ゼロの使い魔~天恵の忌み子と共に~ (MS-Type-GUNDAM_Frame)
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召喚された「ゼロの使い魔」

はい、新作ばかり次々に生み出して続きを書かないMS-Type-GANDAM_Frameです。
今回こそはかなりの筆の乗りだったのですぐに続きを書くかも?


倫敦、時計塔、エルメロイ教室、放課後

 

フラット・エスカルドスは、教室の机に突如出現した鏡のような物体をしげしげと観察していた。

 

「う~ん、異世界的な何かに通じているのは確かっぽいんだけどなぁ、こっち側の神秘の濃度を考えたらどう考えてもあっちから魔力を持ってきてると思うんだけど…」

 

正確には観察ではなく、解析を行っていた。彼自身は、若い魔術師に使われがちな「ハッキング」という単語を用いて自身の行動を示すのだろう。兎に角、フラット・エスカドルは結論を出した。

 

「よし、触ると動くっぽいし触っちゃおう」

 

そういって、何人がどうしてそうなると発言したげな結論を口に出した。仮にも二十歳である。しかし、青年は何かに思い当たったかのように、あ、と気の抜けたような声を漏らした。

 

「先生が心配するかなぁ」

 

普段から、恩師・ロード・エルメロイⅡ世の胃に多大なる負荷を掛け続け、整腸用の霊薬でも送ろうかと同じロードから肩を叩かれる。その大きな要因の一つである自覚があるのだろうか。自覚があるのならかなりの凶悪度の確信犯であるし、自覚が無いのならエルメロイⅡ世にはご愁傷様と同情を寄こすくらいしか出来ないのだが。

少し考え込んでいた青年は、手を打った。

 

「よし、書置きを残しておけば先生も安心だ!」

 

そう言うや否や、上質な上着の懐から取り出したメモ用紙に、すらすらと置手紙を書き連ね始めた。しかし、ここへきてツッコミが入る。

 

「なんでそうなる!?」

「あ、先生…あ」

 

「あ」という感嘆符が二度使用されたが、解説しよう。一度目は流石に止めようと姿を現したエルメロイⅡ世への驚きからであり、二度目は発見したエルメロイⅡ世に身を乗り出し、その拍子に腕が鏡に接触したためである。

 

その余りにも間の抜けた最後の言葉を残し、フラット・エスカルドスは地球から姿を消し、エルメロイ教室には頭を抱え胃痛に顔を顰めるエルメロイⅡ世の姿のみが有った。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「先生、これが最後の一回ですから!」

 

ハルキゲニア、トリステイン、トリステイン魔法学院にて。この魔法学院では進級のために春の使い魔召喚の儀式を成功させなければならないのだが、最後に残った一人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだけが、十回を優に超える回数の試行の残骸を晒しながら、未だに挑み続けていた。

一向に成功の兆しが見えず、最早体力も限界が近いであろうと判断した中年の男性教師からの制止も、これが最後の一回と懇願した。このまま進級に失敗し、実家に連れて帰られるなど、ルイズには耐えられなかった。努力はしている。他人の何十倍も、何百倍だって、足りないと誰かに言われればやるだろう。それが実を結ばないというのが、耐えられない。だからこそ、ここまで本気だったし、精神力の限界まで振り絞って十全を尽くさねばならないと思っていた。

言うなれば、先程のあと一回というのも方便であり、監督さえいなければこの少女は気絶するまで試行を続けるだろう。そして、全ての試行は全力である。

兎に角、集中。杖を構え、呪文を口から紡ぎ、体から立ち昇るような魔力の本流を杖に注ぎ込む。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

 

ルイズは、今度こそ何かが違うと思った。杖から魔力が消費され、どこかと繋がっているような感覚が確かにあるのだ。これは、当たりだ。成功したと、まずはルイズは安堵した。だが、ここから何も召喚されなければ失敗と何も変わらない。こればかりは、運なのではないかとルイズは考えていた。

きっと、使い魔だって主人を選ぶくらいの事はするのではないか。そう考えると選ばれていないことには腹も立つが、今回の成功に、なるべく魔力を注ぎ続ける事に注力する。誰かが、触ってくれるかもしれないのだ。始祖ブリミルに、どうか私の使い魔をお運びくださいと、祈る。

 

一分が経過したのか十分が経過したのか、わからない。だが、()()。今まさに、誰かが目の前に現れるだろうと、ルイズは喜色満面で顔を上げた。果たして前方には、光る球体が生み出され、大きくなっていく。それも一瞬の事で、次には光球は弾け、周囲に土ぼこりをまき散らした。同時に、何かが地面を打つ音がした。

その場にいた全員が、緊張した。まさか、本当に成功するなんて、と誰かが言った。

 

「いたた…まさか頭から落ちるなんてなぁ」

 

ピシリと、ルイズの動きが止まった。少なくとも、最もこの場でルイズを気にかけていた――本人は認めないだろうが――キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは証言している。かく言う彼女自身も、動きは止まっていた。この時にいたほとんどが、ハルキゲニアに生息する人語を操る種族を考えた。いずれの動物も、使い魔としては超級である。

もしそうなら、と、ルイズを野次っていた全員が顔を顰めたが、次の瞬間本当に全員の動きが止まった。

 

「えーっと、あ!あなたがさっきの術の術者さんですね!?お会いできて光栄です!」

 

嫌にフレンドリーな声でルイズの手を握るのは、自分たちと同年代の人間だったのだから。ルイズは、心なしか服を含めた全身から色素が抜けていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

再起動を果たしたルイズは、気が付くと両手を握られ、挙句ぶんぶんと振られていた。あまり長身ではないが、とても整った顔立ちの少年である。手は、実家の下仕え達と違ってすべすべと柔らかい。マントは着用していないので、裕福な商人の跡取りだろうか?

 

「さっきの魔術ってもう一度見せてもらえませんか!?いや、あれ魔術どころか魔法ですよね!凄いなー!!本物の魔法使いに会えるなんて俺光栄です!サイン貰って良いですか!?」

 

もう一度意識を失えないものか、一瞬ルイズは思案した。しかし、この少年はもう一度意識を取り戻した後に同じような事をしているような気がする。意を決して、口を開いた。

 

「い、いつまで貴族の手を握ってるわけ!?」

「あ、すいません」

 

あっさりと、少年は手を離した。拍子抜けして、ルイズはそれ以上無礼を非難できなかった。

 

「えーっと現在地は…圏外だ。GPSも出ないし本当に…凄い、異世界だ!この大気のエーテル量も凄いなぁ!!」

 

何やら薄い金属らしき物体を手に取ってひとしきり押したり撫でたりした後、やはり意味不明な事を口走っている。

 

「ミスタ・コルベール、儀式をやり直させてください」

「残念ながら、これは神聖な儀式なのだよ。やり直しは効かないんだ」

 

最もである。だが、理屈で納得できても感情は違う。貴族という対面もあれば尚だ。しかし、反抗しようにも最早あれほどの成功を再現できないようにも思える。ルイズは、嘆息した。

逃げられないように、召喚した少年の両腕を捕まえる。

 

「あ、あんたね、感謝しなさいよ。普通は貴族にこんなことされるなんて一生ないんだからね?」

 

いきなり捕まった少年は、眼を白黒していた。訳が分からないのだろうか。ざまあみろ、と、ルイズの嗜虐心がすこし満たされた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

顔を、前に突き出した。相手の顔については、文句は無いのだ。むしろ、ギーシュのような最低スケコマシ野郎などなどに比べれば、否、比べるのもおこがましいほどにマシなのだが、年頃の少女である。相手の顔が整っていればいるほど、気恥ずかしい。顔が、確実に真っ赤だと思う。熱いし、もう必要ないだろうと急いで離れた。

 

「これは…痛てて、ルーン?」

「ほう、珍しいルーンだね。ちょっと失礼」

 

無事、ルーンを刻むところまで成功した。これで、春の召喚の儀式は完遂したのである。そう思うと、急に目の前が暗くなった。もう、休んでいいんだ。

視界と共に暗く落ちる意識のどこかで、自分の体が優しく抱えられるのを感じた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「はっ!?」

 

酷い、夢を見ていた気がする。起き上がるとまだ夜で、ルイズは安堵のため息を漏らした。召喚した使い魔が人間など、始祖の悪ふざけにも限度があるだろう。しかし、唯一の成功と思えた魔法が夢の中でしかないと思うと、暗澹とした気分になった。そう考えたのなら、魔法が成功したという良い夢だったのかもしれない。

しかし、あの口付けの感触がまだ唇に残っているような気がした。案外、真面目に話せばいい奴だったのかしら?そうかもしれない。顔も、その、悪くなかった。夢の中のキスの瞬間を思い出したルイズは、思わず自分の唇を指で撫でていた。

 

「目が覚めましたか?」

 

聞き覚えがある声がする。しかし、それは変だ。だって、この声は夢の中で聞いたものである。

 

「そう言えば自己紹介してませんでしたよね!」

 

ぎぎぎ、と、油を指し忘れた蝶番のように鈍重にルイズの首が声の方向へと向いた。ベッドの横には、椅子に座る金髪の少年が座っていた。

 

「俺の名前はフラット・エスカルドス!イギリス時計塔のエルメロイ教室所属の魔術師見習いです!」

「そう、フラットって言うのね。あんた…貴族?」

「?ええ、はい。一応」

 

起きたばかりなのだが、早速頭を抱えたくなった。

 

「ああ、俺の元居た世界なら大丈夫ですよ?ちゃんと手紙書いてきましたから」

 

どうして、こんな奴が自分の使い魔なのだろうか。しかし、まだ気になる部分が有った。貴族だという大問題は、この際本人が大丈夫だというのだし放り投げることにする。

 

「あんた、えっと、フラットでいいのかしら?」

「はい、そう呼んでください!」

「魔術師って、メイジと何が違うの?」

 

ハルキゲニアでは、魔法を使えるものをメイジと呼ぶ。それに、魔法は合っても魔術等というものは無い。そもそも、時計塔とは何処だろうか。

 

「魔術師は魔術を使って根源の渦に迫る人たちの事ですね」

 

一言目から分からない。一つ疑問を投げかけるたびに、二つ以上の疑問が再発生する。だが、根気強く聞いて行けばいつかは終わるだろう。段々、現状も飲み込めて来た。今は召喚の儀式が終わった後で、誰かがここまで運んできてくれたのだろう。そして、眠っている主人の私をこの使い魔は起きるまで待っていたという訳だ。今日の記憶も、はっきりと思い出せるようになってきた。

 

「貴方はその、魔術師の見習いなら魔術ってのを使えるの?」

「ええ。何が見たいですか?と言っても、俺は他の人が使う魔術に干渉するのが一番得意なんですけどね」

 

水系統の魔法だろうか?そういえば、一番得意と言ってもそもそも魔法のように属性があるのだろうか?だが、勤勉を自負するルイズでも、余りそのような話には聞き覚えが無い。せいぜい水の魔法で精神に干渉して魔法を発動させないだとか、そういう事だと思う。

 

「その、あんたの魔術と私たちの魔法が同じだと仮定するけど、一番得意な属性は?」

「空ですね。というか、僕は二重属性でも五大元素使い五大元素使い(アベレージ・ワン)でもないのでエーテルしか扱えないですけど」

 

嫌な、予感がした。きっと聞いたら後悔するような何かがあるとは思うのだが、聞かずにスルーというのは出来ない。

 

「その、他の属性ってどんなのがあるのかしら」

「地、水、火、風の四つですよ。あと、最近うちの教室に来た人によると剣なんて変わった属性もあるらしいですけど。僕は会った事無いですけど無とか虚数なんてのもあるらしいです」

 

整理しよう。恐らく最後に付け加えられた三つは良くわからないので除外する。明らかに前半の四つは、私たちの魔法と全く同じ属性だ。それなら、この少年の属性は、当てはまるものが一つだけある。

 

虚無。

 

貴族の始祖にして魔法、メイジの始祖。偉大なる始祖のみがもっていた失われた属性。もちろん、仮説だ。だが、余りに証拠が揃いすぎているのではないかと、一度考え始めると思えてならなかった。

もしそうなら、最悪だ。自分は虚無(ゼロ)の使い魔を召喚してしまったのである。始祖に、不敬を抱くような行為ではないか?ああ、頭が痛い。

ぱたんと、体を後ろに倒した。すると、フラットは布団を掛けてくれた。

 

「明日は、マスターの世界の事も聞かせてくださいね?」

 

私の、世界?

 

またもや、急速に溶ける様に暗くなっていく。やっぱり、まだ疲れがとれていないのだろうか?朦朧としていく中で、マスターの世界という言葉が最後まで残っていた。




次回は知識のすり合わせの続きと初の授業!がちゃんと書けるかなぁ・・・
作者フラット・エスカルドスくん大好きなので楽しく書けるといいな・・・


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天災児とは ~一緒に授業を受けるには最悪の相手~

天災児とは…造語。作者が作ったフラット・エスカルドス青年の愛称。多分それ程外していないと思う。偶に物語に登場する「中途半端に人間離れしすぎて溶け込めない」人間だと思うが、少なくとも剪定事象でないFate/StrangeFakeや事件簿の世界ではエルメロイⅡ世に見いだされて社会復帰している。
少なくとも、魔術で無理やり表情筋を操作して笑い続けるような人間は社会適応は出来ていないだろう。

今回もしかしすると時系列がおかしいかもしれませんが、原作未読という事で大目に見てもらいたく・・・ダメなら本当はどういった展開なのかこっそり教えていただけると幸いです。


自分が眠っていて、起きる寸前だという事が分かった。眼を開けば、そうして意識がしっかりと、且つ直ぐに立ち上がるのだ。数ある目覚め方の中でも、ちぃ姉さまに起こしてもらった時に並ぶ最高の目覚めの内の一つだ。

 

ゆっくり目を開けると、まだ一番鶏が鳴くかどうかの、かなりの早朝なのだろう。部屋の外からは、丁度朝日が部屋に射し始めていた。そして、窓とは反対側のベッド脇にイスに座った少年の姿を認め、思わず声を上げそうになった。しかし、今度こそ昨夜のことはよく思い出すことが出来たため自制する。

どうやら起きたことに気付いていないようなので、ベッドの向かいの窓に浮かぶ朝日を見ている、その使い魔の顔を観察することにした。

召喚された時や昨夜のようにニコニコと笑っているが、しげしげと朝日を眺める姿は何処か実は思っている以上の年齢ではないかと思わせる知性が感じられる。そういえば、年齢さえ聞いていないのだ。

結局、昨夜だけでは何も分かっていないも同然に思えたので、まずは、貴族の嗜み。挨拶からだ。

 

「おはよう、フラット」

「おはようございます!マスター!」

 

朝からテンションが高い。今日は調子が良かったため例外だが、基本的にルイズは朝に弱いのである。というかそもそもこの少年は眠ったのか?

 

「あんた、何時寝たの?」

「マスターが寝た後、そこの藁山で寝ましたよ。興奮のせいかすぐ起きちゃったんですけどね!」

「そう、早起きなのね」

 

うらやましいと言えばそうなのだが、後できつくないのだろうか。その辺りは、おいおい観察して考えることにしよう。今聞きたいのはもっと別の事だ。

 

「フラット、あんたの事を教えて?」

「良いですけど、ちゃんとマスターの世界の魔法の事も教えてくださいね?」

 

また、私の世界の魔法だという。一体どれだけ遠方から召喚されたのだろうか?

 

「まず、あんた何歳?」

「20歳です!」

 

こちらへ満面の笑みで親指を立て、鼻高々に答える少年――本人の弁が正しいなら青年は、とても20歳には見えない。ホントに?と聞いても、信じてくださいとかホントですとか、本気でそう主張を続けるのでとりあえず信じる。次に、場所。どうやらかなり遠くから来たとしか思えないのだ。

 

「あんた、どこの貴族なの?ハルキゲニアで時計塔なんて聞いたことないんだけど」

「国で言うならイギリスですかねぇ?あります?イギリス」

 

もちろん無い。ロマリアの属国にも無かったはずなので、本当に遠くから来たのだろう。東方の、砂漠を超えた先にあるというロバ・アル・カリイエから来たのかもしれない。

 

「それで、貴族なんでしょ?魔法は使えるのよね?」

 

ドットスペルくらいは、とは言わないでおいた。自分が使えないのに、そんな皮肉を言っても仕方ないだろうという気がしたのだ。

 

「魔法は無理ですね。魔術なら何とか!」

 

何が違うのか、昨夜同様さっぱりだった。魔術、というのは、魔法に響きは似ているし、向こうで言う魔法なのだろうか。しかし、魔法とは違う、とも明言している。

 

「魔術と魔法って何が違うの?」

「魔術は、ただの人間でも頑張ればどうにかなる結果を出せるもの、魔法は、ただの人間じゃどうしようもないような結果が出せるものらしいです。どっちも才能が要りますけどね」

 

伝聞系の回答に、少々頭を捻ってみる。例えば、土の形を変える程度なら工具を持った平民にも出来る。けれど、錬金のようなことは平民には逆立ちしても無理だ。もちろん、ルイズにも。

他人の与り知らぬところで、いつかはと闘志を燃やし、続きに移る。

 

「あなたの得意な属性って、火とか風とか、四大属性のどれなの?まさか虚無なんてことは無いわよね?」

「それって五番目の属性になるんですか?もしそうなら多分虚無ってやつになると思いますけど」

 

深い、とても深いため息が、ルイズの体にかかる布団を撫でていった。昨日最悪の予想が命中したかもしれない。これは、オールド・オスマンに相談するべきではないだろうか?

もし魔術とやらが魔法と同じなら、何故自分は使えないのに使い魔ばかりと、ルイズは半ば八つ当たりにも近い火種を抱えていた。しかし、虚無に嫉妬など、それこそ始祖に笑われるか、不敬だと天罰が下るのではあるまいか。

 

絶好調の目覚めから一転、死んだ魚のような目でベッドの隅を見つめるルイズに、今度はフラットから質問が飛んだ。

 

「それじゃあ、俺からお願いなんですけど、マスターの魔法を見せてもらえませんか?」

 

一瞬、殴ってやろうかと思った。しかし、このフラットは自分の事を良く知らないのだ。

落ち着けルイズ。私は温厚で話の分かるご主人様。何も知らない使い魔とはいえ人間に、拳でいきなり一撃を加えるなど、まるで悪徳貴族ではないか。私はお母様のように高潔で、お父様のようにデキる貴族にならねばならないのだ。落ち着けルイズ。

ふぅ。

 

一度息を吐いて、一度しか言わないからよく聞きなさい?と前置きをして、自分が未だ魔法は失敗ばかりで成功が無い事。それでもいつかは、誰しもが仰ぎ見るような立派な貴族になるのだと。強く言った。

対してフラット青年は…

 

「マスターならなれますよ!だって俺がいた異世界まで召喚魔術を届かせるくらいですよ!?そんなの、俺たちの世界なら薬品漬けで封印されてもおかしくないくらいの凄いんですよ!?」

 

また、両手を握ってぶんぶんと振り回された。朝の栄養が足りていない頭がふらふらと揺すられ、焦点が定まらないものの、目の前のフラットが大まじめだという事は分かった。そして確かにフラットの言う通り、自分はサモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントの魔法に成功しているのだ。

そうだ。そう思うと、何かできそうな気がしてきた。コモン・マジックくらいなら成功するのではないだろうか?よし、やろう。いや待て、この使い魔、今何と言っただろうか?

 

「…異世界って?」

「元は同じだけれど色々な違いで分かれてしまった世界というか、そうですね、少なくとも僕の世界には月は一つしかないです」

 

月は二つあるのが当たり前だろうに、この馬鹿使い魔は何を言っているのだろうか。

 

「それに、昨日いくつか見ましたけど、俺の世界ではあんな簡単には人は飛べません」

 

フライは、言ってて悲しくなるが素質さえあれば小さな子供でも使える簡単な魔法だ。それが、無い。

 

「それに、イギリスは無いんですよね?俺の世界でイギリスなんて知らないなんて言ったらとんだ田舎者ですよ?」

 

知らないものは知らないし、でっち上げで何とでも言える。向こうもそれに気づいたらしく、顎に手を当ててうんうん唸り考え、唐突に左手を右手を打った。

 

「これ見てくださいよマスター!」

 

そう言って、フラットは手鏡に何やらぶつぶつと呟いて指を這わせている。一体何をしているのかと思えば、謎の儀式は終わって鏡はこちらに向けられた。

 

「はい。俺が得意な魔術の一つです」

 

通常、鏡に映るのは自分だ。確かに、鏡には自分が映っている。しかし、通常鏡に映るのは断じて部屋の入り口近くから見た自分ではない。

 

「え?これって…」

「誰かがこの部屋を見てたみたいなんで、ちょっと魔力の流れをいじって覗き見してるところです」

 

少なくともルイズには、ハルキゲニアのメイジでそのような事が可能な人物はオールド・オスマン以外に思い至らなかったし、かの200歳を超えるともいわれる老練なメイジに技術が並ぶには若すぎるのではないか。これは、かなり説得力があった。

 

「ちなみに、私の部屋をのぞいてるのが誰は分かるの?」

 

フラットのいう事に裏付けになった事は良いのだが、それと乙女の部屋を覗いていたという事実への怒りは別の話である。

 

「多分あの学院長さんじゃないですか?普通に心配して様子を見てたんだと思いますけど…あ、ちなみにこの声はあっちには聞こえてません」

 

言うには、声だけ漏れないようにフラットが音声の回線を操作しているのだとか。

 

「良いわ。信じてあげる。本当に、異世界から来たのね」

「ええ。あのコルベール先生も半信半疑だったみたいなんですけど、誠心誠意説明したら信じてくれてよかったです!」

 

困惑するミスタ・コルベールの顔が目に浮かぶようで、ルイズは苦笑いした。しかし、この使い魔がミスタ・コルベール伝え、それがオールド・オスマンへ届いているとしても自分で伝えに行くべきではないだろうか。具体的には、新学期初の授業を終えてから。

とりあえず、オールド・オスマンと話し合うまではイギリスという遠い外国から来たと話を合わせておくとしてだ。朝食にそろそろ行きたい。

なお、腹の音が鳴った瞬間も、フラットは音声を切っていたらしい。心の中で感謝しつつ、最後に、一つだけ。

 

「聞いてなかったけど、あんた私の使い魔で本当に良いのよね?」

「もちろん!異世界で使い魔になるなんて、まるで小説の主人公になったみたいでわくわくしますよ!」

 

あんなに頭が良さげなのに、どうしてこうも少しネジが外れたようなのだろうか。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

朝の準備は、自分でこなした。この部屋を見ていた視界はフラットが切ってくれた。ちなみに、外に追い出すとツェルプストーの乳牛が何をしでかすかわからないので、大急ぎで着替えその間は向こう側を向かせていた。

 

「さ、食堂に行くわよ。他所の貴族のあんたから見て、私たちの食堂はどうかしらね」

 

使い魔召喚自体は成功したので、ルイズの機嫌はそれなりに良かった。それに、かなり気の利く部類であるし、かつ高貴な生まれときている。メイジの力量を見るにはまず使い魔というが、私の素質については異世界のメイジが太鼓判を押すほどだ。そして、異世界のメイジに魔法を見てもらえば、ちゃんと魔法が使えるようになるのではないか、という淡い期待もあったのだ。

これはもう、空腹でさえなければ鼻歌でも奏でるところだが、今は空腹の解消が最優先だった。

 

鍵をいつもの習慣から手で開け、閉める。コモンマジックを試してみるべきだったかと少々後悔したが、兎に角今は食堂一直線である。

 

「あら、遅かったじゃないルイズ」

「さ、行くわよフラット。そこには誰もいないしましてや見せつけるようにサラマンダーを引き連れてるメス牛なんて論外だわ」

 

手を引いて強制的に離脱を試みた。失敗した。まさかの使い魔の反逆である。もう!と息巻いて叱りつけようとすると、フラットはサラマンダーをみて目を輝かせていた。

 

「すげー!!俺サラマンダーの本物なんて初めて見ました!名前はなんていうんですか!?」

「あら、使い魔さんは礼儀を知ってらっしゃるのね。どこかの()()のご令嬢様と違って」

 

これは尻尾の炎からみて火竜山脈産のサラマンダーに違いなく、好自家なら値段も付けないだろうのたまいだした。ルイズは歯ぎしりをする。目には、奇しくもライバルの得意属性の炎が猛っていた。

 

「フラット!サラマンダーも良いけど食堂の小人を見て見たくないかしら!」

「えっ!あの時間になったら動くってやつですか!?超見たいっす!行きましょう!あ、ミス…」

「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。キュルケで良いわ」

 

腕を豊満な胸部の下に組んで、フラットの主人との圧倒的格差を前面に押し出したが、ルイズはフラットを引きずって食堂へ駆けだしていた。フラットの、ありがとうございました~という間延びした礼だけが廊下に残り、キュルケは一人楽しそうに呟いた。

 

「ふふ、一晩で随分仲良くなったみたいね。ルイズったらあんなに嫉妬しちゃって」

 

その心からの微笑みは、普段彼女が取り巻きの男子生徒に見せている物と違い母性のような優しさに溢れたものだったが、あいにく鏡は無かったし目撃者もおらず、かつ当人同士も否定し合うだろうが。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「どうかしら。此処が歴史あるトリステイン魔法学院の中でも由緒正しい、アルヴィーズの食堂よ」

「あ、あれがさっき言ってた人形ですね!?凄いなぁ!あんな緻密な魔術式があんな大きさに、しかも状態の固定化にも余念がない。何よりこんなに効率がいいなんて!」

 

聞いても無い事をべらべらとしゃべり始めている。嘘を言っていないのなら、まさかとは思うが、製作者と知り合いなのではないかと思えてくるレベルである。

 

「ま、まあ良いわ。さっさと食事にしましょう」

「わ、凄いなぁ!こんなに沢山あるし、しかもイギリス料理より美味しそうだ!」

 

どこぞの騎士王が聞けば、激しく同意してくれることだろう。

 

しかし、自分の席に座ったルイズは、周囲の目がフラットに向き、かつ小声で何やら言われていることに気が付いた。フラットを見て、貴族として致命的に欠けているものがあることに今更ながらルイズは気が付いた。

フラットの耳に顔を近づけ、ひそひそと耳打ちする。

 

「フラット、あんたの世界では貴族はマントを付けないの?」

「よっぽど昔が好きな人なら着けますね」

 

要は付けないらしい。これは不味い。自分たち貴族にとってマントは地位の象徴であるし、事情を知らない連中が無くしたなんて聞けば、それはもう酷く罵声を受けるだろう。

今日は大変心苦しいが、厨房で直接食事をしてもらうしかないだろう。

 

「本当に申し訳ないんだけど、厨房で何か出してもらえないか頼んでみるわ。周りのみんながマントを付けてない奴はって言い出しかねないと今気が付いたの」

「別に俺は構いませんよ?どんなものが出てくるか気になるし!」

 

本当に好奇心しかないような人間だと、ルイズは思った。それとも気を使ってくれているのだろうか?兎に角助かったことは確かだが。誰かいないかと探してみると、顔なじみのメイドであるシエスタがすぐ近くにいたので呼び止める。事情を少し偽って――良心にはかなりの打撃を食らったものの――話すと、快く「では私の方からマルトーさん話を通しておきますね」と引き受けてくれた。

即興で作り上げた設定は、遠い国から来たので勝手がわからず、できれば貴族のようにマナーにうるさくない厨房で食事をとれないか、というものだった。ちなみに、フラットは実はマナーは出来ているが、厨房へ行く理由に説得力を持たせるためである。

 

ハルキゲニアでは珍しい黒髪を揺らすシエスタに、フラットは着いて行った。丁度厨房では仕事がひと段落したところらしく、半分ほどが賄いを手にしているところだった。

 

シエスタが、恰幅の良い調理長、マルトーにフラットの事を紹介すると、マルトーは腕を組んでフラットへ近づいて行った。

 

「お前さん、遠い国の貴族なんだって?」

「はい!イギリスっていうんですけど、ご存じないですよね?今日は朝ごはんをよろしくお願いします!」

 

マルトーの少し汗のにじんだ顔が、笑った。

 

「ほぉ、俺たちにも礼儀をもって接してくださるたぁ気に入った。まあ座ってくれや」

 

木の椀に注がれたのは、朝食に使われた野菜、肉の余りで作られたシチューであった。フラットは食膳のあいさつもそこそこに、スプーンでシチューを掬う。

 

「す、すげぇ!超おいしいです!マルトーさん実は魔法使いですか!?」

「よせやい!嬉しくないぜそんなこと言われたってよ」

 

口では否定しても、体が正直に反応してしまっている。特に、お代わりを手ずから注いでしまっている腕などその筆頭だろう。結局、フラットは満腹までお代わりを続けられる羽目になった。ルイズと一緒に授業に顔を出さなければ、という一言で、フラットはどうにか逃走を果たした。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「どうだったの?」

「お腹いっぱいになりました…」

 

どう見ても早朝と現在で腹囲が変わっているあたり、厨房では気に入られたのではないか。マルトーは、人の好き嫌い、特に貴族の大部分を嫌いな事で一部には有名だった。

 

「まあ、お腹いっぱいになったなら良かったじゃない」

「そんな事より今から授業なんですよね!?」

 

腹が苦しいのか幾分背を逸らしているが、やはりその顔は笑っていた。

 

「そうね…」

 

正直なところ、実技の授業に良い思い出は皆無だった。失敗をからかわれ、枕を濡らしたことも一度ではや二度ではないが、いつかは成功するとしっかり授業には出続けている。

今日は、横で興味深げに周囲を眺めまわしている使い魔に質問攻めにされるのだろうか、と、考えながら教室に入る。今までに無い事だが、この使い魔に頼りにされる事は少し楽しみだった。

さて、どこに座ろうかとは思ったのだが、フラットが眼を輝かせながら最前列に二席取っていた。仕方ないわね、と横に並んで座った。

そうこうしている内に、先生が教室へ入ってきた。ちゃんとしたメイジの恰好をした、優しそうな女性だ。女性は教室を見回しながら、にっこりとほほ笑んだ。

 

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 

そうして、巨大なモグラやフクロウ、サラマンダーなどなどの使い魔を見回し、目線がルイズとフラットに向いて止まった。

 

「その…男の子が使い魔なのかしら?」

「はい!フラット・エスカルドスといいます!」

 

まさかと思って聞いたのだろうか。束の間、先生は停止した。そして、にっこりと笑ってルイズに言った。

 

「ユニークな使い魔を召喚しましたのね、ミス・ヴァリエール。きっと想像もできないようなメイジになりますわ」

「ありがとうございます」

 

他人の感情には、ひと際敏感だった。それで、この先生にはまるで悪意が無い事をルイズは感じ取り、素直にお礼を述べた。しかし、思春期真っ盛りの少年少女はそうはいかない。

 

「その辺の平民を連れて来たんじゃないのかぁ?」

「なんせゼロのルイズだもんなぁ!」

「勝手に言ってなさい!」

 

この年頃の子からすれば良くあることなのだが、時に人を殺すような人間の病でもある。それを、先生は良しとしなかった。

 

「お友達にそのような悪口を言ってはいけません」

 

早し立てていた二人の男子生徒は、口に赤土の粘土を張り付けられていた。思わず口笛を吹きたくなるような早業を決め、先生は自己紹介した。

 

「私の授業では中傷などいけませんよ?では遅れましたが自己紹介を。

今年度から赴任しました、私は『赤土』のシュヴルーズと申します。専門属性はもう分かると思いますが『土属性』です。これから一年間、皆さんに『土』の魔法について講義します」

 

簡潔な自己紹介の後、授業が始まった。黒板に白墨で様々な内容が書き込まれていくが、早速フラットから小声で一言。

 

「マスター、読めません」

「そういやそうだったわね…」

 

十分想定できる事態だったと思う。しかし、此処で小さな子供よろしく言葉教室を始めるわけにもいかない。仕方なく、ルイズは羊皮紙に詳細なメモを取り始めた。最も、内容は一年生の内容の復習でありルイズはすべて諳んじているのだが。

 

やがて授業の内容は実技に移った。多分に土のメイジとしての主張が含まれてはいたものの、大筋は正しいその主張をルイズは寸分違わず書き留めた。それを踏まえ、シュヴルーズは土の初歩、錬金を実演して見せた。

卓上に置かれた小石が金色に変わり、キュルケ(牛女)が金かと騒いだものの、シュヴルーズは少し頬を染め、私はトライアングルなので金ではなく真鍮だと答えた。トライアングルという答えが、謙遜であるのか自慢であるのかは本人のみぞ知るところである。

隣のフラットは、感嘆の声を上げていた。

 

「そんなに驚くの?」

「だって凄いですよ!たったあれだけの詠唱で真鍮を作り出すなんて!」

 

どうやら、フラットからすれば信じられないほどの技術らしい。自分の世界が褒められているというのは、悪い気分ではない。しかし、二人の会話が先生の目に留まってしまった。

 

「素晴らしい勤勉ぶりですわね、ミス・ヴァリエール。では、錬金の魔法の実技はミス、貴方にやってもらいましょう」

 

それなりに静かだった教室は、一瞬で喧騒に包まれた。

 

「ミス・シュヴルーズ!やめてください!ルイズは!」

「なぜですか、ミス・ツェルプストー。それは彼女への侮辱ですよ」

 

腹に据えかねるような物言いだが、去年の惨状を思い出せば言い返すことは出来なかった。実際、何度も教室の片付けをする羽目になったのだ。ミス・シュヴルーズが、中傷はいけないと釘を刺すのが、逆に心に痛かった。

一方のキュルケは、シュヴルーズに訴えても埒が明かないと判断したのかルイズに直接止めるように懇願していた。

 

「ルイズ!お願いだからやめて頂戴!」

 

宿敵が、懇願している。私はどうするべきなのだろうか。

止めた方が良いのは分かってる。どうせ失敗する。みんなに、迷惑がかかる。

もう、良いんだろうか。魔法は一度は成功したんだ。これで、家に追い返されることは無くなったんだ。ここでやめれば、少なくともこんなにうるさく言われることも無くなるし…

でも、それなら私は何時立派な貴族になるんだろう。立派な貴族は、魔法はもちろん、父さまや母さまのように立派な心を持っているべきだ。

 

それで、貴方は何時立派な貴族になれるの?明日かしら。それとも一年後?少なくとも、今日は無理ね。だって、アナタこのまま逃げるんでしょう?

 

自分が、もう一人いるのだ。それで、私を強く罵る。その声は、他の誰の声よりも心に痛かった。

ちらりと、フラットを見てしまった。フラットは、今か今かと私の実演を望んでいるのだろう。やはり、今までのように期待に満ちた顔をしているのだ。

 

逃げたくない。

 

私は、何時かは成功させてみせるとフラットに言った。その何時は、明日ではダメだと思う。だから…

 

「やります」

 

周囲の人間が、一斉に机の下に隠れた。今更薄情だとも思えない。フラットとシュヴルーズだけが、ルイズの錬金魔法を見ようとじっと見ているのである。

 

「緊張しなくても良いです。心に強く、錬金したい金属を思い浮かべるのですよ?」

 

ルイズが想像したのは、鉄だった。鈍色に輝く、母の象徴。杖を、両手で持って集中する。目標は、目の前の小石。強く、鉄を念じる。

 

「イル・アース・デル!」

 

良く知っている呪文を、心を込めて唱えた。杖に魔力が流れ込んでいくのが判る。サモン・サーヴァントの魔法を思い出し、遂に成功するのではないかと目を輝かせた。

しかし、現実は非情である。

ルイズの目が、物理的に明るく輝き始めた。目の前の小石が光っているからだ。

咄嗟に、ルイズは顔を覆い隠した。

 

そして、今日の授業は中止になった。

 

ミス・シュヴルーズは気絶して医務室に連れていかれ、何故かぴんぴんしているフラットは凄い物を見たと笑っていた。

残りは、全員が全員ルイズを指さして非難している。よその教室から様子を見に来た教師が、ルイズの顔を見てまたか、とでも言いたげな顔で片付けを命じ、クラスは解散した。

 

フラットは、片づけを快く手伝ってくれた。イスを並べなおし、窓を交換して床の木片をまとめてしまった。あとは、ゴミ捨て場へ持って行くだけだ。

 

「ねぇ、失望した?」

 

私は、何を言っているのだろうか。




小ネタ・ルイズとフラットの作戦会議

「決闘って、二人が命を懸けて戦うあれで合ってます?」
「いや、命とっちゃだめよ。杖か参ったって言わせればいいから」
「そうなんですか!それならやろうかな」
「…勝てるの?」
「まあ、マスターほどじゃなければ普通に勝てると思いますよ」
「そ、そう?…まあいいわ。じゃあやってきなさい。私もあいつにはムカついてたのよ」



思った以上に長くなった…キャラ崩壊タグを入れた方が良いでしょうか?
次回はガンダールヴチュートリアルのあのお方との戦いです。

追記
と思ってたら先に授業でしたね。修正しました。


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天恵の忌み子、その片鱗

実はルーンの効果を既に知っているフラット君。当然チュートリアルさんは…


私は、何を言っているのだろう。それでも、一度声に出したそれは、堰を切った水のように止まらなかった。

 

「私は、本当に一度しか魔法を成功させただけなのに、あんたみたいな天才の主人なんて、あり得ないわよね」

 

机に付いた煤が、いやに良く見えた。フラットは、困ったようにこちらを見ている。

気を遣われるくらいなら、罵ってほしかった。それで諦めがつく。きっと夢だったのだと。視界が歪んで、ルイズは自分が泣いていることに気づいた。

 

フラットは、慌てた様子でハンカチを取り出し、渡してきた。そして、一言。

 

「あの魔法は、ご主人の属性に合ってないんだから気にすること無いですよ」

 

嗚咽を漏らしながら、のろのろと、顔を上げた。何時も、この使い魔は突飛なことを言う。

 

「俺と同じ属性空なんだから、あ、こっちでは虚無って言うんでしたっけ」

 

普通は、慰めたりするのだろうか。そこを、なぜ魔法が使えないのかという根本的な理由を提示された。

 

「私が、虚無?」

「それに、あんな膨大な魔力を注いだらそりゃあ爆発しますって。魔力の属性が魔法に合ってないのにあんな冗談みたいな量注ぎ込むから」

 

さも当然の事のように、フラットは失敗の理由を羅列していく。今まで、高名な教師に何度教えられても解らなかった失敗の理由をだ。

衝撃だった。

 

「だから、そうですねー、もっと他の魔法を見れば、ご主人に合った錬金の魔法も作れると思いますけど」

「じゃあ、私にも普通に魔法が使えるのね!?」

 

その後も、フラットの解説が続いた。四属性が全く同様に魔力を注ぎ込んで動作する魔法を作った人間は天才だ、とか、流石に虚無は出来なかったみたいだとか、今まで勉強して習ったこともないような事を並べている。

 

「ねぇ、異世界ではあんたみたいなのが一杯いるの?」

「どうかなぁ、俺みたいに魔力が見えたりするのは会ったこと無いですね」

 

曰く、先生は才能がないのに天才だとか。どういう事かと問うと、魔術の才能はないのに、それを解析したり組み替えたりすることに関しては天才的で、しかも探偵のように推理も大得意だという。

多分先生とやらはこの男に頭を抱えているのではあるまいか。

 

「探偵って?」

「お金をもらって、憲兵に代わって事件を解決したりする人たちのことですよ」

 

平民の、傭兵のようなものが黒いローブを着ているところを想像した。

 

「なんだか胡散臭いわね」

「えー?でもすごくかっこいいですよ?」

 

フラットが残ったごみを纏めたところで、ルイズの腹が鳴った。

 

「なにも聞いてないわね?」

「はい、だれにもご主人のお腹の音がきゅるきゅるなんて言いません!」

 

拳を一つフラットにぶつけ、食堂へと向かった。自然と、口は弧を描いていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

食堂では、既に昼食が取れるようになっていた。フラットは厨房に直行し、またまたマルトーに捕まった。

 

昼の賄いは、ロマリアで良く食べられているらしいパスタに良く似た食べ物だった。マルトーは薄く伸ばされた小麦の生地に、トマトとひき肉、その他野菜に赤ワインの良いものを加え、ソースを作っていた。

 

「凄い!ボロネーゼですね!」

「ほぅ、お前さんの国ではそう言うのか。俺たちはボロネーズって呼んでるんだが」

 

より正確に言うなら、パスタはラザニエッテなのでボロネーゼソースのラザニアだろうか。

フラットは絶賛して食べたが、今度はちゃんとお代わりを断った。マルトーは、食べ過ぎは良くないと笑い、自分で食べてしまった。

 

厨房の食事も終わろうかという頃、シエスタがクロッシュをかぶせたお皿を運ぶために席を立った。

 

「それじゃあ、デザートを配りに行ってきますね」

「あ、俺も手伝いますよ。こんなにご馳走になっちゃったし」

 

笑顔で背中を叩きまくるマルトーから逃げるように、フラットはシエスタに付き従って厨房を出た。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「なあギーシュ。お前、今は誰とつき合ってるんだ?」

「付き合う?はは、僕は薔薇だよ?僕が誰かのものになってしまったら、多くの女性が悲しみの余りに命を絶ってしまうじゃないか」

 

食事もそこそこに、一人の金髪の少年が、シャツのポケットに薔薇を刺して周囲に歯の浮くようなセリフを並べていた。丁度この時、効率よくいきましょう、というフラットの発案で、二人は食堂の両端からデザートを配りまわっていた。

そして、シエスタが丁度この取り巻きに囲まれたギーシュ少年の前を通りがかった時、事件が起こった、と言うより正確に言うのであれば、発端をこのギーシュ少年が起こした。

 

周りに取り囲まれ、このままでは最も懇意にしているミス・モンモランシーの耳に一年生の子女と馬で遠乗りしたことが露見しかねない。そこで、ギーシュは一計を案じた。唯一の物的証拠である、受け取った香水を隠してしまえばいいのだ。放り投げるようなことをすれば目立つので、後ろ手に毛足の長い絨毯の上に落とした。

音は無い。これで、二人の蝶の心は守られた。心中でガッツポーズを決めるギーシュ少年は、まさに年相応であるのだが、此処に誤算が一つ。取り巻きの居ない背後に、丁度シエスタがいたのである。

平民としては、貴族が落としたものをお返しするのは至極当然である。

以上の経緯から、後ろから声を掛けられた時ギーシュは心底驚いた。そして、かわいらしいメイドの手に置かれた香水を見て顔が引きつったのを自分でも感じていた。

 

これは非常にまずい。とにかく白を切らねばならない。

 

「何だね、それは。僕の物ではないな」

「そ、そうですか。それは大変失礼をいたしました。此方に置いておきますね」

 

ギーシュは心中で止めてくれと必死に叫んだ。しかし、シエスタは精神感応が出来るわけではなかったし、香水が拾われてしまった時点で作戦は実行の後失敗。東方の諺に曰く、覆水盆に返らず、である。

 

「おいおいギーシュ、それはミス・モンモラシーの香水じゃないか?」

「噂は本当だったんだな!」

 

モンモラシーの香水は、そのオリジナルの美しい色合いから有名であり、少し風聞に詳しい物が見ればすぐに解判ってしまった。ふと、視界の端にすらりとまるでカモシカのように美しい足取りでミス・モンモラシが近づいてきた。ギーシュのそれなりに豊富な女心のデータベースによると、それはいわゆる堪忍袋の緒が切れた状態であり、つまり非常にまずい。

なんとか言いつくろわなくてはならない。

 

「や、やあミス・モンモラシー。今日はいつもとまた違う香水を使っているんだね。良く似合っているよ」

「そう?ありがとう。そういうあんたにはこれがお似合いよ!」

 

眼が完全に据わっているモンモラシーは、ギーシュの頭に赤ワインを一瓶まるまるかけた。おまけに、右頬に赤い手形もついた。さらに、泣きっ面に蜂とばかりにミス・ケティまで現れた。

 

「誰とも付き合っていないと仰っていたのに!嘘つき!」

 

平民に最近出回っているという銃を鳴らしたような破裂音が鳴り響き、ギーシュの反対側の頬に手形が増えた。泣きながら走り去るケティを追いかけることも出来ず、周囲からは冷やかしの目線が多数向けられている。

これは不味い。想像した中でも最悪に近い。兎に角、体面を立て直さなくてはならない。そのために、僕は!

 

「君!少し待ちたまえ!」

 

丁度ルイズにデザートのケーキを渡していたシエスタは、何か不味い事でもしただろうかと怯えた顔で振り返った。非常に申し訳ないが、この場には罪を擦り付ける人間が必要だった。

 

「君が僕の落とした香水を拾ったせいで二人の女性が不幸になってしまった…どう責任を取ってくれるんだね?」

「そ、そんな!私、貴族様の香水を拾っただけなんです!お許しください!」

 

必死に謝っているが、何らかの目に見えることをしなければこの場が収まらないだろう。しかし、ツッコミが入る。

 

「見てたけど、全部あんたが悪いじゃない。そもそもあんたが浮気しなきゃ済んだ話でしょ?」

 

そうだそうだ、などなど、周りを囲んでいた人間も同意の声を上げる。恐らくルイズや数名は別にしても、殆どは娯楽としてギーシュを野次っているだけなのだ。そういった人間のために、やらなくてはならない。

 

「いいや。このメイドには身の程を教えてやらなければならない。さあ立ち給え!」

「ううっ」

 

涙を浮かべるメイドを掴もうとした手が、つかみ止められた。

 

「止めましょうよ。私刑なんてのはやり過ぎですって」

 

掴んだのは、先日召喚されたルイズの使い魔だった。あまり力が強いわけではないが、眼には断固とした光がある。その瞬間、ギーシュの頭に閃きが舞い降りた。

 

「では、そのメイドの処遇を巡って、決闘をしようじゃないか!」

「決闘、ですか?」

 

ゼロのルイズに召喚されているのは、どうせ平民と言われていたし、実際マントも着けていない。ここでギーシュが華々しく勝利すれば、メイドは痛めつけられずに済み、もしかしすると二人の心も自分の元へ戻ってくるかもしれない。

 

なんて完璧な作戦だろうか。やはり自分は軍人の名門グラモン家の子である。

 

ふと見ると、使い魔の少年はルイズとこそこそ話をしていた。しかし、すぐにこちらに向き直る。

 

「はい、マスターからもOKが出ましたので、よろしくお願いしますね!」

「ふふん、良いだろう。ではヴェストリの広場にて待とう!」

 

颯爽とマントを翻し、先にヴェストリの広場に向かう。一時はどうなる事かと慌てたが、これでどうにかなりそうだ。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

シエスタは恐怖に震えながらも、フラットを止めようとした。

 

「だ、ダメですフラットさん!私なんかのために!」

「大丈夫ですよ!だってあの人魔力の制御があんまりうまくないみたいだし!魔力を伝導率が悪い素材の杖で流してるからだ!教えてあげなきゃ!」

 

シエスタが言いたい事は伝わっているのだが、フラットの言いたいことは伝わっていないようだ。シエスタは、茫然とした面持ちで形の良いまつ毛をぱちくりと二度ほど瞬いた。そして、再噴火した。

 

「そんなこと言っても怒らせるだけじゃないですか!ダメですよ!」

「そ、そうだったんだ…それで先生は呆れてたのかな…」

 

怒られて酷くしょげているのだが、やはり視点がずれているとしか言いようがないだろう。それでも、ルイズがとりなしに来たことで話は進んだ。

 

「大丈夫よ、シエスタ。そいつは多分そうそう負けないわ」

 

無論、ルイズの発言の裏にも打算が多分にある。まず、この使い魔がどれほどの物かという事の検証。これは、ギーシュはどうせ殺すまでは出来やしないだろうという悪い意味での信頼から。そしてもう一つ。単純にギーシュが気に食わないのである。

モンモラシーとそう変わらないと発言した時のあのすまし顔を、ルイズは心の復讐帳に書き込んでいる。

 

「いい?なるべく顔を重点的に狙うのよ?」

 

どうやら心配いらないようだとは分かっても、どこか案じているという心情が顔に現れているシエスタをよそに、ルイズは勝利よりも大事な事があるとフラットに教え込むのだった。

 

「分かったわね?じゃあ行くわよ」

 

すたすたと、広場へと歩を進めるルイズに、フラットはにこにこと笑いながら着いて行った。途中、噂を聞きつけた生徒たちがざわざわと集まり、遂にはルイズを先頭とした大行列が出来た。

大きな出口から外へ出ると、既に人垣が出来ており、中心にはギーシュが突っ立っていた。手には造花の薔薇を持ち、まるで懲りていないのか周囲の女性達へ手を振っている。

 

「逃げなかったことは誉めてあげよう。だが、貴族に喧嘩を売った愚かさはしっかりとその体に刻んであげよう!」

 

こちらを向いての一言に、ルイズは失笑した。

 

「痛い目に会うのはあんたよ、ギーシュ。やっちゃいなさいフラット!」

 

人垣が割れ、フラットは丸く囲まれた中央に押し出された。少しよろめいて起立するフラットを見て、これはギーシュの醜態は期待できないかと観客がつまらなそうな顔をする。シエスタも、そんな空気を察してか再び怯えた顔でルイズを見ている。

 

「まあ見てなさい。多分、あいつそれなりにやるわよ」

「えっと、遠い外国の貴族様、なのですよね」

 

二人の視線の先では、二人の金髪の少年が向かい合っていた。方や、造花の薔薇を咥え、もう片方は興味深そうに造花の薔薇を見ているのだった。

 

「紳士淑女の諸君っ! 決闘だ!」

 

勝鬨のように声を上げて、ギーシュは周りの喧騒に火をつける。

 

「そうそう、僕はメイジだ。だから魔法で戦うよ。よもや文句はあるいまいね」

「もちろんっすよ!」

 

無手で構えるフラットに、ギーシュはふっと笑い、短く詠唱して剣を錬成した。

 

「使いたまえ。これくらいは良いハンデだと思うよ」

 

じゃあ遠慮なく、と剣を掴んだフラットを見て、ギーシュはニヤリと笑った。観客も、これは面白くなるかと身を乗り出している。そして、ギーシュが口火を切った。

 

「では始めよう!イル・アース・デル、ワルキューレッ!」

 

錬金の呪文の詠唱の後、薔薇の花びらが落ちた地面から青銅製の戦乙女が作り出されていく。二体作り出されたワルキューレは非情に精巧であり、使い手の練度が垣間見える。

 

「なるほど、そうやって使うんですね!確かに効率的です」

 

一方のフラットは右手の甲に指で触れ、何やら呟いた後に、もう一度同じ言葉を呟いた。

 

「――干渉開始(プレイボール)

 

ワルキューレの動きが、片方だけ止まった。そして、もう片方のワルキューレに攻撃を始めた。ギーシュが、驚きのあまり一瞬動きを止める。

 

「なっ!コントロールできない!?」

「同じ詠唱でも効果が違う、のかな」

 

必死にワルキューレの制御を取り戻そうとするギーシュだが、制御を奪われたワルキューレは鏡写しのように同じ動作を繰り返し全く勝負がつかない。遂に、ギーシュはワルキューレを土に戻した。

 

「まさか、メイジだったとは…マントを着けていないので油断したよ…しかし、これならどうかな!?」

 

今度こそ、まぎれもないギーシュの全力だった。七枚の花弁が地面に降り、七体のワルキューレに姿を変えた。確かに、一体を操っても残る5対で圧倒できるが…

 

「じゃあ今度はこっちで行きますよ!」

 

そう言って、フラットは再び右手の甲に触れた。そして、ルーンが強く光り始めた。フラットは、まるで達人のように堂に入った構えで両刃の青銅剣を両手で掴んだ。そして、接近した一体のワルキューレに、青銅剣を一閃する。

ワルキューレは、金属特有の甲高い音を鳴らして胴に当たる部分から両断された。軽快に足を送りながら、次々とワルキューレを粉砕していくフラットに、汗で全身を濡らすギーシュは確実に恐怖を抱いた顔をしていた。

遂に最後のワルキューレが唐竹に両断され、フラットが目前に迫った時、ギーシュは小さく悲鳴を漏らした。全身を疲労が襲い、魔法に精神力を吸われ息も絶え絶えであるというのに小さくしか漏らさなかったのは、軍人の家系としての誇りからか。

汗とで濡れた額と、今にも座り込みそうな姿勢で座り込むことだけは堪えていた。

いつの間にか、周囲はすっかり静かになっていた。

 

「ギーシュさん」

「僕は…屈しないぞ」

 

嬲られると思っただろうか。今回のギーシュの行いは当初見せしめを目的としており、その想像は当然と言える。だが、フラットの性格は緩いことで有名だった。

 

「シエスタさんに謝りましょうよ。確かに平手は痛かったと思いますけど、それでメイドさんをいじめちゃいけませんよ」

 

ちなみに、フラットには仲の良いメイドがいる。かなり整った容姿と体格をしているが、水銀製である。

予想外の回答だったのか、ギーシュは一瞬惚けた顔になったが、直ぐに笑いだしてしまった。

 

「負けた!僕が悪かったよ!」

 

倒れそうなほど疲労困憊していたギーシュは、どうにかフラットの腕を持ち上げた。そして、フラットの傍に駆け寄ってきたシエスタに最上級の角度で頭を下げた。

 

「すまなかった。身から出た錆とはこの事だ。謝罪を受け取ってもらえるかい?」

 

一方のシエスタは、完全に想像の外の出来事だったのか、泡を食ったように慌てていたが、謝罪を受け取り、自分も悪かったと述べた。

 

そして、全身の筋肉をガンダールヴの力で酷使したフラットは見事な勢いで倒れた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

保健室のベッドで、フラットは目を覚ました。

 

「やっと起きたのね!」

 

ベッドの傍にはルイズが座っており、丁度シエスタが切ったリンゴを運んできたところだった。

 

「いやぁ、フラットだけにふらふらふらっといっちゃいました」

「別に上手くないわよ、それ」

 

愕然とするフラットに、ルイズはリンゴの乗った皿を手渡した。

 

「あんた、あんなに上手に剣を使えたのね。正直そんなタイプには見えなかったんだけど」

「あれですか、あれはご主人の刻んだルーンの効果ですよ。体力を使ってどんな武器でも使いこなせる…みたいな効果ですね」

 

あっという間に立ち直ったフラットは、簡潔にルーンの効果を述べた。シエスタは感心したような様子なのだが、ルイズは頭を捻る。

 

「そんな効果初めて聞いたわよ…」

「そうなんですか?ガンダールヴって書いてありますけど、結構特別なんですかね」

 

今度は、全員が頭を捻る番だった。ルイズは、聞いた事こそあるようなものの、何時なのかさっぱり思い出せない。最初に頭から手を離したフラットがリンゴに手を伸ばした所で、三人目の訪問者が現れた。

 

「ふむ、意外と元気そうじゃの」

「オ、オールド・オスマン!」

 

朗らかな顔で現れたオスマンは、何事か呟き軽く杖を振った。一瞬シエスタの目が焦点が合わなくなったように揺れ動き、もう一度オスマンを見て仰天した。

 

「すまんが、この二人に話があるのじゃ、席を外してくれんかの」

「は、はい!今すぐ!」

 

シエスタが出て行ったことを確認したオスマンは、更に呪文を唱え杖を二回振った。

 

「さて、ここからの話は色々と聞かれては困ることなのでな、いくつか魔法を掛けさせてもらった」

「記憶の改竄と防音ですか」

 

フラットの言葉に、オスマンは悪戯っぽく笑った。

 

「さて、ミス・ヴァリュエールが君を召喚した時は碌に話も出来なかったが、今度はきっと実りのある話ができるじゃろうて…すでに、王宮の馬鹿共と話すときよりは楽しませてもらっておる」

「えっと、その、私」

 

普段、会話を交わすことの無い人間は意外と会話の糸口をつかむことが出来ない。しかし、令嬢であるだけにルイズは無事鯉口を切った。

 

「フラットがずっと私たちを見ているって言っていました。そのことと何か関係があるんですか?」

「おお、おお!その事はワシも驚いておったのじゃ。まさかその年でワシの魔法に干渉するほどの腕とは思わなんだ」

 

もちろん、着替えの時などは切っていたと茶目っ気たっぷりにウインクした。どうにも、年を取った子供の様にしか見えない人物である。しかし、世間話もそこまでとばかりに、本題が切り出される。

 

「ふむ…既に教室の一件で先に言われてしもうたようじゃが、君の属性に関することじゃ、ミス・ヴァリュエール。そして、フラット君の腕に宿ったルーンについても」

 

細められたオスマンの目には、二百歳を超えるという噂を信じようと思えるほどの知性の光があった。

 

「ガンダールヴとは…詠唱中の始祖を守り、千の敵を前に退かず守りぬいたという神の盾の名前じゃ」




それっぽいところで終了。
続きは復刻セイバーウォーズ以外も忙しいので少々時間を頂きます。

追記
香水メーカーはモンモラシーですね。


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神の盾

就職前最後の一本です。
来週はどうかな…


それは、直接でこそなかったが間違いなく一つの事実を指していた。

 

私は虚無だ。

 

フラットも、そう言った。それでも、自分に言い聞かせていたのだ。いくら凄くても異世界の使い魔だ。もしかしすると、よく似た別の何かという事もあり得るかもしれない。しかし、目の前に立つ白いひげを蓄えた老人はどうだろうか。

オールド・オスマンは、ルイズの知る限りハルキゲニアで最も魔法に熟達した人間である。その言葉は、確定の印鑑にも似た響きがあり、事実そうなのだ。

 

手が、震えた。普通で良かったのだ。努力はした。報われたかった。それでも、眠っていた力が始祖と同じものだとは思いもしないだろう。

 

ハルキゲニアでは、始祖は神に等しい存在だ。文献の中のみの存在と謡われていた虚無の力だったが、今トリステイン魔法学院最高学長が太鼓判を押した。虚無は、蘇ったのである。

 

「ふむ、手が震えておるの」

 

指摘されて、膝に乗せた手が震えていることにルイズは気付いた。

 

「賢明な君なら気付いておるじゃろうが…」

 

これが、世間に割れれば大騒ぎになるだろう。きっと、今のままではいられない。

 

「もし君が所望するか、又は自分が虚無であることを黙秘できないというのなら、君の記憶も消すことも視野に入れておる」

 

先程のシエスタのように。情報統制は、敷かなくてはならないのだろう。更に、オスマンはフラットに向き直った。

 

「当然、君もこの事は内緒じゃ。最も、君の場合は儂の魔法が通じるかはわからぬから、最悪一戦を交えることになるわけじゃが」

 

これは、ルイズやフラットにも分かるほどに嫌そうな表情をしていた。多分いい勝負以上の事になって面倒だという事なのだろう。フラットは、胸を叩いてもちろん言いませんと宣言した。

ルイズは、怪しげな目でフラットを見たが、再びオスマンを見た。

 

「ミス・ヴァリュエール。君はどうかね?」

 

此処での忘れるという事は、逃げに相当するのではないだろうか。それは、ダメだ。与えられた以上は、例え記憶を消されても消えるものではなく、そして管理の責任がある。貴族は、高貴の義務(ノブリス・オブ・リージュ)を果たさなければならない。

立派な、貴族に。立派な、メイジに。いつしか、その二つを分けて考えるようになっていた自分に少々驚いた。しかし、それは正しく別れた事象なのだろうという事も理解できた。

そして、決意も固まった。

 

「オールド・オスマン、私は一切を口にしないと、ヴァリュエール公爵家の家名に誓って宣言いたします」

 

オスマンは、満足そうに頷くと、時期が来るまで、そう言って保健室を出て行った。フラットが、大きく息を吸った。

 

「あー緊張したぁ!」

「あんたでも緊張なんてするのね」

 

とても意外だった。この調子ならギーシュが禁欲生活を送る日も近いだろうか。

 

「だって!師匠を軽く超えて俺に迫りそうな魔力とあの安定性!もし戦ったら死んじゃいますって!」

 

そもそも、杖を交えるところまで行くのがおかしいわけだが。

 

「相変わらず的外れねぇ…まあいいわ。体の調子はどう?」

「もう大丈夫です!心臓が潰れるくらいなら何とかなりますから」

「あんた人間で良かったのかしら?」

 

それはもう、と頷くフラットの言葉は、冗談だと思う事にした。

 

「じゃあ、次の授業から出席しましょう。わざわざあんたの為に休んであげたんだからね」

「はい!すっげぇ感謝してます!」

 

イマイチ、締まらないなあと思いつつも、ルイズは自分が笑っている自覚があった。何があってもいつも通りの使い魔が、嬉しいのだろうと、他人事のように思った。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

一週間ほどが経過した。本日、フラットは頭を押さえてふらふらとルイズの部屋の前に立ち、今扉を開けようとしていたのだが…

 

「あれ?確かミス・キュルケの…」

 

サラマンダーのフレイムが、フラットの服の端を咥えて引いていた。

 

「構って欲しいのかな?」

 

フラットは片膝をついて、フレイムの顎を軽く掻いた。フレイムは、嬉しそうにのどを鳴らした。続いて頭の大きな鱗を撫でる。フレイムは嬉しそうに鳴いて、頭をフラットの足にこすりつける。

楽しくなってきたフラットが腹回りをわしゃわしゃと触ると、床にごろんと転がってしまった。フラットがそのままフレイムの柔らかいお腹を撫でていると、いつの間にか傍らにキュルケが立っていた。

 

「ね、私とも遊んでいただけないかしら」

「すいません!そういうの、使い魔的に良くないかなぁって思います!」

 

フラットが言い終わると同時に、ルイズの部屋のドアが轟音を立てて開いた。

 

「良く言ったわ!うちの使い魔を返しなさいこの牛女!」

「貴方が剣を振るった時のあの姿…私、痺れちゃったの…」

 

抱き着こうとしたキュルケの体を、フラットがなるべく様々な部分に触れないよう支えた。キュルケは目を潤ませたのだが、フラットの側面から拳が飛んだ。

そして、翌日の朝、フラットが待つ部屋にルイズは帰ってきたのだった。

 

「やっぱりあの牛女と関わると碌なことが無いわ」

「拳はいけませんよね」

 

フラットは遅めの床に就いたが、数分で復活し一緒に食堂へ向かった。道すがら、ルイズがツェルプストー家の悪行三昧を並び立てているところへ張本人が加わり、フラットは厨房へ強化魔術を駆使して離脱した。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

マルトーから今までの数倍の好意を一身に浴びているフラットは、東方から届いたスパイスで作ったというスープとパンを食堂で口にした。なんでも、食堂で新しいメニューとして研究中らしく、『我らの剣』に食べさせるのに十分な味になったために出してみたらしい。

 

「おいっしいですね!カリーじゃないですか?」

「ほう!俺が聞いた時は名前が良くわからなかったんだがな、味の感想から作ってみたがどうにも難しい。ようやくって時さ、お前さんが来たのは」

 

どうやら、マルトーは昔隊商から聞いた東方の食べ物を味の感想とありあわせのスパイスで作ってしまったらしい。所謂小麦粉などを加えたイギリス式カレーであった。

 

「シエスタ、アルビオンの古いのがあったか」

「でもマルトーさん、これは…」

「馬鹿、お前が『我らの剣』に注いでやんな!それでお前も一緒に食え!」

 

仕事は既に終わっており、厨房でみんなが一斉に食事を始めた。シエスタは、少し顔を赤らめながらフラットの持つ器にワインを注いだ。マルトーによると、今日の試作品はこのワインに合うように作っているらしく、フラットは絶賛してシエスタにも注いだ。

赤ワインの値段を知っているシエスタは、おっかなびっくりワインを飲みながらカレーを掬い、頬を抑えて笑っている。

厨房のひと時は、あっという間に終わった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「明日、買い物に行きましょう」

 

ルイズが、授業終わりにそう切り出した。明日は虚無の曜日と言う学院の休日らしい。学院に近い町まで、買い物に行こうというのだ。

 

「あんたお金は…無いわよね」

「ありません」

 

具体的にはポンド紙幣しか手元に無い。

 

「まあ、使い魔のお金はご主人様が払ってあげるわ」

「流石主人様!俺称号考えたんですけど、どれが良いと思います?」

 

列挙された称号の中で、一番マシなのは『スーパー☆トリステインスター』だった。とりあえずフラットには称号を付けることを禁止し――自覚が無かったかのように愕然とした――自室でフラットに語学を教え始めた。

このところ、ルイズはフラットにハルキゲニアで使われている公用語を教えていた。フラットの覚えは非常に早く、そろそろ教えることが無いと少し寂しい思いもしていた。言葉が最初から通じていたのは、きっとルーンの力だろう。しかし、文字の方は残念ながらわからなかったらしい。

フラットは驚くべきことに使い魔のルーンを解析し、仮説に太鼓判を押した。

 

「じゃあ、次は歴史でもやりましょうか」

 

座学で習う項目は、ルイズの得意中の得意である。二人は足早に図書館に向かった。

 

「うわあ…これは脚立が必要ですね」

「私たちにはね」

 

大樹のようにそびえたつ本棚の高さは、優に5メートルはあったかもしれない。目的のコーナーは、比較的下の方に会った。フラットが背伸びをすれば届くくらいである。

イスを並べて歴史書を読む二人を、青い影がちらりと見ていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

虚無の曜日。キュルケはいつも通りに化粧を終え、制服にどうにか体を押し込んでいた。無論パーツが大きいが為である。昨日の朝に、苛立ち紛れに吹き飛ばした窓に、ふと目がいった。

それは、恋愛至上主義のツェルプストー家の血が起こした直感だったのかもしれない。眼下には、一緒の馬に乗って駆けていくルイズとフラットがいた。瞬時に時間と速度の計算がなされ、キュルケは友人の部屋に走った。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

タバサは、虚無の曜日が好きだった。誰にも邪魔されず読書が出来るからだ。図書館から借りた一冊から栞を抜き、日差しの下で開く。タイトルを見たタバサの顔が、おそらく誰の目にもわからないであろう程度に綻んだ

。題名は、イールヴァティの勇者だった。

 

不意に、ドアから打撃音がした。次の瞬間、タバサは杖を握って短く詠唱し、『サイレント』を唱えた。周囲の音を遮断する魔法である。

取り戻した静寂の元で、タバサは再び文字に意識を没入させていく。

 

「」

 

本が、取り上げられた。読書を辞める気は無かったので、呪文を解くことも無く時計を指さした。しかし、納得した様子は無い。仕方なしに、タバサは呪文を解いた。

 

「わたしだってあなたにとって虚無の曜日がどんなに重要な日なのかはわかってるわ。でもね、今はそんなこと言ってられないの!恋なのよ恋!」

 

さっぱりわからない、という風に、タバサは首を傾げた。

 

「そうね。あなたは説明が必要よね。あたし、あのヴァリュエールの使い魔に恋しちゃったのよ!でね?あの二人今日は出かけちゃったのよ。どこに行くのかすごく気になるわ!」

 

まだ自分が指名された理由が示されていないために、タバサはもう一度首を傾げた。

 

「馬なのよ馬!あなたの使い魔じゃないと追いつかないの!助けて!」

 

ようやく理解した。それなら仕方ないと、タバサは窓を開けて口笛を吹き、窓から飛び降りた。キュルケもそれに続く。落ちる二人を支えたのは、一頭のウィンドドラゴンだった。

 

「いつ見てもすごいわね、あなたのシルフィードは」

「方向は?」

「あっちよ」

 

キュルケが指さした方向へ、タバサはシルフィードを向かせた。

 

「馬一頭に人間が二人。食べちゃダメ」

 

ウィンドドラゴンは、短く鳴いて肯定を示し、風をその両翼が捕まえた。タバサは、指示を伝え終わると『エア・シールド』を前面に展開し、キュルケから本を取り返した。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

先にブルドンネ街に到着したルイズとフラットは、まず服屋に行った。流石にマントは必要ないと固辞したフラットに、ルイズはため息をつきながらフラットの注文した服を見た。

センスが良いのが逆に神経を逆なでしているようだ。

 

「まあ性格が欠点よね」

 

完璧な人間は居ないという事らしい。フラットは、そうは思っていないようだがかなりの完璧超人であるとルイズは考えている。しかし、ご多分に漏れずフラットには正確という著しい欠点があった。貴族としてはダメだろう。

余りに緩すぎるからだ。それに、視点がどこかずれている感じもする。

 

「あんまりですよ!俺のどこがそんなにダメなんですか!?」

「そういうところよ」

 

フラットはがっくりと項垂れた。店主が持ってきた服をフラットに見せ、これもどうかと問う。既に在る分なので、安くなるのだという。

 

「あ、大丈夫です」

「じゃあこれとさっきのを」

 

思ったより金貨が減らなかったので、ルイズは次の店へと向かった。

 

「ここって…」

「そう、武器屋よ」

 

汚い裏通りを抜け、辿り着いた場所はさびれた武器屋であった。店内には、パイプをくわえた中年越えの親父が胡散臭げにルイズたちを見ていた。紐タイの五芒星に気が付いた店主は、パイプを口から抜いた。

 

「貴族の旦那。うちは真っ当な商売をしてますぜ。お上に目を付けられるようなことなんかこれっぽっちも」

「客よ」

 

腕を組んで言うルイズの姿には、妙な貫禄があった。

 

「私じゃなくて、こっちが使うわ」

「下仕えに剣を持たせるのでも流行ってるんですかねぇ」

「私は剣の事は良くわからないから、あんた達に任せるわ」

 

磨り手をしながら奥に消えた店長は、まずレイピアを持って来た。

 

「最近は盗賊がこのトリステインの城下町を荒らしておりましてね、貴族しか狙わねぇもんだから、貴族が下僕にまで剣を持たせているらしいですぜ…となれば、まずはこれです」

「あんたが振ったら折れるんじゃない?」

 

ルイズが下げさせようとすると、店主は胡散臭げにフラットを見、そして今度は太いいかにも丈夫そうな大剣を持ってきた。

 

「この店一番の業物ですぜ。ゲルマニアのシュペー卿が鍛えたもんでして」

 

装飾が施された、見事な剣だった。フラットが、柄を握る。

 

「あ、ご主人、ダメですこれ。硬くて大きいだけですよ」

 

なんでも、ガンダールヴには武器の知識を与える機能が有るらしい。今度はそれを知るルイズが、店主を胡散臭げに見る。店主は、慌てて手を振った。

 

「いえいえ、正真正銘本物のシュペー卿の作品です!エキューでも2千はしますぜ」

「そんなに!?そんなでかくてピカピカしてるだけの剣にですか!?」

 

まだ金貨が500枚程はあるのだが、と思いつつ、ルイズは吹き出した。

 

「そうね、気に入る武器があるか他のところに行ってみましょうか」

 

買い物の駆け引きとしては、それなりに正しかった。財布の中身が知られるべきではないのだ。ちなみに全くの偶然である。

 

「待ちな!おいらを買っていけ!」

「凄い!剣がしゃべってるし魔術によるものだ!」

 

凄まじい速度で、フラットが剣の山の中から一本の錆びた剣を取り出した。

 

「インテリジェンスソード…」

「煩くてかなわねぇんです…あれなら100…いや、50でも構いませんぜ」

 

商談を進めるルイズと店主をよそに、フラットと魔剣は会話を続ける。

 

「おめえ、細いのに見どころがあるじゃねぇか。しかも使い手だしよう」

「インテリジェンスソードさん、名前はなんていうんですか!?」

「おう、俺はデルフリンガーさ」

「凄い!超クールっすね!ご主人、このデルフリンガーさんにしましょうよ!」

 

ルイズは、もっと静かで見栄えが良い物にすればどうか、と言ったのだが、煩い二人組が大反論した。仕方なく、財布に優しくという事でデルフリンガーが購入された。

 

「どうしてもうるさいと思ったら、こうやって鞘にしまっちまってくだせぇ」

 

店主がデルフリンガーに鞘をかぶせると、確かに音がしなくなった。フラットは速攻で鞘をはぎ取った。

 

「いやぁ、良い買い物をしたなぁ」

「そんなもんが?」

 

フラットは、蓄積した神秘がどうだの内部の構造式の魔力炉だとか第三魔法だとか意味不明な話を展開し、ルイズはフラットの頭に鞘をぶつけた。

 

後日、町裏の武器屋では七割五分も引いちまったと泣く店主の姿が確認されている。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「フラット…この剣、どうかしら」

「いえ、こっちのデルフリンガーさんの方が良いですね」

「そうだそうだ!俺の方がそんななまくらよりずっとすげえだろう!」

 

ルイズの部屋には、キュルケが押しかけてフラットに金貨3千枚を負けさせた大剣を売りつけていたが、フラットは頑としてデルフリンガーを推し続けた。

 

「ほら、こんな風に一瞬で刀身が奇麗になったりするんですよ!」

「おでれーた!そういえばそんなことも出来るんだったな!」

「どういう事よ!どうしてそんな魔剣が金貨50で手に入ってるわけ!?」

 

ルイズが、椅子の上に立って自分の頭を指さした。顔には、愉悦に染まった笑みが浮かんでいる。

キュルケはルイズに掴みかかり、二人揃って椅子から落ちた。

机を挟んで反対側では、剣と話の輪を広げるフラットとキュルケに連れてこられたものの、読書を続行するタバサという平和ぶりだった。




笑い回ですね。実際にキュルケの交渉術は凄い。七割五部とか泣く。
次回は学院内でのフラットの立場の推移とフーケ編ですね。


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噂の義賊

何とか精神に余裕が出てきて続きです


トリステイン魔法学院では、早朝から開戦の狼煙が上がっていた。

 

「だからあんたはタバサと一緒に食べなさいよウチのフラットに構うな!」

「そんなこと言われると悲しいわぁ…ねぇダーリン?」

 

フラットを後ろに庇いながら、ルイズがキュルケへ吠えかける。キュルケは、ディフェンスにまわったルイズの隙を探しながらフラットへしな垂れかかろうと狙っているのだ。

今日、遂にフラットはアルヴィーズの食堂に席を用意してもらえることになったのだ。マルトーなどは露骨に悲しんでいたが、通常の感性に則ると栄転であり、シエスタのようにおめでとうございます、と声をかけるのが正しい。

そうして二匹の狼、或いは犬が競い合っているのはフラットの隣の席であり、今日の朝はどうやらルイズが勝利を収めたようだ。

 

「ふーっ、ふーっ、やっと勝ったわ」

「早くしないと冷めますよ!」

「あんた今度は手すりを滑るんじゃないわよ!?」

 

昨日、ふらっとは階段の手すりを滑って降りているところを教師に発見され、ルイズが散々に怒られたのだ。

 

「今日はやりませんよ!」

 

そう言ったフラットの両脚に淡い光が走った。魔術の基本中の基本、強化である。ただし、魔力のコントロール技術と総量に比例して強化の魔術は威力を増す。特にフラットであれば、100m9秒台も易々とこなすだろう。

 

「それもダメに決まってんでしょうが!」

 

ぜーぜーと息を吐きながら、ルイズはフラットの後を追ってアルヴィーズの食堂へと入った。フラットは既に席に腰を掛けており、真正面に座っているギーシュに声を掛けられていた。

 

「やあ、今日もなかなか決まっているね、フラット」

「そうですか?そんな事よりそこのローストビーフを取ってくれません?」

「そうだとも、これかな?そら…君なら、王都の子女でも放っておかないだろう」

 

フラットはかなり話半分にギーシュの話を受け取っているのだが、ギーシュは飽きることも無く話しかけ続けている。なんでも、決闘の後に彼こそが貴族に相応しい精神の持ち主だの始祖の恩寵を賜っているに違いない魔法だのと騒いでいたらしい。

一時期は正体を隠したエルフではないか、などと噂になっていたのが鎮火したのは、ギーシュのおかげも少しはあるのかもしれない。

ルイズは、そんなことくらいはあるかもしれないと考えながら席に着いた。

 

「そうそう、最近王都近辺ではメイジの義賊が出ているそうだ…」

「どこかで聞いたわね」

 

記憶を手繰ってみると、どうやら武器屋の主人がそれらしいことを言っていた。

 

「なんでも、推定トライアングル以上の土メイジだそうだ。君のように、誰しもが精神性と技量が両立しているわけではないという良い例だね」

 

それを聞いたフラットは曖昧に笑っていたが、ルイズの心には引っかかる話ではあった。トライアングルといえば、相当なエリートである。それが、陛下から賜った領地の経営をするでもなく義賊、というのは面白くない。

 

「ご主人、食べないんですか?」

「そうね、折角勝ち取ったわけだし…」

 

ルイズは、机上のワインボトルとパン、サラダを取った。いつも通りに、陛下と始祖へ感謝の言葉を述べ口をつけた。マルトーも、口は悪いが腕は本物である。

食事をとりながらフラットやギーシュ、デルフリンガーと話している内に、いつしか義賊の事はすっかり頭から抜け落ちていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

食事を終えたルイズとフラットは口を濯ぎ、教室へと入った。今日の授業は数年前から赴任している水の中年男性教師による薬学の授業だった。

 

「つまり、秘薬の投入する順番は薬の効能に大きく関わるわけであり…」

 

ルイズは、いつも通りに真面目にノートを取り続け、フラットは楽しそうに逐次情報が追加される黒板を見ている。

そんな二人を、後ろの席から非常に《良い》笑顔で見ていた。分かる人が見ればルイズに警告を送ったであろうが、残念ながらルイズの周囲にそういったタイプの人間はキュルケその人だけであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

宝物庫の壁に張り付いたフーケは、周囲の視線に気を配りながら壁面を構成する黒曜石をディクトマジックで調べていた。ある情報源によれば、固定化の魔法が解除不可能な強度である以上、強力な物理攻撃が弱点だろうという事だった。

 

「とは言ってもねぇ」

 

確かに、固定化の魔法は強力だった。ほぼ間違いなく、オスマンが掛けたものだろう。手応えから推察するに、土のスクエアの錬金ですら弾くのではないだろうか。

しかも、明らかに壁の厚さが自分の用意できる限界の力を振り絞らねば不可能だろうというレベルだ。今のような昼日中では到底不可能と言える。

フーケは、宝物庫の攻略情報について述べた中年の火メイジの顔を思い浮かべため息をついた。

 

「まあ、夜に馬を用意してリトライするかね」

 

至極妥当な作戦を立て、フーケは何処へか消えた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「決闘よ、ルイズ」

 

風呂上がりのルイズに、キュルケが据わった眼でそう言った。

 

「だってズルいじゃない!私のダーリンと一緒に朝ごはんも昼ごはんも食べるし!挙句授業でも隣ですって!?」

「フラットは私の使い魔じゃないの!」

 

正論だった。恐らく100分の100の人間が認めるほどの正論なのだが、火が付いた『微熱』はそんなものでは鎮火しない。

 

「だから!この決闘で勝ったらアタシがダーリンを貰うわ!」

「そう…それで、どういうルールでやるの?」

 

一瞬で同様に目が据わったルイズを、フラットとデルフリンガーがひえぇと言いながら見ていた。

 

「そうね…的当てなんてどうかしら」

「狙った的に当てた数が多い方が勝ち…」

 

止めなければ、暗殺事件に発展しかねないと判断したフラットとデルフリンガーは同行した。

 

「なあ相棒、どうしてこんなになるまで放っといたんだ?」

「僕にもさっぱりです」

 

前を征く二人は視線こそ交わさないものの、間にドス黒い何かが確実に見えた。あっという間に裏口に辿り着き、せせらぎの水が流れるが如き淀みなさで校則違反(アンロック)を遂行したキュルケの手によって、遂に二人は外に出てしまった。

 

「三回勝負、目標はあの木よ」

「解ったわ」

 

およそ10メートルほど離れた地点に、数本の梢が並んでいた。

 

「じゃああたしから行くわ」

 

短くルーンを紡ぎあげたキュルケは、瞬く間に一抱えもあるような火球を作り出した。

火球は真っ直ぐに木立を目指して飛び、やはり遺漏なく木立の一本を焼き尽くした。先程のドス黒い感情の交感からか、精神力にはまだまだ余裕があるようだ。

 

「次は私ね」

 

まだ、フラットによる虚無用の魔法は組みあがっていない。また、虚無であることも隠さなくてはならないのだ。よって、ルイズが選んだのは木をこの距離から『錬金』することだった。

ごくごく短い、詠唱を済ませ、杖の先に魔力を集中。いざ!――

 

「あーーー!!!」

 

フラットが大声で叫び、照準がずれた。遠く、黒い壁の壁面で閃光が瞬いた。そしてルイズが事の顛末を理解した次の瞬間、フラットの体は宙に持ち上がっていた。

 

「あんたまさかとは思うけどあのキュルケ(乳牛)の使い魔になりたいの?裏切り?裏切っちゃう?」

「違いますって!向こう側に怪しい奴が!」

 

フラットがルイズの首筋に手を触れると、自分の物でない視界が見えた。確かに、黒いローブに身を包んだ何者かが壁に張り付いているのだ。

 

「あれ、さっき私の魔法が当たった…」

「あそこ、確か宝物庫よ!?」

 

流石、キュルケは宝物庫の位置を把握していた。そして、距離を詰めるために走り出した三人の顔はすぐに上を向いた。

 

「冗談でしょ…」

 

だれが呟いた言葉だっただろうか。小さな音は、聳え立つ学舎ほどに巨大なゴーレムの背景の夜空へと溶けて消えていった。

更に悪いことに、ゴーレムは動いている。ゆっくりと振り上げた小さな小屋ほどもある拳を、壁にたたきつけ始めた。そして、僅か数回の衝突でヒビが広がりきるかのように壁は割れた。

ゴーレムの肩に立っていた術者が、すっと穴をくぐった。

穴から出た盗賊は大きな長物を抱え、ゴーレムの肩に再び乗った。

次の瞬間ゴーレムは崩れ、惚けていた三人の顔に大量の土ぼこりを降らせた。

 

周囲に教師たちが集まり始めた頃になってようやく、ルイズはフラットが顔を驚愕に染めていることに気付いた。

驚いたが、フラットはまた良くわからない事を呟いていた。

 

「あれは、グレイさんの持っている『影』なのかな…」




破壊の杖、どう読んでも最果てのアレ。
なおグレイの呼び方は知らないのでオリジナルです。


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失われた杖を求めて

ロンゴニミアドやらフラット君の中身やらどうすればよいのか悩みましたが前回あれだけ色々オリジナル要素ぶち込んでおいて今更迷うか?
ということで再開します。
ヒハンコワクナイ


早朝。

白んだ青空の元、トリステイン魔法学院の宝物庫下では仮眠から帰ってきたルイズ、キュルケ、フラットが整列させられていた。

 

「では、巨大ゴーレムが壁を破壊し、黒いローブの人物が宝を持ち去った、という事かね?」

「はい、学院長」

 

オスマンの質問に答えるルイズは、眼の下に薄っすら隈が出来ている。

 

「随分な長物に見えましたわ」

「うむ、紛失したのは我が学院に納められていた『破壊の杖』と見て間違いないじゃろう」

 

一つ、ため息をついたオスマンは、宿直であったシュヴルーズを非難していた教師陣に咳ばらいを一つする。

 

「さて、気持ちの整理というものもあろうから、口汚くもなるじゃろう。しかしじゃ。我々のうちに、真面目に宿直をこなしたものが何人いたじゃろうか。大方、学院の存在感に頼り切っていたのではないかね。

ならば、責任は我々の全員にあると言うべきじゃろう。今は、過ぎたことよりも必要な事を進めるのじゃ」

 

感激したシュヴルーズがオスマンに抱き着いた。オスマンが尻に触るが、シュヴルーズはそこまでは許容出来たらしい。しかし、続く二言目でオスマンは錐もみ一回転を決めて着地した。

実は場を和ませるために尻を撫でていたのだが、予想に反して叩かれなかったために一言追加したのである。

 

「コホン、まずは、我々の内から捜索隊を組まねばならん。誰か、立候補者は居るかね?」

 

オスマンは教師陣を、特に一人を見るが、誰も杖を上げない。男性教師の一人が、オスマンに疑問を呈した。

 

「何故王宮の騎士団へ通報しないのですか?」

「それで通達が届いたころには、フーケはロバ・アル・カリイエまで行っておろうな」

 

それに、学園に王宮の者の手が入ることは望ましくない、とオスマンは続けた。

王宮で部隊を派遣した者が、学園で権勢を振るう展開は教育上望ましくない、というのがオスマンの見解だ。

一応の正論に、教師陣が再び黙り込む。そこへ、息を切らして秘書が走り込んできた。

 

「れ、連絡します!」

「おお、ミス・ロングビル。どうしたのかね」

 

息を切らしたロングビルに、教師が生成した水を渡す。上品に水を口に含めたロングビルは、報告を始めた。

 

「此処から二時間ほどの森の奥に、黒いローブの人物が入っていくのが目撃されています。そこがフーケの拠点と見て間違いないかと」

「ふむ…お手柄じゃ。君はフーケを付けていたのかね?」

 

オスマンが、柔らかく微笑みながらロングビルに尋ねた。

 

「ええ。私が忘れ物を取りに行っている時に大きな音がしたものですから、馬を借りて魔力を追いました」

「そうか。君の給料の額を考え直さねばならんかの…」

 

オスマンの一言に、ロングビルは笑った。笑って、もう一つ尋ねる。

 

「これは、どのような状況なのでしょうか」

「捜索隊を組もう、としていたところなのじゃが、どうやら奪還部隊が必要になったようじゃの」

 

その一言を聞いて、いよいよ教師たちの顔色が変わった。いくら魔法に関する研究や教育に関わっていたとしても、戦闘など門外漢である。況してや、相手は世間を騒がせる盗賊・フーケ。やはり、手は上がらなかった。

 

教師からは。

 

「私、やります」

「ミス・ヴァリュエール!?しかし君は…!」

「いえ、ミスタ・コルベール。私と、私のフラットがやるんです!」

「ですよねー」

 

そういう事なら、と、フラットも手を上げる。デルフリンガーも、やる気満々といった風に柄をカチャカチャと鳴らす。

 

「ヴァリュエールに負けられないわ!」

「そういう事なら、私も」

 

更に、キュルケとキュルケに引っ張て来られたタバサが続く。コルベールは、いよいよ困った顔をしてオスマンを見るのだが…

 

「ふむ、引率付きであれば、という事で許可しよう。その引率役は…」

「私が適任ではないでしょうか」

 

挙手したのは、ロングビルだった。

 

「私が調べてきたのですから、私が最も上手に道案内できるでしょう。如何ですか?」

「確かにその通り。では、諸君の健闘を祈る。馬車は、わしから話を通してあると言って借りていきなさい」

 

ざわざわと声が響く現場を後にして、一行は学園出口へと向かった。

 

「馬車は私が」

「ミス・ロングビル、貴方が?」

 

これでも色々体験して来ていますから、とロングビルは笑った。

天井の無い馬車だが、二時間程度ならと全員が台車に乗り込み、馬車が鞭の音と共に走り始めた。

 

「フーケは恐らくトライアングル以上の土メイジ。こうした方が良い」

 

口笛で、タバサのシルフィードが馬車の上に着く。見張りを、というタバサの指令に頷いて、シルフィードは高度を上げた。

 

「素晴らしい使い魔をお持ちなのですね」

「ありがとう。でも…」

 

でも、に続く言葉を、タバサは発しなかった。一番付き合いが長いキュルケですら予想がつかないらしく、首をかしげる。

 

「あんたはあのサラマンダー連れてこなかったの?」

「今回はフレイムがいると不味いじゃない?」

 

キュルケは木製の馬車を指さした。

 

「燃え移るわね」

「火だるまになりますね」

「そっちこそ、ダーリンを連れてきてありがとう!」

 

短い攻防があったが、ロングビルの馬車が壊れるので、という静止の声でフラットは二人から隔離された。

 

「あんたのせいで!」

「そっちこそダーリンを独り占めしてずるいじゃない!」

「ストップ!本当に馬車が壊れますから!」

 

昨夜のテンションに近い物を感じたフラットは、暗示で二人を眠らせた。

 

「今、どうやったの?」

「えと、こう、体を極度にリラックスさせて眠らせた感じですかね?疲れてるみたいだからそれだけで眠っちゃうんですよ」

 

そんな技術が、とタバサが驚いた顔をした。

 

「坊ちゃんは何処の出身なのですか?」

「イギリスっていう国です!聞いたことないですよね?」

「アルビオンにそういう名前の町があったかも…いえ、国でしたら存じませんね」

 

それから約一時間半、フラットが語る摩訶不思議なイギリスという国についての話をロングビルやタバサが耳を傾けていると、ロングビルが目的地への到着を告げた。

 

「その、ビッグベン☆ロンドンスターというのは?」

「はい、俺の…」

「二人とも、到着しました。此処からは歩きですから、お二人を起こしてください」

 

フラットが二人の肩を叩くと、ううんと伸びをしながら二人が起きた。

 

「此処からは歩きだそうです。すっきりしました?」

「あたし、いつの間に眠ってたのかしら」

「し、しくじったわ!ダーリンと話をして仲良くなる機会を逃すなんて!」

 

タバサのありがたい一撃を脳天にもらった二人が歩き出すまでに、五分ほどを要した。

 

「この森の中に、フーケの拠点が…」

 

うっそうと茂る森林を歩くと、小さな小屋が建っている。木造りで、おそらくは木こりなどが普段使っている小屋なのだろう。中には暖炉もあるが、火は灯っていなかった。

タバサが張ったサイレント・フィールドの内側でしゃがみながら、一行が小屋の中を偵察する。

 

「人間は居ないみたいですねぇ」

「確かに。人の気配はない」

 

ディクトマジックでそんなことまで分かるのか、と、驚きの声が上がる。しかし、タバサは既にサイレント・フィールドを使っているため、魔法に依存しない技術である。

そのことに気付いたキュルケが驚きの声を上げるが、ロングビルがすくりと立ち上がった。

 

「では、私が中を見てきましょう」

「そんな!一人でなんて危険ですよ!もし罠が有ったら」

「見た感じ、魔法的なものは有りませんね」

 

フラットに、余計な事をするなとルイズが頬を捻った。

 

「ふいましぇんふい…」

「いえ、私も土メイジの端くれですから、罠くらいならどうにかできます」

 

そう言って、ロングビルは一人で小屋に入っていった。

 

「やけにこだわるわよね、ミス。何か思い入れでもあるのかしら?」

「さあ…あ、戻ってきたわよ」

 

ロングビルが腕に抱えているのは、大きな包みだった。

 

「本当にこれですか?」

 

フラットが尋ねる。

 

「何か違うの?」

「いえ、あの時盗まれた宝はもっと、こう…」

 

首をかしげながらフラットは包みを開いた。

 

「あ、これですこれ。うわ、凄いなぁ」

 

明らかに異常な、内包された神秘、魔力。

 

「見れば見るほどグレイさんの持ってる影にそっくりだけど…」

 

何なの?これ。その一言すら出なかった。魔力の制御が下手だろうが、解る。解ってしまう。感覚を灼く程に発せられる魔力、人の作品とは思えないほどの造形、全てが尋常の外の物質だと教えてくる。

 

「これ…何?」

「風の魔力を感じる…」

 

おおよそ、人間に比較できる対象が浮かばないほどの力の発露に、口が回らない。

 

「これは、多分世界の楔…の、レプリカです」

 

解らない。周りも皆首をかしげている。というか

 

「こ、こんなに凄いものなのに…レプリカって…偽物ってこと!?」

「いえ、本物の影と言うべきか…難しいなぁ」

 

それは、世界の表と裏をつなぎとめる楔、その御影の影である。その概念的な存在強度故に、影にすら実体があり、更に下位の影を実体として生み出しているのだ。

 

「まあ、世界を支える大事な部品の影の影、ってところですかね」

「影…?」

「足元にあるじゃないですか!その影ですよ」

 

上手く整理が出来ていない気がするが、要するにこういう事だろうか。

 

「これは盗まれた物とは違うってこと?」

「いえ、これだと思いますよ。まず本物なんて人間には触れることも出来ませんし」

 

違った。でも、問題は解決したわけだ。

 

「そう。じゃあさっさと帰りましょう。わざわざ拠点を空けておいてくれたんだから、戦う必要は…」

 

突如、地面が揺れた。

 

「な!なんでもう帰ってくるのよ!」

「馬鹿言ってないで逃げるわよヴァリュエール!」

 

フライを発動したタバサとキュルケが、森の外へと二人を引っ張って飛ぶ。しかし、人間一人を運んでいるため、タバサはともかくキュルケはスピードが出ない。

 

「タバサ!シルフィードを呼んでちょうだい!」

 

コクリと頷いたタバサが口笛を吹いてシルフィードを呼び戻す。接近するシルフィードをゴーレムが叩き落そうとするが、巧みな動きですり抜け、タバサの傍に舞い降りた。

 

「ねぇ!ミス・ロングビルは!?」

「居ないわ!そもそもあんた達を捕まえただけで精一杯よ!」

 

唇を噛みしめて、ルイズとキュルケはシルフィードに乗った。

 

「マスター、あれ、フーケじゃないですか?」

 

若干目が光っているフラットが、ゴーレムの肩を指さした。

 

「でも変ですよね。だってロングビルさんと魔力の色が全く同じなんです」

「それって…」

 

飛び上がったシルフィードの背にしがみつきながら、ルイズはゴーレムの肩を凝視した。

 

「とりあえず、あの槍をもう一度拾わなくちゃいけません」

「キュルケ!あんた落としたの!?」

「精一杯だったって言ってるでしょ!?」

 

喧嘩の止まない二人に、タバサが呼びかける。

 

「杖の奪回が任務。それで良い?」

「ええ、やりましょう」

「フラット!ゴーレムをなんとかできる!?」

 

目標は、杖をもう一度手に入れる事。そのために、最も大きな障害がゴーレムなわけだが…

 

「一度フーケさんをゴーレムからはがしてもらえばどうにでも出来ますよ」

「流石に此処からじゃ無理よね?」

「いえ、フーケさんが剥がれれば制御を乗っ取れますから崩せます」

 

動き続けるゴーレムはフーケが直接触れており、魔力の流れが感知されているため干渉は出来ても乗っ取ることが出来ない。引き剥がすことさえできれば、距離は現状のままでも崩せる。

 

「じゃあ、まずはここから幾らか攻撃してみましょう」

 

そう言って、キュルケはフーケと思しき肩のフードへファイアーボールを放った。

 

「ち、動きが早いわ」

「腕が邪魔」

 

見事な速度で飛んでいったファイアーボールは、ゴーレムの腕に防がれた。

 

「マスター、あいつの肩に向けてファイアーボール撃ってみてください!」

「はぁ!?あ、あ、あんた何言ってんの?流石に今は成功しないわよ!?」

「違います!失敗で良いんです!俺が制御はやりますから、魔力と詠唱を用意して!」

 

ああもう、と髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜ、ルイズは杖を構えた。

 

「行くわよ!しくじったら承知しないわ!」

「任せてください!」

 

ルイズが、ファイアーボールの詠唱を始める。同時に、フラットがルイズの杖に触れる。

 

「―ゲームセット」

 

杖は狙われた方向に火炎を射出することなく、突如巨大な光球が二つゴーレムの両肩に現れた。

 

「今のうちに!」

「後で説明」

 

同時に、詠唱を完了していたタバサが槌状に先端を変化させたウィンディ・アイシクルでフーケを叩き落した。同時に、フラットが詠唱した。

 

「ゴーレムを少し離れさせて自壊させます!今のうちに槍を!」

 

フラットの腕が、幾何学模様に光っているのが夜だからか良くわかる。そして、フラットの宣言通りゴーレムは明後日の方向に走り始めた。黒フードは、魔法を切られた影響からかレビテーションが使えたようで、ふわりと地面に落ちて行っていた。

シルフィードが、地面ギリギリを飛ぶ。絶妙なコントロールで、破壊の杖の目前で減速した。ゴーレムが駆ける地響きが遠くなる。

殆ど停止した瞬間を見計らって、ルイズが、飛び降りて破壊の杖を抱えた。

 

「やったわ!」

「フーケはどうします?」

 

フラットが、破壊の杖、ルイズの両方に手を差し出した。

 

「この子が」

 

ゆっくりと降りてきているフーケは、なるほど。風竜からは逃げられないだろう。ふと、フラットはフーケと目が合った。フードの隙間から覗く緑色の髪は、確かにロングビルと同じだった。

 

「一件落着ですね!いやー、それにしてもフーケのおかげで竜に乗れてよかったです!」

「あんた怒られるわよ、いろんな人から」

 

一分後、シルフィードの口には縄でぐるぐるにまかれたフーケが、シルフィードの手には馬車が抱えられ、ゆっくりと学院に向かって飛行していた。




なんだか文章力が落ちてるような…
次回、破壊の杖編終了です。


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