家出娘と美形お兄さんの珍道中〜 (藤涙)
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Part.1:お酒は程々にいたしましょう

薄ぼんやりとした光に、陽鞠はそっと目を開けた。月の光でもない、人工的なそれでもない光は人の目を誘う。

水銀で描かれた何かは、部屋の中心に存在感を放っていたのである。

陽鞠はとりあえず、自らの状況を鑑みることにした。

 

下着はつけている、おーけー。

 

髪は乱れていない、おーけー。

 

でもこの部屋は自分がとった部屋ではない、のー、のー、のー!

 

───昨晩、金の入りがよかったので、酒場に行ったことは覚えている。

隣に座った男が景気よく奢ってくれたから、奢られるまま飲んでいたような……

自らの軽率さに呆れたくなった。まあ酒場に通うのはやめないが、反省はするとしよう。きっと、たぶん、ね。

どうやら私がいるのはホテルの一室、二つあるうちの窓側のベッドのようだ。よほどいい部屋らしく枕が低反発…、お布団ふかふか…、寝そう…。睡眠欲というただならぬ危機から脱しようととりあえず起き上がって、光の先を見た。

 

どこか神秘的な光だ。

木の床に白い水銀で描かれた魔法陣。どこか誘うように、ゆらゆら、ゆらゆら輝いている。部屋に誰もいないことをいいことに、私はそれに近づいて行った。

この部屋の借り主は近くにはいないのだろう。まったく不用心もいいところ。私がその手のことに理解があったからいいものを、一般人の女だったら悲鳴をあげられて110番である。

 

「なんだろ、これ。召喚陣かなあ。不思議不思議。日本でこういうの見たことあるような、ないような…」

 

具体的には低級の妖魔を呼ぶための召喚陣と似ている、だが。細部は違っていて、西洋式のなにかなんだろうと察する。

その陣の前、机の上には、錆び付き折れた刃物のようなものが乗っかっていた。折れているのは柄…だろうか、形状的には槍に該当するらしい。と整理して、はたと気づく。

 

「なにしてんだ、私。ぺろりといただかれちゃうまえに帰んないと…」

 

長く伸びた黒髪は寝転んだせいで乱れている。それをしっかり結び直して、私は立ち上がった。財布を探して中を見れば、お金は飲む前と同じ金額。ラッキー、ただ飲みだ。

酔った勢いでワンナイトラブは勘弁して欲しいが、そこらへんは好感が持てる。あくまで、だが。

上着を羽織って、冷蔵庫を適当にあさってペットボトルの水を飲んだ。盗みだって? いやいや、水くらい大丈夫だろううんうん。

 

「さてさて、お暇しますかなあ。あーー…胃が痛い…頭ガンガンするぅ…」

 

酒は好むが体質は残念日本人、あまり強いお酒はバンバン飲めないのです。とても悲しい。

ちょーっと嫌なことがあったものだから、やけくそになって飲んでいたらこのありさま。お酒は計画的に…

まだふらついている足元で、腰を机に強かに打ち付けて呻く。その拍子に机から1枚の紙がひらりと床に落ちた。

当然、それを拾う。

 

「んー? なんだこれ。“素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。手向けるいろは赤”───?」

 

ちょっと茶色に汚れた古紙だ。うわきったね、と思ったが書いてある内容が不可思議不思議。

書いてあるのがイギリス英語なので、思わず翻訳しつつ読み上げてしまう。

 

「“降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ”…かな?」

 

読み上げることに夢中な私は気づかない。締め切られた部屋には強めの風が、水銀の魔法陣は眩いばかりにかがやき始めたのを。

 

「“閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。

───告げる”」

 

ああ、これはまずいものだ。

気づいた時には遅くって、口が詠唱を歌うのをやめてくれない。

風は渦を巻き、光は目が眩むほど強く。久しい知的好奇心が心の中に疼き、言葉にできない興奮が体を駆け巡った。

 

───やはり私は、魔術師の血をしっかり継いでいたようだ。

ああ、嫌だ嫌だ。めんどくさい、なあ…

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ…誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!!」

 

あまりに強く清い光に、酔いは吹っ飛んだが腰が抜けた。舞い上がった埃が気管に入って苦しい、げほげほと咳を繰り返せば埃が目にも入って涙が出てきた。踏んだり蹴ったりである。

埃がふわふわ舞っていて、何も見えなくて、思わず私は手を伸ばした。なんとなく伸ばされた手は、誰かの手に掴まれる。

思わずうひゃ、と声が漏れた。

 

「此度の召喚は女か!! まあ、いい。

───サーヴァント、ライダー。お前が俺のマスターか?」

 

偉丈夫、とはまさにこの人のことを言うのだろうと思った。今までかっこいいと思った俳優とか、学校の先輩とか先生とか、全てが吹き飛んだ。

それくらいやばい、語彙力がなくなるほどやばい。とりあえずそこらの男は霞んで消える。すごい。

 

ライダー、と名乗った銀鎧を纏った長身の彼はあたりを見回して一言、

 

「“マスター”、命令は?」

 

はく、と空気を求める魚のように喘ぐと、深く熟考する。

彼が言っている“マスター”はおそらく、というか絶対にわたしだ。この3つくらい時代が違いそうな銀の鎧と、鋭く光る槍、並の鍛え方はしていないだろう大きな体躯。

 

ひとつ、覚えがあった。

大昔の英雄を召喚し、聖杯をめぐる日本のとある地域で行われていたという儀式。

その名は───

 

「とりあえず、逃げよっか」

「…は?」

 

やっべ横取りしちゃった、と漏らす少女に、小首を傾げたライダーだった。




陽鞠 ーヒマリー

細く長い黒髪を頭上で纏めあげたラフな格好。
名前の通り日本国出身だが、名字は不明。理由は教えたくないらしい。成人済みを自称しているが、服装はあの国の高校の制服───ブレザー服を大きく着崩したもの。ライダーに言わせれば顔も幼げでどう見ても子供にしか見えないのだが────
真相は本人のみぞを知る、である。


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Part.2:じゃぱにーずぴーぽーやんぐやんぐ

どうにかこうにか自分が泊まっていたホテルに戻り、ベッドに座って一息ついた。

手の甲を見て、息を吐く。小さく呪文を唱えて部屋に結界を張った。まあ風の簡易的でお粗末なものだから、一流の魔術師とやらには簡単に破られてしまうものだろうけど。ないよりはマシだろう。

 

「召喚されてすぐベッドとは。此度のマスターは随分と積極的だねぇ」

「んなわけないでしょう、ライダーさん。ここには荷物を取りに来ただけですよーっと。すぐ引き払わなきゃ…」

 

実体化してそんなことを言うライダーさん、随分とプレイボーイ感がすごい。まあ雰囲気的に冗談でしょうが。

 

「あーもう…トゥリファスに来て魔術するとは思わなかったよ……せっかく快適な家出ライフを送れると思ってたのに!!」

「なんだ、あんた家出娘なのか。早く家に帰ったほうがいいぞ」

「余計なお世話でーす。というか貴方のマスターとなった限り家に帰ることなんて許されないでしょう」

 

ありもの全てを確認してトランクに詰め込んでいく。魔術の媒介である扇はそのままポケットに。全てが急なことで、持っているものは簡易的なものしかなかった。

服やタオルは…、あーもう畳むのも面倒くさい。強引に捩じ込んでしまい終えた。

 

彼はそんな私の様子を片眉を上げて眺めていた。やめてほしい、心にくるだろ。

 

「片付け終わり、夜逃げの準備は十分。聖杯戦争に飛び入り参加、巻き込まれたほぼ一般人のヒマリさんになにか聞くならいまですよ〜…」

「一般人? 魔術師ではなく?」

「あー…いえ。いちおう、魔術師です。うん…そうだね…」

「ならよかった。よろしく頼むぜ、マスターさんよ」

 

ライダーは手を差し出してくる、その手に応じて少し考えた。

この人はなんていう名前なんだろう。勇ましい堂々とした姿はさぞ高名な英霊なのだと伺わせる。だが外見的特徴があまりに乏しいのもあって、首を傾げた。

 

「えーっと、…私ヒマリって言うんですけど…ライダーの真名は?」

「俺を意図して呼んだのではないのか…まあ、いい。俺の名前は“アキレウス”!! アカイアのアキレウスだ、驚いたか!!」

 

………たしか、えーっと、たしかギリシャのすごい人だったはずだ。ナントカ“ス”はギリシャ、これどこかの授業でやったはず…

トロイア? 戦争で、うん。活躍したんだよね、もちろん知ってるよ! 知ってる…うん…

 

「…………ごめんなさいトロイア戦争ってなんですか…?アキレウスって聞いてアキレス腱しか思い浮かばない私を許して…許して…」

「あーー、うん。まあ、見るからに頭弱そうだもんな、しょうがねえ」

「ぐう…」

「真面目にそれ言う奴初めて見たぞ」

 

床に突っ伏す私に、肩をぽんと叩いてくれるライダー…じゃなかったアキレウスさん。聖杯戦争では真名判明は御法度…というから、これからもライダーと呼ぼう。

図書館に行こうと決心しつつ、召喚したときに聞きたかったことを…

 

「えっと、それで、ライダー?」

「なんだ」

「私がマスターでいいんでしょうか…?」

 

こちらをまっすぐ射抜いてくる視線に耐えきれなくて目をそらした。

いや、だって、そうでしょう?

あの召喚の準備を見るからに、この人を召喚しようとした人はかなりの努力をしたのだろう。ギリシアなんて太古の昔の聖遺物なんて簡単に集められるものじゃない。きっと一流の魔術師だったはずだ。

 

「私はあなたを横取りして、聖杯にかける望みも思い浮かばないっていうか、あなたのこともよく知らないただの小娘で…この戦争に首を突っ込む勇気も足りない…今からでも遅くないよ…他の誰かにこの令呪を渡すことは」

「…」

 

召喚の際に右手に顕れた令呪を擦りながら言えば、アキレウスは考え込むように顎を撫でた。

ああ、本でアキレウスと調べると膨大な資料が出てくるのと同じように、聖杯戦争も調べられないかなあ。そうすればきっとこの知識不足も補われるのだろうけど。神秘の秘匿? はい。

 

「…“ヒマリ”、ひとつ訂正しておこう。聖杯からの知識によると、この聖杯戦争は通常のものとは違う。七騎vs七騎の、聖杯大戦のようだ」

「はい?!」

「そして俺は“赤”として喚ばれた身。そのうち自分の陣営から声がかかるだろう」

「団体戦かあ…14人もの英雄が跋扈する…」

 

少し、興奮した。

余計やばいんだろうけど、神秘が溢れていた時代の英雄にはものすごく興味がある。

 

「…その顔は好ましいな」

「はいー?」

「俺はマスター替えなんて望んじゃあいない。俺の願いは“英雄として振る舞うこと”。だが…」

 

アキレウスはそこで切ると、少し躊躇って言葉を紡ぐ

 

「女が…しかも子供が戦争に参ずるというのは少し抵抗がある。もちろん共に来るなら喜ばしい他ないが…」

「いやいやちょっと待ってめちゃくちゃうれしいことを言ってくれてる気がするけどちょっと待って…子供???」

「? 子供だろう? 13歳ほどか?」

「成人済み!! 私大人!」

「…は?」

 

いやいやいや、くだらないと言われるかもしれないが私にとってはゆゆしき自体であり許されざる言葉だ。

 

「そんな幼い成人済みがいるというのか…」

「ガチ感動っぽく言わないでくれない??? じゃぱにーずぴーぽーやんぐやんぐ!!」

「間違ってるぞそれ」

「知ってるよ!!」

 

最後はやけくそっぽく叫ぶが、アキレウスの呆れたような視線は止まない。

いや、待てよ…?

 

「アキレウスが…呆れうす…」

「…………………………よし、お前の性格はよーくわかった。それで? 来るのか?」

「…………………………そりゃああなたを召喚したのはわたしですし出来うる限りは頑張るけど…」

「ならいい。俺も持てる力をもってお前を守ろう、“マスター”。

───そしてお客さんだ」

 

部屋の隅で人差し指をつんつん、落ち込んでいる私の襟首を引っ掴んで、アキレウスは私を同じ目線に引っ張りあげる。

彼の目線の先では、窓をこんこんとつつく鳩の姿があったのだった。




じゃぱにーず(日本)、ぴーぽー(人)、やんぐやんぐ(幼い幼い!)

不仲は回避


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Part.3:あっそういえば、携帯持ってる?

私こと、ヒマリは魔術師…というよりも、巫女さんである。

つまり(家出中故にあまり言いたくはないことだったが)実家が神社であり、お正月とか七五三の時期とかは紅白の巫女着姿でお守りとか売ってた。

 

「千歳飴っておいしいよね〜。あげようか、ライダー」

「(お前、少しは警戒しろよ…)」

 

巫女、というのだから神社でいろいろするーというのが表の仕事だ。裏では西洋では魔術と呼ばれるものの研鑽をしている。

日本には他にも山伏だとか、死霊魔術師だとかいるらしいが、ここ最近魔術には関わっていなかったのでよくはしらない。

 

「というか、養父が魔術には近づけさせなかったから、よく知らないのはそのせい」

「(養父?)」

「実の父親とはいろいろあったのよね、母は私を守ろうとして亡くなったし、父は私を生贄に───殺そうとして死んだから」

 

生まれつき魔力保有量は多かった。“恵まれた”素体として、いろいろ実験を受けていたらしいが───正直覚えていない。その時何があったのかも覚えてないし、魔術よりも日々の生活のほうが楽しかったからここ最近まで興味がなかった。

沈黙に引いちゃったかな? と少し、悲しくなる。あの精悍な顔が悲しげに歪むのは見ていられない。

 

「まあつまり、結構搾り取られても多少は耐えられますよーってことだよライダー。私には攻撃系の魔術には素養がなかったから、回復防御系統に偏っている、サポートはできると思う…まあへっぽこだけどね」

 

それしか習ってこなかった、というのが正しいのだが。

伊達に「東方一の魔力保有量」と言われているわけではない───まあ最近では宝の持ち腐れと罵られることの方が多いのだけれど。

とことことこと歩きつつ、図書館で調べたアキレウスに関する資料を調べていく。歩きながら本を読むのは危険? 大丈夫大丈夫、障害物があってもアキレウスが────

 

ゴンッ

 

「あいだ…」

「(あ、そこ柱があったぞマスター)」

「知ってる…今当たった…鼻痛い…」

 

強かに打ち付けた鼻頭を押さえつつ、キッと霊体化した彼がいるであろう方向を睨んだ。

そんなことをしているうちに、目的の場所についたようだ。

 

「ここだねー、教会っぽい?」

 

リュックを担ぎ直して、空を仰げば白十字。青い空に映えるそれに、私は眩しくて目を細める。

黒の側はわからないが、赤の陣営であるアキレウスは他の赤のサーヴァントが召喚されているかどうかを知覚できるらしい。ライダーを含む赤のサーヴァント全て、召喚されている。

ということはこの静かな教会のなかに、全てがいるのだろう。

 

武者震いしつつ、ヒマリはノックした。

 

 

◆◆◆

 

 

日本の学生のようだ、と朧気な記憶に当てはめた。緩くカールした柔らかそうな黒髪は腰ほどまで。ブレザー服に短い紺スカート、手元を隠すカーディガン、愛嬌のある幼い顔立ち。担いでいる、というよりはぶら下がっていると形容していいだらしがない担ぎ方をしたリュック。

好奇心旺盛に輝いた瞳をドアから覗かせている、想定したよりは若い見た目に獅子劫界離は目を剥いた。

見た目だけなら観光に来た高校生だ、彼女。

 

「こんちは。ここであってます?」

「ええ、ようこそ。ライダーのマスター、ヒマリさん…であっていますか?」

「そうですよー、ヒマリです。シロウさん?」

「はい」

 

目の前でゆるやかに行われる少年少女のやりとりに寒気がする。

 

「はじめまして、セイバーのマスターとライダーのマスター。今回の聖杯戦争の監督役を務めさせていただく、シロウ・コトミネです」

「…獅子劫界離。自己紹介は省略、どうせ調べてるんだろ?」

「はい、その通りです───ですが、ヒマリさんにはしていただきたいですね、突然のことですから」

 

シロウと獅子劫の会話を眺めていたヒマリは、バツの悪そうな顔で首を竦めた。教師に怒られる生徒のような様子に、より幼さが際立っている。

 

「怒ってない? ライダーのマスターになる予定だったひと…」

「怒っていませんよ、話はついています。貴女が正式なマスターとして、よろしくお願いしますね、ヒマリさん」

「よかったぁ〜、昨日から怖かったんです…」

 

心底ほっとした表情をするヒマリに、なんとなく獅子劫界離は事情を察した。今回のイレギュラーなのだろう、彼女は。

 

「えっと、ヒマリっていいます。家名は家出中につき伏せて、魔術は不得手なんだけど回復魔術が得意で…好きなものは、自然です…?」

「なんで疑問形なんだよ…」

「なんとなくでーす。…っていうかおじさん顔怖いね?」

 

じっと顔を近づけてサングラスの奥の瞳を覗こうとするヒマリに、獅子劫は肩を押して座らせる。怖がられるのは慣れているが、こういうタイプは初めてで反応に困った。

 

「お二人共、お連れのサーヴァントは実体化させないのですか?」

「いや、俺は───」

「うん?」

 

断ろうと思ったが、セイバーからの念話で即座にラインを繋げる。不思議そうな顔をしているヒマリにもサーヴァントからの念話が入ったのか、彼女の横に金色の粒子とともに、“赤”のライダー。獅子劫を護衛するように立つ“赤”のセイバーが出現する。

 

横の少女が「かぁ〜っこいい〜」と立ち上がりかけたのを見て、ライダーである青年が首根っこを突っかみ座り直させていた。

大丈夫だろうか、この主従。

 

「……では私のサーヴァントもお見せしましょう───実体化しなさい、アサシン」

「心得たぞ、我が主」

 

突如響いた声に、獅子劫はぎょっとして立ち上がる。二人のサーヴァントも眦を吊り上げた。獅子劫とヒマリが座る椅子のすぐ横に三人目のサーヴァントが実体化したのだ。緊張感が高まるこの場で、「うわーすごい美人、すごいおっぱむぐむぐ」と呟いている少女はライダーに口を塞がれる。

 

「アサシンか…」

「むぐむぐもが」

「我は“赤”のアサシン。よろしく頼むぞ、獅子劫。ヒマリとやら」

 

いっそ清々しいほどに蠱惑的な微笑みに、獅子劫は彼女から離れ、ヒマリはライダーに口を塞がれたまま何かを喋る。

甘い香りを纏い、黒いドレスを纏った退廃的な女性。今まで見たどんな女性よりも美しいと言えるが……なんというか、信用しにくい人だ。アサシンというクラスだからだろうか。

 

「さて、早速ですが現状の確認をしましょうか」

 

コトミネ シロウは、そう言って年不相応の大人びた頬笑みを浮かべた。

 

 

────

 

 

「ねぇ〜、なんで走るのおじさーん」

「なんでついてくるんだよお前…」

「ついて来いって言ったのおじさんじゃん、念話で」

 

獅子劫の全力の走りに難なくついてこれること見ると、若いなと感じる。

たしかに「こちらはこちらで共同戦線を張らないか」と提案したのは獅子劫だったが、この幼さが目立つ少女が自分に付いてきたのが違和感の塊だ。

この子なら、流され流れ、赤側につくとおもったのだが───

 

「ライダーがそういうの嫌だって言ったんだよ。できるだけ多くのサーヴァントと戦いたいーって」

「なるほど…」

 

教会が遠くに霞んで見える所まで走り、獅子劫は大きく息をついた。ヒマリは呼吸も荒らげないところをみると体力はあるらしい。

 

「なんで逃げたの?」

「…セイバーが“嫌な予感”がすると言ったからだ。あと、あのアサシンも信用しにくい。で、お前はどうするんだ。味方になるのか?」

「なるから呼んだんじゃないの?」

 

世界の黒い部分など何も知らないような無垢な瞳を見ていると、調子が狂う。そんな自分に苛立ってタバコを噛んだ。この子、本当に魔術師なのだろうか。

 

「俺達はこの先の墓場に拠点を置いてるが…」

「わかった、荷物もってくる…あっ、そういえば携帯もってる? そのほうが連絡楽っしょ」

「…」

 

数時間後、迷子の連絡が舞い込んだ。

 




話はついています(物理)(毒)。



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Part.4:第一村人発見

また引き払うことになってしまったホテルから出ると、真昼の太陽が私を射抜いた。聖杯大戦が行われようとしていることなんて微塵も感じさせない平和な町だ。

 

「というか私、敵地にホテルとってたんですねー昨夜…」

「(運が良かったな、マスター)」

 

人の営みを見る。

ポケットに入っている扇の柄についている椿の飾りがチャリンと音を立てた。

さらに増えてしまった荷物にげんなりする。とりあえず墓場とやらに向かわなければ、と人目につかない森の中を歩いていると、片手で持っていた本を落としてしまった。

理由は───

 

「何あれ」

「さあ…」

 

思わずライダーも実体化してしまったようだ。

唖然とした様子で口をあんぐり、間抜け面を晒す私の顎を、アキレウスは閉じた。

 

───その男は、筋肉だった。

笑顔を貼り付けた顔のまま、ドスドスと音をたてて森を横断している。

行き先は…方向だとトゥリファスだろうか。ここから歩いていくと2日かかりそうな…

 

こちらを一瞥しないまま視界から消えていった筋肉に、私は現実逃避したまま首を振る。

 

「なんだあれ」

「…さあ」

 

あれのことは忘れよう、うん。

考えるだけ無駄…きっと第一村人だ。うん…

 

「待て! バーサーカー! 止まらぬか!」

 

「第二村人だ…」

「…姐さん?!」

 

木々の合間を縫って奔る少女が風のような素早さで視界の端から端を消えていった。

なんか獣耳とか尻尾が生えた緑色の女の子だった…可愛い、いや違う違う。

 

「マスター、俺は姐───赤のアーチャーを追う! 呼んだらすぐ行くから呼んでくれ!」

「あっ、うん。じゃあ私は獅子劫さんのとこ行く。いってら〜」

「ああ!」

 

ひらり、と手を振るともうそこにアキレウスの姿はなかった。

あの緑色の女の子が“赤”のアーチャーなら、あの筋肉は“赤”のバーサーカーなのだろうか。そんなことを考えつつ、手元の地図を見た。

 

「…地図ってどう読むんだろ」

 

時刻は夕方。

夜になる前に着きたいところである。墓場の夜は怖いし。

 

 

────

 

 

「獅子劫さん」

「なんだいきなり電話してきて、どうした」

「迷子になりました」

「……近くになにがある」

「月が、あります!」

「………………敵情視察に行くから、トゥリファスに行けるか?」

「…がんばりまーす」

「………頑張れ」

 

 

────

 

さて、あの電話から数時間。

各地をさまよい、無事(?)トゥリファスに辿り着いた私は獅子劫さんと再会した。

 

「さすがに疲れた…」

「おう…よくここに辿り着いたな…」

「困ったときは人に聞け…心良い人に車で送ってもらいました…あはは…」

「そういえばあんた、サーヴァントは?」

「ライダーなら、筋肉と獣耳っ娘を追いかけてトゥリファスの方向に…あれ、ならこっちにいるのか…?」

 

なんとも言えない顔をする獅子劫さん。しょうがないだろ、それが事実。そう言うほかなかったのだ。

ライダーはあの獣耳の女の子を「姐さん」と呼んでいたけれど、知り合いなのだろうか? 少し気になったけれど、頭を振る。敵情視察だ、気持ちを切り替えなければ。

 

「…“赤”の、セイバーさん?」

「よぉ、トロそうだな、お前」

「鎧姿かっこよかった…素顔もまた素敵…」

「お、おい! 本当に見せてよかったのかマスター!!」

 

零れる砂金のような金の髪、つり眉に勇ましい双眸。鎧姿も威圧感があってとてもかっこいいが、素顔の可愛らしさもまたいい…

 

「わたし、美人に目がないんだ…」

「…とりあえずそれは抑えとけ。今日はあの城塞への基点を探す」

「うへへ美人……まあ、攻め込むのには多少遠くても観察できる場所が欲しいよねえ」

「お、わかってるじゃねえか。トロ女!!」

 

がし、と肩を掴まれて引き寄せられた。ああ、いい匂いがする…。トロ女とはなんだか嫌だがセイバーが言うならいい。

 

多幸感に浸りつつ、とりあえず頭の中の地図を描き始めた。とりあえず次来るまでには迷子にならないようにしないと…

黒の陣営が拠点にしているというミレニア城塞はトゥリファスの北東に位置しており、周囲は3ヘクタールほどの森に囲まれている。城塞は高台にあるため、ミレニア城塞からはトゥリファスの全てが見通せる。

つまりは───

 

「攻めにくいんだね。考えなしにつっこむと罠にハマってしまいそう」

「そうだ。だから俺達はトゥリファスの南から探していく。できるだけ高層で、城塞からは近くもなく遠くもなくってところがいいな」

 

歴史ある街並みからは情緒感が伝わってくる。百年もの前からこの土地に建てられているという建物は、屋根がカラフルで楽しい。

 

誰もいない深夜の街を見渡していると、唐突にセイバーが襟首を引っ掴んできた。ライダーにも言ったけれど、この服の襟はそんなことのために使うんじゃないのだけれど…

 

「あの、」

「おい」

「上るんだろう?」

 

そう言おうとしたが、口閉じとけ、と忠告されて仕方なく口を閉じる。次の瞬間、視界がトんだ。セイバーから物凄い音がして、視界は空へと切り替わり、着地の音と「ひぎゅっ」と私が出した声と痛い首。

セイバーは首が取れてないか涙目に確認する私を見てひとしきり笑っている。ひどい人である、許すけど。

 

「…だめだな、ここは」

「ああ。」

 

城塞からなにか鳥のようなものが飛び立つのがかすかに、見えた。

場に剣呑な雰囲気が漂い、セイバーが武装する。ああ、やっぱり素敵。

 

「おいトロ女、」

「うん」

「俺はお前のことを守らないからな。ライダーを呼べ」

「うん、ありがとう。でも平気」

 

突っぱねるようにそう言ったセイバーに、私は微笑んだ。手に持っていたケースを開き、それを手に持つ。

きっとこの人はやさしいひとだ。優しさを見せてくれるなら、その優しさには答えないといけない。

 

セイバーはまず向かってくる鳥型の人形───ゴーレムを叩き斬り、油断なく剣を構えた。

 

「バイオリン、か?」

「うん。私が扱う魔術のなかで、唯一攻撃に転用できるものだから」

「そうか、油断はするなよ」

 

四方八方から大小様々な形のゴーレム、ハルバードを持った人間が出現する。どうやら取り囲まれてしまったらしい───

 

「獅子劫さん、セイバーさん、ご武運を!」

 

たったそれだけを叫んで、私はひらりと駆け出した。黒の側の戦士が───獅子劫さんによるとホムンクルスらしい───5人ほど追いかけてくるがなんのその。

バイオリンを構えつつ、わたしは路地裏へと。

 

───紺色のスカートは、まるで誘うようにひらひらとはためいていた。

 

 

 

 




呼んでくれ、すぐに行く(時速ウン100キロ)

将棋、絵、音楽と迷った。

来週の日曜日はモードレッドですねモードレッド欲しいモードレッド欲しいモードレッド欲しいモードレッド欲しいモードレッド欲しいモードレッド欲しいモードレッド欲しいモードレッド欲しいモードレッド欲しい(((


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Part.5:下手くそーーーー!!!

体力には自信があるほうだった。

ぽつり、ぽつりと灯る街灯は意味をなさない。ただ薄ぼんやりとあたりを照らすだけの存在を頼り、私は走っている。

久しぶりの実践に体が戦慄いている。恐怖ではない、確かな興奮で、だ。

 

風をきって路地を曲がる。後ろに続く足音は大きく響いて、しっかりついてきてくれていることを確認する。

 

この魔術は昔から愛用しているが、バイオリンで試すのは初めてだ。

私は息をつくと、もう一度角を曲がり行き止まりなのを確認すると立ち止まる。ホムンクルス達も辿り着き、ハルバードをこちらに向けじりじりとこちらににじり寄ってくる。

どれもかれも、同じような顔だ。かろうじて男女の違いがわかる程度、感情も気薄で、私のように興奮も恐怖もしていない色味のない顔。

 

「───ごめんね」

 

ただそう。口に出して、私は弦を引いた───

 

 

ぎぎぎぎぎぎ、ぎぎぃ…!!

 

 

耳も覆いたくなるほどの怪音がトゥリファスに響いた。すぐにとあるセイバーに似た声が「下手くそーーーー!!!」と叫ぶ声がするが気にしない、気にしない。

ホムンクルス達も感情の少ない顔で不快感を露わにしている、そこまで嫌がらなくてもいいだろうに。彼らは抵抗するようにハルバードを手に取るとバイオリンを弾いている私に襲いかかり──

 

「?!」

 

僅かに動いた表情筋に私も笑む。大丈夫、ちゃんと発動していたらしい。彼らが持っていたハルバードは木っ端微塵に砕け散り、大きな音を立てて落ちる。

 

“音”は振動だ。

少量の水が入ったグラスの縁を擦れば音が出るように、コップに高い声をあてれば砕けるように。物に同じスピードの振動を加え続けると、どんどん振動が大きくなっていく。共鳴や共振といわれるもの。

私はこの特殊な音圧を操って破壊する、純粋物理音楽魔術だ。

 

ホムンクルスは単純な命令───「敵を倒せ」「敵を殺せ」などというものしか受けていないのか、たとえ武器を失おうとも拳で殴りかかってくる。

ここは、ほら。回復が得意と言った者の見せ所。

 

「ねーむれ、ねーむれ…」

 

私は「音」と相性がいい。声には癒しを、奏でる音には破壊の力を。一度子守歌を歌えば、その歌声はトゥリファスにかすかに響いて、聞いたもの全てを眠らせるだろう。

どさどさっ、と倒れていくホムンクルス達を一瞥して、私も駆け出していく。

 

────

 

「下手くそッ」

「2回も言わなくても…」

「いーや何度でも言ってやる。へっったくそ!!」

 

バイオリンをケースにしまって戻ったら、セイバーからの罵詈雑言。

余程音がお気に召さなかったらしい。

 

「しょうがないじゃん、まだ始めたばっかなんだし…」

「そうなのか?」

「うん…今まで試した楽器は広範囲にって感じで、バイオリンは狙ったところに一点集中なんだ。縦笛とか琴とかも持ってきてるけど、練習したくて…」

「…次使う時は、聞ける程度にしてこいよ」

 

少しぶっきらぼうにそう言うセイバーに、私は恥ずかしくなって鼻をかいたうん、とうなづいた。

 

「獅子劫さんどうしたの?」

「いや…セイバーがあまりに自分と似通ってる精神性でな…」

「それって悪いことなの?」

「いや…」

 

そんな会話をしながら、トゥリファスからは撤退していった。

アキレウスは大丈夫だろうか。魔力は一定の感覚で流れていくから、実体化しているのだろうけど───

さすがに少し眠くって、欠伸をひとつ。長い夜が終わろうとしていた

 

 

────

 

 

「もういいの、ありがとう戦士様」

 

その声はあまりにも儚げで、心臓が潰れそうなほどに痛かった。

結婚相手、とは言わずともはんば妹のように思っている娘だった。お願いだからそんなことを言わないでくれ、まだ諦めないでくれ。お願いだから───

 

「もういい、もういいから。大丈夫です、その気持ちだけで充分なのです、戦士様。これは王女の務め、我が国のため、ひいては貴方のためなのですから」

 

嫌だ、と首を振った。

 

行くな、と手を握った。

 

お願いだから───

 

「貴方は貴方の戦場で武勲をおたてくださいませ。きっとその勝利の歌は、ハデスの元にいる私にも届くでしょう」

 

それは貴女のせいではないというのに。

ぽろぽろと流れるそれが彼女にもかかって、まるで子供のようね、と笑った。

 

少女は周りを見る。

兵士に止められながら半狂乱で泣きわめく母の姿、自分のために奔走してくれた憧れの人。

充分だ、本当に、神に誓ってそうなのだ。

 

凪いだ海はまるで自分を待っているかのように穏やかだ。きっとなにも怖くない───恐ろしい月の女神がこんな自分の身で怒りを納めてくれるなら、美しい狩猟の女神が彼を許してくれるなら、こんな自分の身一つで彼が前に進めるのなら。

恐れはもうない。手の震えも感じない。

 

「───ご武運を、○○○○○様」

「ああ───」

 

白い結婚衣装を身にまとった少女は、祭壇から一歩、空中に踏み出した。

 

これでいい、これで。

 

たった、それだけを思って少女は目を閉じた。

少女の体は海に落ちる寸前、銀の清い光とともに消えることになる。

 

慟哭と、涙と、ひたすら鳴らされる鎮魂の鐘が荒れ始めた海に響いている───

 

 

 

「───ゆ、め?」

 

とある墓地の、地下工房。

ヒマリはごそごそと毛布から出て起き上がる。獅子劫とセイバーはいないらしい、どこへ行ったのだろう。後で探しに行こうかな…。

潮の音が耳について離れない、青年の泣き顔が目に残っていた。

 

随分、リアリティのある夢だったな。

と振り払って、ヒマリは身支度を整え始めた。




回復の仕方はデ★ズニーのラプンツ★ルイメージ。
歌って回復、奏でて攻撃




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Part.6:海の底

柔らかな草の上で本を読んでいた。

森林は空気がいい。葉に透かされた温かな太陽がわたしを照らしている。絶妙の温かさで眠ってしまいそうだ。

 

「…“マスター”? 寝てるか?」

「んんー、起きてる…おはよう、おかえり。ライダー」

「ああ」

 

霊体化してたのか金の粒子とともにあらわれたアキレウスに、私は笑いかけた。

昨日はかなりの魔力を消費したから、森林にある霊脈で回復をしていたところだった。バイオリンの練習もしようと思ったが弾いたら周りの小動物が逃げていったのでやめる…

 

「昨日戦闘した?」

「ああ───姐さん…“赤”のアーチャーとバーサーカーとともに黒陣営に乗り込んだ。その前には“赤”のランサーと“黒”のセイバーが戦ったようだ」

「それは獅子劫さんに聞いたよ、ルーラーがいるんだってね」

 

木に預けていた背をググッと伸ばして立ち上がる。昨日聞いた報告では赤と黒のサーヴァントがぶつかり、“赤”のバーサーカーは敵の手中に落ちたらしい。

 

「昨日宝具使ったみたいだね。これぐらいなら平気。数時間自分に適した霊脈で休めば回復する程度」

「だがあれは前哨戦だ。まだまだ食らうぜ、俺は」

「ええ、わかってる。貴方も私もできるだけ万全の状態で臨まないと」

 

お尻についた木の葉を払って、ふと彼を見ると腕から血を流している。

目を丸くした私に、アキレウスは肩を竦めた。

 

「相手に神性もちがいたの?」

「ああ、“黒”のアーチャー。アイツが今回の俺の敵だ」

「楽しそう、頑張ろうね」

 

痛いの痛いの飛んで行けー、と口に出し、アキレウスに治癒魔術をかける。瞬く間に消えた傷にありがとよ、というアキレウスの言葉に嬉しくなった。

アキレウスが本格的に黒のサーヴァントを敵と定めたのなら、私も赤側と連携を強めなければ。大事な出来事は鳩が知らせてくれるのだろうけど───

 

「昨日は貴方の戦いぶりを見れなかったから、次は見せてね。ライダー」

「ああ、もちろんだマスター!! 次は戦車に乗せて戦場を共に飛ぼう!!」

 

アキレウスの言葉に少し黙った。セイバーの“魔力放出”でもあの速度だったのだから、今昔全ての英雄の中で一番速いと謳われるアキレウスの戦車に乗ったらどうなってしまうのだろう。

首が吹っ飛んでしまうかもしれない。いや比喩とかそんなのではなく。

脳内に描いた最悪の絵面を振り払い、わたしは口を開く。

 

「あっ、そういえば本読んでたんだけどね」

「おっ俺の記録か。偉いぞ〜、どうだ。俺はかっこよかっただろう」

「うんもちろんかっこよかったんだけど、ちょっと聞いてもいい?」

「ああ、いいぞ。この俺に答えられるものならなんでも答えよう」

「…女装したってほんと?」

「…」

「ライダー? どうしたの? ちょっ、待っ、痛い痛い痛い頭ぐりぐりやめ…っ」

 

───“赤”のライダー組の主従関係も良好なようだ。その関係は主従というよりは、兄と妹、保護者と子供に近いようだったが、良好なことには変わりはない。マスターはサーヴァントを尊重し、サーヴァントはマスターを守る。余程関係性が悪いようならマスターから令呪とサーヴァントを奪うのだが───一先ず、この主従はいいだろう。

セイバー組からの注視は外さないが、どちらも黒に敵対している。連携はしないが目的は同じ、という言葉は真のようだ。

 

一羽の鳩が青空に飛び立っていく。

 

 

────

 

 

話し声が聞こえる、と瞳を開けた。

水の中に揺蕩うような感覚にこれは夢なのだと気づく。この夢はいつだって唐突だ。まるで継ぎ接ぎだらけの布のよう。見せたいところだけをぱっと見せて、その先を何度望んだってみせてくれない。

 

“水”の中は透き通って綺麗だ。

口を開ければ空気の泡が上に上っていくが、苦しくない。

 

海に、沈む、静かに、清らかに───

 

 

 

 

 

「先生!!」

 

そう叫んだのは少年である。

初々しいひとだ。少年ながらがっしりとした脚はしっかりと大地(ガイア)を踏みしめ、瞳はキラキラとまるで星のように、いつかどこかで見たような槍を携えた可愛らしい少年。

 

───彼の名はアキレウス。

ホメーロスの叙事詩「イーリアス」の主人公であり、プティーア王ペレウスと海の女神ティティスとの間に生まれた、紛れもない半神半人(デミゴット)

産まれながらにして英雄であり、逃れられない戦場への運命へと駆け抜けて行く男だ。

 

「先生!! どこだよ…」

 

そこは豊かな大地だった。

大地には柔らかい植物が生え、清らかな川には精霊(ニンフ)が遊び、森には動植物が息づいている。空と大地の恵みを受けて実った果実を、少年はもぎ取り口にした。

 

“アキレウス、アキレウス、×××××なら森の方よ。早く行ってあげたら?”

「おお、ありがとうな」

“いいのよ、貴方のためだもの。海の女神の息子さん”

 

彼に話しかけたのは近くに流れる川に住む川の精(ナイアデス)だ。彼女はくすくすと笑うと、水に溶け込んで消えていった。

 

────この時代は神秘の絶頂期。

当たり前のように自然の精達は日々を謳歌し、神々が権能を奮い、人々は時に争い、時に協力し合いながら過ごしている。

 

「…先生!!」

 

森の中へと入っていったアキレウスは、目当ての人物に向けて駆け出していく。

少し開けた湖のそば、その大きく細い足を曲げて座り込む一人の人馬が穏やかな笑みをたたえていた。

 

「どうしたんです、アキレウス。君には読み書きの勉学を課していたはずですが…」

「あんなのなんの役にたつんだよ…それよりも槍の稽古を付けてくれ、な!!」

「生きていく故で不必要なものなんてないのですよ、アキレウス」

 

ぶく、と頬袋を膨らませるアキレウスに、ケンタウロスの彼は困ったように眉を八の字に歪ませる。

年相応外を駆け回りたい時期なのだろうが、彼にとっては勉学は必要なことだ。彼はいずれ来たる戦争では将になるべき器なのだから。

 

彼は知っている、いずれ神々を二分するであろう戦が差し迫っていることを。その種がもう、撒かれていることも。

 

「アキレウス、」

「…」

「お願いですから」

 

大神ゼウスは増えすぎた人を調節するために、遂に大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意を固めた。

彼の父母、テテュスとペレウスのオリンポスでの婚儀の最中に投げ込まれた争いの女神の───

賢しいケンタウロスは目を閉じる。どうか彼が英雄らしく、輝けますよう。

×××××は、教えられることをまるで乾いたスポンジのように吸収する少年を見つめて優しく微笑んだ。

 

 

───ああ、水が冷たい…。




「私、ヘラは貴方に『世界の支配』を」

「私、アテナは貴方に『いかなる戦にも勝利を得る力』を」

「私…、アフロディーテは貴方に『世界一の美女を』」

パリスはどこかぼうっとした表情で、ひとつの審判をくだしました。

「私が選ぶのは───」




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Part.7:しぎしゃあら

相変わらず森には柔らかな光が差し込んでいる。私は目を擦りながら本を開いていた。文字が多いもので読んでいると眠くなるのだ。

 

「ヘクトールが…ううん……眠い…」

 

アキレウスはこの先の開けた場所で鍛錬中だ。彼とアーチャー、バーサーカーが乗り込んだ一昨日の戦闘で、この大戦は膠着状態に陥ったらしい。つまりはさらなるぶつかりあいに向けて双方準備を進めている。

 

戦うのは嫌いだなあ、とは思う。

生来魔術師としての英才教育を受けてきても、そこらへんはきっと。私は“人間”なのだろう。何かを犠牲にしてまで何かを成したいという思いもなにもない。自分の命をかけてまで危険なことをしたくない。

だけど、召喚できたのがライダーでよかった、とも思う。彼を召喚できただけで、私にとっては聖杯戦争に参加する理由になった。あんな、あんな風に私をしっかり見てくれる人なんていないから───彼の願いを叶えたいとも思えるのだ。

 

とてもいい人だ、と思う。

人の目をまっすぐ見つめて、自分が歩むべき道をしっかり歩いていく。彼の後ろを歩いていけば、どこまでだって行けそうだ。

私は彼の夢を見るけど、彼は私の夢を見ないのだろうか。と考えて、気づく。そういえば眠っているところは一度も見たことがない。私だけが彼の記憶を覗き見るのは非常に不公平だ。いずれ話したいとは思う…、そしていろいろ聞きたいとも、思う。

 

「言うべきかなあ。でも覚えていないって言ってしまったし…」

 

物心ついた頃から今までを生家で過ごしてきた。外に出ることもなく、ずっと。親戚の子供達が交わす恋の話、学校の先生が格好いいとか窓際の彼はとっても素敵だとか。

鳥居の向こうにはあんなに広い世界があるのに、私の足は外へは向かなかった。

 

「ああ、でも…喧嘩して、家出して、よかったなあ。とても楽しいや」

 

それだけは本当で、それだけで充分だった。このままどうなってもいいかもしれない、それぐらいの多幸感だ。

私は迫る眠気に身を委ね───

 

「おや、こんなところにいましたか。起きてますか、ヒマリさん?」

 

ぱちり、と目を開けて、そのままぱちぱちと瞬きをする。

「おはようございます」、と和やかな笑みを浮かべた白髪の青年が森に佇んでいた。

 

────

 

「戦況報告に、と思いまして」

「そンなもん使い魔の鳩一羽寄越せばいいだけじゃねえか。アンタが来る必要あったのか?」

「ええ、一度同じ赤側として話しておきたいと…だめですかね?」

 

木に凭れたまま、少女はまるで卓球の試合を見るように目を左右に移動させていた。

周りにアサシンがいないかどうか警戒するライダーに、朗らかな笑顔のまま弁明するシロウコトミネ。

 

「まあまあ、ライダー。やっぱ直に話しておかないとわからないことだってあるんでしょ」

「そうですね。では、これからのことについてお話しましょうか」

 

小さくライダーが舌打ちした音に苦笑いする。シロウはさして気分を害した様子はなく、いたって涼しい顔だ。

 

「我々はアサシンの宝具でこちらの城ごと、ミレニア城塞に攻め込みます」

「…………城ごと?」

「ええ」

 

すごくスケールの大きい話が初っ端からで始めたが、まあいい。古代の神秘のことを考えていたって現代の魔術師(仮)がわかるわけがないのだから。とりあえず“赤”のアサシンが城一つ浮かばせられるほどすごいサーヴァントってことはわかる。

 

「その際に貴方も、そして貴方のサーヴァントであるライダーにもその戦闘には参加していただきたいのです。“赤”のサーヴァントとして」

「それはいい───いいんだよね?」

 

不承不承、ライダーが頷いたのを見て少女も頷いた。一大決戦に臨むと言うなら、ライダーのマスターとして異存はない。彼は彼らしく戦ってほしい。

シロウは本当に───心底ほっとしたような表情で微笑んだ。その様子にヒマリは印象が変わったと目を丸くしたし、ライダーは眉根を寄せる。

 

「ありがとうございます。セイバーとセイバーのマスターにも同じような内容をお送りしました。彼らの行動を考えれば、戦場に参じていただけるでしょう」

「確かしぎしゃあら? に行くって言っていたような…」

「マスター、シギショアラだ」

 

ライダーから指摘されて、あ、と恥ずかしそうに俯くヒマリ。

雰囲気英語とルーマニア語を操る彼女にとって、聖杯の知識で言語は問題ないライダーと、同郷である(らしい)シロウや獅子劫は比較的話しやすい相手だ。

何かを買うのに言語の違いのせいで悪戦苦闘している姿は毎朝見ている。マスターが和やかに笑っている様子はライダーとしては好ましいが、相手が問題だ。

“こいつにはなにかがある”、とライダーの勘が囁いている。油断ならない相手だ。

 

「シギショアラ…と言えば、今連続殺人事件が報じられていますね…そのやり口から“ジャック・ザ・リッパー”と呼ばれているとか」

「もしかして…サーヴァント?」

「その可能性も無きにしも非ずです。“黒”のアサシンはまだ姿を現していませんから」

 

アサシン。七騎の中で最もマスター殺しに適したクラス。敵陣のアサシンが動き始めたのなら警戒するべきだろう。

だが些か、その行動に稚拙さは感じられるが───

 

「行ってみる? シギショアラ」

 

マスターの問いかけに、ライダーは頷いた。シロウがいる時にはあまり喋りたくないらしい。じゃあ後で獅子劫さんに電話するー、と間延びした声にライダーはため息をついた。

すこし、このマスターは楽観がすぎる。

 

「───ああ、そうです。大事なことを言い忘れていました」

「うん?」

「ミレニア城塞の戦闘が終わり次第、アサシンの城塞に来てください。───お話したいことがありますから」

 

そう微笑んでシロウは何処へと去っていく。あの教会だろうか? 「はぁい」と返事をするヒマリとは真逆に、ライダーは嫌な予感に苛まれていた。




「獅子劫さーん!」
「なんだいきなり電話してきt」
「いまからそっち行きますからー! よろしくお願いしまぁす!!」ガチャ

「どうしたマスター、変な顔して」
「いや、なんでもない。忘れよう」


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Part.8:パンドラの箱

「変なの」

「どうした?」

「獅子劫さん電話出ないの」

 

2つ折りの機械を見ながらマスターはぷく、と頬を膨らませている。シギショアラの街は濃い朝靄に包まれていて、外から見ればまるで白い塔だ。

二人は街に入ろうとして───

 

「マスター、待て」

「霧…?」

「いや、宝具だ。できるだけ吸い込むんじゃない」

 

どうやら、もう始まっているようだった。

ヒマリは携帯に目を移すと、心配そうに眉根を寄せる。白い闇と形容していいこの霧はまるで二人を誘うように蠢いている。ヒマリは鞄の中から耐魔のハンカチを取り出すと鼻と口に当てて防御した。

 

「行くか」

「うん…」

 

霧の中は音も光も通さない。世界遺産に登録されている中世の街並みは何も見えない。少しその静けさが怖くって、自然と歩みが早くなる。それを襟首を引っ掴んで元のスピードに戻したアキレウス。

 

「前にも言った気がするけど、私犬じゃないんだからねー?」

「はいはい…」

 

服が伸びちゃうでしょ、と不満そうな顔でくぐもった声を出すヒマリをアキレウスはあしらうように頭を撫でた。

 

「なんで子供扱いするのかなー、私成人済みなんだけどなー」

「今でも信じられないな…本当か?」

「…本当だよ? うへへ」

 

取り繕うような笑顔は楽しげだ。今にも鼻歌を歌い出しそうなご機嫌な様子に、やはり似ているな…とアキレウスは思う。

聖杯というのは、運命というのは悪戯なものだ。性格も生い立ちも、笑顔でさえ記憶にある少女と重なってしまう。

 

「?」

「いや───まあ、周りに敵も察知できないしいいか」

 

たとえ敵が気配を消すことに特化したアサシンだろうとも、己がマスターを守りきれる絶対的自信(速さ)がアキレウスにはある。それはまさに傲慢とも呼べるものだったが、アキレウスは語り始めた。

 

「アンタ、最初“父親に生贄にされた”と言っていただろう? トロイアの戦に出向く前…同じような人に出会ったことがある」

 

最初は喜びに満ちた顔を見た。次には不安げな表情を。そして最期は───

 

「アガメムノーンという王がいた。巷じゃあ“王の中の王”と謳われはしたが、傲慢で阿呆で馬鹿で……つまりは糞野郎だった」

「…」

 

白灰の街を歩きながら、少女は青年の話に聞き入っている。

 

戦の前に狩りをしていたアガメムノーンはその際にこんなことを口走ってしまう。

曰く、「私の狩りの腕前には、狩りの女神たるアルテミスもかなわないであろう」。

戦の前にあの月の女神を怒らせるなんて、まったく愚かだ。それをアキレウスが言うのはいささか皮肉がすぎるようだが、それはそれ。

ともかくトロイア戦争にて割れたオリンポス十二神で、トロイア方を贔屓していたアルテミスは容易にはアガメムノーンを許さなかった。神話の中でもあの月と太陽の姉弟は───疫病を流行らせたり面倒くさい祝福(のろい)を授けたり───タチが悪いのだ。

アルテミスは逆風を起こし兵団が出発できないようにしてしまった。

 

「困ったアイツは信託に問うた。どうすれば許してくれるってな。するとなんて告げられたと思う?」

「娘を、生贄に?」

「ご名答」

 

信託に従うと決めたアガメムノーンは妻と娘が待つ城へ縁談の知らせを届ける。娘は大いに喜び、美しい晴れ着を持って船に乗り込んだ。それが虚偽のものであるとも知らずに───

 

「俺はな、その虚偽の相手だったんだ。彼女は俺が縁談の相手だと思い込んでいた」

「ほえ…」

「まあオデュッセウスの野郎が画策したことだろうが、胸糞悪い話だ。いざ縁談をしようと長旅をしたら、実の父に戦争のためにその身を犠牲にしろと言われる。これ以上の悪夢があるか?」

 

いいえ、と首を振った。

目の前の男性はどこか遠くを見るように、遠い昔にあったはずのいつかを見ているように、ぼんやりとしている。

 

「嘘だったとは言え、縁をつないだもの。妹のようだった…歳も近かったからな。アルテミスに助命を乞うたが…」

 

アキレウスは悼むように目を瞑った。

凪いだ海に飛び込んで見えなくなったあの少女のことは、生前も、そして今も後悔していることのひとつだ。

 

「よく似ている、笑い方が」

「…」

 

いつの間にか前を歩くアキレウスに、どう声をかけようか迷った。

人生経験も乏しいヒマリが言えることなんてなにもないのだ。彼は彼で折り合いをつけて、あの頃の未熟さへの後悔や怒りも全部背負ってここにいる。

それでも───

 

「イーピゲネイアは、生きていたって説があるよ。彼女の気高い振る舞いに同情したアルテミスは最後の瞬間救いあげて神官に添えたって」

「そう、みたいだな…聖杯の知識にある…」

「アルテミスにさ、聞いてみたら? そのときのこと」

「マスター、聖杯戦争では神は喚べない…」

 

ぐっと目を逸らさずに、「会えるよ」と断言した。ここではないどこかで、もしかしたらそんな奇跡もあるのかとしれない。そんなことがもしあったのなら───聞いてあげてほしい。

アキレウスは少し、泣きそうな笑顔で笑って、「女神の慈悲を願おう」と祈った。

 

 

「だいぶ歩いたけれど、人っ子一人いないね。静かだし…」

「セイバーのマスターが人払いやってんのかもな。黒と赤が戦ってるにしちゃあ、たしかに静かすぎる」

 

白い霧のせいで方向感覚が失われていた。前も後ろも右も左も同じような光景で、自分がどっちから来てどの方向に行くのかすらわからなくなっている。

少し徒労感を感じて息を吐き出した、ハンカチで押さえているせいで呼吸がしづらい。

 

先程の会話で、アキレウスの仲良くなれたと浮かれていたからかもしれない。

白い闇が蠢いている。ポケットの扇が、するりと抜けて落ちてしまった。

 

先に進むライダーに焦って拾い、前を見るも───

 

「ライダー?」

 

そこにいたはずのライダーがいない。

おかしい、数秒前まで足音は聞こえていたし、姿だって捉えていたのに。さらに焦って大きめの声でライダーを呼ぶも、返事は返ってこなかった。

念話───だめだ、妨害されているのか通じない。

 

令呪は───さすがにサーヴァントととはぐれたぐらいで使うのははばかられる。

 

大丈夫、大丈夫。

今まで何度もライダーとは離れてきたじゃないか。今回だってそんな感じだろう、平気。

そう自分に言い聞かせて、ふと周りを見渡すと方向感覚を無くしてしまって、どこへ行けばいいのかわからなかった。

 

「これせっかく地図頭にいれてきても無駄だったんじゃ…?」

 

敵地に独りきり、という感覚が背を撫でた。なんだかとても怖くて手が震える。

 

白い霧が風に吹かれたように揺らめて、かすかに家屋の姿を浮かび上がらせる。やっと間近で見れた中世の家屋に興味を惹かれ、ドアの方向に近づいていった。

なんとなく、ドアノブに手をかけ開けようと───かちゃり、開いた。

ドアノブはいとも容易く侵入者を許し、そのまま緩やかなスピードでドアは開く。

 

「おじゃま、しまーす」

 

こんな時に家に鍵をかけないのを異常と考えないのは何のせいか、ヒマリにはわからない。脳を支配しているのは好奇心で、玄関を進み、リビングへのドアを開けようと…

 

すん、とどこか鉄臭い臭いが鼻についた。

 

ダメだ。ここはダメだ、と脳が警鐘を鳴らす。

開けちゃえ、開けちゃおうよ、と誰かが耳元で笑っている。

 

震える手を押さえ込んで、ドアに手をかける。カチカチと歯がなっている。腰は引けている。だめだ、だめだ、開けてはいけない。頭ではそうとわかっているのに、手はドアノブから離れなくて、涙が出そうだった。

少女の震える手でもドアノブは容易く折れ、ぎいぃーーっと古びたドアが開く。

 

“そこにあったのは”女性の───心臓が抉られた───床を染める流れ出た血と、光を失った黒い瞳と、死の際の壮絶な表情と───お腹の、下腹部の、あれは───

 

脳が処理しようとしたことがらを一旦白紙にした。だめだ、記憶に残してはだめだ、疵になってしまう。

吐きそうになって、床に手をつくと左手にぴちゃり。赤い血がついてゾッとする。

 

逃げなければ、逃げなければ。

急いで、早く、今すぐに。

 

───だってあの血の温度は、まるで今死んだばかりのように生暖かくて…

 

立ち上がって走り出そうとした瞬間、ヒマリは“誰かに足を引っ掛けられて”転んでしまう。

真横から、くすくすくす、と。幼い少女の嗤う声がした。

 




そういえばシェイクスピアこれ劇にしてたなあ
⚠諸説あります


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Part.9:とっても美味しそう

「こんにちは、魔術師さん。貴方は赤の側かな? それとも、黒の側かな?」

 

幼い、声だった。

銀色の髪にアイスブルーの瞳。12、13歳ほどだろうか──私とそれほど変わらない背の、可愛らしい少女。

立とうとして───無理だ。腰が抜けてしまっている。ガクガクと脚が震えて情けなかった。

左手は血でべっとり濡れている、その感覚にどうも慣れない。

 

「“黒”のアサシン…?」

「そうだよ?」

 

片手でナイフをクルクル回しながら可憐な声で肯定する“黒”のアサシン。様々な武器、というか医療用のメス等だろうか? が吊るされたベルト。武装しているものを見る限り、近代の英雄のようだ。

だがおかしい。この英霊は若すぎる。サーヴァントとして召喚される姿はその英霊の全盛期の姿だ。もちろん若くして英霊になるケースはあったが、この子はまだ小さすぎる。そもそも近代で彼女のように幼くして偉業を成し遂げた者なんて聞いたことがない。

───ライダーを知らないほどの頭の弱さなら覚えていないのではないか、というツッコミはいまはきかないことにする。

 

彼女の片腕を見る。

 

「…腕、痛くないの?」

「うん、痛いよ。とっても痛い」

 

たぶん、セイバーが先に戦っていた…らしい。彼女の片腕はちぎれていると言ってもいいほどの負傷だった。骨の断面が見え、筋繊維はズタズタ。

彼女の見た目が小さいせいか、取り乱した思考が落ち着いてくる。ライダーを令呪で喚びたい、のだけれど、この至近距離で下手に刺激して心臓を抉り出されるのは嫌だった。

 

「とっても痛いし、おなかが空いてたから、“わたしたち”はここでごはんをたべていたの。ほら、あの人。でも、まだおなかすいてるんだ」

 

“黒”のアサシンが指し示した先は見ないようにつとめた。魔力供給はマスターからで十分のはずなのだが、彼女が街中の魔術師を食い殺してまで魂食いを続けるのはなぜだろう。そこまで大食いなサーヴァントには見えないのだが…

 

「くんくん…魔術師さん、いい匂いするね…」

「そ、そうかな…」

「うん! とっても美味しそう…」

 

今すぐライダーを喚びたくなった。

魔力を求めて殺しを続けるのなら、生まれついての魔力が多い私は格好の餌だろう。

“黒”のアサシンのナイフが喉元を過ぎ、心臓の上を撫でる。冷たい刃の気配に体が勝手に震え出した。

 

「ふふ、こわい?」

「そうね…怖いよ。とても」

「じぶんのサーヴァントはよばないの?」

「私が口を開く前に、貴方は私を殺しちゃうでしょう?」

 

あはは、せーかい。と拙く甘い声。

ナイフが心臓から離れたことで、ひとまずほっと息をついた。

 

「貴方は私を殺さないの?」

「おねえさんは、“赤”の人でしょう? サーヴァントもすごく強そう。なら、“黒”の人達と潰しあっててくれれば後始末が楽かなって」

「なるほど…」

 

まったくなるほどではない。話が理解できない、したくもないが。

黒の側のマスター7人の顔は割れている。そして赤である私と獅子劫さんやシロウさん、他のマスター達も───と思って、ふと気づく。赤の側の4人のマスター達は何をしているのだろう。この聖杯戦争が始まってから一度もあっていないどころか話も聞かない。シロウさんから通達される事柄はどこか淡々としていて集団で決めたという色味がない。バーサーカーのマスターは己のサーヴァントが奪われたというのに何も行動しなかったのだろうか。

なにかがおかしい、気がする。頭の中に広がった違和感を、今考えることではないと振り払った。

 

動けるようになった足を抱き込むように体操座りをした。彼女の視線が外れたのを確認して、ポケットの中を探る。

 

「貴方はどうして聖杯戦争に?」

「……“おかあさん”のなかに還りたいから」

「なか?」

 

手の中に収まった硬いものを確認して、そのまま手を太ももの下に。完全に助かる、と思えた時までこれの発動は抑えておこう。それまではとりとめのない会話を続けておくことにする。

 

なか、中、仲……「母」ということばからこの場合は胎内だろうか?

 

「“わたしたち”は、おかあさんのなかにかえりたいだけなのに」

「…」

 

一度だけ、ちらりと真横の死体を見た。顔はなるべく見ないように、そのやり口を。

心臓は食事のため、ぽっかりと空いた穴はまるで虚のよう。そしてその下に目を向ける。下腹部に切り裂かれたような後は───

 

私とて、そこまで無知じゃないのだ。120年ほど前のイギリス、ロンドンの出来事は知っている。イーストエンドの5人の娼婦を次々と切り刻んだ“連続殺人鬼”───

 

“黒”のアサシンが椅子に座って足をぶらぶらさせているのを見やり、私はそっと手のひらを開いた。

 

 

「マスター?」

 

かすかに薄れた霧の中は、未だ数メートル先すら見えない。アキレウスは後ろに続いていた足音が聞こえないことを不思議に思い振り返った。

数秒前まで彼女がいたであろう場所にはネズミの子一匹いやしない。そこにいたはずの人間がいきなり消えるなんてありえない───アキレウスは愛用の槍を携えた。

 

パスは途絶えていない。つまり殺されてはいないということだ。だが念話は繋がらない。

不測の事態に歯噛みする───いや、違う。予測はできていたはずだ、自分がそれを顧みなかっただけ。生前もそうだ。大事な友の言葉を蔑ろにして、全てが終わってしまったあとに後悔する。

 

「…くそッ」

 

遠くでは剣戟の音が聞こえる。“赤”のセイバーと…誰だろうか。誰かが戦っていることには違いない、ここは危険だ。

一瞬思案して、目を開いた。自分にはそれしかない───脚に溜めた魔力を解放、走り出そうとして、

 

ピィイイイイイイ!!!

 

甲高い、警笛の音は高らかにシギショアラの街に響き渡る。続いて家屋が崩れる破砕音と──そこまでを確認してアキレウスは駆け出した。“俊足のアキレウス”と謂れしその速度を遺憾無く発揮して。

 

────

 

ゲホッ、とホコリを吸い込んてしまったので盛大に咳をついた。倒壊した家屋の下敷きになり唯一自由に動かせる腕をじたばたさせる。

 

音楽魔法(物理)の最大の欠点は、使用する楽器により威力や範囲、そして自分の意思でどの程度操れるかが決まってしまうこと。

たとえば以前相性がいいと言ったバイオリンだが、操るイメージは鞭である。練習は必要だが、しなやかにきっちりと当たってほしいところに当たってくれる。それに比べて警笛、テメーはダメだ。手のひらに乗るサイズは持ちやすくて好きだが、イメージとしてはあと三秒で爆発する爆弾を投げ込むようなもの。どこに当たるかわからない上に威力の調節がしにくいのだ。

つまり、世界遺産の一部を倒壊させた原因は、音楽魔術(物理)が暴走し振動を天井に当て爆発。そのまま家屋が倒壊、私は動けない! ……魔術協会さんはこのことどうするんだろう。ぜひそっちで解決してほしいものである。

幸い“黒”のアサシンは撤退したようで、ほっと息をつく───ごほごほ、またホコリが口に入った。

 

「令呪をもって命ずる…“ライダー、助けて”…」

 

「…マスター!!」

 

自分で脱出することは諦めて、大戦はじめての令呪を使った。すぐさま現れて助け出してくれるアキレウス。なにかの花の形を模したような令呪が一画、消え失せたのを見て少し悲しくなる。

 

「怪我は?」

「大丈夫…転んだ時に擦りむいた膝が痛いけど平気。自分で治せる」

「この血は? …アンタのじゃない、よな」

「うん、この家の───たぶん一般の人の。アサシンが魂食いをしたみたい。魔術師じゃないから大した回復にはなってないだろうけど、でも…」

「ああ、許せねえ。これは英雄として、だ」

 

彼は心配そうに私の服についた埃を払うと、まるで猫にするようなそれで私を抱き上げた。さらなる子供扱いに真顔になる私だったが、まあ上から見るアキレウスがあまりに心配げだったので笑ってしまう。

 

「死んだかと」

「貴方も消えちゃうよ?」

 

柄にもなく焦った様子にまた笑みが溢れた。

駄々をこねる子供のように手足を揺らせば、アキレウスは大地におろしてくれる。

随分、今日は疲れた。あの森に行きたい、あの静かな森に。大して魔力も使ってないというのに、霊脈に行きたくなるのだ。

 

「とりあえず、獅子劫さんとセイバーに合流しよう。電話かけよう〜」

「応とも」

 

───はじめてこの大戦で命の危険に瀕した。ある意味で私の初戦がアサシンでよかったのかもしれない。おそらく彼女はこの大戦で一際タチの悪いタイプだろうから、それの能力を知れただけでも儲けものだろう。

 

「これまで以上に気を引き締めなければ、ね」

 

味方にも、敵にも。

この世界で生き抜いていくにはそれ相応の努力が必要らしい。

次の“大戦”も大変そうだ、と首を竦める。

 

「さて、少し仮眠をとったら約束の所へ行きましょう。先陣を切るのは貴方なんでしょう?」

「ああ、必ずや勝利を───乗るか、戦車」

「…………途中でどこかに降ろしてくれるなら」

「大丈夫だ、必ず守る」

 

本当かなあ。

いい顔でサムズアップするアキレウスに、酔い止めを買おうと決意する私なのだった。




CMのケモ耳ランサーさんギリシアの匂いがしますね…
ライダーさんは浦島太郎との噂がありますが本当なのでしょうか…だとしたら嬉しい、桃太郎をください

最推しエリちゃんが出てくると聞いたのでEXTRAシリーズに手を出そうと思っていたら見ていたのはEXTELLAでした。EXTELLA LINK楽しみです、やりたい…





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Part.10:もう二度と乗らない

「おやめ下さい兄者!! 実の娘を贄に捧げるとは正気の沙汰か!!」

 

引き摺られて足が痛かった。

頭上で交わされるやりとりは私のことを顧みてくれない。着物は着崩れ、髪はぼさぼさ、大人の歩みには小さな足はついていけなくて血が滲んでいる。

 

ここは京都のとある神社だ。

“わたし”が生まれた家で、これから数十年閉じ込められる檻。古を尊び、いるのかも定かではない神を祭り、そして日の本に古来から通じる法を研鑽している者の大家。

 

「できやしない? そんなものやってみなければわからないだろう。私の娘は私を超える魔力量の持ち主だぞ、やってみる価値はある」

「狂うている、貴方は狂うている…!!」

 

この人は何をやろうとしているのだろう。ギラついた瞳が恐ろしくて恐ろしくて身が竦む。いつもの父は優しくて、なかなか跡継ぎが産まれなかったから私には優しかったのに。いつもの父の面影がまったくなくて、ただ私はされるがままにされるしかなかった。

 

「平安の世に首を落としたのには理由があります、封じられたのには理由があります、何故それをおわかりになってくれないのですか…!!」

「…」

 

部屋の中で一人、鞠で遊んでいた私を無理矢理引きずり出して向かった先は祠だ。絶対に入ってはいけないし、近づいてもいけないよ、と父自身が言っていた場所。

滲み出るような禍々しい気配に、自覚せずとも涙が溢れた。それはだめなものだ、と本能が警鐘を鳴らす。

 

はじめて嫌だ、と抵抗した。父の足を蹴って力の限り暴れ回る。それでも父は離してくれなくて、こちらを見下ろす目はどこまでも冷酷だ。

“魅せられている”、と感じた。もうこのひとには誰の声も、叔父の、母の、そして私の声でさえ聞こえないのだ。私にはわからない、なにかの声に従って動いているような…。

たしかに狂っている───でも自分の欲望のままに行動するさまはどこまでも人間だった。

 

「ああ、陽鞠。どうか私の願いを叶えてくれるだろう」

「い…」

「だって私がいなければお前は生まれなかったのだから、お前の命は私のものだ。ならばどう使っても私の勝手だろう?」

 

おおよそ常軌を逸した発言に、私の顔は引き攣り叔父が怒った。狂っている、狂っている。母がそう嘆いて崩れ落ちた。

昨夜までの貴方はどこへ行ってしまったの、胸が死にそうなくらい締め付けられる。父の足は制止を振り切り祠の中央へと進み、私の体は祭壇へと乗せられる。何が始まるのだろうと怯え身を竦ませる私に、父は人間味がない笑顔で笑いかけた。

 

大きく“封”と書かれた札がついた壺だった。小さいものだ、私でも抱えられるくらいの。父は札を躊躇なく剥ぎ取って、壺を私の口に押し付けてくる。ちゃぷん、となにか液体状のものが入っている壺を私はいやいやと拒絶した。暗闇で黒く見える液体───かすかに腐臭がしてえずきそう。

抵抗するものの大人の力には抗えず、口を強引にこじ開けられて液体を流し込まれた。何がなんでも飲み込みたくない故に溢れてこぼれた液体は服にかかり、その色は赤黒い。

 

口から溢れて、溢れて、溢れて。襟元と髪を濡らしていく赤が気持ち悪い。壺の中身全てを流しきると、父は私の口を塞いできた。息が苦しい、辛い、助けて───誰でもない誰かに祈っても救いは現れない、じたばたと抵抗しても無駄だ。とうとう私はその液体を呑み込んでしまう。

その刹那

 

───地獄を、見ました。

 

食べられてしまうのだ、と思った。目の前の朧気だった、すぐにも掻き消えそうだった“存在”がぐっと鎌首をもたげたのを感じ取った。

たべる? どうして? わたしはひとなのに、ひとであるはずなのに。まるで、そうだ、たいしてはらもすいていないにくしょくのけものが、たわむれでかったえものをすこしだけたべて、まだぜつめいしていないそれをいたぶるような。

残酷で、脅威で、でも苦しくなるほど純粋な。

 

内側から食べられてしまう。肺も、腎臓も、胃も、脳も、心臓も、血も。肉片残らず、したたる血の一滴まで。その目が私の瞳を捉えて、頬に手を当てて、うっそりと笑う。死の瞬間を受け入れた私の体は全てがスローモーションに見えてゆっくりだ。たいして生きてもいないのに走馬灯のようなものが駆け巡り、目の裏に浮かび上がる。

 

心臓が、痛い。今さら涙が出てきた。たすけて、たすけて、お願いだから、誰でもいいから助けてください。母上、叔父様、お世話係のおねえさん。

このままだと“死”ぬより苦しいことが起こる。

 

───身体が、作り替えられている。

あつい、あつい、あつい。ただひたすらに、あつい。ゆっくりと、わたしがわたしじゃなくなっていく。

ここで“わたし”は死んじゃうのだろう。ただ夢見るのは、願うならば、外の世界を───

 

 

「平気か?」

「…う?」

 

こつん、と小突かれた衝撃に、ぱちぱちとまばたきをする。アキレウスのきょとん、とした表情を目に収め周りを見れば、自分は三頭立ての戦車に座り込んでいたのがわかる。

そういえば───前々からの約束通り、戦車に乗って空を駆けたのだ。ベルトもなにもない、最速の英雄アキレウスの戦車に。“赤”のアサシンの宝具である浮遊する城を(見た時にはすごすぎてびっくりした)2回ほど大きく回り、そのままの速度で森へと着陸した。

 

はっきり言おう、もう二度と乗らない。

 

気絶したところを考えるに酔い止め以前の問題だったらしい。死ぬわ…。

 

「マスター、始まるぞ」

「うん…?」

 

戦場に選ばれた広大な平地。浮遊する城、“赤”の側から、一条の輝く矢が空に向けられて放たれた。矢は雲に紛れ、夜空は淡い光に満ちる。それは確かな災厄となって、敵方に降り注ぐ。

 

「すっご…」

「姐さんの宝具だろうな」

 

幾千もの光の矢はホムンクルスに、ゴーレムに突き刺さり倒れていく。さすがに“黒”のサーヴァント達はかわしたようだが、戦列は大いに乱れたようだ。

 

「さて、行ってくるとしようか」

「うん、ご武運を。ライダー」

「しっかりと俺の勇姿を見ていてくれよ、マスター」

「…遠見の魔術は苦手だなあ」

 

最後に私の頭をぐしゃりと撫でて、アキレウスは戦車に飛び乗って迸りだし───あっという間に見えなくなった。

まさに、ほとばしる、とは彼のためにあるような言葉だ。

 

「うーん…私がどうするべきかなんて、シロウさんにも言われてないし、とりあえず邪魔しない程度に見に行きますか」

 

バイオリンケースを手に持ち、私は歩き始める。夜空が綺麗だ。爆発音はものすごくするが。

 

彼が彼の望む相手と仕合えますように、私ができるのは祈ることのみである───




まだ原作の2巻の半分だなんて信じられない。
アニメだと半分なのに。

そういえば騎空士はじめました。スカーサハちゃん、可愛いです。どのゲームでも好きになるのは人外幼女。

ひとつぽろっと漏らしますと1年ほど続けているとあるソシャゲがありまして(FGOは半年ちょっとぐらい)、星五のキャラクターにはジャンヌ・ダルクがいます。ゲームのCMであまりにも可愛くて始めたのですが、現在5人ぐらい増えてても来てくれません…どのゲームにもジャンヌという存在には縁がないほど、自分がジャンヌを引いた記憶がないのです。
それを嘆きつつとてもおいしい蕎麦屋で贋作イベ10連を引いたところ、邪ンヌが来てくれました…私は嬉しい。
きっと彼女は「どうです、がっかりしましたか? 貴方が望んだお優しいジャンヌ・ダルクではありません、ただの贋作品です。残念でしたね」とツンケンしたことでしょう(大好きオルタという団扇を持って)
うちのサーヴァントとは召喚の際に一悶着ありましたがいい思い出。FGO楽しいです


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Part.11:Let's bird watching★

頬を撫でる風に思わず空を見上げた。零れ落ちそうなほど大きく輝く星に溜息を吐く。故郷では空より街が明るくて星など見えないのだ。

 

「さーてライダーはどこかな…」

 

サーヴァント、ホムンクルス、ゴーレム、竜骨兵を交える激しい戦闘が行われている平野を大きく迂回し、私はライダーが“黒”のアーチャーとともに向かったのであろう森に足を向けていた。

“黒”の側のマスター達も、ホムンクルスやゴーレムもこちらにいる様子はない。ホムンクルス達はサーヴァント同士の戦闘に巻き込まれることを避けているのであろうか? 私もホムンクルスVS竜骨兵の争いに鉢合わせるのは嫌だから、彼らからはできるだけ遠ざかりつつライダーの様子を見に来たのだが……森の中はサーヴァント同士の戦いが起こっているのが信じられないくらい静かだ。

 

遠見の魔術はできないので…(ごめんなさいライダー)、とりあえず使い方がよく分からない双眼鏡片手に森の中を歩き回る。

見た目だけならバードウオッチングに来た人である。…とは言え何も見えないのだが。

使い方が悪いのかしら? とガチャガチャ弄ってみてもなにも変わらない。むう、と眉根を寄せて首を捻るとガラス? の部分にバキリとヒビが入ってしまった。買ったばかりなのにショック、なぜ壊れたのか解せない…というか決戦にものが壊れるとか不運だ。

 

月明かりのおかげで視界は良好だ。いい月だ、花が欲しい。あとお酒も……、と考えてぶんぶんと首を振る。

だいぶ前にも話した気もするが、酒は好きなのだが弱いのである。これが終わったらライダーとお酒飲みに行ってもいいかもしれない。あ…絶対強いだろうな、というかその前に服買ってあげないと。

 

そんなことを思いながらぶらぶら歩いていれば前方から多数の足音。思わずビクリと歩を止める。音を扱う魔術を取り使う分、耳は良いのだ。

おそらく、というか絶対にホムンクルスだろう。人避けの魔術が行使されているこの戦場に来る人間はいない。

なぜバレたのだろう、と考えて、そりゃあぽんこつ頭の弱い魔術師(仮)の私と違ってあっちは遠見の魔術使えますよね。と至った。とりあえず悲しい。

あっちから視えてしまっているなら、逃げる必要もないだろう。どこでもないどこかを睨みつけながら、ケースからバイオリンを取り出す。

いくら夜であるとも50メートル先の人影くらいは確認出来る。計五人ほどのホムンクルス、相変わらず自我が薄そうな表情、そっくりの目鼻立ち。

迷わず私の心臓にハルバードを向ける眼差しにべーっと舌を出した。

 

「“反響せよ”」

 

そう唱えて、弦を弾く。不可視の力は狙い通りに物体を射抜き、鉄のハルバードを砕いていく。多少練習してまだマシな音色になったと思うが、まだダメダメらしい。ホムンクルスの顔が強ばっている、ごめんね。

 

「でも、まあ。前みたいに手加減はしないので」

 

砕かれたハルバードの代わりに腰にぶら下げていた剣を手にし出すホムンクルスに、眼差しを強くする。

 

鋭い刃で突きを放ってくる剣を間一髪で避けた。近接戦は得意ではないのだ、髪の数本切れてはらはら落ちていく様に冷や汗をかく。

 

連携していないようで連携しているような(作者が同じだから思考能力が似るのだろうか)攻撃を避けたりケースで防いだりして後退する。

数回の攻防で息が上がってしまった、一度に5人相手するのはいくらホムンクルスと言えども油断ができない。

私は、なんというか────人を殺す覚悟が足りないのだ。

 

「…は、ッ。“反響せよ”!!」

 

もう一度。鞭をしならせるように弦を弾き、狙いを澄ませてそれを放った。ギギギギ…、と美しさなどなにも考慮していない私でも耳障りだと認める酷い音があたりに響く。低い、低い音は空気を揺らし、鉄を揺らし、その揺れで砕かれる音が三つ───二つ足りない。

 

慌てて後ろを見ると剣を振り上げるホムンクルスが二人───“反響”…いや、間に合わない。避けようにも体が動かない。

 

動け、と頬肉を噛んだ。

 

胸元の警笛が握り締めて口元へ。噛むようにはむとそのまま息を送り込んだ。

ピーーーー!!! っと空気を切り裂くような高い音の後、がなりたてるような重苦しい音があたりに轟く。音の衝撃で周りの木が折れたのだ───それほどの衝撃を食らったホムンクルスたちがどうなったのかは、言わないでおこう。

 

「いて、てて…」

 

それはもちろん、その中心にいた私も例外ではなく。

 

「折れたかなあ…? いた…う、…」

 

これだから警笛は嫌なのだ。威力の調節も狙いもきかない。あの高い音で周りの敵に気づかれた可能性がある。あちらのマスターが視ているだろうが…早く移動するに越したことはないだろう。

腰だか背骨だか、知識のない私にはよくわからないが痛い。折れたのではなく、ちょっと痛んだだけなのを期待する。

 

「ライダー、大丈夫かなあ…あいってて…」

 

バイオリンをケースにしまって、立ち上がる。骨が痛んでよろめいたが、踏ん張って立った。ぴちゃり、と血の海を踏みながら、私は歩いていく。

 

 

嘘だ。

 

ありえない。

 

誰か嘘だと言ってくれ。

 

目の前の人は見覚えがある。

幼い頃父に預けられた、ギリシアの英雄達の教師。自分の父のような、兄弟のような、親友のようだった───

 

「あ、なた────は…」

「そう、それが君の欠点です」

 

“彼”は穏やかな表情で微笑むと、そのままアキレウスの鳩尾を蹴り飛ばした。痛烈な衝撃にアキレウスの体は宙を舞い、“彼”は矢を番える。狙われているのが自分の急所である、と感じ取ったアキレウスは強引に体を捻って避けるとそのまま着地した。急所の代わりに被弾した脇腹は痛かったが気にならない。

───それほど目の前の人は衝撃的だった。

 

その人はそれ以上アキレウスを攻めることはせず、落ち着くのを待っているように見える。

 

「どうして、貴方が」

「愚問ですよ。此度の聖杯大戦において、私は“黒”のアーチャーとして顕現した。そして君は“赤”のライダーとして顕現した。互いに懸ける望みがあり、未練があった。だからここにいるのでしょう、私も。君も」

 

そうだ、いつだって神は悪質なのだ。父母の結婚式に投げ込まれた不和の林檎。自分の運命を定めた母の神託。少女を海へと誘った月の女神の怒り。親友の死と───太陽の神の加護を受けた王子の弓…すなわち自分の死。そして今。

怒りで舌打ちをしそうになった。

 

アキレウスは俯き、“黒”のアーチャーはため息を吐いた。いつか聞いたようなその声音に懐かしさがこみあげるとともに、絶望する。

 

構えなさい、戦いなさい、と言外に告げる彼の───ケイローンの聡明な目に、アキレウスはたじろいだ。その様子を見、ケイローンはゆるゆると首を振る。

 

「全く甘い。生前からそこだけは治りませんでしたか。貴方は自身が敵だと認めた者にはとことん苛烈だが、一旦味方ないし“良い奴”と認めた者にはただただ甘い。それは英雄として愛すべき性質かもしれない。ですが、これは聖杯大戦──情などかけている余裕はありません。仮令、英雄と言われる君であってもですよ?」

 

───わかりましたか、アキレウス。

 

聞いて懐かしい、そんな口調に目頭が熱くなった。ぐっと、奥歯を噛み、その言葉に頷いた。

 

守るべきものがある。

祈られた願いもある。

 

負けるわけには、いかないのだ。




赤のセイバー、来ませんでした(吐血)
JK巫女狐ちゃん、オルタさん、デオンくんちゃんいらっしゃい…!!! なけなしの40連で来てくれた子達なので大切にします…うん…! セイバー…またね…!

アポクリファコラボ…? CMにバーサーカーアタランテとアヴィケブロン先生…? コラボでギリシア指定実装…?(仮) ゴールデンウィークに? (財布が)死ぬ…?


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Part.12:友であり親であり師であり、そして

「痛いの、いたいの、とんでけー…」

 

ぽう、と癒しの光が灯る。

打撲傷とか骨とかの痛みが消え去り、私はほっと息をつく。ドッと体から魔力が吸い取られていくのはライダーだろうか? どうやら元気に戦っているらしい。少しの倦怠感はあるがまだ平気、二三時間は大丈夫だ。

予想した以上の食われっぷりだ。これだけの魔力を食われて戦っているマスターすごい、獅子劫さんとか。

自分が使う魔力と、サーヴァントに流す魔力。調節を間違えるとぶっ倒れてしまいそう。流れの荒さ的にライダーものっぴきならない状況のようだから、私はあまり魔術を行使しないほうがいいだろう。

 

「…ふう」

 

その場に座り込んで、少し休憩する。ここも森だ、以前休んでいた霊脈のある森には劣るが、少しは魔力は回復だろう。数十分だけ休んでライダーのところへ向かおう───

 

「………………親方ぁ、空から女の子が」

 

見上げた夜空、月を影に落ちる人型らしきモノ。意識を失っているのか手足を投げ出して墜ちていくその姿にぽかんと口をあけた。

彼女は遠く、遠く、戦場の真っ只中に落ちていく。“黒”のサーヴァントだろうか…?

 

「…お腹空いた」

 

休憩する気が削がれた私は立ち上がると、ふたたび歩き始める。己がサーヴァントの元へ、ゆっくり、ゆっくりと。

 

 

英雄アキレウス。

知名度においておなじくギリシャ神話にて語り継がれる英雄ヘラクレスともども、世界に轟く名である。

それを偶然──と言っていいのかはわからないが──その場に居合わせ、触媒があったとはいえ召喚してみせた彼のマスターの幸運は高いのだろう。

 

アキレウスの人生は───それこそ駆け抜けるように刹那的だった。「父親よりも強い子を産む」と予言された女神と、人の英雄との間に生まれ、生誕から数多の神々に祝福された。

 

そんな輝くような彼には、ひとつ欠点がある──

 

「ヘクトール!!」

 

思考は憤怒に染まっているのに、技だけは冴えている。神々に祝福された傷つかない躰。父から与えられたあらゆる英雄を貫く槍。賜った神馬二頭と名馬一頭、三頭立ての戦車は誰にも追い縋ることも出来ず。

 

「トロイアのヘクトール!! 逃げ回るのはやめて潔く姿を見せよ!!!」

 

アキレウスの人生で、どうにも嫌というか嫌いというか無理。と言える人物は数人存在する。

 

一人はもちろん、アガメムノーン王。無理、クソ野郎。とりあえずタルタロスに墜ちればいい。

 

もう一人は───

 

「…ヘクトール!!」

「よっ。そんなに叫ばなくても聞こえてるよ、アキレウス」

 

自らの人生で後悔していることな、まあ、人並みにある。ないとは言えないのだ。

神への生贄に捧げられた姫君を救えなかったこと。そして──一時の怒りに身を任せ、親友を戦場において戦いから身を引いたこと。

 

自分はいつだってそうなのだ。『大切だとわかっているのに、いつもそれをないがしろにしてしまう』。

 

親友はアキレウスの代わりに鎧を纏い、戦場に赴いた。そこで───

 

「友の仇を討たせてもらう!!」

「…」

 

トロイアの智将、ヘクトールとの戦いでアキレウスは愚を犯した。その戦いに勝ち、復讐をとげた後に、ヘクトールの鎧を剥ぎ、彼を戦車の後ろにつなげて引きずりまわしたのだ。それにより怒り狂った太陽の神により命を落とすことになるのだが───まあ、それは別にいいことだ。

今さら気にしても変えられることはない、そして変える気もない、誇り高き過去なのだから。

 

 

青年が槍を構え、対する男が拳を構えた。

あの人は───知っている。夢に出てきたケンタウルスの人だ。つまりアキレウスを初め、数多の英雄の教育を担ってきたケイローンだ。

迷いのある様子のアキレウスとは対照的に、“黒”のアーチャーケイローンは厳しい顔だ。

 

生前の教師と生徒……とは戦いにくいにもほどがあろう。

戦うサーヴァント達が目を細めてようやく見えるところ。そこに私はいる。

相手がアーチャーなのでバレて殺される可能性があるのがすごく恐ろしいが、頑張ってアキレウス。ものすごく頼りにしてるよ…。

遠目で見る限りアキレウスは劣勢だ。信用していないわけではないが心配で令呪のある手をぎゅっと握りしめる。

 

拳が腹を抉るたび、矢が頭蓋を狙うたび、自分も痛めつけられているような感覚。心臓に悪い。

 

「(うう、しんどい…)」

 

ぎゅうっとバイオリンケースを抱きしめる。生前の関係者が相手なんて神様はなんて残酷なんだろう…

神々に祝福された不死の肉体も、同じ神性を持つものが相手では無意味だ。肉が切れる音に耳を塞ぎたくなったが、ぐっと堪える。私は彼のマスターなのだ、これから起きることをしっかり目を開けて見続けていなければならない。

 

私がハラハラと見つめる中、アキレウスの動きが変わった。ベーシックな技を使い、圧倒的速さで押し切るのではなく、トリッキーな動きで翻弄し始めた。

主武器である槍を放ったり、彼にとっては致命的な弱点である“踵”でアーチャーの顔を蹴り飛ばす───

 

何を言ってるのかは聞こえないが、何やら会話をしているようだ。ただ、弓と槍を交え、戦う彼らはとても楽しそうで───その戦いっぷりがあまりに見事で、見ているこちらも興奮する。

 

ライダーが笑い、アーチャーも笑った。そこには確かな絆がある。なにがあっても壊れない、師弟、友人、父と子のような温かなもの。

 

間合いをとった2人は主武器を構え直す、さらなるぶつかり合いが森の中にて火花を散らす───!!!




アキレウス「(なんでこんなに近くにいるんだ…)」

ずっとApocryphaのBGM流しながら書いてます。ランサーピックアップ…カルナさん…うっ(記憶喪失)

3月ももう終わりますね。桜が咲き始めました


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Part.13:勘のいいライダーは嫌いだよ

戦場はカオスに満ちていた。

悲鳴、爆音、詠唱───逃げる“赤”のマスターとキャスター。それを追うルーラーと舞い戻ってきたホムンクルス。槍使い同士の戦いは苛烈を極め、弓使いは狂戦士と喜劇を踊る。騎士は騎士を嬲り、師弟対決は勢いを増す。

 

 

戦場に花開くは幾多の杭。

 

それを跡形もなく燃やすのは炎神の焔。

 

地から空へ、空から地へ。蒼白の光は大樹を象り、夜を朝に変えるほどの光を放った。

 

 

戦場で繰り広げるは新たな神話。それを目の当たりにしながら、ヒマリは走っている。森から森へ、木から木へ隠れながら。

先程襲いかかってきたホムンクルスを撒いたところだ───一瞬慄くような数人の隙、その瞳が悲しみを帯びていたのは気のせいだろうか…

 

「(ライダーったら…見に来いと言ったのはあなたでしょうに)」

 

さすがのアキレウスも自分達から数十メートルしか離れていないところで観戦されるとは思ってなかっただろう。あほっぷり、ぽんこつっぷりを存分に発揮する彼女は稀代の幸運も持っているらしい。

途切れ途切れの念話で怒られたヒマリは、その場から全力で離れることを選択した。

 

目指す先は……どこだろう。目的もなにもない、全てが行き当たりばったりなヒマリにとっては「どこかに行け」と言われてもピンと来ないのだ。

日本を飛び出す際にもその時間から一番早く出る飛行機に乗って、適当に乗り継いできたらここについたレベル。帰り方は分からないので旅には向いていないのだろう。

とりあえず戦場が広く見通せる、樹齢数百歳はありそうな木の上に彼女はいた。

 

枝に足を引っ掛けて、体を持ち上げるように引っ張りあげる。幼い頃から木登りはうまいのだ、とどこの誰とは知らぬ誰かに自慢するように胸を張る。

───そこで落ちかけたのはご愛嬌だが。

 

枝の葉に隠れて軍対軍の時代遅れの戦を見る。遠目だからよくわからないが、炎が舞ったり杭が湧き出てきたりヒマリの常識からしてみるといろいろとおかしい。

まあ、サーヴァント、という一言で解決できる事柄ではあるが。

 

そんな時、この戦場に参じる総てのサーヴァント、総てのマスターが知覚したことをヒマリも感じとった。

言いもしれぬ“なにか”。たとえば何も無かったそこに、突然強大なものが現れたかのような───

 

ぱちぱち、と瞬きをしてなんとなくその方向を見やる。

 

「赤いのはセイバーかな…? と、遠い…」

 

目を凝らしてみても見えるのは赤い人型。遠見の魔術、調べてみるべきかな…と眉根を寄せつつ頑張って見る。

黄昏色の光と、赤雷の激しい光。ふたつが満ちて、輝く光同士がぶつかり合い爆発する。竜巻のような風は周囲を巻き込み破壊を繰り返す。

 

「ひえ…宝具かな…?」

 

ただその暴力的なまでの力に恐ることしかできない。勝敗がどちらに決したのかまではここからは確認できないが…サーヴァントってすごいんだなあということを改めて確認する。

───突然、ヒマリの体がぐらついた。

 

自分が落ちたのではない、なにかに体ごと叩かれたような衝撃に顔が歪む。周りの木が根元から折れて軋んでいる。

咄嗟に、防御術式を組んだ。

 

「あわ、わ、わ、わ…!!!」

 

骨が軋んだ音がしたが気にしない。無様な声を上げながら、落ちていく。だって木ごと折れてるんだもの、これは自分のせいじゃない。

角度が変わって空が見える。満天の星空は大地と違って平和だ。こういう場面でなければうっとりと見つめていたことだろう。

 

「ら、ら、ライダー!!!」

「───ほいよ」

 

地面に叩きつけられる寸前、倒れる木の轟音が響いて耳が痛くなった。ライダーに抱きとめられたが目を回す。

 

「ったく、ばか」

「あいたぁ?!」

「阿呆」

「二度までも?!」

 

何が起こったのか理解ができず、腰を抜かしたマスターの姿に、ライダーは呆れ───少し怒っている様子だ。拳骨が2回飛んできた、アキレウスが呆れうすとか冗談を言えば3回目が飛んできそう。

 

「…誰かの宝具ですかねあれ。私、こんなに遠くにいたのに」

「そうだな。“赤”のバーサーカーの宝具だろう。まったく、悪質な…で、マスター。俺に何か言うことは?」

「ご、ごめんなさい…?」

 

正直先程の衝撃よりも痛かった拳骨に呻きつつ、理解もしていないものに謝罪する。

だってごめんなさいと言わないといけないくらい、ライダーの顔怖かったんだもの。

 

「よしマスター、確認しようか。俺が相手をしていたのは?」

「アーチャーですね…」

「アーチャーの攻撃範囲は?」

「広範囲だよね…?」

「あんたがいたのは?」

「ライダー達から10本目の木の後ろ」

「駄目だろ」

「いたぁ?!」

 

再度落とされた拳骨に涙目になる。たぶん、というか絶対手加減されてるんだろうが、すごく痛いのだ。

 

「だって遠見の魔術使えないんだもん〜!!」

「にしたってあんなに近づくと心配するだろう…」

「見に来いって言ったの、ライダーじゃん…」

「それとこれとは話が別だ。俺もまさかあんなに近づかれるとは思わなかった…まったく、手のかかるマスターだよ、あんたは」

 

最後にガシガシと頭を撫でられた。髪が乱れて嫌だったが、まあいい。拳骨落とされないのだったら万々歳………何度も言うが、あれめちゃくちゃ痛いのである。

 

話が終わって、二人揃って空を仰ぐ。

星が零れ落ちそうなほど輝くそらには、大きな庭園が浮かんでいる。

 

「この戦いが終わったらあそこに行けって言われたけど、どうやって行こう?」

「どうやってって…マスター、俺のクラスと宝具を忘れたか?」

「え、嫌」

「…なんでだ?」

「やだやだ、二度と乗らない…もうやだ、胃が浮く…」

「それ以外にいく方法はないと思うがねぇ…」

「ええ…」

「そろそろ“黒”のサーヴァント達も動き出しちまうぜ? 決断しねぇと…」

「えっ、ええっ」

「乗るか、乗るかだ」

「乗るしかないよねそれ。乗らないって選択肢ないよね…?」

「ほーら急ぐぞ〜、乗っちまえ〜」

「あっ、ちょっ、抱えるの禁止! 無理矢理乗せるの禁止! まだ心の準備がぁあ!! 待って待って本当に待ってあのねライ」

「大丈夫だ、すぐに慣れる」

 

その日、不気味な静けさの夜空の元。1人の少女の怨嗟の声が響いたのだった。

 




キビツ ヒマリ
身長:152cm
体重:50.8kg
年齢:???(ライダーからすれば13歳)
誕生日:???(双子座、とは覚えている)
血液型:O型
性別:女
イメージカラー:パステルカラー
特技:寝ること
好きな物:美味しいもの、新しいもの
苦手な物:地図
天敵:ジャック・ザ・リッパー

京都生まれ、京都育ち…だが特に方言言う訳でもない。
生まれつき魔力量が多く、ライダーの搾取に耐えきれるほど。彼の底が見えないのでちょっと怖くなりつつある。
生来からの実験ゆえか、それとも───ゆえか、耐久力には優れ多少の魔術の耐性もある。彼女の一族はそれを先祖返り(数代前の遺伝的特徴が現れること)と呼んだが…本人はあんまり気にしていない。
根っからの風来坊で、どこへ行くにも気まま。トゥリファスに訪れたもの全てが偶然。回り回って幸運値は高いのではないだろうか?
音楽魔術を扱うがド下手。かの楽聖が聞いたら自分の耳を引きちぎるであろうレベル。本人は伸び代があると信じているが、たぶんないだろう。

幼少期に受けた実験の一部、ナニカのナニカを体内に入れてしまったことにより彼女の人である部分が変質してしまっているが───特に気にしていない。だってあんまり支障ないもんね。

風来坊、根無し草、お人好し───そこら辺がライダーとは相性がいいのだろう。

アホの子で感情が顔に出やすい、トゥリファスの現地民とはほぼ表情でコミュニケーションをとっている。「次はどこへ行こうか?」もう家には戻れない、世話になった叔父へ思いを馳せながら、今日もヒマリは我が道を往く。


────

キャスエリちゃん復刻しないかなあ………
⬆主人公のプロフィール的なもの。そういえば名字言ってなかったなって。父親とはいろいろあったので母方のものを使用している…という設定です。この子自身はあまり強くないです。



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Part.14:吾輩の名前は!

甲高い悲鳴が近づいてくる音に、シロウはほっと息をついた。緑色の光が蛇行し、あまりの速さに瞬間移動して見えるたびに悲鳴は増すのに少し───可哀想だな、と思う。

セイバー組の姿はない。やはり離脱するのかもしれない。

 

「おお、ライダーがここに来るか」

「アーチャー…ええ、よかったです。これ以上陣営が乱れるのは防ぎたいですからね」

 

アーチャーの視力なら、あと数秒でこちらに着陸する戦車の姿など捉えてるだろう。悲鳴は同じ音量のまま、勢いはだんだん殺されて着陸する。

 

「…」

「マスター? おーい」

「っ…!!! っ、っぅ…!!!」

 

姿があったのは3頭立ての戦車とライダーのサーヴァント、そしてあの森で見た時と変わらない女子高生然とした年若い少女の姿。

“赤”のライダーに俵持ちされて涙目である。

 

少女───ヒマリははくはくと魚のように息を吸うと、出てきた涙を拭ってこう叫んだ。

 

「ば、ば、ば、ばかーーーーーーーー!!!」

「おう!! 楽しかったろ?」

「安全運転で行くって言ったのに!!! ぐるんってしてがーーって行ってまたぐるんってした!!!」

 

口の悪い1頭の馬が下卑た声で笑う。腰を抜かしながらぽかぽかとあまり痛くなさそうな音を立てて殴り続けるヒマリと、笑って受け流すライダー。実にシュールな絵面である。

 

ぴぃぴぃ泣いているもので声をかけるのがはばかられたが、ここは当然。“赤”キャスターであるシェイクスピアが行った。

 

「“赤”のライダーのマスターヒマリ殿! 大英雄の戦車に乗った栄誉、さぞ興奮することでしょう…ですが吾輩、物書きですゆえこう聞かずにはいられないのです…。今のお気持ち、聞かせていただきます?」

「…は?」

 

初手でキレられる人っていないと思うんだ。目の前にいる髭のおじさまを見上げて頬肉をぴくぴくさせたヒマリは、困ったようにライダーを見上げて助けを求める。

 

「ああ、いえ。誤解を招いてしまったのなら申し訳ない。吾輩、“赤”のキャスター、真名をウィリアム・シェイクスピアと申します。どうぞ、お見知り置きあれ」

「えっ…あっ、『ロミオとジュリエット』や『夏の夜の夢』とかの…?」

「そうですそうです!! ああ感慨深いですなあ!! 東洋のこんな幼いお嬢さんにも、吾輩の作品を知っていただいていたとは!」

 

真名を露呈したキャスター…シェイクスピアのマシンガントークにただ目を回すしかないヒマリ。

だめだ、これは話が進まなくなるとシロウは話に割って入る。

 

「…大聖杯は奪いました。あとはそれを守るだけ…ヒマリさん、“赤”のライダー、御協力してくださいますね?」

 

ヒマリはその言葉にハッと立ち上がろうとして───腰が抜けたままで立ち上がれなかったのでライダーに首根っこ掴まれたまま微妙そうな顔で頷く。ライダーも───頷いてくれた。

 

「…」

「あれが、聖杯…ひえ…」

 

今ミレニア城塞から引き剥がし中の大聖杯を見下ろして、ヒマリは怯えるように首を振った。『万能の願望器』、そんなものなのに、いざ見れば少し怖いのはなぜだろう。

 

「ヒマリさん。私達───アサシンと共に奥に行きますが、貴方はどうします?」

「あー…えっと、どうしよっか…?」

 

ライダーは少し、眉根を寄せると、

 

「俺が守っているから、大丈夫だろう。今度こそは俺の戦いを見ていろよ、マスター」

「あっ、なら物陰に隠れてます!」

「あんまり近すぎるのは勘弁だけどな」

 

仲睦まじいマスターとサーヴァントの会話。隣でアサシンが微笑んだのをシロウは見逃さなかった。まったく、勘の鋭い戦士だ。

 

「…私のマスターも、彼の者のように勇敢であれ、とは言わぬが……少しは“マスターらしく”してもらいたいものだ」

「…」

 

“赤”のアーチャーが零した本音に、“赤”のランサーは無言で目を閉じる。

 

 

“黒”の側が近づいてくる。大聖杯が奪われるというのに指くわえて見ている訳では無い。

 

「我はしばらくあの大聖杯に注力せねばならん。他の連中は任せるぞ。ここで食い止めなければ、お主らの願いは露と消える。心してかかれよ?」

 

「───言われずともわかっておるわ。汝こそ失敗するなよ」

「やるべきコトはやるがな。いちいち指図すんなっての。言われなくてもわかるっつーの」

 

この3人、仲が悪いのだろうか…? 普段優しいはずのライダーのアサシンへの当たりがきつい。心配げに見上げれば手のひらが降ってきた、なぜだ。子供扱い、解せぬ。

 

そうしてるうちにキャスターがどこかに行き───みんな微妙そうな顔してた───アサシンは「ここはルーマニアではない」と言い残して消えた。どういう意味だろう…。

 

「──“黒のランサー”はオレが獲る」

 

白髪の長身、細身の青年が大きな槍を携えてそう言った。ライダーはもちろんのこと自分の師である“黒のアーチャー”を。獣耳緑の弓使いの少女は初顔合わせになるという“黒のキャスター”を狙うのだそうだ。

 

攻守交代。赤の側はこの庭園を大聖杯を奪い切るまで守り、黒の側は完全に奪われる前に奪い返さねばならない。

一層激しくなるだろう戦闘に身震いする。戦いはもうすぐ、そこ────

 




前誤字報告いただいたんですけど誤字報告見るところがわからなくてごめんなさい…時々見直して書き直します

この石でアキレウスを当てろ!と言わんばかりにうちのサーヴァントが石くれます。

シェさんってすぐ真名言っちゃいそうなイメージ


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Part.15:じゃぱにーずぴーぽーやんぐやんぐ2

「いいかー? ここに隠れてろよー? 何がなんでもだぞー?」

「なんでそんな子供を相手するみたいに言うのかなー?」

「子供だろ?」

「違うわ」

 

ひょうきんな表情で言われたことを否定する。ここで流されちゃあだめなのだ。私はじゃぱにーずぴーぽーやんぐやんぐと否定しなければ子供扱いが加速する。それは何がなんでも避けなければならない。

 

「…よかったのか? ライダー。その子を神父共と逃げさせず…」

「いや、これでいい。誰が来ようがなんだろうが、この面子でなら余所見はさせねーよ。なんというか俺は…あまりマスターをアイツらには近づけさせたく無ぇ」

 

その子…その子…その子……。アーチャーからは子供扱いで定着したらしい。身長150cmはあるのになあ、日本人の平均身長なんだよ…? おかしいなあ。

少しいじくれながらスカートを掴んだ。

 

「…なあ、姐さん。アンタのマスターはどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも…召喚されたときも、戦争が始まっても姿を見せぬ。用心深いにもほどがあろう…まあ、いくら魔力を消費しても文句が飛んでこないのはありがたいが…」

 

すっかり置いてけぼりを食らっている私は、いそいその床にのの字を描いている。

やはりライダーとアーチャーは知り合いなのだそうだ。生前の知り合い同士が召喚されるなんてすごい確率なのだろう。ライダーにいたっては敵味方問わず2人も知り合いがいる。嬉しいのか悲しいのかは私には測りかねるが、アーチャーと話しているライダーは嬉しそうだ。

 

それはそうともう少しライダーにはこちらに関心を払ってほしい。具体的に言うと真後ろで瞑想をするように目を閉じているランサーさんとの無言の雰囲気が辛い。なんて言うのだろう、気まずいから話しかけたいけど話しかけたら話しかけたで場合によってはさらに気まずくなるから困るというやつだ。なにか会話をしたいけど話題もなければ共通点もないので困るやつ。いや、話しかけなくてもいいんだろうけどこっちだけ無言なのは辛い。何故かはわからないが辛い。どうか分かってほしい。

 

「あはは…」

「…」

 

元よりコミュ力があるわけでもない。家からでないから発展力もない。強制的引きこもりだったから話すのは基本伯父のみ。……あれ、私、大丈夫……?

 

無言ツライナー、話スベキカナー、と遠い目をしていると、ランサーの双眼が開く。

 

「───来る」

 

「…そうか」

「よし、じゃあマスター。隠れていろ、なに。すぐ片付けるさ。アンタは必要がある時だけ…ホムンクルスやゴーレムが襲いかかってくればできるだけ逃げてくれ。アンタの魔術は音が響く」

 

ケースを持って、階段を登って広間を見渡せるバルコニーに急ぐ。

“黒”側のマスターが勝負を仕掛けてきたらどうしよう、戦えるかなあ…あっちは一流の魔術師だろうし厳しいだろうな…。逃げ回るくらいがせいぜいだ。そんなことを考えながら、認識阻害の術をかけた。どうせサーヴァント相手には効かないんだろうけど。所詮は気休めである。

 

「髪、伸びたなあ」

 

シン、と張り詰めるように静かになった場に言いようも知れぬ恐れと寂しさが襲いかかる。ホームシックだろうか? もう二度と戻らない、戻れない。愛している、憎んでいる場所だけれど。そんなものを感じるくらいの情が私にはあったようだ。

くすりと笑って、紐を髪に結わえてくくった。所謂ポニーテールというやつである。学校に通う親戚の子供達がよくやっていた髪型だ。運動に適した髪型だというから、運動をしないわたしはやることがなかったけど。気合いは入れ直すことができただろう。

 

私が死ねばライダーも死ぬ。彼の戦いのために私は生きなければならない。

彼の戦いが汚されることはなんとしても避けなければ。

ギリシャの偉大な英雄。古今東西の英雄の中で最も速いと謳われる青年。飛び入り参加でも、覚悟が足りなくとも、彼のマスターとなったからにはその役目は全うしなければならない。

 

息をする。空気は冷たく澄んでいる。音はよく響く大きな空間。テンションは急上昇で、まだ見ぬ世界を見たがっている。

 

開戦だ───大きな音が聞こえて、扉が開け放たれる。

戦いの歌、始まりを告げる矢の風切り音が響いた。

 

 

素人目である私の目から見れば───間違いなく優勢であろう。

 

“赤”のライダーと“黒”のアーチャーの師弟対決もさながら。手に汗を握る戦いである。さすがライダーとライダーのお師匠さんだった人。技が冴えて、弓も槍も全てが勇ましい。

だが目を引くのは───この争いで雌雄を決する争いだろう。

 

“赤”のランサーと、“黒”のランサー。この聖杯大戦の状況故か、同クラス同士の戦いとなった二騎。

 

相変わらず無表情で攻める“赤”のランサーに、苦しい様子の“黒”のランサー。なんとなく、この2人の勝敗で聖杯大戦も勝敗がつくだろうという予感がある。

ライダーも大した怪我はしていない…、傾いた戦線にほっと息をついた───その時。

 

「いいえ、まだ勝てないわけではありません。貴方がその宝具を解放してくれるのならね」

 

その声が聞こえてきたのが自分の向かい側のバルコニーだったから、肩が揺れた。なんだかすごく嫌な、不気味で高圧的な声。

ちらり、と伺い見たら目が合ったのですぐ首を引っ込める。高身長の青年……だったろうか。バイオリンケースを引き寄せて、一応鍵を開けた。

 

その場にいたサーヴァント達全員が動きを止め、場の緊張感は最高だ。あと少し水が流れただけで決壊してしまうダムの前にいるような。プレッシャーが凄まじく息がしづらい…。

“黒”のランサー……たしかシロウさんから教えられた真名は「ヴラド三世」だったろうか。ヴラド三世が放つ殺気に当てられ、心臓が止まりそう。

 

「(何が起こってるの…?)」

「(簡潔にいうとサーヴァントとマスターの仲間割れだな…)」

 

話している内容が理解できなくて、思わずライダーに念話を送ってしまう。戦場の只中で行われるサーヴァントとマスターの問答に、ライダーも呆れた様子だ。

 

「(…愚かなマスターもいたものだ)」

「(う…)」

「(きついか…今のうちに動くことはできるか?)」

「(無理そう…体、重くて…筋肉が引きつってて動けない…)」

「(そうか。できるだけ耐えててくれ、今動ける状況じゃねえ…爆発しそうだ)」

 

気持ち悪くて口元に手を当てる。

くらくらする視界を必死に保って、地面に手をついた。これが殺気というものなのなら、まだライダーの戦車に乗った方がマシだ。二度と乗らないけど、もう二度と、絶対に。

 

間もなくして、底冷えのする声が高々とその言葉を紡いだ。

 

「令呪を以て命ずる。“英霊ヴラド三世。宝具『 鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア) 』を───発動せよ”」

「────!!!」

 

絶望と、憎悪と、怨嗟───それがこもりにこもった絶叫に、思わず私は耳を塞いだ。

これは、わたしの、きが、たもてない。ぎゅっと耳に爪を立てる痛みに集中して、殺気をやり過ごす。

浅く息をして、微かにここまで響く振動や、手のひらを突き抜けて聞こえる絶叫を無視して固く目を閉じた。

 

「(───マスター、マスター?)」

「(な、に?)」

「(逃げろ)」

「(…え?)」

「(いいから!!)」

 

そんな念話に、私は顔を上げる。隙間から舞台を見ればそこには───

 

 

その姿を見た時に、脳が焼ききれるような痛みがした。

 

 

ぼんやりと立ち上がり、はっきりと視界に捉える。明らかな“魔”の姿。人のカタチを失った形相、口は裂け目には光がない。

───ヒトを害する化け物、つまりは“■■”。

 

体が、まるで、炎に包まれているように熱い。頭の中でライダーが怪訝に呼びかけているが聞こえない。

きっともう、“君”にはなにも入ってこない。

 

だって一度それを目にしてしまったなら、君はその役目を全うしなければならないのだから。

“■■”の血を忠実に引いているのなら、君は弱くとも「✕殺し」なのだ。

 

大丈夫、大丈夫だ。懐に入って心の臓にその刃を突き立てて、力尽きたその首を斬ればいい。首級をあげよ。君が討つべき敵は、世界に何万といるのだ。

 

───わたしのではない、誰かの声が聞こえる。懐かしい、懐かしいこの声は……父のものではないだろうか?

いつの間にか手にはひと振りの刀がある。黒漆の、赤い拵えの、大きな刀。

 

 

───“殺してしまえ”。

 

 

───“だって君にはその力があるだろう?”。

 

 

「マスター?!」

 

“〇〇〇〇”がわたしのことを呼んでいる。いや、なんで、でも。わたしのなまえをよぶ、あのひとはだれだろう? なまえがおもいだせない。また脳が焼ききれるような痛みがする。

私の名前は、吉備津、キビツ ヒマリ。そう、それが名前……本当に? 痛い、痛い、痛い、脳の奥が酷くいたんで苦しい。

自分ではない誰かの記憶が、いや、これは本当に───

 

思考の渦の中、自分に飛びかかって来たナニカを一刀のもと斬り捨てる。自分の力ではないような感覚が漲り、生暖かい液体が体にかかったが理解ができない。自分は今何をして、どこにいて、何を思っているのかがわからない。

全てが俯瞰的。まるで“わたし”は体の奥に閉じ込められて、違う“だれか”がわたしの体を動かしているような。

 

“その人”は怪訝に首を傾げると、階下から登ってる吸血鬼に眉をしかめる。

 

「───えっ、平成ぞ?」

 

真顔でそんなことを呟いた。

 

_____

 

飛び散った赤を見て、こいつは違う。と判断した。その小さな体に似つかわない大きな刀を抜き殺めてみせた彼女は、服についた汚れを気にすることもなく首をかしげている。

何をするにも非力な、魔術もほとんど使えない少女が見せた技の冴えに驚いたが、それはそれ。

 

なぜだか───“少年らしく”見える幼い相貌は無表情にこちらを見ている。

 

「…マスター?」

「…」

 

ぼんやりと、瞳が光っているように思えた。血濡れた刀を引っさげて、こんな場所でぼうっとしている様はどう考えても正気ではない。

 

外見はマスターであるが、中身は別人だと判断したアキレウスは、睨みを強くした。

 

「…くそ!!」

 

今の状況じゃ不用意に近づけない。敵方からは楽に殺せる位置にいる彼女はとても目立つ。この現場の新たな乱入者である裁定者も、その異変に気づいたようで。

 

「何が起こっているのです!!」

「ルーラー…!!」

 

今回の聖杯大戦の裁定者、ジャンヌ・ダルク。金の髪を持つ乙女はその旗をはためかせて、バルコニーに立つ少女を見上げた。

 

「何をしているのです…!! “お逃げなさい”!!」

 

「……う?」

 

世界でも最も有名な聖女のカリスマは正しく働いたようだった。聖女の言葉は心に響き、ヒマリの自我が覚醒する。周りの状況を見て数瞬───戸惑ったように自分の服や手を見たヒマリだったが、ルーラーの強い眼差しに狼狽え、つまづくようにして走っていった。

そのあとを吸血鬼に血を吸われたホムンクルス達が追うが──アキレウスはルーラーの令呪でここからは動けない。彼女が彼女の実力で打倒してもらうしかないことに、アキレウスは歯噛みした。

 

───続く暗闇のなか、ヒマリはいつかのように走っている。まるでウサギを追って穴に落ちていく、小さなレディのように。

 




第2部1章よかった………全部よかった………

主人公に武器追加
・扇
・バイオリン
・ホイッスル
・赤拵えの野太刀\にゅー/


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Part.16:ましゅまろ

まるで暗闇のなかを落ちていくような感覚だ。走っても走ってもどこにもつかずに、ふわふわと宙に浮いている。

 

「…はぁ!!」

 

襲いかかってくるモノを、片っ端から斬って薙ぎ払う。生命力が強いのかなんなのか、半端な攻撃じゃ通用しないこれはなんなのだろうか。というか、一度も扱ったこともない刀をまるで自分の体の一部のように動かす“私”こそなんなのだろう。

辺りは血の海で、私は「この体では脆すぎる」と感じた。技術に体が追いついていない、力強い剣に体は悲鳴をあげている。刀が、重い。通常の刀より長く反りが深いこれは所謂野太刀、女の私が扱うには少々大きすぎるものだ。

 

殺気と嘆きと絶望と───それが思い出されて泣きたくなった。変質したヴラド三世と、変化した私の中身。頭は相変わらずずきずきと痛んでいる。

 

「わ た し は だ あ れ ?」

 

そう問いかけてもその人からは返答がなかった。俯瞰的な視点はまだ続いていて、“彼”は…(なんとなくわかることだがこの人は男性である)、まだ解放してくれないらしい。

竜牙兵数体と遭遇して身構えるが、竜牙兵は私をスルーしてカチャカチャと駆けていった。その姿を不思議そうに見送り、首を傾げると刀を鞘に納めた。キンッ、とどこか澄んだ音を立てば髪を結っていた紐が切れて、私は体の自由を得る。

 

「……!! …ッ」

 

体が痛くて痛くて仕方がない。彼の技術に対して、私の体はあまりにも脆すぎた。彼が彼の動きを最大限に発揮しようとしても、私は私でしかなくて筋肉も骨も追いつかない。どうにか治癒魔術をかけて、立ち上がる。

ここはどこだろう、随分と遠くまで来てしまった。思いっきり返り血を浴びたから、体中が生暖かくて気持ちが悪い。一般人のように震えて泣き出すことはもうできない…本当は泣きたいけど、ね。

暗い、暗い、暗い廊下。感触を頼りにして壁伝いに移動する。

 

「ここどこだろう…はえー…」

 

ヒマリは知りました。知らないところで全力闇雲ダッシュすると普通に迷子になるということに。自分でもよくわからない力による暴走のためこの迷子はわたしのせいではない。

肩を落としてがっくり。どこからか私は悲しいと合いの手が入った。

 

廊下の向こうにはぼんやりと光っている扉があって、とりあえずそこまで進むことにした。

なぜか───すごく甘ったるい匂いがする。年頃の女の人が付けるような香水みたいな…いい匂いなのだけど胸焼けがするような。眉をしかめて、ドアノブに手をかける。

…はて、こんなこと。前にもあったような、なかったような。

 

まあ、いい。中に人がいるのなら、どこに行けばいいのか聞けばいいだけ。いなかったらしょうがない、どこかに着くまでは彷徨おう。

 

「しつ、れい、しまーす…」

 

扉が軋んだ音を立てるのが、すごく嫌な既視感だ。桃色の霧が開いた隙間から漏れている。吸い込んで一瞬、気が遠くなったのを自分の頬をぶっ叩くことで保つ。なんだこれ。

だらだらと冷や汗が出る。これはまさか私、また地雷踏み抜いたかな?

こんな部屋から話し声が聞こえるのがより一層不気味だ。

 

「聖杯戦争は終わった…」

「この資金で…新しい…」

「……」

「──…」

「この紅茶…」

「早く…」

 

バタン。

開けたドアを素早く閉めて、束の間の現実逃避に浸る。なんなんだ、あれ。まあるい部屋に座っている5人の人間。1人は何故か知っているような…、具体的に言うとライダーを召喚してしまった日に酒場で奢ってもらった人のような…。

あ、やばい。魔術師っぽい人達が、アサシンの宝具であるここであきらかに正気ではない様子で閉じ込められている。アーチャーは──なんと言っていたっけ。

 

一度も会っていない、とそのようなことを言ってはいなかったか。

 

扉からじりじりと遠ざかって、踵を返して逃げようと駆け出そうとすれば顔にほよんっ、となにかひどく柔らかいものが当たった。マシュマロのようにほわほわしていて、全体的にひんやりとしているが、鼻先は温かい。顔全体を包み込まれているのでとても気持ちいいのだが、息がしづらくて「ぷはーーっ!!!」と離れる。

 

目の前には2つの柔らかそうな丘。首を傾げて見上げると、あまりにも美しい女性の顔があって───細められた金の瞳に「ぴゃっ」と思わず声が出る。

 

「ふむ。毒は即効性があるのだがなあ…?」

「…あわわ」

「毒耐性でも持っておるのか、ヒマリとやら」

 

機械的な音がして、紫色の魔法陣が展開される。先程から口からは「あ」と「わ」しかでない。声は面白いように震えて、もはや人語ですらなかった。

 

「──さて、どの毒が好みだ? 遊んでやろう」

「っ!!」

 

魔法陣から這い出てきた紫が霧散して、張り詰めるような危機感に本能的に身を引いた。途端眩暈と嘔吐感が込み上げ倒れ込みそうになるのを必死に堪える。

このまま意識を手放してしまえば、きっと楽になる。そう思わせるほどの苦痛。

 

「大丈夫だ、殺しはせぬよ…殺しはな。…まあこれも即効性が効くのだが…案外、堪える」

「ぅ…げほっ…」

「シロウの言っていた───ああ、血筋というものか。難儀なものよ、意識を手放せたほうが楽だろうに」

 

もう、立っていられない。膝をついた私の頬に、“赤”のアサシンは手を添えた。

 

「眠れ、───」

 

そんな声を聞きながら、体が脱力して、私は目を閉じる。ひんやりとした床が、未だ悲鳴を上げ続ける筋肉に心地よかった。




TwitterでAチームがどんな人理修復をするのか。というのを最近のTLでよく見ます。「きっとぐだよりも早い段階でどの特異点も攻略する」、というのがよく見る予想ですよね。
Twitterで呟いて誰も答えをくれなくてもやもやしているのですが、例えば第6の銀の腕さん。Aチームが早い段階で(それこそ獅子王が現れる前に)攻略していたのなら、彼はどうなっていたのでしょう。彷徨う嵐の王を、彼は───と思うとぐだにも救えたものはたしかにあって、第2部でマシュが言ってくれたことがとても力になります。
(ネタバレだったらごめんなさいね)

蒼銀のフラグメンツを触ってみました。太陽王が予想通り(というか覚悟通りの)性格でよかった…みんな素敵です…当方エリちゃん推しなので、EXTRAシリーズを読むにはさらなる覚悟が必要な気がしますが、LINKやるために頑張ろうと思います。
待っててね、エリちゃん。

ゴールデンウィークまだ来ないで……←


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Part.17:い、胃が痛い…

「まあ、世界を見てみるのも悪かねぇさ」

 

「せかい?」

 

「そうだよ、馬鹿。お前もずーーっとここにいるつもりはねーだろ?」

 

「ここにいなきゃいけないんじゃないの?」

 

「んなわけあるか。俺と違ってまだ若ぇんだから、どこにでも行けるしその権利はある」

 

「ふーん…」

 

「気の抜けた返事だなあお前。どっか行くってんなら、それを止める権利は俺にはねえし。兄さん…お前の父親と母親の遺産持って、世界一周でもしてこいや」

 

「でも、だって、おはなしできないよ?」

 

「おっ、乗り気だな? まあ、なんとかなるさ。お前豪運持ち出しな」

 

「ごう…?」

 

「とんでもなくラッキーってことだ。どんなことがあっても持ち前も運でなんとかするだろ」

 

「なんか、テキトーだね…おじさま…」

 

「そりゃあ関係ないですしおすし。お前の行く道なんが知らねえよ、自分で決めろど阿呆」

 

「…」

 

「はいはいぶちゃくれるなブスになるぞ。まあ、そうさな。あとのことは何とかしとくから…お前はそとに逃げ出しちまえ」

 

「…そと、か」

 

「こんなしみったれたとこよりも、余程大きいものがこの世界に広がってるんだ。見ないと損だろ?」

 

「楽しい?」

 

「もちろんだ」

 

「行けるかなあ…」

 

「お前は…頭はちょっとあれだが、まあ根性あるしうん……」

 

「えっ」

 

「我が義娘だがらあれだな、お前。いいところ幸運ぐらいしかない…?」

 

「ええっ」

 

「まあほら、適当に頑張ってこい」

 

「えええー!」

 

「──俺がお前を守るから、お前は自由に、幼いままに、羽ばたいていけばいいんだよ」

 

 

────────

 

あ、やばい。

怒ってる。

 

意識が覚醒して、頭がずきりと痛んだ。懐かしい、夢を見ていた気がする。叔父と春の縁側で語らった、幼いあの日。あの日以降、殆ど話すことはなかったのだけれど。

 

私をだき抱えている人は、まあ言わずもがなライダーで。薄目を開けて見ると前方を睨み据えていて怖い───あ、バレた。

 

「おはようございます、吉備津 陽鞠さん」

「…おはよーございまぁす…?」

 

ピリピリしている中でも、私に声をかけてきた人物は恐ろしいほど穏やかだ。

微笑を浮かべるシロウに、ライダーが睨んで牽制する。その──マスターである私が思わず震える威圧感にも──困ったように首を竦めて見せる彼はなんなのだろうか。

 

「…立てるか」

「うん」

 

ライダーの手を借りて立ち上がれば、そこは爆発間近の戦場で。思わず硬直してライダーの後ろに素早く隠れた。

なにこの一触即発の状況。

 

少し腰が引けるが────だめだ。この場は、この場だけは、私は毅然と立っていなければならない。そうしなければ飲み込まれる…。

 

「怪我は?」

「大丈夫」

「目眩や嘔吐感は?」

「今は、平気。ごめんなさい、ライダー」

「アンタを責める気は無い…“敵”はあっちだ、マスター」

 

倒れる前の微かな記憶。「殺しはしない」というのは本当だったらしい。未だ命があることに震えるほど感謝しつつ、酩酊感を押し殺して自分の足で立った。

場は混沌と言っていい状況、サーヴァント同士が言い争い、武器を持つまでに至っている。

 

「シロウさん!! あの人達は、あの部屋にいた方達は、誰…!!」

「それはもう、お分かりなのでは? ライダーのマスターになる方だった魔術師に、なぜ貴方が狙われなかったのか。いくら世俗に触れなかったとは言え、察しが悪いにも程があります」

「う…なら、あの人達は、やっぱり…」

「ええ。“赤”の側で戦うはずだった5人のマスターです…ふふ、そんな顔をしないでください。心配しなくとも、生きていますよ。彼らには平和的にマスターの権利を譲っていただきました。夢現のまま、聖杯大戦に勝利したと信じているのです。可哀想ですから起こさないであげてください」

 

その瞬間、ぐい、と襟首が引っ張られて「えう」と喉の鳴る声がした。ものすごい勢いで引っ張られたから1秒間息が止まり混乱する。後方に放り出され、そのままどこかに激突するかと思いきや───誰かに抱き留められていた。

目の前に踊る金の髪、それが気にならないほど私は怯えている。放り出されるその刹那、私を後ろに下がらせたアキレウスの顔は───マスターである私が震え上がるほどの敵意と殺意に満ちていたから。

 

「…感謝する、ルーラー」

 

「平気ですか、貴女」

「…」

 

ルーラーの少女の言葉に、必死で頷く。少し首が締まった程度だ。なんともない…。

 

「…貴方はもちろんお怒りでしょうね、ライダー。あの時、あの教会でヒマリさんが獅子劫さんと共に行かなければ、彼女もあの部屋にいたでしょうから」

「…」

「セイバーもそうですが…貴方も、マスターとの相性が良かったのは予想外でした。生前の誰かに面影を重ねましたか? 貴方が悔恨するのは…ミュケナイの姫や親友でしょうか」

「…ッ!!」

 

“赤”のアーチャーとライダーの攻撃は、シロウの頭や喉、心の臓を狙うもの。歴戦の勇士が同時に放つそれを、“赤”のアサシンとランサーが同時に防いだ。

ランサーは音速にも達する矢を素手で掴み、アサシンは左で展開した鎧で槍を防ぐ。ライダーの槍はその装甲を木っ端微塵に叩き割ったものの、そこで押しとどめた。

 

「──ふむ。神魚の鱗を至極当然のように貫くか。さすがはアキレウス、つくづく神の子よな、お主は」

 

血の滴る左手を擦りながらアサシンは顔を顰める。

 

「…」

「今のは自殺行為ですよ、ライダー。あの時間で私達がヒマリさんになにもしていない…とは考えないでしょう?」

「…そうだな、毒やら呪いやら、姑息なモンでも仕込まれてたら敵いやしねえ」

 

自分の体に毒を仕込まれているかもしれない、それを聞いて一応探ってみるも──全然わからない、サーヴァントの技術には流石に勝てない。

アキレウスは殺意がこもった視線をシロウに投げて、こちらに来る。「すまない、痛かったろう」と声をかけてくれて、私は差し出された手を取った。大丈夫、痛くないよ。人より体は丈夫だから。

 

「(どうする?)」

「(静観、しかねえだろうな。現状アンタを人質に取られてる状態だ。はっきり言ってどちらにもつけねえ)」

「(うう…ごめんなさい…)」

「(マスターは悪かねえよ。人間がサーヴァント相手になんとかするのは難しいさ)」

 

不器用な手でガシガシと撫でられる。どうやら慰めてくれているらしい。途端に涙が溢れそうになるけど、我慢する。さすがに今日は死にかけすぎだと思う。この後の人生──無事にこの大戦を終えられるのかは分からないけれど──二度とないと思いたい。

 

アキレウスの後ろにいて聞こえてくる、サーヴァント同士の睨み合い。

“黒”のキャスターは“黒”の側を裏切り、“赤”へ。どよめき揺れる場に、何も出来ないことが歯がゆい。

 

シロウさんに呼びかけられてもアキレウスは動かないから、彼はシロウさんに従うつもりはないのだろう。彼はずっと私を背に庇っていて、情報は耳からしか入ってこない。

 

「下がるぞ」

「えっ」

 

突如、ピカリと赤い稲妻が轟いた。何かが崩れる騒音と雷──飛び散るそれをライダーが庇う。キーーーーンと耳鳴り、きゃあ! と思わず蹲った。

 

「“赤”のセイバーは貴女でしたか。栄光に輝くアーサー王伝説を終わらせる者───叛逆の騎士、モードレッド」

「ハッ!! 気安くオレの名を呼ぶんじゃねぇよ!」

 

「…セイバー?!」

 

呵呵大笑しながらゴーレムをぶった斬るセイバー…モードレッド───後で図書館に行きます───は思う存分大剣を振り回し暴れ回る。

 

 

───目が合った。

モードレッドは忌々しそうに舌打ちをする。彼女に声をかけようと叫ぼうとした瞬間、辺りに白煙が立ち込めた。

煙が目に染みて咳をしていれば、もうこの場に“黒”のサーヴァントとルーラーと“赤”のセイバーはいなかった。

 

「…ど、どうしましょう」

「…」

 

「さて…」

 

“黒”のキャスターが彼らを追って消え、場には私とライダーと───シロウさんとサーヴァント達。

ビクリ、と肩を震わせる私に対して、シロウさんは何事も無かったかのように微笑む。

 

「少しお話しましょうか、陽鞠さん」

 

 




Apocryphaコラボきた…来てしまった…

シロセミ引きたい…ひき…ひきた…

ア゛キ゛レ゛ウ゛ス゛ーーーーーーー!!!!!!


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Part.18:日ノ本一の

すごく語彙力が死んでるので今回めちゃくちゃ短いですけど必ず近日中に19話投稿するので生暖かい目で許してください


空中庭園は既に動き出していた。大聖杯をその腹部に取り込み、黎明の空を飛び続けている。

 

「少し、お話しましょうか。ヒマリさん」

「いいや、それはさせねえ。何かを話すなら俺達の前でやれ」

 

少女は困惑したように眉を下げている。小さな、小さな娘。この時代、シロウからすれば約400年後の未来の子。

穏やかな笑みを向ければ怯えたように身を竦ませて、ライダーの後ろに隠れてしまった。

 

ある意味、彼女も犠牲者だ。この悲劇を生み出し続ける世界の。

 

「ええ、もちろん。彼女のサーヴァントたる貴方にも、彼女の話を聞く権利はあるでしょう。いいですよね、ヒマリさん」

「…なんの話をするのか、知らないんだけど」

「貴女のお話ですよ、吉備津陽鞠さん」

 

アキレウスの睨みが一段と強くなった。殺意、殺気、そんな言葉で形容される視線を真正面から受けてもシロウは涼やかな顔だ。

 

「吉備津陽鞠。吉備津という名字は母方のもののようですね。本名は大江陽鞠。京都出身の魔術師。現在は家出中で、国際空港から乗り継いでここに来たとか」

「…」

 

こくり、と不思議そうに頷いた少女。なぜ知ってるのみたいなことを言いたそうな顔だが、当たり前だろう。共闘相手のことは調べるものだ、たとえその対象が嫌がろうが。

 

「吉備津、というと珍しい名字ですよね。お母様は何処出身でしょう」

「…? 確か、岡山」

「でしょうね」

 

そう言えば、また不思議そうに眉をしかめた。なんでそんなこと聞くの、と言いたそうな顔だ。本に、顔に出やすい素直なことか。彼女に将来があるのなら、ものすごく心配になってくる。

 

「それがなに…?」

「そうですね…確か貴方と同じような名の、その地域にいたと云われる、とある英雄の名を思い出していただけです」

 

ああ、なんて嘆かわしい。その血を穢されたばかりか、本人はそのことを知らないらしい。日ノ本で最も名の知られた英雄、勧善懲悪の象徴。

だけれど───血なら最初の時点で穢れていたか。彼の物語のめでたしめでたしの後、英雄と敵の悲恋話。彼女がその血を脈絡を継ぐのなら、彼女は“鬼”でありそれを倒す“人間”なのだから。

 

「…吉備津彦命、という名前に聞き覚えは?」

「きびつひこのみこと? えっと、お母様の生家も神社だったから、どこかで見たような名前だけれど」

 

きょっとーんととぼけた顔をするヒマリに、シロウはすっと笑みを消した。

 

「吉備津彦命、日本書紀に登場する皇子。鬼ヶ島へ3人の共を連れ鬼退治に行った──つまり、現代で言う桃太郎ですよ」

 




端的に言うと来てくれました。
学生身分では高いお買い物しました…お疲れ様でした。ゆっくりスキルマにして聖杯捧げようと思います。先に来ていたケイローン先生にはもう捧げちゃってます、先生の顔と声がいい。
今日絞り出した20連はドッカーンして、悲しみにくれつつ単発ぽいぽいしていたら最後の単発でどっかーんでした。今日から君の名はサプラウスだ。

もう本当、アキレウス、アキレウス…
今回短くて本当にごめんなさい…数時間粘ったんだけど彼が来ないショックでここ数日全然書けなかったの…


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Part.19:人の世に生きる“”

例えるならば、抗体のようなものだろう。体にウイルスが入ってきたのなら、それと戦うために免疫反応を引き起こす。

一度鬼の血を含んだのならば、鬼退治の英雄の血は容赦なく荒れ始める。

言わば車裂き状態だ。愛する故に守るもの、愛する故に食すもの、相容れるわけが無いのだから。

 

「つまりは…どーゆーこと?」

「そうですね。たとえば貴方が幼少期、鬼の血を体に含んだのなら、目覚めるはずがなかったものが当代に現れてしまった。ですかね、先祖返りというものでしょうか」

「???」

 

先程、ヴラド公を視界に収めた反応から推察すれば和洋問わずとも“鬼”を討とうとするようだ。民の守護者、鬼を打ち倒した英雄、死後神に祀り上げられた青年、その血と力が目覚めたのなら喜ぶべきことなのだろう。

ただ、もうこの世界には鬼はいない、倒すべき敵がいなくなったということを除いては。

 

「日本にはここ数十年滞在していたので、当然大江家のことは聞き及んでいます。平安の世で暴れ回った鬼の遺物を守り、研究してきた酔狂な家だとか」

 

ああ、本当に、可哀想。

わけもわからぬ幼少に、なにも知らぬまま鬼の血を飲み干して、哀れな鬼になってしまった哀れな少女。

かの家が彼女に血を注ぎ込んでなにをしようとしていたのかはわからぬことだ、首謀者である父親は死んでいる。彼女を理解するものはこの世界に一人もいない。

 

「お、に…??」

「貴方も他の者とは違うことはわかっていたのでは? 人間らしからぬ体力と耐久性。さながら貴方は『現代の鬼』。愛するものを貪り食ってしまう、倒されるべき人の敵。幸いに、人の面のほうが強く出ているようですが…これから鬼の面が出てこないとは限らない」

 

───何を言われているのか、ほとんど理解ができなかったの。これは私の理解力がないとか、そんなんじゃなくて。ただただ単純に、脳が考えるのを拒否していたから。

 

幼いあの日に飲まされたものは大昔の鬼の血?

 

嫌だ、やだやだやだやだ。と駄々をこねるように首を振る。

なら私がこの世に存在してはいけないものなのなら、忌まれる存在というのなら。どうして叔父様は、私を外に出したのだろう。

 

「貴方はこの世で英雄が討つべき敵だ。

───ですが私は、貴方を救いたい」

 

少女はひどく動揺している。

潤んだ瞳がひたすらに哀れだった。

 

「どうか私の話を聞いてください、皆さん。必ずや、貴方方に納得いただけると信じています」

 

場には重苦しい空気が流れている。

そんな中彼はただ穏やかに、ほほ笑みを浮かべていた。

 

────

 

 

 

 

「マスター」

 

これはダメだ。と思わずアキレウスは声をかけた。顔が青い、息が浅い、拳は小刻みに震え、心做しか手に取った腕が熱い。

まるで迷子になった子供のように、不安げにこちらを見上げるヒマリはひどく脆かった。少し触っただけで消えてしまう飴細工のよう。

 

「天草四郎の話、わかったか?」

「ぜんぜん、わからなかった…」

「まあうん、そうだよな…」

 

アキレウスは苦笑いをして、手が起きやすい位置にあるヒマリの頭を撫でた。そばにはアタランテ、カルナがいるが……まあ込み入った話をしても平気だろう。

 

「アキレウスは…どう思うの? 聖杯で世界は救えると思う?」

「そうさなあ…」

「私はちょっと、怖いな。もしこの聖杯戦争に参加していなかったら、自分の知らないところでそんなことが起きてたんだって。私達が進む未来が、誰かの手で決められるのが少し、怖い。世界なんてそんなものだとわかっているけど、立ち会ってみてわかるの」

 

ヒマリは囁くように言う。

その様子を見て思うのだ。彼女は愛おしいほどに“人間”だ。人で無しではない、確かな人間性。

 

「俺は…アイツのやり方なら救えると思うぜ」

「…うん」

「体に変化は? 毒とか…」

「そっちは平気。うん、平気…」

 

心ここに在らずといった様子のマスターに、アキレウスは目を細めた。

 

「疲れているな。今日は無茶をさせた。寝ちまえ、マスター」

「えっ、でも、まだ、」

「いい。いいから、とりあえず考えるのをやめて、寝ちまえ」

 

強引に瞳を閉じさせてとんとんと背中を叩く。子供より子供らしいマスターは途端脱力した。予想以上の寝入りの良さに口元が緩んだが、仕方なしに抱きかかえた。

 

「さて、どーするかね」

「部屋は余っていただろう。そこを勝手に使えばいいさ」

 

いつかのように眠る小さな少女を抱えてアキレウスは進む。

これでいいはずなのだ、とマスターの黒髪を撫でながら。




( ˙-˙ )?????
(虹色の林檎を食べながら羽根を集めて種火集めをしてやっとこさ最終再臨させて再臨絵で死に覚悟を決めて聞いた絆ボイスとマイルームボイスでトドメを刺された顔)

アキレウスがいい男過ぎる…

え? 聖杯? いらない? いるでしょ????(遠慮なくぶち込む)

これオリオン(アルテミス)へのボイスはないっぽい…? アポでもFGOでも「王様きらーい!」って言ってるからアガメムノーン王のことで嫌いになってるんだろうなあって思ってたけどそのことに関係のあるアルテミス(オリオン)への特殊ボイスがない…!
スト限(らしい)のでストーリーにでてくるみたいですね〜、今から楽しみです!(キシュタリアさんをチラ見しながら)(目指せ宝具5)(止まるんじゃねえぞ)

蒼銀のギリシャ神話で最も幸福な結末を迎えた英雄がほんと理想の彼で普通に推せる。えーーーギリシャマジギリシャ〜〜〜
とりあえずアタランテとヘラクレスを当てようと思いました…????


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Part.20:愛を

海だ。

鼻につく潮風が吹いて、髪を揺らす。砂浜を爆ぜる白波が、微かに残って引いていった。

ぼう、と私がそれを眺めている横で、隣の男は小さな子と戯れている。

 

「次はどこへ行こうか、姫」

「…お前、戻らなくてもいいのか。人の皇子だろう。あと姫はやめろと何度言えばわかる」

「兄はたくさんいるからなあ。私一人いなくなったところでどうにもならぬさ。ならばなんと呼べばいいのかいつも聞いているじゃないか」

 

海は好きだ。

春のぼやけた空を映した優しい海も、夏の輝くようなそれも、冬の厳しさも。海はまるで人のようだ、気まぐれである。

でも、それが好きだった。幼少の頃から、周りにあったものだから、というのもあるのかもしれないけれど。

 

「姫」と呼ばれるのは好きではない。というかもう姫ではない。そうしたのは貴様だろうに──まったく、緊張感のない顔だ。

 

「その名はもう捨てた名だ。お前といるならば新しい名をつけないとな」

「あ、私につけろと言われても困るぞ?」

「知っている」

 

お前が私とお前の子に付けようとした名前は壊滅的だったからな。必死で止めたが。

私もお前にだけはつけてほしくない。絶対に、嫌。

 

「ひどいなあ。まあ、名付けの才能がないのは認めるが…。私も皇子という身分を捨てた身、新しい名を考えなければ」

「…そんなホイホイ捨てていいものなのかは、鬼の身にはわかりかねる」

「お前のためなら惜しくはないさ」

「皮肉だったんだがな…」

 

少し熱くなった頬をそっぽを向くことで隠す。くっくっく、と笑いを噛み殺す声が聞こえてきて鳩尾に一発叩き込みたくなった。娘の手前、遠慮はするが。

 

 

愛おしい、と思っているのだ。

一目見たときから。人の里ですれ違ったあの日から。戦場で花開いた、赤い花を見た時から。そして、なによりも───薄暗い部屋の中で、貴方が手を差し伸べてくれたときから。

だからこそ、恐ろしいと思う。恋や愛などとは違う、私の心に巣食うもうひとつの焔が、貴方も、そして愛しい子すら焼いてしまうのが。

 

「うむ、“桃太郎”というのはどうだ? ほら、黄泉から帰る伊邪那岐命様が桃を投げつけただろう。昔から桃には破邪の力が───」

「…………いい、のでは、ない、だろう、か」

「決まりだなあ」

 

にこにこと愛嬌のある、朗らかな笑みを浮かべる貴方に私も笑った。

 

愛おしい、愛おしい、愛して、好き、大好き、こんなにも、愛しているのが。

私は、それが、たまらなく恐ろしい。

 

 

 

 

背景、お姉様。日いづる国は冬を越えましたがお姉様はどこでいかがお過ごしでしょうか。前にお話した娘は、日に日に大きく、可愛らしく成長していきます。人の子の成長は早いのだと、少し、ほんの少しだけ寂しく思います。

彼と歩く大地はとても大きいのです。ずーっと島にいたものですから、自分がどれだけ世間知らずが知りました。いつかお姉様がお話してくれた、大陸というものが幼い私には理解出来ませんでしたが、今ならわかる気がします。また会えたら、お話してくださいね。

 

お姉様、私は一度も人の子に会ったことがなかったので知りませんでしたが…

私達は愛してしまうと、喰いたくなるのだと、前お教えしてくださいましたよね。もし、本当にそうなら…それが私達の愛なのなら。私はあの人と、あの子と、共にいるべきではないのではと思ってしまうのです。愛しいあの子を、愛おしいと思うままに、もしそんなことを思ってしまったら。

私はそれが、ただただ怖いのです。

 

(大江山に保管されていた、比較的保存状態のよかった古い手紙より抜粋)

 

 

 

部屋で寝かす、と言っていたのはどこの誰だったろうか。とアタランテは嘆息する。

幼子は深く、深く眠っている。調子外れな寝息が微かにアタランテの耳に届き、少し微笑ましく思った。

子供は好ましい。特にこの世界のこれからを担う子供達は。見目ではおそらく、15かそこらの少女。

 

“親の野望のために子供を贄に捧げる”? 言語道断だ。今はもう死んでいるらしいが、まだ生きていたのなら千里先からでも射抜いていたところ。

 

「汝」

「…」

「その子はパトロクロスではない。いい加減ベッドで寝させてやったらどうだ。男の硬い腕の中よりは寝心地はよかろう」

 

空飛ぶ庭園。雲と丁度同じ高さを浮遊する城のバルコニーに、彼らはいる。言の葉を交わすことはせず、ただただ風を感じて───恐らくは皆、天草四郎の話を考えていたのだろう。

 

「やあ、皆様!」

 

だからこそ、アキレウスとアタランテはその人物を睨んだ。

晴れた空を曇らすような、健気に咲く花を散らすような。嵐を舞い込む文作家を。

 

「お前、知っていたのか?」

「『我らは夢と同じもので紡がれ(We are such stuff as dreams are made on,)その儚き一生は眠りに始まり眠りに終わる。(and our little life is rounded with a sleep.) 』……というわけで、ええ。もちろん知っておりました」

「あの男は…何を考えている。とてもじゃないが、まともではなさそうだぞ」

「さて、どうでしょう。正気か狂気か、そんなことは些細な問題では? 我らのマスター───天草四郎時貞は苦難と絶望の道のりを歩み、あの結論に至ったのです。ならば吾輩は万難を排してそれを叶えるだけでして」

 

腕の中の少女が、少し唸って身動ぎをした。どうも少し煩かったらしい。

 

「キャスター。汝の頭がおかしいのはわかってはいるが、それでもあえて問おう。何故、シロウに協力する?」

「それは無論、面白そうだからに決まっているではありませんか! 何しろ人類救済ですよ、誰かを救いたいなどと矮小なものではない。全人類、この世界に住む60億の救済。しかも、彼はただの聖人などではない。善行を積み、祈るだけで救われようとした面白味のない連中とは訳が違う! 彼は戦い、そして敗北し──無惨に全てを奪われた! そう。彼は恨んでいるはずです! 3万7000人を皆殺しにした統治も、それをただ見過ごした人々も! だが彼は恨まない! そればかりか、彼らも救済の対象だ。全人類を救うというのは、そういうことでしょう。それを彼も理解している! その苦悩、その煩悶、なんたる悲劇! それ故に──彼はひどく面白い。ならば退屈なマスターなど放逐して当然でしょう。吾輩はマスターに仕える者ではなく、物語に仕える者故に!」

 

また唸って、少しだけ瞳を開けた。騒々しいこの場所で、呑気に寝ていられるのが無理というものか。

 

「……や、だ」

「どうした、マスター。まだ寝ていていいぞ…まあキャスターがいてはおちおち眠れはしないか…」

「どう、して…」

 

その紫の瞳から一筋、涙が溢れたことにアキレウスはぎょっとする。いやだ、どうして、なんで、うわごとのように呟いて涙を零すヒマリに───いや、これは、誰かの夢を…。

 

「マスター?」

「愛してなんか、いない。好きなんかじゃ、ない。だって彼奴は、仇だ。私は恨むべきで、私は彼奴を殺すべきで。そんな、どうして、いやだ。愛したくない…!!」

 

一瞬。一瞬だ。

零す涙が赤色に見えて、彼女の“奥”から魔の気配が覗いたのは。

 

「だってわたしたちは、愛してしまえば、その愛を通さなければならないから…」

 

夢を、夢を。

見ている。ずっとずっと、過去のもの。何千年か、そのまた先か。物語では語られなかった、一人の姫の夢を。

人と鬼、英雄と悪、仇と恋。

 

目から零れるそれは、果たして英雄のものか。それとも鬼のものなのか。

 

もやがかった思考で、もうこんなものなど抱えては生きていけぬと思った。この身を灼く愛も、憎しみもなんてことはない。ただ、それ以上に───“愛しいものを目にした時に、思わず美味しそう”などと、思ってしまった自分がいて。もう駄目なのだと、これが私達の愛なのだと。

そして、どうして貴方だったの。と、暴走した思考がついに爆発をして。

 

喉には刃を、それではきっと死にきれぬだろうから。“あの人”は崖から身を落として───

 

「そんなの、いやだ…」

「ヒマリ、マスター。戻ってこい、それは夢だ。現実じゃあない」

「…う」

 

頬をつたうこの涙は、一体誰のものなのか。夢か現かの狭間の中で、おのがサーヴァントを見上げるヒマリにはわからないことだった。

あったのは、ただ───悲しいという想いのみで───




この作品1話見に行ったんですけど主人公の性格を「それなりに大人で男勝りなイケメン女子(要約)」にしようとしていた片鱗があって笑う…真反対やんけ……
アキレウスに聖杯2個目渡してきました


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設定:極東のセイバーと

吉備津彦命 -キビツヒコノミコト-

 

身長:???

体重:???

出典:日本書紀、古事記

地域:日本

属性・カテゴリ:秩序・善・地

イメージカラー:真朱と漆黒

特技:鬼退治

好きなもの:嫁が作った料理

苦手なもの:鬼

 

「吉備津彦命、推して参ります」

 

「弱きを食らう鬼共、お覚悟」

 

「一目見た時に気になって、二目見ればこの心は燃え上がり、三目見れば落ちていた。人はこれを、恋と呼ぶのだろう」

 

「姫───」

 

極東の古代の皇族の皇子。

鬼ヶ島にて温羅を討ったと云われる───つまりは極東で最も知られる鬼退治の英雄、「桃太郎」である。

日本書紀や古事記に記された内容よりも、古来より語り継がれた「桃太郎」からの伝説が影響している部分が多い。

 

濡鴉のような黒髪は猫っ毛らしくふわふわ。長い髪を頭頂部で結った、細身の美青年。愛嬌のある顔立ちをしており、本人も人懐こい性格。とぼけたような言動で周囲を誤解させることもあるが物語にもある通りの、悪を退け弱きを守る英雄らしい英雄。なぜかその笑顔は、少し物寂しげな哀愁を漂わせている。

聖杯戦争ではセイバー、もしくはアーチャーのクラスで召喚される英霊。

 

日本書紀、古事記には妻や子供のことは言及されていないが、桃太郎元服姿には妻の記載がある。おそらくは吉備津家はその血筋だろう。

ちなみに吉備津彦命の家来であった犬飼健、楽々森彦、留玉臣は物語の影響を受けてかイヌサルキジの姿に。呼んだ時にちょっとまだ見慣れなくてびっくりする。

 

筋力:A 耐久:B 敏捷:A 魔力:E 幸運:C 宝具:B

クラス別スキル:対魔力A

保有スキル:???

宝具:???

 

 

鬼姫 -オニヒメ-

 

身長:???

体重:???

出典:桃太郎元服姿

地域:日本

属性・カテゴリ:混沌・中庸・地

イメージカラー:真朱と漆黒

特技:特に無し

好きなもの:海を見ること

苦手なもの:恋

 

「絶対に許しはせぬ…貴様は、貴様は必ず。私の手で…!」

 

「私は…人の世に生きるさ。」

 

「──さらば!!」

 

「たとえこの世が滅びようと…ずっと、お慕い…」

 

桃太郎元服話に登場する鬼の姫。

 

聖杯戦争では「暗殺者」のサーヴァント。「復讐者」の適性も有り。

 

長い黒髪に、額にある白い角。凛々しい面立ちと切れ長の紫の瞳、美しい少女の姿の鬼。

 

「桃太郎元服姿」とは、所謂「桃太郎」の続きのお話である。鬼退治から戻ってきた桃太郎が妻を娶る話は多く存在するが、元服姿は少し異質。鬼ヶ島の鬼の姫を連れて帰り妻にしてしまう。

鬼姫にしてみれば彼は一族の仇。復讐の炎は燃え上がるが───運命は残酷に、彼女は彼の優しさに触れて恋をしてしまう。

娘を産み、育てていくうちに「愛しい」と思う気持ちを知り、恋の炎と復讐の炎に苛まれ彼女は日々憔悴していく。それを気遣う彼であったが───。

鬼というものは「愛おしければ愛おしいほど、その対象を喰いたくなる」者なのだ。違う、私は彼らを好いてはいない。仇だ、敵だ、愛してなどいない…! 溜まりに溜まったその想いはついに爆発し、彼女はその牙を己の娘へと突き立てようとして──娘の悲鳴を聞いて我に返った。自分はなにをしようとしていたのだ? 娘を? 真逆。私はどうしようもなく鬼なのだと、もう共にはいられないのだと。泣きじゃくる娘の声を聞きながら、鬼姫は短刀を持って走った。

これは桃太郎を殺すためのもの。崖に辿り着いた彼女は大粒の涙を零しながら短刀で喉を掻き斬った。そしてそれだけでは死にきれぬと、海に身を投げて───

 

筋力:A 耐久:B 敏捷:A 魔力:C 幸運:D 宝具:C

クラス別スキル:気配遮断A

保有スキル:???

宝具:???




アキレウスのスキルマが当分無理だと悟ったので(心臓と証が足りない)先に100にしちゃおうと思ったのだけれどQPが足りなくなりました(^q^)
おかしいなああんなに周回したのになあ…

閑話休題。

吉備津のお兄さんとそのお嫁さんの設定っぽいもの。今出しても問題ないかなって。
Fateって「死後神に祀り上げられた」人には神性つかないっぽい? 神の子供、または血筋にしかつかないのかしら? 吉備津彦命も祖神は天照大御神だからあるっちゃあるのかしら…


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Part.21:がおー?

空飛ぶ庭園の花畑の中で、ヒマリは独り佇んでいる。流れ落ちる水は上へ、さかしまの流れをぼんやりと眺めていると、花の間を縫うように飛ぶ蝶はヒマリの鼻で羽休めする。

 

息をする。

生きている。

 

うーん…。難しい…。

自分が鬼だとか家の事とかだいさんまほーによる世界の救済で頭がパンクしそうだった。考えても考えても思考の着地点は見えずに迷走するばかり。

 

「というか、角がないのに鬼と言われても…。鬼といえば角だよねぇ?」

 

桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきびだんご、ひとつ私にくださいな。

キビツヒコノミコト…だったか。現代で言う桃太郎のモデルと呼ばれるその人の家系と言われてもピンと来ない。

 

うーん、だめだ。八方塞がり。

こんな状況になるなら、家出する前におじ様にいろいろ聞いておけばよかったな。と後悔する。

 

「鬼…鬼、ううむ。が、がおー…?」

「なにをしているのだ、汝」

「うひゃっ?!」

 

突然声をかけられて、思わず肩がビクリと震える。自分でも大げさだと感じたその仕草に目を丸くしたその人は、穏やかに口元を緩ませた。

 

「“赤”のアーチャー、さん…」

「アタランテで良い。こんな状況で真名もなにもあるまい…それに私の真名ならライダーに聞いているだろう?」

「えへへ…」

 

鮮やかな森のような少女はそう言って私の頭を撫でた。アタランテ、という狩人の彼女の目には私は子供に映っているらしい。抗議しようと思ったものの諦めた。ケイローンさんやアキレウスやアタランテを見る限りギリシャの人は身長が高いのだ。日本人の気持ちなんてわかるはずがない…。

 

「アタランテさんはなにをしてたの?」

「見回りだ。まああの女帝の目が届くのだから、意味の無いことだが。習慣のようなものだな。汝はなにをしていたのだ」

「うーん…ぼんやりしていただけよー? いい天気…というか雲の上だから天気関係ないか…」

 

酸素の薄い空の上だというのにこの体が平気なのはそういうことなのかなあ…と考えて首を振る。まあこれは今考えても仕方あるまい。

わからないわ、わからないの。わからないなら考えても無駄かもしれない。それならば考えずに、呑気に気ままに歩きましょう。

 

「…そうか」

「うん?」

「いや、なんでもないさ」

 

アタランテは私の横に腰を下ろすと、私と同じように辺りを見回す。深緑の美しい瞳は鮮やかな花々を映して、長い睫毛が瞬きをしたその一連の流れにほうっと感嘆の息をついた。野性味があるが粗野ではない、研磨されていない宝石のような、ありのままの美しさ。

 

「どうした。そんなに私の顔をじっと見つめて」

「ううん。なんでもない!」

 

挙動不審な私の様子にアタランテは顔をくしゃっとさせて笑う。まるでその笑顔は子を守る親のようで───なんだか少し、恥ずかしくなった。

 

「汝はこれからどうする? サーヴァント同士の争いには参加はすまい」

「そう、だね…私じゃ足でまといだもんなあ…。とりあえず下にトゥリファスに荷物取りに行きたいけどこの城引き返してはくれないよね…?」

「足蹴にされるだろうな…大事な荷物なのか?」

「うーん…家出してきたから、あれが私の荷物全部で…大事っちゃ大事かな」

「ふむ」

 

アタランテは少し考え込むと、頬を緩めて優しく笑う。

 

「なら、私とともに来るか? 実はマスター…天草四郎から斥候を命じられている。街には出られるだろう」

「本当?!」

「ああ。もちろん、ライダーや天草四郎から了解を得て、からだが」

「…言ってくる!」

 

すぐさま立ち上がって、ぱたぱたとかけて行ったヒマリにアタランテは微笑ましそうに尻尾を揺らした。

彼女もまた、迷子になるからと城の中を歩き回ることはライダーから遠慮するようにと言い聞かされていたし、眺める景色はほとんど空、蔵書室はあるもののキャスターはいるわ字は読めないわで暇を大いに持て余していたのだろう。

 

街に出るにはいい機会かもしれぬ。彼女にとって、気分転換にはなるだろう。

そうライダーには言い訳を作って、アタランテも立ち上がった。




バイトが忙しくて何も書けない…!

びっくりするほどばーにんぐ!
茶々ちゃん可愛い〜!!!
ノッブも復刻しないかなあ…欲しいなあ…


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Part.22:空からの

思いの外、許可は容易く下りた。

天草四郎はいつもどおりの穏やかな微笑みをたたえて頷いたし、ライダーも渋々ながらも首を縦に振ってくれた。

心底浮かれていたヒマリはとあることを失念していたのである。

 

「…どうやって降りるの?」

「うん?」

 

雲を見下ろしながら、ヒマリは不安そうに呟いた。その声を拾ってアタランテはご機嫌そうに尻尾を揺らす。

彼女も雲間を見下ろしながら立っている。強い強い風がぴゅーぴゅーと吹き付け、ヒマリは思わずよろめいた。

 

「あーー、姐さん? よければ俺の戦車で降ろすが…」

「いいや、構わないさ。自力で降りれるからな」

「あーー、うん。マスターが…いや、なんでもない」

 

ここからどうするというのだろうか。

なんだか言いもしれない不安が汗となって背中を流れる。長丁場になるかもしれないから、と作ったお弁当と水筒が背に背負ったリュックの中で揺れた。

 

「心配するな、私に任せろ」

「うん…、ライダー…?」

 

アキレウスが目を合わせてくれない。

すごく不安になってきた。困惑しているうちにアタランテに抱き抱えられて、さらに頭の中のはてなマークは増えていく。

 

「ヒマリ、舌を噛むから口を閉じていろ。なに、すぐ着くさ」

「待って待ってまさかちょっと…!」

 

「イッテラッシャイ」

 

アタランテは一歩、空中に踏み出して───

 

「〜〜〜?!」

 

風と、無重力と、とりあえず風と風と風が…。

ヒマリは人間の本能に従って意識を手放した。南無。

 

 

「おい」

「…ううん?」

 

意識を取り戻したあとさわやかな草木の香りが鼻腔をくすぐった。

胃が浮くようななんとも言えない感覚を味わったヒマリは、微妙そうな顔をしながら胃をさする。なんだろう、すごく変な感じがする。

 

「ホテルとやらに行くとよかろう…が、私がいたほうがいいか?」

「ううん、逆に目立つと思うの。平気、平気」

 

今のところ、黒の側だけではなく獅子劫さんまで敵側に回っている可能性が高いが…。まあ現状は平気だろう、勘はいいのだ。

あの場にいたサーヴァント以外にはヒマリの特異性は知られていないし…

 

「そうか。…じゃあ行ってくる、汝も気をつけろ」

「はーい」

 

最後に、少し心配げに声をかけて消えたアタランテに手を挙げて答えた。

なにかとよくしてくれているが、なぜだろうか。特別気に入られるようなことをした覚えはないのだけれど。

そこだけ少し気になりつつ、お腹が空いたから鼻を頼りに歩き始めた。庭園でのお料理、作ってるのが竜牙兵だからあんまり口に合わないのよね。




きよひーが来ましたー!
夏フランちゃんがいるからバーサーカーからの夏組に好かれてるのかしら?
お久しぶりですね( ˇωˇ )


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Part23:トロイメライ

夏が始まって終わりましたね


遅めの朝食を済ませてから、ヒマリはホテルに向かった。管理人さんからはすこし睨まれてしまったけれど、荷物はちゃんとあってほっとする。ちんけな小さいキャリーバッグでも、私にとっては全財産である。

なぜだかどっと───疲れてしまった。眠くて眠くて仕方がない。お腹がいっぱいだからだろうか。瞼が重くて、重くて。

気づけば寝入ってしまっていた。子供のように、丸くなって。

 

 

◆◆◆

 

 

目が覚めたら夜だった。

思考がぼやっともやけていてぶんぶんと頭を振る。ひさしぶりに寝入ってしまった…どれくらい寝ていたのだろう。真っ暗な窓に呆れて笑う。いろいろあったから、いろいろありすぎたから、ちっぽけな日本から飛び出してから。

飛行機に乗って、小さなキャリーバッグと一緒に、遠く遠く遠くへ。

 

突然ふっと思考が開けて、ベッド脇に誰かが立っているのを悟った。月明かりは差し込まない日照りの悪い部屋。真っ暗闇では気配を探ることしか出来なくて、一切の挙動を止めた。

その人影は動かない。誰だろう、扉の鍵は閉めたはずなのに。敵側の誰かだったらやだなあ、殺されちゃうなあ…と我ながら緩い思考をたらたらと続けながら、その名前を呼ぶ。

 

「…アタランテ?」

「…」

 

ピクリ、とその影が動いた気がして、息を呑む。ベッドが軋む音がして、陽鞠は身を縮こませた。

鼻先に髪が触れた。森の中にいるのかのようなこの香りは、紛れもなく“赤”のアーチャーのとの。ほっとして声をかける。

 

「アーチャー? どうしたの」

「…」

「何かあったの?」

 

その指が陽鞠の髪を掻き分けて頭に触れた。またぎしり、とベッドが軋む音がして、背中に手が回される。ぎゅうっと息が出来ないほど抱きしめられて、思わず「ん…っ」と声が出た。

 

「どうし、たの、アタ…ランテ…! くるっ」

 

彼女は私の髪を撫でながら無言のままだ。手が、サーヴァントの手が、人間の頭蓋など卵の殻のように握りつぶせる手が。わたしを押し潰さん如く撫で続ける。

 

「大丈夫、大丈夫だ」

「“アーチャー”…?!」

「お前達は、わたしが、絶対に、守ってみせる」

 

虚ろな声で、暗闇の中。相手の表情は見えないまま、なぜだか泣いているのだ。と思った。決意を滲ませる声に、未だ私の背を撫で続ける手を握って。私もそっと抱き返した。そうしないとこの人は狂ってしまう。あの日の父のように。何かに魅入られてとり殺されてしまう。そう感じて、私も目を瞑って大丈夫。大丈夫。と声に出した。

──もしかしたらもう、とっくに。それこそずっとずっと前に、歯車なんて狂いきって、どうしようもないほど壊れていたのかもしれないけれど。

 

大丈夫、と。そう願わずにはいられなかった。




お久しぶりです。
私の夏は褐色おっぱいに始まり、彼氏面、彼氏面(×2)、ヴィヴィアーンに終わりました。
ハワイループの旅、楽しかったですネ! びぃびぃちゃん欲しかったあ…XX…メイヴちゃん…

灼熱の夏が終わり、食欲の秋の始まり9月…! になりそうですが、残暑と台風がやばそうですね!(^q^)
皆様お気をつけくださいな


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Part24:恋しさと切なさと心強さ

夜が明けてからアキレウスが最初に見たのは、2人の女の姿だった。自分のマスターである少女、陽鞠はサーヴァントの運動能力に三半規管がついていけなかったのか顔を青くして蹲っている。そして同陣営のアタランテは───どこか陰のある表情で陽鞠の背を摩っている。子供好きのせいか以前から陽鞠を気にかけている様子はあったが……今回の哨戒で仲が深まったのか、逆に遠のいたのかわからない。明らかに何かはあったのだろうが───女と女の仲を詮索するのも野暮かと鍛錬に戻った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

ノイズが走る。

 

音が嫌に遠い。

視界もどこかぼやけていて、時折焦点があったり合わなかったり。何やら気持ちが悪い。

嗅いだことのない新鮮な潮の香りを胸いっぱいに吸い込んで、眉根を寄せる。

自分の体がここにあるというのを確かめるように頬に触れた────濡れている。泣いていたようだった。

 

どうして、如何して。ただただ悲しいような、虚しいような。そんな言い様のない苦しさが胸を占めている。

目頭が熱くなり、また一筋涙が溢れたときに気づいた─────これは私じゃない、きっと“彼”だ。

 

気づいたら委ねてしまうのは簡単だった。前のように乗っ取られて、いいようにされてしまうっていう危険性もあるってライダーは言うのかもしれないけれど。そんなこと考えつかないほど、彼から感じられる感情はひたすら“哀”でそれはきっと愛ゆえだった。

 

「お、…………い、おーい、起きてる? ちゃんねる、合ってる?」

「…?」

「うーん私、ソッチ系は不得手でござるからな〜。難しい、難しい」

 

別離れる。彼と私が離れ、別の存在になる。コツコツ、と人差し指で額を叩かれる感覚があった。ぼやけた視界が一気に広がって、目の前に小麦色の肌と紅色の瞳が目の前にある。

 

「わ゛っ?!?!」

「お、起きた起きた♪ いや、この表現はおかしいか。現実のこの子は夢の中だろうし…うーん、まあ細かいことはどうでもいいか。重畳、重畳」

 

その彼は満足そうに目を垂れさせると、屈めた背を真っ直ぐ伸ばした。猫っ毛らしい柔らかそうな淡い黒髪を高いところで一結び、整った顔立ちは柔和そうで、さっきから意味もないのににこにこにこにこ、どこか可愛らしい印象を受ける。

恰好は────なんだろう、これ。赤漆の甲冑に、ヒマリの浅い知識でも江戸時代っぽいな、と感じる服装。それに、とチラと目線を上に上げた。

 

「ああ、これか? これはそなたの中の私のいめぇじに引っ張られて────うーん、現代っ子はむつかしい…」

「桃…………」

 

額に桃の絵が描かれている鉢巻をしている。しっくりくるような、しっくりこないような…。

 

「うむ。こういう時は、何と言うんだったか…」

「ええ…」

 

日本人であれば誰もが既視感を覚える、そんな姿で青年は目を細めて笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…吉備津彦命、という。まあそなたらに言わせれば、うん。

───桃太郎、というやつだ。宜しく頼む」

 




キアラさん、めちゃくちゃ頼りになる…


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Part.25:ふわふわしてるし

お久しぶりです


知らない男の人に「これは君の夢の中で私は君の御先祖様、おーけー?」と言われても信用は普通にできない。肩に回されようとした手を避け、ちょっと離れると苦笑いされた。

 

「そんなに違和感があるのか? 君の脳に負担をかけないために、いめーじは君の中にある“桃太郎像”にあわせているし、顔だって君に寄せてるし…」

「本当に桃太郎? 本当に御先祖さま? 信じられない…なんかふわふわしてるし…」

 

改めて顔を伺えば…………まあ似てるっちゃ似てるかもしれない。黒髪もそうだし、全体的な雰囲気的にも、血縁を感じさせるところもあるのかも?

 

「たびたび、体を操ってたのはあなた?」

「…すまないな」

「あなた、サーヴァント?」

「とはたぶん違う」

「ふーん…」

 

現在、私達は日本家屋っぽい部屋の中でぱちぱちと爆ぜる囲炉裏を囲んでいる。

 

「之は、まあ一種の夢だ。今君の前にいる私はさーばんと、でも、英霊でもない。ただの残滓、そなたの中の残り香、目覚めた名残、泡沫の夢…」

「ほう…」

「あーこれわかってないね!」

 

私とよく似ているその人は、これまた私とよく似た笑顔でからりと笑った。気持ちがいい笑い方をする人だ。ライダーっぽい、というか、英雄っぽい。その点ヒマリのふにゃふにゃした感じとは真逆。自信満々そうで、胡座をかいた背が真っ直ぐ伸びていて、太めの眉の力強さと笑った顔のアンバランスさ、頬に出来たえくぼが可愛らしい。人々に愛される人、というのはこんな感じなのだろう。

 

「サーヴァントのあなたと、ここにいるあなたはちがうって話だよね…? なんでちがうの?」

「んー、んー、んー。まあ、ここで話すほど重要なことではないよ。夢とは覚めるものだから、そなたが寝ていてくれる間は、違う話をしなくては」

 

そう言ってその人は────吉備津彦命は、困ったように首を傾げる。まるでぐちゃぐちゃになったパズルを眺めているような視線だった。

 

「大方、私達の後輩くん………あーーー、天草四郎時貞だったか? が、言ったことは合っている。そなたは私の子孫で、私の血を脈絡と継いでいる。おそらくはもう唯一の存在だろうな」

 

その手は躊躇うように前髪を撫でた。その瞳の色が寂しげな色を映し、唇がきゅっと結ばれる。

 

「本来ならば目覚めぬはずの力だった。現代では無用の長物。鬼は絶えた。神秘ももう小指の一欠片程度。争いもほとんどない、こんな平和な人の世に、鬼退治の力なんぞ目覚めないはずだった」

 

西洋の鬼め…、と吉備津彦命が口汚く罵った。

ああ確かに、確かに私の身に異変が起こったのはあの時が初めてだ。自分の体に、自分のものでは無い力が宿る感覚。振りおろした刀が肉を切り骨を断つあの────恐怖感。

 

「そうなってしまったものはしょうがない…であればこそ、そなたは選ばなければならぬ。その身が車裂きになる前に。人であることを迷う前に」

「…?」

「“彼女”のように、なる前に」

 

しっかりと目を見て言われた言葉に、ヒマリは首を傾げるしかなかった。

難しい話は苦手だ。居心地が悪くなって、もじもじしてしまう。

 

「…彼女って?」

 

一応、そう問いかけてみたら、少し気まずそうに微笑んだ。嘘は苦手そうだ。でもそれに突っ込むほどヒマリも子供ではないし、察しが悪くもなかった。

 

「じゃあなんで車裂きなの?」

「それには答えられる。」

 

ほっとしたように少し顔を明るくした吉備──もういいや、桃太郎で──。ヒマリの好感度が上がる。

 

「私は、なんというか、神性を持っていてな。逸話のために鬼殺しの業を持っている」

「…ジークフリートの竜殺しみたいなものかな?」

「そうだな、その御仁は知らないが、似たようなものだと思ってくれていい。

 

君には、そんな私の血と、何故かは言えぬが鬼の血が混ざっている」

 

その何故か、はなんとなくわかった気がするがそれはそれ。

思わずまた、はあ、と声が出る。それとこれになんの関係があるのかはわからなかった。

 

「つまり、ううむ。なんというかだな、説明が難しい…!

私は鬼を殺すのが役目、鬼は私を殺すのが役目」

「ほぉ」

「そのふたつが君の身体の中でドンパチ」

「はぁ!!!」

 

それ故に車裂き。と何故か彼は満足そうに笑った。(自分の中では)納得のいく説明ができたんだろう。それどころじゃないのはヒマリである。

 

「えっ、それってつまり、このまま放っておいたら私どうなるの?」

「どうなるってこう……………………………こうだな!」

 

桃太郎が己の首の前で首を絞めるような動きをする。

 

「死んじゃう……………?」

「結果的には。その前に苦しむだろうな。鬼を殺すのが役目だが、その前に自分が鬼(仮)なのだから、まあ…お互いの首を絞めるだろう」

 

刀で体を支えるようにして、桃太郎はそう言った。具体的にどうなるのか、を言わないところが怖い。問い詰めても言ってくれなさそうだから余計に怖い。

ただただ怯える少女に、桃太郎は眉を下げた。

 

「だから君は、できるだけ近いうちに決めなくてはならない」

「…?」

「“人”であるべきなのか、“鬼”であるべきなのか、そのふたつを」

 

空間が揺らぐ。目覚めが近いのだろう。ここ最近のヒマリはずっと満足に眠れない日々を過ごしている。できるだけ眠りが深い日を選んだのだが……現実は上手くいかない。

 

「人を選ぶのもいい。これまで通り、とは行かないだろうが…。

まあ、ここまで脅しといてなんだが。鬼を選んでもいいだろう。知り合いの鬼はそれはそれは愉しそうだったからな。もしかしたら鬼の目からしか見えぬものもあるのかも」

 

あと単純に強くなるし。とは桃太郎は言わなかった。

彼女の中から微かに、荒ぶる神の気配がする。何代も血が交わる中で混じったか、それとも。あの少女の姿をした鬼の気配だ。彼女が“鬼”を選ぶとすればどうなるんだろう。

こんな時代に小さな、だが強大な神秘の産声をあげてしまったこの子供は、これからどんな未来を歩むのか。

 

わからないな。わからない。

桃太郎はぎこちなく笑う。そうだ、わからないのだ。全てが彼女と一緒なわけじゃない。違う運命がある。この子自身が歩む、別の未来がある。

───瞼に焼き付く海に消えた妻を、今ばかりは無視をした。

 

「さて、そろそろ朝が来る。夢の終わり」

「えっ!! 私あなたにまだ具体的なこと聞いてな…!」

「起きたらちょっとうるさいかもだ、すまんな!!」

「ええっ…!!!」

 

不安そうな少女の頭を優しく掴み、軽く揺すった。黒髪に指を滑らせて、そっと微笑む。

 

「戦えヒマリ。君がどのような結末を選ぶにしても、君の未来は輝きに満ちていると、私はそう信じている」

「具体的になんの説明もないまま勝手に信じられた…! よくわからないけどありがとう!」

 

世界が崩れる。

夢を見る度にこうだなあ、と思い出しながら、とりあえずヒマリは目を閉じていた。

 

 

「マスター…!」

「…………おはよう? ライダー…」

 

起きるとライダーが眉間に皺を寄せてベッド脇に立っている。その事に変な予感をビンビンと感じながら、ヒマリは起き上がった。

───とりあえず説明は、自分の考えを咀嚼してからで。

 

 

 

 

 

 

 

 




去年のギル祭は「もう周回しねえ!!!」と涙目になるレベルには周回したんですけど……………(今年の礼装2枚目を凸った顔)
高難易度アキレウス来ましたね〜♪パリスくん(聖杯2個)でトドメを刺したいので目下調整中です♪

そろそろ終わりが…! 見え…見え…(?)みたいな時期なので、更新は引き続きゆっくりになるかと思います。今回は筆(指)のノリがよかった。
Pcrewでヒマリちゃん(黒髪ぱっつんストレート、紫目、かなり幼顔の女の子)作ったら我が子ながら可愛くて泣いたな…


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