魔王の親友は転生せし喰種 (睡蓮)
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プロローグ

人の気配が感じられず、静寂に包まれた深夜の路地裏。

普段はそうなのだがその日だけは違った。

東京のような大都市特有の喧騒から遠く離れた路地裏にいる、何かから逃げるようにひたすら歩を進める一人の男。

いたる所がやつれ、擦り切れているぼろぼろの服を着て、何かしらの衝動を抑えるためか奥歯を噛み締めながらも、無数の打撲痕があり、少しでも押せば崩れ落ちるほどまでに衰弱し限界を超えた己の肉体を酷使する。

それは単に生きたいから。

実験として人を脅かす化け物の臓器を移植され同じ化け物にされようとも、己という存在が死んだことにされモルモットとしてより多くの人体実験をされようとも、どのような理不尽があろうとも、生きたいから。

人の誰もが持つ本能からくるその願いを胸に秘めて片方が黒い眼球と赤い虹彩(・・・・・・・・・)に変化した眼で進むべき道を見据えて歩き続ける。

しかし、男の前にもう一人の男が立ち塞がる。

その男は白髪に白いコートを着ていて片手には剣のようなものを持っている。

その様はまるで命を刈り取らんとする死神を連想させた。

朦朧とした意識の中で男は実験施設で散々聞かされたその死神の名を呟く。

 

「有馬……貴将………。」

 

それと同時に死神―――有馬のもつ剣―――クインケからの攻撃を受けて激痛を感じるのと共にその意識を失った。

 

――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

ジリリリリリリリリリリッ!!!

 

耳元で聞こえる目覚まし時計の音に眉をひそめながらも少年―――黒羽錬(くろばねれん)は眠気を我慢しつつ目を覚ます。

父の仕事であるゲーム製作の手伝いをしていたせいで寝不足だが学校に行くために洗面所に向かい、顔を洗い、寝癖を直す。

その後、リビングに向かうが、その途中でふと呟く。

 

「………懐かしい夢を見たな。」

 

転生してから十数年。

理由はわからないがあの時殺されたはずの俺は黒羽錬として新たな人生を生きることとなった。

忌々しいことに殺される原因となった能力もなぜか持っていたが生活を送ることに支障がなかったので良かった。

幼少の頃は力のコントロールが難しく、他の子と比べると明らかに異質だったはずなのに、そんな俺でも今世での両親は愛してくれた。

そんな俺に唯一仲良くしてくれた友達もいる。

転生しても化け物だったことに絶望しかけていた俺はそのことに救われたのだ。

そんなことを考えつつリビングに入って用意してあった朝食を食べる。

忙しい母さんが家を出る前に作っていてくれたものだ。

父さんもすでに家を出ているので一人で食べ終えた後は準備を終わらせて、戸締まりをしてから学校に向かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「よっ、ハジメ!」

「おはよう、錬くん。」

 

今挨拶したのは親友の南雲(なぐも)ハジメ。

父親が同じ仕事をしていることで幼少期から付き合いのある幼なじみだ。

趣味も同じなので休日に一緒にゲームをしたりしている。

 

「眠そうだな。また、徹夜か?」

「ははは、まあね。そうゆう錬くんもでしょ?」

「そうだな。でも、なかなか区切りのいい所がなかったからしょうがない。」

 

ハジメとしゃべりながら教室に入る。

すると、生徒の大半から侮蔑や嫌悪などの感情のこもった視線を向けられる。

そんな視線を無視して席につくと、毎度のごとくちょっかいをかけにくる数人の男子生徒。

 

「よぉ、キモオタども! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~。」

 

その言葉にゲラゲラと笑い出す男子生徒達。

声を掛けてきた檜山大介(ひやまだいすけ)で近くでバカ笑いをしているのは斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)中野信治(なかのしんじ)といい、大体この四人が頻繁に絡んでくる。

確かに俺もハジメも親の影響で漫画や小説、ゲームや映画といったような創作物が好きでオタクと言えるかもしれない。

だが、キモオタと言われるような酷いものではないし、ちゃんとした受け答えもできる。

それに、いくらオタクというものに対しての風当たりが強くても普通はここまで敵愾心を持たれることはない。

 

「南雲くん、黒羽くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ。」

 

その理由が微笑みながら近づいてくる彼女だ。

白崎香織(しらさきかおり)といい、学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る女子生徒だ。

前世が大学生だったので高校の内容はほとんどわかるため授業中にぼーっとしたり、居眠りをしている俺を、面倒見が良く、非常に優しい彼女は不真面目な生徒と思ったのかやたらと構ってくるのだ。

それでも態度を変えないために女神の手を煩わせるとして非難を受けるのだ。

ハジメのほうも同じような理由だろう。

 

「あ、ああ、おはよう白崎さん。」

「白崎か、おはよう。」

 

挨拶を返すと周りからの視線がより鋭く厳しいものに変わる。

それすらも無視していると三人の男女が近寄って来た。

 

「南雲君、黒羽君。おはよう。毎日大変ね。」

「香織、また彼らの世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな。」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツらにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ。」

 

 

三人の中で唯一の女子生徒の名前は八重樫雫(やえがししずく)といい、白崎の親友だ。

黒髪のポニーテールで、切れ長の瞳は鋭いが、その中には柔らかさも感じられるため、カッコイイという印象を与える。

剣術を学んでいる猛者で二大女神の一人だ。

白崎に声を掛けたのが天之河光輝(あまのがわこうき)といい、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。

そのため、大勢の女子生徒にモテる。

誰にでも優しく、正義感も強いが、思い込みが激しいところがある。

八重樫と同じ道場の門下生で猛者だ。

最後の投げやり気味な言動をしたのは坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)といい、天之河の親友だ。

短く刈り上げた髪に熊の如き大柄な体格をしていて、見た目通りの脳筋タイプである。

また、努力・熱血・根性といったものが大好きな人間なので、俺達のような不真面目な人間は嫌いらしい。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ。」

「八重樫、天之河、坂上、おはよう。気にしてないから問題ない。」

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? 黒羽もそうだが何時までも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから。」

 

 

天之河が忠告してくるが俺の成績は学年でトップ5に入っているので問題ないので、今の状態を変えるつもりはないのでほっといてほしい。

ハジメもそう思ってるようで苦笑いしている。

そんな中で白崎がいらぬ爆弾を落としてきた。

 

「? 光輝くん、なに言ってるの? 私は、私が南雲くんや黒羽くんと話したいから話してるだけだよ?」

「え? ……ああ、ホント、香織は優しいよな。」

 

白崎の言葉に教室が騒がしくなる。

………天然なのかどうかはわからないがそういった発言が俺達の肩身が狭くなる原因なんだよなぁ。

天之河はそれを気を遣ったための言葉だといつものように勝手に解釈して自己完結している。

 

「……ごめんなさいね? 二人共悪気はないのだけど……。」

 

八重樫がこっそり謝罪してくると同時にチャイムがなり、授業が始まる。

それを確認してから俺とハジメは眠りについた。

 

~~~~~~~~~~~~

 

目が覚めると昼休みが始まってから少し時間が経った辺りだった。

やはり寝不足の影響か目が覚めるのがいつもより遅い。

クラスメイトのほとんどがすでに弁当を食べ始めていた。

ハジメを見ると白崎に捕まっており、ハジメは「助けて!」と目で訴えてくる。

関わると面倒くさそうなのでサムズアップしてから逃げるように弁当を持って教室を出ようとする。

「裏切り者!」という視線を無視して扉に手をかけるとハジメの視線で気づいたのか白崎にバレた。

 

「あれ?黒羽くんも珍しいね、教室にいるの。良かったら黒羽くんも一緒にどうかな?」

 

今度は「ざまあ見ろ。」という視線をしているハジメは後でしめるとして、白崎に返答をする。

 

「俺は別にいいよ。白崎はいつものメンバーが居るだろうし。」

「僕もいいかな。もう食べ終わったから天之河君達と食べたらどうかな?」

 

俺は天之河達を指差しながら、ハジメは空になったお昼のパッケージをヒラヒラと見せながら言う。

だけど白崎には通じずに続ける。

 

「えっ! お昼それだけなの? ダメだよ、ちゃんと食べないと! 私のお弁当、分けてあげるね!それに皆で食べたほうが楽しいよ!」

(勘弁してくれ………。)

 

白崎の言葉で周りからの視線が朝以上のものになり、圧力のようなものを感じるようになる。

ハジメも圧力のせいか冷や汗をかいている。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲や黒羽はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

「え? 何で、光輝くんの許しがいるの?」

 

気障ったらしい台詞を言う天之河に素で聞き返す白崎。

その様子に思わず噴き出しかける。

そうしていると突如魔法陣のようなものが床に出現し、輝きを増していく。

クラスメイトが悲鳴を上げ、パニックになる。

教室にいた畑山先生が「皆!教室から出て!」と叫ぶももはや遅く、全員が光に覆われ、視界が真っ白になった。

その後、生徒がいたという痕跡を残して姿を消したこのことは集団神隠し事件として大いに世間を騒がせるのだが、俺達が知るよしもなかった。



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異世界召喚とステータスプレート

閉じていた目を開く。

近くにはクラスメイトがいるがいる場所が明らかに教室とは変わっていた。

まず最初に目に入ってきたのは巨大な壁画。

長い金髪をした中性的な人物の描かれた美しいものだがどこか薄ら寒さを感じる。

周囲は大理石のようなもので出来た大聖堂を思わせる巨大な広場で、法衣を着た三十人ぐらいの人々が祈りを捧げるように跪いていた。

その中から烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ。」

 

そう言って老人は好々爺然とした微笑を見せた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

あれから俺達は長テーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

他のクラスメイトが座る中でハジメの近くに座る。

全員が着席したタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。

普段では絶対に見ることのできない本物のメイドに男子生徒が興奮している。

そういう俺も洗練された動作などにすごいなぁと思いメイドを見ていると何故か背筋に悪寒を感じて背筋を伸ばす。

ハジメも同じような反応をしている。

悪寒を感じたほうを見ると満面の笑みを浮かべた白崎が俺達、特にハジメの方をみていた。

全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され。」

 

主な内容はこうだ。

①この世界はトータスと呼ばれている。

②大きくわけて人間族、魔人族、亜人族の三つの種族がいる。

③人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

④魔人族による魔物の使役によって拮抗していた戦力が崩れた。

⑤それによって、人間族は滅びの危機を迎えている。

………まさにテンプレだな。

 

「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい。」

 

そう言ったイシュタルはどこか恍惚こうこつとした表情を浮かべていた。

神託を聞いた時の事を思い出しでもしているのだろう。

このことにいい知れない危機感を抱く。

神を一番として回っている世界だと言うことを理解し、その歪さを感じたからだ。

その時抗議の声を上げた人がいた。

畑山先生である。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

………さすがは“愛ちゃん”と呼ばれる畑山先生。

真面目に抗議しているにも関わらず、低身長童顔という見た目に加えて、見ている者に庇護欲を感じさせてしまう性格のせいで、そんな場面ではないはずなのに、「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……。」と、ほんわかした空気を作り出した。

普通はもっと緊張感を持つところなのに。

しかし、イシュタルの次の言葉でその空気が凍った。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です。」

 

場に静寂が満ち、誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見ている。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな。」

「そ、そんな……。」

 

畑山先生が叫ぶもイシュタルの言葉にへたれこむ。

クラスメイトも事態を理解したのかパニックになり、泣き叫ぶものも出てくる。

俺やハジメはオタクと言われるくらい創作物を読み込んでいるため、まだ最悪の状態ではないこととある程度予想していたことなので平気だった。

そんなクラスメイトを見てイシュタルは侮蔑が込めらた視線を向けている。

神至上主義のようだから「エヒト様に選ばれておいて何故喜べないのか。」とでも思っているのだろう。

そんな中で天之河が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。

そのことで注目が集まる。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい。」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします。」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな。」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

握り拳を作りそう宣言する天之河。

無駄に歯がキラリと光る。

天之河のカリスマがここでも遺憾なく発揮され、パニックになっていたクラスメイトは落ち着きを取り戻す。

その顔は希望を見つけたというもので女子生徒の半数は熱っぽい視線を向ける。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……。」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ。」

「雫……。」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……。」

 

いつもの4人組が天之河に賛同する。

そして、流れるように他の人達も賛同していく。

畑山先生は「ダメですよ~。」と涙目で訴えているが止めることは出来ず、全員が戦争に参加することになった。

 

(……まずいな。)

 

そんな状況に危機感を持つ。

戦争に参加するということはいずれ人を殺すということだ。

それなのにそのことに気づいているものがほとんどいない。

こんな状態じゃいつか死ぬぞ。

こんなことを考えながらふとイシュタルのほうを見るとに満足そうな笑みを浮かべていた。

どうやら天之河がリーダーであることを見抜いて利用したようだ。

イシュタルを要注意人物として警戒しておくことにする。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

天之河の宣言によって戦争参加が決まった訳だが、いくら強い力があろうと俺達のほとんどが戦闘経験のないド素人。

そんな奴等がいきなり戦場に出たところで即死するだけだ。

そのことも踏まえて、今居る場所は聖教教会本山がある【神山】と呼ばれていて、麓にある【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。

王国は聖教教会の崇める神――創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということで、王国と教会の繋がりの強さを感じさせる。

その移動中にハジメに話しかける。

 

「ハジメ。」

「錬くん。」

「どう思う?」

 

俺の質問にしばらく考えをまとめるためか俯き、少ししてから答える。

 

「正直言って全部を信じることは難しいかな。」

「やっぱりお前もそうか。」

「うん。イシュタルさんの様子を見てたらね。」

 

それからあれこれと話していると、柵に囲まれ、魔方陣が描かれた台座についた。

全員が台座に乗ったのを確認してから、イシュタルが何やら唱えだす。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん、“天道”。」

 

その言葉に反応して魔方陣が輝き、台座がロープウェイのように麓に向けて動き出した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

城の中に入り、煌びやかに装飾された廊下を歩いて玉座の間へと向かう。

騎士らしき者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違ったが、その全員が期待や畏敬の念に満ちた眼差しを向けてくる。

居心地の悪い中最後尾をついていく。

玉座の間ではレッドカーペットの両側に軍服らしき衣装を纏った者達と文官らしき者達が三十人ほど佇んでおり、玉座の前に王様らしき人が立ち上がって(・・・・・・)待っており、その近くには王族らしき人達が控えていた。

その後、王様やその家族、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がされた。

その際の王様とイシュタルのやり取りから、やはり神が中心なのだと理解した。

歓迎の晩餐会なんかが開かれ、その後各自に用意された部屋に案内された。

これからどうしようか考えるもわからないことが多いので取りあえず寝ることにしてベットに入った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

翌日から早速訓練と座学が始まり、生徒達には十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。

配り終わったのを確認してから、騎士団長のメルド・ロギンスが説明を始めた。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

非常に気楽な喋り方をする彼は、豪放磊落な性格で、これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するようにいうくらいだ。

そちらの方が年上の人に敬語を使われ居心地が悪くなることがなく、気が楽なので良い。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 “ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ。」

「アーティファクト?」

 

聞き慣れない言葉に天之河が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな。」

 

なるほどと納得してから、言われた通りにしてステータスプレートに血を付ける。

そして魔法陣が一瞬淡く輝き、ステータスが浮かび上がった。

 

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黒羽錬 17歳 男 レベル:1

天職:■■(未覚醒)

筋力:300(弱体化)※

体力:300(弱体化)※

耐性:300(弱体化)※

敏捷:300(弱体化)※

魔力:300(弱体化)※

魔耐:300(弱体化)※

技能:全属性耐性(弱体化)※・物理耐性(弱体化)※・状態異常耐性(弱体化)※・気配感知(弱体化)※・魔力感知(弱体化)※・五感強化(弱体化)※・限界突破(弱体化)※・閲覧不可(複数)※・言語理解

※未覚醒状態の影響

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………なんだこれ。

思わず自分のステータスを何度も見直す。

ステータスの基準はわからないが、全ての能力値や技能のほとんどが弱体化しているし、天職や一部の技能が確認出来なくなっている。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に“レベル”があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないみたいだ。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後で、お前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。

やっぱりこっちでも元の世界でも日々の訓練が大切だっていうことか。

 

「次に“天職”ってのがあるだろう? それは言うなれば“才能”だ。末尾にある“技能”と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

……その天職が確認出来ないんだよな。

塗り潰された状態になっていて。

心当たりはなんとなくあるんだけどあれって職業じゃなくては種族だし。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

(平均低!俺のステータス弱体化してて平均の30倍かよ!………やっぱりあれの影響だよな。運命からは逃れられないってことなのかなぁ。)

 

俺が落ち込んでいる間にメルド団長の呼び掛けで、早速、天之河がステータスの報告をしに前へ出た。

 

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天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

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「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

天之河のステータスにメルドさんが感心する。

その称賛に照れたように頭を掻く天之河。

メルドさんのレベルは62で、ステータス平均は300前後どそれがこの世界でもトップレベルの強さだ。

レベル1で既に三分の一に迫っている天之河は成長率次第ではすぐに追い抜くだろう。

………絶対目立つ。

運動とかで目立たないように周りに合わせていたのに弱体化してても勇者より強いとかこれまでの努力も水の泡だ。

どうにか誤魔化そうと考えるも、次々と確認が終わっていき、すぐに俺の番になったので、諦めてステータスプレートをメルドさんに渡した。

俺のステータスを確認するとホクホク顔だったメルドさんは驚いたように目を見開き、ステータスプレートと俺を交互に繰り返し見ていた。

そんなメルドさんの様子に気が付いたのか自身のステータスに夢中だったクラスメイトがこちらに注目し始めた。

 

「これは………すごいじゃないか!天職がわからなくなっていて弱体化しているがレベル1で俺とほぼ同じステータスとはな!」

 

その言葉で俺に視線が集中する。

 

「技能の数も多いし……これから頑張ってくれ。期待しているぞ!亅

「は……ははは……はぁ。」

 

乾いた笑みを浮かべ、遠くを見るような目をしている俺の様子に気づかずに、メルドさんはハジメの方に向かった。

ハジメのステータスを確認すると、メルドさんは「うん?」と笑顔のまま固まり、次に「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。

しばらくして、微妙な表情を浮かべてステータスプレートをハジメに返した。

 

「ああ、その、何だ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……。」

 

その様子にクラスの男子達が反応する。

 檜山が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな。」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

檜山がハジメと肩を組み、他の生徒達(特に男子)が嗤っている。

 

「さぁ、やってみないと分からないかな。」

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

あまりにも執拗に聞く檜山とはやし立てるその取り巻き。

その様子に香織や雫などは不快げに眉を顰めている。

ハジメは投げやり気味にプレートを渡す。

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:30

体力:30

耐性:10

敏捷:50

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

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「……ぶっはははっ~、何だこれ! 半分は一般人じゃねぇか!」

「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~。」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

 

一部のステータスが予想と違ったためか檜山は少し言葉に詰まったがすぐに馬鹿にし始める。

その言いぐさに我慢出来ず、ハジメのステータスプレートを持っている檜山の腕を掴む。

 

「いい加減にしろよお前ら。ハジメが非戦系天職だからってその言いぐさ。黙らないと……………潰すぞ。」

「ひぃ!?」

 

怒気と少しの殺気を込めて睨み付けると檜山達は顔を青ざめる。

嗤っていた奴等も顔を背ける。

それを無視してメルドさんに質問する。

 

「メルドさん、少しお聞きしてもいいですか?」

「なんだ?」

「戦争では戦闘系天職ばかりが重視されますか?」

「いいや、そうでもない。いくら戦闘系天職を持ち、ステータスの高い者でも武具が良くなければその力を発揮できない。だから非戦系天職は戦闘系天職と同じく大切なもので優秀な者は重視される。」

「ありがとうございます。わかったか?いくら非戦系天職だからって馬鹿にするな。ハジメの場合は才能がステータスではなく、技術として出ているだけだろうが。」

 

俺が言い終わるとハジメを馬鹿にしていた奴等は顔を俯け黙り込んでいた。

それに満足してハジメにステータスプレートを渡そうと近づくと、元気づけようとした畑山先生によってトドメを刺されていた。




ハジメのステータスで一部上昇しているのは幼少期から近くに喰種故に馬鹿げた身体能力を持った錬がいたからです。いくら力を抑えたとしても普通の人よりは高かったため、ハジメがそれについていこうとした結果です。


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誓いと探索

ステータスプレートをもらってから二週間が経った。

現在、俺とハジメは訓練の休憩時間を利用して王立図書館にて魔物や錬成などについての調べ物をしている。

ハジメは、あの時のことから直接バカにしてくる奴はいないが、やっぱり非戦系天職であるためかステータスが他の戦闘系天職のステータスと比べると低いため、知識と知恵でカバーできないかと勉強しているのだ。

俺もこの世界についての知識を集めるためにハジメと一緒に勉強している。

ちなみに今の俺達のステータスはこんな感じだ。

 

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黒羽錬 17歳 男 レベル:2

 

天職:■■(未覚醒)

 

筋力:350(弱体化)※

 

体力:350(弱体化)※

 

耐性:350(弱体化)※

 

敏捷:350(弱体化)※

 

魔力:350(弱体化)※

 

魔耐:350(弱体化)※

 

技能:全属性耐性(弱体化)※・物理耐性(弱体化)※・状態異常耐性(弱体化)※・気配感知(弱体化)※・魔力感知(弱体化)※・五感強化(弱体化)※・限界突破(弱体化)※・閲覧不可(複数)※・言語理解

 

※未覚醒状態の影響

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2

 

天職:錬成師

 

筋力:32

 

体力:32

 

耐性:12

 

敏捷:52

 

魔力:12

 

魔耐:12

 

技能:錬成・言語理解

 

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俺のステータスは50上がってやっとレベルが1つあがった。

逆にハジメは訓練をしてもレベルが1つあがるだけなのは俺と同じだが、その数値も「刻み過ぎだろ!」と、内心ツッコミをいれるほど細かくあがっているのでショックを受けていた。

ちなみに天之河のステータスは次の通りだ。

 

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天之河光輝 17歳 男 レベル:10

 

天職:勇者

 

筋力:200

 

体力:200

 

耐性:200

 

敏捷:200

 

魔力:200

 

魔耐:200

 

技能:全属性適性・耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

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俺以外のクラスメイトの中では一番の成長率だ。

他のヤツらもそれなりに成長しているため、いまだに低レベルでステータスの低いハジメやオタクのくせに勇者よりもステータスの高い俺は蔑まれたり疎まれたりして陰口を言われている。

まあ、そんなことはどうでもいいけど。

正直言ってイシュタルの言っていた事を信じきることはできないが、帰れる方法は今のところそれしか無いため逃げることなどできない。

そのことを考えつつ、もうすぐ訓練の時間であることを思い出し、憂鬱に思いため息をもらす。

ハジメも同様にため息をもらしたので、互いに思わず吹き出してしまった。

 

「えっと、そろそろいこうか。」

「そうだな。」

 

そうして俺達は訓練場に向かっていった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

檜山達がハジメになにかしようと思ったのかこちらに近づいてきていたのを睨み付けて追い払ったこと以外は特になにもなかった訓練を終える。

本来ならそれからは夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると引き止められた。

何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。

ざわざわと喧騒に包まれる生徒達だったがしばらくすると落ち着いたのかいつものように自由行動を開始した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

【オルクス大迷宮】

 

それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。

七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。

それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

俺達は、メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、その【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。

新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

久しぶりに普通の部屋を見た気がする俺とハジメはベッドにダイブし「ふぅ~」と気を緩めた。

明日から早速、迷宮に挑戦だが、今回は行っても二十階層までらしい。

まあ、いくら訓練をしていてステータスが高かったとしても、技術面ではまだ熟練者とはいえず、メルドさん達には届かないため妥当なのだろう。

明日のことを考えつつ、自由な時を過ごしそろそろ寝ようかと思っためたその時、俺達の睡眠を邪魔するように扉をノックする音が響いた。

誰なのかと思っていると扉の向こう側から声が聞こえてくる。

 

「南雲くん、黒羽くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

思いがけない人物に目を丸くしてお互いの顔を見合わせる俺とハジメ。

とりあえず扉に近かったハジメが開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの白崎がいた。

 

「……なんでやねん。」

「えっ?」

 

そのある意味、衝撃的な光景に思わず関西弁でツッコミを入れてしまうハジメ。

よく聞こえなかったのか白崎はキョトンとしている。

やはり天然なのかあまりにも無防備な白崎に思わずため息が出る。

そんな白崎にハジメが対応している間に白崎から視線をそらす。

いくら前世があろうとあの服装は刺激が強すぎるのだ。

 

「あ~いや、何でもないよ。えっと、どうしたのかな? 何か連絡事項でも?」

「ううん。その、少し南雲くんと話たくて……やっぱり迷惑だったかな?」

「…………どうぞ。」

「うん!」

 

ハジメも同じようにしつつ、最も有り得そうな用件を予想して尋ねているが、上目遣い付きであっさり否定されている。

気がつけば扉を開け部屋の中に招き入れていた。

白崎は何の警戒心もなく嬉しそうに部屋に入り、窓際に設置されたテーブルセットに座った。

俺はそれに合わせてお茶の準備をする。

といっても、ただ水差しに入れたティーパックのようなものから抽出した水出しの紅茶モドキだが。

ハジメが座ったのを確認してからそれぞれの前に紅茶モドキを置いていく。

 

「ありがとう。」

「別にいいさ。で、白崎はハジメに用があるだろ?ならしばらく外にでてるわ。」

「えっ!ちょっ!?」

 

ハジメの慌てたような声を無視して部屋を後にする。

行くあても無いので、何となく宿の近くにある空き地に行き空を見上げる。

 

「大丈夫だとは思うが、なんだかなぁ~。」

 

メルドさん達がいるとはいえ初の迷宮探索だ。

余程の事がない限り安全のはずなのに、モヤモヤした気持ちが晴れる事はなかった。

ホルアドの空は俺の心に反して、清々しいほどの星空が広がっていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

翌日、メルドさんの指示のもと魔物を倒しながらオルクス大迷宮を進んでいく。

周りが活躍を見せる中、ハジメはステータスが低いなりに、騎士団員が相手をして弱った魔物を相手に地面を錬成して落とし穴にはめて串刺しにしたりするなどトラップを使ったりして工夫して戦っていた。

俺は基本はハジメのそばにいて、時折前衛に混じって魔物を倒している。

ちなみに俺は衝撃を増幅して相手にぶつけることができる籠手や脚甲のアーティファクトを使った打撃を主体とした戦い方をしている。

一応剣とかも持っているが、どうにもしっくりこないので仕方なくこの戦い方をしている。

今も戦闘を終えてハジメの近くに戻ると、少しの間だがハジメが白崎と見つめあっていた。

 

「な~に見つめあってるんだハジメ?」

「なっ!?錬くん!?なに言ってるの!?」

 

少しからかうように言うと、見られた羞恥心からか顔を赤く染めて慌てたような声をだすハジメ。

 

「だからなに白崎と見つめあってるんだって言ってんだよ。なんだ?昨日なにかあったのかな?ん?ん?」

「なにもない!なにもないから!」

 

そうやってからかっていると視線を感じ、二人であたりを見まわす。

でも、すぐにその視線は感じられなくなった。

負の感情を感じられたその視線は普段なら無視するが、いつもの感じよりも比べ物にならないくらい深く重いものだった。それに―――

 

(あの視線………負の感情だけじゃない。あの感じは………狂気。)

 

前世で俺を苦しめたあの糞医者から散々向けられたものである狂気。

それよりも弱かったが同じようなものをあの視線から感じた。

昨日からあるモヤモヤした気持ちが膨れ上がる。

そんな漠然とした不安を抱きながらも探索を続けていった。

それからも探索は続き、遂に二十層に到達した。

現在、四十七層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。

トラップに引っかかる心配もないはずだった。

二十層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようで複雑な地形をしていた。

この先を進むと二十一層への階段があるらしい。

予定通り今日の探索は終わりなのだがあと少しというところで先頭のメルドさん達が立ち止まる。

どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

メルドさんの忠告が飛ぶ。

その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。

ドラミングをしながら現れたそいつは、カメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

メルドさんの声が響くと同時に戦闘が始まる。

しばらくロックマウントと前衛組が戦っていると、ロックマウントが後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

直後に部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

その咆哮が発せられると同時に前衛組の動きが硬直する。

魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させるロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。

ロックマウントはその隙に傍らにあった岩を持ち上げ白崎達後衛組に向かって投げつけた。

後衛組が迎撃しようと魔法を発動しようとするも中断してしまう。

実は投げられた岩もロックマウントだったのだ。

さながらル○ンダイブのように飛んでくるロックマウントに固まってしまったのだろう。

俺はすぐに後衛組の前にでて、ロックマウントを殴り飛ばした。

 

「あっありがとう黒羽くん。」

「べつに。もう油断すんなよ。」

 

白崎に対してそう言うと、威圧の咆哮で固まっていた天之河が突然キレだした。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。

いつもの思い込みから怒り出した天之河の感情に呼応するように聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ、“天翔閃”!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

メルドさんの声を無視して聖剣を振り下ろす天之河。

すると、聖剣から光が斬撃となって放たれてロックマウントを両断し、奥の壁を破壊した。

息を吐きイケメンスマイルで振り返る天之河にメルドさんの拳骨が炸裂する。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

その言葉に天之河はバツが悪そうに謝罪する。

苦笑しながらも天之河を他のヤツらが慰めていると、白崎が崩れた壁の一部を指差しつぶやいた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……。」

 

皆もつられて見てみると青白く発光する鉱物があり、白崎たち女子達はその美しさに見惚れていた。

メルドさん曰く、その鉱石はグランツ鉱石といわれている宝石の原石のようなもので、貴族に人気のあるものらしい。

 

「素敵……。」

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

グランツ鉱石を見てそうつぶやく白崎を見て檜山が唐突に動き出した。

ステータスのこともあり、ヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

メルドさんの言葉を無視して檜山はグランツ鉱石のところまでたどり着き手をかける。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

騎士団員の警告が響き、メルドさんが脱出を促すも一歩遅く、既に罠は作動して俺達の視界が真っ白に染まった。

どうやら罠は転移魔法だったようで、俺達は底が見えない奈落が広がっている縁石すらない巨大な石造りの橋の上にいた。

周囲を警戒しながら見渡すと橋の両サイドにはそれぞれ奥へと続く通路と上階への階段があるのを見つけ、メルドさんの指示に従って移動しようとするが、その時突然魔法陣が展開される。

階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現し、通路側にも魔法陣は出現し巨大な魔物が現れた。

階段側の魔物はトラウムソルジャーと呼ばれる骸骨の魔物で今もなお魔法陣から増えており、その数は既に百を超えている。

通路側の魔物は体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けたトリケラトプスのような魔物でこれまで見てきた魔物とは比べものにならない威圧感を放っていた。

 

「まさか……ベヒモス……なのか……?」

 

メルドさんからこぼれ落ちたその言葉に俺は驚き、その魔物を凝視してしまう。

ベヒモスとはかつて最強と言われた冒険者が勝てなかった伝説の魔物だからだ。

ベヒモスは大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

 その咆哮で正気に戻ったのか、メルドさんが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いて“トラウムソルジャー”を突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルドさんの鬼気迫る表情に怯むも踏みとどまる天之河。

再度メルドさんが話そうとするもベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。

それを止めるためにハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、“聖絶”!!」」」

 

複数の人によって作られたその障壁はベヒモスの突進を止め、あたりに衝撃波がおこる。

そんななかで生徒達は前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に半ばパニック状態になり、陣列など無視して我先にと階段を目指して走り出す。

俺はトラウムソルジャーを殴り飛ばし橋の外に出しながら考える。

 

(こんままじゃラチがあかない!クラスのヤツらもパニックをおこして連携どころじゃないし……。となるとまとめ役でいて大火力をもったやつ………あいつしかいない!!)

 

今の状況を打開するために天之河の居るところまで行く。

だけどその前にハジメが先についていて天之河に叫んでいた。

 

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

「いきなり何だ? それより、何でこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

普段見ることのないハジメの様子に天之河達は驚いている。

 

「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!」

「そうだぞ天之河!!お前はこのクラスのリーダーだろうが!ならその責任を果たせ!いつまでも周りを見ずに感情任せに行動してんじゃねぇ!!」

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

ハジメが言うのに続けて俺も叫ぶ。

俺達の言葉でクラスのヤツらの様子を見た天之河はぶんぶんと頭を振るとこちらに頷いてきた。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

「下がれぇーー!」

 

天之河が“すいません、先に撤退します”そう言おうとしてメルドさんに振り返った瞬間、そのメルドさんの悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。

暴風のように荒れ狂う衝撃波によって吹き飛ばされる俺達。

メルドさん達が倒れ伏し呻き声を上げていたが俺達はすぐに立ち上がる。

どうやらメルドさん達の後ろにいたこととハジメが咄嗟に作った石壁が功を奏したようだ。

その後、時間稼ぎをして天之河が神威を放つも全く効かず、逆にベヒモスの攻撃をくらう。

なんとか避けたがその攻撃の余波の衝撃波で満身創痍になる。

弱体化しているがあらゆるものに対する耐性をもち、高いステータスによってまだ動ける俺と駆け寄ってくるハジメを見てメルドさんは

 

「坊主ども! 香織を連れて、光輝を担いで下がれ!」

 

そう指示する。

自身は盾を構えていることから、ここを死地と定め、命を賭けて食い止めるつもりのようだ。

そんなメルドさんに、ハジメは必死の形相で、とある提案をする。

それは、この場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。

ただし、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、ハジメが一番危険を請け負う方法だ。

メルドさんは逡巡するが、ベヒモスが既に戦闘態勢を整えている。

 

「……やれるんだな?」

「やります。」

「………俺もやるぞハジメ。」

 

突然俺が入ってきたのが予想外だったのか驚く2人。

 

「足止めをするのは俺がやります。それに俺はステータスが高い上に様々な耐性を持っています。その怪我でやるよりも安全です。」

「錬くん……。」

「………いいだろう。だが必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「「はい!」」

 

そう言って離れていくメルドさん。

絶対に生き残る。

その思いを胸になぜか先ほどから力がみなぎってくる身体を抑え、構える。

片方が黒い眼球と赤い虹彩(・・・・・・・・・)になっている目でベヒモスを見つめる。

そして遂にベヒモスが動き出した。

突っ込んでくるベヒモスに向けて俺も向かいぶつかる寸前で左側に回り込み殴りつける。

籠手の力によって衝撃が増幅されベヒモスを吹き飛ばす。

明らかにさっきよりも威力が上がっているが今は置いておきベヒモスに攻撃を続ける。

足に力を込めて全身のバネを使って跳躍して、ベヒモスを殴り飛ばした先に回り込みまた殴り飛ばす。

それを何度も繰り返すとキレたのか雄叫びを上げ、頭部の兜が赤熱化を開始する。

それを確認するとハジメより少し離れたところに戻り待機する。

そして、俺に向けて赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。

より強化された視力でタイミングを測り、ぶつかる直前で大きく上に跳躍した。

そしてベヒモスの頭部が俺のいた場所に着弾して、再び地面にめり込んだ。

そこを狙ってベヒモスの頭部を殴りつけより深くめり込ませる。

それと同時にハジメを呼ぶ。

 

「ハジメェェェェェェ!!」

「うん!」

 

ハジメは即座に反応して己が唯一使える魔法を赤熱化した地面に触ったときの痛みを堪えて唱えた。

 

「錬成!!」

 

石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。

周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ。

ベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、今度はその足元が錬成される。

ずぶりと一メートル以上沈み込む。

更にダメ押しと、ハジメは、その埋まった足元を錬成して固める。

俺もベヒモスの首を締めて動きを阻害しつつ押さえつける。

何度も殴りつけたことで弱っているが、それでもベヒモスの力は強く、直ぐ周囲の石畳に亀裂が入りかけるがハジメがすぐに錬成し直して抜け出すのを防ぐ。

その間にメルドさんは回復した騎士団員と白崎を呼び集め、天之河達を担ぎ離脱しようとする。

パニックになっていたヤツらも何人かがさを取り戻したようで、周囲に声を掛け連携を取って対応し始めている。

その後、作戦通りに白崎の魔法で回復した天之河の一撃を切っ掛けに押し返してトラウムソルジャーを一掃したのを確認してからハジメに声をかける。

 

「ハジメ、離脱するぞ!」

「わかった!」

 

最後に思いっきりベヒモスを殴りつけ深く埋めて、ハジメが魔力を全て使った錬成で拘束する。

それと同時に階段に向かって走りだす。

それから数秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。

その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。

鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し俺達を捉える。

再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。

俺達を追いかけようと四肢に力を溜めた。

その時あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

それらはベヒモスを充分に足止めしていた。

あと少しといったところでハジメに一つの火球が軌道を変えて直撃した。

 

「うあ!?」

「ハジメ!?」

 

ふらついているハジメを助けるため駆けつけようとするも赤熱化した頭部をベヒモスが突進してきた。

ハジメはなんとかぎりぎりかわすもベヒモスの攻撃による激烈な衝撃が橋全体を襲った。

着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走り、遂には崩壊した。

崩壊に巻き込まれベヒモスが奈落に落ちていく。

だが落ちていったのはベヒモスだけではない……………ハジメもだ。

 

「うあぁぁぁ!?」

「ハジ……っが!?」

 

助けようとハジメに意識を向けた瞬間、俺にも火球がぶつかり動きを阻害される。

その動きを止めた一瞬が仇となり、俺のいた足場も崩壊した。

咄嗟に振り返るとそこには顔を狂気に染めて醜く嗤っている檜山がいた。

 

「ッ……檜山ァァァァァァァァ!!!」

(クソったれが!?すまねぇ………ハジメ……。)

 

俺達に火球をぶつけた犯人であろう檜山に向かって怒号を上げる。

心の中ではハジメに謝罪をする。

そして俺もハジメと同じように奈落へと落ちていった。



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覚醒

遅くなって申し訳ありません。
リアルで仕事が忙しくて書く時間がなかなか取れませんでした。
待っている人がいるか分かりませんが続きをどうぞ


「………うっ……ここは?」

 

流れる水の音が聞こえ、何処からか吹いてくる微風が体をなでる。

硬くて冷たい地面の感触が目覚めたばかりの脳を刺激する。

意識が回復したばかりだからか頭がボーっとして考えがまとまらない。

それでも思い出さなければならないという漠然としたなにかにせかされるように記憶の糸を少しずつ手繰り寄せてゆき………

 

「……っ!そうだ、ハジメは!?」

 

檜山によってほんの少し先に自分と同じように奈落に落とされた親友のことを思い出す。

朧気だった意識が急速に覚醒し、横たわっていた体を起こして親友の姿を探す。

緑光石の発光のおかげで薄暗いながらも視界が確保されていることと、技能の五感強化で強化された視力と相まって何の問題もなく周囲の様子をうかがうことができた。

しかし、どれだけ周りを探してもハジメがいた痕跡すら見つからなかった。

 

(この感じからして最初からこの場所に落ちたのは俺だけみたいだな。ってことは落下地点がずれたのか?まあこのままここにいてもしょうがないし移動するしかないか)

 

周りの様子にあの石橋の高さが底が見えないぐらい高かったこと、落ちた時に俺とハジメが立っていた位置がずれていたことからある程度の予想をたてて今後の行動を考える。

考えると言ってもここが迷宮のどこら辺なのかわからず、情報が不足しているため具体的なことは決めれられないので、簡単なことについてだけだが。

いつどんなことが起こるのかわからないため、五感強化で強化した聴覚と嗅覚と視覚、気配感知や魔力感知など、今の自分にできること全てを使って最大限の警戒をしながら移動を開始した。

それから数時間後、途中で何体も魔物がいてその中のいくつかは群れをなしていたため、さすがに一人じゃ分が悪いと思い、そいつらに見つからないように岩陰に隠れて移動しながらハジメを探していた。

けれど最初にいた場所の周囲や少し離れたところをくまなく探しても何も見つからなかった。

思ったよりも落下地点のズレが大きかったのか、もっと遠くまで探しにいったほうがいいか、など考えていると……

 

「――-!?」

「!?ハジメ!?」

 

強化した聴覚に聞き覚えのある、さっきまで探し続けていた親友の悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。

それを聞いた瞬間、俺は考えるよりも先に走り出していた。

まるで跳ねるような感じで移動しながらも、俺の中にある焦燥感に突き動かされるように一歩、また一歩と足を踏み出す。

踏みしめた地面は砕け、その音が迷宮に鳴り響く。

さっきまでの慎重さは何処へ行ったのか、さっきまでの警戒心は何処へ行ったのか。

俺にはもう周りを気にする余裕などすでに無くなっていた。

今の俺の中にある残っているもの、それはさっき聞こえてきた声から本能的に想像してしまったものに対する恐怖と杞憂であってくれという祈りに近い感情だけだった。

 

 

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

声が聞こえてからどれだけの時間がたっただろうか。

数分か?

それとも数十分か?

はたまた数時間だろうか?

実際はそれほど経っていないだろう。

それでも俺はそれぐらいの時間が経ったんだと錯覚してしまうほど余裕がなかった。

かける、翔る、駆ける。

ただひたすら親友のもとへと駆け続ける。

そしてやっと目的の場所にたどり着いた。

しかし、そこで待ち受けていたものは残酷な現実(絶望)だった。

 

 

(あか)

 

 

(あか)

 

 

(あか)

 

 

(あか)

 

 

(あか)

 

 

壁が、床が、あらゆる所が血によって同じ色に染め上げられていた。

嘘だ、そんなはずない。

目の前の光景に呆然となり、真っ白になった頭ではそんな言葉が駆けめぐる。

理性はこの光景からある最悪の想像をしてしまい、感情がそれを声高らかに否定し拒絶する。

だがあるものを見つけたことによって今度こそ何も考えることができなくなった。

血に染まったその場所の中でも特に血の量が多く、窪みによって小さな血溜まりになっている場所、その中にそれはあった。

大きさはだいたい15~20cmぐらいで最近見慣れてきた錬成用の魔法陣が刻まれた革の手袋に包まれたもの…………ハジメの手だった。

 

「…………あ………あぁ……………ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

それを認識した途端、俺はいつの間にか叫んでいた。

意味がないとわかっていながらも未だに俺の理性が、感情が、否定し拒絶しようとする。

目の前の光景(嘗ての親友だったもの)がそんなものは無駄なことだと突き付けているにもかかわらずに。

俺がそれから少しの間そうしていると、どこからともなく魔物の大群が出てきた。

おそらくさっき走っていたときの音と叫び声につられてよってきたものだろう。

大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、雷を纏っている狼が、

中型犬くらいの大きさで後ろ足がやたらと大きく発達している兎が、

地球のものと同じぐらいの大きさで、口から炎を出しそれを自身の周囲に漂わせている虎が、

地球のものよりも二回りほど大きく、地面を脈動させつつその身を岩石で包んでいる牛が、

その他多くの魔物達が俺を取り囲む。

本来いくら魔物といえど動物である以上、縄張りや食物連鎖などの関係からこれだけ集まれば何かしらの争いが起こるはず。

メルドさんは複数種類の魔物が混在したり連携を組んだりすると言っていたがこの種類と数で何もないのは普通はあり得ない。

そしてそうならないのはそれ以上の何かに興味を示しているからだ。

例えばこの場に充満している血の匂いや呆然として動かないでいる人間()だ。

魔物達はこの濃い血の匂いに興奮しているのか一様に唸り声を上げる。

それがあっているのかはわからないが、魔物達の目を見て一つだけわかったことが、わかってしまったことがあった。

こいつらにとって人間()達は食料でしかないことを、腹を満たすための餌でしかないことを。

それを理解して、ハジメもこいつらに同じように見られたのかと考えたところで俺の中の何かを繋ぎ止めていた鎖が砕けたような気がした。

 

「グルァァァァァ!!」

 

俺が未だに反応しないことに焦れたのか、一匹の二尾の狼――-二尾狼が背後から襲い掛かってきた。

しかし……

 

ブチュリ

 

ドシュ!

 

「ガ!?アァ……ァ………」

 

肉が食い破られるような音が聞こえると同時に二尾狼の体を何かが貫いた。

二尾狼は自身に起こったことが理解できないのか目を見開きながら力尽きる。

他の魔物達も同様に驚きながらそうなった原因に目を向ける。

そこには先ほどと対して変わらない光景があった―――ある一点を除いて。

微動だにしない俺の背中、腰周りから生える直径1mで全長3mほどの表面が鋭い針のような毛で覆われた狐の尾のようなもの、本来はこの世界の人間が持つことのない別世界の化け物(喰種)が持つ凶器(赫子)、鱗赫だった。

仲間がやられたことに怒ったのか、他の二尾狼達が全方位から一斉に飛びかかってきた。

それを上に跳んで躱し、分裂させた(・・・・・)鱗赫で貫くことでやり過ごす。

正確に頭を貫かれた二尾狼は暴れることもなく事切れ、二尾狼に続いて飛びかかろうとしていた魔物達も一瞬動きを止める。

その一瞬の隙に地面に降りた俺の再び一本に纏まった鱗赫を振り回した一撃によって切り裂かれた。

先ほどまでと違い、抵抗してきたどころか多くの魔物を短時間で仕留めた俺に、警戒心を上げる残りの魔物達。

 

「ア゛ア゛ア゛ァァァ!!」

 

俺はそんな魔物達を黒い眼球と赤い虹彩に変化した眼―――赫眼で睨みつけ、憎悪や憤怒などの感情の赴くままに攻撃を仕掛けた。

 

「ウモォォォ!」

 

最初の標的とした岩石を纏った牛―――地牛が俺に反応して雄叫びを上げる。

すると脈動していた地牛の足元の地面が隆起し、鋭いトゲとなって向かってきた。

鱗赫を地面に叩きつけるのと同時にジャンプすることで天井付近まで跳躍してトゲを躱す。

基本的に人間のように翼を持たない生き物は空中では身動きがほとんど取れずに少しの間無防備になる。

 

「キュウ!」

 

そのことを理解しているのか、後ろ足が大きく発達した兎―――蹴りウサギが空中を駆けて蹴りつけてきた。

それをあらかじめ分裂させて天井に突き刺しておいた鱗赫で体を引っ張り上げることで回避する。

だが躱されることを予想していたのか躱した蹴りウサギの後ろからさらに二匹の蹴りウサギが迫ってきていた。

天井から抜きとった鱗赫で前転をする要領で勢いを付けながら前と後ろにいる蹴りウサギを纏めて薙ぎ払う。

着地すると炎を操っている虎―――炎虎が口に炎を溜めて吐き出していた。

鱗赫を向かってくる炎に突き出す。

それと同時に鱗赫の内部で赫子を構成している物質―――Rc細胞の結合と剥離を高速で繰り返していく。

やがて鱗赫から蒸気が発生し……

 

ゴォォウ!!

 

表面の毛を包み込むようにして炎が吹き出した。

鱗赫を覆う炎は炎虎の炎を取り込み、お返しとばかりに倍以上の規模にして打ち出す。

まさか返ってくるとは思わなかったのか炎虎は防御することもできずに炎に飲み込まれた。

周りの魔物が燃える炎虎に意識をそらした隙に地牛の纏っている岩石の薄い関節部分から鱗赫を突き刺して放炎、岩石の内側から焼きつくす。

その後も床や壁、天井を使って移動しながら鱗赫で魔物達を穿ち、切り裂き、焼きつくする。

だが、それも長くは続かなかった。

魔物達を蹂躙していた鱗赫が霧散するように消えて体中の力が抜けていく。

耐えきれずに思わず膝をついてしまう。

そんなわかりやすい隙を魔物達が見逃す筈がなかった。

散々いたぶられた怒りを晴らすかのように攻撃を仕掛けてきた。

二尾狼の電撃が体を駆け巡り、炎虎の炎が体を燃やしていく。

倒れそうになった体を地牛が地面から作り出したトゲがつらぬき、蹴りウサギ達が発達した足で蹴り飛ばした。

 

「ガハッ!?」

 

蹴り飛ばされた体は壁に激突して地面に落ちる。

電撃による痺れや燃やされたことによるやけど、蹴りの衝撃で砕けた骨々につらぬかれ大量に出血している穴。

生きていることすら不思議に思えるほどの重症によってろくに動けない。

ただ迫ってくる死を待つだけとなった。

血が流れ熱が引いていく。

自分という存在が消えていく。

死にたくない、生きたい。

あらゆる生き物が昔から変わらず持ち続ける本能。

それを感じた瞬間、今まで体験したことのないほどの飢餓感と食欲を刺激する匂いを感じ取った。

死に体でボロボロなのにも関わらず、俺は本能に突き動かされるように最後の力を振り絞って匂いの元となっているものをつかみとった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

人間が吹き飛ばされてから十数分後。

魔物達は警戒を最大限にまで高めて人間が吹き飛んだ方向を見つめていた。

いつもなら追撃を仕掛けてよりダメージを与えている所だが、先の戦闘ではそれを実行しようとしたもの全員が殺された。

故に追撃せずに油断なく警戒しているのだ。

この判断が仇となる事も知らずに。

いつ攻撃がきてもいいように身構えながら少しずつ近づいていく魔物達。

数分かけて近づいてきたところである音が聞こえてきた。

 

グチャ…

 

その音は近づくにつれてより多く、より大きく、より鮮明に聞こえてくる。

 

ガリ……ゴリ……ブチ……グチャ……クチャ……ゴクン

 

何かを噛み砕くような音、何かを食いちぎるような音、何かを飲み込むような音。

やがて途切れ途切れだった音は完全に聞こえるようになり、音の発生源も見えるようになった。

いや、なってしまった。

そこに居たのはやはりさっきの人間だった。

だがそいつはこれまでの戦いでそいつに殺された魔物達の肉を、骨を、そして魔石を噛み砕き、咀嚼し、嚥下していた。

なぜ魔物(同族)が人間に食われている?

魔物(自分)魔物(弱者)を食べることはある。

魔物(強者)魔物(仲間)が食べられることもある。

だがなぜ人間に?

動揺している魔物達に人間が振り向く。

だがその目を見た瞬間、魔物達は理解した。

狂気(食欲)に飲まれた赫い目(赫眼)を見て、魔物(自分)を餌としか見ていない目を見て、人間(弱者)ではなく化け物(同類)だということを。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

気がつくと俺は花畑にいた。

自身をつきぬけていく芳醇な香りにそう錯覚するも、次の瞬間にはもとの光景に戻っていた。

喰い散らかされた魔物の死体に背中から四種(・・)の赫子を生やした俺が薄く照らされている洞窟にいる、そんな光景に。

 

「…………お……れ…は………」

 

今ある現実に力なく言葉をこぼす。

ハジメの変わり果てた姿を見た。

怒りに、悲しみに、憎しみに、負の感情に突き動かされて多くの魔物を殺した。

一度は力尽き死にかけた。

普通の人だったら発狂してしまうかもしれないような目にあった。

 

「……ハッ………ハハ」

 

だが、そんなことよりも………

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

今の俺の状態を理解して、嗤うしかなかった。

前世でも、今世でも、忌々しくて、否定したくて、目をそらし続けた。

橋でも、奈落の底(ここ)でも、その力を使えば助けられたかもしれないにもかかわらず、使うことを躊躇い、ハジメを死なせてしまった。

なによりもハジメの、人間の手(・・・・)を見て美味しそうだと感じてしまった。

最後の理性でなんとか食べずにすんだものの、これまで拒絶して人間だと言い張り続けていたにもかかわらず、拒絶していたものに染まり、なれはてた。

目をそらし、耳をふさぎ、現実逃避したとしても、前世であの医者の手術を受けた時からどこまでいこうと……

 

「所詮俺は……喰種でしかない………か。……アッハハハハハハハハ!!」

 

確認するかのように呟いた後、未だに生やしたままの赫子を戻して歩き始めた。

狂ったような笑みを浮かべ、薄暗い洞窟の中で爛々と輝く赫眼で前を見据えながら。




黒羽くんは発狂してはいませんが今回の出来事で一部が壊れていて少しだけ狂ってしまいました。

ちなみにハジメくんは原作同様爪熊にやられてからは黒羽くんが戦っていた場所の近くの壁の中で絶賛気絶中なので死んでません。


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復讐者(アヴェンジャー)

ほんの少しの光源に照らされているだけの薄暗い洞窟の中を同族の血で全身を染めた一匹の二尾狼が恐怖にのまれたのか、焦燥に駆られたような必死な様子で何かから逃げていた。

どこに向かっているのかなど考えずにただただ生き残ることだけを考えて逃げ続けていた。

 

ザシュ

 

「ガァ……ァァ…ァ………」

 

だがそんなこと関係ないとでも言うかのように、いつのまにか二尾狼と並走していた影から放たれた凶刃によってその首が切り落とされた。

もの言わぬ骸と化した二尾狼に今回の下手人である先ほどの影―――鱗赫を生やした一人の喰種()が近づく。

二尾狼からの出血がほとんど無くなったことを確認すると、仕留めた時と同じように鱗赫を一瞬で分裂させて二尾狼の体をある程度の大きさに切り刻む。

 

「ま、こんなもんかねぇ」

 

自分という存在を改めて認識したあの出来事から早数日。

これまで一切使って来なかった赫子の操作といつの間にか高まっていた身体能力に慣れるのと食料確保のために目に付く魔物を手当たり次第に殺し回っていた。

その結果、身体能力にもしっかり慣れ、赫子もムラは有るが各種ある程度まで扱えるようになった。

特に鱗赫をよく使い、最初の戦闘での経験も相まって今では自由に扱える。

甲赫や尾赫は今の段階で相対する魔物では身体能力で充分対応できることもあり、あまり使う機会が無い。

羽赫はその能力の関係上今居る場所では危険過ぎるため、能力確認のために使用して以来高速移動や結晶による遠距離攻撃の時以外では使っていない。

 

「にしてもこの世界だと喰種()にとっては魔物の肉も人間の肉も同じ扱いなのか?」

 

切り刻んだ二尾狼を食べながらふとそんなことを考える。

何でも無いように食べているが、本来の喰種は一部の例外を除いて人間しか喰うことは出来ず、それ以外の食べ物を食べると形容しがたいほどの不味さを感じて普通は吐いてしまう。

にもかかわらず俺は人間とはほど遠い獣である魔物を食べても吐くどころかものによっては美味しく感じている。

まあ、俺自身が普通の喰種とは違っているわけだが。

前世ではあのくそ医者の手で喰種の臓器を移植して造られた人工喰種だし、今世では普通の食事が取れた上にそもそも俺以外に喰種という種族自体が存在すらしていなかった。

ならなぜ俺は喰種である証拠ともいえる赫子や普通の人を遙かに上回る身体能力などを持っていたのか。

人工喰種だった前世に体が引っ張られたのか?

そんなとりとめの無いことを考えていると何かを蹴った感覚がした。

 

「ん?」

 

一旦考え事を辞めて辺りを見回してみると、短剣やポーチ代わりにに使われていた小袋、魔力回復薬等が散乱していた。

その中でも特に目を引いていたのがさっき俺が蹴ったと思われる鮮血を思わせる緋色に染まっている十二センチ×七センチの板状のもの―――ステータスプレートだ。

 

「こいつは……そういやあの時落としたまんまだったな」

 

見回した周りの景色にどこか既視感を覚えながら呟く。

あの時とはハジメの叫び声を聞いて急いで移動していた時のことだ。

結局間に合わず、俺一人に対して寄ってたかって群れてきた魔物達相手に大暴れしたのだが、あの後に持っていた荷物がないことに気付いたのだ。

その荷物がなくても特に困ることもなかったので放置していたわけだが……

 

「………ま、持っていても邪魔にならないものばっかだし持って行くか」

 

まず小袋を拾い、その中に他に落ちているものを拾って入れていく。

短剣は腰に差しておき、最期にステータスプレートを拾う。

ふと自分のステータスが弱体化していたことを思い出し、気になったので今現在のステータスの状態を確認しておく。

 

===============================

 

黒羽錬 17歳 男 レベル:21

 

天職:喰種

 

筋力:3420

 

体力:3110

 

耐性:3420

 

敏捷:3260

 

魔力:3750

 

魔耐:3750

 

技能:全属性耐性[+耐性力上昇III]・物理耐性[+耐性力上昇III]・状態異常耐性[+耐性力上昇III]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・五感強化[+強化幅上昇III]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化[+万物消化]・食物変換[+Rc細胞化]・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・土石操作・火属性適合[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+火炎操作][+炎生成][+炎吸収][+炎増幅][+詠唱破棄][+イメージ補強力上昇][+陣省略][+温度操作]・魔力変換[+体力変換][+治癒力変換][+衝撃変換]・超速再生[+痛覚操作][+再生操作][+再生力増強II]・金剛[+部分強化][+集中強化][+付与強化]・豪腕[+部分強化][+集中強化][+付与強化]・甲赫:アラクネ・羽赫+鱗赫:天狐・尾赫:ヒュドラ・■■■・限界突破・言語理解

 

===============================

 

「……………ふ~ん」

 

小さく呟きながらステータスプレートに表示されている内容を見る。

弱体化が無くなってたりレベルが上がったりしているからか、前見た時からの短時間でステータスがものすごく上がっていた。

技能のほうも閲覧不可だったものが見れるようになっていたが、聞いたことのないものが多くあり、派生技能も多くあった。

天職は予想通りだったけど他のが予想の斜め上をいっていたので少し驚いてしまった。

 

「これも喰種だからこその恩恵なのか………。てか赫子って技能扱いでいいのか?確かに喰種にしかない固有能力だけども」

 

ステータスプレートに表示されている内容に対しての疑問を溢しながら、いくつか心当たりがあったり気になったりしている技能について考えていく。

まず一つ目に赫子と名前が一緒になって表示されているが、名前のほうには微かに聞き覚えがあった。

前世で糞医者に喰種化施術を勝手に施され、監禁された後に初めて目が覚めた時のことだ。

閉じ込められていることに困惑していた俺に対してあの糞医者は俺の特殊な体質に現在の状態、移植した喰種の通り名とその赫子について意気揚々と語ってきた。

その時に聞かされた通り名がステータスプレートに表示されている赫子の名前と同じなのだ。

二つ目に胃酸強化と食物変換の二つの技能とその派生技能。

恐らくこれが魔物を食べても平気なことと人間を食べなくても赫子が使える理由なのだろう。

三つ目としては纏雷や天歩、土石操作といった技能についてだが、これにも少し引っかかるものを感じるので一度試して見る。

 

「………やっぱりか」

 

一度も使ったことのない技能のためやり方がいまいちよく分からなかったが名前からイメージして使おうとしたら使えた。

それで使ってみた結果、これまでに殺して喰らってきた魔物達が使っていた固有魔法と同じものだった。

纏雷は二尾狼の、天歩は蹴りウサギの、土石操作は地牛の固有魔法だろう。

 

「魔物を喰うと技能を奪えるのか?だけどそれだと炎虎の固有魔法が無いのはいったいどういう……まさか」

 

ふと思いついたことを確かめるために改めてステータスプレートを確認する。

 

“火属性適合”

 

属性に関係する技能で知っているものは“適性”だけ。

ほとんどが戦闘職でこの世界の人間からしたらチート揃いであったクラスメイトの中でも属性の“適合”なんていう技能は見たことが無い。

名前から“適合”とは“適性”の上位互換だと考えられるが、何故それを自分が持っているのか。

そこで気になるのが炎生成と火炎操作という火属性適合の派生技能。

初めて炎虎と遭遇したとき、炎虎は口から炎をはきだしてそれを操っていた。

つまりこの2つの派生技能は炎虎の固有魔法と同じものだと推測できる。

さらに俺の持つ鱗赫も同様に炎を扱う。

つまりこの“火属性適合”という技能は炎虎の固有魔法と俺の持つ鱗赫の特徴が火属性適性とあわさって出来上がった技能なのではないのか。

いろいろな要因からそういう結果に思い至ったのだ。

まあ、本当かどうか定かではないが。

いまだに虫食い状態になっていてどういったものか分からない技能もあるが今考えてもわからないということは変わらないのでこれ以上考えることは辞めておく。

身体能力については喰種として完全に覚醒したこととレベルが上がっている分戦闘などの経験から成長したということが理由だろう。

あと考えられるとしたら魔物を喰った影響か。

 

「ま、とりあえずこれからは技能に慣れることを目標にしますか」

 

考察を辞めて呟くとまた次の獲物を求めて歩き始めた。

無意識に感じている心に穴が空いたと思わせるような空虚感とその奥で燻っているどす黒い感情を無視しながら。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あれからさらに数日。

魔物を喰うことで取得した技能に慣れるために獲物である魔物を探しながらさまよい迷宮の今居る階層を粗方回り終えた頃。

上にのぼるるための階段が無く、先日見つけた下の階層に降りるための階段で下にいこうと考えていたときに微かにある匂いを嗅ぎとった。

これまでに嗅ぎ慣れたものとは明らかに違いあまり嗅ぎ覚えのない、されど絶対に忘れるな、目をそらすなと本能が訴えかけている独特な匂い。

のどに小骨が引っかかったようなもどかしさを感じながら匂いのしてくる方向を見ていると、全長が二メートル以上とこれまで見てきた中でも巨体の部類に入り、足元まで伸びた太く長い腕に三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えている白い毛皮の熊がこちらに近づいてくる。

近づいてきた事で漂ってくる濃くなっていく。

俺と熊の距離がだいたい10メートルぐらいになったところで熊は止まり俺に対して威嚇してくる。

俺がただ者じゃないということを獣や魔物としての本能で察知したのだろう。

だが、今の俺にそんなことはどうでもよかった。

 

 

 

ドクンッ!!ドクンッ!!ドクンッ!!

 

 

 

熊が近づいてくるにつれて心臓が激しく脈動する。

 

 

 

ドクンッ!!ドクンッ!!ドクンッ!!

 

 

 

濃くなっていく熊の匂いにつられてあの時の光景が―――ハジメの手が浮かんでいる血だまりがフラッシュバックする。

 

(ああ、そうだった。どうりで体がこんなに反応するわけだ。なんですぐ気づけなかったんだか。こいつは………この匂いは………………!!)

 

「あの場所に残っていた………ハジメの手に染みついていた匂い…………!!!」

 

だがこいつからはハジメの匂いは一切感じない。

技能の五感強化を使用した俺の喰種としての嗅覚はどれだけ薄れていたとしても、他のものにまぎれていたとしても、その匂いを嗅ぎ分けることが出来る。

何日もの時間が過ぎていても、水浴びをして体を洗い流していてもそれは変わらない。

俺自身に染みついているこれまで倒して喰ってきた魔物達の匂いがその証拠だ。

故におそらくハジメをやったのはこの魔物の同種の別の個体なのだろう。

だがそれでも………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空虚な心の奥底から湧き上がってくる憎悪(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を止めることが出来なかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

約10mの距離を開けて二体の化け物(喰種と爪熊)が対峙している。

一方は漠然ながらも相手の力量を本能で理解し、己の体を奮い立たせながら威嚇する。

もう一方は傍目から見ればただ立っているようにしか見れないが、その碧眼は片方を赫眼へと変化させながら自身の内から湧き上がる憎悪を映し出し、相手を睨みつける。

 

「………………別にてめぇがあいつを殺ったわけじゃねぇのは分かってる」

「グルルルル………」

 

自身に言い聞かせるように静かに呟く。

 

「…………今感じているこの感情がお門違いなことも分かってる。だがな……」

「グルルルルルルルル……」

 

憎しみが

 

怒りが

 

悲しみが

 

恨みが

 

無力感が

 

嫌悪感が

 

他にもさまざまな感情が堰を切ったかのようにあふれだしてくる。

それらの感情は俺の空っぽになっていた心を瞬時に満たしてかき乱す。

頭の中がごちゃ混ぜになり何も考えられない。

俺ではどうすることもできないそれらの感情はやがてある一つの思考(本能)にたどりつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自身の敵を殺せ

 

 

 

友の仇を殺せ

 

 

 

邪魔する者は殺せ

 

 

 

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺セコろセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ

 

 

 

理性と本能が一つに結びつき、俺の頭が、心が、そのことで埋め尽くされる。

こんなことをしても意味は無い、ただの八つ当たりでしかない。

そうだとしても……

 

「そんなことで我慢できるほど俺にとってあいつ(ハジメ)は安いもん(存在)じゃねぇんだよぉぉぉぉ!!!」

「グルルルルァァァァァァァァ!!!」

 

前世での記憶があった影響で周りとは明らかに雰囲気が違った幼少期の俺は周りから避けられていた。

何をしようとしても一人。

そんな俺に唯一関わってきたのがハジメだった。

あいつのおかげで完全に一人にならずにすんだ。

あいつのおかげでまともでいられた。

あいつのおかげでヒトでいられた。

あいつが居たから俺は救われた。

俺にとってあいつは家族と同様にかけがえのない大切な親友なのだ。

だからこそ許せないし、許すつもりもない。

心の奥底から湧き上がってくる激情を止めることなんてできはしない。

その激情のままに吼える。

それがきっかけとなったのか、俺の咆哮に応えるかのように爪熊も咆哮をし、相手に向かって突っ込んだ。

 

ゴンッ!!

 

「っ!!」

「ッグルァ!!」

 

お互いが相手に突っ込んだ勢いをそのままに頭突きをくり出す。

体格の違いからくる重量の差、いくらステータスが上がったとしてもそれを覆すことは出来ない。

よく漫画とかでは人間が自分よりも巨大な敵の攻撃を受け止めたり、その敵を殴り飛ばしたりしている。

しかし、それができるのはその行動を行うのに必要な行程―――防御ならケガなく防ぐために受け身や攻撃を受け流す、攻撃ならばダメージがとおるようにするための力を込めるなどの過程―――があって初めて成り立つ。

意識外からの不意打ちや咄嗟の攻撃ではちゃんとした防御や攻撃など出来はしない。

ただし、その人間が巨大な敵よりも隔絶した圧倒的な力を持っていた場合は例外として当てはまらないが。

故にさっきの頭突きではタイミングを測りながら事前に力を込めていた爪熊に対し、ただ勢いのまま突っ込んだだけの俺は、俺よりも体格も重量も上まわっている爪熊に僅かに競り負けてしまった。

そしてそんな隙を見逃すはずもなく、競り負けのけぞっていた俺に爪熊は右腕を振るって追撃を仕掛けてくる。

 

「ぐぅっ!」

「グァ!?」

 

咄嗟に左足でガードし、同時に纏雷を発動させる。

爪熊は纏雷により痺れてわずかにひるみ、俺は爪熊の攻撃を防いだ左足に切り傷が出来て少しだけ出血していた。

だがそれも超速再生によって元に戻る。

爪熊が痺れている間に吹き飛された勢いを利用して再び距離を取る。

傷つけられたことで少し冷静になれ、考えなしに突っ込んだことを反省すると共に、爪熊の固有魔法について考える。

基本喰種の肉体は通常の人間の4~7倍の力を持ち、ただの銃や刀などでは傷つけることはできない。

それに加えて魔物の捕食や技能等の影響で全体的なスペックが高くなっている今の俺の肉体に爪で傷をつけた。

いや、実際に攻撃が当たる瞬間を見ていたが、爪が当たるほんの少し前からすでに足は切れはじめていた。

今更ただの魔物の爪でここまで簡単に、綺麗に切られるとも思わない。

傷をつけられるとしても、爪なら切られたよりもえぐられたというような傷になるはず。

 

(爪に纏えてなおかつ不可視のもの。炎虎のように体から何かを出している様子はなし。つまり常に周囲にあり、目に見えないもので鋭い切れ味を出すことが出来るもの………………まさかっ!!)

 

「空気か!!」

「グオォォ!!」

 

俺がその考えに至ると同時に、痺れが取れた爪熊がその場から爪を振るう。

反射的に天歩の派生技能の一つである縮地を発動して横に飛ぶ。

元居た場所を見ると地面には爪熊から真っ直ぐに伸びた何かによる切断痕があった。

だがこれで爪熊の固有魔法は分かった。

 

“鎌鼬”

 

空気中に真空の部分ができたときに、それに触れて起こるといわれる突然皮膚が裂けて、鋭利な鎌で切ったような傷ができる現象のことをいうが、漫画等では風の刃を飛ばしたりすることをそう言ったりしている。

爪熊は爪の周囲の空気を鋭い刃のようにして似たような現象を起こしているのだろう。

さっきの切断痕は派生技能でそれを飛ばしていたのだろう。

爪熊は避けられたことなどお構いなしに何度も爪を振るっては風の刃を飛ばしてくる。

それは本能からか、それとも先ほどの頭突きの際に全力でいったにもかかわらず、ただ突っ込んできただけの相手に僅かしか競り勝てなかったことに危機感を覚えたのか、近づけさせないように何度も繰り返し風の刃を飛ばす。

 

「グオォォォォォォォ!!」

「ちっ」

 

縮地を使ってかわしているが、デタラメだがまんべんなく振るわれて攻撃されているため爪熊に近づきにくく、思わず舌打ちをする。

このままだとやりにくいため、豪脚と縮地を同時に使用して一気に後退して30mほど距離を取る。

ある程度離れたからか、デタラメに攻撃して疲弊したのか、理由は分からないが爪熊は攻撃をやめて唸り警戒しながらこちらを見る。

 

「確かにお前の不可視の攻撃は面倒だ。……だが結局はとらえきれなきゃ意味ないよなぁ!!」

 

言い終わると天歩の派生技能の空力、縮地、豪脚を同時に使用し、空中を高速で移動する。

爪熊も近づかせないようにするために再び風の刃を連続でくり出す。

 

「はっ!これだけじゃねぇんだよ!」

 

俺は移動しながらさらに肩付近から霧状に噴出している赫子―――羽赫を出した。

それによって得られる推進力によってより高速で移動する。

爪熊は空中を自由自在に高速で動きまわる俺をとらえられないことに苛立っているのか徐々に攻撃に粗が出てきた。

そこを狙って噴出させていた羽赫を結晶化させて打ち出していく。

手足を狙っての俺の攻撃に爪熊の攻撃の粗がより大きくなっていく。

そして……

 

「そこぉ!」

 

爪熊の攻撃が一瞬だけだが完全に止まった。

その隙に羽赫を一気に噴出させて爪熊の後ろにまわりこみ、今までのよりも大きく結晶化させたものを大量に打ち込んだ。

 

「グオォォォォ…………」

 

爪熊の腕を、足を、体を羽赫の結晶が削り取っていく。

最初は苦しんでいた爪熊も次第に大人しくなっていき、トドメに打ち込んだ一際でかい結晶に貫かれて力尽きた。

 

「…………………………」

 

戦いは終わり、戦闘中の猛りはどこにいったのかといえるぐらいただ静かに爪熊の死体を見る。

落ち着いているように見える中、俺が思ったことはただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ足りない。

 

 

 

奈落の底(ここ)に俺達を落としたのは誰だ

 

 

 

小数派の意見も聞かずに勝手に戦争に巻き込んだのは誰だ

 

 

 

この世界(トータス)に無理矢理連れてきたのは誰だ

 

 

 

仇はまだいるぞ

 

 

 

ハジメは死んだのにあいつらはのうのうと生きているぞ

 

 

 

そいつらを見過ごすな

 

 

 

相応の報いを受けさせろ

 

 

 

…………と。

一度空っぽになっ(壊れ)()を満たしたもの(憎悪)は簡単にはなくなら(消え)ない。

引き金はとうに引かれた。

一度放たれた銃弾は戻らないように憎悪に染まった喰種(復讐者)は対象を狩りつくすまでもう止まることはない。

邪魔する者がいたならば、例え以前親しい仲だった者でも……

 

「喰い殺す」

 

爪熊の一部の肉を回収した後、しばらく歩いてから爪熊の死体に向けて鱗赫の火炎弾を放ち、土石操作で通路を塞ぐ。

羽赫の結晶が鱗赫の火炎弾を起点に爆発した音と衝撃を背後から受けながら地を這うような低い声で言い先へと進む。

復讐者(アヴェンジャー)となった喰種はもはや死んだ親友を除いて誰にも止めることは出来ない。




赫子紹介

羽赫+鱗赫:天狐

元々はS+レート喰種“天狐”が持っていた赫子。

羽赫は出すとガスのように噴出していて、結晶化させて飛ばす、噴き出る勢いを利用して高速で移動する等の使い方ができる。また、この赫子の特徴として火や高温によって燃えるというものがあり、結晶化したものや密閉していて羽赫をばらまいたところに火をつけると爆発させることも出来る。

鱗赫は鋭い針のような毛に覆われた狐の尾のような見た目で、剥離と結合させやすい特徴があり、元々巨大な一本のものを小型で複数のものに分裂させることが出来る。また、表面の毛を撫でつけるように纏めて切れ味をよくしたり、高速で剥離と結合させることで火を発生させたりも出来る。

S+レート喰種“天孤”は自分では狩りのできない大人しい女の喰種で喰種捜査官に見つかっても殺さず、毎回逃げていた。ただし、二種の赫子とその能力、何度も捜査官から逃げ切っている事実(毎回上等捜査官から逃走し、一度特等捜査官からも逃げ切った)とその(逃走特化の)戦闘技術からS+レートとされた。


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封じられた同類

走り、振るい、駆け抜ける。

百六十センチメートル以上ある雑草が生い茂り、その中を何処にあるかも分からない階段を目指して走り、後ろにいる奴ら目掛けて鱗赫を振るって首を跳ね飛ばす。

だが仲間殺されているにもかかわらず他の奴らはけっして止まらず、いつの間にか減らす前と同じ数に戻っている。

統率のされた動きでただ機械のように他を鑑みることもなく対象である俺を追いかけるそいつらは……

 

「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」

 

「鬱陶しいんだよトカゲ風情がぁ!!」

 

頭に色とりどりの花を咲かせた恐竜達というなんともシュールな見た目をしていた。

 

――――――――――

 

―――――――

 

―――――

 

―――

 

『おはよう!○○君!』

 

 

 

『一緒に遊ぼ!○○君!』

 

 

 

『ありがとう!○○君!』

 

 

 

 

 

 

 

 

『これからもず~っと友達だよ、○○君!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………久しぶりにみたな、この夢も」

 

階段付近の岩壁にある人一人が入れるぐらいの大きさを持った亀裂の中、ここ数年みることのなかった前世の記憶()についてポツリと溢す。

前世でまだ人間だった子供の頃の、転生してからの両親やハジメといた時と同じぐらい大切な思い出。

両親や幼なじみ、友達と一緒に過ごした何の変哲もない、けどとても楽しくて充実していた日常。

いくら欲しても二度と戻れないもの。

何で今になってこの夢が……とわずかに感傷に浸った気持ちを振り払いつつ外に出た。

俺は今迷宮を下へと順調に降りていき、最初にいた階層から数えておよそ60階層のところにいる。

ここまで来る間に毒を吐き出す虹色の巨大カエルや麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾、体の節ごとに分離して襲ってくる巨大ムカデにトレントモドキなど多くの魔物が襲いかかってきた。

なお、その魔物達は殺したあとにもれなく全部喰らいつくしてやった。

全部喰わずに腹が減った時だけ喰っとけば今頃もう少し下の階層まで進めていたし、本音を言えばさっさとこの迷宮から脱出して目的を果たすためにもそうしたかった。

だが、食物変換[+Rc細胞化]によって大量のRc細胞をためておけることや実験によって分かった強力な魔物を喰った際に得られるステータスの上昇補正など、損よりも得のほうが大きいため、はやる気持ちを我慢している。

あと50階層あたりで二体の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していて、その間には高さ三メートルほどのの装飾された荘厳な両開きの扉があったのだが、いかにもゲームの迷宮の中層あたりにあるイベント部屋のような感じがし、関わったらどう転がっても面倒なことにしかならなそうだったので無視して進んだ。

ちなみにこの判断がのちのハジメの迷宮攻略の大きな助けになることをこの時の俺には知るよしも無かった。

 

 

閑話休題

 

 

そんなこんなで到達したのが現在俺がいるこの階層。

まず見えたのは樹海だった。

10メートルを超える木々が鬱蒼と茂っており、空気はどこか湿っぽい。

しかし、以前にも熱帯林のような階層を通ったため驚くこともなく、またその階層と違ってそれほど暑くはないのでまだましだった。

やることはこれまでと変わらず、階段の捜索と魔物の捕食だ。

目的を果たすためには強くならなければならない。

 

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黒羽錬 17歳 男 レベル:49

天職:喰種

筋力:4765

体力:4375

耐性:4765

敏捷:4510

魔力:5115

魔耐:5115

技能:全属性耐性[+耐性力上昇III]・物理耐性[+耐性力上昇III]・状態異常耐性[+耐性力上昇III]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・五感強化[+強化幅上昇III]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化[+万物消化]・食物変換[+Rc細胞化]・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・土石操作・火属性適合[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+火炎操作][+炎生成][+炎吸収][+炎増幅][+詠唱破棄][+イメージ補強力上昇][+陣省略][+温度操作]・魔力変換[+体力変換][+治癒力変換][+衝撃変換]・超速再生[+痛覚操作][+再生操作][+再生力増強II]・金剛[+部分強化][+集中強化][+付与強化]・豪腕[+部分強化][+集中強化][+付与強化]・風爪・夜目・遠見・気配遮断・甲赫:アラクネ・羽赫+鱗赫:天狐・尾赫:ヒュドラ・■■■・限界突破・言語理解

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これが今現在の俺のステータスだが、全然足りない。

あいつら程度ならこのままでも大丈夫だろうが、俺達をこの世界に連れてきたあのクソ野郎は神などと呼ばれ、異なる世界にまで手を出せるほどの力を持っているのだ。

今の状態だと精々魔物の群れや人間の軍隊を相手に出来るだけで、神相手ではまず殺すことは出来ないだろう。

だからこそより強い魔物と戦い、喰らう。

経験のみならず相手の全てを糧として強くなる。

この手で目的を果たすためなら手段なんて選んでられないのだから。

その点で言えばこの迷宮は進め進むほどより強力な魔物がいるため、いちいち探さなくてもいいので助かっている。

そんなこんなで魔物を探して見つけたのだが··········

 

「キシャァァァ」

「·········なんで頭に花なんてはやしてんだ?」

 

頭に花を生やした恐竜という訳のわからない魔物というこれまでに見た中でも特に変な魔物だったため少し戸惑ってしまった。

 

(本当に何なんだこいつ。ここにはそれなりに変な見た目の魔物もいたがこいつは·········ん?)

 

その時俺の鼻がある違和感を嗅ぎとった。

 

「恐竜と花とで匂いが違う?」

 

そう、一体の魔物の筈なのに場所によって匂いが違うのだ。

分裂した巨大ムカデでも匂いが部位ごとでそれぞれ少し違うということや同じ種類の魔物でも僅かに違うということがあったが、この恐竜と花は全く違うのだ。

まるで元から別々の個体だったかのように。

そこまで考えたところでふとあることを思い出した。

 

「よっと」

 

もしそうなら……と自身の考えを確かめるために、その牙でこちらを噛みちぎろうとしてきた恐竜の横に回り込んで鱗赫で頭の花だけを吹き飛ばしてみた。

すると一瞬ビクンと痙攣したかと思うと、そのまま動かなくなった。

しかし急に止まることなんて出来るはずもなく、恐竜はもんどり打ちながら地面を転がり、樹にぶつかって動きをようやく止めた。

しばらく様子を見ていると起き上がり辺りを見渡し始めた。

そして吹き飛ばしたことで四散したかつて自身の頭に咲いていた花を見つけると、これでもかとまるでずっと溜め続けてきた鬱憤を晴らすかのように踏み付け始めた。

一通り踏みつけて満足したのか、達成感あふれる顔で雄叫びを上げる恐竜。

なんとも言いあらわせない微妙な感情を抱きながら見ていると、こちらに気づいたのか恐竜はビクッと反応するも直ぐに姿勢を低くし牙をむき出しにして唸り襲いかかってきた。

今更俺に気づいた恐竜に呆れつつ、その首を鱗赫で跳ね飛ばした。

 

「………」

 

さっきまでの恐竜の反応につい無言になりながらも、一連のことから自分の考えがあっていたことを確信する。

 

「やっぱり寄生されていたか。また厄介なものを」

 

地球にも別の生き物に寄生して操るという同じような生き物がいるためそうなのではないかと思っていたが予想が当たり、これまでとはまた違った系統の魔物の登場に小さくため息をこぼす。

強い魔物がいるのは分かりきったことだし、ステータス上げにも助かるのだがこうも厄介な能力の魔物が多いと相手にするのが億劫になるのだ。

もう割り切ったことだが面倒なことにはかわりない。

とりあえず恐竜の肉を回収しようと手を伸ばした瞬間に感知系の技能に反応があり、その内容に思わず口が引きつってしまった。

十、二十、三十。

次々と増えていく気配は止まることなく、その数が百をこえた辺りで俺は駆け出していた。

さらに気配は増え続け、いつしかいくつかの団体にわかれて周囲を囲むように移動する。

距離を開けるために走るスピードを速くして、しばらく走ってから後方を見てみると二百匹位にまで増え、同じように花を咲かせた恐竜達が扇状に広がりながら追いかけて来ていたのだった。

 

 

そして場面は冒頭に戻る。

 

 

「クソッ!いったいどんだけいんだよ。次から次へとわいてきりがねぇ。」

 

囲まれないように駆けだしたものの、いつしか全方位から恐竜達が現れ、倒しても倒しても際限なく増え続けたことで結局囲まれてしまった。

いつまで経っても終わらない怒濤の攻撃。

鱗赫で薙ぎ払おうが、羽赫で刺し殺そうが、どんなことをしようが奴らはその屍を気にすることもなく、文字通り乗り越えてやってくる。

 

…………………

 

ブチッ

 

「弱くて群れるだけしか能のねぇ雑魚共が………………調子にのってんじゃねぇぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

さすがに全部返り討ちにしているとはいえ、溜まりに溜まったストレスによってついに我慢の限界が訪れキレた。

俺の叫びに呼応するように魔力が放出され、今なお襲いかかってきていた恐竜達を軒並み吹き飛ばす。

その背にはいつもより一回りも二回りも大きくなっている鱗赫があり、縦と横に裂けてゆき四本に分裂する。

再び恐竜達が襲いかかってくるまでの僅かな時間、ゆらゆらと揺れる鱗赫に風がいつの間にか纏わり付いていた。

そして恐竜達が飛びかかってきたその瞬間、風は鋭い爪となり鱗赫と共に己に向かってくる敵を蹂躙する。

最前列が一度にやられたことで後続との間に距離ができる。

その隙に土石操作で大量の棘を地面から生やして進路を妨害し、ダメ押しとばかりに鱗赫や炎生成で炎を発生させて炎増幅で強化した後、火炎操作で拡散するように打ち出した。

本来生き物は本能的に火などといった自身の脅威になるものを避ける傾向にあり、自身の力として火を扱っていた例外を除いた魔物も同じ傾向にあった。

寄生され操られていようがその例に漏れず、突然迫ってきて地面に広がる同族だったものや突き刺さっている結晶体、樹海の木々を糧としてより勢いよく燃え上がる炎に恐竜達は意図せず足を止めてしまう。

その事を確認した後、すぐさまその場から天歩の派生技能に羽赫を使って加速し、ある地点を目指して駆けだした。

そもそもこれまでの恐竜達の行動にはいくつか不審な点があった。

いくら同族が死のうが動揺することもなく、殺気や敵意といったようなもの以外の感情が無いかのように特攻するかのごとく執拗に襲いかかり、仲間意識すらないのかと思えばなかなかの規模の数で統率の取れた集団行動をする。

その統率も(一部偏っていたものの)人間顔負けのものでほんの僅かに生じてしまうようなズレすらないほどの緻密さ。

かと思えば攻撃方法はなんらかの固有魔法を使うわけでもなく、自前の牙や爪で攻撃してくるのみという単調さ。

他にもたくさんあり、極め付けには恐竜達に生えているまったく同じにおいの花(・・・・・・・・・・・)

最初は一体一体別々に寄生されて操られていると考えていたが、これらのことからこの花はただの端末のようなもので、それを介して違う場所から本体が遠隔操作しているのではないかと考えるようになった。

それなら攻撃が単調だったことも数多くの魔物を同時に操作していたため手が回らなかったと考えられるし、ある方向だけ恐竜達が多く偏っていたことにも納得いく。

そして……

 

ドゴォォォン!!

 

「見つけたぁ!!」

 

実際にその方向に移動してみれば縦割れの洞窟があり、勢いそのままに突き破ったら恐竜達の花と同じにおいを纏ったアルラウネやドリアード等と言う人間の女と植物が融合したような魔物がいた。

そいつは恐竜達を突破して現れた俺に焦っているのか一心不乱に緑色のピンポン玉のようなものを飛ばしてきた。

俺はそんなものを気にすることもなくアルラウネ擬きに近づき、やがて緑玉にふれる。

勝利を確信したかのように醜い顔を歪めて嗤うアルラウネ擬き。

しかしすぐに驚愕の表情に変わった。

 

「馬鹿が」

 

様々なことへの強い耐性系の技能を持つ俺にはどんな方法であれ、こいつの寄生して操るといったような能力はきくことはない。

実際にアルラウネ擬きの出した緑玉に含まれる胞子は一種の神経毒なので、状態異常耐性によってすぐに防がれたのだ。

操り人形の恐竜達ははるか後方。

ようやく不利であることを、自分がかなう相手ではないことを理解したアルラウネ擬きは後退り、逃げ出そうとする。

 

「させっかよぉ!!」

 

今なお噴出している羽赫で何本もの結晶体の槍を作り出し、数本をアルラウネ擬きに、残りをその周りに突き刺して固定し包囲する。

さらに結晶体を起点として鋼鉄製のワイヤーのような強靭さを持った粘着性のある糸が張り巡らされアルラウネ擬きの動きを封じていく。

その糸は俺の肩甲骨の下辺りから生えた幾つかの節を持ち、一目見ただけで強固だとわかる殻に覆われた四対八本の赫子―――甲赫の鋭く尖った先端部分から出ていた。

すでに土石操作で入り口などの穴は閉じてあり、移動している時からずっと羽赫を出しているため、洞窟内には吹き出し続けた羽赫が充満している。

 

「爆ぜろ」

 

甲赫で自分を覆いきる時にこの階層でアルラウネ擬きによって味わった感情全てを込めてそう吐き捨てる。

次の瞬間、甲赫と身体強化や耐性系の技能で防御をしながら火を発生させて、アルラウネ擬きごと洞窟を爆破した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「いっつつ」

 

爆破した際の衝撃が予想以上に大きく、軽いダメージをおってしまい頭を押さえながら周りを見る。

そこはさっきまでいたような自然の洞窟ではなく、明らかに人の手が加えられている事が分かる何処かの遺跡の内部のような場所だった。

 

「··············いくらキレてたからってさすがにやり過ぎたか。」

 

防御していた時に少しの間浮遊感をあったため、おそらく爆破したことで60階層の床をぶち抜いたのだろう。

その証拠に天井には砂塵に見え隠れしている大きな穴があった。

ここまでしてしまったことでようやく自分に余裕がなかったことを自覚する。

はやる気持ちを我慢しているつもりだったが、どうやら知らない内に焦りがあったのだろう。

その事が精神的な余裕を奪っていったようだ。

反省しつつもその不甲斐なさから息をつき自嘲するように笑う。

 

「··············とりあえず進むか」

 

階段もなく真っ直ぐ伸びる通路があるだけのこの空間。

天井の穴から戻ってもいいが、俺の喰種としての勘が進めと言っており、俺の勘は良くも悪くも当たりやすいため進む事にする。

しばらく進むと直径500mほどの大きさのドーム状の空間に出た。

光源がなく薄暗いため夜目と五感強化を使って周囲の観察をしていると·····

 

「だ·····れ·········?」

 

か細い、吹けば消えてしまいそうな弱々しい声が聞こえた。

急いでそちらに目を向けると立方体があり、その中央から腰あたりまで伸びる漆を塗ったようなきれいな光沢を持つ黒髪をした16歳位の女が

 

「なっ!?」

 

片方が赤色(赫眼)に変化した青色の瞳で見つめてきた。



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すいません

こちらの都合上により、この作品「魔王の親友は転生せし喰種」の連載をしばらくの間止めて休載することにしました。

楽しみにしてくださっている読者の方々にはご迷惑をお掛けします。すいません。

 

仕事の方で必要な資格の取得をために必要な勉強時間の確保にその資格についての講習、工場のプラントオペレーターという仕事と時期的な関係でこれからくる、自分の所属している部署の定修作業の準備など、とにかく執筆出来る時間が無いことが主な理由です。

一応時間がある時に少しずつ書いて投稿していこうとは思っていますので、これからもこの作品よろしくお願いします。

 

後、前回の最後に出てきた隻眼の喰種の少女の赫子についてなのですが、一応考えていますがもしこういった赫子がいいといったようなことが感想にどうぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下ただの字数稼ぎです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ



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