機動戦士ガンダムSEED 南天に輝く星 (ファルクラム)
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Episode-01「南米の狐」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大型輸送機から、次々と機体が荷下ろしされている光景が遠望できる。

 

 モビルスーツと呼ばれる人型機動兵器は、前大戦において目覚ましい活躍を示し、今や世界の主力兵器の座に君臨する存在である。

 

 当初はザフト軍が主として使用していたモビルスーツだが、戦争中期には地球連合が独自の技術を用いて開発に成功して以降は、両軍ともにモビルスーツの開発合戦と言っても良い状況になって行った。

 

 現在、荷下ろしされている機体は、ストライクダガーと呼ばれ、地球連合軍がGAT-X105「ストライク」の戦闘データを基に量産する事に成功した機体である。

 

 量産型宜しく内部の機構は簡略化され、ジンやシグー等、ザフト軍の量産機や、同時期に開発されたオーブ軍のM1アストレイに比べると、若干、防御面に不安を抱えている機体である。しかし反面、開発当初から携行型ビーム兵器を搭載する等、攻撃力は高く、最終決戦である第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦まで活躍した。まさにヤキン・ドゥーエ戦役における、地球連合軍の象徴的な機体である。

 

 そのストライクダガーが輸送機から出て、次々と格納庫へと運ばれていくのが見える。これから熟練した整備兵達の手によって、充分な整備が行われ、実戦投入の時を待つ事になる。

 

 奇異に思えるだろう。既に戦争が終わり、兵器はその役目を終え、多くが除籍、解体の運命へと向かっているはずである。

 

 しかしここでは、本来なら解体工場へと送られるはずの機体が続々と運び込まれ、入念な整備が行われようとしている。

 

 まるで、再び戦争が始まろうとしているかのような光景だった。

 

「こいつで、最後じゃったの?」

 

 たった今、輸送機でストライクダガーを運んできた老人は、そう言って担当者にリストのファイルを手渡す。

 

 傭兵斡旋業者として、兵器調達等を手広く行っているこの老人は、業界内でもかなり有名人で、この老人に頼めば手に入らない物は無いとまで言われている程、この業界ではなの知れた「顔役」である。

 

 今回もまた、発注した分の機体を納期までに完璧に揃えてくれた。

 

「ああ、問題ないよ、じーさん。本当にご苦労だったな」

 

 担当者はそう言うと、受取書にサインを記していく。

 

 老人が運んでくれたストライクダガーのおかげで、ようやくこちらは軍備が整ったのだ。

 

「これで、ようやく祖国の為に戦う事ができる」

 

 どこか自分に酔うように声を弾ませて言う担当者を見て、老人は自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

「祖国の為に戦う、か・・・・・・」

 

 あれだけ悲惨な戦争をして、まだ戦おうと言うのか。

 

 そんな皮肉が、一瞬脳裏によぎる。

 

 勿論、彼等には戦うだけの理由があり、自分がその事に対してとやかく言う資格がない事も理解している。更に言えば、傭兵斡旋業者が言うセリフでもないだろう。

 

「どうかしたのか、じーさん?」

「いや、何でもないさ」

 

 言ってから老人は、気を取り直したように顔を上げた。

 

「何にしても、アンタらの活躍を祈っとるよ」

「おお、頼むぜ!!」

 

 背中越しに手を振りながら去って行く老人を見送りながら、担当者は自分の仕事の確認をするべくファイルへと目を落とした。

 

 そこへ、別の若い兵士が、訝るような顔つきで近付いてきた。

 

「誰なんですか、あのじーさん?」

「傭兵斡旋業者だよ。今回の軍備増強の件で、色々と世話になったんだ。何でも元はどこだかの研究者をしてたって話だが、詳しい経歴自体は誰も知らないらしい。だがその道では知らない奴はいないってくらいのプロでよ、あのじーさんに頼めば、どんな兵器でも手に入れてくれるって話だ」

「へ~」

 

 若い兵士は感心したように返事をしながら、既に小さくなってしまった老人の姿を見詰める。

 

 傭兵斡旋業者など、「死の商人」と呼ばれている連中は、確かに世間一般では忌避すべき存在である。しかし今、事を起こそうとしている自分達にとって、ありがたい存在である事は間違いないだろう。

 

 彼等のような存在がいなければ、これほど大量のストライクダガーを、地球連合の目を盗んで調達する事などできなかっただろうから。

 

 それに、使えるかどうかはさて置いて、格納庫で眠っている「例の機体」も含めて。

 

「そう言えばあのじーさん、前に会った時、誰かを探しているみたいな事を言っていたが、もう会う事はできたのかな?」

 

 隊長はそう言って、一瞬確かめてみようかと思い立ったが、その時には既に、老人を乗せた輸送機は、エンジン音を上げて空へと舞いあがろうとしている所だった。

 

 

 

 

 

 ジェス・リブルが、その奇妙な少年に出会ったのは。サンパウロにある、とある酒場での話だった。

 

 フリーのフォトジャーナリストとしての職業柄、様々な情報には常にアンテナを張っておかなくてはならない。そう言う意味では、レアな生情報が入る可能性の高い酒場は、特にうってつけであると言える。

 

 大抵の人間は、酔うと口が軽くなる。こちらが頼んでいない事までしゃべってくれるので、酒と言う物は、ジャーナリストにとって殊更ありがたい存在であると言える。

 

 そう言う意味で、つい先ごろ、20歳になった自分自身にも祝杯をあげたい気分である。

 

 これから、ジェスは深い密林に分け入る事になる。

 

 目的は今、南米で起きている独立戦争を通じて、ある人物の取材を行う事にある。 

 

 目指すその人物は、アマゾンのジャングルを越えた先にある南米軍の拠点にいるらしい。そこに行くまでの行程だけでも、かなりの日数が掛かると予想される為、ここから更に、自前のモビルスーツを使って「徒歩」で移動する事になる。

 

 では、その大仕事を前に、なぜにジェスは酒場で情報収集などと言う悠長な事をしているのか?

 

 それはそれ、ジャーナリストの性とでも言うべきだろう。最新情報は常に把握しておきたいものなのだ。

 

 仲間内からは「野次馬ジェス」と呼ばれ、からかわれている事は決して伊達ではない。

 

 とは言え、その日はそれほど良い成果が上げられたかと言えば、そうでもなかったのだ。

 

 いくら情報収集に励んでみても、なかなか望む話は聞けるものではない。

 

 せめて、取材対象の人物の人となりでも聞ければ、と期待してはみたのだが、どの人物からも大した話を聞く事はできなかった。

 

「やっぱ、有名人とは言え、そううまく行くわけないか」

 

 ジェスは落胆気味に肩を落とすとカウンターに戻り、自分のグラスを手に取った。

 

「お兄さん、ジャーナリストか何かかね?」

 

 そこで、カウンター越しにマスターが話しかけてきた。

 

 顔を上げて見て見ると、グラスを拭きながら、マスターが上目づかいでジェスを見ている。どうやら、こっちが何者か探りを入れている風にも見えた。

 

「そうさ。なあ、マスター。何か面白い事とか無いかね?」

 

 早速、野次馬の本領発揮とでも言うべきか、ネタになりそうなことがあれば、すぐにでも飛びついて行ってしまうのは、フリージャーナリストの性であろう。

 

 しかし、

 

「生憎だがね、最近はどこも不景気さ」

 

 肩を竦めるマスターからは、やはり芳しい物ではなかった。

 

 今、南米は国運を掛ける程の大戦争の真っ最中である。そう言う意味では、確かに景気が良いとは言えなかった。

 

 コズミック・イラ70

 

 プラント所属のコロニー ユニウスセブンに対する核攻撃「血のバレンタイン」に端を発する、地球、プラント間の戦争は、当初は物量において勝る地球連合軍が圧倒的な戦力差で持って勝利すると思われていた。

 

 しかし、プラント防衛軍ザフトが実戦投入した新型機動兵器モビルスーツが目覚ましい活躍を示し、戦線は泥沼化したまま、1年半の長きに渡り続けられる事になった。

 

 やがて、両軍はヤキン・ドゥーエ要塞における最終決戦の終結を機に停戦に至る。

 

 地球連合とプラント政府は、互いに代表を募って正式な和平条約締結に向けての協議を開始した。

 

 その3か月後。

 

 地球連合の一国家に組み込まれていた南アメリカ合衆国が、突如として連合離脱を宣言。それを良しとしない大西洋連邦軍は南米大陸に対する海上封鎖を敢行。それと同時に、モビルスーツ部隊を主力とした侵攻軍を南米大陸へ派遣した。

 

 後の世に「南米独立戦争」と呼ばれる戦いの始まりである。

 

 当初、大西洋連邦上層部は、この戦いは早期に決着が着くと楽観視していた。

 

 敵は南アメリカ。かつての敵であるザフト軍と違い物量、技術力、双方において大西洋連邦の方が大きく勝っているし、何より、南米軍が保有している戦力は、殆ど大西洋連邦が供給した物である。それも、主力となるモビルスーツは開発初期のストライクダガーが中心である。既に最新鋭機であるダガーLの量産、配備に成功している大西洋連邦軍の勝利は動かないかと思われた。

 

 しかし、そこに思わぬ陥穽が存在した。

 

 南米には、ある特殊なルールが存在している。

 

 話は変わるが、環境問題というのは、人類がこの地球という星に生まれてから、徐々に悪化の一途をたどっている問題である事は間違いない。文明の進化と自然の現象は、確実に連動した関係にある。要するに、人類が豊かになればなるほど、自然は浸食されているわけである。

 

 何とも皮肉な話ではないか。言わば人類は、この地球上に生まれ、その環境を破壊する最悪の癌細胞なのだ。

 

 そんな人類にとって、唯一の罪滅ぼしと言えるのが、南米の熱帯雨林である。

 

 CE世代になってもなお、旧世紀と変わらず自然豊かであり続けるアマゾンのジャングルは、その自然保護を目的とした条約が取り決められている。

 

 アマゾンは、地球に酸素を供給する貴重な存在。それ故に保護しなければならない。

 

 これは、人類が地球の自然環境を守る為に起こした崇高な活動であると同時に、あくまでも「自然保護」を目指している事をアピールする政治的パフォーマンスでもあるわけだ。

 

 いずれにせよ、この南米の地においてはいかなる軍であっても大々的な軍事行動は行えないわけである。先の大戦で地球に大々的な攻撃を仕掛けたザフト軍も、このアマゾンだけは主戦場にしなかったほどである。

 

 以上のような理由から、南米では大規模な戦闘はおろか、民間航空機の飛行制限まで存在しているのだ。ジェスが南米の奥地まで取材に行くのに、わざわざモビルスーツで密林を踏破しなくてはならないのは、そう言った理由である。

 

 その時、ガラの悪そうな野次が耳に届き、ジェスは顔を上げた。

 

 見れば、カウンターの端に座っている人物に対し、数人の男が取り囲むようにして、何やら言い立てているのが見える。

 

「・・・・・・また、あいつらか」

「知ってるのか?」

 

 ため息交じりに呟くマスターに対し、持ち前の野次馬根性が少しだけ刺激されたジェスが尋ねる。

 

 対してマスターは、苦虫を潰すような表情を作りながら答えた。

 

「独立戦争の影響だよ。大西洋連邦系の企業が軒並み国内から撤退しちまったんで、ああいう輩が増えたのさ」

 

 マスターの話を聞き、ジェスは成程と呟く。ジャーナリストをしているジェスとしても、たびたび、似たような状況に遭遇した事がある為、マスターの話には大いに納得ができる部分があった。

 

 善行と悪行は、どうしても表裏一体の構造をしている。一方にとっては良い事であっても、他方にとっては余計な事である事は往々にしてあるのだ。今回の独立戦争にしてもそうである。多くの南アメリカ人にとっては、大西洋連邦の不当な占拠から脱する大義ある戦いであろうが、他方、大西洋連邦よりの政策を支持していた人々からすれば、迷惑千万と言う訳だ。

 

「どっちでも良いから、こんな戦争なんて、早く終わってくれないもんかね」

 

 愚痴めいたマスターの声を聞きながら、ジェスは男達に因縁を付けられている人物の方に目を向けてみた。

 

 奇妙な出で立ちの人物である。

 

 体格はかなりの小柄で、ふとすれば子供のようにも見える。しかし、その全身は頭頂から足首辺りまで、すっぽりと砂色のマントに覆っている為、うかがい知る事ができなかった。

 

 男達の方はと言えば、かなり酒が入って酔っぱらっているらしい。何やら、マントの人物が自分達を無視するかのような態度を取り続けている事が許せないらしい。尚も、1人カウンターに座っているマントの人物に、意味の分からない言いがかりで喚き続けている。

 

 見かねたジェスはグラスを置くと、マスターが制止するのも聞かずに立ち上がった。

 

「おい、いい加減にしとけよッ」

「何だ貴様は!?」

 

 男が振り返った途端、酒臭い息がジェスの顔面に遠慮なくまき散らされた。

 

 だが、ジェスの方も怯む事無く言い募る。

 

「他の客に迷惑だろ。それに、そいつがお前等に何したって言うんだよ!?」

「こいつは、我々の好意を無にしたッ 一人さびしく飲んでいるから酒に誘ってやったと言うのに、それを無視した!!」

 

 何じゃそりゃ?

 

 ジェスは呆れる思いで、男の言い分を聞いていた。屁理屈にすらなっていない。完全に言いがかりではないか。

 

 酔っ払いと野良犬は相手にしない方が良いと言うが、正にその通りだと思う。しかしこの場合、相手の方から絡んで来たのだから、なおさらたちが悪かった。

 

「だからな、いい加減それくらいにして・・・・・・」

「うるせえんだよッ 邪魔すんな!!」

 

 尚も制止しようとするジェス。

 

 しかし男は、そんなジェスの腕を振り払うと、自身の拳を握って殴り掛かってくるのが見えた。

 

 殴られる。

 

 その衝撃を覚悟して、身を固めるジェス。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 バシャッ

 

 水が跳ねるような音と共に、今にもジェスに殴り掛かろうとしていた男は、全身から白い液体を被って、見るも無残な姿になってしまった。

 

「ぐあッ ペッ ペッ 何だこりゃッ!? 牛乳!?」

 

 慌てて自分の体を払う男。

 

 驚くジェスが振り返って見ると、先程から黙ってカウンターに座っていた人物が立ち上がり、手にしたコップを掲げているのが見えた。どうやら男が被ったのは、そのコップの中に入っていた牛乳であったらしい。

 

「この野郎ッ 何しやがる!!」

 

 牛乳に巻かれて混乱している男を尻目に、その仲間達がマントの人物に激昂して掴み掛ろうとしてくる。

 

 しかし次の瞬間、

 

 マントの人物が一瞬体を傾けたかと思うと、次々と殴り掛かってくる男達をかわしていく。

 

 惚れ惚れするほど、華麗な動きである。

 

 余裕すら感じさせるほど淀み無い動きで、全ての攻撃を回避するマントの人物。

 

 逆に、殴り掛かった男達は、酔った勢いもあったのだろう。自分達で仲間を殴ったり、あるいは足をからめさせたりして、勝手に自爆していく。

 

 やがて、男達は互いに折り重なるようにして、床に転がってしまった。

 

 マントの人物は、一切手を出していない。男達が勝手に自滅したのだ。

 

「野郎っ よくもやりやがったな!!」

 

 そのころになってようやく、最初に牛乳をぶっかけられた男が復活して、剣呑な声を上げる。

 

 だが、その姿を見た瞬間、周囲からは一斉に悲鳴とどよめきが上がった。

 

 見れば、男は手にナイフを持ち、マントの人物に狂気の刃を向けようとしている。

 

「も、もう許さねえッ ぶっ殺してやる!!」

 

 振りかざされるナイフ。

 

 それに対して、マントの人物は全くリアクションをしない。ただ立ち尽くしているだけである。

 

 殺される。

 

 誰もがそう思った瞬間、

 

 突如、マグネシウムが焚かれたような強烈な光が、一瞬、薄暗いバーの中を照らし出した。

 

 驚いて一同が振り向く中、

 

 ジェスは、愛用のカメラのレンズを、まるで必殺の銃口宜しくナイフの男へと向けていた。

 

「テメェッ」

「お前達の事は写真に撮らせてもらった!!」

 

 ナイフ男が何か言い募る前に、ジェスは先制するように言葉を浴びせかける。

 

「これは重大な証拠になる。これを当局に渡せば、お前等は逮捕される事になるぞ?」

 

 さあ、どうする?

 

 ジェスは緊張に満ちた眼差しでナイフ男を睨みながら、相手の出方を待つ。

 

 やがて、

 

「クソッ おい、行くぞッ いつまで寝てんだ!!」

 

 尚も床に這いつくばっている仲間に蹴りを入れながら、ナイフ男達はジェスを睨みつつバーを出て行く。

 

 流石に、当局の名を出されてまで気を吐く事はできないらしい。ペンは剣よりも強し、とはこういう事である。力を振るうしか能の無い人間がいきがったところで、ペン先一つで世界中の人間を味方にできるジャーナリズムには敵わない。

 

 とは言え、

 

 ジェスはため息交じりで肩を落とす。今さらながら、冷や汗がにじみ出てくるのを感じる。

 

 口で言うのと実際にやるのとでは、かかるプレッシャーが半端なく変わってくる。正直、何度もやりたいとは思わなかった。

 

 周囲を見回せば、騒ぎが収まったのを見て取った他の客たちは、再び自分達のテーブルに戻っていく。中にはジェスや、マントの人物に勝算を送ってくる者もいた。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・僕も大概ですけど」

 

 不意に、聞き慣れない声が聞こえ、振り返るジェス。

 

 すると、マントの人物が顔を覆うフードに手を掛け、ゆっくりした手付きではぎ取ろうとしていた。

 

「あなたもなかなかな、無茶をする人みたいですね」

 

 呆れ気味の声と共に、完全に取りされるフード。

 

 その下から現れたマントの人物の素顔を見て、思わずジェスは唖然とした。

 

 なぜなら、そのマントの下から現れた人物の顔は、まだ成長途上にあると思われる少年の物だったからだ。

 

 恐らく10代後半くらいだろう。いかにも線の細そうな顔と体付きをしており、とてもではないが、先程のような荒事に向いているようには見えなかった。

 

 何より印象的なのは、穏やかな光を放つ紫色の双眸だ。

 

 特徴の薄い顔立ちの中で、その紫瞳だけは、なぜか強烈な印象によってジェスの脳裏に刻まれた。

 

「助かったよ。サンキューな」

「いえ・・・・・・てか、助けられたのは、どちらかと言えば僕の方ですし」

 

 ジェスの謝辞に対し、少年は少し躊躇うようにして返事をする。何か、まずい事をやってしまった。そんな感じの態度である。

 

 そんな少年に少し興味が引かれたジェスは、歩み寄って笑みを浮かべる。

 

「俺は、ジェス・リブル。フリーのジャーナリストをしている。お前は?」

 

 名乗るジェス。

 

 それに対して、

 

「・・・・・・・・・・・・キラ・ヒビキです」

 

 迷った末に、少年は本名を名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえず飲み直しと言う事で、キラとジェスはカウンターに並んで座り、それぞれのグラスを手に取っている。

 

 キラは再びミルクを、そしてジェスはノンアルコールのジンジャーエールで飲み直しである。

 

 とは言え、話が弾んでいるかと言えば、生憎そうとも言えない。

 

 先程から、ジェスが話題を振っては、キラが返すと言う事の繰り返しである。

 

「成程な、前の戦いのときはオーブ軍にいたのか」

「ええ・・・・・・」

 

 ジェスの質問に対して、キラは静かな声で頷きを返す。

 

 その様子を見ながら、ジェスは少年の身の上について推察してみる。

 

 軍にいた、と言うのは先ほどの身のこなしから言っても、嘘ではないのかもしれない。だが、キラはどう見ても、まだ子供である。そんな少年が軍に所属し、ましてあれほどの技術を身に着ける事など、有り得るのだろうか?

 

 無論、コーディネイターであるなら、それは充分に可能である。現に、15歳で成人となるプラントであるなら、キラくらいの年齢の兵士などいくらでもいるだろう。

 

 だが、どうも何かが違うような気がしてならない。ジェスのジャーナリストとしての勘がそう告げている。

 

 キラには軍隊経験の他にも、何か他ではありえないような物があるような気がしてならなかった。

 

「キラは、何か南米に目的があって来たのか? 傭兵になる、とか?」

 

 少し、探りを入れるような質問をしてみる。

 

 「野次馬ジェス」としての勘が、目の前にいる少年が、何か面白いネタを持っていると告げていたのだ。

 

「いえ、別に・・・・・・・・・・・・」

 

 それに対してキラは、短い口調で返す。どうやら、何か目的があっての旅、と言う訳でもないらしい。

 

 正直、これから取材に行く対象の方も大事だが、この目の前の少年の事にも、強く印象が引かれている自分がいる事を、ジェスは隠せなかった。

 

「ならッ」

 

 ジェスは、身を乗り出すようにしてキラに向かい合う。

 

「少し、俺に付き合ってみないか?」

「付き合う?」

 

 訝るキラに、ジェスはまくしたてるように説明する。

 

「実は、明日からある取材で、アマゾンの奥地に行くんだけど、その護衛役って事で付いてこないかって言ってんのさ」

 

 言ってから、ジェスは少し苦いような顔をして吐き捨てる。

 

「本当は、別の護衛役がちゃんといるんだが、どうもいけ好かなくてさ。奴に頼むのも癪だし」

 

 訳の分からない事をグジグジと言っているジェス。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・折角ですけど」

 

 キラは、そんなジェスから視線を外すと、カウンターに金を置いて立ち上がる。

 

「あ、おいッ!!」

「誰かと、関わる気は、無いんで」

 

 そう言うと、キラはジェスに背を向け、再びフードを被ってバーを出て行こうとする。

 

 慌てて追いかけようとするジェスだったが、マスターがすごい勢いで睨んでくるので、思わず自分が、まだ金を払っていない事を思い出しカウンターへ戻る。

 

 その間にも、キラは足早にバーの外へと出て行ってしまう。

 

「おい、待てってば!!」

 

 追いかけるジェス。

 

 あの少年の何が、自分をこうまで追い立てるのか、正直なとことジェスにも良く判っている訳ではない。

 

 たんに興味本位から湧いて出た、持ち前の野次馬根性なのか? それともあるいは、もっと別の何かなのか?

 

 スイングドアを開けて、バーの外に出るジェス。

 

 幸いな事に、キラの背中はまだ雑踏に紛れる事無く見えている。

 

 それを追いかけようとした、

 

 その時だった。

 

「死ねや、こらッ!!」

 

 物陰から飛び出すように、ナイフを掲げた人物が現れるのが、ジェスの目に見えた。

 

「あいつはッ!?」

 

 呻くジェス。

 

 それは先ほど、酔った勢いで酒場で暴れて、キラに牛乳をぶっかけられた男である。先程の件を逆恨みして待ち伏せていたのだ。

 

 ナイフが、闇夜にも鋭く光りを放つ。

 

「危ない、キラ!!」

 

 叫ぶジェスの声に、

 

 キラの体が、マントを翻すように大きく旋回する。

 

 回転と同時に繰り出された足の踵が、性格にナイフ男の顎を捉える。

 

 あまりにも速すぎる動きは、逆にスローモーションに見える事があると言うが、ジェスは今まさに、その光景を目の当たりにしていた。

 

 キラの動きがあまりにも速過ぎて、ジェスには逆に他の全てが止まっているように見えたのだ。

 

 崩れ落ちる男。キラの強烈な蹴りを喰らって、一撃で悶絶してしまったらしい。

 

 キラは地面に足を付くと同時に、冷めた目で男を見据える。

 

 その愁いを秘めた紫の瞳を見て、

 

 ジェスは思わず息のを呑んだ。

 

 特徴的な紫の瞳が、ジェスにある噂を思い起こさせる。

 

 それはかつて、まことしやかに噂された、あるテロリストの話。

 

 関わったテロ事件は二桁に上り、犠牲者は三桁では済まないとさえ言われているそのテロリスト。

 

 そのあまりの残虐性、狡猾さから「最凶最悪のテロリスト」「狡猾なる暗殺者」「姿無き殺人鬼」「大量殺戮の使徒」「連邦に仇成す者」など、数々の異名で呼ばれ恐れられた。

 

 あまりに非道、あまりに残忍。連邦当局が送った討伐部隊を、1人で全滅させた事もあったと言う。

 

 誇張が過ぎる話である為、一部では実体の無い都市伝説なのでは、とさえ言われていた存在。

 

 その名は、

 

「・・・・・・・・・・・・ヴァイオレット・フォックス」

 

 驚きに満ちた、ジェスの呟きに対して、

 

 かつて最凶最悪を名実共に謳われた少年は、ゆっくりと顔を上げて睨みつけた。

 

 

 

 

 

Episode-01「南米の狐」      終わり

 



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Episode-02「英雄との邂逅」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足下から、地面を噛む音と振動が伝わってくる。

 

 場所は悪路と呼ぶ事もはばかられるような、鬱蒼とした森である。中にはモビルスーツの背丈を越える木も存在している。

 

 しかしモビルスーツとは本来、このような場所で運用する事も考慮されている。そう思えば、この使い方は間違いではないのだろう。そう考えればこの機体も、本来の用途に沿った使い方をされて、さぞ満足しているのかもしれないが。

 

「ひどい・・・道ですね」

 

 キラのぼやきを聞くまでも無く、この道とも言えない道が最悪なのは、ジェスにも判っていた。

 

 バーでのやり取りから3日。

 

 フリーのフォトジャーナリストと元テロリストと言う、この上無いくらい奇妙な即席コンビは、ジェスが個人所有するモビルスーツに乗って、南米大陸奥地にある南アメリカ軍第12基地を目指していた。

 

 いや、コンビと言うからには、聊か語弊があるのかもしれない。

 

 なぜなら、この旅の道程には、2人以外に道連れが存在しているからだった。

 

《進路に問題は無い。方角は合っている》

 

 「ピボ」と言う電子音と共に、ジェスの傍らに安置されたサブモニターに、そんなメッセージが表示されている。

 

 取り外して、アタッシュケース大の状態で持ち運びする事も出来るそのモニターは、「ハチ」と言う名前の人工知能であるらしい。

 

 元々は、ジェスにこのモビルスーツを譲ってくれたジャンク屋の相棒的存在だったらしい。そのジャンク屋が拾った際、唯一、読み取れたコードが「8」だった為、その名がつけられたのだとか。

 

 そのジャンク屋は火星まで長距離旅行に行ったらしいのだが、しかし当のハチは火星行きを拒否。その際、知り合ったジェスに託され、今はこうして一緒に旅していると言うのが現状のようだ。

 

 何にしても、存在からして面白い。コンピューターでありながら実に感情豊かで、機械的な会話だけでなく、状況によって怒る事もあれば笑う事もある。コンピューターだけに様々な機能を取りそろえ、更には各種機器の取り扱いや、機体の操縦まで行う万能振りである。

 

 面白いと言えば、ジェスが「アストレイ・アウトフレーム」と呼んでいるこの機体もまた、キラの興味を引いていた。

 

 アストレイと言えば、戦争終盤にキラが所属していたL4同盟軍や、その中心母体となったオーブ軍が主力機動兵器にしていたM1アストレイの事を差しているのだが、この機体は、どちらかと言えばM1よりも、地球軍が開発した初期6Gの内の1機、GAT-X105ストライクに特徴が似ている気がする。

 

 この機体も、ハチの相棒のジャンク屋がジェスに譲ったらしい。しかし、一応は作業用モビルスーツのような体をしているが、キラが見たところ一部には戦闘用なのではないかと思える箇所がいくつも見て取れた。

 

 いずれにしても、謎の機体である事は間違いない。

 

 先述したとおり、アウトフレームは今、南米奥地にある基地へと向かっている。

 

 目的は、そこに現在、駐留しているある人物の取材を行うためである。

 

 エドワード・ハレルソン

 

 南米出身の元地球連合軍エースパイロットで、独立戦争の開戦と共に愛機を持って地球軍を脱走。今は南アメリカ軍の旗印的存在として、侵攻してきた地球連合軍相手に転戦を続けている。

 

 地球連合軍時代、愛機であるGAT-X133「ソードカラミティ」を駆り、多くのザフト機を撃退した。その飛び散ったオイルが機体に付着し、まるで返り血のように見えた事から、付いたあだ名は「斬り裂きエド」。

 

 まさに「時の人」とも言うべき存在である。

 

 本来なら、簡単に取材できるような相手ではないが、ジェスの依頼主が働きかけて、取材許可を取り付けたのである。

 

「しかし、世の中、本当に判んないよな・・・・・・」

 

 アウトフレームの操縦桿を操りながら、ジェスは少し訝るような態度でキラに話しかけてきた。

 

「何がですか?」

「だってよ、世間じゃ『ヴァイオレット・フォックス』って言ったら、泣く子も黙るテロリスト。老人から幼子まで、容赦なく殺す非道な存在って言われてんだぜ。それがまさか、俺よりも年下の子供だなんて、誰も思わないだろ」

 

 ジェスが言っている横で、ハチのモニターには過去のヴァイオレット・フォックスの活動記録・・・・・・要するに「キラの悪行」の数々が羅列されていく。

 

 CE63 パナマ基地破壊工作。

 

 CE64年8月 大西洋連邦産業理事長暗殺事件。

 

 CE65年12月 ワシントン工科大学学部棟爆破事件。

 

 CE67年5月 ルクセンブルク同時多発テロ。

 

 CE68年1月 コペルニクス、ホテル スカイパレス爆破事件。

 

 同年11月 東アジア共和国軍士官学校爆破事件。

 

 etc etc

 

 思い出しただけでも、キラ自身が背筋が寒くなりそうである。軽く10回は地獄に堕ちても尚、お釣りがくるだろう。

 

「がっかりさせて申し訳ないんですけど、生憎、本物なんですよね」

 

 そう言いながらキラは、力無い笑みを浮かべる。

 

 自分がかつて、最悪のテロリストであった事は、今となっては本当の事だったのか、他ならぬキラ自身が実感を持てなかった。

 

 勿論、犠牲になった人たちの事を忘れた事は無いが、「テロリストとしてのキラ」の役割は、組織が大西洋連邦当局の一斉掃討作戦によって壊滅した時点で、事実上の終焉を迎えている。

 

 その後も暫くの間、反動的にテロ行為を続けたのは、殆ど抜け殻が惰性で動いているにすぎなかったのだ。

 

 だから、疲れ切ったキラは地球を離れ、安息の地を求めてヘリオポリスへと渡った。もし、何事も無ければキラは、一生をヘリオポリスに身を置いたまま、ひっそりと過ごしていたかもしれない。

 

 しかし、時代は少年に安息を与える事無く、以後、キラは自身でも予想していなかったような、数奇な運命に巻き込まれていくことになった訳であるが・・・・・・

 

 それより何より、キラが現在、目下の懸案事項としているのは、嬉々としてモビルスーツを駆り、密林を踏破している目の前の青年の事だった。

 

 キラとしては、「元テロリスト」と言う自分の経歴を披露する事で、ジェスが同行願いを取り下げてくれることを狙ったのだが、何を思ったのかジェスは、ますますキラに興味を示し、半ば無理やりモビルスーツに放り込まれ、こんなアマゾンくんだりまで連れてこられてしまった。

 

 キラとしては完全に当てが外れた形である。と言うより、ジェスの本性を見くびりすぎていたのかもしれない。野次馬としての本領発揮と言うべきだろうが、元テロリストを何の躊躇いも無く同行させる根性もまた、色々どうかと思う。

 

 しかしまさか、今からジャングルを歩いて帰る訳にもいかず、仕方なくキラはジェスの取材に同行する事態となった訳である。

 

 その時、アウトフレームの足底に装備したスパイクが、岩を噛むような音を立てると同時に、機体が地面に対して背中を向けるような姿勢になった。

 

 どうやら大きな岩場を超えるらしい。

 

 作業用モビルスーツのアウトフレームには、戦闘用の機体には無い面白いギミックが装備されている。射出型のワイヤーアンカーや、足底の滑り止め用スパイクなどがそれだ。

 

「大丈夫ですか?」

「ん、何となかるだろ」

《慎重にな》

 

 尋ねるキラに対して、ジェスは軽い調子で答え、ハチがたしなめるように続く。

 

 その間にもアウトフレームは、慎重に岩山を上っていく。

 

「難儀ですね」

「まあな。自然を守るってのも、大変だよ」

 

 アウトフレームを慎重に操りながら、ジェスはキラの言葉に答える。

 

 まさか、モビルスーツで本格的なロッククライミングをやる羽目になるとは思っても見なかった。

 

 こんな場所、飛んでいけたら目的の基地まで1日程度で辿りつけるのだが、現状はこの通りである為、このまま行けば、行程にもう数日は掛かる見通しだった。

 

 その時だった。

 

 ガクン、と不吉な音が響き、次いで、岩登り中のアウトフレームは一瞬にしてバランスを崩した。

 

「《「んなッ!?」》」

 

 同時に声を上げる、キラとハチとジェス。

 

 次の瞬間、アウトフレームの巨体は100メートル近い眼下目がけて、一気に落下していく。

 

 岩の上に固定していたアンカーが外れてしまったのだ。

 

 落下していくアウトフレーム。この高さから落下したりしたら、機体が無事でも中の人間はただでは済まない。よしんば、コーディネイターのキラならどうにか助かるかもしれないが、ナチュラルのジェスは即死確定だった。

 

「どわ~~~~~~~~~~~~!?」

「は、早く、予備のスラスターの噴射を!!」

 

 自然保護だとか、悠長な事を言っている場合ではない。ここは一刻も早く姿勢を立て直さないと。

 

 そう思った瞬間、

 

《サブワイヤー射出!!》

 

 1人(?)冷静なハチの画面にそう映った瞬間、アウトフレームの膝から予備のワイヤーが射出され、先端のアンカーが岩に突き刺さり、どうにか落着前に機体を支える事に成功した。

 

「うわっ すごい、こんな事も出来るんだ・・・・・・」

 

 素直に関心の声を上げるキラ。こうして見ると、作業用モビルスーツも色々と面白い物が多いのが分かる。

 

《備えあれば憂い無し。フフフ》

 

 この事態を予測して備えていたらしいハチは、不敵な笑みを浮かべる。

 

 それを見ながら、ジェスは呆れ気味に首を振る。

 

「何なんだ、お前は・・・まあ、いい。とにかく先を急ぐぞ」

《おう!!》

「ですね」

 

 ジェスの言葉に頷きを返すキラとハチ。

 

 何はともあれ、この2人と1台による珍道中は尚も続行されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2日ほどの時間をかけ、人跡未踏のジャングルを踏破したアウトフレームは、ようやくの思いで南アメリカ軍第12基地に辿り着く事ができた。

 

 険しい山岳地帯を越えた先にある基地は、その僻地の印象とは裏腹に、広大な滑走路をいくつも有する立派な物だった。航空機の使用が制限されているこの南米だが、それでも基地維持の為に大型輸送機が頻繁に出入りしているらしく、それでこれほど大きな基地になったらしい。

 

 目を転じれば、滑走路の脇にはモビルスーツの姿もある。あれは地球連合軍が戦争終盤に量産に成功したストライクダガーだ。キラもオーブ防衛戦以降、幾度も砲火を交わした相手である。

 

 その時、

 

「ジェス、あれを見て」

 

 キラが指差した方向に目を向けると、2枚羽のような張り出しローターを持つVTOL機が、滑走路上に降りてくるのが見えた。

 

「ザフトの輸送機・・・・・・何でこんな所に?」

 

 ジェスの言うとおり、降りてきたのはザフト軍が標準的に使用している輸送機であり、モビルスーツを1機搭載できるほか、人員や物資輸送にも使用される小型のVTOL機である。

 

 しかし、こんな所にザフトの輸送機が何の用があるのか、と2人と1台が訝っていると、輸送機の後部ハッチが開き、中から人が出て来るのが見えた。

 

 遠目にも判るその人物は、髪を短く切った女性だが、見るからに軍人ではない。物腰からして一般人であるようだった。

 

 取りあえず、キラ達も機体を降りて輸送機の方に近付いていくと、向こうの方もこっちに気付いて振り返ってきた。

 

「お、あれ、ベルナデット・ルルーじゃんか」

「誰ですか?」

《ザフト系列のニュースレポーターだ。サイン貰えよ!!》

 

 ハチの説明を聞くに、何やら有名人らしかった。キラもニュースを見ていない訳じゃなかったが、キャスターやレポーターには興味ないので、いちいち名前や顔まで覚えていない。

 

 ジェスはと言えば、早速ベルナデットに駆け寄って話しかけていた。

 

「俺はジェス・リブル。ベル、あんたの同業者でフリーのジャーナリストだ。よろしくな」

「・・・・・・もしかして、あなた達もエドの取材?」

 

 ベルナデットはジェスと、その後ろに控えているキラに胡散臭そうな目を向ける。

 

「よく、許可が下りたわね」

 

 鼻につく言い方だが、それも仕方がない。何しろ2人はこの3日間、ろくに風呂に入っていなかったので、かなり汚れている。これでモビルスーツから降りてこなければ、そこらの浮浪者と変わりがない。

 

「それより、そっちこそ、よく飛行機に乗って来れたな」

 

 南米が自然保護の名目で、上空に飛行制限を敷かれている。航空機の使用には重大な規制が掛けられている。だからこそ、キラ達もわざわざジャングルを踏破すると言う面倒な方法を取らざるを得なかったのだ。

 

「私達はプラントの正式な代理人として取材するのよ。ザフト軍が空路を開けてくれたの」

 

 成程。フリーで活動する人間と国家公認では、待遇はこうも違う物であるか。

 

 とは言え、ジェスはそれよりも、さっきから気になっていた事を口にしてみた。

 

「あんた、テレビで見るよりもだいぶ大きいな」

 

 そう言った瞬間、

 

 先を歩いていたベルナデットが、カチン、と言う擬音と共に動きを止めた。どうやら、本人も気にしている事であったらしい。

 

 しかしベルナデットは、初対面の無礼男に対して、ジャーナリストならではの鉄の自制心を発揮すると、込み上げかけた怒気を飲み込んだ。

 

「・・・・・・あなた達こそ、身だしなみには注意した方が良いわよ。そんな汚い姿では、取材相手に失礼よ」

 

 そう言うと、1人でさっさと歩いて行ってしまう。

 

 顔を見合わせるキラとジェス。

 

「何か、怒らせるような事したか?」

「さあ?」

《腹でも減ってるんだろ》

 

 女心が致命的に理解できない2人と1台は、そう言って首をかしげるのだった。

 

 そこへ、南米軍の軍服を着た1人の青年が、駆け寄ってくるのが見えた。

 

「ああ、お待ちしていました。ジャーナリストのルルーさんと、リブルさんですね」

 

 恐らく20代前半と思われる、人のよさそうな顔付の青年は、駆け寄ってくると、南米軍式の敬礼で出迎えた。

 

「私は南アメリカ合衆国陸軍、第12方面軍所属、アルベルト・コスナー少尉です。お二人が来るのをお待ちしていました」

 

 どうやら事前に、今日ジェス達が来る事の根回しはされていたらしい。

 

 と、そこでアルベルトは、1人、予想外の人物がいる事に気付いてキラに目を向けた。

 

「あの、あなたは・・・・・・」

「ああ、こいつは俺の助手さ。悪いな、急に雇う事になったんで連絡が行ってなかったと思う」

 

 慌ててフォローに入るジェス。こんな辺境の、それも紛争の渦中にある基地である。イレギュラーな事態はなるべく遠慮したいところなのだろう。

 

 それに対してアルベルトは、しばらく考え込むような素振りをしてから、納得したように頷いた。

 

「・・・・・・成程、判りました。では、この件は私の方で上に報告を入れておきます。あとでジェスさんには、追加の書類をいくつか書いてもらう事になりますが、宜しいですね?」

「ああ、それで構わない。悪いな」

 

 アルベルトの提案に、快く引き受けるジェス。元々、予定にない事をしてしまったのはこちらである。事を穏便に済ませる為にも、多少の手間は惜しむべきではなかった。

 

「では、ご案内します。隊長は既にお部屋の方で待機していますので」

 

 そう言って歩き出すアルベルトに先導され、3人と1台は基地の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍事拠点らしく、内部は素っ気ない簡素な作りになっている。

 

 このようなジャングルの奥地に作られた基地である。快適さよりもむしろ実用性を重視したのだろう。

 

 司令部の建物に入ってしばらく歩くと、アルベルトはあるドアの前で立ち止まった。

 

「隊長はこちらにいらっしゃいます。どうぞ」

 

 アルベルトに促されるまま、執務室と思われる部屋の中へと入る。

 

 緊張に包まれる。

 

 相手は「斬り裂きエド」などと言う、不吉な異名で呼ばれる程の存在である。性格は残忍極まりなく、粗野で、人を人とも思わないような、そんな人物なのではないだろうか?

 

 キラは、身構えながらドアを潜る。

 

 自分はジェスの護衛役として雇われている。もしエドが異名通りの凶悪な人物であるなら、自分はジェスを守る為に最善を尽くさなくてはならないだろう。事によっては一戦交える覚悟も必要である。

 

 緊張の面持ちで視線を上げた一同。

 

 そこには、

 

「よう、よく来てくれたな!! まあ、自分の家だと思ってくつろいでくれ。何か食うか?」

 

 浅黒い顔立ちの青年が、ハンバーガー片手に陽気に手を上げているのが見えた。

 

 拍子が、一気に抜ける。

 

 話の筋から察するに、彼がエドワード・ハレルソンなのだろうが・・・・・・

 

「ちょ、この人で間違いない? 実は替え玉、とか・・・・・・」

《ウム、間違いないぞ。気持ちは判るが》

 

 ヒソヒソと話し合うキラとハチ。

 

 最前まで感じていたイメージが、一発でガラガラと崩れていく。

 

 実際のエドワード・ハレルソンは、剣呑な雰囲気など一切感じさせない青年であった。唯一、右目の上に額の部分に、古い切り傷の跡が残っているのが歴戦の戦死らしい貫禄を醸し出してはいるが、それとて、青年の発する圧倒的に陽気な雰囲気を壊すには至っていない。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 エドは、3人を順繰りに見回してから、遠慮なく口にした。

 

「綺麗なお嬢さんと・・・・・・汚い兄ちゃん達だな」

 

 先程、ベルからも言われた事をハッキリ言われてしまう。

 

 恐縮するキラとジェスを見て、エドは大いに笑い声をあげた。

 

「まあ、気にすんなよ。女性が汚いのは困るが、男は綺麗だろうが汚かろうが、俺には関係ないし。第一、俺も人の事は言えないしな!!」

 

 そう言って呵々大笑するエドの様子に、一同は唖然とするしかなかった。

 

 その後は、予定通り取材開始となった。

 

 もっとも、エドは多忙である為、それほど時間が取れない。そこで、ジェスとベルは2人同時にインタビューを行うと言う事になった。

 

 ベルは流石、プラントを代表するレポーターと言うべきか、繰り出す質問がどれも鋭い。

 

 先のヤキン・ドゥーエ戦役におけるエドの活躍に始まり、この独立戦争の意義、戦後における南米の立場、現在の地球圏における政治情勢等を斬り込んで行く。

 

 それに対してエドは一つずつ答えていく。

 

 しかし、その態度はあくまで陽気で、時には質問をしたベルを茶化すような事までしてくるため、聞いていて可笑しな気分になってくる。

 

 やはり、第一印象の通り、エドはなかなか気さくな人物であるらしかった。

 

 とは言え、

 

 ベルの質問に答えるエドの様子を見ながら、キラは誰にも気づかれないようにそっと、目を伏せた。

 

 陽気さを前面に出したエドの態度は、キラに否が応でも、ある人物を思い起こさせたのだ。

 

 ムウ・ラ・フラガ

 

 かつてヘリオポリスで知り合った、地球連合軍の士官。陽気で気さくな性格で、キラにとっては兄貴のような男だった。

 

 しかし、そのムウも今はいない。

 

 最終決戦となった第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の折、愛する女性を守って虚空に散華してしまったのだ。

 

 エドの陽気な態度は、どこかムウにも通じるものがあり、否が応でも彼の事を思い出さずにはいられなかった。

 

 そんな事を考えているとベルのインタビューは終わったらしく、エドはやれやれとばかりに肩を回しはじめた。

 

「お嬢さんが政治とか戦略とか、難しい事聞くから肩凝っちまったぜ」

 

 言ってから、エドは促すように視線をジェスへと向ける。

 

「兄ちゃんは、殆ど口を挟まなかったけど、他に聞きたい事は無いのか?」

 

 キラは先ほどから、その事が気になっていた。

 

 しゃべっているのはベルばかりで、ジェスは時々、捕捉質問をするくらいである。

 

 もっとも、ベルの質問が的確過ぎた為、ジェスとしては聞きたい事はだいたい聞いてしまった、と言うのが本音である。

 

 とは言え、このままではあまりにも立つ瀬がないのも事実である。

 

 考えた末に、ジェスは一つの質問をぶつけてみた。

 

「それじゃあ、好きな女性のタイプは?」

 

 聞いた瞬間、場の空気が凍り付いたのは言うまでもない。

 

 エドもベルも、そしてキラも呆れ気味にジェスを見ている。

 

 ハチも《おい!》とツッコミを入れる中、

 

「ハ~~~ハッハッハッハッハッハ!!」

 

 一拍置いて、エドの口から高笑いが迸った。

 

「お前面白いな!! そんな質問されたのはプライベート以外では初めてだよ!!」

「す、すいません」

 

 力強い手で肩をバンバンと叩から、恐縮するジェス。

 

 対してエドは、フッと、それまでとは少し違う感じの笑みを浮かべ、どこか懐かしむような口調で語った。

 

「良いさ、答えてやるよ。前にその質問を、俺にした女だ。そいつが俺の好みの女だったのさ。自分の胸に飛び込んできてくれる女が最高の女さ」

 

 表情を見ていればわかる。エドが今でも、その女性の事を愛していると言う事が。

 

 もしかしたら、何かやむにやまれぬ事情があって、別れてしまったのかもしれなかった。

 

 ジェスがさらに、何か言おうとした時だった。

 

 突然、低く唸るようなサイレンが耳に聞こえてくると同時に、扉が開いてアルベルトが駆け込んで来た。

 

「隊長、大変です!!」

 

 アルベルトはエドに駆け寄ると、何事かを耳打ちした。

 

 報告を聞くと同時に、エドの顔つきが変わるのが分かった。先程まで見せていた陽気な好青年の印象は消え、獰猛な獣のような、剣呑な雰囲気が混じった。

 

「どうしたんだ?」

「どうやら、連合がここを嗅ぎ付けたらしい。俺は応戦に出るから、あんたらは早く逃げろ!!」

 

 ここはジャングルの奥地にある、いわば秘密基地だ。しかし地球軍は、どうやらここにエドが潜伏している事を察知して強襲を仕掛けて来たらしい。

 

「アンタは逃げないのか?」

「逃げたいね。逃げるってのは、楽に戦いに勝つ一番の方法さ」

 

 尋ねるジェスに対して、エドは不敵な笑みを見せる。

 

「だが、今はダメだ。背負っている荷物が重すぎるからな」

 

 エドは南米軍の象徴である旗印である。エドが逃げれば、それだけで南米軍は瓦解の危機にさらされる。

 

 いわばこの青年の双肩には、南米の全てが掛かっているのだ。

 

 その事を感じ取り、ジェスは顔を上げた。

 

「俺は逃げない。ぜひ、アンタの戦いを取材させてくれ!!」

 

 この男を追えば、きっと何か、これまでとは別の物が見えてくるかもしれない。ジェスにはそう思えてならなかった。

 

「好きにしな。ただし、命は粗末にするなよ」

 

 言い捨てるようにして駆け出すジェス。

 

 その背中を見送りながら、キラもまた何かを決意したように瞳を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 格納庫から、赤く塗装された機体が姿を現す。

 

 双眼に、2本のブレードアンテナを持つ、所謂「ガンダム顔」の機体は、背には2本の長大な剣を装備し、接近戦に対応した武装を持っている。

 

 GAT-X133「ソードカラミティ」

 

 元々はフリーダムに匹敵するほどの重火力型として開発されたカラミティだったが、あえて火器の大半をオミットし、代わりにソードストライカーにも装備されたシュベルトゲベール対艦刀を中心に接近戦武装を装備して完成したのが、このソードカラミティである。

 

 そして、エドが「斬り裂きエド」と言う異名で呼ばれる事になった因縁ある機体である。

 

 キラ自身、オーブ防衛戦とメンデル会戦でオリジナルのカラミティと交戦した経験がある為、あの機体の性能は良く知っている。

 

 配置に着くカラミティ。

 

 その後方には、ガンカメラを構えたジェスのアウトフレームと、ベル達プラントの取材クルーが乗ったジープの姿があった。

 

 だが、キラは1人、彼等とは少し離れた場所に佇んで、戦闘の開始を待っている。

 

 程無く、雲を突き破るようにして、上空に機影が姿を現した。

 

 大きな翼をもつ、鳥のような外見をした機体である。

 

 こちらは、カラミティと同時期に開発されたGAT-X370「レイダー」の制式仕様機である。コードも試作機の「X」が外されGAT―333になり、変形機構や武装がオリジナルのレイダーに比べて簡略化されているのが特徴である。

 

 数は3機。頭上を取られている上に、掩護する機体も無いエドの不利は明白である。

 

 右のシュベルトゲベールを抜き放ち、構えるエドのソードカラミティ。

 

 先制は、レイダー側によって成された。

 

 翼下のミサイルを放つレイダー。

 

 迫る巨大なミサイルを、エドは刀身で切り払うと同時に、地を蹴って駆ける。

 

 ミサイル発射体勢のまま降下を続けるレイダー。

 

 それに対してソードカラミティは、肩のハードポイントからマイダスメッサー ビームブーメランを抜き放ち投げつける。

 

 レイダーはとっさに上昇を掛けようとするが、遅い。

 

 フライトユニットにもなる下翼部を斬り裂かれ、バランスを崩すレイダー。

 

 それを逃さず、スラスターを吹かしたソードカラミティが、シュベルトゲベールを振り翳して斬り掛かる。

 

 不用意に低空に舞い降りて来ていたレイダー。なまじ航空機型で、直進スピードが高すぎる事が完全に災いした。

 

 二刀に構えたシュベルトゲベールを振り抜いた瞬間、レイダーは両翼を斬り飛ばされた。

 

 そのまま揚力を保てず、地面に落下するレイダー。

 

 これで1機。

 

 しかし、空中に飛び上がってしまったソードカラミティは、身動きがほとんどできなくなる。

 

 そこへ突っ込んでくる、2機目のレイダー。空戦能力の低いソードカラミティを仕留めるチャンスである。

 

 しかしエドは、その動きも読んでいた。

 

 左腕に装備したロケットアンカーを射出。レイダーの顔面を捉える。

 

 そのまま引き寄せると同時に横薙ぎに一閃される剣戟。

 

 豪剣の一撃が、レイダーの胴体を両断する。

 

「上手い・・・・・・・・・・・・」

 

 鮮やかな手際の良さに、見ていたキラも思わず感嘆の声を上げる。

 

 地球軍で、そしてL4同盟軍においてエースとして鳴らしたキラから見ても、エドの戦闘技術には驚嘆する物を感じずにはいられなかった。

 

 最後の1機となったレイダーは反転し、その場を飛び去って行く。数で攻めても勝てなかった事から、エドには敵わないと判断したのだろう。賢明な判断である。

 

 着地するソードカラミティ。

 

 しかし、戦いはまだ終わってなかった。

 

 去り際に、レイダーはゴミ捨て宜しくミサイルを撃ち込んで来たのだ。

 

 とっさの事で、流石のエドも反応が遅れた。

 

 着弾したソードカラミティの足元が崩れ、崖下へと落下していく。

 

 落ちていくソードカラミティ。

 

 もし落着すれば、機体は無事でもエドは重傷を負いかねない。

 

 その時だった。

 

 それまで状況を撮影していたアウトフレームが、カメラを置いて、更に背中に装着したバックホームもパージすると、全速力で駆け寄る。

 

「ジェス!!」

 

 声を上げるキラ。

 

 ジェスは背部のクレーンにナイフを装備し、更にそれを地面に突き刺す事で機体を固定すると、作業用ワイヤーを伸ばしてソードカラミティを落着前にキャッチする事に成功した。

 

 見ていたキラも、思わず安堵する。

 

 恐らくハチのサポートもあったのだろうが、ジェスのとっさの判断力が光る光景である。

 

 何とか事無きを得たエド。

 

 しかし、その状況を好機と判断したのだろう。最後のレイダーが、反転して再び向かってくるのが見えた。

 

 恐らく身動きが取れなくなったソードカラミティを、今度こそ仕留める気なのだろう。

 

 このままやられるのか?

 

 誰もがそう思って絶望する中、

 

「どうやら、無駄にならなかったみたいだね」

 

 1人冷静に、キラは足元のガンケースを開くと、中から大ぶりなライフルを取り出して、手早く組み立てる。

 

 対装甲大口径狙撃ライフル

 

 装甲を張り巡らせた車両や機体を撃破する為に使う、携行火器である。こうなる事を想定して、基地の武器庫から拝借してきておいたのだ。使わなければあとでこっそり返しておこうと思ったのだが、どうやら使わざるを得ない状況のようである。

 

 口径は15・5ミリ。その重量から言って、立射は難しい。

 

 キラは銃身の二脚を展開して自身もうつ伏せになりながら、伏射の姿勢でスコープを覗きこむ。

 

 ボルトを引き、薬室に弾丸を送り込む。

 

 装弾数は1発。

 

 1発で充分、と言うより、1発で仕留められなければ、反撃を喰らってこちらがやられるのは必定だ。

 

 相手はモビルスーツ。しかもレイダーはトランス・フェイス装甲を装備しており、物理攻撃には高い耐性を持っている。普通に考えれば、歩兵用の携行火器で倒せる相手ではない。

 

 だが、

 

「・・・・・・やれる」

 

 長年戦い続けて来たキラの勘が、可能だと告げていた。

 

 レイダーは、ソードカラミティとアウトフレームを狙って降下してくる。

 

 その一瞬を見定め、

 

 キラはライフルのトリガーを引き絞った。

 

 打ち放たれる大口径弾。

 

 次の瞬間、時間の流れが元に戻る。

 

 放たれた弾丸は真っ直ぐに飛翔し、次の瞬間、レイダーの頭部、カメラアイに相当する部分に真っ向から命中した。

 

 より威力の高い、対装甲バズーカや誘導性の高いロケットランチャーをキラが選ばなかった理由がこれである。

 

 物理防御の高いTP装甲相手に、バズーカやロケットランチャーを当てても意味はない。それよりも、モビルスーツの頭部はセンサーが集中している関係で、他の部位よりも脆い構造をしている。故に、高い照準と低弾道性を持ち、精密な照準が可能な狙撃ライフルで頭部を狙い撃てば、敵の「目」を潰す事ができると考えたのだ。

 

 狙いは成功で、予期しなかった攻撃でカメラアイを潰されたレイダーは、このままでは戦いにならないと思ったのだろう。再反転して飛び去って行く。

 

 その姿を、キラは満足げに見送るのだった。

 

 

 

 

 

Episode-02「英雄との邂逅」      終わり

 



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Episode-03「霧が映す想い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビには、双剣を振るう深紅の機体が大暴れしている様子が、鮮明に映し出されている。

 

 先日、第12基地で行われた戦闘の様子である。

 

 エドの駆るソードカラミティが、上空を乱舞するレイダーを華麗に切り裂いていく様子は圧巻と言っても良く、その姿にはただただ感嘆しか出てこない。

 

 陸戦型モビルスーツと空戦型モビルスーツ、1対3という不利な状況をものともせず敵を斬り捨てて行くエドの戦闘センスは見事と言えるだろう。

 

 だが、

 

「あいつ・・・・・・俺が助けたシーン、カットしやがった・・・・・・」

 

 見ていたジェスは、悔しそうに歯噛みしながら呟く。

 

 キラ、エド、ジェス、ハチが並んで見ているのは、プラント国営放送による映像で、先日のベルの取材によるものであるが、戦闘終盤、アウトフレームがソードカラミティを救助するシーンがスッパリとカットされていたのだ。

 

「しょうがないだろ、主役は俺なんだから」

 

 悔しそうなジェスに対して、一緒に見ていたエドはそう言って肩を竦める。エドとしては、自分の活躍シーンが格好良く映されていたのが満足なのだろう。

 

 そんな2人のやり取りを見て、苦笑するキラ。

 

 キラとしては、自分がレイダーを狙撃したシーンもカットされていて、丁度良かったと思っている。もし、元テロリストの自分が世界的な放送に顔が出て、そこから面が割れでもしたら堪った物ではなかった。

 

 もっとも、あの後、エドから猛烈に南米軍へスカウトされてしまったのは、予想外の事であったが。勿論、丁重に断っておいた。

 

 そんな事を考えていると画面が切り替わり、マイクを持ったベルが登場した。

 

《たった1人の兵士に苦戦する連合。これでは最早、連合は我々の敵とは成り得ない存在だと言えるでしょう。『切り裂きエド』を倒さない限り彼等に未来は無い。そう断言できます。以上、ベルナデット・ルルーがお伝えしました》

 

 そう締めくくると、また画面が切り替わり、今度は別のニュースへと移る。

 

 だが、最後のベルの言葉を聞き、ジェスは渋面を作ってモニターをにらみつけた。

 

「何だよこれ・・・・・・これじゃあ、プラントを『よいしょ』するプロパガンダ放送になってるじゃないか」

 

 言ってから、勢い込んで視線をエドに向ける。

 

「それに、あんな放送されたんじゃ、連合の奴ら、あんたを必死で潰しにくるぜ」

 

 確かに、とキラも心の中で同意する。

 

 ベルの放送内容は、エドの活躍をダシにしてプラントの優位性をアピールしているのだが、これでは、ジェスの言う通り、地球軍はエド討伐に躍起になる事だろう。何しろ、エド1人で地球軍を押しとどめているかのような内容であった為、そのエドに苦戦させられている地球軍としては、面目丸つぶれである。

 

 いかにエドでも、1人で地球軍の猛攻を支えるのは不可能である。それは、地獄のようなオーブ防衛戦を経験したキラには嫌というほど分かっている。たった1人のエースで、津波のような大軍を押しとどめるのは不可能なのだ。

 

 だが、とうのエドはと言えば、平然とした態度を崩す事なく、手にしたコーヒーカップを口へと運んだ。

 

「良いんだよ、それで」

「え?」

「南アメリカは広い。俺1人で全土を守るなんて無理だ。だから、敵の方が俺を目標に集まってくれた方が戦い易い。あのお嬢ちゃんも、ちゃんとそれが分かっていてレポートしてくれたのさ」

 

 その言葉を聞いて、思わずキラは目を見開いた。

 

 エドは、自分が全ての敵を相手に戦うつもりでいるのだ。確かに先述したとおり、広大な南米を1人の英雄が守るのは不可能である。

 

 だが、敵がエドのみを狙って戦いを仕掛けてくるなら、まだ戦いようはあると考えているのだ。

 

 そして、その事を見越してレポートの内容を組んだベルの先見もまた見事と言える。

 

「・・・・・・気付かなかったよ」

 

 ジェスは消沈したように呟く。同じジャーナリストとして、より高い視点で物事を見ているベルの思惑に気付けなかった事が悔しかったのだろう。

 

 そんなジェスを慰めるように、エドが笑いながら話しかける。

 

「良いさ。それよりお前ら、いつまで俺に付きまとっているんだ?」

 

 エドは現在、南米軍の次の拠点に向けて移動している最中である。第12基地は地球軍に場所が割れてしまった為、使えなくなってしまった。そこで、味方が多く駐留しており、援護が期待できる拠点に移動しているのだ。

 

 厚かましくも、それに同行してきた2人と1台だったが、

 

「俺はあんたの全てが見たいッ 少なくともこの戦いが終わるまでは見届ける心算だ!!」

 

 勢い込んで、エドに言い募るジェス。

 

 対してエドは、やれやれとばかりに頭を抱える。

 

「早くこの戦いが終わってほしいって、こんなに強く思ったのは初めてだよ」

 

 がっくりと肩を落とすエド。

 

 と、言う事は、必然的にジェスに付き合う形でキラとハチも残留が確定的となったわけである。

 

「て言うか、僕達の意見は聞かないんだね?」

《そういう奴さ》

 

 そう言うとお互い、ため息交じりに苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、北米カリフォルニアにある、南アメリカ侵攻軍の前線基地では、数人の人物に招集が掛けられていた。

 

 地球連合軍は南アメリカ合衆国に対して海上封鎖を行い、連日にわたって攻撃を仕掛けているものの、件の自然保護条約と、巧みに地形を活かしてゲリラ戦を仕掛ける南米軍の前に、思うように戦果が上がっていなかった。

 

 アマゾンが広大かつ複雑に広がっている事から大部隊の大量投入ができず、更に視界が効かない事から火力戦を仕掛ける事も出来ない。更に飛行制限まである為、大々的な爆撃を仕掛ける事も出来ない。まさに南米と言う場所は、大兵力を誇る地球軍にとっては、却って相性の悪い場所であると言えた。

 

 そして何よりも忌々しいのは、エドワード・ハレルソンの存在だった。

 

 かつては地球軍として同じ釜の飯を食ったあの男が、今や南米軍にとって希望の星となっているのは皮肉な成り行きである。

 

 そこに来て、先に行われたプラントの国営放送である。

 

 エドの存在を引き合いに出す事によって地球軍の評判を貶めたあの放送の存在により、南米軍の士気は大いに上がり、逆に地球軍は厭戦気分が蔓延するのも時間の問題だと思われた。

 

 その状況を打破する為、今日、4人の人物が招聘された。彼等は皆、「斬り裂きエド」を抹殺する為に選ばれた刺客達である。

 

「これ以上、奴を野放しにしておく事はできん」

 

 錚々たるエース達を前にして、司令官は厳しい口調で告げる。

 

 《白鯨》ジェーン・ヒューストン

 

 《月下の狂犬》モーガン・シュバリエ

 

 《乱れ桜》レナ・イメリア

 

 いずれ劣らぬ、一騎当千の猛者達である。

 

 そしてもう1人。

 

 3人とは少し離れた場所で、壁に寄りかかって立つ人影がある。

 

 3人と比べても一際若く、まだ少年と言っても良いくらいの外見だが、顔には大きめのサングラスを掛けているせいで、表情まで窺い知る事はできない。

 

「可及的速やかに奴を討ち、この馬鹿げた戦争を終わらせるのだ」

 

 基地司令の言葉に、ジェーン、モーガン、レナの3人は静かな闘志を燃やして頷きを返す。

 

「優秀なパイロットでしたのに・・・・・・」

「昔から、自分勝手な奴さ」

「裏切者は許さない・・・・・・」

 

 レナは哀嘆を込めて、モーガンは皮肉を吐き捨てるように、ジェーンは隠しきれない憎しみを抱いて、それぞれ、来たるエドとの戦いに思いを馳せる。

 

 そんな中1人。

 

 何も話さない少年に、司令官は睨みつけるような視線を向ける。

 

「お前の任務は、3人の支援だ。良いな? ボアズで瀕死の重傷だったお前を拾い、尚且つ、裏切者だったにもかかわらず軍にまで入隊させてやった、我々の恩を忘れるなよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 司令の言葉に対して、少年は無言のまま、ただ視線を外して部屋を出て行く。

 

 やがて、4人が出て行ったのを確認するように、別の人物が入れ替わって入ってきた。

 

 燃えるような赤い髪をした男で、目はどこか状況を皮肉げに見ているように細められ、口元には薄ら笑いが浮かべられている。

 

 顔立ちそのものは端正と言っても良いが、どこか雰囲気的に危険な物を感じずにはいられない男である。

 

「お前のやる事は判っているな?」

「勿論ですとも」

 

 司令官の問いかけに対して、男は慇懃無礼に返事をする。

 

「馬鹿共が乱痴気騒ぎをしている内に、部隊を率いて出撃しますよ。任せてください。連中が気付く頃には、あらかた終わっているでしょうから」

 

 男はそう言って請け負う。

 

 司令官は、初めからエド1人を狙ってこの作戦を立てた訳ではない。エース達が刺客としてエドを押さえる一方で、特殊部隊を南米に潜入させ破壊工作を行う事が真の目的だったのだ。

 

 戦線維持の大半をエドに依存している南米軍の戦力では、地球連合軍の精鋭に敵し得ないはず。

 

 これで、この戦争も一気に片が付くであろうと思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルの放送から数日が経過したある日。

 

 南米軍の新たなる拠点に移動したジェス達の元に、奇妙な客が訪れた。

 

 ジャンク屋組合(ギルド)から来たと言うその女性は、妙に間延びした口調で自己紹介と作業内容を伝えると、何やらアウトフレームのバックホームに乗り込んで、何かの作業を始めたのだった。

 

 その様子を、キラ、ジェス、エド、ハチの3人と1台は、アウトフレームの足元に集まって見上げていた。

 

「いったい、何を始めたの?」

 

 訝るキラ。

 

 ジャンク屋の女性は、既に作業を始めて1時間以上も、何かの作業に没頭している。状況が見えないだけに、機体の持ち主であるジェスは不安な様子だった。

 

《心配無い。装備のパワーアップだ》

「装備ねえ。ミサイルでも積むのか?」

 

 自信たっぷりなハチの言葉に、エドも首をかしげながら尋ねる。

 

 それを聞いていたジェスは、バックホームに向かって声を上げる。

 

「おい、武装とかはやめてくれよ!! こっちはジャーナリストなんだからな!!」

 

 アウトフレームには、いくつか武器に転用できる装備が施されてはいるが、基本は非武装の作業用モビルスーツである。唯一武器らしいものと言えば、対装甲ナイフ・アーマーシュナイダーくらいの物だが、それとて機体を固定したりするのに使う程度である。

 

 すると、ジェスの声にこたえるように、バックホームの中から返事が返って来た。

 

「あーい。あ、だいたいできました~ ちょっと見てくださ~い」

 

 間延びした声に誘われるように、バックホームの居住区に上がる一同。

 

 そこには、

 

 人1人が寝そべって入れる程度の大きさを持った、強化プラスチック製と思われる桶が鎮座していた。中には程よい暖かさの湯気を放つお湯が張られていた。

 

「お風呂です~」

「いや、見りゃ判るが・・・・・・」

 

 あまりと言えばあまりにも予想の斜め上を行く光景に、呆然としたままツッコミを入れるエド。

 

 どうやら先日のアマゾン踏破の際、ろくに体を洗う事ができなかった事を考慮し、ハチがジャンク屋組合に発注を依頼した物らしかった。

 

 確かに、身ぎれいにしておく事も、取材を円滑に行う上で必要な事かもしれなかった。

 

「お湯の温度調節は、お風呂とコックピットの両方でできます。パワー残量がレッドゾーンに入ると、お風呂がぬるくなりますので、お風呂優先にもできますが、どうしますか?」

「・・・・・・そのままで良いよ」

 

 ややげんなりした調子で答えるジェス。

 

 バッテリー残量が乏しい時に、いちいち風呂の心配をするほど阿呆ではなかった。

 

 作業を終えた女性が、自分専用の機体に乗って去って行くのを、キラ、ジェス、エドの3人は、やや脱力した感じで見送っていた。何となく、あのジャンク屋の女性が発する緩い空気に充てられてしまった感がある。

 

「何か、トロそうな姉ちゃんだったが、本当に大丈夫なのか?」

「どうだろう? ただ、お風呂を取り付けて行っただけだし、たぶん大丈夫なんじゃないでしょうか?」

 

 不安しか感じないエドに、キラはそう言っている。

 

 とは言え「トロそう」と言うイメージはキラも共有するところであり、正直、これが元でアウトフレームが誤作動でもしようものなら目も当てられないのだが。

 

 しかし、そんな不安を払拭するように、ジェスの手元で「ピッ」と言う電子音が響いた。

 

《何を言っている。彼女はユン・セファン。あのレイスタの設計者だぞ!!》

 

 レイスタとはジャンク屋組合が開発した作業用モビルスーツで、ユンが乗って帰った機体は、そのカスタム機に相当する。元々はオーブ防衛戦の際に大破、放棄された多数のM1アストレイのパーツを元に組み上げられた機体であるが、その多機能高性能振りは内外から好評であり、戦闘目的以外であるならレンタルも行われている。ジェスもアウトフレームを譲り受けるまでは、度々使用していた機体である。

 

「なるほど、人は見かけによらないな」

 

 エドは感心したように言ってから、もう一度、バックホームに目を向けた。

 

「しかし、モビルスーツに風呂とはね」

「ちょっと、考え付かないですよね」

 

 ぼやき気味のエドの言葉に、キラは苦笑しながら同意する。

 

 とは言え、風呂の有る無しで、居住の快適さがだいぶ変わってくるのは事実である。分けても、ある意味、「客商売」と言っても良いジャーナリストにとって、身だしなみを整える事も重要な要素である。

 

「せっかくだし、入ってみるか」

《おう!!》

「いいねえ、そのノリ」

 

 早速服を脱ぎ始めるジェスに、ハチとエドがはやし立てる。

 

 だが、ジェスが半ばまで服を脱いだ時、基地全体に轟くように警報が鳴り響いた。

 

「警報!?」

 

 瞬時に警戒を顕にするキラ。警報が鳴ったと言う事は、戦線に何らかの動きがあったと言う事だ。

 

 見れば、エドも鋭い眼差しをしている。

 

「・・・・・・どうやら、仕掛けた網に敵が掛かったな」

 

 先の第12基地での戦闘から数日。そろそろ、地球軍が何らかのアクションを起こす頃合いと思われた。

 

「出撃する」

「あ、おい、エド、待てよ!!」

 

 慌てて服を着ながら追いかけるジェス。どうやら、今回も戦闘の取材として同行するつもりのようだ。

 

「僕達も行こう」

《おう、発進準備だ!!》

 

 その後から、ハチを抱えたキラも続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南米大陸の太平洋側沿岸には、しばしば濃密な霧が発生する。

 

 地元の住民からは「ガルーダ」の名前で呼ばれる霧は、南極大陸から流れてきた海流が、南アメリカの温暖な気候に温められる事によって発生する。

 

 視界はほぼゼロになり、ほんの数メートル先にある物体すら視認は困難となる。航空機や船舶にとっては魔の霧と言える。この霧のせいで、今でもこの海域では海難事故は頻発している。

 

 反面、Nジャマーの影響で電子機器がほとんど意味を成さなくなった昨今において、軍事行動を起こす側からすれば天然のステルスになると言う訳だ。

 

「すごい霧だけど、撮影の方は大丈夫?」

「流石に、ちょっときついかもな・・・・・・」

 

 カメラの微調整をしながら、ジェスは尋ねるキラに応える。

 

 視界が効かないと言う事は、当然、アウトフレームのガンカメラも役に立たないと言う事だ。

 

 だが、その程度で諦めたのでは「野次馬ジェス」の名が廃ると言う物だ。

 

「こんなチャンス、滅多に無いんだ。絶対スクープをモノにして、あのベルの鼻を明かしてやる!!」

《何にしても、やる気があるのは良い事だ》

「そうだね。付き合わされる方は堪った物じゃないけど」

 

 そう言って、肩を竦めるキラとハチ。

 

「諦めたら終わりだ。根性で何とかして見せる!!」

 

 そう言うとジェスは、本当に馬のように鼻息を荒くする。

 

 この男なら、本当に根性で何とかしそうではあるが。

 

 アウトフレームは現在、シューティングコートと言う特殊な布状の素材で機体全体を覆っている。これは複数の色を持つ迷彩装備で、今回のように戦闘シーン等を取材するのに使う物だ。

 

 現在、周囲の霧に合わせて白いコートを展開している。これである程度距離を置いておけば、戦闘に巻き込まれる事も無いはずだった。

 

「そう言えば・・・・・・」

 

 そこでふと、キラは前方に佇むソードカラミティを注視しながら呟く。

 

「エドは網を張ってたって言ったけど、敵がここから来るって、どうして判ったのかな?」

 

 南米は広い。簡単に網を張ると言っても、精密な索敵網を形成するのは無理がある。

 

 にも拘らずエドは、敵が必ずこの霧を利用して上陸するであろう事を先読みしていた事になる。

 

 いったい、そう考えるに至った要素はどこにあるのか?

 

 エドは何も言わない。

 

 ただ、佇むソードカラミティのコックピットで目を閉じ、何かを待つように沈思している。

 

 どれくらいそうしていただろうか?

 

 全くの唐突に、

 

 それは現れた。

 

 突如、崖下の海面が割れ、巨大な機影が踊り出る。

 

「あれは!!」

 

 見覚えのある姿に、キラは声を上げる。

 

 頭をすっぽり覆うカブトガニのようなユニットと、そこから左右に突き出した装甲。手には長大な槍を装備している異形の姿。

 

 装備に若干の違いはあるが、それはかつて対峙した事もある機体である。

 

 GAT-X252「フォビドゥン」

 

 かつての初期6Gの内、ブリッツが持っていたミラージュコロイドの技術を応用し、ビームを偏向する性質を有している機体で、その為、自機が放ったビームをありえない方向に捻じ曲げたり、逆に飛んできたビームを明後日の方向に逸らすなどの戦術を可能としている。

 

 ビーム兵装主体のイリュージョンでは、かなり苦戦させられたのを覚えている。

 

 あの機体はフォビドゥンをベースに、ゲシュマイディッヒパンツァーの偏向作用とTP装甲の防御力を利用して水中用に改装した機体である。

 

 GAT-X255「フォビドゥンブルー」

 

 ザフト軍の海戦型モビルスーツに手を焼いた地球軍が、急ピッチで開発した、初の水中用モビルスーツである。

 

 ただし、水圧対策がゲシュマイディッヒパンツァー恃みである為、高い水圧には耐えられず、戦闘海域が浅海面に限定さると言う欠点が試験段階で発覚した為、地球連合軍はその点に改良を加えたディープフォビドゥンを開発、実戦配備している。

 

 そのディープフォビドゥンは、大戦末期に起こった第2次カサブランカ沖海戦の折、地球連合軍が少数ながら戦線投入する事に成功し、それまで海の王者であったグーンやゾノを圧倒、ジブラルタル基地陥落に大いに貢献した機体である。

 

 この後、更に改良を加えたフォビドゥンヴォーテクスの開発を行う事になる地球連合軍は、こと水中モビルスーツに関する限り、完全にザフト軍を圧倒する事になる。

 

 この事を憂慮したザフト軍もまた、新型水中用モビルスーツ「アビス」「アッシュ」の開発を急ぐことになるのだが、それはまだ先の話である。

 

 水中から飛び出したフォビドゥンブルーは、手にした三又鉾(トライデント)を振り翳し、ソードカラミティへと襲い掛かる。

 

 対抗するように、エドもまたシュベルトゲベールを1本抜き放ち、ビームを発振しないまま迎え撃つ。

 

《やはり来たか、ジェーン!!》

《あんたの方から出迎えてくれるなんてね!! エド!!》

 

 アウトフレームのスピーカーからは、会話をする2人の声が聞こえてきた。

 

 相手は《白鯨》ジェーン・ヒューストン。

 

 水中戦のエースであり、先述した第2次カサブランカ沖海戦でも、フォビドゥンブルーを駆って参戦し、ザフト機多数を撃沈している。肩のシールド部分に描かれた、潜水艦をデフォルメした白いクジラがトレードマークである。

 

 エドが剣を振り払うと同時に、両者は一旦距離を置く。

 

 ともに地球連合軍で鳴らしたエース同士。実戦の場における初の激突となる。

 

《お前のやる事なら、何だってわかるさ!!》

 

 言いながら、ビーム刃を展開したシュベルトゲベールを振り翳すエド。

 

 大剣を手に斬り掛かってくるカラミティに対し、フォビドゥンは左のゲシュマイディッヒパンツァーを構えて受け止めに掛かる。

 

 刃と盾の接触。

 

 すると、シュベルトゲベールの刃を構成するビームが、急速に拡散されていくのが分かる。

 

 これこそが、ゲシュマイディッヒパンツァーの効力。ビーム兵器はこの装甲を前にしたら、全くの無力と化すのだ。

 

 堪らず、距離を置こうとするエド。

 

 しかし、それを見逃すジェーンではない。

 

《裏切者のエド・・・・・・アンタは誰にも殺させないッ レナにも、モーガンにも、他の奴にもッ あんたを討つのは、このわたしだ!!》

 

 言い放つと同時に、フォビドゥンの背に負った甲羅型のユニットを展開。その先端部分に装備したフォノンメーザー砲を発射する。

 

 いわゆる「音」のレーザー砲であるフォノンメーザー砲は、本来なら水中でこそ最大限に威力を発揮する武器だが、多少限定されるものの、地上での使用も可能である。

 

 放たれたフォノンメーザーを、紙一重で回避するソードカラミティ。

 

 だが、ジェーンの猛攻はそこで留まらない。

 

 ゲシュマイディッヒパンツァーの装甲を跳ね上げ、内部の魚雷キャニスターポッドを開放する。

 

 本来であるなら、そこには超音速(スーパーキャビテーティング)魚雷が6発装填されているのだが、今回ジェーンは地上戦を想定して、ミサイルランチャーに換装してきている。

 

《やめろジェーン!! 判ってくれ!!》

《判らないねッ アンタは全てを捨てて祖国を取った!! なぜだ!?》

 

 一斉発射される6発のミサイル。

 

 飛んできたミサイルのうち、エドは5発を回避、1発をシュベルトゲベールで切り払った。

 

 再び対峙する、カラミティとフォビドゥン。

 

 その様子を撮影しながら、ジェスは2人のやり取りにかすかな違和感を覚えずにはいられなかった。

 

「・・・・・・あの2人は、もしかして知り合いなのか?」

「僕もそう思います。何だか、お互いの事を、よく知っているような素振りですよね」

 

 キラもまた、ジェスと同様の違和感を口にする。

 

 先程から行われている2人のやり取りからして、どうもただの同僚程度の関係では無いように思えるのだった。

 

《ジェーン・ヒューストンは、『八・八作戦』でエドと組んで戦った事がある》

 

 ハチが説明してくれた。

 

 八・八作戦とは、戦争終盤に地球連合軍が行った作戦であり、CE71年8月8日に発動された事から、その作戦コードが付けられた。最終的な攻略目標は、ザフト地上軍最大の拠点であるカーペンタリア基地。作戦は制式レイダーを使用した衛星軌道上からの「エアーズロック降下作戦」と太平洋艦隊が行う洋上からの侵攻作戦の二種類同時刊行される形で行われた。

 

 当初は洋上艦隊と内陸に降下した地上部隊による、大規模挟撃作戦を取った地球連合軍が、圧倒的な勝利で幕を閉じるかと思われた。

 

 しかしカーペンタリアに立て籠もったザフト軍が頑健な抵抗を示したため、結局決着が着かず、カーペンタリア基地は終戦まで保持し続ける事になったのだ。

 

 その作戦で、エドとジェーンは共に肩を並べて戦ったと言う。

 

 だが、

 

「・・・・・・いや、あの感じ・・・・・・戦友と言う以上に何か・・・・・・」

 

 考察している間にも、戦いは続く。

 

 今のところ、戦況はジェーンの方が優勢に進めている感があった。

 

《なぜ仲間を、私達を捨てた!?》

 

 振りかざされるトライデントの穂先に対して、ソードカラミティは辛うじて剣で弾きながら体勢を立て直そうとする。

 

 そこへ更に攻め込んでくるフォビドゥン。

 

《くそッ 好きで捨てた訳じゃない!! だが、俺は・・・・・・》

 

 そこでようやく、エドは体勢を立て直す事に成功する。

 

 同時に、その心の内では、自らの使命が沸々と湧き上がってくるのが分かる。

 

 自分は南米軍の象徴。自分の背には自由と独立を願う多くの南米人たちがいる。その自分がここで倒れると言う事は、彼等の希望の芽を摘んでしまうと言う事だ。

 

 ならば、一時の気の迷いに身を委ねるべきではない。

 

 決意も新たに、双剣を構えるカラミティ。今度はエドの方から仕掛ける。

 

 地を蹴ると同時、双剣を振り翳してフォビドゥンに斬り掛かる。

 

《祖国に良い女でもいたか!?》

《ジェーン・・・・・・》

 

 対抗するようにトライデントを振り翳すフォビドゥン。

 

 しかし、こうなると、先程までとは完全に攻守が逆転してしまう。

 

 元々フォビドゥンブルーは水中戦用のモビルスーツであり、ジェーンもまた海戦のエースである。それに対して、エドの得意分野は陸戦であり、ソードカラミティも地上戦に対応している。

 

 この状況では、いかに《白鯨》と言えど、良く言って「陸に打ち上げられた鮫」程度の力しか発揮できない。

 

 ソードカラミティの斬撃が、フォビドゥンブルーの左肩に装備したゲシュマイディッヒパンツァーを斬り飛ばす。

 

 同時に、機体バランスを崩したフォビドゥンブルーも、その場で片膝を突いてしまった。

 

《・・・・・・前にわたしに言った事は嘘だったのか?》

 

 問いかけるような口調のジェーン。

 

 その言葉は、先程までの迸るような激情とは打って変わって、どこか救いを求めるような響きが込められているように思える。

 

《あれが嘘なら。わたしは何を信じれば良い?》

《ジェーン・・・・・・》

《答えろエド!! わたしの質問に答えろ!!》

 

 2人は最早、引き返せないところまで来てしまっている。ジェーンの悲痛な叫びが、何よりもその事を物語っていた。

 

 だからこそエドも、最早逃げる事は許されない。

 

 ジェーンの全てを受け入れたその上で、南米の英雄としての責務を果たさなくてはならない。

 

《今もあの言葉に嘘はないぜ。だが連合を脱走した時に決めたんだ。誰が敵になろうと戦い抜くと!!》

 

 次の瞬間、

 

 トライデントを構え直して、最後の突撃を行うフォビドゥンブルー。

 

 対してソードカラミティは、2本のシュベルトゲベールを並走連結させて迎え撃つ。

 

 両者の刃が交錯した瞬間、

 

 強烈な光が、互いの視界を遮った。

 

 

 

 

 

《あ、それじゃあ、好きなタイプの女性は?》

《はーハッハッハ!! お前ッ 面白いな!! そんな質問されたの、プライベートでは初めてだ》

《す、すいません・・・・・・》

《良いぜ、答えてやるよ。前にその質問を俺にした女だ。そいつが俺の好みの女だったのさ。自分の胸に飛び込んできてくれる女が最高の女さ》

 

 

 

 

 

 映像は先日、ジェスがエドにインタビューをした時の物だった。

 

 2人の会話からエドとジェーンの関係が、ただの戦友の枠を超えた特別な物である事を見抜いたジェスが、とっさの機転を利かせ、霧をスクリーン代わりにして投影したのだ。

 

 エドとジェーンは、地球軍時代、互いに想いを寄せ合った恋人同士であった。

 

 しかしエドの地球軍脱走に伴い、置いて行かれたジェーンは、その身を焦がす程の怒りに震え、憎悪の鬼と化して今回の刺客任務を請け負ったのだ。

 

 だが、どれほどの憎悪に身を焦がそうとも、心の内に小さく灯った火は決して消える事は無かった。

 

 ゆっくりと、槍を降ろすジェーン。

 

《・・・・・・なぜ、わたしにも声を掛けてくれなかった? あなたの祖国を守る為だったら、わたしだって・・・・・・》

《お前を巻き込む事はできない。これは、俺の我儘なんだ》

 

 実際、脱走する際、エドはひどく迷った。

 

 自分とてジェーンの事を忘れられるとは思えない。だがそれ以上に、連合の傘下に置かれ、屈辱の日々を送り続ける祖国を捨て置く事もできなかった。例えそれが、ジェーンから恨まれる事になったとしても。

 

《あなたはわたしの英雄なんだ。初めて会った時からついて行くって決めてたんだよ》

 

 そのまま、フォビドゥンブルーは、全てを任せるようにしてソードカラミティに縋り付く。

 

《もう離れないッ 絶対に!!》

《やれやれ、流石は俺の惚れた女だ。頑固なのも筋金入りだな》

 

 そのまま寄り添う2人。

 

 その様子は、アウトフレームにいるキラ達の目にも見えていた。

 

「上手く行って良かったですね」

「ああ。まったくだ」

 

 実際、あの2人が恋人同士であるかどうかは賭けに近かったのだが、ここは素直に「野次馬ジェス」としての勘を賞賛すべきところだった。

 

 それにしても、

 

「恋人・・・・・・か・・・・・・」

《どうした、キラ?》

 

 思わず漏らしたキラの言葉に、ハチが訝るように尋ねてくる。

 

 しかしキラは「何でも無いよ」と微笑して、それ以上は何も言おうとはしなかった。

 

 ただ、遠くを見つめるような瞳で、何かに思いを馳せているかのような表情をしていた。

 

 

 

 

 

Episode-03「霧が映す想い」      終わり

 



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Episode―04「眩しく輝く光」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドがジェーンとの対決を行うべく、太平洋沿岸へと移動していた頃、南米北部の別の場所では、ジェーンの動きと連動するような動きが見られていた。

 

 密林を分け入るように、一団のモビルスーツ部隊が、地響きを鳴らして進軍している。

 

 ストライクダガーとよく似たシルエットを持つ機体は、その同系統の機体である事をうかがわせる。

 

 ダガーLと呼ばれるこの機体は、地球連合軍が先の戦役中にストライクダガーの後継機として開発し、本来ならプラント制圧戦に投入される予定であったのだが、しかし月基地への配備前にプラント侵攻軍が大量破壊兵器ジェネシスの照射によって壊滅状態となった為、月への移送は見送られていた。

 

 その曰くのある機体を、地球軍は南米軍との戦いに大量投入したのである。

 

 ダガーLは背部にコネクタを装備し、ストライクダガーでは不可能だったストライカーパックの装備を可能とし、更に防御面の強化を図るなど、より完成度の高い機体として仕上がっている。

 

 基本的にストライクダガーを主力機動兵器としている南米軍を、兵器の差で圧倒できるはずだったのだが、

 

「クソッ 何なんだ、この邪魔っかしい森はよッ 面倒くせえったら無いぜ!!」

 

 部隊を指揮するベイル・ガーリアン中尉は、吐き捨てるように言う。

 

 生い茂る木々に機動力と視界を奪われ、さしもの最新鋭機も、十全な性能を発揮できなくなっている。

 

「まったく、上の連中は何を考えてるんだか。こんな所にわざわざ好き好んで住んでいるような奴らは、どうせみんな頭がイカレてるんだろうから、核でもぶち込んでみんな焼き払っちまった方がすっきりしちまうだろうがよ」

 

 強硬派ブルーコスモスの思想を持つベイルにとって、「自分達こそが人類の代表。他の者は自分達に従うのが当然」と言う考え方が魂の底にまで染み付いている。そんな彼の視点からすれば、大西洋連邦の意向を無視して独立を図ろうとする南米の動きは、許しがたい背徳であり、南米人が歩いた大地まで火葬場に放り込んでも構わないとさえ考えているほどだった。

 

 勿論、件の自然保護条約など知った事ではない。そんな物はベイルにとって、路傍の恋しいかの存在でしかなかった。

 

 自分たちに逆らう者は全て焼き尽くす。それ以上に重要な使命など、この世界にあるはずがないのだから。

 

《隊長、間も無く予定ポイントです》

「おう、周囲の警戒を怠るなよ。連中、南米軍のゴキブリどもは、腕は大したことないくせに、何かに隠れる事だけは馬鹿みたいに上手いからな。1匹でも奴らの影を見付けたら、その周りに最低30匹はいると思えよ」

《ハッ》

 

 部下に指示を下してから、ベイルは更に自分のダガーLを前へと進める。

 

 この先に南米軍の基地がある。そこまで辿り着けば作戦開始である。

 

 作戦と言うが、南米軍は装備も実力も褒められたような物ではない。戦いはこちらが一方的に敵を蹂躙する形になるだろう。

 

 ほとんど抵抗できない南米軍の連中を炎の中に沈め、逃げまどう民衆どもを捕まえて、1人残らず嬲り殺す。

 

 その時の事を夢想し、ベイルは口の端を吊り上げた笑みを浮かべる。

 

 そう言う戦いこそ、ベイルの望むものである。

 

 自分達に逆らう者共を、圧倒的な力で蹂躙し、嬲り、犯し、破壊し、そして殺す。

 

 これ程面白い戦いは他にはない。特に自分達に逆らった連中を、卵の殻を潰すようにひねり殺す時が、ベイルにとっては最高の瞬間だった。

 

 連中は自分達に逆らった愚か者。人以下のクズでしかないのだ。

 

 クズに慈悲を掛ける必要性は無い。連中は炎に焼かれ、踏み潰され、蹂躙される事によってのみ、魂の底から救われるのだ。青き清浄なる世界の下に。

 

 唯一、厄介な要素である「斬り裂きエド」は、頭のおめでたいエースのお歴々が押さえてくれている。その間にこちらは、存分に楽しませてもらおう。

 

 その瞬間が、間も無くやってこようとしている。

 

 高揚したままダガーLを進ませるベイル。

 

 その時だった。

 

《隊長、前方に熱源反応有りッ》

「あん?」

 

 部下からの報告を受けて、ベイルはダガーLのカメラを前方へ向ける。

 

 するとそこには、密林の中に佇むにして、1機のモビルスーツが立っていた。向こうもベイル達の存在に気付いたのだろう。モノアイ型のカメラを警戒するようにこちらへと向けてきている。

 

 識別リストには無い機体である。

 

 滑らかな曲線が印象的なフォルムや、連合系モビルスーツには無い、力強さを感じる太い四肢など、どこかザフトのジンやゲイツを連想させられる機体である。

 

 だが、その機体を見た瞬間、

 

「前方の機体に攻撃開始だ!!」

 

 ベイルは叩き付けるように命令を下した。

 

「奴を徹底的に破壊しろ!!」

《し、しかし、隊長・・・・・・》

 

 突然のベイルの命令に、隊員の1人が戸惑ったように声を上げた。

 

《我々の任務は、この先にある敵拠点の攻撃ですッ それなのに!?》

「判らんのか、このグズが!!」

 

 ベイルは反応の鈍い部下達に、吐き捨てるように叫ぶ。

 

「あれはザフトの機体だッ 南米軍の奴らはザフトとつるんでたんだよッ」

 

 言いながらベイルは、ダガーLのライフルを謎の機体へと向ける。

 

「まったく、南米人と言う奴等は度し難いほど愚かな連中だよ。まさかザフトと手を組んでいるとはな。地球人の誇りも忘れ、モルモットとつるむような奴らに遠慮する必要は無い。叩き潰せ!!」

 

 ベイルの命令に従い、謎の機体に向けて一斉にライフルを向ける地球軍。

 

 相手はたった1機。これだけの機体で掛かれば簡単に撃墜できるはず。敵拠点を殲滅する前に、良い感じに駄賃ができた。

 

 ベイルはそう考えて、ほくそ笑む。

 

 ライフルが木々をなぎ倒しながら、一斉にザフト機へと向かう。

 

 対してザフト機は、とっさにその場から跳躍しながら攻撃を回避。同時にオープン回線で通信を試みてきた。

 

《こちらはザフト軍、兵器試験部隊所属機。当機を攻撃中の地球軍部隊に告げる。当機に交戦の意思無し。攻撃を中止されたしッ 繰り返す・・・・・・》

 

 どうにか戦闘を回避しようと、ザフト機からは戦闘停止の申し入れがなされる。

 

 しかし、

 

「うるさい黙れッ モルモット風情が人間の言葉をしゃべるんじゃない!!」

 

 言いながらベイルもまた、ダガーLが装備したビームライフルを、地を走りながら回避行動中のザフト機めがけて撃ち放つ。

 

 その攻撃を高速で回避して行くザフト機。

 

 だが、ベイルは執拗に追いかけながらライフルを連射する。

 

「『交戦の意思無し』だと? そんな事は死体になってから言うんだなッ お前らが生きて吸って良い酸素など、この地球には無いという事を思い知れ!!」

 

 言いながら、更にザフト機への攻撃を強めるベイル。

 

《繰り返す。こちらに交戦の意思無しッ この場は自然保護条約にある中立地帯である。ただちに攻撃を・・・・・・》

「さえずるなよ、クズモルモットが!!」

 

 ザフト機からの交信を強引に遮り、更に筆誅距離から攻撃しようとするベイル。

 

 次の瞬間、

 

 ザフト機は上空に跳躍しながら地球軍の攻撃を回避。同時に背中から、巨大なトマホークを抜き放って構えた。

 

 降下と同時に振るわれる斧。

 

 その一撃が、ベイル機の後方に立っていたダガーLをあっさりと斬り捨てる。

 

 斬り捨てられたダガーLは、爆炎を上げて崩れ落ちる。

 

 その様子を見て、目を剥くベイル。

 

「こいつ、抵抗するかッ!? モルモットの分際で!!」

 

 呻くベイル。

 

 その間にもザフト機は動く。

 

 地球軍の隊列の中へ斬り込むと、トマホークを手に縦横に駆け巡りながら、立ち尽くすダガーLを斬り裂いていく。

 

 圧倒的な性能である。従来のザフト機を遥かに超えるポテンシャルだ。凄まじい機動力で接近したかと思うと、強力な刃を振り回し、最新鋭機であるはずのダガーLを紙人形のように切り裂いていく。

 

 対する地球軍はと言えば、なまじ大軍である事が仇になっていた。

 

 密集状態であり、更に周囲は鬱蒼とした密林に囲まれている為、陣形の改変どころか、回避行動を取る事すら難しい状況である。

 

 そのような中を、比類無い機動力で剽悍に襲い掛かってくるザフト機に対抗する事は不可能だ。

 

 次々とトマホークで切り裂かれて撃破され、密林に躯を晒していく地球軍機。

 

 一部のダガーLは、ようやくの事で体勢を立て直し、シュベルトゲベールやビームサーベルを抜いて接近戦に備えようとしている。

 

 しかし、それもまた束の間の抵抗に過ぎない。

 

 ザフト機は反撃に怯む事無く機体を飛び込ませ、手にしたトマホークを旋回させてダガーLを斬り裂く。

 

 圧倒的な力の差である。しかもザフト機は接近戦用のトマホークのみを使用し、背部に備えた大型の大砲を使っていないのだ。どうやら、機体性能もさることながら、乗っているパイロットもかなりの凄腕であるらしい。

 

 地球軍のパイロットは、ろくな抵抗も出来ずに屠られていく。

 

「こんな・・・こんなバカな!?」

 

 部下達が血祭りにあげられていく様を目の当たりにしながら、ベイルは歯ぎしりしながら呻き声を上げる。

 

 コーディネイター(モルモット)共が作った玩具のような機体が、自分達、正当な人類が作った兵器相手に圧倒的な力を見せ付けるなど、あってはならない事だ。

 

 コーディネイターの側からすれば根も葉もない、それでいてベイルのようなブルーコスモス信者からすれば、生物が呼吸するよりも当たり前の理屈が、頭の中で支配する。

 

 だが、そうしている間にも、ダガーLはザフト機によって斬り捨てられていく。既に数10機いた部隊も、ベイル機を含めても数える程度しか残っていない。

 

「このッ 野郎が!!」

 

 自身もビームサーベルを抜き放ち、斬りかかっていくベイル。ザフト機は今、部下のダガーLを斬り捨てた直後であり、ベイルに対して背中を向けている。つまりザフト機から見て、ベイル機は完全に視覚になっているはずだ。

 

 今なら確実に倒せる。

 

「死ねェェェェェェ!!」

 

 ビームサーベルを振りかざすベイル。

 

 しかし次の瞬間、ザフト機が振り返る。

 

 同時に水平旋回するように、振り翳されるトマホーク。

 

 一閃された一撃が、ビームサーベルを持つベイル機の右腕を斬り飛ばしてしまった。

 

「何ィィィィィィィィィィィィ!?」

 

 驚愕するベイル。

 

 普通に考えて、回避できるタイミングではなかった。それが、こうもあっさりと反撃を食らうとは。

 

「おのれッ モルモットのくせにィィィ!!」

 

 歯噛みするベイルの目の前で、とどめを刺すべくトマホークを振り上げるザフト機。

 

 しかし、

 

《隊長!!》

 

 部下の1人が、ベイルを守るようにして割って入り、トマホークをシールドで受け止めようとする。

 

 しかしトマホークの切れ味は凄まじく、受け止めた瞬間、ダガーLのシールドは紙のように切り裂かれ、そのまま左腕も斬り飛ばされてしまった。

 

「チィッ!?」

 

 その様子を見たベイルは、とっさに機体を翻して退避にかかる。

 

 そのままスラスターを全開にして、その場から離脱して行く。

 

「くそったれがッ 南米軍の奴ら、あんな卑怯な連中と手を組むとはなッ」

 

 吐き捨てるように呟きながら、ベイルは離脱するコースへと機体を向ける。

 

 後方では尚も、部下たちが高性能のザフト機相手に絶望的な戦いを続けているが、そんな事は自分が構う事ではない。引き際を正確に見極める事も軍人には必要な事だ。間抜けな連中は、それが分からなかっただけの話である。

 

 それよりも重要なのは、生き残って、あの高性能なザフト機の事を報告しなくてはならない。勿論、南米軍とザフト軍との癒着についても。

 

「クックック 見ていろ、南米のウジ虫ども。貴様らがこの薄汚いアマゾンでのうのうとしていられるのも、後わずかの間だけだ!!」

 

 高笑いするベイル。

 

 そんな彼の耳には、後方で悲痛な叫びを上げる部下たちの声は、一切聞こえてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェーンとの戦いから数日が経過した。

 

 エドの真意を知ったジェーンは、それまで抱いていた憎悪を完全に消し去り、以後は南アメリカ軍に協力する旨を確約してくれた。

 

 現在、彼女のフォビドゥンブルーは、損傷修理を行う為に収容されている。同時に、エドのソードカラミティも、連戦から来る疲労が激しい為、一時的にメンテナンスを必要としていた。

 

 とは言え「切り裂きエド」に続いて「白鯨」まで仲間になってくれるのは、南米軍としてはこれほどありがたい事は無いだろう。

 

「これで、お前さんも正式に仲間になってくれれば嬉しいんだがな?」

 

 そう言って笑いかけてくるエドに対して、キラは曖昧な返事を返すしかない。

 

 キラ自身の経歴はエドには話していないし、ジェスも気を効かせて黙ってくれてはいるが、先日の戦闘では、狙撃ライフルでレイダーを撃破すると言う芸当まで示してしまった。そんな人物、エドでなくても興味をひかれて当然である。

 

「まあ、良いさ」

 

 言い淀むキラに対して、エドは一転、あっけらかんとした調子で前言を翻すと、少し痛いくらいに肩を叩いて来る。

 

「エド・・・・・・僕は・・・・・・」

「誰にだって、言いたくない事とか、やりたくない事だってあるだろ。だったら無理する必要なんて無いさ」

 

 そう言うと、エドは手近な場所に置いてあったバナナを1本取り、口へと運ぶ。

 

 エドを見ながら、キラは黙考する。

 

 確かにエドの言うとおり、ここでキラが南米軍に参戦すれば戦線は圧倒的に南米軍有利に傾く事だろう。

 

 戦備に劣る南米軍だが、かつては地球軍で、オーブ軍で、そしてL4同盟軍でエースパイロットとして鳴らしたキラである。その程度の差などハンデにもならない。

 

 だが、キラにはどうしても、決断できずにいる理由があった。

 

 この南米での戦争は、キラにとっては本来なら何のかかわりも無い戦いである。

 

 これは、無関係である、自分には関係ないと言う無責任な思いから出た事ではない。

 

 接してみて分かったが、南米の人々は、エドを始め皆純真で、誰もが真剣に国を取り戻そうとしている。そんな熱い思いを抱いて戦っているのだ。しかしキラには、この南米には何の思い入れも無い。ゲリラ時代に何度か訪れた事があるが、ただそれだけの事である。

 

 そんな自分が、真の意味で南米を救いたいと思っている人たちと共に闘う事は、彼らの戦いに対する冒涜になるのではないかと思っているのだ。

 

「ねえ、エド・・・・・・」

 

 キラが何かを言いかけた時だった。

 

 ジェスを伴ったジェーンが、扉を開いて部屋の中へと入って来た。

 

 既に南米軍の軍服を身にまとい颯爽とした様は、所属が変わってもエースとしての貫録はいささかも失われていない。むしろ、愛する男と戦える分、より溌剌とした印象すらあった。

 

「エド、生憎だけど、のんびりしている暇は無いよ」

 

 開口一番、ジェーンは恋人に対してそう切り出した。

 

「大西洋連邦は、南アメリカの独立を決して認めようとしない。敵は次々と送り込まれてくるよ。それに・・・・・・」

「それに?」

 

 言い淀むように会話を止めるジェーンに対して、キラは訝るように先を促す。何か言いにくい事を抱えているようなジェーンの様子が気になったのだ。

 

 ややあってジェーンは、顔を上げて言った。

 

「私達がエド、アンタの攻略に失敗したら、大西洋連邦は南アメリカ大陸に向けて大規模なミサイル攻撃を行う事になっているのさ」

 

 ジェーンの言葉を聞いて、一同の間に衝撃が走った。

 

 大陸に対する大規模ミサイル攻撃。そんな事をされたら、犠牲者の数は計り知れない事になる。

 

「いくら連合でも、そんな・・・・・・」

「いや、プラントに核を打ち込んだような連中だ。いざとなれば形振り構わないだろう」

 

 ジェスの言葉に、エドは即座に否定の言葉を被せる。

 

 地球軍が形振り構わない姿勢を持っている事はキラも同意である。ヤキン・ドゥーエ戦の時、実際にプラントへの核攻撃を防いでいるのは、他ならぬキラ自身であるから尚更である。

 

 だが、これはまずい事態である。

 

 仮にレナ・イメリア、モーガン・シュバリエという、残り2人の刺客を退けたとしても、大陸をミサイルで焼き尽くされてしまったら南米軍の敗北は必定である。

 

 ここにきて、戦略を練り直す必要性が出てきた。

 

「・・・・・・なら、すっきりしてから2人と戦おう」

 

 ややあって、エドは顔を上げて言った。

 

 その表情には不敵な笑みが浮かべられている。何か、妙案が思いついたのかも知れなかった。

 

「パナマ宇宙港からレイダーで大気圏外に出て、宇宙からミサイル基地を強襲する」

 

 大気圏突入からの降下揚陸作戦は、本来ならザフト軍のお株だが、モビルスーツ技術の発展により地球連合軍でもよく使われる戦術となっていた。

 

 特に有名なのは、以前にも話したカーペンタリア攻略を目指した「八・八作戦」時のエアーズロック効果作戦で、これには当のエド本人も参加して、ザフト軍に大打撃を与えている。

 

 キラ自身も、今まで2度、低軌道会戦時とアラスカ戦介入時に経験している。

 

 確かに、地上から平面的な侵攻が難しい以上、それ以外に手段は無かった。

 

「よし、じゃあ俺は、すぐに準備する。後の守りは任せたぞ、ジェーン」

「ああ。ここはこの《白鯨》に任せておきな」

 

 力強く請け負うジェーン。かつての恋人であり、頼もしい戦友でもあった事から考えても、エドにとってこれ程頼もしい存在は他にいないだろう。

 

 一方、

 

「くそっ 取材したいけど、宇宙じゃ俺は付いていけないからな」

 

 ジェスが悔しそうに歯噛みしている。

 

 野次馬の血は止められないが、さすがに物理法則を越えて無茶をやるほどではなかったらしい。

 

 そんなジェスを見て、エドはフッと笑った。

 

「ジェス、本当にミサイルが降ってきたら、その時はお前の出番だ」

「エド・・・・・・・・・・・・」

「その時は何としても生き残って、連合の非道を世界中に伝えてくれ」

 

 そう、これはこの中で、ジェス以外には誰にもできない事なのだ。ジャーナリストとして真実を見ようとする事に対して、一切の妥協をしないジェスだからこそ、エドもその役目を任せるのだ。

 

「分かった。そっちは任せてくれ」

 

 エドの言葉を受けて、静かに燃えるような瞳を輝かせるジェス。

 

 フリージャーナリストとして、己の戦場に立つ事ができるのが、何よりもうれしく思っているのだ。

 

 南米を救う為、ミサイル基地破壊に向かうエド。

 

 そのエドから信頼され、後を託されたジェーン。

 

 そして、そんな彼らの為に、自らの力を駆使して戦おうとしているジェス。

 

 地獄のような戦場の中にあって、それでも輝きを失おうとしない彼等を、キラは眩しそうに見つめているのだった。

 

 

 

 

 

 エドがミサイル基地攻略の為にパナマへ向かってから、数日が経過した。

 

 恐らく今頃エドは、マスドライバーを使用して宇宙へと上がっている事だろう。

 

 パナマのマスドライバー施設「ボルタ・パナマ」は、大戦中に一度、ザフト軍の攻撃を受けて破壊されているが、南米独立戦争の開戦に伴い、所有権はかつての南アメリカ合衆国に戻っていた。

 

 マスドライバーの再建はまだ途上だが、それでもシャトルの発着等は既に可能となっている為、エドはその施設を使って宇宙へと上がったのである。

 

 地球軍が、資源や重要拠点の少ない南米大陸に拘るのも、地球圏でも数少ないマスドライバーを保有している事が理由の一つと考えられる。

 

 かつて、地球軍は同様の理由でオーブを滅ぼしている。

 

 あの時は、ウズミを始め多くの尊い犠牲を出しながらも、マスドライバーとオーブの心を守り通す事ができたが、その事を考えれば、キラとしても忸怩たる物を感じずにはいられない。

 

 そのキラはと言えば、1人、第12基地の片隅に座って、ぼんやりと空を眺めていた。

 

 ジェスはいない。彼は今、以前の取材で一緒になったベルナデット・ルルーに呼び出されて、ザフト軍の拠点に向かっている。今回はジェーンが同行を申し出た為、キラは居残りする事になったのだ。

 

 居残り、と言っても南米軍の兵士でもないキラには、ここで何かする事がある訳でもない。ここに来たのだって、半ばジェスに強引に連れてこられた為だ。その為、完全に暇を持て余してしまったわけである。

 

 見上げた紫色の双眸が映す蒼い空には、ゆっくりと流れる白い雲が見える。

 

 風は東から西へと流れているようで、雲もまた、その方向へと向かって消えていく。

 

 ふと、考える。あの雲はオーブにも行くのだろうか、と。

 

「・・・・・・・・・・・・未練だよね」

 

 自嘲気味に笑う。

 

 自分から捨てておいて、何を今更、馳せる思いを抱いているのか。そんな資格も無いと言うのに。

 

 自分はオーブを捨てた。その自分がオーブの事を思うなど、身の程知らずなことだと思ったのだ。

 

 今の自分を見たら、みんなはどう思うだろうか?

 

 アスランは? カガリは? ラクスは? サイは? ミリアリアは? リリアは? トールは? マリューは?

 

 そして・・・・・・

 

 そこまで考えた時だった。

 

 俄かに、周囲が喧騒に包まれたのを感じ、キラは顔を上げた。

 

 怒号が飛び交い、兵士や整備員達が慌ただしく走り回っているのが見える。

 

「何か・・・・・・あったのかな?」

 

 訝るキラ。

 

 ちょうどそこへ、見覚えのある士官が通りかかるのが見えた。

 

「アルベルトさん!!」

 

 名前を呼ばれ、アルベルト・コスナー少尉は、急ぐ足を止めて振り返った。

 

「ああ、キラ君。こんな所にいたのか」

「何かあったんですか?」

 

 状況から考えて、ただ事ではない事が伺える。何か南米軍にとって、不測の事態が起きた事は間違いなかった。

 

 尋ねるキラに対して、アルベルトは暫く考えた後、意を決するようにして顔を上げた。

 

「実は、たった今入った報告で、地球軍が大規模な攻勢を掛けてきたんだ。既にいくつかの拠点が陥落している」

「えッ!?」

 

 勢い込むアルベルトの説明を聞いて、キラは驚愕の表情を浮かべた。

 

 これまで大規模な軍事行動を控えてきた地球軍が、まさかここに来て一気に攻勢に出るとは、完全に予想外である。

 

 南米軍の戦力では、本格侵攻を開始した地球軍を食い止める事は難しいだろう。しかも今、守りの要とも言うべきエドワード・ハレルソンは、ミサイル基地破壊の為に宇宙へと上がっている。

 

 まさに、南米が手薄になったのを見透かしたかのような攻勢である。

 

「・・・・・・・・・・・・いや」

 

 キラは頭の中で何かが引っ掛かり、思考を一時中断した。

 

 エドの不在を見計らうようにして大規模な攻勢を開始した地球軍だが、キラの感じた違和感は、そこから発せられている。どうもキラには一連の流れが、あまりにもタイミングが良すぎるような気がしてならないのだ。

 

 加えて、大規模ミサイル攻撃を画策しているはずの地球軍が、なぜ今頃になって攻勢を掛けて来ると言うのか? そんな事をすれば自分達の身肩まで巻き込んでしまうと言うのに。

 

 そこまでキラが思考した時だった。

 

「すいません、キラ・ヒビキさんですよね?」

 

 1人の兵士が駆け寄ってきたと思うと、キラの名前を呼んで来た。

 

「実は、ザフト軍の基地から通信が入っています。あなた宛てに」

「僕に?」

 

 訝って首をかしげるキラとアルベルト。いったい、ザフト軍の誰が、キラに用があると言うのだろうか?

 

 とにかく、行ってみない事には話にならないと言う事なので、兵士に案内される形で、キラとアルベルトは通信室の方へと移動した。

 

 案内された入った通信室は、さながら戦場真っ只中のような様相であった。

 

 各方面から入ってくる増援の要請や被害の状況、それらを報告する声が重なり合い、誰が何を言っているのかすらわからない有様である。

 

 そんな中を縫うようにして歩きながら、キラは指定されたモニターの前に立った。

 

 すると、

 

《おう、キラ。来てくれたか!!》

 

 驚いた事に、モニターにはザフト軍の基地に行っているはずのジェスの姿があったのだ。通信とは彼からの物だった。

 

「ジェス、これは一体・・・・・・」

《詳しい事は後だ、キラ。お前も、話は聞いているな?》

 

 韜晦を省いたジェスの質問に、キラも彼が何を言いたいのか理解して頷きを返す。

 

 既に地球軍が大規模な攻勢を仕掛けて来た事は、ザフト軍の拠点の方にも伝わっているのだろう。だからジェスは、わざわざザフト軍の通信施設を借りてキラに連絡を入れて来たのだ。

 

《俺達は完全に嵌められたッ たぶんミサイル攻撃の情報は、エドを宇宙におびき出す為の罠だったんだ!!》

「やっぱり・・・・・・・・・・・・」

 

 ジェスの言葉を聞き、キラもまた自身の感じた違和感に対して確信を強めた。

 

 恐らく地球軍は、エドを宇宙におびき寄せる一方で、別働隊を組織し、南米軍の各拠点に大規模な攻勢を仕掛ける作戦を立てたのだ。恐らくエドも、今頃は宇宙で襲撃を受けているのではないだろうか? 事態を知ったエドが救援の為に戻るのを阻止する為に。

 

 エドさえいなければ、南米軍は烏合の衆と化すことを計算しての作戦である。

 

 そして悔しい事に、その認識は間違いではない。

 

 南米軍の軍人達は、自分達の祖国を取り戻そうとする心に偽りはないし、その為に士気も高い。しかし残念ながら、純粋に戦力も、個人の技量も不足している南米軍には、大攻勢を掛けてくる地球軍を止める事はできないだろう。

 

《頼む、キラ!!》

 

 モニターの中で、ジェスが訴えかけてくる。

 

《今、みんなを救えるのは、お前しかいないッ》

「ジェス・・・・・・」

《お前がお前の過去に蟠りを持っているのは判っている。けど、どうか頼むッ みんなを助ける為に、力を貸してくれ!!》

 

 そう言って頭を下げるジェス。

 

 つまりジェスは、キラにモビルスーツに乗って地球軍と戦ってくれと言っているのだ。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 キラは無言のまま、モニターの中のジェスを見詰める。

 

 確かに自分が出撃すれば、南米の皆を救う事ができるかもしれない。

 

 理屈じゃなくて、そう思う。キラならたとえ、100の敵に囲まれても戦い抜く自信があった。

 

 だが、再びあの迷いが、キラの心を縛るように湧き上がってきた。

 

 自分には、ここで戦う理由が無い。そんな自分が武器を持ち、真に祖国の危機を憂う者達と共に戦う事が本当に正しいのか、キラにはまだ、どうしても決断できずにいた。

 

《・・・・・・なあ、キラ》

 

 そんなキラに対して、モニターの中からジェスが語りかけてきた。

 

《誰かが守りたいって思ってる物を守るってのも、立派な戦う理由になるんじゃないか?》

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 ジェスの言葉に、キラは己の心が僅かに揺れ動くのを感じた。

 

 考えてみればキラは、いつだって自分の為に戦った事など一度も無かった。常に誰かの為、仲間の為、友達の為、大切な人達の為に戦い続けてきた。

 

 そして今や、エドやジェス、ジェーンもまた、キラにとっては掛け替えの無い存在になっている。

 

 そんな彼等が守りたいと思っている南米を守る事もまた、キラにとっては戦う理由になるのではないだろうか?

 

《もう一度頼む。キラ、力を貸してくれ!!》

 

 モニターの中のジェスと、キラは互いに無言のまま視線を交わし合う。

 

 ややあって、

 

 キラは一度目を閉じ、

 

 そして、ゆっくりと開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 静かな決意と共に呟きを返す。

 

 その瞳には、先程までにない強い輝きが宿っているのを、ジェスは見逃さない。

 

 それはかつて、L4同盟軍の一員として、仲間を守る為に戦っていた時と同様の輝きであった。

 

 

 

 

 

 

Episode―04「眩しく輝く光」

 



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Episode-05「交錯する両雄」

オリジナル設定を後書きに掲載


 

 

 

 

 

 

 

 南アメリカ合衆国軍、第27基地。

 

 迷路のように複雑に入り組んだアマゾン川の下流域に存在するこの基地は、密林の奥にあると言う秘匿性は勿論の事ながら、川のすぐそばにあると言う事もあり、補給の面でも優れている。

 

 その為、南米軍としては物資の集積所としてひじょうに重宝している基地でもある。

 

 基地の風景としては、戦争中とは思えないほど穏やかな空気が流れているのが見受けられる。

 

 物資を積んだトラックが往来し、格納庫では荷降ろし作業が行われているのが見える。基地の隅にはストライクダガーが駐機されているが、動力は入っていない。一応の警戒として置いてあるだけである。

 

 ここより北の基地では、侵攻してきた地球軍と迎え撃つ南米軍との間で激しい戦闘が繰り広げられているが、この基地では、そのような事は一切感じる事ができない。

 

 敵に発見されていない基地という時点で、警戒が薄くなるのも無理からぬことであった。

 

「これで最後だったな?」

「はい、あとは次の便になります」

 

 輸送船の船長が、クルーにそう尋ねる。

 

 この基地では1日に何度か、船を使って物資を輸送している。

 

 複雑に入り組んだアマゾン川の地形は、地元住民でもない限りは把握する事は困難である。その地形的有利を活かして、南米軍はこの基地に物資の集積を行い、ここから更に、前線への物資供給を行っているのだ。

 

「よし、じゃあ出発するぞ。全員を集めてくれ」

「はい・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 船長の命令を伝えるべく走ろうとしたクルーが、ふと足を止めて上空を見上げる。

 

「どうした? 早く・・・・・・」

 

 乗組員の不審な様子に訝りながら、自身も上空を見上げる船長。

 

 その視界の中で、太陽の輝きが一瞬反射した。

 

 次の瞬間、

 

 突如、飛来した閃光が、駐機してあるストライクダガーの内の1機を直撃した。

 

 いかに強力なモビルスーツでも、パイロットが乗ってなければ人形と同じである。

 

 直撃を受けたストライクダガーが、炎を上げて爆散する。

 

「な、何だ!?」

 

 爆風に吹き飛ばされないように地面に這いつくばりながら、どうにかして顔を上げる船長。

 

 その視界の中で、上空から舞い降りてきた、1機のモビルスーツが姿を現した。

 

 胸部装甲の青と、四肢の純白が目を引く、引き絞ったように細い手足を持つ機体だ。

 

 明らかに連合系の技術で開発された機体であり、背部にX字になるように装備した大型スラスターが目を引く。

 

 見るからに空中戦を意識したような、機動性の高さが見て取れる機体である。

 

 GAT-X109P「プロト・ストーム」

 

 かつて大戦中盤に地球連合軍がヘリオポリスで開発し、一時期は地球軍最強の呼び名も高かった「GAT-X109 シルフィード」の後継試作機である。

 

 コックピットの中で顔を上げた少年は、その双眸を大きめのサングラスで覆っている。

 

 その奥に隠された瞳は一切揺れ動く事無く、ただ静かに、己の目標を見定める。

 

 少年の操縦に合わせてストームが右腕を持ち上げた。その手には、通常のビームライフルよりも小型の銃が握られている。

 

 ビームライフル・ショーティと呼ばれるこの武装は、銃身を切り詰める事で取り回しやすさを追求したものである。粒子加速器の役割を持つ銃身が短くなった結果、射程距離は低下したものの、より接近戦に対応した武装となっていた。

 

 トリガーを引き絞り、銃口より閃光を放つストーム。それに伴い、基地施設を次々と破壊されていく。

 

 その頃になって、遅まきながらようやく、事態の深刻さに思い至った南米軍にも動きが生じる。

 

 兵士達は一斉に銃座へと走り、迎撃の準備をする。

 

 格納庫内で待機してあった予備のストライクダガーも、よろけるようにして出て来るのが見えた。

 

 だがストームを操る少年は、その動きも予想していたように動いた。

 

 ビームライフルの銃口を向け、稼働する前に銃座を次々と潰していく。

 

 こうなると、ろくな防御装備も無いむき出しの銃座など、モビルスーツの火力の前には無力である。

 

 ストームのライフルが火を噴くたび、南米軍の火力は確実に減っていく。

 

 いくつかの砲台は、ストームの攻撃を受ける前に攻撃を開始する事に成功した。

 

 銃口から吐き出される弾丸が、基地の中央で暴れまわっているストームへと討ち放たれる。

 

 しかし、それもつかの間の抵抗に過ぎない。

 

 放たれる砲火に対して少年はストームのスラスターを起動、地上すれすれを滑るような機動で移動しながら全ての砲撃を回避、更に、反撃とばかりにライフルを放ち、銃座を先行が齎す炎の中に沈黙させていく。

 

 全ての銃座を沈黙させると、少年は向かってくるストライクダガーへと向き直る。

 

 数は2機。ストームに向けて、盛んにビームライフルを放って来ている。

 

 しかし、狙いはかなり甘い。

 

 大戦中、常に最前線で戦い続けてきた連合やザフトの兵士と違い、南米軍の兵士は大半が実戦経験が無い者達ばかりであり、その数少ない熟練パイロットも、大半が前線の基地に配置されている。こんな後方の基地に配属されている兵士など、昨日今日、訓練学校を出たような者達ばかりである。

 

 それでは自分には勝てない。

 

 飛んでくる閃光を回避しながら、少年はストームを前に出す。

 

 スラスターを吹かして急接近。同時に、腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

 一閃。

 

 その一撃で、ストライクダガーはボディを斬り裂かれ、地に倒れ伏す。

 

 もう1機のストライクダガーは慌てたようにビームサーベルを抜こうとするが、それも遅い。

 

 ストームの右腕が旋回すると同時に、真っ直ぐに突き込まれる。

 

 その一撃が、ストライクダガーのコックピットを正確に刺し貫いた。

 

 ストライクダガーはがっくりと膝を突き、そのまま力が抜けたように地面に座り込んでしまった。

 

「・・・・・・脆いね」

 

 低い声で、少年は囁く。

 

 南米軍のあまりの技量の低さに、落胆すらできないと言った様子だ。

 

 件の「斬り裂きエド」をはじめとした一部の熟練パイロットに戦線維持を依存しているから、全体としての技量向上が成されていないのだ。こんな事では早晩、南米軍の戦線は崩壊するのではないだろうか?

 

 とは言え、そんな事は目下のところ、少年には全く関係のない事である。

 

 既に基地全体は火災に覆われ、全ての施設に火が回っている。集積した物資も全滅した事は間違いないだろう。

 

 南米軍がここを基地として使用する事は、もうできない。

 

「・・・・・・・・・・・・任務完了」

 

 低く囁かれた声が、炎を上げる基地の中で静かに響き渡った。

 

 そのまま、帰投すべく機体を反転させる。

 

 通信用の受信機が、着信を告げたのはその時の事だった。

 

「・・・・・・何だ? ・・・・・・緊急命令?」

 

 訝りながら、命令書を開封する少年。

 

 だが、そこに書かれていた内容を一読した瞬間、思わず目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラとジェスの予想は、杞憂ではなかった。地球連合軍は、この時の為に綿密な作戦計画を策定していたのである。

 

 作戦の第一段階として、《白鯨》ジェーン・ヒューストンがエドワード・ハレルソンへの刺客として送り込まれる。

 

 首尾よく、ジェーンがエドを討ち取ればそれで良し。あとは待機していた大軍を進撃させ、南米軍を文字通り押し潰せばいい。

 

 しかしジェーンが敗れ、そして南米軍の捕虜になった場合(実際には寝返ったが)に備え、ジェーンには「大規模ミサイル攻撃で南米の各拠点に殲滅戦を仕掛ける」と言う偽の情報を渡してあった。

 

 そうなると、南米軍としては打てる手が限られてくる。北米大陸にあるミサイル発射基地へ、地上から攻撃を仕掛ける事は不可能。あとは大気圏降下による奇襲しかありえない。そして、それができるのも、南米軍ではエド以外にはいなかった。

 

 こうしてエドが南米を離れた隙に、大軍を南米に侵攻させる。

 

 仮に、エドが急を知って引き返そうとしても、そうはいかない。

 

 軌道上には《月下の狂犬》モーガン・シュバリエが、エドを討ち取るべく待ち構えている。連合屈指の宇宙戦闘のプロであるモーガンが相手では、さしもの《切り裂きエド》と言えどもただでは済まないはずだ。

 

 何段にも渡って周到に練られた作戦を、南米軍が打ち破れるはずも無かった。

 

 既に北部戦線では、地球軍の大軍に対して、南米軍が必死の抵抗を続けている所である。

 

 しかし、南米軍の主装備は、一世代前のストライクダガーであるのに対して、地球軍は105ダガーやダガーLと言った新型機に更新している事に加えて、数の上でも南米軍を大きく凌駕している。更に実戦経験の面でも南米軍に勝っている。

 

 あらゆる面において劣っている南米軍の抵抗は、微々たる物でしかなかった。

 

 隊列を揃え、火力を集中させながら進軍してくる地球軍。

 

 数十機の機体が列を作り、それが幾重にも渡って連なりながら大地を踏みしめて歩いて来る光景は、見る者に果てしない畏怖を与える。

 

 地を埋め尽くすかのような地球連合軍の進軍。集団戦法を得意とする地球連合軍。その神髄とも言うべき大兵力が進軍する風景は圧倒的であり、まさに王者の軍とも言うべき風格を出している。

 

 対抗するように放たれる南米軍の反撃はと言えば、殆どまばらであり、散発的な砲火が飛んでくる程度である。

 

 放つビームが時折、地球軍の機体に命中して撃破するのが見えるが、そうやってできた隊列の穴も、地球軍の強大な物量の前では殆ど意味が無い。すぐに別の機体が隊列を組み、開いた穴を塞いでしまうのだ。

 

 そして、報復はすぐに成される。

 

 微々たる抵抗を行う南米軍に対して、地球軍は圧倒的な火力を叩き付けて撃破していく。

 

 僅かな慈悲すら示さない。

 

 自分達が通った後には、草木一本残さないと言う意思が見える。まさに「死の行軍」である。

 

 そして、それは決して誇張ではない。

 

 地球軍が通り過ぎた後には南米軍の兵士はおろか、僅かな生命の反応すら見つける事ができない。

 

 ただ、破壊されたストライクダガーの残骸のみが、躯のように転がっているのみだった。

 

 やがて南米軍の反撃も下火となり、僅かに残った機体も、牽制の射撃を行いながら後方に退避していくのが見える。

 

 恐らく、後から来る増援部隊と合流するつもりなのだろうが、所詮は無駄な事である。仮に南米軍の全軍を糾合したとしても、この大軍を止められる筈が無い。

 

 エドワード・ハレルソンのいない南米軍が、いかに脆い物であるかを象徴するような光景である。

 

《隊長、ここら辺の掃討は終了しました!!》

 

 部下からの通信が、隊長機のダガーLへと入ってくる。

 

 南米軍の主力が撤退し、残った敵の掃討も完了したらしい。

 

 作戦は順調である。この調子で行けば、南米領の半分は数日の内に制圧できるかもしれない。

 

「よし、引き続き、逃げた敵を追って進軍する!!」

 

 全軍へ進撃の合図を出そうとする隊長。

 

 まさに、その瞬間だった。

 

 突如、飛来した閃光が、隊長機の右腕の肘から先を直撃して吹き飛ばした。

 

「何ッ!?」

 

 突然の事態に、思わず呻き声をあげる隊長。

 

 コックピット内では、部位欠損を示す赤いランプが点灯している。

 

 そこへ、更に攻撃が続く。

 

 連続して降り注ぐ砲撃。

 

 それによって、腕や足を吹き飛ばされ、戦闘能力を喪失する機体が続出する。

 

 大破した機体は無い。ただ手足や武装を吹き飛ばされる気が相次いで行く。もしこれを狙ってやっているのだとしたら、敵のパイロットは恐るべき技量である。

 

「い、いったい、何が起こっているのだ!?」

 

 訳が分からないまま被害が増大していくことに、不安を覚えずにはいられない。

 

 その時、センサーが高空から舞い降りてくる機体がある事に気付き、隊長は機体のカメラを上へと向ける。

 

 次の瞬間、

 

 急降下してきた何者かが、隊列を組んでいる地球軍の真っただ中へと飛び込むと、手にしたライフルを振るい、次々とダガーLを吹き飛ばしていく光景が現出された。

 

「な、何だ奴は!?」

 

 見た事の無い機体である。

 

 額にあるツインブレードと、双眼を思わせるカメラアイは、所謂「ガンダム顔」の機体である。機体カラーは、赤、青、白のトリコロール。

 

 背中には1対の翼があり、四肢はやや細いのが特徴的である。見るからに、空中戦を意識した機体である。

 

「作戦区域に到達。これより戦闘を開始します」

 

 そのコックピットに座し、キラ・ヒビキは静かな宣言と共に、眦を上げた。

 

 同時に、機体の双眸を表すツインアイが、鋭く光りを放つ。

 

 AMF-X14「エアリアル」

 

 背中の双翼など、かつての愛機であるイリュージョンを髣髴とさせるフォルムだが、あちこち細かい部分や、機体の配色など相違点も多い。

 

 更に、武装や装甲も違う。イリュージョンは対艦刀やガトリング、狙撃砲など強力な武装を装備していたが、こちらはライフル、サーベル、シールドなど基本的な装備のみ。装甲もPS装甲ではなく、機動力を稼ぐために軽チタン合金を採用している。

 

 更に、核動力ではなくバッテリー駆動であるという違いもあった。

 

 しかし、

 

「それで、充分だ!!」

 

 敵陣へと飛び込むキラ。

 

 同時に腰からビームサーベルを一閃。立ち尽くしていたダガーLを斬り捨てる。

 

 慌ててエアリアルに向け、ライフルを向けようとするダガーL。

 

 しかし、

 

《馬鹿、やめろ!! 味方に当たったらどうする!!》

 

 静止を受けて動きを止める。

 

 しかし、そこに致命的な隙が生じる。

 

 斬り込んでくるエアリアルに対して、対抗が追いつかない。

 

 狙われたダガーLはそのまま、ライフルを保持した右腕をビームサーベルで斬り落とされ、戦闘力を喪失してしまった。

 

 なまじ大軍である事が仇となっている。

 

 殲滅戦を行う為に隊形を密集させていた地球軍。しかしそのせいで、懐に飛び込んだエアリアルに対処が追いつかないのだ。

 

 キラはかつて参戦したオーブ防衛戦での経験から、1機で多数の敵を相手取る方法を心得ていた。

 

 まずは敵陣へ飛び込む。そうすれば、敵は同士討ちを恐れて攻撃を鈍らざるを得ない。

 

 更に高速で機動する。動きは止めない。文字通り四方八方的だらけなのだ。止まっていたら的になるだけである。

 

 どうにか体勢を立て直そうと、地球軍は対艦刀やビームサーベルと言った武装を手に、エアリアルへ向かってくる。

 

 だが、その動きはキラにとってはあまりにも遅い物である。

 

 1機が繰り出したビームサーベルをシールドで防ぎ、更にその機体を踏みつけるようにしてジャンプするように機体を操るキラ。

 

 ダガーLが見上げる中を大きく跳躍するエアリアル。

 

 モビルスーツの動きとは思えない、優雅さすら感じられる機動である。

 

 急降下と同時に振り下ろされたビームサーベルが、目標にしたダガーLの腕部を斬り飛ばした。

 

 並みのパイロットが相手では、キラには決して敵わなかった。

 

「おのれ!!」

 

 部下達が次々とやられていく様子を見て、隊長は激昂して叫ぶ。

 

 まさか南米軍が、これ程の切り札を隠し持っているとは思わなかった。「切り裂きエド」が宇宙へ上がった事は間違いなく確認されている為、いま目の前で猛威を振るっている機体は、エド以外の存在であると言う事になる。

 

 エド以外にもこんな凄腕が存在しているのなら、南米に対する攻撃計画は根底から揺らぐことにもなりかねなかった。

 

 だが、思考している暇はない。その間にもエアリアルは猛威を振るい続け、地球軍の数は急速に減って行っている。既に半数以上の機体が損傷を負い戦線離脱を余儀なくされている。

 

「これ以上はやらせん!!」

 

 残った左手で腰からビームサーベルを抜き放ち、エアリアルへ斬り込んで行く隊長機。

 

 技術も戦力も劣る南米軍相手にこうまで翻弄され、壊滅的な損害を被ってしまった。敵わぬまでも、一矢報いなければプライドが許さないし、軍内でも立場が無かった。

 

「死ねェ!!」

 

 エアリアルに斬り掛かろうとする隊長。

 

 しかしキラは冷静に隊長の動きを見定めると、素早くビームライフルを抜き放ち斉射。サーベルを保持したダガーLの左腕を吹き飛ばしてしまった。

 

 バランスを保てず、地に倒れ伏す隊長機。

 

 部隊を統べる隊長格ですら、キラの足元にも及ばなかった。

 

 その姿を見ながら、キラは久方ぶりに握る操縦桿の感覚を確かめるように、指に力を込める。

 

 エアリアルは、その形状からして、かつて地球連合軍がオーブの資源衛星ヘリオポリスにて開発した初期6Gを意識している事は間違いない。

 

 その中でも特に、キラが乗機にしていたシルフィードと特性がよく似ていた。

 

 これはキラの知らない事であるが、かつて地球連合軍が戦線投入したシルフィード(つまりキラ)の猛威に手を焼いたザフト軍が、ディンに代わる空専用モビルスーツ開発の試験用として建造したのが、このエアリアルである。

 

 この機体を使用して各種空戦実験を行ったザフト軍だったが、そのデータを活かした機体が開発される前に、戦場は地球上から宇宙空間に移ってしまった為、データは日の目を見る事無く、エアリアルも長くカーペンタリア基地の倉庫に死蔵されていたのだ。

 

 その機体を、南米軍はとある傭兵斡旋業者を介して手に入れたのだが、生憎と言うべきか、南米軍の技量では、エアリアルの性能を十全に発揮できるパイロットはいなかった。唯一、エドならば乗りこなす事も出来たのだろうが、彼には既に同レベルの機体であるソードカラミティがある為、今さら乗り換える気はない。と言う事で、この南米でもエアリアルは、なかなか日の目を見る機会が無かった。

 

 それがキラ・ヒビキと言う最高のパイロットを主に得て、ついに戦場に立つ機会が訪れた訳である。

 

 当初、南米軍の間では、軍関係者でもないキラに、最高級の機体を提供する事に難色を示す声も大きかった。しかし地球軍の攻撃が至近まで迫り、更にキラが乗りこなせるだけの技量がある事が分かった為、緊急措置と言う事でキラに貸与されたわけである。

 

 かつてのキラに対抗するために作られた機体に、当のキラ本人が乗り込むと言うのも皮肉な成り行きである。

 

 しかし、かつては地球連合軍やL4同盟軍で最強の名で呼ばれたキラ。そのキラが、仮初めとは言え自らの「剣」を手にしたとき、並みの者では、その進軍を止める事は叶わない。

 

 この区域を担当していた地球連合軍が、壊滅的な損害を出すまでに、そう時間はかからなかった。

 

 キラは地球軍を完全改装に追い込むべく、ビームサーベルを構えて斬り込もうとする。

 

 その時だった。

 

 突如、上空に新たなる接近反応が現れた。

 

「上ッ!?」

 

 とっさに機体を翻らせるキラ。

 

 ビームの閃光が、最前までエアリアルが経っていた場所を直撃したのは、正にその時だった。

 

 振り仰いだその先には、噴射炎を翼のように広げて飛翔してくる機影がある。

 

「新手ッ!? でもあれは・・・・・・」

 

 連続して攻撃を仕掛けてくる新たな敵機を前にして、キラは呻き声を上げる。

 

 背部のスラスターが推進器になっているであろうその機体は、かなりの高速でエアリアルに接近すると、背中からビームサーベルを抜き放って斬り掛かってくる。

 

「チィッ!?」

 

 舌打ちするキラ。

 

 同時に左腕に装備したシールドを翳して、斬撃を防ぎ止める。

 

 火花を散らす、剣と盾。

 

 次の瞬間、衝撃に押されるように、互いに後退を掛ける。

 

 対峙する両者。

 

 その中でキラは、奇襲を掛けてきた機体をよく観察する。

 

「・・・・・・・・・・・・似ている」

 

 それは、かつての愛機である、シルフィードによく似た機体だった。

 

 恐らくは後継機。そのプロトタイプか何かだろうと思われる。

 

 一方、エアリアルと対峙するストームのコックピットでは、

 

「・・・・・・これを、1人でやったのか」

 

 ラキヤ・シュナイゼルが、サングラス越しに周囲の状況を見回しながら、呻くように呟いた。

 

 ラキヤは当初の予定通り、南米軍第27基地襲撃に成功して帰投しようとした時、緊急命令を受けた。それによると、主力部隊が南米軍の奇襲を受けて壊滅したと言う。

 

 俄かには信じられなかった。

 

 南米軍の中で注意すべきなのはエドワード・ハレルソンくらいの物である。だからこそ今回の作戦は、エド不在という状況を作り出した上で実行されたはずなのだ。

 

 予定に反してエドが戻って来る。あるいはエド以外の有力なパイロットがいる事など、計算外も良いところである。

 

 そして、ラキヤは現実を目の当たりにする。

 

 彼の目の前で、圧倒的な兵力を誇っていた筈の地球連合軍主力部隊は壊滅的な損害を被っている。転がっている残骸の殆どが、ダガーLばかりである。

 

 そして、

 

 躯を晒すように大地に倒れ伏しているダガーL。

 

 そんな残骸の中で、1機だけ佇むエアリアルの姿は、まるで地獄から這い上がってきた死神のようだった。

 

 しかも驚くべき事に、殆どの機体が、破壊されているのは武装や手足ばかりである。見た限り、完全大破した機体は1機も無い。

 

 いったい如何にすれば、このような戦い方ができると言うのか?

 

 しかし、思案している暇はない。ラキヤ自身はやるべき事をやるだけである。

 

「掩護は引き受けるッ 今の内に撤退するんだ!!」

《す、すまない!!》

 

 通信機に叩き付けるようにして叫ぶと、ラキヤは背部のスラスターを吹かして突撃していく。

 

 対抗するようにキラも、エアリアルのビームライフルを構えて迎え撃つ。

 

 放たれる砲撃。

 

 それをラキヤはシールドで防ぐと、速度を落とす事無く斬り込んで行く。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 振り下ろされるビームサーベル。

 

 しかし、キラはそれよりも一瞬早くスラスターを吹かして跳躍、ストームを飛び越える形で回避する。

 

 上空からライフルの閃光を放つキラ。

 

 対してラキヤは舌打ちすると、エアリアルが放つビームをシールドで防御する。

 

「こいつ、強い!?」

 

 エアリアルの動きを見て、舌打ちするラキヤ。

 

 大軍をたった1機で壊滅に追い込むくらいだから、かなりの実力である事は判っているが、機体の動きが大胆なようでいて一切の無駄が無く、更に滑らかな機動を見せている。相手は間違いなく、かなりの実力である事が伺えた。

 

 着地したエアリアルを追いかける形で、ラキヤはストームを駆って斬り込んで行く。

 

「来るかッ!?」

 

 対抗するようにサーベルを抜き放って構えるキラ。

 

 そこへ、先制攻撃を仕掛けるように、ストームが全速力で斬り込んだ。

 

 真っ向から振り下ろされるビーム刃。

 

 対してキラは、掲げたシールドで防御して刃を防ぐと、同時に機体の体勢を沈み込ませるようにして動き、ビームサーベルを斬り上げるようにして繰り出す。

 

 だが、

 

「そうは、いくか!!」

 

 直前でエアリアルの動きを察知したラキヤは、とっさにストームを後退させ斬撃を回避する。

 

 同時に頭部のイーゲルシュテルンを牽制代わりに放ち、エアリアルの追撃を警戒する。

 

 対して、キラも無理に追撃を掛けようとはしない。

 

 実はこの時、既にエアリアルのバッテリーや推進剤の残量が心もとなくなり始めていたのだ。

 

 元々、緊急出動に近かった事に加えて、あれだけの大軍を1人で殲滅したのだ。核動力機でない限り、限界が来て当然だった。

 

 見れば、周囲の地球軍は、損傷した味方機を庇いながら撤退を始めている。

 

 地球軍を撃退すると言うキラの目的は、既に達している。これ以上の戦闘は無意味だった。

 

 ビームサーベルを抜いて斬り掛かってくるストーム。

 

「悪いけど・・・・・・」

 

 対してキラは、サーベルを戻して替わりにビームライフルを構えた。

 

「ここは退かせてもらうよ!!」

 

 言いながら、ライフルを3斉射する。

 

「このッ 何をッ!?」

 

 突然の事で、とっさに回避行動を取るラキヤ。

 

 その隙を、キラは見逃さなかった。

 

 エアリアルの背中にある双翼を広げると、スラスターを全開にして離脱を図る。

 

 対して、ラキヤはとっさにビームライフルショーティを抜いて、上空のエアリアルを狙撃しようとする。

 

 しかし、すぐにあきらめて、ライフルを持つ腕を降ろした。

 

 射程の短いビームライフルショーティでは、上空を飛翔する機体を狙撃するのは効率が悪い。それに、ラキヤも南米軍の拠点を襲撃した直後である。バッテリーや推進剤が心もとないのは、キラと同じだった。

 

「・・・・・・逃げた・・・・・・いや、見逃してもらった、て考えるべきかな?」

 

 自嘲気味に、ラキヤは呟く。

 

 ラキヤ自身、モビルスーツの操縦には自信があるが、あのパイロットはそのラキヤと比べても遜色がないレベルであったと思う。

 

「次に会った時は・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、やめる。

 

 次に会った時に、何だと言うのだ?

 

 自分は所詮、ここでは何者でもない空虚な存在に過ぎない。

 

 そんな自分が、秘めた想いを持つなど、似合わないにも程がある。

 

 飛び去って行くエアリアルの機影を見詰めながら、ラキヤは心の中でそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

Episode-05「交錯する両雄」

 




設定




エアリアル

武装
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
対装甲コンバットナイフ・アーマーシュナイダー×2
ピクウス頭部機関砲×2

パイロット:キラ・ヒビキ

備考
ヤキン・ドゥーエ戦役中にザフト軍が開発した機体。元々は地球軍最強の機体であるシルフィードを研究する為、ディンに代わる空戦モビルスーツ開発用に建造された機体。強力なスラスターと大型の翼を有し、高い空戦能力を誇っている。しかし試験が終わる頃には戦場が宇宙に移っており、実戦投入される事は無かった。その機体を南米軍は、傭兵斡旋業者を介して入手した。武装に関しては、互換性の低いザフト系列の物から、比較的手に入りやすい連合系の武装に換装されている。しかし、せっかく手に入れた機体も乗り手がなく、暫くの間倉庫で死蔵されていたが、キラ・ヒビキという当代最強のパイロットを得て日の目を見る事となる。





プロト・ストーム

武装
75ミリ自動対空防御システム イーゲルシュテルン×2
ビームライフル・ショーティ×1
ビームサーベル×2
アンチビームスマートシールド×1

パイロット:ラキヤ・シュナイゼル

備考
シルフィード級機動兵器の次期主力機として、大西洋連邦が研究開発を進めているストームの試作機。ベースはあくまでもシルフィードだが、背部の飛行ユニットは水平スタビライザーからX型スラスターに変更されるなど、後の制式ストームに準ずる装備がいくつも採用されている。軽量化による機動性の確保を図る為、武装面がやや簡素になっている。





キラ・ヒビキ
コーディネイター
17歳     男

備考
元L4同盟軍のエースパイロット。ヤキン・ドゥーエ戦役終結の後、オーブには戻らず当てのない放浪の旅に出ていたが、流されるように南米へとやって来た。





ラキヤ・シュナイゼル
ナチュラル
17歳      男

備考
ナチュラルながら元ザフトレッドで、隊長を務めたほどの逸材。ボアズ戦で核攻撃に巻き込まれたが奇跡的に生存し地球軍の捕虜になる。その後、司法取引で地球連合軍に編入される。



今までは機体設定やら人物設定やらを、専用ページで紹介していましたが、文字数制限があってそれもできなくなったので、これからはこういう形で紹介していこうと思います。


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Episode-06「英雄参集」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、得た物は思った以上に少なかったように思われる。

 

 エド不在を見透かして行われた地球連合軍の大規模侵攻作戦だったが、南米軍の予想外の抵抗に遭い、地球軍は思わぬ苦戦を強いられる事になってしまった。

 

 当初の地球軍の計画では最低限、南米北部にある拠点の大半を壊滅、もしくは制圧する事で橋頭堡を確保。その後は占領した地域を足掛かりに、大々的に南下。南米軍主力を壊滅させた後、残敵を掃討しつつ南米大陸を制圧してしまおうと考えていた。

 

 しかし、最終的に得た戦果は、いくつかの拠点を壊滅させただけに終わった。占領地域にしても、主力部隊が壊滅的な損害を喰らったせいで、占領維持は難しいと判断され撤退する羽目に陥ってしまった。

 

 更に、本命とも言うべきエドワード・ハレルソンの抹殺にも失敗してしまった。作戦後、彼が南米基地に辛うじて帰還した事は、後の調査で確認されている。

 

 事実上、今回の作戦は地球軍にとっては戦略的敗北。損害ばかり大きく、得る物の無い戦いとなってしまったわけである。

 

 カリフォルニア基地に帰還したラキヤは、ストームをメンテナンスベッドに固定して整備兵に預けると、その足で司令本部へと赴いた。

 

 今回の作戦において、ラキヤは当初予定していた敵拠点陥落に成功し、さらにその後で、撤退する味方部隊の援護も行っている。

 

 ラキヤ個人の戦績だけを見れば、今回の戦いは決して敗北ではない。

 

 しかしそれでも、ラキヤはそれを喜ぶ気にはなれなかった。

 

 戦闘終盤で戦った、あの南米軍の機体の事がどうしても思い出される。

 

 背中に装備した大振りな双翼が特徴の機体は、圧倒的な戦闘力で地球軍主力を蹂躙し、更にラキヤとも互角の戦いを演じた。

 

 あの後分かった事だが、あの機体の攻撃で死亡した地球軍の兵士は皆無だった。どうやらあの機体は、意図的に機体を大破させるのを避けていたらしい。

 

 まさに戦慄すべき技量であると言える。いかにすれば、あのような戦い方ができると言うのか? 自分で言うのも何だが、とても人間の技とは思えなかった。

 

 ふと考えてしまうのは、再戦の可能性。

 

 あの敵と再び戦った時、果たしてラキヤは生き残る事ができるのか? それは判らなかった。

 

 そんな事を考えて歩いていると、1人の女性士官が向こうから歩いてくるのが見えて、ラキヤは足を止めた。

 

 長い黒髪を後頭部で束ね、すらっとした体型を持つ美人である。近付いて見れば、顔には何かの際に付いた細かい痣が見える。

 

 その痣こそ、彼女の異名を表す要素の一つとなっている。

 

 《乱れ桜》レナ・イメリア大尉。

 

 エドへの刺客として招集された3人の内の最後の1人であり、まだ新設されて間もない地球連合軍モビルスーツ訓練部隊において、教官も務める程の実力者である。

 

 かつては、あのエドワード・ハレルソンの教官も務めたと言うのだから、その実力の高さを伺う事はできるだろう。

 

 その容貌と相まって、冷たい印象を持たれがちであるが、本来の彼女の性格は、仲間思いで優しい物であると言う。

 

 しかし、

 

「・・・・・・戻ったのですね」

 

 ラキヤの姿を見るなり、レナは冷たい瞳を向けて言い捨ててきた。

 

 対して、聊かバツが悪そうにしながら、ラキヤも頷きを返す。正直ラキヤにとってレナと言う女性は、ここに来て苦手な存在ワースト1と言って良かった。

 

 断っておくが、ラキヤが彼女に対して何か気に障るような事をしたわけではない。ただ、嫌われている事は会った瞬間から気付いていた。

 

 レナには、ラキヤを嫌うのに十分な理由がある。それは、ラキヤの経歴が関係していた。

 

 現在でこそ地球軍に所属するラキヤだが、先の大戦中はザフト軍の兵士として参戦していた。ボアズ防衛線の際、核攻撃に巻き込まれて重傷を負ったところを、地球軍の艦船に捕虜として収容されたのである。

 

 その後、軍事裁判にかけられて極刑を言い渡されたラキヤだったが、司法取引が行われ、「赦免する代わりに地球軍に入隊する」という条件で許された。というのが、ラキヤがここに至るまで辿った経緯である。

 

 レナの弟は、コーディネイターとの紛争に巻き込まれて死亡したらしい。その為、ザフト軍にいたラキヤを嫌うのも無理からぬことである。

 

 実のところ、ラキヤは諸事情でザフト軍に所属していただけの事であり、人種的にはコーディネイターではなく、純粋なナチュラルである。

 

 しかしいずれにせよ、ザフト軍に所属していたと言うだけでレナからすれば憎悪の対象となるようだ。もっとも、流石のレナも直接的にラキヤを害そうと思っている訳ではないらしく、こうして基地内ですれ違えば憎しみの視線を向けてくる程度である。

 

 正直な話、レナの気持ちもラキヤには判る。誰だって大切な人を理不尽な理由で失えば、奪った相手を憎みたくもなるのだ。そう言った輩はザフト軍にもたくさんいた。そう言った人種とレナは、結局のところ「どっちもどっち」なのだ。

 

 後は、周囲の人間がうまく合わせていくしかない。

 

 そこに来てレナは、一応、最低限の節度は守ってくれている。これは彼女本来の優しさと生真面目さが齎しているものなのだろうが、今はその性格に感謝しておくことにした。

 

「行くんですね」

 

 歩き去ろうとするレナに、ラキヤは背後から声を掛ける。

 

 恐ら、レナはこれから、機体の整備が完了次第、エド討伐の為に出撃する事になるだろう。その前にラキヤと行き会ったわけである。

 

「《月下の狂犬》も《白鯨》も失敗した。それでも行くんですか?」

「聞かれるまでもないでしょう」

 

 尋ねるラキヤに対して、レナは素っ気無く返す。

 

 並みいるエース達が失敗したからこそ、自分が行く。レナは無言でそう語っている。

 

 大戦中の激戦で多くのエースパイロットが散っていく中、常に激戦区を駆け巡りながら、それでも生き残った《乱れ桜》レナ・イメリアは、間違いなく現状、地球軍最強の存在である。

 

 しかし、それは同時に、レナの存在が地球軍にとって最後の切り札である事をも意味している。万が一にも彼女が敗れるような事があれば、もはや誰も《切り裂きエド》を止める事はできないだろう。

 

 地球軍の命運は全て、レナの双肩にかかっていると言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第33基地上空へアプローチしたキラは、識別コードを送って着陸態勢に入る。このコードは、出撃前にアルベルトが気を効かせて用意してくれたものであるが、これが無ければ、照会に更なる時間を取られるところであった。

 

 その頃には既に、エアリアルはよろ這うようなスピードしか出せなくなっていた。

 

「・・・・・・ちょっと、ミスったかな」

 

 呟きながら操縦桿を操り、キラは舌打ちを漏らす。

 

 第33基地まで戻ってくるころには、エアリアルの搭載推進剤もバッテリーも、殆ど切れかかっている状況だったのだ。万が一、帰路に地球軍の襲撃を受けたりしたらひとたまりもないところだった。

 

 慣れとは恐ろしい物で、つい最近まで核動力機であるイリュージョンに乗っていた弊害が、こんな所に出ていた。

 

 イリュージョンなら推進剤はともかく、バッテリーの心配は必要ない。その為、キラがかなり強引な操縦を行っても、余裕で追随してこられるだけの性能を持っていた。

 

 しかしエアリアルはバッテリー駆動である為、残存戦闘時間は常に計算に入れて戦わねばならなかった。当然、イリュージョンと同じ感覚で操縦すれば、すぐにバッテリー残量が消耗してしまう。

 

 とは言え、その他の性能については、キラは特に不満は無かった。

 

 機動性は、イリュージョンには流石に劣るとはいえ、その前に使用していたシルフィードよりは高いし、空戦性能も充分である。武装が多少貧弱ではあるが、これは追加で幾らでも底上げできる。

 

 装甲はPS装甲ではなく、若干防御力の低い軽チタン合金。恐らく機動性を上げるための措置だろうが、これにより、多少は防御力の低下は否めない。しかし、敵の攻撃は機動力を駆使してかわすか、さもなければシールドで防げばいいと思っているキラにとって、PS装甲は必ずしも必要な物ではなかった。

 

 滑走路にエアリアルを着陸させると、キラは機体を着陸させる。

 

 すぐに整備兵達が駆けよって来て、機体に取りつくのが見える。

 

 敵はまた、すぐにもやってくるだろう。今回はどうにか撃退する事ができたが、次もそうあるとは限らない。機体の整備はなるべく早く済ませておく必要があった。

 

 歩いていると、数人の男女が佇んでいるのが見えた。

 

「おう、キラ!!」

 

 キラの姿を見つけたジェスが、手を振りながら駆けよってくる来るのが見える。

 

 様子からして、かなり慌てているように見える。

 

 先ほどは、映像越しでジェスに頼まれて出撃したキラ。どうやら、そのキラを心配して待っていたらしい。

 

「無事だったか。良かった!!」

 

 万が一にも、キラに何かあったらと心配していたのだろう。心の底から安どした感じで、キラの肩を叩くジェス。見れば、彼の手にあるハチも《無事で何よりだ》と言ってきている。

 

 対してキラも、微笑を浮かべた。

 

 見れば背後には、エドやジェーンの姿もある。彼等も無事に戻って来る事ができたようだ。

 

 パナマ宇宙港から宇宙空間に出たエドだったが、そこでは《月下の狂犬》モーガン・シュバリエが待ち構えていたらしい。

 

 モーガンは元戦車乗りという経歴の持ち主ながら宇宙戦闘の名手でもあり、かつてのムウ・ラ・フラガ少佐同様、高位空間認識能力の持ち主で、この時期にはまだ大々的な量産化は行われていない、全方位攻撃武装ガンバレルの数少ない使い手でもある。

 

 軌道上でモーガンと対決したエドは、装備の差もあり、初手から苦戦を強いられた。

 

 最終的にはモーガンの罠にかかり、大気圏へと突き落とされたエドだったが、とっさに近くを通りかかった大型デブリをシールド代わりにして熱と衝撃を防御し、辛うじて帰還する事に成功したのだった。

 

 そして、そのエドの背後から、別の人物が現れた。

 

 かなり大柄な体格をした、鋭い目付きをした男性である。盛り上がった筋肉は極限まで引き絞られ、まるで研ぎ澄まされた日本刀のような印象を受ける。

 

 その姿を見た瞬間、

 

「バリーさん!?」

 

 キラは驚いて声を上げた。

 

 釣られるように、バリーと呼ばれた男も驚きの顔を見せた。

 

「お前は・・・・・・キラ・ヒビキ、生きていたのか・・・・・・・」

 

 互いに驚いて、視線を交わし合う2人。

 

 驚いたのはジェス達も一緒である。

 

「何だ、2人とも、知り合いだったのか?」

「え、ええ・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるジェスに対して、キラも躊躇うように頷きを返す。

 

 まさか、こんな所で知り合いに会うとは、思っても見なかったのだ。

 

 バリーはかつて、L4同盟軍でキラと戦列を並べて戦った戦友である。

 

 元々バリーはオーブ軍の人間というわけではなく、地球上から宇宙空間まで、色々な旅をしながら修業を行う格闘家である。しかし、たまたま地上に戻ってきている時に、地球軍のオーブ侵攻に巻き込まれ、そのままクサナギに乗って宇宙へと脱出した後、協力者という形でL4同盟軍に参加した。

 

 バリーの戦い方は「独特」と呼ぶ事すら憚られるくらい「特殊」な物で、何と武器は一切使わず、モビルスーツの手足を使った格闘術で、あらゆる敵を撃破してのけたのだ。

 

 格闘家としての天性のセンスと、長年積み重ねてきた修業の結果、ある種の境地に達しているバリーの拳はモビルスーツでも有効で、打撃によって装甲を破壊する事はもちろん、「浸透勁」と呼ばれる格闘術の極意を用いる事で深刻な内部破壊をもたらすという手法も用いられた。

 

 冗談のような話であるが、実際、その光景を目の当たりにした事があるキラからすれば、事実であると認めざるを得ない。バリーの拳にかかれば、本来なら物理衝撃を無効化するはずのPS装甲すら無力と化すのだ。

 

 その類い稀なる格闘術と、決して揺るがない信念から「拳神」と言う異名で呼ばれている。

 

 戦後は野に下り、再び修行の旅に出ていたバリーだったが、この南米の地で再び戦いに巻き込まれてしまっていた。

 

「なぜ、ここにいるのだ? 姫や、お前の仲間達も、お前の事をとても心配していたのだぞ」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 追及するバリーの言葉に、キラは言葉を失って黙り込む。

 

 皆が自分の事を心配しているであろう事は、言われるまでも無くキラには判っていた事である。本来なら、すぐにでも生存を知らせるべきである事も。

 

 だが、「ヴァイオレット・フォックス」と言う名前の不吉な影は、どれだけ逃げようともキラを追いかけてくる。その陰から逃れられない限り、キラと言う存在が周囲に災厄をまき散らす事は目に見えている。

 

 だから帰る事も、生存を知らせる事すらキラには躊躇われているのだ。

 

「・・・・・・何か、事情があるのだな?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 静かに尋ねるバリーに対し、キラは無言のまま頷きを返す。

 

 バリーはキラの経歴については何も知らないが、どうやら何かしら人には言えない事情を抱えていると言う事は理解してくれたらしい。

 

「だが、皆がお前の事を気にしていた事だけは忘れない事だ。特に、あの娘は・・・・・・」

「判っています」

 

 バリーの言葉を遮るように、キラは返事をする。

 

 その脳裏に浮かぶ1人の少女の姿が、キラの中では焦燥に近い形で大きく膨れ上がろうとしていた。

 

 だが今、自分が戻れば彼女にも迷惑をかける事になる。だから、それだけはどうしてもできなかった。

 

「それにしても、バリーさんはどうしてここに?」

「うむ。実はアマゾンで修行中だったのだが、その近くで地球軍とザフト軍の戦闘が起こってな。それで、偶然居合わせた彼女の機体に乗って、その場を離脱したと言う訳だ」

 

 そう言って、バリーが指示した先には、何やら見覚えのある女性が所在無げに立っているのが見えた。

 

「ユンさん、まだいたんですか? 確か、帰ったはずじゃ・・・・・・」

 

 それは、アウトフレームに風呂の設置を行ったジャンク屋組合のユン・セファンだった。

 

「そうなんですけど~ 帰る途中で戦いに巻き込まれてしまって・・・・・・こちらの方に助けていただきました~」

 

 相変わらず脱力気味に間延びした口調で言いながら、バリーを指差すユン。

 

 何とも災難に遭ったものであるが、しかし、地球軍がなぜ、南米に来てまでザフト軍と交戦していたのか、気になる所であった。

 

「どうやら、私もまた、戦いからは逃れられない運命にあるようだな」

 

 バリーはそう言って、諦念の中にも、ある種の覚悟を滲ませた口調で言った。

 

 と、

 

「なら、ちょうどいい。あんたも俺達と一緒に戦ってくれないか?」

 

 それまで状況を見守っていたエドが、横から声を掛けてきた。

 

 態度は相変わらずの軽い調子ではあるが、《拳神》とも呼ばれる凄腕の格闘家であり、エースパイロットでもある存在を前にして興奮を隠せずにいる事が見て取れた。

 

 対してバリーは、僅かに目を細めて睨むような視線をエドへ向けた。

 

「《切り裂きエド》。あなたとは、ヤキンの戦いで敵同士だった・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 バリーの言葉に、一瞬、場に緊張が走ったのを誰もが感じ取った。

 

 忘れがちな事だが、エドはヤキン・ドゥーエ戦役中は地球連合軍所属であり、当然、L4同盟軍とも交戦経験がある。幸いと言うか、キラはエドと対峙した事は無かったが、どうやらバリーは対戦した経験があるらしかった。

 

 と、次の瞬間、

 

 バリーはフッと笑みを浮かべ、同時に張り詰めていた空気も霧散して行った。

 

「だが、それも過去の事。これも拳の導きと言うべきだろうな」

 

 そう言うとバリーは、エドに向けて右手を差し出す。

 

「良いだろう。俺も共に戦おう」

「ありがたい」

 

 互いに手を握り合う両雄。

 

 その様子を、早速とばかりにジェスがカメラに収めている。

 

「《切り裂きエド》に《白鯨》。それに《拳神》まで加わったんだ。これで、こちらの価値は間違いないね」

 

 それに《ヴァイオレット・フォックス》も。

 

 得意げに語るジェーンの言葉に、キラは内心でそう付け加える。

 

 これだけ錚々たるメンツが集まったのだ。これからの戦いにも、明るい展望が見えてきたような気がした。

 

 だが、

 

「だと良いがな」

 

 突然、背後から冷水を浴びせるような言葉を掛けられ振り返ると、そこには見慣れない男性が近付いてくるのが見えた。

 

 その人物は20代前半ほどと思われる男性で、やや荒々しい印象を受けるものの、この南米のアマゾンでスーツを着ていたり、無精ひげを剃り整えていたりなど、どこか小奇麗な印象を受ける人物である。

 

「お前、カイト!!」

 

 驚いて声を上げたのはジェスである。予想していなかった人物に驚いている。そんな感じの表情だ。

 

「ジェス、知り合いなの?」

「あ、ああ、そう言えばキラは、会うのはじめてだったな」

 

 そう言うとジェスは、紹介するのも嫌そうに、カイトと呼ばれた青年を見ながら言った。

 

「こいつの名前はカイト・マディガン。前に話した事もある、俺の正式な護衛役だよ」

「ようは、子守だな」

 

 そう言って微笑を浮かべるカイトに。ジェスは苛立ったように睨みつける。どうやら、その様子を見るに、相性はあまり良くないらしい。

 

「そんな事よりカイト。さっきの話はどういう事だよ? これだけのメンツが揃っても、地球軍には勝てないってのか?」

「ああ。何しろ、今度は相手が相手だからな」

 

 レナ・イメリア。

 

 純粋なナチュラルでありながら、コーディネーターを遥かに上回る実力を持ち、モビルスーツ訓練校の教官まで務めた人物。

 

 現状、間違いなく最強最悪の敵である事は間違いない。

 

 キラ自身、ムウ・ラ・フラガやカガリ・ユラ・アスハなど、幾人かはナチュラルでありながら、並みのコーディネイター以上の活躍をした人物を知っている為、レナの噂もあながち眉唾ではないと思われた。

 

「レナが強いのは知っているさ。けど、それだけじゃ、こっちかが負けるとは限らないだろ」

 

 反論したのはジェーンだ。彼女としてもレナの実力は良く判っているが、それでも自分達、特にエドの実力はレナにだって負けないと信じていた。

 

 しかし、それに対してカイトは素っ気なく首を振った。

 

「問題なのは個人の強さがどうこうって事じゃない。ここの市民は、あまりにもエドに頼りすぎている。万が一、エドが負けて倒れるような事があれば、全てが終わるだろう」

 

 確かに、とキラもカイトの言葉に心の中で同意する。

 

 エドは「南米の英雄」である。そしてそれは、彼の強さのみを差して言っているのではない。エドの存在そのものが南米を支え、皆を奮い立たせているのだ。

 

 エドは今や、南米の支柱その物と言って良い。そのエドが倒れた時、それはまさに、南アメリカがこの戦争に敗れる時でもある。

 

 だが、

 

「いや、俺はそうは思わない」

 

 否定の言葉を口にしたのは、当のエド本人であった。

 

 その瞳は、どこまでも真っ直ぐにカイトを見据え、一切揺らぐ様子は無かった。

 

「ほう、なぜそう思うんだ?」

 

 どこか、期待するような口調で、カイトはエドに尋ね返す。目の前の「英雄」が、自分の問題提起に対していかなる答えを出すのか、興味津々といった感じである。

 

「確かに連合は強大だ。普通に考えれば、敵にする事自体馬鹿げている。俺1人が頑張ったところで、どうなるわけでもないだろう。だがな、俺が戦い続ける事で、この国の人達も信じる事ができるはずだ。『自分たちでも戦える』ってな」

 

 英雄の役割は、人々に希望を与える事。

 

 英雄が勇気を持って雄々しく戦って見せれば、心ある者は必ず後に続いて立ちあがってくれる。そうなって初めて、英雄の戦いは意味がある物になると言える。

 

「そうなれば、もう俺は不要だ。たとえ死んでも全ての市民が、俺の意思を受け継いでくれる」

 

 エドはそこまで考えて「英雄」の役割を演じているのだ。南米の人々が奮起して、立ち上がるその瞬間を信じて。

 

「俺も、ニュースであなたの戦いを見た。だからこそ、共に戦う事にした」

 

 低い声でそう言ったのはバリーである。かつては敵同士だった彼ですら、エドが戦い続ける姿に感じる物があったのだ。だからこそ、共に戦う事を了承してくれた。

 

 時代の流れは正に、エドが望んでいた方向へと進もうとしている。

 

 英雄が1人でできる事など、多可が知れている。本当に重要なのは、大きな力となる奔流を作り出す事なのだ。

 

 そして、傍らで見ていたキラもまた、エドが守りたいと思う物を自分も守りたいと思ったがゆえに、ジェスの呼びかけにこたえて再び立ち上がる決意をした。

 

 これだけの人々が揃った事も、まさに「南米の英雄」の偉業であると言って間違いなかった。

 

「エド、アンタの想いは、ちゃんとみんなの伝わっているさ」

 

 ジェスはそう言って、笑いかける。

 

 ジェスが成した事も、大きな物であることは間違いない。

 

 ジェスがいたからこそ、エドの活躍が世界中に広まり、ジェーンが積年の想いを胸に、味方になってくれた。バリーも共に戦ってくれた。そして、キラが再び立ち上がるきっかけにもなった。

 

 ジャーナリストと言う職業柄、決して歴史の最前線に立つ事は無いジェス。しかし、気が付けば人々の中心に位置し、皆をつなぎ止める芯となっている。

 

 ジェス・リブルという男は、考えれば考えるほど不思議な存在だった。

 

「俺はあんたの戦いを追い続けるぜ。その思いが、この国の全ての人々に届くようにニュースにする」

「頼むぜ、ジェス」

 

 そう言うとエドは、この戦いを通じて親友とも呼べるようになった青年の肩を力強く叩く。

 

 その様子を見て、カイトがやれやれとばかりにため息をつく。

 

「おいおい、この野次馬バカをあまり炊きつけないでくれ。兵士でもないのに前線に出たがるなんて、俺の手間が増えるだけだ」

「じゃあ、ついてこなくて良いよ。俺にはキラがいるし。なあ、キラ?」

「え・・・・・・いや、そう言われても・・・・・・」

 

 突然話を振られて、戸惑うキラ。

 

 そもそも、振り回されて気苦労が絶えないのは、キラもカイトと想いを同じくする所である。ぶっちゃけた話、正規の護衛であるカイトが合流したのだから、どうにかして護衛役を押し付けられないか、半ば真剣に検討中だったりした。

 

 そんな様子を見て、笑い声を上げる一同。どうやら、戸惑うキラの様子が、あまりにも可笑しかったらしい。

 

 ひとしきり笑った後、エドは真剣な表情を作って宣言するように言った。

 

「とにかく、全力で戦う。それ以外に最善は無いはずだ」

 

 まずはやってみる。

 

 どんな困難が立ちはだかろうとも、英雄が戦い続ける姿勢を示し続ければ、必ずや皆が立ち上がる原動力になるはずだった。

 

 その時だった。

 

「隊長!!」

 

 声を上げながら、アルベルト・コスナー少尉が走ってくるのが見えた。遠目にも血相を変えているのが分かるところをみると、何か前線で動きがあったのは間違いなかった。

 

「どうした?」

 

 尋ねるエドに対し、アルベルトは荒れた息を整えながら直立不動で報告を行う。

 

「前線部隊より入電しました。《地球軍の第2波上陸を確認。本格的な進行と考えられる》!!」

 

 一同に、緊張が走る。

 

 今、南米独立戦争、最後の決戦の幕が上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

Episode-06「英雄参集」      終わり

 



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Episode-07「舞い散る桜吹雪」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の攻勢において、キラ達の活躍もあり辛うじて地球軍の攻勢を撃退する事に成功した南アメリカ軍。

 

 しかし、その損害はあまりに大きかったと言わざるを得ない。

 

 質、量ともに地球軍に対して劣性である事は否めない南米軍だが、先の戦いではそれが顕著に現れ、前半は大兵力を誇る地球軍の攻勢に対して、寡兵の南米軍がほぼ一方的に防戦と撤退を強いられると言う光景が各所で繰り広げられた。

 

 後半になってキラがエアリアルで参戦し、辛うじて押し返す事には成功したものの、それまでに被った損害はあまりにも大きすぎた。

 

 無論、地球軍の方も無傷ではない。キラは勿論、浮き足立っていた南米軍も部隊を再編制して反撃に転じた為、後半は逆に地球軍を圧倒していた。そのおかげで辛うじて状況を五分にできたような物である。それが無かったら、ズルズルと押し切られ、なし崩し的に敗北が確定していたであろう事は間違いない。

 

 こうして、辛うじて勝利する事ができた南米軍だが、その傷は大きかった。

 

 地球軍は大損害こそ蒙った物の、もともと南米軍の数倍にも及ぶ兵力を誇っている。損害回復は比較的短時間で可能であるし、その上で南米大陸へ再侵攻を行う事もたやすかった。

 

 これに対して南米軍は主力部隊を含む多くの部隊が損害を被り、死傷者も多数に上った為、早急な整備と再編成が必要とされたのだ。しかも地球軍はすぐにも再侵攻を行う事ができる体制にある為、南米軍には部隊を再編成する時間すらなかった。

 

 予備兵力の有無が、完全に表れていた。

 

 地球軍は最悪、先の戦いと同程度の損害を被ったとしても、尚も戦い続けるだけの余力は残されているのに対し、南米軍には最早、地球軍の攻勢を正面から支えられるだけの力は残されていなかった。

 

 そこに来て、地球軍の第二次攻撃が開始されてしまった。

 

 大々的な部隊を、南米北岸へと上陸させて侵攻を開始する地球軍。

 

 それに対して南米軍も、残った戦力をかき集める形で伝統のゲリラ戦を展開、地球軍の侵攻に対して遅滞戦闘を行う。広大なアマゾンの密林に身を隠し、侵攻してきた地球軍に対し不意打ちを行いながらダメージを与えていくのだ。

 

 更に、この状況において南米軍には、数こそ少ないものの心強い援軍が参戦していた。

 

 《白鯨》ジェーン・ヒューストンは、修理が完了したフォビドゥンブルーを駆り、数少ない水中戦力として、海上封鎖を行う地球軍艦隊に強襲を仕掛ける。艦隊を攻撃する事で、地球軍の補給線に負担を掛ける事が狙いである。

 

 《拳神》バリー・ホーも、南米軍から貸与されたストライクダガーを駆ると、持ち前の格闘術を駆使して最前線に立ち、侵攻してきた地球軍を相手に一歩も退かずに戦い続けている。

 

 祖国を守る為に意気上がる南米軍の兵士達と、その彼等と共に戦うエース達。

 

 そんな彼等の奮闘は、地球連合軍に対して少なくない損害を与えている。

 

 しかし、その奮闘もまた、地球軍の物量の前では大した抵抗にはなり得ない。

 

 南米軍の戦線は各地で破綻を来し、侵攻してきた地球軍に対して薄紙を破られるように粉砕される。

 

 バリーやジェーンは大いに活躍し、多数の地球軍機を撃破するものの、それもやがて孤立し、孤軍奮闘する事を余儀なくされていった。

 

 一部の部隊が奮戦しながらも、それでも大軍の前に抗する術がない。まさに、かつてのオーブ防衛線と同じ展開が、時と場所を変えて南米で繰り広げられていた。

 

 そのような中、《切り裂きエド》ことエドワード・ハレルソンは、僅かでも味方の助けとなるべく、自身の最後の戦いへと赴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超低空をすれ違うように飛翔しながら、手にしたビームサーベルを一閃する。

 

 こちらの接近を阻もうとライフルを構えていた105ダガーの腕は、それだけで斬り飛ばされた。

 

 エアリアルを駆りながら、キラは戦場を縦横に駆け巡っている。

 

 敵の数は多い。対してキラは1人。かつてのように無限の動力を持つ機体に乗っている訳ではないので、かなりきつい戦いである。

 

 しかしそれでも並みのパイロットが相手なら、どれだけ来ようとキラの相手にはならない。

 

 今また、エアリアルの剣がダガーLの頭部を斬り飛ばして行動不能にする。

 

 地球軍の方でも、ただ1機の敵を屠ろうと攻撃を集中させてくるが、機動力において圧倒的に勝るエアリアルを捉える事はできないでいる。

 

 キラは低空を駆け抜けていたかと思うと、火線を集中される前に高度を上げて回避、更に隙を突いて突入し、手にしたライフルやサーベルで敵機を撃墜していく。

 

 その全ての攻撃を、相手のコックピットやエンジン部分を避け、手足や頭部、武双に集中させる。

 

 戦場で行う不殺。

 

 見る者によっては自己満足の欺瞞に見えるその行為は、しかしキラだからこそできる事。僅かでも犠牲を減らす事によって、未来ある人々を1人でも多く守りたいと願っているキラならではである。

 

 たとえ真の意味で自己満足だと罵られようと、キラは構わない。このやり方を変える気はなかった。この事がやがて、多くの人々を救う事になると信じているからである。

 

 味方機多数を撃墜されながらも、地球軍はエアリアルに対する攻撃をやめようとしない。

 

 縦横に駆け巡るエアリアルに対して、どうにか逃げ道を塞ごうと火線を集中させてくる。

 

 敵の攻撃を回避し、あるいはシールドで防ぐキラ。同時にスラスターを吹かして斬り込みを掛け、ダガーLを1機ずつ確実に屠っていく。

 

 その一方で、視線は別の方向へと向けていた。

 

「・・・・・・僕よりも、深刻なのはあっちか」

 

 呟く視線の先。

 

 そこには、互いに手にした刃を振るって斬り結ぶ、青と赤の機体が対峙していた。

 

 1機はエドの駆るソードカラミティだ。両手に装備したシュベルトゲベールを振り翳し、相手に斬り掛かるタイミングを計っている。

 

 そしてもう1機。青い装甲を持った機体。

 

 こちらも、何とソードカラミティである。

 

 蒼い装甲は、かつてのオリジナルカラミティを髣髴とさせるが、シュベルトゲベール対艦刀をはじめとした装備は、間違いなく、その機体がソードカラミティである事を継げている。

 

 ソードカラミティ対ソードカラミティ。

 

 同型機。それも特機同士による対決となると、なかなか珍しい光景であると言える。

 

 片方は言うまでも無く、エドの駆る深紅のソードカラミティ。

 

 そしてもう一方は《乱れ桜》レナ・イメリアが駆る、ソードカラミティである。機体番号的にはレナ機が初号機で、エドの機体は二号機に当たる。

 

 斬り込みを掛けようとするエド。

 

 だが、その直前に、レナ機は胸部の複列位相砲スキュラを発射、エド機の突撃を牽制してくる。

 

「おわっと!?」

 

 堪らずエドは、突撃を諦めてその場から回避しにかかる。

 

 しかしレナはと言えば、シュベルトゲベールの柄尻に増設されたビームガンを駆使して、エドのソードカラミティに対して徹底的な遠距離攻撃を仕掛けてくる。

 

 スキュラまで交えた砲撃を前に、エドは接近する事も出来ずに回避行動に徹する。

 

 やがて、ようやくの思いで安全圏へと退避したエドは、改めて剣を構え直し、レナ機と対峙する。

 

「レナ教官、相変わらずの強さだな」

 

 エドは苦笑交じりに、そう話しかける。

 

 地球軍が最強最後の切り札として繰り出して来ただけあり、レナの実力はジェーンやモーガンと比べても、頭一つ抜きんでている感がある。それは、エドの得意とする陸上戦闘において、互角以上に戦っている事から考えても間違いなかった。

 

《エド、投降しなさい。このままでは絶対に勝ち目はないわ》

 

 それに対してレナは、冷静な口調でエドに対して諭すように声を掛ける。

 

 今回レナは、エドとの雌雄を決する為に、部隊を率いて出撃してきた。

 

 しかしその部隊に所属する機体も、既に大半がキラの駆るエアリアルによって撃墜され、戦闘力を喪失している。

 

 今回、ラキヤ・シュナイゼルはストームの整備が間に合わなかったために出撃を見合わせているが、元々レナはラキヤを最初から当てにしていない。あのような元ザフト兵の手を借りずとも、自分1人でエドを倒す事は充分に可能であると考えていた。

 

 しかしここに来てレナには、思わぬ誤算が生じてしまった事になる。まさかエド以外の南米軍に、これ程の戦力が存在したとは思わなかった。恐らく率いてきた部下だけでは、あの羽根付きを倒す事はできないだろう。

 

 だが、それもエドさえ倒す事ができれば、事態は逆転できる。そしてそれは、まだまだ充分に可能であった。

 

 だからこそ、レナはエドに対して降伏の勧告を行ったのだ。

 

 レナもまた、かつてのエドを知る者の1人であるし、彼女の教え子の中では特に優秀で目を掛けていたのがエドだ。それだけに、ここで死なせるにはあまりにも惜しいと思っていた。

 

《いずれ多くの市民が、この戦いに巻き込まれる事になる。あなたも気付いているでしょ? あなたは勝ち過ぎたのよ。連合は、あなたをターゲットにするのをやめたわ》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう、エドにも既に気付いていた。連合が戦略を変更した事を。

 

 いかにエドが強かろうと、エドは1人しかいない。ならば鬱陶しいのを無視して、エドが対処できないくらいの多方面に大兵力を投入すれば、南米の陥落もたやすいと言う訳だ。

 

 大兵力を有する地球軍ならではの戦略であると言える。悔しいが、エドを始め一部のパイロット以外に対抗手段が無い南米軍には、かなり有効な戦法であると言える。

 

 仮にエドの活躍で一方面の敵を押さえたとしても、その他の敵に攻め込まれて終わりという訳である。

 

《間も無くあなたの故郷が火の海になるのよ。市民を助けたかったら、独立のシンボルであるあなたが投降するか、ここで死ぬしかない。あなたが英雄ごっこをこのまま続ければ、いずれこの国は完全に滅びる事になるわ》

 

 降伏か? 死か?

 

 まさに、最悪の二者択一である。

 

 コックピットに座したまま、エドは悔しそうに唇を噛みしめる。

 

 いかにエドが英雄として奮起しようと、多くの市民がそれに呼応して立ち上がらないと何の意味も無い。

 

 まさに状況は、八方ふさがりの状態となりつつあった。

 

 だが、市民を戦火に巻き込んで良い筈が無い。自分の命を捨てる事で、この戦争を終わらせる事ができるなら、そうするしか方法は無いだろう。

 

 南米は再び連合の傘下に組み入れられる事になるだろうが、それも仕方がない。多くの市民が犠牲になるよりはましだ。そしていずれ、数年後か数十年後かに第2、第3の「切り裂きエド」が現れてくれれば、きっと南米の独立を果たしてくれるはず。そうなれば、自分がしてきた戦いにも、きっと意味がある筈。

 

 そう考えて、剣を収めようとしたエド。

 

 しかし、その時だった。

 

《エド!!》

 

 熱い響きが籠められた声が、エドの思考を遮った。

 

 見れば、シューティングコートで身を隠していたアウトフレームが、堪らず物陰から飛び出してきている所だった。

 

 叫んだのは、言うまでも無く、操縦桿を握っているジェスである。

 

 野次馬根性すら超越してしゃしゃり出ていく護衛対象を見て、ジェスの後ろに立っていたカイトは、頭痛がする思いで頭を抱えている。

 

 突然のアウトフレームの出現に地球軍も驚いた様子で、一時的に攻撃する手を止める。

 

《このッ まだ隠れている奴がいたか!!》

 

 ダガーLが1機、シュベルトゲベールを振り翳してアウトフレームへ斬り掛かろうとする。

 

 アウトフレームの背後から振り翳される大剣。

 

 しかしそのダガーLの眼前に、上空から盾が投げつけられた。

 

 突如、目の前に出現した盾によって進路を遮られ、動きを止めるダガーL。

 

 そこへ、両手にビームサーベルを構えたエアリアルが急降下してくると、そのまま一閃、ダガーLの両腕を肩から斬り飛ばして戦闘力を奪う。

 

「ジェス、今の内に!!」

《すまん、キラ!!》

 

 キラに背中を守られながら、ジェスは改めてレナと対峙するエドの方へと向き直った。

 

《俺はずっとエドを・・・・・・そしてこの、南アメリカを見てきた。俺はジャーナリストだ。エドのやっている事を正しいかどうか、判断する立場にはない》

 

 熱い思いと共に、ジェスは己の全てをぶつけるように言葉を紡ぐ。

 

《だけど、ここで戦いを放棄するなんて、アンタらしくないぜ!! 俺が見てきた《切り裂きエド》は本物だった!!》

 

 ジャーナリストに求められるのは、公正な判断力と中立の立場である。ジェスのようなフリーのジャーナリストは特に、どちらか一方の勢力に強く肩入れする事は、暗黙のタブーであるとも言える。

 

 故にジェスは、これまで自分が見てきた「真実」を記事にして、世界中に発信してきた。

 

 だからこそ今、言葉を連ねる事ができるのだ。

 

「・・・・・・確かにな。ここまで来て迷ってどうする。ジェス、お前の言うとおりだ」

 

 エドは何かを悟ったように、静かな声で告げる。

 

 全ては南米人の為。

 

 もし脱走などせず、あのまま地球軍に居続ければ、エドの将来は明るかっただろう。ジェーンとも幸せな暮らしをする事ができただろう。エドにはそんな明るい未来もあったのだ。

 

 だがエド、祖国とそこに住む人々を守る為に、敢えて苦しい戦いの道を選んだ。一度はジェーンとも死闘を演じた。

 

 そしてそんなエドだからこそ、人々は彼を英雄として認め、共に戦ってきたのだ。

 

 そのエドが、ここで折れる事は決して許されない。選んだ道を、最後まで走りきる事が、エドの使命であった。

 

「俺は《切り裂きエド》!! 南米の英雄だ!!」

 

 改めて宣言するように、叫び声をあげる。

 

 英雄は、英雄として最後まで戦い続けると。

 

 それに対して、

 

 レナもまた、何かを諦めたように静かに目を閉じると、語りかけるように言葉を紡ぐ。

 

《そう・・・・・・あなたが戦うと言うのなら、私もこの戦争を終わらせ、被害を少なくするために剣を抜く。エド、あなたはここで死になさい!!》

 

 言い放つと同時に、

 

 レナは遂に、シュベルトゲベールを抜き放った。

 

 同時に肩からマイダスメッサー・ビームブーメランを抜き放ち、エド機に向けて投げつける。

 

 旋回しながら向かっていくブーメラン。

 

 対してエドは、それを紙一重で回避する。

 

 だが、レナの攻撃はそこで終わらない。

 

 更にもう1基のブーメランを抜き放ち、それも投擲する。

 

 回避行動を取ろうとするエド。

 

 しかし体勢が崩れ、機体が大きく流れてしまう。

 

 その隙を、レナは見逃さなかった。

 

 流れるような動きで、ソードカラミティの左腕に装備したロケットアンカー・パンツァーアイゼンを射出。エド機の左腕を捉える。

 

「このッ!?」

 

 とっさに振り解こうとするエド。

 

 しかし、遅い。

 

 エドが行動を起こすよりも早く、レナはワイヤーを巻き上げてエド機を引き付けると、そのままシュベルトゲベールを振るう。

 

 一閃される大剣の一撃。

 

 しかし、エドもまた負けてはいない。

 

 大剣が振り下ろされる直前に機体を回避させ、剣閃から逃れる。

 

 レナの斬撃は、エドの機体後部を削っただけにとどまった。

 

 再び対峙する両者。

 

 しかし、

 

「これは、少しまずいかも・・・・・・」

 

 他の地球軍機の掃討を終え、一騎打ちの様子を見守っていたキラは、呻くように呟いた。

 

 周囲の地球軍はすでに全機戦闘不能に陥り、残った者達も、辛うじて動ける機体が抱える形で退避していった。

 

 事実上、この場に残っている地球軍戦力はレナのソードカラミティのみである。

 

 しかし、そんな不利など一切意に介する必要が無いと言わんばかりに、レナはエドを圧倒している。

 

 ハチから聞いた話によると、レナは大戦中、GAT-X103「バスター」の量産型である「バスターダガー」を乗機とし、的確かつ強烈な砲撃でザフト機多数を屠ったと言う。その為、レナ・イメリアと言えば砲撃戦の名手と言うイメージが強い。

 

 しかし今、接近戦においてもトップクラスの実力である事が、実地によって証明されていた。

 

 正直、キラですら、接近戦オンリーでレナと戦ったら、勝てるかどうか。

 

 対峙するエドにも、焦りが見え始めているのが、見て分かった。

 

「クソッ ソードを起用に乗りこなしやがる」

 

 どうにか体勢を立て直したエドが、荒い息と共に言葉を吐き出す。

 

 地上戦、それも接近戦においては絶対の自信を持っていたエドが、自分の土俵でこうまで苦戦させられると、いったい誰が予想しただろう?

 

 対してレナは、余裕すら感じさせる足取りで接近してくる。

 

《機体の能力を最大限に引き出す事は、戦ううえで当然の事よ。あなたはシュベルトゲベールに頼りすぎ。強力な武器は隙も大きい事を知りなさい》

 

 確かに、元々「対艦」刀の名が示す通り、シュベルトゲベールをはじめとした大型剣は、敵艦の装甲を切り裂く事を最大の目的としている。キラも大戦中はグランドスラムやティルフィングと言った大型対艦刀を器用に使いこなしていたが、あれはキラの技量故である。普通のパイロットなら、対モビルスーツ戦における白兵戦では、対艦刀よりも取り回しが効きやすいビームサーベルを選択する事だろう。

 

 そう言う意味で、レナの指摘は全く正しい。隙が大きな武器を使うなら、その隙を補うための工夫が必要だった。

 

 だが、そんな事以前に、エドは緊迫した状況であるにもかかわらず、妙に可笑しい気分にとらわれていた。

 

「こんな所に来てまで授業かよ、教官?」

 

 レナの口調が、訓練生時代のそれと全く変わらなかった事が、エドにとって妙にツボだった。

 

 だが、ここは戦場であって教室ではない。

 

 エドも生徒ではないし、レナもまた教官としてこの場にいるわけではない。

 

 互いに互いの信念の為に戦う者同士、剣を交える宿命にあった。

 

「だが俺は、コイツの剣を信じているんだ!!」

 

 エドは言い放つと、2本のシュベルトゲベールを並列のツーハンデットモードに構え、最後の勝負をかけるべくレナ機へと突撃していく。

 

 対して迎え撃つレナは、双剣に構えたシュベルトゲベールの刃を交差させ、更に胸部スキュラにエネルギーを充填する。剣での勝負を掛けるエドに対して、残った全ての武器を用いて迎え撃つ構えである。

 

「これで、勝負!!」

《良いでしょう!! 「英雄」の最後、見届けてあげるわ!!》

 

 スキュラを撃ち放つレナ機。

 

 その強烈な閃光が、エド機を薙ぎ払おうと奔流を発する。

 

 迫る、光の渦。

 

 それに対して、

 

 エドは、僅かに機体を傾け、最小限の動きで回避行動を行う。

 

 閃光は、僅かにエド機の頭部を掠めて行くにとどまった。

 

 フリーハンドになるエド。その機を逃さず、一気に勝負を掛けるべくシュベルトゲベールを振り上げる。

 

 対して、レナもまだ勝負を投げてはいない。

 

 双剣に構えたシュベルトゲベールで、カウンターの一撃を返そうとする。

 

 その両者がすれ違った。

 

 次の瞬間、

 

 レナ機が構えたシュベルトゲベールは中途から折れて斬り飛ばされ、

 

 エドの剣は、

 

 レナ機の腹部を、剣先で斬り裂く形で見事に決まった。

 

 吹きだしたオイルが、返り血のようにエド機を濡らしていく。

 

 勝敗は、決した。

 

 

 

 

 

 コックピットを下りたエドは、すぐさま倒れているレナ機へと駆け寄った。

 

 敵対してしまったとは言え、レナはエドにとって旧知の間柄。死なせたくはなかった。

 

 エドの剣は、ソードカラミティの腹部、コックピット付近を掠める形で斬り裂いている。中にいたレナが重傷を負っている可能性は大いにあった。

 

 エドは機体をよじ登り、装甲の裂け目から内部を覗き込む。

 

 自分の愛機と同型である為、構造も勝手知ったるものである。

 

 全ての明かりが落ちて暗くなった内部を覗き込むと、レナが朦朧とした意識を持ち上げるように、エドを見上げて来ていた。

 

「エド・・・・・・見事、だったわ・・・・・・・・・・・・」

「レナ!!」

 

 かつての教官は、見事に自分を乗り越えたかつての生徒を、そう言って手放しに称賛する。

 

 最後の激突。

 

 あくまでも剣による決着に拘ったエドに対して、レナは全ての武装を使用して迎え撃とうとした。

 

 この両者の戦い方は、どちらが優れていると言う訳ではない。状況によっては、勝敗が逆転していてもおかしくは無かった。

 

 しかし今回は、エドの「一撃」が、レナの「多彩」を打ち破る形となった訳である。

 

「さすが・・・・・・英雄、は・・・・・・強い、わね・・・・・・」

「しゃべらない方が良い。すぐ助けてやるからな!!」

 

 そう言うと、機体のハッチを強制解放しようとするエド。

 

 そんなエドを、レナは微笑ましそうに笑って見詰める。

 

「・・・・・・やさしい、のね・・・・・・あの子(ジェーン)が、あなたに惹かれたのも・・・・・・判る・・・・・・・・・・・・けどね・・・・・・」

 

 そこまで言ったとき、状況を見守っていたキラが、何かに気付いた。

 

「危ないエド、離れて!!」

 

 だが、遅い。

 

「ここは、戦場よ・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言ったレナの手には、黒光りする拳銃が握られていた。

 

 レナはまだ、勝負を諦めていなかった。相手を気遣わずにはいられないエドの性格を見越して、最後の切り札を残していたのだ。

 

 火を噴く銃口。

 

 その銃弾は、キラ達が見ている目の前で、エドの胸を真っ向から貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コックピットに座し、ラキヤは機体を立ち上げて発進準備を整えていく。

 

 ストームは元々、試験用の機体である為、整備性は悪く、更にマニュアルも複雑すぎる為、稼働状態に持っていくのにずいぶん時間がかかってしまった。

 

 そして、その間に随分と、戦況は動いてしまっていた。

 

 地球連合軍は南米大陸に対して大攻勢を掛け、《切り裂きエド》に対する最後の刺客であるレナ・イメリアも出撃していった。

 

 当初、招集された4人の刺客の中で、残っているのはラキヤだけである。

 

「《白鯨》ジェーン・ヒューストンは敗れて敵に降り、《月下の狂犬》モーガン・シュバリエは失敗、そして《乱れ桜》レナ・イメリアはMIA、か・・・・・・」

 

 レナの生存を信じたいところではあるが、部隊も壊滅した為、レナが生きていると言う情報は今のところ入ってきてはいない。

 

 その間にラキヤには、別の任務が言い渡されていた。

 

 前線部隊への航空支援。

 

 南米では大規模な航空戦ができない為、必然的に少数精鋭の部隊展開とならざるを得ない。そこで、飛行型モビルスーツの乗り手であるラキヤに命令が下ったのだ。

 

「とは言っても・・・・・・」

 

 サングラス越しにラキヤは、自嘲気味に笑う。

 

 可笑しかった。

 

 これが笑わずにいられようか?

 

 かつて、「プラントで生活しているナチュラル」と言う理由で、同世代の子供達からいじめを受けていた自分。それ故に普通に生活する事ができず家を出ると、身分を隠してザフト軍に入隊した。そして今度は地球軍の捕虜になると、「ザフト軍に協力していた、裏切者のナチュラル」と言う理由で、地球軍の軍人として戦っている自分。

 

 こんな今の自分を見て、義妹(いもうと)達はどう思うだろう?

 

 ルナマリアは、きっと怒るだろう。下手をすれば殴られるかもしれない。

 

 メイリンは、きっと悲しむだろう。あの娘は優しい子だから。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・アリス」

 

 そっと、その名を呼ぶ。

 

 幼い頃から共に過ごして来た、年下の幼馴染。

 

 かつては妹達と同様に思っていた少女の存在が、ラキヤの中で恋心に変わったのは、いつの頃からだっただろう?

 

 アリスも、きっと今の自分を見たら呆れるだろう。それとも、泣いてしまうだろうか? あの娘も結構泣き虫なところがあるから。

 

 しかしもう、それもどうでも良い事だ。

 

 自分はもう、アリスに会う事はできないのだから。

 

「・・・・・・無くす物は、どうせ、もう何も無いんだ」

 

 低い声で呟くラキヤ。

 

 同時に、発進可能を告げるシグナルが灯った。

 

「この命の光、燃え尽きるまで行こう」

 

 そのサングラスの奥で、ラキヤは美しかった過去に背を向け、空虚と化した未来を見詰めていた。

 

 

 

 

 

Episode-07「舞い散る桜吹雪」      終わり

 



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Episode-08「真実の戦い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密林をかき分けて鉄騎が走る。

 

 兵器としての地位を確立し、戦争の道具として使用される事が日常的となったモビルスーツ。

 

 しかし今、アウトフレームはそうした用途とは真逆の、人命救助の為にひたすら走っていた。

 

 背中のバックホームには、2人の人物が収容されている。

 

 《切り裂きエド》ことエドワード・ハレルソンと、《乱れ桜》レナ・イメリア。

 

 先の戦いにおいて、エドが僅差でレナを降したものの、レナは最後の力を振り絞ってエドを銃撃した。

 

 結果、両者は事実上相打ちと言う形で戦いの幕引きとなった。

 

 そして現在、アウトフレームは重傷を負ったエドとレナをバックホームに乗せて、南米軍の拠点へと急いでいた。

 

 操縦はジェスが担当し、医療知識のあるカイトが2人の治療に当たっている。

 

 状況は芳しくない。

 

 一応、万が一の時に備えてアウトフレームには一通りの医療器具や、ある程度の重症者を治療できるだけの設備は搭載している。

 

 しかし、流石に瀕死の重傷を負った人間を助けるだけの設備は無い。

 

 いきおい、治療に当たっているカイトに負担が掛かってくる。

 

「気道確保!! レスピレーターにつなぐぞッ くそ、何だって俺がこんな事をしなきゃならん!?」

 

 愚痴を吐きながらも、適切に処置していくカイト。

 

 レナとエドは、二人並んでカイトの治療を受けている。

 

 レナはコックピットを破壊された時のショックで全身に裂傷を負っており、骨折も複数カ所ある。

 

 エドは銃弾で撃たれた。幸い急所は外れており、銃弾も貫通していたが出血はかなりに上る。

 

 2人とも予断の許されない状況である。

 

 しかも、アウトフレームが地を蹴るたびに、バックホームがひどく揺れる為、カイトは手元が狂って仕方が無かった。

 

「もっと静かに走れッ これじゃ止血もできんぞ!!」

 

 コックピットに向かって叫ぶカイト。急ぎたい気持ちは判るが、これでは応急処置すらままならない。

 

 だが、ジェスもまた2人を助けたい気持ちは強い。その急く思いが、自然とアウトフレームの足を速めてしまっている。

 

「何とか頼むぜ、カイトさんよ!! こんなところでエドを死なすんじゃないぞ!!」

 

 南米軍の拠点まで戻れば、後方の病院に2人を搬送する事もできる。それまで、何としても2人を死なせるわけにはいかなかった。

 

 だが、事態はジェス達が思っていた以上に深刻な方向に動いている。

 

 その事を、程なく思い知る事となった。

 

《警告 前方にMS反応》

 

 突如、ハチがけたたましい警報を鳴らした。

 

 ジェスの操縦に従い、急停止するアウトフレーム。

 

 その目の前には、複数のダガーLから成る地球軍の部隊が展開していた。

 

《止まれ!! 直ちにモビルスーツを停止し、パイロットは降りろ!!》

 

 隊長機と思われる、ソードストライカーを装備した105ダガーからの警告がスピーカーを通じて送られてきた。

 

 歯噛みするジェス。

 

 恐らく彼等は、レナが率いていたのとは別ルートから侵攻してきた部隊だろう。既に地球軍は南米大陸の奥深くまで侵攻してきている。中には前線で孤立している南米軍部隊もある程だ。

 

 アウトフレームの進路を塞いでいるのも、そうした地球軍の一部隊である。

 

 ジェスの中で、焦慮が増してくる。

 

 敵の数が多い。アウトフレームは作業用モビルスーツである為、純戦闘用モビルスーツであるダガーLや105ダガーが相手では、不利は否めなかった。加えて、バックホームのエドとレナの事もある。激しい動きは控えねばならない。

 

 だが、警告に素直に従って取り調べを受けている時間的余裕も無かった。

 

《どうする? 嘘をついて通るか?》

「いや、どんな事であろうと嘘はつきたくない」

 

 ハチの提案に対して、ジェスは首を横に振る。

 

 ジェスは真実を追求するジャーナリスト。真実のままに物事を捉え、真実のままに生きる事はジェスの信念であり行動原理である。故に、たとえどんな状況であっても、嘘を吐く事はジェスの矜持が許さなかった。

 

 故にジェスは、事実のみを武器に、この場を切り抜ける選択をした。

 

「こちらは報道関係の者だ。現在、けが人を運んでいる。通させてくれ!!」

 

 嘘は言っていない。ジェスが報道関係者である事は事実だし、けが人を運んでいるのも本当の事だ。ただこの場を切り抜ける為に、断片的な真実をつなぎ合わせただけである。

 

 地球軍にも人道を重んじる性格の者はいるはず。けが人を搬送している事を告げれば、道をあけてくれるかもしれないという希望もあった。

 

 だが、それは儚い幻想でしかなかった。

 

《けが人だと? 怪しい奴だ。じっくり調べてやる。降りろ!!》

 

 隊長が冷酷に告げる。

 

 彼等にとっては人道的な措置よりも、自分たちの任務の方が優先すべき問題であるという事だ。

 

 こうした考えを持つ者は、どこの軍でも珍しくは無い。「軍隊とは民間人を守るために存在する」という原則を忘れ、自分たちこそが至高の存在であると錯覚している軍人は、どこにでもいるものである。

 

「時間が無いんだ!!」

 

 こうしている間にも、2人の命は刻々とすり減っている。こんな所で押し問答している暇はジェスには無い。

 

《うるさい、言う通りにしろ!!》

 

 しかし隊長は聞く耳を持たず、威圧するようにアウトフレームに近付いて来る。

 

「ジェス、俺が相手になる。コックピット(そっち)に移るぞ!!」

 

 見かねたカイトが、叫ぶ。

 

 事こうなった以上、強行突破する以外に手段はない。そうなった場合、民間人のジェスよりも、戦闘職のカイトの方が操縦は適任である。

 

 しかし、

 

「ダメだカイト!! お前はエドたちの治療に専念してくれ!!」

 

 ジェスは頑なに告げる。

 

 操縦だけならジェスにもできるが、治療はカイトにしかできない。ここは多少効率が悪くても、ポジションを変えるべきではなかった。

 

 しかし、2人が問答を続けている内に、事態は更に悪い方向へと動いた。

 

《思い出したぞ、その機体ッ 貴様、南米軍のプロパガンダをしているカメラマンだな!!》

 

 アウトフレームを見た地球軍の隊員の1人に、ジェスの正体に気付かれてしまった。

 

 最悪である。これで、穏便に突破できる目は完全に無くなってしまった。

 

「違う!! 俺は見たままの事実を伝えただけだ!!」

《認めたな。こいつは敵だ!!》

 

 隊長はジェスの言い分には聞く耳持たず、そのままシュベルトゲベールを抜き放って斬り掛かろうとしてくる。

 

 次の瞬間、

 

 高空から、鋭い風切り音を上げて双翼が舞い降りてきた。

 

 アウトフレームを上空から護衛していたキラのエアリアルが、穏便な解決は不可能になったと判断して介入してきたのだ。

 

 ビームサーベルを一閃し、シュベルトゲベールを持った隊長機の右腕を斬り捨てるキラ。

 

 更に、とっさの事で対応が追いつかない隊長機を蹴り飛ばして、地球軍の隊列へと斬り込んで行く。

 

 突然の乱入者に驚いた地球軍は、とっさに対応できないでいる。

 

 その間に距離を詰めたキラは、ビームサーベルでダガーLの頭部を斬り飛ばし、更にアーマーシュナイダーを抜いて投擲、接近しようとしていたダガーLのカメラアイを潰す。

 

 圧倒的な戦闘力の差を見せ付けるキラ。

 

 しかし、その奮闘も長くは続かない。

 

 振り下ろされたシュベルトゲベールの一撃を、キラはシールドを翳して防御する。

 

《死ねェ!!》

 

 大剣の長大な刃を、辛うじて受け止めるエアリアル。しかし、その間に身動きを封じられてしまう。

 

 しかも、さらに深刻な事態が迫りつつあった。

 

「このままじゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 呻くキラ。その視線は、手元のバッテリーゲージに向けられる。

 

 エアリアルの残存バッテリーは、残り3割弱。これまで節約して戦ってきたため、どうにか持ち堪えていたが、それもそろそろ限界だった。

 

「ジェス、逃げてッ このままじゃ!!」

 

 バッテリーが切れればエアリアルは動けなくなる。そうなれば、いかにキラであってもどうする事もできず、ただ嬲り殺されるのを待つしかない。

 

 しかも、地球軍は一隊でエアリアルを押さえ、その他の機体は再びアウトフレームへと近付いて行くのが見えた。

 

《くだらん報道をした報いだ。死ね!!》

「うわッ!?」

 

 振り下ろされたシュベルトゲベールに肩の装甲を削られながらも、辛うじて回避するジェス。

 

 しかし、もはや是非も無かった。

 

「ジェス、お前を死なすわけにはいかん!! 今、俺が・・・・・・」

「ダメだッ そこを動くな!!」

 

 コックピットの方に移ろうとするカイトを、ジェスはいつに無く強い口調で制する。

 

 ジェスにも判っている。自分よりもカイトが戦った方が、勝率は高いと言う事を。しかし自分達は戦う事が目的ではなく、エドとレナの命を救う事が目的だ。その為には、カイトには治療を続けて貰わなくてはならない。

 

「ここは俺が戦う。ハチ!!」

《OK!!》

 

 ジェスの意志に答えるように、ハチが動く。

 

 アウトフレームを通常モードからバトルモードへと移行、バッテリー供給を駆動系と腰のウェポンラックへと回す。

 

《サイドラックOPEN ビームサイン起動》

《各駆動系システム リミッター解除 ビームサインへのパワー充填243パーセント 使用限界まで947秒》

 

 ウェポンラックが開き、中から円筒状のグリップが姿を現す。

 

 ビームサーベルに似たそのグリップは、ビームサインと言う、通常ではビームにサインを施し、視覚信号用として用いる道具であるが、形状から見て分かる通り、出力を上げればビームサーベルと同じ使い方ができるのである。もっとも使用限界があり、フル出力で長く使い続ければ基部が破損する恐れもあるが、現状、アウトフレームにとっては数少ない「武器」である事は間違いない。

 

 両手にビームサインを構えるアウトフレーム。

 

 その姿は、キラの目にも見えた。

 

「ジェス、危ない!!」

 

 叫ぶキラ。

 

 しかし、地球軍はエアリアルの行く手を遮るようにして向かってくる為、救援に行く事も出来ない。

 

 その間にも、ジェスは慎重な動作でダガーLとの間合いを詰めていく。

 

「無茶だジェスッ お前に戦闘なんてできる筈が無い!!」

「俺が戦わなきゃ全員やられる。カイト、お前はエドを頼む」

 

 言われるまでも無く、ジェスだってできれば戦いたくは無い。しかし、この場はどうあっても戦わなくては切り抜けられない。

 

「相手は連合の正規軍なんだぞ!!」

「だからこそエドは渡せない!! 頼むカイト、治療を続けてくれ!!」

 

 その言葉に、とうとう根負けしたカイトは仕方なく、横たわるエドとレナへ向き直る。これ以上、言葉で説得する事は不可能と判断したのだ。

 

 ビームサインを構えたアウトフレームに対して、地球軍にも緊張が走る。

 

「投降しないつもりか!! 構わん、破壊しろ!!」

 

 言いながら、ダガーLがシュベルトゲベールを振り翳して斬り掛かってくる。

 

 対して、

 

「ハチ、サポート頼む!!」

《ガッテン!!》

 

 ハチの補助を受け、ジェスも動く。

 

 振り下ろされたシュベルトゲベールを、辛うじて回避するアウトフレーム。同時に、体勢を崩したダガーLに対してビームサインを振り下ろす。

 

 ぎこちない動きながら、真っ向から振り下ろされた信号用のビーム刃は、ダガーLの頭部を破壊する。

 

 だが、喝采を上げている暇はない。

 

 アウトフレームの背後からまわり込んだ別のダガーLが、シュベルトゲベールを振り下ろしてきたのだ。

 

「うわッ!?」

 

 とっさにビームサインを扇状に変化させるジェス。このような状態になると、ビームシールドのような役割をする事もできるのだ。

 

 振り下ろされた大剣の一撃を、辛うじてビームサインで受け止めるアウトフレーム。

 

 しかし衝撃までは殺す事ができない。

 

 大きく吹き飛ばされ、アウトフレームは地面に尻餅をついてしまう。

 

 そこへ、ダガーL2機が好機とばかりに斬り込んでくる。

 

《アンカー射出だ!!》

 

 ハチはとっさに判断すると、両ひざに装備した固定用の射出型アンカーを発射、不用意に近付いてきていたダガーL2機の、右肩と頭部を破壊して戦闘力を奪う。

 

 その間に体勢を立て直したアウトフレームはシールドモードのビームサインを構えて、地球軍の動きを牽制する。

 

その様子をキラは、ダガーLを斬り捨てながら見守っている。

 

 随分、危なっかしい戦い方である。予想していた事だがジェスの戦闘技術はお世辞にも高くない。何しろ、機体に武器を搭載する事にすら難色を示していたジェスである。ハチのサポートがあって、辛うじて戦えている状態である。

 

 幸い、地球軍はマニュアル想定外な戦い方をするアウトフレームに警戒心を抱き、攻めあぐねている様子である。今の内にどうにか、体勢を立て直す必要があった。

 

 その時だった。

 

 破壊された機体から脱出した地球軍のパイロットが、拳銃を撃っている光景が、アウトフレームの足元に見えた。

 

 勿論、その程度の攻撃では、アウトフレームに掠り傷一つ付ける事はできない。

 

 しかしどうやら、その兵士の表情を見るに、乗機を撃墜されて恐慌を来しているようだ。対人用の拳銃でアウトフレームを攻撃している点から見ても間違いない。

 

 あの兵士の事は、放っておいても何の脅威にもならないだろう。

 

 しかし、その様子を見たジェスは、何を思ったのかその場で踵を返すと、元来た道を戻り始めた。

 

 それを追いかけようとする地球軍。

 

 しかしジェスは追ってくる地球軍部隊に対して、バックホーム上部に装備したランチャーが起動すると、煙幕弾を発射して目くらましを掛けた。

 

 追撃を鈍らせる地球軍。

 

 その様子を見て、キラも動く。

 

 執拗に斬り掛かってくるダガーLを逆に蹴り飛ばすと、スラスターを噴射して上昇、地球軍の追撃を振り切ってアウトフレームを追った。

 

 一方、アウトフレームのコックピットでは、反対方向へと走り出したジェスの様子に、ハチが戸惑いを隠せない様子でいた。

 

《南米基地とは逆方向へ進行中!! 戻ってどうするんだ?》

 

 尋ねるハチに対して、ジェスは苦悩に満ちた表情で操縦桿を握り締める。

 

「・・・・・・・・・・・・俺は今まで何を見て来たんだ。モビルスーツと同じ視点で戦場を撮影する。そんな事に夢中になって、大事な事を忘れてしまっていたんじゃないのか・・・・・・」

 

 モビルスーツが世の中に普及した頃から、それに乗って戦場を取材する事はジェスの夢であった。新たな視点が齎す、新たな真実をカメラに収めれば、より多くの人々に真実を知ってもらう事ができるのではないか? そう考えており、今もその考えは揺らいではいない。

 

 しかし、アウトフレームに対して拳銃を向けてきた地球軍兵士の顔を見た瞬間、ジェスの中で「何かが違う」と言う叫び声が聞こえた。

 

 モビルスーツは兵器である。その力は、簡単に人の命を奪う事ができる。そしてそれは、非武装の作業用の機体であっても同じ事である。

 

 ジェスは自分が、モビルスーツと言う存在に夢中になり、「人間の立場に立ち、人間の視点で物事を見る」と言う、最も基本的な事を忘れてしまっていた事に気付いたのだ。

 

「俺がアウトフレーム(こいつ)ですべき事は、戦う事じゃない」

 

 真実を追いかけ、そして自分が得た真実を世界中の人々に伝える。それこそが、ジェスがアウトフレームを使ってする事である。

 

 だが、その為にも、「人としての視線」を忘れる事は許されなかった。

 

「おい、容態が良くない!! もう長くはもたないぞ!!」

 

 バックホームから、カイトの叫びが聞こえてくる。

 

 エドとレナは元々重症だった事に加えて、先程の戦闘のせいで容態の悪化が進行した可能性がある。もうこれ以上、余計な回り道をしている余裕はなかった。

 

《どうする? 元のルートに戻って、もう一度戦うか?》

「いや、もう戦いはごめんだ。何か方法は・・・・・・・・・・・・」

 

 ハチの問いに答えながら、ジェスは頭をフル回転させる。

 

 もう時間が無い。ここから最短で行けて、更に最新の治療が行える場所と言ったら・・・・・・

 

 程無くジェスは「そこ」の存在を思い出した。

 

「そうだハチ、目的地変更だ!!」

《どこへ?》

 

 言いながらジェスは、方向アウトフレームを転換させる。

 

 事は一刻を争う。

 

エドとレナ。2人の命を救うため、アウトフレームは密林をかき分けて急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍 南アメリカ非武装中立監視所D-3

 

 ザフトが自然保護条約と、中立地帯監視の為に南米大陸に設けた監視所である。ジェスは以前、ベルに呼び出される形でここを訪れていた。

 

 そこに今、アウトフレームとエアリアルは並んで駐機されていた。

 

 ジェスは南米軍の拠点まで戻る事は困難と考え、とっさに緊急避難的な措置として、中立のザフト軍に保護を求めたのである。

 

 幸いだったのは、ベルがまだ基地に滞在してくれていた事だった。

 

 顔見知りの彼女がいてくれたおかげで交渉はスムーズに行われ、ザフト軍は人道的な特別措置としてジェスの要請にこたえてくれた。

 

 ただちにバックホームからエドとレナが下ろされ、ジェス、キラ、カイト、ベルが見ている前でストレッチャーに乗せられ医務室へと搬送されていく。これから集中治療室に入り、手厚い治療を受ける事になる。

 

 南アメリカ以上に高い技術力を持つザフト軍なら、2人を任せても安心だった。

 

 だが、息を吐く暇はなかった。そこでジェス達は、ベルの口からとんでもない事を聞く事になったのだ。

 

「何だって!?」

 

 話を聞いて、大声を上げるジェス。

 

 ベルの説明によれば、アフリカ東部の都市ナイロビで行われていたプラントと地球連合間における和平交渉がいよいよ可決される見通しだとの事だった。

 

 後に「ユニウス条約」の名前で呼ばれる事になるこの和平案は、スカンジナビア王国外相リンデマンによって提出された講和案を元に交渉が行われた。その結果、両軍における軍縮、ザフト軍の地上からの撤退、中立地帯からの両軍の撤退等が盛り込まれている。

 

 だが、今最も重要な条文は「国境線を開戦前(CE70 4月1日)に戻す」と言う物である。

 

 これはつまりザフト軍も地球軍も、戦争中に獲得した地域から撤退する事を意味している。ただし例外的に、ザフト軍はカーペンタリア基地とジブラルタル基地だけは所有する事を認められていた。

 

 これにより南米もまた、地球軍の支配から脱して、元の独立国家に戻る事になるのだが・・・・・・

 

「それじゃあ、この独立戦争はどうなる!? エドのやって来た事は無意味だったのか!?」

 

 今回の和平成立は、南米人にとっては言わば「後出しジャンケン」に近い。今まで必死に戦ってきたのに、自分達が全く与り知らないところで可決された条約により、国が戻ってくるのだから。これでは、今までの奮闘も、仲間達の犠牲も全て無意味になってしまう。勿論、エドが成した事も含めてだ。

 

「そうね、でも独立は独立よ」

 

 ベルは淡々とした声で告げる。

 

 彼女個人としては、ジェスと心境は同じであるし、多少なりとも関わりを持った南米人に対して同情的な心境もある。

 

 しかしそれでも、ジャーナリストとしての使命を投げ出す事は無かった。

 

「これから私は、この事をニュースとして放送するわ。そして、ここでの戦いも終わる」

 

 冷たい和平。と言う言葉が、一瞬一同の脳裏によぎる。

 

 この戦いで犠牲になった全ての命と、残された者達の悲しみをも無視され、大国が自分達の都合だけで事を進めてしまった結果が、この南米の惨状である。

 

 しかし、

 

「・・・・・・それで、本当に戦争は終わるんでしょうか?」

 

 キラは、感じていた懸念を口にした。

 

 確かに和平交渉は成立した。双方ともに、銃を収める理由もできた。

 

 だが、どちらか一方が、銃を収める事を拒否したら? その時は、また戦いが続く事になる。

 

「キラの言うとおりだ。戦いは恐らく終わらない」

 

 後を引き継ぐように、カイトが口を開いた。

 

「連合政府が和平を決めたって、地球軍は素直に従うとは限らん。むしろ軍は条約締結までは南米軍に対して総攻撃を加え、武力を誇示する事になるだろう。勝ち取る戦果の得られない南米軍は士気を失い、次々と殲滅される事になるだろう」

 

 カイトの指摘は正鵠を射ていた。

 

 むしろ地球軍の攻撃は、これまで以上に激しさを増す可能性すらある。恐らく、南米人が二度と自分達に逆らう気が起きない程、徹底的な殲滅戦が展開される事になるだろう。

 

 そして折を見て再度、南米を地球連合の傘下に組み入れる事まで計算に入れている可能性すらあった。

 

 戦う気力を失った南米大陸は、地球軍の草刈り場と化す事になる。

 

「それでも私は、このニュースを伝える。ただ真実を伝える事が『報道の使命』だから」

 

 ベルは揺るがない決意と共に言い放つ。

 

 彼女もまた、真実を武器に戦うジャーナリストの1人。それ故に、真実を捻じ曲げる事は許されなかった。例えそれが、一方に対して不利になる真実であったとしてもだ。

 

 対して、ジェスはしばし黙考した後、目を開いた。

 

「判った、ベル。ただ、一つ頼みがある」

 

 そう告げるジェス。

 

 その瞳にもまた、強い意志の炎が宿っている。

 

 この状況下にあって、自分にしかできない戦いをする事を決断した男の目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タイトルのロゴが画面に踊り、次いでメインキャスターがニュースの説明をする。

 

 世界的に放送されているプラント国営ニュース放送である。

 

 トップニュースは、今現在も砲火の応酬が行われている南米における紛争に関してである。

 

 そこで、現地に特派員として派遣されているキャスターに切り替わった。

 

《南米のベルナデット・ルルーです。我々の得た情報によりますと、ナイロビにて開催されていた停戦条約の骨子がまとまりました。この停戦決議案の条文には「コズミック・イラ70 4月1日以前の国境線に戻す」と言う物があります。これに伴いまして、ザフト軍は地球から撤退、地球軍も占領地を放棄する事になります。ですから、ここ南米でおこなわれている独立戦争は、何の意味も無くなってしまう事になります》

 

 それを聞いた瞬間、南米中に衝撃が走った事は言うまでも無かった。

 

 大半は、怨嗟の叫びである。

 

 なぜ、今頃になって?

 

 なぜ、もっと早くに・・・・・・

 

 そんな嗚咽に塗れた声が、南米の各地からもたらされる。

 

 この放送は、最前線で戦う兵士達も受信し、視聴している者が多数いる。

 

 そんな彼等に対して、更なる衝撃が齎される事になった。

 

《更に南米の英雄、「切り裂きエド」こと、エドワード・ハレルソン氏についてもお伝えする事があります。この件につきましては、現場に居合わせましたフリージャーナリストのジェス・リブルさんからお伝えします。リブルさん、お願いします》

 

 そう言うとベルは、カメラ映像の外で待機していたジェスへとマイクを渡す。

 

 次いでカメラのレンズが向けられると、ジェスは己の中にある全ての想いをこめて、カメラを真っ直ぐに見据えて語り出した。

 

《ジェス・リブルです。本日、地球軍のレナ・イメリアと交戦したエドは、これを打ち破ったものの、瀕死の重傷を負いました!! 現在、懸命の治療が行われていますが、未だに昏睡状態が続いています!!》

 

 英雄、堕つ

 

 その事実が齎した物は計り知れなかった。

 

 それは即ち、南米の支柱が折れた瞬間でもあり、逆に地球軍の士気は天をも焦がす勢いで燃え上がったことを意味する。

 

 地球軍にしてみれば、最大にして唯一とも言える障害がついに取り除かれたのだ。エドのいない南米軍など、恐れるに足りなかった。

 

 ジェスの言葉は、更に続く。

 

《南米軍の皆さん。各地ではまだ、激しい戦いが続けられています。地球軍は彼等の政治的な手段により、この戦いの意味を奪い去りました。なのになぜ、戦いをやめないのでしょう? それは彼等が支配者であろうとしているからです!!》

 

 ジェスが放送を続けている間にも、地球軍の攻撃は激しさを増していく。

 

 それに対して、士気が低下した南米軍は防戦すらままならない有様である。

 

 陸上ではバリーが、水中ではジェーンがそれぞれ奮戦してはいるが、それとて地球軍の大軍を前にしては無力に過ぎない。

 

 そんな彼等を救うため、ジェスもまた、真実と言う名の剣を手に戦い続ける。

 

《この放送を聞いている皆さん。エドは以前、こう言いました。「俺はただ、1人でも強大な敵と戦えることを示そうとしているだけだ」と。「その事に南米人が気付いてくれれば、それでいい」と》

 

 エドは語った。

 

 自分は南米の人々に奮起を促す事ができれば、それが良い。それこそが英雄の条件であり、それができれば自分はいなくなっても構わない、と。

 

《エドは傷つき倒れました。しかし、皆さんの中にも「エド」はいます!!》

 

 その意志を無駄にしない為、ジェスは叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《あなた方は1人じゃない。「南米の英雄」は、今もあなた方と共に戦っているんだ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、

 

 今にも消えそうなくらいだった、弱々しく小さな炎は、

 

 強烈な追い風を受けて激しく燃え上がった。

 

 南米の英雄は1人じゃない。この国に住む全ての人々が「英雄」なのだ。

 

 その思いを胸に、強大な敵へと立ち向かっていく。

 

 南米人が、南米人の為に戦う戦争が、今この瞬間に始まったのだ。

 

 その様子を、キラはエアリアルのコックピットに座して眺めていた。

 

 既にエアリアルは、ザフト軍の整備兵の手によって入念に整備され、更にバッテリーや推進剤、武器の補給まで行ってくれた。

 

 本来なら中立のザフト軍が、南米軍の機体に補給を行うことなど許されない事なのだが、そこはそれ、「どうせ撤退するなら物資も持ち帰らなくてはならない。それなら荷物は軽い方が良い」と言う理屈の元、エアリアルに物資を回してくれたのだ。どのみち、ミサイルや推進剤と言った消耗品は、使い切ってしまえば証拠なんて残らないだろう。接近戦用の重斬刀は問題だが、これは使い終わった後、適当に処分しておこう。

 

 口利きをしてくれたベルには感謝しなくてはなるまい。彼女が居なくては、ザフト軍もここまで好意的にはしてくれなかったかもしれないのだ。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 キラは操縦桿を握り締めながら、感慨にふけるように呟く。

 

 かつてはザフト軍の物だった機体が、今は元L4同盟軍のキラが操縦し、そして南米の独立を勝ち取る為に戦っている。

 

 運命とは、随分と数奇な物である。

 

 M1の設計者であるエリカ・シモンズは、地球軍の技術を流用して開発されたM1に対して「王道に背く者」と言う意味合いを込めて「アストレイ」と名付けたとか。

 

 そう考えれば、本来の用途から大きく外れた戦場に立つ、このエアリアルもまた「アストレイ」なのかもしれなかった。

 

 ジェスは己の役目を、見事に果たした。

 

 真実を武器に世界中の人間に呼びかけ、多くの者達を奮起させた。

 

 ならば、自分も行かねばならない。

 

 王道でない道を歩ききる為に。

 

 眦を上げるキラ。

 

 その視線の先には、ある意味、彼の故郷とも言うべき戦場が待っている。

 

 故に、もはやキラには、恐れるべき何物も存在しなかった。

 

「キラ・ヒビキ、エアリアル行きます!!」

 

 言い放つと同時に、スラスターを全開まで解き放つ。

 

 滑走する機体。

 

 翼を広げると同時に、鉄騎は天高く舞い上がった。

 

 

 

 

 

Episode-08「真実の戦い」      終わり

 



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Episode-09「降りしきる、天に吼える」

後書きにオリジナル設定があります。


 

 

 

 

 

 

 

 南米独立戦争は、正にピークを迎えようとしていた。

 

 レナ・イメリアとエドワード・ハレルソンの対決を機に、大々的な南米大陸侵攻を開始した地球連合軍。

 

 組織としては最大規模の勢力を誇る地球連合軍に対し、質、量ともに劣っている南米軍の抵抗はあまりにも無力であると言えた。

 

 南米軍が地球軍に勝っている点があるとすれば、それはただ一つ。「祖国を取り戻したい」と願う、兵士一人一人の願いと、そこから発せられる、天を衝く程に高い士気だけだった。

 

 しかし、今やその唯一の勝機すら、彼等の手から零れ落ちていた。

 

 ナイロビで開催されていたヤキン・ドゥーエ戦役の停戦交渉。その和平条約の中にある、「開戦前の状態に国境線を戻す」と言う一文。これが、それまでかろうじて維持されていた南米軍の士気を崩壊させたのだ。

 

 労せずして国は自分達の手に戻ってくる。

 

 全ては無駄だった。

 

 今までしてきた苦労も、舐めた辛酸も、犠牲になった全てに人々の魂も、

 

 全て無駄だったのだ。

 

 その事を知った時、南米軍の人々は全ての戦う意味を失い、ただ膝を突く事しかできなかった。

 

 そこへ、好機とばかりに攻め込んで来た地球連合軍。

 

 士気の瓦解した南米軍を、地球軍はまるで蟻塚を潰すように次々と撃破していった。

 

 このまま南米は、地球軍に蹂躙されるままになるかと思われた。

 

 正に、その時、

 

 風は、力強く吹き上がった。

 

 フリージャーナリストを名乗る、ジェス・リブルと言う男は言った。

 

 「南米の英雄」エドワード・ハレルソンは倒れた。

 

 しかし、南米を想い、南米の為に立ち、南米の為に戦う事ができる全ての人が「南米の英雄」なのだと。

 

 真実を告げるその言葉は、消えかかっていた南米人の心の炎を、再び力強く燃え上がらせた。

 

 戦う理由など、無くても構わない。

 

 否、戦うのに十分な理由なら、誰にだってある。

 

 地球軍が南米を焦土にするために攻めて来ると言うのなら、自分達はそれに立ち向かう為に戦う。自分達の国を守る為に。

 

 それだけで、彼等を突き動かすには充分だった。なぜなら、この国に住む全ての人々が「南米の英雄」であるのだから。

 

 南米軍の反撃が始まった。

 

 多くの市民が立ち上がり、手に武器を取って侵攻してきた地球軍に立ち向かっていく。

 

 そして、この光景こそ、エドワード・ハレルソンが真に願った事でもあった。

 

 地球軍の大攻勢を前にして、各所で次々と対抗する砲火を撃ち上げる南米軍。

 

 勿論、地球軍も黙ってはいない。

 

 そもそも地球軍は、質も量も南米軍を大きく凌駕している。いわばこの戦いは、初めから勝敗が決まっているような物なのである。

 

 南米軍の士気が予想に反して高いせいで苦戦を強いられているが、大兵力を利用した物量戦で押し潰せば、決して勝てないはずはなかった。

 

 大兵力を展開し攻め込んでくる地球軍と、密林に潜んでゲリラ戦を仕掛ける南米軍の戦いが、南米大陸の各所で展開される。

 

 

 

 

 

 この状況で、エースパイロット達も黙っていない。

 

 ジェーンはフォビドゥンブルーを駆って海中で奮戦し、地球軍が上陸するのを水際で阻止している。

 

 フォビドゥンブルーで出撃したジェーンの任務は、海上に展開した地球軍洋上艦隊を攻撃し、南米大陸に対して行われている海上封鎖を破る事にある。

 

 しかし、その任務がいかに困難であるかは、他ならぬジェーン自身が良く判っていた。

 

 ジェーンは南米軍にとって、ほぼ唯一と言っても良い海上戦力である。南米軍にも固有の海軍は存在しているが、しかし肝心の水中用モビルスーツがほぼ全く配備されていないのが現状である。

 

 自分が孤軍である事は、誰よりもジェーン自身が良く理解している。

 

 しかし、それでもジェーンは行かない訳にはいかない。

 

 エドが、愛しい男が命がけで守ろうとした南米を、彼女自身も救いたいと願っているから。

 

 海中を鮫の如く疾走するフォビドゥンブルー。

 

 しかし程無くその行く手には、真っ直ぐこちらに向かってくる複数の機影が確認できた。

 

「チッ やっぱり、タダじゃ通してくれないか・・・・・・」

 

 舌打ちしながらジェーンは、自身に向かってくる機影を睨みつける。

 

 相手はGAT-706S「ディープフォビドゥン」。ジェーンも一時期乗機にしていた、地球連合軍の主力水中機動兵器である。

 

 第2次カサブランカ沖海戦の折には少数の戦力で、それまで無敵を誇っていたザフト軍の水中モビルスーツ部隊を撃破している。

 

 ジェーンのフォビドゥンブルーを改良した機体である為、性能は向こうの方が高い。そして数も、言うまでもない事だろう。

 

 だが、

 

「上等だよ!!」

 

 ジェーンは一声吠えると、速度を上げて斬り込んで行く。

 

 これは退く事の許されない戦い。ならば、前に進む以外、ジェーンに道は無かった。

 

 

 

 

 

 圧倒的な光景が、そこにはあった。

 

 居並ぶダガーLを駆る地球軍のパイロット達は、ただ呆然と、その光景を眺める事しかできない。

 

 目の前で戦っている敵は、たった1機のストライクダガー。

 

 しかし彼等は、そのたった1機のストライクダガーを抜く事ができずにいた。

 

《おのれ、たかが1機で!!》

 

 ダガーLの1機が、不用意にストライクダガーに近付こうとする。

 

 しかし次の瞬間、

 

 目にも止まらぬ速さで、ストライクダガーは動いた。

 

 ビームサーベルを持つダガーLの右腕を、弾くストライクダガー。

 

 それだけで、ダガーLの右腕はへし折られ、あらぬ方向にひん曲がる。

 

《なッ!?》

 

 驚くパイロット。

 

 しかし、ストライクダガーの動きは、尚も止まらない。

 

 ラッシュの如く、繰り出される拳撃。

 

 嵐のような攻撃は的確にストライクダガーを捉え、一撃ごとに深刻なダメージを与えていく。

 

 それに対して、パイロットは何をする事も出来ない。ただコックピットに座し、破壊されていく自機を眺めている事しかできなかった。

 

 その間にもダガーLは装甲をボコボコにされ、地面に倒れ伏す。外見からは確認できないが、内部の機構もズタズタにされ、機能を停止しているのは明らかだった。

 

 旧式機。それも、武器を一切使わず、「素手」のみの攻撃でモビルスーツを撃破する様を見て、地球軍の間に動揺が走った。

 

 そんな地球軍を前にして、

 

「ここは通さん。是非にと言うのなら、俺が相手になる」

 

 厳かな声で《拳神》バリー・ホーは告げる。

 

 その圧倒的な存在感を前に、地球軍のパイロット達の間に、戦慄が急速に広がるのを押さえられなかった。

 

 

 

 

 

 各戦線で、地球軍を相手に奮闘を続けるエース達。

 

 そんな彼等を中心に、反撃に転じていく南米軍。

 

 各所で上がった反撃の炎は、やがて南米全土を覆う巨大なうねりとなった、更に大きく燃え上がろうとしていた。

 

 そして、更にもう1人。

 

 エド無き今、南米軍最後の切り札とも言うべき少年もまた、戦線に加入しようとしていた。

 

 

 

 

 

 それは、悪夢の如き光景だった。

 

 侵攻してきた地球軍に対して、迎撃の為に出撃した南米軍。

 

 その南米軍が、たった1機の機体に圧倒され、次々と破壊されていく。

 

 南米軍の方でも、どうにか地球軍の侵攻を防ごうと、必死の防戦を試みているが、そんな奮闘をあざ笑うかのように、その機体は南米軍を蹂躙していく。

 

 手にした双剣が弧を描くたび、確実に南米軍は数を減らしていく。

 

 そのコックピットの中で、

 

「クックックックックック」

 

 パイロットは、くぐもった笑い声をあげた。

 

「馬~鹿め等がァ!! そんな黴の生えたような機体で、勝てるとでも思っているのか!! そんな簡単な事も判らんとは、この間抜け共が!!」

 

 ベイル・ガーリアンは、地面に這いつくばる南米軍の兵士達の様子を見て、面白くてたまらないと言った感じに高笑いを上げる。

 

 実際、彼の楽しさは絶頂と言って良かった。

 

 楽しくて、楽しくて、笑いが止まらなかった。

 

 既にベイルが率いる部隊は、進撃途上にあった3つの街や村を灰燼に帰しながら、更に南米の奥地へと進んでいる。

 

 勿論、その場で目に付いた人間は、軍人、非戦闘員を問わず皆殺しにして通り過ぎてきた。

 

 まるで恐怖を見せ付けるように進撃するベイル。

 

 圧倒的な性能を誇る機体を使用して、這い回る蟻を潰すが如く。健気にもか細い抵抗を続ける敵をひねり殺していく。これほど楽しい戦いは、彼には他に無かった。

 

 力の差を知りながら、無駄な抵抗をしようとする南米軍の連中には愛おしさすら感じてしまう。勿論、そんな連中には親愛の情をたっぷり込めて踏み潰してやるのだが。

 

 無抵抗な奴らを踏み潰す瞬間は、ベイルにとって一種の快感ですらあった。

 

 しかも今回は、ベイルにとって楽しい事はそれだけではない。

 

 彼の乗るモビルスーツ。それは漆黒に塗装され、手には巨大な双剣を構えた凶悪な様相の機体である。

 

 それは、南米人なら子供でも見慣れているものである。

 

 ソードカラミティ。

 

 ベイルは地球軍の総攻撃に際し、この機体を乗機として選んだのだ。

 

 「南米の英雄」と称えられたエドワード・ハレルソンが使用していた機体を、地球軍が使い、南米の蹂躙を行う。これほど愉快な戦いは、他にはなかった。

 

 一方の南米人にとっては、悪夢であり絶望であり、そして屈辱ですらあるだろう。

 

 あれはエドではない。

 

 それが頭では分かっていても、実際にソードカラミティがシュベルトゲベールを振り翳して自分達に斬り掛かってくる様を見て、平静でいられる筈が無かった。

 

 エドが乗った機体が、南米を滅ぼす為に使われる。それだけでもはらわたが煮えくり返りそうな思いになる。

 

 また1機、ソードカラミティの剣に切り裂かれ、爆発炎上する。

 

「良い機体じゃないかッ 流石、英雄殿は良い趣味しているよ。自分の乗っていた機体で、自分の国を滅ぼされるんなら、尚更だろう!!」

 

 高らかに、笑い声を上げるベイル。

 

 それに同調するように、他の地球軍兵士達もこれ見よがしに笑い声をあげる者が出る。

 

 自分達こそ真の意味で地球人であり、他の奴らはそれ以下の存在でしかない。

 

 そう言った考えが蔓延しているのは、地球軍の部隊の中では珍しい事ではない。そんな彼等にとっては、南米軍を虫けらのようにひねりつぶしていくベイルの戦いぶりは、爽快ですらあった。

 

 南米人はザフトと、コーディネイターと手を組んでいた。それだけでも万死に値し、地球という崇高な星で暮らす資格は無い。速やかに排除する必要がある。

 

 勿論、南米とプラントが手を組んでいたというのは、ベイルの勝手な思い込みなのだが、彼等にとっては、それすらもどうでも良い事であると言えた。ようは自分たちの行為を正当化できれば、それで良いのだ。理由など、あとでいくらでもでっち上げる事ができた。

 

「さあ、行くぞッ 南米の害虫共を1人残らず叩き潰し、俺達の星を守ろうじゃないか。青き清浄なる世界の為にな!!」

 

 ベイルの宣言に、高らかに唱和する地球軍。

 

 誰1人として、自分達が虐殺に加担していると言う認識はない。むしろ、理想の為に、崇高な精神を持って聖戦に臨んでいると言う誇りすらあった。

 

 自分達に逆らう「悪」と言う存在を排除し、地球を元の豊かで美しい、清浄な星に戻す事こそ、地球軍の使命であると思っている者達ばかりである。

 

 彼等は南米軍兵士の遺骸を踏み潰し、蹴散らしながら炎の中を進軍していく。

 

「そらそらそらァ!!」

 

 上機嫌に声を上げながら、ベイルは胸部のスキュラを発射。接近しようとしていた南米軍のストライクダガーを容赦なく吹き飛ばす。

 

「どうした!? 国を取り戻すんじゃないのか!? だったらこんな所でヘタレてないで、もっと掛かってくればいいだろうが!!」

 

 連続して放たれるスキュラ。

 

 その砲火が吹き荒れる度、地は抉られ、炎が逆巻いていく。

 

 ベイルの高笑いは続き、本来なら保護すべきアマゾンのジャングルが灰燼に帰して行く。

 

 その行軍を止め得る者は、誰もいないのか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 出し抜けに、地球軍の隊列を吹き飛ばすような勢いで、爆炎が踊り上がった。

 

「何だ!?」

 

 最前まで上機嫌で破壊を振りまいていたベイルは、突然の事に素っ頓狂になって声を上げて機体を振り向かせる。

 

 その視線の先には、地球軍の陣中に踊り込んできた、1機のモビルスーツの姿があった。

 

 かなり重装備な機体である。

 

 両肩と足首にはミサイルランチャーを装備し、右手には大型の無反動砲、左手には突撃銃を持ち、腰には対艦刀の類と思われる長大な剣を鞘に入れて装備している。その他、ビームライフルやビームサーベルと言った基本的な装備も確認できる。

 

 そのコックピットの中で、

 

 キラ・ヒビキがゆっくりと、顔を上げた。

 

 ザフト軍の拠点から、エアリアルを駆って急いで前線に駆けつけたキラ。全速力で飛んできただけあり、辛うじて地球軍の侵攻に追い付く事ができた。

 

 エアリアルは今、本来の姿とは似ても似つかないほど、全身に追加した多数の武装を装備しているが、これらは全て、ザフト軍の整備員が好意で譲ってくれた物である。

 

 装備の少なさは、エアリアルにとっては欠点の一つでもある。特に敵が多い状況ではなおさらだ。それを考えれば、下手をすると国際問題にもなりかねない兵器の提供を、非公式とはいえ応じてくれたザフトの関係者には、感謝の言葉も無かった。

 

 キラはコンソールを操作して、翼に取り付けられたタンクを切り離す。

 

 このタンクは推進剤とバッテリーがセットになった物で、モビルスーツの活動時間を延長する事ができる。言わば、モビルスーツ用のドロップタンクである。このタンクのおかげで、エアリアルは全速力で駆け付けたにもかかわらず、一切の消耗無く戦闘を開始する事ができた。

 

「行くぞ」

 

 静かに呟くキラ。

 

 同時に、全ての武装を解放した。

 

 両肩と両脛脇に装備したミサイルランチャーを開くと、そこから一斉にミサイルを発射する。

 

 突然の事で、回避すらままならない地球軍。その隊列の中に飛び込んだキラは、正に台風の目のように暴れまわる。

 

 手にした無反動砲と突撃銃を駆使して次々と、立ち尽くしているダガーLを撃破して行く。

 

 しかもキラは、その全ての攻撃を、急所を外して行っている。

 

 手足や頭部を破壊され、戦闘不能に陥る機体が続出する地球軍。

 

 反撃しようにも、味方機が邪魔でエアリアルを捕捉する事ができないでいる有様だ。

 

 そんな中キラは、冷静に、しかし高速で、地球軍の戦闘力を奪っていく。

 

 ミサイルを撃ち尽くしたランチャーをパージ、身軽になったところで、無反動砲と突撃銃を構え直す。

 

 そこへ、シュベルトゲベールを振り翳して、ダガーLが2機、エアリアルに斬りかかってくる。

 

 しかし、振り下ろした大剣が、エアリアルを捉える事は無い。

 

 その前にキラは、高機動を発揮して後退しながら回避。同時に地面を滑るように横移動しながら、両手に構えた突撃銃と無反動砲を打ち放つ。

 

 たちまち、狙われたダガーLは、腕や足を吹き飛ばされてしまった。

 

 大破した機体は1機も無い。全てが、武装や手足、頭部を狙った攻撃である。

 

 猛攻を続けるエアリアル。

 

 しかし、そこで、無反動砲の弾丸が尽きてしまった。

 

 元々、携行弾数はそれほど多くない。5~6発も撃てばすぐに弾切れを起こしてしまう。

 

 そこへ、好機とばかりに斬りかかってくるダガーL。弾切れを起こした事で、今ならエアリアルを倒せると踏んだのだろう。

 

 だが、それは早計というべきだった。

 

 キラはエアリアルを操作しては無反動砲をひっくり返して砲身部分を把持すると、そのままフルスイングの要領で一気に横薙ぎに振り抜いた。

 

 ガインッ

 

 砲身はダガーLの頭部を捉え、強烈な音がジャングルに轟き渡る。

 

 ザフト軍が正式採用している無反動砲は、戦艦の装甲をも突き破る事ができる砲弾を撃ち出す関係から、かなり頑丈に作られている。

 

 その一撃をまともに食らったダガーLの頭部は、骨格が引きちぎられるように破壊され、まるで野球のボールのように彼方のジャングルまで吹き飛ばされて沈んでいった。

 

 役目を終えた無反動砲。

 

 それを投げ捨てるとキラは、今度は腰に手をやった。

 

 柄を持つと、腰に下げた剣をスラリと抜き放つ。

 

 優美な実体剣の姿が、そこにはあった。

 

 軽く反った刀身は細く、まるで三日月のような印象がある。ここが戦場でなければ、一種の芸術品のようにさえ思えた。

 

 「MA-M92 斬機刀」と呼ばれるこの武装は、日本刀を意識したデザインがされており、従来、ザフト機が標準装備していた西洋剣風の重斬刀に比べて、切れ味が格段に優れているのが特徴である。

 

 材質や精製法など、かなりの量の機密事項がふんだんに使われている武器であり、本来ならザフト軍の最重要機密兵器にも属する代物だが、この武器もまた、ザフト軍はエアリアル出撃に際して提供してくれた。ただし「使用後は確実に処分する」という条件付きではあるが。

 

 余談だが、この斬機刀を主要装備とするジンの最終発展型は「ジン・ハイマニューバⅡ型」と言い、主に機動力と接近戦能力を強化した機体であるの。この機体を装備した一部の元ザフト兵士が、やがて最悪のテロリズムを引き起こす事になるのだが、それはまだ先の話である。

 

 迫るダガーLに対し、手にした刀を振るうエアリアル。

 

 次の瞬間、

 

 驚くほど軽く、ダガーLの装甲は切り裂かれた。

 

「これは!?」

 

 何あろう、一番驚いているのは斬ったキラ自身である。

 

 ビーム刃でもないのに、ダガーLの装甲が紙のように切れてしまった。

 

 三日月のような刃が風を撒いて旋回する度、確実にダガーLは切り裂かれていく。

 

「すごい・・・・・・」

 

 一瞬キラは、それが戦いの為の武器である事も忘れて見惚れてしまう。

 

 優美な外見とは裏腹に、恐るべき切れ味である。しかも、バッテリーを一切消耗しないで使える分、デッドウェイトである事を除けば、ビームサーベルよりもよほど効率が良い武器である。

 

 こんな物を作ってしまうあたり、ザフトの技術は侮れない物があった。同時に、提供してくれたザフト軍の整備員が、使用後は確実に処分するように言っていた訳も理解した。これは正直、判らない話でもなかった。

 

 改めて刀を構え直すエアリアル。

 

 そこへ、業を煮やしたとばかりに、シュベルトゲベールを振り翳したソードカラミティが斬り込んで来た。

 

「おのれ、生きている価値も無いクズ虫の分際で!! よくも好き勝手に暴れてくれたなッ 貴様など、この俺の手で引き裂いてやる!!」

 

 振り下ろされるシュベルトゲベール。

 

 その剣閃を、キラは正確に見極めてスラスターを噴射すると、上昇しながら斬撃を回避。同時に、左手に装備していた突撃銃を撃ち放つ。

 

 放たれる弾丸。

 

 しかし、

 

「間抜けがッ そんな物が効くと思っているのか!?」

 

 TP装甲を装備しているソードカラミティが相手では、実体弾は効果を持たない。

 

 勿論、キラはその事を充分に承知している。

 

 撃ち終った突撃銃を投げ捨てると、素早く腰に手を伸ばすエアリアル。

 

 そこへ、

 

「そぉら、死ねェ!!」

 

 シュベルトゲベールを振り翳して斬り込んでくる、ベイルのソードカラミティ。

 

 その鼻っ面目がけて、キラは腰から取り出したハンドグレネードを投げつけた。

 

 接触と同時に、爆発を起こすハンドグレネード。

 

「ぐおッ!?」

 

 これには、流石のベイルも思わず声を上げる。

 

 いかにTP装甲とは言え、爆発の衝撃まで無効化する事はできない。鼻っ面で起こった爆発のせいで、ソードカラミティは凄まじい振動に見舞われた。

 

 空中でバランスを崩すソードカラミティ。

 

 そこへ、

 

 斬機刀を振り翳したエアリアルが斬り込んで来た。

 

 振り下ろされる刀。

 

 対して、バランスを崩した状態のソードカラミティは、防御も回避もままならない。

 

 エアリアルの斬撃をコックピット付近に受け、ソードカラミティは更なる振動に襲われた。

 

「オォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 轟音、衝撃。

 

 ソードカラミティは、そのまま地面に勢いよく叩き付けられた。

 

 同時に、コックピット内のベイルも、思わず意識が飛びそうになる程の衝撃に襲われた。

 

「く、クソッ!!」

 

 悪態を吐きながらも、首を振ってどうにか意識を回復させ、体勢を立て直そうとする。

 

 しかし、いくらベイルが操縦桿やコンソールを動かしても、ソードカラミティはピクリとも動かない。

 

「クソッ なぜ動かん!?」

 

 あらゆるレバーを滅茶苦茶に動かすベイル。

 

 しかし、やはり結果は同じ。ソードカラミティは唸るような駆動音を響かせるだけで、全く動こうとしなかった。

 

「動け!! 動けよ、このポンコツがァ!!」

 

 自らの機体を罵るベイル。

 

 しかし、ソードカラミティは、まるで主の意志に逆らうように、倒れ伏したまま動こうとしない。

 

 実はこの時、ソードカラミティは墜落のショックで伝達系統が破損し、エンジンからのエネルギー伝達が機体の方に行き渡らなくなっていたのだが、しかし見様によっては、かつて「南米の英雄」が駆ったソードカラミティと同型の機体が、南米人を虐殺しようとするベイルに対して自らの意志で逆らっているようにも見えた。

 

《隊長、もはやこれまでです!!》

 

 倒れ伏したソードカラミティを見かねて、2機のダガーLが、両脇から助け起こすようにして持ち上げる。

 

 どうやら撤退するつもりらしい。

 

 キラの攻撃によってほとんどの機体が損傷を負い、更に頼みのソードカラミティまで大破させられたとあっては、もはや彼等にキラを倒す事は不可能だった。

 

 逃げ帰っていく地球軍の部隊を、キラは黙って見送る。

 

 元より、こちらも余裕がある身ではない。逃げる敵まで追っていられるほど暇ではない。

 

 敵を撃退できた。今はそれで、戦果としては充分すぎた。

 

 ちょうどその時、エアリアルの後方から別の反応が近付いて来るのが、センサーで分かった。

 

 今度は地球軍ではない。振り返ると、南米軍所属のストライクダガーが数機、エアリアルの方に近付いてきた。

 

《エアリアル、キラ君か!?》

 

 通信機のスピーカーからは、聞き覚えのある男性の声が響いてきた。

 

「アルベルトさん。どうしてここに?」

 

 エドの部下だったアルベルト・コスナーが、どうやらこの部隊の指揮官であるらしい。

 

 アルベルトは、相手がキラと判って機体を寄せてきた。

 

《地球軍の部隊が侵攻して来たって報告を受けてね。急いで駆け付けたんだけど・・・・・・》

 

 アルベルトは周囲を見回してから言った。

 

 周りには、撃破したダガーLの残骸が散乱しているのが見える。

 

 これら全てをキラ1人でやった事を考えれば、他の人間からは、たとえそれが味方の戦果であっても戦慄してしまうだろう。

 

《どうやら、遅かったみたいだね》

 

 その口元には、苦笑が浮かべられる。

 

 まさか、自分達が到着する前に、キラが全ての敵を倒してしまうとは思っても見なかったらしい。

 

 とは言え、和んでばかりもいられない。敵の一部隊を倒したとはいえ、まだまだ大軍が控えているのだから。

 

「僕が援護します。他の敵の掃討に当たりましょう!!」

《了解した。アテにしているよ!!》

 

 そう言うと、キラはアルベルト達の戦闘に立って進撃を始める。

 

 戦況は、相変わらず南米軍にとって厳しい状況が続いている。

 

 しかし、ほんの僅かではあるが、光明が見えてきたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況が変わりつつある。それは、戦場にいる誰もが感じ始めていた事である。

 

 兵力は相変わらず、地球軍が南米軍を圧倒している。

 

 しかし、これまでのように、一方的に地球軍が蹂躙していく光景は、殆ど見られなくなりつつあった。

 

 必死の抵抗をつづける南米軍が僅かずつではあるが前進をし始め、侵攻してきた地球軍を押し返し始めている。

 

 ジェスが行った放送の効果は絶大と言って良かった。

 

 真実の声に導かれた南米の人々は奮起し、自分達の国を取り戻すべく戦い始めたのだ。

 

 一方の地球軍の側からすれば、当てが外れた形である。ナイロビ会議の結果を公表し、南米軍の士気を砕いたうえで殲滅戦を行うと言うのが彼等の書いた筋書きだったのだが、ジェスの活躍により、その思惑を打ち砕かれてしまい、予想以上の手痛い反撃を喰らってしまっている。

 

 それでも、地球軍は尚も南米軍に対して戦力的なアドバンテージを持っている。

 

 南米軍の士気が上がったからと言って、何も慌てる必要は無い。これでようやく、条件は五分に戻っただけの話である。ならばあとは、純粋な戦力と戦力のぶつかり合いとなる。そして、その戦いに地球軍が負ける筈が無かった。

 

 再び攻勢を強める地球軍。

 

 それに対して、少ない戦力をやりくりして地球軍の侵攻を阻もうとする南米軍の間で、激しい応酬が行われる事となる。

 

 そんな最中にあって、各エース達も奮戦を続けていた。

 

 

 

 

 

 バリー・ホーの戦いは、間も無く終ろうとしていた。

 

 彼が駆るストライクダガーは、すでに動いているのも不思議なくらいにボロボロに成り果てている。

 

 武器を一切使わず、格闘術のみで敵を倒すバリーのやり方は、どうしても機体に負担を掛ける事になる。駆動系、伝達系は既に大半が機能停止寸前の状態であり、装甲もあちこち破れている。極めつけに、左腕が先程攻撃を喰らって吹き飛ばされていた。

 

 いかにバリーが卓抜した技量と精神を誇る格闘家であったとしても、彼の乗る機体までもが超絶的になる訳ではない。

 

 もはや、バリーのストライクダガーが使い物にならない事は、火を見るよりも明らかだった。

 

 しかし、そのような状態になって尚、バリーは戦う事をやめようとはしなかった。

 

 苦戦の末ではあるが、ダガーLを1機、殴り倒したバリー。

 

 決して勝負を諦めない事。それもまた、戦士として必要不可欠な最低限の要素である事は間違いない。

 

 しかし、

 

「・・・・・・流石に、限界か」

 

 呻くように、コックピットの中でバリーは呟いた。

 

 既に機体は、殆ど動かなくなるつつある。バッテリー残量も既に危険域に入り、あとワンアクションすれば、全ての動力が停止する事は明らかであった。

 

 その事は地球軍の方でも把握しているのだろう。好機とばかりに、ビームサーベルを構えたダガーLが斬り掛かってくる。

 

 それを見たバリーは、一瞬で決断を下す。

 

 もはや、この機体で戦う事は不可能。ならば、次の手を打つまでだった。

 

 振り下ろされたサーベルが、既に殆ど動けなくなったストライクダガーを斬り捨てる。

 

 しかし次の瞬間、バリーはコックピットハッチを開いて、空中に踊り出した。

 

「ハァッ!!」

 

 人知を超える程の跳躍。重力がある事すら忘れたかのような飛翔。

 

 次の瞬間、バリーが繰り出した蹴りは、たった今、ストライクダガーを斬ったダガーLのカメラアイを捉え砕いた。

 

 全く予期し得なかった方法でカメラアイを破壊されたダガーLは、思わずその場で数歩よろける。

 

 そのまま、着地するバリー。

 

 蹴り一つでモビルスーツの戦闘力を奪い、そのまま15メートル下に着地する。もはや人間の範疇で測れる領域を超えていた。

 

 しかし、バリーの奮戦もそこまでだった。

 

 突如、バリーは背後から狙撃されて、肩を貫かれた。

 

「ぐッ!?」

 

 くぐもった声と共に、片膝を突くバリー。見れば、背後に立っている105ダガーが、足部に装備した対人用の機関砲で攻撃してきたのだ。

 

 しかし、12.7ミリの口径を持つこの機関砲の威力は、対人攻撃に用いれば、絶大な威力を発揮する。本来なら、人間の五体など粉々に砕け散ってもおかしくはないところである。それをバリーは、まともに喰らって軽傷の範囲に収まっている辺り、やはり尋常ではなかった。

 

 とは言え、バリーの危機がそれで去ったわけではない。

 

 既に機体も無く、抵抗する術を持たないバリー。

 

 もはやこれまでか。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 突如、バリーを攻撃しようとしていた105ダガーが、複数の砲弾を浴びて爆発、そのまま轟音を上げて地面に倒れ伏した。

 

「・・・・・・何が起きた?」

 

 驚いて振り返るバリー。

 

 そこには、新たに密林から出て来た、2機のモビルスーツの姿があった。

 

 1機はザフト軍の主力機動兵器であるジンだが、機体各所に継ぎ接ぎのように色が違う部分がある。

 

 そしてもう1機は、ツインブレードとツインアイを持つ所謂「ガンダム顔」の機体で、白の中に映える、鮮やかな蒼い装甲が目を引く機体である。

 

 蒼い機体は、砲台型のガトリングガンを構え、その銃口を威嚇するように地球軍へと向けている。どうやら、バリーを救ったのは、あの機体であるらしかった。

 

《戦闘を中止しろ!! このジャングルの中にある村を守る任務を受けている。抵抗するなら排除する!!》

 

 蒼い機体から、警告が発せられる。

 

 しかし、相手が2機である事で、地球軍は与し易いと思ったのだろう。地球軍は目標を変更して、新たに現れた2機の方への攻撃を開始する。

 

 対して、青い機体とジンも反撃に転じる。

 

 青い機体は構えていたガトリング砲を巨大な剣に変形させ、向かってくるダガーLを一刀のもとに斬り捨てる。

 

 ジンも手にしたライフルで蒼い機体を掩護している。

 

 一方のバリーはと言えば、そんな2機。特に、青い方の機体の戦いぶりに見入っていた。

 

「あの青い機体・・・・・・あれは・・・・・・」

 

 聞いた事がある。

 

 モビルスーツを駆る傭兵部隊の話。構成メンバーは少数ながら、各分野のスペシャリストを揃えており、地球圏最強の傭兵部隊として名高い存在。何より、傭兵でありながら誇りを重んじ、道理に合わない仕事は決して引き受けないと言う、尊敬すべき者達。

 

「・・・・・・傭兵部隊サーペントテール・・・・・・叢雲劾(むらくも がい)

 

 その太刀筋は、格闘術を極めたバリーの目から見ても流麗であり、技量と信念が混ざり合った、気高き剣であるように思えた。

 

 程無く、サーペントテールが地球軍を殲滅するまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 キラがその機体の接近に気付いたのは、反攻に転ずる南米軍を上空から援護している時だった。

 

 雲の影に一瞬、光が走ったかと思うと、炎が翼のように広がり、急速に接近してくるのが見えた。

 

「あの機体は!?」

 

 声を上げるキラ。

 

 それは、エアリアルで初めて戦場に立った時に戦った、あのシルフィード級機動兵器だった。

 

 地球軍が攻勢に出てきているのだから、当然、あの機体も出て来るであろう事は予想済みだったが、まさかこのタイミングで出くわす事になるとは思わなかった。

 

 しかし、

 

 キラはチラッと、眼下の地上に目をやる。

 

 そこでは今、アルベルトを始め南米軍の兵士達が、迫り来る地球軍に対して必死の抵抗を続けている。今のところ状況は拮抗しているが、それでもいつ均衡が崩れてもおかしくない状態である。

 

 そのような中で、あの機体に出てこられたのでは、南米軍の戦線は一気に崩壊してしまう事にもなりかねない。

 

「僕がやる。それしかない」

 

 呟くと同時に、キラはエアリアルを旋回させて迎え撃つ体勢を整える。

 

 対して、ストームのコックピットでは、ラキヤがサングラス越しに、自分に向かってくるエアリアルの姿を捉えていた。

 

「あいつ・・・・・・・・・・・・」

 

 低い声で呟く。

 

 強敵の出現に、僅かながら心が揺れ動くのが分かった。

 

 かつてはナチュラルのザフト兵として、今は元ザフト兵の地球軍兵士として、異端の道を歩み続ける自分。

 

 心にあるのは、風が吹き抜けるような空虚感のみ。

 

 そんな中にあって、あの敵との戦いだけがラキヤの中で何か、これまでとは違う物を齎してくれるような気がしていた。

 

 もっとも、今の自分が何を得たところで、これ以上変われるとも思えないが。

 

 しかし、

 

「良いよ、相手になってあげる」

 

 呟くと同時に、スラスターの出力を上げエアリアルと対決すべく前へと出る。

 

 どのみちラキヤの任務は、味方の援護である。ここでエアリアルを撃墜できれば、掩護としては最上のものとなるだろう。

 

 両者、対峙しながら速度を上げる。

 

 キラとラキヤ。

 

 互いに王道ではない道を歩く者同士、最後の激突が幕を上げた。

 

 

 

 

 

Episode-09「降りしきる、天に吼える」      終わり

 




エアリアル・フルウェポンカスタム

武装
大型無反動砲×1
重突撃機銃×1
6連装ミサイルランチャー×4
斬機刀×1
ハンドグレネード×2
ビームライフル×1
ビームサーベル×2
対装甲コンバットナイフ・アーマーシュナイダー×2
アンチビームシールド×1
ピクウス頭部機関砲×2

パイロット:キラ・ヒビキ

備考
エアリアルをザフト軍の装備で可能な限り強化した状態。本来なら中立のザフト軍が南米軍に武器供与する事は許されない為、装備の大半は使い捨て可能な物になっている。尚、斬機刀はジン・ハイマニューバⅡ型に使われている日本刀タイプの物で、従来の重斬刀に比べて、切れ味が格段に鋭くなっている。これによりエアリアルの重量はかなり高くなってしまったが、使い捨てのドロップタンクを装備する事で、消費増大分を補っている。





ベイル専用ソードカラミティ

武装
通常と同じ。

パイロット:ベイル・ガーリアン

備考
他のソードカラミティと比べると、特に性能に差がある訳ではなく、たんに「南米の英雄が使用した機体で南米を蹂躙する」と言う目的の元、ベイルが選択した機体。しかし、エドを英雄として称える南米人にとっては、正に悪夢とも言うべき機体。


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Episode-10「想い貫く刃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高空ですれ違うたび、両者の繰り出す刃が鋭い音を立ててぶつかり合う。

 

 蒼穹に描く白いストレーキは、まるでアートの如く折り重なり、流麗な文様を空のキャンパスに描いていく。

 

 ここには誰もいない。自分たち以外には。

 

 ただ、王道ではない道を歩き続ける2体の鉄騎は、互いに掲げた剣を振り翳して、戦の舞を続ける。

 

 エアリアル、そしてストーム。

 

 互いに設計思想を同じくする2機は、その操る者の意志を受け、己が翼を広げて蒼穹を翔ける。

 

 接近。

 

 同時に繰り出される斬撃。

 

 一閃は、しかし相手の盾に阻まれて目標を捉える事は無い。

 

 互いの舌打ちが聞こえないのが、不思議なくらいの激しい戦いである。

 

 エアリアルを駆る少年は、キラ・ヒビキ。

 

 かつては「最凶最悪のテロリスト」として恐れられ、大戦中は地球軍、オーブ軍、そしてL4同盟軍と所属を変え、最後まで戦い抜いた異端の戦士。

 

 ストームを駆るのはラキヤ・シュナイゼル。

 

 かつてプラントで育ち、ナチュラルであると言うだけで迫害を受けた少年。やがてザフト軍に入り、そして捕虜になって、今は地球軍の兵士として戦っている。

 

 共に、歩んできた道は光差さない影の道。

 

 故に、王道より外れた者。

 

 ASTRAY(アストレイ)

 

 ただ、前へ進みゆく事をのみを宿命付けられた2人の少年は、互いの翼に全てを賭けてぶつかり合う。

 

 スラスターを全開。ビームサーベルを振り翳して斬り掛かるストーム。

 

 対してキラは、その動きを真っ向から見据えると、翼を広げて上昇しながら回避する。

 

 それと同時にエアリアルは、ビームライフルを構えて撃ち放つ。

 

 閃光は3度、上空からストームに襲いかかる。

 

 しかし、

 

「遅い!!」

 

 ラキヤは素早くスラスターの噴射角度を変えると、ストームに急激な機動を強要してエアリアルからの攻撃を強引に回避する。

 

 同時に、反撃に転じるラキヤ。

 

 ストームはビームライフルショーティを抜き放ち、急降下して向かってくるエアリアルに銃口を向ける。

 

 対空砲のように、上空目がけて撃ちだされる閃光。

 

 真っ直ぐに伸びる光の軌跡をキラは、

 

「狙いが甘いね!!」

 

 シールドを掲げて防御。同時に、腰から斬機刀を抜き放つ。

 

 三日月形の刃が、陽光に照らされて光を放つ。

 

 鋭く振るわれる刃。

 

 その一撃を、ラキヤは機体を後退させる事で回避する。

 

 ストームはPS装甲を採用している為、物理衝撃には絶対的な防御力を持っている。本来であるなら、実体剣の攻撃はわざわざ回避しなくてもいいのだが、直撃時の衝撃自体はゼロにはできないし、そのせいで内部機構やラキヤ自身にダメージが入る可能性も否定できない。何より、今は空中戦の最中である。直撃を喰らって高度を下げたりしたら、その分不利になってしまう。空中戦の場合、より高い高度に位置した方が有利になるのは道理である。

 

 その為、ラキヤはわざわざ回避する道を選んだのである。

 

 すかさず、キラは追撃を掛ける。

 

 回避行動を取るストームに対してビームライフルを発射。

 

 対抗するように、ラキヤもビームライフルショーティを放つ。

 

 しかし、互いに旋回しながら攻撃している為、なかなか直撃弾は得られない。

 

「なら、これでどうだ!!」

 

 キラはエアリアルの双翼をいっぱいまで広げる。

 

 同時に、合成風を受けた双翼はエアリアルに急激にブレーキをかけ、より急角度な旋回力を与えてくれる。

 

 より小さい旋回半径でストームの背後に回り込んだエアリアル。

 

「今度こそ!!」

 

 ライフルの照準を合わせ、トリガーを引き絞るキラ。

 

 対してラキヤも、背後に回り込んだエアリアルを、サングラス越しに鋭く見据える。

 

「そう来るか・・・・・・なら!!」

 

 叫びながら、スラスターに目一杯の出力を叩きこむ。

 

 大きく広げられる炎の翼。

 

 翼は絶大な推進力となって、エアリアルを一気に引き離しにかかる。

 

 同じ空中戦型のモビルスーツ。一方はシルフィード級機動兵器の後継機であり、もう一方はそのシルフィードに対抗する為に建造された機体。

 

 同じような境遇と思想の下で開発されたエアリアルとストームだが、差異は僅かながらに存在した。

 

 ストームは推進力と揚力を、ほぼ背部に備えたスラスターに頼っているのに対して、エアリアルは大きな翼を備えており、揚力に関しては翼を利用して得る事ができる。

 

 これは両者の機動力にも大きくかかわってくる問題である。エアリアルなら翼の角度調整で容易に方向転換できるため、先程のように急激な機動も楽に行う事ができる。

 

 これに対してストームはスラスター微調整によって方向転換を行うのだが、やはり安定翼が無い為、旋回能力と言う点ではエアリアルに一歩譲ってしまう。

 

 機動性と言う点では、エアリアルはストームを凌駕している。

 

 ただし、ストームは大出力のエンジンとスラスターを搭載している関係から、直線速度においてはエアリアルを上回っている。それ故、先程のように背後を取られた状態からでも辛うじて離脱する事ができたのだ。

 

 旋回力に勝るエアリアルと、直線速度が優れるストーム。同じ空中戦型のモビルスーツでも、戦い方に関してはおのずと変わってくる。

 

 勝負を決めるのは、パイロットの技量次第と言う事だ。

 

 キラは前大戦中、シルフィード、イリュージョンと言った機体を乗機にしていた関係から、どちらかと言えば地上戦よりも空中戦を得意としている。

 

 対してラキヤも、様々なザフト系モビルスーツを乗りこなしてきたが、中で気に入っていたのは空戦型モビルスーツのディンだった。

 

 互いに空中戦の名手が、自分達のフィールドで対決する戦いは、いよいよ白熱の様相を見せ、天をも焦がす勢いで続けられていた。

 

 旋回しながらビームライフルを放つエアリアル。

 

 キラはコックピットの中で操縦桿を握り直しながら、迎え撃つようにビームライフルショーティを構えるストームを見据える。

 

 ストームの銃口から放たれる閃光。

 

 それをキラは、いったん沈み込むようにして回避。同時に、腰から斬機刀を抜き放った。

 

「これで!!」

 

 斬り上げられる刀。

 

 対抗するように、ラキヤもストームのビームサーベルを抜いて装備する。

 

「やらせるか!!」

 

 切り下ろされる光刃。

 

 交錯する両者の刃。

 

 次の瞬間、

 

 斬機刀の刃は、すり抜けるようにしてビームサーベルを透過した。

 

「なッ!?」

 

 驚くラキヤ。

 

 斬機刀はシールド等と同じ、アンチビームコーディング処理されている為、ビームを弾く性質を持っている。その為、たとえビームサーベルでもぶつかり合えば、今のように「斬る」事もできるのだ。

 

 衝撃が、ストームを襲う。

 

 斬り上げられた斬機刀の一撃が、ストームの胴体を直撃した。

 

 勿論、PS装甲がある為、他の機体のように切り裂かれる事は無いが、それでもかなりの衝撃が内部を襲う事となった。

 

「グッ!?」

 

 浮き上がるような感覚と共に、ラキヤは一瞬、意識が飛びかけたのを自覚する。

 

 バランスを崩すストーム。

 

 そのまま、錐揉みするようにして地上へと落下していく。

 

 キラのエアリアルは、翼を広げてそれを追う。

 

 トドメを刺すように、手にした斬機刀を振り翳すエアリアル。

 

「クソッ!!」

 

 接近する機影に気付いたラキヤも、ビームライフルショーティを構えて迎え撃とうとする。

 

 銃口から放たれる閃光。

 

 しかし、機体が安定しない状態での攻撃である為、照準が定まらない。

 

 エアリアルを狙ったストームの攻撃は、悉く空を切る。

 

 その隙に、距離を詰めるキラ。

 

「貰った!!」

 

 振り下ろされる斬撃。

 

 その一瞬、

 

 辛うじて、ラキヤはストームの体勢を立て直す事に成功した。

 

「まだまだ!!」

 

 横なぎに振るわれるビームサーベル。

 

 その刃が、斬機刀の刀身を真っ二つにして斬り飛ばしてしまった。

 

「そんな!?」

 

 これにはキラも驚く。アンチビームコーティングを施された刀身を、ビームサーベルで斬り飛ばされるとは思わなかったのだ。

 

 実は先程の剣戟の際に、ビームサーベルを透過した時に、斬機刀の表面に施されたビームコーティング剤が僅かにはがれ、若干ながら刀身の強度が落ちてしまっていたのだ。そこへ偶然、再度同じ場所に光刃を受けてしまった為、斬機刀は切り飛ばされてしまったのである。

 

 ストームが追撃の為に繰り出した斬撃をシールドで防ぎながら、どうにか後退するキラ。同時に、折れた斬機刀の柄を投げ捨てると、自身もビームサーベルを抜き放った。

 

 地上へと落下していく斬機刀。

 

 完全に処分を確認したわけではないが、これでザフト軍への義理は果たした。と、キラは勝手に納得しておいた。

 

 ラキヤはストームの右手にサーベル、左手にライフルを構えてエアリアルとの距離を詰めていく。

 

 高速で接近するストーム。

 

 対してキラは、ビーム攻撃をシールドで弾きながら、エアリアルの右手に装備したサーベルを振り翳して迎え撃つ。

 

 互いに振り下ろす刃。

 

 それを、同時にシールドで受ける両者。

 

「「チッ!?」」

 

 舌打ちするキラとラキヤ。

 

 弾かれるように後退。

 

 ほぼ同時に、互いにライフルを構える。

 

 迸る閃光。

 

 しかし、今度は僅かにラキヤの方が早かった。

 

 放たれた閃光が、エアリアルの手からビームライフルを吹き飛ばす。

 

「クソッ!?」

 

 とっさにライフルをパージするキラ。負荷に耐えかねて爆発するのに任せると、その爆炎を尻目に、再びビームサーベルを構える。

 

 接近するエアリアル。

 

 対抗するように、ラキヤは斬撃に備えてシールドを掲げる。

 

 しかし次の瞬間、

 

 凄まじい衝撃が、ストームに襲い掛かった。

 

「何ッ!?」

 

 驚くラキヤ。

 

 キラはサーベルを構えて斬撃を繰り出すと見せかけて、鋭い蹴りをストームに叩き付けたのだ。

 

 再びバランスを崩すストーム。

 

 とっさにスラスターを全開まで吹かし、高度が落ちるのを最小限度にとどめる。

 

 しかしそこへ、好機と捉えて斬り込んでくるエアリアル。

 

 繰り出される斬撃。

 

「このッ やら、せるか!!」

 

 ラキヤはとっさに、機体を傾かせて回避行動を取る。

 

 一閃される光刃は、ストームの肩の装甲を斬り裂く。

 

 お返しとばかりに、ストームが放ったビームライフルショーティがエアリアルの脇腹に命中するが、キラがとっさに横滑りして回避した為、僅かに脇腹部分の装甲が砕けるにとどまる。

 

 更に追撃を掛けるように、ライフルを放つラキヤ。

 

 対してキラは、頭部の機関砲でストームに牽制の射撃を加える。

 

 PS装甲相手では機関砲の弾丸など、豆鉄砲ほどの威力も無いが、それでも視覚を攪乱するくらいの効果は期待できた。

 

 案の定、飛んでくる弾丸のせいで微妙に狂った照準は、エアリアルを捉える事はできない。

 

 その間にキラは、距離を詰める。

 

 繰り出した蹴りがストームの左手を直撃し、そこに握られていたビームライフルショーティを弾き飛ばした。

 

「・・・・・・・・・・・・強い」

 

 コックピットの中で、ラキヤは低い声で呟きを漏らす。

 

 初めから予想していた事だが、相手はかなりの実力者である。

 

 正直、モビルスーツでの戦いなら、ラキヤもかなりの自信があるのだが、そのラキヤですら、目の前のパイロットには敵わないと思えた。

 

 否、技量自体にはキラもラキヤも、そう変わりはない。

 

 しかし、技量とは何か別の要素において、キラはラキヤには無い物を持っている。それが、両者の間で家体的な戦力差となって表れているのだ。

 

 戦いが始まってから、ラキヤは何度もキラに対して優位に立った。勝負を決められると思った事もあった。

 

 しかしその度に、キラは信じられないような技量を発揮して、状況をあっという間にひっくり返してしまうのだ。

 

 それは正に、両者の持つモチベーションの差に他ならなかった。

 

 今のラキヤには何も無い。守りたいと思う物も、貫きたいと思う信念も、共に歩みたいと思う仲間も、愛する者すら傍にいない。

 

 対してキラは僅かな期間とは言え、過ごした南米の大地を守りたいと思って戦っている。エドやジェス、そう言った触れ合った人々の想いを受けて戦っている。

 

 何も無いラキヤと、多くの物を背負っているキラ。

 

 その両者の差が、戦いの場にあって顕著に表れていた。

 

「これで!!」

「クッ!!」

 

 キラとラキヤは、互いに剣を掲げ、翼を広げて斬り掛かっていく。

 

 交錯する一瞬。

 

 刃を繰り出すタイミングは、ほぼ同時。

 

 次の瞬間、

 

 エアリアルの剣が、

 

 ストームの右肩を真っ向から斬り裂いた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ラキヤは、自機の右腕を呆然と見つめる。

 

 真っ向からの勝負に、ラキヤは敗れてしまった。

 

「クソッ!!」

 

 残った左手で、もう1本のビームサーベルを抜こうとするラキヤ。

 

 まだ、勝負を諦めるつもりはない。まだ自分は戦える。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 エアリアルの強烈な蹴りが、ストームに襲い掛かった。

 

 吹き飛ばされ、バランスを失って落下していくストーム。

 

 そのコックピットの中で、自身に背を向けて飛び去って行くエアリアルの背中を呆然と眺める。

 

「・・・・・負けた・・・・・・完全に・・・・・・」

 

 背負っているものが、あまりにも違い過ぎた。

 

 この勝負、最初から勝敗は決まっていた。

 

 所詮、心の中に何も持たないラキヤが、多くの物を背負って戦うキラに敵う筈が無かったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・僕にも何か、思う物があれば・・・・・・僕は、彼に勝てたのだろうか?」

 

 答えの無い自問を、虚空に向かって行うラキヤ。

 

「・・・・・・・・・・・・ねえ、アリス」

 

 最後に、恋した少女の名を呟きながら、

 

 ラキヤを乗せて、ストームは真っ逆さまに堕ちて行った。

 

 

 

 

 

 一方、ラキヤを下したキラは、そのままゆっくりと、エアリアルを地上へと降下させていった。

 

 激しい空中戦の後とあって、キラも息を荒くした状態でシートに座している。

 

 強敵だった。

 

 最後の一瞬、ラキヤの剣が僅かに鈍らなければ、負けていたのはキラの方だったかもしれない。

 

 モニターに目をやれば、既に推進剤もバッテリーも危険域に差し掛かっている。非公式に武器や物資を提供してくれたザフト軍の好意でここまで戦ってこれたが、ここらで限界らしかった。

 

 それほどまでに、ラキヤとの戦いは熾烈を極めた物だった。

 

 とは言え、まだ戦いは終わっていない。戦場では尚も、南米軍が必死の抵抗を続けているのだ。彼等を支援する役目がキラには残っていた。

 

 地上へ、足を付けるエアリアル。実際の話、これ以上補給無しで戦い続けるのは難しい。どこか、近くの南米軍拠点で補給を受けたいところだった。

 

 その時だった。

 

《キラ君!!》

 

 呼び声と共に、1機のストライクダガーが密林をかき分けるようにして近付いて来るのが見えた。遠目にも判るくらい損傷を負ったその機体は、今まで最前線で戦っていたであろう事を容易に想像させる。

 

 聞き覚えのある声に、キラも顔を綻ばせた。

 

「アルベルトさん、状況はどうですか?」

 

 駆け寄ってきたストライクダガーは、アルベルト・コスナーの機体だった。どうやら今まで前線で戦っていたのだが、エアリアルが下りて来るのを確認して近付いてきたらしかった。

 

 アルベルトはエアリアルのすぐそばまで駆け寄ると、機体を停止させる。

 

《この辺の敵の掃討はだいたい終わったよ。皆、撤退した敵を追撃している所だ》

 

 そう言ってから、アルベルトは笑顔を浮かべる。

 

《君のおかげだよ。君が敵のエースを押さえてくれたおかげで、どうにか敵を押し返す事ができた。本当にありがとう》

「いえ、そんな・・・・・・」

 

 アルベルトの言葉に、キラは少し照れたように言葉を濁す。

 

 実際の話、皆が頑張ってくれたから、どうにか戦況を巻き返す事ができたのだ。キラ1人で出した結果と言う訳ではない。

 

 多くの人が集まれば、どれだけ大きな事ができるのか、と言う事の証明でもあった。

 

「ところでアルベルトさん。どこか、近くに南米軍の拠点はありませんか? できれば補給をして、僕も戦線に復帰したいんですけど」

 

 消耗したエアリアルで、これ以上戦うのは危険である。再度出撃するにしても、どこかで補給が必要だった。

 

《ああ、それなら、ここから東に40キロくらい、かな。それくらい行った所に補給基地がある。そこなら、補給も受けられるよ》

 

 アルベルトの説明を聞いて、キラは考え込む。

 

 40キロ。それくらいなら、今残っているバッテリーと推進剤でも充分に飛べるはず。そして戻ってきて戦線に復帰するのも容易だった。

 

「判りました。行ってみます。その間、戦線の方をお願いします」

《ああ、判った。待ってるよ。ああ、そうだ、キラ君》

 

 立ち去ろうとするキラを、アルベルトは何かを思い出したように呼び止める。

 

「はい、何ですか?」

 

 機体を振り返らせるキラ。

 

 そして、

 

《死んでくれない?》

 

 ストライクダガーが構えたビームライフルが、エアリアルに向けて真っ向から放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海中では、ジェーンが尚も孤独な戦いを続けていた。

 

 敵は南米への海上封鎖を行う為に、多数のディープフォビドゥンを繰り出してきていた。

 

 ジェーンの任務は、これらのディープフォビドゥンと、その後方に控えている地球軍艦隊を撃破して海上封鎖を解除する事。

 

 南米軍で唯一と言っても良い海上戦力であるジェーンにしかこなせない任務である。

 

 しかし、如何に《白鯨》ジェーン・ヒューストンとは言え、やはり多勢に無勢の感は否めなかった。

 

 彼女の駆るフォビドゥンブルーは、尚も多数の敵機に囲まれている。

 

 既に超音速魚雷は撃ち尽くし、バッテリーの関係でフォノンメーザー砲を撃つ力も残されていない。おまけに先程、敵の攻撃を受けて左足の膝から下を吹き飛ばされていた。

 

 地球軍はジェーンの機体が、あまり深い深度までは潜れない事が分かっている為、アウトレンジで攻撃を仕掛けながら包囲網を狭めてきている。

 

 性能で劣る機体で、更に多数の敵に囲まれると言う圧倒的に不利な状況。

 

 だが、それでもジェーンは、諦めずに戦い続ける。

 

「《白鯨》を舐めるなよ!!」

 

 言い放つと同時に、トライデントの刃を近付いてきたディープフォビドゥンに突き刺す。

 

 更に装甲内部に内蔵されているニーズヘグ重刎首鎌を展開、不用意に近付こうとした敵機を容赦なく斬り捨てた。

 

 《白鯨》の面目躍如と言うべきか、絶望的な状況で尚も、他の追随を許さない戦闘技術には感嘆させられる物がある。

 

 しかし、それも限界であった。

 

 ディープフォビドゥン1機を撃墜したところで、動きを止めるフォビドゥンブルー。

 

 そこへ、地球軍は魚雷による集中砲火を浴びせてきた。

 

 海水を撹拌しながら、急速に迫ってくる複数の魚雷。

 

 対して、最早、殆ど余力の遺されていないフォビドゥンブルーには、それを回避するだけの力はない。

 

「これまでか!?」

 

 ジェーンが覚悟を決めた。

 

 次の瞬間、

 

 まさに命中直前であった魚雷が、横合いから攻撃を受けて一斉に撃破された。

 

 水中爆発が衝撃波を生み、フォビドゥンブルーの装甲を叩き据える。

 

 しかし、直撃ではない為、ダメージ自体は軽微である。

 

「何が起こった!?」

 

 驚くジェーン。

 

 その時、センサーが接近してくる新たな反応を捉えた。

 

 海中を急速に接近してくる複数の機影。しかし、その反応は地球軍の物ではない。

 

 カメラをそちらに向けたジェーンは、思わず驚いた。

 

「あれは・・・・・・ザフト軍!?」

 

 現れたのは、ザフト軍の主力水中用モビルスーツ、グーンの部隊だったのだ。

 

 なぜ、ザフト軍がここにいるのか? そしてなぜ、ジェーンを助けてくれたのか? 

 

 判らない事が一度に起きて、ジェーンはただ呆気に取られる事しかできない。

 

 しかも、更に驚くべき事が起こった。

 

 突如、何の前触れも無く戦線加入したグーンが、一斉に地球軍のディープフォビドゥンに攻撃を開始したのだ。

 

 呆然と、その成り行きを見守るジェーン。

 

 対する地球連合軍も、突然のザフトの介入に浮足立ち、性能的には圧倒的に劣るグーン相手に、次々と討ち取られていった。

 

 一方その頃、海上封鎖を続ける地球軍艦隊の方でも、変化が起こっていた。

 

 南米大陸近海に展開していた地球軍艦隊上空に、突如、ザフトの大軍が出現して艦隊を包囲してきたのだ。

 

 突然の出来事に、大半の部隊を南米の拠点攻撃の為に出撃させ、手薄の状態になっていた地球軍は全く対応できないまま、ザフト軍の包囲網完成を許してしまった。

 

《南米大陸を海上封鎖している地球軍艦隊に告げる。これ以上の戦闘は無意味だ。ただちに転進せよ!! 我々は国際法に照らし合わせ、攻撃を受けている南米軍を支援する!! 繰り返す。ただ地に転進せよ!! 当方は警告に従わない場合、貴艦隊に対して攻撃を行う許可を有している!!》

 

 隊長機と思われるグゥルに乗ったシグーから、海上の地球軍艦隊に対して警告が送られる。

 

 既にナイロビにおける和平会談が合意に達し、戦争は終わったと言うのに、尚も戦闘行動をやめようとしない地球軍に対して、ザフト軍はカーペンタリアから部隊を出撃させて、戦線介入を行ったのである。

 

 本来なら、先の大戦が終結したばかりであり、ザフト軍が戦線に介入すれば、再びその事実を奇禍として戦端が開かれる事にもなりかねない。

 

 しかし、この時のザフト軍の行動は国際法に照らし合わせても何ら落ち度は無く、地球軍側としては、抗議すれば却って自分達の方が非難の対象になるであろう事は間違いなかった。

 

 何より、既にザフト軍は攻撃態勢を完全に整えている。ここでこれ以上抵抗する事に、何の意味も無かった。

 

 やがて、艦隊は成す術も無く転進を開始する。

 

 それに伴い、南米奥地へと侵攻していた地球軍部隊も、次々と撤退を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シールドを持つ左腕が、閃光をまともに受けて吹き飛ばされた。

 

 爆発を起こすエアリアル。

 

 左腕に当たったのは偶然ではない。命中の直前、辛うじてキラが機体を横に倒して回避したからだ。

 

 もし回避行動を取らなかったら、ストライクダガーが放った攻撃は確実にエアリアルのコックピットに命中していた。

 

 倒れ伏すエアリアル。

 

《あれー おかしいな。コックピットを狙ったはずなんだけど?》

 

 その姿を見て、アルベルトは軽い調子で頭をひねった。

 

 その言葉に、キラはアルベルトの殺意を完全に自覚する。

 

《あ、そーか。直前でかわしたのか。やるね、流石は「最高のコーディネイター」キラ・ヒビキ君だよ》

「なぜ、その事を!?」

 

 最高のコーディネイター。

 

 かつてキラの実父、ユーレン・ヒビキが提唱した、コーディネイターをも超える存在。その唯一の成功例こそがキラである。

 

 しかし、その事を知る人間は少ない。せいぜいL4同盟軍の関係者と、後はキラ自身が倒したラウ・ル・クルーゼ、あとは、あの場に居合わせたクライブ・ラオスくらいだったはず。クルーゼとクライブは既に戦死した為、事実上、キラの仲間以外には、キラの出自の事を知る人間はいないはずだった。

 

 しかし今、アルベルトは間違いなくキラを「最高のコーディネイター」と言った。つまり、キラ自身も把握していないところで、キラの出自が漏れていたと言う事になる。

 

 再び火を噴く、ストライクダガーのライフル。

 

 今度は、コックピットのすぐ脇を直撃した。

 

 内部の機構も、一部フィードバックしてキラの体を破片が切り裂く。

 

《君が知る必要のない事だよ。これから死ぬ君にはね》

 

 そんなキラに、アルベルトは冷酷に告げる。

 

 そう言うと、再びビームライフルを発射。エアリアルの頭部を半分吹き飛ばした。

 

 モニターの半分にノイズが走る中、キラは必死に、この状況を打破する策が無いか考える。

 

 そもそもなぜ、アルベルトが自分を殺そうとしているのか。それすらわからなかった。

 

「あなたはいったい誰だ!? 地球軍のスパイか何かか!?」

 

 声を荒げて尋ねるキラ。

 

 自分の命を狙う者として、最も可能性が高いのは地球軍、特に大西洋連邦の関係者である。

 

 過去にはヴァイオレットフォックスとしてテロ活動に従事し、大戦後半には地球軍とも交戦、更に今は南米軍に協力しているキラ。大西洋連邦からすれば、そんなキラを殺す理由などいくらでもあった。

 

 しかし、

 

《冗談でしょ。下等なナチュラルなんかと一緒にしないでよ。虫唾が走るから》

 

 言いながら、ライフルを放つ。

 

 今度は再びコックピットの近くを直撃し、キラの意識が飛びかける。

 

《まあ、少しだけ教えてあげれば、君を殺したいと思っている人間は、この世界中にいくらでもいるっていう事さ。君は自分がいかに危険な存在であるのか、全く理解していないみたいだけど、「人類最高のコーディネイター」が齎す物は、もはや災厄でしかない。その災厄の芽は早めに詰んでしまおうって言うのは、至極当然の事だろう?》

 

 得意げに語るアルベルト。

 

 その声をキラは、朦朧とした意識の中で聞いていた。

 

 自分を殺したいと思う人間はいくらでもいる。確かに、そう言われてしまえばその通りだ。

 

 テロリスト時代は言うに及ばず、パイロットとして戦場に立つようになってからも、多くの人の命を奪い続けたキラ。

 

 不殺、などと気取ったところで、それで人々の恨みが消えるわけではない。生き残った人たちもまた、恨みを胸に戦場に立つ事は充分に有り得る。

 

 そんな彼等が、キラに恨みの目を向けるのは至極当然の流れであると言えた。

 

 ストライクダガーの銃口が、真っ直ぐにエアリアルのコックピットへ向けられる。

 

《古来より、戦場で名を馳せた英雄の殆どが非業の死を遂げている。しかし、全ての英雄が名誉ある死を選べた訳じゃない。中には、名も無い雑兵に名誉も何も無く討ち取られる者も大勢いた》

 

 語りながら、トリガーに指を掛けるアルベルト。

 

《君も、そうした英雄の仲間入り、と言う訳だ。キラ君》

 

 朦朧とした意識の中で、アルベルトの言葉を聞き入るキラ。

 

 これで、終わり?

 

 多くの人々を殺し、多くの悲しみを世に生み出し的な自分の人生も、ここで終わる事になるのか?

 

 そんな思いが、キラの中で駆け巡る。

 

 ここは戦場。ここで死ねば、誰に顧みられる事も無く、やがて死体も朽ちて風化し消えて行く事になる。

 

 大量殺戮者の死に場所としては、むしろ相応しいのかもしれない。

 

 最後の力を振り絞るようにして、キラは空を見上げる。

 

《これで、「あのお方」の目指す未来に大きく近付く事ができる。君さえ排除してしまえば、ね》

 

 「死」がストライクダガーの形を取って迫ってくる中、

 

 キラは、その後方に一点だけ、小さく輝く光がある事に気付いた。

 

 それは、宵の口に現れた一番星。

 

 南の空を照らす、小さな輝きだった。

 

 その光の中で、

 

 キラは自分の脳裏の中に、1人の少女の姿が浮かんでくるのを感じた。

 

 物静かで儚げな、それでいて、いつもキラのそばに寄り添ってくれた少女。

 

 愛おしく、そしてひどく懐かしい少女。

 

 きっと今も、彼女はどこかで、キラが帰ってくるのを待っているはず。

 

「・・・・・・・・・・・・エスト」

 

 そっと、少女の名を呼ぶ。

 

 いつ以来だろう、その名前を口にしたのは。

 

 キラにとっては相棒であり、そして掛け替えの無い、大切な少女。

 

『・・・・・・信じています。必ず帰って来るって』

 

 少女の言葉が、キラの脳裏にフラッシュバックするように響き渡った。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・まだ、死ねない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラの中で、SEEDが弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰るんだ!!

 

 エストの待つ場所に!!

 

 その想いが、消えかけていたキラの心を強く突き動かす。

 

「う、ウワァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 雄叫びと共に、キラはエアリアルのウェポンラックからアーマーシュナイダーを引き抜く。

 

 繰り出される刃。

 

 それに対して、

 

「うッ!?」

 

 アルベルトは、思わず動きを止めて呻き声を上げた。

 

 既にエアリアルが戦闘力を失っていると判断したアルベルトは、あまりにも不用意に近付きすぎたのだ。

 

 そこへ、刃が繰り出される。

 

 回避する時間は、無かった。

 

 エアリアルの一撃はストライクダガーのボディーに突き刺さると、装甲を紙のように突き破り、そのまま内部へ深刻な破壊をもたらす。

 

 ストライクダガーの動力は一瞬にして断たれ、カメラアイからも光が失われる。同時に、ライフルを持った腕がガックリと地面へ垂れた。

 

 エアリアルの腕は、手首までストライクダガーにめり込む形で止まっている。構造が脆い、ストライクダガーの特性が、アルベルトにとっては完全に仇となった。

 

「馬鹿、な・・・・・・・・・・・・こんな、事が・・・・・・」

 

 口から血を吐きながら、アルベルトはうわ言のように呟く。彼の体は圧壊した計器によって押しつぶされ、完全にグシャグシャになっていた。致命傷である事は火を見るよりも明らかである。

 

 目を見開くアルベルト。自分の身に起きた事が全く信じられない。そんな様子である。

 

 やがて、口の中から血の塊を吐き出すと、そのままガックリと首を落とし、そのまま動かなくなった。

 

 一方のキラもまた、荒い息を吐くと、最後の力を振り絞るようにしてコックピットハッチを強制解放し、外へ転がり落ちる。

 

 そのまま、大の字になって寝転がる。

 

 戦争がどうなったのか、とか、これから自分がどうなるのか、とか、色々と考えなくてはならない事は多い。

 

 しかし、そんな中でも、キラの中では一つの大きな思いが動き出そうとしていた。

 

「・・・・・・・・・・・・エスト」

 

 もう一度、少女の名を呼ぶ。

 

 エストの元へ帰る。

 

 その為に、何があっても生き続ける。

 

 キラはそんな思いに突き動かされるように、立ち上がると、ボロボロになった体を引きずって、ゆっくりと歩きだした。

 

 這いずるような、重くゆっくりとした足取り。

 

 一歩歩くだけで、キラの体にはバラバラになりそうなくらいの激痛が走る。

 

 それでもキラは、足を止めようとはしない。

 

 この一歩が、必ずエストの元へと繋がっていると信じているから。

 

 そんなキラの頭上には、南天に輝く星々が、見守るように優しい光を放っていた。

 

 

 

 

 

Episode-10「想い貫く刃」      終わり

 



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Episode-11「そして運命は動き出す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『親愛なるジェス・リブル様

 

 黙って出ていく事への不義理を、お許しください。

 

 しかし、どうやらこれ以上一緒にいる事は、僕の為にもあなたの為にもならないと考え、このまま立ち去る事を決意しました。

 

 どうやら、僕には刺客が差し向けられているようです。

 

 相手が何者かは、僕にも分かりません。

 

 しかし、どうやらもう、これまでの通りに過ごす事は出来ないみたいです。

 

 安心してください。死ぬつもりはありませんので。

 

 僕はこの南米で、多くの事を学ばせてもらいました。

 

 決した諦めない心。多くの人々を奮い立たせる英雄の働き、そして真実を武器に戦い続ける姿勢。

 

 ここに住む人々は、僕の目から見れば、皆、眩しいばかりに輝いていました。

 

 そう、あの南の空に力強く輝き、闇を照らし出す星々のように。

 

 いつか、僕も彼等の、そしてジェス、あなたのような生き方ができる人間になりたいと思っています。

 

 それはいつになるかは分かりませんが、いつかきっと、必ず。

 

 それまで、どうかお元気で。

 

 

キラ・ヒビキ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘書が部屋の中に足を踏み入れると、中にいた人物はその気配を察して振り返って来た。

 

「どうかしたかね?」

 

 男は、落ち着きのある深い声で、秘書にそう尋ねる。

 

 プラント最高評議会議員を務めるこの男性は、端正な顔立ちと、全てを見透かすような鋭く細い瞳をしているのが特徴である。

 

 一見すると、穏やかな性格をした好青年のようにも見えるその男性は、しかしその裏では、他者には決して窺い知る事のできない深謀遠慮を張り巡らせている事を、秘書は知っていた。

 

「先生、南米の連絡員から報告です」

「南米? あそこは間もなく、例の独立戦争が終わる頃合いだろう。何か動きでもあったのかな?」

 

 既に、南米への攻撃をやめようとしない地球軍に対して、警告の兼ね合いも込めてザフト軍が出撃している。

 

 名目上は「条約が可決されたにも拘らず、不当な侵略行為を受ける南米への支援」となっているが、実際のプラント側の思惑としては、戦後、被害を受けすぎた南米が地球軍に従属する事を恐れたがゆえに、兵力を派遣して地球軍の牽制を行ったのである。

 

 講和条約の締結によって、地上軍の大半の引き上げが既に決定しているプラントにとって、これ以上僅かでも、地上における影響力が削られるのは避けたいところであった。

 

 だが、秘書が齎した情報は、その事ではなかった。

 

「はい。今入った報告によりますと、工作員がヴァイオレットフォックスの抹殺に失敗したとの事です」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 秘書に言われて、ようやく男は、そんな案件もあった事を思い出した。

 

 確か、前大戦で戦死したと思われていたヴァイオレットフォックスが南米に潜伏していた事がスパイの報告で発覚した為、抹殺を指示していたはずである。

 

 しかし、

 

「やはり駄目だったか。まあ、当然だろうね」

 

 まるでこの事は初めから分かっていたと言わんばかりに、男は余裕の笑みを浮かべて頷く。

 

 抹殺に失敗したにもかかわらず、男には慌てた様子が一切見られない。まるで、ゲームの差し手に少し失敗したような軽いリアクションである。

 

 そんな男の様子に、秘書もまた怪訝な顔を浮かべて尋ねた。

 

「先生は、こうなる事を予想しておられたのですか?」

「当然だろう」

 

 秘書の質問に対し、男は事も無げに答えて見せた。

 

「相手は《最高のコーディネイター》キラ・ヒビキだ。最高の遺伝子を持ち、最高の能力を備えた彼を相手にして、並みの人間が敵うはずもない。もっとも、「あわ良くば」程度には考えていたのは本当だがね」

 

 結果は、当初の予想通り失敗。

 

 やはり、こと武力において、キラ・ヒビキに敵う存在などそうはいなかった。

 

 彼等との、否、「彼女」達との戦いは、これから長い物となるだろう。その為にも、相応の準備を進める必要があった。

 

 そう判断した男は、さっさと思考を切り替えて秘書に向き直った。

 

「そんな事より、君に頼んでおいた件はどうなった?」

「はい、こちらに」

 

 尋ねる男に対して、秘書は自分が抱えていた端末を起動して手渡す。

 

 その様子を見て、男は顔を綻ばせた。

 

 さすが、仕事が早い。持つべき物は頼れる秘書だった。

 

「講和条約の内容は予想通り、プラントにとって不利な要素が多数含まれています。恐らくこの事を発表すれば、国民が黙っていないでしょう」

「そして、現政権は退陣を余儀なくされる、か」

 

 そう呟き、男は笑みを浮かべる。

 

 全ては、男の描いた筋書き通りに事が進んでいる。

 

 現在、プラントを束ねているアイリーン・カナーバ政権は、近い将来、必ず退陣を余儀なくされる。そうなった時、次期最高議長選における最有力候補に名前が挙がっているのは、この男だった。

 

「さあ、始めようか。我々が、新たな世界を作り出すのだよ」

 

 そう言うと、

 

 ギルバート・デュランダル次期プラント最高評議会議長は、口元に酷薄な笑みを刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南米における戦いは、南アメリカ合衆国軍の勝利という形で幕を閉じた。

 

 南米大陸に侵攻してきた地球連合軍は、ザフト軍の介入もあり、更に南米軍の頑強な抵抗を前にして、ついに全土占領はならず、占領地を全て放棄して引き上げて行った。

 

 南米は、ヤキン・ドゥーエ戦役の開戦以来、悲願であった独立をついに果たしたのである。

 

 その数日後、地球連合、及びプラント間における停戦、講和条約が悲劇の始まりの地であるユニウスセブンにて執り行われ、ここに、およそ2年間に渡って続いたヤキン・ドゥーエ戦役は、名実ともに終結を迎えたのだった。

 

 こののち2年後、ユニウスセブン落下テロ事件「ブレイク・ザ・ワールド」を機に、世界は「ユニウス戦役」の戦火に再び飲み込まれていく事になるのだが、それはまだ先の話。世界は、勝ち取った平和を、ようやく享受する事が出来たのである。

 

 最後の戦いで重傷を負い、一時は生命の危機も危惧されたエドワード・ハレルソンとレナ・イメリアだが、両名ともザフト軍の医療スタッフの献身的な治療により一命を取り留めた。

 

 レナは治療が完了するとすぐに原隊に復帰した。憎むべきコーディネイターの手を借り、ザフトの技術によって生かされた彼女だったが、その心境に変化があったかどうかは分からない。ただレナの中で、コーディネイターに対する憎悪がわずかでも薄れてくれる事を願うばかりである。

 

 エドは、独立戦争における南米軍の最重要人物という事もあり、治療も兼ねて一時期プラントに身を寄せていたが、その後、プラントの政治的陰謀に巻き込まれて拘束される事になる。

 

 しかし、多くの人々の活躍により基地を脱する事ができた。

 

 その後エドは、故郷である南米に戻って恋人であるジェーンとも再会。その後も南米軍の支柱的存在として活躍して行く事になるのだった。

 

 

 

 

 

 ラキヤ・シュナイゼルは、サングラス越しにパネルのモニターを眺めている。

 

 今映し出されているのは、ストームの強化案である。

 

 南米戦争でラキヤが使ったストームは、あくまで先行試作型である。いずれ、次期主力機動兵器開発の叩き台として、より完成度の高い機体の開発は急ピッチで行われていた。

 

「要するに、防御力を落とすのではなく、搭載武装を減らす事によって重量軽減を図ります。以前の戦いで、フレイ・アルスター少佐が使用した『トルネード』は重量を極限した結果、確かに爆発的な機動力は得られましたが、装甲その物は紙同然と言っても良かったですから」

「でも、それで攻撃力の方が低下してしまったら、本末転倒じゃないですか?」

 

 ラキヤは説明する技術官に、自分の存念を話してみる。

 

 ユニウス条約の締結により、核動力機の保有が出来なくなった関係上、大出力機関の開発は急務である。しかし現状、核動力機を上回る機関は未だに開発されていない。

 

 その為、代替機の開発、実戦配備は現状急務であった。

 

 既に地球軍はダガーLに替わる新型機動兵器「GAT-04 ウィンダム」を開発、量産体制を進めている。ストライクダガーの流れを組むこの機体は、前大戦で活躍した「ストライク」に匹敵する性能を誇っている高性能機であり、今や地球軍の伝統になりつつあるストライカーパックを装備する事で、あらゆる戦況に対応する事ができる。

 

 しかし、それはそれとして、量産型主力機の他にも、旗機クラスのワンオフ機開発もまた、並行して行われている事だった。

 

 今回のストームの開発も、その為の一環である。

 

 機動力を上げるのは良い。先の南米戦争で使用したプロト・ストームも機動力の点ではなかなかのものだったが、ラキヤ自身はもっと高速を発揮できる機体でも、乗りこなせる自信があった。しかし実際に操縦して戦う側からすれば、機動力ばかりに目が行き、装備している武器の威力が低下するのはいただけなかった。

 

「それについては、こちらをご覧ください」

 

 そう言うと技術官はパネルを操作して、別の画像を呼び出した。

 

 今度は、何かの武器の画像である。

 

 恐らくビームライフルの類と思われるが、銃身部分がかなり長いのが特徴である。ビームライフルの銃身というのは、そのまま粒子加速器の役割を持っている為、長ければ長い程、射程が長く減衰率も抑えられる。勿論、重量や取り回しの関係もある為、ただ長ければ良いと言う物でもないが。

 

 見るからに長い銃身を持つ画像の中のライフルは、粒子が減衰しやすい大気圏内でもかなりの威力を発揮できるのではないかと思われた。

 

 だが、驚くべきはまだ早かった。

 

 技術官が更にパネルを操作すると、画像の中のライフルにも変化が生じた。

 

 グリップ部分が後方に倒れて長さが倍近くに伸び、更に銃身も内筒部分が伸長される。

 

 銃身下面部分から銃口に掛けてビームの刃が出現すると、それまでビームライフルに見えていた武器が、一瞬にして大型対艦刀に早変わりしていた。

 

「これはッ!?」

「驚かれましたか?」

 

 ラキヤの反応を見て、技術官は面白そうに説明を続ける。

 

「ヴァリアブル複合兵装銃撃剣『レーヴァテイン』。今回開発されるストームの、メインウェポンになります。御覧の通り収縮状態ではライフルとして機能しますが、伸長すると接近戦用の対艦刀に変化します。つまり、これ一つで2種類の戦闘に使用できるわけです」

 

 確かにこれなら、武器を多く持つ場合よりも重量軽減できるかもしれない。更に用兵の側から言わせてもらえば、砲撃戦と接近戦で武器を持ち変えなくても良い分、攻撃の切り替えにタイムロスも減らせるという利点もある。

 

「この他にも、小型改良されたドラグーンを6基搭載し、火力面を強化する案もあります」

「でも、僕はドラグーンを使う能力はありませんから、却って邪魔になると思います」

「その点を考慮し、現在インターフェイスの改良を急ピッチで行っていますが、これがなかなか・・・・・・・・・・・・」

 

 技術官の説明を聞きながら、ラキヤはもう一度レーヴァテインの画像を見上げた。

 

 この剣がもう少し早く完成していたら、自分は勝てたかもしれない。

 

 そう浮かんだ考えを、ラキヤは即座に首を振って否定した。

 

 問題は武器や機体の差ではない。

 

 ラキヤ自身が、自分の中に守るべき物を全く持たない空虚な存在である事が、先の戦いにおける敗因だったのだ。

 

 何かを背負う。何かを守る。あるいは何かを目指そうとする者は、それだけで常とは考えられないくらい強大な力を発揮するものである。

 

 自分もいつか見付けられるだろうか? 心の底から渇望するくらい、熱い思いと言う物を。

 

 そんな事を考えていた時だった。

 

 ふと、自分を下から覗き込むように、誰かがジッと見詰めてきているのに気付いた。

 

 視線を向けてみて、驚いた。不思議そうな眼差しをしてラキヤを見上げるようにしているのは、どこか儚げな印象を持った少女だったのだ。

 

 肩までで切りそろえた金色の髪が特徴的な少女は、揺らぎの少ない瞳で、真っ直ぐにラキヤを見詰めていた。

 

 何となく、綿毛のように、風に吹かれてフワフワとどこかに飛んで行ってしまいそうな雰囲気を持った少女だと感じる。

 

「・・・・・・えっと、君は?」

 

 なぜ、こんな所に、こんな小さな少女がいるのか疑問だったラキヤは、少女にそう尋ねてみる。

 

 それに対して少女は無言のまま、暫くジッとラキヤの顔を見詰めた後、首をかしげながら口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・目」

「目?」

「怪我、したの?」

 

 先程のラキヤの問いには答えず、少女はそんな事を尋ね返してくる。どうやら、ラキヤがサングラスで目元を覆っているのが気になっている様子だった。確かに、見る者が見れば、常時サングラスを外さないラキヤの事は奇異に見えるかもしれなかった。

 

 それに対してラキヤが、何かを応えようとして口を開いた時だった。

 

「ステラ」

 

 後ろから名前を呼ばれると、少女はラキヤから視線を外して振り返った。

 

 釣られるようにして振り返るラキヤ。

 

 そこで、思わずギョッとした。

 

 目の前には地球軍の士官服を着た男性が立っている。それだけなら何の変哲もない事なのだが、なんとその人物は、頭の上半分を奇妙な形の仮面で覆っているのだ。

 

 目元から鼻にかけての部分はほとんど見えない。僅かに口元だけを伺う事ができる程度である。

 

 ラキヤ自身は会った事は無いが、ザフト軍の名将ラウ・ル・クルーゼも「仮面の男」と言う異名で呼ばれ、常時仮面を離さなかったと言う。その連合版だろうか? 何にしても異様である事だけは間違いなかった。

 

 などとくだらない事を考えていると、

 

「ネオ!!」

 

 ステラと呼ばれた少女が、嬉しそうに男に飛びついて行くのが見えた。

 

 どこか、子供が大好きな父親を見付けて抱き着いていくような、そんな光景である。

 

 駆け寄ってきた少女を抱きとめると、ネオと呼ばれた男は仮面越しにラキヤに向き直った。

 

「すまんな。お前さんが、ラキヤ・シュナイゼル大尉か?」

「そう、ですけど・・・・・・」

 

 言ってからラキヤは、目の前に立った下面の男が付けている階級章が大佐の物である事に気付き、慌てて踵を揃えて敬礼した。

 

「失礼しました、閣下」

「ああ、良いって良いって、気にするな」

 

 急に緊張した様子のラキヤに、ネオは苦笑を浮かべながらフランクな感じに制する。どうやら、この手の堅苦しい雰囲気はお断りな人物であるらしい。

 

 何かと堅苦しさを重んじる傾向がある地球軍の中では、珍しい性格の人物である。

 

「第81独立機動群ファントムペイン大佐、ネオ・ロアノークだ。よろしくな」

 

 第81独立機動群ファントムペイン。それは、地球軍の中でも特に恐れられている特殊部隊の名称である。少数精鋭主義で機動力に富み、更に他の部隊への命令権まで有している部隊で、主に潜入工作や要人暗殺等の特殊な任務をこなす事でも有名である。

 

 実のところ、ラキヤも南米戦争での功績が認められ、後日、ストームの完成を待って、ファントムペインへの配属が決まっていた。と言う事は、このネオと言う仮面の男は、ラキヤの上官と言う事になる。

 

 挨拶してから、ネオは何か訝るような顔つきでラキヤを見た。

 

「あの、何か?」

 

 訝るラキヤ。どうにも、あの仮面越しに顔を覗かれるのは落ち着かなかった。

 

 そんなラキヤに対して、ネオは探るような口調で尋ねた。

 

「お前さん、ひょっとしてどっかで会った事あるか?」

「いえ、初対面です」

 

 そこだけは、淀み無く即答した。

 

 と言うか、こんな怪しいマスクマンが知り合いにいたら堪った物ではなかった。もっとも、顔を隠していると言う時点で、ラキヤもネオの事をとやかく言えないのだが。

 

「ま、良いか。何にしても、これから宜しくな」

 

 そう言って差し出されたネオの手を、ラキヤは恐る恐ると言った感じに握り返す。

 

 そんな2人の様子を、ステラは嬉しそうに眺めていた。

 

 

 

 

Episode-11「そして運命は動き出す」      終わり

 



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あとがき

 

 

 

 

 皆様こんにちは、ファルクラムでございます。

 

 今作でSEED物の二次創作は4作目となるのですが、今回は時代を若干遡り、IllusionとFateの間の話と言う事になりました。

 

 「キラが南米独立戦争に参戦したと言うIFで書いてくれ」と言う要請により始まった今作ですが、久々に原作沿いに書いたおかげで、なかなかいい感じにスムーズに書けたと思っています。

 

 更に、これまでの作品で出演させたオリキャラを何人か(ラキヤ、ベイル、バルク、イレーナ)を友情出演的に出す事ができたのは、個人的にも満足です。本当はエンドレスのメンバーとかも出せればよかったのですが、話が収拾のつかない物になりそうだったので没にしました。

 

 ただ、南米独立戦争はSEEDの中でもほんの一部のエピソードであり、扱っている書籍も殆ど無い(Destiny ASTRAYの3分の1弱、及びその他)ので、あまり尺を長くとる事ができないと言う事は初めから判っていました。

 

 更に、その数少ない資料が、近所のどの書店に行っても手に入らず苦労しました。ぶっちゃけて言うと、執筆の時間よりも資料探している時間の方が長かったくらいです(汗

 

 そんなわけで、今回は尺が短すぎる事もあり、大して伏線を張る事ができなかった事が、個人的にはやや不満だったりします。

 

 

 

 

 

テーマ

 

今回のテーマは、「英雄とは?」「復活」の2つでしょうか?

 

 キラはヤキン・ドゥーエ戦役の後、心身ともに傷ついた状態で南米に辿り着き、そこからスタートする訳ですが、全てを捨てて彷徨っていたキラが、南米で多くの人達と触れ合い、再び立ち上がって前へと進んで行く、と言う形にしてみました。

 

 もう一つのテーマである「英雄」についてですが、結局のところ、英雄が1人いたところで戦況は何も変わりはしない、と言う事。それはキラのように強大な力を持っていても同じ。必要なのはより多くの人間に自分の戦いを知ってもらう事だと言う事。

 

 原作でエドが言っている通り「たとえ俺がいなくなっても、南米の人々が立ち上がってくれればそれで良い」と言うのは、正しくその事を言っているんだと、書いている間思いました。

 

 英雄の活躍を知った多くの民衆が、「彼を助けたい」「彼のようになりたい」と思って立ち上がる事ができれば、英雄としての役割は充分に果たされた、と考えても良いのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 さて・・・・・・・・・・・・

 

 今回、あまり語る事が無いです(汗

 

 何しろ発案自体私の物ではないですし、前述したとおり尺が短すぎて、大した仕掛けを施す余裕もありませんでしたから。モビルスーツも、今まで出した物を劣化させた感じでしたからね。

 

 と言う訳で、簡単ではありますが、こんな感じです。

 

 それでは、ご愛読ありがとうございました。

 

 

 

 

 

2013年10月2日

ファルクラム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Episode Final「光り輝く明日へ」

 

 

 

 

 

「そうか、色々あったんだな、あれから・・・・・・・・・・・・」

 

 ジェスはそう言うと、隣に座った青年に向き直る。

 

 数年ぶりの再会だと言うのに、青年の外見はジェスの記憶からはあまり変わっていないように見える。

 

 だが、明らかに、あの頃と比べて何かが変わっているような気がした。

 

 しいて言うなら、内面からにじみ出ている雰囲気とでも言うべきか、ジェスと出会った頃は、触れただけで壊れてしまいそうな脆い雰囲気を持っていたのだが、今の彼は、どんな困難であっても立ち向かっていく、強い信念が見えるようだった。

 

 キラ・ヒビキ。

 

 かつてジェスが南米の地で出会い、ほんの短い間だったが行動を共にした青年。

 

 かつては年齢的にも精神的にも少年と言って良かったキラだが、時を経た今、立派な大人へと成長を遂げていた。

 

 ギルバート・デュランダルのクローンであるカーディナル率いる武装組織「エンドレス」が引き起こした大規模紛争。所謂「カーディナル戦役」の勝利に大きく貢献したキラは、その後、オーブ軍に復帰して一軍を率いる立場になっていた。

 

 そんな最中だった。ジェスと再会したのは。

 

 南米独立戦争の終戦から、既に9年の時が経過していた。

 

 たまたま仕事でオーブに来ていたジェスは、そこで家族と共に外出していたキラと偶然の再会を果たしたのである。

 

 妻と子供たちは今、友人達とショッピングモールの方に出かけて行っている。その為、キラとジェスは気兼ねなく昔話に花を咲かせる事ができた訳である。

 

「それで・・・・・・・・・・・・」

 

 ひとしきり昔の事を話した後、キラは話題を変えるようにして口を開いた。

 

「やっぱり、大西洋連邦の解体は免れませんか?」

「ああ、それはもう、確定事項と言って良いだろうな。もうすでに、いくつかの自治区が独立して行政を始めてるって話だ」

 

 ジェスもため息交じりに答える。

 

 北米関連のニュースは、今現在、連日のように新聞の一面を飾るホットな話題である。

 

 先のカーディナル戦役において、エンドレスは大量破壊兵器オラクルを用いて、北米大陸にある主要都市に対して無差別核攻撃を敢行した。

 

 結果、北米大陸は壊滅状態に陥り、政治、軍事、流通、経済、交通、情報、インフラ、あらゆる要素が崩壊してしまった。

 

 北米大陸は、地球連合の盟主国である大西洋連邦の本拠地でもある。

 

 それ以前の戦況では、スカンジナビア王国壊滅、欧州戦線崩壊、ジブラルタル基地陥落など、比較的、共和連合に対して戦況を優位に進めてきた地球連合だったが、そのたった一撃で状況はひっくりかえってしまった。

 

 エンドレスが壊滅した後、地球連合は共和連合に対して正式に停戦、講和条約の締結を打診してきた。事実上の降伏である。

 

 その後、共和連合と地球連合との間で講和が成立し、戦争が終結したのは良かったのだが、本土が壊滅した大西洋連邦はその後も殉職者への年金や遺族への一時金、戦傷者の収容と治療費、核攻撃を受けた都市の復興支援金、更に欧州、及びスカンジナビア復興支援の為の助成金などで多額の出費を強いられ、ついには国庫が破綻する事態に陥った。

 

 大西洋連邦は、領有する島嶼国家の独立を認め、国内に残った株式や領土の、兵器の売却、さらに臨時国債を発行する事で負債の削減に努めたが、もはやそんなレベルの政策では追いつかない程、国も人も疲弊しきってしまっていた。

 

 そしてとうとう北米本土からも独立を主張する自治体が現れ始め、ついに大西洋連邦は国家としての体裁すら保つ事ができなくなってしまった。

 

 大西洋連邦崩壊

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役以来、常に地球圏最大の国家として位置づけられ、多くの紛争に関わってきた大国が、今、轟音と共に倒れようとしていた。

 

「俺も何度か仕事で北米の様子は見に行ったが、ひどい物だった。一部を除いて、当分は人が住めるような感じじゃなかったな」

「ええ」

 

 ジェスの言葉に、キラも頷きを返す。

 

 キラもまた、講和条約の交渉の際に何度も北米大陸に行き、その際に被害状況を視察した事があったが、ジェスの言うとおり、言葉では言い尽くせない程凄惨な光景が広がっていた。

 

 ある意味、カーディナル戦役が終結した時点で、大西洋連邦の崩壊は免れない事であると言えた。

 

「後は、連鎖的に地球連合が崩壊するかどうか、だが」

「流石に、そこまでは難しいでしょうね」

 

 ジェスの言葉を聞いて、キラは否定的な意見を述べた。

 

 大西洋連邦は崩壊したが、まだユーラシア連邦や東アジア共和国等、いくつかの有力な国家が残り、新たなる地球連合盟主の座を虎視眈々と狙っている。

 

 盟主国である大西洋連邦が崩壊したとしても、それが即座に地球連合の崩壊につながる可能性は低かった。

 

「連中は、落ち着いたらまた、戦火を広げてくる可能性が高い。非公式な情報だが、ブルーコスモスの残党も活動を再開してるって話だ。そいつらが出てきたらキラ、お前は・・・・・・」

「戦いますよ。勿論」

 

 事も無げに、キラは言葉を返す。

 

 その瞳には、ジェスが見た事も無いくらい、澄んだ真っ直ぐな光が宿っているのが分かる。

 

「『戦い続ける事が人の運命だって言うなら、運命と戦い続ける事が僕の運命』。ある人に対して僕が言った言葉です。確かに、戦争は無くならないかもしれない。人が人として生きている限り。でも、そう言って諦めてしまったら、何も始まりませんから」

 

 そう告げるキラの表情には、一切の迷いは感じられない。やるべき事を完全に見定め、歩きはじめた男の顔だった。

 

 戦争を終わらせる算段は、ラクスやカガリなど他の人が考える事である。キラはただ、彼女達が戦争を終わらせる事ができる下地を作る為に戦い続けるだけだった。

 

「それに、今は他にも戦う理由がありますから」

「他?」

 

 キラの言葉に、ジェスが訝るように首をかしげた時だった。

 

「パパー!!」

 

 元気な声と共に、こっちに向かって走ってくる小さな影が見えた。

 

 キラに向かって手を振りながら走ってくる2人の子供達。その後ろからは、彼女の姉がやれやれとばかりに、重たい足取りでついて来るのが見える。

 

「ちょっと、お父さーん!! お話ばっかりしてないで、少しはこっちも手伝ってよ~!!」

 

 散々振り回されてくたくたになった感じで、キラの長女リィスが泣き言を叫んでいる。恐らく、弟と妹の面倒を見るのに疲れ果てたのだろう。

 

「ごめんごめん・・・・・・あれ、そう言えば、お母さんは?」

 

 先に辿り着いた長男ヒカルを抱き上げながら、キラは怪訝な調子で尋ねる。

 

 確か、エストも彼女達と一緒に買い物に行ったはずだが、見慣れた小柄な姿がどこにも見えない事が気になった。

 

「お母さんなら、さっきラクスさんとカガリさんに連行されて行ったよ」

「いや、連行って・・・・・・」

 

 リィスの言葉に、キラは苦笑を漏らす。まあ、状況は大体想像できたが。

 

 また服でも買いに行ったのだろう。放っておくと自分の服は全く買おうとしないエストであるからして、カガリもラクスも時々こうして、強制的に買い物に連れ出す事が多い。

 

 たぶん今頃は、エストは2人の手で着せ替え人形にされている事だろう。

 

 と、

 

「パーパッ!! ルゥも!! ルゥも!!」

「はいはい、判ったから」

 

 キラの膝を叩きながら、次女ルーチェがしきりにおねだりしてくる。どうやら抱き上げられている兄を見て、自分も抱っこしてほしいと言っている様子だ。

 

 キラは微笑を浮かべると、ヒカルの体を左手に持ち替えて、右手でルーチェを抱き上げる。

 

 ヒカルとルーチェ。どちらも「光」を表す名前である。

 

 二卵性双生児であるこの子達は、あのカーディナル戦役の最中に生まれた、キラの子供達である。

 

 双子とは言え二卵性であるから、ヒカルとルーチェは完全に顔立ちが似ていると言う訳ではない。全体としての輪郭や鼻立ちはキラに似ているが、目元はどちらかと言えばエストに似ている。ヒカルがエスト似の黒髪で、ルーチェの方はキラに似て、やや暗めの茶髪と言う違いもある。

 

 しかし、リィスも含めて、この子達がキラにとって掛け替えの無い存在である事は間違いなかった。

 

「成程な」

 

 家族と戯れるキラの様子を見て、ジェスは納得したように笑みを見せた。

 

 愛する家族の為に戦う事ができる。

 

 それが、キラにとっての強さだと思ったのだ。

 

 たとえどれほど強大な敵が立ち塞がろうとも、家族の為ならキラは、全てを投げ打って立ち向かっていく。

 

 それが、キラ・ヒビキと言う存在だった。

 

 かつて、キラが語った南天に輝く星。

 

 間違いなくキラは、今その輝きの下にいると、ジェスは感じていた。

 

 

 

 

 

Episode Final「光り輝く明日へ」     終わり

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED 南天に輝く星      完

 



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