Clear Sky (K-Matsu)
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Prolouge
全国シニアリーグ野球大会の準決勝当日。
真夏のジリジリとした太陽光線が容赦なくグラウンドに降り注ぎ、その場に立つ選手たちはきっと熱を吸った黒土のせいでまるでサウナの中にいるような錯覚に陥っているだろう。
そのグラウンドの中心……マウンドに立っている青少年は額から流れてくる汗を帽子を取り、身に纏ったアンダーを使って拭い取ってから再度帽子を被り直す。
ここまで両チームのスコアボードには15個の0が並び続けていた。
両チームともにエースが登板し、スタミナと神経をすり減らしながらも快刀乱麻の投球を続け観客や高校のスカウト陣を大いに熱狂させてきた。
「健太。大丈夫か?」
スタミナが底をつき始めているエースに彼の女房役が声を掛ける。
「まだ投げられる」
「そうか。クリーンナップを迎える事になるけど油断せずに行こう」
「ならいい加減『あのボール』のサイン出しやがれ」
「それがなくてもここまでなんとかなってきただろ?」
そう言って女房役は小走りで自分のポジションへと戻っていく。
(……自分のブロッキングの甘さを棚に上げて何言ってやがる)
心の中で舌打ちをしながらボールを受け取り、グラブの中の白球の縫い目に指を掛けて静かに見つめる。
顔を上げると相手は3番からの好打順。
これまでの対戦成績は空振り三振2つと内野安打1つ。
自分のスタミナとイニング毎のペース配分を考え、力を抜くときは抜くピッチングスタイルが故にヒットを打たれることもしばしばだがピンチになると一転して鬼気迫る圧倒的なピッチングで今まで数多くのピンチを抑えてきた。
左手につけたグラブを目以外の顔の部分を覆い、キャッチャーからのサインやバッターの情報以外を遮断してサインが出るのを待つ。
示されたサインに何度も首を振っても効果はなく、仕方なしに頷きモーションに入ってから投げる。
綺麗なバックスピンが効いた133km/hのストレートがキャッチャーが構えたミットよりも僅かに浮いた。
県大会や地方大会みたいに甘く入ったボールを悠々と見逃すようなバッターはこの大会には誰一人としておらず金属バット特有の痛烈な金属音を残し、打球は瞬く間にレフト前へと転がっていく。
そして迎えるは世代No.1打者との呼び声高い相手チームの扇の要
本日4度目の世代No.1投手と打者の激突に観客は割れんばかりの歓声と熱い視線をマウンドとバッターボックスへと向ける。
視線を一手に引き受けたマウンドに上がるエースはここが勝負所だと睨み、ペース配分と言う名の枷を外す。
バランスのよいピッチングフォームから繰り出された138km/hのストレートを雨宮は低いと判断し、見送った。
が、ボールはホップしたかのように急激に伸びてストライクゾーンギリギリを通過してミットに突き刺さった。
(……すごいな)
雨宮はクールな表情で最後の力を振り絞るように右腕を振り、自分を抑えに掛かる相手エースを心の中で賞賛する。
2球目のボールもストレート。
バットの上っ面に当たってバックネットに飛んだ。
3球目、4球目はそれぞれシュートとスライダーが外れてカウントは2-2。
カウントを整えてからの勝負の5球目。
マウンド上の彼は何度も何度も首を振り、1度足元のロジンバッグに手をやる。
この試合に限らず、この大会に入ってから首を振ることが多い……。
バッテリー間で呼吸があっていないのか?
そんな事を考えているとようやく頷き、セットポジションに入った。
1度ランナーを目線で牽制してから投じられたエースの自身最速タイに迫る139km/hの渾身のストレートがミットに吸い込まれるように唸りを上げて進んでいった。
そんなエースにとってこの試合のベストボールだと誰が見ても分かるストレートを雨宮は何の迷いもなくバットを振り抜いた。
木製の乾いた打球音と共に打球はグングン伸びていく。
誰しもが打球の行方を追っていくが、この熱闘を演じた彼ら2人だけは違った。
打った雨宮はバットを投げて打球の行方に目もくれず静かにベースランニングを始め、打たれたエースは打たれた瞬間片腕をついて崩れ落ちた。
世代No.1投手と謳われた松井 健太の最後の全国大会はサヨナラ本塁打を浴び、サヨナラ負けという形で幕を降ろした。
そして、半年後……。
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スカウティングレポート
松井 健太
ポジション:投手・外野手
投打:右/左
身長・体重:175/66
ランク:投手S 外野手A+
《投手としての特徴》
ランナーがいない場面でもセットポジションから投球し、理想的なバランスが取れたフォームが特徴。
綺麗なバックスピンが効いた速球と左右の変化球による揺さぶりで勝負する本格派投手。
ストレートは平均球速約133km/h、最速139km/h。
チームでは先発を任されることが多く、先発時は130km/h程度に抑えているがピンチの場面や勝負所だと判断したシーンでは130km/h台後半を連発する。
持ち球はスライダーとシュートとカーブでどの球種も空振りが奪える程のキレを持っており、奪三振率は8.86と非常に高い。
どの球種でもストライクが取れる上に勝負できるためバッターからは絞り辛いと言われる反面、1イニング平均(全国大会準決勝まで)16.7球と球数が多くなる傾向にある。
また、スタミナを配分して投げるスタイルのため下位打線に打たれることもしばしば。
全国大会前により空振りを取れるようになるため『フォーク系の変化球』に関する噂が流れたが、実践レベルに達しなかったのか理由は定かではないが大会期間中投球練習を含めて1球も投じることはなかった。
フィールディングも非常に上手くバントの打球を素早く処理し、一塁走者を二塁で封殺することも多い。
ピックオフやクイックの技術にも秀でており、クイックのタイムは1.2秒と非常に速い。
《野手としての特徴》
パワーでボールを飛ばすよりも巧みなバットコントロールでライナー性の打球を打つラインドライブヒッターだが、真芯で捉えた打球は超高校級で相手野手が一歩も反応できない事もしばしば。
ただし、左投手をあまり得意としておらず対左投手通算打率.271とやや苦手にしている。
守備面では50M走5.9秒の俊足や投手をやれるだけの肩の力もあり、守備範囲はとても広い。
連投禁止ルールの時は主に中堅手や右翼手を守っていた。
雨宮 樹
ポジション:捕手
投打:右/両
身長・体重:177/72
ランク:S
《選手としての特徴》
チームではキャプテンで不動の4番打者を務めた。
金属バットよりミートポイントが狭い木製バットを使用し、安打・本塁打を量産し続けた。
チャンスの場面では無類の勝負強さを誇るクラッチヒッターであり、得点圏で数多くのエースクラスの投手を一撃で仕留めてきた別名『エースキラー』。
ボールの少し下を擦りあげて打球を高く上げながら飛距離を稼ぐアーチストタイプのパワーヒッターだが、追い込まれたら軽打に切り替えられる器用さも併せ持つ。
しかし、アウトコースからボールゾーンへ逃げるスライダーやツーシームやカットボールといった手元で動くボール、さらにはインローに弱い。
どちらかと言うと右打席より左打席の方が得意。
守備面では投手の性格やピッチングスタイルを考慮し、それを踏まえた上で相手打者の苦手なコース・球種を突く攻撃的なリードを信条とする。
ボールを捕球してから送球までの動作が非常に素早いが、送球したボールがシュート回転したりするなどが原因で盗塁阻止率はあまり高くない。
森川 翔吾
ポジション:遊撃手
投打:右/左(両)
身長・体重:171/70
ランク:A+
《選手としての特徴》
極めて高い身体能力を持ち、俊足、巧打、強肩、好守を誇るアベレージヒッターよりの5ツールプレイヤー。
アベレージヒッターとのことでバットコントロールには特に定評があり、速球・変化球共にバットの芯でコンタクトしヒットゾーンへ打球を飛ばすことが出来る。
また、難しいボールをファウルにする事で深いカウントまで持っていく能力に秀でている。
チームでは基本的に1番に座るが、バントが壊滅的に下手なため2番に座ることは滅多にない。
長打力は平均的であり、長打力不足は本人も自覚している。
そのため最近は近くのトレーニング施設でのウェイトトレーニングやバッティングセンターでの打ち込みに力を入れている、との噂がある。
本来はスイッチヒッターだが、シニアの方針ととある特徴により現在は左打席に専念している。
ところどころウィークポイントがあるのはご愛嬌。
(2019/12/10 森川 翔吾のプロフィール追加)
(2019/12/12 森川 翔吾のプロフィール一部追加)
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Episode1 邂逅
季節は巡って春。
春と言えども北国の春はなごり雪が降ったと思えば、暖かい日差しが降り注ぐ日がある。
春の軟らかな陽気と冬の厳しく身を切り裂くような寒さが交互に顔を出し、そこに暮らす人々をいろんな意味で困らせることもしばしばある。
そんな中まだ雪が残る北国の地で2人の天才たちが顔を合わせようとしていた……。
とある総合運動施設内のトレーニングルーム。
フリーウェイトの重りが持ち上がる音は規則正しいリズムが刻まれ、自分のなかで決めていた回数を終えてゆっくりと持ち上げていた重りを元の場所に戻す。
明日俺が入学する予定の高校の入学式をやるとは到底思えないくらい冷えきっており、暖房を入れているはずなのに何もしてないとすぐに身体が冷えきってしまいそうだ。
(っつーか、アイツ何やってんだよ……)
一緒に練習をするはずの幼馴染は約束の時間を過ぎても一向に姿を現さず、そろそろアイツのケータイに電話の1つでも入れて恨み節を叩いてやろうかと思っていた矢先トレーニングルームの入口のドアが開いた。
「おハロー」
入ってきた相手を確認してから収めかけていた恨み節を遠慮せず叩いた。
「……遅い」
「すまんすまん。電車がモロ混みでさ~」
「お前の家徒歩圏内だろ」
頭の上にタオルを巻いてジャージ姿で現れたシニアのチームメイトであり俺の幼馴染でもある森川 翔吾がやっとこさ現れた。
走ってきたからか額からはタオルで吸いきれなかった汗が滲んでおり、わざと遅刻した訳じゃない事が見てとれる。
それ以上追求する必要もないと判断し、引き続きウェイトトレーニングに戻り自分のメニューをこなしていく。
「そう言えばさ」
バッグの中からペットボトルを取り出し、飲もうとしたところで唐突に話を切り出してきた。
「雨宮いるじゃん?」
「雨宮って横浜シニアの雨宮?」
「そう。その雨宮」
横浜シニアの雨宮 樹。
昨年の夏の全国大会でサヨナラホームランを打たれた俺らの世代の中では屈指の強打者。
翌日の決勝で4打席連続三振を喫してチームが負けて以来表立って雑誌などに取り上げられていないことは気になっていたが……。
「雨宮がどうかしたのか?」
「あくまで噂でしか無いんだけどもアイツ消息不明らしいんだよ」
「消息不明?」
「正確には雨宮だけ進学先が不明なんだとさ。何でもシ全国大会終わった日の次の日に退団届を出してパッと姿を消したみたいでよ」
「ふ~ん……」
シニアを最後に野球辞めるつもりだったのかな……。
木製であれだけ強い打球を飛ばしたり投手の力を余すこと無く引き上げるリードは凄かったのにな……。
ペットボトルをバッグに入れ、ペットボトルと引き換えにグラブとボールが入った袋を取り出す。
「翔吾。キャッチボールしようぜ」
「そろそろそう言うんじゃないかと思ってた。けど、何度も言うけどオレは本職はキャッチャーじゃないんだぞ?」
「いいじゃねぇか。『あの球』捕れんのお前しかいねぇんだし」
翔吾の本職はショート。
けど、昨年の夏大会直前にマスターした『あの球』を完璧に捕れるのはチームの中ではコイツだけ。
バッテリーを組んでた正捕手には大会直前に『その球のサイン俺は絶対出さねぇからな』と強く言われ、ある意味有言実行で最後の最後までそのサインを出すことはなかった。
試合で投げられなくても錆びつかせたくないから、という理由でコイツと練習する度に投げ、精度やキレを落とさないように維持に努めて来た。
「高校でお前のその球捕れるヤツが現れるといいけども……」
「もしいなければお前がキャッチャーやればいい。お前めちゃくちゃ肩強いし」
「絶対ヤダ!オレは高校でもショートがやりてぇんだよ!!」
「幼馴染バッテリー結成の暁には注目の的だぞ?」
「イヤなもんはイヤだ!」
そんな話をしながら荷物を持って隣接する室内練習場へ移動していると、入り口付近で困った表情を浮かべながら施設の案内板を眺めている人が目に入った。
見た感じ俺らと同年代の人だと見受けられる。
「……何か困ってるみたいだな」
「話聞いてみるか?」
「だな」
室内練習場から施設案内板へと方向を変え、ずんずん歩いていく翔吾の後をゆっくりとついていき少し離れたところで時間を潰す。
翔吾は基本的にお互い困った人は放っておけない性格なので、そういうところは本当にすごいと思う。
すると翔吾が戻って来たかと思えば、オレの手を掴みグイグイと引っ張ってきた。
「オイ!?なにしやがる!!」
「いいから!!」
そして案内板に着き、立っていた人の元につくとその人は俺を見て片手を上げた。
「……よう。久しぶり、だな」
「雨宮……!?」
その正体は全国大会直後から関係者たちの前から姿を消した雨宮 樹その人であった。
「そうか……。そんな事情があったのか」
雨宮が横に立ち、60M近く離れた健太を相手にキャッチボールをしながら雨宮が歩んできた全国大会直後から今日に至るまでの話を聞いていた。
全国大会の途中で親の転勤が決まっていた事、全国大会直後に一家総出で引っ越してこっちに来たこと等々。
進学する高校も俺らと同じ高校に選んだことには驚きを隠せなかった。
「まさか俺も松井と同じ高校になるとは思わなかったがな」
健太から投じられるボールに対し、乾いた音を立てつつ球威に負けないようにキャッチしている。
こいつめちゃくちゃキャッチング上手いな……。
「そう言えば何で森川もミットつけてんだ?」
「あいつのボールを捕れんの俺しかいないんだよ」
「……?バッテリー組んでた奴は?」
「アイツは1球種だけ捕るどころか前に落とすことすら出来なかったんだよ」
「噂になった落ちるボールか?」
「ぶっちゃけるとそうだ」
こう話している間にも雨宮に対しては真っ直ぐを、俺に対しては変化球を交互に投じてきている。
しかも構えたところに寸分の狂いもなく投げ込んできてるし、変化量も調整しながら投げてきている辺り俺に何の気を遣うこともなく投げてきていることがよくわかる。
「なぁ。そのボール受けてみたいんだけどいいか?」
「いいんじゃないか?アイツがいいって言えばの話だけども……健太ー!!」
「あん?」
「雨宮があのボール受けてみたいってよー!!」
あのボールか……。
シニアでバッテリーを組んでいたあいつは捕るどころか前に落とすことも出来なかった。
けど……。
「いいぞ」
きっと雨宮なら捕ってくれる。
もし捕れなかったとしても後ろに逸らさないだろう。
根拠は無いけどもオレの勘がそう言っている。
投げながら徐々に距離を詰めていき、バッテリー間の距離まで近付いた。
「けどその前に何球か別の球種受けて貰いたいんだけど……いいか?」
雨宮にそう問うと返事の代わりにしゃがみながらミットを数回叩き、俺に向かってミットを構え捕球姿勢を整えた。
「真っ直ぐ!」
球種を宣言してからモーションに入り、雨宮のミット目掛けて思いっきり腕を振った。
「やっぱりいいストレートだ」
思わずそう呟かずにはいられないくらいのボールだ。
ランナーがいない場面でもセットポジションから繰り出されるボールは、俺が構えたミットに向かって糸を引いたような軌道を描き、乾いた音を立てながらミットに収まった。
きっと全力では投げていないだろうが、今まで見てきた中でも1番と言ってもいいくらいだ。
「健太のストレートはスピンが効いてる分打者の手元で吹き上がるように伸びてくるんだよな」
その分捉えられたら打球は飛びやすいけどもな、といつの間にか防球ネットの後ろにいる森川が話すがそれはある意味スピンが効いたボールの宿命とも言える事だ。
それに俺のリードで捉え切らせければいいだけの話だしな。
その後もストレートを織り混ぜつつスライダーやカーブ、シュートを投げてもらい対戦した時の記憶を辿りつつ何とか
そしていよいよその時が来た。
「行くぞ」
短くそう言ってからセットの体勢から足を上げ、モーションに入る。
___来る。
今までベールに包まれていた噂のボールが。
「集中しろよ」
森川が短く強く注意喚起をし、それに従って低めに意識を強く持っていく。
それと同時に松井の右腕からボールが投じられる。
さっきまで受けていたストレートと遜色ないスピードで、ど真ん中付近に向かって進んでくる。
(まさか……失投か?)
低めに持っていった意識を再び真ん中付近へ持っていこうとした瞬間、ボールは何かにぶつかり跳ね返ったように一気に進行方向を変え、地面に向かって突き刺さっていく。
低めに意識を持ったままでも完璧にキャッチ出来るか危ういくらいの落差だ。
(完璧に捕れなくても……前に落とせ!)
真ん中付近へ上げた身体を地面に膝をつけ、ワンバウンド寸前のボールを身体全体を壁にして捕球体勢に入る。
松井のフォークは俺が構える手前でワンバウンドし、弾んだボールを逃がさず身体で止めて前に落とす。
悔しいが今の俺の技術じゃ
「マジ…かよ。健太のフォークを初見で止めやがった……」
後ろにいる森川も驚きを隠せずにいた。
そして約18メートル先にいる松井はというと、グラブを外しながら俺の元へゆっくりと歩いてくる。
「どうだった?」
「こんなエグいフォークは初めてだ」
嘘偽りない本音だ。
こんなフォークを投げるピッチャーがいてたまるか。
「けど、お前は止めた」
「止めただけだ。次は絶対捕るからな」
「そうか。これから3年の夏までよろしく頼む」
__相棒。
「こっちこそよろしく頼むぜ」
そう言って俺たちは互いに握手した。
これ見てる人いるんかな……。
亀更新過ぎてすみません。
これからは少しずつ速度をあげていきたいです。
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Episode2 卵……、割れてる
オレたちが入学した光南高校の入学式から早くも3日が経った。
新入生それぞれが入りたい部活に入部し、活動解禁になるには来週かららしくそれまでは自主練で繋いでいくしかないみたいだ。
クラスの方だが、雨宮と翔吾と一緒のクラスで同じ中学出身の奴も何人かいたからひとまず安心だ。
何故かコミュニケーション能力が高い翔吾もいるし、雨宮も近い内にクラスメイトたちと馴染めるだろう。
「またうろつきながら帰るのか?」
「まぁな。これから約3年間過ごすんだからどこに何の店があるのか把握しておかないとだろ?」
玄関で内履きから外履きに履き替えながら一緒に教室から出た雨宮と話す。
この辺の土地柄をまだよく分かっていないらしい雨宮はどこにどの店があるのか知りたいらしく、最近は歩いて帰っているらしい。
初めて会ったトレーニング施設や学校までの道のりは覚えたらしいが、まだそれ以外の場所の位置や経路はまだ一致していないらしい。
ちなみに翔吾は放課後になった瞬間、「バッティングセンターで打ち込みするぜ!!」って言って自転車に乗ってさっさとバッティングセンターへ行ってしまった。
その元気を少しは寝てばかりいるオリエンテーションとかに回せないものなのか……。
「道に迷うなよ」
「迷わねーよ」
カラカラと笑いながら片手を上げ、イヤホンをつけながら歩いて帰っていった。
スポーツ店に行った帰り道が分からなくて電話してきたのはどこのどいつだ、と言いたかったがファンクラブが結成されつつあるあいつの名誉のために黙っておこう。
(さて、こんなもんか)
帰りに書店に立ち寄り、これから1年間使う教科書や気になっていた本を買ったりCDショップで好きなアーティストのアルバムCDを買ったりしている内に夕方になっていた。
晴れてても春になってても夕方は寒く、少し風も出始めてきているので実際の気温よりも肌寒く感じる。
(早く帰って鍋料理でも作ろうかな……)
そう思い、家に向かって歩き出した矢先……。
__ドンッ!
「うおっ!?」
「きゃっ……!?」
__ドサッ!
前から歩いてきた女の人がぶつかってしまい小さい悲鳴と共に、何かを落としてしまった音がした。
「大丈夫ですか!?」
咄嗟に左手を差し出し、ぶつかってしまった相手を見る。
確認してみるとセミロングの髪型で水色のセーターの上に同じ学校の制服を着ており、首元には青いヘッドホンを着けた女子生徒が地面に女の子座りをしていた。
その横にはこの女子生徒が持っていたレジ袋が置かれていた。
学校指定のネクタイの色を見るとオレが身に付けているネクタイと同じ色をしているということはオレと同い年なのだろう。
「……平気」
女子生徒はオレの左手を握りながらクールに答え、スカートについた汚れをパッパッと手で払う。
その間に足元のレジ袋を掴み、再び差し出した。
「ホントにすみませんでした。買い物袋の中身は大丈夫ですか?」
「見てみる」
女子生徒は袋を受け取るとそのまま中身を見始めた。
そしてほどなくして小さくあっ、と声を上げた。
「卵……、割れてる」
「本当にすまなかった」
「いい。わたしも前をよく見てなかったから」
割ってしまった卵を新品で買うことで弁償し、その卵はそのままオレが引き取るという形で話はまとまった。
そしてオレがぶつかってしまった女子生徒こと
やはりというかオレと同じ光南高校の1年生で、クラスはなんとオレと同じクラスだった。
何でも隣町から引っ越してきて上杉さんの両親曰く『社会勉強の一環として一人暮らししてもいいよ』との事で高校の入学式の1週間前辺りから一人暮らしを始めたらしい。
住んでる場所の住所を聞くとオレが住んでる場所から近い事から一緒に帰っているところだ。
「ねぇ」
「ん?」
「学校には慣れた?」
「オリエンテーションしかやってないからなんとも。けど、知り合いが何人かいるからクラスには馴染めそうだ。えっと……」
「麻希でいい」
何て呼ぼうか迷い、言葉を詰まらせていたら以外にも名前呼びでいいとの事だった。
相手がそういうのならそうさせてもらおうか。
「麻希はどうだ?」
「なんとも。あと知らない人たちばっかだから。えっと……」
「健太でも何でも呼びやすいように呼んでくれ」
「……健太とここで知り合えたから少しずつ馴染めたらいいな」
口元を押さえてフフッと控えめに笑い、クールな彼女とのギャップに少しドキッとした。
この娘こんな風に笑うんだ、と。
「……どうかした?」
「いや、何でもない」
出来るだけ冷静さを保ちつつ少しだけ歩幅を広め、麻希を追い越してから背中越しに彼女に誤魔化すように話し掛ける。
「暗くなる前に早く帰ろうぜ」
「……ふぅ」
お風呂から上がり、パジャマに着替えてある程度髪を乾かしてから自分の寝室へ戻る。
鏡の前に座り、櫛で髪をとかしながら初めて話し掛けられた同じクラスの男の子……健太の事を思い出す。
背が高くて目付きが鋭くてどちらかというと女受けするよりも男の人が憧れるようなタイプの人。
ぶつかった時はどうしようかと思ったけど、自分の事よりも私の事を優先して心配してくれる思ってたよりも優しかった。
一緒に帰ってるときも普段あまり喋らない私でも普通に会話出来た。
髪をある程度とかし終えてから櫛を置き、部屋の電気を消してからベッドに潜り込む。
……また健太とお話ししたいな。
けど、わたしが笑ったとき少しだけ顔が赤かったのは何でなんだろう……?
その答えを知るのはまだ当分先のお話。
・セミロングの~
分かる人には分かるモデルとなったキャラの特徴。
私はこの子の推しだけども報われてほしいのは妹。
・クールな彼女とのギャップ
クーデレの女の子の笑顔の破壊力
主人公とメインヒロインとの出会いの話でした。
樹と翔吾にはまた別のタイミングで出会わせようと思ってますが、どんなタイプの娘がいいのやら……。
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Episode3 受けてくれ
光南高校野球部はここ数年甲子園には行けていないが、毎年のように県予選ベスト4には残れる実力を持っている。
そんな成績に対して部員数はそれほど多くない。
部の方針で基本的に来るものを拒まずのスタンスらしく、入部テストみたいなのがあるのかと身構えていたらそんなものは無くて少しだけ肩透かしを喰らった気分だったのを覚えている。
そんな野球部の練習に慣れてきたこの頃である。
「バッテリー陣はホワイトボードに貼られた割り振りに従ってブルペンでピッチング練習とフリーバッティングのバッティングピッチャーの2班に。野手陣はレギュラーメンバーが先にバッティング。それ以外はそれぞれの守備位置について打球処理。守備についたときは試合だと思って打球処理をするように」
主将が冷静で芯がある声で指示を出し、それを聞いてそれぞれされた場所へ向かう。
えっと……オレは最初はブルペンか。
お、雨宮も最初はブルペンじゃん。
なら、ちょうどいいや。
「雨宮。受けてくれ」
「いいぞ。準備したら向かうから先に向かっててくれ」
雨宮はそう言って水分を取ってからレガースを着け始めたので、言われた通り一足先にブルペンへと足を向かわせる。
「健太」
唐突に名前を呼ばれ、立ち止まって声が聞こえた方を向いてみると麻希が小さく手を振っていた。
「部活中?」
「おう。麻希は?」
「これからバイト」
何でも麻希は高校の近くのパン屋でアルバイトを始めたらしい。
ケーキ屋とパン屋どっちにしようか迷ったらしいのだが、よくよく考えたら麻希自身甘い物は好きじゃなかったらしく時給もそんなに変わらない事からパン屋にしたんだとか。
「部活頑張ってね。健太が来たらサービスするから」
そう言って麻希はまた手を振ってバイト先のパン屋へと向かっていった。
「松井。まだこんなとこにいたのか」
防具一式を身に着け、ミットとマスクを持った雨宮が麻希と入れ替わるようにやって来た。
「ちょっと知り合いに声掛けられてな」
「ふ~ん……」
「なんだよ」
「いや、別に」
何だか含みが籠った返事だったが、気にしても仕方ないと判断し立ち止まっている一足先にブルペンへと向かった。
「フォーク!!」
改めて松井のフォークを受けて分かった事があった。
18メートル先の傾斜が緩いマウンドに立つ松井が球種を宣言し、返事の変わりにミットを2回ほど叩いてから投げてほしいコースにミットを構える。
ミットを一瞬だけ見た松井は左足を肘につくくらい高く上げ、軸足に体重を乗せる。
乗せた体重を上手く残し、スクラッチ式のテイクバックを取りつつこちら側へとグライドする。
左足が地面に接地し、骨盤主導の横回転と身体の縦回転が合わさり0.01秒の世界で最良の時を判断し、松井の指から投じられた。
その球はミットに収まるのを嫌うようにチェックゾーンを超え、ホームベース付近でバッターとキャッチャーを嘲笑うように落下する。
だが、あの時より落下する幅は小さいため難なく松井のフォークを音を立ててキャッチした。
「なぁ、松井」
「なんだ?」
「前から聞こうと思ってたけどもお前フォークの変化量の調整出来るだろ。推測だけども五段階くらいで調整してるだろ?」
「………」
「やっぱりか」
マジかこいつ、何で分かったんだ……。と言わんばかりの表情をしている松井の顔が何よりも雄弁に事実を物語っていた。
最初に見せたフォークをレベルMAXの5だとすると、今捕ったフォークはレベル3の落差。
他のキャッチャーに対して言えばレベル1でしか投げてないはずだ。
すると松井は降参したように両手を上げ、事実を認め始めた。
「雨宮の言うとおりだ。出来るよ。しかも段階もお前の予想通り五段階まで」
「どうやって調整してるんだ?」
「力の入れ加減。真っ直ぐを投げる感覚が5だとしたらカーブを投げる感覚が1だ」
見てる分には同じなんですがそれは……。
と、言いたくなるのをこらえる。
感覚に対してあれこれ言ってもどうにかなる訳じゃないし。
「じゃあ今から5球連続フォークな」
「は?」
「その代わり1球毎に段階を上げてくれ。最初は1からな」
松井に有無を言わさずに定位置に戻り、ミットを軽く叩いてから構える。
松井はそれを見てまずは3球連続でフォークを投じる。
レベル1~3までは変化量がそれほど大きくはないためスプリットのような感覚で難なく捕れた。
レベル4になるとスピードは変わらないが一気に変化量が大きくなるため難易度が跳ね上がるが、何とか捕れた。
「ラスト!」
ラストボール……つまりレベルMAXのフォークを要求し、それに応えた松井は全力のフォークを投げる。
相変わらず真っ直ぐと大差ないスピードでチェックゾーンを通過し、ベース手前で進路を変えて一気に地面に向かって突き刺さるように落下し始める。
それを俺はブロッキングで前に落とした。
「すまん。コントロールミスった」
「相変わらず暴力的なボールだ」
土がついたボールをユニフォームで擦って落とし、両手である程度捏ねてから松井に返球する。
「MAXだけはまだコントロールが利かない。出来て半々ってとこだ」
「よし、なら1日10球程度投げてコントロール強化よろしく。こっちもこっちで後ろに逸らさないように練習しとくから」
「いや、その短い時間の中で完璧に制御できるまでにする」
「……そうか」
グラウンドの方から笛の音が聞こえてきた。
バッティングピッチャーや守備、バッティング練習の交代を告げる笛の音だ。
「なら、そのつもりでよろしく。均しておくから先に行ってろ」
「おう。すまんな」
バッティングピッチャーをするため一足先にブルペンを後にした松井を見送り、トンボで荒れたマウンドとキャッチャーボックスを均していく。
あいつのフォークはハッキリ言って化け物じみてる。
松井はコントロールミスだ、と言っていたが急激な変化に俺の目や技術が追い付いていない。
目下の課題は松井のフォークに対して目を慣らすこと。
あとは……。
「森川」
全体練習後の自主練習。
雨宮に自主練習のパートナーの誘いを受け、今はロングティーのボール出しをしているところだ。
ちなみに健太はというとB面と呼ばれるサブグラウンドでポール間のランニングをしている最中だ。
「どうした?」
「松井のフォークの事なんだけど」
「もしかして段階調整の話?」
「そんなとこだ。森川はどこまでなら捕れる?」
「レベル3。調子よくてもレベル4までだな」
「MAXは?」
「無理」
左打席に立って練習用の木製バットで打球に回転を掛け、木製バット特有の乾いた打球音と共にアーチを描きながら打球を外野後方まで飛ばしていく。
あ、またフェンスオーバーだ。
「なんかいいイメージトレーニングになりそうな教材みたいなの無い?」
「プロのピッチング動画とかはどうだ?健太も『お化けフォーク』を投げるピッチャーのフォークを参考にしてるらしいし」
「お化けフォークねぇ……」
そう呟いて雨宮は少しの間黙り込んでしまった。
でも、雨宮の気持ちはわからなくはない。
なんてったって健太のフォークはお化けってよりも……。
「モンスターじゃね?」
「モンスターだもんな」
「「……プッ、アハハハハッ!!」」
まさか2人揃って同じ感想に辿り着くとは思わず、2人で思わず笑ってしまった。
「あ~……、腹痛ぇ。まぁ、お前なら近いうち全力のフォークを音を立てて捕れるって信じてるよ」
「簡単に言うなよ」
「健太が信じるキャッチャーなんだぜ。それくらい出来るっしょ。ほら、代わろうぜ」
そろそろ俺も打ちたくなってきた。
交代してほしい事を伝えると、雨宮はすんなり代わってくれた。
ユニフォームのポケットからバッティング手袋を出し、嵌めてマジックテープでしっかり止めてからバットを握る。
お願いします、と一声掛けてからトスされたボールを外野に向かって打っていく。
「そう言えば今日ブルペンに行ったときにさ……」
「なんつーか意外な組み合わせだな。ふ~ん、健太がねぇ……」
ピッチャー陣の練習中にあった事を話したり、クラスの事だったり昔の話だったりと話題に事欠かさない健太の話について俺たちは会話を弾ませる。
2人で盛り上がった
・スクラッチ式テイクバック
簡単に説明すると肘を曲げた状態でのテイクバック。
肘を伸ばした状態のテイクバックはアーム式。
・『お化けフォーク』
SBH #41の代名詞。
テレビで見ててもその落差がえげつない。
・今日ブルペンに行ったときに
雨宮は見た。
同じクラスの女子生徒と楽しそうに話をしているのを……!
(フラグでは)ないです。
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Episode4 紅白戦
今年もよろしくお願いします。
「なぁ、翔吾。雨宮」
「ん?」
「どうした?」
ブルペンの中で待機中のオレたちは欠伸を必死に噛み殺し、さっきからあまり変化のない外の光景を立ったままボケーっと見続けている。
「オレたち試合開始からここにいるわけじゃん」
「そうだな」
「スタメンじゃなかったからな」
「そこで、だ。たぶん今のオレたち考えてる事は一緒なんじゃないかって思ってる訳でして」
「奇遇だな。たぶん俺も健太と全く同じ事を考えてた」
「あぁ。全くもってその通りだ」
グラウンドからは金属バット特有の甲高い打球音と先輩たちの怒号に似た声援、そしてグラウンドに立っている同世代の部員たちは死屍累々寸前。
まるで地獄絵図とも公開処刑とも取れる悲惨な状態。
それでもオレたちは言わずにはいられない。
「「「出番、まだ?」」」
イニングはまだ初回。
上級生チームの攻撃はまだまだ終わらない。
事の発端は日曜日の練習試合。
当時はエースだった3年生の武田先輩が先発登板したものの、5イニングを投げて被安打10、与四死球7、12失点の大炎上。
その後に登板した2年生の川内先輩も3イニングを投げて被安打7、与四死球4、6失点とこれまた炎上。
打線はビッグイニングを作るなど繋がりを見せて13得点を入れたものの川内先輩の炎上が響き、終わってみれば18対13と敗戦。
試合結果よりも試合内容、特に投手2人の投球内容に監督は大激怒。
監督が試合後部員全員に言い渡したのは武田先輩のエースナンバー剥奪、レギュラー以外のベンチ入りメンバーも今一度白紙に戻すとのことだった。
それにより紅白戦を行う事になったのだが、これがまた何故か1年生対2・3年生と言うのがさらに惨い。
上級生にとっては絶好のアピールの場になるかもしれないが、1年生にとってはまだまだ互いの能力が把握できてないため試合開始前から劣性であることは火を見るよりも明らかなことだ。
監督、考えてる事がエグすぎる。
そんなこんなあれこれ考え事していたら初回の攻防が終わっていた。
上級生チームには『10』が、1年生チームには『0』がそれぞれ白チョークで書かれていた。
「雨宮。もう少しキャッチボールしとこうぜ」
「はいはい」
「俺ももう少しバット振っとくかな」
オレと雨宮はキャッチボールを、翔吾は上級生チームの先発武田先輩の投げるタイミングに合わせてスイングすることを再開した。
2イニング目の攻防が終わった頃、ベンチへと戻ると主審を務めていた監督が選手交代を告げる。
「1年生守備の変更だ。ショート森川、キャッチャー雨宮、ピッチャー松井!今呼ばれた3名グラウンドに入れ!!」
監督に指名され、森川はショートの守備位置に行き俺たちは投球練習の球数を終えてセカンドベースのカバーに入った森川に向かって送球する。
森川を起点にボール回しを行い、マウンド上の松井のグラブの中にボールが収まったのを確認してからマウンドへ駆け寄る。
試合再開前の最後の打ち合わせだ。
「雨宮、どうする?」
「その事なんだがフォーク封印で行こうと思ってる」
フォーク封印。
つまり真っ直ぐを軸にスライダーとシュートによる左右の揺さぶりつつ、カーブも織り混ぜていくというシニア時代のピッチングスタイル。
「ほう。その心は?」
「打ち気を煽りに煽ってから打たせてとってこの停滞した空気を変える。それと……」
「「『フォークを使わなくても打ち取れる』というイメージを植え付ける」」
どうやら考えている事が同じだったらしくお互いにくっくっく、とグラブの中で小さく笑いあった。
「お前ホントにイイ性格してるな」
「お気に召さなかったか?」
「いいや、最高。しっかりリード頼むぜ」
「そっちこそしっかり腕振れよ」
そう言い残してキャッチャーズボックスに入る。
「よぉ。打たれたときの言い訳は考えてきたか?」
3年生の先輩が右打席内でニヤニヤ笑っていた。
「どうでしょう。どういう方針で行くか決めてきただけですので」
球種とコースと高さをカモフラージュを混ぜながらサインを出し、各ポジションに要求したボールに合わせてシフトを微調整をする。
「全国準優勝だかベスト4だか知らねーけどもそんな実績で通用するほど高校野球は甘くねぇんだよ」
松井にミットを向けた瞬間、投球モーションに入った。
バランスのよいフォームから投じられたボールは、打席に立つ先輩に当たるか当たらないか際どいコースへと向かっていく。
「なっ!?」
先輩は驚きの表情を見せながら避けようとするが、ボールはぶつかることなく要求したインサイドを切り裂くようにミットへ寸分の狂い無く収まった。
「ストライク!バッターアウト!!」
「え!?ウソ、今のコース入ってますか!?」
雨宮のリードに引っ張られ、何とかここまで無失点で抑えてきた。
けど、次のバッターはこの紅白戦に混じったレギュラークラスの実力を持った増田先輩。
こう言ってはアレだと重々承知ではあるが、この人だけは今試合に出ている先輩たちの中では実力が飛び抜けている。
増田先輩は無言で監督と雨宮に一礼をしてから、右打席に入った。
サインを交換し、投じた初球は
外角低めに決まり、増田先輩は見送った。
次に投じたボールはこの試合で度々使っているインコースへのスライダー。
増田先輩はスイングしてきたが、ボールに当たること無くミットに収まった。
空気を切り裂くようなスイングだった。
当たれば間違いなくホームランだろう。
3球目はよりインコースへ意識を強く持ってもらうために内角高めボールゾーンへの
そして勝負の4球目としてオレたちバッテリーが選んだ勝負球は、アウトコースからボールゾーンへ逃げていくスライダー。
しかし……。
(……!!踏み込んできた!?)
増田先輩は体勢を崩すどころか踏み込んできて、バットの芯でボールを捉えてきた。
甲高い金属音と共にライト方向へ伸びていく打球は、ポールの手前で切れていった。
その後も投げるボールを全部カットされたり、見極められたりしてカウントは3-2とこちらが追い込まれてしまった。
そして出されたサインは……
雨宮は逃げの姿勢を見せなかった。
アイツはオレを信用し、増田先輩を打ち取るベストのボールを選択した。
そんな期待に応えられなかったら、この先バッテリーと名乗れる資格は無くなるかもしれない。
込み上げてくる震えと笑みを抑え、雨宮が構えるミット目掛けて思いっきりボールを投げ込み、増田先輩はバットを振り抜いた。
打球が高々と舞い上がり打球が飛んだ方向は向かず、増田先輩も打球の行方を追わなかった。
落ちた先は翔吾が守る
両手で確実にボールをキャッチした。
この試合で最も強い打者を抑え、気が付けば右手を握り締めながらマウンドを降りていた。
「ナイスピッチ!!」
「気持ちが乗った最高のボールだったぞ!」
「少しでも援護出来るよう喰らいついていこう!!」
「「「おう!!!」」」
オレたちバッテリーの狙い通り、増田先輩を打ち取る事で完全に流れをこちらへ強引に傾けることが出来た。
さぁ、反撃開始だ。
その後、息を吹き返した1年生チームは雨宮と森川を中心となって上級生相手に2点差まで詰め寄るが反撃はここまで。
最終スコア10-8。
あと1本が出ず、1年生対上級生の紅白戦は上級生チームに軍配が上がった。
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