瞬身の使い魔 (EKAWARI)
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第一章「瞬身と呼ばれた青年とゼロと呼ばれた少女」
プロローグ


ばんははろ、EKAWARIです。
活動報告でも書きましたが、ルイズに同作者のNARUTO二次作「うちはシスイ憑依伝」よりうちはシスイ憑依オリ主召喚なクロスストーリー「瞬身の使い魔」始めました。
それと始めに、投稿したと思ってたのにプロローグの投稿出来ていなかったことお詫びします。いくら時間がなかったからって確認怠ってサーセン。
一応この話はシスイ伝読んでなくてもわかるようには書くつもりで、大まかな流れ自体は(終盤直前までは)ゼロ魔原作沿いで進みますが、サイトとしーたん(シスイ憑依オリ主)では性格面も戦闘スタイルも大分異なっておりますので、ルイズとの関係性も恋愛方向に進んだりはしない予定です。
大体原作でいうところのサイトが零戦に乗りタルブまでシエスタ達を助けに行き、ルイズが虚無に目覚めて戦艦を落とす話の時間軸ぐらいまで進んだらこの物語は完結する予定です。
短い付き合いですがよろしくおねがいします。


 

 

「あんた……誰?」

 

 煙の中から現れたのは、クセの強い黒髪に、まるで闇のように暗い黒の瞳をした、見たことのない装束の血の臭いを纏う青年だった。

 泣いていたのか涙の後の残る顔で、まるで壊れそうな瞳で、呆けるように自分の姿を見るその男は、暫くの間を置いた後狂ったように、笑った。

 

 ―――――その出会いを、彼女が忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 其の日、彼女……王家に連なるヴァリエール公爵家の三女であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは緊張した面持ちでその儀式に臨んだ。

 魔法使いのパートナーを決める春の使い魔召喚の儀式は、ハルケギニアでも由緒と伝統のある大事な儀式だ。これによって召喚される使い魔により術者の力の強さや、属性がわかるとまで言われている。そして、この儀式に失敗することはトリステイン魔法学院で留年してしまうことをさしており、魔法使い(メイジ)としての資質を問われざるをえないほどの大失態を示すことになる。

 だから、彼女は何度儀式に失敗し、学友達に中傷されても、諦めろと言われても使い魔を召喚することを諦めることは出来なかった。

 彼女はヴァリエール公爵家の息女なのである。

 ハルケギニアにおいて、貴族とはメイジであり、メイジの全てが貴族ではなくても、貴族は魔法が使えるのが当然とされるものであり、その証拠に彼女の姉2人も両親も当然のように魔法が使える。

 ルイズだけなのだ。

 何度魔法を使おうとしても、爆発という結果だけ起こして魔法に失敗するのは。

 理由などわからない。なんで出来ないのかわからない。人一倍努力してきた過去もある。周囲に馬鹿にされたくなくて打ち込んだ勉学では座学で学年一位をキープしている。それでも彼女は周囲に笑われ続けてきた。魔法が使えない『ゼロのルイズ』として。

 だからこそ、この使い魔召喚の儀式に失敗するわけにはいかない。

 メイジを見るには使い魔を見ろという。裏返せば立派な使い魔さえ召喚出来たなら、自分はもうゼロのルイズと馬鹿にされることはなくなるだろう。公爵家の娘として相応しいと胸を張って生きることが出来るだろう。

 だから、彼女は強い使い魔が欲しかった。諦め、メイジとしての道を閉ざすことなど到底出来なかった。

 それでも相次ぐ失敗を前に学友達も痺れを切らし始めた。

 それを見て、教員のコルベールは「もう、いいでしょう。諦めなさい」とそう口にした。

 彼はルイズが如何に努力家であるかは知っている。出来るなら諦めろなんて言葉は口にしたくはなかったが、それでも1人の生徒だけを贔屓するわけにはいかないという意味では妥当な判断だった。

 そんなコルベールを前に、ルイズは必死な顔をして、「あと、一回。あと一回だけお願いします」そう頼み込む。その熱意を前に、コルベールも「あと一回だけですよ」とそれを許した。

 失敗は許されない。

 可愛らしいその顔に悲壮な表情を浮かべ、ルイズは再び杖を片手にきゅっと胸を当てながら使い魔召喚の呪文を凛とした声で高々と紡ぎ出した。

 そして何度目に渡るかわからぬ爆音。

 それを聞いた周囲の生徒はまたルイズが失敗したのだと思ったのだろう「もう、いいだろ」とか飽きたような声を出すが、コルベールとルイズ、それと何人かの生徒はそれに気付いた。

 煙の向こうに何かが立っていた。

(わたし……成功したの?)

 呆けたようにルイズはその何者かの陰を見る。

 そして、煙が晴れそれは現れた。

 

 黒い髪、黒い瞳、黒い装束の咽せるような血の臭いを纏った……泣いていたかのような姿をした青年。

 鳶色の瞳と黒い瞳が知らず向き合う。

 

 

 この日、『うちはシスイ』という存在に憑依して生きてきた瞬身の使い魔と、のちにハルケギニアの歴史書にその名を残す虚無(ゼロ)の魔法使いは出会った。

 

 

 続く




ご覧頂きありがとうございます。
今回はプロローグなので短いですが、次回の1話は多分5000~1万文字くらいになりそうです。
それと近々パソコンを修理に出す予定なのでもしかしたら2~3話更新したら暫く更新停止状態になるかもしれませんがご理解いただけると嬉しく思います。
尚、次回の後書きでしーたん(主人公)のスペックのほう載せさせていただきます。


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1話

ばんははろ、EKAWARIです。
お待たせしました、瞬身の使い魔遅れながら今回から実質連載スタートです。
それではどうぞ。


 

 

 ―――――最初、彼はそれを理解出来なかった。

 

 目の前に広がるのは、青い匂い沸き立つ草原に大きな青空、そして黒いマントをつけて、白いブラウスとプリッツスカート、或いはズボンを身につけている少年少女達。

 ……何処か既視感を覚える、古い記憶に訴えかけるような組み合わせだ。どこかで見たような気がする。

 そして、その風の匂いも、大地の匂いも嗅ぎ覚えのないものだ。あまりに数秒前まで彼がいた場所とは違い過ぎる。そもそも、先ほどまで、昼ではなかった(・・・・・・・)。それは確かだ。

 やはり、先ほどの、足を取られた際に何かに飲み込まれた感じがしたあれは転移系の忍具か何かだったのだろうか。

 しかし、目の前の少年少女達は忍者というよりは、どちらかといえば……。

 古い記憶を探る彼の前に、一人の少女がやがて進み出た。

 それはクリクリとした鳶色の瞳に、傷一つない透き通るような白い肌、量が多くフワフワとした長い光に透けるようなピンクブロンドの髪をした少女。愛くるしいが日本人の顔立ちでも無ければ、木の葉の人間の顔立ちでもない。その姿を前に既視感が益々強まる。

 どこかで見た特徴な気がする。

 どこで?

 こんな子、会ったことはないはずだ。そう、会ったことは。だが、この特徴は覚えがある。

 そして、少女は言葉を放った。

「あんた……誰?」

 と。

 その言葉を聞いた瞬間、古い記憶がカチリと噛み合う。

 嗚呼、わかった。思い出した。

 これは、この世界は、『ゼロの使い魔』、その召喚の儀式の場面にそっくりなのだと。

 

 1体これはどういう性質の悪い冗談だというのだろうか。

 遙か昔に日本人の青年としての記憶を宿し、NARUTO世界とよく似た平行世界を『うちはシスイ』として15年生きてきた青年は、そのあまりに悪趣味な現実を前に声を張り上げて、嘲笑(わら)った。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 瞬身の使い魔 1話

 

 

「あは、あははは、あははははっ」

 まるで壊れたような声で彼は大声を上げて笑う。それにぎょっとしたような気配が四方から伝わってくるが彼にはそれに構うような心の余裕などどこにもない。

 そもそもこの世界に来た切っ掛けだろう、何かに足を取られたようなあの感覚……その失敗もまた、彼の余裕の喪失から来た弊害だったとさえ言えるだろう。とてもじゃないが、今の彼は心を穏やかにするなど出来ようはずがない。ほんの、数十分前だったのだ、あの事件を、自らの手で起こしたのは。

 彼は今宵……今生にして生み育ててくれた血族のうちは一族を、二人を除いて皆殺しにした。

 

 彼が『うちはシスイ』となったのは今から15年ほど前のことだ。

 それ以前は日本人の青年として日本という国で生まれ育ち、そして27歳の時、妹が就職の内定も決まり、来週の誕生日にご馳走を作りに帰ってくるとそんなメールを貰った矢先、夜勤明けに階段を登っている所を足を滑らせ……おそらくは死んだ。

 そして次に気付けば彼は、見知らぬ家で、見知らぬ女性に『シスイ』と呼ばれ、彼女は自分を『お母さん』だと名乗っていた。わけがわからなかったけれど、それでもその家の家紋でまさかとは思っていたが、そうして知ったのは、その世界が、漫画NARUTOの世界にそっくりな世界で、自分もまたその漫画NARUTOの登場人物であった、3歳の『うちはシスイ』という人物に成り代わってしまっていたというそんな事実だった。

 漫画の世界の人物に成り代わる。それが中学生くらいの子供なら嬉しいのかもしれないが、元社会人だった彼としてはなんというタチの悪い冗談だ、とその時も思ったものだ。

 それでも今更事実は変わらない。現実逃避してもなにも変わらないのだ。

 既に賽は投げられたのだから。

 だから、彼は原作のシスイにはなれないし、なる気もなかったけれど、その世界で自分なりには一生懸命に生きてきた。

 最初は、漫画の世界に来てしまったということで、その世界や人々にも情はあまりなかったけれど、それでも長く住み、色々な人々と接するうちに情もまた湧いた。

 とくに、原作でも重要人物だったうちはイタチのことは、前世でNARUTOではイタチファンだったことを差し引いても、自分に懐くイタチは可愛くて仕方なかった。

 だからこそ、原作のように、この世界で生きるイタチもまた影の道を歩み、やがて泣きながら両親を殺め21の身空で命を散らす運命を辿って欲しくないとそう思っていた。

 彼はイタチに夢を見た。

 誰でもない、うちはイタチにこそ火影……木の葉の里を治めて欲しいとそう思っていた。

 だから、それが邪魔だったのだ。

 うちは一族が里に対して起こそうとしているクーデター事件が。

 うちは一族は木の葉の里に不満を持っていた。

 上役にうちは一族の人間が選ばれることがないことや、常に火影直属である暗部が数人一族の集落の見張りについていること、うちはの集落が里の端に固められていることなどがその理由だろう。それだけでなく、4代目火影である波風ミナトが命を落とした7年前の九尾事件によって、上層部との仲が特にこじれているというのも理由にはあったのだろうが。

 だが、それは里からしたらうちはを怪しむのは仕方ない面があったと思う。

 何故なら実際にうちは一族は、過去に反逆者を出している。

 最初に万華鏡写輪眼を開眼したという開祖、うちはマダラは初代火影千手柱間と手を組み木の葉の里を作った後、火影争いに敗れ、里と一族両方を捨て(捨てられ?)、九尾の狐を操り幾度も里を襲い、千手柱間と死闘を繰り広げたという。

 そしてNARUTO知識があるからこそシスイは知っているのだが、実際に7年前の九尾事件の際に里を襲ったのも『うちはマダラ』を名乗るうちはオビトが起こした事件だったのだ。

 実際問題として、疑いなんてレベルでなく、うちは一族出身の人間が事件に関わっていたのだから、里が一族を監視するのは当然だろう。マダラが襲撃してきた時点で一族皆粛清とかされていない辺りかなり寛容なくらいだとそうシスイは思っていた。

 そもそも、うちは一族が上手くいってないのは上層部とだけであり、一般の里人にはうちは一族は『エリート』と呼ばれていたし、木の葉警務部隊とかいう里人の治安維持部隊を丸々うちは一族に預けて貰っていたという実情もある。

 これのどこが冷遇されているんだ? と首を傾げざるを得ないのだが、それでもうちは一族の人間は一族に対しては情が深いのとは裏腹に、それ以外のものに対してはクールと言えば聞こえはいいが、一線を引いて接するクセがあった。ついでにプライドもやたらと高い。そんな彼らからすると今の状況は冷遇されているに値するものらしい。その辺は、うちは一族として15年育ったといえど、元日本人である彼からすれば理解出来ない価値観としかいえなかった。

 それでも、クーデターなど未遂でも犯されたら困る。

 実際にクーデターを起こされたら女子供まで全員粛清の憂き目にあうし、それより可能性が高いのは原作通りダブルスパイであったうちはイタチが一族皆殺しの命を受け、実行し、弟のサスケの保護を火影に頼み彼だけを生かして、両親までも手にかけ、里を抜け、事実を知らぬ周囲に罵倒されながらS級犯罪者として生きて死ぬそんな未来だ。

 それに万が一クーデターに成功して里を取ったとしても、1体誰が無理矢理力で頂点を奪った一族についていくというのだろうか?

 それに、どちらにせよ、未遂だろうとうちは一族ほどの力ある一族がクーデター事件を起こせば、それを切っ掛けとして戦争を誘発する可能性が高かった。

 たとえ未遂だろうと、クーデター事件など起こすわけにはいかないのだ。

 だから、彼は一族に対して説得を続けた。

 正直、クーデターを起こそうとする一族の考えについては理解し難かったが、それでも15年彼は此処で生まれ育ったのだ。情もあった。今生の両親が第三次忍界大戦で死に一人になっても寂しくなかったのも、彼らが実の家族のように暖かく接してくれたおかげでもあるのだ。死んで欲しいわけがない。

 それでもシスイにとって、優先するのは一族よりイタチの未来だったといえよう。

 うちは一族はもうどうしようもないレベルに来ていた。これ以上の説得は無意味だ。もうクーデターは止まらない。

 彼は三代目火影である猿飛ヒルゼンに土下座をして頼み込んだ。

 うちは一族皆殺しの任はどうか自分にしてほしいと、禍根など残らないよう他はみんなちゃんと殺すから、イタチとサスケの二人を助けて欲しいと、イタチに親殺しをして欲しくない、と。

 ……その願いは秘密裏に叶えられた。

 役目だけを見るのなら、まんま原作のイタチの役となりかわるようなものだろう。

 だが、見た目の役目は同じでも、一族を殺すその動機はイタチと自分ではあまりに違っていた。

 イタチは優しい子だった。

 僅か4歳で戦争を経験したイタチは平和を愛し、里を愛し、木の葉を愛し、幼くてもまるで火影のように未来と里の安寧を見据えているかのような、そんな子だった。

 戦争ではもっと多くの人が死ぬ。それをイタチはよくわかっていた。

 イタチは里を愛していた、だからこそ自分を犠牲にしてでも里と何も知らない弟を守ろうとしたのだ。

 シスイとは違う。

 彼はイタチに親殺しをしてほしくなかった。いつか火影になってほしかった。イタチが治める里を見たかった。だから、クーデターを起こそうとする一族を切り捨てることにしただけだ。自分の夢のために、一族が『邪魔』だったから。そんな理由で、今宵彼は自分を産み愛し育ててくれた一族を殺したのだ。

 自分を信頼していただろう彼らに痺れ毒を仕込み、動けなくしたところを1人1人殺して回った。

 みんな、殺した。

 いつも明るくまるで自分もまた家族のように迎えてくれたうちはミコトも、イタチの父にして厳格ながら不器用な愛情を見せてくれていたうちはフガクも、実の子供のように自分を可愛がってくれた煎餅屋のテヤキとウルチ夫妻も、男も女も、幼い赤子まで。

 サスケとイタチを除いて皆、殺した。

 途中、異変に気付いていたのか任務を早々に切り上げ帰ってきたイタチを幻術にかけ、壁に縫い止め、そんな姿を修行から帰ってきたばかりのサスケに見せ、自分が事件の犯人であると見せ、憎ませるよう仕向けたりもした。そうして里を出た。

 それが、今からほんの5分程前の出来事だ。

『いつか、絶対にお前を殺してやるッ!』

 そう口にしたサスケの幼い憎しみの声が強く耳に残っている。

 自分がやった行為が行為だ、憎まれるのも当然だろう。自分はサスケの両親を殺し、イタチをも襲った最低の男なのだから。それでも、シスイにとってサスケは可愛い弟のような存在だったし、殺した一族への情もあった、それもまた事実だった。一族の暗部もおそらくは自分の気持ちも知っているのはイタチだけだ。

 彼らの『どうして』という声も、殺した感触もこれでもかというほど、耳と手に残っている。  

 だから、今だけだ、今だけはとそう自分に言い聞かせ、シスイは涙した。

 後悔はしていない。

 それでも、苦しくて、痛くて、数々の想い出と共に涙が次々に溢れた。

 だから、気付かなかったのだ。

 その足が踏み抜いた先にあったそれに。サモン・サーヴァントの儀で生じた召喚の門に。

 結局彼は全くもって、冷静ではなかったのだから。

 

 

「あは、あははは、あははははっ」

 まるで壊れたような声を上げて、泣くような声で笑う目の前の青年を前に、学園の引率教師であるジャン・コルベールはどうしたものか、とそう思っていた。

 これがもし、この場で召喚された存在が、ただの『平民』だったのならば、コルベールはさっさとルイズにコントラスト・サーヴァントを行うよう進言しただろう。

 何故ならば、春の使い魔召喚の儀式は伝統ある神聖な儀式なのだから。

 ここで召喚に応じた使い魔によってその魔法使い(メイジ)の属性が固定され、専門課程へと進むことになる。だからこそ、たとえばネズミやモグラであろうとなんだろうと此処で召喚された使い魔とどうあっても術者は契約しなければならない。

 しかし、人間が召喚されるなど前代未聞だ。コルベールも人間の召喚など聞いたことはない。

 それでも相手が平民ならば、契約するよう言うだろう、『平民』ならば、だ。

 しかし、コルベールの眼からみて……否、他の誰から見ても目の前の人間はただの平民とは言い難かった。

 目の前の青年はどう見ても普通ではなかった。

 四方に跳ねた短い黒髪に見たことのない模様の描かれた額宛を巻き、首から膝まですっぽりと覆う見たことのない意匠の黒いコートを身に纏っている。若干黄色がかった肌に黒い瞳、男が履いているブーツもまた独特で今まで見たことのないデザインのものだ。全体的に見たことのないデザインの服を纏っているが、その全身黒づくめの男は、なんとなく暗殺者を思わせる格好をしているといえる。

 そして、何より重要な問題は、ディテクト・マジックをかけた結果、魔力反応があったことと、強い血の臭いが目の前の青年から匂うことだ。これほどの血の臭いは1人2人殺したくらいでは付かない。それもこれは新鮮な血の臭いだ。殺してから何時間も経っているとは思えない。怪我1つしていないようだから目の前の男の血という線もあり得ない。

 おそらくこの目の前の男はメイジ……それも魔力量他から推測するならばトライアングル級相応だと思われる。それがコルベールの判断だった。

 コルベールにとって優先順位は伝統ある使い魔召喚の儀よりも、生徒達の命のほうが高い。

 それは当然だ、コルベールは学園の教師であり、この場でこの男に対抗し、生徒達を守れる存在がいるとしたら、それは自分に相違ないのだから。

 ジリリとコルベールの中で知らず緊張と警戒が走る。

 けれど、この……おそらくは20歳前後といったところだろうか。顔立ちや体つきからして中々若い、な青年に対し完全に敵対モードに入るというところまではいけなかったのは、相手に敵意や殺意がないからか、それとも……泣いてるような声を上げて狂ったように笑うこの男が、いつか見た鏡の向こうの自分に似ていたからなのか、それはコルベールにもわからない。

 おそらくは、服装雰囲気その他諸々から察してこの男はメイジで暗殺者なのだろう、とコルベールは思った。

 血の臭いがするのは仕事帰りだったのかもしれない。健康的な肉の付き方とかを見ても、快楽殺人鬼や野党、盗賊の類とは思えない。人殺しを好んでする人間はこういう顔をしないだろう。

 ならば、言葉が通じるかもしれないとコルベールはそう判断した。それでも、警戒も解かないし、隙を見せたりもしないあたり、昔取った杵柄は今も健在と言ったところだろうか、コルベールは男に声をかけることにした。

「失礼、ミスタ。私はトリステイン魔法学院の教師ジャン・コルベールと言います。貴方は今の自分の状況がお分かりか?」

 自分にかけられたその言葉を合図のように、ピタリと彼は笑うのを止めた。

 静かな空気が周囲を漂う。笑みが剥がれ、無表情じみた顔の中に覗く漆黒の瞳の闇に、思わずその刹那コルベールは飲み込まれた。打ちひしがれ、縋るものさえ無くしたかのような、そんな虚無の瞳だ。

 一瞬、言葉が通じないのではないかと危惧したコルベールだったが、やがてゆっくりと青年は己に瞳を合わせ、コクリと小さく頷いた。そんなことに少しほっとした。

「……オレは、その子に召喚されたんだな……?」

 どこか疲れたような諦めたような、そんな若い男の声だった。

 そんな男の姿に若干コルベールは罪悪感を覚えたが、それでも彼は学園の教師だ、この場の代表として彼は凛と背筋を伸ばしてまっすぐ男を見ながら言った。

「ええ、そうです。貴方は春の使い魔召喚の儀式で、こちらのミス・ヴァリエールに召喚されました」

 そう言ってピンクブロンドの少女、ルイズのほうに視線を送ると、男もまた彼女へと視線を移した。ルイズは状況についていけないのだろう「え、わたし……?」といいながら狼狽えていた。そんな少女の状態を確認すると、黒尽くめの暗殺者らしき男は再びコルベールへと視線を戻す。

「故に貴方には彼女の使い魔になって貰わねばこちらとしては困るのですが……なにせ人間が召喚されたことなどこれが初めてです。正直私にもどうしていいのか……なので貴方にはご足労おかけしますが、共に学園長の元へ行ってはもらえないでしょうか?」

 そう穏やかに安心させるように笑いながら口にするが、まあここで断られた場合無理矢理連れて行くしかないとコルベールは思っていたし、その手段も頭の中で10通りほど考えていた。全く、とんだくじをひいたものだ。出来れば横暴な手段は取りたくないんですけどね、とか無理矢理連れて行くのは骨が折れるかもしれません、などと思っていたのだが、そんなコルベールの内心の思いさえ読んだようにだろう、いつの間にか黒から赤に色が変わった瞳で……何故色が変わるのかコルベールにはわからなかったが興味深いと思った、で男はじっとコルベールを見ると、やがて諦めたようにため息を一つ吐いて「わかった」とそう口にして男はコルベールについていくことを了承した。

 それにコルベールは安堵した。相手の強さもわからないし、出来るだけ流血沙汰は避けたかったからだ。

 次いでコルベールはルイズに向き合い、言った。

「ミス・ヴァリエール」

「は、はい」

 ルイズは慌てたような声で返事を返した。

「これから彼と私と君の3人でオールド・オスマンの元に向かいます。コントラスト・サーヴァントがまだ残っていますが、それらは学園長の指示を仰いだ後に延期です。良いですね?」

「わかりました」

 使い魔召喚の義の引率はコルベールだ。ルイズはその指示に従うことにした。

 それを確認すると、コルベールは後ろで雰囲気に飲み込まれてヤジを飛ばす余裕すら無くしている背後の生徒たちに向かって指示を飛ばした。

「使い魔召喚の儀式はこれで終わりだ。次の授業ももうすぐだし、私は用事が出来てしまったのでついていけないが、みんなもう教室に戻ってくれ」

 それを合図に生徒達はレビテーションとフライの魔法を駆使して、宙に浮かび上がり、学園へと戻っていった。

 残ったのは、緊張して不安そうな顔をしているルイズと、はげ上がった頭が印象的な教師コルベールと、黒尽くめの格好をした謎の男の3人だけだ。

 この中でまともに場を取り仕切れるのはコルベールだけだ。

「さて」

 そういうとコルベールは朗らかな周囲を安心させるような笑みを浮かべて、言った。

「行きましょうか」

 それにコクリと青年は頷く。先ほどからやけに大人しい。こうしてみるとさっきあんなに泣きそうな顔で大笑いしていた人物とは思えない。そんな青年に向かってふと、コルベールは尋ね忘れていたと思って言った。

「ところで、ミスタ、貴方の名前は?」

 それに青年……シスイは考え込んだ。

 

 うちはシスイという名前は、この体の名前であり、正確には『彼』の名前ではない。

 それでも15年彼が育った世界ではうちはシスイは己しかいなかったから、シスイとそう名乗っていたが、それでも本当は自分はシスイではないのだ。その自分があの世界でもないのに、果たしてシスイと名乗っていいものか?

 しかし、15年以上前の日本人として27年生きて死んだ前世の自分の名などとっくに忘れてしまった。

 そりゃそうだろう。古い情報を人は忘れる生き物だ。今でも彼が前世について覚えていることなど、妹のことや元彼女のことや学生時代に友人と組んでやっていたバンドのことなど、印象深く残っていることくらいだ。なにせ15年も彼はNARUTO世界でうちはシスイという人物として生きてきたのだ。

 ゼロの使い魔は、前世で友人に勧められ読んだ小説がそれだったが、それについて少々の情報として思い出せたことさえ奇跡的なくらいだ。それでも知っていたからし、そういう世界にきてしまうのがこれで2回目だからこそ錯乱せずにすんだと思えば、それだけでもありがたいのかもしれないが。

 それでもどちらにせよ、前世の生来の自分の名などない。

 己にあるのはたった一つの借り物の名だけだ。

 借り物、そうわかっていてもそれしか今の彼にはない。

 だから、彼は名乗った。

「うちはシスイ」

 と。

 

 

 

 続く

 




とりあえず、前回いってた通り主人公のスペックです。

【挿絵表示】

 うちはシスイ憑依オリ主。
 18歳、男。
 身長177㎝ 体重59㎏
 好きな食べ物:和菓子、タクアン。
 嫌いな食べ物:納豆、なめこ。
 好きな言葉:可愛いは正義。
 趣味:子供の面倒見ること(←本人は否定)

 幻術全般と瞬身術(高速移動術)に関しては超一流、スクウェア級と思っとけばいい。目を合わせたり、指の動きだけで幻術にかけられる。
 毒薬・薬草の知識や調合に関しては2流~3流レベル。ランクをつけるならばトライアングル級。(フーケではなく、シュヴルーズやキュルケ寄りの)
 火遁術。ドット~ラインの間くらいの火メイジレベル。
 医療忍術。応急処置レベルの医療忍術が使える。ドットの学生水メイジレベルの治療術と思っておけばいい。
 写輪眼。赤く巴模様の浮かんだ瞳。うちは一族でも一部の家系のもののみが開眼することが出来る瞳。幻術をかけたり、チャクラ(魔力のようなもの)の流れを見たり、幻術を解除したり、筆跡をコピーしたり、様々なことが出来るが、強い力を使う分チャクラの消費量も大きい。彼の場合、『別天神』と呼ばれる万華鏡写輪眼に目覚めているため、その瞳術でやろうと思えば動物や妖魔の類も操ることは出来る。
 しかし、別天神の本当の能力は「相手の意志を操っているという自覚を与えず、術者の思い通りにする最強幻術」というもので、1度使えば再発動に10年以上の時間がかかる上に、使えば使うほど視力を失っていくため、この物語の中で、別天神の本来の能力を彼が使うことはない。

 戦闘スタイル。
 奇襲・サポートタイプ。
 スピードと幻術が得意な反面、防御力や火力に不安があり、正面突破を避ける傾向がある。
 敵わないと判断するや否やの引き際の潔さはいっそ鮮やか。
 逃げるが勝ちを体現するかのように、あっさり逃げに判じる傾向がある反面、取れる時はしっかりと敵の首をとる。単体で戦うときは毒と罠と瞬身術を使っての暗殺・奇襲が基本。殺す気が無いときは幻術でお茶を濁す。ただし、戦い方が戦い方なので、個人で多数を相手にするには決定打に欠けるため、あまり向いていない。そのため、自分が不利な状況になったら仲間を抱えて逃げる。
 ガンダールヴのルーンで武器の扱い方が下手という弱点は改善されたが、武器の扱い方が上手くなってもそれで戦い方をわざわざ変えたりはしない。
 主戦力ではなく、支援役に徹したら幻術とスピードがチートレベルなのも相俟って鬼性能発揮する。
 引き際が上手いため撤退戦も得意。
 だが、どっちにしろ正面突破を避けるアサシンな戦い方といい、火力不足なところといい、主戦力としてはあまり期待してはいけない。強いことは強いが物語の勇者にはなれないタイプ。


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2話

ばんははろEKAWARIです。
お待たせしました瞬身の使い魔2話です。
因みに予定のほうですが12話まではギーシュ編であり、そこにたどり着くまではしーたんとルイズは互いに本当の意味で向き合うことはない以上ギーシュ編自体がプロローグみたいなものですが、そんな感じで宜しくです。


 

 

「ウチハシスイ?」

 コルベールは不思議そうな声を上げて男の名前をオウム返しに返した。

「変わった名前ですね」

 そう少し興味深そうに告げる目の前の男に対し、シスイは淡々とした感情を抑えた声で簡潔に「うちはが一族名で、シスイが名前だ。シスイでいい」とそう答えた。

 それにコルベールは家名があるのなら、やはり貴族なんだろうか……それとも、家を継げず暗殺業についた貴族の家の二男、三男なんだろうかと思ったが、それ以上詳しいことを今聞き出すのもお門違いだと思ったので「そうですか」とだけ言ってその話をおしまいにした。

 

 ピンクブロンドが印象的な少女……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは大きな不安に身を包まされていた。

 それは彼女が本日召喚した使い魔……まだコントラスト・サーヴァントを済ませていない以上、使い魔候補と呼ぶべきか、とその呼び出された相手に対するトリステイン魔法学園教師ジャン・コルベールの対応の仕方も問題にはあったのか。

 自分以外の生徒達は皆使い魔を無事呼び出し契約を交わした。

 だというのにも関わらず、自分が呼び出したのは貴族には見えないクセに、ただの平民とも思えない……触れたら崩れそうな眼の、血の臭いを纏った男で、しかもまだ契約が出来ていないのだ。

 つまり、このうちはシスイと名乗った男は、使い魔にするためサモン・サーヴァントで呼びだした相手ではあれど、まだ自分の使い魔ではない。

 そして、この男が危険なのか、そうでないのかもよくわからない。

 素人でもわかるほどの血の臭い……おそらく目の前の男は今し方誰かを殺してきたのだろう。人殺しを恐れる気持ちはヴァリエールの娘としては少々情けないがルイズにはある。争いも殺人も忌避するものだという感覚がある。意地っ張りで気が強く見られがちだが、ちょっと不器用なだけで彼女は優しい子なのだ。

 だが、おそらく誰かを殺してきたのだろう、この呼び出した男が果たして殺人鬼なのか? それはわからないのだ。

 何故ならどんな場面から男がやってきたのかルイズは知らない。勿論男の過去や経歴、職業も知らない。

 何故血の臭いを纏っているのか理由を知らないのだ。

 知らないのに初対面の相手に、血の臭いがするからと、人殺しだからと、事情も知らず軽蔑するのも何かが違う気がする。ルイズは貴族であり、公爵家の一員だ。国の為に貴族が働きその結果血で手を汚すことがあっても当たり前だと思ってたし、彼女自身の母もまた『烈風のカリン』と呼ばれおそれられた一流のメイジだったのだ。わざわざ尋ねはしないがおそらく彼女も人を殺めたことがあるだろう。その烈風のカリンの娘である自分が、初対面の相手に人殺し、と糾弾する資格はないだろう。

 快楽殺人鬼や野党盗賊の類ならばまた話は別だが、仕事で殺したのかもしれないし。

 しかし、人を殺すというのは大変なことだ。

 まず、平民は魔法が使える貴族に敵わないが、メイジ同士でもランクは様々だ。無傷で複数の人間を殺害するというのは達人でもなければ難しい。

 この男はメイジか、もしくはメイジ殺しなのかもしれない。

 平民が魔法を使える貴族に敵わないというのはルイズの中だけでなく、この世界ハルケギニアにおいては常識といってもよかったけれど、それでも中には魔法を使えない平民ながら魔法を使えるメイジ相手に対抗できるものが稀にいるという知識くらいはルイズの中にもあった。……まあ、本当に実在すると思うかと問われたら半信半疑だが。

 それでも、実際にいるとしたらこんな奴じゃないのかと、ルイズは前をコルベールの後に続いて歩く男を見ながら思う。

 召喚されてすぐの頃のあの壊れたような大笑いはなんだったんだと聞きたいほどに、今の男は大人しい。

 そうして静かに歩く男を暫く見てて気付いたのだが、一緒に歩いているにも関わらず、この男足音が全くしないのだ。気配もない。目の前にうちはシスイと名乗ったこの男の姿が見えず、血の臭いもなかったら、コルベールと自分の2人だけしか、この場にいないのではないかと錯覚してしまいそうだ。

 しかし、これから自分はどうなるのだろう。

 コルベールはこの男に対し、「ミスタ」と呼びかけた。平民に対してならばコルベールが相手にミスタなどと呼びかけることはないだろう。つまりは、目の前の人間は貴族……あるいはその名を無くしたメイジである可能性が高いと、そうこの中年の教師が判断したということなんだろう。

 メイジがメイジを使い魔にする。

 そんなこと果たしてあり得て良いのか?

 もしかしたら、このままコントラスト・サーヴァントを行うことは出来ず、自分は使い魔を得ることも出来ずに、そのまま留年してしまうのではないか。下手すれば退学……そんな可能性もないとどうしていえる?

 そんなことになったら、母に、父になんていえばいい?

 怒られる、なんてレベルじゃ済まないだろう。もしかしたら、見捨てられるのかも知れない。

 失望したと、ヴァリエールの名を汚したとそんな風に思われてしまうのかもしれない。

 そうなれば自分はおしまいだ。

 使い魔のいないメイジなんてメイジじゃない。

 貴族じゃないメイジは世の中いても、メイジじゃない貴族なんていない。

 確かに自分は今まで魔法を失敗し続けてきた。どんなに練習しても、杖の振り方から呪文の唱え方さえ完璧に諳んじて見せても、それでも何故か自分の魔法は爆発という結果しか残さなかった。

 それでも、自分は、誇り高きヴァリエール公爵家の娘なのだ。だから、たとえどんなに周囲に笑われても、いつか魔法を使うということを諦めたことはなかったし、諦めたくもなかった。魔法が使えない分、せめて心だけでも気高く誇り高くあろうとし続けてきた。ヴァリエールの娘として恥ずかしくないように、父と母の名に恥じないように。今は無理でも、いつかは……その時の為に。

 だけど……使い魔さえいない、魔法を何1つ満足に行使出来ないメイジは果たして魔法使いといえるだろうか?

 確かに強力な使い魔を欲していたけれど……こんなことならただの平民を召喚するほうがマシだった。

 マイナス方向にどんどん進む自分の想像を前に、ルイズはまるで自分が世界に拒絶されているようなそんな錯覚に陥っていた。

 

 オールド・オスマンはこのトリステイン魔法学院の学園長であり、トリステインきっての偉大な魔法使い(メイジ)でもあった。歳は100歳とも300歳とも言われているが……実年齢は定かではない。

 深い皺と真っ白な長いヒゲに長い白髪に大きな杖が彼に貫禄を与えている。

 ……が。

「ふむ、水色か」

 使い魔であるネズミのモートソグニルを、美人秘書である緑髪に眼鏡を掛けた知的な女性……ミス・ロングビルのスカートの下に忍ばせている時点で色々と台無しだった。

 次の瞬間ミス・ロングビルはグシャリとオールド・オスマンの使い魔であるハツカネズミを踏みにじる。それに年寄りながらも心だけは若い学園長は悲鳴を上げた。

「あぁー! モートソグニルッ! これ、ミス、酷いとは思わんのか!?」

「なら使い魔にパンツを覗かせるのをやめてください。そして仕事してください」

 にっこりとした顔で告げられたそれはつけいる隙がないほどにクールそのものだった。

 やがて、書類をもってミス・ロングビルは学園長室を退出した。そんな秘書のつれない態度にやれやれと水煙管を吹かせながら、クルリと壁にかかった大きな鏡のほうへ振り向きぼやくように言葉を落とした。

「やれやれ。ミスは怒りっぽくていかんのぅ。と、そうじゃ。そろそろ春の使い魔召喚の儀も終わりに差し掛かっているじゃろう。どれ一つ様子でもたまには見るかのう」

 そういって、オスマンは杖を一振りした。すると壁にかかった大きな鏡にこの学園長室とは別の光景が映し出された。

 この鏡は『遠見の鏡』と呼ばれているマジックアイテムであり、これさえあれば学園内のあらゆる場所の情報を見たいと思えばすぐに見ることが可能という優れもののアイテムだ。使用者であるオールド・オスマンの意志を汲み取り鏡は使い魔召喚の儀式を生徒達が執り行っている丘の様子を映し出した。

 先ほどは軽い調子で生徒達の様子でも見るかと口にした彼だったが、その眼は存外に真剣だ。もしもこの場に先ほどのミス・ロングビルがいたのならば、普段オールド・オスマンのセクハラ被害にあってばかりで彼への見方が軽蔑にどんどん偏ってきている彼女もきっと別人か、おかしなものでも食べたのではないかと驚いたところだろう。

 しかし、何故たかが召喚の儀式ぐらいでそんなに真剣になっているのか?

 それは予感があったからだ。勘といっていい。なんとなく、今年の召喚の儀式はいつも通りにはならないだろうというそんな、長い時を生きた老人としての勘だ。

 そしてそこに映し出されたのは、何度もサモン・サーヴァントを行っては失敗して爆発を繰り返しているルイズの姿だった。それに思わずオールド・オスマンは拍子抜けした。

「ったく、ミス・ヴァリエールは何をやっているんじゃ……」

 思わず呆れながら腕を組む。

 オスマンから見て、ルイズ・フランソワーズという生徒は、由緒正しいヴァリエール公爵家の娘であるにも関わらず、魔法も碌に使えない無能なメイジという判断だった。確かに座学は学年一位だし、本人なりに一生懸命頑張っているのだろうが、結果を出せなければ意味がない。だから特別に何か思うような生徒ではないはずなのだが……この胸騒ぎはなんなのだろうか。

 やがて、何十回目の失敗だったのか、とうとう桃色髪の少女は何かを召喚した。

 それを目にした途端オールドオスマンの持つ雰囲気が変わった。

 出てきたのは見たことのない黒い装束に身を包んだ異様な風体の黒い青年だ。

 それを見て、やがてオスマンは呟いた。

「これは荒れそうじゃな……」

 そして件の人物がこの部屋にたどり着いたのはこの20分後のことだった。

 

 シスイは移動がてら簡単にいくつかの情報をコルベールと交換しあっていた。

「ふむ、では君自身は平民と?」

「ああ、そうだ」

 彼がこの世界……『ゼロの使い魔』世界とでも呼ぶべきか、について覚えていることは少ない。

 せいぜい覚えているのはピンク色の髪の少女がヒロインで、彼女は伝説の系統らしいとか、主人公は伝説のなんとかで剣使いだったとか、薔薇もった奴と盗賊かなんかと戦っていたとか、ヒゲの裏切り者がいたとか、盗賊の妹が巨乳エルフだとか、零戦が出てきたとか覚えているのはそれくらいのものだ。

 他でせいぜい覚えているのは中世ヨーロッパっぽい世界観で、魔法使える奴=偉いで、通貨が金貨とかぐらいでそれ以外のことは本当に全く覚えていない。15年以上前に読んだ小説の知識なのだ、これだけでも覚えていただけマシなほうだろう。

 この世界のことについて彼は殆ど何も知らないといっていいのだ。

 因みに盗賊の妹が巨乳エルフとか本筋に関係ないのにそこを覚えていたのは彼が巨乳好きとかではなく、彼にゼロの使い魔を勧めた友人がただ単にその巨乳エルフっ子(名前は覚えてない)の大ファンでよく話を聞かされていたせいで印象に残っていたというだけの話である。

 なので、コルベールから得た知識を元に、色々情報を整理して自分の身分を作ることにした。

 そもそも少ない断片知識から物事を判断し推測して固めるというのは、忍びとしてある種必須の能力だ。

 彼はNARUTO世界で15年生きてきたし、9年間も忍びとしてやってきたのだ、この辺は職業柄彼にとってさほど難しいことではなかった。

 その結果、作った設定が祖父がメイジであり、自分が魔法を使えるのは祖父に教えて貰ったから。魔法は使えても自分自身の身分は平民であり、傭兵ギルドに所属している傭兵で、任務中に召喚された。東方の魔法なのでこっちとは魔法体系が違うという設定にしていた。

 何故こんなややこしい設定にしたのか。というのも彼はNARUTO世界で育ち、チャクラと忍術を使えるからだ。

 人間、自分が知りもしない概念を理解するのは難しい生き物なのだ。だからシスイはNARUTO世界での常識をわかりやすくこの世界の常識に置き換えて説明したほうが手っ取り早いと考えた。

 チャクラ=魔力で、忍術=魔法と表現したほうがわかりやすいだろう。実際問題としてファンタジーという観点で見るならこの二つはよく似ている。チャクラにせよ魔力にせよ、体内で育まれるものであり、血で受け継がれ誰でも気軽に使えるものというわけではないというところや、魔法が使うための触媒に杖が必要なように、忍術を使う媒介に印が必要なこと、魔法にしろ忍術にしろ属性というものがあり、使えるのは基本的に相性の良い属性くらいのものだ、ということなどがそれだ。

 そして、忍者の仕事についてなのだが、この世界のもので表現するのならば傭兵が1番役割に近いのではないのか、そう判断したから彼は自分を傭兵なのだと説明することにしたのだ。

 というのも、忍者の仕事は多岐に渡るが、要人の護衛や暗殺から、暗号を届けることや潜入任務、果ては戦争の参加までそこには含まれている。そして金をもらって依頼人から請け負った仕事を果たすのだ。この世界でいうなら傭兵が1番忍者に近い位置にある職業だろう。

 ……まあ、もっとも下っ端忍者の仕事は子供の子守や子猫の捜索などもあるので、どちらかというと何でも屋といったほうが近いのかもしれないが。

 そして傭兵ギルドに所属していると言ったのは、忍者の里システムがこの世界でいうのならばギルドに似ていると思ったからだ。まず依頼がある場合、それは木の葉を治める里長の火影の元へと入ってきて、それが危険度ごとにランクを振り分けられ、その数々の任務の中から適任者に依頼が振り分けられ、任務に付く。

 それが木の葉の……否NARUTO世界の忍者と里のシステムだ。

 何かに似てはいないだろうか?

 そう、ギルドに依頼が来て、そのギルドの中から適任者に依頼を回す。ギルドの仕組みと忍び里のシステムはよく似ているのだ。

 だからこそ彼は魔法(忍術)の使える傭兵ギルド(木の葉の里)に属する傭兵(忍者)で、身分は平民(貴族ではない)と答えたのだ。

 まあ、魔法……実際は忍術であって魔法ではないのだが、を使えるといってもそれを見せびらかす気はなかったが、それでも万が一という場合もある。出来れば使うつもりはないが、それでも万が一忍術を見られたときの事を思えば「東方流のこちらとは体系の異なる魔法」を使えると先に言っておけばある程度誤魔化せるだろう、という算段もあった。

 嘘を吐くときは真実を混ぜた方が信憑性が上がる。そう言われているように、全てを嘘で塗り固めるほどまずいものはない。だから、自分の素性について、彼は出来るだけ嘘を吐かず、ただ言葉を置き換えて表現しただけ、とも言えるだろう。まあ、完全には一致しないので嘘は嘘なわけだが。

 やがて、学園長室に3人はたどり着いた。

 

「オールド・オスマン、私です。コルベールです。客人を連れてきました、失礼しますぞ」

「うむ、入りたまえ」

 ドアを規則正しく3回ノックをし、ツルリとはげ上がった頭が印象的な中年教師、ジャン・コルベールはそう声をかけてドアを開く。

 やがてコルベールに連れられ、ピンクブロンドの少女と、黒尽くめの件の人物が部屋へと現れた。

(ほう……これは)

 うっすらと目を細めてオールド・オスマンはじっくりとその異邦人の姿を観察する。

 歳は20歳前後といったところだろうか。独特の見たことのないデザインの黒いコートを身につけている。殺意も害意もないようではあるが、その代わりに隙も気配もない。これはミスタ・コルベールが持て余すはずじゃな、とそんな納得を覚えながら、そんなことをおくびにも出さず威厳のある声で朗らかに彼は言った。

「よくぞ来た。私がこのトリスティン魔法学院の学園長のオールド・オスマンじゃ。さて、そちらの君はうちはシスイ君じゃったかのぅ? まあ、君も急な召喚で吃驚したじゃろうが、色々話合おうと思うんじゃが……どうじゃろ?」

 

 オールド・オスマンは遠見の鏡を使って、この部屋に来るまでコルベールとうちはシスイと名乗るこの男のやりとりを見ていた。故にコルベールが知っていることは大体においてオールド・オスマンも知っていたし、物腰や体つきなどを見ても魔法の使える傭兵だという話に納得……まぁ、傭兵というより暗殺者なのではないかとコルベール同様に考えてはいたのだが、したりもしていた。

 それでも現段階でいうなら、この青年をどう捉えるかだが……わからない、としか答えようがない。

 東方出身だからか、それとも裏に属する人間だからなのか、冗談抜きで現状ではよくわからないのだ。

 なので互いに状況を説明したり情報交換をしたりしながら男を観察……監視といってもいいが、しているがどうにも上手く掴めないでいた。

 そんな中でも、好々爺といった態度を崩さず、オールド・オスマンは気になった点について問う。

「ところでミスタ・ウチハ。おぬしは身分こそ平民とはいえ、東方の魔法使い(メイジ)という話じゃが、こちらとは魔法体系が違うとはどう違うんじゃ?」

 それは一魔法使いとしてのオールド・オスマンの疑問だった。それに乗ったかのように、話題が魔法となるとコルベールもまた興味深そうに顔を輝かせた。

 そんな2人の質問にシスイは一瞬顔を曇らせたが、ここで答えねば余計な疑惑を持たれるかもしれないと判断したので、言った。

「こっちの魔法は杖とルーンを触媒に魔法を発動しているが、オレ達が使う魔法は忍術といい、印を触媒にして発動する」

 と淡々とそう答えた。

「ほう? 印とは?」

「指で組む暗号の組み合わせ……みたいなものだ。たとえば火遁の術……火の魔法を使う時はこの寅の印を必ず組み込むことになる。あとは発動する術ごとに印の組み合わせや順番などが異なってくる。」

 そう言いながら寅の印を実際に目の前で組んで見せた。

「ほうなるほどの……先住魔法とはまた違うようじゃの」

「指の組み方で発動する術が変わるのですか……実に興味深いですな」

 確かに杖なしで魔法を使うとなれば、エルフなどの魔法を思い浮かべるが、杖の代わりを印というものが担っていると理解したら、それはまた先住魔法とは別物だと納得することは出来た。

 コルベールもまた、未知の魔法の存在に学者として探求心が刺激されたのか心なしか声を弾ませてそう感嘆の言葉を告げる。そんな2人の反応に少しだけ複雑そうな顔をしながら、シスイはこう言った。

「……まあ、こちらの魔法は杖が必須のようだから、オレの使う魔法は見せないほうがいいのだろうな」

 

 それからも10分ほど互いに色々情報交換をすませると、「さて」と一息ついて、咳払いしてから気を取り直し、オールド・オスマンは目の前の意外と大人しい青年に向かって言った。

「さて、君の話は実に興味深いので名残惜しいところじゃが……いつまでもこうしてはおられんからのう」

 そういって威厳ある長いヒゲを撫でながら言う学園長を前に、コルベールは背筋を伸ばして、学園長室に入ったときから緊張して無言のまま立っていたルイズはビクリと肩を揺らして次の言葉を待った。シスイは……表面上は何も変わっていない。

「任務中に召喚されたというシスイ君には気の毒じゃが、なにせ春の使い魔召喚の儀式は伝統ある神聖な儀式じゃ。君がメイジではあっても、貴族ではないこともわかった。ヴァリエール家ほどの大貴族の元じゃったら不自由することもないし、今までよりも良い生活を送れることじゃろう。だから、言いにくいんじゃが彼女の使い魔になる件、引き受けてはくれんかのう?」

 それは言われるだろうと思っていた台詞だった。

 期待するような老人の目が向けられる。

 穏やかだが、否は言わせないようなそんな不思議な力ある瞳だ。

 だが、シスイは……。

「断る」

 その申し出を一言で切って捨てた。

 

 その後ろで1人の少女がビクリと体を不安で震わせていたことに、冷静に振る舞っているようでいて、その実全く冷静でない彼が気付くことはなかった。

 

 

 

 続く

 

 



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3話

ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話で漸く原作20ページに当たるまでのイベントが昇華できたような気がします。
……うん、ここまで長かったね。
次回からはちゃんとルイズさんも目立ってくる予定です。


 

 

「断る」

 その東方から来たという傭兵、うちはシスイはきっぱりとした声で、ルイズの使い魔になってほしいという学園長直々の申し出を拒否した。

 まさか断るとは思っていなかったのか、その言葉を聞いて春の使い魔召喚の儀式引率教師のコルベールは思わず固まる。

 そしてそんなコルベールを横目に、やはりと思いつつ、表面はともかくオールド・オスマンの気配も今までのやや友好的なそれから雰囲気が少し変わった。それは慎重に真意を探るように。

 けれど、そんなオスマン学園長の変化に気付いていながらもシスイは尚も平然とした顔のままだ。トリステインきっての偉大な魔法使いを前にしても、怯えも戸惑いもそこには一切見受けられない。

 そんなシスイを値踏みするようにじっくりと見ながらオールド・オスマンは問うた。

「ほう……何故、と聞いてもいいかのう?」

「その子の使い魔になることにオレに一体何のメリットがある?」

 淡々とした声で、しかしまっすぐにその黒鉛の瞳をこのトリステイン魔法学園の学園長に向けながら、そう口にするシスイ。

 そんな青年の様子に、少しだけ面倒くさそうにも思える視線を向けながら、こちらもまた先ほどまでの飄々した様子と一転して気怠そうな声で言う。

「ヴァリエールほどの大貴族の使い魔となるんじゃ。衣食住には一生事欠かんぞ」

「生憎、庇護されないと生きていけないほど軟弱じゃないんだ」

 それは本当だろうな、とオールド・オスマンも思った。

 実際に戦闘を交わしたわけではない故に推測でしかないが、物腰や肉の付き方、歩き方その他を見てみてもおそらくこの男は魔法が使えなかったとしてもそれなりに強いのだろう。それに加えて魔法も使えるという話だ。食に困っているものならこのような健康的な肉の付き方はまずしない。それを思っても元から衣食住に困る生活を送ってなかったということなんだろう。

 傭兵ギルドに所属しているといってたし、傭兵なんて通常ただの荒くれ者のハイエナのような連中が主流ではあるのだが、この落ち着きようといい、衣食住に困ったことがない宣言といい、この男が所属していたというギルドは相当に優秀なところだったのだろう。と、なると国相手にも取引できる程度には大きな組織出身だと思われる。それならばわざわざ大貴族の傘下に入ることにメリットを見いだせないという話もわからんでもない。

 それに……おそらくあのコートの下には武器が複数仕込まれている。ここから着の身着のままで放り出されたとしても、仕事道具が揃っているのならば、やろうと思えば、用心棒や盗賊退治の賞金稼ぎなど、この男が職に困ることはないのだろう。

 だが、それではこちらが困るのだ。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。断るってどういうこと!?」

 今更ながらに慌てたのだろう、先ほどの男の発言を受けて今まで小さく固まっていたルイズが声を上げる。可哀想に、その顔色は蒼白で指先が震えている。

 そんな彼女をチラリと振り返って、男は変わらず淡々とした声でそれを言った。

「今言った通りだ。別にオレは誰かの庇護下にいないと生きていけない程軟弱じゃない。それに……はっきり言っておくが、オレは別にオレの命が1番大事でもない」

「……ッ!」

 その言葉に思わずルイズは言葉を飲み込んだ。

 その少女の様子に、ひょっとして脅かしすぎたのかと思ったシスイは僅かに頬を緩めると……そんな表情をすると途端に何故だか幼く見える……それでもはっきりした声で、出来るだけ攻撃的には聞こえないよう穏やかな口調で、諭すようにこう口にした。

「とはいっても、別に死ぬつもりもない……というか、まだ死ぬのは拙いもんでね。オレは、元の場所に帰らなくっちゃいけないから。……少なくとも3年以内に」

 そう右手を握りしめながら口にした男の姿は、何かの悲壮な決意を固めているようにも見えて、事情を知らないルイズとしてはどう反応していいのかわからなかった。

 そんな2人のやりとりを見ながらオールド・オスマンも考えていた。

 今この男は、「まだ死ぬのは拙い」とそう答えた。それは裏を返せば「拙く無い時」が来たら死ぬつもりだと言ったも同然の言葉だ。この青年にはなんらか目的があり、その時までは生きなければいけないとは思っていたとしても、それさえ済めば自分の生に執着がないとは、なんとも難儀な若者だ。

 自分の命に未練がない……命知らずの実力者ほどタチの悪いものはない。これは厄介な手合いじゃな、とそんな風に思った。

「オレにはやらなきゃいけないこと……いや、やりたいことがある。だからオレはなんとしても3年以内にあの場所に帰らなくっちゃいけない。そして『それ』はオレにとっては自分の命よりも大切なことなんだよ。だから、使い魔が必要だというのなら余所を当たってくれ」

 その言葉を聞き、余所を当たれってどうしろというのよ! とルイズは内心で怒鳴りたいような泣きたいような気持ちでいっぱいだった。

 メイジが召喚する使い魔はサモン・サーヴァントで呼び出した相手だけだ。次の使い魔を呼び出したい時は前の使い魔が死ぬしかないのだ。つまりは目の前の男が死ななければルイズは次の使い魔を召喚することは出来ない。

 だけど、言えなかった。

 こんな真剣な顔をして、帰らないといけないと、やらなければいけないことがあるそれが、自分の命よりも大切なんだと言われたら何も言えなかった。

 命より大切って何?

 貴族にとっては誇りがそれに当たるのだろう。ルイズだって、貴族としての誇りは掛け替えのない宝だと思っている。だけど、この男は平民なのだ。魔法がいくら使えるといっても平民なのに、なのに何故命より大切なものがあると口にしてしまえるのだろう。

 悔しいとルイズは思った。

 自分には目の前の男を引き留められる理由がないと思ったらとても苦しかった。

 だって、彼女にあるのは、ヴァリエールの名と家だけなのだ。

 公爵家の息女なのに魔法もまともに使えない。何をやっても爆発して失敗ばかりの『ゼロのルイズ』。

 そんな自分がこんな顔をして、帰らないといけないという男に対してどう引き留めればいいというのだ。

 ルイズは泣きたい気持ちでいっぱいになった。

 そんなルイズを助けようとした……のかは知らないが、学園長であるオスマンはふむ、と口ひげを撫でると、落ち着いた朗らかな声で確かめるように次のようなことを言った。

「のう。シスイ君。君がつまりミス・ヴァリエールの使い魔を引き受けられないのは、やらなきゃいけないことがあってそのために元の場所に3年以内に帰らないといけないからなのじゃな?」

 それに、ややあってからゆっくりと一つ頷き、シスイは述べた。

「……ああ。そういうことになるけど……貴族に逆らったとして追っ手をかけるっていうんなら好きにしていい。オレはそれでも構わないぜ。その時は顔を変えて市井に混ざるだけだ」

 少しだけ悪ぶるように、しかしどこか物悲しげに見える顔でそう口にする黒き青年に対し、オールド・オスマンは苦笑を浮かべながら、少しだけ慌てたように否定の言葉を紡いだ。

「そうではない。追っ手を向ける気などありゃせんよ。ただのう、なんでもないように君は帰るというたが、そう簡単に帰れるのかのぅ?」

「……」

 その言葉にシスイは沈黙した。やはり、帰るアテがあったわけではないらしい。

「そもそも、サモン・サーヴァントはハルケギニアのどこかにいる生物を使い魔として召喚する魔法じゃ。通常使い魔は死ぬまで主と一緒じゃから送還の魔法などない。そして君は東方出身というが、東方にいく為には砂漠とエルフ共が待ち構えている。君がどれほど強いかは知らぬが果たして1人で帰れるのかのう?」

「それは……」

 それに答える言葉を彼は持っていなかった。

 何故なら、彼は東方出身とコルベールの話に合わせて口にしたが、実際は東方ではなく異世界から召喚されたわけであり、自分が帰るべき場所はこの世界から見れば異世界そのものなのだ。そのことを彼自身知っているしよく分かっている。

 それでも、どうにかして帰らないといけないから、その方法を見つけることが、たとえ砂漠の中から1枚の金貨を見つけるのと同じくらい低い確率だろうと、それでも探すつもりはある。この世界に骨を埋めるつもりは欠片もない。だが、探すといっても帰るためのアテがあるわけではないのだ。

 この世界のまま……元の世界、NARUTO世界とも呼ぶべきあの場所に帰れず一生を終える可能性だってあるし、そのほうが確率としては高いくらいなのだ。

「……」

 彼は言葉を無くした。ぎゅうと、拳を握りしめ、悲痛に眉根を寄せながら、痛みに耐えるように唇を噛み締める。

 それでも、彼は言った。

「それでも、オレは帰らなくちゃいけないんだ」

「何故そこまで?」

 その時、出来るだけ言葉を挟まないように学園長と目の前の青年のやりとりを見守っていたコルベールがつい、と言った調子で口にした。

 ひょっとして答えてもらえないんじゃないかと自分で聞いておきながら思ったコルベールであったが、意外にもというべきか、シスイは今度はコルベールに視線を合わせながら言った。

「オレが帰らなかったら疑われる奴がいる。それに……」

 殺したい奴がいるんだ、という続きの言葉は飲み込んだ。そこまでは話せないし、話す義理もない。

 どちらにせよ、話はこれで打ち切りだ。

 そう言わんばかりの黒き青年を前に、学園長は白く長いヒゲを撫でながら、学園長は場を和ませようと思ったのだろうか、呑気に聞こえる口調で困ったように次のようなことを言った。

「しかしのー、君がミス・ヴァリエールの使い魔になってくれないと困るんじゃよ。のぅ、シスイ君。要は君は3年以内に戻れさえしたらいいんじゃろ。それに帰り方がわかっておるわけじゃない。ならば、3年だけでいいんじゃ、それまででいいからミス・ヴァリエールの使い魔を引き受けてはくれんかの。代わりと言っちゃなんだが、君が帰る方法は私共も探すのを手伝うと約束するぞい」

 それは使い魔として破格の待遇とすら言えた。

 けれど、だからこそ警戒心を内で広げながら、黒の青年は問う。

「何故、そこまで?」

 魔法……正確には忍術を使えるとはいっても、この世界の規定に照らし合わせるのならばシスイはせいぜい中流家庭出身の平民がいいところだ。対して学園長どころか生徒も教師もこの学園に勤めているのは貴族である。そしてこの国は貴族と平民の身分差というものは異邦人であるシスイにはやや理解し難いほどにはでかい。帰る方法を探すのを手伝おうなどと、わざわざ一平民の為にそこまでするのは不審とさえ言えた。

 そんな風に内心警戒をしているシスイに対し苦笑しながらオールド・オスマンは言う。

「だってのぅ……君が使い魔にならんかったらミス・ヴァリエールは留年じゃしな」

 それは初耳だった。

 いや、もしかしたら小説「ゼロの使い魔」にも書かれていたのかもしれないが、くどいようだが彼がそれを読んだのは15年以上前の前世でのことである。そんな細かい設定全く欠片も覚えていなかった。

 シスイは思わずピンクブロンドの髪をした少女のほうを反射的に振り返る。

 少女、ルイズは不安そうな白い顔をして自分を見ていた。

 まるで見捨てないでと言ってるかのようなそれに、罪悪感がシスイの中で広がる。

 それに落ち着けと、シスイは自分に言い聞かせた。

 自分にとって最優先順位はとうの昔に決まっている。それを覆すことだけはしたくはない。

 しかし……。

「オレがその子の使い魔にならなかったら、その子は留年するのか……」

「年寄りとしては、若者の未来を閉ざすような真似は避けたいもんじゃ。わかってはくれんかの?」

 留年、それがどれほどのものなのかはシスイにだってよくわかる。

 前世では3流高校に入り、(両親の死を切っ掛けに中退したとはいえ)4流大学にも進学したが、元々彼はあまり学業成績はよくなかったので、真面目にテスト勉強をしても何度も赤点を取りそうになったし、酷い時は自分が留年してしまう夢に悩まされたこともあった。

 それに現世でも、忍者育成学校(アカデミー)で座学の成績はそこまで良くなかったし、それでもうちはシスイという体と脳のスペックが高かったおかげで成績は下位ではなかったが、アカデミーを卒業しても下忍になれずアカデミーに送り返されていた同級生や下級生などを何人も見てきた。そんな彼からしたら留年してしまうことに対する危機感や不安というのはとても身近な頭身的な悩みだとさえ言える。

 留年することは辛いことだ。出来れば留年などしないに越したことはない。

 再び彼はルイズの顔を見た。

 不安そうに揺れる鳶色の瞳に華奢で小柄な体に幼い面差しは、彼女を実年齢より3つも4つも幼く見せた。自分が使い魔にならなかったら、この子は他のみんなが進学する中1人同じ学年をやり直すことになるのだ。そう思うと、こんな子供を見捨てるのかという罪悪感がどんどん強まっていく。

 なんともいえず居心地が悪い。

「他の使い魔を召喚することは……」

「残念ながらサモン・サーヴァントは呼び出した使い魔が死なんと次の使い魔を呼び出せないのじゃよ」

「知らなかったのですか?」

 学園長の言葉に次いで不思議そうな声音でコルベールにそう言われる。

 それに対し、少しトチッちまったかなと思いつつも、冷静を心がけながら、シスイは言った。

「生憎、オレは学校で魔法を習ったわけじゃないからな」

 アカデミーで忍術を学んだ身としてはこれは嘘だったが、習ったのは忍術だ。という意味においては学校で魔法を習っていないのは本当とも言えた。そんな類のことをシレッという青年に対し、オールド・オスマンは再び好々爺のような人好きのする笑顔と声音で諭すように言った。

「のぅシスイ君。君が元の場所に帰るまででいいんじゃ。ミス・ヴァリエールの使い魔になる件引き受けてくれんかの」

 それにややあって、ため息を一つ吐いてから彼は……。

「わかった」

 そう答えた。

「ただし、条件がある」

 

 そう言って彼は使い魔を引き受けるにあたり、5つの条件を出した。

 その条件とは、一つ、3年以内に帰る方法を探すこと。

 二つ、使い魔として必要なものはそちらで用意すること。

 三つ、あまりに理不尽な命令は許容しかねる。

 四つ、この学園に留まる以上、1日数時間でいいので厨房で働かせてくれ。働きに応じて小遣い程度でいいので給金もくれ。食事は賄い食をくれたらそれでいい。

 五つ、帰る方法が見つかるまでは使い魔としてルイズのことを最優先に守るが、命を賭けることは出来ない。

 といったものだった。

 最初は条件があるとかいうのでどんな無茶を言われるかと身構えた学園長だったが、聞いてみれば拍子抜けするほどに大したことのない条件ばかりだ。

 最後の条件にしろ、元々3年以内に帰らなければいけないと、やることがあるといっている男なのだ、そりゃ帰らないといけないのに命をかけることは出来ないだろう。

 それに物腰といい、気配や足音の断ち方といい、それなりに強いと思われる。その相手が命はかけないとはいえ守るとはっきり宣言したのだから、その結果には期待してもいいだろうと、そんな風に学園長は判断した。

 それに、第一の条件に至ってはこちらからも申し出たことと同じだし、第二の条件は寧ろ使い魔ならば当然叶えられるべきものだ。暗黙の了解という奴で条件とすら呼べない。

「良いじゃろう。それくらいでいいならお安い御用じゃ。ミス・ヴァリエール、君もそれでよいな?」

「は、はい!」

 突如というべきか、話の中心人物でありながら、生徒であるという遠慮からか殆ど喋らず大人しくしていたルイズは自分に振られた話題に慌ててそう答えた。

 そんな少女を「うむ」と満足そうに見やると、続いてオスマン学園長は付けられた条件の中にあった一つである、どうにも疑問が尽きないそれについて尋ねた。

「しかしのう、どうにもわからんのじゃが……何故厨房で働きたいんじゃ? 期間限定とはいえ君はミス・ヴァリエールの使い魔となるんじゃ、君の食事代は経費から出るんじゃぞ? というか君、料理が出来んの?」

 そんな質問に対し、シスイは少しだけ困ったような顔をして言った。

「流石に全部を全部年下の女の子の厄介になるのはな……」

 その言葉を聞いて、ああ男としてのプライドか。若いのうなんて学園長は思った。

「それに、使い魔として必要なものはともかくとして、下着や普段着の替えくらい自分の金で買いたいし、料理にしろなんにしろしなかったら腕というのは衰えていくものだからな……劣化防止のためにも触れていたいんだよ。料理……というか家事全般については一通りは出来る。1人暮らしが長かったからな。それと一応厨房でバイト……働いたこともあるから皿洗いや野菜の皮むきとか下っ端に与えられる仕事ならまず大丈夫だ」

 と、そんなことを淡々と言った。因みに厨房で働いたことがあるのは本当だ。これも前世の記憶になるが高校1年の夏休みやGWなど、ギターを買うために従兄が働いている飲食店でバイトして皿洗いやレジ打ちなどをしていた。現世では職業忍者だったためバイトなどをすることはなかったが、それでも潜入捜査の際にちょろちょろと店員に化けて店に入り込んだりしたものだ。

 だからこそそう答えたのだが、まさか平民とはいえ、魔法を使えるような人間が厨房で働いたことがあるとは思ってなかったのだろう、少しポカンとした顔で彼ら3人はマジマジとシスイの姿を見た。

 その視線に彼は思わず気恥ずかしくなって顔を赤らめた。そんな照れたような男の態度に益々奇異なものを見るような視線が集まった。

 ……初対面であり、シスイを傭兵を名乗る暗殺者と判断しているコルベールや学園長にとっては意外なことこの上ないが、彼は基本的に恥ずかしがり屋でやや赤面症だった。

 まあ、こうしてても埒があかない。そう思ったオールド・オスマンは咳払いを一つして、気持ちを入れ替え、話を再開させることにした。

「ゴホン、まあともかく、シスイ君もミス・ヴァリエールの使い魔になる件を承諾してくれたんじゃ。さあ、ミス、コントラスト・サーヴァントを交わすんじゃ」

 促され、ルイズは目の前に立つ男と学園長に交互に視線を合わせる。

「えっと……ここでですか」

「そうじゃ、何か問題があるのか?」

 問題はあるといったらあるし、ないといえばない。それでもコントラスト・サーヴァントの方法をわかっているルイズからしたら色々複雑な気分だ。目の前の男をじっくりと見上げる。

 こうしてきちんと顔を見たら、シスイは中々良い男といえるのかもしれなかった。

 キリリとつり上がった一本睫とやや大柄な鼻に厚めの唇とクセっ毛が特徴的で、背もそれなりに高く体格はコート越しに見てもしっかりしている。釣り目といっていいが、下がり気味の眉と穏やかな……どこか少し困ったような表情を浮かべているせいだろうか、きつい印象はなく、美形とかではないが、そこそこ整った顔立ちと言えた。

 これまで律儀に質問されたことには答えているところといい、多分、悪い相手、というわけでもないのだろう。

 それでもこれからしなければいけない行為を思えば気が重い。まあ、それでも使い魔を引き受けてもらえなかった場合を思えば、するほうがずっといいわけではあるが。

 一方のシスイといえば、コントラスト・サーヴァントを結ぶこと……即ち、ルイズの使い魔になることを承諾したはいいが、肝心の方法についてはわかっていなかった。多分その辺も読んだとは思うのだが、正直覚えていない。そのため、気むずかしい顔をして自分を見上げる少女に対してどう反応するべきか困っていた。

 そんなシスイの葛藤を知っているわけではないのだろうが、ルイズは言った。

「ねぇ、あんたちょっと屈んで」

 ルイズの身長は153サントだ。それに対し、シスイの身長は177サントある。このままでは届かない。

 何故屈む必要があるのかは青年にはわからなかったが、それでもこれから自分は暫くこの子の使い魔とやらをやるのだ。「わかった」そう口にして腰を落とし、ルイズと視線の高さを合わせた。

 その仕草が妙になれていることが少しだけ気にかかったが、ルイズはそれでもなんでもないよう自分に言い聞かせて、そして杖を一振りしてそれからコントラスト・サーヴァントのための呪文を唱えた。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンドラゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 ルイズの小さな杖がシスイの額に置かれ……そして、そこになってルイズが何をしようとしているのか今更ながらにシスイは気付いた。

「ェ……?」

 ルイズの形の良い小さな唇が近づいていた。

(思い出した)

 そういえば、そうだった。契約の方法とはキスだった。何故そのことを忘れていたんだ、と内心自分を罵倒しつつも、しかし条件付きとはいえ使い魔になることを1度了承した以上、逃げるわけにもいかない。シスイはとりあえず覚悟を決めて目を瞑った。

 やがて小さなルイズの唇がややかさついているシスイの唇の上に重ねられ、それから少しの間を置いて離れて言った。

(……いくら仕方なかったとはいえ、こんな小さな子とキスしてしまった……やべえ……へこむ。死んだ母さんや父さんに顔向け出来ない。オレ軽く最低じゃないか……)

 いや、契約する以上どうしようもなかったとはいえ、なんというかちょっとショックだった。因みに彼はロリコンでもなければこれがファーストキスというわけでもないが、だからこそ罪悪感が酷かった。

 自分が性犯罪者に成り下がったような気がしてどうしようもないし、それに彼は元々潔癖の気があり、恋人以外の女性とキスしたりそれ以上のことをするのは抵抗がある人間だったので、余計に初対面の少女とキスをしてしまったと悩んでいるわけだが。

 しかし、その時彼の体に熱が走り、その思考は中断された。

「……ッ」

 酷く熱く、体の中の何かを書き換えられているのだと思った。これがルーンを刻むということか。うっすらと彼の額に汗が滲む。

 忍びとして鍛錬を積んでいる為この程度ですんでいるが、これは素人が受けたらたまらないだろう。少しだけ彼は本来ルイズに呼び出されただろう少年(名前は忘れた)に同情した。

 やがて数秒とたたず、体の熱が収まり、左手の甲に見慣れぬ暗号のような文字が浮かび出てきた。

「珍しいルーンですね。ちょっとスケッチしてもいいですか?」

 コルベールはマジマジとシスイの手の甲を見ながらそう尋ねる。それに青年は「え……ああ、構わない」とそう答えた。

 詳細は忘れたが、これが伝説のなんとかの証だったような気はするが、シスイ自身はよく覚えていなかったため、1度きちんと専門家が調べた方がいいのだろうと思ったための答えだった。それに帰り方を見つけるのを協力すると申し出ている相手に、これしきも許さずにおくというのは不誠実だとも思った。

 サラサラとコルベールはルーンを書き写す。それが終わったことを見取ったからだろう。オスマン学園長は、実に清々しそうな朗らかな声で締めの言葉を口にした。

「さて、これでシスイ君は正式にミス・ヴァリエールの使い魔となり、ミスは2年に無事進学となったわけじゃ! いやぁ、実にめでたい! これからの諸君らの活躍に期待しておるぞ!」

 

 学園長室を後にすれば、すっかり日は暮れ始めていたようだった。今は廊下でルイズとシスイの二人っきりだ。

「ねぇ」

 桃色の髪の少女は黒き青年に話しかける。思えばこうしてちゃんと話しかけるのは召喚してすぐの時以来だ。

「あんたは、本当にわたしの使い魔になったのよね?」

 それは確認するような言葉。契約を交わしたとはいえ、それでも彼が使い魔を「断る」と言ってからまだ1時間も経っていないのだ、不安なのだろう。その証拠のようにぱっちりとした鳶色の瞳がやや戸惑うように揺れている。そんな少女を見て、シスイはすっと姿勢を落とし、目線を彼女に合わせながら、右手を差し出して、安心させるようにだろう、仄かに笑みを浮かべながら言った。

「今日から君の使い魔となったうちはシスイだ。これからよろしく頼む」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、今日から貴方の御主人様よ。……特別に手を許して上げるわ。よろしく」

 そうして本日誕生した、この仮初めのような主従は握手を交わした。

 

 

 続く

 

 

 



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4話

ばんははろ、EKAWARIです。
おまたせしました、瞬身の使い魔4話、ルイズの部屋編です。
あ、それと明日パソコンを修理に出す予定ですので、暫く更新は出来なくなると思いますがご了承ください。


 

 

 挨拶も済み、ルイズとシスイは今まで握手していたその手を離した。

 こうやって改めると少々照れくさいものがある。そんなことを思いながら一息吐くと、漸くシスイは自分が未だに血の臭いを被ったままであることに気付いた。

 それでどうやらやはり自分は冷静ではなかったらしい、とシスイは自身の状態を再確認をしながら、「失礼」と一声かけて懐から消臭剤を取り出した。

 本当は里を出たらすぐに籠もった血の臭いを消すつもりでいたのに、里を出る前にハルケギニアに召喚され、おまけにあり得ない筈の状況に緊張を強いられていたせいかすっかり今まで忘れていたらしい。

 ……まあ、冷静でないのは無理もないといえる。

 何故なら彼が自身の一族である、うちは一族をたった2人を除いて皆殺しにしてからまだ数時間前しか経っていない。

 彼らを殺したこと自体は無理矢理もぎ取った任務であったと同時に私情でもあった。

 何故クーデターを起こそうとしたと、どうして大人しくしてくれなかったと、そんな少し逆恨みとも取れる恨みも一族に抱いていたのも事実だったが、それ以上にイタチの未来に「邪魔」だと、自分の中の天秤で切り捨てるほうに傾いたからこそ殺したのだ。

 しかし、恨みがあるからといって、優先順位が低かったからといって、同時に彼らに抱いていた愛情や想い出も偽物になるわけでもなければ、消えるわけでもない。

 人は一面だけの生き物ではないのだ。愛する気持ちも憎む気持ちもどちらも真実であり本当だった。それに一族の生存は彼にとって1番大事なことではなかったとはいえ、それでも本音を言えば生きて欲しかったし、クーデターなど馬鹿なことを企んで欲しくなかった。

 殺した感覚は今も手にこびり付いている。おそらく一生忘れることはない。

 それでも今でも思う。確かに彼らは……うちは一族は、シスイにとってもう一つの家族だったのだと。

 家族を殺してなんでもないように振る舞えるほど、生憎彼は人間を辞めていなかった。

 

 

 なんらかの錠剤を飲み、それから懐から取り出したスプレーのようなものを自分の体に向けて使う自分の使い魔になった男に対し、ルイズはマジマジとした目でそんな様子を見ながら「それ何?」と尋ねる。

「消臭剤と、消臭スプレーだな。血の臭いをいつまでもつけたままじゃ拙いだろう」

「ふぅん」

 そう答えながら、はたとシスイはそういえばこの少女をこれからどう呼べばいいんだろうかと、そんな根本的な問題に気付いた。

 自分はルイズの使い魔となった。つまりはこの世界……ハルケギニアにいる限りは自分はルイズの武器であり、従僕であるのだ。しかし、シスイは当然ながら前世では平凡な日本人として育ったから貴族などと接した経験などないし、現世においても貴族っぽい相手とは任務の時に依頼人や護衛対象としてという、そういう形でしか接したことがない。

 そして、任務で上流階級と接する場合は、あくまで任務で守っているだけであり、短期の付き合いでありよそ者なのもあって貴人を名前を呼んだりとかすることも当然なかったし、口調もよそ行きのもので済ませてきた。

 しかし、ルイズはそうはいかないだろう。使い魔に承諾した以上、帰れるまでは彼女の下で自分は働くことになる。数週間くらいで終わるとは思えない。それなりに長い付き合いにはなるだろう。

 口調もどうするべきなのか。年下の女の子とはいえ、主に当たる人物となるのだ。よそ行きの言葉にしたほうがいいのだろうが……そんな長時間よそ行きの言葉で喋り続ける自信がない。うっかり素が出て不敬とかしてしまいそうだ。いや、今の口調も充分不敬と取られているかもしれないが。

(主殿? 主様? それともルイズ様? ルイズお嬢様? いや、ここは学園長とミスタ・コルベールを習ってミス・ヴァリエールか? どう呼べばいいんだ……やべえ、わかんねえ)

 因みに御主人様は却下だ。なんていうか、痛い趣味みたいで精神衛生上嫌だ。

「ついたわよ。入りなさい」

 そんなことを思う間に少女の部屋についたらしい。ルイズはそうシスイを一瞥して促すと先に部屋へと入っていった。それに青年も一つ頷いて後ろに続く。

(……まぁ、いいか)

 未だに彼女への呼び名に答えが出ないが考えるのは後にしよう、とシスイは問題を先送りにすることにした。

 

 ルイズは部屋に設置してあるアンティークテーブルと揃いの椅子に座ると、「さてと」と声をかけ、それから手慣れた優雅な仕草で髪をかき上げると言った。

「確認するけど、あんたって何が出来るの? メイジと言ってたけど魔法体系が違うとも言ってたし。嗚呼……座って良いわよ。特別に許可して上げるわ」

「主と同じ席に座るわけにはいかないだろう」

 シスイは上流階級に仕えた経験はない。しかし、任務上貴族のお姫様の護衛任務などに当たる場合もあるため、上流階級との付き合い方を覚えさせられることはあった。よってシスイには一介の忍び風情が貴族のお姫様と同じテーブルにつくなど烏滸がましいことだ、という『常識』が備わっていた。

 そんなシスイの返答にどこか呆れたようにルイズは青年を見上げながら言う。

「その心がけは悪くないけどね、御主人様が良いといってるんだからいいから座りなさい。というか、あんた大きいから見上げるのは首が疲れるのよ。みなまで言わせないで」

 そこまで言われたら仕方ない。シスイはルイズの向かいの席に腰をかけた。

「で、オレが出来ることについての話だったよな」

「そうよ、御主人様として使い魔の出来ることは確認して置かなきゃ」

 まあ、それは当然か、とシスイは思った。道具の性能も知らず道具を使うことほど愚かしいことはない。この世界に居る限り彼はルイズの道具であり、武器なのだ。本当はあまり自分の能力について他人に知られることは好ましくないがそうもいってられないだろう。

 寧ろ自分の主だというのなら、知らないほうが困るのだ。

 ……自分が如何なる道具を手に入れたのかということについては。

 願うならば使い方を誤って欲しくないものだな、とそんな風に思いながら彼は説明した。

「まあ、先も言ったけど1人暮らしが長かったからまず家事全般は一通り出来るな」

「いや、今それここで関係ある? でもまあ、いいわ……そういうことなら、平民とはいえメイジだって話だから勘弁してあげようと思ってたけど、掃除、洗濯、雑用等遠慮無く頼むことにするわ。文句なんてないわよね」

「ああ、別に構わない」

 シスイはルイズの言葉に頷いた。因みに彼はどちらかというと綺麗好きに分類されるほうであり、掃除にしろ洗濯にしろ嫌いではなかった。

「次にサバイバルの類も仕事柄慣れているから問題はない。野営の準備や野外料理もわりと得意なほうだと思う」

「……便利といったら便利なのかしら? まあ、野宿なんてわたしの使い魔である以上あまり経験することないと思うけど」

 そこまではたと答えてから、ルイズは「って、そうじゃなくて」と声を上げそれから言った。

「そういうのじゃなくて、あんたの戦力が知りたいのよ!」

 それにさてどう答えるかとシスイは思考する。有りの儘答えたほうがいいのか。 

 否、有りの儘答えるべきか。正直言ったら引かれるような気はするし、あまりこういうことを言いたくはないんだが、自分の主である以上知らないほうが拙いか。

「そうだな……オレが得意なのは奇襲と暗殺、毒殺……」

「怖いわよ!?」

 ルイズはなんとなく暗殺者っぽいとは思ってたがそれに違わぬ青年の答えに、思わず勢いでそう返した。そんな少女に苦笑しながらシスイは言葉を続ける。

「薬草の知識と毒草の知識もある程度あるから、知っている草があれば毒草や薬草の調合もある程度は出来るな。こういっちゃなんだが足の速さは数少ない自慢の一つでもあるし、応急処置程度の医療忍じ……治療魔法も使えるといえば使える。生憎専門家じゃないんで得意じゃあないけどな」

 そういってため息を一つついた。

「ま、オレは基本奇襲とサポート専門と思ってくれていい。正面戦は苦手だが支援は得意だ。耐久力にはそれほど自信がないから敵の攻撃が一発でもまともに入ったらアウトと思って置いてくれ。避けるのは得意だからあまり怪我することはないとは思うけどな。あとは火遁の術……火の魔法を少々と幻術がメインといったところか」

「幻術?」

 なにそれといわんばかりの口調で訝しむようにルイズが聞き慣れないそれについて尋ねると、シスイは瞳の色を故意に写輪眼へと切り替えた。

 黒から赤に、巴模様と共に色の変わった瞳を前にルイズが吃驚したように男の目を凝視する。

「幻術は文字通り対象に幻影を見せる術のことだ。そして、この目は写輪眼といい、チャクラ……魔力の流れを見、そしてこの目を見た人間を幻術にかけることが出来る魔眼だ。目を合わせただけで相手を夢の世界に誘うことが出来る。その使い方は拷問から情報の聞き取りまで多岐に渡る。まあ、他にも出来ることはあるが……中でもオレの目は幻術に特化しているといっていい」

 そう答えたシスイを前に、ピンクブロンドの少女はややあってから恐る恐るといった口調でそれを尋ねた。

「あんた……本当に人間?」

 あまりに聞き覚えのない能力を前に、ルイズは実は目の前のこの男は人間に化けたエルフかなんかではないのかと思わず疑った。目を合わせただけで幻術にかけられるだの、拷問にも使えるだのと言われて内心少女は少しびびってもいた。

「そのことに関してなんだがな……オレはこの世界の人間じゃない」

「……は?」

 淡々とした声で黒の青年はそう答えた。いきなり何を言い出すのか、とルイズは目を丸くして尋ねる。

「どういうことよ」

「そのままの意味だ。ミスタ・コルベールに合わせて東方から来たと答えたがな、本当はオレは東方じゃなくて異世界出身なんだよ。信じる信じないはそちらの勝手だけどな。力の体系がこちらと異なる本当の理由もそういうことだ」

「なにそれ」

 ルイズはまるでなんだか狐に騙されたような気分でむくれた。

「本当に違う世界から来たっていうの?」

「疑うのは当然だが、君の使い魔になった以上君には嘘を言うつもりはない」

 ……もっとも言いたくないことや言えないことは言わずに置くが。

 ルイズはその鳶色の瞳でじっと男を見上げた。ピンと姿勢を伸ばして視線を自分に合わせてくる男が冗談や嘘を言っているようには見えなかった。

 けれど、異世界から来た? 馬鹿らしいくらいにあり得ない突飛な話としか思えなかった。

「なら、証拠見せてよ。あんたの魔法がこっちと体系違うのは異世界だからなんでしょ。見せなさい」

 正直異世界出身とかは、写輪眼とかいうこちらではあり得ないものを目にした今も半信半疑だし、その写輪眼の性能についても説明をいくら受けたとはいえ、実際に経験したわけではないので今の所変わった目止まりであるが、ハルケギニアと体系の違う魔法というのには興味があった。

 だからこそそう申し出たルイズに対し、シスイは左右に首をゆっくり振って言った。

「ここでは見せられない」

「何よ、あんたひょっとして魔法が使えるって嘘吐いてたの?」

 むっとして言うルイズに対し、シスイは「そうじゃない」と言いながら説明を続けた。

「オレは、君以外の人間に俺の使える『魔法』を見せる気がない。だから多くの人がいるだろうこの場では見せられないと言ったんだ」

 まあ、実際は魔法ではなく忍術なわけだが、そこを訂正するとなるとややこしくなるし、NARUTO世界の忍術はその殆どが知らないものが見れば魔法と大差ないものだ、だからシスイはそう答えた。

「なんでよ」

「ここに居る以上はオレは君の使い魔だ」

「そうね」

 ルイズはその言葉を肯定した。

「つまりオレという道具を使うのは君だ。そうである以上君には知ってて貰わないと寧ろ困る。だから見たいというのなら明日の朝の鍛錬の時に君には見せる。けどな、それ以外の人間にオレは自分の力を見せる気なんてないんだよ」

 ルイズはその言葉にわけがわからなくなった。見せたくない? 自分の力を。

 コルベールに「魔法が使える平民」と答えた以上、別にメイジであることを隠しているわけでもないようだし、折角魔法が使えるというのに、どうしてその力を知られたくないと矛盾するようなことをこの男は言っているんだ、とルイズはそんな風に考える。そんなルイズを前に男は言葉を続けた。

「それと、君が望むのなら明日の朝必ず見せると約束してもいいが、見た後も何を見たのかについては他言無用にしてほしい」

「どうしてそこまで隠そうとするのよ」

 ある意味ルイズの疑問は至極最もだった。それに対し、シスイは答えた。

「この世に弱点のないものはない。だけど、知らないものに対して人は対策を立てられない。情報を提示するっていうのはな、同時に相手に弱点を分析されるってことでもあるんだよ」

 そういって男は語った。

「戦場で生き残るコツはな、勝てない戦いに挑まないということと、弱点をいかに知られないようにするかってことなんだよ。弱点をたとえ知られてもそれをカバーする方法を用意する。それを出来ない奴から死んでいくんだ」

 それはルイズの知らない世界の話だった。

「オレは弱くもないが強いわけでもない。それにオレには帰らないといけない場所がある。そのためにも死ぬ気はないし、リスクを高める真似もしたくはない。だから君以外に見せられない」

 

 真面目な顔で真剣に言った自分の使い魔の言葉に、ルイズは何よそれ、と思った。

(折角自慢できると思ったのに)

 ルイズはまともに魔法が使えない。だからこそ、いつかちゃんと魔法を使えることが彼女にとっての夢であり目標だった。たとえドットレベルでいいから、ちゃんとした魔法を使って周囲を見返したいとそう思っていた。自分は落ち零れなんかじゃないと証明したかった。

 だからこそ強力な使い魔が欲しかった。

 メイジの実力を見るには使い魔を見ろという格言がある。つまり強力な使い魔を召喚することが出来たらそれはそのメイジの資質を手っ取り早く証明することも出来るというわけだ。

 正直にいえば、ルイズはこの魔法が使えるという平民が自分との契約を受けたことで浮かれていた。

 この男が強ければ強いほど、それは彼を使い魔とした自分の能力の高さを示すことが出来るんじゃないかと、それほどの人間を使い魔に出来たのならばもう周囲に落ち零れと呼ばれなくなるんじゃないかとそんな淡い期待を抱いていた。

 だから、もし男が想像以上に使えそうな時は、自慢出来ると思ったのだ。

 なのに、男は自分の力を見たとしても他言無用にしてほしいとそんな風に言う。

 説明は受けたけど、力あるものがその力を隠そうとする心理がルイズにはわからない。

(こいつ、本当は弱いんじゃないの)

 故に彼女がそう思ったのも仕方ないことだったのかもしれない。

 どちらにせよ、ルイズは少なからず男に失望を覚えていた。

 

「……寝る」

 ルイズはむっすりとした顔でそう一言告げたかと思うと、突然ぽいっと服を脱ぎだした。そしてあっという間にブラウスを脱ぎ捨て下着姿となった。

 それに思わずシスイは目を丸くする。

「え……」

 そして大きめのネグリジェを頭から被るとキャミソールとパンツを脱ぎ捨てた。

 ルイズが服を脱ぎだした時から慌てて後ろを振り向き彼女を見ないようにしていたシスイではあったが、まさか仮にも年頃の娘が他人の目の前で着替えを始めるとは思ってなかったため、ちょっと動揺していた。

(あ、でも……)

 そういえば貴族の娘は使用人に服を着替えさせて貰うものだとも聞くし、彼女は公爵家の娘だという。おそらく他人に着替えを見られるということに慣れているから何も感じていないのだろう。

(これが貴族の常識って奴か……庶民とはやっぱり違うんだな)

 まだ動揺してはいるが、そう考えてシスイはなんとか自分を納得させた。

 しかし、あれだ。自分は別にロリコンじゃないから罪悪感こそ覚えど彼女の裸を見ても多分何も思わないが、貴族に仕えるため教育されてきたわけではない普通の少年があれを見させられたらたまったもんじゃないんだろうな、とか現実逃避気味に彼は思う。

 いや、そんなどうでもいいことを思うあたりシスイはなんというか想像以上に動揺しているらしい。カルチャーショックを受けているといってもいい。

 そう思う間にも着替えが終わったのだろう。ルイズはごそごそとベットに入り込むと、先ほど脱ぎ捨てた下着を指さしながら「それ、明日洗濯しといて」とそう指示を出した。

 それに苦笑しながら、シスイは問う。

「それは別に構わないが、どこで洗濯するんだ?」

「下の水汲み場……あと、明日起こしなさい」

「わかった」

 ルイズは眠いのだろう。どこか不機嫌そうな顔をしていたが、同時にうとうとと少し気怠げでもあった。

 幼く、あどけない顔だ。

 ふと、前世での妹の幼少期のことを思い出し、シスイは柔らかな表情と口調で眠る前の挨拶を交わした。

「おやすみ」

 そしてそのまま、そっと扉を閉めて、彼女の部屋を後にした。

 あとにはベットの中で幸せそうに眠る小さなお姫様だけが、赤と青の月に照らされ残されていた。

 

 

 続く

 

 



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5話

 ばんははろ、EKAWARIです。
 今日パソコンを修理に出す予定なので更新は昨日の4話でストップさせるつもりでしたが、明日の台湾旅行が楽しみ過ぎて目が冴えてしまって気付いたら5話書き上げてしまったYO.
 というわけでどうぞ。


 

 

 ―――――嗚呼、静かな夜だ。

 

 その感情の侭に、駆け抜け、飛び、跳ねる。

 闇に溶け込むような黒いコートで口元まですっぽりと覆った男は、夜の学園の中を足の裏にチャクラを集め、石造りのまるで西洋の城のようなその学園の壁を垂直に上り、屋根の上にまで登り切る。

 その男は暗い闇夜に溶け込むような黒い姿をしているというのに、瞳だけが巴模様を描き、赤く闇光りをしている。その目で男……つい数時間前にヴァリエール公爵家の三女であるルイズと契約を交わした使い魔うちはシスイは学園の敷地とその規模、それと建物や施設の配置等を頭に叩き込んでいた。

 そして空を見上げる。そこには赤と青の双月が悠然と佇んでいた。

 異なる光を放ちながら互いを支え合うように存在するその姿はとても大きく美しい。

 ……こんな月は見たことがない。

 それは彼にとって前世である地球の日本でもそうだし、15年生まれ育ったNARUTO世界の火の国木の葉隠れの里でもそうだ。

 そもそもどちらの世界にしろ月は一つだった。

 

(本当にオレはゼロの使い魔の世界に来てしまったんだな……)

 そんなことを思う。

 正確には前世で読んだ小説である「ゼロの使い魔」そのままの世界というわけではないのだろうが。

 そもそもここが本当にゼロの使い魔の世界だというのならば、ルイズが召喚するのは己ではなく……名前は忘れたがパーカー姿の日本人の普通の少年が呼ばれる筈であったわけだし、己が呼ばれている時点でこの世界はゼロの使い魔とは別物の世界であり、正確にはゼロの使い魔という小説によく似た平行世界であり異世界なのだろうとそう思う。

 それは彼が15年生まれ育った世界が漫画NARUTOの世界によく似ているが、異なっている平行世界の異世界で厳密にはNARUTO世界とは別物であるのと同じように。

 だが、別物とわかっていてもとてもよく似た世界であることには違いないし、呼び名があるほうが自分の中で整理が付けやすい。だからこそ、15年育ったあの世界のことをNARUTO世界と呼び、この世界をゼロの使い魔世界と呼ぶ。それだけの話だ。

 

 それにしても、本当なんでこんなことになったのだろうか、と青年は考える。

 15年前、自分が漫画の世界の住人に憑依してしまったとそう思った時も内心酷く混乱したものだ。

 正確にはそこは漫画の世界そのものといったわけではなかったが、それでもどういうタチの悪い冗談だと思いながら、それでもなってしまったものはどうしようもないからと、やがて自分は己を納得させ、この世界で生きていくための技能を身につけようと思い、そうして馴染もうと努力してきたつもりだった。少なくとも前世の記憶や人格云々など他人に言っても笑われるか、頭がおかしいんじゃないかと疑われるのがオチだと思ったから自分の人格は前世の延長線ではあったけど、その過去についても他人に漏らしたこともない。

 初めは現実感の持てない世界だったとはいえ、自分はその世界で生きている。だから、やがて周囲の人々に愛着や情を覚えるようになったのはある意味必然でもあった。

 現世の両親や、うちは一族のみんな、厳しいところがあっても優しく暖かい先輩達や、アカデミーの子供達、みんな大切だったし、好きだった。

 まあ……木の葉を愛していたか、と聞かれたら素直に首を縦に振るのは難しかったが。

 それでも、大切な物も好きな人々もたくさんいたのだ。

 そして、夢も出来た。

 前世の生涯に置いて、彼に夢というものはなかった。

 中学校の頃は友達と馬鹿をやってたらそれで満足だったし、高校大学となると友人と結成した学生バンドに加え、そこに恋や彼女との付き合いなどもあって毎日が楽しかった。

 転機は20歳の時の両親の事故死だっただろうか。20歳の時、両親にプレゼントした温泉旅行の帰りに両親は事故で亡くなった。

 それから大学を中退し、6歳年下の妹を養うため彼は働きに出た。

 両親がいなくても妹に不自由などさせたくなくて、家事全般から近所付き合いに、学校行事の出来る限りの参加に仕事と出来うる限りは頑張った。しかし、それは別に夢とかではなく、彼にとっては「やらなければいけないこと」であって「したいこと」ではなかったのだ。

 彼に夢などなかった。

 やがて妹が大学に進学し、大学近くのアパートで暮らすようになって1人暮らしになった時も、その時にはもう彼女とか作りたいという気力すら彼は失い、その頃からやがて逃避するように漫画やアニメをレンタルし見るようになった。

 彼が死んだのは、妹の就職が決まり、28歳の誕生日を1週間後に控えた丁度そんな時期だ。

 一般的に見れば短い生涯といえるのかもしれない。だが、あそこで死んで良かったのではないかとすら彼は思っていた。何故なら、彼には妹が大学を卒業した後自分がどうするのかというビジョンなどなかったのだ。

 恩を返したいと言っていた妹には悪いが、妹が卒業するまで自分が妹の面倒を見るのは彼にとっては義務であり刹那的な目的でありやらなければいけないことだった。そしてそれが終われば自分がどうするのかなど彼にはなかったのだ。昔はいつか彼女と結婚し家庭を持ちたいとか子供は2人欲しいとか、そんなことを漠然と思っていたような気もするが、その頃には既に彼は彼女を欲しいとすら思うことはなかった。

 夢もなく、したいこともなく、やるべきことももう無く、女に対する欲求すらなく、いわば彼は人生の迷子となっていた。

 だから、二度目の生である今生で『夢』を持てたのは彼にとって何事にも代え難い喜びだったのだ。

 夢を今までもったことのない自分が抱いた夢だから、それを1番に守りたいと思った。

 たとえ他人に理解などされなくても構わない。

 たとえエゴイストの大悪党と罵倒されてもいい。

 自分の命などどうでもいい。

(オレはうちはイタチが火影となる姿を見たい)

 イタチの治める里で笑う子供達が見たい。そしてそのためなら、その未来のためなら、邪魔なものは切り捨てよう。……たとえその邪魔なものが自分自身だとしても。

 イタチは優秀だ。犯罪者として影の道を歩むような選択さえしなければ、おそらく自分が何もしなくても自力で火影となれるだろう。イタチにはそれほどの才覚があるとシスイは信じていたし、それだけの器があると思っていた。

 それでも、この世に完全なものなどない。

 だからこそ、原作の知識という名の武器を持つシスイには、自分の夢を実現させる可能性を高めるため、殺しておきたい相手がいた。

 NARUTO正史で第四次忍界大戦を後に起こすことになる、核たる人物であるうちはオビトと薬師カブトだ。原作におけるこの2人がもたらした被害の大きさから、この2人は特に彼にとって仕留めたい相手であった。

 うちは一族の画策したクーデター論は止められず、結局イタチに本来なら与えられる筈だったうちは一族皆殺しの任務を無理矢理もぎ取り、皆を殺して里を抜けることになったシスイであったが、里を出たあとは原作のイタチがそうしたように犯罪組織「暁」に入り込み、内部から監視し裏で三代目火影猿飛ヒルゼンに奴らの情報を流しながら、その裏でオビトやカブトを数年後チャンスをものにして確実に殺すため、情報を探ったり道具を取り寄せたりなどして着実に葬るための準備をする、そのつもりでいた。

 ……そういう予定だった。

 が、どういう因果なのか彼はNARUTO世界から見ても異世界であるこの世界、ハルケギニアに木の葉隠れを出る直前に、イタチやサスケ達と仇として別れてから5分後には召喚されてしまった。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの手によって。

 これは悪夢か、なんてタチの悪い冗談なんだ、と大笑いした自分は果たして悪いのか。

 いや、だってもうあれは笑うしかないだろう。笑う以外にどうしろというんだ。どんな喜劇だ。

 断腸の思いで一族をイタチとサスケを除いて皆殺しにしたのに、なのにその直後に大罪人の自分はそのことを知られていない世界に召喚される? なんていう悪夢だ。

 なんて……馬鹿らしい。

 それでも、自分は帰らなければならない。

 タイムリミットは3年。それまでに帰らなければ。

 ナルトやサスケがアカデミーを卒業し、下忍となり、暁や木の葉崩しを企む大蛇丸とその配下のカブトが動き出すのは今から6年後だ。自分という異物がいた時点で正史通りに進むなど達観するのは危険ではあるが、それでも九尾の回収時期や力を溜め込む問題とかを考えても、5年は大体安全と考えていいだろう。でもそれ以降は保障出来ない。誰も彼も潜伏期間を終え動き出すだろう。

 オビトもそうだが、カブトも一筋縄でいかない相手だ。否……はっきり言おう。なんの準備もせずに挑んだらまず自分は返り討ちに遭うのが関の山だと。

 シスイは平均的に見れば決して弱いほうではない。寧ろ幻術と瞬身の術だけに関して言えば里ではトップクラスだし、16歳で上忍に昇進していることからしても、どちらかといえば上位に属するほうではあるのだろう。しかし彼には火力がない。知力もない。1から何かを生み出す頭脳もない。耐久性もない。無い無い尽くしだ。そんな彼が格上である2人に勝ちたければ、準備や罠を整えた上で、焦らず取れる時にチャンスをものにするしかない。

 その準備のためにも、暁に潜り込むためにも、2年は欲しいのだ。

 3年以内に帰りたい理由はそんなものだ。

 そんなものだが、それは彼にとっては最優先事項である。何故ならその目的さえ果たせたなら彼はいつ死んでも構わないと、そう心底から思っているのだから。

 まあ……たとえ一族殺しの犯罪者として処刑される未来でも構わないのだが、出来るならばこの命を渡すならば、イタチに取って欲しいなというのが彼のささやかな願いなのだが。

 でも、全てはこの世界から帰れたらの話だ。

 彼が内に秘めた願いも目的も、ハルケギニアからあの世界へ帰れなかったら意味がない課程に過ぎない。

 

「ハルケギニア……か」

“とんでもないことになったな”

 ふと、ポツリとこの世界の名前を零す青年を前に、彼に話しかける声が内部から響いた。

「なんだ、あんたか。……眠っているんじゃなかったのか?」

 その自分と同じ声でありながら異なる口調と雰囲気で語られる声の主を前に、シスイは穏やかな口調でからかうようにそう問いかける。そんな青年に対し、声の主は苦笑したような気配を纏いながら言った。

“いきなり、違う世界に飛ばされたんだ。こんな状況で呑気に寝てられるわけがないだろう”

「そうだな……『うちはシスイ』」

 そうして青年は、『彼』の名前を呼んだ。

 シスイの内側で眠っていた青年……それこそが本来のこの体の持ち主である『うちはシスイ』だ。1度死んだ世界から逆行し、幼い頃の自分となった彼は、そのイレギュラーに引かれるように己の体に入ってきた異世界の人間の魂にその肉体の主導権を与え、ずっと眠り続けてきた。

 いわば、シスイがこうして表で活動出来るのは裏を返せば、本当の『うちはシスイ』が部外者の魂である彼に肉体と人生を譲り眠ることを選んだからといえる。

 うちはシスイとして3歳のその時から表に出ていた人格は、本来は部外者である筈の元日本人の青年のほうだ。あの15年彼が生まれ育った世界に置いてうちはシスイだったのは、本来の『うちはシスイ』ではなく、部外者だったはずの青年のほうなのだ。だからこそ、一つの肉体を共有する異なる魂を持つ彼ら2人は、どちらもが『うちはシスイ』であり、『うちはシスイ』ではなかった。

“悪いな、オレは何も出来なくて……何か出来たら良かったんだろうが”

 魂は別人でも肉体は一つだ。どちらかが表に出てきたらもう1人が中に引っ込むしかない。そのことをわかっているからこそ、そんなことを口にする『うちはシスイ』に対し、シスイは首を横にゆっくりと振ってから、言う。

「いや……あんたにオレは既に救われているよ」

 そういって、安心したように微笑みながら述べた。

「1人じゃない、それだけで充分心強い。あんたがいてくれて本当に良かった……ありがとう」

 そんな風に穏やかに笑いながら礼を述べる男に対し、少し複雑そうな雰囲気を乗せながら『うちはシスイ』は“なぁ……”とどこかもの悲しそうにも聞こえる声で話しかけ、それを言った。

“別に、この世界に残ってもいいんだぞ”

「……いや、帰るよ。オレはあの世界に帰る」

 それは決意さえ感じさせる顔と言葉で……『うちはシスイ』は悲しげな声音で“……そうか”とポツリと呟いた。

“……イタチに会いたいか?”

「そうだな……会いたいよ。会えるなら。でもどちらにせよ駄目だな。帰れたとしても会うのは5年後だ」

“別にオレの体だからといって遠慮はいらないんだ。お前はオレに縛られず好きに生きていいんだぞ”

「充分好きに生きているよ。こちらの世界のほうが向こうよりも安全かもしれないけどな……それでも、帰りたいと望み、そうしたいのは他ならぬオレだ」

“そうか”

「そうだよ……まあ、心配してくれてありがとうな。おやすみ、『うちはシスイ』」

 

 やがて自分の内で『彼』が眠りにつく気配を感じ取った。

 青年自体には眠気はない。一族を殺してからまだ1日も経っていないせいか、とてもじゃないが今夜は眠れそうにないのだ。そうしてぼんやりと月を見上げつつシスイはこれからのことについて考える。

 この世界からNARUTO世界にどうやって戻ればいいのか彼にはわからない。ついでにいえばこの世界の文字もわからない。不得手ではあるがその辺は勉強するしかないだろう。

 ともかく暫くはあの子……ルイズの使い魔をしながら空いている時間に情報を収集して地道にやっていくしかない。

(気持ちを切り替えろ)

 自分は未だいつもの自分の調子に戻れていない。

 心を落ち着け冷静に振る舞えていない。一族の死を引き摺っているとはっきり言える。

 だが、この世界の人間は自分のことを知らない。自分が何をしたのかも知らない人間を相手に、過去を引き摺った態度で接するのは相手にとっては迷惑だ。暗い態度など鬱陶しいだけに違いない。

 だから、明日、明日にはいつもの自分に戻ろう。

 心の澱が消えるわけではないけれど、笑顔という仮面で蓋をするのは慣れている。

 だから……。

 

 

 やがて空が少しだけ明るくなり始める。体内時計で判断するなら今は朝の4時半ぐらいといったところか。

 丁度良い時間だ。シスイは立ち上がり、ルイズに洗濯しておけと言われていた下着の洗濯を始めた。

 年頃の娘の下着を洗っているというのに、その顔には動揺はない。

 正直女性物の下着を洗うのはこれが初めてではないし、こんなことくらいでドギマギしたりはしない。前世で両親が死んでから妹が大学に入るまでの約4年間、家の洗濯をしていたのも洗濯物を干していたのも彼だったため、シスイは女物の下着は見慣れていたし触り慣れていたといえる。ルイズに下着の洗濯を頼まれてもちょっと動揺した程度で済んだのもそのためだ。

 それにルイズは16歳になるが、彼女は実年齢以上にその顔も体型も性格さえ幼く見える。妹という家族の下着を洗っても別段何も思わないように、シスイからしてみればルイズは庇護するべき子供であり、そしてそんな完全恋愛対象外の子供の下着を洗うくらいで彼女を女として意識などするはずがなく、彼女の下着を洗うことについても別段何も思うようなことではなかった。

 御主人様の下着の洗濯ついでに彼はコートの中から荷物を取りだし、それを綺麗に並べると自身のコートも洗い、枯れ葉を集め火遁の術で火をつけると、コートを干し始める。

 因みにこのコートは彼が給料3ヶ月分をはたいて作った特別製で、水や血の類を弾く習性があるため、火で乾かせば10分もあれば乾く。その間にクナイなどの刃物の手入れを手早く済ますと、濡れタオルで体を拭い、元々里を出るつもりだった故に携帯していた普段着に着替えた。

 それからルイズの部屋に向かった。

 

「朝だぞ」

「わぷっ。きゃ、何?」

 突然自分の顔を襲った冷たい感触に、ルイズは吃驚しながら心地よかった眠りから目覚める。

 そしてそんな風に目を丸くして周囲をキョロキョロと見回す彼女にルイズを相手に、聞き慣れない男の声が「おはよう」とかけられて、彼女は体を起こしながら声の発生源へと顔を向けた。

 そこに立っていたのは黒髪黒目をした見慣れない風貌の青年だ。

 それが、ニッコリと穏やかなどこか純朴そうに見える笑みを浮かべながら自分を見ている。

「え? 誰よ、あんた」

 ルイズは思わず素で問いただした。

 そんな彼女の言葉に思わず苦笑しながら、目の前の人懐っこそうな微笑みを浮かべた青年が答えた。

「酷いな、君が召喚したんだろ」

 その言葉でルイズは、この青年が昨日呼び出して契約を交わしたうちはシスイとかいう魔法の使える平民であることに気付いた。

「え!? あんた、昨日の奴なの!?」

 吃驚しながらじろじろ見てみると、確かにクセの強い短い黒髪といい、釣り気味のくっきりした黒い瞳といい、大柄な鼻の形や厚めの唇といい、パーツの形は同じだ。しかし、男は昨日の暗殺者然とした黒いコート姿ではなく、奇妙な形をした黒い中着と深緑の上着姿だし、なにより雰囲気が昨日と酷く違った。有り体にいえば、昨日の彼は穏やかな顔を浮かべてもただ者じゃない臭がしていたにも関わらず、今日のシスイはまるで普通の平凡な好青年かつ地味な平民の男にしか見えないのだ。まさかこれほど雰囲気が違うのに同一人物とは思わなかった。

 そんな風に驚いているルイズを前に、男は「まだ、寝ぼけてるのか?」といいながら、濡れタオルで慣れた仕草と力加減でルイズの顔を優しく拭った。それで、先ほど肌に触れた冷たいと思ったものの正体がその濡れタオルだとわかった。

「んぐ……あ、あんたね……」

「んー……目は覚めてるようだな。あ、それと悪いけど、部屋の中は見させてもらった。着替えも用意しておいたから着替えてくれ」

 そうして見ると確かにルイズのベットのすぐ横に下着から制服まで、キチンと丁寧に畳まれ置かれている。なんというか、傭兵だとか言ってたわりに手際が良い男だ。

 それについても色々言いたいことがあったが、ルイズははぁとため息と共に飲み込み「まぁ、いいわ。着せて」そういって着替えを手伝わせることにして追求することを辞めた。それにシスイは一瞬だけ戸惑うような仕草を見せたが、結局はルイズの言うことに従い、彼女の着付けを手早く始めた。……が、しかし、その仕草がやけに慣れていたような気がするのはどうしてなのか、お前は傭兵じゃなかったのか、とルイズはなんだか余計にモヤモヤした気分になった。

 真相を言うのならば、実年齢よりも幼く見えるルイズを前にして、彼はよく幼稚園児だった妹の着替えの手伝いを母の代わりに自分がやっていた小学生時代をつい思い出してしまい、懐かしい気持ちになって当時小さかった妹にやってやったことをそのままルイズ相手に再現していたというだけなのだが。

 おそらくこれが子供扱いの延長だったなどと知ったら、ルイズは怒っただろう。まあ、勿論そんな真相と知らないルイズは、「どこかの家に使用人として本当は仕えていたことでもあったのかしら?」なんて風に考えていた。

 まあ、そうこうするうちに5分と経たず着替えも終わり、ルイズは窓の外の状態から浮かんだ、もう一つの疑問である今の時間帯について男に尋ねることにした。

「それにしても、気のせいじゃなかったら随分早くない?」

 正直濡れタオルのおかげか眠気は吹き飛んだが、多分今はルイズならいつも眠っている時間なんじゃないかと辺りをつけ、そう男に問う。時間が本当にあるのなら二度寝をしたいぐらいだ。

 そんな風に思うルイズを前に青年はあっけらかんとした声音で現在の時刻を答えた。

「そりゃ早いだろう。多分まだ5時過ぎだ」

「は!? あんたなんて時間に起こしてくれてんのよ!?」

 そう憤慨するルイズを前に、シスイはどことなくおっとりした調子で苦笑しながらそれでも焦るでもなく、「いや、昨日のこと忘れているのか?」なんてことを口にした。

「昨日?」

「オレの力を見たいと言ってなかったか? だから朝の鍛錬に間に合うよう起こしたんだけど」

「そういえば言ってたわね……」

 そこで昨日、ハルケギニアとは体系が違うとか言っていた東方の魔法……実際は異世界の、らしい、を明日の鍛錬の時に見せるとかなんとか語って、結局自分に男は何も見せてくれなかったということを思い出した。

 それに自分はもったいぶるなんて本当は魔法を使えないか弱いんじゃないのかと思った物だが……こうして起こしたということは本当に見せる気自体はあったらしい。

「ま、朝早いと言っても時間は無限じゃないんだ。人に見られないようにちょっと離れた森に行く必要があるし、大丈夫そうなら今すぐに出発するけど、大丈夫か?」

 そういって男は優しげに微笑みつつ穏やかな口調でそんな風にルイズの都合を尋ねた。

「わかったけど……」

 そんな男の様子を見てルイズはじと目で見上げつつ、つい今朝起きた時から気になってたそれについて口出した

「ところで、アンタなんか昨日とキャラ変わってない? 違い過ぎてなんか気持ち悪いんだけど」

「……え?」

(オレ、どちらかというとこっちのほうが素なんですけど)

 人間とは第一印象に左右される生き物である。

 シスイとてそのことは知っていたつもりだが、まさか普段の自分を気持ち悪い扱いをされるとは思って無くて、少しだけルイズの言葉にショックを受けたのだった。

 

 靴も履き終わり、外に出たルイズは今から森に行くといった男に対し、「ところで、森にどうやっていくつもり」と問う。男は馬を用意しているわけでもなさそうなので、ルイズにとってはそれは当たり前ともいえる疑問だった。

 そんな彼女の疑問を前に、シスイは「抱えていくから問題ない」と真面目な顔で答える。

 そんな青年の返答に少女は訝しみながら問い返す。

「は? 抱えていくってどういうことよ?」

 ……ぶっちゃけ説明が面倒くさい。こういうのは実際体感して貰ったほうが早いのだ。

「あー、とりあえず……舌噛むなよ?」

 そう口にすると、ひょいっとシスイは片腕で華奢なルイズの体を抱き上げ、落ちないように固定し、そして……。

「え? き、きゃああッ」

 高速で駆け始めた。

 その正確な速度はわからなかったが、それでもルイズを抱え上げたシスイの足は早馬のスピードの3倍は軽く速くて、ルイズは男の腕の中で悲鳴を上げながら、過ぎていく景色を前に目を回すのであった。

 

 

 続く

 

 




ちなみにルイズさんを運ぶ際、しーたんはこれでも気を遣ってスピードを落としています。


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6話

ばんははろ、EKAWARIです。
えー、まだパソコンは修理中ですので今回漫画喫茶から投稿してみたわけですが、相変わらず1万文字近くいってしまいました。
本音は1話あたり平均5千文字くらいに押さえたい所なんですが、上手くいかないものです。
それではどうぞ。


 

 

 正直な話をすれば、召喚してすぐ男を見たときルイズが抱いた想いというのは不安と戸惑いでしかなかった。

 それは当然といえば当然だった。

 なにせ春の使い魔召喚の儀式……サモン・サーヴァントといえば、ハルケギニアのどこかにいる、召喚者に相応しい生物を呼び出す儀式であり、通常人間が召喚されることなど考えられない。ましてやルイズが呼び出した男といえば、全うな平民にも貴族にも見えない相手だったので尚更だ。

 まるで吸い込まれるかと思うほどの闇を湛えたブラックオパールの瞳。血の匂いを漂わせながら不吉にも口元から膝下まで覆う黒いコートに、それに負けぬほど漆黒の髪、独特の変わった形態をした黒いブーツ姿の青年は己に名を聞かれたあの時まるで泣いているような顔と声で狂ったように笑った。

 歳は……ルイズより2つか3つほど年上といったところだろうか。まじめな顔をしている時はそれなりに落ち着きのある大人にも見えたが、穏やかに笑みを浮かべた姿は案外幼く感じさせるそれだったので、おそらく20歳を越えてはいないのではないだろうかと思う。

 男に対する第一印象は、何か影のある過去を背負った暗殺者といったものだった。

 けれど、その印象はルイズだけが受けたものではないだろう。何故なら、男は誰が見ても真っ当な職についているように見えなかったし、デザインこそハルケギニア……少なくともトリステインではお目にかかったことのないものとはいえ、全身を黒で覆ったその装束は闇討ちにこそ適してい格好と思われた。それに血の匂いを纏って現れた時点で尋常ではなく、普段は軽口ばかりの他の生徒たちも男の雰囲気に飲まれて野次を飛ばすことさえなかった。

 まあ、男曰く、己は暗殺者ではなく、東方出身の傭兵ギルドに所属していた魔法使い(メイジ)の傭兵で、魔法は使えても身分は平民とのことだったが……正直胡散臭い。その証拠のように、男はルイズと二人っきりになると今度は本当は東方出身じゃなくて、自分は異世界出身だなどとのたまったのだ。

 はっきりいってルイズとしては一体どこまでこの男を信用していいのかがわからない。男の言葉は荒唐無稽すぎて嘘臭いのだ。

 けれど、確かに男はハルケギニアの人間らしくはなかったので、男の言葉のすべてが嘘というわけではなさそうではあったのだけれど。

 しかし今朝起きて、さらにルイズは驚かされることになった。

 なにせうちはシスイと名乗ったルイズの使い魔ときたら、一晩経つなりまるで昨夜とは別人のような変わりっぷりだったのだ。

 一体どこに持っていたのやら、デザインこそ独特ではあるけれど普段着のような服を身につけ、よくわからない模様の描かれていた額宛を外し、血の匂いもさせず、人懐っこい……昨日の影は一体どこにいったのよ、と聞きたくなるほど朗らかな笑みを浮かべた男は、そののほほんとした雰囲気も相俟ってどう見ても……ちょっと変わった服装と顔立ちをした普通の平凡な平民にしか見えなかった。

 何よこれ詐欺? と思ったルイズはきっと悪くない。

 ていうか本気でただの平民にしか見えない。人殺しどころか喧嘩すらしなさそうなくらいの人畜無害オーラは本当に一体どういうことなのか。昨日の暗殺者にしか見えなかったアンタはどこいったってほどの変わり具合だった。

 なので、正直ルイズは落胆していたのだ。

 昨日は強そうに見えたけど、本当は弱いんじゃないかと、魔法を使えるとか強がってたけど、やっぱりなんの取り柄もないただの平民なんじゃないかと。

 だが……その前言は撤回する。

 

「きゃああああーーー!」

 ルイズは現在、男に抱えられたまま森の中を超スピードで高速移動していた。そのスピードたるや早馬の三倍は速いのではないかというほどで、ひょっとしたらこれはドラゴンといい勝負なのではないだろうか。

 人間のくせにドラゴンと張り合えるスピードといった時点で、それがどれほどのことかお分かりだろうか。既にルイズに至っては理屈ではなく肌で理解していた。

(こいつ……絶対普通じゃない!!)

 なんて無茶苦茶、なんて出鱈目。

 人畜無害そうな顔をしているくせに、一見ぼんやりしたただの平民にしか見えないくせに、人1人抱えた状態でドラゴン並のスピードを出して、汗ひとつかかず平然としているのは一体どういうことなのか、これは既にルイズの理解の範疇を超えている。スクウェアの風メイジだってここまで速くはないだろう。

 実はこの男、人間なんじゃなくてやっぱりエルフが人間に化けているだけなんじゃないのか。人畜無害そうな顔して、いかにも平凡な平民ですといわんばかりの雰囲気纏わせといてこれは本当に詐欺だ。

 しかしルイズのそんなグルグルとした思考は長く持たなかった。

 何故なら……。

「着いたぞ」

 そういって飄々とした態度で、男……ルイズの使い魔となった青年うちはシスイはそう声をかけて、彼女をゆっくりと腕から降ろしたからだ。

 その際今まで密着していたけど漸く止まったからこそ気づいたことだが、案外男の胸板やら腕やらがノホホンとした顔に似合わず鍛え上げられたそれで、逞しかったということに一瞬ちょっとだけドキッとしてしまったことが少し悔しい。

 とりあえず、男の腕から降りたルイズは、乗り物酔いのような気持ち悪さにグッタリしつつも、少し周囲を見渡した。そこは学園からそれなりに距離の離れた森の中で、男の腕に捕まって移動し始めてから5分程度しか経っていないはずなのに、随分な距離を移動したのだと気づかされた。

 が……そんな現状確認をしている現在も高速移動の余韻で正直気持ち悪い。

 シスイはそんな風にぐってりとしながら青い顔をして参っているルイズの様子に気づいたらしい、どうにもばつの悪そうな顔で頬をポリポリとかきながら、懐から何かの粉薬と腰にぶら下げた水筒を取り出して、それを差し出しながら言った。

「えっと、その……言うより実際体験したほうが早いかなーっと思ったんだけど、なんか悪かった。これ、水と酔い止め。辛かったら無理するなよ?」

 そんな風に困ったように言う男に対し、ルイズはその鳶色の瞳をギンと吊り上げ、酔い止めと水をひったくるようにして口に入れると、この一見平凡だけどまったく普通じゃない使い魔に向かって怒鳴りあげた。

「アンタッ、絶対おかしい! もし落ちたらどうしてくれんのよ!? いえ、それよりあのスピードは何!? あんた、メイジとか平民とか以前に人間じゃないでしょ! 本当はエルフなんじゃないの!? い、今なら怒らないでいてあげるから正直に白状なさい、ええ、今すぐに!」

 その少女の剣幕に思わずオロオロしながら、男は困ったように答えた。

「え……いや、あれぐらいで落とすヘマなんてしないし、オレ人間だしなんでエルフ? ……っていうか、正直魔法使いっていうからてっきりあれくらいの移動速度には慣れていると思ってたんだけど」

 あっれ~? と首を傾げながら答えるシスイに対し、思わずルイズは絶句した。

(何、あのスピードで魔法使いなら慣れていると思ってたって!? こいつ、本気でどこから来たのよ!)

「慣れてるわけないでしょ! アンタ、魔法使いをなんだと思ってんの!? スクウェアメイジでも普通あんな早く動けないわよ、馬鹿ッ!」

 一方でそんなルイズの罵倒を浴びせられながらシスイも考え込んでいた。

 

(そうか……慣れてないのか)

 彼が15年育ったNARUTO世界においては、チャクラで肉体を活性化させて高速移動する術である『瞬身の術』はメジャーといえるほど使い手が多いわけではなかったが、マイナーと呼ぶほど使い手が少ない術ではなく、木ノ葉瞬身、霧瞬身、砂瞬身、水瞬身など地域ごとに数多くの種類の呼び名がある時点でそれなりには使い手の多い術といえる。

 なので下忍でこれを使えるものは少ないが、中忍や上忍では使い手は珍しくはなく、一定以上の地位に昇りつめた忍びが瞬身の術を使ってるのは別段珍しい光景でもおかしな光景でもなんでもなかった。

 とはいっても、シスイのように「瞬身のシスイ」と二つ名にされるほど使いこなせるものは多くはないが。まあ、実際シスイが本気を出して瞬身の術を使えば追い付くどころか、目測すら難しいレベルでこれに長けているのは確かである。

 本気で逃げを打ったシスイに追いつきたいのならば、瞬身の術ではなく、4代目火影である波風ミナトが使用していた得意忍術である時空間忍術の、「飛雷神の術」を使うしかないだろう。因みに飛雷針の術は使い手が少ないのもあって、一般人の目から見たら「凄い瞬身の術」にしか見えないが、マーキング先に異次元空間を通して一瞬で移動する術なので、瞬身の術とは全くの別物である。

 しかし、今回シスイはルイズを安全に運ぶことを優先していたため、本気で瞬身の術を使っていたわけではない。そもそも瞬身の術は名の通り、瞬間移動に見えるほどの高速移動術のことなのだ。本気で使ったらこんなスピードで済むはずがなかった。

 なので、これくらいのスピードならそんなおかしくもないだろう。魔法使いのいる世界なんだからこれくらいの移動速度なら大丈夫だろうと思って使ったわけだが……ルイズから帰ってきた反応はこれだ。まさか、魔法使いなんてファンタジーな存在に、この程度のスピードで人間じゃない扱いされるとは思ってなかった。

(これは、もっと慎重にするべきか?)

 とりあえずルイズには知られたから今更だが、これからは気をつけようと自戒した。

 

「うん、ごめん。とりあえず、帰りは気をつけることにするから」

 とりあえず素直に謝って頭を下げながらそういうと、フンっと鼻を鳴らしながらもルイズは「ええ、そうしなさい」といってそっぽを向いた。

(優しい子なんだな)

 怒ってただろうに、こちらが謝るとすぐに許してきたことからシスイは目の前の子が、多少意地っぱりのようだが、優しく素直な子なんだろうと思った。

 なにせ、ルイズは公爵家の息女である。公爵家といえば、貴族でも王家に次ぐほどの上位に位置する貴族だ。そんな大貴族の娘だ、ちょっとでも不興を覚えれば、平民相手なら自分の差配で処断する権利くらい持っているのだろう。それに……最初っからこの口調のままで改めるタイミングがつかめなくてそのままにしているが、ちゃんとした敬語を使っていない自分に対して罰しない時点で相当に寛大なのだろうと、シスイは思った。

 ともあれ、そんなことは思うが時間は有限であり、朝の鍛錬後は昨日の契約の通り食堂に働きに出る予定である。シスイは「悪いけど、もう始めるからそっちで見ていてくれるか?」と声をかけて鍛錬を開始することにした。

 因みに青年が指差した先にあったのは、根本から切り倒された木の株だ。ちょうど一人分が腰掛けられるサイズであり、ルイズは怒るだけ怒ってもう満足したのか、それとも主としての寛大さを見せようと思ったのか「わかったわ」と指示に素直に従い、ちょこんと木の株に腰かけた。

「ありがとう」

 そうフワリと柔らかく笑みを浮かべつつ、シスイはそういうと、鍛錬で服が汚れないよう上着を脱いで几帳面に畳み、手ぬぐいや水筒等と共にルイズの隣へと置いた。

 そして少しだけ開けた森の中心で目を瞑り、精神を一つに集中させる。

 

 ―――――途端、男の纏う空気が変わった。

 

 静寂。言葉で表すならまさにその言葉がふさわしい。息をすることさえ忘れたかのようにピンクブロンドの少女は空気に飲み込まれる。ピリリと緊張感が全身をかけぬけ、目の前の男から目を離すことさえ出来ない。

 ただ立っているだけなのに、何故なのか、ルイズには理解出来なかった。

 やがて男が目を開く。その眼は優しげな黒ではなく、血のような赤。巴模様を描いたそれは昨夜彼が説明していた幻術を見せるという目、写輪眼ではないだろうか?

 男は目の前でバッと指を高速で組み始める。それは先日、学園長やミスタ・コルベールの前で青年自身が説明した魔法を使うときの媒体という、印というものだった。

 そして男は言葉を放った。

「影分身の術」

 そして、その言葉に合わせるように、ドロンと音をたててもう一人のうちはシスイが煙の中から現れた。

 

 影分身の術。

 それは難易会得度Bランクに当たる実体をもった自身の分身を作り出す術だ。

 残像でしかない普通の分身の術と違い、影分身で作られた分身は本体と同じ自我を持ち、術者のチャクラを分けて作り上げるため、本体同様の術を使うことも出来、それなりのダメージを受けるか本人の意思で消さない限り実体し続けるという特徴の分身の術であり、実体を持つ分本体との見分けが難しいという、数多の分身の術の中でも高ランクに属する分身の術だ。

 しかしスペックが高い分影分身の術を使用するのに置ける必要チャクラ量のほうも多く、故にこそ影分身の術は特別上忍や上忍などが操るような高位忍術だった。その証拠のようにシスイが上忍に昇進してから約2年近い月日が経つが、彼が影分身の術を覚えたのはつい数か月前のことだった。

 また、多重影分身の術という、実体のある分身を複数作り出す術もあることはあるが、そちらに関して言えばシスイは覚えていない。というのも、影分身の上位版である多重影分身の術は、分身すべてに均等にチャクラを配って作らなければいけないため、チャクラ量の少ないものが使えば命を落としかねない危険な技なのだ。……その辺、原作のうずまきナルトがバカみたいなチャクラ量頼りにポンポン使っているから誤解している人がいる気がするが、多重影分身の術はれっきとした禁術の一つなのである。ゆえにチャクラ量は普通よりは多くても、特別恵まれているわけでないシスイが多重影分身を覚えているわけはなかった。

 しかし、普通の影分身も、これはこれで覚えていたらそれだけでとても便利な術である。

「はっ」

 影分身と本体、2人のシスイは同時に気合いの声を発し、同時に組み手を始めた。

 そう、これこそ影分身の……実体のある分身の利点の1つだ。

(1人で鍛錬するより、相手がいたほうが断然いいもんだな)

 それが自分と実力が全く同じ相手なら尚更だ。

 その弱点も強みも同じ自分相手だからこそ知り尽くしている。だからこそ、何にも勝る鍛錬となる。

 ……とはいえ、今はそれほど多く時間があるわけではないし、この場にはルイズもいる。

 故に鍛錬とは口では言うが、どちらかといえばれは自己確認作業だ。

 自分の小さな主が目の前にいるのに、毒やら森の木々をなぎ払うような真似やらをするわけにはいかない。武器なしでどれほど動くのか、これは敢えていうのなら動作確認に過ぎない。それに、何より今は武器を使うわけにはいかなかった。

 今朝、彼は武器の手入れ作業を行った。その時、左手が光り輝き、体が軽くなりうちから力がわいてきたものだ。間違いなく、シスイは……名称は忘れたが、伝説の使い魔とやらの能力が宿ってしまったのだろう。しかし、彼はその力に頼る気は微塵もなかった。

 シスイは戦士でも剣士でもないのだ。

 彼は忍びだ。

 闇を潜み、諜報、暗殺、毒殺こそが本分の忍びなのだ。

 そんな闇から敵を討つ戦い方を専門とする彼に、光り輝く手など敵に居場所を教えているようなもので、障害でしかない。それにたとえそれがどんな偉大な力なのかは知ったことじゃないが、そんな慣れぬ力を頼りにはしゃいで、自分の本分を蔑ろにするほど彼は幼くも無邪気でもない。

 本々当時7歳のアカデミー卒業時のイタチにすら手裏剣術は負けるほど、武器の扱いに関しては忍びの中では不得手なほうであったシスイだが、使い魔のルーンのおかげで武器の使いこなしスキルが向上することに関してのみなら、今回手にしてしまった能力の数少ないメリットでありがたいことなんだろうと思えたが、それでも本来彼にとって武器とは敵にトドメをさすための道具でしかなかったし、主戦力にするつもりはこれからもない。

 ゆえにルーン能力の確認についてはまた後日として、今は自分の素の能力についてあの鏡を通ってこちらの世界にきたことにより、何か異変が起きていないかという確認作業のほうが優先順位は上だった。

「火遁・鳳仙火の術!」

「火遁・豪火球の術!」

 本体と分身が同時に放った種類の異なる火遁の術が互いに鍔競り合う。

 方や複数の火の玉が相手のほうに向かい飛び、方や巨大な火の玉が相手を焼き尽くさんと向かう。

 やがて炎は互いに相殺し、天に昇るように弾け消え、次の瞬間には本体も分身も相手の裏を取らんと駆け抜けあう、その光景をまるで夢でも見ているかのように茫然とルイズは見ていた。

 

(何これ……)

 いまだに自分が見ているものが信じられない。

 確かにこの森に連れてこられた時も、こいつは普通じゃないと思った。

 昨日写輪眼の説明を受けた時もつい「あんた……本当に人間?」と訊ねてしまったわけだが、今の目に映る光景を見ていると尚更に「本当にこの男は人間なのか」という思いが胸に強く広がっていく。

 最初に影分身をして分身を生み出したシスイを見たときだって、ルイズは叫ぶことすら忘れるほどに驚いたのだ。

 ルイズ・フランソワーズはトリステイン魔法学院の劣等生だ。

 それは貴族でありながら魔法が使えない故に。何の魔法を使っても爆発という結果だけを残して失敗する「ゼロのルイズ」故に。

 しかし、魔法が使えないからこそ彼女は努力に努力を重ねた。その結果が座学における学年一位という成績なのだ。皮肉なことに、魔法が使えないにも関わらず、ルイズほど魔法について詳しい生徒はそういないのだ。

 そんな彼女の知識の中には「術も使える実体のある分身を生み出す術」に関する知識も当然あった。

 それは対人戦では最強といわれる「風」系統の最上位、風のスクウェアが使う「偏在」の魔法だ。

 魔法使いのランクは足せる系統の数によって決まる。系統を足せないならば「ドット」、属性を2つ足せるならば「ライン」、3つなら「トライアングル」、4つなら「スクウェア」であり、うち、実体のある分身を作ることが出来るのは風系統のスクウェアだけなのだ。

 そして大抵の場合において、魔法学園の教師のランクはトライアングルだ。スクウェアなんて滅多にいない。なのに、今この使い魔は軽々と風のスクウェア級の技を使って見せたのだ。確かに異世界の魔法使いの傭兵とはいっていたが、スクウェア級の技が使えるなんて聞いていない。

 それにどうだ、この体捌きは、力は。

 先ほど起こした火の魔法なんて、微熱のキュルケの最大火力にこそ劣るが、ラインメイジ級はあるのではないか?

 出鱈目だ! と思わずにはいられなかった。

 確かに複数の属性をもつメイジがいないわけではない。だけど、「風」でスクウェアにいけるやつが、「火」でまでラインにけるなんて考えられない、有り得ない。

(わたしは系統魔法どころか、子供でも出来るコモン・マジックさえ出来ないのに……)

 目の前で舞い踊るように組み手を交わすシスイ達の姿を見ながら、ルイズの胸の中で劣等感が這い上がり、ジワジワと彼女の心を蝕んでいく。

(なのに、どうしてわたしの使い魔のはずのあんたは魔法を使えるの……?)

 ずっと、強い使い魔がほしかった。

 そうしたらずっと誰も自分を馬鹿にしなくなると、自分に自信がもてるようになるんじゃないかとそう思っていた。

 だけど……。

 そんなわけがなかった。

 だって、その力はあくまで使い魔本人のものだ。

 自分のものじゃない、自分の力じゃない。

 ルイズは無力だ。

 脳裏に先日の男の言葉がよぎる。

『その子の使い魔になることにオレに一体何のメリットがある?』

『生憎、庇護されないと生きていけないほど軟弱じゃないんだ』

 その言葉は本当だった。思えば、彼が自分の使い魔になることを受け入れてくれたのも、受け入れてくれないとルイズが留年してしまうからと、元の場所に変える方法を探すと約束するからと、そうオールド・オスマンが口にしたからだ。

 要は情けをかけられただけだ。

 男が使い魔になってくれたのは、ただ留年してしまうかもしれなかった自分が『可哀想』だったから。

 昨夜、男は確かに自分を主と認める言葉を吐いた。この鍛練だって、ルイズが主だから望むなら見せるとそう口にした。けれど……。

(わたしじゃなくても、良かったのよね)

 自分の使い魔、自分だけの使い魔なら己のことをわかってくれるかもしれないと、それは結局幻想だったのか。

 ただルイズは悔しくて情けなくて辛くてたまらなかった。

 

 やがて鍛錬を始めてから30分の時間が経過し、シスイは分身を消してルイズの下に戻ってきた。どうやら本日の鍛錬はこれで終了らしい。彼は手拭いで体をぬぐうと、奇麗に畳んでいた上着を羽織り水を呷った。

「ねぇ」

 そんなシスイに向かってどこか沈んだような落ち込んだような顔と声で、ルイズが声をかける。

「どうした?」

「あんたって、二つ名はあるの?」

 思わぬ質問にシスイは思わず、パチクリと目を丸める。その眼はすでに写輪眼の巴模様の浮かんだ赤ではなく、静かな色を湛えた黒だ。

「どうなの」

「二つ名なあ……あるといえば、あるな。瞬身のシスイって呼ばれてた。それがどうかしたのか?」

 いまいちルイズの言いたいことの意図を理解出来ず、首を捻りながら聞き返すシスイに対し、ルイズは元気のない声で質問を続けた。

「瞬身ってどういう意味?」

「高速移動術の名前だ。行きで見せたろ? 体内にチャクラ……魔力を集め、肉体を活性化させて高速移動を可能にする術。まあ、使い手によって速さはピンキリだけどな」

「……そう」

 その説明に、やはり自分とは違うとルイズは思った。

 ゼロのルイズ。成功率ゼロのできそこないの魔法使い(メイジ)。そんな不名誉な自分の二つ名とはまるで違う。はたして、こんな自分がこの男の、うちはシスイの主だと胸を張っていえるのだろうか。自分なんかが主だなどと言えるのだろうか。

「ミス・ヴァリエール?」

 使い魔であるはずの男は、不思議そうな心配そうな顔で少女の顔を見ていた。

 ミス・ヴァリエール、他人行儀な遠い呼び名。

「……ルイズでいいわ」

「え?」

 シスイは戸惑うような声を上げている。まさか名を許されるとは思っていなかったのだろう。けれど、そんな何気ない仕草や表情でさえルイズの劣等感と落ち込みを増長させるものでしかなかった。

「あんたは使い魔だけど、メイジだもの。名を……許すわ」

 本当はそんなの言い訳だ。

 資格がないと思ったのだ。本当は。この男にご主人さまと呼ばれる資格がないと、そう思ったのだ。

 けれどそんなこと昨日の今日の付き合いである青年にわかるはずがない。

「そっか。わかった。じゃあ、プライベートのときはそう呼ばせてもらう」

 コクリと頷き、そういって納得した。

 その顔を、ルイズはまともに見ることができなかった。

 

 やがて行きの半分ほどのスピードで彼はルイズを部屋まで送った。その間ずっと無言だったルイズを気遣い、心配そうに「本当に大丈夫なのか」と問うてくる使い魔の男に対し少女は、視線を合わせないようしながら答えた。

「大げさね。慣れない早起きで少し疲れただけよ。寝てたら治るわ」

「そっか、わかった。あとで食事の時間になったら起こしに来るから」

「わかったわ。遅れないでよ」

「ああ、お休み、ルイズ」

 そういって気遣い気な笑みを湛えた使い魔は出て行った。

 パタンと扉が閉められる。

 ポスリと備え付けの最高級枕に顔を埋めるが、彼女の脳内を占めるのは10分ほど前に見たばかりの男の戦う姿だった。

「瞬身のシスイ……か」

 あの時は寝るとそう答えたけれど、とても眠れそうにはなかった。

 

 

 

 続く

 

 



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7話

ばんははろ、EKAWARIです。
今日は母親が仕事でいなかったので、母親のパソコンを借りて投稿です。(myパソコンはまだ修理中です)
尚、3000文字~5000文字くらいで気軽にチラ裏投稿でいっかと思って連載を開始した本作ですが、なんかどう足掻いても軽く書けないというか5000文字~1万文字になってしまうようなので、いっそのことガッツリやるかと考えて、チラ裏から、表のほうに今回移動することにしました。
というわけで、チラ裏から引き続き読んでくれている読者の方々、また今回新規の読者の方々、こんなちょっとアレな設定の二次創作だか自家発電三次創作だかよくわからない作品ですが、これからもよろしくお願いします。


 

 

 トリステイン魔法学院の廊下を歩みながら、先日ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔となった青年、うちはシスイは少し考え込んでいた。

(なんだか様子がおかしかったな)

 鍛錬初めは威勢が良かった筈なのに、自分の鍛錬見学後妙に大人しくなってしまった、この国での主であるルイズの様子が気がかりではないといったら嘘になるが、昨日自分から条件として出した「食堂で働く」という約束を初日から破棄するわけにもいかず、シスイは後ろ髪を引かれる思いもないわけではなかったが、食堂の厨房口に向かって歩を進めていた。

 現在の時刻はもうすぐ6時といったところである。

 本当は初日故に5分か10分前には着くようにしたかったところではあるのだが、ルイズの調子を思えばあまり急いで移動することは出来なかったし、なにより、昨日写輪眼まで駆使してある程度学園の構成や配置なども覚えたといっても付け焼刃である。それにこの学園は中々広く厨房の場所についても検討がついているというだけで正確な位置がわかっているわけではない。

 そのため、場所の確認がてら彼にしてはゆっくりと歩きつつ散策していたわけだが……そんな彼の目にある危なげな光景が写った。

 それは一人のメイドの少女だ。

 この国では珍しい黒髪にカチューシャをしている素朴な少女で、雀斑が可愛らしい年のころ16か17歳ほどの少女だ。が、シスイが彼女に目を留めたのは、よくみれば彼女が中々美少女だったりすることが原因などでは勿論無い。

 そのメイドは歳若く、メイド服の上から見て取れる体付きを見ても外見相応に華奢な体型をしている。にも関らず、その両手に水がたっぷり入ったバケツを2つばかり大変そうに運んでいたからだ。

 そんなもち方してたら倒れるぞ、とこれがハラハラせずにいられるだろうか。

「んしょ……キャッ」

 案の定、少女はスッテンと廊下で転びそうになった。咄嗟に少女は目を瞑る。このまま自分は転んで先ほどまで運んでいた水が自分にかかる想像が脳裏をよぎり、青くなっていた。間も無くその想像は現実のものとなるはずだ、というのにいつまで経っても水のかかる冷たい感触にはぶつからず、彼女は不思議そうな顔をしてその目をソロリと開いた。

「大丈夫か」

 彼女が見たのは空中を舞った筈のバケツをこぼさず受けとめ、倒れかけていた彼女の肩のあたりを空いている肘のあたりで支えている見覚えのない青年の姿だった。

 背はやや高く、黒と緑の一風変わった格好をしている。髪は癖の強い四方に跳ねた短い黒髪で、瞳もまた優しげな黒鉛色をしている。

 このあたりではまず見かけない顔立髪や目の色をしていたが、どうみても貴族には見えない。となると平民ということになるが、男が身に纏っているのは使用人の服でもなければ衛兵の服でもない。それに賊という可能性も一瞬だけ彼女の脳裏を掠めたが、こんな堂々と学園内をうろつく賊がいるとは思えないし、なにより体つきはしっかりしているけど、穏やかにどこか心配そうな顔をしているこの男が賊とも思えなかった。

 じゃあ、誰? と疑問に思っている少女に気づいたのだろう、男は苦笑を浮かべながら自己紹介をした。

「失礼、オレは昨日2年生に進級したミス・ヴァリエールに召喚された使い魔のうちはシスイです」

 そういえば、昨日の使い魔召喚の儀式で生徒の一人が人間を召喚したことは使用人の間でも噂になっていた。そのことを思い出してようやくメイドは男の正体がわかり、胸を撫で下ろしながらほっとした声で言った。

「ああ、あなたがミス・ヴァリエールが召喚したっていう傭兵の方でしたか」

「ところで、ええと君立てる?」

 その言葉で今まで男の体に支えて貰っていた中途半端な姿勢のままだったことに彼女は気づき、きゃっとかわいらしい声を漏らしながら羞恥に頬を染めつつ言った。

「す、すみません。私ったら」

「いや、大丈夫、大丈夫。それより怪我が無いなら良かった」

 そういって男は安心させるように少女に向かって笑いかけた。そんな男にクスとつられて笑いつつ、カチューシャで纏めた黒髪が清楚なメイドは自己紹介をする。

「私はシエスタといいます。ところで、こんなところでこんな時間にどうなされたんですか? えっとウチハシスイさん? ……変わったお名前ですね」

「ま、服装見たらわかると思うけどこの国の人間じゃないからな。オレのことはシスイでいいよ」

 そういって気さくに笑う男は悪い人間には見えず、噂は当てにならないなあとシエスタは内心でごちた。なんでもミス・ヴァリエールが召喚したという男はそれはそれは恐ろしい黒尽くめの血まみれの傭兵で、まるで死神みたいな男だという噂だったので、内心シエスタはそんな恐ろしい人に会ったらどうしようとビクビクしていたのだが、こうやって接する男は死神どころか傭兵にすら見えなかった。

 そんな風に警戒から安心に変わった少女の態度に気づいたのか、青年は穏やかに笑いつつ何故ここにいるのかという彼女の疑問への答えをお願いと共に返した。

「実は今日から暫くの間朝は厨房で働かせてもらうことになったんで厨房を探していたんだ。それで……シエスタさんはキッチンメイドで合ってるかな? で、良ければ連れて行ってもらえたらと思って声をかけようかと思ってたんだ」

「そうだったのですか。ええ、確かに私はキッチンメイドですけど、よくお分かりになりましたわね」

「まあ、勘だけどな。ところでこの水を厨房まで運べばいいのか?」

 そういってシスイは何気ない仕草で水が入ったバケツを持ち上げた。それに自分の手にバケツがないことを漸く思い出したのだろう、シエスタは慌てた声を上げながら言う。

「す、すみません。私ったらすっかり忘れて。あの、私が運びますから」

「いいって、いいって。厨房まで案内してもらうお礼だ。それに言ったろ? 今日から暫くオレも厨房で働かせてもらうことになったって。同僚なんだから気を使わなくていいって。それにオレのほうが後輩なわけだし、先輩に持たせたままにはしてられないよ」

「せ、先輩って私がですか?」

「うん。これからよろしく」

 そういって人懐っこく黒の青年は笑った。

 

「へえ……じゃあシスイさんは東方の出身なんですか」

「ん、まあそういうことになるかな」

 厨房までの道中、シスイはこのシエスタと名乗るメイドの少女と他愛無い会話を繰り広げていた。まあ、これも情報収集の一環ではあったのだが。なにせ、シスイはあまりにこの世界のことについて知らない。ゆえに少しでも多くの情報がほしかったし、いつまでいるかはわからなくてもある程度はこの世界に居つくことを見越して人間関係を固めておきたかったというのも、理由にはある。

「しかし、本当に傭兵なんですね?」

「見えないか?」

「ええ。私、傭兵っていうからてっきりもっと恐ろしい人をイメージしてました。シスイさんには失礼かもしれないですけど、傭兵ってもっと品がなくて荒っぽい人がなるものだと思ってましたし」

 そういってじっとシスイを見上げる。そんな少女の視線に苦笑しながら青年は答えた。

「まあ、個人の傭兵はそんなもんだもんな、そのイメージは無理もないか。オレは運が良かったんだよ。オレの所属していたギルドって結構でかくてしっかりしたところだったからな」

「……恐ろしくは無いんですか?」

 ふと、神妙な声になってシエスタが男に訊ねた。

「恐ろしいって?」

「傭兵ってことは戦場にも出てらしたんですよね? メイジと戦う場合もありますよね? 怖くないんですか?」

 それは確かに貴族への怯えが見え隠れした台詞で……青年は一瞬言葉を失ったが、ニッと笑って答えた。

「大丈夫大丈夫、オレも魔法使えるから」

「え?」

 少女の顔が今度こそ強張る。それに気づいて、返答を間違ったかと思いながら、シスイはそれ以上シエスタの思考がマイナス方向にいかないよう先手を打って言った。

「とはいっても、オレ自身の身分は平民だから気にしないでくれ。魔法が使えるのは祖父に習ったからだ。オレ自身は生まれつき平民だよ。今日から同僚なんだし、魔法が使える件については気にしないでくれると助かる」

 それに、別に魔法は使えるが貴族ではないという言葉が効いたのか、シエスタは少し憂いを残しながらも安心したようにほっと息を吐いて、「そうだったんですか」といってぎこちなく笑った。

「ということは、シスイさんは貴族の皆さんとも対等に戦えるんですね……いいなぁ」

「いや、殺し合いなんてやらないに限ると思うけど……」

「……そうですね。あ、着きました、此処です」

 

 朝の厨房はまさに戦場だった。

「うちはシスイです。シスイと呼んでください。今日からこちらでお世話になります、よろしく」

 と、なんとか挨拶だけは交わすことが出来たが、あとはすぐに料理長であるマルトー親父直々の指示で野菜の皮むきから皿洗い等雑用係として指示を飛ばされ、せわしなく動き働いた。

 その間も作業からは目を離さず手を動かしつつ、周囲の話に耳を向けるのも忘れない。

「ねえ、聞いた、この前城下町でさ……」

「へえ、それで?」

「そうそう、アルビオンについて知ってるか? 実はさ」

 ……これが、シスイが厨房で働くことを希望した理由のひとつだ。

 確かにあの日オールド・オスマンに言ったように劣化防止のためにも包丁に触れていたいとか、自分の私物くらい主におんぶにだっこではなく、自分の給金で購入したいというのも嘘ではない。しかし一番の理由は情報収集のためだ。

 民は愚かであれが中世の方針ではあるが、上が思うほど民とて馬鹿ではない。なにより火の無いところに煙は立たないのだ。市井の噂も馬鹿に出来たものではない。その中から信憑性のある話を見極め、必要な情報を入手することは忍びとしては必須技能とさえいっていい。

 そして厨房には多種多様な平民が集まっている。噂を集める際にこれほど便利なところもそうはない。それにそこの人々に溶け込み、仲良くなることによって表面上の付き合いでは得られない情報も入るかもしれないのだ。

 学園長は己が元の世界に戻る方法を探すと約束してくれたが、正直言えばあまり宛にはしてない。ならば、元の場所に戻る為、情報を得る為のパイプは自分で築くべきだろうとそうシスイは思っていた。

 そして厨房で働き始めて約1時間の時間が過ぎた。

 

「ほらよ」

 そういって、シチューをずいとコック長のマルトーに差し出される。

「えっと、マルトーさん?」

「お前は貴族の嬢ちゃんの使い魔でもあるんだろ? それ食ったら行きな」

 つまり、もう上がれということなのだろう。

「ありがとうございます」

「まぁ、なんだ。案外いい働きだったぜ。最初は傭兵上がりが神聖な俺たちの職場に来るっていうから、どんな馬鹿野郎だ、余計なことをしたらただじゃおかねえと思ってたがよ、まあ、なんだ悪くなかったぜ」

 そういって40がらみであるこの魔法学園の厨房を取り仕切っている親父は……魔法と貴族嫌いだが、オールド・オスマンによってシスイが魔法の使える傭兵だと事前に説明されていたからだろう、やや複雑そうな顔をしつつもそういってこの新人を労った。

「しかし、『傭兵様』のわりにえらく手馴れてたなあ? お前」

 親父の脳裏をよぎるのは、言われたとおりに皿洗いと野菜の皮むきをこなし、かつ手が空くなり忙しそうにしている場所にフォローにいく先ほどまでのシスイの姿だ。悪い働きじゃないというのは世辞でもなんでもなく、実際新人であるにも関らず1,5人前くらいの働きを1人でしていたというのがあった。

「まあ、一人暮らしが長かったので、家事に慣れてますし、昔少しだけ厨房で働いてた時期があったので」

 そう苦笑しながら答えるシスイに対し、親父は「そうかそうか」、とやや豪快に笑いながら「昼もちゃんと来いよ」と言って背を向けた。

 そして厨房の端に置かれた椅子に座り、厨房で借りたエプロンを脱いで、先ほど渡されたスープを前に手を合わせる。

「いただきます」

 ありあわせの材料で作られた賄い食用のシチューは暖かく美味かった。

 

 食事も終わり、シスイは時間まで寝ていると答えた主人を起こし食堂に送る為、朝の女子寮を歩いていた。やがて目的の部屋を見つけ、コンコンと規則正しくノックをして声をかける。

「ルイズ? そろそろ朝食の時間だと思って起こしに来たけど、開けていいか」

「……入っていいわよ」

 その許しの声を合図に、質素ながらもアンティーク調の家具に囲まれた彼女の部屋へ足を踏み入れると、もう少し寝ているんじゃないかという予想に反してというべきなのか、ルイズは昨日も座った机と揃いのセットの高価な椅子に腰掛け教科書らしき書物に目を通していた。

 それは少女の類まれな美貌と憂い顔もあってか、絵になるほど様になっていた光景で思わず感心したように見とれてしまった。

「何よ?」

 そんな男の視線に気づいたのだろう、訝しげに眉を寄せながらルイズは青年に視線を投げかける。

「いや……」

 そう答えるが、男のその答えが気に入らなかったのだろう。少女はムッとした顔でパタンと教科書を閉じると言った。

「言いたいことがあるのなら、いったら?」

(それとも、言う価値もないほどわたしの存在は取るに足らないかしら?)

 そんな卑屈な考えがルイズの脳裏をよぎるが、まさかそんなことを彼女が思っているとは露知らず、シスイは感心したような声でこう言った。

「ただ、勉強家なんだな、って」

(ええ、勉強ぐらいでしか頑張るものがなかったもの)

 そんな毒の篭った、惨めで自分をただ傷つけるだけの八つ当たりじみたことを口に出来るわけもなく、ルイズはただ感情を出来るだけ廃した声で告げた。

「食事に呼びにきたんでしょ、行くわよ」

 そうして部屋を出てすぐ、彼女は自分の前を立ちふさがるように出てきた少女に気づいた。

 

「あら、ルイズ」

 そういってそこに立っているのは、長く扇情的な赤い髪に褐色の肌が艶かしい、ルイズよりも2つばかり年上の少女だった。少女、といっても大胆にブラウスのボタンを外して見せている豊満な胸や、気だるげな色っぽい雰囲気といい、清楚で華奢で実年齢よりも幼く見えるルイズとは正反対で、実年齢以上に歳が離れているように見えたわけだが。

「キュルケ」

 その少女というより赤毛の美女といったほうがしっくり来る同級生を前に、ルイズはつい嫌そうな声で彼女の名を呼んだ。この目の前の少女は天敵といっていいほど、ルイズにとっては鬼門の存在だ。

 なにせ、キュルケ……キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは隣国ゲルマニアからの留学生であり、ルイズの実家であるヴァリエール公爵家とは隣同士の領地に住んでいるツェルプストー辺境伯の娘なのだ。当然、彼女の先祖もルイズの先祖も戦争のたびに真っ先に殺しあってきた間柄であったし、それだけでなくルイズの先祖の恋人の多くがツェルプストー家に奪われてきた過去もあって、余計に気に食わない相手であった。色気たっぷり余裕たっぷりな態度で、学生ながら火のトライアングルメイジであることも忌まわしい。

 ルイズとはまさにいろんな意味で正反対の相手なのである。

「おはよう、それにしてもまさかその後ろに控えている彼が例のあなたの使い魔なわけ?」

 その言葉に思わず今朝見た光景を思い出して、ギリッと胸が締め付けられるような思いを感じつつ、けれどルイズは感情を抑えた声で答えた。

「おはよう。……ええ、そうよ。それが何?」

「あっはっは! 本当に人間なのね、すごいじゃない、ゼロのルイズ!」

「……」

 なんとでもいえばいい。そんな気分で無言を貫くルイズに気づいていないかのようにキュルケは楽しげに言う。

「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。フレイム、出ておいで」

 そういってキュルケの部屋から出てきたのはトラほどの大きさはありそうな火トカゲだった。尻尾が燃え盛る炎になっており、その登場により周囲に熱気がムンと広がる。

「ほう、火トカゲか、これはすごいな……」

 思わず、感心したような声でシスイは言葉を漏らす。

 当然だが今生の人生でも前世においても彼が火トカゲ(サラマンダー)などというものにお目にかかったのはこれが初めてだ。そのわりに感心するだけで驚いてないのは、火トカゲに遭遇するのはこれが始めてでも、九尾の狐というものには間近で遭遇したことがあったし、なにより昨夜から得た知識によって人の使い魔は主が命じない限り他人を攻撃したりしないという知識があったからだった。

 自分の使い魔を褒められて気分がよくなったのだろう。キュルケは機嫌よく笑いながら「そうよ、こうまで鮮やかな大きな炎の尻尾は火竜山脈のサラマンダーに違いないわ。好事家に見せたら値段なんかつかないブランドものに違いないわー。あたしの属性にピッタリ」とそう嬉しそうに告げた。

「あんた、『火』属性だもんね」

 ルイズは苛立たしげにそう答える。その言葉に、へえ、そうなのか、とシスイは思いながら、そういえば小説「ゼロの使い魔」にも赤毛の火使いの子がいたような気がしたけど、この子がそうなのかなあとボンヤリ考えた。くどいようだがゼロの使い魔という小説の内容について彼が覚えていることは少ない為、出ていたとしても彼女のことは覚えてなかった。

「ええ、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」

 そういってキュルケは余裕の態度で胸を張った。

 が……いつもならここで胸を張り返したい睨み返したりするルイズが、今日に限っては何故かそれすらせずに不気味なほど沈黙している。

「どうしたのよ、あなたらしくない」

 これじゃあ張り合い甲斐がないじゃないといわんばかりに困惑しながらそう言葉を漏らすと、キュルケはやがて気持ちを取り直してチラリとルイズの後ろに控える男のほうへと視線を向ける。

「あなた、お名前は?」

「うちはシスイ。うちはは一族名だからシスイと覚えて貰ったらそれでいい」

 しかし彼女の色気たっぷりの流し目を受けながら、シスイは全く動じるでもなく、ただにこやかにそう自己紹介を返した。

「ふぅん? 変わった名前。でもよく見ると結構イイ男ね。ね、ルイズに愛想を尽かしたらあたしの元にいらっしゃいな。ヴァリエールよりずっと良い待遇で雇ってあげるわ」

「悪いけど、既にオレは彼女に誓った身だ。お気持ちだけいただいておくよ、ミス……」

「キュルケよ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」

「そっか、ミス・ツェルプストー。悪いな」

 キュルケはそういって少しだけすまなさそうに謝るこの一見ただの平民に見える男に対し、少しだけ興味を持ち始めていた。正確には好奇心、といったほうがいいのかもしれない。

(へえ……あたしになびかないなんてね)

 彼女は自分のプロポーションにも美貌にも自信を持っている。たいてい男の子は自分を前にすればその大きな胸の谷間やミニスカートから覗く太ももに釘付けになるものだ。それは平民貴族関係なく。しかしこの男はそうなっていないようだ。

 そんな風にシスイを観察しているキュルケを前に、ルイズの不機嫌そうな声が終わりを促した。

「そんな女に挨拶なんて結構よ。ほら、行くわよ」

「……あ、ああ」

 そういって、むんずとルイズはシスイの腕を掴み、食堂に向かって歩を進める。それに従い青年は抵抗するでもなく彼女に掴まれるままついていった。

 そんな2人をやや呆気にとられながらキュルケは見送る。

 とんだデコボココンビだが、案外上手くいっているみたいだ。ルイズの性格ならもうちょっとギスギスしててもおかしくないんじゃないかと思ってたので、意外といえば意外だ。

 ……それにしても、噂では傭兵だの暗殺者だのといわれてた男だったが、そうは見えなかったなと思いつつ、少しだけ先ほどのことを回想する。

(面白いことになりそうじゃない)

 そんな自身の予感に、キュルケは妖艶に笑みながら、足取り軽く彼女もまた食堂へと向かった。

 

 

 続く

 

 



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閑話:好みの女の子の話

ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は閑話というわけで、7話と8話の間の話もとい番外編になります。
それではどうぞ。


 

 

 キュルケとの邂逅から間もなく、ルイズは己が自分の使い魔となったうちはシスイと名乗る男の腕を掴んだまま廊下を歩いていたということに、5分ほど後に漸く気付いた。

 正直、劣等感全開で鬱々とした気分を持て余していたルイズは、自分が男の腕を掴んでいたことさえ意識の端にもなかったのだ。

 とりあえず、気づいたのにいつまでも貴族の子女たる己が男の腕を掴んだままというのはまずい、とわずかに冷静な思考を取り戻した彼女は、なんとかそこまで考えた後、男の腕を放して彼の青年を見上げた。

 男は相変わらず今朝自分にあれだけの劣等感を植え付けた男とは思えないほど、人畜無害そうな顔をしてルイズの反応を待っている。しかし、そんな態度さえ今の少女には目障りな反応でしかない。

(こいつ、なんで、何も言わないのよ)

 まるで従順な(しもべ)のような態度をとって、馬鹿にしているんじゃないの。あんたはあんなに力があるくせに、公爵家の娘という名だけで主を名乗る自分に不満があるんじゃないの、と卑屈な彼女の思考はそんな考えをはじき出すが、同時に冷静に戻ったルイズはわかってもいたのだ、それがただの……自分を圧倒させた力を見せたこの男に対する嫉妬と羨望と八つ当たりでしかないということに。

 そんな感情をぶつけるなんて、みっともない。

 公爵家の娘としてふさわしくない。

 そう思ったから、ルイズはふぅ、と大きく深呼吸して、一旦沸き立ったその嫉妬や八つ当たりじみた感情を胸の奥にしまいこんだ。

 それから先ほどキュルケと遭遇した際の男の態度について思い起こした。

(そういえば……)

 キュルケは男にモテる。

 それは誰が見てもそう判ずるだろう事実であり、ルイズにとってキュルケは気に食わない天敵のような女であったが、それでも世間的に見てキュルケのほうが男受けがいいということくらい事実として認識している。

 あの色ボケ女のどこがいいのよ、媚売ってるだけじゃないと思うし、実際そう口にもするけど、その一方でルイズもわかっていたのだ。自分のような可愛気のない意地っ張りで、魔法もろくに使えない小娘が、いくらヴァリエール公爵家の息女とはいえモテるわけがないわよね、と。

 確かに男にチヤホヤされたいわけじゃない。彼女にとって優先的な願いとは、たとえドットレベルでもいいから人並に魔法が使えるようになって、両親にも認められ、自慢の娘だといつか言ってもらえるようになれたら、と、それが彼女にとってはなによりの願いだ。

 だけど、それでもルイズも花の盛りの16歳だ。素敵な男の子や恋への憧れだってないわけじゃない。昔から褒められ慣れてない分、褒められることを誰よりも望んでいるといっていい。

 だから、いくら口で強がっていても、キュルケに「女としてもあなたはダメね、ルイズ」といわんばかりの態度を取られると悔しくてしょうがないのだ。自分がモテるわけがないと思っていても、それで悔しさが消えるわけじゃない。

 だけど……。

(こいつ、キュルケに興味を示さなかったわね)

 ふと、冷静に先ほどのことを思い出したらそんなことに気付いた。

 今まで学園の生徒たちだけでなく、平民の男からの視線まで奪っていたキュルケ。まあ、あれほどのプロポーションと美貌があれば当然と言えば当然である。

 そして男の目はたいていキュルケのむき出しの胸の谷間や、ミニスカートから覗く太ももに釘付けになっていた。そんな露骨な男の視線とかを見るたび、潔癖な年頃の少女としてルイズは嫌悪を覚えていたが、男とは大抵そういう生き物なんだ、とも同時に理解もしていたのだ。

 しかし、シスイは全くキュルケの胸の谷間や太ももなどに興味を示さなかった。キュルケの体をジロジロ見たりすることもなく、自分にかけられた誘いの言葉に対し、返す言葉にはすまなさそうな響きはあったが、どこまでも落ち着いた平素の口調と態度だった。

 そのことに少し興味が沸いた。

 

「ねえ」

「ん? なんだ」

 手を離したかと思ったら、じっと考え込むように自分の顔を見て何事かを話しかけた主に対し、青年は落ち着いた声で何を聞きたいのかを尋ねかえす。そんなシスイに対してルイズは心底不思議そうな顔をして、彼にしてみれば予想外の質問を投げかけた。

「あんたは、キュルケを見てもなんにも思わないの?」

「へ?」

 確かキュルケってさっきの赤毛の女の子のことだよな? と思い返しながら、シスイは困惑した顔を浮かべてポリポリと側頭部のあたりを掻きながら、「そりゃまたいきなりな質問だな」と苦笑じみた声で言った。

「だってあいつの言葉を肯定するのは癪だけど、たいていの男の子はあいつの体をジロジロ見るのよ、実際。でもあんたは違ったじゃない」

 自分で言いつつ、あれ? あそこまでキュルケに興味ないなんてひょっとしてこいつゲイだったりする? なんて結構失礼なことをルイズは考えたりしながら聞いたわけだが、そのルイズの脳裏をよぎった不埒な思考を否定するように男は答えた。

「いや、だってなぁ……別に彼女はオレの好みじゃないし」

 それはある意味当たり前といえば当たり前のことだった。

 すべての男がキュルケのようなタイプを好むとは限らない。しかし、そう言い切る人物に出会ったことのなかったルイズとしては、そんなシスイの返答がなんだか新鮮で、少し驚いた。

「まあ、世間一般的に見れば色気のある美人で十分魅力的な女性なんだろうが、ああいう女性の性的魅力を前面に出しているタイプはちょっと……苦手だ」

 そういって本当に苦手そうに笑うから、ルイズの中で恋や愛に憧れを覚える年頃の少女としての好奇心が沸いてきた。

「じゃあ、あんたはどんな子が好みなのよ」

 

 正直、会って昨日今日でこう評するのは失礼なことなのかもしれないが、このうちはシスイと名乗った男は女の子にあまり興味がなさそうだなあとルイズは思っていた。

 しかし、あくまでキュルケは好みじゃないというだけなら、逆をいえば好みの女の子には興味があるというわけで、この男がどんな女の子が好きだというのか興味が沸いた。

 そんな好奇心で大きな鳶色の瞳をやや輝かせている小さな主を前に、男はちょっとだけ照れくさそうな顔をして、頬をポリポリ掻きながら言った。

「そうだなあ、やっぱり一緒に居て楽しい子がいいなあ」

「……意外と平凡ね」

 男の返答はルイズにとって逆方向に意外といえば意外だった。

「あとは普段は素っ気無くてもいいけど、オレにだけ甘えてくれたりしたらクラッといくかも。惚れっぽいタイプとかヒステリックなタイプは苦手だ」

 ああ、惚れっぽいタイプが苦手なら確かにキュルケは苦手でしょうね、となんだか呆れたような気分で思いつつも、元は自分で振った話題だ、既に拍子抜けしたような気分だがルイズは質問を続けた。

「あんたは、外見とかにはこだわりはないの?」

 たいてい男や女に限らず、理想の異性像は性格面だけでなく、外見にもこだわりがあったりするものだ。いくら口で性格がよければそれでいいといっても、実際そうであるのかというとそうでもないことが多い。

「外見か? 指が綺麗な人だと嬉しいけど、胸や身長の大小には興味ないな。顔もまあ、平均くらいあればそれでいいと思っているし、体型も一見してわかるくらい極端に太りすぎてたり痩せ過ぎてたりしてなきゃそれで別にいいけど」

「……つまり、普通が好きなのね? あんたは」

 胸の大小に興味がないとなれば、そりゃキュルケの胸に反応しないはずだ、と思いつつも呆れた心境でルイズがそう纏めると、シスイは歯切れ悪く「うん……まあ、そうなんのか」とか言いながら耳を赤く染めていた。自分で答えておいてなんだが、恥ずかしいらしい。

「あ、でも明るい髪色より黒とか落ち着いた髪色の女性が好きかも。短い髪より長い髪のが惹かれるものはあるな。子供っぽい女性は可愛いと思うけど、付き合うんなら大人びた落ち着いた女性のほうが理想ではあるな」

「へ、へえ~……」

 と続けながら、あれ? なんでオレこんな出会って1日しか経ってない相手に素直に答えてんだ? とふと自分に対してシスイは疑問を浮かべた。

(ひょっとしてこれって、ルーンの効果だったりしないよな?)

 正直、この世界が本当に小説「ゼロの使い魔」の平行世界だったとしても、原作の内容について殆ど記憶から消えている彼からしてみたら、自分が持っている知識はあまり頼りにならない。このルーンについてわかっていることも、武器を持ったら身体能力が向上して、武器の適切な使い方がわかる効果があるというくらいのものだ。

 そのため多少首をかしげながらそんなことを思うが、そんなシスイに対してルイズはちょっと思ってなかったことを言った。

「最初は気づかなかったけど、あんたの好みの女の子像って結構具体的よね。ひょっとしてそういう(ヒト)いるの?」

 その言葉に少し固まった。

 彼もつい気づいてしまったからだ。

 黒髪長髪で指が綺麗で、一緒にいて楽しくて、惚れっぽいタイプでもヒステリックなタイプでもなくて、普段は澄ましているように見られがちだけど無表情を装いながら自分に何気に懐いている、とっても大人っぽい子が身近にいたような……と。

 気づくのと同時に婚約者でもあった彼女の顔が脳裏をよぎる。

 しかし、シスイはその考えを慌てて振り払った。

(いやいや、あいつは妹みたいなもんだし、そもそも子供だし、何考えてんだ。相手は12歳のガキだぞ)

 ……その12歳のガキ相手に、数ヶ月前うっかり抱き枕にしてしまった挙句ドギマギしてしまったわけだが。

 ついでに12歳といっても、どうみても目の前のルイズ(16歳)よりもいろんな意味で大人っぽく見える相手ではあるのだが。

 しかし、いくら大人びていても相手は子供。基本的には彼の許容範囲は18~30歳くらいの女性なのである。12歳なんて子供もいいところだ、犯罪だ。ゆえに、自分の想像が弾き出した相手にシスイは落ち込み、ブツブツと「違う、勘違いだ、オレはロリコンじゃない」などと呟き出した。

 突然何かに気づいたように目を見開いたかと思えば、そんな言葉を呟き出している姿はまあ、不気味そのもので。

「なんなのよ、もう」

 いきなり赤くなったり青くなったりを繰り返し始めた目の前の男に対し、ルイズは若干引きながら他人のフリをしたいと強く願うのであった。

 

 

 了

 

 




ちなみにしーたんの女の子の許容範囲は年齢は18~30歳、胸の大きさはAAA~Hカップ、ウエストは55cm~80cm、身長は145cm~185cmくらいまでが許容範囲だよ。それ以下かそれ以上は流石にきついらしいよ。でも、好きになったらこの範囲に限らないようだよ。


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8話

ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話はまあ、前回や前々回などに引き続いてしーたんとルイズのすれ違い系の話です。まあ、12話のギーシュ編終了までは大体こんな感じですけどね。でも山場は次回かもしれないな。
それではどうぞ。


 

 

 豪華絢爛過ぎるといっていいほどの朝食の時間は終わりを告げ、ルイズは使い魔となった青年であるうちはシスイを連れて一時限目の授業へと向かっていった。

 2年生に進級した生徒は原則として最初の授業に使い魔を連れて行くことになっているからだ。まあ、何事にも例外はあるもので、使い魔を連れず授業に出ることになる生徒もういないというわけではないのだが。

 それは教室に入れない大きさの使い魔を召喚した魔法使い……例を挙げるなら数少ない学生トライアングルメイジの、ガリアからの留学生であるタバサの召喚した風竜の幼生などがこれにあたるが、そんな大物を召喚してみせる例外など滅多にはいない。

 なのでほとんどすべての使い魔が二年生に進級した授業で顔を合わせることとなる。

 メイジを見るには使い魔を見ろという言葉がある。そのメイジの素質は使い魔に反映されているとされるからだ。中にはハツカネズミが使い魔でありながら偉大な魔法使いとされるオールド・オスマンのような例外もあることはあるが、原則はそうだ。

 自分の力を端的に示す秤、それが使い魔なのだ。

 ゆえに、使い魔が一堂集まる二年生に進級してからの初の授業に対してそのことに緊張を覚えるのは、メイジとしておかしなことでもないだろう。

 そしてルイズの連れている使い魔は、人故に彼も知らず緊張はしていた。

 なにせ、彼はもっとも精神的に状態が悪いタイミングで召喚された上に、この世界のルールなど知らないし、ハルケギニアは地球の中世ヨーロッパ時代によく似ているが同じわけでもなく、見るものすべてが彼にとっては物珍しかった。

 この世界にいる間はルイズの使い魔になる件を引き受けたからには、元の世界に帰れるその時までは責任を持ってちゃんとやるつもりだが、それでも動物でも幻獣でもない人間の使い魔は己だけなのだ。忍びとして過去いろんな任務に携わったことがあるとはいえ、緊張しないほうがおかしかった。

 そして、ルイズとシスイの二人は教室へと足を踏み入れた。

 

 彼が最初に受けた魔法学院の教室の印象は「懐かしい」と「新鮮」だった。

 なにせトリステイン魔法学園の教室の作りは、中心に教壇があり、それを囲むようにして段々に席が設けられている大学の講堂のような造りとなっている。そして、その懐かしすぎるほどの造りの教室には、様々な生徒たちや多種多様な使い魔達の姿があって、思い思いに過ごしているのだ。そんな光景にシスイは思わず感心してしまった。

 前世では、両親の死をきっかけに中退して卒業せず仕舞いだったとはいえ、大学によく似たその造りは彼にしてみれば郷愁を誘うものですらある。それを見ているうちに彼女と戯れたことや友と語り合ったあの日、仲間内みんなで盛り上がったサークル活動などの楽しかった思い出が走馬灯のように浮かび上がる。

 そんなことを思わせる場所なのに関わらず、バクベアーやバジリスクにスキュアなどなど前世どころか、NARUTO世界とでも呼ぶべき自分が15年育ってきた世界ですら見たことがないような、そんなファンタジーな生き物が暴れるでもなくおとなしくしているというのは、とても不思議でなんだかくすぐったいような感慨がある光景だ。

 勿論使い魔の全てがファンタジー生物なわけはなく、中にはカラスや猫などのお馴染みの動物も使い魔としてその空間には鎮座していたが、それでも新鮮な光景には違いがない。

 とはいえ、彼の心からの感心はそこまで長持ちしなかった。

 何故なら、自分……正確には自分の主となった少女であるルイズに対してであろうか、に向けられる視線がとてもじゃないが紳士淑女として褒められたものではなかったからだ。

 彼らはヒソヒソと自分とルイズを見ながら何事かを言っている。

 もしかしたら彼らはそれらが聞こえていないのだと思っているのかもしれないが、生憎忍びとして研鑽を積み生きてきた青年の耳からすれば、それらの言葉を拾えない筈がなかった。

 曰く……。

「おい、ゼロのやつ本当に人間なんか召喚したのかよ」

「ていうか、あいつ本当に昨日の奴か? 別人じゃね? なんかパッとしない顔してるし」

「本当は使い魔に逃げられたんじゃないの? それで替え玉まで用意するなんて嫌に用意周到ね」

「ああ見えて傭兵だって聞いたぜ」

「傭兵だって? 汚らわしい。そんなのを神聖な学び舎にまで連れてくるなんて、本当あいつはメイジの面汚しだな」

 などなど。正直信じがたいほどに並べられた言葉は侮蔑に満ちている。

 チラリとシスイはルイズの顔を見る。

 彼女は噂など気にも留めていないかのように、凛と胸を張って立っている。それが強がりなのか本当に気にしていないだけなのかは、昨日今日の付き合いである青年にはわからない。しかしその姿は小さいながらも、気高く誇りある姿に見えた。

(本人が何も言わないんなら、オレの出る幕じゃないか)

 そう思って口を挟むのは止めた。

 ルイズが席の一つに座ると、シスイは講堂の後ろにある壁に身を任せた。生徒でもない自分が席に座るのはまずかろうと思ってのことだったし、後ろからなら全体が見えたというのもあった。だが、その自分の選択肢は間違っていたのか、ルイズはジト目でシスイを見上げると、「なんでそんな離れたとこにいるのよ、こっち来なさい」といってそれを嗜めた。

 その言葉に従い、青年がポリと頬を掻きながら彼女の隣に立つと、彼女はどこか抑えたような声音で言った。

「なんで、あんな後ろに行ったの」

「邪魔になるなら後ろにいたほうがいいのかと……いけなかったのか?」

 自分なりには気を使ったつもりだったのだが、それ自体がまずかったのかそう尋ねると、ルイズはどこか苛立ちの滲んでいる声で言う。

「使い魔がメイジと離れてどうするのよ。隣にいなさい。あんたは……わたしの使い魔、でしょう」

 最後のほうの声音は小声でどこか苦しげにさえ聞こえた。

 何故そんな辛そうに聞こえる声でそんなことを言うのだろう。それがわからず困惑しながらもシスイは言う。

「いや、しかしオレがここで立っていたら後ろの生徒の邪魔にならないか? ここの生徒でもないオレが椅子を使うわけにもいかないだろ」

 シスイは忍びとして鍛えてきただけあってそれなりにガタイがいい。床に座って授業をやり過ごすのは体格的に難しいものがあった。そんなシスイをチラと見て、ルイズは感情を抑えたような声で言った。

「いいわよ、使い魔だけどあんたは人なんだから特別に椅子に座っても。だから、隣にいなさい」

 

 やがて、授業時間になったのだろう。扉が開かれ、中から紫色のローブに身を包んだ中年くらいの優しげな女性が入ってきた。

 自らをシュヴルーズと名乗ったその女性教師は、毎年新学期に様々な使い魔を見ることが楽しみなんだとおっとり笑った。多分悪い人じゃない。寧ろ善人ではあるんだろうとは思ったが、しかしシスイはその直後に彼女が放った言葉で、空気の読めないご婦人だなと彼女のことを評さずにはいられなかった。

「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

 そのミセス・シュヴルーズの言葉がキッカケで、教室中があの……先の中傷を思わせる笑いに包まれたからだ。

「ゼロのルイズ! 召喚出来ないからって、傭兵を金で雇って連れてくるなんて卑怯だぞ!」

「いや、傭兵とかいってるけど、本当はそいつはただの平民なんだろ、そうだろゼロのルイズ!」

「所詮、ゼロだもんな! 『サモン・サーヴァント』が出来なかったんだろ」

 そんな野次が教室中に飛び交う。

 それを聞きながらシスイは思う。

(まるで小学生のいじめレベルだな)

 こんな小さくて可愛い女の子を1人捕まえて、生徒みんなでよってたかって罵倒して恥ずかしくないのだろうか? よくもまあこんな程度の低い中傷を恥ずかしげもなく口に出来るものだ。本当にこいつらは貴族……一流の教育を受けてきたような奴らなのか? とは思うが、シスイがそれらを口にして言うことはなかった。

 何故なら彼は異邦人だ。

 この世界の常識など彼は知らない。彼が知っているのは日本の常識と木の葉隠れの里での常識だけだ。そんなこの世界では世間知らずといえる自分が何か言うのも筋違いな気がしたし、それに身分上自分は平民であり、彼らは貴族だ。

 そういった人種に接する機会は、それこそ火の国の大名親戚に対する護衛任務のときとかくらいしかなかったが、それでも下の者が発言を許可されてもいないのに上の者同士の口争いに口出しすることが許されていないということくらい知っている。この世界について殆ど知らない身であるが、その辺のルールは多分この世界でも同じだろう。

 この世界のルールや常識がわかっていないのに下手に口出しすればそれは、「貴族同士の会話に平民を割り込ませるなんて、何を考えているんだ」「躾けくらいちゃんとしろ」と己を抑制出来なかった主であるルイズの不手際となり、余計彼女に対する謗りが激しくなる恐れもあったし、なにより彼はここの生徒たちの教師ではないのだ。この場面でこれを鎮めるべき人間がいるとすれば、それは教師であるシュヴルーズの役割であり、自分のものではない。

 とはいえ、彼らの誹謗中傷は聞いてて気持ちいいものではない。自分がもしこの学校の教師だったら真っ先に彼らを叱り飛ばしていただろうし、この場はミセス・シュヴルーズに任せるべきだとは思うが、彼女が何も言わないようだったらルイズに怒られるようなことになったとしても、一言言わせてもらおうと、そう考えていた。

 

「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコンヌがわたしを侮辱したわ!」

 一方でルイズは、罵倒に関しそう返しながらグルグルと煮えたぎった思考で考え込んでいた。

(なんで、わたしを庇ってくれないのよ)

 自分の使い魔になった男は、うちはシスイは主である自分が罵倒されているというのに、なんの行動も起こさず、なんの発言もしなかった。それはルイズの立場を彼なりに考慮したものでさえあったが、ルイズにそんなことわかるわけがなかった。

(あんたは、あんなに力があるくせに……!)

 今朝の男を思い出す。風のスクウェア級の技と火のライン級の技を使い、人間とは思えぬほど高い身体能力を見せつけ、自分に劣等感を植え付けた男。

(そうよね、わたしなんて、あんたからみたら取るに足らない存在だものね)

 卑屈に凝り固まった思考のルイズはそれを疑わない。けれど、そんな自分の思考にますます彼女の心は傷ついていく。悪循環だった。どうしようもなく、苦しくて、彼女は泣きたい気持ちでいっぱいだった。いつもは耐えているゼロの中傷もきつくて、きつすぎて泣いてしまいそうだ。

 でも……。

(泣くものですか)

 泣いたら、本当に自分がゼロなんだって認めてしまう。そんなの許せなかった。

 だって、彼女は、己はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだ。ヴァリエール公爵家の息女なのだ。そんな自分が人前で涙なんて見せられるわけがない。いや、見せたくなんてない。もう彼女に残されたのはヴァリエールの娘としての、貴族としての意地と誇りだけなのだから、それだけは手放したくはなかった。

 やがて教師であるシュヴルーズはルイズと生徒たち両方に口論と中傷を止めるよう注意を促し、それでも「ルイズのゼロは事実」だと答えたマリコンヌと、それを聞いて笑った生徒たちの口に赤土の粘土を押し込め、それを黙らせた。

 

 そうして授業が始まった。

「私の二つ名は『赤土』のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します」

 そんな言葉を合図に、シスイは彼女の言葉に深く耳を傾け始めた。

(自分の二つ名から紹介……この世界では二つ名を自分で紹介するのが当然なのか?)

 そういえばルイズは『ゼロ』とずっと呼ばれているし、今朝出会った赤毛の女の子も自らのことを『微熱のキュルケ』とそう名乗った。また、早朝の鍛錬終了後もルイズが真っ先に尋ねたのは「二つ名はあるのか」という質問で、どうやらメイジの世界では二つ名は第二の自分の名の如く大事なものらしいと、シスイはそれまでのことを回想しながら納得した。

(ということはオレもこれから人に自己紹介するときは『瞬身のシスイです』と言ったほうがいいのか?)

 自分で自分の二つ名を自ら紹介するなんて、なんだか押し付けがましいような自慢しいのような感じがしてなんだか嫌だなあ、自意識過剰野郎みたいで恥ずかしいし、などとぼんやり思いつつも興味深く授業内容に拝聴を続けていく。

 その結果、いろいろこの世界の魔法について判明がした。

 曰く、魔法の属性は『火』『水』『土』『風』『虚無』の五つから成り立っており、虚無の系統は失われている。土の魔法はさまざまな金属を作り出し、加工することが出来る。ほかにも農作物の収穫にもかかわっているらしい。

 つまり、鍛冶屋や石工業、ベルトコンベアとかの役割を土系統の魔法と魔法使いが担っているらしい。

(……便利だなあ)

 ひょっとしてNARUTO世界の初代火影であった唯一の木遁忍術使い、千手柱間の木遁忍術並みに便利なんじゃないか? などと思いながら授業風景に見入っていた。

 そして錬金の授業が始まり、ミセス・シュヴルーズが杖を一振りすると、石ころは光る金属へと姿を変えた。キュルケがゴールドを練成したのかとどもりながら吃驚した声を上げると、ミセスは気恥ずげに、しかしどこか誇らしそうな態度で、練成したのはゴールドではなく、真鍮であり、金を練成できるのはスクウェアだけで、自分はトライアングルなのだと答えた。

(そういえば、ルイズもスクウェアメイジがどうのとか言ってたな)

 そうして今朝のやりとりを思い出した。

(スクウェア……四角って意味だよな? で、トライアングルは三角……つまり、角の数が増えるほどすごい魔法使いって意味なのか?)

 しかし、ルイズとこの中年女性教師の言い分から判断するならどうやら最上位はスクウェアのようである。

(ということは、他には一角と二角があって、メイジのランクは4段階あるってわけか……)

 そんなことを思いながら、感心したように授業を聞いていると、「ミス・ヴァリエール」そう土魔法の教師は主の名を上げて、「次はあなたにやってもらいましょう」そういってルイズを指名した。

 

 途端、教室中に緊張が走る。

(なんだ?)

 それは先ほどまでの、明らかな侮蔑と中傷をルイズに投げかけていたそれではなく、不安や恐怖といった感情が混ざったような緊張だ。その理由を、シスイは知っているような気はしたが、生憎というべきなのか、覚えているわけではなかった。

 ルイズは固まっている。教師に指名されたというのに、困ったような態度で縮こまっていた。

 もちろん、シュヴルーズは何故ルイズが立ちもしないのかわからず、嗜めるような声で少女に呼びかける。

「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」

 それに対して答えたのはルイズではなく、困った顔と声をしたキュルケだった。

「先生、やめといた方がいいと思いますけど……」

 当然、それにシュヴルーズは何故と尋ねる。それに赤毛の褐色の肌がグラマラスな少女は「危険です」と答えた。そしてそれに教室中の生徒たちが頷いた。

 しかし、ルイズの授業を見るのがこれが始めてなシュヴルーズに「危険だからやめといたほうがいい」と言ったところで、通じるわけがなかった。

 それは当然といえば当然だった。ルイズの魔法の成績はともかく、この中年女性教師は同僚から彼女はとても努力家だということを聞いていたし、錬金の授業で危険なことなど普通はないからだ。

 何故なら錬金の授業とは石ころを別の物質に変えるというだけの内容であり、失敗したところでその場に残るのは何の変哲もない石ころだけだ。失敗を恐れたら人は進化を止めてしまう。失敗をいくらしてでも、大切なのはやろうとチャレンジする精神なのだ、とそういう意味ではミセス・シュヴルーズは大層立派な教育者であった。

 ……ただ、今回に限ってはそれが悪いほうに作用することになるのだが、この時点では彼女はそんな未来も知らなければ、これまでのルイズの授業を見たことがなかったのだからどうしようもなかったのだが。

 そして天敵とまで思っていた赤毛の少女による「やめて」という嘆願への対抗心と反感から、ルイズはその『錬金』に挑む決意をついに固めてしまう。

 小さな体に大きな勇気を称えて、形のいい珊瑚色の唇をきゅっと引き締めながら、まるで魔王に挑む勇者のような顔をしながら杖を掲げる少女ははっとするほど美しく可愛らしかったが、周囲の生徒たちは寧ろそんなルイズの姿に慌てて椅子や机の下に体を隠した。

 

(なんだ? 何が起きる?)

 同時にシスイの忍びとしての第六感も嫌なものを感じ取って、ザワザワと胸が騒ぐ。

 自然体がいつでも動ける戦闘態勢のものに移行する。

 そんな中でルイズ錬金のルーンを唱えた。

 ……それに気づき、現象が起こるよりも早く動くことが出来たのはチャクラの流れを見る目……写輪眼をもっていたのと、彼が瞬身の異名をもち、第三次忍界大戦まで経験して戦闘経験が豊富だったから、といえる。

 あの時、錬金のルーンを唱え、ルイズが杖を振り下ろしてしまった瞬間、彼はその赤き巴模様の浮かんだ目で見てしまったのだ。魔力が膨張していくところを。

 危険と判ずるのと回避は同等の早さだった。

 彼は瞬身のシスイという二つ名の由来にもなったその足でもって、おそらく爆心地になるだろう教壇の最も近くにいた、ルイズとシュヴルーズの二人を脇に抱えてそのまま廊下へと一瞬で退避した。刹那、教室から響く爆音。

「な、何事ですか!?」

 シュヴルーズとしてはもうわけがわからない。つい、ほんの1秒に満たないほど前まで、ルイズの錬金を見るために教壇の前に自分は立っていた筈なのに、気づけばよく知らない生徒の使い魔となった男に抱えられて廊下に自分がいる上に、教室からは擬音で表すなら「ドォン!」といった感じのすさまじい音が響いたのだ。ひょっとして何かのテロかと思った彼女はきっと悪くないだろう。

 彼女は急いでシスイの腕から抜けると教室の扉を開き、それを見た。

 教室内はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図であった。 

 まるで爆弾でも食らったように教壇は吹っ飛び、驚いた使い魔達は炎を吐くわ、窓ガラスを破って飛んでいく使い魔はいるわ、中には自分の使い魔を別の使い魔に食われたものまでいた。

 その混乱に包まれた光景に、自分が先ほどまで立っていた教壇の結末に、ミセスはフラァと眩暈のあまり意識が飛びそうになった。

「大丈夫ですか」

「ああ、あなた……ええ……ありがとう」

 倒れかけた自分の肩を支えながら言った青年の言葉に、乾いた声で力なくそう礼をいうシュヴルーズの目は動揺に泳いで笑っていなかった。

 そんな土魔法教師の様子を心配そうに伺いつつ、青年は酷い事になった教室を見渡す。

(しかし、こりゃ凄いな……)

 まるで起爆札で吹っ飛ばされたかのようだ。まったく、恐ろしい火力だ。

(戦争にでも出させられたら、恐ろしいことになるぞ、この子……)

 そう思いながらそんな感想を胸の奥に仕舞い込む。

 まだ、短い付き合いで彼女のことについて理解したなど嘘でも言えないが、それでも昨日今日と接した限りの印象では、ルイズは多少意地っ張りでも素直で可愛い普通の女の子だ。そんな子が人間兵器として戦場に行かされる光景は想像するだけでも罪深い気がした。

 

 やがて、教室の外にいたルイズの姿に気づいたのだろう。生徒たちは怒りが篭った声をあげて、口々に彼女を罵倒した。

「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」

「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」

 

「……ルイズ?」

 それにルイズは……事件を起こした張本人でありながら、使い魔に救出されて傷や埃一つ負ってない彼女は、答える術をなくし、青ざめた顔でただ呆然と震えていた。

 

 

 続く

 

 



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9話

ばんははろ、EKAWARIです。
今回はとうとうルイズさん爆発回その1です。
ちなみに今回はおまけであとがきで前世しーたんイラスト載せてみたよ。
そんな感じです。ではどうぞ。


 

 

 ルイズが『錬金』の魔法によって爆発を起こした事件より数時間の時間が経った。

 あれだけの惨事を起こしたのだ、当然残り時間をもってしても授業になるはずがなく、かの地獄絵図を見てしまったシュヴルーズは、ルイズの使い魔の男によって怪我をする前に教室から離されていたため、怪我こそしていなかったが、青い顔をしてルイズに片づけを命じると保健室へとフラフラとした足取りで向かっていった。その間ルイズに目を合わせることは一度もなかったあたり、どうやら、あの光景がトラウマになってしまっていたようだ。

 そしてルイズは……見ているほうが痛々しいほどに無言で、愛らしい顔を青白く染めながら、きつく唇をかみ締めて雑巾でシスイが教室に運んできた机を拭いていた。

 

 彼女は、ルイズは罪悪感と自己嫌悪で胸がいっぱいだった。

(どうして……いつもこうなの……?)

 彼女は決して高望みをしていたわけではない。

 ただ、普通に他の子のように魔法を使いたい、それだけだ。

 なのに、なぜかいつもこうして自分の魔法は爆発という名の失敗という結果ばかりを出す。

(なんで……)

 それでも、そのことにくじけたことはなかった。

 たとえどれほど落ちこぼれといわれても、それでも自分はヴァリエール家の娘なのだ。いつか他の子のように魔法を使える日を夢見て努力を怠ったことはなかった。それが結果を出すこともまたなかったが。

 それでも、魔法を普通に使えるようになりたいという夢をあきらめたくはなかった。諦められるわけがなかった。

 だってルイズは貴族だ。貴族じゃないメイジはこの世にいても、魔法の使えない貴族なんて普通はいない。自分の血にはヴァリエールの誇りある青き血が流れているのだ。今は使えなくても、きっと自分の系統に目覚めたら、そう出来たなら魔法を使えるようになるはずだ。それまでくじけるもんですか、とそれを合言葉にして、どんな中傷を受けても前向きに頑張ってきたのだ。

 魔法を使えない劣等生だからこそ、誰よりもせめてその心だけでも貴族らしく誇り高くあらんとしてきた、いつかの未来のために。それがルイズだ。

 だから、いつもはたとえ失敗しても、その負けん気と気丈な心で「ちょっと失敗した」として流してきたのだ。

 級友達の「ゼロのルイズ」という不名誉な呼び声にもいつか見返してやると、そう思うことで耐えてきたし、その生来の負けん気からゼロではないといつか証明してやると思っていたからこそ、全ての人間に魔法が使えないというだけで憐れまれ、蔑まれ見下され続けるこの環境にも耐えられたのだ。

 けれど、彼女は今日、使い魔となった男に助けられてしまった。

 自分がしたのに。自分が教室を無茶苦茶にしたのに、なのに自分だけはぬくぬくと使い魔に守られ、傷一つつかず無傷で助かってしまった。あの教壇のように吹っ飛ばされていたのは本来自分だった筈なのに。

 自分が、己こそがあの惨状を引き起こした犯人なのに、なのに怪我一つさえすることなく。

 自分の起こした失敗魔法のせいで、使い魔を失った級友だっているのに。

 悪いのは、失敗した己なのに。

 なのに、あの惨事を引き起こした元凶である己は助けられてしまった、あの黒い青年に。

 

 自分の使い魔……異世界からきた傭兵と名乗る、うちはシスイとかいう男。

 圧倒的な力をルイズに見せ付けた……異彩の使い魔。

 正直、ルイズの男に対する印象はいいものとはいえない。

 有能な男なのだろうと思う。平民とはいっていたけど、それでも自分よりもよっぽど魔法を使いこなす姿は、己よりも余程貴族にふさわしいんじゃないかとルイズは思ってしまった。

 言動や立ち振る舞いも貴族のそれとは比べ物にはならないけれど、平民の割には品がある。おそらくはそれなりに裕福な家庭で育ち、教養も与えられてきたのだろう。言葉遣いと服装さえ改めさせれば、もしかしたら自慢の従者として紹介出来るレベルにあるのかもしれない。

 己には過ぎたるほどに有能だ。

 けれど、だからこそ彼の存在は何よりも不快だったのだ。

 自分は何も出来ないのに使い魔は自分が出来ない事が軽々出来るなんてと、ルイズにとって彼は劣等感を刺激する存在でしかない。

(だってわたしはコモン・マジックさえ出来ないのに、使い魔だけが有能だなんて釣り合ってないじゃない)

 そう自嘲するように思う。

 本来メイジと使い魔というのは、パートナーであり、互いに足りないものを補う存在だ。無論主従の別はしっかり区別されているが、それでもメイジにとって使い魔は特別なものであり、使い魔にとってもメイジは特別なものなのだ。

 メイジは使い魔を守り、使い魔もまたメイジを守る。そうして使い魔とメイジの関係は成り立っている。

 そして春の使い魔召喚の儀式で召喚される生物は、通常そのメイジにとってもっとも相応しいものが召喚されるのだ。その召喚主である魔法使いとバランスのとれたパートナーが。

 使い魔と魔法使い。その能力バランスがどちらか一方に偏っていることなんて普通は無い。

 無いものを補い合うために、互いの存在はあるのだ。

 だけど……ルイズは自分と自分が召喚した男が、とてもじゃないが釣り合っている相手だとは思えなかった。

 

 いつも他者に比べられ、魔法も使えない劣等生として扱われ育ってきたルイズは、その負けん気と貴族としての誇り高くあらんとする精神のおかげであまり発覚していないだけで、酷く自己評価が低く己が無能であるという自認が強い。

 強がりの負けん気走った言動は、他者に否定されることに慣れているが故に後天的に備わった自信の無さと、そのことで打ち崩れないように心の平衡をカバーするために発達した自己防衛本能だ。

 そんな自分に、いくら平民とはいえ、軽々と魔法が使えるような男が文句を言わず従っているというのが彼女には信じられなかった。従順な態度に逆に男の誠意を疑った。

 そして、そんな男に救われ、守られた事実が「お前は所詮ゼロなんだから、おとなしくしておけばいい」と言われたみたいで苦痛でとてつもなくショックだった。

 それくらいなら、放っておかれるほうがよかった。それで自分の失敗で怪我を負ったとしても、それは自己責任だ。そうしてボロボロになったとしても、自分もダメージを負ったのなら、被害を受けた生徒たちとお相子だ。それなら「ちょっと失敗みたいね」なんて言って笑って、そうして受け流せた。いつかの成功を夢見てまだ頑張れた。

 なのに……。

(どうして、あんたはわたしを助けたの)

 守ってくれなかったくせに、ゼロという中傷からは庇ってくれなかったくせに、どうして自分を助けたのかルイズにはまったくわからなかった。

(助けなければ良かったじゃない)

 ギリと唇を破れそうなほどかみ締めそう思う。

(どうせ、わたしみたいな小娘のお守りなんて嫌なんでしょ)

 だって、いつだってそうだった。

 最初は公爵家の娘だっていい気でみな近寄ってきた。ルイズではなく、彼女の背景にある家に擦り寄ってきた。ルイズを見てはいなかった。

 そして失望するのだ。

 公爵家の娘でありながらルイズが魔法を使えないということに。

 ルイズが『ゼロ』だったということに。

 魔法成功率ゼロ、ゼロのルイズ、その名はいつだって彼女についてまわったのだから。

『ルイズお嬢様は難儀だねぇ』

『上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに……』

 そんな陰口を使用人にまで何度も叩かれてきた。

 皆、どんなにいい顔をしても、自分がゼロだと知るなり失望してきた。

 

 だというのにこの男は……うちはシスイは、何を言うでもなく、黙々とルイズの放った失敗魔法の片づけを……教室の修繕を続けている。まるでいつもと変わらない態度で、何事もなかったかのように。

 彼が今こうして窓ガラスを運んできて張り替えているのも、重たい机を運んできて並べているのも、煤だらけになった教室を雑巾がけすることになったのも、全部彼の主人となったルイズの責任なのに。

 なのに、男は文句一つ言わない。

 どうしてなのか、ルイズにはわからない。もともと1人でも生きていけると公言していた男だ、衣食住を取り上げられることを恐れて言えないというわけではないのだろう。

 けれど、文句一つ言わないそのまるで従順な従者か何かのような態度が、余計に今のルイズを傷つけていた。

 この男は見たはずだ。知ってしまった筈だ。

 自分のゼロの、二つ名の由来を。

(いい気味だと、笑えばよかったでしょ! そうして見下せばいいじゃない! 他の人みたいに!)

 知らないとは言わせない。

 この期に及んで、自分につけられたゼロの意味がわからないなんて言わせない。

(それとも……わたしは見下す価値すらないというの?)

 そうして思い出す、今朝の男を。

 あの、自分に劣等感を植え付けた光景を。

 遠すぎて遠すぎて眩暈がするほど、羨望してやまない今の自分からは最も遠い光景を。

 

「ルイズ」

 男は穏やかな声音で心配そうな顔をして少女に話しかける。

 しかし、そんな心配そうな顔も今の彼女からしたら憐れみから自分に優しくして、心で嘲笑っているようにしか思えなかった。

「何よ」

 そうして言葉を返しながら見上げて気づく。あれほど滅茶苦茶になった教室はほぼ綺麗に修繕し終わっているようだった。終ったから声をかけたのだろう。

「……大丈夫か?」

 そんな何気ない一言が、ルイズのこれまで溜め込んできた憎悪を呼び覚ました。

 

「大丈夫って、何?」

 昏く胡乱な鳶色の目と表情で吐かれたそれは、憎悪と自嘲が滲んだ酷く虚ろな声だった。

 その変化に、黒の青年は戸惑う。

 少女はそんな男の反応に気づいているのか、それとも気づいていて尚そんなところが苛立たしいのか、もう一度「大丈夫って、何?」そう口にした。

「あんた、わたしを馬鹿にしてるの?」

「オレはそんなつもりじゃ……」

 シスイとしてはただ純粋に、様子のおかしいルイズが気になって、落ち込んでいるんじゃないかと気にかかり声をかけただけだ。しかし、怒りと屈辱とコンプレックスでグチャグチャになっているルイズはそれを「嘘」と断じて声を上げて言った。

「本当はあんたもわたしに失望したんでしょ! そうよ、わたしのゼロの由来は、魔法成功率ゼロの『ゼロ』よ! それとも何? 媚を売っておこうと思ったの? 可哀想な子だから優しくしてやろうって? 大した偽善魂ね、そんなのこっちから願い下げだわ、真っ平ごめんよ!」

 そうやって叫んでいる姿は、まるで泣いているようで、シスイは言葉を失う。

「あんたはいいわね、すごいわよね! あんなスクウェア級の魔法をポンポン使えるんだもんね! 流石1人でも生きていけるって自分でいうだけあるわよね! きっとわたしの気持ちなんて一生わかんないんでしょうね! それに引き換えわたしはゼロ、ゼロのルイズ! 公爵家の娘ということ以外なんの取り得もない娘! さぞかしこんなのが主人で失望したんでしょうね。 国に帰りたいというのも、本当はわたしが主ってことが嫌だからなんでしょ?」

 自分の言葉で自分を傷つけながら、それでもルイズはそう叫びながら、男の胸倉を掴み上げ、苦しげに笑った。

「普通じゃないくせに、普通の平民のフリなんてしないでよ! 凄いなら、それ相応に振舞えばいいでしょ! あんたのそういうところが癪に障るのよ!」

 先の授業での内容をルイズは思い出す。学友たちが自分を馬鹿にするのはいつものことだったが、彼らはシスイに対しても昨日とは違って、ただの平民として馬鹿にした態度を取っていた。けれど……ルイズは知っている。誰が知らなくても彼女は知っている。彼に、うちはシスイに敵うものなんてこの学院の生徒でいるはずがないんだって。

 非常に腹が立つし、自分の劣等感を刺激する男で、不愉快ではあるが、それでもうちはシスイは自分の使い魔なのだ。自分より格上のメイジと思った相手なので尚更に、自分への使い魔に対する暴言もルイズには不快に感じるものだった。

 けれど、自分に投げかけられた言葉がわかっていないはずがないだろうに、男は気にしていないようだった。そこもまたルイズの気に障ったのだ。あれほど凄いくせにプライドがないのか、と。

 そして今も自分に胸元を掴み上げられて、怒鳴りつけられて、理不尽だろうに、腹が立つだろうに、ただどこか悲しげなような、怒りの欠片も見えない顔をして自分を見ている。

(なんて……腹の立つ男)

「あんたなんかにわたしの気持ちはわからない!」

 

 シスイは目の前の泣きそうな顔をして自分に怒鳴りつける少女に対し、掛ける言葉を失って呆然と立ち尽くしていた。

 そもそも、ルイズに言われた台詞はどれもが彼も思ってもみなかった、完全に想定外の台詞ばかりだったのだ。

 元よりシスイにルイズを見下す気はないが、まさか彼女が己如きに嫉妬していたなど想像すらしていなかった。

 そもそも彼は自分が恵まれているという意識こそあるが、自分が凄い人間であるなどという考えは無い。

 むしろどちらかというと自分が大した人間ではないという自覚をしている。

 というのも、彼は前世の人生においては家族や友人などの周囲の人間にこそ恵まれていたが、生まれた家は父親の収入は月収27万、母親はパートで10万くらいの極普通の中流家庭に生まれ育った為、貧乏ではないけど金持ちというほどじゃなかったし、ギターは出来ても、成績はあまりよくなくて高校なんて偏差値48くらいの学校だったというのに、成績はいつも赤点ギリギリでいい点数を取れるのは音楽くらいのものだった。

 運動神経だって男子20人いたら下から5番目くらいのもので、運動神経は悪いほうに属したし、顔も普通なら、身長も160cm台後半と平均よりやや低めなくらいだった。

 ギターや歌に関しては、人生で初めて出来た彼女に惚れられた経緯と告白された内容が、文化祭で自分たちの学生バンドを見て「歌とギターがいいなと思ったから」というものだったので音楽方面はあまり悪くはなかったんだろうが、所詮は学生バンドレベルであってプロになれるほど優れていたわけでもない。

 そのことからも自分は凡人だという意識が彼にはあったし、人間関係には恵まれていたので、充実していたし楽しい学生生活を送ってきたから、出来ないことが多くてもそれで卑屈になったりコンプレックスを覚えることもなかったが、それでも勉強も運動も駄目な自分は底辺だという自覚はあった。

 現世ではうちはシスイという高スペックの人間になってしまったため、本来のうちはシスイに劣るとしても、身体能力はかなり高かったし、座学は苦手といっても前世の自分と比べれば、比べることもおこがましいくらいには物覚えもよくなった。外見も地味な普通顔ど真ん中だった前世と違って、わりと端正な顔立ちをしているし、背や体格も悪くない。16歳で上忍に昇格したあたりからしても、周囲に比べて能力的にも恵まれているほうだろう。うちは一族のみんなとだって、彼らを殺すその日までは良好な関係を築いていたのだ。

 だが、確かにシスイは木の葉でも上位の実力を持つとはいえ、彼のすぐ傍には『アカデミー始まって以来の天才』と呼ばれていたうちはイタチがいた。

 早熟で、幼くしてまるで火影のように里と平和を愛し憂いていた、才能だけでなく人格面まで立派なイタチに比べたら自分なんて十分凡人と呼べたし、なにより二点特化で幻術と瞬身術だけ特出していて火力不足なシスイより格上の存在など、あの世界では探せばいくらでもゴロゴロしていた、それがあの世界での現実なのである。

 故にシスイは自分が弱いわけではないことは知っていても、自分が特別強いわけでもないことも同時に理解していたのだ。上には上がいる。そのこと自体は悔しいという気持ちがないというわけではないが、まあそれはしょうがないことだ。前世では充実した底辺人生を送っていたこともあってそのあたりシスイはおおらかだった。

 

 故にこそ、自分などに嫉妬する存在がいるとは思っていなかったのだ。

 ていうか、自分なんかに嫉妬されるような要素があるとさえ思っていなかった。

 彼自身、そこまで嫉妬深いタイプではないので余計に。基本的に彼は「出来ないことはしょうがないから、出来ることを頑張ろう」という思考の持ち主だった。

 だからこそ驚いた。

 ルイズがそんなに己に対してコンプレックスをもっていたことに。その原因は今朝の鍛錬を見せたことにあったのだが、彼自身は本当に「自分の主なのに、自分という道具の性能も知らず、適当に命令されたりしたら困る。彼女にだけは知ってて貰ったほうがいいだろう」と思ったのと、「口で説明するよりああいうのは見せたほうが早いだろう」という思考で見せただけで、他意はなかった。

 しかし、その結果はこれである。

 

 

 ルイズは可愛い。

 その容姿と気品は一級品で愛くるしく、西洋人形のように整っている。家柄も公爵家の娘で、貴族の中でも最上位のお嬢様だ。勉強家のようだし、シスイの目から見たルイズは十分すぎるほど恵まれた……将来を約束された夢のような少女に思えた。

 性格も気位が高いようだが、大貴族の娘なのだからこんなものだろう。それにルイズの魔力量は他の子と比べてみても桁外れに抜きん出ている。あの爆発を起こした能力もコントロール法を身につければ恐ろしいことになる。それくらい低コストで火力が高い能力のように彼には見受けられた。

 それに今は目覚めていないようだけど、ここが本当に小説ゼロの使い魔の平行世界であるのならば彼女はそのうち伝説の系統……多分失われたとかいう「虚無」のことなんだろう、に目覚めるだろう。

 正直、自分なんかよりよっぽど凄い気がする、彼女に嫉妬される意味がわからない。

 というか、なんでそんなに自分を卑下しているのかも理解し難い。

 けれど、彼の脳裏にルイズに中傷を投げかけた彼女の級友たちの姿が浮かび上がって、そうでもないかと思い直す。

『ゼロのルイズ』

 そういって中傷されてきたルイズ。

 おそらくそれが1年以上に渡って続いてきたのだろう。

 彼女はまっすぐな少女だと思うが、どれほど真っ直ぐな心根のものでも、罵倒が続けば心が折れる、自信は喪失していく。ゼロと蔑まれ続けて歪まないほうがおかしい。いや、あれだけ日常的に言われてこれだけの歪みですんでいるあたり、彼女は強い人間なのだろう。

 それでも、耐えられないものはあり、そして自分の言葉をきっかけに爆発した。これはそういうことだ。

 だけど、それを理解しても、どうしろというのだろう。

 

『あんたなんかにわたしの気持ちはわからない!』

 そうルイズは叫んだ。

 その通りだ。

 彼には、シスイにはルイズの気持ちなどわかりやしない。

 だって、彼は事実恵まれてきた。

 必ずしも能力に関しては恵まれていたというわけではなく、前世では寧ろ落ちこぼれだったけれど、そんなこと些細なことだと笑い飛ばしてくれ、愛してくれる仲間や家族がいつだって彼の傍にはいた。

 家庭も学校も、彼にとっては暖かく優しい場所だった。

 たとえ駄目なところがあっても、ルイズのように日常的に罵倒されたり中傷されたりすることはなかった。一度もなかったのだ。

 軽口交じりに言われることくらいはあっても、母親に「もうちょっと勉強も頑張りなさいね」と苦笑されても、それでもそこには確かに親愛と自分の将来に対する心配が透けて見えた。

 そんな風に人間関係において誰よりも恵まれてきた彼に、ルイズの気持ちがわかるはずがない。

 だから青年は何も答えることが出来なかった。

 嘘でも、『気持ちはわかる』なんて口先だけの慰めなんて言えるはずがなかった。

 

 一方でルイズは、何も言わない目の前の男に傷ついていた。

「何よ……」

 どうして何も言わないのか、なんでそんな顔をしているのかルイズにはシスイのことが理解出来ない。

(怒ればいいでしょ、言いたいことがあるのなら言えばいいでしょ)

 自分がひどいことを言ってしまった自覚くらいルイズにだってある。

「なんで、何も言わないのよ……」

 そしてルイズの卑屈に凝り固まった思考はその答を弾き出す。

「それとも……答える価値もないほど、わたしの存在はあんたにとってなんの意味もないってわけ?」

 そういってルイズは、引き攣った笑みを口元に浮かべた。

 ジワリと彼女の大きな眼が潤む。

 何か言わねばと焦るように青年は思う。

 けれど口が動かない。何を言えばいいのか、わからない。

 何を言っても傷つけてしまいそうで動けない。

 けれど、少女はそれを自分の思考が生み出した答えへの肯定だとそう思った。

 

 ルイズは自分の使い魔たる青年に背を向け、駆け出した。

「ルイズ!」

 それを見て、焦るような声を上げてシスイが手を伸ばす。

「来ないで!」

 その悲鳴のような少女の声に、ピタリと青年の動きが止まる。

「あんたなんて……顔も見たくない!」

 そう言って彼女は、ほぼ片づけが完了した教室を飛び出した。

 シスイはその小さな少女の背に、手を伸ばすことさえ出来なかった。

 

 

 続く

 

 




いつもご覧頂きありがとうございます。
今回のは前世しーたんの設定画です。

【挿絵表示】

ちなみに前世しーたんの視力は0,2か0,3くらいで、筋肉ついてないせいで見た目の体格よりは軽く、高校大学時代は(中退する前は)仲間に合わせて金茶髪に染めていました。が、派手なのは好きじゃないので、髪型は変わってなくて、服装も地味系、シャツはズボンの中に入れる派で、友人とのバンド活動では仲間にあわせてエレキギターとジャズとかやってたけど、彼自身の好みはクラシックギターとケルト音楽やイギリス民謡あたりのほうが趣味だったりします。グリーンスリーヴスとかわりとよく歌っているよ。因みにクラッシックギターは親戚からのお下がりですが、エレキギターは高1の時自分でバイトして購入したけど、両親死んで大学中退し、働きに出る際売ったようだよ。


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10話

ばんははろ、EKAWARIです。
ギーシュ編とか言いながら、漸く今回ギーシュの登場です。
因みに瞬身の使い魔はハートフルストーリーの予定ですが、ここでいうハートフルとは、和製英語の「心温まる」と英語圏の意味の「苦痛を与える」「有害な」の両方の意味でハートフルストーリーなんですが、ギーシュ編である第一章は基本的に後者の意味合いが強いですね。多分この話で一番清々しいパートはルイズさんが話を引っ張り出す四章くらいからなんじゃないかな。
そんな感じですが、どうぞ。


 

 

 あの場から離れ、1人で廊下を歩いていると、次第にルイズは冷静な心を取り戻し始めた。

 けれど、だからこそ彼女は自己嫌悪で胸をジクジクと痛めながら、泣きそうな顔で落ち込む。

(わたし……なんてことを言ってしまったんだろう)

 どう考えても……あれは八つ当たりだった。

 確かに腹は立ったのだ。

 どうして何も言わないのか、自分には何かを言う価値すらないのかと、卑屈に歪んだ心は男の言葉や態度全てを悪い方向へと捕らえた。

 だけど、だからといって当たっていいわけがなかった。

 だって、彼は何もしていない。

 寧ろ、自分を助けてくれたのだ。あの……失敗魔法であるルイズが起こした爆発から。

 本当なら、ありがとうと礼を述べるのが筋だろう。

 だけど、礼も言わず、ただ自己嫌悪に陥り自分の世界に篭るルイズを目にしても彼は怒らなかった。自分が起こした失敗魔法の尻拭いをさせられても、逆に自分を気遣う始末だった。

(もしかしたらあいつもみんなと同じなのかもしれない……)

 人間口ではなんとでもいえる、なので心までは分からない。

 だから、どんなに従順に振舞って、気遣いも口先だけのもので、本当は自分に不満があるのかもしれない。否、不満がある可能性のほうがずっと高い。……なにせルイズを丸ごと認めて、叱りもせずそのまま愛してくれた人なんて二番目の姉くらいだったのだから。だけど、本心ではどうあれそれでも彼は……ルイズを『ゼロ』と馬鹿にしなかった。

 たとえそれが本心からのものじゃなかったとしても、それでも彼が自分を気遣ってくれたのは確かなのだ。それを劣等感と自己嫌悪から出た八つ当たりと嫉妬で台無しにしたのは己のほうだ。

(謝らなきゃ……)

 でもどう謝ればいいのだろう。どうすればいいのかわからなくてそんな自分が本当に嫌になる。

 なんだかんだいってルイズは大貴族の娘なのだ。謝罪なんて、先生や両親など少数の相手以外にしたことがない。寧ろ、自分に誤りがあったとしても、平民に貴族が謝罪するなんて彼女が生きてきて身につけた常識の中には存在していなかった。

 寧ろ、上が簡単に自分の過ちを認めてはいけないのだと、そう教えられてきたのだ。

 そして、あの使い魔は魔法が使えるといっても、身分は平民で、傭兵なのだ。

(どうしよう……)

 下のものへの謝罪の仕方などルイズは知らない。

 でも、本当はすぐにでも謝ってしまいたい。

 ごめんと、悪かったとそう言いたい。

 だって、いくら気に食わないと言っても彼は……うちはシスイは自分の使い魔なのだ。

 

 使い魔と魔法使いはただの主従ではない、パートナーなのだ。

 たとえ気に入らなかったとしても変更など出来ない。使用人のように気に食わないからさよならなんて、そんな簡単な存在じゃない。

 何より彼は……自分の魔法の唯一の成功例でもある。

 今までいろんなことがありすぎてそこまで頭が廻っていなかったが、彼が現れたのは即ちルイズのサモン・サーヴァントの魔法が成功したということを意味したし、彼の左手に現れたルーン文字も、コントラスト・サーヴァントが成功したということを示す。つまり……。

(なんだ、わたし、ゼロじゃなかったんだ)

 今更気づくなんて、と自嘲したような笑みを浮かべながらルイズは思う。

 そして同時にこうも思う。

(じゃあどうして、他の魔法は成功しないのかしらね……)

 物心がつき、魔法を習いだしてから今まで、子供が使うようなコモン・マジックから四系統の魔法まで全てが爆発という結果だけを残して失敗してきたルイズ。

 そのことで母から説教を受けることなどしょっちゅうで、使用人に陰口を叩かれたり、一番上の姉に馬鹿にされたり、けれど魔法が出来ない自分はそれに反論をすることが出来なかった。

 それでもルイズが一番わけがわからなかったのだ。

 努力をしていないわけじゃない。寧ろ努力だけなら人一倍しているという自負がある。それなのに一向に成功しない魔法。何故起こるのかわからない爆発という現象。どうして自分だけがこうなのか、答えがあるというのならばそれこそ教えてほしい。

 自分よりも身分が低い、貧乏な下級貴族の子供ですらドットレベルの魔法は使えるのに、なのにどうしてコモン・マジックさえ出来ないのか、と。

 それは、孤独だった。

 誰とも分け合えない孤独だった。

 自分を可愛がってくれて、自分を丸ごと受けとめてくれる病弱な二番目の姉さえ、魔法に関してはルイズの参考にはなりえない。

 この世にルイズの同類などいないんじゃないかと、そう彼女には思えた。

 だから……。

 

(分かって貰おうなんて、甘えなのよね……)

 先ほど自分が男に向かって放った言葉を思い出しながらルイズはそう考える。

『あんたなんかにわたしの気持ちはわからない!』

 その台詞は逆にわかってほしい、無理だろうけれどそれでも理解されたいという心の裏返しなのだ。そうでなければ、ただ悲しげな顔で自分を見るばかりで何も言わなかったあの男にあそこまで苛つく筈がない。

 だって、今まで誰も自分のことに理解してくれる人がいなかったのに、それがいくら使い魔だからといって昨日今日あったばかりのぽっと出の青年に理解しろなんて、横暴にもほどがある。ちっとも現実的じゃない。

 それでも、ルイズは……肯定に、理解者に飢えていた。

 自分だけの使い魔に夢を見ていた。

 当然、人間を想定していたわけではなく、妄想の中の自分の使い魔はいつだってドラゴンとかグリフォンにマンティコアなどの大型幻獣であったが。それでも無言で隣にある使い魔に支えられ、理解されるそんな光景を夢見ていた。

 使い魔とメイジは一心同体。互いに互いが誇りであるようなそんな理想的な主従を作りたかった。

 確かに、彼は自分が望んだ使い魔とはいえない。

 だけど、彼は自分の使い魔なのだ。

 自分の使い魔は彼しかいない。

 だというのに、こうやってひどい言葉を投げかけて八つ当たりしてしまった自分が歯がゆかった。

 しかし……。

(どうしよう……)

 

『あんたなんて……顔も見たくない!』

 ルイズはそう言い捨ててあの場を去ったのだ。

 きっともう仲を修復するなんて無理だ。少なくとも、ルイズだったら自分がそんなことを言われたら、そんなことを言ったヤツと仲良くやりたいとは思わない。

 ……自分たちはもう無理なのかもしれない。

 そう思うと尚更落ち込んで、ルイズは心苦しくなった。

 その時……。

 キュルルル……と、そんな感じのかわいらしい音がなった。その発信源に気づき、ルイズは頬を赤らめ俯く。

 こんな時だというのに、どんなに落ち込み辛い気持ちになろうと、どうやら腹は減るものらしい。

 よく考えてみれば今はお昼時だ。こんな時に、と自分に対する呆れるような気持ちもあったが、いくら考えても答えなんて出ないのだ、なら諦めて大人しく食事にいくべきかとルイズは思考し、食堂に向かって足を進めた。

 あの使い魔は……顔も見たくないといった使い魔は、昨日の契約通り食堂で働いているのかしら、とそんなことをぼんやり考えながら。

 もしも、先の自分の言葉を受けて、それでももし男が自分のことなど気にとめてない態度で、笑って食堂で働いている場面を見たりなどした日には、きっとルイズは立ち直れない。それくらいの自覚はある。

 だからどうか会いませんように、と思いつつ、彼女はアルヴィーズの食堂へと入っていった。

 

 

 その騒乱に彼女が気づいたのは、いつも通りの貴族の食卓に相応しい、豪華絢爛な食事もあらかた終わり、デザートがメイドの手によって配られ始めた頃だった。

 その中心にいるのは2人の人物で、そのうち片方はハルケギニアでは珍しい黒髪のメイドで、もう片方は馬鹿で気障な伯爵家のドラ息子とルイズが認識している、同じクラスのギーシュ・ド・グラモンという生徒だった。

 制服を改造しフリルでいっぱいのシャツに、金髪の巻き髪でバラを胸ポケットに刺しているその姿はとても馬鹿っぽいとルイズは思うのだが、まあ黙っていれば美形であり、正直ルイズにはギーシュなんかの何がそんなにいいのかさっぱりだが、一部の女子はこの男に熱を上げているらしい。

 そんな伯爵家の馬鹿息子がメイドなんかと何やっているのよ、馬鹿らしいと思いつつ、鬱々とした気分のままルイズはその一部始終を眺めていた。

 そして判明した騒動の内容はルイズじゃなくても呆れかえるには十分すぎるほどの内容だった。

 どうやらあそこでペコペコ謝っているメイドが、ギーシュの落とした落し物を届けたのが発端だったらしい。

 それは同じクラスの金髪の少女、モンモランシーが特別に調合した香水で、ギーシュは当初「それは自分のものじゃない」といってとぼけて見せ、戸惑うメイドから小瓶を受取ろうとしなかったそうだが、周囲のギーシュの取り巻きだか友人だかといった生徒達が、「それはモンモランシーの香水だ」と口にしたことにより、すわお前が付き合っているのはモンモランシーとかという話になった。

 しかし、その発言を聞いていたらしい栗毛の可愛らしい一年生の生徒が、ギーシュの頬をひっぱ叩き、泣きながら出て行き、続いて出てきたモンモランシーに「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?」と鬼の形相で頭にワインをぶっかけられ、「うそつき!」という言葉を残されて去られたとのことである。

 つまりは二股をかけていたギーシュが、自分の自業自得で2人の少女を傷つける形で振られたというだけの話なのだが、問題はそれをギーシュが瓶を拾った少女に責任を転嫁させたということだろうか。

 つまり、こんなことになったのはお前が瓶を拾ったせいで、僕の責任じゃない、とまあそういうことだ。

 

「馬鹿らしい……」

 貴族が平民に責任転嫁するなんてそこまで珍しいことじゃない。誇りある貴族はともかく、貴族の意味も碌に考えずただ平民には何をしてもいいんだ、と思っている馬鹿息子や馬鹿娘が自分がちょっと気に食わなかったからというだけで、平民に制裁するのは珍しい光景じゃない。

 だけど、つい先ほどまで身分は『平民』である自分の使い魔に対し、謝りたいのにどうすればいいのかわからなくて、自己嫌悪でいっぱいだったルイズはそれに酷く苛立った。

 もしかしたらギーシュが自分の責任なのにそれを平民のメイドなんかに責任転嫁している様が、先の授業で自分を助けてくれた相手にも関らず、自分の使い魔たる青年に礼を言うどころか、嫉妬と劣等感から八つ当たりしてしまった自分の姿にかぶってしまい、同属嫌悪で腹が立っているだけなのかもしれない。

 それでも、顔面を蒼白にして死にそうな顔をしながらペコペコ謝るメイドも、やりすぎたかなという顔を浮かべながらも今更自分が言い出した言葉をひっこめなさそうにしつつ、それでもいいや相手は平民だ、瓶を拾ったのが悪いんだ、僕は悪くないと薄々自分のほうが悪いと気づけながらも自己弁護を図るような態度をとっているギーシュにも、とにかく腹が立ったのだ。

 だからそれは、哀れな子羊たるメイドの彼女を助けたいなどという善意などではなく、寧ろ真実は真逆の位置にあった「同属嫌悪に対する苛立ち」という心理から、ルイズはそれらに口出しをした。

 

「責任転嫁してんじゃないわよ、ギーシュ。あんたが悪いんじゃない」

 黙っていれば精巧なビスクドールか何かのように整った顔に、冷たい色を乗せ、ひやりと凍えそうなほど冷たい声を上げながらルイズはそうギーシュとメイドの諍いに割って入った。

 まさかルイズが口を出すとは誰も思っていなかったのだろう。ぎょっとしたような気配があちらこちらから漂う。だが、ルイズといえば、いつもの高慢とさえ思える勝気で豊かな表情はどこにいったのだろうと思えるほど、整っているからこそぞっとするほど昏く冷たい眼光でただギーシュを見下しながら、優雅に長くて光に透けるピンクブロンドを後ろに流した。

「……ルイズ?」

 その見た目こそ一級品だが落ちこぼれと認識していたクラスメイトの常ならぬ様子に、戸惑うように確認の声を上げるギーシュに対し、少女は内心で『馬鹿面』と毒を吐きながら鼻を鳴らし、言った。

「あの一年生に振られたのも、モンモランシーに振られたのも、全てあんたの自業自得じゃないといったのよ。それになに? さっきから見てたら平民とはいえ女の子相手にみっともないわね、ここはアルヴィーズの食堂……貴族の為の食卓よ。神聖な食堂を汚すような真似するのはやめてくれる? あんたと一緒だと思われたら不愉快だから」

 その言葉に、周囲に居たギーシュの取り巻き達は、一拍の間をおいた後、爆笑し囃し立てた。

「その通りだ、ギーシュ! 二股をかけたお前が悪い!」

「たまにはゼロも言うじゃないか!」

 その言葉にギーシュの頬に赤みが走る。みれば、こめかみもヒクヒクとしていた。

 まあ、これは当然といえば当然だ。貴族は対面を気にする生き物だ。それが普段はゼロと馬鹿にし、下だと見ていた女の子にこれだけ衆目の前で言われれば、いくら女の子には甘い……というかだらしないギーシュでも怒りを覚えないはずがなかった。

「ゼロの君が随分言うじゃないか? ひょっとして魔法が使えないもの同士平民の彼女に同情でもしたのかい?」

「は? 同情? 随分と貧相な発想ね。わたしがどうして同情なんてするのよ。馬鹿じゃない。わたしはただね、あんたのアホな言動と行動が果てしなく不愉快だって言ってんのよ。頭沸いてるんじゃないの?」

「頭沸いてるだって?」

「ああ、それはいつものことだものね、悪かったわ。あんたは女の子のことしか頭にないもんね。それで無力なメイドにまで八つ当たりしてるんだから、武門の名門が聞いて呆れるわ。ワルキューレだっけ? 自分のお人形のおっぱいでも吸って『ママー、僕ふられちゃったのー。でも僕チンは悪くないのー』とか言いながら泣きつけば?」

 それは深く考えて言った台詞ではなかった。

 ただ、苛立ちに任せて適当に思いついた台詞を流すように口にしただけであり、ルイズ自身はちょっとした皮肉のつもりだったといえる。

 しかし、どんなに普段気障ぶった真似をしても、武門の名門に生まれ育ったギーシュにとっては、自分の家と戦乙女の名を冠した己の操るゴーレムには強い誇りを持っている。武門の家の生まれとして、『命よりも名を惜しめ』というその家訓は彼の胸には深く刻まれている。

 つまり、家やゴーレムを引き合いに出されたら、皮肉や冗談ではすまないのだ。ルイズはその気無くギーシュの逆鱗に触れた。

「…………取り消せ」

「は? 何? 何マジになってんの? あんたが弱い相手に威張っているだけのロクデナシなのは事実でしょ。実際その瓶を拾ったのがその子じゃなくて、あんたより格上の上級生や教師だったら同じことを彼らに言った? 本当グラモン元帥もお気の毒にね。こんな馬鹿息子を持ってさぞかし苦労されたんでしょうね」

 一方で、ルイズも己が言い過ぎてしまったことに気づいていた。

 しかし今更後には引けないと思ったし、内心では彼のプライドを傷つけたことについては謝りたいような心境ではあったが、それでも貴族が一度自分が言った台詞を取り消すというのは中々出来ることではないのだ。

 故に勢いに任せるままに、更にギーシュの誇りに傷をつける言葉を続けてしまった。ギーシュに苛立った理由が『同属嫌悪』だったというのが、そのあたりにもよく現れていた。

「ゼロのくせに、父上を侮辱する気か!?」

「ゼロ、ゼロ、ゼロうるさいわね! あんたそれしか言えないわけ!? そのゼロの失敗魔法を恐れて机の下に隠れていたやつがビービー煩いわよ! そのゼロと見下しているわたしに、あんたなんてどうせ敵わないくせに!」

「……良かろう」 

 自分でそんなことを言いつつ、嗚呼言ってしまったと憤った態度を取りつつ、内心では深く落ち込んでいたルイズに対し、ギーシュは怒りのあまり一周廻って冷静な態度と、堅い声音でそう口にした。

「そこまで言われては男、ギーシュ・ド・グラモン引き下がるわけにはいかない。ルイズ・フランソワーズ、僕は君に決闘を申し込む」

 その言葉に内心でルイズは揺れた。

 確かに無力なメイドに八つ当たりをしているギーシュに腹が立ったのは事実だった。その姿が、まるで先ほどまでの自分の使い魔に対する態度を鏡で見せ付けられたような気がしたからだ。

 けれど、ルイズはギーシュにここまでのことを本当は言う気はなかった。

 決闘なんて、そんな大事にする気なんてなかった。

 ただ、少し文句を言ってやろうとそう思っただけなのだ。

 しかし、ギーシュの碧い瞳は決意に堅く燃えている。

 周囲もまた「おい、ゼロのルイズとギーシュのヤツが決闘だってよ」と、そんな風に既に食堂中に話が広がっている。

 今更後には引けない。

 たとえ魔法が碌に使えなかろうと、女の子だろうと、それでも結局のところルイズもまた体面と誇りがなにより大事な貴族の1人であり、落ちこぼれでも杖を持つ者の1人だった。

「望むところよ! あんたなんて、わたしの魔法でギッタンギッタンにしてやるわ!」

「ヴェストリの広場についたら、決闘開始だ」

 そう2人は啖呵を同時に切った。

 その場には既にもう渦中の人物であった黒髪のメイドの姿はなかったが、誰もそのことを気にとめてはいなかった。既にこの話の中心人物はメイドとギーシュではなく、ギーシュとルイズへと移っていたのだから。

 

 そしてそのメイド……シエスタは今走っていた。

「はぁはぁ、た、大変です!」

 とんでもないことになった。その発端は自分だと思いながら、可愛らしい顔を蒼白に染め、この騒乱を鎮められるだろう可能性を持つ人物を求め、彼女は駆ける。

「シスイさん!」

 

 そして決闘が始まる。

 

 

 続く

 

 



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11話

ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話はとうとう1万文字オーバーしちまいました。
んで、しーたんの本領も今回あたりで発揮というわけで、次回でギーシュ編は完結です。


 

 

 カコーン、とそんな小気味の良い音と共に木材が二つに分かれ両断されていく。

 空は晴天で嫌になるほど気持ちのいい天気だ。

 男が薪割りを頼まれた際に学園から借りた斧を振り上げるたび、使い魔としての証であるルーンがピカピカと光り輝き、斧は正確に木材の中心を振り抜いていく。

 一息に叩き折られる木材が奏でるその音も、手際も、天気に負けぬほどに清々しいものだ。

 なのに……そんな心地のいい天気や音に相反して男……昨日ルイズの使い魔となったうちはシスイという異世界からの来訪者は、鬱々とした気持ちを持て余していた。

 

 思い返すのはつい1時間ほどに別れた主のことだ。

 教卓をその『魔法』によって爆発させ、クラス中の皆から罵倒されていた小さな少女。

 彼女は教室から飛び出す直前、己に向かって『顔も見たくない』と言った。

 その背を追うことは出来なかった。

 

 おかしいとは思っていたのだ。

 様子が変だということには気づいていた。

 けれどその理由を、彼は彼女に言われるまで気づかなかった。

 彼女は、己に嫉妬していたのだ。

 魔法がまともに使えない自分と、忍術を使える己の使い魔を比べて、そうして傷ついていたのだ。

 まるで泣きそうな顔で怒鳴った彼女の心の裏側にあったのは、恐怖、焦燥、嫉妬、劣等感、羨望、拒絶、そして―――――不安。

 多分、おそらく自分が吐き出した言葉に一番傷ついていたのは彼女、ルイズ自身だったのではないだろうか。

 必死なあの姿は、痛ましくて見ていられなかった。

 同時にそれらの心を、おそらくは自分の矜持故にだろうが、先の時まで隠して、不満があっただろうにそれを己にぶつけることもなく接してくれた彼女に敬意も覚える。

 だが、本当の意味では彼は結局いまだ自分の主がどんな人物なのかよくわかってはいなかった。

 

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 ヴァリエール公爵家の三女にあたる西洋人形のように美しい容姿をした少女。愛くるしいが、大きな鳶色の目は勝気であり、公爵家の娘にしてはややぞんざいな物言いだが、その姿や立ち振る舞いは自然と品と華がある。

 そして、『ゼロ』と呼ばれ、周囲に嘲笑され続けてきた少女。

 彼女は魔法が使えないとされている。それは初歩魔法とされているコモン・マジックですら爆発という結果に終わるだけで、本来の効果を彼女の魔法が発揮することはないからだ。

(魔法が使えないだって……?)

 しかしそれをシスイは周りのやつらは節穴なのかという感想と共に思う。

 あの爆発は、どう考えても彼女が起こした『魔法』じゃないか、と。

 本当に魔法に失敗したんだとしたら、爆発なんて起こるはずが無いし、ルイズの爆発の威力は脅威だ。なにせ最小限の魔力だけで起爆札を使うのと同じ効果を出すことが出来るのだから。あれが魔法じゃないならいったい何なんだ、と思う。

 たとえ一点特化でも極めることさえ出来たら、それはそれで才能だ。

 だがまあ、よく考えてみたら彼女があれを魔法と認めたくない理由もわからないではない気もする。

 なにせ、彼女は公爵家の御令嬢だ。

 いまだ土魔法の講義しか聴いてないが、この世界において魔法とは日本での科学並みに生活に根付いたものであり、決して戦闘だけの手段というわけではない。

 自分が15年育ったあの世界……NARUTO世界とでも呼ぶべきあの世界では、医療忍術などの少数の例外を除けば、その能力と手段は戦闘のためのものであり忍術はそっちに特化しているのだ。

 一部の家系にのみ伝わる特殊な技……たとえばうちは一族の「写輪眼」などがそうだが、血継限界といわれているものも、大抵戦闘特化なものであり、その力を恐れるあまり酷い所では戦争が終わり彼らが用無しになった途端、反乱を恐れて粛清されるレベルで戦闘特化しているのである。

 あの世界ではルイズの爆発もまた戦場向きの能力であり、彼女の持つような能力はさぞかし歓迎されることだろう。そしてルイズがあの世界で育ったのなら、その使い道は戦争の道具だ。年齢や性別なんて、それこそあの世界では関係がない。強いものが勝者なのだ。

 だが、この世界ハルケギニアは違う。

 決して魔法は破壊だけを与えるものではない。この世界の魔法は土魔法教師のシュヴルーズが説明したように、創造をも司っている。人々の生活を豊かにするものでもあるのだ。

 なにより彼女は公爵家の娘なのだから、将来的に戦場に行く立場ではなく、周囲に大事に守られる、そういう立ち位置にいるのだ。

 だというのに関らず、自身が唯一使える魔法が破壊にくらいしか活用出来ないような力というのは屈辱なのだろう。

 シスイにしても、彼女みたいな幼げな少女には、人を守り照らすような力のほうが相応しいのではないかと思う。創造の力ならいざ知らず、破壊の力なんて彼女のような少女が持つべき力じゃない。

 だが、皮肉なものだ。

 ルイズがシスイに対して投げかけた台詞、そこには嫉妬と羨望の色があった。

 爆発以外の魔法が使えない彼女は、魔法……正確には忍術だが、を使える自分が羨ましくて仕方ないようだった。

 しかし、彼女が羨んだ忍術……あれは人を騙し、殺す為の手段なのだ。

 あれはそういう「技」だ。

 忍者なんて生き物は、誇り第一の貴族なんて人種からはもっとも程遠い。

 シスイは、己は人殺しだ。

 人を殺し壊すための武器であり、兵器なのだ。

 それこそ、何十人、何百人と、与えられた任務のままに、いや……一部は自分の意志で殺し、幻術を使って敵の精神を崩壊させたことも両手の指じゃ足りないほどにある。諜報、潜入任務だけでなく、己が過去に与えられてきた任務の中には暗殺や拷問といった行為なども含まれていたのだ。

 生きるとは、誰か別の人間の可能性を絶つということだ。

 彼が殺してきた中には、ルイズくらいの年齢の女の子だっていた。

 任務といえばそれまでだ。けれど、実体はどんな言葉で取り繕おうと人殺しだ。忍術とは、そのために使ってきた武器の名称なのだから。

 多くの人間に傅かれ、守られ生きていく、そんな立場と人生を約束されているルイズが羨望するほど綺麗なものではないのだ。寧ろ、こんなものに憧れるべきではない。

 己など、彼女のような眩しいほどに綺麗な少女が嫉妬するほどの価値などありやしない。

 所詮己は影を生きるもの、―――――忍びなのだから。

 ルイズの羨望はお門違いだ。

 

 彼には、シスイにはルイズのことはわからない、理解出来ない。

 あまりにも彼女と自分は違いすぎるから、取っ掛かりさえ見つけられない。

 こんなに一人の人間を相手に思い悩むことなんてこれまで殆ど無かった。

 人間関係にこれまで、彼はこれでもかというほど恵まれていたから、あんなふうに周囲に蔑まれ続けて劣等感に凝り固まった相手に何が効果的なのか検討もつかない。

 そりゃ、中にはナルトという里中に憎まれ蔑まれていた子供に手を伸ばして、それが原因で懐かれたこともあったが、夕食に誘って一晩泊めたくらいで特別なことはしていないし、何故かいつの間にか懐かれてしまったという認識だったので、ナルトのケースはあまり参考にはならない。

 なにより、彼女は……短い付き合いだが、プライドが高い少女と思われた。彼にとってはルイズくらいの子は庇護欲を誘うだけの普通に可愛らしい女の『子供』にしか見えないが、子ども扱いして解決したら火に油を注ぐことになりそうだなということくらいはわかっている。

 だがしかし自分が凄いなんて思えないのに、凄いならそれ相応に振舞えといわれても無理だし、失望なんて別にしていないのに失望してるんだろと言われても、どうしろと?

 こんなタイプは……パターンは初めてだ。

 

 そんな風に考え思い悩みながらも、順調に薪割りを続けている時だった。

「シスイさん!」

 そんな風に焦った声をあげる今朝知り合ったばかりの少女がやってきたことに気づき、シスイは手を止め彼女に振り向いた。

「シエスタさん?」

 それは学院で雇われているメイドのシエスタだった。今朝、水を運ぶのを手伝った際に世間話を少々交わした間柄なため、昨日ここに来たばかりの身としては、今のところ最も会話を交わした使用人仲間、といったところだろうか。

 そんな彼女が額から汗をたらしながら、素朴で可愛らしい顔を蒼白で染め上げ「た、大変です!」と言いながら駆け寄ってきたのだ。

 ただ事じゃないなと判断し、斧を丸太に突き刺し固定すると、シスイもシエスタのほうに歩み寄った。

「落ち着いて……何があったんだ?」

 そういって落ち着かせるような笑みを向けた。

 

 言うまでもないが、シエスタとシスイは今朝知り合ったばかりのほぼ他人同士といえる間柄である。

 それなのにシエスタが彼を頼ろうと思ったのは何故か。それは物語の渦中の人物たるルイズが彼の主だということもあった。だけど、一番の理由は、「彼が魔法の使える傭兵」なのだと、今朝名乗っていたことが原因にあった。

 シエスタのシスイへの第一印象は、噂とは全然違うな、というのと、面白い人、というものだった。

 傭兵とはいうが荒っぽいところはなく、平民とは言うが、学園で働く他の使用人に比べてみても、その所作に粗野なところはない。なにより、落ち着いて茶目っ気のある物言いといい、コミュニケーション能力が高く、社交性のある人なのだなとシエスタは思った。

 ……メイジに対抗するにはメイジしかいない。少なくとも魔法の使えない平民は貴族様が杖を振り上げても、ただ震えてやり過ごすことしか出来ない。

 そして、ミス・ヴァリエールは大貴族の娘とのことだが、魔法が使えないという噂だった。しかし、彼女がギーシュとの決闘を受けたのは、平民である自分を庇ってくれてのことだ。……実際は違うが、それでもルイズが出てきてくれたお陰で助かったシエスタの目にはそうとしか見えなかった。

 そんな大恩ある方を見捨てるわけにはいかない。

 そこで思い出したのがシスイの存在だったのだ。

 彼は魔法の使える傭兵なのだという。そしてその性格は今朝の印象だけでも温厚、社交性に富み、気がまわる人といったものだった。

 傭兵ということは場慣れしているということだろう。喧嘩や諍いにも慣れているはずだ。口もまわるようだし、この人ならばもしかしてあの2人の決闘を仲裁して止めることが出来るんじゃないかと、そんな一握りの可能性にかけて、シエスタはこうして駆けてきたのだ。

「実は……」

 シエスタは手短に先ほど起きた出来事を要点をまとめ、話す。

 すると、シスイは優しげで温厚そうな表情から顔を引き締め、真面目な顔に切り替えて、「それでヴェストリの広場は?」と訊ねた。

「あっちです、あ……!」

 そうシエスタが指をさすと、次の瞬間、男の姿はまるで風のように掻き消えていた。

 

 

 * * *

 

 

 自分が悪いことくらい分かっている。

 だけど、どうしてこんなことになったんだろう、とルイズはボンヤリと思う。

 

「来たかい」

 そう口にして、気障ったらしい口ぶりや振る舞いが普段は鼻につくクラスメイトは、今は怒りで燃えるような碧い目をして自分にそう返す。その顔にいつもの余裕はない。

「ゼロの君が逃げずに来たこと、今は一応褒めておこう」

「褒めなくていいわよ」

 本当はわかっているのに、自分が悪いってわかっているのに、なのに意地っ張りで捻くれたこの口は皮肉った言葉ばかりを紡ぎだす。

 ギーシュはそんなルイズの言葉を受けて、ヒクヒクと口元とこめかみを引き攣らせ、それでも相手がいくら普段は馬鹿にしている相手とはいえ、小柄な少女だからだろう、なんとか表情を取り繕うと言った。

「先ほどは僕も頭に血が上っていたからつい決闘だ、と言ってしまったけどね。一応君はレディだ。僕だって女の子相手に暴力を振るうのは忍びない。だから、最後のチャンスをあげようじゃないか」

 そういってギーシュは自分が寛大な男であることを演出するように、気障ったらしい仕草でそれを言った。

「自分が悪かった。そう一言謝りたまえ。そうすれば僕もそれ以上君の失言を追求したりはしない。それで手打ちとしようじゃないか」

 そのギーシュの言葉に、周囲から「おいおい、ここまで来てそれはないだろー」とか「俺らの楽しみを奪う気かー」などのブーイングの野次が飛ぶが、それに対しギーシュは「君たちは黙っていろ! これは僕とルイズの問題だ!」と怒鳴り返し、それからルイズを見下ろしつつもう一度訊ねた。

「さあ、どうする」

 おそらくこれは破格の待遇なのだろう、と思う。

 ギーシュ・ド・グラモンは女好きの生徒だ。たとえそれが普段見下している女の子相手でも、女の子を相手に殴るのは気が進まない、それはきっと本当なのだ。

 そしてここで謝ったら、先の失言を忘れ水に流すというのも、嘘ではなく本当にそうするつもりなんだろうとは思う。ギーシュは馬鹿だが、そこで約束を反故にするほど屑じゃないのだから。

 それに、ギーシュは土のドットメイジでしかないが、本人は代々軍人を輩出してきた武門の名門であるグラモン家に育ち、青銅のゴーレム「ワルキューレ」を複数操ることが出来るため、ドットメイジの中では戦闘に長けているほうといえた。

 流石にルイズ相手にいくつもゴーレムを出したりはしないだろうが、複数で袋叩きにされたら身体能力はそこらの女の子と大して変わらないルイズはただではすまない。

 ルイズが使えるのは、あの謎の爆発を起こす失敗魔法だけだ。それでも威力は折り紙つきだから、失敗魔法に頼るのは屈辱でも、使えばそこそこ渡り合えるのかもしれない。だが、問題はルイズはあの失敗魔法を上手くコントロールすることが出来ないということだ。

 いくら威力が凄くても当たらなければ意味が無いし、至近距離で爆発が起これば、ダメージを受けるのはギーシュじゃなくて術者であるルイズになるだろう。それがわかっているからこそ、ギーシュは失敗魔法の爆発の威力を知っておきながらルイズに決闘を申し込めたともいえる。

 多分、このまま戦っても高確率で負けるのはルイズのほうだろう。

 それに、自分がギーシュに対して言いすぎた自覚だってある。

 ギーシュの提案はまさに渡りに船と言えた。

 だけど……。

(嫌よ……)

 謝りたくなんて、逃げたくなんてない。

 もう誰にもゼロだなんて、言われたくない。

 自分は証明したい。

 あの使い魔に守られなくても、己は1人でも戦えるのだって。

 それは、悲願であり、羨望だった。

「死んでも嫌よ」

 

「……そうか」

 道は決別した。ギーシュはフッと笑うと、芝居がかった仕草で自身の魔法の杖たる造花の薔薇を振りながら、高々と宣言を下した。

「諸君! 決闘だ!」

 その言葉に反応し、会場となったヴェストリの広場に集まった面々が、やっと見世物が始まったとばかりに歓声を挙げる。

 ルイズと、ギーシュが広場の中央で対峙する。

 逃げ道なんてない。その緊張感に息を呑みながら、胸の杖を握り締め、その大きな鳶色の瞳でルイズがギーシュを見上げると、そんなルイズの反応に気づいたのだろう、金色の巻き髪をした少年は嘲るような調子で軽口を口にする。

「今更怖気づいたのかい?」

「誰が、誰によ。寝言は寝てから言いなさいよね。それとも本当はあんたが怖いのかしら?」

 そう強がりを口にする少女を見て、ギーシュはその決闘開始の口上を口にしようとした。

 その時だった。

 

 ―――――一陣の風が吹いた。

 

 正確には、風ではない、だけど、あまりに速過ぎてそう映ったというだけの話だ。

 決闘をしようとしていたルイズとギーシュ、その間に桃色髪の少女を庇うようにして立つように、確かに直前までいなかった筈の男が立っていたのだ。

 それは不吉な気配と血の匂いを纏って昨日ルイズに召喚された、傭兵だとかいう黒い青年だった。

 その登場に誰もが驚いた。中でも主であるルイズは、まさか彼が来るとは思っていなかったのだろう。信じられないようにその鳶色の目を見開いて、「どうして……」と呆然とこぼしていた。

 それを聞き、一瞬だけチラリとルイズのほうに目線をやると、シスイは「そのことについては後だ」そう召喚してからこの方最も冷たい声で答えた。そんな昨日見た姿を思わせる男にビクリとルイズの肩が跳ねる。しかし、もうシスイはルイズを見てはいなかった。

「確か君は……ルイズの使い魔の傭兵君だったね。無礼じゃないかな? 人の決闘に割って入るなんて」

 言いながら、ギーシュはヒヤッとしていた。先ほどの動き、いつ男が現れたのかギーシュには全くわからなかったからだ。しかし、相手は平民の傭兵だ。そんな男に一瞬でも怖気づいた自分が許せなくて、ギーシュは気を取り直したように、態度を取り繕いながらそういった。

 その少年の言葉に、シスイは苦笑しながら、極冷静な態度と相手を刺激しないようやや下手に出た物言いで次のように言った。

「そうだな、そのことについては謝罪する。だが、使い魔とメイジは運命共同体だ。主の危機を見過ごすわけにはいかないだろう。それに、君も女の子相手に杖を振るのは気がひけるんじゃないか? 主、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールに代わり、オレが君の相手をすることを赦して欲しい」

 それは決闘相手を変わって欲しいという申し出だった。

 

 いくら自分の誇りを汚した相手とはいえ、ルイズは女の子だ。自分の家名やゴーレムまで侮辱した、彼女が自分に向かって吐いたあの言葉はとても赦せるものじゃなかったが、それでもギーシュとてルイズのような女の子を痛めつけることにはここまで来ても気が引ける。

 それぐらいなら能力こそ未知数だが、この得体の知れない男と戦うほうがどれだけ痛めつけても良心が痛まない分マシだと思えた。決して、ヴァリエールの威光に後が怖くなったとかではない。……まあ、全く考えなかったかといったら、嘘だが、おそらくルイズの性格じゃ負けても実家に泣きついたりはしないだろうし。

 故にふっと笑み、余裕を取り繕った態度で述べた。

「……良いだろう」

「ありがとう」

 そのギーシュの了承の言葉に、口元に薄っすら笑みを浮かべそう黒き青年は返す。

 しかし、それで納得できない人間がそのすぐ傍には居た。

「ちょ、あんた何考えてんのよ!?」

 だって、これは自分とギーシュの問題だ。

 彼が割って入る理由なんてないし、これで怪我をしたとしてもルイズの自業自得なのだ。元よりこの決闘が起きた理由だって、ルイズの身から出た錆だ。それをあんたが尻拭いすることはない、とそんな心境で挙げたルイズの声に、シスイは一睨みすることで黙らせた。

(……ッ!)

 自分に胸倉を掴まれ、彼の立場から見たら理不尽な八つ当たりをされている時でさえ見せなかった、男の怒りに思わずルイズは言葉を飲み込む。

 あの時でさえ怒らなかったのに、今の男は確実に怒っていた。

 しかし、男はもう自分に見向きすらしていない。

 

 そんなルイズを見つけてだろう、「ちょっと、ちょっと、ちょっと」なんて聞き覚えのある忌々しい隣人の声がルイズの耳に届いたのに、いつもなら不快な筈の彼女の声がまるで救いのように少女には感じられた。

「もう、ルイズ、あんた何やってんのよ、ほらこっち来なさい」

 キュルケだった。

 赤毛のグラマラスな天敵のはずの少女は、そんな呆れたような声を上げてルイズを引っ張り、ギーシュたちの邪魔にならない位置まで引き下がる。それにルイズは動かされるままに従った。

「全く、前から馬鹿な子だと思ってたけど、今回のあんたの馬鹿さ加減には本当に呆れかえったわよ。って、何よやけに大人しいじゃない。さっきまであれだけギーシュ相手に啖呵切ってたくせに」

 そんなことを言いながらキュルケは不気味なものを見るような目でルイズを見た。

「……ほっといて」

 そんな軽口にほっとしたように赤毛の少女はため息をつくと、馬鹿にしたような口調を装いながら言う。

「ま、そんだけ憎まれ口が出るんなら安心ね。殿方同士の決闘の場にいつまでも居座るってのは淑女としてはしたなくてよ。って、どうしたの? タバサ。あんたが本から顔を離すなんて珍しいじゃない」

 そう言ってキュルケが見た方向には、巨大な杖を脇に抱え、閉じた本を胸元に抱えた一人の少女がいた。

 小柄なルイズよりも頭半個ほど小さく、水色の髪に眼鏡を掛けた小さな少女は、ガリアからの留学生でキュルケの親友であるタバサだ。見た目10歳ほどだが年齢は15歳。二つ名は『雪風』であり、学院でも数少ない学生トライアングルメイジだが、ルイズは彼女のことはよく知らないし興味もない。

 しかし、この親友が滅多に本から顔を離さないことを知っているキュルケは、彼女がジッと男たち……正確にはうちはシスイを見ていることに驚いた。

「あの人……」

「なぁに? タバサはああいうのが好みだったの? それならあたし協力して上げても……」

「ただの傭兵じゃない」

 タバサの反応に、ひょっとしてやっと春が来たのかとキュルケらしい色ぼけた反応に対し、タバサは極冷静な声で分析するようにそう声を上げた。

 これは親友であるキュルケにすら秘密なことだが、タバサは北花壇騎士団としてこれまで数多の任務を与えられ、実戦を潜り抜けてきた実力者である。そのタバサから見ても男は異様だった。

(あなたは、何者?)

 教室ではあの一瞬でルイズとシュヴルーズを連れて爆発から退避して見せたあの男。他は爆発の混乱でそこまで頭がまわっていなかったようだが、タバサの目までは誤魔化せない。

 敵か、味方か。

 もし敵にまわるなら、どう始末をするべきか。

 タバサには守るべき人がいる。だからいざという時は、何者をも排除する。

 だから、万が一の為に、タバサは男を見極めようとそう考えていた。

 

 

 とりあえず、ルイズが離れたのを魔力反応で確認して、シスイはひとまず安堵の息を知られないように零す。それから、再び目の前の少年に視線を移した。

 巻き髪にフリルのシャツ、赤い造花の薔薇を構えた気障ったらしい容姿のその少年は、芝居がかった仕草と口調でその口上を述べた。

「まずは主を慮ったその配慮と忠義に、君に敬意を表して名を名乗ろう。僕の名前はギーシュ・ド・グラモン。代々軍人を輩出してきたグラモン伯爵家の四男で、二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ」

 そういって気障な仕草で少年は優雅に笑んだ。

 が、その笑みは気障ったらしいとはいえ美少年の彼にはこの上なく似合ってはいたが、ギーシュが口にした内容を前に、シスイは少し別方向に思考をずらし、多分周囲から見たらそんなことを考えている場合か、と突っ込まれそうなことを考え出していた。

(やっぱりか、やっぱりこの世界では、『二つ名』もセットで名乗るものなのか……ていうか他人に呼ばれるだけならともかく、自分で自分の二つ名自ら名乗るとか、本当恥ずかしくないのかよ……)

 ……すわ決闘だというこんな時に、そんなことを思いながら表面に出さないように頭を悩ませている彼は、ひょっとすると天然なのかもしれない。だが、シスイはその自分の思考が他者とずれていることに気付いてはいなかった。極大真面目だった。

「使い魔君、君は?」

(どうする?)

 つまりこれは名乗れってことなんだろう。そしてこの男もそれを待っている。そう彼は判断をする。

 しかし……。

(名乗られたら名乗り返すのが礼儀だ。けど……二つ名もセットなのがこの世界では常識なんだよな……?)

 自分で自分の二つ名を名乗るなんて恥ずかしさのあまり憤死出来ると思ったが、それでもこの世界のルールならば仕方ない。そう思って青年は自分の思考を無理矢理納得させる。

 郷に入りては郷に従えという。正直なんの羞恥プレイだよと愚痴りたくなるほど、恥ずかしすぎて少しでも気を緩めたら赤面してどもってしまいそうだったが、それでもシスイはなんとか名乗りを返した。

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢が使い魔、うちはシスイ。二つ名は『瞬身』だ」

 その名乗りに周囲がざわめく。

「瞬身だって?」

「二つ名があるって、あいつメイジだったのか!?」

 そんな言葉があちこちから沸き起こる。

 ギーシュは一瞬、まずい相手に喧嘩を売ったか、と内心焦ってはいたが、表面は必死に普通を取り繕っていた。そんなギーシュに対して、対戦相手たる男は尋ねた。

「なぁ、ミスタ・グラモン。訊ねていいか?」

「なんだい」

「オレはこの国の人間じゃない。だから、間違いがあったら困る。そのため聞いておきたいんだが、この国における決闘の勝利条件と敗北条件はどうなっている?」

 懸念したこととは違う質問にほっとしながらギーシュは答えた。

「ああ、そんなことか。決闘の勝利条件は、「降参」と告げるか、相手の杖を落とすかだ。そういえば君の杖は? 二つ名を名乗ったということは君もメイジなのだろう?」

 その言葉に、すっとシスイは懐から空き時間に木の枝を削って作った杖もどきを取り出して見せた。勿論、この世界の魔法が使えないシスイはそれで魔法を使うわけではない。だが、この世界では杖なしで魔法を使ったら異端とみなされるらしい。それを聞いていたためにカモフラージュとして作った代物だった。

 現にギーシュや生徒達もそのシスイお手製の杖もどきを見て、納得したような顔をしているから、こういうはったりはやはり大事だ。

「他に質問はないかね?」

「ああ……よくわかった」

「それじゃあ始めよう」

 

 そう声をかけた途端、ギーシュは奇妙な感覚を味わった。

(なんだ、これは?)

 一体自分の身に何が起こったのかわからず、彼は焦る。

 先ほどまで、自分はヴェストリの広場で、ルイズの使い魔となった青年と対峙していた筈だ。なのに何故、自分はこんな暗闇にいるのだろう。どうしてここは真っ暗なのだろう。これは一体どういうことだ。

 やがてボウと闇の中から見覚えのある人影がギーシュのほうに向かってやってきた。

「ギーシュ様……」

「ケティ! 良かった、戻ってきてくれたんだね。ここはどこなんだろう。とても暗いんだ。嗚呼、麗しのケティ、君の燠火でこの場所と僕を明るく照らしておくれ!」

「嫌です」

 栗毛の愛らしい顔をした少女はそうはっきりと拒絶の言葉を吐いた。それに、ギーシュの顔が凍る。

「ギーシュ様、何故ミス・モンモランシーという者がありながら、わたしに手を出したのですか?」

 そういって蔑むような顔で、彼女はギーシュを見た。

「あなたは最低です。見損ないました。もう声をかけないでください」

 そう口にして、彼女は暗闇へと去っていった。

「ま、待ってくれ、ケティ!」

「ギーシュ……」

 そう焦るように声をかけるギーシュの後ろから、これまたよく知っている女生徒の声が届き、ギーシュは彼女のいるほうに振り向く。

 そこには感情が失せたような顔をしたモンモランシーの姿があった。

「やっぱり、あんたはあの一年生のほうが好きなのね。わたしのことは遊びだったのね」

「違うんだ、モンモランシー。君への愛は嘘じゃない!」

 必死に声をかけるギーシュをこれまで見たことがないくらい冷たい目で見下しながら、金髪をカールさせた少女は告げる。

「嘘ばかり。あなたの言葉なんて信用できない。あんたのために香水まで用意したわたしが馬鹿だったみたいね。人を弄んで捨てて最低ね。あんたの言う薔薇って何?」

 そういってモンモランシーの姿もまた暗闇に消えていった。

「待って、待ってくれ、ケティ、モンモランシー……」

 次に暗闇の中から現れたのは自分をいつも可愛がってくれていた3人の兄と父の姿だった。

「ギーシュ」

 ギクリと整ったギーシュの顔が強張る。

 いつも暖かく自分を迎えてくれていたはずの家族たる4人は、先の2人のガールフレンド達同様に冷たい目でギーシュのことを見下しながら「一部始終は見ていた」とそんな最後通告のような言葉を投げた。

「見損なったぞ」

「え?」

 一瞬何を言われたのかギーシュは理解出来なかった。

 なにせギーシュの女好きは遺伝のようなものだ。複数の女にこなをかけるのはグラモン家の伝統のようなものだった。現に父も兄も女好きなのだ。なのに彼らは皆蔑むような目でギーシュを見下し言う。

「何故、彼女たちを追いかけてやらなかった?」

「何故、自分だけのことしか考えなかった」

 そういって彼らは己を責める。

「だって、ですが、ば、薔薇は多くのレディを楽しませるもので……!」

 そう取り繕うようにギーシュが答えると、国軍元帥たる父は、戦場にも響く大音声で「馬鹿者!」とギーシュのことを叱り付ける。

「女を泣かせて何が薔薇だ! 自分の姿がどれほど醜いのかお前はわかっておらんのか!?」

「メイドの女の子に責任転嫁をしたそうじゃないか、ギーシュ」

「お前に傷つけられた女の子はあの2人だけじゃないのだぞ」

 その言葉を合図のように、ぼうと暗闇にあの黒髪のメイドの姿が浮かびあがってきた。ギーシュに動揺が走る。彼女は泣いていた。

「貴族様を怒らせて生きてなどいけません……」

 そういってハラハラと泣きながら、彼女は首を括ろうとしていた。

「ま、待ってくれ!」

 そんなつもりじゃなかったんだ、少し叱り付けて胸が晴れたらそれで終わりにしようとしただけなんだ。そうは思ってもその言葉は喉が渇いて張り付いて言うことは出来なかった。やがて彼女の姿も消えた。

「自分の自尊心を優先して、女の子を傷つけるだけ傷つけて、自分が傷つけたレディに対し責任を取ろうともしない。そんなやつ、我が子でもなんでもない」

「お前なんか薔薇なんかじゃない」

「女の子を泣かせるだけのお前はグラモン家の恥だ」

「ぼ、僕は……」

 そして、打ちひしがれるギーシュを残して、父も3人の兄の姿もまた、暗闇へと消えていった。

 

「う、うわああああーーーー!」

 残ったのは暗闇と、大きな悔恨、それだけだった。

 

 

 続く

 

 



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12話

ばんははろ、EKAWARIです。
おまたせしました、今回で第一章は完結です。
因みに質問にありましたが、いい機会なので明言しておきますけど、「幻術で操り情報を引き出すほうが早いのに何故しないのか」の答えは、しーたんの道徳観的にモラルに反しているから出来るけどしないが正解です。
奴的には任務でも緊急事態でもないのに他人に幻術をかけ情報を盗むのは、金がほしいから銀行強盗しようとか、プロボクサーが喧嘩でコブシ使ったほうが早いからとプロの技使うのと同じくらいNG行為なのでしないのです。つまり犯罪だと思っているからやらない。
要は根が真面目野郎なんですよ。風俗に嫌悪するくらい。斜め上暴走ヤンデレシスコン男だけどな。そんな感じです。


 

 

「オレの勝ちだな」

 そんな飄々とした声と共に吐かれた勝利宣言を、周囲に集まっていた生徒達は一同ポカンとした顔で受け止めた。

 

「ちょ、ちょっと、これどういうこと?」

 そんな風に困惑しつつのキュルケの問いはまさにこの場に集まった生徒達……ギーシュとルイズの決闘、後にギーシュとルイズの使い魔である青年うちはシスイとの勝負にと模様を変えたが、それでも果し合いを見たいと、本来学園内で『貴族同士の決闘が禁止されている』ことを知りつつも、決闘に気づき介入しようとしてきた教師を足止めをしてまで集まった彼らにとってこの結果は不満であり、不可解なものでしかなかったのだから。

 そんな皆の心を代弁するかのようなキュルケの言葉に、二つ名を『瞬身』と名乗った青年はポリと後頭部を掻きながら、なんでもないような顔と声音で「どういうことって……見たまんまだ」とそんな誰もが納得できないことを口にした。

 

 そう、これは決闘……のはずだった。

 とはいっても本気で命の奪い合いをするわけではなく、要は魔法でどちらが先に「参った」と言わせるかというゲームのようなものであり、本来の意味で決闘と呼んでいいのかは疑問極まりない。だが貴族同士の遊びなんて始終そんなもんだ。まあ、言うならばこれは決闘という名のただの喧嘩である。

 娯楽欲しさに見物に集まった生徒達とて人死にが出るとは思っていないからこそ、こうも呑気に構えていたわけではあるが、しかし喧嘩ということはある程度実力が拮抗していなくては面白くない。

 まあ、対魔法も使えない平民と貴族という組み合わせならば、平民が貴族になす術もなくぼこられる姿を見るのも一興ではあるが、それは平民が「自分たちより下なんだ」ということを再確認することが出来るが為に、己らの自尊心を満たせるから好む、というだけの問題であり、双方共に魔法が使えるというのならば話はまた別だ。

 魔法を使えるもの同士の決闘となれば、同じメイジ同士ある程度はいい勝負であってほしいというのが人間心理だ。たとえば瞬殺のような終わりなど誰も望んでいない。能力が拮抗しているからこそ、どちらが勝つんだろうと観客はワクワクと心を躍らせながら愉しむことが出来るのだ。

 そして、決闘が禁止されていることを知りながら、一部の教師の介入を塞き止めてまでこの決闘を見ようと集まった生徒達の心理はまさに、そういう類のものだったのである。

 にも、関わらず、この決闘は……青銅のギーシュと瞬身という二つ名の使い魔の戦いは5秒で終わった。いや、あれを戦いと呼んでいいものか、きっと見物に訪れた娯楽を持て余した貴族の子弟たる彼らは全員否定するだろう。

「あれは戦いなんかじゃなかった」

 と。

 何故なら、彼らは杖一つ交わすことがなかったからだ。

 ギーシュは、決闘開始の口上を述べた途端、ピタリとその動きを止めた。

 あれほどやる気だったのにどうしてなのか、杖を振りお得意の青銅のゴーレムを取り出すことすらなく、ただその場に突っ立っていたのだ。理由など誰にもわかりやしない。ただそんな周囲が困惑に包まれていた中、もう1人の当事者であり、ギーシュの対戦者であったシスイは、そんな風に動かない巻き毛の少年に悠々と歩み寄り、彼の手から造花の薔薇の形をした魔法の杖を取り上げた。

 そして自分の勝ちだと、名乗りを上げたのだ。

 周囲からしたらわけがわからないとしか言えない。

 

 そして男が勝利を宣言して間も無く、ギーシュは気を失ったのか、グラリとその身を傾けた。そんな少年を倒れないようにシスイが片腕で支える。そんな2人の元に、人垣を掻き分けて、金髪の巻き髪と雀斑が印象的なスラッとしたやや長身の少女が「どいてっ」と鋭く声を発しながら現れた。

「ギーシュ!」

 気の強そうなアクアマリンの瞳に確かに焦りと心配の色を乗せながら現れたのは、決闘事件の発端にもなった人物の1人でもあるモンモランシーであった。

 ギーシュの浮気に腹を立て、彼にワインをぶっかけ去った身ではあるが、どうやらこの場に居たことといい、なんだかんだいって彼を心配していたのだろう。不貞をやらかし、怒っていた筈の相手を心配して駆けつけるなんて人が良い子なんだなと思いつつも、苦笑してシスイは言う。

「心配しなくても、気絶してるだけだよ、お嬢さん」

 そういってギーシュをモンモランシーのほうへと受け渡した。

 それに、赤い大きなリボンをつけた金髪の少女は、確かめるようにギーシュの状態を見て取り、そして自分の恋人であった少年が男の言うとおり気絶して今は眠っているだけだと確認を取ると、一瞬ほっとした息を吐き、それから衆目の目があったことも思い出したのだろう、キッと怒りに赤く顔を染めながら少女は想い人の対戦相手であった青年を睨み付けた。

「あなた……!」

 そんなモンモランシーの反応を前に、シスイはポリポリと頬を掻きつつ、困ったような顔をして言う。

「余計なお世話だったな、悪い。でも本当に体に害はないから」

「何かあった時には訴えるんだから! 覚悟してなさいよ!」

 そう言いながらキツク睨み付けつつ、不審そうな瞳を向けてくる少女に対し、苦笑しながら彼は言った。

「そのときはお手柔らかに頼むよ」

「ふんっ」

 そういってそっぽを向くと、もうモンモランシーは目の前の男に対する興味を失ったのだろう。彼女はギーシュにレビテーションの魔法を掛けると、彼を連れてこの場から立ち去った。

 

「はいはい、見ての通り見世物はこれで終わりだ。散った、散った」

 そういって、パンパンとシスイは両手を叩き、生徒達に演目の終わりを告げる。

「早くしないと授業が始まるぞ。あんまりもたもたしてっと、先生方にチクっからな? 嫌ならおとなしく次の授業に出るよーに。先生方に怒られるのも単位落とすのも嫌だろ。じゃな、解散!」

 その言い方といい、仕草といい、まるでどこぞの教師かなにかのようであったが、そんな風に言う姿は妙に板についており、一種の貫禄があった。

 ……まあ、余談ではあるが、男は元の世界でつい数週間前までは忍者養成学校(アカデミー)で幻術の臨時教師として何度か教壇に立っていた身なので、教師のようだという印象を抱かせるのも当然といったら当然なのだが、勿論そんな事情を知らないトリステイン魔法学院の生徒たちにとっては、傭兵の使い魔だという男が教師然とした雰囲気を纏っているのは謎でしかない。

 しかし理由は分からないまでも生徒たちの多くはその男の教師染みた雰囲気に飲まれ、またこれ以上居座っても何も面白いものは見れないと思ったのもあって、普段は平民になどまず従うことのない彼らの多くが男の言に従い、続々とヴェストリの広場を後にしていく。

 

 そんな決闘騒ぎの思わぬ終幕を前にして、赤い髪が印象的な少女、キュルケはぼやくようにこの騒動についての感想を述べた。

「なんだか拍子抜けだったわね」

「……」

 そんなキュルケの隣で、肩までのブルーの髪と瞳をした小柄な少女、タバサは考え込むようにして沈黙で返す。

 タバサはこのギーシュとシスイと名乗った男の戦いを介して、シスイという男の戦力などを推し量るつもりだったが、何もわからなかった。まるでこれではただの茶番だ。宛てが外れた、と一瞬思ったが、即座にそんな自分の考えを否定して、彼女は考える。

(ギーシュに何をしたのか全くわからなかった)

 そう、それだ。

 決闘開始と同時にギーシュはその動きを止め、シスイが勝利宣言をした途端にあのクラスメイトは気を失った。いくらギーシュがたかが学生のドットメイジとはいえ、何もされていないのに硬直し、気絶などするものなのだろうか?

 つまり何もしていないようにしか見えなかったとしても、していたということなのだ。あれは。

(私が追いきれない速さで何かした……)

 そして男への認識を決定する。

(うちはシスイは危険……要注意人物)

 そんな風に情報を胸に刻み込み、そしてタバサは、まだ何事かをぼやいている親友と共にその場を後にした。

 

 残ったものは喧騒の去った後の広場だけだ。

 そんな中でシスイは確認するように広場中に視線を飛ばしながら、ふぅとため息を一つこぼす。

 ……途中何者かの魔力と視線を感じた。まあ、十中八九あの学園長だろうと、あたりをつけつつ、呼び出されたり何か言われたりすんのかなあ、揉め事は嫌なんだけどなあなどと、どこか暢気なことを黒の青年は考える。

 そんなシスイの元に、この2日間でもっとも接することの多かった少女の声がかけられた。

「ちょっと」

「ルイズ」

 少女の声に反応し振り向くと、そこにはやや釣り目がちの大きな鳶色の瞳に不安じみた色を乗せた彼のこの世界での主の姿があった。

 おそるおそるといった感じでルイズは訊ねる。

「ねえ、あんた……何をしたの?」

 それに何を訊ねたいのか理解したからだろう、シスイは「ああ、そのことか」と小さくこぼすと淡々とした声で説明した。

「なあに、ことの経緯は聞いていたからな。二股野郎にちょっとしたお仕置き兼ねた悪夢をプレゼントしてやっただけだよ。ま、眼が覚めたら自分から泣かせた女の子たちに謝罪に行くようになるさ」

 因みに余談ではあるが、シスイは挨拶やマナーといったことに関してはともかく、基本的に自分の考えを人に押し付けることは好ましくないと思っているため公言したことは殆どないが、二股や浮気の類は大嫌いな男である。

 二股や浮気など、付き合っている相手に不誠実な行為だと思っているし、ハーレムなんてもっての他。別に好きな相手が出来たんならきちんと別れてからそいつと付き合え、それが出来ないんならもげてしまえとか大真面目に考えるようは潔癖な男だった。

 え? ラッキースケベ? ちょっとした誤解だ? そもそも惚れている女がいるのに、誤解されるような行動するほうが悪くね? それと婚前交渉するんならちゃんとゴムをしろ。自分で孕ませといて責任も取れないようなやつはくたばれ。好きな女を泣かせるな。惚れた女がいるやつがフラフラすんな。

 そんな思考回路の男である。彼のギーシュに対する認識がどんなものなのかは言うまでもない。

「ひょっとして、その眼、使ったの?」

 ルイズはそれでシスイが昨晩説明した幻術とやらをギーシュに使ったのだということに気付き、まさかといった目で青年を見上げる。

「ガキの喧嘩にわざわざ眼まで使うかよ、馬鹿らしい」

 そんなルイズの反応に対し、ぼやくようにイジメかっこ悪いとそう呟いて、その使い魔は口をへの字に曲げた。

 

「それより……」

 そういった途端、スゥッと男の雰囲気と表情が変わる。

 それは、先の決闘に割り込みギーシュとの対戦相手を変わる際にも見せた顔だった。

 押し殺したような怒りが見える顔で、男はルイズに向き合う。そしてシスイは手を振り上げた。

 その瞬間、ルイズは叩かれる! と直感し反射的に目を瞑った。

 パンと乾いた音が続く。

 しかし、痛みはどこにもない。そのことを少し不思議に思いつつ、ルイズがそろりと瞳を開くと、そこには怒ったままの表情を浮かべた男が、自分の右手で自分の左手を叩いて少女を見下ろしている姿があった。

「なんで、オレが怒っているのかわかっているか?」

 ……怖い。

 反射的にルイズは思う。けれど、男の言に生来の負けん気が芽を出して、ルイズは精一杯の虚勢と共に負けじと叫ぶ。

「な、何よ、あんたには関係ないじゃない」

「本当にそれ、本気で言ってんのか?」

 男の目に宿る怒りがより強まる。その姿がよくよく知っている誰かさんにかぶって、ルイズは戸惑いながらたじろぐ。

 なんというか、今の男のかもし出す雰囲気が……酷く覚えのある種類の迫力だったのだ。

 そう、あの人程怖くないといえば怖くないけど、強いて言うなら家庭の頂点に立っていた我が家の女傑のかの烈風がお説教モードの時にルイズに見せていたアレのような。

「危険なことはするなってお前は親に教えられなかったのか?」

 ゴゴゴゴと、擬音をつけるならそんな感じの音付きで炎をしょっている(幻覚)使い魔を前に、ルイズは小さくなりながら、それでも言葉を一生懸命捜しながら紡ぐ。

「だって」

「ルイズ」

 絶対零度の微笑で、にっこり笑いながら男はルイズの名を呼んだ。

 その笑顔と雰囲気が本当に誰かさんと似ていて、ひっと、思わずルイズの口から引き攣ったような声が漏れる。

「悪いことした時は?」

 そういって男は笑いながら怒るという器用な真似をしつつ、ガッシリとルイズの小さな頭を掴んで言った。

 そしてルイズが答えなかったからだろう、もう一度男は言った。

「悪いことをした時は?」

「ご、ごめん……なさい」

 その母親の如き怒りを見せる男に押し負け、ルイズはポロリと謝罪の言葉を漏らした。

 同時に気付く。

(あ……わたし、言えた)

 どうやって謝ればいいんだろうとずっと考えていたのに。

(そっか。こんなに簡単だったんだ……)

 そう思って知らず安堵を感じていたルイズを前に、シスイはルイズが謝ったからだろうか、その怒りの仮面を脱ぎ捨て、目尻を緩ませたかと思えば、ルイズの小さな体をすっぽりと包み込み、ギュウと抱きしめ呟いた。

「無事で良かった……」

 一抹の感慨と共に吐かれたそれは、その体の体温も相俟って本当に、安心したといわんばかりの言葉で。

 どうしてなのか……全く似ていないはずなのに、その男の行動と台詞でルイズは自分をいつも可愛がってくれていた2番目の姉を思い出していた。

 そして戸惑いがちにルイズは問う。

「ねえ、ひょっとして……心配してくれてたの?」

 その質問に対し、シスイはガバっと腕を放すと、目をキッと吊り上げながら怒鳴るように言う。

「心配? するに決まってるだろうが、馬鹿!」

「な、なによ、平民のくせに怒鳴らないでよ」

 その当たり前のように告げられた心配していたという台詞に、戸惑いながら嬉しさを覚えつつ、しかしそうしてルイズはそんな風に嬉しいと感じてしまった自分を誤魔化したいかのように、頬をやや羞恥で赤らめながら、そんな風に怒鳴り返した。

「怒鳴るに決まってるわ! 人に散々心配かけやがって、この馬鹿娘!」

「馬鹿って何よ!」

「ていうか、鼻っ柱強いのはいいけど、無茶すんなよ、心臓縮み上がったじゃねえか。女の子なんだからあんまり危険なこととかするなよ」

 あまりな馬鹿馬鹿連呼に流石にちょっとむかついたルイズだったが、そういって言う男の声が、後半はただ自分を案じて諭すようなものだったから、そんな男の言葉を大人しく聞き入れた。

「でも、あー、もういいよ。無事ならそれでいいよ、もう」

 そういって男はもう一度、ルイズを抱きしめた。

 それは年頃の男が年頃の少女を抱きしめている光景というより、まるで迷子になってた子供を見つけた親が我が子を抱きしめる光景によく似ていて、それが嬉しいんだか悔しいんだか哀しいんだかわけがわからず、グチャグチャの感情で、ルイズはポロポロとその鳶色の瞳から大粒の涙をこぼし始めた。

「なによ、どうせ、わたしなんてあんたにとっては行きずりの相手でしょ! わたしなんて……」

 そんな風にルイズが泣き始めたことに気付いたからだろう。ルイズを抱き込んだ男は一転、オロオロとうろたえながら言う。

「な、泣くなよ」

「違うもん……泣いてなんかいないんだもん、うぇえええん」

 自分でもなんで泣いているのかなんて、ルイズにだってわかっていなかった。

 ただ、どうしようもなく、感情が溢れて仕方なかったのだ。

 そんな風に小さな子供のように泣くルイズを前に、シスイはガシガシと後頭部を掻きながら、ほとほと弱ったような声音で漏らす。

「ああ、もうクソお前卑怯だぞ。男ってのは女子供の涙にゃあ弱いイキモンだってのに、ああもう……」

 そうして、男はポンポンと、リズムをつけるようにルイズの背中を緩く叩きながら、小さな妹をあやす兄のような声で言う。

「ルイズ、泣くな」

「泣いてないったら! 放っておいてよ。どうせ、あ、あんたなんて、わたしを置いて帰っちゃうくせに。わたしなんて……どうでもいいくせに」

 それは、昼にも言われた言葉と同じで……ルイズの不安はようはそういうことなのだ。

 そして、ここでシスイもそれに気付いた。

(そうだ、オレはここからいずれいなくなる)

 そう思い、ルイズの使い魔となることを了承した後も、あくまでもこれは仮初の主従とそう思って一時の付き合いとして考えてきた。

 彼にとって一番大事なのはここではなかったから、だからこそ一時の付き合いであり、ここは通過点に過ぎないと。

 そのこと自体は間違っているとは思わない。何故なら彼の一番はとっくに決まっており、そのために家族とすら思ってきた人々をも手にかけたのだから。

 しかし……。

(オレはルイズを見ていなかった)

 たとえ通過点に過ぎなくても、一番にどうしてもなることが無いにしても、いずれ立ち去るとしても、それでも今ここに居る彼女を、ここで生きているルイズと真っ向から己は向き合おうとなどしていなかった。彼女はここにこうして生きていて、己もまたここに居るのに。

 己はルイズを「主」と呼びながら蔑ろにしていた。

 いずれ消えるからと、それで「今」を蔑ろにしていい理由にはならないのに。

 そのことに漸く彼は気付いた。

 ルイズの抱える不安は、涙は、悲しみは、己が彼女と向き合わなかったからこそ生じた代償であったのだと。

「……悪かった」

 ポツリと、そう漏らす。

 たとえ一時的な付き合いだろうと、それでも己は今ここにいる。そして、今の自分は彼女の使い魔だ。それを蔑ろにしてはいけなかったのだ。

 向き合おうと思った。

 否、向き合わなければいけないとそう思った。

 覚悟を決めた。

 それはこの世界で生きていく覚悟ではない。3年以内に帰る、その目標を変える気は微塵も無い。それでも、この世界にいる限り、彼女の隣にいる限りは、ルイズから逃げない、眼を逸らさない。そういう覚悟だった。

 

「なあ、ルイズ、オレが帰りたいのは、帰らなきゃいけないのはルイズに不満があるからじゃない」

「うそ」

 ゆっくりと教え諭すような声で吐かれた青年の言葉を前に、いまだ涙止まらぬ顔のルイズは信じられないと言わんばかりの声で否定の言葉を押し出す。そんな少女を前に、静かな声音でシスイは己の偽りなき気持ちを告げていった。

「嘘じゃない。そうだな、確かにオレの一番はルイズじゃない、それはどうしようもなく本当のことだ。オレにとって最も守りたいもの、優先順位一位は既にある。だからオレはいつかは必ず帰らなくちゃいけないんだ。何故なら、その守りたいものはオレの夢そのものだから」

 そして9年前の自分の中で夢が生まれた日のことを思い起こす。

「自分に立てた誓いをオレは嘘にしたくないんだ」

 夢のキッカケとなった、自身も参加した第三次忍界大戦のことを。

 多くの人が死んだあの戦。自分の両親や担当上忍、親友もまたあの戦で亡くした。

 大人だけではなく、幼い子供まで戦力として駆られ死んでいった。

 自分が始めて殺した相手も、己より3歳か4歳ほど年上の、まだ15歳にもなっていないような子供だった。

 だから、己は幼くして里と平和を愛するイタチに賭けたのだ。

 イタチは幼いのにまるで火影のようにものを考えられる上に、優しくて聡明な子だったから。

 こいつなら、自分には出来なくても、幼い子供が戦に駆られることもなく、笑って生きていけるような里に出来るんじゃないかとそう思ったのだ。

 ……幼い子供が死ぬ姿も、戦場に出される姿も、吐き気がするくらい嫌いだった自分はうちはイタチという存在に夢を見た。

 それが己の夢の根源だ。

「それはきっと、お前にとって他の子と同じくらい魔法が使えるようになりたいという願いと同じくらい譲れなくて、俺にとっては大事なことなんだ」

 ……その夢さえ叶うのならば、命さえ惜しくないくらいに。

「だからといって、お前のことがどうでもいいとか、そういうことじゃないんだ。……ただ、今まではあまりちゃんと向かい合っていなかったとそう思う。それは謝る。ごめん……本当にごめん」

「何よ……それ」

 そう言って、ルイズは頭を下げ謝る青年を前に、再びポロポロと涙をこぼし始めた。

 自分が嫌だったわけじゃないと知って嬉しいのか、それともやっぱり自分は一番じゃないということが哀しいのかわからなくて、涙の理由なんて自分が一番わからない。

 それでも、ただ泣けたのだ。

「ふぇ……ふぁああん」

「泣くなよ……」

 そういってまた困ったように、シスイはルイズの小さな頭を幼い子にやるそれのように撫でながら、取り出したハンカチで彼女の目元をそっとぬぐう。

「ううう……ひっく、だから、泣いて、泣いてないわよ、バカッ子供扱いしないでよ」

「拗ねて泣くのは十分子供だろ。ガキをガキ扱いして何が悪い」

「うるさいわよ、ぅえ、ああ、ひ、く……うわあああん」

 そういって益々声を上げて泣き始めるルイズを前に、苦笑しながら、シスイは彼女の体を抱きしめて、ポンポンとあやすようにその背を叩いた。

「ああ、もうわかった。泣いてもいいから。だから、気が済むまで吐き出しちまえ、聴いてやるから。な?」

 

 ああ、吐き出してもいいんだ、許されるんだ。

 そう思ったらたまらなくなって、ルイズは今まで言わずに溜め込んでいた言葉を、涙混じりにところどころ喉につっかえながら、それでも語りだした。

「わ、わたし、ね……悔しかったの。ゼロって、見返したかったの」

「うん」

 シスイは彼女をあやす手をそのままに、静かな声音で相槌を打つ。

「ギー、ギーシュに勝ったら、そした、ら、わたし、戦えるって、あんたがいなくても、一人でも大丈夫だって、そう思った、の」

「うん」

「わた、わたし、証明、したかった」

「うん」

 ポンポンとリズムをつけて自分の背を叩く手の優しさに安堵を覚えて、ルイズはポロポロと言葉を零していいく。

「嫌なの、なんで、使い魔のあんたは魔法つかえ、て、わた、わたし、は使え、ないの? どうして……」

「うん」

「わたし、やなの。ただ、守られ、やなの。わたしも、わたしもね、戦えるように、なりたい。ひとりでもちゃんと、立って戦えるようになりたいの」

「うん」

「わた、わたし、強くなりたい……誰よりも強く、ゼロなんてもう、言われないくらい」

「うん」

 どれほどの時間そうしただろう。

 どれだけ語っただろう。

 それはわからない。

 ただ、それでもルイズはもう自分の心を隠したりはしなかった。

 シスイもまた、それを否定したりはしなかった。

「それでね……」

「うん」

 

 

 やがて陽が赤らみ始める。

 それでずいぶんな時間こうしていたんだなということに気付かされ、恥ずかしいのか照れくさいのかわからなくなって、ルイズはその小さな顔をほんのりとピンクに染める。

 長いこと子供みたいに泣いたせいか、乾いた眼が痛くて、頬がカピカピだ。そんな年頃の娘としてちょっと恥ずかしいルイズの姿を前にしても、彼女の使い魔たる青年は何も言わなかった。

 そんな自分より頭一つ分以上大きな青年を見上げ、彼女は問う。

「本当に、わたしのことが嫌なわけじゃないの?」

「嫌じゃないよ」

 それにシスイは静かな声でそう答えた。

「わ、わたし、意地っ張りだし」

「可愛いくていいんじゃないか?」

「すぐ八つ当たりしちゃうかもだし」

「いいよ。それくらい」

「魔法使えないし、やっぱりゼロだし……」

「そうでもないと思うけどな……魔力量凄いし」

 そんな男の返答に、吃驚したようにまん丸に目を見開きながらルイズは思わず問う。

「そ、そうなの?」

「多分、自分の属性に目覚めてないだけなんじゃないのか? てか、本当にゼロだったら異世界から人召喚したり出来ないだろ……」

 シスイの赤く変化する目は写輪眼といって、幻術を見せる眼でもあるが、魔力(正確にはチャクラだが)の動きを見ることが出来る眼なのだという。魔力の流れを見ることが出来るというのがどういうものなのか、ルイズには想像するしか出来ないが、ようは自動式のディテクト・マジックのようなものなんだろう。

 正直、自分の魔力量が凄いと言われても、万年劣等性として扱われてきたルイズとしては信じがたいものがあるが、それでも魔力を眼で見ることが出来るという男の言葉だ、全くの嘘ってことはないだろう。

「そうなのかな」

 だから、そうだったらいいなというニュアンスでルイズはそう呟いた。

「そうだよ」

「そう、よね。わたし、お母様とお父様の娘だものね。本当にただのゼロなわけないわよね。だって、わたしラ・ヴァリエールだもの。まだ目覚めてないだけ……そうよね」

「うん」

 その二度目の肯定に希望がわいてきて、ルイズの心に明るい気持ちが灯る。

 が、ふとある考えが脳裏をよぎって、ルイズは聞きづらくて訊ねれなかったそれについて、不安げに口にした。

「ねえ……本当は後悔しているんじゃないの? わたしと……コントラスト・サーヴァント交わしたこと」

 そのルイズの言葉に、なんだかキョトンとした顔を見せる男に対し、彼女は矢継ぎ早に述べる。

「だって、あんたがわたしと契約を交わしてくれたのって、そうしないとわたしが留年しちゃうって知っちゃったからでしょ?」

「それは……否定はしない」

 そういって罰が悪そうに男はうつむく。

 そんな青年を見上げて、ルイズは午前中に男に苛立ち混じりに吐き出した内容を、あの時とは違って確認するように落ち着いた声音で訊ねた。

「やっぱり。それって同情? 本当はあんたはわたしじゃなくても良かったのよね」

「それは」

「違うって言うの? じゃあ、何が違うっていうのよ。あんたが契約交わしてくれたのは留年するかもしれないわたしがかわいそうだったからなんでしょ。 別の子でも別に良かったんじゃない」

 

 言いながらも、少しルイズは傷ついていた。

 自分だから、ではなく、誰でも良かったというのは、わかっていても堪えるものなのだ。

 そんなルイズの心も知らず、シスイは「うー」とか「あー」とか言いながら頭をガシガシと掻きまわし、それから頬を赤く染めつつ苦みばしった声で叫んだ。

「うー……あー、もうしょうがないだろ。オレは既に知っちまったんだから!」

 そしてシスイは語る。

「確かにそりゃ全く知らない相手がどうなろうとオレには関係ねえよ! そんな見ず知らずの他人を誰彼構わず助けられるほどオレの手は広くないし、慈愛の精神に溢れているわけじゃないからな。けどな、既にオレはお前のことを知っちまったし、関わっちまったんだから、それを今更なかったことには出来ないだろうが! お前がオレを使い魔に出来なかったらどうなるのか、聞き知っといて見過ごすなんて罪悪感で気分悪いだろうが、オレが!」

 そう男は、文句あるかとばかりに一息で言い切った。

 それは冷静に考えたら……考えなくともかなりエゴイスティックな答えだった。

 他人のためではなく、「見過ごしたら自分が気分悪いから」助けるなんて、自己中心的にもほどがある答えといえる。

 だけど、寧ろルイズはその返答に今ほっとしていた。

 他人のため、なんて答えを初対面同然の男に言われてもルイズは信用出来ない。だけど、それが自分の為だというのなら、それなら悪くないと、そう思ったのだ。

「確かにオレは帰らないといけないところはあるし、絶対帰る気だけどな、それでも今すぐ帰らなきゃいけないほど事態が逼迫しているわけでもない。だから、そのなんだ……帰る方法と手段が見つかるまでは、お前の傍にいてやる。使い魔として、守ってやる」

 そういう姿は、先ほどまでの兄貴然としていた姿と全然違って、まるでただの1人の不器用な少年のようで。

 それを見てひょっとしたら自分は何か思い違いをしていたのかもしれないと、ルイズは思った。

「オレは、お前の使い魔なんだろ?」

 そういって照れくさそうに青年はそっぽを向いた。

(こいつ……器用そうに見えて、実はすっごい不器用なんじゃ……)

 昨日出会ったばかりのこの使い魔は、器用でなんでもこなせるようなそんなイメージがあったけど、どうやらそれは正しくないみたいで。

 いや、寧ろこの姿は……。

「ひょっとして……あんたって馬鹿?」

「ああ、そうだよ、馬鹿だよ、悪いかちくしょー!」

 そういってガーと吼える姿は吃驚するくらいガキ臭かった。

「ていうか、皆まで言わせるなよ、恥ずかしいだろうが!」

「あんた、顔真っ赤よ?」

「う、うるさい。オレは元からこういう体質なの! てか、ジロジロ見んなっ」

「なにそれ……」

 思わず、ルイズの口元から笑みがこぼれ、次第にそれは大きくなり始める。

「笑うなー」

「だって、あんた……おかしいわよ」

 耳まで真っ赤に染めて抗議をしてくる青年を前に、遂にはもう駄目、たまんないとか言いながら腹を抱えて笑い転げながらルイズは思う。

(こういうのも、悪くないのかもしれない)

 そしてこれからを思い、ルイズはその提案を提示する。

 

 

 

 ―――――わたし達はあまりにも違いすぎて、けれど不器用で遠回りなそんなところばかりがそっくりで。

 

「ねぇ」

 

 

 ―――――この先ももしかしたら分かり合える事は出来ないのかもしれない。

 

「もう一度、初めましてからはじめましょう?」

 

 

「君の使い魔になったうちはシスイだ」

 

 ―――――それでもわたし達には言葉がある。

      だから。

 

 

「あなたの主になったルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。ルイズでいいわ」

 

 ―――――たとえ分かり合えなくても、理解しようと努力をしていこうと思う。

      互いに、互いの存在が恥じなきものであるように。

      並び立つ、明日の為に。

 

「よろしく」

 

 

 瞬身の使い魔・第一章、了。

 

 

 

 第二章へ続く

 

 



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閑話:シスイの1日

ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は一章と二章の間の話の番外編というわけで閑話その2となっております。
次回から第二章がはじまります。
因みに瞬身の使い魔は全五部構成になっております。
ではどうぞ。


 

 

「……ん」

 AM3時半―――――。

「朝か」

 学園の誰よりも、日が昇るよりも随分と早い時間にルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔となった青年うちはシスイの朝は始まる。

「んっ」

 まずは軽い柔軟体操をこなし、十分に体を解して疲れをとる。

 それから水汲み場で水を汲み、顔を洗って歯を磨く。ここまでの所要時間が約15分。

 それらが終わると、彼は学園の外にある森のほうまで探索に出かけ、10分ほどの瞑想をした後影分身を相手に人気のない森の中で組み手を交わす。

 時にはオーク鬼やワイバーンに遭遇することもあるが、シスイの強さのレベルが本能でわかるのか、それともシスイが気配を殺しているがために存在自体に気づいていないのか、自ら襲ってくることはあまりない。が、本々あまり知能の高くない幻獣故に襲い掛かってくることが皆無というわけではなく、その場合は返り討ちにしている。

 そうして5時を過ぎ、朝日が昇りだしたぐらいのタイミングで探索と朝の鍛錬を切り上げ、既存の薬草や毒草などを適当に森から頂戴し、それらを抱えて学院へと帰還する。

 尚、森から帰った際、水浴びをして汗を流し、体臭を消すことも忘れない。

 

 AM5時半―――――。

 学院の水汲み場にて、ルイズと己の汚れものを、タライと洗濯板とハルケギニアに来て3日目に作ったシスイお手製のソーダ灰を使って洗濯を行う。冷たい水で洗濯を行うのは色んな意味で効率が悪いので、厨房で譲って貰った古い鍋と火遁術を使って、水浴びの際に予めお湯を沸かせて準備している、鍋の中身を冷水に混ぜ、ぬるま湯にして洗う。

 マッチや火打石がなくても手軽に素早く火をつけられるので火遁術は本当に便利だ。シスイは自分の戦闘スタイル上、バトル中に火遁術を使うことは滅多にないのだが、サバイバル他に対応する時の使い道として火遁術を重宝している。

 え? 忍術を火付けなんかに使うなよって? いや、使えるものは使えっていうしこっちのほうが効率的なんだからいいじゃん? みたいな脳内言い訳も沸いてくるが、まあ、細かい事はいいのだ。

 ともかくそうやって10分か15分ほどで洗濯を済ます。

 二人分なので大して手間でもない。

 そして、その洗濯物がフリルやレースがふんだんにあしらわれた年頃の少女の下着だろうと気にはしない。

 そもそも前世では両親が死んでから妹が大学に入学するまでの約4年半ほどの月日、妹の洗濯物(下着含む)を自分の洗濯物共々纏めて洗っていたのも干していたのも、妹が取り込んでくれた洗濯物をアイロン掛けしていたのも全部彼だ。

 日本の現役女子中学生及び女子高生の下着を当たり前のように取り扱っていた彼は、女性物の下着には慣れていたし、ある意味鈍感なのだろう、自分にとって恋愛対象外の人間の下着を洗ったところでそのことについて何か思う感性を持っているわけでもなく、彼にとっては下着だろうとブラウスだろうと洗濯物という意味では大差ない存在だった。

 故に彼にとっては、自分が今洗っているそれがうら若い娘の下着であるということはさして重要ではなく、その洗濯物の汚れが落ちているか、落ちていないか、ということのほうがよほど重要なことであった。

 流石に18歳の年頃の男子として、洗濯が好きなんて自分でも思いたくないのでシスイ自身は「洗濯が好きなのか」と言われたら否定をするが、なんだかんだいってシスイは清潔好きの綺麗好きな性分である。

 部屋や家が汚れていたら掃除したくてソワソワし出すタイプだし、任務遂行中で無理な時はあきらめるが、それでも出来る限り体を毎日清めたいし、汚いのを汚いままにしておくことにはストレスさえ感じる。

 そんな彼は自分の手で汚れたものを綺麗にしていくという行為に充実感と達成感などを覚えるタイプであるため、口では否定するが洗濯をして服を綺麗にするという行為にわりと満足感を覚えつつ、一方でそんな性癖を持つ自分に見ないフリをしながら、今日も上機嫌そうにピカピカに洗いあげた選択物を洗濯竿に干していくのであった。

「ふんふんふん~~~♪」

 まあ……いくら気分がいいからといって、年頃の娘の洗濯物(下着含む)を干しながらつい鼻歌が出るのは変人そのものだったが、そこはご愛嬌ということで。

 とりあえず、某餓鬼大将と違って彼の歌が聞くに堪えぬどころか、上手いほうに属していたのは不幸中の幸いだった。

 

 AM6時―――――。

 洗濯物を終えた彼は一旦使用人宿舎の裏に向かい、学院から借りている調理服に身を包んだあと、厨房へと顔を出す。

「おはようございます」

 なぜ厨房に顔を出したのか、といわれたらそれは初日に学園長と交わした約束が原因といえる。そう、彼は当初の約束どおり、料理長であるマルトー親父の指示の元野菜の皮むきや皿洗いなどの仕事に従事するために顔を出したのである。

 朝の厨房は忙しい。まさにこれぞ料理人の戦場だ、そんな中でありながら仕事の合間をぬって、40がらみの肥え太った体型の立派なあつらえを着込んだ親父がシスイを迎え入れた。

「おう、来たかッ」

 そういってニカッと笑ったこの人こそ、トリステイン魔法学院の料理長を務めるマルトー親父である。

 人柄をいえば豪快で切符がよく、魔法学院で雇われている身ながら貴族と魔法が嫌いで、下手な貴族よりも給料もいいため羽振りも良い。

 そんなマルトー料理長は基本的には人情家で厨房の使用人たちにも好かれている人望家であり、人の良い親父である。しかし、前途の通り彼は魔法と貴族が嫌いだ。

 そのためここで働き出した初日は、シスイが平民とはいえ魔法が使える傭兵だという話を学園長から聞いていたせいだろう、シスイの存在に対し複雑なものを感じていたようで、今ほど友好的ではなかったのだが、この青年が思ったよりもずっと真面目に働くのと、あとは主であるルイズが馬鹿な貴族の息子たるギーシュに絡まれていたメイドのシエスタを助けてくれた、という話をシエスタから感激交じりに聞かされたせいなのか、その使い魔であるシスイに対する好感度も大分上がったようで、今では顔を見れば笑顔で話しかけてくれるようになった。

 今では同じ学院内で働く者としての、信頼さえ感じるようになったともいえる。

 そんな気持のいい豪快な笑顔付きで挨拶をしてくれたマルトー親父に対して、シスイもまた笑顔で柔らかく返す。

「おはようございます、マルトーさん。今日も良しなにご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします」

 そういってペコリと一度頭を下げると、他の使用人達にも挨拶したり挨拶されたりしながら、自分の持ち場へと向かう。

「おはようございます、シスイさん」

「おはよう、シエスタさん。今日もお互い頑張ろう」

「はい」

 他のメイドや使用人たちも今では大分打ち解けた態度で自分に接してくれるようになった。中でも一番仲良くしているのは一番最初に知り合った黒髪のメイドのシエスタだろうか。

 彼女はルイズに自分は助けられたと思っているのもあって、(ルイズに後で尋ねたら「メイド? そんなのわたし助けたかしら。覚えてないわよ」とか憮然とした顔で言っていたが)ルイズに対し恩義や尊敬じみたものを抱いているらしく、その使い魔である自分を通して時折ルイズのことについて知りたがった、そんなまっすぐで一生懸命で純粋な様に少し前世の妹を思い出して、懐かしく思いつつも心癒されていたりするのはここだけの秘密だ。

 どちらにせよ、使用人たちとは上手くやらせてもらっていると思う。

 そのことをありがたく思いつつ、彼は今日もひそかにこの世界ハルケギニアのことについての情報を集めつつ、厨房仕事に勤しむのであった。

 

 AM7時―――――。

 シスイのこの魔法学院での本職はルイズの使い魔を務めることであるため、この世界で生活する限りはそのことがもっとも最優先される。そのため、他の使用人と違って1時間で彼の朝の仕事は切り上げられることとなる。

 それからマルトー親父から受け取った特製の賄い食を受取って朝食をすませるのだ。その平均所要時間は約5分か10分。軍人スタイルばりの早食いである。

 本当は食事はゆっくりととるほうが胃や腸にも優しいわけだが、この後にも彼には仕事が待っていることを考えたらゆっくり食事をとるわけにはいかないだろうという判断だった。

 そうして食事がすむと、皿を皿洗い場まで置いて厨房を後にし、使用人宿舎の裏側に向かう。

 そこで先ほどまで身につけていた学院から借りていた調理服を脱いで机の端に丁寧に畳んで置き、それから水汲み場に向かう。

 そこでバケツに水を汲んだら、ルイズの部屋に向かうのだ。

 そして部屋にたどり着くと、二度のノックのあと彼女の部屋に入室。この世界での主となった少女に起床を促し、彼女の朝の支度を手伝い、着替えが終了したルイズを食堂まで送り届けた後に、彼女が食事をしている空いた時間で手持ちのクナイなどの装備品の点検と手入れなどを行っていく。

 そして午前中の授業はずっとルイズの供として彼女の授業について回るのである。

 

 ルイズの受ける授業を彼女と共に聞き入り、この世界のことについて学ぶと共に、教師の語る内容と黒板の文字を眺め、比較などをしながらひっそりとハルケギニアの文字を覚えていく。

 何故そんな面倒なことをしているのか。

 それはこの世界の住人ではないシスイは、この世界の文字がわからないためである。

 言葉が通じているのに何故文字はわからないんだ? と言われそうだが、言葉がわかるのはおそらく使い魔召喚の門を通った影響かなにかで付加された、特典のようなものであろうとシスイは睨んでいる。

 つまりシスイとルイズをはじめとするこの世界の人間は、同じ言葉をしゃべっているようで違う言葉を喋っているのだ。それがおそらく自身が召喚された時に付加された翻訳魔法か何かで言葉を発するたびに即座に翻訳して互いの耳に届けられ、意思の疎通が出来るようにされているのだろう。

 とはいえ、おそらくはその翻訳魔法の恩恵は言葉に関してだけだ。文字については使い魔としての特典対象外なのである。

 そうである以上、文字は自分で覚えるしかない。言葉だけしゃべれたらいいじゃん? と安易に考える人間も世の中いるのかもしれないが、文字を知っているか知っていないかだけで格段に手に入る情報量にも違いが出るし、なにより文字を朗読して意味を教えてもらえたとしても、自身が文字を知らなければその朗読内容が正しいか誤っているかさえわからないのだから。

 よく考えたら(実は無理矢理もぎ取った任務だったとはいえ)うちは一族抹殺事件を起こした自分は元の世界ではお尋ね者であり、事件を起こしたばかりの自分に対する追っ手も執拗と思われる。それを考えたら暫く雲隠れすることになるこの状況は却って好都合と言えるのかも知れないのもあり、またこの世界で交わした約束も相俟って数ヶ月はルイズの傍にいる見通しではあるが、いつまでもこの世界に居座るつもりなどシスイには欠片もない。

 この世界にいれるリミットとしてどんなに長くても3年以内には元の世界に戻りたいと思っていて、1年以内にはなんらかの帰還方法を見つけたいと思っている以上、文字を覚えることは急務とさえ言える。

 とはいえ、いくら文字を覚えたいとシスイが思っても、この世界の文化水準は中世ヨーロッパクラスがいいところであり、平民が文字を覚えるということは滅多になさことのような気がしたので、自ら教えを請いにいくことは不自然ではないかという気がした。

 なにより異邦人である彼はあまり自分の弱みとなることを他者に見せたくはなかったのだ。何がきっかけでどうなるかわからない以上、慎重を期したい。焦って自分の弱点を他者に知らしめるような結末は遠慮したかった。

 オールド・オスマン学園長あたりは自分が元に戻れる方法がないか探すといってくれたが、ああ見えて強かそうなところ含め、正直まったく信用していなかったし、アテにもしていないし、弱みを見せたくもないし、ルイズには明かしたが学園長に自分が異世界から来たことを言う気もない。

 信頼できるような出来事があればまた別だが、今のところシスイは学園長に異世界から来たことを提示する気も、文字がわからないという弱みを正直に明かす気も微塵もなかった。

 つまり、彼にはこの世界の文字を覚えたくとも、頼る相手がいないということである。

 

 もしかしたら、ルイズには頼っていいのかもしれないし、彼女の性格なら素直に教えを請えば教えてくれるような気もしたが、自分のことでルイズの勉学の時間を奪うのも気が引けた。

 そこで彼が考えたのが授業を通して文字を覚えるという行為である。

 そもそもシスイは座学は苦手とはいっても、それは比較論の話であり、なによりうちはシスイという肉体と頭脳の持つスペックは高い。

 写輪眼とは筆跡や相手の動きをコピーしたりなどといった行為が得意な目であったし、これでも記憶力だって悪いわけでもないのだ。

 なにせ、木の葉で与えられる任務の中には暗号を覚えたり暗号を解読したりといった任務もあったのだから。脳筋では忍者は……いや、上忍は勤まらない。なので授業を通じて文字を覚えるという試みは地味に時間がかかる非効率なものではあっても、そこまで無謀な試みではなかった。

 幸いにも言葉自体は通じているのだ。まったく知らない言葉を一から覚えることに比べたら、言葉がわかる分文字だけを覚えるのは早く済むことだろう。

 その証拠のように、この世界にやってきて今日で調度一週間となるが、児童向けの本くらいならもう自力で読めそうな感じであった。

 

 AM11時半―――――。

 ルイズの授業の共から抜け出しシスイは昼の厨房勤めに向かう。

 尚ルイズから事前に許可を取っているため、この昼の勤めが終了次第夕方までは彼には自由行動時間が与えられている。

 シスイはルイズの使い魔ではあるが、いつか元の世界に戻るという誓いを立てているため、それに配慮したルイズが二日目ギーシュとの決闘騒ぎがあった日の夜に許可を与えたものだった。

 尚、余談ではあるが、あの日の決闘騒ぎのことについてオスマン学園長は知っているとシスイは睨んでいるのだが、不気味なほどに沈黙を続けており、いまだ呼び出しのひとつすらかかることはない。そのために余計に学園長に対して警戒心を強めていたりする。

 とにかくここでも1時間ほど厨房で働き、賄い食を朝よりもゆったりと取った後、ルイズの部屋に向かい、彼女の部屋の掃除と、朝に持ち帰った薬草や毒草を煎じたりなどして薬剤&毒作りを行う。今でこそ平和そのものだが、いつ何があるかわからないため装備の補充はかかせない。なにがあってもいいように、状況に対応出来るだけの道具を用意するのは忍びとしての習性であり、生き延びるために己に課した義務のようなものであった。

 それらが終われば、次にシスイは口寄せで自分の使役契約動物である鳩を呼び出し、遠くまで飛ばす。どこに飛ばすのかは、その日によって様々であり、南に飛ばす時もあれば西に飛ばすこともあり、時には多い茂った森や農村に飛ばす場合もある。

 そして、感覚を共有し、飛ばした先の光景を我が物として視る事によって、厨房で手に入れる耳の情報とこの目の情報を擦り合わせることによって、この国や世界のことについて生態系や地理に人々の生活水準や文化練度についても学んでいくのである。

 ……とはいえ、あまり長時間行って、本体を無防備にさせるわけにはいかないので、せいぜいそれらの口寄せ動物を使っての探索活動は1日20分~1時間が限度だったが。

 それらが済めば、この世界の人々との交流タイムである。

 

 PM3時―――――。

 学院で働く使用人達も一休みとなるこの時間、シスイは厨房へと顔を出していた。

「ほう、こりゃすごいな」

 マルトー親父が珍しそうに目をパチパチとさせながら、シスイが作ったそれを感心したように見入る。その隣で、今のところもっとも仲のいい使用人仲間といえる黒髪とソバカスが愛くるしいメイドのシエスタが目を輝かせながら「本当にこれいただいていいんですか? シスイさん」といってそのシスイが作ったそれを見つめていた。

 そんな二人の反応……正確には2人だけではなく、ほかにも何人もコックやメイドがいたが、に苦笑しながらシスイはいう。

「何、マルトー料理長には色々教えてもらっていますし、ちょっとしたお礼です」

 そういって笑う。その先に、用意されているのは何の変哲もないクレープだった。

 ただし、上に粉砂糖を振りかけただけの至ってシンプルな西洋式のクレープではなく、日本人ならお馴染みの具材がたっぷりと入った日本式のクレープである。

 そもそもこの話のキッカケはシエスタがシスイが東方の出身だ、とまわりに話したことが原因だった。

 元々シスイが料理人というわけではなくとも、料理をする男だということは既に厨房では知られていることだ。そもそも料理も出来ないやつが厨房勤めを志願するはずがないので、これは当たり前といえば当たり前のことである。

 そこで興味を持ったのがマルトー親父である。親父は料理人であり、そうであるなら未知の料理があれば知りたいと思うのが料理人として当然の好奇心である。そのため、東方出身だというシスイに「東方ではどんな料理を食べるんだ?」と尋ね、よかったら作ってくれないかと言われた。

 これにはシスイも少し困った。

 彼は日本の家庭料理なら大体のものは作れるし、どちらかというと彼の舌が和食好みなのもあって和食のほうが得意なのだが、この世界……正確にはこの国には、米も味噌も醤油も麹も大根も昆布や鰹も流通していないっぽかったからである。

 これらなくしてまともな和食なんて作れたもんじゃないし、料理は作れるといっても調味料まで作れるというわけじゃない。シスイは専門家じゃないのである。せいぜい自力で作れる調味料なんて鶏がら出汁やマヨネーズにドレッシングとかくらいのものだ。マヨネーズは和食ではないが。

 とはいえ、期待を無碍にするのは心苦しいし、なにより自分を信頼してくれている相手にいくら必要だからとはいえ、勝手に情報を取るような真似をしといて何もお礼をしないというのは罪悪感を感じる。

 だから、シスイは和食はともかく、この国で文化水準的に食べられていなさそうなメニューで、かつ自分に作れる料理をチョイスして作り方共々試食品を数品彼らに提供していたのであった。

 ちなみに昨日のメニューは唐揚げとてんぷらだったが大好評で、今度食堂に出すメニューに加えてみようとはマルトーの親父談である。

 そして本日のメニューはクレープだった。尚この世界では香辛料は貴重であり、砂糖も貴重品なことから彼が今日作ったクレープは、フルーツとクリームたっぷりのお馴染みおやつ用クレープではなく、ハムやウィンナーチーズにマヨネーズなどを合わせてクルクルと巻いた軽食タイプのクレープだ。

 それらを口にして、目を輝かせながらシエスタは言う。

「美味しい! シスイさんこれ美味しいです!」

「ふーむ、手軽に食べれて、作り方も簡単でこりゃいいな。しかし、このソース? 見たことねえがこいつも美味いな」

 そういいながら、マルトー親父は感心したようにクレープに対しての考察を続けている。他の使用人も「美味しい」「うまい」と口にしながら、わらわらとクレープに群がっている。好評のようだ。

「そうですか、嬉しいです」

 といいながら、笑って対応しつつシスイは心の中で切なさを覚える。

(嗚呼…タクアン食いたい……)

 料理を作るのは好きだ。美味しいと喜んでくれたらこっちだって嬉しくなる。しかし、こうやって西洋風の日本ものは再現出来るのに、純和物には再会出来ないことが酷く寂しく切ない。

 あの味を、あの美味さを出来ることなら周囲にも伝えたい。そして、もう一度自分でも食べたい。

(……餡子(アンコ)も食いたい……愛していたんだ、だんごを。煎餅食いたいなぁ……餅の感触も懐かしい。嗚呼、白米、味噌汁、タクアンに鯖の煮付け……今はなにもかもが恋しい)

 お尋ね者になる覚悟は出来ていた。命を狙われる覚悟だってとっくに出来ている。

 しかし、こんな風に異世界に召喚されて、好物の和菓子やタクアンと離れ離れになることは想定していなかった彼は、和食ホームシックにかかっていたのだった。

 

 PM4時半―――――。

 朝干しておいたルイズと己の洗濯物を取り込み、彼女の部屋に届けた後、再び彼は魔法学院の調理服を身につけ厨房に立ち皿洗いと野菜の皮むきなどに勤しむ。

 トリステイン魔法学院は貴族専門の学校だけあって食事はいつだって豪勢だ。当然その分厨房の負担も他の施設とは比べ物にならない。

 そうして2時間ほどバタバタと忙しなく働いた後、賄いの夕食をとり、同僚に上がることを告げて、本日取り込んだばかりの替えの下着とタオルと携帯式の垢すりを抱えて学院から離れた川に向かい、水浴びをする。

 その際、垢すりで全身の汚れもこそぎ落とし、頭髪もくまなくキチンと洗う。シャンプーや石鹸がないのは残念だが、仕方ない。そもそも川の水をあまり汚すわけにもいかないためそこは妥協をしている。

 因みに魔法学院には風呂も備え付けられており、香水が入った温水プールみたいな貴族用の風呂と、サウナ式の平民用の風呂が存在しているのだが、シスイはそのサウナ式の平民用の風呂に入る気はなかった。なにより忍びである自分の体をあまり一般人に見せたくはなかった。

 シスイは忍びにしてはあまり怪我をしないほうとはいえ、職業柄いくつかの傷や火傷の痕は当然のようにある。そんなもの見ても気分いいものじゃないだろうというのも理由にはあったが、なにより異邦人であるという意識が故に、そういう無防備な弱みとなる自分の姿を不特定多数の前に晒したくなかったのだ。

 そうして今日もシスイは風呂の時間を水浴びで済ますのであった。

 

 PM7時半―――――。

 これより9時半頃までの2時間ほどは主たるルイズとの交流タイムである。

 とはいえ、毎度おしゃべりをするというわけではない。

 確かにルイズがシスイの世界のことについて質問したり、その日あった出来事について話しては、「ゼロとまた馬鹿にされた。悔しい、今に見てなさい」とか「キュルケの奴がまた偉そうに」とかそんな風に憤慨するルイズをシスイが慰めたり、逆にシスイがルイズにこの世界のことについて尋ねたり、今日あった出来事について気になったことなどをシスイがルイズに話したりこともあったが、ルイズが机に向かってひたすら勉強を続け、シスイはルイズの部屋の一角に置いている自分の整備品を装備したり、毒や解毒剤をはじめとする薬物の点検などをしてただ静かに過ごして互いに干渉せず終わることもある。

 そして、ルイズが着替え、彼女が眠りの準備をする頃になるとシスイは、「じゃあ、おやすみ」とまるで幼い妹を前にした兄のような微笑を浮かべながらルイズに声をかけ、そしてコートを一枚羽織った状態で彼女の部屋を後にするのだ。

「うん……お休み」

 彼が自分の部屋に留まらないのはいつものことだ。初日からそうだった。シスイがルイズの部屋で寝泊りすることは無い。

 どこに行くのか、何故自分の使い魔なのに出て行くのか、未だにルイズは青年に尋ねられずにいる。

 出会ったばかりの頃の二日間に比べると、言いたいことを言いたいだけ言ったせいかシスイとルイズは当初より随分と仲がよくなったし、軽口も叩き合えるようにはなったが、それでも未だに距離の掴み方については互いに計りかねているところがあった。

 もしかしたら……怖いのかもしれない。

 下手なことを言って、せっかく築いたこの関係を壊すのが。

 そう思う自分がいることにルイズは気づいていたが、しかし「どこにいくの」とやはり今日も訊ねることは出来ず、そんな自分の臆病さに少しの情けなさと何も語らない男に対する寂しさを覚えながら、ルイズはただそうして出て行く己の使い魔たる男の背中を見送るのであった。

 

 PM10時―――――。

 学院内を駆け、適当に人気のない学院敷地内の壁を背にシスイは双月を見上げながら、眠りにつくことを試みる。

 ……こうして、一人になると笑みの仮面ははがれ、ただ彼の記憶に巡るのはほんの1週間前に起こしたうちは虐殺事件と、彼らとの思い出や、うちはイタチとのことなどだ。

 ―――――優しい人たちだった。

 一族限定の閉鎖的なものだったとはいえ情が深くて、両親が第三次忍界大戦で死んだあともまた、一族のみなは己を家族として暖かく包んでくれた。寂しくないからね、私たちがいるからと、何かあったら遠慮せず言うんだよと、そんな風に幾度も声をかけられ、頭を撫でられ、多くの愛情に包まれてきたとそう思う。そうだ、シスイは彼らのことが好きだった。

 たとえその彼らを殺したのがシスイ自身であったとしても、慕っていた気持ちや思い出まで消えるわけではない。

 たとえ一番ではなくても、それが故に己が彼らを切捨てたのだとしても、それでも二番目が大事ではないわけではないのだ。出来ることなら死んでほしくは無かった。それもまた本心である。だからこそ、何度も説得に赴いてクーデターを決意する彼らを止めようとしたのだから。

 そしてふと思い出す。

 あの日、自分と一族の考えが完全に決別し、彼らを殺す決意をした日、イタチの父でクーデターの主犯であったうちはフガクに『アンタは、自分の娘や息子の幸せよりも、一族のメンツのほうが大事だっていうのか!!』そういって己は怒鳴りつけ、馬乗りになって男を殴りつけた。

 しかしうちはフガクは逃げるでもなく、眼を逸らすでもなく、そんな自分に向かって揺ぎ無い決意に満ちた目で言ったのだ。

『オレは、うちはフガクだ。これがオレの選んだ道なのだ』

 そう答えた彼に、確かに己は同じ穴の狢であったのだとそう思った。

 しかし、あれは……どういうことだったのだろうか。

 その日、一族の会合で配られる飲食物に痺れ毒を混ぜ、集落に痺れ毒を振りまいて、そうして動けなくした一族のものを殺して廻った。そんな中で、動けない体ながらにまっすぐにシスイを見上げ『これが……君が選んだ道、か』と訊ね、それに是と己が答えた時、これから自分の命を奪おうとしているシスイを相手に『…………イタチを頼む』と我が子を託していったその真意は一体なんだったのか。

 あの人が一体どういうつもりでそんな言葉を残したのか、シスイには未だにわからない。上手く理解なんて出来そうもない。

 だが、理解をしたくないと思う自分がいるのもまた事実だ。

 そうして今日も過去の記憶という名の悪夢が始まる。

 シスイが仕掛けた痺れ毒で満ちた集落で崩れ落ちた人々。それを老若男女を問わず殺して廻った自分。己を殺そうとする男を見ながら信じがたい眼をして「どうして」「信じていたのに」と問ういくつもの視線と、急所に埋め込んだ刃を握り締めたあの感触。濃厚な血のにおい。

 そうして任務に出されていたはずだったのに戻ってきてしまって己を見たイタチの、まるで全部を理解したかのような罪悪感で満ちた苦しげな姿と、「騙していたのか」と叫ぶ憎悪に駆られるサスケの瞳。

 許さないと叫んだ幼い子供の声は今も耳にこびり付いている。

(赦さなくていい)

 赦されたくもない。この罪は己だけのものだ。

 自分がエゴイストの酷い男だってことくらい自覚している。

 この罪を抱え、生きて、死んでいく……そうありたいとそれは羨望とさえ言えた。

 しかし、嗚呼、やはり今日も……眠れそうにはない。

 そうして悪夢の中で次の目覚めを待つのだ。

 悪人は悪人らしく、せめて何も感じてない鈍感な能天気野郎のようにそうやって踏みにじりながら生きていこう。目が覚めたら、いつもの己の仮面を被ろう。

 何も感じていない卑劣な男のように。

 この悪夢も全て己の為だけの子守唄なのだから。

 今日も、夜の終わりは近い。

 

 

 了

 

 



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第二章「破壊の杖と二十の金貨」
13話


ばんははろ、EKAWARIです。
お待たせしました、今回から第二章スタートです。
というわけで立ち位置的には今回の話は第二章のプロローグみたいなものですね。
尚、瞬身の使い魔は全五章構成なのですが、第二章が全章の中でもっとも本質的にはほのぼのした章になりそうです。それではどうぞ。
PS、前回の閑話:シスイの1日ですが、読み直して誤字脱字他気になったので修正&1000文字くらい加筆しときました。


 

 

 ……その日も、赤と青の双月だけが存在感を放つそんな静かな夜だった。

 

 トリステイン魔法学院は、トリステイン中の貴族の子弟から外国の留学生まで受け入れているだけあって、まるで城のように立派で白く美しい造りをしている。

 先代国王が崩御し、王が不在となってからというもの、ずっと国力が落ち目に傾き続けているトリステイン王国ではあるが、こうもこの学院が立派な造りをしているのは、外国にそんなことはないと、やはりトリステイン王国は偉大だと思わせる為だったのかもしれない。他の理由もあるかもしれないが、所詮、これは見得なのだ。

 しかし、得てして貴族とはそういうものだ。

 たとえ実際は借金で家計が火の車であろうと、そんなことはないと見得の為に贅を凝らし、借金を増やしていく。そうして富めるものとしての姿を見せることも、「この人の元なら大丈夫なのだな」と下に思わせるための、上の務めなのだ。

 いかに金がないとはいえ、金がないですと大々的に宣伝するような真似を貴族がすることはない。そんなことをすれば平民に舐められるのが落ちだし、それに領民もまた、「こんな貧乏でいつ没落するかわからない貴族様についていって大丈夫なのか? 守ってくれるのか?」と不安を募らせるようになる。

 要するに、如何に平民が贅を尽くす貴族に不満や嫉妬を抱いても、良い暮らしをしやがってとやっかんだとしても、それでも貴族は見栄を張って良い暮らしをしたほうが結果としてはいいのだ。住民たちの心の不満の捌け口にもなる。

 そういう意味では、貴族の見得という奴は、馬鹿らしいが理に叶ったものといえる。

 しかし、そのことを自身もまた生まれはかつて貴族だったが故に理解しながら、それでも、貴族を追われたが故に憎み恨む気持ちもまた消えそうにはない。

 貴族という存在を、見栄と名誉の騙し合いばかりを繰り返しながら悠々と暮らす道化共の慌てふためく顔を、見て嘲笑ってやりたくてしょうがない。

 この学院に対してだって、そうだ。

 ここは貴族の為の学院であり、大人たちほど汚く染まりきっているわけではなくとも、ここにあるのは貴族社会の縮図だ。

 ハリボテで着飾り、その実は膿み爛れたガキ共の楽園。

 それを思えば、憎しみすら沸く。

 自分が故郷に残してきた子供たちは、大切な『妹』は、きっと彼らの残した食い散らかしの残飯ですらご馳走に感じることだろう。それでさえ、眼を輝かせて喜ぶだろう。

 ……そのことを思えば、不憫でならない。

 そうして益々己は貴族への憎しみを募らせていくのだ。

 けれど、そんな自分の心を誰にも気付かれてはいけない。

 何故なら、自分は……彼女は今、この学院で働く学院長の秘書という立場にいるからだ。

 ミス・ロングビル。

 そう呼ばれている。勿論、偽名だ。

 

 翡翠色の長く美しい髪に、眼鏡のよく似合う理知的な瞳、出るところは出ていて女性らしい曲線を描く、スラリとした美女である。その顔に温和な表情を浮かべ、楚々として振舞う姿には生まれ故の品がある。

 しかし、それら全ては彼女がこの学院に侵入する為に身につけた仮面でしかない。

 本当の彼女は、そんな清楚な淑女などではない。

 ミス・ロングビル。そんな名前よりもっと世間に通った呼び声を彼女は持つ。

 そう、『土くれのフーケ』と。

 彼女こそ、今巷を騒がせている貴族の屋敷にある高価なマジックアイテム専門の大盗賊である。彼女はその『錬金』の魔法とゴーレムを使って時には繊細に、時には大胆に色んなアイテムを盗みつくす。

 そんなトリステイン中の貴族に恐れられている彼女の正体が、これまで白日の下に晒されたことは無い。おそらく政府はフーケの正体が男であるか女であるかすら知らないだろう。そのことをいい気味だ、と思う。

 盗み自体は彼女の故郷で待つ家族を養うためでもあったが、貴族をターゲットにした盗みばかりを働くのは、これが彼女なりの復讐でもあったからなのかもしれない。大切なお宝を盗まれた奴らの間抜け面を見るたびにざまあみろ、と胸がすく思いがした。少しだけ彼女の心の慰めになった。

 だから辞められなかった。

 そして彼女は、次のターゲットにこの、トリステイン魔法学院を選んだ。

 彼女がここに居る理由はつまりそういうことだ。

 しかし、この学院に彼女が来てもう二ヶ月になる。いい加減オスマン学園長のセクハラにもうんざりしていたところだし、そろそろ貰うものを貰ってこの学院も後にしたいところだ。

 そんなことを思いながら、彼女はこの学院にあるお宝が眠っている宝物庫のある塔のほうへ向かって歩を進めていた。

(? なんの声だい? これは……歌?)

 今は深夜だ。夜も深い。こんな時間じゃ生徒どころか教師すら外に出たりしないだろう。当直の教師でさえ、学園の見回り業務をサボるということは彼女はとっくに確認済みだ。この学院の教師たちはこの魔法学院に賊が入るわけないと慢心し、安心しきっているのだから。

(じゃあ、誰が?)

 聞こえるのは、宝物庫のある塔の辺りからだ。耳を凝らさないとわからぬほどには小声だが、よく通る成人した男の声で、聞き覚えの無い曲だが、どこか懐かしい郷愁を誘うようなそんな歌を唄っている。

(綺麗な歌だね……)

 思わず、故郷に置いてきた『妹』の姿が彼女の脳裏によぎる。男が歌う曲の雰囲気やメロディがあの純粋無垢な『妹』を連想させたせいだろうか。

 やがて進み出た先で、彼女はその歌の持ち主を見た。

 

 それは見慣れない独特の黒いコートに身を包んだ、20歳前後の若い男だった。

 塔の壁に背中を預け、目を瞑り、トントンと指でリズムをとりながら……まるで何かの楽器を引くときの動きみたいなものまで加えつつ、小さく歌を口ずさんでいる青年。

 クセが強い黒い髪に健康的に少し焼けた黄色い肌。美形というほどではなくとも、そこそこに整った顔立ちに、しっかりとした体つき。このトリステイン魔法学院にあまりに似つかわしくない人物ではあったが、彼女は……ミス・ロングビルはその男に覚えがあった。

 2度ほどすれ違っただけだが、確かその男は今年の春の使い魔召喚の儀式で、2年生のヴァリエール公爵家の令嬢に召喚されたとかいう傭兵の男だった。

 人間が召喚されたなど、トリステイン中を廻った大盗賊である彼女ですら聞いたことがなかったが、元々ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールという生徒は魔法もまともに使えない劣等生だという話だ。おかしなこともあるもんだね、とは思ったが、召喚されたという男にも、召喚した少女にも興味はなかった。

 しかし、何故この男はこんな時間にこんなところにいるのだろう。

 ひょっとして主だという少女に部屋から追い出されでもしたのだろうか? そうだとしたら少し不憫だなと思いつつ、ミス・ロングビルは青年がいるほうに向かって足を進めた。

 ピタリと歌が止まる。

 そしてゆっくりと瞼が開かれた。それは夜の湖水のような、深く静かな黒い瞳。それにどうしてか、ドキリとした。その瞳が、どこかの誰かに似ているような気がしたからか。

 いや、きっと気のせいだ。そう思い直すも妙に心が落ち着かなかった。先ほどまであのどこか懐かしさを感じる歌を聞いていたせいか、『妹』のことを思い出して感傷に浸っていたせいなのかもしれない。

 

 やがて男はそっと微笑み、それから「こんばんは」とそう挨拶を彼女へと投げかけてきた。

 彼女がやってきたことに対し、全く驚いたそぶりも見せず自然なまでに挨拶へと向かったあたり、おそらくはミス・ロングビルの存在に気付いていたのだろう。そのことに内心舌打ちしつつ、しかし長年の生活で培った演技力を駆使して、ミス・ロングビルもまた学園秘書としての柔らかな笑顔の仮面を被りながら挨拶を返した。

「こんばんは。確かあなたはミス・ヴァリエールに召喚された使い魔の方でしたわね」

「はい。うちはシスイといいます。ところであなたは……ミスえっと……」

「ロングビルです。オスマン学園長の秘書を務めておりますのよ。……とはいっても、わたくしは貴族の名を無くした身ですから、身分としてはあなたとそう変わりませんわね」

 そういって微笑んでみせる。

 ぶっちゃけミス・ヴァリエールが召喚したとかいう男に興味などこれまでなかったが、それでも噂ではなんでも二つ名持ちのメイジだが、身分が平民だという話であり、こうやって自分は貴族じゃないことを明かしたのは、ひょっとしてこの男も自分と似たような境遇持ちなんじゃないのかという、そんな親近感を少し感じたせいだったのかもしれない。

 それに、今はほんの少しだけこの男に興味……というよりは関心を持っていた。どちらかといえば、男が口ずさんでいた歌に対する興味なのかもしれないが。なんだか、先ほど男の歌っていた歌が故郷の古い言語に似ていた気がしたのだ。

「そうですか。じゃあ、ロングビルさんとお呼びしてもいいのかな? 正直、ミスなになにとか、ミスタなになにとかそういう呼び方するの苦手なんだ」

 そういって男も笑った。

 見るほうがつられて笑いそうになるほど、なんだか子供っぽくて酷く人懐っこい笑みだった。

「それにしてもこのような時間に何故このような場所にいますの? まだまだ夜は冷えますわよ」

 しかし、そのロングビルの質問に対し、男は困ったように頬を掻きながら「えっと……」と呟き、彼女を見上げて戸惑う。

「もしかして……ミス・ヴァリエールに追い出されましたの?」

「いや、そんなことはない。ルイズにはよくして貰っているよ。ただ、そうだな……うん、まあ月見だよ」

 そういって男は言葉を濁した。なんとなく後半の言葉は嘘だなと思いつつ、しかしそのことを追求できるほどこの男と親しいわけでもない。結局彼女はその嘘を「そうですか」と本当のこととして受け入れることした。

「それよりロングビルさんこそ何故ここに? こんな深夜に女性の一人歩きなんて危険だし感心出来ないけど」

「わたくしは見回りです。それにわたくしとて魔法を修めた者の1人。自分の身は自分で守れますからご安心を」

「うーん。自衛出来るのはいいけど、そういう問題じゃなくてなあ……女性が危険な真似をすること自体どうかなあと思うって話なんだけど、まあ見回りってことはお仕事なんだし、しょうがないか。うん、お仕事ご苦労様です」

 そういってペコリとシスイは頭を下げた。

(なんだか調子狂うねえ……こいつ)

 そんなことを呆れた気分でそう思いながら、ミス・ロングビルは先の青年の言に引っかかるものを感じたことについて、言う。

「女は案外強いものですわよ?」

「うん、知ってる。結局は守りたいと思うのも、危険な真似をしてほしくないというのも男のエゴだから。でも強さとか関係なく、やっぱり危険に近づく真似はしてほしくないんだよ」

 そういってまたシスイは笑った。

 ……やはり、調子が狂う。そう思いながらも、ロングビルは訊ねる。

「ひょっとしてそういう人がいますの?」

 それはなんとなくだった。なんとなく、自分にかけられた守りたいや危険な真似をしてほしくないというのは、自分を通してみた別の誰かに対する言葉のような気がしたのだ。それに対し、苦笑しながらシスイは言う。

「うーん。いるっちゃいるし、いないといえばいないけど、そうだなあ……一番大事なものがあって、そのためなら結局それ以外を切り捨てることになってもそのこと自体は後悔しないけど、それでも出来るならさ、誰も切捨てないですむのが一番だし、誰が傷つく姿も見たくはないし、それが女子供だったら尚更……って、ごめん、わけわかんなかったよな」

 そういって男は謝った。

「まあ、要はオレが嫌なんだ。この世に絶対なんてもんはないし、子供や女性が危険なことすんの。最悪の結果想像しちゃって気分悪くなるから」

 そんなことを初対面同然の女を前に赤裸々に語るなど……ひょっとして、こいつは馬鹿なのだろうか。そう思いながら呆れの感情が湧き上がってくるが、なんとなくそんな綺麗ごとにもエゴ塗れにも聞こえる台詞を吐く目の前の男に対し、ロングビルは村の子供たちを少しだけかぶらせた。

 そこで気付く。

(ああ、そっか)

 何に似ていると思ったのか、ようやくわかった。

 この男の黒い目は子供達の瞳に似ていたのだ。まっすぐな視線が無垢な子供を思わせたから、自分の手が汚れている自覚のあるロングビルは正視出来なくてドキッとしたのだ。

 しかし、こいつは子供ではない。男は傭兵だという。メイジだという。……暗殺者のようだと、そう噂が流れていた。おそらくこいつは人殺しだ。きっと己とは同類だ。無垢であるわけがない。

 その証拠のように、落ち着いて微笑む姿は子供というよりも、落ち着き払った大人の佇まいだ。それにリラックスしているように一見見えるが、隙がない。こいつはとんだ食わせ物だ。

 しかし、どうしてだろう。先の男の言動が嘘には見えなかった。

 なんだか、この男は見ていて奇妙な気分になる。矛盾していて、それが1つになっているような……無論ただの勘でしかないが、子供のような大人のような……いくつもの歯車をちぐはぐに掛け違えたまま大きくなったそんな、奇妙な違和感。

 関らないほうがいいと勘が告げる。少しぐらいはいいのではないかと感情は言う。

 だから、ロングビルは話しかけた。

「ねえ、先ほどの歌、わたくしにも教えてくれませんこと?」

 それにいいよと男は無邪気に笑った。

 

 

 * * *

 

 

 今日もまた、夜が訪れる。

「それじゃあ、おやすみ、ルイズ」

「待って」

 そういって、昨日や一昨日、その前の夜と同じように出て行こうとしている使い魔たる青年に対して、ルイズは静止の言葉をかけた。

 ……漸く、といったところだろうか。

 明日で男を召喚してから10日となる。けれど、1週間以上もの月日、ルイズはその言葉をかけようとしてかけることが出来なかった。訊ねる勇気がなかった。

 けれど、いつかは訊ねる問いだ。だから彼女は言葉を振り絞り、聞きたかったそれを訊ねた。

「どこにいくの?」

「どこって……眠りにだよ」

 そういって曖昧に男は……シスイは笑う。

「うそ」

 ルイズは男の言葉を一言で切って捨てて、それから心配そうな色を鳶色の瞳に宿して見上げながら言った。

「あんた、ちゃんと眠っているの?」

「…………」

 男は答えない。ただ、曖昧な笑みを浮かべたままだ。

 日中、男は明るい態度を崩さない。だけど、初日に見せたあの壊れた笑みをルイズはよく覚えている。あれほど参った顔をしていたのに、あんなにすぐ果たして何事も無く明るく振舞えるものなのだろうか? 当初は自分の劣等感をもてあますだけで精一杯でルイズは気付かなかったが、男は、シスイは変なのだ。そして一昨日、ルイズは気付いた。部屋で一緒に過ごす夜の時間、ふとした時に気付いた男の目の下の隈に。

 そして、ギーシュとの決闘騒ぎ以来何故か自分に懐いてきた、自分の使い魔とも仲良くしている黒髪のメイドに本日尋ねて初めて知った出来事を合わせて、出た結果。

『え? シスイさんがどこで眠っているかですか? ミス・ヴァリエールのところじゃないんですか?』

 シスイは、使用人宿舎で眠っていたわけでもなければ、使い魔用の家畜小屋のようなあの建物で眠っているわけでもなかった。

 じゃあ、一体どこで?

 睡眠は人間の三大欲求の一つだ。衣食住は人間の生活には欠かせない。

 けれど、ルイズの部屋に泊まることもなく、使用人宿舎を使っているわけでもなく、使い魔用の小屋ですら使用していないというのならば一体どこで眠っているというのか。

「いつも、どこに眠りにいこうとしているのよ」

 そのルイズの質問に男はややあってから答えた。

「どこって……使用人宿舎だよ」

「うそ。あんたが、着替えの時以外使用人宿舎を使っていないことは確認済みよ。なんでそんな嘘をつくのよ」

 ルイズがそう詰め寄ると、シスイは苦虫を踏み潰したような顔をして顎を掻いた。

「ここで寝なさい」

「へ?」

「ここで寝泊りしなさいといったの。ご主人様の命令よ」

 そういってルイズは怒鳴りつけた。けれど、内心は哀しいような情けないような感情でグチャグチャだ。どうして頼ってくれないの、どうして嘘をつくの、わたしはそんなに頼りないの、そんな感情でいっぱいのルイズに対してシスイは言った。

「それは駄目だ」

「どうしてよ!」

 そういって怒鳴りつけてくるルイズに対して、シスイは少女を落ち着かせようというかのように、相手を落ち着けるのを目的とした類の微笑と穏やかで静かな口調を携えてから言った。

「ここは女子寮だろう」

「それがなんなのよ」

 ルイズにはシスイの言わんとすることがわからない。そんなルイズに対して、ことさらゆっくり言い聞かすような声で青年は言った。

「ルイズ、オレは男だ。それも成人もしている。ルイズの部屋に通うこと自体はオレはルイズの使い魔だから黙認されているけど、泊まりここで暮らすとなるとまた別の問題が出てくる。男と女が一つ屋根の下ということはだ、襲うんじゃないかとまあ、そういう心配ごとが出て来るんだよ」

「は? あんた襲うの?」

 多くの使用人に囲まれ大貴族の家で育ったルイズとしては、男の言い分はいまいちわからない。

 何故ならルイズというより、大貴族の娘にとって、貴族の男は恋愛対象でも、平民は平民という生き物であり、身分の違う相手にどうこう思うこと自体受けてきた教育観的にありえないことだったのだから。

 しかも「襲うかもしれない」云々を言うのがキュルケの色香にさえ揺らがなかった男なのだから、そんなことを言われても余計にピンと来なかった。

「いや、襲わない。っていうか、オレは恋人でもない女を抱きたくないし、学生やってる子供相手に欲情する趣味も無い。が、周囲がどう見るかはそれとは別問題なんだよ。ルイズはともかく、オレがいくら襲わない、手を出さないといっても、同じ屋根の下に男がいるなんて知ったら、他の女子寮に住む女の子たちが不安がるんじゃないか?」

 確かに、襲わないといくらいっていても、実際接してみてそういうことしそうにない男だとしても、碌にこの男のことを知らず、寮に住まわせたらそういう不安を持つ層は一定出てくるだろうと、ルイズは思考した。なにせ、この男は平民とはいえ魔法も使えるのだ。無力なただの平民ならともかく、平民とはいえ魔法が使える相手じゃ不安を抱いて当然だろう。

 そんな風に考えが及んだルイズに気がついたのだろう、シスイは「理解したか?」というと、纏めるようにこう告げた。

「だから、オレはこの部屋に住むことは出来ない。……悪ぃな」

 そういってシスイは困ったように笑った。

 きっとこのままだと男はまた出て行くのだろう。そうして背中を向けてこの部屋を後にするのだ。昨日や一昨日、その前も同じだったように。

 この部屋に泊まれない理由はわかった。それでも、納得できるわけがなかった。

 だって、この男は使い魔なのだ。

 たとえこの男が元の世界に帰る方法を見つけるまでの短い期間の主従だろうと、それでもルイズが主で、この男はルイズの使い魔なのだ。

 だから、ルイズは叫ばずにはいられなかった。

「じゃあ、あんたはどこで眠るのよ!」

 それに対して、男は言った。

「心配しなくても、この学院内にはいるし、眠っているよ。言ったろ? オレは傭兵なんだって。眠りなんて、屋根さえあればそれで十分なんだよ」

 まあ……眠れるのは3日に1度くらいの割合ではあったが、けれど本当ではなくても嘘ともいえないことをそうさらりと返して、シスイは告げた。

「だから、心配しなくてもいい。だけど、心配してくれてありがとうな」

 そういって幼い妹にするように、シスイはルイズのピンクブロンドの髪をくしゃりと撫でてから「おやすみ」と声をかけ、ルイズの部屋を出て行った。

「ッ!」

 ポスリと枕を男が出て行った扉に向かって投げる。枕は虚しく地面に転がって、勢いが止まる。その姿がまるで自分と男の関係のようで、知らずルイズの目尻にじわりと涙が滲む。

「バカ……」

 言葉に声が返ってくることは無かった。

 

 

 続く

 

 




次回予告。ギーシュ登場するお。


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14話

ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話はギーシュ回というわけで、割りとコメディチックな話の予定だったのですが、冒頭がこんなんであるあたり、相変わらずしーたんはめんどくさい子のようです。
まあ、めんどくさくないしーたんなどしーたんではないが。あとしーたんはツンデレではなくヤンデレなので悪しからず。
それでは、どうぞ。


 

 

 シスイがこの世界に来てから10日の月日が流れた。

 10日で異世界に順応できるか、といわれたらまあたいていの奴は無理だろうと言えるし、シスイ自身なんでもない風を装ってはいるが、完全に順応できているかといわれたらそうでもない。

 しかし、表面上は大分この学院ともこの世界の人々とも打ち解けていたし、忍びとして色んな任務を受けてきた過去のお陰か、表面上はなんでもないように振舞えているとは思う。

 とはいえ……自分が碌に眠れて居ないということに、まさかこの世界での主であるルイズが気付いていたとは思っていなかったが。しかし、そういうポカをしてしまうあたりからして、やはり自分は以前の自分を再現仕切れて居ないのだろう。

 だが、この感傷や自分の心の澱みを表に出したところでどうなる?

 悪夢に魘されて眠れないんです、など口にすることさえ馬鹿らしい。

 そもそも悪夢のキッカケは自分自身が生み出したものであり、悪夢の正体は自身が過去に実行した出来事の再現でしかないのだ。1番を守る為にそれ以下を切捨てたのはシスイ自身の判断だったし、そのことについては後悔はしていないというのに、泣き言を言う資格などあろうはずが無い。

 一族を殺した自分が殺した人々に謝る資格もないし、赦される資格もないし、赦される気もない。そもそも自分は確かに彼らを愛してはいたが、同時に憎んでもいたのだ。

 どうして里からの一族に対する扱いへの不満をクーデターなんて手段に訴えようとしたのだと、恨む気持ちはいまだに胸にくすぶっている。彼らに対する情と憎悪どちらもが本物だった。その時点で、うちは殺しという任務は己にとっては私怨も同然と成り果てた。

 醜すぎて反吐が出る。

 だから毎夜訪れるこの悪夢は当然の報いだ。寧ろ、この悪夢を見なくなった時のほうが……彼らを殺した時の感触と光景を忘れてしまう時が来てしまうほうが余程怖い。

 そうあれから10日だ。一族を殺した日でもあり、イタチと別れた日でもあり、ルイズにハルケギニアへと召喚された日でもあったあの日から10日が経った。それをたかが10日というべきか、もう10日も経ったのだというべきかはわからない。

 ……初日に『うちはシスイ』に言われたように、おそらくこの世界に留まった方が楽なのだろうとそういう考えが全くないとはいえない。

 あの世界で一族殺しを行い里を抜けたシスイに待ち受けているのは、犯罪者として生きる道だ。おそらく既にもう指名手配は済んでいるだろう。それは別にいい。イタチを犯罪者にするくらいなら自分がなったほうがずっとマシだ。

 そうして追われる者として生きながら、里にとって有害であり、イタチを将来火影にするのなら邪魔な奴らを片付けたいという思いもあった。それはきっと、里所属の忍びとしてよりも犯罪者として動いているときのほうがやりやすいだろう。

 大局が動き出すのは5年か6年は先だ。それまでは準備と時の問題で抹殺リストに載せた人物達が大きく動くことはないだろう。だからそれまでに何年もかけて準備を進め……なにせ殺したいと思っているやつらはどちらも自分より余程格上の存在だ。きちんと準備してかからなければ犬死するだけで終わるのが関の山だ、でタイミングを見計らって、第四次忍界大戦なんてものを起こされる前に葬ろうと、そう計画していた。

 しかし計画を実行に移す以前に、里を抜けた直後に己はルイズによってこの世界に召喚された。

 元の世界では一族殺しと里抜けを犯した犯罪者として今頃指名手配されている身分ではあるが、この世界にシスイが過去何をしたのかを知るものはいない。

 本来なら里抜け直後にシスイにかけられていただろう追っ手も、世界を超えてまでやってくることはない。それは積極的に彼の命を狙うものはこの世界にはいないということである。

 この世界にシスイの罪を知る者はいないのだ。

 そのまま過去を忘れ、この世界で生きるほうがどう考えても楽だろう。シスイが将来里とイタチにとって障害になるとして殺したいと思う相手だってくどいようだが己より余程手強い格上の相手だ。何年もかけて準備したところでそれらすべてが無駄に終わり、犬死にする可能性だってかなり高い。

 シスイが自身の生存を望むのならあの世界になど帰らぬほうがずっといい。ルイズの使い魔を務めているほうがずっと安全なのだから。

 それでも、そんなことシスイ自身が赦せなかった。

 イタチを火影に……木の葉の里を治める里長としたい。それがシスイの夢だ。正確にはイタチの治める里で笑う子供達の姿を見たいというのが願いだが、彼にとってはどちらもその願いは同じことだ。

 その障害を削りたい。自分の命と引き換えにしてでも、里にとっての危険物を消したい。そのために自分の命を使いたい。この目も、万華鏡に目覚めいつか失明するだろうイタチのために残したい。そのために、大局が動き出す前にはあの世界に帰りたい。そうでなければ、なんのために彼らを……第二の家族といえるうちは一族の人々を皆殺しにしたのか、わからなくなるではないか。

 そう思っているのに、それでも、己は本当に甘い。

 

 自分にとって優先順位一位が変わることはない。それは己の夢そのものでもあるから、譲る事は出来ない。その障害になったなら二位以下だって切り捨てよう。

 それでも、出来るなら、それ以外も守れる限りは守りたいと思っている。拾えるものを見過ごす真似はしたくない。それも捨てたくない理由は他人の為ではなく、自分のために、だ。酷いエゴイストだ。自己中心的過ぎて反吐が出る。

 本当は誰にも死んでほしくないなんて、誰が悲しむ姿も見たくないだなどと……もしも一番と天秤にかけられたら即座に切り捨てるくせに、よくもまあ図々しくそんなことを思うものだ。

 誰でも守れるほどこの手は広くもないし、自分は強くも無い。それを知っていながら、己は望むのだ。救えるものは救いたいと、見捨てずにすむものならそうしたいと、それはまるで強迫観念のように。

 ルイズの使い魔を引き受けたのも、つまりはそういうことだ。

 彼女のためなんかじゃない、自分のためだった。

 確かにいつかは帰らなければいけない。どんなに長くてもこの世界に居座れるのは3年が限界だ。それ以上留まる事は自分の目的に対する妨げになるため、そこは譲ることが出来ない。けれど、急いで帰らないといけないほど事情が切迫しているわけでもなければ、数ヶ月ほどあの世界から消えることが出来るのなら寧ろ追っ手を撒けて好都合ともいえる。

 それでも初対面同然の人間を前に甘える気はなかったし、いつかは去ることが決まっている奴が使い魔なんてものを引き受けてどうすると思ったから申し出を一度は断ったが、一度使い魔を召喚したら別の使い魔を召喚することは出来ず、契約出来ないのならルイズは留年してしまうという話を聞いて気持ちは傾いた。いや、もしかするとこれも強迫観念だったのかもしれない。

 自分の一生をあの小さなご主人様に捧ぐことはどうしても出来ない。だから引き受けるべきではないと思った。しかし、別に今すぐ帰らないといけないほど事情が切迫しているわけでもないのだ。むしろ半年ぐらいあの世界から消えることが出来たらそのほうが都合がいい。

 一生仕えるのは無理でも彼女の進級のために半年一緒にいるぐらいなら、元の世界に帰る方法を探しがてら無理ではないはずだ。なのに見捨てるのか、と、留年がキッカケで彼女の将来が滅茶苦茶になったらどうするのかと、人一人の人生を滅茶苦茶にしても何も思わないなんて外道だな、最低の屑だと、そんな風に囁く己の心の声に負けたというだけの話だ。

 それがルイズの使い魔を引き受けた真相だ。

 これを、自分のためといわずなんという。

 そう、正直に言おう。

 己は弱い。

 どうしようもなく、弱いのだ。

 たとえ前世より肉体頭脳両面においてスペックが高まっていようと、心まではそうはいかない。結局己はいつまでたっても弱い人間でしかない。

 ゼロと蔑まれ続けようと、1年以上に渡る周囲の嘲笑から気高く耐え続けたルイズのほうがずっと強いだろう。

 結局己は子供の頃から……前世からも何も変わっていない。誰かに何かに依存せずにはいられない、そんなどうしようもない人間だ。任務であればいくらでも切り捨てられるのに、一番が秤にかけられたのなら見過ごせるのに、そうでなければ出来ないなどと、とんだお笑い種だ。強迫観念で起こした行動など偽善ですらない。自分の心の平穏を手にしたいがために、おこしているだけの行動なのだから。

 そんなことを思う。

 だが、ルイズに気づかれたのはいい機会なのかもしれない。

 悪夢に魘されるのは当然の報いだから受け入れるにしても、睡眠が短いというのは、思考能力の低下を招くよくない傾向だ。あまり長引けば今以上にルイズに心配をかけることになるだろう。

 だから、たとえどんな夢を見たとしても、どんな状況でも眠れるようにこれから慣らしていこうと思う。とにかく、もうルイズに己の不調を見破られないようにしないと。

 

 そんなことを思いながら、シスイは今日も自分とルイズの2人分の洗濯物を取り込んでいた。

 嗚呼、今日も良い天気だ。よく乾いている。

 そう思いふっと頬を綻ばすシスイの元に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「君っ」

「ん?」

 その声にシスイは洗濯物を抱えたまま少年のほうへと視線を向ける。

 そこに立っていたのは、フリルがあしらわれた白いシャツに、胸元に造花の薔薇を模した魔法の杖を収納している、ゆるりとウェーブを描いた金髪が眩しい気障な優男風の少年だった。

 その少年にシスイは見覚えがあった。

 確か、少年の名はギーシュ・ド・グラモン。グラモン伯爵家の四男坊と名乗ったか、二つ名を青銅といい、ルイズのクラスメイトである少年であった。

 シスイがギーシュを知ったのは9日前のこと。

 女の子に二股をかけ、それがバレて振られたのをメイドのシエスタのせいにして、そんなギーシュを見たルイズと口論を起こし、決闘騒ぎを起こした少年だったか。結局、決闘相手はルイズからシスイへと替わり、教育的指導代わりの軽い幻術をかけて気絶させてあの時は事件を終わらせたはずなのだが、いったいなんの用なのだろう。なんだか真剣なブルーの瞳で僅かにギーシュよりも背の高いシスイを見ている。

 そんな少年の様子に首をかしげながら青年は問うた。

「確か……ミスタ・グラモンだったかな。オレに何か用でもあるのか?」

 噂によれば、あの日気絶から目覚めたギーシュは目覚めるなり、自分が泣かせた女の子たちに土下座をして回ったということだった。勿論、シエスタの元にも謝りに現れたらしい。まあ、それでもギーシュの自業自得を自分のせいにされた過去を忘れることは出来なかったようで、謝られたところでシエスタの中では自分に謝ってくれたギーシュ株より、自分を庇ってくれた(とシエスタは思っている)ルイズ株のほうがよっぽど高いようだが。

 まあ、そんな余談はおいといて、そんなギーシュの土下座行脚によって「貴族が軽々しく頭を下げやがって」と一部の人間からの侮蔑を集めたらしいが、逆に女の子たちからの好感度はそれで上がったそうで、今ではミス・モンモランシーとは元鞘に収まったらしく、教室でも仲睦まじそうにやっている。まあ、フラフラする男はけしからんが、1人に決めたのならいいことだ。

 とまあ、そんな感じであの事件のことを回想しつつ、しかしなんで自分に話しかけてきたのだろうと不思議に思いながらギーシュを見るシスイを前に、ギーシュは黒の青年にとって予想外なことを言い出した。

「君、僕に戦い方を教えてくれないか!?」

「へ?」

 

 突然といえば突然すぎるギーシュの発言に、「とりあえず、どうしてオレに教わりたいと?」と最初っから話すよう促したシスイを前に、ギーシュは次のようなことを言い出した。

 曰く、僕は君との戦いで如何に自分が愚かなことをしていたのか気がついた。

 曰く、ドットとはいえ、僕もメイジの端くれだ。なのに君が何をしたのか気づかなかった。

 曰く、君は身分こそ平民だがメイジで傭兵で実戦経験があるそうじゃないか。あんなふうに傷ひとつつけずに勝利出来るなど余程の凄腕に違いない、武門の家に生まれた者として是非ともご教授願いたい!

 とまあ、ギーシュが言い出した内容はそんな感じで、青い瞳をキラキラさせながら彼はそう語った。

(いやいや、美化しすぎだろう……)

 それに思わず脱力した気分でシスイはそう思った。

 ぶっちゃけ、自分はギーシュとまともに戦ってなんていない。こちらとしてはあれはただたんに女の子を泣かせた最低二股野郎に対する制裁基、お灸を吸えただけというその程度の認識だったのだ。

 いや、まあ確かに忍び暦は9年だから、約10年近い実戦経験があるので、実戦経験もないただの学生のお坊ちゃん相手に負ける気はしないのも確かだが。ていうか、忍び暦10年近い上忍なのに学生に負けた日にゃあ流石になけなしのプライドも傷つくってもんだ。へこむどころじゃない。なのでシスイのほうが強いのは過去の積み重ねであって、ある意味当たり前のことだったのだが……だがまあ、こうして向上心を秘めた瞳を見るのは、悪くない。

「つまり、強くなりたいと」

 だからシスイはギーシュにそれを尋ねる。

「ああ、そうだ。僕は強くなりたい」

「それは、なんのために?」

 その質問に、ギーシュは迷うことなく答えた。

「父や兄達……グラモンの家名に恥じないように、守りたい人を守りたいときに守れるように、だ」

 その少年のまっすぐな言葉に思わず、シスイの口元が綻んだ。

「……うん。悪くないな」

 そういって、よっと声を軽くかけながら洗濯物を抱えてシスイは立ち上がった。そうして背を向けるシスイを前に、あせるような声でギーシュが言葉をかける。

「それで、ミスタ・シスイ。引き受けてくれるのか? 僕はまだ返事を聞いてないぞ」

「その呼び方やめれ。オレは貴族じゃないんだ、むずがゆい。それと、指導すんのは別にかまわないけどうちのお嬢様に先に許可を取ってくれ。オレは彼女の使い魔だからな。でないと筋が通らないだろう」

「! ああ、そうだな。確かにそうだ。行ってくる」

「それと生憎オレはこれから仕事が入っててな。忙しい。だから許可が下りたなら7時半にヴェストリの広場で待っててくれ」

「わかった」

「じゃな、ギーシュ」

 そういってドサクサ交じりに下の名前を呼び捨てて、悪戯な笑みを浮かべながらシスイは広場から去っていった。

 

 

 * * *

 

 

 結果をいえば、ギーシュの希望は叶えられた。

「で、うちのお嬢様は見学を希望と?」

「そうよ。だってわたしの使い魔を貸すんだもの。悪い?」

 ……ただし、ルイズの見学付きで、という条件がついていたが。

 まあ、けれど彼女の言には一理ある。シスイはため息を1つ吐くと「まあ、いいや。危なくないよう下がっててくれ」といってそれを受け入れた。

 そしてギーシュの元の向かおうとしている自分の使い魔に対してルイズは、「ねぇ」と潜めた声で疑問を放つ。

「ん? なんだ?」

「……いいの? なんでなのかわたしは理解出来てるとはいえないけど、あんた自分の魔法知られたくないんでしょ?」

 そういって見上げてくる鳶色の瞳にはこちらを心配する色があって、それにシスイはルイズは良い子だなあとしみじみ思いながら言った。

「いや、別に指導するだけなら問題はないよ。あくまでオレがするのは実戦に基づいたアドバイスをするだけなんだし」

「そう」

 そういってどこかほっとしたような顔を見せるルイズに、基本的にこの子は戦いや争いは嫌いなんだろうなとシスイは思う。確かにルイズ自身自覚しているようにちょっと意地っ張りなだけで、本質的には優しい子なのだ。

 ともかく、もう一度ルイズに下がっているよう口にしてから、シスイはギーシュの前まで赴いた。

「それで、どうするんだい?」

「んー、まあ前回は結局見れなかったからな。とりあえずお前の得意な魔法、全力でオレにぶつけてみろ」

 そう飄々とした顔と声でシスイは言った。その言葉が予想外だったのだろう。ギーシュは一瞬ポカンと目を見開いて驚きに固まる。

「どうした?」

「いいのかい? 後悔してもしらないよ」

 ギーシュはメイジとして最下位ランクのドットメイジだ。しかし彼が一度に動かせるゴーレムの数は7体いるのだ。そのことをシスイは知らないのかもしれないが、それでも複数のゴーレムを相手に杖を構えもせずにかかってこいというなど、流石に舐めすぎなのではないかとギーシュは思った。

 そんなギーシュに向かってシスイは言った。

「かまわない。それに言ったろ、オレの二つ名は『瞬身』だって。回避は得意なんだ」

 それを挑戦と取ったのか、ギーシュは造花の薔薇を振った。

 それが地面についた途端、青銅製の甲冑を着た女戦士型をしたゴーレムが7体現れる。大きさは人間の等身大ほどだ、それがギーシュの「行けっ! ワルキューレ」という指示に従ってシスイの元へと向かう。

(ほう、こりゃすごい)

 何もないところからこんなアンティークじみたものを作り出したこの世界の魔法に、シスイは素直に感心する。だが……。

「甘いなあ」

 そんな暢気な声を上げて、ひらりと一体のワルキューレの頭部を掴んで青銅製の『彼女たち』のコブシを回避する。そんなシスイの行動を前に、別の戦乙女が別の個体の体を打ちのめし、二体のワルキューレが折り重なって倒れていく。

「ほい、ほい、ほい」

 後の光景はまあ、言うまでもない。

 シスイは全てのワルキューレの攻撃をなんでもないように避け続け、ワルキューレはシスイを倒そうと挑みかかっては別の個体を攻撃して崩れていった。

 因みに二つ名を『瞬身』だと改めて名乗っておいてなんだが、この手合わせにおいてシスイは一度も瞬身の術を使ってはいない。寧ろ忍術やチャクラすら使ってない。やったのは回避行動だけだ。それもルイズやギーシュがちゃんと自分の動きが見えるように、スピードに制限をかけての回避だけだった。

 そして最後の一体もシスイの足払いで倒れていった。

「な、なんでだ。どうしてあたらない?」

 ギーシュとしてはまさか、相手にかすり傷すら与えず終わるとは思ってなかったのだろう、動揺した声でつぶやく。そんなギーシュに近づいて、シスイは言った。

「そりゃあ、あれだよ。動きが単調すぎるからだよ」

 それからまるで教師のような顔をしてシスイは語った。

「7体もの人形を同時に動かせるのはすごいと思うけどな、だからこそ一体一体の動きが散漫になっている。それにせっかく多くの人形を使えるってのに全部同じ性能なのももったいない。用途に分けて使い分けるほうがいい。というか、甲冑はつけてんのに、なんで武器を持たせてやらないんだ? そうだな、女形の人形であることにこだわりがあるんなら、あまり重い装備にはしないほうがいい。戦場での死因の多くは飛び道具だ。そのことから弓を持たせて遠距離攻撃を磨くというのも手かもしれないな。矢はお前が練成してすぐ渡せれるし、ゴーレムに囲まれていたらお前も安全だろう。それから実用性を考えるなら……」

 

 そんな風にギーシュのゴーレムを改造するならどうするか、戦術は、戦略はと、あーでもないこうでもないとギーシュ相手に話を続ける自分の使い魔を見ながらルイズは思った。

(楽しそうよね……あいつ)

 実際今のシスイはとても生き生きとしている。ギーシュに何か尋ねられ、それに答えるたび緩んでいる口元にあの男は気づいているのだろうか?

 というか、こうしてみるとまるでシスイは教師か講師のようだ。ならば、さながらギーシュは勉強熱心な生徒といったところだろうか。実際、あの2人の雰囲気はそんな感じだ。

 楽しそうに、笑っている。

 それにどうしてこうほっとしているんだろう。やがて、話は終わったのか30分ほどしてギーシュとシスイは己の元へ帰ってきた。

「ルイズ、君の使い魔はすごいね!」

 そういってなんだか目を輝かせながらワクワクした顔でギーシュはルイズに声をかけた。

 そんなギーシュを見上げ、次に自分の使い魔へと視線を移しながら少女は言った。

「そうやってるとあんたってなんだか先生っぽいわよね。慣れてるっていうか、なんで?」

「え? そ、そうか?」

 シスイはひょっとしてハメを外し過ぎたかと思いながら、ルイズの問いにそんなとぼけた返事を返す。そんなシスイをじと目で見上げながら少女は言う。

「あんた、本当に傭兵?」

「いや、そうだけど」

 そう答えながらも、シスイは妙に鋭いななんてことを考えてた。

 ほんの数週間前までシスイはアカデミーで幻術の臨時教師として時には教壇に立っていたのだ、先生っぽいというのも当然といえば当然だった。それに、シスイは上忍として3人の担当下忍がついていた。彼らを指導教育するのはシスイの役割だったし、ギーシュとの話し合いはついその担当下忍だった忍たまっこ3人組との日々を思わせるそれだった。

 彼らもよくどうすれば強くなれるかシスイに相談を持ち込んだし、シスイもまたどうやれば彼らが強くなれるか一緒に考えては課題を与えたりしたものだ。そのせいで強くなりたいと教えを乞うてきたギーシュに対し、話に熱が入ってしまったのかもしれないと考えていた。

「ま、いいわ。あんたが秘密主義なのは今更だし、そこは追求しないであげる」

「は、はは、ごめん。助かる」

 そういって苦笑するシスイを前に、ルイズはため息を1つ落としそれから言った。

「それにしてもあんたって人の面倒見るの好きね。楽しそうだったわよ、すごく」

「ああ、それは僕も思ったよ」

(え?)

 ルイズの言葉にうんうんと同意するギーシュの貴族2人を前に、自分ではそんな自覚はなかったシスイは動揺しながら反射的に言葉を返した。

「べ、別にオレは子供の面倒見るの嫌いじゃないけど、好きってほどじゃないし! そんなんじゃないし! 楽しそうだったとか気のせいだ!」

 ……もっともそんなことを顔を照れで真っ赤にしながら言ったところで説得力などないのだが。

「ははは、君は意外と照れ症なんだね」

「いや、あんだけ楽しそうにしといて何言ってるのよ? ツンデレ? ツンデレなの? そうなの? わたしとキャラ被る気なの?」

「だー!!! オレはツンデレじゃねえ! てか、なんでそうなるんだよ!」

「うーん、ツンデレはレディだけで十分かなと僕は思うけどねえ」

 からかっているのだか本気で言っているのだかイマイチわからないルイズ、顔を真っ赤に染めてちょっぴり涙目で叫ぶシスイ、そんな誰も聞いてねえよな意見をしみじみと語るギーシュ。なんだかカオスだった。

「ていうかさ、あんた前からさりげなくわたしたちのこと子ども扱いしてくるけど、そういうあんたはいくつなのよ」

「あ、それは僕も聞きたいな」

 ふと変わった話題にキョトンとしながら、シスイは答えた。

「18だけど?」

 それに、別の意味でルイズとギーシュは固まり、そして叫んだ。

「はぁ!? あんたわたしと2つしか変わらないじゃないの!? それでわたしを子ども扱いしてたっての!?」

「僕と1つしか変わらないのか!?」

「んなに驚かなくてもいいだろ……。それに、学生は十分子供で通じると思うぞ」

 そんなことを首をかしげながらいうシスイを前に、ルイズははっとした顔であることを思い出した。

「待って……あんた、確か学生やってる子供相手に欲情する趣味も無いとか言ってたわよね。ひょっとして熟女趣味?」

「え!? そうなのかい!?」

 なんて可哀想なやつなんだ、若い蕾の良さがわからないなんてといわんばかりのギーシュの視線を前に、シスイは慌てたような声で叫んだ。

「別に熟女趣味ってほどじゃねえよ。オレはただ単に18歳から30歳くらいの女性が好きなだけだ!」

「十分年上趣味の熟女趣味じゃないの! 何、行き遅れ? 行き遅れの女性が好きなの?」

「君……可哀想な男だね……」

 そう口にするギーシュの瞳には同情の色がたまっていた。

 その晩、シスイがルイズにからかわれ続けたのは言うまでもない。

 

 

 続く

 

 



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15話

ばんははろ、EKAWARIです。
今回はまあある意味ルイズによるしーたん分析回ですね。
有能な筈なのに頼りにならない駄目人間(暴走尽くし系ヤンデレ)それがしーたん。……一応戦闘では頼りになるはず、多分。因みにへたれに見えても奴はへたれとは真逆の人種(のほほんとした顔して周囲を振り回す系男)です。
それではどうぞ。
PS,因みにやつは前世では非童貞だが現世では童貞というか勃起不全予備軍(本人無自覚)だ。


 

 

 時刻は夜の8時半を過ぎた頃。

「あー、おっかしい」

 あれから男子寮に戻るギーシュとも別れ、しかしその間ずっとシスイをからかいつつ、彼と共に自室へと引き上げたルイズであったが、現在ルイズは朗らかな顔でそんな言葉を楽しげに言い放ちつつ、ぼふりと自身のベットに体を預けていた。

 笑った、笑ったという態度をとってもうおしまいのような声を上げているが、その割に彼女の口元はまだ笑い足りないようににやついている。

 そんな主を前に、彼女の部屋の隅でその使い魔である青年はいじけた態度を取りながら背中を向けていた。

 けれど図体はでかいのにまるで子供みたいな、そんな態度を取る彼がおかしくてたまらないというように、ルイズは未だにやついた口元のまま含み笑いを隠そうともせずに言う。

「しっかし、あんたが行き遅れ好きとはねー。「30歳の女性が好き」なんて公言するようなやつ、始めて見たわよ」

 というか、ルイズの知る限りそんな奴に出会ったのはこれが始めてだ。

 そもそも20歳を過ぎて未婚なだけで行き遅れ、25を過ぎたら年増扱いが当然のこの世界で、好みの女性の年齢が18~30歳くらいだ、と公然と言い放つのだからまあルイズの反応も当たり前と言えば当たり前だろう。

 少なくとも、ルイズの持つ常識では女の結婚適齢期は15~20歳くらいであり、男が好み付き合いたがる年齢というのも、それくらいの女だという認識だったのだから。多めに見ても上限は25歳くらいまでだろう。

 しかし、そんなルイズの発言がグサリとシスイの心に突き刺さる。

(なんでだよ、エヴァだったら綾波やアスカよりもミサトさんのほうがたまらないだろ。ナルトだったら紅さんだろ。30歳近くてもいいじゃねえかよ……)

 とか思ってしまうのは、元々彼の精神面の故郷が平均寿命80歳越えの日本だったせいなのか。

(それに、30手前の何が悪いんだよ、それくらいのが艶や落ち着き出てきて、魅力的だし女盛りじゃんか……)

 とはいっても、それくらいの年齢の女性も好ましいと思っているだけで、実際にシスイが三十路手前の女性と付き合ったことはない。

 前世での初恋は隣に住んでいた大学生のお姉さんで、前世で高校時代に付き合っていた人生初となった彼女は2歳ほど年上の先輩で、大学時代付き合っていた人生最後の彼女は同級生だったというのが彼の女性遍歴である。両親の死後は愛だの恋だのを考える精神的余裕もなければ、最後の数年はそんな欲求もどこかにすっかり消えていたためあとは空白だ。

 まあそんな後年はともかく、彼が過去に付き合ったり惚れたりしていた人々ってのは、悉く20歳前後くらいの年齢だったのである。因みにうちはシスイとして生きてきた現世においては、許嫁はいたが恋人はいたことはないし、作りたいとも何故か思えなかったためそういう意味で好きな人は現時点ではいない。

 が、それはそれとして、自分の好みがおかしいと、変だと言われるのは傷つくものである。

 故にムスッとした顔で彼は言う。

「行き遅れ好きとかゆーな」

 拗ねた声音で憮然とそう答えるシスイであったが、ルイズとしてはそんな子供っぽい反応がまたおかしくてたまらないらしく、再びかみ殺せない笑いを漏らしつつ、プククとルイズは笑う。

(意外とからかうと面白いのよね、こいつ)

 正直初めは、出会いが出会いだったのもあって、こんなからかい甲斐のある性格をしている奴とは思っていなかったが、当初はルイズにあれほどの劣等感を植え付けたとは思えないくらいに、有能に見えて案外この男は変なところで抜けていた。

 というか、フワフワしているというべきか。

 有能なことは有能なんだが、どこかのほほんとしているというか、天然というか、とにかく世間慣れしているようで何かズレているのだ、このうちはシスイという男は。

 仕事はきっちりやるようで、そういった面で不備を見せることはないし、手際もよくて気がまわるにも関わらず、ルイズに少しからかわれるだけで顔を真っ赤にして反論したり、子供みたいに拗ねたりいじけたり、コロコロ変わる表情はなんだか面白くて見ていて飽きない。そのくせ、鍛錬中やギーシュへの指導中などははっとするくらいには落ち着きと安定感があるし、まったく、大人っぽいんだか子供っぽいんだかよくわからない男だ。

 まあ、今の姿は子供っぽいとしか言いようがないが。

 有能なくせに、どことなく危なっかしい男である。人によってはそういうところに母性本能をくすぐられるるのかもしれないが、少なくともルイズから見たら有能なんだから頼りになるはずなのに、頼りがいのない男というか、からかって遊ぶ分にはいいけど寄りかかりづらい男だなとまあ、そんな評価をつけざるを得ない。

 しかし一方で、でもだからこそ年上好き宣言に初めは吃驚かつ笑ったけれど、本人の申告通り、年下や同年代の女性よりも年上女性とのほうがあっているのかもしれないなとも思う。

 世話焼きで気がまわるわりに、表情豊かで子供っぽくてどこか浮世離れしてて危なっかしい感じがするから、そういう精神的に己を支えてくれそうな、母性豊かな姐さん女房タイプのほうが付き合う相手には向いているのだろう。

 年下が相手だとそういうところで甘えにいきにくいんだろうなというか、年下に頼られたらほいほい引き受けて自滅していくタイプなんだろうなということは、10日という短い付き合いながらルイズも察してはいた。故にこいつに必要なのは頼り甘えてくれる女じゃなくて、甘えさせてくれる女なのだろう。

(それにしてもこいつ、ホント感情豊かよね)

 ルイズも感情豊かなほうだが、こいつほどじゃないわ、と彼女は思う。ちょっとしたことですぐ照れたり拗ねたりするあたりとか、見てて面白いが、本当にこんなんが強いのかしら? と毎度思ってしまう姿だ。いや、実際鍛錬の様子見たり、ギーシュへのアドバイス聞いたりする限り強いのだろうけど。

 そうだ、ギーシュといえば……。

 

「それで? あんたはこれからもギーシュの奴の相手するつもりなの?」

 とそれまで部屋の隅でいじけて拗ねていた態度を取っていたシスイであったが、話題が変わったからか、そのルイズの言葉に反応して青年は表情を切り替え、「向こうが望んで、ルイズが構わないならな」とそんなふうに答えた。その顔は穏やかだが真面目そのものであり、落ち着いた物腰は先ほどのガキくさい態度とは裏腹に実年齢以上に大人びている。

(……さっきまで顔を羞恥で真っ赤にしたり、拗ねたり、いじけたりしてたくせに切り替え早いわね、こいつ)

 そう思いつつも、そこを追求していたらいつまでたっても話が進まなさそうな気がしたので、ルイズはそんな感想を心の中で止めて、先の話の続きについて問う。

「そう。具体的にはどういったことを教えるつもりなの?」

「んー、とりあえず身を守れる手段を幾通りか覚えさせるのが第一だな。次に、想定外の自体や実戦に出されたときにちゃんと体が動くように、とっさに動ける体作りをメインにやっていこうかと思ってる」

「ちゃんと体が動くようにって?」

「予め習っていたとしても、本番で体が動くかどうかは別問題だからな。脳内シミュレートと現実は違う。戦場で新兵が使い物になる確率なんてそう高くない。どれほど覚悟してても、いざというときはパニックになって訓練通りの行動を行えない確率が高い。で、パニックに陥った奴ほど死ぬ確率もまたでかい。だから、オレの殺気に慣らしたり、勿論寸止めにするつもりだけど、オレの攻撃を受けて貰って、それを回避させることを通じて敵から攻撃を受けた際にも動じず適切な行動を取れる体作りにもっていこうかと」

 そういって、「ま、いくらメイン武装がゴーレムとはいえ、何があるかわからないんだし、折角の軍人志望なんだ。同時に体作りもさせるつもりだけどな」と更にそう付け加えると、シスイはうんうんとなにやら1人頷いた。

 そんな男をゴロリとベットに体を横たえたまま行儀悪く見上げて、ルイズは訊ねた。

「なんていうか、地道ね。もっと、こうドカンと派手な魔法を教えて解決とかないの」

 その主の言葉に、シスイはどこか呆れたような顔をすると、それからこめかみのあたりを押さえつつ言う。

「あのさ……ルイズ、お前さ、千里の道も一歩からって言葉知ってる? 結局の所、いざというとき役立つのはそういう地道な日々の積み重ねなの。楽しようと考えるんじゃない。そもそもそんなことを思って相手を舐めきっている奴に限って死ぬの。大体そんなドカンと簡単に敵を楽々倒せる方法があんのならオレが教えてほしいくらいだわ」

 そんなシスイの言葉に、面白くなさそうにルイズは呟いた。

「何よ、使えないわね」

「へいへい、悪かったですね。どうせオレは小細工無しでいけるほどは強くありませんよ」

 そんなことをどこか拗ねたような声音でシスイは口にするが、彼の強くない発言にルイズは密かに眉を顰め考える。

 こいつが自分のことを強くないと考えているらしいのは召喚した初日の夜から変わらないわけだが、それでもルイズが見るかぎりこれほど強い奴には出会ったことはほとんどないのに、なんで平然と自分は弱いとも聞こえるそんなことをいうんだという気分になってしまう。

 今日だってそうだ。あのギーシュの作り出した7体のゴーレムの攻撃を一撃すら食らうことなく、魔法すら使うことはなく、ただ避け続けるだけでゴーレム自身に自滅させるなんて真似をしたが、ルイズの知る限りあんなデタラメな身体能力の持ち主などこいつの他には知らない。しかもこいつは超余裕で、ゴーレムの相手をするのに息を乱してすらいなかった。

 魔法に関してだって、ルイズの知る限りこいつはスクウェアクラスの技をなんでもないように使って見せた。おまけにその走りはドラゴンのように早い。あんなスピードを生身で出せる時点で人間とは思えない。

 これで強くないなんてなんの詐欺なのよと彼女が思っても仕方ないだろう。少なくとも、ルイズの周囲にはシスイのようなスペックの持ち主はいないのだから。……まあ、破壊力と魔法力だけならルイズの母も規格外な強さではあったが、それはそれ、これはこれである。それにルイズの母は紛う事なき最強が一角だ。

(小細工抜きでも充分あんたは強いでしょうが。それにこのわたしの使い魔なんだから、もっと自分に自信持ちなさいよね)

 まあ、ルイズの不満はようはそういうことだ。

 故に今度は少女がムスッとする番だった。

 しかし、変なところでよく気が回るくせに、主のそんな感情の変化に気付いていないのか、「ああ、そうだ」と些か呑気にすら感じる口調で青年は自分のお願い事を口にする。

 そんな使い魔を前に、ルイズも自分が抱いた不満を押し殺して、主としての顔で青年の言葉を聞き受ける。

「ルイズ、悪いんだが、使い捨て用のダガーを何本か補充してもらってもいいか? 安物で構わないから」

「ダガーが欲しいの? あれ? でもあんた、持ってなかったっけ?」

 ルイズは当然のように何度か自分の武装の手入れを行うシスイの姿を見ている。

 その中にはルイズから見てみたら変わった形をしているなーと思う、短刀らしきものの手入れをする姿だってあるのだ。にも関わらずなお願いに首を傾げながらルイズが問うと、青年は苦笑しながらこう答えた。

「あることはあるが、オレが欲しいのは使い捨て用だからな。今だけの量じゃちょっと心許なくてな。何があるかわからないし、有事を想定してもう少し増やしておきたいんだ。ちょっと……情勢がきなくさいようだし」

 そんなシスイの脳裏によぎるのは、口寄せ契約動物や自身の目や耳を使って収拾した情報によって得た、この国を取り巻く現時点での各国の情勢だ。

 土くれと名乗る盗賊の活躍に貴族が怯えているらしいとは聞くが、それよりもこの国とは王族が縁戚関係にある同盟国だというアルビオンとかいう国の状況が中々やばそうだったので、ひょっとするとこの国もなにかしらアルビオン関係で飛び火が来て巻き込まれるかも知れないなと、そう考えていた。

 とはいえ、学生として学院という閉鎖空間に住んでいるルイズにはそのあたりのお国事情はわからないだろう。シスイの危惧をわかっているとは思えないが、それでもルイズはあっけらかんとした口調でこんな返答を返した。

「まあ、いいわ。使い魔に必要なものを買ってあげるのは御主人様の務めだし。普段からあんたは真面目に働いてくれているしね。安物といわず、それくらい買ってあげるわ」

「ありがとう、ルイズ。助かる」

 それに素直に礼を告げ、シスイが笑いかけると、ルイズはそんな青年に対し少し照れくさいような満更でもないような顔を見せつつも、得意げに指を立てながら澄ました態度で次のようなことも言った。

「そうね……それに次のユルの曜日には『フリッグの舞踏会』があるし、ついでにあんたの式服も買ってあげる。わたしの使い魔がそんな貧相な格好じゃ格好がつかないし」

 その言葉に青年は少しだけ遠慮がちに戸惑うような声で訊ねた。

「いいのか?」

「いいのよ、お金はあるんだし、こんなの必要経費よ。その代わり、ちゃんとエスコートしなさいよ」

「わかった。尽力はする」

 そういってコクリとシスイは頷いた。

 そんな従順な青年の態度に、ルイズは満足そうに笑みを浮かべると、明るい調子で言い放つ。

「さ、もう寝ましょ。明日は虚無の曜日だし、街には明日連れてってあげるわ」

「明日起こすのはいつもと同じ時間で良いのか?」

 その質問に少しだけ考えこんだあとルイズは答えた。

「うーん、折角の虚無の曜日なんだしもう少し寝ていたいけど、王都まで馬で3時間かかるしね……」

「なら、いつもと同じ時間のほうがいいかな。しかし、馬に乗るのか……」

「なによ、文句あるの?」

 そんな風にむっとした顔をして問うルイズを前に、シスイは彼女にしてみれば意外な言葉を返した。

「いや、ただオレ馬に乗ったこと殆どないんだよな……ちょっと心配になっただけ」

 その言葉に吃驚してルイズは問う。

「え? あんたないの? 馬に乗ったこと」

 家事から戦闘までそつなくこなせるこの男が、馬にも乗ったことがないというのが意外で思わず少し大きな声になる。そんなルイズを前に、また照れくさくなったのか、ほんのり耳元を赤く染めながら、シスイはポリポリと頬をかきつつ言った。

「だって、オレの場合馬に乗るより走るほうが早かったし。経験なくてもしょうがないじゃん」

 その言葉に呆れたような声でルイズは言う。

「馬より早いあんたがおかしいのよ。それに、いくら速くても王都まで走って移動は流石のあんたでも無理でしょ。第一、あんなの他人に見られたら、異常者に思われるわよ。わたし、そんな理由で注目集めるの嫌よ」

 ……いや、馬で3時間の距離ならルイズを抱えていても余裕で走れるんですけど。とは思うが、実際に口にすることは自重して、シスイは従順にルイズの言葉を前にコクリと頷いた。

 まあ、確かに……馬より速く走れても当たり前な忍びが大量にいるあの世界と違って、ここハルケギニアでは己のような存在はおかしく思われて当然なのだろう。魔法が使えるといっても、どうやら身体能力自体はこの世界の魔法使いは普通の人間と大差がないようだし。それに目立つことはシスイとしても本意ではなかった。

「わかった、馬で行こう。ただ、オレは乗馬経験殆どないから、遅れたとしても大目に見てくれると助かる」

 その妙に真面目な顔をして放たれた宣言を前に、ルイズはやけに愉快そうに笑って言った。

「いいわよ。御主人様の乗馬テクニックを見せて上げる。こう見えて乗馬には自信あるのよ」

 そういって少女は悪戯そうにウインクを1つした。

 

 

 そうこうするうちに次の日はあっという間に来た。

 そして昨晩話したとおり、どうやらシスイに乗馬経験が殆どないというのは事実だったらしい。

 ルイズが先行して時折悪戯に馬の速度を上げれば、それに慌てて追従しようとして悪戦苦闘する、時折馬の反応に驚いて鬣にしがみつく、馬に鞭を入れるのをおっかなびっくりやる、とまあそんな素人丸出しな青年の姿にルイズはなんだか愉快な気分になってしまった。とはいっても、1時間も馬を走らす頃には大分慣れてきたのか、ぎこちなさだけは随分と削がれて一応見るに耐えるものとなったのではあるが。

 そして現在、彼のルイズの使い魔はぐったりとした顔で、気疲れしたように駅に預けられる馬とお別れをしていた。

「情けないわねー」

「ほっとけ……」

 そう茶化すように言いつつもルイズは上機嫌だった。

(なんでも出来る奴だと思ってたのにね)

 それがルイズの率直な感想である。

 そう、ルイズが知る限り、この男は大抵のことをそつなくこなすことが出来る。

 洗濯から、部屋の掃除にルイズの着替えの手伝いに至るまで、彼女がシスイに駄目だしをしたことはない。否、する必要もなかった。それくらいこちらが求めればキチンと応えるのがこの男だった。更にあの黒髪のメイド……シエスタといったか、彼女がいうには、厨房仕事についてもそつなくこなしているらしく、大体1人で1,5人前くらいの働きをやってのけているらしい。手先が器用でよく気がつくから重宝しているのだそうだ。

 しかし、なんでも出来るのはいいがそれではルイズが面白くない。

 確かに無能と有能じゃ有能なほうが嬉しいに決まっているが、雑務だけでなく戦闘や魔法まで自分よりもずっと出来ると知っていれば、これが嫉妬せずにいられるだろうか。何もかも自分より優れる使い魔なんて嫌すぎる。それじゃあ御主人様の存在意義はどうなるのだという話だ。1つくらい勝てるなにかが欲しい。

 けれど、なんでも出来るように見えて、この男とてやはり出来ないものはあったのだ。少なくとも、乗馬の腕に関してなら、この青年よりも自分のほうがずっと上だ。そのことに密かな優越感を覚える。ああ、なんて気持ちがいいのだろう。これほどさっぱりした気持ちはこの男を召喚してから、否、魔法学院に入学してから始めてかもしれない。

(まったく、馬に乗れないなんてこいつも可愛いところあるじゃない)

 そんなルイズを見て、シュンとシスイはうなだれている。その姿はなんだか小動物っぽくてつい慰めてやりたくなる。故にルイズはフォローのようなからかいのような言葉をかける。

「もう、いつまで落ち込んでるのよ」

「落ち込んでない」

 そう言いつつも、むすっとした耳元は赤い。

 釣り目がちの黒い瞳は伏せ気味で、きゅっと眉間に皺をよせながら垂れている眉といい、その雰囲気といい、ある動物を何故か彷彿とさせる。なので、ルイズはそのままの感想をストレートに吐き出した。

「なんかあれよね……あんたって図体はでかいくせに、子犬っぽいわよね」

「はい?」

 突如として変わった話題と、思わぬルイズのしみじみとした感想に、吃驚したように青年は顔を上げた。そんなシスイの心を知ってか知らずか更に少女はこう続けた。

「なんか思わずいじめたくなるというか、つつきたくなるというか……そのうち、犬耳と尻尾生えてきたりしない?」

「生えるかっ! 何言ってんの!?」

 そういってズザッと距離を取る青年を前に「冗談よ、冗談」といってカラカラとルイズは笑った。

(いや、わりとマジな目してましたけど!?)

 とシスイは思うが、生憎それを口に出していうほど彼は命知らずではなかった。

「さ、それより早く行きましょ。あんまりモタモタしていると日が暮れるわよ」

 そういって少女は笑うから、青年もまだ心にひっかかるものはあるものの、まあいっかと思ってつられて笑った。白い石造りの街はもうすぐそこだ。

 そうして門をくぐる。

 そしてルイズとシスイの2人はトリステイン王国の城下町へと足を踏み出した。

 

 

 続く

 

 




次回、王都編。


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16話

ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は王都編……別名仕込みデルフ編です。
まあ、しーたんは剣士じゃないので、原作のような活躍をデルフが出来るかといったら無理だけどな。
それではどうぞ。


 

 

 トリステイン王国の城下町であるブンドンネ街に踏み入れて、彼の心にまず浮かんだ感想は少しの懐かしさだった。

 道端で声を張り上げて様々な食品などの商品を売る商人達の威勢の良い声に、ごったがえした人々、道幅は5メートルすらなく、そんな中をわいわいと人が押し押されしながら歩いていく。その光景は、西洋ヨーロッパ風ではあったが、火の国の宿場町の様子を思い出す。

 しかしそんな郷愁に浸るのは1秒に満たない時間だけだった。

 すっと写輪眼にその眼を切り替え、耳を澄ませながら、彼、うちはシスイは雑踏へと意識を集中させた。数多の音と情報をその眼と耳で拾う。リンゴ売りの声がその値段と安さをアピールし、それに負けじとライバル店がその値段を告げる。

 そもそも武器の補充も嘘ではないが、ルイズにわざわざ街に連れてきてもらった本当の目的は……。

 

「…………シスイ?」

 そんな数秒前とどこか様子が変わった使い魔の雰囲気に、少しだけ不安げにピンクブロンドの少女は声をかけた。それが合図だったように、男はにっこりと人懐っこい笑みを浮かべて「なに?」と返す。

「いえ……なんでもないわ。それよりはぐれないでよ」

「うん」

 そういって彼女は言葉を濁した。

 こうも綺麗に切り替えられては、ルイズとしても聞いて良い物かわからなくなってしまう。それ故に結局彼女は自分が抱いた少しの不安と疑問を追求することは出来なかった。一番大きなわだかまりは解けたとはいえ、結局彼女はまだシスイとの距離のはかり方を掴みかねているのだ。

 そんなどこか歯切れの悪いルイズの言葉に素直に頷く青年。いつも通りの……やりとりだ。

 ルイズの抱いている少しの気まずさ、それに気付いているのかは定かではないが、飄々とした声でシスイはルイズへと次にこんな言葉をかけた。

「ところでさ、ルイズ。オレ、ここに来たの始めてなわけだし、まだ時間あるだろ? ちょっと見てまわっても構わないか? 良ければ案内してくれると助かるんだけど」

 そういっておどけた態度で頭を下げる青年であったが、それはルイズにしてみれば意外なお願いだった。この男が自ら何かを乞うなどこの10日強の期間でそう多いことじゃなかった。だというにも関わらず、武器が欲しいとのことに加えて今度は街の案内まで頼むとは……。

「頼むよ」

 だけど少し眉根を下げるようにして、パンと手を合わせて頼み込む姿は先ほど見た顔と違って、いつも通りのシスイだったから、だからルイズは「少しだけよ」とそれを許可した。

 

 シスイが突如として走り出したのは、その20分後のことだった。

 それまでは大人しく、ルイズに教えられるままに「あれは酒場」「あれは衛士の詰め所」などの看板の役割についての説明を聞いていたシスイだったが、その良すぎるほどに良い眼によってあるものを見つけ出したとき、「ごめん、ちょっと行ってくる。すぐ戻るから」といって、ある露天に向かって駆け出した。

 ルイズが吃驚している合間にも、その表情に人懐っこい笑みを貼り付けた青年は「なあ、おっちゃん、ちょっといい?」とか言ってあるものを指さしながら、店の親父に向かって話しかけていた。

「ん? ああん、なんだ坊主? 変わった服装だな」

 その店主の言葉に苦笑しながらも、愛想良く穏やかな声でシスイは言う。

「んー、ま、ちょっと遠いところから来たんで。それより聞きたいんだけどさ、これ、どこで手に入れたの?」

「なんだ坊主、それに興味あるのか」

「そ」

 そんな会話を繰り広げるシスイと店の親父の前に近寄ってルイズが見たのは、黒い4つの角で出来ている変わった形をしたよくわからない物体だった。薄くて真ん中に指を通すみたいな穴が空いている。

 けれど、ルイズはそれを見た覚えがあった。確か、シスイが毎日手入れしている武器の中にこの奇妙な代物も2つほどなかったか。

 がらくた売り場に突っ込まれていたそれは、所謂、手裏剣と呼ばれる異世界の武器だったが、そんなものこの青年にお目に掛かるまで見たことがなかったルイズは勿論、これを売りに出している親父とてその名を知らないだろう。故にそれは用途不明の奇妙な物体としか言いようがなかった。

「まあ、変わった品だな。しかしこんなわけのわからんもんに関心をもつとは変わってんな、坊主」

「いやあ、変わってるからっしょ、そこは。そういうの知的好奇心刺激されたりしない? 制作者とかどうなってんのかなーって」

 そういってシスイがおどけた態度で笑ってみせると、店の親父はプカリと煙管を吹かしながら、顎をポリポリとかいて言った。

「制作者ねえ。しらねえよ、どうせこれも「場違いな工芸品」なんだろうし、作者なんてもんいるのかねえ。ていうか、そんなに興味あんのか。なら、どこから来たのかくらいは教えてやってもいいけど、なあ? わかるだろ」

 そう言って後半は潜められた声と、袖の下で伸ばされた手は、つまりは「これ以上知りたければ金を出せ」という意味に他ならない。

 それに少し距離を取り間違えたか、と内心舌打ちしつつもシスイは思考する。

 一応厨房で働いているので、当初の約束通り給料はのちに払われることになっているが、まだシスイは魔法学院に来て11日目だ。給料はいまだ支払われていない。そのためこの世界の金銭を持たない今の彼は一文無し状態なのである。

 故にシスイは相変わらず人好きのする笑みを浮かべながら、「ううん、ちょっと気になっただけだから。そこまではいいや。おっちゃん、ありがとうな」そういってそっとその場から離れた。

「ごめん、ルイズ、待たせたな」

 そういって再び、シスイはルイズが「子犬みたいだ」と思った笑みを向けて彼女の元に戻る。けれど、その前の一瞬の空白期間で見せた無表情を、ルイズは見逃さなかった。

 そして彼女はそれを思い知らされた。

(そうだ、忘れてた)

 この男は、人殺しなのだということを。

 あまりにそれっぽくなくて、忘れかけていた。

 けれど、こうして笑う彼はやはりそうは見えなくて、凄腕の傭兵にすら見えなくて、ルイズはそれを追求していいものかわからなくなってしまう。

(ねえ、あんたは一体わたしが召喚する前は何をしていたのよ。なんであの時、わたしに召喚されて泣きそうな顔で笑ったの?) 

 とそんな疑問を胸の奥にしまい込んで、ルイズは別の言葉を口にした。

「いいの?」

 それにシスイはあっけらかんとした態度で訊ね返す。

「何が」

「あれ、あんたの世界の……よくわからないけど、多分武器なんでしょ? あんたが帰る手がかりになるんじゃないの」

 この青年がいつか元の世界に帰ると決めていることはルイズとて知っているし、容認していた。

 本当は自分の使い魔が別の世界に戻り、消えてしまうことは、自分が行った魔法が始めて成功した証拠が消えることとイコールでもあったし、嫌といえば嫌だったのだけれど、それでもこいつが帰るのも、帰る方法を探すことも、当初の約束通りのことだったのだ。

 期間限定の主従。それがルイズとシスイの関係だ。

 だからシスイが帰る方法を探すのであれば、ルイズに邪魔をする意志はなかった。

 彼女がそんな風に自分を慮ってくれたことを察したからだろう、シスイはそんな感情の機微を読むと彼女の頭をくしゃりと撫でて、彼は微笑みながらさらりと次のようなことを口にした。

「今はいいよ」

(「今は」……ね)

 つまり、それは後では探る気があるということだ。

 ルイズは別に馬鹿ではない。寧ろ座学においては学年一位を保持出来るくらいには頭が良い。故に彼女も男のその言葉に含まれた意味についてそう察した。

「それより行こう。今日は他に服屋と武器屋を廻るんだろう。ならあんまりモタモタしてもられないし、この話はここでおしまい。それでいいよな?」

「もう、いいの?」

 街について案内して欲しいと青年が言い出したあれからまだ30分ほどしか経っていない。故にルイズがそう訊ねると、シスイは「いいよ」と答えて再び安心させるように笑いつつ、思考する。

(もう市場の紙幣価値については大体把握したしな……)

 それもシスイが街にきた目的の1つだった。

 売り場にある商品の値段と自分が普段国で聞いている品物の値段を脳内ですり合わせて、大体の貨幣価値を推測理解するという作業は、流石に口寄せ動物である鳩越しじゃよくわからないため、自分で見聞きして理解しておきたい事柄だった。

 ついでに自分が召喚されたことを考えてみても、あるだろうとは思っていたので、この世界にとって異世界と繋がっている確実な証拠品が見つかれば万々歳だなと思っていたら、こんな初っぱなから遭遇するとは僥倖だった。

(ともかく、この世界は異世界と繋がっている)

 とりあえず帰る指針はこれで立ったようなものだ。どこからあれが来たのか、他にも似たような品がないか、そっち方面から調べていくことは自分があの世界に帰るヒントとなるだろう。

(どちらにせよ、今は元手になる金が必要だな)

 一文無しでは何も成せない。

 しかし、まあ、いい。焦っては事をし損じる。

 それに、情報収集は忍びの本分だ。焦らず、着実に1つずつやっていこう。

 そんなことを思いながら、シスイはルイズが懇意にしている服屋への道のりを、彼女のすぐ後ろを歩きながら考えていた。

 

「へぇ? 中々悪くないんじゃない?」

 それが、服屋で見本品の式服を身に纏ったシスイに対するルイズの第一声だった。

 マジマジと眼をせわしなく動かしている鳶色の瞳は本当にそう思っているらしくて、それに苦笑しながらシスイは「そりゃ、どうも」と口から零す。

 黒を基調に、従者らしく派手すぎずに、けれど袖口に銀糸を使うなど、安物ではありえないその作りの服は、ルイズ曰く「子犬っぽい」ふにゃっとした顔をよくしているために目立たないが、シスイの何気に整った顔立ちと、まっすぐ伸ばされた背筋に、平民のわりには品のある仕草や落ち着きのある雰囲気のおかげで中々に嵌っていた。

 それを満足そうに一瞥すると、ルイズは小切手に金額を書き込んで、店員に手渡しながら言った。

「じゃあ、これを仕立て上げて頂戴」

「は、かしこまりました。ルイズお嬢様」

 そういって、店員はルイズに向かって礼儀正しく頭を下げた。

 因みに舞踏会が行われるのは数日後であることを考慮して、シスイの衣装は1から作るのではなく、見本品を買い取り、サイズを採寸したあと、シスイの大きさに合わせて手直しさせて、フリッグの舞踏会当日の夜に魔法学院へと届けるようにする契約だった。

「しかし、こんな高そうな服、本当にいいのか?」

 採寸を取られながら、少しだけ落ち着かなさそうな声で、密かに主へと尋ねるシスイ。

 その使い魔の様子にフフンと鼻を鳴らして立ちながら、得意げに彼女は言った。

「いいのよ。使い魔を必要以上に甘やかすのはよくないけど、働きに報いるのも主人の務めだもの。それに、そんな珍妙な格好でパーティー会場に出られるほうが迷惑だわ」

 とかルイズはいうが、別にそれオレがパーティーにいかず裏方で引っ込んで、厨房手伝いしていたら良いだけなんじゃとその言葉でシスイは思ったが、口に出して言うヘマを犯すことはなかった。

 折角の機嫌に水を差すほど、馬鹿ではないのである。

 

 それから服屋を出ると、2人で適当な店で昼飯を食べた。

 勿論ルイズの奢りであるのだが、シスイが遠慮してあまり値段の張らないものを注文すると、そんな控えめなシスイの対応がお気に召したらしい、彼女は「もう1品頼んで良いわ」と上機嫌に笑って、注文のクックベリーパイをそれは幸せそうに美味しそうに、その小さな口で啄んでいた。

 それから店を出ると、武器屋へと向かう。

「こっちよ」

 そういって先導するルイズが狭い路地裏に向かったことに、シスイは密かに眉を顰める。

 その先はゴミや汚物が散乱しており、悪臭が端についてお世辞でも衛生的とはとても言えなかったからだ。

(こんなところに住んでいると病気になんぞ……ペストの温床になったりするんじゃないのか、此処)

 流行病の発症地点というのは衛生環境の悪い場所と相場が決まっている。地球の中世ヨーロッパであれほどペストが流行ったのも、その時代の常識として、風呂に何日も入らないことが当たり前だったことや、トイレや下水道が碌に配備されておらず、汚物は路地裏にポイ捨て状態だったこと等、不衛生な環境も原因に大いに関係している。

 かの有名なヴェルサイユ宮殿だって、トイレなどなく、長年王侯貴族ですらおまるで排泄し、その辺に捨てていた過去があるわけで、その諸々の酷い悪臭を隠すために香水技術が発達していったのだ。

 任務中や戦場では「しょうがない」で割り切っているとはいえ、根が潔癖症というほどでなくとも、綺麗好きで清潔好きなシスイとしては、こんな汚くして何も思わないここに住んでいるだろう人々の感性は、信じがたいものだ。正直、なんで平気でいられるのかわからない。

 汚いのを見たら綺麗にしたいとは思わないのだろうか。病気の温床になるとは思わないのだろうか。……いや、思わないから汚いのだろうけれど。それに、中世ヨーロッパに似ているこの世界では、汚物をそのまま放置していたら病気にかかる原因になるなんて知識は貴族でさえまともにないのかもしれない。そう考えると、この汚さには嫌悪しか感じないが、仕方ないのかもしれないとシスイは思った。

 そうこうしているうちに、剣の看板が垂れ下がった一軒の店……まあ、十中八九武器屋なのだろう、にたどり着き、ルイズとシスイの2人は揃って店へと入っていった。

 

「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目を付けられることなんか、これっぽっちもありませんや」

 それが店の奥でパイプをふかせていた店主の、ルイズを見て放った第一声だった。数瞬前まで胡散臭そうな眼差しを寄越し、それを隠しもしなかったというのに、ルイズの胸元にあるマントを止めた五芒星の紐留めを見た途端の猫撫で声なのだから、随分と変わり身の早い親父である。

「客よ」

 それにつまらなさそうにルイズはそう返した。

 すると、親父は「こりゃおったまげた! 貴族が剣を!」とか叫び、それを皮切りに、なんだか調子が良いんだか皮肉っているのだかわからない言葉をポンポンと並べ出すが、それらを聞いていられなくなったのだろう、ルイズは店主に冷たい視線を送りながら「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」と言ってシスイを一瞥してきた。

 そのルイズからの視線を、前に出てもいい許可と受け取ったシスイは、「悪いけど、欲しいのは剣じゃないんだ。使い捨て用のダガーナイフが欲しい。刃渡りは10㎝……10サントほどで扱いやすければ切れ味が多少悪くてもかまわない」と答えると、親父はころっと愛想の良い顔をかなぐり捨てて「なんでぇ、鴨だと思ったのによ」とボソリと呟いた。

(いや、客の前でそういうこというなよ……)

 と、心の中で苦笑しながら思いつつも、まあ鍛えているからそこそこガタイは良い方だし、剣使いと誤解されてもしょうがないのかなとシスイが思っていると、気っ風の良い男の声が後方から聞こえてきて、声の主は次のようなことを愉快そうに言い出した。

「だっはっは! アテが外れたな! 親父」

「うるせえ! 黙ってろ、デル公!」

 そう親父が怒鳴りつけた先にあったのは、乱雑に剣が積んである一角であった。

 シスイはすっと足音を立てずに近づく。そしてそれを見つけた。

 それは剣だった。錆がビッシリと浮いている刀身が細く長い大剣だ。その鍔の部分がカタカタとなって声を出している。そして剣は自分の前に現れ、己が喋っているということに気付いた青年に向かって、カラカラと笑いながら、おもしろおかしそうに笑った声で言った。

「しかし、おめえ、イイ体してんのに、剣はやらねえのか。勿体ねえ! その体で剣を使わないとは、こりゃ逆におでれーたぞ!」

 そういって笑う剣の声に、「え? どこよ、どこから聞こえてくるのよ、この声」と戸惑うルイズ。

 そんな彼女を前にして、シスイは「ルイズ、喋ってるのはこの剣だ」と答えると、ルイズは益々困惑した声で呟いた。

「それって、インテリジェンスソード?」

 その言葉に店の親父が反応を返す。

「そうでさ、若奥様。意志を持つ魔剣、インテリジェスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣をしゃべらせるなんて……」

 とそう店主は答え、それからブツブツとデル公と呼んだその剣についての愚痴をこぼした。この剣が口が悪いからか、それとも他の要因か、どうやらこの剣にはほとほと手を焼かれているらしい。

 そしてそんな店主の言葉を耳ざとく聞きつけ、やがて店主とその魔剣は売り言葉に買い言葉で「溶かすぞ!」「やってみろ!」と口喧嘩を始めた。それらを聞きながらシスイは考え込む。

(意志を持つ魔剣……か)

 そういや、そんなものが「ゼロの使い魔」には出てきていたような気はする。主人公が剣使いだったってことを覚えてたくらいで、剣のことについてまではよく覚えていなかったが。となるとこれが主人公の相棒の剣か、という感慨はあるが、そのこと自体はわりとどうでもよかった。そもそもシスイは剣士ではないのだから。しかし、彼がこの魔剣に対して注目するべきところは別にある。

(この錆……100年やそこらじゃないな。それだけ永い時を生きてきたということか)

 それは即ち、それだけの情報を持っているということ。そして情報とは時に金貨に等しい。各国のことについてや、この世界の人には聞きづらい常識等についてだって、この世界で永く生きてきたのなら剣とはいえ知っているだろうし、ひょっとすれば、異世界に通じる手段も知っているかも知れない。

 故にシスイは訊ねた。

「デル公っていったか」

「ちがわ! デルフリンガーさまだ!」

「そうか、デルフリンガー。それでちょっと聞きたいんだが、お前、いくつだ?」

 魔剣は即座に自分の名前を訂正してきたが、それをさらっと聞き流して、そう青年は訊ねた。

「あん?」

 それに自分の質問の意味がわからなかったのかと思って、シスイは言葉を言い直した。

「お前が作られて何年ぐらい経っているんだ? って聞いたんだよ」

「ふん、聞いて驚け、坊主。俺ぁ六千歳よ! どうだ、おでれーたか!」

 そんなことを、人間ならふんぞりかえっていそうな声でデルフリンガーは誇らしげに告げた。その返答にシスイの口元にふっと笑みが綻ぶ。それから、ルイズを振り返り、訊ねた。

「ルイズ、悪いんだけど、あれも買ってもらっていいか?」

「え? あれ? 買うのはいいけど、あんな汚くて煩いのよしなさいよ」

「いや、喋るから意味があるんだ」

 その言葉と、青年の含み笑いに、なんとなく事情を察したルイズは口を噤んだ。

「なんなら、給料が入った後、あの剣の代金はルイズに後で支払うから、貸してくれるだけでもかまわない」

「買うわよ。気が利くのはいいけどね、そういうのは時と場合があるのよ。余計な気を遣うのはやめなさい。使い魔の武器代すらケチる主人だと思われたらたまらないわ」

 そういってむすっとした顔で答える少女に苦笑しながら、「助かる、ありがとう」と返してシスイは親父相手に「主人、それとこれとこれを買うから、この剣をおまけしてくれないか?」と交渉を開始した。

 最終的にあの手この手で値切り、其の日、ダガーナイフ5本とデルフリンガーを手に入れたシスイであったが、この日、この買い物で使った代金はエキュー金貨100ぽっきりだったという。

 そして、購入のさいデルフリンガーを握りしめたシスイに対して、「おでれーた! おめ、「使い手」じゃねえか! なあ、おめえの名前はなんだ、相棒!」とか騒いで、ルイズに煩いと怒鳴られ、鞘に収め強制的に黙らされていたのは、余談である。

 

 

 続く

 

 



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