妹は我が家に帰りたい (添牙いろは)
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1話
ここまでのあらすじー!
あたし、ホト・ニュートラム一五歳! 大人たちのいなくなった<孤児院>をひとりで切り盛りしていた超頑張り屋なお姉さんデスヨ? ところが擦ったり揉んだりがありまして、いまでは子どもたちを連れて官邸の一角にお引越し、と相成りましたっ。
でもねー……ほら、世の中物騒じゃん? 国だって崩壊したばっかだし。良くない一団の刺客がピストル持ってワーって来たら仁義のない戦いが始まっちゃう。
そんなとき、政府人同士ならともかく――いや、バリバリ政府人なお兄ちゃんが巻き込まれてもヤだけどソレはさておき、みんなを守るプリティ・スーパー・お姉さん、略して責任者であるあたしは、一先ず子どもたちを怪我させるわけにはゆかぬのですよ。
ということで、ここは一発手強いシュミレーションを実施しておくべきだと提案した所存。こういうとき、持つべきものはマブダチだよね!
「……おい、オーナー。そろそろ試合を始めるんだからメイドはフィールドから出しておけよ」
と、ダチに対して悪態をついているのは、知らない軍服の人。ここも一応政府御用達の会場なので、メイドさんはいっぱいおります。あたしも官邸に入る際にメイド設定で登録されたことで同じようなカワユス服を着とるんよ。それで、他のコたちと同じかと思って店長さんにグチグチ文句言ってるみたい。
「いやいや、あのコはただのメイドじゃないぞ。通りすがりの……
マブダチとはいえさー、店長さんまであたしを戦士扱いするか。あたしはそういうんじゃないっての。
さて、マブダチたる店長さんが何の店長さんかというと、政府公認バトルフィールドの店長さんなのです! で、今日は政府公認のバトル演習が繰り広げられると聞いたので、あたしは店長さんに頼んで、そのド真ん中に陣取らせてもらってみた。そこには子どもたちの代わりに土嚢がモサっと山積みにされており、これを戦乱から守り抜くのがあたしのセルフミッションっつーことね。ほら、まさか子どもたちが直接狙われるなんてことありえんじゃん? だからこういう“戦闘に巻き込まれた”ってシチュエーションがピッタリだと思ったのさー。……いや、実際こんな山あり谷ありの工事現場みたいなとこに子供を連れてくることなんてないけど。そこはまあ、本来演習場だからね。隠れる場所とかあった方が銃撃戦には良さげだし。あ、ちなみに、最初はココ、スポーツ競技場だったみたいよ。それが、こないだの内戦でボッコンボッコン穴が空いたから、平らに修復するよりこうやって活用した方が面白いんじゃね? ってことで、むしろそっちに特化した模様。
ということなんだけど、あたしの乱入については軍服連中に断り入れてなかったらしく、軍服と店長さんでプチ揉め気味。
「当たったらどうすんだ? 怪我しても責任取れんぞ」
いや、さすがにそんな当たり屋みたいなことゆったりせんて。
「障害物のひとつとして、あのコに当ててもノーカンだ。ただし、
そりゃまあ、あたしは子どもたちの壁にならなきゃならんのだけど、障害物扱いはどーだろーなー……
ただ、それで納得してくれたのか、軍服の人の抗議もそこで終了。速やかにスタート地点へとホームポジション。
ということで、あたしをほったらかしたままゲーム開始! 正直、スカートは動きにくいんだけど……官邸で突如襲われたら、って想定なんでガマンガマン。だから、あたしの獲物はただのモップ。今回はお試し期間っつーことで木製だけど、これが調子良ければ鉄製に変えてもらおうかな、と。
さて、両チーム分散して盛り土の裏をチョコマカと移動しております。さすが、現役の兵隊さんだね。ヤる気ある闘志をビンビンに感じるよ。
そろそろ衝突の頃合いかな。あたしも気を引き締めないと。
パンパンパン、とプラ弾があっちこっちで行き交い始めた。最初は遠慮がちにフィールド隅の方だけだったけど……やっぱ、こんなとこにいたら無視はできんわな。パンっと一発こっちの方へ飛んでくる。だから、モップでパコンと弾いといた。
そうこうしているうちに戦闘は激化していく。
パンパンパコパコ。
あっちやこっちや大変なことになってきたわ。
てかさ……この人たち隊列の組み方おかしくない?
なんであたしを囲ってんの!? 障害物ってゆったじゃん!
パパパパパパパパッって……あー……何なんよもー! まるでわざと子供ゾーンを通過させようとしてるみたいじゃん!
モップモップと薙ぎ払い、実弾だったらあんまやりたくないんだけど……左手も使ってベシベシ叩き落とす! おっと、こっちからもか! えいやー! と足の裏でも! パンツ見んなよ!?
てかさ、この人らぜったい子供土嚢狙ってるよね。むしろあたしの射程距離に入ってるもん。これはシュレーションだけど……いや、だからこそ!
もしこういう状況になったら、あたしの方から打って出る!
「へりゃっ」
メットにゴーグルだから小突いても安全よね? 清掃用具アタックでバコンとひとり撃破。返す刀でついでにもうひとり。
パパンと飛んできた左右の弾は、モップの柄で止めつつ、反対側は仕方ないから素手でキャッチング。その隙に近くにいた軍服に……
「もりゃー」
キックで蹴り飛ばしてやったわ。だけど、パンツは見んなよ?
またプラ弾がやってきたので、これにも高々と靴の裏ガードで止めて、片足振り上げたまま向こうのヘルメット目掛けて宙返りからの飛び踵落とし!
その勢いで間合いに入っちゃったもうひとりの脳天にもモップを振り下ろし、ようやく悪い人たちの勢いは収まった。打ちどころが悪かったのか、何人か気絶してる。ドンマイ。
ただ、動ける人は引き続きゲームを続けているようで……
パパパン。
パパパン……
……アレ? 今度は今度で、こっちに全然来なくなっちゃった。
パンっ、パンっ、
タッタカタッタカ。
えーと……ほら、さすがにさ。ここまで蚊帳の外にされると練習にならないんだけど。
こう、ね、偶然弾が飛んできたらー、ってムードでお願いできんかな。ほら、ほら。そんな隅でチクチクやりあってないで。
…………
あかんやーん!!!
結局、このゲームのどっちが勝ったかはよく判らない。でも、あたし自身は何だか負けたよーな気がしていた……
***
完走した感想としては、まー……先手必勝? 結局、危険人を殴り倒しちゃえば安全は確保されるわけだし。でも、そーなると……飛び道具はやっぱ必要? あたし、銃って好きじゃないんだけどなー。
そんな身も蓋もない結論となってしまったけれど、ちょっと良かったこともある。
「お姉ちゃん! またお部屋の前にクッキー来てるよ!」
その紙箱からはふんわりと甘い香りがするけれども、つまみ喰いとかせずに持ってきてくれたのは偉いぞ、エイガーくん。
知らない人から物をもらってはいけません! と子供たちには教えているけど、コレはアリ。だって、官邸だもん。ここに立ち入るには官邸格付けチェックを受けなきゃならんので、変な人はいないはず。見かけた子供たちの証言によると、メイドさんの誰かってことみたいだし、だったら大丈夫でしょ。
こないだの自主練習ってさ、色んな人が観客席から見物してたらしくてね。その中のメイドさんのひとりが、あたしの戦いっぷりを気に入ってくれたみたい。メッセージカードと一緒にクッキーが入っていて、今回はその第二弾。
「それじゃあ、これはお夕飯の後にしましょうかねー」
なんて喜々として御開帳してみると……むむむ、異様に少ない。これじゃ子供たちに行き渡らないかも。前回は山盛りで持ってきてくれたのになぁ。
しかもよく見ると……あぁ、全体的に焦げ気味。多分、焼き加減失敗したな。中でも一番焦げ茶色のを食べてみると……うん、前回の返信メッセージ通りに砂糖とバターを多めにしたところまでは良かったけれど、焦げやすくなるからね。ここのオーブン、やたらと威力強いし。それでも、何とか食べられそうなものを選んで詰め合わせてくれたんだなぁ。
よし、ここは<孤児院>の料理番と呼ばれたあたしがお手本を見せてあげよう。いや、料理から洗濯から全部やってたから、ホントは全部番なんだけど。ここの炎は大体見切ってるから、ちゃんと火加減のメモも残してねー。
差出人は誰かは知らない。でも、部屋の前に置いてあったこの箱ごと元の場所に返しておくと、いつの間にか回収していってくれるんよ。だったら、ひと声かけてくれればいいのに。シャイなんだなぁ。
ともあれ、あたし自身もクッキー焼いて追加すれば、子供たちのお昼のおやつに丁度よくなる。多めに作れば、謎のメイドさんへのお返しにもできるしね。
「っつーことで、お姉ちゃんはちょいと台所行ってくるから、みんなには子供スペースで大人しくしてるようゆっといてー」
と言伝てすると、子供ってのは素直で正直。
「はーい……でも、部屋の中、飽きた……」
しゃーないじゃん! 自由に出入りできた<孤児院>と違って、ここは官邸なんだから。
「おやつの後は団体外出の手続きしとくから。ね?」
「むー……」
おやつの話題を出せば、子供たちは概ね言うことを聞いてくれる。とはいえ、やっぱりここは居心地悪い。あーあ、早く<孤児院>に帰りたいなぁ。
***
そして、また更に数日後。今度の差し入れはクッキーだけじゃなかった。いや、クッキー自体も大成功で、あまふわサクサクがいっぱい届けられたんだけれども。それより凄いのがさー……
「わおー、特注ズボン!」
メイドスカートと同じ生地だから、上と合わせても違和感ないよね。腰回りや丈も何故かピッタリ。お陰でパンチラ気にせず動けるようになったわー。メイドさんが用意してくれたのなら、コレでお仕事しててもいいんよね? ホントありがとー♪
……って考えは甘かったみたい。パンツ最高! って日々が三日ほど続いたところで、あたしは後ろから声を掛けられた。
「えー、ホト・ニュートラム、といったかしら?」
振り向けば丸メガネ。うわー、このオバチャンは……メイド長、だったか。何でいちいち眉を吊り上げてピリピリしてるのかわからん。
「はいはい、ホト・ニュートラムですよ。この度はどーしたん?」
この人ニガテなんでさっさと話を打ち切りたかったんだけど、やっぱそーはいかんらしい。
「……言葉遣いについては目を瞑りましょう。宰相殿からも伝え聞いておりますし。ですが……支給した制服を着用するよう、初日に申し付けた筈ですね?」
「申し付けられましたけど……こないだ差し入れで――」
「ダメです!」
「ダメなん!?」
「ダメに決まってます!」
……決まってんだ。何となくそんな気はしてたんだけど。だって、これがオッケーなら、もっとパンツメイドさん多くてもいいと思うし。
「まーいーよ。そったら着替えてくるからー」
と、こっちが素直に聞いてりゃ、このオバチャンはモロクソ嫌味を挟んでくる。
「ハァ……宰相殿のご寵愛を受けているからといって、なんと粗暴な……」
むぅ、そりゃ、お兄ちゃんからは超愛されてるけどさ、あたしだって好きでこんなとこいるわけじゃないし。子どもたちだって窮屈してるし、とっとと出てった方がお互いのためかもねー。
***
ということで、あたしのパンツ生活は一瞬で終わっちゃったんだけど……それによって、不定期プレゼンターの正体が明らかに!
そもそも、この孤児院スペースに尋ねてくる人自体がレアキャラだからね。知らないお姉さんが来たー! って子供たちも動揺するわ。
でも、部屋の入口まで応対に出てみると、一応あたしと同じメイド服だし……怪しい人ではないんでしょ。
と思ったら、怪しかないけど変なコだった!
「ホトさん! もしや私のお送りしたスラックスに何か不具合が!?」
あたしがスカートに戻したんでひどく勘違いさせてしまったらしい。ものすごい剣幕で迫ってくるんだけど……とりあえず、胸の名札で『ネネコ』って名前だってことはわかった。えーと、ネネコ、先ずは落ち着いて。そして、こんなとこで針箱開けないで。何か怖いから。
「そーいうんじゃなくて、ほら、メイド長に怒られちって……」
この一言ですべてを察してくれたらしい。いまにも刺してきそうだった針セットは静かに引っ込めてくれた。
けど。
「……直訴します」
うわっ、何この漲る闘志。このコってメイドだよね? こんなにメラメラしてる同僚は初めて見るわ。あたしのためにバトルに発展しても……お兄ちゃんから怒られそうだし、止めた方がいいのかなぁ。でも、平和的に解決してくれるのなら、むしろパンツの方がいい。
もっすんもっすんとレッドカーペットを征く後ろ姿に、あたしは控えめについていく。ピンクの髪が背中をゆらんゆらん撫でていて、肩を怒らせてなければお人形みたいにカワユスなのに。身長はお互い似た感じだから、それであたしサイズの服をスパっと作れたのかも。歳も同じくらいだといいなぁ。仲良くできるかな?
とにかく、その怒りを収めてくれないと話しかけにくいんだけど。間違っても殴り合ったりせんでね? 平和・アンド・ピースでお願いします。
メイド長の部屋に到着するなり、迷うことなくコンコンとノック。でも、その手も怒りに震えてない? ヤバイなー。食って掛かるようならシパっと止めなきゃ。
それでも『どうぞ』と言われるまでノブに手を掛けないところは、さすがメイドさん。あたしだったらバスっと先行入力してたわ。そして、入ったら入ったで無言でにらみ合うメイドーズ。むむぅん、ヤバスヤバス。
この均衡を破ったのは……先手、メイド長から。
「ネネコ、どうしたのです? そのようなトラブルメーカーなどを引き連れて」
おおっと、いきなりあたしに喧嘩を売るの。余裕ぶっこいて机に座ってていいん? あたしがその気なら真空飛び膝蹴りが炸裂するけど。よし、事と次第によっちゃー、ネネコの代わりにあたしがぶん殴ってやろう。
「メイド長がホトさんのことを良く思っていないのは存じております。ですが――」
あー、やっぱ良く思われてなかったんかー。ねぇ、蹴っていい? いい? この際、ガツンとゆっちゃってくださいヨ!
「いくら制服だからといって、
……ハァ?
これにはメイド長も面食らってるわ。そりゃそーっしょ。何の話か全然わからんもん。どうしてココで男子の話が出てくるんよ。女のコの、女のコによる、ひとり年増混じってるけどガールズトークの最中だってのに――
「って誰が男のコじゃぁぁぁぁぁいッ!!」
ネネコよ、お前もか! せっかく仲良くなれるかと思ったのに台無しだよ!
あたしは自分で威勢よくスカートの前をワッサー!! ちゃんと見とき、この女子力ショーツを! 男子特有のモッコリだってないし! あぁ、女子向け女子アピールは楽でいいわ。
という、あたしの自己主張に対して、
「ぇ――」
小さく一文字だけ吐き出すと、ネネコはピキーンと硬直。そして、脱力することなく棒倒しのように……パタン。
え、あ、いや……何でそんなショック受けてんの。こっちの方がショックじゃわい!
「……ホト・ニュートラム。この件は宰相殿にお伝えしておきますので」
「待って! あたしナンもしとらんじゃん!」
「口答えはお義兄様に為さりなさい! あぁ……宰相殿が甘やかさなければ、ワタクシ自ら教鞭を持てるというのに……」
ぐぇー……何であたしが怒られなきゃならんのよー……。ネネコは突っ伏したままだし……はぁ。やっぱ早く<孤児院>に帰りたい……
***
という残念なエピソードを終えたその日の夜、あたしは自分が女子であることを再認識するためお風呂にやって来ました。ウソです。ただの日課だよ。お風呂嫌いなあたしがそんな無駄なことのために防御力ゼロになるわけないじゃん。
とはいえ……まー……不安になってきたので、念のために。うん、おっぱいフニフニだし、おちんちんも生えてないし……大丈夫! あたし女だ!
ということで……サッと入ってサッと身体洗ってサッと出る! あー……全裸ヤだヤだ。とっとと何か着たいワーン……ってところに――
ドンッ
躱す気のない確信犯。というか、まるであたしを捕らえるように飛び掴み。いや、一応共同浴場だし、誰かと鉢合うのはしゃーないんだけど……ほら、あたしのお風呂って短期決戦型だから。シールドオフ状態で他の人と合いたくなかったんで、これまで誰もいないタイミングで済ませてたのに。
で、あたしにピッタリとくっついている当たり屋の言い分としては……?
「大変! せっかく流したばかりのお肌が汗でベットリ!」
「えーと……ネネコ? だったよね? ……何してるん?」
昼間に一度会っただけだけど、記憶が鮮烈だったからさすがに覚えてる。あたしを男と間違えたネネコとお風呂で競合しちゃったみたい。それはいーんだけど……何で素っ裸であたしに抱きついてんの。そして、そのままモイモイと浴室へと押し込もうとしてくるんだけど……意味がわからん。
「この度は重ね重ね失礼しましたっ! 私に是非ともお背中を流させてください! いえ、女同士ですし、そう恥ずかしがらずにっ!」
恥ずかしがって――は、ないと思うんだけど、そんなにムニムニと擦り付けられると、ちょっとキモいかも。本人言うだけあって、やや汗ばんでる気もするし。
「え、えぇ……と、そこまでせんでもええと思うんだけど……」
「いえいえっ! 遠慮なさらずに!」
ってムヒェ!? お尻はやめてってば! っつーか、毛と毛でザラザラすんのもさすがにキモいし! ぅー……ホントにもっかい身体流したくなってきたよ……
「……わーったってばぁ……じゃー……流してもらったら今度こそすぐ出るから……」
「ありがとうございますっ! ではではではっ、誠心誠意真心込めて隅々まで流させていただきますっ!」
「す、隅々って……」
気分を変えるためにザバっと一回やってくれるだけでいーんだけど。このコの勢いにはどーも逆らえん。
こうしてよくわからんまま、あたしはネネコによってお風呂リトライさせられてしまいましたとさ。
「……って、いや、待って流すだけでしょ!?」
「いえいえっ、私の汗でお肌を穢してしまいましたのでっ!」
「そ、そんなとこ触れてないしっ! てか、触っちゃダメだってば!」
「いえいえいえいえっ! 愛さえあれば問題ありませんっ!」
「愛とかそういう問題じゃ……ぎゃにー……!?」
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