Paranoia Agent (倉木学人)
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夢の島思念公園 その①

rkgk

2018/11/10 紅茶→緑茶


 深淵を見つめるほど暗闇の中、ネオンカラーの高層ビルがうるさく自己主張している。

 そんな街の一角、カフェテラスで私は呑気にお茶をしていた。

 なんでだ。

 

「そのカップケーキと緑茶は、私の娘が持ってきたお土産だ。美味しいよ?」

 

 眼の前には、造形が整いすぎている美少女が同席している。

 顔が若干やつれてはいるが、碧眼と白髪は手入れされているように思える。

 凝った模様の法衣を着ていることもあって、アニメや漫画の登場人物だと紹介されれば納得できる見た目のレベルだ。

 

 ―こういう言い方は好きではないのだが。

 

「あの。何が何だか。分からなくて」

 

 気が付いたら、自分はカフェでお茶をしていたのだ。

 それはまるでアバッキオの死亡シーンのよう。

 つまり、少し前の記憶との脈絡がないのだ。

 

「この状況に相応しい言葉を、ネット小説で君は知っている。何だと思う?」

 

 少女に見つめられるが、答えは出ない。

 私は頭が良いほうではない。

 急に質問されれば尚更で、答えに困るのだ。

 

「いえ、ちょっと」

 

 目の前の摩訶不思議からネット小説なんて言葉が出るとは。

 答えは出ないが、何故か嫌悪感がこみ上げる。

 

「神様転生だよ。この状況と細かい差異はあるが。大まかな枠組みで、君らはそう言う言い方をするらしいね」

 

 その言葉で、すとんと腑に落ちたような気がした。

 そうか、自分は死んでいるのか。

 そして目の前の人間は人間ではない、と。

 嫌悪感はこれか。

 

「これが?」

「君はまだ生きているけどね。認識に大差があるかは疑問だな。死後の世界の代わりに私の世界。神様の代わりが私。はたして大きな違いと言えるのだろうか。まあ、些細な違いなのだろうさ」

 

 言っている意味はよく分からない。

 死後の世界というものが実在しないなら、ここはなんなのだろう。

 しかし、言われてみればその通りで、どうでもいいとも思えてくる。

 

「君は自分の死因を知っているね?」

 

 生きているのでは?

 確かに死んだ実感はないのだが。

 だが、死んだと思えるような記憶は残っている。

 

「就活に失敗して。カーテンで、首を吊ろうとして。そこからの記憶が無くて。多分、成功したのだと思います」

「その通り。カロウシという奴だな」

 

 過労死。

 否定したいが、否定できない所だ。

 極度のストレスで自分は死んだのだ。

 勉強を労働とするならば、就活中の自殺も過労死なのだろう。

 正直、認めたくはない。

 

「しかし―。仕事に就いてすらいないのに、カロウシとは。君ら日本人にとって就活とは、そこまでの価値があったのか?」

「い、いえ。流石にそこまでの価値は無いと思い、ます」

 

 私は良い仕事に就きたかった。

 だが、同時にそれが無意味だと知っていた。

 楽しい仕事など、やりがいのある仕事などどこにも無い。

 そう思っていたのだ。

 

「多分。私は。どうかしていたのかと」

 

 自殺など、許されることではない。

 就活といえど、人生の始まりの段階でしかない。

 失敗したって、なんとかはなる。

 

 そうは思っていたのだが、私は期待してしまったのだ。

 私のような屑人間でも受け入れてくれる、素敵な企業があるのではと。

 そうして必死に探した、いくつかの企業に応募した。

 そして、それらの全てに落ちた。

 勝手に抱いていた希望が、目の前で失われた。

 自業自得だ。

 だから、私は死のうとした。

 

「私は自殺というものは認めている。軽い“はずみ”だったのだろう? 深く絶望していれば、また違った結果になっていたのだろう」

 

 屑は屑なりに生きられる。

 ただ、私はその生き方に耐えられなかっただけだ。

 自分自身に生きる価値はない。

 実際には違うだろうが、私はそう思おうとしたのだ。

 そして何一つ成し遂げないくせに、その試みだけは成功してしまった。

 してしまったのだ。

 

「私は、どうすればよかったのでしょう?」

 

 どうしたら受かったのかは疑問がつきない。

 心底、受かりたかったとは思う。

 同時に、これで死んで良かったとも思える。

 私は生きる苦しみから解放されたのだから。

 

「それはこれから決めればいい。幸か不幸か、君にはその権利がある」

 

 だが、目の前の神様は、とんでもないことを口にする。

 わかってはいたが、その言葉は聴きたくなかった。

 

「これから? 私に、これからが?」

 

 さっきから、ふつふつと腹の底から怒りが湧いてくる。

 だが、口にはしない。

 情けなくは思うが、口にはできなかった。

 

「これは私からの、仕事の依頼なのだが。私と遊んでくれないか?」

「遊び?」

「神様転生さ」

 

 正直、面白くはないと思う。

 断るべきなのだろう。

 だが、期待している自分もいる。

 それが、どうしようもなく情けないと感じる。

 

「君には最強を目指して欲しい。君の描く最強を、私に証明してくれ」

 

 最強を目指せ、か。

 くだらない。

 だが、悪くはない気もするのは気のせいか。

 

「成功報酬は準備中だが、前金は用意した。私の部下として相応しい身体と。それと、ドラえもんのひみつ道具をあげよう。これで思う存分、君は最強を目指せるはずだ」

 

 転生特典はドラえもんときた。

 其は、万能の願望器。

 おそらくどんな願いでも叶うであろうし、際限なく強くなることも可能そうではある。

 

 問題は、願う程の願いが私に無い事なのだが。

 せいぜい優良企業に採用されたいだとか、死にたいとかそんなものである。

 それらは願望器に願うべきではないだろう。

 優良企業に行きたいなら努力すべきだし、死にたいなら自らの手で努力すべきだ。

 

「ひみつ道具って。何か一つですか?」

「全部だよ。君のポケットから、全部取り出せるようにしよう」

「それでも最強は。やり出したら、キリが無いと思うのですけど」

 

 私は強くなることには否定的だ。

 まあ、興味が無い訳ではないが。

 腕っぷしが強いことでできることなど、たかが知れているし、価値がないからだ。

 もちろん、いじめに遭いにくくなるなどのメリットはあるだろうが。

 それでも、過剰すぎる力は不要だろう。

 人間が地球を破壊できるぐらいの力を持って、それで何をしようというのだろうか。

 

「そうだな。じゃあ、私に勝てるぐらい、ってのはどうだ?」

 

 それはわかりやすいのだが。

 贈り物をした神に対して、贈るほどの力を持った神を倒せというのか。

 わかりやすいが、少し無謀だと思う。

 

「でも、どうして私なのでしょう?」

「実験の一環さ。サンプルは多いほうが良いだろう?」

 

 その言葉を聞いて、私は少し悲しい気がした。

 他にも、似たような境遇の人がいるのだろう。

 そう思うと、何とも言えない気がする。

 

「よく分からないです。私を引き入れたことを後悔するかもしれないのに?」

「私にも想定外というものはあるし、それは織り込み済みだ。ベストは期待を良くも悪くも裏切ることで、グッドは予定通りに動くこと。君がいかなる結果を出そうと、私は歓迎しよう」

 

 私がどうしようとも、どうでもよさそうだった。

 いや、この言い方は正確ではないか?

 どうも無関心、という訳でもなさそうだ。

 目の前の存在の常識は良く分からない。

 

「君には、そうだな。カップケーキと緑茶の分だけ、働いてもらえればそれで良いのさ」

 

 そう言われると、私は断りにくかった。

 君に物をあげたから、私のために働け。

 贈り物の原理だったか?

 単純な手だが、効果的だろう。

 

「わかりました。それなら引き受けます」

 

 私は見た目が可愛い少女の要請を断れなかった。

 馬鹿らしいと思う。

 私は魂をカップケーキに売ったのだった。

 

「けど、異世界転生なのですよね。どこに送られるので?」

「希望があるなら聞くが、強さを鍛え始めるために手ごろで、君の良く知る世界に君を送ろうと思う」

 

 行きたい所を聞かれても、私に意見がある訳がない。

 その辺りは、神のさじ加減でどうにでもなる気がする。

 どんなに平和な世界でも地獄はあるだろうし、逆もまた然りだ。

 

「何か質問はあるかな?」

 

 日本人のサガか、何も言いたくはなかったが。

 ふと、思いついた。

 少し意地悪だが、効果的な質問をすることにした。

 

「何か、隠してます?」

 

 それを聞くと、目前の少女は頬をかいた。

 初めて、少女は言葉に詰まっているようだ。

 

「うーん。難しい質問だな。だが一つ、言えることがある。私は人に誠実であるべきだと思っている」

 

 誠実、という言葉に反応する。

 自分から誠実というのはどうかと思うが。

 悔しいことに、相手が嘘をついているかはわからない。

 

「例え私が悪魔であったとしても、君らには全てを話そうと思う。何故だと思う?」

 

 少し考える。

 悪魔が人で楽しむなら、願いを捻じ曲げて叶えることが定番だろうが。

 こういうのはどうだろう。

 

「その方が面白いから?」

「そういうことさ」

 

 なるほど。

 良く話をした上で、寸分変わらず願いを叶えて、自業自得で絶望する。

 それも確かに、面白いのかもしれない。

 される方はたまったものではないだろうが。

 

「不愉快な話なのは認めるよ。神様転生をするぐらいなら、例えその権利があったとしても、天国に送るべきなのだから」

 

 もし天国があるのなら私も見てみたいがね、と少女は付け加えた。

 それは同感である。

 

「だから。困ったり、相談したいことがあるのならば。気軽に私の元へ会いに来ると良い。少し手間はかかるだろうが、ひみつ道具を手段として用いるならば十分それができるだろう」

 

 ―そして望むなら、君を救ってみせよう。

 少女はそう言って立ち上がった。

 

「じゃあ、始めよう」




あまり、同時に二つ以上の作品を描きたくはないのですけど。
何事もチャレンジですよね。


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夢の島思念公園 その②

オリジナル設定を試験的に用いてます。

いずれオリジナルが描きたいなあ。


 カフェを離れ、私たちは一つの建物に入る。

 そこには、緑の液体で満たされた水槽があった。

 

「これが、転生プログラムだ。本当は、私が産むべきなのだろうが。あいにく、私にその気は。ね。だから、人工的にやらせてもらう」

 

 水槽には機械と階段が据え付けてある。

 そこから人が干渉できるようになっているようだ。

 

「この液体の中に入ることで、入ったものの記憶以外を分解し、新しい身体を再構築する。ダレン・シャンの最終巻に、似たようなものが登場していただろう? やっていることはそれに近いな」

 

 その物語はすんなりイメージできた。

 ある登場人物が液体により人間の身体を溶かして、自分の部下を作って いたのを思い出す。

 母親の胎内から生まれる訳ではないが、これも生まれ変わりとは言えるだろう。

 

「ベースとなる身体を形成し治すことで、気分はリフレッシュできるはずだ。仕事もはかどるな」

 

 確かに、私の身体は不満だらけだ。

 頭に障害があり、身体は病弱だ。

 整形や肉体改造をする趣味は無いが、元の身体に執着する理由は一つもない。

 

「既に準備はできている。いつでも飛び込むと良い」

 

 言われるがままに、私は階段の上まで歩んだ。

 だが、そのまま飛び込もうとすると、足がすくんで動かなかった。

 

「どうした? 嫌、とは違うか」

 

 怖くはないはずなのに。

 だけどこの期に及んで、私は何かを惜しんでいる気がする。

 それを望んでいたはずなのに、今を失うことが何故か恐ろしかった。

 

「怖いのか? 痛みは感じないようにできているが。それとはまた別の怖さか?」

「え、ええ。情けない話ですけど、押してくれませんか?」

 

 少女が階段を上り、私の背中に手を触れた。

 

「わかった。じゃあ、押すよ?」

 

 少女のものとは思えぬ力強さで押され、私の身体は宙を舞った。

 液体が目の前に迫り、私は思わず眼を閉じた。

 

**

 

 私は液体の中で目を覚ました。

 ケーブルにつなげられているが、不思議と息苦しさは感じない。

 液体越しに新しい自分の身体が、ガラス越しに少女が機械を操作しているのが見える。

 少女がボタンを押すと、液体が下に吸い込まれる。

 私が自力でケーブルをはずすと、周りのガラスの壁が取り払われた。

 

 私は試験管の中にでも居たのだろうか?

 

「やあ、おはよう。気分はどうだい?」

 

 身体と頭が嘘のように軽い。

 今まで病気に悩まされていたのが嘘のようだった。

 

「生まれ変わったようです。それと」

 

 少女がバスタオルを私の新しい身体に押し付けてくる。

 元の貧相な身体ではなく、豊満さと柔らかさを兼ね備えている。

 

「女性の身体なんですね」

「嫌だったか?」

「いえ。そういう訳ではないですけど」

 

 私は男性だった。

 今は女性ということだろう。

 

 だが、そこに自分でも驚くほど、驚きは感じない。

 この身体は不思議と自分にしっくりする気がする。

 今までのあらゆる苦痛から解放されることは、その程度の変化は些細に思える。

 

「服はこれを着てくれ。最初は私も手伝おう」

 

 私に与えられた服装は白の下着に白の軍服、黒のスラックスだ。

 加えて、少女が私の黒髪に手を回し、シュシュを使ってポニーテールを作った。

 

「うむ。よろしい。格好いいぞ」

 

 それを見て、少女は満足そうだ。

 私は映える姿になったのだろうか?

 あまり、誇らしいとは思えないが。

 

「ああ、早速だが、ポケットから何か出してみると良い」

「何か、お勧めの道具とかはありますか?」

 

 適当にタケコプターでも出せばいいのだろうが。

 何となく気になって、そう口に出した。

 

「そうだな。“未来デパート通販マシン”はお勧めだ。どんなひみつ道具があるかを知る事が出来る上に、ひみつ道具の補充もできる」

「なるほど」

 

 私はスラックスの右のポケットに手を突っ込んだ。

 明らかに、ポケットに突っ込んだ感じがしない。

 何かに手が当たり、私はそのままそれを掴んで引きずり出した。

 ノートパソコンのようなものが、私の手の中で巨大化しながら出てきた。

 

「てれててっててー」

「うわ」

 

 それを私はそばにあった机の上に置いた。

 電源ボタンらしきものを押すと、画面が明るくなる。

 どうやら無事に使えるようだ。

 

「うむ。さて、能力の確認も済んだ。ここで色々試してもいいが。そろそろ異世界へと渡るとするか」

 

 ひみつ道具は、ポケットに戻した。

 戻すときは小さくなって、すんなりと入った。

 

 少女に連れられて、私は外に出る。

 すると入口に、古ぼけたデザインの車が待ち構えていた。

 スポーツカーのように、二座席しかない車だ。

 入るときには、こんな車はなかったはずだが、大方この少女の力だろう。

 

「このデロリアンの座席に乗ると良い。アメ車だから運転席は日本と逆だよ」

 

 この車はデロリアンらしい。

 しかし、これで異世界に行けるとは思えない。

 

「ですけど、これってタイムマシンではないのですか?」

「聞いて驚け。このデロリアンは世界間の移動もこなすのさ」

 

 私はデロリアンの座席に乗り込んだ。

 少女が乗り込み、カチカチとボタンを何回か押すと、車はペダルに足もついていないのに一人で動き始めた。

 

 車が走っていく。

 窓をみると、そこにはネオンカラーのビルは消えていた。

 そこは高速道路だったり、砂漠の中の道だったり。

 

 眺めているだけで、景色はどんどん変わっていく。

 

「ところで。君は異世界というものを、どう捉える?」

 

 そんな中で、少女が口を開いた。

 単なる雑談の感覚なのだろう。

 

「どう、とは?」

「異なる世界が、どのように広がっているか。という認識の問題さ。異世界を行き戻りするには、異世界に対する知識が必要だろう?」

 

 確かに異世界旅行をするにあたって、異世界に渡るための知識がないのは不自然だとは思う。

 その世界に定住するならともかく、戻れなくなったりするのは不便だ。

 異世界転生なんかをする奴は普通元の世界に戻らないので、気にしたことはなかった。

 

「異なる世界はジョジョのD4Cのように、直線的に平行して世界が存在しているのか。ただ、OFFの世界のように二次元的な広がりの中で、一点一点世界が存在するのか。それとも、真世界アンバーのように、世界に頂点があってそこから広がっているのか」

 

 異世界が存在する世界、というのは結構な作品で語られている。

 少女は自分も知っている、いや自分が知っている世界をいくつか挙げてくれているのだろう。

 

「認識によって上位世界があって、娯楽として楽しめる下位世界があるとか?」

「それもあるな」

 

 私が口にしたのは、自分の世界が上位世界であり、娯楽として語られる下位世界になら移動できる、といったパターンだ。

 具体的な作品名は思い浮かばないが。

 確か、ネット小説で偶に見るパターンだったと思う。

 

「実際の所、こういった認識は全て正しい」

「全て?」

「つまり、認識できるだけ、世界は広がるという訳だ」

 

 それもよくある設定だろう。

 日本のネット小説だけでも、かなりの数の世界があったのだ。

 それを考えると、何ら不思議ではない。

 

「魔法少女リリカルなのはの管理局をイメージしてもらうといいのかな? 彼らは複数の世界を認識し管理しているが、それでも彼らの認識の外にはまた別の異世界やらがあるのだよ」

 

 なのはは良く知らないが、言わんとしていることは分かる。

 恐らくリリカルなのは世界というと、世界の集団ひとまとまりを指すのだろう。

 そしてその集団は無数に存在する。

 

「どれだけの世界があるのでしょう? もしや無限大だとか」

「その通りさ。例えばドラえもんの世界と全く同じ世界と指定するだけでも、それこそ星の数以上にある訳だ」

 

 ふと、その中にも真に“原作”というものが存在するのだろうかと考える。

 自分が読んでいた作品も、何かしらの世界の影響を受けたものなのか、と。

 卵が先か、鶏が先か。

 そこまで行くと、どうでも良い話だろうが。

 

「ただし、全ての世界に影響を与えることのできる“頂点”だけは別だ。これらは一つしかない。所謂、真世界アンバーに当たる場所だ」

 

 アメリカのファンタジー作家、R・ゼラズニィ作の“真世界アンバー”の世界。

 アンバーこそが真なる世界であり、地球を含む他の世界はその影響を受けた影でしかないとされる。

 こうして移動している世界も、影の一つでしかないのだろう。

 

「“頂点”と言うべき所を、私は9つ確認している。一つは私の居た場所、“始まりの世界(ハロー・ワールド)”。他の8つは私の家族や友人が管理している。もしかすると、それ以外にも存在するかもしれないが。あいにく見たことはないな。“頂点”以外の管理者は腐るほど居るが」

 

 恐らく、真世界アンバーは腐るほど世界に存在する。

 しかし真に一つしかない世界は、全体にも八つしか存在しないのであろう。

 言っていることが私自身よく分からないが、多分それで正しいはずである。

 

「世界間の移動については、行きたいと認識さえすれば、いずれそこに繋がるであろう」

「随分と雑ですね」

「それで問題はないはずだからな。少なくとも私の影響を受けた君なら、私の場所は容易にギャクタンできる」

 

 命綱で君と私は繋がっているようなものさ。

 少女はそう付け加えた。

 

「詳しく知りたいなら、私を尋ねると良い。それか、学習系のひみつ道具を使って自分で勉強することだ」

 

 異世界に行くのは、そんなに簡単なのだろうか?

 ドラえもんだと、そこそこ難しいような気もしたが。

 不可能ではないだろうが、できるひみつ道具は思いつかない。

 

「一応、異世界旅行についてのマナーも語っておこうか。仮に世界に管理者が存在している場合。現実変容の力、例えばウソ800とかを使うのはマナー違反だ。世界法則の書き換えは迷惑だから、彼らの世界では自重しようね」

 

 ウソ800というと、ドラえもんを復活させたアレだろう。

 万能に近い道具の一つであるが、何が駄目なのだろうか。

 

「タイムパトロールみたいな存在がいるかもしれない、ってことさ。彼らの邪魔は、彼らとの敵対を意味するからね」

 

 花壇をいじる側としては、花壇をいじられるのは困るということか。

それもそうだなと納得する。

 

「さ。着いたよ。ここが君の新しい世界だ」

 



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ウィーアー! その①

ワンピース編です。
そんなに長くないです。


「ここが、“ONE PIECE”の世界だ。勿論、あくまで無数にある世界の一つだが」

 

 車は、森の中にある小屋の前で止まった。

 私はドアを開け、足を地に着ける。

 

 一見、元の世界の森とそう変わらない気もするが。

 なんとなく、空気が澄んでいる気がする。

 

「何故、ワンピースの世界なんです?」

「全体の強さもほどほどで、一定の身体能力を確保すれば、生きるのは楽な世界だからな。ひみつ道具があれば十分無双もできるだろう」

 

 本当に生きるのが楽なのだろうか。

 作中で死人はそこそこ出ているような気がするが。

 

 確かに、Mr.2とかが死んでそうで死んでなかったりするので納得はできるが。

 それでも、なぜワンピなのだろうか。

 

「他の有名所の世界だと、ドラゴンボールやNARUTOの世界になるが。あの辺りは強さのインフレが起きている以上、少々難易度が高いだろうからな」

 

 なるほど、こちらに配慮してくれている訳だ。

 ドラえもんのひみつ道具は確かに強力だろうが。

 だからと言って、いきなり暗黒大陸やグルメ界などに放り込まれるのは誰だって嫌だろう。

 ひみつ道具は使えるだろうが、いきなり使いこなせるとは到底思えない。

 とはいえそれなら、名も知れぬファンタジー世界でも良いだろうに。

 

「有名作品から選ぶ理由が分かりませんが」

「別にマイナー作品や未知の世界から選んでも良いけどね。有名作品を基準にすれば、ほら。強さも分かりやすく、箔がつくような気がするだろう?」

 

 すごい下らない理由だった。

 まあ、こちらも特に行きたい世界はないので、それで良いのだが。

 

「ま、そういった世界に行きたいなら、異世界旅行に慣れてからが良いだろうね。強さのインフレが起きている作品は、ある程度戦闘に慣れた後ぐらいが丁度良い」

 

 少女は再び、車のエンジンを作動させる。

 彼女はもっと面倒を見てくれるかと思ったのだが。

 ここで、お別れのようだ。

 

「君が安定するまで見守っても良いが。あえて放置するのも親の務めというものだろう。その小屋の中はあと十年ぐらい安全だから。しばらく拠点にすると良い」

 

 じゃあ、また会おうね。

 気が向いたら、私に顔を見せてくれ。

 と、そう残して少女は去って行った。

 

 

 小屋に入ると、中には何もなかった。

 マインクラフトで最初に作る家の方がもっと豪華だろう。

 粗末な小屋だが、綺麗にはしてある。

 あの少女が事前に入って、手入れをしていたのかもしれない。

 

 とりあえず“未来デパート通販マシン”を取り出そうと思ったが、ここには机も何もない。

 椅子と机を出そうと思いポケットに手をやると、すわり心地の良さそうなチェアが出てきた。

 

 ひみつ道具か? 

 と思ったが、どうやら何も機能の無いすわり心地の良いだけのチェアのようだった。

 どうして、こういうものが入っているか疑問に思った。

 

 そういえば、ドラえもんは慌てるとどうでも良いガラクタを取り出す癖があったのを思い出した。

 おそらくひみつ道具でないガラクタも、そういった原理でこのポケットに入っているのだろう。

 嬉しいが、無駄にかゆい所に手が届きすぎる気がする。

 とりあえずは机も用意して、“未来デパート通販マシン”をしばらく眺めるのであった。

 

**

 

 あれから、少しマシンとにらめっこをしながら考えた。

 それから、いくつかのひみつ道具を試しに使ったりもした。

 そうしたら三日が過ぎたので、またひみつ道具を使って休んだりもした。

 そうして出た結論は、郷に入っては郷に従え。

 ひとまずこの世界の一員として過ごすことに決めた。

 お金はないが、補給は無限大だ。

 生きるのにはそう難しくはない、はず。

 

「すいませーん」

 

 異世界に来たのなら初めにやることがある。

 そう、異文化コミュニケーションである。

 この辺りは完全にアドリブで、特に考えていないが。

 そこら辺の港で、積み荷作業をしているガタイの良いおじさんに話かける。

 

「どうした? 嬢ちゃん?」

 

 嬢ちゃん、嬢ちゃんかあ。

 そういや、嬢ちゃんになったんだなあ。

 どうでもいいけど、風呂に入ったりしてなんか微妙な気分になったんだよな。

 あるものがなかったり、ないものがあるのを認識すると違和感が凄いのだ。

 

「嬢ちゃん?」

「あ、いえ。その。ここがどこかを知りたくて」

「何言ってんだい。ここはハイシャ村だよ」

「ハイシャ村、ですか」

 

 ちなみに、この村の場所やここがどの辺りに位置しているのかは、“自家用衛星”を使って把握している。

 漫画に関してはうろ覚えだが、地理的に恐らくここは東の海(イーストブルー)に位置しているのだろう。

 

「それと、質屋さんを探しているのですけど」

「質屋ぁ? 質屋なんてものはこの村にはねえよ」

「え? 物を売る場所って、村にはないのですか?」

「物売りかあ。嬢ちゃんが何を売るのかは知らんが。街に行ったほうが良いんじゃねえかねえ」

 

 どうやら、ここは何もないような田舎のようだ。

 安全と言えばそうなのかもしれないが、始まりの場所にしては物足りない場所だ。

 

「金が欲しいんなら、とりあえずは酒場で働いたらどうだ? 嬢ちゃん可愛いし、こんな田舎なら人気もでるだろ」

「あー。それは。ちょっと」

 

 飲食業で働くのは苦手意識がある。

 日本で働いたことはあるが、別の手段があるのなら進んでしたい仕事ではない。

 

「ところで、嬢ちゃんの腰に下げてるのは刀か?」

「ええ」

 

 私も強くなるとは決めたので、戦士になってみようとは思っている。

 腰に下げているのは勿論、ひみつ道具だ。

 

「腕に自信があるなら用心棒、ってのもアリかもしれんが。嬢ちゃんはやめといた方が良さそうだな」

「どうしてですか?」

「刀の良さは分からんが。嬢ちゃん、素人だろ?」

 

 その言葉に関して全く反論はできない。

 武は柔道を学校でならったが、私の成績はいつも1だった。

 戦闘に関しては完全に素人である。

 喧嘩なんて一度もしたことない。

 

「まあ、そうですけど」

「だから、やめときな。だから間違っても、あそこにいる海賊になんかに手を出すんじゃねーぞ?」

 

 男は、そうして遠くに泊めてある船を指差した。

 あれは木造の、サイズ的にフリゲート船だったか?

 あまり大きな船ではないようだ。

 ジョリーロジャーを掲げてはいないが、見た感じどうも継ぎ接ぎな感じがする。

 

「“ちょび髭”のフック。懸賞金800万ベリーのイカれヤローさ。最近、この辺りに滞在しているらしい」

 

 ベリーの相場は良く分からないが。

 主人公ルフィの初期が確か3000万ベリーなので、随分と低く感じる。

 それが顔に出ていたのか、男からはあきれられた。

 

「嬢ちゃんなあ。アイツらは犯罪者だぞ? 嬢ちゃんみたいなのが勝てる相手じゃねーっての」

「ですよねー」

 

 イーストブルーなので、多分バギーとかのポジションなのだろう。

 あれは漫画じゃ弱そうに描かれてはいたが、一般人には間違いなく脅威だろう。

 

「ありがとうございました。じゃあ、近くの街まで目指してみます」

「おい、嬢ちゃん。目指すってどうすんだ。近くの町までそこそこあるぞ」

 

 移動系のひみつ道具を使おうと思ったが。

 それを言う必要はない訳で。

 

「歩いて?」

 

 そういうと、深いため息をつかれた。

 

「ああ、わかった。用心棒として雇ってやるから、俺たちの船に乗ってけ。だが、乗せるだけだからな?」

「ありがとうございます」

 

 ひみつ道具で移動するのもいいが、一応船も体験することにした。

 どうせ、強くなる以外は目的も方針もないのだ。

 ここら辺は勉強の意味でも、提案に乗ることにした。

 

「まったく」

 

 この人は随分とお人よしのように感じる。

 あるいは、船の上で奴隷だとかR18的な展開に持って行ったりするのだろうか。

 一応対策はしているが、用心しておこう。

 

**

 

「ったく。勝手に女を俺の船に乗せやがって。ボニーよお、お前何様のつもりだ?」

「すいません船長。でも、まあいいじゃないですか。おかげで良い酒が手に入ったんですし」

「まあ、それは否定しねえがよお」

 

 私を乗せてくれた男の名はボニーというらしい。

 今はこの船の船長に絡み酒をくらっている。

 

 酒は“グルメテーブルかけ”を使って出し、さらに“フエルミラー“を使って増やしたものだ。

 どんな酒がウケるかは分からなかったが、生ビールは好評のようだ。

 ワンピース世界にビールがあったようなと思っていたが、読みは当たっていたようで何よりだ。

 

「俺の船に乗る者は拒まんがよお。だからといって、選ばないって訳じゃねえんだぞ?」

「でもこの酒、美味いっすよね」

「そうだな! ガハハ!」

 

 船長はビール瓶から、豪快に一気飲みする。

 この人は品が無いが、敬意を払える人間だと思う。

 少なくともこんな不審者を見て、まず乗船拒否するぐらいにはまともなのだろう。

 普通はそうする、誰だってそうする。

 

「しかしよお。おめえ、付き合う女は選んだほうが良いぜ」

「いや、別に。そういう関係ではないんですけど」

「お人よしなのは良いがよお。いや、良くねえわ。アレは間違いなく厄介の種だ。お前の頼みじゃなかったら、普段ならぜってえ乗せねえよ」

「あー。悪かったですよ」

 

 私は退屈にひみつ道具をいじりながら、海を眺めている。

 すると沿岸に、先ほど見た船がこっち目がけて走っているのが見えた。

 

「ボニー。海賊船が近づいてきています」

「何だと?」

「港で見た海賊船が、こっちに向かって近づいて来ています。振り切れそうですか?」

 

 海賊、という言葉に周囲がざわつく。

 私がその方向を指すと、双眼鏡を持った船長がしかめっ面を作った。

 

「いや、無理だな。どう考えてもアッチの方が速い。アッチは小型で改造船だろ」

「となると、やるしかないな。たく、ウチの船を狙うたあ。アイツら、本物のイカれヤローだったみてーだな」

 

 船員たちは各々の武器を取り出す。

 それはカトラスだったり、マスケット銃だったり。

 私も腰の刀を抜いて、戦いに備える。

 

「期待はせんが。自分の身ぐらいは自分で守れよ?」

「ええ」

 

 これが初戦か。

 負けはしないと思うが、不安は残る。

 



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ウィーアー! その②

 海賊船は、じりじりとこちらの船に近づいて来る。

 こちらも備え付けの大砲で攻撃を行っているが、効果はいま一つのようだ。

 私も“空気砲“で射撃を行っているが、命中はしない。

 私はのび太のようにはいかないようだ。

 

 大分距離が近づいたところで、急に海賊船が加速した。

 何事かと思ったが、水しぶきが増えていることから加速装置でもつけているのだろう。

 そうしてこちらに距離をつめたところで、海賊船からアンカーのようなものが複数飛び出し、こちらの船に固定された。

 そこから、海賊船の乗組員がこちらに乗り込んでくる。

 アクア団みたいな恰好をしている男たちだ。

 

「へっ。お嬢ちゃん。痛い目にあいたくなければ大人しくしているんだな」

 

 私に相対した男から、舐めまわすような視線を感じる、気がする。

 下種な目、というのはこういう眼をしているのだろうか?

 私は人の気持ちに疎いので、よくわからないが。

 

「それはこちらの台詞です。降伏は無駄です、抵抗しなさい」

 

 あ、台詞間違えた。

 まあ、いいか。

 殺しはしないけど、大人しくなってもらおう。

 

「舐めやがって!」

 

 そうやって、こちらへカトラスで斬りかかってくる。

 それを私は手にした刀、『妖刀ちゅんちゅん丸』で迎え撃つ。

 

「せい!」

「な。ギャッ!」

 

 この『妖刀ちゅんちゅん丸』は非殺傷による相手の無力化を目指して自作したひみつ道具である。

 内臓コンピュータにより自動で戦ってくれる“名刀電光丸”をベースに。

 合成ができる“ウルトラミキサー”や改造ができる“天才ヘルメット”と”技術グローブ”を用いて調整したものだ。

 動作チェックはしていたが、実践でも問題なく機能しているようだ。

 その証拠に相手は倒れたが、傷一つついていないようだった。

 

「こいつも戦闘員だ! 囲め、囲んでしまえ!」

 

 アクア団らしき男たちが、数人でこちらを囲んでくる。

 私はそれに臆することなく、適当に斬りかかる。

 一人を斬り倒したが、その隙に他の人間がこちらへ斬りかかってくる。

 

「馬鹿め! 隙あり!」

 

 そうして、私にカトラスの一撃が直撃した。

 斬られた私はというと、特に痛みを感じない。

 カトラスは私の身体に当たると、そのまま根元からボッキリと折れてしまった。

 あの少女から貰った服も、傷一つついていないようで安心した。

 

「い!? なんだこいつ! 刃物が通らねえぞ!」

 

 この世界に来てから、私は“強力ウルトラスーパーデラックス錠”を服用している。

 これは一日一錠飲むことで、誰でもウルトラスーパーデラックスマンになれるというものだ。

 ウルトラスーパーデラックスマンはスーパーマンより強い、らしい。

 スーパーマンは良く知らないが、核爆弾を食らっても死なないらしいので、初期のネウロぐらいの強さはあると見た。

 今の私は空を自力で飛び、鉄パイプを素手で曲げることが出来る。

 

「やあ!」

「ぎゃあ!」

 

 この世界に超人は多かれど。

 その多くがスーパーマンより強い、ということは無いらしい。

 目の前の彼らも強いは強いのであろうが、ミスターサタンぐらいの強さでしかないのだろう。

 

「か、勝てるか! こんな化け物の相手なんぞできるか!」

「に、逃げるぞ!」

 

 私の元から、海賊たちが逃げていく。

 数こそ多いが、元より彼らは雑兵なのだろう。

 傭兵と一緒で、勝てないと分かるとすぐに逃げる。

 

 しかし、化け物と呼ばれたのはちょっとショックである。

 

「助太刀が必要ですか?」

 

 道が開けたので、船長とボニーの元に向かう。

 二人は海賊の船長らしき人と斬り合っている。

 それなりに二人も使い手であろうが、それを海賊はいなしているようだ。

 

「あ、ああ。頼む」

「お前さん、生きていたのか」

 

 二人が海賊から距離を取り、私の方を見て驚いた。

 恐らく、私が戦えるとは思っていなかったのだろう。

 私もこうして戦うのは初めてなので、あながちその推論も的外れではないのだろうが。

 

「女。俺の部下に何しやがった? 何者だ?」

 

 何者か。

 ただの人、というのは簡単だが。

 それは、あまり適切ではないだろう。

 

 ―私は、化け物だ。

 

「名乗る程のものではありませんが。私の名前はタカオ。不束ですが、この世界で最強を目指す者です」

 

**

 

 海賊の船長を一撃でのした後、私は誰もいない場所で引きこもっていた。

 海賊たちは逃げ、他の場所では残った船員が殺された船員たちの死体を処理している。

 死体は海で水葬、流れた血はブラシで流しおとされる。

 そうした光景に、私は強い嫌悪感を覚えたのだ。

 

「まったく、お嬢ちゃんは本当に素人みてーだな。戦うってのはつまり、こういうことだってのによ」

 

 ボニーが私の元に訪れる。

 彼は何かを恐れているようだが、私には何に恐れているかは分からない。

 その手には私が渡したビール瓶を持っていて、小刻みに震えている。

 

「でも、お嬢ちゃんの御蔭で勝てた。その点は礼を言わないとな」

 

 恐らくは、この船の人たちもこんな商売をやっているくらいには強いのだろう。

 それでも800万ベリーの犯罪者には勝てないのだろう。

 そういった意味では、彼らは幸運であったと言える。

 

「それは一市民として、当然のことをしたまでです。それと、あの海賊はどうなるのですか?」

「あれは嬢ちゃんの手柄だ。嬢ちゃんが持って行けよ。次の街には海軍が居るしな」

 

 彼らは、海賊だ。

 恐らく海軍の手でどこかに収容された後に、見せしめのために殺されるのだろう。

 私が殺すようなものだ。

 犯罪者とはいえ、あまり気分の良い話ではない。

 私がいなかったら、とさえ思える。

 

「どうだ、俺たちの船で用心棒をするってのは」

「いえ、それは」

「分かっているよ。最強になりたいんだろ?」

 

 こんなんで、私は最強を目指すことができるのだろうか?

 正直、今すぐにでも辞めたい気分である。

 

「嬢ちゃんならできるかもな。向いてるとは思えないが」

「そうですね」

 

 しかし、私に辞めるという選択肢はないのだが。

 あの少女に逆らうのが怖い、というのも若干あるが。

 辞めたとして、そうした後にどうすればいいのか。

 それが分からない。

 そのことが、どうしても怖かった。

 

「できれば、そのまま海軍にでも入ってくれ。間違っても、海賊になんぞなるんじゃねーぞ?」

「それは、考えておきます」

 

**

 

 それからというものの、私は偉大なる航路(グランドライン)で海賊狩りをしていた。

 一回お金を手に入れさえすれば、ひみつ道具で無限に増やすことができるのだが。

 異世界に来て無職であるのも嫌なので、当分は賞金稼ぎとして活動することにしたのだ。

 溜まったお金は適当な団体に寄付したり、この世界でしか手に入らないような珍しいものを買ったりしている。

 

「お、『鉄腕』か。今日も海賊を捕まえてきたのか」

「ええ」

 

 この人は、海軍本部の大佐らしい。

 名前は覚えていないが、毎日のように顔を合わせているので、すっかり顔なじみになっている。

 私はポケットから“4次元ペットボトル”を取りだし、大佐に差し出した。

 中には人が閉じ込められており、ぐたっと伸びている。

 

「こいつは?」

「さあ?」

「さあ、って。おいおい。もし、海賊じゃなかったらどうするんだ?」

「賞金首かどうかの確認はしているので。問題はないはずです」

 

 これは本当だ。

 手違いという可能性も考えられるので、“○×うらない”を使って襲う前に判別している。

 海軍さんたちが分厚いビンゴブックを持って、中に居る男を識別している。

 

「“雲隠れ”のロバーツ。2億ベリーか。大物だな」

「クモクモの実を食べた雲人間だそうです」

自然(ロギア)系か。おい、さっさと海桜石の手錠の準備をしろ」

 

 こうして、悪魔の実の能力者とかち合うことも度々であるが。

 今の所、特に問題なく倒してきている。

 能力者、といっても大半は自らの力に酔ったものが多いので、楽に倒せることが多い。

 逆に、無能力者の方が己を鍛えているだけ手ごわいと感じるような気がする。

 まあ今の所、どっちも誤差の範囲内なのだが。

 

「よくやってくれた。賞金はどうするか?」

「いつもの銀行にお願いします」

 

 二億ベリーともなると、直接受け取りは何かと面倒だ。

 相手側もそうなので、素直に銀行で受け取ることにする。

 

「でだ。せっかく来たんだし、コーヒーでもどうだ?」

「私はコーヒーを飲めないので。紅茶をお願いします」

「分かった。紅茶だな」

 

 私はコーヒーが好きだが、嘘は言っていない。

 海軍のコーヒーは物凄く不味く、砂糖やミルクを入れてもとても飲めたものではない。

 だから、それは飲めないと言っただけである。

 

 そうして私は応接間の席に座って、ゆっくりと紅茶を楽しむ。

 私には味も香りもわからないが、なんとなく良い紅茶を使っているような気がする。

 砂糖とミルクという贅沢品も惜しみなく使わせてもらっているが、やはり素材が良いと味も違うのだろうか。

 

 こうした待遇を受けているように、私の世間での扱いはそう悪くない。

 やはり億越えの賞金首を狩れる人間は一握りであるからだろう。

 現に海軍やバロックワークスなどの団体からスカウトを受けている。

 ここに引き留められているのも、そうした活動の一環だろう。

 

 と、応接間の扉が開き、大佐と共に背の高い人間が入ってくる。

 その人物は黄色のスーツにサル顔というインパクトで、私をぎょっとさせた。

 

「へぇ~。キミが『鉄腕』か~。人は見た目に依らないものだね~」

 

 海軍最大戦力の一角、大将黄猿ことボルサリーノ。

 とんだ大物が出てきたものだ。



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ウィーアー! その③

「貴方が黄猿、ですか」

「そうだよ~」

 

 どっちつかずの正義を掲げる海軍大将、黄猿。

 ピカピカの実の光人間であり、その戦闘力はこの世界でもトップクラスだろう。

 光速の攻撃は、まず避けれるものではない。

 今の私なら余裕を持って対処できるだろうが、ルフィとかは将来どうやってこの人に勝つというのだろうか。

 

「とんだ大物ですね」

 

 とはいえ、彼のイメージはその能力より人柄の方が印象深い。

 青雉のように穏健でもなく、赤犬のように過激でもなく。

 つかみどころがなく、バランス感覚に優れた人物であると記憶している。

 天竜人との間を任されていることから、その人格はうかがえる。

 私としては、こうした人間は好ましい相手だと思うが。

 

「というか。私なんかの勧誘のために、海軍大将が出張ってくるとは。海軍も人員配置を間違えている気がしなくもないです」

 

 それでも賞金稼ぎに向かわせる階級の人間ではないと思うのだが。

 最高でも、もう少し下の人間の仕事だと思う。

 モモンガ中将とか、ガープ中将とか。

 まあ、赤犬とかを派遣されてもそれはそれで困るのだけれど。

 偏見だけど、彼は協力しないなら死ね! とか言ってきそうだし。

 

「ん~? 今回は違うよぉ~」

「というと? 勧誘じゃないのですか?」

 

 疑問に思っていると、大佐さんが恐縮しながら羊皮紙を私に差し出した。

 見るからに豪華な飾りつけがしてあり、大事そうな書類である。

 

「これを」

 

 羊皮紙を広げてみる。

 送り主は、世界政府か。

 また随分な相手だ。

 どれどれ。

 あー。

 

「成程。七武海への勧誘でしたか」

 

 中身を要約すると、権限を約束するから政府の下で働け、ということが日本語で書かれていた。

 なるほど、七武海の勧誘なら納得がいく人員であるが。

 原作は手紙でそういったやり取りをしていたような気がするが、私は犯罪者でないのでこうして直接のやり取りできるのだろう。

 

「というか。私、海賊じゃないのですけど」

 

 七武海は有名所の海賊がなる、と聞いている。

 結局の所、彼らは政府から私拿捕行為を認められた海賊にすぎないのだ。

 賞金稼ぎもあまり良い職業イメージではないが、私は海賊と一緒にされたくないのだが。

 

「七武海に必要なのは他の海賊への抑止力となる知名度と武力だからねぇ~」

 

 私はこの世界で有名になってきている、ということなのだろう。

 驚くほど、嬉しいとは思わないのだが。

 正直、私は有名人になりたいとは思わない。

 

「私は海賊ではありませんが。七武海を脱退した場合の扱いはどうなりますか? ペナルティがあっても可笑しくはないと思いますが」

 

 私はこの世界に身を埋めるつもりはない。

 この世界で一通りの強さを感じた後は、他の世界に移る予定だ。

 とはいえ、飛ぶ鳥跡を濁さずと言う。

 この世界に汚点を残して去るつもりはないのだ。

 

「あくまで今のキミは、善良なる一市民ということだからねぇ~。法さえ守っていればお咎めはないよぉ~」

 

 となると、私が七武海を脱退してもペナルティは無いと見ていいだろう。

 市民が非協力であってもそれは罪とはされない、ということだろうか?

 オハラの件もあるし、そうなる保障はないと思うが。

 

「ふむ」

 

 正直、メリットの薄い話だと思う。

 元々、私が海軍やらCP(サイファーポール)(世界政府の諜報員)の勧誘を断り続けているのは理由がある。

 私にとって仕事に就くことに抵抗はないが、軍や組織に仕えるのは抵抗である。

 特定の組織に、自分の時間を大量に捧げるのがナンセンスなのだ。

 

 それに、私はその場の流れとはいえ、あの神々しい少女の元で働くと決めたのだ。

 私は二君に仕えるつもりはない。

 抱えるのは、一つの仕事で十分だ。

 

 よって海軍などに入ってもいいが、上の指示に従うつもりはない。

 そういう契約でならどうか、という形で断り続けていたのだが。

 

 とはいえ、今回の契約はそれらをクリアしている。

 七武海は政府の犬という立場であるが、かなり自由な行動が許されている。

 政府に割合の上納金を収める代わりに、それらの行為も認められているのだ。

 

 それに政府は、私の以前からのリクエストに応えるつもりでもあるようだ。

 私が対価に求めたのは、“覇気“と”六式“の技術だ。

 基本的に私の強さはひみつ道具に依存しているので、それらに依らない力には興味があるのだ。

 

 ちなみに、私は悪魔の実の力に興味がない。

 ひみつ道具を持つ私には、リスクとリターンがつりあわないからだ。

 悪魔の実の能力は魅力的なものもあるが、海に嫌われるというどうしようもない欠点がある。

 私は泳げない(ひみつ道具により泳ぐことはできる)ので、それだけなら良いのだが。

 温泉や風呂にも入れなくなる、というのはあまりに致命的すぎた。

 私は毎日シャワーでも構わない人間ではあるが、入れるなら毎日風呂に入りたい、というか今はそうしている。

 風呂に入れなくなることを対価にびっくり人間になる、というのはあんまりな話だと思ったのだ。

 ひみつ道具があればリスクはどうにかできるかもしれないが、それを含めても食べようとは思えなかった。

 

「わかりました。この話、お受けしようと思います」

「それはありがたいねぇ~」

 

 結局の所、この世界で私がやりたいことはそんなにない。

 七武海に入れば、同じ七武海や四皇との接触も増える事だろう。

 そうしたことを考えると、七武海になるのは悪くない選択だろう。

 

「じゃあ、後々、政府との詳しい話の連絡をするからねぇ~」

「よろしくお願いします」

 

**

 

 あれから世界政府の基に訪れたが、特に驚くようなイベントは無かった。

 世界政府のお偉いさんとは話をしたが、私があちらに協力的なこともあって、話はすんなりと進んだ。

 その際、私の目的について聞かれたが。

 

「私は武人として、強者との戦いを望みます」

 

 そう答えておいた。

 私には過ぎた台詞であるが、一度は言ってみたかった台詞なのだ。

 実際分かりやすい台詞であるし、私の目的にも適っている。

 

 それ以来、私の元には政府からの様々な依頼が届けられている。

 その多くは億越えのルーキー討伐等の、犯罪者との戦いだ。

 報酬をきちんと払ってもらえているので、依頼に不満はない。

 

 一番の収穫は、新世界における四皇との小競り合い系の任務だろう。

 これまでに、カイドウやビッグマム傘下の海賊と戦える機会が多々あった。

 彼らは武人や能力者として優秀な者が多く、戦術というものを知る上で大いに役立った。

 特にクロコダイルやボア・ハンコックの類、つまり致命的な必殺技を持っているような能力者との戦いは有益だった。

 事前に警戒してなければ、私でもやられていたであろう相手ばかりだった。

 ひみつ道具で情報収集は怠らなかったので、その行いにより私は生き延びさせてもらっている。

 

 ちなみに、カイドウやビッグマム本人と戦う機会は未だない。

 白ひげやシャンクスの勢力とかち合うこともまだない。

 機会があれば、彼らとも戦ってみたいとは思うのだが。

 政府としては勢力の均衡を考えており、彼らとの本格的な戦いは望んでいないらしい。

 私には良く分からないが、お偉いさんは色々と考えているのだろう。

 

 変わり種の任務では、革命軍との戦闘もあった。

 彼らも四皇の勢力に劣らぬ強者が多いのであるが。

 それ以上に彼らは戦略に長け、こちらを策に嵌めるのが上手いと感じた。

 戦略的な観点は、特に私に欠けているものなので、特に参考になったと感じている。

 ただ、私は罠にかかった上で常に力ずくで破っているので、そこらへんは申し訳ないと感じている。

 

 革命軍といえば、カマバッカ王国女王であり革命軍の幹部でもある、エンポリオ・イワンコフとの戦いが印象的だった。

 彼(彼女)が政府によって捕まることは知っていたが、私が駆り出されるとは思っていなかった。

 何より、私がニューカマーの一種ではないか、と見抜いてきた事がショックだった。

 捕獲作戦自体はすんなりいったが、何故かしばらく、気分は晴れなかった。

 

 他の七武海との仲は、そんなに良くない。

 そもそも、顔を合わせる機会がそんなにないのである。

 他の七武海は、私に興味や関心を大してもってないのだろう。

 

 “鷹の目”ことミホークに勝負を申し込んでみたりもしたが。

 彼は私が生粋の戦士や剣士でないことを見抜いていたようで、あまり乗り気にはなってくれなかった。

 勝負自体は行われたが、互いに面白くない結果になったとだけは言っておこう。

 

 私を一番警戒しているのは、バーソロミュー・くまであろう。

 彼は本来革命軍の勢力なので、政府に協力的な私の存在は無視できないのであろう。

 彼は私の任務に介入し、工作することもしばしばである。

 別にそれはそれで構わないのだが、獲物を横取りされることだけはどうにかならないものか。

 まあ、仕方ないとは思うけど。

 

「ご馳走様でした」

 

 といった感じで、私は日々を過ごさせてもらっている。

 今日の私は、シャボンシティ内の高級ホテルでフルコースの夕食をとっている。

 まあ、アレである。

 異世界に来たら、グルメだと思ったのだ。

 

 味は正直に言って微妙だった(口にはしないが)。

 味が濃すぎて、私の口には合わなかった。

 結局全部、高級そうなワインで適当に流し込む結果になってしまった。

 天竜人も御用達のホテルと聞いて期待していたのだが、正直期待外れだったな。

 無理に予約を取るほどではなかったか。

 

 この世界に来て一番の食事は海上レストラン・バラティエでの食事だが、アレを超える味には中々出会えないでいる。

 最近では、食事はもっぱら“グルメテーブルがけ”に頼りっぱなしだ。

 異世界の料理といえど、21世紀の料理の方がまだ優勢らしい。

 

 と、私の中の感覚が、急に何か厄介なものをとらえたように感じた。

 探索の範囲を拡大して周囲を見ると、遠くで人が跪いているのを確認した。

 中規模の程度の集団が居て、先頭にはシャボンを被った偉そうな人間が。

 

「むふーん。シャルリアとお父上様は一体どこだえ?」

 



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ウィーアー! その④

事情により、短編に変更しました。


 天竜人。

 彼らは漫画ONE PIECEに登場する悪役キャラだと覚えている。

 世界政府創設者の末裔であり、そのため今も絶大な権力を振り回す。

 恐らく彼ら程、“腐った貴族”が似合う者はいないであろう。

 中には良い人もいるはいるようだが、基本は人を人と思わぬ鬼畜である。

 

(“石ころぼうし”―)

 

 ここはシャボンシティだから、私もエンカウントするかもしれないと思ってはいたが。

 意外と出会ってしまうものなのか。

 とはいえ、厄介事に巻き込まれるつもりはない。

 ひみつ道具で隠れることにする。

 

「シャルリアー。お父様―。どこだえー?」

 

 天竜人の集団は、このレストランに近づいてきているようだ。

 思わず腰の刀に手をかける。

 目の前で非道が行われるのであれば、私はそれを許容して良いのだろうか。

 ひみつ道具は万能なのだ。

 “悪魔のパスポート”がそうであるように、最悪は何をやっても許される。

 大義は間違いなく、こちらにある。

 

「ふう。疲れたえ。おい、ノドが乾いたえ」

「はっ。おい! 至急、お飲み物をお持ちしろ!」

「はい!」

 

 シャボンと変なスーツを纏った、天竜人と思われる人を見る。

 漫画でもそうだったけど、酷い顔だ。

 こちらは見えてないはずなので、じっと見ても不敬にはならないだろう。

 こういう時にひみつ道具は便利だ。

 

 しかし不敬、か。

 どうも私はアレに敬意を払うつもりでいるらしい。

 何故だろうか?

 日本人だからか?

 

「お持ちしました」

「ふん」

 

 奴隷に乗ったまま、ワイン(私に出されたのと違う。多分特注品)を飲んでいる。

 その所為は貴族らしくなく、全くといって洗練されていない。

 何で人から降りようと思わないのかなあ。

 

 マナーもへったくれもないようだ。

 親から教わっていないのだろうか?

 いや多分、家ではちゃんとしているとか?

 天竜人に道徳とか、どこまであるかは知らないけど。

 

「デザートでございます」

「ふーん」

 

 背後で人が給仕しているのに、鼻ほじってる。

 うわ、汚いの出さないで。

 とても見てられない。

 

 しかし、こう見てみると手慣れてるものだな。

 勿論、ここのホテルの人たちがだ。

 天竜人御用達というのは伊達ではないらしい。

 彼らの扱いというものを完全に理解しているようだ。

 アレではどちらが扱われているか、分かったものではないくらいに。

 

 ふと私が天竜人を消したらどうなるかと、考える。

 多分、それは幸福なことではないだろう。

 天竜人がいなかったら、ここにいる人は間違いなく不幸になる。

 きっと、そうなるはずだ。

 とはいえ、実際は天竜人の所為で不幸になる人の方が多いだろうが。

 

 あの少女は、世界の数が無限にあると言った。

 その中で恐らく完全に幸福な世界や、完全に不幸な世界はないのだと思う。

 世界の人口が無限であるならば、不幸な人間の数も無限だろう。

 無限は幾ら割ろうとも無限だからだ。

 

 いや、少し違うか?

 私は完全に幸福な世界や、完全に不幸な世界というものを知らないだけだ。

 あの少女なら知っているのだろうか?

 

 あの少女に、再び会いたい。

 早く、この仕事を終わらせたくなった。

 

 

**

 

 

 私はとある海賊の元を訪れた。

 事前に手紙を送り、返事を受け取った上である。

 特に、七武海の立場とかは考えていない。

 単に最強というものを追い求めての行動のつもりだ。

 

「何事もなければ良いのですけど。私のやる事がやる事ですからね」

 

 目立つように、わざと船を作ってから訪れている。

 “タイムテレビ”と“プラモ化カメラ“で作った”霧の重巡『タカオ』“のプラモデルを、”天才ヘルメット“を用いて改造したものである。

 一応は私が(コア)扱いであり、遠隔操作や自動運行も可能となっている代物だ。

 この世界に来てから遊びで作った船であり、これが処女航海になるが。

 荒くれたこの海でも、特に支障もなく作動している。

 

 その島に近づくと、島から火の鳥が飛んでくるのが見える。

 その姿を見たことはないが、多分白ひげ海賊団一番隊隊長、“不死鳥マルコ“だろう。

 

「アンタが『鉄腕』か?」

「はい。お迎えありがとうございます」

「船を持っているとは知らなかったが。随分と変わった船を持っているんだな。乗せてもらってもいいか?」

「どうぞ」

 

 火の鳥がパイナップルヘアの男に変わって降り立つ。

 そうして艦の動く様を、物珍しそうに眺めている。

 

「風も無いのに、随分と速い船だよい」

「一応、60kt出てますね」

「へえ」

 

 この世界の船は、随分と高性能なのだと感じる台詞だ。

 世間にあるのは木造船ばかりだが、凶悪な天候でも簡単には壊れない。

 殆ど見ないが、潜水艦やらを作る技術もある。

 恐らく人間がそうであるように、私のいた世界とは生物の頑丈さが違うのであろう。

 

「おお」

 

 小さな島には、多くの船が泊められている。

 海賊でも艦隊を組むものはいるが、ここまでとなると一握りだ。

 海軍にはない多種多様な船が、持ち主の人格を表しているようだ。

 

「では、案内をお願いします」

「おうよ」

 

 マルコに連れられた先には、今まで見たことがないくらい海賊たちが集まっていた。

 四皇の小競り合いに参加した中でも、ここまでは見ない。

 こちらを見る視線は期待と困惑と、そして僅かな殺気。

 そして私を向いていない視線は、別の一か所に集中している。

 

 視線の先には豪華な椅子に座る、老人ながら筋骨隆々の巨漢が。

 彼こそが“白ひげ”エドワード・ニューゲート。

 現世界最強の男、四皇の一角、白ひげ海賊団の長だ。

 そして、私が決闘を申し込んだ先でもある。

 

「聞いていたより、老けてんだな。『鉄腕』」

「ええ、ちょっと。貴方は聞いていたより若そうです」

「グララ。言うじゃねえか」

 

 実際見てみると、迫力がすごい。

 これが時代で最強を名乗る事のできる男の姿。

 この辺りは単独で“最強”と言われている、“百獣”のカイドウとは違う。

 だからこそ、私は挑む価値があるのだと思う。

 

「この度は決闘を受けていただき、ありがとうございます」

「あー。悪いが。それだがな」

「はい?」

 

 周りを見ると、やけに殺気立っているような。

 中には武器を抜こうとしている者もいる。

 

「ああ。部下が納得していない、と?」

「そういうこった。お前さんには悪いが、ちょっと付き合ってくれや」

 

 白ひげが一喝すれば、止めれそうなものであるが。

 とはいえ、そこは白ひげの優しさと周りの信頼故か。

 

「分かりました。では、誰を斬れば良いのですか?」

 

 私としても、異論はない。

 戦いを積極的に好むわけではないが。

 最強を証明するという仕事から逃げるつもりはない。

 

 周囲から、何人かが前に出てくるが。

 ある人物が大きく進んできたことで、その者たちは歩みを止めた。

 

「俺が行こう」

 

 見覚えのある帽子と、短パンに半裸の男。

 底抜けの明るさにより、白ひげと同じものを感じさせるような。

 つまり若いが、一種のカリスマさえ感じさせる。

 

「成程。ポートガス・D・エース。ですね?」

「おう。そう簡単に親父と戦えると思うなよ?」

 

 未だ未熟に見えるが、有数の実力者であるのは間違いないだろう。

 相手として不足はない。

 

 私たちは、それなりの広場へと移動した。

 その上で、二人は向かい合う。

 

「これからの戦いに、感謝を。ですが、ごめんなさい」

「!」

 

 私は“妖刀ちゅんちゅん丸”を手にやり、居合の構え(見よう見まね)を取り。

 ちょっと修行した成果を発揮する。

 

「“秘剣・飛飯綱(とびいづな)“」

 

 技名を態々言いながら、ちょっと小さな飛ぶ斬撃を放つ。

 ウルトラ・スーパー・デラックスマンの身体能力で無理やり作り出したものだが。

 こういう漫画の雰囲気は、まあ悪くない。

 

「“炎戒(えんかい)“!」

 

 とはいえ、それは炎の壁によって防がれた。

 

「む」

「残念だったな。風で火は切れねーよ」

 

 エースは自然系“メラメラの実”の能力者。

 炎人間で、炎に関することなら自由自在といったところであるか。

 

「では、“無銘・燕返し”」

「な!」

 

 こちらから一瞬で距離を詰め。

 適当な願望系のひみつ道具で“必中”の概念が与えられたそれを放った。

 

「痛ってえ! 流石に覇気使いか!」

「自然系とはいえ、流石に防がないと痛いですよ」

 

 必ず中るとはいえ、防御が薄かった。

 これまでの戦闘経験から、多分自然系全体の癖なんだろうが。

 物理無効というのも何か考えさせられる。

 

「“詐刀・鬼蹴り”」

「うお!」

 

 そのまま回し蹴りを放って、大きく吹き飛ばす。

 “覇気“でガードをしていたようだが、手ごたえは十分。

 

「避けて下さい。“現世妄執・無為無策斬り”」

「“大炎戒(だいえんかい)”!」

 

 多数の斬撃を大雑把にばら撒く。

 とはいえ、今度のそれは真空波ではない。

 自分でも良く分かっていないが、それは剣の幽霊と呼ぶべき存在である。

 

「てめえ!」

 

 炎を爆発させることでガードしようとしたのだろうが。

 若干の消耗が見られる。

 今度はあちらが距離を詰め、仕掛けてくる。

 

「“非行・鸚鵡(オウム)返し”」

「うお!」

 

 今度は私の身体から炎が爆発し、大きく吹き飛ばす。

 先ほどの相手の技を再現したのだ。

 

「“ソードビーム”!」

「クソッ! お前、何でもアリかよ!」

 

 剣の形をしたビームという、自分でやっといてダサい攻撃を放つ。

 見た目はアレだが、この剣の攻撃なので弱くはない。

 

「“陽炎”!」

「-?」

 

 多量の炎攻撃が放たれるが、明らかにその威力が弱い。

 意図が掴めず固まっていると、急に炎の中から姿が現れた。

 これは、目つぶしか。

 

「貰ったあ!」

「わ」

 

 やば、刀を取られた。

 そ、そういえば盗難対策をしていなかった。

 この辺、ひみつ道具に頼り過ぎなような気もする。

 だからこそ鍛えようとしているのだが、これはひどい。

 

「ですが。武器など不要、“ツヴァイト・ファイアアイ”!」

「“火炎斬り“!」

 

 その刀は私でなくても使えるようになっているので、当然のように利用される。

 

「―おいおい、エースの奴が火力で押し負けてやがるぞ」

 

 周りから、焦りの声が聞こえてくる。

 私はそもそも武器があんまり必要ないぐらいの強さ。

 あちらも工夫を凝らしているが、この差を埋めるのは厳しいみたいだ。

 

「“天覇確殺(てんはかっさつ)“!」

「うお!」

 

 手から気の砲を放ったが、よりによって私の刀でガードされた。

 かなり頑丈に作ったつもりだったのだが、あっさり壊れてしまった。

 

「わ、私の刀を盾にするとは、なんと悪質な」

 

 そういえばルフィも海軍を盾にすることがあったような。

 この兄あって、あの弟ありということか。

 やる事が地味にえげつないぞ。

 

「畜生!」

 

 突撃してくるが、若干苦し紛れの感じが否めない。

 

 ここは無手では、心もとない。

 ポケットからサーベル(自作)を取り出し、構える。

 いい加減、決着はつけねばならないだろう。

 恐らく、相手にも失礼に当たる。

 

「“サンダ~・」

 

 私の身体が放電を初め。

 明らかに大技ですと言わんばかりの演出(無敵付き)を、相手の攻撃に重ねる。

 

「クラウザ~!”」

 

 剣から、雷霆の一撃が放たれる。

 大技らしく、命中と共にダウンを奪う。

 開発した技の中ではかなり有情な一撃のはずだが、ちょっとやり過ぎのような気もする。

 

「良かった。生きてますね」

「ク、クソ」

 

 流石に生きていたようだ。

 私の世界の人間は、洗濯機でも感電すると死に至るだろうが。

 まあ、この世界の住人は感電ぐらいで死なないか。

 

「そこまでだ。エース」

「親父! こいつは危険だ!」

 

 白ひげが椅子から立ち上がった。

 

「わかっている」

 

 そこには、さっきまでの余裕は感じられない。

 それどころか、決死の覚悟すら感じられる。

 

 私はここで、何か重大な間違いを犯したようでならない。

 



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ウィーアー! その⑤

2018/11/10 いくつか微修正


 白ひげ海賊団の頭にして世界最強の男、エドワード・ニューゲート。

 自然(ロギア)系・“グラグラの実”を食べた地震人間である。

 海賊王ゴール・D・ロジャー亡き今、世界最強の男(及び海賊)の称号はこの男を指している。

 彼の代名詞でもある地震は長年、海軍の恐怖であったそうだ。

 

 とはいえ、単純な強さは私を遥かに下回る。

 原作でも白ひげは、サシなら百獣の“カイドウ”に劣ると噂されているのだ。

 漫画でカイドウについて詳しく知らなかった私だが、その強さは何度か目で見て確認している。

 ひみつ道具を持つ私なら、簡単に勝てるはずだ。

 

 そう、はずだったのだ。

 

 

**

 

 

 結論から言うと、私は白ひげに負けた。

 

 前提として、私の認識自体は決して間違ってはいなかった。

 ひみつ道具は時として世界さえ破壊し、創造する。

 私の眼から見ても、力の差は巨人と白アリ程の差があったと言える。

 ただ、それでも勝てるかは別であったという訳で。

 

 私の攻撃は全て命中し、白ひげの攻撃は全て防ぐことができた。

 そうしている内に、白ひげはあっという間にボロボロになった。

 私は“みねうち“を繰り返し、どんどん追い詰めたつもりでいた。

 一方的なリンチの余り、配下の海賊たちが止めてくれと懇願するぐらいだった。

 

 

 少し思考が逸れるが、そもそも私は手加減するのが非常に楽であったりする。

 時々心配になることはあるが、それでも加減を間違えたことは今の所はない。

 この“体質“はどうも、あの少女から頂いた私の体質によるもののようだ。

 

 何故か思い出すのは、私が嘗て遊んでいた“ジャンプアルティメットスターズ”というゲーム。

 このゲームは週刊少年ジャンプの主人公達等による、お祭り的な格闘ゲームであるのだが。

 それぞれの操作キャラクターごとに、三すくみの属性が設定されていた。

 

 代表として、うずまきナルトや孫悟空のような“力”属性。

 武藤遊戯や太公望のような“知”属性。

 そして両津勘吉やボーボボのような“笑”属性である。

 

 どうも私は、この中で“笑”属性にあたるらしかった。

 漫画っぽく言うと、“ギャグ補正“なるものが私についているようだ。

 この辺りは、ひみつ道具(例えば、”〇×うらない”)で裏付けも取れている。

 

 つまりは私が(あとはドラえもん・のび太がと言えるのだろうか?)何をしようが、殺すことは無い。

 

 頭を壊す怪電波を飛ばそうが。

 抗体や抵抗手段の無いウィルスをばら撒こうが。

 ネズミに地球破壊爆弾を落そうが。

 何をやっても、相手は絶対に死ぬことがないのである。

 

 そして損傷を治そうと思えば、容易く治すことができる。

 でんじゃらすじーさんが何回死んでも、月を跨げば復活するように。

 

 

 うん。

 思考を戻そう。

 ともかく、私は白ひげを倒そうとしたのだ。

 

 とはいえ、流石に殺そうとは思っていなかった。

 多分、殺しても死者蘇生とか時間逆行とかで元通りにできるとはいえ、その気はなかった。

 この辺りの記憶は少々曖昧だが、ともかく私は白ひげに“負け”を認めさせようとしたのだと思う。

 

 だが、彼は決して負けを認めなかった。

 どんな攻撃を加えても、その足で立ちあがり、こちらに正面を向けてくる。

 勝算など、恐らくないと知っていたのに。

 

 まるで、わからなかった。

 無知蒙昧にして愚かなる私は、彼のことが理解できなかった。

 

 だからこそ、私は彼に聞いたのだ。

 “何故、負けを認めないのですか”、と。

 

 そうすると、彼は答えた。

 “アホンダラ。何故、負けを認める必要がある”、と。

 

 口に出たのが、今考えると酷い台詞だった。

 “私はわからない。負けると何か不都合なのですか?”

 

 彼は真直ぐにこちらを見て、答えた。

 “家族がいる”。

 

 

 そこからは酷く記憶が曖昧で、殆ど何も覚えていない。

 タイムテレビによると、私は自らの負けを認めていたようだ。

 気のせいかもしれないが、あの少女が失望した顔でこちらを観察していたように思える。

 これらは”記憶トンカチ”で取り出すことさえ出来ないの事柄だ。

 

 

 結論として、私は守るべきものを殆ど持っていなかった事に気づかされた。

 私には、あの少女との約束以外には何もない。

 恐らく家族の有無ではない、単に覚悟の重さの話だ。

 なのに、相手から守るものを奪おうとしていた。

 

 そのことが、私の戦いをむなしく思わせた。

 人間として負けを認めざるを得なかった。

 

**

 

 

 戦いの後、私と白ひげは酒を飲み交わしていた。

 これは私が治療と同時に提案した事だった。

 

 二つの申し出は当然のように断られたが、私は“まあまあ棒”を使って無理やり納得させた。

 これを使えば、怒らせた相手を無理やり鎮めることができるのだ。

 これを使えば白ひげを負かせたのでは、という考えは隅に追いやることにする。

 

「グラララ。どこの酒かは知らないが。随分と、いい酒を持ってんだな」

「まあ。ええ」

 

 白ひげは怒ってはいない。

 怒ってはいないが、今一納得はしていないようではある。

 相手を黙らせたからといって、納得させたわけではない。

 

「アホンダラめ。それだけ便利な力を持っておいて、他に何を望もうってんだ?」

「え、と。さあ?」

 

 ぐいっと豪快に、私が用意したビールをピッチャーで飲み干す。

 老人の、それも病人が飲む量とは思えない。

 私は“元に戻せる”とはいっても、老衰のそれを戻すようなものではないのだ。

 しかも彼は若返ろうとかいう発想がないみたいだし。

 遠くから、看護婦たちと白ひげ海賊団の視線を感じる。

 

「最初から、私はどうかしているのですよ。何でも手に入る力を手に入れても。手に入れたいものなんて、私には無いのです」

 

 私は、手元のビールをチビチビ飲む。

 本当は、梅酒が飲みたいのだが。

 こういった私の志向も、相手に合わせる程度の事柄なのだ。

 

「有り余る程の財宝。それがあるだけで、何もしないなんて。空しい話でしょう?」

「-あァ。そういうものかもな」

 

 白ひげは仲間思いで知られている。

 彼は部下を自分の家族だと公言して憚らない。

 私にはその気持ちがわかる。

 自分の幸福を誰かと分かち合いたいのだ。

 嘗ては彼も財宝を独り占めしていたようだが、あまり想像つかないな。

 

「貴方は。最強って、何だと思います?」

「生憎と。興味はねェな」

「それは知ってます。ですが。私は使命により、問わなければならないのですよ」

 

 私はまだ、最強とは何かとは知らない。

 あの少女は教えてくれなかったし、ひみつ道具でも分からなかった。

 考える事も課題らしい。

 少女も答えは用意してはいないのかもしれない。

 

「随分と哲学的なこった。そう考えると、お前さんは見てみるよりは若いな」

 

 クソゲーオブザイヤー、という企画を思い出した。

 アレの人々は毎年、クソゲーとは何かということを問いかけていたようだが。

 大賞の基準はその年によって変わり、此れと言ったものはなかった。

 結局は“どう納得するか”、というのが焦点だったと思う。

 

 最強も多分そうだ。

 その人によって答えは違ってくる、はず。

 あの少女はともかく、私はどう納得すれば良いのだろう。

 

「まあ、目指すほどのモノではねェな」

「最強の男がそういうとは。説得力を感じます」

 

 それは、彼の経歴からすれば当然の思想だ。

 

「だがな、『鉄腕』。俺もそうだったが、お前には出来るだろうな」

 

 私が、できる?

 私が白ひげと、同じ?

 どこが?

 

「それは何故ですか?」

「大分、余裕があるみたいだからな」

「余裕、ですか」

 

 自分に余裕があるのだろうか。

 死ぬ前も死んだ後も、常に私は何か急いでいる気がしてならない。

 

 社会に居場所がないと気づいた時から、私はずっと死なねばと思っていたように思える。

 今は、どうも死にたくないとの思いで一杯だ。

 

「最強についてはどうだかわからんが。海賊王の称号や、ひとつなぎの財宝(ワンピース)は。そこいらのスカンピンが得られるものじゃねェからな」

 

 素寒貧、というと。

 貧乏暇なし、ということか?

 ああ、随分と私はあの少女に恵んでもらった。

 

「俺も昔はァ、財宝を集めようと必死だったさ。そのためになら最強にだってなろうとも思ってたかもな」

「ですが、手に入ったのでは?」

「手に入ったのは、すべてを諦めてからさ」

 

 私は、どうだろう。

 子供の頃は、ひみつ道具が羨ましかったと思う。

 今は、あまり求めていない。

 手放したくはないと思ってはいるが。

 

「ロジャーの奴もそうだったが、そう言う奴は“持ってる”のさ。海賊王を目指すだなんてのは、少なくとも日々に生きるのに必死で、余裕の無いヤツの台詞じゃねェ」

 

 そうだ。

 夢を叶えたいとずっと思っていた。

 だが、そう思っても叶う事はなかった。

 そうか、そうなのか。

 

「ありがとうございます」

 

 昔の私から見れば、今の私は望んだものが手に入っていると言えるのだろうか。

 昔の私は、今の私をどう見る。

 

「思えば、私からしてみれば、海賊王という言葉が謎なのですが。しかし、ひとつなぎの財宝、ですか。興味は無いのですけど」

 

 しかし、ついぞ私は主人公に出会わなかった。

 ふと、モンキー・D・ルフィについて考えた。

 海賊王に、俺はなる、だったか?

 友情、努力、特殊能力を体現する、ジャンプの主人公。

 彼は、欲しい物が手に入るのだろうか。

 

「多分、兵器ですよね。それも世界を亡ぼす程の」

「あァ? どうしてそう思う?」

「特に理由は無いのですけどね。冒険の最後にあるのが、巨大な敵であるのであれば。物語として相応のロマンであると思っただけです」

 

 いつか調べてみようとは負い持っていたが。

 ワンピースは永遠に謎であるというのも、それはそれで良いのかもしれない。

 

「ロマンか。グラララ。いい言葉だ」

 

 そうロマンがある。

 夢を見たまま死ねるというのは幸福であろう。

 絶望を見るよりは、はるかにきっと。

 ああでも、主人公とかなら次の夢を見つけるのかな?

 

「今日は、ありがとうございました」

「そうかい。意外に良い酒だった」

 

 この世界が、今後どうなっていくかは分からない。

 ただ、一つだけ決めていることがある。

 

「ですが。もう二度と会う事は無いでしょう」

「そりゃあ、どうしてだ?」

「私は元々、この世の人ではないのです。ここではない、どこかに向けて。私は旅立たないといけないので」

 

 飛ぶ鳥、跡を濁さず、と言う。

 それを私は実行するつもりだ。

 私は、この世界に私の痕跡を残したくなかった。

 私の過ちは、どこにも存在して欲しくはないのだ。

 

「この出会いに、感謝を。例え、全てが忘れても」

 

 この世界における私の痕跡を全てなかったことにし。

 そうして私はこの世界を去ったのだった。



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星より先に見つけてあげる その①

みんなだいすき、ワンパンマン編(短い)。

*原作ネタバレ(村田版はまだの領域で)あり*


 どこにでもありそうで、現実にはどこにも存在しない現代社会の街。

 私は虚空から刀を振るい、そのまま次元の隙間を作り出した。

 雨雲の上に作り出した隙間から私は身を投じ、そのまま重力に身を任せる。

 

 ここは多種多様なヒーローと怪人たちが、終わりの見えない戦いに投じる世界。

 ある者は科学、別の者は武術。

 また別の者は超能力や単純な精神論により、一個人があり得ない程の力を所持している社会。

 この世界では異次元からの訪問者たる私も、そういう“個性”に過ぎないのだろう。

 

 この世界における私の目的は、とあるヒーロー。

 彼はその身体であらゆる攻撃を回避し、また耐えることができる。

 そして、拳一つであらゆる敵を粉砕する“最強“の存在。

 

 私たちの世界では、彼を“ワンパンマン”と呼んだ。

 

 

**

 

 人気のない街であるZ市。

 インフラこそ機能しているが、そこに住んでいる人は最早極少数。

 前世では見たことがないが、シャッター商店街というべきか。

 この街も、近くのイオンモールだけが唯一の灯となっている。

 

 この市は度重なる怪人の出現により、人々に見放されて久しい。

 被害の痕跡がどの光景を切り取っても存在しており、もはや工事される見込みもない。

 そんな街に、彼は節約目的で住んでいる。

 どうやら、彼は隣町のスーパーで買い物をしたばかりのようだ。

 多分、今日は特売だったのだろう。

 

「サイタマ、ですね?」

 

 禿げ頭に、明らかに素人製なヒーローコスチューム。

 良く見ると筋肉質だなとは思うが、全く覇気を感じられない男。

 “Ma=F“のニュートンの法則(所謂、質量はパワー)が必ずしも成り立つ訳でないとはいえ、流石にこれは異常だろう。

 ここに訪れる前に“キング”(私たちの間では、ハッタリで有名)の元を訪ねたが。

 私の六感では、二人の違いを見分けることが出来ない。

 恐らくだが、極端な最強と極端な最弱は同じ位置にいるのだと推測できる。

 

「誰?」

 

 私は海軍やら海賊達から、しょっちゅう覇気が無いと言われたとはいえ。

 あちらは私を警戒している素振りは無いようだ。

 

 私も、まあ、その、外見が完璧にキュート系なのもあるのだろうか。

 この身体の外見は、間違いなくアルペジオ・艦これ・アズレンのそれぞれの“高雄”がモデルである。

 三で割った外見(?)、でも体型は“タカオ”重視だし。

 兎に角覇気なんて無いと思う。

 

 あの少女は、なんでこんな外見に。

 いや、この考えはよそう。

 

「私はタカオ。私は、そう。時の旅人、です」

「ふーん?」

 

 そのために“妖魔刀・ちゅんちゅん丸”がプレッシャーを放っているはずなのだが。

 上手くいかないものだ。

 この男が強敵に警戒するイメージなんて全く思い浮かばないとはいえ、これはどうなのだろう。

 

「私の目的は、一つ。戦いましょう?」

 

 私は“手袋”を取り出して身に着け、そのまま居合の構えを取るが。

 サイタマは動かない。

 腹立つほどに自然体だ、全く警戒心がない。

 

 しかし、これは分かる。

 ミホークとかで見覚えがあるぞ。

 多分、“様子見”、か?

 隙だらけだが、余裕たっぷりだ。

 

「『きり・きりきり』」

 

 目にも留まらぬ速さで、二連続の斬り。

 それをサイタマは“同じ速度”で、私の後ろに回り込んだ。

 

「その荷物、預かりましょうか? これから邪魔になりますよ」

「ん?」

 

 サイタマが両手に持ったビニール袋を見やる。

 両方に小さいが、底に二つの明確な傷がついていた。

 

「おい。お前」

「今の私は、“貴方と同じ強さ”。貴方の要望に添えるかと」

 

 未知数の強さを持つサイタマだが、私なら同じの強さを持つ“だけ“なら簡単だ。

 私が両手に着けた手袋は、“あいこグローブ”の改良品。

 ”相手と互角の勝負になる”という効果のひみつどうぐだ。

 

「これ、ゴミ袋に使うつもりだったのに」

 

 えーと。

 その。

 えー、と。

 うん。

 

 反応するところ、そこですかね?

 あと、ゴミ袋は役所指定の物を使いましょうよ。

 多分、一時的に使うだけでしょうけど。

 

「とりあえず、それは置いたらどうでしょうか」

 

 サイタマはバス停のベンチまで歩いて、そこに荷物を置いた。

 あれ、思ったよりも冷静だ。

 

**

 

「『満月・大根斬り』」

「『キモベラース・コンビネーション』」

「『秘剣・万国博覧会』」

 

 いくつかジャブ代わりと、大技やラッシュを仕掛ける。

 しかし、どれも決定打はないし、傷一つつかない。

 

 躱される中で何回か私の刀はパンチで砕かれたが、それでも何も問題ない。

 “妖魔刀・ちゅんちゅん丸”は前回の反省を生かし、私の髪を組み込んである。

 刀を私の一部とすることで、この刀は壊れても場面が変われば元通りになるのだった。

 

 問題があるとしたら。

 それは別の問題だろう。

 

「どうして、戦わないのでしょうか?」

 

 サイタマは、私と全く戦う素振りを見せていない。

 これが戦争で例えるなら、彼は自衛しかしていないのだ。

 

 彼は戦うことが、好きではなかったのか?

 それとも、何か理由が?

 

「え? そりゃあ。-って、ん?」

 

 私と彼が何かを捉えた瞬間、私の手元が煌めき。

 刀が私の周囲を引き裂いた。

 紐状の物が、いくつもの断片となって周囲に落ちる。

 

 これは。

 縄跳びの紐?

 サイタマに同様の物が、巻き付いて拘束しているようだが。

 

「ありゃ。防がれちゃった?」

 

 私が見上げると、三階建てのビルの上に少年が立っている。

 機械仕掛けのランドセルに古いデザインの棒付きキャンディー、あの姿は確か。

 S級・五位のヒーロー、『童帝』だったか?

 

「あの刀が? 例の。いや、しかし―、とても業物には見えんが」

 

 よく見ると、私たちは包囲されている。

 この世界のヒーローの見知った姿がちらほら。

 力の巡りによると、S級クラスが変に多いようだが。

 何故だろう?

 

「とりあえず、要件を聞きましょうか?」

 

 恐らく、ヒーローの中でも常識人であろう童帝に話しかける。

 彼がやや驚いた様子を見せ、口を開くが。

 

「アンタのソレが、人類滅亡の兵器って訳?」

 

 後ろから話しかけられた。

 振り返ってみると、やけに小柄だが確かな力を感じる女性が。

 S級・二位、戦慄の『タツマキ』だろう。

 

「え、と。多分、違うと思いますが。とりあえず童帝さん、もっと前から事情を話してくれませんか?」

「ちょっと! 私が話してんのよ!」

「え、あ。わかった」

 

 タツマキから、私の苦手な人間の空気を感じる。

 あれは間違いなく、コミュ障で状況をややこしくするタイプだ。

 悪いが少年の方を頼ることにした。

 

「シワババって人が、ある預言をしたんだ。『兵器が人間を亡ぼす』ってね」

 

 シワババ、は覚えてないが。

 預言者でなら覚えている。

 確か、的中率100%の預言だったか。

 

「ボクは預言なんか信じてなかったのだけどね。突然、ボクを含めたS級ヒーロー数人が、君のその気配を感知したんだ」

 

 となると、ここにいる人選も納得か。

 童帝の他は、タツマキとぷりぷりプリズナーが。

 それらも感知タイプに分類できる人間だろう。

 

「で。ボクらが解析する限り、君のソレがどう見ても怪しいと意見が一致した。そうなの?」

 

 あああ、ちゅんちゅん丸の改造が、こんな所で影響出ている。

 出来れば、邪魔して欲しくなかったのに。

 

 別に、これが人間を亡ぼす兵器なわけではないというか。

 というか。

 

兵器(それ)、私じゃないですか」

 

 やっべえ。

 私、人類亡ぼせるわ。

 だって実際人間じゃないし、ドラえもんのひみつどうぐだもん。

 全くもって、可能性が否定できない。

 

「ッ! アンタ(・・・)がそうなのね!」

 

 タツマキのその言葉で、周囲の殺気が膨れる。

 一方、サイタマはそのままの雰囲気だ。

 

「なあ、おい?」

「アンタが誰か知らないけど、邪魔だからどっかいってなさい!」

「いえ、いいんですよ。何でしょうか」

「お前、怪人じゃないだろ?」

 

 あ。

 サイタマが戦わなかった理由が分かった。

 私が、“敵”じゃないからだ。

 

「そうですよ。人間とかヒーロー、でもないですけど」

「どういうこと?」

 

 童帝が疑問を零すが、それが最も善い判断だろう。

 今ので、話す余地が出てきた。

 あまり、意味はないけども。

 

「怪人とは何か、と問えば。皆が“人間に害をなす者”と答えるでしょう。害をなせば、人間に限らず自然現象や機械、異界からの侵略者でも怪人なんです」

 

 この世界に、ガロウという人物がいる。

 彼は多くの人を傷つけたが、その一方で少数の人を救っていた。

 その一線を守っているだけで、彼は怪人ではなかったのだ。

 

「つまり私は、“人類を滅ぼすけど、人類にとって無害な存在”ということになります」

 

 ようやく、私が何をすればいいかが分かった。

 私は右手に仕込んだ、とあるスイッチに指をかけた。

 その瞬間、超能力で既視感(デジャヴ)を感じたタツマキが警告を発した。

 

「気を付けて! コイツ。アンドロイドの、とても強力な超能力者よ!」

 

 その認識は正解だが、正確ではない。

 私は“E・S・P訓練ボックス”によって超能力者になっているが、私の力はひみつどうぐ頼みの所が大きい。

 とはいえ解としては本当に正しく、何も間違ってはいない。

 どれだけ警戒しようが、彼女たちでは何も変わらない。

 

「『みんなきえちゃえ』!」

 



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星より先に見つけてあげる その②

 私が最強を目指している以上、“最強とは何か”という問を、嫌でも意識せざるを得ない。

 私は未だ、自分の“最強”を持てないでいるのだから。

 

 ワンパンマンにおけるサイタマの最強は明白だ。

 彼の最強は舞台装置のソレ(神が出てきてなんとかなった)

 問題が起きて、周りが色々した後に絶対神が解決する。

 つまりゴルゴ13と同じである。

 それはきっと、たぶん面白い話だ。

 

 彼は作中で“最強”のトレーニング方法を述べてはいたが。

 恐らく、それで彼と同じになる人は居ない。

 間違いなく、彼以外は“そういう”役割では無いからだ。

 それを聞いたジェノスたちの反応もごもっともであり。

 自己啓発本的な最強に至る方法など、アイスのミント程の価値しか感じられない。

 

 私は型月の魔術師たちのように、人は生まれながらにして役割が決まっているというのを強く信じている。

 酷い話だが、結局どこもそんなものだろうから。

 私もホームレス帝のように、ただ力を得た “だけ”の人なのだ。

 サイタマ基準で私が怪人ではないのが、少し不思議だとは思うけど。

 

 もしサイタマがヒーローでなく、怪人だったら?

 それはそれで面白いには違いない。

 全力でヒーローは怪人に立ち向かうが、いかなる努力も無意味となって敗北する。

 一般受けはしないだろうが、一定の需要はありそうだ。

 私も、幾つかそういう作品をネットで見た。

 

 ああ、そういえば。

 ネットで一般的な主人公“最強”は天才のソレであったと思う。

 追放者だろうが外れスキルだろうが、結局はそこが重要だと見た。

 主人公がやったことは全てが肯定され、常識となるのだ。

 度が過ぎると馬鹿馬鹿しいが、正直に言って一種の理想ではある。

 

 とはいえ、人の身には如何なる最強も身に余る(と、私は思ってるのだが)。

 私が目指せるのは既に人の道から外れた故で、人間ならば現実は厳しい。

 例え創作であっても、ISの篠ノ之束のような例もあるだろう。

 人は戦い続ければ、そのうち何かに屈し、そして死に至る。

 私も多分、結局はそうなるだろう。

 

 それでも何故、人は“最強”を求めたがるのか。

 ワンパンマンでも、最強の虚しさは描かれていたのに。

 作者の努力も空しく、彼に。

 いや、彼の“力“に憧れる人はあまりに多い。

 

 私も、そうなのだろうか。

 

 

 少し、思想にふけってしまったが。

 一人になると、どうも考えこんでしまう。

 

 この世界には今、あらゆる知的生命体が存在しない状況なのだ。

 私がさっき使ったひみつ道具は、“どくさいスイッチ”。

 好きな存在をこの世界から“いなかったこと”に出来るという、素敵すぎる道具である。

 私はONE PIECE世界で使ったことがあり、その際は一人も残らなかった程だ(勿論、すぐに戻したが)。

 

 “核兵器で他の皆が死んだら、生き残った人間が世界で最も賢くなれる”、みたいなブラックジョークがあったが。

 私もその理論であれば、最強を名乗れるのだろうか。

 全くといって、喜ばしい状況ではないのだが。

 異界の最終戦士か何かだろうか?

 

 サイタマなら耐えられるかも、と思って使ったが。

 彼は耐えられなかったのか。

 

 最強を目指すなら、即死攻撃辺りはクリアしないといけない問題だと思ったのだけど。

 私も、格ゲーの範囲で妥協した方が良いのだろうか。

 即死が常識とかは、RPGとかハッキングの領域のような気もするのだが。

 

 そんなことを思っていると、何もない空間からパンチが飛び出てきた。

 星が揺れ、まさに空間をぶち破ったかのような。

 

 そうか。

 耐えたのか。

 

「お前、何かしたの?」

 

 彼はFF外から失礼するゾー、的な感じで世界に乗り込んできた。

 誰もいなくなったこの街を不思議に思っているようだ。

 

「私が、私と貴方以外の存在を。この世から抹消しました」

 

 そう言うが、彼はあんまり驚いている様子はない。

 多分、状況を今一理解していないようだ。

 彼は久しく強敵に会っていないらしいので、このあたりの理解力は低くなっているのかも。

 

「安心してください。私なら元に戻せますので」

「じゃあ、今戻せよ」

 

 ご、ごもっともである。

 

「ですから、私と戦って勝ったら戻しますんで」

「いや、今戻せよ。人がいないと、俺が困るだろ」

「その、本当に戦うだけでいいですから。戦ってくださいよ」

「いや、戻せよ。別に戦う理由なんて無いだろ」

「お願いします。神様からの使命なんです。何でもしますから」

「いや、お前。女が何でもとか言っちゃ駄目だろ」

 

 クソァッ!

 人としては正しいけど、少年でない漫画の主人公としてはどうなんだ!

 

「あ。そうだ。“まあまあ棒”~」

「あぶね」

 

 あ、壊しやがった、この野郎!

 関節のパニックの時は戦ってたくせに、何でだ。

 

「うぅ。そんなこと言わないでくださいよぉ。私だって。やりたくないですけど。その。怪人になっちゃうかもしれませんし」

「それは困るな」

 

 しょうがねぇなあ、という感じで準備体操をし始めた。

 何が彼の琴線に触れたか知らないが、これで良し?

 

「ルールは、そうですね。私が“参った“と言うまででいいですかね」

「それ。大丈夫なのか?」

「私は何しても、死んでも復活するんで。お互い、うっかり殺しても大丈夫ですよ。時間とかも戻せるんで、被害を気にすることなく。好きなだけ暴れてもらって構いません」

「へー」

 

 そうやって、ようやく互いにやる気になったようある。

 何故か、こういうやり取りは心躍る。

 殺し愛、というのは実に良い響きだ。

 別に、愛はここに無いかもしれないが。

 

「では、始めましょう」

「じゃあ。必殺“マジシリーズ”」

 

 彼は、適当な構え(六式を学んだ私には、武術の心得があると思えない)をすると。

 次の瞬間、彼の姿が消えた。

 高速移動により後ろに回り込んだ、と理解できたが。

 今の私だと、もう遅いか。

 

「“マジ殴り”」

 

 野蛮極まるが合理的な喧嘩殺法の、あらゆる敵を粉砕してきた拳が唸る。

 しかし、当たる直前に私の身体が硬質ウレタン製の模型と入れ替わり。

 模型が身代わりとなって砕け散った。

 忍者気分でこの技を開発したのはいいけど、目前で自分そっくりの像が砕け散るのは流石に気分が悪い。

 

「“八丁刀・虎殺七念仏”」

 

 瞬間的に出力を上げ、隙だらけのサイタマを一刀両断した。

 手ごたえは、ない?

 いや、ひみつ道具が負けるはずはない。

 

「っ! 多分、強がりですね!」

「必殺“マジシリーズ”。“マジ―?」

 

 その殴り動作を行う瞬間、サイタマの身体が上下二つに泣き分かれた。

 そのまま勢いで、普通なら死んでしまうと思われる。

 そう、普通なら。

 

「“マジ我慢!“」

 

 と、思いきや。

 何とか、身体をくっつけた。

 手で押さえて。

 

「いや。そのりくつは、おかしい」

 

 やってることは分かる。

 多分、ひみつ道具の切れ味が凄すぎて、そのままくっつくのだとは多分思う。

 しかし気合でなんとかされるのは、すごくショックだ。

 そうは思うが、身体は自然と動き。

 次の動さに身体は移る。

 

「おいで! “ツキマーの舞踏“」

 

 ポケットから、幾つもの武器を取り出してばら撒く。

 勿論全部ひみつ道具製で、当たれば“気絶”や“記憶消去”などの効果が発揮される。

 中には変化球もあり、こっそりと“透明術の透明本”などを鈍器として加えている。

 宙に浮いたそれらは、私が触ってないのに勝手に“宙を舞い、踊りだした”。

 ちゅんちゅん丸も追加で躍らせ、それらはサイタマを切り刻むように不可思議な軌道を描く。

 

「必殺“マジシリーズ”。”マジ投げ”」

 

 サイタマはそれらをつかみ取り、こちらに投げてきた。

 当然私は当たるわけにはいかないので躱したが。

 それらは明後日の方向へと飛んでいく。

 呪い付きの装備も混ぜていたのだが、それらは見切られた上に壊された。

 “さいみんメガホン“で、”壊れない“はずなのに。

 

 あ、やば。

 そういえば破壊対策はしたけど、回収対策を忘れてた。

 でも、今は後ででいい。

 

「最初は―」

「必殺マジシリーズ」

 

 二人同時に、同じ構えをとる。

 

「“グー”だ!」

「“マジマジ殴り”」

 

 鍔迫り合いの衝撃で、私のあいこグローブが砕け散った。

 それなら良い、実に良い。

 ここからは私の全力だ。

 

「“天獄殺『ゆっくりしね』”!」

「お?」

 

 私が、“ウルトラストップウォッチ“で時を止めた。

 しかし、さも当然かのように時を止めた世界に入門してくるサイタマ。

 

 まさか。

 この人は戦いの中で、さらに成長している?

 

「“無敵要塞”、発動!」

 

 艦これやアズレンで言う所の、艤装を展開する。

 艤装は“無敵砲台”を元に作っており、私と合成してある。

 つまり、この時点で私は“触れること”さえもできなくなった。

 

 そのまま牽制代わりに幾つか砲弾を発射するが、当然のように通用しない。

 街並みはどんどん破壊されるが、サイタマ自身は傷つかない(私の攻撃では本来傷つくが、服は破れない)。

 そこで私は、サイドチェストのポーズをとる。

 

「“メンズ・ビーム”」

 

 艤装へ超急速にエネルギーが溜まり、ドヒュッと私の腰ほどのレーザーが発射される。

 レーザーが地面を抉り、サイタマを彼方へと吹き飛ばさんとするが。

 

 彼は当たる直前に地面を蹴ることで、吹き飛ぶことを回避した。

 極小ダメージを数十万回に渡って与える攻撃だが、やはり通用しない。

 

 おかしい。

 彼の攻撃が、明らかに緩い。

 

 多分、気のせいではない。

 彼の眼には情け容赦無しということが伝わってくる。

 私は死なないはずなのに、私の身体に埋め込んだひみつ道具たちが警告を発している。

 

「“永久機関・少女密室(えいえんのめいやく) “」

 

 辺りが私の発した光で包むと、辺りの景色が一変した。

 昼だった時間は夜に。

 雨は曇りに。

 そして、その中でサイタマは磔にされている。

 周りには刀を持った無数の私が取り囲んでいる。

 

 が、その光景は突如として消え去って、元に戻った。

 サイタマの口から、血が流れている。

 舌を噛むことで、幻術を回避したと見た。

 

 今のは全感覚を奪う技だったのだが。

 幻覚の類は、一応効くのか?

 決定打にはなってないが、ようやく初ダメージか。

 

「“しねしね光線”」

「必殺“マジシリーズ”。”マジ生きる”!」

 

 自殺を誘発するサプリミナル効果の光線を放つが。

 しかし、またも精神論で突破された。

 なんでこのひと、肉体を精神でカバーできるのか。

 

 サイタマが防戦一方のようだが、これは仕方ない。

 力であれば、私が最強なのだから。

 だが、ピンチなのは私の方だ。

 命中はするが、決定打が無い。

 消耗戦なら無尽蔵の私は勝てるだろうが、とてもそうなるとは思えない。

 これまで私が戦ってきた経験は、そう告げている。

 

 格下に圧倒的な強さを誇っているサイタマであるが、本来の彼は違うとみた。

 まだハゲてなかった頃の彼が特にそうだったが、元々は格上との戦闘が得意なのだ。

 

 深海王戦やキングとの描写を見るに、彼を“倒せる”のは怪人やヒーローでなく。

 もしかしたら、単なる一般市民なのかもしれない。

 私のような格上だと、かえって彼の心に火をつけることになるようだ。

 

 故に、あれは勝利を捨てている眼ではない。

 何か、勝ち筋があるのか?

 世界を背負っている彼であるが、それ以上の強さを持つ私なのに。

 であれば、アレしかない。

 それは全力で止めなければならない。

 

「"思考停止"! もう誰も、止められません!」

 

 白ひげでの二の舞はもう御免なのだ。

 人間性での敗北は、もう感じたくない。

 

「1/144コサック、発艦!」

 

 私の太腿のあたりから、ロシア最大の輸送機の、そのミニチュアが次々と発艦する。

 それは様々な方向へと散らばるが、一つとしてサイタマには向かわない。

 彼はそれをじっと警戒していたが。

 飛行機から落下しているものを見て、やや呆れたような顔を見せた。

 

「おいおい、マジかよ」

「男ならこういうの。好きですよね? 私も一度はやってみたかったんですよ」

 

 世界中にばら撒かれるのは、最強の爆弾である“ツァーリ・ボンバ”。

 ドラえもんの中でも明らかに駄目なひみつ道具である、“原子爆弾”に手を加えたものだ。

 一応ギャグの域は出ないが、威力やら放射線やらだけは“本物”である。

 

 停止している時間の中で、全てが爆風でつつまれ、地球が大きく揺らいだ。

 しかし当然、サイタマも私も生きている。

 サイタマは月に避難したようだが、それを狙った。

 大きく行動と時間を割くその時を。

 

「やっべ」

 

 私はカービィのように、大きく全てを吸い込む。

 これが私の一つの答え。

 願望成立系の道具をいじっていたら偶然見つけた技である。

 私の考える限りの、最強の技の発動だ。

 

「“問題・無の修得“!」

 

 この技が発動すると、私が必ず勝つことが決まる。

 私の考える限りの、文字通りの必勝技なのだ。

 私はこの時、勝利を確信したのだ。

 



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星より先に見つけてあげる その③

物語は永遠に続く。
か細い指を一頁目に戻すように
あるいは二巻目を手に取るように。
その読み手が、現実を拒み続ける限り。

-Fate/EXTRA, ナーサリーライム,Matrix 01より

※追記:3/31誤字修正


 そこは幾多数多のファイター達の、戦いの終点とも称すべき場所。

 オルゴール人形の姫が、マッチョな仮面男を追い立てていく。

 やがて姫の舞で、男は大きく吹き飛ばされていく。

 台の外は奈落の底。

 男は必死に空を蹴り、台上へと戻ろうとするが。

 無情にも姫の平手が男に重なり、否定の絶叫を上げながら落ちて行った。

 

「クソがァ!」

 

 そこで、サイタマがコントローラーを投げた。

 勢い余って接続されているゲーム機に直撃したが。

 流石のゲーム鈍器(キューブ)である。

 御手(ひみつどうぐ)製とはいえ、その程度ではビクともしないぜ!

 

「ふふふ。私も嘗て、地元で最強といわれたおと、女ですから。その程度では勝てませんよ」

 

 息抜きがてら、ちょくちょく格ゲーの練習をしていたのが役だったようだ。

 私にゲームの相手をしてくれる友達はいないが。

 その際は“架空人物たまご”で召喚した英霊がゲーム相手になってくれた。

 イスカンダルや孔明先生とゲームするのは楽しかったです。

 

「さて、次は何で戦いましょうか?」

「くそー。舐めやがって」

 

 サイタマも超級のヒーロー故に、ゲームも決して弱くは無い。

 とはいえ、私もそこらの怪物ではない訳で。

 機械の精密さを持つ私相手では、私が有利といった所か。

 

「ところでさ」

「はい。何でしょう?」

「何で俺ら、スマデラしてんの?」

 

 まあ、そうなりますよね。

 私は苦笑いした。

 

 情け無用組手(ルールなしのころしあい)の中。

 私の奥の手である『問答・無の習得』が発動した。

 その結果、“特に何の脈絡もなく“私たちはサイタマの部屋でゲームをすることになったのだ。

 

 彼は今までその状況に疑問を持たなかったようだが。

 ようやく現状に気づいたらしい。

 

「ですから、私が皆を元に戻した後。お互いに納得できる形で、再戦しようという話になったじゃないですか」

「あ。そうだったわ。悪い悪い」

 

 あの戦いにおいて私が好き放題やらかした結果、地球滅亡を通り越していたが。

 私が時や因果律やらを戻したので、今は全て元通りになっている。

 人は普通に暮らしているし、ヒーローたちも普通に活動している。

 勿論、私のことを覚えている人はサイタマだけだ。

 

「お前、本当にすげーんだな」

「この場合は、私の主人が凄いのですけどね。それに、貴方程ではありませんよ」

 

 筋トレと覚悟だけで、本物のヒーローになったサイタマに褒められるとは。

 嬉しくはあるが、互いにベクトルが違うだろう。

 

「しかし、もうこんな時間ですか」

「はえーな」

 

 時間を見ると、もう夕方だ。

 外の雨は悪化するばかりで。

 子供にとっては容易く帰れない、といった所か。

 

「こういう時間は、随分と久しぶりです」

 

 誰かとゲームをするのは楽しい。

 年を取るにつれ、私の周りから一緒に遊ぶ人は消えていった。

 変わらないのは私だけだった。

 ひどく、さみしい。

 

「あなたには。私がどう見えますか?」

 

 特に何も考えることなく、その言葉が出てしまった。

 

「ん? そりゃ」

 

 今一つ何考えているか分からない顔が、こっちに向けられる。

 適当に描かれた目の、熱い視線を感じる。

 

「ヒーローなんじゃね?」

 

 その時、私に電流が走る。

 

「ふ。ふふ。私がですか」

 

 その言葉が、嬉しかった。

 自分はそう高尚な存在ではないと分かっているが。

 それでも、だ。

 

「えへへ」

 

 この感覚は、本当に久しぶりだ。

 それは、いつのことだったろうか?

 褒められたのに、とても照れくさく感じる。

 

「で、では、この辺りで失礼しますね」

「おう。また遊ぼーな」

 

 部屋のドアから(“どこでもドア“ではない)アパートの外に出ようとしたが。

 私の身体が、再びピタリと止まった。

 

「また、ですか」

 

 この世界には、二度と訪れるつもりはなかったが。

 そう言われると、もう一度会いたくなる。

 

「あ。そうですね。折角ですから、私の主人に会ってみませんか?」

「ん?」

 

 幸いにして、私には無限の時間と財がある。

 彼の時間も空間も、全て私は好きにすることができるのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「やあ、お帰り。おや?」

 

 私の作ったどせいさん型のオブジェクト、“スペーストンネル2“が時空を超えて瞬時に出現する。

 ここはコンピュータの中の電子世界、“ハロー・ワールド”。

 ネオンカラーのシュミレート空間の中で、彼女という神は住んでいた。

 

 私たちがトンネルを潜り抜けると。

 胴に対して大きい頭が可愛らしく、首をややかしげるのを見た。

 

「お前がタカオを作ったヤツ? 思ったよりなんか、普通だな」

「サイタマ。流石に不敬ですよ」

「ふふ、良い良い。かわいい物さ」

 

 何か、どこかで見た光景だ。

 例えるなら、王が彼女で、勇者が彼で。

 その場合、私が宰相ポジションなのか。

 

「そうか。君はサイタマか。君の活躍は、アメリカでも聞いている。君は人気者だからね」

「へー。知らなかったわ」

 

 アメリカ?

 神様に出身があっても不思議ではないが。

 神は実在して、しかもアメリカ人だった?

 

「よろしい。君達の到着を歓迎しよう。要望があれば好きに言うと良い。私の権限が許す限り、何でも叶えて見せよう」

「といってもなー。俺は誘われて来ただけなんだけど」

「そうか、そうだな」

 

 彼女は小さな身のローブの中からレーザーポインタ(のようなもの?)を取り出して。

 直光を近くにあったネオン柄の店の、大きな展示ガラスに向けて照射した。

 

「タカオは早速、データの確認をしたい。サイタマは、観光でもするかい?」

 

 ガラスはデジタル液晶となり、そこから携帯のように鏡を映し出す。

 鏡は異形の少女の姿が。

 

『フレデリカか。そろそろ来る頃だと思ってたが。仕事か?』

 

 その少女は、何と言うか、黒い。

 眼も肌も髪も真っ黒で、某しげるや黒人もここまで黒くはない。

 モノトーンのゴスロリファッションに身を包んでいて、髪には赤のリボンと島風のアレみたいなカチューシャをつけている。 

 そんな少女が、鏡の中から腕を後ろに組んで覗き込んでくるのだ。

 怖い。

 

「ああ。娘が友人を連れてきたのでね。適当に面倒を見て欲しい」

『どんな奴だ?』

「ワンパンマンって言えば分かるかな」

 

 鏡の中からはっきり声は響いてくるし、こちらも届く。

 スピーカーもないようだが、鏡の向こうも空間が続いているようだ。

 

 というか、日本語なのか。

 私は英語だろうがチェンバル語だろうがペラペラになっているけど。

 皆、日本語上手だなあ。

 

『ワンパン? アンパンじゃなくてか? まさか、戦えとは言わないよな』

「そこは君に任せるよ。暫く、観光案内をよろしくね」

『ん。分かった』

 

 その少女がサイタマに手招きをする。

 サイタマはやや戸惑ったが、そのまま鏡の中を不思議そうに通り抜けて行った。

 鏡は元のモニターに戻る。

 

「えっと、彼女は?」

「恰好の通り、“アリス”だ。昔からテレポートが得意な子さ」

 

 言われてみれば、鏡の国のアリスかと気づく。

 普通は、あそこまで真っ黒じゃないだろうが。

 

「私は気が遠くなる程に自分の娘を作ってきたが。稀に、外部から人材を取り入れる事もある。彼女は、その中の一人だ」

 

 ああ、私以外の“子供”がいたとしても不思議ではない。

 あのアリスと言った少女も、恐らくは自分と同じ境遇なのだろうか。

 

 昔から神様転生は不思議だと思う。

 なぜ、神は人に力を与えるのか。

 人が神にそうあってほしいと思うのはそうだろうが。

 

「彼女の“存在の意義”が不思議かい?」

「はぁ」

 

 神に近くなった私からしては、神が人にそれをする理由は分からない。

 ドラえもんも万能だが、乞われるまで動かない。

 だからこそ、私は自分をヒーローと思わない。

 

「君がそうであるように、私は殆ど完ぺきな全知全能さ。恩恵を与える神様というのは、全知とも全能とも遠い所にいる。人は母なるガイアではなく、大神ゼウスにこそ祈るのだ」

 

 目の前の彼女に、不可能が?

 それはちょっと、考えられないのだが。

 

「だからこそ、次は君の問題を明かそう。君の“答え“を見せてくれ」

 

 

**

 

 

 

「これが、私の答えのような。何かです」

「ふむ? 私からは何も。随分と珍しい」

 

 今、私の手には一振りの刀が握られている。

 そこには何もない。

 しかし、確かにそれは存在する。

 

「説明してくれるかな」

 

 どうやら、彼女からは何も見えてないらしい。

 言っておかなければならないのだが、これは馬鹿には見えない服だとか、そういうものではない。

 

「今、私が持っているのは『無の習得』によって得た刀です」

 

 この”刀”は、私が“持つ“と思わなければ”持つ“ことはできない。

 刀には『0:00』と銘があるが、私が“見る”と思わなければ“見る”ことはできない。

 元から飛躍しすぎて最早”ひみつ道具”とは言えなくなったこれは、恐らく私以外の誰にも扱うことはできないだろう。

 

「原理はよくわかっていないのですが。“過程”をすっ飛ばして“結果”を得ることが出来ます」

 

 簡単に言えば、これは脳噛ネウロの“二次元の刃(イビルメタル)”のようなものだ。

 ただし、これは“斬る“のではなく“作る“。

 私の想像が許す限り、この刀に一切の不可能はない。

 そして、そこに論理は一切存在しないのだ。

 もはや、刀とも言えない代物だ。

 

 サイタマ戦ではこの刀を使い、“(わたし)がルールを書き換えた“ので、私が勝利を収めた。

 この現象を、私はとあるフリーゲームにあやかって【八百長】と呼んでいる。

 

「ふむ、成程。事情は大体把握できた」

 

 少女がこくり、こくりと頷いた。

 そして興味深いと小さく呟く。

 

「そうだな。その発想をする子は偶に見かけるが。私が観測できない、というのは本当に珍しい」

 

 論理的ではない、という点は問題無いだろう。

 ドラえもんを始め、ギャグ漫画など理不尽だらけなのだから。

 そして、私のひみつ道具はこの人から支給されている。

 この人の手から、私ははみ出てはいない、はずだ。

 

「“私たち“は殆ど全知全能なのだが。殆ど、という所が重要なんだ。何せ、完璧な全知全能というのは」

 

 全知全能、という存在はあまり珍しくはない。

 キリスト教やイスラム教のは全知全能というより、神々の集合体と言うべきだが(彼は地方の一神教だったが、各地の宗教を吸収して全知全能となった存在だ)。

 思い浮かぶのはクトルゥフにおける蒙昧白痴のアザトート、先ほど述べられたギリシャの地母神ガイア。

 彼らは思い浮かべるだけで世界を創造することが可能だろう。

 

「他者の存在を必要と“しない”。『神は存在する。何故なら聖書にそう書かれているからだ』 ―つまりは、自分だけで自分を証明できるのだ」

 

 なるほど、彼らは世界が存在する前から存在するのだ。

 ちっぽけな人間の存在など気に留めないし、全く必要としない。

 

「その僅かな不可能の原則には、“同格相手の支配ができない”というものがあるんだ。私が言いたいことは」

 

 そして、私たちは世界を創造する。

 しかし私たちが彼らと違うのは、そこには理由を必要とする所であるのだ。

 アザトートが世界を作る理由など、考えるだけ無駄だろう。

 

「君は“私たち“と“同格“になったようだ」

 

 思わず黙り込んでしまう。

 いくら力を得ても、私には戸惑いが残っている。

 そこには万能感による納得と、渇望による不納得が同居している。

 

「私が、そんなはずでは」

「君は新発見さ。私も、“ほぼ”全知全能だからね」

 

 彼女はひどく悲しそうに笑っている。

 私には、私を憐れんでいるようにも見える。

 何でも叶えるようになった、私を。

 

「あなた様も、把握している訳ではないのですか」

「確かに観測はできる。君の身体には大量のセンサが埋め込まれていた。外部から観測も行っていた。故に観測不可能になった時間から、君が“昇格”したタイミングは把握していた。だが、その前までも“観測できない”」

 

 “あの子”もまた同格だからだろう。

 そう、目の前の少女は付け加える。

 

「私の第一の娘にして、全ての元凶さ。君はどこから“あの子”の干渉を受けていたのだろう? だが、あの子が考えることは、彼女自身も知らない」

 

 私は、自分でここまでたどり着いたと思えない。

 ひみつ道具は、それを証明してくれる。

 であるならば誰かの仕業かと言われたら、それも納得だ。

 

 でも、こんなのどうしろと言うのだ。

 

「君にとって、重要なのは。これから、かな」

「どうするか、ですか」

「そうだ」

 

 どうしてここにいるのか、気にはなる所だが。

 私は、いくつか選択があるようだ。

 幸か不幸か、私には選ぶ権利があった。

 

「私にとって、君は新しい同格だ。大切な仲間であり、これから多くの新しい発見があるだろう。是非、私の研究に参加して欲しい所だ」

 

 私の同格たちに、誰でもなれるようにするのが永遠の研究テーマなのさ。

 彼女はそう笑うが、私には可能だと思えない。

 

「しかし、君のことを推定するならば。その前に報酬を与えるべきだろうね」

 

 そういえば、そういう事を言っていた。

 彼女は私に報酬を与えられるのだろうか。

 

「報酬、ですか。でもまだ」

「大丈夫。既に君は、私より強い。確かめてみるかい?」

 

 当然、戦う必要はないだろう。

 少女は私の創造主だが、別に彼女のことを憎んでもいないし、恨んでいる訳でもない。

 それに、私も彼女と同格になったせいか、彼女を屈服させるイメージが湧かない。

 私は彼女より、強いとは思うのだが。

 

「この仕事の報酬として、候補を二つ考えていた。一つは新しい仕事だ」

「成程。それは良い報酬です」

 

 私も、求められるままに最強を求めていた。

 そうでなければ、自分に耐えられなかったからだ。

 

 私には生きる理由が無い。

 私は生きる理由を欲している。

 

「もう一つは、“死“だ。これも”全能が叶える願い”としては十分だろう?」

 

 目的を失った今、私は再び死の渇望(デストルドー)に囚われていた。

 一度は生まれ変わった私だったが、結局はこうなるのか。

 

「これは最早。私が与えられるのだろうか疑問だが。とはいえ、かつて自ら役目を終えた同格の者は居た。それの状況を再現することは可能かもね」

 

 私は不老不死を通り越して、永遠なる不滅の存在になってしまったようだが。

 それでも、滅ぶことはできるのだろうか。

 

「私を、殺して頂けますか」

 

 新しい依頼も、悪くはない。

 だがそれ以上に私は、言いようのない絶望に囚われていた。

 全知全能になった今も、私は何故か、不幸なままだった。

 

「君も、難儀だな。君は他の誰よりも、あの子によく似ている」

 

 少女は、私を真摯に見つめてくれる。

 それが私にとっての救いだった。

 彼女だけは、私を助けてくれようとしてくれている。

 

「では、私の“必殺技“をお見せしよう。『ゾンビ・ウィンドウズ』の『クラッシュ・ミー』。 共同開発のプログラムさ。君で、耐久試験といこうか」

 

 彼女の周りの建物の幻影が消える代わりに、幾つものモニターが現れ。

 それらがそれぞれ、美しきスタンバイモードの風景を映し出す。

 ああ、かの”NO FUTURE(カーネイジ)”を思い起こさせる。

 

「あ」

 

 大量の光が炸裂し、私の目の前が真っ白になる。

 今、私の、思考ヶとき”れてぃ<




次回から、ドラえもん編に入っていくはずです。

思い入れがある作品なので、
機会があれば続けようと思います。


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ある風景の中で その①

思ったより予定が狂ったので投稿。
本作は不定期更新です。


「あ、あれ?」

 

 私は眠っていた。

 永遠に覚めることのない夢を見ていた。

 だが、目が覚めた。

 

「やあ。おはよう、タカオ」

 

 私は意識が覚醒すると、事実に困惑するしかなかった。

 

 周りを見渡すと、そこは見知った軍港である。

 海には国籍がまばらな幾つもの艦艇と。

 浮きドッグだが、とてもそうは思えない程に巨大すぎる鉄の建築物【スギズプラズニル】が浮かんでいる。

 

「これは。私、死んだはず、では?」

「確かに。私の“クラッシュ・ミー“で、君は強制フリーズに追い込まれた」

 

 良く分からないまま、ほぼ全知全能不老不死の存在になった私。

 そして、その私と同等の存在であるらしかった少女。

 そんな彼女に、私は介錯をお願いしたのだ。

 

 ―私は、自分の消滅を想像できないが故に。

 

「だが。まあ、リポップしたようだね」

 

 彼女が繰り出した“技“は、私にも見覚えがある。

 名前からして、ブラウザクラッシャーを参考にしたものだろう。

 要するに処理能力を超えた情報を読み込ませることで、機能を停止させる類の。

 それは無限の力を持つ私が相手でも、ひょっとしたら可能なのかもしれない。

 現に、しばらくの間私は停止していたようだ。

 

「そうです、か」

「ごめんね」

「いえ。いいんです。なんかやっぱり、こうなるような気がしたので」

 

 少女が謝るが、彼女にもどうしようもなかったのだ。

 自分とはちょっと異なる(ほぼ)全知全能の彼女ができないなら、まあそうなのだろうと納得している。

 まあ、仕方ないのだ。

 

「うん。じゃあ。とりあえず、サンドバッグから解放してくれないかな」

「あ。はい」

 

 私の周囲には、複数の美女美少女が取り囲んでいる。

 彼女らはこの世界の住人で、侵入者を今まさに警戒しているのだ。

 

 凍りつく美貌を持つコンゴウ(蒼き鋼のアルペジオ)。

 デジキャラットみたいな猫耳美少女の明石(アズールレーン)。

 JK風お嬢様の熊野(艦隊これくしょん)。

 

 そして目の前にはあの神々しい少女が。

 息も絶え絶えの状態で、何故かサンドバッグ(Elona)に吊るされていた。

 なんでじゃ。

 

 

 

「娘たちに任せるには酷だったとはいえ。君の元へ辿り着くのは、中々に骨だったよ」

「す、すいません」

「うむ。実に頼もしい限りだ」

 

 この少女は私とほぼ同じ能力を持つとはいえ、生身の肉体的には貧弱らしい。

 私のセンサーは、適当な棒で殴ればそのまま死んでしまいそうだと告げている。

 まあ私と同じなら彼女も残機無限故に、それでも問題ないのだろうが。

 

「あそこにあるのはアイワナの月かい? 三回襲われたが、アレが特にキツかった」

「まあ、です」

 

 彼女はこの世界に侵入し、私を探していたようだが。

 防衛システムに見つかって、一応の責任者である私の元へ運び込まれたらしい。

 彼女は暴行を受けたが、結果的に私に会えたので問題はないとのこと。

 それで良いのだろうか。

 

「ところで、ここの世界は」

「シド星ウィルキア王国、ルルイエ泊地ですけど」

「ふむ」

 

 自分で口にして何だが、ひどい世界だ。

 規則があるようで、不規則に。

 この世界は色々なものが、節操なく混ざりすぎている。

 ドラえもんの力をもってして、他の事にも手を出していた私のように。

 

「ふむふむ。君の記憶の断片が、いくつも積み重なった場所、ということか」

「みたいです」

 

 この世界は、他ならぬ私のものだ。

 目の前の少女が“ハロー・ワールド”という世界を持っていたように。

 私が所持し、私が支配している世界なのだということが分かる。

 

「じゃあ、この世界の名前は決めているのか」

「ええ」

 

 この世界は見覚えが無いが、知っている。

 幼いころから夢見がちだった私は、いつからかこのような世界を思い描いていた。

 この世界の住人は私が出会った全てであり、私の中で永遠に生き続ける存在なのだ。

 その有様は、遊戯王のペガサスのそれに良く似ている。

 

 ―しかしまさか、私が“実際に“この世界を持つことになろうとは。

 

「この世界は、“カングバンド”。私が完成を夢見た世界の、成れの果てです」

「大元は冥王モルゴスの鉄獄(Angband)か。良い名だ」

 

**

 

 とりあえず、気持ちが落ち着いたので。

 彼女と共に、私は彼女の世界に戻ることにした。

 

 少女がデロリアン車を呼び出し、私がそれに相乗りした後。

 彼女が管理している世界の一つらしい場所に着いたのだった。

 

 そこは東京スタジアム程のドームで、中は薄暗いがハッキリ照明がついている。

 中心の鉄格子の中で、勇者と魔王が闘っている。

 その周囲には現代風の若者たちが集まっていて、やれーだの殺せだの言って騒いでいる。

 

 見た感じどうも、剣闘士の闘技場に類するものが行われているようだ。

 

「ただいま」

「お。ちーす」

 

 ドームのロイヤルスイートの席で、あの黒い黒い少女が立ち見していた。

 こちらを確認するや、あちらは簡単なあいさつをした。

 

「アリス。さんでしたっけ?」

「ん。呼び捨てで御願いします。俺はフレデリカ様の小間使いに過ぎないんで」

 

 なんか、彼女から距離を感じる。

 ほぼ初対面だし仕方はないか。

 

「俺たちでは、“超自然”の御方には敵いません」

 

 その言葉に首をかしげそうになるが。

 恐らくは、私のような存在のことだと見当がついた。

 

「わ、私たちのことですね」

「私が名づけたのさ。私の関連世界では私たちの事を、そう呼ぶのだ」

 

 詳しいことは用を済ませた後で、詳しく説明しよう。

 彼女はそう言ってほほ笑む。

 

「で、サイタマは元気にしているかい?」

「よく楽しんでますよ。ほら、丁度今から殺るみたいです」

 

 そういえば、ここに来たのはサイタマでか。

 今更ながら、そのことを思い出した。

 私は時空が自由自在なので、その内に彼と会おうと思っていたが。

 

 なるほど、彼はここで戦っていたのか。

 この少女の元なら、彼の期待する強敵と合えるのかもしれない。

 

「金属の、スライムか」

 

 先ほどの試合が終わり、新しい試合が始まるようだ。

 電光掲示板には、【ハゲマントvs. はぐれメタル】と描かれている。

 

 はぐれメタルといえば、ドラクエに登場する経験値の塊として有名なアレであるが。

 見た感じ、どうも様子がおかしい。

 

「あれは、変愚蛮怒のはぐれメタルですね。見た感じ、サイタマなら倒せるかな? ってぐらいの強さのようですが」

 

 それには目が一つしかなかった。

 鈍い金属色の身体をゆらゆらとさせ、口もないのに笑顔を浮かべているのが分かる。

 

 それを狩ろうとするものがいても可笑しくはないが、間違いなく狩られる側は逆となる。

 

 ドラクエのモンスターというのは、どこか愛嬌のあるデザインなのが常であるが。

 目の前に見えるはガルマッゾの同類だろう。

 

「タカオ様なら、どうやって倒します?」

「“さそうおどり“と、”まじんぎり“なら、確実そうですね」

「そう言える所は、流石っすね」

 

 物理攻撃以外に完全な耐性を持っているはずのアレは、奇妙なことに“魔法で完全に制御されている”のだ。

 サイタマが今入場しているのに、襲わないのがその証拠。

 つまりは明確に弱点が存在しており、私にも制御が可能であるということを示している。

 私では勝負にならないだろう。

 

(とはいえ、這いうねる混沌『ナイアトラルホテップ』や、いたずら者の『ロキ』等を易々と葬る変愚プレイヤーでも裸足で逃げ出すほどの、HDDクラッシュに例えられる程の雑魚モンスターです。彼はどう相手どるのでしょうか?)

 

 はぐれメタルもワンパンマン世界なら、“竜”を超える脅威であろう。

 サイタマ程強いかと言われれば微妙だが、強さ自体はかなり近い。

 良い勝負になることだろう。

 そして、勝負は強さだけでは決まらない。

 

 今、ゴングが鳴り、戦いが始まった。

 

**

 

 先手を仕掛けたのは、はぐれメタルだった。

 サイタマもありえない程早い、しかしはぐれメタルはそれより早かった。

 それは複数の神話体系を含んだ世界の、あらゆる怪物の中で最速なのだ。

 ドラゴンボール世界級でなければ、一回行動する毎に三回以上の行動が許される程に早い。

 そして、彼はまだ本気ではないようだ。

 

 最大閃熱呪文(べギラゴン)が唱えた瞬時に発動し、炎の渦となってサイタマの身体を包み込む。

 変愚の魔法というのは高難易度だが必中である。

 難易度はそこまで高くない魔法とはいえ、使い手の格により決して軽くは無い威力であるはずだ。

 

「―」

 

 だが、当然のようにサイタマはノーダメージである。

 所詮は炎属性の魔法。

 炎に対して免疫があれば、全くダメージを受けない攻撃だ。

 勿論、サイタマはその手の耐性を持っている。

 

 彼が何かしらのアクションを起こす前に、それは瞬時に跳躍した。

 決して目に留まらず、リングの中を360°自在に飛び回る。

 それの“にげだした“は目に留まらないスピードだ。

 だが、決して逃げ回っている訳ではない。

 

「それを私たちの目で視認できる、ということは。あのリングの時空だけ捻じれてますね」

「ま、こうでもしないと。一般人は観戦できないですんで」

 

 言うまでもないことが、それは非常に臆病な存在だ。

 早くて固くてHPが少ない、そこまでは原典(ドラクエ)と同じである。

 ただ一つ違うのは、それが殺意に満ちているということなのだ。

 

 極大爆裂呪文(イオナズン)が唱えられ、炸裂する。

 そして、当然のように直撃する。

 避けることは決してできない。

 

「ッ!」

 

 カス当たりではなく、明確にダメージがある。

 寮としては少しながら、彼の身体の“体積”がすりへっていた。

 その様子は、金色のガッシュにおけるクリア・ノートの攻撃が当たった感じ、と評すべきか?

 

「サイタマ。魔法への完全耐性がないのですか」

「少なくとも、この彼は。ということだろう」

 

 無色の魔力による爆発は、決して何度も受けてはいいものではない。

 何度も受ければ、死に至るのは想像に難くない。

 

「さあ、サイタマ。遊んでいる暇はないぜ」

 

 彼はスロースターターだが、やる気があれば話は別だ。

 彼のプレッシャーが一気に膨れ上がり、彼もそれと同じスピードで動き回るようになる。

 しかし、それでもそれに届かない。

 

 魔法としての瞬間移動(テレポート)を持つそれは、瞬時に距離をとることができる。

 それに対して物理的な移動手段しか持たない彼には、それと適切な間合いを取る事ができないのだ。

 その上でスライムの身体が、サイタマと同程度の速度をたたき出すのだからたまったものではないだろう。

 

「成程。アレならば、彼の強さを測ることができるのですね」

「彼、随分と体力があるんだね。ここまでして、少しずつしか削れないとは」

 

 とはいえ、このままなぶり殺し、というのも違うようだ。

 完全に見える、あのショートテレポートだが、欠点もある。

 

 あのテレポートはランダム制御で、着地点が制御できないタイプなのだ。

 テレポート魔法にも制限がかかっているようで、リングの範囲内にしかテレポートできていない。

 となると、彼の隣にテレポート、ということも十分有り得る。

 

 しかも、どうも“乱数のかたより”が見える。

 コンピューターゲームというのは、乱数に使うテーブルが不完全にならざるを得ない。

 そのためゲーム中連続して攻撃を空振りするとか、レアアイテムを良く拾うなんて現象が起こるのだが。

 それが、この現実でも起きている。

 

 だから、似た範囲にテレポートする、なんて現象が今まさに起きていて。

 サイタマがそれを捉え、拳を入れた。

 

「うお!?」

 

 しかしスライムの身体で半円を作り、その攻撃を“ひらりとみをかわした”。

 はぐれメタルは素早さだけでなく、防御力も高いのだ。

 

「必殺“マジシリーズ“」

 

 見かねたサイタマはダメージを必死に耐えながら、力をためる。

 あの構えは見覚えがある。

 

―マジ反復横跳び!

 

 全力の反復横跳びが、無数のサイタマを作り出す。

 そしてそのまま突進するのだ。

 

「まずいですね。変愚のはぐれメタルは“アレ“があるのに」

「アレ、か」

 

 それを見たはぐれメタルが動きを止め、手を作り出して天に掲げる。

 手で光を握り、束となる。

 それを分身するサイタマ目がけて投げつけた。

 

―光の剣

 

 あれこそが超能力で出来た、必中の攻撃。

 光はサイタマの幻影にぶつからないかの所で爆発して。

 檻の中を力で満たした。

 

「死んだか?」

 

 光が一体に包み込んだので、中の様子は見ることが出来ない。

 流石にサイタマでも、今ので死んだかもしれない。

 別に死んでも、私と少女がいるので、復活は容易だけど。

 いざとなったら、私がザオリクでもべホマでもかけることにしよう。

 

 とはいえ、死んではないようだ。

 

「お?」

 

 なんか、リングの中に、地面で出来たかまくらがある。

 多分、あの中にサイタマがいるようだが。

 瞬時にアレを作って回避したか。

 

「地面は、耐神構造とかではないのですか?」

「まあ、そんぐらいはしてますけど。あの程度の芸当は、出来なくもないですかね」

 

 それを見た、はぐれメタルが魔法をいくつもぶつける。

 しかし、地面はびくともしない。

 地面にも攻撃はできるが、破壊はできない、ということか。

 崩すには地面を採掘しないといけないが、魔法にはそれができない。

 

「穴熊、ですね。これはサイタマの勝ちになりそうです」

 

 このままタイムオーバーなら、はぐれメタルの勝ちなのだが。

 だが、それはその戦術を取ることは無い。

 モンスターとしてのそれは、怪物故にその概念を理解できない。

 それは臆病だが、殺意しかないのだから。

 

 それは慎重に、慎重にかまくらへと近づく。

 時々テレポートでフェイントをかけるさまは、だるまさんがころんだを思い出す。

 

 そして、その触手がかまくらに手を伸ばした瞬間。

 かまくらが壊れ、サイタマ渾身のストレートが撃ち込まれる。

 

 パンチは見事に命中し。

 液体の身体がふるふると震え、そのままびしゃりと崩れ落ちた。

 かいしんのいちげき、といった所だ。



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ある風景の中で その②

絵や小説は描きたいのですが。
リアルの問題が大変になりまして、参ってます。
時間と余裕はあるけど、問題解決の糸口が見つからない...


 サイタマが歓声に包まれながら、無表情で試合のリングを出ていく。

 暫くすると、通路を通ってここまで歩いてきた。

 治療が既にされているようで、体には傷一つない。

 

 私たちが適当な賞賛の言葉をかける。

 すると突然、彼はそろそろ帰ると言い出した。

 

「もう帰るのか。もっとゆっくりしていっても良いのに」

「日課があるからな」

「なるほど、です」

 

 彼の日課のトレーニングと、趣味でやってるヒーロー活動のことだろう。

 どっちもここでもできることだと思うのだが。

 とはいえ、あの世界でするから意味があるとか、そんな感じだと思う。

 

「そうか。じゃあ、困ったことがあったら、私の方から君の所を訪ねるとしよう」

「ん。覚えておくわ」

「また会いましょうね」

 

 アリスがガラスの窓をこつんと叩くと、ガラスは液晶となりサイタマの部屋を映し出した。

 そうしてサイタマは歩いてその中へと吸い込まれていった。

 なんとなくだが、いつもと違って嬉しそうな背中に見える。

 

「良いヒーローだな。ほれぼれするよ」

「です」

 

 彼は人格者というわけではないけども。

 それでも彼は、ヒーローの心を持っている。

 

 それはそう、いざというときに体が先に動くような。

 そういう心が、私も欲しかったと思う。

 心というか、どうも私はドンくさい所があったから。

 

「彼のような子を作ったこともあったが。やはり、オリジナルは違うよね」

「彼を、ですか?」

「うん」

 

 この幼げな少女が、彼を作ったことが?

 サイタマって原作中でも、結構アレなところを見せていたような。

 日本(?)での就活も上手くいっていないようだったし。

 かといって、アメリカンなヒーローっぽくもないような。

 彼はあっちでも人気と聞いたが、何で彼ってアメリカンにウケたのだろうか。

 

「彼が現実にいても、上手くはいきそうにはないでしょうけど」

「そうさ」

「そうなのですか?」

「私も、生前の世界というものがあったのだけどね」

 

 私と同様に、彼女にも”前”があるらしい。

 【超自然】となる前の、恐らく人間という生き物としての時代が。

 その時代は”この世界”が生まれる前のことらしく、私でも読み取ることができないのだが。

 

「今も昔も。私は望まれるままに、子を作ってきたのさ」

 

 ああ、自己紹介がまだだったね。

 そう言って、彼女は改まった。

 

「私はフレデリカ。フレデリカ・マーキュリー。【秩序】という世界群の、トップの一席を務めさせてもらっているよ」

 

 名前の元ネタはフレディ・マーキュリーかな?

 しかし、【秩序】ときたか。

 あまり支配者っぽくはない人だが、私たちの力さえあれば支配なんて余裕だろう。

 私たちは鼻をほじるより簡単に世界を支配できるからなあ。

 

「事業内容は、いくつかの世界の管理・運営をしている。私たちは基本、ボランティアだね」

「ボランティア。ですか」

「この私にとって、“今“は長い老後みたいなものでね。この力を持って、自分の名前のついた市民ホールや大学を建てたりしているのさ」

「はあ」

 

 自分の名前の建物って、センスが独特だなあ。

 マーキュリー大学ってか。

 メリケンらしいというべきか?

 

「あとは【超自然】の研究も、私の活動。これは私たちをしても、やりがいのある仕事だね」

 

 ああ、大学といえば私の世界に通っていた大学があったっけ。

 私が書いてた論文も、ついぞ完成することはなかった。

 後で先生に挨拶にいかないと。

 

「私の他の人って、普段は何をしているのでしょう」

「好きにやってるのさ。【秩序】・【中立】・【混沌】とね」

 

 秩序・混沌と聞くとTRPGを思い出す。

 間違いなく、この人は秩序側だろう。

 では、私は?

 

「【秩序】の【超自然】は、”(フレデリカ)”と”中立(スティング)”・”(ベアトリス)”で三人。二人は主に治安維持を担当しているよ」

「名前は英国のミュージシャンが由来ですか」

「うん。私の父が音楽好きでね。それに倣っているのさ」

 

 多分この感じだと、他の”人”も同じ命名法則かな。

 その場合、私の名前は浮きそうだ。

 

 ―あれ? 何か違和感が。

 それに、”私”でも気づけない?

 恐らく【超自然】の力だろうけど。

 この人も気づいていなさそう?

 

「【中立】はともかく、【混沌】って。世界でも滅ぼすんですか?」

「そうだね。この世界全体を滅ぼそうとしているよ」

 

 この”世界を滅ぼす”は、認識できる世界全部って意味だろう。

 つまり、この人の世界も、私の世界も、その人たちの世界も。

 なにもかもを。

 

「て、敵対しているんですか?」

「全面的に協力しているよ。可愛い子たちだしね」

「えー」

 

 何考えているのだろう、彼ら。

 しかも可愛いって。

 なぜか、虎が人間にじゃれつく光景を思い浮かべたのだけど。

 

「私たちにもラグナロク的な終末があってね。彼女たちはそのための準備をしているんだ」

「終末、ですか」

「楽しみにすると良い」

 

 ああ、そういうことならば分かる気がする。

 物語の悪役でたまに見るパターン。

 長生きのあまり、今の世界に飽いているのだろうか。

 

「その時は、君も参加するかい? その日には皆でさ、バーベキューでもしようよ。食べ物と飲み物を持ち寄ってさ」

「か、考えておきます」

 

 この人も今の世界に飽いているのだろうか?

 いや、多分違うのだろうけど。

 

 彼女は世界滅亡計画に対して、本気で喜んでいる。

 私では、良くわからない考えだ。

 

「でも、いいんですか?」

 

 光なき少女、アリスに再び目を向けた。

 【超自然】ではないが、人間とも違う彼女は。

 何を考えて仕えているのか。

 

「俺は別に。俺も大概、死ににくいですが。永遠に生きる趣味もないし」

「ああ。そういうことですか」

 

 彼女も人間からしてみれば、あり得ないほど裕福だし生きている。

 自分たちの終わりに対して理解はしていると見るべきか。

 

「つーても、【中立】の人らは納得していないみたいですけど」

 

 ―彼女?

 

「てか彼女たちって。私たち全員女ですか?」

「そうだよ」

「えー」

 

 全員女て。

 日本の美少女ゲーじゃないんだからさあ。

 それはどうなのだろう。

 

「私たちは性のシステムから解放されているからねえ」

「はあ」

 

 私の脳内コンピュータのデータベースをひっきりなしに作動させる。

 カリカリカリ。

 

 あーなるほど、究極カーズと同じ理由なのか。

 存在が自己完結してるから”繁殖”する必要がないんだ。

 原初の生物は女だけらしいし、納得といえば納得か。

 

「後は、私のジンクスの所為かな」

「何か、トラウマが?」

「うん」

 

 私が男のままだったならば。

 

 私も、男としての幸福を考えたことはある。

 例えば、幸せな結婚をするとか。

 今は、叶わぬ夢となったけど。

 

 彼女がそれをしなかった理由は?

 

「私が男の子を作るとね。皆、死んじゃうんだよ。それも立派にね。それはそれで男らしい生き方なんだけど、私としては不満だったんだ」

「ああ。それで私を」

「そういうことさ」

 

 この場合は。

 多分、アキレウスやカルナみたいなことが起きたのだろうなあ。

 母の幸福と男の幸福は一致しないということが。

 

「気が向いたら、彼女たちにも挨拶をしに行くと良い。私が事前にメールを送っておこう」

「お願いします」

 

 いずれ会うだろう他の【超自然】と彼女の子供たち。

 私の手では、いまだ知らぬ領域の人たちだが。

 ”彼女”たちとの出会いは、私にとってどういう価値があるのだろうか。

 

 

**

 

 

 

「それで、仕事の話なんだけど」

「どういう仕事ですか」

 

 彼女が仕事と報酬を用意し、私がそれを達成する。

 今は、それが私の生きがいとなっている。

 

 私は指示待ち人間ばりに、何をすればいいかわからない状態になっているので。

 この依頼は有難かった。

 

「ドラえもんの代わりをしてくれないか」

 

 ドラえもん、かあ。

 私はドラえもんの力が素になっていたけども。

 ここでまた関わるのか。

 

 私が、ドラえもん?

 うーん、否定できないなあ。

 

「のび太君の子守り、ですか。それはどうしてですか?」

「ドラえもんの世界の中に、因果律が狂った世界があってね。それを治して貰いたいんだ」

 

 私の管理する世界の一つさ。

 そう彼女は補足する。

 

「塩漬けしていた依頼でね。君のような事のためにとっておいていたのさ。私たちでは過分だけど。私たちが必要なぐらいには厄介な依頼でね。やってもらえるかな」

「わかりました」

「報酬は、まだ考えているが」

 

 特に異論はない。

 厄介な依頼、ということでもなさそうだ。

 彼女が大きな間違いをしたり、嘘をつくとは思えない。

 

「今回の前払いとしては、君の妹でも作ろうかな」

 

 私の中で、電流が走る。

 

「ひょっとして、それは”アタゴ”ですか?」

「うむ」

 

 アタゴ、それは私の可愛い妹。

 私たちは互いに信用が置ける兄弟だった。

 私の前世の、たった一人の拠り所だった子。

 

「嬉しいです。こればっかりは私が作る訳にはいかない問題ですし」

 

 妹を話にできなかったのは理由がある。

 もちろん、私の力で妹作ることはできたのだが。

 ただ私が作るとなると、妹(elona)的な何かになると思ったからだ。

 だから、彼女が作ってくれると本当にありがたい。

 

「オッケー。ああ、娘の一人によると、君が最後の【超自然】らしい」

 

 今度は”失敗”しない、ということだろう。

 私もなんとなく、そんな気がするが。

 念には念を、か。

 

「今回は大丈夫なはずだけど。君の“姉“にも監修してもらうつもりだよ」

 

 フレデリカの傍らに控えていたアリスが、大きな鏡を展開する。

 その鏡がワープゲートになり、そこから人が出てくる。

 

「御呼びですわね。お母様」

 

 長い黒髪の、綺麗だが不潔な少女だ。

 ゴスロリ服の上に、なぜか血濡れの白衣を着ている。

 確実な品を感じるが、同時に邪な気配を感じる。

 多分、敵ではないようだけど。

 

「彼女が製造順的に、君の姉にあたる子。私の意思を一番継いでいる者さ」

「デイジー・ベル、ですわ。可愛い妹よ」

 

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 すぐさま彼女に近づいた。

 

「お姉さまと御呼びしてもいいですか?」

 

 そう言った途端、お姉さまの笑顔がやや引きつっていた。

 ああちょっと、変な何かが出てしまったかも。

 

「ふふ。お母様、助けて下さいまし?」

「タカオ、引いてる引いてる」

「はい」

 

 アリスと同じように。お姉さまも【超自然】ではない。

 見知らぬ【超自然】を前に、警戒するのは当たり前か。

 

「彼女ね。姉妹萌えなんだよ」

「まあ。そうなのですの」

「私は長男でしたので」

「あらあら。うふふ。元気がよろしいことで」

 

 ちょっとびっくりしていたが、今は優雅な雰囲気を漂わせている。

 眼には明るい光、穏やかな笑みを浮かべている。

 

「君の妹は、彼女がゆっくり調整して君の元に送るつもりさ。時間旅行で、すぐ来ても良いな」

「お待ちしてます」




今度こそ次からドラえもん編です。
気が向いたら更新します。


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ドラえもんのうた その①

 てくてくと歩いていくと、あの人から依頼された世界につくことができた。

 

「ここが。ドラえもん世界、のはずですが」

 

 あの人のマーキングらしきものがあるので、指定された世界で間違いないはずだが。

 

 ここは見渡す限りほぼ黒一色の世界。

 空気も水も、地面もない。

 それだけで、ここは外からのあらゆる存在を拒絶している。

 

 そんな世界の中に、密閉されたビオトープがぽつんあった。

 

「なるほど。因果律が狂っているとはこのことですね」

 

 小さな水槽の中を覗くと、そこは1970年の日本の光景が。

 ただしこの世界には”過去”と”未来”が存在しない。

 この世界は、サザエさん時空と似た状態だ。

 このまま放置しておけば、永遠に1970年を繰り返すだろう。

 

「えい。『過去・現在・未来永劫斬』っと」

 

 ”無”を振りおろし、水槽をすっぱりと切断する。

 そこから中身が散らばり、広がっていく。

 そうしたらあっという間に、ドラえもん世界の完成である。

 

 タイムマシンがある世界を普通と言って良いのかは疑問だが。

 ともかく、普通の状態になったのだ。

 

 闇は既に無く、目の前には例の空き地が見える。

 

『 。あー。もしもーし。聞こえますか?』

 

 どこからともなく電波を受信した。

 相手の場所は、この世界の近くのようだが。

 このハッキリとした声は聞き覚えがある。

 

「アリスですね。どうしました?」

『こっちの方でも因果律の正常化を確認しましたんで。そのことを連絡しました』

 

 これで、仕事の殆どは終了だ。

 あの人の言った通り、なんてことは無い簡単な仕事だ。

 とはいえ、まだ報酬は支払われていない。

 

「私はこのまま、のび太君の子守をしたほうが良さそうですかね」

『ええ。アタゴちゃんが完成するまで、暫くかかるそうなんで。勿論、時を加速させても構わないそうですが』

 

 時間操作ができる私にとって、待つことに対して意味はない。

 

 どうするかな。

 できれば、すぐにでも会いたい所だが。

 とはいえ、私には永遠の時間がある。

 

「そういうことでしたら、大人しく待ちましょう。可愛い妹のためです」

 

 あの人は丁寧に作ってくれるだろう。

 その結果を”待つ”というのは、案外いい時間の使い方なのかもしれない。

 私はせっかちだが、待つことには慣れている。

 

『あー。それと、もう一つ』

「何でしょうか」

『俺はこのまま、タカオ様の監視に移りたいと思いますが』

 

 監視というと、【超自然】になる前の私に関することだったか。

 あの時のように計測するつもりだろうか。

 

「監視、ですか。フレデリカ様からなら、私は特に何も言うことは無いのですけど」

『それもあるんですけどねえ』

 

 明らかにめんどくせえって感じのため息が聞こえる。

 あの人って嫌な仕事を押し付ける人なんだろうか?

 私に転生しろって言ったみたいな仕事とか、その部類?

 

『ほらタカオ様って、新しい【超自然】な訳でしょ? その力に目をつけた”人達”がいましてね。そいつ達からの依頼ですよ』

「はあ」

 

 私なんかが欲しい人がいるのだろうか?

 いや、私の力だけが欲しいって人はいるのだろうなあ。

 恐らく、私の人格は必要とされてない。

 

「ま、タカオ様達ならどうということの無い奴らなんで。どっちの監視も好きに切ってもらっても構いませんですぜ。俺にとっても、どーでもいい奴らだし」

 

 この力が欲しいと言われてもなあ。

 別にあげてもいいけど。

 

 私の世界の子たちは怒りそうだ。

 

 どうにせよ、私はあまり目を付けられたくない。

 

「では。後者の方は、適当に制限してください。終わった後で、私も確認しますが」

「ご協力感謝します」

 

**

 

 この時代としてはごく一般的な。

 現代の基準からすればなかなか豪華な。

 そんな野原家みたいな一軒家の戸を叩く。

 

「ちわー。家庭教師はいかがですかー?」

 

 叩いた扉からは眼鏡をかけた女性が現れた。

 可もなく不可もなく、平均値といった容姿をしている。

 つまりはそこそこ可愛いってこと。

 のび太のママさんこと、野比玉子さんだ。

 

「あら、こんにちは。学生さん?」

「似たようなものです」

 

 私なりに精一杯の笑顔を作る。

 私は笑顔が下手だが、鳥海(アズレン)みたいな感じの笑みが出来ているんじゃないかな。

 

「のび太さんの噂を聞いてやってきました」

「あら。どこから?」

「近所でも噂になってますよ」

 

 これは嘘でもない。

 現実にいても、印象に残る子だろうしなあ。

 

「お子さん、可愛いですよね」

「まあ、うれしいわ」

「何でも、目に入れても痛くないほどだとか」

 

 適当な営業トークを続ける。

 そこそこ気分は良さそうだ。

 

「ですが、本当に今のままで良いのでしょうか」

 

 ここで突然、私はきりっとした表情になる。

 

「お子さんの、成績に悩んでいませんか?」

「うーん、ええ」

「そこで、家庭教師として私を雇いませんか? あ、私。こういうものでして」

 

 ビジネス鞄から取り出した、名刺とチラシを見せる。

 両方には”イリアステル コーポレーション”との名前が書いてあり。

 この会社が私の身分を保証している。

 ということになっています。

 

 とはいえ、この世界では実在する会社にしてある。

 教育とATARIの販売をやっている会社だ。

 

「今なら一か月無料、お試しキャンペーンやってます」

「うーん?」

「お子様が気に入られないのであれば、解約して頂いても構いませんので。勿論、その時には一切料金は頂きません」

 

 あれ?

 あんまり反応が良くないぞ。

 

 これはちょっとやばいかも。

 

「”まあまあ”。やってみて損はないですので、ここにサインをお願いします」

 

 ゴリ押しとばかりに、”まあまあ棒”を使う。

 他にも手段があっただろと思わないでもないが。

 

 結構これ、お気に入りなのだ。

 黙ったけど納得してない、って所が特に。

 

「まあ、いいかしら?」

 

 やった。

 まいどありー。

 

**

 

 

「のびちゃん。今日から家庭教師の先生が来てくださるようになったから。がんばるのよ」

「はじめまして。タカオといいます。これからよろしくお願いしますね、のび太さん?」

 

 おお、この場所に足を踏み入れることになろうとは。

 ただ、思ったより広くはない部屋だ。

 私が青年くらいの伸長なので、そう見えるだけだろうが。

 

「えー」

「のびちゃん! 先生に対して何て態度をとってるの?」

「はーい」

 

 そして、うだつが上がらなさそうに寝転がっている少年。

 もちろん、のび太君である。

 

「早速、失礼しますね」

 

 ママさんが部屋を出て行った後。

 改まって、部屋を眺める。

 漫画本やおもちゃがあったりはするが、物は少なく散らかってはいない。

 子供の部屋としては、かなり綺麗な方ではないだろうか。

 

 その中で、私はランドセルに目を付けた。

 

「見ても?」

 

 彼は若干の不安と恐れを抱いた表情で、こちらを見ている。

 ばつが悪そうに、とはいえ拒否することはなく。

 やや俯いたまま公定するのだった。

 

「ねえ。先生」

「はい。なんでしょう」

 

 受け答えはしたまま。

 ノートや教科書、宿題やらの紙類をぱらぱらと見ていく。

 分かってたけど、悪い意味で綺麗な状態だなあ。

 

「僕でも、勉強なんて。できるようになれるかな?」

 

 そんな諦めや達観の表情を浮かべないでほしい。

 流石に悪いことをしちゃったかな、と思うのだ。

 

「大丈夫ですよ。あなたはそのままでも十分に魅力的なのですから」

 

 私は雑にランドセルを戻し。

 部屋の中の、例の勉強机に手をかける。

 

 そう、本来ならタイムマシンが入っているであろう例の机だ。

 

 そこを思いっきり引き出し。

 私はある”もの”を引っ張り出した。

 

「そうですよね? ”殺せんせー”?」

「ニュルフフ。その通りですねぇ」

「わああ!?」

 

 それを見たのび少年は、思わずひっくり返った。

 鮮やかな黄色をした巨大なタコが、机の中から飛び出してきたのだ。

 驚いて当然だろう。

 

「初めましてのび太君。私の名前は”殺せんせー”。趣味は教育と惑星破壊。タカオ先生の願いにより、あなたの学習をサポートしますので。コンゴトモヨロシク」

 

 にやけ面を隠さない、古めかしい教授服を着た怪物が流暢に自己紹介をする。

 どう見ても人間ではないのに、どう見てもツッコミ処満載なのに。

 その姿は手慣れていて、どこか温かさすら感じさせる。

 

「とまあ、私一人では不安でしょうけど、適宜数人体制で教えていきます」

 

 これが私の秘策なのだ。

 私には人を教える技術なんてないのだが。

 それでも何も問題ない。

 

 私の作り出した世界には、魅力的な教師がたくさんいるのだから。

 そこから持ってくればいいのだ。

 

「先生は、何者なの?」

 

 大きく、困惑しながら。

 しかし今度は好奇心をのぞかせてこちらを見てくる。

 

「殺せんせー、がですか?」

「それと、タカオ先生も」

 

 いい顔だ。

 それでこそ、君は主人公なのだ。

 

「ふふふ。私たちは漫画のヒーローですよ」

 



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ドラえもんのうた その②

Breakers Collectionが2020年に発売される記念に。
サンダー(→)・クラウザー(↓)。


「全問正解! よくできました」

 

 今日は休日。

 天気も良く、今日は勉強日和です。

 

 朝、のんびりと朝食を食べた後。

 のび太君は殺せんせーとお勉強中だ。

 

「ねえ殺せんせー。これ、小学一年生の問題だよ。こんなかんたんな問題ばっかりでいいの?」

「おお、良くぞ聞いてくれました」

 

 勉強机にかじりついているのび太君って中々貴重に感じる。

 彼って寝っ転がっているか机で寝ているかのどっちかだろうから。

 

「今の君に必要なのは自信です。自分にもできる、という思いが何よりも大切なのですよ」

 

 ああ、彼はやれば出来る、というのは知ってるけど。

 彼もやろうと思えば、テストで100点を取る事はそう難しくないはずだ。

 

「では。簡単な問題に慣れた所で、前にやったテストの問題をやってみましょう」

「えー。こんなの僕には無理だよ」

「ニュルフフフ。大丈夫です。分からない所は積極的に聞いてください。ここには学ぼうとする君を笑う者はいません」

 

 この調子だと彼も普通に勉強が出来るのも、そう遠い未来ではないように思える。

 

 うん、頑張ってほしい所だ。

 

「今日できなくても、明日できるようになればいいのです。それこそが人間の力なのですから」

 

 殺せんせーも中々良い事言うなあ。

 私もこんな先生が欲しかったです。

 

「ふふ。楽しそうだなあ」

 

 触手に指導を受けている少年は、案外まんざらでもなさそうで何よりだ。

 

 しかし、教育とは。

 私が人に教えるなんて。

 

 研究室のころは、後輩に教えることが多少はあったが。

 私って基本的に人望無かったからなあ。

 

 

 

 ―私の精神だけが、少しだけ昔の別の場所へと飛ぶ。

 

 そこは私の中にある脳噛ネウロと暗殺教室の世界。

 現代的な私立椚ヶ丘中学校の理事長室である。

 

「今回の件は、貴方が教えたかったりします?」

 

 目の前には落ち着いた机に座っている男性が、高級だが下品ではない整ったスーツ服を決めていて。

 部屋には至るところに何らかの賞のトロフィーだとかが、それもごく最近のばかりのものが飾られている。

 彼こそは暗殺教室の悪役、浅野學峯だ。

 

「彼は我が校の中でも、私に次ぐ優秀な教師だ。タカオ先生からの依頼であっても、彼ならば安心して任せられます」

 

 アルカイックな笑みを浮かべる彼は、人好きな指導者のそれだ。

 のび太君の教師は彼にお願いしてもよかったかな、と思うところもある。

 

「もし、より盤石な体制が必要でというのであれば。私がのび太君の学校に赴任しましょう」

「んー。そこまでする必要はないと思いますが」

 

 そこまでやったら、のび太君の担任先生(あの人の名前なんだっけ?)の立場が危ういのではなかろうか。

 有能かどうかは知らないけど、のび太君には慕われていたのに。

 浅野先生が色々したら、魔改造される未来しか見えないぞ。

 

「タカオ先生。教育の本質とは何だと思われますか?」

「哲学的ですね」

 

 理事長先生が、ぐっと椅子を引いて。

 姿勢を整える。

 

「私はあまり、教育を良くは思っていません。別に、あなた方が嫌いな訳ではありませんが」

 

 私は、教育は、その、うん。

 親や先生方には良くしてもらったが、あまり良い思い出が無い。

 それらにはいくつかのトラウマがある。

 それは、教育というものの体質が関係していると後から知ったものだ。

 

「賢明な判断です。なにせ、教育とは"誰もが出来る簡単な仕事"ではないのですから」

「すみません」

 

 割と強くあたってしまったつもりだったが、理事長はまるで困ったように笑うだけだ。

 殺せんせーも含めて彼らは、私の世界の住人だ。

 どこぞのアカネちゃんのように、基本は創造主である私に絶対服従である。

 

「人の心を砕き、自信を絶対と信じ込ませ、そこから新しい価値観に矯正する。つまり、我々のしていることは―」

 

 とはいえ、私の世界の全員が単なるイエスマンや太鼓持ちという訳でもない。

 彼らは私のためなら辛辣な言葉だって吐いてみせる。

 というか、そっちの方が私的には好みなのだが。

 

「洗脳ですよ。優れた教師であるということは、優れた教祖でもあるということです」

「必要なことではあると思います。自然のままの人間なんて、見れたものではないのですから」

 

 教育とは洗脳、確かにそうだろう。

 となると、分かっていたが、一つ問題がある訳で。

 

「先生は、のび太少年をどうするつもりで?」

「どうしたいか。ですか」

 

 私は子守を依頼されたが、特にノルマとかはない。

 別に失敗しても、あの人は怒らないだろう。

 良く言えば気楽な、悪く言えば責任が無い、今回はそういう仕事だった。

 

「私には、のび太君にに示せる道がありません。彼をどうしたい、というのが強く無いのですよ」

 

 私も先生になりたい、とは思ったことがあったが。

 結局はならなかった。

 自信のない私は、根本的に教師に向かないからだ。

 

 故に、私は私の世界の住人に教師役を任せたのだ。

 

「成程。彼自身に選択を任せるつもりだと」

 

 殺せんせーは生徒の自主性を重んじる教育方針だ。

 恐らく今回の場合、経営者的な目標を持つ理事長より適任だろう。

 

 

 

 ―そして、再び今に時を戻す。

 

「タカオ先生」

「どうしました?」

 

 気づけば、のび太君は勉強が一息つき、一休みしているようで。

 私に注意を向けている。

 

「それ、なあに?」

 

 そうして、私が自分で用意した机の上のそれを指さした。

 ああ、これはこの時代じゃまだマイナーなものだったな。

 

「これはコンピュータです。私達の代わりに計算をしてくれる機械なんですよ」

 

 これは2010年ぐらいの、業務用ノートPCだ。

 私が生きた時代では、最新鋭でも何でもないのだが。

 この時代では間違いなく、どのPCよりも早い。

 

「例えばですね。"=1 + 2"とすると、ほら」

「すごーい!」

 

 というかこの時代、家庭用の電卓もない。

 剛田さんの所の商店が、そろばんで計算している時代だし。

 これも、一種の異世界チートかなあ。

 

「図や文章を作る機能もありまして、これでちょっと教科書を作っていました。あなたが勉強しているのに、私だけ遊ぶわけにはいきませんからね」

 

 いろんな世界を持っている私なら、世界から物を取り出すだけでなく。

 世界から新たに新しい物も作れる。

 

 教えるだけなら、適当に塾の教材を持ってきてもいいけどね。

 私だけ遊んでいるわけにもいかない、というのは本当なのだ。

 

「ねえ、僕にもやらせてやらせて!」

「いいですよ。じゃあ、ゲームでもしますか」

 

 ちょっと遊ぶことになるが、まあいいだろう。

 遊ぶことも勉強です。

 

「”サンリオタイニーパーク”?」

「はい、まずは簡単なマウス操作に慣れましょう」

 

 私はキティ―ちゃんたちサンリオキャラクターのゲームを立ち上げた。

 幼児向けの簡単なゲーム集だが、PCのPの字も知らぬ初心者には最適だろう。

 

 

 で、暫く楽しく遊んでいると。

 外から大声が聞こえる。

 

「おいのび太! 野球しようぜ!」

 

 窓から覗いてみると。

 そこにはバットとグローブを持った大柄な少年と、変な髪形の小柄な少年が。

 

 よく見た光景で見間違えるはずもない、ジャイアンとスネ夫だ。

 

「あら、ごめんなさい。のびちゃんは今、家庭教師の先生と勉強中なの」

「ええ!? そうですか、すいません!」

 

 のび太君が対応するか迷っていると。

 玄関から玉子さんが出て、対応してくれた。

 

 ならしょうがないかと、ジャイアン少年たちは気安く去っていった。

 

「のび太の家に家庭教師だってよ!」

「ははは、あののび太が続けるワケないじゃん!」

 

 二階でも聞こえるぐらいの声で、そういっているのが聞こえる。

 それを聞いたのび太君は、また意気消沈しているようだ。

 

 しょうがないなあ。

 

「そうですね。じゃあ、このパソコンで勉強したら、次は野球の勉強しに行きましょうか?」

「え!」

 

 いいの、と聞いてくるが。

 遊ぶのもまた勉強だ。

 この世界では、劇場版イベントは発生しないが、その分彼にはいろんな物を見てもいいんじゃないかな。

 

「でも、ジャイアンたちと遊びたくないや」

「大丈夫ですよ。ジャイアンたちとはしませんから」

 

 野球かあ。

 そうだ、私も久しく野球をしていない。

 

 せっかく身体能力上がったんだし、この際スポーツをするのも良いかもしれない。

 

「バッティングセンターに行きましょう。良いところ、知ってるんですよ」

 

 

**

 

 

 バッティングセンター。

 そこにはバッティングボックスだけでなく、自動販売機やパンチングマシンが並んでいる。

 1970年台にもバッティングセンターというのは全国的に広がってはいたが。

 そこはのび太の時代には似つかわしくない、現代的な装いの場所だ。

 

「目をつぶってますね。ああ、そのままで大丈夫です。バットは振らず、今は良く見てください」

 

 のび太少年が、ややへっぴり腰でバットを振るう。

 ボールはバットにかすりもしていない。

 そんな状況だが、私は彼を肯定する。

 

「いいチャージングです。ボールに慣れたら、次はボールが来る場所にバットを持っていきましょう」

 

 100km/hのアーム式ピッチングマシン、ボロ助の腕が縦回転し。

 ボールがこちらに投げ出される。

 別に変化球でも何でもない、ど真ん中の甘い球だが。

 彼はまだそれしか投げられないし、またそれが彼の正しい姿なのだ。

 

「連コ、連コ」

「ちょ、ちょっと待つだ! お客様!」

 

 ちゃりんこちゃりんことメダルをマシンに入れていたのだが。

 傍にいた若い店員さんに何故だか止められた。

 

「そんなに連続で動かしたら、壊れてしまうっぺ」

「ああ、ごめんなさい。じゃあ別の機体に移りましょうか」

 

 今の時間、他の打席も十分空いている。

 隣の打席でも使えばいいだろう。

 

「ふふ。いいなあ、この感じ」

 

 今、私たちは22世紀の江戸川に来ている。

 ここはこの時代の最新鋭のバッティングセンターという訳ではないのだが。

 それでも、この雰囲気は私の良く知っているそれとよく似ている。

 

 そうしたこの場所で、私たちは暫く楽しい時間を過ごした。

 そして、イベントはまだまだ始まったばかりだ。




描きたいのがあるから、そこまで進められるといいなあ。

???「お姉ちゃ~ん」


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ドラえもんのうた その③

暫くは、こっちの小説に力を入れたいなあ。

今回の執筆にあたって、ハメのスポーツ小説たちを参考にしました。


 バッティングセンターで程よく汗をかいたころ。

 のび太君がギブアップの声を上げた。

 まあ、結構遊んだのではないだろうか。

 

「打ちましたねー」

「つ、つかれた」

 

 水で薄めたスポーツドリンクの容器を手渡した。

 それをのび太君は美味しそうにごくごく飲むのであった。

 

「このまま帰るのも味気ないですし。ちょっと休んでいきましょう」

「うん」

 

 時は夕暮れ。

 22世紀の空飛ぶタクシーに乗って。

 私達は過去ではなく、次の目的地にへと向かう。

 

 ちなみに、私たちが22世紀に居てもいいのかという疑問はあるが。

 まあ、私がドラえもんポジションだしなあ。

 タイムパトロールは青タヌキに甘いのだ。

 よって、彼らは私にも甘い、完璧な論理だ。

 

「ここは、野球のスタジアム?」

「今から草野球チームの試合が始まるそうで。せっかくですし、観戦しましょう。特等席ですよ」

「よくわからないけどわーい!」

 

 私たちは中の受付の人間に顔パスし。

 ドーム型スタジアムにあるボックス席へと足を運んだ。

 

「わああ。すっごい豪華!」

「はは。何か注文します?」

 

 この部屋は窓からだけでなく、備え付けのテレビで観戦することもできる。

 まさにスウィートな待遇の部屋なのだ。

 

 テレビを映すと、そこには複数の個性豊かなドラえもん型ロボットたちの姿が見える。

 

「何あれ。狸型のロボット?」

「猫ですよ。猫型ロボット。ここでは彼らも野球をするのです」

「へえー」

 

 彼らはドラえもんのスピンオフ作品であり”ドラベース”の主人公チーム、江戸川ドラーズである。

 ちなみに、チームの名付け親はドラえもんだからドラーズなんだとか。

 

「おい、クロ。今日の試合の相手、まだ来ないのか?」

「ああ。もうすぐ時間なんだが」

 

 兄貴分のヒョロえもんが、素振りをしているキャプテンの黒猫型ロボットのクロえもんに問いかける。

 グラウンドの整備ロボットたちの作業も終わり、もうすぐ試合開始時刻なのだが。

 観客は満席状態で、彼らは今か今かと試合を待ち望んでいる。

 

 しかし未だ、相手チームは姿を見せない。

 

「ブラックホールズ、ねえ。ぜんぜん聞いたことがないけど、どんなチームなんだろ?」

 

 勿論、試合のセッティングをしたのは私だ。

 22世紀に来たなら、彼らの活躍が見たかったから。

 私があれこれして試合を申し込んだのだ。

 

「!」

「何だろあれ」

 

 突如として闇次元の扉が開き、人間の集団が現れる。

 彼らは黒いユニフォームに深緑のつばという、見慣れないユニフォームカラー。

 顔には影がかかって良く見えないが、その様子から野球をしにきたのは明らかだった。

 

 彼らこそはパワポケシリーズのラスボス、"ブラックホールズ"。

 電光掲示板が点滅し、情報が更新される。

 

 

ブラックホールズ

1 中 マルピノ

2 遊 トモサワ

3 右 アムスト

4 左 ゴヂラ

5 三 キヨモト

6 一 パライソ

7 二 ニーソ

8 捕 サトウ

9 投 シゲゴロ

 

 

*ひみつ道具*

・ころばし屋

・ビッグライト

・どうぶつねんど

 

 

江戸川ドラーズ

1 中 トラえもん

2 右 チビえもん 

3 遊 スズえもん

4 右 エーモンド

5 三 クロえもん

6 一 ヒョロえもん

7 捕 バクえもん

8 二 ピョコえもん

9 投 ヒロシ

 

 

 

『今が旬の草野球チーム、江戸川ドラーズ。本日はどのような野球を見せてくれるのでしょうか』

 

 実況の声に、観客からの歓声が上がる。

 江戸川ドラーズ、草野球チームとはいえ地元故か人気は高い。

 

『対するは次元の向こうからやってきたブラックホールズ。なんと、全員が野球漫画やゲームの登場人物ご本人という驚異のチームです!』

 

 より一層高い歓声が上がる。

 彼らは全員が漫画やゲームのヒーローなのだ。

 人気だけなら全然負けていない。

 

 ちなみに、ゲーム関係は私が趣味で入れた。

 原作では漫画の人物だけだ。

 

「ま、マンガやゲームの人物が相手かよ」

「え、アレ。ご本人?」

「すごーい!」

 

 そう、ご本人である。

 私の世界から持ってきた、とは但し書きはつくし。

 私の趣味が入ったせいで、ベストメンバーではないとはいえ。

 ともかくその実力は本物だ。

 

「面白い! いざ、勝負!」

『さあ、試合開始です。ドラーズ先発はひろし君。ノビのあるストレートとフォークボールが持ち味』

 

 

**

 

 

『いよいよゲームも終盤。7回の表は同点の場面から始まります』

 

 点数は10対10。

 随分と乱打戦になったな。

 多くの選手を抱えるブラックホールズとしては、そういう展開でもいいのだが。

 

「バッターは”ファミリースタジアム”より、マルピノ。バントをランニングホームランにする程度の俊足を持っています』

「お、おい。ヒロシ。大丈夫か」

「へ、へいきだ!」

 

 ひろし君が、肩で息をしている。

 

 人間もロボットもスタミナは有限。

 こうも打たれると投手としては負担が大きいだろう。

 選手数が少ないドラーズはこういった場面で不利だ。

 

『おっとヒロシくん、打たれた!』

「!」

 

 そして弱ったピッチャーで抑えられる程、ブラックホールズは軟な相手ではない。

 ゴヂラから手痛い長打を浴びてしまった。

 

 辛うじてホームランは逃れたが。

 それでもランナーのアムストをホームへと返してしまったのだ。

 

『これは痛い、この場面で一点を許してしまいました』

 

 この後、後続をなんとか抑えきれたものの。

 この一点は両者にとって重い意味を持つ。

 

『ブラックホールズ。選手の交代をお知らせします。ピッチャー、シゲゴロに代わりまして。アスワン』

『おおっと。ブラックホールズ、ここで投手交代。アストロ球団よりアスワンの登板です』

 

 ブラックホールズは投手陣をリレーするようだ。

 この一点を死守するつもりなのだろう。

 

 登板したアスワンは170km/hオーバーの剛速球とファントム大魔球、三段ドロップの三つの決め球を持った怪物ピッチャー。

 どの球も十分に恐ろしいのだが、アスワンはそれを後先など考えず全身全霊を込めて投げ込んでくる。

 その鉄腕を前にして、ドラーズ打線は三者凡退となる。

 

「おい、ヤバいぞ。もうひろしは限界だ」

「俺は、まだ!」

「もういい。休むんだ」

 

 身体的な疲れと強打者に撃ち込まれた精神的な疲労により、ひろし君は 限界を超えている。

 それでもマウンドに立とうとする精神力は少年漫画の主人公の相棒に相応しい。

 

 でも、流石にちょっと休んだほうが良いと思う。

 別に世界の命運とかは背負っているわけじゃないし、無理して戦う試合じゃないんだよ?

 ヒョロえもんの気遣いはごもっともであろう。

 

「でも、代わりに誰が投げるの?」

 

 その台詞に、ベンチのミケえもんとミカちゃんがドキリとする。

 彼らは控え選手ではあるものの、この場面で起用できるほどの実力はない。

 さて、どうするのだろう。

 

「いっそのこと、”どうぶつねんど”で新しいピッチャーを作るか?」

「いいね! よーしさいきょうのピッチャーを作るぞー!」

 

 そうして、ひみつ道具の粘土をこねだすドラーズ。

 まあ、悪くはない考えかな?

 

 うん?

 何かアムストが観客席に向かって挑発している?

 アムストの視線のその先には。

 

「っ! いいだろう」

 

 あれは、白猫型ロボットのシロえもんじゃないか。

 ライバルのクロえもんの試合を見に来ていたのか。

 彼はそのドラえもんハンドを観客席のドアに手をかける。

 

「オレが投げる」

「し、シロ!」

 

 ”どこでもドア”を通り抜け、シロえもんがドラーズのベンチに現れた。

 あのシロえもんが、とベンチが湧きだつ。

 

「シロと、また一緒に野球ができる、のか?」

「勘違いするな」

 

 クロえもんがやや戸惑いながら話しかけるが。

 シロえもんの態度は冷たい。

 

「オレは。アイツらに挑みたくなっただけだ」

 

 彼は元ダメロボットだったせいか、野球には人一倍真剣だ。

 野球で挑まれたからには無視するわけにはいかなかったのだろう。

 

 中々いいじゃないか。

 ちゃんと掲示板に反映させとかなきゃ。

 

『おおっとお! 江戸川ドラーズ、ここで投手交代。なんと、荒川ホワイターズのシロえもんが乱入だあ!』

 

 まさかの展開に、観客がより一層湧きだった。

 この時期のシロえもんはプロに指名されていたからなあ。

 敵としては手ごわいが、味方となれば頼もしい限りだ。

 

 ブラックホールズは野球漫画やゲームの主人公格の集まりであるが。

 シロえもんもまた、野球漫画のライバルである。

 魔球・WWW(ワンダー・ワイド・ホワイト)ボールにより、ブラックホールズ打線を次々と三振に仕留めていく。

 

 対するドラーズの攻撃は決してぬるくはないが、それでも一点は遠い。

 まるでここで死んでも良いかのようなアスワンの闘志溢れる投球は、この世界においても中々見られるものではない。

 それでも段々とではあるが、ドラーズはアスワンを攻略し始めていた。

 

 アスワンの弱点はその全力過ぎる投球にある。

 彼のコントロールはそう悪くないが、どうしても疎かになってしまう点があるのだ。

 キツイ球を受け流し、フォアボールや甘い球を狙う。

 そうすることで、なんとか一点をもぎ取れるかと思われた。

 

 しかし九回の裏、無情にもアナウンスが鳴り響いた。

 

『ブラックホールズ。選手の交代をお知らせします。ピッチャー、アスワンに代わりまして。トーア』

 

 マウンドに現れたのは、帽子を被らない男。

 髪を染めて逆立たせ、やる気がなく、熱血やスポーツマンシップといった言葉を全く感じさせない態度ではある。

 それでも彼の登場により、観客席は一層湧きだつ。

 彼もまた人気者の一人であり、読者の一部から神のごとく崇拝を受ける男だった。

 

「やばいぞ。”ONE OUTS”の”渡久地東亜”だ」

 

 スズえもんが顔色を悪くさせながらつぶやいた。

 それに対して周囲の反応は芳しくない。

 

「だれ?」

「ヤツは、ギャンブラーだ。120km/hのストレートしか投げれないが、コントロールはバツグン。そして、全く打てないんだ」

 

 何故そんな奴が打たれないんだ?

 至極当たり前で当然の疑問にドラーズは包まれる。

 そして、それこそ相手の思うツボだった。

 

 ドラーズ最後の回、先頭打者はトラえもん。

 ドラーズ一の俊足の持ち主である。

 

 一投目はスローボール。

 急速は100km/h程度のど真ん中。

 好球と思いバットを振るうが、これがストライク。

ストレートにも関わらず、ボールがバットを避けるような軌道だった。

 

 二球目はストレート。

 急速は120km/h程度で、内角低めの際どいコース。

 トラえもん、これを見送りでストライク。

 

 三球目はスローボール。

 これはさすがにやばいんじゃ、と警戒し。

 じゃあこれならどうだ、と奇を狙ってバントを選択。

 

『おおっと、ここでバントだ!』

 

 ボールはバットに当たったが、ボールはキャッチャーの手前で転がる。

 そのままキャッチャーのサトウが拾い、一塁に送球。

 結果はアウトである。

 これでワンナウト。

 

 二番打者はチビえもん。

 名前の通りのおチビさんで、とても長ーいバットを振るうのである。

 

 初球は内角の甘い球。

 チビえもんはこれを喜んで振るうが、無駄に長いバットに内角の球では飛距離が出ない。

 二塁へのゴロとなり、ニーソが余裕を持って一塁に送球。

 これでツーアウト。

 

 三番打者のスズえもん。

 彼は現状トーアのことを一番良く知っている人物ではあるが、全くといって打てるイメージが湧かなかった。

 故に、”とっておき”を使うのである。

 

 初球は真ん中の甘い球。

 しっかりとしたスイングでスズえもん、これを振るう。

 結果はセンターフライ、これで試合終了である。

 

 と、思いきや。

 センターのマルピノが余裕を持っての捕球の寸前で、突然すっころんだ。

 記録はヒット、記録はヒットである。

 

 ここにきて、スズえもんはひみつ道具である”ころばし屋”を使っていたのだ。

 スズえもんはバッターボックスに立つ前に、”ころばし屋”の硬貨入口へ万札をねじ込んでいた。

 それがここで効していたのだった。

 

 なんとか塁に立つことができたスズえもんであったが、その表情は険しい。

 彼にとっては、”ひみつ道具を使わされた”という印象しか抱けなかったのだから。

 

 四番打者のエーモンド。

 彼はドラーズの主砲ではあるが、さて。

 もう後がない状況とはいえ、一打逆転のチャンスであり、出来ればここで仕留めておきたいところである。

 

 一投目は高めのスローボール。

 エーモンド、これを落ち着いて振るう。

 しかしストライク。

 

 二球目は高めのストレート。

 これも落ち着いて振るうが、やはりストライク。

 

 追い込まれ、もう後がないエーモンドはサングラス越しに相手の目を見た。

 その目には、何も感情が浮かんでいなかった。

 自分のことなんて、全く眼中にないかのようで、底冷えするようだった。

 

「オ、オオオオオオオ!」

 

 トーアが無慈悲にリリースする瞬間。

 エーモンドは思わず、事前にクロえもんから渡されていたビッグライトを相手ピッチャーに向けた。

 

 するとビッグライトから出た光がトーアとボールをぐんぐん巨大化させる。

 そうして放り投げられたボールは、その巨体をぐんぐん膨らませながら。

 バッターボックスのエーモンドとキャッチャーのサトウ、そして審判の身体を押しつぶした。

 

 押しつぶされながら、審判はなんとか声を上げる。

 

「で。デッド、ボール」

『おおっと、デッドボール。ここでデッドボールです!』

 

 よろよろ、とボールの下からエーモンドが這い出る。

 バットを支えとしてなんとか立ち上がり。

 そのままバットを地面へと叩きつけた。

 

「ダムン・イッツ!」

 

 怒りのあまり、バットをへし折ってしまったのだ。

 折れたバットは捨てられ、そのままバチバチと燃え始める。

 

 デッドボールによりエーモンドは出塁したものの。

 彼には屈辱、それしか感じなかった。

 これがトーア・トクチか。

 

『五番、サード。クロえもん』

 

 ここで一層、歓声が上がり。

 会場のテンションは最高潮へと達した。

 

『ここで、バッターはチャンスにはめっぽう強いクロえもん。果たして、一打逆転となるでしょうか。それともここで終わってしまうのでしょうか』

「さあ、こい! トーア、勝負だ!」

 

 絶対絶命のピンチであるとはいえ、クロえもんは笑ってバッターボックスに立つ。

 この展開が楽しくて仕方がないのだろう。

 それでこそ、主人公たるというものだ。

 

 対するトーアはいつも通りだ。

 淡々とテンポよくリリースする。

 

 投げるは内角低め、ギリギリのストレート。

 

「これならどうだ! 必殺、”ブラックホール打ち”!!」

 

 バットの回転により風圧を起こし、ボールを吸い込もうとする。

 クロえもんの必殺打法だ。

 

 次の瞬間、カキンと心地の良い音が響いた。

 




自分の野球チーム持ってるオリ主って珍しいっすね。
サッカーだったらブラジルオールスターズとか持ってます。


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ドラえもんのうた その④

ちょっと短めになったけど、まあいいや。


 ドラーズの試合の後、のび太君は野球がマイブームになったようです。

 以前からジャイアンから誘われて野球をやってはいたけども。

 今は自分から進んでやるようになったようだ。

 

 のび太君、ちゃんとした指導を受けていなかっただけで野球の才能自体はあるんだよね。

 クロえもんが原作ドラえもんの立場で来るパターンもあり得たらしいし。

 ブラックホールズの面々が指導している御蔭もあって、ガンガン成長していっている。

 

 身体づくりさえ私が補助してやれば、プロ。

 いや、メジャーリーグも夢ではないように見える。

 これには未来のセワシ君もにっこりだろう。

 

「のび太君。本来の歴史では、自分の会社を燃やした後、環境保護の仕事に就くんでしたっけ」

 

 ま、後は本人次第だ。

 

 22世紀が存在する、この世界の未来は明るい。

 どうなっても悪いようにはならないだろう。

 羨ましい限りである。

 

「タカオ様、タカオ様」

 

 のび太君の部屋で一人くつろいでいると。

 例の机が開き、そこから真っ黒な姿のアリスが顔を出した。

 

「どうしました?」

「アタゴちゃんが完成しましたんで、そのことを連絡しました」

「ありがとうございます。今向かいますね」

 

 私が立ち上がるが、彼女はじっとこっちを見ている。

 どうしたのだろう。

 

「のび太君はいいんで?」

「ああ。またここに戻ってきますよ。それに、今は私の子が面倒を見てますし」

「成程」

 

 私ものび太君の机の中、異次元トンネル内に入り、落下に身を任せる。

 すると、私は人ひとりが入れそうな大きさの鏡の上に着地した。

 

 これは、超人ロックに出てくる”ラフノールの鏡”か。

 鏡の中には、アリスの全身が映っている。

 これは超能力バリアでできた宇宙船のようなものだが。

 彼女はこんなこともできるのか。

 

「フレデリカ様の世界まで案内は必要で?」

「はい。一緒に行きましょう」

「りょーかい」

 

 

**

 

 

 鏡は世界を跳んでいく。

 様々な世界を経由し、景色はめぐるましく変わる。

 目指す先は過去の、ひたすら過去へ。

 そうした先の終着点が”ハローワールド”という世界らしい。

 

 私にとってこういう”過程”は必要ないのだが。

 常人がこの世界に跳ぶには本来こういう”道”が必要なのだとか。

 

「おかえり、二人とも」

 

 その世界に入った途端、あの病弱そうな少女フレデリカが私たちを出迎えた。

 どうやら出待ちしていたようだ。

 

「うっす」

「ただいま、です」

 

 私たち二人は適当に挨拶する。

 そうすると、目の前の少女は満足そうにほほ笑んだ。

 

「タカオ。あの世界を正してくれてありがとう。あの世界はいずれ、他の世界に大きな影響を及ぼすことになるだろうね」

「はあ」

 

 あの世界、そんな大事そうには見えなかったが。

 私がよくよく見ても良く分からなかったから、恐らく当人のセンスの問題なんだろうな。

 

 私たちが何に価値を見出すかは、当人のみが判断すること。

 あの世界はこの少女の琴線に触れたのであろうか。

 

「でだ、アタゴについてだが」

 

 そう言って、少女は後ろを振り返る。

 私たちもその先に視線を向ける。

 

 するとネオンカラーのビル群の中から、一人の少女がぼんやりと。

 やがてくっきりと姿を現していく。

 

「お姉ちゃ~ん!」

 

 とてて、と歩いてきたそれは私を見ると抱き着いてきた。

 

 黒くさらりとした髪に犬耳、背丈は私より二回りほど小さい。

 私と同じ白を基調としたセーラー服を着ている。

 私が女子高生ぐらいだとすると、彼女は中学一年ぐらいだろうか。

 

 彼女が私の妹、アタゴだと見て分かった。

 

「お姉ちゃん? お姉ちゃんっ! お姉ちゃん♪」

「は、はは。本当にアタゴだ。また会えて嬉しいですよ」

「私もー」

 

 私も彼女の幼さの残る身体をぎゅっと抱きしめる。

 

 感触は人間のそれと同じだが、その中身は人間と全く異なるのだと私は理解できる。

 

「この機械の身体は。前の私と同じですね」

「姉妹だからね」

 

 私が色々な”高雄”を混ぜたようなデザインであるように。

 妹も色々な”愛宕”を混ぜたようなデザインをしている。

 

 見た目はアルペジオの愛宕に一番近い。

 

「この機種の正式名称はAmberoid(アンバロイド)。能力は異世界への移動に特化しているが、基本スペックだけで神を名乗れる程度の力はある」

「まんまアンバーの王族ですね」

 

 モデルは真世界アンバーの王族たちがモチーフか。

 そういやコーウィンも自身の世界であるアヴァロンで神みたいなことをしていたなあ。

 異世界に銃火器を持ち込んで、自分を神と崇める兵士たちに与えていたんだっけ。

 

「私を策略で貶めたりしませんよね?」

「んー?」

 

 アタゴの顔をじっと見る。

 

 アンバーの王族たちはどいつもこいつも武術と魔法の両方に優れ、陰謀策略に長けた危険人物だったが。

 妹もそういう所があるのだろうか。

 

 兄より優れた妹だったとはいえ。

 もしそうだったらお姉ちゃん泣きそう。

 

「そんなことはしないよ。私はお姉ちゃんの為にいるんだから」

「な、なんか不穏な言葉が聞こえたような気がしますが、まあ、いいでしょう」

 

 超自然である私と、単なるアンバー擬きでしかない妹の差はアリと巨人程あるのだが。

 私は精神的に脆い。

 精神的にはたぶん妹の方が強いような気がする。

 

「で。どうしたい? 仕事にする。報酬にする。それとも私?」

 

 私はアタゴをぎゅっと抱きながら、少女の方を向く。

 

「そういえば、仕事は報酬がありましたね。何があるんでしょう」

 

 確か、アタゴは報酬の前金でしかないんだっけ。

 成功報酬は聞いていなかったが(というかそこまで興味はなかったが)。

 いったい何だろう。

 

「ここに、仕事と報酬をセットで持ってきた」

 

 少女が私に、まっかっかな手紙を差し出した。

 西洋風な形状の手紙で、爆弾を模したシールで封がしてある。

 

「この手紙は。ウィルスに見えるのですが」

「その通り。”レター・ボム”にはウィルスが仕込まれている」

 

 レター・ボム。

 確か元は、Wiiのハッキングプログラムの名前だっけ。

 

「知っての通り。私は君を、というか超自然を殺す研究を行っているが。それは今回の集大成だ。その手紙を開けばハッキングによって、君を殺す空間にご案内さ」

 

 このプログラムを開くと、開いたものはリンク先へ強制的に飛ばされるようだ。

 その先で私をあれこれしよう、という魂胆だろう。

 

「成程。その挑戦。受けて立ちましょう」

 

 私は封を切ろうと、シールをカリカリする。

 

 あ、結構開けにくい。

 他の人が簡単に開けれないようにしてあるのか。

 まあ、こんなの私ぐらいしか開けないだろうけどさ。

 

「殺すのが報酬って、大分狂ってるよなあ」

「破滅願望も、立派な志さ」

 

 アリスが呆れた表情でつぶやいた。

 そういえば、私以外の超自然ってまだ会ったことないんだよな。

 フレデリカ様に今度紹介してもらおうかな。

 

「お姉ちゃん。死なないでね」

「死にませんよ。死んでも蘇りますし」

 

 アタゴが心配そうにしているが。

 超自然を殺せる手法は確立していないらしいし。

 

 もし死んだら、その時は残っているブラックホールズになんとかしてもらうか?

 

「いざ、鎌倉」

 

 私はそうして、手紙の封を解く。

 

 すると、私の意識が瞬時にブリックした。



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