサトシ、油断するなよ」

 

「お、おう」

 

変わり身はや! カスミとリカも苦笑いしてるぞ。

それは置いといて俺たちはクチバジムを目指して歩き出した。

 

「クチバジムは電気タイプのジムよね、誰で行くの?」

 

「セオリー通りなら地面タイプなんだろうけど、手持ちに地面タイプはいないからな」

 

「じゃあ、電気に強い草タイプのフシギダネか地面技が使えるニドリーノはどうかな?」

 

「そこを中心にバトルしていくか」

 

カスミとリカとジム戦の作戦会議をしながら俺たちはクチバジムに向かっていると、すぐに目的の建物に到着した。

 

クチバジムは海沿いに建てられていた。

それはとても広大な敷地内にある巨大な建物群だ。そこはクチバシティが誇る発電所でクチバジムはその中に存在している。

人々の生活のための電気の扱いも電気タイプのエキスパートとそのポケモンたちに任せれば安全であるということか。

海の向こうではいくつもの船が見える。

 

するとリカが何かを見つけた。

 

「なにか浮いてる?」

 

「あれはコイルに進化形のレアコイル、それにビリリダマにマルマインもいる」

 

丸い体に磁石と螺子がくっついているコイル、そのコイルを三体連結したようなレアコイルが目を閉じてフヨフヨと空中を浮遊し、大きめのモンスターボールのような見た目のビリリダマとマルマインがコロコロとゴロゴロと転がりながら顔をふにゃりと崩している。

 

「なるほど、ここは大きな発電所だから普通の発電所よりも大量の発電がされる。それで電気タイプもその大きな電気に引き寄せられてきたんだな」

 

「なんだかみんなまったりしてるね」

 

「きっと発電所の近くは彼らにとっては落ち着ける場所なんだろうな」

 

「野生だけじゃなくてジムのポケモンたちにも良い空間になるんだな」

 

ほのぼのと電気タイプのポケモンたちを見ていた時だ。俺のモンスターボールが勝手に開いた。

 

「ピカッ!」

 

「あ、ピカチュウ?」

 

突然ボールから出てきたピカチュウはクチバジムの建物をジッと見つめていた。

そして次の瞬間には走り出した。

 

「おい待てピカチュウ!」

 

ここは野生の電気ポケモンとジムの電気ポケモンだけじゃなくてチャレンジャーの電気ポケモンにも好ましい空間なのか。そんなことを考えながら、嬉しそうな顔で走り出すピカチュウを追いかけた。

 

 

 

***

 

 

 

ピカチュウを追いかけてジムの前まで来ると、扉が開き人影が出てきた。その人は背の高い男性だった。

短く切り揃えられた黒髪、着ている軍服を押し上げる全身の筋肉。もしやこの人がジムリーダー、と思っていたが顔の作りは俺たちと似たものだった。

 

「む、君たちは?」

 

「すいません、俺たちはクチバジムに挑戦しに来た者です」

 

「そうか、ようこそ電気タイプのクチバジムへ、私はこの発電所の職員とバトルの審判を兼任しているヒデキだ」

 

ヒデキさんは口角を上げて白い歯を見せる。

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

「さっそく案内しよう、付いてきたまえ」

 

背を向けて建物内を歩くヒデキさんに俺たちは付いていく。

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

「私もマチスと同じ元軍人なんだ。現役時代にマチスと知り合って、今こうしてクチバシティで働いているんだ」

 

「戦友ってことですか?」

 

「ははは、そうだね。ジムリーダーと審判、立場は違うがあいつとはいつまでも親友さ」

 

建物内の通路で俺たちは雑談をしていた。マチスさんの使うポケモンや戦略を聞ければと思ったが、ヒデキさんも狙いがわかっているのかそうそう口を滑らせないな。さすが元軍人。

 

「マチス、チャレンジャーだ!」

 

ヒデキさんが大きな声で呼ぶと足音が聞こえてきた。それはゆっくりとこちらに近づいてくる。

そこにいたのは軍服に身を包んだ、尖った金髪の男性だった。鋭い眼光に鍛え上げられた肉体は正に軍人だった。そしてその彫りの深い顔たちは異国の人間のものだった。

 

「Welcome to クチバジム!」

 

「初めまして、俺はマサラタウンのサトシです。クチバジムに挑戦しに来ました」

 

「ほう、ChallengerはBoyか、だが手加減はしないぜ」

 

この威圧感、歴戦の軍人でポケモンの専門家であるジムリーダーのものに間違いない。

マチスさんと対峙しながら俺は震える手をギュッと握りしめた。

 

「む、そのピカチュウはBoyのポケモンか?」

 

マチスさんの視線は俺の足元でジム内を不思議そうに見上げているピカチュウに注がれる。

 

「はい、そうです」

 

「HAHAHA! だとしたらそのピカチュウを使うのはやめておくんだな。電気タイプのエキスパートであるMeに電気タイプで、しかも進化もしていないポケモンで挑むのは自殺行為だぜBoy」

 

「そんなことありません、俺とピカチュウは色んなバトルをしてきました。俺もバッジは2つ持ってて経験は十分ですし、実力もあります!」

 

「ピカピカチュウ!」

 

マチスさんは笑ったがそれは嘲るものではなく、ジムリーダーとして新人トレーナーに対するアドバイスとして言ったものだと俺にもわかった。だが、即座に否定されたため言い返さずにはいられなかった。

 

「なるほど、バッジを2つもGetしたのか。しかし、本当に強くしたいのならピカチュウのままというのはBad decision だぜ。本当に強くしたいのなら」

 

マチスさんが腰からモンスターボールを取り出す。

 

「Go モンスターボール!!」

 

「ラァイチュウ!!」

 

ボールから現れたのは、ピカチュウよりも大きな体のポケモンだ。丸みのある体にオレンジ色の体毛、手足の先は茶色、細長い黒の尻尾は先端に稲妻のような黄色い部分がある。可愛らしい顔に黄色の頬袋を持つ。そのポケモンはピカチュウの進化形であるライチュウだ。

 

「ピカ……!」

 

「ラァイ……!」

 

ピカチュウは自分よりも大きな体のライチュウを見上げて息を飲んでいる。

ライチュウはそんなピカチュウを見て全身に力をこめてバチバチと帯電し自身の力をアピールしていた。

 

「Youも本気で最強を目指すならそのピカチュウをライチュウに進化させろ。それからだBoy」

 

まさかピカチュウの進化形が相手とは思わなかった。確かに能力は進化しているライチュウの方が圧倒的に上かもしれない。大人しくタイプ相性の有利なポケモンを使うべきなのだろう。

だが、ライチュウを見つめるピカチュウはこのまま引き下がりたくないと言っているように見えた。

 

「俺のピカチュウは進化しなくたって戦えます」

 

偽らざる気持ちでマチスさんに訴える。

マチスさんは俺の気持ちが伝わったのか呆れたのか、肩をすくめて頷いた。

 

「Alright、Youがそこまで言うのならBattleを受けよう。Fieldはこっちだ。Come here」

 

マチスさんはフィールドの所定の場所まで力強い足取りで向いライチュウも自身に満ちた足取りでついて行った。

俺も歩き出そうとして、ふとピカチュウを見た。するとその顔には緊張がありながらも鋭い目でフィールドとライチュウを見ていた。

このバトルはバッジのことだけでなくピカチュウのためにも負けられない、そう心に誓いながら歩き始めた。

 

 

 

***

 

 

 

クチバジムの中を窓からのぞき見ている影が3つあった。

 

「ジャリボーイたちはもうクチバシティまで来てたのね」

 

「来てさっそくジム戦とは精が出るな」

 

「今回の相手はピカチュウの進化形のライチュウなのニャ」

 

ロケット団のムサシとコジロウとニャースだ。

 

「いくら進化形でもあのピカチュウが負けるはずないわよね」

 

「そりゃそうさ、あのピカチュウは特別なピカチュウなんだからな」

 

「でも相手はジムリーダーのポケモンニャ。もしかしたら、もしかするかもしれないニャー」

 

「……そ、そんなわけないでしょ心配しすぎよ」

 

「そ、そうだぞーあのピカチュウが特別で無いなんてことないだろ、もしどこにでもいるピカチュウなら俺たちは無駄な仕事してたってことになるぞー」

 

「そうニャったらボスに何を言われるかわからないニャ」

 

しばらく沈黙が流れた。その間に3人は自分たちの将来に暗雲が立ち込める可能性を理解してしまった。

 

「「「がんばれピカチュウ、ジャリボーイ」」」

 

 

 

***

 

 

 

広い長方形のフィールドの両サイドに立つのはジムリーダーのマチスとチャレンジャーのサトシ、それぞれの足元には大きなネズミポケモンと小さなネズミポケモンが相手を見据えながら立っている。

 

フィールド外の審判の位置にはヒデキが紅白の旗を持って立っている。

 

「使用ポケモンは互いに1体ずつ、それではバトル開始!」

 

ヒデキが合図するとサトシとマチスが動く。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「Go ライチュウ!」

 

「ピカチュウ!!」

 

「ライチュウ!!」

 

それぞれの足元にいたピカチュウとライチュウがフィールドの中央に立ち戦闘態勢となる。

 

「ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

「ピッカァ!」

 

四足となったピカチュウが疾走する。大地を蹴るたびに加速して一直線に進み行き、あっという間に自分より大きなねずみポケモンの懐に入り一撃を与えた。

腹部に高速の突進を受けたライチュウは、僅かに後退しただけでピカチュウをそれ以上進ませなかった。

 

「ライ!」

 

「なに!?」

 

「Wow、なかなかのSpeedだ、だが……その程度のPowerじゃまだまだだぜ! ライチュウ『かわらわり』だ!」

 

「ラァイ!!」

 

「ピガ!?」

 

鋭い眼光なったライチュウが右腕を振り上げ勢いよく垂直に振り下ろした。回避が間に合わないピカチュウの脳天にクリーンヒットし、地面に全身を叩きつけてしまった。

 

「Hey Boy! 本物のPowerってのはこういうことだぜ!」

 

「大丈夫かピカチュウ!?」

 

ピカチュウは立ち上がると頭と体を小刻みに振って再びライチュウに向き直した。

 

「ピカ!」

 

「よしピカチュウ『アイアンテール』!」

 

大地を走るピカチュウは自身のギザギザの尾を鋼鉄に変え、思い切り水平にライチュウに振るった。

 

「Gutsはあるようだな。ライチュウ『アイアンテール』!」

 

ライチュウの黒く細長い尾の先端、稲妻の形をした部分が鋼鉄となる。細長い部分がしなりピカチュウに向かって振り下ろされる。

尾の刃同士が激突し甲高い音が鳴り響く。

 

打ち合い、ライチュウは稲妻の尻尾を胸の前で構えて先端をピカチュウに突き刺さんと直進した。

 

ピカチュウは瞬時に横向きに体を入れ替えることで刺突を回避、するとライチュウの尻尾が横薙ぎに振るわれる。ピカチュウは回避が間に合わずに直撃を受ける。

更なるライチュウの追撃、ピカチュウは姿勢を低くすることで躱すとライチュウから離れる。

しかし、ライチュウの猛攻は終わらない。

ピカチュウを切り裂かんと細長い尻尾を変幻自在に振り回す。ライチュウの尻尾の鋭く尖った先端は『アイアンテール』の力で稲妻の短剣と化していた。先程の一撃でかなりのダメージを受けた。また攻撃を受ければ大ダメージになりかねないとピカチュウは素早く回避を続ける。

さらにピカチュウは躱すばかりで攻めあぐねていた。

 

「尻尾が長い分ライチュウの方が有利だ!」

 

タケシの分析通りライチュウの尻尾はピカチュウのそれよりも長い、しかも自在に動かすことができピカチュウを翻弄している。その鋭さとリーチの長さは槍のようだ。

 

「このままだと一方的にやられるよ」

 

「何か方法はないの?」

 

リカとカスミはサトシとピカチュウの不利の様子を危惧しながらフィールドを見つめる。

 

ライチュウが動く。前進しながらピカチュウに尻尾の猛攻を仕掛ける。鋭い斬撃とも言える尻尾の連続攻撃をピカチュウは時には躱し続け、時には鋼の尻尾で迎撃した。

 

ライチュウの大振りの『アイアンテール』。ピカチュウは自身の『アイアンテール』で受け流して後方に跳んだ。

 

「大丈夫かピカチュウ?」

 

「ピカ!」

 

「そうか……そろそろか?」

 

「ピカ!」

 

サトシはピカチュウの返事に口角を上げる。

 

「よし『でんこうせっか』!」

 

「ピカピカ!」

 

「Well,well、考えなしに突っ込むなんて感心しないぜBoy。ライチュウ『アイアンテール』!」

 

「ライライ!!」

 

マチスは嘆息しながらライチュウに指示を飛ばす。

ライチュウの鋼の尻尾が鋭利な槍となりピカチュウに襲いかかる。ピカチュウは先ほどと違い突進をしかけ回避する様子がない。それでは良いマトだ。

ライチュウの鋼鉄の短剣がピカチュウに迫り

空振りとなる。

 

「ライ!?」

 

「What!?」

 

ピカチュウは一瞬にして『アイアンテール』の着弾点から回避していたのだ。

走りながらサイドステップを踏むことで飛来する稲妻のような『アイアンテール』を回避しライチュウまで疾走して行った。

 

「まさかさっきの攻防でライチュウの『アイアンテール』を見切ったのか!?」

 

マチスは驚きそれに呼応するようにライチュウも驚愕の表情を浮かべて焦りを見せながらピカチュウに鋭い尾を振るうが当たることはなかった。

ピカチュウはライチュウの懐に潜り込む。

 

「行けぇ!!」

 

「ピカ!」

 

渾身の『でんこうせっか』が急加速とともに放たれる。想定外の動きにライチュウの回避が間に合わない。しかし、マチスは先の攻防でライチュウがピカチュウの『でんこうせっか』を耐えていたことからこの攻撃を受けても問題ないと思っていた。しかし

 

「ライ!?」

 

ピカチュウの一撃が直撃したライチュウが吹き飛ばされる。

 

「What!!」

 

「いいぞピカチュウ」

 

ダメージを受けたライチュウは苦しげな表情を一瞬見せるがすぐに立ち上がりピカチュウを見据える。

 

「Speedがさっきよりも上がっている、それによって『でんこうせっか』の威力が上がったのか。なるほど、Youのピカチュウはバトルの中でGearを上げてきたのか」

 

「ええ、お陰でピカチュウはかなり暖まってきました」

 

マチスのサトシへの視線の色が変わる、初心者を推し量ろうというものではなく、倒すべき敵を見るものだ。そしてマチスの口角が上がる。ここから先のバトルを楽しみにしているようだった。

 

 

 

「ふぅ、まったくサトシは心配させるわね」

 

カスミはサトシにきつい評価をするがその表情はとても優しいもので、暖かな眼でサトシとピカチュウを見ていた。

 

「ねえ、どうしてさっきからサトシは電気技を使わないのかな?」

 

「そういえばそうね。マチスさんもライチュウに電気技を指示してないわ」

 

2人の疑問に答えたのはタケシだった。

 

「お互いに警戒しているんだろう」

 

「「え?」」

 

「電気タイプのポケモンは『ひらいしん』に『ちくでん』と電気技を吸収するポケモンが多い。そして、ピカチュウとライチュウは『ひらいしん』を持つこともある。迂闊に電気技を使えば相手を有利にしてしまう。だからサトシもマチスさんも電気技を使えないんだ」

 

「そういうことね」

 

「でも決め技の電気技が使えないのはサトシもマチスさんも攻めにくいんじゃないかな」

 

電気タイプのジムでジムリーダーのマチスもチャレンジャーであるサトシも電気タイプの技を使わないという珍事、ここからバトルがどう動くのか。このままでは終わらないという予感が3人にはあった。

 

 

 

「ライチュウ『アイアンテール』!」

 

「ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

ライチュウは鋼鉄の尻尾を空を裂くような勢いで振り下ろし、ピカチュウは疾走し加速を続けることで『アイアンテール』を回避しながら直進する。

さらなるスピードアップにマチスは瞠目する。

 

(まだSpeedが上がっているのか!?)

 

「行けぇっ!!」

 

「怯むなライチュウ、『かわらわり』で迎え打て!」

 

ぶつかり合うピカチュウとライチュウ、そのパワーは拮抗し、2体は相手を打ち倒さんとさらに全身に力を込める。目一杯力を込めた2体の電気ネズミは頬が帯電するほど全力でぶつかる。

 

反動でピカチュウとライチュウは同時に後ろに跳んだ。

 

「進化形のライチュウの方がパワーは上だ。だけど、サトシのピカチュウはスピードでは負けていない」

 

タケシが2体の動きからそう推察する。

一瞬にらみ合うピカチュウとライチュウ、そして、サトシとマチス。一瞬の膠着、動き出したのは同時だ。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

「ライチュウ『10まんボルト」!」

 

「ピィカ、チュウウウウウウ!!!」

 

「ラァイ、チュウウウウウウ!!!」

 

2体のネズミポケモンから膨大な電撃が放出される。眩く激しく大気を震わすほどの圧力をもって『10まんボルト』同士が激突する。

 

轟音と共に衝撃波がフィールド全体に襲いかかり砂埃が舞い上がる。

ピカチュウとライチュウは全身に力を込めて電撃を出し続ける。

2体の中心で拮抗していた電撃が爆発を起こす。

強烈な爆風が起こり2体を襲い小さな体を吹き飛ばすがすぐに着地した。

 

マチスは目を細めてサトシをジッと見つめて口を開く。

 

「Youがライチュウの特性を警戒して電気技を使わなかったことには気づいていた。今までノーマルや鋼技で攻めていたYouが急に電気技を使おうとしたのは何故だ?」

 

「あなたのライチュウが『ひらいしん』じゃないと気づいたからですよ」

 

サトシは鋭いマチスの視線を強い眼差しで見つめ返す。

 

「ほう、なぜだ?」

 

「さっきピカチュウとライチュウがぶつかった時、2体とも踏ん張りすぎて帯電していました。あの距離で『ひらいしん』ならその僅かな帯電も引っ張られるはず。だけどそうならなかった。つまりライチュウの特性は『ひらいしん』ではないということになります」

 

「Wonderful!! 見事な洞察だ」

 

マチスが両手を叩きパチパチと乾いた音が鳴る。

サトシの洞察力を素直に賞賛したのだ。

 

「マチスさんもそれがわかったから電気技を使おうとしたんでしょ?」

 

「Exactly 俺もYouのピカチュウの電気の動きを見ていた。そして、Youのピカチュウも『ひらいしん』ではないと確信した」

 

マチスはニヤリと笑う。心からサトシという実力を持ったチャレンジャーを相手に心が躍っている。

 

「もうYouはBoyと呼ぶのはやめよう。マサラタウンのサトシ、ここからが本当のBattleだ!」

 

「はい、俺ももっと全力で行きます!」

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!!」

 

サトシは合図を出しながら指示を飛ばす。

 

ピカチュウの体が光った瞬間、一条の閃光が飛来する。反応が遅れたライチュウに直撃し体が後退する。マチスもライチュウも一瞬のできごとに驚愕の表情を浮かべる。

 

「What!?」

 

「な、なんなんだ今のは!?」

 

タケシもまたピカチュウの放った技に信じられないとばかりに驚いていた。

 

「サトシのピカチュウのとっておきよ!」

 

「がんばって訓練したんだよ」

 

「そうか、ここまで鍛えていたとはな」

 

タケシが感心したようにサトシとピカチュウを見る。ニビジムでのバトルの時より遥かに強くなっていることにかつて対戦したジムリーダーとして感慨深いものがある。

 

フィールド内で笑い声が響く。マチスが可笑しそうに楽しそうに声を上げていた。

 

「HAHAHA! Amazingだサトシ、Youたちの全力をもっと見せてくれ!」

 

ジムリーダーの賞賛にサトシは心の奥から高揚感が湧き上がり、こちらを見るピカチュウとアイコンタクトで「がんばろう」と頷きあった。

 

「はい、行きます! ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

「迎え打てライチュウ『かわらわり』!」

 

風を置き去りにするほどのピカチュウの高速の突撃に対し、ライチュウはその場に留まり迎撃態勢となった。

 

ピカチュウの突進とライチュウの渾身の手刀が激突する。凄まじい衝撃が放たれ、互角の威力で2体は一瞬停止する。

そこでマチスが動く。

 

「『アイアンテール』!!」

 

ピカチュウとぶつかり合ってるライチュウだが、尻尾は自由に動かすことができる。

しかしピカチュウは全身をぶつける『でんこうせっか』を打ち、それだけに力を注いでいる。

鋼となったライチュウの尻尾がピカチュウの無防備な背中に振り下ろされる。

 

だがサトシは対応する。

 

「回転して『かわらわり』を受け流せ!」

 

ライチュウの右腕とぶつかっている自身の頭を中心にピカチュウは反時計回りに高速回転をし、ライチュウの『かわらわり』はピカチュウの左に逸れた。しかし、『アイアンテール』はまだ生きている。

 

「回転したまま『アイアンテール』!」

 

ピカチュウは止まらず周り続けて尻尾を鋼へと変える。そして、振り下ろされるライチュウの短剣目掛けてぶち当てる。

甲高い音が鳴り、ライチュウの鋼の稲妻は弾かれる。そしてピカチュウはまだ動いている。

 

軽いステップを踏んだピカチュウは鋼鉄の尾を横薙ぎに一閃、ライチュウの腹部に直撃した。

大型ネズミが自身よりも一回り小さなネズミの一撃で吹き飛ばされる。

サトシは好機とばかりに追撃をする。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

ピカチュウの渾身の高圧の電撃がライチュウにクリーンヒットする。全身に膨大な電撃を受けたライチュウはさらにダメージを受け吹き飛ばされる。

 

「Wonderful!! サトシ、まさか新人のYouがここまで戦えるとは思えなかった。素晴らしいピカチュウだ。こんなExcitingなBattleは久しぶりだ。ここからはMeもライチュウもFull Powerで行く。YouたちももっとFull Powerでかかってこい、痺れるようなElectric Battleをしよう!」

 

勝負の天秤が僅かにサトシに傾いている、しかし、マチスはサトシとピカチュウを褒め称えバトルを心から楽しんでいる。

そんなマチスに応えるようにサトシも叫ぶ。

 

「はいもちろんです。こっからも全力で行きます!」

 

「Good! それでこそだ。Hey ライチュウYouもGearをMaxに――」

 

異変は突然だ。

 

「ラ、イ……」

 

ライチュウは全身をブルブルと震わせる。

 

「ライチュウ?」

 

マチスが声をかけた瞬間

 

「ラァアアアアアアイチュウウウウウウ!!!」

 

ライチュウが雄叫びを上げると全身から暴れるような電撃が周囲に放たれる。

 

「な、なに!?」

 

「こ、これは!?」

 

「ライィッ!!」

 

周りのすべてを破壊しかねないほどの電撃の嵐を生み出すライチュウ。その目は正気を失っていることを誰もが理解してしまった。

 

「い、いかんマチス、ライチュウを止めるんだ!」

 

サトシとタケシが驚愕の声を上げ、審判であるヒデキが焦った表情になる。

 

「よせライチュウ、待て、Calm Down!」

 

急ぐマチスはフィールドに入りライチュウに駆け寄る。そのままライチュウを抑えようとするが、放出される膨大な電撃で近づくことができない。

 

「戻れライチュウ!」

 

マチスはモンスターボールをライチュウに向け戻そうとするが、ボールから放たれる光はライチュウの電撃に阻まれる。

 

「くっ、サトシ、ピカチュウ逃げるんだ Hurry Up!!」

 

暴れる電撃がマチスに直撃し、鍛え上げられた肉体を吹き飛ばし、マチスはフィールドに叩きつけられる。

それでもマチスは立ち上がろうとするが、彼が鍛え上げたポケモンの技は歴戦の戦士に大きなダメージを与えるものだった。マチスは動きが鈍くなる。

 

放出され続けた電流がライチュウに集まる。それはライチュウの全身を包み込んでまるで波打ち、激しく迸る。

そして、ライチュウは両腕を地面に下ろすと四足歩行の姿勢になる。雷電が一際強く輝く。

 

「よ、せ……ライチュウ、その技は――」

 

マチスがライチュウを止めようとする、が間に合わない。

 

疾走。

極大の雷を纏いながら大地を踏み砕かんばかりの勢いのまま四足で駆けるライチュウのその姿はもはやネズミではなく獲物を狙う猛獣だ。ライチュウ自身の理性とは関係なく体に刻み込まれた戦闘の経験と生物の本能のみが目の前の敵を打ち砕かんと一条の閃光となり強襲する。

ピカチュウはその圧倒的な轟雷の本流と圧力に呆然と見つめるだけで一歩も動けない。

サトシが危険と判断しピカチュウに駆け寄ろうとする、しかし、ここはボールに戻した方が早いのではと思いボールを手に取る。

 

一瞬の迷いは無慈悲な結果をもたらす。

 

炸裂。

ライチュウがピカチュウに衝突した瞬間、眩い閃光が建物内部を埋め尽くしその場にいた人間全員が反射的に目を腕で覆う。

 

すさまじい光の中を凝視するサトシの視界には空中に投げ出される小さな影があった。

丸っこい体、尖った耳に、ギザギザの尻尾。自分のよく知る彼。

 

ドサリと音がした。次第に閃光が止んだ。

静寂の中、パリッという音が断続的になる。フィールドで立つライチュウは頬を帯電させてその場で動かない。

 

打ち捨てられたようにボロボロで動かなくなったピカチュウがいた。

もはやどういう結果か誰の目にも明らかだ。

だがサトシには結果なんかどうでもいい、倒れる相棒に駆け寄り叫ぶ。

 

「ピカチュウ!!」

 

ピカチュウ戦闘不能。




今回のクチバジムのバトルはサトシの負けです。サトシとピカチュウを更なる一歩になればと思います。
もしサトシに負けてほしくないという方がいらっしゃるなら本当に申し訳ないです。

タケシと旅をしているお姉さんは、彼にも幸せになってほしいという思ったので、美人のお姉さんに囲まれてもらいました。


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リベンジクチバジム どこまでも強く

年内最後の更新です。
お待たせして申し訳ないです。


サトシのクチバジムのバトルの結果を見たムサシとコジロウは口をあんぐりと開けて、顔を真っ青にさせていた。

 

「……どうすんのよジャリボーイのピカチュウが負けちゃったじゃない!?」

 

「やばいやばい、このままじゃ俺たち最悪クビになる……!」

 

「これはいよいよまずいわ、なんとかしないと……でどうすればいいのよ!」

 

「俺に聞かれてもわかるか! ええと取り合えず、ジャリボーイが再戦して勝つことを祈るしかないんじゃ」

 

「それでまた負けたらどうすんのよ!」

 

「そんなのわかるわけないだろ!」

 

「なによそれぇ!!」

 

「おいニャース、さっきから黙ってどうしたんだ?」

 

「あんたが一番文句言いそうな感じなのに珍しく大人しいわね」

 

不思議そうにしているムサシとコジロウに話しかけられてもニャースは答えず、ただピカチュウの病室をジッと見つめているだけだった。

 

「……ピカチュウ」

 

空に消えそうなほど小さく呟いて、ニャースはただピカチュウを見つめ続けた。

 

 

 

***

 

 

 

クチバジム戦で敗北した俺はポケモンセンターにいた。

負傷したピカチュウはベッドの上で包帯が巻かれた体でスヤスヤと寝息を立てている。

部屋にいるのはサトシとピカチュウの他にリカ、カスミ、タケシ、講習を終えたマナミとヒナコもいた。

 

「ジョーイさん、ピカチュウは軽い怪我だけって言ってくれてよかったね」

 

「そうね、だけど、しばらく安静にさせるのよ」

 

「ああ」

 

俺はクチバジム戦で負けてしまった。ジム戦で負けるのはこれが初めてだ。

いや負けたことじゃなくてピカチュウの怪我を治すことが大事だ。リカとカスミはそのことをわかってくれたからピカチュウの怪我について慰めてくれた。

 

「サトシ、ピカチュウも軽症で済んだんだ。負けたからって落ち込まずに次の機会をポケモンたちと待つんだ」

 

タケシは2人の気持ちを察しているんだろうけど、やはりトレーナーとしてバトルの結果も自覚しなければと俺に言い聞かせてくれた。

マナミさんとヒナコさんは心配そうにピカチュウを見ていた。

 

「ああわかってるよ」

 

3人の気遣いが嬉しくて俺は軽く笑って頷いた。

 

 

 

***

 

 

 

病室のドアがノックされサトシを含めた室内の全員がドアに振り向いた。

 

「どうぞ」

 

サトシが許可を出すと現れたのみんなが見知った2人の男性だった。

 

「マチスさん! ヒデキさん!」

 

「Hey、サトシ、ピカチュウ、具合はどうだ?」

 

サトシが敗北したクチバジムのジムリーダーマチスと審判を勤めたヒデキ、筋骨隆々な2人が並ぶ姿は迫力があるが、表情は穏やかなものでサトシたちの緊張はすぐに緩和された。

 

「ええ少し治療すれば問題ないみたいです。マチスさんとライチュウは大丈夫なんですか」

 

「No problem、あれぐらい軍隊にいたころの訓練や任務に比べればどうってことない。ライチュウもだ」

 

マチスはフッと笑う。

 

「そうでしたか、わざわざお見舞いに来てくださってありがとうございます」

 

サトシが言うとヒデキは神妙な顔になる。

 

「実は今日は見舞いだけではないのだ」

 

「え?」

 

マチスは懐に手を入れると何かを握ってサトシに差し出した。

それは小さく光り輝くものだ。

 

「君にこのオレンジバッジを渡しに来たんだ」

 

思わぬマチスの申し出にサトシは目を見開く。

リカたちもそのやり取りに驚いていた。

 

「な、なんで、俺負けたのに!?」

 

「先ほどのジムバトルはマチスの反則負け、よって勝者はサトシ君だ」

 

ヒデキが補足するもサトシは話が見えないと聞き返す。

 

「ど、どういう……?」

 

「あの時ライチュウが使った技、あれは『ボルテッカー』という技だ」

 

「『ボルテッカー』……」

 

「ピカチュウとその進化形であるライチュウ、進化前のピチューのみが覚えられる最高クラスの電気技だ」

 

「Meのライチュウの『ボルテッカー』は強すぎる。だから公式戦、それも新人トレーナーに対しては決して使わないようにしていたんだ。But 昨日はライチュウを止められずにあのような結果になってしまった」

 

ヒデキとマチスの説明にサトシようやく先ほどの「マチスの反則負け」の意味を理解したが同時に『ボルテッカー』というピカチュウが覚えられる大技の存在を知り、少しだけ胸が高鳴った。

 

「ライチュウはなぜあのように暴走したのですか?」

 

「おそらくだが、強力な電気技を受けたことでライチュウの電気を発生させる器官が強く活性化したのだろう。内側と外側からの電撃にライチュウは苦しみ正気を失って暴走したのではないかと考えている」

 

「Meがライチュウの異変に気付かなかったことが原因だ。そして、MeはRuleに違反した。Youにオレンジバッジを渡したい」

 

サトシはマチスとその手に持ったバッジを交互に見つめて口を開いた。

 

「マチスさん、お気持ちはありがたいですが……受け取れません」

 

「Why?」

 

せっかくバッジを貰えるのなら思わぬ棚から牡丹餅として受け入れるのが普通なのだろう。

その上、マチスとヒデキは自ら課した規定に従ってサトシにバッジを渡すと言ったのだからその気持ちを尊重すべきなのだろう。

それでも――

 

「バトルに負けてバッジは受け取れません。たとえマチスさんが自身に課したルールがあってそれで俺が勝ったとしても、あのバトルは俺の負けなんです」

 

「なるほど、君自身のポリシーといものがあるのか。しかし、本来ジムバッジはジムリーダーが実力を認めれば渡していいという決まりだ。マチスは君がバッジに値するトレーナーであると認めているんだ。私から見てもあのバトルはすごかった、君は間違いなく一流のトレーナーの素質がある。それに君のピカチュウの電気技は通常のピカチュウや他の電気タイプを遥かに凌駕するものだ。そこまで育てている君はマチスに本気を出させた。それで充分バッジに値すると思うよ」

 

サトシの言いたいことを理解したヒデキは少年の持つ情熱に好感を抱いたようにフッと優しく笑った。

 

「ありがとうございます。そこまで言っていただけるのは本当に嬉しいです。でもこのままバッジを受け取ってこの町を去ったらきっと心残りがあると思うんです。俺もピカチュウもそれを引きずったまま旅を続けられないと思うんです。また挑戦して勝ってそれでバッジを手にしたいんです。だから、本当にごめんなさい」

 

2人を見つめるサトシは譲らない、勝利してからじゃないとバッジを得てもずっと心に拭えないものが残る。

その気持ちはきっと今なお眠るピカチュウも同じだろう。

マチスは懐にバッジをしまうと軽い笑みを浮かべた。

 

「Alright、Youがそこまで言うなら今日はこのまま帰るぜ」

 

「マチス?」

 

「サトシは本当にPrideとGutsのあるトレーナーだ。それで無理やりバッジを渡せばそれは失礼になる。サトシ、また挑戦しに来るのを楽しみにしてるぜ」

 

「そうか……君も一人のトレーナーということなんだな。私も君の再挑戦を楽しみにしている」

 

「はい、必ずまた行きます」

 

マチスとヒデキは病室を後にした。

 

 

 

***

 

 

 

廊下の足音が遠くなったのを確認し最初に切り出したのはリカだ。

 

「ほんとに良かったの?」

 

「ああ、この気持ちは紛れもない本物だからな」

 

「あんたらしいわね」

 

サトシの答えにカスミは呆れたように言うがその顔は柔和なものだ。

 

「はは、サトシはしばらく見ないうちにより大きくなったんだな」

 

「かっこいいこと言うわねサトシ君」

 

「……負けず嫌い、男の子って感じ」

 

タケシ、マナミ、ヒナコもサトシのトレーナーとしての真っすぐな思いを微笑ましく思っている。

 

和やかな雰囲気になろうとした時、

 

「……ピ」

 

ベッドの上の電気ねずみが目を覚ました。

ゆっくりと瞼を開けたピカチュウはゆっくりと首を動かして周りを見渡した。

 

「ピカチュウ、まだ痛むところとか無いか?」

 

「ピカ……」

 

ピカチュウはボーッと心ここにあらずという表情でサトシを見ていた。

その反応を見たサトシは目を覚ましたがまだバトルに負けたことを気にしているんだと気づいた。

 

「ピカチュウ、次がんばろうぜ」

 

落ち込むピカチュウを慰めて励まそうと言葉をかける、しかし、ピカチュウの反応は鈍い。

 

「ピカチュウ?」

 

ベッドで蹲り、何かを恐れているような後悔しているような態度にサトシは胸が締め付けられる。ここまでピカチュウは心に傷を負ってしまったのか。苦しむ彼にこれ以上無理をさせていいのか。先ほどのマチスの申し出を受けてクチバジムの再戦は諦めるべきだったのか。

落ち込むピカチュウを見ていると言葉が咄嗟に出てこない、それでもピカチュウを元気にしたいと必死に言葉を紡いだ。

 

「ピカチュウ、あのライチュウとっても強かったよな。お前が、怖がってしまうのもわかる……もう、挑戦したくないって言うなら俺はピカチュウの気持ちを尊重したい。だからクチバジムは諦めて――」

 

 

 

「おミャーは何もわかってないのニャ!」

 

サトシの言葉を遮るように、闖入者が現れた。

 

額に小判がある猫ポケモンのニャース、しかも喋るニャースだ。彼の後ろからロケット団の男女がおそるおそるという感じで現れた。

 

「「「ニャースがしゃべってる!?」」」

 

ムサシとコジロウとニャースと初対面のタケシとマナミとヒナコは彼らの登場に訝し気な顔になりつつ、人間の言葉を喋るニャースに驚いていた。

 

「ロケット団!?」

 

「何しに来た!」

 

カスミとサトシが声を荒げる。

 

「誰だ?」

 

初対面のタケシの当然の疑問だ。

 

「ポケモンを盗んだりしてる悪い人たちだよ」

 

リカの説明にタケシ、マナミ、ヒナコは警戒の色を強める。

しかし、お構いなしとばかりにニャースがサトシの前に躍り出る。

 

「ピカチュウはライチュウを怖がっているから落ち込んでいるんじゃないのニャ!」

 

思わぬニャースの言葉にサトシに疑問が浮かぶ。

 

「それ、どういうことだ?」

 

「ピカチュウはおミャーを負けさせてしまったことが許せないのニャ」

 

「え?」

 

それは予想外の言葉だった。サトシだけでなく部屋にいる他の人間も驚いていた。

 

「ライチュウの最後の攻撃の瞬間、ピカチュウは確かにライチュウの放っていたプレッシャーに呑まれて恐怖したのニャ。だけどもしあの時、恐怖を抱かずに動いて攻撃することができていたニャら、勝つ可能性があったかもしれニャい。ピカチュウはそのことをずっと後悔しているのニャ」

 

サトシは反射的に未だベッドで暗い顔をするピカチュウに視線を送る。そして、愕然とした。

自分の考えが的外れでピカチュウに辛い思いをさせていたのが自分だったのだと理解したためだ。

それでもニャースはお構いなしに喋り続ける。

 

「ジャリボーイ、おミャーがピカチュウを一番理解しているトレーナーニャら、ピカチュウとどうするべきかおミャーが考えなければいけないのニャ!」

 

話は以上だと、ニャースは窓の外に出てムサシとコジロウと共に背を向けて歩き出した。

しかし、サトシはどうしても聞きたかった。

 

「待ってくれ、どうしてそんなこと教えてくれたんだ?」

 

サトシの疑問に立ち去ろうとするロケット団は振り返ることなく答えた。

 

「私たちはあんたの特別なピカチュウが欲しいのよ」

 

「ライチュウに負けるピカチュウなんて特別でもなんでもない普通のピカチュウだ。そんなのを追っかけてたなんてとんだ恥さらしになっちまうだろ」

 

「ニャーたちはニャーたちのために行動しているのニャ」

 

「せいぜい私たちのためにそのピカチュウを最強のピカチュウだって証明して見せなさい」

 

「それができない時は、俺たちはほんとの本当に容赦しない、覚悟しておくんだな」

 

「そうなりたくないニャら、勝つのニャ」

 

サトシたちが病室から見つめる中、ロケット団は去って行った。

 

静かになった病室。

 

「よくわからない連中だな」

 

「なんかちょっと良い人っぽかったのかな?」

 

「気まぐれな連中ってことなんじゃない」

 

「きっと、彼らなりのプライドがあるんだろうな」

 

「一本筋の通った悪党なのかしら」

 

「……悪の美学?」

 

口を開いたのはタケシ、リカ、カスミ、俺、マナミさん、ヒナコさんの順番だ。

 

「……まさかロケット団に説教されることになるとはな」

 

悪い奴だがなんだか変な連中だなと思いつつ、おかしな笑いがこみ上げてくる。

俺って本当に馬鹿だなとわかったからだ。

トレーナーなのに自分のポケモンのことを、それも一番の相棒のことをわかっていなかった。

 

「ピカチュウごめんな、何に悩んで苦しんでいたのか、俺ピカチュウのトレーナーなのに全然わからなかった。俺のためにずっと悩んでいたんだな。ごめん、本当にごめん……」

 

俺は横になっているピカチュウにそれしか言えなかった。一番に苦しみを理解しないといけないのは俺なのに、的外れな気持ちでピカチュウを見ていた。それがあまりにも情けなくて悲しくてただ俯くことしかできない。

 

しばらくすると頬にねっとりとした感触があった。

目を開けるとピカチュウが俺の頬をペロペロと舐めた。

 

「ピカピ……」

 

「ピカチュウ、頑張って強くなろうぜ。マチスさんもヒデキさんも俺たちを待ってくれてる。俺たち認められたんだ。だったらあの人たちの期待以上に強くなってびっくりさせて、絶対に勝とう!」

 

「ピカピカチュウ!」

 

一度負けたが諦めてなるものか。サトシとピカチュウは強く頷き再戦と勝利を誓った。

するとタケシがサトシに話しかける。

 

「サトシ、前に親父からもらった雷の石はまだ持ってるか?」

 

「ああ、あるけどどうして?」

 

「強くしたいのならピカチュウを雷の石を使ってライチュウに進化させるのが一番早いと思ってな」

 

ピカチュウを進化させる。進化したポケモンはより強くなる。それはサトシも理解している。

 

「マチスさんのライチュウにあれだけのバトルができたピカチュウなら進化させれば勝つ可能性はより高まると俺は思う」

 

タケシの言う通り確実に勝ちたいのならマチスと同じライチュウにして挑戦すればいいはずだ。

だがサトシはピカチュウの気持ちを知りたかった。本当に進化していいのかと。

 

「ピカチュウ、お前は――」

 

「ピッカピカチュウ!」

 

ピカチュウは大きく首を振った。

 

「……そっか、お前はそのままでいたいんだな」

 

サトシはピカチュウの答えを知って頷いた。

 

「ごめんタケシ、せっかくアドバイス貰ったのに」

 

「構わないさ、決めるのはサトシとピカチュウなんだ。俺の言ったことは一つの意見として覚えていてくれればいい」

 

タケシは頷きながらピカチュウを見てふと考えた。

 

(進化を勧めてみたものの、もしもサトシのピカチュウがマチスさんのライチュウに勝つことができれば、これはピカチュウにとって大きな成長になるだけじゃなく、ポケモンそのものの可能性を広げることになるかもしれない)

 

ポケモンにかかわる1人の人間として心が躍っていることを自覚した。

 

 

 

***

 

 

 

「ピカチュウはすっかり元気になりましたよ」

 

「ありがとうございますジョーイさん」

 

「ピカ!」

 

「よしピカチュウ、早速特訓だ!」

 

「ピカピカチュウ!」

 

サトシとピカチュウはリカとカスミに行先も告げずにポケモンセンターを飛び出してしまった。

あとに残されたリカ、カスミ、タケシ、マナミ、ヒナコはサトシの行った方向をポカンと眺めていた。

 

「ちょ、サトシ!?」

 

「行っちゃった」

 

「まったくあいつは猪突猛進というか……」

 

「サトシらしいけどね」

 

ギリギリまで特訓していたサトシとピカチュウは夜になって海岸で発見された。

心配したリカとカスミの雷が落ちた。しかし、その雷がピカチュウのさらなるパワーアップには繋がらなかった。当たり前だが。

 

 

 

***

 

 

 

翌日、クチバジムの建物に入る人たちがいた。

サトシとその仲間、タケシとその仲間だ。

 

「リカ、ほんとにまた俺でいいのか?」

 

「うん、だって早くリベンジしたいんでしょ。それにマチスさんだってサトシとバトルしたいはずだから。私はサトシが勝ったあとで挑戦するよ」

 

「そっかさんきゅ」

 

「サトシ、女の子がここまで言ってるんだから負けんじゃないわよ」

 

「ああ、もちろんだ」

 

年下の男女の微笑ましいやり取りを後ろから見ていたタケシ、マナミ、ヒナコは全員頬を緩ませて見守っていた。

 

見知った建物の中をサトシたちは進む。

そして、バトルフィールドの扉を開く。

 

「頼もー!!」

 

扉の先のバトルフィールド、そこにいたのはクチバジム最強のトレーナーであるジムリーダーマチス。

彼はサトシを見て好戦的な笑みを浮かべる。

 

「待っていたぜサトシ」

 

「はい、お待たせしました」

 

サトシはマチスの元まで歩み寄る。その顔は決意と自信に満ちていた。

 

「ほう、最後に会った時よりもずっと良い眼になったなサトシ」

 

「ピカチュウとたくさん特訓しましたから。今回は絶対に勝ちます!」

 

「Goodだサトシ、それでこそMeが認めたTough Guyだ。ヒデキ、頼んだぜ」

 

「ああ、わかった。俺も2人の再戦を楽しみにしていた。こんなに早く見ることができて嬉しい」

 

マチスに言われたヒデキは審判としての準備を始める。

そしてサトシとマチスもバトルフィールドに立つ。

 

観客席ではリカ、カスミ、タケシ、マナミ、ヒナコが座ってサトシを見守り、リカの膝の上にはフシギダネがちょこんと座っていて、彼女もまたフィールド内を見守っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「それではクチバジムのジムバトルを開始する。使用ポケモンは1体ずつ、試合開始!」

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「Go ライチュウ!」

 

ボールから現れる2体の電気ネズミ。

相対した2体は互いに目で言葉を交わした。

 

――絶対に勝つ。

 

――これが本当の決着だ。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!!」

 

「ライチュウ『10まんボルト』!!」

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

「ラァイチュウウウウウウ!!」

 

小さなネズミと大きなネズミは同時に動いた。互いに全身から膨大な電撃を放出し、2体の間で衝突し激しい光が発生し、その場にいる人間の視界を遮る。

 

光が止むとピカチュウもライチュウもその場で静止していた。

互いにとてつもない威力の『10まんボルト』だとその場の誰もが思った。

しかし、サトシとマチスは目で語り合った。

 

――まだまだこんなものじゃない

 

「『でんこうせっか』だ!」

 

「『アイアンテール』!」

 

ピカチュウは猛スピードで突撃し、ライチュウは鋼の尻尾を鋭く振り下ろす。

ピカチュウは走りながら刃の猛襲を紙一重でかわし、ライチュウとの距離を縮めていく。

 

「昨日よりもSpeedが上がっているな、BattleがStartしてすぐにここまで速いとはな!」

 

ピカチュウの突撃がライチュウに直撃する。最大スピードの一撃にライチュウは大きな体でも吹き飛ばされる。

 

「まさか1日でここまでスピードを鍛えていたとはな」

 

タケシは感心しながらピカチュウを見る。

 

「怯むな『かわらわり』だ!」

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

「ラァイ!!」

 

「チュウ、ピッカア!!」

 

ライチュウは手刀を振り下ろし、ピカチュウは鋼鉄の刃となった尻尾を振り回す。

衝突して2体は反動で後ろに跳ぶ。

 

「ライチュウ『10まんボルト』だ!」

 

「ライチュウウウウウウ!!」

 

再び放たれるライチュウの電撃、それは爆音を鳴らし大地を抉るような破壊力でピカチュウに襲いかかり、その小さな体を吹き飛ばす。

 

「な、なんだこの威力は!?」

 

驚愕の声を上げたタケシに答えたのはヒデキだ。

 

「ライチュウは昨日のピカチュウとのバトルで発電器官が強く活性化された。その結果、今まで以上に電気がパワーアップしているんだ」

 

「そ、そんな……」

 

「ピカチュウの全力が逆にライチュウを強くしていたなんて」

 

リカとカスミが悲痛な声を上げてサトシとピカチュウの不利に焦りを見せる。

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』!!」

 

だが、サトシには焦りも迷いもなかった。

その指示でピカチュウは全力の電撃を放つ。

 

その電撃は轟音を鳴らし、空気を切り裂かんばかりの破壊力だった。まるで先のライチュウの電撃の再現。直撃したライチュウの体は吹き飛ぶ。

 

「……相手の電撃で前よりも強くなった、それはこっちも同じ。俺のピカチュウもライチュウの強力な『ボルテッカー』のおかげでより強くなったんですよ!」

 

「お互い様ということか……Wonderful!! やはりYouたちは面白いぜ、サトシ、ピカチュウ!!」

 

サトシとピカチュウもまたより強くなったことを知ったマチスは興奮から笑いが止まらない。

ここまでのバトルができる少年がいて、出会えて心から嬉しく思っている。

 

「それに二度目ですから」

 

「二度目?」

 

「ええ、前にピカチュウは雷を受けてパワーアップしてるんです」

 

「なんだって!? 雷を受けて無事だったということか!?」

 

驚いたのはヒデキだった。

 

「ええ、ジョーイさんには心配されましたけど、ピカチュウは怪我もなく強くなったんです」

 

「I see、Youのピカチュウの強さも納得だ」

 

サトシはピカチュウが十分に強いポケモンであることを訴えた。

それは――

 

「マチスさんお願いです。『ボルテッカー』を使ってください」

 

ジムリーダーマチスに本当の本気でバトルしてほしいからだ。

 

「What!?」

 

「な、サトシ君、自分が何を言っているのか分かっているのか! ライチュウの『ボルテッカー』は危険な技だ。まともに受けてピカチュウにもしものことがあったら――」

 

「わかってます。だけど俺たちは全力のマチスさんとバトルがしたいんです。それに俺のピカチュウならきっと勝てます!」

 

「ピカピカチュウ!」

 

それは昨日からピカチュウと話し合ったこと、本当に最高のバトルがしたいからマチスには手加減なしで本気で全力で戦って勝ちたい。その気持ちは同じだった。

 

「まったく、本当にとんでもないGutsを持っているな」

 

「マチス、まさか……」

 

審判としてヒデキには許容できることではなかった。しかし、サトシの真っすぐな気持ち、マチスもまた全力でぶつかっていきたいという気持ちが強く伝わってきた。

その気持ちを無碍にはできない。

 

「くっ、もう言っても聞かないんだな。分かった許可しよう。確かにより電気の力が上がったピカチュウなら重症にはならないかもしれない。ただし、危険と判断したらすぐに試合を中断させるからな」

 

渋々といった感じでヒデキは許可を出す。もしかしたらヒデキ自身も全力の2人のバトルが見たいのかもしれない。

 

「はい、ありがとうございます!!」

 

「Good! 話がわかるぜ、さすがMy Brother!!」

 

「まったく、それにしても驚いたな。自身と同じタイプの技を受けることで能力を上げる例はあるが、なかなか起こることではない現象だ。それを発揮してしまうとは、ライチュウもだが君のピカチュウも本当にすごい」

 

ボソリと呟きながら、ヒデキはぶつかり合うピカチュウとライチュウを決して見逃すまいと視線を送っている。

 

 

 

***

 

 

 

ジムの外で覗く3つの影がある。

 

「ちょっとちょっと聞いた?」

 

「聞いた聞いた」

 

「前にあのピカチュウは雷を受けてパワーアップしてたのニャ、今回もそれなのニャ」

 

「めったに起こらないことを起こしたのよね?」

 

「つまりそれはあのピカチュウが特別なピカチュウだということだ」

 

「やっぱりニャーたちの目に狂いは無かったのニャ」

 

「「「行け行けピカチュウ、頑張れ頑張れピカチュウ!!!」」」

 

これは勝てるのでは? 自分たちはクビにならずに済むのでは?

と打算を頭で巡らしながら3人はピッタリと息を合わせて応援を口ずさんだ。

 

 

 

***

 

 

 

「本物のFighterであるYouたちにFull Powerで応える、ライチュウ『ボルテッカー』!!」

 

ライチュウの全身に莫大な電気が纏う。そして両腕を地面につけて四つ脚で構える。

すべての脚に力を込めて疾走する。

 

「ピカチュウ『でんこうせっか』!!」

 

サトシの取った手段はスピードで対抗することだ。

雷電の鎧を全身に纏ったライチュウは四つ足の体勢で突撃し、ピカチュウは迎え撃つように四つ足となり高速で疾走する。

 

「当たる瞬間に受け流せ!」

 

2体が激突する瞬間、ピカチュウは直線コースから僅かに体をずらした。超スピードの2体は激突せずにすれ違うことになった。ピカチュウが瞬時に反転しライチュウの後ろを取る。

 

「そのまま『でんこうせっか』!!」

 

走るライチュウの後ろからピカチュウは再び高速で駆け抜け、突撃を仕掛ける。

正面からまともに『ボルテッカー』に打ち勝つのは困難、であるならピカチュウの持ち味のスピードを活かしたバトルを組み上げるというサトシの策。

 

しかし、ライチュウは瞬時に対応した。

電撃を纏うライチュウの体が反転しピカチュウと向かい合う体勢になった。

 

最初とは向きが逆だが2体が激突する。

しばし拮抗、だがピカチュウの小さな体は容易く吹き飛ばされる。

ダメージを受けながらも着地したピカチュウは体勢を整えた。

 

「その程度じゃ『ボルテッカー』には勝てないぜ! もう一度『ボルテッカー』!」

 

マチスの指示で再びライチュウは閃光のように動きピカチュウに強襲する。

 

ライチュウの最大の一撃がピカチュウを襲う。

しかし、直撃の寸前、僅かに電気が走ったピカチュウがライチュウの直線上から一瞬で消えた。

 

「What!」

 

ライチュウの『ボルテッカー』は空振りに終わった。

ピカチュウはライチュウから距離を取り威嚇していた。

 

マチスもライチュウもピカチュウの想像以上のフットワークに目を見開いていた。

 

「そうか、サトシはピカチュウのスピードを強化する特訓をしていたんじゃないんだ」

 

口を開いたのはタケシだ。

 

「どういうこと?」

 

「今のピカチュウの動きは電撃による加速だ。それを実現させるには精密な電気のコントロールが必要になる。だからサトシはピカチュウの電気のコントロールをさらに高める特訓をしていたんだ」

 

カスミの疑問に答えたタケシの言う通り、サトシはピカチュウの電気のコントロールを重点的に鍛えていた。ピカチュウはスピードが自慢だがそれだけでは勝てないことはわかっていた。

だから、より強い電撃を生み出すためにコントロール中心で特訓をした。

 

「ピカチュウ、本当の本気で行くぜ!」

 

「ピカ!!」

 

そして、その成果は確かな形になり2人の力となって現れた。

 

「ピカチュウ――

 

 

 

『ボルテッカー』!!」

 

帯電、そしてピカチュウの全身に途轍もない電流が発生し、それは次第にピカチュウの全身を包み込む。四足の構えになったピカチュウは大地を蹴り疾駆した。

 

「ピカピカピカピカピカピッカア!!」

 

驚愕でマチスとライチュウの反応が一瞬遅れた。

そして直撃。

ピカチュウの渾身の一撃がライチュウに衝突し大きな体を吹き飛ばす。

 

地面に転がりながらもライチュウは瞬時に地面を踏みしめて身構える。

マチスは予想外の出来事に驚愕しながらサトシとピカチュウを見る。

 

サトシは『ボルテッカー』の成功の喜びを噛みしめながら、気を引き締めて構える。

ピカチュウは反動ダメージでわずかに表情を歪ませるが「まだまだやれる」と構える。

 

「ライチュウの『ボルテッカー』を目にして実際に受けたおかげです。ピカチュウは自分の中で確固たるイメージを持つことができました」

 

「HAHAHAHA! まったく、お前たちはどこまで進化するんだ!」

 

サトシの説明を聞いたマチスは呆然とした顔から一変して心底可笑しそうに気持ちよく笑った。

彼の笑い声がジム全体に広がる。

 

「OKサトシ、YouたちはやはりFull Powerでいかなければならないな。行くぞライチュウ!」

 

「こっちも全力で行きます。行くぞピカチュウ!」

 

2体の電気ポケモンは頬を激しく帯電させてにらみ合う。

 

「ライチュウ『アイアンテール』!」

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

「チュウウウウウ、ライィ!!」

 

「チュウウウウウ、ピッカァ!!」

 

全速で走りながらその尻尾は鋭い刃に変化する。

鋼の尻尾同士が衝突し甲高い音が鳴る。

 

「ライチュウ『かわらわり』!」

 

「ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

ライチュウの手刀とピカチュウ全身の体当たりが衝突する。

剛健なパワーと疾走感あるスピードが互角の威力を生み出し、2体は反動で後退する。

 

そして、その2体のトレーナーは理解していた。

 

――次が最後の一撃になる。

 

「決めるぞピカチュウ『ボルテッカー』!!」

 

「これでFinishだライチュウ、『ボルテッカー』!」

 

同時に2体が動く、今までのバトルで見せたものとは比べ物にならないほど莫大な電流がフィールドはおろか観客席や天井にも届かんばかりに迸る。

観客席のタケシたちが反射的に頭をガードしていた。

 

2種類の電撃がそれぞれのネズミポケモンの大きな体と小さな体に収束していく。

同時に四足の構えになる。好敵手と認め合った2体は互いの目を見て言葉を交わす。

 

――次で決めるぞ!

 

疾走。

舞い上がる砂埃、悲鳴を上げる空気。2体の後方で何もかもが置き去りにされる。

 

「ピカピカピカピカピカピッカア!!」

 

「ライライライライライラアイィ!!」

 

電光と電光が衝突する。

爆発が起こる。激しく上がる煙にジム内の全員は咄嗟に顔を守る。

充満する煙がフィールドを隠し、現状が見えない。

 

 

そして煙が晴れる。

ピカチュウとライチュウはボロボロになりながら息を荒げて立っていた。

 

「ピカ……」

 

「ライ……」

 

グラリと体が揺れる。

そして――

 

ライチュウが倒れた。

ピカチュウはフラつきながらも小さな脚を強く踏みしめていた。

 

審判のヒデキが高らかに宣言する。

 

「ライチュウ戦闘不能ピカチュウの勝ち、勝者、マサラタウンのサトシ!!」

 

「よっしゃああああああ!!!」

 

サトシはしばし呆然としたが、勝利宣言を聞いて腹の底から喜びの声を吐き出した。

 

勝敗を分けたのは電気の吸収力だった。

極限の状態で最大の電気技を放ったピカチュウの生物としての本能か、体が電気吸収に特化したのか、ピカチュウはバトル中にライチュウの電気を少しずつ自分の力に変えていった。

それはライチュウも同様だった。ピカチュウがしたように本能的に電気を吸収していた。

しかし、サトシのピカチュウには大自然が生み出した莫大なエネルギーの塊である雷を身に受けた経験があった。それがライチュウを超える多くの電撃の吸収に繋がったのだ。

そして最後の一撃の瞬間、そのすべての電気を破壊力に推進力にして吐き出した。

 

滅多に起こる現象ではない。しかし、その力を引き出したサトシとピカチュウの勝利は紛れもない事実だ。

 

敗北したマチスの顔に一切の後悔は無い、あるのは最高のバトルをした爽快感と、大きく成長した若きトレーナーへの敬意だった。

審判のヒデキも2人に歩み寄りながらその顔は激しく熱いバトルをした興奮が貼り付いていた。

 

「Superbなバトルだった。Congratulation サトシ」

 

「ありがとうございます。マチスさん」

 

パチパチと乾いた音が鳴りサトシとマチスは振り返る。発生源は観客席だ。

観戦していたリカ、カスミ、タケシ、マナミ、ヒナコの5人がバトルに感動を表した顔でサトシとマチス、ピカチュウとライチュウを見ていた。

サトシとマチスは照れくさそうに笑う。

 

マチスが倒れているライチュウに歩み寄る。

 

「ライチュウ、WonderfulなBattleだった」

 

マチスはライチュウを抱き起すと、ライチュウは微笑んだ。

ライチュウは立ち上がるとピカチュウに近づき相対する。そして、ピカチュウに自分の尻尾を向けた。察したピカチュウは自分の尻尾を向ける。

2体の電気ネズミの尻尾同士が触れ合う。それは友愛の証、激闘を繰り広げたポケモン同士は互いに笑い合った。

 

その光景を微笑ましく見ていると、マチスは懐からあるものを取り出す。

 

「今度こそ渡そう、Winnerに贈られるオレンジバッジだ」

 

実力は認めていた。バッジに値する強者であると認めていた。だが、彼の誇りに意志に触れて、またバトルがしたいと思った。これほどの興奮は軍人時代にもなかった。より強くなった彼らとバトルがしたいと思った。

それは叶った。サトシとピカチュウは想像以上に強くなった。自分を倒した。最高のバトルをしてくれた。だからこそ渡そう。勝者の証を。

 

「はい」

 

サトシは差し出された手に触れる。自分よりもずっと大きな手だ。真に強い尊敬すべきトレーナーの手だ。その手にある輝くバッジをしっかりと握りしめる。

 

「よっしゃあ、オレンジバッジ、ゲットだぜ!」

 

「ピッピカチュウ!」

 

「やったなピカチュウ、やっぱりお前はすごいよ!」

 

「ピカピカ!」

 

サトシとピカチュウは互いに笑い合い勝利の喜びを分かち合った。

 

「やったわねサトシ!」

 

「おめでとうサトシ!」

 

観客席からカスミとリカが飛び出して来た。

 

「ああ、ありが、うおお!?」

 

サトシは2人の美少女に飛び掛かられて抱きしめられた。

 

「やったじゃない、それでこそあんたよ」

 

「本当に良かった、サトシもピカチュウもすごいバトルだったよ」

 

カスミもリカも優しい笑みを浮かべて心からサトシを祝福した。一度負けた2人がどれだけ頑張ったか知っている。だからこれはただの勝利ではなくサトシとピカチュウの成長を証明する勝利だ。

持てる力のすべてを出して得た勝利をリカもカスミも自分のことのように喜んでいる。

 

美少女2人の柔らかい体が密着していることに照れながらも心は勝利の喜びが勝っていた。

観客席を見るとタケシと目が合った。

言葉は交わさないけれど、彼が自分の勝利を賞賛してくれていることはわかった。

 

サトシがピカチュウと目を合わせるとピカチュウはにっこり笑った。言葉はないけれど、彼が「やったね」と言ってくれたことはわかった。

今日のバトルがよりピカチュウと気持ちが通じ合っている気がして胸が高鳴った。

サトシはピカチュウを見つめ返してクスリと笑った。




クチバジムの負けイベント+ピカチュウのボルテッカーの早期習得はサトシのピカチュウ最強化のために前々から構想していました。

この作品のコンセプトはサトシの超強化+ハーレム旅という私の趣味全開ですが、たくさんの応援をありがとうございます。皆様のお言葉が日々の励みになっています。

ポケモンはいつも私に元気をくれます。新しい年になってもポケモンを愛し続けたいと思います。
これからもよろしくお願いします。
皆さまよいお年をお過ごしください


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マサキの灯台と幻のポケモン

新年明けましておめでとうございます。
新年初投稿です。


サトシがクチバジムに勝利した翌日、サトシたちは再びクチバジムを訪れていた。

リカのジム戦のためだ。

 

フィールドに立つチャレンジャーリカとジムリーダーマチス。

それぞれのポケモンであるフシギダネとライチュウが激突している。

 

「フシギダネ『はっぱカッター』!」

 

「ライチュウ『10まんボルト』!」

 

「ダネダネ!」

 

「ラァイチュウウウ!!」

 

刃となった葉っぱと、激しい電撃がぶつかる。

互角の破壊力で技と技が相殺される。

2体は走り出す。

 

「『つるのムチ』!」

 

「『アイアンテール』で迎撃しろ!」

 

フシギダネが2本の蔓を振るうと、ライチュウは自身の尻尾を鋼にして長さと柔軟性を活かしてこれまたムチのように打ちぶつける。

破裂したような音がぶつかるたびに鳴る。

 

剣を持った戦士同士が己の業物で打ち合いをしているようだ。

ライチュウが鋼の尾を振り下ろす、フシギダネは2本蔓を交差させて受け止める。次の瞬間、蔓でライチュウの尻尾を巻き付けようとする。しかし一瞬早く察知したライチュウは素早く尻尾を戻す。

間髪入れずにライチュウは尻尾の切っ先を突撃させる。フシギダネもまた蔓の先を突き出すがそれは先っぽをぶつけるためではなく鋼の尾を射線上から逸らすためだ。交差した尾を蔓が擦れる。狙い通り尾はフシギダネから外れ、蔓はライチュウに襲い掛かる。

 

ライチュウの尻尾が動きを変えた。

軌道が逸れてもライチュウの意思で自在に動く尻尾は後ろからフシギダネを狙う。

 

「避けて!」

 

リカの咄嗟の指示。フシギダネは瞬時に対応して見せ、姿勢を低くすることで『アイアンテール』を回避した。

 

「Good 流石サトシの仲間、ただのCute Girlじゃなかったか」

 

マチスは鋭い目つきだが楽しそうに笑いながらリカに素直な賞賛を送る。

 

「ありがとうございます」

 

ジムリーダーに褒められたリカもまた素直な感謝の言葉を送る。

だが2人の表情は真剣なバトルを行うトレーナーのもののままだ。

 

両者の間で激闘を続けるフシギダネとライチュウ。

リカが動く。

 

「『やどりぎのタネ』!」

 

「ダッネ!」

 

フシギダネは蔓でライチュウの尻尾を弾きながら、蕾から種を発射する。

しかし、ライチュウはその動きを捉え『アイアンテール』で種を弾き飛ばす。

 

「簡単には喰らわないぜ! ライチュウ『アイアンテール』!!」

 

「だったら、フシギダネ、かわしてもう一度『やどりぎのタネ』!」

 

振り下ろされる『アイアンテール』を躱しながらフシギダネは今一度、蕾から種を発射する。

 

「何度やっても同じだ。ライチュウ弾き返せ!」

 

ライチュウは先刻と同様に尻尾を打ち下ろし、種は弾かれる。

 

――狙い通り

 

「『つるのムチ』で打ち返して!」

 

フシギダネは地面に追突する直前の種を『つるのムチ』で素早く掬い上げてライチュウ目掛けて飛ばした。

 

「What!?」

 

予想外の動きにマチスもライチュウも驚く。そして種は蘇り猛スピードでライチュウにぶつかると発芽し全身に巻き付く。

 

もしこれが『10まんボルト』だったならタネは焼け焦げて使い物にならなくなった。しかし、フシギダネとライチュウの距離はとても近く、『10まんボルト』を使えば「溜め」の時間が必要になり「タネ」が当たる。近距離で『やどりぎのタネ』を使用したことはリカの狙い通りだ。

 

「いいよフシギダネ、『つるのムチ』!」

 

「面白い、ライチュウ『かわらわり』!」

 

迫るムチをライチュウはその場に留まったまま両腕の『かわらわり』ですべてを打ち払っていく。だがフシギダネの攻撃はすべてが牽制だ。

 

「ライッ……」

 

ライチュウが苦悶の声を上げる、時間が経つごとに『やどりぎのタネ』はライチュウの体力を奪っていく。これが狙っていた決定的な一瞬の隙。ライチュウの動きが鈍るとフシギダネは待っていたとばかりに思いっきり『つるのムチ』を振り下ろした。

 

ライチュウの体はフィールドを転がる、だがまだ戦闘不能ではない。

 

「ここで決めるよ、フシギダネ『ソーラービーム』!!」

 

フシギダネの蕾に光が集まっていく。草タイプ最高クラスの技、チャージの時間が必要だが『やどりぎのタネ』によって体力が削られ動きが鈍っている相手であるなら難なく発射が可能。

リカの組み立てた戦略通りに進んだ。

 

「ライチュウ!!」

 

その声でライチュウは全身に力をこめた、何かが切れる音が連続して起こる。『やどりぎのタネ』を力で引きちぎったのだ。ライチュウの体力を奪う戒めは完全に解かれた。

 

「Great ライチュウ反撃だ『ボルテッカー』!!」

 

ライチュウ最強の電気の大技、本来ならジムバトルでの使用はジムリーダーのマチス自身が禁止していた。しかし、チャレンジャーのリカは『ボルテッカー』をライチュウが使用するジムバトルを望んだ。

先日このジムに挑戦したサトシは『ボルテッカー』を使用が許可されたバトルをして勝利した。

 

――自分もサトシと同じ条件で挑戦したい

 

リカのトレーナーとしての覚悟にマチスも応えた。

ジムリーダーとしての本気をチャレンジャーに示す

電気ネズミが膨大な電撃を纏い四足に構える。大地と空気中に電流が迸る。

ライチュウが大地を蹴る。

走るたびに加速していきまだエネルギーチャージの途中のフシギダネの真正面に迫る。

 

「フシギダネ!?」

 

回避が遅れたフシギダネは吹き飛ばされる。最大の電気技が直撃し小さな体は吹き飛び大地にたたきつけられる。

だがフシギダネは転がりながらも四本の脚で大地を踏みしめた。彼女はまだ戦える。

 

「What!?」

 

フシギダネは未だ大地に立つ。背中の蕾に最大パワーは充分に蓄積されていた。

ここで決めるためにリカが叫ぶ。

 

「『ソーラービーム』発射ぁ!!」

 

フシギダネの蕾から莫大なエネルギーが放出される。凝縮された光は直線となりライチュウに直撃する。

炸裂とともに眩い閃光、次第に止んでいく。

 

フィールドに立つフシギダネは激闘の疲労で息も絶え絶えだ。そして、ライチュウは仰向けに倒れていた。動く気配はない。

 

「ライチュウ戦闘不能、フシギダネの勝ち。よって勝者マサラタウンのリカ!」

 

ヒデキの宣言により勝負は終わる。

リカはフィールドへと走りフシギダネを抱きしめる。

 

「やった、やったよフシギダネ!」

 

「ダネダネ!」

 

バトルで疲れたはずのフシギダネもリカの喜ぶ顔を見て笑顔になる。

 

マチスが歩み寄る。

 

「リカ、Youとフシギダネも見事なバトルだった。オレンジバッジだ。受け取ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

リカは受け取ったオレンジバッジを見つめギュッと握ると、

 

「オレンジバッジ、ゲットだよ!」

 

「ダネダネ!」

 

フシギダネと一緒に跳びあがる。

 

カスミとサトシが駆け寄ってきた。

その後ろではタケシとマナミやヒナコが拍手を送っていた。

 

「おめでとうリカ」

 

「流石だぜ、すっごいバトルだった。まさか一回の挑戦で勝つなんてな」

 

どこか悔しそうだが嬉しそうなサトシ。

 

「えへへ、サトシとピカチュウのバトルをフシギダネにも見せてたから、私もこの子もすっごく戦いやすかったんだ」

 

見ることで自分の力にするリカの才能、なによりフシギダネの力を引き出したことが勝利につながった。

彼女は仲間であり強力なライバルなんだとサトシはワクワクするような武者震いを感じた。

 

 

 

***

 

 

 

クチバジムの建物を出た俺たちはマチスさんとヒデキさんに見送られていた。

 

「このThree Days、素晴らしいバトルだった。Thank You Very Much サトシ、リカ」

 

「俺たちの方こそありがとうございました。ピカチュウがもっともっと強くなれるって知ることができました」

 

「ピカッ」

 

「私たちもすっごいバトルでフシギダネがいっぱい頑張ってくれて強くなれた気がします」

 

「ダネダネ」

 

「君たちがポケモンリーグに出場するためにはには残り5つのバッジが必要だ。このままいけば順調に勝つことができるだろうが油断は禁物だ」

 

「「はい!」」

 

「Good Luck Yong トレーナー AND ポケモンたち」

 

マチスさんとヒデキさんから激励を受け、俺たちはクチバジムを後にした。

 

 

 

 

 

クチバシティを出ると草原が見える道に出た。

ここから次の町に行こうとすると、タケシ一行は別の町を目指すため道が違うそうだ。

ここで彼らとは一旦お別れだな。

 

「サトシ、リカ、素晴らしいバトルを見せてくれてありがとう。本当に感動した」

 

「えへへ」

 

タケシの賞賛にリカは照れたようにはにかむ。

俺も嬉しいが、それもこれも全部――

 

「ピカチュウたちが頑張ったからな」

 

「サトシ、お前はこのままピカチュウを――」

 

「え?」

 

「……いや、なんでもない。お前はお前のしたいようにすればいい」

 

「お、おう」

 

タケシは何を言おうとしたのかわからない。多分大事なことだけど俺が自分で気づかなくてはいけないから敢えて言わなかったのかもしれない。聞き返すのはやめよう。

 

「カスミ、同じジムリーダーとして君の成長を願っている」

 

「ありがとう、けど心配しないで、私は必ず最高の水ポケモンのエキスパートになってみせるわ」

 

ブリーダーであると同時にジムリーダーであるタケシにはカスミの今後も気になるところだろう。

まあ、俺たちもタケシがこれから先どんなブリーダーになるのか楽しみだけどな。

 

「マナミさんヒナコさん、俺が言うのもおかしいけどタケシをよろしくお願いします」

 

「ええ、もちろん」

 

「……任せて」

 

彼女たちはタケシを支えてくれる素敵な女性だ。言うまでもないけど、タケシには彼女たちと良い旅をしてほしい。

 

「さ行きましょうタケシ君」

 

「は~い、道は自分が地図で確認しますのでお任せを~」

 

顔を赤くしデレデレと鼻の下を伸ばして歩き出す2人のお姉さんにスキップしながらついて行った。

 

「……最後の最後で台無し」

 

「幸せそうだからいい……のかな」

 

「まあ、今まで苦労してたしな」

 

微妙な空気が流れたがまあ気にしない気にしない。

 

 

 

***

 

 

 

辺りは真っ暗になってしまった。

俺たちは海辺を歩いている。波のザザーという音が断続的に聞こえてなんだか落ち着く。

心が沈んだところでもう休もうか。

 

「時間も時間だし、今日はここで野宿だな」

 

「うぅ、昨日までフカフカベッドだったのに」

 

相変わらずカスミは野宿に対して消極的だ。

 

「そうだけど海の近くで野宿も乙かもしれないよ」

 

「月明かりに照らされた海、水面を泳ぐポケモンたちが自然と一体になって幻想的な光景になる。うんいいかも!」

 

「今日曇りだけどな」

 

「うぅ……」

 

余計なこと言ってしまったな。花開くような顔だったのが一瞬でしょんぼりとしてしまった。

 

ここでテントを張ろうとカバンを下ろすとふと光が見えた。

 

「あれは……」

 

光はここから先にある崖の上の建物から見えていた。

 

「灯台だね」

 

「あ、よく見たら近くに家もあるわ」

 

カスミの言う通り灯台の近くに小さな一軒家があった。

 

「あ――」

 

そこで俺は思い出した。

 

回想開始。

 

 

 

 

 

数日前、オーキド博士と電話をしている時のことだ。

 

「マサキさん、ですか?」

 

「うむ、若いがポケモン研究者として注目されとる青年でな。クチバシティに行くというなら近くにマサキ君の研究所もある。灯台の近くに住んどるから時間があれば寄ってみるといい、ポケモンについていろいろ聞けるかもしれんからな」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

回想終わり。

 

「あれってポケモン研究者のマサキさんの灯台だ」

 

「マサキさんってこないだオーキド博士が言ってた人?」

 

「本当に灯台に住んでたのね」

 

海の近くの灯台で研究しているということは水タイプのポケモンを中心に研究しているのかもしれない。それならカスミも喜ぶな。

 

「ねえあそこまで行ってみましょ、もしかしたら泊めてくれるかもしれないわ」

 

「そうだな、ポケモンのことも色々聞きたいしな」

 

しばらく歩いて崖の上にある灯台に到着した。

よく考えたら泊めてもらえるとは限らないんだよな。どんな性格の人か知らないし、気難しかったり偏屈だったらどうしよう。

だがここまで来て引き下がるわけにはいかない。これも俺たちのトレーナーとしての冒険だ。

 

思い切ってチャイムを鳴らす。

 

「どちらさんですか?」

 

若い男の関西弁がスピーカーから聞こえた。

 

「夜分遅くにすいません、俺たちは3人で旅をしているポケモントレーナーです。このあたりは宿泊施設もなくてこのままでは野宿になりそうなんです。ご迷惑でなければここで一晩泊めて頂きたいんですが」

 

「ポケモントレーナーくんたちなんか。もう夜やし子供が野宿なんて可哀想や。どうぞ入ってください」

 

カチリとした音がすると、大きな扉がひとりでに左右に開いた。俺はカスミとリカと顔を合わせると「入ろう」という意味で頷き合った。

 

建物内は暗く周りが良く見えない。

 

「「「お邪魔しまーす」」」

 

「いらっしゃーい」

 

声は俺たちの前方から聞こえた。すると建物内の明かりが点いた。

そこにいたのは大きなポケモンだ。

 

茶色の背中、黒いお腹には左右3つの脚、しかも一番後ろの脚で二足歩行してる?

 

「あれってカブト?」

 

「カブトは絶滅したポケモンのはずよ、それに図鑑に載っているよりも明らかに大きいわ」

 

 

「やあお客さんこんにちは」

 

 

「「「カブトがしゃべった!?」」」

 

あのロケット団のニャースみたいなポケモンが他にも?

 

「ああ、僕はこの灯台の主のマサキや、理由あってこのカブトの格好しとるんや。悪いんやけど、ここのスイッチ押してくれへん? このカブトの手じゃ届かんくて脱ぐのが難しいんや」

 

「ええと、ここをポチッと」

 

カブトの体が割れ、中から整った顔立ちの青年が現れた。

 

「いやー助かったわ、おおきに。改めて、僕がポケモン研究をしとるマサキや」

 

「どうしてカブトの格好を?」

 

「僕はポケモンの気持ちが知りたいんや」

 

「ポケモンの気持ち?」

 

「せや、ポケモンが何を考えて生きているのか知りたいんや」

 

ポケモンの気持ち、そう言われてつい考えてしまう。

今となっては当たり前のように一緒にいるが、俺は自分のポケモンの気持ちを本当に理解しているのか。ゲットしたが本当に彼らの気持ちに向き合えているのか。

 

「君たちはポケモンをどれくらい知っとる?」

 

咄嗟に答えが出てこない。本や図鑑でポケモンの種類は知っている。だが名前や姿だけを知っているのは本当にそのポケモンを知っているということになるのだろうか。今の自分の手持ちとなったポケモンのことも本当に知り尽くしているとは言えないのに。

リカとカスミも同じ気持ちなのか困惑した顔で答えに窮していた。

 

そんな俺たちの気持ちを知ってか知らずか、マサキさんは話を続ける。

 

「研究者と言われてる僕やオーキド博士かてポケモンのすべてを知っとるわけやないんや。ポケモンはどういう生き物なのか、根本がどこにあるのかもまだまだわからないことだらけや。どこから来たのか、どうして人間の指示に従って動いてくれるのか、謎は尽きんのや」

 

ポケモンの謎、俺たちの知らないポケモン。

 

「それに今見つかっているポケモンかて、全部や無いんや。まだまだ見つかってへんポケモンが世界のあちこちにいるんや。そして、森に海に空に生きる彼らすべてをポケモンと呼ぶのは何故か、それぞれ違う生き物やのにいつからそうカテゴリされるようになったのか。どうしてモンスターボールでゲットされただけでその人間に従うんか、ついさっきまで野生で生きていたんはずやのに」

 

マサキさんは言葉を切る。まだまだ新人トレーナーの俺たちはそんなポケモンの深い謎なんか気にかけたことはなかった。今言われて少し考えた。ポケモンたちは俺にゲットされて喜んでいるのか、本当は自然を生きたいのではないのか。

 

「知っとるか? もう文献にしか残っとらんのやけど、この世界にはポケモンやない生き物がたくさんいたんや」

 

「その生き物たちは『犬』や『猫』とか呼ばれとった生き物や、かつて人間が生きていた中、あちこちにそういう生き物がいたんや。せやけどある日その生き物たちは姿を消した。それからポケモンがいつの間にか人間の周りにいたんや。まるで最初からそこにいたかのように」

 

『犬』や『猫』俺が前いた世界では当たり前にいた生き物たちだ。そして、この世界の人間以外の生き物はポケモンだけ、それが当たり前だと思っていたのに、そうじゃない生き物がいたのは本当に驚いた。

 

「文献に載っとるこの生き物たちはどこに行ったんか、そしてポケモンが現れたこととなにか関係があるんか。何を意味しているのか……」

 

まるでその生き物たちとポケモンたちが入れ替わっているかのようだ。ポケモンが現れるとどうしていなくなるんだ。ポケモンたちはどうしてこの世界の人間の前に姿を現したんだ。

 

「ま、言うたようになにもかもがわからんことだらけやからな、それを僕は研究しとる。そして、その答えを出す鍵になっとるのは――――ズバリ、幻のポケモンや」

 

「幻のポケモンは総じて大きな力と高い知性を持ってると言われている。せやから彼らのことを知ることができればもっと深くポケモンのことを、この星のすべての生き物のことを知ることができると思うんや。そしてそれはこの星に生きる僕たち人間を含めた生き物たちが生きてる意味を知ることにつながるかもしれん」

 

この星で生きる意味……当たり前のように人間とポケモンはこの星で生きてる。けどそれはなんのためなのか、考えたこともなかった。俺が前いた世界ではポケモンはいない。もう前の世界のことを知ることは無いけど、あの世界でもそれぞれの生き物にも何か生きる意味があったかもしれない。

果たして俺たちがこうして大きな意味があるのかなんてわからない。だけど、もし大きな役割があってそれがこの世界のすべてにとって大事なことなら、それがなんなのか知ることができれば何かが変わるかもしれない。

 

「幻のポケモン……それは確かに会ってみたいです。でもどうやって会うつもりなんですか?」

 

と言ったところでそういう研究方法はトップシークレットなのではないかと、己の失言に気づく。しかし、マサキさんは楽しそうに笑った。

 

「せやな、見せたるからちょっと外に出よか」

 

 

 

***

 

 

 

マサキさんに案内されたのは灯台の高台。そこからは海が見え、霧に覆われている向こうの景色が見えた。

 

「ある日僕は聞いたことのないポケモンの声を聞いたんや。それは幻のポケモンに違いない、そう思てその声に似た声を作って、この灯台から海の向こうに流しとる。この声を聞かせれば幻のポケモンも仲間や思てここまで来てくれるかもしれん」

 

「録音した声を聞かせて本当に幻のポケモンはここに来るんですか?」

 

「そのポケモンは自分の仲間を探してるんや、彼か彼女かその声を聞いた時、僕にはひどく寂しげに思えたんや『会いたい、1人は嫌だ』僕にはそう聞こえたんや」

 

『1人は嫌だ』幻のポケモンは個体数が極端に少ないのは知ってる。それは仲間が少ないといことだ。そのポケモンは今まで1人で生きてきたのかもしれない。けれど1人は寂しいから世界のどこかにいる仲間に会いたくて彷徨っているのかもしれない。

 

「ある日そのポケモンの姿を見た。その時は警戒していたんか近づいて来んくて遠目で薄っすらと見ただけやけど、あれはどの図鑑にも載ってないまったく新種のポケモンに違いない。そのポケモンがどんな生き物なんか、どんな生き方をしてるんか僕は知りたいんや、そして――」

 

「そのポケモンと仲良うなれたらどんだけ嬉しいことか。せやから僕はこの灯台で幻のポケモンを待つんや」

 

声がした。発生源は灯台ではない。

気づいたその場にいる全員が一斉に海の向こうを見た。

 

近づいてくる影を確認したマサキさんは機械を操作した。

霧の向こうから聞こえる声と似た声が灯台から流れ出す。

 

声はマサキさんが言ったようにどこか寂しさと不安が入り混じっているように聞こえた。

そして、とても神秘的な声だった。マサキさんの言うように寂しげだが、耳から入ると脳が心臓が引いては自分の体を流れる血液が静かな安らぎを覚えるような。そんな気持ちにさせてくれる声だ。

 

横目で見るとリカとカスミは聞き惚れているように目を閉じていた。

2人の髪が潮風に揺れ、胸の前で組んだ手は祈りを捧げているようにも見えた。

 

「なんだか歌ってるみたい」

 

「うん、それになんだか嬉しそう」

 

カスミとリカの言うように海の向こうから聞こえる声は、灯台の声と共鳴しているように聞こえる。そのポケモンは仲間の声だと思っているのか、最初の寂しさは明るさに変わっているように思えた。

 

「「「わわわ!!!」」」

 

後ろで何かが転ぶ音がしたしかも悲鳴は複数だ。

皆が一斉に振り返るとそこにいたのは―――

 

「ロケット団!?」

 

いつもの3人がどこからか現れて仲良く倒れていた。

 

「あんたたちこんなところで何してんのよ!」

 

カスミが現れたロケット団に向かって叫ぶ。

 

「べ、別にポケモン研究所で珍しいポケモンを探してたわけじゃないんだからね!」

 

「そしたら幻のポケモンの話が出たから俺たちも拝ませてもらおうと思ったわけじゃないからな!」

 

「声をもっと聴きたくて近づいたら転んだわけじゃないんだからニャ!」

 

うっわー可愛くないツンデレ、しかし、こいつらを放っておいていいものか。

 

「ええやん、君らも一緒に幻のポケモンに会おう。来る者拒まずや」

 

マサキさんは笑みを浮かべるとロケット団も参加させることにした。

ロケット団の3人は皆ガッツポーズをしていた。

まあ、心底悪い連中じゃないみたいだしな。それに変な動きしたら俺が対処すればいい。

 

ロケット団も加わって仕切りなおすことにした。

 

「良い声ねー」

 

「なんだか癒されるー」

 

「不思議だニャー」

 

今のところはロケット団も大人しくしている。

声は未だ聞こえてくる。

 

霧の向こうに影が現れた。

その影はゆっくりと確実にこの灯台目指して近づいてくる。

 

自分の鼓動が高まっているのを自覚した。そして、呼吸が荒くなり全神経が近づく存在に対し集中していた。

 

そして、それは俺たちの目の前まで現れた。

 

「すごい……」

 

「こ、これが」

 

「……幻のポケモン」

 

俺だけじゃなくリカとカスミそしてロケット団が、目の前の幻のポケモンに息を飲んだ。

 

幻のポケモンはジッと俺たちを見ている。すると、その幻のポケモンの体が微かに光った。

次の瞬間、爆発が起きた。

 

な、これは攻撃してきたのか!?

 

再び幻のポケモンの体が光る。

 

「逃げろお!!」

 

反射的に叫んだ。

光が灯台を破壊した。砕けた破片が辺り一面に落ちてくる。

 

「ま、待ってくれ幻のポケモン! 僕たちはお前に危害を加えるつもりは――」

 

マサキさんは訴えるが幻のポケモンは動きを止めない。

ここから逃げないと命の危険だ。

 

「「「ひえええええええ!!!」」」

 

ロケット団が悲鳴を上げながら一目散に灯台を降りる。

逃げ足速いなおい!

幻のポケモンを呆然と見るマサキさんを連れて俺たちは急いで灯台から崖まで降りた。

 

「早く町まで避難しましょう!」

 

カスミが叫ぶが、俺たちよりも速く動くものがいた。

逃げた俺たちの目の前に幻のポケモンが現れた。

俺たちは追い詰められてしまった。ロケット団は互いを抱き合って震えている。

 

「ちょっとニャース、あのポケモン説得してよ」

 

「無理ニャ、あいつさっきから何も言ってないニャ、交渉の余地なんてないニャ!」

 

幻のポケモンの表情は伺えない。だが俺たちに対する怒りがあるからこその行動だ。

なんとか皆を逃がせないか、そう思った時、

俺とカスミとリカの腰から飛び出すものがあった。

 

ピカチュウ、フシギダネ、スターミーが俺たちを守るように幻のポケモンに立ち塞がった。

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

「ダネフシャ!」

 

「フゥ!!」

 

『10まんボルト』、『エナジーボール』、『みずのはどう』が幻のポケモンの攻撃を迎撃せんと放たれる。3つの技は強大な一撃を相殺することに成功した。

俺たちが指示する前に技を撃ったのか。

 

「ピカ、ピカピカピカ!!」

 

「ダネダネダネ!!」

 

「フゥッ!!」

 

それはまるで何かを語りかけているような訴えかけているような、そう見えた。

幻のポケモンはジッとして動かない。黙ってピカチュウたちの言葉を聞いているようだった。

 

幻のポケモンから再び光が放たれる。ピカチュウたちの言葉は届かなかったのか。

 

「みんな逃げてぇ!!」

 

リカの悲鳴と同時に光は大地を激しく蹂躙した。衝撃が体を叩きつける。周りのみんなも同様に薙ぎ払われる。凄まじい破壊力はその余波だけで俺たちの体を吹き飛ばした。

 

全身に鈍い痛みがある。なんとか顔を上げて周りを見るとみんな俺と同様になんとか立ち上がったという格好だ。

 

「ピカチュウ大丈夫か!」

 

「……ピカ」

 

俺と一緒に吹き飛ばされたピカチュウもあちこち傷だらけにしながらもなんとか立ち上がる。

 

「あのピカチュウが負けた……」

 

「もうダメだあー!」

 

悲鳴を上げるロケット団。

 

次の瞬間、俺は背筋が凍った。

リカが倒れている付近に幻のポケモンはいる。

 

このままだとリカが危ない。駆け寄ろうと立ち上がった瞬間、幻のポケモンは攻撃を受けた。

 

傷だらけのフシギダネはエナジーボールを連射し幻のポケモンを攻撃した。

すべての攻撃は幻のポケモンに直撃した。しかし、ダメージがそこまでないのか微動だにしない。

それでもフシギダネは攻撃し続ける。苦悶の表情で痛みを堪えながらリカを守ろうとしている。

 

リカはフシギダネを見て悔しそうに地面に転がっている。リカには何も責められる理由はないのに……何もできない自分が情けない。みんなを助けたい。この体が動いてくれれば……

 

「フシギダネ!?」

 

リカの驚きの声で振り向くとフシギダネの体が光りだしていた。

やがてフシギダネは光に包まれながら形を変えて行った。

 

「ソウソウ!!」

 

「フシギソウ!」

 

フシギダネがフシギソウに進化した、この土壇場で進化するなんて。リカを守りたいって気持ちが奇跡をおこしたのか?

 

するとフシギソウに感化されるようにピカチュウとスターミーが幻のポケモンの前に再び飛び出した。

 

全員は幻のポケモンを見据える、そして――

 

『10まんボルト』、『エナジーボール』、『みずのはどう』、みんなの最大の攻撃が立ち塞がる幻のポケモンに直撃する。

 

しかし、幻のポケモンは健在だ。そしてピカチュウたちも体力の限界だ。

俺はこのまま黙って寝転がってるなんてできなかった。

激痛を感じながらも俺は立ち上がり歩き出した。もうこれ以上誰も傷つけたくない、みんなを守りたい。俺にできることをしたい。

 

幻のポケモンに向かって歩き出した。そしてその姿から決して目を逸らさない。

 

「……来いよ、相手になってやる」

 

無謀な啖呵を切った。

俺じゃあこの幻のポケモンには勝てないのは理解している。だけど、せめてみんなが逃げる時間くらいは稼ぎたい。

死ぬかもしれないけど、みんなを見捨てることなんてできない。

 

 

 

後ろから駆け寄る音がした。

 

「ピカチュ!」

 

「ソウフシャ!」

 

「フウゥ!!

 

ピカチュウ、フシギソウ、スターミーが俺を守るように前に出た。

「何を――」と声を出そうとしたとき、俺の腰から複数の影が飛び出した。

 

ヒトカゲがゼニガメがフシギダネがニドリーノがスピアーがボールから出てきたのだ。

 

「カゲ!」

 

「ゼニ!」

 

「ダネ!」

 

「リノ!」

 

「スピ!」

 

「みんな――」

 

俺のポケモンだけじゃない。

次々に俺の後ろから走って現れる。

 

リカのバタフリーがニドリーナがピッピが出てきた。

 

「フリィ!」

 

「リナ!」

 

「ピッピ!」

 

カスミのヒトデマンがトサキントが出てきた。

 

「ヘアアッ!」

 

「トサキ~ン!」

 

そして、ドガースとアーボ。こいつらはロケット団のポケモンだ。

 

「ドガ~ス!」

 

「シャーボ!」

 

全員が裂帛の気合のように声を上げる。

 

「みんな!」

 

「どうして!」

 

「あんたたち!?」

 

「危ないぞ!」

 

驚愕の声を上げるリカとカスミ、そしてロケット団。皆が意図して出したのではなく皆自分から出てきたんだ。

 

「―――守る」

 

「え?」

 

後ろから聞こえた。

 

「守るって言ってるのニャ」

 

ロケット団のニャースだ。

 

「みんなここにいる全員を守るって言ってるニャ」

 

みんなってポケモンたちのことか。

あのニャース、他のポケモンの言葉もわかるんだな。さらに驚いた。

 

思考を払い、目の前に立つポケモンたちを見る。

今まで出会ったきた仲間たちと敵であるはずロケット団のポケモンまでもが幻のポケモンを前に戦おうとしている。

 

俺たちを守るために――

 

勇ましい彼ら彼女らの背中を見ると胸に熱いものがこみ上げてくる。

 

 

 

幻のポケモンは動かず黙って俺たちを見ていた。そして動いた。

 

踵を返して、海の方向に歩いて行った。

歩く姿を見ていると次第に霧の向こうに消えていった。

見逃してもらえたってことか。

 

緊張が解けたせいか足の力が抜けてドサリと座り込んでしまった。

 

「……みんな無事か?」

 

振り返らずに声をかける。

 

「うん、なんとか」

 

「生きてるわー」

 

「怪我はしてるが大丈夫や」

 

その時、俺のポケモンたちが周りを囲んできた。見ると俺だけじゃなく、カスミもリカもそれぞれのポケモンたちに囲まれている。

みんな心配してくれてるんだな、俺の方こそみんなが無事で良かったよ。

 

「フシギソウ、進化おめでとう」

 

「ソウソウ」

 

あんな危機的状況でいやだからこそかフシギソウに進化したんだな。

見やるとリカはフシギソウに進化したことを喜び抱きしめている。周りのリカのポケモンたちも祝福するように笑っている。

カスミもその様子を見てポケモンたちを撫でながら優しく微笑んでいる。

 

俺も倣ってみんなの小さな頭を順番に撫でていく。

みんな本当にありがとう。

 

「あれ、ロケット団は?」

 

いつも間にかロケット団がいなくなった。命の危機だったし、逃げるのは仕方ないか。

 

まあなんにしても全員無事で良かった。

 

 

 

***

 

 

 

俺たちは昨夜からマサキさんの家に泊まらせてもらった。

皆大した怪我ではなくマサキさんの家の救急箱で簡単に治療して一晩眠ったらみんな全快した。今まで旅してきたお蔭で体力がついたのかもな。

リカもカスミも残るような傷はなくその白い肌は綺麗なままだ。良かった良かった。

 

外に出るとマサキさんは海の向こうを見つめていた。その横顔は悲しそうで悔しそうなものだ。

 

「どうしてこんなことに――」

 

「全部僕のせいや」

 

マサキさんは俺の言葉を遮り思わぬことを言った。

 

「あの、どうしてマサキさんのせいなんですか?」

 

リカの質問にマサキさんは目を閉じて思い詰めるように答えた。

 

「あの幻のポケモンは僕が聞かせた音を仲間や思てここまで来た。せやけどそれが僕の仕業や気づいて、裏切られたと思たんや。せやから怒ったんや」

 

そんな、マサキさんには騙すつもりなんてなかったのに、あのポケモンは怒ってしまうなんて。

気持ちのすれ違いがこんな悲劇を生んだのか。

 

「いやもしかしたらあの幻のポケモンは人間そのものを憎んでいたんかもしれん」

 

目を閉じて顔を伏せるマサキさん、表情は伺えないが声から酷く後悔していることがわかった。

 

「知っとるやろ。人間はポケモンの住処である自然を破壊し続けとる。ポケモンと人間は共存しとると言うてもそれは人間にゲットされたポケモンだけや。多くのポケモンは自然の中で生きとる」

 

俺もリカもカスミも何も言えずにマサキさんの背中を見て黙って聞いているだけだ。

 

「大きな力を持つ幻のポケモンはその自然の代表とも言える。その自然を私欲のために破壊する人間を目の前にして怒りが抑えられなかったんや」

 

「僕は間違うてたんや。人間が必要以上にポケモンとかかわるべきやなかったんや」

 

風が強くなり頬に当たる。目に見えず当たり前のように現れるがそれも自然が起こす力なんだ。

人間は自分たちも自然の恩恵を受けていることを忘れている。

このまま発展のため、徒にポケモンが生きる場所を奪い続けていいはずがない。

いつか怒りに触れる。いや俺たちは怒りの一部に触れてしまったのかもしれない。

幻のポケモンが攻撃を止めて退散してくれたのはピカチュウたちのお蔭だろう。同じポケモンは傷つけないという気持ちがあったのかもしれない。ポケモン同士は種族は違えど仲間で、幻のポケモンにとっても守るべき存在なのかもしれない。

幻のポケモンにはピカチュウたちが守ってくれた俺たちはどう映っただろう。

守られるだけの愚か者、自分の仲間が守る価値は無い、今すぐポケモンを手放せと怒っていたかもしれない。

 

今俺たちと一緒にいるポケモンたちは自然の中で他のポケモンたちと生きる方が幸せなのかもしれない。

 

 

 

「ピカピ」

 

ズボンが軽く引っ張られ、声をかけられる。

ピカチュウがくりくりとした眼でジッと俺を見上げる。

 

――大丈夫だよ

 

そう言ってる気がした。

 

「人間が必要以上にポケモンとかかわっちゃいけないなら、俺たちポケモントレーナーはなんで存在するんですか」

 

思わず叫ぶような声が出てしまった。

マサキさんもリカもカスミも僅かに驚きながら俺を見た。

あんな大変なことがあったが言わないといけない。俺は続ける。

 

「ポケモントレーナーだけじゃない。ポケモンと一緒に暮らしている人間たちはポケモンを手放さないといけないんですか? そんなはずはない。人間と絆を育んで友達として家族として暮らしている人はたくさんいる」

 

「人間がポケモンたちの生きる自然を破壊しているのは間違いない。だけど、人間とポケモンは力を合わせて生きて行くことができるはずです。本当に分かり合えばいつか自然を壊さずに済む時が来るはずです。その時こそ、人間と自然の代表者たちが互いに分かり合える時です」

 

リカとカスミが俺の目を見てくる。そして薄く笑って頷いた。

マサキさんは俺の話を聞いてどう思っているのだろう。考え込むように目を伏せて、軽く笑った。

 

「……夢、みたいな話やな」

 

そうだ、子どもが作文に書くような理想だ。根拠も具体的な解決策も何もない

それでも――

 

「俺たちは自分のポケモンたちと共に生きたい。生きていけると信じてます」

 

嘘偽りはない。それが俺の本音だ。

 

「ポケモンたちと絆を育む……か、きっとそれができるんは、君たちみたいな若いトレーナーだけなんやろな。君たちが未来を創ることができるんやな」

 

自嘲気味にそう言ってマサキさんは海を見る。諦めたような物言いだがそんな風に思ってほしくない。

 

「マサキさんもポケモンと絆を育めばいいんですよ」

 

声はリカのものだった。

マサキさんは振り返って優しく笑うリカを見る、そんなに驚くことじゃない。

 

「ポケモンと仲良くなるのに年齢とか関係ないと思います。ポケモンが大好きで一緒にいたいって気持ちがあってそれを全身で伝えられれば、きっと誰でもポケモンと友達になれると思います」

 

横のカスミを見て「そうだよね」と言い、俺の方も見るリカ。

ああ、その通りだ。

次の口を開いたのはカスミだ。

 

「マサキさんも灯台に引きこもってないで外に出てポケモンたちと触れ合ったらいいんですよ」

 

「……せやな、ずっとここに籠ってたら新しい発見なんかでけへんな。ははは、研究者が探求を諦めるなんて馬鹿げてるわ」

 

マサキさんは海を見る。だがその横顔は先ほどのような諦観も悲嘆もない。何かこれからの出来事を楽しみにしているような、そんな顔だ。

 

「君たちのお蔭で僕も吹っ切れたわ。これからは1人の人間としてポケモンに触れあっていきたいわ。研究者としても進まなアカンしな」

 

「いつかあの幻のポケモンとも友達になれるといいですね」

 

俺もいつか、まだ見たことないポケモンたちと――

 

「ああ、いつか絶対なってみせる。今度は僕が幻のポケモンに会いに行くんや」

 

また風が強く吹いた。心なしか風は優しく触れているようだった。

 

 

 

***

 

 

 

海を進む小さな小船があった。

それに乗るのは2人の人間と小さなニャースだ。

彼らはロケット団。昨夜の惨事から逃げて休息を取ったあとこうして海を渡っている。

 

人間のムサシとコジロウはオールで小舟を精一杯漕ぎ、ニャースは船頭で腕を組んで立っている。

 

「昨日は散々だったわ。けど私たちはこんなことでへこたれない」

 

「そうだ。まだ見ぬ幻のポケモン、世界のどこにいたって俺たちが手に入れてやるぜ」

 

「どんな大波小波が来ようともニャーたちは乗り越えてやるニャ」

 

「そうよ、私たちは広い海だって銀河だって渡ってみせる」

 

「夢と希望の光輝く白い明日のために」

 

「成果を上げてニャーたちは幹部昇進支部長就任、ニャーんてニャ!」

 

3人はこれから先の未来を想像して笑う。

 

「「「なんだかとってもいい感じー!!!」」」

 

 

 

***

 

 

 

晴天の下、俺たちは次の町に向かって歩き出した。

辺りを見ればポケモンたちが走り泳ぎ飛び、眠り食べ遊んでいる。

そんなポケモンたちを見て思い出されるのは昨日のことマサキさんと話したこと。

 

「マサキさんが言ったように人間のことが嫌いなポケモンはいるし、これから嫌と言うくらい会うと思う」

 

悲しい思いや悔しい思いもたくさんするだろう。

 

「だけど俺はそのポケモンが人間を憎んでいても、そのポケモンとの絆を諦めたくない」

 

「私も手伝うわ。あんたってほったらかしたら絶対めちゃくちゃして無茶するでしょ」

 

「私も、サトシとカスミと一緒に色んなポケモンと仲良くなって、みんなと友達になりたいよ」

 

そう言うリカとカスミは優しく自信のある表情だ。

みんな気持ちは同じなんだ。だったら怖いものなんてない。

前を向いてこの先待ち受ける冒険目指して小さな一歩だが進み続けよう。

大事な仲間とポケモンと一緒に。




リカのクチバジム戦がさっさと終わらせてしまってサトシの苦労はなんだったんだってなってるような気がしますが、こう書く方がいいかなと思いました。

今回登場した「幻のポケモン」は誰とは決めていません。ゲーム内で幻のポケモンとされているポケモンかもしれませんし、アニメで出た大きなカイリューのようなポケモンかもしれませんし、まだ判明していないポケモンかもしれません。
人間がまだ見つけていない謎や不思議の象徴のようにしました。

アニポケの脚本家である首藤剛志の世界観、メッセージ性の高い物語は大好きです。
首藤さんは「人間とポケモンの共存は可能か」というテーマを考えていたそうです。人間とポケモンは違う生き物だから本当に考えていることは伝わっていないかもしれない。その中でサトシたちは葛藤していく。
儚くて寂しげだけど美しい、そんな世界が大好きです。
もちろん今のアニポケの人間とポケモンが手を取り合って幸せに暮らしている物語も大好きです。
そんな大好きなポケモンの世界を自分の理想を混ぜながらこれからも書いていきたいです。


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豪華客船サントアンヌ号

執筆のモチベーションは気持ちの問題ですね。



ボーッボーッと汽笛の低い音が辺りに響く。周りには大きな人で賑わっていて俺たちはその中にいる。

ここにいるほとんどの人間が潮風を浴びながらクチバシティの港に船舶した大きな船を見上げていた。

その巨大さたるや都会の大型ビルを思わせる。

 

『サントアンヌ号』

 

世界一周をしている豪華客船でカントー地方のクチバシティにも年に何度か寄港するらしい。

 

俺、リカ、カスミの目的はズバリこのサントアンヌ号だ。

 

なぜ俺たちがクチバシティまで戻りサントアンヌ号を目の前にしているのかというと、それは数日前に遡る。

 

 

 

 

 

「見つけた!」

 

俺は草むらをかきわけ、辺りをキョロキョロ見回して困り顔のまん丸なポケモン、プリンを発見した。

 

プリンはいきなり現れた俺にビクッと反応する。このままでは逃げられると思った俺は肩に乗るピカチュウに合図を送る。ピカチュウは肩から飛び降りるとプリンに話しかける。

みるみるうちにプリンの顔から緊張が解けて安心した顔になる。

 

「プリンちゃん!」

 

後ろから悲鳴に近い女性の声が聞こえ振り返るとその女性は涙目でプリンの元まで走り出した。

プリンもまた女性を見ると涙目でトテトテと走り出した。

 

「ああ、良かったわ。心配したのよ!」

 

「プリ~ン」

 

この女性がプリンのトレーナーというより家族なのかな、彼女に頼まれて俺たちはプリンを探していた。

 

「良かったね」

 

「プリンも怪我もないみたいね」

 

「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」

 

女性は今にも泣きそうな顔をして俺たちに感謝をくれた。

するとスーツを着た初老の男性が現れる。

 

「あ、会長さん」

 

「いや~サトシ君、リカ君、カスミ君。本当に助かりました。我が会の会員の大事なポケモンが何もなく見つかって本当に良かったですぞ」

 

このジェントルマンは「ポケモン大好きクラブ」の会長だ。

マサキさんの灯台を出発してすぐの町でそのクラブを発足している人だ。

町に訪れた俺たちは会長さんと出会い、どうやら気に入られてしまったようだ。

大好きクラブの方々に俺たちのポケモンを見せるとみんな嬉しそうにポケモンたちを撫でたり抱っこしていた。若干イラだって電撃喰らわせかねない子もいてヒヤヒヤしたが何も起こらずに済んだ。

 

先ほどの女性は会員の一人で大事なプリンが迷子になってしまった。それで俺たちも捜索を手伝うことになった。

捜索の末プリンは怪我も何もなく発見された。

 

 

 

 

 

捜索を終えた俺たちは大好きクラブの建物に戻った。

広い客間に招かれた俺たちは大きなソファに座り、広い机を挟んで向かい側のソファに座る会長さんと相対していた。

 

「今回は捜索に協力してくれて心から感謝する。何かお礼をしたい。何かほしいものはあるかね?」

 

「いえそんなお礼なんて」

 

といいつつ何かいいものが貰えるならもらっときたいと思う俺であった。

リカとカスミは欲しいものが思いつかないのか悩んでいるようだ。

そんな俺たちを見た会長さんは「何がいいかな」と考えてくれていた。

 

「サントアンヌ号を知っているかね?」

 

はて聞いたことがないな。

 

「確か世界でも有名な豪華客船ですよね」

 

「世界一周の船旅ができるって聞いたことがあります」

 

なんとリカとカスミは知っていたのか。なるほど豪華客船か一生に一度でいいから乗ってみたいよな。

 

「実はクチバシティに停泊している間だけ行われるトレーナーを集めたパーティが開かれるらしい。私たちも招待されたのだが、残念だが用事があって行けないのだ。だから君たちに差し上げたい」

 

「でもこういうパーティってしっかりした服装じゃないと行けないんじゃない?」

 

ドレスコードってやつか。

 

「そっか、家に戻ればドレスとかあると思うけど、戻ってるとパーティ終わっちゃうよね」

 

「それならば私たちが用意しよう」

 

「そこまでしてもらうわけには」

 

「よいのだ。我が会の会員を助けてくれたのだ。それくらいせねば」

 

俺たちはクラブの建物に戻ると衣裳部屋まで案内された。

扉を開けると色とりどりのドレスやスーツがたくさんあった。色も形も大小サイズも様々。クラブののポケモン用と思われるドレスもある。

 

「さあ、好きな服を選びなさい。気に入ったものは差し上げよう」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

カスミとリカはパアと花咲くような笑顔で礼を述べると、キラキラと目を輝かせてドレスを手に取って見ていた。2人の傍には服のサイズ合わせを担当してくれるクラブの会員のお姉さんたちもいる。

 

「カスミちゃん、リカちゃん、いろいろ着てみましょう」

 

「「はい!」」

 

お姉さんたちに促されてリカとカスミは女子用に着替えルームに入って行った。

 

「サトシ君は覗いちゃダメよ?」

 

「わかってますよ」

 

ウインクするお姉さんに答えたが、俺はそんなにスケベに見えるのだろうか。

離れた場所にある男子用の着替えルームで俺はダンディなおじさんに服を選んでもらった。

 

「ふむふむ、やはりこういった燕尾服がいいだろう。色はどれがいい?」

 

「まあシンプルに黒にします」

 

素早い手の動きでスーツを選んでくれるおじ様、名前はセバスチャンとかじゃないだろうか?

 

「よしわかった。それから髪も整えよう。当日は君が自分でしなくてはいけないからしっかり覚えるんだよ」

 

「はい」

 

何から何までしてもらって申し訳ないな、だがご厚意はしっかり受け取らねば失礼だよな。

 

「おっとワックスが少ないな。物置にあったと思うからすまないが待っていてくれ」

 

キリッとしたスーツを纏い大きな鏡の前に立って自分の格好を見ていた。時々ポーズも決めてみる。

ふむふむ、悪くないんじゃないの? 今までのやんちゃさが消えて一歩大人の魅力溢れる男になっちゃってんじゃないの…………自画自賛てメッッチャはっず!!

2人に笑われたりしないだろうか。

 

落ち込んでいると声が聞こえた。

隣の女子更衣室からだった。

 

「2人ともスタイルいいわねー子供とは思えないわ」

 

「そ、そんなお姉さんたちの方が綺麗ですよ」

 

「そりゃ私たち昔からスタイル維持とか頑張ってるもん。まだまだ子供のあなたたちがこんなにプロポーション良いなんて妬けちゃうわ」

 

「ひゃん、く、くすぐったいです」

 

「肌もスベスベ、どのドレスも似合いそうだから迷うわね」

 

キャキャという女子たちの声が聞こえると、シュルシュルと布が擦れる音と、床に布が落ちる音が聞こえた。

 

「あら2人とも下着はシンプルね」

 

「旅ですから動きやすいのをなるべくつけてます」

 

「うーん、それもいいけど。ほら私が着てるこういうのはどう?」

 

「「ひゃあ~~~」」

 

「ちょあんた子供にそんなの早いわよ」

 

「いいじゃない若い時からこういう下着にもなれといた方が色々役に立つと思うわよ」

 

「「あわわわ」」

 

 

煩悩退散煩悩退散煩悩退散!!

 

 

 

 

 

とまあこういうわけです。

最後あんな場面になったのはそのあとは町を出てクチバシティまで戻るだけだから他に語ることもなかっただけです。他意はありません、ありませんとも。

 

そうしてクチバシティに戻ってきた俺たちはこれから乗船するサントアンヌ号を拝んでポケモンセンターで正装に着替えることにしたのだ。

 

おじ様に教えられた通りに燕尾服をピッチリと着て髪はワックスで整えて準備完了!

ふむふむ俺なかなかいい男なんじゃね?

 

と馬鹿なこと考えながらロビーでカスミとリカを待つ。

時折綺麗なお姉さんたちに声をかけられるがなんとなくついて行ったら身内から恐ろしい目に遭わされそうなのでやめました。泣いてないよ?

 

「「お待たせ」」

 

声をかけられ視線を向けた瞬間――

 

「――あ」

 

言葉が口から出なくなった。

なぜなら本気で見惚れてしまったからだ。

 

カスミは青いドレスを身に纏っている。そのドレスはマーメイドドレスと呼ばれるもので、裾が広がっているのが特徴だ。それに加えて、着ている女性の身体にピタリと張り付くためラインがそのまま浮き出る。カスミは見事に着こなしていた。肩から背中は開いていて、健康的な肌の色が細い肩から首にかけて艶を見せる。大きく膨らんだ胸元にキュッとしたくびれ、豊かな臀部が曲線美を描き、そこから伸びる長い脚がスカートに包まれ見事な調和で現れていた。

髪は結び目を解いて下ろウェーブの入ったハイアップ。右上に俺がプレゼントした髪留めを飾っている。水に溶け込むような美しさはまさに人魚姫だ。

 

リカの体は緑のドレスに包まれている。それはハイ&ローと呼ばれるドレスで、フリフリのついたスカートが前は短く後ろが長いのが特徴だ。そのため彼女の白く肉付きの良い脚が眩しく見える。ドレスは背中と背中が大きく開いていて真白で玉のような肌が見えていた。豊満な胸はドレスに包まれて深い谷間を作り瑞々しい肌が艶やかだ。視線を下ろすと細い腰が見える。

髪はカールがかかっていてふわふわした巻き髪を後ろで結んでいる。

首には俺がプレゼントしたネックレスをつけている。露わになる白い素肌が目立つがいやらしさよりも神秘的な美が感じられる姿はまさに妖精のようだ。

 

俺を見るリカとカスミの視線が眩しくて気恥ずかしくて顔を逸らしたいのに、別の感情が美しく彩られた彼女たちから視線を外そうとはしなかった。

 

「な、なんか、言いなさい、よ……」

 

「も、もしかして、変……?」

 

沈黙を破ったのは青いドレスに包まれたカスミだ。それにリカも不安げに続く。

一文字に結ばれていた2つの艶やかな唇が開き、その色っぽさに固唾をのんだがすぐに気を引き締める。

 

「あえ、あ、その……綺麗だ。すっごく綺麗だ」

 

胸の高鳴りと緊張で、目線を逸らしながらなんとか口を動かして言葉を絞り出せた。

言い終えてると着飾って輝きを放つ彼女たちに焦点が再び合う。

また顔が熱くなるのを感じた。

 

「ごめん、その綺麗でびっくりして、咄嗟に喋れなかった。なんかもう喋るよりもずっと見ていたいと思ったつーか……」

 

「そ、そう……なんだ」

 

「そっか、よかった」

 

美麗なドレスに包まれた2人の頬が赤く染まる。

照れた微笑みに妖艶さを感じてしまう。

 

すると2人が歩み寄ってきた。

輝きに圧倒されるようにわずかにのけ反ってしまう。

 

「サトシもすっっっごくかっこいいよ! 見た時すっごくドキドキしたよ」

 

「ま、まああんたにしては似合ってんじゃない?」

 

瞳をキラキラさせて褒めてくれるリカと腰に両手を当てて褒めてる(?)カスミさん。

するとリカがカスミの肩に手を置いた、カスミが振り向くとリカはジッと見ていた。

 

「カスミ」

 

どこか咎めるようなリカの眼にカスミは僅かに逡巡すると俺を強く見つめる。

 

「サ、サトシ!」

 

「お、おう」

 

「あんたのその服……かっこよくて、素敵……その、見ててドキドキした……」

 

「そ、そっか……」

 

真っ赤な顔でトキメク言葉を途切れ途切れに言い放つカスミにいつもと違う彼女の雰囲気に胸が高鳴った。

これがギャップ萌えなのでしょうか。

 

みんなで照れ笑いを浮かべてむず痒いするような空間にどうしたものかとしていると視界に手を組んでいる正装の男女が入ってきた。

1組ではなく何組もの男女がピシリとしたスーツと優美なドレスを身にまとい、笑い合いながら歩いてサントアンヌ号に向かっている。

おお、あれが正しいパーティへの行き方なのか。

 

感心していると「サトシ」と呼ばれ、リカとカスミに視線を戻すと2人は細くしなやかな片腕を俺に伸ばして来た。

 

「エスコート、お願いできますか」

 

「OKなら手を取って」

 

俺の答えは決まっている。差し伸べられた2人の綺麗な細い指を見つめて自身の両手を伸ばす。

 

「よろしく、麗しいレディたち」

 

なんつって

 

「「はい!」」

 

喜色満面の笑顔は艶やかさ以上に可愛らしさが花開く。

俺はリカとカスミとそれぞれ左右で腕を組む。

燕尾服の袖越しに2人の細い腕が絡まる感触がある。その温もりを離さないように俺は彼女たちと一緒に広いタラップを一段一段登る。

 

 

 

***

 

 

 

タラップを登り終えテニスコートほども広いデッキを歩いて行くと船外から見えたビルのように大きな建物が見える。いやこうして近くで見ると宮殿のようにも思える。俺もその大きさに驚き、左右のリカとカスミも「ほえー」と言いながら呆然とキョロキョロと左右を見渡していた。

次第に建物の大きな扉が目の前にせまる、俺たちは同時にその下をくぐった。

 

中に入るとそこは豪華絢爛の一言に尽きる。

扉をくぐると大広間が目の前に広がる。すでにそこには多くの人が美麗なドレスやスーツを着て話し声で賑わっていた。天井には宝石をあしらった大きなシャンデリアがキラキラ輝いている。扉の直線上の数メートル先には上にいく階段があり、登った先の次の階の周りには手すりがこちらを見下ろすように立っている。階段の先にはバルコニーが確認でき外の景色がこの距離からでも見える。

 

白いテーブルクロスがかけられた複数の長卓には古今東西のあらゆる種類の豪勢な料理が並べられている。

綺麗な音色が聞こえた。周辺を見渡すとピアノやバイオリンを持ち繊細な手つきで奏でている人たちがいた。壁際には様々な地方の伝説のポケモンの彫像が等間隔で鎮座している。

 

今まで経験したことのない上流階級の雰囲気に緊張感が高まる。

 

「っ!?」

 

その時、背中に衝撃が走る。

 

「しゃんとしなさい」

 

カスミに背中を叩かれたようだ。俺が振り返るとカスミはさらに増した美貌で蠱惑的な笑みを向けてくる。

 

「せっかくここまで来たんだから胸張って堂々としなさい」

 

「いつも通りのサトシでいたらいいんだよ」

 

リカも続いて俺に語りかけてくれる。

そうだな、こんなことにビビッてちゃこれから先トレーナーとしてやっていけないよな。

俺は左右のカスミとリカの腕を絡め直して踏みしめるように歩き出した。

 

 

 

***

 

 

 

とりあえず腹ごしらえ。トレーナーは体が資本、いっぱい食べて体を強くしなければいかん。

ではお皿を持って準備完了。俺たち3人はそれぞれのお目当ての料理の並べられたテーブルまで歩いた。

さて、まずはお肉お肉~。この肉美味そう。お、この肉も美味そう。こっちの肉も良いな。これはピリ辛かいいな美味そう。この肉もこの肉も肉も肉も肉も肉肉肉肉肉―――ニク、ウマソ

 

よし一通り盛れたな、皿からあふれんばかりの肉たちの香りが脳髄を刺激するようだ。

 

「いただきます」

 

美っ味! すごいな口に入れた瞬間トロけたぞ、噛めば噛むほど肉汁が口の中に侵攻してくる。飲み込むと上品な牛脂が喉をスルリと通る。そして未だ残る肉の旨味、思わず感嘆の溜息が出る。

至福だ。良い肉ってこんなに美味いんだな。

 

そういえばこの肉って何の肉なんだ? 見た感じ牛肉っぽいよな。だがこの世界に牛は存在しない、しかし牛肉ということは牛に近い生き物が、ポケモンが……牛に近い生き物、それはケンタロスやミルタンク―――

 

―――プツリ

 

 

―――あれ? 俺なに考えてたんだっけ?

 

…………ああそうだ。この肉美味いからその幸せに酔ってたんだな、うんうん他には何にもカンガエテナイナ、ウン。

 

「もうサトシそんなお肉ばっかり食べて」

 

「お野菜も食べないとダメだよ」

 

声をかけられて振り返るとカスミとリカがそれぞれ料理を盛った皿を持って困ったような顔をしていた。

 

「いやあこの肉が美味いからついな。それに肉を食うことで体はより強くなる。タンパク質は筋肉の素だもんな」

 

彼女たちに見せつけるように腕を曲げて力を込めてボディビルダーのポーズを取ると2人は溜息をついた。

 

「ほら、野菜も食べたほうがより強い体になるわよ」

 

「バランス良く食べないとね」

 

「うーんわかってはいるのだが……」

 

それもこれもこの肉たちが美味いのが原因なのだ。どうか私を責めないでおくんなせえ。

 

「ほらあーん」

 

「はいあーん」

 

どう言い訳をしたらと頭を回転させていたら、カスミとリカが同時に野菜を突き刺したフォークを差し出してきた。

うーむ、どっちを食べるべきなのか、正解はドッチーニョ。

 

答えはこれだ!

 

「パクリ」

 

「「あ」」

 

俺は2人のフォークに同時にかぶりついた。2本のフォークが近かったことも助かり実行できた。

ドレスを着た美少女に食べさせてもらうなんて肉食うなんか目じゃないくらい幸せじゃなー。

 

「美味い美味い」

 

2人は嬉しそうにニッコリ笑うとフォークを野菜に突き刺すと自分の口に持って行った。

というか2人がやってるそれは間接キッスなのでは……

 

「ほら、あんたもお返ししてよ」

 

「そのお肉食べさせて」

 

俺はフォークで香ばしい肉を突き刺すと2人に向けたどちらからかと伺っているとカスミが前に出た。

 

「あーん」

 

俺は小さく開いた唇にフォークを入れる。艶やかな唇がゆったり動く姿はどこか色っぽく。思わず息を呑む。

 

前後を交代しリカが前に出た。再び肉を突き刺す。

 

「えと、サトシ、一回お肉食べてくれないかな」

 

「え、いいけど」

 

言われて俺は肉を自分の口の中に入れて咀嚼する。噛んでいるうちにリカの意図を理解し顔に熱が集まる。

リカが申し訳なさそうな顔でカスミに視線を送ると、カスミは全部わかっているという顔で笑っていた。

 

「あーん」

 

リカのぷるんとした唇が開く。

開いた唇に肉を入れる。瑞々しく柔らかい質感の唇がプルプル動く。

噛み終えたリカが飲み込む。

 

「「ご馳走様」」

 

心から幸せそうで魅力的な笑顔で2人は感謝を述べた。

その笑顔に紅潮してしまったことを自覚した。

 

高鳴る胸を押さえて俺は気恥ずかしさもどうにか振り払い、食事を続けた。

咀嚼しながら周りを見る。本当にいかにもお金持ちって感じの紳士淑女ばっかりだな。

 

ふと見覚えのある顔がいた。

 

「ナオキ?」

 

声をかけると振り返ったナオキは目を見開いた。

 

「おおサトシじゃねぇかリカも、あとカスミだっけか、お前らもいたのか」

 

「久しぶりー」

 

「あんた私のこと忘れてたんじゃないでしょうね?」

 

「忘れたくても忘れられるかよ」

 

どういう意味よー、と文句を言うカスミをリカが宥めているのを横目で見ながらナオキに声をかける。

 

「ナオキも呼ばれてたのか」

 

「ああ、なんかチケット貰ってな。トレーナーがたくさん来るってんで腕試しにはちょうどいいと思ってな」

 

そう言ってナオキは肉を頬張る。何だかんだで食事も楽しんでんのね。

 

「兄貴ーデザートっすよー」

 

聞いたことのある声、自称ナオキの舎弟のユウリく……ちゃんだな。

彼女に会うのも久しぶりだから挨拶しようと振り返る――デカッ!

 

ユウリちゃんは真っ赤なドレスを着ていた。

Aラインドレスと呼ばれるそのドレスはふわりと広がるスカートが特徴で脚全体を覆い隠しているがひらひらとした形が優美さを醸し出していた。肩と背中が露わになっていて、上半身部分のてっぺんは彼女の胸元だ。低めの身長に不釣り合いなほど大きく膨らんでいた。

ユウリちゃんの胸は彼女が走る度に大きくぶるんぶるんと揺れている。

 

まさかあんな激しい上下運動をする胸が存在するのか

 

「いっ――」

 

左右からつねられた。

ごめんなさいもう変な目で見ません。だからそんな光彩の消えた底の見えない闇みたいな目はやめてください。

 

「……えっち」

 

「……ばか」

 

マジすんません。

 

「おお、サトシさん御一行の方々お久しぶりっす!」

 

ユウリちゃんは俺たちを見ると華麗なドレス姿で90度のお辞儀を見せてくれた。

 

「元気そうだねユウリちゃん」

 

「「久しぶりー」」

 

「皆さんお元気そうで何よりっす」

 

ニパーと笑うユウリちゃんに俺たちもほっこり笑顔だ。

ユウリちゃんからデザートを受け取りお礼を言ったナオキが親指で後ろを指した。

 

「それに他にもいるみたいだぜ」

 

そう言われて視線を送ると、そこにいたのは多くのお姉さんに囲まれて食事を楽しんでいたシゲルだ。あちらこちらから「あーん」されてまるで王様のようだ。普通は悔しがるところだろうが、俺もリカとカスミという美少女と食べさせ合いっこしたから嫉妬の感情は無かった。

 

「むむむ? そこにいるのは我が同郷の友たちではないか」

 

俺たちに気づいたシゲルがいつも通りのクールな態度で挨拶をする。

 

「おう久しぶり」

 

「やはり君たちも来ていたみたいだね。どうやらここには腕のいいトレーナーたちが招待されているようだ。まあ超一流のトレーナーである僕が招待されるのは当然のことだけどね」

 

シゲルは髪をかき上げて爽やかに言うと、後ろのお姉さんたちも同意するように頷きシゲルに羨望の視線を送っていた。

前から気になっていたがこのお姉さんたちもポケモントレーナーなのか? この船に乗っているということはそうなのかもしれないが。

 

「さて、食事も終えたことだしそろそろ行くとしよう」

 

シゲルがニヤリと笑う。どこに行くかは俺でもわかった。おそらくナオキもリカもカスミも同様だろう。

 

この船で行われるイベント、それは船上ポケモンバトル。

 

サントアンヌ号には複数のバトルフィールドが完備してありそこで多くのトレーナーがバトルする。

トレーナーにとっては己の腕試し、そうでない人間には余興としてこの船ではポケモンバトルが推奨されている。

俺たちもそれに参加しようとバトルフィールドに向かった。すでに多くの人だかりができていて

 

「早速やってんな」

 

ナオキの言葉にバトルフィールドに目を向けると、トレーナー同士とポケモン同士で相対していた。

そこには燕尾服を着こなした堀の深い顔立ちのジェントルマンと裾の短いズボンのスーツを着た少年だ。

 

「ミルホッグ『ひっさつまえば』!」

 

「オコリザル『からてチョップ』だ!」

 

ミルホッグと呼ばれた長い体と前歯が特徴的なポケモンがオコリザルと激突する。

 

技同士がぶつかり合うと、2体の打ち合いとなる。強靭な前歯と手刀が激しい音を立てていく。

2体は後ろに跳んで一旦距離を取る。

 

「あのミルホッグってたしか、イッシュ地方のポケモンだよね、本物見るのは初めてだよ」

 

リカが呟く通り俺もあのポケモンは初めて見た。この船にはホントに色んな地方のトレーナーがいるんだな。なんだか胸の奥が熱くなって滾ってくる。

 

「オコリザル『インファイト』!」

 

指示を受けたオコリザルが両腕を怒りのまま暴れるように振り回してミルホッグに連撃を撃ち放たんとする。

 

「かわせミルホッグ!」

 

技がぶつかる直前にミルホッグは素早く動いて攻撃の直線上から跳びのきかわす。

 

「そこだミルホッグ『ギガインパクト』!」

 

ミルホッグは渾身の力を全身に込めて、オコリザルの攻撃する方向とは別方向から抜群の破壊力を誇る一撃を放つ。

ミルホッグ自身のタイプと一致する大技は通常以上の破壊力となりオコリザルに直撃した。

吹き飛んだオコリザルはそのまま目を回して倒れてしまう。戦闘不能だ。

 

「腕はいいがまだまだ修行が足りなかったようだな。これからも頑張るといい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

紳士の言葉に少年は悔しさをもちながらも素直に感謝を述べた。

ふむ、ああいう子は将来伸びそうだな。

 

「さあ、次はどなたがお相手してくれますか?」

 

フィールドの周りのギャラリーたちはざわつくが誰も挑戦の名乗りを上げようとしない。

ここは行くべきか? 行くべきだよな、他の地方のトレーナーなんて滅多にバトルできないからな。

俺にとってもポケモンにとっても良い経験になるはずだ。

リカとカスミにいいとこ見せたいしな。

 

「はい! 俺が行きます。バトルを受けてください!」

 

「ほう、元気な少年だ。いいだろうさあ来たまえ」

 

ジェントルマンはフッと微笑むと快く俺の挑戦を受け入れてくれた。

流石、洗練された美麗な仕草の紳士は微笑んでも綺麗だよな。

あ、変な気は起こしてないからね。

 

「少年、大丈夫かい。あの紳士はさっきのバトルで10連勝中なのだよ」

 

隣にいた素敵なカイゼル髭のおじ様は俺を心配してくれたように助言をくれた。

 

「へーそりゃすごい。相手が強ければ強いほど燃えます!」

 

ありがたいけどここはバトルを受けるっきゃないんすよ。

 

「ふむ、なかなか良い目をしている。そうだ、ここは趣向を変えてみよう。トリプルバトルはいかがかな?」

 

トリプルバトル、名前から推察するに――

 

「トリプルバトルとはその名の通り互いに3体のポケモンに指示を出してバトルすることだ。無論ダブルバトルより難易度は高い。どうだ受けるかね?」

 

「はい、トレーナーとしてどんなバトルでも受けてもっと腕を上げたいです!」

 

「その心意気は素晴らしい、私も全力でお相手しよう。行けミルホッグ、コジョフー、デンチュラ!」

 

「ミル!」

 

「コジョ!」

 

「チュラ!」

 

ジェントルマンの出したポケモンに対し、即座に図鑑を見て確認する。

ノーマル、格闘、虫電気か。

相性は良いとは言えないが、初めから出すポケモンは決めていた。

 

「フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ、君たちに決めた!」

 

「ダネ!」

 

「カゲ!」

 

「ゼニ!」

 

カントー地方の御三家たちでトリプルバトルなんてかっこいいだろ?

 

「な、サトシお前ヒトカゲをゲットしてたのか!?」

 

「ゼニガメもゲットしていたのか! それにフシギダネまで」

 

観戦していたナオキとシゲルが驚きの声を上げた。

そういえば見せるのは初めてだったな

 

「ああ、たまたま出会って仲間になったんだ」

 

「なるほどな、どんなもんかお手並み拝見だな」

 

「君がどんなバトルをするのか見せてもらうよ」

 

ギャラリーお2人の期待値は高いようだ。だったら情けないバトルはできないな。

 

 

 

 

フィールドに立ち、ジェントルマンのおじさんのポケモンに対し俺のポケモンたちもやる気十分だ。

 

「ミルホッグ『ひっさつまえば』、コジョフー『とびげり』、デンチュラ『10まんボルト』!」

 

デンチュラの攻撃は相性の良いゼニガメに向かって放たれる。

 

「フシギダネ『エナジーボール』、『10まんボルト』を打ち消せ! ゼニガメはコジョフーに『みずでっぽう』、ヒトカゲはミルホッグに『きりさく』!」

 

遅れながらも放たれた、草、炎、水の攻撃は狙った相手に見事に命中し、攻撃を阻むことができた。

だが、大きなダメージにはならずまだまだこちらを見据えて構えていた。

 

「やるようだ、ならばこれはどうだ、ミルホッグ『ギガインパクト』、コジョフー『はっけい』、デンチュラ『むしのさざめき』!」

 

「フシギダネ『つるのムチ』、ヒトカゲ『かえんほうしゃ』、ゼニガメ『みずのはどう』!」

 

「ダネフシャ!」

 

「カゲエエエ!」

 

「ゼニュウウウ!」

 

フシギダネはミルホッグの『ギガインパクト』を当たる寸前で回避すると、『つるのムチ』でその長い体に巻き付いた。

 

「フシギダネ、そのまま投げ飛ばせ!」

 

「ダ、ネェ!!」

 

投げ飛ばせたミルホッグは床に叩きつけられる。

 

『かえんほうしゃ』がデンチュラに放たれ大きなダメージを与え、『みずのはどう』がコジョフーの体にぶつかり吹き飛ばす。

だが、ミルホッグとデンチュラはまだ立ち上がり、コジョフーもまだ健在であった。

畳み掛ける。

 

「フシギダネ『エナジーボール』!」

 

「デンチュラ『ふいうち』!」

 

デンチュラが一瞬でフシギダネに接近し、高速で全身をたたきつけた。

相手が攻撃技を使えば成功する先生技の『ふいうち』。

 

吹き飛ばされたフシギダネは痛みを耐えながら立ち上がる。

ジェントルマンとしては流れを変えるための攻撃だったが、俺もポケモンたちも慌てることなく冷静に敵を見据える。あてが外れたはずなのにジェントルマンは面白そうに笑っている。

 

「下手な小細工は必要ないようだな。ならば私たちの全力を見せよう。ミルホッグ『ギガインパクト』! コジョフー『とびひざげり』! デンチュラ『ワイルドボルト』!」

 

「だったら俺たちも全力だ! フシギダネ『エナジーボール』! ヒトカゲ『かえんほしゃ』! ゼニガメ『みずでっぽう』!」

 

ミルホッグの最大の突進、コジョフーの壮烈な膝蹴り、デンチュラの電気を纏った突進が俺のポケモンたちに迫る。フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメは自分の誇る最大のタイプエネルギーをぶつける。

莫大なエネルギーがぶつかり、閃光とともに爆発が起こる。

 

思わず目を手で守り閃光から守る。

次の瞬間にはフィールドを見なければと目をこらして戦局を見る。しかし見えない。

次第に光が消え、フィールドの様子が見えてくる。

 

俺のポケモンたち、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメは―――

 

―――健在だ

 

「ダネ!」

 

「クア!」

 

「ゼニゼニ!」

 

対するジェントルマンのポケモンたち、ミルホッグ、コジョフー、デンチュラは全員倒れていた。

そのまま動かない様子にジェントルマンは目を閉じ口を開く。

 

「君の勝ちだ」

 

「よっしゃあああ!!」

 

「みんなよくやった!!」

 

「若いのに見事な腕だ。冷静に状況を見る観察眼はなかなかできることではない。その調子で腕を磨いていくといい」

 

ジェントルマンのおじさんは整った顔立ちで優しく微笑んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

俺は後ろを振り向いて2本の指を立てて、Vサインで腕を突き出した。

 

「勝ったぜ!」

 

ナオキは僅かに口角を上げ、シゲルは顎に手を当てて相も変わらず上品な態度であった。

 

「まあなんだ、お前のヒトカゲはまだ炎のコントロールが甘くて無駄なエネルギーが多い、よく狙って撃つようにしろ」

 

「まあまあなバトルだったけど、ゼニガメのことでアドバイスだ。もっとゼニガメは防御を活かしたバトルをするといい。それくらいしてくれないと、僕のライバルは務まらないからね」

 

「ああ、ありがとう」

 

素直に褒めてはくれない。だけど、それでいいと思う。

変に褒めちぎるなんて俺たちの間にある関係に相応しくない。そんなこと言わなくてもライバルたちのバトルは見ていればわかる。これ以上言葉はいらない。

俺たちはバトルでつながっているんだから。

 

「そんじゃ俺も行くかな」

 

「みんなに僕の実力を見せてあげるよ」

 

俺と入れ替わるように、気合十分といった雰囲気のナオキがフィールドに入り、シゲルは隣のフィールドまで気品のある足取りで進んだ。すでに反対側には対戦相手のトレーナーが待機している。

 

「さあ出番だカメール!」

 

「行けリザード!」

 

シゲルとナオキのモンスターボールから飛び出した2体のポケモン。

羽のような耳とふわふわとした大きな尻尾を持ったゼニガメの進化形カメール。

鋭い目つきに後頭部に一本の角、両腕には鋭い爪があるヒトカゲの進化形リザード。

その力強い立ち姿は間違いなく2人が最初に貰ったあのゼニガメとヒトカゲだった。

 

「進化していたのか!」

 

ナオキとシゲルは無言だが、軽く手を上げて肯定を示す。

 

「さて俺も全開でいくぜ、お前に本当の炎ポケモンの扱いを見せてやるよ」

 

「君に良い恰好ばかりされるのは僕のプライドが許さないからね、さっき指摘したことのお手本を見せてあげるよ」

 

リザードは尻尾の炎をメラメラと燃え上がらせ、カメールは尻尾と耳をピコピコ揺らして両腕に力を入れている。

最後に会った時からシゲルもナオキもは確実に強くなっている。それが嬉しくて楽しみで俺は胸が高鳴る。

 

「よっしゃ、頑張れ2人とも!」

 

火炎が空気すら焼き尽くし、水流が高速高圧で放たれた。

 

 

 

***

 

 

 

月明かりに照らされるバルコニーに現れる2人の少女、マサラタウンのリカとハナダシティのカスミだ。

カスミは青いドレス、リカは緑のドレスを纏い、普段の明るさとは違う、清楚な雰囲気を醸し出していた。

2人はバトルが行われている室内の熱気に当てられたため、涼むために外に出て夜風に当たりに来た。

 

「せっかくのパーティなのにここでもサトシはポケモンバトルなのね」

 

「その方がサトシらしい気がするけどね」

 

おかしくなって笑い合う2人の少女に潮風が触れて柔らかな髪を優しく揺らす。

 

「さっきみたいにサトシと歩いたり、ごはん食べたりしてると、ホントに恋人みたいな気分だったね」

 

「そうね、いつもとは違うドレス着てお化粧して、こういう姿でサトシとすごすのは本当にドキドキしたわ」

 

普段と違う自分を見せられて、普段とは違う彼を見ることができて、こんな貴重な時間を過ごすことができて、2人はますます自分の気持ちが高まるのを感じた。

自分の恋心は間違いないと改めて自覚した。

 

「これから旅しながら、もっとその……恋人っぽいこととかたくさんしたいね」

 

「私も意地はってないで素直にあいつに……えと、あ、甘えたり……優しくしてあげるようにしないといけないわね」

 

「カスミならその気になればすぐできるよ。そしたらサトシもメロメロだよ」

 

「うんそうよね、ありがとうリカ」

 

「こんなにキュートなお転婆人魚のカスミちゃんに迫られて恋しない男の子なんていないわ!」

 

「そうそうそうだよ」

 

「それにリカだって大きなおっぱいで迫ればメロメロよ!」

 

「ええっ、もうカスミったら!」

 

愛しい人のことを想い、口にするだけでこんなにも幸せな気持ちになる。

カスミとリカは自分の中に湧き上がる暖かい気持ちに酔いしれていた。

 

「やあ、こんにちは」

 

かけられた声に振り向くと3人の少年がいた。

 

「えと、こんにちは」

 

いずれの少年も髪の色が金やブラウンで掘りの深い顔立ちで、カントーの人間ではないことがわかる。

にこやかにほほ笑む少年たちはリカとカスミを囲むように近づいて来た。

 

「僕たちイッシュ地方からこの船で世界を周ってるんだ。僕たち専用の個室もあるんだよ」

 

「へえすごいですね」

 

パーソナルスペースにズケズケと入ってくる少年に対してリカは少し後ずさりながらも愛想笑いで返答した。

 

「ねえこれから僕と一緒にどうだい?」

 

「バトルですか? いいですよ。それじゃあフィールドまで――」

 

不意に、リカとカスミは、全身に寒気が走るのを感じた。夜風で体が冷えたせいではない。

 

「いやいやそうじゃないバトルじゃないよ。君たち可愛いからさ、僕たちの部屋に来てほしいってことさ」

 

胸を、臀部を少年たちはニヤニヤと笑いながら見ている。

旅をしていて男からの視線が自身の体に向けられることは何度もあったし仕方ないことだと思った。

サトシも時折見てくるが彼は別だしむしろサトシにはもっと見てほしいとさえ思っている。

しかし、これほど隠すことなく無遠慮に全身を舐めまわされたことはない。

直接触れられたわけではないのに素肌が撫でまわされているような不快感があった。

先の言葉の意味を理解し、リカは顔を青くしカスミは嫌悪の表情を隠そうとしない。

 

「あの、私たち仲間の男の子と一緒に来ているんでそういうのは、お断りします」

 

「そんなこと言わずにさ、君たちのことをほったらかしにするなんてどうせ碌な男じゃないんだろ? ねえ僕たちと一緒にいる方が楽しいに決まってるよ」

 

立ち去ろうとする2人を少年たちは壁となり行先を阻む。そうして邪魔している間もカスミの揺れる双丘やリカの胸の谷間に視線が集中していた。

 

「俺たち女の子にあげるための綺麗な服とか宝石とかいっぱいもってるぜ」

 

リカの胸のペンダントとカスミの髪留めを見た少年2人は鼻で笑うとそこに手が延ばした。

 

「好きなものあげるからさ。ほらそんな安物のアクセサリーなんか外してさ」

 

2人の少女は脳が一瞬で沸騰するのを感じた。次の瞬間にはそれぞれの片腕が弧を描くように動き、パンッと乾いた音は近づく2本の手を払った。

 

「「触らないで!!」」

 

苛立ち、嫌悪、怒り、憎悪、敵意、無礼極まる少年たちに対して湧き上がった感情をぶつけるように言い放った。

 

「サトシがプレゼントしてくれた私たちの宝物なんだよ!」

 

「あんたたちなんかに難癖つけられる筋合い無いわ!」

 

カスミは顔を真っ赤にして目を吊り上げ、リカは目に怒りを滲ませて鋭く睨みつけている。

 

手を払われた2人の少年ともう1人の少年はリカとカスミの反抗にしばし呆然とすると、次の瞬間には目を剥いて怒りで顔を歪ませた。

 

「こっのクソアマ共! 田舎地方の女のくせにエリートの僕たちに逆らってんじゃねえ! 大人しくついてこい!」

 

横柄で身勝手な物言いの少年の言葉が合図であるように、もう2人の少年がカスミとリカの手首を掴んで無理やり連れて行こうとする。

その目は次第に怒りよりも欲望に醜く塗れていた。これから2人の少女に実行するであろういかがわしい行為を夢想しているのがわかる。

 

「いや離して!」

 

「触んないでよ!」

 

必死に体を暴れさせて抵抗するが男の力に女の細腕では為すすべもない。

少年たちが歩き出す。

 

「おい、俺の仲間になにしてんだ」

 

その時響いたのは救世主の声。

 

リカとカスミが振り返るとそこにいるのは誰よりも愛しい少年。

 

「「サトシ!」」

 

サトシは静かな怒りの炎を双眸に宿らせ、2人の少女に狼藉を働こうとした少年2人の腕を掴み上げる。

その力が強いのか、少年たちは顔を歪ませてサトシを睨んでいた。

 

「な、このぉ! 田舎者が僕に触れるな!」

 

「クッソ、誰なんだお前は!」

 

「俺は2人の仲間だよ」

 

サトシは握りつぶさんばかりに手に力を込めた後、汚いものを捨てるように掴んだ手を離して少年たちを解放した。

リカとカスミは急いでサトシの傍まで駆け寄る。

サトシは2人を見ると心配そうに見ていた。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「来てくれてありがとう」

 

すると遅れて気づいた。リカの足元にはフシギソウが、カスミの足元にはスターミーがいつの間にかいた。自分のトレーナーを守らんと自分からボールの外に飛び出していたのだ。

同じタイミングでサトシが助けにきたため力を狼藉者たちに振るうことはなかったが、今はリカとカスミを守るようにイッシュのトレーナーたちを睨んでいる。

そのことに気づいたリカとカスミは微笑んで自分のポケモンの頭を撫でた。

 

痛みで顔を歪ませるイッシュの2人ともう1人はサトシを見て嘲るように吐き捨てた。

 

「はっ、お前あこの娘たちの言ってた仲間とやらか、いかにも田舎者の顔してるな」

 

尊大な態度でサトシを見るイッシュの少年、それに対しサトシは挑発にも乗らずただジッと睨んでいる。

するとサトシの後ろから2つの足音が近づく。

 

「おいおい、レディに乱暴なんて感心しないな」

 

「女を囲んで暴力なんざ、男の風上にも置けねぇ連中だな」

 

シゲルがキザな態度で見下すように言い放ち、ナオキは不愉快そうな顔でイッシュの少年たちをジロリと睨んだ。

 

「ちっ田舎者が増えたか」

 

忌まわしそうにシゲルとナオキを見るイッシュの少年たちは次の瞬間には尊大に笑って見せた。

 

「僕たちはイッシュ地方のヒウンシティから来たエリートさ、君たちはどこの出身だい?」

 

「俺たちはマサラタウンから来た」

 

サトシの返答にイッシュの少年たちは心底分からないといった態度で互いに目を合わせる。

 

「は? まさらたうん? どこだいそれは、みんな知っているかい?」

 

「いや知らないねえ」

 

「カントー地方はヤマブキシティとタマムシシティしか聞いたことないからね」

 

「つまりそのまさらたうんとかいうのは相当な田舎のようだね」

 

「田舎地方の田舎町ってそれは原住民のいる秘境なんじゃないのかい?」

 

「はははは、そっか秘境から来たのか、そこは電気や水道は通っているのか? そもそも見たことあるかい?」

 

冷笑を浮かべ心底バカにするようにサトシたちを、生まれ育った町を下品に笑い飛ばすイッシュのトレーナーたち。

その様子にサトシ、シゲル、ナオキは深い溜息をついた。

 

「はぁ……まったくしょうがない」

 

「めんどくせー連中だな」

 

「やれやれ、考えることは同じようだね」

 

「「「こいつら潰す」」」

 

故郷を見下され、侮辱されたことは3人に確かな憤怒をもたらしていた。

 

「はっ、ド田舎トレーナーの癖にエリートの僕たちに盾突こうってのか、いいよ後悔させてあげるよ」

 

「本当なら君たち3人にこっちは1人でも十分なんだけど、負けた時の言い訳の理由になっていいだろ?」

 

「御託はいいからとっとと始めるぞ」

 

そこはバトル用に用意されたフィールドではなく小休止のために設けられたバルコニーだ。

しかし、この場で狼藉者たちは打倒さねばならないという意識がサトシとシゲルとナオキにはあった。

それにこんな連中は正式な試合などもったいない、喧嘩として蹴散らすだけで十分だ。

 

「スピアー君に決めた!」

 

「行けサイホーン!」

 

「行くぞゴーリキー!」

 

「スピ!」

 

「グオオ!」

 

「リッキィ!」

 

サトシのスピアーにシゲルのサイホーン、そしてナオキの手持ちでは初めて見る筋肉質な体が特徴的なゴーリキーが現れる。

 

「ふん田舎者が、実力の差ってやつを見せてやるよ、行けランプラー!」

 

「行けガマガル」

 

「行けハトーボー!」

 

ランプのような体に愛らしい目を持つランプラー、額と頭の左右に膨らみがあり青い体のガマガル、赤い額に黄色のくちばしの鳥ポケモンハトーボーが現れる。いずれもイッシュ地方原産のポケモンでサトシたちは生で見るのは初めてだ。

 

「ランプラー『はじけるほのお』」

 

「ガマガル『ハイドロポンプ』!」

 

「ハトーボー『つばめがえし』!

 

イッシュ地方のポケモンたちがそれぞれのタイプの技をサトシたちのポケモンたちに向けて放つ。

 

「スピアー『こうそくいどう』」

 

「サイホーン『ロックカット』」

 

「ゴーリキー『ビルドアップ』」

 

スピアーは薄い羽を振動させて空中で高速で肉体を加速させ炎を躱し、サイホーンは自分の体を磨き上げ水流を回避、ゴーリキーは深く呼吸し全身の筋肉に力を込めることで攻撃と防御を上げ、それによって効果抜群の飛行技を身に受けながらも耐えきる。

 

「スピアー『はたきおとす』!」

 

「サイホーン『すてみタックル』!」

 

「ゴーリキー『かみなりパンチ』!」

 

「ス、ピア!!」

 

「グアア!!」

 

「リッキイイイ!!」

 

スピアーがランプラーに上から針をたたきつけ、サイホーンがガマガルに剛健な体で突撃し、ゴーリキーがハトーボーに電気を纏った破壊力のある拳をぶつける。

ランプラーとハトーボーには効果抜群の一撃、ガマガルは頑強な肉体による絶大な破壊力のある突進で吹き飛ぶ。

そのままイッシュの3体のポケモンは目を回して動かなくなる。

 

イッシュ地方の3人は口をあんぐりと開けて信じられないといった態度で呆然として立ち尽くしていた。

 

「まさか一撃で終わるなんて思わなかったよ」

 

「大口叩いてこれか、とんだエリートサマだな」

 

「これが都会に生きるトレーナーの実力だとしたら、僕は君たちの言う田舎のトレーナーで本当に嬉しいよ」

 

今度はサトシとナオキとシゲルが嘲笑うように相手に言い放った。

皮肉と悪態を吐き捨ててとても悪い顔をしている。

 

「ふざけるな!! こんな田舎のやつらに負けるなんて許されるわけない! おいお前らもやれ! ヒウンシティのプライドのためだ!」

 

悔しさに顔を歪ませたイッシュの少年は仲間に呼びかけ、次のモンスターボールを取り出し放った。

しかも1個ではなく自分の持つありったけのボールだ。もはやルールも無視して勝つために手段を選ばず相手を跪かせることしか頭にない。

現れたポケモンは総勢12体、全員サトシたちのポケモンを敵と認識して戦闘態勢だ。

 

「さすがに数が多いかな」

 

「まあしかしあれだ、烏合の衆ってやつだな」

 

「ふむ、まあそれぞれあと1体ずつってところかな」

 

まさに数の暴力であるが大ピンチではない。むしろこういう下賤な輩がやりそうなことだと溜息をついて呆れている。

そんな相手に対し、ちょっとだけルールを破ろうと互いに顔を見合わせた。

 

「ピカチュウ君に決めた!」

 

「行けカメール!」

 

「行くぞリザード!」

 

サトシたちはそれぞれの最初のポケモンをフィールドに放つ。

敵が12体に対しこちらは6体、だがこの程度の連中数の差など問題ではないとバトル続行を促す。

 

「さあ来いよ」

 

「この田舎のクソ共があ! やれえぶっつぶせえ!!」

 

襲い掛かるイッシュのトレーナーのポケモンたち。

 

サトシ、シゲル、ナオキはそれぞれ指示を出す。

 

スピアーとピカチュウは高速で動き敵の攻撃をかわしつつ攪乱し、確実に攻撃を当ててダメージを与えて打倒していく。

サイホーンとカメールは前衛と後衛に分かれて動き、前衛のサイホーンは敵の攻撃を受け止めて反撃し、後衛のカメールは水技で仕留めていく。

ゴーリキーとリザードは持ち前のパワーで向かって来る相手を真正面から迎え撃ちねじ伏せていく。その重い一撃一撃で下していく。

 

あっという間に決着はついた。

サトシたちのポケモンはほとんど無傷でエリート(笑)たちの手持ちは全員戦闘不能になった。

 

「んで、どうすんだ?」

 

サトシが睨むとイッシュの3人はビクリと恐怖に顔を白くさせた。

手持ちは全滅、暴力に訴えようにも腕力では勝てないことは先ほどサトシに思いっきり手を掴まれたことで自覚していた。

 

「ち、ちくしょう覚えてろ!!」

 

悔し気に顔を歪ませて捨て台詞を吐き捨てて逃げるように走り去っていった。

 

 

 

***

 

 

 

尻尾を巻いて逃げる少年たちを見送るとリカとカスミに顔を向けた。

その顔には決して少なくない恐怖の感情があった。

 

「みんなありがとう」

 

「あんな連中カスミとリカがバトルしてても勝てたぜ」

 

「そうかもだけど、もし暴力的なことされたら、腕力じゃ勝てなくてどうなってたかわからなかったわ」

 

「仮にそんなことになってもサートシ君がすぐに助けたんじゃないかな」

 

「あんな三下共サトシ一人でどうにでもなったな」

 

おいおいこんな時に褒め殺しかいシーゲル君にナーオキ君。

 

「……うんそうだね」

 

「サトシなら助けてくれる」

 

潤ませた目で俺を見るカスミとリカにその視線の眩しさに耐えられず思わず顔を逸らせてしまう。

けどこのまま何も言わないのはいけないよな、たぶん2人を不安にさせる。

 

「そうだな、仲間は守る。絶対に」

 

これは偽りない俺の気持ちだ。素直に伝えられて良かったと思う。

頬を染めるリカとカスミを見て、俺まで顔が熱くなってきた。

 

 

 

***

 

 

 

気を取り直してパーティ会場に戻った俺たち一同。

会場では待機していた。演奏家たちが神妙な顔で楽器を手に取っていつでも演奏可能と構えていた。

 

「何か始まるのか?」

 

俺の疑問にカスミが答えた。

 

「ダンスよ、ほら、手を取り合ってる男女がたくさんいるでしょ?」

 

言われて回りを見渡すと互いに見つめ合い体を寄せ合う男女だらけだった。

 

シゲルはお姉さんたちにダンスの相手を迫られて「順番順番」と宥めていた。

 

「あ、兄貴。ダンスをお願いしてもいいっすか?」

 

緊張した面持ちでユウリちゃんは上目遣いにナオキは照れたように頬を掻いていた。

 

「まあ、いいけどよ」

 

ユウリちゃんはナオキのOKにパァと笑顔になると、手を差し出す。ナオキはその手を取った。

 

「ねえサトシ、私たちも……」

 

「一緒に……」

 

頬を赤らめて俺を見る2人にこっちまで緊張してきた。このお誘いを断るなんてありえない。恥ずかしさなんてフッ飛ばしてその手を取って言うんだ「踊ってください」と。

さあ答えよう。

 

悲鳴が上がる。

何事かと俺は周りを見渡すとそこには同じ制服を着た謎の集団がいた。

それを見た俺は確信する。

制服の胸には見覚えのある「R」の文字がある。悲鳴とざわめきの中でテーブルの上に同様の制服を着た壮年の男が立っている。

 

「このサントアンヌ号は我らロケット団が乗っ取った!! トレーナー共、大人しくポケモンを渡せ!」

 

おそらくロケット団でも幹部かそれに近い役職のおっさんが大声を張り上げた。

乗っ取ったってどういうことだ?

疑問に答えるように幹部は続けた。

 

「バカなトレーナー共め、我々ロケット団の計画に気づかずにまんまとこのサントアンヌ号に来るとはな」

 

「そうよそうよ」

 

赤い髪のロケット団の女が、というかムサシが言った。

 

「世界を旅するサントアンヌ号は多くのトレーナーとポケモンが集まる。このカントー地方に来た時、すでに我らは入り込んでいたのだ。そして、カントー中に招待のチケットをばら撒き、お前たちをこの船に誘い込む。そしてお前たちのポケモンを我らが奪うということだ」

 

「そうだそうだ」

 

青い髪のロケット団の男が、というかコジロウが言った。

 

「お前たちのポケモンはすべて我らのボスへの献上品となる。ありがたく思うんだな」

 

「そうにゃそうにゃ」

 

喋るニャースが言った。

 

あいつらもここにいたのか。

 

パーティ会場にいる人間たちはロケット団の登場にみな驚愕と恐怖の表情を浮かべている。

カントーを荒らす悪の組織ロケット団、それが自分たちの目の前に現れるなんて想像もつかなかったのだろう。本物の悪党が自分たちからポケモンを奪おうとしている事実に怖気づいてしまっている。

 

「さあ、お前のポケモンを渡――」

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

「ぎゃあああああ!!」

 

俺に近づいて来た下っ端にピカチュウが現れ指示をすることなく電撃をお見舞いした。黒焦げになった下っ端はピクピクと痙攣して倒れた。

 

「おい何勝手なこと言ってんだおっさん」

 

「な、なんだと!」

 

予想外の反抗にたじろぐリーダーらしき男と周りの下っ端たち。

一般の客たちも全員俺を見ているようだ。呆然としているのはわかったが俺は続ける。

 

「そんなバカなこと言われて大事なポケモンを大人しく渡すと思ってんのか」

 

複数の下っ端がこちらに向かって襲い掛かってくる。

俺は相手の腕を避けると一人を殴り飛ばす。するとボールからフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメが飛び出してくる。

 

「フシャ!」

 

「カゲエエエ!」

 

「ゼニュウウウ!」

 

次々に攻撃してくる下っ端たちに3体は緑のエネルギー球、燃え盛る炎、激しい水流をお見舞いする。下っ端は吹き飛ばされて倒れる。

まだまだむかっ腹が立つから、足元に倒れた1人を踏みつけ、幹部の男に視線を突き刺す。

 

「トレーナー舐めてんじゃねえ」

 

静寂とともに注目は俺とポケモンたちに集まる。だがトレーナーたちは動こうとしない。

 

「ここにいるトレーナーたち、ただ黙ってポケモンが奪われるのを指を咥えて見ているつもりか?」

 

ロケット団を倒す姿を見せれば勝てる相手だと印象付けることができると考えていたが、それでもまだ踏み出すには足りないのか? 流石に全員を俺が倒すのは少々キツイのですが。

 

そう思っているとシゲルとナオキも動く。シゲルはカメール、サイホーン、エレキッドを出し、ナオキはリザード、ゴーリキー、ゴローンを出す。

 

「まあそうしたいならそうすればいい、彼らを僕たちの経験値にするだけさ」

 

「だが俺たちはこいつらをブチのめして確実にお前たちより前に進む」

 

俺と目が合うと2人は頷いて応じ進み出た。

ありがとうシゲル、ナオキ。しかし、彼らだけじゃなかった。

 

「その通りだ、ミルホッグ『10まんボルト』!!」

 

深みのある声で指示するのはジェントルマンのおじさん、彼のミルホッグが強力な電撃をロケット団たちにお見舞いする。黒焦げになった下っ端たちは倒れ伏した。

 

「真っ当に生きるトレーナー諸君、ただ黙ってポケモンが奪われるのを黙って見ているつもりか? このまま悪党に好き勝手させていいはずがない。ポケモンたちを不幸にしていいはずがない、立ち上がるのだ。目の前の悪を倒せ!」

 

ジェントルマンのおじさんはすべてのトレーナーに向けて叫んだ。渋みのある声が耳を貫く。それはここにいるトレーナーたちも同様なのだろう。

……ただこういう大惨事は子どもの俺の前に大人が率先して動くものではという疑問も浮かぶんだけど、今は気にしないようにしよう。ご協力感謝します。

 

そんじゃ俺もここで一発――

 

「トレーナーなら、守りたいもののために覚悟を決めろ!!」

 

胸を張って喉を震わせ声を張り上げた。それが合図となったのか、トレーナーたちの裂帛に気合の掛け声があちこちで響いた。

放たれたボールからポケモンたちが次々と飛び出し、見たことのないポケモンもたくさんいる。

気圧されるロケット団の下っ端たちに向かって全員が反撃を開始した。

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンたちと共にロケット団を打倒していく。敵の数は多いが、協力してくれるトレーナーたちのお蔭でこっち側の優勢だ。

 

俺のポケモンたちもやる気満々といった雰囲気で技を撃っていく。

 

「おいサトシ、炎をうまく扱えって言っただろ」

 

そんな時声をかけてきたのはナオキだ。

ナオキはリザードでロケット団を薙ぎ払いながら、俺に告げたのだ。

俺のヒトカゲは頑張っている。自慢の炎でロケット団を次々に黒焦げにしていく。

 

「わかってるよ、俺なりにやってるつもりだよ」

 

「それでも足りねぇのさ、見るからに疲れてるぜ」

 

驚いてヒトカゲを見ると確かにヒトカゲは他のポケモンたちに比べて明らかに疲弊していた。大技の『かえんほうしゃ』を使って最初から飛ばし過ぎたか。まずい、戻すべきか。

そう思っていると、ナオキが前に出る。

 

「見てろよこれが本物の炎の扱いだ。リザード『ニトロチャージ』!」

 

「リザアアア!!」

 

ナオキの指示にリザードは咆哮を上げると、炎を体に纏い疾走する。火炎がまるで赤い流星となってリザードをどんどん加速させていった。その勢いのままロケット団を蹴散らしていく。

そんなリザードの攻撃を俺のヒトカゲは戦いながらもジッと見ていた。

そして、俺を見る。その目には微塵も諦めはない。不屈の炎が揺らめいていた。

 

「クア!」

 

――やれるってことだな。

 

ならば進もう新たな一歩を、ヒトカゲ自身も望んでいる本人の成長をトレーナーの俺が導く。

 

「ヒトカゲ『ニトロチャージ』!」

 

「カアゲエエエエエ!!」

 

ヒトカゲの全身が炎で包まれる。炎が安定してヒトカゲの周りで流動すると、彼は大地を蹴り上げる。

炎の塊は一直線に駆けていく。加速、加速、加速。勢い、スピードは目に見えて増幅していった。加速を重ねて行った炎は一瞬にして多くの下っ端を吹き飛ばし打倒していく。

 

疾駆するヒトカゲと一瞬目が合うと、彼は嬉しそうに笑って俺を見た。

 

――また強くなったな。

 

「やるじゃねぇかやっぱり面白れぇな」

 

ナオキの言葉で闘志がさらに燃え上がるのを感じた。

 

 

 

***

 

 

 

トレーナーたちの怒号と叫び声、ポケモンたちの気迫の鳴き声に対しロケット団の下っ端は皆はやくも悲鳴を上げて敗走モードになっている。反抗された時のための対ポケモンの武器を持たしてはいるがそれを使う暇すら無い。

 

最初のうちはロケット団の名前に委縮し恐怖するトレーナーがほとんどだった。無抵抗のままポケモンを奪えるはずだったのだ。しかし、最初に下っ端を攻撃した帽子の少年のせいですべてが狂った。

なぜこうも予想外のことが起こるのかなにより驚いたのが「ポケモン大好きクラブ」がいないことだ。あの連中にも確かにチケットは渡したはずだ。だが見渡してもどこにもいない。珍しいポケモンを持っている一番の狙い目がいないことに苛立つ。

 

(クソ、まさかこんな反撃を受けることになるとは、最初に反抗してきたガキを潰せていればこんなことには、使えない下っ端共めが。仕方ない、ここは一旦逃げて体勢を立て直すしかない)

 

混沌と化したパーティ会場から脱出しようとした時、何かが自分の体にぶつかりその衝撃で幹部は思いっきり床に倒れてしまった。

 

美麗なドレスに身を包む2人はまぎれもなく美少女だ、だがロケット団幹部はその2人の少女からは背筋が凍るほどの恐怖しか感じない。

 

「幸せな時間だったのに、あなたたちのくだらない計画のせいで……」

 

「よくも乙女心を弄んでくれたわね」

 

地の底から出てくるような声で2人の美少女は暗黒に染まった視線を向けてくる。

 

「せっかくオシャレしてきたのに……」

 

「サトシとダンスしたかったのに……」

 

「「全部ぶち壊しにしたあなた(あんた)は許せない!!」」

 

フシギソウの『はっぱカッター』、バタフリーの『むしのさざめき』、ピッピの『コメットパンチ』、ニドリーノの『みずのはどう』、スターミーの『サイコキネシス』がロケット団の幹部の男に直撃し吹き飛ばされた。

 

「ぐぅ……」

 

痛みにうめいていると別方向から近づく気配、見上げるとそこには赤いドレスを身につけたとても大きく膨らんだ胸の少女がいた。

しかし、そんな大きな胸よりも彼女の目を見て固まった。

 

「こぉの外道!」

 

憤怒に染まった双眸で叫ぶ少女、その感情に呼応するように傍らのガーディも犬歯をむき出しにして唸る。

 

「よくも兄貴との時間をおおおおおお!! ガーディ『かえんぐるま』!!」

 

ガーディは人吠えすると全身に炎を纏い走り出す。それに合わせてガーディの炎は回転し勢いが増大していく。

幹部に直撃、しかし、勢いは止まらず周りにいる下っ端たちを的確に狙ってなぎ倒していった。

 

「はははははは!! いいっすよお! どんどん蹴散らすっす!!」

 

「私たちも行くわよお!!」

 

「ロケット団覚悟しなさあい!!」

 

哄笑するユウリに並んでカスミとリカは暗い笑みを浮かべながらポケモンたちとともにロケット団への容赦ない攻撃を行い殲滅していった。

パーティ会場のある一角で起こったその惨劇に多くのトレーナーが恐怖することになる。

その中にマサラタウン出身のトレーナーの男の子たちがいたとかいなかったとか。

 

 

 

***

 

 

サントアンヌ号の外で慌てている3人組がいた。

 

「早く逃げるわよ」

 

「くそうあのジャリボーイはまためちゃくちゃしてくれるな」

 

「ニャーがボスのペットに戻る日は遠そうだにゃ」

 

ムサシ、コジロウ、ニャースは船からゴムボートを下ろし、急いで飛び降りた。

華麗に着地すると、オールを持って全速力で漕いでゴムボートを進めた。

 

「「「逃げられたけどやな感じー」」」

 

夜の海の中ゴムボートは闇に溶けて行った。

 

 

 

***

 

 

 

ロケット団の襲撃からおよそ1時間後、パーティ会場には倒れたロケット団たちだらけだった。焦げた匂いや草ポケモンの香りなどが入り混じっている。肩で息をするトレーナーたちの顔には疲労が溜まっていた。

しかし、勝利した。俺たちトレーナーはロケット団に反撃しポケモンを奪われることなく勝利することができた。

 

船は沖に出ていて周りは一面海、ロケット団が俺たちを逃がさないためにしたことだろう。

 

遅ればせながら警察がサントアンヌ号に到着した。

乗客の誰かが通報したが、船が沖に出てしまったため追いつくのに時間がかかってしまったようだ。

 

ジュンサーさんを始めとした警察官たちが次々に乗り込むとロケット団たちを捕縛していった。その様子を見てトレーナーたちは緊張の糸が切れたのか座り込む人たちが続出した。本物の悪党と対峙するなんて初めてだったんだろうな、仕方ないさ。

そう言えば連行された連中の中にあの3人いなかったな。うまく逃げたみたいだ。

 

しばらくしてサントアンヌ号はクチバシティの港に戻ることになった。ちなみに船長は縄でグルグル巻きにされて気絶していた。

 

「ロケット団を退治してくれたトレーナーの皆さん、感謝します」

 

敬礼して感謝を述べるジュンサーさんはロケット団を連行して去って行った。

 

「ふ、悪は栄えないということさ。どこに現れても僕のような正義の使徒に打ち砕かれる運命なのさ」

 

「「「「「「いいぞいいぞシゲル!!!」」」」」」

 

「それじゃあ愛しの友たち、僕は今夜休んで出発するよ、Good Night」

 

いつも通りのキザな台詞とともにシゲルはお姉さんたちとポケモンセンターに歩いて行った。

見送るとナオキが話しかけてきた。

 

「俺はこのまま行くぜ、そろそろ次のジムに挑戦したいからな」

 

「サトシ、次会ったらバトルだ」

 

「ああ、受けて立つ」

 

「リカもカスミもこいつを見張ってろよ」

 

「言われなくても」

 

「うん、しっかり見てる」

 

「みなさんではまたいつか、お元気で!」

 

ユウリちゃんが元気に手を振ってくれたので俺たちも手を振って見送ることにした。

 

「置いてくぞ」

 

「兄貴待ってくださーい」

 

先に進んだナオキを追ってユウリちゃんも走って行った。

 

 

 

***

 

 

 

シゲルもお姉さんたちもナオキもユウリちゃんも立ち去り、港に残されたのは俺たちだけだった。

 

「あーあ、夢の豪華客船は幻に消えたわ」

 

残念そうに海を見つめるカスミ。

 

「本当に夢みたいな時間だったのにな」

 

美味い豪華な料理を味わえたから俺はそれで満足するさ。

 

「サトシと踊りたかったなぁ」

 

「せっかくこんな綺麗なドレス着たんだし、思い出作りくらいしたかったわ」

 

笑っているがそれは寂しい顔で、残念そうに呟く2人。

気の利いた言葉一つかけてやれない自分を殴ってやりたくなる。2人の本気の気持ちに対してくだらないこと考えて自分を正当化するなんて最悪だ。そんな最悪で最低な男になりたくない。だったら俺はリカとカスミに言ってあげる言葉は一つだ。

 

「じゃあ、踊るか」

 

「「え?」」

 

「別に豪華客船じゃなくても踊れるだろ、それに――」

 

こんな言葉をかけるなんて恥ずかしいし、俺らしくない気もする。だけど、そんな見栄とプライドなんか捨てて2人に喜んでほしかった。だからはっきりと2人の顔を見て言う。

 

「俺も2人と踊りたいんだ」

 

一瞬目を見開いたリカとカスミは次の瞬間には彼女たちに似合う明るい喜びを表した笑顔になった。

美麗なドレスに身を包み月明かりに照らされている2人の少女は幻想的でとても美しく見えた。

 

近くの森で踊ることにしたものの、俺はダンスなんてしたことがない。手探りでもリカとカスミをがっかりさせないようにしないといけないよな。

 

「BGMくらいはほしいけど、仕方ないな」

 

「そうね、でもなんとかなるわよ」

 

「踊れればそれでいいもん」

 

ワンツーワンツーのリズムでいけばなんとかなるか?

そう思って手を伸ばそうとしたその時、ピカチュウがボールから飛び出した。

驚いているとピカチュウは森の茂みの奥に消えてしまった。

 

「おいピカチュウどこ行くんだ?」

 

木々の方へ声をかけてしばらくするとピカチュウは戻ってきた。

たくさんのポケモンを引き連れて。

 

「このポケモンたちは?」

 

「ピカ、ピカピカチュウ」

 

ピカチュウが小さい腕を振った瞬間、森の木々の音をかき消すほどの大合唱が始まった。

音色は最初はバラバラだったが次第に一体となり心地よいメロディが響き渡る。

 

「みんなもしかして私たちのために歌ってくれてるの?」

 

リカと同様に俺も驚いた。カスミもだ。

 

「ピカチュウがみんなにお願いしてくれたのか?」

 

「ピカチュウ!」

 

ピカチュウが胸を張って頷いてくれた。

すると次の瞬間俺たち3人のすべてのモンスターボールからすべてのポケモンたちが飛び出してきた。

そして響く歌声に同調して歌い始めた。

 

みんな俺たちのためにここまでしてくれるのか。

 

「ありがとうピカチュウ、みんな」

 

「みんなの気持ち無駄にしないから」

 

リカとカスミが感動に打ち震えながらみんなに礼を述べ、俺の方に向いた。

そうだな、みんな頑張ってるんだ。俺たちも頑張らないとな。

 

まず俺はリカの手を取った。予想通り俺のステップは拙い、だけどリカは俺に合わせて動いてくれた。

次はカスミの番だ。踊っているうちにカスミがリードしてくれる踊りになってしまった。

 

それから交代しながら俺たちは踊り続けた。ポケモンたちの優しい歌をバックに俺たちは高鳴る胸と共に暖かい時間を過ごすことができた。




アニメのような沈没と遭難は無しにしました。無事に陸路に戻って旅を再開します。
巨大ポケモンの島は書くかはわかりません。

今回はヒロインたちのドレス姿を描けているかを頑張りました。

次回もよろしくお願いします。


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秘密の花園 タマムシジム

2月に更新できなくて申し訳ないです。
今回の話は人によっては不愉快になるかもしれません。


「着いたわ!」

 

「着いたよ!」

 

「「タマムシシティ!!」」

 

カスミとリカが弾んだ声を上げた。

 

目の前に広がるのは様々な色を持った世界だ。

タマムシシティ。そこは、食、カルチャー、ファッション、芸能といったあらゆるジャンルにおいて流行の最先端をいくカントー随一の大都会。

カントー中の若者はこの都市に憧れ、この都市に住むことを夢見て、それができないとしてもこの都市の最新の情報を手にすることが自分のステータスを上げるために必要なことだと認識している。

 

「わあ、すっごい人がたくさん!」

 

「ずっと来たかったのよね、お洋服とかアクセサリーとか見てみたいわ!」

 

リカとカスミは目を爛々と輝かせてくるくると回りかねない勢いで街並みを見渡していた。

見上げれば高いビルが視界を埋め尽くすほど存在している。そのビルの中にはきっと多くの大人たちがせっせと仕事に汗を流して世の中をより良くするように頑張っていることだろう。

 

街には車の音や歩く人たちの声が響いている。その喧騒はどこか気分を高揚させてくれる。

華やかな大都会を堪能したい気持ちもあるが、なによりこの街には目標の場所がある。

 

「ここにはタマムシジムがあるからな、早くバトルしたいな」

 

「そうだね、それにエリカさんにも会ってみたいし」

 

「エリカさん?」

 

はて、どこかで聞いたことあるが誰だったか?

 

「サトシ知らないの?」

 

「タマムシジムのジムリーダーですごく綺麗な人なんだよ。草タイプのエキスパートで、カントーで和服の似合う女性トレーナー堂々の第1位にも選ばれてるんだよ」

 

カスミが呆れてリカが説明してくれた。

あー確かそうだったな、ゲームでは4番目のジムリーダーの人だったな。和服着て昼寝するお嬢様のイメージだけは覚えてる。

相当な美人ということか、それは別の意味でも楽しみだな、おっと、邪な感情を悟られないように平常心平常心。

 

 

嬉しいことに、リカとカスミら街を周るよりも先にジム戦を優先させてくれた。

2人ともありがとう、買い物には荷物持ちを精一杯やらせていただきます、敬礼!

俺たちは地図の案内に従って街中を歩くと目的の建物に到着した。

看板もあるし間違いない。

 

「ここがタマムシジムか」

 

ビニールハウスを思わせる大きなジムだった。クチバジムよりも広く、中を見ると木がたくさん植えられているのが見えた。

草タイプの住みやすい環境という事か。

 

するとジムの扉が開いくと人が出てきた。

3人とも女性でまるでモデルのような美人たちだった。

 

「すいません、タマムシジムに挑戦しにきた者ですが」

 

緊張しながらも俺は彼女たちに話しかけた。

女性たちは一瞬驚いた顔をするとすぐに微笑んで口を開いた。

 

 

「タマムシジムへようこそ。でもごめんなさい、タマムシジムは女性の挑戦しか受けないことにしてるの」

 

「そんな決まりがあるなんて……」

 

カスミは驚きが隠せないようだ。同じジムリーダーとして思うところがあるのだろうか。

 

「ジムにも独自の特色があっていいと思うの、このタマムシジムは女性トレーナー限定のジムとして運営しているの」

 

確かに世の中には男子校や女子高も存在し、それぞれにしかない特色がある。

このジムもなにかしらの目的があって女性だけのジムとしているのだろう。それを否定するなんてできないよな。

 

「じゃあ、リカだけ受けようぜ」

 

「サトシ……」

 

「規則は規則だ、仕方ないよ。俺は応援してるからさ」

 

そう言ってあることに気づく。

 

「観戦も男はダメですか?」

 

「残念ですが」

 

やはり男がジムに入ること自体が禁止のようだ。

悔しいが仕方ない。

俺はアイコンタクトを送るとリカも納得したように頷いた。

 

「わかりました、マサラタウンのリカ、ジム戦を希望します」

 

「承りました、ですが申し訳ないです。今ジムリーダーのエリカ様は外出中でお帰りはしばらく後です。なので予約という形でよろしいでしょうか?」

 

リカは肯定を示すと予約の手続きを終えた。

 

 

 

「ジム戦の時間までタマムシシティ見て回ろうぜ」

 

「そうね、私行きたいスイーツのお店があったの、行きましょう」

 

 

カスミの行きたいお店に行こうとしたその時、ガサガサと草むらが揺れた。

そこから葉っぱが現れた。

 

「ナゾノクサ?」

 

リカの言うように、それはナゾノクサだった。

ナゾノクサは倒れたままで、立ち上がれない様子だ。よく見るとところどころに傷があった。

 

「怪我してるのか、大丈夫か?」

 

弱弱しい声のナゾノクサ、ポケモンセンターまでは遠いし一刻も早く治療しないといけないと思い、俺は自分のバッグに手を入れて目的のものを探した。

 

取り出したのはキズぐすり、それもより高い性能のいいキズぐすりだ。

 

「ほら染みるかもだけど我慢してくれ」

 

俺はナゾノクサにいいキズぐすりを振りかけた。ナゾノクサは俺の言葉が通じたのか染みるようだが我慢してプルプルと耐えてくれた。

 

しばらくすると、ナゾノクサは少しずつ顔色が良くなってきた。頭の葉っぱも次第に大きく広がり瑞々しい様子だ。

さらにしばらくすると、ナゾノクサは目を見開き立ち上がると嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。

 

「これで大丈夫なはずだ」

 

「ナゾナゾ~」

 

ナゾノクサは俺の足に近づき嬉しそうに頬ずりをしてくれた。足には柔らかい感触があってなんとも心地いい。

 

このままいるのもいいが、ナゾノクサは自然に帰さないとな。

俺はナゾノクサを抱きかかえると草むらに離した。

 

「もう怪我するなよー」

 

ナゾノクサは俺の言葉に応えるように一鳴きすると茂みの奥へと走って行った。

 

 

 

***

 

 

 

声がした、今度はポケモンのものではなく間違いなく人間のものだ。

 

「行ってみるか?」

 

「そうね行きましょう」

 

「なにか大変なことになってるかもだしね」

 

仲間の同意を得たことでみんなで声のした方へ歩き出した。

たくさんの木々と茂みに囲まれた場所を歩くのはなかなか苦労したが進んだ。

しばらく歩くと声が近づいて来た。そして、その先に人影がみえてきた。

美麗な和服を身にまとった短い黒髪の女性がいた。

 

「あれは……?」

 

「あれってエリカさん?」

 

和服に身を包んだとてつもない美人のエリカさんは同い年と思しき女性と向かいあっていた。

エリカさんが何事かを呟くと向かい合う女性は頬を染めて返事をしたようだ。

それを聞いたエリカさんは頬を緩めるとその細い指で女性の髪の毛を撫でた、その仕草は壊れそうなものに触れるように繊細で優しく、どこか色っぽさを醸し出していた。

それはどこかただならぬ雰囲気を纏っていて、どこか緊張感を抱かせる。

頬を染め見つめ合う2人の美女、するとエリカさんが相対する女性の顔に手を添える。

 

そのまま顔を近付ける。このままいけば唇同士が触れ合うことが分かる。

 

「なっ……!?」

 

「「ええっ!?」」

 

驚きのあまり大きな声が出てしまった。

それは当然エリカさんたちにも聞こえたようで、瞬時に反応したエリカさんは俺たちの方に鋭い視線を送った。

 

「誰ですの!」

 

完全に存在がばれてしまった俺たちは観念してその身をエリカさんと女性の前で晒すことにした。隠れていた犯人のような気分でなんとなく悪いことをした気分になってしまう。

この後逮捕とかされないよな?

 

「す、すいません、覗くつもりはなかったのですが……あの、えと……」

 

「あ、あの今のって……」

 

カスミとリカが驚きを隠せないとばかりに狼狽えていた。無理もない、美女2人がキスをしようとしていた場面というのは子供にはかなり刺激の強いものだからな。

今の俺も子供だけどな。

 

エリカさんは視線をさまよわせるリカとカスミを見ると優しく微笑んだ。

あれ、俺無視されたの?

 

「見てしまったのなら仕方ないですわね、私は彼女とキスをしようとしました。愛の証明のために」

 

「そ、それって、えっと……」

 

「ええ、私は同性愛者、女性ですからレズビアンですわ」

 

なんと、それは驚くべきカミングアウトだ。

しかし、エリカさんとそちらにおわす美女同士が絡むなど……やべえすっごく尊い。

 

エリカさんが同性愛者であることに驚いたのはリカとカスミも同じのようで、目を大きく見開いて顔を真っ赤にしていた。

おおその表情いいね可愛いね、カメラに撮ればよかった、とか思っているとリカは瞬時に顔を引き締めるとエリカさんに話しかけた。

 

「私はタマムシジムでのバトルを希望しているマサラタウンのリカといいます、こっちの2人は旅の仲間のサトシとカスミです」

 

「まあ、挑戦者でしたか、私の都合でジムを開けてしまって申し訳ないですわ。ではすぐにジムに戻りましょう」

 

驚くことがあったが大きな問題もなくリカのジム戦が始まるようだ。まあ俺は外にいるかポケモンセンターでお留守番だろうけどな。

どんなバトルだったか後で2人に聞くかな。

 

エリカさんに連れられてジムに向かうリカとカスミを見送ろうとしたその時、ガサガサと草むらが揺れた。

思わず目を向けると、そこから見知った顔が現れた。

 

「お、ナゾノクサじゃんか、もう怪我は大丈夫なのか?」

 

先ほど怪我したナゾノクサだった。

元気そうに飛び跳ねている様子を見て安心した。

可愛いから抱き上げてやろうと思い手を伸ばす。

 

バチンという音と共に手に痛みが走った。伸ばした手を叩かれたのだ。

驚いて叩いた手の主を見ようと振り返ると、それはエリカさんだった。

 

「触らないで!」

 

エリカさんは物凄い剣幕で俺を睨みつけるとナゾノクサを守るように抱きかかえた。

 

「この子は私のジムのポケモンです、男性が気安く触れないでください」

 

一瞬のことに驚いた。エリカさんの剣幕に圧されたというよりいきなりの出来事に驚いたという感じだ。

 

「な、なにをするんですか、サトシはナゾノクサと触れ合おうとしただけなんですよ」

 

リカが抗議の声を上げる。

 

「男性に触れるなど、我がタマムシジムのポケモンたちに悪影響だからです」

 

「はぁ!? それどういう意味ですか!?」

 

カスミもリカに続くように声を荒げる。

 

「私心配してますのよ? 女性のあなたたちが男性と一緒に旅をするなんて、何かあったらどうするのですか?」

 

「何かって何ですか?」

 

「男性という生き物は四六時中、女性に対してふしだらなことを考えているのですよ、あなたたちのような可愛らしい女性と一緒なんて、おぞましいことが起きるのは確実ではなくって?」

 

うぐ、否定できない。

正直、旅しててリカとカスミで卑猥な妄想をしていないなんて言えない。

 

「た、例えそんな妄想してても、サトシは女性に酷いことなんてしません」

 

「ずっと旅をしていますけど、サトシは私たちにいやらしいことなんて一度もしてないんですよ!」

 

あ、泣きそう。そんなに信頼してくれたなんて、いっつもスケベだって言われてるから嫌がられてると思ったのに2人ともめっちゃ素晴らしい女の子やん。

 

「ああ、可哀想に……あなたたちは男性の汚さを知らずに生きてきたのですね。一刻も早くその考えを捨て去るべきです」

 

エリカさんは溜息をついてカスミとリカを見ていた、その視線には憐憫が籠っているようだった。

 

「それに、男性とは弱い生き物です。威張り虚勢を張ることでしか己を表現することができないのです。だというのに、女性を自分の好きにできると思い込んでいる愚かさも持ち合わせているなど救いようがありませんわ。はっきり言って、気持ち悪い」

 

汚いものを見る目で俺を見て、吐き捨てるように言うエリカさん。

むう、M属性は持ち合わせていないのですが。

 

「タマムシジムはそんな汚らわしい男性を排した真実の愛の世界なのです。さあお二人とも、真実の愛を知るためにタマムシジムへお越しください。私が大事なことを教えて差し上げますわ」

 

エリカさんは一転して聖母のような優しい笑みでリカとカスミに手を差し出した。

 

「もう結構です。挑戦はキャンセルします」

 

その言葉にエリカさんは驚いていた。俺も驚いた。

リカはエリカさんを心の底から憎いとも言えるような目で睨んでいた。

こんな怒りを抱えたリカを見るのは初めてだ。

ちょっとちびりそう……

 

「貴女を女性の誰もが憧れるジムリーダーだって思ってたのに幻滅しました」

 

「ジムリーダーの先輩として聞きたいこともあったのにホントにがっかりしました」

 

カスミも続いて鋭くエリカさんを睨んでいた。

怖い怖い、逃げちゃダメかな?

 

「サトシは私の大事な人なんです。それを男だから汚いとか弱いとか言うなんて」

 

「サトシにはいっぱい助けられたんです。私たちにとって誰よりも信頼できる人なんです。何も知らない貴女が気持ち悪いなんて簡単に言わないでください!」

 

不意に胸が熱くなった。旅をしている仲間に「大事」とか「信頼できる」とか言われると、不思議と気分が高揚して全身に力がみなぎる気さえした。

 

「行こうサトシ」

 

「もうここに来る必要もないわ」

 

俺の手を取り、ジムに対して吐き捨てるように言い放った。

 

「お待ちなさい」

 

そんな俺たちを止めたのはエリカさんだった。その表情からは伺えないが自信のようなものを感じた。

 

「サトシさんでしたか、貴方は男性ですがジム戦を受けてもよろしいですわ」

 

「貴女たちがそこまで仰るのなら、証明して差し上げますわ。男がいかに弱く情けない生き物なのか」

 

見下すように俺を見るエリカさんには絶対の自信を感じた。

それに対しカスミとリカは不快感を露わにしていた。

 

「なんて言い草、サトシ、受けることないわよ」

 

「そうだよ、他のジム行こうよ」

 

2人は俺のことを考えてくれている、だけど――

 

「わかりました、挑戦させてください」

 

「「サトシ!?」」

 

「あら、逃げないんですの? それとも無謀な性格なのでしょうか? いいですわ、どうぞお入りなさい」

 

「サトシ……」

 

「あんたどうして……」

 

心配そうに見るリカと、呆れるようなカスミ。

俺のために怒ってくれるのはすっごく嬉しいし感謝してる。

 

「せっかく特例で機会を貰ったんだぜ、挑戦しないともったいないよ。それに……」

 

俺はエリカさんが入ったタマムシジムを見上げる。

 

「ポケモントレーナーなら勝負から逃げるわけにはいかないんだ」

 

どんなに罵られようと、胸に湧き上がる高揚感、バトルへのワクワクはいつも通りだ。

俺はエリカさんとのジム戦を楽しみにしている。

だったらその気持ちに従うだけだ。

 

 

 

***

 

 

 

エリカが女性を恋愛対象とするようになったのは10歳になった時だ。義務教育である小学校を卒業したエリカは旅に出る前に上の学校に進学した。

女子高に進学したエリカは恋愛感情をその場で理解した。

女生徒だけでなく、時には女性教師の恋人も作るようになった。

優雅で美麗な女性と接するうちにエリカは男という生き物に嫌悪感を抱くようになった。

臭くて汚くて女性を下劣な欲望で見る生き物としか見れなくなった。

 

女子高を卒業してトレーナーとしての腕を磨いていったエリカは、故郷であるタマムシジムのジムリーダーを任されるようになった。

 

その頃のタマムシジムは男性の挑戦も受け入れていた。神聖なジムバトルだけは女も男も関係ないと思っていたからだ。

 

 

 

しかし、タマムシジムのトレーナーはエリカを筆頭に女子高を卒業した実目麗しい女性トレーナーばかりだ。それは訪れる男たちにとっては下卑た欲望の格好の的だ。

ジムを訪れてもバトルはせずに女性トレーナーを口説き落とそうとしたり、無理やり体に触れようとする輩が増えた。

まだセキュリティが万全でない頃は、ジムを窓から覗きながら口にするのも汚らわしい行為に耽っている輩もいた。

夜中にジムを出て自宅に戻ろうとすると、襲われそうになった女性もいる。

不届き者たちはみんなジュンサーさんに突き出したが、タマムシジムの女性トレーナーたちには深い傷が残った。その傷を互いに慰め合う内に女性の清らかさ、美しさを改めて自覚したエリカを始めとした女性トレーナーたちは皆一様に女性だけが恋愛対象となった。

女性の悩みや苦しみを理解できるのは同じ女性だけ、男なんかに介入されるなど汚らわしい。

エリカにとってトレーナーたちにとって、愛とは女性同士で育むもの。時に体を交えて快感と共に深く深く愛し合う。

 

それから間もなく、タマムシジムは所属トレーナーも挑戦者も女性に限定した。

男はもういらない。タマムシジムは清らかで美しき女性だけの理想郷、美しき花園なのだ。

 

挑戦してきた少年も、まだ子供とはいえ欲望にまみれた臭くて汚い男に違いない。そう思って憎悪を持って力の差を見せつけてやるつもりだ。

 

 

 

***

 

 

 

エリカに案内されサトシ一行はタマムシジム内のバトルフィールドに到着した。

フィールドに対峙するサトシとエリカ。サトシの後ろにリカとカスミが、エリカの後ろにはジムトレーナー達が応援として立っていた。

 

「さあ、お相手して差し上げますわ。みっともないバトルだけは――」

 

その時、エリカの背筋にビリビリとしたものが走る。

サトシの目は先ほどとは違いどこか鋭く、目が合った瞬間に射抜かれたように錯覚した。

 

年下のそれも男から感じるプレッシャーに驚いたエリカは気を引き締めてバトルするべきかとエリカはほんの少し認識を改める。

 

「只今よりジムリーダーエリカ様とチャレンジャーサトシのジムバトルを開始します。使用ポケモンは3体。3体すべてが戦闘不能になった方の負けです。なお交代はチャレンジャーにのみ認められます。それでは試合開始!」

 

審判の宣言によりバトルが開始される。

 

「お行きなさい、モンジャラ!」

 

「ヒトカゲ、君に決めた!」

 

「モンモン!」

 

「カゲェ!」

 

全身が蔦で覆われた草ポケモンのモンジャラだ。蔦の中心には2つの目がありヒトカゲを睨んでいる。

 

「セオリー通りの炎タイプですわね」

 

「先手必勝、ヒトカゲ『かえんほうしゃ』!」

 

「カゲエエエ!!」

 

ヒトカゲから炎が発射される。

 

「避けなさい」

 

「モン!」

 

モンジャラは左右に素早く動いて『かえんほうしゃ』を回避する。そのままヒトカゲに向かって走り出した。

 

「結構速い」

 

サトシは見た目によらないモンジャラのスピードに舌を巻く。

 

「モンジャラ『つるのムチ』ですわ!」

 

モンジャラは全身が蔓のポケモン、その分『つるのムチ』の数も普通の草ポケモンよりも多い。

大量の蔓がヒトカゲに襲い掛かる。『かえんほうしゃ』は間に合わない。

 

「『きりさく』で全部薙ぎ払え!」

 

「カゲカゲカゲカゲカゲカゲェ!!」

 

ヒトカゲは両手の爪に力を込めて迫る大量の『つるのムチ』を次々と切り裂いていく。

だがそれでも蔓はヒトカゲが間に合わないほどの量だった。

 

「捕らえなさい」

 

「モンモン!!」

 

モンジャラの蔓がヒトカゲの全身に巻き付いて行く。

 

「カ、ゲェ……」

 

ヒトカゲは完全に拘束されて苦しそうに呻く。

 

「『しぼりとる』ですわ」

 

モンジャラがさらに強くヒトカゲを締め上げると、ヒトカゲからエネルギーが漏れ出てくる。

 

「体力が多ければ多いほど威力が増す技ですわ。今までモンジャラの攻撃を受け切ったと安心していたようですわね」

 

エリカは薄く笑い、サトシは歯嚙みする。

ここまでずっとエリカのペースだ。

 

「そのまま『ギガドレイン』」

 

モンジャラが拘束するヒトカゲから体力を吸い取っていく。

炎タイプには効果がいまひとつな草タイプの技だが、至近距離で抵抗のすべない状況ではダメージがどんどん蓄積していく。

 

「このまま体力を吸い尽くしておしまいなさい」

 

拘束されているヒトカゲは黙ってやられてはいなかった。ジリジリと顔を動かしてモンジャラに向けて口を開けた。

 

「口に巻きつきなさい」

 

しかしエリカは見逃さない、口から炎を吐き出そうとしたヒトカゲの口にさらに蔓が巻き付いていた。

 

「これで炎は封じましたわ」

 

これでヒトカゲは手も足も出せなくなった。

エリカは内心ほくそ笑んでいた。ここまで予想通りにバトルが進み拍子抜けしたくらいだ。

 

(やはり男などこの程度ですわ)

 

しかし、サトシの顔に焦りはなかった。

 

熱気。

その時、ヒトカゲの全身が激しく燃え上がった。

 

「きたか!」

 

「なっ!?」

 

「ヒトカゲ『ニトロチャージ』だ!」

 

「カアゲエエエ!!」

 

ヒトカゲは拘束されたまま全身に炎を発生させモンジャラも包み込んだ。

 

口を開かないといけない『かえんほうしゃ』に対し、『ニトロチャージ』は炎を全身に纏うため使用が可能だ。しかも、ヒトカゲを蔓で拘束しているモンジャラは全身を密着させている状態であるため、その炎を直に喰らうことになる。

 

「モジャモジャ!?」

 

モンジャラは炎の熱さに驚きながら走り回る。

拘束が解かれたヒトカゲはすぐに立ち上がって構える。尻尾の炎も力強く燃えている。

 

モンジャラの体の炎が消えた。

エリカは瞬時に動き出す。

 

モンジャラは再び『つるのムチ』でヒトカゲを捕えようとする。

蔓を回避しながら走るヒトカゲ、その疾走は明らかに先ほどよりもスピードが増していた。

 

「先ほどの『ニトロチャージ』!?」

 

『ニトロチャージ』にはポケモンの素早さを上げる追加効果がある。この技は先日のサントアンヌ号でリザードを相棒とするナオキに教えてもらったものだ。まだまさ修練を積んでいた技だが、ヒトカゲは見事に発動させてくれた。

上昇した加速を持ってヒトカゲはモンジャラに迫る。

 

「決めろ『かえんほうしゃ』!!」

 

ヒトカゲのスピードにモンジャラはついていけない。その隙を逃さないヒトカゲは火炎を発射する。

 

モンジャラは猛烈な火炎に包まれてしまった。

そして、炎が消えると黒焦げになって倒れてしまった。

 

「も、モンジャラ戦闘不能、ヒトカゲの勝ち!」

 

「やったぜヒトカゲ!」

 

「やった、サトシが一勝!」

 

「いいわよサトシ!」

 

 

 

***

 

 

 

ジムトレーナーの女性たちは驚愕の表情でサトシを見ていた。

 

「そんな、エリカ様が先手を取られるなんて……」

 

「あの男、結構やるわね……」

 

「……」

 

「どうしたの? 顔赤いよ?」

 

「え、あ、なんか熱い、かな……? ヒトカゲの炎で熱くなったのかも」

 

そう言いつつも、なんとなく感じていた。その熱は外側ではなく内側から出ているものなんだと。

だけど、認めたくない自分がいた。

 

 

 

***

 

 

 

(驚きましたわ……)

 

先手を取られるとは思わなかった。タイプ相性に頼って無様なバトルをすると思っていたのに完全に予想が外れた。

 

「戻れヒトカゲ」

 

ヒトカゲがボールに戻った。

 

「ゆっくり休んでくれ」

 

交代はチャレンジャーの自由だが、エリカはなんとなく聞きたくなった。

 

「……もう戻しますの?」

 

「ええ、今のバトルでかなりダメージを負いましたからね、休ませた方がいいですよ」

 

「……そうですか」

 

意味のない質問だったと思った。しかし意外だった。

エリカの知る男はポケモンのダメージなんて無視して戦いを強要する野蛮人、思いやりなんて欠片もない、そんな非常識な生き物。

だからこそサトシの態度がそんな男共と一致しないことに僅かに戸惑った。

それでもエリカはジムリーダー、こんなことで心を揺らしてバトルに支障をきたすわけにはいかない。

次のボールを構えた。

 

「お行きなさいウツドン!」

 

「スピアー、君に決めた!」

 

「ウッツドン!」

 

「スピ!」

 

エリカが繰り出したのは大きな口と両手の葉、フックのような一本の蔓を持つウツドンだ。

サトシはスピアーのスピードで翻弄する作戦に出た。

 

「スピアー『こうそくいどう』!」

 

羽が音を立てるほど振動しスピアーは加速を重ねていく、これでスピアーの素早さは大きく上昇した。

針を構えてウツドンへ攻撃を仕掛ける。

 

「ウツドン『クリアスモッグ』!」

 

「ドン!」

 

ウツドンの口から透明な煙が放射された。煙はウツドンの周りに広がり上空にまで行き渡る。

スピアーがその煙に触れた瞬間、ガクッとその動きが鈍った。

 

「なに!?」

 

能力変化をすべて無効化する毒タイプの技、スピアーには効果はいまひとつだが、せっかく上昇したスピードは喪失してしまった。

 

「捕えなさい!」

 

ウツドンの蔓がスピアーの体に巻きついた、一本しかないウツドンの蔓だが、一本のパワーは強力だ。スピアーはじたばたともがくが拘束はほどけない。

 

「そのまま叩きつけなさい!」

 

ウツドンが思いっきり蔓を振るうと、捕えられたスピアーは地面に衝突する。

 

「逃げろスピアー!」

 

「逃がしませんわ、『ギガドレイン』!」

 

ウツドンが捕えたスピアーから体力を吸い取って行く。ジワジワとスピアーは抵抗の動きが鈍って行く。

 

「逃げられない、離れられない……だったらこのままぶつかるだけだ!スピアー『つばめがえし』!」

 

サトシは攻撃を選択した。逃げられないならこっちから仕掛け状況の打破を狙う。しかし、エリカは冷静に対処した。

 

「もう一度地面に叩きつけなさい!」

 

再び地面に全身を打ち付けるスピアー、しかし、技の発動は間に合った。

すぐに起き上がったスピアーは瞬時に加速を決めて低空飛行でウツドンに接近した。

 

『つばめがえし』が必中の技なのはその速さ故だ。使用したポケモンのスピードを最大まで上げて相手のポケモンに逃げる隙を与えない。

スピアーの高まったスピードはエリカが指示を出す前に、ウツドンが蔓で振り回す前に、技を決めさせる。まさに電光石火の早業だ。

 

飛行タイプの一撃はウツドンには効果抜群、大きなダメージを受け痛みに耐える表情、しかし蔓を離さないのはジムリーダーに育てられたポケモンの実力を物語っている。

だがサトシにはこれでよかった。

 

「飛べスピアー!」

 

指示を受けてスピアーは飛翔した。全力の飛翔は瞬時に最大のスピードを出した。

空高くを舞い上がるスピアー、それに巻きつくウツドンは引っ張られるように共に上昇してしまった。

 

「そのまま旋回しろ!」

 

スピアーはウツドンが乗る重さも気にしていないように円を描くように周り飛び続ける。

意に反して空に連れてこられたウツドンは蔓でスピアーにしがみついたまま、絶叫マシンさながらの勢いで空をグルグルと回らざるをえなかった。

目を回したウツドンは力が抜けてスピアーから蔓を離してしまった。重力に引かれてその体は落下してしまう。

地面と激突するウツドン、大きな怪我はないがバトルとしてはかなりのダメージを負ってしまい、その目ははグルグルと回っていた。

 

「う、ウツドン戦闘不能、スピアーの勝ち!」

 

 

 

***

 

 

 

「エリカ様が追い詰められてるなんて……」

 

「とんでもないバトルするわねあの子」

 

「あのスピアーも、トレーナーの指示を信じてるみたいで、なんかすごいな……」

 

「あんなバトルする男がいたなんて……」

 

 

エリカは現状に屈辱感を抱き歯嚙みしていた。

自分の二連敗、こんなことは数年ぶり、ましてや今まで男の挑戦者に対してここまで追い詰められたことなんてなかった。たいていの男は慢心と油断で簡単に勝つだろうと高を括り、容易く状態異常に引っかかり慌てて正常な判断ができなくなりそのままズルズルと敗北への穴へと落ちる。

目の前の男もそんな連中と同類に違いないと思っていた。見るからに少年で性格もお調子者、2人の旅の仲間に邪な感情抱き汚らわしい想いを募らせバトルの鍛錬などまともにしていないはずそう思っていた。

だが男のバトルには油断が無い、冷静に状況を分析し戦略を潰されても瞬時に次の判断を下す。

本当に彼は自分が知る弱くて情けない男なのか。

 

トレーナーとしての腕、バトルを取り組む姿勢、冷静な判断。

自信に満ちた顔は決して慢心ではなく、ポケモンへの信頼が強いように思えた。

 

その誇り高いとも言える清廉な姿は――

 

「っ!」

 

エリカはハッとして思考を振り払い、バトルへの集中を取り戻す。

 

「ここまで私のポケモンに勝利したその実力は認めましょう。次が私の最後のポケモン、ですが私は負けるつもりはありませんわ。お行きなさいラフレシア!」

 

エリカの最後のポケモンは頭に大きな花を咲かせたラフレシアだ。

満開に美しく咲き誇った花はラフレシアの強さを物語っているようにも見える。

 

「スピアー『ダブルニードル』!」

 

飛び上がったスピアーは両腕の針で狙いを定めて突進する。

 

「かわすのですわ!」

 

ラフレシアはスピアーのスピードを見切り回避、そして次の行動。

 

「ラフレシア『ちからをすいとる』!」

 

ラフレシアから放たれた緑の光にスピアーが捕獲された。すると、ラフレシアはスピアーからなにかしらのエネルギーを吸収していた。

数秒後、スピアーは開放された。

 

(体力が削られた様子はない、だがあのラフレシアは体力が回復したみたいだ。今の技はいったい?)

 

スピアーの攻撃が明らかに先ほどよりも下がっていた。

 

「『ちからをすいとる』は相手の攻撃力を吸収して体力を回復させる技ですわ。あなたのスピアーは攻撃が自慢のようですが、その攻撃も削らせていただきました」

 

「だったらスピードで攻める。スピアー、『こうそくいどう』で攪乱するんだ!」

 

「ならばこれはいかがです? ラフレシア『しびれごな』!」

 

ラフレシアの頭の花から黄色い粉が吹き上がる。

放たれた粉はスピアーであれば回避に支障はないほどの速度だが、驚くべきはその粉の範囲の広さだ。フィールド一体を覆うほどの大量の『しびれごな』は、高速で動くスピアーがどこに移動しても躱しようがなく、浴びてしまった。

素早さを大幅に下げてしまう『まひ』となってしまった。

スピアーの自慢のスピードも封じられることになる。

 

「『はなふぶき』!」

 

ラフレシアから放たれた花弁の嵐がスピアーに襲い掛かる。回避行動が当然の判断だ。

だがスピアーは小刻みに震えるだけで動こうとしない、いや、動けないのだ。

 

「痺れて動けないのか」

 

『まひ』状態のもっとも恐ろしい要素が痺れで行動不可になってしまうことだ。

サトシとスピアーは運悪くその行動不可を引き当ててしまった。

 

「とどめです、『はなふぶき』!」

 

「ラッフウウウ!!」

 

舞い上がる花弁、その様子は可憐で優美、そしてその内には激しい攻撃の意思が存在していた。空を埋め尽くすほどの花たちはスピアーに強襲する。

 

大量の花弁の衝突を受けたスピアーは吹き飛ばされ倒れてしまった。

 

「スピアー戦闘不能、ラフレシアの勝ち」

 

審判の宣言の瞬間、ジムトレーナーの女性たちから黄色い歓声が上がる。

 

「エリカ様激しいです」

 

「あんなエリカ様初めてです」

 

「お熱いエリカ様も素敵です」

 

ようやく一勝をもぎ取ったエリカはここから自分のペースに持って行こうと気を引き締める。

 

(認めるわけにはいきませんわ、目の前の男のことを――『美しい』と思ってしまったなんて!)

 

 

 

***

 

 

(あのラフレシア強い、タイプ相性で攻めるのがベストか?)

 

熟考した末のサトシの結論は、

 

「ヒトカゲ、君に決めた!」

 

「カゲェ!」

 

現れたヒトカゲはモンジャラとのダメージは残っているが闘志は十分だった。

 

「ラフレシア『ちからをすいとる』!」

 

ラフレシアから出てきた緑の光がヒトカゲに迫る。

 

「かわして『きりさく』!」

 

素早く回避したヒトカゲは腕を大きく振り上げて爪で攻撃を仕掛ける。

 

「ラフレシア『はなふぶき』ですわ」

 

「ラッフ!」

 

ラフレシアはヒトカゲに向かって花弁を放つ。その時、花弁が集まりヒトカゲに襲い掛かる。

ヒトカゲは怯まず両腕の爪で花弁を打ち払い、ラフレシアの元まで向かおうとする。

しかし、花弁が次々とヒトカゲの行く手を阻む。

 

「これは、『はなふぶき』が防御しているのか」

 

それはまるで花の盾、打ち払っても尽きることのなくラフレシアの身を守る。

 

「ヒトカゲ『かえんほうしゃ』で焼き払え!」

 

物理攻撃で破壊できないのなら相性の良い炎技、適切な判断だ。

猛烈な火炎が花弁を焼き尽くすと――

 

「ラフレシア『ベノムショック』!」

 

ヒトカゲが大技を放ったあとの一瞬の隙をエリカは逃さない。ラフレシアから毒のエネルギーが放たれ、ヒトカゲに襲い掛かった。

そのままヒトカゲは吹き飛び倒れた。

 

「ヒトカゲ戦闘不能、ラフレシアの勝ち!」

 

「これでチャレンジャーは残り1体、エリカ様が追い詰めたわ!」

 

「すごいバトルね、こんなの久しぶり!」

 

「エリカ様をここまで本気にさせるなんてあのサトシって子、なかなかやるわね」

 

「若いのにすごくポケモンたちが育てられてるなんて何者なの?」

 

「こんな男がいるなんて……」

 

エリカの凛々しいポケモン捌きに見惚れる女性トレーナーたちはエリカを賞賛しながらも挑戦者のサトシにも驚きを隠せないでいた。

自分たちが初めて見る存在は彼女たちの何かを揺さぶっている。

 

「次があなたの最後ですわね」

 

「ええ、だけどバトルを諦めませんよ。次も俺の自慢のポケモンなんですからね。ニドリーノ、君に決めた!」

 

「ニドォ!」

 

大地を強く踏み締めるニドリーノは鋭い目で相手を睨んでいた。

 

「勢いがあるのはいいですが、ヒトカゲを最後に残すべきでしたわね」

 

強きに言ったもののエリカは焦りを感じていた。自身が最後の1体になるまで追い詰められられていることと、サトシのポケモンのことだ。

ジムリーダーとして多くのポケモンを見てきたがサトシのポケモンは間違いなくよく育てられている。最後のニドリーノも精悍な顔立ちで鍛えられた体だ。油断すれば一瞬で勝負が決してしまう。

 

「ニドリーノ『どくづき』だ!」

 

「ニド!」

 

先にサトシが動いた。ニドリーノの角による『どくづき』でラフレシアに仕掛ける。

 

「かわして『ちからをすいとる』ですわ!」

 

「ラフゥ!」

 

「『みずのはどう』!」

 

ラフレシアの緑の光が放たれた直後にニドリーノから発射された水の音波は空気中で弾けて降りかかり、ラフレシアは水を浴びるが一瞬視界が塞がれる。

視界が回復したころにはニドリーノは距離を取っていたため、『ちからをすいとる』は不発となった。

 

「『どくづき』!」

 

「『はなふぶき』!」

 

大量の大きな花弁がラフレシアから生み出され、ニドリーノの前に立ち塞がる。

毒を纏った角が花弁を打ち落としていく、だが数が多すぎる。ニドリーノがいくら払っても払っても花弁はラフレシアまでの道を塞ぐ。

 

守りの壁が牙を剥いた。

 

ニドリーノの周りで妨害していただけの花弁が次々と襲いかかってくる。

 

「なに!?」

 

「この技は本来攻撃技ですわ、お忘れではなくって?」

 

ニドリーノは動きを封じられた。

 

「ニドリーノ『みずのはどう』!」

 

ニドリーノは発生させた水を地面に叩きつけた。

多量の水流がニドリーノを包み、ラフレシアの『ちからをすいとる』も阻まれた。

水を浴びたことでニドリーノに張り付いていた花弁は剝がれた。これで自由に動くことができる。

 

しかし、花弁の盾の突破しなければバトルを有利に進めることはできない。

 

(成功する確信はないけど、一か八か勝負だ!)

 

決断。

 

「ニドリーノ『ドリルライナー』!」

 

「ニッドォ!!」

 

ニドリーノは疾走し角を高速回転させ『はなふぶき』の盾に激突した。

 

「その程度の威力では『はなふぶき』を突破できませんわ」

 

エリカの言う通り、『ドリルライナー』は『はなふぶき』の盾を削っているが、そこから先へ前進することができない。

だから――

 

「ニドリーノ全身を回転させろ!!」

 

『ドリルライナー』の元祖と言われるイッシュ地方のポケモンのドリュウズは全身を回転させて攻撃している。そう、この技は本来全身を回転させる技なのだ。角や嘴だけを回転させることが可能なポケモンが多いため、それはあまり知られていない。

技のエネルギーに乗ってニドリーノは全身を回転させ突撃した。

 

回転により発生した螺旋状の突風が大量の花弁に圧力をかける。

 

行く手を阻む障害物たる花弁が爆風によって一瞬にして吹き飛んだ。

ニドリーノの角の直線上には驚いた顔のラフレシアがいる。

 

回転するニドリーノがラフレシアに直撃した。溜め込んだ力を一気に解き放つかのように強烈な『ドリルライナー』が突き刺さる。

ラフレシアは強烈な破壊力に負けて後方に吹き飛ばされる。

 

「ラフレシア大丈夫ですの?」

 

立ち上がったラフレシアは両手を強く握り、まだ戦えることを示した。

 

「よかった、さすが私のラフレシア。勝負はここからですわ! ラフレシア『はなふぶき』!」

 

「ニドリーノ『ドリルライナー』で貫け!」

 

「花弁すべてで叩きつけなさい!」

 

全身回転の『ドリルライナー』を放つニドリーノに対しラフレシアは『はなふぶき』を全力で叩きつける。その圧倒的物量にニドリーノは押しつぶされる。

 

「まだだニドリーノ!」

 

地面に倒れ伏せるのも一瞬、ニドリーノは回転力を取り戻しラフレシアに突貫した。

ラフレシアはまたも吹き飛ばされる。

 

「ラフレシア『しびれごな』!」

 

広範囲にまき散らされる『しびれごな』この物量は回避するすべが無い。

 

「ニドリーノ『みずのはどう』、上に撃て!」

 

ニドリーノは生成した水の音波を数メートルの自分の真上に打った。

 

「それではすべて防ぎきれませんわ!」

 

真上に上がった『みずのはどう』は重力に従ってニドリーノに落下する。

 

「『みずのはどう』に『ドリルライナー』!」

 

回転する角が水の音波に貫かれた瞬間、水流が発生する。角を中心とした水の台風がフィールドに巻き起こり、水が粉すべてにを巻き込んだ。

水に濡らされた粉はその力を発揮することなく地面に散らばり沈黙した。

 

エリカは唖然とした。

 

「ようし、畳みかけるぞ『ドリルライナー』!」

 

地を駆けるニドリーノはその勢いのまま体を回転させ渾身の地面技『ドリルライナー』を発動させた。

 

ラフレシアは鋭くニドリーノを睨みながら構える。

そして、直撃する――

 

――その時

 

「待てニドリーノ!」

 

ニドリーノはサトシの叫びに反応して『ドリルライナー』を中断した。

 

「サトシ!?」

 

「どうしたの!?」

 

悲鳴のようなの声を上げるリカとカスミ、エリカの後ろにいるジムトレーナー達は疑問の顔を浮かべていた。

 

「この勝負、私の負けですわ」

 

「エリカ様!?」

 

信じられないといった顔のジムトレーナーの女性たちは次の瞬間、その意味を知った。

 

ラフレシアはもはや限界だった。立っているのもやっとで、とても次の一撃を放つことも、敵の一撃を受けきることはできない。戦闘不能になってもおかしくない状態で立っているのはエリカの期待に応えたいという一心だった。

エリカはそれを理解しているからこそ、負けを認めた。

 

「体力の限界まできているポケモンをこれ以上戦わせることはできませんわ」

 

「ラ、ラフレシア、テクニカルノックアウト! ニドリーノの勝ち。よって勝者、マサラタウンのサトシ!」

 

ジムの中はなんとも言えない空気が流れていた。

ジムトレーナーの女の子たちはエリカさんを心配そうに見つめる人たちと俺に驚いたような顔をする人たちで半々だった。

クレームやら暴動やら起きないか心配だったが皆さん大人な対応をしてくれるようだ。

どうなるかとビビったわ。

 

「……あなたの勝ちです。タマムシジムに勝利した証のレインボーバッジですわ」

 

エリカさんは驚愕と悔しさの入り混じった表情を浮かべていたが敗北が現実であると認めてくれたようで、素直にバッジを渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「レインボーバッジ、ゲットだぜ!」

 

受け取ったバッジを俺はリカとカスミに見せびらかした。

 

「やったぜ」

 

「おめでとう。さすがサトシだよ」

 

「お祝いするからポケモンセンターに戻りましょ」

 

急かすように俺の手を引くリカとカスミは一刻も早くこのジムから出て行きたいといった雰囲気だ。

うーむ、しかしこのまま終わっていいのだろうか。

カスミは今後ジムリーダーとして顔を合わせるかもしれないし、

 

「なあ、リカも挑戦しようぜ」

 

「え、私はいいよ」

 

「そんなこと言わずにさ。エリカさん強かっただろ。ここで挑戦しないのは勿体ないって」

 

「サトシ……うん、わかったよ」

 

「あの、明日挑戦できますか?」

 

「え、ええ、明日はいつでも挑戦は受けられますが、午前と午後のどちらにしますか?」

 

「じゃあ、午後でお願いします」

 

リカの言葉は必要以上の言葉を話す気はないと事務的な雰囲気だ。エリカさんに対してまだ腹に据えかねているようだ。後ろのカスミもジトッとエリカさんを見ている。

エリカさんも笑っているがどこか寂し気だ。

 

こんな諍いは信条とか感性とかの違いから生じた、ちょっとしたボタンの掛け違いだと思う。だから険悪なままで終わらせたくなかった。

2人からしたら余計なことかもしれないけど、原因の一端である俺はどうにかしたいと思った。

 

明日、関係が好転することを願い、それが無理なら俺がどうにか頑張ろうと心に誓ってタマムシジムを後にした。

 

 

 

***

 

 

 

エリカはいつもより早い時間に目を覚ました。

いつもならエリカはジムの女性と一緒に眠る。ただ眠るのではなく、夜に愛を交わしながら互いの肌の熱を感じるのがエリカは好きだった。

 

辛いことも愛する女性との情交による快楽がすべてを忘れさせてくれる。

昨日、嫌悪している男に敗北したことは嫌な出来事のはずだ。本来であれば胸に湧き上がった嫌悪感を消し去るために女性の柔らかな肌に溺れるくらい睦み合うことを望むはずだ。

 

だがその日の夜は一人で眠りたい気分だった。

 

朝食を終えると、散歩に出かけた。

自分の頭の中にあるモヤモヤしたものを解決するための気分転換がしたかった。

 

 

 

タマムシシティはいつも通りだ。大都会らしく、ブティック、カフェ、レストランと多くのお店があり、多くの人々が行き交い活気に溢れている。

外部からも多くの人が訪れこの街を「良い街」だと喜んでくれているとジムリーダーの自分も鼻が高い。

エリカは心からこの街を愛している。この街のあらゆる場所を歩くのは大好きだ。

だけど、どういうわけか今は心がざわめく。その原因はなんとなく頭に浮かぶ、しかし、それを認めてはいけない気がした。認めれば自分の思想を破壊しかねないからだ。

今、頭に浮かんでいるのは――

 

「あれエリカさん?」

 

「サトシ……さん?」

 

思わぬ出会いにエリカは心臓が跳ね上がった。

どうして彼がここにいるのか、と思ったところですぐに理解した。今日は彼の仲間である少女のジム戦だから、まだタマムシシティに滞在して、こうして外に出れば会うことも十分に考えられる。

それでも彼のことで頭を悩ませている時に出会ってしまうと反応に困ってしまう。

 

しかも、自分は先日サトシに対して嫌悪感を剥き出しにし、傲慢であるという失礼な態度のままだった。

その謝罪もなにもしていないのにこうして会うのは気まずい。

今、彼にそんな自分の悩んでいる表情が写っていないかが心配になる。

 

「エリカさんお散歩ですか?」

 

「え? ええ、気分転換に」

 

自分に敵意を抱いているというエリカの予想に反してサトシはどこか嬉しそうに話しかけてきた。

これにはエリカも少々答えに窮した。

 

昨日と変わらない元気な笑顔で自分を見るサトシにエリカ

今、思った気持ちを口に出して伝えなければいけない、そう思って意を決して口を開いた。

 

「あの、サトシさん」

 

「はい?」

 

「もしお時間があれば、私について来ていただけませんか?」

 

自分から男に話しかけるなんて何年ぶりだろうか、発音がおかしくなかったかと心配しながらエリカはサトシの回答を待った。

それに断られるとも思った。当然だ。自分は彼に酷いことを散々言ったのだから、彼に拒絶されて傷ついてしまうのは仕方ないことだ。

そう思ったところで疑問が浮かんだ。

――なぜ自分は男に嫌われて傷つくのだろうか?

 

「いいですよ」

 

そんなことを考えているとサトシは肯定の意を示した。

 

 

 

 

 

サトシがエリカに連れられたのは木々の生い茂る場所だった。ビルの立ち並ぶタマムシシティには似合わない自然豊かな場所だった。

とはいえ草タイプのポケモンのジムがある街であるため、あってもおかしくはないとサトシは思った。

 

草むらを掻き分け進むと花畑が広がった。そして、それだけではなかった。

 

 

「うわあ草タイプのポケモンがたくさんですね」

 

そこには多くの草タイプのポケモンたちが生き生きとしていた。

皆楽しそうに走り回り、じゃれ合い、遊んでいた。

空気はとても澄んでいて、喜びの感情に満ちた草ポケモンたちから心地よい香りが発せられているようにサトシは感じ、思わず深呼吸をした。

 

「ええ、みんなタマムシジムのポケモンたちですわ」

 

「ジムの中じゃなくて街に放してるんですか?」

 

「ええ、ずっとジムの中では窮屈ですし、この子たちには自分の暮らすこの街のことを知っていてほしいのですわ。街の人たちもこの子たちには優しいから安心ですわ」

 

説明を受けてサトシは改めて草ポケモンたちを観察した。みな肌艶がよく元気そうな顔で草むらを走り回っていた。

不意に良い香りが鼻腔をくすぐった。草タイプはコンディションが良好だと良い香りを出すというのは本当のことのようだ。こっちまで癒される気分に浸りながらサトシはエリカに提案した。

 

「あれ、お前昨日のナゾノクサか?」

 

ナゾノクサはサトシを嬉しそう見上げると、頭をスリスリとサトシの足に擦りつけた。

 

「ははっ、可愛いな」

 

ナゾノクサの様子にほのぼのしているとあることを思いついた。

 

「俺のポケモンたちも遊ばせていいですか?」

 

「ええ勿論、街の外から来たポケモンたちと接すればこの子たちも喜びますし、良い刺激になりますわ」

 

「よっし、みんな出てこい」

 

「ここにいるポケモンたちと遊んでくるんだ」

 

ピカチュウ、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ、スピアー、ニドリーノはサトシの言葉を受けて草ポケモンたちの集まる場所へと飛び込んで行った。

 

みな楽しそうにじゃれ合い走り回り遊んでいた。

その様子はとても楽しそうで見ている側も清々しい気持ちにさせてくれる。

 

しばらくすると、ナゾノクサやクサイハナ、マダツボミやウツドン、他の地方のハネッコやハスボーやスボミー等のポケモンたちがサトシの周りに集まってきた。

それを見ていたサトシのポケモンたちもトレーナーであるサトシに集まってきた。心なしかヤキモチをかいてるように頬が膨れているように見える。

 

「うわっ、ちょ、やめ、やめろよ重いって……く、くすぐったい」

 

優しい笑顔でポケモンたちと戯れるサトシ、エリカは目を見開いた。そこには汚さも不快さは微塵も存在しなかった。ポケモンたちも満面の笑みでサトシと触れ合っていた。

 

一切の邪気も悪意も不快感もないその様子をエリカは『美しい』と感じた。

どうしようもなく嫌いな男に対してこんな感想を抱くなんて自分でも信じられなかった。

湧き上がる気持ちに戸惑っていると、またサトシが笑った。それはとても純粋で輝くような笑顔だった。

自分の胸が跳ねるのを感じ思わず胸元に手を添えた。

 

(なぜ、どうしてこんな――)

 

少年の微笑みをずっと見ていたい、心がそう叫んでいる。

彼を見ていると頬が熱くなる。

エリカは驚愕と共に胸のざわめきと不思議な熱さを感じた。

 

 

 

動悸を抑えるために胸に手を当てながら緊張とともに口を開いて出た言葉は、

 

「あの、その子、ナゾノクサはあなたに懐いているようですが、何かあったのですか?」

 

昨日感じた疑問だった。初めて会ったはずのトレーナーにナゾノクサが懐いていたのはずっと不思議でならなかった。

 

「ああ、この子は昨日怪我してたんでキズぐすりを使ってあげたんです。それだけです」

 

聞いてエリカは驚愕の表情を浮かべた。同時に罪悪感がこみ上げてくる。

 

「わ、私、知らずに勝手なことばかり言って、本当に申し訳ございません!」

 

勢いよくエリカは頭を下げた。年上の女性から謝罪を受けてサトシは困惑してしまった。

 

「まあ、好きなこと嫌いなことってありますからね。それは仕方ないことだと思います。だけど……まあその……」

 

サトシは言葉を切って考え込む。

 

「俺エリカさんのこと嫌いとか思ってないんで、仲良くしてくれたら嬉しいなぁ……とか思ってます」

 

その言葉にエリカは胸が熱くなった。男性から優しさを受けたことなどほとんどなかった。目の前の少年が自分の何かを変えてしまうではと思い、同時にそれが心をざわつかせた。

 

「あ、すんません、男にこんなこと言われても迷惑ですよね」

 

するとエリカはサトシの手を自分の両手でギュッと握っていた。

サトシはその行動にギョッとして顔が赤くなる。

 

「迷惑なんかじゃありませんわ。そう思っていただいて心から嬉しく思いますわ」

 

ずっと高鳴る胸、この熱さ。それは以前に感じたことのあるものだ。

女子高で素敵な女生徒に恋したとき、トレーナーの旅をしていて魅力的な女性に心奪われたとき、その時とまったく同じ、それ以上の全身に広がりそうなほどの熱量を感じた。

 

それは一種の強迫観念だったのではないか? 「女性が恋愛対象であるというセクシャリティであるなら、男を嫌悪しなければならない」と思い込んでいたのではないか。

 

たしかに今まで会ってきた男は下劣な欲望をもって接してきた。だが、世の男がそんな人間ばかりなんて考えは短絡的すぎたのではないか。

 

昨日のバトル、サトシからはとてつもない熱と気を感じた。ジムリーダーである自分が気負ってしまうほどの激しさがあった。

サトシのポケモンたちはトレーナーたる彼の指示に対して忠実に従い、彼の労いに笑顔で答え、勝利を共に喜んでいた。

彼らの間には強固な絆が存在していた。

 

ポケモンたちから絶大な信頼を寄せられるトレーナーは何よりも信用できる。それをエリカは知っていたはずだ。それを男であるからと気づかないフリをしていたのかもしれない。

 

 

 

草ポケモンたちとの交流を終えてサトシとエリカは草むらから出てきた。

 

「ありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ、あの子たちもとっても喜んでいますわ」

 

エリカはサトシに好意的にほほ笑んだ。

その綺麗な笑顔にサトシはドキリとして見惚れてしまう。

 

「今日のジム戦、俺としてはリカに勝ってほしいですけど、頑張ってください」

 

「はい、ではまた後で」

 

エリカとサトシは挨拶もそこそこに別れた。

 

 

 

ジムに戻ったエリカはジム戦の用意のために自室へ向かい、フィールドの状態を見に行こうとした。

廊下を通ると、ジムトレーナーの集まる広い部屋の扉から話し声が聞こえ、その内容にエリカは足を止めた。

 

「サトシ君って、不思議な男の子だよね」

 

「うんうん、なんか今まで見た男の人とは違うっていうか?」

 

「それな、昨日のバトルもすごかったよね」

 

「ピンチでも諦めてなかったよね、なんかあたしも熱くなっちゃった」

 

「あ、あの……私昨日から変なんです。サトシさんのこと考えてたら、な、なんか胸のところがあったかくなって……」

 

「あなたもなんだ、じつは私もそうなんだ。こんな心地いい感じ、エリカ様に愛されてるとき以来って感じ」

 

「……エリカ様に対して不敬かもしれないけど、なんか良いなって気がする、この気持ち」

 

エリカは扉を開いた。

 

「「「「「エリカ様!?」」」」」

 

急に扉を開けたエリカにジムトレーナー達は驚きとともに気まずそうな顔をしていた。

 

「も、もしかして、今までのこと聞かれましたか?」

 

「ええ、廊下まで聞こえてましたわ」

 

「ああ、あの、ごめんなさいエリカ様、でも私たち――」

 

「謝ることは無いのですよ」

 

言葉を遮り、エリカは言う。

エリカは自分の頬が緩んでいるのを自覚した。

 

「私も同じ気持ちなのですから」

 

 

 

***

 

 

 

俺たちはリカのジム戦のためにタマムシジムに向かっていた。

しかし、リカとカスミは不満げな顔だ。

 

「ほらリカ、そんなにいやな顔するなよ」

 

「だって……」

 

「リカの気持ちは分かるわ、そもそもサトシはあんなこと言われて平気なの?」

 

「それはほら、個人の好き嫌いの問題だからな。それに昨日のバトルで男だって強いって証明できたらか問題ないよ」

 

「美人に甘いだけじゃないの?」

 

カスミが疑わし気な目で俺を見た、リカも膨れた顔でジトッと見てきた。

うーん否定できんな。

 

「はいはいそんな顔しないで、美人が台無しだぞ」

 

「は、はぁ! あんたは、そんなこと言って……もう♫」

 

「もう、そんなこと言ったって誤魔化されないんだからね……えへへ」

 

ニヤけながら怒るという何とも器用なことをしたカスミとリカ、なんとか機嫌を直してくれた。

気分というのはポケモンバトルのコンディションに大きく影響するからな、これでいいのだ!

 

 

 

タマムシジムに到着して驚いた。

ジムの前にエリカさんを始めとしたジムトレーナーの女性たちが整列していた。

まるで上客を待っているレストランやホテルのようだ。

 

「タマムシジムにようこそお越しくださいました」

 

エリカさんが代表してあいさつをした。その様子を見て、さっきまで機嫌が良かったカスミとリカは顔を引き締めた。

 

「ジム戦の前に、誠に勝手ながらお伝えしたいことがあります」

 

すると、エリカさんとジムトレーナーの女性たちは一斉にお辞儀をした。

 

「サトシさん、リカさん、カスミさん、先日はご不快な思いをさせて本当に申し訳ございません。私はとても狭い了見で物事を見ていました。ですがそれはあまりにも的外れでした。あなたたちの想う方はとても素敵な殿方なのですね。昨日のジム戦、今日サトシさんとお話したことでそれがよくわかりましたわ。心よりお詫び申し上げます」

 

「「「「「申し訳ございません。お詫び申し上げます」」」」」

 

年上の女性たちからこう謝罪されるのは妙なプレッシャーがあるリカとカスミも同じようでたじろいでいるようだ。

 

「あ、頭を上げてください」

 

「わかってくれたならいいんです」

 

「俺も、そんなに気にしてません。個人の考えは自由ですから」

 

俺たちの答えに安心したような顔でエリカさんは頭を上げた

 

「ありがとうございます」

 

それはとても綺麗な笑顔だ。身にまとっている美しい着物と相まってエリカさんには上品な美しさを醸し出し、思わず胸が高鳴った。

 

「それからもう一つお伝えしたいことがありますわ」

 

そう言ってエリカさんは俺の前まで歩いてきた。

 

「サトシさん、私たちは考えを改めました。そして、サトシさんを心よりお慕い申し上げております」

 

「「「はぁ!?」」」

 

俺たち3人は素っ頓狂な声が出てしまった。

え、なにこれどゆこと?

 

エリカさんを始めとしたタマムシジムの女性トレーナーたちの視線が一気に俺に集中している。その視線には妙な熱がこもっているような気がした。

そしてエリカさんは俺に歩み寄り急に両手で俺の手を包み込んだ。

低い体温の手が俺の両手が包まれ、その冷たさにドキリとしながら心地よさも覚えた。

顔を上げると微笑むエリカさんにドキリとしてしまう。

 

「あ、あのエリカさんは女性が好きだったんじゃ?」

 

「ええ、しかし、世の中にはサトシさんのような素敵で魅力的な殿方もいらっしゃるのだと知りましたわ。私の中で一番素敵な殿方はサトシさんですわ。ですから貴方様からのご寵愛を頂きたく存じますわ」

 

「あ、いやその、エリカさん?」

 

「どうか『エリカ』と呼び捨てにしてほしいですわ」

 

キラキラとして圧の強いエリカさんとジムトレーナーの皆さんの視線を前に俺は無意識でコクリと頷いた。

 

「あ、はい……エリカ」

 

「はうぅん!」

 

艶やかな声を上げてエリカさんは身を震わせた。

色っぽいその仕草に胸が高鳴ったのは内緒です。

 

「ではジム戦を始めましょう、こちらにどうぞ」

 

エリカさんは俺から手を離すとリカに伝えた。

 

いやそれにしても、エリカさんに何があったんだ? 昨日の今日でこんなに考えが変わるなんてな。

まああんな綺麗な女性に好感を持たれるなんて悪い気なんか全然しないけどな。

 

不意に両肩を叩かれた。

振り返るとハイライトのないカスミとリカが恐ろしい笑顔を浮かべていた。

 

「「サトシ、ジム戦終わったらOHANASHIだから」」

 

ぎゃあ。

 

 

 

***

 

 

 

互いに最後の1体ずつとなった最終戦、リカはフシギソウ、エリカさんはラフレシア。草タイプのエキスパートに草タイプで挑むのはかなりの賭けだと思った。

しかし、草タイプは粉技や『やどりぎのタネ』が無効化されるという性質があり、まったく無謀というのではなく戦略としても有効だ。

状態異常を与える技が使えないガチンコ勝負だ。

 

「ラフレシア『はなふぶき』!」

 

ラフレシアが花弁を舞い散らせる。この動きは俺とのバトルの時と同じだ。

 

「あの花弁の盾よ」

 

舞い上がった花弁はラフレシアを守るようにフシギソウに立ち塞がる。

 

「だったら、全部まとめて吹き飛ばすよ。フシギソウ『リーフストーム』!!」

 

リカの指示にフシギソウは背中を大きく震わせる。瞬間、猛烈なエネルギーが収束し、葉っぱを纏った強い風が発生する。

巻き起こった嵐は『はなふぶき』に向かい襲い掛かる。

嵐VS吹雪の衝突、猛烈な勢いの突風がフィールド全体に発生する。

 

『リーフストーム』は強力な技だ。しかしデメリットも存在する。それは使えば特攻が大幅に下がることだ。自分の力を低くしてしまうため何度も使える技ではない。ここで使うリカはかなり思い切ったことをした。もう勝負を決めるつもりなんだ。

 

強烈な風にエリカもラフレシアも一瞬怯んだ。そこがチャンスだ。

 

「フシギソウ『つるのムチ』!!」

 

巻き起こる嵐の中、フシギソウは2本の蔓を伸ばした。

蔓は嵐に驚くラフレシアの胴体を捕えた。

 

「そのまま投げ飛ばして!」

 

フシギソウが蔓を大きく振るうとラフレシアの体は宙に浮かんだ。投げ飛ばされた先には自分のフィールドの地面だった。

強く体を地面に激突させた。

 

ラフレシアはしのまま目を回して動かなくなった。

 

「ら、ラフレシア戦闘不能、フシギソウの勝ち、よって勝者、マサラタウンのリカ!」

 

「やったあ! すごいよフシギソウ!」

 

ジム戦はリカの勝利だ。

 

 

 

エリカさんはリカの前に立ち、バッジを差しだした。

 

「リカさん、見事なバトルでした。どうぞ、勝利の証のレインボーバッジです」

 

「ありがとうございます。レインボーバッジ、ゲットだよ!」

 

リカは俺たちの向かってバッジを見せながら勝利のVサインをしていた。

俺は頷き、嬉しそうにカスミはVサインを返していた。

 

 

 

ジム戦を終えて俺たちはタマムシジムの外に出ていた。

エリカさんとジムトレーナーの女性達が見送りをしてくれた。

 

「サトシさん、リカさん、カスミさん、またいつでもタマムシジムに寄ってくださいね!」

 

「はいもちろんです」

 

仲良くなれたんだからまた会いたいよな。

 

「今度は私ともバトルしてね!」

 

「お話もいっぱいしたいわ!」

 

「ほかのポケモンたちも見せてね!」

 

「わ、私は、その一緒にお茶とか……したいな……」

 

「うんうん、美味しい喫茶店あるから行きましょう」

 

「あ、あははは、じゃあまた会った時に色々とお願いします」

 

美人なジムトレーナーの女性たちから一斉に注目されて声をかけられるとは、なんとも嬉しいですな。

うへへへ……

 

「こらぁサトシデレデレしない!」

 

カスミから注意が飛んできた。振り返るとカスミもリカもふくれっ面だった。

可愛い!

 

するとエリカさんが2人の前に出てきた。

 

「リカさん、カスミさん。お二人もまたタマムシジムに寄ってくださいね。その時は、いろいろお話しましょう。じっくりと……ですわ」

 

エリカさんはリカとカスミの手を握って妖艶な笑みで見つめていた。

キマシタワーってやつか。なるほど尊い光景だ。

 

「もちろんサトシさんともたくさんお話したいですわ!」

 

振り返って俺を見るエリカさんの表情は年上の女性というよりも、無邪気な子供のようでとても愛らしく胸が高鳴った。

 

 

タマムシシティを後にした俺たちは次の目的地に向かって歩いていた。

 

「ああ、いつも以上に疲れるジム戦だったな」

 

「とかなんとか言って、美人ジムリーダーに言い寄られて嬉しいくせに」

 

「こんなにあちこちに女の人をときめかせるなんて節操無しだよサトシ」

 

「いやぁ、そんなつもりはないんだけどな」

 

エリカさんには好意的に思われているとは思うけど、そんなときめきとかではないと思うんだが。

 

「ポケモンじゃないんだから鈍感の特性はいらないのよ」

 

「マイペースに考えるだけじゃダメなんだからね」

 

むむ、何やら雲行きが怪しいような、ここは逃げ足発揮だ!

 

「ちょ、サトシ!」

 

「いきなり走らないでよ!」

 

さあ、次の町へ出発――

 

「「誤魔化さない!!」」

 

はいすいません。




アニメと物語の順番は変えました。

エリカは百合キャライメージもあるのでそうしました。
ただ最後にはサトシに好意を抱く展開になりました。
そんな展開が嫌だという方々には申し訳ないです。

エリカもヒロインですのでまた出ると思います。


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ヤマブキジム エスパーを攻略せよ

時間がかかりすぎてしまい大変申し訳ないです。


「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

全身に力を込めたピカチュウから電撃が放出される。相手のポケモンは電撃のスピードに対応しきれずに直撃した。

 

「やったぜピカチュウ!」

 

「ピカピカチュウ!」

 

次に目指す街、ヤマブキシティの前で俺はポケモンバトルをし、勝った。

 

「くそー、無敵のエスパーポケモンさえいたら勝てたのにな」

 

負けた少年は悔しそうに言った。

 

「なんだそれ?」

 

「知らないのか? エスパータイプは最強のタイプなんだ。超能力を使われたらどんなポケモンも手も足もでなんだぜ」

 

最強のタイプねえ。

 

「それにヤマブキジムのジムリーダーのナツメさんはエスパータイプのエキスパートなんだ。負けなしの最強のジムリーダーだよ」

 

ヤマブキジムか、ここから近いし、そんなに強いなら挑戦してみよう。いいこと聞いたぜ。

 

「それにすっごい美人のお姉さんだって有名なんだぜ」

 

それは是非挑戦するべきだよな。

 

あ、そうだ。

 

「なあ、バトルで負けたことをポケモンのタイプのせいにするのはよくないと思うぜ」

 

「は?」

 

少年は呆気にとられた表情になる。

俺は構わず続ける。

 

「さっきのバトルで、君のポケモンは君のために頑張ったんだ。そんな言い方したら可哀想だぜ」

 

少年は手に持ったモンスターボールを見つめてしばらく考えこんだ。

 

納得したのかどうかわからないが、そのまま走り去っていった。

 

それを見送ると、俺はカスミとリカに宣言した。

 

「よし決めた、次はヤマブキジムに挑戦だ」

 

すると、空気が何やら静かになった。

 

「……ふーん、いいんじゃない、次のジムが美人のジムリーダーがいるとこでも」

 

「……じゃあ、いこっか、美人のジムリーダーのお姉さんでもぜーんぜん気にしないけど」

 

カスミとリカの冷たい視線と声。2人はそのまま先に進んでしまった。

いやほんと違うんだってば。

 

 

 

***

 

 

 

ヤマブキシティはカントーの中央に位置する都市で、地理としてだけではなく、多くの大企業本社が存在し、カントーの経済においても中心となっている大都会だ。

最も注目すべき企業が知る人ぞ知る「シルフカンパニー」だ。

モンスターボールやキズぐすりを初めとしたポケモンに関係する商品をいくつも開発している。その性能と質は世界でもトップクラスとされていて、シルフカンパニーがあるからこそ、ポケモンと人の関係はより良くなり、ポケモンとトレーナーは充実した旅を可能としていると言っても過言ではない。

 

同様に大都市であるタマムシシティは明るく華やかなイメージに対して、ヤマブキシティは静かで清廉なイメージがある。

田舎に住む人間たちにとっての憧れの都市というだけでなく、他の地方からも注目され訪れる人は多い。

交通手段の充実を図り、大きな空港のほかにも陸上で他の地方と行き来できるリニア鉄道の開発も進められている。

 

 

ヤマブキジムに挑戦する前に俺たちはポケモンセンターで一休みしていた。

3人でロビーでお茶をしながら、俺はポケモン図鑑を眺めていた。

 

そこにはエスパータイプの1体、ケーシィの説明があった。

1日に18時間眠り、その間も超能力が使えるという説明に、改めて俺はエスパータイプの規格外さをしることになった。果たして俺たちはジム戦でどれだけ対抗できるのやら。

 

それからヤマブキジムとジムリーダーのナツメについて街の人たちに話を聞いてみた。

良い評判よりも、悪い評判というより怖いという評判の方が多かった。

 

ナツメ自身が超能力者で、彼女に憧れて超能力者を目指している人たちがジム内で怪しげな訓練をしている。そしてナツメは超能力で人を意のままに操る、気に入らない人間を超能力で消している、彼女自身が超能力でポケモンを害している、等、どこまで本当かわからないが怖い噂はほとんど超能力絡みだ。

 

しかし、ジムリーダーとしての実力も確かであるという話も聞く。

 

「ずいぶん熱心に研究してるじゃない」

 

とカスミの声がした。

 

「ん、まあな、エスパータイプをまともに相手にするのは初めてだしな」

 

「美人のジムリーダーさんにかっこいいとこ見せたくて頑張ってるのかな」

 

棘のあるリカの声。ふと顔を上げるとカスミもリカもどこか膨れた顔でジト目で俺を見ていた。

ぐぬぬ、俺の信用度が下降しているようだ。

 

「否定はできないけど、勝ちたいし、何より……」

 

俺は言葉を区切る。

 

「「?」」

 

「2人の前でかっこ悪いバトルしたくないんだよな。いいとこ見せたい」

 

そう言うと2人はポカンとした。

次の瞬間、2人は笑い出した。

 

「くっ、あはは、何よそれ!」

 

「うふふ、そうだね、かっこ悪いバトルはダメだよね。うん、それなら私も頑張るよ」

 

「まあ、今回はこれで誤魔化されてあげるわ。その代わり、しっかりするのよ」

 

「おう、任せとけ」

 

さて、エスパー対策はどうするか。

あ、そうだ。

 

「そういえば、カスミのスターミーはエスパータイプでもあったよな」

 

俺の言葉にリカは同意するように頷いた。

 

「それにエスパータイプの技も使えるし、何か対抗策みたいなのないかな?」

 

「うーん……どうだろ、私はスターミーを水タイプ寄りに育ててるし、エスパータイプのことはあんまり詳しくないかな」

 

 

 

「よっしゃ、とりあえずエスパータイプ対策に特訓でもするか」

 

「具体的に何をするの?」

 

「まあ、特訓してるうちに何か思いつくだろ、多分」

 

「さっそく行き当たりばったりじゃない。まあそうね、私もスターミーと一緒に手伝うわ」

 

「私のバタフリーもエスパー技が使えるからね。きっと何かできるよ」

 

2人とも気合十分な笑顔を見せてくれた。

今回は予想できない強敵だがリカとカスミが一緒なら怖いものなんて無い、そんな気がした。

 

 

 

***

 

 

 

対策を練ったり戦法を考えたりで、特訓は夜遅くまで続き、挑戦は次の日となった。

 

そして、今日がその次の日だ。

俺たちはヤマブキジムを目指して歩いている。

 

「いろいろ特訓したし大丈夫だよね」

 

「そうだな、これでいけるはずだ」

 

「やれるだけのことはやったんだからあとは本番にぶつけるだけよ」

 

「ああもちろんだ。絶対に勝つ。それよりも……」

 

俺たちは予想外の問題に直面していた。

 

「……ヤマブキジムはどっちだ?」

 

「……迷っちゃったね」

 

「……この街複雑すぎるのよ」

 

流石大都会、慣れない街という理由もあるが、建物だらけで道も入り組んでいてまるで迷路だ。

案内図を見ても実際の道がうまく一致せずに同じ道をぐるぐる回ってしまうのだ。

 

このままだとジム戦どころじゃないぞ、どうしたら。と悩んでいたその時、

 

 

不意に肩を叩かれた。

 

「ん、どした?」

 

「え、何が?」

 

「何って、肩叩いただろ? どっちかわからないけど」

 

「え? 知らないよ?」

 

「私も違うわ」

 

そんなはずない、確かに俺は肩を叩かれたぞ。

 

「きゃ!」

 

リカの悲鳴。

 

「どうした?」

 

「な、なんか太もも撫でられた気が……」

 

なにぃ! どこの痴漢野郎だ。ぶちのめす!

 

「ひゃあ!」

 

カスミの悲鳴。

 

「どうした?」

 

「お、お尻、誰か触ったの!」

 

よっしゃその変態野郎死刑じゃあ!

 

いやそうじゃない、気配も何もないのに俺たちの体に触れる何者かが確実にいる。

 

「2人とも、俺から離れるなよ」

 

「「う、うん」」

 

3人でくっついて来襲者を待ち構える。

するとそれは訪れた。

 

「ばあっ!」

 

「「「わあっ!?」」」

 

不意に現れた声と人影に俺たちは悲鳴を上げてしまった。

 

「きゃはは、おどろいたおどろいた! きゃはは!」

 

そこには帽子を深くかぶった、フリルのついたドレスを着ている小さな女の子がいた。

 

 

「さっきから俺たちに悪戯しているのは君か?」

 

「うんそうだよ、お兄さんとお姉さんたち面白い反応するもん」

 

「もうっ悪戯もほどほどにしなさいよ」

 

「はーいごめんなさーい」

 

カスミの注意に女の子は反省、してるかどうかわかんねえよな。

 

女の子が口を開いた。

 

「もしかしてヤマブキジムを探してるの?」

 

「そうだよ」

 

「へーそうなんだ、ジムならあっちだよ。悪戯のお詫びに案内してあげる」

 

女の子が歩いていく。

3人で顔を見合わせる。

また悪戯されるのではと思ったが、とりあえずついていくことにした。

 

 

 

そこにあるのは紛れもないポケモンジムだ。

看板にも『ヤマブキジム』と書いてあった。

 

ヤマブキジムは捻じれた傘のような飾りがある建物だ。

なにを表現しているのかわからない建物は不気味さがある。

 

「ここがヤマブキジムか。ありがとう助かったよ」

 

案内してくれた女の子にお礼を言おうと振り返ると、そこには誰もいなかった。

 

「あれ?」

 

「どこいったんだろ?」

 

カスミとリカが女の子を探してキョロキョロしていたその時だ。

 

「っ!」

 

頭にズキリとした痛みが走った。

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんか頭痛が……」

 

「大丈夫? 具合が悪いなら、日を改める?」

 

「いや、もう治まったし平気だよ」

 

ちょっとした体調不良なんか気にしてられない。必ず勝つと気を引き締めて臨むだけだ。

 

「よし行くぞ」

 

「「うん」」

 

そんなヤマブキジム挑戦への一歩を踏み出そうとしたときだ。

 

「……君たちは今からヤマブキジムに挑戦するのかね?」

 

急に後ろから声がした。

驚いて振り返ると、そこには見知らぬジョギングのおじさんがいた。

 

「はい、そうですけど」

 

怪訝に思いながら俺は答える。

 

「やめておきたまえ」

 

「は?」

 

「ジムリーダーのナツメはそのあたりのトレーナーとは文字通りレベルが違う。あの娘のエスパータイプのポケモンは強すぎる。それに彼女自身も強力な超能力を身に着けている。ただのトレーナーの君たちでは一瞬で敗北してしまうだろう」

 

このおじさんは俺たちを心配してくれているのだろう。だけど、ポケモントレーナーとして引き下がるわけにはいかないんだよな。

 

「ご忠告どうもありがとうございます。だけど、どれだけ強い相手でも一度挑戦するって決めたんで逃げるわけにはいかないんです」

 

「……そうか」

 

どこか残念そうな声のおじさんはどこかへと走り去っていった。

 

「なんだったんだろ」

 

「気にしなくていいさリカ、俺たちは目の前のジムを攻略するだけだ」

 

「うん、そうだね」

 

 

 

***

 

 

 

俺たちはジムの扉を開いた。

 

「頼もう!」

 

叫ぶとしばらくして人が現れた。

 

「誰だお前たちは?」

 

マスクをした20代と思われるお兄さんだ。

 

「俺たちヤマブキジムに挑戦しに来たんです」

 

するとお兄さんは俺たちをジロジロと見て呆れた顔をした。

 

「お前たちのような子供がナツメ様に挑戦とは、あまりにも無謀だとは思わないか? やめておくんだな」

 

何をこの、不審者みたいな顔しやがって。

思わず言い返そうとしたその時、リカが前にでた。

 

「そんなことありません。ジムリーダーのナツメさんが強いってことはたくさんの人から聞きました。だけど、勝てないから逃げるなんてしたくないんです!」

 

リカの強い言葉に押し切られたのか、マスク男は嘆息する。

 

「ふん、まあいいだろう。ついてこい」

 

 

「ナイス啖呵よリカ」

 

「かっこよかったぜ」

 

「そ、そう? えへへ……」

 

リカを労いながら俺たちは歩みだした。

 

ここには多くの部屋があり、そこではなにやら怪しい儀式か実験が行われているようだった。

マスク男曰く、ここではジムリーダーのナツメの元で超能力を学ぶ者たちが集まっているらしい。

ナツメさんが超能力者なのは聞いていたが、ポケモンバトルではなく超能力を学びにくるとは驚いた。

 

マスク男に案内された俺たちは階段を登り、建物の2階へとたどり着いた。

大きな扉が開かれる。

目の前にはバトルフィールドが広がっていた。

 

空間の奥には御簾に隠れた

まるで挑戦者を見下ろす玉座だ。

 

 

「ナツメ様、チャレンジャーを連れて参りました。もっとも、このような子どもではナツメ様の相手にはふさわしくないと思われ――」

 

マスク男の言葉が途切れると、

 

「ぐっ、がっ、うぐううう!」

 

急にマスク男が苦しみだした。

 

瞬間、凄まじい頭痛が起こった。

 

「っ! な、なん、ぐっ!」

 

「サ、サトシ!」

 

「大丈夫!?」

 

リカとカスミが心配そうに声をかけてくる。

すると頭に響いていた頭痛が嘘のように消えてしまった。痛みの残滓さえ残ってない。

 

「ああ大丈夫だ。心配ない」

 

リカとカスミはまだ心配そうだったが、俺は元気をアピールする。

 

「……そのチャレンジャーとバトルするかどうか決めるのは、私だ」

 

冷たい声が響く、ジムリーダーのナツメの声だ。

 

「っ! で、出過ぎたこと、を、申し上げました……ぐぅ、お、お許しを……!」

 

これがジムリーダーナツメさんの超能力、とてつもない威圧感だ。

次の瞬間には、案内人は解放されたのか膝から崩れ落ちて洗い呼吸を繰り返した。

 

 

「……下がりなさい」

 

「はっ、失礼します」

 

マスクの男が退出する。

俺たちの視線は玉座に固定されていた。

玉座の御簾がひとりでに開かれるとそこにいたのは2人。

一人は大人の女性、長く艶やかな黒髪、整った顔立ちは美人に分類するだろうが、その無機質な眼光からは何も読み取れない。

もう一人は女性の膝の上にいる幼い少女、先ほど俺たちに道案内のしてくれた少女だ。

俺は驚きつつも警戒を強める。

 

「……お前たちがチャレンジャーね」

 

「きゃははは! さっきぶりだねお兄さんとお姉さんたち」

 

ナツメさんの発言に続いたのは膝の上にいる帽子を被った人形のような少女だ。

 

「初めまして、ジム戦を受けてくれてありがとうございます。俺はサトシ、2人は仲間のリカとカスミ。挑戦するのは俺とリカで、最初は俺です。よろしくお願いします。それから、ジムを案内してくれてありがとう」

 

「どういたしましてー」

 

少女は間延びした声で答える。

するとナツメさんは表情を変えずに行った。

 

「一人一人を相手にするのは面倒、2人まとめてかかってきなさい」

 

どういうことかと疑問に思っていると、膝の上の少女が口を開いた。

 

「私とナツメ、あなたたち2人のダブルバトルよ」

 

そういうことか。

どんなバトルでも受けて立つ。

 

俺はリカと顔を見合わせると頷き合う。

 

「2人とも油断しないで」

 

「うん」

 

「もちろんだ」

 

カスミの激励を受けて俺とリカは進んだ。

 

 

 

***

 

 

 

フィールドに立った俺とリカはナツメと少女と向かい合う。

 

「スピアー、君に決めた!」

 

「お願いピッピ!」

 

「スピッ」

 

「ピー」

 

「……出でよフーディン」

 

「行っちゃえバリヤード!」

 

「フウ!」

 

「バリバリ!」

 

ナツメと少女が繰り出したのは、

スリムな黄色い体に鋭い目、長い髭が目立ち、両手にはスプーンを握っている、ねんりきポケモンのフーディン。

細長い手足、パントマイマーを思わせる手の動きをするバリヤーポケモンのバリヤードだ。

 

「エスパーポケモンの恐ろしさ、思い知るがいい。フーディン『サイコキネシス』」

 

「フウ、ディン!」

 

フーディンが両手のスプーンを構えると、念動波が生まれる。

猛烈な破壊力が地面を抉りながらスピアーとピッピに襲い掛かる。

 

「ピッピ『ひかりのかべ』」

 

ピッピが両手を前に突き出すと、一瞬光輝く壁が出現する。

『サイコキネシス』が迫る瞬間、壁は光り、その攻撃を防いだ。

 

「……なに?」

 

「エスパー技への対策はバッチリですよ」

 

特殊攻撃が強いエスパータイプには特殊攻撃を半減させる『ひかりのかべ』は有効だ。

 

「……少しはやるようね」

 

ナツメさんは表情を変えない。だが、次はこっちが攻める番だ。

 

「スピアー『ミサイルばり』!」

 

「……フーディン、『サイコキネシス』で受け止めろ」

 

膨大な数の針はフーディンに到達する前に停止した。

フーディンは片腕のみの超能力ですべての『ミサイルばり』を止めて見せた。

 

「エスパー技はこのように使うこともできる」

 

強力なエスパー技に改めて戦慄する。

カスミのスターミーやリカのバタフリーのそれとは技の威力は段違いだ。

だが、ここで諦めるつもりはない。

 

「ピッピ『ムーンフォース』!」

 

「バリヤードよけなさ~い」

 

「ピッ、ピィ!」

 

「バリバリィ~♫」

 

ピッピから神秘の光が放たれる。

しかしそれを躱し、軽快にフィールドを走り回るバリヤード。

 

 

 

そこからフーディンとバリヤードは回避に徹していた。

目的はすぐにわかった。

 

「……お前たちの『ひかりのかべ』の効果が切れる」

 

時間が経過すれば、『ひかりのかべ』は消滅する。それが相手の狙いだ。

 

「先にその虫から始末しよう。フーディン『サイコキネシス』でスピアーの動きを封じろ」

 

「バリヤードはピッピを『サイコキネシス』で遊んじゃってー!」

 

フーディンとバリヤードの眼が怪しく光る。

スピアーとピッピが目に見えない念動力に囚われ動きを止められる。

 

「スピッ!?」

 

「ピッ!?」

 

すると同時に先ほどと同様にすさまじい頭痛が襲った。

 

「がっ、ぐう!」

 

頭の中にガンガンとすさまじい音が響くようだ。

エスパータイプの影響がここまで来てるのか!

 

「「サトシ!!?」」

 

カスミとリカの心配そうな声、目の前には『サイコキネシス』に動きを封じられてもがき苦しむスピアーとピッピ。

 

絶体絶命の状況。

 

だが、ここまでは予想通りだ。

 

「リカ! こっからだ!」

 

「うん、特訓の成果見せてあげるよ!」

 

「スピアー……」

 

「ピッピ……」

 

「「弾き飛ばせ(して)!!」」

 

スピアーとピッピが全身に力を込め、振り払う。

すると次の瞬間、2体を包む念動力が消え去った。

 

「……なんだと!」

 

「ありえない、エスパー技から逃れるなんて!」

 

表情が変わっていないがナツメさんと人形は驚いているようだ。

これが俺たちの特訓の成果だ。

 

「確かにエスパーポケモン、エスパー技は強力な技です。念じるだけで相手の動きを封じて、好きに攻撃できる。けれど、無敵じゃない」

 

「ポケモンには特殊な攻撃への耐性がある。その防御を意識し、鍛えればエスパー技を弾くことができる」

 

「エスパーポケモンが最強のポケモンならポケモンリーグの上位者やチャンピオン、四天王は全員エスパー使いになるはずだ。だが実際はそうじゃない。みんなそれぞれの好きなタイプのポケモン、あらゆるタイプのポケモンを使いこなしている。それは決してエスパーポケモンが無敵ではない証拠だ」

 

「正しい『知識』、迷わない『心』、強い『精神』。それがどんなポケモンにも存在するエスパーポケモンへの対抗策だ」

 

特殊防御について調べた俺たちは早速、重点的に始めた。

互いに強力し合い、特殊攻撃を打ち合ってポケモンたちに特殊防御を意識させるようにした。

 

カスミのスターミーとリカのバタフリーの強力で『サイコキネシス』をかけてもらい、エスパー技の防御の仕方も徹底的に鍛えた。

 

鍛えた成果をジム戦でぶつけるなんてかなり危険な賭けだったがうまくいったようだ。

 

「……いいだろう。お前たちのその思い上がり、完膚なきまで叩き潰してやろう」

 

ナツメさんは表情こそ変わってないが、声はさきほどよりも重く、怒気が含まれているように思えた。

 

 

 

***

 

 

 

「こっちこそ負けない、行けスピアー『ミサイルばり』!」

 

「……同じことを、『サイコキネシス』で受け止めろ」

 

さきほどのようにスピアーの『ミサイルばり』がフーディンの『サイコキネシス』に阻まれる。

予想通りに。

 

「『ダブルニードル』!」

 

瞬時にスピアーは切り替えて二本の針を構えて突貫する。

『サイコキネシス』の最中のフーディンは動けない。

 

「……む」

 

ナツメの眉がピクリと動く。

 

一瞬にしてスピアーはフーディンとの距離を詰めた。このまま針がフーディンに突き刺さると思われた。

 

「避けろフーディン」

 

フーディンの姿が掻き消える。

エスパータイプの『テレポート』、それはもはや技としてではなく、一つの動きとして昇華されていた。一瞬にしてスピアーの後ろを取る。

 

「フゥ」

 

「私のフーディンはスピードも一級だ。その虫では相手にならない。これで終わりだ『サイコショック』」

 

フーディンから空間を捻じ曲げんばかりに強大な念動力が発生、目標であるスピアーに到達する瞬間、その標的の姿が掻き消える。

 

「俺のスピアーのスピードは超一級だ。『ミサイルばり』!」

 

「スピア!」

 

元来のスピードならフーディンのテレポートの方が上だろう。しかし、攻撃のために超能力を使うその一瞬、そこさえ見極めることができればスピアーならば対応、回避、さらには反撃も可能だ。

膨大な針が発射されフーディンに飛来、反応が遅れたフーディンは防御も回避も間に合わずにすべての針を全身に受け、大ダメージのせいか膝をつく。

 

「生意気だよ! バリヤード『シャドーボール』!」

 

「行かせない! ピッピ『ムーンフォース』!」

 

バリヤードから放たれた黒い球体が、ピッピの神秘の光で打ち消される。

 

「邪魔しないでよ!」

 

「あなたこそサトシの邪魔だよ。ピッピ、そのまま『コメットパンチ』!」

 

「ピピッ!」

 

「バリィ!?」

 

走り出したピッピがバリヤードに猛烈なアッパーカットを決める。バリヤードは大きく吹き飛ばされる。

 

「も~むかつく~」

 

少女が目に見えて苛立っていた。

流れは今サトシたちが掴んでいる。このまま一気に攻めようとサトシは動く。

 

「リカ、バリヤードが動けない間にフーディンを先に叩くぞ!」

 

「うん!」

 

「スピアー『ダブルニードル』!」

 

「ピッピ『ムーンフォース』!」

 

同時攻撃がフーディンに迫る。これで決まりだとサトシたちは確信していた。

 

 

 

「なめるなあああ!!」

 

「フウディンッ!!」

 

ナツメの咆哮と同時にフーディンが鋭い眼光を開く。

目に見えない強大な念動力がフーディンを中心に円状に広がっていく。

 

スピアーとピッピが技を決める前に吹き飛ばされてしまう。

 

「く、なんて威力だ」

 

「これが私とエスパーポケモンの真の力だ。ダメージを与えられた程度でいい気になるな」

 

「俺たちだって本気はこれからだ! スピアー『ダブルニードル』!」

 

両腕の針を構えたスピアーが凄まじい羽音と共に一直線にフーディンへ攻撃を仕掛ける。

 

ガンッという激突音が響いた、しかしそれはスピアーとフーディンの衝突には似合わない音。

スピアーの体は空中で停止していた。針はフーディンに届いていない。

 

スピアーはふらつきながらも一旦距離を取ると針を伸ばして空中を刺す。するとスピアーが針を動かすたびにカンカンという音がこだまする。

 

「な、これは……?」

 

「見えない、壁?」

 

「きゃはは、今更気づいた? 私のバリヤードは空気を固めて壁を作り出すことができるのよ。ずぅーとあなたたちの周りを動きながら閉じ込めるための壁を作っていたのよ」

 

「……その空間内でお前たちの動きは制限される、そしてその壁は並みの攻撃では破壊は不可能だ」

 

これがジムリーダーの狙い、これでチャレンジャーの動きが大きく制限されることになる。

 

するとピッピが壁に触れる。

 

「ピッ、ピィー、ピッピー!」

 

見えない壁を押すようにしていたピッピがすり抜けるようにその空間から抜け出した。

 

「ピッピが出られたわ!」

 

「……そういうことか。そのピッピは『ひかりのかべ』を使うことができる。同じエスパー技、しかも防御の壁を張ることができる技、バリヤードの壁にも干渉できたというわけか」

 

「でもスピアーは出られないみたいだね」

 

エスパータイプの技が使えないスピアーは壁の中に閉じ込められたままだ。

 

「その中でも私たちのエスパーポケモンなら干渉できる。フーディン『サイコキネシス』」

 

「ピッピ、スピアーを助けて。『ムーンフォース』!」

 

壁の中のスピアーに『サイコキネシス』を仕掛けたフーディンにピッピが『ムーンフォース』で攻撃する。

フーディンは『サイコキネシス』による狙いをピッピの攻撃へと切り替えた。

相殺される2体の技がはじけ飛ぶ。

 

「もう、また邪魔してー」

 

「……ピッピを先に潰すわ。スピアーはあとでいくらでもどうにもできる」

 

「フーディン『サイコショック』」

 

「バリヤード『シャドーボール』」

 

「避けてピッピ!」

 

念動力と黒い球体の追撃をピッピはかわし続ける。

止まない追撃。小さな体を懸命に走らせエスパーポケモンの猛攻を回避し続けるピッピ。

 

その動きが急停止する。

ピッピは何かにぶつかったように痛みで顔をしかめながら、何が起こったかわからないといった様子だ。

 

「また見えない壁!?」

 

「せいか~い。また引っかかっちゃった? きゃはは! バリヤード『シャドーボール』!」

 

黒い球体がピッピに直撃する。

 

「負けないでピッピ『コメットパンチ』!」

 

吹き飛ばされたピッピは耐え抜きながら走り出す。

小さな右腕に鋼の力を込めて流星のごとく拳を振るう。

 

右ストレートはバリヤードに直撃。

効果抜群の一撃に耐え切れないバリヤードは吹き飛び。自身の設置した壁の檻に直撃した。

 

「ああもう生意気生意気むかつくむかつく!」

 

その場で立ち上がったバリヤードはふくれっ面でピッピを睨む。

 

「だが、ここまでだ。フーディン『サイコキネシス』」

 

「バリヤードも『サイコキネシス』よ!」

 

フーディンとバリヤードから強力な念動力が放たれる。ピッピは一瞬にして捕縛されてしまった。

 

「2体の『サイコキネシス』だ。これは抗うことはできまい」

 

「今からたっぷり痛めつけてあげる」

 

抵抗できないピッピは絶体絶命の状況、リカの顔にも焦燥が浮かぶ。

チラリと横を見るとサトシは焦りではなく何かを観察しているような視線だ。

それを見たリカは何か考えがあるのだと、サトシを信じて冷静になるように努めた。

 

 

***

 

 

 

フーディンとバリヤードの位置関係、ピッピを挟むような一直線の配置となっている。

2体はピッピを『サイコキネシス』で攻撃することに集中していて、閉じ込められているスピアーには意識を向けていない様子だ。

今こそ好機だ。

サトシは口を開く。

 

「スピアー『かわらわり』!」

 

針が手刀のように振り下ろされる。

ビキッという音が鳴ったと同時に見えない壁に罅が入り、それは瞬く間にスピアーを取り囲む直方体すべてに走った。

快音と共に壁が無数の欠片へと変わり辺りに飛び散り、フィールド全体の衝撃波が発生する。

 

砕かれた壁の欠片は数秒間だけ実体が残る。すなわち、一番近くにいたバリヤードに大量の欠片が降り注ぐこととなる。

 

壁の欠片による予想外の痛みにバリヤードは両腕で顔をガードする。

バリヤードの『サイコキネシス』が途切れる。また、フーディンも驚愕で集中力が切れたせいか『サイコキネシス』が消える。結果、ピッピは解放される。

ピッピはダメージを負ってはいるが、華麗に着地して見せた。

 

「ピッピ『コメットパンチ』!」

 

走り出すピッピ、怯むバリヤードに向かって星の拳を打ち込む。

 

「バリィ……」

 

眼を回したバリヤードは頭に星を浮かべながら倒れこんだ。

バリヤード戦闘不能。

 

「そんな!?」

 

少女の驚愕の叫び、しかしバトルは終わらない。

 

倒れたバリヤードの上を疾風の羽音が通過する。

 

「飛べスピアー『ダブルニードル』! そのままフーディンに突っ込め!」

 

針の切っ先を向けスピアーはフーディンへと突貫する。

 

「迎え撃て『サイコキネシス』!」

 

「『こうそくいどう』!」

 

放たれた念動力がスピアーに襲い掛かる。しかし、スピアーは加速することで瞬時に回避する。

 

「くっ避けろフーディン!」

 

スピアーの猛撃にフーディンはテレポートでスピアーから離れ回避する。

 

「逃がすな!」

 

フーディンの回避した先にスピアーは瞬時に移動し追い付く、フーディンは追い付かれた瞬間にテレポートをすることで回避、そしてスピアーはまた追い付く。

ナツメとしては『サイコキネシス』でスピアーを打ち払いたいが、先ほどのように技を放つ隙を突かれては致命的だと理解していた。

 

回避、追跡、回避、追跡。

何度もこの行動を繰り返した。

 

強大な超能力を有するポケモンが、矮小な虫ポケモンに追い詰められている。

前代未聞で予測不能の展開に、ナツメは確かに動揺していた。

 

なぜここまで喰らいついてくるのか、圧倒的な力を見せていたはずの最強のエスパー使いである自分がなぜこうも追い詰められているのか。こんな子供がなぜ自分に臆することなく立ち向かってくるのか、ナツメは理解できなかった。

 

その焦りは少しずつ増していき、ナツメ自身の冷静さを著しく削っていた。

窮地を自覚する最中、ナツメは目線をチャレンジャーの一人である少年へと向けた。

 

その強い眼光を見た瞬間、全身を貫くような感覚を覚えた。

少年の意志を感じたナツメは紛れもない恐怖を感じた。

 

その感覚は手持ちであるフーディンにも伝播する。

 

トレーナーの恐怖を感じ取ったフーディンは集中力を欠いてしまい、テレポートのタイミングを逃してしまった。

その一瞬をサトシはスピアーは逃さない。

 

スピアーがフーディンとの距離を詰める。逃れようのない射程圏へと。

 

「これで決まりだ。『ダブルニードル』!」

 

「スピアアア!!」

 

サトシの指示に応えるべくスピアーは、背中の羽の動きを目視できないほど速め。まるで瞬間移動したかのように一瞬のうちにフーディンに2本の針を突き刺す。反応が遅れたフーディンは驚愕と痛みに目を見開いていた。

加速し続けたことで威力が増大した『ダブルニードル』はタイプ相性も相まって、フーディンに大きなダメージとなった。

 

カツン――と音が鳴った。地面に金属がぶつかった音――フーディンの手から零れ落ちた2本のスプーンの音だ。

 

力尽きたフーディンは背中から地面に倒れこんだ。

 

勝敗は決した。

 

「俺たちの勝ちですよナツメさん」

 

俺がそう言うが、ナツメさんからは何も反応が無い。

 

 

「……るな」

 

深く静かにナツメ声を上げた。

 

「ふざけるなああああああ!!!」

 

暴風が吹き荒れる。

全身を貫くほどの破壊的な圧力が襲い掛かってきた。

 

隣のリカと後ろのカスミが悲鳴を上げる。

 

「私が負けるなんてあり得ない」

 

「そうだよ、私が負けるなんてあっちゃいけないんだよ!」

 

「……消えろ」

 

「消えてよ」

 

「「私の邪魔をするものは全部消えろおおおおおおおお!!!」」

 

壁に数多くのへこみが生まれ、地面が抉れて削れていく。

体にかかる圧力も時間と共に増加している気がした。

 

「きゃあ!」

 

「な、なんなのこれ!」

 

まずい、これは本格的にまずい。このままだと命にかかわる。

せめてカスミとリカだけでも逃がさないと。

 

そう思っていた時、俺たちの前に出現する存在があった。

目の前にいたのは見覚えのある男性だ。

 

「無事か君たち」

 

「あんたはあの時のおじさん!?」

 

「ナツメの超能力が暴走を始めた、早く逃げるんだ!」

 

「テレポーテーション!」

 

瞬間、景色が大きく変化した。

 

 

 

***

 

 

 

気が付くと俺たちはジムの外にいた。

あまりの衝撃に俺は息も絶え絶えだ。

リカとカスミも同様で、肩で息をしていた。

 

「まさかナツメに勝つとは、驚いたよ」

 

おじさんが声をかけてくる。

 

「あの、あなたはいったい……」

 

「私は……ナツメの父親だ」

 

「「「えっ!」」」

 

驚きの正体だった。

 

「そもそもあの娘が超能力を扱えるのは親である私と妻が超能力者だからだ」

 

さっきのテレポーテーションがなによりの証拠だな。

そこからおじさんは語りだす。

 

「ナツメも昔は優しくて少し悪戯好きの女の子だった。だがある日あの娘は私たち譲りの超能力を使いこなし始めた。しかもその力は親である私たちを遥かに凌ぐもので、あの娘はすっかりその虜になってしまった。力を抑えることもなく自分の好きなように超能力を使ってしまったのだ。周りの人間やポケモンにもその力を振るい、大惨事になりかけたこともあった。成長してポケモントレーナーを目指し、ついにはジムリーダーになれるほどにもなったが、自分の超能力を強くしていき、もう誰にも止められないほどの力を身に着けた」

 

悲しそうな目で、なにかを思い返すようにおじさんは空をを見上げる。

 

「超能力を抑えようとしないあの娘を私と妻はなんとか諫めようととした。だがあの娘はそれに怒り私たちを超能力でを向けて攻撃してきた。私はかろうじて無事だったが、妻は昏睡状態になってしまったのだ。妻は今も目を覚まさない」

 

おじさんは言葉を区切る。

 

「私は自分のことで精一杯で妻も娘も救えなかった。情けない話だ」

 

自嘲するように後悔するようにおじさんは呟く。

 

 

「君たちが戦ったのは変わり果てた冷酷なナツメ、そしてあの少女は無邪気なナツメだ。あの娘は超能力で自分の人格をああして分けていたのだ」

 

なんでもありだな超能力って。

 

「自分の敗北を認められないナツメは暴走してしまった。ナツメがああなってしまっては、ジム内だけじゃなく、この街そのものに大きな被害を出してしまうだろう。君たちは早くこの街を出るんだ」

 

「……ナツメさんはどうなるんですか?」

 

リカが問いかける。

 

「……正直わからない。だがあのまま強力な超能力を暴走させているのはあの娘自身にも危険だ。私がなんとかする」

 

「おじさんにできるんですか?」

 

カスミが問いかける。

 

「それもわからない、だがなんとかしなくてはならない。たとえ命を落とすとしてもだ」

 

 

これはきっと家族の問題、部外者が立ち入るわけにはいかないのだろう。

 

 

だけど――

 

俺は立ち上がり、ヤマブキジムを見上げた。

 

「サトシ?」

 

カスミが疑問の声を上げる。

 

「あのさ、リカ、カスミ、俺、あの人をあのままにはしておけないんだ」

 

ここで逃げたら絶対に後悔する。

 

「はー、まったく、あんたならそう言うと思ったわ」

 

「このまま知らんぷりなんてできないよね」

 

カスミとリカも俺の気持ちを理解してくれたのか、俺の隣に立ってくれた。

 

「な、なにをする気だ」

 

おじさんが焦った声を出す。

 

「ジムに戻ってナツメさんを正気にします」

 

「無茶だ君たち、あの念力の嵐の中を進むなど自殺行為だ! 大怪我だけではすまんぞ!」

 

「かもしれない。だけど、目の前で泣き叫んでいる人を見捨てて逃げるのもなんか後味悪いんですよ」

 

「な、泣いてる……だと?」

 

「俺たちには超能力は無いですけど、それでもできることはあります」

 

「……本気なのか?」

 

「はい」

 

「わかった。力を貸してくれ。ナツメを元に戻そう」

 

納得してくれたおじさんと共に俺たちはヤマブキジムへ向かう。

 

 

 

***

 

 

 

おじさんを説得したサトシたちはヤマブキジムに戻っていた。

 

バトルフィールドの扉の前にはジムの人間が集まっていた。

そのうちの一人、マスク男が俺たちに気づくと道をふさいだ。

 

「なにをしに来た。今この先は危険だ。ナツメ様がお怒りでとても入れない」

 

「それをどうにかしに来た。中に入れてくれ」

 

「なにを言ってる。中は地獄でとても人が入れる状況にはない。ナツメ様の怒りが鎮まるのを待つしかない!」

 

「その怒りの原因は俺たちだからな。責任を取ってどうにかしたい」

 

「だが……」

 

「どうにか彼らに任せてくれないか?」

 

おじさん、ナツメの父親も頼んでくれた。

 

「貴方は!? わかりました。貴方がそう仰るのなら、どうぞ。ナツメ様をお願いします」

 

マスクの男は引き下がり、ジムの人間たちも道を開けてくれた。

 

「ここの人はおじさんのこと知ってるの?」

 

「そもそも私はヤマブキジムのジムリーダーだったからな」

 

「マジっすか」

 

意外な秘密……でもないのか? ジムリーダーの親だし。

そんなこと思考を中断して、俺たちは扉を開けた。

 

 

 

***

 

 

 

サトシは吹き荒れる念力の嵐の中心にいるナツメを見た。憎悪に満ちたその目はサトシたちを害さんという意志が強く籠っていた。

 

サトシはその目を射抜き返すと一歩踏み出した。

 

「……私もなんとか超能力で相殺するようにしてみるが、長くは持たないぞ」

 

「ええ、それで十分です。それじゃあ行ってきます」

 

 

サトシはフィールド、その向こうにいるナツメに向かって歩き出した。

吹き荒れる念力の嵐がサトシに襲い掛かろうとした。

 

「むん!」

 

男が念じるとサトシを守るように念動力が発生する。

 

サトシは後ろを見て男と頷き合うとそのまま歩みだす。男の念動力がナツメの念動力と拮抗する。

 

「ぐぅ……」

 

しかし、男の念動力は数秒耐えただけで破られ、再びナツメの念動力の嵐が吹き荒れる。

 

念動力の衝撃波がサトシに襲い掛かる。しかし、サトシは僅かに後退しただけで歩みを止めない

 

「な、まさか、ナツメの超能力を耐え抜いているのか? 彼は超能力者ではないはずなのに、いったいどうやって」

 

「サトシが言っていました。エスパーには、『知識』と『心』と『精神』で対抗できるって、さっきのバトルもその考えがあったから勝てたんです」

 

「それを今度は自分で実践してるんです。それはきっと、ナツメさんを助けるためなんだと思います」

 

「どうしてそこまで……」

 

「あいつはそういう性格なんです。それにさっきサトシが、ナツメさんが泣いてるって言ってたでしょ。きっとサトシは何かに気づいたんです」

 

まだ少年であるはずなのに、ここまでの覚悟を持っていることに男は戦慄した。同時に、自分の娘を、ナツメを元に戻す最後の希望なのだと確信した。

 

 

 

***

 

 

 

「ぐ……!」

 

体にかかる圧力が強まり、一歩で進む距離が次第に短くなっていく。そして進むことさえ困難になった。

まずい、このままだと押し返される!

そう考えた瞬間には、俺の両足は地面を離れていた。

吹き飛ばされそのまま背中から壁に激突する自分を想像したが、そうはならなかった。

 

背中から俺を何かが押さえる、いや支えた。

 

「っ……しっかり、しなさい!」

 

「くぅ……ナツメさん、助けるんでしょ!」

 

「カスミ、リカ……!」

 

俺を支えているのはカスミとリカだった。

2人はナツメの超能力の圧力に押されながらも俺が前に進むことを手伝ってくれた。

 

女の子にここまでされては投げ出すなんて男が廃るよな!」

 

俺は足腰に力を込めて一歩、また一歩進んでいく。

ナツメの念動力が強まるのを感じる。だが、今度は絶対に押し返されることが無いという確信があった。

俺の後ろには心強い仲間がいる。

彼女たちが一緒なら乗り越えられないものはない。背中から感じる温もりは俺に勇気を与えてくれた。

 

ナツメの玉座は目前だった。

 

「来るな、消えろ、消えろ消えろ消えろ!!」

 

悲鳴にも近いナツメの叫び。

それでも俺は、俺たちは止まらない。

 

俺は最後の一歩を進む。

 

「「いっけえサトシ!!」」

 

仲間たちの声を背に俺はナツメの元までたどり着いた。

ナツメの殺意の籠った眼光を見つめ返し俺は口を開く。

 

「ナツメさん……」

 

 

 

「そろそろ起きたらどうですか?」

 

 

 

***

 

 

 

「ナツメが眠っている? どういうことだ?」

 

「おじさん言いましたよね。ナツメが変わり果ててしまったって。それで思ったんです。ナツメさんは変わったのではなく、違う人格になったんじゃないかって、本来のナツメさんは眠っていているんじゃないかって。それに調べてわかったんです。超能力者は眠っていても超能力を使うことができる。一見ナツメさんは当たり前のように起きているように見えて、実は眠ったままだと思うんです」

 

これらは根拠も何もない希望的観測に過ぎなず確証はない。だけど、ほんのわずかにでも可能性があるのならこれを信じてみたい。

 

「君の予想が正しいとして、いったいどうするんだ?」

 

きっとこのおじさんも同じだ。ナツメさんを元に戻せる可能性に賭けたいはずだ。

 

「そりゃもちろん、寝ている人は起こすんですよ」

 

 

 

***

 

 

 

「何を、言ってる!」

 

「言葉通りだ。あんたは眠ったままだ。夢の世界に逃げて、違う自分で他人とかかわっている。だけど、もう終わりにするんだ」

 

「黙れ、これが私だ! 貴様などにわかるものか!!」

 

「ああそうかよ、だったら、無理やりにでも起こしてやる!」

 

「このぉ……! 私に触れるなああああああ!!!」

 

俺は手を伸ばしてナツメさんの肩に触れた。

瞬間、視界が暗転した。

 

そこには灰色の世界が広がっていた。

空も地面もあたりにある建物も全部が灰色。

行き交う人たちもポケモンたちも灰色。その表情からはなんの感情も伺えない。

 

俺は意を決して歩き出す。

 

歩いているうちに一軒の家にたどり着いた。

 

俺はドアノブに手をかけ回す。鍵はかかっておらず、ドアはあっさり開いた。

 

玄関から挨拶もなしに入ると俺は目の前にある階段を登る。完全な不法侵入だが、そんなこと気にしてられない。夢の世界で気にする必要もないと思うが。

 

2階にたどり着くと、そこには扉があった。

ドアノブを握り、回す。

 

扉が開くとそこには人形やぬいぐるみがあり、ファンシーな装飾のいかにも女の子が好むような部屋だった。

 

そして窓際にあるベッドには少女が、いや女性が膝を抱えて座っていた。

 

「行きますよ」

 

「……いや」

 

「ずっとこのままでいる気ですか?」

 

「私の力は危険なの、もう嫌……誰も傷つけたくない」

 

そこにいたのは紛れもないジムリーダーのナツメ。だが、ジムバトルをした女性とは別人に思えるほど弱々しく見えた。

 

「勝手に諦めてるだけじゃないんですか?」

 

「……どうにもできない。私はずっとここにいたい」

 

「そんなことないです。あなたも心から現状を変えたいと願えば――」

 

「わかったようなこと言わないで! 私だって、なんとかしたいと思った! だけどダメだった。力を使うと、私が私でなくなっていくの、コントロールできない! そうして、みんな私から離れていった。私はもう自分の超能力を鍛えるしか道がなかった。強くなって自分を守るしかなかった」

 

顔を上げたナツメさんが叫んだ。

恐れているような彼女の顔を見て、絶対に救わなければいけないと思った。

 

「……あんたの父親から話を聞いた」

 

「……そう」

 

「昔のあんたは普通の女の子で無邪気で少し悪戯好きなところもあったって、けど変わり果ててしまったって。それで考えたんだ。ジムで俺が出会った冷たい雰囲気のナツメは、強くなりたいあんたの理想形、小さな女の子は無邪気なあんたそのものなんだって、違うか?」

 

「よく、わかったわね」

 

他者を傷つける恐怖、他者から恐れられ疎まれる恐怖、その恐怖にナツメさん自身が耐えられなかった。その恐怖に打ち勝つための生み出されたのが、冷酷なナツメ。

 

「恐怖と孤独が強いあんたを求めたんだな」

 

「……その通りよ」

 

俯きながら認めるナツメさん。

 

 

「今の冷酷なナツメさんに全部押し付けたら、これから先より多くの人を傷つけるかもしれない。それはあんた自身が止めないといけない」

 

「私がいたってどうにもならない……」

 

ナツメさんは諦めかけている。希望などないと思っている。

絶望しきった人間にはどんな言葉が届くのだろう。

それは正真正銘の俺自身の本音だ。

 

「そうやって逃げてばかりじゃなにも解決しない!」

 

「逃げて悪いの!? どうにもならないことから、自分ではどうしようもないことから、逃げちゃいけないの!?」

 

「逃げるのが悪いんじゃない、逃げてなにもしないのがいけないんだ!」

 

「!?」

 

「どうしようもないなら逃げてしまうのは仕方ない、だけど大事なのはその後なんだ。そこから自分がどう進むかなんだ。あんたは逃げ続けている。これ以上逃げると、状況は悪化するだけだ。どうにかするには今しかないんだ」

 

諦めるしかないと、自分はもうダメだと思い込んでるだけなんだ。

 

「それにあんたは孤独じゃない、あんたの父親は今でもあんたを心配して力を尽くしている。それにこのジムにはあんたを慕う人たちもいる。それはあんたの強い超能力に魅了されたのかもしれないけど、その人たちとは自分自身で向き合わないといけないんだ」

 

「……」

 

「本当はあんただって、このままは嫌なんだろ。あの無邪気な少女は、あんたが自分でワザと残した存在だ。自分がそこにいたってことを誰かに知ってもらいたかったんだ」

 

ナツメさんにはまだ外の世界に未練がある、やりたいことがあるんだ。

 

「それに、あんたはいつも誰かに呼び掛けてた」

 

「何を――」

 

「時々頭痛を感じてた。あれは、あんたが俺に送ったテレパシーだ」

 

「っ!」

 

「最初はよく聞こえなかった。だけど、何度も聞いているうちに声が聞こえた。『助けて』って」

 

それをたまたま俺が聞いたんだ。

 

「……そうね、私は助けてほしかった。でも、それは図々しいお願いだった。私にはそんな資格はない」

 

「そんなことない。さっきも言ったがあんたが心から願うんだ。あんたが自分の意志でここを出る決心をするんだ」

 

ナツメさんは俯いて沈黙している。

 

「ずっと怖がってた外に出るのは簡単じゃないよな」

 

頷くナツメさん。

 

「だったら、俺も手伝うよ」

 

顔を上げるナツメさん、その顔には疑問符が浮かんでいた。

 

「俺があんたを外に出すために協力する。それに友達がいないのが苦しいなら、俺がナツメさんの友達になりたい」

 

ナツメさんは戸惑いを隠せないという表情だ。

 

「……どうして? どうして私に優しく、友達になろうとしてれるの?」

 

「あんたとバトルして思ったんだ。エスパーポケモンたちはよう鍛えられていたし、あんたを信頼していた。そうやってポケモンたちから信頼されるトレーナーはきっと良い人なんだって。俺、そんなすごいトレーナーとは仲良くなりたいんだ」

 

俺は言葉を区切る。

 

「それにこのまま無理やり引っ張り出したとして、そのままサヨナラなんて無責任かなってさ。だから、できる限りのことはしたい。あんたには前に進んでほしいから」

 

目を見開いたナツメさん。だけどすぐに俯いた。

迷うということは、ほんの少しの希望が生まれたということだ。

 

 

 

「……でも私は取り返しのつかないことをした。お父さんとお母さんを傷つけてしまった。きっと許してくれない」

 

だがそれでも踏み出せないナツメさん、どうすればいいのかと思っていたその時、

 

 

 

 

 

「もう自分を責めないでナツメ」

 

不意に聞きなれない声。

振り返ると、そこには見知らぬ女性がいた。長い黒髪に整った顔立ちは穏やかな表情を浮かべている。

その顔はどこかで見たことあるものだ。

 

「……お母さん?」

 

ナツメさんがそう言うと女性はニコリと優しく微笑む。

この人がナツメの母親。だが今は昏睡状態にいるはずだが、どうしてここに、ナツメさんの心の世界にいるんだ?

 

「お、お母さん……どうして?」

 

「ずっとあなたに呼び掛けてたの。だけど、あなたの強く閉ざされた心には私のテレパシーが届かなかった」

 

眠っていても超能力で呼び掛けていたってことか。ほんとにすごいな超能力者。

 

「でも、今はこうしてナツメに私の声を届かせることができてる。あなたの心が開こうとしているのよ」

 

「ナツメさん、やっぱりあなたはここから出てまたやり直したいと思ってるんだ。その気持ちに従うべきだ」

 

「でも……」

 

それでもなおナツメは躊躇う。

 

「ナツメ!」

 

聞き覚えのある男の声が聞こえた。

 

「お父さん!?」

 

超能力おじさんことナツメのお父さんだ。

どうしてこの人もここに?

 

「母さんの声が聞こえて、ナツメにテレパシーを送ると、ここにたどり着いたのだが……そうか、ここはナツメの心の世界なのか」

 

「ようやく家族3人が揃ったわ」

 

ナツメのお母さんは心から嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「ナツメ……」

 

ナツメのお父さんは安心した表情で語り掛けた。

 

だが、ナツメは益々辛そうな顔になり俯いてしまった。

 

すると、ナツメの体が父親と母親の両腕によって優しく包まれる。

 

「すまなかったナツメ、私たちはお前と向き合うべきだった。お前の力を抑えつけることばかり考えていたが、それは大きな間違いだったんだ。それでもまたお前の親であるチャンスがほしい」

 

「あなたが超能力を誤ったことに使うことになってしまったのは親である私たちがそれを教えようとしなかったから。あなたを苦しめてしまったのは私たちの責任。あなたがまだ苦しいというのなら、私たちがそばにいるわ。あなたが乗り越えられるまでずっと」

 

ナツメの眼から雫が落ち、頬を伝う。

 

「どう、して……お母さん、お父さん……わた、私、ひどいこと、いっぱいしたのに……」

 

 

「それは私たちがあなたを愛してるからよ、私たちの可愛いナツメ」

 

「どんな時もお前は私たちが守りたいたった一つの宝物なんだ」

 

「うっ……うわああああああああっ!」

 

ナツメの何かが決壊したように見えた。ナツメは両親の腕に抱かれて泣き叫んだ。

 

「お、父さん……お母、さん……ごめ、ごめんなさいっ……」

 

そこにはようやく向き合えた親子のとても暖かい姿があった。

 

 

 

 

「サトシ君、ナツメをここから連れ出すのを任せたい」

 

「え、お二人と一緒に出ればいいんじゃ?」

 

「私たちは遠くからナツメに語り掛けてるからこれ以上の干渉はできないの。ナツメと一番近くにいるあなたならこの娘を連れだせる」

 

「なに、これでお別れではないんだ。また向こうで会える」

 

「ナツメ、また家族3人で過ごしましょ」

 

そう言うと2人の姿は消えた。

残されたのは俺とナツメの2人だけだ。

 

変な沈黙が流れるが任された以上は責任を果たさなくちゃな。

 

「行こうぜ!」

 

「……うん」

 

俺が手を伸ばすとナツメはおずおずと手を伸ばす。

その白く細長い五指を掴むとナツメはビクリと反応し視線を泳がせた。

 

「どうした?」

 

「だ、だって……」

 

よく見るとナツメの顔はほんのり赤く染まっていた。

 

「お、男の子の手を握るなんて、初めて、だから……」

 

なんじゃそりゃあ! こんな状況でなにを照れとるんだあんたは!

年上のくせに可愛いじゃねえか!

 

なんて考えてる場合じゃないよな。

 

照れるナツメに構わず、手を引き一回まで駆け降りる。そして玄関の扉の前で立ち止まった。

同じく立ち止まったナツメを見ると、その目にはかすかな希望で輝いているように見えた。

 

俺は扉を開けた。

 

 

気が付くと俺は建物内にいた。

玉座にはナツメさんが座ったままだ。すると糸が切れたようにフラりと倒れた。

俺は慌てて、倒れるナツメさんの背中に手を回し体を支える。

 

カツン、とナツメさんの膝の上から落ちた人形が地面にぶつかった。

 

「ん……」

 

長い睫毛の綺麗な眼がうっすらと開かれる。

 

俺とナツメさんの目と目が合う。

そこにいたのは紛れもなく心の中で見たナツメさんだ。

 

「おはようございます。ナツメさん」

 

「……おはよう……サトシ君」

 

俺が言うと、ナツメさんは薄っすらと笑った。

とても綺麗な笑みだった。

 

 

 

***

 

 

 

激動のジム戦から丸一日が経った。

あれからナツメさんとおじさんは目を覚ました奥さんと再会したようだ。

 

今はヤマブキジムの前でナツメ一家と向かい合っている。

 

「本当にありがとう。君たちのおかげでまたこうして家族3人が一緒になることができた。なんと感謝していいのか」

 

「私はここをしっかりしたポケモンジムにするために一から訓練し直すわ。それに自分のことだけじゃなくてジムトレーナーたちのことも考えて話し合っていくつもりよ」

 

「私と夫はこれからナツメのサポートをしていきます。ジムのことや超能力のことも今度は正しく教えていくつもりです」

 

「本当に元に戻って良かったです」

 

バラバラだった家族がまた一つになってよかった。わずかでも力になれたことが俺には嬉しい。

 

「サトシ君……」

 

するとナツメさんが口を開く。顔もどこか赤い。

 

「あの時、言ってくれたこと……その、友達になるって、とっても嬉しかったの。だから、どうしても私からも言いたかったくて……」

 

ナツメさんは一度大きく深呼吸をした。そして、

 

「サトシ君、私と友達になってください」

 

精一杯という顔で告げた。

俺の答えは決まってる。

 

「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」

 

ナツメは嬉しそうに笑った。

するとナツメは俺の両隣にいるリカとカスミを交互に見る。

 

「リカさん、カスミさん、ジムでは本当にひどいことをして本当に申し訳ございません」

 

ナツメさんは頭を下げる。

 

「気にしないでください」

 

「そうです、あなたも苦しんでいたんですから」

 

カスミもリカもなんてことないと笑っている。

2人も初めからナツメさんを怒ってなんかいないんだ。

 

「ありがとう。それでね、その……こんな私ですが、あなたたちとも友達になりたいの。お願いします」

 

「「はい、こちらこそお願いします」」

 

女の子たちもこれで友達になった。

笑い合う美少女たちと美人、うむ素晴らしい。

 

 

「そうだ、サトシ君とリカさんにはこれを渡さないと」

 

そう言ってナツメさんは懐に手を入れてそれを取り出した。

 

「これがヤマブキジムを制した証のゴールドバッジよ」

 

円形の金色に輝くジムバッジが2つ、彼女の手にあった。

俺とリカは手を伸ばしてそれを掴む。

 

「「ゴールドバッジゲットだぜ(だよ)!!」」

 

俺とリカはバッジを空に突き上げて叫んだ。

 

「よしこれで5個目だ」

 

「あと3つでポケモンリーグだよ。もう少しだね!」

 

「そうね、ここが折り返しだけど、きっとここからが大変になってくるわ。油断しないでね二人とも」

 

カスミの言う通りだ。いかんいかん引き締めなければ。

 

「それじゃあ私があなたたちのこれからの旅のことを未来予知してあげる」

 

ナツメさんの思わぬ提案に俺たちは目を見開く。

 

「未来予知ですか?」

 

「うん、まあ簡単な占いみたいなものね」

 

「占いですか、お願いします!」

 

カスミとリカが目を輝かせて飛びついた。

女の子の占い好きはホントなんだなと思いつつ、ナツメさんを見る。

精神を集中させているのか、ナツメさんは目を閉じる。

すると淡い光がナツメさんの全身から出てくる。

 

数秒後、ナツメさんが口を開いた。

 

「あなたたちにはこれから先大きな困難が待ち受けている。だけど、自分と仲間を信じれば乗り越えていける。決して希望を捨てないで」

 

仲間を信じ、希望を捨てるな、か。

最初からしているつもりだったが、改めて言われると本当にそれが大事になってくるんだってことがわかった。

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「「ありがとうございます」」

 

 

「あと、サトシ君は女難の相もあるからね」

 

「はい?」

 

不意打ちに俺は呆気にとられる。

 

「行く先行く先で女の子にかかわって苦労するらしいわ。女の子にだらしないのはダメよ?」

 

「あ、はい……」

 

いやいやそんなぁ、人を女たらしみたいに言わんといてくださいよ。

 

すると両腕がガッチリ掴まれる。

 

右にカスミさん、左にリカさんだった。

細い腕と柔らかな胸の感触が伝わってきて嬉しい、と思えなかった。

なぜなら2人の目のハイライトが消えていたからだ。

 

「……しばらく離さないから」

 

「……フラフラしたらダメだからね」

 

「いやいや2人ともそんな大げさな――」

 

「「は?」」

 

「――あ、すいません」

 

2人の目はまさに漆黒の闇そのものだった。これ以上見ていたら闇に飲まれてしまいそうだった。

なので俺の選択は沈黙だった。

 

 

「それじゃあ私たちは行きますね」

 

「お世話になりました」

 

「し、失礼します。またどこかで」

 

半ば強引に挨拶を済ませて俺たちは次の町を目指した。

今なお俺はリカとカスミにホールドされて歩いている。

ナツメ一家は暖かい目で見ていたが、現在の通行人からの視線が痛い、痛すぎる。

 

いつまでこのままなのかな……

 

 

 

***

 

 

 

自分がサトシを一人の男性として意識しているのは紛れもない本心だ。だけど、旅をする彼に対してジムリーダーとしてこの街にいなくてはいけない自分ではもうこの先会う機会もほとんどないのでは、と不安に思っていた。

しかし、先ほどの未来予知ではサトシとリカとカスミと一緒にいる自分が見えた。おそらくそう遠くない先の話だろう。

 

「私にもチャンスはあるんだね」

 

サトシたちが去った方向を見つめるナツメ。

 

「負けないわ」

 

彼との未来を夢想すると思わず笑みが零れる。

 

「きゃはは」




特防にかんしては勝手な理論を作りました。エスパータイプのチートさに対抗するにはこれかなと我ながらめちゃくちゃですが。
また今後も待たせてしまうこともあるかもしれませんが、これからもお付き合いいただければ幸いです。

また活動報告にて、ご相談したいことがありますので、そちらもよろしくお願いします。


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ポケモンたちの森

またこんなに時間がかかってしまいました。
申し訳ないです。

今回の話は不快になる表現があります。


木々は風に揺れ、葉と葉が擦れる音が耳をくすぐる。

日光が多くの葉を通し、細く小さな光となり、地面を点々と照らし新しい模様を描いているように見える。

深呼吸すると樹木から発せられる優しい香りが全身を駆け巡り、都会の喧騒や汚れた空気で満たされた体を洗い流してくれるようだ。

母なる自然が与える癒しに感謝しつつ俺は目を閉じる。

 

「はあ、森林浴はいいよなー」

 

「こらそこ現実逃避しない!」

 

カスミが俺にビシッと指差し一喝、安らぐ気持ちが霧散する。

 

「しかしですねカスミさん。こんな状況なんだぜ、現実逃避の一つや二つしたくなるだろ」

 

「あはは……すっかり迷っちゃったね」

 

そう、我々は絶賛迷子なのである。

ヤマブキシティを出て数日、旅を続けると次の町の間にある森に来た俺たち、入っておよそ1時間で迷子になってしまった。

なんというかお約束にでもなってるかのように迷ってしまう俺たちであった。

 

「とりあえずタウンマップを見直してみようっと……あれ、えーとどこだっけな……」

 

さっき取り出したはずのタウンマップが見つからないため、俺はバッグの中を地面にあらかたぶちまけて目的のものを探す。

 

「まったくあんたは、バッグの中もうちょっと整理しときなさいよ。肝心な時に見つからないんじゃ意味ないわ」

 

またもカスミからお叱りを受ける。

うんまあ、ほしいものがあったらホイホイ買ってバッグに突っ込むのは俺の悪いくせだと思うよ。

だけどほら、長いこと使っているとどこに何があるかなんとなくわかって、一見ぐちゃぐちゃに見えて俺の中ではかなり整理されているもんなんだぜ。

まあ、タウンマップ一つ見つけるのにも苦労しているわけだけど。

 

とにもかくにも見つけるべきは人のいる場所。

町でなくても、ポケモントレーナーの通り道に存在するポケモンセンターでも見つかればそこでゆっくり休むことができる。

 

ガサリッ、と草が揺れる音が聞こえた。

 

「あれってイーブイか」

 

「わあ可愛い!」

 

3体もいるなんてな。このあたりはイーブイの生息地なのか?

 

「あ、行っちゃうよ」

 

「追いかけましょう」

 

イーブイは野生の個体を見ることはほとんど少ない珍しいポケモンだ。

是非ゲットしようと追いかける。

 

木々をかき分け森を進んでいくと生き物の気配、そして鳴き声が近づいてくるのがわかった。

 

広い原っぱにまで近づくと、そこにあるのは予想通りで予想外の光景が広がっていた。

 

ポケモンたちが群れを作り、共に過ごしているということが予想通りで、そこにいるポケモンは種族もタイプもバラバラのポケモンたちだった。

先ほどの3体のイーブイに加えて、ガーディ、ロコン、プリン、カラカラ、ヤドン、ニョロモ、パウワウ。ピカチュウ、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメまでもいた。

 

ちなみにピカチュウ、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメは俺の持つ同種よりもずいぶん小さい。

 

野生のポケモンは自分たちと同族、同系統のポケモンで群れを形成することが多く、違う種族であれば喧嘩や縄張り争いになることも多い。それにもかかわらず、ポケモンたちは争うことなく仲良しといった雰囲気で一緒にいる。

 

「水ポケモンもこんな森の中で暮らしてるの?」

 

「川なら近くにあったよね。あの辺りにいるのならおかしいことはないんだけど」

 

カスミの疑問にリカも意見を出す。

水辺に住むはずにヤドン、ニョロモ、パウワウ、ゼニガメ。それが陸に上がって他のポケモンたちと遊んでいる。

 

「ということはわざわざここまで来てほかのポケモンたちと遊んでるのか?」

 

まるで友人の家に遊びに行くようなポケモンの行動に驚く。

リカもカスミも俺の言葉にハッとした顔になる。

 

「おや、君たちは?」

 

不意に声を掛けられ振り返ると、初老で眼鏡をかけ白衣を着た男性が立っていた。

 

「こんにちは、勝手に入ってすいません。俺たちはポケモンリーグを目指して旅をしている者です」

 

「おお、旅のトレーナーかね。こんな森深くまで来るとは冒険心に溢れている。うむ、若さとはいいものだ」

 

おじさんは自分の髭を撫で感心したように頷いた。怒られなくて良かったとホッとする。

 

「俺、マサラタウンのサトシです」

 

「同じくマサラタウンのリカです」

 

「ハナダシティのカスミです」

 

「私はここのポケモンたちの管理をしているスギヤマという。タマムシ大学で教授をしている」

 

大学教授とはそれはすごい。

なんとなく姿勢を正しながら俺はスギヤマさんに質問する。

 

「ここはポケモンの保護区なんですか?」

 

「うーむ、少し違う。公的に認められたものではなく、私たちの団体がポケモンたちをこの森で生活させているんだよ。保護というよりも、ポケモンたちの様子を観察し記録しているだけなんだ。病気や怪我をした場合に治療を施すことはしているがね」

 

つまり、これも一つのポケモンの研究なのだろうか。

 

「皆、ここで自由に遊んで暮らしている。中には森を出て違う場所へ行くポケモンもいるようだよ」

 

「全部を管理しているんじゃなくて、ポケモンたちのやりたいことをさせてるんですね」

 

「うむ、それがポケモンたちにとって一番だと思っているからね」

 

そう言いポケモンたちを見る教授、つられて俺たちも顔をポケモンたちに向ける。

種族もタイプも違うポケモンたちは争う様子など皆無で楽しそうに遊んでいる。

 

「種族の違うポケモンなのにこうも仲良くできるものなんですね。私たちびっくりしました」

 

「そのことには私たちも驚いている。種族の違うポケモンが同じ場所に生息している場合、争うことは少ないとしても、互いに協力し合って暮らすということは非常に珍しいことだ。ポケモンとは本来こうして種族に関係なく一緒に暮らせる生き物ということなのかもしれない」

 

考えてみればポケモントレーナーに連れられているポケモンは種族が違うことが多いよな。

俺たちだってそうだ。

 

微笑ましく思いながら眺めている――ーその時だ。

 

「「「なーはっはっはっはっは!!!」」」

 

不意に森の中に高笑いが木霊した。

しかも聞いたことのある声だ。

 

「「「ロケット団!!?」」」

 

「む? 彼らは知り合いかね」

 

スギヤマさんは怪訝な顔でロケット団を見る。

 

「なんだかんだと聞かれなくとも」

 

「答えてあげるが世の――」

 

コジロウのセリフは途切れてしまった。それは―――

 

「―――わ、ちょ、こらやめろ!」

 

「バウ!」

 

「コーン!」

 

コジロウにガーディとロコンが飛びついたからだ。

 

「まだ名乗りの途中でしょ、な、わぶっ」

 

「カラ!」

 

「ゼニィ!」

 

ムサシにはカラカラとゼニガメが飛びついた。

 

「ポケモンたちがロケット団を追い払おうとしているのか?」

 

森で暮らすポケモンたちが敵を追い払おうとしている姿に瞠目した。

が、しかし、ロケット団に飛びついたポケモンたちの様子を見て、すぐに違和感を覚えた。

 

「ねえ、あの子たち、笑ってない?」

 

「うん、なんだか楽しそうだね」

 

カスミとリカの指摘はまさにそうだ。

ガーディとロコンとカラカラとゼニガメは、皆ロケット団に飛びついて、楽しそうに笑っていたのだ。

まるでじゃれているように、遊んでいるように。

 

 

 

「お、おいニャースこいつらどうにかなんないのか!?」

 

「あんたから説得しなさいよ!」

 

「お、おミャーらやめるのニャ。ニャーたちは泣く子も黙るロケット、ニャニャ~」

 

「ヤ~」

 

「カゲ!」

 

「ダネ!」

 

ニャースはポケモンたちに物申してやろうとしたのだろうが、不意現れたヤドンとヒトカゲとフシギダネにじゃれつかれて動けなくなった。

 

「『珍しいお客さん、遊んで遊んで~』と言ってるニャ……」

 

それでも通訳をする姿勢はプロ根性というものだろうか。

というよりお客さんて、

 

「くっ、誰が遊ぶものか、俺たちはお前たちを――ちょ、お、重い……!」

 

「こっのぉ……いいかげんに離しなさい――」

 

「ははは、今日は千客万来でこの子たちも喜んでいるのだな」

 

スギヤマさんは顎の髭を撫でながら微笑ましそうにポケモンたちとロケット団のじゃれ合い――というか一方的なものだが――を眺めている。

こいつら一応悪党なんだけどな。

 

「こうなったらまとめて捕まえてやるわ。こっの、離れなさい! 行きなさいアーボ!」

 

「お前もだドガース!」

 

「シャー!」

 

「ドガ~ス」

 

するとムサシとコジロウは我慢の限界なのか、ポケモンたちを振り払うと、自分たちのポケモンであるアーボとドガースを出した。

 

アーボとドガースは主人の危機を助けるべく、ムサシとコジロウにじゃれつくポケモンたちに後ろから襲い掛かろうとする。

 

さて、俺も行くか。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』」

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

俺の指示に瞬時に反応し、得意の電撃をロケット団とそのポケモンにお見舞いする。

 

「「「あばばばばばば」」」

 

ロケット団たちは電撃をまともにくらい痺れ黒焦げになる。

 

「ちょっとなにすん――」

 

「おいこら」

 

俺の声は自分でも驚くくらい低くドスが効いていた。

 

「ここのポケモンたちに変な真似したら……わかってんだろうな?」

 

「ピカァ……?」

 

ピカチュウの『こわいかお』(覚えないけど)

 

「「「あ、はい、すいません」」」

 

よし、わかってくれたみたいだな。

お話完了。

 

 

 

***

 

 

 

「それにしても、ロケット団と遊びたがるなんて」

 

俺たちはスギヤマさんにロケット団のことを簡単に説明した。

 

「なるほど、ロケット団か。しかし、ここのポケモンたちがあれほど気に入ったようだからね。私はそんなに悪い人間とは思えないな」

 

ポケモンに好かれる人間に悪者はいない、ということか?

しかし、あいつらは悪の組織に所属してるし、人のポケモンを捕るような連中だし、うーむ……

 

「それにここは、めったに人が来ない場所だからな、私以外の人間やトレーナーのポケモンが彼らには珍しいんだよ」

 

「どうだろう、君たちさえよければここのポケモンたちの遊び相手になってくれないだろうか」

 

「はい、俺たちでよければ協力させてください」

 

 

 

「じゃ、じゃあ俺たちはこの辺でお暇させて――」

 

「そんじゃさいなら――」

 

「お前らも手伝え」

 

ロケット団はそそくさと帰ろうとするがそうはいかんぞ。

 

「は、なんで――」

 

「て・つ・だ・え。いいな?」

 

罰も兼ねて俺たちの手伝いをしてもらう。

 

「「「は、はい……」」」

 

あれこれ迷惑かけてくれたんだから、少しくらいは奉仕活動をしてもらうぞ。

お話完了パート2.

 

 

 

***

 

 

 

「みんな出てこい!」

 

俺たちは自分のポケモン全員をモンスターボールから出す。

モンスターボールから出てきた俺たちのポケモンたちに、森のポケモンたちは興味津々といった感じで近づいてきた。

 

ピカチュウは同族のピカチュウと一緒に走り回っている。

 

「ピカ」

 

「チャー」

 

フシギダネはフシギソウと一緒に蔓を使って小さなフシギダネを持ち上げ高い高いをしてあげ、ヒトカゲとゼニガメとピッピはおもちゃのモンスターボール柄のボールで小さなヒトカゲとゼニガメと遊んでいる。

 

「ダネ」

 

「ソウ」

 

「ダネダネー」

 

「カゲカゲ」

 

「ゼニ」

 

「ピッ」

 

「カゲ」

 

「ゼニゼニー」

 

ニドリーノはニドリーナと一緒にガーディとロコンと追いかけっこをしている。

 

「リノ」

 

「リナ」

 

「バウ」

 

「コン」

 

スピアーとバタフリーは低空飛行しながらカラカラとプリンとじゃれ合っている。

 

「スピ」

 

「フリ」

 

「カラ」

 

「プリ」

 

カスミの水ポケモン――ヒトデマン、スターミー、トサキント――は近くの川で水ポケモンたちと泳ぎながら遊んでいる。

 

「ヘア」

 

「フウ」

 

「トサキ~ン」

 

「ヤ~」

 

「パウー」

 

「ニョロ」

 

「ったく、なんであたしたちがこんなことしなくちゃならないのよ」

 

「仕方ないだろ、下手なことしたらジャリボーイに物理的に抹殺される」

 

「今は大人しくするのが賢明ニャ」

 

ロケット団のポケモン――アーボとドガース――も森のポケモンたちと楽しそうに遊んでいる。

ニャースも渋々といった感じだが、小さなポケモンたちの相手をしている。

 

ムサシとコジロウも納得いかないようだが、今は大人しくしてくれている。

 

 

こうして楽しそうに遊ぶポケモンたちの姿は見ていて胸が暖かくなってくる。リカもカスミも優しく微笑んで見ている。

 

誘ってくれた教授も嬉しそうにこの光景を見て笑っている。

 

「「「イブイ!!!」」」

 

するとリカとカスミの足元に3体のイーブイが集まった。

 

「あなたたちどうしたの?」

 

「向こうでみんなと遊ばないの?」

 

「イーブイたちはカスミとリカと遊びたいんじゃないか?」

 

「そうなの?」

 

「「「ブイブイ!!!」」」

 

「そっか、そういうことならこっちにいらっしゃい」

 

「おいで甘えん坊さん」

 

言われたイーブイたちは嬉しそうにリカとカスミに飛び掛かる。

 

1体のイーブイはカスミの膝の上で頭や顎の撫でられ、2体のイーブイは歩くリカに着いていき、追いかけっこのようになる、リカがクルクルと回るとイーブイたちも右に左に駆ける。

 

「はは、モテモテで羨ましいな」

 

「ふふーん、いいでしょう」

 

「えへへ、ホントに可愛いよ」

 

小さくて可愛らしいポケモンたちと戯れる美少女2人、うむ眼福眼福。

 

チラリと隣を見ると、教授も暖かい目でポケモンたちを見ていた。

ふと気になり俺は教授に尋ねる。

 

「教授、それにしてもこれだけ種族がバラバラのポケモンをよく一か所に集められましたね。生息地も違う彼らをここに連れてくるのは容易ではなかったでしょう?」

 

「……いや、彼らは」

 

そこで教授は言葉を区切る。口を閉ざす教授の顔はとても苦しそうだった。やがて教授は口を開く。

 

「……君たちになら話してもいいだろう。いや、君たちには聞いてほしい」

 

教授がそう言うとリカとカスミ、ロケット団の2人と1体は教授の周りに集まる。

 

「ここのポケモンたちは同じ場所で生まれたのだ」

 

その言葉の意味を理解できなかった。

 

「あの、それはどういう――」

 

「君たちはポケモンミルという言葉を知っているかね?」

 

その言葉を聞いた瞬間、胸の中に嫌な気持ちが満ちていく。

 

ポケモンミル――「ポケモン工場」を意味する単語だ。

 

営利目的にポケモンに大量のタマゴを繁殖させ、生まれたポケモンを販売するという悪質なビジネスを行う人間たちのことを指す。

多くのポケモンたちを小さな建物の中に隔離し、カゴの中に閉じ込めて、必要最低限の食糧しか与えない。また、排泄物の処理や掃除など一切しないため、その場所は必然的に劣悪な環境となる。しかし、連中はそのままほったらかしでタマゴが生まれない限りポケモンたちに関心はない。

そして、ポケモンの健康状態や疾病も気にしない。

母体がタマゴを生むことは体に負担がかかるため、次のタマゴを産むためには本来なら時間を置く必要がある。しかし、ポケモンミルはポケモンの負担を気にしない。体力が落ち衰弱したとしても、別の個体を使えばいいという感覚しか持ち合わせない。

連中にとって生まれるポケモンは「商品」、タマゴを生むポケモンは「設備」でしかなく、愛情なんか欠片もないのだから。

 

 

 

「ここにいるポケモンたちは、全員ポケモンミルによって生まれた子たちなのだ」

 

「っ!?」

 

なんとなく察したが直接その言葉を聞くと胸に響く衝撃は大きかった。

見るとカスミとリカは息を飲み、悲痛な顔をとなっていた。

 

ポケモンミルは深刻な社会問題。今までに多くの実行犯が逮捕され厳罰を受けた。

だがポケモンミルは未だにあらゆる地方に存在にいるのが現状、今もどこかで自分の利益のためにポケモンたちを苦しめてる人間がいる。

 

「劣悪な環境から解放されたあの子たちには新しい居場所が必要だった。私たちはあの子たちを引き取ってくれる家庭やトレーナーたちを探した。引き取り先は思ったよりもすぐに見つかった。ポケモンたちは新しい場所で幸せに生きていけると私たちは思っていた。だが、そこから別の問題が出てきたのだ」

 

「別の問題?」

 

俺の疑問に教授は悲しそうな顔で答えた。

 

「引き取ったポケモンを家で面倒が見切れなくなった、育てても強くならない、という理由で引き取ったポケモンたちを逃がす人たちが現れたのだ」

 

「な――」

 

あまりに理不尽な話に俺は絶句する。カスミもリカも同じ気持ちなのか、驚愕に目を見開く。

ロケット団は眉を顰め、黙って教授の話を聞いていた。

 

「逃がされ自然の中で生きることを余儀なくされたポケモンたちだが、人の手の中で生まれ、人の手で育てられてきた彼らは自然の中で生きる術など知るわけがない。食料の見つけ方も、他のポケモンとの戦い方も知らないポケモンたちはすぐに自然の厳しさで傷ついていった」

 

「だから私たちは、身勝手な人間の被害者であるポケモンたちが自然の中で生きられるように、こうして他のポケモンたちと共に自然での生き方を学ばせているんだ」

 

深刻な問題はポケモンミルだけじゃない。人間の身勝手で逃がされたポケモンたちが苦しんでいる。

そう簡単に失くせない大きな問題に俺の胸には悔しさが沸き上がる。

 

「身勝手といえば、私もあまり人のことを言えないがね」

 

教授の足元にフシギダネが近寄る。その子は教授の足に顔を擦り付け気持ちよさそうな顔をしている。

その様子を教授は悲しげに笑みを浮かべて見ている。

 

「私は本来、自然とポケモンの研究をしている。ここにいる子たちを育てていると共にその生態を研究しているのだ。彼らを研究対象にしてしまうとは、我ながら自分勝手に思えるよ」

 

「そんなことないですよ。あなたのしていることは身勝手な連中とは全然違います。あなたはポケモンのために研究をしている。これもポケモンたちのためなんですから立派なことだと思います」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

少しだけ嬉しそうに笑ったスギヤマ教授は「よっこいしょ」と立ち上がりどこかへと歩き出す。

 

「どこに行くんですか?」

 

「車に荷物があるのでなそれを小屋に運びこむんだ」

 

木造の小屋の近くに中型の車が止めてあった。

 

 

 

「こんなにたくさんの荷物を一人で運んでるんですか?」

 

「ははは、いつもは若い学生や団体の人間に手伝ってもらっているのだが、今日ここに来られたのは私一人なのでな」

 

「それじゃあ俺たちも手伝います」

 

「いやいや、そこまでしてもらうわけには」

 

「ここまで来たら、なんだってお手伝いしますよ」

 

「ありがとう。なにからなにまですまないね」

 

早速俺たちは教授の車の荷物を運び出した。

荷物はパソコン等の機械類、紙の資料の束、ポケモン用の治療道具等だ。

 

俺が一番重い機械類を運び、リカとカスミが資料と治療道具を運ぶことになった。

 

「ふー、重いなあ」

 

リカも張り切っているものの、重さに苦戦中のようだ。

すると、

 

「ほら、貸しなさい……あらよっと」

 

ムサシがリカの持つ荷物を持ち上げる。大人であるためか余裕で持っている。

 

「あ、ありがとう……」

 

「ん」

 

荷物を運ぶムサシの背中を、リカは不思議そうに見ている。

 

「教授さん、これはここでいいのか?」

 

残った荷物をコジロウが全部運んでいた。

 

「ああそこに置いていてくれ、ありがとう」

 

教授の言葉でコジロウは荷物を降ろし、額の汗を拭う。

 

その姿をどこか不思議に思いながら視線を別の方向へ向けると、ニャースがまだ小さいポケモンたちの遊び相手になっていた。モンスターボール柄のボールを一緒に転がしている。小さなポケモンたちは楽しそうだ。

 

予想外にロケット団が手伝ってくれて俺は驚き、カスミもリカも同様のようだ。

 

「積極的に手伝ってくれて嬉しいけど、どうしてだ?」

 

ムサシとコジロウは互いに目を合わせると、そのまま荷物運びの作業を続けながら答えた。

 

「あたしたちは確かに悪党よ。だけど悪党にもプライドがあんのよ」

 

「悪党として踏み外しちゃいけない人としての一線ってもんがあるのさ、それぐらい弁えてるつもりだ」

 

するとニャースも遊びながら答える。

 

「ニャーはロケット団のためにポケモンを捕まえ奪うニャ。ただし悪党でもポケモンニャ、ロケット団と無関係のポケモンが必要のない苦しみを味わうのは我慢できないニャ」

 

それきりムサシとコジロウとニャースは俺を見ることなく作業を続けた。

敵であるはずのロケット団の意外な一面を見てしまった。

 

彼らは単なる悪党ではなく自分のルールで生きている。

その一本筋を通した生き方を俺はかっこいいと思ってしまった。

 

 

 

***

 

 

 

荷物を運び終えてポケモンたちが集まる場所に戻る。

 

するとそこは先ほどよりも騒がしくなっていた。

見るとガーディとロコンが体をぶつけあっていた。

 

「もしかして喧嘩してるの?」

 

互いに体をぶつけあったと思ったら、技を放つ。

これは喧嘩というよりも、

 

「バトルしてるのか?」

 

相手を打倒さんと全身をぶつけあう姿は楽しそうにも見えた。

 

「よおしみんな、俺たちもポケモンバトルを見せてやるよ」

 

「じゃあ私が相手になるわ」

 

「よし手加減なしだぜカスミ」

 

「当然よ」

 

俺とカスミは距離を取って対峙した。

 

周りには森のポケモンたちが観客として俺たちを見ていた。

 

「ゼニガメ、君に決めた!」

 

「ゼニィ!」

 

亀ポケモンのゼニガメが勢いよく飛び出してきた。

 

「水タイプ使いの私に水ポケモンで挑むなんて度胸あるじゃない」

 

「水タイプ使いのカスミだから俺のバトルを見てほしいんだよ」

 

「ふーん、そういうことなら任せなさい。行くのよスターミー!」

 

「フゥ!」

 

カスミの切り札とも言えるポケモン、スターミーが現れる。

 

「ゼニガメ『みずでっぽう』!」

 

「スターミー『みずのはどう』!」

 

水流と水の塊が発射され激突する。

水しぶきが両者に降りかかる。しかし、構うことなく2人のトレーナーは指示を飛ばす。

 

「『こうそくスピン』!」

 

「『てっぺき』だ!」

 

スターミーは横に高速で回転し攻撃を仕掛ける。対するゼニガメは全身に力を込めて鋼の力で全身を固める。

 

ガキン――という音が両者の衝突の瞬間に起こる。スターミーの超スピードの一撃をゼニガメは耐え切る。

 

「防御を上げたのね、じゃあこれはどうかしら。スターミー『サイコキネシス』!」

 

強力な念力がゼニガメに襲い掛かる。『てっぺき』は防御は上げるが特防は上げられない。スターミーの高い特攻と相まって大きなダメージとなる。

しかし、ゼニガメは耐え切り倒れない。

 

「流石にスターミーは特殊攻撃は強力だな。だったら『ロケットずつき』!」

 

「ゼニガ!」

 

ゼニガメは小さな体躯を勢いよく飛ばす。

固い頭はスターミーの体にヒットする。

猛烈な勢いの頭突きにスターミーは後退する。

 

「ゼニガメは物理攻撃も得意だぜ」

 

「やるわねサトシ」

 

「ああ当然だ、一気にいくぜ!」

 

カスミと俺は互いのバトルを楽しみ、笑う。

ポケモンたちを観客に俺たちはバトルを続ける。

 

 

 

***

 

 

 

月が上り森を照らす夜。

スギヤマさんは自分の家に戻り、俺たちは森で野宿をしている。

家に泊まっていかないかとスギヤマさんに誘われたが、俺たちはここのポケモンの傍にいたいと思い、今夜はここに残ることを決めた。

 

昼間のバトルで、ポケモンたちは満足したのかみんな嬉しそうにはしゃいでいた。

そんな様子に胸が暖かくなって、やった甲斐があったと心から思えた。

 

思い返すと心が暖かくなってくるが、同時に寂しく冷たい風が吹いている。

夜空を見上げて考えてしまう、ここのポケモンたちのこと、今なお起こっている悲劇、そして――

 

「あ、いたいた」

 

「探したよー」

 

聞きなれた仲間たちの声。

 

「こんなとこで何してんのよ」

 

「うん、まあ、ちょっとな」

 

「なにか考え事?」

 

「ああ、ここのポケモンたちのことを……な」

 

リカもカスミも俺の言いたいことを察したのか、少し暗い顔になる。

そのまま2人は俺を挟むように座った。

 

「そうね、ポケモンをモノ扱いする最低な人間はどこにでもいる」

 

「酷いことをされるポケモンたちを少しでも減らしたい、なにか私たちにできることがあればいいよね」

 

そうだよな、だけど――。

 

「それだけじゃないいんだ。俺自身がしっかりまともなトレーナーやれてるのかなって思ってるんだ。仮に今できててもどこかで間違えて、ポケモンたちに酷いことをしてしまう人間になってしまうんじゃないかって……それが、怖くて仕方ないんだ」

 

今日の出来事で俺が一番感じていること、自分が醜くて汚い人間なんじゃないかって恐怖。前の世界においてポケモンは空想の存在、ゲーム内ではデータでしかない。まだ俺はそんな意識でポケモンを見ているのではないか。今いる仲間のポケモンたちを俺は心から愛しているのか、そんな気持ちが沸き上がり、ピカチュウたちのトレーナーとして自信を持てるのかと疑問が沸き上がる。

 

「サトシって、いっつも何かに悩んでいるよね」

 

隣に座るリカがポツリとつぶやく。

図星を突かれたような気持ちでドキリとしてしまう。

なんとも情けない気持ちになり、渇いた笑いが漏れる。

 

「あはは……そう、だな。ウジウジしてて男らしくないよな」

 

「違う、そうじゃないよ。サトシがそうやって悩むのは、誰かのことをしっかりと考えてるからだと思う」

 

リカの否定の言葉に、俺は思わず顔を向ける。彼女は構わず続けた。

 

「サトシは、記憶のこととか、クチバジムでのこととか、ピカチュウのこととか、ここのポケモンたちのこととか、サトシは誰かのことで悩んでる。それってサトシの優しさなんだよ。誰かのことを真剣に想えるって、すごく素敵なことだと思うよ」

 

するとリカはニコリと笑って俺を見た。その優しい笑みに、俺は見惚れてしまい、胸が落ち着かなくなってしまう。

 

「サトシの持ってる、心の底から誰かを真剣に考えられる気持ち、ポケモンのことで真剣に悩める気持ち、それがあなたの魅力だと思う。そんなあなたと一緒に学校で学んで、一緒に旅ができて、私すごく嬉しくって誇らしいよ」

 

「だから、私、あなたがその悩んで苦しんでる時、少しでも慰めて癒せるようになりたい。あなたの力になりたい」

 

地についてる俺の手に暖かいものが触れる。

リカの手だった。俺の手よりも細く小さなそれは、重なるだけなのに包み込むような温かさがあった。

 

「サトシ、私を頼って、私はあなたのためだったらなんでもできる。絶対に」

 

それがリカの心からの言葉であると理解できた時、手だけでなく、俺の心さえ温かく包まれているように感じた。

ほんのり上気しているリカの頬、その艶やかな表情に思わず息を飲む。

ジッとこちらを見せる、宝石のように輝く2つの瞳、その綺麗な色に俺の目は吸い寄せられるように逸らすことができない。

時間が止まるような錯覚さえ覚え――

 

「ちょっとぉ、どーして2人だけの世界に浸ってるのかしら?」

 

「「わっ!?」」

 

ジト目のカスミに不満げな声でハッとなって俺とリカは近づけた顔を離す。

 

「はい、交代よリカ」

 

「う、うん」

 

なんの交代なのでしょうか?

等と思っているとカスミが俺の後ろに回ったと思うと、次の瞬間、両サイドから手が伸びた。明らかにカスミの腕であるがいきなりのことで俺は動けない。

すると細い腕が俺の肩に乗ったと思うと、背中に大きく柔らかいモノが触れた。

それは明らかにカスミの――

 

「あ、あの、カスミ……さん? そんなに密着されると……」

 

「……うっさい黙って大人しくしなさい」

 

耳元でカスミの声が聞こえた。甘い吐息も耳に触れ、顔に熱が集まるのがわかった。

胸が高鳴り嬉しくも恥ずかしい気持ちになっていると、

 

「リカの言う通り、あんたがそうやって悩めるのはトレーナーとして、人として大事なことよ。だけど、あんたはもっと周りを信頼してもいいと思うわ」

 

カスミの声は柔らかくて優しくて、高まる緊張が落ち着いてきた。

 

「あんたのポケモン、ピカチュウもスピアーもニドリーノもヒトカゲもフシギダネもゼニガメも、ゲットされたのはあんたをトレーナーとして信頼してるからよ。一緒にいるのを見ててそれは間違いないわ。だからあんたも自分のポケモンを信じなさい。あんたのポケモンが信頼しているあんた自身を信じなさい」

 

今、胸に沸き上がるのは女性が近くにいることによる緊張でも羞恥でもない。

陳腐な言い方をすれば、それはきっと、自信と勇気。

 

「私もそうだから」

 

顔は見えない、けれど、カスミが笑っているのは何となく感じた。

 

「私はサトシのことを一番信じられる男の子だと思ってる。あんたが進もうとしているトレーナーの道は正しいものよ。ポケモンたちを大事にして一緒に強くなろうと気持ちを合わせられるあんたなら、誰よりもすごいトレーナーになれる」

 

カスミは言葉を区切る。

 

「だからサトシにも私のことも信じてほしい。私はこれからもあんたの行く旅にこれからも私は一緒にいたい。あんたの成長を見守っていたい」

 

大人ぶることが多いカスミだが、今は本当に頼りになる年上のような安心感がある。

ずっと彼女が触れていることを望んでいる俺がいる。この安らぎに身を任せたいと――

 

「ちょっと、カスミずるいよ!」

 

リカが抗議の声を上げた。

 

「ずるくないわよ。リカだってさっきこんな風にイチャイチャしてたんだから私もいいでしょ!」

 

カスミが反論する。

 

「うー、えい!」

 

可愛らしい声と共に俺の胸に柔らかい感触と甘い香り、リカが俺の胸に飛び込んできたのだ。

 

「だいたいあんたもあんたよ、あちこちで女の子に優しくして思わせぶりなこと言ってときめかせて、この節操なし!」

 

「サトシと一番近くにいるのは私たちなんだからね! 忘れたりほったらかしにしたら許さないんだからね!」

 

怒りの矛先がなぜか俺に向かってきた。

カスミに頬を引っ張られ、リカに胸をポカポカと殴られる。

いい匂いや柔らかい感触にドキドキする暇もない。

 

「ちょ、マジ、キツ、やめ……」

 

加えてカスミが俺の体を後方に引っ張ったと思ったら、リカが俺にしがみついて前に引っ張る。という動きを繰り返し、結果俺は前後に揺さぶられることになる。

変に抵抗したら2人に怪我を負わせる可能性もあるため、振り払うことも難しい。

酔ってしまうのではないかと不安になりながらも俺は言葉で抗議するのみだ。弱々しいが。

 

しばらくするとリカもカスミも疲れたのか、動きが緩慢になり最後には止まる。

 

耳元でカスミが酸素を求めて呼吸をすると、吐息が耳にかかるに加え、荒い息遣いがまるで喘いでいるように聞こえてくる。

体を動かして火照ってしまったリカが頬を染めて、荒く呼吸をする。さらに上目遣いになり潤んだ瞳で俺をジッ見つめてくる。

 

美少女2人からのこの攻撃は俺に効果抜群だ。

 

「サトシ、心臓のドキドキが速い……」

 

「ふーん、私たちを女の子だって意識はしてるんだ……」

 

うあーバレバレだ。今まで緊張してたことがバレてしまった。

 

「……そういえば、サトシが私たちのことどう思ってるか聞いたことなかったな」

 

「……私たちが言ったんだから、あんたも言いなさい」

 

「なんだよいきなり……」

 

リカとカスミからの思わぬ要求に文句が口から出てしまう。

しかしまあ、自分の本音を伝えるいい機会かもしれないな。

俺は熟考し、言葉を選び、口を開く。

自分の素直な気持ちを伝えた。

 

「リカはいつも一生懸命で自分にできることを頑張ってる。前を向いて自分やポケモンのために全力を注いでる姿は、魅力的だと思う」

 

「えへへ、そっか」

 

「カスミは厳しいこと言うけど、それは俺のことを考えてくれてるからで、俺たちのことや、ポケモンたちを大事にする気持ちは心から尊敬する」

 

「ふーん、よーくわかった」

 

照れるリカと嬉しそうなカスミ。

反応が違うが、とっても可愛い表情だってことは共通しているよな。

 

「ぐええ!」

 

次の瞬間、俺の首が思いっきり締まる。

 

「内面褒めてくれるのもいいけどさ! もっとこう、無いの? 『美少女でスタイル抜群なカスミちゃんとに胸がときめきます!』っとかさ!」

 

カスミが意味不明な抗議をしながら細くしなやかな腕で俺の首を強く締めた。

ちょ、マジきついって、ギブだって!

 

「サトシ」

 

リカが助け船を出してくれる、そう信じていた。が

 

「……サトシから見て、私って可愛い、かな?」

 

「はい?」

 

助けかと思ったらよくわからない質問をされた。

サトシは混乱した。

 

「私これでも……身だしなみには気を付けてるよ。サトシに『可愛い』って言ってもらえたら嬉しいなって思うから」

 

後門のカスミハグ、前門のリカのしかかり、どっちもご褒美だがこのままでは俺の理性が持たない。

なんとか解決しようと脳をフル回転させる。

 

ガサリ――と後ろの草むらから音がした。

 

「「「っ!!!」」」

 

驚いたカスミとリカが俺から離れた。

 

俺も驚いている。

まさかロケット団たち覗いていたのか?

俺たちの恥ずかしい場面を笑う気なのか?

 

ガサリガサリ――と音が強くなると、それは顔を出した。

 

「「「ブイッ?」」」

 

「なんだイーブイたちか、びっくりした」

 

この森に住む3体イーブイたちだった。

俺たちが騒がしいから起きてしまったのだろうか。だとしたら申し訳ないが。

 

するとこちらをジッと見ていたイーブイたちは草むらの奥へと消えてしまった。

 

なんというか、先ほどの高揚する気分はすっかり消えてしまった。

その代わりなのか、眠けが起こり瞼が重くなってきた。

 

「そろそろ戻りましょう」

 

「もう寝ないとね」

 

「そうだな」

 

俺はカスミとリカの言葉に同意した。

ピカチュウたちも心配しているだろうしな。

 

皆が集まっている場所に戻るとムサシとコジロウとがグースカピーと寝息を立てていた。

 

今回は信用してもよさそうだと思いながら通り過ぎると、起きているポケモンたち――俺たちのポケモンたち――がいた。

 

視線を向けると俺とリカとカスミのポケモンたちとニャースが山のように盛られたきのみを食べていた。

それらのきのみはバンジの実やチーゴの実など、苦い味のきのみばかりだ。

 

 

フシギダネとフシギソウは並んで、2本の蔓を使ってでそれぞれきのみを持って頬張り

ゼニガメとピッピが並んで食べ続け、

ヒトカゲは火できのみを軽くあぶって一口で飲み込んだ

 

ニドリーノはニドリーナと向かい合ってきのみをひたすら食べている

木の上ではスピアーが両の針にきのみを突き刺して齧り、バタフリーが小さな手できのみを持って食べている。

ピカチュウは両手できのみを持ってカリカリと前歯で噛み続け、隣のニャースは一気に2、3個をまとめて頬張っていた。

 

「なんでそんなに苦いのばかり食べてんだ?」

 

「口の中がおかしくなるわよ。ほらモモンの実も食べて」

 

まるで甘いものは懲り懲りといった苦い顔でみんな拒否した。

 

「あれ、食べないのか?」

 

「まあ、たまには苦いものを食べたい気分にもなるわよね」

 

「でも食べすぎには注意だよ」

 

ポケモンたちは苦いきのみを食べることを再開した。

本人たちがそうしたいならまあいいや。

 

俺たちは眠るべくテントに向かった。

 

「……ポケモンを胸焼けさせるとは悪いトレーナーニャ」

 

呆れたようなニャースの言葉の意味がわからなかった。

 

 

 

***

 

 

 

朝になると俺たちよりも早く森のポケモンたちは起きていた。

皆元気にはしゃいで遊んでいる。

 

「やあおはよう」

 

俺たちより早起きしていたスギヤマ教授が挨拶をしてきた。

 

「「「おはようございます」」」

 

ふと気づいた。

 

「あれ、ロケット団は?」

 

寝ていたはずのムサシとコジロウとニャースがどこにもいなかった。

俺たちが寝ている間にいなくなるなんてよっぽど俺たちに付き合うのが嫌だったようだな。

まあ協力してくれたことには感謝してるけどな。

 

ふと、周りを見て俺は気づいた。

 

「あいつら、木の実を持って行きやがった!」

 

周りの木になっていたきのみが根こそぎなくなっていた。

油断も隙のなかった。俺たちに付き合わされたが転んでもタダでは起きないってことかあいつらめ。

 

すると、スギヤマ教授が笑っていた。

 

「この辺りは木の実が豊富であるからな、人間がいくつか持って行っても問題はない」

 

まあ確かにきのみの生命力は尋常じゃないけど。

結構取られたがここのポケモンたちが食べるには困らないだろうな。

 

「それじゃあスギヤマ教授、俺たちはそろそろ行きます」

 

「そうか、引き留めてすまなかったな」

 

「いえ、ここのポケモンたちと短い間でも過ごせてよかったです。貴重な体験をありがとうございました」

 

「こちらこそ、ここのポケモンたちのために居てくれてありがとう。みんな喜んでいるよ」

 

周りのポケモンたちはみんな嬉しそうな顔で俺たちを見ていた。

その顔はとても生き生きしていて、心から笑っているようだ。

 

ここにいるポケモンたちは、酷い環境にいた。けど、生まれたこと、ここで生きていることは決して不幸なんかじゃない。

彼らは一生懸命に今をこうして生きている。

種族なんか関係ない、ここで生きている彼らは紛れもない仲間。

こうして出会い、一緒に協力し合って生きていることが不幸のはずがない。

 

リカとカスミも同じ気持ちなのか、慈愛の籠った目でポケモンたちを見ていた。

ここのポケモンたちの幸せを願い、この森を出ようとしたその時、

 

「「「ブイブイ!!!」」」

 

3体のイーブイたちが俺たちの前に躍り出た。

 

「どうしたの?」

 

「さよならの挨拶したいの?」

 

カスミとリカが言うと、イーブイたちは首を振る。

その目はとてもキラキラ輝いている気がした。

 

「……そうか、お前たちはサトシ君たちについていきたいんだな」

 

スギヤマ教授がしゃがみ込み、イーブイたちを優しく見ていた。

 

「「「ブイッ!!!」」」

 

頷くイーブイたちは嬉しそうに尻尾を振っていた。

俺たちとしては新しい仲間を迎えられて嬉しいが、

 

「教授、ここのポケモンたちは自然なまま生きていたほうがいいんじゃないですか?」

 

「トレーナーのポケモンになる。これも彼らの選択だ。私としてはその意思を尊重したい、連れていってはくれないかな?」

 

俺はリカとカスミと顔を見合わせる。

2人は軽く笑って頷いた。

そうだな、気持ちは同じだよな。

 

「一緒に行きましょう」

 

「これからよろしくね」

 

カスミとリカが嬉しそうにイーブイたちに語り掛ける。

 

こうなったら善は急げだ。モンスターボールに入れて仲間にしよう。

俺はバッグの中を探すが――

 

「あれ、モンスターボールはっと……」

 

見つかりません。

 

「だからあれほど整理しなさいって言ったでしょ!」

 

オカンなカスミにまた怒られてしまった。

俺はバッグをひっくり返して荷物を全部ぶちまける。

目的のモンスターボールを探しているその時、コロコロと転がる3つのものがあった。

 

それは俺たちの前方に向かって勢いよく行っていく。驚いて視線を向けた時にはイーブイたちの目の前で止まってしまった。

 

自分たちの前に転がってきたモノを不思議そうに眺めたイーブイたちは、それを口に咥えた。

咥えたままイーブイたちは俺の元に届けようとしたのか進もうと踏み出す。

俺が落とした――

 

―――みずのいし、かみなりのいし、ほのおのいしを

咥えている3体。

 

変化は一瞬のうちに起こった。

 

イーブイたちの体が光り、その輪郭が変化を始める。

すなわちこれはポケモンの進化だ。

 

光が収まるとイーブイたちはそれぞれ異なる変化をしていた。

 

1体は青い体色、スラリとした体格で尻尾は長くなり魚の尾ヒレのような形状、背ビレもあり、首回りには円状にヒレが形成され、耳もヒレのようになり頭のてっぺんから額にかけてトサカのようなヒレが生えている。愛らしい顔つきはイーブイと変わらない、あわはきポケモンのシャワーズ。

 

1体は黄の体色、首回りと腰の体毛が鋭く尖っていて、耳も長く伸び鋭い形状をし、全身が攻撃的な印象を与える。顔つきも鋭い目つきだが、イーブイの時の愛らしさを残している、かみなりポケモンのサンダース。

 

1体は橙の体色、頭部、首周り、尻尾からフサフサの体毛が生えている。色と体毛から暖かそうな印象を与え、顔つきも力強さもあるがイーブイの愛嬌も感じさせる、ほのおポケモンのブースター。

 

「シャワ」

 

「ダース」

 

「ブスタ」

 

「「「えええええええええっ!!!」」」

 

これから旅をして一緒に成長していくイーブイたちが一気に成長してしまった。

予想外の事態に俺たちは悲鳴にも似た叫びをあげる。

 

「はっはっはっ、これはこれはまた」

 

スギヤマ教授はおかしそうに笑っていた。

 

「本当にすいません、勝手に進化させて!」

 

「ははは、謝ることではないよ。それに、イーブイたちが望んでいることだと思うよ」

 

「どういうことですか?」

 

「うむ、ポケモンの進化は本人の意思も関係しているのではないかと最近の研究でわかってきたんだ。本人に現状の変化を、自分を変えたいという気持ちがあればこそ進化が成立する。だから、ポケモン本人が進化を望まなければ、石を使っても進化は起こらないのだよ」

 

なるほど、ポケモンたちが望んでいるならそれでいいんだな。

 

「イーブイたちを……いや、シャワーズとサンダースとブースターのことをよろしく頼む、大事にしてくれ」

 

「「「はい!」」」

 

俺たちはシャワーズ、サンダース、ブースターと向かい合う。

 

「よし、これからみんなは俺たちの仲間だ。一緒に旅をしようぜ」

 

こちらに歩いてくる3体、トコトコと歩む姿は凛々しくも愛らしい。

 

飛び込んできたところを思い切り抱きしめてやろう。

 

シャワーズはカスミの胸に飛び込み、サンダースとブースターがリカの胸に飛び込んだ。

 

カスミは抱きとめるがリカは2体分の勢いに背中から倒れてしまった。

 

……あれ、俺は?

 

「シャワシャワ~」

 

「うふふ、これからよろしくね」

 

「ダ~ス」

 

「ブスタ~」

 

「きゃん、もうくすぐったいよぉ」

 

3体はものすごく嬉しそうな顔で美少女2人にじゃれていた。

 

 

するとリカとカスミと視線が合った。

 

「あ、あの、誰かサトシのポケモンになるって子は?」

 

「シャワ」

 

「ダス」

 

「ブゥ」

 

カスミの困った顔とか細い声。

シャワーズとサンダースとブースターの首を振る。

サトシはフラれてしまった。

 

「……いいんじゃないか? カスミは水タイプのシャワーズで、リカも電気タイプと炎タイプ持ってないだろ?」

 

「あの、えと、ごめんね」

 

はい? なんでリカが謝るの? なにに対する謝罪? サトシわかんない。

 

「べっつにいいよ~俺、水タイプも電気タイプも炎タイプも持ってるし、全然寂しくないし」

 

すると足元に何かが触れる。

 

「ピカ」

 

ピカチュウが暖かい目で俺を見て、手で触れていた。

ありがとうピカチュウ、でも俺悔しくないし、ホントだし……

 

「よく考えればイーブイだったときによく遊んであげたのはカスミとリカだからな。それも当然だと思うぜ。2人のポケモンになりたいってのが本音なら、その気持ちを尊重しよう」

 

これは負け惜しみではなく本音だ。シャワーズとサンダースとブースターが幸せならそれが一番。

それにきっとリカとカスミなら、大切にできる。俺は2人を信頼している。

 

「わかったわ」

 

「うん、それじゃあカスミ」

 

「ええそうね。シャワーズ……」

 

「サンダースとブースター……」

 

「「ゲットよ(だよ)!!」」

 

2人はそれぞれの新しい仲間を抱きしめ高らかに宣言する。

 

おめでとう、そしてよろしくな。

新しい仲間たち。

 

すると森のポケモンたち、そして俺たちのポケモンたちが嬉しそうに声を上げる。

前者は仲間の旅立ちの祝福、後者は新しい仲間の歓迎の声のように聞こえた。

 

ポケモンたちが繋がり、人間とも繋がっていく。

その姿が俺には何よりも美しい様子に見えた。

 

シャワーズを撫でるカスミと周りに集まるスターミーとヒトデマンとトサキント、サンダースとブースターを撫でるリカと周りに集まるフシギソウとピッピとニドリーナとバタフリー。

 

心地よく暖かい気持ちを胸に抱き、俺はみんなを見続けた。




雑なブイズゲット回でした。
リカとカスミのブイズゲットは構想段階から考えていました。
ヒロインにブイズは似合うと思うのでどうしてもゲットしてほしかったです。

今回出てきた「ポケモンミル」という単語は現実で起こってる残酷な問題を元にした造語です。
大きな社会問題をこんなネタにしてしまい、ご不快に思われた方もいらっしゃるでしょう。
私の中で、こういった深刻な問題がポケモン世界にも存在するのではと思い、今回の話を書きました。
以前、「明るい物語を目指す」と言いましたが、暗い話もちょくちょく入れると思うので予めご了承ください。

これからもよろしくお願いします。


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ポケモン返りの謎

遅れて申し訳ないです。


次の街の近くの草原にいるサトシたちはポケモンバトルの特訓をしていた。

対戦カードはサトシのピカチュウとリカの新しい仲間のサンダースだ。

審判はカスミが務めている。

 

「ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

「サンダースかわして!」

 

「ピッカ!」

 

「ダース!」

 

サンダースが一瞬にして距離を取り、ピカチュウの高速の攻撃は空振りとなる。

サンダースは止まることなくピカチュウの周りを走り回る。

ピカチュウは動くサンダースを目で追いかけ、そのとてつもないスピードに驚きを見せる。

 

「サンダース『かみなり』!」

 

「ダアアアス!!」

 

「かわせ!」

 

ピカチュウは四足で走り回って回避する。

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

「チューピッカ!」

 

「『かみなりのキバ』で受け止めて!」

 

「ダァス!」

 

走りながら尻尾に鋼のエネルギーを込めるピカチュウに対し、サンダースは電気でできた牙の形のエネルギーを口の前に出現させる。

 

『アイアンテール』を『かみなりのキバ』で挟むことで受け止める。

 

「サンダース『ミサイルばり』!」

 

「サン、ダアアアス!」

 

「ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

サンダースの全身が逆立ち、針が勢いよく発射される。しかしピカチュウは素早いフットワークで迫りくる大量の『ミサイルばり』を次々と避けていく。

 

「『アイアンテール』!」

 

ピカチュウはサンダースの懐に入り込み、体を回転させて鋼の尻尾を横薙ぎに叩きつける。

サンダースは吹き飛ばされるが、体勢を戻す。

 

「よし、そのまま走って攪乱して!」

 

駆け出すサンダース。ピカチュウの周りを縦横無尽に走り回り、その動きを捉えさせない。

ピカチュウはサンダースを目で追い、その場でジッと動かない。

 

「ピカ……」

 

目で追いながらも、サンダースはどんどん加速していく。

次第にピカチュウの目線と顔の動きに焦りが出てくる。そして、ピカチュウの視線の先とサンダースの位置が外れる。

そのタイミングを見計らってリカはサンダースに大技の指示を出す。

 

「サンダース『かみなり』!」

 

走りながら充電、そして莫大な雷撃が生まれピカチュウに襲い掛かる。

しかし、サトシに焦りはない。

 

「ピカチュウ、後ろに『でんこうせっか』!」

 

「ピッカ!」

 

「ダァス!?」

 

サトシの指示にピカチュウはい一瞬で反転、猛スピードで駆け出す。

大技を発射した直前のサンダースは一瞬動きが遅れる。

 

トップスピードに乗ったピカチュウの突進がサンダースに叩きつけられる。

ピカチュウは再びサンダースに向かって走る。

 

「サンダース『ミサイルばり』!」

 

リカは焦りながらも指示を出す。

サンダースが全身の針に力を込める、しかし、苦痛の表情を一瞬浮かべ、技が発動しない。

その一瞬でピカチュウはサンダースに直撃した。

 

「ダアス!!」

 

吹き飛んだサンダースは地面にたたきつけられる。

 

「サンダース戦闘不能、ピカチュウの勝ち!」

 

審判カスミの宣言で決着がついた。

 

「大丈夫サンダース?」

 

「……ダァス」

 

倒れるサンダースにリカは心配そうに話しかけると、サンダースは笑顔を見せる。

 

「ありがとうサンダース、ゆっくり休んでね」

 

リカはサンダースをボールに戻した。

 

「スピードタイプは初めてだから、上手く指示が出せなかったよ」

 

バトルの反省点を述べるリカに、サトシとカスミは優しく笑って頷く。

 

「よし次だよ。サトシ!」

 

「いいぜ。ヒトカゲ、君に決めた!」

 

「それならこっちはヒトカゲ!お願いブースター!」

 

2人のボールからヒトカゲ、新しい仲間のブースターが現れる。

 

「ヒトカゲ『きりさく』!」

 

「ブースター『アイアンテール』!」

 

「ブースターは『もらいび』だからな……どうしたものか」

 

炎を完全に無効化し自身を強化する特性。

ヒトカゲの持ち味を封じられたことになる。

だからと言って戦い方が無いということはない。

 

「ブースター『かえんほうしゃ』!」

 

ブースターが強力な火炎を口から発射する。

 

「ヒトカゲ、ブースターに向かって走れ!」

 

ヒトカゲはサトシの指示に、火炎を受けながらも突進する。強力な炎だが同じ炎タイプのヒトカゲには、まったく効かないとまではいかないが効果は薄い。

そしてヒトカゲはブースターを持ち上げる。

 

「投げ飛ばせえ!」

 

ヒトカゲは両腕に力を込めブースターを思いっきり投げる。

ブースターは驚きながらも空中で反転すると体勢を立て直して着地する。

 

「いいよブースター、そのまま『かえんぐるま』!」

 

全身に炎を纏ったブースターは一気に駆け出した。

炎はどんどん燃え上がっていき強大になっていく。

 

ブースターの猛烈な突進、ヒトカゲに直撃した。

炎が空気を焦がさんと沸き上がり、煙と衝撃が発生する。

そしてそれらが晴れた時見えたのは、押し切ろうとするブースターをヒトカゲが全身で受け止めそれ以上の進行を止めているところだった。

 

「嘘! 受け止めた!?」

 

リカが驚愕する。

ヒトカゲは両脚で踏ん張りブースターの動きを停止させた。

ブースターは4つの脚で体を押し込もうとするが、その顔には疲労が浮かび進むことができない。

サトシはそれを見逃さずに指示を出した。

 

「そこだ『りゅうのはどう』!」

 

龍の形をしたエネルギーを発射、超至近距離からブースターに直撃する。

吹き飛んだブースターはそのまま目を回して倒れる。

 

「ブースター戦闘不能、ヒトカゲの勝ち!」

 

カスミが高らかに宣言する。

 

「ブースターありがとう、頑張ってくれたね」

 

リカはブースターを労い、ボールに戻す。

 

「どっちのバトルも初めから飛ばし過ぎたな」

 

「飛ばしすぎた?」

 

「ああ、サンダースは常に走り回っていたよな、スピードタイプの持ち味を生かすのはいいけど、常に走ってばかりだと、サンダースの体力がすぐ無くなるぜ」

 

サトシのピカチュウは攻める時は速く動き、様子見の時は動かずにいると緩急をつけてバトルしていた。

 

「ブースターもパワーを発揮しようとしたみたいだけど、いつも全力の大技で攻めてたらすぐに疲れるぜ」

 

最初の攻撃は威力が高かったが、次第に威力は下がっていってた。後半のブースターが技を放つにも苦労していたのだ。

 

「そっか、サンダースとブースターのことよく見てなかったんだね」

 

リカは2つのボールを見つめて落ち込む。

 

「そんなに暗い顔しないの、反省点がわかったならそこを治せばいいじゃない」

 

「そうだな、リカならすぐにサンダースとブースターを強く育てて息ピッタリにバトルできるはずだ」

 

「ピカピカチュウ!」

 

「カゲカゲ!」

 

「うん、サトシ、カスミありがとう、ピカチュウとヒトカゲも応援してくれてありがとうね。私頑張る!」

 

 

 

***

 

 

 

街に着いた俺たちはポケモンセンターで休んでいた。

 

カスミはセンターに設置してあるパソコンを操作していた。

すると画面にカスミの家族が映る。

 

「あらカスミ久しぶりね」

 

「うん久しぶりー!」

 

サクラさんの言葉にカスミは返事をする。

テレビ電話をしているカスミの顔はいつも以上にニコニコ……いやニヤニヤしていた。

 

「急に連絡なんて珍しいわね、なにかあったの?」

 

「うーん、なにかってこともないこともないけどー」

 

アヤメさんが言うとカスミはニヤニヤした顔を隠そうともせずにしていた。

 

「なによ勿体つけて、早く言いなさいよ」

 

ボタンさんがジトッとした目でカスミに聞く。

 

「だから特別なんにもないって、お姉ちゃんたちの顔見たかっただけで――」

 

その時俺は見逃さなかった。

カスミがこっそりモンスターボールの開閉スイッチを押したことを。

 

「シャワ?」

 

カスミのボールからシャワーズが現れる。

 

「きゃ、シャワーズいきなり出てきてびっくりするでしょー(棒)」

 

「「「シャワーズ!!?」」」

 

美人三姉妹が驚きの表情で画面に顔を近づける。

 

「カ、カスミ、その子どうしたの?」

 

「えへへーまあいろいろあって、私がゲットしたのよねー」

 

「も、もっとよく見せて!」

 

「はーいどうぞー」

 

カスミがシャワーズを膝に乗せて画面へと近づける。

 

「シャワ!」

 

「「「綺麗、可愛い……」」」

 

三姉妹がうっとりした顔でシャワーズに熱い視線を送っていた。

 

「ねえカスミ、その子連れて帰って来なさいよ」

 

「生のシャワーズ見たいし触りたいわ」

 

「えーでも私たち旅で忙しいしー帰るのは当分先かもー」

 

アヤメさんとボタンさんのお願いにカスミはニヤけながらシャワーズを撫でてやんわり断った。

優越感を隠そうともしてない。

 

「思いっきり自慢してるな」

 

「ピカ……」

 

「あはは……でも気持ちは分かるな」

 

ピカチュウもリカも苦笑いだ。

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンセンターを出た俺たちは街を歩く。ちなみに俺の肩にはピカチュウが乗っている。

 

「ヨヨヨタウンだっけ、なかなか都会だな」

 

「ピカッピカチュウ」

 

「こんな大きな街ならブティックに行きたいわね」

 

「うん、新作のお洋服見てみたいよ」

 

女子2人が楽しそうにおしゃべりしているのを後ろから微笑ましく重い名が見ていると、ふと視界に気になるものが映った。

 

張り紙をしている女性がいた。

カスミもリカもその女性に気づいたようで一緒に近づいてみた。

 

「あの、どうしたんですか?」

 

気になって声をかけると、その女性は振り返った。

妙齢な美人だがその顔は酷くやつれていた。

 

「私の息子が3日前から帰ってきてないの」

 

か細い声で女性は答えた。

 

「行方不明ってことですか?」

 

リカが尋ねる。

 

「ええそうなの、全然連絡もなくて……」

 

「警察には言ったんですか?」

 

カスミが質問すると女性の顔はさらに暗くなった。

 

「言ったわ、だけど息子はもう10歳で成人扱いだから、本格的な捜査はまだしてくれないみたいなの」

 

10歳で旅に出るこの世界、その年齢の子供が行方不明でも優先順位は下がってしまうのか、世知辛い。

 

「あの子、もうすぐポケモントレーナーになるんだって毎日楽しそうにしていたのに、こんなことになるなんて……」

 

「見つかるといいですね」

 

「ええ……」

 

気休めの言葉にしかならないのはわかっている。だけど、落ち込んでいる人に何か言わないといけない気がした。

肩に乗るピカチュウの表情も悲しげで俺は優しく撫でてあげた。

 

 

 

 

 

女性と別れた俺たちはポケモンセンターに戻ろうと歩いていると、センターの隣にある人間の病院の前で人垣が見え何やら騒がしい様子だった。

 

人垣をかき分けるとそこには自分たちと同い年か年下の子供たちが何人もいた。

 

しかし、その様子は異様だった。

 

子供たちはは奇妙な動きを見せていた。

 

「コココココイ」

 

ある子供はコイキングのようで、

 

「クサークサー」

 

ある子供はクサイハナのようで、

 

「フリーフリー」

 

ある子供はバタフリーのようで、

その動きはまるでポケモンそのものだった。

 

「これっていったい?」

 

「これはポケモン返りです」

 

「ポケモン返り?」

 

答えたのは病院の看護師と思しき女性だった。女性から発せられた聞いたことのない単語に思わず聞き返す。

 

「はい、人がポケモンのような行動を取ってしまう症状のことです」

 

看護師の女性は続ける。

 

「3日前くらいだったかしら、あるお宅の子供がポケモン返りで運ばれたのをきっかけに、次から次へとポケモン返りする子供たちが出てきたの。それからずっと病院は治療してるけど、回復してないわ」

 

看護師の女の人は説明を終えると子供たちと保護者を誘導していった。

多くの子供たちとその親たちが病院の入り口に吸い込まれるように次々と入っていく様子は異様であった。

 

「どうなってるのかな?」

 

リカが口を開く。

 

「同時期に多くの子供がそんな奇病……と言っていいのかわからないけどさ、それにかかるなんて、偶然とは思えない」

 

「そうね、なんだか悪い予感がするわ」

 

カスミの言う通り、事件の前触れかもしれない。

とにかくあの子たちが無事に治ることを祈るしか俺たちにできることはない。

 

ふと横に視線を送るとそこには見慣れた警察官がいた。

その人は何やら小さな機械を片手で掲げていた。

 

「ジュンサーさん?」

 

俺が声をかけると、ジュンサーさんは怪訝な顔でこちらを振り返った。

 

「あら、あなたたちは?」

 

「俺たちは旅のトレーナーです。あの怪しい者じゃなくて、ジュンサーさんが何してるのかって思って」

 

「ああ、これはね。特殊なエネルギーの波を調べてるの」

 

「「「エネルギーの波?」」」

 

「ええ、ここ最近、妙な波が検出されててその出所を調べてるの」

 

「妙な波ってどんなのですか?」

 

「色々調べてわかったんだけど、これはポケモンの使う催眠術に近い波よ」

 

「あの、その催眠術の波が出たのってもしかして3日前からですか?」

 

「えっ、どうしてわかったの?」

 

「最近のポケモン返りは3日前から起こってます。それに3日前に俺たちと同い年の男の子が行方不明になってます。これが偶然とは思えなくて」

 

「……そうね、実は私もポケモン返りがなにか関係があるかもって思っていたの、それに行方不明か……そっちも関係あるかもしれない。私はもう少し調べてみるわ」

 

そう言ってジュンサーさんは機械を掲げながら歩いて行った。

 

あとは警察に任せるべきかと考えていると、視界の端に小さく黄色い存在が映った。

 

「あれはコダック?」

 

俺の言葉にリカもカスミも視線を向ける。

小さなアヒルポケモンは俺たちをジッと見ながら両手で自分の頭に触れて小首を傾げた。

 

「くわ?」

 

「「可愛い……」」

 

カスミとリカが呟く。確かに小柄でまん丸な体躯にぼんやりした目元はとても愛らしくて癒されるな。

 

「ピカ!」

 

耳元でピカチュウの鋭い声を聴いてその顔を見ると、膨れていた。

なんだなんだ焼きもちか? 可愛いやつめ。

膨れた頬袋をツンツンとつつくとピカチュウはくすぐったそうに身をくねらせる。

 

「わかってる、ピカチュウだって可愛いよ」

 

頭を撫でてあげるとピカチュウ「チャー」と鳴きながら気持ちよさそうな顔をしていた。

膨れっ面の気持ちよさげな顔、たまらんコンボですな。

 

ふと視線を戻すと俺たちをジッと見ていたコダックはこちらに背を向けると茂みの奥へと消えた。

すると、

 

「っ!」

 

「あっ!」

 

短い悲鳴を上げたリカとカスミ、反応して振り返った俺が見たのは、立ったまま項垂れている2人だ。

 

「カスミ、リカ、どうしたんだ!?」

 

呼び掛けると顔を上げる2人、その時、

 

「ピッピ~」

 

「シャワ~」

 

リカは両手の人差とし指を立てて体をゆっくり揺らして「ピッピ~」と言い、カスミは両手を地面について四足歩行の体勢になって「シャワ~」言った。

 

「へ?」

 

突然のことに理解が追い付かずに呆然と2人の行動を見つめてしまった。

すると、2人が近づいてくる。

リカは俺の顔をその綺麗な眼でジーッと見つめ、カスミは俺の脚に鼻を近づけ「スンスン」と嗅いでいた。

その時、2人が嬉しそうな顔を見せたと思ったら――

 

「シャワー!」

 

「ピッピー!」

 

飛び掛かられた。

 

「ちょ待って抱き着かないで、ど、どうしたんだ2人とも!?」

 

まさかこれはポケモン返りか、カスミとリカがかかってしまうなんて。

俺はリカとカスミにされるがままに抱き着かれている。

本来なら喜ぶべきところだろうが、2人のいい匂いとか柔らかい感触とか楽しんでる暇がないほど、俺自身が戸惑っている。

 

「シャワワ~ペロペロ」

 

「ピ~チュッ」

 

「ふわっ!? な、なにしてんのー!!」

 

シャワーズカスミが俺の頬を舐めはじめ、ピッピリカが俺の頬に口づけした。

それだけでなく動きはもっと大胆になった。

 

「ペロ、ペロペロ」

 

何度も何度も舐めまくるカスミ。

 

「ちゅちゅ、ちゅー」

 

カスミに負けじと頬へのキスを繰り返すリカ。

 

「や、やめてー!」

 

思わず悲鳴が出るが、ポケモン返りした2人はまったく気にせず、俺の胃の痛みが沸き上がる。

 

 

 

 

 

2人の『じゃれつく』攻撃にHP1になったところでなんとか宥めた俺。

 

「と、とにかく、催眠波の原因を探そう」

 

「シャワー!」

 

「ピー!」

 

カスミとリカは「おー!」と言っているのか元気に笑顔で片手(カスミは未だに四足で片足?だが)を突き上げた。

 

歩き出したその時、

 

「ぐえっ!」

 

何者かに襟を引っ張られ、首が少し締まった。

犯人はわかっているが、

 

「ど、どうしたんだリカ」

 

俺は首を抑えてリカに尋ねた。

 

「ピッピピ」

 

「シャワワ」

 

「え、なに?」

 

リカとカスミは俺の腰を指さして自分のことも指さした。

えーとつまり、

 

「あ、自分たちをモンスターボールに入れろってこと?」

 

「シャワシャワ」

 

「ピッピ」

 

コウコクと頷く2人

 

「いやいや、2人ともポケモンじゃなくて人間だから、モンスターボールに入らないから」

 

そう言うとリカとカスミは膨れっ面になり猛烈な勢いで詰め寄り抗議の声を上げた

 

「シャワシャワシャワシャワ!!」

 

「ピッピッピッピピッピー!!」

 

なに言ってるかわからん。

 

すると2人はなにやら動きを見せた。

これはジェスチャーか? 何か伝えようとしているみたいだが……

 

「えーと、外で歩かせたままだと不審者に誘拐されるからボールの中にいたほうがいいって言いたいのか?」

 

「シャワ」

 

「ピッ」

 

コクリと頷く2人。

 

「理由はどうあれ無理だって、リカもカスミもモンスターボールに入らないってば」

 

俺が言うと2人はショックを受けたように固まる。頭上に「ガーン」て文字が浮かんでいる。

 

「ピー」

 

「シャワー」

 

潤んだ上目遣いで俺を見つめる2人。

可愛い……

 

「くっ……できないものはできないってば」

 

しかし俺は断固として拒否する。だって人間はモンスターボールに入らないもの、物理的に不可能だもの。

すると、

 

「ちょ、2人ともどこ行くの!」

 

何かしらコソコソと話し合った2人は近くのフレンドリィショップに駆けこんだ。

呆然とその様子を見ていると、しばらくして2人が笑顔で俺の元まで走ってきた。

 

カスミとリカはそれぞれ買い物袋を持っている。

ポケモン返りしてるのに買い物できたのか?等と疑問に思っていると

 

「シャワ」

 

「ピッピ」

 

2人から買い物袋を手渡された。

俺は中身を見て言葉を失った。

 

 

 

***

 

 

 

歩いている俺たち3人は街の人たちから見られていた。

その視線は好奇、驚愕、侮蔑、不快感とマイナスな感情が様々だ。

 

それもそのはず……

 

リカとカスミの首には首輪が付いていて、そこから伸びる2本のリードを俺が引いているのだから。

モンスターボールに入らない代わりにこれを渡され、リードで引っ張らないと動かないと言われた(言葉はわからないのでジェスチャーをされたわけだが)ので仕方なくこうして歩くことになってしまった。

俺に引っ張られている(引っ張らせている)カスミとリカは何故か笑顔で嬉しそうだった。

 

「シャワワ~」

 

「ピッピ~」

 

なんでそんなに嬉しそうなんだよ。

ため息をつき、2人から視線を逸らすように前を向く。

すると俺と目が合った男性が先制攻撃並みの速度で顔を逸らした。

次に目が合った女性が「ひっ」と小さな悲鳴を上げて自身の両肩を抱いた。

違うんです皆さん、こんなの断じて俺の趣味じゃないんです。

不審者とか異常者に遭遇した目で俺を見ないでください。

 

「あの少年、女の子2人に首輪をつけるなんて将来が心配だ」

 

「あんな子供が調教に目覚めてんのか、レベルたけぇ」

 

「ちっリア充が」

 

「私もあんな可愛い男の子に飼われてみたいわぁ」

 

 

聞こえない、何にも聞こえない。だから俺泣いてないよ……グスン。

 

「ピカ……」

 

俺の肩に乗ってるピカチュウが心配そうに鳴くと。俺の頭を小さな手で撫でてくれた。

うう、ありがとうピカチュウ。その慰めでだいぶ回復したよ。

 

「フリィ……」

 

「フゥ……」

 

リカとカスミの近くにはバタフリーとスターミーに付いてもらってる。

2人の護衛と変な行動を起こさないための監視をするためだ。

 

2体をボールから出すためにリカとカスミの腰からボールを取り出さねばならないため、そこでもひと悶着あったが割愛。

 

「シャワシャワ」

 

「なんですかカスミさん」

 

カスミが指さした先にはコダックがいた。

先ほどと同様にコダックは俺たちを首を傾げながらジッと見つめていた。そして、草むらの奥へと消えた。

さっき見たときと同じ行動。この時、俺はなんとなくこのコダックが気になっていた。

 

「追いかけよう」

 

あのコダックにはなにかある。そう思い俺はカスミとリカに声をかけて草むらへと駆けていった。

 

 

 

***

 

 

 

「随分と森の深くまで来たな、どこまで行く気だ?」

 

コダックはよちよちと歩きながら森の奥へ奥へと進んで行った。

しばらく歩くとコダックは立ち止まった。

そこには小屋があった。

 

「なんだこの小屋?」

 

「ピカ」

 

ピカチュウは俺の肩から降りて、何かを感じた様子で小屋の中へと入って行った。

 

「おいピカチュウ?」

 

勝手に上がり込んでいいのか?

なんとなく悪いことをしている気になりながら俺はリードを引いてカスミとリカと共に小屋の中へと入って行った。

 

小屋の中は電気も点いておらず暗い、しかし、床に散乱している弁当箱や雑誌を見つけ、誰かがいたということが察せられた。

この小屋はいったい……そう思っていると、

 

「ピカピ、ピッピカチュウ!」

 

ピカチュウが慌てたような声を出して俺も視線を向けると、そこには鉄格子に閉じ込められた子供がいた。

その顔には見覚えがあった。

 

「まさか、行方不明の男の子か!?」

 

俺は慌てて鉄格子に近寄る。

 

「君、大丈夫か?」

 

声をかけると男の子は反応して俺を見る。

 

「カラ、カラカラ?」

 

片手で何かを振り回すような動作をした少年は、カラカラのような鳴き声を上げた。

この子もポケモン返りをしているようだった。

 

なんにしても、この子をあの女性の元へ送り届けないとな。

 

今こそマサラ人の力を解き放つ!

思いっきり両手に力を込めると、頑丈な鉄格子がメキメキと形を変えていく。開くように動かし、鉄格子を曲げ、人が通れるほどの隙間を作ることができた。

 

俺はカラカラの真似をする男の子を抱き上げる。

 

その時、大きな音が鳴った。その音はまるで警報のようだった。

人が走ってくる気配。

 

「なんだてめえら、どこから入ってきやがった!」

 

いかにも悪人面の大人の男が俺たちを睨みつけて立っていた。

こいつが誘拐犯か!?

 

「あんたこそ何者だ! ここに閉じ込められている男の子は3日前から行方不明になっている子だ。それがどうしてこんな森深くの小屋にいるんだ!」

 

「ちっ、嗅ぎつけてきやがったってことか。だがまあお前らみたいな子供が来てくれて助かったぜ、これでようやく売りモンが揃いそうだ」

 

下劣な顔で俺たちを値踏みするようにジロジロと見ている男、その言葉からこの男が何をしようとしているのか理解してしまい、胸の中に苦いものが沸き上がるのを感じ、男を睨みつける。

 

「あんた、人身売買してんのか!?」

 

「へへへ、そうさ。ポケモンの売り買いも儲かるが、人間の子供を攫うのも良いビジネスなんだぜ」

 

途轍もない下衆だった。

 

リカもカスミもこの男の悪辣さを理解したのか、威嚇する声を上げながら男を睨んでいた。

 

男は2つのモンスターボールを投げる。

 

「行けスリープ、スリーパー!」

 

「スリィ」

 

「リィパァ」

 

スリープとスリーパー、どちらも催眠術を得意とするポケモンだ。

 

「まさか、その2体の催眠術で誘拐を!?」

 

「そうさ、こいつらの力を使えば楽に誘拐できると思ったわけよ。へへへ、お前たちは催眠にかける前に痛めつけてやる」

 

ポケモンを犯罪に利用するなんて、こんなやつを野放しにしておけない。ここで倒してジュンサーさんに突き出してやる!

 

「シャワシャワ!」

 

「ピッピー!」

 

起こったリカとカスミがカンフーのポーズや荒ぶる鷹のポーズで誘拐犯を威嚇する。

 

「2人は出なくていいから! バタフリーとスターミーはリカとカスミを守ってくれ」

 

バタフリーとスターミーが俺の言葉に頷き、2人を守るように前に出る。

この悪人は俺が倒す。

 

「ピカチュウ頼んだ、行けヒトカゲ!」

 

「スリーパー『サイコキネシス』、スリープ『サイコショック』!」

 

念導の波動と塊が猛烈な勢いでピカチュウとヒトカゲに迫る。

 

「ピカチュウ『ひかりのかべ』! ヒトカゲ『かえんほうしゃ』、スリーパーを狙え!」

 

「ピッカ!」

 

「カッゲエエエ!!」

 

ピカチュウが立てた尻尾が淡い光を放つ。

スリープの『サイコショック』はピカチュウの周りに出現した壁に遮られ威力は半減しピカチュウへは大したダメージにならず、スリーパーの『サイコキネシス』はヒトカゲの『かえんほうしゃ』に撃ち負け、炎がスリーパーに襲い掛かる。

 

「リパァ……」

 

炎に焼かれたスリーパーは目を回してしまう。それを隣のスリープが心配そうに見ていた。

 

「おいお前らしっかりしやがれ! バトルでも使いモンにならねぇなんて冗談じゃねえぞ!」

 

やはりこの男はトレーナーとしては三流もいいところ、一気に攻めて決める。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

莫大な電撃がスリープとスリーパーに容赦なく襲い掛かる。

痺れてダメージを受けた2体はあっという間に目を回して戦闘不能となった。

 

「ち、ちくしょう! ほんとに使えねえこの雑魚ども!!」

 

顔を醜く歪ませて倒れるスリープとスリーパーを罵る男。

こんなやつに負ける気なんてまったくなかった。

 

すると、俺の後ろから声がした。

 

「う、うーん……」

 

「あ、れ……ここは?」

 

リカとカスミだ。ポケモンの声ではなくちゃんとした人間の言葉を発しているということは、催眠によるポケモン返りが治ったということだ。

元に戻った2人に俺は安心して振り返った。

 

「な、なんなのこの首輪!?」

 

「サ、サトシ!? その……こういうのまだ私たちには早いと思うよ! べ、別に嫌ってわけじゃないけど、もう少し段階が――」

 

驚き赤面のカスミと頬を染めてもじもじしているリカ。

さっきまでの記憶が無いようだな。

 

「いろいろ反論したいけど今はそれどころじゃないから説明は後にするぜ」

 

俺がそう言うと、リカとカスミが周りを見渡す。

催眠が得意のスリープとスリーパーが倒れ、悪人面の男がいて、誘拐された男の子。

ここまで揃えばもうわかるだろう。

 

「あんまり記憶ないけど、あれが悪者ってことかしら?」

 

「男の子の誘拐犯ってことなんだね」

 

状況を理解してくれたカスミとリカは誘拐犯の男を睨む。

 

「くわ?」

 

緊迫した雰囲気の中、抜けたような声がした。

 

そこには先ほどのコダックがいた。

 

コダックは俺たちを見て首をかしげるとあちこち歩き回り、カスミとリカをに近づいたり、倒れているスリープとスリーパーに近づいてジッと見つめたりしていた。

なんなんだろうなあのコダック。

 

「クソが、こうなったら」

 

誘拐犯は悪態をつくと走り出し、何かの機械を操作していた。

駆動音と地響きが聞こえしばらくすると、どこからか大きなアンテナが出現した。

 

「な、なんだあれ?」

 

「へへへ、こいつは催眠波の拡張装置だ。これがあればここにいても街に向かってスリープどもの催眠波を飛ばせるって寸法さ」

 

男の表情はまるで勝利を確信したかのようだった。

 

「それにな、これは催眠波の拡張だけじゃねえんだぜ。実験を重ねたおかげで面白い機能もあるんだぜ」

 

その時、猛烈な悪寒がした。

 

俺はピカチュウとヒトカゲに合図を送るとリカとカスミの手を引いてその場から飛びのいた。バタフリーとスターミーも俺に合わせてその場から離れる。

 

それを感じた次の瞬間、強大な衝撃波が床と天井を削りながら迫ってきた。

轟音と共に俺たちが元居た場所が粉々にくだけていた。

 

「はははははは! この衝撃波を喰らえばお前もお前のポケモンどもも一気にお陀仏だ。おら死にやがれええええ!!」

 

アンテナの向きはピカチュウとヒトカゲに向かっていた。

 

「ピカチュウ、ヒトカゲ逃げろおおおおお!!」

 

咄嗟に俺はピカチュウとヒトカゲの小さな体を突き飛ばした。

全身に走る衝撃、呼吸が一瞬止まる。浮遊感を感じたと思ったら、背中に更なる衝撃、壁に激突したと理解したのは猛烈な激痛を感じた後だ。

 

「ぐうう……」

 

「「サトシ!!」」

 

悲鳴にも似たカスミとリカの叫び声。

駆けよる2人の姿がぼやけている。全身に残る痛みを感じながら必死の思いでなんとか意識を保つ。

 

 

どうにかしてあの装置を破壊しないと、次まとも攻撃を受けたらただじゃ済まない。

だが自分の体が思うように動かないことを理解してしまった。

 

その時、俺たちの前に現れる影。

 

「くわ?」

 

「なっ!」

 

なんでここにいるんだ。

 

「コダック今すぐそこを離れろぉ!」

 

俺が叫んだ瞬間、アンテナがエネルギーを貯め始める。

 

「やめてえ!」

 

俺が動けずにいると、カスミがコダックの前に飛び出した。

 

「カスミ!」

 

「ダメぇ!!」

 

轟音が空気を突き破る。その先にはカスミとコダックがいる。リカが飛び出そうとする。

動け、動いてくれ、このままじゃみんなが――

祈るが、俺の体は立ち上がるのが精一杯でそれ以上動けない。

何もできないことを呪いながら、リカとカスミの背中に手を伸ばす。

その時――

 

「くわわわわ、くわあ!!」

 

コダックが悲鳴を上げる。

ようやく状況を理解したのか慌てている。

 

「え……?」

 

俺は目を疑った。

コダックの周辺がねじ曲がっているように見えたからだ。

 

「くわああああああああああ!!!」

 

耳をつんざくようなコダックの叫び声を聞いた瞬間、その場の空気が変化するのを感じた。

カスミが身を挺して守っているコダックからとてつもないエネルギーが発せられていた。そのエネルギーはアンテナの衝撃波にぶつかると瞬く間に飲み込み、アンテナそのものに衝突、破壊してしまった。

 

「ぎ、ぎゃああああああああ!!!」

 

誘拐犯はコダックのエネルギーに巻き込まれ、聞き苦しい悲鳴を上げて吹き飛んだ。そのまま壁に衝突した誘拐犯は床に倒れ、気を失ってしまった。

 

予想外で一瞬の出来事で事態が終結したため、俺は呆然としているしかなかった。

リカとカスミも同じ心境なのか、ポカーンとした顔で何も言えずにいた。

 

「くわ?」

 

途轍もない力を振るって事件を解決させた張本人は、自分でも理解してないのか、先ほどと同様に頭に両手を触れさせ首を傾げていた。

 

 

 

***

 

 

 

俺たちの通報でジュンサーさんたち警察が駆けつけた。そしてそこには誘拐された子供の母親もいた。

母親は自分の子供の姿を確認するとすぐに駆け寄って子供を思い切り抱きしめた。

男の子は何も覚えていないようで、不思議そうな顔をしていた。

 

「事件解決に協力してくれてありがとう。心から感謝するわ」

 

ジュンサーさんは俺たちに礼を述べた。

 

事件の発端である誘拐犯の男は手錠をかけられ俯いていた。

俺は男に近づいた。どうしても聞きたいことがあったからだ。

 

「一つ聞きたい。どうして子供たちをポケモン返りさせたんだ?」

 

今回の誘拐事件の一番の謎だった。

スリープとスリーパーによる催眠で子供たちを誘拐するのはわかった。だが街で起こったポケモン返り、これもまた催眠による影響なのだろう。しかし、その意図がわからない。だからこそ男に聞いた。

 

「ああ? そんなの俺が聞きてえよ」

 

「……どういうことだ?」

 

悪態をついて吐き捨てるように言った男。その答えは「自分も知らない」というもの。

予想外の答えに俺も困惑してしまう。

男は続ける。

 

「けっ、あのスリープとスリーパーがまったく使いモンにならねえカスだってことだよ。あいつら、ガキどもを誘拐するための催眠をかけさせたのに、あんな訳の分からねえこと引き起こしやがって。クソせっかく捕まえたのによぉ!」

 

その言葉で俺は気づいた、気づいてしまった。この事件の真相。裏でいったい何が起きていたのかを。

俺はスリープとスリーパーに問いかけた。

 

「スリープ、スリーパー。お前たちはわざとポケモン返りさせてたのか?」

 

「どういうこと?」

 

カスミが問いかけるが俺はそれに答えるよりも自分の導き出した結論をスリープとスリーパーに確かめずにはいられなかった。

 

「お前たちは自分たちをゲットしたあの男がしようとしていることが悪いことだと気づいた。だから、催眠の失敗に見せかけてわざとポケモン返りをさせた」

 

「で、でも最初に誘拐された子供は?」

 

リカが俺に問う。その答えは簡単だ。

 

「きっと、子供を催眠で連れてきた目的が誘拐だって思わなかったんだ。1度目に男の子を連れてきたときに気づいたんだろう」

 

それだけじゃない。

 

「それに誘拐された男の子に対するポケモン返りには別の意図があったんだ」

 

「別の意図?」

 

カスミが疑問の声をあげる。

 

「誘拐された恐怖を紛らわせるためだ。ポケモン返りしている間は記憶が無い。おかげで誘拐された記憶もないってことになる」

 

そこまで考慮したスリープとスリーパーに俺は驚きを隠せない。

カスミちリカだけでなく、ジュンサーさんも男の子の母親も驚いているようだ。

 

「そして、スリープとスリーパーが男の子を助けるための行動は他にもあった」

 

俺は視線を下げてもう一人の登場人物を見る。

 

「このコダックだ」

 

俺の言葉にこの場にいる全員がコダックへと目を向ける。

当のコダックはよく理解できていないのか首をかしげている。

 

「コダックはスリープとスリーパーに選ばれたこの小屋への案内人だったんだ。コダックはエスパー技を使える。だからおそらくスリープとスリーパーのエスパー技の影響を受けるんだ。スリープとスリーパーはコダックに男の子を助けてくれる人間をここまで連れてきてくれるようにしたんだろう」

 

子供を超能力で檻から出して、催眠で家まで送るという方法があったのではと思ったが、先ほどの檻はセンサーで勝手に開けば警報音が鳴るようになっていた、さらに森から街までポケモンを持たない子供一人では危険だと判断したのだろう。

俺はしゃがみ込んでコダックに視線を合わせる。

そして、未だに疑問符を浮かべているであろうその丸い頭に軽く手を置いて撫でる。

 

「コダック自身は気づいてないかもしれないけどな」

 

「くわ?」

 

これが俺が導き出した真相だ。

 

「なんだよクソが! そんなクソポケモンだったのか、ご主人様に逆らいやがってこの無能ポケモンがぁ!」

 

誘拐犯の男は手錠をかけられながらも、態度を改めた様子はなく大声で悪態をついた。

俺は立ち上がって男に近づき睨む。

 

「なにが無能だ、なんにもわかってねえな」

 

「あんだと?」

 

「わからないのか? あんたが捕まえたスリープとスリーパーは自分の意思で正しいことをしようとした。トレーナーであるあんたを出し抜いてだ。それに気づかないあんたの方がよっぽど無能だ。だからあんたはこうして捕まってるんだよ。この間抜け!」

 

男は顔を真っ赤にして歪め、大声で何事かをまくし立てたが聞く気はない、聞く価値もない。俺は振り返って男から離れる。途中、リカとカスミが誘拐犯に対して侮蔑の視線を送っているのが見えた。

そして俺は座り込んでるスリープとスリーパーを見た。

 

「本当のヒーローはスリープとスリーパーだ」

 

「それとコダックもな」

 

すると男の子が近づいてくる。

 

「僕、誘拐されたことはよく覚えてないけど、スリープとスリーパーが近くにいたことはなんとなく覚えてる。夢だと思ってたけど、僕のこと、守ろうとしてくれたの?」

 

男の子の言葉にスリープとスリーパーはただ笑うだけだった。とても優しい笑みだ。

 

「ありがとう」

 

すると後ろから男の子の母親も歩み寄ってくる。

 

「この子を守ってくれて本当にありがとう」

 

スリープとスリーパーは照れ臭そうに頬をかいていた。

 

「ジュンサーさん、スリープとスリーパーは――」

 

「ええ、わかってるわ。ちゃんと保護して、大事にしてくれるトレーナーの元に必ず届けるわ」

 

ジュンサーさんの言葉で心配事は解決した。

振り返ってカスミとリカを見ると、2人も安堵の表情を浮かべていた。

 

 

 

***

 

 

 

パトカーは犯人を乗せて警察署へと向かった。

街に戻ると、男の子とその母親は俺たちに礼を述べて家へと帰った。

これで一件落着。

 

 

「……本当に私たちが自分で付けたの?」

 

「だからそうだって」

 

「……この首輪付けて、リードで引っ張られながら、街を……」

 

俺は首輪の件を追求されていた。

経緯を話すと2人は顔を真っ赤にして地面をゴロゴロ転がるのではないかというくらい悶えていた。

 

「ポケモン返りの影響だと思うから、誰も悪く……いやあの犯人が全部悪いんだよ。俺も今回のことは忘れるからさ、気にしないで」

 

「……わかった」

 

「私たちも忘れることにする」

 

渋々といった様子だが納得してくれた。

 

「その首輪どうする? 捨てる?」

 

「……一応持っとく」

 

カスミとリカは首輪とリードを自分のリュックの中に入れた。

 

「へ?」

 

「ち、ちがうよサトシ、もったいないとかじゃなくて、その……」

 

「そ、そう戒めよ! 今回みたいなことにならないように反省しないといけないって言うか!」

 

「う、うん、そうそうそうだよ!」

 

顔を赤くして早口でそう言うリカとカスミ。

さっき「忘れる」って言ってなかった?

 

が、俺としてはこれ以上触れるのは恐ろしいため「お、おう」と言うだけでこの話を切り上げた。

 

次の町へ行くために俺たちはポケモンセンターを出た。

よくよく考えれば、首輪の件を多くの街の人たちに見られている俺たちは一刻も早くここを出たほうがいいのでは?

 

見た人に遭遇しませんようにと祈りながら歩いていると、

 

「くわ?」

 

「「「コダック?」」」

 

先ほど別れたはずのコダックがそこにいた。

 

「どうしたのよ、もしかして迷子?」

 

カスミがコダックに近づいてしゃがみ込む。

コダックはジッとカスミを見ている。

 

「もしかしてカスミに付いていきたいのか?」

 

俺が言うとカスミが振り返って驚いていた。

リカが続く。

 

「きっとそうだよ。カスミに守ってもらったのが嬉しかったんだよ」

 

カスミが再びコダックを見る。

 

「そうなの?」

 

「くわ?」

 

コダックは首を傾げている。

うーむ、自分で言っといてなんだが、違うような気もしてきた。

ここはカスミがどうしたいか聞こう。

 

「カスミはどうだ? そのコダック」

 

「え? うーん、可愛いとは思うけど……」

 

「ゲットしてみようよ、さっきのコダック凄かったでしょ! きっと強く育つと思うよ!」

 

リカはゲットに乗り気のようだ。確かにあの『サイコキネシス』は途轍もないパワーだった。未知数の潜在能力があるんだな。

 

「ねえ、私たちと来る?」

 

「くわ!」

 

今の返事は明確な肯定の意思を感じた。首も傾げていない。

これはもう決まりだな。

 

カスミは頷くとモンスターボールを取り出し、コダックへと差し出す。

コダックは嘴で開閉スイッチを押す。するとボールの中へと入った。

 

モンスターボールはそのまま動くことなくカチリという音を鳴らした。

 

「よっし、コダックゲットよ!」

 

カスミはモンスターボールを高く突き上げた。

俺とリカは顔を見合わせて笑いあった。

 

新しい仲間を迎えて俺たちの旅は更に賑やかになりそうだ。




今回もかなり凶悪な犯罪が出てしまいました。
真相解明までのロジックがガバガバではないか心配です。


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海だ水着だ アオプルコ 前編

半年もお待たせして申し訳ないです。
今後もできる限り書いていきたいと思います。



俺たちの目の前に広がるのはまっさらな砂浜と広大で綺麗な海。

砂浜には多くのビーチチェアやパラソルが並び、食堂であるオシャレな海の家が存在している。

ここの名前はアオプルコ、カントー屈指のビーチリゾートである。

 

空にはキャモメやペリッパーが飛び、砂浜にはクラブやヘイガニが歩き、海にはタッツー、サニーゴ、ホエルコ等の水ポケモンたちが泳いでいた。

 

シーズンではないとはいえ、そこは水着を着ている多くの人たちで賑わっていた。

 

「ここがアオプルコ……」

 

「本当にここに来たんだ……」

 

リカとカスミが感動に打ち震えるようにつぶやく。その目をキラキラと輝いていた。

 

アオプルコはカントー地方の本土から離れた場所にある。移動手段は連絡船か水ポケモンの移動のみ。俺たちは前者でここまでやってきた。

一度は訪れたいと思っていたアオプルコ、シーズンになればたくさんの人で溢れてしまい、海を楽しむどころじゃない。

だから人がそこまで多くない時期に来てしまおうと俺たちは考えた。

そして今に至る。

 

 

 

***

 

 

 

「それじゃ私たち着替えてくるから」

 

「おう待ってる」

 

「えへへ、水着楽しみにしててね」

 

「おういってらっしゃーい」

 

カスミとリカが着替えるために女子更衣室に行ってしまった。

その間に俺も着替えるとするか。

 

野郎の着替えは早い。

服を脱ぐ、海パンを履く、以上

ちょっと隠れる場所さえあれば数秒で着替えられる。

おかげでカスミとリカよりも早く砂浜に到着一番乗り!

 

視界には広大で青い海が広がっている。

ザザザッ、ザザザッと静かに波が砂浜に押し寄せては帰っていく。

 

正に絶景のオーシャンビュー。この景色だけで自分の悩みなんて小さなことだと思える。

母なる海は偉大なり。

ふと、向こうが騒がしいことに気付いた。

 

「行くぞおめえら! ビーチバレーこそ俺たちの青春! この海だけじゃない、世界の海を制覇するぜえ!」

 

「「「「「いやっはあああああ!!」」」」」

 

「それじゃあ試合形式で練習だ、みんなシクヨロでーす!」

 

「「「「「シクヨロでーす!!!!」」」」」

 

すごい迫力。あのお兄さんたちめちゃくちゃ熱血でビーチバレーしてるよ。

みんな見事な小麦色の肌で、あちこちに貴金属の装飾して、いかにもチャラ男って感じなのに――おっと、人を見かけで判断するなんて失礼だよな。

ふと見るとボールがこちらに転がってきた。

 

「やあやあごめんごめん少年」

 

チャラお兄さんが手を振りながら走って来た。俺はボールを拾い上げるとチャラお兄さんへと手渡す。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう少年、どうだい? 君もビーチバレーやらないかい?」

 

「誘ってもらって嬉しいですけど、友人たち待たせてるので」

 

「そうかい、興味を持ったらいつでも話しかけてくれよ。ビーチバレーは誰でも楽しめるからね、シクヨロでーす!」

 

「あはは、シクヨロでーす……」

 

チャラお兄さんはニカッと笑い白い歯を見せる。そして走り去った。

 

お兄さんたちを見送っていると、後ろから砂を踏む足音がした。

 

「「お待たせ」」

 

振り返ると、その眩しい姿に魅了された。

 

カスミは深い青のビキニ姿、大きく形の良い双丘が強調される。

健康的な曲線が陽の光を浴びて白く輝く。

リカは淡い水色のビキニ姿、真白な肌が惜しげもなくさらされている。

豊かな胸、さらにほっそりしたくびれに膨らんだ臀部、、肉付きのいい太ももが美しい。

 

あまりの美しさに飲まれる感覚はデジャヴ、あれはサントアンヌ号で彼女たちのドレス姿を目の当たりにしたときだ。

 

「ふふーんどうかしら?」

 

「に、似合う、かな?」

 

ほんのり頬を赤らめる2人がとても愛らしい。

俺は胸の内の正直な感想を告げる。

 

「マジ最高っす!!」

 

親指を立てる。

 

「ま、まあ当然よね!」

 

「ありがとう!」

 

顔を赤くして綺麗な笑顔を見せてくれるカスミとリカ。

その姿が海にとても似合って見ていて胸が熱くなる。

それを誤魔化すように俺は口を開く。

 

「俺はどうだ? 見よ、この逆三角形の肉体を!」

 

俺は左肩を下げ右肩を上げたサイドチェストを見せつけニカッと笑う。

 

「いやいや逆三角形じゃないわよ」

 

「こ、これからだよ。男の子はまだまだ大きくなれるから、ね?」

 

ぐぬぬ、まだ10歳だとそんなに筋肉つかないか。

あれ? じゃあ俺なんでポケモンと殴り合いとかできるんだ?

……まいっか。

 

「よっし、じゃあ早速遊ぼうぜ!」

 

「「おーっ!!」」

 

「みんな出てこい!」

 

俺は言葉と同時に自分の持つボールすべてを空中に投げ、それを合図にリカとカスミも同様に自分の持つボールを投げる。

ボールから現れる俺たちのポケモン。

みんな足元にある砂浜、どこまであるかわからないほど広い大海原に目を輝かせている。

 

「よしみんな思いっきり遊ぶぞ!」

 

『ピカ!』

 

ピカチュウをはじめに、ポケモンたちが返事をする。

おっと大事なことを忘れてた。

 

「ヒトカゲは海に近づかないように気を付けろよ」

 

『カゲ!』

 

炎タイプのヒトカゲには重要なことだからな。尻尾の炎が消えたら大変だ。

 

「ブースターも気を付けてね」

 

『ブスタ!』

 

リカも炎タイプのブースターに注意を促す。

 

ポケモンたちはそれぞれ遊んでいる。

ゼニガメ、シャワーズ、ヒトデマン、スターミー、コダックの水ポケモングループは広い海を元気に泳いでいる。ちなみにコダックは浮き輪の上で気持ちよさそうに寝ている。

バタフリー、スピアーの飛べる組は海を興味深そうに見ていた。森で暮らしていたから珍しいよな。

ニドリーノ、ニドリーナのペアは砂浜を走り回っている。

ピカチュウ、ピッピ、フシギダネ、サンダース、ヒトカゲ、ブースターの陸上組は泳げる人は泳いでいるが、できない人は砂浜で砂遊びをしている。

 

『ピカピカチュウ!』

 

するとピカチュウが走り出し勢いよくジャンプする。そして海に飛び込んだ。

水しぶきは発生しない。なぜならピカチュウをスターミーが受け止めたからだ。

 

『ピカチュウ!」

 

『フゥ!』

 

スターミーに乗ったピカチュウは海を自在に移動する。

その姿はまさに『なみのりピカチュウ』

 

『ピカピー!』

 

俺に手を振るピカチュウ、あはは可愛いなー。

 

「ねえサトシサトシ」

 

「どうした?」

 

声をかけられ振り返ると、もじもじとしたリカ、隣には同じく真っ赤で照れたような顔のカスミ。

 

「サンオイル、塗ってほしいな」

 

リカがオレンジ色のボトルを俺に差し出してきた。サンオイルと書かれたそのボトルを見て俺は少し驚く。

 

「俺が塗らなくても2人で塗り合いっこすれば――」

 

「私今動きたくなーい」

 

「わ、私も!」

 

『でんこうせっか』もびっくりな素早い動きで2人は砂の上にある2枚のシートにうつ伏せに寝転がる。そのシートはちょうど俺を挟むように敷かれていた。

謀られたか。

俺は観念して砂の上に座った。

 

「了解、じゃあリカからな」

 

ボトルの蓋を開けて中身を自分の手のひらへと出していく。ある程度溜めると俺はリカの背中を見下ろす。シミ一つない真白な背中の美しさのドキリとしながら、俺は両手でそこにサンオイルを広げていく。

 

「んんっ……!」

 

甘い声が漏れた。

 

「わ、悪い!」

 

「う、ううん! ちょっとくすぐったいだけだから大丈夫だよ。続けて……」

 

そう言われ俺は再開する。

 

「くっ……んあ……あん……」

 

顔が熱いのは日光だけじゃないよな。背中なのにその肌は柔らかくて、手を動かすたびにリカの甘い声、テラテラ輝く柔肌、触覚と聴覚と視覚を同時に攻められている気がした。

これくらいでいいかな。

 

「よし終わり、じゃあカスミ「待って」え?」

 

「あ、あの、脚もお願い……お尻も……」

 

「いや、それは……」

 

「塗ってあげなさいよ。もちろん私もね」

 

「ええ……」

 

リカの懇願の眼差しとカスミの圧力、逃げられない。

 

水色のビキニパンツはリカの形の良いお尻を包み、そこから細く長い脚が伸びている。

塗るだけ塗るだけ塗るだけ、なにもおかしくない、緊張する必要はない、やるうんだ俺がんばれオレ!

 

俺は裏腿に手のひらで触れる。背中よりも柔らかい感触、振り払うように俺は膝裏、ふくらはぎへと手を動かす。

 

「んんっ……あっ……」

 

太ももとふくらはぎを何往復もしていると必然お尻が後になる。

まるで先延ばしで逃げているようだ。ここは覚悟を決めるしかない。

 

俺はオイルを手のひらに溜めると、リカの丸い臀部に触れた。

 

「ひゃん!」

 

一際、大きな声、しかし、ここで止まるわけにはいかない。俺は力を抜いてオイルをリカのお尻全体に伸ばしていく。

 

「やぁ……んあ……」

 

ビクビクと震えるリカの身体、絶え間なく漏れ出る甘い声、それらを振り払い、そして――

 

「よし、今度こそ終わり、次カスミ!」

 

俺は座ったまま回れ右をして手のひらにサンオイルを溜める。「あ」というリカの寂しげな声は無視。「あらら」とカスミは言う。彼女の背中はリカと同じくらい白く艶やかだ。俺は同じようにサンオイルを背中に伸ばしていく。

 

「ひぃ……やん……!」

 

カスミから漏れた嬌声。

それは普段の気の強いカスミから想像できないギャップのせいなのか、背筋がゾクゾクとした。そのまま俺は背中全体に塗っていく。

 

「ちょ……ま……は、げし……あぁん!」

 

気にしない気にしない、リカの背中よりも少し弾力があるとか気にしない、真っ赤なカスミが可愛いとか気にしない。早く終わらせるんだ!

塗り終えた俺はカスミの下半身に移行。

 

肉付きのいいしなやかな脚。そしてリカよりも筋肉がついているのか、カスミのお尻はキュッと引き締まった美尻だ。だが意識したらダメだ。塗るんだ!

両手で美尻にサンオイルを塗る。今回はお尻、太もも、ふくらはぎまでを何往復もさせていく。

 

「あんっ……くぅ……」

 

甘い声を聴かないようにしながら、作業を進めていく。

 

「さ、とし……だ、めぇ……」

 

ここまでだ。

 

「よし終わり」

 

真っ赤なカスミが上目遣いで俺を見てた。

俺は咄嗟に顔をそらす。

 

「あとは、それぞれで、たのむ……」

 

「「……うん」」

 

うわああああまずい、なにかが俺の中で渦巻いてる、熱くてバクバクでぐるぐるしてて。

今2人のこと見れない――

 

「ねえサトシ」

 

リカの呼びかけ、それがスイッチとなったのか。

 

「うおおおおおおお!!」

 

俺は走り出した。海に向かって、そこで遊ぶポケモンたちに向かって。

 

「ピカチュウウウウウ!! みんなあああああ俺も遊ぶぞおおおおお!!」

 

ピカチュウたちのギョッとした顔を見ながら俺は海に飛び込んだ。

 

 

 

***

 

 

 

「そーれ!」

 

「きゃ! もうやったわねそりゃ!」

 

互いに水をかけあってイチャイチャ百合百合とじゃれあうリカとカスミ。

いやあ頑福頑福。

 

美しい光景を見ている俺は、泳ぎに泳ぎまくって疲れ果てていた。

俺は砂浜で体操座りになって、遊んでいるリカとカスミとポケモンたちを眺めていた。

いやあ、さっきの俺はどうかしてたな、うん、日光浴びすぎておかしくなったのかな、うん、そうに違いない。

 

ふと視線の向きを変えると、そこにはさっきのチャラお兄さんたちがビーチバレーでまだまだ盛り上がっていた。

するとチャラお兄さんたちに近づく集団。こちらもチャラお兄さんたちだ。

 

「YoYo! あんたらもビーチバレーか。だったら俺たちも混ぜてくれYo!」

 

「「「「「YoYoYo!!!」」」」」

 

「いいぜいいぜ、くるもの拒まず、だけど俺たち負け知らず、お前らの挑戦、断りません、かかってきな、シクヨロでーす!」

 

「「「「「シクヨロでーす!!!」」」」」

 

「YoYo! 話がわかるぜ、嵐が騒ぐぜ、ブラザーたち、焦んなくていい、華麗なプレイで、やってやるう!」

 

増えたよ、増えちゃったよ。チャラお兄さんたち、なんかラップバトルもどき始めちゃったし。

それにしてもビーチバレー流行ってるのか?

そう思っていると、何かが左側から転がってきた。ビーチバレー用のボールだ。

 

「すいませーん」

 

ボールが転がってきた方向から声、持ち主なのだろうと思い俺はボールを持って立ち上がる。

振り返って女性に渡そうとして驚いた。

 

「エリカ?」

 

「サトシさん?」

 

女性はタマムシシティジムリーダーのエリカ。それも緑色のビキニの水着姿。腰には同色のパレオを巻いて優雅さが醸し出されている。ジム戦以来の再会だ。

さらに胸元を見ると大きな果実が瑞々しく実っていた。着物の時は全然目立ってなかったのに、どこにあんな暴力的に大きな胸を隠してたんだ?

驚きは、以前は見えなかったエリカの艶のある肌にドキリと胸が高鳴った。

 

「サトシさん! お会いしたかったですわ!」

 

エリカが嬉しそうな声で俺まで駆け寄り俺の両手を彼女の手で包み込み、太陽に負けないくらいの笑顔で見つめてきた。

 

『サトシさん!!』

 

後ろから複数の女性の声、視線を向けると見覚えのある人たち。彼女たちはタマムシジムのトレーナーたちだ。全員が水着姿でこちらに向かっていた。

 

「ど、どうもみなさん」

 

「サトシさん、お久しぶりです!」

「あれからバッジは集まりましたか?」

「前お会いした時より、とってもかっこよくなってますね!」

「またサトシさんのバトルが見てみたいです!」

「私、サトシさんのことを想うと、身体が熱くなって……」

 

迫りくる美女たちに気圧されながらも挨拶をする。

 

「あ、エリカ」

 

「エリカたちも来てたんだ」

 

後ろからカスミとリカの声がした。いつの間にか近くに来ていたのか。

 

「カスミさんリカさんお久しぶりですわ!」

 

「うん久しぶり、ジムトレーナーのみなさんも」

 

「みんな久しぶりね、ジムはお休み?」

 

「はい、ジムをお休みにしてみんなで来ましたの。まさかサトシさんたちにお会いできるなんて、はぁ……幸せですわ」

 

そんな大げさな。

けどそう言ってもらえると嬉しい。なんだか照れくさくて、俺は話題を無理やり変える。

 

「女の子だけだと、声かけられたんじゃないか?」

 

「ええ、何度も殿方に声をかけられましたわ」

 

「そっか、大丈夫だったのか?」

 

「ええ、丁重にお断りにしましたわ」

 

「そっか、さすがエリカ」

 

たくさんのトレーナーのまとめ役は伊達じゃないよな。

 

「それにどうしてもしつこい方にはこのお香を嗅いでいただきましたわ」

 

エリカから手のひらサイズの小さいドーム状の物体を手渡される。これお香なのか?

 

「え、なにこれ? なんのお香?」

 

(わたくし)が調合した、一種の催眠状態にするお香ですわ」

 

「さ、催眠?」

 

「これを嗅いだ方々にこう言いましたの『あなた方はビーチバレーがしたくな~るしたくな~る』と。そしたらあちらの砂浜でビーチバレーに興じてしまいましたわ」

 

「あれはあんたの仕業か!」

 

にこやかに恐ろしいことをなさるこのお嬢様は。知らないうちにお香を嗅がされたりしないよな、エリカはそんなことしない人だよね……しないといいな。

 

「サトシさんたちもこちらへいらっしゃいません? 一緒に遊びましょう」

 

再開した友人からの魅力的なお誘い、リカとカスミに視線を向けると、2人はニコリと頷いた。

答えはもちろん、

 

「よっしゃ遊ぼうぜ!」

 

エリカとトレーナーの女の子たちが花開いたようにわらってくれた。

 

「ピカチュウたち呼んで荷物取ってくるから、リカとカスミはエリカたちについて行ってくれ」

 

「そんな悪いわよ、私たちも」

 

「いいっていいってこういうのは男の仕事だからさ、みんなで先に遊んでてくれよ」

 

「わかった、じゃあお願い」

 

任された俺は走る走る。ピカチュウがまた「何事か」という顔をした。

 

「みんなああああ! 向こうにエリカたちいるからそこ行くぞおお!!」

 

『ピッカチュウ!』

 

合点がいったという顔になったみんなはこっちに向かって走って来た。

 

「俺は荷物持っていくから先に行っててくれ」

 

全員が「はーい」という具合で返事をすると、走ってリカとカスミを追いかけた。

俺は荷物を置いてあるパラソルまで到着した。

 

ふと遥か前方を見た。

波打ち際、そこに立つ一人の水着姿の女性、麦わら帽子を被っている。

 

後ろ姿でもわかるそのスタイルの良さに俺は思わず見惚れた。

 

麦わら帽子を被ったその女性がゆっくりと振り返る。

そこには見覚えのある綺麗な顔があった。

 

「サトシ君……?」

 

「ナツメさん!」

 

そこにいたのはヤマブキジムジムリーダーのナツメさん。

黒のビキニ姿の彼女は豊満な胸が目立ち、キュっとしたくびれ、そこから長い美脚が伸びている。

出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる見事なスタイル。

彼女もジム戦以来の再会だ。

 

「まさかこんなに早く再会するなんて思わなかったわ」

 

「ええ俺もです。ナツメさんがここにいるなんてビックリしました」

 

「あら、私にこんな開放的な海は似合わないってことかしら?」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

慌てて言うとナツメさんはクスリと笑う。

 

「うふふ、ごめんなさい。冗談よ、あなたはそんなこと言わないわよね」

 

彼女の冗談だと分かり、思わず笑ってしまう。

ほんとにこの人は最初に会った時と印象がガラリと変わったな。最初は冷血な人だと思っていたのに今は同じ冷たいでもクールビューティーなとても魅力的な女性だ。

 

「海なんてもう何年も行ってないから休みを取って来てみたの。潮の香りとか海風の感触ってこんなに気持ちいいものなのね」

 

髪をかき上げ微笑みをたたえた瞳で海の向こうを見つめるナツメ。

その光景はまるで一枚の絵画のように美しく神秘的で目が離せない。

 

「「ナツメさん!?」」

 

聞き慣れた声で我に返る。カスミとリカもナツメとも再会したことに驚いていた。

 

「あら、リカさんカスミさんお久しぶりね」

 

リカとカスミが目を見開いた。

2人とも本日2度目の知人との再会だもんな、そりゃ驚くだろう。

 

「まあ、ナツメさんではないですか!」

 

「エリカ……」

 

エリカが両手を口の前で合わせて喜色満面の笑みを浮かべる。

対するナツメはどこかよそよそしい。

 

「2人は知り合い?」

 

「はい、以前ナツメさんが『ジムリーダーのことをもっと勉強したい』とタマムシジムを訪ねてきましたの」

 

確かに同じ地方ジムリーダー同士で交流があるのは何もおかしいことはないな。それに2人は歳も近い女性同士で話もあうのだろうな。

そんなことを考えているとナツメさんが俺の後ろに隠れてしまった。

まるでエリカを避けるように。

 

「あの、ナツメさん?」

 

「……彼女は、エリカは苦手なの」

 

「え、どして?」

 

「いろいろ勉強させてくれたことには感謝してるわ。だけど、話してると距離が異常に近いし、必要以上に触れてくるし、なんだか目が怖いの」

 

あーそれはまあ、エリカの趣味というか趣向というか性癖というか。

 

「もうひどいですわ。(わたくし)はナツメさんと仲良くしたいだけですのに」

 

「そこに邪なものを感じるのよ」

 

ベビィポケモンのように小さくなってプルプル震えるナツメさん。

だが、エリカに対して恐怖とか嫌悪の表情は感じられず、どう接したらいいかわからないのだろうと思う。

よし、ここは俺が友情のキューピットとなろう。

 

「エリカは悪い人じゃないですし、ナツメさんも同じジムリーダーなんだから、俺も仲良くしてほしいです」

 

「まあサトシさん、相変わらずお優しいのですね。嬉しいですわ」

 

「エリカはエリカで自重を覚えてくれよ」

 

「むぅ、まあ確かに無理矢理は良くないですわね」

 

エリカはほんの少し唇を尖らせるが納得してくれた。

 

「そうそう普通に仲良くすればいいんだよ」

 

エリカの手が俺の両手を優しく包み込んでくれた。あ、ひんやりして気持ちいい

 

「ではまずサトシさんともっと仲良くなりたいですわ。それはもう深い深いところまで……うふふふ」

 

笑みを深めるエリカと見つめ合っていると割って入る2人の少女。リカとカスミだ。

 

「「それは結構よ(だよ)」」

 

リカとカスミは若干ほっぺを膨らましてジーッとエリカを見る。

ションボリとするエリカ。

面白いやり取りを見ながら俺はナツメさんに向き直す。

 

「まあなんにせよ、たくさんの人とかかわって仲良くするのは大事ですよ。ナツメさんも、その、いろいろあって大変でしたけど、これからは友人として、同僚のジムリーダーとしてエリカと仲を深めてくれると俺も嬉しいです」

 

ナツメさんはエリカと俺を交互に見ると軽く笑って頷いた。

 

「そうね、サトシの言う通りね。エリカ、よそよそしくしてごめんなさい。これからも友人として付き合ってほしいわ」

 

「はいもちろんです。ジムリーダーとしていっしょに頑張りましょ」

 

エリカとナツメさんの仲が少し良くなった。

よしよし、これで万事解決だ。

 

「それから、まずは貴方との仲をもっと深めたいわ」

 

「俺ですか?」

 

「ええ、だからお願いがあるの」

 

「なんですか?」

 

真剣な顔になるナツメ、彼女が前に進みたいというなら俺にできることならなんでも聞いてあげるつもりだ。

 

「私のことを『ナツメ』と呼び捨てにしてほしいの、エリカにしてるみたいに。それから敬語じゃなくてタメ口もお願いしたいわ」

 

意外なお願いだ。確かに呼び捨てにすると距離がググッと縮まった気はするよな。

 

「エリカよりも年上の私は呼び捨てにしづらいかしら?」

 

「いえ、ナツメさ――ナツメがそうしたいなら、そうするよ」

 

いざ言うと照れくさい。けどナツメは嬉しそうな顔になる。

 

「ありがとう。私の方も『サトシ』って呼び捨てにしたいわ」

 

「もちろん、そうしてくれたら嬉しい」

 

見とれるくらい綺麗な笑顔のナツメ。

 

「ありがとうサトシ。それから――」

 

ナツメはリカとカスミの方を向く。

 

「貴女たちにも、呼び捨てとタメ口をお願いをしていいかしら?」

 

「ええもちろん私たちもOKよ」

 

「これからもよろしくねナツメ」

 

遠慮もわだかまりも何一つない。旅で出会った大事な友人との絆が深まった気がした。

 

 

 

***

 

 

 

ふと気になることがあった。

 

「そういえばナツメは一人でアオプルコに来たのか?」

 

「ええ、ジムトレーナーのみんなはジムを守ってくれてるし、両親もジムのことを引き受けてくれたわ」

 

身近な人間関係も良好でなによりだ。けど俺が言いたいのは別のことだ。

 

「女性一人だとさ、ほらナンパとかあるじゃん」

 

一瞬キョトンとした顔になるナツメ、次の瞬間にはくすりと笑った。

 

「実を言うと、1人の時に結構声かけられたのよね」

 

「やっぱりそうだったんだな、その、嫌な思いしなかったか?」

 

「あら心配してくれてるの? うふふ、嬉しいわ。けど追っ払えたから平気よ」

 

「そうか」

 

「ええ、しつこい男たちには催眠術をかけたわ。『ビーチバレーに全力で青春をかけなさい』って。向こうで頑張ってるわよ」

 

「あれはあんたも絡んでたのか!」

 

昨今のジムリーダーは平気で催眠使ってくるのか。

あまりの恐ろしさに怒らせまいと誓う俺であった。

 

 

 

***

 

 

 

海と砂浜で遊ぶポケモンたちにエリカとナツメ、タマムシジムのジムトレーナーのポケモンたちも加わった。

エリカのラフレシア、ウツドン、モンジャラ。ナツメのフーディン、スリーパー、バリヤード、ヤドラン、タマムシジムの小さな草ポケモンたち。

俺たちのピカチュウをはじめとしたポケモンたちと楽しそうに遊んでいる。

 

種族もタイプも違うポケモンたち、彼ら彼女らが同じ場所で遊んでいる光景はどこか神秘的で永遠に残しておくべきもののように思える。

 

こんな光景をどこでも実現できるようにするのが、トレーナーの役目なのかもしれないな。

 

「サトシー! こっちで遊ぼうよー!」

 

リカが俺を呼んだ。

 

そこでは仲間のカスミとリカが、友人であるエリカと彼女を慕う女性たち、そしてナツメが俺に笑顔を向けて待っていた。

 

今日という日で少しだけ彼女たちとの絆が深まった気がする。

自分にとって大事な人たちの元に、俺は歩き出す。




前々から書きたかった水着回です。
今回からポケモンたちの鳴き声は『』で囲うことにします。

長いことお待たせしてしまった皆さん大変申し訳ないです。
力不足の身ではありますが、これからも応援していただけると嬉しいです。


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海だ水着だ アオプルコ 後編

後編です。


広大な海のリゾート地アオプルコに訪れた俺たちはジムリーダーのエリカとナツメと再会した。

腹を割ってより深い友人となった俺たちは砂浜で親睦を深めるために遊んでいた。

 

「あらこの子」

 

「くわっ?」

声に振り向くとナツメがカスミの足元にいるコダックを見ていた。

 

「コダックがどうかしたの?」

 

「うん、少し気になって……この子、もしかしてエスパー技が使えるの?」

 

「ええ、そうよ。ポケモン図鑑で調べてもらったら『ねんりき』を覚えてたわ」

 

「コダックと出会った時なんだけどさ――」

 

俺たちは先日のポケモン返り事件とコダックの活躍を話した。

 

「やっぱり……この子にはとてつもないエスパーの潜在能力があるみたいね」

 

「そうなの?」

 

「ええ、コダックと進化形のゴルダックは水タイプだけのポケモンだけどエスパー技が使える珍しいポケモンなのは前から知られているわ。けどこの子はとっても素養が強く思えるの」

 

確かにあの悪人をぶっ飛ばしたのはすごいと思っていたけど。

エスパータイプのエキスパートからお墨付きを貰うなんて、やっぱりコダックすげえじゃん。

 

「試しに技を出してみて」

 

「オーケー、コダック『ねんりき』よ!」

 

ナツメに促されてカスミは指示を出す。

 

「くわ?」

 

「もうコダック、『ねんりき』よ! ね・ん・り・き!」

 

「くわっ?」

 

カスミが何度も技を命じるがコダックは首をかしげるばかり。可愛い仕草ではあるが、うまくいかないみたいだな。

 

「うーどうしてよー」

 

うめくカスミがコダックのほっぺをフニフニといじる。

 

「本人はあまり自覚がないみたいね……そうだ、これはどうかしら」

 

「おいでヤドラン」

 

「ヤド……」

 

ナツメに呼ばれたヤドランはのそりのそりとこちらに歩いてきた。

 

「わあ可愛い!」

 

カスミは新しい水タイプに大興奮だ。

 

「ピンクのボディ、このぼんやりした顔、おっきなお腹、尻尾のシェルダーも可愛いわ!」

 

「この子は水とエスパータイプだから、コダックと遊ばせてみればなにか掴めるかも」

 

「ほんと! ありがとうナツメ!」

 

「いいのよ、カスミのコダックがどこまで成長するのか私も知りたいもの」

 

ナツメの指示を受け、ヤドランはコダックと向かい合う。小さいコダックはヤドランを見上げ、大きなヤドランはコダックを見下ろす形になる。

 

「くわ……」

 

「ヤド……」

 

「くぉふぁ……」

 

「ヤァドラ……」

 

「くわぁ……」

 

「ヤァドラァン……」

 

見つめ合い、何かしら短い鳴き声を発する2体。

2人の間でそれだけの時間が過ぎていく。

 

「……ねえナツメ、これってうまくいってるの?」

 

カスミが困り果てたような顔でナツメに尋ねる。

 

「……うーんどうかしら、ヤドランって私でもわからないことが時々……ほとんどだから」

 

「テレパシーで読めないのか?」

 

「ええと、実は私テレパシーはそんなに得意じゃないの」

 

「そうなのか」

 

「ええ、でも心を読むってよくないことだと思うの。だから上手く使えなくてもそれでいいと思ってるわ」

 

やっぱりナツメは他人のことを考えられる素敵な女性だ。

 

「そっか、それならあの時ナツメのテレパシーが俺に届いたのはかなりの確率だったってことだな」

 

「もしかしたら運命の人を見つけるためにあの時は力を発揮できたのかもね」

 

「へ?」

 

「あなたと出会えたことは私にとって最大の幸運よ、サトシ」

 

ほんのり頬を染めたナツメが微笑む。その表情に胸がトクンと高鳴る。

 

「むー」

 

「あ、カスミ」

 

「『あ』ってなによ、私のこと忘れてたの!?」

 

「い、いやそういうわけじゃ」

 

「むーナツメ!」

 

「なにかしら?」

 

「ビーチバレーで勝負よ!」

 

カスミはビシッと指をさして宣言する。

 

「あらいいわね。かかってきなさい」

 

ナツメは髪をかき上げて答える。

 

火花を散らした2人は揃って歩いてリカとエリカのいる場所に向かった。

話し合い、リカ・カスミ、エリカ・ナツメでそれぞれペアを組むことになった。

 

 

 

 

「リカ、そっち行ったわよ!」

 

「そーれっ!」

 

「ナツメさん、お願いしますわ!」

 

「任せて!」

 

太陽に照らされた砂浜、備え付けられたネットを挟んでビーチバレーに興じるのは4人の美少女。

マサラタウンのリカ、ハナダシティジムリーダーのカスミ、タマムシシティジムリーダーのエリカ、ヤマブキシティジムリーダーのナツメ。

そんな誰もが認める美少女たちが、互いのコートで走って、飛んで跳ねてボールを追っている。

 

俺はその光景を瞬きするのも惜しいとばかりに見入っていた。

だって揺れてるもの、4人が飛んだり跳ねたり走り回ると、その胸にある素晴らしいボールが、タプンタプンとブルンブルンと、激しく揺れます。

カスミとリカが歳の割りに素晴らしい発育で胸の成長が著しいのは知っていたが、エリカには驚いた。

着物では全然目立たなくて気付かなかったが、双丘はとても大きい。

そして、ナツメだ。普段のボディラインが目立つ服装かから、抜群のスタイルは知っていた。

それがこうしてビキニの水着になると眩しい素肌や曲線美に見惚れてしまう。豊満な胸も素晴らしいが、注目すべきは彼女の臀部だ。みっちりと大きいお尻はバランスを損なうことなく美しい形だ。

 

ここまで彼女たちの『メロメロボディ』な水着姿を批評してきて、その結論は何かというと――

 

こんな美人たちと遊べる俺って最高に幸せじゃん、ということだ。

そんなことを思っていると、カスミのスパイク。おお見事な動きです。

 

そう感慨深く思っているとナツメがこっちに振り返った。

 

「もうサトシ、そんなに見ないでよ」

 

頬を赤く染めてナツメは言った。

あ、見てるのバレてた。あ、俺〇されんじゃね?

とビクビクしているがナツメはプイッと顔をそらしただけで何もなかった。

1回目は許してくれたのだろうか?

 

「……お尻大きいの気にしてるのに」

 

そんな呟きが聞こえた。

いえ、大きいお尻もいいですよ。

 

ナツメがこっちを振り返って赤い顔で膨れていた。

もしかして本当は心読めるの?

 

そんなことを考えていると視界の端でピカチュウがスターミーに乗って波に乗っていた。

可愛い。

 

 

 

***

 

 

 

美女美少女たちのビーチバレーは続いている。みんな順番に交代しながら行っている。

俺も混ぜてもらった。サービスエースをバシバシ決めて、スパイクをバンバン打ち込むって楽しいな!

そうしたら女性陣全員に「パワーバランス崩れるからしばらく外れて」と涙目で懇願された。

女の涙にゃ勝てません。

俺は空を見上げていた。

そんな俺に話しかけてきた人がいる。

 

「ごめんなさいねサトシさん、嫌な気分になりましたか?」

 

エリカが恐る恐る尋ねてきた。

 

「エリカ、ああ、ううん全然思ってないよ。むしろ俺の方こそ好き放題暴れてごめんな」

 

「いいえ、サトシさんも楽しんでほしいのに思慮が足りずに本当に申し訳ないです」

 

「うーん、それなら今度は俺一人対女子全員で試合しようぜ。面白そうだろ?」

 

俺が言うとエリカは一瞬ポカンとなると笑い出した。

 

「うふふふ、それはいいですわね。あとで皆さんにも話しましょう」

 

エリカは花のように笑顔が開く。美麗なスタイルと相まって胸がときめいてしまう。

 

「時にサトシさん、日焼け止めかサンオイルは塗っていますか?」

 

「いや塗っていないよ」

 

「まあ! 今日はとっても日差しが強いのですから、塗らないといけませんわ」

 

「平気だよ、俺男だし、肌が焼けるくらいどうってこと「いけませんわ!」ええ?」

 

「誰であってもお肌の手入れは必須、怠ればお肌が取り返しのつかないことになりますわ」

 

「何もしなくても焼けば肌が小麦色になるとお思いでしょう。ですが、それは大きな間違い、何もせずに紫外線に当たりっぱなしになると、皮膚が赤く炎症を起こすのです。そこで皮膚を守ろうとするメラニンが増えるのですが、それは肌のシミになってしまうのですわ」

 

「赤くなった肌でお風呂にでも入ったら痛い痛いになりますわ」

 

真剣な顔で迫るエリカに圧倒される。その上、目の前にはドアップのエリカの顔、あまりの剣幕に恐怖に近いドキドキを感じる。

 

「わ、わかったわかったから」

 

「はいよろしい。というわけで、サトシさんには(わたくし)が日焼け止めを塗って差し上げます」

 

「え、いやそれくらい自分で「ノーですわ」ええ……」

 

「自分で塗るよりも人に塗ってもらう方が細かいところまで行き届くのです。普段見えない背中もしっかり塗らないといけませんし。それに、(わたくし)、塗るのは得意ですのよ」

 

「そ、それならお願いしようかな」

 

「はい喜んで」

 

まさかエリカに日焼け止めを塗ってもらうことになるとはな。ニヤニヤしてないよ、ほんとだよ。

後ろからエリカの楽しそうな鼻歌が聞こえる。

 

「それでは始めさせていただきますわ」

 

すぐ後ろ、耳元からエリカの声。いくらなんでも近すぎないかと思い振り返るとエリカが俺に覆いかぶさっていた、胸元の水着を外して。

 

「ちょおおおおおお!!」

 

「きゃん」

 

俺は思わず上半身を上げて悲鳴をあげてしまった。

可愛く鳴いて尻餅をつくエリカ、その恰好に目を疑ってしまった。彼女はトップスを外していた。その肌は何故かテラテラしていた。

豊満な乳房が丸見えになっていたので、俺はマッハパンチも置いてけぼりなスピードで顔を逸らし目をつぶった。ギリギリ見てない、うん、見てない。

 

「な、なにやってんだ!!」

 

「なにって、サトシさんに日焼け止めを塗るのですわ」

 

エリカはさも当たり前のことをしているような声で言った。

 

「それでなんで上脱いでんだよ」

 

(わたくし)の身体で塗るためですわ」

 

「手でいいでしょ! 身体はおかしいでしょ!?」

 

「そうですか? 今日(わたくし)が日焼け止めを塗ったときは、女の子たちと全身を使った塗り合いっこを――」

 

「はいわかりましたそれ以上は言わなくていい! やめて!」

 

「うふふ、先ほどからのサトシさんの視線、気づいてましたわ」

 

え、バレてたの恥ずかしい!

 

「サトシさんがそんなに乳房がお好きならここを使って塗って差し上げたいのですわ。ご安心ください。柔らかさやハリには自信があります。サトシさんの全身を隈なく塗って御覧に入れますわ」

 

エリカの目は俺の全身を嘗め回すように見つけてギラつき、ハァハァと息も荒い。あまりに圧力のある顔に体が動かない

ヤバイ逃げられない! 『にげあし』が発動しない。ピッピにんぎょうは、けむりだまはどこだ!

サトシは混乱している、わけもわからず現実逃避を――

 

「きゃう!」

 

不意にエリカの動きが止まり、可愛い悲鳴を上げた。

なんだこれ、まるで見えない壁があるような

 

「まったく、何をしてるの」

 

「ナツメ?」

 

ナツメの隣には困り顔のバリアードが立っていた。

この壁はこいつのリフレクターか。

 

「うー……ひどいですわぁ…… (わたくし)サトシさんに喜んで頂きたいだけですのに」

 

赤くなった鼻をさすってエリカは呻く。

 

「エリカ、そんなに日焼け止めが好きなら私たちが塗ってあげるわ」

 

「全身隈なく擦り切れるまでたっぷり塗ってあげるから、向こう行くよ」

 

いつの間にか現れたカスミとリカがエリカの前に立ちふさがっていた。

 

「まあ、それはそれでご褒美! ぜひサトシさんもいっしょに――」

 

「「はい黙って」」

 

「あーんサトシさーん」

 

リカとカスミに両脇をつかまれてエリカは向こうへ連行された。

 

「助かったよナツメ、ありがとう」

 

「いいのよこれくらい」

 

微笑むナツメに少しドキリとする。うーん美人のお姉さんに見つめられるのはやっぱり照れるな。

 

「けど、エリカの言う通り日焼け止め塗ってないのはあとあと大変よよかったら私が塗るけど、どう?」

 

「じゃあお願いしようかな」

 

お言葉に甘えてうつ伏せになる。

 

「それじゃお願いします」

 

背中に冷たい液体と暖かい手の感触、一瞬ビクリとしてしまうがすぐに慣れてされるがまま身を任せる。

 

「こうしてると、男の人って、女の子と全然違うのね」

 

塗りながらナツメが呟く。彼女の両手が俺の肩に触れる。

 

「すごい、こんなにおっきい……」

 

聞こえる言葉に熱が艶があり、耳がゾクゾクとしてしまう。

ナツメの手が俺の腕に来た。

 

「わ……ここすごく固い……」

 

い、いや、そんなに固くないはずだよ。

ナツメさん、発言がなにやら不穏になってますよ。その気はないかもしれないけど危ないですから!

 

「男の人のって……すごいのね」

 

これはまずい、今ナツメの顔を見ることができない。というか立ち上がることができるのかすら怪しいぞ。塗られる側になっても変な気持ちになってしまうなんて恐るべし日焼け止めとサンオイル。

熱のこもったナツメの『チャームボイス』に悶々としてしまい、なにかが沸き上がって爆発しないように心頭滅却し、煩悩を打ち消す時間が続いた。

 

 

 

***

 

 

 

煩悩の大試練を終えた俺は気分を変えるために、何か売店で買おうかなと店に入ろうとした。

 

「ねえ僕、ちょっといいかしら?」

 

声をかけられて振り返ると、そこには綺麗な顔立ちの大人のお姉さんが2人いた。

ビキニを着た肢体はスタイル抜群で思わず豊かな双丘に目を奪われてしまった。

 

「ねえ僕、一人?」

 

「お姉さんたちと遊ばない?」

 

まさかの逆ナン? 人生で初めての逆ナン?

こんな綺麗なお姉さんたちにお誘いいただけるなんて普通は舞い上がってしまう。しかし、

 

「すいません、俺今一緒に来てる女の子たちがいるんで行けません」

 

「そんな女の子のことなんていいじゃない」

 

「お姉さんたちの方が楽しいわよ、いらっしゃい」

 

胸の谷間を強調してくるお姉さんと、俺の腕を優しく撫でてくるお姉さん。

その色気と『ゆうわく』にたじろいでいると、

 

「何してるんですか!?」

 

「サトシ大丈夫!?」

 

リカとカスミがこっちに走って来た。2人は俺とお姉さんの間に割って入った。

 

「なによあなたたち」

 

「この子の言ってた女の子?」

 

怪訝な顔になったお姉さんたちは値踏みするようにカスミとリカのことを見ていた。

 

「ふーんまあ、それなりに可愛いしスタイルも悪くないみたいね」

 

「けど私たちみたいなお姉さんと一緒にいる方がこの子も嬉しいはずよ」

 

「彼は私たちの仲間なんです勝手に連れていかれては困ります」

 

勝ち誇るお姉さんたちに対しリカとカスミは一歩も引かない。

 

「それならポケモンバトルで決めましょう。私たちが勝ったらその子は連れていく。あんたたちが勝ったら諦めるわ」

 

お姉さん2人はモンスターボールを取り出す。

 

「いいですよその勝負受けます」

 

「そうこなくっちゃ」

 

あれ、なんだかこれ色々逆じゃね?

 

リカとカスミ、2人のお姉さんはポケモンが動きやすいように間をあけて対峙する。

 

「ちょうどいいわ。いい男逆ナンしたくて海に来たのに、全然捕まらなくてイライラしてたのよ」

 

「イライラを発散させてもらうわ。さっきから声かけようとしても良さそうな男たちみんなビーチバレーしててこっちのこと見やしないのよ」

 

あ、すいません。それこちらに身内が原因です。

 

「だからって私たちのサトシに手は出させないわ!」

 

「絶対に負けません。サトシは渡さない!」

 

やっぱり、色々逆な気がする。

 

 

 

 

「シャワーズ『ハイドロポンプ』!」

 

「フシギソウ『リーフストーム』!」

 

大技を受けたお姉さんたちのポケモン――プリンとマリルが大技を受けて戦闘不能になる。

あっという間に決着がつき、お姉さんたちが放心したように立ち尽くす。

 

「私たちの勝ちよ!」

 

「サトシのことは諦めてもらいます!」

 

カスミとリカが勝ち誇った顔でビシリと指差す。

 

「うえええええん!」

 

「覚えてなさいよおおお!」

 

泣き出したお姉さんたちはポケモンたちをボールに戻すと走って逃げてしまった。

フシギソウとシャワーズがリカとカスミの足元に来る。2人はそれぞれのポケモンを撫でて褒めてあげている。

 

「2人ともナイスバトルだったな、シャワーズとフシギソウもな」

 

声をかけると2人は瞬く間に俺との距離を詰めてきて、俺の左右の手をそれぞれの両手でギュッと握った。

 

「サトシ、変な女の人がいるから気を付けないとダメだよ」

 

「私たちから離れちゃダメよ、いいわね」

 

「あ、はい」

 

やだ2人ともイケメン。うん、やっぱり何かが逆だ。

その時、視界の端が1人の女性が2人組の男性に話しかけられているのを捉えた。

すぐに俺は走り出した。なぜならその女性は俺の、サトシの母さんだからだ。

 

「ねえねえお姉さん俺たちと遊ぼうよ」

 

「あらあらごめんなさい、私こう見えても1児の母親なのよ」

 

「またまたそんなこと言って~」

 

「お姉さんまだ10代でしょ? そんな綺麗な人が子供いるわけないじゃん」

 

「あらあらお上手ね」

 

自分よりも背の高い、いかにも素行の悪そうな男2人に迫られているというのに母さんはのんびりとした顔でニコニコと笑っている。

 

「母さん!」

 

「あらサトシじゃない」

 

こちらに気づいた母さんはオレンジのワンピース型の身につけている。胸元は豊かに膨らんで、腰から臀部にかけて見事な曲線美を描いている。本当に子供がいるのが信じられないスタイルの良さだ。

 

「サトシもここに来てたなんてびっくりよー」

 

俺を見た母さんは満面の笑みを浮かべてタタタッと走ってきて、思いっきり抱きしめてきた。顔全体に大きくて柔らかい質量が包み込む。

すげえ大きいです。母親とはいえなかなかこれはまずい状況なのでは?

 

「え、ほんとに子供いたのか」

 

「でもこれだけ美人なら子供いても問題なくね?」

 

「そうだな、むしろイイじゃん」

 

「なあ僕~お兄さんたち君のママと大事なお話あるから向こう行っててくれないかな~」

 

親子水入らずな空気読めない連中はまだいました。

こいつら、人の母親になんちゅうことしてくれんだ。あときったねえ笑顔向けんじゃねえ。

ピカチュウの『10まんボルト』……いや、スーパーマサラパンチ喰らわせてやろうか。

……あ、待てよ。

ふと思い出し、俺はあるものを取り出す。

 

「ん、なにこれ?」

 

俺の手にあるのはエリカの例のお香だ。渡されたまま返してなかった。俺は試しにこのお香を嗅がせてみることにした。

 

「えーと、あんたたちはビーチバレーをしたくなーるしたくなーる……」

 

ほんとに効くのかこれ?

 

「……」

 

「……」

 

無表情のままジッと黙るチャラ男たち。失敗か?

 

「……ビーチバレー、○○先生、ビーチバレーがしたいです」

 

「……お、俺にはねぇ……ビーチバレーしかないんですよ!」

 

成功したようだ。方や膝から崩れ落ちて呻き、方や涙目で語りだす。

 

「あの、向こうでビーチバレーしてますけど……」

 

「ビーチバレー……行くぞ、俺は諦めねえ! 限界なんて言葉はねえんだ!」

 

「うおおおおやってやるぜ! 俺に勝てるのは俺だけだ!」

 

ものすごい勢いで走り出したチャラ男2人は、ビーチバレーの熱戦が続いているコートへと一直線。

 

「どうしたのかしら?」

 

「さ、さあ、急にビーチバレーやりたくなったんじゃない?」

 

「それにしても母さんがここにいるとは思わなかったよ」

 

「あらサトシ、今まで『ママ』って呼んでくれたのにどうしたの?」

 

「俺ももういい歳なんだし、いい加減『ママ』はやめようと思ってさ」

 

「そうなの、サトシが成長してくれて嬉しいような悲しいような」

 

久々の親子の会話をしていると後ろから複数の足音。振り返ると予想通りにリカ、カスミ、ナツメ、エリカが歩いてきていた。

 

「ハナコさん、お久しぶりです」

 

「リカちゃん久しぶりね、旅が順調そうで良かったわ」

 

「こんにちはハナコさん、こうして直接お会いするのは初めてですね」

 

「まあまあ、カスミちゃん。直接見ると画面で見るよりもずっと美人さんね。こうして会えて嬉しいわ」

 

リカとカスミが挨拶すると母さんは嬉しそうに笑う。

 

「初めまして、私はヤマブキジムのジムリーダーナツメです。サトシ君には大変お世話になりました」

 

「初めましてお義母様、(わたくし)はタマムシジムのジムリーダーを務めさせていただいております。エリカと申します。サトシさんとはそれはもう、深くふかーくお付き合いさせていただいてますわ」

 

「まあジムリーダーのナツメさんにエリカさん! お二人のことはテレビや雑誌で拝見しています!」

 

流石にカントーでも有名なジムリーダーであるナツメとエリカの登場に母さんは目を見開いて驚いていた。

 

「お二人とも生で見ると本当にお綺麗ね」

 

「まあ、ありがとうございます。サトシさんのお義母様がこんなにお若くてお綺麗だなんて、驚きましたわ」

 

「まあまあありがとうございます。うふふふ……」

 

「サトシ君……御子息は本当にトレーナーとしても人としてもご立派です。彼のお陰で私は救われました」

 

「あの子がそんなにすごいことをしたのですか? 詳しく聞きたいです」

 

母さんはエリカとナツメとも仲良くなれたようだ。

 

「うむ、みんな元気そうだな」

 

高齢男性の声、しかも聞き覚え型合った。もしかして、

 

「「「オーキド博士!?」」」

 

「やあサトシ君、リカ君、カスミ君、久しぶりだな」

 

我らがオーキド博士がトランクス型の海パンに白衣を纏い立っていた。意外と筋肉質なのには驚いた。

ぐぬぬ、俺もいつかあんな肉体に。

 

「オーキド博士ですね。御高名はかねがね伺っておりますわ。タマムシシティジムリーダーのエリカです」

 

「お会いできて幸栄ですオーキド博士、ヤマブキシティジムリーダーのナツメです」

 

「おお、ジムリーダーのエリカさんとナツメさんか、こちらこそ会えて嬉しい」

 

エリカとナツメが交互にオーキド博士と握手を交わす。ほう、エリカが博士と握手するとは、男嫌い改善されたようでなによりだ。

 

「オーキド博士も来てたんですか」

 

「そうよサトシ、母さんと一緒にね」

 

「え?」

 

「近くの町で用があっての、海が近くにあると話したらハナコさんもついて行きたいと言って連れてきたのじゃ。ハナコさんには普段からお世話になっておるからの」

 

「あの博士、ちょっとこっちに来てもらえますか?」

 

「ぬ、なんじゃ?」

 

俺は博士をみんなから離れた建物の近くまで連れてきた。オーキド博士を壁に追い込んだ俺は片手をドンッと壁に叩きつける。

博士は驚愕の表情になる。

 

「な、なんじゃ!」

 

「……博士、まさかとは思いますけど、母さんに手を出そうとしてるんじゃないでしょうね?」

 

「な、何を言うとるかサトシ君! そんな気はない!」

 

「どうでしょうね。こんな海まで2人きりの男女で来るなんてただの知り合いですることでしょうか?」

 

「疑う気持ちもわからんではない。じゃがワシはもうジジイじゃぞ。この歳になってずっと歳の離れた女性に邪なことはせん!」

 

「あははは、博士はお若く見えますし、まだまだお元気そうですからそんな気があってもおかしくないですよ」

 

「褒めてくれるのは嬉しいが、本当にそんな気はない。ハナコさんには普段お世話になっているだけじゃ。研究に没頭していると、食事も掃除といった家事の一切が疎かになるのじゃ。ハナコさんはそんなワシの不摂生な生活を見かねて、家事を引き受けてもらっておる。海に連れてきたのも普段の感謝の気持ちがあってのことじゃ!」

 

「本当ですか?」

 

「もちろんじゃ。我が孫であるシゲルに、この世のすべてのポケモンたちに誓って本当じゃ!」

 

俺はジッとオーキド博士の顔を見る。

 

「わかりました。信じます」

 

「そうかよかった」

 

オーキド博士はホッとした顔になる。

 

「ねえねえ見て見て、可愛い男の子がダンディなおじ様を壁ドンしてるわ」

 

「あんなに歳の離れたおじショタなんてレベルが高いわ!」

 

「しかも男の子の方が攻め? グハッ、滾る滾るわ!」

 

「いいえ、あれはおじ様の誘い受けよ。丁寧にじっとりと男の子にいろいろ教えてあげてるのよ」

 

俺と博士の空気が『ぜったいれいど』のごとく凍り付く。周りには水着で眼鏡をかけた大人しそうな美人さんたちが『くろいまなざし』から『あやしいひかり』を放っている。あまりにドロドロとした『プレッシャー』に耐え切れなくなり、

 

「ここを離れましょう博士」

 

「うむ、このままでは大変なことになる、すぐに行こう」

 

俺たちの名誉が大変なことになりますね。

頷き合った俺と博士はそそくさとその場を離れた。

 

 

 

***

 

 

 

やらなくてはいけないことがある。

旅立ちの日以来に直接顔を合わせる。俺の――サトシの母親であるハナコさん。

ずっと言いたかったこと、伝えたいことがある。

まだ先になると思っていたけど、ここで再会したなら、今しなければいけない。

そう思った。

 

「あのさ母さん、話したいことがあるんだ」

 

「うん? なあに?」

 

「実は俺――」

 

俺は話した。俺に違う人間の記憶があること。サトシとしての記憶はあるが、人格が前の人間のものであること。

 

「サトシ……」

 

「馬鹿ね、そんなことずっと気にしてたの」

 

「お母さんに言わせれば、あなたは何にも変わってないわ。生まれてから今日まで、いつでも私の知るサトシよ。たとえあなたにどんな記憶があっても、何も変わらないあなたは私の大事な息子。いつでもどこでも、どんなに離れてもね」

 

「母さん……」

 

「ほら、母さんのことはいいから、向こうで可愛い女の子たちと遊んできなさい」

 

母さんに促され、俺はカスミとリカのところまで歩いていく。

 

「ハナコさんとお話はもういいの?」

 

「あ、ああ、うん。もう、終わった」

 

みんなと話しながら歩いていると、砂浜の一箇所に人だかりができていることに気づいた。

 

「なんだろう?」

 

答えはすぐにわかった。大きな看板がデカデカと看板が掲げてあったからだ。

 

「『女性トレーナーの水着コンテスト】だって」

 

「面白そうね、リカ一緒に出ましょ」

 

「ええ、こんな大勢の人たちの前で、水着でパフォーマンスなんて、恥ずかしいよ」

 

「大丈夫よ、せっかくのナイスバディなんだから見せつけてやりなさい」

 

「で、でも……」

 

「サトシもきっと、私たちが頑張るところ見たいはずよ」

 

「! じゃ、じゃあ出てみようかな」

 

「うんうん、そうこなくっちゃ。ナツメとエリカはどう?」

 

「こういう騒がしいイベントはどうも苦手なの」

 

(わたくし)も、不特定多数の方に体を晒すのはあまりしたくありませんわ」

 

「そっか、じゃあ私たちだけでいくね」

 

「行ってきます」

 

「おう、いってらっしゃい」

 

そう言って2人はエントリーのために受付に向かった。

 

砂浜に建てられた水着コンテストのステージ、出場者のための舞台とその横には審査員と思しき人たちが3人ほど席に座っている。

そして、司会者と思しき派手な衣装の男性とそのアシスタントと思しき水着姿の女性が話し合っていた。

 

カメラを持った男どももチラホラ。

カスミとリカの番になったら叩き壊してやろうかな。

 

『お待たせいたしました。女性トレーナー水着コンテストを開催します』

 

司会の男性の開会宣言に会場が大きく沸いた。

 

水着姿の女性トレーナーが手持ちのポケモンと共にパフォーマンスをするのがコンセプトのようだ。

みんなポケモンの技で思い思いのパフォーマンスを見せてくれる。

美しかったり、驚かせてくれたりで観客は拍手を声援を送る。

 

順番が回ってきた。リカの番だ。

 

サンダースの雷とブースターの炎が強く激しく動く。

フシギソウの葉っぱが華麗に踊る。

バタフリーが流れるのような蝶の舞を披露する。

ピッピの放つ“ムーンフォース”が神秘的な光を生み出す。

 

入れ替わるように出てきたのはカスミだ。

 

シャワーズが“アクアリング”を纏い、ゆったりとしながら流れるようにステージを動き回る。

ヒトデマンが輝く“パワージェム”を操り宙に浮かし、それをスターミーが水流を周りを飾るような流麗な動きを見せる。

 

「2人ともすごいな」

 

「カスミさんもリカさんもポケモンたちとの息がピッタリですわね」

 

「みんな楽しそうね、こっちまで楽しくなるわ」

 

エリカとナツメ、ジムリーダーからの評価も上々、リカとカスミはまた腕を上げたんだな。

 

「うむ、見事なものじゃ」

 

「ポケモントレーナーってこんなこともできてすごいわね」

 

オーキド博士と母さんが感心している。見る人たちを魅了する2人に俺もなんだか嬉しくなった。

 

 

 

***

 

 

 

コンテストの舞台裏、といっても表の観客たちからは見えないステージの裏でしかないのだが。ここでは出場者である女性トレーナーたちが、自分の順番を待ち、あるいは順番を終え、結果発表を待っている。

ポケモンのコンディションを確かめているトレーナーもいるため、あちこちにポケモンが歩いたり走ったり飛んだりしている。

 

1体のゴルバットが退屈そうに飛んでいる。少し低めに飛んでいると、不意に現れたウツドンにぶつかってしまった。

ぶつかってきたゴルバットにウツドンは抗議の声を上げる。しかしゴルバットは「わざとじゃないんだから怒るなよ」という視線を送り飛び去ろうとする。

怒ったウツドンが“はっぱカッター”をゴルバットめがけて発射、ゴルバットはすんでのところで回避。すると外れた“はっぱカッター”はゆったり飛んでいたキャモメに当たる。

不意の攻撃に怒ったキャモメが“エアカッター”をめちゃめちゃに放ちまくる。

 

ゴルバットは度重なるポケモンからの攻撃に驚き、得意の『ちょうおんぱ』をあたり構わず発射した。急に快音波が鳴り響き、トレーナーもポケモンも苦痛の表情を浮かべる。

特にポケモンたちは『ちょうおんぱ』の効果により、その場にいたポケモンたちが混乱状態に陥る。

 

「ちょっと、暴れないで!」

 

「落ち着いてったら!」

 

トレーナーの水着少女たちの言葉はポケモンたちには届かず、混乱したポケモンたちが暴れながら控室を飛び出した。

会場に出てきたポケモンたち、ゴルバットやキャモメといった飛行ポケモンたちが翼から刃を飛ばし、ウツドンやコノハナなどの草ポケモンたちが鋭い葉を乱射する。

『エアカッター』が『はっぱカッター』が会場の人間たちに襲い掛かる。

 

 

 

***

 

 

 

急にステージに現れたたくさんのポケモンたちが暴れ始めた。

 

「「「「「きゃあああああああ!!!」」」」」

 

「「「「「うわあああああああ!!!」」」」」

 

暴れるポケモンたちの攻撃に会場にいる人たちの悲鳴が木霊する。

それらの攻撃は俺たちにも襲い掛かった。俺は咄嗟に両手でガードしながらナツメとエリカの様子を見る。2人はなんとか攻撃を回避していた。

ステージを見るとリカとカスミも他の出場者といっしょに飛び出してきた。

 

「リカ、カスミ大丈夫か!」

 

「ええ、なんとか!」

 

「でもこのままじゃ怪我人がでちゃうよ!」

 

「母さん、俺たちから離れないで、博士も!」

 

「え、ええ……」

 

「しかし、あのポケモンたちを大人しくさせんことには被害が拡大するばかりじゃ」

 

するとナツメとリカが動き出す。

 

「いくわよエリカ」

 

「ええ、ここは(わたくし)たちが」

 

2人はモンスターボールを取り出し投げる。

 

草タイプのラフレシア、エスパータイプのスリーパーが現れる。

 

「ラフレシア、『ねむりごな』」

 

「スリーパー、『さいみんじゅつ』」

 

ラフレシアの頭にある花の中心から青い粉がまき散らされ、スリーパーは手に持った振り子をゆっくり動かし念波を放つ。

 

青い粉と念波が会場全体に広がる。すると暴れていたポケモンたちの動きが少しずつ緩慢になり、最後には動きを止めてしまった。

空にいたポケモンたちが落下する。

 

「スリーパー、サイコキネシス」

 

スリーパーの目が怪しく光ると落下するポケモンたちが念動力によってゆっくりと地面に降り立つ。

暴れていたポケモンたちはすべて眠ってしまい、事態は収束した。

周りの人たちも安堵の表情を浮かべる。

 

 

俺はエリカとナツメを見て戦慄していた。

あの状況で人には当てずに暴れているポケモンだけを狙って技を当てたのか。

こんなの、トレーナーの観察力だけじゃできない。それをポケモンに的確に伝える必要がある。

それをここまで簡単にやってのけるなんて、これがジムリーダーの実力。

 

コンテストは中止となり、集まった人たちは散り散りになってしまった。

俺たちは荷物の置いてある場所まで歩いて戻るところだ。ちなみに母さんとオーキド博士は買い物があるらしくて遅れてくる。

 

「ほんとにすごかったよエリカ、ナツメ」

 

先ほどのエリカとナツメのポケモンとのコンビネーションのすごさにまだまだ気分が高揚していた。

 

「あら、あれくらい当然よ。ポケモンの問題を解決するのもジムリーダーの務めだもの。けど、そう言ってくれてうれしいわ」

 

「うふふ、サトシさんに褒めていただけるんなんて頑張った甲斐がありましたわ」

 

まるでそんなに難しいことはしてないというような態度、これこそ真のジムリーダーということか。俺もいつかあんなふうにポケモンたちと、

 

ビリッ、バツッ

 

ん? なんの音?

そう思っていると、俺の周りにいるリカ、カスミ、エリカ、ナツメのぞれぞれのトップスが一人でに外れてハラリと砂浜へと落ちた。

 

「「「「えっ?」」」」

 

重なる4人の美女美少女の呆けた声。

一瞬の出来事に思考がフリーズ、目の前には4人の大きな双丘、それぞれの違った丸みが日の光にさらされて輝いている。

 

一拍してリカ、カスミ、エリカ、ナツメが顔を真っ赤にして両腕で胸を隠した。

口を開いてそこから悲鳴が出ようとする。

 

事態を認識すると同時に、俺から何かが流れ出る感覚。

鼻だ。

それは真っ赤でポタポタと足元に落ちて砂をマトマの実くらいに赤く染めた。

 

目の前の美少女、美女もそれに気づいて悲鳴が引っ込んだようで、目を見開いていた。

グラリと視界が揺らぐ、あ、これは気を失う。

 

(あ、わかったぞ。さっきの『エアカッター』か『はっぱカッター』が4人の水着に当たってたんだ。本人たちも気づかないくらいの切れ目だけど動いているうちに少しずつ大きくなって今になって千切れて――)

 

暗転。

 

 

 

***

 

 

 

(―――シ、――トシ)

 

「サトシ、起きてサトシ」

 

「……あ」

 

意識が覚醒する。カスミの顔が目の前にある。反対側にリカが、それぞれの後ろにエリカとナツメがいる。次第になにがあったのか一瞬で思い出した。

4人のトップスが千切れて俺は――

今の彼女たちを見ると全員キチンとトップスを付けていた。替えがあったのだろう。

 

「まったく鼻血だして気絶するなんて」

 

「大丈夫? 貧血とかなってない?」

 

「私たちも油断してたわね」

 

「ええ、お恥ずかしいですわ」

 

「えー俺もお見苦しいところを見せて申し訳ない」

 

俺も恥ずかしい、あんなふうに鼻血を出すなんてまるで漫画じゃんか。

あんな……あれを見て……

 

「サトシ、その……見た?」

 

顔を赤くしてリカが聞いてくる。

 

「う……一瞬だけ……」

 

先ほどの衝撃的な光景が脳裏に残っていて、4人のことをうまく直視できない。

 

「見たんだ」

 

「……えっち」

 

「それではサトシさんには責任を取って頂かないといけませんわ」

 

「そうね、女の身体は安くないもの」

 

全員が顔を赤くしていた、申し訳ないことをしたが、嫌われずに済んだことが幸いかもしれない。

 

「ははは、ご迷惑をおかけしました」

 

起きたばかりの頭では、そう言うのが精一杯だ。

 

 

 

***

 

 

 

夕日が海の向こう、地平線の彼方に見える。オレンジに染まる海が数時間前とは違う顔を見せているようだ。あたりの砂浜からは人がもう少なくなっている。かくいう俺たちももうすぐここを離れようとしている。俺たちは水着からいつもの旅用の服に着替えて砂浜に立っている。

 

「それじゃあ、お母さんはマサラタウンに帰るわね」

 

「そっか」

 

微笑む母さん、優しげなその瞳を見ていると本当に安心する。

 

俺が違う人間になってしまっても、間違いなく親子だと疑うことなく受け入れてくれた。

この人は間違いなく俺の、サトシの母親だ。

俺の記憶は間違いなくこの人を覚えている。

女手一つでサトシを育ててくれたこの人が、どれほど偉大なのか俺は知ってる。旅立つ自分の無事を心から願ってくれるこの人が、どれほど愛情に溢れているのか俺は知ってる。

 

この人の偉大さに、愛情に、恥じない自分になりたい。

 

「俺は旅を続けるよ」

 

「うん。サトシ、いつでも帰って来なさいね。母さんはいつでもあなたが帰ってきてもいいように、家を綺麗にして、あなたの大好きなものを作って待ってるからね」

 

「ハナコさんはわしが責任を持ってマサラタウンまで安全に連れていく安心せい」

 

オーキド博士が進み出る。

 

「……なんだか心配になってきました」

 

「こりゃ何を言うか信用しなさい!」

 

「ははは、冗談ですよ博士、母さんのことよろしくお願いします」

 

「うむ、サトシ君も道中気を付けるのじゃぞ、リカ君も共に立派なトレーナーになるように精進しなさい」

 

「はい、頑張ります」

 

「カスミ君、2人のことをよろしく頼む」

 

「はい、任せてください」

 

「エリカ君とナツメ君もなにかあったら助けてあげてほしい。そして、これからも子供たちの目標となるジムリーダーとして頑張りなさい」

 

「承りました、オーキド博士」

 

「お約束します」

 

全員との挨拶を終える。それはお別れの時間。

 

「それじゃあね」

 

「うん、またね母さん」

 

いつでも声が聞けるし、会おうと思えば会える。だけどこうして離れる時間はどうしても寂しい。まだなにか話せないか、一緒にいる時間を伸ばせる方法がまだあるんじゃないか。そう頭の隅で考えてしまう。だけど、このまま別れていい、離れていい。俺はこれから旅を続けていかなくてはいけないのだから。それを母さんも望んでいるのだから。

もう迷いはない。

 

「もっと甘えても良かったんじゃない?」

 

「ハナコさん、甘えてほしかったと思うよ」

 

カスミとリカのからかい混じりの言葉に思わず苦笑する。

 

「いい歳して甘えられないよ」

 

俺たちのやり取りを見ていたナツメが笑クスリと笑う。

 

「元気な姿を見せたら、それだけで安心したと思うわ」

 

「そうかな……そうだと、いいな……」

 

ナツメの言葉をありがたく思っていると、エリカが俺の腕を掴む。

 

「もし甘えたくなったら(わたくし)の胸にどーんと飛び込んでくださいね!」

 

「えマジで?」

 

「はい!」

 

「「「こらっ!!!」」」

 

怒られました。ごめんなさい。

 

家族から離れた寂しさを埋めてくれるのは、きっと仲間なんだと思う。同じ人間の仲間もそうだが、ポケモンもそうだ。仲間との旅があるから心強い気持ちでいられる。

さあ、これからも仲間たちと歩き出そう。まだまだ旅は始まったばかりなのだから。




今、世界はコロナで大変で、あらゆる分野に影響が出ていますね。
こんな大変な時に「執筆なんかしてる場合か」と思われる方もいるかもしれませんが、自分にできることをしていきたいです。
これからも応援していただければ幸いです。

皆様もどうか、毎日の健康に気をつけて、コロナウイルスにかからないようにお気をつけください。

ありがとうございました。


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海の怒り メノクラゲとドククラゲ 前編

たくさんの感想ありがとうございます。


アオプルコの近くにある港町、ハトバポート。

連絡船に乗って本土に戻るために乗ろうとした俺たちなのだが。

 

「あははは、あと3時間待ちだってさ」

 

はいそうです。乗り遅れてしまったのです。

 

「もうっ、サトシが朝ごはんあんなにおかわりするからよ」

 

ジト目で睨んで責めてくるのはカスミ。はい、原因は私にあります。

しかしですね。

 

「だってご飯美味しかったんだもん」

 

「『だもん』て可愛くないわよ」

 

はいそうですねカスミさん、俺も自分で言ってて気持ち悪くなりました。

 

「あら(わたくし)は可愛らしいと思いますわ」

 

「ふふっギャップ萌えというのかしら、少しキュンときたわ」

 

「ちっちゃい子供みたいで可愛いかも」

 

エリカとナツメとリカが俺を暖かい目で見つめていた。なんというかお姉ちゃんみたいな優しい目でした。照れます。ただ可愛いと言われるのはいささか恥ずかしい。

 

「えっ、ちょ、ま、まあ悪くないかもね。うん、可愛いわ!」

 

なにやら焦ったカスミさんにも言われてしまった。やっぱり恥ずかしい。

うーん、しかし、乗り遅れてしまったのは本当に申し訳ない。

 

「サトシ、私たちそんなに怒ってないから気にしないで」

 

「そうよ、世界の美少女カスミちゃんはそんなことで怒ったりしないわ」

 

「もう少しここでゆっくりするつもりでしたのでお気になさらず」

 

「帰れないわけではないから、待ちましょう」

 

励ましてくれてるんだな。

 

「ありがとう」

 

となんだかほっこりしたところで今後の予定を決めよう。

 

「私とエリカはポケモンセンターに戻るけど、サトシたちはどうするの?」

 

考えていたところでナツメが言う。

 

「うーん、しばらく海を見てるよ」

 

「それではまたあとで」

 

 

 

***

 

 

 

俺とカスミとリカはナツメとエリカと別れ、海沿いを歩いていた。

海は昨日さんざん遊んだが、こうして波止場から眺める海はまた違う趣がある。あちこちにある大小様々な船が自然と合わさり不思議なコントラストを見せてくれる。まるで人と自然が生み出したような情景に少し酔いしれる。

 

「え?」

 

不意にカスミの驚いた声、つられて彼女の視線の方向、海を見るとそこには小さなポケモンがいた。

 

「あれって、タッツー?」

 

小さな青い体、縦笛のような口、巻いてある尻尾、2枚の背びれを持つ、ドラゴンポケモンのタッツーだ。だが、様子がおかしい。

 

『タツ……』

 

タッツーはフラフラと浮いていて今にも倒れてしまいそうだ。しかもその体は傷だらけだった。

 

「大変ケガしてる!」

 

カスミはしゃがんで手を差し伸べ、水辺にいるタッツーを抱き上げる。

 

「大丈夫? 痛いところはない?」

 

すると、

 

『タッツタツタツタツタッツー!」

 

タッツーは焦っているかのように鳴きだした。

 

「なにか伝えたいことがあるのか?」

 

しばらく鳴くと、疲れたのか目を閉じぐったりと眠り始めた。

こんなひどい怪我はただ事ではない。

 

「早くポケモンセンターに連れて行こう」

 

カスミとリカが頷き、すぐに行こうとしたその時、

 

「た、助けてくれー!!」

 

海の向こうから悲鳴が聞こえた。慌てて声のした方へ振り返ると、海で男の人が必死の形相で両腕を激しくバタつかせていた。これは間違いなく、

 

「人が溺れてる!」

 

「大変、助けないと!」

 

リカが叫ぶと同時に俺は動く。

 

「俺が行く! 2人は先にポケモンセンターに行っててくれ!」

 

「「サトシ!?」」

 

2人の叫びを背に、俺は海に飛び込む。

泳ぎはそこそこ得意だ。俺はクロールで溺れている人の元まで向かう。

すると、何かが下から現れ俺を押し上げた。

 

「うお、シャワーズ?」

 

『シャワ』

 

俺はシャワーズの背にまたがる体勢になる。こいつは間違いなくカスミのシャワーズだ。

 

「もうサトシ、一人で無茶しないで。水辺のことならこのカスミちゃんに任せなさい!」

 

後ろからスターミーに乗ったカスミが水面を滑りながらやって来た。

 

「それに、泳げるゼニガメか飛べるスピアーに任せればよかったでしょ!」

 

……あ、そうでした。

 

「ごめん、つい体が動いちゃった」

 

てへぺろ

 

「もう、そ、そんな可愛く言ってもダメだから……」

 

あれ、カスミさん顔赤い?

いやそれよりも助けないと。

 

溺れているお兄さんを連れて岸まで来ることができた。

 

「大丈夫ですか?」

 

救出したお兄さんは顔色が悪く息も絶え絶えといった様子だった。

 

「……あ、ありが、とう……しゃ、社長の、ところまで連れてって……」

 

その言葉を最後にお兄さんは気を失った。

 

「「「社長?」」」

 

服が濡れたままだといけないからとりあえず俺は着替えることにした。

 

 

 

***

 

 

 

溺れていていた男性たちを、彼らが教えてくれた場所まで連れていくと、そこにはやたら大きな建物だ。

俺とリカは先に向かい、カスミはタッツーをポケモンセンターまで連れていき、あとで合流した。

 

中に入るとやたらたくさんのイケメンがいて、すぐに案内された。

そこは社長室。いきなりのことで緊張していると、中へと案内された。

 

「ワシが社長ババ、ウチの人間を助けてもらったようで、なかなか見る目のあるガキどもババ!」

 

やたら偉そうでやたら派手な衣装を着たババ……おばあさんだ。

 

「ワシはこの波止場ポート一帯を超豪華なリゾート地にするつもりババ! そのための超豪華海上ホテルを建設中ババ。完成すれば観光客もどんどん呼び込んで、金もガッポガッポ、この町もワシの財布も潤うババ!」

 

ガハハハと大声で笑うババ……ばあさん。無駄に元気だなこの人、というかかなりがめついな。

 

「しかし、それを邪魔する厄介なクラゲがいるんだババ! どうにかそいつらを駆除してリゾート計画を遂行させるのババ!」

 

憎々し気に吐き捨てるババ……ばあさん。

ばあさんが見せてくれた映像にはメノクラゲが映っていた。クラゲはメノクラゲのことか。

 

「あのクラゲどもを駆除してくれたら、報酬として100万円払ってやるババ!」

 

「お断りよ! あんなに可愛いメノクラゲたちを駆除なんてしていいはずがないわ!」

 

真っ先に断ったのはカスミだった。その顔はババ……ばあさんへの非難の感情でいっぱいだった。

水ポケモンを愛してるカスミにとっては気持ちいい話ではないと分かっていたが。

 

「こんな話聞きたくありません。さようなら」

 

カスミはここにはもう用はないとばかりに早足で出て行ってしまい、俺とリカはそのまま残った。言ってやりたいことがあるからだ。

 

「そもそもこの辺りはメノクラゲたちの住処なんだろ。だったら邪魔するのはあんたのやり方に問題あるんじゃないのか?」

 

「この海一帯はワシが買い取ったババ! ワシは正当な権利を主張しているババ!」

 

聞く耳持たずか。

するとリカも非難するように言った。

 

「でもポケモンのことを考えないといけないですよ?」

 

「知らんわ! 誰がなんと言おうと超豪華海上ホテル建設は決定事項ババ! あのクラゲ共のことなどどうでもいいババ! それで、お前たちは協力するのか? せんのか?」

 

「するかよ」

 

「しません」

 

「くぉのぉ、欲の無いガキども、それならもうあっちへ行くババ! シッシッ!」

 

「言われなくても出ていくよ」

 

「べーっ、罰が当たっても知らないから」

 

俺が捨て台詞を吐き、リカはあかんべーをし、そのまま建物を後にした。

 

 

 

***

 

 

 

「カスミ!」

 

「待ってカスミ!」

 

「サトシ、リカ……」

 

振り返ったカスミは悲しさと悔しさを混ぜたような顔だった。

 

「ごめんね、勝手に飛び出して」

 

「いやいいんだ。あのババ……ばあさんにあんなこと言われたら怒るのは仕方ないよ」

 

カスミが右手をギュッと握る。

 

「うん、そうね。悔しいわ、メノクラゲが悪者扱いされるなんて」

 

「……人間とポケモンは、まだまだわだかまりっていうのかな、そういうのがあるのかもな。折り合いをつけるのは難しいだろうな」

 

「……それでも仲良くできるって信じたいよね」

 

俺の言葉にリカが続けると、カスミがとても寂しそうに笑った。

 

「サトシ、リカ、ありがとう」

 

こんな笑顔、させたくないのにな。

俺も悔しいよ。

 

ポケモンセンターに戻るとエリカとナツメがテーブルを挟んで談笑しているのが見えた。テーブルの上には複数の紙が積んであった。おそらくポケモンについての資料で意見交換でもしていたのだろう。

 

「ようエリカ、ナツメ」

 

「まあ、皆さん戻ったのですか」

 

「おかえりなさい」

 

2人は慌てたように資料をバッグの中に入れると俺たちの方を向いた。俺たちの様子を不思議そうに見ていたエリカが口を開く。

 

「元気がないみたいですが、どうかしたのですか?」

 

「実は――」

 

俺たちは先ほど起こったことの顛末をエリカとナツメに話した。

 

「そんなことがあったのか」

 

「悲しいですわね。ポケモンのことを考えないなんて」

 

ナツメとエリカは俺たちの気持ちに共感してくれた。

少し暗い雰囲気になってしまったな。話題を変えよう。

 

「そういえばカスミ、タッツーは元気になったんじゃないか?」

 

「あっそうだった。ジョーイさんに聞かないと」

 

みんなで受付に行くとジョーイさんはタッツーを連れてきてくれた。

 

「はい、タッツーは元気になりましたよ」

 

「ジョーイさん、ありがとうございます。よかったわねタッツー」

 

『タッツー!』

 

俺たちはポケモンセンターを出ると、船着き場まで行った。そこはタッツーを保護した水辺、カスミは抱いていたタッツーを海へと降ろした。

 

「それじゃあね。酷い怪我しないように気を付けるのよ」

 

『タツタツタッツー! タツタツッ!』

 

最初に出会った時のように騒ぎ出すタッツー。その様子から必死さが伝わった。

 

「どうしたの? 何か伝えたいの?」

 

何かを訴えようとするタッツーだが、その意図がわからない。どうしたらこの小さなポケモンの気持ちを理解できるのかと悩んでいると、周りが騒がしいことに気付いた。

 

「なんだ?」

 

気になりみんなで波止場の広い区画まで行くと、先ほどのばあさんがお供と一緒にメガホンを持って立っていた。

 

『害悪なメノクラゲ共を駆除してくれた人には100万円を報酬としてあげるババ! 活躍によっては報酬に色をつけるババ~!』

 

あんのクソババア大々的に宣伝しやがった。

 

「ふんっこんなことしても話を受ける人なんているわけ――」

 

カスミの言葉を遮るような激しいドドドという音がこちらに向かって近づいてくるのが聞こえた。

思わず音の方向を見ると、ものすごい数の人たちが押し寄せてきて、あっという間に波止場が老若男女大量の人間で埋め尽くされた。集まった人たちは皆一様に目をギラギラと輝かせ欲望に塗れているのが見て取れた。

 

「み、みんなお金に目が眩んでるの……?」

 

「まったく嘆かわしい」

 

「メノクラゲが住処を守ろうとするのは正当な権利ですのに」

 

カスミが悲壮な顔を浮かべ、ナツメが嫌悪感を露わにし、エリカが悲しそうに嘆息する。

その様子に俺も虚しさを感じていると、

 

「「「なーっはっはっはー!!」」」

 

聞き覚えのある三重奏の笑い声。恐る恐る振り返ると、予想通りの顔ぶれ。

 

「「「ロケット団!?」」」

 

ムサシ、コジロウ、ニャースの三人組だ。

 

「お前らまた何かしようとしてるのか!」

 

「俺たち今回は、悪いことじゃなくて、頼まれたことをやってるだけだ!」

 

「悪いクラゲを退治して、謝礼の100万円ゲットよ!」

 

「ネコにこばん、ニャーたちに100万なのニャ!」

 

こいつらも報酬に目が眩んだか。こいつららしいけどさ。

 

「お知り合いですの?」

 

「うん、私たちにつっかかってくるロケット団たち」

 

エリカの疑問にリカが答える。

 

「ロケット団だと? あのポケモンマフィア……にしてはせこくて間抜けそうに見えるのだけど?」

 

ナツメは驚いた顔をしたと思ったら、ロケット団を胡乱な目つきで見た。

 

「うんまあ、あいつらは変な連中なんだよ」

 

あいつらの普段の行動を思い返すと苦笑いが浮かぶ。

そうこう考えているとロケット団は小型のボートで海に浮かぶメノクラゲたに近づいていった。

 

「おほほほほほ! 私たちが一番乗り~」

 

「さあくらえメノクラゲ共! 特製三倍酢だ! これでお前たちはふにゃふにゃでダウンだ!」

 

ロケット団たちの哄笑が響く中、その異変は起こった。

 

「ニャ? 進まないニャ?」

 

ロケット団の乗ったボートが突如停止した。その原因はすぐに判明した。

大量のメノクラゲが海を覆いつくさんばかりに出現し、ボートの侵攻を阻んでいた。

 

「ど、どうすんだこれ!」

 

「わ、私に言われても!」

 

「なんとかするニャ!」

 

騒ぎ出すロケット団、それに構わず1体のメノクラゲが額からビームを発射する(なんの技なんだ?)。

ビームはボートに炸裂し、爆発した。

 

「「「わあああああああ!!!」」」

 

爆風で吹き飛ばされるロケット団、乗せていた三倍酢も吹き飛んだ。しかし、それはロケット団の飛んだ方向とは逆、メノクラゲたちの上に落ちていた。

三倍酢は開いた口を下に落下し、1体のメノクラゲに降り注いだ。次の瞬間、メノクラゲの体が光る。その光は何度も見たもの、進化の光だ。形を変え、メノクラゲはドククラゲとなる。

しかし、異変はそれでとどまらなかった。

ドククラゲがさらに異常な成長を見せた。その全身がみるみる大きくなり、その姿を誰もが見上げる。

そして、ドククラゲの大きさがついに高層ビルほどに巨大化してしまった。

 

『ドククククク!』

 

「な、なんだありゃ……」

 

「ば、バカな……あんな巨大なドククラゲ、いるはずが……」

 

「先ほどの三杯酢の影響ですの? いえ、それでは説明がつかない……?」

 

俺が驚くと、ナツメとエリカも驚きを隠さずに呟いた。

呆然としていると、ロケット団は吹き飛ばされてもまだ戦意は喪失してないようで、アタフタしながら動き出す。

 

「くっ、ど、どれだけ大きくなろうととクラゲはクラゲだ!」

 

「そうよ、ロケット団が負けるはずないわ!」

 

「行くニャおミャーら! ニャーたちの猫に小判のためにも!」

 

「「言われなくても了解だ!」」

 

「行けアーボ!」

 

「ドガースお前もだ!」

 

『シャーボ!』

 

『ドガ~!』

 

しかし、多勢に無勢、アーボとドガースはメノクラゲ軍団にタコ殴りにされてトレーナーであるムサシとコジロウの元まで投げ飛ばされた。

そして、侵攻するメノクラゲ軍団によってまた吹き飛ばされた。

 

「「「ぎゃああああああ!!!」」」

 

巨大なドククラゲとメノクラゲ軍団がさらに侵攻してきた。

 

「まずい、みんな逃げろ!」

 

その異常事態、明らかな危機的状況に叫ぶと、周りの人間たちがパニックを起こしたように逃げ始めた。

 

 

 

***

 

 

 

「なんとか避難できたけど」

 

リカが息を吞む。その視線の先には街中で暴れまわる巨大ドククラゲ、ビルをなぎ倒し、持ち上げ、遠くへと投げる。そこはあのババアの会社のある付近だ。

 

「おいおいなんだよこれ、まるで怪獣映画だぞ」

 

あまりに現実離れした光景に俺は思わずそう呟いてしまう。呆然と見ているとカスミが意を決したような顔になり動き出す。

 

「私行ってくる。メノクラゲとドククラゲにこれ以上暴れさせたくない!」

 

「待てカスミ、あれを見ろ」

 

俺が言うとカスミは指す方向を見た。

俺が見たのはドククラゲが一本の触手を掲げたところだ。その触手の先でロケット団のニャースが巻かれていた。その頭に1体のメノクラゲがくっつくと、ニャースは眼を開く。しかしその眼は明らかに正常ではなく、赤く光っていた。そして口を開く。

 

『みなさん、私たちはメノクラゲとドククラゲでございます。あなたたち人間は私たちの住処を壊しました。なので私たちもあなたたちの住処を壊します。あなたたちに文句を言う資格はございません』

 

それは胸に突き刺さる言葉だ。住処を破壊された彼らの怒りはどれほどのものだろうか。その怒りは当たり前のもので、その復讐心のすべてを否定することができない。

メノクラゲとドククラゲはさらに激しく容赦なく、町で破壊の限りを尽くす。大きなビルが次々と砕かれ倒壊していく。

 

「そんな……メノクラゲとドククラゲが人間を襲うなんて……」

 

「このままだと、町が壊されちゃうよ」

 

カスミとリカの言葉に俺は改めて町を見渡す。

あまりにも異常な光景、ポケモンたちが町を破壊し侵攻している事実にこの場にいる誰もが恐怖しながら茫然としている。

 

「ここは(わたくし)たちにお任せください」

 

「あのドククラゲとメノクラゲをどうにかするわ」

 

力強い言葉とともに進み出たのはエリカとナツメだ。

 

「どうにかって、バトルするの……?」

 

「あのメノクラゲたちは悪くないわ! 自分たちの住処が荒らされてる被害者よ!」

 

「そうね、だけど彼らがこの町の人たちを害そうとするのを黙って見ているわけにはいかないわ」

 

カスミの訴えにエリカは冷静に答える。

 

「だけど!」

 

「カスミさん!」

 

「っ!?」

 

声の主はエリカ、その語気の強い言い方にカスミだけでなく俺も驚く。

 

「ポケモンを守るのはトレーナーとしてジムリーダーとして大事なことです。しかし、暴れるポケモンの脅威から人を守ることもまた(わたくし)たちの為すべきことです」

 

「貴女もジムリーダーならやるべきことを理解しないといけないわ。ポケモンを愛しているなら尚のこと」

 

「……ジムリーダーのやるべきこと」

 

エリカとナツメに言い聞かされ、カスミは俯きながら考え込んでいるようだ。

 

「それでは行って参りますわ」

 

ビルの窓からエリカとナツメが巨大ドククラゲとメノクラゲ軍団を見据える。

 

「2人だけなんて無茶だ。俺たちも――」

 

「一般トレーナーを巻き込めないわ。だから大人しくしてて」

 

諫めるように言ったナツメはモンスターボールを取り出す。

 

「出てきなさいバリヤード」

 

『バリバリッ』

 

パントマイムの動きをするバリヤードが現れる。

 

「このビルに『ひかりのかべ』と『リフレクター』」

 

『バリリィ』

 

バリヤードが両手の平で空気を撫でる仕草をすると、一瞬にして二重の見えない壁が形成される。

 

「いくわよエリカ」

 

「ええナツメさん」

 

「フーディン『テレキネシス』」

 

『フゥ」

 

窓に立つナツメとエリカの体がふわりと浮かぶ。

フーディンの念動力が2人を包み、ゆっくりと降下していく。

 

 

 

***

 

 

 

遥か先から襲来する巨大ドククラゲと配下のメノクラゲ軍団。

深い海から人間たちを強襲せんと敵意を抱いて迫りくる脅威を前に、エリカとナツメの顔には恐れはなく、強い鋭さを帯びていた。

それぞれのモンスターボールが投げられ、2人が出したポケモンは、ナツメがフーディンとスリーパー、エリカがラフレシアとモンジャラだ。

 

「さあどういこうかしら」

 

「では地上と空中の2か所から攻めましょう」

 

「それなら私が空中ね」

 

(わたくし)はこのまま地上から行きますわ!」

 

走り出したエリカを見てサトシたちは驚いていた。想像していたよりも走りが速かったからだ。

着物だと走りにくいはずなのに。しかもその走り方は動作の一つ一つが洗練されていて美しい。

 

「着物姿での走り方がありますのよ」

 

そしてエリカは侵攻するメノクラゲ軍団の数十メートル前で停止する。

 

「ラフレシア『ちからをすいとる』」

 

『ラッフウウ!』

 

ラフレシアの全身から緑の光が放たれ、大量のメノクラゲたちを捕えた。その半分以上の動きが鈍ってきた。

 

「モンジャラ『つるのムチ』で捕えなさい!」

 

『モジャ!』

 

すかさずエリカは次の指示を飛ばし、モンジャラの全身の蔓がメノクラゲたちを捕縛した。

 

「そのまま『ギガドレイン』!」

 

『モジャアアア!』

 

モンジャラの蔓が怪しく光ると蔓に巻かれたメノクラゲたちが倒れていった。体力を吸い取られたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

モンジャラが蔓でメノクラゲたちを捕らえ体力を吸い取る。その光景に俺はわずかな疑問を抱く。

 

「思い切ったことするなエリカ。メノクラゲって特性ヘドロえきがあるから、体力を吸収する技はダメージになるのに」

 

考えもなしにジムリーダーであるエリカがそんな判断をするだろうか。

 

「あっ、そっかそのための『ちからをすいとる』なんだ」

 

「どういうこと?」

 

リカがなにかに気付き、カスミが尋ねる。

 

「メノクラゲの特性は能力を下げられないクリアボディもあるよね。だからヘドロえきのメノクラゲを見分けるために使ったんだよ」

 

「一瞬でそれを判断して、能力が下がらなかったメノクラゲだけを狙うとはな」

 

昨日も見せてくれたジムリーダーの実力に俺は舌を巻いた。

 

 

 

***

 

 

 

膨大な数のメノクラゲたちをエリカは焦ることなく半数以上を弱体化させることに成功した。

そして、空中を移動する彼女も動いた。

 

「フーディン、スリーパー『サイコキネシス』」

 

『フウディ!』

 

『スリ!』

 

2体の強力な『サイコキネシス』がメノクラゲたちに衝撃波となって襲い掛かる。毒タイプを持つメノクラゲたちには効果抜群。一撃で大量のメノクラゲたち戦闘不能にまで追い込んだ。

 

「さあ、海に帰りなさい」

 

戦闘不能になったメノクラゲたちを『サイコキネシス』で海へと返す。メノクラゲたちが流されていく。

すると巨大ドククラゲが動きだす。巨大な触手を使ってナツメとエリカのポケモンたちを叩き潰そうとする。

 

「フーディン、スリーパー『サイコキネシス』」

 

『フウ!』

 

「ラフレシア『エナジーボール』、モンジャラ『つるのムチ』」

 

『ラッフゥ!』

 

『モンモン!』

 

フーディンとスリーパーの強力な念動力が振り下ろされる触手の動きを止める。

ラフレシアの緑の光球が触手に衝突し動きを止め、モンジャラの蔓が触手に絡みつく。

 

「「押し返せ(すのです)!!」」

 

念動力が、緑の光球が、大量の蔓が、巨大なドククラゲを押し返した。ドククラゲはなすすべなく後退してしまう。

高い実力を持つジムリーダー2人がメノクラゲ軍団を次々と追い込んでいく。早くも事件解決か、誰もがそう感じた。

だがナツメとエリカは違和感を覚えていた。

 

「なにか妙ね」

 

「ええ、いくらなんでも多すぎますわ」

 

かなりの数のメノクラゲを戦闘不能にしたはずだ。しかし、メノクラゲの大群は際限なく海から出現し、街へと侵攻している。

海の近くにいるメノクラゲたちを見ると、何かを海に投げ込んでいた。次の瞬間、海からメノクラゲたちが次々と出現していた。その触手に先ほほど投げ込まれた黒い何かを持って。

それが違和感の正体。

 

「まさか『くろいヘドロ』か!」

 

ナツメの言葉にエリカも合点がいく。

 

「確か毒タイプが持てば体力回復の効果を与える道具!」

 

メノクラゲたちは回復すると、弱った別のメノクラゲに『くろいヘドロ』を渡す。それを何度も繰り返すことで何度もでも戦線復帰をすることが可能になり、不死身に近い軍団と化した。

 

数が多いうえにあんなことされたらいくら2人でも疲弊は免れない。

 

「『サイコカッター』!」

 

「『はなびらのまい』!」

 

『フウ!』

 

『ラフ!』

 

フーディンのスプーンに紫の刃が形成され、ラフレシアの周りに大量の花びらが発生。そして発射され、巨大なドククラゲに激突し、ドククラゲは痛みに呻いた。

ナツメとエリカは攻撃の手を緩めない。メノクラゲたちの戦略を理解したがやることは変わらない。

全員を戦闘不能にし海に返すことを目的としポケモンと共に戦う。

 

「あのドククラゲから倒す。フーディン、スリーパー『サイコキネシス』!」

 

「ええ、ラフレシア『はなびらのまい』モンジャラ『エナジーボール』!」

 

ナツメとエリカのポケモンたちによる強力な連続攻撃、その威力は先ほどよりも上がっているように見えた。狙いをメノクラゲ軍団から巨大ドククラゲに集中し、戦闘不能にすることでメノクラゲ軍団の統率を乱すのが狙いだ。

巨大なドククラゲも最初はなんとか耐えて町を破壊しながら前進していったが、その攻撃に徐々に後退していく。

これがチャンスであることを同時に悟ったエリカとナツメはアイコンタクトを交わし追撃を重ね、相手に反撃する暇を与えない。連続攻撃にたまらなくなった巨大ドククラゲはついに来た海へと押し返された。

 

「エリカ、一気に戦闘不能にする!」

 

「ええ、行きますわよ!」

 

船着き場に立つナツメとエリカが決着をつけるために指示を出す。

 

「フーディン『サイコキネシス』!」

 

「ラフレシア『はなびらのまい』!」

 

『フウディ!』

 

『ラッフウウ!』

 

エスパータイプと草タイプの渾身の一撃が放たれる。誰が見ても最高の一撃がドククラゲの炸裂する。

次の瞬間、ドククラゲの全身が光りを帯びる。

そして、念動波と舞う花弁がドククラゲに直撃したと思うと、反射され、ナツメとエリカ、彼女たちのポケモンにも降り注いだ。

 

「『ミラーコート』!?」

 

「く、油断した……」

 

実力のあるジムリーダーといえども多勢に無勢、尽きることなく現れるメノクラゲたちに対し、エリカとナツメに焦りが生まれる。

大ダメージを受けながらも倒れないナツメとエリカのポケモンたち、しかし、自分たちの強力な攻撃を倍返しされたことで足元がふらついていた。

メノクラゲ軍団はその隙を見逃さず、襲い掛かる。

 

「はぁっ!」

 

ナツメの超能力を発動させる。襲い掛かるメノクラゲの内の何体かを抑え、無力化した。

だが、それだけでは足りなかった。

 

「くっ、数が多すぎる」

 

ナツメの強力な超能力をもってしても、メノクラゲ軍団すべてを抑えることはできなかった。

自由に動けるメノクラゲたちが再び襲い掛かる。その時、

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

瞬時に飛来する連射された銃弾のような電撃がメノクラゲ軍団に1体1体に寸分狂わず直撃した。

 

「「サトシ(さん)!」」

 

現れたのはサトシ、肩には相棒のピカチュウが乗っていて頬が帯電してる。

後ろからリカとカスミが追従するように走ってくる。

 

「ナツメ、エリカ! わりぃ、やっぱり見てるだけなんてできない。加勢するぞ! リカ、カスミ、行くぞ総力戦だ!」

 

「うん!」

 

「ええっ!」

 

サトシがピカチュウに加え、フシギダネ、ゼニガメ、ニドリーノ、スピアーを出し、リカはフシギソウ、ピッピ、ニドリーナ、バタフリーを出し、カスミがヒトデマン、スターミー、トサキント、シャワーズを出す。

 

「ふぅ……きっとダメって言っても聞かないわよね」

 

「もちろん」

 

嘆息しながらも嬉しそうにナツメ呟く。

 

「困った人……だけど、貴方のそういうがむしゃらなところ、やっぱり好きよ」

 

「やっぱり貴方は(わたくし)にとって愛しくて特別な殿方、傍にいてくれると何よりも心強いですわ」

 

ナツメとエリカは熱のこもった視線をサトシに向ける。2人の頬はほんのり赤く染まっている。

 

「あ、あはは、そんなに褒められると照れるな」

 

「サトシこんな時にデレデレしない!」

 

「危機的な状況なんだからしっかりして!」

 

サトシが頬をかきながら笑っていると膨れたカスミとリカが怒鳴る。

気を取り直して巨大ドククラゲとメノクラゲ軍団を鋭く見る。

 

「カスミ、貴女も戦うの?」

 

ナツメが尋ねる。

 

「ええ、もう迷わないわ! 私もジムリーダー。たくさんの人たちが困ってるなら見過ごせない。たとえ大好きな水ポケモンと戦うことになっても、それに!」

 

カスミの顔に迷いはない。

 

「このまま彼らを悪者になんてしておけない!」

 

カスミの強い決心がその場にいるみんなに伝わる。愛する水ポケモンだからこそ彼女自身は黙っていられない、自分の力で暴走を止めたいという気持ちが何よりも強い。

ここからが人間たちの本当の反撃開始だ。




エリカとナツメのジムリーダーとしての強さを自分なりに表現してみました。
少しずつコロナの終息まで進んでいると思います。みんなで頑張りましょう。


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海の怒り メノクラゲとドククラゲ 後編

後編です。
活動報告にて今後の展開についてお知らせしていますので、よろしければご一読ください。


街を破壊せんと侵攻をする巨大ドククラゲとメノクラゲ軍団。相対するはポケモントレーナーのサトシ、リカ。ジムリーダーのカスミ、エリカ、ナツメだ。

総力戦とは言ったが、海が近いことにくわえて、水ポケモン相手であるためサトシのヒトカゲはお休みだ。リカもブースターは出していない。カスミはコダックをまだ実力不足であるため出していない。

 

サトシたちに向かって来るメノクラゲ軍団。最初に動き出したのはサトシ切り込み隊長は決まっている。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピカチュウウウウウ!!』

 

ピカチュウの全身が帯電すると強力な電撃が発射された。

密集しているメノクラゲ軍団たちへの狙いはつけやすい。しかも、メノクラゲ同士くっついて侵攻しているから1体にでも命中すれば周りのメノクラゲにも電流が伝播していく。効果は抜群だ。

 

「サンダース『かみなり』!」

 

『サンダアアアアアア!!』

 

リカの指示でサンダースは極大の電撃をメノクラゲ軍団へと放つ。

大ダメージを受けるメノクラゲ軍団だがまだまだ健在の個体が何十体もいて、侵攻が止まらない。

次の攻撃に移ろうとしたとき、リカは視線の先を見て驚く。

逃げ遅れた人たちがいた。メノクラゲたちは恐怖で動けなくなっている人たちめがけて前進していく。

 

「危ない! サンダースお願い!」

 

『サンダ!』

 

サンダースは持ち前のスピードでメノクラゲ軍団に追いつく。

 

「あっそうだ。サンダース体に電気を纏ってそのまま走って!」

 

サンダースの全身がバチバチと帯電する。

 

「メノクラゲたちを囲んで!」

 

『サンッダアア!』

 

全身を光らせたサンダースが走り去ると、そこには電気が滞留したままになっていた。

それはまさに電気の壁だ。メノクラゲ軍団はその場で動けなくなる。

 

「よし、バタフリー上から『ねむりごな』!」

 

『フリィ!』

 

バタフリーがメノクラゲたちの頭上へ飛ぶと『ねむりごな』を振りかける。浴びたメノクラゲたちはその場で眠ってしまった。

侵攻してくるメノクラゲたちはまだまだいる。サトシとリカはアイコンタクトを交わし次の行動に出た。

 

「フシギダネ『つるのムチ』でメノクラゲたちを投げ上げろ!」

 

「フシギソウも『つるのムチ』お願い!」

 

『ダネフシャ!』

 

『ソウフシェ!』

 

フシギダネとフシギソウが蔓を出し、倒れたメノクラゲたちを次々と海に投げ入れていく。

 

「ゼニガメ『みずでっぽう』、ニドリーノ『みずのはどう』!」

 

「ニドリーナ『みずのはどう』!」

 

「ヒトデマン、スターミー『みずでっぽう』!」

 

『ゼェニュウウウ!』

 

『リノォ!』

 

『リナァ!』

 

『ヘア!』

 

『フウ!』

 

ゼニガメ、ヒトデマン、スターミーから水流が発射され、ニドリーノは水の音波を発射する。

メノクラゲたちには効果が今一つな攻撃だが僅かに怯む。そこをフシギダネとフシギソウが蔓で海へとかえしていく。それでもメノクラゲたちはまだまだいる。

次から次へと海から這い出してくる。

 

「バタフリー『ねむりごな』!」

 

リカは再び眠らせて無力化しようとする。何体かは眠るがメノクラゲの中には水に潜って回避する個体もいる。メノクラゲの怪光線がバタフリーに直撃する。

 

「トサキント『たきのぼり』で水を巻き上げて!」

 

『トサキィン!』

 

水中に潜ったメノクラゲは巻き上げられた影響で押し返され押し流される。

 

「今よシャワーズ『れいとうビーム』!」

 

『シャワアア!!』

 

氷の壁が生まれる。

登ろうとするメノクラゲを横からヒトデマンが高速で突撃し、メノクラゲたちを次々と落下させていく。

 

「いいわよ、このまま――」

 

その時、カスミのボールが勝手に開いた。

 

『くわ?』

 

現れたのはコダック、状況が理解できないのか、いつものように首をかしげている。

 

「ちょ、コダック! 勝手に出てこないで!」

 

『くわ?』

 

出てきたコダックは状況が理解できないのかいつものように首をかしげる。

次の瞬間、侵攻するメノクラゲ軍団を見た。

 

「あっコダック危ない!」

 

『くわあああ!!!? くわわわわわっ!』

 

メノクラゲ軍団にパニックを起こしたコダックは逃げ出した。その様子を見たメノクラゲ軍団も標的をコダックへと変更する。

カスミがコダックに戻そうとモンスターボールを向ける。しかし、コダックがメノクラゲ軍団から逃げ回るためボールから放たれた赤い光線は当たらない。ポケモンたちもコダックを助けようとするが、メノクラゲ軍団とドククラゲの相手でその場から動けずにいた。

 

「ダメ! コダック落ち着きなさい!」

 

『くぅくわああああああああ!!!』

 

メノクラゲ軍団が突如、空中へと浮かび上がる。メノクラゲ軍団は何が起きているのか理解できないのか驚愕の表情を浮かべて身じろぎする。しかし、逃れることができない。

コダックの目は怪しく光を放ちメノクラゲ軍団に強大な念動力、『ねんりき』を送っていた。

 

「あれがあのコダックの本気……」

 

「まあすごいパワーですわ」

 

ナツメとエリカがコダックの『ねんりき』に感嘆していた。ジムリーダーを認めさせる潜在能力がコダックにはあるのだ。

コダックは最大パワーの『ねんりき』でメノクラゲ軍団を宙でぐるぐるとかき回す。目を回して気を失ったメノクラゲ軍団はぐったりと動かなくなる。そのままコダックはメノクラゲ軍団を空高く持ち上げた。

 

「やった! すごいわコダック!」

 

思わぬコダックの大活躍に俺たちは沸く。その時――

 

『くわ?』

 

「「「「「あっ」」」」」

 

コダックがいつものとぼけた雰囲気に戻った。つまりそれはコダックの『ねんりき』の効力が切れることを意味し、

メノクラゲ軍団が落下する。真下にはボーッとしているコダック。

 

『くわわわわわっ!?』

 

かわす暇もなく悲鳴を上げるコダックにメノクラゲ軍団が落下する。

 

『くわぁ~……』

 

落ちたメノクラゲ軍団は目をまわして戦闘不能となっていた。そしてその下には、目を回して伸びているコダックがいた。

 

「戻ってコダック!」

 

カスミがコダックをボールに戻す。

 

「頑張ったわね、よく休んで」

 

カスミはコダックのボールに微笑む。

 

海からさらにメノクラゲ軍団が地上に現れる。おそらくあの中には先ほど大ダメージを受けた個体もいるのだろう。メノクラゲたちを回復させる、あの『くろいヘドロ』は厄介だ。

 

「サトシさん!」

 

「エリカ!」

 

「サトシさん、お耳を拝借いたしますわ」

 

エリカがサトシの傍まで寄り、なにかを耳打ちする。

 

「そうか、だったら俺のスピアーでいける」

 

「はい、(わたくし)はモンジャラを」

 

サトシはスピアー、エリカはモンジャラを呼び、『くろいヘドロ』を持つメノクラゲたちを標的に指示を出す。

 

「「『はたきおとす』!!」」

 

『スピア!!』

 

『モジャ!!』

 

メノクラゲからメノクラゲへ『くろいヘドロ』が渡される寸前、スピアーが針を上段からたたきつけ『くろいヘドロ』を落とし、さらに別のメノクラゲへと素早く接近し『はたきおとす』を直撃させる。

モンジャラも大量のつるを使い、メノクラゲたちの手にある『くろいヘドロ』を次々と叩き落していく。

 

メノクラゲの軍団が次第に後退していく。

すると巨大なドククラゲが痺れを切らしたように動き始める。

 

『邪魔な人間ども、思い上がりもここまでです。抵抗するあなたたちを叩き潰してあげます』

 

その時小さなポケモンがドククラゲの足元に姿を見せる。

 

『タッツー、タッツタッツタッツー』

 

先ほどカスミが逃がしたタッツーだ。まだドククラゲたちを説得しようとしているのか、必死で鳴き声を上げる。

 

『またあなたですか、タッツー、なんと言われようと我々はやめるつもりはありません。愚かな人間どもに怒りの鉄槌を下さなければいけないのです』

 

それでも諦めていないタッツーはドククラゲに訴えかけるように鳴く。

 

『これ以上うるさく言うのなら、またお仕置きです』

 

巨大な触手がタッツーの頭上から振り下ろされようとした。タッツーよりも遥かに大きな触手の一撃を受ければ、大怪我では済まない。

 

「スターミーお願い!」

 

『フウ!』

 

間髪入れずにカスミが叫ぶと、スターミーが高速回転しながらタッツーの元まで飛行すると、触手が振り下ろされる寸前でタッツーを乗せて回避することに成功。スターミーはカスミの元に戻るとタッツーを彼女に手渡す。

 

「ありがとうスターミー」

 

タッツーを受け取ったカスミは両腕の中にいるタッツーに悲し気な視線を送る。

 

『タツ……』

 

「ごめんなさいタッツー、あなたの言葉をよく聞いていれば……」

 

カスミは顔を上げるとドククラゲを見上げる。その瞳には強い決意がこもっていた。カスミはスターミーに乗ると指示を出してドククラゲの元へ向かう。サトシはカスミに向かって叫ぶ。

 

「どうするんだカスミ!」

 

「もちろんドククラゲを説得するの!」

 

「本気なのか!?」

 

「もちろんよ。水ポケモンを悪者のままでいさせるなんて絶対にできない。水ポケモンのジムリーダーとして、ポケモンを愛するトレーナーとして!」

 

この惨状はドククラゲたちが引き起こしたもの、しかし、その原因は人間にある。だからこそカスミは彼らを説得して、大好きな水ポケモンと絆を繋ぎ、こんな大暴れを止めようとしているんだ。

 

「お願いドククラゲ、もうこんなことはやめて!」

 

スターミーに乗ったカスミはドククラゲの真下で止まると一人でドククラゲに叫んだ。

それに対しドククラゲはニャースを介してカスミに言い返す。

 

『言ったはずです。あなたたち人間には文句は言わせないと』

 

「確かに人間はあなたたちの住処を壊した。だけど、こんなこと間違ってる。ちゃんと訴えればあなたたちの声はきっと届くわ。そうすれば、私たち人間とあなたたちポケモンは分かり合える!」

 

『この期に及んでまだポケモンと人間が仲良くなる、共存だなどとバカげたことを言うつもりでございますか』

 

「バカげてなんかない! ポケモンと人間は一緒に生きていける! 私たちはそうして旅をしているの! きっとあなたたちもわかってくれる。だけどこれ以上暴れたらあなたたちは本当に嫌われてしまうわ!」

 

『くだらない妄言は聞き飽きました。握り潰してあげましょう』

 

ドククラゲがカスミに触手を振り下ろして掴もうとする。カスミはギリギリまで彼らを信じようとしたため動かずにいた、誰もが回避が間に合わないと思ったその時、

 

「カスミイイイィィィッ!!」

 

いつの間にか小型のボートに乗ったサトシが猛スピードでやってきた。ボートからジャンプしたサトシがカスミとスターミーを突き飛ばすと、触手がサトシに振り下ろされる。そのままサトシは巨大ドククラゲに捕まってしまう。

 

「サトシ!!」

 

「スターミー、カスミ連れてってくれええ!!」

 

カスミの悲鳴を気にせず、スターミーに向かってサトシは叫んだ。

 

『自分から飛び込んでくるなど愚かな人間でございます。このまま握り潰して――』

 

「ふん、ぬおおおおおおお!!」

 

握り潰そうとするドククラゲだが、サトシは持ち前の力を発揮して、巻きつく触手を引き剝がそうと両腕で踏ん張る。触手が徐々にサトシの拘束ができなくなってくる。

 

『なんという力……あなた本当に人間でございますか?』

 

「へへへっ、人間ってのはなあ、ポケモンが思ってるほど弱いものじゃないんだぜ。そう簡単にやられないぜ!」

 

サトシがチラリと後方を見るとカスミがスターミーと共に陸に上がっているのが見えた。それを見たサトシが安心したように軽く広角を上げた。

ドククラゲはサトシを見て、その周りにいるほかの人間を見た。そして、感じた。この人間がいることでこの場の士気が高まっていることを。この人間こそが一番危険であることを。

 

『一番厄介なあなたはここで確実に仕留めるでございます』

 

「あっぐ、ぐ、ああああああああああ!!」

 

触手が一瞬紫色に染まると、サトシが苦しみ悲鳴を上げた。

 

「まさか『どくどく』!?」

 

リカの予想は当たっていた。ドククラゲはサトシに猛毒を流し込んだ。一番危険な人間を確実に戦闘不能にし、殺してしまうために。

通常の個体よりも遥かに巨大なドククラゲの『どくどく』は強さも量も桁違い。その危険な猛毒を受けたサトシは顔色を真っ青にしてぐったりとなった。

 

「「「「サトシ(さん)!!!!」」」」

 

『それでは沈みなさい』

 

動かなくなったサトシを、ドククラゲは放り投げた。サトシの体は無抵抗のまま力なく海に落ちてしまった。

 

「ヤドラン、サトシを助けて!」

 

『ヤドッ!』

 

ナツメの投げたボールから現れたヤドランは、いつもとは違う力強い目で海の中に潜ろうとする。しかし、大量のメノクラゲがヤドランの行く手を阻んでいた。

 

「邪魔をするな! ヤドラン『サイコキネシス』!」

 

ヤドランの強力な念動力がメノクラゲ軍団を捕縛し、空中に持ち上げ、放り投げた。邪魔者がいなくなり、サトシを救助できるとナツメは思ったが、メノクラゲ軍団は次々と出現し、ヤドランに襲い掛かる。いかに強いポケモンでも数の暴力の前では苦戦を強いられるのは必然。ナツメは悔しそうな顔でサトシが沈んだ方に視線を送る。

 

「早く、早くしないと……」

 

取り返しのつかないことになる。それはこの場にいるトレーナー全員が思っていること。ナツメだけでなく、エリカもカスミもリカも、最愛の人を助けたいと必死に動く。しかし、メノクラゲ軍団がそれを許さず次々と襲い掛かり、彼女たちは焦燥に駆られる。

 

その時、黄色い閃光がメノクラゲ軍団を突破しながら突き進んでいくのが見えた。

 

『ピカピイイイイッ!!』

 

ピカチュウは必死の声を出して、一目散に走りサトシの後を追うように海に飛び込んだ。

 

 

 

***

 

 

 

深い水の中、ピカチュウは泳いでいた。大事な自分のトレーナーサトシを探して。

すぐにサトシは見つかった。

ピカチュウはサトシのバッグに手を入れて目的のものを探す、それはすぐに見つかった。

『どく』状態に効く木の実『モモンの実』だ。ピカチュウはこれをサトシに食べさせて解毒するつもりだ。ピカチュウは取り出した『モモンの実』をサトシの口に近づける。

しかし、サトシは食べるどころか目を開けない。

ピカチュウは必死に呼びかける。何度も何度も、サトシが目を開けることを信じて。

 

―――サトシ! サトシ!

 

しかし、サトシは目を覚まさない。毒のせいで顔色もどんどん悪くなる。ピカチュウの頭には最悪の結果が浮かぶ。

 

―――嫌だ嫌だ。サトシがこのまま死んでしまうなんて嫌だ。

 

―――お願いだ、もっとサトシと一緒にいたいんだ。もっとたくさん冒険して、仲間たちと一緒に強くなって、サトシを世界で一番のトレーナーにするんだ。サトシはこんなところで死ぬなんて絶対ダメなんだ。だから、だから――

 

―――僕に、サトシを助けられる力をください。

 

 

 

***

 

 

 

場は波の音が響き渡るほど静まり返っていた。サトシが海に沈んだまま上がる気配がなく、リカ、カスミ、エリカ、ナツメは無言のまま俯いていた。

 

『さあ、私はあなた方の大切な仲間を殺しました。どうですか、憎いでしょう成敗したいでしょう殺してあげたいでしょう。これでも私を説得などと仲良くするなどと絵空事を言えますか?』

 

巨大ドククラゲは俯いているカスミたちを見下ろしニャースを通して言い放つ。

これで自分たちに反抗する人間たちに大きなダメージを与えることができた。この人間たちは絶望でもう戦うことができず、あとは街を好きなだけ蹂躙すればいい、そう考えた。

まずはこの人間たちを踏みつぶそうとしたその時、メノクラゲは驚愕する。

 

顔を上げた4人の人間、そこには悲壮感があれど、憎しみや敵意は一切感じられなかった。それがドククラゲには信じられなかった。

 

『なぜ、憎まないでございますか? 涙を流すほど悲しんでいるのに』

 

「……悲しいのは、あなたたちがこんなことをするくらい追い詰められていたからよ。それを止められない自分が情けないからよ」

 

『仲間が死んでも悲しくないのでありますか?』

 

「サトシさんはこんなことで斃れません!」

 

「私たちの愛しい人を甘く見ないで」

 

「私たち信じてるんだよ! サトシは死なないって、どんなことがあっても倒れないって、絶対戻ってくるって!」

 

彼女たちから発せられる強い意志、覇気を感じたのか、ドククラゲは恐れたようにその巨体を僅かに後退させた。

その時、大きな水しぶきが巻き起こる。

 

信じていた彼が戻ってきた。そう思い視線を向ける。

 

「えっ……?」

 

「な……?」

 

「こ、これは……?」

 

「いったい……?」

 

カスミ、リカ、ナツメ、エリカは飛び込んできた光景に目を見開いていた。

まるでそこにある現実を理解できないというように驚いていた。

 

ピカチュウがサトシを伴って水上に立っていた。

その周りには青い球状のエネルギーが纏っている。ピカチュウはその空間内に立ち、サトシは隣で横たわっていた。

 

『ピッカチュウ』

 

「これ、なんなの?」

 

驚愕に目を見開いているカスミの隣で、図鑑を開いていたリカが信じられないという声を上げた。

 

「『なみのり』……? これ、『なみのり』だって……」

 

「ピカチュウが『なみのり』を!?」

 

「まさか、覚えられない技のはず!?」

 

ジムリーダーであるエリカとナツメにとっても信じられない事態。水タイプを持たないポケモンでも波に乗ることができることはあるが、ピカチュウは『なみのり』を覚えないのが定説だ。しかし、今目の前にいるサトシのピカチュウは不思議なオーラと共に波の上で停止している。

 

 

 

***

 

 

 

「っ! うう……ここは……?」

 

意識が覚醒する。まず感じたのは猛烈なダルさ、全身に焼けるような痛み。その感覚で思い出す。俺はドククラゲの猛毒を浴びて海に沈んだ。ダルさは毒が体に回っているからで今にも倒れこんでしまいそうだ。だがそれよりも俺は今どうして海に浮かんでいるのかという疑問があった。

 

『ピカピ!』

 

声の主は相棒のピカチュウ、俺を見たピカチュウは嬉しそうに飛びついてきた。

 

「ピカチュウ? これは……?」

 

ピカチュウと俺の周りにある見覚えのない青いオーラ、まるで自分たちの体を海から守っているように囲い、浮かんでいる。その正体を知るために痛みを我慢して図鑑を広げると驚いた。ピカチュウが『なみのり』を使っているからだ。ピカチュウが『なみのり』……『波乗りピカチュウ』か! なんというか一時の流行りというかネタというか聞いたことがあったが、まさか俺のピカチュウがそれを実現させてしまうなんて。

驚きと喜びで感情がゴチャゴチャしていると、ピカチュウが俺のバッグからモモンの実を取り出すと手渡してくれた。

 

「ああ、ありがとう」

 

俺はモモンの実を受け取ると、ダルさを我慢しながら口に入れ咀嚼した。するとじんわりとした優しいものが全身に広がるのを感じると体の痛みやダルさが綺麗さっぱりなくなった。毒がなくなったんだ。

俺は力が漲るのを感じ立ち上がる。俺のことを見ていたピカチュウは笑顔になるとすぐにキリッと真剣な顔になりドククラゲを見上げる。俺もそれに倣いまだ戦いが終わっていないことを自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

***

 

 

 

『波に乗れるからなんだというのです。私たちのやることは変わりません。もう一度沈めてやります』

 

「避けろピカチュウ!」

 

ドククラゲの巨大な触手が振り下ろされると、ピカチュウはオーラを操作して回避する。

ギロリと大きな目を動かしたドククラゲは巨大な『ヘドロばくだん』が連射、雨霰のように俺とピカチュウに次々と襲い掛かる。ドククラゲは空気を震わすほどの咆哮を上げると一際大きな『ヘドロばくだん』を発射した。ここは真っ向勝負!

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピイィカ、チュウウウウウウ!!』

 

ピカチュウから発射されるパワー全開の極大の電撃。『ヘドロばくだん』と衝突すると瞬く間に飲み込んだ。

『ヘドロばくだん』を粉砕した『10まんボルト』はドククラゲにも襲い掛かる。効果抜群の強大な電撃を受けたドククラゲは全身のに大きなダメージとなったようで僅かにふらつく、しかし、踏ん張って持ち直しギロリと俺たちを見た。俺はその眼に宿る強い意志、おそらくは執念を感じた。人間に負けるわけにはいかないという気持ちがドククラゲを突き動かしているのだろう。

するとピカチュウがドククラゲの足元まで来た。

 

「どうしたんだピカチュウ?」

 

俺の問いに答えずピカチュウはドククラゲを見上げた。

 

『ピカッ! ピカピカピッカ、ピッピカチュウ!』

 

『絆の力? それがあなたを強くするとでも言うのですか? それがあればポケモンと人間が共存できるとでも言うのですか? そんなもの私たちには関係ありません』

 

ピカチュウはドククラゲを説得していた。カスミと同じでポケモンと人間が仲良くなれると必死に訴えているんだ。

ドククラゲは否定するがそれでも訴え続けるピカチュウ。自分のポケモンがここまで一生懸命に守ろうとしているのに、自分はただこうして突っ立ているだけでいいのか? カスミも危険を顧みずに説得しようとしていた。大事な仲間のやりたいことを俺も頑張んないといけないんじゃないのか。

 

「そうだよな」

 

ドククラゲは視線をピカチュウから俺に移した。ドククラゲたちの怒りは当たり前のもの。自分たちの住処を破壊されて怒らないなんてできない。だから俺も、こいつらに憎しみは抱けない、抱く資格がない。だけど、これ以上街を壊させるわけには、人間たちを傷つけさせるわけにはいかない。

 

「そうだよな、憎いよな、許せないよな、だったら――」

 

俺はドククラゲとメノクラゲたちのために、俺にできることをしてあげたい。

ピカチュウの前に出た俺は両腕を広げてドククラゲの前に立つ。

 

「全部を俺にぶつけてくれ、お前たちの怒り、憎しみ、全部受け止めてやる」

 

『ピカ!?』

 

そうだ、俺がこの世界にきて、冒険してわかったことだ。

俺はポケモンが大好きなんだ。だから苦しむ彼らのために自分ができることをしたい。

例えこの身が砕け散ろうとも。

 

「サ、サトシなにを!?」

 

「危険だよサトシ!?」

 

カスミとリカが悲鳴に近い声で叫んでいる。悪いな、

 

「俺、お前たちにどう償ったらいいのかわからない。だから、俺にできるのはお前たちの怒りを聞いて受け止めることなんだ。これ以上街を壊すのも、人を傷つけるのもやめてほしい。その代わり、気が済むまで俺に攻撃してくれ」

 

『ピカピカ!』

 

ピカチュウが俺の脚にしがみついてくる。その悲壮な表情を見ると胸が苦しくなる。

 

「ごめんなピカチュウ、危ないと思ったらお前だけ逃げてくれ」

 

『ピカピカ、ピカピ!』

 

ピカチュウはいやいやするように首を振っていた。目に涙が浮かぶピカチュウに罪悪感が湧いてくる。

 

「サトシさんおやめください!」

 

「貴方がそんなことしなくていい! 逃げるんだ!」

 

「止めないでくれ! これが俺の男として、トレーナーとしての覚悟なんだ!!」

 

自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。もう迷いはない。あとはピカチュウが逃げてくれれば、

 

『人間を傷つけるなと言っているくせに自分のことはいくらでも傷つけろとは支離滅裂、こんなおかしな人間がいたとは……』

 

ドククラゲは呆れたように目を閉じる。

 

『いいでしょう、あなた方の頑張りに免じて今回はここで引いてあげます。しかし、次は容赦しません』

 

その言葉が合図になったように、侵攻していたメノクラゲ軍団はピタリと止まる。

俺たちの気持ちが通じたんだ。その時、

 

「まてえい! 何勝手に終わらせとるババ! ワシのホテルをめちゃくちゃにしたクラゲは皆殺しババ!」

 

今までどこに隠れていたのか、戦車に乗ったババアが顔を歪めて怒声を上げながらドククラゲに銃を発射した。

 

「待って! もうドククラゲたちは暴れないわ! もうやめてあげて!」

 

「やかましいわ小娘! ワシのそいつらへの復讐は正当ババ! 邪魔するんじゃないババ!」

 

もう我慢の限界だ。あまりにも身勝手な言い分に久しぶりに腸が煮えくり返るような怒りを覚えた。お年寄りだと気を使ったのが間違いだった。

 

「てめこらクソババァいい加減にしろ! 誰のせいでこんな大惨事になったと思ってやがんだ! てめえが一番反省しろ!」

 

「黙らんか小僧めが! ワシに指図するなババ!」

 

聞く耳を持たないババアは尚も打ち続ける。よしもう殴る。老人だからって容赦しない。

 

『やはり愚かな人間もいますか』

 

俺が動くよりも先にドククラゲがババアに近づき触手を振り上げた。

あれは流石に死ぬぞ!

 

「待ってくれドククラゲ!」

 

『サトシ、あなたやその仲間たちのことは許しましょう。しかし、この醜い人間だけは許せません。この人間だけはわれらの怒りの鉄槌を下さなければいけません』

 

ダメだ。せっかく分かり合えたのに、このままだとドククラゲの手を汚すことになる。こんなババア死んでもいいがドククラゲのために止めないと。

 

「お待ちください」

 

凛とした声はエリカのもの。彼女はババアの前にたち、その隣ではナツメも立っていた。

 

「あなたの怒りも理解できる。しかし、ここは我々に任せてもらえないだろうか。人間の愚行は同じ人間が裁く」

 

『どういう意味でございますか?』

 

「人間には守らねばならぬ『法』が存在します。それを犯した人間は『法』によって裁かれるのです」

 

「このご老人は『法』で裁くのがふさわしいわ」

 

どういうことだ? あのババアが悪い奴なのは知っていたけど、何か犯罪をしてたのか?

 

「な、なにを言うババ! ワシがいつ法を犯したババ! 適当言うなババ!」

 

抗議するババアに対し、エリカとナツメはなにやら分厚い書類を取り出した。

 

「大きな建物を建造する際には、ポケモン保護法、自然環境保護法を遵守しなければいけないことはご存じですわよね?」

 

「あなたのリゾートホテル、調べさせてもらいました。明らかに自然への配慮を無視した設計ですよね?」

 

エリカは書類をめくる。

 

「それなのに、あなたの行った調査結果は『問題なし』、あらあら、これはおかしいのではなくって?」

 

「……な、なんのことババ」

 

ババアは汗を滝のように流し、目が泳いでいる。

 

「それだけではないですよね。このリゾートホテル建設の強行のために、方々に賄賂を渡していましたね。明らかな違法設計が審査を通ったのもそれが関係してますね?」

 

「ほかにも調べたらたくさんの不正が出ましたわ。それらすべて、レポートにまとめてあります。御覧になりますか?」

 

「う、ぐうう……」

 

ナツメとエリカが突きつけた不正の証拠にババアは何も言えず苦虫を噛み潰したように悔しそうな顔になった。

遠くからサイレンの音、振り向くと、多数のパトカーが走って来た。警察のご到着か少し遅かったけどな。

 

「警察です。ポケモンが暴れていると連絡を受け出動しました」

 

パトカーから降りてきた警察官たち、先陣を切るのはミニスカの美人ポリスのジュンサーさんだ。

 

「その件はもう解決しました。それよりも――」

 

ナツメとエリカが事情を説明するとジュンサーさんは納得して頷いた。

 

「確かに、これは決定的な証拠ですね。エリカさん、ナツメさんありがとうございます」

 

ジュンサーさんが悪徳ババアに近づく。

 

「あなたをポケモン保護法、自然環境保護法、贈収賄罪、その他の罪で逮捕します」

 

「お、おのれええ! お前らいつか必ず復讐してやるババアア!!」

 

手錠をかけられたババアはそのまま警察の皆さんに連行された。

 

「そういうわけですので、あの人はこれから罰を受けることになります」

 

エリカはニコリとドククラゲに説明した。

 

『そうですか……』

 

ドククラゲは神妙に頷いた。

 

『あなたがたのような者たちばかりなら、人間との共生もいいかもしれませんね』

 

その言葉を最後にドククラゲはニャースを近くの陸地に降ろすとメノクラゲたちを伴い海の向こうに消えていった。残ったのは瓦礫だらけの町と恐怖に慄いていた住人たち、しかし、メノクラゲたちのあとはまるで残っていないように思え、まるで先ほどの災禍が夢か幻であったかのように町も海静まり返っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「エリカさん、ナツメさん、ご協力ありがとうございます。警察の代表として心より感謝いたします」

 

ジュンサーさんと部下と思しき警察官の皆さんがナツメとエリカに敬礼していた。その後パトカーに乗って警察署に戻る人たちと、町の人たちに事情を聞く人たちに分かれ仕事を始めた。

 

「いつの間にあんなの調べてたんだ?」

 

俺が聞くとエリカがニコリと笑う。

 

「うふふ、実はこのことを調べるのがこのハトバポートに来た目的なのです」

 

「え?」

 

「昨日、ポケモン協会から連絡があって、この町でポケモンの自然環境破壊やその隠蔽が行われていると情報が入ったの。ポケモンに関する犯罪について調べるのもジムリーダーの仕事よ」

 

「この町にはジムリーダーがいませんから、その場合は他の町のジムリーダーが担当することになっていますの。今回はたまたま近くにいた(わたくし)たちが調べることになりましたの」

 

「つまり潜入捜査ってことね」

 

「そうね、まさか遊びに来た海の近くでこんな不正が行われているとは思わなかったわ。警察は前々からマークしていたみたいだけど逃げられないために慎重にしていたみたい」

 

「気づかなかったな。それにしても1日足らずであんなに調べるなんてすごいな」

 

「ジムの女の子たちにも頑張ってもらいましたわ」

 

「そもそもこの町にジムリーダーがいないことで警戒も薄れていたようね。調べるのも簡単だったわ」

 

ニコリと微笑むエリカとナツメ、凛としている2人佇まいから目が離せない。

 

「どうしましたのサトシさん?」

 

「いや、なんつーか……かっこいいなって」

 

「「え?」」

 

「こう、キッチリ証拠突きつけて悪い人間を成敗する2人がなんか、こう綺麗で、かっこよくて……だから、その綺麗で……てああもう自分で何言ってんのかわからなくなってきたけど……つまり、エリカとナツメがすごいなってこと!」

 

自分で言ってて恥ずかしくなってきた、顔熱い。

 

「ありがとうサトシ」

 

「ありがとうございますサトシさん」

 

ナツメとエリカを見ると、先ほどとは打って変わって少女のように顔を赤くしてはにかんだ。

俺もなんだか照れくさくなってきて笑った。

 

「「むー……」」

 

後ろからカスミとリカの不機嫌オーラを感じた。

 

 

 

***

 

 

 

ハトバポートを出た俺たち連絡船に乗った。あんな騒動になったが運良く船は動いてくれて助かった。

夕日が船を照らしている中、俺は甲板で肩に乗ったピカチュウと海を眺めていた。

 

「なーにしてんの? 考え事?」

 

振り返るとカスミ、リカ、ナツメ、エリカが立っている。夕日に染まる彼女たちが綺麗で少しドキリとした。

 

「あのドククラゲ、単なる巨大ポケモンじゃなくってさ、もしかしたら、海の神様だったんじゃないかな」

 

「神様、ですか……つまり自然の怒りの体現だと仰るのですか?」

 

まさにエリカの言う通り。

 

「ああ、人間の身勝手に怒った神様がドククラゲたちを通じて警告してたのかも」

 

通常であればあんなに巨大なドククラゲは有り得ない。それにあの巨体なら目立つはず、さらにメノクラゲたちも町を埋め尽くすほど大量にいたはずなのに、もはや痕跡を残さず影も形も感じさせない。

彼らは本当にあの時あの場所にいたのだろうか。確かにあの町はいくつもの建物が壊され、俺たちも彼らとバトルした。巻きつかれ毒を流し込まれた感覚も残っている。だけど、本当は夢だったのではないかと思うくらいに現実感が薄れている気がする。

本当に神様か人の理解を超えた存在の仕業? いや、ポケモンそのものが「人の理解を超えている」と言えばそれまでだが……

 

「サトシありがとう」

 

不意にカスミが俺の隣に来た。

 

「ドククラゲたちのためにあんなに頑張ってくれて、私、本当に嬉しかった。

 

「一番頑張ったのはカスミだろ」

 

「ううん、そんなことない。あんなに危険を顧みないこと、私だったらあそこまでできなかった」

 

「けど、カスミの想いはドククラゲたちに伝わったと思うぜ」

 

「うん、そうだといいな。ナツメとエリカもありがとう。ジムリーダーとして大事なことを教えてもらったわ」

 

「思ったことを言っただけ、決断したのはカスミよ」

 

「カスミさん、これからの道は貴女が自分で進んでいくのですよ。もし、なにか困ったらいつでもご相談くださいな」

 

「ええ、今回のことは水ポケモン使いとしても大事なことを教えられた気がするわ。だから絶対に忘れない。それに――」

 

カスミはモンスターボールを取り出し空に向けて投げる。

 

「新しい仲間もできたしね」

 

ボールから飛び出したのはタッツー、そのままカスミの両腕によって抱きかかえられた。

 

『タッツー!』

 

「これからよろしくね、タッツー!」

 

『タツ!』

 

お互いに笑い合うカスミとタッツー、新しい仲間ができることは素晴らしいことだ。

 

『ピカピカチュウ!』

 

すると肩に乗ってるピカチュウがタッツーに何やら話しかけていた。

 

『タツタツ!』

 

話しかけられたタッツーは嬉しそうにピカチュウを見ていた。ピカチュウは俺の肩から降りるとカスミの腕の中にいたタッツーを抱きかかえて船から飛び降りた。

まさかの愛の逃避行!?

と思いきや、タッツーはそのまま海で泳ぎ、ピカチュウは『なみのり』で楽しそうに海の上を滑っていた。

 

「タッツーと泳ぎたかったのね」

 

「新入りの歓迎の意味も込めてってことなのかな」

 

船の上からその様子を見ているのは俺とカスミだけではない。

いつの間にかリカ、ナツメ、エリカも船から泳いでいるピカチュウとタッツーを見ていた。

 

「『波乗りピカチュウ』、まさかこのようなことが起こるなんて……」

 

「未だに信じられない気持ちよ。サトシのピカチュウはなにか特別なのかしら」

 

まあ俺にとって世界に一人だけの特別なピカチュウなのは間違いないな! あ、そういうこと言ってない? 調子に乗るな? すいません……

 

「きっと、ピカチュウの想いが起こした奇跡なんだと思うよ」

 

「サトシが大変な時のピカチュウ、本当に一生懸命だったわ。本気でサトシを助けたかったのよ」

 

そっか、ピカチュウはそこまで俺を心配してくれてたのか。無茶なことしてピカチュウに心配させて申し訳ない、けど物凄く嬉しい。ピカチュウ、俺にとって初めてのポケモン。そんなに長く一緒にいるわけではないのに、

 

「俺とピカチュウの間にさ、なんていうか、絆みたいなものを感じるんだ。これって気のせいなんかじゃなかったんだな」

 

俺は幸せ者だな。

すると、俺のモンスターボールがすべて開き、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ、スピアー、ニドリーノが出てきた。

 

「どうしたんだ?」

 

俺のポケモンたちが一斉に飛びかかって来た。

 

「どわああああ!?」

 

あまりの勢いに俺は背中から倒れてしまった。

ヒトカゲが俺の頭をカプカプ甘噛みし、フシギダネが蔓で俺の両頬をぐにぐにイジり、ゼニガメは俺の腹に乗って胸のあたりをバシバシ叩き、スピアーは針を、ニドリーノは角で俺の両脚をツンツンつついてきた。

 

「ちょ、こら、なに、なんなの!?」

 

ポケモンたちに為すすべなく蹂躙されている俺の周りにカスミたちが集まってきた。

 

「もしかしてピカチュウにやきもち?」

 

「自分たちもサトシと絆があるって言いたいのかな?」

 

あ、そうなのか? 俺がピカチュウばかり構ってるって思われちゃったか?

 

「うふふ、皆さんご心配なさらず。サトシさんは皆さん一様に愛していらっしゃいますわ」

 

「みんながサトシが大好きなようにサトシも君たちが大好きよ。ピカチュウと同じくらいにね」

 

ピタリと言葉に反応したようにみんな動きが止まり、カスミたちを見上げた。

その通りだよピカチュウに負けないくらいみんな俺の大事なポケモン、大事な仲間なんだ。

さあ、そろそろ開放し―――

 

「ちょ、なんで! あ、ちょや、やめてー!」

 

みんなやめてくれなかった。覚えないはずの『ふくろだたき』をしてきた。

やっぱり怒っているのか? 気になりみんなの顔を見ると、そこにはたくさんの笑顔があった。

みんなとても嬉しそうに俺を見ていた。俺の気持ち、伝わったのかな。

見上げるとカスミもリカもエリカもナツメもおかしそうに笑っていた。

ああ、本当に俺って幸せ者だよな。

俺はしばらくポケモンたちの『じゃれつく』にされるがままになっていた。

 

 

 

***

 

 

 

本土に到着した俺たちは船を降りてその町のポケモンセンターに宿泊した。

翌日、ナツメとエリカはそれぞれの町に帰ろうとしていた。

俺たちはポケモンセンターの外で2人を見送ることにした。

 

「それじゃあここでお別れなんだな」

 

「ええ、見送ってくれて嬉しいわ」

 

「はい、サトシさんたちとまた会えて良かったですわ」

 

「今回のことでジムリーダーとして本当に勉強になったわ」

 

「また会えるといいね」

 

それぞれ言葉を交わす。けどリカの言う通りまた会える。そう信じれば寂しくない。

 

「あ、そうですわナツメさん」

 

「ん?」

 

なにやらエリカがナツメに耳打ちをする。ナツメは一瞬目を見開くが何やら納得したように頷いた。すると2人が近づいてきた。

 

「また会いましょうサトシ」

 

ナツメが右手を差し出してきた。握手か。

俺は倣うように右手を差し出しナツメと握手をかわした。

 

その時、エリカが俺に近づき、右頬に熱い感触、な、ええ!?

 

「いただきましたわサトシさん」

 

俺から離れたエリカは赤い顔で微笑んでいた。

いきなりのことで俺は呆然としながらエリカを見た、その時左頬に熱い感触。な、また!?

 

「ごちそうさま、サトシ」

 

悪戯っ子のような顔を真っ赤にしたナツメ。

今度はナツメにもキスされてしまった。

 

「な、ななななな、なん、なに……」

 

ダメだ、うまく呂律が回らないし頭も回らない。混乱しているのは2人の『てんしのキッス』のせい? そんな俺をしり目にエリカとナツメは見とれるくらい綺麗な笑顔を向けた。

 

「これが(わたくし)たちの宣戦布告、ですわ」

 

「離れていても貴方を想い続けるってことよ」

 

え、なにこの状況、俺あと5分くらいしたら死ぬの?

 

「カスミさん、リカさん、(わたくし)たちは負けるつもりはありませんわ」

 

「いつも一緒だからって安心してると取っちゃうんだから」

 

その言葉を最後に2人は去っていった。

 

頬にはまだ熱と感触が残っている。美人2人から口づけされたなんてなんだか現実感が薄れている気が―――

 

「「サァトォシィィィ……」」

 

地の底から這い出るような声、まるで引きずり込まれそうな錯覚に陥った俺はギギギ、とゆっくり首を後ろに向ける。

 

そこには2人の悪魔―――ではなく、顔を真っ赤にして膨れた美少女がいた。

2人は『しんそく』の動きで俺の両肩をガッチリホールドすると、そのまま俺を引きずってポケモンセンター内に連行した。

ズンズンと進む2人、着いた場所は俺たちが宿泊していた部屋の一つ。バンと強くドアが開かれ、中に入ると俺はベッドに投げられた。

 

「な、なん――」

 

見上げると、右にカスミ、左にリカ、2人が俺を押し倒す体勢で見下ろしていた。2人の顔は真っ赤で瞳は潤み、緊張が伝わって来た。見下ろされる俺も顔が熱くなり胸が高鳴る。

 

「お、おい……リカ、カスミ?」

 

「リカ、せ、せーのでいくわよ!」

 

「う、うん、バッチこい!」

 

「は?」

 

「「せーの!」」

 

「なあああああ!?」

 

両の頬に先ほどと同様の熱と柔らかさを感じた。

 

 

 

***

 

 

 

あれからリカとカスミに何回か頬にキスされた。頭がグルグル回る、なんかフラフラする。『ドレインキッス』か? 体力吸い取られたのか?

 

「く、くちびるはまだ、早いからね!」

 

「も、もっと深く、いろいろしてからだよ!」

 

「あ、はい……」

 

というやり取りを何回かしながら俺はオーキド博士に連絡しようとセンターのパソコンの前に座っていた。後ろにはカスミとリカもいる。

パソコン操作でカタカタっと……

画面が開く。

 

『おお、サトシにリカにカスミか、一昨日ぶりじゃの』

 

「「「こんにちはオーキド博士」」」

 

『ぬ? なにやらみんな顔が赤いようじゃが、具合でも悪いのかの?』

 

「あ、い、いえ全然元気ですよ!」

 

「問題ないです!」

 

「大丈夫です!」

 

俺と同様にカスミとリカも慌てて否定する。

 

「そうか、ならいいが。健康は何よりも大事じゃ、若いからと油断するでないぞ」

 

「は、はい博士」

 

良かったあ、バレてないよな。

 

『あ、そうじゃ。3人に話したいことがあるのじゃが』

 

話? なんだろと思っていると、それは意外な言葉だった。

 

 

 

『他の地方に行ってみる気はないか?』

 

「「「え?」」」




最強ピカ様なので、なみのりピカチュウにもなります。
剣盾でピカチュウは普通になみのりを覚えられるので特別感薄れたかもです。剣盾発売前にこの話出せれば良かったです。
現在キョダイマックスピカチュウ捕獲を頑張ってます。

最後の台詞は少し考えている展開があるのでこうしました。

コロナも終息に少しずつ近づいています。
皆様最後まで気を緩めずに日々頑張りましょう。


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カロス地方 再会と新たな出会い

お久しぶりです。


オーキド博士の言葉は思い寄らないもので驚いてしまった。

 

「違う地方に行くって、俺たちまだカントー地方もきちんと旅してないんですよ?」

 

『うむ、確かにそうじゃ。じゃがワシは君たちをトレーナーとして一歩成長させるためには1日だけでもよいから他の地方のことを知り見聞を広めることも大事なのではないのかと考えたのじゃ』

 

確かに、カントー地方にはいないポケモンをこの目で見るのも大事かもしれない。

 

「シゲルやナオキ君はワシの提案を受けたぞ。シゲルはシンオウ地方、ナオキはイッシュ地方に1日だけ行ったぞ」

 

あいつらに先を越されたか。だったら俺も負けてはいられないな。他の地方にはまだ知らないポケモンがたくさんいると聞くからな、そう考えると非常に楽しみな提案だ。

 

「サトシ、どこに行く?」

 

「そうだな、どうせならシゲルとナオキとは違う地方がいいけど……」

 

となると残りはジョウト、ホウエン、カロス、アローラ、ガラル、etc……いっぱいあるな、どこにしようか。

 

『まあ行く地方は1つだけでなくてもいいからの、ゆっくり選ぶといい』

 

オーキド博士太っ腹じゃん、ちょっと尊敬しますよ。

 

「2人はどこか行きたいところはあるのか?」

 

「そうねぇ……カロスかしら」

 

「うん、私もカロスがいいよ」

 

うむ、リカとカスミはカロス地方をご希望か……よしそれなら!

 

「決めました。俺たちカロス地方にします」

 

カントーの旅を一時中断し、カロスでほんの少しだけの短い旅が始まる。

 

 

 

***

 

 

 

この世界で初めて乗った飛行機に揺られること数時間、あっという間にカロスの空へと到達した。

飛行場に着陸した俺たちは、タラップから地上に降り立った。

 

「着いたぜカロス地方!」

 

「やったー!」

 

「いえーい!」

 

ミアレシティ、「芸術の都」「花の都」と呼ばれている一番の都会。

その大きな都市は空から見ると円状になっている。さらに街は北部のノースサイド、南部のサウスサイド、中心部のメディオプラザに大きく分けられている。街の中心にはシンボルともいえるプリズムタワーが大きくそびえ立つ。

プリズムタワーの足元は円状の広場となっていてさらにその周りをビル群が囲んでいる。

カントーとまったく同じところも存在する。それは人とポケモンが一緒にいること、まるで友人や家族のように親し気で互いに笑い合っている。

カロス有数の企業が本社を構えている

カントーのヤマブキシティとタマムシシティにも匹敵する。

芸術のような建物が立ち並びオシャレな人たちが歩き、レトロな車が通り、美しい自然も同化しているその街並みはまるで映画の世界のようだ。

 

「素敵! どこも綺麗で華やかできらきらしてるわ!」

 

「絵画の中に入ったみたい!」

 

「ねえねえどこ行く?」

 

「そうだね、まずは――」

 

目をキラキラ輝かせキャイキャイはしゃぎ出した美少女2人、だけど――

 

「ストップ!」

 

「なによ?」

 

「どうしたの?」

 

「オーキド博士に言われただろ、まずはカロス地方のポケモン研究家、プラターヌ博士に挨拶に行くんだ」

 

「「そうでした」」

 

照れ笑いを浮かべる2人と共に俺は目的地へと向かう。

 

しばらく歩くと目的の建物が見えた。大きな看板には『プラターヌ研究所』と書かれていた。オーキド研究所のシンプルさとは違ってどこかオシャレに感じる。あ、オーキド博士のことバカにしてないよ。

大きな扉の前でチャイムのボタンを押すとお馴染みの『ピンポーン』という音が鳴る。

 

「おや、お客さんかい。なにか御用かな?」

 

成人した男性の声が返ってきた。

 

「いきなりの訪問で失礼します。俺たちはオーキド博士の元でポケモントレーナーになった者です」

 

「ああ、君たちがオーキド博士の言っていた3人だね。扉は開いているから入ってくれたまえ」

 

「「「お邪魔します!」」」

 

扉が開き中に入ると、玄関はまるで大広間のようで、2階に行くための中央階段がまず目に入る。

すると右の廊下から足音、そこから一人の人物が現れる。

そこに立っているのは長身のスラリとした中年くらいの男性。整った顔立ちは無精ひげがアクセントとなり大人の渋さ引き出しているようだ。服装は青いワイシャツに白衣を纏っている。

 

「ようこそプラターヌ研究所へ」

 

客室に案内された俺たちはプラターヌ博士と向かい合っていた。

 

「それでは改めて自己紹介だね。初めまして、僕がポケモン研究家のプラターヌだよ」

 

「マサラタウンのサトシです」

 

「同じくマサラタウンのリカです」

 

「ハナダシティのカスミです」

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

「うんうん、3人とも元気いっぱいで素晴らしいよ」

 

「私たち、カロス地方のことを学びに来たんですけど、まずはどうしたらいいでしょうか?」

 

「カロス地方ってとっても綺麗で魅力的だって思いました。もっとその魅力を知りたいんです」

 

リカとカスミの質問にプラターヌ博士は感心したように何度も頷いた。

 

「うむ、なるほど。カロス地方の魅力だけど、それは君たちが直接カロスの空気を感じることが一番だろう。まずはミアレシティを見学してきたまえ。何か困ったことがあればこの研究所に来てくれ、僕は今日一日はここにいるからね」

 

「「「はい!」」」

 

「うん良い返事だ。自分で言っておいてなんだけど、丸投げみたいで申し訳ない。けれど僕の考えでは自分で見て感じてもらうのが一番なんだ」

 

「はい、プラターヌ博士のお考えは正しいと思います」

 

「ははっ、ありがとう」

 

「では行ってきます」

 

 

 

***

 

 

 

プラターヌ研究所を後にした俺たちはミアレシティのストリートで地図を見ながら話し合っていた。

 

「それじゃあどこ行こっか」

 

「ねえねえ、このブティックとかどう?」

 

「うーん、ここのスイーツもいいなぁ」

 

再びキャイキャイとはしゃぎ出す美少女2人、しかしそうは問屋が卸さないのです。

 

「ちょいお待ちなさいよ」

 

「「ん?」」

 

「あのな、俺たちはあくまでトレーナーとして見聞を広めるためにここに来たんだぞ。遊びに来たんじゃないの」

 

「わかってるわよ。けど、他の地方の最先端の流行を知るのも立派に見聞を広めることよ」

 

「そうだよ、どんなことでも学べば無駄にならないんだよ」

 

「……む、そういうものか?」

 

言われてみれば、一流のポケモントレーナーはバトルの知識以外にも様々なことを知っているものだ。バトルばかりするのも良くないな。

 

「ねえねえあのパティスリー、有名なお店よ。行ってみましょう!」

 

カスミが溌剌と言うとリカも嬉しそうに頷いて急ぎ足で行ってしまった。女の子は甘いものが好きだからな。俺も甘いものは好きだ。わくわくしてきたぞ。

 

 

 

ミアレシティの街中のとある木、そこから生える草がガサリと少し動く、

 

『ケロ……』

 

そこからサトシたちを見つめる小さな影がいることに誰も気付くことはなかった。

 

 

 

***

 

 

 

その少女は母親と共にミアレシティに買い物に訪れていた。

 

「ちゃっちゃと用事済ませてランチにしましょう」

 

「うん、そのあとはいつものお店でお洋服見たいな」

 

少女は白のブラウスに黒のテーラードジャケットを羽織り、膝丈までの青のスカート、ブーツを履いている。

母親は黒のシャツにグレーのライダースジャケットを羽織り、デニムのロングパンツを履いている。

 

「よしじゃあ、行きますか」

 

ふと視界に入る人たちがいた。1人の少年とその前をあるく2人の少女、3人は楽しそうに談笑しながら歩いていた。

 

「あれ、あの人……」

 

少女は走って行く少年を見て、妙な既視感を覚えた。いつかどこかで見たことがある、そんな気がうする。

 

「どうしたのセレナ? 行くわよ」

 

「う、うん」

 

母親に呼ばれた少女――セレナ――は心残りがありながらもその場から立ち去ろうとしていた。

 

「ねえサトシ!」

 

「!」

 

少女の1人が少年の名を呼んだ。その名前を聞いてすべてが繋がった。

 

――大丈夫?

 

――ほら、一緒に行こうぜ

 

――俺、マサラタウンのサトシ!

 

「ごめんママ先に行ってて!」

 

「ちょっとセレナどうしたの!」

 

セレナは少年に向かって走り出した。ここで彼に会わなければこれから先会うことがなくなる。そんな焦燥感に駆られて、ここで彼を逃がしたくない。そんな強い感情が脚を動かしていた。

距離が詰まる。残り数メートル。あと少し、あと少し。セレナは手を伸ばす。

幼いころのたった一度だけの出会い、だけどずっと心の中で輝き続けていた。

その輝きが目の前にいる。だから手を伸ばすんだ。

自分の手が彼の腕を掴む。届いた。

 

 

 

「あなた、マサラタウンのサトシ、君……だよね?」

 

目の前の少年、数年前の記憶にある姿に比べると当たり前であるが成長している。しかし、その顔立ちは記憶の中の彼そのもの。幼かさが抜け少年へと成長し精悍さもわずかに得たその姿にセレナの胸の奥が高鳴る。

 

「そう、だけど……君は? 俺のこと知ってるの?」

 

「っ!」

 

その言葉に高鳴っていた胸が僅かに痛む。ある程度の覚悟はしていた。「自分のことを覚えていないのかもしれない」ということを、だがいざそう言われるとショックはある。

 

「サトシ、その子は?」

 

「知ってる子?」

 

ずっと会いたかった男の子にばかり気を取られていたセレナは、サトシと一緒にいて親しそうに話す2人の少女を見た。

 

(サトシの友達? 2人ともすごく可愛い)

 

サトシの近くにいる2人の少女、片方は白い帽子を被りストレートの綺麗なロングヘア、ノースリーブにミニスカートの動きやすい服装が彼女のスタイルの良さを際立たせている。

もう片方は髪をサイドテールにし、ノースリーブシャツにサスペンダー、デニムのショートパンツのコーディネート。スラリとしながら出るとこは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる理想的なスタイルだ。

セレナ自身スタイルには自信があるが、思わず彼女たちに見惚れてしまう。

 

(もしかして、どっちかがサトシの彼女、とか……?)

 

チクリ、と先ほどよりも強い胸の痛みを感じた気がした。記憶の中で輝いていた思い出の少年にもう恋人がいる。長いこと会わなかったのだから仕方のないことかもしれないが、もしそうだとしても確かめたかった。

意を決してセレナは話しかける。

 

「あ、あの私はアサメタウンのセレナ。いきなり話しかけてごめんなさい」

 

「私はマサラタウンのリカです。サトシとは旅の仲間なんだ」

 

「私はハナダシティのカスミ。同じくサトシの仲間よ。それであなたは? サトシの知り合い?」

 

「は、はい、一度だけだけど、会ったことがあるの。あのサトシ、私のこと、覚えてないかな?」

 

「えーっと……ごめん、思い出せない。どこで会ったんだ?」

 

「ほらこれよ、あなたがくれたハンカチ」

 

「ハンカチ……あっ!」

 

 

 

***

 

 

 

いきなり現れ俺の知り合いだと言うセレナと名乗る女の子。

異国の地で見知らぬ美少女に声をかけられ見つめられ、俺は平静を保つのがやっとだ。

セレナはウェーブのかかった綺麗なブラウンロングヘアの美少女、おしゃれな服装は彼女の抜群のスタイルを引き立てている。

僅かに緊張しながら、俺は見つめてくるセレナのその綺麗な顔を見つめ返す。

俺は頭の中にあるサトシの記憶を探る。目の前の女の子の顔、ハンカチ、それらが繋がりパズルが完成するかのような、一瞬の閃きのような感覚が頭に浮かび、何かが嚙み合う。

 

「そうだ、あの時の麦わら帽子の女の子!」

 

「うんうん、そうその子が私なの!」

 

「思い出した、ごめんな忘れてて」

 

「セレナ!」

 

振り返るとおしゃれな服装の女性が少し驚いた顔でこちらに走ってきた。

 

「あ、ママ」

 

「『あ、ママ』じゃないわよ。いきなり飛び出して、まったくどうしたの?」

 

どうやらセレナの母親らしい。たしかに顔立ちは似ているし彼女も美人だな。

 

「ママ、彼、サトシっていうんだけど――」

 

かくかくしかじかとセレナは母親に説明した。

 

「ふむふむ、それじゃあこの子がセレナがずっと言ってた男の子なのね」

 

「ちょ、ママ! そんなずっとは言ってないから!」

 

「えー、だってセレナったらサトシ君とのこといっつも話してたじゃない」

 

「ち、違うの! そんないっつもじゃないの!」

 

「私は用事があるからその間に4人で遊んで来なさい」

 

「すみません、せっかく家族のお出かけなのに邪魔してしまって」

 

「いいのよ、セレナもサトシ君たちと一緒にお買い物したいわよね」

 

「もうママったら!」

 

「私のことは気にしなくていいわ。行ってらっしゃい」

 

 

 

***

 

 

 

セレナに連れられてきた建物は大きなブティック、最初に洗練されたデザインの店のロゴが目に入る。続いてショーウィンドウにはマネキンがモデル立ちしながら美麗な洋服を着こなしていた。お店の扉に女性客が入り、しばらくして別の女性客が出て、入って入って出て入って、と激しかった。

 

「ここがミアレシティでも人気のブティックよ」

 

セレナは喜色満面といった様子だ。彼女がいかにこのお店に来るのが楽しみだったのかが伝わってくる。

お店の中に入るとリカとカスミは子供のようなキラキラした表情になる。

 

「うわぁ! すっごい綺麗!」

 

「カントーじゃ見たことないブランドばっかりだよ!」

 

たしかに綺麗だし、お店にいる店員さんもお客さんも綺麗な人たちばかり。どことなく上品さが際立つブティックだ。しかし、男の俺はイマイチ心惹かれない。服なんて適当に着られればいいと考えてしまうからな。これは俺がいい加減なだけか?

 

「ここにはよく来るのか?」

 

「うん、ミアレシティに来たら必ずお店に入るようにしてるわ」

 

「ねえねえ、試着してみましょうよ!」

 

「そうだね、まずはあれとあれとあれ!」

 

「サトシはそこで待ってなさいよ」

 

もはや俺のことなど眼中にない乙女たちを前に、俺は何も言えずにいました。

場違いな俺は大人しく座っているしかないのかな。ピカチュウたちと遊んでいよっかな。

 

 

 

***

 

 

 

目の前に広がる色とりどりの綺麗な洋服たち、カロスの有名なブランドによる洗練されたそれらはまるで宝石のように輝いていた。リカとカスミの目はそれらに負けないほど輝き、試着したい服を吟味していた。そこでセレナは切り出した。

 

「あの、2人に少し聞きたいんだけど」

 

「なに?」

 

「どうしたの?」

 

「2人はその……サトシの彼女だったりするの?」

 

「「ええっ!?」」

 

セレナの意を決した質問に対し、リカとカスミは体をのけ反らさんばかりに驚いていた。

その顔はほんのりと赤く染まっていた。

 

「そ、そんな2人で彼女だなんて……」

 

「サトシはそんな、ふ、二股なんてしないよ」

 

「で、でもリカ、そういう形もアリなんじゃない?」

 

「そ、そうかな……た、確かに私、カスミも一緒なら、嫌じゃないかも……」

 

「ええ、私もよ。もしかしたらエリカとナツメもそうなるかもしれないけど、そこはよく話し合って……」

 

さらに赤い顔になったカスミとリカは焦ったり、ニマニマとなったり顔の『かわりもの』が激しくなっている。不穏な発言と共にどこか夢見心地なようにも見える。

はじめて聞く女性の名前も気にはなったが、こちらに意識を戻してもらわないといけない。

 

「あの……」

 

「あ、ご、ごめん、えと、私たちはサトシの彼女じゃないよ……」

 

「今のところは、だけどね」

 

「そうなんだ」

 

その言葉で伝わる。

 

「けど2人はサトシのことが……」

 

「……うん、そうだね。私、サトシのことが好き」

 

「ええ、私もサトシが好き。多分これから先、これ以上好きになれる男の人はいないかも」

 

しばしの沈黙。

 

「だからって遠慮はいらないよセレナ」

 

「え?」

 

「ずっと好きだったんだよね。その気持ちは簡単になくならないよね。それってとっても素敵なことだと思うよ」

 

「ガンガン行きなさい。じゃないとあのポケモンバカには届かないわよ」

 

「リカ、カスミ……」

 

「さあ、その第一歩としてサトシに色んな姿を見せつけるわよ」

 

「メロメロ大作戦だね」

 

「うん、頑張りましょう!」

 

同じ男を想う3人、しかし、そこに敵意や悪意は微塵もなく、暖かくて優しい絆のようなものが生まれていた。

 

 

 

***

 

 

 

サトシにとって、この待ち時間は凄まじい苦行だった。レディースのコーナーにいる場違いな男は、周りの女性客の好奇の視線にさらされる。せめて女子が1人でも近くにいれば、しかし3人とも試着中、これもポケモントレーナーの試練と思ってサトシは耐え忍ぶ。

 

「サトシー! いるー?」

 

「いるよー」

 

「そのまま待ってなさいよ」

 

「へーい」

 

あとどのくらい待たされるのだろうか。

さらに数分後。

 

「準備できたよ!」

 

「私も!」

 

リカとセレナの声だ。

 

「よっし、私も完了!」

 

カスミも準備できたようで、ようやく解放されるという安堵と彼女たちがどんな服装で来るのかという楽しみがあった。

 

「『せーの』でいくわよ!」

 

「「「せーのっ!!!」」」

 

現れたのは先ほどとは違う服を身に着けた3人の美少女。

 

リカの身を包むのは襟に赤いリボンを巻いた白のブラウスにミニのラッフルスカート、そこから白い美脚が伸びる。

 

カスミは襟の広いゆったりとしたチュニックにタイトなパンツを合わせている。見える鎖骨がセクシーさを醸し出し、タイトなパンツが綺麗な脚の形を魅せている。これが所謂キレイ系というものなのか。

 

肩を出したセーターにデニムのミニスカート、頭にオシャレなハットを被っている。丸見えな肩が色っぽく、ミニスカートの下、肉付きの良い白い脚が眩しい。セレナのスタイルの良さが全面に出ているようだ。

 

「「「どうかな?」」」

 

「ああ、みんな似合っててすっげえ可愛いし綺麗だ。リカのは可憐さが良く強調されているな。カスミは普段よりも大人びて見えるし、セレナは綺麗でかっこいいぜ」

 

「ふふーん、まあ当然ね」

 

「良かった~『変』とか言われたらどうしよって思ってたから」

 

「ありがとうサトシ」

 

3人とも顔はほんのり赤い。カスミは誇らしそうに胸を張り、リカは安堵と喜びの笑みを浮かべ、セレナは心から嬉しそうにサトシに熱い視線を送っていた。

 

「それじゃあ第2弾、いくわよ」

 

「「はーい」」

 

シャッと試着室のカーテンが再度しまる。

ここまで来ると慣れたもので最初の時よりは辛さは無く、むしろ彼女たちがどんな変身をするのか楽しみになっている。それほど先ほどの3人の姿はサトシの胸を高鳴らせた。

 

タンクトップの上にロングベスト、下はデニムのロングパンツを履いてパンクロックなスタイル。普段の大人しいリカとは違う活発なギャップがある。

 

真白な膝丈のワンピース、そこに麦わら帽子を合わせている。涼し気で清楚な雰囲気は勝気なカスミとのギャップがある。

 

膝まであるロングタイプのモッズコートが目に入る、コートの下はブラウスにレギュラータイを巻いている。そこにデニムパンツを合わせ、髪をポニーテールに結ぶとボーイッシュなイメージのファッションとなった。先ほどとは打って変わって魅せたファッションに瞠目した。

 

「その……正直に素直に言うとめちゃくちゃドキッとした」

 

「3人ともさっきとは違ったギャップのある服だから、今もドキドキしてる」

 

見惚れるように頬を染めるサトシ。

カスミ、リカ、セレナは先ほど以上に花開くような嬉しそうな顔になる。

気持ちをうまく言葉にできない4人はしばらくその場で時間を過ごした。照れてるような幸せを感じているような暖かい雰囲気がしばらく続いた。

 

 

 

***

 

 

 

美少女3人のミニファッションショーを終えた俺たちは店を出て、セレナのお母さんと合流。近くのカフェでお茶そして、これからどう過ごそうかと話していた。

するとセレナがなにやら思いついた様子だ。

 

「ねえ、サトシってポケモンバトルが好きなんだよね」

 

「ああ、カントーではジム巡りもしてバッジも持ってるんだ」

 

「私ポケモンバトルってどんなのか見てみたい」

 

「バトル見たことないのか?」

 

「テレビとかネットとかでたまにくらいかな。間近では見たことないの。ねえいいでしょお母さんサトシたちがバトルしてるとこ見ても」

 

「いいわよ。私はまだ買い物があるから、その間に行ってらっしゃい。サトシ君、カスミちゃん、リカちゃん、娘のことお願いね」

 

「「「はい!」」」

 

 

 

 

「どこだートレーナーさーん、俺とポケモンバトルしてくれー」

 

ミアレシティから少し離れた原っぱで俺はポケモンバトルの相手を探していた、のだが……誰もいない、トレーナーがどこにもいない。なぜだ、なぜトレーナーとエンカウントしないんだ。

 

「この辺り、旅をするトレーナーはよく通るみたいだけど、リーグ開催がしばらく先だから少ないのかもね」

 

セレナさん説明ありがとう、時期外れだとこうもトレーナーは見ないものなのか。

 

「ぐぬぬ、こうなったら野生のポケモンとバトルをするしか……」

 

そう思い原っぱのあちこちを見まわしていると、

 

『ヤコッ』

 

赤い小さな鳥ポケモンが俺に向かって飛んできた。

 

「あ、見たことないポケモン!」

 

ポケモン図鑑で調べると『ヤヤコマ』というポケモンだとわかった。

 

「へー可愛いわね」

 

カスミの言う通り、確かに愛嬌のある顔、だが臨戦態勢とばかりにその表情は真剣なものだった。

 

「よっしゃ、カロスでの初バトル行くぜ! ピカチュウ、君に決めた!」

 

『ピカチュウ!』

 

モンスターボールを投げると相棒のピカチュウが飛び出す。

ヤヤコマはピカチュウを鋭く見据え、高速で突撃してきた。

 

「『でんこうせっか』が来るぞ、かわせ!」

 

ピカチュウは持ち前の素早さで身を翻し回避する。

ヤヤコマは攻撃が外れると瞬時に方向転換し、ピカチュウに向けてさらに突撃した。

その身は炎に包まれていた。

 

「次は『ニトロチャージ』か、炎技が使えたのか!」

 

思わぬ一撃をピカチュウは受けてしまう。

 

「大丈夫かピカチュウ!」

 

『ピカ!』

 

ダメージを受けたがピカチュウは瞬時に建て直した。さすがだぜ相棒!

 

「よし、ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

ピカチュウは四足になり高速突進し、助走をつけてジャンプしヤヤコマに一撃を与えた。

 

「すごい、あのヤヤコマよりも速い」

 

「そりゃそうよ、サトシのピカチュウのスピードは一級品なんだから」

 

「サトシとピカチュウはずっと一緒にバトルして強くなっていったんだよ」

 

ヤヤコマは吹き飛ばされるがなんとか飛び、再び炎と共に突進する『ニトロチャージ』を仕掛けた。

 

「『アイアンテール』!」

 

硬化したギザギザの尻尾が迫る炎の塊へとぶつかる。ピカチュウはインパクトの瞬間に思いっきり振り抜きヤヤコマを打ち返した。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピイカチュウウウウウウ!』

 

ヤヤコマはそのまま森の奥へと逃げてしまった。

 

さてそろそろ……

俺は確認のために茂みの一つに向かって歩き出す。

 

「サトシ、どうしたの?」

 

セレナに返事をせず、俺は茂みの向こうを見る。

思った通り、ポケモンがいた。

 

「さっきから俺たちの後をつけてるのはお前か?」

 

 

 

***

 

 

 

彼――ケロマツは茂みの奥から少年少女たちの動向伺っていた。

彼はこの世に生れ落ちてより数年、自身を拾ってくれたプラターヌ博士の頼みにより、新人ポケモントレーナーの最初のポケモンとなるはずだった。しかし、彼にとって今まで出会った少年少女たちは、求めるトレーナーではなかった。

 

今まで多くの新人トレーナーと出会った、しかしどの者たちも自身とは合わない。そう感じて身勝手であることはわかっているが、彼らの元を離れることを選んだ。合わないトレーナーとポケモンではこの先上手くいくはずがない。その度にトレーナーはプラターヌ博士の元へ戻り違うポケモンをパートナーとすること願い出る。

ケロマツの身勝手にプラターヌ博士は怒ることはなかった。

 

『いつか君が認められるトレーナーが現れるはずだ。それまでゆっくり待つといい』

 

ケロマツいつもそのことを申し訳ないと思っていた。彼はその言葉に甘えることにした。

しかし、待てど暮らせど「この者だ」と思えるトレーナーは現れない。

 

そんな時に、気になるポケモントレーナーを見つけた。カロスの人間ではなく、他の地方から来たポケモントレーナーのようだ。

少年の顔はとても輝いていた。これから起こること出会うものすべてに思いをはせているような、まっすぐな瞳。

 

――ここまでの輝きは初めて見るでござる

 

しばらくこの少年を見守ることにした。

 

少年は3人の少女たちとともに人間の町で娯楽を楽しんで過ごしていた。

しばらくして、ミアレシティの外、すなわちポケモンたちの生息する領域に出たのだ。

バトルをする、確信を得たケロマツは彼らの後を追うことにした。

 

少年は野生のヤヤコマと対峙していた。少年のモンスターボールから出てきたのは黄色い電気ネズミのピカチュウ。

 

――見事だ

 

少年の的確な指示、それに対応するピカチュウの洗練された動き、ピカチュウの技の冴え、どれも今まで見てきたトレーナーとは一線を画していた。

ケロマツはその見事な戦いに見惚れていた。

 

――む? どうしたのだ、少年がこちらに近づいて――

 

「さっきから俺たちの後をつけてるのはお前か?」

 

 

 

***

 

 

 

水色のカエルのような姿をしたポケモンは俺に見つかったことに驚いているのか、焦ったまま固まってしまった。

 

「初めて見るポケモンだな、こいつもカロスのポケモンか?」

 

図鑑を開き、カロス地方のページを見ると……

 

「へーケロマツっていうのか」

 

「水タイプ! へー可愛いじゃない」

 

「ねえサトシ、つけてたってどういうこと?」

 

カスミがカロス発の水ポケモンに興奮し、リカが質問してきた。

 

「さっきから誰かに見られてる気がしてたんだ。さっきというよりはミアレシティにいた時からなんだけどさ」

 

「ええ! 全然気づかなかった」

 

「まあ悪いことしようとしてるわけじゃなさそうだからほっといたんだけど」

 

大方、賑やかな人間の集団が気になったのだろう。

 

『ケ、ケロ!』

 

するとケロマツは身を翻して森の奥へぴょんぴょん跳んで行ってしまった。

 

「あ、逃げちゃった」

 

「えー水ポケモンならゲットしたかったのに~」

 

リカが呟き、カスミは残念な気持ちを隠さずにケロマツの逃げた方向を見つめている。

確かにあのケロマツの動きはなかなか良かった。俺としても仲間にしたいな。

 

悲鳴が聞こえたのはその時だ。

 

「っ!?」

 

「なに!?」

 

「今のってポケモンの悲鳴?」

 

「向こうから聞こえたわ!」

 

 

 

***

 

 

 

その場にいた全員で悲鳴のした方向へと走って行く。

木々をかき分けて走ると、その光景は見えた。

 

「がはははは! 大量だぜ!」

 

『ペロペロ~!!』

 

そこにはいかにも悪人面の大男と子分らしき数人の男たちが下卑た笑いを浮かべていた。

彼らの近くに檻に入れられ怯えているピンクのポケモンたちがいた。

 

「おいこら悪党、そこまでだ!」

 

「あのポケモンたち、たしかフェアリータイプのペロッパフ!」

 

「そのペロッパフたちをどうする気!?」

 

リカの問いかけに悪党のボスと思しき男は下卑た笑みを浮かべた。

 

「決まってるだろ。フェアリータイプは珍しいからな。生息が少ない他の地方で売っ払うのさ」

 

「お前らポケモンハンターか!」

 

「サトシ、ポケモンハンターって?」

 

セレナがサトシに問いかける。

 

「ポケモンを酷い方法で捕まえて人に売ろうとする悪人のことだ」

 

セレナにこんな汚い連中のことを知られるのは心苦しい、だけど、ポケモンたちの危機だ。

 

「ポケモンを売り買いなんて許せないわ!」

 

「ああ? どう許さねえんだよ。邪魔するなら容赦しねえぞ。野郎共やっちまえ!」

 

ポケモンハンターのボスはシザリガー、マスキッパ、コータスを繰り出した。

ポケモンハンターの下っ端たちはザングース、コジョフー、デルビル、スカンプーを繰り出した。

 

ポケモンに悪事の片棒担がせる真似しやがって!

 

「俺がボスを倒す。リカ、カスミ、残りは頼む。行けフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ!」

 

「うん、気を付けて」

 

「任せて!」

 

「セレナ、お前は隠れるんだ」

 

「う、うん」

 

「ピカチュウ、セレナのこと守ってくれ」

 

『ピカ!』

 

セレナは近くの岩陰に隠れ、そこを守るようにピカチュウが四足で構えた。

 

「ガキが俺たちの邪魔したこと後悔させてやる!」

 

ハンターのポケモンたちが一斉に技を放つ。

 

「後悔するのはそっちだフシギダネ『はっぱカッター』、ヒトカゲ『かえんほうしゃ』、ゼニガメ『みずでっぽう』!」

 

「ピッピ『コメットパンチ』、バタフリー『エアスラッシュ』!」

 

「シャワーズ『ハイドロポンプ』、ヒトデマン『パワージェム』!」

 

サトシ、カスミ、リカのポケモンたちも迎え撃つように技を放つ。フシギダネの葉の刃がシザリガーを切り裂き、ヒトカゲの火炎がマスキッパを焼き、ゼニガメの水流がコータスを圧する。

ピッピの拳がザングースの顔面に直撃し、バタフリーの風がコジョフーに炸裂し、シャワーズの激流がデルビルを押し流し、ヒトデマンの輝石がスカンプーに降り注ぐ。

ポケモンの数は同じでも、地力はサトシたちの方が圧倒していた。

ハンターのボスの顔に焦りが生まれる。

 

「おい、隠れてる女を取っ捕まえろ、人質にするぞ!」

 

思いついた手段は非戦闘員と思われる、隠れた少女。子分たちは指示を聞いてポケモンたちを戦わせたまま自ら、セレナに向かって走って行った。

迫りくる悪人にセレナの顔に恐怖が浮かぶ。しかし、そこには彼女を守る小さなナイトがいた。

 

『ピィカチュウウウ!!』

 

「「あががががががっ!」」

 

ピカチュウはサトシの指示通りにセレナを守るため、不届き者たちに得意の『10まんボルト』をお見舞いする。電撃に子分たちはなすすべもなく黒焦げになる。

 

「俺のピカチュウを甘く見るなよ!」

 

「すごいわピカチュウ!」

 

『ピッカチュウ!』

 

その時、電撃を喰らった子分たちのポケモンであるザングースとコジョフーが自らのトレーナーを守るようにピカチュウに立ち塞がる。トレーナーを想うその行動にサトシの胸は詰まる。しかし、これ以上悪事を働かせるわけにはいかない。終わるまで戦闘不能になってもらう。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピィカチュウウウ!』

 

ピカチュウから極大の電撃がザングースとコジョフーに向けて放出される。

 

「今だ!」

 

ニヤリとボスが笑った瞬間、突如現れたブーピッグが電撃をはじき返す。特殊攻撃を跳ね返す『ミラーコート』だ。

 

『ブピィ!』

 

『ピッカアアア!?』

 

強力な電撃を倍返しされたピカチュウは傷だらけになって倒れる。

 

「ピカチュウ!」

 

セレナが悲鳴にも近い声でピカチュウに駆け寄るとボロボロになりながらもピカチュウは立ち上がる。

 

「やれブーピッグ『サイコキネシス』!」

 

「ピカチュウ『ひかりのかべ』!」

 

念動波に対し、ピカチュウは尻尾を光らせて特殊攻撃を半減させる壁を生み出す。これで『サイコキネシス』も威力が下がる。そう思っていた。

 

『コジョ!』

 

「なっ『かわらわり』か!」

 

コジョフーの手刀が『ひかりのかべ」砕く、

襲い掛かるザングースとコジョフー、このまま攻撃せずにいたら後ろのセレナも危険にさらされる。

『ミラーコート』のダメージが大きく、このまま2体を接近戦で相手をすることはできない。

ピカチュウは『10まんボルト』発射した。

直撃の寸前でブーピッグはザングースとコジョフーの前に現れ『ミラーコート』を発動させる。

 

反射され倍増する攻撃がピカチュウに襲い掛かる。誰もがそう思ったその時、

 

『ケロ!』

 

ピカチュウを庇うように飛び出た水色のポケモンがいた。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

「あれはケロマツ!?」

 

倍返しされた電撃をもろにうけたケロマツは地面に着地するとボロボロになりながら立ち上がる。

 

『ケ、ケロォ……』

 

『ピカ? ピッカチュウ!』

 

ピカチュウが心配して駆け寄ろうとすると、ケロマツは飛び上がり、首に巻いている泡――ケロムース――をブーピッグ、ザングース、コジョフー目掛けて投げつける。

 

ケロムースは3体の目に当たり、その視界を塞ぐ。

 

「な、なにやってんだ! 早く倒しちまえ!」

 

『ケロケロケロケロケロォ!』

 

ケロマツはケロムースを間断なくブーピッグ、ザングース、コジョフーへと投げつけると3体は全身がケロムースだらけとなってしまい雪だるまのような姿になった。

すっるとケロマツは標的を残りのハンターのポケモンたちへと切り替え、ケロムースを次々と正確無比な命中精度で投げつけていった。

 

突如現れたケロマツ、相手の動きを鈍らせるための行動に、サトシたちは一瞬で行動した。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』! フシギダネ『はっぱカッター』! ヒトカゲ『かえんほうしゃ』! ゼニガメ『みずでっぽう』!」

 

「シャワーズ『ハイドロポンプ』!」

 

「フシギソウ『リーフストーム』!」

 

サトシたちはポケモンたちに渾身の一撃を指示する。それらはハンターのポケモンたちにクリーンヒット。一瞬にしてハンターのポケモンたちは全滅した。

その時、遠くからサイレンが聞こえた。こちらにパトカーが向かっていた。

 

「ポケモンハンター! ポケモン保護法違反の容疑で逮捕します!」

 

パトカーからジュンサーさんを始めとした警察官が現れる。

どうしてここがわかったんだ?

 

「さっき連絡したの、間に合って良かった」

 

「セレナだったのか。ありがとう」

 

「私も何か役に立ちたかったから」

 

「ち、ちくしょう、おめえら商品だけでも持って逃げるぞ!」

 

悔し気な顔になったハンターのボスは部下たちに指示すると、戦闘不能になったポケモンたちを置き去りにして逃げ出した。

 

「待て!」

 

サトシ、リカ、カスミ、セレナはペロッパフたちを取り戻すためにジュンサーさんたちと一緒にハンターたちを追った。絶対に逃がすわけにはいかない。

その時、ハンターの下っ端が転んで檻を落としてしまい、その拍子で檻の扉が開きペロッパフたちが勢いよく飛び出してしまった。飛び出した先には崖があった。落ちてしまえばペロッパフたちも怪我は免れない。

 

「危ない!」

 

セレナが悲鳴を上げると、飛び出す影。

 

「うおおおおおおお! 間に合ええええ!!」

 

サトシは落ちそうなペロッパフたち10体を空中で素早く抱きかかえた。しかし、そこは崖、サトシとペロッパフたちが落ちるのは誰が見ても明らかだった。

 

「「「サトシっ!!?」」」

 

少女たちの悲鳴をよそに、サトシはペロッパフたちを抱きしめて落下していた。

 

(やばい、落ちる。せめて俺の体をクッションに……!)

 

すると蔓がサトシの体に巻きつく。フシギダネの蔓だ。さらにサトシの腰から光が飛び出す。モンスターボールから出てきたサトシのポケモンたちだ。すでに外に出ていたフシギダネが蔓でサトシを支えると、同様に出ていたヒトカゲとゼニガメ、飛び出したニドリーノが蔓を引っ張り上げる。スピアーが飛行しながらサトシの体を支えていた。

 

「さ、さんきゅーみんな……」

 

ポケモンたちに引き上げられたサトシは無傷のペロッパフたちを見て安堵の笑みを浮かべる。

 

「「サトシっ!」」

 

駆け寄ったカスミとリカがサトシをもう離さないという気持ちを表すように強く抱きしめた。その眼には涙が浮かんでいる。

 

「よかった……無事で、よかったよぉ……!」

 

「また無茶して、ホントに相変わらず、なんだからぁ……」

 

それをセレナは安堵を浮かべて見ていた。

 

「サトシ……」

 

しばらくそうしていると、リカとカスミは抱擁を解いた。

 

 

「あなたたち、怪我はありませんか?」

 

ジュンサーさんが俺たちを心配そうに見ていた。

 

「はい、ご心配をおかけしました。

 

「ハンターたちは必ず我々が逮捕します。ご協力にはホントに感謝します」

 

「「「「はい」」」」

 

見るとペロッパフたちは警察の方々に保護されていた。無事に野生に帰されるみたいで良かった。

ペロッパフたちの無事を確認したあと目に入ったのは、ハンターのポケモンたちだ。みな座り込んで落ち込んでいるように見える。主人に見捨てられたことがショックなのだろうか。元々悪人のポケモンであるが、今は敵意を覚えなかった。

 

「ジュンサーさん、ハンターのポケモンたちはどうなるんです?」

 

「一度ここカロスのポケモン協会に送られて、新しいトレーナーのポケモンになるか、野生に帰されることになるわ」

 

あのポケモンたちが自分から協力して野生のポケモンたちを違法に捕獲していたのか、本当はやりたくなかったけど命令で仕方なくやらされていたのか、それとも何も知らずに従っていたのかはわからない。

ただ、彼らが今後二度と悪いことにかかわらないでほしいという願いはある。

 

ハンターのポケモンたちから目をそらした俺は今回の一番の功労者に視線を向けた。

 

「ケロマツ、ありがとう。全部お前のおかげだ」

 

『ケロ……』

 

サトシに言われたケロマツは薄く笑うと、そのまま倒れた。

 

「ケロマツ大丈夫か!?」

 

サトシは思わずケロマツを抱き上げる。

 

「ジュンサーさん、ケロマツが……ポケモンセンターまで連れていってください!」

 

「わかりました。車でお送りします。乗ってください」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

***

 

 

 

俺、リカ、カスミ、セレナはパトカーに乗せられミアレティに向かった。

ふと思いついたことがある。

 

「ここからだとポケモンセンターよりもプラターヌ研究所の方が近い、行ってもらえますか?」

 

「わかりました」

 

ジュンサーさんのパトカーに乗せられた俺たちはプラターヌ研究所に到着した。

飛び出すような勢いでパトカーから降りた俺は研究所に入る。

 

「すいませんプラターヌ博士! いらっしゃいますか!?」

 

「やあサトシ君どうしたんだい?」

 

プラターヌ博士は急いでいる俺をみて驚いた表情になる。

 

「あの、野生のケロマツが、俺さっきこいつに助けられて、だから助けたいんですお願いします」

 

「サトシ君落ち着いて、ますはそのケロマツの容態を……なっ、そのケロマツは!」

 

俺が抱いているケロマツを見てプラターヌ博士は眼を見開いていた。

 

「え、プラターヌ博士ご存知なんですか?」

 

「あ、ああ、とにかく治療しよう」

 

研究所内のポケモン治療器具の中でケロマツは静かに眠っている。このまま安静にしていれば後遺症もなく回復するそうだ。

俺たち4人は客間に案内され、ソファに座っている。テーブルを挟んで向かいのソファにプラターヌ博士が座っている。

 

「博士、あのケロマツは?」

 

「うん、そうだね。順を追って説明しよう。僕はこのカロス地方で新人トレーナーにポケモンを渡す役割を担っているんだ。そしてケロマツは新人トレーナーに渡すポケモンの1体なんだよ」

 

どの地方でも新人トレーナーに渡されるポケモンは草、炎、水タイプだと決まっているのは知っている。つまりケロマツはカントーのゼニガメってことなのか。

けど、どうして新人トレーナーのためのケロマツがあそこにいたんだ?

 

「実は今日、あのケロマツを渡したトレーナーから『ケロマツを返したい』と連絡があったんだ」

 

「あのケロマツは何度も新人トレーナーの元を離れているんだ。時にトレーナー自身が返しに来て、時にケロマツ自身がトレーナーを捨てて戻ってくる。どうやらあのケロマツは自分が認めたトレーナーじゃないと従いたくないらしい」

 

「随分気難しいケロマツなんですね」

 

「けど、私たちのこと助けてくれたから、きっといい子なのよね」

 

「ええ、ケロマツがいてくれたからみんな無事だったんだわ」

 

リカとカスミとセレナは心配と安心が混ざったような目で、眠っているケロマツを見ている。

 

「ああ、あいつはすごいやつだよ」

 

博士に促され、治療用のカプセルで眠っているケロマツを見ると傷もなくすやすやと寝息を立てていた。

 

 

 

***

 

 

 

俺たちはジュンサーさんを見送るためにプラターヌ研究所から出た。ジュンサーさんはパトカーに乗って走り去って行った。

すると入れ替わるようにセレナのお母さんがこちらに向かって走って来た。

 

「セレナ?」

 

「ママ!?」

 

「あんたどうしたの? ジュンサーさんも一緒だったみたいだけど、なにかあったの?」

 

俺はさっきの出来事をセレナのお母さんに話した。

するとセレナのお母さんは血相を変えてセレナの肩を抱いた。

 

「大丈夫だったの!? ケガしてない!? ねえセレナ!」

 

「う、うんどこもケガしてないよ。サトシたちが守ってくれたから」

 

「あの、セレナを巻き込んでしまってすいません。元々俺が首を突っ込んだからこうなったんです。本当にごめんなさい」

 

「いいのよ。あなたがセレナの言った通り、まっすぐな男の子だってことがわかったわ。娘を守ってくれてありがとう」

 

にこり、と笑うセレナのお母さんに褒められて素直に嬉しかった。

再会できた女の子とこうして出会えて、まさかこんな危険な目にも遭うとは思わなかった。けどなんとか守り切ることができてよかった。

 

「サトシ」

 

ふと声をかけたセレナの方を見る。

 

「リカもカスミも、今日は助けてくれてありがとう。3人ともかっこよかったよ、もちろんポケモンたちも」

 

満面の笑顔を見せるセレナ、それにつられて俺も、リカもカスミも自然に笑った。

 

 

 

***

 

 

 

プラターヌ研究所に泊めてもらった俺たちは、研究所前でプラターヌ博士に最後の挨拶をしていた。

 

「それじゃあ俺たちはこれで失礼します」

 

「「「短い間でしたけどありがとうございました」」」

 

「ああ、ここで学んだことが君たちのこれからに役立つことを願うよ」

 

俺たちはお辞儀をし、振り返って歩きだそうとした時、

 

『ケロ!』

 

研究所の門扉の足元にケロマツがいた。

 

「お、ケロマツ元気になったんだな、良かった」

 

「もしかして見送りしてくれるの?」

 

『ケロ』

 

ケロマツは跳ねながら俺に近づくと傍らにあるモンスターボールを頭で押した。まるで俺に差し出すかのように。

 

「もしかしてサトシ君に着いていきたいのかな?」

 

『ケロ!』

 

リカの言葉にケロマツは頷く。

 

「でもケロマツは新人トレーナーに渡すためのポケモンなんじゃ」

 

カスミが尋ねるとプラターヌ博士はフッと笑う。

 

「一番大事なのはそのポケモンが誰と一緒にいたいのかということさ。サトシ君、僕からも頼むよ。ケロマツを連れていってくれ」

 

俺は膝立ちになりケロマツと視線を交わす。

 

「ケロマツ、俺でいいのか?」

 

『ケロ』

 

ケロマツの表情は固い決心をしたように揺らがないそれだけで十分な返答を得た。そう思った俺はモンスターボールを手に取りケロマツに向けた。

 

「さあ来いケロマツ!」

 

ケロマツは俺の手にあるモンスターボールに跳びつき、紅い光に包まれる。ケロマツはモンスターボールの中に収まり、開閉スイッチは僅かに光っただけで止まった。

 

「ケロマツゲットだぜ!」

 

新たな地方で出会った新たな仲間、俺は文字通り飛び上がるように嬉しい気持ちになった。

 

 

 

***

 

 

 

ケロマツは俺にとって7体目のポケモンであるため一旦オーキド研究所へ送った。

ミアレシティの空港のターミナルで俺たちはセレナに見送られていた。

 

「いろいろありがとうセレナ」

 

「こっちこそありがとう。ポケモントレーナーのこといろいろ知れたと思う」

 

これでお別れ、寂しいものだが俺たちはカントーでトレーナーとして修業しなければいけない。

するとセレナは意を決したような表情になる。

 

「あのねサトシ、私ね。バトルをするサトシ、すごくかっこよかった。でもそれ以上に……ポケモンのために一生懸命なサトシがとても素敵だなって思ったの、だから――」

 

セレナは言葉を区切る。

 

「サトシ、私がポケモントレーナーになったら……私と旅をしてほしいの。私、サトシといろんなところに旅をしていろんな経験したい」

 

「ああ、その時が来たらよろしくな」

 

「うん、よろしくね。カスミとリカもどうかな?」

 

「もちろんだよ」

 

「一緒に旅ができるのを楽しみにしてるわ」

 

それぞれが握手を交わす。

 

「カスミ、リカ、貴女たちがこれからサトシと一緒にいても、私は負けないからね」

 

「望むところよ」

 

「受けて立つわ」

 

女子同士の会話に男子は入れない、強い決心をした3人を俺は見守る。

 

「サトシ君、リカちゃん、カスミちゃん、元気でね。またカロスに来たら会いたいわ」

 

「はい、その時はよろしくお願いします」

 

セレナのお母さんからも挨拶を頂き、飛行機の時間が近づいてきた。

 

「それじゃあありがとうございました。またいつか」

 

「うん、待ってるから!」

 

 

 

***

 

「さーて、カントーへ帰るぞっと」

 

「2回目でもう慣れちゃったかもだね」

 

「ここに来れて良かったわ。オーキド博士には感謝ね」

 

俺たちは並んで座っている。

ふと、飛行機内のテレビを見ると『ポケモンハンター逮捕』と出ていた。画面には昨日のハンターたちがパトカーに乗せられていた。

このハンターたちだけじゃない、ポケモンに酷いことをする悪人はたくさんいる。けれど、少しでも悪事を止められることがポケモンたちのためになる。

俺は少し安心した。そのまま椅子に体を沈める。

 

「サトシ、ケロマツゲットできて良かったね」

 

「他の地方の水タイプなんて羨ましいわ」

 

「あげないよ」

 

「わかってるわよ」

 

そんないつも通りの会話をする俺たち。

飛行機が離陸する。短い間だけでも過ごしたミアレシティが小さくなっていく。

別れを惜しみながらも、次の冒険に思いを馳せる。

 




今後もサトシが他の地方に一時的に訪れる展開を行います。
この展開の目的は、これからゲットする仲間たちを早いうちにゲットして強くすることです。
ただし、本当の活躍はその地方を本格的に冒険するようになってからになると思います。
それから、ヒロインとなるキャラを自分でも早く出すことです。早く彼女たちとのやり取りを書きたかったです。
賛否あるとは思いますが、これからも見守っていただけると嬉しいです。

読んでいただきありがとうございました。


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ホウエン地方 熱いバトルと森の守り手

やっと投稿できました。


「着いたぜホウエン地方」

 

船でホウエン地方に到着した俺たち、降りた町はトウカシティ。

 

「カントーに比べると暖かいね」

 

「ポカポカしてるわね」

 

日の光を浴びてリカとカスミは心地良さそうだ。

トウカシティは住宅街に商店街とよく見る町といった印象だ。

お察しの通り、今回の一日体験の地はホウエン地方。カントーより南に位置する地方で、海が近いことでも有名、また天候の変化も激しく、大雨の時季が多かったり、日照りが長かったり、果ては火山灰が降り注ぐ地域や砂漠の地域も存在する。

しかし、訪れたトウカシティはそこまで大きな気候の変化の見られないポカポカ陽気だ。

まず俺たちはオダマキ博士の研究所に連絡を取るためにポケモンセンターへと向かった。

 

 

 

***

 

 

 

「え、オダマキ博士はいらっしゃらないんですか?」

 

ポケモンセンターに入り、オダマキ研究所に連絡を入れると研究員のお姉さんが応対してくれた。

まさかのアクシデンツ。

 

『ええ、オダマキ博士はフィールドワークに出かけていて研究所にはいないんです』

 

「そうでしたか」

 

『本当にごめんなさい。あの人、ふとした時にフィールドワークに出かける癖があるの。今日はあなたたちが来るのに『すぐ戻る』て言っていたけど、いつになることか』

 

申し訳なさそうにするお姉さん。

 

「押しかけたのはこちらなんですから気になさらないでください」

 

『ごめんなさいね。博士が戻ったら必ず連絡するから』

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

プツリとパソコンの画面が真っ暗になる。

 

「さてどうしようか」

 

俺は振り返り、リカとカスミを見る。するとリカが電子端末を片手に口を開いた。

 

「ねえトウカシティにはポケモンジムがあるんだって」

 

リカの弾んだ声に俺の気分も弾む。

そうだったのか、せっかく他の地方に来たんだからポケモンジムにも挑戦してみるのもいいな。カロスではジムに行かなかったしな。

 

「じゃあ挑戦しに行くか」

 

「待って」

 

レッツゴーとなる前にカスミに呼び止められる。

 

「どうした?」

 

「地方ごとに登録しないとジム戦は受けられないよ」

 

「「え、そうなの?」」

 

俺とリカの声がハモる。

 

「まったく、サトシはともかくリカまで知らないなんて。ポケモンジムに挑戦するにはポケモンセンターで地方ごとの登録が必要なの。けど、違うリーグに挑戦中では他の地方のリーグ登録はできないわ。だから、カントーリーグに登録してる今のサトシとリカは登録ができないってこと」

 

「そうだったんだ」

 

それは残念。

 

「まあでも、見学くらいはさせてもらえるかもしれないから行くだけ行くのもいいかもしれないわ」

 

「そうだな、さんきゅカスミ」

 

ジム資格者の知識を頂いて嬉しいよ。

 

「べ、別にこれくらいたいしたことないわよ……」

 

ほんのり頬を染めてプイと顔を逸らすカスミ。そんな反応されるとこっちまで照れてしまうのだが。

 

「よっしそれじゃあトウカジムに行くか」

 

照れた気分を誤魔化す意味も含めて大きな声を出し、2人と一緒にポケモンセンターを出た。

 

カスミに言われた通り、ジム戦はできないまでも。行って話をだけでもしたいと思い案内にしたがってトウカジムめざして歩きだし――

 

「わあああああ! ど、どいてえええええ!」

 

坂から悲鳴に近い叫び声がし振り返ると、自転車に乗った、俺たちと同年代と思われる女の子が猛スピードで坂道を下っていた。

 

このままじゃあの女の子はどこかに激突するかもしれない。そうなる前に俺が止める。

 

タイミングを見計らった俺は自転車に乗る女の子に飛び乗り、一緒になって自転車から飛び降りた。勢いのまま俺と女の子は地面を転がる、しばらくすると転がる俺たちの体は動きを止めた。

その時、俺の顔にとてつもない圧迫感に襲われる。

それは質量の暴力。俺の顔を強く押し付け、呼吸に必要な口や鼻を塞ぐ。しかし同時に感じるのは母に抱かれるような安心感。その天使と悪魔が同居するような感覚に俺の意識は昇天し――

 

「だ、大丈夫!?」

 

女の子が起き上がると同時に圧迫感は無くなる。

こちらを見下ろす女の子はとても綺麗な顔立ちをしていた。リカとカスミに劣らない美少女だ。服装はTシャツにショートパンツとアクティブなスタイル。

一瞬目線が下に吸い寄せられる。そこにはとても豊満な胸がシャツを押し上げ膨らみを強調していた。目測でカスミとリカ、果てはエリカとナツメよりも巨大な果実。

どうりであれほどの圧迫感を生み出していたのかと感心さえしていまう。

 

「あ、はい大丈夫。君こそ大丈夫か?」

 

瞬時に煩悩を振り払った俺は心配する少女に対し尋ね返す。

 

「私は大丈夫、本当にありがとう。君のおかげで助かったかも」

 

「「サトシ!」」

 

駆け寄るリカとカスミ。

 

「大丈夫?」

 

「あの、貴女も大丈夫ですか?」

 

「俺は無事だよ」

 

「私も、彼のおかげでなんともないです」

 

俺と少女が安全であることに2人は安堵していた。

 

「ごめんなさい。スピード出しすぎたら止まらなくなっちゃって」

 

「それ本当に危ないから気を付けた方がいいぜ」

 

自転車はそれ自体が危険な車両になり、人に取り返しのつかない大けがを負わせる危険性もあるからな。

 

「うん、本当にごめんなさい。私ハルカ、ここトウカシティに住んでるの」

 

「俺はマサラタウンのサトシ」

 

「同じくマサラタウンのリカ」

 

「ハナダシティのカスミよ」

 

「マサラタウンにハナダシティてことは、3人はカントーから来たの?」

 

「ああ、最近ポケモントレーナーとして旅を始めたんだ」

 

「もうトレーナーの旅してるなんて3人ともすごいかも!」

 

目を輝かせて身を乗り出すハルカ。その動きで胸の果実が激しく揺れた。眼福眼福。

 

「ポケモントレーナーならポケモンジムに挑戦するんでしょ? 私のパパはジムリーダーなの。バトルして行ってよ!」

 

ハルカの言葉に俺たちは驚く。まさかトウカジムの関係者に出会うとは、幸先がいいかもしれない。

しかし、

 

「ホウエン地方で登録してないから、ここのジムは受けられないんだ」

 

「えーそうなのー? 残念かも」

 

「けど、せっかくだから、ホウエン地方のジムリーダーに会ってみたいな」

 

「ほんと!? じゃあ行きましょついてきて!」

 

「登録してないのにいいの?」

 

リカが聞くとハルカはニッコリと頷く。

 

「パパは気前いいからバトルしてくれるわ!」

 

娘がそう言うなら本当に練習試合くらいならしてくれるかもしれない。

自転車を押して先行するハルカに俺たちも続こう。

 

「よし、行こうぜ」

 

「うんそうだね、けどその前に」

 

「ん?」

 

振り返るとリカとカスミがニコニコとした顔で俺を見ていた。

 

「あの娘に抱きしめられて随分嬉しそうだったわね?」

 

その笑顔の裏にある怒りの滲ませながら。

なので俺は――

 

「さらば!」

 

逃走を図った。

 

「「こら待てえ!」」

 

あっさり捕まった俺は2人に弁解しながらジムを目指すことになった。

 

 

 

***

 

 

 

「ここが私のパパがジムリーダーをしているトウカジムよ!」

 

武道の道場といった出で立ちだ。

ハルカに案内された俺たちはジムに隣接する家の玄関へと案内された。

 

「ただいまー」

 

「「「お邪魔します」」」

 

しかし、返事は返ってこない。

 

「あれパパー?」

 

父親の返事がないことに首を傾げるハルカ。次の瞬間、合点がいったという顔になった。

 

「あそっか、今日ジム戦があるって言ってた」

 

「ってことはバトルフィールドか?」

 

「うんそうね、こっちこっち」

 

ハルカに促され、先ほどの道場のような外観のポケモンジムへと向かった。

建物に近づき耳を澄ますと、打撃音や衝突音が響いていることに気が付いた。

ハルカが扉を開けると、2人のトレーナーが相対している。

片方はチャレンジャーと思しき少年、もう片方は精悍な顔つきの男性。彼がこのトウカジムのジムリーダーセンリ。

2人のトレーナーを挟んで2体のポケモンが激突していた。1体は少年のポケモン、力士のような姿のマクノシタ。もう1体は白い体に鋭い爪をもつヤルキモノ。

どっしり構えたマクノシタに対し、ヤルキモノは素早い動きで翻弄していた。

 

「ヤルキモノ『きりさく』!」

 

鋭い爪の連続攻撃にマクノシタは倒れ伏した。

 

「マクノシタ戦闘不能、ヤルキモノの勝ち。勝者ジムリーダーセンリ」

 

審判の宣言で勝敗が決した。

 

「良いバトルだった。また鍛えて出直してくるといい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

ジムリーダーはチャレンジャーを労い、少年は感謝を述べそのままジムを後にした。

 

「パパー」

 

「ん? ハルカかお帰り。そちらの人たちは?」

 

ハルカの声に反応したセンリさんがこちらを見る。

その顔は、真剣で鋭いジムリーダーの顔ではなく、優しく穏やかな父親の顔だ。

 

「えっと、男の子がサトシ、女の子2人はリカとカスミ。みんなカントー地方から今日ここに来たんだって」

 

「ほう、それは遠路はるばるホウエン地方へようこそ。私はこのトウカシティジムリーダーのセンリだ。ハルカの父親でもある」

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

カッチリしたセンリさんの挨拶に俺たちは姿勢を正して挨拶をする。

 

「ちなみにママと弟がいるんだけど、今はカイナシティでお買い物中なの」

 

カイナシティはホウエン地方で1番の港町だと案内に書いてあったな。行ってみたいが今日は諦めよう。

 

「ここに来たということはジム戦をご希望かな?」

 

「いえ、俺たち1日だけこのホウエン地方に来て、登録はしてないんです」

 

「1日だけというのは?」

 

センリさんの疑問に、俺はオーキド博士の提案で短期間だけ別の地方を訪れていることを説明した。

 

「そうだったのか。それにしてもオダマキの奴は相変わらずだな」

 

呆れた顔で溜息をつくセンリさん。どうやらセンリさんはオダマキ博士とは親しいようだ。

 

「はるばる来てもらったのに、なにもおもてなししないわけにはいかないな。せっかくだからバトルをしていきなさい。公式のジム戦ではなく練習試合のようなものだ」

 

「はい、お願いします」

 

センリさんからバトルの許可をもらった。ホウエン地方のジムリーダーと、せっかくだからバトルしたい。

 

「なあリカ、俺にバトルさせてもらえないかな?」

 

「うん、いいよ」

 

リカはすぐに譲ってくれた。

 

「さんきゅ」

 

「その代わりしっかり良いバトルしてね」

 

「ああもちろんだ」

 

「練習試合だからって気を抜かないで」

 

カスミからもアドバイスをもらう。

 

「ああ、カントーのトレーナーとして恥ずかしくないバトルをするよ」

 

「使用ポケモンは1体ずつ、相手を戦闘不能にした方の勝ち、でいいね?」

 

先ほどいた審判のお兄さんはおらず、センリさんが審判も兼ねてくれる。

 

「はい」

 

「よし、行けヤルキモノ!」

 

『ヤアル!』

 

現れたのはさきほど出ていたヤルキモノ。闘争心溢れるその姿は先ほど観戦していた時とは比べ物にならないほどの迫力だった。だが、ビビってはいられない。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

『ピッカチュウ!』

 

現れた相棒。頬を帯電させながら気合十分。

先手必勝、行くぜ!

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピィカ、チュウウウウウ!』

 

極大の電撃を発射、ヤルキモノに襲い掛かる。

 

「かわせ!」

 

センリさんの指示でヤルキモノは素早く回避、フィールドを縦横無尽に動く始めた。

 

『ヤルヤルヤルヤルッ!』

 

「速い!?」

 

「ヤルキモノ『きりさく』!」

 

『ヤァル!』

 

猛スピードのヤルキモノはその速度のままピカチュウに向かって鋭い爪を炸裂させる。

だがピカチュウもそのスピードにはついていける。

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

『チュウウ、ピッカ!』

 

鋼となったギザギザ尻尾がヤルキモノの爪を受け止める。そのまま2体は拮抗する。

 

「やるな、ならばヤルキモノ、連続で『きりさく』」

 

「だったらピカチュウ、連続で『アイアンテール』!」

 

ここで注意しなければいけないのはヤルキモノが両手を使って『きりさく』をしていることだ。

ピカチュウの尻尾は1本しかない、片手を受け止めている間にもう片方の爪が襲い掛かるかもしれない。だから受け止めるだけでなく回避を織り交ぜながらヤルキモノの攻撃を躱していかなければいけない。

爪が襲い掛かり、鋼の尾が受け止め、さらなる爪が襲い掛かり回避する。そんな動きを繰り返していく。

 

「どうした、守ってばかりでは勝てないぞ」

 

センリさんが余裕の笑みを浮かべながら告げる。

乗せられるな、これは俺を挑発することが狙いなんだ。焦って攻撃すれば必ずピカチュウの動きに隙ができる。そうなったら一巻の終わり。

ヤルキモノの右爪が襲い掛かる。ピカチュウは回避する。瞬時に左爪が襲い掛かる。ピカチュウは『アイアンテール』で受け止めながら威力を流していく。その動きによってピカチュウはヤルキモノの懐へと一歩近づいた。

――今だ

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピッカチュウウウウウウ!』

 

強力な電撃がヤルキモノに襲い掛かった。ダメージを受けたヤルキモノが一歩後退する。

 

「うむ、素晴らしい電撃だ。よく育てられている」

 

センリさんに焦りはない。ヤルキモノも難なく戦闘態勢に戻った。

――流石ジムリーダー

 

「ありがとうございます」

 

「こちらもまだまだ行くぞ、ヤルキモノ『きあいパンチ』!」

 

「ピカチュウ、かわして『10まんボルト』!」

 

ヤルキモノは拳をピカチュウへとぶつけようとする。ピカチュウは素早く回避し電撃を発射する。

 

「ならばヤルキモノ『かえんほうしゃ』!」

 

『ヤアルウウ!!』

 

ヤルキモノの口から火炎が発射される。ピカチュウの電撃と衝突して爆発を起こす。

 

「ヤルキモノが『かえんほうしゃ』!?」

 

「ノーマルタイプは多彩な技を覚えられる強みがある。けどギリギリまで悟らせずに意表を突くなんて流石ジムリーダー」

 

「私のパパすごいでしょ」

 

リカが思わぬ技に驚き、カスミがセンリさんの戦略に息をのみ、ハルカが父親のすごさに誇らしげだ。

 

「どうかなサトシ君」

 

感じる。センリさんとヤルキモノの強烈な闘志が、俺たちを圧倒しようとする意志が。だが――

 

「今の炎で俺たちの闘志もますます燃えてきましたよ。そうだろピカチュウ!」

 

『ピッカピカチュウ!』

 

「うむ、素晴らしい闘志だ。それでこそポケモントレーナー。私もジムリーダーとして全力で応えよう。ヤルキモノ『きりさく』!」

 

『ヤァル!』

 

「負けないぞピカチュウ『アイアンテール』!」

 

『チュウウウピッカァ!』

 

2体の強烈な一撃が炸裂。吹き飛んだピカチュウとヤルキモノは後退しながら相手を見据える。

 

「『かえんほうしゃ』!」

 

ヤルキモノから強烈な炎が発射される。先ほどよりも威力は大きい。これが2人の闘志の証。

これを待っていた。

 

「ピカチュウ『なみのり』!」

 

「なに!?」

 

『ピカピカ、ピッカア!』

 

ピカチュウの全身に水流が纏う。そのままヤルキモノの『かえんほうしゃ』に突進する。

纏った水は火炎を押しのけ、そのままヤルキモノに直撃した。

ヤルキモノは吹き飛んで倒れる、しかしすぐに立ち上がる。

 

「意表を突いたつもりが、逆に突かれるとは思わなかった」

 

驚いた顔だったセンリさんは冷静に俺とピカチュウを見ていた。『なみのり』が通じたのはさっきだけだろうな。ここからは小細工なしの本当のバトルだ。

 

「ここからだヤルキモノ『きりさく』!」

 

ヤルキモノは一瞬でピカチュウとの距離を詰め、鋭い爪を振り下ろした。

吹き飛んだピカチュウはダメージを負いながらも立ち上がる。

 

「大丈夫かピカチュウ!」

 

『ピッカチュウ!』

 

ピカチュウはまだまだやれるな。

 

「追撃の『きりさく』だ!」

 

「迎え撃て『アイアンテール』!」

 

センリさんの猛攻、怯まず迎え撃つだけだ!

ヤルキモノの爪とピカチュウの尻尾が激突する。互いに打ち合い、爪がピカチュウに振り下ろされる。しかし、ピカチュウも負けじと尻尾を振り上げヤルキモノの顔を打ち抜く。

ヤルキモノが後退する。

 

「今だ『ボルテッカー』!」

 

『ピッカァ! ピカピカピカピカピカピカピカ!!』

 

全身を電撃で包んだピカチュウが猛スピードでヤルキモノへと突進する。

 

「なんという電撃、素晴らしい! ヤルキモノ『きあいパンチ』だ!」

 

体勢を立て直したヤルキモノが拳を振り上げ、突進するピカチュウを迎撃する。

凄まじい音と共にフィールドに衝撃が走る。

互いの技の破壊力に2体は後方に吹き飛んだ。

 

「ピカチュウ!」

 

「ヤルキモノ!」

 

立ち上がったピカチュウは反動ダメージに苦悶の表情を浮かべ、ヤルキモノも大ダメージなのか息が荒い。

 

「見事だサトシ君、その歳でよくここまでポケモンを育てた」

 

「ありがとうございます」

 

「どうやら君のバトルは相手を熱くさせるようだ。ジムリーダーとしてだけじゃなく、1人のトレーナーとして私は君に勝ちたいと思っている。私たちの本当の全力をお見せしよう」

 

「あんな熱いパパ見るの初めてかも」

 

観客のハルカがセンリさんを見て驚いている。

 

「俺たちもまだまだここからが全力です」

 

「よし来い!」

 

その時、駆動音がこちらに近づくのが聞こえた。

 

「む?」

 

「なんだ?」

 

 

 

***

 

 

 

「おおいセンリ!!」

 

「オダマキ?」

 

トウカジムの前に勢いよく停車した車から降りてきたのは、白衣を着た大柄で口髭を蓄えた男性だ。

オーキド博士に見せてもらった顔写真通りの男性。

 

「あの人がオダマキ博士?」

 

俺の質問をかき消すようにオダマキ博士はセンリさんにむかって興奮気味に詰め寄った。

 

「すごいぞ、すごい発見をした!」

 

「落ち着け! まったく客人の子供たちを待たせて思いつきで外に飛び出して、なにをやってるんだ」

 

センリさんがチラリと俺たちを見ると、オダマキ博士も吊られるように俺たちを見た。そして目を見開く。

 

「あ、君たちはもしかしてサトシ君とリカちゃんとカスミちゃんかい?」

 

「はい、そうです」

 

「そうか、私がオダマキだ。またせて本当に申し訳ない。どうしても気になることがあって居ても立っても居られなくて、君たちが到着するまでは戻るつもりだったんだが」

 

オダマキ博士が申し訳なさそうな顔で俺たちを見まわす。やはり悪い人ではないようだ。

博士は好きなことに夢中になると周りが見えなくなって居ても立っても居られなくなるのだろう。

それは研究者として必要なことなのかもしれない。

 

「それで、血相変えてわざわざ俺のところまで来たのはなぜだ?」

 

「そうだった、実はトウカの森近くを調べていたんだが、そこで面白い発見をしたんだ。実は――」

 

「待てオダマキ」

 

「む?」

 

話を止めたセンリさんがフッと笑う。

 

「せっかくだからその面白い発見とやらを、サトシ君たちに直接見せてあげるのはどうだ?」

 

「「「え?」」」

 

センリさんの申し出に俺たちは同時に声を上げる。

 

「おおそうだそれはいい! 君たちには私のフィールドワークを体験させてあげたかったんだ。どうだい?」

 

これは願ってもないことだ。研究者の仕事に同行できるなんて滅多に体験できることではないからな。

 

「ええ是非お願いします」

 

「ホウエン地方の自然を感じてみたいです」

 

「見たことない水ポケモンも見てみたいです」

 

俺もリカもカスミも答えは同じだ。

 

「よっし、待たせてしまったしすぐに出発しよう」

 

「あの私もいいですか?」

 

意気込むオダマキ博士にハルカが片手を挙げて申し出た。

 

「ハルカちゃんもかい? 俺は構わないが、サトシ君たちはどうかな?」

 

「お願いサトシ!」

 

ハルカは両手を合わせて俺たちにお願いしてくる。答えはもちろん――

 

「ああ、ハルカも行こうぜ。ポケモンたちと出会うのってすっごくワクワクするんだ」

 

「ありがとう!」

 

ハルカはパァと笑い今にも飛び上がりそうだ。

センリさんはそんなハルカを見て軽く笑いながら、

 

「ハルカもしばらくしたらポケモントレーナーとしてデビューするんだ。先輩トレーナーたちとポケモンのことを学んでくるといい。帰ったらその発見のことをハルカから教えてくれ」

 

「やったありがとうパパ! 楽しみにしててね!」

 

センリさんの激励にハルカはますます嬉しそうな顔になる。

 

「それじゃあサトシ君、リカちゃん、カスミちゃん、ハルカちゃん。フィールドワークに出発だ」

 

オダマキ博士が胸を張り大きく宣言する。

 

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

 

 

***

 

 

 

オダマキ博士の車に乗った俺たちはトウカの森を通過していた。博士の車は力強そうな見た目に反してエンジン音はとても静かだ。森に住むポケモンたちを驚かせないための配慮なのだろう。周りを見ると野生のポケモンたちはこちらを伺っているが、驚いたり怖がっている様子はないようだ。

 

「野生のポケモンが多いとこって行ったことないから楽しみかも」

 

「ポケモンが動く姿って本当にすごいんだぞ、よおく見て見ろよ」

 

はたから見ていてわかるくらいにワクワクしているハルカ、彼女にポケモンの良さを知ってほしくて俺はらしくもなく先輩のように振る舞っている。

温暖な気候のホウエン地方なだけあって、森林は豊かに生い茂り、野生のポケモンたちが生き生きとしていた。

 

「わあ! あのポケモンは!?」

 

「あれってハスボーとラブカス? 可愛い!」

 

走行中の車から見える自然とポケモンたち。草むらをジグザグマとポチエナが走り、木の上でタネボーが遊び、川ではハスボーとラブカスが泳いでいた。

オダマキ博士が車を止める。降車した俺たちは周りの原っぱや木々、森全体を見渡す。

 

「わあ、あれポチエナだっけ? 可愛いかも!」

 

嬉しそうな顔のハルカはポチエナに近づき右手を伸ばした。

 

「ほらほらおいで~」

 

『ポチェ!』

 

その時、ポチエナはハルカを見ると口を開けて牙をギラつかせ襲い掛かった。

咄嗟に俺は飛び出した。

 

「危ない!」

 

「きゃあ!」

 

ポチエナが『かみつく』よりも先にハルカの両肩を掴んだ俺は、彼女をその場から退避させることに成功した。ポチエナは攻撃がかわされたことがわかるとそのまま茂みの奥へと走り去って行った。

 

「怪我はないか?」

 

「う、うん」

 

「野生のポケモンは人間を攻撃してくることがあるから、不用意に近づいちゃダメだ」

 

「そ、そうなんだ、すぐに仲良くなれると思ったのに……」

 

ハルカは、ポチエナが去ってしまった茂みの奥へ、名残惜しそうな視線を送る。

 

「焦らず少しずつやっていけばいいよ」

 

「……うん」

 

ふと気づくと俺はハルカの両肩を抱いて向かい合ってる。男が女の肩を抱いている。これは今日会ったばかりの人間の距離としてはあまりにも近すぎるのではないか、

ファーストコンタクトであんな密着してしあわs……もとい、衝撃的な出来事にはなったのだが。

するとハルカも距離が近いことに気づいたのか、頬が赤くなっていく。

 

「あ、あうぅ……」

 

俺はサッと両手を離して一歩下がる。

顔を赤くしてモジモジするハルカとそれを見て視線が定まらない(わたくし)サトシです。

気まずい雰囲気になっていると俺はさきほどのオダマキ博士の話を思い出した。

 

「そういえばオダマキ博士、面白い発見ってなにがあったんですか?」

 

オダマキ博士は「そうだった」と言い、ある場所を指差した。

 

「あの窪みを見てくれ」

 

オダマキ博士の示した場所に行くと、そこには言われた通りの窪みがあった。その形はまるで――

 

「これってもしかしてポケモンの足跡かな?」

 

「正解だよ」

 

リカの答えにオダマキ博士は満足そうに頷いた。

 

「なんのポケモンなんですか?」

 

「これはキモリの足跡だよ」

 

「キモリ?」

 

「確かホウエン地方で新人トレーナーに渡される草タイプのポケモンでしたよね」

 

「そうだね、ホウエン地方の新人トレーナー用のポケモンとして有名なキモリ、アチャモ、ミズゴロウ。実はこのポケモンたちは生息地についてわからないことが多いんだ」

 

オダマキ博士は続ける。

 

「新人トレーナーのポケモンは専用の施設で生まれたポケモンなんだ、しかし、野生の個体はなかなか見つけることができない。だから生息地不明であることが多いんだよ」

 

「足跡があるということは、この近くにキモリがいるということですか」

 

カスミの疑問にオダマキ博士は頷く。

 

「その通りだ。今までわからなかったポケモンの住処がわかるのは大発見だからね。ぜひキモリをみつけたいんだ」

 

図鑑で確認すると、確かに生息地不明のポケモンとあった。しかし、本当に近くで暮らしているというならこれはいい機会だ。

 

「せっかくホウエン地方に来たんだし、本物のキモリ見てみたいな」

 

「そうだね、私たちも探しますよオダマキ博士」

 

リカの言葉を受けオダマキ博士は満足そうに頷く。

 

「ありがとう助かるよ」

 

「でもそう簡単に見つかるのかしら」

 

カスミの言う通り、身軽なキモリをホームタウンである森の中で見つけるのは至難の業となるだろう。

 

「あ、あれキモリじゃない!?」

 

声の主はハルカその場の全員が振り向くと、木の上に両手両脚でへばりつくポケモン、キモリがいた。

 

『キャモ』

 

「おお、あれは紛れもなくキモリだ!」

 

早速本物のキモリに出会えるとは幸先がいい。キモリは木にへばりついたまま俺たちを見下ろしていた。よく見るとキモリは小枝を口に加えていた。なかなかクールな出で立ちだな。

 

『キャモキャモ!』

 

キモリは瞬時に別の木へと飛び乗り、繰り返すことで森の奥へと移動していった。

 

「すごいジャンプ力だな」

 

「どこに向かってるの?」

 

 

 

***

 

 

 

俺たちは木の上を移動するキモリの後を追って

ここで森の探索の基本、迷わないように現在地や目印を気にしながら俺たちは駆ける。

すると大きく開けた場所が見えた。キモリの目的地はここなのだろうか。

道を開ける木々に見送られながら俺たちはそこに到達した。

 

「なんだこの大きな木は」

 

そこにあったのはとてつもなく大きな木。その全長周りの木々とは比べ物にならないほどの巨大な大樹だ。

 

「草タイプのポケモンの一部は群れになって大きな木の上で暮らしているのは知られているが、キモリもそうだったのか。それに、ここまでの大樹は見たのは私も初めてだ」

 

オダマキ博士の解説。つまり自然の恵みはポケモンの暮らしに大きな影響を与えるんだな。

 

「でも、これって枯れているみたい」

 

リカの言う通り、この大樹の枝にはほとんど葉っぱが付いておらず、体表もボロボロ、枯れている。

 

「ところでキモリは?」

 

ハルカの言葉で、こっちに来たはずのキモリがいないことに気付く。

 

「ねえあれ!」

 

カスミが指さした方を見ると、森の奥から先ほどのキモリが現れる。

よく見ると大きな葉っぱを背負っている。

 

「あのキモリはなにしてるんだろ」

 

リカの疑問の答えはすぐに出た。葉っぱには水が入っていた。おそらく近くの川から汲んできたのだろう。水を大樹の根本に注いだ。そしてキモリは枯れ葉を根本に優しく置いた。

 

「大樹を世話しているのか?」

 

見る限りそう考えられる。

すると、森の奥から複数の影が飛び出した。

それらすべてはキモリたちだった。

 

「キモリがこんなにたくさん」

 

たくさんのキモリが大樹の元に集まった。すると、キモリたちは大樹の世話をしていたキモリに1体の年老いたキモリ何かしら話しかけていた。その鳴き声はどこか諭すようにも聞こえた。それに対して世話をしていたキモリは首を振っていた。まるで拒否するかのように。

 

「どうしたんだろ喧嘩かも」

 

その時、地響きと共に巨大な重機が出現、重機から大きな網が出てくるとキモリたちを掬い上げ、備え付けてある檻に閉じ込めてしまった。

閉じ込められてしまったことに驚き慌てるキモリたちは騒ぎ出す。

 

「これはいったいなんなんだ!?」

 

「なんだかんだと言われれば――」

 

――以下略

 

現れたのはいつもの男女ポケモンの3人組。

 

「ロケット団!」

 

「久しぶりだなジャリボーイ、俺たちは怒ってるんだぞ! お前たち追いかけてあちこち行く羽目になったんだからな!」

 

「カロスにまで追いかけたらあんたたちもういなくなるなんてどういうことよ!」

 

「飛行機代を返すのニャ!」

 

「そんなもん知るか!」

 

ロケット団の金銭問題の責任なんか俺が知るもんか。

 

「ねえサトシ、あの人たち誰なの?」

 

質問者はハルカだ。

 

「あいつらはロケット団、人からポケモンを盗む悪人だ」

 

「ロケット団、カントーを中心に暗躍していると聞いたことあるが、彼らがそうなのか」

 

オダマキ博士はロケット団の存在を知っていたようで警戒を露わにする。

 

「ふん、まあいいわ。カントーでは珍しいホウエンのキモリたちを頂いていくわ」

 

「ポケモンを捕まえるならモンスターボールで捕まえるんだ!」

 

ロケット団のポケモンの捕獲方法にオダマキ博士は異議を唱える。

 

「あたしたちは悪の組織ロケット団」

 

「そんな常識やルールには縛られないのさ!」

 

しかし、ロケット団は聞く耳を持たない。

 

「だったらフシギダネ、ゼニガメ!」

 

『ダネダネ!』

 

『ゼニィ!』

 

「『はっぱカッター』と『みずでっぽう』! 檻の鍵を壊すんだ!」

 

『ダネフシャ!』

 

『ゼニュー!』

 

葉っぱの刃と水流が檻に向かって放たれる。

 

「させるか行けドガース『ヘドロこうげき』!」

 

「アーボ『どくばり』よ!」

 

『ドガース!』

 

『シャーボ!』

 

ロケット団が繰り出したドガースとアーボが迎撃してきた。

 

「行くのよスターミー『みずでっぽう』!」

 

「お願いブースター『かえんほうしゃ』!」

 

『フゥ!』

 

『ブスター!』

 

カスミのスターミーが水流を、リカのブースターが火炎をそれぞれ発射しヘドロと毒針を粉砕する。

 

「ドガースとアーボは私たちが相手するよ」

 

「サトシはキモリ達をお願い!」

 

「さんきゅリカ、カスミ」

 

俺はフシギダネとゼニガメに再び檻の破壊を指示、しかし、檻は壊れる気配を見せない。

 

「く、壊すには威力が足りないのか、だったらピカチュウを――」

 

その時、檻に1体のキモリが降り立つ。そのキモリは小枝を咥えていた。

あれは大樹の世話をしていたキモリだ。どうやら檻に捕まらずに済んでいたみたいだ。まさか地上から檻までジャンプしたのか?

 

「おそらく、檻にへばりついて仲間を助ける機会をうかがっていたんだな」

 

オダマキ博士の説明を聞いて納得した。キモリの手のひらは足の裏には小さなトゲトゲがついていて、垂直な壁も渡ることができるんだったな。

 

『キャモオオオ!!』

 

するとキモリは口から緑の弾丸を発射し檻の鍵にぶつけた。高速の弾丸が絶え間なく鍵に直撃していく。

 

「あの技は?」

 

「おおっ、あれは『タネマシンガン』、種を連射して連続攻撃を可能にする技だ!」

 

オダマキ博士の解説を聞き、キモリの技に感心していた俺は自分たちも続かなければと、フシギダネとゼニガメに指示を出す。

3つの技がぶつかり鍵はとうとう破壊された。

 

「やった鍵を壊せた」

 

「逃げてキモリたち!」

 

檻が開き、キモリたちが次々と飛び降りていく。あの高さからの落下しキモリたちが危ないと思っていると、キモリたちは次々と周りの木に飛び乗っていった。それぞれの木から地面に降りたキモリたちには傷一つない。

 

「すごい」

 

「なんて身軽なの」

 

リカもカスミも驚いている。

 

「ホームグラウンドではお茶の子さいさいということだな」

 

オダマキ博士も感心したように頷く。

捕まっていたキモリ、最後の数匹が飛び降りようとしたその時、彼らは足を滑らせバランスを崩して真っ逆さまに落下してしまった。態勢の立て直しもできていない。

 

「危ない!」

 

「フシギダネ『つるのムチ』でキモリたちを受け止めろ!」

 

『ダネフシ!』

 

フシギダネは蔓を器用に動かし落下するキモリ計3体を受け止めていく。

 

「ナイス、フシギダネ!」

 

『ダネダネ!』

 

見守っていたハルカがきもりたちの無事を喜んでいる。

 

「キモリたちが無事で良かったかも」

 

「ああ、そうだな」

 

「ブースター『かえんぐるま』!」

 

「スターミー『こうそくスピン』!」

 

『ブースター!』

 

『フウウ!』

 

ブースターとスターミーの突撃がドガースとアーボに炸裂した。

 

『ドガァ〜』

 

『シャボ!』

 

吹き飛んだアーボとドガースがロケット団の2人に衝突する。「ぐえ!」「ぎゃん!」と悲鳴が聞こえた。

 

「これでとどめだ!フシギダネ『ソーラービーム』、ゼニガメ『みずでっぽう』!」

 

『フッシェエエエ!!』

 

『ゼ、ニュウウウウウ!!』

 

日光が膨大なエネルギーとなりフシギダネの蕾から発射され、ゼニガメが先ほどよりも強力な水流を放つ。2るの技はニャース気球に直撃。

 

「「やな感じー!!」」

 

技の衝撃で吹き飛んだロケット団はそのまま遥か彼方に見えなくなった。

ロケット団を撃退し、キモリたちも無事で万々歳。そう思っていると襲い掛かった脅威がいなくなりキモリたちは安堵の表情を浮かべていた。

それを遠巻きに見ていたのが小枝を咥えたキモリ、彼が大樹へ向かおうとすると、老いたキモリを中心としたキモリたちが立ちはだかり再び言い争いが再開した。

彼らの間に何があったのかまだ話がつかめずにどうしたものかと頭を悩ませていると俺はあることに気が付いた。

視線を向けた先に1体のニャースが地面に倒れ伏していた。

 

「いててひどい目にあったニャ」

 

そうロケット団のニャースだ。運良く吹き飛ばされなかったようだ。悪いのかもしれないが。

 

「お、ちょうどよかったニャース」

 

「ニャニャ、ジャリボーイ!」

 

俺が近づくと慄くように後ずさるニャース。

 

「ちょっと手伝ってくれないか?」

 

「ニャ、ニャーになにをさせる気だニャ!?」

 

近づく俺にビクリとニャースは驚く。

 

「別に怖いことじゃないよ、あのキモリたちの通訳をしてほしいんだ」

 

「わ、わかったニャ」

 

逆らってもいいことは無いと悟ったのか。ニャースは言い争うキモリたちの方を見る。

 

「サトシ、なんであのニャース人間の言葉を喋ってるの? 少し変かも……」

 

ハルカの疑問ももっともだ。

 

「俺たちも詳しくは知らん、けど、こういう時は役に立ってるから気にしてない」

 

今更だしな。

 

「ふむふむ……どうやらあのキモリはこの枯れそうな大樹を元に戻そうとしているのニャ。けれどもあの長老キモリや他のキモリは大樹はもう寿命だから、もうこのまま終わらせてやるべきだと言っているニャ」

 

「あのキモリ、この木を守ろうとしてたのね」

 

「……お別れは辛いよね」

 

カスミとリカが悲哀を浮かべてキモリたちを見る。

 

「しかし、もうこの大樹は寿命だ。もうこのまま枯らせてやるのがこの大樹のためだ」

 

オダマキ博士の言う通り、この大樹は枯れ果てて、葉っぱの一枚も無い。誰が見てもどうしようもないことは明らかだ。

小枝を咥えたキモリは仲間たちから離れると、枯れ葉を根本に与え始めた。

きっと、こんなことしても大樹の運命は変わらない。だけど――

 

「キモリ、俺たちも手伝うよ」

 

「サトシ?」

 

俺は大きな葉っぱを拾うと急いで近くの川に向かった。そこで可能な量の水を汲み、零さないように注意しながら運んだ。そして、その水を木の根元に注ぐ。

 

「サトシ、どうして?」

 

リカが尋ねる。当然の疑問だよな。

 

「キモリもこの木がもう寿命だってわかってるんだと思う。だけど、この木のためになにかしたいんだよ」

 

俺はキモリの隣で屈む。

 

「ただ枯れるのをジッと見ているだけなんてできない。自分たちを育ててくれた木に最後まで全力を注いでお世話してあげたい。そういうことなんじゃないかな」

 

キモリは俺を一瞥すると何も気にしないように作業を再開した。

 

「じゃあ、私も手伝うわ」

 

「私も、それじゃ枯れ葉をいっぱい集めないとね」

 

リカが枯れ葉を集め始めるとカスミは大きな葉っぱを担いで川へ水を汲みに行った。

すでにボールから出ていたフシギダネ、フシギソウ、ブースターも枯れ葉集めを手伝っている。ゼニガメとスターミーはカスミについて行った。

 

「ふう、ポケモン研究家として、子供たちが頑張ってるのに黙って突っ立てるわけにはいかないな」

 

オダマキ博士も集めた枯れ葉を根本に与える手伝いを始めた。

すると、周りのキモリたちも次々と大樹の世話の手伝いをし始めた。小枝を咥えたキモリに何かを言っていた。

俺はニャースを見る。それで伝わったのかニャースは通訳を始める。

 

「『大樹に育ててもらったのは俺たちも同じだ。お前の言う通り、今、自分たちにできることをしたい』と言ってるニャ」

 

それを聞いて俺は心から嬉しく思った。この行為は決して無駄ではないんだと確信できた。

 

「ニャア……キモリたち、なんて仲間想いで健気なのニャ。ジャリボーイたちもキモリたちのために頑張って、みんないい奴なのニャ、感動的なのニャ……」

 

後ろでニャースが泣いていた。

 

 

 

***

 

 

 

ハルカはキモリを手伝うサトシたちをジッと見ていた。自分のポケモンと共にキモリを手伝うその姿に口を開く。

 

「ねえ、サトシはどうしてキモリたちのためにそこまでするの?」

 

「ん?」

 

振り返るサトシにハルカは続ける。

 

「だって、キモリは野生のポケモンで、サトシのポケモンってわけじゃないんでしょ? なのにそんなにキツくて、体が汚れるかもしれないのに、どうして?」

 

「そうだな、確かにキモリは俺のポケモンじゃない。けど、困ってるポケモンがいるならなにかしてあげたいんだ」

 

ハルカにとってそれは思わぬ答え、驚いて目を見開いた。

サトシは続ける。

 

「俺、最高のポケモントレーナーになりたいからさ、ポケモンには常に向き合いたい。どんなポケモンでも、自分にできることをしたい。それができるのが、一流のポケモントレーナーだって思うからさ」

 

屈託なく笑うサトシは心から嬉しそうに見えた。

 

「それに、一緒になにかを頑張れば、友達になれるかもしれないだろ?」

 

「ポケモンと……友達……」

 

サトシの言葉を反芻するハルカ。すると手伝っていたカスミとリカがハルカに歩み寄る。

 

「サトシは人一倍ポケモンバカだからね。なんでもかんでも首を突っ込んじゃうのよ」

 

「ポケモンのためのならたとえ火の中水の中草の中森の中……絶対に止まってくれないんだよ」

 

困った風な言い方だが、リカとカスミはどこか嬉しそうに笑う。

 

「まっ、それがいいとこなのかもね」

 

「頑張るサトシ見てるとこっちも頑張りたくなるんだよね」

 

優しく笑うカスミとリカの言葉を聞き、ハルカは再びサトシを見る。

するとオダマキ博士が「ハルカちゃん」と呼びかける。

 

「『大好き』であることはすべての原動力だと思うんだ。サトシ君のポケモンが大好きという気持ちはきっと彼を前に進めてくれるんだよ」

 

「『大好き』の、気持ち……」

 

「ハルカちゃん、君はどうしてポケモントレーナーになりたいのかな?」

 

言葉が頭を反芻する。父親のセンリがポケモンを巧みに操る姿を幼い頃から見てきた。その姿に憧れて自分もポケモントレーナーになりたいと考えるようになった。けど、今はどうだろう。

 

(私はどうしてポケモントレーナーになりたいの?)

 

サトシが頑張る理由、オダマキ博士が言った『大好き』という気持ち、それはハルカの中で何かが嚙み合う気がした。ポケモンのことをもっと知りたい、色んなポケモンに出会いたい。そう思えるのは、きっとそれは『大好き』が原動力だから。それが自分の中にある大事な気持ちだから。

そして、伝わる。リカとカスミのサトシへの想いが、自分の中に芽生えている想い。

ハルカは決心する。

 

「じゃあ私も手伝うわ!」

 

自分もいつかポケモンと出会うことになる。その時、自分にできることをここから学びたい、心からそう思った。

 

「ハルカ、ありがとう」

 

「えへへへ」

 

サトシがハルカに心からの笑顔を向ける。ハルカは自分の中に芽生えたものがどんどん暖かく膨らんでいるのを感じ豊かな胸元に手を当てる。その感覚がとても心地よく、大事にしたいと思った。

 

 

 

***

 

 

 

引き裂くような音が響いたのはその時だ。

その場にいた人間もポケモンも同時に顔を上げた。地響きのような音と共に僅かに大樹が揺れた。

亀裂がみるみるうちに木の中心に走って行く。

 

「そんな、木が……!?」

 

世界が止まる。

種から芽が生え、次第に伸びていく。

芽は次第に大きな木となり、さらに種を落としていく。それはは木になり大樹の周りを囲んでいく。

それから大樹にはたくさんのポケモンたちが集まる。

大樹は時に、木の実をポケモンたちに与え、時にポケモンたちが雨風を凌ぐ屋根となり、時に怖い存在から隠れる盾となり、ずっとずっと見守り手助けをした。

 

「これって、まさか、この木の、記憶……?」

 

――ありがとう

 

 

『キャモ!?』

 

「今の声って……」

 

ズズン……という地響きと共に、大樹は完全に沈黙した。

キモリの足元に一粒の種が転がった。

 

「この木も、キモリたちのことが大好きだったんだね」

 

リカが優しくキモリと種を見る。

キモリは転がった種を拾うと仲間に渡す。そして、サトシに近づく。

 

『キャモキャモキャッモオ!』

 

「キモリ、どうしたの?」

 

ハルカが呟くとニャースが耳を傾ける。

 

「ニャニニャニ……キモリはジャリボーイとバトルしたいと言ってるニャ……『俺が勝ったらお前のポケモンになってやる。お前が勝ったら俺をお前のポケモンにしていい』と言ってるニャ」

 

「どっちにしてもサトシのポケモンになりたいんだね」

 

「サトシのこと気にいったのね」

 

「素直にそう言えばいいかも」

 

リカ、カスミ、ハルカが可笑しそうにキモリを見る。

 

「うむ、トレーナーのことは気に入ってるがその実力を知りたいということなのか。素直じゃないがなかなかストイックで良いポケモンじゃないか」

 

オダマキ博士の言う通り、こんなにたくましいキモリが仲間になるなら心強い。

 

「よしバトルだキモリ!」

 

するとキモリはサトシの足元にいるフシギダネを指さす。

 

『キャモ!』

 

『ダネ?』

 

「もしかしてフシギダネとバトルしたいのか?」

 

再びニャースに通訳をお願いする。

 

「ふむふむ、『俺の仲間たちを救った動きは見事だった。同じ草ポケモンとしてフシギダネとバトルしたい』と言ってるニャ」

 

「よしそれなら……フシギダネ、君に決めた!」

 

『ダネダネ!』

 

フシギダネが前に飛び出しキモリと対峙する。

俺の後ろではゼニガメが『ゼニゼニー!』応援してくれてる。

 

「フシギダネ『はっぱカッター』!」

 

『ダネダネ!』

 

先手を取ったフシギダネが鋭い葉をキモリに向かって連射する。

 

『キャモ!』

 

キモリは駆け出し、超スピードで『はっぱカッター』を回避する。

 

「速い!」

 

フシギダネもキモリの凄まじい速度に驚いているようだ。

 

「キモリは草タイプの中でも素早い動きを得意とするポケモンだ。あの動きを捕えるのはなかなか難しいぞ」

 

オダマキ博士が研究者らしくポケモンの解説をしていた。

するとキモリの攻撃、口から高速の弾丸を発射する『タネマシンガン』だ。

『タネマシンガン』はフシギダネに連発する。

 

「キモリはフシギダネよりも速いかも。キモリの方が有利なんですか?」

 

「いやそうとも限らない。フシギダネは素早さはそこまで高くないが、防御が強い。攻撃を耐えていけばきっと勝機はあるはずだ」

 

そうだ。どんなポケモンにも勝つ可能性がある。

『タネマシンガン』を耐え抜いたフシギダネ。するとキモリは駆け出し猛スピードで突進した。この速度の攻撃は『でんこうせっか』

 

「今だフシギダネ『つるのムチ』!」

 

『ダネフシャ!』

 

こちらに向かって来るキモリに対し、フシギダネは蔓で迎撃。攻撃を受けたキモリの動きが一瞬止まる。

 

「そのまま『ヘドロばくだん』!」

 

隙を逃さず指示を出す。フシギダネから毒タイプの一撃が発射されキモリに直撃する。

効果は抜群だ。大ダメージを受けたキモリは苦悶の表情を浮かべる。

しかし、鋭く目を開くと再び『タネマシンガン』を発射する。

 

「かわしてそのままキモリに向かって走れ!」

 

『ダネダネ!』

 

弾丸を回避したフシギダネは持てるスピードを出してキモリへと突進する。

 

「行け『すてみタックル』!」

 

フシギダネの最大スピードと共に猛烈な体当たりをキモリへと炸裂させた。

キモリは回避が遅れて全力の『すてみタックル』を受けて吹き飛ぶ。

 

「今だ行けモンスターボール!」

 

キモリにぶつかったモンスターが開き、キモリが入る。

しばらく、揺れる。そして、止まった。

 

「よっしゃあ! キモリゲットだぜ!」

 

『ダネダネ!』

 

『ゼニゼニ!』

 

フシギダネも飛び上がり、ゼニガメも駆け寄ると一緒に飛んで喜んでくれた。

 

「カロスに続いてまたゲットね。おめでとう」

 

「サトシ絶好調だね」

 

「ああ、ありがとう」

 

俺はカスミとリカにキモリをゲットしたボールを見せる。

 

そのボールを見てあることに気づき固まる。

 

「どうしたの?」

 

「あのさ、キモリに本当に俺たちと旅をするのか聞きたいんだけど、7個目のボールだから開かなくてどうしようかなって」

 

カスミもリカも困った顔になる。

 

「それなら良い方法があるぞ」

 

「「「え?」」」

 

オダマキ博士の思わぬ言葉に俺たちは同時に驚きの声を上げた。

 

「君のポケモン図鑑をオーキド研究所に繋げることで、いつでもどこからでも、オーキド博士の元にポケモンを送ることができるんだ」

 

そんな方法があるなんて知らなかった。

 

「それじゃあ誰かを一旦オーキド研究所に送るんだ。そうすればキモリのボールも開くよ」

 

「それじゃあ……ゼニガメ、少しの間だけ戻っててくれ」

 

『ゼニゼニ』

 

俺の足元にいたゼニガメは笑って頷く。ゼニガメをボールに戻し、オダマキ博士の指示に従ってボールを図鑑から転送する。

ゼニガメのボールが転送されたことを確認すると、俺はキモリのボールを開く。

 

『キャモ!』

 

キモリが無事に出てきた。

 

「キモリ、俺たちについてきてくれるか?」

 

『キャモ!』

 

キモリは力強く頷いた。すると、長老キモリがキモリの肩に手を置きなにか話しかけた。

頷いたキモリは周りの仲間たちを見るとみんな祝福するように鳴き出した。

 

「よし、これからよろしくなキモリ」

 

『キャモ!』

 

その時、ハルカが駆け寄って来た。

 

「さっきのサトシのバトルすごかったかも! パパの時とおんなじくらいすごかった!」

 

「ははっありがとう」

 

「サトシってほんっっっとにすごかったかも! ポケモンバトルするサトシかっこよかったし、ポケモンのために頑張ってたサトシもかっこよかったかも!」

 

ハルカが目を輝かせて物理的に急接近してきた。迫力と、近づく豊満な胸に反射的にのけぞる。

 

「「むー」」

 

隣でジト目で見てくるカスミとリカ、ああ、あとでお仕置きかな……

 

「うんうん、青春は素晴らしいな」

 

オダマキ博士、感心してないで助けてください。

 

あれ、そういえばいつの間にかニャースがいない?

 

 

 

***

 

 

 

森の奥をニャースが走っていた。

 

「ニャーはこれでおさらばニャ。早くあいつらを見つけるニャ。ニャーもあいつらと一緒に頑張って幹部昇進だニャ! ムサシー! コジロー! どこ行ったニャー!」

 

 

 

***

 

 

 

研究所に戻った俺たちは博士とハルカにお別れの挨拶となった。ちなみにキモリはオーキド研究所へと預けた。

 

「「「今日はありがとうございました」」」

 

「こちらこそありがとう。私も良い体験をした。君たちを呼んで本当に良かったよ」

 

オダマキ博士の言葉に俺も来た甲斐があったと本心から思えた。

 

「私も今日、サトシ達と一緒にいられてよかったかも。今日のことは絶対に忘れない!」

 

ハルカも喜んでくれて良かった。

 

「よし決めた! 私、絶対サトシたちと旅する! ねえどうかな?」

 

俺はカスミとリカを見る。2人は笑顔で頷いた。

 

「ああ、これから先ホウエンリーグに挑戦するときになったら、その時はよろしくな!」

 

「うん、絶対絶対絶対だよ! よーし、すっごくやる気出てきたかも! 家に帰ったらもーっとポケモンのこと勉強するんだから!」

 

後輩がやる気を出してくれて嬉しいな。なんだかほっこりする。

 

「それじゃあ、これで失礼します」

 

「「失礼します」」

 

「ホウエンに来たら俺のところにも寄ってくれよー!」

 

「「「はーい!」」」

 

ホウエン地方体験はこれで終わり、新しく仲間になったキモリも一緒にに次の旅へ向けて俺たちは歩きだす。

 

 

 

***

 

 

 

「待ってー!」

 

歩き出した3人を引き留めるのはハルカだった。ハルカはリカとカスミに近づく。

 

「リカ、カスミ。一緒になったらよろしくね」

 

「ええ、待ってるわ」

 

「楽しみにしてるからね」

 

「それから、私負けないかも!」

 

ハルカの眼は強い決心を抱いていた。それを受けた2人はハルカの気持ちを理解した。そして答えは決まっている。

 

「ええ私も負けないわ」

 

「私も、それは別として仲良くなりたいけど」

 

「もっちろん。私も2人とは仲良くしたいかも」

 

「「「うふふふふふ」」」

 

微笑み合う3人の美少女、それをサトシは優しい眼差しで見守っていた。



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シンオウ地方 広大な大地を進め

題名ではわかりにくいかもしれませんが、今回は前後編にします。


「シンオウ地方に到着っと」

 

俺とリカとカスミは船から降り立った、シンオウ最初の街の名はマサゴタウン。

シンオウ地方は他の地方よりも寒冷かつ広大な土地であるのが特徴だ。

遠くの空を見ると大きな山脈が見える。シンオウ地方の中心とも言えるテンガン山。ホウエン地方の神話にも大きく関わっているらしい。

寒さというのは生き物にとって脅威となる環境だ。その中で生き抜いたポケモンたちがどれほどたくましいのか楽しみだ。

 

「ちょっと寒いな」

 

「上着着よっかな」

 

寒さに両腕をさすっていた2人はバッグから上着を取り出す。リカは緋色のコート、カスミはネイビーのコートを羽織った。

しかし、薄着の2人も可愛いけど、上着を羽織った2人も可愛いかもしれん。

 

「サトシ、なんか目がやらしい」

 

「なにを考えているのかしら?」

 

そ、そんなことしてませ……ごめんなさい。

ちなみに俺の恰好はカントーにいたころと同じ、上着も羽織りません。

子供は風の子、サトシはマサラ子元気の子、

吐かれる息は真白いが、マサラ魂熱く燃えるぜ、

見上げりゃ見える雲の向こう、高くそびえるテンガン山、

俺も負けない目指すは天辺、シンオウ地方よぉく聞け、

俺は進むぜ止まらない、大事な仲間とどこまでも、

世界のポケモン待ってろよ、1人残らず見つけてやるz

 

「さっきからなにブツブツ言ってどうしたの?」

 

「寒いのが辛いの?」

 

うわ恥っず、心の声のつもりだったのにいつの間にか声に出てた?

ポエム聞かれることほど恥ずかしいものは無いぞ、顔真っ赤か。

 

「……ねえねえカスミ?」

 

「なに?」

 

すると2人は俺から離れてなにやら話していた。短い遣り取りを終えると早歩きで近づいてきた。

その顔は心なしか赤い。

 

「……そんなに寒いなら……ギュッってしよっか?」

 

「あ、あんたが寒さで震えて可哀想だから仕方なくよ、感謝しなさいよね」

 

リカはもじもじと照れたように、カスミは強い口調で、顔を赤くし両腕を広げた。

つまりはそこに身体を預けろということなのか。

そこに飛び込めば、柔らかな感触と共にこの身体を芯から暖めてくれるだろう。

 

「あ、その、遠慮します」

 

「「え……」」

 

断ると、2人はこの世の終わりのような表情になる。目からはハイライトが消えていた。

 

「なんか、もう熱くなってきたし……これ以上は、嬉しくて燃え尽きそうです」

 

自分で言ってさらに恥ずかしくなってきた。

 

「そっか、サトシは嬉しいんだ」

 

「ま、まあ今日は勘弁してあげるわ」

 

お帰りハイライトに加えて、赤い顔の2人に笑顔が戻る。

気恥ずかしさを残しながらも俺は2人を倣って笑った。

 

 

 

***

 

 

 

大きな木に囲まれた道を俺たちは歩く。目指すはマサゴタウンに住むナナカマド博士の研究所だ。

しばらく歩くが、同じ景色が続いている気がした。

 

「本当に広いなシンオウ地方」

 

「たどり着けるのか心配になるわね」

 

「道は合ってるから大丈夫だよ」

 

シンオウ地方の広大さを痛感してはいるが、それもまた旅の楽しみである。泣き言を言うが本心ではみんな到着が楽しみなんだ。

 

悲鳴が聞こえたのはその時だ。

 

女の子――俺たちと同年代くらい――が慌てた様子で走って来た。

後ろには大きな虫ポケモンが翅を激しく動かして女の子を追いかけていた。

 

女の子がつまずき前に転倒する。咄嗟に俺は踏み出すとそのまま駆ける。

倒れる寸前で女の子を抱きかかえることができた。

 

女の子をかばった俺が宙を見上げるとそこにいたのは下半身に蜂の巣を備えたポケモン。

 

「サトシ、そのポケモンはビークイン。見た通りの虫ポケモンだよ!」

 

「それならピカチュウ、君に決めた!」

 

『ピカ!』

 

「『10まんボルト』!」

 

『ピィカチュウウウ!』

 

ピカチュウの全身から電撃が発射される。すると、ビークインの体から無数の小型の虫が現れ、『10まんボルト』をすべて打ち消した。

 

「ビークインは巣穴の虫たちを使って技を使ってる! 今のは『ぼうぎょしれい』!」

 

「これは『こうげきしれい』ってとこか、迎え撃てピカチュウ『アイアンテール』!」

 

鋼の尾を構えたピカチュウは一直線に突進した。

待ち構える攻撃指令を受けた虫たち、それをピカチュウは、時に尻尾で打ち落とし、時に回避する。

次の瞬間にはビークインまで迫った。

 

『チュウウ、ピカッ!』

 

鋼鉄の刃となった尻尾がビークインに叩きつけられる。

 

「よくやったピカチュウ」

 

『ピカチュウ!』

 

「なんとか追っ払ったよ。君、怪我はないか?」

 

腕の中に抱いていた女の子を見る。

黒いシャツに白のショートパンツを身に着けた彼女は、全体的にスラリとしつつも、出るとこはしっかり出ているバランスの取れたスタイルだ。

顔も活発さの目立つ整った顔立ちの美少女だ。

 

「うん、大丈夫大丈夫。君のお陰で助かった。ありがとう」

 

女の子は立ち上がるとホッとした顔で礼を述べてくれた。

 

「お礼ならピカチュウにしてくれ、一番頑張ったんだから」

 

「うん、ありがとうピカチュウ」

 

『ピカッ!』

 

よく見ると女の子の短いスカートから伸びる脚線美が見事なのに気付いた。

寒冷な気候でこんなに生足を晒して平気なのかと疑問が出てくる。

 

「あたしフタバタウンのヒカリ」

 

女の子――ヒカリ――がニッコリと笑い自己紹介してくれた。

 

「俺はマサラタウンのサトシ」

 

「私はマサラタウンのリカ」

 

「私はハナダシティのカスミよ」

 

「マサラタウンにハナダシティって、カントー地方から来たの?」

 

「ああ、シンオウ地方の勉強にな」

 

ヒカリはシンオウまで来た俺たちに驚いているようだった。

俺たちもオーキド博士の厚意で他の地方に行かせてもらっているが、これは滅多にないことなんだと理解している。

 

「ところで、なんでビークインに追いかけられてたんだ?」

 

かねてからの疑問を尋ねてみた。

 

「生でポケモン見てみたかったんだけど、近づきすぎて怒らせちゃったんだ」

 

「ヒカリのポケモンに助けてもらえばよかったのに」

 

カスミがそう言うとヒカリは困ったように笑った。

 

「実はポケモン持ってないの」

 

「トレーナーじゃなかったの?」

 

リカが聞くとヒカリは頷く。

 

「うん、まだなんだ。もうすぐ貰えるの」

 

「デビュー前でもポケモンのことが気になったってところかしら」

 

「当たり、少しなら大丈夫かなって」

 

カスミの言葉に答えるヒカリ。

 

「逸る気持ちもわかるけど、野生のポケモンは危険も多いんだぜ」

 

「そうね、よく身に染みたわ。大丈夫、ポケモン貰える日まで我慢するから」

 

「それがいいよ。待った分喜びも大きいからな」

 

ヒカリはわかってくれたようで笑顔で頷いてくれた。

 

「ねえ、3人はどうしてポケモントレーナーになったの?」

 

今度はヒカリからの質問だ。それはトレーナーを目指す人にとっては当然の疑問だろう。

 

「俺は色んなポケモンに出会って強くなって一番のポケモントレーナーになるため……かな」

 

「私はまだ具体的に決めてないけど、ポケモンのことをたくさん知りたいんだ」

 

「私は世界一の水ポケモントレーナーになることよ」

 

それぞれが正直に答えるとヒカリは一瞬考え込むような顔になった。

 

「そっか……あたしね、ポケモンコーディネーターを目指してるの」

 

「コーディネーター?」

 

聞いたことない単語が飛び出した。

 

「サトシ知らないの?」

 

「ポケモンコーディネーターのことだよ」

 

「すまん、わからん」

 

さっぱりわからない。

 

「ポケモントレーナーの中にはポケモンバトルをする人たちだけじゃなくて、ポケモンの技で魅力的な演技を演出する人たちのことだよ」

 

「コーディネーターの演技の舞台をポケモンコンテストと呼ぶの」

 

「そうそう、あたしのママはその中でもトップコーディネーターだったんだ」

 

「すごいじゃない!」

 

「だからあたしもママみたいなすごいコーディネーターになりたいの」

 

ヒカリは旅立つ前からもう目標を持っている。力強く夢見る彼女がとても眩しい。

その時なにかが近づく音。

 

「何か来る!」

 

茂みから飛び出したのは見覚えのあるポケモンだった。そいつは翅を激しく振動させていた。

 

「もしかして、さっきのビークイン!?」

 

リカの言葉通り、それは先ほどヒカリを襲ったビークインだ。

だがよく見ると、その体はところどころ傷があった。

 

「レントラー『かみなりのキバ』!」

 

『レェン!』

 

すると、茂みから見知らぬ少女が現れた。長い髪をポニーテールに纏め、赤いジャケットに紫のショートパンツを着た溌剌とした雰囲気の美少女。

少女の声と共に現れたレントラーが雷を纏った牙でビークインを強襲する。

凄まじい電撃を受けたビークインは苦悶の表情を浮かべてふらつく。

 

「よっし今だ、そうれっ!」

 

少女がモンスターボールを投げるとビークインが吸収される。地面に落ちたボールは何度か振動すると、カチリという音と共に停止した。

 

「いよっし! ビ―クイン、ゲットだね!」

 

少女の歓喜の声と共に茂みからもう一人の少女が現れる。三つ編みお下げ両肩に垂らした、緑のロングシャツに黒のスカートを履いた、落ち着いた雰囲気の美少女だ。

 

「やりましたね」

 

三つ編みさんの言葉に頷いたポニーテールさんは図鑑をモンスターボールにかざすと笑顔を深めた。

 

「うんうん、やっぱりこのビークインイイ感じだよ」

 

「期待通りですね」

 

そんなやり取りをする2人を俺たちはジッと見ていた。するとこちらに気付いた2人が近づいてくる。

 

「ごめんね巻き込んで、ビークイン捕まえようとしたら逃げられちゃってさ」

 

「いえ、助かりました」

 

「ボクはトバリシティのキララ」

 

ポニーテール僕っ娘さんのキララさん、自己紹介を促すように三つ編みさんを見る。

ところが三つ編みさんは無言でこちらを見ていた。

 

「どったの?」

 

「え? いいえ、なんでもないわ。私は同じくトバリシティのユキネです、はじめまして」

 

「ああ、はじめまして。俺はマサラタウンのサトシ。こいつは相棒のピカチュウ」

 

『ピカ!』

 

「同じくマサラタウンののリカです」

 

「ハナダシティのカスミよ」

 

「あたしはフタバタウンのヒカリ」

 

「おお、男1人に可愛い女の子3人の旅なんて色男さんだなんだねぇ」

 

キララさんが俺に肘で小突いてくる。

 

「あたしはさっき出会っただけなの、それにまだポケモントレーナーじゃないの」

 

ヒカリが説明すると

 

「ありゃ、そうなの。でも両手に花だねぇこのこの~」

 

再度小突かれる。

 

「そうだな、2人がいるから俺の旅は楽しいんだ」

 

これは偽らざる本音だ。

 

「サトシ……」

 

「もう……」

 

リカとカスミの照れたような声、なんだかむず痒くなってきた。

 

「仲がよろしいんですね」

 

ユキネさんが薄く笑う。

 

「3人はシンオウ地方の旅を?」

 

「いや、本当はカントーの旅の途中なんだけど、勉強のために他の地方を1日体験ってことで来てるんだ」

 

「キララとユキネは2人で一緒に旅をしているの?」

 

「実はもう1人一緒に旅してる仲間がいるんだけど、ちょいと離れてるんだよね」

 

「この辺りを散策しているんです」

 

そっちも3人旅か。どんな人だろ。2人に負けず劣らずの美少女だと眼の保養ですな。

 

「そろそろ彼を探さないといけませんから、私たちはこれで失礼します」

 

「ばいばーい」

 

ペコリとお辞儀をするユキネと、フリフリと手を振るキララ。

2人は道の向こうへと去って行った。

 

 

 

***

 

 

 

「サトシはさっきのピカチュウの他にはどんなポケモン持ってるの?」

 

キララとユキネが去った後、ヒカリが目を輝かせながら聞いてきた。トレーナーを目指す彼女に多くのポケモンに触れさせるのは良い刺激になるだろうな。

全員ではないが、何体か見せることにした。

 

「そうだな、それじゃあ。ヒトカゲ、スピアー、ニドリーノ出てこい!」

 

『カゲッ』

 

『スピッ』

 

『ニドッ』

 

さっき虫ポケモンで怖い思いをしたのにスピアーを出したのは迂闊だったか。

 

「うわぁ、みんな可愛い!」

 

平気みたいだな、よかった。

 

「それじゃあ私たちも、ピッピ、ニドリーナ!」

 

『ピッピ!』

 

『リナ!』

 

「そうね、シャワーズ、スターミー!」

 

『シャワ!』

 

『フゥ!』

 

「すっごーいみんな本物!」

 

ヒカリは今にも飛び上がりそうなほど興奮しているようだ。心から嬉しそうに俺たちのポケモンを見ていた。

 

「抱っことかしていい?」

 

「ああ、いいよなみんな」

 

俺が言うとみんな迷いなく頷いてくれた。ピカチュウたちは笑顔でヒカリの元へ行った。

 

「きゃあみんな可愛い!」

 

ヒカリはとびきりの笑顔でピカチュウ、ピッピを両手で抱きしめた。

代わる代わるポケモンたちとスキンシップを取っていくヒカリは本当に楽しそうだ。

こうやってピカチュウたちと接している姿を見ていると伝わる。ヒカリはポケモンが好きなんだ。

彼女ならポケモンに優しくできる、清く正しいポケモントレーナーになれるだろうな。

 

その時、茂みが揺れた。

ヒカリとカスミとリカも気づき顔を向ける。

俺は咄嗟にみんなの前にでた。

 

そこから現れたのは、

 

「マッスグマ!?」

 

ノーマルタイプのマッスグマ、しかし、その体は傷だらけだった。

フラフラと辛そうに歩くマッスグマは一歩二歩と歩いているうちに倒れてしまった。

 

「どうしたの!?」

 

ヒカリが悲鳴に近い叫びを上げると同時に俺はマッスグマに駆け寄った。

眠るように倒れているマッスグマの全身を見ると、傷はところどころ赤く腫れていた。

 

「たしかマッスグマって猛スピードで走ったらまっすぐにしか進めないんじゃなかった?」

 

リカの説明を聞いて合点がいった。

 

「曲がれないから勢いがつきすぎてどこかにぶつけたってことか」

 

そんな走りを何度も繰り返してこんな傷だらけになったんだな。怪我はしているが、誰かに傷つけられたわけではないのは安心すべきか。

 

「急いでポケモンセンターに――」

 

『ワアウ!!』

 

「ぐあっ!」

 

鋭い鳴き声と共に俺の体が吹き飛ばされる。地面に転がるが、なんとか体勢を立て直した。

 

「「「サトシ!?」」」

 

「平気だ、それより一体なにが……」

 

そこにいたのは緑の体に甲羅を背負い、頭に1枚の葉っぱを生やした小さなポケモン。

 

『ワウ……』

 

「このポケモンは?」

 

「この子、確かナエトル。シンオウ地方で初心者用のポケモンとして有名なポケモンよ」

 

ヒカリの説明を受け、小さな草ポケモンのナエトルを見据える。

彼はマッスグマを背に俺たちを睨んでいた。

 

「もしかして、私たちがマッスグマを傷つけたと思ってるの?」

 

マッスグマを守ろうとしているのか。

 

「聞いてくれナエトル、俺たちは――」

 

『ワウ!!』

 

ナエトルは威嚇するかのように大きく吠えた。

 

「聞く耳持ってくれないのか」

 

『ピッカア!』

 

どうしたものかと悩んでいると、ピカチュウが俺の前に飛び出してきた。

 

『ワウ!?』

 

ナエトルは飛び出したピカチュウを見て驚いていた。ポケモンが人間の味方をしていることに驚いているのだろうか。

 

「ピカチュウ、待ってくれ。ナエトルは勘違いしてるだけなんだ!」

 

『ピカ……』

 

このままバトルってわけにはいかない。

すると、俺を見たピカチュウはナエトルに近づいた。

 

『ピカピッカ、ピッピカチュウ!』

 

『ワウッ!?』

 

ナエトルの顔は驚愕の色になる。どうやらピカチュウがナエトルに事情を説明してくれたようだ。

ピカチュウの熱意が伝わったのか信じてくれたようだ。

 

『ワウゥ……』

 

ショックを受けた顔になったナエトルは後ずさるとペコペコと頭を下げ始めた。

 

「いいんだよナエトル、それよりもマッスグマの怪我を治さないと」

 

「どうしました?」

 

聞き慣れない声がした。

上品そうな初老の女性が現れた。

 

「あらナエトルじゃない、どうかしたの?」

 

女性はナエトルを知っているようで親し気に話しかけていた。ナエトルもまた女性に対して警戒する様子もなく、歩み寄る女性を見上げていた。

 

「あ、あの、マッスグマが怪我してるんです。早くポケモンセンターに連れていかないと」

 

「まあ大変、それなら私の家に来なさい。ポケモンセンターよりも近いし、ポケモンの傷を治せるわ」

 

 

 

 

森の近くにある湖のほとりにユキノさんの家はあった。俺たちは家にあげてもらい、怪我をしたマッスグマはユキノさんが治療をしてくれた。

傷口に薬を塗り、いろいろなハーブを混ぜたお茶を飲ませてあげていた。その手際の良さに舌を巻く。

治療の間、俺たちは薫り高いハーブティーをご馳走になった。気持ちが落ち着くいい香りと味だ。

しばらくするとマッスグマは元気を取り戻した。

ナエトルも安心した顔でマッスグマを見ていた。

 

「ユキノさん、ポケモンの治療が上手なんですね」

 

「この辺りのポケモンたちが時々怪我をすることがあるから、ナエトルと一緒にお世話する内にポケモンの怪我に効くハーブも覚えられたのよ」

 

ニコニコと穏やかに笑うユキノさんがリカの賛辞に応える。

 

「元気になってよかったなマッスグマ」

 

『マス!』

 

「元気になったならご飯にしましょう。サトシ君たちも一緒にどうぞ」

 

ユキノさんのご厚意で昼食をご馳走になった。人間の俺たちだけでなく。ポケモンたちも全員ボールから出てユキノさんお手製のポケモンフーズを美味しそうに食べていた。

ヒカリは昼食をいただきながら、たくさんのポケモンたちに目を輝かせていた。

視線を近くに移動させると、すっかり元気になりモリモリご飯を食べるマッスグマに寄り添うようにナエトルがいた。彼もご飯を食べながらマッスグマの汚れを払ってあげたり、自分の分のご飯を分けていた。

 

「ナエトルって本当に世話好きなんだな」

 

「ナエトルは随分前にどこからか迷いこんだポケモンなんだけど、いつの間にかポケモンたちに慕われるようになってこの森のリーダーになったの」

 

勘違いとはいえマッスグマを守ろうとしていた姿勢、己の間違いに気づきすぐに反省する素直さ、そんなナエトルにポケモンたちは惹かれたんだろうな。

俺もあのナエトルが好きになってきた。

 

ゼニガメとフシギダネとヒトカゲとニドリーノは眠くなったのか昼寝を始めた。リカとカスミのポケモンたちもボールに戻った。

ボールから出ているのはピカチュウ、スピアーだけとなった。

 

「そういえばナエトルはユキノさんのポケモンなんですか?」

 

「いいえ、私はポケモントレーナーじゃないわ。この子と私はお友達なの」

 

『ワウッ』

 

「しばらく前にこの子はこの森に迷い込んできたの。最初のうちはこの子も私を警戒してたけど、何度も会ううちに仲良くなったのよ。それからこの森で他のポケモンたちと過ごしているうちに、この森のリーダーになったの。だからこの子は他のポケモンたちのお世話をするのが大好きなのよ」

 

互いに顔を見合わせて笑い合うユキノさんとナエトル。人間はポケモントレーナーでなければポケモンとかかわれないというわけではない。仲の良い友人として共に暮らす家族として一緒の時間を過ごすことができる。そんな人とポケモンの絆はとても素敵なことだと思う。

もしかしたら、このナエトルは人間に捨てられたのかもしれない。だから、ユキノさんはともかく、見知らぬ人間の俺たちを警戒していたのだろう。

けれど今は俺たちにも気を許してくれている。俺たちも彼の友達になれたということだろうか。

妙な音が聞こえたのはその時だ。

 

「「「「っ!?」」」」

 

俺たちは同時に音の方向を見る。

 

「まあ、なんの音かしら?」

 

ユキノさんがそう言うと同時に俺は立ち上がり駆け出した。一瞬ピカチュウ、スピアーと目が合うと俺の気持ちを理解してくれたのか彼らも駆け出した。

 

「「サトシ!?」」

 

カスミとリカの声が聞こえたが俺とピカチュウたちは構わず走った。

 

 

 

***

 

 

 

空気を切り裂くような音までだんだん近づくのがサトシにはわかった。

そして、そこまで走ると原因をサトシはすぐ理解した。

ガーメイルとドクケイルが互いを攻撃し合っていた。

 

「あの2体、喧嘩しているのか?」

 

『ワウワウ、ワウウ!』

 

その時、サトシの後ろから走って来たナエトルが2体を宥めようと声を上げる。しかし、ガーメイルとドクケイルは聞く耳を持たず、互いに技を打ち合った。

その時、ガーメイルの放った『エアスラッシュ』がサトシたちに飛来する。

 

「やっば、スピアー『ミサイルばり』!!」

 

『スピ!』

 

スピアーの放った無数の針が空気の刃を打ち消していく。間一髪、サトシたちに被害はない。

その後ろからナエトルが飛び出し、ドクケイルとガーメイルの間に割って入った。

 

『ワウワウ!』

 

賢明にナエトルは2体を説得しようと声を上げる。しかし、ガーメイルとドクケイルは聞かず「邪魔だ」とばかりにナエトルに攻撃を放った。

ガーメイルの『エアスラッシュ』とドクケイルの『ぎんいろのかぜ』がナエトルに襲い掛かる。

 

『ワウウッ!』

 

飛行技と虫技、どちらも草タイプのナエトルには大きなダメージを与える。たまらずナエトルは吹き飛んだ。

 

「ナエトル!!」

 

『ワウッ……』

 

ユキノが悲鳴にも近い声を上げる。

ナエトルは尚も立ち上がり、尚も2体の間に入ろうとする。

2体は再びナエトルに向かって技を放つ。

 

「危ない!」

 

ヒカリの悲鳴。

そして、サトシは意志と関係なく体が動いていた。

全速力で足を動かし、ナエトルに向かって両腕を伸ばす。技が襲い掛かる。

これ以上ナエトルを傷つけるわけにはいかない。サトシは全力でナエトルを抱え、その場から転がり離脱した。技が衝突したことによる爆発音がサトシの背中に当たる。

 

「無事かナエトル?」

 

『ワウ……』

 

サトシの腕の中でナエトルは傷だらけだ、けれど視線はガーメイルとドクケイルを見ている。なんとしてもあの2体を止めたい。そんな強い意志が瞳に宿っていた。

 

「お前、そんなにボロボロなのにすごいよ。あとは俺に任せてくれ」

 

ナエトルを抱き上げたサトシはリカたちのところまで歩き、ナエトルをユキノに渡す。身を反転させて駆け出し、飛行するドクケイルとガーメイルの下で止まる。

 

「おいガーメイル、ドクケイル!!」

 

叫ぶとガーメイルとドクケイルが苛立ち顔でサトシを見る。

 

「周りの迷惑も考えないで何やってるんだ!」

 

「そんなに暴れたいなら俺が相手してやる、かかってこい!!」

 

『エアスラッシュ』と『ぎんいろのかぜ』が迫る。サトシは寸でのところで回避する。

それぞれの攻撃がサトシの左右の地面に当たり衝突音が鳴り響く。

 

『ピカ!』

 

『スピ!』

 

自身のトレーナーの危機にピカチュウは頬を帯電させ、スピアーは両腕の針を水平に構え、両者は臨戦態勢になる。

 

「ピカチュウ、スピアー手を出すな!!」

 

サトシの一喝にピカチュウ、スピアーは動きを止める。

サトシが首だけ振り返ると2体を見て頷く。

――ここは任せてくれ

そんなメッセージをピカチュウとスピアーに送る。わかってくれたのか、2体はジッと待った。

気が済むまでやってやる、そのつもりでサトシはガーメイルとドクケイルを見据える。

2体の虫技、飛行技、毒技が飛び交う。サトシはそれらすべてを回避し続けた。時折、技が掠ることもあった。それでピカチュウたちが動き出そうとしたが、サトシがそれを止めた。

十数分、この相対を繰り返すとドクケイルとガーメイルに疲労が見え息も荒くなっていた。

 

「どうした、俺はまだピンピンしてるぜ。もっと来いよ!」

 

勝負はこれから、サトシはニヤリと笑い2体を見据え――

 

「「サトシ!!」」

 

「は、はいっ!」

 

後ろから仲間の少女たちからの一喝。反射的、というよりも本能的に直立不動の体勢になるサトシ。

 

「あのね、喧嘩の仲裁もいいけど、いつまで続ける気よ!」

 

「まずは喧嘩の原因を知ることが第一だよ!」

 

「……ごめんなさい」

 

仲間2人に一喝されたサトシは大人しく縮こまる。

 

「あれってポケモントレーナーがして大丈夫なの」

 

「まあまあ最近の若い子は元気なのね」

 

ヒカリが茫然と見て、ユキノがほわほわと笑った。

一連のやり取りで全体の空気

 

「ねえ、あなたたち、なんで喧嘩してるの?」

 

リカがそう言うとガーメイルとドクケイルに伝わったのか、2体は翅で木を指した。

そこには1個の木の実が生っていた。

 

「あれってスターの実?」

 

「まあ、珍しい木の実が生ってるのね」

 

「そっか、貴重なスターの実を取り合って喧嘩してたんだ」

 

原因は理解できた。しかし、このままだとどちらかあるいは両方大けがを負いかねない。

 

「それなら……ちょっと待ってろ」

 

「「「サトシ?」」」

 

サトシは茂みの奥にへと消えていった。

その場にいる人もポケモンもサトシの行動の意図がわからず互いに顔を見合わせる。ガーメイルとドクケイルも宙を飛びながら疑問符を浮かべて待つ。

 

「お待たせーっと」

 

しばらく経つとサトシが茂みから出てきた。戻って来たサトシはところどころに葉っぱや汚れが付いている。その手には木の実が一つ握られていた。

 

「それ、スターの実? まさか今の間に探したの?」

 

リカが聞くとサトシはニカッと笑う。

 

「ああ、ここで生ってるなら他にもあるんじゃないかって思ったけど、見つけられてよかった」

 

「そのために……あんたったら……」

 

カスミは呆れた様子だ。

構わずサトシは件の木に生っているスターの実ももぎ取る。これでサトシの手にはスターの実が2つ。

 

「ほらガーメイル、ドクケイル、これで喧嘩の理由はなくなったよな?」

 

サトシがそう言ってスターの実を2体の虫ポケモンに指す出すと、どちらも嬉しそうにスターの実を受け取ろうと近づく。するとサトシは腕を引っ込める。

 

「その前に、迷惑をかけたナエトルや危ない目に遭ったユキノさんに言うことがあるんじゃないか?」

 

言われたガーメイルとドクケイルはサトシと一緒にユキノさんと腕に抱かれたナエトルの元へ行く。2体の虫ポケモンは申し訳なさそうな顔になり小さく鳴き声をあげた。

 

「仲良くいてくれたら私は嬉しいわ」

 

『ワウワウッ』

 

ユキノさんもナエトルもまったく気にしていない様子で笑っていた。

許してもらえたことを喜んだ2体は仲良くスターの実を食べながら森の奥へと飛んで行った。

 

「これにて一件落着っと」

 

「サトシ君、あの子たちを止めてナエトルを守ってくれてありがとう」

 

『ワウワウ』

 

ユキノとナエトルがサトシに感謝を述べる。

 

「いえ力になれて良かったです」

 

「トレーナーが自分でポケモンとバトルするなんて、怪我とか大丈夫?」

 

ヒカリがサトシに心配そうに声をかける。

 

「おう、この通りピンピンしてるよ」

 

快活に笑うサトシだが、ヒカリはまだ納得していないという顔で再度問う。

 

「あるかどうかもわからないのに、どれだけ時間がかかるかわからないのに」

 

「それでもやれることはやってみたかったんだ。あの2体が仲良くなれるなら」

 

それを聞いたヒカリは僅かに目を見開き無言でサトシを見ていた。

 

「サトシに無茶はつきものだもの」

 

「言っても聞いてくれないよね」

 

「……すいません」

 

溜息混じりのカスミとリカの言葉にサトシは若干凹んだ様子。

 

「ふふふっ……」

 

そのやり取りを見ていたヒカリが笑い出す。

 

「ヒカリ?」

 

「あ、ごめんごめん。おかしくて笑ったんじゃなくって、サトシってすごいなって思ったの。ポケモンのためにあんなめちゃめちゃに体張る人なんてそういないじゃない」

 

「はは、おかしいのは間違いないとは自覚はあるよ」

 

「ううん、そんなことない。一生懸命なサトシすっごくかっこいいよ。あたしが保証するから大丈夫!」

 

そう言うとヒカリは喜色満面、名前の通り光輝くような笑顔をサトシに向けた。

ヒカリは『大丈夫』という言葉をよく使う。サトシは短い時間をヒカリと過ごしてわかったことだ。『大丈夫』、それが彼女にとって一番大事な言葉なんだ。だからこそサトシの胸の中に深く刻まれる気がした。

 

「そうだな、ヒカリがそう思うなら大丈夫だ」

 

ヒカリの『大丈夫』は勇気をくれる。サトシはそう思えた。

 

 

 

***

 

 

 

俺たちは家の前でユキノさんに挨拶をしている。そろそろナナカマド博士の研究所に向かうためだ。

 

「ユキノさんお世話になりました」

 

「うふふ、むしろこっちがあなたたちから元気を分けてもらったくらいよ。これからの旅、頑張ってね。ヒカリちゃんもトレーナーになれるように頑張ってね」

 

「「「「はい」」」」

 

するとナエトルが前に出た。

ナエトルはジッと俺のことを見ているようだ。まるで何かを訴えるかのように。

 

「ナエトル、行きたいならいいのよ」

 

『ワウ……』

 

「あなたが行きたい道を行ってくれれば私も嬉しいわ」

 

見上げるナエトルと彼を優しく見ているユキノさん。そのやり取りの意味が分からず俺の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「ユキノさん、ナエトルはどうしたんですか?」

 

「ナエトルはサトシ君に着いていきたいのよ」

 

「「「「えっ?」」」」

 

俺が聞くとユキノさんから思わぬ答えが返ってくる。

 

「ポケモンのために一生懸命なサトシ君のことが大好きになったのよ、そうよね」

 

『ワウ!』

 

ナエトルがユキノさんに同意するように力強く鳴く。

 

「そっか、ナエトルが仲間になってくれるなら俺も嬉しい」

 

こんなに周りに優しくて頼りになるポケモンが「仲間になりたい」と言ってくれるとはなんだか誇らしい。

するとナエトルは俺から一定の距離を取って鋭い目で全身に力を込めていた。

その様子を見てユキノさんは嬉しそうに笑う。

 

「でもその前にバトルがしたいみたいね」

 

『ワウワウ!』

 

「よっし、だったらポケモンバトルだ」

 

互いの全力をぶつけるためのバトルだ。

 

「フシギダネ、君に決めた!」

 

『ダネダーネ!』

 

フシギダネが元気よく飛び出す。

 

「フシギダネ、あのナエトルは俺たちの新しい仲間になるんだ。思いっきりバトルして仲良くなろうぜ!」

 

『ダネフシャ!』

 

フシギダネはわくわくした様子でナエトルを見る。

 

「虫タイプのスピアーの方が有利なんじゃないの?」

 

カスミが尋ねる。

 

「そうだな、けどシンオウ地方の草タイプの実力をカントーの草タイプで見てみたいんだ。フシギダネもやる気十分だよな!」

 

『ダネダネ!』

 

「あんたらしいわね」

 

呆れたような言い方のカスミだがその声はどこか嬉しそうだった。

 

「さあ行くぜナエトル」

 

『ワウワウワウッ!』

 

気合十分のナエトルは大きく鳴くとフシギダネに向かって駆け出した。

 

「『たいあたり』が来るぞ、引き付けるんだ」

 

『ダネ!』

 

「よし、かわせ!」

 

フシギダネは直撃の寸前で横に躱す。ナエトルの『たいあたり』が空振りとなり、ナエトルはつんのめる。

 

「フシギダネ『はっぱカッター』!」

 

『フシャ!』

 

発射された葉の刃がバランスを崩したナエトルに直撃する。

 

『ワアウウ!』

 

ナエトルは瞬時に体勢を立て直すと頭の葉っぱを揺らし、鋭い刃の葉を連射した。

 

「向こうも『はっぱカッター』か。『つるのムチ』で叩き落とせ!」

 

『ダネダネ!』

 

フシギダネが2本の蔓を出し、『はっぱカッター』を打ち落としていく。

 

「よし、そのままナエトルを捕まえろ!」

 

フシギダネの蔓は狙いをナエトルに定める。

ナエトルは飛来した2本の『つるのムチ』に咬みついた。そのままナエトルは蔓を引っ張り、フシギダネもその勢いで一瞬浮き上がり引っ張られる。

 

「踏ん張れフシギダネ!」

 

サトシの指示でフシギダネはなんとか地面に4本の脚を踏みしめる。両者が全力を込めて引き合う綱引き状態だ。

 

「フシギダネ、そのままナエトルに向かって走れ!」

 

フシギダネが蔓を引くのをやめて大地を駆ける。すると、引っ張った勢いでナエトルが後ろにバランスを崩す。それが大きな隙となる。

 

「『すてみタックル』!」

 

フシギダネの渾身の突撃、崩れているナエトルに直撃し、その体を吹き飛ばす。

ナエトルの小さな体が地面を転がる。

 

「今だ、行けモンスターボール!」

 

俺の投げたボールがナエトルに当たる。赤い光がナエトルを吸い込み、ボールが閉じる。

ゆっくりゆっくりとボールが揺れ、そして、カチリという音と共に止まる。

 

「いよっし、ナエトルゲットだぜ!」

 

『ダネダネネ!』

 

『ピッピカチュウ!』

 

『スピスピア!』

 

ボールから出ていたピカチュウたちも一緒に喜んでくれる。

捕まえたナエトルのボールを手に、彼にはユキノさんに挨拶をしてもらいたい。だが7個目のボールは開くことができない。

なので以前オダマキ博士から教えてもらった方法をとることにした。

 

「悪いスピアー、いったんオーキド研究所に行ってもらえるか?」

 

『スピア』

 

スピアーも俺がすることを理解してくれた。彼をボールに戻し、オーキド研究所へと送る。

これでナエトルのモンスターボールを開けるようになった。俺はモンスターボールのスイッチを押す。

 

「ナエトル出てこい」

 

『ワウ!』

 

モンスターボールから飛び出たナエトルが元気に鳴く。

 

「ナエトル、これからよろしくな」

 

『ワウッ!』

 

ナエトルは俺を見て笑顔を見せてくれた。仲間だと認めてくれて嬉しい。

 

「ナエトル、元気でね。サトシ君たちの助けになってあげるのよ」

 

『ワウワウ!』

 

ユキノさんの優しい激励にナエトルはさらに元気に笑顔で鳴き声を上げた。俺の時より元気な気がするのはユキノさんの方に心を開いているということだろうか、ぐぬぬなんだか悔しいぞ。

 

「よろしくねナエトル」

 

「一緒にがんばりましょう」

 

リカとカスミもナエトルに微笑んでいた。ナエトルも2人に元気よく挨拶した。

 

「すごかったわサトシ、すっごいバトルにポケモンゲット、全部近くで見れて、あたしすごく感動しちゃった!」

 

ヒカリも大興奮に目を輝かせていた。

これでヒカリがますますトレーナーになることを強く望むようになってくれれば嬉しい。

その場に溢れる笑顔を見ながら俺の心は満足感でいっぱいになっていた。

 

 

 

***

 

 

 

高い丘で1人の少年が遠くを見据えていた。

少年の傍らには電気タイプのエレキッドが立っている。

 

「あの程度でゲットか……使えないな」

 

少年は視線の先にいる――サトシを見てつまらなそうに笑っていた。




今回ゲットしたのはナエトルです。ゲットした場所もアニメと違い、彼はシンオウのエースではないですが、ヒコザルは現時点でゲットするわけにはいきません。今後の展開をお待ちください。

最後に登場した人物は皆さまの多くが予想はついていると思います。
アニメの時系列から大きく外れて彼がいますが、その辺りは次回で描いていきたいです。


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シンオウ地方 最大のライバル登場!?

思ったよりも長文になりました。


新しい仲間、ナエトルをゲットした俺、リカ、カスミはヒカリも連れてマサゴタウンに向かっていた。

ちなみに俺の足元ではピカチュウとナエトルが歩いている。

 

「ねえ、ピカチュウとナエトルも一緒に歩いてるの?」

 

「ああ、ピカチュウは野生のポケモンが飛び出した時にすぐに迎え撃てるようにするためだよ。ボールから出すよりも最初から出ていた方が速いからな。ナエトルはこれからしばらくシンオウから離れることになるから今はなるべくここの空気を感じさせてあげたいんだ」

 

『ピカチュウ!』

 

『ワアウ!』

 

ピカチュウとナエトルが元気な声を上げる。

 

「ふーん、そっか」

 

ヒカリはピカチュウとナエトルを順に見ると俺の方を向いた。

 

「ねえ、これからナナカマド博士の研究所に行くんでしょ?」

 

「ああそうだ」

 

「この辺りに住んでる子供ってトレーナーになる時はナナカマド博士からポケモンを貰うの。もちろんあたしもね」

 

「初めてポケモン貰う時って、すっごく感動するんだよ!」

 

「うん、今からすっごく待ち遠しいわ!」

 

空を見上げるヒカリはこれから先に待っている自分の夢と冒険を見ているようだ。

きっと彼女は旅の先々では驚きや感動が待っているだろう。その姿を想像するだけでこっちも楽しみになってきた。

そう思いながら目的地までさらに進んでいく。

 

 

 

フタバタウンにある研究所はマサラタウンのオーキド博士の研究所にも劣らないほど大きな建物だった。

俺はインターホンを鳴らす。

 

『はい、どなたかな』

 

聞こえてきたのは威厳のある男性の声だ。

 

「突然お邪魔してすいません、俺たちはオーキド博士の紹介で来た者です」 

 

『おお、君たちか。少し待ちたまえ』

 

 

「ようこそサトシ君、リカ君、カスミ君。む? 来るのは3人と聞いていたが?」

 

「あはは、あたしはさっきサトシたちに出会って付いてきた者でヒカリっていいます! 近々、トレーナーデビューする予定なんです。サトシたちにトレーナーについていろいろ聞いてるんです!」

 

「そうか、勉強熱心なのはいいことだ。君も参加するといい」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

研究所に案内された俺たちは全員でナナカマド博士と、向かい合い、講義を聞いていた。

 

「私はポケモンの進化について研究している。ポケモンはレベルを上げるほかにも様々な方法で進化をしている」

 

「石などの道具による進化、特定のポケモンが関係している進化、様々だ。さらにはポケモンと人がかかわることによる進化も多く確認されている」

 

「例えば、交換による進化。ポケモンと人間がいることで可能となる進化だ。他にもトレーナーに懐くことによる進化もある。つまりこれはポケモンがトレーナーを心から信頼している証だろう。共に暮らし、遊び、旅をし、冒険をし、困難に立ち向かい、嬉しい時も悲しい時も悔しい時も、ポケモンとトレーナーは一緒にいる。そこに生まれる心と心の密接な触れ合いが。ポケモン自身に大きな影響を与える」

 

博士は「無論、トレーナー自身にも」と付け足す。

 

「俺、今までみんなと旅をして、大変な経験を何度もしてきました。けど、どんな時もポケモンがいたから立ち向かうことができました。怖いと思うこともあったけど、ポケモンと一緒だったらどんなことでも乗り越えられる。そんな気持ちになって、最後まで諦めずにいられました。それはこれから先も同じだと思います」

 

「それはポケモンからしても同じことだろう。君たちというトレーナーがいたからこそ、力を発揮することができ、困難を解決できた。それは互いの成長を促す大変貴重な経験なのだよ」

 

ナナカマド博士は「付いてきたまえ」と言うと、外につながる扉を開く。俺たちは博士に促されてついていくと、そこには広大な草原が広がり、向こうには森が見えた。

 

「この辺り一帯には野生のポケモンが多く生息している。ヒカリ君により多くのポケモンたちを見せてあげるといい」

 

「わあ、ポケモンがたくさん!」

 

「「待った!!」」

 

喜色満面のヒカリが駆け出そうとすると、リカとカスミがそれぞれ片手でヒカリの肩を掴んで急ブレーキをかけさせる。

 

「え、なに?」

 

「ポケモン持ってないのに野生のポケモンに近づいたら危ないんだってば」

 

「さっきビークインに襲われてて怖い思いしてたよ」

 

「う、そうだった……」

 

少し恥ずかしそうなヒカリが片手で頭をかく。するとカスミとリカがヒカリの前に出る。

 

「私たちから離れないようにしなさいよ」

 

「ヒカリは私たちが守るからね」

 

「2人ともありがとう!」

 

やだお2人ともイケメン! 惚れる!

ナイト役が男というのは時代錯誤だろうか、俺も前に海で2人に守ってもらったしな。俺は影から見守る守護者にでもなるか、お、なんだか守護者ってかっこいいぞ守護者(ガーディアン)そのままだけどかっこいいぞ。周りを見渡し、危険が迫ってないか前後左右果ては空を土の中も警戒を怠らない。ピピピッ……我がレーダーには異常なし、脅威反応なし。よし、このまま前進! さあ行こうみんな!

4人はとっくに歩き出して俺からもう5メートルは先にいた。

 

「何してんのよサトシー!」

 

「置いてくよー!」

 

ふっ、いいのさ。今の俺は影、みんなが無事ならそれで――

 

「今行くー!」

 

泣いてないぞ、ほんとだぞ!

 

 

 

 

「ナナカマド博士、あのポケモンはなんていうんですか?」

 

ヒカリが指さした先には木々に止まるポケモンたちがいる。黒と灰色の体毛にオレンジの嘴の小さな鳥ポケモン。そしてそれらと同じ色の体毛と嘴を持ち一回りほど大きな鳥ポケモンもいる。

 

「あれはムックルという飛行タイプのポケモンだ。その向こうにいる少し大きい体のポケモンは進化系のムクバードだ」

 

ナナカマド博士の説明を聞いたヒカリはムックルとムクバードを見上げる。その時、ガサガサという音がすると、3体ポケモンが飛び出した。うち2体は茶色の体毛に丸っこい体、尻尾は3つの山のようになり、愛嬌のある顔に口から大きな前歯が飛び出している。1体はそれらと特徴が似た特徴を備えている。違いは尻尾が大きく伸びていることと、大きな体。

飛び出したことで俺たちは瞬時に構えるが、3体は別の茂みの奥へと消えた。

 

「今走って行ったポケモンはビッパと進化系のビーダルだ。ビッパはノーマルタイプだがビーダルに進化すると水タイプも備えている」

 

「え、水タイプなの!?」

 

あの見た目からは想像できない事実にカスミは驚きの声を上げた。俺も驚いた。

初めて見るポケモンたちにヒカリだけでなく俺も興奮を覚えた。おそらくリカとカスミも同じだろう。

 

 

「サトシ君、先ほどの話しの続きだが、人とポケモンの関わりが重要と言ったが、他にも私はポケモンとトレーナーの触れ合い、そしてトレーナー同士の関わり合いも重要だと考えている」

 

「トレーナー同士がバトルを通して互いを知り、自分と違う考えやバトルスタイルが本人の考え方にも強い影響を与える。そんな例を数多く見てきた」

 

「ポケモントレーナーが多くのトレーナーとバトルをすることでより成長するのは、相手のトレーナーから与えられる多くの刺激によるものだと私は考えている」

 

「君と旅をしているリカ君とカスミ君だけでなく、これから先出会うポケモントレーナーたちが君自身を成長させる要因となる。このことを理解し、自身をさらに磨いていくといい」

 

「はい」

 

その言葉は博士からの忠告でありこれからの旅への激励、「自分を磨く」よく聞く言葉で人がやるべき当たり前のことなのだろうけど、改めて言われるとより身が引き締まった気がする。

ナナカマド博士に感謝の気持ちで一礼した俺は、他のポケモンを探してみようとした。その時、激しい音と共に閃光が走る。音のした方を見ると電撃が木々の間から空に向かって放出されていた。

 

「なんだあの電気は」

 

「行ってみましょう」

 

 

 

***

 

 

 

強烈な電撃が森の木々から飛び出すように激しくうねっている。すると多くのムックルたちが驚いたせいか、木々の間から空へと飛び立っていった。

電撃の発生源まで走るとそこには1人の少年、足元にはエレキッドが両腕を振り回しながら電撃をムックルにの群れに浴びせていた。

 

「ん?」

 

エレキッドを伴った少年は俺たちに気付いたのか振り返りその鋭い目を向けた。

 

「お前……」

 

「あ、ごめん、邪魔するつもりはなかったんだけど」

 

少年は俺を見て、視線をナナカマド博士の方へ向けると歩いてくる。

 

「初めまして、俺はトバリシティのシンジと言います。ナナカマド博士とお見受けします」

 

「うむ、いかにも私がナナカマドだ」

 

「お会いできて光栄です」

 

鋭い目つきで不愛想にも見える雰囲気だが印象と違って礼儀正しい態度だった。彼――シンジは俺を見て、次に俺の足元のナエトルを見ると口を開いた。

 

「お前、そのナエトルでいいのか?」

 

「え?」

 

『ワウ?』

 

質問の意味が分からず、俺は疑問の声で聞き返す。

 

「さっきお前がそのナエトルを仲間にするのを見ていた。どうせゲットするなら能力値が高く強いやつにした方がいい。だが、お前は何も考えず出会ったからゲットしたみたいだな」

 

「……それの何か問題があるのか? 第一、そのポケモンがどんな能力かなんてわかるのか?」

 

嘲笑うようなシンジの言葉に苛立ちを覚える。

 

「わかるさ、お前ポケモン図鑑の機能を知らないのか?」

 

「機能?」

 

「ああ、ポケモン図鑑は捕まえたポケモンの技を覚えているのかわかるし、能力値を測ることができる。それで同じポケモンでも能力の違いがわかる。こんな風にな」

 

シンジは三つのボールを投げるとそこから3体のムックルが飛び出した。

 

『『『ムクゥ!』』』

 

「ムックルを3体も?」

 

現れたムックルはシンジの足元に着地する。シンジはムックルに向けて図鑑をかざす。

 

「まあ、ゲットする前からわかっていれば手間も省けるんだが……」

 

面倒そうにしながらムックルたちに図鑑を向けた男は一瞬眉をひそめると溜息をつく。

 

「どいつも大した技を覚えてないな、もう用は無い。住処に帰れ」

 

『『『ムクゥ!』』』

 

男の言葉にムックルたちは森へと飛び立っていった。

男の顔には僅かな葛藤も後悔も感じられない。まるでポイ捨てするような行動に絶句する・

 

「せっかく捕まえたのに逃がすの!?」

 

リカが悲壮な声を上げる。

 

「碌な技を覚えていないポケモンを捕まえても即戦力にはならないだろ。そんな使えないポケモン捕まえてなんの意味がある」

 

「なによそれ、ポケモンたちに失礼じゃない!」

 

カスミが声を荒げるが男は気にした様子もない。

俺も言わずにはいられない。

 

「そんなのトレーナーの育て方次第だろ、それでどんなポケモンでもいくらでも強くなれる」

 

「ふっ、根性論か? くだらない。トレーナーが使えないと、ポケモンも使えない連中ばかりが集まる」

 

「なんだと!」

 

「弱いポケモンを一から育てるよりも、強く才能のあるポケモンを育てるほうがはるかに効率がいいだろ」

 

「才能だとか効率だとか関係ない! どんなポケモンでもトレーナーが強くするんだ。ポケモンの能力値をあれこれ言い訳にするなんてそのトレーナーの力量が知れてる!」

 

言いたいことを言い切ると男はニヤリと笑う。

 

「ほう、そこまで言うなら試してみるか?」

 

「……ポケモンバトルか」

 

「ああ、ルールは3対3、トレーナーの力量、タイプのバランスを見るにはそれが手っ取り早い」

 

「ああ、受けて立つ」

 

この男の間違いを証明してみせる。

俺はモンスターボールを取り出す。

 

「ナエトル、ボールに戻っていてくれ」

 

『ワウ』

 

ナエトルが頷き、俺は彼をモンスターボールに戻した。続いてもう一つのボールも取り出し、ピカチュウを戻そうとしたその時、

 

「おーいシンジー!」

 

「やっと見つけましたよ」

 

現れたのは、朝出会った2人のトレーナー、キララとユキネだ。

 

「どこほっつき歩いてた」

 

歩いてくるキララとユキネに対しシンジは尖った口調で応対する。

 

「む、どっちかといえば勝手にどっか行ったのシンジじゃん」

 

「シンジ、ポケモンを探すのはいいですが、黙って行かないでください」

 

「……次は気を付ける」

 

キララが頬を膨らませジトっとシンジを見て、ユキネは微笑みながら注意すると、シンジはバツが悪そうに返答する。おそらく反省しているのだろうが。

 

「まあいい、これからこいつとポケモンバトルをする」

 

シンジが言うと、キララとユキネは俺たちに気付く。

 

「おっ、さっきの人たちじゃん。なになに、彼強いの?」

 

「力の差を教えてやるだけだ。というか知り合いか?」

 

「ええ、朝たまたま出会いました」

 

ユキネはそう言うと俺たちの方を向く。

 

「……さっきぶりですね。シンジのお相手、私からもよろしくお願いいたします」

 

「あ、ああ……」

 

いきなりのことで俺の返事もたどたどしくなってしまう。

 

「キララにユキネ、もしかして、あなたたちの旅の仲間って」

 

リカが驚愕を隠さずに問う。

 

「そう、彼がボクたちの幼馴染で仲間のシンジだよ。」

 

「そ、そう……なんだ……」

 

キララの言葉にカスミは信じられないという表情になる。

するとユキネは何かを察したという顔になる。

 

「まったく、シンジったらまたキツいこと言ったのですね」

 

「事実を言っただけだ」

 

困り顔のユキネが言うとシンジはさも当たり前であるかのように言い放つ。

 

「あはは、ごめんね。シンジは口悪いし性格悪いし目つき悪いしで嫌なとこだらけだけど、悪い奴じゃないから」

 

フォローになってないフォローをするキララに場が微妙な空気になってしまう。キララ本人以外は。

 

「2人の仲間なのはわかったけど、せっかく捕まえたポケモンを逃がすなんて」

 

リカがシンジの考えに異を唱えることを伝える。

 

「逃がすことってそんなに悪いことですか?」

 

「え?」

 

ユキネは真面目な顔で問いかける。リカは一瞬言葉を止める。

 

「例えば、ゲットしたポケモンが仲間の元に戻ることを望んでいたら? バトルすることを嫌がっていたら?」

 

「そ、それは……」

 

その言葉に対しリカは反論ができない。それは俺もカスミも同じだ。

 

「どんなポケモンも、捕まえたトレーナーとの絆を深めればいつか――」

 

「それは人間側の身勝手だよ」

 

俺の意見をキララは静かな声音で一蹴する。

 

「シンジの言う『使えない』っていうのは、『自分とは合わない』ってことなんだ。性格にしろ、やり方にしろ、自分と会わないポケモンをゲットするのはお互いのためにならないよ」

 

キララが言葉を切るとユキネが続ける。

 

「無理に育てて、ポケモンにこれ以上の成長が望めない、ポケモンも嫌がって、結局トレーナーと合わない。そうなった場合は逃がさざるを得ません」

 

ユキネが言い終えるとキララと交代する。

 

「けど、長い間人間と一緒に過ごしたポケモンは野生に馴染めるのかな?」

 

俺もカスミもリカもその言葉に反論できなかった。

俺たちが今までゲットしたポケモンたちは皆、一緒に旅をすることを望んでいた。だが、そうでないポケモンもいる。何事も合う合わないという相性の問題が存在する。

もしこれから先ポケモンをゲットした時、俺はそのポケモンを仲間にすることを望むだろう。けどそのポケモンが望まなければ、俺は躊躇なく手放せるだろうか。

今まで仲間になったポケモンたちも、この先立派に育てることができるだろうか。

今日仲間になったナエトルもそうだ。ゲットしたばかりでまだわからないけど、俺と会わなくて上手く育てられずに彼を酷く傷つけてしまうかもしれない。

そうなれば、彼と離れることがナエトル自身の今後のためになるかもしれない。

それでも――

 

「俺は、トレーナーとポケモンの出会いは、どんな形であれ大きな意味があると思ってる。そのポケモンの強さとか能力とか相性とか、それだけで決めたくない。俺が出会ってきたポケモンたちとの思い出を否定したくないんだ」

 

「お前がそう思いたいならそう思えばいい」

 

『ピィカピカチュウ!』

 

見下ろすと足元でピカチュウが心配そうに俺を見上げていた。もしかして俺怖い顔してたかな?

するとピカチュウがエレキッドの元まで走り前に立つ。そうしてピカチュウは右手を前に差し出す。握手しようということだろうか。

それを見たエレキッドは、

 

『ビビィ!』

 

ニッコリ笑うと彼も右腕を差し出す。

 

「ポケモン同士は仲良しなのね」

 

ヒカリがそう言うとその場の空気も僅かに和んだ気がした。

バチィッという音が響く、エレキッドの差し出した右手から火花が散りピカチュウが吹き飛ぶ。

 

「ピカチュウ!?」

 

エレキッドはニヤニヤと笑っていた。今のはおそらく微弱な電気をぶつけてピカチュウを吹き飛ばしたのだろう。

ピカチュウはすぐに立ち上がると怒気を浮かべてエレキッドに詰め寄る。

 

『ピカア!』

 

『ビビビッ!!』

 

エレキッドは先ほどとは打って変わってピカチュウを睨みつける。まるで「馴れ馴れしくするな」とでも言いたいようだ。

 

「こらエレキッドやめなさい!!」

 

怒鳴り声の主はユキネだった。ユキネは眼鏡の奥からエレキッドを睨む。彼女の声にエレキッドはビクリと震え恐る恐るといった様子でユキネを見上げる。

 

「ごめんなさいね」

 

「あ、いいよ」

 

「トレーナーの悪いとこばっか似るよねぇ」

 

「フン」

 

キララがシンジをいたずらっぽく見るとシンジは黙って鼻を鳴らす。

 

「バトルをするなら研究所の庭を使うといい。サトシ君とシンジ君、みんなも付いてきたまえ」

 

「「はいありがとうございます」」

 

俺とシンジのセリフが被り、思わず目を合わせ視線が交錯する。

 

――こいつには負けるわけにはいかない

 

 

 

***

 

 

 

フィールドに立つサトシとシンジ、その中間にはユキネが立っている。

 

「審判は私が務めます。使用ポケモンは互いに3体、先に2勝した方の勝利でよろしいですね」

 

「ああ」

 

「はじめるぞ」

 

「ではお互いにモンスターボールを投げてください。

 

「フシギダネ、君に決めた!」

 

「ナエトル、バトルスタンバイ!」

 

サトシとシンジは同時にモンスターボールを1つずつ投げる。

 

『ダネダネ!』

 

『ワウ!』

 

蕾を背負ったフシギダネと、頭に葉っぱを生やして甲羅を背負ったナエトルが現れる。

 

「シンジもナエトルを持ってたんだね」

 

観客のリカがそう言う、彼女もカスミやヒカリも驚いているがサトシも驚いていた。さきほどサトシがゲットしたナエトルにいちゃもんをつけていたが、今フィールドに出ているがシンジにとっての強いナエトルということなのだろうか。

 

(いや、そこを考えても仕方がない。今はバトルに集中するだけだ)

 

「それではバトル開始!」

 

ユキネが両腕を掲げる。

 

「フシギダネ『はっぱカッター』!」

 

『フシャ!!』

 

先手をとったサトシが指示を出し、フシギダネから大量の葉っぱが発射される。葉は鋭い刃となってナエトルに襲い掛かる。すべての刃がナエトルに直撃する。しかし、ナエトルは表情を一切変えず、その体は一筋の傷も無かった。

 

「効いてない!?」

 

カスミが驚愕の声を上げる。

 

「だったら『ヘドロばくだん』!」

 

『ダネェ!』

 

フシギダネの蕾から毒エネルギーが発射される。草タイプのナエトルには一番効果のある攻撃だ。

 

「『ギガドレイン』!」

 

『ワウウ!』

 

その時初めてシンジが動く。ナエトルから放出されたエネルギーが『ヘドロばくだん』を打ち消し、フシギダネに殺到するとその全身を拘束した。さらに『ギガドレイン』は相手の体力を奪っていく技だ。

身動きが取れないフシギダネは堪えている。

 

『ダネ……』

 

「フシギダネ逃げろ!」

 

「あれに捕まったら逃げるのは至難の業だよ」

 

キララが自身ありげに言い放つ。

フシギダネには効果はいま一つの攻撃だが、動きを封じられ無防備に体力を吸い取られていくのは苦しい。

 

「フシギダネ、『はっぱカッター』で拘束を切り裂くんだ!」

 

『ダネ、フッシャア!』

 

フシギダネから発射された緑の刃、ナエトルから放出された草のエネルギーに打ち付けられる。次第にエネルギーに亀裂が走り、やがて消滅。フシギダネは自由の身となる。

 

「フシギダネ大丈夫か?」

 

『ダネダネ!』

 

フシギダネはまだまだ戦える。

 

「よし、『つるのムチ』で捕まえろ!」

 

フシギダネから勢いよく伸ばされた2本の蔓がナエトルに迫る。

 

「『かみくだく』!」

 

2本の蔓が触れる寸前、ナエトルは口を大きく開いて蔓に咬みついた。フシギダネは驚きながらも引っ張るがナエトルは咬みつきを緩めず、蔓はビクともしない。

 

「投げ上げろ」

 

シンジの指示にナエトルが首を大きく動かす。フシギダネは踏ん張るが、その小さな体は一瞬で宙に浮く。

 

「そのまま叩きつけろ!」

 

『ワアアウッ!』

 

無防備なまま浮いたフシギダネはさらに強く引っ張られ、地面に叩きつけられる。フシギダネは苦し気な表情になりながらも立ち上がる。

 

「なんてパワーだ」

 

「フシギダネ、さっきサトシのナエトルとバトルしたときは互角くらいのパワーだったのに」

 

ヒカリの言うように、さきほどサトシがナエトルをゲットした時もフシギダネがバトルをしていた。その時の勝負は互角と言えた。しかし、シンジのナエトルとのバトルでは圧倒されている状況だ。

 

「うむ、ポケモンは人間と同様に1体1体違うものだ。森の中で平和に生きていたサトシ君のナエトルと育てられたシンジ君のナエトルとでは力に差が出て当然だろう。しかし、これほど鍛えられたナエトルは私も見たことがないな」

 

「そりゃあ、ナエトルはシンジの最初のポケモンですからね」

 

ナナカマド博士が感心していると、キララが満悦な表情を見せた。

 

「一番最初のポケモン?」

 

カスミがキララを見る。

 

「そそっ、だからシンジにとっても信頼の厚い相棒で切り札ってわけさ」

 

「キララ、余計なことを言うな」

 

「ごめんごめん」

 

シンジに叱責されるが、キララはコロコロ笑う。気心の知れた中であることが伺える。

 

「フシギダネ、『はっぱカッター』!」

 

サトシの狙いは攻撃ではなく、注意を逸らすこと。

 

「『すてみタックル』!」

 

遠距離では決定打を与えられない。ならば接近戦に持ち込んで確実に攻撃を当ててダメージを与えていく。

 

「『だいちのちから』!」

 

『ワウウウ!!』

 

ナエトルが前脚で地面を強く叩くと、その足元から膨大なエネルギーが放出される。地面エネルギーは突進するフシギダネに向かい直撃した。

 

『ダ、ダネエエエ!』

 

強力な地面技を受けたフシギダネは大きなダメージに苦悶の表情を浮かべる。さらに足元からの攻撃であるため動きも止められ『すてみタックル』は不発となった。

 

「フシギダネ!」

 

「接近戦に持ち込むつもりだったのだろうが、甘いな。誘い込んだのは俺の方だ」

 

「なんだと!」

 

不敵な笑みを浮かべ冷酷に言い放ったシンジは、強い意志を持ってナエトルに命じる。

 

「『リーフストーム』!」

 

『ワウ、ワアアアウウウウ!!』

 

ナエトルの頭の葉っぱが淡く光ると、そこから大量の葉っぱを伴った嵐が発生する。一帯の大気を震わせるほどの猛烈な緑の竜巻が、ダメージでフラつくフシギダネに襲い掛かる。

 

「フシギダネ戦闘不能、ナエトルの勝ち!」

 

ユキネの宣言でバトルが終了する。リカとカスミは呆然とフィールドを見ていた。

 

「あのナエトル、とんでもなく強いよ」

 

「しかもナエトルはほとんどダメージを受けてないわ!」

 

「うむ、技を受けながら相手を観察し、安定したバトルであったな。それにあのナエトルを見て、君たちは何か気づかないかな?」

 

「「「え?」」」

 

ナナカマド博士の問いかけに周りは疑問の表情を浮かべる。真意を探ろうとし、答えはすぐに出た。

 

「あ、あのナエトル、バトル開始からずっとあの場所から移動してない!?」

 

ハッとしたリカの言葉にサトシも気づき、衝撃がその全身を駆け抜ける。

シンジのナエトルの威風堂々とした姿はただの木立ではない、天高くそびえる大木、いや、その大木が根を張る決して崩れることのない大地。

その姿にサトシは畏怖をも覚えてしまった。

 

「頑張ったなフシギダネ、戻ってゆっくり休んでくれ」

 

「戻れナエトル」

 

両者はモンスターボールに自分のポケモンを戻す。

 

サトシは労いの言葉をかけるがシンジは特に声もかけずにボールを腰に戻す。

 

「少しくらい、褒めてやったらどうだ?」

 

「勝って当たり前のバトルをして褒める必要があるのか?」

 

どうでもいいというような言い方にサトシは歯を食いしばって睨みつける。

だが、内心は焦燥が渦巻いている。

ナエトルだけでなくシンジ自身が大きく思える。巨大な、堅牢な、自分に立ちふさがる壁。目の前にあるだけで凄まじい威圧感を与える。本当に自分は勝てるのだろうかと恐怖が沸き上がる。

 

(今のバトルでわかった。シンジは強い。あのナエトルは並みの鍛え方ではあそこまでの力はつかない。だとすれば残りのポケモンたちもかなりの実力のはずだ)

 

サトシは確かな敗北への恐れを抱いていた。

 

「サトシ、まだまだこっからよ!」

 

「ファイトー!」

 

「大丈夫大丈夫!」

 

ハッとして顔を上げると、バトルを観戦しているカスミとリカ、そしてヒカリが視界に入る。

彼女たちの顔には落胆も諦めもない。

 

(そうだな、こんなことでへこたれてちゃいけないよな!)

 

1度負けただけだ。諦めるには早過ぎる。負けることに対する恐怖なんて取り払え。自分とポケモンたちを信じるんだ。

 

「2回戦、始めます。両者ボールを投げてください」

 

「ニドリーノ、君に決めた!」

 

「コドラ、バトルスタンバイ!」

 

『ニドォ!』

 

『コドォ!』

 

サトシのポケモンはニドリーノ、シンジのポケモンは鋼の肉体の四足歩行の重量ポケモン、コドラだ。

 

「コドラ!?」

 

「鋼岩タイプ、毒タイプのニドリーノには不利だよ」

 

「そうなの?」

 

シンジのコドラを見たカスミとリカが驚き、ヒカリは疑問の声を上げる。

 

「うん、鋼タイプに毒技はまったく効かないから」

 

リカの説明にヒカリは目を見開き、心配そうにサトシを見る。

 

「出し勝ち出し負けもポケモンバトルの醍醐味だよねぇ」

 

キララは楽しそうにフィールドを眺める。

 

「しかし、タイプ相性だけで決まらないのがポケモンバトル、果たしてどうなるのか」

 

ナナカマド博士が締めくくる。

 

「バトル、開始!」

 

ユキネが片手を挙げる。

 

「ニドリーノ『みずのはどう』だ!」

 

『ニドォ!』

 

先手はニドリーノ、角の前に水の音波を形成し発射する。高速で宙を走る水の音波がコドラに直撃、大きなダメージに苦悶の表情を浮かべる。

 

「やった効果抜群だよ!」

 

リカが手を叩いて歓喜の声を上げる。

 

「もう一度『みずのはどう』だ!」

 

第二波、再びコドラに迫る。

 

「コドラ『ラスターカノン』!」

 

『コォォドラァ!』

 

コドラが口を開けると銀色の光が収束、一直線に『みずのはどう』に衝突。破裂音と共に両技が消滅。

 

「打ち消された!?」

 

「だったら『ドリルライナー』!」

 

『ニド!』

 

ニドリーノは角を猛烈に回転させると、そのまま走りだした。

 

「『てっぺき』」

 

『コォ!』

 

コドラは鋼の全身さらに硬質化させる。この技で防御が大幅に上昇した。

ニドリーノの大地のドリルがコドラに直撃する。鉄壁の守りを得たコドラは、

 

吹き飛んだ。

 

「なに!?」

 

シンジは驚愕の声を上げる。

吹き飛んだコドラはすぐに立ち上がると、立ち上がる。

 

「『にどげり』!」

 

「『メタルクロー』!」

 

ニドリーノの連続の蹴り、それをコドラは両前脚を硬化させ、両者が撃ち合う。数回の打ち合いの末、ニドリーノが吹き飛ぶ。

 

「『てっぺき』だ!」

 

ニドリーノが離れた隙にシンジは再度コドラの全身の防御を上げる。

 

「しまった!」

 

これで『ドリルライナー』は効きにくくなった。だがサトシは止まらない。

 

「ニドリーノ『ドリルライナー』!」

 

さらに加速をしたニドリーノ、その角がコドラに激突する。

激突音が響くが、先ほどとは違いコドラはその場で踏ん張る。大幅に上がったコドラの防御力が大地を纏った角を阻む。

だが、サトシの狙い通りだ。

 

「待ってたぜこの超至近距離、『みずのはどう』!」

 

『ニィドォ!』

 

「『ラスターカノン』!」

 

シンジは一瞬眉を顰めると技を指示する。しかし、ニドリーノの方が速い。

水の音波がコドラの至近距離で炸裂し、その重い体が吹き飛ぶ。効果は抜群だ。

 

「『てっぺき』は防御を上げるが特殊防御は上がらない。コドラに一番有効な『ドリルライナー』ではなく『みずのはどう』の方がダメージとなるため決め技に選択した。サトシ君はそれをキチンと理解しているようだ」

 

「みんな考えながらバトルしてるんだ」

 

ナナカマド博士の解説にヒカリは感心してバトルの様子を見ている。

 

「よし、もう一度『みずのはどう』!」

 

「『きんぞくおん』!」

 

『みずのはどう』が発射される寸前でコドラから凄まじい音が放射される。その強烈な音にニドリーノも苦悶の表情を浮かべて動けなくなる。

 

「『ラスターカノン』!」

 

『コォ!』

 

動きの止まったニドリーノに鋼の光線がヒットする。ニドリーノはダメージと共に後方に押される。

 

「『メタルクロー』!」

 

コドラの追撃、鋼の爪と共に駆け抜ける。

 

「ニドリーノ『みずのはどう』!」

 

「切り裂け!」

 

『コドォ!』

 

「なっ!?」

 

鋼の両爪が水流を切り裂き飛沫が上がる。コドラは勢いのままニドリーノに突進する。

 

「抑え込め!」

 

飛び上がったコドラはニドリーノに上からのし掛かる。

 

『コド……!』

 

『ニ、ド……!』

 

コドラの超重量にのしかかられ、ニドリーノはじたばたともがく。

 

「『ラスターカノン』!」

 

コドラの口が開き、銀色の光が収束する。真下で抑え込まれているニドリーノには回避する術はない。

 

「ニドリーノ、地面に向かって『みずのはどう』!」

 

ニドリーノはカッと両目を開くと地面に接触した角の先に水のエネルギーを発生させそのまま放つ。

地面に叩きつけられ弾けた流水がコドラの全身に浴びせられる。不意の水攻撃にコドラは苦悶を浮かべ、『ラスターカノン』も不発に終わる。拘束が緩み、ニドリーノは脱出する。

 

「ちっ、怯むな『ラスターカノン』!」

 

シンジは再度『ラスターカノン』を指示、コドラも瞬時に持ち直すと口の中に鋼エネルギーを込める。

 

「『にどげり』だ! 顎を狙え!」

 

顎を蹴り飛ばされたコドラ、頭を強制的に上に向けられ、銀の閃光がそのまま口から放出され空へと消えた。そして、『にどげり』はもう一発残っている。第二の蹴りがコドラの腹に突き刺さる。

コドラの体は吹き飛び、そのまま目を回して倒れた。

 

「コドラ戦闘不能、ニドリーノの勝ち!」

 

「やった、ニドリーノが勝ったわ!」

 

カスミの喜びの声、リカとヒカリの歓声がサトシの耳にも届く。

 

「よくやったニドリーノ!」

 

『ニドォ!』

 

「どうだ、これで1勝1敗!」

 

「戻れコドラ」

 

シンジはコドラを戻したボールをひと睨みすると無言で直し、次のボールを取り出す。サトシはそれに対して言いたいことを我慢しながらニドリーノをボールに戻す。

 

「3戦目を始めます。互いにポケモンを出してください」

 

審判ユキネが宣言する。このバトルでの最後のモンスターボール、サトシは取り出し、向かい合うシンジと同時に投げる。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「エレキッド、バトルスタンバイ!」

 

『ピッカ!』

 

『ビビッ!』

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピィカチュウウウウウウ!!』

 

ピカチュウから放たれる膨大な電撃がエレキッドの全身を包み込む。

 

『ビビィ』

 

しかし、エレキッドは余裕の表情を浮かべたままだった。

 

「くっやっぱり効果今一つとは言えダメージほぼ無しか」

 

様子見の意味も込めた『10まんボルト』だがエレキッドがよく鍛えられていることを証明しただけだった。

 

「ふん、エレキッド『かわらわり』」

 

『ビビビッ!!』

 

エレキッドは腕を勢いよくピカチュウに振り下ろす。

素早い手刀が頭に直撃したピカチュウはそのまま後方に吹き飛ぶ。

 

『ピカ!』

 

「大丈夫かピカチュウ!」

 

『ピカピカチュウ!』

 

ピカチュウはすぐに立ち上がり、まだまだバトルが続行可能であるとアピールする。

 

「エレキッド『かみなり』」

 

『ビビビッ、ビッビビィッ!!』

 

エレキッドの追撃の強力な電撃、先ほどとは逆の状況でピカチュウが攻撃を浴びる。

 

『ピィ……カ……』

 

だがエレキッドの時とは逆で、ピカチュウは直撃した電撃に苦しそうだった。

 

「な、なんだこの威力は!?」

 

「気づかないのか?」

 

「え?」

 

「さっきは敢えて先手を取らせたんだ。ピカチュウの電気技で俺のエレキッドをパワーアップさせるためにな。お陰で効果が薄い電気技でピカチュウにダメージを与えられた」

 

嘲笑うようなシンジの言葉に、サトシは相手の戦略に嵌ってしまったことに歯噛みする。

 

「ああちなみに、ピカチュウは『ひらいしん』の可能性もあったが、バトル前の小競り合いでエレキッドの電気がピカチュウに吸収されてないのがわかったからな。安心して『かみなり』を使えた」

 

小競り合い、エレキッドがピカチュウに好意的なフリをして微弱な電撃を浴びせ転倒させた先ほどの出来事。あのやり取りだけでシンジはピカチュウの特性を見抜いていた。

 

(バトルはあの時から始まってたってことか!)

 

「だったら『アイアンテール』!」

 

「『まもる』」

 

ピカチュウが鋼の尻尾を振り下ろすが、エレキッドは両腕をクロスさせ絶対防御の半透明の盾を生み出す。『アイアンテール』が阻まれる。

 

「防がれた!?」

 

ヒカリが声を上げる。

 

「『かみなりパンチ』!」

 

『ビビッビィ!』

 

エレキッドのアッパーカットの『かみなりパンチ』がピカチュウの顎を打ち抜き大きく吹き飛ばされる。

 

「まだ行けるかピカチュウ?」

 

『ピカッ!』

 

ピカチュウの闘志はまだまだ燃えている。

 

「よし『アイアンテール』!」

 

「無駄なことを、エレキッド『まもる』」

 

弾き飛ばされるピカチュウ、これは先刻のパターンとまったく一緒。学習しない様子にシンジは嘲笑う。しかし、そこまでサトシはの予定通り。

 

「ピカチュウ『なみのり』!」

 

『ピカピカ、ピッカア!』

 

ピカチュウの全身を水流が包みエレキッドに向かって突進する。エレキッドの小さな体躯が吹き飛びそのまま倒れる。

 

「なにっ!?」

 

「うっそマジ!?」

 

「波乗りピカチュウ!?」

 

シンジだけでなく、キララとユキネも驚愕の声を上げる。

 

「このまま行くぞ。『なみのり』!」

 

『ピカピカ、ピッカア!』

 

再び水を全身に纏うピカチュウがエレキッドに向かう。

 

「エレキッド捕まえろ!」

 

『ビ、ビビビィ!』

 

立ち上がったエレキッドは両腕を伸ばして迫るピカチュウを受け止める。そして、『なみのり』の効果は終了し、ピカチュウはエレキッドの両腕に高速される。

 

「くっ」

 

「『かみなり』!」

 

『ビビビィ!』

 

両腕に捕えられ身動きが取れないピカチュウに対するエレキッドの超至近距離の『かみなり』、膨大な閃光が走る。

 

『ピ、ピィ、ピカ……』

 

高威力の電気技は同じ電気タイプのピカチュウにもダメージとなる。苦しみながらもピカチュウは耐える。逃げることもできずにこのまま『かみなり』を受け続けることしかできない。

だが、このピンチこそがチャンスだ。

 

「ピカチュウ今だ、『ボルテッカー』!!」

 

『ピ、カ……ピカピカピカピカピカ!!』

 

ピカチュウは目を見開くと『かみなり』に耐えながら全身に力を込める。するとピカチュウの体から電撃が発生、ピカチュウの電撃がエレキッドの電撃を内側から食い破る。

 

「な、『ボルテッカー』だと!?」

 

ピカチュウが一筋の閃光となり、エレキッドの体を疾走と共に押し込んでいく。

凄まじい勢いでエレキッドの体が吹き飛び、地面に倒れる。

 

「ちぃ!」

 

「エレキッドの『かみなり』でパワーアップさせてもらったよ」

 

シンジは僅かに悔しさを滲ませ、サトシは気勢を見せる。

 

『ピカ! ピ……ッ!』

 

着地したピカチュウは大技を決めて自信に満ちた表情になる。しかし、『ボルテッカー』反動ダメージに顔を歪める。

吹き飛んだエレキッドは大きなダメージを受けながらも立ち上がり、射るような視線をピカチュウにぶつけ走り出す。

 

「だが『ボルテッカー』の反動でピカチュウもそろそろ限界だ『かみなりパンチ』!」

 

『ビビビィ!』

 

シンジは冷静な顔になり指示を出すとエレキッドは右拳に雷を込めてピカチュウに突進する。

 

「迎え撃てピカチュウ『アイアンテール』!」

 

『チュウウウ、ピッカァ!』

 

ピカチュウは尻尾は鋼へと変質させ、エレキッドを迎え撃つ。

ぶつかる2体のポケモンの技、ほぼ同じ威力となり2体は拮抗し押し合いになる。

 

「エレキッドにはまだ左腕がある。『かわらわり』!」

 

「ピカチュウの『アイアンテール』はまだ終わってない!」

 

エレキッドが空いた左腕を振り下ろす。ピカチュウ即座に反応し体を回転させて『かみなりパンチ』を受け流す。エレキッドの手刀が、ピカチュウの尾が同時に相手にぶつかる。互いに攻撃を受けながらも着地する。

そして、同時に倒れた。

 

「りょ、両者戦闘不能! このバトル引き分け!」

 

審判のユキネは驚きながらもバトル終了を宣言する。

 

「っピカチュウ大丈夫か!?」

 

サトシはフィールド内に倒れるピカチュウに駆け寄り抱き上げる。ダメージを負って傷だらけのピカチュウはサトシの顔を見ると申し訳なさそうに弱弱しく鳴いた。

 

「いやぁ予想外だねぇシンジ、引き分けだよ引き分け」

 

「……驚きましたね」

 

「言われなくてもわかっている」

 

歩きながら話しかけてくるキララとユキネにシンジはボールにエレキッドを戻しながらつまらなそうに答える。

 

「おい、シンジ!」

 

ピカチュウを抱えたままのサトシはシンジの背中に向かって声をかける。

 

「……認める、お前は強い。だけど、ポケモンのことを考えないやり方を俺はしたくない!」

 

しかし、シンジは何も答えずナナカマド博士の元へ向かった。

 

「庭を貸していただきありがとうございました」

 

「うむ、見事なバトルだった。順調に腕を磨けばシンオウリーグにも出場できるだろう」

 

「いえ、俺たちは今、ホウエン地方のリーグを目指しています。まだ出場に必要なジムバッジ8つを集める途中で、シンオウリーグ出場はしばらく先になります」

 

「なんとそうだったか、ではホウエンリーグを目指して頑張りたまえ」

 

「ありがとうございます。それでは俺たちはこれで失礼します」

 

回れ右をしたシンジはキララとユキネの元へ歩く。

 

「いくぞ」

 

「はいはーい。それじゃあ皆さんさようならー」

 

「失礼します」

 

立ち去るシンジ一行をその場にいた人たちは無言のまま見送った。

 

「サトシ……」

 

「……けない」

 

「え?」

 

「次は、負けない……!」

 

モンスターボールを強く握り、サトシは俯きながらつぶやく。その顔は泣き出しそうで怒りだしそうな、ものだった。その胸中では同様に多くの感情が渦巻き混ざり合っていた。

 

 

 

***

 

 

 

これからサトシとリカとカスミはカントーへ帰る。ヒカリは港まで見送りをするために付き添っている。

サトシが先刻のバトルで苦い思いをし、まだその気持ちを引きずっているのがわかる。リカとカスミもそんな彼にどう言葉をかけたらいいのか迷っているようだった。一緒に歩きながら時折彼を心配そうに視線を送る。それはヒカリも同じだ。

遠い地方からの友人、たくさんのことを教えてくれた友人、彼らとこのまま寂しいまま暗いままお別れしていいのだろうか。

ヒカリはサトシに落ち込んだままでいてほしくなかった。リカとカスミに寂しそうな顔をしてほしくなかった。

 

「大丈夫だよサトシ、またこれから頑張ればいいじゃん」

 

「さっきサトシ言ってたじゃない、『ポケモンたちと一緒なら乗り越えられる』って、だったらそうすればいいのよ。バトルで勝ちたいならポケモンと一緒に特訓する。辛い気持ちもポケモンと一緒に立ち向かい。今までそうしてきたならこれからもできる。だから――」

 

落ち込む彼を勇気づける言葉、彼に一番伝えたい言葉は、『頑張れ』よりも――

 

「大丈夫!」

 

今日一番、自分のまっすぐな想いが伝えられた気がする。

 

「何やってんだろうな、俺。こんな真っ暗なんて俺らしくないよな」

 

恥じるように呟くサトシ、しかしそこには先ほどのような暗さは無い。

 

「あ、サトシ笑った」

 

「そうやって能天気に笑ってるほうがあんたらしいわ」

 

「ヒカリ、ありがとう。お陰で元気出た」

 

「えへへ、良かったサトシ!」

 

本当に良かった、彼の笑顔をまた見ることができて。自分まで自然と笑顔になって嬉しくなってくる。

自分の中に生まれた暖かい気持ちが何なのかをヒカリはまだよくわからないでいた。

 

 

 

***

 

 

 

船の出向まで時間があるため、港の売店で時間を潰していた。俺が見ているのは

リカ、カスミ、ヒカリの女性陣はぬいぐるみや化粧品などの、俺にとっては華やかでキラキラしたゾーンでキャイキャイと騒いでいる。

 

「少しよろしいですか?」

 

不意に声をかけられ振り返る。聞き覚えのある声の主は――

 

「君は……ユキネ?」

 

「はい、さっきぶりです」

 

「君はシンジたちと出発したんじゃ?」

 

「ホウエン行きの船の出航までまだ時間があるので、待っているところです」

 

俺たちと同じだったのか。

 

「マサラタウンのサトシさん、いきなりで申し訳ないのですが、少しお話したいことがあります。お時間よろしいですか?」

 

ユキネは一礼すると俺に切り出した。

 

「わかった」

 

「ありがとうございます。ではこちらにお願いします」

 

「それで話って?」

 

「はい、単刀直入に聞きますが」

 

 

 

 

 

「あなたは本当にマサラタウンのサトシですか?」

 

「……は?」

 

一瞬、聞かれたことの意味が理解できずに思考が止まる。しかし、すぐに再起動。ユキネの発した言葉の内容を理解し、頭が撃たれたような衝撃を受け、心臓が早鐘を打つ。

 

「……どういう、意味?」

 

「いえ、なんというか私の知識と齟齬というか違和感がありまして、確かめたいと思ったのです」

 

まるで「マサラタウンのサトシ」を以前から知っているような口ぶり、その得体の知れなさに背筋が凍りつく。

 

「君はいったい……」

 

なんとか絞り出した言葉は掠れていた。俺は今どんな顔をしているだろう。ボーッとしたバカ面を下げているのだろうか、それとも恐怖で顔がクシャクシャに歪んでいるだろうか。目の前の理知的な美顔の少女に懇願するような視線を送っているのだろうか。いずれにしても、俺にできるのは彼女の次の言葉を聞くことだけだ。

しばしの間――俺にとっては何時間にも思える時の流れ――を経て置いてユキネは嘆息した。

 

「どうやら私の予想は当たったようですね」

 

 

「サトシさん、いえ、サトシの皮を被ったどちらさん。私は別の世界の記憶を持つ者です」

 

「なっ!?」

 

彼女の言葉からある程度は予想できていた、しかし、まさか本当に自分以外にもポケモンの世界に前の世界の記憶を持っている人間がいるとは思わなかった。

 

「どうやら当たりのようでしね。あなたの記憶では、ポケモンがゲームやアニメとして存在していたのではないですか?」

 

確認するように、というよりも確信を持ってユキネは問いかけてくる。それならば隠し事や誤魔化しに意味はないだろう。洗いざらい話すのが最善。

 

「ああそうだ。俺は別の世界の記憶があって、ポケモンっていうコンテンツを知っている」

 

「やはりそうでしたか。私も、ポケモンがゲームとして、アニメとして存在した世界の記憶があります」

 

俺の方こそ「やはりそうか」と言いたい。彼女もまた俺と同様の事態に遭っている。つまり――

 

「気が付いたら、俺はサトシになっていたんだ。君もだろ?」

 

「ええ、いつの間にか、私はこのポケモンの世界に存在し、こうしてポケモントレーナーになっています」

 

きっと、多くの人には言えないであろう重大な秘密。これを暴露し合うというのはとてつもない覚悟がいる。前にカスミとリカに話した時も、恐怖で震えが止まらなかったくらいだ。

 

「このポケモンの世界に来たことも驚きましたが、まさか私と同様に、しかも主人公であるサトシになっただなんて、信じられなかったです」

 

「俺も最初はまさかサトシになるなんてって感じだよ。まあそれなりに頑張ってるよ。こうしてこの世界にこれて良かったよ。毎日がワクワクな冒険だからさ」

 

「分かりますよその気持ち。私もこの世界に来れて心から嬉しく思っています」

 

似た境遇であるためか、気を置くことなく話すことができている。

 

「この世界に来ることができて、目的もできましたから」

 

「目的?」

 

「はい、私の目的はシンジを最強のポケモントレーナーにすることです」

 

ユキネは力強く言った。

 

「シンジこそ、頂点に立つに相応しい男です。だいたい、どうしてあの最高のシンジが後のシリーズでパッタリ登場しなくなったのか理解に苦しみます。意味の分からないライバルを無駄に量産して、サトシとシンジの最高のバトルを過去のものにして追いやって誰も触れず、そんなこと許されるわけが――」

 

「あ、あの……」

 

俺が言うとユキネはハッとした顔になりマシンガントークを中止した。

 

「失礼、取り乱しました」

 

ユキネは「コホン」と咳払いする、その顔は少し赤い。

 

「シンジのことが大好きなんだな」

 

「そ、それはもう、最高の物語を見せてくれた人ですからね。あなたもシンジと出会って嬉しいでしょう?」

 

顔を赤くしながら照れたように言うユキネ。

 

「あの、俺あいつ知らないんんだ」

 

「……はい?」

 

ユキネは頬の赤色が消えて「こいつ何言ってるんだ?」という顔で俺を見ていた。

 

「あの、一応聞きますが、ポケモンのアニメはどこまで観たのですか?」

 

「実はほとんど観たことないんだ。ゲームも最初の方しかしたことなくってさ」

 

「……はあああああああああっ!!?」

 

ユキネが驚きと怒気を込めたような声を出す。最初に会った時の物静かさが嘘のような大声、さらに顔を歪めて俺を見る。すると右手の平を額に当てる。

 

「信じられない。どうしてポケモンを知らない人が、よりにもよってサトシに憑依するなんて……」

 

俺はどうやら彼女の期待を大きく裏切ってしまったようだ。

なんかすいません。

 

「また質問で申し訳ないのですが、あなた今どこを旅しているのですか?」

 

「カントー地方だけど」

 

「ではなぜシンオウ地方にいるのですか?」

 

眉をひそめるユキネに対し、俺はオーキド博士の企画である地方の一日体験のことを教えた。

 

「……そんなイベント知らない」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、あなたは最初のシリーズではカントー内を冒険しているはずなのです。それと……」

 

そう言ったユキネは少し考え込むと口を再び開く。

 

「差し障りなければ、あなたがゲットしたポケモンを教えていただけますか?」

 

俺はカントーでゲットしたポケモンたち、そして、ここ数日の地方巡りでゲットしたポケモンたちのすべてを教えた。話していると次第にユキネの表情も困惑を見せた。

 

「もしかしたら、憑依の影響で物語が大きく変わったのかもしれません。そもそも、あなたはサトシの持っていないはずのニドリーノをゲットしていた。さらにナエトルもシンオウに来てゲットした、それからリカさん」

 

「リカがどうかしたのか?」

 

「彼女はそもそも、存在しないはずの子なんです」

 

「な……」

 

「彼女は、あの容姿から見るに、初代ポケモンのリメイク作の女主人公です。まさかサトシの仲間になるなんて」

 

本来は存在しない、その言葉が頭の中で反芻する。リカは本当はいるはずない、俺が存在することで世界を歪めたことが原因なのか、もしかしたら、リカはサトシとかかわることがなく、自分の生き方を冒険をしていたのかもしれない。俺によって生まれた歪み一つで世界が大きく変わってしまう。まさか、何かの拍子にリカは消えることもあるのか?

 

「何やら難しい顔をしているようですが……」

 

「……ああ、俺のせいでおかしくなっているんじゃないかって思うとさ」

 

「私はおかしいとは思っていませんよ」

 

「え?」

 

「そもそも、私もキララも本当なら存在していないのですから」

 

あっけらかんとしたユキネの態度に虚をつかれた気分になる。

 

「そう、なのか?」

 

「はい、ですから最初は『このまま自分はシンジの傍にいていいのか』と何度も悩みました。けど、もう開き直ることにしました。自分がしたいことをして、自分にできることをして、ただ進むんです。それが本来とは違う結果をもたらしたとしても、精一杯やるだけです」

 

前の世界の話題になったせいか、リカとカスミに打ち明けた時の不安な気持ちにまたなってしまっていたようだ。あの時、迷いは吹っ切れたはずだ。

 

「俺にとっては、リカは大事な仲間なんだ。本来の物語がどうでも、俺の大事な人に変わりはない。もちろんカスミもだ」

 

だから、俺の大事な人たちが消えるなんて、絶対に許さない。

 

「……そうですか。なんだか安心した気持ちです」

 

優しく微笑むユキネ、こちらこそ安心した気持ちになる。

 

「なあ、俺はこれからどうしたらいいんだ?」

 

ユキネは右手を顎に当て「うーん」と唸る。そして、

 

「もはやこの世界は私の知るアニメのポケモンではなくなった……でしたらあなたも好きにしたらいいのではないですか?」

 

「俺の好きに……」

 

「ええ、この世界は本来のアニメの世界とは流れが大きく変わっています。だから、未来は誰にも分らない」

 

先に何があるのか誰にも分からない。これから先どうするかは自分たちが決める。それって、

 

「それってさ、ここはもう物語の世界じゃないってことなんだと思う」

 

ユキネがわずかに目を見開く。

 

「俺たちが前にいた世界はたくさんの人がいて、未来がどうなるかわからない中で生きている。人間とポケモンが本物の命として生きているこの世界も同じだってわかったんだ。君もそう感じているんじゃないか?」

 

ユキネはしばらく考える仕草をすると、薄く笑った。

 

「……そうですね。あなたの言う通りこの世界では本物の命が生きている」

 

俺たちがいる世界は物語じゃない。みんな生きていてみんなの暮らしが、人生がある。その世界を生きる自分は確かに存在する。その答えで十分生きる理由になる。それを俺は理解した。きっとユキネもそうだろう。

 

「お話ができて良かったです」

 

「俺もだよ」

 

「あなたとは良い友人になれる気がします」

 

「ありがとう。これからも同じ秘密を持つ者同士で色々相談できたらいいな」

 

「ええ、私からもよろしくお願いします。けれど、これだけは言っておきます。最強のトレーナーはシンジです」

 

「君がシンジのことが大好きなのは伝わったよ、だけど、俺も負けるつもりはない」

 

挑戦的に笑うユキネは軽くお辞儀をするとその場を去った。俺も仲間のもとへ向かった。

 

 

 

出航前になり、俺とリカとカスミはタラップの付近でヒカリと向かい合った。

 

「サトシ、リカ、カスミ、今日はありがとう。3人のおかげですっごく貴重な体験ができたわ!」

 

「俺たちもヒカリと過ごせて楽しかった」

 

「これからの旅、頑張ってね。あたしずっと応援してるから」

 

「3人がシンオウに来た時は一緒に旅がしたいわ。どうかな!」

 

「うん、楽しい旅にしようね!」

 

「旅の話もいっぱいしてあげるから」

 

「うん、約束よ!」

 

ヒカリは元気に弾けるように笑った。

その姿にカロスで、ホウエンで出会った少女たちを思い出す。みんながトレーナーとして旅立ったら、いつかどこかで再会したい。その時は自分が経験したことを話して、彼女たちが体験したことを聞きたい。そう思った。

 

 

 

 

 

「またねー3人ともー!!」

 

俺たちを乗せたカントー行きの船が港からどんどん離れ、街並みと手を振るヒカリが小さくなっていく。1日だけ過ごしたシンオウ地方の大地が離れて行き胸の中に寂しさが沸いてくる。頭の中に思い浮かぶのは、輝くようなヒカリの笑顔と引き分けに終わったバトルとその相手。

 

「……強く、ならないとな」

 

独り言として呟いたつもりだが、どうやら2人には聞こえていたみたいだ。

 

「あいつとのバトルのこと考えてたの?」

 

「やっぱり気にしてるんだね」

 

心配そうに見る2人を見て正直な気持ちを話したくなった。

 

「シンジは間違いなく強いトレーナーだった。恐らく旅を始めたのは俺たちと同じくらいだろう。あいつのポケモンに冷たいやり方は好きじゃないけど、あいつの考えで育てられたポケモンたちは本当に強かった。バッジはまだ8つ揃ってないし、リーグ出場もまだだって言ってたけど、あいつなら間違いなくポケモンリーグに出場する」

 

「そしていつか、あいつとは同じリーグを目指すことになる。そんな気がする」

 

「サトシは絶対負けないよ!」

 

「あんたのやり方であいつをぎゃふんと言わせてやるのよ!」

 

「ああ、必ず勝つよ」

 

シンオウでのシンジとの出会い、俺の中でとてつもない熱がとめどなく吹き上がるのを感じる。もっともっとポケモンたちと強くなりたい。いつかまたシンジとバトルをし、そして勝つんだ。

その時を思い描きながら俺は見えなくなったシンオウの方向を見つめ続けた。

 

 

 

***

 

 

 

シンオウを発進したホウエン行きの船の上、ユキネはシンジとキララ共に船の甲板にいた。

 

「そういえばユキネ、さっきあのサトシとなんか話してたよね?」

 

「あいつとなんの話をしていた?」

 

「シンジの誤解を解いていたんです」

 

まだ2人には自分の秘密を明かせていない。だから、こうして誤魔化してしまう。

いつか、このことを話せる日が来るのだろうか。その時、自分たちの関係に大きな変化はあるのだろうか。

どんな結果になろうとも前に進む。彼が、サトシがそうしたように。

 

「余計なことを」

 

「なーに言ってんのさ、シンジがそんな不愛想だから行った先で険悪になるんだよ」

 

シンジが嘆息するように言うとキララは若干の非難を込めたニヤニヤ笑いでシンジに言い放つ。ユキネも思わず口に出す。

 

「年上の方々には礼節がキチンとしているのに、同年代にも少しでいいですから気を配ってください。そうしたら私たちの負担も減るのですよ」

 

「……善処する」

 

これが自分たちのいつものやり取り、それがユキネにとっては心地よい。

 

「だがあいつとは馴れ合うつもりはない。気持ちだけで勝てるほどポケモンバトルは甘くない。そんなこともわからないような奴に配慮することは何もない」

 

勝利を渇望しそれ以外を削ぎ落とそうとするシンジらしい言葉、それはシンジ自身に気持ちの余裕が無い証拠。それはユキネもキララも口には出さないが理解している。

 

「だが、あんな中途半端でぬるい結果は認めん」

 

その言葉はユキネには意外だった。

 

「シンジもしかしてあの男の子が気になるの?」

 

「バカを言うな」

 

キララも同じように以外に思ったのか、軽口でシンジに問いかけていた。

 

「中途半端な結果が嫌ならまたバトルをして決着をつけなければいけませんよ」

 

もしかしたら、シンジの中でサトシという少年が少なからず影響を与えたのかもしれない。ユキネにはそれが良い傾向に思えた。

 

「なんにしてもシンオウに一時的に戻って来た価値はありましたね。彼、サトシに出会ったこと」

 

ユキネは「そして」といいシンジの腰のモンスターボールを見る。

 

「そのヒコザル(・・・・)をゲットしたこと」

 

サトシたちと出会う前日、シンジは森の中でザングースの群れと小競り合いをしていた1体のヒコザルを見つけていた。ヒコザルは多勢に無勢に追い詰められていた。しかし、倒されそうになる寸前、ヒコザルからとてつもない炎が放たれ、ザングースの群れを全滅させた。

一部始終を見ていたシンジはヒコザルをゲットした。

 

「シンジ、そのヒコザルは決して手放してはいけませんよ」

 

「私には分かります。ヒコザルはシンジにとって最強の炎ポケモンになります」

 

「……こいつが使えるならな」

 

ユキネは先ほどのサトシとの会話で恐ろしい事実に気付いた。彼がすでに将来のサトシのエースとなるポケモンをゲットしていたこと。ホウエン地方のキモリは今後の冒険で伝説、幻のポケモンに引けを取らない実力を有し、ケロマツはとてつもない進化を遂げる。これらの戦力がすでに彼の手にある。

これは由々しき事態。シンジを彼に勝たせるためにあらゆる手段を用いなければならない。

その一つが先日、シンジがシンオウ地方でゲットしたヒコザルだ。時期は早まっているが経緯を考えると、このヒコザルは間違いなくシンジとサトシの物語に大きくかかわることになるヒコザルだ。最強の炎タイプになる可能性を秘めたポケモン。

ヒコザルだけはサトシに渡してはならない。シンジの元で育てさせ、彼のポケモンにするべきだ。そのために自分にできるサポートはすべてしよう。

彼を最強のポケモントレーナーにするために。

 

シンジの横顔を見る。迷いのない強い顔。

この世界に生れ落ちて数年、自分の中にある別世界に記憶、迷ったし悩んだ。けれど、彼が進んでいく姿を見たいという気持ちに揺るぎはない。シンジとキララと一緒にいたいという気持ちも。

 

甲板の手摺を握るシンジの手に、ユキネはそっと自分の手を添える。

 

「……なんだ?」

 

シンジは横目でユキネを見る。

 

「シンジ、貴方は必ず最強のポケモントレーナーになります。私はその姿をこの目で見たい」

 

「……そうか」

 

女の子として精一杯のアプローチをしているが、シンジは眉一つ動かさず素っ気ない。悔しさで思わず、彼の腕に自身の腕を絡ませる。だが、自慢の胸も押し当ててもシンジは無反応。

 

「あー! ずるいぞユキネぇ! ボクもボクもー!」

 

キララは大声を上げるとシンジの腕に抱きついた。ユキネよりも若干小さめだが十分に大きい双丘を彼の腕に絡める。

 

「……暑苦しい」

 

シンジはそう呟くがユキネもやめるつもりはないしキララもそうだろう。

3人は海風を浴びながら船に揺られていく。




アニメでのサトシとシンジの最初のバトルはムックルvsムックルで、これはシンジがしっかりポケモンの能力を見ていてサトシを圧倒するということを描いていたと思います。今作では同種でもシンジの育てたポケモンは強いということを表現しました。ナエトルは最初のポケモンですから、厳選したわけではないですからね。シンジが貰ったナエトルが能力値が高かったのかもしれませんが。
シンジは本来、エレキッドとヒコザルをシンオウを旅する前にゲットしましたが、本作ではトレーナーとして旅を始めて間もない時点でゲットしています。なので、進化のスピードやサトシとの今後の関わりも大きく変えていきます。
これからどうするつもりなのか知りたい方がいらっしゃればメッセージをくだされば、活動報告でネタバレという形で書いていきたいと思います。
これから先、サトシ、シンジ、ヒコザルがどうなるのか見守っていただければ幸いです。


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イッシュ地方 多種生きる街でBattle Battle Battle!

大変長らくお待たせしました。
投稿させていただきます。


「すまん、完全にこちらの手違いじゃ」

 

シンオウ地方から帰ってきた翌日、画面越しのオーキド博士から謝罪の言葉が飛び出す。

俺は自分の手にあるチケットを見る。そこには『イッシュ行き』とあった。つまり次の俺の目的地はイッシュ地方だ。

リカとカスミもそれぞれチケットを持っている。しかし、そこに記された文字は――

 

――『アローラ行き』

とあった。

 

「あははは……」

 

「サトシだけ別の場所なのね」

 

リカは苦笑いし、カスミは溜息混じりの様子だ。

 

「今からアローラかイッシュのチケット取れないんですか?」

 

『ううむ、調べたら今日一日は予約で埋まっておるようでな……』

 

「そうですか」

 

つまりは今日はもうどうしようもないというわけだ。しかし、なってしまったものは仕方ない。別に絶望的というわけではない。それぞれ別の場所に行くことなったというだけのこと。

 

「まあいいじゃん2人で行ってきなよアローラ地方。俺は1人でも大丈夫だからさ」

 

2人は俺を見ると薄く笑う。どうやら2人も俺と同じ気持ちのようだ。

 

「そうだね、チケットもったいないよね」

 

「ま、女2人で旅行ってのも悪くないわね」

 

「よっし決まり、じゃあ博士、俺たちはこのまま行ってきますよ」

 

『そうか、3人がそれでいいなら良かった。では気を付けていくのじゃぞ』

 

「「「はい!」」」

 

 

 

 

空港のターミナルで荷物を持った俺たち3人は自分たちの便を待つ。

しばらくすると、俺の乗るイッシュ行きの便が間近となった。

 

「よっし行ってくる」

 

3人で搭乗口に向かう。無論、通るのは俺だけでカスミとリカは見送りだ。

手荷物検査をパスした俺は搭乗口を通過、向こう側のリカとカスミの方を振り返る。

 

「じゃあ気を付けてねサトシ」

 

「誰彼構わず女の子ひっかけるんじゃないわよ」

 

「しないよ!」

 

大声で何を言うのさ!

周りの他の人たちが俺たちを見てクスクス笑っていた。

 

俺は2人に手を振りながら半ば逃げるような勢いで搭乗を済ませた。

 

 

 

***

 

 

 

飛行機が発進してしばらく。

 

「お、見えてきた!」

 

俺が乗っているのは両翼に合計4つのプロペラを備えた飛行艇だ。窓から見下ろすとそこには港が見えた。飛行艇は通常の飛行機とは違い、海に着水することができる。つまり今見ている港が到着予定地ということだ。

 

飛行艇から降りた俺の前にある広大な海、あの向こうには故郷であるカントー地方がある。

 

「1日とはいえ、ここまで遠くに来たのは信じられないよな――」

 

言いかけて気づく。今、リカとカスミはこの場にいないということを。

2人とここまで離れているなんて初めてのことだ。なんだか寂しさがこみあげてくる。

 

「ま、1日だけだ」

 

少し暗くなったが気を取り直し、これからイッシュの地をどう周ろうかと考えを巡らしたしたその時――

 

「あなたがマサラタウンのサトシ君?」

 

声が聞こえ振り返ると、1人の女性がこちらに向かって歩いて来た。

歩いてきたのは年上の女性、白衣を纏い、タイトスカートにスニーカーを履いている。整然さと屈託のなさが混じったようないで立ちだがその整った顔はとても理知的な美人だ、

 

「ええ、俺がマサラタウンのサトシです。貴女は――」

 

「私はアララギ、イッシュ地方でポケモン研究をしているわ。貴方の案内を担当させてもらうわ」

 

「よろしくお願いしますアララギ博士、マサラタウンのサトシです。わざわざお出迎えしていただきありがとうございます」

 

「オーキド博士が期待しているトレーナーだもの、これくらい当然よ。私も有望なトレーナーとは知り合っておきたいもの」

 

そこまで期待されれるのは照れてしまう。俺は頬をポリポリと掻いて「あはは……」と笑ってしまう。

 

 

 

「イッシュ地方の生態系は独特なの、他の地方だとその地方が発祥のポケモン以外のポケモンも多く生息しているけど、ここのほとんどの個所ではイッシュ地方発祥のポケモンばかりが生息しているの。一時期はイッシュ地方には他の地方のポケモンが1体も見当たらないこともあったのよ」

 

港町を出ると森に囲まれた道路があり、別の町へと向かうために道路を歩きながら俺はアララギ博士の説明を聞いていた。

イッシュ地方のポケモンは、以前に何度か見たことがあった。それが自然の中で生きている姿は以前とは違った感想が生まれるだろう。もちろん見たことないポケモンたちもいるはずだ。

短い期間だが知らないポケモンとの遭遇やバトルができることに思いをはせていると――

頭上の木に生い茂る草がガサガサと揺れる。

さっそく来たか!

 

「お、来るなら来い、俺の知らないポケモン!」

 

そうして草の奥から影が飛び出す。

 

「わっ、きゃあああああ!!」

 

「なっ!?」

 

悲鳴と共に落下してきたのは女の子だった。空に手を伸ばし、このままでは背中から地面に激突してしまう。

 

「危ない!」

 

落下地点は俺の現在地から数メートル先、だが、マサラ人である俺にとって一瞬で到達するのは造作もないことだ。目的地点まで駆けつけると、落ちる少女を優しく抱き留める。

 

「大丈夫か?」

 

俺は抱き留めた少女の顔を覗き込んで尋ねる。すると少女は恐る恐る目を開けると彼女のクリクリとした可愛らしい目と視線が交錯する。みるみるうちに少女の顔が赤くなる。

 

「ちょ、お、お、降ろしてえ!」

 

「ああ、わかった」

 

両手両足をバタバタと動かして暴れる女の子に俺は努めて冷静に下した。

 

「あなた、大丈夫?」

 

「あ、はい、大丈夫……です」

 

アララギ博士に尋ねられた女の子は返答する。

改めて少女の容姿をを見ると、小柄な見た目、髪型はとてもボリュームがあって腰まで伸ばし、頭の左右と毛先を結っている結われている。小麦色の綺麗な肌、腰にはリボンのようなベルトが巻かれたシャツ、ひざ下まであるショートパンツを纏っている。

さっき抱き留めた時も思ったが、やはり可愛らしい女の子だ。

 

「なによ、ジッとみて?」

 

女の子が怪訝そうに俺を見ていた。

 

「ああいやごめん、そういえばどうして木の上にいたんだ?」

 

「こうした森の中だと、木の上って落ち着くのよ。移動するときもただ歩くよりも楽だしね」

 

なかなかアグレッシブな少女のようだ。

 

「まあ、その、助けてくれてありがとう」

 

「どういたしまして」

 

どこか照れながら言う少女は先ほどの活発さに比べてしおらしい様子だった。

 

「あたしはアイリス、ドラゴンマスターを目指してるの」

 

「ドラゴンマスター?」

 

自己紹介してくれたアイリスから出た聞き慣れない単語に質問する。

 

「知らないの? どんなドラゴンポケモンでも自在に操ることとができるトレーナーのことよ」

 

「確かソウリュウシティではポケモンジムを始めとして、ドラゴンポケモンの育成に力を入れているって聞いたことがあるわ。あなた、ソウリュウシティの出身なの?」

 

「はい、そうです。ドラゴンポケモンって、ほんとに強くてかっこよくて綺麗で可愛くって、もう最高なんです。ドラゴンポケモンの町で生まれ育って私ほんっとうに嬉しいんです。だから最高のドラゴンマスターに絶対なりたいんです!」

 

目を輝かせて一生懸命に語るアイリスの姿、まるで水ポケモンのことを楽しそうに語るカスミのようだった。その様子がなんだかほほえましい。

それにしてもドラゴンか、かっこいい生物の代名詞(俺も大好き、いつか欲しい)、カントーでも本物のドラゴンポケモンは見たことがなかったな。イッシュでドラゴンポケモンと会えるとは幸先いいかも。

 

「で、君はどんなドラゴンポケモン持ってるんだ?」

 

「……ない」

 

アイリスは気まずそうに視線をそらした。

 

「え?」

 

「……まだドラゴンポケモン持ってない」

 

「なんじゃそりゃ」

 

ドラゴンマスター目指してるのにドラゴンポケモンいないとはこれいかに。

 

「こ、これから旅を始めたら捕まえるわよ!」

 

「今、こうして旅してるんじゃないのか?」

 

「今日は少し遠出しただけよ。私が旅を始められるのはもう少し先」

 

なるほど、アイリスは見た目通りまだまだ子供なわけだな。

 

「……なんか失礼なこと考えてない?」

 

ジト目で見上げてくる彼女に「なんでもないよ」と答える。しかし、凄んでるつもりだろうけど、アイリスがやると可愛いだけなんだが。

 

「か、かわっ……!?」

 

あれ、声に出てた?

 

「あらら、サトシ君ってなかなかタラシかしら?」

 

違うんですよアララギ博士、誤解です。

その時、地面が揺れる。

 

「「「!?」」」

 

同時に地面から出現する者がいた。

 

『メグゥ!!』

 

砂のような色の体表に、目や背中に黒の模様が描かれたポケモンだ。そしてなぜかサングラスをしていた。

 

「なんだあのポケモンは?」

 

「あれはメグロコよ」

 

流石はポケモン博士のアララギ博士だ。現れたメグロコは俺たちにじりじりと近づくと一吠えする。

 

『メグゥ!』

 

「バトルしたいのか? だったら受けてやる。ピカチュウ、君に決めた!」

 

モンスターボールからピカチュウが現れる。

 

『ピカチュウ!』

 

俺の相棒の電気ネズミが頬に激しく火花を散らしながら飛び出す。

 

「ピカチュウ!? 初めて見た!」

 

後ろでアイリスが驚いているようだ。本当にイッシュには独自のポケモンばかりなんだな。

 

「いくぜピカチュウ『10まんボルト』!」

 

 

 

「な、効いてない!?」

 

「メグロコは地面タイプなのよ」

 

「タイプぐらい調べなさいよ!」

 

初めてのポケモンなんだかえら仕方ないだろ、と思ったが確かにポケモン図鑑で調べられたな。電気タイプのピカチュウとは相性が悪いが、ここで引かせるとやる気十分ピカチュウに悪い。ここは突っ切る。

 

「だったら『アイアンテール』!」

 

鋼の尻尾が振り下ろされ、メグロコの脳天に直撃する。ダメージを受けたメグロコは吹き飛び後退する。

 

「すご……!」

 

「へえサトシ君よく育ててるじゃない」

 

アイリスの驚きの声、アララギ博士の賞賛、どうもありがとう。さらにやる気出たなピカチュウ!

するとメグロコは地面に潜り込んだ。『あなをほる』か。ピカチュウに直撃したら大ダメージだな。

けど、地面に潜ったからって安全じゃないいんだぜ。

 

「ピカチュウ、『アイアンテール』を地面に叩きつけろ!」

 

ピカチュウの鋼の一撃で地面が大きく割れ揺さぶられる。

 

メグロコが地面から悲鳴と共に飛び出してきた。

 

「いっけえ『アイアンテール』!」

 

吹き飛んだメグロコはそのまま目を回して倒れた。

 

「戦闘不能……ね」

 

いつの間にか審判になったアララギ博士の宣言で決着がついた。

 

「よくやったピカチュウ」

 

『ピッピカチュウ!』

 

ピカチュウも喜んで飛び跳ねた。すると倒れていたメグロコは立ち上がるとすごすごと地面に潜って姿を消した。

 

「じゃあなーメグロコ、また会おうぜー!」

 

「まったく1回勝ったくらいではしゃいじゃって、子供ねー」

 

アイリスが呆れたように呟いた。

 

「そうだよ俺は今子供だよ。だから子供のうちにやれることをやるのさ。それにアイリスだって子供だろ?」

 

「あ、あんたよりは大人よ。私はすぐにはしゃいだりしないし」

 

「すぐムキになるのは子供じゃないか?」

 

「うむー!」

 

反論するとアイリスは顔を赤くしてプクーと頬を膨らませた。なんだろう、ものすごく頭を撫でてやりたい。

 

「まあまあ、サトシ君いいバトルだったわよ。ピカチュウの動きも良かったしサトシ君の指示も的確だったわ。流石旅をしているだけはあるわ」

 

アララギ博士からまたもお褒めの言葉を貰った。自分のこと以上にピカチュウのことを褒めてくれたことが本当に嬉しい。

 

「さて、町も近いし急ぎましょう。アイリスちゃんはどうするの? よかったら一緒に行かない?」

 

「あ、はい、じゃあご一緒させていただきます」

 

 

 

森を抜けると、眼前に町が広がっている。人もたくさんいて活気に溢れている。

歩いている人々の隣にはカントーでは見たことないポケモンばかりがいた。

 

「サトシ君、この町にはバトルクラブがあるのよ」

 

街並みを見ているとアララギ博士が教えてくれた。

 

「バトルクラブ?」

 

「バトルクラブはイッシュ地方のあちこちにある施設で、名前の通りトレーナーたちがバトルするための施設よ。施設に自分のことを登録すれば、戦いたいトレーナーとバトルすることができるの」

 

バトルのための施設か、いいじゃん、楽しみになってきた。

 

「まあもっと詳しく知りたいならあたしが一から教えてあげても――」

 

「よっしゃ行くぞピカチュウ!」

 

『ピカピカ!』

 

アイリスが何か言ってるが後々、早速バトルだ!

 

「あっちょ、待ちなさいよー!」

 

「あらら、元気いっぱいで羨ましいわ」

 

 

 

***

 

 

 

「バトルクラブへようこそ。私がこのバトルクラブの責任者、ドン・ジョージだったりする」

 

現れたのは筋肉質なダンディなおじさんだったりする。

 

「俺はマサラタウンのサトシです。このバトルクラブでは登録してバトルしたいです」

 

「うむ、ではポケモン図鑑を見せてもらおう」

 

言われた通りにポケモン図鑑を渡すと、ドン・ジョージさんはわずかに顔をしかめる。

 

「君は他の地方を旅をしているのか?」

 

「はい、そうですが」

 

「それではこの施設に登録ができない決まりだったりする」

 

「ええっ!?」

 

「サトシ君、バトルクラブはイッシュリーグに登録しているトレーナーが会員になれるの。カントーリーグに登録している今ではバトルクラブには登録できないのよ」

 

思わぬ事実に驚いているとアララギ博士が説明してくれた。

 

「けどね、サトシ君も体験ということで今日一日はこの施設を利用ができるのよ。そうよねドン・ジョージさん」

 

「うむ、その通りだったりする。他の地方のポケモントレーナーにもこのバトルクラブのことを知ってもらい、このイッシュ地方に来てもらい、イッシュ地方全体を盛り上げることもこの施設の目的だったりする。なのでカントー地方から来た君のことも、私は歓迎するつもりだったりする」

 

アララギ博士の言葉にドン・ジョージは頷いた。

 

「パソコンの仮登録の項目を使えば、1日体験での登録をすることが可能だったりする」

 

俺はパソコンの画面に表示された仮登録の欄に必要項目を入力しあっという間に完了した。

 

「よっし、早速バトルだ!」

 

「ってもうバトル? 他のトレーナーのバトル見たらいいのに」

 

アイリスの指摘ももっともだが、

 

「もうとにかく早くバトルしたいからさ、もう居ても立っても居られないんだ」

 

「そうね、それでこそポケモントレーナーよね」

 

アララギ博士はどこか楽しそうに笑っている。すると、

 

「なあもしかして君が他の地方から来たってトレーナー? もしよかったらポケモンバトルしないか?」

 

「ああ是非とも頼む」

 

俺に興味を持ってくれたトレーナーがバトルを申し込んでくれた。

早速見つかった相手に胸が高鳴りわくわくを感じた。

 

バトルフィールドまで来た俺と対戦相手のトレーナーが対峙する。

 

「まったく、バトルの相手がすぐに見つかったからって、そんなにはしゃいで子供ねー」

 

「よっし、じゃあ対戦よろしくな!」

 

「ちょ、無視しないで!」

 

悪いなアイリス、今俺は目の前のバトルに集中したいんだ。イッシュ地方初のバトルが今始まる!

 

「行けドッコラー!」

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

相手のトレーナーのポケモンは長い角材を持った2本脚で立つ小柄なポケモン、ドッコラー。

俺は相棒のピカチュウで迎え撃つ。

 

「ピカチュウ! 本物は初めてだ!」

 

「あれってピカチュウか!?」

 

「すげえ本物だ!」

 

「きゃあ可愛い!」

 

「ピカチュウのバトルよ見逃せないわ!」

 

俺たちのいるバトルフィールドにあっという間に人が集まり歓声がどんどん大きく広がっている。たくさんのイッシュの人間がピカチュウを見ている。まるでアイドルのように注目されているピカチュウはどこか照れ笑いを見せる。可愛い。

 

「行くぜピカチュウ!」

 

『ピカチュウ!!』

 

 

 

***

 

 

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

『チュウウウ、ピッカア!』

 

ピカチュウが鋼の尾を横薙ぎに振りぬくとドッコラーを構えた角材ごと吹き飛ばした。

そのまま倒れたドッコラーは目を回して動かなくなる。

 

「ドッコラー戦闘不能、ピカチュウの勝ち!」

 

「よっしゃあ!」

 

『ピッカ!』

 

「強いぞあのカントーのトレーナー」

 

「ピカチュウってあんな動きをするんだな」

 

沸き立つ観客たち、その数はバトル前よりも増えているようだ。ピカチュウが珍しいという気持ちもあるのだろうけど、しっかりバトルも見てくれて嬉しい。

すると、

 

「へえ君、強いんだ」

 

現れた女の子はポニーテールのピンクと白のキャップを被り、白のトップスの上に黒いベストを羽織り、ダメージデニムのホットパンツを身にまとっている、とてもスタイルの良い女の子だ。胸の膨らみは大きく、ホットパンツから伸びる脚はしなやかで美しい。

 

「次は君が相手か?」

 

「ええお願いするわ。私はカノコタウンのトウコよろしくね!」

 

「俺はマサラタウンのサトシだ」

 

バトルを申し出たスポーティな印象の美少女トウコ、彼女ば俺と反対側のトレーナーゾーンに向かおうとしたその時、

 

「あらトウコじゃない」

 

「アララギ博士!?」

 

俺の後ろにいたアララギ博士がトウコに話しかけた。

 

「博士の知り合いですか?」

 

「ええ、彼女がポケモントレーナーになった時、私の研究所でポケモンを渡したの」

 

つまり俺やリカとオーキド博士と同じ関係か。

 

「博士、彼とはどういう知り合いなんですか?」

 

「彼は知り合いの博士に紹介されたトレーナーなの、このイッシュ地方にいる間は私が案内することになってるのよ」

 

「そうなんですか、そっちの女の子は?」

 

トウコは次にアイリスへと視線を向けた。

 

「この子はさっき知り合いになった子よ」

 

「そうですか。よろしくねカノコタウンのトウコよ」

 

「こっちこそよろしくね、私はソウリュウシティのアイリス」

 

挨拶を済ませ、俺とトウコはバトルフィールドで向かい合った。

 

「アララギ博士が注目してるトレーナーだからって手加減しないわよ!」

 

俺とトウコは同時にモンスターボールを投げた。

 

「ポカブ、レディーフォーバトル!」

 

「ヒトカゲ、君に決めた!」

 

『カブゥ!』

 

『カゲッ!』

 

トウコのボールから飛び出したのは赤と黒の体、尻尾はくるりと巻かれ、大きな鼻が特徴的だ。その鼻から炎が噴き出す。

偶然。俺が選んだのも炎タイプのヒトカゲだ。

 

「気合い入れてくぞヒトカゲ」

 

『カゲカゲ!』

 

「へえヒトカゲも本物は初めてね。炎タイプ対決も面白いじゃない」

 

言葉通りにトウコは初めて見るヒトカゲに一瞬驚きながらも、彼の炎の強さに面白そうに笑みを浮かべた。

 

「すごい、本物のヒトカゲ! 進化したらドラゴンのリザードンになるんだもん。かっこいいわ!」

 

後ろではアイリスが嬉しそうな声を上げている。

 

「リザードンは炎・飛行タイプだからドラゴンじゃないよ」

 

「いいじゃん、ドラゴンみたいなポケモンもドラゴンポケモンなの!」

 

そんなこだわりでいいのか? と思っていると、バトルが始まる。

 

「ポカブ『ころがる』!」

 

『カブゥ!』

 

ポカブは丸くなると高速回転しながら突進してきた。猛スピードで転がるポカブはヒトカゲの衝突する。ヒトカゲは後方に吹き飛び痛みを感じながらも立ち上がる。

 

「岩タイプの技……!」

 

「さあどうする? もう手詰まりかしら?」

 

勝利の自信を見せるようなトウコの笑み、その表情は俺の闘争心をさらに高ぶらせる。

 

「まさか、こっからだよ! 正面突破だヒトカゲ『かえんほうしゃ』!」

 

『カァゲエエエエエエ!!』

 

ヒトカゲの口から発射される膨大な火炎、転がるポカブを飲み込むとその勢いを押し返し、吹き飛ばした。

 

「なんて威力、『ころがる』を弾き返すなんて」

 

口調とは裏腹にトウコの表情に焦りはなく、むしろ闘志を燃やすように笑みを深める。

 

「面白いわ。ポカブ『かえんほうしゃ』!」

 

「ヒトカゲ、もいっちょ『かえんほうしゃ』!」

 

『カブウウウウウ!』

 

『カゲエエエエエ!』

 

激突する2体の『かえんほうしゃ』。一瞬の拮抗、次の瞬間、大きな爆発を起こす。

 

「ポカブ『ニトロチャージ』!」

 

すかさず動くトウコとポカブ、炎を纏ったポカブは勢いよくヒトカゲに突撃する。小さなダメージだがヒトカゲはわずかに後退する。

 

「ただ攻撃するだけじゃないわ。『ニトロチャージ』の効果でポカブはさらに速くなる。もう一度『ニトロチャージ』!」

 

トウコの言う通り、ポカブの動きは先刻よりも素早くなっている。元のスピードはそこまでじゃないが、技を何度も重ねられると手が付けられなくなる。

だが、素早さが上がりきってない今なら――

 

「後ろだヒトカゲ『かえんほうしゃ』!」

 

「かわして!」

 

回避のためにポカブは右に避け走り出す。だが、回避行動をとったことでポカブが減速した。

 

「今だヒトカゲ、捕まえろ!」

 

『カァッ!』

 

『カブッ!?』

 

突進するポカブにヒトカゲは口を大きく開き、相手の胴体に嚙みついた。

 

「なっしまった!」

 

ヒトカゲは大きな口がポカブを捕らえ動きを止める。だが、体格にそこまで差は無いため、ポカブが強く暴れれば拘束は解かれるだろう。だから――

 

「そのまま『かえんほうしゃ』!」

 

『カッゲエエエエエ!!』

 

噛みついた口からヒトカゲは火炎を放つ。超至近距離だ炸裂する『かえんほうしゃ』、ポカブの全身を飲み込んだ。猛烈な勢いの火炎がポカブを吹き飛ばした。

そのまま地面を転がるポカブは目を回して倒れた。

 

「やったぜヒトカゲ!」

 

『カゲカゲ!』

 

ヒトカゲは嬉しそうに飛び跳ねた。

 

「お疲れ様ポカブ、ゆっくり休んで」

 

トウコはポカブをボールに戻すと、優しい眼差しでモンスターボールを見つめた。俺もヒトカゲをモンスターボールに戻すと、トウコが俺に向かって歩いて来ていた。

 

「ふぅ、バトルありがとう。君、強いのね」

 

「こっちこそありがとう、いいバトルだったよ」

 

「そうかな? ずっとサトシのペースだったと思うけど、圧倒されちゃったよ」

 

「ポカブのスピードがもっと上がってたら勝負は分からなかったよ」

 

「それをさせる前に決めちゃったじゃない。謙遜のし過ぎあなたのポケモンにも失礼なんじゃない? 素直に認めなよ、サトシは強いよ」

 

ストレートなトウコの言葉、素直な賞賛、まっすぐに伝えられると、胸が温かくなってくる。

 

「ありがとう、そう言ってもらえると自信になるよ」

 

「あ、照れてるの? 可愛いじゃん」

 

無邪気に笑う貴女の方が可愛いのですが、うっかり惚れちゃいそうになるぜ。

 

「……むぅ、デレデレしちゃってなによ」

 

後ろでアイリスが何やら言っているようだがどうしたんだ?

 

「トウコー!」

 

不意に聞こえるトウコを呼ぶ声、発生源はトウコの後ろ、つまりは俺の目線の先。

現れたのはお団子付きツインテールにサンバイザーをつけた俺と同年代と思しき女の子。

ラグランTシャツを身にまとい、肩に見えるのはタンクトップをだろうか。キュロットスカートからはタイツに包まれた脚が伸びている。トウコよりは背は低めだが、Tシャツを押し上げる胸元はトウコよりも大きく見えた。走るたびに揺れてる。すげえ……

容姿はトウコやアイリスに負けないくらいの美少女だ。

 

「メイ、久しぶりね」

 

「あっ、アララギ博士、お久しぶりです!」

 

思わぬ再開だったのかメイは驚きながらも笑顔で会釈した。

 

「トウコ、バトルしてたの?」

 

「ええ、他の地方から来た人だからね、居ても立っても居られなくて」

 

「トウコがお世話になりました。私はトウコの幼馴染のメイといいます」

 

「俺はカントー地方、マサラタウンのサトシだ」

 

「よろしくお願いします。博士、そちらの女の子は?」

 

「私はソウリュウシティのアイリス、博士とサトシとはさっき会ったばっかりなの、よろしくねメイ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「君もアララギ博士からポケモン貰った子なのか?」

 

「はい、そうですよ。それよりもサトシ君、わざわざ遠いカントーから、イッシュまで冒険しに来たんですか?」

 

「1日だけな。色んな地方を知ることで見識を深めるってな」

 

「素晴らしい試みですね、他の地方にはどんなポケモンがいるのか、想像するだけでわくわくしますもんね!」

 

興奮気味になったメイの両目が星が輝いたかのような錯覚を覚える。

大人しそうな見た目に反して、なかなかアクティブな女の子のようだ。

 

「ねえせっかくだからメイともバトルしてみない?」

 

「え?」

 

トウコの急な提案にメイは目を丸くした。

 

「俺は構わないよ」

 

メイがどんなポケモンでどんなバトルをするのか気になるしな。

 

「あのっ、トウコ」

 

「いいじゃない、ポケモンバトルはすればするほど腕が磨かれるのよ」

 

戸惑いを見せるメイにトウコは綺麗な目で軽くウインクしながら勧める、メイは一瞬考えると。

 

「ええと、じゃあお願いします」

 

承諾してくれた。

 

「ツタージャ、レッツスタート!」

 

「フシギダネ、君に決めた!」

 

『タジャ!』

 

『ダネダネ!』

 

現れたのは細い緑の体、細い口に、大きな眼、尻尾は草のような形をしているポケモン

 

「ツタージャ、確かポカブと一緒でイッシュ地方の新人トレーナーに渡されるポケモンだったよな」

 

「はい、私の大事なパートナーなんです! あなたのフシギダネもカントー地方で初心者用のポケモンでしたよね」

 

「ああそうだぜ」

 

またもや同タイプ対決、こっちも負けられないよな。

 

「頼んだぞフシギダネ」

 

『ダネフシャ』

 

そして、バトルが始まる。

 

「ツタージャ『つるのムチ』!」

 

「フシギダネこっちも『つるのムチ』だ!」

 

『タジャ』

 

『フシャ』

 

ツタージャとフシギダネから2本の蔓が同時に放たれる。絡み合う蔓同士は互いに相手と引き合いギシギシと音を鳴らす。しかし、拮抗は数秒で終わり、引っ張り合いはフシギダネの勝ちだ。

 

「よっし!」

 

「くっ、だったら『エナジーボール』!」

 

ツタージャの蔓とフシギダネの蔓が離れる。

 

「連続で『エナジーボール』!」

 

「フシギダネ、こっちも連続で『ヘドロばくだん』!」

 

「毒技!?」

 

ツタージャから連射される緑のエネルギー弾に対し、フシギダネは紫のエネルギー弾を発射する。対峙する緑の軍団と紫の軍団、しかし、タイプ相性により緑光は紫光に飲まれ蹂躙される。尚も勢いのある紫光がツタージャに襲い掛かる。

 

「ツタージャ!」

 

メイの悲鳴にツタージャはフラフラになりながらもまだ立ち上がる。そこにフシギダネから発射された残りの『ヘドロばくだん』が襲来する。

ツタージャに迫る追撃にメイに動揺の色が目元に浮かぶ。

 

「っ!? ツタージャ、『リーフストーム』!!」

 

慌てたような声で指示を出すメイ。ツタージャは回転を始めそれが次第に大きくなり、大量の葉っぱと共に竜巻が発生、次第に大きくなり、フシギダネに襲い掛かる。

 

「走れフシギダネ!」

 

放たれた光線が葉の竜巻の中心に向かって直進していく。

 

「『ソーラービーム』!」

 

フシギダネは中心を走ることで竜巻を最小限にダメージ抑え直進しながら、背中の蕾に光を蓄積させる。そして最大までエネルギーが溜まる。そして、発射される。

驚愕の表情のツタージャはそのまま回避もできずに撃ち抜かれる。

ツタージャはそのまま仰向けに倒れ、目を回した。

 

「ツタージャ戦闘不能、フシギダネの勝ち!」

 

審判トウコの宣言でバトルが決着する。

 

「よっし、いいぞフシギダネ」

 

『ダネダネ!』

 

頭を撫でてあげるとフシギダネは嬉しそうに笑った。

そのままモンスターボールに戻す。

 

「ツタージャ、お疲れ様です。ゆっくり休んでください」

 

ツタージャを抱き上げたメイはそのままモンスターボールにツタージャを戻す。その表情は暗いものだった。

 

「負け、ですね」

 

「ほんとに強いわねサトシ」

 

「メイも惜しかったわね」

 

「いいえ、もっと上手く指示を出せれば……」

 

「そんなに気にしないの、これからよ」

 

「……はい」

 

快活に笑うトウコに対しメイもほほ笑む。しかし、その笑顔はどこか寂し気だった。

その時、トントンと肩をたたかれる。振り返るとアイリスだった。

 

「ねえサトシ、私ともバトルしてくれない?」

 

その表情は真剣そのものだ。

 

「おう、いいぜ早速やろう」

 

3連続バトルだが俺はまだまだやる気満々、イッシュでのバトルをもっと楽しみたかった。

 

 

 

バトルフィールドで対峙する俺とアイリス、審判はトウコが続行だ。

 

「頼んだわよ……行っけえドリュウズ!」

 

アイリスが投げたモンスターボールから出てきたのは、丸みを帯びたひし形のようなナニかだ。俺から見て左端から真ん中は茶色で、左端は鉄の用に鋭い。

 

「ドリュウズ?」

 

初めて聞くポケモンの名前に加え、余りにも風変りな見た目に驚きながらポケモン図鑑を開く。そこでまた驚く。図鑑に載っているドリュウズが目の前にいるそれと姿が違っていたからだ。図鑑を読み進めていくうちにその姿が地中を掘り進む時や攻撃時によくする姿であると記載されていた。

 

「それってどうしたんだ?」

 

「うう、お願いドリュウズ起きて、言うことを聞いてったら!」

 

尋ねるとアイリスは悩ましそうな顔になるとドリュウズに向かって叫ぶ。しかしドリュウズはピクリとも動かない。

 

「ねえアイリス、もしかしてそのドリュウズ……」

 

「ううぅ……言うこと聞いてくれないのよ」

 

「バトルになればやる気を出してくれると思ったんだけど……」

 

アイリスは辛そうにドリュウズを見る。

 

「うっし、じゃあ俺はこいつで行く。ニドリーノ、君に決めた!」

 

『ニドォ!』

 

「わっニドリーノ」

 

「初めて見た」

 

相手のポケモンを見て自分のポケモンを選出するのはマナー違反だけど、今回は許してほしい。

 

「動かないとこ悪いけど、先攻はもらうぜアイリス」

 

「ええ、わかった」

 

「ニドリーノ『ドリルライナー』!」

 

吹き飛ばされたドリュウズはそのまま鋼鉄の爪からまっすぐに落下する。地面にぶつかる瞬間、ドリュウズの体がギュイイインという音を立てて回転し、土をまき散らしながら地面に潜っていった。

数秒後、地響きと共にニドリーノの足元が割れ、凄まじい回転と飛び出してきた。ニドリーノは地面からの一撃を受けダメージを受ける。

飛び出したドリュウズは回転を止めると、その姿が変わる。先端の鋼鉄は左右の鋭い爪、そして頭に鋭く尖った角となる。両足で地面に降り立ち、ニドリーノを威嚇する。

 

『リュウウ……』

 

「ドリュウズが起きた!?」

 

「急に闘志ビンビンて感じ?」

 

「なるほど、攻撃されてバトルする気が起きたわけね」

 

「このまま行くぞ、ニドリーノ『ドリルライナー』!」

 

『ニッドォ!』

 

角を回転させたニドリーノが突進する。

 

「かわしてドリュウズ!」

 

『リュウウ!!』

 

アイリスが叫ぶ。しかしドリュウズは両腕と角を合わせて、ニドリーノに向かって回転し突撃する。ドリュウズの技もまた『ドリルライナー』だ。

激突する2体の高速回転の一撃、空気を裂くようなモーターのような音と衝撃による火花が激しく散る。次第に押し始めたのはニドリーノの方だ。そして紫色の弾丸が土色の弾丸を弾き飛ばす。

吹き飛んだドリュウズは背中から倒れるもすぐに立ち上がり構える。

 

「悔しいだろドリュウズ、十八番の『ドリルライナー』でニドリーノに負けてさ」

 

俺の言葉にドリュウズは青筋を浮かべて睨むと、両腕を振り上げて爪をニドリーノに振り下ろした。

 

「ニドリーノ『みずのはどう』!」

 

『ニドリ!』

 

発射された水の音波がドリュウズに直撃、水流に包み込まれ、地面タイプを持つドリュウズには苦しい攻撃だ。

 

「ポケモンとトレーナーの気持ちを合わせないとポケモンバトルは勝てない。今のドリュウズじゃ俺たちには勝てないぜ」

 

『リュウウウ……』

 

ドリュウズが闘争心をさらに高めたように俺を鋭く睨む。

 

「あのドリュウズ、バトルしてるってことは勝ちたい気持ちはあるみたいね」

 

「そっか、ああ言えばやる気になってアイリスの言うこと聞いてくれるかも、それがサトシの狙いなのね」

 

アララギ博士とトウコが俺の意図を察してくれたようだ。

 

「ま、そういうこと。ドリュウズ、俺たちに勝ちたいなら、自分のトレーナーと息を合わせてみろ」

 

俺はドリュウズを見ながらアイリスのことも見る。彼女は戸惑っているようだが、俺の視線に気づくと何かを決心した顔になる。

 

「ドリュウズお願い、また私と戦って!」

 

ドリュウズは後ろのアイリスにチラリと一瞥するとそのまま視線をニドリーノに送る。

 

「ニドリーノ『ドリルライナー』!」

 

「ドリュウズ『あなをほる』で避けて!」

 

ニドリーノが角を中心に回転し突撃、対するドリュウズは、指示を聞かずに対抗するように『ドリルライナー』を放つ。再び激突する2体、しかし先ほどの再現のようにドリュウズは吹き飛び地面を転がる。

 

「ドリュウズ!」

 

アイリスが心配から叫ぶがドリュウズは構うことなくドリュウズは両腕の爪を鋼にしてニドリーノに突進する『メタルクロー』だ。

 

(ここまでか……)

 

「ニドリーノ『にどげり』!」

 

走るニドリーノ、振り下ろされる『メタルクロー』、右の爪を躱し、左の爪を蹴り飛ばす。2発目の蹴りでドリュウズの顎を蹴り上げる。

顎を撃ち抜かれたドリュウズはそのまま背中から倒れてしまう。

 

「ドリュウズ戦闘不能、ニドリーノの勝ち!」

 

審判トウコの宣言、バトルは終わる。

 

「ドリュウズ、大丈夫!?」

 

アイリスが倒れるドリュウズに駆け寄る。アイリスは気遣うように手を差し出しドリュウズを抱き上げようとするが、ドリュウズはそのまま表れた時のように顔を隠して動かなくなる。それを見たアイリスは暗く沈む。

俺はアイリスとドリュウズに駆け寄る。その後ろからトウコ、メイ、アララギ博士も駆け寄ってくる。俺は顔を見せないドリュウズに向かって話しかける。

 

「なあドリュウズ、なにか思うところがあるのかもしれないけど、アイリスをキチンと見てあげた方がいいんじゃないかなポケモンとトレーナーはそうして向き合うのが大事なんだと俺は思うよ」

 

だがドリュウズは微動だにしない。

 

「……戻ってドリュウズ」

 

沈んだ声でアイリスはドリュウズをモンスターボールに戻す。

 

「ドリュウズは、私の最初のポケモンなの。今は全然言うこと聞いてくれないけど、最初はすっごく仲良しで最高のパートナーだったんだよ」

 

「そうだったのか。ごめんな、ドリュウズに挑発みたいなことして」

 

アイリスは首を振る。

 

「ううん、私の都合なのに、気を遣ってくれたのよね」

 

「まぁ、な。けど力になれなくてごめん」

 

「最後まで言うこと聞いてくれなかったのは、私の力不足だから。ありがとうサトシ、私たちのこと考えてくれて嬉しかった。ニドリーノもありがとう」

 

「アイリス……」

 

俺とニドリーノに向かってほほ笑むアイリス、だがその笑顔は寂しげだ。ドリュウズが言うことを聞いてくれないのには何か理由があるのだろうが、アイリスの方から話そうとしないなら聞くべきではないのだろうなと思った。しかし落ち込んでいるアイリスに対し、なんて声を掛けたらいいのか……

少しの間を置いて、アイリスは口を開く。

 

「サトシがトウコとメイとバトルしてるとこ見ててさ、すごいバトルだなって思ったんだ。メイとのバトルもそう。思わず、その、胸のとこがポカポカするっていうか……」

 

もじもじしているアイリスは第一印象の快活さとはギャップがあるように思えた。それが少し微笑ましく思えた。真面目に話をしている彼女には申し訳ないが。

 

「だから、そんなサトシとバトルすれば、ドリュウズもやる気を出して言うこと聞いてくれるかなって思ったの……」

 

「……そっか」

 

俺のことを評価してくれてたというのはなんだか照れ臭い。

 

「ねえサトシ」

 

「うん?」

 

「ドリュウズのことサトシに任せていいかな?」

 

「え?」

 

思わぬ申し出に俺は驚き呆けたような声が出てしまった。

 

「サトシなら、ドリュウズのこと任せられる気がするの。だって、あんなにやる気を出したドリュウズ久しぶりだもん。サトシならきっとこの子のこと――」

 

「諦めるのか?」

 

「え?」

 

自分でも驚くくらいに低い声が出てた。

アイリス、気づいてるか? お前今にも泣きそうな顔してるぞ。

 

「ドリュウズはアイリスにとって初めてのポケモンで大事な仲間なんだろ。それを簡単に人に渡していいのか?」

 

「そ、それは……」

 

ドリュウズを立派に育てることは、自分ではできないから他人に託したい。だけどそのために離れ離れになるのは嫌だ。そんな葛藤や苦しみがアイリスの表情が見て取れた。

 

「トレーナーなら自分のポケモンのことは最後まで信じぬくんだ。トレーナーが諦めたら本当に終わりなんだ」

 

泣きそうになったのはドリュウズと離れることに対してだけじゃなく、自分がドリュウズの心を開くことができないことの悔しさもあるのだろう。その悔しさを忘れないでほしい。

落ち込んで顔を伏せるアイリス、そこまで叱ったつもりはなかったのだが、泣かせてしまっただろうか。俺は思わず手を彼女の頭の上に乗せる。

 

「2人は最初仲良しだったんだろ。だったら今はダメでも、君がドリュウズを信じればその気持ちはきっと伝わるよ」

 

「……うん、そうよね。私も信じてる。ありがとう、サトシ」

 

ほんのり頬を染めて笑顔になるアイリスを見て思わず微笑んでしまう。アイリスには笑顔が似合うな。

 

「子供なのは私の方だったわね。大事なこと分かってるサトシの方が大人なのね」

 

元々の中身はまあそこそこ歳だけどな

 

「でもアイリスは学んだんだろ? だったらアイリスも大人に近づいてると思うぜ?」

 

「あ、ありがとう……」

 

すると後ろから歩く音、

 

「私も何かアイリスちゃんにアドバイスしたかったけど、ぜーんぶサトシ君に言われちゃったわ」

 

アララギ博士が肩を竦めながら軽く笑った。

 

「あはは……」

 

「アイリスちゃん、サトシ君も言ってたけど、トレーナーが心から自分のポケモンを信じれば伝わるのは間違いないわ。何よりもドリュウズのことを考えているのは貴女なんだから。

 

「はい!」

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンセンターのフロントで休憩することにした。

それぞれ好きな飲み物やお菓子を注文してテーブルで談笑している。

足元にはポケモンたちが遊んでいる。

 

「ピカチュウ、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ、スピアー、ニドリーノ。どの子も本物が見られるなんて感激です!」

 

「すっごいレアな体験、サトシありがとう」

 

「喜んでもらえて嬉しいよ。みんな俺の自慢の仲間なんだ。仲良くしてくれ」

 

メイとトウコは俺のポケモンたちに目を輝かせ、そこにアイリスも加わり、頭を撫でたりとスキンシップをしていた。

するとポカブがトウコの足元までトトトと走り、甘えるように見上げた。

 

「はいはいポカブ、あなたも可愛いわ。はい、どうぞ」

 

ポカブはトウコからおやつを貰うと嬉しそうに食べ、鼻をトウコの脚にスリスリと擦り付けた。あの美脚になんて羨ま――げふんげふん、なんでもないよ。

 

「ポカブはトウコによく懐いてるんだな。やっぱり、トウコの最初のポケモンはポカブなのか?」

 

そう言うとトウコはピクリと反応した。

 

「うん……」

 

返事をしたトウコはポカブをジッと見つめるとしばらく考え込んで口を開いた。

 

「……サトシとアイリスには話してもいいかもね」

 

「トウコ……」

 

アララギ博士とメイは痛々しいものを見るかのようなどこか物憂げな顔になる。

 

「ポカブはね、実は捨てられてたポケモンなんだ」

 

思わぬトウコの言葉に俺は驚き、アイリスも目を見開いている。

そこからトウコは語りだす。

 

まだポケモントレーナーになっていないトウコは母親と共にカラクサタウンを訪れていた。カノコタウンに一番近い町であるためよく買い物に来ていたのだが、その日の町はいつもと様子が違っていた。

『謎のポケモンが出た』

町のみんなは口々にそう言い、新種のポケモンの発見なのではと大騒ぎになっていた。

その謎のポケモンの正体こそがポカブだった。しかし、その時見つけたポカブは通常のポカブに比べてひどくやせ細っていた。原因はポカブの口に縛り付けられた縄だった。その縄のせいで口が開けずなにも食べることができなくなっていたのだ。

やせ細ったポカブを縛る縄を解いたトウコは母親と共にそのままポケモンセンターに向かい、ポカブの治療をしてもらった。

縄で縛られていたのは、明らかに人為的なもの。ポカブをそんな目に遭わせた人間を許せないという気持ちと共にポカブへの不憫な気持ちを強く感じた。

 

「だから私決めたんだ。トレーナーになったらこの子と一緒に旅をするって。それでアララギ博士にお願いしたんだ」

 

トウコの言葉をアララギ博士が続ける。

 

「ポカブを私の研究所のポケモンとして登録したの。そうすれば新人用のポケモンにしてトウコに渡すことができるから」

 

「そのおかげでこうしてポカブのトレーナーになれたんだ」

 

『カブカブ』

 

「そっか、そんなことがあったんだ」

 

「トウコはすごいわ。それにしても許せないよ、ポカブをそんな酷いことしたやつ!」

 

俺が感心していると、アイリスも続き、同時にポカブを捨てたトレーナーへの怒りを示した。

チラリと横を見るとメイの膝の上に乗るツタージャが目に入った。すると俺の視線に気づいたメイが少し考えると口を開く。

 

「私のツタージャもちょっと特殊なんです」

 

メイが母親と共によく買い物をするサンヨウシティを訪れていた時のこと。

母親が買い物をしている間、メイは3番道路近くの草むらを眺めていた。いつか自分の脚でポケモンと共に旅をする姿を夢想しながら。

草むらから1体のツタージャが現れた。間近に見るポケモンにメイは好奇心から近づいた。ツタージャはメイに気づくと素早く距離をとった。

メイは持っていたお菓子を置いてその場を去った。

翌日、再び買い物に訪れたメイは昨日と同様に3番道路近くの草むらまで行った。するとそこにツタージャがいた。

メイは前日と同様にお菓子を置いてその場を去った。

そんなやり取りを繰り返したある日、ツタージャは自分からメイの傍まで寄ってきた。

メイはツタージャを見ると、そこに恐怖や警戒が無いことを悟り、今回は直接お菓子を手渡ししようと試みた。するとツタージャは小さなを手を伸ばしメイからお菓子を受け取った。

 

「そこから先はトウコといっしょです。ツタージャをアララギ博士の研究所のポケモンとして登録して、この子を私の最初のポケモンにしてもらったんです」

 

しかし、野生のポケモンを研究所のポケモンとして登録するのは、さきほどのポカブの事情に比べればさほど特殊ではないのだろうか。

 

「アララギ博士が言っていたのですが、この子は前のトレーナーから離れて行ったのかもしれないって」

 

「この子、人に慣れてたのよ。それにポテンシャルを見るととてもただの野生のポケモンとは思えなかったの。育てられた経験があるって確信が持てたわ。ツタージャは賢いポケモンだから、自分に合わない、強くしてくれないトレーナーを自分から捨てることもあるみたいなんです」

 

「それじゃあ、ツタージャに好かれてるメイはすごいトレーナーだって認められてるんだな」

 

「そ、そんなことないです! 私なんて全然ですよ!」

 

メイは赤くなった顔と両手をバタバタと振った。その際、シャツ越し大きな胸がゆさゆさ揺れる。

 

「そんなに強く否定しなくていいわよメイ」

 

アララギ博士のフォローにメイは若干俯いた顔になる。

 

「でも、すごくないのは本当だと思います。最近はバトルも負け続きですから」

 

「だったら特訓あるのみじゃない?」

 

「そうだよ、まだまだ旅は始まったばかりなんだろ? こっからだって」

 

アイリスに続いて俺もメイを鼓舞する。メイは「そうですね」と言って立ち上がる。

 

「バトルしてきます。もっともっと強くならないと」

 

 

 

 

バトルの末、ツタージャは倒れる。

 

「ツタージャ戦闘不能」

 

「ツタージャ、大丈夫ですか!?』

 

メイはツタージャに駆け寄り、彼女を抱き上げ心配そうに見つめる。そうして立ち上がると対戦相手の女の子と握手を交わして別れる。明らかに暗い彼女の背中を見ながら、観戦していた俺たちはメイのもとに歩いていく。

 

「たはは、また負けちゃいました。御覧の通り最近負け続きなんです、参りますね」

 

腕の中にいるツタージャを見つめ、自嘲気味に笑いつぶやく。本当は悔しくて笑いたくなんてないだろうに。すると、ツタージャは目を開けてメイの腕からピョンと地面に降り立った。

 

「焦る必要はないさ、少しずつ強くなればいいよ」

 

ああもう、こんな気休めの言葉しか言えないのか。メイは本気で悩んでるんだから焦るに決まってるのに、『少しずつ』なんて今の彼女には受け入れられないはずだ。

そう俺が不甲斐なく思っていると、

 

「ありがとうございます。サトシ」

 

メイは笑った。けど、とても寂しく。

 

「ツタージャ、ボールに戻――」

 

途切れるメイの言葉、彼女の視線の先を見るとそこにツタージャの姿は無かった。俺も気づかなかった。おそらくトウコもアイリスもアララギ博士も。

 

「ツタージャ! どこ行ったのツタージャ!?」

 

姿の見えないツタージャに呼びかけるメイは建物を飛び出した。

俺たちもメイの後を追いかける。

 

建物の外の野原を走りながらメイはツタージャに呼びかける。俺たちも彼女に協力してツタージャを探す。

 

「ツタージャ! 返事をしてツタージャ!」

 

その声には焦りが濃く出ている。

すると、メイは声を上げるのを止め、その場にたたずみ俯いた。

 

「あ、あはは……私、見限られちゃったみたい、ですね……」

 

乾いた笑いをするメイ、その両目には涙が溜まっていた。

 

「まだそうと決まったわけじゃ――」

 

トウコが声をかけるが――

 

「だって、私ずっと負け続きなんですよ。こんなダメなトレーナー愛想尽かされて当然です!」

 

悲痛な感情をぶつけるようにトウコに向かって叫ぶメイ。

 

「そもそも、あんなに賢い子が、お菓子をあげたくらいで懐くなんて変な話じゃないですか。きっと、気まぐれで物好きな女の子と旅したくなっただけなんですよ。けど、ダメだってわかったから。私も見限られたんです」

 

溜まった涙は頬を伝い流れていく。

 

「もう、旅辞めます。トウコ、ごめんなさい……」

 

メイはもう何も聞きたくないとばかりに首を振り、諦めようとしているた。

トウコも何を言えばいいのか逡巡しているように見えた。

 

「簡単に諦めちゃダメだ」

 

俺はトウコの隣に立ち、メイに話しかける。

 

「でも……」

 

俯くメイの顔は悲哀に満ちていた。

そんな顔してほしくない。メイもポケモンが大好きでポケモントレーナーになったはずなんだ。これから先もっと楽しい冒険が待っているはずなのに、こんなすぐに諦めてほしくない。

だから俺はできることはしてあげたい。

 

「いなくなってそんなに時間は経ってない、まだそう遠くまで行ってないかもしれない。旅を辞めるかどうかは探してからでも遅くないんじゃないか?」

 

「そうよメイ、探そう」

 

「私も手伝うわ。『諦めたらダメ』だって私も言われたもの、だからメイも諦めないで!」

 

「私が送り出した子が簡単に諦めたら悲しいもの、さあ行きましょう」

 

「トウコ、アイリス、アララギ博士……」

 

顔を上げたメイの瞳には少しずつ希望が光っているように見えた。本当はメイだってこのままお別れなんてしたくないはずなんだ。

メイの暗い顔にほんの少しの希望が見えた。それを確認した俺たちはツタージャを探しに建物を飛び出した。

 

 

 

「草タイプのツタージャなら森にいると思うんだが……」

 

ツタージャを探し、野原近くの森を散策している俺たち、もしかしたらここを離れている可能性もあるが、痕跡だけでも見つけたいと思い探索する。

その時――

 

「何か聞こえる?」

 

トウコの言葉に耳を澄ますと、何かがぶつかるような音がした。

 

「行ってみよう」

 

音のする方向を把握し、全員で向かった。

 

 

 

***

 

 

 

走った先に見えたのはツタージャの後ろ姿。

 

「ツタージャ?!」

 

大きな岩に向かって蔓を振るい、『エナジーボール』をぶつけるツタージャ、何度も何度も動き攻撃を繰り返す。はぁはぁと疲労からの荒い呼吸を繰り返す。その表情は鬼気迫るものだ。

 

「あれはもしかして、特訓してるのか?」

 

「特訓、どうして?」

 

メイが心配そうに見つめる先のツタージャは真剣な顔で動き続ける。

――もっと強くなりたい。

そんな気持ちが伝わってくるようだ。

 

その時、

 

『グルルルル……』

 

現れたのは大きな髭をたくわえその全身も多量の毛で覆われた四足で台地に立つポケモン、ムーランドだ。

ムーランドはギロリとツタージャを見下ろすとグルルルルと威嚇した。

そして、ツタージャに向けて駆け出す。巨体に似合わぬ素早さでツタージャに向けて『とっしん』した。巨体から生み出される破壊力にツタージャの小さな体は吹き飛ばされる。

 

「ツタージャ!!」

 

メイが悲鳴を上げる。

再び動き出すムーランド、口を大きく開くとその牙に炎を纏う。そのままツタージャに振り下ろされる。

 

「危ない、ツタージャ!!」

 

メイは悲鳴と共に駆け出す。しかし、彼女の走力ではとても間に合わない。彼女が到達する前にツタージャは攻撃を受ける。

そう、メイでは間に合わない。

振り下ろされる炎、しかし、それは地面を焼くだけに終わった。ムーランドは標的を見失って周りを見渡す。

ツタージャはサトシに抱きかかえられていた。先ほどの攻撃からサトシが飛び出しツタージャを抱えていくことで回避することができたのだ。

 

「間一髪、だな。にしても『ほのおのキバ』とは、本気で倒しに来てるな」

 

「こっからはポケモンバトルだな。ゼニガメ、君に決めた!」

 

サトシの投げたモンスターボールからゼニガメが現れる。

 

『ゼニゼニ!』

 

「ゼニガメ『みずでっぽう』!」

 

『ゼェニュウウウ!』

 

強烈な水流がムーランドに直撃し大きく後退させる。

 

するとツタージャがゼニガメとムーランドの間に割って入った。

その大きな両目には闘争心が宿っていた。

 

「ツタージャ……」

 

「メイ、ツタージャに指示を出すんだ」

 

サトシはゼニガメをボールに戻すとメイに言い放つ。

 

「で、でも……」

 

怯えた表情のメイは俯く。

 

「ツタージャが何を望んでいるのか、今ならわかるはずだ」

 

「ツタージャの、望み……」

 

メイは歩き出す。そして足を止めるとそこはいつもの位置、自分の相棒を後ろから見守りながら共に戦う場所だ。

 

「えと……」

 

『タジャ!』

 

メイがためらいを見せているとツタージャが振り返りメイに強く一声鳴いた。その声がメイの心に強く響いた。

 

「ツタージャ……うん、わかったよ!」

 

視線を上げると相手のムーランドがツタージャに突進してきていた。

 

「来るよツタージャ、かわして!」

 

『タジャ!』

 

ツタージャは持ち前の素早さでムーランドの『とっしん』を回避する。

 

「『リーフブレード』!」

 

『タアァジャッ!』

 

ツタージャはその身を高く飛翔させ、鋭い刃となった尻尾をムーランドへと叩きつける。

強烈な一撃に切り裂かれたムーランドは吹き飛ぶ。

 

「いいよツタージャ、そのまま――」

 

その時、茂みの奥から何かが飛び出す。それは小さなポケモンたちだった。

 

『キャンキャン!』

 

「ヨ、ヨーテリー?」

 

「この子たち、いったい?」

 

目算で5体のヨーテリーが倒れるムーランドに群がり寂しげな声を上げていた。ムーランドは起き上がると周りにいるヨーテリーたちを舐めてあげていた。その目はとても優しく慈悲深いものがあった。

 

「そうか、子供たちが危険に晒されると思ってツタージャを追い出そうとしたんだ」

 

ムーランドとヨーテリーの様子を見る限り間違いないだろう。

ツタージャを見ると申し訳なさそうにムーランドたちを見ていた。

 

『タジャ……』

 

「ごめんなさいムーランド、けどツタージャはあなたたちに危害を加えようって気は無いの。だから、気持ちを静めて貰えないかな?」

 

メイの言葉を聞いたムーランドは幼いヨーテリーたちを優しく舐めてあげると、のそのそと歩きツタージャの前に出る。

 

「まさかこのまま続けるの?」

 

「親であってもポケモン、バトルの決着は付けたいんだな」

 

トウコが困惑するが俺はムーランドの気持ちが理解できた。

その時ムーランドはチラリ後ろのヨーテリーたちを見た。その様子にサトシはどこかおかしそうに軽く笑う。

 

「いや、それとも子供たちにポケモンバトルをしっかり見せてやりたいということなのかな」

 

ムーランドの『とっしん』、直撃したツタージャは吹き飛ぶ。

 

「ツタージャ!」

 

「ど、どうしよう、ツタージャが……『リーフスト――」

 

「落ち着けメイ、大きな攻撃を受けたがまだツタージャは立てる。まだ終わりじゃないんだ。」

 

思い返すのは今日のバトル、自分はツタージャの危機で早くバトルを終わらせようとしていた、だから焦って大技を使っていた。

もっと落ち着いて冷静にツタージャを見ていればそうはならなかった。ツタージャは弱いポケモンじゃない。そのことをトレーナーである自分が理解し、必要な行動を指示しなければいけない。

 

――ツタージャの動きに問題はない。次の相手の攻撃を見極めないと

 

牙に炎を纏わせツタージャ目掛けて疾走するムーランド、

 

「ツタージャ『つるのムチ』、脚を狙って!」

 

ツタージャは2本の蔓を出し、勢いよく低空で横に薙ぐ。振るったムチが駆けるムーランドの両前脚に振るわれた。両前脚への衝撃でムーランドの疾走は止まり、つんのめり勢いのまま地面に転ぶ。

 

――ここです!

 

「ツタージャ『リーフストーム』!!」

 

『タアジャアアア!!』

 

大量の葉が舞い上がり大きな竜巻が生まれる。葉に包まれた竜巻がムーランド向けて発射され、無防備な姿を飲み込む。

吹き飛んだムーランドはそのまま地面を勢いよく転がる。勝敗は決した。ツタージャの勝ちだ。

 

「……やった、やりましたよツタージャ!」

 

『タジャ!』

 

喜色満面で飛び上がりそうになるメイにツタージャは笑って頷く。心から喜んでいる2人を見て安心した。

視線をその向こうに向けるとムーランドがのそりと起き上がり、ツタージャを一瞥すると子供たちの元に向かい彼らを引き連れてそのまま森の奥へと帰っていった。

 

「バトルありがとうございましたー!」

 

『タジャ―!』

 

ムーランドたちを見送ったメイはツタージャを見る。同時にツタージャもメイを見上げていた。

 

「ツタージャ、ここで1人で特訓してたの?」

 

『タジャ……』

 

「どうして? 私にも言ってくれたらよかったのに」

 

頷くツタージャにメイは悲しそうな顔をする。

 

「ツタージャはバトルに負けたことが不甲斐なく思ったんじゃないかな。それがメイに辛い思いをさせているんだって」

 

だから誰にも相談せずに独りで頑張ろうとした。ツタージャは俺の言葉に神妙に頷いた。

 

「そんな、ツタージャは全然悪くない! 悪いのはダメな私! 私のせいでみんなに辛い思いをさせたんです……」

 

『タジャタジャ! タジャタジャ!』

 

ツタージャはメイの前で大きく両手を振って訴えかけるように鳴いた。必死な様子はメイを悲しませてしまったことへの申し訳なさが見て取れた。つまりツタージャは――

 

「メイが責任を感じたようにツタージャも同じように責任を感じていたんだ。自分はもっと強くならないといけないんだって、そうだろ?」

 

ツタージャはこくりと頷く。メイはツタージャから視線を外すと俯く。

 

「じゃあ、やっぱり私はダメだね……ツタージャは頑張って強くなろうとしたのに、私は何もせずに落ち込むばっかで――」

 

「はいネガティブな発言やめ!」

 

「えっ!?」

 

「そんなネガティブなことばっかり言ってるとほんとに何も行かなくなるぞ。反省は大事だ。けどもっと大事なのは反省した後なんだ」

 

「それとツタージャも」

 

俺は膝を曲げて足元にいるツタージャの顔を見る。

 

「強くなりたい気持ちは大事だよ。だけど、その気持ちを1人で抱えたままにするのは良くない。ツタージャは大事な仲間をもっと頼るべきなんだ」

 

「メイからツタージャと出会った時のこと聞いたぜ。別に君はお菓子ほしさにメイに付いていったわけじゃないだろ。メイの優しさとかひたむきなところとかに惹かれたんだろ?」

 

『タジャ……』

 

「わかるよ。メイは可愛くて優しくて一生懸命な女の子だって。ツタージャはそんなメイが大好きなんだろ?」

 

――あとは君が話すんだ。

そう視線でメイに伝えると、俺は彼女と場所を入れ替えた。

 

「ツタージャ、ごめんなさい。私、負けて悔しかったのに何もしようとしてなかった。ただ落ち込むだけで、前に進もうとしなかった。そんなのなんの解決にもならないのに、ツタージャのことしっかり考えないで勝手だった。本当にごめんなさい!」

 

『タジャ、タジャタジャ! タジャタジャタージャ、タジャ!』

 

「ツタージャ、これからも私と旅をしてくれる?」

 

『タジャ!』

 

大きく頷いたツタージャはメイに向かってジャンプし、彼女の豊満な胸元に飛び込んだ。

メイも飛び込むツタージャを優しく抱き留める。

 

「サトシ、ありがとうございます。ほんとに、サトシのお陰です!」

 

感極まった表情で涙目のメイはサトシに思い切り抱き着く。女の子特融の柔らかい感触と甘い香りがサトシの触覚と嗅覚を刺激した。

 

「ちょ、さすがにそれは……」

 

「わ、ごめんなさい」

 

「トウコ、心配かけてごめんなさい」

 

「ううん、メイとツタージャが元に戻ってよかった。これからも一緒に旅してくれる?」

 

「はい、こちらこそお願いします!」

 

笑顔で手を取り合うメイとトウコ。トウコの安堵の表情、メイの迷いのない笑み、もう何も心配する必要はないとサトシは確信を持ちつられるように口角を上げた。




ここまで時間がかかってしまい申し訳ないです。
今後とも精進してきますので、読んでいただけたら幸いです。


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イッシュ地方 過去を乗り越えて突き進め

大変お待たせしました。


メイとツタージャの問題は解決した。2人はこれから心を通わせ強い信頼し合えるだろう。

問題が解決した。俺たちはバトルハウスへ戻った。

 

「本当に良かったわメイ」

 

「ええ、貴女が旅をやめたら私も悲しいもの」

 

「し、心配かけてごめんなさい」

 

「がんばれよメイ、俺も応援してるからさ」

 

「は、はい、サトシも本当にありがとうございます」

 

メイは嬉しそうにはにかむ。頬が赤く視線が熱っぽいのは気のせいだろうか。

その時、ふと施設の天井から下げられたテレビが目に入る。そこではポケモンバトルが行われていた。それも互いに2体のポケモンを使用したダブルバトルだ。そこでは見たことない2体のポケモンが目立った。

 

 

「あのポケモンは……?」

 

「あれはクイタランとエンブオーね」

 

「エンブオーってポカブの最終進化系なのよ」

 

博士の説明を聞いていると続くようにトウコが教えてくれる。

 

「そっか、じゃあポカブもあのエンブオーになれるように頑張らないとな」

 

『カブカブッ!』

 

しゃがみ込んだ俺はトウコの足元にいるポカブの頭を撫でる。ポカブは嬉しそうに笑っている。

 

「ふふっ、ポカブったら嬉しそう。サトシのこと気に入ったのね」

 

『カブッ!』

 

「ははっそりゃ嬉しいな、仲よくしようなポカブ」

 

『カブゥ!』

 

 

 

***

 

 

 

今いる場所はバトルクラブ内の食堂、そこにある大きめのテーブルに座り俺たちは昼食を摂っていた。

席順は俺の右にアララギ博士、左にアイリス、向かい側にトウコとメイが座っている。足元ではポケモンたちも食事中だ。俺のピカチュウ、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ、ニドリーノ、スピアー。トウコのポカブ、そして初顔合わせのバチュルとエルフーン。メイはツタージャ、まだ他にポケモンはゲットしていないらしい。アイリスはドリュウズがボールから出てこないようだ。

テーブルの上にならぶ色とりどりの料理、トウコはオムライス、メイはカルボナーラ、アイリスはハンバーグランチ、アララギ博士はラーメン、そして俺はカレーライスだ。

パクパク、モグモグ……うむ、やはり料理とは場所によって味は変わるようだ。といっても具材や色合いが大きく変わるわけではなく、イッシュのカレーはカントーのそれとは大きな違いは無いようだ。そもそも、オムライスやラーメンが普通にあるのは驚いた。イッシュ地方はカントーはシンオウ等とは文化が違う地方だが、似ているところは似ていた。

美味美味。

 

「研究所に連絡することがあるから少し席を外すわね」

 

「「「「はい」」」」

 

食事を終えた俺たちはそのまま一休みすることにした。アララギ博士は席を立ちそのまま立ち去る。

 

「サトシは今からどうするんですか?」

 

「そうだな、休んだらまたバトルしに行こうかな」

 

「朝あんだけバトルしたのにまたするの? ほんとにバトルのことばっかりじゃない」

 

「そりゃポケモントレーナーだしな、バトルは大好きだよ。それにせっかく来たんだからできるうちにしておかないとさ」

 

「そうですね、お気持ちはよくわかりますよ」

 

「まあでも、イッシュ地方のことを調べるのもいいかもな」

 

「それじゃあ、私もお付き合いしますよ」

 

「いいのか?」

 

「はい! サトシにはお世話になりましたら、その……お礼も兼ねて……です」

 

嬉しそうに笑うメイは急に頬を染めてモジモジと左右の人差し指同士を合わせていた。

 

「だ、だったら私も教えるわよ」

 

急に立ち上がったアイリスが、俺に勢いよく顔を近づけ叫びに近い声で言ってきた。

 

「ちょ、近い近い」

 

「あ、う、ごめん……」

 

俺の至近距離でアイリスはハッすると顔を赤くし、すすすっ……と後退した。

何やら妙な空気になり俺もどう声をかけたらいいのか混乱してしまう。

 

「むぅ……」

 

メイの若干不満げな声が聞こえた気がした。

 

「メイ?」

 

「なんでもありません」

 

声をかけるとメイはプイッとそっぽを向いた。なんか怒らせただろうか。

その時、ふとメイの隣に視線が行く。

そういえばさっきからトウコは一言も喋っていないことに気づいた。彼女の顔は床を向いている。

いや、床ではなくそこにいるポケモンたちだ。

 

「……」

 

「ん? トウコどうしました?」

 

黙り込んだトウコの視線の先には俺のピカチュウがいる。

そしてトウコの体は僅かに震えていた。

 

「……も……かい」

 

「「「ん?」」」

 

俯いたトウコは何事かを呟く。その時――

 

「ごめん、もう限界!」

 

トウコはガバッとピカチュウを抱き上げるとギュウウウと抱きしめた。

 

『ピ!?』

 

「ふわあああ、かっわいいいい!!」

 

トウコは勢いよくピカチュウを抱き上げる。その『でんこうせっか』の勢いにピカチュウは為すすべなく持ち上げられる。

 

「最初に見た時から、こうしてスリスリしたかったの! 生ピカチュウ、もちもちふわふわで可愛い! たまんないわぁ!」

 

先ほどまでの凛々しさはどこへやら、可愛いピカチュウに夢中になって頬擦りする女の子になってしまった。

 

『ピィカァ……』

 

トウコに抱きしめられ、身動きが取れないピカチュウが、俺に助けを求める涙目な視線を送ってくる。

ピカチュウよ、可愛い女の子に抱きしめられるんだからその幸せを嚙み締めなさいよ。そんなことを思いながら、俺は美少女と小さなポケモンの戯れ(一方的だけど)を微笑ましくその光景を見ていた。

 

『カブ?』

 

走り出したポカブ。トウコがピカチュウに構うから焼きもちで突進したのかと思いきや、トウコとは別方向に向かっていった。

 

「ポカブ?」

 

「ポカブ、どうかしたの?」

 

急に走り出したポカブに気づいたトウコは、我に返ったようで心配そうに声をかける。

ポカブが走った先には一人用のテーブル、そこには1人の男が座っていた。

 

『カブカブ』

 

ポカブはその男を見て嬉しそうな顔で鳴いていた。

 

「なんだお前は?」

 

ポカブが走った先にいた男に見覚えがあった。先ほどみ観た映像に映っていた、エンブオーとクイタランのトレーナーだ。

 

「ごめん、私のポカブなの」

 

男を見上げているポカブ、その様子はとても懐いているように見え、まるで大好きな人に会えて喜んでいるような顔だ。

 

「お前……そうか、あのポカブか」

 

男は合点がいったという表情でポカブを見下ろしていた。そこに侮蔑の感情が見えるのは気のせいだろうか。

 

「この子のこと知ってるの?」

 

トウコが訊く。

 

「知ってるもなにも、俺はこいつの元トレーナーだよ。俺はスワマ、最強の炎ポケモン使いさ」

 

ポカブの元トレーナー、ということは――

 

「じゃあ君はこのポカブを手放したってことか?」

 

「そうだよ」

 

男――スワマは飄々とした態度で何でもないかのように軽く言い放つ。

 

「どうしてポカブを捨てたの?」

 

トウコがわずかに表情を曇らせながらスワマに尋ねる。

 

「だってそいつ弱っちいんだぜ、才能の無い弱いポケモンをわざわざ育てるなんてしたくないよ。だから逃がしたんだ」

 

「っ! ポカブを見つけた時、この子縄で縛られてたの。そうしたのはあんたなの?」

 

「ん? ああ、そいつ逃がしたのにしつこくついて来たからな。仕方なく縛ってやったんだよ」

 

困ったように溜息をつくスワマはまるで自分が被害者のような言い方だ。

 

「あんたがそんなことしたせいで、ポカブはずっと大変なことになってたのよ! それに、さっきのポカブを見たでしょ! あんたを見つけてあんなに嬉しそうな顔してたのよ! 今でもあんたのことを……気にしてたってことじゃない。それなのに――」

 

トウコは掴みかかろうとするのを必死でこらえているように見えた。両手の拳は固く握られ、悔しそうな表情を浮かべている。

 

「バトルに向いてないポケモンを無理に育ててもトレーナーにもポケモンにも良くないことだぜ」

 

「そんなことない!」

 

「そうです、お互い頑張れば信頼しあえばきっと上手くいきます!」

 

「ポケモンの気持ちも考えずに捨てるなんて最低よ! サトシもそう思うでしょ?」

 

トウコに続いてメイもアイリスもスワマに反論、さらに俺に同意を求めてくる。

 

「……」

 

「サトシ?」

 

黙る俺を不信に思ったのかトウコ、メイ、アイリスは疑問の表情を浮かべる。

 

「そいつの言うことも一理ある」

 

「「え?」」

 

「向き不向きはある。バトルが苦手なポケモンも確かに存在する。それを無理やり戦わせるのはそのポケモンのためにも、トレーナーのためにもならない」

 

「そ、そんな……」

 

「はははははっ、あんたよぉくわかってんじゃねえか」

 

トウコ、メイ、アイリスは動揺を隠せないという顔になる。ポケモンを手放すことも正しい選択になるという意見がとても信じられないのだろう。

以前の俺もそうだった。だが、シンオウ地方で『あいつ』とその仲間の考えを俺は否定しきれなかった。それは心のどこかでそれが正しい考えだと認めている証拠だ。ポケモンが不幸になるなら、『捨てる』という判断もやむを得ない。それが間違いではないと理解してしまっている。

 

「けどポカブに才能が無いだなんて思えない」

 

「あん、どういう意味だ?」

 

正しい部分があると思いながらも、この男の意見には納得できない部分もある。

 

「さっきポカブとバトルしたんだ。動きも良いし技の威力も申し分ない。トウコが見事に力を引き出してたんだ」

 

「サトシ……」

 

どこか安堵を含んだようなトウコの声。

 

「俺がポカブの力を引き出しきれてないのが悪かったって言いたいのか?」

 

「さあな、だがポカブは強いポケモンだ。だからお前の考えは間違ってる」

 

「言ってくれるじゃないか。俺は最強のファイヤーウォーリアーズを操るトレーナーだぞ!」

 

バンッと机を強く叩いてスワマは俺を睨みつけながら立ち上がる。

 

「そんなことどうだっていい! あんた、ポカブに謝りなさい!」

 

トウコが対抗するにスワマを睨みながら言い放つ。

 

「はぁ? なんでそんなことしないといけないんだよ」

 

「ポカブにひどいことしたんだよ、当たり前じゃない!」

 

「誰がそんな雑魚に頭なんか下げるかよ。そいつが弱いのが悪いんだ」

 

「ポカブは弱くないって言ってるでしょ! 偉そうなこと言って、どうせあんたも大した腕じゃないんでしょ!」

 

「……言ってくれるじゃないかこのアマ、そんなに言うなら見せてやるよ。俺の実力をな」

 

スワマは見下すようにトウコを睨む。

 

「勝負はダブルバトルにしようぜ。俺のファイヤーウォーリアーズの真の力を発揮できるからな。だが、お前にも勝つチャンスくらい与えてやるさ。勝負はそうだな……3時間後にしよう。その間に作戦でも考えておくんだな」

 

「あんたにだけは絶対負けない」

 

「言ってろ、せいぜい無様なバトルをしないようにな、はっははははは!」

 

哄笑を上げて廊下を歩ていくスワマ、その背中を俺は見つめる。ちらりと横を見るとトウコがポカブを抱き上げて悔しさをこらえるような顔をしている。

 

「絶対、負けない……」

 

 

 

***

 

 

 

「そんなことがあったのね」

 

戻ってきたアララギ博士に事情を話すと彼女もまた深刻そうな顔をしていた。

 

「彼の考えを改めさせる必要があるわ。トウコ、バトル頑張ってね。バトルを通じてトレーナーは気持ちをぶつけ合うものだから」

 

「はいっ!」

 

『考えを改めさせる』か。多くの人間なら怒りに任せて『スワマを叩き潰せ』とか言いたくなる話だ。けど、アララギ博士は流石に大人なだけあって、客観的で落ち着きのある発言だ。

トウコもそのことは理解しているだろう。だが、ポカブのためにも負けるわけにはいかない。俺もできる限りの協力をするつもりだ。

 

俺たち5人は作戦会議を立てることにした。

 

「さっきバトルを見たが、おそらくあいつは口先だけってわけでもなさそうだぜ」

 

「そうですね、エンブオーとクイタラン、かなりの強さでした」

 

「あんな奴認めたくないけど、あっさり勝つってわけにはいかないみたいね」

 

俺の言葉にメイとアイリスも続ける。

 

「スワマはダブルバトルを指定してきた。トウコ、確か君の他のポケモンは……」

 

「うん、出てきて」

 

トウコがボールを投げ、現れたのは、

 

『フーン!』

 

『バチュ!』

 

エルフーンとバチュルだ。エルフーンは草タイプを持ち、バチュルは虫タイプを持つ。

 

「ポカブ以外は炎に弱いタイプか」

 

「やっぱり苦しいかな……」

 

『フーン……』

 

『バチュ……』

 

エルフーンとバチュルが不安そうな顔になる

 

「いや、そんなことないさ」

 

不安げな顔になるトウコに俺は答える。

 

「確かにタイプ相性は不利だ。けど、タイプだけでポケモンバトルの勝敗は決まらない。大事なのはトレーナーがどれだけポケモンの力を引き出すかだ」

 

「へぇ、良いこと言うじゃない」

 

「これでもバトル経験は豊富なもので」

 

「頼もしいです」

 

「よっし、それじゃあ、トウコのポケモンたちの技や得意なことを見てそれから――」

 

 

「ポカブ『かえんほうしゃ』!」

 

「ヒトカゲ『かえんほうしゃ』!」

 

『カブゥ!!』

 

『カゲェ!!』

 

ぶつかり弾ける炎と炎、激しく燃え上がり熱風が舞う。

攻撃を終えた2体は『はぁはぁ』と肩で息をする。

 

「よしここまでにしよう」

 

バトルの時間まで残り1時間、やれるだけのことはやった。

 

「あとはトウコたち次第だな」

 

特訓をしている間、ポカブはずっと元気が無かった。特訓自体は真面目に取り組んでいたものの、何かを気にしているように上の空になることもあった。

 

「ポカブ、まだあいつのこと気にしてるのかな」

 

「捨てられたとしても、元トレーナーのことはそう簡単に割り切れないのでしょうか」

 

見るからに元気が無いポカブ、彼の気持ちを考えると頭ごなしに『あんな奴のことは忘れろ』だなんて言えない。元気を取り戻してほしいがどうしたものかと悩んでいた、その時、

 

『カゲカゲ』

 

『カブ?』

 

『カゲカゲカ』

 

ヒトカゲがポカブに近づいたかと思うと、何かしら話しかけ、小さな手でポカブの頭を撫でてあげていた。ニコリと笑ったヒトカゲが『クアー』と人鳴きすると、ポカブもつられたように笑い頷いた。

 

「ヒトカゲはポカブのことを励ましてるんですね」

 

「さすがヒトカゲ、ドラゴンになるポケモンなだけあるわね」

 

「ありがとう、ヒトカゲ」

 

メイもトウコもアイリスもその様子は微笑ましそうに見ている。

ヒトカゲがポカブを気にかけているのはきっと――

 

「ヒトカゲもさ、捨てられたポケモンなんだ」

 

「「「えっ?」」」

 

3人が一斉に俺の方をみた。3人とも目を大きく見開き驚いているのがわかった。

そりゃ驚くよな。深刻な話だがみんなになら話してもいいと思った。

 

 

 

「――そのヒトカゲのトレーナーとのバトルは決着がつかなかったけど、次会った時はまたバトルを挑むつもりだ。勝ってヒトカゲに謝ってもらわないといけないからな」

 

「そんなことがあったんですね……」

 

「ヒトカゲも、苦しい想い、してたんだ……」

 

「どうして簡単にポケモンを捨てられるの……?」

 

メイとトウコは痛ましそうにヒトカゲを見て、アイリスは悲しみと憤りの混じったような顔

 

「簡単にポケモンを捨てるトレーナーが多くいることは、残念ながら事実ね。だからこそ、それを悲しく思うならポケモンたちを不幸にしないために考えて全力を注がなければいけない」

 

アララギ博士は慈しむようにヒトカゲとポカブを見て、しゃがみ込むと2人の頭を優しくなでる。

 

「サトシ君、あなたがヒトカゲを救った行いは立派よ。この子を見ているとわかるわ、とっても幸せだって」

 

「救ったって言い方は大袈裟な気もしますね。ヒトカゲが捨てられたことを完全に吹っ切れてるのかどうかわかりません」

 

「今はそれでいいのよ。大事なのはあなたがヒトカゲのために行動したってことなんだから。辛い思いをして傷ついたヒトカゲをあなたは救ったのよ。その事実を誇りなさい」

 

アララギ博士は立ち上がりまっすぐな視線で俺を見ていた。理知的で慈愛の籠ったようなその表情に俺はドキリとしながらも自然と笑った。

 

「はい!」

 

誇っていいのか俺は、ヒトカゲのために動いたことを。なんだが勇気が湧いてくる気がした。

 

「……私、絶対勝つわ」

 

「トウコ」

 

「サトシがヒトカゲのために頑張ったんだもん、私も同じくらい、いえ負けないくらい全力でバトルするわ」

 

「その意気ですトウコ」

 

「トウコなら勝てるわ!」

 

闘志を燃やす女性陣、その熱さがポカブの強さへと繋がればいいと、俺はポカブを見る。しかし、彼はどこか浮かない顔のままだ。そんなポカブに俺はしゃがみ込みながらも話しかける。

 

「なあポカブ」

 

『カブ?』

 

「―――がんばれよ」

 

一言二言話しかけポカブに俺なりのエールを送る。

 

『カブ!』

 

ポカブは笑顔を見せて頷いてくれた。

 

 

 

***

 

 

 

そして、約束の時間、俺たちはスワマが指定したバトルフィールドに立っていた。

しばらくすると、向かい側の入り口からスワマが現れる。

 

「逃げるかと思ったんだがちゃんと来たのは褒めてやるぜ」

 

「逃げるなんて恥かくことするはずないわ。勝てる勝負なら特にそうじゃない?」

 

トウコの挑発にスワマは軽く舌打ちすると、モンスターボールを2つ取り出す。

 

「勝負方法は先に言った通り2vs2のダブルだ。ポケモンが全滅した方が負けだ!」

 

「ええ、受けて立つわ!」

 

「ポカブ、エルフーン、レディーフォーバトル!」

 

「カモン、ファイヤーウォーリアーズ! エンブオー、クイタラン、ショータイム!」

 

トウコのモンスターボールからポカブとエルフーンが飛び出し、

 

『カブ』

 

『エル、フーン!』

 

スワマのモンスターボールからエンブオーとクイタランが飛び出す。

 

『エエェンブ!』

 

『クイイイ!』

 

「はははははっ、何が来るかと思えば、雑魚のポカブと草タイプのエルフーンか。そんなので俺のファイヤーウォーリアーズに勝てると本気で思ってんのか?」

 

「あんたには絶対負けない。私たちの本気、見せてあげるから」

 

嘲笑するスワマにトウコは闘志を燃やした表情で言い返す。

トウコな負けない気持ちは少しも迷いがない。

 

『カブ……』

 

ポカブを見ると悲しそうな顔でスワマを見ていた。

 

「やれエンブオー、クイタラン。『かえんほうしゃ』!」

 

「2人とも躱して! エルフーン『おいかぜ』、ポカブ『ころがる』!」

 

『エルルー!!』

 

エルフーンは火炎を回避し、両腕を上げるとフィールドにポカブとエルフーンの背中を押す追い風が発生する。その効果によりポカブとエルフーンの素早さは大幅に上がり、バトルはトウコの有利に進む、サトシたちはそう思っていたが、

 

『カブ――』

 

ポカブが体を回転させようとしたその時、ポカブの目にスワマの顔が映る。それを見た瞬間、ポカブの表情は沈む。故に、攻撃の回避が間に合わない。

悲鳴を上げて、ポカブは火炎の攻撃をモロに受けてしまい吹き飛ぶ。

 

「ポカブ!?」

 

『カブゥ……』

 

「大丈夫? どうしたのポカブ?」

 

ポカブはトウコの顔を見るとハッとした表情になり立ち上がる。そして気を引き締めたような表情になると『ころがる』攻撃を開始する。

『おいかぜ』によって『ころがる』スピードが上がる。回転するポカブが2体の『かえんほうしゃ』を弾き飛ばしていく。そして、高まる速度のままのポカブがエンブオーとクイタランに突撃し、ダメージを与える。

 

「クッソ、小癪な真似しやがって、エンブオー、ポカブを捕まえろ! クイタランはエルフーンを焼け『かえんほうしゃ』!」

 

『ブオウ!!』

 

『クイイイイ!!』

 

エンブオーは丸太のような両腕で転がるポカブを捕らえようとし、クイタランの口からは猛烈な火炎がエルフーンへと放たれた。

 

「負けないでポカブ! そのまま『ころがる』を続けて! エルフーン『ぼうふう』!」

 

『カブッ!』

 

『エルルー!!』

 

エルフーンの起こした強烈な風がクイタランに襲い掛かる。ポカブは転がり動き回りながら、エンブオーを回避しながらもその背後を狙おうとする。

 

「往生際が悪いんだよ雑魚が! エンブオー『アームハンマー』!」

 

『ブオウ!』

 

エンブオーは振り返ると剛腕を転がるポカブに振りぬいた。『ころがる』ポカブに真っ向から振るわれる大きな腕、僅かな拮抗の末、吹き飛んだのはポカブだ。

 

「はははっ、その程度か。エンブオー『かえんほうしゃ』!」

 

『ブオオオオ!!』

 

エンブオーから放たれる炎にポカブの全身は包まれさらに吹き飛ばされる。ダメージを受けボロボロになったポカブはフラフラと立ち上がる。その視線は未だスワマに向いていた。

 

『カブ……』

 

「あっははははは! みっともない恰好だな。やっぱり雑魚はどんなに頑張っても雑魚なんだよ。あーあ。お前を捨てて正解だったぜ」

 

「負けないでポカブ、あなたが強い子だって、私信じてる!」

 

嘲笑うスワマにトウコは悔し気な顔になりながらもポカブへ言葉をかける。

ポカブはうつ伏せに倒れながらその目は未だにスワマを悲し気に見つめていた。

 

「おいおいなんだポカブその目は? まさか俺がまだお前のこと気に掛けるとでも思ったのか?」

 

スワマは吐き捨てるように続ける。

 

「にしても大概バカだよなお前も、いまだに俺に懐いてるなんて、まさかあの時の言葉を信じてんのか?」

 

「ちょっと、なんのことよ!?」

 

トウコがスワマの言葉に反応する。

 

「はははははっ、俺がそれを捨てる時に言ってやったんだよ『お前をこれ以上バトルで傷つけたくない、俺も辛いけどこれはお前のためなんだ』って涙を浮かべてな。そうやって言えばそれも諦めるだろうって思ってな」

 

「なのに、見限られたことにも気づかないなんて、ほんっとにバカだよな。バトルだけでなくおつむも弱いなんて救いようがないや。あっはははははは!」

 

フィールドに響くスワマの哄笑、トウコは悔し気な表情で歯ぎしりしていた。

 

 

 

***

 

 

 

倒れたポカブはスワマの言葉に打ちひしがれていた。

 

――信じていたのに、ずっと心配していたのに

――たとえトウコのポケモンになっても君に会いたかったのに

 

ふと横を見ると、彼と目が合った。

トウコとメイが最近仲良くなった人間の男。トウコが仲良くしているからきっと良い人間なのだろう。彼の仲間の炎ポケモンはとても強かった、自分とは大違い。

そう考えているとふと思い出すものがあった。

それは彼が自分に言ってくれた一言。その言葉を頭の中で反芻する。そして、ポカブは見る。自分にとって大事な人を、大切な人を。

すると、自分の中にある重いものが無くなった気がした。そしてポカブは立ち上がる。

 

 

 

***

 

 

 

『カブ……ポ、カブッ!』

 

起き上がったポカブは振り返るとトウコに向かって鳴いた。

その顔には何も迷いが見当たらない。。

 

「ポカブ……ええわかったわ。『かえんほうしゃ』!」

 

指示と共にポカブの鼻から発射される火炎は猛烈な勢いでエンブオーとクイタランに衝突する。

飲み込まれた2体はそのまま地面に衝突し転がっていく。

 

「な、なんだよこの威力は!?」

 

「迷いを捨てたんだよ」

 

「な、なんだと?」

 

何が起こったか理解できない様子のスワマは、サトシの言葉に反応する。

 

「今までのポカブは本調子じゃなかったのさ。それはお前の言う通り、お前のことを信じてたからだ。だから本気で戦うことができなかったんだ。だがお前が本性を見せてくれたおかげでポカブは遠慮する必要なんてなくなったんだ」

 

気持ちというのは本人の動きに直結する重要な要素だ。迷いは歩みを遅らせる。だが、それを捨て去り覚悟を決めた時、予想以上の力を誰しも発揮することができる。

 

「俺もポカブに言ったことがあるんだ『どうしても辛いときはトウコを信じろ』ってな」

 

「あの時の……」

 

メイはサトシがポカブに話しかけていたことを思い出した。

 

「ポカブは大好きなトウコのために本当の本気を出す」

 

『カブカブッ!』

 

サトシの言葉に呼応するかのようにポカブは大きな鼻を鳴らし、そこから炎を勢いよく吹き出す。目には闘志が強く燃え上がっていた。

 

『カブカブ』

 

『エルルー』

 

そして、ポカブは相方のエルフーンに声をかけ、エルフーンは嬉しそうに笑った。

 

「ポカブ、もう大丈夫なのね?」

 

『カブッ!!』

 

「それじゃあ、こっから反撃開始よ! エルフーン『ぼうふう』、ポカブ『ころがる』! クイタランを狙って!」

 

猛烈な風がクイタランに襲い掛かり動きを封じる。そこにポカブの岩タイプの技が迫る。

 

「こぉのぉ舐めるな! エンブオー『アームハンマー』!」

 

『ブオオオオオッ!』

 

エンブオーがクイタランを助けるために剛腕に力を込めて迫りくる。

 

「今だエルフーン『くさむすび』!」

 

『エルル、フーン!』

 

歩き出したエンブオーの足元に現れる草の輪っか。それはエンブオーの脚に引っ掛かり勢い余ったエンブオーはつんのめり前に倒れる。そして、倒れる先には地に伏せるクイタランがいる。

ズウウウウンッという音共に何かが潰れる音。フィールドではクイタランが超重量ポケモンであるエンブオーにのしかかられてピクピクと目を回していた。エンブオーも転ばされたことでダメージを受けた。

 

「こっちも合わせ技いくわよ。ポカブ『かえんほうしゃ』、エルフーン『ぼうふう』!」

 

『カァブウウウウウウ!!』

 

『エルルー、フウウウウン!』

 

ポカブの火炎がエルフーンの烈風により勢いが増大する。風に運ばれた炎は倒れるエンブオーをクイタランに渦を巻くように襲い掛かる。

莫大な炎がフィールドを埋め尽くす。そして炎が晴れると、そこには倒れ伏した。エンブオーとクイタランが目を回していた。

対するポカブとエルフーンは健在だ。

エンブオーとクイタラン戦闘不能。勝者はポカブとエルフーン、そしてトウコだ。

 

「やったあああああ!」

 

歓喜の声を上げるトウコ、彼女に向かってポカブとエルフーンも飛び掛かる。

 

「2人ともすごいよ。すごいバトルだったわ!」

 

「う、嘘だ、俺のファイヤーウォーリアーズがこんな雑魚に負けるなんて……」

 

「ほら、約束通りポカブに謝りなさい」

 

「ふ、ふざけんな! どうして俺がそんな雑魚ポケモンに謝るんだ!」

 

「あんた負けたくせに見苦しいわよ」

 

「うるせえうるせえ! そもそもこいつが俺のポケモンの時からしっかりバトルしてりゃ捨てずに済んだんだ! 俺のために強くならなかったそいつが悪いんだ!」

 

我儘、身勝手、独善的な屁理屈。そのあまりにも見るに堪えないスワマの姿にトウコだけでなく、後ろで観戦していたメイやアイリスも顔に不快感を示す。

 

「はぁ、何を言っても無駄みたいね。もう謝らなくていいわ。行こうみんな」

 

トウコは呆れの溜息とともにポケモンをボールに戻すと振り返り歩き出す。

 

「ふざけんなああ!!」

 

叫んだスワマはトウコにモンスターボールを投げるとそこからポケモンが現れた。

飛び出したのはバオッキーだ。

トウコは再度スワマに向き直す。

 

「まだこいつがいる! またバトルだ!」

 

『バオバオ!』

 

必死の形相で吠えるスワマにトウコは冷たい視線を送る。

 

「あんた、ほんっとに見苦しいのね」

 

「うるせえ! いいから勝負しろ!」

 

トウコの言う通り見苦しい姿だが、トウコのポケモンは先のバトルで疲弊している。連戦は辛いだろう。ならば――

 

「俺が相手するよ」

 

「はん、だったらお前からぶっ潰してやる!」

 

スワマは前に出てきたサトシに攻撃的に睨みつける。

サトシはスワマとバオッキーを軽く見るとモンスターボールを投げる。

 

「……スピアー、君に決めた」

 

『スピッ!』

 

ボールから飛び出したスピアーが羽音を響かせ、両手の槍を構える。

 

「はん、何が出てくるかと思えばただの虫じゃねえか! やれバオッキー『はじけるほのお』だ!」

 

『バーオ!』

 

バオッキーの口から放たれた火球が空中で弾け、散弾のようにスピアーへ迫る。

 

「スピアー『ダブルニードル』!」

 

指示と同時にスピアーの姿が消える。一瞬にしてスピアーがバオッキーの眼前に現れる。

 

『スピッ!』

 

「なに!?」

 

『バオッ!?』

 

二槍をバオッキーに突き刺す。バオッキーが吹き飛ぶ。

 

「『どくづき』!」

 

『スピアッ!』

 

間髪入れずにスピアーが右槍に毒エネルギーを込め、一気に直撃させた。

 

バオッキーは追い打ちを受け吹き飛び、壁に激突してそのまま目を回して動かなくなった。

バオッキー戦闘不能。

 

「そ、そんな……こんなあっさりと……」

 

「よくやったスピアー」

 

『スピ!』

 

サトシがバトルを終えたスピアーを撫でながら労うと、スピアーは嬉しそうに鳴いた。

 

「さあ、どうする?」

 

サトシはスピアーをモンスターボールに戻すとスワマを見据える。

 

「う、くうう……ちくしょおおおっ!」

 

サトシに見下ろされたスワマは悔しさを隠さずに叫びながら走り去った。

その後ろ姿をポカブは見つめていた。先のバトルで迷いを捨てた彼だが、まだ思うところがあるのか、寂しげな顔だ。

するとトウコは屈むとポカブへ語り掛ける。

 

「ポカブ、あなたは私が立派に育てて見せる。これからも一緒にいてくれる?」

 

トウコの迷いのない言葉に、ポカブは力強く頷いた。

 

『カブッ!』

 

この時、2人の絆はより強固なものになった。共に鍛え、戦い、越えるべき過去を越えた。これからの旅で2人はもっと強くなり高め合っていくだろう。この場にいた誰もがそれを確信していた。

 

 

 

***

 

 

 

翌日、俺たちは港に集まっていた。先日のように大きな飛行艇が船着き場で停留していた。

もうすぐ離水時間、トウコ、メイ、アイリス、アララギ博士は見送りをしてくれている。

 

「サトシ、ありがとう。あなたのおかげでバトルに勝つことができて、ポカブも吹っ切ることができた」

 

「私もツタージャともっと仲良くなれました。本当にありがとうございます」

 

「私も改めてドリュウズと向き合おうって思えた。ありがとう」

 

「いや、トウコは俺のアドバイスが無くてもあいつに勝てただろうし、メイもツタージャを見つけることができてただろうし、アイリスもドリュウズのことはいつも考えていたし、俺は大したことはしてないよ。全部3人それぞれの力でできたことだよ」

 

「そんなことないよ。サトシが言ってくれたから気づけたことがあった」

 

「私だけじゃ、もっと時間がかかったかも知れません。少しでも早くツタージャを見つけられて本当に良かったと思ってます」

 

「サトシはそう思ってても、私たちには大きなことなんだよ。素直に受け取りなさい。素直じゃないとこはまだ子供ね」

 

「それなら、俺の方こそありがとう。イッシュ地方に来て、短い間だけどトウコ、メイ、アイリス。3人に出会えて本当に良かった」

 

そう言うと、トウコ、メイ、アイリスの3人はほんのり頬を赤くしてほほ笑んだ。

可愛らしい笑顔にドキリとする。俺も顔赤くなっていないだろうか。

 

その時――

地面から何かが飛び出した。

 

「「「「「!?」」」」」

 

そこから現れたのは小さなポケモン。

 

『クロッコォ!』

 

「あ、メグロコだ」

 

あのサングラスをかけたメグロコだ。もしかして俺のこと追いかけてきたのか?

 

『クロクロッ!』

 

サングラスの奥にある瞳が俺を鋭く射抜いているように感じた。そうか、リベンジしたいんだな。

 

「よっし、そんなにバトルしたいなら受けて立つぜ。ピカチュウ、君に決めた!」

 

『ピッカ!』

 

「メグロコは地面タイプだからピカチュウじゃ不利なのに」

 

「それでも昨日は勝っちゃったのよね」

 

「ポケモンバトルはタイプ相性が全てではないもの」

 

不安そうなトウコに対しアイリスは呆れたような関心したような反応。そしてアララギ博士が2人の言葉をまとめるように解説する。

そうだ、何が起こるか分からないからポケモンバトルは面白い。

昨日はメグロコに勝った、けれど今回は負けるかもしれない。まあ、もっとも――

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

負けるつもりなんてないけどな!

 

『チュウウウ、ピッカ!』

 

ピカチュウが鋼の尻尾をメグロコに向けて振り下ろす。

 

『クロッコ!』

 

メグロコは地面を掘り姿を消した。

 

「だったら地面に『アイアンテール』!」

 

ピカチュウが尻尾を構えた瞬間――

 

『クロッコォ!』

 

地中からメグロコが飛び出しピカチュウに突撃した。

 

『ピッカァ!?』

 

「な、速い!」

 

吹き飛ぶピカチュウ、地面技は効果抜群だ。ピカチュウは大きなダメージを受け倒れる。

 

「大丈夫かピカチュウ!」

 

『ピカ……!』

 

ダメージを受けてもピカチュウはまだまだ元気に立ち上がる。

 

「同じ手は通用しないってか、面白れぇ!」

 

あのバトルからあのメグロコはピカチュウに勝つための戦略を考えていたのかもしれない。思わぬ強敵に心が高鳴るのを感じた。ピカチュウを見ると、その顔はワクワクした顔だ。

メグロコが大きく両の前脚を振り下ろすと地面から鋭い岩が飛び出す。大技の『ストーンエッジ』だ。

 

「走って躱せピカチュウ!」

 

『ピッカ、ピカピカピカ!』

 

ピカチュウは鋭い岩を回避しながら自慢のスピードでメグロコに接近する。

 

「『アイアンテール』!」

 

『チュウウウピッカァ!』

 

加速の勢いのままピカチュウは縦に一回転しながら鋼の尻尾を振り下ろす。

 

『クロッ!』

 

ガキンッと金属がぶつかる音がした。するとピカチュウの『アイアンテール』はメグロコの顎に噛みつかれ捕らえられていた。自慢の大きな顎による『かみつく』だ。

 

「あのメグロコ、最初にサトシのピカチュウとバトルした時よりも明らかに強くなってる」

 

「昨日の今日でここまで力をつけるなんて、それほど悔しかったのか、それとも……」

 

メグロコは大きく体を振りピカチュウを投げ飛ばした。

だがピカチュウはまだまだ動ける。

 

「ピカチュウ『なみのり』!」

 

『ピッカアアアアア!』

 

ピカチュウの全身に水のオーラが現れる。

 

「「ええっ!?」」

 

「ピカチュウが『なみのり』ですって!?」

 

「電気タイプなのに覚えるんですか!?」

 

アイリスとメイが同時に驚きの声を上げ、アララギ博士とトウコも信じられないといった様子を見せる。

ピカチュウは水を纏ったままメグロコに突進、弱点である水タイプの攻撃を受けたメグロコは大きなダメージを受けて吹き飛ぶ。

フラフラになりながらも立ち上がるメグロコ、そこに畳み掛ける。

 

「今だピカチュウ、『アイアンテール』!!」

 

鋼鉄と化した尻尾がメグロコ目掛けて振りぬかれる。

メグロコは吹き飛び、そのまま倒れてしまった。

バトルはピカチュウの勝ちだ。

 

ピカチュウは倒れるメグロコに声をかける。メグロコは悔しそうだがピカチュウに優しく鳴いた。

 

「ありがとうメグロコ、良いバトルだったぜ。俺たちはもうカントーに帰るけど、また会うことがあったらまたバトルを――」

 

『クロックロクロッコ!』

 

サトシの言葉を遮ったメグロコはまるで何かを訴えるようにサトシに呼びかけた。その顔はかなり興奮気味だ。

 

「もしかしてサトシに付いていきたいんじゃないですか?」

 

メイに言われ、改めてメグロコを見る。

 

「そうなのか?」

 

『クロッコオ!』

 

メグロコは頷くと「早く早く!」と急かすように俺の足元に歩いて来た。

 

「私はメグロコをゲットするのは良いと思うわ。短い時間でここまで強くなったんだもの、この子には間違いなくバトルの才能があるわ」

 

「バトルの才能」か、博士のお墨付きなら間違いないんだろうな。それ抜きにしてもここまで「一緒に行きたい」って気持ちを示してくれるなら俺もメグロコを仲間にしたい。ピカチュウを見ると、賛成だと言わんばかりにニッコリ笑っていた。可愛い。

 

「これからよろしくなメグロコ」

 

『クロッコ!』

 

元気に鳴くメグロコへ俺はモンスターボールを投げた。

 

 

 

***

 

 

 

「ふー、ただいまっと」

 

俺はカントー地方の空港へと到着した。

アイリス、トウコ、メイ、アララギ博士との別れは名残惜しかったが、いつかまた会えるだろうと、その日を楽しみにすることにした。

カスミとリカはまだ戻っていないのか。しばらくどうやって時間を潰そうか。

そう思っていると、不意に肩を叩かれる。反射的に振り返ると、

 

「「アローラ!!」」

 

トロピカルな服装のリカとカスミがいた。

 

「うお!」

 

驚いて思わず声を上げてしまう。

2人の恰好はアロハシャツ、リカは赤色、カスミは緑色だ。下は動きやすそうなショートパンツをはいている。さらに2人とも麦わら帽子を被っている。太陽と海がよく似あう格好だ。

 

「よ、よお昨日ぶり……」

 

「む、なによもっと嬉しそうにしなさいよ」

 

「あはは、びっくりさせたかな?」

 

「アローラは暖かいからね。こういう服装で過ごすのが普通なの」

 

普段のカスミとそこまで変わってない気がするが、言わないでおこう。

 

「海も綺麗だったんだー。こないだ行ったアオプルコに負けないくらいすごかったよ」

 

「イッシュ地方はどうだったのよ?」

 

「ああ、イッシュ発祥のポケモンたちをたくさん見られたんだ。それにポケモンバトルに力を入れてたみたいで、イッシュのトレーナーたちとたくさんバトルしたぜ」

 

「観光はしてないの? あんたらしいわね、どこでもポケモンバトルなんて」

 

「サトシが楽しいなら良かったよ」

 

「あ、そうだ」

 

「どうしたの?」

 

「ああ、イッシュでできた友達と連絡をな」

 

俺はパソコンの電話の項目を操作しイッシュ地方まで繋いだ。この時間ならまだみんなポケモンセンターにいるはずだ。

 

『あ、サトシ!』

 

画面の向こうにいたのはトウコだ。

 

「ようトウコ、今カントーに着いたんだ」

 

『そっか、また顔が見られて嬉しいわ』

 

「俺も、またトウコの顔が見られて嬉しいよ」

 

「そ、そう? ありがと……」

 

照れたような顔になるトウコは普段の快活さとのギャップがあった。

 

『2人もいるから呼ぶわね、メイー、アイリスー! サトシと電話繋がってるわよー!』

 

すると、ドタドタという音と共にトウコの左側から2人の人影。

 

『『サトシ!!』』

 

メイとアイリスだ。

 

「よう、さっきぶり」

 

『はい、無事に帰りついて何よりです』

 

メイは嬉しそうな顔だ。

 

「ああ、この通り元気だよ」

 

『私たちと離れて寂しいんじゃない?』

 

アイリスがからかい混じりで聞いてくる。

 

「心配してくれてんのか? ありがとうアイリス」

 

『にゃっ、べっべべべ別にあんたの心配なんか別に……元気ならいいわよ……』

 

なぜか真っ赤になって萎むような小さな声になったアイリス。

あ、そうだ。

 

「紹介するよ。2人は俺の旅の仲間のカスミとリカだ」

 

画面の向こうの3人に俺は仲間を紹介する。

 

「リカ、カスミ、彼女たちはイッシュで知り合った友達のアイリスとトウコとメイだ」

 

後ろにいる2人に話しかける、すると2人はシュバババッと素早い動きでパソコンの前を陣取る。

 

「リカ、カスミ?」

 

「初めまして~私はサトシと一緒に旅をしてるカスミです」

 

「こんにちは、私はリカです。サトシと同じマサラタウンの出身で付き合いは長い方ですよ」

 

ニコニコとした笑顔でパソコンの向こうにいる3人に話しかけるリカとカスミ。

なんだろう、妙な圧力があるような……?

 

『……トウコよ。よろしくね』

 

『……メイです。お会いできて嬉しいです』

 

『……アイリスよ。サトシの友達よ』

 

なんだか声のトーンが変わったような3人、不思議と空気が歪んだ気さえしてきた。

 

「……また、絶対に会えるって信じてるから、サトシも私たちのこと、忘れないでね……絶対負けない」

 

「サトシ、できる限りでいいので、これからは連絡をください……必ず振り向かせます」

 

「旅の話とかいろいろ聞かせなさいよ……私だって追いついてみせるから」

 

「?、お、おう、絶対また会おうな、俺もっと強くなるからさ」

 

なにやら最後の方が聞こえづらかったが、3人とまた会いたいのは俺も同じだ。

 

『『『またね!』』』

 

トウコ、メイ、アイリスは笑い手を振っていた。パソコンの画面を消し、俺はリカとトウコに向き直った。

 

「よし、じゃあ次の町に――」

 

「「サトシ?」」

 

こ、これはダークオーラ!? それとも2人は「ぬし」になったのか!?

あまりの迫力は俺は言葉を失う。そしてリカとカスミはガッチリと俺の両腕ほホールドした。

 

「この節操無しのジゴロ! 今日という今日は許さないんだから!」

 

「サトシのアホ、バカ、えっち、すけべ、もうもう、ほんっとうに怒るんだからね!」

 

左右の2人は頬を膨らませて物凄い剣幕で睨んできた。とてつもない『いかく』だが、俺の『かちき』も『まけんき』も発動せず、ズルズルと引きずられていくのであった。

明日の朝日を拝めることを願いながら俺にできるのは苦笑いだけだった。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

今回で、他の地方へ行くのは一旦やめます。次回からカントーの冒険に戻ります。
残りの地方はまたいずれ。


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ポケモンタワーと幽霊騒動 前編

お久しぶりです。
大変長らくお待たせいたしました。


月が天高く昇り、真下を照らす。

大抵のポケモンが眠り、ホーホーやヤミカラスが活発に鳴き飛びまわる真夜中。

とある町近くの森の中、そこに集まる2人の大人と1体のポケモン。

3人組の1人、青髪の青年コジロウは端末に表示された文面を読むと2人を呼んだ。

 

「どうしたのよコジロウ?」

 

「本部から任務だってさ」

 

「本部から連絡なんて珍しいのニャ、どんな任務なのニャ?」

 

「とりあえずシオンタウンに向かえってさ」

 

「シオンタウン? あんなとこで何すんのよ?」

 

「さあな、とにかく行けだとさ」

 

「結構距離あるじゃない。面倒ねー」

 

「仕方ないニャ、これも幹部昇進支部長就任のためニャ」

 

乗り気ではない任務、それでも上の指示通り働かなければいけないのが社会人。給料を貰うからには指示を聞くという最低限の仕事はこなさなければならない。

3人はくたびれた背中を動かしながらシオンタウンに向かった。

 

 

 

***

 

 

 

紫色の町、それがカントーのシオンタウンの通称だ。

山に囲まれた小さな町、どこか空気が重く、空の色もどこか鈍く感じる。

その感覚に不気味さを覚えながら、どこか安心感もあるように思えた。

俺たちは他の地方への一時留学を終え、カントー地方へ戻ってきた。そのまま旅を続行し、このシオンタウンへと到着した。

 

「シオンタウンか、なんだか静かな町だな」

 

「ポケモンタワーってポケモンたちのお墓だったよね」

 

「ポケモンタワーにポケモンを埋葬する人は多いみたいよ」

 

リカは艶やかな長髪を揺らしながら辺りを見渡し、カスミはサイドテールをピョコピョコ弾ませ同様に街並みを観察している。

ポケモンタワーは誰でも受け入れるお墓とは言え、いつか許容量を超えると思うんだが、そこはどうするのだろうか。そんなことを俺が気にしたって、どうにかなるとは思えないが。

俺は思考を中断して街並みを観察する。

シオンタウンを歩いていると、人はいないわけではないが、今まで訪れた町と比較すると少ないのは間違いない。道を通る車も少ないのか、エンジン音は少なく、クラクションも聞こえない。

しかし、警察も巡回していて、治安が悪いこともなさそうだ。

静か長閑で慎ましくて控えめな雰囲気。まるで町全体が黙祷を捧げているかのようだ。その祈る相手はきっと――

すると、向こうから騒ぎ声が聞こえた。

怒声のような悲鳴のような大きな声とドタドタっという暴れるような音。

 

「誰か捕まえてくださーい!」

 

叫びと共に小さな物体が猛スピードで飛び出してきた。勢いある足音が俺たちの方へ向かってくる。

反射的に俺は構え、突進してくるソレを迎え撃つ。

ソレは一瞬ビクリとすると勢い良く跳ね上がる。俺は両腕を開いてドッチボールのパスを受けるようにキャッチする。

 

「うおっと! どうどう、落ち着けって」

 

抱き留めたソレは逃げようとしているのか、ジタバタともがいている。

 

「あれ、この子」

 

「カラカラ、よね?」

 

『カラカラカラー!』

 

俺が抱き留めたのはカラカラだった。鳴き声を上げ、必死に骨棍棒を振り回しながら腕の中で暴れる。

 

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

 

前方から聞こえたには先ほど助けを求めていた声だ。声の主は10代後半と思しき黒髪の女性だ。

 

「ええ、このカラカラはあなたの?」

 

「私のポケモンではないのですか、ポケモンハウスで保護をしているポケモンなんです」

 

「ポケモンハウス?」

 

「はい、ポケモンハウスは身寄りの無いポケモンや怪我をしているポケモンの保護活動をしています。私はそこでボランティアをしているミサといいます」

 

「俺はマサラタウンのサトシです」

 

「同じくマサラタウンのリカです」

 

「ハナダシティのカスミです」

 

「まあ遠いところから来たんですね。旅のトレーナーさんですか?」

 

「ええ、そうなんです」

 

『カラー!』

 

腕の中のカラカラが暴れ出す。

 

「おっとと、元気だなこいつ」

 

「カラカラ、ほらトレーナーさんにご迷惑だから帰りましょう」

 

『カラカラ―!』

 

その時、肩に衝撃。暴れるカラカラの骨棍棒が叩きつけられたのだと気づいた。

 

「っ!」

 

「「サトシ!?」」

 

「カラカラダメ!」

 

「待て、大丈夫だ」

 

腕の中のカラカラは暴れるのを止めていた。もしかしたら骨が俺に当たったことに本人も驚いたのかもしれない。目を見開いて俺を見上げていた。

 

「良い一撃だったぜカラカラ、なんだ暴れたいのか?」

 

『カラ……』

 

俺を見たカラカラは俯いて完全に大人しくなった、怖がらせたかな?

 

「はいミサさん」

 

俺はカラカラをミサさんに差し出すと、彼女は安心したような顔で受け取った。

 

「ありがとうございますサトシさん。せっかくですから皆さんハウスまで来ませんか? カラカラのお礼もしたいですから」

 

「それじゃあお言葉に甘えます。リカとカスミもいいか?」

 

「「うん」」

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンハウスはシオンタウンの住宅街に立地している。大きさはポケモンセンターくらいでかなりの規模だ。案内されて中に入ると、そこにはたくさんのポケモンがいた。

ミサさんの説明によると、参加しているのはみんなボランティアの人たちで、時間があるときにこうしてポケモンたちのお世話をしているそうだ。

 

「おや、お客さんですか?」

 

奥から現れたのは、髪の薄い高齢の男性だった。柔和な笑みを浮かべ優しそうな老人だ。

 

「こんにちわ。俺はマサラタウンのサトシ、こっちの2人はリカとカスミ、旅のトレーナーです」

 

「お客さんとは珍しい。私はフジ、ポケモンハウスの責任者をしています」

 

「ここでは行き場の無いポケモンたちの保護をしていると聞きました」

 

「ええ、その通りです。不幸なポケモンたちを少しでも助けたいと思い、微力ながらこうして保護活動をさせていただいてます」

 

「ただ私一人ではとても面倒を見ることはできません。ですが、街の皆さんがボランティアでお手伝いをしてくれて、とても助かっています」

 

周りを見渡すと見覚えのあるポケモン――先ほどのカラカラがいた。

 

「さっきサトシさんに逃げたその子を捕まえてもらったんです」

 

「そうですか、それはありがとうございます。流石に旅をしているトレーナーさんはポケモンの扱いが上手なようですね」

 

カラカラは俺に気づいたのか、一瞬ビックリしたような顔になると、そのまま俯き座り込んだ。

 

「そのカラカラ、元気がないみたいですね?」

 

「この子は……」

 

リカの言葉にフジさんとミサさんは暗い表情になる。カラカラを憐れむように見つめている。

 

「あの、言いにくいことなら――」

 

「いえ、大丈夫です。この子は、母親を失った、殺されたのです」

 

「え!?」

 

「な!?」

 

「そんな!?」

 

和やかな雰囲気に似つかわしくない物騒な単語が飛び出し、動きが止まる。

 

「こ、殺されたって……」

 

「ロケット団です」

 

鎮痛な面持ちのフジさんは言葉を続ける。

 

「以前、この辺りのポケモン生息地に、複数人のロケット団が現れました。目的はポケモンの乱獲のようです」

 

「私たちと警察が駆け付けた時にはガラガラは、命を落としていました。おそらく子供を守るためにロケット団に立ち向かったのでしょう。その近くで、この子は泣いていたのです。あの時のこの子の悲鳴は今でも耳に残っています」

 

「……それで、ロケット団は?」

 

「居なくなっていました。今でも警察が捜索しているようですが、まだ見つかっていません」

 

「早く捕まって、真っ当な罰を受けてほしいです」

 

周りのポケモンたちの明るい声、見て聞いていると笑顔になれるはずの空間で、俺は胸の中に鉛のような重さを感じていた。

 

 

 

ポケモンハウスにて、俺たちはお礼としてお茶とケーキをご馳走になった。

だが、その美味しさを心から味わうには、気持ちに余裕は無かった。

先ほどのカラカラとその母親の話、その境遇が余りにも可哀想で、今も俯いて座っているカラカラが見ていて心苦しい。加えて俺はある不安も感じていた。

 

「どうしたの?」

 

俺の不安が顔に出ていたのだろうか、カスミが心配そうに見てくる。その隣に座るリカも同様に俺を見ている。俺は思い切って話すことにした。

 

「ロケット団がガラガラを……その、殺したって言ってたけど、あの3人じゃないよな?」

 

カスミとリカは一瞬目を見開くと、顔を見合わせる。

 

「……たぶん無いと思う」

 

「ええ、あいつら悪いことするけど、そんな非道なことまでしないと思うわ」

 

『あの3人』―――俺たちにとっておなじみの奴ら、ドジだしアホな奴らだが、極悪人ではない。

それは共通認識なのだろう。それなら別のロケット団のメンバーだ。

先ほどフジさんは、シオンタウンを荒らしたロケット団はその後行方が分からないと言っていた。

もしかしたら、まだこの町のどこかにいるのかもしれない。

すると悲鳴が聞こえた。

聞こえた方向を見ると、男の人が勢いよくハウスの扉を開けて走ってくるのが見えた。

 

「で、出た! 出たんだよお!」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

顔面蒼白の男性にミサさんが尋ねる。

 

「ゆ、幽霊が出たんだ!」

 

「え?」

 

『幽霊』あまりにも突拍子もない単語に面食らう。

 

「本当なんだ! ポケモンタワーで墓参りしようとしたら、出たんだよ! 黒くて暗い塊が、俺に襲い掛かってきたんだ!」

 

男性は自分でも見たものが信じられないといった顔だ。呼吸は荒く、全身が震えている。

ミサさんが男性に暖かいコーヒーを渡すと周りの人たちも男性を宥めた。ミサだんが俺たちのところへ戻って来る。

 

「あの人も見たんですね」

 

「え、“も”って?」

 

「最近ポケモンタワーでは幽霊騒ぎが起きているようです」

 

「つまり、何人も幽霊を見たってことですか?」

 

「はい。ポケモンタワーはお墓ですから、そういった噂は以前からありました。ですが、今回はあまりにも証言が多いのです。もしかしたら、本当に……」

 

幽霊騒ぎ、恐怖体験だの都市伝説だので、その手の話は散々聞いた。しかしどれもこれも眉唾で信じられない。だが、身近に体験した人がいるとなると、現実感が出てくる。

 

「幽霊か、ポケモンタワーに出るってことはポケモンの幽霊なのかな?」

 

「さ、サトシ何言ってるの、ゆ、ゆゆゆ幽霊なんているわけないよ!」

 

「お、おおお落ち着いてリカ」

 

わーお絵に描いたような怖がり方ですな。

 

「ゴーストポケモンがいるんだから、本物の幽霊がいてもおかしくないぜ」

 

「ゴーストポケモンはポケモンだからいいんだよ! 本物の幽霊なんていないよ、いないったらいないから!」

 

「お、落ち着けよ。そんなに怖がらなくても」

 

「こ、怖がってないわ。本当だもん!」

 

『だもん』てカスミさん、そんな幼子みたいなこと言って、

 

「可愛いじゃん」

 

「へ、か、か、かわ――」

 

「あ、いやごめん」

 

「むー、わ、私も幽霊怖い、怖いもん」

 

リカさんがふくれっ面で駄々っ子になった、

 

「可愛いかよ」

 

「あ、え、えへへへ……」

 

「むー、バカサトシ」

 

なぜだ?

 

 

 

***

 

 

 

今日はシオンタウンのポケモンセンターに泊まることにした。

フジさんから聞いたカラカラのことがどうしても気になっていた。

あの3人がポケモンを殺すなんて、イメージに合わない気がする。あいつらは悪いことはするが、そこまで酷いことはしない、できないのではないか。

ロケット団が大きな組織だとすれば、あいつらとは違う連中の仕業の可能性も――

 

トントン、と俺が泊まっている部屋のドアがノックされる。

ドアを開けるとカスミとリカがいた。寝巻姿で枕を抱えている。

 

「あ、あのね、きょ、今日は冷えるから、みんなで寝た方がいいかなって。ほら、人肌が一番暖かいって言うから」

 

「あ、あんたが怖がってると思って、来てやったのよ。ほら一緒に寝てあげるから」

 

ぎこちない笑顔で説明してくるお二人さん。枕を抱える腕が若干震えていた。

 

「……いや、別にいいよ。おやすみ」

 

「「お願い一緒に寝てぇ!」」

 

「さ、さっきの幽霊の話聞いたら、怖くて……」

 

「ひ、一人は心細いのよ。お願い……」

 

枕を持って部屋の前に集まるリカとカスミ、いくらなんでも怖いからと言って、小さな子供みたいな言動はどうかと思った。けれど本当に怖がって眠れないのならそれを見て見ぬフリはできない。

 

「ああ分かった。こんな部屋でよければ使ってくれ。

 

「「あ、ありがとう……」」

 

今にも泣きそうな顔に、というか目尻に涙が浮かんだ2人は

 

「……眠れん」

 

左右にいるカスミとリカの暖かさ、そして色っぽい寝息が、俺を落ち着かせてくれない。

今回の結果はカスミとリカの

俺は『ポケモン言えるかな?』を延々とリピートしながら意識が落ちるのを待った。

意識が暗転する直前に浮かんだのは、幽霊に追いかけ回されるイマクニだった。

 

 

 

***

 

 

 

朝になりポケモンセンターを出発した俺たちは出発前にフジさんたちに挨拶をしようとポケモンハウスに向かった。

 

「あ、サトシさん!」

 

ミサさんは何やら落ち着かない雰囲気だった。

 

「フジさんがいなくなったんです!」

 

「フジさん出かけるときは必ず伝言を残していくのに、それが無いなんておかしいです」

 

「それにカラカラもいなくなってて……」

 

「どうしよう……まさか、幽霊に攫われたんじゃ?」

 

「探してみましょう。他のボランティアの皆さんも一緒に」

 

するとミサさんは困った顔になり口を開く。

 

「今日、他のボランティアの人たちが別の町に行ってて、私しかいないんです」

 

「そうですか……それなら俺たちだけでも探しましょう。リカ、カスミ」

 

「「うん!」」

 

町中で聞き込みをしたが結果は空振り、フジさんの知人も行方をしらないとのことだ。

 

「まさかフジさん幽霊に……」

 

ミサさんが言うとカスミとリカがビクリと震える。

 

「もし攫われたんなら、やっぱり、ポケモンタワーに何かあるってことか?」

 

幽霊がフジさんとカラカラを攫った犯人(?)だとしたら、直接その幽霊を対峙して、騒ぎそのものを解決させないといけないということか。

それなら――

 

「さ、サトシ、もしかしてだけど、変なこと考えてないよね?」

 

「お、お願いだから、ここは大人しくしててね。間違っても幽霊騒ぎを突き止めるとかは――」

 

青い顔を引きつらせているリカとカスミ、だが止まるわけにはいかない。

 

「よっし、じゃあフジさんがいるかどうか、ポケモンタワーに行って確かめようぜ」

 

「「え、ええええっ!?」」

 

「このままフジさんが行方不明のままなんて嫌だろ?」

 

「で、でも……」

 

顔を青くするリカとカスミ、幽霊が怖い気持ちは分かる。それにこれは俺が勝手にやろうとしていること、無理強いはできない。

 

「俺一人でも行くよ。2人はポケモンセンターで休んでてくれよ」

 

「い、行くわよ!」

 

「い、行くよ!」

 

何かを決心したかのように2人は食い気味になった。

 

「え、本当に?」

 

「だ、だって、サトシが幽霊に誘拐されたらヤだよ」

 

「あんたがいなくなったら私たち、もう……」

 

自分の恐怖よりも俺のことを心配してくれる。まったく良い仲間を持ったよ俺は。

 

「安心しろよ。幽霊なんかに俺は負けないからさ。よし、それじゃあポケモンタワーまで行くぞ」

 

 

 

***

 

 

 

建物に足を踏み入れた瞬間、心なしか寒気を覚えた。気持ちがそうさせているのか、それとも、未知の何かがそこにいるのか。ちなみにミサさんはハウスで留守番してもらった。本人は来たがっていたが、万が一俺たちが戻らなかったときのことをお願いしたいからだ。

 

「うう……でもやっぱり行きたくないよぉ」

 

「幽霊出てこないでぇ」

 

そして、俺の両腕には柔らかくて暖かい質量が押し付けられている。なぜここまで心地良いのか、それもまた未知のことで――いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。

 

俺はモンスターボールを投げ、相棒を呼び出す。

 

『ピカチュウ!』

 

「ピカチュウ、明かりと周りの警戒を頼む』

 

『ピカピカ!』

 

「お願いねピカチュウ」

 

「電撃で幽霊もぶっ飛ばしちゃってね」

 

『ピカチュ!』

 

美少女2人の声援でピカチュウのやる気もさらに上がったようだ。

俺たちはピカチュウを先頭に道を進んだ。

暗く、どこか息苦しい。周りにある墓石、そこにはポケモンの名前が刻まれていた。

多くの人がポケモンを弔い、死を悼む。

見えない魂がこちらを見つめている気がする。

 

「ここに幽霊はいないみたいだな、急いで上の階に行こう」

 

振り返ると――カスミとリカが消えていた。

 

「っ!? おい、どこだよ2人とも!」

 

「ピカチュウ、2人がどこに行ってないか見てないか?」

 

『ピカ……』

 

ピカチュウは首を振り否定する。ピカチュウ自身も困惑しているようだ。

 

「おーい、カスミー! リカ―! どこだー!」

 

『ピカピカー』

 

いつはぐれたのかまったく気づかない。この異常事態、歯を食いしばりながら俺は当てもなく彷徨い歩くことしかできずにいた。

 

 

 

***

 

 

 

「サトシー!」

 

「返事してー!」

 

「なんで急にいなくなるのよ……置いてかないでよー!」

 

リカとカスミはいつの間にかいなくなった仲間のサトシを探していた。少し目を離したらサトシとピカチュウが音も無く消えていなくなってしまった。

大事な仲間がいなくなったことに、2人の胸に不安が重くのしかかる。

 

「ま、まさかサトシ、幽霊に……」

 

「そ、そんなわけないわ。あ、あいつが簡単にそんな……」

 

言いながらカスミ自身、サトシがどうなったか分からないことに焦っていた。

――「もしこのままずっといなくなったら」

そう思うと、不安が恐怖へと変わり、全身が震えてしまいそうになる。

 

「あ、サトシ!」

 

「まったくあんたどこに行ってたのよ」

 

急にいなくなったことを咎めながら見つけた安心を抱き2人はサトシに近づく。だが、顔を上げたサトシの表情に違和感を覚える。

 

「サト……シ?」

 

「えと、どうした、の?」

 

カスミとリカはどこか妖しい雰囲気を出すサトシに、胸の高鳴りを覚える。

言葉を発さない2人に対し、サトシはジリジリと近づいていく。

ただならぬ雰囲気に、2人は鼓動が速まるのを感じながら思わず後ずさる。

そこでリカとカスミの動きは止まる。

行き止まり、壁際にまで追い込まれてしまった。

それに構わず近づいてくるサトシ。

 

「あう……」

 

「うあ……」

 

サトシは2人の顎を左右の指でそっと優しくなぞる。

ゾクゾクと背筋に微弱な電流のようなものが走るカスミとリカ。愛しい男の子からの愛撫が心地よく、うっとりとした表情になる。

 

「ま、待ってサトシ、そんな、心の準備が……」

 

「こ、こんなとこで、ダメだよ。は、はじめては、夜景が綺麗なホテルとか、私の部屋とか――」

 

「そ、そうよ。もっとロマンチックで、綺麗な雰囲気で――」

 

真っ赤な顔になる2人にサトシはクスリと笑うと、さらに顔を寄せる。

リカとカスミ、2人の眼前にサトシの顔が真正面にあり、2人のそれぞれ左右の目がサトシの左右の目と視線がぶつかる。

2人の細くも肉付きのいい身体がサトシたちの両腕に抱きしめられ、顔がゆっくり近づいてくる。

良かった、サトシが2人なったら自分も彼女もサトシと一緒に愛してもらえる。

幸福感に包まれて2人は――

 

 

 

***

 

 

 

不意に消えてしまった2人を探して。俺は墓地だらけの通路を歩く。反響した俺の声だけが満たし、返事の一切が無い。人の気配を何一つ感じず、ただ微風が通り抜ける。

歩みが速まり、視界の隅々まで意識が向いてしまう。2人を早く見つけなければ、

目を離してしまった己の不甲斐なさに歯噛みする。

 

「っ!?」

 

目の前に2つの人影。思わず駆け出し、距離が縮まり、そこには見覚えのある後ろ姿が2つ。

 

「ったく、いきなりいなくなるから吃驚したよ。だいじょ――」

 

不意に両サイドにぶつかるものがあり、圧迫感があった。

リカとカスミが何も言わずに抱き着いて来た。思いもよらない行動に交互に2人を見る。

2人は頬を赤くし瞳を潤ませて俺を見つめた。まるで何かをほしがるかのように。

そんな2人を見て俺は――

 

「ちがう、違う違うなぁ、カスミとリカはそんなことしないんだよ。誰だお前ら……」

 

明らかに違う雰囲気、その様は人と相対している気がしなかった。

瞬間、カスミとリカの姿をしたナニかが、笑顔のままノイズが走ったように歪む。そして、空間が霧に包まれると、2人の姿が消える。

空間が正常になると辺りの景色は墓地に戻る。

人の気配を感じ、速足で進むとそこには壁を背に並んで眠っているリカとカスミがいた。

 

「おい、カスミ、リカしっかりしろ! 起きてくれ!」

 

「う、うーん……」

 

「むにゃ……」

 

寝息を立てている2人は外傷は無いように見えた。肩を揺すると2人の瞼がゆっくりと開く。

 

「良かった起きたんだな」

 

「「サ、サトシ!?」」

 

ホッと胸を撫でおろす俺とは対照的に2人はギョッと目を見開いていた。心なしかどちらも頬が赤い。

 

「あ、あの不束者ですがよろしくお願いします」

 

「こ、子供は最初は一姫二太郎がいいと思うの」

 

ぽーッと俺を見上げた2人がよく分からないことを口走っている。

 

「? まだ幻覚が消えてないのか?」

 

「「え、幻覚?」」

 

「ああ、俺たち幻覚を見せられてたんだ」

 

2人は同時にキョトンと首を傾げフリーズした、一泊置いて顔が青くなり震え出す。

 

「「あ、あ、あああぁ、ああああああぁああああぁ!!」」

 

「ど、どうした大丈夫か!?」

 

震える声で悲鳴を上げた2人、まさかまた何か幻覚を?

 

「な、何もない、何もないんだよ!」

 

「そ、そう、変なモノとか見てないから!」

 

「そ、そうか、ならいいけど」

 

顔を真っ赤にしてアタフタと何かしらを否定する2人のプチパニック状態にこれ以上の質問はできないなと俺は首肯した。

 

「にしても、今の幻だか白昼夢だかはなんだったんだ?」

 

「サトシも何か見たの?」

 

「……まあ、よくわからないものをな」

 

「そう、けど本当になんだったのかしら」

 

「ほ、本当に幽霊の仕業? あのまま眠ってたら、ど、どっかに連れてかれたんじゃ……」

 

「そ、そんなわけ、な、ないわよ。ないわよねサトシ……」

 

顔を青くし縋るように俺を見る2人。いつもの強気ではなく、涙目な様子はこれまたいつもと雰囲気が違い、また幻を見せられているのではと思ってしまう。

 

「なんにしても、得たいの知れない何かはいるのは間違いない。ほったらかしにもできないぜ。このまま行こう」

 

「「うん」」

 

2人が立ち上がったことを確認し、再びピカチュウを先頭に歩き出そうとした、

その時、

 

「わ、あわわわ、何か物音したぁ!」

 

「ひゃ!」

 

リカが悲鳴を上げてカスミに抱き着く。いきなりのことでカスミも驚いていると、慌てたリカがモンスターボールを取り出す。

 

「お願いバタフリー『むしのさざめき』!」

 

『フリフリィ!!』

 

飛び出した蝶ポケモンのバタフリーが中心の赤い目でナニかがいる方向を見ると羽をはためかせ音波が勢いよく発射される。そして、ナニかにぶつかり、

 

「「「わあああああっ!」」」

 

3つの悲鳴が聞こえた。そして3つの影が飛び出し、ドシンという倒れたであろう音がした。

出てきたのは見覚えのある3人だった。

 

「な、お前ら」

 

「ひ、久しぶりねジャリボーイと砂利ガールズ」

 

「こ、こんなとこで奇遇だな」

 

ムサシ、コジロウ、ニャース、おなじみの3人組のロケット団だ。

 

「ニャ―たちは法事でここに来てるのニャ」

 

「「「じゃあ、そういうことで」」」

 

「待てや」

 

『ピカ』

 

俺の両手がムサシとコジロウの襟首を踏ん掴み、ピカチュウは尻尾をニャースの首に突き立てていた。

 

「「「ひぃ……」」」

 

「で、本当はここでなにしてんだ?」

 

「……野暮用よ」

 

「あんまり話したくないってこと?」

 

リカが尋ねると押し黙る3人、何かやましいことでもあるのかとそう思い、

 

「なあ、お前らさ、この町のポケモンに――」

 

続く言葉は止まることになる。

周りの景色が異様に歪み始めたからだ。

 

「ちょっとどうなってんの!?」

 

「わわわっなんなんだこれぇ!?」

 

「ニャ―、ぐわんぐわんするニャア!」

 

「また幻覚!?」

 

「もういい加減にしなさいよお!」

 

ロケット団だけでなく、リカとカスミも悲鳴を上げる。これは不味い、幻覚を

 

「一か八かだ。みんな目を瞑れ! ピカチュウ『フラッシュ』だ!」

 

『ピッカ!』

 

ピカチュウが尻尾を立て、眩い閃光が放たれ部屋を照らす。

 

重なった悲鳴と共に空間の歪みが無くなり、景色がもとの姿に戻る。

そうして現れたのは3体の黒い影。

 

『ゲンゲロ!』

 

『ゴスト!』

 

『ゴスッ!』

 

カントー由来のゴーストポケモン、ゴース、ゴースト、ゲンガー。進化系列の3体が一度に俺たちの前に飛び出してきた。

ゲンガー、ゴースト、ゴースが焦ったように顔を見合わせる。

 

「幽霊騒ぎの正体はお前たちなのか?」

 

『ゲンゲ……』

 

「や、やっぱり本物の幽霊じゃなかったんだ」

 

「よかった~」

 

カスミとリカが安堵の表情を浮かべる。

 

「どうしてこんなことを?」

 

その時、冷気を浴びせられたかのような感覚がした。

 

「さ、サトシ、あ、ああ、あれぇ……」

 

顔を青くしたリカが指さす先を見ると、大きな靄のようなものが発生していた。

ゲンガーたちがやっていた幻覚ではない。体に圧し掛かるような寒気と戦慄。

それは、隠し切れない禍々しい気配と共に出現した。




拙作を読んでいただきありがとうございます。

サトシとピカチュウの冒険が終わってしまうことにとても寂しさを覚えます。
このまま終わってほしくない。ずっと見ていたい。けれど、最後を見届けたいと思います。
最終回までに1本書けてよかったです。

活動報告の方も更新していますのでご一読いただければ幸いです。


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ポケモンタワーと幽霊騒動 後編

サトシとピカチュウ、お疲れ様今までありがとう。
いつまでも大好きだよ。


 

『アアッ……アアアッ……』

 

突如現れた得体の知れない禍々しい何か。不定形の輪郭が蠢き、息苦しくなるほどの重圧が部屋を覆っている気がした。

 

「ちょ、ちょっと、もうバレてるんだから悪戯はやめなさいよ……」

 

「そ、そうだぞ、もう通用しないって……」

 

ムサシとコジロウがゴースたちに言うが声は上擦っていた。感じているのだろう、目の前に出現した存在の異常さを。

俺にはきっと霊感は無い。けれど、それは明らかにこの世の者ではない。ゴーストポケモンにだって感じる生気が全くなかった。

 

「幽霊……」

 

俺が呟きが反響したかのような錯覚、それほどの静寂。ふと後ろにいるリカとカスミを見ると、眼を見開き、驚愕を隠そうとしない。

ポケモンとは違う未知の幽霊。だが逃げるわけにはいかない。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピカ……ピカ……』

 

ピカチュウは俺の方を振り返ると、首を振った。

幽霊を恐れているのかと思ったがそうではなさそうだ。いったいなにが?

視線を幽霊に戻すピカチュウ、一瞬俺に見せた表情はどこか寂しそうな無念そうなものに見えた。

すると、

 

『カラー!』

 

後方から聞こえたポケモンと思しき大声。フジさんのところにいたカラカラだ。

 

「え、カラカラ、どうしてここに?」

 

リカがカラカラに駆け寄ろうとするが、カラカラはリカを避け一直線に駆けていく。

 

「な、おい待てって!」

 

さらに俺とピカチュウを通り過ぎようとしたカラカラを捕まえようとするが捕まらずその先に浮いている幽霊の元まで行ってしまった。このままでは襲われると思い、走ろうとした。

 

『ピカッ!』

 

ピカチュウが俺の行く手を阻んだ。

 

「ピカチュウどうして?」

 

『ピ……』

 

ピカチュウは真っすぐ俺を見ていた。

 

――このまま見守ってほしい。

そう言っているような気がして、俺はカスミとリカ、ついでにロケット団の方へと顔を向けた後、カラカラの様子を見た。

 

『アッ……アアッ……』

 

幽霊が動き出す、いや、変化が起こり出した。

禍々しい靄が蠢きだしたかと思うと、幽霊の姿が変わり、別の輪郭がはっきりと現れる。カラカラよりも大きな体躯、大きな頭に2本の腕と2本の脚、1本の尾。

長い骨を持つその背丈はカラカラよりもさらに大きい。それは――

 

「幽霊の正体は、ガラガラ?」

 

姿を見せたのは、骨を被ったような頭はカラカラ同様、だが体はずっと大きい。カラカラの進化系のガラガラだ。そこには先ほどの禍々しさや冷たさは無く。どこか物寂しさを思わせながら、カラカラを見ていた。

 

『カラー!!』

 

走り出したカラカラ、上げた声は歓喜、悲哀、ずっと探していた大事な人が見つかったかのようなあらゆる感情の絶叫だった。走るカラカラの『たいあたり』を受け止めたガラガラはその感触を確かめるかのように、大事に大事に優しく抱擁していた。

 

「……やっぱり、あのガラガラはカラカラのお母さんなのよ!」

 

カスミの言うとおり、あれは殺されたガラガラに間違いない。こうしてここにいるのは、成仏できずに心残りがあるということなのだろうか。

そう思っていると、

 

『ゲンゲンゲンゲロ』

 

「な、なんだこのゲンガーたちどうしたんだ?」

 

「ちょっとニャース通訳しなさいよ」

 

「わかったニャ、ふむふむ……それは、本当なのニャ?」

 

ゲンガーたちの言葉を通訳したニャース、その表情は悲痛さを耐えているようだった。

そして、聞いたことを語り出す。

あのガラガラはロケット団に殺されたポケモンだった。だが彼女はロケット団という脅威がまだ町に潜伏していることが心残りになり、幽霊としてタワー内を彷徨っていた。そうして、タワーを登り最上階を目指している人間を脅かして近づけさせないようにしていた。

自分の子供のことは気がかりだった。それでもロケット団で傷つく人をポケモンを出したくなかった。それが彼女の願いだった。

 

これが幽霊騒ぎの真実だ。

 

「ゲンガーたち、あなた達がロケット団を追い払うことはできなかったの?」

 

『ゲンゲン』

 

『ゴスゴス』

 

『ゴストゴスト』

 

リカの疑問に、どこか申し訳なさそうな表情のゴーストタイプポケモンたち、するとゴーストがある場所を指さす。そこには何か大きなモノがあった。

 

「あれは、何かの機械」

 

カスミに言われてそれが大きな機会であることに気づく。四角い見た目にスピーカーのようなものがついている。

 

「んん? これどっかで見たことあるわね?」

 

「ニャ―もどこかで……」

 

「あ、思い出した!」

 

コジロウがハッとした顔になり手を叩く。

 

「これ野生のポケモンを追い払うマシンだ。特殊な音波を出して、ポケモンたちが近づけないようにできるってやつ、ロケット団のアジトで見たことある」

 

コジロウの言葉が本当なら、これを仕掛けたロケット団がいる。最上階に続く階段近くにこの機械があるということは、

 

「……この上にガラガラを、こんな目に遭わせたロケット団がいるんだな」

 

自分でも驚くくらい低い声になっていた。だが、今はそれを気にはしない。

 

ゲンガー、ゴースト、ゴースが同時に『シャドーボール』を放つ。

だが、機械はビクともしない。

 

「頑丈ときてる、か」

 

「カビゴン100体が『のしかかり』しても壊れないってふれ込みだったなこれ」

 

コジロウが呆れたような声を出す。

ピカチュウたちも機械には近づきたがらないが、俺たちは何ともない。モンスターボールにポケモンたちを入れれば階段を上がることは簡単だろう。けれど、こんなモノをここに置いたままになんかしたくない。ポケモンたちが安らかに眠っているこの場所に。

 

「これ壊そう」

 

「うん、どんなに頑丈でもみんなで力を合わせれば」

 

「ここにいるポケモンたちのために」

 

俺たちはそれぞれ2つのモンスターボールを投げた。

 

「ピカチュウ、ヒトカゲ!」

 

『ピカッ!』

 

『カゲ!』

 

「フシギソウ、バタフリー!」

 

『フシャ!』

 

『フリィ!』

 

「スターミー、シャワーズ!」

 

『フッ!』

 

『シャワ!』

 

「「「いっけえ!!!」」」

 

3人の声が重なる。

 

ピカチュウの『10まんボルト』、ヒトカゲの『かえんほうしゃ』

フシギソウの『はっぱカッター』、バタフリーの『むしのさざめき』

スターミーの『みずのはどう』、シャワーズの『ハイドロポンプ』

 

電撃が、3種の水流が、葉の刃が、音波が大きな機械を粉砕した。爆発音とともに、機械は部品をボロボロと落とすと、赤い点滅が消え、煙を吐き出すだけとなった。

誰も何も言わない。達成感なんてもちろん無いし、「よくやった」といつもならポケモンに言いたいはずなのに、口が動かない。ただ視線を上げその先を目指す。

 

「カスミ、リカ、行こう」

 

「「うん」」

 

ポケモンたちを伴い歩き出すと、

 

「おい待てよ。俺たちも行く」

 

コジロウが言うとムサシとニャースも真剣な顔だった。

 

「……そもそもお前たちなんでここに来たんだ?」

 

「野暮用よ」

 

まあ別に言わないなら構わないか。

 

「邪魔はすんなよ」

 

「あんたらもねジャリボーイにジャリガールズ」

 

 

***

 

 

 

ポケモンタワー最上階。そこは屋上であり墓は存在せず、シオンタウンで一番空を近くで見ることができる場所である。タワーを見下ろす空は曇天で厚い雲が包んでいる。

雲が見下ろす先にいるのは黒服の集団と普通の恰好をした男性だ。

 

「もうこの町から出て行ってくれ」

 

普通の恰好の男性――フジ――は黒服の集団――ロケット団――に言葉を投げる。顔には微塵も恐怖が無く毅然とした態度だ。

 

「なんで俺たちがあんたみたいな爺さんのいうこと聞かないといけないんだ?」

 

対するロケット団はフジの言葉を一蹴すると見下し嘲笑う。

 

「まあこの場所のことを知られたからには帰すわけにはいかないがな」

 

先日、シオンタウン周辺でポケモンの乱獲を行っていたロケット団たちは、警察から逃げるとこのタワーに潜伏していた。

「ポケモンタワーに幽霊が出る」という噂を流して人の出入りを減らす工作をし、徹底的に自分たちの痕跡を消そうとしていた。

それを嗅ぎつけた人間を逃す理由はない。

団員たちはモンスターボールや武器をてにフジににじり寄る。

だがフジは態度を変えずにハッキリと言い放つ。

 

「そうか……ならば君たちのボスと話しをさせてほしい」

 

「はっ、なにをおかしなことを。ボスがあんたの話なんか聞くはずないだろ」

 

「いや、私の名前を伝えて貰えれば君たちのボスに、サカキ氏にはわかるはずだ」

 

そこで団員達に動揺が走る。カントーを裏から支配しているロケット団、そのボスの顔と名前を知るのは、同じロケット団のみ。それを知っているとすれば――

ふと、顔に傷があるリーダー格の団員が何かに気づく。

 

「待て、あんたまさか――」

 

駆け上がる足音。

それに団員全員が振り返る。そこから現れたのは見知らぬ子どもと同じロケット団だ。

 

 

 

***

 

 

 

屋上まで出ると、日を隠す雲が目に入る。今にも雨が降りそうな空模様は俺たちの周りに暗い影を落とす。視線の先には人の集団。

同じ服装の黒服たちに、胸には大きな「R」のマーク、紛れもないロケット団。

そして彼らの奥にいるのは、行方不明だったフジさんだ。

 

「ここまでだロケット団!」

 

俺が言うと、黒づくめのロケット団が一斉にこちらに振り返る。

 

「あん? なんだガキども。うん? お前たちは問題児のムサシとコジロウとニャースじゃねえか。なんの用だ、手柄でも分けてほしいのか?」

 

「任務よ」

 

「は? 任務?」

 

ムサシが答えるとリーダー格の男は顔を顰める。

 

「ああ、連絡寄越さず潜伏してるロケット団を回収してこいってさ」

 

「それはご苦労なことだな。だがまだやり残したことあるから、それ終えたら帰るつもりだ」

 

コジロウが言うとそのロケット団はどこか誇らしげといった態度で俺たちを見た。

そんな尊大な態度に俺は苛立ちを覚える。

 

「おいお前たち、ガラガラを殺したのは本当なのか!」

 

「ガラガラ? ああ、あの邪魔してきた奴のことか? 殺したぜ? なかなかしぶとい奴だったがな」

 

「どうしてそんなことしたの!?」

 

悲鳴にも似たリカの声、ロケット団はゲラゲラ笑いながら語りだす。

 

「だから邪魔してきたからだよ。俺のポケモンも散々やられたぜ。それになぁ、見ろよこの顔の傷、あのガラガラに付けられたんだよ。ポケモンのくせに生意気なことしやがって、痛い目遭わせてやろうとしたのさ。そうしたら、ついやりすぎて殺しちまったよ」

 

「あんた、最低……最低よ! ガラガラに謝りなさいよ!」

 

憎々し気に語るロケット団にカスミは怒りの色を顔に出して叫ぶ。

 

「なんでこの俺がポケモンに謝るんだ? ポケモンは人間様に従うのが道理だろ。人間の俺がポケモンの1匹や2匹殺して何が悪いんだ? それになあ、まだ足りねえんだよ、大量の頭蓋骨かっぱらって金にしないと、この傷の割に合わねえんだよ」

 

吐き捨てる男の言葉に、胸の奥がドロリと黒いものが満ちるのを感じた。

こんな人間がいるのか? この世界の人間は善人だろうと悪人だろうとポケモンのことを大事にしているのではないのか? 自分のポケモンではないからといって、そんな命を奪うなんてことが簡単にできるのか? そんなこと認められない、認めちゃいけない。

 

「もういい……」

 

振り絞るように出た俺の声は、冷たかった。それに驚く感情もなかった。

 

「もういいもう黙れもう喋るなもう言葉はいらない。お前から何も聞きたくないお前のことは視界にも入れたくない。だから―――お前はここで叩き潰す」

 

この男を完膚なきまでに血祭りにあげたい。そんなドス黒い気持ちが胸の奥から溢れてくる。

 

「ち、おい、そのジジイを人質に――」

 

「リカ!」

 

「うん!」

 

「ピカチュウ『フラッシュ』!」

 

「フシギソウ『つるのムチ』でフジさんをこっちに運んで!」

 

強烈な光でロケット団が目を覆い怯んだ隙に、眼をつぶっていたフシギソウが走り射程距離まで入ると目を開ける。蔓が素早く伸ばされ、奥にいるフジさんの体を優しく巻き取り素早くこちらまで運んだ。

 

「クソ、ガキが、調子に乗るなよ!」

 

俺はモンスターボールを構え、戦闘態勢に入る。

すると、

 

「おい待ちなジャリボーイ」

 

「ここは私たちも参加させてもらうわよ」

 

ムサシとコジロウもモンスターボールを構えていた。

 

「おいおい問題児ども、なんの真似だ?」

 

「気が変わったわ。あんたらの相手は私たちよ」

 

「はあ? なんのつもりだ?」

 

リーダー格のロケット団が睨むと、ムサシとコジロウの目は鋭くなる。

 

「お前、本当にポケモンを殺したんだな」

 

コジロウはいつもと雰囲気の違う低い声で尋ねる。

 

「なんだなんだ? ポケモンの1匹や2匹殺したくらいで怒ってんのか? 俺たちは悪党だ、殺しくらい何が問題あるんだよ。お前らも悪党だろ?」

 

「ええそうよ。私たちは悪党のロケット団、けどねぇ、あんたたちみたいにポケモン傷つけても平気な顔してられるほど墜ちちゃいないのよ!」

 

「はんっ何馬鹿げたこと言ってやがる。ポケモンは俺たちロケット団のものだ。ボスもそう仰っているだろう?」

 

「それでも越えちゃいけない一線があんだよ! 悪党の通すべき筋の分からないお前たちは、俺たちが分からせてやる!」

 

「ニャ―も今日は怒り心頭ニャ!」

 

3人はいつものふざけた雰囲気は無く、真剣に怒っていた。

珍しい姿に少し見直した。

 

「問題児の分際で、いい気になるなよ。お前らやっちまえ!」

 

『行けポケモン共!』

 

敵のロケット団たちは次々とボールを繰り出す。

 

「行きなさいアーボ!」

 

「ドガースお前もだ!」

 

『シャーボ!』

 

『ドガ~ス!』

 

ムサシのアーボとコジロウのドガースが敵のポケモンたちに突っ込んでいく。

 

「俺たちも行くぞ。ピカチュウ、ヒトカゲ!」

 

「フシギソウ、バタフリー!」

 

「スターミー、シャワーズ!」

 

俺たちのポケモンたちが、ロケット団のポケモンたちを迎え撃つ。

数は敵の方が多いが、戦況はあっという間に俺たちの優勢となった。どうやら個々の練度は俺たちが勝っていたようだ。さらに、

 

『ゲンゲーン!』

 

『ゴスト!』

 

『ゴーッス!』

 

ゲンガー、ゴースト、ゴースが参戦した。その顔はロケット団に対する怒りが見て取れた。それを体現するかのように、ゴーストポケモンたちはロケット団本人たちを狙い撃つ。

『シャドーボール』をぶつけ、『シャドーパンチ』で殴り倒し、『おにび』で追い回した。不意に現れた乱入者の攻撃にロケット団に恐慌が走る。

 

「な、なんだお前ら!」

 

「く、来るなぁ!」

 

「ぎゃあああ!」

 

指示を出せないロケット団、結果そのポケモンたちもどうしたらいいかわからず慌てている。彼らに罪は無いと思う。けれど、今は倒させてもらう。

俺たちのポケモンの攻撃は、ロケット団のウツドン、ゴルバット、プリン、ベトベター、マンキー、ドードー、クラブ、タマタマ、スリープの軍団を打ち崩した。

 

「ホーッホッホッホ! どうよこれが私たちの実力よ!」

 

「落ちこぼれと馬鹿にした俺たちにひれ伏すがいい!」

 

「これでおミャ―らはニャーたちより格下ニャ!」

 

ムサシとコジロウとニャースは3人仲良く高笑いをしている。

 

「……お前らのアーボとドガースは真っ先にダウンしただろ」

 

「ちょ、バッカそれ言わないでよ」

 

「せっかくかっこいい雰囲気なんだぞ」

 

まあ、それでも相手を1体ずつギリギリ倒すことができてたし、良しとするか。

 

「クソ、こんなガキどもに――逃げるぞ」

 

ロケット団は一斉に背中を向けて走り出した。ここで逃がすわけにはいかない。

俺はピカチュウとゼニガメと一緒に駆け出す。

 

「これでも喰らいな! 行けビリリダマども!」

 

投げられたボールからでてきたのは3体のビリリダマ。

ここでビリリダマを出してきたということは――

 

「まずい逃げろ!」

 

ビリリダマが発光し膨大なエネルギーが収束する。

ビリリダマ、そしてその進化系のマルマインの特徴は『爆発能力』。自身が瀕死になるかわりに凄まじい破壊力の爆発を起こす。それが一気に3体によって引き起こされる。

 

――ダメだ間に合わない!

 

一瞬の破裂音と共に、空間が歪むほどの衝撃波が生まれ、周囲を薙ぎ払い吹き飛ばし――

 

『ゲンゲロ!』

 

『ゴスゴス!』

 

『ゴスト!』

 

俺たちの前に飛び出してきたのは3体のゴーストポケモン、俺たちの盾になるように爆発の衝撃波をその身に受けていた。

彼らが大きなダメージを受け、最悪倒れてしまう。そう思ったが、爆発が晴れると彼らは無傷で笑っていた。

そこで気づく。ゴーストタイプのゲンガー、ゴースト、ゴースにノーマル技の『じばく』は効果が無く、ゲンガーたち自身も無傷だ。彼らが盾になったことで誰も傷を負うことなくサトシたちは守られた。

するとゲンガーたちがロケット団目掛けて漆黒の『シャドーボール』を放ち、部下のロケット団全員を吹き飛ばした。

 

「くっくそお!」

 

『カラカラカラ、カラア!』

 

俺たちの後ろから飛び出す影があった。

あのカラカラだった。カラカラは骨棍棒を思い切り振りかぶり、リーダー格のロケット団目掛けて、思い切り振り下ろした。

 

「ぎっがあああああ!!」

 

渾身の一撃がリーダー格のロケット団の顔面を捕らえ、その身体が吹き飛び床に転がる。

 

「ナイスな一撃だぜカラカラ」

 

カラカラは骨を突き上げ声を上げる。『仇はとった』と誰かに宣言するかのように。

 

 

 

ロケット団は全員伸びてしまった。これで悪は打倒した。シオンタウンはもうロケット団に怯える必要は無くなった。

 

「やはり君はカラカラの母親だったのか」

 

フジさんがガラガラを見て、驚きながらも納得したような顔をしていた。

 

「ここを登った時に彼女に会った。けれど私を驚かすことは無かった。おそらくカラカラの匂いがしたからだろう。それとも、私がこの屋上に彼女のお墓を建てたことを知っていたのか?」

 

フジさんの視線の先にある墓、『ガラガラがここに眠る』と記されていた。

母親ガラガラはフジさんを見て頷き、息子のカラカラを優しく見下ろしていた。その成長を喜び誇らしげにも見えた。

親子のやり取りに俺は胸が暖かくなる。

その時、天から眩い光が差し込んだ。

ガラガラは上を向くと、そのままゆっくりと体が浮かび上がった。

 

「もうお別れなの?」

 

リカの悲鳴にも似た声、だがガラガラは止まらず空へと昇る。

光と共に天に昇ったガラガラ、最後まで息子のカラカラから目を離さず、優しい笑みをしていた。

カラカラはもう届かない母親に向かっていつまでも手を伸ばす。「待ってほしい」「居てほしい」どうしようもないと分かっているはずなのに、その手が求める。

そして、ガラガラは微笑みとともにその姿が消える。

カラカラは泣いた。被り物の奥の瞳から雫が溢れる。

止まらない。いや止めなくていい、思い切り感情を吐き出せばいい。誰も咎めない責めない。ここまでよく我慢したね、君は頑張った。だから今は泣いていいんだ。

 

空間に響くカラカラの泣き声、誰もが悲痛な面持ちで彼を見ていた。

カスミは目を伏せ、リカは瞳に涙を溜めていた。

ムサシ、コジロウ、ニャースもカラカラを憐れむように見ていた。

フジさんも祈りを捧げているように目を閉じていた。

 

 

 

***

 

 

 

「さあ、今警察を呼んだ。もうじき来るだろう。私が話しておくから君たちはタワーを降りるんだ」

 

「わかりました。じゃあ――」

 

そこで横を見ると気づいた。

リーダー格がいなくなっていることに気づいた。

 

「しまった逃げられた」

 

「ニャニャ! しまったのニャ、これじゃあ任務失敗なのニャ!」

 

「冗談じゃないわここまで来て、あとは私たちが追うわ」

 

「じゃあなジャリボーイにジャリガールズ。オラ待てえええ!!」

 

そうして3人組ロケット団は走り去った。

 

残った団員を縄で縛り上げ、タワーを降りようとしていると視界に入るポケモン。

カラカラは泣き止んだものの、俯いてジッとしている。

そっと抱き上げると、カラカラは大人しく、昨日のように暴れることなく大人しい。

俺はカスミとリカに顔を向けると、2人は頷きそのままタワーの階段へと歩き始めた。

 

 

 

***

 

 

 

「クソッあのガキどもに問題児どもが、この借りはいつか返してやるからな」

 

ロケット団の男はボロボロになりながらも逃亡していた。

 

「ちょっと逃げんじゃないわよ!」

 

「大人しくしろ!」

 

「ふざけやがって、お前ら俺にこんなことしてただで済むと――」

 

その時無機質だが大きな音が空から近づいてきた。ヘリコプター、飾り気のない機体がプロペラを回転させ凄まじい風圧と共に地上に降下する。

ムサシとコジロウは風で乱れそうになる髪を抑えながらヘリコプターを見上げる。

 

「「な、なんだ?」」

 

口上の引き金となるワードを思わず口に出していると、ヘリコプターから降りる人影。

 

「団員を連れて帰るだけなのに、どうしてこんなに時間がかかっているのですか?」

 

眼鏡をかけたショートヘアの理知的な雰囲気の女性。

怜悧な眼でその場にいる全身を見つめている彼女こそ、ロケット団首領の秘書を務める女性マトリである。

 

「あ、いや……少々アクシデントがあったというか」

 

「まあいいでしょう」

 

ふぅと溜息をついたマトリは男の方を向く。

 

「あなたも帰還命令があったなら早急に戻りなさい」

 

「し、しかし、まだ手柄が……」

 

「サカキ様が戻るように仰っているのです。早くしてください」

 

「わ、わかりました」

 

有無を言わさぬマトリの勢いに男は姿勢を正してヘリに向かって歩き出した。

 

「では回収は終わりました。残りの団員はこちらでどうにか回収します。私はこれで、ご苦労様でした。今回の任務は成功ということにしておきますので、報酬は後日送金させていただきます。それでは」

 

それだけ言うとマトリはヘリに乗り込み、そのままヘリは飛んでいった。

 

「あんのいけ好かない女ぁ、いつかぎゃふんと言わせてやるわ」

 

ヘリコプターに向かってアカンベェをするムサシにコジロウとふと尋ねる。

 

「あの人、ボスの秘書だよな。そんな人がわざわざ来てまでなんであいつを連れて帰ったんだ?」

 

「さあ、すぐにでも会いたかったんじゃないの?」

 

「どうして?」

 

「知らないわよ」

 

「くああぁ、もう疲れたのニャ、もう寝たいのニャ」

 

ニャースの欠伸につられるようにムサシとコジロウも眠気を覚え、野宿の準備へと取り掛かった。

 

 

 

***

 

 

 

数分後警察が到着し、残りのロケット団を連れて行った。

フジさんは事情聴取を受けてしばらくするとポケモンハウスに戻ってきた。

 

「フジさん、無事で本当によかったわ!」

 

ミサさんが涙目になりながらフジさんに抱き着く。

 

「すみません、心配をかけました」

 

フジさんは申し訳なさそうにしている。

 

「サトシ君たち、ありがとうございました。ガラガラも成仏できたようです」

 

「……いえ、俺たち、そんな大したことは」

 

「君たちのおかげでロケット団は町からいなくなりました。それは間違いない」

 

「ありがとうございます皆さん」

 

フジさんとミサさんにお礼を言われ、俺はカスミとリカと顔を見合わせると2人は寂しげだか薄く笑っていた。ポケモンの理不尽な死があった事実は2人にとってもショックは大きいはずだ。

けど、それでも、俺たちにできるのはただ俯くことではなくて、これからも生きることだ。そして死者を悼みながら今日あったことをずっと胸に刻む。

 

ミサさんの足下にはカラカラがいる。未だ寂しげな目で空を見上げている。そこにいる母親を探しているように見えた。

 

「カラカラ、辛いよね……」

 

「私たちに何かできることはないかしら」

 

ポツリと言葉を零すリカとカスミ。

――俺たちにできること

俺は思わず体が動いた。

 

「カラカラ、よかったら俺たちと来ないか?」

 

『カラ?』

 

「お前さえ良かったらなんだけど、一緒に冒険して世界のこと、知ってみないか?」

 

俺はこのままカラカラを放っておくことができなかった。寂しい顔を見たままのお別れなんて嫌だ。元気な姿の彼を見たかった。だから、旅に誘いたい。

 

「いいのではないですか。カラカラも多くを知ることで乗り越えられるかもしれない」

 

フジさんが優しく言うと、ミサさんも頷いた。

カラカラはミサさんとフジさんを交互に見て、最後に俺を見た。そして俺の足元までゆっくり歩いて来た。

俺はモンスターボールを出し、カラカラが片手をボールのスイッチに触れると吸い込まれる。ボールが閉じ、僅かに震えると停止する。

 

「……カラカラゲットだ」

 

新しい仲間ができた。だから今は笑って迎えよう。

 

「今は手持ちが6体だから、研究所に送るけど、あとで迎えに行くからな」

 

するとモンスターボールはポケモン図鑑の転送装置によって、オーキド研究所に送られた。

 

「サトシ君、カラカラをお願いします」

 

フジさんに言われて俺は頷いた。

 

 

 

***

 

 

 

とある町の建物、それは普通の建物に扮しているがそこはロケット団の拠点の一つ。

その一室の扉が開く。

 

「サカキ様、連れて参りました」

 

「ああマトリご苦労」

 

部屋の主、ロケット団のボス、サカキ。オールバックの髪にスーツを着た壮年の男。

その眼光は鋭く、多くの修羅場を潜り抜けた力強さがある。

 

「サカキ様、私めをお呼びいただきありがとうございます。ですが、なぜ?」

 

部屋に入ったロケット団員はボスに直接呼ばれた高揚感を胸に抱き、緊張もしながら尋ねる。

 

「ふむ、お前に問おう。我々ロケット団の目的はなんだ?」

 

「は?」

 

不意の質問に思わず聞き返す。

 

「二度言わせるな。目的はなんだと問うている」

 

鋭い眼光が男を射抜く、背筋に冷たいものが走り、男はゴクリと唾を飲み込んで口を開く。

 

「は、はい、我々ロケット団はこのカントー、ひいては世界を支配することを目標としております」

 

「そうだ、そのために必要なことはなんだ?」

 

「そ、それは……」

 

言い淀んでいると、サカキが一歩前に踏み出す。感情の無いボスの顔には凄まじい重圧があった。心臓を鷲掴みにされる錯覚さえ覚える迫力に、男は戸惑いと恐怖で目を離せずその場から動けずにいた。自分は何かしてしまったのか?

 

「わからないか。それはポケモンの力を最大限に利用することだ」

 

サカキがさらに一歩近づく。

 

「ポケモンはこの世界でもっとも影響力のある存在、力だ。それを使いこなせる者が世界の覇者になると私は考えている」

 

また一歩。男の本能が警鐘を鳴らしているが、男は何も言えず手足も動かない。

 

「故に、ポケモンはすべて我らロケット団の利益となり得る存在だ。だからこそ私は」

 

サカキがそう言葉を切ると、

 

「ポケモンの略奪は許す。だが、必要以上に害し、ましてや殺すことを許しはしない」

 

静かにゆっくりとサカキは言葉を紡ぐ、だがその目はまるでいらなくなったガラクタを見るような冷たい目。

 

「貴様が殺したガラガラ、あれがこの先ロケット団に大きな力と利益をもたらしたかもしれない。現にそのガラガラは、お前たちのポケモンを何体か戦闘不能にしたそうだな。我がロケット団の申し分ない戦力となり得たはずだ。その可能性を、貴様はくだらぬ自尊心で無にした」

 

「ひっ――」

 

ようやく口が動くが言葉にならない。

 

「我がロケット団に不利益を与える者など必要ない」

 

部屋に屈強な男性団員が数人入り込んだ。機械のように動く団員達が男を拘束する。

 

「あああ、さ、サカキ様、お許しを……」

 

自分がこれから何をされるか理解した。組織のボスの逆鱗に触れ、自分はこれから粛清される。

 

「貴様にもう用は無い、連れていけ」

 

「サカキ様、お許しくださいサカキ様あああああああっ!!」

 

団員たちに連れられ、男は悲鳴を上げるだけのモノになった。

その男の行方を知る者はいない。

 

 

 

電話が鳴る。サカキは通話ボタンを押すと、口角を僅かに上げる。

 

「やあ久しぶりじゃないか」

 

『今回の件、あなたはもう知っているのではないですか?』

 

「ああ無論だ。先ほど愚か者を処分したところだ」

 

『そうですか……偉そうなことを言えた義理ではないですが、少なくともこの町ではこのようなことは無いようにしてもらいたい』

 

「ああ、今回は私の采配ミスと認める。以後、シオンタウンには近づかないと約束しよう」

 

『そうしてくれると助かります。サカキさん』

 

「なぁに、かつてロケット団に尽くしてくれた者には当然の配慮というものだよ。フジ博士」

 

『……もう、研究には携わっていない、今の私はただの老いぼれです』

 

「しかし、あんたの研究は今もロケット団に多大な利益をもたらしている。心から感謝する」

 

『ならば団員への指導を的確にお願いします』

 

「もちろんだとも、それから……」

 

「もし私のところに戻る気があるのならいつでも歓迎しよう。席は残してある」

 

『……もう私に昔の情熱は無い。これで失礼します』

 

そこで通話は終わる。

 

 

 

 

部屋がノックされ、入室を許すと秘書のマトリが入って来る。

 

「サカキ様、ジムへの挑戦者(・・・・・・・)が来ました。ジム戦の準備をお願いします」

 

「ああわかった」

 

マトリが退出すると、サカキは自室の隣にある部屋へと入る。

そこは暗く、無機質な部屋。機械が数多く設置してあり、何かの実験室のようだ。

そこの中心にはナニか(・・・)がいた。機械に繋がれたナニか(・・・)は静かに何も発さずたたずんでいる。

サカキはそれを見て不適に笑う。

 

「ふふふっ、まあ贖罪も結構だ。だがあんたは平穏でいられるかな? 現に今ここに、あんたの研究成果が形となり力を示しているのだから」

 

 

 

***

 

 

 

――最後にガラガラのお墓参りがしたい。

そう言うとフジさんは快諾してくれた。俺たちはフジさんと共に花束を持ってポケモンタワーの屋上を目指していた。途中、最後の階段を歩くが、あの時の幽霊は現れない。当たり前のことだが。

その時、

 

『ゲンガ』

 

『ゴスト』

 

『ゴース』

 

ゲンガー、ゴースト、ゴースが現れた。今度は幻覚を見せることなく真正面から笑って出てきた。

 

「あなたたち!」

 

「さっきぶりだね。怪我とかしてなかった?」

 

カスミとリカに尋ねられた3体のゴーストポケモンは嬉しそうに宙で動き回っていた。

 

「さっきはありがとう。ゲンガーたちのお陰で助かったよ」

 

「よかったらあなたたちもお墓参りをしませんか?」

 

フジさんに言われた3体は互いに顔を合わせると元気よく頷いた。

 

屋上、そこにはたくさんのポケモンのお墓がある。その中の一つ、フジさんが立てたガラガラのお墓がある。

そこに向かっ歩こうとして、

 

「おや?」

 

フジさんが怪訝な顔でガラガラのお墓を見ていた。

 

「どうしたんですか?」

 

「この花は誰が手向けたのでしょうか」

 

言われて見てみると、お墓の足下に2つ花束が置いてあった。誰かが置いたのだろうが。

 

「フジさんではないのですか?」

 

「片方は私ですが、もう片方は私ではありません。いったい誰が」

 

不思議そうな顔をしているフジさん、ふと俺は空を見上げる。

そこには空をゆっくり進むニャース気球が見えた気がした。




サトシとピカチュウの物語が終わりましたね。
それでも彼らは永遠だと思います。
力及ばすだと思いますが、これからも書いていきたいと思います。
これからもよろしくお願いします。


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