ようこそ花園ランド (因幡の白ウサギ)
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おたえのさだめ

息抜きの息抜きの息抜き。どこまで行けるか分かんないから取り敢えず短編で様子見。ちょっと花園節の再現難しすぎない?


 世の中を生きる人間は、主に2種類に分けられると俺は思っている。マトモな人間と、マトモじゃない人間だ。

 

 俺は勿論、マトモな人間であると自負しているし、実際に周囲の人間からもマトモだ、普通だと言われて何年も生きているのだから、マトモである事には多少の自信がある。

 将来はマトモな会社に就職して、マトモな家庭を持って、マトモな晩年を過ごして、安らかに死ぬのが夢。

 

 非日常なんていらない。例え今日の焼き増しが永遠に続くとしても、それがマトモであるならばそれでいい。

 それが俺、伊世(いせ) 優人(ゆうと)の持つ願望だ。

 

 …………だけど悲しい事に、世の中はマトモな人だけでは回らないように出来ているらしい。

 

 時代を動かしてきたのは、何時だってマトモじゃない人達だ。当時の価値観や固定観念をぶっ壊したりして、一波乱を起こせる"ヤベー奴"のみが歴史の先頭に立つ事を許される。

 まあ、それはいい。行き過ぎた停滞が衰退を生むことくらいは俺も理解しているし、多少のスパイスとしてそういった人種も必要だろう。

 

 ………………ただな、それはあくまで俺に関わりのない所でやってくれれば、という前提が付く。だから俺は天に向かって叫びたい。

 

「おい、たえ。何か言うことはあるか?」

 

「新作のAVが手に入ったから、今日の放課後に一緒に見ようよ」

 

「見ねぇよ、そして紛らわしい言い方すんなよ。お前のそれアニマル(A)ビデオ(V)だろうが」

 

 そんな"ヤベー奴"が俺の間近に居るのは、一体どういう事なんだ?

 

 

 

 黒くて艶やかな長髪に、何処となくクールさを思わせる風貌。そしてスレンダーな肢体と、外見は色々と兼ね備えているクセに、一皮剥けば電波気味。

 

 それが俺の間近の"ヤベー奴"であり、名前を"花園たえ"といった。

 

 どれくらいヤベー奴なのかというと、目が覚めたら人の部屋を勝手に物色したり、気が付いたら人の部屋を勝手にうさぎ風にデコレートしているくらいヤベー奴だ。ウサギ小屋を室内に置かないでほしい。

 

「部屋に不法侵入してくるのはもう何も言わない。嫌な話だけど、もう慣れたからな。

 だけど、部屋の物色まで許した覚えはないぞ」

 

「……?ちゃんとおばさんから許可は貰ったけど」

 

「部屋の主である俺の許可は?」

 

「はい教科書、私の部屋に忘れてたよ」

 

「ああ、ありがとう……じゃなくて!」

 

 恐らくは、昨日たえに拉致られた時に忘れてきたのだろう。今日の授業で使うだろうから有難いが、話は終わっていない。

 

「俺が言いたいのはな、勝手に部屋を物色するなっていう当たり前の事なんだ」

 

「うん、分かった。もうしない」

 

「……本当かよ」

 

 やけにあっさりと頷いたたえに俺は懐疑的な目を向けた。今までやらかしてきた実績が実績だから、コイツの言う事にイマイチ信用が置けない。

 

「私、嘘つかない。優人、信じる。うさぎ、人参丸齧り。自爆、誘爆ご用心」

 

「……まあいいや、今回は信じよう」

 

 こんなのにいつまでも付き合っていたら頭が痛くなるだけだ。たえと長く付き合う上で大事な事は適度にスルーする事である。真面目にやると馬鹿を見るのだから。

 

「信じられてあげよう」

 

「なんで上から目線なんだお前」

 

「……?今は正座してるから、私は下から目線だよ?」

 

「そういう意味じゃねーよ」

 

 さて、もうそろそろ着替えないと。いつまでも花園節に付き合ってはいられない。俺の身が持たないから、早々に市ヶ谷さんに押し付けなくては。

 何故か正座している、たえの横を通り過ぎて制服をクローゼットから制服を取り出す。

 

「たえ。着替えるから部屋から出てくれ」

 

「その事について、ちょっと良いかな」

 

「なんだ。手短に頼むぞ」

 

「足が痺れて動けない。びりびり」

 

 正座あるあるといえばそうだろう。だけどよりによってこのタイミングかと、間の悪さに思わず溜息がこぼれた。

 

「…………こっち向くなよ」

 

「分かってる、向かない」

 

 サクッと着替えてしまおう。まだ時間に余裕はあるけど、今は一刻も早くたえの隣から解放されたかった。

 

「あ、そうだ。忘れてた」

 

「まだなんかあるのかよ」

 

「うん。おはようって言い忘れてた。おはよう優人」

 

「……おはよう、たえ」

 

 繰り返しになるが、俺はマトモな人間であると自負しているし、たえは誰が聞いてもヤベー奴だ。

 だけど、こういうやけに律儀な所があるから俺はたえを嫌いになれないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 しかし、しかしだ。いくら律儀とはいっても、その根幹にあるのはやはり電波気味で、そして花園節だ。

 そんなだから、やはり疲れるものは疲れる訳で。家を出るまでの僅かな間ですら翻弄され続けるのは異様に精神を消耗するのだ。

 

「すっげえ疲れた……まだ何もしてないのに」

 

「お疲れ様」

 

「なに"私は関係ありません"みたいな気取り方をしてんだ。原因の十割はお前だろうが」

 

「十割……じゃあ残りの九十割は?」

 

「は?」

 

 今だってそうだ。自由すぎるたえを前にして、もう精神のライフポイントが尽きかけている。

 

「十割は私。じゃあ残りの九十割は?」

 

「九十割なんてねーよ。っていうか、九十割ってなんだよ」

 

「じゃあ、四十割?……なんか保険のテストみたい」

 

「四十割もねーよ。十割だけだ」

 

 まさかと思うが、こいつ十割=10点みたいな妙な変換してないだろうな。もしそうなら九十割とか四十割とか、変な言葉にも納得がいくんだが。

 

「十割だけ……小テストなの?」

 

「違うし、まずテストから離れろ」

 

「駄目だよ。勉強は学生の本業なんだから」

 

「だから、そうじゃねーって……もうそれでいいや」

 

 そしてお前が常識を説くな。と果てしなく叫びたい気分だった。普段は奇人変人を地で行くのに、どうして偶に常識人に戻るのか。たえ七不思議の一つである。

 

「しっかし……こう良い天気だと、1日が良い日になりそうな気がするな」

 

「私は毎日良い日だよ。毎日ハッピー」

 

「だろうな……」

 

 頭もハッピーだもんな、と言ったら多分本気の右ストレートが飛んで来るので自重する。前に一度やらかした事は学習する男なのだ、俺は。

 

 それにしても、朝からずっとたえのペースに付き合わされたせいで、俺の精神はボロボロ。すっごい疲れたし、正直もう家に引き返して寝たい。

 だけど、たえに振り回されるのもそろそろ終わりだ。あの角を曲がれば、ほら見えてきた。

 

「あ、来た来た。おったえー!」

 

「こら香澄!迷惑になるんだからそんな大声出すなって……!」

 

 おったえ!おったえ!とぴょんぴょん飛び跳ねながらこっちに手を振ってくる耳付きが1名と、それを全力で阻止しようとするお仲間が1名。それを苦笑いでスルーしつつ、こっちに控えめに手を振っているのが2名。

 

「香澄、今日も絶好調みたい」

 

「見れば分かるさ」

 

 マイペース&マイペースなたえと仲が続いている、珍しい4名の登場だ。

 

「おはよう優人君。今日も付き添いご苦労様」

 

「おはよう沙綾。マジで疲れたからもう帰っていいか」

 

「駄目だよ、行こ」

 

「たえはナチュラルに会話に割り込むな。そして引っ張るな、香澄の相手だけしてろ」

 

 人妻感溢れる高校生、パン屋の沙綾。変人の割合が多めの5人の中でも屈指の常識人である。実家のパンが美味い。

 

「お前も大変だよな」

 

スケープゴート(市ヶ谷さん)チーッス」

 

「今なんて書いて市ヶ谷って読んだお前」

 

 猫かぶり優等生、スケープゴート市ヶ谷。元引きこもりの癖に成績上位。ついでにツンデレ、金髪、低身長、巨乳という役満要素を持ち合わせているチートの塊。ツッコミ役でもあり、完全に属性過多。

 

「ちょっと盛りすぎじゃない?属性盛りすぎて重量過多の基準違反機体になってるじゃないか」

 

「いや、好きでこうなった訳じゃねーし……つーかお前、今の発言的に私の事をACか何かだと思ってるだろ」

 

「いや、良いスケープゴートだと思ってるけど」

 

「おい、そこに座れ」

 

 マジギレ一歩手前である。AC呼ばわりされるよりはマシだろうに、何故キレられるのか。そして何故言い方がジ○ギ風なのか、コレガワカラナイ。

 

「むしろ堂々とスケープゴート呼ばわりされてキレない奴がいたら会ってみてーよ」

 

「たえとか?」

 

「流石のおたえもキレるだろ。そうだよな?」

 

「うん、私もラム肉よりマトンが好きかな」

 

「ほらみ……うん?」

 

 香澄の相手をしているたえに話題を振ると、いつも通り要領を得ない返答が帰ってきた。

 

「今、俺と市ヶ谷さんが何の話してたか分かってるか?」

 

「ジンギスカンの話でしょ?今度みんなで食べに行こう」

 

 はい知ってた。常日頃から食べる事が好きだと豪語しているだけあって、たえが人の話を聞いていない時は決まって食い物の話になるのだ。

 ……その癖に単語だけ拾っているのか、微妙に話題に合うような返しをしてくるのもタチが悪い。

 

「いや行かねーし、そもそもなんでジンギスカンなんだよ。仮に行くにしても無難に焼肉で良いだろ」

 

「じゃあ決まりだね。焼肉とジンギスカンを一緒にやろう」

 

「いやだから「だから行くって言ってねえ!?」…………後は任せた」

 

 俺のツッコミに割り込むように飛んできた市ヶ谷さんのツッコミに後は任せ、話の中から脱出する。

 そんな俺に気付かず、2人の会話は白熱していった。

 

「有咲の蔵で」

 

「ざけんな!?匂いも染み付くし、そもそもあそこの通気性分かってんのか?!」

 

「むせる?」

 

「むせるとか、むせないとかの問題じゃねえ!おたえは色々キツい匂いの中で練習したいのかよ!?」

 

「大丈夫。食べちゃえば、山羊も羊も豚も牛も一緒。〆は焼きそばで良いよね?」

 

「だーーかーーらーー!!なんでやる前提で話が進んでるんだよ!やらねえからな!」

 

 さっき俺が市ヶ谷さんの事をスケープゴートだと言った理由がこれだ。生来のツッコミ役である市ヶ谷さんは、何かボケを見るとツッコミをせずにはいられなくなる。だから俺の代わりに市ヶ谷さんにツッコミをさせる事で俺は自由になれる。

 

「でも香澄はやりたがってる」

 

「え!?有咲の蔵で焼肉を!?」

 

「嘘だろ!?そして出来ねえからな!」

 

 

「……じゃあ俺はこの辺で」

 

「そうだね、行こ」

 

 ワイワイやってる2人は置いておいて俺は先に行かせてもらおう。

 一緒に行かないのか、と言われそうだが、たえを含めたこの5人は女子高に通う女子高生である。俺は公立の共学だから、そもそも通っている学校が違う。よって待つ義理も何もない。

 

「行ってらっしゃい」

 

「後でねー!」

 

「やらないからな!絶対にやらせないからな!」

 

 人妻オーラマシマシな沙綾の行ってらっしゃいと、香澄の元気な声と市ヶ谷さんのツッコミに見送られて、俺とたえは先に電車に乗り込んだのだった。

 

「ふぅ……やっと一息つける」

 

「有咲も大変だよね」

 

「負担の半分くらいはお前の所為だけどな」

 

 たえか、それとも香澄か。どちらか一方でも大人しくなれば負担も相当減るのではないだろうか。

 

「……それで、一ついいか?」

 

「忘れ物?」

 

「そんなところだな」

 

 俺はいつの間にか横にいた、たえを見た。たえはキョトンとしていた。

 

「なんでいるの?」

 

「なんでって、学校に行くんだから電車は乗るよ?」

 

「違う。そうじゃなくて、香澄達は置いて来ても良かったのか?」

 

 

「…………………………あっ」

 

 本人も忘れていたのか。ようやっと思い出したような素振りに、俺は溜息が出てしまうのだった。




─取り残された4人の会話─

「まったく。おたえには参っ……あれ、おたえは?」

「優人君と一緒に先に行っちゃったけど……」

「はあっ!?」

「えっ!嘘!?」

「香澄ちゃんは笑顔で手を振ってたじゃん……」


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バレンタインのカカァオ!騒ぎ

最近、バンドリの二次創作が増えてきて嬉しい限りです。この調子で、おたえメインの作品も増えて?




 俺の隣人であり、幼馴染であり、そして腐れ縁な不思議メルヘン少女"花園たえ"。

 

 天然で、ちょっと電波気味で、普段から何を考えているのか全く分からない彼女は、突拍子もない事を、いきなり言って周囲を困惑させる事が多い。

 本人からすれば、ちゃんと筋道の立った考えの元に発言をしているのだろうが、その考えが常人と半歩ほどズレているから大惨事になるのだろう。

 

「明日、買い物行こうよ」

 

 さも当然のように俺の部屋に入り浸り、勝手にウサギを放し飼いにしている、たえが不意にそう言った。

 俺は読んでいるマンガから目線を動かさず言う。

 

「香澄達と行けばいいんじゃね」

 

 全員とまではいかなくても、誰か1人は連れて行けるだろう。わざわざ俺が行く意味は薄い。

 

「香澄は補習があるの。りみも有咲も沙綾も、香澄の為に残るって言ってる」

 

「じゃあ、お前も残ればいいじゃん」

 

「駄目だよ。明日は大事な日なんだから」

 

 マンガのページをめくる手を一旦止めて、ボーッとしていた頭で思考を回す。明日は何かあったか?

 

「明日ってなんかあった?」

 

「チョコで世界が割れる日、かな」

 

「チョコ?」

 

 チョコっていうと、あの黒っぽくて甘かったりビターだったりするアレか。それで地球が割れる日?

 

「そう。明日は街中がチョコの濁流に飲まれる日なんだよ」

 

「なにそれ、ハルマゲドン?」

 

「モテない人にはそうかも」

 

「…………ああ、バレンタインか」

 

 なるほど、貰える者と貰えない者の間で割れるのか。分かりづらいわ。

 

「でも、なんでバレンタインに買い物に行くんだよ。普通バレンタインって、予め買ってあったり、作ってあるチョコを渡す日なんじゃないのか?」

 

「忘れた」

 

 たえの言葉に、思わず溜息を吐いてしまった俺は悪くないと思いたい。

 だって、曲がりなりにも現代を生きる女子高生が、お菓子会社と女子の為にあるようなイベントを忘れるって有り得るのか?

 

「だから買いに行くのか?バレンタインの当日に」

 

「うん。香澄の補習は時間が掛かりそうだし、なら丁度いいかなって」

 

「…………それさ、マジで俺が行く意味あるか?」

 

 たえと俺は通う学校が違うから、待ち合わせの時間や場所を調整する必要がある。

 そんな面倒な事をするくらいなら、たえが1人で行ってきた方が早いと思うんだが。

 

「あるよ。だから来て」

 

 だが、たえは譲らない。こうなると俺が頷くまで"選択肢があるように見えて実質一択な選択肢"のように繰り返すのが目に見える。

 

「分かったよ。仕方ない……現地集合で良いか?どうせショッピングモールだろ」

 

「いいよ。着いたら電話するね」

 

「メールかSNSにしてくれ」

 

 分かった。と頭上から聞こえる、たえの声を聞いて今更に俺は思った。

 

「ところで良いか?」

 

「なに?」

 

「なんで俺の上に乗ってんの?」

 

 今の俺は、ベッドに、うつ伏せになってマンガを読んでいる状態だ。たえは、そんな俺の上に更に乗っかっていて、うつ伏せである。凡そ恋人でもなんでもない年頃の男女の距離ではない。

 

「ダメだった?」

 

「いや、ダメじゃないけど……」

 

 いくら幼馴染っていっても、流石に限度があるんじゃないだろうか。そんな俺の思いは、しかし、たえには通じなかったらしい。

 たえの微かな呼吸に髪を擽られながら、俺は何とも言えぬ気持ちになっていた。

 

「お前。誰彼構わず、こんな事をやってないだろうな」

 

「こんな事って?」

 

「こんな風に、過剰なスキンシップをしてないかって聞いてんの」

 

 たえは「んー?」と悩み、「んー」と呻き、「ふぁぁ……」と欠伸をして、「ZZZZZ……」と寝息を立てた。

 

 この間、僅か30秒である。

 

「おい、おい。起きろ、人の上で寝るな」

 

 一瞬、ベッドから叩き落としてやろうかとも思ったが、翌日の報復が怖いので止めた。たえがマジギレすると手に負えないのだ。

 なので仕方なく、たえの頭を手でペチペチと叩く。たえが反応を返すのには少し時間を要した。

 

「んー……あれ?なんで優人が敷き布団になってるの?」

 

「誰が敷き布団だコノヤロウ。話の最中で寝やがって」

 

「何の話をしてたっけ。明日から、おじさんとおばさんが出張に出るから、少しの間だけ優人が家に来る事だっけ?」

 

「いや、違うけど……マジ?俺、まだ何も聞かされてないんだけど」

 

「カレンダーに書いてあったよ」

 

 んー?と、今度は俺が首を傾げるハメになった。リビングに貼られているカレンダーに、そんな予定が書いてあった記憶は無い。

 

「私の家の」

 

「なんでさ」

 

 なんで俺の家の予定が、花園家のカレンダーに書き込まれている?いや、今回の予定は花園家に関係がある事だから分からなくもないが、そうなると何故、家のカレンダーには何も書いていないんだ。

 

「だから明日から、よろしくね」

 

「マジかー………また兎の下敷きにされるのかー」

 

「皆、優人の事が大好きだから」

 

 たえの家に行くたびに、兎が大挙して俺を押し潰そうと迫って来る。たえ曰く、好かれている証拠らしいが、潰される側の俺は結構大変なのだ。

 リビングのソファとかに座っていると、気が付いたら膝上が兎に占領されているとかザラである。

 

「そっちも気になるけど、今話してる内容は、俺以外に、こんな感じでスキンシップをしてないかという事だ」

 

「保湿クリームとかは塗ってるよ。後は、夏場は日焼け止めとか」

 

「……スキンケアの話なんて誰もしてねーよ」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ」

 

 ……まあ無いか。無いよなぁ、たえだし。そもそも女子高に通っている、たえが誰に過剰なスキンシップをしていようと、それで俺が困る訳じゃない。むしろ目の保養とさえ言える。見れないけど。

 

「なんで気にしたんだ……?俺は」

 

「確かに。男の優人が、女の私がやってるスキンケアを聞いても、あまり参考にはならないかも」

 

「……そうだな」

 

 やっぱ面倒くさいわ、たえの相手。

 日常生活でも相手を市ヶ谷さん(スケープゴート)に押し付けられたらと思う、今日この頃だった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 さて翌日。ショッピングモールにやって来た俺は、真っ先にペットショップへと向かう。

 何故なんて言うまでもなく、たえが生息している場所が主にペットショップだからだ。

 

 たえをショッピングモールで見失った時は、ペットショップか迷子センターのうち、近い方へ向かえ。とは、長年の経験から来る俺の教えである。

 

「たえ、やっぱ此処に居たか」

 

「あ、優人。遅かったね」

 

 そして予想通り、たえはペットショップを歩き回っていた。うさぎ用なのだろうか、色々と持っている。

 

「それ、買うのか?」

 

「うん。オッちゃん達が喜ぶと思って」

 

「ふーん……まあいいや。そこで待ってるぞ」

 

 売り出されている犬や猫を、少し離れた位置からボーッと眺めながら暫く待ってみる。

 何故か俺は兎にしか好かれず、近寄るだけでも威嚇されてしまう特異体質だから、あまり近くには寄れないが……それでも、犬猫の姿は疲れた俺の心を癒してくれた。

 

「お待たせ。半分持って」

 

「はいはい」

 

 渡された荷物を持って、たえと俺はショッピングモールの中を歩き始めた。

 

「それで、何処で買うんだ?」

 

「何を?」

 

「チョコだよ。香澄達に渡すバレンタインデーのチョコを買いに行くって、昨日に話しただろ?」

 

「チョコ……そうだった」

 

 まさか、本来の目的を忘れていたのか?……忘れてたんだろうなぁ。たえだし、良くある話だ。一つの事に熱中するあまり、他の事を忘れてしまうのだ。

 

「しっかりしてくれよな。元々は、そっちが目的だろ」

 

「うん。じゃあ行こう」

 

 という訳で、特設のチョコ売り場に移動する事になった。エスカレーターを使って下の階に降りながら、俺は(そういえば、友達がチョコ貰えないって嘆いてたなぁ)なんて考えていた。

 

「チョコ、いっぱいあるね」

 

「まあ、そりゃチョコ専用の売り場だからな」

 

 チョコ売り場に人は、あまり居なかった。バレンタインデーの当日、しかも放課後に来る人の方が珍しいのだから、これは仕方ないだろう。

 

「色々あって迷っちゃいそう」

 

「でも早く決めないと。香澄が補習終わるまでに買うって話だったろ?」

 

「買う物は決まってるよ。実は下見は済んでるんだ」

 

「そうなのか?」

 

「うん。一昨日に来て、見てたから」

 

「へー…………ん?」

 

 ここで俺は凄い違和感を覚えた。"一昨日に来て、見てた"?

 

「……一昨日に来てたんなら、その時に買えば良かったんじゃないのか?」

 

「……天才なの?」

 

 頭痛が痛くなった。

 なんで、こんな簡単な事を思いつかないのだろう。流石にメルヘンが過ぎるぞ、花園たえ。

 

「……凡才だよ」

 

「盆栽……有咲なの?」

 

「その盆栽じゃねーから」

 

「でも優人、有咲に似てる」

 

「性別すら合ってないのにか?」

 

 俺を、あの属性過多な引き篭もり優等生と一緒にしないで欲しい。そもそも、たえは何処を見て俺と市ヶ谷さんが似ていると言っているんだ?

 

「結構似てるよ?2人とも、アンゴラウサギみたいな所とか」

 

「……そうか」

 

 早く買い物を終わらせよう。それしか、俺の心の平穏を保つ方法は無い。

 

「そういえば……もう一つ聞いておきたいんだが、買う物が決まってるなら、さっきはなんで"迷いそう"なんて言ったんだ?」

 

「ああそれ?それは帰った後で、オッちゃん達と遊ぶオモチャの話だよ?」

 

「……なんでチョコ売り場で、うさぎのオモチャの話が出るんだ」

 

 相も変わらず、本日も花園節は好調なり。

 

 

 

 

 

 

 

 俺が売り場の入口で待っていると、たえは二つの紙袋を持って帰ってきた。

 

「はい。バレンタインプレゼント」

 

「今買った物を渡すのか……まあ、ありがと」

 

 比較的に小さい方の紙袋を貰った。これで今年もチョコレートは、たえの分の一つのみだ。でも、沢山貰っても返すのが面倒だから、これくらいが丁度いいのだろう。

 

「じゃあ、帰ってから食べること、に…………」

 

「じーっ」

 

 ……たえの目線が、貰ったばかりの紙袋に集中していた。

 

「…………」

 

「じーっ」

 

 紙袋を右に動かせば、たえの目線も右に動く。

 紙袋を左に動かせば、たえの目線も左に動く。

 

「もしかして、食べたいのか?」

 

「うん」

 

 いっそ、清々しいまでに綺麗な回答だった。一切取り繕う事すらしないのが、たえらしいといえばらしい。

 

「分かったよ。じゃあ早速、食べるとするか……お?」

 

 すぐ近くの休憩ポイントに座って、紙袋からチョコレートを取り出す。

 

 

「ああ、そうそう。言い忘れてたけど──」

 

 

 そのチョコレートは、俺の知る、たえらしからぬチョイスの形をしていて

 

 

「──それ、本命チョコだから」

 

 

 具体的に言うと、ハートの形をしていた。

 

「いやいやいや!?ちょっ、待て!本命って、おま、ええ!?」

 

「なんで動揺してるの?」

 

「いやだって、本命って、えっ?嘘だろ?!」

 

 たえの頭に疑問符が浮かんでいるのを他所に、俺は今の言葉の意味を必死に考える。

 え?本命って、つまり、そういう事なのか?いやでも、たえにそんな素振りは見られなかったし、でもバレンタインで本命って事は……ええ?!

 

「いいから食べようよ」

 

「お、おう……せやな」

 

 たえがスッと近寄ってくる。昨日まで、これが当たり前のような距離感だったが、今は異様に気恥ずかしい。

 そんな気恥ずかしさを誤魔化すように、チョコにかぶりついた。

 

「あむっ………………チョコだな」

 

「私にも頂戴」

 

「……ほらよ」

 

「あむっ」

 

 ……たえ。お前はなんで、俺が食べた場所を食べ進めるんだ。他にも食べれる箇所はあっただろう。

 偶然なんだろうけどさ、でも、なんで今そこを食べるんだ。関節キスを意識しているのは俺だけか。

 

「ちょっとビターな感じ?でも美味しい」

 

「ああ、うん。なら良かった、な……?」

 

「さっきから、どうしたの?変な優人」

 

 お前のせいじゃい。なんて言っても、たえには分からないだろう。およそ人の気持ちとは無縁の奴だからな。

 だから俺は、たえの追及を誤魔化すために、もう一つの紙袋を指さした。

 

「んで、そっちの袋は……香澄達のか?」

 

「そう。こっちは()()()()()()()()()()

 

 …………おや?

 

「ちょっと待て。本命チョコって意味、分かってるか?」

 

「それくらいは分かるよ。好きな人にあげるチョコでしょ?」

 

 ………………つまり、これは

 

 

「糠喜びぃ……っ!」

 

「どうしたの?急に頭抱えて、さっきから変だよ。病院行く?」

 

 いつもの事だけど、いつもの、たえだけど……!よりによって、この日、この瞬間に花園節を発揮しなくても良かったのに──!

 

 そう考えると、このハート型のチョコが凄く虚しく見える。

 俺だって普通の男子高校生なのだから、たえクラスの美少女(たえは容姿だけならトップクラスだと思う)から本命と言われて期待してしまうんだ。

 それが例え、不思議メルヘン少女"花園たえ"からだとしても……っ!

 

 だが……そうだ。俺の知る花園たえは、そういう奴じゃないか。

 

 天然で、ちょっと電波気味で、常人とは半歩ズレた考えから放たれる発言で人々を混乱させる……俺のよく知る、花園たえじゃないか。

 

「まあ、いいか。早く帰って来いよ?」

 

「え?一緒に帰るよ」

 

「いや、そのチョコ渡して来いよ」

 

 …………別に、落ち込んでなんかない。本当だぞ。

 

 




─その後のポピパの話─

「はい、本命チョコあげる」

「わーい!おたえ、ありがとー!」

「チョコ……!」

「いや本命って……意味分かってんのか?しかもあのチョコ、贈答用だよな?ショッピングモールとかで買える奴」

「買ってきたんじゃない?さっきチョコ用意するの忘れたって言ってたし」


「有咲、見て見て!うさぎ型だよ、うさぎ型!」

「うさぎ型?んなバカな……マジで、うさぎ型だと……?!これ贈答用の筈だよな!?」

「うさぎだけで、ハートみたいな、他の形が1個も無い辺りが、おたえらしいね……」

「そう言われれば、そうだけどさ……なんか納得いかねぇ。なんで、うさぎ型の贈答用チョコなんて有るんだよ」

「でもこれ、高かったんじゃないの?今日はバレンタインなんだし、まだハート型の方が安く買えたと思うんだけど」

「高かったけど、無いものは、あげられないから」

「……どういう事だよ?」

「ハートは一つだけ」

「は?」


「有咲ー!おたえー!沙綾ー!皆で早く食べようよーっ!」

「香澄が呼んでる。行こ?」

「あ、おい。ちょっと待て!一体どういう事……行っちまった」

「私達も行こうか。早くしないと、りみりんが全部食べちゃいそうだし」

「いや、りみでも流石に無いだろ……にしても、ハートは一つだけって、どういう意味なんだ?」


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春キャベツ 春おたえ 春レタス

サブタイトルは、その時の直感で付けてます。なのでツッコミは一切受け付けません。


「散歩行こうよ」

 

 春のある日。いつものように部屋でゴロゴロしていると、たえが部屋に飛び込んで来るなり徐にそう言った。

 

「別にいいけど……どうしたんだよ、いきなり」

 

「新曲のアイディアが浮かばなくて。気分転換に」

 

「その理由で俺を連れて行く意味が分からんのだが……分かった。準備するから少し待ってろ」

 

「40秒?」

 

「3分待て」

 

 どうせ今日は何もない。強いて言うなら、これから夕暮れまで布団でゴロゴロする予定くらいしか無いから、たえに付き合って外に行くのも悪くないだろう。

 たえを一旦、部屋の外に出して部屋着から外行きの普段着へと着替える。どんな季節でも着て行けるパーカー万能説を俺は唱えたい。

 

「財布よし。中身もよし。スマホもよし。身嗜みは……まあ、よし」

 

 たえは玄関で既に靴を履いて待っていた。玄関には、もう俺の靴も出ていて、たえの気合いの入りようが伺える。

 

「行くか」

 

「しゅっぱーつ」

 

 後ろからの、「どっか行くんなら、ついでに買い物も行ってきてー」という母さんの声に送られながら、たえと俺は春の街へと繰り出したのだ。

 

 

「それで、今日は何処に行くんだ?」

 

 春休みだからか、昼間から走って行く小学生とすれ違いながら、たえに問う。

 たえは「うーん」と唸りながら、空を見上げていた。何かあるのかと俺も見上げてみるが、一本の飛行機雲が青空を横切っている事以外に、変わった様子は無い。

 

「お腹減ったな……」

 

「まだ10時を過ぎたくらいだぞ」

 

 とは言っても、たえからすれば、そもそも時間はあまり関係ない。腹が減ったら食べる。くらいの単純な思考をしているからだ。

 腹が減った時が飯の時間であると、そう考えても構わないだろう。

 

「とにかく、何をするにしても行き先を決めないと、このまま歩きっぱなしって訳にもいかないしな。たえは何処に行きたいんだ?」

 

 

「今日は、うどんの気分かな」

 

 

「は?」

 

「え?」

 

 お互いの頭に、疑問符が乱舞した瞬間だった。

 

「……たえ。お前、今なんの話してる?」

 

「お昼ご飯に何を食べに行きたいかって話でしょ?」

 

 ……確かに、何処に行きたいか。としか聞いてなかったけど。しかし、さっきも言ったが、まだ10時を過ぎたくらいである。

 

「流石に気が早くないか……?」

 

「そっか、それもそうだね」

 

 やけに物分かりよく引き下がった、たえに疑問を持ちながらも、納得してくれたかと安堵の息を吐こうとした。

 だがやはり、流石は花園たえといったところか。直後に息を飲み込むような発言を、ぶちかます。

 

「今は10時のデザートの時間だもんね」

 

「そういう事じゃねーんだよ」

 

 そうまでして食いたいのか。そして、そんなに腹が減っているのか。

 俺のツッコミなんて聞こえていないのか、たえはフラフラと歩きながらデザートの事を考え始めた。

 

 ………危なっかしいな。目の前で交通事故を起こされても困るので、仕方なく、たえの腕を掴んで引き寄せる。

 たえはまだ考え事をしていた。

 

「杏仁豆腐、ぜんざい、大福……どれにしようかな」

 

「何故そのチョイス?……飯の事を考えると、軽く食べられる物が良いんじゃないか?」

 

 全部軽い物な気はするけどな。そんな事を考えながら、たえが結論を出すのを待つ。

 

 少ししてから、たえは閃いたとでも言うかのように、掌を握り拳でポン、と叩いて言った。

 

 

 

 

「よし決めた。有咲の家に行こう」

 

 

 全力でズッコケた。

 

「なんでそうなった?!」

 

「有咲の家なら香澄達が居るかもしれないし、気分転換には持ってこいだから」

 

「気分転換?…………あー、新曲のアイディアがどうのって奴か」

 

「忘れてたの?」

 

「お前の花園節の所為でな……!」

 

 たえの自由すぎる言動に振り回されて、なんだか酷く疲れた。たかが数十分の出来事なのに。

 だけど、これから市ヶ谷さんの家に向かうというし、それで少しは楽になるだろう。

 

(それまでの辛抱だ、俺)

 

「ところで、ぜんざいも捨て難いと思ってるんだけど。優人はどっちが食べたい?」

 

「…………どっちでもいいよ」

 

 どこまでも自由な、たえを引き連れて、俺達は市ヶ谷さんの家へと向かう事にしたのだ。

 

 

 

「帰れ」

 

 そして、市ヶ谷さんの第一声がコレだった。だけど、この取り付く島も無い拒絶を、誰が責められようか。

 

「……だってよ、たえ」

 

 

 何故なら

 

 

「だって、香澄」

 

 

 ここに居るのは

 

 

「ええ〜!?ありさーー!」

 

 

 たえと俺だけではないのだから。

 

 

「くっつくなぁ!そんな事しても、入れてはやらねぇからな!」

 

 

 ポピパの問題児、その2人が編隊を組んで襲来すれば、市ヶ谷さんでなくても同じ反応をするだろう。

 

「やっぱり、途中で香澄を拾ったのは失敗だったか……?」

 

「でも有咲、嬉しそう」

 

「そうか?どう見ても困ってるか、それかキレてるだろ」

 

 たえには、どうやら俺が見ている光景とは別の物が見えているようだ。市ヶ谷さんの、あの様子を見て、如何して嬉しそうなんて感想が出るのだろう。

 

「有咲は素直じゃないから」

 

「誰がツンデレだぁ!?」

 

「そんな事、誰も言ってねーよ」

 

 俺が指摘すると、市ヶ谷さんは「あ………」と"しまった"みたいな表情をしながら言った。自爆してんじゃねーか。

 しかしそうか、市ヶ谷さんはツンデレなのか。

 

「ち、違う!おい、ちょっと待て。そんな目で私を見るな、おい!」

 

「まあまあ。玄関で騒ぐのも迷惑だし、一先ず和室で話そうよ」

 

「おー!おっ邪魔しまーすっ!」

 

 

「オイオイオイ!?おたえはなんで、さも当然のように私の家に上がり込んでんだよ!?

 そして香澄ィ!まだ入っていいって言ってねーんだけどぉ!?」

 

 そんな市ヶ谷さんのツッコミも虚しく、2人は和室の方へと向かって行ってしまった。

 残された俺と市ヶ谷さんは、何とも言えない表情で互いを見つめて、溜息を同時に吐いた。

 

「…………上がってけば?」

 

「なんか………ごめん」

 

「良いんだ。もう、嫌でも慣れちまったし……」

 

 押し付けられるとか考えていた、さっきまでの自分が少し嫌になってしまうような、そんな午前中であった。

 

「今度、なんか菓子折りでも持ってくるわ……」

 

「………………頼んだ」

 

 俺と市ヶ谷さんも、先に行った2人の後を追って和室へと向かったのだ。

 

「それで結局、おたえと香澄は何をしに来たんだよ」

 

 くだらない理由だったら追い出してやる。という気迫が立ち上る質問だった。

 香澄は出された緑茶をズズーッと飲んでから、満面の笑みで言った。

 

「分かんない!」

 

「帰れ」

 

「待って、待ってよ!だって私、おたえに連れて来られただけだもん!」

 

「…………おたえが犯人か」

 

 首根っこを掴まれた香澄が慌てて弁明すると、市ヶ谷さんは引き攣った表情で、たえの方を見た。

 たえは素知らぬ顔で、お茶をズズーッと飲んでいた。そうしてから、市ヶ谷さんからのジト目に気付いて一言。

 

「……有咲のツインテールって、クロワッサンみたいだよね」

 

「く、クロワッサン?」

 

 そんな事を言われたのは初めてなのだろう。珍しく市ヶ谷さんの素っ頓狂な声が聞けた。

 

「え?!有咲のツインテールって、クロワッサンなの!?」

 

「え?そうなの有咲?」

 

 そして伝染する勘違い。香澄だけでなく、言い出しっぺである、たえも何故かボケている。

 香澄はともかく、たえは如何して言い出しっぺのクセにボケてんだ。

 

 そんなヤベー奴2人に挟まれた市ヶ谷さんは、俯いて体をプルプルと震わせて、

 

「もう帰ってくれーーーーっ!」

 

 多分、本気の慟哭だった。

 

「そういえば、おたえは如何して有咲の家に来たの?」

 

「新曲のアイディアが浮かばなくて、それで気分転換をしようと思ったんだ」

 

 そんな市ヶ谷さんの横で、何食わぬ顔をして会話を続ける2人が、俺には悪魔のように見える。

 

「…………………………それで、なんで、ウチなんだよ……?」

 

「有咲ならヒントをくれるかなって。ほら、3人寄れば──」

 

「文殊の知恵か。でも、市ヶ谷さんはまだしも、音楽ド素人な俺が居ても文殊には……」

 

 

「──もんじゃ焼きって言うし」

 

「それ違う。合ってるの語感だけだから、すっごい間違いしちゃってるから」

 

 お前そこまで腹減ってんのかよ。3人でもんじゃ焼いてどうすんだ、それただ3人で飯食ってるだけじゃねーか。

 

「と、いうかだな。ナチュラルに私を3人目に含めんな」

 

「えっ…………」

 

 たえはショックを受けたような表情を見せた。珍しい表情だが、今の言葉が余程心に刺さった…………わけ無いか。無いな。たえだし。

 

「い、いや。もちろん頼られるのは吝かじゃねーっていうか、なんていうかなんだけど……。でもキーボードの私が、ギターのおたえに何を言えるのかって事を言いたくてな?

 重ねて言うけど、別に頼られるのは嫌じゃねーっていうか……」

 

 たえの表情を見て、悪いとでも思ったのだろう。慌てて弁明する市ヶ谷さんは面白かった。なるほど、コレはツンデレと呼ばれても致し方ない。

 だけど、その弁明がすぐに無に帰る事を、たえとの付き合いが長いから分かってしまっていた。たえの事だから、この後、絶対に変な返しをするであろう事を。俺は直感で感じていた。

 

「有咲……

 

 

 

 

 

 

 人じゃないの?」

 

 

 

 

 

「そうじゃねえよ!?私は力になれないから、頭数に入れるなって言ってんだよ!!」

 

「有咲。大福、無い?」

 

「人の!話を!聞けぇ!!」

 

 とか叫びながら、バァンと大福を持ってくる辺りは凄いと思う。俺なら問答無用で家から叩き出しているところだ。

 

「3人に入らないなら、有咲は4人目だね!そして私が3人目!」

 

「……香澄、天才なの?」

 

「アホーーッ!!」

 

 

「……いつか、ツッコミ疲れで過労死するんじゃないかな。市ヶ谷さん」

 

 いい茶葉を使っているのか、家のティーバッグの緑茶より遥かに美味かった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「追い出されちゃった」

 

「当たり前だよ」

 

 むしろ大福を食べるまで待ってくれただけ有情だといえた。あの忍耐強さは見習いたい。

 

「それで、新曲のアイディアは浮かんだのか?」

 

「うん、バッチリ。でも、もう一押しが欲しいかな」

 

「そうなのか。それじゃあ次の目的地は?」

 

「ショッピングモール」

 

 そういう事になった。たえと俺は市ヶ谷さんの家からショッピングモールへと向かう。

 

「ショッピングモールで思い出したけど、母さんに買い物も頼まれてたっけ。でも何を買うかは聞いてなかったような……」

 

「牛乳と、牛肉と、卵と、ネギだよ」

 

「あーはいはい、お前ん家の買い出しは聞いてないから。たえの家は、今日はすき焼きか?」

 

「優人の家のメニューだよ?」

 

「はぁ?」

 

 たえが見せてくるスマホの画面を見ると、送り主が『優人のお母さん』になっていた。

 そして本文には『今夜は家ですき焼きをするから、優人に牛乳と、牛肉と、卵と、ネギを買ってくるように伝えてくれないかしら?』と書かれてある。

 

「…………なんで母さんは俺じゃなくて、たえにメールを送ってんだよ」

 

「でも私のお母さんも、優人にメール送ってるって聞いたけど?」

 

「あれ間違い送信じゃなかったのか!?」

 

 たえの母さんから、ちょくちょく送られてくる『○○買って来てね〜』みたいなメール。てっきり俺は、たえに送るものを間違えたとばかり思っていたが、ここで衝撃の事実が明かされた。

 

「……なんて適当なんだ、俺達の母親は」

 

「その分、私達がしっかりしないとね」

 

「たえもソッチ側だわ阿呆が」

 

 両家でマトモなのは、どうやら俺と父さんと、単身赴任中の、たえの父さんくらいしか──いや、たえの父さんも天然入ってた気がする。

 畜生、マトモなのは我が家の男陣だけか。

 

「えー?」

 

「えー?じゃねーよ花園節の権化めが。いつも苦労する俺の身になりやがれってんだ」

 

「でも私、まだ人妻じゃないよ」

 

「そういうソッチ側じゃねーから」

 

 とにかく、すき焼きをするのなら買い物をして来なければいけない。

 

「でも、なんで今日は、すき焼きなんだ……?」

 

 豪勢だなとは思う。今日は何かの記念日とかなのだろうか?美味いから良いけど、少し気になった。

 

 そんな俺の横で、たえが何故か俺に両手を合わせて頭を下げるという奇行を始める。そして言った。

 

「今夜はゴチになります」

 

「なに?たえも食いに来んの?」

 

「なんかね、今夜のすき焼きは普段お母さんにお世話になってるお礼なんだって。迷惑かけてるから2人共食べに来てって」

 

「あー納得。花園家には世話になってるからな」

 

 俺を置いて出張に出た時とかが最たる例か。確かに、花園家には何かある事に世話になっている。

 

「それじゃあ結構な量が必要になるか。かなり食うだろ?」

 

「私の胃袋はブラックホールだよ」

 

「もう少し抑えてくれ」

 

私の胃袋はブラックホールだよ

 

「抑えるのは声じゃなくて食欲の方だ」

 

 そんな事を話していると、不意に強い空腹感を感じた。スマホの時計を見れば、もう12時を30分以上も過ぎ去っている。

 

「……まずはメシ行くか」

 

「じゃあ肉うどんだね」

 

「肉なら今夜も食うだろ?釜玉うどんとかにしないか?」

 

「そうだ、ぜんざいも食べなきゃ」

 

「話聞いてる?」

 

 段々と強くなってくる風に吹き付けられながら、たえと俺は一先ずうどんを食べに寄り道をする事にしたのだった。

 

「でもラーメンも捨て難いよね」

 

「今日は麺類な気分なのか?」

 

「優人は杏仁豆腐と、ぜんざい。どっちがいい?」

 

「その話まだ続いてたのかよ」

 

 




この後に生まれた新曲が、後の『Alchemy』である(大嘘)


※香澄は春休みの宿題を終わらせに帰りました。


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ここ、マンガやアニメの中ですよ

ご期待には間違いなく添えられてないです。
正直やりすぎたと思ってるし、急すぎるとも思っている。

4/16 話の変な箇所の修正


 ギターが鳴り響き、ふとした拍子にベースも聞こえて、キーボードは結構自己主張が激しく、ドラムはガンガン鳴っている。

 

(バンドって、すげー)

 

 バンド関連の知識は何もないから完全に素人目線からになるが、5人で一つの曲を作るなんて、よく出来るなあ。というのが正直な感想だった。

 

「──っ!つっかれたー!」

 

 曲が終わった後、とうとう限界を迎えたのだろう。香澄がギターを置いて床に倒れ込んだ。ちょっと見ただけで分かるくらいの汗をかいている。

 程度の差はあれど、他の4人も似たように疲れているようだった。

 

「お疲れさん。ほら、タオル」

 

「ありがと〜〜……」

 

 たえが所属しているガールズバンド"Poppin'party"通称ポピパの練習場所は、主に市ヶ谷さんの家にある蔵の地下である。

 たまーにスタジオを使う時もあるらしいが、俺が雑用に呼ばれた時は全て蔵で練習をしている。スタジオと違って金も掛からないから、学生には嬉しい練習場所だと言っていたような、言っていなかったような。

 

「んー……腕が棒みたいになってる」

 

「結構な時間やってたからなー」

 

「私も、もうクタクタ……」

 

「ちょっと休憩にしよっか」

 

 ちなみに香澄達は、かれこれ2、3時間はぶっ続けで練習を行っていた。ここ最近は殆ど毎日そうで、近いライブへの意欲の高さが伺えるだろう。

 

「優人。太もも借りるね」

 

「頭乗せてから言うなよ」

 

 たえは俺の太ももを枕にして横になるなり、胸元をパタパタさせ始めた。たえ以外がやったならドギマギするのだろうが、たえのは見慣れているからか何も感じない。

 

「相変わらず仲良いよね、おたえと優人は」

 

「幼馴染だからな」

 

「いや、おかしいだろ。普通の幼馴染は、そんなに距離が近くねえ」

 

 たえと顔を見合わせて、多分同時に首を傾げる。俺達にとっては、これが普通だから、普通じゃないと言われても少し意味が分からなかった。

 

「……よく考えたらさ。長年おたえの幼馴染をやれてる時点で、優人も相当な変わり者なんだよな」

 

「あー……それ言っちゃう?」

 

 

「どういう意味だ貴様ら」

 

 ナチュラルにド失礼な事を言いやがった市ヶ谷さんと、気付いてしまったか。みたいな表情の沙綾。

 2人は「いや、だってさ」と前置きしてから言った。

 

「おたえとは何時からの付き合いなんだっけ?」

 

「この前も言ったろ。幼稚園か、それより前だ」

 

「その時から、おたえはこんな調子だったんだろ?」

 

「そうだよ」

 

 だから高校に入るまで、俺以外にマトモな交友関係が無かったんだからな。

 そんなだったから、たえが高校で友達を作ったと聞いた時は何かの冗談だと思ったくらいだ。

 

「つまりアレだ。優人は、おたえのこの性格をずっと受け止め続けて、しかも今まで関係を持ってるんだろ?」

 

「まあ、そうなるな」

 

「……その、さ。やっぱり優人って、おたえと同類なんじゃ」

 

「違う。絶対に認めん」

 

 俺がこんな、突拍子の無さを体現したような奴と同列に語られてたまるか。俺は至って普通の男子高校生で、たえはぶっ飛んだ女子高生だ。

 

「まあまあ落ち着いて。優人が買ってきたクッキーを箱から出して、お茶でも飲もうよ」

 

「お前が事の中心なんだが?」

 

 ごそごそと俺が持ってきた紙袋を漁ってクッキーの箱を取り出している、たえに俺はそうツッコんだ。

 

「……ちょっと待ってろ。まんじゅう持ってくるから」

 

「じゃあ私は、お茶でも入れようかな」

 

 そんな流れで、香澄達の汗が引くまで休憩という事になったのだ。

 

「んー!このまんじゅう美味しいっ!あっちゃんに持って帰って良いかな!?」

 

「別に良いけど……そんな良い物じゃねーぞ?」

 

「りみりん、クッキーどれ食べる?」

 

「沙綾ちゃんのチョイスで良いよ〜」

 

 お茶請けは俺が買ってきたクッキー(贈答用、1080円)と市ヶ谷さんのまんじゅうの二種類である。

 

「キャピキャピしてんなぁ……」

 

 楽器を握っていない時の香澄達を見ると、やはり普通の女子高生なんだという事を再認識させられる。

 このオンとオフの切り替えの凄さは、俺には真似するのが難しい。

 

「なんだろう、この場違い感」

 

「何言ってんだ。それより、まんじゅう取ってくれるか?」

 

「はいよ」

 

「さんきゅ」

 

 有咲にまんじゅうを渡しながら、俺は何を食べようかと頭を悩ませる。悩ませるといっても、元々二種類しか無いわけだが。

 ……有咲の家では和風寄りのお茶請けが良く出るから、自分で買ってきたクッキーを今日は食べる事にしようか。

 

 

 しかしそうなると、たえの方が俺よりクッキーには近い位置取りだ。俺は手を伸ばす必要があるが、たえは伸ばさなくても余裕で届く。

 逆にまんじゅうは、俺の方が、たえよりも近い位置取りである。

 

「ん」

 

「はい」

 

 なので俺がまんじゅうを手に取って、たえの口元まで持って行くのと同じタイミングで、たえもクッキーを俺の口元へ。

 幼馴染特有の連携プレーを見た市ヶ谷さんは口をあんぐりと開けて、まんじゅうを手からテーブルに落とし、りみと沙綾は驚いたように此方を見て、香澄はキラッキラした目で見てきた。

 

「…………なに、やってんの?」

 

 かろうじて絞り出した言葉がそれな辺りに、市ヶ谷さんの度肝の抜かれっぷりを感じて欲しい。

 

「たえがまんじゅうを食いたそうで、俺はクッキーを食いたかったから。じゃあ近い方を取って交換した方が良いかなと」

 

「……今、アイコンタクトみたいなのは交わしてたか?」

 

「いや、完全にノールックだったと思うけど……」

 

 なぜ香澄以外の3人は、俺達の事を化け物を見るような目で見てくるのか。こんなの、長年過ごした幼馴染であれば割と誰でも出来るだろう。

 

「いや、その理屈はおかしいって」

 

「お前さ……そんな事やっといて、同列に語るなって方が無理じゃね?」

 

「俺の中では、沙綾みたいに"アレ"だけで欲しい物を判別が出来るようになって、初めて同列扱いだから」

 

「暗に沙綾を同列扱いすんな」

 

 そんなつもりは無かったけど、今の言い方だと確かにそうなるか。

 でも俺から言わせれば、たえとバンドまで組んでる4人は確実に似たもの同士だろう。

 

「香澄はともかく、りみや私まで一緒にすんな」

 

「ありさー。それって、どういう意味?」

 

「自分で考えろ」

 

「むしろ優人君は"アレ"だけじゃ分からないの?」

 

「分かるわけないじゃん」

 

 熟年夫婦じゃないんだから、そんな抽象的な言葉だけで分かるわけがないだろう。

 だからこそ、"アレ"という単語だけで分かる沙綾の異質さが際立つ。空気が読めるってレベルじゃないぞ。

 

「ええ……?いやいやいや、ノールックの方が凄いって」

 

「ノールックなんざ、年月でどうとでも出来るんだよ。アレだけで分かるのは才能だろ」

 

 

 

「あーりさっ、アレ取って」

 

「なんだよ香澄。どっちだ?」

 

「もー!察してよ、ほら!」

 

「分かんねえよ。私達は別に幼馴染でも何でもないだろ」

 

「ありさー!」

 

「だから、そんなに言われても分かんねえって!」

 

 テーブルの向こうでイチャついてる有咲と香澄を見ながら、買ってきたペットボトルの緑茶を開けて、たえが真下に置いたであろうコップの中へと注ぐ。

 ……3分の2くらいでいいだろ。俺も飲みたいし、そもそも麦茶も置いてあるしな。

 

「ほらな。普通は、あんな感じになるんだから、やっぱ沙綾の方が凄いんだよ」

 

「ノールックで、お茶を注ぎながら言われても説得力が欠片も無いんだけど」

 

「私からすれば、沙綾ちゃんも優人君も、どっちも凄いかなー……」

 

「うん。2人とも凄いよ」

 

「おい渦中の奴(たえ)、なに他人事みたいに話してやがる」

 

 そこから暫く、俺と沙綾が互いを褒めるだけの流れが続く事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話を戻すけどさ。おたえと優人は、普通の幼馴染にしては距離が近すぎない?」

 

 不毛な争いは一時休戦し、再びのお茶会途中に沙綾が切り出した。市ヶ谷さんも便乗して頷く。

 

「確かにな。恋人同士って言われても納得いくぞ」

 

「恋人ぉ?」

 

「……ちょっと分かるかも」

 

「やっぱり、りみりんもそう思うよね?」

 

 何の冗談だ。俺が、事もあろうに、たえと恋人同士になるだなんて。

 日々のツッコミを市ヶ谷さんに押し付けているような俺が、何故そんな関係に間違えられるんだ。

 

「馬鹿馬鹿しい。そんな関係になんて、なる訳ないだろ」

 

「そうだよ有咲。ありえないよ」

 

「ええー……そうなのか?」

 

 何を思ったのか、ここで、たえの援護射撃が発動。想定外だが有難い。

 しかし市ヶ谷さんは、たじろぎながらも疑念を隠さない。まだ疑っているようだ。

 

「いいか?幼馴染が恋人同士になるなんて絵空事は、マンガかアニメの中だけなんだよ。

 大体の場合は、その幼馴染の悪い所ばかりが見えて"こいつと恋仲とか有り得ねえ"ってなるのがオチなんだからな」

 

「そういうもんなのかな。りみとか沙綾は分かるか?」

 

「異性の幼馴染が居ないから、何とも言えないかな」

 

「私も〜」

 

「有咲?どうして私には聞かないの?」

 

「だって分かんないだろ?」

 

「うん!」

 

 りみと沙綾が分からないと頷いている横で漫才を繰り広げる2人。市ヶ谷さんと香澄は、実は深い繋がりでもあるんじゃないかと疑うくらい相性が良い。

 

「それにしても、おたえが否定するなんて意外だったな」

 

「おたえが堂々と否定するなんて、滅多にしないもんね」

 

「そんだけ気に障ったんだろ」

 

 たえのツボも分からないが、それ以上に沸点が分からない。長年の付き合いである俺ですら、全くと言っていいほど予測不可能なのだ。

 何時だったか、俺と一緒にショッピングに行ってナンパされた時、ドスと殺意を込めた「消えて」という言葉は脳裏に焼き付いている。

 普段、1人の時にされているらしいナンパ程度じゃキレてない筈なのに、その時だけは明らかなマジギレだった。

 

 そんなだから、たえの沸点は俺には全く分からない。さっきの発言も、きっと何かがマズかったのだろう。

 

「私と優人は恋人になんてなれないよ」

 

「なんでだよ。私の個人的な意見だけど、優人とはお似合いだと思うぞ?」

 

「だって、私と優人は──」

 

 

 幼馴染であり、それでしかない。だから、そこから先に進む事は有り得ない。

 そんな理由だろうなと思っていた。だから水を口に含んだ。

 

 だが、何度でも言おう。

 

 ここに居るのは、常識の通用しない不思議メルヘン少女"花園たえ"だ。

 たえから発せられる、あらゆる言葉は、常人とは異なる意味合いを持つ事を……俺は失念していたのだ。

 

 

 

 

「──もう、結婚の約束してるから」

 

 

 

 たえを除いた、全員の口から水が噴き出した。

 

 

 

「ゲホッ、ゲホッ……!?おいおいおいおい!なんだよ、その理由は!?」

 

「優人、もしかして忘れたの?ほら、幼稚園の時に約束した──」

 

「覚えてる!覚えてるよコンチクショウ!!というか、忘れてなかったのか!?」

 

「……?なんで忘れるの?こんな大事な約束」

 

 俺にとっては、むしろ忘れたかった記憶だ。だけど何故か、幼稚園児の時の記憶は、それしか残っていないのだ。

 裏を返せば、それしか記憶に残るようなインパクトのある出来事が無かった事になるが……なるんだが……っ!!

 

(せっかく思い出さないようにしてたのに!しかも、よりによってコイツらの前で語るなよなぁ!)

 

 そんな風に頭を抱えている間にも、たえの思い出語りは進んでいく。

 

「優人は昔から器用だったから、たんぽぽで指輪を作ってプロポーズしてくれたよね」

 

「ストップ、やめてくれ、たえ。その話は後で幾らでもしてやるから、だから此処でバラすのだけは勘弁してくれぇ!」

 

「『大人になったら俺は、たえと結婚して理想の花園ランドを作る』って言ってくれたの、凄い嬉しかったんだよ?」

 

「人の話を聞いてるのか!?」

 

 慌てて口を、まんじゅうか何かで塞ごうとしたが、時既に遅し。たえが詳細の殆どを語った後、俺に向けられたのは生暖かい眼差しだった。

 

「ろ、ロマンチック……!」

 

「やめろ、やめてくれ、りみ。そんな目で俺を見るな!」

 

 

「ああ、"馬鹿馬鹿しい、そんな関係になる訳ない"って、『プロポーズは済んでるから恋人なんて生っちょろい関係じゃ終わらない』って事かぁ……」

 

「違う、そうじゃないんだよ沙綾!」

 

 

「あー…………なんだ。その、お幸せに?」

 

「顔真っ赤にして、目を逸らしながら言う事かよ市ヶ谷ァ……!」

 

 

 以上、爆弾発言から再起動した3名からのコメントだった。

 上から順に、顔を真っ赤にしながら、何処か納得した表情、露骨に目を逸らして顔が真っ赤、な状態である。

 

「おめでとう、おたえー!」

 

「ありがとう香澄」

 

 そして、たえと香澄は両手を取り合ってブンブン振っていた。そうしながら、香澄は更なる爆弾を放り投げてくる。

 

「それで、結婚式は何時?」

 

「…………今日?」

 

「ダメに決まってんだろ!」

 

 そもそも、まだ籍も入れられない年齢だっつーの!




今回、おたえ成分も少なめで花園節も控えめだ。
だが私は謝ら……いや、すいません。マジで


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おたえとイチャつきたいという邪な欲望を持ちながら話を書こうとする度に、何故かオリ主の方がヒロインムーブをしだす謎


タイトル通り。アリス衣装の報酬おたえ可愛いよね


お薬(今イベの報酬花音ちゃん先輩の覚醒絵)をキメながら書いたからか、後書きが酷く読みづらい事に書き終わってから気付いた。


 

「お帰り優人。帰って直ぐで悪いけど、ちょっと来なさい」

 

 家に帰るなり、母さんが俺をリビングへと呼んだ。何も悪いことをやらかした記憶は無いので、何かあったのかと少し身構えながらリビングへ入る。

 

「なに?さっさと部屋に帰りたいんだけど」

 

「それ、そこのテーブルに乗ってるチケットあるでしょ」

 

 ソファでテレビを見ながらの母さんに言われて、テーブルへと意識を向けると、確かに2枚のチケットがある。

 手に取って見ると、どうやら温泉旅行のペアチケットのようだ。

 

「どうしたんだよコレ」

 

「商店街の福引で当てたのよ。あげるわ」

 

「へー。あれって当たるもんなんだな」

 

 都市伝説の類だと思ってたから、少し驚いた。いや、当たりが入ってれば当たるんだろうけど、当たってるのを見たことがなかったから。

 

「でも、なんで俺に?言っちゃなんだけど、母さんが父さんと行けば良いんじゃねーの?」

 

「嫌よ」

 

 即答だった。珍しい母さんの即答に、俺は思った事を問う。

 

「なんで?こういうのって当てた人が行くだろ、普通」

 

「だって私、父さんの出張に付き合ってるから温泉とかは結構な頻度で入ってるもの。わざわざ旅行で行く程じゃないわ」

 

「よーし、そこに直れクソババア」

 

 本当にそれは出張なのか?実は温泉旅行に行ってるだけなんじゃないのか。生憎と、俺は1度も出張に同行した事がないので判断は出来ない。

 ただ一つだけ言えるのは、今まで俺には1度も、お土産は無かったという事だ。世話になってる花園家にお土産を渡すのは分かるが、息子にも少し寄越せと言いたい。

 

「いいじゃない別に。その分、たえちゃんとイチャイチャ出来るんだか……あっ」

 

 悪びれた様子の無い母さんは何を思ったのか、失礼極まりない言葉を途中で途切れさせて、ニヤッと笑った。

 

「そうだ。あんた、たえちゃんと行ってきなさいよ」

 

 そして、俺にとって最大級の爆弾をぶちかましやがったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家の母さんって、なんであんなに強引なんだろうな……」

 

「うん、いい眺め」

 

 そんな訳で、たえと俺は電車で数時間の場所にある旅館にやって来ていた。……2人だけで。

 いや、そりゃあペアチケットなんだから2人なんだけどさ。でも何故だ、シチュエーションのせいか無駄に緊張する。

 

「優人も来て見なよ。凄いよ」

 

「へ?ああ、そうか。そうなのか」

 

 そんな中でも、いつもと変わらな……いや、たえはテンションが高い。その証拠に足をパタパタさせている。

 なんだ、普通じゃないのは俺だけじゃなかったのか。

 

「どれどれ……ほー。遠くの方まで山なのか。紅葉のシーズンだったら、もっと凄かっただろうな」

 

「だね。もう終わっちゃってるけど」

 

 俺が窓枠に手を着いて外を眺めていると、たえが、わざわざ横に移動してきて景色を眺める。

 今の季節は秋の終わりの方、日付で言うところの12月3日である。紅葉のシーズンというには少し遅く、かといって冬特有の寒空や澄んだ空気が味わえるには早い、中途半端な時期だ。

 

「中途半端に葉っぱが散ってて、なんか微妙な感じがするな……」

 

「仕方ないよ。シーズンじゃないから」

 

「まあそうだな。タダで来れたんだし、指摘するのも野暮ったいか」

 

 シーズン外れだからこそ、こうして福引の景品になっているのかもしれない。とにかくタダで来ているのだし、その指摘は止めにしよう。

 それに、シーズン外れというのも悪い事ばかりじゃない。外れているからこそ人が少なくて、騒がしくなくていい。

 

「さて、荷物も置いた事だし。ちょっと外に散歩、で、も……」

 

 外の景色から意識を戻して気が付いた。いつの間にか、たえの手と、俺の手が重なっている。

 

「────っ!」

 

 意識した途端に、俺の顔に熱が集まるのを嫌でも感じてしまった。

 なんでそういう、さり気ない所で人を照れさせるムーブをするかなぁ、たえは。

 

「どうしたの?顔、もみじみたいに真っ赤だけど」

 

 そんな俺に気付いたらしい、たえは首を傾げながら俺を見た。

 手と手が触れ合えるくらいだから当然距離は近く、だから自然と、たえの綺麗な顔が間近にあって、それが更に顔を熱くさせる。

 

「い、いや。なんでもない!あー、それにしても暑いな!暖房が効きすぎてるのかな!?」

 

「……?暖房なんて、つけてないけど?」

 

「じゃあ何でだろうなー、くそっ!」

 

 なんで俺だけがドギマギしてるんだ。そして、たえは如何して平然としてるんだ。

 たえは、そんな俺の様子に不思議そうな表情を見せた後、ハッとしたような顔で言った。

 

「もしかして優人……」

 

「いや、違う。絶対に違うからな!」

 

「そうなの?」

 

「ああ、そうだ。お前が思ってるような事じゃない」

 

 あんなにあからさまであれば、たえでも流石に気付いたか。俺は言い訳をしながら、たえと距離を離した。

 

 

「でも優人。そんなこと言っても、体は正直なんじゃないの?」

 

「…………なんですと?」

 

 ちょっと今、耳を疑うような言葉が、たえから飛び出たような気がするんだが。具体的に言うと、なんかエロ同人でしか聞けないような言葉を。

 

「だから、口では嫌々でも体は正直だよねって」

 

 しかし、出来れば聞き違えであって欲しかった言葉を、たえは何の躊躇いも無く再度口にしたのだった。

 

「なに言ってんだお前ーっ!?」

 

「なに?何か変だった?」

 

「変だよ!最初から最後まで、何もかもがオカシイっての!」

 

 たえは言ってる意味が分からないとでも言うかのように、疑問符を幾つも浮かべていた。

 

「別に恥ずかしい事じゃないと思うんだ。それは動物の欲求なんだし、私も常に考えてるよ」

 

「ウッソだろお前!?」

 

 おいおいおいおい、たえはさっきから如何しちゃったんだよ。なんでエロ同人みたいなセリフを恥ずかしげも無く連呼してやがんだ。

 いくらテンションが上がっているとは言っても限度ってもんがあるだろ。

 

「どうしたの優人?さっきから、すごく変」

 

「変なのはお前の頭だ!おま、恥ずかしくないのか!?」

 

「なんで恥ずかしいの?確かに授業中とか、たまに我慢できなくなる時はあるけど。でもそれ──」

 

「もういい!ストップ、ストップだ!」

 

 一体なにが悲しくて、幼馴染の欲求不満なカミングアウトなんぞを聞かなければならないのか。

 というか、本当にさっきから如何したんだ。実はコイツ、たえの外見をしただけの別人なんじゃなかろうか。

 

「アレか?うさぎは子だくさんって言うくらいだから、ずっと見てて倫理観が狂ってるのか?そうなんだろう!」

 

「…………そう言われると、確かに、うさぎに似てるかも」

 

「いや納得するなよ!?」

 

 

 

「うさぎも常に食べてるもんね、()()()()()おり……なんてね。ふふっ」

 

 

 えっ

 

「……えっ。食欲の話なの?」

 

「他に何があるの?」

 

 ……………………

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「たえ、今すぐに俺を殺してくれ」

 

「……熱でもあるの?」

 

 たえに本気で心配されるくらい、今の俺は顔が熱を帯びていたのだ。

 

 勘違いされる言動をずっとしていた、たえが悪いと言えばそうなのかもしれない。

 だけど俺は花園たえの幼馴染で、たえの勘違いをさせるような言動には、ずっと付き合って来たのだ。

 つまりこれは、見破れなかった俺のケジメ案件だろう。

 

「無い……無いよ……」

 

「そうなの?」

 

「ああ……」

 

「じゃあ、香澄達へのお土産を買ってこようよ」

 

「ああ……」

 

 

 もう、なんだ。すっごい疲れた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 さて、そんな訳でロビーから外へと繰り出したのだが、そこで俺は何人もの職員さんから生暖かい目線を頂戴する事になったのだ。

 

「……なんでだ?」

 

「なにが?」

 

「いや、さっきから生暖かい目線を感じるなと」

 

「高校生だからじゃない?」

 

「そう……なのかな、多分」

 

 男女ペアの高校生が旅館に居る。なるほど、確かに色々と注目は浴びるだろう。

 でもそれだけじゃないような気がするのは……たえに関わってきた俺の直感がそう言っているからか。

 

「そうだよ。行こ?」

 

「んー……そうだな」

 

 …………別に害は無いからいいか。気にしていたらキリがないし、分からないなら無視するのが得策だ。

 たえと俺は旅館の外へと繰り出した。

 

 

「人、少ないね」

 

「長期休暇でもなんでもないからな」

 

 今更だが、俺達が訪れているのは温泉街の一角にある旅館だ。

 だから旅館の外にも他の旅館や、お土産屋さんがあって、しかし、時期が時期なら人でごった返しているであろう場所は、今はガラガラだった。

 

「温泉って言えば、まんじゅうだよね」

 

「そう、なのかな。まあ確かにイメージはあるけど」

 

「……食べたくなってきた。食べる?」

 

「後でな」

 

 まずは香澄達へのお土産が先だっての。

 温泉まんじゅうを店頭販売している場所から引き剥がしながら、たえにそう言ってお土産屋さんへ入店する。店内は広く、俺達以外には数人の観光客らしき人と店員しか居なかった。

 

「何を買ってく?無難に食べ物にするか?」

 

「優人、見てよ。木彫りの熊だよ」

 

「話を聞け。そして、それはやめろ」

 

 貰って困るお土産ランキング(俺調べ)で不動のトップに位置する嫌がらせアイテム(お土産)を置くように言いながら、俺も店内を見て回る事に。

 

「んー、そういえば嫌いな物とか聞いてなかったな。どうしようか……」

 

「優人」

 

「木彫りの鮭も置いて来い。それも熊と同じくらい迷惑だ」

 

 なんで此処、こんなに木彫りのアイテムが多いんだろうか。無駄に種類が豊富で、呆れるより先に感心してしまう。

 

「家に飾ろうかなって思うんだけど」

 

「…………せめて、うさぎにすれば?ほら、そこにあるだろ」

 

「木彫りのうさぎなんて変じゃないかな」

 

「なら木彫り全般がアウトだっつーの」

 

 たえのセンスは相変わらず意味が分からない。なんで鮭は良くて、うさぎはダメなのだろうか。ふわふわしてないからダメなのか?

 

「もうちょっと真面目に考えてくれよな。ほら、お前の目線では何が良さげなんだよ」

 

「じゃあこれ」

 

 たえが手に取ったのは、鬼のお面……

 

「真面目に選べ」

 

「さっきの優人」

 

「ケンカ売ってんのか?」

 

 恐らく、顔が真っ赤な事を指摘しての事だろう。お土産を選ぶ気があるのか疑わしくなってきたぞ。

 

「何がダメなんだろう」

 

「逆に何がセーフだと思った?」

 

 鬼のお面を戻して、食べ物系で探してみる。……温泉まんじゅうとかで良いんじゃないだろうか。

 

「これなんてどうだ?無難だし、好き嫌いも無いだろうから」

 

「そっちじゃなくて、こっちは?今は餡子よりチョコの気分だから」

 

「チョコ味か。確かに、りみの事を考えるとアリだな」

 

 俺は自分のチョイスである粒あん味の温泉まんじゅうを置いて、たえのチョイスであるチョコ味の温泉まんじゅうを購入する事にしたのだ。

 ……ちゃんと選べるんなら、最初から選べと言いたい。

 

 お土産屋さんから出て歩いていると、どうやら足湯に入れるらしい場所を通りがかる。

 

「入って行くか?」

 

「うーん。でもcircleの前に何度か置いてあるのに入ってるし、私は別に」

 

「…………circleって、ライブハウスの筈だよな?」

 

「噴水とかもあるよ。後はヤシの木とか」

 

「本当にライブハウスなのか!?」

 

「カフェかな」

 

 実はcircleには数える程しか行ったことがないから分からないが、たえが言うには、そうらしい。俺は信じられないけど。

 

 足湯を通り越して旅館へ戻る。取り敢えず、お土産の温泉まんじゅうは部屋に置いておきたかった。

 

「まんじゅう、食べよっか」

 

 ……が、何を思ったか、たえは部屋に戻るなり徐にそう言い出す。

 

「おうちょっと待て、どうしてそうなった」

 

「だってこれ、私達が食べる用でしょ?」

 

「は?あ、おい。ちょ!?」

 

 俺が止める間もなく、たえは包装紙を開封して中身を開けた。バリバリーという包装紙の無惨な悲鳴だけが、部屋の中の唯一の音だった。

 

「はい」

 

 やがて温泉まんじゅうを手渡された所でハッと意識を取り戻した俺は、自然と声が震えていたのだ。

 

「もしかしてこれ、お前が食いたいから買ってきたのか……?」

 

「だってさっき、優人も言ってたでしょ?温泉まんじゅう食べたいって」

 

「ええ……?いや、言ったけどさ」

 

 もしかして、さっきの"チョコの気分"って、たえの気分だったのか。俺はてっきり、香澄達の中の誰かの気分をSNSで聞いていたのかと思ったのだが。

 

「美味しいね」

 

「……これ食ったら、お土産買いに走るぞ」

 

「いいよ、どっちが早く買ってこれるか勝負しよう」

 

「走るって競走じゃねーから」

 

 

 

 

 

 

「あら、お早いお戻りですね」

 

 再度まんじゅうを買って戻ると、女将さんらしき人と偶然ロビーで鉢合わせた。

 

「ええ。お土産を買い忘れちゃって」

 

「サラッと捏造してんじゃねえ。お土産で買ってたのを、お前が勝手に食ったんだろうが」

 

「でも優人も食べたよね?」

 

「そりゃそうだけど……」

 

 

「うふふ、仲が宜しいんですね」

 

「ええ。幼馴染ですから」

 

 いつの間に仲良くなっていたのか、たえは女将さんと雑談まで出来るようになっていた。

 

 手持ち無沙汰になった俺が旅館内の売店を見ていると、ものの5分くらいで女将さんは仕事に戻るみたいで、会話を打ち切った。

 

 その際に、俺の肩をポンと軽く叩いて一言。

 

「じゃあ頑張ってね、未来の旦那さん」

 

 

 …………んん?

 

「いや、あの?それってどういう……」

 

 咄嗟に呼び止めた俺は、さっきの嫌な予感がフラッシュバックするのを感じていた。

 

「あら、そちらのお嬢さんから聞きましたよ?まだ若いのに……ご立派ですね」

 

「…………たえ。お前、何を話した?」

 

 すぐ近くの売店でお土産を見ていた、たえにそう聞く。すると、たえは思い出したとでも言うかのように手のひらをポン、と軽く叩いて言った。

 

「関係を聞かれたから、プロポーズされただけの幼馴染です。とは答えたけど」

 

「お前には羞恥心って物が無いのかよ!?」

 

 だから生暖かい目線を貰ってたのか、と俺は納得した。それと同時に、無性に恥ずかしくなってしまって再び顔に熱が集まる。

 

「また顔を赤くしてる……やっぱり今日の優人、すごく変」

 

「誰の、せいだと……っ!」

 

「女将さん。今夜ってタコのお刺身とか出ます?」

 

「ええ、出ますよ」

 

「人の話を聞けっての!」

 

 というか、いつの間に仲良くなってたんだ。もしかして、俺が部屋に荷物を置いている間の僅かな時間なのか。

 俺は、たえのコミュニケーション能力の高さに戦慄した。

 

 

 

 そんな事があった後、今の俺の隣には、たえが居た。

 

 場所?布団の中だけど。

 

 ……うん。

 

「なんでなん……?」

 

 もっと具体的に説明すると、温泉から帰ったら、明らかに2人が入るような大きさの布団が敷かれていた。一つだけ。

 一つの布団に、枕が2つ。その意味が分からない俺ではない。

 

 ナニを期待しているんだ、あの女将さんは………っ!?

 

「こういう布団もあるんだね。これがあれば、オッちゃん達とも一緒に寝られるかな」

 

 しかし、当のたえ本人は意味を理解していないのか、いつもと全く変わらない様子。

 これなら何も問題は無いだろう。俺は変に緊張すると寝られないから、たえの普段通りな態度は気持ちを落ち着かせてくれた。

 

「敷く場所があるならな。あと、うさぎの抜け毛がヤバいんじゃないか?」

 

「やっぱり、そこが問題だよね」

 

 これだけ大きい布団なら、ペットとも一緒に寝られそうではある。トイレ問題さえ、なんとかなればという前提は付くが。

 

「ふぁぁ……」

 

 温泉で温まった身体が、いい感じに眠気を誘ってきた。そろそろ寝られそうだ。

 

「眠い?」

 

「眠い」

 

「そっか。じゃあもう寝よう」

 

「んー……」

 

 うとうとしながら俺は辛うじて、たえとのやり取りをしている。

 正直、もうクッソ眠いから返事も適当だ。たえとのやり取りが終わったら完全に寝られそうである。

 

「あっ、そうだ優人」

 

「なんだよ」

 

「私は何時でも良いからね」

 

「なにが」

 

「いーと、みー」

 

 たえのその言葉に、寝る間際だった意識が完全覚醒してしまい、俺とは逆に寝入ってしまった、たえの横で朝まで寝られなくなる事を、この時に俺は感じてしまった。

 




ドヴェー ドヴェー ドヴェー
隙があるので自分語りします。話だけ見に来た人は此処で帰って、どうぞ。











ヤンデレ書きたい

というのも、実は私はヤンデレスキーでして。殺し愛とか、ヤンデレとか、いいよね。アブノーマルな愛はバンドリでも見たいなーとか思ってたんです。アイスティー飲ませてから監禁して「お前の事が好きだったんだよ!」とか、やって?(懇願)
先ずは自足を考えましたが、とはいっても、今バンドリで私が手を出している2人は、ヤンデレとは程遠い。1人は天然、1人は捻じ曲げたとはいえブラコン。(ヤンデレ要素が欠片も)ないです。
だったら他の作者様で補給できたらと思えば、ヤンデレで引っ掛かるのが6件だけとかオカシイだろそれよぉなぁ!?

そんな事を考えながら暮らしていたら、電車の中で脳内に湧き出たんです。"ベッドに縛られた目線から見上げる、ドロっとした目で此方を見てくる花音ちゃん先輩の姿"が。
神託だと思いました(小並感)

だから、よし、じゃあ書いてヤるぜ!と思ったら、そこで一つ問題が。
Q.(他の小説の更新頻度は)なんぼなん?
A.こちら、14万3000時間後となっております。

ボッタクリじゃないか(白目)。
つまり何が言いたいかというと、溜まってるもん(脳内のアイディア)を1度でも出してしまうと、それが尽きるまで止まらねえからよ……って事です。紳士の諸君なら分かるよなぁ?
あっ、そうだ(唐突)。花音ちゃん先輩に搾られたい……たくない?

話を戻すと、つまり、この小説は完結する!ナ、ナンダッテー!?

まあ、それは冗談ですが。もしヤンデレ物を書くとなると、圧倒的にこの小説の更新速度が落ちます。もう一つの方は更に落ちる可能性が高いです。(更新頻度が)浸水だと!?

さてどうしよう。じゃあ、ここまで見てくれた物好きな皆さんにキメてもらおう。
そんな感じの結論に至りました。だからキメて下さい(他人任せにする作者の屑)。

詳細は活動報告で。この機能使ったの久しぶりだぜ(隙自語)。君の1票が、物語の行く末を左右する!?


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春吹雪


報酬おたえの可愛さにやられたので初投稿です。
どうでもいいですけど、20時に取得した段階で7000人以上も報酬おたえ取ってるって、アクティブユーザーの数凄くないですか?




 

 春といえば、出会いとか別れとかの季節である。

 卒業、及び入学シーズンは春だし、日本では1年の区切りを春にしているような節が見受けられる。

 斯く言う俺も、新学期といえば春を思い浮かべるのだから、日本人は全員そうなんじゃないだろうか。

 

 それ以外に春と聞いてイメージ出来るのは、やはり桜だろう。日本を象徴する花と言っても過言ではないはずだ。

 満開の桜の木の下で行う、お花見なんかも春ならではの行事として人々に親しまれている。

 そういえば、近年では外国の人もお花見をしに来るとか聞いたな。

 

「………………なあ、たえ」

 

「なに?」

 

「いくらなんでも、2人で花見ってのは流石にキツいんじゃねーかな……?」

 

 そんな花見は近年では街の祭りとして扱われる事も多く、花咲川もまたそうだった。

 地名の通りに花が咲き乱れている川の側には、幾つもの出店と多くの人ごみ。そんな中に俺達は居た。

 

「嫌だった?」

 

「嫌じゃねーけど。でもこういう祭りって、ポピパの4人と行った方が良かったんじゃねーか?」

 

 女子高生なら、こういうイベントは友達同士で来るものだという認識があるのだが、たえはこうして俺と2人きり。

 自分で言うのもアレだが、俺は女子をエスコートする能力に欠けている。そんな俺と居て、こいつは楽しいんだろうか。

 

「私は優人と来たかったから」

 

「…………まあ、お前が良いなら別に構わないけど」

 

「それに、香澄達もお花見に来てるって連絡があったし。運が良ければ会えるよ」

 

 香澄達は別口か。そうなるならば、出会えるかは運次第という事になるだろう。

 

「んじゃあ、それまでは2人で行くか」

 

「私、綿あめ食べたい」

 

「はいはい。じゃあ、そっちから行くか」

 

 たえと俺は、はぐれないように手を繋いで人混みの中に入っていった。

 

 

「やっぱり人が多いな」

 

「お祭りだもん」

 

 この近辺からだけでなく、わざわざ遠出して来る人もいるくらい有名な、この祭り。出店のレベルも、地域の祭りより一段階くらい上な気がする。

 

「ふわふわしてる」

 

「綿あめだからな」

 

 綿あめにキラッキラした目を向ける子供らしい一面を見せる、たえと一緒に歩く。

 昔から、たえは綿あめが大好きで、祭りで見かける度に買っている。気に入っているのは、見た目がウサギに似ているからなのだろうか。

 

「食べる?」

 

「貰う」

 

 一口。どこまでも普通な綿あめの味だ。俺はあまり好きではない、ちょっとベタつく甘さだけど、これでこそという気もするから難しい。

 口の中に残る甘さに微妙に嫌な思いをしながら周囲を見渡せば、ここは食べ物系の屋台が多いようである。

 

「たえ、次は何を買う?」

 

「うーん」

 

 悩みながら綿あめを齧り、それが半分以上無くなったくらいで言った。

 

「ロップイヤー、かなぁ」

 

「誰がウサギの話をしろと言った」

 

 しかもまだ増やす気なのか。もう20羽も飼っているのに、こいつは庭をどうしたいんだろう。

 

「しかもロップイヤーなんて売ってねぇし」

 

「それは良く見てないからじゃない?」

 

「俺は、この祭りで買う物を聞いてるんだが?」

 

「優人、さっきから何を言ってるの?お祭りでウサギなんて売ってるわけないのに」

 

 さっきから全く会話が成立している気がしない。いつものことだけど、何か間違えてる気がする。

 

「……俺さ。この祭りで、次に何を食うのかを聞いてるんだけど」

 

「…………あっ、そっちなの?私はてっきり、次に飼うウサギの種類を聞いてるのかと思ったよ」

 

「……どうせ、そんな事だろうと思ったよ……」

 

 どうやら増やす気満々のようだ。いつか庭が、足の踏み場も無いくらいのウサギで埋め尽くされる日も、そう遠くはないのではないだろうか。

 

「じゃあ改めて聞くけど、次は何を買うんだ?」

 

「無難にタコ焼きとか?」

 

「いや俺に聞くなよ。しかも何処見て言ってんだ」

 

 焼きそばの方を見ながらタコ焼きと言われても、どっちが良いんだかまるで分からない。

 まあ、それならそれで両方とも買えば良いかと思いながら、一先ずは近い場所にあったタコ焼きの屋台に寄ることにした。

 

 

 

 

 

「前から思ってたんだけど、焼きそばにタコを入れて、それから麺を抜けばタコ焼きになるよね」

 

「それは唯のタコ入り野菜炒めだ」

 

 屋台クオリティで値段が高いタコ焼きと焼きそばを持ちながら、たえと俺は桜並木の下を歩いている。

 

「はい優人、あーん」

 

「はいはい、あーん…………」

 

 はぐれないように片手を繋いだままの俺達は、それぞれ片手ずつしか空いていない。

 なので俺が片手でタコ焼きのパックを持って、たえが片手で箸を操るスタイルに自然となった。ちなみに、買った残りの物はビニール袋に入れて腕にぶら下げている。

 

「大体、それってチャーハンの飯抜きとか、餃子の皮抜きって頼んでるような物だぞ」

 

「ご馳走してくれるの?」

 

「店で頼んだ時点で蹴り出されるわ阿呆が」

 

「じゃあ私が作る。そして香澄達にも、ご馳走しよう」

 

「やめろ。果てしなく微妙な雰囲気になるのが分かるから」

 

 そんな事を言いながら歩いていると、やがて食べ物系の屋台が軒を連ねていたエリアを抜けたらしい。祭りの為に即席で用意された休憩所が俺達の前に広がった。

 

「休んでいくか。食べ歩きも悪くはないけど、やっぱり腰を落ち着けて食べたいよな」

 

「そだね。食べよっか」

 

 空いてるところに座って、もうもう1パック買ってあったタコ焼きと2パック買ってある焼きそばをテーブルに広げる。

 

「タコ焼きは半分ずつでいいとして、焼きそばから……ん?たえ、どうした?」

 

 たえはさっきまで使っていた割り箸の先を、じっと見つめて動かない。俺が首を傾げていると、たえはタコ焼きを1つ摘んで俺に向けた。

 

「はい、あーん」

 

「…………なにしてんの?」

 

「なにって、あーん。だよ?」

 

 そんなのは見れば分かる。俺が分からないのは、なぜ手が自由になった今でも、あーん。とやってくるのかという事だ。

 

「いや、やらねぇよ?」

 

「えっ」

 

「なんでショック受けてんだ」

 

 さっきまで俺が甘んじて、あーん。を受けていたのは、手が塞がっていたからだ。

 しかし手が塞がらなくなった今、俺が、あーん。なんて受けてやる理由はない。

 

「まあいいや。はい、あーん」

 

「なに何事も無かったかのようにしてるわけ?」

 

 しかし、たえは一向に退く気配がない。それどころか寧ろ強い意志を感じる目で「食え」と告げてきている。

 

「…………分かったよ。あーん」

 

「素直じゃないなぁ」

 

「…………(誰のせいだ誰の)」

 

 しかし、このままやられっぱなしというのは何か嫌だ。俺も箸でタコ焼きを摘んで、たえに向けた。

 

「じゃあ俺も。ほら、口開けろ」

 

「あーん」

 

 ………………たえに羞恥心とかを求めるのは間違っていた。躊躇いなくタコ焼きを食べて咀嚼している、たえを見ながら俺はそう思った。

 

「うん、美味しい」

 

「そりゃ良かった……」

 

 

 

 ☆☆

 

 

 

 さて、腹ごしらえが済んだら今度は遊びたくなるのが人の性だろう。

 

「じゃあ遊ぼう。お待ちかねの屋台巡りタイムだね」

 

「色々とあるもんな、この祭り」

 

 というか、本来の目的はこっちだ。型抜きのような、お祭りでしか見ない遊びをする為に、俺達は今日、此処にいる。

 

「じゃあ最初は型抜きで勝負」

 

「よし、やってやろうじゃないか」

 

 という訳で型抜きである。屋台の近くには俺達の他にも、それなりの数の人達が黙々と型抜きに興じていた。

 

「抜く形は?」

 

「うさぎ」

 

 勝負は平等性を保つ為に同じ形を使う。お金を払って型を貰って、隣合って爪楊枝を構える。

 

「よーい、スタート」

 

 型抜きは集中力の他にも、何処から抜くかという判断力も必要だと思っている。俺はウサギの耳から、たえは後ろ足から抜き始めた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 互いに何も話さず黙々と抜き続ける。この勝負のルールは、割ればその時点で負けが決まってしまうので、少しでも気を抜くと危ない。

 

 

「…………」

 

「…………ねえ優人」

 

 

 ところでこの勝負、直接的な妨害はダメだが、心理戦は禁止されていない。

 たえが話しかけてきたのは、俺の心を揺さぶるためだろう。もちろん答える義理はないので無視する。

 

「花園 優人って、似合うと思わない?」

 

 何言ってんだこいつ。たえの横顔をチラッと覗いて見たが、真顔で型に意識を向けている。

 しまった、コレが狙いか。一時でも手が止まってしまうと、再び集中するのにも精神力を使う。たえの奴はそれが狙いだったのだろう。

 だけど、俺だってタダではやられない。

 

「そうかな。俺は伊世 たえの方が……似合わねぇな」

 

 たえがズッコケた。こいつ、自分が仕掛けた心理戦で自爆してやがる。

 しかしそれでも勢い余って型を割らないのは流石だ。伊達に長年、俺と縁日で死闘を繰り広げていない。

 

「びっくりしたぁ」

 

「それもこれも、花園っていう名字がカッコイイのが悪い」

 

 これで状況は五分と五分。いや、集中しなおすのが若干早かった分、少し俺が有利か。

 

「じゃあ花園 優人だね」

 

「だな」

 

 そこから再びの無言。もう半分くらいは抜けている。状況は未だに俺が少し有利だ。

 

 

「…………そういえばさ」

 

「…………」

 

 

 俺は何も言葉を返さない。たえも分かっているのか、俺の返答を待たずに言葉を続ける。

 

 

「近くに射的の屋台があるんだけど、次はそこにしない?」

 

「……そうだな」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 なんだ、これで終わりか?

 型抜きも終盤、ラストスパートに入っている。このままの勢いをキープするのなら、たえは俺に勝てない。

 だから今のが起死回生の一手かと思ったんだが……いや、そう思わせて作業効率を落とすのが策略かもしれない。

 

「優人のこと好きだよ。大好き」

 

 そんな風に、ごちゃごちゃ考えていたからか、ストレートな言葉が普段以上に胸に刺さった。

 

(しまった、手が──)

 

 かなりブレた。割れなかったのは不幸中の幸いだが、たえに逆転されてしまった。散々警戒しておいて、たえの作戦にまんまと引っ掛かってしまったのだ。

 …………仕方ない。そっちがその気なら、俺だってやってやる。

 

「俺も愛してるよ、たえ」

 

「──ッ!?」

 

 めっちゃ恥ずかしいんだけど、どうやら効果はあったようだ。たえの手も明らかにブレた。

 精神に多大なダメージを負ったが、これで状況は五分に持ち直した。ここから先は、己の実力だけが物を言う世界だ。

 

 速度を上げる。最後の直線、これで決める!

 

「…………っ!」

 

「…………ッ!」

 

 たえと俺の勝負の行方は────

 

 

 

 ぱきっ

 

「「あっ」」

 

 

 …………どうやら、思ったより精神にダメージが入っていたようだ。勢い余って割ってしまった型を見て、たえと俺は無言で顔を見合わせた。

 

「この場合は……」

 

「……ノーカンだな」

 

 徒労に終わった型の前で、俺達は肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

「気を取り直して、次は射的」

 

 たえが型抜きの最中に言っていた通り、次の勝負内容は射的となった。

 

「勝敗は取った景品の量と質で判断。先攻、後攻は?」

 

「どっちでも。強いて言うなら先攻が良いかな」

 

「じゃあ後攻で」

 

 たえの後ろで、射的をやっているのを俺は観る事にした。お金を払って銃と弾を受け取った、たえは慣れた手つきで銃を構えると、一発放つ。

 

 ぱんっ

 

 小さい箱のガム四個セットを撃ち抜いた。

 

「やるな」

 

「このくらいなら準備運動だよ。本命は……」

 

 たえが目を向けたのは、某心がぴょんぴょんするアニメのウサギのぬいぐるみ。アンゴラウサギの方だ。

 

「あれ、抱き心地良さそうだよね」

 

「ふわふわしてるからな」

 

 ぱんっ

 

 片手で銃を構えて引き金を引く。弾はぬいぐるみに当たり、僅かに揺らす。

 

「落ちるね」

 

「落ちるな」

 

 今の揺れ方的に、もう一押しで落ちそうな事を俺達は見逃さない。ずっと縁日遊びをやってきているからか、揺れ方で落ちるか落ちないかを見抜けるように、いつしか俺達はなっていた。

 

「あと何発かな……えいっ」

 

 ぱんっ ぱんっ ぱんっ

 

 3発全てを当てた所で、ぬいぐるみの揺れ具合が強くなる。もう落ちるな、アレは。

 

「これで終わりかな」

 

 ぱんっ

 

 たえの宣言通り、弾が直撃したウサギのぬいぐるみは、最後の抵抗とばかりにグラりと揺れてから倒れた。

 

「やったな」

 

「これで大きなリードを広げたよ」

 

 たえがぬいぐるみを取ったのは素直に嬉しいが、喜んでばかりもいられない。たえの言う通り、今のぬいぐるみで大幅に差をつけられたのだから。

 

「後は適当に……それっ」

 

 たえは残りの弾で、お菓子を幾つか取って終わった。全弾ハズレ無し、流石だ。

 

「じゃあ次は俺だな」

 

 屋台のおっちゃんにお金を払って弾と銃を受け取る。先ずは一発、キャラメルを狙うか。

 

 ぱんっ

 

「とりあえずは1個」

 

「やるね」

 

「たえだって、これくらいなら余裕だろ」

 

 勝敗は質も見るが、何より数は必要だ。戦いは数だって誰かも言ってたじゃないか。

 だから小物を狙い撃つ。そして先攻でかなり取っていった、たえに少しでも追いつく。男の癖にセコいとか、ちっちゃいとか言うなよ。これも立派な戦略なんだからな。

 

「次は……」

 

 目に付いたのは、あからさまなトラップアイテムであるペアリングだ。

 見るからに高そうで、取れれば勝利はほぼ確定だが、ああいうのは取れないと相場が決まっている。狙うだけ無駄だろう。

 

「……そっちの奴にするか」

 

 お菓子のラムネを狙う。

 

 ぱんっ

 

「当てるねえ」

 

「負けられないからな」

 

 とは言っても、このままでは負けは確実だ。たえの対抗する為には、どこかで大物を取る必要がある。

 

(たえが一発も外さなかったからな)

 

 何発か外していれば、まだ安全策の取りようもあったのだが、一発すら外さなかった事で、少し危ない橋を渡る必要が出てきた。

 

「何かあるか……」

 

 だが、ぬいぐるみと同じくらいの物は見当たらない。残っているのはお菓子のような数を稼ぐ物か、あるいはぬいぐるみより高価な物のみ。

 

「負けを認めても良いんだよ?」

 

「誰が認めるか」

 

 ………………仕方ない。あのペアリングを狙うか。

 流石にゲーム機本体なんて取れる気がしないし、まだペアリングの方が可能性は上だと考えての事だ。

 

「まあ、ほぼ間違いなく取れないだろうけどさっ……」

 

 望みは薄いだろうと考えての一発。それほど期待はしない。

 

 ぱんっ

 

「…………っ!?」

 

 だが、その揺れ方を見て、俺の目は思わず見開かれた。可能性のある揺れ方をしたのだ。

 前に誰かが狙って、でも取れなかったのだろうか。とにかく、チャンスである事に変わりはない。

 

「なら、狙い撃つ」

 

 一発、二発、三発、四発。

 

 一心不乱に撃ち込んでいくにつれて、段々と揺れは大きくなった。

 

「これは、もしかして……」

 

 たえも固唾を呑んで見守っているのが分かる。俺は無心で狙い撃った。

 

「どうだっ……!」

 

 ラスト一発。外れる事はありえない。それは分かっている。だから後は、落ちるように祈るのみ。

 

 ぱんっ

 

 弾は当然のように命中し、大きく揺れた。それを見た俺は、自分が勝った事を察したのだった。

 

 

 

 ☆☆

 

 

 

「俺の勝ちかな」

 

「だね。私の負け」

 

 ベンチに座って戦利品を確かめる。その結果は俺の勝ちだ。主な要因は、やはりペアリングである。

 このペアリング、やっぱり高い代物だったのだ。前に何人が犠牲になったのかは知らないが、その人達には心の片隅で感謝しておこう。

 

「ふぅ、それにしても凄い疲れたな。たえ、次はもう少し疲れない遊びを…………たえ?」

 

 たえはペアリングを手に取って動かない。そして指をさしながら言った。

 

「くれるの?」

 

「へ?ああ……そうだな。ペアリングなんだし、1人じゃ着けられないわな。いいぜ、やるよ」

 

 俺がそう言うと、たえは驚いたような顔で俺を見た。

 

「これは……つまり……そういう事なんだよね?」

 

「どういう事だ」

 

「給料の3ヶ月分?」

 

 言い直した、たえの言葉の意味を頭が受け入れて…………意識した途端に顔が赤くなった。確かに言われてみれば、そうとも取れる渡し方だ。

 

「ばっ、おま、そういう意味を込めた訳じゃ……!?」

 

「嬉しい……」

 

「聞いて?!」

 

 たえは話を聞かずに、ペアリングを俺に渡してきた。そして言う。

 

「これ、はめて。私に」

 

「ま、まぁ、あげるって言ったのは俺だから良いけど……ほら、指出せ」

 

 たえは左手を出した。俺が人差し指辺りに、はめようとすると、何故か左手が動いて薬指がやって来る。

 

「…………」

 

 たえを見た。ちょっと顔が赤くなっていた。

 リングを左にずらせば、左手も動く。右にずらせば、左手が動く。

 

「……………………分かったよ」

 

 負けを認めよう。なぜだ、勝負に勝ったのは俺なのに、どうして敗北感を味わう羽目になるんだろう。

 そんな事を考えながら俺は、たえの薬指にリングを通した。

 

「……っ」

 

 なんでだ。リングをはめるだけなのに、異常に気恥ずかしい。薬指にリングを通すのは僅か数秒で事足りる筈なのに、長い時間が経過したような錯覚さえ覚えた。

 

「…………ほら」

 

「…………うん。じゃあ今度は私の番だね」

 

 立場が入れ替わる。俺がはめられる側になって、たえがはめる側になる。

 

「今更、こんな事を言うのもどうかと思うんだけど……」

 

 リングをはめる手が止まった。

 

「私って、結構重くない?」

 

「なにが」

 

「幼稚園の頃の約束とか未だに引きずってるの。優人だって、他に好きな人とか出来るかもしれないのに」

 

 たえの目は不安で揺れていた。俺にも滅多に見せない不安を、今は隠すことなく見せていた。

 

「……もし、俺が他の誰かを好きになった。あるいは、たえと出会わなかったとする」

 

「うん」

 

「もしそうなると、たえは1人になるって事だ」

 

 出来ない仮定の話をしている事に、たえも気がついているのだろう。ただ黙って頷いていた。

 

「だって、お前は癖が強いからな。高校まで俺以外の交友関係が皆無だった事も、それを証明してる。

 そんなお前を長い間、近くで支えてくれる奴は、果たして見つかるのか?もちろん異性でだ。同性は香澄達が居るからな」

 

「……分からない」

 

「俺は可能性は低いと考えてる。それくらい、お前の花園節は強烈なんだぜ?」

 

 容姿に惹かれて集まった男子が、少し話しただけで全員去っていくという伝説さえあるコイツだ。そんな物好き、そうは見つからないだろう。

 

「なら、知り合った俺が見てやるしかないだろ。幸か不幸か、お前とは長くやってこれたんだからな」

 

「そう、だね。もう10年近くなるんだよね」

 

「知り合ったのも何かの縁だ。仕方ないから、一緒にいてやるよ」

 

 ほとんど毎日たえの言動に振り回されているけど、おかげで退屈はしない。気苦労もあるが、たえと居た方が楽しい事も多い。

 

 ……言うと調子に乗るのは分かってるから、こんな事は絶対に言わないけどな。

 

「優人、やっぱり有咲に似てる」

 

「そうか?」

 

「うん。そうやって他人を思いやる所とか、特に似てるよ」

 

 それはつまり、俺がツンデレだと言いたいのか。

 そんな俺の抗議の言葉は、たえの顔を見た瞬間に飲み込まれた。

 

 

 たえが顔を真っ赤にしていた。初めて見るかもしれない、恥じらいの表情だ。

 

(たえって、こんな可愛い表情も出来るのか)

 

 普段は表情があまり動かないだけに、それがとても新鮮で、可愛いと思った。

 

「はい、はめたよ」

 

 リングは日光を受けて光り輝いていた。たえの左手を見れば、同じリングが輝いている。

 

「ああ。じゃあ、次に行こうか」

 

 まだ屋台巡りは終わっていない。勝負はまだこれからだ。

 

「そうだね。あっ、でも……」

 

 たえは珍しくモジモジとした後、左手を俺に向けて言った。

 

「手、繋ごうよ」

 

「折角のお祭りなのに、はぐれちゃったら嫌だから」

 

 顔を真っ赤にしながら言われても説得力は欠片だって無い。だけど、今はそういう事にしておこう。

 

「そうだな。はぐれたら大変だもんな」

 

 ぎゅっと手を繋いで、その流れで自然と腕を組んで。そうして桜並木を歩く俺達の顔は、きっとどちらも真っ赤になっていただろう。

 




─翌日のポピパの会話(補習により香澄不在)─

「…………お前らさ、人前で良くあんなこと出来たよな」

「あんなことって?」

「指輪だよ、指輪。その薬指の、事実上の結婚指輪のことだ。アレもう完全に結婚式でやる指輪交換みたいになってたじゃん」

「凄かったよね〜」

「……盗撮?」

「あんな目立つ場所でやっといて盗撮も何もねーよ!マジで注目の的だったじゃねーか!」

「……もしかして。周りの人からの暖かい目線とか、全く気付いてなかったの?」

「そうだったんだ」

「完全に二人の世界だったって事かぁ…………」

「あの近辺だけ、花見っていう祭りの趣旨が無くなってたからな。私達は何時から結婚式に迷い込んだんだと、自問自答した回数はマジで数知れずだったぞ」

「でも良かったなー。私も将来は、あんな風に指輪を貰ってみたいかも」

「……あげないよ?」

「おたえちゃん。そんなに左手を隠して威嚇しなくても、優人君なら盗らないよ……?」


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うさぎは寂しいとどーたらこーたら

よく考えたら、この作品ってやろうと思えばずっと続くんじゃ……


「なあおい、聞いたかよ?」

 

「なにが」

 

 学校の休み時間、俺の前に座った友達は俺に、にやけた顔を向けた。この顔の時は、大体が俺にとって不幸なお知らせを持ってきた時だ。

 

「なにって、今度の週末にポピパがライブするって情報だよ!お前、まさか知らないのか!?」

 

「…………そうだったかな」

 

 正直に言うと知らない筈がないのだが、それを言っても面倒なだけなので黙っておく。多分、バンドメンバー以外では誰より早く知っていたんじゃないだろうか。……なにせ、その場にいたからな。

 

「そうなんだよ!ああー、今から待ち遠しいぜ」

 

 ガールズバンドという物が流行っている昨今、ガールズバンドにハマっている人はかなり多い。熱狂している人はグッズにブロマイドにと、凄い金額を使っている。

 なんでそこまでと思わなくもないけど、他人の趣味にとやかく言うのは野暮だろう。

 

「本当に好きだよな」

 

「当たり前だろ!ポピパはな、俺にとっての……」

 

「ああはいはい、わかったわかった。それは今度のライブハウスで思う存分語ってくれ」

 

 もう分かるとは思うが、目の前のコイツはポピパ一筋の熱狂的なファンだ。この前コレクションルーム(という名の自室)に案内された事があるが、あまりのグッズの量にドン引いた覚えがある。

 だが、このクラスに限っていうなら、コイツはまだマトモな方。というのも……

 

 

「次のライブはアフロで行くか?」

 

「やめとけよ。それより髪に赤いメッシュをだな……」

 

 

「……あ、丸山がまたトチってる」

 

「マジ?仕方ないな丸山は」

 

 

「やっぱりロゼリアがナンバーワンなんだよなぁ」

 

「全てを賭けてるからな」

 

 

「世にスマイルのあらんことを」

 

「世にスマイルのあらんことを」

 

「「世にスマイルのあらんことを」」

 

 こんな具合だからだ…………改めて思うけど、このクラスって熱狂的なファン多すぎじゃね?最後のなんて、熱狂的を通り越して狂信に至っているような気さえするんだが。

 相対的にポピパ一筋のコイツがマトモに見えるとは、一体どういう事なのか。

 

「おい待て。俺達のような節度を守って楽しく笑顔になっている普通のハロハピファンと、あのような狂信者を一緒にするな」

 

「じゃあ鎮圧頑張ってくれ」

 

 …………どこのバンドのファンにだって、ああいう輩はいるんだろうなぁ。目の前の奴だって、ポピパファンの中で見ればオカシイ奴っぽいし。

 

「──で、お前はどう思うんだ?」

 

「友達に選ぶ奴を間違えたのかもしれないな」

 

「待て。いきなり何を言い出すんだ」

 

 話題を振られたから適当に答えたら怪訝な表情をされた。何がオカシイのかと俺も首を傾げる。

 

「もう1度言うぞ。ポピパのリードギター担当の花園さんは、絶対にクールな性格してると思うんだけど、どう思う?」

 

「友達に選ぶ奴を間違えたかもしれないな」

 

「お前、話聞いてんのか?」

 

「聞いてるよ。聞いた上で言ってんだよ」

 

 何も変な事は言っていないし、二つの意味で間違ってないと思う。たえの方はもう諦めたけど、目の前のコイツは間違えたかなぁと思わずにはいられない。

 なにが面倒って、コイツ、たえのファンなのだ。

 

「お前な、想像したことあるかよ。花園さんみたいな美人の幼馴染が居たらとか」

 

「無いな」

 

「きっと毎日、すげー楽しいぞ。起こしに来てくれたりしてさ、それで……」

 

(そんなに良いものでは無いんだけどなぁ)

 

 続く話に閉口していると、不意にスマホが振動した。画面を見れば、そこには"花園たえ"の四文字が。噂をすれば影がさすとは、こういう事か。

 

「おっと電話だ。ちょっと席外すぞ」

 

「あ、おい待て!戻ったら続きを語るからな!」

 

「他を当たれバーカ」

 

「お前以外に聞いてくれる奴がいないんだよ!」

 

 そりゃそうだろ。たえとの付き合いで気が長くなってなかったら、俺だって投げ出してるからな。気が長いことが密かな長所な俺が嫌になるのだから、俺以外で最後まで聞く奴は滅多に居ないんじゃなかろうか。

 

 廊下に出て通話ボタンをフリックすると、向こうから聞き慣れた声がした。

 

「はいはい、どうした?」

 

 《あ、優人。ちょっと良い?》

 

「珍しいな。急用か?」

 

 たえが電話なんて滅多にない。大体はメールか、あるいはトークアプリか、直接言いに来るかの三択だ。

 だから余程の用事なのかと思ったが……

 

 《うん。ちょっと声が聞きたくなって》

 

「なんだそれ、そんな理由でか?」

 

 思ったより大した用事ではなかったが、たえは心の底から嬉しそうな声で言う。

 

 《ふふん。優人は知らないかもしれないけど、うさぎは寂しいと死んじゃうんだよ?》

 

「それ、確か迷信だよな」

 

 何故かは知らんが得意げにしている、たえには悪いが、確か迷信だったように記憶している。

 たえは《あれー?》と言ったかと思うと、咳払いを1回して誤魔化してから再び言った。

 

 《じゃあ、私は寂しいと死んじゃうんだよ?》

 

「じゃあってなんだよ、じゃあって」

 

 とにかく、たえは寂しいらしい。今までは1度だってこんな事は無かったのに、これも俺達の関係が若干の変化を遂げたからなのだろうか。

 

 《それで声を聞くついでに、今日の予定も聞いておきたくてさ》

 

「ついでっていうか、明らかにそっちが本命だな…………そんで?聞いてどうするんだよ」

 

 《ついさっき、今日クライブをしようって話になったんだ》

 

 市ヶ谷さんの家の蔵でやるライブだから、クライブ。要はポピパがセットリストを全て通す練習の事である。たまーに、マジで蔵でやるライブの事を指したりもするが、基本は練習の事だ。

 

「なるほどな。分かった分かった、いつもみたいにタオルとか用意すれば良いんだろ?」

 

 《そういうこと。じゃあ宜しくね》

 

「はいはい、じゃあ後で…………まあ用意するっていっても、タオルそのものは市ヶ谷さん家の物なんだけどな」

 

 あの家、本当にポピパになくてはならない拠点になってんなぁ。練習場所であり、集合場所であり、合宿所であり……

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「やべっ」

 

 ……考えるのは後にしよう。

 

 

 

「なあ優人。俺達、これからガールズバンドのショップ巡りに行くんだけど付き合わないか?」

 

 放課後に帰り支度をしていると、さっきの奴が俺にそう言ってきた。俺達というのは、別のクラスのポピパファンと行ってくるからなのだろうか。

 だが、俺は休み時間に予定が入ったばかり。偶然だが、丁度いい口実になったな。

 

「いやー、悪い。今日は先約があってさ」

 

「マジかよ。今日こそお前に、ポピパの……そして花園さんの素晴らしさを堪能してもらおうと思ったんだが」

 

「悪いな」

 

 もう充分なくらい堪能してるんだよなぁ……というツッコミを飲み込みつつ席を立つ。すると何かに気付いたのか、俺の左手が掴まれた。

 

「なんだよいきなり」

 

「いや、良く見たらお前の手……指輪してんなぁと思って」

 

 ドキッと心臓が跳ね上がる音がした。よりによって、コイツにそれを指摘されたくなかったのだ。

 

「俺だって指輪くらいするさ」

 

「らしくねぇなあ。しかも左手の薬指なんてお前……結婚指輪みたいじゃねぇかよ」

 

 事実を知ったら、コイツはどんな反応をするのだろう。多少の興味はあるが、流石にリスクがデカすぎる。

「実はこの歳で嫁を貰ってさー、あははー」なんて言ったら、クラスどころか学校中の非リア充を敵に回してしまう。

 

「たまたまだよ。女避けだ」

 

「女避けって、おい……お前は彼女も居ないのに、そんなホモみたいなこと言うなよ」

 

 何を勘違いされたのか、尻を押さえて後退し始める。表向きには、俺は彼女は居ないと公言していただけに、俺がホモだと思われたみたいだ。

 

「そういう事にしておいてくれ。じゃあ急いでるから、明日な」

 

「オイオイオイ!そういう事って、つまりどういう事だよ!?」

 

「儚いって事だよ」

 

「答えになってねぇ!」

 

 適当に受け流して昇降口まで駆け下りながら、俺は安堵の息を吐いた。

 

「なんとか誤魔化せたか……?」

 

 いつかは突っ込まれる事だと分かっていたが、いざ、ああして突っ込まれると上手く誤魔化せたか不安になる。

 

「とにかく急がないと」

 

 手元のスマホで開いているトークアプリには、もう市ヶ谷さんの蔵に着いたという連絡が入っていた。

 俺はダッシュで学校の敷地から飛び出した。

 

 

 

 ☆☆

 

 

 

「終わった〜」

 

「お疲れ」

 

 練習後の帰り道。たえと一緒に帰宅する。今日はセットリストを1周して、更に気になる箇所を何度も繰り返していたから、たえも流石にクタクタだろう。

 

「疲れたえ〜。疲れ、たえ〜……ふふふっ」

 

「その様子だと、まだ元気そうで何よりだ」

 

 ……ギャグでもなければ洒落でもない言葉で一人笑っている辺り、その考えは間違っていたようだ。むしろ、まだまだ行けるぜと言わんばかりである。

 

「いやいや、疲れたよ?」

 

 たえはそんな事を言いながら俺に寄り添ってくる。肩に頭を乗せてくるので非常に歩きづらい。

 

「歩きづらいんだけど」

 

「手、繋ごうよ」

 

「ちょっと?」

 

 そのまま手が繋がる。たえの方を見れば非常に嬉しそうで、それを見てると、強引過ぎるだろとか話聞いてとか、そういうツッコミを口にするのも無粋な気がした。

 

「まあ、お前が嬉しいんなら良いけどさぁ……」

 

「優人は嬉しくないの?」

 

「そりゃ…………嬉しい、ぞ」

 

 嬉しくない筈がないんだけど、それを口にするのは躊躇われただけに、思わずぶっきらぼうな物言いになってしまった。

 そんな俺を、たえは何か愛おしいものを見るような目で俺を見る。

 

「ねえ優人……」

 

「な、なんだよ」

 

 段々と顔が近くなる。顔が赤くなっていくのが分かる俺とは違い、たえは微塵も顔色を変えないで俺をまじまじと見つめてきた。

 

 たえが口を開く。俺達の足は自然と止まっていた。

 

 

「次はアンゴラウサギにするね」

 

「待って。この流れで如何してアンゴラウサギの名前が出る」

 

「この前まではロップイヤーかなと思ってたんだけど、やっぱりアンゴラウサギだよ」

 

 たえは「うん、それがいい」なんて言いながら、俺を置いて歩き始めた。

 あまりの意味不明な展開に思わずポカーンと後ろ姿を見送っていると、たえは少し先を歩いてから振り返って言った。

 

「何してるの?早く行こ」

 

「え?ああ。そうだな」

 

 たえと隣り合って、俺は夜道を歩いて帰る。でもロップイヤーとかアンゴラウサギとか、どうして俺を見て"それがいい"なんて言い出したのかは分からなかった。

 

 

 

「うん、良く似合ってる。やっぱり私の目に狂いは無かったね」

 

 その言葉の意味を理解したのは、風呂から上がって部屋に戻った時だ。

 

「……これは、お前の仕業か」

 

「これって?」

 

 当たり前のように俺のベッドを占領していた、たえに俺はそう問う。俺は今着ているパジャマを指さした。

 

「俺のパジャマが、風呂に入ってる間にウサギパジャマに変わっていた事だ」

 

「似合うと思ったから」

 

「そんな理由ですり替えるな!」

 

 今の俺が着ているのは、アンゴラウサギをイメージしたデザインのフード付きパジャマ。もちろん俺の私物ではない。

 

「まったく……男の俺には似合わないから、もうやめろって言った筈だろ?」

 

「なんで?とっても似合ってるし、可愛いのに」

 

「男に可愛いとか、なんの嫌がらせだ」

 

 分かっている。これが、たえなりの善意の行動の結果で、本人に嫌がらせとかをする気が欠片もないなんて事は。

 でも言わせてくれ。女性用のパジャマが男に似合うわけないだろうが。

 

「というか、だ。当たり前のように堂々としているから危うく指摘し忘れるところだったが、何故お前は俺のベッドに寝てるんだ」

 

 しかも、もう毛布まで被って寝る気満々。完全に泊まり込む気だ。いくら家が隣だからって、色々と問題あるだろう。

 知ってるか?ウチの母さんは「昨夜はお楽しみだったわね」って言いたくてウズウズしてるんだぜ。こんな母親があるかよ、全く困ったもんだ。

 

「お母さんとお義母さんには話してあるから大丈夫」

 

「肝心の俺の許可は?」

 

「今日泊まるね」

 

「確定事項なのな……」

 

 ウサギを連れて来ていない時点で薄々と感づいてはいたけど、やはりそういう事らしい。

 たえは普段は部屋にウサギを連れて来るが、泊まる時だけは決まって連れてこないのだ。

 

「それにしても。さっきのロップイヤーとかアンゴラウサギとかってのは、このパジャマの事だったんだな。俺はてっきり、前のお祭りの時に話してた……うん?」

 

「…………」

 

「……たえ?」

 

 ぱったりと声がしなくなった事を不思議に思って、たえに近付いてみる。すると……

 

「…………」

 

「ね、寝てる……」

 

 やっぱり疲れてたみたいだ。まさかこんな短時間で寝落ちするなんて思わなかったが、それくらい疲労していたのだろう。

 

「ほんと、黙ってれば美人なんだけどなぁ」

 

 たえの顔にかかっていた髪を退かす。黒い長髪が、電気の明かりを受けて艶やかに煌めいていた。

 

「お疲れ様」

 

 軽く触れるくらいの力で頭を撫でると、たえは少しくすぐったそうに表情を崩した。

 




こういう関係になると、おたえは途端に寂しがり屋で甘えん坊になるのではないか。
そんな妄想を少しぶつけてみましたが、如何だったでしょうか。暇潰しにでもなれたなら良かったです。

ところでドリフェスおたえ来ましたね。引ける気がしねぇ(白目)


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嫌いな人にも出来る壁ドン講座


ちょこっとお気に入り登録者のリストを覗いてみたら、なんか見た事があるような人の名前が見えてガクブルしてる私です。オイオイオイ、こんな欲望ぶちまけ作品に高評価なんて入れていいんですかい?ありがとうございます。

ところで、おたえの小説が一向に増えていない気がするのは不具合か何かですか?


 

「優人、麦茶飲む?」

 

「飲む」

 

 リビングでソファに座ってテレビを見ている休日。たえが入れてくれた麦茶を飲んでボーッとしている。

 

「……ついてないなぁ」

 

「カツラ?」

 

「それは遠回しにハゲと言いたいのか?」

 

 多分、たえが言っているのはテレビに映ってる芸人の事だとは思うけど、俺が言いたいのはそうじゃない。

 

「外見ろ、外」

 

「外?」

 

「ああ」

 

 俺達は窓の外を見た。思いっきり土砂降っている雨模様が視界に広がっている。

 

「連休初日が、こんな天気なんだぜ?ついてないだろ」

 

 今日は世間一般で言うところのゴールデンウィークに入って1日目。だというのに、早々に大雨である。

 

「そうかな?私はついてないなんて思わないし、それに雨も悪くないよ」

 

「そうなのか?」

 

 しかし、たえは俺とは対照的な考えを持っているらしい。どこか嬉しそうに俺の隣に座って言った。

 

「だって、こうして優人と一緒に居られるから」

 

「…………おう、そうか」

 

 相も変わらず、こっちが恥ずかしくなるような事を平然と言い放てるイケメンぶり。もしかすると、俺達は性別を間違えたのかもしれない。普通は逆だろ、こういうのって。

 

「でも明日からは晴れてくれると嬉しいかな」

 

「天気予報は……よかったな、明日から晴れるってよ」

 

「やったね」

 

「そうだな」

 

 …………会話が途切れる。たえと俺は無言で麦茶を飲んで、飲み終わったコップをテーブルの上に置いた。

 

「暇だ……」

 

「じゃあ、うさぎ見しよう」

 

「うさぎ見ぃ?なにそれ、新手の振興行事?」

 

「お花見があるんだから、うさぎ見があっても良いと思わない?」

 

 そう言って指さしたのは足元。俺達の足元には総勢20羽のウサギが集っていて「おい、構えよ」と言わんばかりである。

 たえが言いたい事は、つまり、雨だから室内に避難しているウサギ達の相手をしようという事みたいだ。

 

「その言い分は意味わからんけど、久しぶりにウサギに構うのも悪くないな」

 

「最近は有咲の蔵で練習続きだったから、あんまり構えてなかったしね。おいで」

 

 1羽持ち上げると、次は自分だと主張するように多くのウサギが寄ってくる。持ち上げられた奴は満足そうに、ぶうぶうと鳴き出した。

 

「こら団十郎、割り込みはダメだよ」

 

「お前らケンカすんな……全くもう。たえといい、お前達といい。こんな男の太股を何で取り合うんだ」

 

 気がつけばソファの上はウサギまみれ。そして、大多数が俺の近くに陣取っていた。太股の上なんて場所の取り合いが繰り広げられている。花見の場所取りだって、こんなに荒れはしないだろう。

 

「さすが優人。天性のウサメンなだけの事はあるね」

 

「ウサメン?」

 

「人でいうところのイケメンみたいな感じ。ウサメン」

 

 たえの言葉に思わず頷くくらいには、その言葉は説得力があった。うさぎを長年見ている、たえだから説得力を感じるのだろう。

 

「たえから珍しく説得力を感じる」

 

「どういう意味?」

 

「うさぎとギターに関しては凄いなって」

 

「それほどでも」

 

 実は全く褒められていない事に、たえは果たして気がついているのだろうか。うさぎとギターに関しては確かに凄いが、その他が全てをマイナスにしている事を。

 たえに関わった人間は、ほぼ例外なく"黙ってれば美少女"という感想を持つのだというが……そりゃそうだよな。

 

「ところで一つ聞きたいんだが」

 

「なに?」

 

「なんでさっきから、俺の顔を手でしきりに……ちょ、やめ、撫で回してるんだ?」

 

 さっきから奇行が酷い。耳たぶを軽く摘まれたかと思うと、手をベッタリ押し付けて顔を下から上へと撫で上げたり。

 頭がおかしくなったとしか思えない。一体どんな悪い物を食べたというのだろう。

 

「だって、ついてないんでしょ?」

 

「そうだけど……ちょっと!押し付ける力を強くするなって!」

 

 あんまりやりたくはなかったが、多少強引に手を引き剥がす。すると、たえは露骨に落ち込んだようて手を下ろした。

 

「どうしたんだよ?どっかで頭でも打ったか?」

 

「私は心配してるんだよ」

 

「何をさ。たえには悪いが、心配されるような事は何も無いぞ」

 

「でも優人、何かついてないんでしょ?私はそう思わないけど、優人から見て何がついてないの?」

 

 相変わらずの異次元解釈に溜息が思わず出た。たえの奴、"ついてない"という言葉を凄まじく曲解してやがる。

 

「………………ついてないって、パーツの事じゃなくて運の事だぞ」

 

「優人。私、いま最高に幸せだよ」

 

「誤魔化すの下手すぎだろ」

 

 一瞬だけ「マズイ」みたいな表情したの見逃してないからな。

 しかし、いつもの事すぎて、この程度では全く怒れなくなったのは良い事なのだろうか。それとも悪い事なのだろうか。

 

「ほら、私達の子供たちも喜んでる」

 

「……オッちゃん達は、俺達より年上なんじゃなかったか?」

 

 しかも子供たちって、お前はそれで良いのか。うさぎは家族って言ってただろうに。

 

「なら明日の遊園地のお弁当の時に、ハンバーグと唐揚げを交換する権利を差し上げよう。

 ふふん、優人だけだよ?こんな破格の条件は」

 

「おい待て。明日って花女のバンド友達と行くんじゃなかったのか?」

 

「流れで指輪の話になったから結婚したって話したら、式を挙げるから旦那さん連れて来てって」

 

「おいおいおいおい」

 

 なんでさも当然のように籍を入れた後みたいに話してるわけ?しかし式を挙げるって、そんな事出来な…………そういえばバンド友達の中に弦巻家の令嬢が居ましたね。

 アカン。多分というか間違いなく、最高級の式を用意されてる。それだけじゃなくて墓まで用意されてても驚かねぇぞ。弦巻だし。

 

「というか、流れって何だよ」

 

「有咲がね。私と優人はゴールデンウィークに予定あるよなって聞いてきて、そこから優人の話になったんだ」

 

「謀ったな市ヶ谷ァ……!」

 

 どう考えても生贄要員での選抜です本当にブッ飛ばすぞあの引きこもり。今度お返しに香澄と2人だけで蔵に閉じ込めてやる。

 

「どうどう。怒ったら体に悪いよ。ほら、もふもふ〜」

 

 そう言って、たえはウサギ……ではなく、たえ自身を密着させてくる。唯でさえ近かった距離が更に近くなった。

 

「お前はウサギじゃないだろ」

 

「じゃあパープルちゃんにする?」

 

「そいつ隙あらば鳩尾に突撃してくるから嫌い」

 

 こいつだけ異様に鳩尾を狙ってくるのは一体全体なぜなんだろう。

 たえ曰く"嫌われてはいない"らしいけど、照れ隠しにしては凶悪すぎやしないか。もしかしてアレか、一昔前の暴力系ヒロインのつもりなのか。

 

「優人はワガママだね」

 

「お前にだけ言われたくない、そのセリフ」

 

 自由に我が道を行きまくってる奴にワガママとか言う資格は無いと思う。

 

「じゃあドロちゃんに言ってもらおうかな。優人はワガママだねって」

 

「言われたくないって、そういう意味じゃねぇから」

 

 大量のもふもふを相手にして暫く経過すると、飽きたのか疲れたのか、段々とウサギ達も元気が無くなってくる。

 そのタイミングでソファから下ろして、俺は軽くなった膝の上に解放感を覚えていた。

 

「ふんふーん」

 

 代わりに肩に重みが掛かる。無論たえの頭の重さなのだが、こいつは何をしたいんだろう。

 

「なんだ、今日はえらくご機嫌じゃん」

 

「何でか聞きたい?」

 

「別に」

 

「仕方ないなぁ」

 

「おい」

 

 時々、たえとの付き合いが長い俺でも意思疎通が困難になるのは如何してなんだろう。こんな事をやっているから人が離れていくんだろうに、改善される気配はまるでない。

 

「なんと、今日の夕飯はハンバーグなのです」

 

「聞いてねえんだけど……それでテンション高いのか。納得」

 

 夕飯のメニューでテンションが上がるなんて子供かと思ったが、よくよく考えると俺も似たような感じだから人の事はあんまり言えない。肉が出るとテンション上がるよな?

 

「そうそう。だから優人、キスしようか」

 

「何が"だから"なんだよ。話の流れが1ミリも掴めねぇんだけど」

 

「よく考えたら、私達って何も夫婦っぽいことしてないよ」

 

「お前の中の夫婦観はどうなってやがる」

 

 そもそもまだ夫婦じゃねえというツッコミは……したところで無意味だからやらないが、"夫婦っぽいこと"の中にはデートは含まれていないらしい。

 

「……それで、キス?」

 

「お母さんに聞いたら「夫婦ならキスの1000や2000はするわよ~」って言うから」

 

「どう考えても大嘘じゃねーか気付けよ」

 

 騙される側の、たえもたえだが、それで騙せると思っているであろう、たえの母さんも問題がある。たえぐらいだろ、騙されるの。

 

「ところでキスとハンバーグは何か関係あるのか?」

 

「…………美味しそう?」

 

「キスを美味しそうって言う奴は多分お前だけだ」

 

 …………つまり本当に、ただ思いついたからやろう。そういうノリのようだ。

 

「優人、立って」

 

「なんでキスするのに立つ必要が……分かった分かった」

 

 たえに促されるまま立ち上がると、たえは俺の腕を掴んで壁際へ。

 なにが始まるんだと少し身構えていると、たえは俺の前に立って

 

 

「どーん」

 

「なぜっ!?」

 

 …………何故か壁に突き飛ばされた。

 突然の出来事に目を白黒させていると、たえはそのまま近寄ってきて俺の顎を掴んで

 

「えいっ」

 

「痛い痛い痛い痛い!?」

 

 グイッと上に押し上げた。引き剥がそうにも、異様に力が強くて剥がせないってどういう事だって痛い痛い痛い痛い。

 その状態が大体30秒くらい続いてから俺は解放されたが、たえは不満げである。

 

「……何か違う」

 

「…………そもそも何をしようとしたんだよ、今の」

 

「壁ドンから顎クイって、ああいう物だよね?」

 

「……むしろ、合ってるところを探す方が、難しいんだけど……?」

 

 字面だけで判断してやがる……。大方、学校で小耳に挟んだ程度の言葉を、たえなりに解釈して実行してみたのだろう。

 

「たえ、今のは壁にドーンして顎をグイッとしただけの暴力行為だから。そんなのにロマンチックとかトキメキとか微塵も感じないから」

 

「ドキドキした?」

 

「それはしたよ。何されるんだっていう恐怖でな」

 

 まだ心臓が高鳴っている。ドキドキという鼓動が意識しなくても聞こえてきた。無論、悪い意味で。

 

「じゃあ優人は知ってるの?壁ドンから顎クイって」

 

「知ってるけどさ……やるの?」

 

「うん」

 

 たえは頷いた。その目は好奇心旺盛な子供のようで、俺は昔からその目には弱い。仕方なく実行する事にした。

 

「じゃあ壁際に立て」

 

「うん」

 

 場所が入れ替わり、たえが壁際に移る。俺は深呼吸を1回して余計な緊張感を逃がして、いつか何処かのマンガで見たような壁ドンをしてみせた。

 

「これが壁ドン」

 

 やっているのが俺だから風情なんて欠片も無いだろうと思ったが、たえはそんな事を思わなかったようで、「おお……」なんて思わず言葉を漏らしていた。

 

「そして……」

 

 たえの顎を優しく掴んで、軽くクイッと上げる。やってて無性に恥ずかしい。

 

「これが壁ドンから顎クイだ。分かったか?」

 

「うん……確かにドキドキするね」

 

「やる側はもっと緊張するんだからな」

 

 さて、これで終わりで良いだろう。俺は顎を掴んだままの手を離そうとして、出来なかった。

 

「……なんだよ、なんで手を離させてくれないんだ」

 

 というのは、たえに手を掴まれて動かせないからだ。

 

「このまましようよ、キス」

 

「忘れてなかったのか……」

 

 俺としては忘れていて欲しかったが、こうなってしまった以上は逃げられない。それにまあ、俺も別に嫌ではないというか。いつかはやらなければいけない事だもんな。

 

 そんな感じで自分を誤魔化しつつ、たえに顔を近づける。めちゃくちゃ恥ずかしいから、顔から火が出てると錯覚するくらい顔が熱い。たえも緊張しているのだろう、普段より顔が赤かった。

 

「じゃ、じゃあ、その……するぞ?」

 

 たえは無言で頷いた。

 

 段々と距離が近くなる。至近距離になればなるほど、たえの整った顔が綺麗な事を意識させられてマジで気恥しい。

 だから俺は、そんな気恥しさから目を逸らしてしまい…………

 

「あ」

 

 リビングと廊下を隔てる扉のガラス部分から覗いている、たえの母さんと目が合った。

 俺が思わず声を出すと、たえの母さんは「やべっ」とでも言いたげに露骨な目逸らしをしてくれた。分かりやすすぎるだろ。

 

「…………あ、お母さん」

 

 俺の視線を辿って気が付いた、たえが手を振ると、たえの母さんもニコッと笑って手を振った。そして何事も無かったかのようにリビングに入ってきて

 

「後は若い2人でごゆっくり〜」

 

 なんて言って扉を閉めた。……たえが誤魔化し下手なのは母親似だったのか。

 

「じゃあ、気を取り直してもう1回。お母さんも気を使ってくれたし、今度はしっかりね」

 

「いやあれどう見ても下手な誤魔化しだっただろ」

 

「私の若い頃を思い出すわー」なんて言ってリビングから出ていったけど、たえの母さんって見た目は今も結構若いような……

 

「………………たえ、お茶でも飲もうか」

 

 想定外の乱入者があった事で、俺の気持ちはクールダウンしていた。

 そして冷静になった思考が、何をやっているんだと語り掛けてくる。雰囲気に呑まれてしまっていたのだろう。

 

「やめちゃうの?」

 

「そんなムードでもないだろ」

 

 童貞みたいな事を言うんだなって言われそうだけど、俺は童貞だ。たえとはまだキスすらした事の無いチェリーボーイだよ。

 

 お茶を飲んでホッと一息ついていると、たえは何故か安心したように言った。

 

「でもよく考えたら、さっきはしなくて良かったかも」

 

「なんで」

 

「初めては1回だけなんだし、式場でやった方が思い出に残りそうだからね」

 

「もう行くのは確定なのな……」

 

 それにしても、たえにも乙女みたいな思考があるんだな。いや、今をときめく女子高生なんだから乙女なんだけどさ。

 




実は今話から連載に変わりました。

ヤンデレ花音先輩の執筆状況ですが、「そもそもヤンデレってなんだよ」という哲学じみた問いにハマってしまったので芳しくないです。どんな行動をすればヤンデレ認定されて、何処までがメンヘラなのか区別がつきにくいんですよ……
ぶっちゃけ、ヤンデレより病んでる花音先輩の方が書きやすいけど、でもそれ有咲ヒロインの方が(ry


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帰ってきたカレー


(投稿が)遅かったじゃないか……


 

 昨日までの悪天候は何処へやらといった感じの快晴となったゴールデンウィーク2日目。たえに連れられて、俺は電車で40分くらいの、ちょっと離れた場所にある遊園地へと来ていた。

 

「…………たえ、ここって遊園地の入園ゲートのすぐ側だよな?」

 

「そうだよ」

 

「なんで誰もいないんだ?」

 

 もう1度言うが、今日は快晴のゴールデンウィーク2日目である。連休のこういう施設はアホみたいに混むのが通例で、俺もそういうのを覚悟していただけに、子供1人すら居ない入園ゲートには得体の知れない不気味さを感じていた。

 

「今日は閉園なんじゃない?」

 

「じゃあなんで集合場所がここになるんだよ」

 

 約束の30分前だからか、見知った顔が来る様子も無く、ただただ疑念と不信感だけが募っていくばかりだ。

 

ふぁあふぁあ(まあまあ)ふぇあふほうほ(キャベツどうぞ)

 

「待って、その手に持った千切りキャベツは何?そして、どうしてそれをムシャムシャしてるわけ?」

 

 ちょっと目を離した隙に、たえはコンビニの袋から割り箸と千切りキャベツを取り出して、それをむっしゃむっしゃし始めていた。

 やっぱりコイツは緊張や不安とは関係が殆どない奴だという事を再認識する。普段は呆れるばかりだったが、今はそれが頼もしかった。

 

「…………水でも飲むか?」

 

「うん」

 

 たえの咀嚼音を聞きながら少し待っていると、やがて見知った顔が来る。香澄と有咲、りみに沙綾。つまりポピパの4人だ。

 

「おたえーっ!お待たせー!」

 

「お待たされー」

 

「おたえと優人は早かったな」

 

「遅かったじゃないか……市ヶ谷、ちょっとそこに正座しろ」

 

「出会い頭になんだよ!?」

 

 たえが香澄に飛び付かれている横で、俺は復讐の炎を燃やしていた。理由は無論、分かっててバラしたであろう俺の存在についてだ。

 

「なんだそんな事か。遅かれ早かれバレてた事だろ?そんなにキレることかよ」

 

「つまり、意図的にバラした事は否定しないと。そういう事だな」

 

「あっヤベ」

 

 語るに落ちた市ヶ谷は後で香澄とお化け屋敷に突撃させるとして、今度は沙綾に聞いてみた。

 

「なんでこんな場所を集合場所にしたのか分かるか?」

 

「…………憶測でいいなら」

 

 とは言うものの沙綾の憶測が外れた事は、俺が覚えている限りではない。つまり、かなり正解に近い筈だ。

 

「こころ……優人を連れて来るように言った子は、弦巻家の令嬢で──」

 

「だいたい分かった。まさか、俺達のために遊園地の貸切なんてやらかしてねぇよな?」

 

「…………」

 

「否定してくれないと困るんだけど」

 

 ブッ飛んでるという噂は聞いていたが、まさかここまでとは……。たえの相手をしている方がまだ気楽そうだと思う日が来ようとは、間違いなく海のリハクの目を持ってしても見抜けなかっただろう。

 

「あら、みんな早いのね!」

 

「はぐみ達が最後かー。みんなも楽しみだったんだね!」

 

「あー本当だ。まだ20分前なのに」

 

 そして、噂をすれば影がさす。御本人の登場だ。

 

「こころんやっほー!」

 

「おはよう香澄!今日もキラキラしてるわ!」

 

「こころんもね!」

 

 たえに飛びついたかと思ったら、今度は弦巻の令嬢(こころと言うらしい)に飛びつく香澄。忙しいヤツだと思うと同時、知り合いだったのかと驚愕が俺を襲う。

 

「それで、話に聞いていた旦那さんは貴方ね!」

 

「あっはい」

 

「あたしは弦巻こころ!こころで良いわ!」

 

「えっと、伊世 優人です」

 

 直後に狙いを付けられた。初対面なのにグイグイ来るのが、なんか出会ったばかりの香澄と似ている気がする。あの2人の仲が良いのは必然だったか。

 

「敬語なんて要らないわ、仲良くしましょう優人!」

 

「あ、はい……じゃなくて、ああ。良いなら良いけど……」

 

 でも、こころからは香澄みたいにエネルギー溢れる元気っ子って感じで、イメージしていたヤバさは欠片も感じられなかった。

 なんだ、噂は噂か。もしかして、本当に遊園地は休みなだけかもしれない。結婚式云々というのもデタラメだったのだろう。

 

「それじゃあ早速、結婚式を挙げましょうか!」

 

「すいません勘弁して下さい」

 

 やっぱ噂通りだったわ(手のひらクルー)。

 儚い希望を容易く打ち壊すのは強者の特権と言わんばかりに、速攻で希望を叩き折りに来る様子は正に弦巻。しかも無自覚っぽいのが更にタチが悪い。

 

「…………?何故かしら?」

 

「いやいや。こころさ、あたし達の目的忘れてない?本当は遊園地に遊びに来たんだからね?」

 

「でも結婚式は大事よ?」

 

「そりゃあ式も大事だけど、でも先ずは遊ぼうよ。その為に……ここを貸し切ったんでしょ?多分」

 

 多分とか言ってるけど、このノリに何度も付き合ってきているのだろう。目が「どうせそうなんだろ」みたいな諦めの色をしている事が分かる。

 

「……そうね!じゃあ、みんなで行きましょう!」

 

「おー!こころん、はぐ!ゲートまで競走しよう!」

 

「あ、かーくんフライングはズルい!」

 

「おいこら香澄!前見ないと転ぶぞ!」

 

 いきなり走り出した子供3人に、付き添いの市ヶ谷さんは大変そうだ。

 他の面々もゲートの方に向かって、俺はさっき、こころを止めてくれたキャップを被った苦労人っぽい女の子と取り残された。

 

「……花園さんの旦那さんっていうから、どんなに変わった人なんだろうって思ってましたけど……」

 

「……よく言われる」

 

 昔から言われ慣れてる言葉だ。たえがあんなだから、俺も変わってるだろうという先入観が自然と持たれてしまっているのだろう。

 

「あ、やっぱりですか」

 

「そういう、えっと……」

 

「美咲です。奥沢 美咲。キグルミの中の人やってます」

 

「……奥沢さんも苦労してそうだよな。こころに」

 

「分かりますか。……分かりますよねぇ」

 

 お互い苦笑いで顔を合わせて、そして溜息を吐いた。やっぱり大変なんだな、こころの相手も。

 

「美咲ー!早く来ないと、アトラクションに乗り遅れちゃうわよー!」

 

「みーくん早くー!」

 

 遠くから奥沢さんを呼ぶ声がする。それに仕方ないなとでも言うかのように片手を挙げて答えてから言った。

 

「……行きましょう。あたし達も」

 

「だな」

 

 時間は有限だ。今は裏にある色々(主に弦巻家の力)から目を逸らして、貸し切られた遊園地を単純に楽しむことにしよう。

 

「それで、たえ」

 

「なに?」

 

「なんでさっきから俺の背中に引っ付いてるんだ?」

 

 さっきから、おんぶしている俺の苦悩を考えて欲しい。

 

「優人、私の顔を見て何か思うことは?」

 

「ハムスター」

 

 頬を膨らませて子供みたいに拗ねてるから、正直にそう答えたら肩にエルボーされた。なんでさ。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 園内に入るとマジで人が居ない。ここまで来ると恐怖心すら覚えるレベルだ。

 

「やっぱ遊園地って、人が入っててナンボの所あるよな」

 

「これだけガラガラの遊園地見てると、何でか無性に不安になるな。ホラー映画か何かの舞台みたいで」

 

 市ヶ谷さんは早々に保護者の役目を放り投げ、何故かメリーゴーランドに真っ先に乗り込む3人を見ていた。

 

「たえは何に乗りたい?」

 

「うーん……」

 

 たえは右を見て、左を見て。アトラクションを見渡した。だが特にピンとくるものは無かったのか、うんうんと唸ったままだ。

 

「ポピパの皆で乗りたい物とか無いのか?」

 

「……音楽雑誌、とかかな」

 

「アトラクションで決めろ」

 

「じゃあゼクシィ」

 

「ここでは日本の言葉で話せ」

 

 なんで雑誌の話をしているんだろう。しかも遊園地のド真ん中で。

 

「……いや待て。優人、アレ見ろ」

 

 市ヶ谷さんの指の先には、ジェットコースターのレールが見える。アトラクション名は"ゼクシィ"……

 

「紛らわしいんだよ!」

 

「知らなかったの?縁結びのジェットコースター」

 

「ジェットコースターでどうやって縁を結ぶ気だ!?」

 

 アトラクション説明を見てみると、「隣のあの人とドキドキを共有して距離を一気に近付けよう!」なんて書いてある。

 新手の吊り橋効果狙いのアトラクションだったのか……。

 

「……乗るの?」

 

「乗ろ?」

 

「ジェットコースター!?いいね、楽しそう!」

 

「うわっ、香澄いつの間に」

 

 さっきまでメリーゴーランドに乗ってたはずの香澄は、疲れを知らないダッシュでジェットコースターまで走って行く。

 市ヶ谷さんの手を思いっきり引っ張りながら……

 

「ちょっと待て香澄!香澄ィ!?おい、優人助けろ!」

 

「助けるつもりなど、元より無い……!」

 

「じょ、冗談じゃ!?あっちょっと、本当に……」

 

 そのまま搭乗口まで引きずり込まれていく市ヶ谷に敬礼。さらば市ヶ谷さん。骨は海に撒いてやるから……

 

「何1人でぶつぶつ言ってるの?私達も行こう」

 

「ですよねー」

 

 そもそもさっき、ゼクシィに乗りたいって言ってたしな。

 

「私……気絶とかしちゃわないかなぁ?」

 

「いやいや、りみりんでも気絶はしないって。きっと」

 

 ポピパメンバー+俺の6人でジェットコースター"ゼクシィ"に乗る事となったのだ。

 

 ……あれ、奥沢さん達は?

 

 

 

 

 

「お、お化け屋敷RTAなんて、初めて体験したよ……」

 

 どうやら珍種目に付き合わされていたようで、ジェットコースターから降りて合流した時は、もうボロボロだった。

 

「お化け屋敷RTAって……それただの障害物競走なんじゃ」

 

「うん……だから付いて行くので精一杯で、しかも何度もやるから限界が……」

 

 元々インドア派だったから体力が無いのか。あるいは2人の体力が規格外なだけなのか。

 どちらにせよ、奥沢さんが死にかけているという事実は覆らない。そして、2人が元気であるという事実も。

 

「いっぱい動いたら、お腹が空いたわね!」

 

「じゃあご飯食べよっか、こころん!」

 

 時間は、まだお昼ご飯には少し早い時間ではある。だけど特に誰も反対する事はなく、流れで昼食にする事となった。

 

「こうして遊園地でご飯食べるのって新鮮」

 

「そもそも、こういう場所に来る事自体が稀だったし。こういう場所って高いから中々手が出ないよな」

 

「分かる。入園料だけでも高いのに、その上ご飯までっていうのはね」

 

 たえと沙綾と話しながらフードコートへ。やっぱりガラガラで、思わず写真を1枚撮ってしまった。

 

「値段を見てるとクラクラしてくる〜」

 

「りみ、大丈夫か?まあ確かに学生には手が出にくい値段だよなー。今日は良いけど……香澄は何にするんだ?」

 

「私はねー、これっ!」

 

 香澄が指さしたメニューの文字を全員が見て、そして読んだ。

 

『青空カレー?』

 

「あ、青空カレー……ッ!?」

 

 向こうで誰か反応した。

 

「……ルーが真っ青?」

 

「たえの発想には脱帽するね。誰が食うんだよそんなカレー」

 

「そうじゃなくて、青空の下で食べるカレーだから青空カレーって名前みたい。

 確かに、こういう青空の下で食べるカレーって美味しそうだよね」

 

「トッピングも凄い数……ハンバーグとかエビフライ、チーズにパスタ…………カレーのトッピングなんだよね?」

 

 ハンバーグとかエビフライは分かるが、パスタって何だよ。りみの疑問も最もで、このリストだけ見ればカレーのトッピングだなんて全く思わないだろう。

 

「うーん、決められない!だから全部のせ、いっちゃおうかなー?」

 

「いかん、そいつには手を出すな!」

 

「はぐみ!?」

 

 全部のせに挑もうとする香澄に、はぐみという女の子は物凄く必死な表情して止めに入っていた。青空カレーという名前を聞いて顔が引きつっていたし、過去に痛い目に会ったのだろう。

 

「私は……」

 

「たえはどうせハンバーグだろ」

 

「……相思相愛なの?」

 

「なんでそうなる」

 

 たえの戯言には程々に構いつつ、俺も何を食べようか……まあ流れに乗って青空カレーが無難か。

 

「カレーにパスタか……新しい、惹かれるな」

 

「待って市ヶ谷さん。市ヶ谷さんまでネタに走られると、あたしのツッコミだけじゃカバー出来ないんですけど」

 

「みんな青空カレーにするの?」

 

 香澄が選んだからという理由ではないだろうけれど、流れは青空カレーを頼む空気になっている。今は誰もがカレーのトッピングに頭を悩ませていた。

 

「わ、私はチーズにしようかな。無難だし」

 

「ゲスいこと言うと、トッピングを含めて一番高いから俺は選んだ。そんな俺はエビフライをチョイスだ」

 

「優人。仕方ないからカレーとエビフライを交換する権利をあげる」

 

「素直にトッピングを追加しろ」

 

 やいのやいのと皆で話しながら決める。大人数で遊ぶ時の醍醐味の一つだろう。こういう時は何を食べても美味しく感じられたりするのだ。

 …………でも俺、なんで男子とじゃなくて、女子と醍醐味を感じてるんだろう。おかしくないか?

 

「あら?はぐみ、どうしたのかしら?」

 

「あーうん。こころん、はぐみはナポリタンでいいや……」

 

 

 ちなみに食事代も弦巻家が出してくれるらしい。ここまで良くされると、ちょっと後が怖いな……。

 




スキーイベの報酬日菜の左エピソードは一見の価値アリだと思ってます。声優さんの演技がやべぇ。


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二つの虹(ツイン レインボー)


甘いのはお腹いっぱいだぁ……


 

 結婚式と聞いてイメージするのは、教会とかで純白のウェディングドレスを着た花嫁の姿なんかが一番だろう。

 多くの雑誌や広告のチラシなんかにも写っているくらいだから、現代日本での結婚式はイコールで西洋式であるというイメージが着くのも仕方ないのかもしれない。

 

「有咲似合ってる〜!」

 

「うっせぇ!それより香澄、頼むからそのドレスを汚すなよ?!それ冗談抜きで高いヤツだからな!」

 

「有咲、顔真っ赤だよー?」

 

「沙綾!」

 

 なぜいきなり、そんな事を語り出したかというと、それは目の前でドレス姿を披露している女性陣が居るからだった。

 思い思いのドレスを着て、これから撮影会と洒落込むようである。

 

「こころんカッコイイ!」

 

「ありがとう!はぐみも素敵よ!」

 

「ウェディングドレスでカッコイイって、おかしくない……?」

 

「あ、あはは……美咲ちゃんも似合ってるよ」

 

「ありがと。りみも似合ってる」

 

 今いる式場は、多くの日本人が想像しそうな西洋式のイメージ通りの教会然とした場所だった。当然こんな場所を使うのは今日が初めてなのもあって、なんか落ち着かない。

 

「はあ……」

 

 そんな、俺には不釣り合いな気さえしてくる場所に、目の前には7人の女子。男子は俺一人と、場違い感が半端じゃない。

 

「……ところで、たえは?」

 

「おたえちゃんなら、まだ着替えてる筈だけど……」

 

 たまたま近くにいた、りみに聞いてみても曖昧な回答しか返ってこない。あいつは何をもたついているんだろう。

 

「やっぱり夫としては、おたえの晴れ姿は楽しみなんだ?」

 

「勘違いするなよ沙綾。俺はさっさと終わらせたいだけなんだ」

 

 …………ちょっぴり楽しみなのも否定はしないが。

 

「まあ良いじゃん。誓いの言葉と指輪交換だけでしょ?」

 

「言うだけなら簡単だよな、まったくさぁ……」

 

 マジで初めから本格的な結婚式を執り行おうとしやがった、こころの暴走を奥沢さんと2人がかりでどうにか説得したものの、誓いの言葉と指輪交換はやる事になっていた。

 正直、それだけでも面倒くさいし恥ずかしい。

 

「しかも何か薬指もスースーするし」

 

 今、俺の左薬指にはペアリングは無い。雰囲気を出す為とかで、黒服さんが預かっているからだ。

 付けた当初は全然落ち着かなかったペアリングも、無いとそれなりに違和感を感じるようになってしまっていた。

 

「どうしてこうなったんだろう」

 

「おたえに好かれたのが直接的な原因。間接的な原因は間違いなくお前自身だ」

 

「長年、たった1人の友人兼幼馴染をやってたんでしたっけ。そりゃ何も起こらない筈は無いかなって」

 

「分かってんだけどさ……俺は1匹ウサギだった筈なのになって……」

 

「狼じゃないのかよ……しかもそれ、どっちにしろ、おたえに捕まるんじゃね?」

 

 高校一年生にして人生の墓場と名高い行為を経験するとは思わなかった。もうちょっと遅いと思っていただけに、心の準備ががが。

 

「そんなに嫌なら、本気で断れば良かったんじゃないんですか?花園さんも、本気で嫌がれば強制はしないでしょ」

 

「でもさー、たえがさー。断ろうとするとシュンって落ち込むんだぜ?そんで頷くとパアッて喜ぶんだぜ?

 あいつの笑顔はどんな景色より綺麗だよコンチクショウ。たえの笑顔には勝てなかったんだよ……」

 

「サラッと惚気てんじゃねーよ」

 

 ジト目を市ヶ谷さんと奥沢さんから向けられるけど、でも仕方ないだろ。勝てないんだよ。

 

「大体だな、今の問いは2人に香澄やこころのお願いを本気で拒絶出来るか、と聞いてるのと同じだぞ?」

 

「待って。そこで如何して、こころの名前が出てくるんですか」

 

「……なんで香澄が出てくるんだよ」

 

「お前ら面倒くせぇな。俺が言えた義理じゃないけど」

 

 面倒くさい三銃士が結成出来そうなくらい、面倒くさい人達だと思った。いや、本当に俺が言えた義理じゃないけどさ。

 

「なんだその面倒くさい三銃士って」

 

「俺達のポジションが非常に良く似ている事くらいは分かっているだろう?たえに俺、香澄に市ヶ谷さん、こころに奥沢さん。

 きっとこうなる運命だったんだ。こうして三銃士を結成するという運命は決まっていたんだ」

 

「未だかつて無いほど、どうでもいい運命ですね」

 

 …………こうしてバカ話をしていたら、なんだか調子が戻ってきたような気がする。

 何が結婚式だ、普段着がウェディングドレスに変わっただけじゃないか。そもそも、指輪交換ならお花見の時に済ませている。それの焼き増しがなんだというのか。

 

「よし、ドンと来いウェディングドレス。ドンと来い、たえ」

 

「おおー、なんだか凄いやる気だね!」

 

「いや、あれヤケクソになってるだけだよ」

 

 黙らっしゃい沙綾。せっかく自分自身すら誤魔化してるんだから、そういうことは言うな。

 そして香澄もキラキラした目を向けるな。お前がこの状況を作った事は忘れてないからな?

 

「お待たせ」

 

 全員で適当に話していると、ようやくメインの人物の準備が終わったらしい。随分と長い準備だったなと思いながら振り向いて、ヒュッと呼吸が止まりかけた。

 

「結構時間かかっちゃった」

 

 普段のように髪はストレートにしたまま、メイクだけしているようだ。だけどそれは手抜きではなく、たえの魅力を十二分に生かす為のものである事が分かる。

 そしてドレス。真っ白い綺麗なウェディングドレスと、手にはブーケが握られていた。

 

 誰しもが息を呑む。それくらい、今のたえは綺麗だった。後ろで黒服さんの1人がやりきった感を出しているから、きっとあの人がコーディネートしたのだろう。

 

「流石おたえちゃん……めっちゃ可愛い……」

 

「モデルさんみたい!」

 

「次に商店街で新婦役を頼まれた時は、おたえに頼もうかなぁ……」

 

「似合ってるわよ、たえ!」

 

「うんうん、おたえ凄い!」

 

「流石は花園さん。やっぱ美人なんだね」

 

 

「…………ほら行けよ。ドンと来いって言ってただろ?」

 

「あ、ごめんやっぱ無理」

 

「ヘタレか!?」

 

 しゃーないやん。想像以上にヤバかったんだもん。想像の3倍くらい破壊力あったんだよ、破壊力ばつ牛ンだよ。

 

「さあ、2人が揃ったから、早速始めましょう!」

 

 そんなこころの鶴の一声で、そういう流れへと変わっていく。

 待ってましたと言わんばかりに参列者が座る席に移動していく市ヶ谷さん達を見て、誤魔化していた緊張感が復活してきたような気がした。

 

 

 

 

 

 話は少し前に遡る。

 

 腹ごしらえが済み、午後はどんなアトラクションに乗るかを話していると、思い出したかのように香澄が言ったのだ。

 

「それで、結婚式は何時やるの?」

 

 その言葉に全員がキョトンとして、そして言った。

 

『あっ、忘れてた』

 

 おいふざけんな。せっかく忘れられてたのに、なんで要らん気を回すんだ。

 そんな俺の思いとは裏腹に話は結婚式の方向へとシフトしていき、"じゃあまた忘れない内に済ませよう"という結論に至るのに時間はいらなかった。

 

「遊園地が貸切って珍しいから、浮かれてたかも」

 

「出来ればそのまま浮かれてて欲しかったよ……」

 

 初めて乗るリムジンで遊園地から近くに押さえてある(間違いなく貸切)という結婚式場に移動しながら、俺は迫り来る緊張に心臓が張り裂けそうになっていた。

 

「ふふ、もう顔真っ赤」

 

「沙綾はマジなのを体験した事が無いから言えるんだ」

 

「かもねー」

 

 謎の余裕を持つ沙綾の余裕は崩せない。元からペースを乱すのは難しい相手だが、今は俺も動揺しているから尚更だ。

 

「まあ……ここまで来たら覚悟を決めろよ。おたえも何処となくソワソワしてるし、気持ちは一緒だろ?」

 

「黙れ元凶」

 

「私の時だけ辛辣じゃねぇ?!」

 

 たえが俺と同じで緊張してる事くらいは分かっている。何年一緒に居ると思っているのか、もうお互いの癖とかまで丸分かりだっての。

 その証拠にほら、コップを逆さまに持って飲み物を注ごうとしているじゃないか。

 

「そうだわ!せっかくだし、みんなでウェディングドレスを着ましょう!」

 

「おおー!良いアイディアだね、こころん!」

 

「着て、どうするのさ?」

 

「もちろん撮影会よ!」

 

「いやいや、もちろんって」

 

 なんか向こうでは、こころが全員でウェディングドレスを着て撮影会をするのだと言っていた。

 まさか俺が巻き込まれる筈もないので、心の中で、いいぞもっとやれと応援しておいた。

 

 

 

 

 と、そんな感じのやり取りが1時間くらい前だったか。時計無いから分からんけど。

 ちなみに俺も、間違いなく値段が高いタキシードを着てこの場に居る。初めて着るから何だか落ち着かない。

 

「では、誓いの言葉を」

 

 黒服さん扮する牧師さんに言われて、前の台に置かれている"誓いの詞"と表題のある文章を見た。

 たえと頷き合い、2人で呼吸を合わせて言う。

 

「「これから私たちは、幸せな時も、困難な時も、共に助け合い、明るく希望に満ちた家庭を築いていくことを、皆様の前で誓います」」

 

 声は掠れてないか、読むスピードは早くなっていないか。そんな不安もあったが、まあ問題は無かったと思う。

 おもっくそ緊張してる俺目線だから、客観的に見るとダメダメかもしれないが。

 

「それでは、新郎と新婦は向かい合ってください」

 

 言われるままに向かい合う。持ってこられた俺達のペアリングは、高そうな専用のケースのような物に乗せられていた。

 

「では新郎から、新婦に指輪を嵌めてください」

 

 牧師さんからペアリングを受け取って、ブーケを置いて空いた、たえの左手の薬指に嵌める。

 祭りの時はあんなに緊張した筈の行為は、2回目だからか大した事もなくアッサリと入った。

 

「では続いて、新婦が新郎に指輪を嵌めてください」

 

 たえの方も同じみたいで、特に緊張した様子もなくスッと指輪が通される。

 なぜだか、此処に指輪が有ると落ち着く感じがした。

 

「自分のことじゃないのに、なんでか緊張した……」

 

 やるのはここまでだと予め言っていたからか、張り詰めた空気が緩いものに変わる。奥沢さんの言葉を皮切りに、ざわめきが帰ってきた。

 

「でもいつかは、私たちも同じ事をするんだよなー……想像つかねぇけど」

 

「その時は、おたえからアドバイスを聞けば良いと思うよ。ねっ、おたえ……おたえ?」

 

「優人君。どうだった?やっぱり緊張し…………優人君?」

 

 だけど、たえと俺は向かい合ったまま。分かっていたからだ、ここで終わらない事は。

 

「ねえ、こころ」

 

「何かしら?」

 

「このまま、誓いのキスまでやれないかな」

 

 全員の目が驚愕に見開かれた。まさか、やるとは思わなかったのだろう。

 

「お、おい。おたえ良いのかよ?」

 

「うん。だって決めてたから、ここでキスまでって」

 

「良いんですか?」

 

「遅かれ早かれやる事なんだ。なら今やるさ」

 

「2人が良いならやりましょう!さ、続きね!」

 

 昨日に予め言われていた事だから、ある程度の覚悟はして来たつもりだった。だけど改めて向かい合うと、言葉にするのが難しい思いが飛来する。

 

 心なしか、さっきよりも強くなった目線に晒されながら、たえと俺は距離を詰める。

 

「……やっぱ緊張するな」

 

「うん。過去最高に緊張する」

 

 誓いの詞、指輪交換、誓いのキス。

 この三つを済ませてしまえば、書類上は違くても事実上は結婚になる筈だ。……まあ、式場にまで来ておいて今更何をって感じだが。

 

「でも私は嬉しいよ」

 

「……そうか」

 

 これ以上の言葉は不要。

 信じられないくらいアッサリと距離を詰めた俺達は、磁石にでも引き寄せられたかのように抱き合った。

 

 この初めてのキスは、間違いなく一生涯忘れる事は無いだろう。

 そう断言出来るくらい、深く脳裏に刻み付けられたのだ。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「ただいまー……」

 

「おかえり。お風呂、入っちゃいなさい」

 

 緊張感から解放されると、今まで感じなかった疲労感が異常に訴えかけてくる。母さんに言われるがまま風呂に入っていると、その疲れは多少湯船の中に消えていくような感じがした。

 

「弦巻って、すげぇなあ……」

 

 多分、今日一日の感想はこの言葉に集約されている気がする。遊園地の貸切から結婚式場の貸切まで、全て弦巻の力だ。

 あんなのと対等に渡り合う香澄の凄さとヤバさを改めて実感した。それと同時に、たえの一切物怖じしない所にも。

 

 だって、天下の弦巻だぜ?よく魚のエサにされなかったよな2人とも。その無謀さを少し分けて欲しい。

 

「ふぁあ……っと、危ない。こんなところで寝たら死ぬっての」

 

 風呂から上がって、リビングに麦茶でも飲みに戻る。母さんはソファに座ってテレビを見ていた。

 

「あー、つっかれた……」

 

「文句言わないの。あんた、私達の時より豪勢な結婚式挙げたんでしょ」

 

「待って、なんで知ってんだよ。今日の予定は話してない筈なんだけど」

 

「たえちゃんから聞いたわ」

 

 ……俺にプライバシーとか、そういう物は存在しないらしい。俺の行動は筒抜けか。する気は無いけど、迂闊な事は出来ないな。

 

「……もう寝る」

 

「ちょっと待ちなさい。はいこれ」

 

「なに?母さんが物くれるなんて珍し、い……」

 

 母さんが投げてきたのは、コンd──

 

「なんつーもんを投げてきやがるこの母親ァ!?」

 

「なに?もしかして、それ無しでやるつもりだったの?止めなさいよ、その歳で子供できるとかシャレにならないから」

 

「シャレになってないのはアンタの行動だよ!」

 

 そもそも、こんな物を貰っても何時使えというのか。使う相手なんて居ないっていうのに。

 

「なによ。私からの結婚祝いを受け取れないっていうの?すぐ入り用になる物を用意してあげたのに」

 

「すぐ入り用って……誰に使うんだよ」

 

「たえちゃん以外に誰がいるのよ」

 

「あいつ、もう疲れて寝てるだろ?」

 

 俺だけでなく、たえも疲れているだろうから、きっともう寝ているに違いないだろうに。

 しかし母さんはキョトンとしたような顔で言った。

 

「あんたが風呂入ってる間に来て、もうベッドで待ってるわよ」

 

「」

 

 おいおいおいおい

 

 

 

 

 

「遅かったね」

 

「…………居るとは思わなかったんだよ」

 

 たえは本当に待っていた。疲れなんて微塵も感じさせない様子で、普段から着ているウサギパジャマではなく、珍しく普通のパジャマで待っていた。

 

「隣、空いてるよ」

 

「ああ……」

 

 ギシッと僅かなベッドのスプリングが軋む音が、やけに響く。

 

 ああなるほど。新婚初夜って事か、今更理解した。したくなかった。

 

「……それ、その箱」

 

「ん?ああ、これな……」

 

 結局持たされたまま、リビングを追い出されてしまった。捨てるチャンスは幾度もあった筈だが、捨てられずに部屋まで来た。

 ……たえ。そんな、穴が開くくらいじっと見つめてもコレは動かないぞ?

 

「これ、バルーンアートに使えねぇかな」

 

「そういえば優人、バルーンアートも出来たよね。うさぎ作れる?」

 

「分からん」

 

「そっか」

 

「ああ」

 

 …………まずい、会話が続かない。俺はいつの間にか、たえと目を合わせられずに目線を下げていた。

 

「優人、緊張してる?」

 

「そりゃそうだろ。たえもしてるだろ?」

 

「うん。ほら」

 

 たえは俺の片手を取ったかと思うと、それを左胸にギュッと押し付けた。むにゅっと、クッソ柔らかい感触が手いっぱいに広がった。

 

「えっ、ちょっと……!?」

 

「感じる?このドキドキ」

 

 それどころじゃないです。

 そんな叫びは、声にならずに胸の奥に消えた。

 

 咄嗟に離さないとと思ったが、もう少しだけという思いと、手を離さないと、という思いが拮抗して動かない。

 そもそも手が掴まれてるから、どちらにせよ離せない事に気付いたのは、混乱が一周してからだった。

 

「この距離感に昨日までは何も感じなかったのに、今はこんなにドキドキしてる」

 

「分かった、分かったから手を離せ」

 

「優人はどうかな?」

 

「おま……!?」

 

 手が解放されたかと思ったら、今度は、たえ自身が俺の胸元に飛び込んできた。

 左胸に耳を当てる格好で、たえと俺は密着している。腕でガッチリホールドされているから、距離を置くことも出来ない。

 

「…………うん。とくん、とくん、って鼓動が聞こえる」

 

「たえ、頼むから離れてくれ」

 

「あ、早くなった。どんな事でも一緒の物を感じられるって、やっぱり嬉しいね」

 

 俺の鼓動をバンド活動と一緒にするなよ。これにはきっと、ポピパの面子も苦笑いを隠さないに違いない。

 

「俺の鼓動はバンドと同じか」

 

「ううん。ちょっと違う」

 

「そうなのか?」

 

 今の話の流れ的に同じものだと思っていたから、明確な意思を持って否定されたのは意外だった。

 

「私、昔から変わってるって言われてて、友達なんて居なかったのは知ってるよね」

 

「ああ。だから高校で友達が出来たって聞いた時、なんの冗談だって思ったよ」

 

 ずっと隣で見てきたんだから知らない筈がない。たえの雰囲気は常人には相当キツい事くらい承知している。

 花園ランド、あるいは花園ワールドと呼ばれる独特の雰囲気は、合う人と合わない人が極端に別れるのだ。

 

「友達は大事なもの。バンド……ポピパも同じくらい大事」

 

「だろうな。たえの楽しそうな姿見てると分かる」

 

 でも尚更、俺の鼓動とバンドが違う理由が分からなかった。自惚れではないが、どちらも大事な物ではないのか?

 

「違うよ、ちゃんと違う。……大事だけど違う」

 

「……どう違う?」

 

「優人は特別。特別な人」

 

 たえの線引きは"大事"か"特別"かという、一見すれば殆ど違いのないものだった。だけど、その僅かな違いが重要なのだろう。

 

「優人とは長い付き合いだから、何でも一緒だったでしょ?私が感じた嬉しさ、悲しさ、楽しさ。全部を一緒に共有してきたから」

 

「だから特別?」

 

「うん」

 

 ぎゅっと俺の両手を包み込むように手を取って、

 

「優人を好きになって良かった。私、いま最高に幸せだよ」

 

 珍しい満面の笑み。美人がやると破壊力も数倍高く、見惚れてしまった。

 

「…………たえ」

 

「…………うん」

 

 

 

 

 

 結論だけを述べるなら、母さんから貰ったアレの出番はしっかりあった。

 そして翌日、母さんから最高にウザイ顔で「昨夜はお楽しみだったわね」と言われる事になる。

 




いつのまにやら、もう10話も書いてたんですね。応援ありがとうございます。

……別に終わりじゃないですよ?ネタ切れまで終わらない筈ですから。


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ゆうとのくせになまいきだ。

久しぶりに書いたから書き方忘れた

9/20 タイトルを微妙に変更


「今日、練習どうしよっか」

 

「今日は休みで良いんじゃないかな?次のライブの予定もまだ無いし、ちょっと休憩しても」

 

「じゃあ有咲の家でゴロゴロしよう!」

 

「香澄、私の家を何だと思ってやがる」

 

 お昼休み、ポピパ5人でお弁当を食べながらの会話だ。いつもの場所に陣取っての会話は、授業で疲れた心を癒す清涼剤である。

 

「有咲、レタスとハンバーグ」

 

「お前の鮫トレには誰も絶対に乗らねぇ。諦めろ」

 

「優人は交換してくれたよ?」

 

「あいつはそうだろうな。そういう奴だもんな」

 

 間違いなく惚れた弱みが関係しているだろう事は、有咲でなくても分かることだった。

 ゆえに誰も何も言わないで、ただ苦笑いを浮かべるのみ。

 

「……話を戻すぞ。今日は練習休みにするとして、放課後は何かするのか?」

 

「有咲ちゃん、何かしたいの?」

 

「いや、別にそういう訳じゃねえけど……おたえは?何かしたいとかあるのか?」

 

「かかっておいでよ」

 

「は?うわっとと!?」

 

 いきなり喧嘩を売られた有咲は素っ頓狂な声を出して、危うくハンバーグを落としかけた。

 

「…………間違えた。家においでよ」

 

「あっぶねぇ……なんでそんな間違えしやがんだ」

 

 もしかして恨みを買っているのだろうか。しかし心当たりは……まさか、さっきの鮫トレを断った事か?いやいやいや、おたえが傍若無人だからって、そんな事は無いはずだ。

 そんな有咲の考えなんて露知らず、香澄は瞳を煌めかせて身を乗り出した。

 

「えっ!今日はおたえの家に行っていいの!?」

 

「もふもふも良いよ」

 

「やったー!皆も行こうよ!」

 

 おかわりもあると言わんばかりにモフモフまでさせてくれるという。これは逃す手はないと香澄は飛び上がらんばかりに喜んだ。

 

「お菓子とか用意した方が良いかなぁ」

 

「私も行こうかな。有咲はどうする?」

 

「……私も行くよ」

 

 

「みんな最高のハイって返答だね。ういりぃー」

 

「……なんか、今日は上機嫌だな。おたえの奴」

 

「何か良いことあったとか、かなぁ?」

 

 なんだかやけに上機嫌な、おたえを見て疑問符を浮かべるも、特に聞くことでもないと判断。惚気を聞かせられるのはもう勘弁して欲しかった。

 

「それじゃあ放課後にティータイムで決定。優人も呼ぶけど良いよね」

 

「待て、その響きは何処か危ない」

 

 とにかく放課後の予定は、おたえの家にティータイムしに行くという事になったのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「よーしよし、よーしよしよし……そんなに頭を擦り付けられても、手は2本だけなんだぞお前ら」

 

 ただいま、たえに呼ばれて来た花園家で、21羽のウサギと戯れている最中だ。

 …………そう、21羽。1羽だけ新入りが増えたのだ。

 

「なんでお前は、俺と同じ名前をしてるんだろうな……?」

 

 ロップイヤーのユウト。団十郎もそうだが、たえのネーミングセンスは何故ズレにズレまくるのか。

 こいつは俺には似ても似つかぬ甘えん坊。たえの足下に良く陣取っているのを見掛ける。

 こいつが増えた事で、たえが俺の話をしているのかウサギの話をしているのかが更に分かりづらくなった。

 

「よーし、そこのパープル。その助走をつけるのを止めろ。鳩尾ドーンはシャレにならん」

 

 さっきから俺の手から離れる度に助走をつけるパープルを引き寄せてナデナデしていると、キャピキャピした女子高生っぽい一団の声が近付いて来た。

 

「来たか……はい、今日はここまで。また今度な」

 

 もっとやれと催促してくるウサギを従えて玄関の方に行くと、予想通り来ていたのはポピパの5人だった。

 

「ただいま」

 

「おかえりー。香澄達も、ゆっくりしていってな」

 

「うさぎ、もふってて良い?!」

 

「お好きなように」

 

 うさぎ達も欲求不満だから、たぶん満足するまで撫でられてくれるだろう。

 

「よっし、りみりん行こう!」

 

「う、うん」

 

「程々になー……じゃあリビングで待ってるか。ついでにお茶とか用意して」

 

 家の中に入って廊下を歩いていると、市ヶ谷さんが持ってた紙袋を渡してきた。

 

「あ、コレばあちゃんから。みんなで食べろって」

 

「ああ、ありがと。取り敢えず適当に寛いでてくれ」

 

「分かった」

 

「たえはこっちに来い」

 

 たえがソファに寝っ転がろうとしたので、その手を掴んでキッチンに連行する。油断も隙もあったもんじゃない。

 紙袋の中は饅頭だった。それを大皿に移している横で、たえは冷蔵庫を覗きながら言った。

 

「有咲ー、水道水で良い?」

 

「家に招いて水道水を出す奴なんて初めて見たな」

 

 たえの先制攻撃。いきなり重い一撃だが、この程度なら軽いジャブのようなものだ。

 市ヶ谷さんも分かっているのか、特に大きな反応は見せない。ただただ呆れるだけだ。

 

「あっ、ごめんね有咲。天然水が良かったんだ?」

 

「まず水から離れろ」

 

 

「はい、ひとまず饅頭でも摘んでてくれ」

 

「ねえ、おたえ大丈夫かな?」

 

「大丈夫じゃないだろうけど、俺は何も出来ないからな」

 

 皿をテーブルに置いて、たえがキッチンでゴソゴソと何かやっているのを見つめていた。

 

「うーん……あ、あったあった。はい」

 

 たえが市ヶ谷さんの前に出したのは粉末タイプのスポーツドリンク……

 

「違う、そうじゃない。粉末タイプを出せなんて誰も言ってねぇから」

 

「注文が多いね。ちょっと待ってて」

 

「いや、注文が多いって……私か?私が変なのか?」

 

「諦めてくれ。だってそれが、たえだから」

 

 たえはキッチンに戻っていってコップを取り出し、そこに氷を目一杯詰め込んだ。

 

「……でも、今度はちゃんと伝わったかな」

 

 今日暑いし、と安堵の息を吐く市ヶ谷さん。だけど俺は最後まで目を離さなかった。

 やがて、たえはコップを片手に戻って来る。

 

「はい。氷が欲しかったんだよね」

 

 ドン、と市ヶ谷さんの前に置かれたのは、目一杯の氷が詰め込まれただけのコップ。水の一滴すら入らないのは流石と言う他ない。

 

「ちげーよ!誰が氷を出せって言ったんだよ!?」

 

「うっわぁ……清々しいくらい氷だ」

 

 あまりの曲解の仕方に、沙綾ですら顔が引き攣った。

 

「粉末はダメって事は、固形なら良いって事だよね?」

 

「そうじゃなくて!麦茶とか無いのかよ?」

 

「ああ、そういう方向なの?」

 

「どういう方向だよ。お前の今の反応、方向音痴ってレベルじゃねーぞ」

 

 ちょっと待ってて。と、たえは再びキッチンへ向かう。

 会話のドッチボールという表現が相応しいであろう、たえの豪速球をどうにかやり過ごして市ヶ谷さんは今度こそ安心したように肩を落とした。

 

「ていうか、この氷目一杯のコップも持って行けよ……」

 

「食えよ、ガリガリとな」

 

「ええ……?」

 

 市ヶ谷さんはコップを持って、りみに向ける。サッと距離を取られた。続いて沙綾。りみと同様に距離を取られた。

 

「……香澄、食べるか?」

 

「食べるー!」

 

 なので市ヶ谷さんが香澄に向けると、喜々として氷を口に含んだ。どうでもいいが、りみと香澄はいつの間に戻って来たのだろう。

 

 少し待っていると、たえが6人分の飲み物をお盆に乗せて戻ってきた。

 

「おまたせ。むぎ……アイスティーの水割りだよね」

 

「ツッコミどころが多すぎる!」

 

 バァン!とテーブルを叩いた市ヶ谷さん。抑えきれない感情が見える。

 

「おま、それ文字通り水増ししただけじゃねーか!しかも何で言い直したんだよ!?素直に麦茶って言えよ!」

 

「アイスティーの方が、ちょっとオシャレじゃない?」

 

「だからって麦茶をアイスティーって呼ぶなよな!しかも水割りって……味薄くなるだけだから!」

 

「塩と胡椒はお好みでどうぞ」

 

 とか言ってるクセに、たえが用意したのは醤油とウスターソースだった。

 全員が何も言えない中で、わなわなと震えている市ヶ谷さんは吼えた。

 

「アイスティーに入れる物じゃねぇだろうがぁ!せめて砂糖を用意しろぉ!!」

 

「注文が多いね。はい、ブドウ糖」

 

「糖であれば何でもいいとか思ってるんじゃねーだろうな?!」

 

 ぜー、ぜー、と息を切らしてまでツッコミを続けた有咲に全員から暖かい拍手が送られる。パチパチパチ。

 

「うーん。この漫才っぽい感じ、流石は市ヶ谷さんだ」

 

「褒められても、まったく、嬉しく、ねぇ……っ!」

 

 仕方なく麦茶の水割りに手を伸ばした市ヶ谷さん。それが皮切りになって、他のメンバーも微妙な顔して手を伸ばす。

 

 そしてコップを覗き込んでから気がついた。

 

「……シュワシュワしてる」

 

「うん。アイ……麦茶の炭酸水割りだからね」

 

「せめて統一しろ。そして意味不明な割り方をするな」

 

 もう飽きたのか、素直に麦茶呼ばわりした事なんてツッコミを入れる余裕が無いくらい、目の前のソレは存在感を放っていた。

 

「せめて本物のアイスティーなら、まだ分かるような割り方なのになぁ……」

 

「沙綾ちゃん。流石にそのフォローは厳しいかも……」

 

「ありさー。これ、なんか、凄く変」

 

「香澄が片言になってやがる……だと!?」

 

 全員が微妙な空気を醸し出している中で、たえだけは涼しげに飲んでいた。普段から飲み慣れているのだろうか?

 

「ぷはぁ〜、この炭酸の音とガスがピョンピョン飛び回る感じが良いよね。確か、炭酸水はウィルキ○ソンを使ってたかな?」

 

「おたえ、炭酸水の感想しか言ってないよね」

 

「じゃあ炭酸水単体で飲めよ」

 

「その発想は無かった。やっぱり有咲は天才だね」

 

「……本気で言ってるんなら、今後の付き合い方を考えたくなるな」

 

 微妙な空気のまま、麦茶の炭酸水割りを消費する俺達の姿は、大体10分くらい後まで続く事になる。

 

「で、なんで水増ししたんだ?」

 

「麦茶の量が少なくて、他の飲み物も切らしてたから仕方なく」

 

「だから最初に水道水を出そうとしたのか……そういう事情があるなら最初に言えよな」

 

 どこまでも説明不足な、いつものたえであった。

 

 

 

 

 

「それでさ、その夢の中で大泥棒と刑事ができちゃった婚してて」

 

「相変わらず訳わかんない夢見てるな……」

 

「おたえちゃんらしいといえば、らしいけどね……」

 

 最近見たという、たえの夢の話を聞きながら、のんびりと午後を過ごしていた。

 

「それでそれで?!その後はどうなったの?」

 

「おい香澄、あんまり身を乗り出すなって……あっ、やべ」

 

 余所見した一瞬でツルッと、市ヶ谷さんの手から饅頭が滑り落ちる。饅頭がテーブルを転がって床に落ちていくのを全員の目が追った。

 

「有咲、三秒ルールだよ!」

 

「え?ああ!」

 

 ガタッと椅子を引いて、素早く饅頭を手に取る。脳内ストップウォッチでは2秒半くらいだったからギリギリセーフか?

 

「危ない危ない……」

 

「そういえば、三秒ルールの元って何なんだろう」

 

「私、知ってる。獅子は我が子を千尋の谷に突き落として、3秒以内に戻ってくればセーフにしたっていうのが元なんでしょ?」

 

「……言ってておかしいって思わないか?」

 

 たえの中では、獅子はどんな化け物なんだろう。あまりの奇跡的な間違いに思わず感嘆してしまう。

 

「ネットで調べれば良いんじゃない?」

 

「そうする程でもないけど気になるんだよねー」

 

「あ、何か分かる。使ったら負けとは言わないけど、ネット使うのが癪な時とかあるよな」

 

 天然水(常温)のキャップを開けて、たえが出した氷が目一杯のコップに注ぐ。

 あの炭酸水割りを消費してから、俺達は口直しに天然水を飲んでいた。

 

 天然水を注いだコップを、たえがりみに渡す傍らで、俺は自分の分も注ぐ。

 

「はい、りみ」

 

「ありがとー。相変わらずノールック凄いね」

 

「それほどでもない」

 

「なんで優人じゃなくて、おたえがドヤ顔してんだよ」

 

 俺からは見えないが、たえはドヤ顔をしているらしい。なんでさ。

 

「おたえおたえー。うさぎの数を数えてたら、なんか一匹増えてた!」

 

「うん。最近増えたんだー、ロップイヤーのユウトが」

 

「まだ増やすんだ……」

 

「しかもユウトって……おたえ、どんだけだよ」

 

 庭でウサギと戯れていた香澄が抱えているのが、ロップイヤーのユウト。嬉しそうにぶうぶう鳴いている。

 

「性格は俺とは似ても似つかない甘えん坊。香澄とは初対面なのに甘えられるのは凄ぇなと思う」

 

「確かに似ても似つかないな」

 

「優人は甘えん坊ってタイプじゃないよね」

 

「…………?ユウトは甘えん坊だよ?」

 

 たえはウサギの事を言っているだろうが、市ヶ谷さんと沙綾は俺の事を言ってるだろう。これは話がこんがらがりそうだ。

 

「いや、ウサギじゃなくて人の方を言ってるんだからな?」

 

「ああ、逆にね」

 

「何が逆になんだよ」

 

「そうだよね、もふもふだよね」

 

「誤魔化し下手か!?」

 

 要領を得ない話の流れに、市ヶ谷さんが思わずといった感じでツッコミを入れるのも仕方ない事だった。

 



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彼の居ない日常の1


4000字を切ったけど、これ以上付け足せなかったから投げます。スナック感覚でCMの合間にでも読んでやって下さい。


 

 朝の花咲川女子学園の教室。まだ人も疎らの、それなりに早い時間。

 自分に割り当てられた席で、おたえは無言で机の上にある物と向き合っていた。

 

「…………」

 

 教室には、おたえの他にまだ人は居ない。そうなる時間を選んだとはいえ、静かな教室は精神統一には持ってこいだった。

 

 目を閉ざし、自分の内側へと意識を向ける。ここから先は、自分自身との戦いだ。

 ──ついてこれるか?自分の中の自分が嗤う。

 

「…………っ」

 

 ふっ……と、おたえの意識が教室を離れて宙へと飛び立った。大気圏を超え、太陽のド真ん中を突っ切って、そのまま銀河系さえも飛び越えて──遥か彼方へ。

 時間を超え、空間すら超越し、もうこれ精神統一とかいう領域超えてるんじゃないか。そんなツッコミすらを置き去りにしていく。

 

 おたえが、活動時間がインスタントラーメン作れそうな巨人の母星や緑色の10円大魔王が居た星を観光している間に、 飛び越えた銀河系は渦巻いて、やがてそれは1粒の水滴となった。

 その水滴は、おたえがアンゴラウサギの居る喫茶店で頼んだ、挽きたてコーヒーの一滴となって水面に滴り落ちる。

 

 一滴が、はごろもフーズ。と聞こえそうな落ち方をした時、おたえはクワッ!と目を見開いた。

 

「──見えた、水の一滴」

 

 コーヒーだと、ツッコミを入れる者は此処には居ない。

 息を張り詰め、いざ尋常に、と意気込んだタイミング。ガラッと教室の扉が開いて聞きなれた声がした。

 

「あ、いたいた。おたえー!もう酷いよ、置いてく…なん、て……」

 

 開けてやって来たのは香澄だった。だが、元気が取り柄なところがある香澄の声は、おたえを見た途端に尻すぼみに消えていってしまった。

 

「香澄ちゃん?おたえちゃん居た、の……?」

 

 続いて入ってきたのは、りみ。香澄に何があったのか気になったりみだが、それを見たりみも無言になってしまう。

 

「2人とも?どうした、の……」

 

 続いて不思議に思った沙綾が餌食になる。もう完全に絶句していた。

 

 そんな3人が共通して見ているのは、おたえの机の上に広がっている物だった。

 

 それは白くて、手で千切れるくらい柔らかくて、でも形を作れるくらいには頑強な物だった。

 そんな物が、丸っこく形を整形されたソレが、おたえの手と机の上を行ったり来たりしている。

 

 正確に言うと、拾い上げられては机に叩きつけられている。

 ベッタン、ベッタン。音だけ聞けば、餅つきでもしているような気さえするだろう。

 

「お、おたえ……」

 

 香澄の絞り出すような問いかけにも、おたえは答えない。明鏡止水の境地に辿り着いた今のおたえは、誰の干渉すら受け付けない凄みがあった。

 

 だが、それでも香澄は机の上で跳ねてる白い物を指さして、震える声で問うた。

 

「…………なんで……学校で、うどん打ってんの?」

 

 おたえの今の姿は、何処からどう見てもうどん職人であり、それ以外には微塵も見えなかったのだ。

 なんてこったい。そう香澄は思った。思わずキャラがブレるレベルの衝撃映像だったのだ。

 

「お、おたえちゃん……?」

 

 ベッタンベッタン。叩きつけられる速度が速くなった。

 アカン。りみの身体が純粋な恐怖で震えた。

 

「おたえー?……だめだ、返事が無い」

 

 一切の外音をシャットアウトして、うどん(?)作りに励んでいる。

 そんなおたえの姿を3人は何も言わずに視界から外し、教室から出て、扉を閉めて、深呼吸を繰り返してから──

 

「「「──助けて有咲(ちゃん)!!」」」

 

 隣のクラスの有咲に、全力で助けを求めに走り出した。

 

 

「なんだよ3人揃って。言っちゃ悪いけど、おたえの奇行なんて今更じゃねーか」

 

「今までとはレベルが違うんだよ!だって、おたえがうどん打ってるんだよ!?」

 

「とっ、とにかく来てよ!有咲ちゃんが居ないと、私達……」

 

「いや、アレは冗談じゃなくヤバいって。一度見れば分かるよ!」

 

 

「全員で1度に喋るの止めろ。聖徳太子じゃないんだぞ」

 

 3人は有咲を引きずって、そして盾にするように背後に回って扉を開けさせる。

 

「おたえー?一体なにして、やが、る……」

 

 有咲はおたえの行動を視認して、そして言葉を失った。

 

 ところで、おたえの席は一番後ろの廊下側。つまり、後ろ側の扉を開ければ、おたえの席はもう目前である。

 …………そして扉からは、机の上に広がっている物も見えてしまうのだ。

 

 有咲が見た時、うどんは打っていなかった。それは良い、というか……打ってないのが当然というべきか。

 

 しかし、代わりと言わんばかりに、うどん生地っぽいのをチネっていた。それはもう、もしかしたら某番組にゲスト枠でスカウトされるんじゃないかというくらいの精度と早さのチネリだった。

 

「チネリじゃねーか!?」

 

 あれよあれよという間にチネられたうどんの生地モドキが半分くらいになったところで、おたえはチネるのを止めた。

 そしてチネリ米を、おままごとで使うような茶碗にザッと入れて形を整える。

 

 そこまで呆然としながら見たところで、有咲の肩が香澄に引っ張られた。

 

「だからレベルが違うって言ったんだよ!?」

 

「確かに、今のおたえは……マズイ」

 

 思った以上に深刻な事態だ。これは救急車を呼ぶべきだろうか。いや、それより黄色い新幹線か。

 有咲の脳裏には、咄嗟にそんな考えが過ぎる。混乱しているのは有咲も同じようだ。

 そんな事などお構いなく、おたえは作業の手を休めない。今度は残った半分を楕円形に整え始めた。

 

「有咲ぁ……!」

 

「有咲ちゃん!」

 

「正気に戻せるのは、もう有咲のツッコミくらいしか……!」

 

 3人の縋るような目に圧され、有咲は無けなしの勇気を振り絞って、おたえに近付いた。

 

「お、おたえー…………」

 

 へんじがない。

 

「おい、おたえ?」

 

 へんじがない。いつものおたえのようだ。

 

「おい!」

 

 ガッと肩を掴んで揺らし、そこでようやく気がついたらしい。おたえはキョトンとした顔で有咲を見た。

 

「…………有咲の教室は隣だよ?」

 

「間違えた訳じゃねぇよ!!」

 

 正気に戻ってもコレである。優人は良く、こんなのを受け止めてるよなと有咲は内心で感心した。

 

「あ、もしかして私が間違えてた?」

 

「そっちでもねぇ!」

 

 有咲は咳払いをしてから、うどんの生地っぽい白い物を指さした。

 

「お前、それなんだよ?」

 

「何って、見て分からない?」

 

「……うどん」

 

「有咲って、時々変な事言うよね」

 

「てめっ…………じゃあなんだよ」

 

 お前にだけは言われたくない。そんなツッコミをすると話が進まなくなりそうなので、怒りと共に飲み下して続きを促した。

 

「どこからどう見ても粘土じゃん」

 

「粘土ぉ?」

 

 粘土、ねんど。clay……粘土って、つまり粘土だよな?混乱した有咲の脳内に粘土がリフレイン。

 

「なんで粘土なんか……」

 

「今日は課題の提出日だから」

 

「……それと何の関係が?」

 

「今作ってるの」

 

「忘れただけかよ!」

 

 だから、こんな早朝から淡々とうどんを打つように粘土を捏ねてチネって……

 

(いやいやいや、なに納得しかけてんだ私。それにしたって色々とおかしいだろ)

 

 自分自身にツッコミを入れている傍ら、おたえはカバンの中をゴソゴソと漁って何かを机の上に置いた。

 ゴトッと重たい音を出したそれは、やけに本格的なハンバーグプレートだった。

 

「食いしん坊かぁ!!」

 

 渾身のツッコミが、朝の花咲川女子学園に響き渡った。

 

 花園たえ作『ハンバーグと大盛りご飯』

 

 これ、美術の提出用課題である。

 

 

 

 

「一時はどうなる事かと思ったぁ……」

 

 課題も完成して、余った粘土で遊ぶ事にした5人。椅子を持ってきて粘土をぐにぐにしている。

 

「いや、本当にね。おたえには毎回驚かされるよ」

 

「りみりん凄い、本格的なチョココロネだ!」

 

「えへへ。そう言う香澄ちゃんは……ランダムスター?」

 

「あったりー!」

 

 りみはチョココロネ、香澄はランダムスター、沙綾はドラムセットらしきものを作り、有咲は雪だるまっぽいのを複数作っていた。

 

「それで、おたえのは……」

 

 おたえの手元にある粘土は丸かった。他に特徴は無い、ただただ丸かった。

 

「……なに、これ?」

 

「当ててみて」

 

「いや当てろって……こんなヒントも何も無い丸で、何を作ったっていうんだよ」

 

「ヒント、私に関係があるよ」

 

 全員が真っ先に思い浮かべたのは、やっぱりウサギだった。

 おたえといえばウサギ。それは、おたえを知る者なら共通して頭に思い浮かぶ、トレードマークのようなものと言って良いだろう。

 

「あ、分かった!アンゴラウサギだ!」

 

「アンゴラウサギ……確か丸いウサギだよな?実物は見た事ないけど……」

 

「丸くて……」

 

 丸い。全員が舐め回すように、おたえが作った丸を見て、そして頷いた。

 

「そうでしょ、おたえ!」

 

「ううん。これ大福だけど」

 

「うえっ?」

 

「ちょっと待てぇい!?」

 

 ビシッとスナップの効いた手まで添えたツッコミだった。渾身の回答だったからなのか、香澄も思わず変な声を出す。

 

「うさぎを作れよ!!なんで大福作ってんだよ!」

 

「有咲。私が四六時中うさぎの事を考えてると思ってない?」

 

「違うのか?!」

 

「合ってるけど」

 

「ならなんで聞いた!!?」

 

 バンバンバンと机を叩く有咲。抑えきれずに迸る感情の波が垣間見える。

 

「でもほら、私と言えば食べ物だよ。お腹減った」

 

「おたえと言えばウサギだろぉ!?」

 

「じゃあ丸まってるウサギで良いよ」

 

「じゃあって何だよ!じゃあって!?」

 

 

「大福……これ、大福……?」

 

 花咲川女子学園の、平和な朝の一幕だった。

 



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サブリミナルおたえ


なにがサブリミナルかと問われたら分からないけど、とにかくサブリミナル。
暑いですが、アイスの食べ過ぎには注意しましょうね



 

「きょーは練習ッ♪」

 

「でもその前に」

 

「「レッツゴーパン屋!ゴーゴーパン屋!」」

 

 ずんちゃっずんちゃっとリズムを取りながら、謎の歌を歌って歩く香澄とたえ。クソ暑い日に肩を組んで歩く姿は、誰がどこからどう見ても変人にしか見えない。

 

「……あんなのと一緒のバンドを組んでる気分はどうだ?」

 

「正直、今すぐ他人のフリしたい」

 

「おたえちゃんも香澄ちゃんも元気だよね……こんなに暑いのに」

 

 学校帰りに沙綾を除くポピパメンバーと合流して、俺達は山吹ベーカリーへと向かっている最中だ。たえと香澄が無性にパンが食べたくなったらしい。

 どうせ山吹ベーカリーに向かうならと、沙綾は一足早く戻って店の手伝いをしているんだとか。りみから聞いたから間違いはないだろう。

 

「半袖でも暑いって、最近の気候はどうなってんだか」

 

「暑いよね。ところで優人、アイス食べたい?」

 

「うわビックリした」

 

 さっきまで香澄と肩組んで歩いてた筈なのに、サラッと会話にたえが加わる。本当に間近に顔があって、思わず一歩引いてしまう。

 そんな俺の様子に、たえは露骨に落ち込んだ表情と共に肩をガックリと落とした。口で「ずーん」なんて効果音まで付けている。

 

「今の反応で私は傷付いた。もうお嫁に行けない」

 

「そりゃ、もう行ってるもんな」

 

「有咲、正解。この問題を正解した有咲には香澄に抱き着かれる権利をあげよう。香澄、ゴー」

 

「ありさーっ!」

 

「それ権利じゃなくて強制じゃねーか!?ええい、香澄もくっつくんじゃねぇ!唯でさえ暑いのに、抱き着かれるとか冗談じゃねーっての!」

 

「有咲、顔真っ赤だよ」

 

「暑いんだよーーっ!!」

 

 止める間もなく市ヶ谷さんは香澄に飛びつかれ、りみや俺はいかにも暑そうな女子の絡みを見せられる。これは何の拷問だ?

 

「見てるだけで暑いって、こういう事を言うんだな……」

 

「有咲ちゃんも香澄ちゃんも元気だなぁ……私、そんな元気ないのに」

 

 そんな様子を5分くらい見せられた後、ぜぇぜぇと息を切らした市ヶ谷さんと香澄の相手をりみに頼み、俺はたえの相手だ。

 

「話を戻すが、こんなに暑いとアイスは食べたくなるよな。まあ、この近辺にコンビニなんて無いけど」

 

「コンビニ?」

 

 たえは訳が分からないと言いたげに首をかしげた。しかしすぐハッとしたかと思うと

 

「……優人って、結構贅沢なんだね」

 

「なんでさ」

 

 コンビニの単語を出しただけで、どうして贅沢認定されなきゃいかんのか。安いアイスって1本100円もしなかっただろ。

 

「でも仕方ないから、今日は私が奢ってあげよう。みんなの分もね」

 

「えっ!?おたえ本当?!」

 

「本当、本当」

 

「やったー!」

 

 やれやれと首を左右に振りながら堂々の奢り宣言。香澄は無邪気に喜んだ。

 

「いったいどんな風の吹き回しだ?」

 

「今日は暑いからね」

 

「…………まあ、奢ってくれるんなら貰うけどさ」

 

 何を思ったのかは知らないが、貰えるのなら貰う。市ヶ谷さんも同様の結論に至ったようで、「……まあ、いいか」なんて呟いていた。

 

「でもおたえちゃん。全員分のアイス買ったら高くない?」

 

「心配ナッシングだよりみ。全員で食べられる量を買うから」

 

「ボックスタイプか。それなら全員で分けられるな」

 

 そこでふと思ったが、一番安いアイスを個別に買うのとボックスタイプを一つだけ買うの。この場合はどちらが値段的に安く済むんだろうか。

 そんなどうでもいい事を考えながら、俺達は道を一旦横に逸れてコンビニへ。この近辺には無いが、商店街の入口近くにあるので遠い訳でもない。

 

「はっくしゅん……気温差がヤバくて風邪ひきそう」

 

 コンビニ入店早々、市ヶ谷さんはくしゃみと共にそう言った。確かに、汗ダラダラな状態で冷房ガンガンな店内に入ったら、その瞬間に汗が冷却されて風邪をひきそうだ。

 たえも寒いのか、くしゃみを2回、3回くらい連続でやっていた。

 

「へっくし、へっくし……へっくしゅん」

 

「おいおい。平気か?」

 

「寒い。優人、あっためて」

 

 そう言うなり、たえが左腕に抱き着いてきた。ぎゅっと身体が密着して、汗のせいか濡れた制服が腕に貼り付く。

 しかしコイツは、人前だというのに随分と躊躇いなく、かつ自然に抱き着いてきやがって……自分が人目を引く容姿をしている事を自覚しているのか?

 

「……まあ良いけど、あったまったら離れろよ」

 

「なんで?」

 

「なんでって、この場面を誰かに見られて噂とかされたら恥ずかしいし……」

 

「乙女か!」

 

 いや、だってこの場面見られると洒落になんないんだって。クラスのポピパファン、特にたえファンの友達とかにバレたら殺されかねん。

 …………そういえば、よく今までクラスの連中にバレないで来れたよな。

 

「まあそれは置いといて、ささっとアイス買って山吹ベーカリーに急がなきゃ。練習時間は有限だろ?」

 

「そうだね。じゃあ、みんなは待ってて」

 

 たえは頷いたかと思うと、一目散にアイスの方へと歩き始めた。…………俺と腕を組んだまま、半ば俺を引っ張るようにして。

 

「あ、俺も行くのね」

 

「行ってらー」

 

「……いいのかなぁ?」

 

「気にすること無えって。おたえが自分から言ってきてくれたんだし、素直に貰おうぜ」

 

 りみと市ヶ谷さんの声が遠ざかる。店の奥へ進みながら、横を歩くたえを見た。やはり外は暑かったのだろう、首筋が汗で煌めいている。

 

「最近暑いよね」

 

「オッちゃん達もヘタってなかったか?」

 

「ううん。まだまだ若いモンには負けないぞーって感じで元気だよ。もちろんユウトも元気」

 

「マジかー……俺とは大違いだな」

 

 うさぎのユウトは元気らしい。連日の猛暑でヘタってる俺とは大違いで、その体力が羨ましいと思った。

 ……まさか、うさぎに羨ましいと感じる日が来るとは思わなかったな。

 

「優人も元気だよね?」

 

「俺は暑さに参ってるから違う。うさぎほどの元気は無いんだ」

 

「…………?でも、昨日は結構──」

 

「で、何を買うんだ?個人的にはこの棒アイスとかオススメだけどな。値段も安いし!」

 

 いきなりドデカい爆弾を放り投げてきやがった、たえの言葉を途中で遮るようにアイスの箱を目の前に掲げて見せた。

 

(──いきなりなんて事を言い出しやがるんだコイツは?!)

 

 公共の場だとか、そういう意識は無いのか?

 冷や汗がドッと吹き出すのを感じながら、俺は話の強引な修正を試みた。

 

「それも悪くないけど……」

 

 それは功を奏したようで、たえは話を戻してアイスへと目を向ける。どうにか誤魔化せたと安堵の息を吐いていると、俺の手からアイスの箱が取り上げられた。

 

「戻すのか」

 

「うん。やっぱりアイスっていえば、これかなって私は思うんだ」

 

 棒アイスの箱を元の場所に戻しながら、それを手に取った。

 

「ほうほう、たえの中ではそれがアイスなのか……俺には全くそうは見えないんだけどな」

 

「でも、ちゃんとアイスって書いてあるし。それに涼しくなりたいだけなら、これが一番いいんだよ」

 

「…………俺は先に香澄達の所に戻ってるから、会計済ませてこい」

 

 近くにあったカゴにアイスを入れて、たえはそのままレジへ向かう。それを見送ってから、俺は一足先に香澄達の元へ戻る事にした。

 

「あれ、おたえは?」

 

「会計中。香澄は?」

 

「同じく。グミが欲しくなったんだとさ。ほら、稀に星型が入ってるグミあるだろ?あのグミ、今は星型が出やすくなってるらしくて」

 

「釣られたのか」

 

 香澄は星型に滅法弱いからなぁ……。自分の髪型すら星だし、たとえグミでも堪らないものがあるのだろう。

 

「それで、おたえちゃんはどんなアイスを買ってたの?やっぱり無難に棒アイスとか?」

 

「ああ、それな……一言だけ言えるのは、ツッコミの用意をしておけって事だけだ」

 

「えっ」

 

「おいおい待てよ。此処はコンビニだぞ。おたえがエキセントリックな嗜好を発揮する余地なんて何処にもないだろ?」

 

 りみが言葉を詰まらせ、市ヶ谷さんが反論する。確かにコンビニはスペースが限られているから、売れなさそうな変な物は並ばない傾向にあるだろう。

 だから、たえがマトモな物をチョイスするはず……などと考えるのは、正直たえをナメているとしか思えない。

 

 たえがたえたる由縁は、間違いが起こらなさそうなシーンで間違いを起こす事なのだから。

 

「でもまあ、ちゃんとアイスだから安心しろよ。りみでも食べられるだろうし体は冷える」

 

「優人がそう言うんなら、取り敢えずは問題無さそうだけど……おたえの奴、何しやがったんだ?」

 

 たえが会計を済ませるのを待つ。待ってる間に冷房が汗を急速に冷やしたせいで、ぶるりと全身に鳥肌がたった。

 

「お待たえ〜」

 

「お待たせー!」

 

「やっと来たか。急ぐぞ、きっと沙綾も待ってる」

 

 時計を見れば、もうそれなりの時間。ちょっと時間を掛けすぎたみたいだ。

 

「……で、この炎天下にまた出ると」

 

「今すぐコンビニに引き返したくなった……」

 

「夕方になったら気温も下がると思ったのにな……ふらふらする〜」

 

 コンビニから外に出た俺達を待っていたのは、また地獄だった。空から降り注ぐ太陽の光と、下から来る熱のダブルパンチは、冷房で回復した体力を一気に奪い去っていった。

 

「おたえ、アッイス!アッイス!」

 

「分かってる。ちゃんと皆が食べられる量はあるから」

 

 ぴょんぴょんとたえの周囲を跳び回る香澄は、相当アイスを楽しみにしているみたいだ。たえがごそごそと袋からアイスを取り出そうとしている姿に、りみや有咲からの注目が自然と集まる。

 

「はい、アイス」

 

 そして取り出した物を見て、俺を除く3人の顔が引き攣った。

 

「………………」

 

「…………お、おたえちゃん?あの、これって」

 

「アイスだよ」

 

「そうだな。ロックアイスだな」

 

 ……………………

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「ただの氷じゃねーかよっ!!」

 

 再起動した市ヶ谷さんが吼えた。

 たえが買っていたのはロックアイス。コンビニでも売っている、要は唯の氷。

 

「でもアイスって書いてあるし、これもアイスだよ」

 

「それは!……くっ、奢ってもらう立場だから何も言えねぇ……!」

 

「?」

 

 ガリガリと氷を頬張っているたえの姿に、俺達は何も言えずに顔を見合わせた。

 

「……考え方を変えよう。突き詰めればアイスも氷だし。アイスって表記は氷菓子だから、これも実質ハー○ンダッツみたいなもんだよ、うん」

 

「……その誤魔化しには無理がないか……?」

 

「とっ、とりあえず食べようよ。おたえちゃんの奢りだし……」

 

「おたえー……」

 

 そして、誰からともなく順番に氷を取って口に入れた。

 

 …………冷たい。

 

 

「それで、おたえがそんなの抱えてるんだ」

 

 山吹ベーカリーで合流した沙綾は、たえが持つ袋の中のロックアイスを見て納得したように言った。

 

「優人の言ってた事が理解できた……まさかコンビニですら、こんな事になるなんて」

 

「いちコロネー、にコロネー、さんコロネー?」

 

「ほら、たえも買ってこいよ。そのアイスは俺が持ってるから……たえ?」

 

 たえは何故かジーッとパンを取る専用のトングとお盆を手に取って交互に見比べていた。

 

「このトングでパンを挟んで……そしてこのお盆に載せていく、と……」

 

 そんな事を呟いてから、たえは沙綾の方を向いて言った。

 

「…………ハイテクだね」

 

「ローテクだよ」

 

 ツッコミを入れながらアイスの入った袋を持つと、たえはパンを求めて店内をふらつき始めた。

 

「今日は香澄とおたえも買うんだ」

 

「なんか食べたくなったんだとさ」

 

 珍しいという気持ちが言葉に乗った沙綾と2人を見ていると、なんだか俺もちょっと食べたくなってきた。

 

「うーん……どれも美味しそうで決められないなー。さーや〜、オススメってあるー?」

 

「どれもオススメ……って言うと身もふたもないか。ちょっと待って。ええっと、香澄にオススメなのは……」

 

 沙綾が香澄の相手をしている間、たえが何を選んだのか気になって近寄ってみると、デフォルメされた動物の顔を象ったパンを選んでいた。

 

「この動物パン。ハムスターだよね」

 

「ああ、そうだな」

 

 このヒゲといい、耳といい……

 

「……それ、ハムスターじゃなくて猫じゃね?」

 

 沙綾にさり気なくアイコンタクトで確認を取ってみると、頷きが返ってきた。

 

「ハムスターだよ。だってほら、この辺とかがハムスターって感じするし」

 

 下顎の辺りをトングで指して主張するたえ。俺にはハムスターらしさがサッパリ分からないのだが、たえからすればそうなのだという。

 

「…………そうか。そうだな、うん、ハムスターだ」

 

「負けんなよ」

 

「市ヶ谷さんは子供に現実を突きつけろと申すか」

 

 こんなキラキラした目をしているのに、現実を突きつけて輝きを曇らせるなんて鬼畜な真似は俺には出来なかった。

 



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お待たされたえ


最近になって気がついたんですが、結婚という行為は相手を死ぬほど愛した末に行き着く結論だと思うんです。で、死ぬほど愛するというのは、つまりヤンデレ。ということは、この作品のおたえはヤンデレという事になるんじゃないでしょうか(錯乱)



 

「いつ来ても混んでるよな、ここ」

 

「そりゃそうさ。なんたって此処は、ガールズバンドファンの聖地なんだからな」

 

 この前は予定があったから行けなかった友達のショップ巡りに今日は付き合っている。とはいっても放課後を使うから、回れるのは2、3軒がせいぜいだ。

 そして今は時間的に最後の場所。俺がここに来るのは10回を超えるか超えないかくらいの回数だが、人の多さには未だに慣れない。

 

「聖地ねぇ……」

 

「そうそう」

 

 ガールズバンド専門ショップ"SKY(スカイ)"。

 殆どのガールズバンドのグッズを取り扱っているらしく、誰が呼んだか"ガールズバンドファンの聖地"と名高い場所だ。

 

 メジャーなのからマイナーなのまで、幅広く扱っているのが特徴の、この一帯で最大の専門ショップである。

 グリグリは勿論、ポピパやAfterglowなんかも当然のように扱っている。

 

「さ、ポピパのエリアはこっちだぞ」

 

「はいはい」

 

 友達に誘われるままホイホイと着いて行くと、そこにはポピパのアイテムが置いてあるエリアに到着したのだ。ウホッ、いいバンド……なんて茶番はいいか。

 とにかく圧倒される量だ。何度も見てる筈なのに、なんか凄いという感想しか出て来ない。

 

「さーて、新しいブロマイドとかは入荷してるかなっと……」

 

 真剣な眼差しで見渡し始めた友達は置いておいて、俺も少し見てみるとしよう。大量のブロマイドから、たえが写っている物だけを見てみる。

 

(アリスみたいな衣装、サイバー感のある衣装、うさぎパジャマ……知らないうちに結構な枚数を撮って、うさぎパジャマ!?)

 

 確かに前から、こういうのを撮っているらしいという話は聞いていたが、それにしても量が多い。たえだけでも相当数、ポピパ全体となれば尚更だ。見ていないが、きっと他のバンドも似たり寄ったりだろう。

 

 それにしても、写真とはいえ、こんなに沢山のたえから見られていると……なんか変な事を考えてしまうな。

 そう例えば、このブロマイドの種類だけ、たえが増殖するとか……

 

 優人ー

 

 たえが1人……

 

 優人ー

 

 たえが2人……

 

 優人ー

 

 たえが3人……

 

 ゆうとーゆうとーゆうとーゆうとーゆうとーゆうとーゆうとーゆうとーゆうとーゆうとー

 

 たえが沢山…………

 

 

「…………この世の終わりだ」

 

 たえ、なんて恐ろしい奴だ。まさか想像の中ですら侵食されるとは思わなかったぞ。

 

「お、あったあった!」

 

「何が?」

 

「新しいブロマイドだよ、ほら。しかもラス1だ、運が良いな」

 

 たえファンな友人が、嫌な想像を振り払っている俺に見せてきたのは、さっき見たような気がする衣装を着た、たえの姿が写ったブロマイド。

 

「……何が違う?」

 

「良く見ろ。まず色んな所が豪華になってるし、服の袖も違う。ヘッドフォンだってパワーアップしてるし、前には無かったウサギの耳を模した飾りが付いてるだろ」

 

「お、おう」

 

 ヤバい、地雷踏み抜いた。この手の話題は禁句だと分かっていた筈なのに、盛大にやらかしてしまった。

 

「それ以外にもまだあるけど、俺が注目したのは──」

 

「そ、それより!買うのはそれだけで良いのか?」

 

「ん?ああ、そうだな…………めぼしい物は、これくらいかな」

 

 長くなりそうだったので、多少強引に話を切ってしまう。それにしても、辺り一面にグッズがあるのに"めぼしい物はこれくらい"なんて言える辺り、筋金入りのポピパファンだと思わずにいられない。

 

「優人はどうするんだ?」

 

「なにが」

 

「何か買うんだろ?」

 

「あー…………」

 

 確かに店に来て何も買わないというのは少し違う気がする。だが、かと言ってペンライトとかシリコンバンドを買うのも……もう持ってるし。

 

「……ん?これは……」

 

 そんな俺の目に留まったのは、カードゲームのパックのような包装がされた物。見てみると、どうやらブロマイドがランダム封入されているらしい。

 

「ああそれ?それは見ての通り、ブロマイドがランダムで出るパックだよ」

 

「そんな事して売れるのか?だって……」

 

「本来はブロマイドって、そうやって売られてるんだぜ?」

 

 ……ますますカードゲームみたいじゃないか。しかも新規のブロマイドが出る確率なんて分からないし、中々悪どい商売だ。

 

「俺が見つけたブロマイドは多分新規の奴。ここは人の出入りが激しいから、見つけられたのは非常に幸運だ。これも日頃の行いかな」

 

 まあ新規だから値段は高いけど。なんて言う友達の言葉を聞き流しながら2つ手に取る。値段は3枚入って450円と少々お高めだ。

 

「そっちを買うのか?オススメはしないけど……それともアレか、夢を追うタイプか」

 

「夢って?」

 

「パックからは稀にサイン入りのカードが出るんだよ。まあサインって言っても、本人が書いたのを型にして金箔で再現した奴だけど……ほら、あれがそうだ」

 

 指さされた先にあったのは、ショウケースに入った香澄のブロマイド。確かに金箔でサインが刻印されている。値段は……数えるのもアホらしいくらいだ。

 

「あんな感じで値段が跳ね上がる。もちろん滅多に当たらない」

 

「分かんねー……」

 

「分かれとは言わないけど、そういうもんなんだよ」

 

 2パックで900円。普通に高い。

 

「開けてみろよ」

 

「はいはい」

 

 この手のパックは開ける瞬間が1番楽しみだよなと考えながら開封。このワクワク感は他では味わえない。

 

「えっと、まずは……お」

 

 昔のステージ衣装の沙綾が出てきた。

 

「当たり?」

 

「俺は何十枚もある。でも一枚目からそれは幸先いいな。一応レアだし」

 

「ほーん」

 

 そんなもんなのかと思いながら2枚目。今度は新しいステージ衣装の市ヶ谷さん。

 

「次は?」

 

 次を急かされて3枚目。浴衣でギターを弾いている、たえのブロマイドが出た。

 

「おお、ポピパックか」

 

「なんだそれ」

 

「ポピパのメンバーしか出なかったパックの事を俺はそう呼んでる」

 

「その言い方だと他のバンドも混ざるのか?」

 

「当たり前だろ」

 

 運が良かっただけか。しかしそうなると、次のパックからは別のバンドメンバーも出るんだろうな。

 そんな覚悟を持ちながら2パック目を開封。さて、次は……

 

「これは……」

 

「ノーマル。ハズレ枠だな」

 

 ……全裸ミッシェルが入ってるなんて聞いてないんだけど、しかも投げキッスかましてる奴。

 友達は何故真顔でコレを見れるんだちょっと笑いそうになった俺が異端みたいじゃないか。

 

「次だ」

 

 見てるとSAN値が削られそうな全裸ミッシェルから逃れるように2枚目を確認する。

 

「ミ、ミッシェル……」

 

 またもミッシェル。しかもセクシーポーズ取ってる。

 

 思わず友人の方を見た。すると、友人は

 

「ほ、ほら。一応当たりだから……」

 

「なんで目を逸らしてんだオイ。こっち向け」

 

 ……笑いを堪えていた。

 

「とっ、とにかく次だ。ラストなんだし、スーパーレアとか出せよ」

 

「出せたら出してるっての」

 

 地獄みたいなミッシェル祭りを乗り越えた先にある3枚目。せっかく900円も出したんだから、ここらで何か友人を唸らせる物が出てくれると嬉しいんだが……

 

「こっ、これは……」

 

 何故かサタデーナイトフィーバーのポージングをしたミッシェル。さっきからポーズおかしいだろ、撮影班は何でコレでOK出した。

 しかし何より目を引くのは、ハンコみたいなミッシェルのサイン。金箔の模造品だが、サインはサインだ。

 

「喜べ、大当たりだ」

 

「そんな真顔で言われても……」

 

 まさか3枚目までミッシェルとは思わなかった。しかも相当な当たりっぽいのがまた何とも言えない。

 友人も反応に困ったのか真顔なのにフフッて笑いやがる。

 

「いやでも実際凄いぞ。しかもコアなファンの多いミッシェルのだし、買取額もそれなり以上だった筈だ」

 

「俺達まだ未成年だから、親の承諾無いと売れないけどな」

 

 しかも母さんの事だから、間違いなく対価を要求してくる。ジュースの1本は奢らされると見た方が良いだろう。

 ……我が親ながら、抜け目ないなと別な意味で尊敬してしまうよ。

 

「しっかし、まさか900円で当てるとはな。お前、実は相当な豪運を持ってるんじゃないか?今度は俺の代わりに、花園さんのサインブロマイドを是非当ててくれ」

 

「嫌だよ。まったく、そんな豪運をコレで使い切ってなければ良いんだけど……お?」

 

 マナーモードのスマホがポケットで震えている。この時間に電話を掛けてくる奴なんて、大体は隣の友人か、あるいは……

 

「悪い、ちょっと電話」

 

「おう」

 

 表示されているのは"たえ"。大体の場合は、この2人だけだ。

 

「もしもし」

 

 《優人、今どこに居る?》

 

「SKY。なんだ、もう迎えに行くのか?」

 

 確か今日は、近日に迫ったライブの為に結構な時間まで練習に打ち込む予定だった筈だが、もう切り上げるのか。

 

 《うん。お願いできる?》

 

「別に構わないけど、何処にいるんだよ」

 

 《駅前》

 

「おい」

 

 ちなみにSKYから駅までは、およそ10分くらいである。たえは既に駅前に居るらしいから、10分は待たせる事が確定した瞬間だった。

 

「……まあいいや。すぐ行くから待ってろよ」

 

 《うん、待ってる》

 

 通話を切って友人の所へ戻る。友人はスマホの画面を見て、何やらやっているようだった。

 

「悪い。もう帰らないと」

 

「あー、もうそんな時間か。お前も大変だな、高校生にもなって門限なんて」

 

 コイツはきっと、今の電話が母さんからだと思ったのだろう。あからさまに同情が篭った目を向けられた。

 

「悪いな、お前も早く帰れよ」

 

「気にすんな。もう少ししたら帰るさ」

 

 やけにニヒルに笑った友人と別れて、駅前までダッシュで向かう。俺が駅前に着いた時には、たえは待ちくたびれたのか既に改札を通り過ぎて、構内のベンチで座っていた。

 

「わ、悪い……遅れ、た……」

 

「ううん。今来たところ」

 

「おま……それは、嘘、だろ……」

 

 ベンチに座って息を整えていると、たえは水筒を俺に渡してきた。

 ……飲めという事だろうか。

 

「はいこれ」

 

「……くれるのか?」

 

 しかし、受け取った水筒は軽くて、何だか中身が入っていないような気が……

 

「持ってて」

 

「ああ……はいはい」

 

 まあそんな訳ないよな。

 俺が水筒を持つと、たえはカバンの中を漁り始めた。

 

「うーん。確か、この辺りに……」

 

 あーでもない、こーでもないと中を引っ掻き回すこと暫し。ようやくお目当ての物を見つけたらしい。

 

「あったあった。はい優人、これと水筒を交換」

 

「いや、交換って……え?」

 

 たえが渡してきたのは折り畳まれた白い布だった。ハンカチにしては相当な大きさだし、一体何なんだ?

 俺は正体を確かめる為に布を広げてみる。そして、その正体を理解した俺は頬を引き攣らせた。

 

「おい、たえ。これって……」

 

「うん。優人の肌着」

 

 ……たえが今言った通り、折り畳まれた白い布は俺の肌着だった。

 

「待て待て待て。なんでお前が持ってるんだ」

 

「家の洗濯物に紛れてたから」

 

「渡すタイミングを考えろ!」

 

 急いで畳んで、カバンの中に放り投げておく。いきなりの珍事態の対処に慣れてしまったのは、たえとの付き合いが長いからだろう。

 

「家で渡してくれれば良かったのにさぁ……」

 

「忘れそうだったから。やる事も多いし」

 

 来た電車に乗り込みながら、たえはそんな事を言っていた。偶然空いていた席に2人で座りながら、俺は窓から外を見る。そして言った。

 

「ギターの練習とか?」

 

「それもあるよ。けど、今回は私がライブ会場を押さえたりとか、色々しないといけないから」

 

「ふーん……」

 

 暑さでぼんやりした頭を車内の冷房で冷やしながら、珍しい事もあるもんだなと思いつつたえを見た。

 

「俺も手伝うよ」

 

「いいの?」

 

「こういう時に力にならないでどうする」

 

 前に向き直って俺は目を閉じる。肌着が汗でベッタリくっついて気持ち悪いのを感じながら、降りる駅に着くまでそのままでいた。

 

 

 お互い疲れていたのか、その後は暫く無言で時が過ぎた。次に話が始まったのは、電車から降りて住宅街の道を歩いていた時だ。

 

「…………ねえ優人」

 

「どした」

 

「今夜、そっちで寝ていい?」

 

「別にいいけど。なんだ、また寂しくなったのか?」

 

「そんなとこかな」

 

 たえが変な意味ではなく普通に2人で寝たい時は、大体は寂しくなった時だった。

 普段はそう見えないが、ポピパの中で1番人肌を恋しく思っているのは、たえであろう事を俺は薄々感じていた。

 

 このような出来事は不定期に、かつ突発的にやってくるものの、俺達の日常に組み込まれる程度には繰り返されている。

 

「待ってるから、好きなタイミングで来いよ」

 

「じゃあ今から行くね」

 

「メシと風呂はどうする気だ」

 

「お風呂はそっちで入ろうかな。優人と一緒に」

 

「もうガキじゃないんだから……」

 

 このやり取りも、もう飽きるくらい繰り返したものだ。細部は変わったものの、俺が好きなタイミングで来いと言うと、たえが今から行くと答えるのは変わっていない。

 

「でも、夫婦の営みってそういうものだよね?」

 

「違うだろ。少なくとも、母さんと父さんが一緒の風呂に入ってたなんて聞いたことないけどな」

 

「あれ?でも、この前の出張の時に夫婦で入ったって聞いたけど」

 

「………………」

 

 だからなんで、母さんは自宅じゃなくて花園家でそういう話をするんだろうか。

 




作中のブロマイドは、我々で言うところの特訓後のイラストが主です。たまに特訓前もありますが。


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セミ真っ盛り


前の話を投稿してから、結構なペースでお気に入り者数が増えてて不思議に思ってたんですが、なんと日刊ランキング8位に居てビビりました。こんなのが載って良いのかよぉ!?

お気に入り700人超に加えて投票者48人。しかも真っ赤というのは、皆さんの応援とおたえというキャラのお陰です。
ありがとうガルパ、ありがとう皆さん。

そして世におたSSのあらんことを



 

 ごろーん、ごろーん、ごろーん

 

「みーーんみんみんみーーー〜〜〜ん」

 

 たえがころころとベッドの上で転がっている。俺の枕を抱え、毛布を巻き込んで転がり続けている。

 

「…………何してんのさ」

 

「みんみーん……なにって、セミのモノマネ」

 

 朝起きて、ちょっと目を離して洗面所から帰ってきたらコレである。たえは動きを止めずに、なぜかコブシを効かせながらベッドの端で引き返す、という動きを延々と繰り返していた。

 

「本当にセミのモノマネなのか?」

 

「そうだよ」

 

「だったら、なんでそんな勢いよく転がってるのか説明しろ」

 

「それはダンゴムシだからだよ」

 

「日本語を話せ」

 

 朝っぱらから元気なようだ。まあ、たえは早朝ランニングを日課にしているし、朝から元気なのも当然なのかもしれないけど。

 

「んー?」

 

「……まあ、いいや。ちょっと止まってくれ、俺も座りたいから」

 

 ピタッと動きを止めたたえの横に座ると、たえは俺の身体を掴んでゆっくりと起き上がってきた。

 

「あ、ふらふらする」

 

「そりゃ、あんだけゴロゴロしてたらな」

 

 危なっかしくゆらゆらしているので、仕方なく抱き寄せてたえが落ち着くまで待つ。たえは借りてきた猫のように、されるがままだ。

 

「優人、今日は暇なの?」

 

「今日は家で1人人生ゲームでもしようかと」

 

「暇だね。じゃあ付き合って」

 

 ボケをバッサリ叩き切られ、俺は無言で肩を落とした。こいつ、自分は散々(無自覚とはいえ)ボケるくせに、他人のボケは結構な頻度で叩き切ってくる。

 

「……ま、いいけど。付き合うって、何処に?」

 

「有咲の家。勉強にね」

 

「明日からテストだしな……クソが」

 

 テスト前の恒例行事となりつつある、市ヶ谷さんの家での勉強会。それぞれ得意不得意があるから、得意なものを教え合うという形式になっている。

 ……一部例外は居るけどな。香澄とか香澄とか、後は香澄とか。

 

「そんなにテスト嫌?」

 

「たえだって嫌だろ?」

 

「別に、嫌いじゃないよ」

 

 もうふらふらしないらしく、たえはしっかり座れている。一緒に窓から青空を見ながら俺が思うのは、今日も暑くなりそうだ、だった。

 

「ホントかよ」

 

「うん。だって、テストの日って午前中で終わるから練習時間も多く取れるし」

 

「そっちかよ。そっちなら俺も好きだよ」

 

 というか、それぐらいのメリット無かったらやってられない。テスト自体は嫌いだが、テストのある日は好きだというのは、きっと多くの学生が同意してくれるところだろう。

 

「そっちって、どっち?」

 

「あっち。……ところで、市ヶ谷さん家に集合するの何時なんだ?」

 

「聞いてない。けど、みんな早く集まりそう」

 

「香澄とかは特にな」

 

 過去に何度か市ヶ谷さんの寝起きを強襲した事があると聞いているし、もう居ても驚かない。

 

「俺達も早めに出るか」

 

「そうだね。じゃあすぐに……」

 

「待て」

 

 この場で服を脱ごうとしやがったので、ガッと掴んで動きを止める。たえはクエスチョンマークを浮かべんばかりに首をかしげた。

 

「いや、その反応はおかしい」

 

「優人だし、別に良くない?」

 

「羞恥心って大事だろ」

 

「でも優人に隠し事なんてしたくないよ。世界で一番大好きだから、ありのままの私を見て欲しい」

 

 そういう事を、いきなり言うのは卑怯だと思う。準備できてないから反応に困るじゃないか。

 

「…………だとしてもだ」

 

「優人。もしかして照れてる?」

 

「いやまさか」

 

「ありがと。私も大好き」

 

「何も言ってねぇ……おい待て抱き着くな、頭なでるな、ベッドに押し倒すな!」

 

 思わず目を逸らしたスキに接近されて、抱き着きから頭なで、そして〆にその体勢のままベッドに押し倒された。

 たえは心の底から嬉しそうに俺に覆いかぶさって、暫くニコニコしていた。

 

 

 

 

 それから1時間くらい経ってから俺達は外に出た。

 

「出るのちょっと遅くなったね」

 

「許せ。最近、夏バテ気味なんだ」

 

 理由は簡単で、俺が飯を食うスピードが普段より遅かったというだけの話だった。最後の方は無理に詰め込むカタチになったし、それの所為で今は動きが遅い自覚がある。うっぷ。

 

「それにしても、やっぱ暑いなぁ……これじゃバテるって」

 

「もう少し、ファイト」

 

「……たえは何で、そんなに涼しい顔してるんだよ……?今日、過去最高の猛暑日とか言ってたんだけど」

 

 たえの今日の服装は麦わら帽子に白いワンピースに日傘のオプション付きという、どこぞの令嬢みたいなものである。見た目が良いから似合っているが、そんな服装でも今日は暑さを感じる日だ。

 そんな──確か35度に迫りそうな暑さの日だというのに、たえは俺の腕に身体を預けるようにくっついて離れようとしない。

 

 見たところ、たえは微妙に汗をかいているくらいで、それは酷暑日である今日には似つかわしくないくらいの軽さだった。俺は汗ダラダラだっていうのに。

 

「暑さ対策は万全だよ」

 

「にしても限度があるだろ。なんでだ、教えてくれ」

 

「ふふん、仕方ないなぁ。1度だけしか言わないよ?」

 

 俺の懇願に気を良くしたらしく、たえはドヤ顔で胸を張りながら、たえ流の暑さ対策を言った。

 

「氷を詰めたビニール袋を、いっぱい入れてるからね。服の中に」

 

 …………なるほどなるほど。

 

「アホか?アホだったな」

 

 どうやら、たえは暑さで頭がやられてしまったようだ。どうせなら、そのやられた頭に乗せていれば良かったのに。きっと似合っていただろう。

 

「むむっ。信じてないね」

 

「いや信じてるよ。信じてるから、アホかって感想が出た訳でな」

 

「ならいいや」

 

「おい」

 

 褒めてないっていうのに、いけしゃあしゃあと礼を言ってきた、たえにツッコミを入れながら足を早める。

 今は夏の暑さから、一刻も早く解放されたかったのだ。

 

「それにしても、そんなに涼しいなら、俺にも1袋分けて欲しいくらいだ」

 

「分けてあげよっか?」

 

「良いのか?」

 

「うん。ちょっと待って、はい傘」

 

 そう言って俺に日傘を持つように促してから、たえは徐にワンピースのスカート部分を捲り上げようとして……!?

 

「Freeeeeeze!Freeze means stop!」

 

 がっちり腕を掴んで止める。必死な形相をしているであろう俺とは反対に、たえは何処までも普段通りといった具合だった。

 

「どうしたの?急に英語なんて使って」

 

「やっぱいい、もういいから!」

 

 たえが羞恥心皆無な事を忘れていた俺の失策だ。事もあろうに、人がいないとはいえ道端で、スカートのたくし上げをやらかそうとするなんて。

 

「いいの?本当に?」

 

「いい、別に要らねぇ!」

 

 肝と背筋が冷えたからな、お前のせいで。

 そんな言葉を心の中で吐きながら、俺は回らない頭で話題の転換を試みる。

 

「とっ、とにかく、市ヶ谷さんの家に急ごうぜ。間違いなく俺達が最後だからな」

 

「そうだね。氷も溶けて温くなってきてるし、急ごっか」

 

「ああ…………ん?氷も溶けてって、もしかしてお前、さっき温い水の入ったビニール袋を押し付けようとしてたんじゃあ……」

 

「行こ」

 

 たえはいきなり走り出した。分かりやすすぎる誤魔化し方で、一周回って感心してしまいそうになる。

 

「おい待て、やっぱりそうなんだろ!なあ!」

 

 ちょっと走った後、夏の暑さにやられて自然と速度が落ちた俺達は市ヶ谷さんの家に辿り着いた。

 ポピパが何かをやる時は、大体が市ヶ谷さんの家で行う。そして市ヶ谷さんは全く拒まない。

 

 これだけ聞くと市ヶ谷さんが都合の良い女みたいだが、みたいじゃなくて実際にそうだと俺は思っている。悪い男に捕まるとダメなタイプだろう。

 

 

 ─ピンポーン─

 

 インターフォンを押してから、応答が来るまでに5秒、10秒、15秒……

 

「…………おう」

 

 夏の暑さと、恐らく香澄へのツッコミにやられた市ヶ谷さんが現れた。

 

「疲れてんな」

 

「そりゃ、こんなに暑いし。プラスで香澄の相手だぜ?察せ」

 

「大変だね有咲。氷いる?」

 

「これから原因の一端を担う奴が言うセリフじゃないよな……氷は貰う」

 

 たえは「わかった」と言った後、さっきと同じようにスカートをたくし上げた。

 俺は後ろにいるから見えないが、市ヶ谷さんからはモロに見えている事だろう。その証拠に、ほら、目をカッと見開いてる。

 

「な、なななな」

 

「35?」

 

「何やってんだーーっ!?」

 

「何って、氷を出してるの。はい有咲」

 

 たえがそう言って押し付けたのは、氷が溶けてベチョっとなった、どこからどう見ても水の入ったビニール袋だ。

 ……やっぱり、押し付ける気満々だったんじゃねーか。

 

「その前に、たくし上げを止めろ!しかもコレどう見ても水じゃねーか!?」

 

「冷やせば氷だよ?」

 

「そんなもん家にもあるってのぉ……しかも温いし」

 

「そりゃ、人肌で温まってたからなぁ……」

 

 バテているのかツッコミにキレが無い。市ヶ谷さんは疲れた様子でビニール袋を持ったまま、俺達を先導して蔵まで移動する。

 

「おたえとオマケが来たぞー」

 

「たえをぶつけるぞ貴様」

 

 

「お待たえ〜」

 

「おったえー!」

 

「おお……おたえがオシャレしてる」

 

「お嬢様って感じするね」

 

 たえの令嬢スタイルは好評のようである。見た目は良いという、たえの特徴を生かせるオシャレだからなのだろう。

 

 香澄、りみ、沙綾の3人の前には、テーブルに広げられた教科書がある。

 

「たえも送り届けたし、じゃあ俺は麦茶飲んで帰るから……」

 

「勉強はやってかねーの?」

 

「帰っちゃダメだよ優人」

 

 どさくさに紛れて帰ろうとしたら、服の袖をガッツリ掴まれた。

 

「放せ」

 

「だめだよ優人」

 

 振り向かない。もし振り向いたら、間違いなく引きずり込まれるのが目に見えているからだ。

 

「放せ」

 

「まあまあ麦茶飲んでいけよ」

 

「放せ。俺は家に帰って1人人生ゲームを楽しむんだ」

 

「アホじゃねーのかお前」

 

 市ヶ谷さんを引き剥がそうとする俺と、引き剥がされまいとする市ヶ谷さん。そしてゾンビみたいに足元に纒わりつくたえ。ぐいぐいと攻防が白熱していく。

 市ヶ谷さんに力は無いが、俺もバテ気味だからか、いつもより力が出ない。

 

「ええい、往生際の悪いヤツめ。香澄、優人を捕まえろ!」

 

「ラジャー!」

 

「なっ、香澄も使うなんて卑怯だぞ!?」

 

「勝てばいい、それが正義だ」

 

 飛びついてきた香澄とたえと市ヶ谷さんで3対1の構図が出来上がった。いくら何でも3人は分が悪い。

 

「3人に勝てるわけないだろ!」

 

「バカ野郎お前俺は勝つぞお前!」

 

 

「おたえちゃんも香澄ちゃんも、勉強やらなくて良いのかな……?」

 

「じゃれあいが終わったらやるよ、きっと。…………まあ、その前にバテる気がするけど……」

 

 りみと沙綾は俺達を尻目に、そんな事を話していたのだという。

 

 2人の言葉通りに俺達がバテて倒れるまで、あと2分。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 ぐぅ〜〜〜〜きゅるるるるる

 

「……お腹減ったな」

 

 勉強を続ける真っ最中に空気の読めない腹の虫が鳴り響いた。恐らく全員の集中力を削いだ下手人は、注目されているにも関わらず独り言を呟く。

 時間は12時50分。いつの間にか、お昼時の終わり際であった。

 

「もうこんな時間かぁ……」

 

「飯、食ってくか?今から帰って集まる時間も勿体ないだろ。もちろん、嫌なら帰っていいけど」

 

 以上、羞恥心で顔を真っ赤にした市ヶ谷さんの言葉だ。これがキャラ作りでなく、マジの天然なんだから世界は広い。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて帰らせてもらうわ」

 

「おたえ」

 

「夏の」

 

「ドーン!」

 

 市ヶ谷さんの一言で、たえが俺の両手を後ろ手に拘束して、膝の上に香澄が倒れ込んできた。流れるような美しいコンボ、これがポピパの絆パワーかと戦慄する。

 

「なんで帰らせてくれないんだ」

 

「優人は目を離すと、すぐに何処かで迷子になってるから」

 

「一応言っておくぞ。しょっちゅう迷子になってるのはお前で、そして勝手に何処かへ行くのもお前だからな?」

 

 たえからすれば、迷子になるのはあくまでも俺らしい。だけど一般人目線から見れば、たえの方が迷子で、俺は寧ろ保護者とかの扱いだ。

 

「常に私が付いてないと安心してお買い物も出来ないよ」

 

「それはひょっとしてギャグで言っているのか?完全にブーメランだからな、それ」

 

 というか、それは俺のセリフだ。たえの捜索に追われた結果、疲れ果てて買う物を買わずに帰った事が何度あると思っているのか。

 なお、たえは迷子になる前に自分の買う物は買ってある事が殆どだったりするので、損をするのは俺だけな事が多い。

 

「ふふふっ、だから私は優人が迷子にならないように監視するの。じーっ」

 

「暑いからくっつくな。そして肩に顎を乗せるな、それ地味に痛いんだぞ」

 

 後ろ手に拘束されているままなので、手で退けるという事も出来ない。立ち上がろうにも香澄が膝の上でバテている。

 こうなると、残りの3人に助けてもらうしか無いのだが……

 

「2人は放っておいてお昼ご飯にするか。香澄も行くぞー」

 

『はーい』

 

「おいおいおい」

 

 鮮やかに見捨てられた。誰もこっちを見向きもしない辺り、徹底されている。

 だが悪い事ばかりではない。市ヶ谷さんに呼ばれて香澄が膝の上から退いたから、これで立ち上がる事ができる。

 

「ちょっと待てお前らぁっ!?」

 

 急いで後を追おうとしたら足が痺れてっ!?

 ……地面に倒れ込んでしまった。たえを上にするように倒れたし、そもそも後ろ手に拘束されているから起き上がれない。

 

「え、ちょっと待て。マジで置いてけぼり?嘘だろ、おい!」

 

 たえが満足して背中から離れるまで、俺はたえを背中にくっつけたまま放置される事になる。

 

 

 そんなアクシデントの後、市ヶ谷さんのお婆ちゃんに市ヶ谷さん達が台所に居るのを聞き出して向かうと、4人は何かを話しているみたいだった。

 

「おう、遅かったな」

 

「お昼は麺類がいいかなって話になってるけど、2人もそれで平気?」

 

「誰のせいで遅れたと……夏バテ気味だから麺類は非常に嬉しい」

 

「いいよね、麺」

 

 夏バテ気味な時は麺が一番だよ。なんて言って、たえも頷いていた。

 

「麺といえば、この近辺で流しそうめんやってたよな」

 

「やってたやってた。あれ見てると少し涼しくなる……ような気がするよね」

 

「有咲。確か、家庭用流しそうめん機って持ってたよね」

 

「やらねぇからな」

 

 ショッピングモールに行くとワゴンセールで投げ売りされてる奴は俺も見た事あるが、片付けが面倒くさそうだと思った事を覚えている。

 

「麺類となると……冷やし中華とかが良いかな」

 

「冷やしラーメンでもいいよ」

 

「それ実質冷やし中華……」

 

 そんなことを言いながらガサゴソと冷蔵庫を漁っていた市ヶ谷さんは、ピタッと急に動きを止めた。

 

「有咲?」

 

 不思議に思った沙綾が声をかけると、市ヶ谷さんはこっちを向いて消え入りそうな声で言った。

 

「…………麺が無い」

 

 ミーンミンミンミンミーンと、セミの鳴き声が一際うるさく響いた気がした。

 

「………………じゃあ無理じゃん」

 

「ほ、他には?他には何があるの?」

 

「麺類だと……人数分あるのは蕎麦か、パスタかって感じだな」

 

 蕎麦か、あるいはパスタか。俺達は顔を見合わせた。

 

「うーん……じゃあ、お蕎麦にする?夏だし、お蕎麦も美味しいよ」

 

「無いなら仕方ないねー」

 

 じゃあ蕎麦にしよう。という流れになった時に、さっきからパスタを手に取って眺めていた、たえが急に言った。

 

「ねえ有咲。冷やし中華の麺ってパスタで代用出来ないかな」

 

「パスタ?……見た目も似てるし、冷やせば出来なくもないだろうけど……どこ見て言ってやがんだ」

 

 たえの眼差しは、明らかに市ヶ谷さんのツインテールに向けられていた。

 それに釣られて、全員の注目が市ヶ谷さんのツインテールに移動する。ジーッと、穴が開きそうなくらいに見られた市ヶ谷さんはたじろいだ。

 

「な、なんだよ……」

 

「いや、パスタだなぁと思って」

 

「色合いが似てるからかなぁ?」

 

 言われて見れば、なんとなくパスタに見えるようになってくる。まじまじと見ていると、沙綾が急に言った。

 

「こうやって改めて見ると、有咲の髪って綺麗だよね」

 

「そうか?……私的には、おたえの方が綺麗だと思うけどな」

 

 たえ曰く「シャンプーとコンディショナーで洗ってる」長い黒髪。男目線で見ても綺麗だと感じるのだし、より敏感な目を持つ女子からなら、もっと良く分かるのだろう。

 

「有咲ちゃんは何か特別な事とかしてるの?」

 

「いや別に。最近はシャワー浴びてるだけだよ。暑いし、湯船には入りたくねぇし」

 

「……流水麺?」

 

「おたえ、まず麺から離れろ」

 

「分かった」

 

 そう言って、たえはパスタを持っている市ヶ谷さんから、あからさまに距離を取り始めた。

 

「物理的にじゃねえ!」

 

「有咲の注文、難しい」

 

「おたえの解釈の方が理解し難いんだけど!?」

 

 傍から見たら完全にコントだし、もはやワザとと思われても文句言えないが、たえは至って真面目だ。

 もちろん悪気なんて欠片も無く、それが分かってるから市ヶ谷さんもそこまで怒れないんだろう。疲れたように深い溜息をついて「まあ、おたえだしな」と諦めたように呟いた。

 

「……冷やし中華、もとい冷やしパスタでいいか?」

 

『はーい』

 

 ポピパの夏は、今日も平和に過ぎていく。

 




有咲のキャラデザを見て、1度でも有咲の髪がクロワッサンとかパスタに見えた人は私と握手╭( ・ㅂ・)و ̑̑ ぐっ


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スーパー花園ランド


タイトルのアイデアは頂き物です。アニメ12話のお泊まり会いいよね……。

それはそれとして、最近バンドリの小説増えてるのは喜ばしい事ですよね。読める物の種類が増えるのは嬉しいことです。
でもおたえのSSが増えてないのは不具合ですよね?そうだといってよ。



 

「優人、入るよ」

 

「ノックしてからワンテンポは置いてくれないか」

 

 テスト初日が終わり、午後が完全に自由時間となった日。ノックと同時に扉を開けるという、ノックの意味が無い行動と共に部屋に入って来やがった、たえに俺はジト目を向けた。

 失礼極まる行動だが、たえは全く悪びれない様子で俺の横に座る。そして動きを止めたゲーム画面を眺めながら言った。

 

「遊びに来た。構って」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば、暇なのか?

 

「ギターの練習とテスト勉強はどうした?」

 

「今は休憩。それより構って」

 

 ぐいっと、俺の手からコントローラーを取り上げて適当な場所に置いたかと思うと、胡座をかいてゲームをしていた俺に抱き着いてきた。

 

「なんだよ急に。また寂しくなったとか?」

 

「……エスパーなの?」

 

「前に言ってたじゃねーか。休み時間に、わざわざ電話で」

 

 たえが抱き着きながら体重をこっちに掛けてくるから、倒れまいと自然と俺も抵抗するように体重をたえの方に掛けてしまう。

 完全に均衡状態となった時、俺達は夏場だというのに隙間もないくらいピッタリべったりとくっついていた。

 

「…………扇風機が無かったら、暑くてやってられんな」

 

「優人、シャンプー変えた?」

 

「いや別に」

 

 ……密着しているから当然だが、たえの髪とかは目と鼻の先どころか鼻に乗っかってさえいる。

 そんなだから、たえが使っているであろうシャンプーとか洗濯洗剤の香りとかが鼻腔いっぱいに広がっていた。

 

「……もういいか?」

 

「もういいよ」

 

 そんな状況が5分くらい続いて、たえも満足したのだろう。あっさり離れて今度は俺の右隣へ。

 

「右手借りるね」

 

「何すんだよ」

 

「ぎゅって」

 

 言葉通りに、右手を両手で包み込むように握りだす。何が楽しいかは分からないが、たえはずっとニコニコ顔だ。

 

「…………楽しいか?」

 

「何して遊ぼっか」

 

「話を聞け」

 

 たえは右手を握ったまま、キョロキョロと周囲を見渡しはじめた。しかし、どれだけ見渡しても普段通りの俺の部屋なんだけどな。

 

「うーん……」

 

「言っとくけど、2人で出来る遊びなんてロクに揃えてないからな」

 

 まさか人生ゲームとか、unoとかを2人でやる訳にもいかないだろう。いや、昔やったけどさ。

 何を思ったのか2人でunoを持ち寄って、それを組み合わせて2人で無限unoなんてやった事があるが、3時間経っても終わる気配がなかった記憶がある。

 

 振り返ってみれば、あれはもう修行の領域に足を突っ込んでいた。最後は無言でカードを叩きつけるだけの遊びと化していたしな。

 

「いや、そうだけどそうじゃなくて……」

 

 と、思ったのだが、たえは何やら違う理由で部屋を見渡している様子。意図が分からなかったので黙って見ていると、やがて俺を見て言った。

 

「そうだ。写真撮ろうよ」

 

「なに?」

 

「はい、そっちに座って」

 

 有無を言わせず俺をベッドの真ん中に座らせて、たえも俺の真横、肩と肩がピッタリくっつくポジションに座ってスマホを構えた。

 

「撮るよー」

 

「ちょっと待て、おい、おま」

 

 カシャっとシャッター音がして、顔を隠す間も無く写真を撮られてしまう。一体なにに使うつもりなのかは知らないが、これは宜しくない。

 

「おいたえ。急に写真なんか撮って何に使うつもりなんだよ。消せ」

 

「グループチャットにペタリ、と」

 

「止めろー!」

 

 たえの手からスマホを取り上げようとした時には既に遅く、無情にもポピパのグループチャットに何の脈絡もなく俺達のツーショットが貼られたのだった。

 

「あ、有咲から返事きた。お前ら何やってんの?だって」

 

「……俺が聞きたいよ、それ」

 

 説明も何も無かったからな。その言葉は俺がたえに1番使いたい。まあ、多分なんとなくって返事が来るのがオチだろうが。

 

「そうだ優人。今夜は家に泊まってってよ」

 

「また唐突な……隣だし、手間も掛からないから構わないけど。でもなんで?」

 

「今夜は香澄達も来るから」

 

「は?これから来んの?」

 

 明日も平日だぜ。正気か?という思いを込めた目を向けて見るが、たえは何をどう受け取ったのか露骨に照れやがる。

 

「……大丈夫。明日は、ちゃんと時間作るから」

 

「やっぱ正気じゃねーや」

 

 ちげーよ馬鹿。

 

「ところで、その話っていつ決まったんだ?俺が覚える限りだと、そんな話は微塵も無かったんだけど」

 

 少なくとも、昨日テスト勉強をしていた時は聞かなかった話題だ。俺が忘れているという可能性もあるけど、こんな騒がしいイベントを忘れるというのは現実的じゃない。

 だからそれより前、つまり先週の学校で話が持ち上がったのかと思ったが……

 

「今だよ」

 

「はい?」

 

「だから、今。ポピパのグルチャで決まったの。ほら」

 

 たえが見せてきたスマホの画面。脈絡の無いツーショット写真で話の流れが叩き切られているものの、確かにそんな話が持ち上がっていた。

 

「…………たえのお母さんに話はして、ないよな。今決まったんだし」

 

「うん」

 

 こういうのって、事前に話を通しとくもんだよな。俺がおかしいのか?いやいやまさか、たえとか香澄の常識が消し飛んでるだけだよな。そうだと思いたい。

 …………自信無くなって来たぞ!

 

「……話に行くぞ。俺も行ってやるから」

 

「ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

「ん〜〜〜…………困ったわねぇ」

 

 そんな経緯で、たえのお母さんに話をしてみた反応がコレであった。見て分かるくらい考え込んでいて、非常に宜しくない雲行きである。

 

「お母さん、困ってる」

 

「そりゃそうだろ。急に言われたら誰だってこうなるに決まってる」

 

 当然だろう。急に言われても準備とかもあるし、困るのは容易に想像がつく事だ。

 

「香澄達には悪いけど、今回は諦め……」

 

「ねえ優人君」

 

 香澄達には悪いが素直に諦めて貰うべきか。と思っていたら、たえのお母さんに声をかけられた。

 

「はい?」

 

 凄く深刻そうな表情で、いかにも悩んでますと言いたげだ。香澄達が泊まりに来ると聞いただけで、こんな表情になるかと言われると疑問が残る。

 次の瞬間には、その疑問が解決出来るんだが、代わりに大きな衝撃を残していった。

 

「オッちゃんのお嫁さんって、誰が良いかしらね?さっきから悩んでるんだけど決まらなくて」

 

「アンタそんなこと考えてたのか!?」

 

 思わず敬語を捨てざるをえない強烈な一撃だった。

 そうだよ。たえの天然の八割は、このお母さんから受け継がれてるんだから、たえと同じ心持ちで相対しないといけないのは当然じゃないか。

 ちなみに残りの二割はお父さんからである。

 

「そろそろ決めないとーって思ってたんだけど、でも中々決められなくて……困ってたのよね〜」

 

「こっちは貴女の考えに困ってるんですが……というか、話聞いてました?」

 

「まあ、お母さん天然だし」

 

「お前が言うな」

 

 どっちもどっちというか、やっぱ親子なんだなぁというか。この母親にしてこの娘アリというか。

 流石だよ花園家、常人には厳しい環境だ。

 

「それで、さっきから何の話をしてたのかしら?」

 

「やっぱり聞いてなかった!」

 

「いやいや、もちろん聞いてたわよ。たえちゃん、おめでたなのよね!」

 

「ちげーし一文字しか合ってねぇ!!」

 

 しかもそれアンタの願望だろうが。俺の母さんと2人で子供の名前考えてんの俺は知ってるんだからな。

 ……なんで俺達の母親は揃って子供作るの奨励してやがんだよ。普通は逆だろ、俺達まだ高校生なんだぞ。

 

「そうじゃなくて、香澄達が……」

 

「言わなくても分かってるわ。香澄ちゃん達からもお祝いをもらうのね?」

 

「いやだから」

 

「今夜はお赤飯炊くわよ〜」

 

「だあああああーーっ!話が全く通じねぇーーー!」

 

「あ、今の有咲みたい。やっぱり2人は似てるね」

 

 嬉しいんだか嬉しくないんだか微妙な評価をたえから貰った時、俺の精神は凄い疲労を感じていた。やっぱり常識人じゃ花園家の相手をするのは困難だと痛感する。

 

「なーんて、冗談よ。冗談。いっつ花園ジョーク♪」

 

「じょ、冗談になってねぇっすよ……」

 

 この人、というか花園家の人達は冗談と本気の境界線がマジで分からないから、会話一つを取っても非常に疲れる。

 ぶっちゃけると、もう何が冗談なのかも分かっていない。話の流れと倫理的には子供云々が冗談だろうけどさ。

 

「それで優人君、さっきの話なんだけど……」

 

「まだ続けるんですか……?」

 

「大事な問題なのよー。このままだと、おやつも少ししか食べられないわ」

 

「そ、それは大変……!」

 

「でしょー?」

 

 あ、だめだ。マジで話が進まない。

 

 心が折れかけるなんて、多分小学生のころ以来の経験だ。たえも将来こうなるんだとしたら、俺はついていけるだろうか?

 おやつを少ししか食べられないという所に戦慄しているたえには悪いけど、たえが将来こんな感じになるんなら俺の精神が持つ気がしない。

 

 しかし、オッちゃんも愛されてるなぁ……。うさぎだけど、やっぱり家族の一員って事なんだろう。感性はズレてるけど、お嫁さん探しは真面目にやってるだろうし。

 現実逃避気味に、俺は考えた。

 

「……………………じゃあ、香澄達にも決めるの手伝って貰いましょうか。7人で考えれば流石に決まるでしょう?」

 

「あら良い考え。さすが優人君、たえちゃんが選んだだけの事はあるわ〜」

 

 ……すまんな香澄達。だけど俺も背に腹はかえられないんだ。諦めて生贄になってくれ。

 

「それで思い出したけど、お母さん。香澄達、今夜泊まりたいって」

 

「そうなの?なら急いで準備しないといけないわね。2人とも手伝ってくれる?」

 

「うん」

 

「……はい」

 

 話自体はすんなり通ったのに、何故だろう。俺は凄く疲れてもう眠りたい衝動に襲われていたのだった。

 

「いやー、幾つか()()を考えたんだけど、そこから絞り込めなくて困ってたのよね。全く優人君さまさまだわ〜」

 

「…………名前?考えた?」

 

 おい待て。まさか──

 

「ええ。子供の名前」

 

「ちょまっ!?"さっきの話"ってオッちゃんのお嫁さんの話じゃなかったんですか?!」

 

「あら?そっちは冗談って言ったはずだけど……」

 

「優人、疲れてる?」

 

 そっちが冗談かよ。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 右にもふもふ。左にもふもふ。そして前にもふもふもふ。多分後ろももふもふしてる。

 

 うさぎの相手を任された俺は、合計21羽のウサギの相手を1人で請け負っていた。

 任された、とは言ったけど、実際は俺が立候補して任されたという経緯があったりする。

 

 本当の目的は、さっきのやり取りで荒んだ心を癒すためだ。

 

「ああ……もふもふって、癒されるなぁ」

 

 1匹抱いては撫で回して、下ろしたら別の奴を抱いて撫で回す。やってる事は単純だけど、とにかく数をこなさないと暴動が起きるから急いで、しかし丁寧にやらなきゃいけない。

 大変だけど、たえの母さんとたえの2人に挟まれてツッコミ疲れでぶっ倒れるよりはマシだ。

 

「よーし次、ドロちゃ……おおう。嬉しいのは分かったから飛び付くな」

 

 名残惜しそうにぶうぶう鳴いてるユウト(うさぎ)を下ろすと、待ちきれないと言わんばかりに飛び付いてきた。しかもぶうって鳴きながら。

 

「よーしよし……そこのパープル。鳩尾に来るなら後回しにするぞ」

 

 ピタッと動きを止めたパープルを見て、俺はドロちゃんに意識を戻す。これで鳩尾アタックは封じたから、意識を外しても問題な……

 

「ん?」

 

 ぺちぺちと軽いもので叩かれているような感覚が、俺の足に伝わった。

 何事かとそっちを見てみると、パープルが俺を見上げながら一心不乱に前足の片方を使ってぺちぺちと叩いているのだ。

 

「パープル、お前……」

 

 俺は今、その姿に感動を覚えた。なにせ今まで頑張って注意しても鳩尾アタックを止めなかったパープルが、別のアプローチで撫でろとせがんでいるのだから。

 その被害を受けまくってた俺からすれば、それは大きな前進だった。

 

「成長したんだな……よっしゃ来い!」

 

 ぴょいーん。撫で撫でしたドロちゃんを下ろして広げた両手に、パープルが飛び込んで来る。

 本当はいけないんだけど、鳩尾アタックしかしなかったパープルが成長した事に感動して、思わずやってしまったのだ。

 

 それがミスだと気が付いたのは、直後のウサギ達の行動を見てからだった。

 

 ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち

 

 それを見て、他のウサギも"こうすれば先に撫でて貰える"とでも思ったのか、全員で一斉に俺の身体を前足の片方でぺちぺちやり始めたのだ。

 

「あーっ……わかったわかった。今から全員撫でてやるから待てって」

 

 これ以降、うさぎが撫でて欲しい時は決まってぺちぺちやるという新習慣が生まれたのだった。

 



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塩飴(糖分摂取用)

夏の暑さにやられたので初投稿です。熱気にあてられながら書いたらこんな妙な事に……



 ころころころ、ころころころ

 

「…………」

 

 室内に音が鳴り響く。誰もが黙々と手元の教科書とノートに目を落とす中で、市ヶ谷さんは1人わなわなと震えていた。

 

 ころころころころ、ころころころころ

 

「………………」

 

 ……あれ?香澄の頭が少しゆらゆらしてるように見えるんだけど……もしかして寝てるのか?

 

 ころころころころころ、ころころころころころ

 

「……………………」

 

 ころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころころ

 

 

 

 「うっるせえぇえええええええ!!」

 

「うわぁ!?寝てませんっ!寝てないです!」

 

 耐えきれなくなった市ヶ谷さんが叫んだ。市ヶ谷さんの叫びに、りみがビクッと体を震わせ、香澄は寝惚けて言い訳をしていた。

 

「お前ら!飴を舐めるなとか言わねぇけどな、そのころころさせるのを止めろ!!4人でやられたら喧しくて集中できねぇだろうが!!」

 

「有咲、そうカッカしないで。ほら、塩飴で糖分取って落ち着こ?」

 

「おたえが一番うるさかったんだけど!?しかも塩飴で糖分って、どういう事だよ!」

 

「でも甘いよ?」

 

 炎天下の中を泊まり用の荷物持って来た香澄達。花園家のリビングで勉強を始めた俺達のテーブルの真ん中には、塩飴がどっさり積まれている。さっきからころころいってた正体はこの飴だ。

 市ヶ谷さんと寝ていた香澄以外の全員で飴玉をころころやってたら、それはもう凄い喧しい事になっていただろう。やってる側だったから分からないけど。

 

「というかだな、沙綾と優人も何でノッてるんだよ!止める側だろ!?」

 

「いやー、なんか動かしてないと口寂しくて……」

 

「ころころしないとか、お前飴玉ナメてんな?」

 

「ナメてねぇよ!二つの意味でな!」

 

 ツッコミを入れた後にコップに麦茶を注いで勢い良く飲み干す市ヶ谷さんの姿は、酔っ払ったオッサンっぽく見えた。

 

「有咲、飴玉は舐める物であって、噛み砕くものじゃないよ」

 

「おたえ……」

 

 …………そんな事を言っておきながらバリバリボリボリと噛み砕いているのは、ひょっとしてワザとやっているのか?

 

「……ナメてねぇってそういう事じゃねーし、しかも言ってる事とやってる事が矛盾しまくりだ!今噛んでる物の名前を言ってみろ!!」

 

「塩」

 

「違うだろー!?…………はぁ」

 

 ツッコミを入れ終わった市ヶ谷さんは無言でペンを置いて、ぐでーっとだらけだした。完全にやる気が削がれたみたいで「……もういいや」とか呟いてる。

 

「市ヶ谷さんがぐでーってなってるの初めて見たかも」

 

「たれ有咲だね」

 

 市ヶ谷さんが勉強を止めたのを皮切りに俺達も手を止め、自然と駄弁る方向に場の空気が変わっていく。

 

「マスコットみたいな可愛い名前だね、たれ有咲ちゃん」

 

「その褒められ方はなんか嬉しくない」

 

「でも可愛いよ?たれ有咲」

 

「沙綾も乗るな!」

 

「たれ有咲ー!」

 

「ぶっ飛ばすぞ香澄!」

 

 顔を真っ赤にしながら、フシャーと猫のように威嚇する市ヶ谷さん。それを見て更に笑う沙綾。

 ……市ヶ谷さんはいい加減に、その反応がからかわれるだと気付くべきだと思う。いや、でも本人も楽しそうだから良いのか?むしろ構って欲しいからワザとの可能性もありそうな……

 

「……市ヶ谷さんってMの素質あるよな」

 

「待て待て待て待て?!お前までおたえみたいに脈絡なく話飛ばすな!ただでさえツッコミ不足気味なのに……これ以上ボケは増えなくて良いんだよ!おたえみたいなのは1人で十分だっての!!」

 

「私は1人だけだけど……はっ!もしかして、有咲には私が2人に見えてるとか!?」

 

「んな!わけ!あるかぁ!!」

 

 市ヶ谷さんのヒートアップが止まらない。あのままだと、いつか喉やられるんじゃないのか?

 

「あれ?でも増えなくて良いって」

 

「優人に言ったんだよ!というか、増えていいって言われたら増えるのか!?」

 

「えっ!優人って増えるの!?」

 

「んがああああああぁああぁぁぁああああぁぁ!!」

 

 市ヶ谷さんって、ツッコミを入れる事に魂を燃やしてるよな。

 この渾身のツッコミを見てると、そう思わずにはいられない。それが生き甲斐なんじゃないかと思ってしまうほどだ。

 

「増えない増えない」

 

「……じゃあ有咲の勘違い?」

 

「勘違いしてんのは、おたえの方だろうが!」

 

 ぜー、ぜー、とツッコミだけで息切れを起こしている市ヶ谷さん。全力でツッコミ続けると、こんな風に疲れるのかと感動さえ覚える。

 

「私、勉強しに来た筈だよな……?なんでツッコミで疲れ果ててるんだよ……」

 

「やっぱりさ、おたえちゃんと優人君って似た者夫婦……だよね」

 

「だね」

 

「冗談はよせ。俺はたえほどぶっ飛んでないぞ」

 

「鏡見て」

 

 解せぬ。俺が常識人である事は、たえがウサギ好きである事と同じくらい当たり前の事実だというのに、今更なぜ沙綾はそれを否定するのか。

 

「なんでダメなのか分かってないね、この様子だと」

 

「ねぇ沙綾ー。有咲が全く動かなくなっちゃった」

 

「起こしたらダメだよ香澄。有咲、今は凄い疲れてる筈だから……少し、寝かせてあげないと」

 

 香澄が揺らしても何の反応も示さないのが、市ヶ谷さんの状態の深刻さを表している。どうやらオーバーヒートしたっぽい。

 テーブルに頭を突っ伏して動かなくなった市ヶ谷さんから、ぷしゅーという効果音さえ聞こえてきそうだ。頭から湯気が出ていても違和感が全くない気がする。

 

「有咲、寝不足?ダメだよしっかり寝ないと、疲れが取れなくなっちゃうから」

 

「おたえちゃん……流石に冗談だよね?」

 

「疲れさせてる側の奴が何を言うか」

 

「優人、それブーメランだから」

 

 なんかさっきから沙綾の当たりがキツい気がするんだけど。俺なにか悪い事したか?……心当たりはまるでない。

 

「まあいいや。ところで、これから麦茶飲むけど他に誰か飲むか?」

 

 そんな事よりも、さっきから塩飴しか舐めてなかったから無性に喉が渇いて仕方ない。そしてそれは、飴を舐めてた沙綾やりみも同じだろう。

 

「飲む飲む!」

 

「飲むー」

 

「私は氷マシマシで」

 

「じゃあ優人。氷マシマシ2つと氷抜き4つお願いね」

 

 手が1つ、2つ、3つ、4つ……

 

「ちょっと待て、たえはもてなす側だろ。なんでさも当然のように客人ヅラして注文してやがる」

 

「ばれたか」

 

 特に悪びれる様子も無い、たえを引き連れてキッチンへ。2つのコップに氷だけ入れて……麦茶の容器持って行ってセルフサービスで良いか。

 大量に飲みたい人もいるだろうし、おかわりの度に一々キッチンまで歩くの面倒くさいからな。

 

「はい。割ると怪我するから、落とすなよ」

 

 そんな理由でお盆に6つのコップを乗せてたえに渡すと、たえは不思議そうにコップを横から見たり、上から覗き込んだりしだす。

 何やってるんだろうと暫く無言で見ていると、やがて真面目な顔で頷いた。

 

「…………なるほど、そういう事だね」

 

「ん?」

 

「言わなくても分かるよ。優人の考える事はお見通しだから」

 

「は?」

 

「じゃあ持っていくね」

 

 どういう事だ。と質問する間もなく戻っていった、たえの後を麦茶の入った容器を持って追いかける。

 俺が戻った時、たえは全員の前にコップを置いたところだった。

 

「はい」

 

「…………おたえ。これは……?」

 

「見ての通り、心の優しい人にしか見えない麦茶だよ」

 

「見えないのに見ての通りって……」

 

「ちなみに私も見えない」

 

 多分そうだろうなとは思ってたけど、やっぱり変な勘違いしてやがる。

 

「そんな訳あるか。ただ先にコップだけ持って行ってもらって、後はセルフで入れてもらおうと思ってただけだ」

 

「えっ……?優人には麦茶が見えてたんじゃなかったの?」

 

「俺がいつ、そんなこと言った?」

 

 どんどん容器から麦茶が減っていくのを見ながら、隣で驚くたえにツッコミを入れる。

 ……無くなる前に麦茶入れとくか。

 

「有咲ちゃん、麦茶飲む?」

 

「……………………ああ」

 

 のっそりと市ヶ谷さんが上半身を起こした。ずっと突っ伏していたから、おでこが赤くなっている。

 

「あ"ー……喉、痛い」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫じゃない」

 

 その目は暗く澱んでいた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 その後は滞りなく勉強が進み、やがて夜がやって来る。香澄達は泊まりだから花園家で食べるが、俺は自分の家で食べるつもりだった。

 家は隣同士だから帰るのに時間は掛からないし、何より迷惑だろうなと思ったからだ。

 

 ……だけど家に帰るなり玄関で鉢合わせた母さんからの「あんたの分まで野々絵(ののえ)さんに頼んであるわよ」の一言で、それが無理だと悟った。

 それはそれとして母さん。いくら料理作るの面倒だからってウッキウキで「ファミレス行ってくる」って息子に言い放つのはどうかと思う。

 

「おかえり優人。お風呂にする?ご飯にする?それとも……う・さ・ぎ?」

 

 そんな経緯で花園家にとんぼ返りして夕飯を食べた後に、一旦俺の部屋に戻って着替えと風呂を済ませてから戻ると、たえが玄関で待ち構えていた。

 そしてこの言葉、ご丁寧にもエプロン姿での発言である。

 

「寝る」

 

「……今日ノリ悪くない?お風呂も一緒に入らなかったし」

 

「ノリは悪くないし、お前はいい加減に羞恥心という物を覚えてくれないか?…………前にも同じこと言った気がするけどさ」

 

 子供の頃とは訳が違うっていうのに、こいつの感覚は一部分が未だに小さい頃のまま変わっていない。いつまでも無邪気な子供のままだ。

 疑いを持つ必要がないくらい信頼されてるって事なんだろうけど、注意しておくか。

 

「たえ、俺達はもういい年なんだぞ。親しき仲にも礼儀ありって言うように、いくら身内でも多少は警戒をだな……」

 

「優人の何を疑うの?」

 

 汚れなき純粋な目。全幅の信頼を俺に置いているのが、その目からは読み取れた。

 

「それは……ほら、例えば俺が嘘をつくとか。隠れて何かしてるとかをさ」

 

「優人がつく嘘って、私に内緒でスイーツを1人で食べてるのを「食べてない」って誤魔化すくらいだし、私に隠れて何かしてるのって、えっちな本の隠し場所を変えてる事くらいじゃない?」

 

「馬鹿な。なぜ両方バレてやがる」

 

 ……やっぱ現物を保持するのは失敗だったかぁ。素直にネットで電子書籍版を買うべきだったな。うん、次からそうしよう。

 しかしスイーツの方は何故バレたし。ちゃんとゴミも捨てて口元に食べかすが付いてないのを確認してから家に帰ってるというのに。

 

 自分のミスが無いかを振り返ってると、たえは自分の人差し指を唇に当てながら言った。

 

「キスしたら分かるよ。優人がスイーツ食べた日は、いつもより甘いから」

 

「あっ」

 

 スイーツを食べ終わった後、自分の口の中が無性に甘ったるくなるのは誰しも一度は体験する事だろう。

 俺は食べ終わった後は麦茶とかでリセットをしていたのだが、それでは完全に甘さは消えない。

 だけど、それも僅かな筈だ。なのにバレるものなのか。

 

「女子は少しの変化も敏感に反応するんだよ」

 

「マジかー……バレてたのかぁ」

 

 言いようもない敗北感を抱きながら2階に上がると、寝室から香澄や沙綾の声が聞こえてくる。まだ誰も寝てないらしい。

 

「ただいま。やってみたけどダメだった」

 

「……まあ、そりゃそうだよ。おたえらしいとは思うけど」

 

 たえはエプロンを外しながら敷かれた布団の上に座る。場所は右から2番目だ。ちなみに右端は俺。

 

 並び方としては、右から俺、たえ、りみ、沙綾、香澄、市ヶ谷さんの順になる。

 

「それで、なに話してたの?」

 

「特には何も。明日も早いから、2人が戻って来たら寝ようって話してたくらいかな」

 

「えー!枕投げはー!?」

 

「また今度ね」

 

 ぶーたれる香澄を宥める沙綾の姿は香澄の姉みたいで、下に妹と弟を持つ余裕と包容力を感じた。

 

「これじゃ香澄が沙綾の妹だな」

 

「年は同じだし、しかも香澄もお姉ちゃんの筈なんだけどね」

 

「まあ、香澄に沙綾みたいな包容力を求めるのは無理があるんじゃねーか?」

 

「有咲酷い!私だって家では立派にお姉ちゃんとして……お姉ちゃん、として……」

 

 段々と声の勢いが落ちていき、最後には考え込むような姿勢で固まった香澄。

 俺達が暫く無言で見ていると、何かに気付いたように顔をバッと上げて言った。

 

「お姉ちゃんとして、おやつとか少し譲ってあげてるし!」

 

 

「電気消すぞー」

 

『はーい』

 

 

「ちょっとーっ!!」

 

 照明用のリモコンで明かりを完全に消して布団に潜…………たえは何故こっちに転がり込んでんだ。

 

「お前の布団は一つ左だろぉー?」

 

「1人より2人で寝たほうが暖かいよ」

 

「冬ならまだしも今は夏だ」

 

 冷房で涼しい部屋とはいえ、2人が当たり前のように鼻息が掛かる距離まで密着してたら流石に少し暑いってのに。

 

「…………」

 

 チラッと横を見たら、ニッコニコなたえと目が合った。もう普通に寝るだけなのに、なんでそんなニッコニコなんだ。

 

「ぎゅーっ」

 

「……2人だけ別室でも私達は構わないぞ?大丈夫、耳は塞ぐから」

 

「気にしなくていいから。いいから」

 

「そんなこと言われても……」

 

 だよな。隣でこんな事されてたら落ち着かないよな。でも、りみには悪いが、これでも抑えてる方なんだ。

 隣の布団に戻るどころか、俺の上に乗っかって寝る気満々だけど。抑えてるんだ。

 

「おやすみ、みんな」

 

「こいつ本当にマイペースだよなぁ……」

 

 今更ながら、その事を再認識した夏の夜だった。

 




途中で一度出した野々絵という名前は、おたえのお母さんの名前(アニメ版)です。さり気に良い名前だと思います。

完全に余談ですが、これを友人に見られた時「何をキメたら書けるんだ」とか言われました。失礼な奴だ。


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海辺のおたえ

公式からおたえの供給が止まらない……最高!

でもガチャっても出ないのは許さん



「あーっつい……」

 

 夏のある日。ギンギンに照る太陽の下で、思わず呻いてしまった。パラソルで日陰こそ出来ているが、それでは熱気から身を守る事は出来ない。

 今の状態を簡単に言えば、俺は熱気にやられて死んでいた。うぼぁー。

 

「なんだって、こんな事に……」

 

「嫌だった?」

 

 パラソルの下で大の字に寝転がっていると、聞きなれた声が頭上からする。俺は目の上に被せたタオルを取って答えた。

 

「嫌じゃないけど……やっぱり疑問は残るよな」

 

 新しく買ったらしい水着を着こなしている、たえにそう告げた。

 似合っているとは思うけど、それ以外に何も感じないのは、たえの水着姿を見過ぎたせいなのだろう。もう直視しても照れるような事は無くなった。

 

 ……嬉しいのは分からんでもないけど、室内でまで着るのはどうかと思う。

 

「何が?」

 

「何がって……決まってんだろ」

 

 ここはプライベートビーチか?と言いたくなるくらいガラッガラの浜辺を見ながら俺は呟いた。

 

「このクソ暑い時に海とか、なんの冗談だっての」

 

 今、たえと俺が何処に居るのか。そして何をしているのか。全ての答えは、きっとこの一言に現れているだろう。

 そう、海だ。太陽の光を跳ね返してギラギラに輝く波打ち際に、水着を着て俺達は来ている。

 

「暑い時こそ海じゃない?」

 

「そうか?」

 

「うん。なんか暑いと夏って感じするし、夏っていえば海だよね?」

 

「んー……」

 

 きょろきょろと周囲を見渡している俺の隣にたえが座る。俺が地面に着けていた手の指先が触れるくらいの距離にたえの手が置かれた。

 

「……優人。周囲に何か面白い物でもある?」

 

「お前の膨れっ面」

 

 何を勘違いしてやがるのか、たえは膨れっ面で俺を見ている。

 

「弁解しとくけど、俺が周囲を見渡してるのは、あまりに人が少ない事に感心してるからだぞ。それと水着姿はお前が1番綺麗で可愛いと思ってるから」

 

「私は信じてたよ」

 

「手の平ドリルかお前」

 

 どうせそんな事だと思ってたから特に何も思わないけど。

 しっかし、この砂浜のガラガラさは見事だ。一応ここ、公共の場所の筈なのに俺達以外は誰もいないレベルである。

「ドリル……ドリル?」と自分の手の平を見つめて呟いているたえを片手で抱き寄せながら、砂浜がこうなっている間接的な原因を見た。その原因は、ちょうど俺達の所に戻って来るようだ。

 

「2人とも楽しそうね!」

 

「ああ。お蔭さまで」

 

 以前に知り合った弦巻こころという少女。彼女が原因だと思っている。

 といっても、こころが何かした訳じゃないだろう。ただ黒服の人達が、良かれと思ってこころに害をなす可能性のある人を取り除いたら誰も居なくなったとか、そういうオチの筈だ。

 

「あ、こころ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「どうしたのかしら?」

 

 たえは手の平を広げて、こころに見せて言った。

 

「ドリルに見える?」

 

「いや、何言ってんだ」

 

 市ヶ谷さんがツッコミと共に波打ち際から戻ってきた。もちろん水着姿でだ。

 

「あっ、有咲。どう?ドリルかな?」

 

「意味わからんからノーコメント」

 

 そう言って俺達をスルーしながら飲み物を飲み出した。こころはたえの手の平をまじまじと見つめて時々触りながら、たえと話している。

 

「……そういえば、そもそもドリルって何かしら?」

 

「はぐみ知ってるよ!ドリルっていうのは、人のお願いと希望を持って明日を切り開くヒーローの武器なんだよ!」

 

 こころと同じく以前にも会った、はぐみが色々間違った補足説明と一緒に泳ぎから帰ってきた。

 

「つまり、タエさんはヒーローなんですね!凄いです!」

 

 はぐみと一緒に戻ってきた、どう見ても北欧系の少女は今回が初対面。名前は若宮イヴというらしい。

 パスパレのキーボード担当で、雑誌のモデルもやってる彼女の特徴を一言で説明するなら『サムライに憧れてる系女子』。

 

 なんなんだ、花咲川にはクセの強い人間が集まりやすいのか?

 

「凄いわ!たえの片手は、みんなを笑顔に出来るのね!」

 

「私の片手で、みんなに笑顔を……?」

 

 勝手に盛り上がり始めた4人。そのタイミングで、話を聞いていたらしく"やっちまったな"みたいな顔した市ヶ谷さんが戻ってきた。

 

「おいどうすんだよ、もう収拾つかないぞコレ」

 

「見事に話が捻れていったな。ドリルだけに」

 

「は?」

 

「すまん」

 

 でも結構上手いこと言えたような気が分かった悪かったからそんな目で見るな。

 そんな俺を見兼ねてか、市ヶ谷さんが手を叩いて4人を止めに入った。

 

「はいはい。その話は後でも出来るだろ?せっかく海に来たんだから、もっと泳ぐなりなんなりしないと」

 

「それもそうね!なら、あそこに見える島まで競走よ!!」

 

「「おー!」」

 

「だからそれはダメだって言ってんだろ!?ああもう、はぐみとイヴも行くなってー!」

 

 走り出した3人と、それを止めるために走り出した市ヶ谷さん。4人は海に飛び込んだかと思うと、足の着く浅い場所で水遊びを始めた。

 

「私達も行こう」

 

「はいよ。……女子の中に1人俺が混じるのも変な気がするけど」

 

 まあ、海に来ておきながら1度も入らないのは何か違う気もする。 そして……なんか情けないけど、 こころやはぐみは身体能力が俺より上だ。身体能力的な意味で男子が2人増えたみたいなものだから、実質男子は3人居ることになる。

 だから俺は1人じゃない。そう考えないと、やっていけない。

 

「しっかし、こころが居て本当に良かったよ」

 

「なんで?」

 

「こころが居ないと、今頃ナンパされまくりで遊ぶどころじゃなかっただろうしさ」

 

 モデルやってるイヴや、モデルに匹敵するたえは勿論だが、残りの3人だって美少女だ。

 それだけに人目につきやすく、またナンパもされやすい。

 

「そうかな?」

 

「そうさ」

 

 たえに手を引かれるまま立ち上がり、市ヶ谷さん達の所に向かいながら言う。

 

「自覚しとけよ。お前も、すっごい美人なんだから」

 

「っ!」

 

「あら、やっと来たのね2人とも!」

 

「遅いよー!」

 

「遅れて悪かった。行くぞ、そらっ!」

 

 先制で水を思いっきり掛けると、「きゃー!」とか「わぁー!」とか喜びの声が聞こえてくる。そしてお返しと言わんばかりに水圧の強い水が幾つも……

 

「いやちょっと待ぶへっ!なんだその水鉄ぽうっ?!」

 

「すぐ近くに漂っていたの!きっと私達と遊びたいのよ!」

 

「行くよー、それっ!」

 

 漂ってたにしては明らかに綺麗なんですがそれは。これは間違いなく黒服さんの仕業だな。

 

「くそっ、流石に分が悪い。てったーい!」

 

「逃がさないよ!」

 

「待ちなさーい!」

 

「これがハイスイノジンですね!」

 

 背水の陣は背後からバンバン勢いのある水が飛んでくる状況の事では断じてないと、そんなツッコミを入れる暇も無いくらい俺は追い回された。

 

「どした?心臓の辺り押さえて」

 

「私、優人にナンパされちゃった……」

 

「は?」

 

「いきなり、お前も凄い美人だって言ったの。これってナンパだよね?」

 

「……おう」

 

「どうしよう。この後お持ち帰りされちゃうかな?」

 

「…………そうだな」

 

 俺が追い回されてる横で、そんな会話があったとか。後で市ヶ谷さんから聞いた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「くそ……もう動けん……」

 

「楽しかったねこころん!」

 

「ええ!やっぱり夏の海は良いわねはぐみ!」

 

「……なんで、この2人は余裕なんだ……?」

 

 俺が倒れてる横でハイタッチを交わす余裕さえあるこころとはぐみ。一体どこで差がついたんだ。

 

「まあ仕方ないんじゃね?あの2人についていける体力の持ち主なんて、そうは居ないだろうし」

 

「お2人は凄いです。私はまだ修行が足りないみたいですね……」

 

「修行で何とか出来るレベルじゃないと思うぞ」

 

 あんなに全力で走ったのは久しぶりだった。それこそ身体測定の時以来だっただろう。ところで、普段動かない人間が全力を出すとどうなると思う?

 

「まだ力が入らん……」

 

「よいしょっと……よし。出来た」

 

「たえは何やってんだ」

 

 答えはマジで動けなくなる、だ。もうちょっと正確に言うと動くのが億劫になる。だけど、言ってる事は大して変わらない。

 そんな俺に、たえはどこからともなく拾って来た木の枝で、俺の頭の上に何か書いている。

 

「可愛いよ」

 

「男に言うもんじゃねーだろ」

 

「そのうさ耳、本当に可愛い」

 

「うさ耳の話かよ紛らわしい」

 

 たえはそう言うと、いきなりスマホを構えだして……!?

 

「おい待て。何やってる」

 

「はい、パシャッ」

 

 スマホから無情のシャッター音がした。まだ動けない俺の前で、撮れた写真をみんなに見せていた。

 

「見て見てー。可愛く撮れてるでしょ」

 

「わあっ、可愛い!」

 

「ええ、本当に可愛いわ!このうさ耳!」

 

「そっちかよ!?」

 

 さっきので疲れたから、無言で女子達のやり取りを見つめている。動きたくぬぇ。

 すると、1人別の方向を見ていたイヴが、何かを見つけたのか向こうの方を指さしながら言った。

 

「あっちにビーチバレーのコートがありますよ!次はビーチバレーで遊びませんか?」

 

「いいわね!じゃああたしははぐみと組むわ!」

 

「負けないよ!」

 

 アカン。

 

「待て待て待て?!弦巻さんと北沢さんのコンビとか、やるまでもなく私とイヴの負け確じゃねーか!」

 

「そんな事、やってみなきゃ分かんないじゃない!」

 

「やるまでもなく分かってるから言ってんだよ!」

 

 大変そうだなーと、ボーッとしながら話を聞いていたら、倒れてる俺の隣にたえが寝っ転がってきた。

 

「……たえ。何してんの?」

 

「ふふ、優人の体あったかくなってる」

 

 ぺたぺたと触ってくるたえの手はちょっと冷たかった。たえは俺を少しぺたぺた触った後、水着のひらひらした部分を摘んで俺に見せてくる。

 

「ねえ優人。水着、似合ってるかな?」

 

「今更な質問だな……ああ。最高に似合ってる」

 

「もっと好きになった?」

 

「もっともっと大好きになった」

 

 その回答が気に入ったのか、嬉しそうに「私も」と言って更にくっついてくる。

 海に来ても結局やる事は同じかと思いながら動かないでいると、市ヶ谷さんが指さして言う。

 

「つーか、おたえと優人もイチャついてないで、ビーチバレーのチーム分けに──」

 

 「私達を砂で埋める人ーー!!」

 

「えっ?」

 

「「はーーいっ!!」」

 

 遮るような大声に反応した2人。こころとはぐみがダッシュで寄って来て勢い良く砂を掛けはじめた。

 ………………たえにくっつかれてる俺も巻き添えにして。

 

「ちょ待てよ。なんで俺も埋められてんだ!?」

 

「暴れちゃダメだよ。ほら、大人しくして」

 

 バタつかせようとした右腕がたえの左手に掴まれる。左腕は既に絡み合って離れないように手までガッチリホールドしてるから動かせない。そして動かそうとした両足も、たえが左足と右足で挟み込むようにして拘束される。

 たえによって完全に自由を奪われた俺は、身体が埋まっていくのをただ見ている事しか出来なかった。

 

「出来たわーっ!」

 

「見事に埋まったねー!おたえ、写真撮る?」

 

「お願い。スマホはそこにあるから」

 

 いくよー。とはぐみがスマホのカメラで俺達をパシャリ。首だけしか自由に動かせないから手で顔を隠すことも出来ず、ただされるがまま写真を撮られ続けた。

 

「うん、それくらいでいいよ。ありがとうはぐみ」

 

「気にしないでよおたえ!じゃあはぐみ達はビーチバレーしてくるから、2人は楽しんでてね!」

 

「行ってらー」

 

 こころとはぐみが走り出した、その横では、市ヶ谷さんがイヴによって死地に連行されようとしていた。

 

「アリサさん、一緒にギョクサイしましょう!」

 

「笑顔で言うことじゃねーし、玉砕って砕けること前提かよ!?やめろー!死にたくなーい!」

 

「ブシには諦めも肝心です!」

 

「私は武士じゃねー!ちょま、おたえと優人も来いよ!」

 

「ごめん。埋まってるから動けない」

 

ざけんなーーーーーっ!!

 

 連行される市ヶ谷さんの声が遠ざかる。ちらっと声が遠ざかった方を見れば、審判不在のままビーチバレーが始まろうとしていた。

 

 たえと俺は暫く無言で市ヶ谷さんの悲鳴混じりのはしゃぎ声を聞いていたが、隣で鼻歌まで歌ってるたえが気になったので声をかけた。

 

「随分と上機嫌だな」

 

「だって、こうすれば優人は何処にも行かないから」

 

「だから常に迷子になってんのはお前だと何度も言ってるだろうが」

 

「でも優人、あっちにフラフラこっちにフラフラしてる。ついでに鼻の下ちょっと伸ばしてる」

 

「…………そんなことないぞ」

 

 バレてたか。いや、しゃーないやん。市ヶ谷さんの破壊力に加えて、それ以外の面々だって美少女なんだから。

 

「不安なんだよ?優人が色んな女の子と話して、ついでにちょっと嬉しそうなのを見てるのって」

 

「ただ話してるだけなのに?」

 

「じゃあ私が色んな男の人としょっちゅう話してて、しかも嬉しそうだったら優人どう思う?」

 

 ………………なるほど。これはあまり良い気がしないな。想像だけど不安になってきた。

 

「分かれば宜しい」

 

「よーく分かったよ。これから気を付け──」

 

「それに」

 

「ん?」

 

「…………優人にビーチバレーさせたら、ラッキースケベの可能性ありそうだし」

 

「お前そっちが主目的だな?」

 

 俺含めて6人だし、さっきの話の流れ的に3人3人で分かれてビーチバレーやらされてただろうから、可能性が無いとは言えないけども。

 

「…………空、青いね」

 

「ああ。綺麗な青だ」

 

「向こうに大きな雲もあるね」

 

「ああ。凄いな」

 

 青い空に遠くの方に見える大きな白い雲が映える。海も煌めいているし、吹っ飛ぶボールと遠くへ走り出した市ヶ谷さん。そしてそれを追いかける3人。

 …………後半は見なかった事にしよう。

 

「美味しそうだよね」

 

「ああ……ああ?」

 

「お腹減ってきちゃった」

 

 たえは立ち上がって、その砂まみれの手を俺に向けて差し出した。

 

「私はラムネが良いかな。優人は?」

 

「……じゃあ水で」

 

 その手を取って立ち上がり、体に付いた砂を叩き落としながら答えると、たえは変な物を見るような目で俺を見た。

 

「なんだよ、なんでそんな目で見るんだ」

 

「趣味は人それぞれだから私は何も言わないよ。でも味気なくない?」

 

「速攻で前言を翻してるし、しかも水が味気ないのは当然だろ」

 

「……まあいいや。いざとなったら分け合えばいいもんね」

 

 たえの半歩後ろを歩いて着いた先は海の家。そこで店番をしているサングラスの女店員さんに、たえは指を2本立てながら言った。

 

「かき氷2つ下さい。私はラムネ味のシロップで、優人は水」

 

「…………は?かき氷?」

 

「かしこまりました」

 

 俺が止める間もなく、たえに渡されたかき氷。ちなみに代金は、またも弦巻家の持ちらしい。気前良すぎて怖いくらいだ。

 良く見たらかき氷の容器に当然のようにミッシェルが印刷されてるし、もしかしなくても店員さん黒服の人だな?

 

「はい優人。かき氷に水を掛ける人なんて初めて見るけど、美味しいの?」

 

「あ、ありがと……じゃなくて!かき氷に掛けるシロップの話なんて何時したんだよ!?」

 

「さっき。私はラムネって言ったし、優人は水って答えたよね」

 

「飲み物の話じゃなかったのかよ!!」

 

「喉乾いたの?なら向こうのクーラーボックスに入ってるよ」

 

 そうじゃねーよ。そういう事じゃねーんだよ。なんでかき氷なんて単語が1度も出てきてないのに、かき氷に掛けるシロップの話になってんだよ!

 

「まあまあ。はい、あーん」

 

「あーん…………これどうしよう」

 

 ラムネ味のかき氷を飲み込みながら、手元の水掛けかき氷を見る。見事に透き通っていて、味気の欠片も無いのが見た目で分かる。

 

「優人、あーん」

 

 たえが口を開けて待っている。このかき氷を食わせろって事なんだろうけど、でもこれは……。

 

ははふ(はやく)

 

「……あーん」

 

 口を開けたまま催促されたので取り敢えず食べさせた。たえの表情は変わらないが、食べなくても美味くない事は分かっている。

 

「うん、美味しい」

 

「それは嘘だろ」

 

「嘘じゃないよ。海風が味をつけてくれてるから、口いっぱいに海を感じられるもん」

 

「本当か?」

 

 俺も1口食べてみる。口を開けた時に入ってきた海風が、確かに塩味っていうか、海の味っていうか……をつけてくれているような気がする。

 つまり決して美味くはないんだが、夏の海が補正をかけてくれるのか、不思議と味気なさは感じなかった。

 

「はっ!もしかして、優人は最初からこれを分かってて……」

 

「偶然だ」

 

「やっぱり天才……」

 

「話を聞け」

 

 

「あーっ!おたえとゆーくんがかき氷食べてるーーっ!」

 

 はぐみが俺達を指さして叫ぶと、かき氷に釣られて3人が集まってきた。

 

「ずるーい!はぐみも食べるー!」

 

「向こうの海の家で貰えるよ」

 

「そうなのね!なら行きましょう、はぐみ!イヴ!」

 

「私、抹茶味のかき氷が食べたいです!」

 

 そしてすぐに海の家に走っていった。まだ元気が有り余っているようだ。

 

「それに比べてこっちは……」

 

「有咲。そんなところで寝てたら日焼けしちゃうよ」

 

「ぅ、るせぇ……動けないんだよ……」

 

 3人に追い回されてる疲労困憊の様子の市ヶ谷さん。恨めしそうに俺達を見ているのは、体良く3人の相手を押し付けられたからだろう。

 

「なんか……すまんな」

 

 この水掛けかき氷で許してくれ。

 



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おやつガルパス


「香澄ェ!お前は私にとっての新たな光だぁ!」とか言わせようかとも思ったけど、脈絡なさすぎたから止めました。



 

「香澄、麦茶飲むか?」

 

「んー……」

 

「香澄ちゃん、チョコ食べる?」

 

「んー……」

 

 さっきから香澄が、聞かれたことに「んー……」と答えるだけの機械と化している。練習の時も音外しまくってたし、何かあったのか?

 俺達が言葉には出さずに心配している香澄に、たえが何かを持って近寄った。

 

「香澄、うさ耳着けるよ」

 

「んー……」

 

「えいっ」

 

「うわぁ!?」

 

 言質を取ったたえは、躊躇いなく香澄の頭にうさ耳をドッキング。香澄が自前の角……?とうさ耳の2つを頭から生やしている光景はとてもシュールだ。

 

「な、なんだおたえかぁ……もう脅かさないでよ」

 

「つーか、おたえはどさくさに紛れて何やってんだよ」

 

「香澄がボーッとしてたからつい」

 

「え?私、そんなにボーッとしてた?」

 

 気付いてなかったのか、香澄は首を傾げながらそう言った。頭の動きに合わせてうさ耳もぴょこっと揺れる。

 たえはそれを見て「おお……」と呟いた。

 

「すっごい揺れてる……」

 

「え!地震?!」

 

「地震?じゃあ机の下に隠れないと」

 

 2人が漫才じみたやり取りでテーブルの下に潜ったのを、市ヶ谷さんは冷たい目で見ていた。

 

「アホか」

 

「地震なんて起きてねーから。はよ出てこい」

 

「でも香澄が地震って」

「でもおたえが地震って」

 

「「…………あれ?」」

 

 テーブルの下から這い出てきた2人が疑問符を浮かべまくってる状況。この2人にツッコミ役が居ないといつまでもボケ続けてそうだ。

 

「香澄ちゃん……今日どうしたの?なんか、練習もあんまり調子よくなかったけど……」

 

「…………へ?どこか間違えてた?」

 

「かなり間違えてた」

 

 たえと香澄が揃うとボケが無限ループするのは普段通りだから良いとして、今日の香澄はどこか上の空だ。ソワソワしてるというか……

 

「なんというか、遠足前の子供みたいな落ち着きのなさだったぞ」

 

「あー。なんか見覚えあると思ったら、それがしっくりくる表現かも」

 

「なにか面白いものでも見つけたのか?」

 

 沙綾が頷く横の市ヶ谷さんの問いに、香澄の目がキラーンと光った……ような気がした。

 

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!実は………………」

 

「実は?」

 

「……ちょっと待って。えっと、どこだっけ…………」

 

「……まだ?」

 

「おたえは待ってやれよ!?」

 

「……あった!じゃじゃーん!」

 

 香澄が手間取りながら開いた雑誌には『都内花火大会おすすめスポット特集』という記事が載っていた。

 

「花火大会ねぇ……」

 

「この近所でもやるんだって!知ってた!?」

 

「うん、まあ……毎年の恒例行事だし」

 

「わりと盛大にやるよね」

 

 規模が大きく縁日も出る。そして人も大量に来る。近所からだけでなく、他県からも来るからだ。

 

「もう、みんな知ってたなら教えてよ〜〜」

 

「町内のあちこちに花火大会のポスター貼ってあるし、普通は気付くだろ」

 

「私は気付かなかったけどね!」

 

「だろうな」

 

「むっ。それどういう意味?」

 

 香澄のジト目という珍しいものを向けられた市ヶ谷さんは、露骨に目線を手元の譜面に落としながら言った。

 

「で、行きたいとか言うんだろ?」

 

「うん!みんなで行こうっ!」

 

「やめとけ。人が多すぎて花火なんてロクに見れたもんじゃねーぞ。あんまりにも人が多すぎるから、途中で花火を見に来たのか人を見に来たのか分からなくなるくらいだからな」

 

「でも行きたい!」

 

 香澄の意思は硬いようで、市ヶ谷さんを説得しようと「ねー有咲ー。ねーってばー」と下から顔を覗き込もうとしている。

 市ヶ谷さんは顔を赤くしながら、譜面に顔をくっつけるくらい近付けて香澄から覗き込まれるのを避けていたが、不意に何かに気付いたのか「ん?」と言って香澄を見た。

 

「確か花火大会って今週末のはずだよな……?」

 

「そうだよ!だから──」

 

「今週末って、みんなで夏休みの宿題をする約束だったよな?」

 

「────…………さらば!」

 

「おい、そこに座れ」

 

 市ヶ谷さんが逃げ出そうとした香澄の肩を掴んで無理やり地面に座らせる。香澄が市ヶ谷さんの顔を覗き込もうとしゃがんでいたのが仇になり、香澄は逃げられなかった。

 

「そういえばそうだね。香澄、宿題終わってるの?」

 

「そ、それはもちろん!」

 

「もちろん?」

 

「………………まだです」

 

 ガックリ項垂れた香澄は、しかし直後に勢いよく顔を上げた。忙しい奴だ。

 

「でもほら、昨日までの私と今日の私は別人だから!だからノーカン!」

 

「意味分かんねーよ」

 

「有咲。昨日までの私は犠牲になったんだよ……花火大会に行くための犠牲、その犠牲にね」

 

「犠牲か」

 

「うん、犠牲」

 

「つまり、どういうことだ?」

 

「つ、つまり……犠牲の犠牲になったんだよ!」

 

 さっぱり意味がわからないけど、とにかく香澄は花火大会に行きたいらしい。

 

「でも宿題は終わらせないと、成績まで犠牲になっちゃうよ」

 

「ゔっ、それは……」

 

「もし宿題が終わってないとなったら、あの先生……黙ってないよね」

 

「ゔゔっ!」

 

 沙綾とりみの追撃で、香澄はみるみる窮地に追い込まれていく。宿題やってないのが悪いからフォローはしないけど、ちょっと可哀想に思えてきた。

 

「決まりだな。花火大会は諦めて、宿題を終わらせ──」

 

「ちょっと待ってよ!」

 

「……何だよ?」

 

 香澄がシュバっと綺麗に手を挙げた。その顔は何か打開策を見つけたらしく、希望に満ちていた。

 

「つまり、今週末までに宿題を終わらせれば花火大会に行けるんだよね!?」

 

「……まあ、そうなるな」

 

「じゃあ終わらせる!花火大会までに、絶対!」

 

 自信満々に言い切った香澄。しかし、そんな香澄を見る俺達の目は冷ややかだった。

 

「……あれ?みんな、なんで信用してくれないの?」

 

「日頃の行いじゃない?」

 

「やめろたえ。香澄が泣く」

 

「泣かないよ!!」

 

 サラッとドギツイ発言にみんなの顔が引き攣ったものの、言ってる事はあまり間違っていない。遅刻の常習犯が「明日から遅刻しない」と言っても信用されないのと同じことだ。

 

「わかった……じゃあ私、今から生まれ変わる!この瞬間から、私はただの戸山香澄じゃなくて……ニュー戸山香澄になるよ!」

 

「お、おう」

 

「そして宿題も終わらせるから……だから行こうよぉ〜」

 

「分かった分かった。終わらせたらね」

 

 沙綾の言葉に、香澄は「やったー!」と喜びをあらわにしてぴょんぴょん跳ね出した。

 

「まったく……でも終わんなかったら行かないかんな!」

 

「分かってる分かってる!じゃあ明日からやろうよ、今日は持ってきてないから!」

 

「お前、絶対に忘れんなよ!?」

 

 

「……終わるかな?」

 

「香澄が頑張れば終わるんじゃないか?残ってる量にもよるだろうけど」

 

 たえと2人で話していると、市ヶ谷さんが俺達を見た。

 

「ていうか、そう言うおたえと優人はどうなんだよ。もう終わってんのか?」

 

「とっくに終わってる」

 

「残念だったね有咲。優人はその辺、実はしっかりしてるんだよ」

 

「実はってなんだお前」

 

 昔っから意外だ何だと言われてきてるけど、そんなにか?そんなに俺はサボりそうに見えるのか。

 

「へえ……なんか、意外だな」

 

「お前ら後で覚えてやがれよ」

 

 お前らとは、そっちで意外そうにしてる沙綾とりみも含めている。香澄は……あんまりにも正直に「もう終わってるの?嘘!?」とか言ってるから逆に許せるけど。

 

「じゃあ明日から、宿題を終わらせるぞー!おー!」

 

『おー』

 

 気の抜けた声が、蔵の中に響いた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「準備できた?」

 

「ああ、一応」

 

 というわけで花火大会当日。気合いとか執念っていうのは恐ろしく、なんと本当に花火大会までに宿題を終わらせる事に香澄は成功した。

 執念って凄い、俺は素直にそう思った。

 

「優人。その浴衣姿とってもカッコいい」

 

「俺の浴衣姿なんて毎年のことだろ。もう見慣れてるだろうに、かっこいいとか今更言うことでもなくね?」

 

 みんなには言っていなかったが、実はこの花火大会に俺達は毎年行っている。

 といっても目当ては花火ではなく縁日の方だ。縁日屋台の遊びの腕は、この花火大会で鍛え上げてきた。

 

「ううん。なんか今年の優人は、去年よりずーっとカッコよく感じるよ」

 

「……そりゃどうも」

 

「ところで、私はどうかな?」

 

 たえは紫陽花の柄があしらわれた浴衣だ。持っている巾着袋がうさぎの柄なのが、いかにもたえらしい。

 

「綺麗だよ。お前の魅力を完璧に活かしてる」

 

「そっか。ふふ、嬉しい」

 

 我ながら歯の浮くような言葉だなーと思ったが、顔をちょっぴり赤くしてたえは微笑んだ。それが可愛らしくて、照れから思わず目を逸らしてしまう。

 

「…………ほら、行くぞ。みんなが待ってるだろ」

 

「照れた?」

 

「照れてない」

 

「照れてるでしょ」

 

「照れてない」

 

 俺が差し出した手を握ったのを確認して、俺達は待ち合わせ場所の駅前へと歩き出した。

 

 

『おおー…………!』

 

 そして駅前で香澄達(全員浴衣姿)と合流した時、たえの姿を見た4人から歓声が零れ出た。

 

「おたえ、やっぱり浴衣似合うね」

 

「そうかな?」

 

「うん。古き良き日本美人って感じ」

 

 りみと沙綾がたえを褒めている横で、香澄がソワソワしているのを市ヶ谷さんは宥めている。

 

「香澄。そんなに焦らなくても、花火大会は逃げないっての」

 

「でもでも!もうみんな向かってるよ!?」

 

 我慢出来ないのか、とうとうその場でぴょんぴょんと跳ね始めた香澄。その様子はまさしく、親に早く行こうとせがむ子供のそれだった。

 ……向こうに同じことしてる子供も居るしな。

 

「優人、なんで笑ってるの?」

 

「香澄と向こうの子供が同じことしてるなーって思って」

 

「あ、マジだ。これってつまり香澄の我慢弱さは小学生レベルって事か?」

 

「むしろ、お祭りを前に我慢できるみんなが我慢強すぎる可能性もあるよ!」

 

『それはない』

 

 満場一致の否定に、香澄が「えー!?」と言うのを、沙綾は向こうの子供の母親みたいな慈愛の篭った目で見ながら言った。

 

「分かった。じゃあ、そろそろ行こっか」

 

「いえー!みんな早くぅー!」

 

「ばっ!?香澄、浴衣で走るなー!!」

 

 ダッシュで人混みの中に突っ込む香澄と、それを追い掛けて小走りに人混みに紛れる市ヶ谷さん達。

 

「俺達も行くぞ」

 

 見失ってしまいそうなので早歩きで追い掛けるかと思いながら進もうとすると、腕を絡ませているたえが動かない。

 

「たえ?」

 

「優人、子供好き?」

 

 たえはさっきの母子を見ていた。その母子が見えなくなるまで後ろ姿を見ていたが、見えなくなってから俺にそう聞いた。

 

「好きでも嫌いでもない」

 

「じゃあ少ない方がいいかな」

 

「何の話だ」

 

 たえは1人で頷いてるけど俺には何の事だか分からず、ただ首を傾げる事しか出来なかった。

 ただ一つだけ確かに言えるのは、これで完全に香澄達とはぐれたという事だけである。

 



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☆彡キラッ


20話ってキリ良いですよね。



 

「はぐれた」

 

「知ってた」

 

 祭りの喧騒の中を歩きながら、たえと俺は香澄達を探していた。しかし、ただでさえ多い人混みの中から、たった4人の女子を見つけるのは簡単ではない。

 結果として、俺達は体感で10分近く祭りの喧騒の中を人探しにさまよっていた。

 

「浴衣の人も多いし、簡単には見つからないな。たえ、そっちはどうだ?」

 

「りんご飴が美味しそうだよ」

 

「お前まともに探す気ある?」

 

 こんな時でも食い気優先か。と一瞬だけ思ったが、そういえば祭りのために昼飯から後は何も食べてなかった。

 という訳でりんご飴を一つ買って捜索を続ける。小銭を出そうとするたえを制しながらりんご飴を渡すと、りんご飴をムシャムシャしながらキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 

「うーん。見つからないね」

 

「そう簡単には見つからないだろ。なにせ、この人の量だしな」

 

 ちなみにスマホは持ってきていない。毎年持ってきてなかったから、今年もそのノリで忘れてきた。だから連絡を取ることも出来ない。

 

「でもさっさと見つけないと、花火が始まるまで時間も無いよな」

 

「うん。早く見つけないと」

 

 食べかけのりんご飴をこっちに向けてきたから、好意に甘えて1口食べる。りんご飴はやっぱり甘く、口がベタついた。

 

「美味しい?」

 

「甘い。でも美味い」

 

 祭りだから値段は高めだけど、払って良かったと思える味だと思う。この屋台は当たりだな。

 そう思いながら少しゆっくりと人の波に流されていると、たえは食べ終わったりんご飴の棒を近くのゴミ箱に捨てながら言った。

 

「いいこと思いついた」

 

「迷子センターは最後の手段だぞ」

 

 たえは「そんな事しないよ」と言ったが、今までに何度もやらかしている事を考えると簡単には信じられない。

 そんな疑いを持っていると、たえは向こうのフランクフルトの屋台を指さしながら言った。

 

「腹ごしらえをしながら探そうよ。優人だってお腹空いてるでしょ?」

 

「ああ……そうだな。ちょくちょく屋台に寄りながら探すか」

 

 もう1度言うが、たえも俺も昼飯から何も食べてきていない。もちろん夕飯もだ。

 だからだろう、俺もさっきから屋台に目をちょくちょく奪われていた。

 

 なのでフランクフルトを2人分買って食べながら進む。あっつあつのにかぶりつくと、肉汁が口の中に広がって美味い。

 

「うん。美味しい」

 

「だな」

 

 お祭りは当たりと外れの差が極端だが、選んだ2つは当たりの方だろう。屋台の数が多いから、何処が当たりで何処が外れなのか買ってからしか分からないのも祭りの醍醐味の一つだと思う。

 

「次は唐揚げポテトの屋台行こ」

 

「あそこか。2つあるけど、どっちに行く?」

 

「私のお肉センサーは左に反応してるよ」

 

「言ってる意味は分からんけど、とにかく左だな」

 

 小さいレジ袋に2人分の唐揚げポテトを入れて貰ったのをぶら下げて、まだ残ってるフランクフルトを食べながら香澄達を探す。

 

「太くて大きかったね。大満足」

 

「あんまり細いと食べた感じしないもんな」

 

「そうそう。あっ、今度はあそこにチョコバナナの屋台が……」

 

「…………お前、香澄達を探すって目的忘れてないか?」

 

 さっきから明らかに屋台の方にしか目がいってない。その事を指摘すると、たえはチッチッチッと指を振りながら答えた。

 

「これは私の高度な作戦なんだよ」

 

「高度な……?」

 

「そう。私達が何か食べてれば、もしかしたら香澄が匂いに釣られて合流出来るかもしれない」

 

「ねーよ」

 

 高度(笑)じゃねーか。香澄を何だと思ってやがる。いくら香澄でも、そんな事は無いだろう。

 

「じゃああれ」

 

 次はなんか凄い行列が出来てる屋台を指さして言った。

 

「あれならどうかな?ソフトコロネ」

 

「ソフト……コロネ……?」

 

 コロネパンの中にソフトクリームが入っているという異色のように見えて割と王道な気がする屋台。

 記憶の限りだと去年は無かった筈だから、きっと今年から参加した新しい屋台なのだろう。

 

「あれならきっと、りみが釣れる」

 

「…………否定は出来ない」

 

 コロネに並々ならぬ執念を燃やすりみの事だし、もう並んでたりしても驚かない。見た感じ、まだ並んでなさそうだけど。

 

「りみが釣れれば、みんなも釣れるよ」

 

「まず釣る前提なのやめろ」

 

 ……こんな事をしている内に花火の時間は着々と迫ってきている。本当にスマホを忘れてきた事が悔やまれるミスだ。

 

「参ったな。こんな事になるなら、スマホを持ってくるべきだったか。このままだと祭りが終わるまでに合流できるかも怪しくなってきたぞ」

 

「まあまあ、ここで焦っても仕方ないよ。とりあえずステーキでも食べて落ち着こ?」

 

「いや、そもそもはぐれたのお前の所為だし……しかもステーキってなんだよ」

 

「あそこの屋台で買ってきた。ステーキの屋台なんて珍しいね」

 

 見れば、確かにステーキの文字が。ステーキなんて屋台でやるもんじゃないと思うんだが、やろうと思えば出来るものらしい。

 

「ん、意外とイケるな」

 

 肉は細長く安っぽい感じだけど、焼きたてなのもあって不味いという印象は受けない。

 

「思ったより美味しいかも」

 

「だな。色物枠かと思ったが、そうでもないのか?」

 

「フランクフルトの亜種だと思えばいいと思う」

 

「そんなもんかな」

 

 ………………いやいやいや!エンジョイしてる場合じゃないっての!!だから早く見つけないと……

 

「あ、見つけた」

 

「マジか!」

 

「ほらあそこ」

 

 たえが指さした先には、しきりに周りをキョロキョロと見渡している香澄とりみの姿があった。ソフトコロネの屋台に近い場所に居て、2人とも誰かを探しているみたいだ。

 

「よしよし、じゃあさっさと行こうぜ」

 

「うん。急ごう」

 

 たえもさっさと合流したいらしい。かなりの早足で人混みを突き進んで行く。俺も負けじと早足で隣を歩いて、キョロキョロしている2人に声を掛けた。

 

「香澄、りみ」

 

「あっ、優人君!」

 

「良かった〜……知ってる人に会えた」

 

 しかし、市ヶ谷さんや沙綾の姿は見えない。まさか、別行動か?

 

「市ヶ谷さんと沙綾は?」

 

「…………はぐれちゃった」

 

 なんと、まあ……。見つかったのはいいけど、まだ全員が揃うのは時間がかかりそうだ。

 

「それで、優人君の方も1人なの?おたえちゃんは?」

 

「え?いや一緒だけど……あれ?」

 

 振り返ってみれば、たえの奴がいない。さっきまで香澄達を目指して早歩きをしていた筈なのに、どこに消えたんだ?

 

「…………まさか、はぐれた?」

 

「ええっ!?せっかく合流できたと思ったのにー!」

 

「ほんと、はぐれた誰かさんには困ったね」

 

「ど、どうしよう。探すにしても、この人混みの中だと見つからないよ……」

 

 やっぱり、たえの奴から目を離すのはいけなかったかと自責する。考えるまでもなく分かっていた事だろうに、これは俺のミスだ。

 

「ところで、はぐれたのって誰なの?」

 

「誰って、すっとぼけるのはやめろよ。たえだよ、たえ」

 

「へえ。私以外にも、たえって名前の人がいるんだ。初めて知った」

 

「いやいや。俺の知ってるたえは1人だけだし、そもそも…………」

 

 …………ちょっと待て。さっきから俺、誰と話してるんだ?

 香澄はいる。りみもいる。んで、市ヶ谷さんと沙綾は、まだ見つかってない。たえも何故かはぐれてる。じゃあ、今話しているのは?

 

 恐る恐る声のする方へ目線を移動させる。するとそこには、綿あめを2つ持って、うさぎのお面まで付けて全力でエンジョイしてやがる、たえの姿があった。

 

「…………おい。お前どこ行ってたんだよ」

 

「はい綿あめ。急ぐくらい楽しみにしてたのに屋台の場所を間違えるなんて、優人はやっぱり方向音痴なんだね」

 

「は?」

 

 話が全く噛み合わない。こいつが急いでたのは香澄達を見つけたからじゃないのか?

 

「やったー!おたえにも会えた!」

 

「あ、香澄だ。綿あめ食べる?」

 

「食べる食べる!」

 

 たえと香澄は呑気に綿あめを食べてるのを見ながら、俺の疑問は膨れていく。

 

「待て待て。たえ、お前さっき香澄達を見つけて早歩きしてた筈だろ?なんで一瞬だけでも目を離しただけで、綿あめと、うさぎのお面なんて持ってこれるんだよ」

 

「え?優人、綿あめの屋台を見つけたから早歩きしてたんじゃないの?」

 

「は?」

 

「ん?」

 

 ……………………

 

 りみも香澄も、そして俺も。口を閉ざして、なんとも言えない気持ちが顔に現れていた。

 そして目線を脇にずらせば、確かに綿あめとお面の屋台がある。

 

「…………確かに、すぐそこに綿あめとお面の屋台あるけど」

 

「多分、人混みで2人の姿が見えなかったんだよ」

 

「嘘つけ。お前は絶対に屋台にしか目がいってなかっただけだぞ」

 

 ほんとお前……本っ当にお前は……なんか、どっと疲れたな。

 

「そ、それはそれとして……取り敢えず、よかったー!このまま合流できなかったらどうしよーって思ってたんだよね!」

 

「う、うん。スマホの電波も入らないし……本当に良かった〜」

 

「うん。よかったよかった……ふわ甘」

 

「市ヶ谷さんと沙綾とはまだ合流できてないけどな」

 

 この人混みのせいなのか、スマホの電波は入っていなかったらしい。りみはそのせいで連絡が取れなかったと思っているようだ。

 ……そもそも持ってなかった事は黙っておこう。横で綿あめに夢中になってる、たえが言わないことを祈るのみだ。

 

「でも何処に行っちゃったのかな?」

 

「有咲は花火が綺麗に見られる秘密の場所があるって言ってたけど……」

 

「そんな場所があるのか」

 

 俺は聞いてないから、きっと俺とたえがはぐれてから香澄達がはぐれるまでの間にしていた話なのだろう。

 

「うん。だけど、場所は教えてもらえなくて」

 

「そりゃ秘密なんだし当然だろうけど……」

 

 しかしそうなると、今どこに居るのかも分からないな…………あ。

 

「花火が……」

 

「もう始まっちゃった……」

 

 ドーンと音を響かせて大空に咲く大輪の花。周囲の人が空に気を取られ始めた。

 

「ん〜〜〜〜〜っ!こうなったら!!」

 

「香澄?」

 

「香澄ちゃん?どこに……」

 

「とりあえず花火がよく見えそうな場所に行こっ!そこなら、きっと有咲と沙綾も居るよ!」

 

 香澄が小走りで進み始めた。それを見失わないように後を追いかけて俺達も人混みを進む。

 

「そんな上手く行くか……?」

 

「香澄の野生の勘を信じようよ」

 

 香澄に任せるのは不安だが、他に宛もない。俺達は香澄の勘を信じて後をついて行き、やがて坂道を上り始めた。

 

「…………こっちか?」

 

「多分!」

 

 坂道と階段を上った先には神社があった。人気の無い暗いところで、見た感じでは俺たち以外には誰も居ない場所だ。

 

「だってほら!こんなに花火がキラキラして見えるよ!!」

 

「本当だ……凄い」

 

「ほー、コイツは凄ぇ」

 

「手で掴めそうだね」

 

 高台というほど高くはないし、暗いし、坂道があって更に階段もあるから上るのも一苦労。花火は綺麗に見えるものの、その為だけにこんな場所にわざわざ来る奴なんて殆どいないに違いない。

 

「か、香澄……!?」

 

「だけじゃなくて、みんなも!?」

 

 そして、その為だけにわざわざ来ていたらしい市ヶ谷さんと沙綾が物陰から飛び出してきた。

 

「やった!2人とも見つかった!!」

 

「さすが香澄。凄い勘だね」

 

「ほんとに当てるとは思わなかったな……」

 

 ちょっと香澄の直感をナメてた。まさかノーヒントから当てるとは思わんかった。

 

「おまえ、なんで此処に!?場所は言ってなかったよな!?」

 

「勘!」

 

「はぁ?!意味わかんねーよ!」

 

 市ヶ谷さんのツッコミが、今はこれ以上ないくらい的確だった。

 

 

「……いきなりはぐれちゃった時はどうなるかと思ったけど、なんとか合流できて良かったね」

 

「だな……りみと香澄は兎も角、おたえと優人は最初からはぐれるなよ」

 

「悪かった」

 

「ふぉへん」

 

「綿あめを口から離して話せ」

 

 最初にはぐれたのが俺達なだけに、何も言い返せない。

 

「それにしても、おたえはもう、なんか……祭りを全力で楽しんでる感が凄いな」

 

 市ヶ谷さんの目線は、側頭部のうさぎのお面に注がれている。実際、目的を忘れてエンジョイしまくってたから何も間違っていない。

 

「りみと香澄そっちのけで綿あめに走ってたしな」

 

「本当に何してんだよ」

 

「何って、綿あめを食べてるよ。有咲にはそう見えない?」

 

「違う、そうじゃない」

 

 ドーンドーンと空で弾ける花火の音以外は、他の人の話し声も何も聞こえない。人々の喧騒も遥か遠く、俺達だけが花火を見ている錯覚を覚えた。

 

「この場所って、いつ見つけたんだ?」

 

「小学生くらいの時だったかな。花火が良く見えそうな場所を探してたら、ここに行き着いた」

 

「じゃあ、その時の市ヶ谷さんに感謝しないとな」

 

「だな」

 

 …………俺は無言で花火を見た。花火が咲き誇る度に、今日までの夏休みの日々がフラッシュバックしてくる。

 

「もう、終わりか」

 

「うん。今年の夏も終わりだね」

 

 この花火大会が終われば、1週間もしないうちに再び学校が始まる。

 俺達の今年の夏は、もう終わりかけだ。

 

「そう考えると、なんだか途端に寂しくなっちゃうね」

 

「そうだね。振り返ってみると、なんか、あっという間に過ぎ去っていったなぁ」

 

「まだ、やりたい事いっぱいあるのに……」

 

「おいおい香澄。お前あんだけ好き放題やっといて、まだやり残しあんのかよ?」

 

 お祭りもそうだが、終わる段階までくると途端に寂しさとか、やり残した事が脳内に浮かび上がったりする。

 夢中になってる間は、そんなこと微塵も考えないのに。ちゃんとやりきった筈なのに、それでも出てきてしまうのは仕方ないのだろうか。

 

「……花火も、時間的にそろそろ終わりだね」

 

 沙綾のその言葉が合図になったかのように、打ち上がる花火の数が急に増え始めた。もうラストスパートに入ったらしい。

 

「この、最後に全弾撃ち尽くす感じが花火大会のラストスパートだよな」

 

「分かる。乱射されないと終わるって気がしないんだよね」

 

 次々と花火が空を埋め尽くすように咲いては消えていき、刻一刻と終わりが近付いてくる。

 やがて一瞬、空から花火の光が途切れて、そして最後は──

 

「おお……」

 

「星だ……!」

 

 ──幾つもの星の形をした花火で、花火大会は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

『…………』

 

 花火が終わって暫く経ってからも、俺達は1歩も動いていなかった。

 

「……終わっちゃったね」

 

「うん……」

 

 まだ身体の奥にジーンと来る物が残っている。それが無くなるまで、ここを動きたくなかった。

 それは香澄達も同じみたいで、誰も立ち上がろうとしない。

 

「なんか、今年の花火は感動しちゃった。去年とかは、そんな事なんて全く感じなかったのに」

 

「きっと、みんなで見たからだよ。1人で見るより、みんなで見た方が楽しいに決まってるもん」

 

 沙綾に香澄がそう言って笑った。そして「だよね?」と俺達にも同意を求めてくる。

 

「まあ……ここで1人で見てた時よりは、楽しかったかもな」

 

「私も楽しかった!」

 

「2人で見てた時とは、また違う感じだったよ」

 

「そうだな。なんか今年のは寂しさを感じたよ」

 

 こういうのを、きっと名残惜しいって言うのだろう。

 

 しかし、いつまでもここには居られない。花火大会こそ終わったものの、まだ縁日は続いているのだ。

 

「そろそろ行こうぜ。まだ縁日巡りが終わってないしな」

 

「そうだ、縁日!」

 

「ええ……今からかよ?」

 

「当たり前だろ。むしろ、祭りはこれからが本番だぞ」

 

 お祭りに来て縁日巡りをしない奴は人生を侮辱(ナメ)ている。

 

 縁日屋台で毎年遊んでいる俺が思っている事だ。

 何故って、お祭りという場所を盛り上げるために縁日屋台を出している人がいるのだ。

 屋台を出すのだって無料ではない。材料費やらガス代やら機材費やら……屋台を出すのにリスクを背負ってくれているのだから、予算の限り楽しまなければ、お祭りを盛り上げようと努力をしている人に失礼だ。

 そしてお祭りを楽しまない人は、巡り巡って己の人生から彩りを取り除いてしまっている。

 

「そんな壮大な話か……?」

 

「いいから行くぞ。時間は有限なんだから」

 

「おー!」

 

 香澄が飛び跳ねながら先に行き、市ヶ谷さんが「ちょっと待てよ香澄!また迷子になるだろうが!」なんて言って後を追いかける。

 

「こらこら、あんまりはしゃぎすぎると転ぶよー」

 

ソフトコロネ……まだあるかな?

 

「チョコバナナ食べたい」

 

 先に駆け出した2人の後を追って、俺達も人々の喧騒の中へと戻っていった。

 

 

 俺達の夏休みはこれからだ!

 

 

「締めはきっと、こんな感じだな」

 

「打ち切りの漫画じゃないんだから……」

 





※打ち切りではありません。少なくとも季節が1周するくらいは続けるつもりなので。


思いっきりどうでもいいですが、これ6565字らしいです。ロコロコってゲーム確かありましたよね。私はやったことないですけど。


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彼の居ない日常の2


この作品を読み返して思ったんですが、最近はおたえである意味が無い話ばかりを書いていた気がします。皆さんと私がこの作品に求めるのは"おたえらしさ"であり、普通の話ではない──そんな単純な事すら忘れていたようです。普通であるなら、おたえである意味も無いですしね。
今回は、そんな私の反省と決意を込めた1話です。今後もしかしたらおたえクオリティの問題で更新がスーパー滞る可能性もありますが、そこはご容赦ください。

思えば3話目辺りが全盛期だったかも……



 

 昼休みの中庭、普段はポピパの5人が座って弁当を食べている場所に、今日は2人の来客が訪れていた。

 

「こころんイェーイ!」

 

「香澄、イェーイ!」

 

「……すいません。いきなり」

 

 それは、こころと美咲。普段はC組に居る2人だが、今日は「たまには別の場所で食べましょ!」という、こころの一声と共に半ば強引に連れられて、校内を散策して食事する場所を探していた矢先に出会ったのだ。

 

「謝らなくても大丈夫だよ。話す人が増える分には大歓迎だから。ね、みんな?」

 

「うん。早速なんだけど、このレタスと何か交換しない?できればハンバーグがいいな」

 

「乗らなくて良いからな奥沢さん。おたえも、そんな鮫トレする奴は優人以外に居ないって言ったろ」

 

 ……歓迎はされているようだ。レタス云々は意味分からなかったが、あの花園たえだし。と美咲は思考放棄気味に納得した。

 自分のところの三バカと同じか、あるいはそれ以上と噂されるおたえの相手なんて、バカ正直にやったら疲れるだけだと、美咲は直感で感じ取っていたからだ。

 

「それにしても、こころと戸山さんって本当に仲良いですよね」

 

 香澄の弁当に、それはもう大袈裟な反応をして、なにが面白いのか2人で盛り上がっているのを見ながら美咲は言った。

 

「似た者同士……なのかな?」

 

「そういえばハロハピとポピパって似てるよね」

 

「そうですか?」

 

 おたえがそんな事を言い出した。しかし美咲には、常識人の有咲と沙綾が上手いこと制御できている仲良しバンドにしか見えないのだが。

 香澄は確かに、こころみたいな感じだけど、今のところは、おたえだってマトモそうだ。りみだって常識人寄りだし、何がどうなったら、制御不能の三バカがいるハロハピと似ているように見えるのか。

 

「香澄はこころみたいだし、美咲は有咲みたいに苦労してそうだよね」

 

「誰のせいだと思ってやがる」

 

「香澄でしょ?」

 

「そうだけど、お前も原因の一つなんだからな!」

 

 ……なるほど、無自覚なのか。これは大変そうだ。有咲の苦労を知った美咲は、自分と似た役割に親近感を覚えた。

 そして同時に、何故似ていると言ったのかも少し理解できた。担当楽器の人物の性格というか、役割が似たり寄ったりだという事に気づいたからだ。

 

「まあまあ落ち着いて。はい、にんじんどうぞ」

 

「お前のせいでヒートアップしてんだけどな……にんじんは要らない」

 

「嫌いなの?ダメだよ好き嫌いなんてしたら」

 

「ちげーよ。それ貰ったら代償に何を持っていかれるか分かんねーから要らないんだよ」

 

 流れるように話が弾む二人の横で、美咲は自分の弁当を食べようとすると、おたえの目線が美咲の弁当をロックオンした。

 

「それ……」

 

「…………」

 

 たえの目がじっと、ハンバーグに釘付けにされていた。箸でつまめば目線も動く。食べようとすると悲しそうな目で見られる。すごく食べづらい。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……あの、交換します?」

 

「……!うん!」

 

 この目線に晒されたままハンバーグを食べられるだけの意志力なんて、今の美咲は持ち合わせていなかった。

 ハンバーグと鳥の唐揚げというトレード(最初はにんじんを出そうとしたが、それは有咲に止められた)を終えて、るんるんなおたえを見ながら美咲は唐揚げを代わりに口にした。

 

「奥沢さん、負けちゃったか……」

 

「いや、流石にあんな目で見られたら躊躇っちゃいますよ」

 

 もしゃもしゃと唐揚げを咀嚼しながら、美咲は久しぶりに昼休みを平穏に過ごせる喜びを噛み締めていた。

 なにせ、こころの相手をしなくていい。今は香澄が請け負っているから、こころの奇想天外な言動の数々に頭を悩ませなくても良いのだ。

 

 そう考えると、さっきからチュンチュンと少し喧しい小鳥たちの囀りも余裕を持って楽しめるというものだ。

 美咲にしては静かな昼休み。こころの声が聞こえない昼休みが、こんなに静かだったとは──

 

「…………あれ?こころと戸山さんは?」

 

「さっきまで、そこで2人で盛り上がってた筈だけど……」

 

 居ない。さっきまで盛り上がっていた筈の2人が、いない。

 

「………………」

 

 静かな昼休みが、途端に嵐の前触れのように思えてきた。2人が目の届かないところに居るという事は、それはつまり何のストッパーも無く暴れているという事で……

 

「……これは、不味いんじゃない?」

 

「そうかな?昨日食べた時は美味しかったけど、口に合わなかった?」

 

「唐揚げの話じゃなくてですね」

 

「ハンバーグも美味しいよ?」

 

 ふぅ……と息を吐いて、美咲は考えることを止めた。まあほら、誰かが止めてくれてるかもしれないし……

 そして美咲は現実逃避半分、自分の興味半分で、おたえに話題を振った。

 

「そういえば花園さんって、ギター上手いですよね」

 

「それほどでもないと思うよ」

 

 ハンバーグにかぶりつきながら、おたえはそう否定する。しかし美咲から見たおたえの腕前は、Roseliaの氷川紗夜に勝るとも劣らない腕前のように感じられていた。

 

「自主練とかは当然やってるとは思いますけど、それ以外で、なにか家でやってる事とかってあるんですか?」

 

 美咲としては、まだあまり親しくないおたえに当たり障りのない無難な話題をチョイスしたつもりではあったし、実際その通りの普通の話題だった。

 

「うさぎのお世話とか、お風呂掃除かな」

 

「……ん?」

 

「あと部屋の掃除。優人ったら、私にナイショで大量のお菓子を隠したりしてるから、見つけて没収しなきゃいけないんだよね」

 

「あいつは何やってんだ」

 

 しかし返ってきた答えは、およそギターとは関係の無さそうな事ばかり。

 もしかしたら話が噛み合ってないんじゃないかと一瞬危惧したが、周囲の誰もが──それこそ常識人の有咲すらも当然のように会話に混ざってくるため、自分の質問が変だったのか?と美咲は思った。

 

「もちろん自主練も欠かしてないよ。それは毎日やらなきゃいけない事だから」

 

「ですよね。1日でもサボると、途端に腕前が落ちてたりして愕然としたりしますからね」

 

「そう、だから1日たりとも手は抜けない。抜く気も無いけど」

 

 少し脱線したものの、ちゃんと質問の内容に沿った答えを返してくれた事で美咲は一安心。

 おたえの天然さについては事前に知っていただけに、最悪の場合は話が成立しないんじゃないかと思っていたからだ。

 

「そして毎日練習してると、時々自分が上手くなったって実感出来る時が来るんだよね」

 

「あー、分かります。出来なかった部分が出来るようになったりすると、成長したって実感できますよね」

 

「そうそう!この前までは焦がし気味だった卵焼きが上手く焼けるようになった時なんか、もう感動しちゃったもん」

 

 

「…………たまご、やき?」

 

「知らない?卵焼き。溶いた卵を卵焼き用のフライパンに落として、こう……こうする奴」

 

 あれ、おかしいな。さっきまで楽器の話をしてた筈なのに、いつの間に卵焼きの話になってたんだろう。

 動きを付けて分かるんだか分からないんだか微妙な説明をしているおたえに美咲は戦慄した。恐るべし花園たえ。まさか会話が成立してるように見せかけて実は成立していないなんて。

 

「今日お弁当に入ってる、この卵焼きは私が作った。自信作」

 

「えっ、そうなの?」

 

 思ったのと違う返答に戸惑う美咲の横で、りみがおたえの卵焼きに注目している。その卵焼きは、黄金色に輝いて見る者の食欲を刺激していた。

 

「なるほど。だから最近、おたえのお弁当に少し焦げた卵焼きが毎日入ってたんだ」

 

「つーか、おたえが料理の特訓してるなんて初めて知ったぞ。なんでそんな事してるんだ?」

 

「お父さんが単身赴任する前は、お母さんが毎日愛妻弁当を作ってあげてたんだって。それを聞いたら私もやってみたくなっちゃって」

 

「ああ、優人の為にか」

 

 ちょうどその時、それほど離れていないが近くもない共学校で、1人の男子生徒がくしゃみをしたという。

 それを話すおたえの顔は完全に恋する乙女の物であり、普段は滅多に見られないであろうその表情は破壊力が凄かった。女子である美咲ですら、思わずドキッとしてしまった程だ。

 

「でも、毎日は大変じゃない?朝早く起きたりしないといけないだろうし……」

 

「私は早朝ランニングで早く起きるし、オッちゃん達のご飯とかも準備するから、その時に一緒に作っちゃおうかなって」

 

「三日坊主になるなよー」

 

「へ、へー…………」

 

 改めて話してみて美咲は思った。おたえは、ひょっとすると三バカよりも話が通じないんじゃないだろうか?

 あの三バカは話を聞かないが、ちゃんと説得すれば制御はできた。しかし、おたえはどうして、そんな風に話が歪曲する?

 

「それにしても、彼氏に手作りかぁ……青春してるなー」

 

「彼氏じゃないよ。お婿さんだよ」

 

「そうだった。まあどっちにしても、おたえの幸せそうな姿を見てると、なんか羨ましいって思っちゃう」

 

 そして話は色恋沙汰へと移っていく。ここにいるのは花も恥じらうような乙女達ばかりなので、そういう方向に話が進むのも仕方の無いことだった。

 

「沙綾も欲しいの?」

 

「うーん……どうなんだろ?欲しいかどうかまで言われると、ちょっと悩むところだけど……」

 

「そもそも出会い自体が無いだろ。ここ女子校だぞ」

 

「近くの羽丘も女子校だしね」

 

 言うまでもなく花咲川は女子校で、近くの羽丘も女子校である。それ以外の共学、あるいは男子校が近くはないというのもあって、異性と接する機会はそれほど多くはなかった。

 

「もし欲しいなら、私が沙綾にピッタリの相手を探してあげようか?」

 

「えっ?!」

 

 だからこそ、おたえのこの発言に沙綾は驚いてしまう。いや、沙綾だけではない。りみも有咲も、そして美咲も、今の発言には度肝を抜かれた。

 

「おま、いつの間にそんな男子の知り合い増やしてたんだよ!?」

 

「わ、私達と殆ど一緒にいた筈なのに……!」

 

「やっぱりあれなんですか?優人さん経由とかで知り合ったとかですか?!」

 

「優人の友達は会ったこと無いんだよね。なんか、私と会うと大変らしくて」

 

 おたえの発言の意味は分からないが、とにかく4人は混乱した。そして男を知るとここまで変わるのか、と戦慄もした。

 

「ち、ちなみに、私にはどんな人が合うと思うの?」

 

「沙綾にはオッちゃんが良いと思うよ。オッちゃんって先走り気味なんだけど、沙綾なら上手くフォローしてくれそうだし相性ピッタリだと思うんだ」

 

「……おっちゃん?」

 

 美咲の脳内には、仕事に疲れた中年男性の姿が浮かんでいた。確かに沙綾の母性はそんな男性と相性ピッタリだとは思うが、しかし流石に年の差がありすぎはしないだろうか、と。

 これは美咲がおたえの飼っているウサギの名前を知らなかったからこその発想であり、知っている沙綾達は「なんでさ」と言いたげにしている。

 

「なんで、ここでウサギの名前が出てくるんだよ」

 

「だって沙綾も欲しいって言うから」

 

「欲しいのは彼氏であってペットじゃないよ……」

 

「むっ、オッちゃん達はペットじゃないよ。いずれ花園ランドを建設した時には住民の1人になる家族なんだから」

 

 おたえ的には、オッちゃん達は単なるペットのウサギではなく、立派に"人"という単位を付けるに値する家族であるらしい。

 まあ、その溺愛具合は今まで散々見てきたから分かってはいたが、まさか恋人にウサギをあてがってくるとは予想外だった。

 いやでも、よくよく考えたら初めておたえの家に行った時、おたえの母親が似たような事を言っていた。つまりこれ、花園家の共通認識なのだろうか?

 

「あの、おっちゃんって……」

 

「ああそっか、奥沢さんは知らないんだったか」

 

「オッちゃんって、おたえが飼ってるウサギの名前なんだ。確かオッドアイだからオッちゃんなんだよね?」

 

「そうだよ。2色の目が綺麗なの」

 

 なるほど。と納得すると同時、さっきの中年男性のイメージが途端にウサギに変わってしまって意味が分からなくなる。人にウサギをあてがう、その考えが美咲には分からなかったのだ。

 

「奥沢さん。おたえに関しては、もうそういうもんだと受け入れた方が楽になれるぞ」

 

 有咲は何処か清々しく、しかし諦めムードを漂わせながら美咲にそう告げた。その状態が、頑張ったけど折れてしまった有咲の努力の痕跡を垣間見せているような気がして、美咲は無言で頷いた。

 

「たっだいまー!」

 

「みんな楽しそうね!なにを話しているのかしら?」

 

 と、ここで香澄とこころが戻ってきた。手には購買の袋がある。

 

「あ、ちょうどいいところに。今は花園ランドが出来たらって話をしてたんだ」

 

「いやしてねーよ」

 

「出来たら、こころも招待するね」

 

「花園ランド?なんだか綺麗な名前ね!その時はハロハピのみんなで遊びに行くわ!」

 

「えっ」

 

 美咲が止める間もなく、花園ランドという未知の世界に強制連行される事が決定した瞬間だった。

 

「そうだわ!その時はミッシェルも呼ばなくちゃ!でも、熊のミッシェルも花園ランドに入れるかしら?」

 

「大丈夫だよ。花園ランドはどんな人でも受け入れるから。家のオッちゃん達も喜ぶ」

 

「それなら安心ね!」

 

 こころとおたえという、花咲川の2大異空間が揃ってしまった。なんてことだ、自分(美咲)だけではもう止められない。こころだけでも手一杯なのに、おたえまで混ざってしまったら、もうどうしようもないじゃないか。

 

「そうだ!花園ランドに来たら、こころ達にもピッタリの相手を探してあげるね」

 

「よく分からないけど、期待して待ってるわね!」

 

「任せて。うさぎマイスターの名にかけて、ハロハピのみんなに相性抜群の子を見つけてあげる」

 

 おい、これどうすんだよ。有咲が美咲を見た。すると美咲は、疲れと諦めムードを混ぜた雰囲気と共に有咲に告げた。

 

「市ヶ谷さん。こころに関しては、もう諦めた方が良いですよ。言っても聞かないんで」

 

「…………苦労してんだな」

 

「市ヶ谷さんもね……」

 

 二人の友情が少し深まったような気がする、まだ暑さの残る昼休みだった。

 





オッちゃんの命名理由は分からないので適当です。でも多分合ってると思う。


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花園たえと市販品のランプ


おたえらしさを出す。イチャつく。両方やらなくちゃいけないのが辛いところさんですな。自ら望んで選んだ道なので覚悟は出来てますけども。
……おたえらしさが出てない?アーアーキコエナーイ



 

「買って」

 

 と言われれば

 

「ダメです」

 

 と返す。

 

「ケチ」

 

 と言われれば

 

「ケチで結構」

 

 と返す。

 

「あほー」

 

 と罵倒されれば

 

「あほー」

 

 と罵倒し返す。

 

 

 ……時間にしておよそ10分くらい前から、たえとずーっとこんな調子でやり取りをしている。

 なんでそんな事になっているのかと言われれば、偶然目についた物が原因だった。

 

 

 と、その前に。

 アラジンという作品は知っているだろうか。魔法の絨毯で空を飛んだり、ランプの精霊が出てきたりする、あの作品だ。ハハッなネズミの国が作成しているアニメ映画を1度でも見た人は多いと思う。

 たとえ見たことがなくとも、大体のイメージは分かっているという人は多いだろう。その作中に出てくる魔法のランプが欲しかった人も居るかもしれない。

 

 今たえが欲しがっているのは、そんなアラジンに出てきそうなコッテコテのランプ……もとい、カレーを入れるランプみたいな形をした容器である。正しい名前は知らない。

 ……このショッピングモールの雑貨店は異彩を放つ置物やらキーホルダーやらが多いが、ここまで変わった物まで扱っているとは思わなかったな。

 

「なんでダメなの」

 

「なんでって、こんな用意も片付けも面倒な物使ってどうすんだよ。カレーなら普通にかければいいじゃん」

 

 こういうのは雰囲気を味わう為のもので、カレー専門店とかで出てきた時にその存在を思い出す。くらいが丁度良いと思う。

 家で使うのは洗う手間が増えるだけで、良いことは殆どない。どうせ1回で押入れ行きだろうし。

 

「カレー以外にも使えるもん」

 

「……例えば?」

 

 しかし、たえは何故かこのランプが気に入ったようで、どうあっても買って帰るつもりらしい。

 俺に使うつもりでなければスルーしたが、俺と自分のとで2つも買おうとするのは流石に止める。安くはない値段だしな。

 

「シチュー」

 

「それだって、たまにしかやらないメニューじゃないか。やめとけよ金の無駄だ。それより、その金で肉とか食った方が遥かに有意義な気がするけどな」

 

「じゃあ、えーっと」

 

「こういうのは日頃から使わないんだったら意味無いって。お前のことだし、どうせすぐ押入れ行きになるに決まってる」

 

「日頃から、使う……」

 

 ……まあ、このランプに限って言えば、たえでなくとも押入れ行きは免れないだろう。少なくとも俺は2度と使わない。そんな未来が見える。

 

「…………お味噌汁!」

 

「ほー、味噌汁か。それなら確かに毎日使えるな。うん、ばーか」

 

 汁物だったら何でもいいのかお前は。イメージ合わなすぎるって。

 

「むむ、優人のケチ」

 

「ケチじゃない。目の前で浪費しようとしてるバカを止めてるだけだ」

 

「お願い。ちゃんとお世話するから!」

 

「ダメです。元の場所に戻してらっしゃい。……というか、それは無機物に使っていい言葉じゃねーよ」

 

「やだ!絶対買うもん」

 

「子供かお前は」

 

 ……たえも1歩も退かないから、なんか埒が明かなくなってきたぞ。

 とか思っていると、たえは何か思いついたように話を変えた。

 

「あっそうだ、ねえ優人。そういえば、お味噌汁とか入れる保温容器が欲しいって言ってたよね」

 

「言ったけど、なんだ藪から棒に」

 

 これから寒くなるし温かい物が欲しいと言った覚えはあるけど、それがどうして今唐突に持ち出されるのか。俺が不思議に思っていると、たえは手にしたランプを俺に差し出してきて言った。

 

「はい、これ丁度いいね」

 

「お前ふざけてんだろ」

 

「私は本気。これを使えば人気者間違いなし」

 

「晒し者の間違いだな」

 

 下手すればイジメまで一直線だろ。たえみたいな天然が使うならまだしも、俺が使ったらそっちコースまっしぐらになりそうだ。

 

「水筒の代わりにもなるよ。冷たい飲み物がこれに入ってたら、なんか特別な気持ちにならない?」

 

「まず、えっ?ていう気持ちが来ると思うけどな。しかもコレって形状的に持ち運びにくすぎるだろ」

 

 鞄に入らないことは無いけど、そうとう苦心した挙句に鞄の中ですぐ横転しそうな不安定さがあり、縦にすれば中身がドバーっと飛び出る。ランプは持ち運ぶ為のものじゃないから当然なんだけど。

 

「そもそも保温容器なのか?これは」

 

「熱々のカレーが入るんだから保温容器だよ」

 

 そして、たえは俺がさっきカゴに入れたタッパーを指さして言った。

 

「そういえば優人だってさっきタッパー買ってたじゃん。保温容器のタッパーと、保温容器のランプ。そこに何も違いなんてないよ!」

 

「違うに決まってんだろ」

 

「仲間はずれはよくない。タッパーちゃんもランプくんが仲間はずれで悲しがってるから買うべき、そして一緒に使うべき」

 

「なにがお前をそこまで必死にさせるんだ」

 

 意外性はあるだろうけどさ──と考えながらランプを見ていると、俺の腹の虫が鳴いた。

 朝にパンしか食ってないからか、まだ11時くらいなのにもう空腹でヤバい。

 

「優人は素直じゃないね」

 

「どういう事だ」

 

「口では認めてないけど、身体は違うみたいだよ。ぐー(good)って言ったもん。べりーぐーって」

 

「それは流石にこじつけ──」

 

 ……また鳴った。ドヤ顔で俺を見るたえは、そのままカゴに2つのランプを入れてレジへ向かおうとする。

 

「分かったよ俺の負けだ。腹も減ってきたし、もう負けでいいよ面倒くさい」

 

「やった!じゃあ今夜はカレーだね」

 

「でも」

 

 たえに代わってカゴを俺が持ち、片手で財布を出しながら言っておく。

 

「1個は俺が買うよ。すっげぇ不本意だけど、自分の分まで買わせるのは人間としてダメだろ」

 

「…………優人」

 

 たえは一呼吸置いてから言った。

 

「やっぱり優人も使いたいんだね」

 

「やっぱお前が2つ買え」

 

「冗談だよ」

 

 嘘つけ絶対本気で思ってたぞ。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 空をじっと眺めていると、雲は思ったよりずっと早く動いているのが良くわかる。

 ふとした拍子に見上げてもそんな事は思わないのに今はそう思えるのは、立ち止まって空を見る余裕があるからなのだろうか。

 

 なんて、ちょっぴりカッコつけながらティーカップに口をつける。するとブラックコーヒーの苦味が口の中に広がった。

 空に向けていた目線を下に下ろせば、今度は庭で動き回っている大量のウサギ達が視界に入る。

 一般家庭では1羽も見られないウサギが21羽も、しかも動物園に行かずに家の庭で見られるなんて、普通じゃ考えられない。

 

「なんか贅沢してる気分だ……」

 

「やっぱりそう思う?奇遇だね、私もそう思ってたんだ。たとえインスタントのコーヒーとティーバッグの紅茶でも、容器が金色に輝いていると、なんかゴージャス感あるよね」

 

 横からたえの声がする。俺はそっちに顔を向けて、受け皿にティーカップを置いた。たえはクッキーを1枚手に取って食べている。

 

「そういう意味じゃないんだけど……まあいいや」

 

「お代わりいる?」

 

「自分でやるからいい」

 

 テーブルに置いてある2つのランプは、陽光を反射して黄金に煌めいていた。まあどうせ金メッキなんだろうけど、たえの言う通り若干ゴージャスな感じはある。

 明らか西洋デザインのティーカップやクッキーの中に平然とあるランプ、という違和感さえ飲み込めればの話だけど。

 

 俺はランプの一つを手に取って、その中身をティーカップに注いだ。……インド系なイメージのあるランプからコーヒーが出てくる光景って、結構シュールだよな。

 

「たまには、こうやって時間を潰すのも悪くないかもな」

 

 こうして花園家の庭でお茶をするというのは、家に帰る途中でたえが言い出した事だが、こうして静かな時間を過ごすのも悪くないかもしれない。

 

「うん。クッキー美味しい」

 

「味わって食えよ。それ、コンビニで売ってる土産物用のクッキーなんだからな。楽しみに取っておいたんだからな」

 

「知ってる。私にはナイショで食べようとしてたのも知ってる」

 

「………………でもどうしたんだよ。いきなりお茶会しようだなんて、らしくないじゃん」

 

 だからなんでバレてるんだよ。と冷や汗をかきながら強引に話を逸らす。たえはジト目を暫く俺に向けた後、もう一つのランプから紅茶を注ぎながら言った。

 

「家族サービス」

 

「それ、どっちかっていうと夫側の俺が使う言葉な気がするんだけど」

 

「優人は私の嫁。つまり私は優人の夫だから問題ないね」

 

「とうとう性別も認識できなくなったのか?」

 

「でもネットだと、こういう表現になるんでしょ?何とかは俺の嫁って。だから優人は私の嫁」

 

 久しぶりに聞いたなその言葉。そういえば、その言葉って男が女性キャラに使うのしか見たことないけど女が男に使えるのか?

 

「それにさ。最近はライブもあったし、優人と2人だけの時間って殆ど取れなかったから」

 

「俺は気にしないぞ」

 

「私は気にする。甲斐甲斐しく着いてきてくれる嫁にサービスするのは夫の責務だから」

 

「まだ言うか」

 

 ライブが近くなれば、当然練習の時間は多く取られるようになるし、自主練をする時間も長くなる。たえは昔からギターの練習が生活の一部に組み込まれてるから俺は気にしていなかったが、当の本人が気にしていたようだ。

 

「だから今日と明日はポピパはお休み。香澄達もいいよって言ってくれたんだ」

 

「そうだったのか」

 

 たえがそんな事を考えてくれていたなんて、正直思わなかった。心のどこかではポピパを、というか音楽を優先するだろうと思っていたからだ。

 普段が普段だからイメージつかないだろうが、音楽に関しては妥協をしないし許さないのがたえなのだから。

 

「じゃあ、このランプも家族サービスの一環だったのか?」

 

「それは私の趣味」

 

「ああそう……」

 

 ……感動が一瞬冷めたけど、それでも俺を想っての行動に変わりはない。

 

「ありがとな」

 

「お礼なんていいよ。夫婦の時間を作るのは当然だから」

 

 そう言って、たえは紅茶をぐい飲みした。飲み終わったたえの頬が赤くなっていたのは、熱い紅茶で身体が温まったのだけが理由ではない筈だ。

 

「……もう一杯!」

 

「あ、おい待て。そっちは……」

 

 言ってから気恥ずかしくなったのか、照れを隠すようにして俺が止める前にランプを傾け──コーヒーが、紅茶の残っていたカップに注がれた。

 

「あーあ」

 

 紅茶inコーヒーという、ドリンクバーでも滅多に作らないだろうあからさまな地雷を作ってしまったたえは、無言でカップに口をつけて、すぐに戻した。

 

「…………苦しみも喜びも分かち合うのが夫婦だよね」

 

「自分の不始末は自分で片付けろ」

 

 ……なんかイマイチしまらねぇなぁ。

 不味い不味い言いながらチラチラ俺を見つつ紅茶inコーヒーを消費しているたえに溜息が出る。いつもの事と言えばそうなんだけど、こういう時くらいは最後まで決めて欲しい。

 

「クッキー食って中和しとけ。それで我慢しろ」

 

「うーん、中身が見えないから紛らわしい。しかも装飾も同じだからティーバッグのヒモで区別するしかないし……まったく。これ使ってお茶会しようなんて誰が言ったの」

 

「お前だよ」

 

 俺が来たら既に用意してただろうが。しかもドヤ顔で「こんな使い方を思いつく私は天才かもしれない」とか言ってたのに。

 

「今度からスティックシュガーか角砂糖の入れ物にしようかな。それなら間違えないよね」

 

「まずランプを使うって方向から離れないか?」

 

「やだ」

 

「……そうか」

 

 このランプの何が、たえをそこまで惹き付けるのかは分からない。まさかアラジンのようにランプから精霊が出てくるのを期待してはいないだろうけど、その感性は長い付き合いでも分からない。

 

「それで優人。甲斐甲斐しく着いてきてくれる嫁にサービスするのは夫の責務だよ」

 

「さっき聞いた。それがどうした?」

 

「にぶいなぁ」

 

 たえは片手を俺に出した。薬指には、嵌められて以降よほどの事が無ければ外されていない指輪が輝いている。

 

「優人はどんなサービスしてくれるの?」

 

「お前、俺のこと嫁とか言ってただろ」

 

「今から私が嫁ね」

 

「おい」

 

 言ったもん勝ちじゃねーか。性別的には正しい筈なのに何故か納得いかねぇ。

 

「今のは冗談だけど、そういうのを抜きにしてもサービスは期待してるよ」

 

「そうか。じゃあ明日も休みだし何処か行くか?」

 

「なら蔵に行こう」

 

 蔵、つまりは市ヶ谷さんの家か。でもさ

 

「ポピパは休みなんだろ?」

 

「蔵は年中無休だし、いつでも自由。フリーダム」

 

「行きたいならいいけど……市ヶ谷さんしか居ないと思うぞ」

 

 いや、香澄は居るかもな。しょっちゅう市ヶ谷さん家に入り浸ってるみたいな話を聞いた事あるし。

 

「いや、来るよ。ポピパは来る」

 

「……またグルチャで集めたな?」

 

「察しがいいね。じゃあ早く行こっか」

 

「ポピパってフットワークかる──え、今から?」

 

「そうだよ?」

 



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妖怪うさハラマキ

ギリギリ。それと時系列が飛んでますが、あらすじにも書いてあるから平気ですよね(慢心)
内容の方は……うん、許してくださいな。極限状態で書いたので、正直書いてる自分でも意味分かってないんです。

睡眠時間をくださいな……



「おたえ!」

 

『お誕生日おめでとうー!』

 

「みんなありがとー!」

 

 たえの誕生日。パァンッパァンッとクラッカーが鳴り響き、そこから飛び出したピラピラがたえの頭の上に乗る。

 市ヶ谷さんの蔵で行われた誕生会、たえに喜んでもらおうと5人で考えた結果、花園ランドを開園する事になった。

 

 言ってる意味が分からない?大丈夫、俺達も良く分かってない。ただ、たえが喜びそうなものと考えたら、自然とそこに行き着いたのだ。

 

 とりあえず喜んでくれそうな装飾などを飾り付けて、何故か蔵にあったバニーガール用のウサ耳を装着して、そしてケーキやら何やらを用意してみたが、喜んでくれているようで何より。

 

「はい、誕生日ケーキ!おたえには食べ物が一番って話になったから、すっごい大きいのを作ってみたんだー!あ、そうそう。上に乗ってるウサギは私達で作ってみたんだよ!」

 

「ちゃんと21羽いるぞ」

 

「…………ほんとだ」

 

 砂糖菓子で頑張ったうさぎ達は、キッチリ花園家のうさぎ達と同じ数だ。

 

「でも、あと5羽足りないね」

 

「5羽?」

 

「うん。だってほら」

 

 たえが指さしたのは俺達の頭。そこに乗っているのは、バニーガール用のウサ耳……ああ成程。

 

「今は、みんなもウサギだから」

 

「あっそっか!」

 

「それは考えつかなかったなー」

 

 そう言ってから、たえは大きなケーキを眺めて、そして言った。

 

「ウエディングドレス着てくれば良かったかも」

 

「なんでさ」

 

 相変わらず何を考えているかは良く分からない。ケーキの白がウエディングドレスを想起させたのか、あるいは別の理由か。

 

「なんでって、普通はウエディングドレスだよね」

 

「誕生日にウエディングドレス着てくる奴なんてそんなに居ないだろ」

 

 ウエディングドレスとか言い出したから指摘したら、逆におかしい者を見るような目で見られた。どういう事だ。

 

「まあいいや。有咲ー、ケーキ切り分ける日本刀って無い?」

 

「あるわけねーだろ!つーか、なんでケーキを切り分けるのに日本刀なんて使うんだよ!?」

 

 流石の市ヶ谷さんもこれには思わずマジビビリ。いや、聞いてるこっちも度肝抜かれたわ。

 とか思っていると、たえは更にぶっ飛んだ発言を用意していたのだ。

 

「入刀って言うくらいなんだし、やっぱり文字的に日本刀なんでしょ?」

 

「入刀ぉ?何を言っ……おい。その入刀って、もしかしてケーキ入刀の入刀じゃねーよな?」

 

「そうだけど。それがどうしたの?」

 

「…………いやいや、なんで今やろうと思ったんだ?」

 

 ケーキ入刀といえば結婚式でやるものだ。しかし今は誕生日。たえが突拍子もないのは普段通りだから良いとして、大きいケーキを見ただけでそんな事を考えていたのか。

 

「だって、私達やってないし。ケーキ入刀って結婚式の定番らしいのにさ」

 

「ああ。言われてみれば確かに……じゃなくて!仕方ないだろ。こころにというか、弦巻家に悪いんだから」

 

「それは分かってるよ。だから今やるの」

 

 そういうわけだから、はい。と、たえは市ヶ谷さんに手を出して言った。

 

「ケーキ切り分ける用じゃなくてもいいから、日本刀貸して」

 

「だから、その考えがもう間違ってるって言ってんだろ!!」

 

 でも探してきてくれるらしく、ちょっと待ってろと言って市ヶ谷さんが上にあがっていく。

 それを見送ってから、たえは持ってきた鞄を漁りながら言った。

 

「実は、私からもみんなにプレゼントがあるんだ」

 

「おたえから?」

 

「そう。5人分」

 

 じゃーん。と用意されたのは、小さいながらも丁寧に包装されたプレゼント箱。

 

「いいのか?お前、今日は祝われる側なのに」

 

「いいの。でも……」

 

 たえはポケットからトランプを取り出すと、ビシッと指をさしながら言った。

 

「このトランプで、どれを貰うのかを決めよう」

 

 その唐突な提案に俺達は顔を見合わせた。

 

 

「私ね、考えたの。みんなと絆パワーをもっと深めるには、どうすればいいかって」

 

 まあ今日は誕生日だし、パーティーゲームをするのも醍醐味か。と納得しながら、戻ってきた市ヶ谷さんを巻き込んでゲームに興じている。

 そんなトランプゲームの最中、たえは徐ろにそんな事を言いだした。

 

「私達の絆パワーなら、もう十分にあると思うけど……」

 

 沙綾がカードを引いて、その手札を香澄へ向ける。香澄は何度か手を彷徨わせてから、真ん中のカードを選びとった。

 

「まだ、あと少しは高められる事に気づいたんだよ」

 

「つったって、どうすんだよ。お揃いの衣装、お揃いのアクセサリー。後は何がある?ケータイストラップでも作るのか?」

 

「……それもいいね。じゃあ早速やろっか」

 

「たえ。お前の手札クソ悪いからって逃げるのはやめろ」

 

 逃げだしそうだったので服の袖を掴んで止め、無理やり座らせる。俺がりみからカードを引いて、それをたえに向けた。

 

「…………ゆうとー」

 

「いくら誕生日だからって、そんな甘えた声出してもダメだ。勝負は非情なんだぞ」

 

「ちぇっ」

 

 たえが手早くカードを引いて、どうやら揃ったのかペアになったカードを捨てながら沙綾に向き直った。

 

「それで、どうすんだよ」

 

「紙粘土で作ろうかなって思ってるよ」

 

「いや、ストラップの話じゃなくて。絆パワーを深める話だよ」

 

「あ、そっちか」

 

「どっちだよ」

 

 香澄が市ヶ谷さんにカードを向けている。あからさまに飛び出た一枚を取るのか取らないのかという心理戦を繰り広げながらツッコミの口も休めない。

 

「こっちだよ!」

 

「香澄は静かに。で、おたえはどうやって絆パワーを更に深めるんだ?」

 

「同じ物を使えばいいんだよ」

 

 は?と全員の考えが一致した筈だ。同じ物を使えばって、もう衣装もアクセサリーも同じ物を用意しているだろうに。一体何を使えと言うのだろうか?

 ……まさか

 

「同じ楽器とかは流石に違うよな?」

 

「優人って時々凄く変な事言うよね」

 

「おまっ……」

 

 言いそうな事を言ったら真顔で否定してきやがった。しかも変な事言うってお前が言うな。

 

「じゃあ何使うの?多分、バンドに関係する事だと思うんだけど」

 

「ふっふっふ。それを知りたいのなら、私をこのトランプゲームで倒してからにするのだー」

 

「全員1枚とか2枚なのに未だに5枚とかいうクズ運持ちに言われてもなぁ……」

 

 とは言うものの、現在膠着状態になっている原因は殆ど間違いなくたえだろう。そのクズ運でもって、俺達の上がり札を止められているに違いない。

 

「クズとは失礼な。そんなこと言う優人は後でお仕置きだね」

 

「お仕置きぃ?」

 

「そう。口に出来ないような凄いやつだよ。このゲームで負けたら受けてもらうから」

 

 その言葉に、思わずつばを飲んだ。たえが凄いと言うという事は、悪い意味で相当凄いのだろう。

 しかし、ここで臆したところを見せるわけにはいけない。たえに調子に乗らせるとロクな事にならないのは過去に経験済みだからだ。

 

「分かった分かった。もし俺が負けたら受けてやる。でもその代わり、お前が負けたら……」

 

「分かってる。オッちゃんもふもふ一生分だね」

 

「本気で言ってるんだったら俺はキレるからな」

 

 といっても、俺が有利なこの状況。順調にいけばたえが俺に勝つのは不可能だが……しかし、勝負の世界は何が起こるか分からない。

 気を引き締めよう。引き締めて何ができるわけでもないけども。

 

「むむむ、じゃあ私とお母さんもつけようかな」

 

「別にオマケが欲しいわけじゃないから。しかも何でお前がオマケなんだよ」

 

「……もしかして、そんなにお父さんの方が良いの?」

 

 …………部屋の温度が、少し下がったような気がした。急になんて事を言うんだ。

 

「優人、お前……」

 

「待ってくれ市ヶ谷さん。たえの戯言だ、分かってるだろ?」

 

「やっぱり……」

 

「おい待て沙綾。やっぱりって何だこの野郎」

 

「そういえば優人、お父さんとやけに仲良かったよね」

 

「「あっ」」

 

 追撃をかますのはやめろ。そして2人は何を察しやがった。目を逸らすな、おい。

 

「りみりんりみりん!チョコレートソースとハンバーグって合うのかな?」

 

「どうだろう?合うかな……」

 

 

「実は、そっちのケがあるとか?」

 

「ねーよ」

 

「両刀とか」

 

「それもねーよ」

 

 向こうは和やかなのに、なんで壁すら隔てない空間内でこんな妙な空気が現れるんだよ。俺もそっちに行かせてくれ。

 

「あ、私上がりだ」

 

「おめでとう沙綾。じゃあ一つ選んでいいけど、開けちゃだめだよ」

 

「分かってるよ。開ける時はみんなで、だよね?」

 

「そう。沙綾は分かってる」

 

 永遠に続くかに思われた膠着状態を沙綾が最初に抜けていった。これは負けてられないなと思っていると、今度は香澄がカードを捨てた。

 

「上っがりー!」

 

「ほい上がり」

 

「市ヶ谷さんは兎も角、香澄に負けた……だと!?」

 

「あっ、私も」

 

「ファッ!?」

 

 立て続けに上がられていく。いや、なんで罰ゲームが発生した瞬間に一騎討ちの構図が発生するんだ。もう結託されてたって言われても納得できるぞ。

 たえは不敵な笑みを浮かべてカードをぷらぷらさせている。

 

「これでタイマンだね。ふっふっふっ、罰ゲームを受ける覚悟はいいかな?」

 

「まだだ、まだお前は5枚で俺は2枚。まだ勝機は俺にある!」

 

「説明は死亡フラグだぞ」

 

「フラグは折ってこそだ……!」

 

 説明は死亡フラグかもしれないけど、それはへし折れる。フラグというものがへし折られる為に存在する以上、俺だって出来る筈だ。

 過去を思い出せ。俺は今まで、立てたあらゆるフラグをへし折って……折って……?

 

「おたえとのフラグは折れた?」

 

「折れませんでした……」

 

 ダメじゃないか。くそっ、こんなに追い詰められたのは久しぶりだ。

 

「だけど負けん。俺は絶対に、絶対にたえに勝ってみせる!」

 

「即オチ2コマかな」

 

「実はわざとやってない?」

 

 なんか言ってる外野を放置して、あからさまに出ている1枚をドロー!

 さて、カードの絵柄は……。

 

「…………まあ、ある意味では即オチだったな」

 

 オチはついたよ。うん。……俺の勝ちでな。

 

 

 

「なんで負けなかったんだよ」

 

「あそこは潔く散る場面でしょー」

 

「すげぇ。勝ったのに罵倒されるのって初めてだから、どうすればいいかまるで分からん」

 

 一体どっちの味方……なんて聞くまでもないか。そりゃたえだよな。

 

「ずーん」

 

 さて、負けたたえはといえば、なんか凄く落ち込んで失意体前屈の姿勢だ。そんなに罰ゲームしたかったのか。

 

「それで、罰ゲームの内容はどんなのなんだ?」

 

「それをやるには……有咲、それ貸して」

 

「今やるのか?まあ良いけど、香澄も食べたがってるし」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

「嘘つけ。お前さっきからケーキのことチラチラ見てただろ」

 

 市ヶ谷さんが持ってきてくれた、入刀専用のナイフをたえに手渡した。

 たえはそれを片手に俺をちょいちょいと手招きしてきたので、それに釣られるまま隣に寄る。

 

「優人は私の右側で、左手は私の腰にそっと手を回すんだって」

 

「ほー。こうか?」

 

「そうそう。それで私は両手でこれを持って切る。……行くよ」

 

「ああ」

 

「ちょっと待って。写真撮るから」

 

 みんながスマホを構えて撮影態勢に入ったのを確認してから、再び手を動かし始める。

 極論ケーキを切るだけという、なんでもない事のはずなのに緊張するのは、やはりこれが特別な事だと自覚しているからなのだろうか。

 

「「……っ」」

 

 失敗しないようにゆっくりと動かして、ナイフをスッと通し終える。途中、パシャパシャ鳴っていた筈のカメラ音が気にならないくらい集中していたと気づいたのは、終わった時にカメラの音がやけに煩く聞こえてからだった。

 

「2人とも良い感じだったよ」

 

「ほんと?なら良かった」

 

 じゃあ次はファーストバイトだね、とたえは言ってスプーンでケーキを少し取った。

 

「ファーストバイト?なんだそれ」

 

「新郎と新婦がスプーンでケーキを取って食べさせ合うんだよ。新郎からなら"食べ物に一生困らせない"って意味があって、新婦からなら"一生美味しい料理を作ってあげる"って意味があるらしいよ」

 

「ずいぶん勉強したな……。まるで結婚式博士だ」

 

「調べたよ。結婚式のためにね」

 

 まあ役に立たなかったんだけど。と笑いながら、スプーンのケーキを見た。

 

「それで、ここからが罰ゲームなんだけど……」

 

「ここから?」

 

 たえは躊躇いがちに俺とスプーンを交互に見て、しかし覚悟を決めたらしくケーキを自分で食った。

 ………………あれ?

 

 いや、何をしてるんだと言おうとした瞬間、たえの手がガッチリと俺の頭をホールド。そしてそのまま顔が近付いてきて……

 

 なんか捩じ込まれた、と感じると同時に甘い物が入ってきた感じもする。それが何かと問われればケーキだろう。

 じゃあ、なんかやけに口の中で動いてるような気がする物は何かと問われれば、それはきっとたえの舌だろう。

 ……もう何されたか分かるだろ?

 

 どれくらい経過したかは分からないが、口の中のケーキがほとんど無くなったくらいになって、ようやく口が離れた。

 至近距離で見つめ合いながら、たえは口から唾液の糸をひきながら言った。

 

「私、優人を一生満足させてあげる。美味しい料理だけじゃなくて、それ以外も」

 

 はい、とたえがスプーンを渡してくる。それを受け取ると、たえは期待の篭った目を俺に向けた。

 

「優人はどうするの?」

 

 どうするの、と言われても。そんな目で見られたら裏切れない。実質一択のようなものだった。

 

 

 全員顔真っ赤の異様な空気。それを作り出した俺らは無言で俯いている。やべぇ、もう顔見れねぇよ。

 

「そっ、それで!おたえ、私達の絆パワーを深める秘策ってなに!?」

 

「……そういえば、そんな話もあったな」

 

 罰ゲームに気を取られてたからすっかり忘れてた。

 顔を真っ赤にした香澄が言ったことで、そういえばという空気の中、お前ら家でやれよという目線に晒されているたえは真っ赤な顔のままそれを答えた。

 

「プレゼントの中に入ってるよ」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ」

 

「じゃあ、せーので開けようか」

 

 沙綾のせーので手元のプレゼント箱を開けてみると、なにか白い物がある。それを広げてみれば、何やらウサギモチーフの衣類のようだった。

 

「これは……?」

 

「見ての通り腹巻きだよ」

 

 …………え?という空気の中、たえは立ち上がって服を僅かにめくって見せた。すると、たえも同じものを着けている。

 

「ポピパの衣装って、お腹出てるでしょ?冬になると少し寒いから、お腹を壊さないようにするのと、同じものを着けて絆パワーを深めるの」

 

「あ、ありがとうおたえ。でもこれ、衣装の下に着るのは少し辛くないかな……?」

 

「なんで?サイズは平気な筈だけど」

 

「サイズの問題じゃなくてね」

 

 あの衣装に腹巻きは、正直少しダサいよな。

 



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暗闇を抜けて


大晦日に投げようと思ってたら遅刻しました()

皆さん、あけましておめでとうございます。今年こそはおたえのssが増えますように。

あ、おたえは引けました。何故かピュアりみも付いてきました。


 

 でん、とテーブルに敷かれた粘土板の上に鎮座している、真っ白い紙粘土。

 それは小さな山のような存在感を発揮しながら、俺とたえの目の前に存在していた。

 

「…………本当にやるのか?」

 

「もちろん。今年もやるよ」

 

 むふーとやる気を迸らせているたえは、そう言って早速紙粘土を手に取りはじめた。そして適当な大きさにちぎってから、手元にもある粘土板の上で形を整えていく。

 俺も同じようにちぎって、特に何も考えずに捏ねていく事にした。しばらく捏ねてれば、それっぽくなるだろう。

 

「いい加減、クリスマスの飾り付けくらいは買ったほうが良いんじゃないか」

 

「それだと味気ないよ。せっかくサンタさんが来るんだから、飾り付けは心を込めなきゃ」

 

「……まあ、お前が良いなら良いけどさ」

 

 この紙粘土を使ったクリスマスの飾り付け作りは花園家の毎年恒例行事である。

 これは、たえが幼稚園生の頃くらいに紙粘土で名状しがたき物をクリスマスツリーに飾るために作ったのが始まり。そしてそれ以来、俺も巻き添えにして毎年2人で作っているのだ。

 

「ところで優人。サンタさんへのお供え物って、今年は何がいいかな?」

 

「にんじん1本とコーラでも置いとけば?」

 

 そして、毎年プレゼントを届けにやって来るサンタさんにお供え物を置いておくのも花園家の恒例行事の一つだ。

 たえは大真面目にサンタさんの存在を信じていて、一夜に全ての子供たちの家を回るというハードワークをこなすサンタさんへの感謝の気持ちを表すためにやっているんだとか。

 

「真面目に考えてよ」

 

「考えたさ。ソリを引くトナカイは多分にんじん食うだろ。そんでサンタさんはCMでコーラ飲んでたじゃないか」

 

「……さすが優人。これから花園家を背負うだけの事はあるね」

 

「なんでお供え物を答えただけで花園家を背負わされるんだ」

 

 しかも婿入りなのね。いや、どっちでも変わらないとは思うんだけどさ。どの道たえを背負ってこれから生きていくんだろうし。

 

「……よし、できた。まずは一つ」

 

「もう出来たのか?早いな、流石たえ」

 

 話している間に、たえは早くも一つ完成させたらしい。今日という休日を利用してこの紙粘土の山を消費しきると張り切っていたからか、かなり早いタイムだ。

 対する俺のは丸い球体になっていた。考えながら取り敢えず手を動かしていたら、いつの間にか立派な球体になってしまっていたのだ。

 

「手馴れてるからね、これくらい楽勝だよ」

 

「ちょっと見せてくれ。まだイメージが固まらなくてさ」

 

「いいよ、はい」

 

 さて、たえは一体どんな飾りを作ったのか……?

 

 ん?

 

「なんだこれ」

 

「なにって、見れば分かるでしょ?」

 

 うん。そりゃ分かる。いくら独特なゲテモノを作るたえでも、流石にこれは分かるんだけど……

 

「……なぜにウサギ?」

 

「優人、クリスマスだよ?」

 

 作っていたのは、クリスマスとは特に何の関係も無さそうなウサギだった。良い出来だとは思うが、どうしてトナカイではないのか。

 

「クリスマスはトナカイだろ」

 

「そっか。そういう考えもあるんだね」

 

「本気で言ってんの?」

 

「じゃあ優人はトナカイお願い」

 

「…………分かったよ。じゃあ、お前はサンタ作ってくれ」

 

 いちいちツッコミを入れていたら終わらないので、スルーできるものはスルーしてトナカイ作りに取り掛かる。しかし、こいつはウサギがソリを引いて来るとでも思っているのか?

 手元の丸い球体は横に置いてトナカイを作り始める。球体の方は色つければ、そういう飾りとして誤魔化せそうだ。

 

 ちなみに、ただ形を整えるだけではなく、ちゃんと絵の具を使って彩色まで済ませるのが花園家のルールである。

 

「だけどトナカイって、なんの資料も無く作るのマジで難しいな……。たえ、そっちは平気か?自分で言っといてアレだけど、サンタも相当難しいだろ」

 

「いい感じだよ。ほら、二羽目」

 

「サンタはどうした?」

 

 サンタではなくウサギの量産に取り掛かっているたえにそう言うと、たえは無言で次の紙粘土をちぎった。スルーする気か。

 

「……サンタさんといえば、プレゼントは何をお願いするの?」

 

「俺か?俺はー……どうするかな」

 

 サンタさんの正体というか、現実を知ってしまっている俺は、何かお願いしたところで叶わないとは知っている。

 だけど隣のお子様(たえ)は本気で信じていて、俺にも来ると疑っていない。

 

「……そう言うお前は何を頼むんだ?」

 

「私?私は……まず健康長寿。次に金運アップ。後はー、子宝?」

 

「それ正月に頼むものだぞ。ていうか子宝って……」

 

 だが、たえが並べたのは凡そクリスマスらしくない願い事ばかり。こいつはサンタさんを神様か何かだと思ってるんじゃないだろうな。

 

「……お正月にサンタさんは来ないよ?」

 

「そりゃそうだよ。……そうじゃなくて、健康長寿とかは初詣でお願いするような願い事だって言ってんの」

 

 俺がそれを指摘すると、たえは漸く気づいたらしい。「あっ、そっか」と納得していた。納得するところがおかしいとか、そんな事にはもう突っ込まない。

 

「初詣でお願いする神様はサンタさんだったんだね」

 

「ちげーって言ってんだろうが」

 

「じゃあサンタさんを迎える為に、紙粘土で門松を作ろっか」

 

「話聞いて」

 

 もしかして、クリスマスツリーに飾る飾り付けだって事を忘れてないか?

 しかも、たえはそこで終わらない。そこで何かを閃いたらしいく、たえは急に立ち上がり近くの紙とペンを持って来た。

 

「そうだ!この際だから、サンタさんにお願いする物を紙に書いて一緒に飾っておこうよ」

 

「それ七夕の時にやる奴だろ!?」

 

「問題ないよ、半年までなら!」

 

「なにを基準に言ってやがる!」

 

 たえは早速、短冊もどきに何かを書き始めている。こんなのに付き合ってられんと言いたいが、そんな事を言ってしまえば間違いなくたえは落ち込む。

 

 …………仕方ない、やるか。

 せっかく年に一度のクリスマスなのだし、最初から最後まで笑顔で終わらせたいしな。

 

「健康長寿、けんこうちょうじゅ……ゆうとー。健康長寿の"じゅ"の漢字って、どう書くんだっけ?」

 

「ああ、それなら……こうだ」

 

「ああそうだった。思い出した思い出した、ありがと」

 

「あいよ。さて、俺はどうするか……」

 

 ぶっちゃけ何も考えてない。どうせ自腹で自分に買うことになるだろうから、適当な物で良いんだろうけど……

 

「(わくわく)」

 

 横でこっちをガン見してやがる奴がいるから、あんまり適当すぎるのも問題だ。変な物にすると後悔する事になる。間違いなく。

 

「…………マジックキットとか、かな」

 

「マジックかぁ、いいね。目指せ、うさぎのサーカス団」

 

「……何か勘違いしてないか?」

 

 たえの勘違いはさておき、まあまあ雑にマジックキットと書いた。あんまり雑すぎると「サンタさんが読めない」なんて、たえに言われたりするから、こういう時は完全に雑には書けないのだ。

 

「よし、書けた」

 

「私も書けた。先に飾っちゃおうか」

 

「いいぞ。放置してると無くしそうだもんな」

 

 まだ物寂しい感じのツリーに、一足先に短冊もどきが飾られる。しっかり文字を手前側に向けて、たえ曰くサンタさんが見られるようにした。

 

「しっかしまあ、子宝とか……なんて直球ダイナミックな願い事だ」

 

「家族が増えればオッちゃん達も喜ぶもん。あ、そうなればユウトもお姉さんになるんだね」

 

「ああ、子宝ってそういう……。

 ……え?ユウトってメスだったのか!?」

 

「言ってなかったっけ?」

 

 俺が1枚、たえが3枚も飾ったその内容を見ていると、ある事に気づいた。

 

「……そういえばさ、これって全部自分の事ばっかだな。ポピパがどうこうとか書いてそうだと思ったけど」

 

「書かないよ。そんなこと」

 

「なんで。ポピパのこと好きなんだろ?」

 

「うん。だから書かない」

 

 たえはテーブルに戻って紙粘土を再び捏ねながらそう言った。俺もイスに座って紙粘土いじりを再開すると、たえが続けて言った。

 

「ポピパは私達のバンドで、それは私達で何とかするものだから。だからサンタさんに頼るわけにはいかないよ」

 

「……ごもっとも」

 

「──よしっ。できた」

 

 たえが作っていたのはランダムスターっぽい形のギターと、たえのっぽい形のギター。ベースやキーボードにドラム。

 こういう市販してるか怪しい形の飾りまで用意できるのは手作りの利点だなと思う。

 

「ランダムスターはてっぺんに飾ろっか」

 

「なら大きさが足りなくないか?てっぺんに飾るんだったら、もっと大きくてもいいだろ」

 

「そっか、それもそうだね。じゃあ残りを全部……」

 

「いや待て待て。流石にそれはデカすぎるだろ」

 

 確かに大きい方がいいとは言ったけど、そこまで大きくしろとは言ってないのに。

 

「ちょっとは残しとかないと、他にも飾り作らなきゃいけないだろ」

 

「じゃあ半分くらい残す」

 

「……まあ、それくらいの大きさならセーフか?」

 

 たえと俺で半分ずつ分けて、たえはランダムスター作り。俺はトナカイ作りの再開。

 サンタを作るのは無理だからサンタ帽で妥協するとして、残りはどうしようか……。

 

「優人、すっごく楽しそうだね」

 

「そうか?そんな事ないさ」

 

「私も楽しんでるよ」

 

「だから、別に楽しんでないって」

 

 ニヤけてなんてないし、楽しんでもない。口端がつり上がっているような気がするのは気の所為、あるいは目の錯覚だ。そうに決まっている。

 

「……ねえ優人。これ作り終わったら神社行こう」

 

「良いけど、まだお正月は少し先だぞ」

 

「だけど行かなきゃ。行って、そしてサンタさんにお願いしなきゃ。子宝くださいって」

 

「ええ……」

 

 なんでいい雰囲気のまま終われないんだお前。

 

 

 

「しかも本気で行くとか……」

 

 ちょっと神社行ってくるね。なんてたえの母さんに言って俺を連れ出したたえは、本当に近くの神社までやって来た。

 

「……しかもここって」

 

「そう。有咲の秘密の場所」

 

 誰もいない静かな場所。もう神社としての役割は果たしていない寂れた所だ。

 あの時は花火に夢中で気付かなかったが、こうして改めて見れば人気が無いのも納得の廃墟具合である。

 

 現に、今こうして此処に居るのも俺達だけだ。他には誰も居ないし──来る気配すらもない。

 

「なんで此処に来たんだ?もう少し先に行けば、それなりに人がいる神社もあっただろ」

 

「まあそうなんだけど、こっちに来たかったんだ。せっかく有咲が見つけてくれた場所だし」

 

「そっか」

 

 空は雲で覆われていて、まだ4時だっていうのにもうかなり暗い。ぽつりぽつりと街明かりが見えるほどだ。

 そして、電灯なんて当然のように無い此処は、どんどん闇に沈んでいく。その感じが昔に感じた薄ら寒いものと似通っていて、俺は誤魔化すように白い息を吐いた。

 

「にしても、本当に寒いな。息も白くなってるし、これ雪降るんじゃねぇの?」

 

「そうかもね」

 

 賽銭箱は壊れてこそいないものの、手入れがされていない事から神社と同じく放置されて久しいのだろう。

 そして、賽銭箱の前に本来ならある鈴と、それを鳴らすための縄も撤去されていた。

 

「賽銭は」

 

「もちろん5円」

 

 だろうと思ったから、聞いた時点で5円を用意してある。たえと俺は顔を見合わせて殆ど同時に賽銭箱へと5円を投げ、柏手を2回叩いて目を閉じた。

 

 今日はクリスマスだから、こんな事をするのはまだ早いのだろうが……まあ一足早い初詣という事にした。

 言ってる自分でも意味があまり分かってないが、つまりそういうことだ。

 

 それが終われば、もう此処に用事は無い。踵を返して市ヶ谷さんの秘密の場所を後にする。

 

 足下に気をつけながら階段を下りていく。めっちゃ寒いんだが、たえが早く歩かないから置いていくわけにもいかない。

 仕方なく歩幅を合わせて帰る途中、階段と階段の間の踊り場と呼ばれる場所で、たえは徐ろに足を止めた。

 

「優人」

 

「ん?」

 

「寒い」

 

 分かってる事を何度も繰り返すほど、たえはアホではない。こういう時は大体なにかしらの意図があるが……服の袖を引っ張られてたら丸分かりだ。

 

 望まれているまま、無言で手を引いて身体を寄せる。何の問題もなく、当たり前のように身体と身体の距離が縮まった。

 

「…………人肌って、こんなに温かいんだね」

 

「手だけだけどな」

 

 コートを着て来ているのだから、そこから人肌の温もりなんて伝わるわけもなく。だから必然的に、人肌が触れ合うのは手だけだった。

 そよそよと小さな風が、身を切るような寒さを連れて手に当たる。かじかんだ指先が痛くなってきたが、俺が手を包むように握ったたえの手には風は届いていないだろう。

 

 ちょっとの間そうしていると、たえは懐かしむような声を出した。

 

「ねえ、覚えてる?」

 

「迷子のことか」

 

「ああ。やっぱり忘れてないんだ」

 

「そりゃあな。あの時は本気で死を覚悟したし」

 

 まだ幼かった頃。俺が今より、たえに振り回されていた頃の話。

 たえの好奇心に引きずられるように付いて行っていたら帰れなくなったという、今となっては笑い話の一つ。

 

 確か、あの時も冬だった。そして今みたいに電灯も無い暗い場所で、迫り来る恐怖と寒さを相手に戦っていた。

 まだ子供だったから明かり一つ無い暗闇が異様に怖くて、迷子になった場所から1歩も動けなくなって。でもそこは冬の寒い風が吹き抜ける場所だったから、凄い寒かったのを忘れない。

 

「あの時は私も怖かった。優人が居たから、なんとか泣かないで済んでたけど。1人だったら絶対に泣いてたよ」

 

「俺は半泣きだったけどな。暗闇からお化けが出るって、本気で信じてたから」

 

 その影響か、今でも暗闇には苦手意識が残ってしまっている。1人でトイレに行けない程ではないが、出来るなら行きたくはない。というくらいには苦手だ。

 

「ああ。だからホラー映画も苦手なんだ」

 

「それはお前が最初にチョイスした映画のせいだ。ホラーに限らず暗闇系全般が苦手になったの、あのクソ映画のせいもあるんだぞ」

 

「死霊の○踊りの何処がダメなのさ。私、アレ見てから踊る映画にハマったくらい好きなのに」

 

「世間一般ではアレはクソ映画って評価だし、俺もそう思う」

 

 ……思えば、小さい時から既にたえのセンスは変わっていたのか。昔っから大のウサギ好きで、小学生からギターを始めて、言動は宙にふわふわ浮いているヤベー奴。

 だけどそれでこそ花園たえだ。ちょっと変わったコイツだから、俺は昔から目を離せなかったのかもしれない。

 

「……あっ」

 

「おお……」

 

 これだけ寒ければ、そりゃ降るか。

 

 僅かにチラつきはじめた雪を見ながら俺はそう思った。天気予報では降らない筈だったが……なんとまあ都合が良い。

 

「なにか温かい物……おしるこ食べたくなってきたかも」

 

「雪見て真っ先にそんな感想でるのは、お前くらいだろうな。白玉入りか?」

 

「ううん。お餅が入ってる奴」

 

「どっちも似たようなもんだろ……」

 

 僅かに零れた笑みは普段とは少し違って苦さなんてなく、むしろ甘く感じられた。

 ロマンチックなんて言葉は、こいつには縁遠かったか。

 

「いやいやいや、凄い違うよ。例えるなら…………そう、ただ大好きって口に出すだけなのと──」

 

 そこで引き寄せられるように顔が近づいてきて、触れ合う程度の軽いキス。

 まさに不意打ちだった。俺の顔も、たえの顔も、今は間違いなく燃え盛るくらい熱くなっている。

 

「……こうやって、体で表現するくらい違う」

 

「そっ、そうか……!」

 

 たえの手が動いた。俺が包んでいた手を離してやると、たえは俺の左手を左手で掴んで先を歩き始める。

 

「帰ろう。もうお腹も減ってきちゃったし、お母さんも心配するしさ」

 

 真っ赤な顔を見られたくないのか、たえにしては珍しい露骨な照れ隠し。市ヶ谷さんのは見慣れてるけど、たえのは何か新鮮だ。

 俺は敢えてそれを指摘しないで、何も気づいていないかのように話を合わせる事にした。

 

「もう真っ暗だしな……いつの間にか、日が落ちるのも早くなった」

 

 ぽつりぽつりだった街の光は、ちょっと目を離した隙にイルミネーションのように煌めいていた。まだ6時にもなってないのに、もう夜に変わっている。

 

 すっかり夜の帳が降りきった帰り道を歩いていると、たえが再び口を開いた。

 

「……あの時は、こうして帰れなかったけど。でも今回は帰ってこれたね」

 

「もう子供じゃないしな。ちゃんと帰れるだろ」

 

「そうだね、私達はもう大人だもん。色んな意味で」

 

 空いてる右手で、なぜ意味深にお腹の辺りをさすったのかは分かりたくないが、色々変わったのは確かだ。

 

「さ、帰って盛大に祝わなくちゃ。朝までパーリナイッだよ」

 

「どうせ体力持たないだろうけど、寝落ちするまで付き合ってやる」

 

「ふふん、言ったね?なら今夜は寝かさないよ。さっきの続きもするんだから」

 

「あー……分かった。言葉は取り消さない」

 

 ……性夜って言葉、縁遠いと思ってたんだけどなぁ。

 



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良くも悪くもない日

 

「外行くよ」

 

「ノックをしろとあれほど」

 

 例によって例の如く、ノックすらしないで勢い良く扉を開けたたえがそう言った。

 もう言っても無駄だと分かってはいるが、一応抗議しながら寝っ転がっていた身体を起こした。

 

「……で、なんだって?」

 

「デート行くよ」

 

「しれっと言い換えるな」

 

 クローゼットから上着を出して渡してくるたえにそう返しながら、俺は仕方なく立ち上がる。

 嫌がっても行くまで駄々こねられるのが目に見えているし、暇といえば暇だから付き合ってもいいか。

 

「まあいいけどさ。どこ行くんだ?」

 

「だから外に」

 

「そういう事じゃねーよ。外の何処だって話」

 

「…………花咲川?」

 

「誰が地名を答えろと言った」

 

 ようはノープランらしい。決まってる時はちゃんと言ってくれるから、今のたえは間違いなく何も考えていない。ただ出たいだけか。

 

「まったく……じゃあ適当にうろつくか。行きたい所が見つかったら、そこに行けばいいしな」

 

「そうそう。それが言いたかった」

 

「絶対嘘だろ」

 

 とにかく、外に出ない事には始まらない。

 靴を履いて、玄関の扉を開けながら無意識に出した手をたえに握られながら、肩と肩がぶつかるくらいの至近距離を維持しつつ路地に出て宛もなくさまよう。

 

 外は微妙に寒かったが、腕を絡ませて密着してくるたえが居れば、その寒さも幾分か和らぐような気がしていた。

 

「とりあえず、大通りの方行くぞ」

 

「おー」

 

 ふらりふらりと歩いて大通りへ。土曜日だからだろう、多くの人で賑わっていた。

 やはり家族連れが多いが、カップルらしき2人組や友達同士で来ているような一団もいる。

 

 その人の波に流されながら、はぐれないように手を握る力を僅かに強くした。意図が伝わったのか、たえも少し強く握り返してくれた。

 

「そういえば、飯どうする?どっかで食ってくか?」

 

「考えとくよ」

 

「考えといてくれ」

 

 俺は何でもいいけど、たえはどうだか。ちょっと見てみると、たえは、ぽけーっとしたような顔をしていた。まだ本気で何も考えていない証拠だ。

 

「……あ」

 

「ん?」

 

 そんな、たえの足が止まった。目線の先には雑貨屋さんがあり、様々な動物をモチーフにした雑貨が多くショーウィンドウに置いてある。

 そのショーウィンドウに近寄ったたえはその中の鶏とヒヨコをモチーフにした雑貨を見ながら、何でもないように言った。

 

「……鳥にしよっかな」

 

「そっか」

 

 珍しいな、と思いながら頷いた。たえが外食する時は、ほとんどが牛肉を使った料理かハンバーグだから、それ以外を選ぶ光景は滅多に見られない。

 

「あっ……でもどうしよう」

 

 しかし、たえの中で何かしらの葛藤があるらしく、迷いはじめる。

 

「…………ねえ、優人ならどうする?」

 

 そして最終的に自分では決められなかったようで俺に話を振ってきた。

 

「俺か?俺は……今日は牛って気分かな」

 

「気分で決めるの?」

 

「こういうの、深く考えても仕方ないだろ。直感で決めればいいんだよ」

 

 個人的に何を食うかで迷った時の選び方だ。ざっと見て、これだと判断したらすぐにそれを選ぶ。

 深く考えると、どれも良いものに見えて決められなくなるのだ。……それを優柔不断と言われれば否定できない。

 

「直感で……分かった。じゃあ優人の言う通り、そうしようかな」

 

「そうしとけ。……それにしても珍しいな」

 

「あ、優人もそう思う?実は私も思ってた」

 

 なんだ自覚はあったのか。と失礼ながら思った。そういうのをまるで自覚しないのがたえだから、てっきり今回もそうだと無自覚で決めつけていたからだ。

 だけど、そうだよな。たえだって成長してるんだ。それが実感できたのが嬉しくなって、俺はちょっと笑いながら言葉を続けた。

 

「そりゃ思うさ。お前がまさかハン──」

 

「本当に珍しいよね、あのストラップ。モチーフがアンゴラウサギだよ」

 

 おっと?

 咄嗟に口を噤んで黙ってたえの目線を追ってみる。するとそこには、確かにアンゴラウサギのケータイストラップが置いてあった。

 ……他と比べると小さすぎて、雑貨の山に埋もれてる感じだけどな!

 

「普通うさぎのストラップっていったらアンゴラウサギは使われないけど、ここの店長はいいセンスして……優人どうしたの?」

 

「いや、なんでもない。それより買うなら早く買うぞ」

 

「はっ!そうだった。早くしないと他の人に買われちゃうもんね」

 

 やっぱりブレてなかった事に安心すればいいのか、それともガッカリすればいいのか。

 どっちをするべきか分からなくなった俺は、取り敢えずたえに買うよう促した。

 

「いい買い物できた。ありがとう優人」

 

「どういたしまして……」

 

 ちょっと精神的に疲れた買い物を終えて少し歩いていると、俺達のお腹が軽く鳴った。

 その様子がおかしくて顔を見合わせながら軽く笑う。こういうところまで、たえとシンクロしなくてもいいのにな。

 

「さて、そろそろ決めようぜ。結局なに食うんだ?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 俺がそう聞くと、たえがキョトンとした顔を見せた。

 あれ、なにか変な事を聞いたか?と俺が首を傾げると、たえが何言ってんのさみたいな感じで言った。

 

「さっき鳥って言ったじゃん」

 

「あれ雑貨の事じゃなかったのか?!」

 

「なんでそう思ったの?」

 

 おのれ花園節!と叫びたくなったのを必死に抑えて、辛うじて声を落として発言することに成功する。でも声は震えていた。

 

「ま、まあそれはいいだろ。それより、どういう風の吹き回しだ。普段は牛肉ばっかりなのに、今年から鳥にブームが移ったのか?」

 

「……あー、そうかもね」

 

「マジか」

 

 冗談半分で言ったのに、これは衝撃的だ。誕生日に限らず、すき焼き……というか牛肉が大好きなたえが、まさか鳥に鞍替えするだなんて。

 

「言われてみれば最近は鶏肉ばっかりかも」

 

「えっ、そんなに?」

 

「そんなに。今はしょっちゅうだよ」

 

 この言葉を聞いた時の衝撃がどれほどのものか、それを伝えるだけの言葉を俺は持ち合わせていない。

 だって、昔っからハンバーグやら牛肉が大好きな電波系幼なじみの、あのたえがだぞ?顎が落ちる物だったら地中に埋まってるレベルだ。

 

「優人でも知ってるものだと思ってたけどなー」

 

「いや……知らなかった」

 

 まさか、そんな。ちょっと見ない間にたえが牛肉から鶏肉に鞍替えしてるなんて。

 そんな感じで衝撃を受けている俺に、たえはやれやれみたいな感じの顔で言ってきた。

 

「優人は流行りものに疎いっていうのは知ってたけど、ここまでなんて。これに懲りたら、ちょっとはテレビ見なよ」

 

「……まさかお前から流行りものなんて言葉を聞くことになるとはな」

 

「私だってそれくらいはチェックしてるよ。今は鶏肉が世間の流行りものっていうの、若い人達には常識……らしいよ?」

 

「はあ……鶏肉が世間の流行りものねぇ」

 

 そう言われてみれば、頭の片隅に何か引っかかりそうな気がしないでもない。ヘルシーとか何とか……

 

「って、待て待て待て。世間のブームじゃなくて、お前の中ではどうだって話だよ」

 

「私?今は牛丼より親子丼がブーム来てる。牛丼は週一だけど、ここ数ヶ月、親子丼は食べてない気がするから」

 

「それブームって言わねぇよ。ただ食いたいだけだろ」

 

「そうとも言うね」

 

 そうとしか言わねぇ。とツッコミを入れながら歩いていると、そこら中から良い匂いがぷんぷん漂ってきはじめた。もうそろそろお昼時だからか、多くの人々がお店に入っていっている。

 

「……よしっ、お昼は牛丼にしよう」

 

「親子丼とか鶏肉とか食いたいって散々言っといてお前……。

 そういえば、お前って昔っから好きなものが出来たら、それに一直線だよな。牛丼なら牛丼だけって感じで、そこは本当に変わらない。少しは別の物でも食べたらいいのに」

 

 さっきの時点でたえが昔からブレてない事は分かっていたから驚きは少ない。が、その変わった食生活はやはり奇妙に感じた。

 週一で牛丼食べてたら、そりゃ親子丼というか、牛以外の肉が食べたくなるに決まってる。そもそもの話、週一で牛丼って中々おかしいよな。なんで飽きないんだ?

 

「いやいや、流石にお味噌汁とかも付けるよ。牛丼単品でもいいけどさ、お味噌汁とか漬物とか欲しくならない?」

 

「牛丼の話なんざしてねーよ。そういう事じゃなくて、お前の牛肉好きに対して言ってんの」

 

「牛肉だけじゃなくて、牛乳も好き」

 

「それは聞いてない」

 

「チーズも好きだよ。そしてチーズインハンバーグはもっと好きかな」

 

「それも聞いてない」

 

 聞くまでもなく知ってるし。それに、たえが食べ物と飲み物は殆ど好きな事くらい、それなりの付き合いがある奴なら知ってるだろう。

 

「あ、上に乗せたのも大好き」

 

「知ってる」

 

「さすが」

 

「……褒められること、なのか?」

 

 とにかく、たえはいつものように牛丼を食いたいようだ。なら俺もそれにするとしよう。嫌いではないし、チェーン店が多いから見つけるのも苦労しない。

 

「近場のに入るかー」

 

「いえー」

 

 そう決めてから道を歩いて行くと、それほど遠くない場所に目当ての店を見つけた。

 

「ねえ優人」

 

「ん?」

 

「さっき、好きになったら一直線って言ったけど、その通りだと思う」

 

 そこに入って注文した物が出来るまでの間、たえは椅子に座りながら言う。

 

「うさぎが好きでしょ、ハンバーグが好きでしょ、ギターが好きでしょ、優人が好きでしょ。

 これって全部、ちっちゃい頃から変わってないんだよね」

 

 4本の指を折り曲げ、最後に残った小指をどこか嬉しそうにこっちに向けた。

 

「ああ」

 

「ちゃんと見ててくれてるんだね、私のこと。今のそれ、私でさえ気付いてなかったのに」

 

 ……俺達の前に頼んだ物が運ばれてきた。最近は定食なんかを頼んで、更にご飯を大盛りにしてもワンコインと少しで食べられるのだから、学生の財布には非常に嬉しい。

 頼んだ物をモグモグしながら、その合間にちらりと横のたえを見た。その頬が赤くなっているのは、いきなり温かい物を食べたからに違いない。

 

「自分の事なんて案外分からないもんだろ。他人から見られて初めて気づくことって、結構あるぞ」

 

「優人の秘密の隠し場所とか?」

 

「…………まあ、うん。そういう感じ」

 

「そっか、それなら納得。それで思い出したけどバームクーヘン美味しかったよ」

 

「またお前か。半分も食いやがって」

 

 ちょうど真っ二つにされたバームクーヘンを見た時にそんな気はしてたというか、もう確信は持っていたけどさ。

 つーか、安い時にちょくちょく買い集めてるお菓子コレクションを奪うの、そろそろ止めて欲しいんだが。

 

「私だけじゃないよ。持ってきたの優人のお母さんだし」

 

「母さんかよ」

 

「優人は無駄に溜め込んでて小腹が空いた時に助かるって」

 

「おい母さん」

 

 ……そういえば、来客用のお菓子って家に殆ど無い筈なのに、誰か来る度に何故か出てくるけど……あっ、そういうことか。

 

「覚えとけよ母さん……そっちがその気なら俺も考えがあるぞ」

 

 こうしてメラメラと復讐に燃える優人は、秘策を手に自らのお母さんに飛びかかった……

 優人と優人のお母さんによる、熾烈な争いが幕を開けたのだ──

 

「みたいな感じ?」

 

「変なナレーション入れるな」

 

 しれっとしてるけど、お前も食ってんだろ。お前も覚えとけよ、いつか何かで仕返ししてやる。

 

「おやつといえばなんだけどさ、せっかくだし外で食べちゃおうよ」

 

「……別にいい」

 

 早速仕返しの機会がやって来た。正直どっちでもいいんだけど、あえて嫌そうに顔を俯かせて食べるのに集中しながら、小さな声でそう返してやった。

 この少し拗ね気味な姿を見たら、たえも多少の罪悪感を覚えるだろう。ふふん、俺の食い物の恨みは恐ろしいんだぞ。

 

「決まりだね。じゃあ早く食べて、スイーツ探しの旅に行こう」

 

「人の話聞いてた?」

 

「聞いてたよ。別にいいって言う時の優人は、どっちでもいいって事だもん」

 

 何故バレた。

 俺がそんな事を言いたげな顔をしていたようで、たえは小さく笑って俺にこう言ったのだ。

 

「優人が私の事を良く見てるように、私も優人のことばっかり見てるからね。それくらい分かるよ」

 

 という事らしい。なるほど、それもそうか。ちょっと考えれば分かることだった。

 俺が悔しさと僅かばかりの嬉しさを噛みしめていると、たえの顔が耳元に近付いてきて、そして囁かれた。

 

「拗ねたフリしてる優人、可愛かったよ」

 

「〜〜〜〜っ!たえ、お前……!」

 

「ごちそうさま。ほら、優人もあと少しだから頑張って食べて」

 

 拗ねたフリを見破られたばかりか、それを可愛かったなどと言われる始末。たえにしてやられるとは思わなかった俺の顔は、羞恥とかで真っ赤になっているのが自覚できるほどだった。

 

 ……少なくとも、たえには2度とこの手を使わない方がいいようだ。

 くすくすといった感じの珍しい笑い方をするたえに、俺は暫く笑われ続ける事になる。

 

「ほら、さっさと行くぞ。どんなスイーツが食べたいんだ?」

 

「んー?」

 

「んー?じゃなくて答えろって。なんでこっち見てニコニコしてんだよ」

 

「ふふっ、優人可愛い」

 

「……何も案が無いなら俺が決めるぞ」

 

 店から出て、ろくに答えないたえの手を引きながら、スイーツを売ってそうな場所に向かうのだった。

 まあ、こんな休日も悪くない……かも?





ガチャは聞くな


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我が心は跳ね回る


つまり、心臓バクバク。



 香澄たちPoppin Party、通称ポピパは、まあまあ人気なバンドグループだ。

 

 大きな大会で成績を残したりはしていないのでRoseliaほどの人気も知名度もないが、その代わりに地域密着型であるみたいだ。ファンの密度というか、その辺りが非常に強いのが特徴らしい。

「要は、Roseliaとかパスパレは全国区のアイドルで、ポピパはご当地アイドルみたいなもんなんだよ!」と前に友人が熱弁していた。

 

 で、そのファンの密度という意味不明な何かがなせる技なのか。香澄達のライブが終わると、チョココロネの山がファンから差し入れられる事が多い。

 貰ったはいいけど量が多すぎるという事で、俺が連れてこられた回数は数知れず。

 

 お陰でチョコを見ると少し胸焼けがするようになってしまった。チョココロネに罪はないし、ファンの好意だから無下にも出来ないんだけどさぁ……。

 

 これはポピパだけなのかというとそうではなく、たえからの又聞きになるが、ファンが付くような他のバンドも似たようなものらしい。

 中でもアイドルバンドのパスパレは凄まじいようだ。聞いてはいないが、多分Roseliaも似たようなものなのだろう。

 

 ……どこにでも、熱狂的なファンは居るという事なのかな。その熱意には感服する。

 

「じゃーん。どう?似合ってるかな」

 

「似合ってるけどチョココロネのポーズはどうなんだ」

 

 謎のドヤ顔でチョココロネのポーズとやらをしながら、たえが着替えた衣装を見せつけてくる。

 昨日届いたばかりらしい新品を着たたえは、上機嫌にくるりと一回転した。

 

 今度やるライブに使うらしいが、なんで喫茶店で使えるような感じの衣装なんだろうか。いや、まあ似合ってるし良いんだけど。

 

「それにしても、チョココロネありがとうライブだったっけ?ファンに日頃の感謝を伝えるって、それ自体は良い事だと思うけど……そのために衣装新調するのって、正直どうなんだ?」

 

「今回だけしか使わないって訳じゃないし、それに衣装の種類があるとテンション上がるよ」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうもんだよ」

 

 たえが俺の隣に座って、まだ着替えている4人を待つ。市ヶ谷さんの部屋で着替えているらしいが、着替えるのにそれほど時間の掛かる衣装ではない筈だし、もうそろそろ来るだろう。

 

「それにしても、着替えるんなら此処で着替えれば良かったのにさ。俺が外で待つだけでいいんだから、そっちの方が効率的だろ」

 

「でも香澄が有咲の部屋を見たいって言ってたし、どっちみち有咲の部屋で着替えることになってたんじゃないかな」

 

「ふーん。ほい麦茶」

 

 表面に水滴が出て来ている容器から麦茶を2人分注いで、一つをたえの前に置く。俺が自分の分を一気飲みしていると、たえは近くに置いてあったカバンから何かを取り出した。

 

「ありがとう。はい、きのこの里」

 

「少し間違ってるぞ」

 

「はい、きのこの里」

 

「認めないつもりかお前」

 

 暑い外を歩いて来た時に溶けだしていたのか、チョコの部分がデロっとしつつあるきのこを一つ口に放り込み、一気に甘ったるくなった口の中を再び麦茶で流す。

 

「あー……甘い」

 

「チョコなんだから甘いよ」

 

「うん。いやまあ、そうなんだけどさ……最近どうも甘ったるい物ばかり食ってる気がするな」

 

 お陰で最近、甘くないものの方が好きになりつつある……というか、普通に苦めの物を身体が欲するようになってきていた。

 

「缶コーヒーとか買ってくるか……?」

 

「あっ、それで思い出した。私ちょっと行ってくるね」

 

「……?行ってらー」

 

 俺のボヤきにたえが反応したかと思うと、そのまま蔵から出て何処かへと向かう。

 そうしてたえが出てから10秒も経たない内に、香澄達が戻ってきた。

 

「今おたえとすれ違ったけど、衣装着たまま何処に行ったんだ?」

 

「さあ?行先は言ってなかったから俺にも分からん」

 

「ふーん。…………まっ、別にいいか。おたえの事だし、どうせすぐに戻ってくるだろ」

 

 どうせ予想するだけ無駄だという事を経験から分かっている皆は特に気にせず、たえが戻ってくるまで雑談に興じる事にしたらしい。

 たえが居ないから練習できないって事なんだろうから、あいつにはサッサと戻ってきて貰いたいものだが……。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

「おい香澄。それ私のセリフだからな?つーか、なんかお前ん家みたいなくつろぎ方してるけど、ここ私ん家だぞ」

 

 たえが戻ってきたのは、それから3分くらい経過してからだった。まるで自分の家みたいにくつろいでいる香澄にツッコミを入れながら、市ヶ谷さんは何かを乗せたお盆を持っているたえを見た。

 

「なに?ばあちゃんが何か持ってけって言ってたのか?」

 

「そういう訳じゃないよ。ただちょっと、飲み物の種類を増やそうと思って…………はい、どうぞ」

 

 そう言いながらたえがテーブルの上に置いたのは、黄金に輝く二つのランプだった。

 

『…………………………』

 

「ささ、遠慮しないで飲んでいいからね」

 

「……あの、おたえ?これは一体……」

 

 自信満々な顔をしているたえの前で、もう見慣れつつある困惑顔の4人。俺はというと、無言で麦茶を自分のコップに注いでいた。

 沙綾が代表して、たえがたった今置いたばかりの二つのランプを指さして問うと、たえは自信満々に答えた。

 

「見て分かるでしょ。魔法のランプ」

 

「ああ、うん。やっぱりそうなんだ……」

 

「いやいやいや!?やっぱりそうなんだ、じゃねーよ!何でこんなもんが有るんだよ!!」

 

「家から持ってきた!」

 

「ドヤ顔で言うことじゃねーからな?!」

 

 それはもう、光り輝かんばかりのドヤ顔だった。

 りみと香澄は手を伸ばし、しかし躊躇いがちに手を引っ込めるという動作を繰り返している。触る勇気が無いのだろうか。

 

「でも家じゃ好評だったんだよ、このランプ。お母さんもお客さんに飲み物出す時はコレ使ってるんだから」

 

「おたえん家はそうだろうな、おたえん家はな」

 

「という訳で、はい飲んで。多分こっちがコーヒーで、多分こっちが紅茶の筈だから」

 

「何でそんな微妙に不安になるような事を……普通に蓋開けて確認すれば良──」

 

「ダメだよ有咲!」

 

 たえが市ヶ谷さんの手を掴んで止めた。疑問の目を向けた市ヶ谷さんに、たえはゆっくりと首を左右に振りながら、こう言った。

 

「どっちか分からない状態で注ぐ瞬間が、一番の楽しみなんだから」

 

「まるで意味が分からねぇ」

 

 市ヶ谷さんの言葉に、たえ以外の全員の心がシンクロした。

 

「……分かったよ。蓋を開けないで注げば良いんだろ?まったく……」

 

「でも中身は紅茶かコーヒーって分かってるんだからダメージは無いよね」

 

「変な物が入ってるよりは余程マシ、か」

 

「有咲ストーップ!」

 

 そう言いながら左のランプを手に取ろうとした時、それに待ったをかけた者がいた。香澄だった。

 

「今度は香澄かよ。なんだ?」

 

「私がやりたい!」

 

「はぁ?まあ、別にいいけど……何でだ?」

 

「ワクワクするじゃん!」

 

「…………そうか」

 

 市ヶ谷さんがそれだけ言って引き下がると、香澄はどれにしようかな。なんて言いながら指を交互にさし、右のランプを取った。

 

「これに決めたっ!」

 

 香澄が自分のコップに向けてランプの先端を傾けると、そこから橙色っぽい、明らかに紅茶の色ではない液体が飛び出してきた……。

 

「…………えっ」

 

 これには香澄もドン引きらしく、急いでランプを水平に戻してテーブルの上に置く。

 俺達はコップの半分くらい入った液体を見た後、たえに目線をやった。

 

「おたえ……これは……?」

 

「ごめんごめん。間違えてキャロットジュース入れちゃってたみたい」

 

「どうやったら紅茶とキャロットジュースを間違えるのかと小1時間問いただしたい」

 

「キャロットって……流石おたえちゃん、ブレないね」

 

「それほどでも」

 

「褒めてねぇから」

 

 何故か照れたたえは左のランプを持つと、流れるような動作で俺のコップに向けてランプを傾けた。

 俺が止める間もなく、今度はランプから黒っぽい液体が飛び出してくる。

 

「はいコーヒー」

 

「ああ……ありがと」

 

「お礼を言うのはこっちだよ。優人が缶コーヒーの話をしなかったら、このランプの事を忘れたままだったから」

 

「それはそれでどうなんだ」

 

 ランプからコーヒーが注がれていく光景はシュールで、かつランプの用途を致命的に間違えている。

 俺は前も見ていたから耐性があるけど、初見なら並々ならぬ違和感とインパクトがあるだろう。

 

「こうしてるとさ、なんだか喫茶店でアルバイトしてるみたいに見えない?」

 

「喫茶店にランプは無いって点を除けば、そう見えるかもな」

 

 今の衣装がそういう感じだからか、言われてみればそういう感じに見えなくもない。

 

「やってみたいな、喫茶店」

 

「良いんじゃないか?お前そういうのやっても似合いそうだし、接客の経験はあるだろ」

 

「でも開業資金どうしよう……」

 

「やるって本気で開業する方なんだ?」

 

 アルバイトの話してたから、てっきりそっちかと思ったんだが、どうやら違ったらしい。たえは想像を膨らませているらしく、香澄の言葉など耳に入っていない様子だった。

 

「そうなったら、まず優人に手伝って貰わないといけないよね。マスターとして」

 

「結構真面目に考えるのな……でももしやるなら、きっとそうなるんだろうな」

 

「香澄達にも手伝って欲しいな」

 

 アイスコーヒーで口の中を苦くしながら、たえが語っているのを聞き流す。まあまあ本気で考えているのか、それとも雑談として話しているだけなのか、俺には分からない。

 

「良いねそれ!喫茶店でライブとかやってみたいかも!」

 

「ライブの出来る喫茶店……そういうの有りそうだけど、無いのかな」

 

「名前とか考えてるの?」

 

「お店の名前?うーん……」

 

 指を顎に当てて少し考え込む仕草をしながら、たえは言った。

 

「……うさぎでいっぱいの喫茶店。つまり、ラビットハ──」

 

「それ以上いけない」

 

 なんか凄い悪寒が走ったので、たえの口を手で塞いで無理やり止める。その衣装でその単語を口走るのは、何かヤバい事が起こりそうな予感がした。

 

「どうしたの優人」

 

「いや、なんかさ。それだけは言わせちゃいけない気がして……」

 

「優人君って時々変なこと言うよね」

 

「香澄にだけは言われたくない」

 

 酷い!とか言ってる香澄の前で、もごもごと何かを言っていたたえは俺の手を剥がすと、ジト目を向けられた。

 

「びっくりした」

 

「ごめん」

 

「だめ。許しません」

 

 尤もなお叱りだった。たえは俺の右肩に寄りかかってきたかと思うと、そのまま全体重を俺に掛けてくる。

 

「もう、言ってくれれば心の準備が出来たのに」

 

「だからごめんて」

 

「罰ゲームとして優人には私を支えて貰います。どーん」

 

 俺が身体の向きを変えてたえの肩を掴み、ゆっくりと体重を預けさせる。俺を椅子の背もたれみたいに寄りかかってきたたえは、俺の胸に頭が来るようにしていた。

 

「落ち着く……」

 

「見た感じ随分と慣れてるけど、やっぱ家でもやってるの?」

 

「そりゃまあな。俺達このまま横になって寝たりもするし」

 

「寝たり…………」

 

 そもそもこの体勢、たえが昼寝する時の体勢を起こしたものに過ぎない。そして、この体勢を取るという事は、たえが安心しきっている証拠なのだという事を俺は知っている。

 だから俺はそこから間接的にポピパへの信頼を見て取れて嬉しくなるのだ。たえがそれほどまでに信頼する程の友人を多く得られたという事なのだから。

 

 であるから、顔を真っ赤にしたりみが想像しているような意味はない。と訂正しようとするより先に、たえが思い出したかのように言った。

 

「ああそうだ。優人にもう一つ、お礼を言わなきゃいけない事があったんだ」

 

「……そんなのあったか?」

 

「あった」

 

 すりすりと自分のお腹をさすっているたえに言われてから記憶を漁ってみるが、特に何も思い当たらない。俺がうんうん唸りながら何かあったら考えていると、たえがおもむろに爆弾をぶち込んできやがった。

 

「私、できたよ」

 

 飲み物を口に含んでいた4人が一斉に吹き出した。俺は口に含んでいなかったが、代わりに凄いパニくった。

 

「は?え?!」

 

「あ、優人の心臓が跳ね上がった。うさぎみたいにぴょんぴょんってしてる」

 

「オイオイオイ、冗談にしてもキツいわおたえ」

 

「嘘だと言ってよおたえ……!?」

 

「おたえちゃん、嘘だよね!?」

 

「もうエイプリルフールは過ぎたよ!ジョークにしてもキツいって!」

 

 のんきに早くなった俺の心臓の鼓動を聞いているたえにこぞって詰め寄ると、たえはきょとんとした顔で更に爆弾を投げてくる。

 

「嘘じゃないよ。優人が当ててくれたから、お陰で何とか出来たんだ」

 

「オイオイオイ、おいおいおいおい。死んだわアイツ」

 

「へえ……ゴム抜きでかぁ。大したもんだね」

 

「待って、待ってくれ!俺は無実だから!」

 

「いやでも当てたって」

 

「優人君……とうとう我慢できなくなっちゃったんだね」

 

「待てって!りみも誤解だから!」

 

 ヤバい。何がヤバいって、沙綾の俺を見る目がヤバい。麺棒で人を殺せる目をしてやがる。

 

「たえ、誤解だよな!何かの間違いだよな!そうだと言ってくれよ!?」

 

「そんなこと言われても。私、優人以外とはしてないし……」

 

「望みが絶たれたーっ!!」

 

 ああ、これは死んだな。物理的にも、社会的にも。

 そんな諦めにたどり着いた俺は、気づけば四方向を立っている4人に囲まれていた。

 

「有咲裁判長。判決は?」

 

「死刑」

 

「異議あり!」

 

「却下。被告人は静粛に判決を受け入れろ」

 

 なんて無体な。しかし、原因は意図しないにせよ俺にあるのだからぐうの音も出せない。

 

「私からも聞きたいんだけど、みんな何をそんなに慌ててるの?」

 

 そんな時、たえが片手をあげながらそう言った。その様子は完全に普段通りで、まさか事の深刻さを当の本人が理解していないのか?と思ってしまう程だ。

 

「だって、おたえに子供が出来たって……!」

 

 香澄が何かを堪えながらそう言うと、たえは今度こそキョトンとした。そしてそのまま、信じられないとでも言いたげな顔で俺達にこう言った。

 

「…………そんなこと一言も言ってなくない?」

 

『えっ?』

 

 俺達は顔を見合わせた。いやでも、流れ的にそういう方向だったんじゃないのか?

 俺達の困惑を他所にたえは起き上がって自分のバッグを漁ると、そこから一枚の紙切れを出して俺達に突きつけてくる。

 

「まあいいや。ほら優人、お陰で出来たよ!小テスト!」

 

「セーーーーッフ!!」

 

 それは、数学の小テスト用紙だった。

 

 それを確認した途端、思わずプロの審判ばりのキレキレな動作でコロンビアポーズ。多分、今の俺の前には【無罪】のテロップが出ているに違いない。

 

「えっ?じゃあさっき、お腹をさすってたのは一体……!?」

 

「ちょっとお腹の調子が悪くて」

 

「紛らわしいんだよ!!」

 

 市ヶ谷さんのツッコミが、これ以上にないほど鋭く冴え渡る。そんな市ヶ谷さんなんて見向きもせずに、たえは自慢げに話を続けた。

 

「優人が"この辺じゃね?"って張ったヤマが見事に当たったお陰で…………?どうしたの、みんな」

 

「良かった…………神は、まだ生きてたんだな」

 

「正直、今回ばかりは完全にアウトだと思ったよ……」

 

 脱力した市ヶ谷さん達は力なくへたり込む。これから練習があるというのに、その前に気力を使い切った感があった。

 俺も本気で安堵の息を吐き出しながら、なんだかこの5分程度で精神が酷く疲れたのを感じていた。

 

「……ところでお前らさ。勘違いする言い方したたえが原因とはいえ、俺に死刑判決出してたよな」

 

「私は信じてたよ優人君」

 

「あ、私も私も」

 

「私も!」

 

「……私も」

 

「お前らの手のひらはドリルか何かか?」

 

 さっきまで死刑判決出してた奴とは思えない手のひら返しの速さに、思わずそう呟いてしまった俺は悪くないだろう。



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重たさは人それぞれ


生きてますよ、辛うじて



 

「おいでー。みんなおいでー」

 

 学校終わり。花園家の前を通ったら、庭からたえの声がした。

 

「うさぎの餌やりか?」

 

「あ、優人。おかえり、今日は遅かったね」

 

「まあちょっと委員会の仕事がな。ああはいはい、騒ぐなお前ら」

 

 餌に夢中になってたウサギ達が、俺を見た途端にぴょんぴょん駆け寄って来て鳴き始め、前足でペチペチし始める。

 そんなウサギ達の波をかき分けるようにしてたえの横に座ると、うさぎ達もやって来た。

 

「そうだ。オッちゃん達にご飯あげるの優人も手伝ってよ。はいこれ」

 

「分かった。よしよし、ほらご飯だぞー」

 

 たえと手分けしてご飯を与えていく。昔からウサギを飼ってる花園家が横にあるから、うさぎの餌やりに関してはそれなりに自信がある。

 他の動物?猫にマタタビと猫じゃらし持って接近しても逃げられるのに、餌なんてあげられるわけないだろ。

 

 いやほんと、なんでウサギ以外には好かれないどころか威嚇されるんだろうな。体質にしては酷すぎやしないか?

 改めて自分の極端な動物との相性について考えながら動いていると、いつの間にか全てのウサギにご飯が行き渡っていた。

 

「これで全員にあげられたかな」

 

「大丈夫だと思うぞ」

 

 うさぎ達が黙々と与えられたご飯を食べている。それを改めて見ると、これって動物園とかで見るような光景だよなと不意に思った。一般家庭で、ここまでの数のウサギを飼っている家なんて花園家を除いて他には無いだろう。

 

「こうして黙ってたら本当に和む光景なんだがな」

 

「黙ってなかったら?」

 

「押し潰してくる恐怖の集団になる」

 

 今でこそ笑って済ませられるけど、昔は理由も分からず押し潰されるのが怖くてしょうがなかった。そんな俺をたえは羨ましそうに見てたけど、何度変わって欲しいと思った事か……。

 

「たえちゃーん。オッちゃん達にご飯あげ終わっ……あら優人君じゃない」

 

「どうも。お邪魔してます」

 

 たえの母さんの野々絵さんがリビングから顔を覗かせた。俺に気付くと軽く手を振ってくれたので俺も振り返す。

 

「お邪魔なんて、そんな堅苦しくしなくて良いわよ〜。私達、もう家族みたいなものなんだから」

 

「それは、そうですけど」

 

 俺が答えに困っていると、野々絵さんは何かに気づいたようにハッとしながら言った。

 

「ということは……つまり、優人君は実質的に私の息子って事よね」

 

「…………まあ、そうとも言えますね」

 

 にこにこしながら野々絵さんが近寄ってくるのに、俺は凄い嫌な予感を感じながら後ずさった。あれは凄く碌でもないこと考えている顔だ。

 

「たえちゃん、キャッチよ!」

 

「ぎゅーっ」

 

「なっ!?しまっ……!」

 

 そのまま後ずさって家に逃げ帰ろうと思ったのだが、たえが後ろから羽交い締めしてきて動きを止めてきた。そんな俺達を、オッちゃん達が食べるのを止めて見ている。

 

「くそっ、放せ!」

 

「やだ。死んでも離さない」

 

「そういう放せじゃねーし、しかも重すぎるわ!」

 

「むっ失礼な!私、別に重くないよ!!」

 

「体重の話なんざしてねーよ!」

 

 どうだと言わんばかりに体重を掛けてきた。……確かに、たえが言う通り軽い。軽いんだが……色々当たってんだよなぁ。

 散々たえと色々しといて今更なに恥ずかしがってんだと言われそうだけど、心の準備が出来てないのに不意に身体接触するとドキッとするに決まってる。

 

「ああもう、分かった!分かったし逃げないから放せ!」

 

「ふふん、私の勝ちだね」

 

「……そもそも勝ち負けなんてねぇよ」

 

 野々絵さんに言われて捕まえてただけだろうに、いつの間に俺との勝負に変わったんだろう。

 

「じゃあ負けた優人には何をしてもらおっかな」

 

「ちょっと待てぃ!!」

 

 しかもなんで勝手に勝ち負けを決められた挙句、罰ゲームまでやらされる流れになってんだよ!

 

「どうして罰ゲームなんてやらされるんだ!俺はやらんぞ!」

 

「……うん。優人には、うさぎパジャマを着てもらおうっと」

 

「嫌だっての!あれ女性用のだって言ってるじゃねーか!」

 

 着れるけど、自分でも分かるくらい微妙だ。たえはそんな俺とペアルックとか言って写真取ろうとするし、それをポピパのグルチャに上げもする。

 ちなみに市ヶ谷さん曰く「最初に見た時は腹筋が爆発した」らしい。つまり、それくらい似合ってないって事だ。

 

「大丈夫。ぜったい可愛いから」

 

「お前のセンス絶対おかしいよ」

 

「若いっていいわねー」

 

 そんなやり取りを近くで見ていた野々絵さんは、そう言って微笑んだ。そして野々絵さんは、その微笑みを浮かべたまま何の脈絡もなくこんな事を言い出す。

 

「ねえ優人君。私の事、ちょっとお母さんって呼んでみない?」

 

「何を言ってるんですか、いやマジで」

 

「照れないで、さあカモン!」

 

「野々絵さんってそんなキャラでしたっけ」

 

 淡々と流さないとこの先生きのこれない事を経験から学んでいる俺は、これ以上ないほど適当に野々絵さんの発言を流す。

 少し悪い事をしてるなと思わないでもないけど、こうしないと疲れ果てるのは俺なので申し訳ないがセメント対応で流させて貰っているのだ。

 

「あっ、もしかして練習してないから照れて言えないとかかしら?」

 

「お母さんって呼ぶのに練習なんてするもんですかね」

 

 気恥ずかしさがあるのは否定しないけど。だって親しいとはいえ他人様の母親だし、生まれてから母さんと呼んでるわけじゃないから違和感も感じる。

 ……そういう意味では、練習が必要というのも間違いではないのかもしれない。

 

「私も練習しなきゃ。息子さんをたえちゃんに下さいってね」

 

「それ色々と間違ってますよ」

 

「そうだよお母さん」

 

「お、おお……たえが言うのか」

 

 珍しくたえも賛同してくれた事に軽い驚きを覚える。普段は野々絵さんと結託してるんじゃないかってくらい俺を困らせるのに、今日は比較的まともなのだろうか。

 

「優人は嫁入りなんだから、そこ間違えたら駄目だよ」

 

「本気で言ってるならキレるぞお前」

 

 とか思ってた俺は実におめでたい奴だったらしい。でもまさか5秒と経たずに前言を翻す羽目になるとは思わなかったぞ。

 

「優人は私の嫁」

 

「うっせえドアホ」

 

「アホって言った方がアホなんだよ」

 

「いまアホって言ったろ」

 

「優人もアホって言ったよね」

 

 たえのアホ。優人のアホ。そんな感じにお互いにアホアホ言い合っているのを、野々絵さんは楽しげに見つめていた。

 

 

 

「私の好きなところってどこ?」

 

 その日の深夜、たえから突然そんな事を聞かれた。

 2人で寝ると流石に少し狭いベッドの上で、俺は横のたえを目線をやる。

 

「どうした藪から棒に」

 

「ちょっと気になっちゃって。優人は何処を見て私を好きになったのかなって」

 

 たえがこういう質問を投げてくる時は、大体が自分の中に生まれた不安から目を逸らしたい時だ。俺はその不安を解消させるために、たえの頬に手を置いた。

 

「全部っていって納得するか?」

 

「するけど、もう少し欲しいな」

 

 たえの綺麗な指が俺の鎖骨の辺りに置かれる。つーっと動いた指は俺の喉を伝って、そのまま唇に到達する。

 たえは直後にその指を俺の唇から離し、自分の唇に強く押し当て、その指をまた俺の唇に戻してきた。

 

「間接キス」

 

「そうだな」

 

 頬を優しく摘んで柔らかさを堪能しながらそう返すと、どういう訳か不満顔だ。

 

「もっと反応してよ」

 

「間接じゃないキスなんて何度もしてるんだぞ。逆に反応に困る」

 

 ついさっきまで何度もしていた事だし、今更その程度で恥ずかしがったりはしない。初心な俺はとうの昔に消え去っているのだから。

 

「うーん。そういえばそうだった」

 

「まったくお前は……」

 

 俺の手はたえの頬を離れ、たえの指と逆に首を伝って鎖骨の方へ降りていく。そのまま降りていった手は、たえの心臓の鼓動を感じられる胸で止まった。

 たえのキメ細かい素肌は、俺の手のひらに言いようもない心地よさを伝えてくる。

 

「えっち」

 

「知ってる」

 

 真顔で返すと、たえはぷっと軽く吹き出した。唇に触れていた指が動き、今度は俺の頬をツンツンとつつき始めた。

 

「ここで新事実。実は私、少し大きくなったんだよ」

 

「なにが?」

 

「えっち」

 

「聞いただけじゃん……」

 

「ニヤニヤしてる。分かってるんでしょ?」

 

 もにもにと手を動かしていると、ツンツンしてくる速度が早くなった。俺が手を止めると、たえはその手を引き剥がしてきて、そのままガッチリと俺の手をホールドしてくる。

 

「もう、仕方ないなぁ優人は。でも私以外にやっちゃ駄目だよ」

 

「やらないやらない」

 

「ならよろしい。花園ランドでの終身刑で許してあげよう」

 

「許すのハードル低いなオイ」

 

 ……いや、高いのか?いかんな、分からなくなってきた。相当毒されてるみたいだ。

 

「そうかな。優人が思ってるほど甘くないよ」

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ。先ず朝はしっかり早く起きてランニングしてー、それから夜まで労働してもらってー、お風呂入ってご飯食べて寝てもらう。ふふん、過酷でしょ」

 

「ただの健康的な一般家庭の日常じゃねーか」

 

 そうとも言うね。とたえが笑う。そうとしか言わねーよと返すと、何がおかしいのか笑みを見せてきながら言った。

 

「優人って面白いね」

 

「お前にだけは言われたくなかった」

 

 お前が言うな。の方が正しいのかもしれない。

 どちらにしろ、たえが言っていいことではないのは確かだろう。他人から見れば、たえの方が遥かに面白い人だろうから。

 

「酷くないかな」

 

「酷くない」

 

 常夜灯の薄暗い光が艶やかな黒髪を照らしながら、その存在を主張してきている。

 長く艶やかな黒髪に、整った顔立ち。いわゆるモデル体型な上にクールビューティと呼ばれるように変化を見せなさそうな真顔……

 

 ほんと、たえを構成する要素を抜き出して見れば完全に凄い美人なのに……どうして声を出すと残念な内面が余ることなく飛び出してくるのか。

 まじまじと見つめなくても外見の良さが分かるだけに、その残念さが際立っている。

 

「……お前ってさ」

 

「うん?」

 

「綺麗だよな」

 

「そんなに褒めても人生しか出せないよ」

 

「うわぁ重い」

 

 ぽっと顔を赤らめたたえには悪いが、正直今の発言は自分でどうかと思った。振り返ってみると話がおもむろに飛んでるし、しかも出てきたのが容姿を褒める言葉って完全に気持ち悪い奴じゃないか。

 

「何も乗ってないよ」

 

「重いって物理的な意味じゃなくてだな」

 

「私が重いって言うんだね?酷いっ」

 

「だからそうじゃなくて……」

 

 溜息を一つついてから、シミ一つ無い天井を見上げる。もう嗅ぎ慣れたたえの部屋の匂いが鼻腔をくすぐった。

 たえの部屋は大抵の人の予想に反して、何処も彼処もウサギまみれ……というわけではない。ヘッドボードの上にウサギのぬいぐるみが置いてあるとか、壁にウサギの絵が飾ってあるとか、そういう感じで控えめにしか無いのだ。

 

 ……しかしいつ見ても思うが、たえの部屋って広いなぁ。俺の部屋より広いし、しかもビデオデッキやらスピーカーやら完備してやがる。

 

「……ふんっ」

 

「おわっと」

 

 たえの部屋を見える範囲内で観察していたら、唐突にたえが俺の腰に手を回して引っ張ってきた。

 頬をぷくっと膨らませているたえはギャップからか本来の三割増しくらい可愛く見えたが、どうして急にそんな事をするのか……

 

「……まさかとは思うが、自分の部屋に嫉妬したとかじゃないよな」

 

「ふーんだ」

 

 思い当たる事を適当に言ったら図星なのか目を逸らす。なんで自分の部屋にまで嫉妬してんだコイツ。

 たえは目を逸らしたまま、深刻そうな声色で呟き始めた。

 

「……夜って、実はあんまり好きじゃないんだ」

 

「急にシリアスめいた雰囲気醸し出して誤魔化せると思うなよ?」

 

「静かだし、真っ暗闇で先が見えなくて、気付けば後ろも分からなくなって……」

 

「無視かい」

 

「そう思うとトイレに行けなくなるよね」

 

「しかもオチがそこか」

 

 なんつーしょうもない話を……。もうちょっとカッコよかったら誤魔化されてやろうかとも思ってたけど、オチがそれだと誤魔化されてやる訳にもいかない。

 

「……あ。今の歌詞に出来そうじゃない?」

 

「いいんじゃないか?タイトルは夜トイレに行けない歌に決まりだけど」

 

「実はタイトル案も閃いた。うさぎは月を見上げて夜を駆ける。とか良いかも」

 

「いやいやいや。トイレに行けないってイメージがどうして…………ああ、駆けるってトイレ目掛けて?」

 

「トイレ目掛けて」

 

 たえは頷いた。アホか。

 

「……もう寝ようぜ。明日が辛くなる」

 

「もう今日だよ優人。こんにちわー」

 

「うっせ」

 

 俺が大あくびをすると、たえにも伝染ったらしくたえも大あくびをした。深夜帯の謎テンションのせいなのか、そんな些細な事が面白く感じた俺たちは、眠気が来るまで顔を見合わせて笑っていたのだった。

 



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帰ってきたウルトラたえ


おたえの作品が増えていない以上、大人しく棺桶で寝てなんていられないんでね!



 

「優人。私は今、とても怒ってる」

 

 話があると呼び出され、俺の家のリビングに連れてこられた俺は、あからさまにムスッとした表情のたえにそう言われた。

 それだけなら何かやらかしたかと身構えるところだが、俺はたえに怒られるような事をした覚えは無いし、たえも俺の手元の煎餅に目線をやっているから、実は怒っているポーズをして煎餅を要求しているだけなのかもしれない。

 

 なんにせよ重要な話ではないだろう。このとき俺はそう考えていた。

 

「……そんなこと言われても、俺なんかやったか?ほい煎餅」

 

「ありがとう」

 

 パリパリと煎餅を齧る片手を止めず、もう片手で煎餅を物欲しそうに見ていたたえの口元に持っていく。

 すると、たえは煎餅に齧りつき、もぐもぐして飲み込んでから更に齧りつき、もぐもぐして飲み込んでから更に……

 

「おい待て。あげといて言うのもなんだが、怒るんだか食うんだかハッキリしろ」

 

「………………」

 

「いや食う方優先なの?」

 

「もう一枚ちょうだい」

 

「おい」

 

 お前の怒りは煎餅一枚以下なのか。やっぱ煎餅が欲しいだけだろ。そうツッコミたいのを我慢して、俺はたえが満足するまで煎餅を口元に運ぶ仕事に暫く従事しなければならなかった。

 

「──で、なんで怒られてんの俺。怒られるようなことをやった覚えはないんだが」

 

 煎餅が残り5枚になったタイミングで、これ以上喰われてなるものかと俺が話を戻す。たえは煎餅で満足していたのか、俺に言われて「そういえば」みたいな顔をした。

 ……なんで自分から怒られにいかなきゃならんのかという疑問は心の奥底に封印。たえと一緒に居て、そういうのを言い出すとキリがない。

 

「そうだった。ねえ優人」

 

「なにさ。ホントに心当たりは無いぞ」

 

「私ね、とても楽しみにしてたの」

 

「はい?」

 

 唐突に、たえは酷く落ち込んだ顔を俯かせた。その仕草に思わず心臓がドキッとしてしまう。

 たえは煎餅を手に取りながら言った。

 

「その日が近づくと何時も玄関で待って、ギターの練習も玄関でやって、家に帰ったらお母さんに聞いて」

 

「ああ」

 

「でも来ないの。その日が過ぎて、何時まで経っても来ないの。私、嫌われてるのかなって考えたら落ち込んじゃって、みんなにも心配された」

 

「ああ……」

 

 あ、これマジでやらかした奴?

 

 つうっと俺の背中にやけに冷たい汗が流れる。経験上、こういうガチの落ち込み方をした時は俺に非がある。

 そして落ち込み具合的に、俺が何かやってはいけないミスをしでかした可能性が高い。

 

 いや待て落ち着け。まだだ、まだ勘違いの可能性もある。

 

 俺Aの発言に、しかし俺Bが反論した。

 

 だが、たえがこうなった時、勘違いだった事が今まであったか?

 

 …………無い。

 

 ヤバいヤバいヤバい。たえがここまでの落ち込みを見せるって相当だぞ。

 考えろ俺、考えろ!なんだ、何を忘れてる?

 

「だからね、優人には責任とって貰うの」

 

「ちょっと待て。待ってくれ。悪いがマジで身に覚えが無い。教えてくれ、俺は何をやらかした?」

 

「…………覚えてない?本当に?」

 

 たえは信じられないとでも言いたげな目で俺を見る。そして、たえにしては珍しく大きな溜息をついて、ムスッとした表情を作った。

 そしてその表情のまま煎餅を更に一枚持っていく。

 

「信じられない。あれだけ毎年楽しみに待ってたのに。恒例行事だったのに」

 

「ええ……?うーん……」

 

 恒例行事。この時期に?心当たりが無さすぎる。夏祭りではない、花火大会でもない。本当に何なんだ?

 そうやって混乱する俺を他所に、たえはスウッと息を吸い込んで──

 

「スイカ!!!」

 

 堂々と、そう言い放った。

 

「……は?」

 

「今年はスイカのお裾分けが無いよ!!」

 

 ………………

 …………

 ……

 

 リビングにバリバリと煎餅を噛み砕く音が響く。俺が固まったのを見て、たえは不思議そうにこっちを見ながら、また煎餅を持っていった。

 

「いや、あのな……」

 

「優人、どうかした?」

 

「俺の心配を返せよ!!!」

 

 つまりこういうことだ。

 毎年ウチの親戚の人が夏になるとスイカを送ってくる。しかし一玉ではなく二玉、三玉と送ってくるため、とてもじゃないが俺の家族3人で食べ切れる量ではない。

 なので近所にお裾分けに行くのが毎年恒例のようになっていて、たえはそのスイカをとても楽しみに待っていたそうだ。

 

 ただ今年は珍しく、例年の時期になっても親戚からスイカが送られてこない。だから当然スイカのお裾分けも無いのだが、その事を知らなかったたえは、俺がたえの分までスイカを食べたと思ったらしいのである。

 

「……色々とツッコミたいことはあるが、まず言わせてくれ。それは俺がスイカをそれほど好きじゃないと知っての発言か?記憶が正しいのなら、俺は自分の分までお前にあげてた──というかぶんどられてたんだが?」

 

「そうだっけ」

 

 たえがぷいっと目を逸らす。だがその仕草こそが、たえが俺の分まで食ってた事を記憶している証拠だ。

 たえが伸ばしてきた手を叩き落として煎餅を確保してから俺は言った。

 

「そもそもの話、スイカ食いたいなら買ってくればいいだろ」

 

「お母さんと私だけで一玉は流石に厳しいよ。食べられなくはないけど」

 

「……なんで一玉食う前提なんだ」

 

「とにかく、私は怒ってる。伝えてくれてれば諦められたのに、教えてくれなかったから期待させられた。

 乙女心を弄んだ罪は重いんだからね」

 

 どこにスイカで揺れ動く乙女心があるんだと言ってやりたい。言ったら「ここにあるよ」とか返されそうだから言わないけど。

 

「弄んだつもりは無いし、ぶっちゃけスイカで怒られるのは予想外すぎるんだけど……伝えなかったのは悪かったよ」

 

「つーんだ」

 

「そんなにスイカ食いたいのか」

 

「ふーんだ。スイカで機嫌取るなら今のうちだよ」

 

 寄越せと言わんばかりに手のひらを出しながらの、あまりにド直球なおねだりに思わず苦笑いが溢れる。

 まあ、確かに伝えなかった俺にも非はあるか。

 

「分かった分かった。じゃあ買いに行くか」

 

「よしっ、すぐ準備するね」

 

 ガッツポーズをしたたえは俺が左手を伸ばした煎餅を掠めとると、そのまま走ってリビングを出て行った。恐らく自分の部屋に財布などを取りに行ったのだろう。

 そんなたえを見送ってから俺は空を掴んだ左手に目線を向けて、そして気づいた。

 

「あいつ…………最後の一枚、持っていきやがった……」

 

 

 

 

 さっきまでの落ち込みは何処へやら、一転してルンルン気分なたえを連れてやって来たのは、駅前のショッピングモールである。

 おやつの時間くらいから外に出たからか、もう時間は4時を回ったところだ。

 

「夕方になれば涼しくなると思ったんだけどな」

 

「そんなことなかったね」

 

 夏真っ盛りな今、夕方とはいえ普通に暑い。飛び込むようにして入ったショッピングモール内のガンガンに効いた冷房が肌に良く沁みた。

 

「スイカは……地下の食品売り場にでも行けばあるか」

 

「ねえあれ見て優人。ウサギ招き猫」

 

「秒で矛盾すんのやめ…………うっわマジか」

 

「買おう」

 

「やめろ。……なんでカレーランプといい、ウサギ招き猫といい、変なのしか売ってないんだよ」

 

 途中たえが雑貨屋に引き寄せられるトラブルがあったものの、なんとか諦めさせてエスカレーターで地下へと降りる。

 

「あっそうだ、ついでに夕飯の買い物に付き合ってよ」

 

「良いけど、まずスイカを見つけてからな」

 

 スイカはすぐに見つかった。夏場の目玉商品として売りたいのか、目の着く場所に堂々とコーナーが設けてあったからだ。

 

「で、どうする?半分にカットされた奴と一玉まるっとの奴があるけど」

 

「それはモチロン一玉に決まってるよ」

 

「おいおい。食べ切れるのか?」

 

「大丈夫だよ。うちは食いしん坊しかいないから、一玉くらいなら余裕で無くなるし」

 

 時間が時間だからか、夕飯の買い物に来ている人が多い。……傍から見たら、俺達も同じように見えているのだろうか。

 

あいつら(ウサギたち)って、そんなに食うの?」

 

「食べられるけど、あげるのはほんとに少しだけ。じゃないと身体を悪くしちゃうから」

 

「へー。でもそれじゃあ一玉を消費するのって難しくないか?お前と野々絵さんの2人だけだろ」

 

「えー、そうかな?幾らでも使いようはあるよ」

 

 真剣な眼差しでスイカの方を見ているっぽいたえは、その目線を動かさずにそう言った。

 

「例えば?」

 

「まずは無難に生でいくよね」

 

 そりゃそうだろう。というか生以外の選択肢はあるのかと聞きたい。

 

「次に思いつくのはサラダかな」

 

「まあ……そういうのもあるか」

 

 花園家で夕飯とか頂く時に出てきた記憶は無いが、たえが言うのだからサラダにも使うのだろう。

 ……スイカをサラダに使うなんて聞いたことも無いけど、そこは花園家だしな。

 

「優人の家では使わないの?」

 

「普通使わなくね?」

 

「うーん。好みの問題なのかな」

 

「というか、滅多に聞かないだろ」

 

 俺の横に居た主婦が、スイカ売り場のすぐ隣にあったキャベツをカゴに入れて持っていく。

 ふと周囲を見渡してみると、ちょうど混む時間なのか、段々と客の数が多くなってきているようだった。

 

「優人は嫌い?」

 

「さっきも言ったろ。好きじゃない」

 

「でも嫌いじゃないから、出たら食べるんだよね。ツンデレさんだ」

 

「食べ物の好き嫌いにツンデレって表現使うの初めて聞いたわ」

 

 しかも誰がツンデレだ。そんなツッコミの言葉を何とか飲み込んで、何を吟味しているのか、いっこうに動かないたえを軽く小突いた。

 

「そろそろ決めろ。立ちっぱなしも迷惑だし、早く帰らないと夕飯に遅れる」

 

「あっ、そうだった」

 

 ……どうやら忘れていたらしいたえは、そこでようやく動きだす。

 

「でも好き嫌いは良くないよ。ちゃんと野菜も食べないと、立派な大人になれないって良く言うし」

 

「スイカは野菜なのか……?」

 

「スイカは食後のデザートだよ。そうじゃなくて野菜の話」

 

「今はスイカの話してるだろ?」

 

 

「え?」

 

「は?」

 

 

 何故そこで素っ頓狂な声が……いや、もう何故、という言葉を使わなくても良いか。何処でズレていたんだろうな。

 

「……待った、確認させろ。お前は何の話してた?」

 

「何って、キャベツの話だけど」

 

「なんでキャベツ」

 

「さっき言ったじゃん。夕飯の買い物に付き合ってって」

 

 ほら、とたえが見せてきたメールには、野々絵さんから送られてきていた買い物リストが記載されていた。買い物内容的に、花園家の今日の夕飯は回鍋肉らしい。

 

「ああ、夕飯の買い物に含まれてたのか……まさかとは思うが、俺が最初に一玉か半分かって聞いた時から、もうキャベツの話してたのか?」

 

「逆になんでスイカの話になるの?スイカは一玉で確定だから、わざわざ聞くほどの事じゃないよ」

 

「おう。………………そうか。そうだな」

 

 言いたいことは山ほどある。あるが、言ったところで仕方ないので、俺は溜息と共にそれを胃の中に押し込めた。

 いつも通りのたえだったってことで納得しよう。

 

「話を戻すけど、本当にスイカ一玉も食えるのか?」

 

「家でも言ったけど、食べられない事はないんだよ。けど、今年はポピパのみんなとも食べたいんだよね。

 だからスイカ割りをやろうと思ってるんだ」

 

「前後の話の流れが微妙に分からん」

 

「そうだ、みんな呼んでスイカ割り大会やろう」

 

「話を聞け」

 

 また勝手に突っ走りはじめたたえを止めることは難しい。それを身をもって知っている俺は、早々に止めることを諦めて買い物カートを押してレジまで向かうのだった。

 

「でもまさかとは思うが、スイカ一つだけでスイカ割り大会とか言うつもりか?」

 

「大丈夫。スイカ柄のビーチボールはちゃんと持ってるから」

 

「ああ、そう……」

 

 まあ雰囲気は味わえるからセーフ……なのか?

 





私が安心して眠るためにも、おたえの作品はもっと増えるべき


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