君と過ごす16度目の春に (楠富 つかさ)
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#1

「私には好きな人がいる」

「あたしには、好きなヤツがいる」

 

「小さな頃から一緒に育った」

「いわゆる幼馴染みって間柄」

 

「すらっとした手足だとか」

「とにかく可愛い笑顔とか」

 

「走るのが速いとか」

「勉強が出来るとことか」

 

「でも」

「ただ」

 

「鈍いのがなぁ」

「鈍いのがよぉ」

 

「ずっと好きなんだけどね」

「気付いてくれたっていいだろうに」

 

「片想いってつらいな……」

「両思いになりてぇなぁ……」

 

「明日から高校生だし、きっと……」

「環境が変わりゃあたしだって」

 

 

 四月六日の夜、花園愛真(はなぞのえま)氷見茜(ひみあかね)は互いのことを想いながら、それぞれの自室で、ぼんやりと灯りを消した天井を眺めていた。家は隣同士、ベランダから互いの部屋が見える程の距離が、彼女らの近いようで遠い距離を示しているように見えた。

 

 

 日付は変わって四月七日。紺色のブレザーにベージュのスカート、彼女たちが通う坂枝西高校の制服に身を包んだ愛真が氷見家のドアベルを鳴らす。少し時間をかけてドアがゆっくりと開く。愛真と同じく坂枝西高校の制服に身を包んだ茜が顔を出した。

 

「おはよ。もうちょっと待って」

 

朝に弱い茜は欠伸混じりにそう声をかけ、愛真を家に招き入れた。

 

「ちゃんと朝ご飯食べた?」

「食べたよ。トーストにサラダにコーンスープ。いい感じでしょ?」

 

茜の両親はともに編集者で朝、家にいることは少ない。それでも茜のために食事の仕度はするのだ。……それゆえに茜は料理が出来ないとも言えるのだが。

 

「ほら、ネクタイ曲がってるよ。しかも緩い。ちゃんと締めなきゃダメでしょ」

 

だらしなさを拭えない茜の装いを愛真が正す。

 

「ほら、ちゃんと着ればモデルさんみたいに格好いいんだから」

「愛真も髪、ちょっと跳ねてんぞ。ちゃんとしとけよ、可愛いんだから」

 

150センチの愛真の髪を手ぐしで整える茜の身長は166センチ。頭を撫でられる愛真の頬は紅く染まっていくが、俯いた愛真の顔は茜から見えない。

 

「ほら、学校行くよ。茜ちゃんハンカチ持った? ティッシュは? 花粉症のお薬飲んだ?」

「ハンカチはスカートの、ティッシュはブレザーのポケットに入れたし薬は飲んだ。まだ鼻すっきりしないけど大丈夫だ」

 

そう言って玄関に置かれた鞄を持って二人は家を出た。高校まではバスで通う。家の近所にある郵便局の前にバス停があり、そこから二十分程の距離にある。そう待たずに来たバスに乗り込み、奥の二人がけのシートに座る。バスの乗客はそこそこ多いが座れない程ではない。

 

「ふふ」

「んだよ愛真、にやにやしやがって」

「だって、また茜ちゃんと同じクラスだし」

 

 四月三日、坂枝西高校では仮入学式というイベントがあり、そこでクラスの発表や教科書販売に関するガイダンスが行われていた。その時、愛真も茜も一年二組であることがわかったのだ。

 

「でもよ、愛真は来年から特進だろ? あたしは、まぁ一般コースになるだろうから今年だけだぞ?」

「そんなこと言わないでよ、ひょっとしたら茜ちゃんだって特進行けるかもよ?」

「無茶言うなよ……」

 

坂枝西高校は文武両道を是とする一般的な公立高校であり、学力面における推薦とスポーツ面における推薦がある。愛真は前者、茜は後者で入学している。学力推薦で入学した者を含め、一年次の成績上位者は二年次に特進コースというクラスに振り分けられ早々に受験対策を行う。

 

「あ、そうそう。昨日ね――――」

 

和気藹々と話す二人を乗せてバスは進んでいく。そして、

 

『次は~坂枝西高校前~坂枝西高校前~』

 

アナウンスが流れるとほぼ同時に、窓側に座っていた茜がボタンを押すと、おりますという文字が赤く点灯し、数分後にバスが停車した。同じ制服を着た学生達が降りていくのに続いて、二人も定期をタッチしてバスを降りようとすると……

 

「わっと!」

「おい!」

 

バスのステップに躓いた愛真を抱き止める茜。抱きしめられた愛真は体温の上昇を自覚する程に顔を赤くしていた。

 

「は、はぅ、ごめん」

 

茜から離れブレザーやスカートの裾を直す愛真に、茜はやれやれという表情で、

 

「ドジだなぁ。足下には気をつけろよ。愛真が勢いよくぶつかってきたらあたしだって痛いからな。重いし」

「な、重くはないでしょ!?」

 

身長のわりに肉付きのいい……豊満な身体をぺたぺたと触りながら抗議の声を上げるが茜はどこ吹く風といった様子で、そそくさと校舎へと歩き始めた。

 

「ほら、置いてくぞ」

「ちょ、待ってってば!」

 

小柄ながら出るとこは出た愛真と、長身でスレンダーな体型の茜。互いに互いへ想いを寄せながら伝えられずにいる対照的な二人の高校生活は春風に桜の花びらが舞ううららかな日から始まった。



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#2

 入学式、クラスでの自己紹介、お昼を挟んで行われた健康診断、めまぐるしくやってくるイベントをこなし終えると、すっかり放課後となり愛真も茜も帰り支度を始めていた。すると、クラスメイトの少女が一人、声をかけてきた。

 

「花園さん、氷見さん、今から帰る? どっか寄ってかない?」

 

ゆるく巻いた髪にうっすらと施された化粧、青春を謳歌せんとする彼女に愛真も茜もどうしたものかと考えていると、後ろから男子の声が響く。

 

「おーい、降旗(ふりはた)まだかー。置いてくぞ」

「え、待ってよ!? うぅ、来る? 来ない?」

 

降旗と呼ばれた女子生徒が再び愛真と茜の方を見るが、

 

「男女ごっちゃかぁ。いや、やめとくよ」

 

そう茜が言うと降旗はがっくりといった表情で戻っていった。

 

「よかったよな、愛真?」

「あ、うん。まあね」

 

元から人見知りのきらいがある愛真にはこういったイベントは荷が重いと判断したのだ。しかも女子だけでなく男子もいるとなると、愛真にかかるストレスは大きくなるだろう。

 

「んじゃ帰るか」

「うん!」

 

そう言って教室を後にした二人。話題は自ずとさっきのことになり、

 

「降旗さん。可愛かったね。やっぱりモテるのかな……?」

「どうだかな。あたしは愛真の方が可愛いと思うぞ」

「ちょ、もう……茜ちゃんったら」

 

照れる愛真の表情に鼓動が早まるのを気取られないよう茜はそっと呼吸を落ち着かせる。その一方で愛真は浮かれた様子をふっと消して俯いてしまう。

 

「せっかく高校生になったわけだし、色んな人と話してみたいって思ってるんだけど……。さっきも私、何も言えなかった……」

 

愛真は決して内気な性格ではない。ただ、仲良くなるまでに時間がかかるだけだ。中学生時代も時間はかかったものの友達は少なくなかった。それを考えて茜は余計なお世話だったか考えるが、

 

「茜ちゃんが居なかったら私、多分何も考えずについて行って喋れなくて……せっかくのチャンスをふいにしてたと思う。ありがと、茜ちゃん」

 

その言葉を聞いてネガティブな考えを追い出した。

 

「おう、愛真ならいつかきちんと打ち解けられるさ。焦らなければな。愛真はそそっかしいから、気ぃ付けろよ?」

「そういう茜ちゃんはあんまり人付き合いしないよね」

 

そうかぁ? と軽い返事をすると、愛真は、

 

「そうだよ。茜ちゃん私以外の人にちょっと威圧感あるし。特に男子相手だと」

 

と続ける。それを聞いて茜は腕を組んで少し唸る。無意識のうちに愛真に寄ってくる虫を追い払っている自分にようやく気付いたのだ。先ほど、降旗の誘いを蹴ったのも結局はそういうことである。

 

「威圧感か……そっか、気ぃ付けるわ」

「うんうん。もっとスマイル! 笑顔だよ!」

「そうだな。笑顔は大事だよな!」

 

にっこりと笑顔を浮かべる愛真の頭をわしゃわしゃと撫でながら、彼女の見せた鋭い一面と自身の過保護さに少しだけ驚きながら、愛真の笑顔に癒される茜であった。

 

「うわ、バス混んでる……」

 

そうこうしているうちに校舎から出た二人は、今朝と同じ道を反対側に進みバス停までやってきた。坂枝西高校はスクールバスの運行もしているが、それは路線バスのない方面のみであり、基本的には路線バスか徒歩もしくは自転車が主な通学手段だ。

 

「取り敢えず乗れそうだな。愛真、平気か?」

 

バスに乗り込むと、既に座席は埋まっており立っている乗客がけっこういたが、後ろの方にまだスペースがあり、二人ともそこで立つことになった。そしてバスが発車すると当然のように揺れるのだが……。

 

「ちょ、茜ちゃん?」

 

声を抑えて、茜の行動に驚きの声をあげる愛真。茜は愛真を抱き寄せているのだ。

 

「愛真がふらふらしてて危ないからだっつの」

 

愛真は一応、バスの支柱の一本に掴まってはいたのだが、その小柄な体躯はどうしてもバスとともに揺れてしまう。近くの乗客にぶつかりそうにもなった。そんな愛真を見かねて茜は彼女を抱き寄せたのだ。この行為は茜にとっても危険であり、その柔らかな身体と甘い香りに理性がゴリゴリと削られていく。公共の場でなければ今すぐにも襲いかかる……ような度胸があればまずこの程度で心を揺さぶられることはあるまいが。一方の愛真も愛真で、自身の腕を茜の背中へ回していいかダメなのかを悩むはめになり、バスが停車で揺れた際に勢いでぎゅっと抱くことになる。そしてまた茜の心拍数が跳ね上がり、それを自分のと勘違いした愛真の身体もどんどんと熱を帯びていく。

 

「な、なぁ愛真。そろそろ座らないか?」

 

声が上擦らないよう注意を払いながら、茜が空席を指差す。そこでようやく愛真も茜を抱きしめていた腕をゆるめ、茜が指差した方向を見やる。

 

「う、うん。そうだね。座ろっか。もうちょっとだけど」

 

どこか残念そうな声色に茜は気付くことが出来ず、二人並んで座り十分弱で最寄りのバス停へ着き、バスを降りるのだった。

 

「買い物行こうよ」

「分かった。何買う?」

 

バス停のある郵便局から少し歩くとスーパーがあり、愛真はそこでよく買い物をする。茜もしばしば荷物持ちとして連れて来られている。愛真は学校鞄からエコバッグを取り出しながら、買う物を茜に教えてあげた。



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#3

 スーパーで買い物を終えた二人は氷見家に帰ってきた。花園家と氷見家は隣同士であり、愛真は料理が出来るようになって以来、茜のために夕食を氷見家のキッチンで作っている。最初のうちは茜が花園家に来ていたのだが、愛真の両親も家を空けがちになったため、キッチンの広い氷見家で料理をするようになった。

 

「キャベツ安くてラッキーだったね」

 

冷蔵庫へてきぱきとキャベツ、鶏肉、牛乳、マカロニサラダを入れていく愛真。パスタの乾麺やソース、ツナ缶などはそれらを備蓄している場所に日付を確認しながら並べていく。料理が出来るとは言え愛真もまだ十五歳。パスタはとても重宝している。

 

「今日は何パスタ?」

「うー? 春キャベツと鶏胸肉のペペロンチーノだよ!」

「おお、何かオシャレな響させてんな」

 

とは言え、パスタとキャベツを茹でて市販のパスタソースを絡めつつ鶏胸肉に火を通すだけだから簡単ではあるのだが。

 

「ふぅ。仕舞い終わったから私、家でお風呂の仕度をしてさっと入ってきちゃうね。夕飯は七時くらいだから茜ちゃんもお風呂とかその辺済ませておいてね」

 

愛真がそこまで行ってリビングを出ようとした時、ふっと茜は愛真の手首を掴んでいた。

 

「あ、あのさ。お風呂って言われて思ったんだけど……その、愛真の家でお風呂湧かしてあたしの家でもお風呂湧かすって何か勿体なくねーか。だから、えっと……な?」

 

しどろもどろになりながらも茜は言葉を続ける。

 

「今日は風呂あたししか入らないし、諸々持って愛真の家で風呂入ってもいいか?」

「え? あ? えっと、あーうん! そうだね、世の中エコだもんね! いいよ、一緒に入ろう?」

「……え?」

「え、あ!?」

 

茜の勇気を振り絞ったその発言に、理解が追いつきそうで追いつかなかった愛真が底知れぬ墓穴を掘り茜も再び思考が停止する。愛真も頬を紅く染め口をぱくぱくさせるが言葉は出ない。そんな愛真を見てしっかりせねばと意識をしゃきっとさせた茜は、うわべだけは冷静そうに装って、

 

「一緒に入るか。中三の修学旅行じゃ一緒に入ったもんな。うし、着替えとタオル持ってくるわ」

 

そう言ってリビングを出て洗面所へ向かった。洗面台の水道で水を思いっ切り出すと顔をばしゃばしゃと洗い文字通り頭を冷やす茜。

 

「うぉー愛真の全裸ぁー!」

 

愛真に聞こえないよう小声で叫ぶという器用なことをしながら確実に本人に聞かせられない内容を叫ぶ。確かに修学旅行の時、二人は同じ湯船に入ったがクラスの女子ほぼ全員が入っているわけで愛真をジロジロと見ることは叶わなかった茜にとって千載一遇のチャンスなのだ。ただ、愛真からああいう状況とは言え誘われたことがますます茜を浮かれさせていた。

 

「さて、下着とタオルとジャージ……いや、ジャージでいいのかあたしよ。……せっかく愛真と二人きりなわけで……パジャマをだな……あーだめだ、ジャージしかない」

普段から格好いいと形容させることが多い茜だが、愛真が相手だとどうしても恋する乙女のような一面が覗いてしまい格好良い自分を通せないのだ。今度も可愛らしい花柄のパジャマを着て水玉模様のパジャマを着た愛真とそれこそパジャマパーティーのようなきゃっきゃした雰囲気を妄想したのだが、自身が寝間着として着ているのはジャージしかないことを再確認しがっかりした茜は、結局それらを持って洗面所を出て愛真と合流し徒歩数歩の近さにある花園家へとやってきた。

 

「お風呂抜くとこからだからテレビでも見て待ってよっか」

 

愛真の父親は夜勤、母も飲食店で仕事をして家には愛真と茜の二人きり。テレビを見ながら茜はかなり緊張していた。反対に愛真は腹の据わった様子であり、茜にジュースを出すと自分も隣に座って飲み始めた。

 

「じゃ、お風呂洗ってくるね」

 

そう言ってお風呂場へ向かった愛真を見送ってから茜はジュースを呷って一息ついた。

 

「なーんであんなに堂々としてられんだよ……。ったくあたしばっか恥ずかしがって余計に恥ずかしいだろうが」

 

天井を見ながらネクタイを緩め大きく伸びをすると両頬を叩いて吹っ切れたような表情をする。凜としたその面持ちは愛真が恋した茜のそれであり、お風呂を沸かし始めリビングに戻ってきた愛真は心のときめきを抑えられなかった。

 

「あ、そうだ。明日は何食べたい? お弁当で」

 

少し声を弾ませながら茜に尋ねると、茜は少し考えてから玉子焼きが食べたいと言った。

 

「ん? 今日も入ってたけど、明日も?」

「あぁ。愛真の玉子焼きは美味しいからな。甘さも丁度いいし」

 

愛真が茜のために作る玉子焼きは自分が好む味付けより少しだけ砂糖を少なめにしている。陸上競技をやっている茜のために身体にいい料理を心がけているし、塩分もこまめに調整している。

 

「……毎日食べたいくらいだ」

 

そう恥ずかしげにボソッと呟いた茜の声を、愛真は聞き取っていた。好きだから、か。何も言えず頬を染める愛真は茜が座るソファの後ろにいるため、茜からはその姿は見えない。

 

「あとそうだ、来週には部活に参加してるだろうからレモンの蜂蜜漬け欲しいかな」

 

短距離を専門とする茜は手足の長さに恵まれ、スタートやフォームの技術も身につけてきた。ただ体力はそこまで無く疲れやすい点において悔しい思いをしていた。それを知った愛真は諸々調べてレモンの蜂蜜漬けを作るようになった。それを茜はとても喜んでしばしば頼むようになった。そんな話をしている間にお風呂が沸き愛真から茜を誘って脱衣所へ向かった。




次回はお風呂回です。


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#4

「ハンガー用意したから制服はここにかけてね。洗濯、こっちでしておこうか?」

「あーいや、大丈夫だ。袋持ってきたから」

 

手渡されたハンガーにブレザーをかけ、備え付けの洗濯バサミにスカートを吊す。ブラウスだけの姿になった時点で二人の姿ははっきり変わってくる。背は小さいが胸の大きい愛真は元から丈の短いブラウスが胸に布地をとられその白い太ももをほとんど覆っていないのだ。なんなら可愛らしいピンクのショーツがちらっと見えてしまうくらいだ。一方の茜は元から丈の長いブラウスがすとんと腿まで覆っている。そこはかとない虚無感を感じながらブラウスのボタンを一つずつ外す茜。愛真もそんな茜の視線をうっすらと感じつつも同様にボタンを外していく。茜は二つ三つと外れていくボタンをついつい目で追い、四つ目が外れると耐えきれなくなり目をそらした。クォーターカップのブラジャーから覗く深い谷間を直視出来なかった。

 

「な、なぁ愛真。あたしと愛真って食べてるもんにそんな差はないよな?」

「え? あ、うん」

「この胸の格差は何なんだろうな……」

 

遺伝です。もしくは運動量。そんな事実を愛真は口にせず、

 

「そんなこと言っても茜ちゃん、大きかったら走りづらいと思うよ。私は走るのつらいし痛いし」

 

そう返す愛真。小学生時代はぽっちゃりしていたために運動を嫌っていたが、第二次性徴を迎え女性らしい体つきになるとそれはそれで運動を嫌がる理由になってしまった。茜に恋しているとはいえ、男子からの視線は気になる。一時は身体に合わない小さなブラをしていたが、茜の愛真らしくしていればいいという言葉に心をうたれ、きちんと選ぶようになったのだ。やっぱり胸が大きいと走るのに不利だよなぁと再認識しながら愛真の言葉を聞いていた茜なのだが、ブラウスを脱ぎショーツと同じピンクのブラに包まれた愛真のおっぱいをしげしげと見ながら呟く。

 

「そりゃ分かっちゃいるんだがな……。羨ましいもの羨ましいわけよ。で、さ。何カップ?」

「ふぇ? あ、えっと、その……Dカップになりました……」

 

驚きながらも茜に隠し事をしたくない愛真は素直に答える。茜はそれを黙って聞くだけ。心の中では触りたい揉みたい揉みしだきたい煩悩にまつわれているわけだが、実際にはそんなこと言えないし出来ないのが茜なのである。

 

「いい加減入るか。春先つったって流石に冷えるし、な?」

「あ、うん。そうだね! 入ろっか」

 

全て脱いだ二人は浴室に入りまずシャワーを浴びる。軽く流すと二人揃って湯船に入るのだが……。

 

「そ、そうだ。明日のお弁当に玉子焼き以外で何か欲しいものある? お夕飯でもいいよ」

「え? あ、っと……任せるよ」

 

そんな新婚夫婦みたいな会話を繰り広げる二人なのだが、浴槽で背中合わせに座っている状況は何ともこそばゆいものである。お互いにお互いの裸を見るのも躊躇ってしまうのだ。愛真にとって茜のスレンダーで引き締まった肉体美は憧れそのものであり、茜からすれば愛真のその女性らしく豊満な体つきは憧れそのものなのだ。

 

「「……」」

 

沈黙は重いが苦しくはない。そんな空気が二人の関係性を表しているように感ぜられた。浴槽に張られたお湯よりも触れあう背中の温もりを強く感じていた二人。愛真も茜も入るまでの緊張をすっかり忘れまったりとした時間にたゆたう。二人が同じタイミングで上を向くと、こつんと小気味いい音を立て頭がぶつかる。

 

「っふ」

「あはは。茜ちゃん、髪洗ってあげる」

 

湯船から一足先に出た愛真が茜に風呂椅子へ座るよう促す。言われるがまま座った茜の後ろからシャンプーを出そうと愛真が腕を伸ばす。その時。

 

――ふにゅ――

 

柔らかな感触が茜の背後にやってくる。一瞬であったため愛真は気に留めなかったが茜はそうもいかなかった。顔をますます紅くする茜を鏡越しに不思議に思いながら泡立てたシャンプーを茜の髪に乗せる愛真。やわらかな手つきで茜の短く少しだけ硬い髪を洗っていくと、茜はすっかり表情を蕩けさせていた。その表情と同じ柔らかな口調で、

 

「なぁ、愛真は髪伸ばさないのか?」

 

と尋ねる茜。その言葉にちょっとだけムッとする愛真。なにせ昔は伸ばしていたのに、中学の文化祭準備でペンキを飛ばしてしまい思い切って切ったのを、茜が可愛いと言ってくれたからそれ以来セミロング程度の長さに切り揃えているのだから。とは言え、茜からすればどんな愛真も可愛いわけで、久々にロングヘアの愛真を見たいという気持ちが湧くのも自然な流れなのだ。

 

「じゃあ久々に伸ばしてみようかな。茜ちゃんも伸ばさない? スポーツ選手が願掛けで髪を伸ばすことがあるって前に聞いた気がするんだけど」

「うーん、そういう願掛けをする人もいるんだろうけどさ、あたしからすりゃどんな願掛けよりも愛真の応援の方が心強いからいいわ」

 

それは紛れもない茜の本心であると同時に、滅多に言えない本音である。こうした弛緩した空気のなかで溢れたその言葉に、嬉しさがこみ上げて表情の緩みを隠しきれない愛真だったが、それを恥ずかしがって、

 

「泡、流すから目瞑って」

 

その表情を茜には見せないようにした。隠したくはないけれど見せなくないのもまた、乙女心であるのだ。シャワーからお湯を出すとシャンプーの泡を流しきると今度はリンスを出して茜の髪に染み込ませるように揉んでいく。

 

「もっかい流すね」

 

リンスも流すと愛真は茜の広い背を見ていくつかの小さな傷跡を見付けた。それは二人の過去の傷跡。そっと撫でると、愛真は茜を後ろから抱いた。

 

「傷、残ったままだね。ごめん……私のせいで」

「気にすんなよ。あたしが、自分の思ったように振る舞っただけだから」

 

七年前の夏、上級生の男子からの告白を断った愛真は腹いせにその男子を含めた数人の男子に呼び出され石を投げられた。その時、愛真を心配してついて行った茜は愛真を庇ってその背にいくつもの石をぶつけられた。夏で薄着だったため鋭い石は服越しであっても茜の肌を傷つけた。その後すぐ通りかかった先生によって男子たちは連れて行かれ、茜も消毒等の治療を受けた。時を経るにつれて傷は小さくなっていたが、完全に消えることはなく今も残っている。遠目には分からないかもしれないが、愛真には分かる。この一件を機に愛真は茜への想いを自認し茜に尽くそうとした。そんな愛真の振る舞いを茜は最初、快く思っていなかった。当時はその感情が何なのか分かっていなかったが、今なら分かる。茜は最初、愛真の行動は自分を庇った茜への負い目から来るものだと考えていたのだ。だから最初のうちは断っていたのだが、少しずつ愛真の想いに気づき始めた茜はだんだんと彼女を受け入れるようになった。

 

「あの時のこと、私……絶対忘れないよ」

「そうか」

 

言葉は短いがそれ以上の感情が込められた一言であった。愛真はボディータオルに石けんを出して泡立てると優しく茜の背中を流し始めた。

 

「ねぇ茜ちゃん。私の髪、洗ってくれる?」

「あぁ、もちろんだ」

 

その後、おっかなびっくりしながらも愛真の柔らかな髪を洗い、二人で湯船にもう一度浸かった。今度は背中合わせではなく、茜が愛真を抱くように、愛真は茜に背中を預けるようにしていた。茜から見える愛真の裸身を見るに見られない茜は愛真のお腹が可愛く鳴くまで上を見続けるのだった。



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#5

 湯上がり。冷えないようにきちんと髪を乾かしてから花園家を後にして氷見家へと移動してきた二人。すっかりこれまで通りの雰囲気を醸しながら茜はテーブルの上を片付けフォークや飲み物を用意し、愛真は手際よく調理を進めていく。茹でたパスタとキャベツを、鶏胸肉を焼いていたフライパンへ移し市販のペペロンチーノソースを加えかき混ぜる。しっかり味が絡んだらトングを使って皿へよそり、レタスとマカロニのサラダを添えてテーブルに並べる。

 

「じゃ、食べよっか」

「おう、いただきます」

 

お互い学校の印象なんかを伝え合いながら和気藹々と食べ進めていく。

 

「明日から早速授業があるんだから教科書とか忘れちゃダメだよ?」

「ぬあ? そうだったな。何の授業だっけ?」

 

愛真に比べれば茜は学力面でやや難ありだ。これまでも愛真にかなり救われている部分がある。

 

「勉強も一緒に頑張ろうね」

「ああ。極力赤点になんないよう頑張るわ」

 

低めの目標を笑顔で語る茜に苦笑しつつも、二人きりで茜に勉強を教える自分を想像して少しだけ鼓動が高まる愛真である。

 

「あ、そうだ。明日の朝ご飯は大丈夫? 小父さんと小母さんは何時に帰ってくるって?」

 

愛真が言う小父さんと小母さんは茜の両親であり、同様に茜が小父さんと小母さんと言えば愛真の両親である。

 

「二時か三時には帰ってくるってさ。まぁ、食パンも残ってるし大丈夫だよ」

「そっか。なら良かった。あ! お弁当箱!」

 

家に帰って以来ごたごたしていたため、愛真はまだ茜のお弁当箱を回収していない。

 

「食べ終わったらこのお皿と一緒に流しに入れて。洗っちゃうから」

「悪いな。頼むよ」

 

しばらくして二人とも食べ終えると、愛真はキッチンペーパーを少しだしてペペロンチーノの皿を拭い始めた。ペペロンチーノは油ものであるから先に拭っておいた方が洗いやすいのだ。

 

「あと私やっとくから、茜ちゃんはゆっくりしてていいよ」

「ん、悪いなほんとに」

「いいのいいの。私がやりたくてやってるんだから」

 

愛真にとって洗い物をしながら、ソファでくつろぐ茜を眺める時間は密やかな楽しみであるのだ。バラエティ番組を見ながら一喜一憂する茜の、普段は見せない子供っぽさにどうしても頬が緩む愛真。ゆったりとした時間が過ぎていき、夜九時になったタイミングで愛真は茜の分のお弁当箱を持って氷見家をあとにした。

 

「また明日ね、おやすみ茜ちゃん」

「あぁ、おやすみ愛真」

 

愛真が不意に見上げた空はやや曇り気味で、春の宵の月はその姿を見せてはいなかった。

 

「明日……雨かな?」

 

 

愛真が思ったように四月八日は雨模様だった。愛真は水色にドットの傘、茜は赤と黒のツートンの傘を差し、郵便局まで歩いていた。

 

「発達した前線の影響で全国的に雨ひどいって。雷雨になるかも」

「そりゃ大変だ。走れないしじめじめするし、雨だとバスも混雑しそうだしな……」

 

バス停には昨日より多くの人が並んでいた。時間より少し遅れて来たバスにも既に相当数の乗客が乗り合わせていた。ほぼ満員状態のバスに二人も身体をねじ込むように乗車する。

 

「こりゃ立ってるともやっとだ。ほら、愛真」

「あ、茜ちゃん。傘の水で濡れちゃうよ?」

 

昨日の帰りと同じように愛真を抱き寄せる茜。愛真が言うように傘の雫で茜の足下が濡れてしまいそうだが、茜は気にかけない。

 

「そんくらい平気だ。それよりも、今日は降りる時に転ばないようにな?」

「あぅ。……平気だもん、多分」

 

昨日より時間をかけて高校に着き、愛真は転ばずに降りられた。昇降口に傘を置き、上履きに履き替えて教室へ向かう。席は出席番号順に並んでおり、花園、氷見、降旗と並んでいる。

 

「おはよう、降旗さん」

「おはよ、降旗」

「え? あ、おはよ。花園さん、氷見さん」

 

声をかけてきてくれたことが嬉しかったのか、降旗は昨日の集まりでの顛末を楽しそうに話してくれた。

 

「今度は私も……行ってみようかな。茜ちゃんと一緒に」

「……あたしもか。まぁ、愛真が行きたいならあたしも行くけど」

 

そう二人が言うとますます嬉しそうに笑顔を浮かべる降旗。

 

「ほんと!? やったー。次の土日とかどう? なんなら女子だけにしよっか。そっちの方が楽しそうだし! JKらしい休日過ごしたいもんね!」

「あはは。降旗さん雨でも元気だね」

「えへへ。よく言われる。あ、晴陽(はるひ)でいいよ? 雨上がりのめっちゃ天気いい日に産まれたんだって」

「晴陽ちゃんって言うんだ、可愛いね!」

「えへへー愛真ちゃんも可愛いよ!」

 

可愛い談義で盛り上がり、勢いあまって愛真を正面から抱きしめる晴陽にモヤモヤを隠しきれない茜の剣呑な雰囲気を察して離れる晴陽は、

 

「いやー可愛い愛真ちゃんと格好いい茜ちゃんが並ぶと絵になるね。お似合いって感じ」

 

むしろ茜を持ち上げてすり寄ろうとする。

 

「いきなり馴れ馴れしいな。降旗」

「えー名前で呼んでよ。そして名前で呼ばせて」

「ダメだ」

 

こういう対応をするから愛真に威圧感があるなんて言われるのだろうが、どうにも茜からして晴陽は苦手という印象を抱かずにいられなかった。

 

「氷見さんでしょー。ひーちゃんとか」

「余計に馴れ馴れしい!」

 

そうこうしているうちに先生がやってきてホームルームとなり晴陽は席に戻った。もっとも、茜のすぐ後ろなのだが。

 

「まぁまぁ仲良くしてね。氷見ちゃん」

「わぁったよ降旗」

 

愛真以外の人から茜ちゃんと呼ばれるのが気分良くない茜にとって、氷見ちゃんはかろうじて妥協できるラインと判断した。そんなこんなで高校生活二日目は進んでいき、放課後を迎えた。

 

「本降りになってきたな……」

 

雨脚は強く春の嵐といっても過言ではない勢いになりつつある。

 

「傘……壊れないといいな。お気に入りだし」

「だったら差さずにあたしの傘入ってけ。その方がいいだろ?」

 

学校からバス停、バス停から家までの短い期間ではあるが相合い傘で歩く愛真と茜。

 

「茜ちゃん、肩……」

 

愛真の方へ傘を傾けているため茜の肩ははみ出してしまい雨に濡れている。バス停も並んでいる人が多く屋根のある部分はもう埋まってる。

 

「大丈夫だって。ほら、バス来たぞ」

 

朝と同様に満員状態のバスに無理矢理乗り込み、入り口側で立つ二人。郵便局までの道のりがいつも以上に遠いように感じられた。降りる時も茜が先に降り、傘を愛真に差し出す形で待った。おかげで家に着くまでほとんど濡れずに帰ってこられた。

 

「ありがとう茜ちゃん。お風呂湧かすから今日も入っていってよ」

 

朝のうちにお風呂を洗っておいた愛真がお湯を張ると、茜は着替えを取りに行くと言って自宅へ戻ろうとしたが……。

 

「あ、昨日の……結局こっちで洗ったからその……平気」

 

用意よく袋を持ってきていた茜だったが、お風呂場での諸々に混乱して結局置いてきてしまったのだ。

 

「そういや忘れてたな……。サンキュ」

 

リビングは冷えないように暖房が点けられていた。しばらく温風に当たりながら愛真が戻ってくるのを待っていた茜。すると愛真が脱衣所の方に手招きしてきた。

 

「制服、乾かしちゃわないと」

 

言うが早いか愛真は制服を脱いでハンガーに掛けた。脱衣所は除湿器がかけられており、ハンガーとハンガーの間には湿気取りの新聞紙も吊されていた。

 

「雨脚はこれからもっと強くなるみたいだから、明日は学校お休みかもね」

 

そんなことを言いながら昨日よりもてきぱきと脱いでいく愛真に、茜はきょとんとしながらも倣って制服を脱ぎ始めた。二人分の制服を掛け終え、洗濯物はカゴに入れた。すっかり裸になった二人は浴室へ入り、未だお湯は張り終えていなかったものの浴槽のお湯を桶で汲みかけ湯をして湯船に入った。

 

「さっきね、お父さんもお母さんも雨が強くて帰れそうにないって連絡がきてさ……それで、その……今日はこっちに泊まって欲しいなって」

 

昨日と同じように背を茜に委ねた姿勢の愛真が上目遣いで尋ねる。断る術など持ち合わせていない茜は二つ返事で了承した。ほっと一息つく愛真の胸の上下に視線がさ迷う茜だが、それで先ほどの愛真のぎこちなさに合点がいった。

 

「そう言えば昔もこんなザーザー降りの雨の日に一緒に風呂入ったっけな」

「覚えてるよ。その後停電しちゃって茜ちゃんがびくびくしてても私をぎゅって離さないでいてくれたの……嬉しかったなぁ」

 

暗がりが怖い中必死に愛真を護ろうとしたのを愛真が嬉しく思ってくれていたことが茜にとっても嬉しかった。照れながら頬をかく茜がぼそっと呟いた。

 

「……今日は停電しないといいんだが」

 

その台詞を人は……フラグと呼ぶ。



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#6

「いやー見事な雷だったね」

 

今、人を二種類に区別することが出来る。非日常的な状況でテンションが上がる者と下がる者だ。電気が使えなくなるという現代人にとって非日常的な状況で愛真が前者、茜が後者という状況になっている。雷光と共に雷鳴が轟き渡ったのはインスタントラーメンにもやしを入れた簡単な食事を済ませほっと一息ついた時であった。ちなみに、下着は洗濯してあったものの茜のパジャマやジャージの類いがない花園家で今のところ茜は下着にブラウスをひっかけただけの格好だ。愛真はかなり恥ずかしがったが茜は気に留めなかった。これが逆なら二人とも恥ずかしがる展開になっただろうが、茜は無意識のうちに自分の身体に魅力がないとでも思っているのか、自分のこととなるとやや無頓着なところがあるのだ。そして現在、愛真があらかじめ準備しておいた懐中電灯の灯りを頼りに二人でソファに座っていた。お風呂と同じように茜が愛真を抱え込むようにして、だ。

 

「茜ちゃん暖かい」

 

好きな人に抱かれている愛真と好きなひとを抱いている茜。二人とも体温が上がり自ら発熱しているのか、それとも……。

 

「茜ちゃんにね、ずっと言いたかったことがあるんだ」

 

薄明かりの中、お互いの輪郭がぼんやりと見えるだけ。後ろから抱かれ、顔はあまり見えないものの、もしも明るかったら言えなかったであろう言葉を、愛真は紡いでいく。

 

「小学生の時、石を投げられたのを庇ってくれたこと……中学生の時、ばっさりと切った髪を可愛いって言ってくれたこと……同じ高校を選んでくれたこと、ずっと……私のことを想ってくれていてありがと。そんな茜ちゃんが……私は大好きだよ」

 

もし、もしも茜が、愛真に対して恋愛感情を抱いていなかったら……この愛真の言葉は単なる感謝の言葉にしか聞こえなかっただろう。現実、茜は愛真に対して恋愛感情こそあるが生来の鈍さから片想いだと思い込んでいた。とはいえ、たった今の愛真の言葉を聞いてそれでも片想いだと思う程には鈍くはなかった。だから、

 

「あたしも、愛真が大好きだ。走っても走っても結果が出なくて何度も挫けそうになった。そんな時、愛真の笑顔があるから頑張れた。愛真が作ってくれた料理で元気が湧いた。愛真がいたから……走り続けてこられた。だから、これからも側に居て欲しい。……愛真、愛してる」

 

想いのたけのありったけを込めて言葉を紡ぐ茜。黙ってじっくりと聞いていた愛真だったが……

 

「――――っ」

「あだ!」

 

愛を耳元で囁かれた瞬間その恥ずかしさに飛び跳ね、結果として茜の顎に愛真の頭がヒットした。一拍の沈黙を経て、二人とも笑いを抑えきれず吹き出した。ひとしきり笑うと大きく一呼吸ついて愛真は茜に正面から抱きつく。

 

「両想いだなんて全く気付かなかったや……」

「あたしもだ。驚いたよ」

「あんなに優しくされて好きにならないわけがないって。……茜ちゃんはいつから私のこと好き?」

「うぅ、いつからだったかな。分かんないや。ずっと前からかもしれないし、案外最近からかもしれない」

 

茜にしてみれば愛真と一緒にいるのは当たり前のことで、その安らぎが恋心だと気付いたのはいつのことだったか。自覚した頃にはとっくに恋に落ちていたのだろう。

 

「愛真のこと、一人にしない。だからその……あたしのことも一人にしないで欲しい」

「うん。約束する。でね、せっかくだし今日はほら……一緒に寝よ?」

「もちろん、そのつもりだよ」

 

そう言って見つめ合う二人。お互いの吐息を感じられるほどの距離、キスの間合いなのはお互いに理解しているが、なかなかどうして踏み切れない。こういう時、先に動くのは愛真の方だ。

 

「っちゅ」

 

優しく、頬にキスをする。頬を染める二人、一拍おいて茜が口を開く。

 

「唇に……してくれないのか?」

「茜ちゃん可愛い!」

 

両想いだと分かって、これまでずっと心に秘めていた言葉がすっと口をつく愛真。可愛いなんて言われ慣れていない茜はますます動揺する。

 

「ファーストキスだもん。茜ちゃんからして欲しいの」

 

さっきの頬へのキスはノーカンだと言いたい愛真の気持ちを察し、愛真を抱き寄せゆっくりとその桃色の唇を重ね合う茜と愛真。一瞬のような永遠のような、甘やかなひとときが二人を包む。

 

「ベッド、行こ」

「待って今その台詞は理性が危うい」

 

茜に言われて愛真のその意味を反芻して頬を染める。

 

「茜ちゃんさえ良ければ……好きにしていいよ?」

「だだだ、ダメ! 愛真のこと、大事にしたいから……ダメだ」

「……茜ちゃんのヘタレ」

「今のは聞こえたぞ!」

 

再び一拍の沈黙の後、笑いあう二人。お互いに好きだからこそ、こんな言い合いになるのだ。それがおかしくて仕方ない二人。

 

「なんか、眠気なんて来そうにないね」

「確かにな。……じゃ、じゃあその……するか?」

「え? えへへ……お手柔らかにお願いします」

 

 

彼女らの長い夜はまだ始まったばかり。

 

 

 

 彼女らの熱い熱い夜を知ってか知らずか、雨雲は当初の予報より早めに列島を抜けていった。翌朝、全裸の二人は窓から差し込む朝日にゆっくりと目を覚ました。

 

「ふあぁあ、今何時だ……?」

「はぅ、何時だろう……?」

 

大きな欠伸をして脳に酸素を取り込む二人、その意識が少しずつ起き出すと――

 

「「ひゃあ!!」」

 

二人同時に恥ずかしさで飛び跳ねる。昨夜を思い出して思考が停止しそうになる茜を愛真は脱衣所まで引っ張っていき、二人で手早くシャワーを浴びる。

 

「昨日すぐ脱いでて良かった……」

 

昨晩と同様の下着とブラウスを身につけ、てきぱきと制服を着た茜は今更ながらリビングの時計が九時半を指していることに気付く。

 

「これ時間やばくね!?」

「七時はまだ警報出てたみたいで、集合は十一時集合になってる。授業は四時間目からだって」

 

同じく制服に着替え終わった愛真がしばらく放置していたスマホをチェックする。

 

「まだ間に合うな」

「お弁当は間に合わないぃ! ていうかバス出てるかな!?」

 

落ち着き払った茜に対して愛真はてんやわんやである。ご飯を炊こうにも米を研ぐところから始めるせいで間に合わない。サンドイッチを作ろうにも食パンが足りない。購買を使うことも視野に入れたが自宅待機の連絡が来るようではおそらく入荷出来ていないだろうと考える。

 

「うぅ……コンビニ寄って行こっか」

 

好きな人に手料理を食べてもらいたいのも乙女心。とはいえ、こうも時間がないとなると諦めざるを得ない。茜もがっかりはしたが、仕方ない状況なのは百も承知だ。

 

「バスの状況も分からないしコンビニにも寄るし、そろそろ行くか」

「そうだね。茜ちゃん教科書は大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

 

二人揃って玄関を通って外へと出る。雨上がり特有の蒸し暑さに驚きながら不意に空を見上げると、

 

「虹だ!」

「あぁ、綺麗な虹だな」

 

七色の軌跡が二人を祝福するように、広い青空を美しく彩っていた。



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