前略、ほっぽを拾いました。 (鹿頭)
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一話

ほっぽかわいいよね!


 

 

 

 

深海棲艦によって人類の制海権が奪われてから数十年。

しぶとい、と言うか何というか、人類はそれでもやっぱり生きてるし、なんとかなっている。

 

日本は、膨大な数の艦娘達の轍の上にかつての様に南方へと進出し、資源を確保しつつ、こうして生存しているのだが……。

 

兎に角、人類にとって深海棲艦は不倶戴天の敵だって事が言える。

 

と言っても、俺自身内陸寄りに住んでいるのもあって、深海棲艦を見た事は無いので、そんな怨敵……って感じはしない。

産まれた時からこんな状態だと、こんなもの。親世代が煩いのだ。

俺の親は居ないけど。

 

実際、若い男が多い提督……稀に女も居るが。

 

最前線に艦娘を送り込んで後方で指揮を執るとか言う胃壁が凄まじい速さで削れそうな仕事をしている同世代の連中は、寧ろ深海棲艦が知能を有する点に着目して、講和に持ち込めないか、と議論しているらしい。

 

 

 

まあ、無理だと思うけど。

講和なんか結べるんだったら、そもそもこんな戦争になってないし、早くに対話の為に接触してくるだろう。

 

全く馬鹿馬鹿しい。

 

 

「?……ドウシタ?」

 

「あー。……何でもないよ、ほっぽ。ちょっと考え事をしていたのさ」

 

「ソッカ」

 

俺の膝の上に座っているこの娘───「ほっぽ」は、だいぶん前、そろそろ海辺に魚の群れが打ち上げられる時期に、ふと魚食べて見たい、と近所の制止を振り切って海に行った際、浜辺で倒れていたのを拾った子だ。

 

酷く傷ついていて、深海棲艦にでも襲われたか、それとも───と思い、一先ず彼女を保護する事にした。

 

恐らく後者の方だったのか、最初は酷く警戒され、「クルナ!」何て拒絶されたものだった。

 

ご飯だって払いのけられる位の人間不信だったから、彼女の負った心の傷は深かったはずだ。

 

一口俺が食べてみせて、安全だと教えてからじゃないと口もつけようとしなかった。

相当、酷い目に遭ったのだろう。

 

それでも、傷の手当てもしなければならないので、どうにかこうにか信頼を得る為に、PTSD患者の本を読んだり、近所の人達に相談したりして、どう接して良いかを調べ、根気良く話しかけたりしていると、彼女はゆっくりと、ゆっくりと着実に心を開いてくれた。

 

落ち着かせる為に頭を撫でようとしても、最初は馬鹿みたいに強い力で手を払いのけられた。

 

けれども、根気良く日を追う度に段々と力が弱くなっていき、今日ではこのように膝の上で頭を撫でれる様になった。

 

その時辺りに、彼女が自分は「ほっぽ」と呼ばれてる事を教えてくれた。

 

一応、戸籍上もそういう風に登録している。

流石に娘、と言うのは未婚独身の俺には戸籍上でも難しかったらしく、便宜上妹、と言う事にして登録してある。

 

その事を説明すると、それで良い、と。

ここまで信頼してくれたんだから嬉しい。

 

「……エヘヘ」

 

ほっぽの頭を撫でていると、そんな笑い声が聞こえた。

 

今でこそ、こうして安心してくれるが、本当に、本当にここまで長かったな……

《続いてのニュースです。本日未明、大本営は北方海域(ほくほうかいいき)で大勝利を収め、海域の解放に一歩前進しました。北方海域解放は間近、との事です》

 

ふと、そんなニュースが国営放送から流れてきた。

本当に勝ってんのか今ひとつ疑問な大本営発表だし、100回勝ってるのにクソも進まぬ海域解放。

「今回はどっちかねぇ」と呟いたりしていたが、珍しくほっぽが神妙な顔をして、驚くべき事を呟いた。

 

「………オネーチャン」

 

お姉ちゃん!?

今までそんな話聞いた事無かったぞ!

……聞いた事も無いけど。

 

しっかし参ったな、北の方にお姉さんが居るの、か。

探している……に決まってる。

しかし、どうしたものか……

 

「会いたいか?」

 

とは言え、聞いてみない事には始まらない。

特大の地雷の様な気がするが、勇気を出して聞いてみる。

 

 

「ウン……」

 

だろうな。当然だよな。

さて、どうやって上手いこと陸軍誤魔化そうか「デモ」

 

「でも……?」

 

「モウイナイカモ……」

 

はい、核地雷踏みました。

生きているのが恥ずかしくなってきます。

何が勇気を出してだ!

そんな勇気はドブにでも捨ててしまえば良かった。

 

「ホッポハヒトリボッチ……」

 

ほっぽの太いアホ毛がしゅん、と下がる。

彼女は落ち込むとアホ毛が下がるのだ。

最近はあまり見た事無かったが、まさか俺が落ち込ませるとは、曲がりなりにも保護者の身分失敗だ。

 

「ダカラ、モウホッポヲヒトリニシナイデ……」

 

「当たり前だろ」

 

目を潤ませるほっぽに、俺は一も二もなく即答する。

最初に拾った時から、最後まで面倒を見ると決めている。

 

……一向に大きくならないのが、ちょっと心配だけど。

 

 

「ほっぽを一人なんてしないよ。当たり前じゃないか。俺が、一度だってほっぽを置いてどっか行った事はあるかい?」

 

「………ナイ」

 

「だろう?心配しなくても、俺は何処にもいかないよ」

 

「………ウン」

 

「よしよし」

 

ほっぽは態勢を変えて、こちらに抱きついてきた。

それに返す様に、そっとほっぽを抱きしめ、優しく頭を撫でる。

 

「アタタカイ……」

 

「そっか」

 

そんな事を暫くしていると、いつのまにかほっぽが寝てしまった。

柔らかい寝息をたてて、眠るほっぽ。

 

起こさないように、慎重になりながら、ほっぽをベッドまで運ぶ。

 

「……む」

 

ほっぽを離しても、ほっぽの方が俺から剥がれない。

 

「………そうだな」

 

無理に剥がす事は無い。

そのまま添い寝する事にした。

 

 

 

「オキロ!オキロ!」

 

「ん……ありゃ、先に起きちゃったか」

 

ほっぽに身体を揺さぶられる。

先に起きる予定だったが、逆に起こされてしまったらしい。

 

「ミテ!ミテ!」

 

「うん?何をだい?」

 

しきりに身体を揺さぶられている、と思ったら何か見せたいものがあるらしい。

それにしても珍しい。

一体何が有ったのだと言うのか。

 

「ヒロッタ!」

 

「捨ててきなさい!」

 

ちっちゃい右手に握りしめているのは、これまたちっちゃい小人の様な存在。

その存在を俺は……と言うよりは、多分殆どの人は知っているだろう。

 

だからこそ、捨ててほしい。

なんで居るんだ。

いや、何で俺に()()()いる?

 

俺に提督適性は無い筈……だが?

 

それにしても困った事になった。

提督適性があると分かれば自由志願する事になってしまう。

ほっぽが居る以上、それだけは何としてでも避けたい。

 

だからこそ、この妖精さんを捨てて……

待て、何でほっぽが妖精さんを視れるんだ?

 

「ほっぽ。ソレ、視えるのか?」

 

「トウゼ…ン…………ヤッパリイラナイ」

 

そう言うと窓から放り投げてしまった。

グッバイ妖精さん。二度と来るな。

 

俺はほっぽとゆっくり暮らすんだ。

どうして視えるのかなんて関係ない。

いや、俺は何も見ていない。

 

そういう事に、なった。

 



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二話

「ウミ、イキタイ!」

 

「わがままを言うんじゃありません」

 

突然、このわがままなほっぽ姫はそんな事を抜かしてくる。

定期的に海に行きたい、と言うのだ。

 

最寄りの海に行く人はまずいないので行く事は可能だが、深海棲艦が居るかもしれない。

居たとしたら艦娘もいる。

つまりは戦闘行為が発生しているかもしれない。

そのリスクを考えると、ほっぽを連れて行く事は難しい。

 

「エー、ナンデー?」

 

「第一、危ないでしょ?深海棲艦とか居るかもしれないだろ?」

 

自分の事は盛大に棚に上げているが。

あれはほっぽを拾ったからノーカンなのだ。

ノーカンったらノーカンだってば。

 

「ダイジョウブダカラ!」

 

「大丈夫……うーん…」

 

毎回強く大丈夫と言うから、渋々…こっそりと海に連れていくのだが、本当に大丈夫だった。

しかし、今回も大丈夫だとは限らない。

だから今回こそは断ろうと思う。

 

「……………ダメ?」

 

手を胸の前で組み、目を潤ませながら上目遣いでおねがいしてくるほっぽ。

何処でこんな事覚えたんだ。

 

「……っ……ぅう…わかった」

 

「アリガトウ!」

 

ひしっ、と抱きついてくるほっぽ。

頭をわしゃわしゃしてやる事にした。

 

 

(とは言え……)

 

車を出そうにも、内陸部に回ってくるガソリンの量が絶対的に足りない。

優先的に軍部に回されているからだ。

これでも、以前よりはマシ、らしいが……。

 

(後何回、連れてけるか……)

 

もしかしたら、抱っこして運ぶ事になる。

………最悪、陸軍の知り合いにガソリンを食糧と交換してもらう、と言う手もある。

 

(ま、ひとまず置いとくかね)

 

「ほら行くぞ、ほっぽ」

 

「ハーイ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウミ!ウミ!」

 

 

水平線の向こうでは、艦娘達と深海棲艦が血で血を洗う様な戦争をしているとはとても思えない程、海は蒼く、碧く広がっている。

 

皮肉な話、人類の制海権が奪われてから、もっと綺麗に見える様になったそうだ。

 

「〜♪〜♪」

鼻歌を歌いながら、上機嫌になって海辺をパシャパシャと歩き回るほっぽ。

まるで、絵画のような感じがする位、ほっぽには「海」と言うモノが似合っている、と感じた。

 

「………?!」

 

「ほっぽ?」

 

ほっぽが突然立ち止まる。

何か見つけたらしく、しゃがみこんでいる。

 

「オ…オオ……!」

 

手を突っ込んで、引き抜いた先には────飛行機?

 

「……ゼロ!」

 

風防が銃弾で貫かれた様な痕があるそれは、《零式艦上戦闘機二一型》に良く似たモノだった。

 

このご時世、ゴミが海に落ちているとは思えない。しかも、石油製品であるプラスチック製のプラモデルが。

 

 

「ミテ!ミテ!ゼロ!ゼロ!」

 

深海棲艦発生以前のものか?と思っていると、ほっぽがとてとてと寄ってきて見せてくる。

 

「!……へ、へー、凄いね、良かったじゃないか」

 

(やべえこれ本物だ)

 

銃弾が貫通した捲れ、とも言える痕。

触るまでもなく判る、金属特有の光沢。

磯の香りに混ざって、ぷんと漂う石油燃料独特の臭い。

 

間違いなく、本物の艦載機だ。

とんでもない厄ネタ。その上被撃墜機と来た。

今すぐ捨てろ!と声に出してほっぽに言おうとしたが───

 

「ゼロ!ゼロ!ヤッタ、ヤッタ!」

 

 

この歳の女の子に見合わず、零戦の主翼辺りを握りしめて喜ぶほっぽの姿に、とてもそんな事を言う気にはなれなかった。

 

「ハァ……帰るぞ、ほっぽ」

 

「ウン!」

 

 

 

 

 

 

その後、無事に家に着いた。

零戦を握りしめてご機嫌なほっぽ。

 

時々我に帰ったかの様にこちらの方を見てから、にへーと笑うのがかわいい。

かわいいので高い高いしてあげる。

すると喜ぶのでもっとかわいい。

 

 

 

そして次の日、事件は起こった。

 

 

 

 

 

 

「ミテミテ!」

 

「うん?」

 

「ヒコウキゴッコ!」

 

「………!?」

 

拾ってきた零戦が、その独特のエンジン音を響かせて部屋の中を飛び回って……いる。

 

「えっ、ちょっと、なんで?えっえっ」

 

訳が、わからない。

 

「ど、どどどどどういう事なの」

 

そもそもあんな状態、どうやってレストアしたのか。

 

「ヤッテクレタ!」

 

「やってくれ……あ」

 

ほっぽの近くには、腕を組んで誇らしげな表情をしているちっちゃいのがいっぱい。

 

「捨てなさいって言ったのに……」

 

そら直るだろうね。

専門分野ってかその為にいるんだよね、君達。

頭を抱える。

 

「ん……?待て、どっから資材調達したの?」

 

「ソレハ……」

 

「さーびすです」

 

「じぶんたちがもってるのつかいました」

 

「それくらいおやすいごようです」

 

「やっべ、幻聴が聞こえるようになった……」

 

聴きなれない音声が頭に流れる。

零戦が直って飛んでいる、という事にとうとう頭がおかしくなったらしい。

 

「げんちょう、じゃないです」

 

「しつれいな」

 

「ダッテ!」

 

ほっぽ、そんな笑顔で言うなよ、認めざるを得ないじゃないか……

そう、ほっぽの笑顔はこの世の何よりも威力があるのだ。

これには妖精の言を認めざるを得ない。

 

「でも、お前らなんでここに?海も無ければ艦娘も居ないだろ?」

 

「……ほんまもんのあほです」

 

「は?」

 

「ひとのはなし、きかないあほどもです」

 

「あのこたちにはわるいけど、みはなしてきたです」

 

「そ、そうか」

 

重い話が次々と飛び出てくる。

ほんの少し掻い摘んだだけでも、一向に海域解放が進まない理由がよく分かる……そんな内容だ。

 

「おかでのんびりしようかとおもったら、このこがいました」

 

「おどろいた」

 

「………?」

 

何の、話だ?

 

「しんかいせいかん、にんげんといっしょにいる。これありえないです」

 

「でもここはありえるのですね」

 

「……待て、待て。お前ら、何の…話をしている?」

 

頭がクラクラする。

突然、地面が薄布を敷いただけの空洞の様な気がしてくる。

 

「……ひょっとして、しらないですか?」

 

「だから……何を!?」

 

「……アッ、ソレイジョウハ」

 

ほっぽの声が何故だか聞こえない。

俺の全神経は、自分の意に反して、聞かない方がいいという何かの警鐘に反して、この妖精達に注がれている。

 

「このこ、しんかいせいかん。しらないでいたのですか?」

 

 

────ああ。

そういう事、だったのか。

 

 

 

「お前、深海棲艦……だったのか?」

 

辻褄が合う。

 

「……………ウン」

 

「何で言わなかった?」

 

俺───人間に対して、殺意に近い異常な警戒心を持っていた事。

 

「………シッテルトオモッテタ」

 

海によく行きたがること。

そして、零戦を飛ばせる事。

 

 

「……………ッ」

 

 

ああ、そんな事が────

 

こんな、事が─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばーか、何そんな顔してんだよ」

 

()()()()ね。

 

そっと手を頭に乗せる。

最初の様に。

出逢った時と、同じ様に。

優しく、ゆっくり。

 

「最初にお前拾った時みたいな眼しやがって」

 

怯え。

目の色は怯えの色に染まっている。

最初に勘違いするきっかけでもあった。

 

「笑いなさい。笑顔の方が、ほっぽには似合うから」

 

でも、もう見たくない。

そんな眼は、顔は、もううんざりだ。

 

「………オコラナイ、ノ…?」

 

「何で怒るんだよ」

 

「………コワガラナイノ?」

 

「お前以外の深海棲艦を知らん。他に知ってたとしても、お前を怖がる様な真似はしねえよ」

 

「………ステナイ……ノ?」

 

「こないだなんつったよ、俺」

 

「…………ホッポ、ヒトリニシナイ」

 

「はぁ……知ってて聞いてきたんだったら、ちょっと傷つくんだけど」

 

わざと困った顔をする。

それくらいの意地悪は許されるだろう。

 

「ゴメッ……ゴメッ…ン…ナサイ………」

 

許されなかった。

ほっぽが、泣き出してしまった。

 

 

「あーおいおい、泣くな!別に怒ってないから!捨てない!ずっとほっぽ離さないから!」

 

慌ててほっぽを抱きしめ、頭をさする。

怒ってないのも、ずっと離さないのも真実本当の事だ。

 

深海棲艦だなんて、俺以外の誰が面倒みんだよ。

余計な事言いやがった妖精共には怒ってるけど。

いや、いつかは知る事になった……のか?

 

 

「……グスッ………ッ…ホント?」

 

「ほっぽがな、深海棲艦だろうが艦娘だろうが物の怪だろうがカミサマだろうがなんだって構わん。俺は、お前を一人にはしない。心配なら、何度でも言うよ、俺は」

 

泣きじゃくるほっぽ。

泣きすぎて、声にならないしゃくりを上げている。

 

「よしよし」

 

背中を優しく叩く。

子供───実際子供にしか見えないのだが、子供をあやす様に。

優しく、ゆっくりと。

 

 

 

「………いちじはどうなることかと」

 

「あぶなかったです」

 

「いっけんらくちゃく、なのです」

 

「お前ら全員出てけ」

 

「「「えっ」」」

 



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三話

「ここをちんじゅふとする!」

 

「今すぐ出て行け」

 

居間のテーブルを占領して、光射す旭日の旗を掲げる妖精たち。

最近、俺は頭が痛くて頭痛薬が手放せない。

 

「じょうだんですよ、でも、ぼくらがいなかったらだれがぜろせんとばすんです?」

 

「む……」

 

ふとほっぽを見やると、妖精が乗り込む零戦を飛ばして遊んでいる。

今ここで、ほっぽに零戦飛ばすのを辞めろ、と言えば泣き出すこと間違いない。

つまりはほっぽの笑顔を人質にとられたのだ。

 

「………他の奴らがお前らの話聞かなかったのってもしかして自業自得じゃね?」

 

「それはない」「ありえません」

 

「本当かよ」

 

性格が致命的に悪い。ずる賢い。

その事を遠回しに指摘すると、何処からその自信が湧くのか、違うと断言する。

 

「アンマリ、イジメナイデ」

 

「お前らはほっぽのお陰でこの家に存在を許されている事実を噛み締めるが良い」

 

「ははー」「ありがたやー」

 

ほっぽ大明神のお告げがあったので、一先ず奴らの存在を認める事にした。

ほっぽかわいいからね、しかたないね。

 

しかし、そんなほっぽに対して悩みがある。

 

「ムー……」

 

「?どうした、ほっぽ」

 

「レップウ、ホシイ!」

 

「わがままを言うんじゃありません」

 

ほっぽが烈風まで要求してくるようになったのだ。

コレクター気質、なのだろうか。

一個揃えると全部欲しくなるのは、俺も一緒だからなんとも言えないが……。

 

 

 

「ムー……」

 

「れっぷう、ほしいですか?」

 

「え?何、お前ら作れんの?」

 

テーブルの上にいる妖精が、そんな事を聞いてくる。

 

「むりです」「できません」

 

「出て行け」

 

すわ作れるのかと期待したら、そんな事は全然無かったので、この羽虫共を追い出そう──そう思っていると。

 

 

「そういうことじゃないです」

 

「たんじゅんに、しざいがないです」

 

 

資材が足りない。

流石は艦娘たちの装備を作っていた妖精たち。

材料があれば作れる。そう言うのだ。

 

 

「資材が有れば作れる、と?」

 

「たまにですけど」

 

「出てけ」

 

作れる事は作れるが、時々と言うのだ。

時々しか作れないとか職人の風上にも置けない。

なんと言う奴らだ。これで食費が掛かっていたら一体一体潰して回ってた。

 

 

「ドウニカナラナイ?」

 

「……っ…うーん…」

 

ほっぽのおねだり。

俺に確定の即死ダメージ!……そんな文字が浮かび上がってきそうなくらい、可愛い。

かわいいったらかわいい。

 

 

 

「………どの位必要なんだ」

 

「だいたい───」

 

「紙に書け」

 

「はーい」

 

資材のあてはある。

海軍には知り合いが居ないが、陸軍にはいる。

資材の運送を担当する部署に居る──そう自己申告しているので、時々食材と引き換えに車の燃料などを融通してもらっている。

 

 

 

「………行ける…か?」

 

「あてがあるのです?」

 

「多分、な」

 

とは言え、艦娘用の資材を融通しているかはわからない。割と一か八かだ。

 

 

「この弾薬、って本当に必要なのか?」

 

「たまがあれば、いつでもたたかえます」

 

「(やっぱこいつら厄病神なのでは)………どうする、ほっぽ?」

 

弾が有れば戦える───事実ではあるが物騒な言葉に、ほっぽの意思を仰ぐ事にする。

 

 

「………タタカイ……」

 

「オキルトマキコム……タマ、イラナイ」

 

「だ、そうだ」

 

「たたかわない、です?」

 

「平和に、平穏に暮らしたいだけだからな」

 

「ウン。モウ、マケルノハヤダ」

 

「なるほどー」「べんきょうになります」

 

「ふむふむ」

 

「……?」

 

 

 

 

「じゃあ、これくらいですね」

 

改めて資材の要求表を貰う。

そのまま電話を知り合いにかける事にした。

 

 

 

 

『………今、大丈夫か」

 

『へえ、珍しいね。どうした?燃料でも欲しいのか?』

 

いつもの要求だと思っているのか、燃料の事を尋ねてくる。

しかし、今回はそうではない。

 

 

『端的に言うと、資材が欲しい』

 

『………例えば?どんなだい?』

 

『鉄と、燃料。それにボーキサイト。量は───」

 

『………艦娘でも拾ったのかい?』

 

溜息と共に聴こえてくる。

あながち間違いではないが、当然の質問とも言える。

 

 

 

『おいおい、俺は何処に住んでると思ってんだよ。内陸部の農家様だぜ?』

 

『ハハ、そういうことにしておこう』

 

『……………』

 

電話越しの奴は確実に俺が艦娘を拾ったと思っているだろう。

だが、その事を咎める様子はない。

 

『とは言え、流石の僕でも厳しい。対価はちゃんと貰うよ』

 

『はいはい、いつもの奴をかなり大目に………酒と…タバコでもいるか?両方自家製だが』

 

ほっぽを拾ってからは両方やってない。

当たり前だ。教育に悪い。

 

『随分と手広くやってんねぇ……それくらい有れば……ま、海軍のバカ共は誤魔化せるよ。どうせ、もう艦娘にはほとんど使えないだろうし』

 

『それ、どういう───」

 

『おっと、口が滑ったか。じゃあ明日、家の敷地まで運んどくよ』

 

『……おっけ』

 

電話を切る。

色々と不穏な話は有ったが……。

 

兎も角、都合をつける事が出来た。

 

「ドウナッタノ?」

 

「資材は……まあ、何とか、な」

 

「おー」「すげえです」

 

「やればできるんですね」

 

妖精たちが拍手をしている。

見下されているようでとても腹が立つ。

やっぱりコイツらの話聞かなかったのって自業自得だって。

 

 

 

「レップウ、デキルノ?」

 

「やるだけやるです」

 

「まかせるです」

 

「どっちだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

「おーい、持ってきたぞー」

 

「モッテキタゾ!」

 

「はやかったですね」「あとはまかせろー」

 

いつもの場所に置いてあった資材は、予想以上に多く。

時間も掛かったが、ほっぽの手伝いもあって、無事運ぶ事に成功した。

 

やはり、子供の姿をしているとは言え、深海棲艦なのだろう。

だからどうした、と言う話ではあるが。

 

それに、資材を一生懸命運ぶほっぽの姿は、かわいかった。

 

 

「じかんかかるから、そとでじかんつぶすといいですよ」

 

「え、時間かかるの?」

 

「せつびがないんで、じかんがかかるです」

 

「すべててさぎょうです」「めんど…なんでもないです」

 

「おい……じゃあ……うん、そうするか。歩こうか、ほっぽ」

 

「ウン!」

 

一名くらい失礼な事を言ってくるが、今の俺は機嫌が良いので不問にする。

 

 

 

 

 

「さて、どこ行こうかね」

 

「ウミ!」

 

「わがままを言うんじゃありません」

 

当然の如く要求される海へ行きたいと言う要求。

流石に今回ばかりはそれは聞けない。

 

「ムムム……」

 

「そんなかわいい顔したって駄目なものはダーメ」

 

「ジー……」

 

しかし、かしこいほっぽは学習している。

俺には上目遣いでのおねだりに弱い、と言うという事を。

バカめ、そうそう同じ手を喰らいはしないさ。

 

「ちょっとだけだぞ」

 

「ヤッタ!」

 

(車の燃料も要求すりゃ良かった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、海に来た。

最近、頻度が高くなってる気がする。

と言うか、深海棲艦だという事を俺が知ってから、遠慮しなくなったと言うべきか。

 

 

「………ン?」

 

(なんか刺さって……浮いて…る……?)

 

海の上に見える影。

その影は、人影の様にも見える。

 

「!」

 

刹那、駆け出すほっぽ。

今までにない勢い。

必死、とも言える形相だ。

 

「あ、おい」

 

慌てて俺も駆け出す。

影との距離が縮まるつれ、その影はほっぽに似た白い肌をした───つまり、深海棲艦だとわかる。

 

 

 

「……オネーチャン」

 

「なんと」

 

しかも、それがほっぽのお姉さんと来た。

俺は驚きのあまり現実がいまいち飲み込めていない。

 

 

 

「…………」

 

(息は……ある…か)

 

額から大きなツノが生えている。

ほっぽとは違って、いろんな所が大きい。

そして、傷だらけだった。

 

 

「オネーチャン!オネーチャン!」

 

ほっぽが泣きそうな顔をして、姉を揺さぶっている。

だとしたら、俺のやる事は一つだけだ。

 

「よし、わかった、連れて帰るぞ」

 

「ウン、オネガイ!」

 

「よいしょっ……と…」

 

(やべえ、めっちゃ重たい)

 

と言うのが正直な感想。

一体何処にこんな重さがあるのだろうか。

深くは考えない事にした。

 

なんとか車に積み込み、家へと車を走らせる。

道中、気づくが、ほっぽが不安そうな顔をしてる。

 

「大丈夫だ」

 

「………ホント?」

 

「ああ、幸い、妖精もいるしな。なんとかなるだろ」

 

「ダヨ……ネ。ウン」

 

左手でほっぽの頭を撫でる。

妖精が、深海棲艦を治せるかは知らないけど、今はそれにかけるしかなかった。

 

 

 

「おかえりー」

 

「お、あたらしいこつれてきたです」

 

「おもったとおりです」

 

「さすがです」

 

「御託はいい、助けられるか?」

 

何か騒いでいるが、そんな時間はない。

今は、彼女を助けられるかどうか。

それだけが気がかりだ。

 

「ふっふっふ、こっちにくるのだー」

 

「……?」

 

先導され、妖精に着いて行くと。

 

「なん……じゃ、こりゃあ……」

 

知らない場所に知らない階段が空いている。

なんのこっちゃと恐る恐る降りてみると、そこには広大な────

 

 

 

「だんなさんがいないあいだにこのいえかいぞうしたです」

 

「ざまぁ、なのです」

 

入渠ドック、と妖精供が言うソレ。

勝手に地下を掘り抜き、建設したらしい。

 

その面積は明らかに家より多く、周りの田畑の地下まで及んでいる事が推察される。

 

「ほんとはこのあたりにこーしょーもつくるよていだったんですが」

 

「さっさとかえってきやがって、この」

 

「お前ら資材過剰に要求したな!?」

 

『艦娘でも拾ったのかい?』

 

奴の言葉が、頭で繰り返される。

こういう事だったのだ。

 

普段の俺だったら問答無用で元に戻させるが、彼女を治せる、と言うので一先ず、は。

 

「おふろにどぼーんさせるです」

 

「あとはこっちでやっとくです」

 

「お、おう」

 

言われた通りに、風呂に浸からせる。

妖精たちの言う通り、後は任せることになる。

 

 

「オネーチャン……」

 

「心配なら居てやれ」

 

不安そうにしているほっぽに話しかける。

 

 

「イイノ?」

 

「お前の姉さんなんだろ?当たり前だ」

 

俺が身内、と呼べるのはほっぽくらいしかいないから、どんな心境かは未だにわからないし、わかりたくもない。

だが、想像する事はできる。

だからこそ、居てやった方がいいのだ。

 

「ウン」

 

「よし、良い子だ」

 

ほっぽの頭を撫でてから、ドックを後にする。

俺の役目は一先ず終わった。

だから────。

 

 

 

「さて、お前ら説明しろ」

 

家を愉快な事にしてくれた元凶供を問いただす事にした。

 

「えー」「だんこきょひする!」

 

「だんなさんのおうぼうにはんたい!」

 

「お前ら全員追い出すぞ」

 

ロクなことしない癖に口だけは一丁前に達者なコイツら。

ああ、頭が痛い。

 

「って旦那さん?どう言うことだ?」

 

いつのまにか変な呼び名で呼ばれている事に気づく。

 

「だんなさんは、ていとくさんじゃないです。でもぼくたちがいるです。だからだんなさん」

 

「つまり居座る気満々って事じゃねえか!出て行け!」

 

「ふっふっふ、われわれをおいだしたら、もうあのせつびはつかえないですぞ」

 

腰に手を当て、ドヤ顔を決める妖精。

しかしだな。

 

「それがどうした。姉さん治したらもう用済みだ」

 

「なんと」「おに!あくま!りくぐん!」

 

「おい最後喧嘩売ってんのか」

 

お前らの使ったその資材はその陸軍から横流しして貰ったんだぞ───そう声を大にして言いたい。

 

 

「むむー、わかった、せつめいします」

 

「最初っからそうしなさい」

 

「まずはここをちんじゅふにします」

 

「ぶっ殺すぞフェアリーズ」

 

「ひぃ」「ぼうりょくはいけません!」

 

「はなしあおう、はなせばわかる」

 

 

「はぁ……」

 

頭が痛くなる。

兎に角、この後どうすれば良いか。

この話の通じない妖精共を放っておくことにした。

 

俺は、ほっぽのお姉さんも深海棲艦だとすると、最初は嫌われるんだろうな───と言う事に不安を抱くのだった。

 

「仲良く出来れば、良いんだけど」

 

頼むぞほっぽ。

お前の力が必要だ。

そんな事を、考えていた。

 




方向性が決まった


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四話

増えた


「だんなさん、めざめたですよ」

 

「………そうか」

 

数時間後、妖精さんがそんな事を知らせてくれた。

 

「いくのですか?」

 

「話さない事には、始まらないからな」

 

今回はほっぽの時くらいには長引かないだろう。

根拠は無いが、そう信じている。

 

 

「がんばっていってきてください」「しんだらここはぼくたちのものー」「やったぜ」

 

「お前らさ……俺に情ってものは無いの?」

 

異口同音。

全てが俺の悲惨な末路を願う言葉。

やっぱりこいつら妖精なんかじゃなくて悪鬼羅刹、悪魔の仲間だって。

 

 

「そんなものうみにおいてきたぜ」

 

「りくぐんにでもくわせてやれ」

 

「お前ら今すぐ出て行け」

 

ひと段落したら妖精を全て追い出そう。

俺は何度目かの決意を新たに固めるのであった。

 

 

 

「はぁ……」

 

とは言え緊張する。

開幕爆撃とか雷撃とか砲撃とかされないだろうか。

いや、ほっぽが居るから大丈夫……か?

 

 

「(良し……)入るぞ」

 

 

「……………」

 

此方を射殺すつもりなのか、と思わんばかりの鋭い眼光。

怖い。思わず後退りしたくなる。

 

「オネーチャン、メ!」

 

ほっぽが此方を庇うように立つ。

ここまで信頼してくれたか、と感慨深いものがこみ上げ、涙が出そうになる。

 

「…………ナゼ」

 

絞り出すような声がする。

 

「ナゼ……タスケタ」

 

彼女───と言うより、深海棲艦からしたら当然の疑問なのだろう。

だが、そんなものは決まりきっている。

 

「そんなもの、助けたかったからに決まっているだろう」

 

「………ナゼダ」

 

「ほっぽがお前のこと姉ちゃんって言うから?」

 

「…………」

 

彼女はほっぽの方を見る。

その視線の先のほっぽは、首を縦に何度も頷いている。

 

「ホッポ……ネ」

 

「ナンデ、サイショニタスケタノ?」

 

「いや、そら人が海辺で倒れてたら取り敢えず助けるじゃん。まさか深海棲艦だとは思わなかったけどね」

 

「ハァ……モウイイ」

 

「俺の事は信用できないかもしれんが、ほっぽの事は信じてやってくれよ」

 

「………レイハイウワ」

 

「そりゃどうも。で、どうするんだ、これから」

 

改めて聞く。

ほっぽの時とは違って、入渠ドックが有るから、直ぐに動けるようになっているからだ。

どうするかは、本人の自由だが……

 

 

「………カエル」

 

「そう…「エ?」

 

予想していた答えを聞くも、ほっぽが口を挟む。

 

 

「オネーチャン、カエッチャウノ?」

「カエルノ…ッテ……ワタシタチノ イバショハ ココジャナイデショ」

 

そう言われるとそうだ。

ほっぽも彼女も深海棲艦。

違和感なさすぎて気付かずに居たが、恐らくは海こそが本来の家なのだろうか。

 

 

 

「………………アー……」

 

「アー、ッテ………」

 

ほっぽの如何にも忘れてました、と言わんばかりの声が、口を開いたまま終わらない。

彼女も心なしか呆れている。

 

 

「ソウダ、ホッポ、ココニスム。オネーチャンモ、ココニスム」

 

個人的には嬉しい事を言ってくれるほっぽ。

 

「ナニヲイッテ……!」

 

 

「………モウ、タタカウノハ、イヤ」

 

「……ほっぽ」

 

「イツニナッタラ、オワルノ?」

 

「…………………」

 

「あの……ちょっと良いか?」

 

ここで、そもそもの疑問をぶつける。

ずっと前から疑問に思っていたが、ほっぽに聞くのは酷だろうと、ずっと避けていた話だ。

 

「……ナンダ」

 

「そもそも、何でお前ら人間攻撃してんの?」

 

「……………サア?」

 

しかし、想像とは裏腹。

わからない、といった趣旨の返答が返ってくる。

 

 

「さあって……お前…」

 

聞いといてなんだが、これには俺も呆れる。

 

 

「イヤ、サイショハリユウガアッタトオモウ」

 

「ふむ」

 

けれども、そのまま話は続く。

 

 

「コロシコロサレルウチニ、ワレワレモ、イロイロトカワッタ」

 

「ダカラ……ワタシモ、ホッポモ、ホカノコモ、シラナイコガホトンド」

 

そう。

 

 

 

「………お前らも一緒、なんだな」

 

同じなのだ。

人類…艦娘も、深海棲艦も。

最初の理由を忘れてまで、お互い引けずにここまで戦っている。

それだけ。

 

 

「………ソウ、ネ」

 

「……………」

 

誰も、振り上げた拳を、下ろす事が出来ていないのだ。

 

 

「なあ」

 

「ナニ」

 

「お前が良ければさ、一緒に住まないか?」

 

だからこそ。

俺らだけでも、手を取り合えないだろうか。

俺と、ほっぽが出来たように。

 

 

「ハ?」

 

「ああ、ほら。ほっぽも居るし。面倒見ると思って、さ?」

 

「……………」

 

「オネーチャン……」

 

「俺の事は信用しなくてもいい。だけどさ、ほっぽを信じると思って、な?」

 

信頼は、後から積み重ねていけば良い。

その事を、俺はよく学んでいる。

 

 

「…………ヘンナヤツダナ、オマエ」

 

「よく言われる」

 

実際にはそんなにない。

てか人との関わり自体……うっ、この話はやめよう。

 

「ホッポガイルカラ、ダ。ソコヲハキチガエルナヨ」

 

「勿論」

 

「オネーチャン!」

 

「ワワ、イキナリトビツカレルト、アブナイ」

 

感極まったほっぽが飛びつく。

座っているから、そんなバランス崩す事はないんと思うんだけど……とは言わない。

 

 

「……先、上がってるから。気が済んだら上がって来てくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、いろおとこ」「すけこまし」

「どうしてあんなんでいけるのか。うらやましいです」

「おれもなー、むかしはなー」

 

「お前ら全員黙ってろ」

 

居間に上がった途端に、妖精共が囃し立てる。

最早分かり合えぬ。

 

「ちぇっ」「まあいいです」

 

「これから、どうするです?」

 

「どうする、って?」

 

妖精がよく分からない事を尋ねてくる。

 

「せつび、ふやさないとたぶんおいつかないです」

 

「……マジ?」

 

「まじまじ」「おおまじです」

 

なんて事を言うんだこいつらは……

まだ工廠設置を諦めていないのか……!?

 

 

「もしほかにふえたらどうするですか?」

 

「……いや、流石に無いだろ」

 

確率的には、捨てきれないとは言え……。

 

「はは、こいつめ」

 

「もしかしてほんきでいってます?」

 

 

 

「怖い事言ってくれるじゃねえか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラタメテヨロシクタノムゾ」

 

その後落ち着いたのか、上がって来た二人と。その中の「港湾棲姫」とは先程名前を聞いたばかりだった。

 

 

「ああ。此方こそ。港湾棲姫……港湾……」

 

「スキニヨベ。ショセンハタダノキゴウダ」

 

「じゃあこーわんで」

 

「…………」

 

む、ほっぽが「北方棲姫」なのだから、良い案だと思ったのだが……。

どうも不評のようだ。

 

 

「………わんこ……「コーワンデイイ」

 

「良し、決定。宜しくな」

 

ふと天啓が降りて来たが、速攻で前者の案が採用されたので、ボツになった。

 

「ヨロシク!オネーチャン!」

 

「………ヨロシク、ホッポ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ナツカシイユメヲミタ…」

 

ある日、こーわんを起こしに行ったら、彼女はそんな事を呟いていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「ナンデモナイ……」

 

「そっか」

 

 

「ン………ホッポハ…?」

 

「先に起きてる。妖精さんと飛行機ごっこしてると思うよ」

 

「ソウ………」

 

「ほら、起きて」

 

「ウーン………カタカシテ…」

 

「もう……しゃーないな…」

 

言われた通り、彼女の手を取り、自らの肩にかける。

柔らかな膨らみが腕に当たる。

 

だから苦手なんだよ……

 

 

 

 

「ア、オハヨウ!」

 

「おはよう」「オハヨ」

 

居間に行くと、ほっぽが艦載機……なんじゃこの数。

 

「……なんか増えてない?」

 

「フヤセルヨウニナッタ!」

 

「おおー、凄いじゃないか、ほっぽ。編隊ごっこが出来るな」

 

「スゴイネ……」

 

(何でだ、全く理屈が解んねえ)

 

どうやったら増えるんだ。

おい、説明しろ、とそこら辺に転がっている妖精の方を見るが、無視される。

踏み潰してやろうか。

 

 

「フフーン……」

 

「ア、ソウイエバ、キノウ、キンジョノカタカラオヤサイモラッタワ」

 

近所……と言ってもキロ単位なのだが。

まあ、貰える分には有難い。

年寄り方も特に深海棲艦だとか気にしていないようで何よりだ。

多分知らないだけだろうけど。

 

……そう言えば、最近アイツ何してんだろ。

 

『君のお陰で僕は大忙しさ!』とか言ってたけど……

 

それでも、資材を定期的に持ってくる辺り、辺に義理堅いと言うか、何というか。

 

「やったのです」「きょうはやさいじゃー」

 

「かれーたべたいなぁ……」「こうしんりょうがほしい」「かれーようのこひろわないと」

 

「………最早お前らには何も言うまい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キョウハナニスルノ?」

 

「今日かい?」

 

食事も終わり、ゆっくりしているとほっぽが尋ねてくる。

 

「ワタシハイエデコノママダラダラシテタイワ」

 

「アナタモツカレテルダロウシ、タマニハイイデショ?」

 

「む……」

 

こーわんが俺に話を振ってくる。

最近、その頻度が多くて困る。

意外と決めるのって難しいからなぁ。

 

三人寄れば文殊の知恵、とも良うが、三人集まれば派閥が出来る、とも言うし。

まあ、彼女達の意思を優先はするが。

 

「ホォラ」

 

「うおっお、おま」

 

そのまま頭を両手で引かれ、抱き竦められる。

ギリギリ呼吸が出来るようにはしてある辺り、気遣いが出来る人だ。

いや、今はそんな話をしている場合ではない。

 

「ヨシヨシ」

 

顔に柔らかな膨らみを感じつつ、そのまま後頭部を撫でられる。

 

自然と、彼女の頭が俺の頭に乗っかるような形になってくる。こうなるともう、抜け出せない。

 

人間をダメにするソファならぬ、俺をダメにする港湾棲姫だ。

 

 

「かおがにやけている」「やわらかそう」

 

「なんとうらやま」「しょす?しょす?」

 

「おとこたるもの……ぬぐぐ」

 

何やら外野が騒いでいるが、余りよく聞こえない。

 

「ムムム……」

 

「ズルイ!」

 

「アラアラ」

 

何を思ったのか、ほっぽが背中に抱きついてくる。

 

前後挟まれ、これじゃあ終日堕落コースだ。

最近、そんな事が多い。

 

 

(大丈夫かな……俺)

 

 

「これいじょうふえたら、このこうけいどうなるんでしょうね」

 

「たのしみなような、みたくないような」

 

「かんむすも、しんかいせいかんも、ねっこはかわらないんですかねぇ」

 

 

 

 

 

 

 



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五話

港湾棲姫……こーわんが来てから、色々と変わった事が有る。

ほっぽを置いて外に出ても良い事になった。

彼女が面倒を見てくれるからだ。

 

何故そんな事になったかと言うと、そう。

秋刀魚だ。

 

秋刀魚が食べたい。

そう思った俺。秋刀魚は北の方の海に打ち上げられる時期なので、少し遠出しなければならない。

 

しかし、遠出と言う事は、即ちリスクが高まる訳で……。

そこを悩んでいた所、ほっぽが「ルスバン、スル!」と宣言した。

 

まあ、こーわんの入れ知恵だとは思うが……。

その時は、ほっぽの精神面での成長に、思わず涙を流してしまった。

俺が泣いた事によって、ほっぽも、こーわんも凄くオロオロしていた。

 

 

 

 

 

「と言うわけでやって来ました知らない海辺!」

 

磯の匂いも地域によって違うのか、何て感想を持った。

 

やっぱり思った通り、秋刀魚が打ち上げられている。

一昔前は、滅多にない事だったそうだが。

 

「ん?」

 

歌が、聴こえる。

潮騒に紛れて、哀しい、悲しい歌が聞こえてくる。

 

「…………」

 

興味が湧いたので、歌の方へと足を進める事にした。

近づくにつれ、当然。歌は明瞭になってくる。

それに伴い、音が単語として聞こえてくる。

曲調と同じく矢張り、悲哀を帯びている。

 

殺す哀しみ。殺される哀しみ。

終わらない復讐の輪廻。

それらを如実に歌い上げたその歌の主は、長く、美しい黒髪をした少女だった。

 

思わず聴き惚れていると、音を立ててしまったらしく、驚いたのか歌は止み、少女は此方へ視線を向けてくる。

 

「ああ、ごめん。驚かせるつもりは無かったんだ。ただ、余りにも、その。良い歌だったから……」

 

慌てて取り繕う。

俺のその様子が面白かったのか、クスッ、と笑いながら、此方へと歩み寄ってくる。

 

「メズラシイネー。ココニ ニンゲンハ コナイッテ オモッテタンダケド」

 

この話し方、言いよう。……深海棲艦、だ。

ほっぽとこーわんしか知らないからなんとも言えないが、そんな気がする。

 

「秋刀魚を……獲りに来たんだ」

 

「サンマ……ネェ」

 

途端、此方を値踏みするかのような視線になる。

 

 

「ああ、必要な分だけ」

 

「………ドノクライ?」

 

目が更に細められる。

心なしか、怒っている様な気がする。

 

「3人だから……1人2匹としても、6匹かな」

 

「サンニン?ソノワリニハ、ヒトリダケ…ミタイダケド?」

 

首を軽く傾げ、きょとん、とした顔を見せる。

一先ずは、か。

「流石に、連れてけないからね……」

 

「……!アッ、ヒョットシテ、オニーサン」

 

「パシリッテヤツデショ!」

 

「違うわい!」

 

彼女は、何か致命的に間違えている知識を披露する。

思わずツッコミを入れたのは、間違っていない。

 

「フフッ、パシリノオニーサンガ、ワタシノウタ、タノシンデクレタナラ、ウレシイナ!」

 

腕を胸の前で組み、片脚を軽く上げている。

何というか、アイドル、っぽいと言うか……。

 

「マ、ワタシモ ニシノホウカラ アソビニ キタンダケドネ」

 

「西の方から?」

 

高低差が激しい。

急にトーンが下がる。

 

「……ウン。チョット、シリアイヲサガシニ」

 

「見つかったのか?」

 

少し、寂しげな表情。

一体、誰の事だったのか。

 

 

 

「ウウン、デモ、コレカラアイニイクワ!」

 

「そっか、会えると良いな」

 

「エエ!」

 

笑顔を見せるが、少し、無理している様な感じが否めなかった。

 

 

「ア、ソウダオニーサン。ワタシノウタ、モットキカナイ?」

 

「聴かせてくれるのかい?」

 

そんな中、歌を聞かせてくれる、と言う提案。

断る理由も無いので、素直に頼む。

 

「モッチロン!シンカイノアイドルの………ャ……ァ…ワタシノウタ、ジャンジャンキカセテアゲチャウンダカラ!」

 

(今、少し雰囲気が……?)

他の深海棲艦とは少々違うような、違和感を感じる。

いや、他の深海棲艦二人しか知らないけど。

 

 

「イックヨー!イチ、ニィ、サン、ハイ!」

 

そんな掛け声で始まった彼女───自称深海のアイドルの歌は、アイドルと自称するだけあって、アイドルらしく明るい歌だった。

 

深海棲艦にも、こんな明るい歌を知ってる子が居るのか、と素直に嬉しくなった。

ほっぽ?ほっぽは俺が教えたからノーカン。

 

何曲か続く、さながら路上ならぬ砂上コンサート。

あまり、歌を聞かない俺でも。

とても上手だと思うし、ずっと聞いていたい。

 

セイレーンとは、この様な事を言うのか、と思ったが───流石に失礼か、と直ぐに認識を振り払う事にした。

 

 

「マダマダイクヨー!」

 

そんなアイドルのコンサートは、突然中断される事になる。

 

「っ、敵襲警報……!」

 

「………ヘェ…」

 

けたたましく鳴り響く警報。

その音を聞いた彼女は、狂犬の様な笑みを浮かべていた。

 

「ネェ、オニーサン、ニゲナクテイイノ?」

 

「……あ、ああ。そうするよ」

 

先程までとは余りにも違う彼女の雰囲気に、思わずたじろぐ。

 

「ソウスルノガイチバン!ジャ、ワタシモ「なあ!」

 

「ウン?」

 

「また、聴かせてくれないか」

 

これは真実本当の気持ちだ。

もう一度、彼女の歌を聴きたい。そう、思っている。

 

「…………ウン!もっちろん!」

 

(……まただ…)

 

花が咲いた様な笑顔。

飾らなく、それでいてソレが本来、と言わんばかりに、自然だった。

 

 

「ジャアネー!オニーサン!オサカナサン ハ トリスギナイデネー!」

 

「………ああ、そうするよ」

 

踵を返して、彼女は海の方へ走っていく。

やはり、深海棲艦だった……今更だが。

 

「ア、ゴメン、チョットマッテ!」

 

一転、方向を此方の方へ向け、駆け寄って来、そして────

 

「う………え?」

 

「エヘヘ、ホントーハ、アイドルニ ソンナコト サセチャ イケナインダヨ?」

 

唇に、柔らかく、少々ひんやりとした感触がするものが当たる。

 

「……………」

 

「ジャ、コンドコソ!」

 

あまりの出来事に、脳が現実を処理しきれていない。

そんな感じだ。

 

 

「………秋刀魚とって帰ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

あれから数時間後。

俺はいつもの様に家に帰っていた。

 

「オカエリ!」「オカエリナサ……」

 

「うん?こーわん、どうした?」

 

突然、こーわんが言い淀む。

何か、有ったのだろうか。

 

「……シラナイコノ ニオイガスル」

 

「……えっ」

 

何やらとんでも無く恐ろしい言葉が聞こえた。

部屋の室温が下がった様な気がし、背筋には薄ら寒いものが走る。

 

 

「お、しゅらばだ」「やったぜ」

 

「どっちがかつとおもう?おれはこーわんのねーちゃんにかけるぜ」

「かけになんねえよ」

 

何やら外野が騒いでいる。

しかし、何も聞こえない。

 

「ソウ?」「ソウヨ」

 

「モウ……ダメヨ、カッテニ ホカノコトアッチャ……」

 

目が虚だ。

吸い込まれそうな、暗い目をしている。

端的に言って、ヤバイ。

 

 

「ホラ……ウゴカナイデ……」

 

ぎゅむっ、と抱きしめられる。

深く、強く。自分の身体を、擦り付ける様に。何かを、示す様に。

 

 

「ムムム……オネーチャン、タマニハカワッテ!」

 

そんな中、ほっぽが突然そんな事を言い出した!

なんてこった!俺はそんな風に育てた覚えは…………この話はよそう。

 

 

「……モウ…ワガママネ…ホッポハ」

 

(え?それ言っちゃうの?)

 

 

「ヨシヨシ」

 

クルッとこーわんに身体を回され、柔らかいクッションが背中の方に来る。

そして、前からはほっぽがひし、と抱きついて来る。

しかし、背がちいちゃいので、お腹の辺りにボフッと抱きつく形になる。

 

 

 

「ム」「アラ」

 

そんな中、電話が鳴り響く。

この時間帯に珍しい。

一体誰だろう。

 

 

 

「ムー…デテイイヨ」

 

「う、うん……」

 

ほっぽの許可を得たので、こーわんもまた離してくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ、済まないね。突然』

 

『……何の用だ』

 

久々に、こいつの声を聞いた気がする。

相変わらず腹立つ話し方だが、長く聞いてないとそれはそれで寂しい。

 

『いや、ちょっとだけ聞きたいことがあってね』

 

『何だよ?』

 

『深海棲艦との講和……或いは共存、って出来ると思うかい?』

 

『!』

 

背中に氷柱を入れられた様な気分だ。

久々に何を言い出すかと思えば、なんて事聞きやがる───!

 

『……突拍子すぎて、話が掴めん。どうしてそういう話になったんだ』

 

『北方海域。そこでは数ヶ月前から、原因不明だが、深海棲艦達の指揮系統に何らかの異常が生じているらしい』

 

『へ、へぇ……』

 

どう見ても俺が原因です。

ありがとうございました。

 

『その後は散発的な攻撃が続いてたんだけど、今日、とんでも無いことが起きてね』

 

『カレー洋辺りに居るはずの軽巡棲鬼。コレが北方海域へ出没したんだ』

 

『お、おう。そりゃ恐ろしいな』

 

どう見ても、彼女だ。

深海のアイドル、とか言ってた。

彼女、だ。

 

『ザマァ見ろ、海軍は大混乱……訂正、大本営は一時恐慌状態に陥った』

 

『……聞かなかったことにしてやる』

 

『何の話だい?……で、問題がここからだ』

 

『その軽巡棲鬼は、同士討ちを始めたんだ』

 

『は?』

 

『もうそりゃ天地逆転のてんてこ舞いさ。ロクな対処も出来ずに、軽巡棲鬼が付近の深海棲艦を殲滅した後、南の方へ消えて行くのを指を咥えて見てた、って訳さ』

 

『そんな事が……』

 

歌、そんなに好きなのか。

中断された位で怒るとは。

 

『それで、海軍はあの軽巡棲鬼を判断しかねている。只の縄張り争いみたいな事なのか、それとも、人類の味方なのか、と』

 

『相変わらず1か0かみたいな事考えてんな』

 

『そりゃあ此処まで戦争が長引いてるんだぜ?思考の硬直も止む無し、さ』

 

『それで、講和の話って訳か』

 

『ああ。で、君はどう思う?』

 

どうして、そんな事を俺に聞くのか。

その事が妙に引っかかるが、俺は、正直に答えることにした。

 

 

 

 

『…………出来るんじゃ、ないかな』

 

『ふむ。それまたどうして?』

 

理由を答えれる訳はない。

いつも通り誤魔化す。

 

『さてな。『いつもの勘かい?』

 

『おい、人のセリフ取るなよ』

 

『ははは、済まないね。まあ、それだけ聞ければ充分だ。ありがとう』

 

『お、おう……』

 

 

 

 

 

 

 

「ナンダッタ?」

 

ほっぽが聞いてくる。

思い切って、彼女達の意見も聞いてみようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウワ……」

 

「ウーン………」

 

「やっぱ無理か?」

 

「イヤ、ソウジャナイ。キホンテキニ ワタシタチハ ドクリツシテイル。ダカラ、ダレカトコウワ……タトエバ、ワタシタチト コウワシテモ、ホカノコガ シンシュツ シテクルカモ」

 

「なるほど」

 

こーわんの意見は、意外な事実を俺に教えてくれた。

活用する機会は無さそうだけど。

 

 

「ダカラサイテイデモ、ナンポウセイセンキ(南方棲戦姫)クウボセイキ(空母棲姫)……アトハ、チュウスウセイキ(中枢棲姫)ヲテーブルニ ヒッパリダサナイト、タイヘイヨウハ オサエツケラレナイ」

 

「深海棲艦も一枚岩じゃないんだな……」

 

「ソウ、ネ……」

 

まるで国だ。なんて感想を抱く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「講和……か。此の話が出る様になるまで、随分とかかったな」「同感だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんか言ったか?」

 

「イヤ」

 

「ダレモハナシテナイケド?」

 

「……お前らか?」

 

「いや」「ちがいますよー」「そんなことよりかれーがたべたいです」

 

「……幻聴か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

この国は、激震する。

 

【深海棲艦との共存の可能性は有るや否や】

 

と言う事を「陸軍本部」が討議している、という事が報道されたからだ。

深まる陸海軍の対立。

しかし、世論は戦争に懲りているのか、俄かに厭戦ムードが巻き起こった。

 

まあ、そんな事はどうでも良い。

 

目下最大の悩みは。

 

 

 

「ワタシガアソビニキタヨー!」

 

「カエレ!」「クルナ…ト、イッテルノニ……」

 

そう、深海のアイドル。

軽巡棲鬼ちゃんが遊びに来るようになったのである。

 

「エー、ナンデー!ズルイズルイ!フタリダケズールーイー!」

 

なんでも、この2人を探しに来ていたらしい。

そしたら俺の家にいる。

最初はとても驚いていたが……次第に。うん。

 

「ソレニ、ワタシノウタヲ キキニマタクル、ッテイッテタノニ、ゼーンゼン、アイニキテクレナインダモン!」

 

「………ナニソレ、キイテナイ」

 

ごめんね。中々外に出してくれなかったの。

許して。

口には出せなかったが。

 

 

「ソウナノ?」

 

視線が質量を持つとしたら、今頃俺の体は向こうの景色が見えるだろう。

そんな勢いだ。

 

 

「ソレニ……オニーサンニハ……ワタシノハジメテ、アゲチャッ」

 

「モッカイ、イッテミロ」

 

こーわん……いや、港湾棲姫が横薙ぎの拳を放つ。

遅れて鳴り響く轟音と共に、壁が綺麗に無くなっている。

 

 

(誰か助けて)

 

偽らざる、俺の本音だ。

生きて帰れる気がし……ここが俺の家だった。

 

 

「ワタシノハジメテヲ、アゲタッテイッテンノ、ヨ」

 

軽巡棲鬼は勝ち誇った様な笑みを浮かべ、挑発する。

いや、アンタキスでしょうに。

 

 

「………?」

 

何のことやら、わかってなさそうなほっぽ。

ありがとう。そのまま純粋無垢な穢れなき君で居てくれ。

 

 

「オモテ、デロ。ケイジュンフゼイガ、チョウシニノルナ」

 

「キャー!ワタシ、コワーイ!……チョウシニノッテノンハ、オマエノホウダロ」

 

辺りはピリピリと、肌が焼ける様な空気に包まれている。

逃げ出したいが、身じろぎひとつ出来ない。

 

「……ダイジョウブ?」

 

「……じゃないです」

 

ほっぽが、そんな俺を心配してか、その小さな手で俺の頭を撫でてくれる。

いつもとは、立場が違うが、今はそれがありがたかった。

 

 

「やれやれだぜ」「いぬもくわぬ……なんかちがうな」「そんなことよりせつびぞうちくです」

 

 

 

「頼むから……平和に…平和的に解決してくれ……」




日刊一位とかすっごい驚いた


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六話

感覚を取り戻さねば


特に大した事を伝えないラジオが珍しく仕事をするには、どう言う理由かは一切不明だが、通航が非常に安易化した北方海域を通じての海外諸国との通商が復活した。

 

これには国民も大喜び。

 

 

 

まず初めに、米国との交流が復活したのを皮切りに、英国、独国、仏国や伊国など、並み居る欧米諸国との連絡も復活。

 

一応露国とも連絡が復活した。

 

その後、米国主導で結成されていた、各国の艦娘達による多国籍連合艦隊への参加が決まった。

 

風の噂では当初、日本海軍の一部(講話派)は激しい抵抗を見せたのだが、日本にはない潤沢な資源で殴られた日本政府は、何処からか『大権』を引っ張り出してきたので、上から下まで色んな人の首を飛ばしながらも成立した。

 

どうにかして一抜け出来ないか、と考えている陸軍にとっては、この流れは頂けない。

 

現在、生活をそれなりに豊かにしてくれた米国のお陰で国民様の好戦ゲージが爆上がりすると共に陸軍の影響力が爆下がりしてるからね、仕方がないね。

 

以前の厭戦ムードは何だったんだ。

 

「いつの時代もこんなものさ」

 

なんて事を友人は呟いていた。

米国のせいでイフはもう無理なんてのも言ってたか。相変わらずよくわからん。

 

 

我が家のグレムリンは「まあましにはなった」と呟いたきり、ごっそりと数が減っていったのは実に、実に素晴らしい出来事だった。

 

武官の上層部はそれなりに日米同盟時代を経験している世代が多い。

今残っている人材の中の範疇では、混乱は防げているようだ。

 

しかし、対照的に同盟を経験していない艦娘はうまく行ってないそうだ。

一部艦艇レベル、で見るとまた別の話なのだが。

 

ちなみに今の旗艦はサブカルが好きなダイナマイトな戦艦とかなんとか、いつのまにか数を元に戻していたグレムリンが言っていた。

 

戻って来なくていいよ。頼むから帰ってくれ。

 

それにしてもサブカルか。

ほっぽを拾った時に大半しまったからな。

 

……もう引っ張り出す機会もそうそうないし、現在では検閲されてる物もあるから、売るにも売れないのだが。

今は、妖精が勝手に拵えた箱にしまってある。

 

 

まあ、それよりも。

目下、ちょっと予想してなかった出来事が起きていて──

 

「アネキ ヲ カエセ!」

 

ほっぽに、妹がいたらしい。

ちょっとやんちゃそうだが、ほっぽよりもより幼さを見せるこの妹。

北方棲妹、だそうだ。

深海棲艦のセンスは一体どうなっているんだ。

 

どんな手段でこの場所を突き止めたかは判らないが、早朝からやって来たこの子の言うことに、どうしたものかと頬を掻く。

 

北方海域がほぼ解放されたようなもんらしいし、その関係かとふと思ったが、真相はわからない。

 

「ベツ ニ イインジャナイ?」

 

いつのまにか居た軽巡棲鬼が耳元で囁きながら、そのまま手を俺の首に絡めるように回そうとしてきた。

 

「カエレ」

 

俺をいつもの様に抱きかかえてる港湾棲姫がその巨大な手で軽巡棲鬼の顔面を押しのけた。

 

前までは、それはもう思いっきり吹き飛ばしては壁を破壊していたので、加減を覚えてくれるようになったか、とミシミシと言う音を聴きながらしみじみとした気分になった。

 

そろそろやめなさい。

 

 

 

「ホッポ ハ──」

 

いつも膝を占領しているほっぽが、自分から降り立った。

 

「ココ ニ イタイ」

 

「アネキ……」

 

ほっぽの言う事は嬉しい事には嬉しいのだが、今にも泣きそうな北方棲妹の事を考えると、流石に思う所が有った。

 

「なぁ……」

 

声をかけた途端、ギョロリと北方棲妹に睨みつけられる。相当に嫌われているようだ。

 

「──!」

 

ガチャンと鈍い金属音が鳴ったかと思うと、

睨みつけるその眼を血走らせながら、北方棲妹は二基四門の砲口を此方に向けていた。

 

「オモシロクナイヨ?」

 

軽巡棲鬼が自分の主砲を顕現させ、北方棲妹に向ける。

港湾棲姫は俺を囲むように一部の艤装を展開させた。

ほっぽは、ただ自分の妹を見つめている。

 

「……テイトク デモ ナイノニ」

 

そんな光景に暫し瞠目した北方棲妹は、砲を収めた。

 

「ジャアナ」

 

そのまま踵を返し、鍵の壊れた玄関へと向かっていく。

 

「いやーいまはあぶないですよ」

 

そんな時。今にも外に出ようとする北方棲妹に妖精が声をかけた。

「?」

 

「あめこうのかんむすがきてるです」

 

多国籍艦隊の事だろうか。

 

「おのれきちくべいえい」

 

「せんめつするです」

「わたしのじだいはかれらからまなんだのだぞ」

 

「ろうがいはすっこんでろ」「うるせーやるのか」

 

「お前らは帰っていいぞ」

 

相変わらず喧しい。

心なしか数が増えてるような気がするが、考えたく無い。

 

「ジャア、ココニ イルトイイ」

去ろうとする妹にほっぽが語りかける。

ほっぽの妹なら、身内も同然だし、別に家にいたって構いはしない。

資源もなんとかする……友人が。

 

「……アネキ」

 

そんなほっぽの提案に、北方棲妹が振り向いた。

 

 

「エー? アブナイヨ?」

 

そこに隣から飛び出すように話し出したのは、口角を吊り上げた軽巡棲鬼。

艤装こそ出していないものの、その眼は笑っていなかった。

 

「ダイジョウブ…ワタシガ マモル…」

 

こーわんにひし、と抱きしめられる。

背中になにかが当たるのは、もう慣れた。

 

「ソレハモット アブナインダケド?」

 

港湾棲姫に食ってかかる軽巡棲鬼。

目が血走り、港湾棲姫の腕を引き剥がそうと掴んでいる。

 

「ハン、ヤッテミロ ケイジュン」

 

「ノゾム トコカナ」

 

「良い加減にしてくれ」

 

「「ハーイ」」

 

これ以上喧嘩が起きるといよいよこの家にあの妖精達の手が入っていない部分が無くなってしまう。

とっくに手遅れなような気がするが、兎に角やめて欲しい。

 

 

「ドウシテ、ソノ ニンゲン ヲ カバウンダ?」

 

そんなやり取りを尻目に北方棲妹がほっぽに尋ねる。

 

「ヤサシイカラ!」

 

そんな妹の問い掛けにほっぽが胸を張って言う。

 

「ちがうぜやつはえむえむけーだ」

 

「ちまつりにあげたほうがいいですよおじょうさん」

 

「ウルサイ」

 

「ぬわー」 「おうぼうだ」

 

茶々を入れて来た妖精達は、ほっぽに窓から投げ飛ばされていった。

 

「ナットク イカネーヨ…」

 

座わりこんだ北方棲妹は天を見上げる。

 

……個人的にも、ここまで好かれる理由はあまり良く分かっていないのが現状なだけに、共感できる部分があった。

特にあのグレムリンは一体何故ここにいるのか。

 

「ハァ……アネゴ モ ドウシテ…」

 

「ベツニ リユウ ナンテ……」

 

北方棲妹に答える様に呟く港湾棲姫。

「むこうもむこう」

 

「こっちもこっちですよ」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

あれからそれなりに時が経過したある日。

資源が入るようになってから、色々と規制が緩和されたらしく、俺は久々に一人で買い物にと出かけていたら、何やら見慣れぬ人を見つけた。

 

「Oh…」

 

深海棲艦の出現から数十年。邦土に於いては少数派になってしまった金髪碧眼──ましてや見目麗しい女性。

 

衆目を集めているのにも関わらず、娯楽品売り場で何かを探しているらしい。

 

「ニッポンはRegulationも入らないGameの聖地だと聞いていたのだけれど……充分されてるじゃない…!」

 

Fコードに入るであろう言葉を吐き捨てながら、踵を返していく女性。

どうやら、目当ての物がなかった様だ。

 

「…Bad luck. Portには無いからわざわざこんなとこまで来たのに…」

 

溜息をつく。遠くの港からわざわざゲーム目当てに来たらしい、という事がわかった。

 

「○○のthree、Statesじゃもう手に入らないから期待してたのに…」

 

どうやら探している作品は○○と呼ばれる物だ。確か、随分前に「人間が化け物に負けているとはけしからん」といった理由で規制対象となったものだ。

 

現状持ってる人は、規制以前に所持して、そのままこっそり持ってる人だけだろう。

 

俺は、頼れる友人様から手に入れたが。

 

「あのー…」

 

「Yes?」

 

「あの、良ければあげましょうか? もう要らないですし…」

 

ほっぽが来てから、教育的にも戦場を思い出させる様な系統のゲームはしなくなった。

 

押入れで腐らせるよりは、わざわざ遠い異国から来たであろうこの女性に渡した方が、ゲームも本望だろう。

 

「……Pardon me?」

 

「○○の三番目なら、家にあるんで、あげますよ」

 

「Really!? uhh…あー…良いの?」

 

「はい。もう遊ばないんで。そうですね、家から取ってくるんで、──分くらい待ってもらえますか?」

 

「No problem!But,その時間過ぎたらmeは帰るわよ?」

 

「もちろん」

 

 

◆◆◆

 

 

家に戻り、押入れの中から目当てのゲームを取り出し、ほっぽ達の視線を背中に浴びながら女性の下へと戻っていったのだった。

 

「WOW!本当にPart threeだわ!」

 

ゲームを見せると女性はその星の様な瞳を一層輝かせた。

 

「ね、ねぇ、本当にもらって良いの?これ、規制品じゃない?」

 

恐る恐る尋ねる女性。

 

「売る訳にも行きませんし、同居人が居る手前、遊ぶ訳にもいきませんから」

 

「……OK,ワケありって事ね。わかったわ!」

 

ゲームを受け取り、その豊満な胸元へとしまい込む女性。一体どうなっているんだ。

 

「Thank you very much!今日は本当に助かったわ!あー…その、一つ、question」

 

「なんですか?」

 

「他にも、持ってたり……するの? Game」

 

「うん? ええ、まぁ…」

 

「Please!お金なら幾らでも払うから、私に売って!」

 

胸の上に両手を乗っけるように合わせる女性。しかしこーわんで鍛えられてる俺は動じなかった。

 

「……別にお金は兎も角。差し上げても良いですよ」

 

「!!!」

 

女性はこちらに飛びつくようにハグをしてきた。顔にその実りが押し付けられ、息が苦しくなる。

 

「Jesus!貴方がカミね!」

 

色々と不味い言葉を話す女性。

良い加減に離れて欲しい。

 

「Oh,sorry. ついついexciteしちゃって…」

 

やっと手を離した女性は、バツが悪そうに言った。

 

「でも、本当に良いの? もう貴重なモノでしょ?」

 

「遊ばない人よりは、遊んでくれる人に渡した方が良い、と思いまして」

 

「……OK.とりあえず今日は帰るわね! また来週取りに来るわ!出来ればstockが溜まるから…数本ずつね?」

 

「あ、はい」

 

いきなり要求が増えた。

いやまぁ、理屈は分かるから別に構わないが。

「それと、敬語禁止。meにはチョット難しいのよ」

 

「あー…なるほど。わかった」

 

「ええ!じゃ、See you again!」

 

手を振りながら凄い速さで走り去っていく女性。

そういえば、名前聞いていなかった。

 

……まあいいや。

 

 

◆◆◆

 

「ただいまー」

 

「オカエリ…!?」

 

いつもの様に迎えにきたほっぽが固まる。

 

「ダレ ト アッテイタ ノ?」

 

「え?」

 

いつになく真剣な表情を浮かべたほっぽ。

ほっぽの後ろにいる港湾棲姫も目を細めている。

 

「えっと…ゲーム好きな外国人?」

 

「ガイコクジンネェ」

 

吐き捨てるように言ったのは、すっかり馴染んできた北方棲妹だった。

 

「うん。名前知らないけど……」

 

「フーン……」

 

ソファーに寝っ転がっていた軽巡棲鬼が丸で品定めするように此方を見つめている。

 

「……コッチ ニ クル」

 

港湾棲姫が手招きする。

仕方もないので誘われるままに向かう。

 

「……モウ アッチャ ダメ」

 

そう言ったかと思うとこーわんはいつもにも増して強く抱きしめてくる。

 

「え?」

 

「ホッポ カラ モ オネガイ」

 

いつもの様に前から抱きついてきたほっぽがそう言った。

 

「イチオウ、ワタシ カラモ イットク」

 

てしてしと俺の太ももの部分を突いてくる北方棲妹。

 

「えーっと……」

 

どうしたものかと目を泳がせると、軽巡棲鬼と目が合った。

 

「ネェ」

 

軽巡棲鬼はにっこりと微笑んでから。

 

「ゼッタイ アッチャ ダメダヨ?」

 

今まで見た事無い様な、獰猛な雰囲気を纏いながら、彼女はそう言った。

 

 

……どうしよう。




「やっぱりたらしです」「しかもよりによって」
「ゆるすまじ」「こむらがえりにしてやる」


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