食欲絶頂しんふぉぎあ!! (nagato_12)
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美味いッ……美味さが爆発しすぎてるッ!

ごはんをいっぱい食べる女の子が、好きです。

別で連載させて頂いているシリーズに出てこないキャラが書きたかっただけです()


 

「なぁ、今日の帰り、ラーメンでも食いにいかねぇか?」

 

 

 

 もはや日課となっている、戦闘トレーニングを終えて、クリスちゃんと、S.O.N.G.本部に備え付けられたシャワールームで、軽くかいた汗を二人で流していたときだった。

 

 今日は他のメンバーは思い思いの理由により欠席で、久しぶりの二人っきりでの訓練だったせいか、思っていたよりも熱が入ってしまい、いつもより重い疲労感に包まれているワタシである。

 

「……いま、なんと仰いましたかクリスちゃん」

 

 そんな中、思わず言葉を聞き返しながら、ワタシはこちらと隣のスペースを仕切っていたカーテンを力いっぱい開いた。

 

「みゃッ!? なっ、ちょ、んで開けんだよテメェッ!?」

 

 ちょうど髪を洗っていた最中だったらしく、泡立った髪を振り乱しながら、自分の身体を手で隠そうとするクリスちゃん。

 

「もしかしてもしかするとなんですが、いまクリスちゃんの口から、崇高な『夜食の帝王』とも称される、あの恐れ多い名前が飛び出したような気がしたのですがっ!!」

 

「怖ぇよッ!! ラーメンに対する情熱が熱すぎてもはや怖えッ!! 口調も変わってんじゃねぇかバカっ!」

 

 顔を真っ赤にして怒るクリスちゃんに構わず、ワタシはうっとりと視線を宙に泳がせる。顔が緩むのが自分でもわかった。

 

「らぁーめんっ!! あぁっ、なんと背徳的な響き……ッ! 幾人もの人類に天井知らずの幸福感と、天井知らずの血中塩分濃度上昇をもたらし続ける、悪魔の食文化……ッ! それを知ってしまったが最後、もう普段の健全な食生活には戻れないという……っ!」

 

「ラーメン一つでそこまで騒げるお前に、わたしは一種の尊敬さえ覚えるんだが……」

 

「いけないよクリスちゃんッ! ラーメンには人を駄目にする特性があるのっ!それはもう、完全聖遺物なんて目じゃないほどの、人類では抗うことのできない絶対特性で――ふぁ、ぶっ!」

 

 クリスちゃんが、自分が使っていたシャワーヘッドをこちらに向けて、ワタシの顔にお湯をかけてきた。ワタシは顔面を襲う水圧に負けて、慌てて自分の個室スペースへ引っ込む。

 

「はいはい、テンションがエクスドライブなのは十分わかったから、さっさと大人しくシャワーを浴びろこの馬鹿っ!」

 

「うぇ~」

 

 言われてしぶしぶ、自分も髪を洗おうとシャンプーが入った容器を手に取った。

 

「……それで?」

 

「へっ?」

 

 もこもこと、髪の隙間に指を入れながら、泡を立てていると、クリスちゃんからそんな問いかけをされる。伺うような、そんな控えめな声音。

 

「っ。だぁーかぁーらっ、行くのか、行かねぇのかっ!?」

 

 ワタシはにっこりと返事をした。

 

「この立花響、万難を排してお供させていただきマスっっ!」

 

 

 

 

 

 S.O.N.G.本部から移動すること、十数分。

 

「……おう、着いたぜ。ここだ」

 

 商店街の繁華部をやや通り過ぎて、立ち並んでいたお店たちが、ちらほらとまばらになり始めた、そんな頃。

 一つの建物を前にして、クリスちゃんは足を止めた。

 

「ふぉぉ……ッ!」

 

 ワタシの口から、感嘆の声が漏れる。

 そこには最近できたのか、真新しい外装の目立つ、少し玄人臭のするラーメン専門チェーンの店舗があった。

 

「てっきりクリスちゃんのことだから、仁義なき戦いに明け暮れてそうな強面のオジサンが、ひっそり経営しているアウトロー気味なお店とか、高速道路の高架下にあるような、酔っ払い上等の屋台ラーメンとかに連れてってもらえると思ってたんだけど……案外、ふつうだっ!」

 

「お前はわたしをなんだと思ってんだコラ」

 

 隣でワタシを軽く睨んでから「ふん」と鼻を軽く鳴らすと、クリスちゃんは先に店内へ続くドアに手をかける。

 

「あわわ、ちょっと待ってよ~クリスちゃ~ん」

 

 慌ててその後を追いかけて、店内に入ると、

 

『いらっしゃいませー!』

 

 と、威勢の良い店員さんたちの声が、ワタシたちを出迎えてくれた。

 

「おぉ……想像はしてたけど、やっぱり店員さんは元気ハツラツめなお兄さんばっかりだね……あっ、よく見たら女の人もいるよクリスちゃん! スゴイ!」

 

「うるせぇよ。あんまジロジロ見んじゃねぇ。失礼だろ」

 

「たははー……ラーメン屋さんって知ってたけど、なんとなくうら若き女子には少し入りづらい雰囲気あるよねー……なんかちょっと恥ずかしいっていうか」

 

 全部が全部、それのせいというわけでもないが、実はというとワタシにとって、ラーメンはあんまり食べる機会に恵まれないメニューの一つだった。

 

 ワタシは特に気にならないが、一緒にいる未来のほうがあんまり良い顔をしないのである。

 

『そりゃ響はいいでしょうよ、鍛えてるんだから! でもね、私は違うの! ラーメンを知っちゃったら、この身は色々と手遅れになっちゃうのっ! カロリーのダイレクトフィードバックにはこの身はひとたまりもないのッ!』

 

 いつぞやか、寮の近所にあったラーメン屋さんに誘ったときに、未来から言われた言葉である。

 

 やはり女子二人組の晩餐メニューとしては、『ラーメン』はなかなかカロリーもハードルも高いのが、世知辛い実情だった。

 

「そうかー? わたしにゃわかんねー感覚だな」

 

 その点、クリスちゃんはさっぱりしているのか、ケロッとした表情で歩いていく。

 

「いやぁ、ほら。注文とか、大声出さないといけないでしょ? ワタシはあんまり気にしないけど、ああいうの、未来が気にしちゃうかなーって」

 

「あん? あー、そういう店もあるわな」

 

「え? ここは違うの?」

 

 驚いて、クリスちゃんの方を見ると、クリスちゃんは指を立てて、ワタシたちの前方を指し示した。そこには、自販機のような大きな機械が設置されているのが見える。

 

「イマドキのラーメン屋はぜんぶ、食券だぜ」

 

「な、な、な、なんですとー!」

 

 食券! なんて照れ屋な女子たちに優しいシステム!

 

 雷に打たれたような衝撃を受けながら、おそるおそる食券機に近付いてみると、たくさんのメニューが描かれたボタンが並んであるのが見えた。

 

 焦がし醤油ラーメンに、豚骨背油ラーメン、味噌バターラーメン……。ずらりと並ぶ、名だたるラインナップを前に、思わずワタシは後ずさりをする。

 

「こ、これほど心躍るボタンが、この世に存在しようとは……ッ!?」

 

「いーから、さっさと決めろ」

 

 腕組みをしながらうんうん悩み始めたワタシをよそに、クリスちゃんはさっさと自分の財布からお金を取り出すと、最初から決めていたのか、迷いなくボタンを押して食券を取り出していた。

 

 ちらりと横から覗き見てみると、そこには『豚骨背油ラーメン』の文字。

 

「い、いッたぁー! 迷わずクリスちゃんがいッたぁー! ラーメンの世界でも、最も罪深いと一部界隈で有名な、あのこってり系ラーメンだァー!」

 

「う、うるせぇな! いーだろ別にっ! 訓練で身体動かしたから、腹ァ減ってんだよ!」

 

 悪いか!? と、こちらを睨みつけるクリスちゃんに、ワタシの心の中で葛藤していた天秤があっさりと傾く。

 

「クリスちゃんが食べるなら、ワタシも食べよ~っと!」

 

 おどけて言ってから、クリスちゃんが選んだものと同じボタンを押して、食券を取り出す。

 

 またも先導するクリスちゃんにならって席につくと、快活な営業スマイルでお冷を届けにきてくれた店員さんに、食券を差し出した。

 

 すると、そのときだった。

 

「ホソメンバリカタアブラマシマシで」

 

 と、クリスちゃんの口から謎の呪文が飛び出した。

 

 なっ――注文し慣れている、だとォ!?

 

 うっかり師匠の口癖が飛び出すほど驚いているワタシをよそに、店員さんが気を利かせてくれたのか「そちらのお客様はどうされますか」とわざわざ尋ねてきてくれた。

 

 ば、バリカタって確か麺の固さだったよね!? それがカタってことは普通のよりは固いって意味で、ええとええと!?

 

 仲間の見せた意外な一面に仰天して、余裕をなくしたワタシは少し言い淀んだ後、

 

「お、同じのでお願いします……」

 

 と、答えていた。

 

「かしこまりました。トンコツホソ、バリカタアブラマシ2丁ーっ」

 

 厨房へと引っ込みながら、ワタシたちのオーダーが通るのを眺める。

 

「……く、クリスちゃんって、こうやって一人で、結構ラーメン食べにきたりするの?」

 

「あ? あー、まぁな。お前らと違って、わたしは外で飯を食うことも多いからな」

 

 ココは出来たばっかで綺麗だし、結構気に入ってんだ。

 

 竹を割ったように言って、マイペースに運ばれてきたお冷に口をつけているクリスちゃん。

 な、なんと……こんなところに自称グルメのライバルが居ただなんて。盲点だったよ……。

 

 今度、ワタシの行きつけのお店をどこか、クリスちゃんに紹介してあげようと密かに心に決める、ワタシだった。

 

 

 

「お待たせしましたァー」

 

 

 しばらくクリスちゃんと他愛ない会話をして時間を潰していると――

 

「……こ、これはっ」

 

 運ばれてきた二つのラーメン鉢の中身を見て、思わず息を呑んだワタシ。

 

 琥珀色に輝く、トロトロと汁気の薄い超濃厚スープに浮ぶ、ほどよい細さをした中華麺。白く濁ったスープの表面には、キラキラと背油が浮んでいて、まるで高級なシルクのドレスを着飾るアクセサリーのようにゴージャスな輝きを放っていた。

 

「背油をアクセサリーって……いくらなんでも、ちと斬新すぎやしねぇか?」

 

 前に座っているクリスちゃんが、何事か若干引きつった顔をして呟いていたが、そんなことをイチイチ気にしている余裕は、この罪深い一杯を前にする今のワタシにはなかった。

 

 分厚めにカットされたチャーシューは、お肉ならではの重量感のある照りを持ち、こってりで統一されている丼ぶりの中であっても埋もれることなく、ひときわ強い存在感を放っている。

 

 ほどよい加減で半熟を保っている黄金色の煮卵、歯ごたえの良さそうなメンマ。そして全体の色味を引き締めているのは、カラメル色のマー油と白ごまとネギの三重奏。

 

「こ、これはまるで……麺で出来た島に乗る、ハレルヤ天国だよぉ……っ!」

 

「……ひ、ひどく独特な表現をするんだなお前。はやくも飯に誘ったこと後悔し始めている雪音さんだぞ……。まぁ、喜んでんならいいけどよ」

 

 はやく食わねぇと伸びちまうぞ。そう言って、クリスちゃんはなにやらゴソゴソしている。

 

「……? なにしてるの、クリスちゃん?」

 

「あぁ、いや。ラーメン食うにゃあ、髪が邪魔でな。たしかこのへんに……あ、あったあった」

 

 テーブルの下に設置されたスペースから、クリスちゃんはプラスチックで出来た小さな収納ケースを取り出してくる。

 

「ほら、最近のラーメン屋は便利だろ?」

 

 そのケースの中には、色とりどりのカラフルなゴムで出来た、髪留めが入れられていた。

 

「な、なんとぉー!?」

 

 こ、こんな細かな気遣いまで……ッ!? 侮りがたし、ラーメンチェーンっ!

 

「……ん、これでよし。お前……は、いらねぇか」

 

「でへへ、癖ッ毛はこんなときに便利なのです」

 

 入れ物からゴムを一つ取り出すと、クリスちゃんが自分の艶々した銀髪を、後ろ手に引き留めた。長髪の子ならではの、色っぽい仕草だ。同性としてそれを少し羨ましく眺める。

 

「――んじゃ、食うか」

 

「わーい、いっただっきまーすッ!!」

 

 割り箸を手にとって、一口量の麺を取る。

 汁気の薄いスープが、ストレートの細めんにも負けずに、よく絡むのがよくわかった。

 

 湯気を立ち上げている麺を、息を少しだけ吹きかけて冷ましてから、そのまま一息に啜り込む。

 

「……ふぅっ、っふぅ、ちゅ――るん……むぅっ!?」

 

 クリームのような質量のある口触り、途端に豊かな背油とマー油の香りが、口を通って鼻へ抜けていく。そして間を置かず、それを追いかけてくるかのように強烈なうま味が舌を追いかけてきた。

 

 ぷつぷつと、普通の細めんよりも数段良い歯切れのよさが、ほどよく豚骨スープ特有のくどさを和らげる。

 

「んぅ――っ~~!! おいしーッ!!」

 

「そら良かったな」

 

 ビリビリと、痺れさえ覚えてしまうようなパンチのあるうま味。さっきまでやっていた訓練のせいで、疲労していた自分の身体に染み入っていくようだった。

 

「はむっ、ふぅっ、んむっ……ふっ、はふっ――」

 

 夢中になって、箸を運び続ける。

 

 ホロホロと、箸で解けるほど柔らかなチャーシューは、噛まずとも勝手に舌のなかでとろけていき、スープとは別の濃厚な味わいを生み出す。くどすぎず、肉のジューシーさを損なわない絶妙な味付け。

 

 シャキシャキと歯ごたえに緩急を付けるメンマやネギも、女子の身として嫌いになれるはずもない半熟煮卵も、載せられたトッピングすべてが濃厚スープと協調し、一点突破でワタシの口に美味しさを伝えていくようだった。

 

 熱々な器の中身を、舌を火傷しないギリギリの速度で食べ進めていると、シャワーを浴びたばかりだというのに、ワタシの額にすでに汗が浮び始める。

 

「っふ、はぐ、はふっ、むぐっ――――んく、んく……はぁー!」

 

 限界まで溜めこんだ熱にたまらず、お冷の入ったグラスへ逃げ出した。

 

 喉に潤いを取り戻し、そこでようやくハッとすると、もうすでにワタシの前にあった器の中身は、半分ほどになってしまっている。

 

 な、なんという恐ろしい魅力……ッ! これが、噂に聞いていた『こってりラーメン』が持つ魔力ッ!

 こんなの、太刀打ちしようがないよ……ッ!

 

 完全聖遺物の暴走衝動にさえ耐えたワタシでさえも、この器の帯びる美味さには、なす術もなく取り込まれてしまうのだった。

 

 そこで、ようやく、前に居たクリスちゃんへ視線を移す――すると。

 

「っはふ、むぐぐ、っは、ずっ、ふ、ッ――」

 

 それは彼女も同じだったようで、こちらなんて一切気にせず、一生懸命に麺を啜り上げていた。

 

 食べ方が雑すぎると、よく翼さんに叱られているクリスちゃんだけど、ラーメンという食べ物にこれ以上なく、クリスちゃんの豪快な食べっぷりがマッチしていた。

 

 そして。

 

(髪を上げてラーメンを食べるクリスちゃん……っ、なんと色っぽいことか……ッ)

 

 汗を浮かべながら、ふうふうと麺を冷まして一息に啜る。たったそれだけの所作だというのに、同性であるワタシでさえも、思わずドキドキする言い表し様もない色香が、クリスちゃんから漂っていた。

 

(ま、負けていられない――ッ!! たとえクリスちゃんといえど、食いしん坊キャラの座はワタシのなんだからッ!)

 

 そんな見当はずれな対抗意識を燃やしつつ、ワタシも再び、器の中身へと向き直るのだった。

 

 

 背油の放つフォニックゲインに手も足も出ず、装者二人が器に盛られた麺をすべて啜り切るのに、10分もかからなかった。

 

 

 

 

 

 

「……クリスちゃん。もうワタシ限界だよ……。この衝動に塗りされてなるものかと頑張っていたいけど、もうそんな余裕はどこにもないんだ……」

 

 

「……そうだな、さしものわたしも、これ以上自分に嘘はつけねぇーみたいだ。いや、もう誰にも嘘はつかねぇって、そう決めたッ!」

 

 

 

「すいませーんッ! 替え玉二つお願いしまぁーすッ!

 

 

「持ってけダブルだぁッ!」

 

 

 

 おしまい。

 




あっ、飯テロってネタ尽きない気がする……(泥沼)


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人間、誰しも美味しいものに引き寄せられるデスッ!


なかなか暇をつくれず亀更新。

いっぱい食べる君が好き第二弾です。

切ちゃんの誕生日に間に合わなかったよ……(内容関係ないケド)


 

 

「あれ、切歌ちゃんだ」

 

 

 リディアンからの帰り道。

 

 学校の敷地を出てしばらく歩いた辺りで、ワタシは見知った背中を見つけた。

 

 

「きーりーかーちゃんっ!」

 

「ひゃうッ!?」

 

 思わず走り寄って行って、彼女の肩を叩いてみると、びくりと肩を震わせた彼女の口から驚きの声が上がった。

 

「だ、誰デスかっ!? アタシはこう見えて、としゅくぅーけんの達人デしてっ! あなたたちのような不良サンたちと遊ぶ暇なんか、これっぽっちもないのデスッ!」

 

 ぶんぶんと、その場で両手を振り回しながら、怯えたように叫ぶ切歌ちゃん。

 

「ぬぁっ!? ちょ、違うよ切歌ちゃん!? ワタシワタシっ!」

 

 予想外の反応をした彼女に、慌てて両手をあげて降参ポーズを取るワタシ。

 

「デス……? あッ!? ひ、響さんでしたか……こ、こりゃ失礼しちゃったデスよ」

 

 ワタシの顔を見て気付いてくれたのか、ようやく落ち着きを取り戻してくれた切歌ちゃん。なんだか悪いことをした気になった、ワタシは謝った。

 

「ご、ごめんね……? そんなにビックリするなんて思わなくって」

 

「あ、あぁ、違うんデス! ちょっと心細かったと言いマスか、なんと言いマスか……」

 

「……? 心細い?」

 

 切歌ちゃんの言葉に引っかかりを覚えて、そこでワタシは気が付いた。

 

「あれ? そういえば調ちゃんは? 今日は一緒じゃないの?」

 

 いつも二人一緒で居るはずの、調ちゃんの姿が今日に限って見えないのだ。

 

「あ、あぁー……調デスか……実は、今日は調は、本部でメディカルチェックを受ける日だったんデスよ。だから学校を早退して、アタシよりも先に帰っちゃったんデス……」

 

 ……なるほど、そういうことか。

 肩を落とす切歌ちゃんを見て、一連の彼女の奇行に合点がいく。つまり――

 

「今日は調ちゃんが隣にいないから、一人ぼっちで寂しかったんだね切歌ちゃんっ!」

 

「なッ!!? ち、違うデスよッ!! 調がいなくたって、アタシはへいきへっちゃらへのぱっぱデスっ!」

 

 ワタシの指摘に、切歌ちゃんは大きく取り乱した。顔を赤くして、首をぶんぶん振っている。

 

 必死に否定はしているけれど、さっきまでの振る舞いを見たら誰でも答えは一目瞭然である。さっきのは、一人で帰るのが心細いっていう意味だったんだね。

 

 うんうん、なるほどなるほど、それはいいんだけど――

 

「……ワタシの大好きな魔法の呪文に、変なの付け足さないでもらえるかな?」

 

「……ひッ!? ご、ごめんなさいデェスッ!?」

 

 ハッ、しまったつい……。

 怯えた表情で謝りまくる切歌ちゃんに、ワタシは場を仕切りなおすように、咳払い。

 

「こほん……まぁ事情はなんであれ、切歌ちゃんも今日は一人で帰らなきゃいけないわけだっ。ワタシとおんなじだねぇ!」

 

 明るい調子で言った。

 

「えっ……響さんも、デスか? そういえば未来さんの姿が見えないデス――はッ、まさか別居デスかッ!? カメンフウフってやつになっちゃったデスか!?」

 

 切歌ちゃんがハッとした表情をする。ワタシは予想外の彼女からの追及に「ぶはっ」と噴き出した。

 

「ち、違う違うっ! ていうかどこで覚えてきたのそんな昼ドラワード!? 今日は未来、学校でピアノの特別授業に出るから帰りが遅いらしくって、それでたまたま別なだけだよ!」

 

 ワタシの説明に、安心したように切歌ちゃん。「よ、良かったデス……お二人のチューサイは、どんな凄腕のカテーサイバンショでも無理なのデスよ……」と、よく意味のわからない呟きをしていた。

 

 ……前々から少し思ってたことだけど、ちょっと偏ってるところあるよね切歌ちゃんって。

 

 そんなことをひっそり考えているワタシだったが、そこでふと、思いついた。

 

「まぁ、なにはともあれ、だよ切歌ちゃんッ!」

 

「デス?」

 

 切歌ちゃんの肩に両手を置いて、ワタシはニヤリと笑みを作る。

 

「こうして寂しい独り身が二人揃ったのもなにかの縁ッ! こういうときにすることと言えば、古今東西一つしかないよ~ッ!」

 

「すること、デスか?」

 

 いまいちピンときていない様子の切歌ちゃんに、ワタシは不敵に笑みを深めた。我ながら悪い顔をしていると思う。

 

「――買・い・食・い」

 

「デ、デ、デ、デース!? な、なんデスとぉー!? 買い食いというのはあの、い、いわゆる買い食いというやつデス!?」

 

 衝撃を受けたような顔をする切歌ちゃん。よしよし、いい反応だ。

 

 ワタシは人差し指を口にあてながら、周りの人目を気にするふりをして、彼女に顔を近付けた。

 

「しーっ、声が大きいよ切歌ちゃん。もし他の人に聞かれちゃったら大変だよ! ワタシたちの買い食いは、すでに始まっているんだッ!」

 

「あわわ、なんと……!」

 

 慌てて自分の口を手で塞いだ切歌ちゃん。

 

「どうかな、切歌ちゃん? 未来や調ちゃんがいない今日なら、誰にも知られずに悪いことを決行できる絶好のチャンスだよ……!? 学校帰りに寄り道して、買い食い――行っちゃう?」

 

 ワタシが尋ねると、切歌ちゃんはしばらく狼狽していたみたいだっが、やがて意を決したようにコクリと頷いた。

 

「やらいでか、デスッ!」

 

「よくぞ言ったッ!! それでこそワタシたちの後輩だぁっ!」

 

 ワタシたち二人はお互いに、悪い笑顔を浮かべながら歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「えっと、響さん……? こんなお店も何もない、ただの公園のほうへやって来てどうする気デスか?」

 

 切歌ちゃんとしばらく歩いて移動すること、数十分。広い敷地を有する大きな公園へ二人で入ったところで、切歌ちゃんが少し混乱したように訊いてきた。

 

「大丈夫ッ! この立花響が居る限り、切歌ちゃんに買い食いで失敗なんかさせないからッ! ワタシの美味いものマップに、間違いは無いよ!」

 

「も、ものすごい安心感デス……ッ! これが主役のオーラというヤツなのデスか、かっこいいデスっ」

 

 きらきらと目を輝かせる切歌ちゃん。そ、そんな主役だなんて……照れちゃうなぁ。

 ワタシはその羨望の眼差しに耐え切れず、思わず本音を打ち明けるのだった。

 

「……実はというとコレには、ちょっとした事情があってね? 最近ワタシ、ラーメン屋さん巡りにハマッちゃっててさー、少し持ち合わせが心許無いんだよねぇ」

 

 どういう事情かと問われれば、それはクリスちゃんのせいである。ワタシに罪は無い。無い……はず。

 ラーメンという罪な食文化を知ってしまったワタシの身体は、もう元には戻らないのだ。

 

 頭上に『?』を浮かべている切歌ちゃんに、あははと苦笑いで誤魔化しつつも、

 

「だから、これから行くお店は、味はもちろんのこと、コストパフォーマンスの面においても、大変に優秀な買い食いスポットなのですよッ!」

 

 と堂々と宣言してみせた。

 

「な、なんと……ッ。それは期待度上昇天井突破というやつデスよッ。胃袋にも懐事情にも優しいだなんて……そんな優秀スポットがこんな公園にあるとは、とんだ『灯台でその日暮らし』デスッ!」

 

 ……なんだろう、そのサバイバル感溢れた不穏な慣用句。

 きっと『灯台下暗し』と言いたかったのだろうな、と。調ちゃんじゃないワタシは、深く追求しないであげることにした。

 

 どちらにせよ、興奮している様子の切歌ちゃん。

 ワタシは上々の反応に満足しつつ、もうすぐそこにまで近付いてきていたその場所を、指し示したのだった。

 

「立花響流美味いものマップ、コスパ部門ノミネートっ! 本日の買い食いスポットはコイツで決まりだぁ!」

 

「あ、あれはぁー!?」

 

 行楽シーズンにはそれなりの賑わいを見せるだろう、大型公園の敷地内。ワタシが向かったその先に停まっていたのは、一台の軽トラックだった。

 

 荷台を改造することによって、移動販売としての型式を取っているらしきそのトラックには、目印とばかりに赤い提灯が吊るされており。

 

 そこには達筆な筆文字で『たこ焼き』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

「やぁ響ちゃん、今日も可愛いねぇ! おやぁ、お友達連れてきてくれたのかい? こりゃまたサービスしてやんねぇとなー!」

 

 そう言って豪快に笑った、たこ焼き屋さんのおじさんに、

 

「えへへ、おじさんのたこ焼きが急に食べたくなっちゃいましてッ! 500円の、2つお願いしまーすっ!」

 

 と、ワタシはいつものように大声で注文を返した。

 えへへぇ、ここのおじさんはいつも褒めてくれるから好きだなぁ。

 

「た、たこ焼きデスッ! みんなで夏祭りに行った日に食べてから、アタシもたこ焼きは大好きデスよッ! ……でも、なんでお祭りでもないのに、こんなところでたこ焼きが食べられるデスか?」

 

 目を輝かせながら、提灯を吊り上げたトラックを眺める切歌ちゃん。不思議そうに首をかしげている。

 

「ここのおじさんはねー、公園へ遊びに来た人たちにたこ焼きを食べてもらうために、毎日この時間はいつもここで、トラック販売してくれてるんだよ」

 

 ワタシが理由を説明してあげると、聞こえたのか、荷台の調理スペースへ引っ込んでいたおじさんから、

 

「このへんは子供連れのお客さんが多いからなー。学校帰りに買いに来てくれる子だってたくさんいるぜー? 響ちゃんみたいにいっぱい食べる子は、さすがにあんまりいねぇけどな」

 

 と声だけで返答があった。

 

「あー、ひどい! おじさんのたこ焼きが美味しすぎるのが悪いんですよッ!」

 

「がはは、最近の子のおべっかにゃ敵わねぇな」

 

 ワタシがぶうたれていると、おじさんが大きな袋を2つ提げて戻ってくる。

 

「ほらよ、500円の2つ。それぞれ5個ずつサービスしといてやったから、今後ともご贔屓に!」

 

 にっかり笑って、白い歯を向けるおじさんに、

 

「わぁ、5個もッ!? ありがとーぅおじさんっ! いただきますッ!」

 

 と大きな声でお礼を言って、袋を受け取ったワタシ。すると。

 

 

「な、なな――」

 

 

 その隣で、切歌ちゃんが震えた声を出した。

 

「なんデスかそのトンデモはッ!? どう見てもたこ焼きのパックの大きさじゃないデスよ!?」

 

 ワタシが受け取った袋を見て、切歌ちゃん。

 それも当然のことだろう。なぜならワタシが受け取った袋は、二つ持つだけで両手が塞がってしまうほどの、かなりのボリュームを誇った袋だったのだから。

 

 彼女の予想通りの反応に、ワタシは内心で笑みを深める。

 

「ふっふっふ。このワタシが、可愛い後輩である切歌ちゃんに、ただの平凡な食べ物屋さんを紹介すると思ったら、大間違いなんだよッ! ここのたこ焼き屋さんのウリはそうッ、美味しさに反比例するようなコストパフォーマンスの良さなのデスッ!」

 

「な、なんデスとぉーッ!!?」

 

 両手に持った袋を掲げ、堂々と宣言してみせるワタシに、切歌ちゃんが目をキラキラさせている。

 

 

「……俺、この商売はじめて結構長いけどよぉ、響ちゃんほど、買ってもらい甲斐のあるお客はなかなか居ねェわ」

 

 

 そんなワタシたちの様子を、上機嫌にトラックの窓から、たこ焼き屋のおじさんが眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 せっかく公園に来たのだからと、景観の良いベンチを二人で探して、切歌ちゃんと一緒に座る。

 

「信じられないデス! その袋の中身が全部たこ焼きだなんて、現物を見るまで、アタシは信じないデスよっ! 夏祭りで調と食べたたこ焼きは、6個入りで500円だったデス!」

 

 きっと詐欺デスッ、中身は葉っぱが化けたものに違いないデスっ!

 

「ふっふー、満足に夢を見れない子というのはなんとも可哀想なものだねっ。そんなに言うならその目でしかと見届ければ良いよっ!」

 

 興奮で若干おかしなテンションになりつつ、ワタシは袋からその中身を取り出して、高らかに掲げて見せた。

 

「じゃーんっ!」

 

 たこ焼きといえば、竹の葉で編まれた『舟』と呼ばれる容器に入れられているものが一般的だが、ここのたこ焼き屋さんは価格優先なので、安価な透明のブラスチック容器に入れられている。

 スーパーでお惣菜なんかを入れるアレだ。

 

 一つの袋から取り出したパックは、なんと2つ。

 

 こんがりと焼き目のついたそれの上には、照りのあるソースがたっぷりと塗られて、美しい輝きを放っている。そのさらに上には、マヨネーズで彩られた鮮やかな格子模様。

 見ているだけでお腹が空いていくような、魅力的な景色だった。

 

「デ、デデデ、デェエエッスッ!!?」

 

 小腹を空かせた自分たち健康的な少女にとって、もはや悪魔的な魅力を放つそのパックを前に、切歌ちゃんが嬉しい悲鳴を上げる。

 

「な、なんてボリュームなんデスかッ!? 倒産覚悟の出血大サービスとは、このことデスッ!? 絶対あのオジサン間違えてるデスよッ!」

 

 返しに行かなきゃオジサンが倒産しちゃうデスーっ!!?

 取り乱したように叫ぶ後輩を前に、ワタシは不敵に高笑いをする。

 

「ふはははっ!! 違わないよ切歌ちゃん! ワタシたちが注文した『500円』というのは――」

 

 ワタシが掲げる一パック。そのなかに納められているたこ焼きはなんと――驚愕の25個っ!!

 

 それぞれ5個サービスというおじさんの言葉に、偽りはなかったようだ。

 驚くべきことに、あのお店で500円を払って食べられるたこ焼きの数というのが、20個入りパック2つの、計40個という破格的物量作戦ッ!

 

 

 

「――6個じゃない。ワタシたちがここで食べられるたこ焼きは」

 

 それがおじさんのご好意によって、一人10個ずつの上乗せブーストが入ったことにより――

 ワタシたちが今日、ワンコインで楽しむことの出来る絶品たこ焼きの総量は、25個×2パックで――

 

「一人50個のッ!! 絶唱だぁあああああッ!!!」

 

 

「なんデスとォおおおおおッ!!?」

 

 腰を抜かしそうな勢いで、驚いている切歌ちゃん。

 ワタシは提げていた切歌ちゃんの分の袋を、手渡した。

 

「そんなわけでっ! 冷めないうち食べちゃおッ。切歌ちゃん!」

 

 受け取ったその袋の重量に、切歌ちゃんはさらに驚いて「こ、これは夢デスか……そうに違いないデス……っ」と、往生際の悪さを見せている。

 

 ワタシは隣で、自分のパックを膝に乗せると、早々に取り付けられていた輪ゴムを外した。

 

 ふわり。反発によってパックの蓋が開くのと同時に、ソースと小麦が焼けた香ばしい匂いが辺りに立ち昇っていく。

 

 じゅわりとまだなにも入れていないはずのワタシの口が、唾液で満たされた。

 こ、これがB級グルメ界最強とも一部では名高い、KONAMONOの実力……ッ!!

 

 わかっていたはずのことなのに、ワタシの意識はあっさりと飲み込まれてしまった。

 こうなってしまうと、もはや留まるところを知らない。

 

 食べやすいようにと気を利かせて、おじさんが付けてくれた割り箸を割って、パックの中の一つを摘み上げる。

 

 まだ湯気が目に見えるほどのそれは、見るからに熱々で、ワタシに一口で頬張られることを拒んでいるかのようだ。

 

 ならば――と、箸を使って、切る様にたこ焼きを裂く。

 

「~~~ッ!」

 

 美味しさが可視化しているんじゃないかと見紛うほどの、その耽美な断面に顔が緩む。

 ちらりと覗いている鮮やかなピンク色は、たこ焼きがたこ焼きたる所以、主役ともいうべきタコだ。

 

 もはや言葉なんていらない。

 息を軽く吹きつけながら冷ましつつ、ワタシはその旨味に存分に歯を突き立てるのだった。

 

「ふぅ、ふぅ……はふッ――ッ! む、っは、ふっ……~ッ! ん、ぅ……はふっ、むぐ……~っ!」

 

 絶え間なく打ち寄せる波のように、何度も何度も訪れてくるシンプルで力強い美味しさ。一噛みするたびに、身体が悶える。

 

 ソースとマヨネーズの酸味と甘味が奏でる、必愛のデュオシャウト。

 一身にそれらを受け止めている下のたこ焼きは、口に含むだけでさくっと弾けたかと思うと、じゅわっと旨味の詰まった出汁を放出しながら、舌の上でとろけていく。

 

 ぷっくりと膨らんだタコのぶつ切りは、歯の上で踊るように跳ねて濃厚な風味を残しながら、絶妙な触感のアクセントを引き起こす。

 

 なにもかもが計算され尽くされたかのようなバランス。すべてが絶妙な黄金比。

 人を堕落させるためだけに存在しているかのような、強烈な美味さだった。

 

「悪魔だ……ッ! これは人を駄目にする悪魔だよッ……!」

 

「全面的にその意見に同意するデェスッ……! 美味しさが天井知らずデスよぉぉ……ッ!」

 

 だらしなく顔を緩ませながら、同じくたこ焼きを頬張っている切歌ちゃん。その顔は幸せ一色に染まっており、気に入ってもらえたことがよくわかる。

 

 あのたこ焼き屋さんが破格のコストパフォーマンスを発揮できている理由――それは、

 

 摘み上げたたこ焼きの断面を見ながら、ワタシは密かに分析してみせる。

 その秘密はおそらく――中に散りばめられた、この天かすだ。

 

 ただでさえ安価でボリューム効率の良い粉物であるたこ焼き。

 そこに水分で膨らむ天かすを使うことによって、一個当たりに使うたこ焼き粉の量を減らすことに成功し、おじさんはここまでの破格な値段を実現してみせたのだ。

 

 そしてこの天かすこそが、おじさんが焼くたこ焼きの持つ、一際な美味さの秘密。

 出汁をこれでもかと吸いこんだ天かすが、口の中でとけて、触感のなめらかさを演出しているのだ。

 

 カリカリとろとろ。相反する二つの触感の実現。まさにこれこそ、たこ焼きの極地。

 

「はふっ、ふぅ、むぐ……っふ、はふ、っぐ、む……ッ!」

 

 たこ焼きを頬張る手が止まらない。身体がもっと欲しいとねだってきて、言うことを聞かない。

 

「っふぐ、はふっ、もぐ……っふ、はぐっ――」

 

「むぐ、っふ……はふはふっ――」

 

 切歌ちゃんとワタシの二人は、せっかく景観の良いベンチを見つけた意味もなく、一心に手元のパックに食らいつくのだった。

 

 いいさ、遠慮せずいくらでもねだるが良い――ワタシの身体よっ!

 一人前50個の大質量は、ちょっとやそっとじゃ揺らぎはしないッ!!

 

 ワタシたちは、身も心も満腹になるまで、熱々のたこ焼きを頬張り続けるのだった。

 

 

 

 

 

「大、大、大満足デース……っ! もう一個だってアタシの胃袋には入らないデスよ……っ!」

 

「気に入ってもらえたようでなによりだよー! んー! ワタシの小腹もこれで満足だよぉ」

 

「……小腹?」

 

「今日の晩ごはん一体なにかなー!」

 

「ほ、ホントのホントのトンデモは響さんのほうだったデスよ……」

 

「そうだっ。未来にお土産で、もう一パックぐらい買っていこーかな!」

 

「あっ、それならアタシも、調に買っていくデス!」

 

「決まりだね! じゃあせっかくお土産で買っていくんだし、ここはちょっと奮発して――」

 

『1000円分、買っちゃう(デス)!?』

 

 その後、大量のたこ焼きを家へと持ち帰った二人が、それぞれの親友に買いすぎだと叱られたことは言うまでもない。

 

 

おしまい。

 

 



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初手より丼ぶり飯にてつかまつるッ!!

亀更新その➂。

いっぱい食べる君が好き第三弾は、ズバババン回です。

安定の内容の無さ(笑)



 

「あれ、翼さん……? もしかして今日はオフの日なんですか?」

 

 

 トレーニングルームで、いつものように戦闘訓練を終えたワタシがシャワー室を出ると、そこには雑誌を広げながらソファに腰を預けている翼さんの姿があった。

 

「……む、湯浴みが済んだのか立花」

 

 読んでいた雑誌から顔を上げて、翼さんがこちらを見る。

 

 いつもなら、午前の戦闘訓練が終わるとすぐにS.O.N.G.を後にしてしまう翼さんが、今日は本部内に残っている。

 

 シンフォギア装者である傍ら、大人気アーティストでもある翼さんは、それこそ毎日のように、殺人的スケジュールを組まれているので、こうしてのんびりとしている彼女の姿を見るのは、とても珍しい。

 

「先方の都合が急遽、変更になってしまったようでな。今日は半日オフの日なのだ」

 

「へぇー、そうなんですかーっ! あっじゃあ隣、いいですか?」

 

「うむ」

 

 翼さんからの許可をもらってから、彼女の隣に腰を下ろす。

 いろんな場所を飛び回っている超多忙な翼さんと、こうして二人きりでソファに座れる機会なんてそうそうない。

 

 ワタシは飛び跳ねて喜びたい感情を我慢しながら、アーティスト風鳴翼の隣席という、夢のような喜びを独り占めするのだった。

 

 

「……ところで翼さん、いったいそれは何を読んでいるんです?」

 

「む? あぁ、これか?」

 

 ワタシからの指摘を受けて、翼さんが自分の手の中にあった雑誌を、こちらにも見えるように広げて見せてくれる。

 

「どうやら誰かが休憩室に忘れていったモノらしくてな……暇つぶしにと読んでいたのだがなかなかどうして、心を掴まれていたところなのだ」

 

 それは、随分と写真が多く載せられた雑誌だった。

 

「えーっとなになに……? 『頬っぺたの急降下作戦完全版! 禁断の丼モノグルメ特集』……ッ!?」

 

 広げてもらったページに載せられていたコラムの、タイトルと思しき文言をそのまま声に出して読んでみる。

 

 そこには、カラフルな色合いが美しい海鮮丼や、大きな海老がひときわ目を引く天丼など、日本各地の丼ぶり料理らしい写真が、デカデカと大きく掲載されていた。

 

 どうやら丼ぶり料理に焦点を合わせた、特集ページらしい。

 いわゆるグルメ本――というやつである。

 

「ぐぁあああ! 目が! 目がぁ!」

 

「どうした立花!?」

 

 両目を押さえながら、ソファの上をごろごろと転がり始めたワタシを見て、翼さんが驚いた声を上げる。

 

「だ、だめですよ翼さん……っ! ワタシはいま訓練で身体を動かしたばっかりなんですからぁ……! こんな目の猛毒本を見たら、ワタシの中の猛獣があっさり暴走しちゃいますよぅ……ッ!」

 

「……そ、そうか。それはすまなかった」

 

 慌ててページを閉じようとして、翼さん。これ以上ワタシの目に映らないようにと、休憩室に備え付けられていた机の上に置こうとする――が、

 

「いえ、やっぱり読みましょう」

 

 それを、ワタシの手ががっちりとホールドして引き止めた。

 

「……そうか」

 

 ワタシの本気のトーンに、いつだって凛としているあの翼さんがわずかに戸惑っていた。

 

「あぁ丼ぶり……ッ! 器の中で完成され尽くしたその料理はもはや、アイラブご飯勢にとっての完全聖遺物……ッ! 一度でも蓋を開けてしまったが最後、その100%の力を常時発揮し続けてしまうという、恐ろしいパンドラボックス……ッ!」

 

「……それだけ聞くと、なんだか物騒な印象を受けるのだが」

 

「その歴史はとても古く、そもそも『丼ぶり』という言葉には、古い言葉で『不滅不朽』という意味があるとかないとか――」

 

「ないだろう!? 噓はよくないぞ立花!?」

 

「それだけ無限の可能性を秘めた食べ物だということなんですよッ! 《サクリストD》のDは丼ぶりのDだったんですッ!」

 

 息荒く熱弁を振るうワタシに、翼さんが反応に困ったようなリアクションをする。

 

 さすがはいつもクールでかっこいい翼さんだ。こんなにも恐ろしく魅力的な完全聖遺物を前にして、取り乱すことなく落ち着き払っているだなんて……ッ!

 

「翼さんはどの丼ぶりが好きですかッ?」

 

「む? そうだな、私は――」

 

「ワタシはですね~ッ、カツ丼に牛丼などのメジャージャンルはもちろんのこと、お野菜たっぷり中華丼やジューシーな焼き鳥丼も大好物ですし、魅惑の輝きイクラ丼や、鉄火丼といった海鮮モノも大好きですかね……っあぁ! そぼろ丼にうな重などの反則選手たちにももちろん全力降参ですよっ!? いやここはあえて女子力アピールを意識して、ロコモコ丼なんて言うのもアリかもしれません……! まだまだ若輩者ではありますが、ワタシなんかの身に言わせてもらえればですね、『おかず+白米』という方程式には等しく『丼ぶり』という一種の神性を帯びるのではないかと分析しておりまして、からあげ丼や照り焼き丼といった、俗に言う『乗っけただけ』文化はそれらが特に顕著に現れた――」

 

「わかった、わかったから。私にも答える暇を与えてくれ……」

 

 翼さんに遮られて、ハッとした。いけない、ついサクリストD(丼ぶり)を前に我を失ってしまっていた。

 

「わー、ご、ごめんなさい翼さんッ!」

 

 なんて恐ろしい魔力だ……さすが普段は、地下深くにあるアビスに保管されているだけのことはあるよ……(?)。

 

「こと食事の事となると、ここまで立花が饒舌になろうとは……。まったく、立花は自分の感情に正直だな」

 

 くすくすと笑って、翼さん。

 

 

「――ふむ、立花の熱にあてられたのか、私も丼物を口にしたくなってしまったよ」

 

 

「ふぇ?」

 

 翼さんはそう言うやいなや、座っていたソファから立ち上がった。

 

「せっかく半日の暇があるのだ。少しはなにかしないと勿体無いと考えていたところだったものでな。そんなわけで立花、もしよかったらこれから私と――昼食を共にしないか?」

 

「~~ッ!! はいもちろんッ! 不肖この立花響、殿を努めさせていただきますッ!」

 

 翼さんからのそんなお誘いに、ワタシは一も二もなく飛び付いた。

 翼さんと一緒にごはん……ッ! 今日はなんと幸運な日なんだろう……ッ!

 

 

 

「――そんなわけなので、緒川さん。申し訳ないのですが車の手配をお願いできますか」

 

 

「――了解しました、翼さん」

 

 

 

「へっ? ど、どぉわぁあああ!!?」

 

 いつの間にかワタシの後ろに立っていた緒川さんに、腰が抜けそうなほど驚く。

 驚いた弾みでソファから転がり落ちそうになった。

 

「す、すみません響さん……! 大丈夫ですか……?」

 

「え、えぇ……。ちょっとびっくりしちゃいまして……」

 

 いったいこの人、いつからワタシたちの近くに居たのだろう……。申し訳なさそうな顔をして、転がり落ちたワタシの身体を支えてくれた緒川さんに、ワタシは内心冷や汗を浮かべるのだった。

 

 

「食事が好きな立花を連れて行くのだ。どうせなら、私が行きつけにしている、とびきりの食事処へ案内するとしよう」

 

 

 

 

 

 

 緒川さんの運転する車に乗り込んで、移動すること数十分。

 

 翼さんの案内で連れてきてもらったのは、大きな道路からいくつか道路を挟んで、歓楽街から少し逸れた、なんとなく物静かな雰囲気の漂う町並みの、その一角だった。

 

「……さぁ着いたぞ、ここだ」

 

「あれ、緒川さんは?」

 

「僕は構いませんよ。実はすでに、別で食事を済ませてしまっておりまして……たまには女の子同士、ゆっくりと食事を楽しんできてください」

 

 にっこりと微笑む緒川さんに見送られて、翼さんに導かれるまま車から降りる。

 

 

「……な、なんと」

 

 

 そして、驚いた。

 

 翼さんの示した『場所』――それを目の当たりにして、ワタシの口からは間抜けな声が飛び出した。

 

 

 思わず立ち尽くしたワタシの前にあったのは、真っ白な漆喰塗りの外壁が特徴的な、落ち着いた雰囲気のある一軒屋風の建物だった。

 

 門構えには立派な大松が植えられており、玄関らしい引き戸と、中庭らしい敷地がちらりとこちらに覗いている。

 いかにも厳かな純和風といった様子の、一目見るだけではとてもじゃないが『食べ物屋さん』には見えない風合いを出す建物だ。

 

 『行きつけのお店』というより、『国の重要文化財』といったほうが、しっくりきてしまいそうな厳かな外観である。

 

「さぁ、さっそく行こうか」

 

 そんな場所へ、慣れた様子の足取りで、平然と歩いていく翼さん。

 彼女がくぐった立派な門には、もちろん看板らしきものなんて見当たらない。

 

「え、えっと翼さん……この、VIP専用感の強い、知る人ぞ知る感じの隠れ家的な建物はいったい……?」

 

「ん? あぁ――丼物と聞いて、真っ先に思いついた場所がここだったものでな」

 

「どう見ても丼物を召し上がれるような、庶民的な雰囲気のしない場所なんですが……」

 

 すっかり雰囲気に圧倒されて怖気づいてしまっているワタシに、翼さんが軽い説明をしてくれた。

 どうやらここは、いわゆる割烹料理を出しているお料理屋さんなのだという。

 

「アーティストの活動柄、こういった場所で打ち合わせや、業界人との面通しする機会が多いものでな。初対面の人間とそれなりに打ち解ける為には、食事を共にするのがなにかと一番手っ取り早いのだ」

 

 そう言って、翼さん。

 

 たとえそんな風に教えられてもらったところで、とてもそういった『食事』をする場所には見えないと思ってしまうのは、割烹料理なんていう、女子高生には馴染みのない上流階級の食文化であるためなのか――それとも、芸能人である翼さんとはそもそも生きている世界が違いすぎるということなのか。

 

「それに、あまり私は外食をしない性質なのだが、ここの食事は別格でな。たまに無性に口にしたくなるのだ……あぁ、そういえば、友人を連れてきたのは今回が初めてだったな」

 

「わ、ワタシ今、身体ぜんぶを使って『敷居が高い』という言葉の意味を体感している真っ最中なんですが……」

 

 ん? 言ってから気が付いたが『敷居が高い』ってそういう意味で使う言葉じゃないんだっけ。この前、未来に教えてもらったような……。いやこの際、そんな細かいことはどうでもいい。

 

 たとえ尊敬する翼さんの紹介とはいえど、平凡な小市民に過ぎないワタシにとって目の前の景色は、なかなか身が縮こまるモノだった。

 

 り、立派すぎて、門すら潜れないよぅ……。

 中に入った途端、お店の人が飛んできて「あ、すみません、一般の方はちょっと……」と静かめなトーンで怒られてしまいそうな印象すらある。

 

「む。そんなことはないぞ立花、たしかにここはいわゆる『紹介制』のお店だが、今回は私が共にいるから――」

 

「しょ、しょしょ、紹介制!?」

 

 紹介制っていうのはあの紹介制ですかっ!? テレビで京都とかが映ったときに出てくる、俗に言うところの『イチゲン様お断り』というヤツでは!?

 

「……ま、まぁ、そうだが」

 

「ワタシ、訓練終わったまま来たので、まんまフツーの格好ですよ!? マズイですって!」

 

 あわあわとしながら、自分の服の端を指で引っ張る。ぜったい駄目だよ! きっと怒られちゃうよ!「あの、食い意地の張っただけの人はちょっと……」とか言われちゃうよ!

 

「それを言うなら、私も普段の服装なのだが……?」

 

「翼さんはいいんですッ! だって一流アーティスト! あいむ一般ぴーぽーッ!」

 生まれ持ったオーラというやつが違うんですッ!

 

 お店の敷地に一歩も入れず、全力で訴えるワタシの様子がよほど滑稽だったのか、翼さんがおかしそうに噴き出した。

 

「ふふっ、いくらなんでも気負いすぎじゃないか? ここはただの食事処だぞ。選ぶのは店ではない、客である私たちだ。お前はなにも気にせず、どんと構えていればいい」

 

 

 ……ど、丼だけに。

 

 

「え? いま何か言いましたか翼さん?」

 

 最後のほうがよく聞き取れずに聞き返したが、翼さんは、

 

「~っ。な、なんでもないぞ!? と、とにかく中へ入ろう!」

 

 と、なんだか顔を赤くしながら、ワタシの手を掴んで引っ張った。

 

「え、えぇ……ホントに大丈夫なんですかね……」

 

 不安を胸いっぱいに抱きながら、ワタシは先へずんずん進んでいく翼さんに連れられて、足を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「――失礼いたします。お食事のほうをお持ち致しました」

 

 カジュアルを通り越して、もはやよれよれの普段着での入店だったが、翼さんが前もって連絡を入れておいてくれたらしく、ワタシたちはあっさりとお店の人に中へと案内してもらった。

 

 まさに『高級料亭』といった雅な空気が漂う店内は、どう考えても戦闘訓練の後に気軽に立ち寄って腹ごしらえをするような、そういった庶民的な雰囲気では全然ない。

 

 しかし悲しいかな、足の先まで庶民で出来ているワタシには、今まで経験したことのないそんな高級感を前に、なんだかおかしな興奮を覚えてしまう。

 場違いな場所に来てしまったことに、すっかり怯えきっていたワタシだったが、中に入ったら入ったらで、未知の世界に大はしゃぎだった。

 

 店の人に案内されるまま通された奥の畳座敷で、丸窓から覗く綺麗な庭の景色に感動したりしながら、翼さんとおしゃべりをしたりしていると、襖を引いて、お盆を提げた和服姿の女性が、配膳の準備をするために入ってきた。

 

「ふぁ、ふぁいッ」

 

「あぁ、どうもありがとう」

 

 思わず緊張して返事さえも噛んでしまったワタシと違い、翼さんは慣れた様子で落ち着き払っている。

 す、すごいなぁ翼さん……。

 

 考えてみれば、翼さんのお家は日本でも屈指の超名家らしいので、当然といわれれば当然のことだった。

 一流アーティストであるのと同時に、翼さんは生まれも育ちもお嬢様なのだ。この程度の格式だった場所には、むしろ慣れ親しんできたのかもしれない。

 

 いや、お嬢様というと少し、カッコいい翼さんのイメージからちょっとずれちゃうかな……? んー、『お姫様』……も、ちょっと違う?

 

「……どちらかというと、お殿様って感じかも」

 

「ん? なにか言ったか立花?」

 

「い、いいえ、なんでもないですッ! あははっ!」

 

 慌てて笑い飛ばして誤魔化していると、そうしている間にも、料理の配膳が済まされていた。

 

 色味の良い青菜のお漬物が入れられた小さな鉢と、優しい香りのするお吸い物が入れられたお汁椀――そして、その真ん中には主役である、美しい漆器塗りの丼ぶり鉢。

 

 どの入れ物も軒並み高級品らしく、メニューは至ってシンプルにも関わらず、自分なんかにはとてもそぐわないんじゃないかと思ってしまう。

 

「……うぅ、少し前に切歌ちゃんに自慢顔でたこ焼きを勧めていた自分が、ものすごく恥ずかしい」

 

「……た、たこ焼き?」

 

「なんでもないです……ッ」

 

 あまりに分不相応な、ブルジョワ感溢れる目の前のお膳を見て、ワタシはなんだかくすぐったくなってくる。

 

「わ、ワタシのようなごく平凡な一般庶民が、こんな大層なものを口にしてしまったら、バチが当たっちゃうんじゃないでしょうか……」

 

「お前は割烹料理をなんだと思っているんだ」

 

 目の前に座った翼さんから、ツッコミが入った。珍しい。

 

「心配せずとも、この店だって普段から立花が行くようなところと、そう大した違いはない。食事処は食事を楽しむところだ。そうだろう?」

 

「うぅ……そうですけどぉ……」

 

 

「ふっ、ならば立花――果たしてこの丼ぶり鉢の蓋を取っても、お前はそんな悠長なことを言っていられるかな?」

 

 

 もごもごと釈然としないワタシの様子を見て、翼さんはにやりと不敵に微笑んでみせた。

 そして、自身の前に置かれた丼ぶり鉢の蓋に手をかける。

 

 ぱかっ。ふわり。

 

「……ふぉぉおんっっ!!?」

 

 思わずワタシの口から大きな声が出てしまった。

 

 それも当然のことだ。

 蓋を取った、翼さんの器。その中身が――眩いばかりの黄金に輝いていたのだ。

 

 そして同時に、対面に座っているワタシにまで届いてきたのは、濃厚なお出汁の香り。

 ごくり。無意識にワタシは唾を飲んだ。

 

「さぁ、せっかくの料理が冷めてしまっては忍びない。頂くとしようか」

 

 そんな風に言った翼さんの言葉に促されるように、ワタシの分の丼ぶり鉢に、勝手に手が伸びる。

 

 

 すっかり恐縮していたはずのワタシの身体は、猛烈な美食の気配を前に驚くほどスムーズに動いていた。

 

 ぱかっ。ふわり。

 

「~~~っっ!!」

 

 

 そこには同じく、燦然と輝く黄金の光。

 目の前に広がった景色に、すっかり言葉を失う。

 

 同時に湯気と共に立ち昇ってくる、そのお出汁の香りに堪えきれず、胃袋がきゅっと音を立てる。

 優しくも力強い、食欲を掻き立てる『和食』の匂い――これは強烈な麻薬だ。日本人には決して逆らえないものだ。

 

 ワタシの目をすっかり釘付けにしてしまっている黄金色の輝き――それは、キラキラと光を照り返して輝くたまごだった。

 

 丼ぶりに盛られた白米が覗き見えないほど、丁寧に盛られたたまごの海。とろとろと、今にも溶けてなくなってしまいそうな危うさを感じるそれらが、大事そうに抱えているのは、キメ細かにふっくらと火の通った鶏肉だ。

 

 黄色一色に染められたたまごの絨毯、その中心にはなんとも贅沢なことに、色の鮮やかな卵黄が一つ浮かべられている。

 

 鶏肉とたまごという、誰しもが愛してやまない最強のゴールデンコンビ――その二つを丼ぶりという世界に閉じ込めて、凝縮させた、その罪深い料理の名前は――親子丼という。

 

「ま、眩しい……ッ! まさに純金と見紛うほどの、このリッチな輝き……ッ! こんなにも美しい丼ぶり料理が、この世に存在していいものなのでしょうか……ッ!?」

 

「真ん中の卵を潰して、絡めて食べるのだ。たまらなくなるぞ?」

 

 すっと、箸を持つ翼さん。まるで戦っているときのような華麗な所作の箸捌きで、彼女の操る箸の先が、丼ぶりの中心に浮んでいる禁断の果実を捉える。

 

 あ、あ……。

 

 とろりと――半熟の黄身が、丼ぶりの中で弾けて溶け出した。

 

 も、もも――もう駄目だぁッ!

 

 自分の箸を抜き放って、自分の分の鉢へと向き合った。

 あまりにも恐れ多いため、自分の禁断の果実には、まだ触れないことにする。

 

 滑らかな絹のように、一点の解れもない金色の絨毯。

 少しだけ悩んだ後、ワタシはその敷かれた美しい絨毯に、箸の先を差し入れた。

 

 ふわり、と。全くの抵抗もなくその黄金色が解ける。中から溢れた白米を掬い上げるようにその絨毯で包んで、自分の口へと運ぶ。

 

「っふ、っは、ふ――んっ……~~ッ!? ふぅ……ぁ」

 

 ふわふわと、魔法のように解けていくたまごの甘み。醤油の香ばしさと砂糖の甘みがよく溶け合った出汁が、噛むたびに口の中で溢れ出していく。

 粒だった白米の噛み応えが、なによりも素晴らしい。

 

 鼻から抜けていく昆布だしの香りに酔いしれるように、嚥下を終えたワタシはほうっと息を吐き出した。

 

 それぞれの味が主張しすぎない、まるで心に染み込んでいくように優しく、そして穏やかな美味しさ。

 

 ――美味しい。美味しい。喉を通っていた途端、じんわりと幸せな気分がワタシの中を駆け巡っていく。

 

「……っは、ん、ふ……」

 

 そこでふと、自分の目の前で、翼さんがうっとりとした表情で、箸を動かしているのが目に入ってきた。

 

「っぁ……ん、っむ――~~……んっ」

 

 いつだって凛々しく、いつもワタシたちの先頭に立って道を切り開いてくれる、頼もしい彼女の、緩んだ表情。

 美味しい物は、食べた人をたちまち笑顔にしてしまう。

 

 それは人類守護の防人も例外ではなかったようで、思わず見惚れてしまいそうになる、素敵な笑顔だった。

 

(こんなに美味しいものを食べられるうえに、翼さんの貴重なゴキゲン笑顔が見られるだなんて……ッ! もう幸せすぎだよぉ……ッ! ……ハッ!?)

 

 思わず我に返って、目の前の鉢に向き直る。そうだ、まだワタシの丼ぶりには禁断の楽しみが残されているではないかっ!

 

(きっとコレを潰してしまえば……ワタシは欲望に抗えなくなっちゃう……ッ! 怖い……ッ、でも食べたいッ!)

 

 震える手を必死に抑えつつ、箸の先で慎重に丼ぶりの中心を突く。

 

 とろり。

 

「~~~ッ!」

 

 溶け出してきた魅惑の輝きに、震えた。

 濃縮したその旨味のエキスを一滴たりとも無駄にすまいと、すべて白米で受け止めながら掬い上げる。

 

(そ、そうだ……今度はお肉も一緒に……って、うわっは、なにこれ贅沢の極みだよぉ……ッ!? もうバチが当たったってワタシは本望だッ!)

 

 なにもかもを欲張りに、一口で頬張る。

 

「……っふぁ、は――むっ、~~ッ!! っ、くぅ~……ッ!!」

 

 とろりと舌の上で溶け出す黄身がほどよく絡んで、舌触りを何倍にも滑らかにさせる。とろけるような甘みとコクが、何倍にも跳ね上がった。

 

 そして。続けてあるのは、じゅわっと口の中で弾ける鶏肉の脂。ふわふわとした食感の中で、ほろほろと解けていくお肉の存在感にうっとりとしてしまう。

 

 噛むたびに溢れだす肉汁が、たまごの甘みと混ざり合って、旨味の相乗効果を生み出す。

 これぞまさに美味さのユニゾン。

 

 鶏肉とたまごの旨味を、白米が繋ぎ支えることによって、初めて成り立つ美味さのS2CA――絶唱級の美味さだった。

 

「しあわせだぁ……っ」

 

「ふふ、気に入ってもらえたようでなによりだ」

 

 ワタシの恍惚な表情に、翼さんが満足げに頷いていた。

 

 

 

 

 

「……あ、あのぅ、翼さん。非常に申し上げづらいのですが、この絶唱クラスの美味さを前に、さっきからワタシの胃袋に住んでいるハネウマが躍り狂っておりまして……」

 

「っふ、無論だ、立花。みなまで言わずとも良いさ――好きなだけ、おかわりするといい」

 

「~~ッ、一生ついていきます翼さんッ!!」

 

「ならば、私も負けてはいられないな――大盛りの生き様、覚悟を見せてあげるッ!!」

 

 

 

 おしまい。

 

 




ええと、つまりあれです。 

ビッキーをオトすには、美味しいご飯を食べさせるのが一番手っ取り早――


未来「ちょっとそこで、私とお話しましょうか?」(にっこり)


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なんとスィーツ……!

書いてて楽しい亀更新その④。今回は適合者みんなの心のオアシス、調ちゃん回です。

いっぱい食べる君が好き第四弾は、すこし路線を変えて甘いモノにしたそうです(他人事)

有難いことに、みなさんからコメントや反応を頂けて、非常に励みになっております。これからものんびり更新で、お待たせしてしまうとは思いますが、見かけたときには生暖かい目で見守ってもらえると幸いです。


「たい焼きってさ、食べるときにタイの頭から食べちゃうっていう人と、シッポから食べちゃう人っていう二つのタイプに分かれちゃう食べ物らしいんだけど、調ちゃんはどっちから食べるのが好きかな?」

 

 

 

 ちなみにワタシはね~、アタマから食べちゃう派かなッ!

 

 駅前にあるロータリーに面した、小さなクリーム色の店舗が目印の、いま巷で話題だと言うたい焼き屋さんの前に出来た行列に並びながら、ワタシは自分の前に並んでいる、小柄な黒髪の少女にそんな話題を振った。

 

 列に並んでいる今この間にも、自然とワタシたちが立っている場所にまで、たい焼きの生地が焼ける甘く芳ばしい香りが漂ってくる。

 

 その匂いに耐え切れず、ついついだらしなく顔を緩ませていたワタシだったが、それはこの長い行列を共にしている前のツインテール少女も同じだったようで、さきほどからくんくんと、その小さな鼻が何度も動いていた。

 

「……実は、タイヤキを食べるの、今日が生まれて初めてなんです」

 

「――ええッ!!?」

 

 予想外の彼女からのそんな告白に、ワタシの口から思わず驚きの声が上がる。

当然、ワタシ達二人の前後に並んでいた人たちから、なんだなんだと怪訝そうな視線を向けられた。

 

「あ……っ、ご、ごめんなさい……ッ」

 

 慌てて周囲の人間に頭を下げて謝りながら、涼しい顔で並ぶ少女に詰め寄る。

 

「そ、それ本当なの調ちゃん……ッッ!?」

 

「え? は、はい……まぁ」

 

「なんと……ッ」

 

 とても言葉では言い表せない大きな衝撃に、ワタシの身体が打ちひしがれるようだった。

 こんなに可哀想な子が、ワタシのすぐ近くに居ただなんて……ッ!

 

「気付いてあげられなくってごめんね調ちゃん……ッ! これからはもっと、ワタシと一緒にご飯食べにいこうね……ッ! 今日はワタシがいっぱいごちそうするよ……ッ!」

 

 たい焼きの味を知らないで今まで生きてきただなんて、なんと不憫な……ッ!!

 

「え、あ、あの……響さん……?」

 

「大丈夫ッ! 遠慮なんかしなくてもいいんだよ調ちゃんッ! このお店は普通のたい焼き屋さんとは一味違って、あんこ以外にもたくさんのバリエーションがあるらしいから、今日は気になるメニュー全部制覇しちゃおうねッ!」

 

「な、なにかひどい勘違いをされているような気がするんですが……」

 

 調ちゃんがなにやら言っていたが、彼女が満足するまでたい焼きを食べさせることで頭をいっぱいにしていた今のワタシには、その呟きは入ってこないのだった。

 

「……あ、ところで調ちゃんは、あんこはつぶあん派? こしあん派?」

 

「……どちらかというと、こしあん派です」

 

「おっけぇーッ!」

 

 

 

 

 

 リディアンで、いつものように未来と一緒にワタシがのんびりとお昼休みを過ごしていると、珍しいことに調ちゃんが一人でワタシたち二回生の教室を訪ねて来てくれた。

 

「すいません、響さん。ちょっと相談したいことが……」

 

 そんな風に声をかけられて「あれ、切歌ちゃんと一緒じゃないんだ」と不思議に思いつつ、ワタシが教室から出て行くと、彼女は少し恥ずかしそうに、

 

「あの、もし良かったらなんですけど、わたしに美味しい『おやつ』が買えるお店を教えてほしいんです」

 

 と、そんなことをこっそりといった感じで打ち明けてくれた。

 

「……なんですとッッ!!?」

 

 彼女の言葉をうっかり聞き間違えたのかと思ったワタシだったが、詳しく彼女から事情を聞いてみると、

 

「実はこの前、切ちゃんが両手いっぱいのたこ焼きを買って帰ってきたことがありまして……。それがとても美味しかったので、今度はわたしからもなにか、切ちゃんが喜ぶような、美味しいグルメを持ち帰ってあげたいなって思ったんです」

 

 聞いたところによると、あのたこ焼きは響さんと一緒に買ってきたものだそうで……それなら他にも、響さんなら美味しいお店を知っているんじゃないかな、と思いまして……。

 

「響さん、今日の放課後……予定が空いていたりしま――」

 

「大丈夫だよむしろ今すぐだってへいきへっちゃらだしッ行こう今すぐ行こうカロリーの世界へようこそ」

 

 調ちゃんの話も途中で遮って、ワタシは彼女に渾身のオッケーサインを出していた。

 

「い、今すぐはちょっと……じゃあ、放課後に校門で待ち合わせ、でいいですか」

 

「へいきへっちゃらッ!!」

 

 ワタシに頭を下げて自分の教室に戻っていく調ちゃんを見送った後、ワタシは未来が待つ自分の机に戻った。

 

「調ちゃん、何だって?」

 

「ふっふー、乙女同士の秘密だよッ。ついにワタシのすべてを授けるに足る後輩が現れたのだッ!」

 

「なぁんだ。ただの食べ歩きのお誘いだったのね」

 

 ……なんでわかったんだろう。

 

 ワタシは気を取り直して、自分の鞄に仕舞い込んでいた未来お手製のお弁当を取り出した。この昼食時間こそ、学生生活の中でワタシが最も待望している至極の時間である。

 

「未来も一緒に来る? 今日はなんとなく甘いものにしようかなって思ってるんだけど」

 

「……んー、残念だけど、今日は楽しみにしていた本の発売日だから遠慮しとくよ。二人で楽しんできなよ」

 

「そっかー。お土産買って帰るねッ。なにか食べたい気分のモノとかある?」

 

「……強いて言うなら、餡子が食べたい、かな」

 

「なるほどさすが未来だねッ、ベストチョイスッ!」

 

 未来が口にしたキーワードを聞いて、さっそくワタシの中で、調ちゃんを連れて行く寄り道のお店が決定したのだった。

 

 

 

 

 

「――そんなわけで、たい焼き屋さんに決めたというわけなんだよッ!」

 

「……なるほど。たこ焼きとたい焼き。一文字違うだけなのに、全然違う食べ物……おもしろいです」

 

「タコとタイって、どっちも海の生き物なのにね~ッ! かたや男子大喜びのB級グルメ界の切り込み隊長で、かたや女子垂涎のあったかスイーツなんだから!」

 

 このお店を選んだ経緯なんかを話したりして、二人で盛り上がったりしていると、少しずつワタシたちの前に並んでいた人たちの人数が減り始めていた。

 

「行列って、この『来るぞ来るぞ』って感じがたまらなく楽しいんだよねぇ~」

 

「……ちょっと、わかる気がします。なんだかワクワク」

 

「注文はワタシに任しといてね調ちゃんッ! ココのお店、たくさんのメニューがあって悩んじゃうだろうから、初心者には少し難しいと思うしッ。ちゃんと切歌ちゃんや未来に持って帰る分も注文しておくからッ!」

 

「響さん……頼もしい……」

 

「ふっふーんッ!」

 

 えへへぇ、調ちゃんに誉められるとなんだか嬉しくなっちゃうなぁ。

 列に並んでいる退屈な待ち時間も、誰かと楽しくお喋りしていると一瞬で、ワタシたちの番は思っていたよりもずっと、早く訪れたのだった。

 

「いらっしゃいませっ、ご注文はお決まりですか?」

 

 笑顔が素敵な女性店員さんに出迎えられながら、ワタシたちはカウンターに貼り付けられているメニュー表に向き合う。

 パッと見るだけでも、かなりのメニュー量だ。どれも美味しそうな、こんがりきつね色のたい焼きが写った写真がたくさん載せられている。さっそく隣に居た調ちゃんから、

 

「……うそ、こんなに多いの」

 

 と思わず驚きの声が漏れていた。

 無理もないだろう。なんせここは近辺でかなり話題の『たい焼き専門店』だ。そのバリエーションの豊富さは、一般的なたい焼き屋さんとは一線を画している。

 

 基本的な人気メニューはもちろん、変り種や、スィーツ色の強いアレンジをされたものまで。そんな『選べる』楽しさこそ、このお店最大の武器なのである。

 

 初めてこのお店に来る人がこれを見れば、思わず目移りしてしまって、とてもじゃないがすぐに注文を決めることは出来ないだろう。

 しかし――そこはワタシ。

 

「えっとですね――ッ」

 

 長年の経験と研ぎ澄まされた勘をフルに活用しつつ、『ハズレ』のない基本的なメニューを軸に据えながらも、すっかり行列で焦らされた今のワタシ達の胃袋コンディションにぴったりな、ほどよいメニューをチョイスをしていく。

 

「す、すごい……響さん……」

 

 これぞ立花流奥義ッ、スムーズな店頭注文ッッ!

 調ちゃんからの尊敬の眼差しを背中でひしひしと感じながら、ワタシは手早く注文を済ませたのだった。

 

 

 

 

 

 

 テイクアウトのみの販売ということもあって、ワタシと調ちゃんは注文した商品をお店で受け取った後、コンビニで二人分の飲み物を買ってから、駅の近くにあった広場の休憩所に来ていた。

 

「紙の箱に入ってるんですね、たい焼きって……」

 

「たくさん頼んだからねッ! 一つ二つだと、コロッケみたいに紙の包みに入れてもらえるんだよ~? それじゃッ、切歌ちゃん達にお持ち帰りする分とは別で頼んでおいた、ワタシたちの分を開けちゃおっかッ!」

 

「は、はい……っ」

 

 ベンチに座って、さっそく商品に手をつける。

 隣に座っている調ちゃんがそれを、興味深そうに見つめていた。

 

 ほとんどワタシが注文してしまったので、調ちゃんはこの箱の中身すべてを詳しく把握できてはいないのだろう。

 なんだかそわそわと落ち着かない様子で、たい焼きの入った箱を見ている。

 

 人生初たい焼きなのだ、それも仕方のないこと。

 

 ワタシが箱の包装を解くと、列に並んでいるときも漂っていた、あの香ばしい生地の焼けた匂いが、一気に立ち込めはじめた。

 

 箱の中をそっと覗き込めばそこには、こんがりと鮮やかに色を付けているタイの群れが所狭しと、箱いっぱいぎっしりと納められている。そのそれぞれがすべて中身の違う、魅力がたっぷり詰まった愛しい子達だ。

 

「……~っ」

 ワタシが開けた玉手箱を見て、調ちゃんの目が輝く。

 

(調ちゃんが今までの人生で初めて巡り合う、最初の一匹……ッ! これは慎重にチョイスしてあげなければ……ッ!!)

 

 そんな大きな使命感に駆られつつ、ワタシが箱の中から真っ先に選んだ最初の一匹は――

 

 

「もっちろんッ! 最初に調ちゃんに食べてもらう子は『基本にして最強』ッ! あんこのたい焼きだよッ!」

 

 

 箱の中に添えられていた包み紙で包んで、ワタシは調ちゃんにたい焼きを差し出す。もちろん、最初にオーダーを取っていた通りの、こしあんの子をチョイスだ。

 

「いただきます……熱っ!? ……ふぅ、ふぅ」

 

 包み越しにも伝わってくる、焼きたてのたい焼きの温度に驚きながらも、調ちゃんは受け取ったたい焼きに、一生懸命に息を吹きかけて冷まし始めた。

 

「ふぅ……――ッは!?」

 

 やがて、その小さな口がわずかに開かれたかと思うと、そのままたい焼きのアタマを口へ――は持って行かず、調ちゃんの動きはそこでなぜか停止。

 

「ん? どうしたの、調ちゃん?」

 

 調ちゃんがじぃっと、自分の持っているたい焼きを眺めていたかと思うと、

 

「か、可愛くて……」

 

 と、呟くようにそう言った。

 

「……あぁ~~ッ」

 

 くっ、やはり調ちゃんも餌食になってしまったのか……ッ! たい焼きトラップに……ッ!

 たい焼きトラップとは!

 

 特に女子が陥りやすいトラップで、たい焼きのそのあまりにも愛らしい外見に魅了されることで、食べてしまうのがなんだか可哀想に思えてしまうという、たい焼き初心者によく見られるトラップのことであるッ!

 

「わかるよ調ちゃんッ、たい焼きのタイさんって、目がクリクリで可愛いもんね~ッ!」

 

「どことなく漂うまぬけさと、この憎めない感じ……ゆるキャラ感……かわいい……」

 

 たい焼きの目をじっと見ながら、ほんのりと表情を緩ませる調ちゃん。

翼さんとはまた違った意味で、いつもクールで寡黙なイメージが強い彼女だけれど、その表情は年相応の女の子らしさを感じさせる、なんとも可愛いらしいものだった。

 

(おぉ……ッ! あの調ちゃんが可愛いものにはしゃいでいる……ッ! かわいい……ッ!)

 

「……じー」

 

 一心にたい焼きを見つめている彼女。そのまま放っておいたら、いつまでも眺めていそうだ。

 しかし。

 

「いけないよ調ちゃんッ! あったかスィーツは温度が命ッ! 熱いうちに食べないと、真のたい焼きさんの魅力はわからないままなんだよッ!」

 

 そう言って、ワタシは箱の中にあるタイの群れから自分の分の一匹を掴み取った。

 掴んだ手から伝わってくる、ずっしりと重たいその感触に、行列に並ぶことでたっぷりと焦らされていたワタシの胃袋が、きゅうっと音を立てる。

 

「で、でも響さん……この子、こんなに可愛いのに……」

 

「食事場でなにをバカなことをッ!!」

 

 躊躇している彼女を叱咤して、ワタシは掴んだ自分の一匹を息を吹きかけ冷ましてから、アタマから豪快に口へ放り込んだ。

 

「ふぅっ、ふぅっ……はぐッ――ん~~っ!! ほふっ……はっ、ふ、ほふ……ッ! ……くぅ~ッ!」

 

 歯から伝わってくる、焼きたての皮生地のカリカリとした食感。そしてそれに続くようにして、中から湯気とともに溢れ出してきたのは、この世のすべての甘味が詰まっているんじゃないかと錯覚してしまうような熱々の餡子。

 

「な……ッ!?」

 

 ワタシの行動を見て、驚きの表情を浮かべる調ちゃん。

 そんな彼女を尻目にしながら、ワタシは口の中で解けていく待ち望んだ甘味の魅力に酔いしれた。

 

「ふぇ~~、おいしぃ~ッ!」

 

 サクサクとした皮。そしてよく練られ、しっとりとした食感を持つ餡子。火傷しないよう適度に空気を含みつつ噛めば、女子待望のうっとりするような甘みが、まるで源泉のように湧き出してきた。

 

 噛めば噛むほど口いっぱいに広がっていく、蕩けるような小豆の甘み。しかしそれは、ただ甘いというだけではなくて、ほのかな塩っ気を含んでいる皮がその餡子を包み込んでいることによって、決してくどさを感じさせない上品な甘さを保っている。

 ぷつぷつと、絶妙な挽き割り加減で形を残した餡子の粒が、食感に緩急をつけて、さらにその質を何段階も上に引き上げていた。

 

(辛うじて面影を残している、このアズキの食感……ッ! これぞつぶあんたい焼きの醍醐味……ッ! この優しい甘さを前にして、陥落しない女子がこの世にいるものか……ッ!)

 

 嚥下を終えて、思わずほうっと息をついた。口の中にいまだじんわりと残る餡子の甘みに、ついつい自分の頬がだらしなく緩んでしまう。

 

「こんなに可愛いらしいたい焼きさんの顔に、なんの躊躇もなく歯を立てるだなんて……ッ! やっぱり貴方は偽善者……ッ!」

 

「あれっ、そこまで言われちゃうのッ!!?」

 

 キッとワタシを睨んで調ちゃん。久々の彼女からの偽善者呼ばわりに、ワタシはガーンとショックを受ける。

 

「頭から食べちゃだめ……可哀想……」

 

「えぇ……で、でもっ、あえて最初から食べることによって、食べている間ずっとタイさんの顔を見なくて済むっていう意味もあるんだよ?」

 

 それに調ちゃん、と。ワタシは続ける。

 

「このあったかほわほわのあんこを前にして、食べないなんて選択肢があるのかな~~?」

 

「うッ……」

 

 一口分かじられた自分のたい焼きを彼女に見せながら、不敵な笑みを浮かべるワタシ。この前、翼さんと一緒に親子丼を食べに行ったときに、翼さんがワタシに仕掛けてきた作戦である。

 ふっふっふ、無駄な抵抗はやめなよ調ちゃん……ッ! バラルの呪詛を掛けられた人類では、美味しいモノの誘惑には決して抗えないのだ……ッ!

 

「え~い、もう一口食べちゃおッ! ぱくっ! ほふほふッ……ふぐぅッ! んぅ~~ッ!!」

 

 これ見よがしとさらに一口食べて、彼女の前で蕩けるようなたい焼きの甘みに耽溺してみせる。

 

「…………ごくり」

 

「ほらほら、アタマから食べちゃうのが可哀想だって思うなら、調ちゃんはシッポから食べるといいんだよッ」

 

 陥落寸前の気配を感じ取って、ワタシは彼女にトドメとばかりに悪魔の囁きをする。

 

「……し、シッポから、なら」

 

 自分の握っていたたい焼きをじっと眺めると、調ちゃんは意を決したように、タイのアタマとシッポを逆に持ち替えた。

 

「いただきます……」

 

 言うや否や、彼女の小さな口がわずかに開き、タイの尾っぽの先を遠慮がちに含む。

 

 すると。

 

「~~~~ッ!!」

 ぱぁあっと、途端に目を輝かせて調ちゃん。

 彼女の瞳にキラキラと、美味しさの星が降り始める。

 

「ふっふーんッ」

 満足顔でその様子を見守るワタシ。

 

(……調ちゃんって一見すると、無表情っぽく勘違いされちゃう子なんだけど、本当は結構、感情豊かだよねぇ~ッ! 美味しいモノ食べる調ちゃん可愛い~~ッ!)

 

「っはふ、んぐ……」

 

 無言のまま、二口目、三口目とタイを口に運ぶ調ちゃん。どうやらすっかり餡子の甘みに、心を奪われてしまったようだ。

 

「なんと……シッポまで餡子たっぷり……」

 

 ほうっと息を吐き出して、咀嚼を済ませた調ちゃんが表情を緩ませた。レアな彼女のご満悦顔である。その幸せそうな表情は、それを見たワタシまで幸せになってしまうような、そんな素敵な表情だった。

 

(ごくり……こうしちゃいられないよッ――ワタシも、早くあったかいうちに食べなきゃ!)

 

 ワタシは持っていた食べかけの一匹に、さっそく噛り付いたのだった。

 

 

 

 

「……じー」

 

「うぐ? どうしたの調ちゃん」

 

「……つぶあんも、美味しそう」

 

「いいよ~ッ! じゃあ食べ合いっこしよっかッ」

 

 調ちゃんのタイと自分のタイを交換する。調ちゃんのたい焼きから覗いているのは、艶々としたこし餡。

 

「いっただっきま~すッ、はむッ……~~っ! おっほぉ~ッ!」

 

 ツブの食感が残ったつぶ餡とはまた違う、なめらかな舌触り。しっかりとこされた餡子は口どけが驚くほど良く、口の中でぱっと溶けるように広がっていく。上品な小豆の風味が一層強く感じられて、まさに至上の美味しさだった。

 

「……つぶあんも、小豆の食感があって美味しい。どちらも甲乙つけがたい……」

 

 調ちゃんもワタシのつぶあんたい焼きを気に入ってくれたようだ。わかる、わかるよその気持ち……ッ!

 

 ワタシたちは二尾のたい焼きを交互に分け合いっこしながら、瞬く間に完食したのだった。

 

 

 

 

「……美味しかった」

 

「……ふっふー、甘いよ調ちゃん! まさにあんこの様に甘いよッ! ワタシたちが買ったたい焼きが、これで終わりじゃないということをもう忘れちゃったのかな!? ――あんこだけに留まることなかれッ! もはやそのあまりに高すぎる人気は『あんこの王座を揺るがす挑戦者』ッ! 次のエントリーはコイツだぁッ!」

 

 自らの脇に置いていた箱からさらにたい焼きを一尾取り出して、ワタシは高らかに宣言してみせる。調ちゃんがそれを、すでに待ちきれないとでも言いたそうな顔で見ていた。

 

「チャンピオンに挑戦……」

 

「おぁ、熱ッ……熱っ……ッ!」

 

 まだまだ冷めないたい焼きの生地に苦戦しながらも、その一尾を仲良く半分こで、真ん中で裂いてあげた。すると、中身から飛び出してくるのは――

 

 

「――ッ! ひゃぁ~~~ッ!」

 

「こ、これは……! たしかに餡子もうかうかしていられない……」

 

 

 とろりと溢れ出してくる、鮮やかな黄色のクリーム。湯気を放ちながら、うっかりすると零しかねないほどのたっぷりのボリュームを持って現れたのは、ほかほかのカスタードクリームだった。

 

「はい調ちゃんッ! そしていただきますッ!」

 

「ずるい響さん、わたしも……っ」

 

 片手で調ちゃんの分を渡しながら、自分の分から溢れ出したクリームを零さないように、慌てて口で受け止めにいく。

 とろっとろのクリーム特有の甘み。たい焼きの中で温められたそれは、きめ細かく口の中でとろけていった。

 

 香ばしい皮の風味と、カスタードの甘みが合わさって舌の上で混ざり合っていく。

 

『んぅ~~~ッ!』

 

 思わず二人とも同じ声が漏れた。

 あんこもいいけど、カスタードクリームも最高だッ……!

 

 こうなると二人とも黙々と食べ進み、カスタードたい焼きもあっさり食べきってしまった。

 

 

 

 

「さてさて、まっだまだ行くよ~~ッ! ――お次はこの子ッ! 一部のリピーターからは根強い人気ッ! 『縁の下の力持ち的ポジション』! 白餡だぁッ!」

 

「普通の小豆とはまた違った、良い風味……どこまでも飽きの来ない味……っ」

 

「う~~んッ! 甘さ控えめッ! でもこのしっとりの口どけッ! たまらん~~ッ!」

 

「無駄のないシンプルな甘さ……。熱いお茶が飲みたい……っ」

 

 

 

 

「お次はお次はこの子ッ! 『合わないはずがなかった』ッ! ――女子の誰もが待ち望んでいた王道バリエーション! チョコレートッ!」

 

「はふ、ほふ……熱々のチョコレート……、こんなのズルイ……っ。皮生地との相性がバツグン……!」

 

「んぅ~とろけるぅ~~! チョコレートフォンデュみたいなこのリッチ感がいいねぇッ!」

 

「和風バリエーションだけには留まらない、たい焼きのこのポテンシャル……、おそろしい……っ」

 

 

 

 

「じゃあ、フォンデュ繋がりでお次はこれだぁッ! その存在はまさに『話題のダークホース』ッ! ――甘いだけがたい焼きじゃない! 高級感マシマシな愛好家垂涎のバリエーション! チーズクリーム!」

 

「……っこれ、チーズが伸びて……っ!? 今までとは違った濃厚なチーズの味わい……っ、美味しい……っ」

 

「すっかり甘さに慣れていたワタシたちの舌に、程よいチーズのしょっぱさが染み渡るぅ~ッ! 皮生地のカリカリ食感がさらにマッチしてきて、これなら普段は厳しいチーズ愛好家さんたちも、大満足間違いなしの一品ッ!」

 

「カリカリチーズ……美味しい」

 

 

 

 

「――これで終わりと思うことなかれッ! 真打は遅れてやってくる! 『これにハマれば二度と普通のたい焼きには戻れない』! これこそ人生で一度は食べてみたいと巷で話題のハイブリッドスィ―ツ! クロワッサンたい焼きだぁ!」

 

「な、なにこれ……っ、生地がクロワッサンみたいにサクサク……っ。はむ――~~ッ!? まさに新食感……っ」

 

「か、軽いっ……ッ! なんと口当たりが軽いことかっ、そして香ばしさが今までのたい焼きとはまったくの別物……ッ! これが聞きしも勝る、一度ハマると抜け出せないというハイブリッドスィーツの実力……ッ! 中のクリームの甘さもさることながら、生地にふられたザラメの食感が反則的な美味しさだよぉ……ッ!?」

 

 

 

 

 ワタシたち二人はその味の感想に、ときに大騒ぎをしたりしながら、購入した色んな種類のたい焼きの味を全身全霊で楽しんでいった。

 

 普段は少食な調ちゃんも、このときばかりは別で、すっかりたい焼きの魅力に目覚めたのか、このワタシと負けず劣らずの食べっぷりを見せてくれた。

 食べれば食べるほど、ワタシ達の胃袋がもっと甘みが欲しいと催促しているかのような、そんな食べっぷりだった。

 

 そして、あれだけ入っていた箱の中身も、なんの苦労もなくあっさりと空にしてしまって、二人。

 

 

 

 

「……あれ、もうたい焼きがないよ調ちゃん……」

 

「なんと完食……」

 

「……ね、ねぇ、調ちゃん?」

 

「……はい。わたしもきっと今、響さんと同じこと考えていると思います」

 

 

『最後はやっぱり――あんこのたい焼きで締めたい(です)ッ!』

 

 

 気が付けばワタシたちはもう一度、あのお店の行列に並び直すべく、その場を駆け出していたのだった。

 

 

 

 

 おしまい。

 




響ちゃんみたいなリアクション多めの食いしん坊女子と一緒にごはん食べれば、絶対たのしいし可愛いし癒されるし、これからは自分も真っ当に生きていこうって思えると思うのです(断言)

大体、ビッキーがごはんもぐもぐしているだけでもうすでにどちゃくそ可愛いしそこにあえて言葉はいらないって感じだしもうまぢ無理結婚しょ…ってなるし――

未来「あれ? 貴方まだ……懲りていらっしゃらなかったんですか?」(肩を掴みながら)


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なぜそこでランチッ!?

じめじめの梅雨気候で少し体調を崩してしまって、すっかりお久しぶりの更新になってしまいました、続きを待ってくださっていた方々にはホントに申し訳ありません……。

そんなわけで、約一か月ぶりの投稿はマリアさんのいっぱい食べる君が好きシリーズになります。
書いていて、なぜだかコントみたいな会話になってしまった二人です(なんでだろ)


他で上げさせて頂いているシリーズの続きも、一応はのんびり描いておりますので、どうか身構えず待っていただけると幸いです……。





「待ちなさい立花響ッ! そんなに走って――どこへ行こうというのッ!」

 

 

 ワタシを追いかけながら走るマリアさんから、そんな必死な声が上がった。

 しかし、そんな彼女からの叫びにも応えずに、ワタシは自分の足を止めようともしない。

 

「任務が終わった途端、いきなり走り出したりなんかして……一体どうしたというのよッ!?」

 マリアさんの困惑したような声。

 

 叫びながらもきっちりと、全速力で走り続けているワタシに付いてきている辺り、さすがマリアさんだなぁと、余裕の無い頭の片隅でそんなことを暢気に考えていた。

 それは今から遡ること、数十分前の出来事である。

 

 ワタシとマリアさんは、二人でS.O.N.G.の出撃任務にあたっていた。任務の内容は、高速道路の上で発生したという、大規模な交通事故。

 どうやら事故を起こした車が派手に出火してしまって、他の車両にも引火する可能性があるため、迂闊に近付くことの出来ない消防隊の代わりに、私たちS.O.N.G.に出動要請が入ったのだ。

 

 事故に巻き込まれてしまった人たちを、シンフォギアを使って救出、保護する任務。

 いつもなら、クリスちゃん達も一緒に出撃する場面だったのだが、たまたま事故現場にすぐに駆けつけられるのが、ワタシとマリアさんの二人だけだった為、任務はワタシたち二人だけで行うことになった。

 

 とはいえ、最年長者であるマリアさんが一緒に居てくれることは、もうそれだけでこの上なく頼もしいもので、特に任務に滞りもなく『死者ゼロ』という最高の形で、救出任務を完遂することが出来た――ハズだったのだが。

 それは、師匠からの帰投指示を受けて、呼んでもらった迎えのヘリをマリアさんと一緒に、道路の上で待っていた最中のこと。

 

「……ハッ!? き、聴こえるっ……!?」

 いきなりそんなことを呟いたかと思うと、ワタシがヘリを待っていたそのポイントから、突然駆け出して行ってしまったのである。

 

「えっ!? ちょ、ちょっと――貴女ッ!?」

 面食らったのはもちろん、なんの脈絡無く置いてけぼりにされてしまった、マリアさんのほうだった。

 

 そして、そこからしばらくの間。

 どこかへ向かって全力疾走するワタシと、それをひたすら追いかけるマリアさんという、不思議な構図が出来上がってしまったのだった。

 

「だからッ! 待ちなさいってばッ! ちょっと貴女ッ!? なにがどうしたというのっ!? ワケを言いなさいッ!?」

 走りながら、何度も事情を尋ねてくるマリアさん。

 

 ワタシは彼女の声を背中で聞いて、走るスピードを緩めないままに、余裕のない声で返事をした。

 

「たしかに聴こえたんですッ! この立花響の五感レーダーが、ビンッビンに反応しちゃいましたぁッ!! 詳しい話は後でしますからッ! 黙ってワタシについて来て下さいッ! 振り返るな全力疾走ですッ!」

 

「お前それ絶対バカにしてるだろうッ!?」

 ツッコむマリアさんには悪いけれど、いちいち構ってあげられるような余裕は今はない。

 

 視覚と聴覚、そして嗅覚をフルに活用しながら、自分が確かに反応した“存在”の気配を、必死に辿って奔走するワタシ。自慢ではないが、こんなときに発揮する自分の集中力は並みではない。ワタシは一切の迷いなく、お目当ての場所まで走り続けた。

 

「――ッ! ま、まさかッ! まだ事故の被害者が残っているというのッ!?」

 

 ワタシの言葉を訊いてか、マリアさんがハッとしたような表情を浮かべている。しかし、目的の場所はもうすぐそこなので、悠長に返事をしている暇など無い。

 事態は刻一刻を争っているのかも知れないのだから。

 

 やがて。

「――ッ! 間違いない……ココだッ! ここですよ、マリアさんッ!」

 

 ワタシはとある《お店》の前で、ようやく足を止めた。後ろから追いついてきたマリアさんが、ワタシが指で差し示した場所を、真剣そのものといった表情で見る。

 

「そうとなったら急がなくては! 早くシンフォギアを纏って、人命を助け出す……わ、よ…………?」

 

 

 果たしてそこに広がっていた景色は。

 

 

 狭くもなく、かといって広くもなく。今どきいっそ珍しいとさえ思ってしまうような、そんなピンク色の可愛い『のぼり』が掲げられたお店。

 

 どことなく懐かしさを感じさせる雰囲気が漂ったそのお店は、実に庶民的な印象で、近所の住人たちから愛されていることがよくわかった。

 

 広告代わりに出ているその『のぼり』には、ポップな字体で、大きな文字が書かれている――『からあげ弁当』。

 

 

 

 

 

「ひぃ~ん……いくらなんでも、殴ることないじゃないですかぁ、マリアさん……ッ!」

 涙目になりながら自分の後頭部をさすりつつ、ワタシ。

 

「うるさいっ! 元はといえば貴女が任務中に、紛らわしい行動をしたのが悪いんでしょうがッ、まったくもうッ!」

 

 鼻息荒く、マリアさんが噛み付くように怒鳴る。どうやら怒らせてしまったようだ。見るからご立腹な様子の彼女に、慌ててワタシは頭を下げて何度も謝った。

 

「ごめんなさぁい、マリアさん……。このお店から、油の跳ねる甘美な音が聴こえたもので、ついつい我を忘れてしまいまして……」

 

「油が跳ねる音って貴女ねぇ……ッ! ……ん? いや、ちょっと待ちなさい貴女。おかしいでしょ。さっき私たちが居た場所から、いったいどれだけ離れていると思っているの……? あの距離で、そんな小さな音を聞き分けられるはずが……」

 

「いいえッ! この立花響ッ、たしかに聴きましたッ! ワタシの中にある『美味いもんレーダー』が、確かにこの座標から異常な量のアウフヴァッヘン波形を観測したんですッ!」

 

「捨ててしまえそんな食い意地レーダーっ!」

 

 胸を張って、一切の淀みなく言い放ってみせるワタシ。

 そんな様子を、マリアさんがなんだか眩暈でも覚えたような顔をして見ていた。

 

「クリス達からなんとなく訊いてはいたけれど、まさかここまでだなんて……っ」

 恐るべし立花響……っ、どうりで敵わないわけだ……。

 

 マリアさんがなにやらボソボソ呟いている。

 どうやら呆れられているらしいことだけはなんとなく判ったが、いまさらそんなことをいちいち気にするワタシではなかった。マリアさんのほうを上目遣いで伺いながら、もじもじと口を開く。

 

「そ、それでですねッ、マリアさぁん……? こうしてS.O.N.G.の任務完了後になんとも運命的なことに、大変美味しそうなお弁当屋さんを発見したのですから、ここはひとつ、本日のワタシたちのランチはここいらで現地調達を――」

 

「ダメよ。早く行かないと迎えのヘリが来てしまうわ。それにまだ、私たちは作戦行動中じゃないの。任務というのは、無事に基地まで帰還するまでが任務の範疇なんだから。悠長に寄り道なんてしていてはダメ」

 

 ワタシからの渾身のご提案を遮って、ピシャリと言い放つマリアさん。元来た道を戻るように、そのまま歩き出して行ってしまう。

 

「……そ、そんなぁ」

 ワタシは目の前が真っ暗になったような気分になって、がっくりとその場で崩れ落ちてしまった。

 

「あっ、こらッ! ちょっと、早く立ちなさいッ! 子供じゃないんだから駄々捏ねたりしないの、みっともないッ!」

 

 ワタシの様子を見て、ぎょっとした顔をするマリアさん。

 

「嫌だぁ……ッ。お腹空いたぁ……ッ! もうここから一歩だって動けないですよぉ……ッ! 任務でいっぱい頑張ったんですから、ご褒美ぐらいあってもいいじゃないですかぁッ! お弁当ぉ~……ッ!」

 

 マリアさんの長くて綺麗な脚に縋り付いて、さめざめ泣きながら訴えてみせるワタシ。突然入った任務のせいで、すっかりお昼を取り損ねてしまっていたワタシの胃袋は、もうとっくの昔に限界点を迎えてしまっていた。

 

「ちょっ、どこ触って!? やめなさいってばッ! ランチだったら、本部の食堂だって食べられるでしょう!? なにもここでわざわざ頼まなくたっていいじゃないのっ!」

 

「ぜんっぜん良くないですよぉッ! 外出先で素敵なご馳走グルメと出遭うッ! それこそ旅の醍醐味じゃあないですかぁッ!?」

 

「旅じゃない任務だこのばかものっ!」

 

 と、そんな調子で。

 ぎゃあぎゃあと、ワタシたちが道路の真ん中で言い合いをしていると。

 

 ――ジュワァァ!

 

『っ!!』

 

 目の前のお店から、そんな、なんとも耳に心地の良い軽快な音が聞こえてきた。

 同時にうっすらと辺りに漂ってくるのは、揚げ物特有の香ばしい匂い。

 

「貴女がさっき聴いたというのは、この音のことだったのね……。よくもまぁこんな音を、あんなに離れた場所から聞き取ってみせるものだ――って、居ないッ!?」

 

 マリアさんから驚いたような呆れたような、そんな複雑そうな声が上げる。しかし、そのときにはすでに、ワタシの姿はお弁当屋さんのショーウィンドウの前にあった。

 

 赤い屋根が印象的な、お持ち帰り専用らしいその店構えは、まさに『街のお弁当屋さん』といった風の外観。

 お弁当の食品サンプルがずらりと並んでいる注文カウンターのすぐ隣には、そっくりそのまま調理スペースが並ぶように設けられているらしく、窓ガラスによって中の様子が覗き見ることが出来た。

 

 ワタシはその窓にかぶりつくようにして、調理場の様子を必死に伺っていた。

 

 油がたっぷりと張られた大鍋。その前で、割烹着を着た四十代くらい女性が、下処理の済んだ鶏肉をせっせと鍋の中へ、丁寧な手つきで放り込んでいる。

 

 鶏肉が油に浸かるたび、パチパチと耳触りの良い音が響いている。

 

 すると同時に、下味に使われていると思しき醤油と、鶏肉の脂が混ざり合った、えもいわれぬ芳ばしい香りがガラスを越えて、ワタシの鼻にまで濃密に漂ってきた。

 

「あぁ……まさにこれぞ、胃袋を直にスクラップフィストするか如き、力強い美食の調べ……ッ! もうこの匂いだけで、ごはんがイケる……ッ! ごはん&ごはん……ッ! まさに炭水化物の永久機関だよぉ……ッ!」

 

「ワケのわからないこと言ってないで、ホラっ。さっさと本部へ帰るわよ!」

 

 ぐいっと、首根っこをマリアさんに掴まれて、ワタシ。そのままマリアさんがワタシの身体を引っ張って行こうとするが、かぶりついていた窓の縁枠をがっちりと掴んだワタシが、それに全力で抵抗しようとする。

 

「う、嘘だッ!? こんなに素晴しい旋律を前にして、この場を去ることの出来る人間なんて居るハズがないですよぉッ!? ハッ!? もしやこれが噂に聞くLiNKERの副作用ッ!? 積もり積もった過剰投与による弊害が、まさかこんなところにッ!?」

 

「そんなわけッ! ないッ! で、しょぉう……ッ!? ていうか貴女、常識外に力が強いんだから、全力で抵抗なんてされたら太刀打ち出来ないじゃないッ! さっさとその手を離しなさいッ!」

 

「イーヤーでーすぅー……ッ! からあげ~~ッ!!」

 

 引き剥がそうとするマリアさんと、それに抗おうとするワタシ。

 

 そんな、なんとも奇妙な拮抗劇を繰り広げていると、いつの間にか、から揚げを作っていた女性の姿が調理場から消えてしまっていた。

 

「ふふ、まぁ、仲良しさんなのねぇ」

 

「――ッ!?」

 

 隣からそんな風に声を掛けられて、はっとそちらを見る。すると、いつの間にか販売スペースである注文カウンターの中で、さっきの女性が微笑を浮かべながらワタシたちのことを見ていた。

 

「あっ、えへへぇっ、どうもッ! こんにちはッ!」

 

「あぁもうっ、見なさいッ! 貴女がしつこいから、お店の人に笑われちゃったじゃないッ!」

 

「うぇぇ~……? それワタシのせいなんですか、マリアさぁん……?」

 

「うふふっ」

 

 ワタシ達のやり取りがよほど面白かったのか、お弁当屋さんの女性が小さく噴き出しながら、

 

「そんなにウチのから揚げが、気に入ってもらえたのかしら?」

 と、ワタシのほうを見ながら、尋ねてきた。ワタシはイチもニもなく、すぐさま答える。

 

「はいッ! そりゃもぅたまんないくらい美味しそうでしたッ!」

 

「まぁ、嬉しいわぁ」

 私の言葉を訊いて、嬉しそうに顔を綻ばせると、その人は一度、調理場スペースの方へと引っ込んで。

 

「もしよかったら、はい――どうぞ味見をしていってくださいな」

 と、小さな受け皿に入れられた、二個のから揚げを差し出してきてくれた。

 

「い、いいんですかぁッ!?」

 

「えっ、あの、私の分まで……」

 

「うふふ。若い子に誉めてもらえて嬉しかったから、ちょっとしたサービスですよ。もしも気に入ってもらえたらぜひ、お弁当のほうも買っていってね」

 にっこりと笑顔の女性。

 

 ワタシは目を輝かせながら、さっそく女性が持っているお皿の中へと手を伸ばした。

 

「わぁッ! ありがとうございます~~ッ! それじゃあ、ちょいとばかし失礼しまして――っ、お~~ッ!」

 

 一緒につけてくれていた爪楊枝を使って、からあげを一つ持つ。ずっしりと重たい、ボリュームの詰まった質感。そして、いまさっき揚げ終わったばかりであることを示す、シュワシュワと中で油の跳ねる音が、小さく漏れ聴こえていた。

 

「あっ、こらッ! ちょっとは遠慮というものを知りなさい貴女っ!」

 

「うふふ、いいんですよ。ほら、よかったらお姉さんの方も」

 

「お、お姉――ッ!? ……あ、ありがとうございますっ」

 

 身長差のせいか、ワタシたちのことを仲の良い姉妹だと勘違いされてしまっているようで、ニコニコと嬉しそうにマリアさんの分のから揚げを勧める女性。

 

 せっかく厚意を向けてくれているのに、誤解を解くのは忍びないと思ったのか、マリアさんはあえてそのことには何も言わず、躊躇いながら自分の分のから揚げを手に取っていた。

 

「いっただっきまーすッ!! はぐ――ッふ!? 熱っ!? あふあふッ、はふッ、ほふぅ~……ッ!」

 そんなマリアさんを横目に見ながら、耐え切れなくなったワタシが一番に、湯気が立っているから揚げへと齧り付く。

 

 パリパリと食感の良い衣に歯を突き立てると、熱々の脂がじゅわっと果汁のように溢れ出してきて、危うく口の中を火傷しそうになってしまった。

 

「揚げたてなんだから熱いのは当然でしょう、まったく……ふぅ、ふぅ、はっ、ふ……ッ」

 

「はぐ、ふぐ……あ――ん、むっ、ほふ……ッ! ――くぅ~~ッ! おぃ、っしぃ~~~~……ッ!!」

 

 噛むたびに、じゅわじゅわと尽きることなく溢れてくる、鶏肉の香ばしい脂。醤油と少量の香辛料によって、しっかりと下味をつけられた鶏肉は、揚げ物特有のパサパサ感は一切なく、舌の上でとろけるようなジューシーさを保って、何度もワタシの舌を刺激する。

 

 サクサクパリパリの衣が、鶏肉から漏れ出たうま味のエキスを余すことなく全て吸収していて、食感のアクセントだけに留まらず、鶏肉が本来持っている甘みや食感を十二分にまで引き出していた。

 ガツンとストレートに轟いてくる、猛烈な濃度の旨味。噛めば噛むほど、もっとその旨味を感じようと、勝手に口の中が唾液で満たされていく。

 

「まぁ良かった。そう言ってもらえて、とても嬉しいわ」

 

「……っ! ほ、ホントすごく美味しい……ッ。サクサクで、じゅわっと鶏の脂が口の中で弾けて……ッ。それなのに全然くどくないわ……ッ!」

 

 衝撃を受けたようにマリアさんが口にする言葉に、口の中をいっぱいにしながら、ぶんぶんとワタシも頷いてみせる。

 飲み込むのが勿体無いとさえ思ってしまう、そんな至福の時間。やがて嚥下を終えると、

 

「……ごくり」

 無意識に、喉を鳴らしてしまうワタシだった。

 

 胃袋が悲鳴を上げているかのように、さっきからきゅうきゅうと音を出している。

 もうだめだ。ただでさえ空きっ腹だったところに、こんなに美味しいものを口にしてしまっては、もはやこれ以上の我慢なんて出来っこない。

 

「ま、まりあおねぇちゃぁん……ッ」

 

「ぶはッ! げほごほっ! あ、ああ、貴女いま何て言って――~~~ッ!? わ、わかったわよ! わかったから、そんな捨てられた子犬みたいな目で私を見るのはやめなさいッ!」

 

 からあげ弁当を二つ、テイクアウトさせてもらうわッ!

 

 ワタシの魂を賭けた必死の訴えを、ついに聞き届けてくれたマリアさんが、真っ赤な顔をしながらお弁当屋さんの女性に、そんな風に注文をしてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 帰りのヘリコプターの中で、ついつい本能を抑えきれなくなったワタシが、お弁当が入った袋に手を突っ込もうとして、それをマリアさんに華麗にかわされたりしながら我慢すること、数十分。

 やっとのことでS.O.N.G.の本部へと帰還したワタシ達は、師匠への事後報告もそこそこに切り上げると、本部の中に併設されてある食堂へと駆け込んだ。

 

「早くッ! 早く食べましょうよマリアさんッ! さぁ早くぅッ!」

 

「うろたえるなッ! 餌を前にした小動物かお前はッ!? 心配しなくたって、から揚げ弁当は逃げて行ったりしないわよ!」

 

 すでに手を洗って、すっかり食事をする準備を整えたワタシが、今か今かと目を輝かせながら、その瞬間を心待ちにしていると。

 

「はい――じゃあ、ちょっと遅くなってしまったけれど、ランチにしましょうか」

 

 マリアさんが手に持っていた袋から、お店で買った2つのお弁当を取り出してきてくれた。

「わ~いッ!! いっただっきま~すッ!」

 

 プラスチックの容器に、黒ごまが散りばめられたたっぷりの白米。鮮やかなピンク色をしたしば漬けが、控えめに盛られているその横で――容器の蓋が辛うじて閉まるくらいの、これでもかと山盛りに入れられた、きつね色をしたから揚げの姿があった。

 

「~~~~ッ!!」

 

 もう限界を何度も突破した状態だったワタシの胃袋が、トドメとばかりに大きな音を立てる。

 ワタシはついに本能を解き放つと、お弁当につけられていた割り箸を手に取った。

 

「……す、すごいボリュームね。買うときにお弁当屋さんの奥さんが、『ほんの少しだけサービスしておきました』と言っていたけれど、全然ほんの少しなんかじゃないわよ、この量は……」

 

 白米とから揚げによって出来た2つの山を前にして、マリアさんがすっかりたじろいでしまっている。

 

「まずはさっそく、やっぱりメインのから揚げからッ!! は――ぐッ、はむぅっ!? っむ、あ、んぅ……~~~ッ! 身体の奥底に染み渡るこの旨味ィ!」

 

 思いのままに、お弁当の中へ箸をつける。お店で購入してから、少しの時間が経ってしまったにも関わらず、から揚げの衣はサクサクの揚げたて食感を保ち続けていて、中から溢れ出す鶏の脂の量もまったく衰えていなかった。

 

 それどころか、少し温度が冷めた事によって、から揚げが持っている旨味が更によりよく感じ取ることが出来て、ビリビリと痺れるような錯覚すら感じてしまう。

 

「この強烈なうま味を逃さないためにもぉッ! ここですかさずごはんッ! はぐっ、はぐはぐッ――っ! くぅ~~~~~んッ、ッ!!」

 

 から揚げの美味しさを逃さないよう、すぐさまたっぷりの白米を頬張るワタシ。ふっくらとした白米が持つ甘みと、肉のジューシィなこってりの脂が混ざり合って、反則級のポテンシャルを発揮してくれた。

 

 もはやこうなってしまえば、ワタシの箸が止まる時間は一秒だってない。から揚げを食べては、すぐさま白米をかきこんで、その強烈な美味しさに身体を震わせる。そして、また次のから揚げへ。たまにしば漬けを挟み口の中をさっぱりさせつつ、そしてまた、から揚げの強烈な旨味を愉しむ――その繰り返し。

 

「す、すごい……とんでもない速度で、お弁当の中身が減っていくわ……」

 マリアさんがそんな私の食べっぷりを見て、本気で驚いていた。

 

「ふぁっへぇ!(だって!) もぉふぉんふぉ、おなはがへこへこへぇッ!(もうホント、お腹がペコペコで!)」

 

「喋るなら、口のものを飲み込んでからにしなさいよ……あら? まだ袋の中に何か入っているみたいだわ、なにかしら?」

 

 夢中で食べまくっているワタシをよそに、マリアさんがお弁当屋さんから貰ってきた袋を、なにやらごそごそと漁っている。

 やがてその手になにかを握ると、ワタシに向かって見せてきた。

 

「もぐもぐッ――ふぉおッ!? ふぉ、ふぉふぇふぁッ!!?(そ、それは!?)」

 

「あぁ――マヨネーズ、みたいね」

 

 マリアさんが取り出したもの、それは小さな小袋に入った、揚げ物用のマヨネーズだった。

 口を動かしながら、座っていた椅子からガタンっと立ち上がって、驚愕するワタシ。

 

「あ、こら、行儀悪いわよ」

 

「っく、はぐもく……っごくんッ! な、なんとッ、こんな対揚げ物用の最終兵器を用意していただなんて……ッ! あのお弁当屋さんの奥さん、抜け目が無いです……ッ!!」

 

 あわあわと震えた手で、マリアさんからマヨネーズの袋を受け取るワタシ。そして、そのまま封を切ると、慎重にその中身を絞って、自分のから揚げに回しかけた。

 

 サクサクの衣を纏ったきつね色のから揚げ。その上に白くて光沢のあるマヨネーズが、まるでドレスのようにあしらわれていく。

 

「ふぉぉおお……ッ!?」

 

「マヨネーズ一つでうろたえ過ぎだろう……」

 

 目を輝かせて嬉しい悲鳴を上げるワタシに、本日何度目かも知れない、マリアさんの呆れたようなため息が漏れた。

 ワタシは箸を使って、ドレスを纏ったそれを持ち上げる。

 

「から揚げにマヨネーズ……ッ! あぁ、これぞまさに、カロリーという名の副作用と引き換えに、美味さの適合係数を引き上げる禁断のLiNKER……ッ!! つまり今なら白米の絶唱が歌いたい放題のやりたい放題……ッ!!」

 

 限界以上にまで空腹のまま焦らされていたこともあって、ワタシはすっかりおかしなテンションだった。

 

「もはや意味がわからないわ……」

 マリアさんからのそんなツッコミも、もはや今のワタシの耳には入ってこない。

 

「は――っぐッ!! ――む、ぅッ!? ~~~っ! ~~っ! ~っ! も、ぐ……もぐぐッ――はぐはぐはぐッ!

「そこまでいったらなにか言いなさいよ!? 無言でご飯をかきこまないのッ!」

 

 マヨネーズが持つ酸味とまろやかなコクが、から揚げの香ばしさと重なり合って、味の奥行きが何倍にも跳ね上がる。これでもかと言わんばかりに膨れ上がった旨味が、何度も何度も口の中で連鎖爆発していって、ご飯を進む手が止まらなくなってしまった。

 

 あれだけたっぷりあったお弁当も、我ながら驚くほどのハイスピードで、ぺろりと完食してしまうワタシなのであった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。すっかり貴女の食べっぷりに圧倒されてしまって、私まだ自分の分を食べてないじゃない……ッ! い、いただきますッ! はむっ――」

 

 その隣で、マリアさんがはっとした顔をして、慌てて自分の分のお弁当に向き合っていた。

 

 

 

 

「くっ……あまりの美味しさに、この私としたことがすっかり食べ過ぎてしまったようね――それでも残ってしまうという、この驚異的なボリューム……ッ! 侮れないわね、日本のお弁当屋さん……ッ!」

 

「はいッ! はいはいはーいッ! それでしたらこの立花響ッ! まだまだ胃袋に余裕がございますッ! ぎぶみーおかわりですッ!」

 

「くっ……どうりで敵わないわけだ……って、何度同じネタを言わせるのッ! というか、どんな胃袋してるのよ貴女は……はぁ、もういいわよ、ホラ。私の分も食べなさい」

 

「やったぁ~~~ッ!! では失礼しましてッ! はぐはぐっ――」

 

「切歌や調も、なかなか旺盛な方だと思っていたけれど、貴女を見ていたらそれも霞んでしまうわね……。これで太らないというのだから、もうホント……剣だけじゃなくって、槍の方も可愛くない……」

 

「ふぇ~~~ッ! おいしぃ~~ッ!!」

 

 

 

おしまい。




なんだかマリアさんが、ただの手のかかる妹を持ったお姉ちゃんみたいなキャラに……。まぁ、イノセントシスターとか見てると、それもあながち間違ってなさそうなので、大目に見てやってください(他人事)


いつもよりハイテンションで、ちょっとおバカっぽい響ちゃんが描けて自分は楽しかったです(ほくほく)
さぁ、これでSONG装者メンバー全員揃ったことですしッ、ようやく複数メンツで、ご飯とか食べにいっちゃうお話が書け――


???「それ……本気で仰っているんですか?」(にっこり)


……アッ


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もう私が――誰もがッ! カロリーを気にしなくていいような世界にぃいいッ!

多忙につき、更新がべらぼうに遅くなってしまいました。待ってくださっていた方がいらっしゃるのかどうかはわかりませんが、やっとのことで時間が取れましたので未来さん回を投稿させていただきます。
お待たせしてしまって、誠に申し訳ございませんでした。

どうにかこうにか、我らがビッキーの誕生日に投稿が出来てホントよかったです。
おめでとうビッキー。いっぱい食べる君が大好きです。これからもちょっとずつですが、君の可愛い部分のちょっとでも良いんで私の下手な文章で書かせてください。


「ホンットーに、すみませんでしたぁあ……ッ!」

 

 

 開口一番。ワタシはお腹の底から声を捻り出しながらそう言って、自室の冷たい床へと自ら頭を擦りつけていた。

 肘と膝を綺麗に折って、きっちり手の先を揃えながら頭のてっぺんを相手に向けるという、姿勢正しい全力土下座のポーズ。

 

 まさか、以前たまたま視聴していた極道モノの映画の内容が、こんなところで役立ってくれようとは思ってもいなかった。

 まるで幾千の修羅場を、この身一つで潜り抜けてきたかのような、そんな洗練された体さばきで全身を丸めて頭を下げているワタシの姿。きっと今のワタシには、言葉では決して言い表せないような、美しさにも似たなにかが漂っているに違いない。

 

 

 立花響、全力全開ハートの全部をかけた、渾身の土下座姿だった。

 

 

 クリスちゃん辺りがきっと今のワタシを見たら「お前、地面が好きすぎるだろう……」と、やや引きつったような顔でツッコまれてしまうことが受け合いな、そんな無惨な姿である。

 無惨で、我ながらなんとも残念な姿だった。

 

 しかし、今の自分にとって――そんな一時の恥や外聞なんてものはどうでもいい、実に些末な問題に過ぎない。

 自分のプライドだろうがなんだろうが、今のワタシが置かれている『この状況』をなんとか出来るのであれば、喜んでかなぐり捨ててやるつもりだった。

 

 それほどまでに、今のワタシは追い詰められていた。自ら進んで、フローリングの床へぐりぐりと額を擦り付けているほどに。

 果たして。ワタシが自らの尊厳を放棄してまで、全身全霊を懸けて謝罪している相手――頭を下げている、その先には。

 

 

「……響? みっともないから今すぐそれ、やめてくれないかな?」

 ――見 苦 し い。

 

 

 絶対零度の視線でこちらを見下ろしている、無表情の幼馴染――小日向未来さんの姿があった。

 

「……ひゃい」

 すぐさま身体を起こして、その場で正座の姿勢になったワタシ。

 

 自分にとっての唯一無二、かけがえのない『陽だまり』である彼女。いつだってワタシに、暖かな春の日差しのような気持ちをたくさん分けてくれるワタシの大親友は、しかし今に限って言えば、見る者にブリザード級の寒波を与える冷ややかな視線で、ワタシのことを見ていた。

 

 極道モノの映画を鑑賞し蓄えたはずの自分のノウハウが、まったくと言っていいほど効果を発揮していないようだった。

 おかしいな、ワタシが見たあの映画の中だと、この土下座ポーズでヤクザの組長さんから恩赦が下りていたハズなのに……。

 

 ワタシの土下座では恩赦どころか、未来の眉一つ動かすことが出来なかった。

 さっきからワタシの背中に流れ続けている冷たい汗が、いっこうに止まる気配がない。

 

 未来を――怒らせてしまいました。

 

 

 

 

 

 なぜワタシの『陽だまり』がブリザード級の寒波を引き起こすことになってしまったのか。

それは時間を巻き戻すこと数分前のこと。

 

 

 S.O.N.G.での基礎トレーニングを終えて、いつものように寮へと帰宅したワタシは、夕食の支度をしてくれていた未来に出迎えてもらいながら、自宅のリビングスペースで何をするでもなくごろごろしていた。

 未来が作ってくれる夕食の完成を今か今かと待ちわびながら、未来の扱う包丁のトントンという規則正しい音を聴いて、なんとなくうとうとしながらソファの上でくつろいでいると。

 

『あれ? ……ねぇー、未来ぅー。この本なぁに? 机の上に置きっぱなしになってるヤツー』

 

『……ん? あぁ、それね。私が好きなシリーズの最新刊だよ。今日が発売日だったの。後でゆっくり読もうと思ってて』

 

 机の上に、なにやら自分が見慣れない本が置かれていることに気が付いた。

 

『へぇ~、そうなんだッ! どれどれ……って、うわぁッ!? 隙間なく文字がびっしり……ぅひゃ~、よくこんな難しそうなのが読めるねぇ、未来』

 

『そりゃあ小説なんだから、文字がいっぱいあるのは当然のことでしょ。ていうか昔から響って、活字を読むのが苦手な子だったよね』

 

『むむッ! 言ったね未来~ッ!? ワタシだって読もうと思ったら小説の一冊や二冊ちゃんと読めるんだからッ! ホラ、この本だって――』

 

 キッチンから飛んできたそんな未来からの言葉を受けて、大して必要もない対抗意識を燃やしてしまったワタシは、内容どころかジャンルさえよくわからないような、そんな未来の本を少しだけ読んでやろうと、勢いよくページを開いた――これが本当に、イケなかった。

 

 びりっ。

 

 どうやら思っていたよりもほんのちょっぴり強いチカラを込めてしまったらしいワタシの手は、未来が『楽しみ』にしていたという、その文庫本の表紙を易々と引き裂いてしまって。

 

『……ねぇひびき、今の嫌な音は――いったい何かな?』

 

 ピタリと止む包丁の音。途端に血の気が引いて、額に大粒の汗が浮かび始めたワタシ。

 

『……えッ!!? あぁ、いやッそのあのえっと未来あのねその――』

 

 そして――時間は元に戻して、数分後の現在である。

 

 

 

 

 

「……響の、馬鹿チカラ」

 

「うぐッ!?」

 

「……不器用」

 

「ぐはッ!?」

 

「……お馬鹿のくせに本なんか読もうとして」

 

「ぎゃぉう……ッ」

 

 まるで怒りのオーラが目に視えているのではないかというぐらい、非常に不機嫌な顔をしている未来が、まるで小さな子供に向かって延々とお説教を言っているみたいな口調で、ワタシのことを責めていた。

 

 なにも言い返すことが出来ない。真正面から飛んでくる、そんな未来からの感情が乗った言葉を甘んじて受け止めることこそが、今の自分が唯一出来る反省の姿勢というものだった。

 というか、全ては自分のドジが招いた事態なので、当たり前のことである。

 

「……あとでじっくり読もうと思って、ずっと楽しみにしてたのに」

 

「うぅぅ……ご、ごめんなさいぃ……ッ」

 

 不貞腐れたようにそっぽを向いた未来に向かって、ワタシは全力の平伏姿勢で、何度も何度もしつこいくらい謝罪の言葉を述べた。

 未来は昔から――無類の読書好きだった。

 

 陸上で走ることも大好きだったけれど、それと同じくらい、未来は本を読むのが昔から大好きだった。暇さえ見つけたらいつもなにかの本を開いているし、本屋さんへ買い物に行けば、ずっと目を輝かせながら楽しそうに本棚を眺めているような、そんな知的な女の子だった。

 つまり、未来はそれだけ本が好きだということであって、幼いときからずっと彼女と交流を持ってきたワタシが知っている限りでは、彼女が本を粗末に扱っているところなんて一度だって見たことがない。

 

 それなのに、ワタシのせいで――

 自分のドジのせいで、未来を怒らせてしまったことがとても情けなかった。

 

 この調子じゃあ、今晩のご飯はおろか、数日の間はまともに口も利いてもらえなくなるかもしれない。

 そ、そんなのイヤだぁ……ッ。

 

 すっかり涙目になりながら、ワタシはなんとか彼女に機嫌を戻してもらおうと、必死でない知恵をフル回転させた。

「……い、今すぐ新しいの買ってくるからッ」

 

「このシリーズすごく人気だから、今から行ったってどこの本屋さんもぜんぶ品切れになっていると思うけど」

 

「で、でもでもッ、近所の本屋さん全部まわれば一冊くらい――」

 

「表紙が派手に破れちゃっただけで、べつに中身が読めなくなったわけじゃないんだし、わざわざそんなことしなくたっていいよ――どうせ売ってないんだし」

 

 にべもなくピシャリと言いのけられてしまって、ワタシの中の焦りがさらに増していく。

「じゃ、じゃあ、えっとッ! せめてテープとか貼って、修繕を――」

 

「ドジな貴女がそんなことしたら、余計酷いことになるのが目に見えているから絶対にしないでね」

 

「あ、ぅ……あッ、そ、それじゃあ今日のご飯はワタシが作るねッ!? ねッ!? たまには未来はゆっくり休んで――」

 

「もうほとんど出来てるから、いらない」

 

「……うぅ」

 

 ダメだ。まったく取り付く島もない。

 全身に黒いオーラを纏った(ように見える)未来は「……もういいよ」と呆れたように言うと、さっさとキッチンへ戻っていこうとした。

 

 マズい。これは大変にマズい。このままいけばもしかしたら、ワタシ達は今夜、お互いに別々のベッドで夜を明かす結果になってしまう。そんなの嫌だ。ぜったいに嫌だ。

 ワタシは「ま、待って未来ッ!」と、慌てて歩いていく未来の背中に声をかけた。

 

「……なに? まだなにかあるの?」

 

「え、ええと、そのぉ……あのぉ……ッ!」

 

 考えろワタシ。頭を使え。拳を握るくらいしか取り得のない、グズでドジでダメダメなワタシだけど、ワタシの歌は『誰かを護る』ことの出来るチカラだったハズ――どうにかして、この未来のご機嫌を元に戻す方法を考えるんだ。

 なにか未来が好きなこと。なにか未来が好きなこと。なにか未来が好きなこと……ッ!

 

「そ、そうだッ――カキ氷ッ! 今度、どこかにカキ氷を食べに行こうよッ! すっごく美味しいヤツッ! 今回のお詫びにワタシがご馳走しちゃうからさぁッ!?」

 

「…………」

 

 名案を思いついたとばかりに声を弾ませて、そんな提案をしたワタシに、しかし未来はゆっくりと振り返ると。

 

「……食べ物で釣ろうだなんて、いつから響はそんな酷い子になっちゃったのかな?」

 私ちょっと、ガッカリしちゃったよ。と。

 

 絶対零度を更に下回って、もはやこの街全体が凍ってしまうんじゃないかと思ってしまうくらいの冷たい声で、未来はにっこりと微笑んでいた。

 表情こそ穏やかなものだったが、その目はまったく笑っていなかった。

 

「……ひ、ひぃッ」

 ぶわぁっとワタシの背中を伝っていた冷や汗の量が倍くらいに増えた。

 

 しまった。自分で自分の墓の穴を掘ってしまった。これじゃあさっさと埋めてくれと急かしているようなものじゃないか。

 我ながら、なぜいつも自分はこうも浅はかなのだろう。昔から幾度となくこのパターンで、未来を怒らせてしまっているというのに、一向にそこから学習する気配すらない。

 

「……じゃあ、ご飯つくってくるから」

 未来はそう言って、今度こそキッチンの方へと向かって歩き出してしまった。もうすぐ完成するという今日の晩餐メニューをこの目で見るのが、もうすでに恐ろしい。せめて食べられる物を出してもらえたらいいな……。

 

 水溶き片栗粉とご飯だけとかだったらどうしようと、そんな早くも諦念めいたことを考え始めていたワタシの頭はそこで、最後の交渉手段がまだ一つだけ残されていることに思い至った。

 

 昔から未来を怒らせてしまったとき――ワタシが彼女に機嫌を戻してもらうために『とっておきたいとっておき』にしてきた、最後の最後の手段。

 陸上で走ることと本を読むこと。そして、カキ氷を食べることと同じくらい――未来が好きなもの。

 

 ワタシはお腹の底から声を出して、やけくそ気味に叫んだ。

 

 

 

「わ、わかったよ未来ッ!! それじゃあ『焼き肉』ッ! 焼き肉に行こうッ!!」

 

 

 

 ワタシの全力渾身の提案を聞いた未来の背中が、わずかにピクリと反応をしたのがわかった。

 

「なんなら今からだっていいよッ!? 高いメニューでもなんでも頼んじゃっていいからぁッ! だからもぉう許してよぉッ!?」

 

「……い、今からはダメだよ――もうご飯、つくっちゃってるんだから」

 

 半分泣き喚くように告げたワタシに向かって、しかし冷静な口調で未来はそう言うと、さっきと同じようにゆっくりとした動きをしながらこちらへと向き直った。

 

 

「――だから三日後くらいに、連れて行ってくれる?」

 

 

 なにもかもすべてを放っぽって、ついに最終手段を使って打って出たワタシを見ながら、そう聞いた未来の表情には――やっと笑みが戻っていた。

「そしたら、許してあげる」

 

 心の底から待ち望んでいた、幼馴染の暖かな表情。

 そうして――ようやくワタシの『陽だまり』は、いつもの輝きを取り戻してくれたのだった。

 

 

 

 

 

 いくら若者が勝手にぞろぞろと集まってくる学校施設とはいっても、ワタシや未来が通っている『リディアン音楽院』はあくまでも女子高なので、はたしてそんな女学院の近くにこんなお店を建てて本当に繁盛するのかずっと疑わしかったけれど――リディアンから徒歩で移動できる距離の中に、そのお店はあった。

 

 黒っぽい塗装が施され、店内の様子がよく見える造りをした外壁。何本もの排煙管が上から飛び出ていて、遠くからでもすぐさま目を引く、特徴的な形をした屋根。

 そこからもうもうと吐き出され続けている煙には、えもいわれぬ香ばしい匂いが混ざっており、ただそこに立っているだけでなんとも胃袋を刺激するかのようだった。

 

 俗に言う――『焼き肉専門店』である。

 

 日々、音楽を学び続けているようなうら若き女の子たちが、学校帰りの腹ごしらえに立ち寄るには、随分と脂ギッシュでギトギトとした場所だったけれど、しかし健全な若者たちの胃袋にはいくら女の子と言えども適切なカロリーと脂肪分は必要不可欠なようで、窓を通して覗いた店の中には、ワタシ達と同年代くらいに見える女の子の姿もちらほらと見受けることが出来た。

 

 女の子だって、たまにはがっつりとお肉を食べたくなるときがあるのである。仕方のないことだ。

 それは食べることがなによりも大好きなワタシにとっても――そして、ワタシの前を歩いているこの普段はお淑やかな幼馴染であっても、同様のことであるらしかった。

 

「……やっと来たわね、この時がっ!」

 

 お店の前。噛み締めるようにしてそんな感想を零しながら、あの未来が仁王立ちで佇んでいた。

 その顔には、ワタシがよく見知っている普段の、落ち着き払った彼女らしさはまったく感じられない。まるで大きな陸上大会にでも参加しているときのような、真剣そのものといった風の険しい表情をしていた。

 

「ね、ねぇ未来ぅ……ワタシ、もうお腹が減り過ぎてて、目が回ってきてるんだけどぉ……?」

 ぐぅぅ。そんな彼女の隣で、まるで猛獣の低い唸り声のような音を響かせているのはワタシの胃袋だった。

 

 当然だ。だって『あれ』から三日間――ワタシが口にしてきた食事といえば、お茶漬けや湯豆腐といった『消化にいいとされる食べ物』しかなかったのだから。

 ぐぎゅるるる。と。乙女が出しちゃいけない音を垂れ流しにしながら、ワタシは涙声と弱音を隠すこともせずに漏らしていた。

 

「い、いくら焼き肉だからって、なにもここまでしなくったってぇ……」

 

「何を――何を言っているのかな、響はっ!? あの日あの時から『戦場』はすでに始まっていたんだよ? 来たる今日に向けて万全のコンディションを整えて挑むのは、当たり前のことなんじゃないのかな?」

 

 ついにあの未来までもが、戦場を『いくさば』と呼ぶ事態にまで陥ってしまっていた。

そこまでなのか焼き肉……。未来だけは違うと思ってたのに……。

 

 そう言いながらこちらに振り返って見せた未来の顔にだって、あまり元気そうな雰囲気はない。そりゃあ、未来だってこの三日間ワタシと同じものを食べて過ごしていたのだから当たり前のことだった。限界まで焦らされた彼女の胃袋だって、ワタシほどじゃないにしろ、今ごろキリキリと小さな悲鳴をあげているに違いない。

 

 というか、むしろ普段は少食なくらいの未来でさえ、こんな有り様になってしまっているのだ。普段から人の何倍も食べて生きてきたワタシが、今まで倒れずにここまで来れたということは、もういっそ奇跡に等しいことなんじゃないだろうか。

 

 ただでさえ、今こうしている間もずっとお店の方から漂ってくる、お肉の焼ける香ばしい匂いは殺人級の威力で、いますぐにでも何か食べ物にありつきたいとワタシの胃袋は悲鳴の大絶唱をしている最中だった。

 もう……限界だよ……死んじゃう……。ぎぶみーかろりぃー……。

 

「『焼き肉』という罪深い食文化を何のリスクもなく満喫するためには、女の子はこれだけの苦労を支払わなきゃいけないんだよ? 女の子の身体はそれだけ繊細なんだから。ほら、ちゃんと真っ直ぐ歩いて響」

「うぇぇん……」

 

 焼き肉に行こうと提案したのはワタシだけど、せめてワタシにはちゃんとした食べ物を与えて欲しかった。さすがにお茶漬け一杯だけじゃあ、ちっとも満たされやしない。今まで感じたこともないようなあまりにひどい空腹感に、すでに思考もろくにままならず、目の前にいる未来の身体さえも美味しそうだと思ってしまっている自分さえ居るくらいだった。

 ……すごく柔らかそうだ。いやいや、待て待てワタシよ。さすがに今の状況はヤバイよ。

 

「ちゃんとゴムの緩い下着も履いてきたし……これでもう、何も恐れるものなどないわっ」

 

「全力全開が……過ぎる……ッ。ぐふぅ……ッ」

 

 キリリと凛々しい表情を浮かべて、いざ焼き肉屋さんへと臨もうとする未来に、身体を支えてもらうようにしながらやっとワタシは、待ちに待った食事場への敷居をくぐったのだった。

 

 

 

 

 

「――お待たせしましたぁ。バラエティ豪華絢爛トライバーストセットになります」

 

 一人が抱えてやっとなくらい巨大な平皿を、店員さんがワタシ達の座っていたテーブル席へと持ってきた。

 皿の上にはまるで金銀財宝と見紛うほどの、キラキラとリッチな赤みが輝いているお肉が、これでもかというほど綺麗に盛り付けられて並べられている。

 

『きゃあーッッ!!』

 そんな絶景を前に、未来と二人で声を揃えながら、ワタシ達は黄色い悲鳴を遠慮なく漏らした。

 

「ごゆっくりどうぞー」

 店員さんの『えっ、女の子二人でこの量を頼んだのかよ』という異質なものでも見るかのような目線など一切気にも留めず、ワタシはテーブルの真ん中に取り付けられていた網焼きグリルへと向き合うと、

 

「はやくッ! ねぇ、はやく焼こうよ未来ぅッ! もう無理だよッ! これ以上焦らされたらワタシ、生のまんまお肉に噛り付きかねないよッ!」

 と、対面に座った幼馴染を急かした。

 

「もう、焦らないの響。お肉には美味しく焼くための順番ってものがあるんだから」

 未来は冷静にそう言うと、焼き肉用のトングを手に持ちながら、慎重にお皿の上に盛られたお肉の種類を吟味していた。

 

「うぅぇぇー!? もう全部焼いちゃおうよッ! ドバーッて! お肉の絨毯ッ! 見渡す限りのお肉の地平線だよぉッ!」

 

「ダメだよ。そんなことしたら、それぞれ食べ頃の焼き加減を見るのが大変になっちゃうじゃない。せっかく食べても、味に集中出来ないんじゃ、本当のお肉の美味しさは楽しめないわ」

 

「うぐっ!? うぅ~……でもでもぉ……ッ」

 

「はいはい、心配しなくてもちゃんと全部焼いていってあげるから、そこで良い子にお座りしといてね」

 

「まさかのワンコ扱いッ!? えぇ、ひどいよ~みくぅ~!」

 

 たくさんのお肉を前にしてすっかり落ち着きを失ってしまっているワタシとは対照的に、未来はそう言いながら涼しい顔で、トングを使いながら皿の上のお肉の一つを掴んだ。そして静かに、火の点いたグリルの網の上へと並べていく。

 じゅう――と、お肉が焼けて脂の滴る、なんとも耳にまで美味しい音が辺りに響いた。

 

 もうその音でご飯がイケるんじゃないかと思って、すでに届いていた自分の分のどんぶりによそわれたご飯へと箸が伸びそうになったが、すんでのところでその衝動を抑え込んだワタシ。

 まだだ……ッ! もう少しだ……ッ! ここまで来たんだから、お肉と一緒にご飯をかきこまなきゃ勿体ないよぉ……ッ!!

 

「最初に焼くと、まだ温度に馴染んでいない網にお肉が焦げ付いちゃったりするから、最初に焼くお肉はなるべく薄めで、かつ脂がよく出るものが良いんだよ」

 だから焼き肉の、最初のお肉といえばコレ――そう言って、未来が選んだのは。

 

「食感と、噛むたびに溢れる美味しさが魅力の牛タンだよ」

 

「きゃぁ~~~ッ!」

 

 自分と未来の分のタレ皿を用意しながら、ワタシは今か今かとそのときを待ちわびる。

 牛タンといえばレモン汁だよねッ! すぐに焼きあがるそれはなんともスピーディで、お腹がペコペコで入店してきたワタシ達の胃袋の中へ、すぐさま飛び込んできてくれるなんともよく出来た子だッ!

 

「はい、出来たよ響」

「待ってましたぁ~……ッ! ふぁぁあ、いただきますぅッ!!」

 

 片面15秒、裏返して10秒。未来の完璧なテクニックによって焼きムラのない、綺麗な焼き色で仕上がった牛タン。

 熱を極力逃がさないようにレモン汁へとさっと通して、口の中へ投入すれば。

 

「――ッ、ふぅ、んぅ~~~~ッッッ!!!」

 コリコリとしたタン独特の歯ごたえ。そして、今までその薄いお肉の中のどこにあったのか不思議なほど、じゅわじゅわと湧き出すように溢れてくるジューシィなお肉の脂。

 

 ほどよく火の通ったタンの柔らかさは絶妙で、コリコリの歯ごたえは適度に残しつつも、舌の上で溶けていくようなしっとりとした食感を演出している。思わずジタバタとテーブルの下で両足をバタつかせてしまうほどの、圧倒的な美味しさだ。

「はぐっ、はぐもぐんぐッ……くぅッ――ぁ、ぁあ~~……ッ!」

 

 すぐさま白米をかき込んだ。なかなか箸が止まらない。

 噛めば噛むほどタンから際限なく生み出されてくる旨味と、白米の優しい風味とが混ざり合って、目の前で火花がバチバチするような力強い美味しさがワタシの身体を駆け巡っていく。そして。

 

「んぅ~……っ、おい、しぃい……!」

 自分の分を口に入れて、未来。

 

 普段からずっと穏やかな顔をしていることの多い彼女には珍しい、ふにゃっと力の抜けたようなゴキゲンな笑顔。

 蕩けたような、うっとりとした恍惚の表情。わかる、わかるよ未来ッ! こんなに美味しいモノ食べちゃったら、誰だってそうなっちゃうよね! ワタシなんて焦らされすぎたせいなのか、ちょっと泣きそうにすらなっちゃってるんだよ!

 

「ね――ねぇ、もっとッ! もっと焼いちゃお未来ッ! もうワタシ達の前に障害なんてないんだよッ! なにもかも忘れて、今日は思う存分食べまくっちゃおッ!」

 

「う、うん……ッ!」

 

 せがむように言って未来を急かすと、照れたような顔になって未来が頷いた。目の前にはまだまだ盛られたお肉の山と、自分の分のどんぶりご飯。まるでその全てが、ワタシに早く食べてくれと語ってくるみたいだった。

 こうなったら食欲開放全開ッ! ハートの全部で行っちゃう以外ないんだよぉッ!!

 

 ワタシたち二人は、まったくの同じタイミングで同時にごくりと喉を鳴らしたのだった。

 

 

 

 

「次のお肉は――サーロイン。ロース肉の王様ね……って!?」

 

「な、なんと美しい霜降りのお肉ぅ……ッ!? さすが豪華絢爛トライバーストセットだね、未来……ッ!」 

 

「こ、こんなの私たちみたいな学生が食べたら、バチがあたっちゃうかも……いや食べるけど!」

 

 今まで見たこともないような贅沢な霜降りのお肉を前に、きゃあきゃあとはしゃぎ合いながら、いまだ知らないその未知の味へと期待を膨らませて、テンションを上げるワタシと未来の二人。

 生唾を飲んだ後、未来がおそるおそるといった調子でトングを手にとって、その霜降りお肉を掴んで網の上へ慎重に持っていった。

 

「えっ……それ――何をしてるの、未来ぅ?」

 すぐには焼き始めずに、網の上でまるでしゃぶしゃぶをしているような動きで、お肉を何度か往復させている未来を見て、不思議に思ったワタシが思わず尋ねた。

 

「こうすることによって、お肉のサシが網と馴染んで焦げにくくなるんだよ。それに脂身が溶けて、焼いた後の甘みがさらに増すの」

「へぇ~~ッ! さすが未来だねぇ!」

 

 網の上に載っていた時間はほんの僅かで、ささっと火を通す程度にとどめた未来が、焼きあがった極上のサーロイン肉をワタシのタレ皿へ入れてくれた。タレに浸かった途端、キラキラと浮き上がってきたそれは、まるで宝石のような輝きだった。

「はい、出来たよ」

 

「おっほぉ~~ッ!! まるで肉汁がダイヤみたいに見えるよぉ~……ッ! これがテレビなんかでよく見る、スーパーじゃあ滅多にお目にかかれないお高いお肉の存在感……ッ! ごくっ、いただきます……ッ!」

「……えへへ、私もっ」

 

「は――ぐっ、ぅ、んぅッ!!!? ふぁ、ふぁにふぉれッ!? お肉がトロけるぅ!?」

 

「はふ……ん――ぅ~~~ッ!? ふ、ふぁぁ……」

 

 噛むというより、もはやほどけると言ったほうが正しいのではないかと思うほどの、柔らかさを極めたような食感。

 トロトロと溶け出した脂と肉汁は、甘辛いタレと混ざり合うと、えも言われぬ幸福感をいっぱいにワタシ達の頭へと伝達してきてくれた。

 

 甘みの強い肉汁。そして、ふんわりと鼻へ抜けていく、ほのかながらも香ばしいしっかりとしたお肉の風味。

 

 舌の上で溶けていくほどの高級なお肉を、まさか自分が味わう日が来るだなんて……! あぁ、すぐに消えていっちゃうのがもったいないよッ! もっとゆっくりしていってぇッ!?

 高級なお肉の美味しさに二人でメロメロになりながら、すぐに自分たちの取り皿の中は空っぽになってしまった。

 

 

 

 

「柔らかいお肉もいいけど、今度はそろそろしっかりとしたお肉らしい食感がウリのお肉にいこうかな。カルビはどう?」

 

「カルビッ!! カルビといえばご飯の最強の友だよッ!! これはもうおかわり確定だねッ! いまのうちに次の分のご飯を注文しとかなきゃッ!」

 

「えっ、もう食べ終えちゃったのそのどんぶり……?」

 

 ビックリする未来をよそに、机の上に置かれていた注文端末を手に取って、ご飯の追加オーダーをしたワタシ。

 タンとサーロインで、早くももうワタシのどんぶりご飯は残り少なくなっていたのだ。これでは次のカルビさんを相手取るには少し、いやかなり心許ない。

 

 これじゃあカルビさんに失礼というものだよッ! 満足にかき込めないだなんてッ! ワタシの胃袋という名のバビロニアの宝物庫は、まだまだ開ききったままなのだぁッ!

 ワタシはさっそく二杯目のご飯が来るのを、今か今かと待ちわびるのだった。

 

「ねぇ、知ってた響? 実はカルビとひと口に言っても、その基準は少し曖昧だから、今じゃ『カルビ』っていうメニューそのものが無くなっちゃったお店も増えてきているんだって」

 

「えっ、そうなのッ!? じゃあ、もともとカルビって呼ばれてた子達は、いったい今なんて呼ばれてるんだろ……?」

 

「ううん、バラ肉とかマクラとか……今では高級なお店になるほど、部位の名前で呼ぶことが多いんだって。そもそもカルビはアバラ骨の周りについてあるお肉のことだから、豚肉でいうところのスペアリブのことだよ」

 

「はぇ~~ッ!」

 

 知らなかった。さすが物知りなワタシの幼馴染だ。というか焼き肉についての知識なんて、どこで覚えてきたんだろう……。ん、待てよ。そもそもそんな脂ギッシュな知識、十代の女子が持っていて平気なものなのか……?

 それとも、ただワタシが世間知らずだというだけなのかも……ううん、今度クリスちゃん達とかにも聞いてみよぉっと。

 

「はい、それじゃあ焼くよ。焼くときはなるべくお肉を動かさないこと! お肉の脂は繊細だから、何度もひっくり返すと網の下に落ちていっちゃって、風味や味が落ちちゃうからね」

 

「はぁーいッ!」

 

 未来の焼き肉講座を聞きながら(なんと幸せな響きの講座なのだろうか。これなら毎日だって受けたいよ)、お肉の色が鮮やかに変わっていく様子をわくわくと見守る。

「とにかく大事なのは、焼きすぎないことだよ」

 

 そう言って、すぐに網の上のカルビは焼きあがると、ワタシの取り皿の上へと未来が置いてきてくれた。

 お肉の焼けた、香ばしい匂い。表面では肉の脂がパチパチと弾けていて、すでに目で見ているこの時点で味がするんじゃないかと思うほど『美味しい』景色だった。

 

 さっきまでとは打って変わって、今度はたっぷりとタレに絡める。

 行儀が悪いといつもならばきっと怒られるけれど、ここなら未来だってお説教はしないはずだ。ポタポタとジューシーに滴ったそれを、どんぶりのご飯の上で受け止めながら、大きく開けた口で贅沢に頬張った。

 

「はぁあ――むッ! っぐ、むむぅッ!? ぅ、きゅ~~~~……ッ!! はぐはぐッ!」

 

「む、ぐ……はふ、……っは……ふ。はぁ~、おいしぃ……」

 

 またもや恍惚な表情を浮かべる未来さん。ワタシは白米をかき込むので忙しくて、幼馴染のそんな貴重なシーンをじっくり眺めることが叶わないのが、少し残念に思えてしまうほどだった。

 しっとりした歯触り。さっきまでのお肉よりも厚めにカットされているというのに、中までちゃんと火の通ったそれは、なんの抵抗もなく一度で噛み切れると、噛むたびにまるで美味しさそのものが零れていくかのように、じゅわじゅわと溢れんばかりの肉汁を放出していた。

 

 サーロインとはまた違った、コクのある香ばしい甘み。白米をどれだけ後から口の中へと頬張ってみたところで、その圧倒的な存在感が薄らぐことは一切ない。

 すなわち、どこまでもご飯が進んでしまう実に恐ろしい威力だった。

 

「み、みふッ! ふぉいふぃいッ! ふぉふぇ、ふぉいふぃいふぉッ!!」

 

「もう、口いっぱいに食べ物を入れながら喋らないの。美味しいのはわかったから。はぁ~……お肉って、どうしてこんなに美味しいんだろ……」

 ……これでカロリーさえ無かったらなぁ。

 

 未来がまた少しだけ黒いオーラを纏って呟いていた。ううん、未来はどちらかと言うと細身なほうなんだし、むしろ華奢なくらいなんだから、もう少しご飯を食べても平気だと思うんだけどなぁ……。

 もぐもぐと白米を咀嚼しながら、幼少期からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染は、そんなことを密かに思うのだった。

 

 

 

 

「次はコレね……ハラミ肉よっ!」

 

「ハラミ――って、うぇえ!? この重厚な分厚めカットはもしかしなくてもステーキ肉ぅッ!? くっはぁーッ、眩しくって直視が出来ないよぉッ!!」

 

「ハラミ肉は他の部位と比べ、程よい柔らかさと程よい食感の、そのどちらもが味わえるマルチな美味しさがウリのお肉……っ! そのうえ他のお肉に比べ、カロリーが低いという圧倒的な強みを逆に活かして、ステーキカットにするだなんて……このお店、わかっているわねッ!」

 

 いつもお淑やかな未来はいったいどこへ行ってしまったのか。ワタシと同じ謎のハイテンションを見せながら、未来は期待の滲んだ顔で、網の上にその重厚なお肉を並べていった。

 網の中心ではなく、温度が均一な網の周りに置くことによって焼きムラを抑えるテクニック。さすがはワタシの幼馴染だ。

 

「うぅ~……はやく焼けないかな~、待ちきれないよ~……ッ」

 

「そんなに急がなくっても、お肉は逃げていったりなんかしないよ? 落ち着いて響。この焼き上がるのを待っている間も、焼き肉の醍醐味なんだから」

 

「そうだけどぉ~~」

 

 いますぐにでもお肉とご飯をかきこみたい衝動に駆られつつも、じぃっと我慢すること数分。

 ほどよく焼き目のついたそれを、未来がトングと焼き肉用のハサミを使って、一口サイズにカットしてくれた。

 

「……ッ!! ふ、ふぉぉおお……ッッ!!?」

 

「ふふっ、狙った通りのレア具合だよ……ッ! さぁ、熱いうちに食べちゃお響ッ!」

 

 ステーキらしさを残すためにわざと太めにカットしたそれの断面には、まだほんのりとした紅みが残っていて、そこからまるで泉のように肉汁が染み出しているのが見える。

 箸で持ったそれはずっしりと重たい質感で、ワタシはいちもにもなく口の中へとステーキを放り込んだ。

 

「はぐ、っん、ぐ、っむ――んぁッ!? な、なんてジューシィー……ッ!?」

 

「柔らか過ぎず固すぎない……っ! これがハラミステーキの持つ魔力……ッ! うぅ、私までご飯の手が止まらないよぉ……ッ!」

 

 ステーキならではの、口の中がたくさんのお肉でいっぱいに満たされるという至上の幸福。

 ほどよい弾力を保ちながら、しかしクセのない味わいが特徴的なそのお肉は、ストレートで淀みのない美味しさをワタシたちの舌へと真っ直ぐに伝えてくれる。

 

 分厚くカットされたお肉だからこそ味わうことの出来る、お肉らしいしっかりとした噛み応え。それにより、相対的にお肉から溢れ出してくる肉汁の量も増えるので、幸せな味が口いっぱいにどこまでも広がっていく。

 大好きなご飯を減らしてまで、今日という日に備えてきたワタシの胃袋コンディションは、途端にフル活動を始めているのか入れた端からすぐさま消化してしまって、もっともっと美味しいものを寄越せとさっきからずっと派手な音を立てながら喚いていた。

 

 まるでどこまでも無限に減り続けるんじゃないかと不安さえ覚えながら、それでもまだまだこんなにも美味しいものを食べることが出来るという幸せに、ワタシの顔はだらしなく緩みっぱなしになるのだった。

 

「……あれれ~、未来ぅ~? そのお茶碗の中身、もう無いよ? ご飯おかわりしないのかな~?」

 

「うぐっ……、だ、だってぇ、ご飯を食べたらその分、お肉が入らなくなっちゃうから……」

 

「こんなに美味しいお肉なのに、ご飯と一緒に食べないなんてそれこそ勿体ないよッ! 今日は満足するまで食べてもいい日なんだよッ? 我慢しないで、ワタシと一緒におかわりしようよッ!」

 

「う、うん、そうだよね……って、もうご飯なくなっちゃったの響ッ!? 貴女さっきおかわりしたばっかりでしょ!?」

 

「でへへ、だってさっきから、ワタシの胃袋が天然の溶鉱炉みたいになっているみたいでぇ……」

 

「もう~。食べ過ぎて、後でお腹が痛くなっても私知らないよ……? う、うん……じゃあ、私も……」

 

「決まりだねッ! じゃあ、さっそく注文っと~ッ!」

 

 注文端末を操作しながら、未来と二人分のご飯を追加注文するワタシ。未来はさっそく次のお肉を焼くべく、お箸からトングへと持ち代えていた。

「ね、ね、次はッ!? 次はなんのお肉~ッ!?」

 

「こーら、慌てないの。まだまだ豪華絢爛トライバーストセットは残ってるんだから。えっとねぇ――次は」

 上機嫌に網の上にお肉を並べていく幼馴染の姿を見ながら、ワタシはまだ見ぬ、焼き肉たちの美味しさと魅力に胸を躍らせながら、もう一度大きく喉を鳴らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふぇー……食べた食べたぁー……うぅ、歩きづらいよぉ」

 

「いくらなんでも食べすぎだよ響。店員さんがビックリしてたじゃない」

 

 帰り道。寮へと続く帰路へ着きながら、行きの時よりも何倍も重くなったような気のする身体を引きずって、未来と二人で笑いながら歩いていた。

 さすがの未来さんも、久しぶりの満腹感と美味しいものを食べた幸福感によって、すっかりゴキゲンなようだった。表情がいつもより明るい。

 

「だぁーって、美味しかったんだもん……」

 

「うん、美味しかったね」

 

 すっかり暗くなっていて、帰り道の空には、星がちらほらと出ていた。

 二人で手を繋いでそれをぼんやりと眺めながら、ゆっくりとした足取りで並んで歩いていく。

 

「また食べにこよーね、未来ッ!」

 

「ふふ、また三日間も、あのお茶漬け生活をするの?」

 

「う、うぐッ!? で、出来ればあんな苦行はもう、今回限りにしてもらえると……次は、ワタシが餓死しちゃうカモ」

 

「えー、どうしようかなー」

 

「うわーん、未来がイジワルだー」

 

 調子を合わせながら、二人でふざけ合ってくすくすと笑い合う。

 美味しいものを食べている間も幸せいっぱいだけれど、こうして誰かと一緒に笑い合う時間も負けないくらい、幸せな気持ちになるからワタシは大好きだった。

 

 美味しいものを食べながら、それを大好きな人と一緒に「美味しいね」と言い合いっこする。

 

 

 それがワタシ――立花響がなによりも大切にしたいと思える、なによりも大好きなことなのだった。

 

 

 

 

「ねぇ、みーく」

 

「ん、なぁに。ひびき?」

 

「……本、破っちゃってごめんね」

 

「いいよ。こちらこそ、冷たく言ったりしちゃってごめんなさい。そして、こんなに美味しいものご馳走してくれて、どうもありがとう」

 

「……えへへぇ」

 

「……うふふ」

 

 

 

 だからこそ、ワタシたちの帰り道はこうしていつも――幸せで満ちているのだった。

 

 

 

 

「――それはそうと、響」

 

「ほぇ? どうしたの未来?」

 

「帰りは走ろっか。少しでも摂ったカロリーは減らさないと」

 

「うぇええッ!? えッ、で、でもでも食べたばっかりで急にそんなに動いたら、お腹が痛くなっちゃうんじゃ……」

 

「ダメだよッ! こうしている今だって、私たちの胃袋は大量のカロリーを持て余しているんだよッ!? 少しでも運動して燃やしてあげないと、すぐにぜんぶ脂肪になっちゃうんだからッ!」

 

「そ、そんなぁ……」

 

「ほら急いで響ッ! でないと置いて行っちゃうよッ!」

 

「わわわッ、ちょ、ちょっと待ってよ未来~ッ! ひぃ~ん、お腹が重くて上手く走れないぃ~! これだから元陸上部ってぇ~ッ!」

 

 

 

おしまい。

 

 




誕生日だというにもかかわらず、いきなり土下座から書き出すという暴挙。少しでもひびみくっぽさが出せたら良いんですが……。
まぁ他カップリングに比べて、文字数が倍近くに膨れ上がっているので、そこで393には許してもらいたいと思います(笑)
そしてどうやら自分の書く未来さんは、わりとノリの良い子みたいです(笑)



ちょっとだけおまけというか次回予告(になればいいな)


???「あーぁ、なんか腹ァ減っちまったなぁ。訓練の後だから仕方ないんだろうけどさぁ」

???「うぅん、でもなぁ。一人でなんか食いに行っても味気ないし……困ったねぇ」


???「――そうだッ! どうせならあっちへ渡って、翼たちと飯でも食いに行くか!」


???「……あぁでも、あっちの翼はライブとかで忙しいだろうから、もしかしたらそう都合よく会えないかもなぁ、うーん」


???「いや、ちょっと待てよ? ……ちょうど良いのが居るじゃないか。食いっぷりが良くて、なおかつ可愛くて、なんたってアタシにとっての妹みたいなヤツがさッ!」

???「よぉーっし!そうと決まればさっそく実行だ!弦十郎のダンナに頼みにいかねぇとなッ!!」ダッ



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