野クル+2日誌 (ある介)
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第一話「ここって『野外活動』サークルだよね?」

彼女たちの豊かな表情変化を表現するのが難しいですが
お楽しみいただければ幸いです


 ある日の放課後、野クルの面々はいつものように部室でだべっていた……。

 

「なーあきー、そろそろ冬用シュラフじゃ暑ない?なんやいつの間にかそこがあきの指定席みたいになっとるけど」

 

「……暑い……」

 

 あおいのその言葉にぽつりと一言だけ返して、もぞもぞと寝袋から這い出て棚の上から降りる千明。その寝袋を丁寧にたたんで戸棚にしまい、前まで使っていた夏用を取り出して、棚の上に置いた。

 

「夜はまだ寒いけど、昼間はだいぶあったかくなったもんねー」

 

 のんびりした口調で部室唯一の窓から空を眺めながらそんなことを言うなでしこ。すると、そのなでしこが急に何かを思いついたようで「ハッ!」と言いながら、夏用寝袋をめぐってわちゃわちゃやっていた二人に向き直った。

 

「ねぇあきちゃん、あおいちゃん。ここって『野外活動』サークルだよね?」

 

「おう!そうだぜっ!」

 

「せやでー?」

 

 なでしこの言葉にサムズアップで力強く答える千明と、今さら何を?と言った感じで首を傾げるあおい。その二人の返事にちょっと考え込んだ後、なでしこは言葉を続けた。

 

「キャンプがやりたくてこのサークルを作ったってのは最初に聞いたんだけど……せっかく『野外活動』ってついてるんだし、他のアウトドアー的なことはしないの?」

 

 そんななでしこの疑問に言葉を詰まらせてしまう二人。その状態から初めに再起動を果たしたのは千明だった。

 

「いいかねなでしこ君。君の言うことは確かに正しいかもしれない……だが、我々には圧倒的に足りないものがあるのだよ……君もこれまでの活動で気づいているのではないかね?」

 

 千明に遅れて再起動したあおいもその言葉に続く。

「せやでーなでしこちゃん。キャンプもせやけど、アウトドアって結構かかんねん……」

 

 二人はそう言った後「こ・れ・が」と言いながら揃って同じジェスチャーを行う……手のひらを上に向け親指と人差し指で輪を作ったアレだ。

 

 それを見て「むっ……」という顔で固まってしまったなでしこ。気づけば他の二人も同じような顔で固まってしまっている……そんな状態がどれくらい続いただろうか、下校時刻を告げるチャイムの音がむなしく響いた。

 

「あきちゃん、あおいちゃん、帰ろっか……」

 

「おう」

 

「せやね」

 

 

 

 

 夕食後、なでしこはリビングのソファーでくつろぎながら、リンといつものメッセージアプリでやり取りをしていた。

 

【なでしこ:――――――ってことがあったんだー】

 

【リン:気持ちはわかるけど、キャンプ道具も揃ってないものあるんでしょ?】

 

「へう゛っ……そうだけど、リンちゃんきびしい……」

 

【なでしこ:そうだけどぉ( ノД`)】

 

【リン:ていうか、なでしこは静岡にいたとき何もやってなかったの?浜名湖近かったなら釣りとかさ。海もあるんだし】

 

【なでしこ:野外活動ならやってたよ!サイクリング!!】

 

【リン:ふーん……って、あれはやむにやまれぬ事情があったからだろ!?】

 

【なでしこ:(゜н゜)】

 

「釣りかぁ……」

 

 なでしこは画面を見つめたままごろんとソファーに寝転がると、ぽつりとつぶやき静岡に居た頃のことを思い出していた。

 

 姉に言われて自転車で浜名湖を周回していた時、たくさんの釣り人を見ていた。岸からはもちろんボートを浮かべて釣りをしている人も少なくなく、時には気になって自転車を止めてしばらく眺めていることもあったものだ。

 

「かっこよかったなー」

 

 浜名湖と聞いて多くの人が真っ先に思い浮かべるのは『うなぎ』かもしれないが、汽水湖である浜名湖では、人気の『スズキ(シーバス)』を始め『キス』や『カレイ』『クロダイ』などを気軽に狙える釣り場でもあるのだ。

 

 なでしこは寝転がりながら、かつて見た釣り人達を真似して竿を振る自分の姿を想像していた。

 

――――シュッっと風を切る音をさせてなでしこの振る竿から『何か』(うろ覚え)が放たれる。太陽の光を浴びてキラキラ輝きながら飛ぶそれは、なでしこの狙い通りに着水するとゆっくりと沈んでいった。

 

 そこですかさずなでしこはリールを巻き始める。それと同時に竿を小刻みに動かす(確かそんなことをやってた気がする)と、水中に沈んだ『何か』はさながら餌の小魚のような動きを見せ、さらにその後ろから大きな口を開けた魚(何が釣れるかはわからない)が追いかけて来る。

 

「むっ、来たか?」

 

 竿の反応で何かを感じ取ったのか、なでしこがそうつぶやいた瞬間竿がグンッと引っ張られる。それを見逃さず竿を引いてしっかりとあわせるなでしこ。

 

「来たー!フィーッシュ!(そんなことを言ってた人がいたような気がする)この引きは……ふはは、大物じゃー!」――――

 

 

 

 

 一方そのころリンは……

 

「お母さん、おじいちゃんが置いてった荷物ってどこにしまったっけ?」

 

「それなら二階の納戸にまとめておいてあるわよー」

 

「ありがとー」

 

 なでしことの会話であることを思い出したリンは、祖父に「好きにしていい」と言われていた荷物を漁っていた。

「確かおじいちゃんの荷物の中に……あった!」

 

 目当てのものを見つけたりんは、その中からいくつかのものを取り出して自分の部屋へと運び並べ始めた。

 

(前におじいちゃんに見せてもらったことがあるから、何となく使い方は分かるけど……)

 

 見慣れない道具に時折首を傾げながら、見栄え良く並べていく。

 

(ふっふっふ、できた。なかなか私のディスプレイセンスも悪くないな)

 

 思いのほかきれいに並べることができた道具達に、一人満足げにニヤニヤしながら写真を撮って、それをなでしこに送った。

 

「おじいちゃんの荷物にあったんだけど……っと」

 

 

 

 

【リン:おじいちゃんの荷物にあったんだけど……】

 

【リン:(写真)】

 

「……ふはは大物じゃー……ハッ!」

 

 釣りをしている自分の姿を想像しながらウトウトしてしまっていたなでしこは、リンからのメッセージの着信に気が付くと、飛び起きてメッセージを開きその写真を見て声を上げた。

 

「うわっ!かっこいー!いーなー」

 

 そんな妹の奇行に……は慣れっこなので、大して驚きもせずに姉の桜が後ろからのぞき込む。

 

「へぇ、リンちゃんルアーもやるんだ?」

 

「これはおじいちゃんのなんだってー……って、お姉ちゃんわかるの?」

 

「んー?ああ、向こうで友達がやってたからね。これはルアーフィッシングの道具。中でもスピニングタックルって言われる奴よ。あー、タックルっていうのは道具って意味ね。ルアーは聞いたことくらいあるでしょ?っていうかめんどくさいからこれ以上は気になるなら自分で調べなさい」

 

「うん、聞いた事はあるけど……そっかー、これがそうなんだ……浜名湖でやってた人たちもこれ使ってたのかぁ」

 

「んー、まぁルアー以外の人もいるだろうけど、こういうのを使ってる人もいるってことだな」

 

 リンが写真で見せてきたのは、桜が言う様にルアーフィッシングで使われる道具で、二種類あるリールのうち、スピニングリールというリールを使う物だった。桜自身はやっていなかったが、友人に見せてもらったり、何度か釣行に付き合ったりしたこともあってそれなりに扱い方も知っている。興味があるのならと、なでしこに少し教えようかと思った所で彼女の顔を見てみると……

 

 と、ここでなでしこは何やら思いついたのか急にニヤニヤし始めた。それを見た桜はまたなんかしょうもないことを始めるのかと思ったが、とりあえず放っておくことにして自分のスマホをいじり始めた。

 

【なでしこ:かっこいいね!それってアレでしょ?ルアーフィッシングの】

 

【リン:なでしこ知ってるの?】

 

【なでしこ:ふぉっふぉふぉ。わしはなんでも知っておる。それはルアーのスキミングタックルじゃろ?】

 

 調子に乗って、桜から聞いたばかりの知識で知ったかぶるなでしこ。画面の向こうでリンが呆れ顔でいるのは想像に難くない。

 

【リン:おじいさんや、ボケるにはまだ早いですよ……てかスキミングって何を盗む気だ】

 

【なでしこ:あれー?スリリングだっけ?】

 

【リン:『スピニング』だ】

 

【なでしこ:えへへー、それそれ。実はお姉ちゃんに教えてもらったんだー。お友達がやってるんだって】

 

 だが、そんななでしこの知ったかぶりもこうして話のネタにできるあたり、この数か月で二人の仲の良さも深まっていた。

 

 と、ここで先ほどまで自分のスマホで何やらやっていた桜が、不意に顔を上げてなでしこに声をかけた。

 

「おーい、なでしこ。あんたも釣りやってみたい?」

 

「うん!やってみたい!」

 

 そんななでしこの返事に「ふーん」と気の無いような返事をした桜は、再び自分のスマホへと向き直る。「なんじゃったんじゃ?」と首を傾げるなでしこにはお構いなしで桜はスマホをいじり続けている。

 

【リン:興味があるなら明日の休みに見に来る?】

 

【なでしこ:いいの?……でも明日は学校休みだから朝からバイトなんだー。明後日でもいい?】

 

【リン:あー、明後日は私がバイトなんだ……】

 

【なでしこ:そっかー残念。じゃぁまた今度だね】

 

【リン:……だね。じゃあそろそろ寝るよ、おやすみ】

 

【なでしこ:おやすみー】

 

 リンとのやり取りを終えたなでしこは、自分も部屋に戻って休むべく、ダイニングに座っていた桜に「おねえちゃんおやすみー」と声をかける。いつの間にかメッセージのやり取りから電話に切り替えていたさくらはその声を背中で聞きながら軽く手を振り、電話での会話を続けた。

 

「……うん、じゃあ明日。そっち着いたらまた電話するから」

 

 

 

 そして残りの野クルメンバーの二人は……

 

【あおい:BBQはキャンプ飯的な感じでできるとして、や。ほかに野外活動ってなんやろー】

 

【千明:釣り・ボート・カヌー・登山・ラジコン・天体観測・キャッチボール・フリスビー・凧あげ・蹴鞠・シマリング】

 

【あおい:前にもクライミングやら、ボルダリングやら話しとったなぁ。にしても、前半はお金かかりそうやぁ……そして後半はなんか違う気がするで。シマリング】

 

【千明:でも野外での活動だぜ?……まぁ、わかって言ってるんだけどさ】

 

【千明:キャッ…………チボール……地ボール……地・球】

 

 さすがのあおいも突っ込みようが無かったようで、二人のやり取りに短くない間が開いた。沈黙という画面越しのあおいの反応に、千明も「これはあかんやつや」と感じたのか、気を取り直してやり取りを再開させる。

 

【千明:コホン、そりゃあわたしも色々やってみたいけどさー……】

 

【千明:……なぁイヌ子よ、どうしてわたしたちは金がないのだ】

 

【あおい:そうやなぁ、あきはもう少し学問に力入れたらいいと思うで】

 

【千明:それはあれか、すゝめ的なあれで福沢先生がお喜びになるのか?】

 

【あおい:そうや、お喜びでお近づきや。おまけに文系科目なら樋口先生、理系科目なら野口先生もお喜びや】

 

【千明:……!!】

 

【あおい:まぁ、がんばってなー。私はそれなりにできるので、明日バイトで稼いでくるでー(θзθ)】

 

【千明:(◎н◎)……って、私も明日はバイトだ】

 

【あおい:せやなー】

 

 結局のところ、最後はいつも通りの二人だった……。




こんな感じでゆるゆる書いていくつもりでいます
更新は不定期ですが、これからもお読みいただけると嬉しいです




お読みいただきありがとうございました


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第二話「ちくわの体はいただいた!」

――――翌日――――

 

「バイト行ってきまーす」

 

 今日も元気に家を飛び出すなでしこに、後ろから桜が声をかけた。

 

「なでしこ、送ってってあげるからちょっと待ってな。車ならまだ時間に余裕もあるでしょ」

 

「ほんと?ありがとう!お姉ちゃんも出かけるの?」

 

「うん、ちょっと友達のとこまでね。バイト終わりもいつもの時間でしょ?迎えに行ってあげるから」

 

「やったぁ……あ、でも今日は土曜日だから忙しくてちょっと遅くなるかも」

 

「まぁそれならそれで、お店でなんか頼んで待ってるよ……さ、行こう」

 

 桜はそう言いながら靴を履き、玄関に置いてあった車のキーを手に取って外へと出て車に乗り込んだ。その桜のあとを嬉しそうに追いかけて、なでしこも車に乗り込む。

 

「よし、シートベルトおっけー!しゅっぱーつ!」

 

 そう言って勢いよく前を指さすなでしこに、桜は「はいはい」と軽く答えながらアクセルを踏んだ。

 

 

 

 

「ふぁー……あ゛ー、なんか久しぶりに遅くまで寝てしまった」

 

 その頃、今日は学校の土曜講習が無いということもあって、いつもよりも遅くまで寝ていたリンがようやく起きだして大きく伸びをしていた。

 

 だいぶ暖かくなったとはいえ、いや、だからこそ強まったように感じる布団の誘惑から、何とか抜け出して立ち上がり、もう一度体全体を伸ばして寝ぼけた頭を覚醒させる。

 

 と、そんなリンの視界に昨日引っ張り出してきたルアータックルが映った。

 

(ルアーフィッシングか……ちょっと調べてみようかな)

 

 そんなことを考えながらひとまず朝の身支度を整え、しゃっきりしたところで愛用のタブレットを手にダイニングへと向かった。

 

 ちょっと遅めの朝食を済ませて、のんびりコーヒーを飲んでいるところでメッセージアプリが着信を知らせてくる

 

「ん?恵那か」

 

【恵那:おはよーリン】

 

【リン:やっと起きたのか……暁を覚えなさ過ぎだろ】

 

【恵那:あはは、やっぱりー?リンは何してたの?】

 

【リン:私はちょっと調べもの】

 

【恵那:キャンプ場?】

 

【リン:いや、ルアーフィッシング】

 

【恵那:なに!?リンがキャンプ以外のことを調べている……さては偽物!?】

 

【リン(偽):ふっふっふ、よくぞ見破ったな。志摩リンの体は乗っ取らせてもらった。そしてお前も……】

 

【恵那:うっ、頭が…………】

 

【恵那(偽):ふはは、斎藤恵那の体は頂いた……】

 

 相変わらずのノリの良さでひとしきり小芝居を楽しむ二人。なぜか最後にちくわが二人を正気に戻した事になったところで急に話題も元に戻る。

 

【恵那:……で、どうしたの?急に釣りの事なんて】

 

【リン:いや、きのうなでしこと話しててさ】

 

【リン:おじいちゃんの荷物の中にこれがあったの思いだして(写真)】

 

【恵那:なるほどねー。あ、ちょっと待ってて】

 

「今度はなんだ?」

 

 一体何かと疑問に思うリンだったが、恵那がそう言うのはいつもの事だし、おまけに大抵下らないことなのであまり気にしていない。いや、こういう場合だいたいちくわがらみの何やら可愛い写真が送られてくることが多いので、そう言う意味では大いに気にはなっているのだけれど……。

 

 まぁ、それならそれで少し時間がかかるだろうと踏んで、リンは検索画面へと戻る。

 

(おっ『サルでもわかるルアーフィッシングの基礎知識』か、ちょっと覗いてみよう)

 

 いくつかある初心者向けサイトの中から人気が高そうなところを選んで覗いてみることにしたリン。そのうちの一つに目を通していたところで恵那から再びメッセージが届いた。

 

【ちくわ(偽):ちくわの体はいただいた!】

 

「ん?」

 

【ちくわ(偽):(写真)】

 

「こっ、これは……」

 

 そこに映っていたのは、魚を模した犬用のパーカーを着たちくわの姿だった。そしてその後も様々な角度で撮られたちくわの写真が次々に送られてくる。

 

 その愛らしい姿に悶えつつも、リンは平静を装って返事を送った。

 

【リン:ま、まぁちくわの原料は魚だからな。ある意味真の姿と言えなくもないか】

 

【恵那:なるほど!リン上手いこと言うね!あ、散歩いってくるねー】

 

「せわしないというかマイペースというか……いってらー……っと」

 

 マイペースという意味ではリン自身も大概ではあるが、そんなことは全く気にもかけず先ほど見ていたサイトに戻る。そこで色々と見ているうちにだんだんと興味が湧いてきたリンは、部屋からタックル一式を持ってくると、サイトを見ながらいじり始めた。

 

(リールは……おぉ、動いた)

 

 ハンドルを回してみるとなめらかにローターが回転し、少しテンションが上がったリン。続いてカチャリカチャリとベイルを上げ下げしたり、ロッドに取り付けてキャスティングの真似事をしてみたりする。

 

(ふふふ、これはなかなか……)

 

「あら、釣りも始めるの?」

 

「ふぇ!?あ、いや、ちょっと興味があっただけで……」

 

 だんだんとその気になってほくそ笑んでるところを母親である咲に見られて、顔を赤くしながら慌てて取り繕う。娘のその姿に苦笑いを浮かべながら、一言だけ注意しておこうかと咲が口を開いた。

 

「釣りを始めるのはいいけど、行くなら管理釣り場にしてね。誰もいないような渓流とか湖とかで事故に遭ったりしたら困るから」

 

「うっ、それは私も嫌だ……まぁ、まだ始めると決めたわけじゃないから」

 

「そう?キャンプ始める前もそんなこと言ってた気がするわよ?ま、いいけど。お昼何食べたい?久しぶりに外に食べに行きましょう」

 

 リンは咲のその質問にしばらく腕を組んで考え込む。先ほどまでちくわの話をしていたせいか頭にこびりついていたおでんを何とか振り払い、思いついた答えを咲に告げた。

 

「あ、身延駅の近くのお蕎麦屋さんにしない?天丼のおいしいとこ」

 

 

 

 

「いらっしゃぁあー!りんちゃー……っとと、いらっしゃいませ、何名様ですか?」

 

「なでしこ……まぁ、ぎりセーフだな……二人で。」

 

「かしこまりました。こちらへどうぞー」

 

 叫びだしそうになるのを何とか途中で堪え……られたかどうかはわからないが、店にやって来たリンとその母親を席へと案内して、おしぼりとお冷を運んでいくなでしこ。

 

「いらっしゃいリンちゃんとリンちゃんのお母さん」

 

「こんにちは、なでしこちゃん。さっそくだけど、注文いいかしら?……大海老天重セットふたっつお願いするわ」

 

「え?いいの?お母さん」

 

「いいのいいの、ここはこれが美味しいんだから。たまには贅沢しましょう?」

 

「大海老天重セット二つですね、かしこまりました!」

 

 そう元気に返事をしながらリンに軽く手を振って、注文を伝えに厨房へと戻るなでしこ。リンも手を振り返し、その背中を見送った。

 

 二人がしばらく他愛のない話しをしていると「おまたせしましたー」となでしこがお盆をもってやって来た。

 

「大海老天重セットふたつです」

 

「ありがと」

 

「ありがとねー」

 

 ごゆっくりどうぞーと、その場を離れるなでしこにお礼を言って、テーブルの上に目をやればそこには、お重からはみ出るほどの大きさの尾頭付きの海老天が乗った、圧倒的な存在感の天重が存在していた。

 

(さすがに仕事中は喋れないか……いや、それよりも今はこれだな)

 

(この尾頭の鮮やかな赤と対比する黄金の衣……そこにかけられたタレの艶やかな輝きと食欲を誘うごま油と醤油の香り……完・璧・だ……海老よありがとう、いただきます)

 

 いつも通りのクールな表情かと思いきや、見る人が見ればわかるほどに喜色を浮かべながら、リンは手を合わせて箸を伸ばす。向かいに座る咲もその表情を見て微笑みながら手を合わせて食べ始めた。

 

(強者は頭から行くらしいが、私にはちょっと無理なので取らせてもらって……はむっ、うまぁー)

 

「うまぁー……はっ!」

 

 思わずと言った感じで感想が口に出てしまい、咲の方を見るとニヤニヤしているのが目に入る。それを無かったことにして二口目をかぶりつく……そこからはお互いに無言で食べ進めて、一気に最後まで食べきってしまった。

 

「ふぅ、ごちそうさま。いやぁ、思わず一心不乱に食べちゃったわね」

 

 食後のそば茶を飲んでそう言った咲に同意するように、リンも首を何度も縦に振る。二人の間にのんびりとした雰囲気が流れたところで、咲が徐に口を開いた。

 

「そうだ、リン、今朝の話なんだけど、どうせ釣りを始めるなら最初は日帰りで近場の管理釣り場からにしなさいね?あなたのことだからキャンプのついでにって考えてるかもしれないけど、荷物も増えるし慣れるまでは大変だから。それと軍資金なら多少は出してあげるから、誰かと一緒に行くこと」

 

(うっ、見抜かれてる……まぁ、誰かとっていうのは元々なでしことの話で出たことだから、誘ってみるつもりではいたけど……)

 

 まだはっきり釣りを始めるつもりではなかったものの、だいぶ天秤はそちらに傾いていたところで図星をつかれたので、リンはうっと口ごもってしまった。

 

「あとはそうねぇ、できれば持ち帰りできるところがいいかしらね。鱒の塩焼きってたまに食べたくなるし……ブラックバスって食べられるのかしら?」

 

 と、リンはそこまで聞いて「ん?」となった。もしかして……という考えが頭をよぎる。

 

「ねぇ、お母さん。私はまだやるって言ってないけど、それとなく勧めているのはそれが理由?」

 

「あら、そんなことないわよ?食べたいだけならスーパーで買った方がはるかに安上がりだもの。でもちょっとお金はかかっても娘が友達と楽しく遊べて、私も美味しくていいことばかりじゃない」

 

(そうかもしれないけど……なんかもにょもにょする)

 

 複雑な表情をしたまま咲に促されてリンは席を立った。そして彼女が会計を済ませている間に、なでしこに声をかける。

 

「なでしこ、釣りに行けるってなったら行ってみたい?」

 

「うん、行ってみたい!行けるの?」

 

「そっか、でもまだ確定じゃないからあんまり期待しないで。じゃぁ、バイト頑張ってね」

 

「わかったー、期待しないでおくねー。バイバイ、リンちゃん」

 

 満面の笑みで手を振るなでしこに、複雑な表情のまま手を振り返すリン。帰りの道中でリンはほんの少し後悔していた。

 

(ああ言ったものの、あの表情は期待してたな。これで行かないって言ったら……決まるまで言わない方が良かったかなぁ)

 

 そんなことを考えながら、リンの脳裏にはある一つの情景が浮かんでいた。

 

 

――――「このリードもヘタってきたし、捨てて新しいのを買おうかなぁ」とリンがリードを手に取ると(さんぽ!?さんぽいくの!?)としっぽを振って駆け寄ってくるなでしこに似た小型犬。

 

 そして「いや、捨てるだけだよ」とゴミ袋に入れるのを見てあからさまにがっかりしたように、しっぽと耳を下げて去っていくなでしこ犬――――

 

 

(しょうがない、帰ったらもうちょっと調べてみよう)

 

 何かを決意したような娘の表情に隣にいた咲がどう思っていたかはわからないが、彼女が鱒の塩焼きを食べる日はそう遠くないようだった。

 

 

 

 

――その日の夜――

 

「お待たせ、なでしこ。帰るよ」

 

「はーい、お迎えありがとお姉ちゃん」

 

 なでしこがバイトが終わって、店の前で待っていたところに到着した桜にお礼を言いながら車に乗り込もうとすると、後部座席に見慣れない物が積まれているのが見えた。

 

「あれ?なんか買ってきたの?」

 

「ん?んー、友達にちょっとね。ま、帰ったら見せてあげるよ」

 

 なでしこがシートベルトを締めたのを確認して車をスタートさせると、そこから家まで他愛もない話しが続く。と言ってもほとんどなでしこが食べ物の話をしているだけだったが……そんな話も家に到着したことと、桜の「豚野郎に戻ったら、今度は本栖湖周回するか?」という一言で終わりをつげた。

 

 心なしか肩を落としながら家へと入っていくなでしこだったが、ダイニングに入り夕食の匂いを嗅いだところで、スイッチが切り替わったように元気になった。

 

 食事を終えてお風呂も済ませ、いつものようにリビングでごろごろしているなでしこの所に、桜が車に積んでいた荷物を持ってやって来た。

 

「おーい、なでしこ、これ見てみ」

 

「ふぉぉ、これは……スイミングタックル!」

 

「『スピニング』だ!泳ぐのは魚だけでいいんだよ!っていうか、うろ覚の言葉を使おうとするなよ」

 

 桜が持ってきたのは、昨日話していた友人から貰ってきたルアーフィッシングのタックルだった。

 

 昨日なでしこから話を聞いて、その友人が古いタックルを持て余しているとぼやいていたのを思い出して連絡したところ、友人もいい加減邪魔になってるから捨てるか売ろうか考えていたところだから、と快く譲ってくれた。もちろん、ガチガチのシーバスタックルではなく、川や湖に適したタイプだ。

 

「一応使い方とか手入れとか聞いてきたけど、まずは自分で調べてやってみな。私は口出ししないから。それにロッドもリールも二セットあるから誰か誘ってみたらいい……ま、暇だったら車も出してあげるから」

 

「ありがとーお姉ちゃん!!えへへー」

 

 嬉しそうな顔で桜に抱き着くなでしこ。桜もまんざらではなさそうな顔でなすがままにされている。なんとも微笑ましい姉妹の光景が広がったところで……

 

「そうだ!」

 

 ばっ!と音がしそうな勢いで桜から離れたなでしこは、そのタックルをテーブルの上に並べると写真を撮り始めた。それを見た桜も、タックルを借りた友人に送るのだろうか、嬉しそうな表情のなでしこを撮影し始めた。

 

 そのなでしこは被写体になっているとはつゆ知らず、一通り撮影を終えるといつものメッセージアプリを立ち上げると文字を入力し始めた。

 

【なでしこ:リンちゃんみてみてー(写真)】

 

【リン:あ、ルアータックル。どうしたの?】

 

【なでしこ:お姉ちゃんが友達からもう使わないやつ貰ってきてくれたんだ。捨てちゃうよりはって】

 

【リン:良かったね。これで釣りにも行けるな】

 

 リンからの返事に、えへへーと顔をとろけさせるなでしこ。

 

【なでしこ:そうだリンちゃん!リンちゃん3セット持ってるよね?】

 

【リン:そうだけど?】

 

【なでしこ:私が2セット持ってて、合計5セットだからあきちゃんとあおいちゃん、えなちゃんも誘って行けるんじゃない?】

 

 実はリンもなでしこから写真が送られてきたときにその事には思い至っていた。そのことをなでしこに送ろうかと思っていたところで、なでしこから連続でメッセージが届く。

 

【なでしこ:あっ!でもでも】

 

【なでしこ:おじいちゃんのものだから、他人に貸すのはちょっと嫌かな?】

 

 であった頃のあるやり取りを思い出して、また先走っちゃったかなと焦るなでしこと、そんななでしこの心遣いに気が付いて、リンは胸が暖かくなる。

 

 するとちょっと間が開いて、リンからなでしこにメッセージが届いた。

 

【リン:そんなことないよ】

 

【リン:元々なでしこに貸すつもりだったし、皆だったら全然使ってもらって構わないよ。おじいちゃんも好きにしていいって言ってくれたし】

 

【なでしこ:じゃあ!?】

 

【リン:うん、来週学校で皆にも声をかけてみよう】

 

「よーし、明日は休みだし色々調べてみよーっと。皆なんて言うかな……」

 

 その後もなでしことリンのやり取りは夜遅くまで続いて、二人はいろいろなことを話していたのだけれど、とりあえず、明日は三人から連絡があっても、明後日皆で顔を合わせるまでは黙っておくことになった。まぁ、全くそんな必要はないのだが、なんとなく内緒の計画感があったのは否めない。

 

 ともあれ、初めての釣りに向かって動き出したなでしことリン。翌日もリンはバイトの合間に、なでしこはさっそくタックルを触りながらいろいろと調べていく。そしてその間、千明とあおいもバイトに精を出し、恵那はちくわと戯れていた。

 




ちくわ……犬……獅子丸……


お読みいただきありがとうございました


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第三話「真の餃子というものを見せてあげよう」

彼女たちが実際に釣りに行くにはまだまだかかりそうです


 それぞれの休日が明けて月曜日の放課後、図書委員が休みのリンは帰宅部の恵那に声をかけて、野クルの面々がいるであろう校庭の一角に向かっていた。

 

「それにしてもリンが自分から野クルに顔出すなんて珍しいね……はっ!?さてはお主……あたっ」

 

 と、先日のやり取りを繰り返そうとする恵那に、リンは手刀でツッコミを入れる。

 

「それはもういい。ちょっとみんなに相談があるんだよ」

 

「へー、ふーん、ほーぉ」

 

「そのニヤけ顔をやめろ。ほら、みんな待ってるぞ」

 

 そう言ってリンが指さした先には焚き火台を囲んでちろちろと燃える炎を眺める野クルの面々がいた。そんな彼女たちにリンと恵那が手を挙げながら挨拶をしようとした時だった。

 

「ははは!よく来てくれた二人とも!いやーしまリンから集まって欲しいと言われたときは何事かと思ったけど、ついに我らの仲間になってくれるのか!」

 

「いや、違うけど」

 

 おおきく手を広げながら立ち上がって二人を迎え入れようとする千明をリンがバッサリと切り捨てる。それを聞いて千明は笑顔をひきつらせて崩れ落ちた。

 

「うわー、一刀両断とはこのことやねぇ。リンちゃんお見事やぁ」

 

「あ、思わず……ごめん」

 

「リンちゃん、せめて峰打ちくらいで勘弁してあげて……」

 

「いや、峰打ちってどういう……」

 

「そうだよー嘘でも少しくらい迷うところ見せてあげてもいいんじゃない?」

 

「斎藤よ、それはそれでひどくないか?」

 

 勝手なことを言ってくるあおい、なでしこ、恵那の言葉に律義に突っ込んでいくリン。そこへ顧問である鳥羽美波がやってきて、その光景を見てつぶやく。

 

「何してるの?あなたたち……」

 

 そんな顧問に対して千明以外のメンバーが、なんとも言えない表情ではっきりと返事を返せずにいると、うなだれていた千明が手についた砂埃をパンパンと払いながら復活した。

 

「さて、グビ……じゃなくて、先生も来たところで、野クル+2の活動を始めようか」

 

 そんな千明を見たあおいの「さすがあき、切り替え早いわぁ」というツッコミをスルーしつつ、千明が言葉を続ける。

 

「それでしまりん、今日呼び出した理由って?」

 

 そこで話を振られたリンはなでしことアイコンタクトをすると、二人でスマホを操作してある写真を皆に見せた。それに対するそれぞれの反応を見て、説明をしようと口を開こうとしたところで「あっ!」と何かに気が付いた千明に手で制された。

 

「……わかった、みなまで言うなしまりん……君はそうやってお高そうな釣り道具を貧困にあえぐ我々に自慢しようとしているのだろう!?しかもなでしこまで!ランタン一つに一喜一憂していたあの頃の君はもういない!」

 

「で、あきの事気にしとったら話進まんし、説明してもらってええかなぁ?」

 

 拳を強く握り込んだ千明の熱弁をさらりと流したあおいの言葉に促されて、改めてリンが説明を始めた。

 

「実は――」

 

 そんな切り出しでリンは昨日までのなでしことのやり取りを説明していった。時折なでしこが補足というか、合いの手というか、チャチャを入れながら話を続ける。

 

「――って感じなんだけど、どうかな」

 

 説明を終えたリンは少し不安そうな表情で皆の顔を見渡す。なでしこには自分からキャンプの誘いをかけたことはあったが、こうしてみんなに声をかけるというのはソロキャンメインのリンにとっては些かハードルが高いことでもあった。

 

 そんなリンの胸の内を察したのかどうかはわからないが、一番付き合いの長い恵那が優しく声をかける。

 

「いいじゃん、釣り。やってみようよ」

 

「うん、おもしろそうやん?」

 

 恵那の言葉にあおいが同調すると、すかさず千明も賛成した。

 

「道具を貸していただけるというのであれば、ぜひやってみたいのであります!」

 

 最終的に三人から賛成の言葉を聞いて、リンの表情も和らいだ。そして、そんな生徒たちの和やかな会話を聞きながら、美波は笑みを浮かべて言った。

 

「あら、私を忘れないで欲しいわね。私だって顧問っていう野クルのメンバーなんだから。言ってくれれば車も出すわよ」

 

「先生ほんと?あ、もしかして……ねぇ、先生。鱒の塩焼きには?」

 

「ビール!……いえ、日本酒かしら?」

 

「……やっぱりそっちが目当てなんじゃ?」

 

 顧問と部員との心温まる交流かと思いきや、なでしこに魂胆を見透かされて言葉を詰まらせる。どうやら美波は釣りをした後のキャンプで、釣った魚をつまみに一杯やるつもりだったようだ。

 

「ごめんなさい先生。慣れるまでの何回かは日帰りで管理釣り場のつもりだったんですけど……」

 

 と申し訳なさそうに当面の予定を話すリンと、その言葉に絶望の表情を見せる美波。さすがに教師が生徒の前でその表情はどうかと思うが、このメンバーであれば取り繕った所で、もはや手遅れかもしれない。

 

 しばらく微妙な空気が流れたが、なんとか美波は言葉を絞り出す。

 

「……い、いえ、教師に二言は無いわ。予定が無かったら車出してあげるから言ってちょうだい。でもその代わり……各務原さん、よろしくね」

 

 急に話を振られて首を傾げるなでしこだったが、しばらく考えて言わんとしていることに気が付いたのか美波に向けて敬礼をした。

 

「お任せください!塩焼き以外にもてんぷら、ムニエル、唐揚げ、炊き込みご飯等いろいろありますであります!」

 

 なにやらふんわりした先の見えない小芝居が始まったところで、その他の四人はすでに計画を詰めていた。

 

「いきなり釣りに行く前に、使い方とか練習しといた方がええんと違うかなぁ」

 

「えー、習うより慣れろでいいんじゃね?」

 

 あおいのもっともな意見に、千明が異議を唱えた。意見が対立した二人が「ぐぬぬ」と睨み合いを始めたところで、横からリンと恵那が口を挟む。

 

「昨日一昨日といろいろ調べてみたんだけど、私も練習はしておいた方が良いと思う」

 

「そだねー、借り物を壊しちゃったり、針が刺さったりしたら嫌だし……ざっくりと」

 

 軽い口調にもかかわらずスプラッタな恵那の言葉に、自分がそうなることを想像したのか千明がのけると、その大げさな仕草が皆の笑いを誘った。

 

 その後も謎の盛り上がりを見せる教師と生徒を尻目に四人の企画会議は進み、今度の休日は各務原家でのルアーフィッシング講習会が本人のあずかり知らぬところで決定したところで、本人に伝えるべく千明がなでしこを呼ぶ。

 

「おーい、なでしこ、今度の休みにお邪魔するからよろしくね」

 

「え?それって決定事項なの?あきちゃん」

 

「もしかして用事あった?バイトとか」

 

「んーん、大丈夫だよ。待ってるね」

 

 

 

 

「……というわけで!やってきました各務原家!」

 

「なんやあきテンションあがっとるなぁ」

 

「いあー、あれ以来自分でも色々調べてみたら、なんかハマっちゃったというかやりたくなっちゃってさ、釣り。はやく道具を触ってみたかったんだよね」

 

 ちょっと照れながらあおいの質問に答える千明。それを聞いて、あおいと恵那が自分たちもだと同意して笑い合った。

 

「みんなー、いらっしゃーい」

 

 チャイムを押して出てきたなでしこに三人が案内されてリビングへと向かうと、既にリンが来ていてリールを触っていた。

 

「みんな、おはよう」

 

「はやいねー、リン」

 

「いや、私もさっき着いたばかりだよ」

 

「飲み物コーヒーでいい?インスタントだけど。あ、お茶菓子クッキーだし紅茶がいいかな」

 

「なんでもええでー」

 

「じゃあイヌ子は水でいいな!」

 

「ええよ、山梨の水はおいしいもんなぁ」

 

「え……?」

 

「嘘やでー。なでしこちゃんにお任せするわ」

 

 三人が来たことで一気にリビングが賑やかになる。各々ソファーに座り、なでしこが運んできた紅茶を飲んで一息ついたところでさっそく本題をとなでしこが切り出す。

 

「それでは!リンちゃん先生、よろしくお願いします!」

 

「えー、やっぱり私がやるのやめない?」

 

 三人が来る前に何やら二人で相談して、リンが先生役として色々教えることになっていたのだけれど、いざその段になると尻込みしてしまった。なでしこの方を見てみると、笑顔で首を横に振っているし、他の三人は期待に顔をキラキラ……と言うよりもニヤニヤさせてリンのことをじっと見ていた。

 

 彼女たちの表情に後ずさりそうになるものの、そこはすでにソファーの上。背後は背もたれで逃げ場はなく、リンは諦めて大きくため息をついた。

 

「わかった、わかった。よーしお前ら、ビシビシいくぞー」

 

 セリフの割には相変わらずの平坦な口調のリンの言葉に「はーい」と幼稚園児のような返事を他の四人が返したことで、さらに呆れの表情を濃くしたリンだったが、そこはそれ。気を取り直して道具の使い方の説明を始めた。

 

 とはいえ、彼女たちの事である。軽口を言い合いながら和気あいあいと話が進んでいく。

 

 タックルの使い方、セッティングの仕方、どうやって魚を釣るのかなどを実際に触ってみたり、リンが調べるのに使ったサイトをみんなでのぞき込んだりしながら、ルアーフィッシングについて勉強していった。

 

 途中で出てきた、釣り特有の『ライン(釣り糸)の結び方』を練習した時はなかなか苦労していたが、それでも普段から各種キャンプ道具を使いこなす程度には器用な彼女たちの事、時間はかかったものの何とかものになったようだった。

 

「このクリンチノット言うの、図で見ると複雑そうやけどできるようになると簡単やなぁ」

 

「こっちのパロマ―ノットの方が簡単かも。強度もあるって」

 

「堅むすびじゃだめなんだねー。やっぱりこれは練習に集まって良かったかも……」

 

 あおいやリン、恵那はまだいろいろな結び方を試しながら練習しているようだったが、そこに千明が横から口を挟んだ。

 

「頭使ったらお腹減った……なぁ、お昼ごはんはどうする?そろそろいい時間だけど」

 

 その千明の言葉に一同が時計を見ると、既に短針が天辺を通り過ぎてからしばらく経っていた。するとそこでなでしこが「はい!」と手を挙げ皆の注目を集め、不敵な笑みを浮かべながら話し始める。

 

「ふっふっふ、今日はせっかく来てもらったから、私がお昼ご飯作っちゃうよ……君たちには真の餃子というものを見せてあげよう……」

 

 いかにもな怪しい言い方で言い放ち、キッチンへと引っ込むなでしこ。他の面々も散らかっていた道具類を手早く片付け、ダイニングへと向かいキッチンを覗き込む。

 

 なでしこが冷蔵庫から取り出したのは『丸寿商店』と書かれた白い箱。その蓋を開けると、ぎっしりと詰められた餃子がずらり。それを油を引いたフライパンに丸く置いていく。箱の中身の半分くらいを敷き詰めたところでいっぱいになったので、水を回し入れて蓋をして蒸し焼きに。

 

 水を入れた瞬間立ち昇る蒸気と「ジュワァ!」という音になでしこ以外の四人が声を上げた。それを見て微笑みながらなでしこは次の作業に移った。

 

 隣のコンロでお湯を沸かしていた鍋に、麺を茹でる時に使うテボざるにもやしを入れて放り込む。数十秒もやしを茹でたらお湯から出してざるにあけ、水気を切っている間に鍋に千切ったレタスと中華だしの素、塩、コショウを入れて味を見ながら調整したら、溶き卵を流し込んで菜箸で軽く散らしてすぐに火を止めた。

 

 その間に餃子の方もいい感じになっているようで、なでしこが耳を近づけて音を聞いてみると、フライパンから聞こえるのはそれまでのグツグツという水が沸騰する音から、チリチリという音に変わっていた。

 

「よしそろそろいいかな」

 

 なでしこはそう言ってフライパンの火を止めて蓋を開け、代わりに大皿を被せると「ふんっ!」と気合を入れてひっくりかえした。そしてゆっくりとフライパンを外していくと、そこに現れたのは……。

 

「おー!」

 

 作った本人ですら声を上げてしまうような、きれいな焦げ目と羽根が付いた餃子だった。カウンター越しに見ていた他のメンバーからも「うわぁ、羽根つきやぁ」「うまそー」と言うような声が次々と上がる。

 

 最後に円形の餃子の中央に茹でたもやしを乗せて、テーブルへと運ぶ。合わせて白ご飯と中華スープ、お茶と揃えて専門店にも負けない餃子定食が完成した。

 

「なんだかんだで、なでしこって料理上手だよね」

 

「えへへー、さぁみんな食べて食べて」

 

 リンの言葉になでしこは照れて頭を掻きながらも皆に「食べて」と促すと、それを聞いた他のメンバーは揃って手を合わせた。

 




唐突な飯テロ



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第四話「サービスタイム終了やー」

「いただきまーす」

 

 その言葉と共に、一斉に箸が餃子へとのびる。それぞれ醤油・酢・ラー油で作ったタレにちょんとつけて口に運んだ。

 

「……ど、どうかな?」

 

 作った本人としては満足のいく焼き加減だったけれど、皆の反応が気になるなでしこ。そんな彼女の不安そうな一言に最初に返したのはやはりと言うかなんというか、千明だった。

 

「うまし!前になでしこに貰った餃子を家で焼いたんだけど、こんなにきれいに焼けなくてさ。元がいいから美味しかったのは美味しかったんだけどね。グッジョブなでしこ!」

 

 と、それに続くようにあおいからも声が出る。

 

「うん、さすが元浜松っ子やわぁ。スープも美味しいで、なでしこちゃん。パパっとこれだけのもん作れるなんて、ええお嫁さんになるわぁ」

 

「ほんと?よかったぁ。んじゃ、私もいただきまーす!……んー、おいしい!」

 

 二人の言葉を聞いてほっと胸を撫でおろして、自分も食べ始めるなでしこ。方やリンと恵那はと言えば……

 

(この絶妙な焼き加減、店レベルだ……これが浜松っ子の実力だというのか……それにもやしが良い。餃子、もやし、餃子の無限ループ……時々ご飯とスープを挟んでいくらでも食べられそうだ)

 

 相変わらず表には出さないものの、どんな感想を持っているかはその食べっぷりを見れば一目瞭然だろう。

 

(お母さんのいないときには、なでしこちゃんがご飯作りに来てくれないかな)

 

 ……考えていることはともかく、気に入ったのは間違いないらしい……

 

 結局残り半分の餃子も焼くことになり、ひと箱すべて平らげることになった一同。その中でもなでしこがかなりの量を消費していたのは言うまでもないだろうが……

 

「食べ過ぎてしまった。動けん……」

 

「あはは、リンってば調子にのって食べるからー」

 

「そう言う恵那ちゃんも、黙々と食べてたやん」

 

「あきちゃーん、大丈夫ー?」

 

 仰向けに寝転がって大の字になるリンとそれをからかう恵那。千明はピクリとも動かずになでしこにつつかれている……

 

「あなた達……大丈夫?ほどほどになさいよ?」

 

 たまたま通りかかった桜がその死屍累々の様子を見て一言つぶやいて去っていった。

 

 そんな桜の冷ややかな目線も浴びたりしながら、しばらくゴロゴロしてなんと一同がお腹を落ち着かせると――千明はまだ先ほどの格好のまま固まっているが――あおいが口を開いた。

 

「とりあえず、基本的なことは分かったと思うんやけど、この後はどないするー?さすがにこれから実践ちゅー訳にはいかないけどなー」

 

「あ、それならうちの近くの川に行って、きゃすてぃんぐ?の練習してみない?……えっと、これこれ。この練習用のおもりつけてさ」

 

「あ、それなら私の方にもあるよ。確かに練習は必要かもね」

 

 あおいの問いかけに、キャストの練習をしようと提案するなでしこ。その手に握られたゴム製のおもりを繋いで練習してみようということらしい。ちょうど似たようなものがリンの持ってきたタックルボックスにも入っていたので、それも使って練習をしに行くことにした。

 

 川までは近いということなので、この場でタックルをセッティングして各務原家を出る。

 

「なでしこの言ってる川って富士川だよな?」

 

「そうそう、富士川。駅からウチに来るのに渡ったでしょー?たまにゆらゆらイスもってまったりしに行くんだー」

 

「ロッキングチェアな」

 

「そうそう、さすがリンちゃん!でもいつも寝ちゃってて、気が付くと日が沈んでお姉ちゃんに起こされるんだよねー」

 

 出発直前に何とか復活した千明となでしこの会話にリンがツッコミを入れる。そして、それに答えたなでしこの言葉に、他のメンバーは容易にその光景が思い浮かんだのか「あー」と大きく納得の声が上がった。

 

 と、そんな会話をしながら歩いていると、程なくして富士川河川敷へと到着する。

 

「よーし、とうちゃーく。んじゃさっそくやろうぜ。と、その前に……」

 

 到着するなりきょろきょろしながらそう言って、何かを探す千明。すると、不意に川に近づいたと思ったら、上流から流れてきたと思われる大きめの木の枝を三本ほど持って戻ってきた。

 

「あきちゃん、それどうするの?」

 

「んー?これをこうして……っと、よし」

 

 謎の行動をとる千明に、皆を代表してなでしこが質問した。それを背中で聞きながら千明は拾ってきた枝で地面に三角形を作った。

 

「どうせだから、これを的にして練習しようぜ!一番最初に入れた人に、最後まで入らなかった人がジュース一本ってどうよ?」

 

 そんな千明の提案に、皆口々に賛成していく。そして、話し合いの結果十メートルちょっと離れた所からキャストすることにして、じゃんけんで順番を決めてキャスティング大会?が始まった。

 

「んじゃ、あたしからなー。ラインをちょっと出して指に引っ掛けて、こいつ(ベイル)を上げてっと……そりゃっ!」

 

 千明は一つ一つ動作を口に出して確認していって、軽く振りかぶりロッドを振って指に引っ掛けていたラインを放す。するとおもりが放物線を描いて飛んで――ドスッ――はいかなかった。

 

 指を放すタイミングが遅かったのか、千明の目の前の地面におもりが突き刺さった。

 

 危なくないように離れた所から見ていた一同は、その光景に思わず口をそろえて「うわぁ……」と漏らす。それをやらかした千明は、無言のまま皆の所へ戻ってきて次の順番のあおいにロッドを手渡すと、そのまま皆から離れて、体育座りで縮こまってしまった。

 

「ほな、つぎいこか……」

 

 その後キャスティングを再開すると、流石に皆一発でとはいかなかったが、的が大きかったこともあって、なでしこ、恵那が二回目で成功。あおい、リンも三回目で成功し、四回目でようやく千明が成功した。

 

「コツをつかめば結構簡単かもね。ほいっと」

 

「そうだな、強すぎてもこうして指で止めればいいし」

 

 一度成功した後は、なにかポイントを見つけたようで次々に成功させているなでしことリン。他の三人も二人には及ばないものの、だいぶコツをつかんだようだった。

 

「じゃあ、次はいよいよ実際に釣りに行く感じかな?」

 

「せやなー、来週はバイト入っとるしその次かー……テスト休みとか?」

 

「いいんじゃないかな?補習さえなければ……」

 

「まぁ、大丈夫と思うで……多分な」

 

 そう言ったあおいの脳裏には若干一名テストが危なそうな人物の顔が浮かんでいたが、その当人はと言うとなでしことリンにキャスティングのコツを教わるのに忙しいようだ。

 

 その後も距離を変えながらキャスティングの練習をしたり、なでしこが家から持ってきたバーナーでお茶を淹れて飲んだりしながら、のんびりとした時間を過ごしていった。

 

 川を渡る風はまだ少し肌寒いが、それでもこの辺りの気候としてはだいぶ暖かくなってきたと言えるほどで、春がそこまで来ていると感じさせるには十分なようだ。とはいえ……

 

「ちょっと寒くなってきたしそろそろ戻ろっか」

 

 生粋の梨っ子に比べて寒さに慣れていない静岡生まれのなでしこの言葉で戻ることにした一同。

 

(あんなところで寝てたのに、寒さは感じるんだな……)

 

 初めて会った時のことを思い出して、なかなか辛辣な感想を思い浮かべる子もいたが、彼女自身も戻ることには賛成なので、何も言わずに歩き始めた。

 

 ほどなくして各務原家に戻ってきたところで、暖かい紅茶を飲みながら今後のことを相談し始める。今日一日で『初めての釣り』に現実味が帯びてきて、期待感も高まってきていたようで、やたらテンションが上がっている子がいた……

 

「ぶちょう!決行はいつでしょう!?」

 

「うむ、さっきイヌ子と恵那が話していたそうなのだが、再来週のテスト休みにしようと思う」

 

「ぶちょう!場所はどこでしょう!?」

 

「うむ、それはこれから決めるからな……ちょっとおちつけー」

 

「ぶちょう!おやつは……」

 

「好きなだけ持ってこい!……あー、イヌ子君、ちょっと彼女を黙らせておいてくれるかい?」

 

 いつかどこかでやったようなやり取りに苦笑いしながらあおいがなでしこを「ちょーっと落ち着こうなー」と千明から引き離す。それを離れた所からニコニコしながら見ている恵那と、呆れ顔のリン。

 

 すると、とりあえず場が落ち着いたところで、リンが手を挙げる。

 

「えーっと、ちょっといいかな」

 

「はい、しまりん君!」

 

(うっ……そのノリはまだ慣れないんだよ……)

 

 ちょっと食い気味に指名してきた千明に、思わず怯みそうになるのを我慢して言葉を続ける。

 

「場所の方は私が探してみるよ。元々何か所かアタリをつけてるとこもあるし……」

 

「さっすがしまりん。じゃぁ、時間とか集合場所も行き先が決まってからかな。あと、先生はどうだろう?難しいかな」

 

 リンの提案に新たな問題点を提起する千明。なでしこの茶々が入らないと話もスムーズに進行するようだ。そんな千明が挙げた問題点に意見を述べたのは恵那だった。

 

「んー、忙しいんじゃない?そもそもテスト休みって、生徒のためって言うより先生たちがテストの採点とかするための休みとかって聞いたことあるし」

 

「なるほど、まぁ聞くだけ聞いてみるか……っておい!なんだそれ!羨ましいぞ!」

 

 なでしこが静かなのは良いがそれにしても静かすぎるな、と千明が様子を見るといつの間にかなでしこはあおいの膝枕ですやすやと寝息を立てていた。

 

「いやぁ、試しにやってみたらこんなんなってしもたわ。まぁ本気で寝てるわけじゃないと思うけどなー」

 

 その言葉に反応してなでしこが目を「カッ!」と見開くと、そのままの体勢で力説し始めた。

 

「すごいよあきちゃん!この柔らかさと適度な弾力……まさに至高の枕…………スゥ」

 

 あおいは、そのままゆっくり目を瞑って再び寝息をたてはじめたなでしこの頭を持ち上げて、腿の上からどかして立ち上がる。

 

「はーい、サービスタイム終了やー。そろそろ時間もアレやし帰るでー」

 

 その言葉をきっかけに他の皆も帰り支度を始める。電車組の三人を見送って、スクーターのリンも自分の愛車にまたがって、その去り際。

 

「じゃぁ、場所が決まったら連絡するか、学校で」

 

「うん、楽しみにしてるね。じゃぁまた学校で……気を付けて帰ってね」

 

 そんな会話を交わして、軽く手を振り合ってリンは走り去っていく。そんな彼女をなでしこは見えなくなるまで大きく手を振って見送った。

 

 

 

 

 翌日、学校にて……

 

「あ、先生!部活のことでちょっと聞きたいんですけどー」

 

「あら大垣さんに犬山さん、何かしら?もしかしてこの間話してた釣りの事?決まったの?」

 

 廊下で千明とあおいに声をかけられた美波は、いつものように人当たりの良い笑顔で対応したのだが……。

 

「はい、来週のテスト休み……なん……ですけど……」

 

 千明は話している途中から段々と表情が変わっていくのを感じて、終わりの方は尻すぼみになってしまっていた。

 

「テスト休みね……私はちょっと無理だからあなた達で行って来て頂戴……くれぐれも気を付けるのよ……じゃぁね……」

 

 美波は蚊の鳴くような声でそう答えると、最後には気が抜けたような表情になって去っていった。

 

「やっぱり無理か……」

 

「せんせーのあの表情、よっぽどなんやろな……ご愁傷様や……」

 

 そう言って静かに手を合わせる二人。二人の目に映る顧問の背中は、心なしかいつもより小さく見えた。

 




悲報:グビ姉ぇグビれず……

まぁ日帰り予定なので、どっちにしろお酒はNGなんですけどね



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第五話「だって、かわいいじゃない?」

 釣りに行く日時も決まり、場所はリンの連絡待ちということになったところで、なでしこが野クルの面々は部室で釣り雑誌や、サイトを見ながらイメージトレーニング……という名の雑談をしていた。

 

「改めて調べてみると、山梨って釣りのポイント多いんやねぇ。湖に川、管理釣り場もあちこちや」

 

 スマホをスクロールしながらあおいがつぶやく。

 

「そういや今まであんまり気にしてなかったけど、釣具屋も多いよな。でっかいのから小っちゃいのまで、車で走ってると結構見るぞ」

 

「はい!ぶちょう!」

 

「んー、どしたー?」

 

「釣具屋さん行きたいです!」

 

「釣具屋なー、よく見るとは言ったものの、どこか……」

 

 あおいのつぶやきに反応した千明に、なでしこがそんな提案をした。どこか近くにあっただろうかと考え込む千明だったが、答えを出したのはあおいだった。

 

「あきー、カリブーの横に無かった?なんやったかなぁ……カリブータックル?……あぁ、これや」

 

 そう言いながらあおいが見せたウェブサイトには『アウトドアのカリブーが送る!フィッシングタックルの専門店!カリブータックル』の文字と共に店舗の写真が掲載されており、隣にはいつも行っている店が見切れていた。

 

「あー、あったあった!あそこ釣具屋だったのか。よし!なでしこ、行ってみようぜぃ!……なでしこ?」

 

 千明がなでしこに話しかけると、なでしこはどこか上の空で「カリブー……タックル……」とつぶやいている。どうやらまたくだらないことを考えているようだ……

 

 

 

 

――――ここはカナダ、針葉樹の森の中。少し開けた広場のようなところで、今まさに、負けられない戦いが始まろうとしていた……。

 

 前足を大きく広げて立ち上がり威嚇しているのはこの森の王者、ヒグマ。それに対するは、一頭の雄カリブー。いつもなら逃げの一手なのだが、今日の彼には逃げられない、負けられない理由があった。

 

 彼の後ろには妻である雌カリブーと少し前に生まれた彼の子供……ここで逃げたら子供が餌食になる……そう思った彼は臨戦態勢を取った。そして、ヒグマもまた四つ足になり、突進の体勢を取った……その瞬間だった。

 

 カリブーが先手を取って仕掛けた。立派な角を前に出し、大地を強く蹴って弾丸の様に飛び出していく。彼の得意技『カリブータックル』だ!――――

 

 

 

 

「おーい、なでしこー戻ってこーい。行くぞー」

 

「カリブー…………あっ!あきちゃん、あおいちゃん、待ってー!」

 

 なでしこの脳内で繰り広げられた戦いの勝敗は分からないが、千明とあおいに追いつくべく彼女も部室を飛び出していった。

 

 いつものように電車に乗って身延へと向かう。通り慣れた道を歩き、カリブーへと到着するといつも入っていく建物の隣に一回り小さい建物が見えた。その入り口の所にはロッドとリールの意匠と共に『カリブータックル』と書かれた看板が掲げられていた。

 

「いやー、今まで全然気にしてなかったわー」

 

「せやなー、こっちの建物の一部や思てたわ」

 

「せやせや」

 

 毎度おなじみのふわふわしたやり取りをしながら、店の中に入っていく。

 

 まず見えてきたのは、入ってすぐの特設コーナー。この辺りの川や湖で使えるおすすめのロッドとリールがずらりと並んでいた。

 

「はぇー、すごいねー。こんなに色々種類あるんだ……」

 

 それぞれのロッドにかかれている説明書きを見ながら驚きの声をあげるなでしこ。

 

 このルアーフィッシングのロッドというのは、渓流で使うような柔らかい物から、大物を相手にできる硬い物まで硬さがいくつか分かれていて、狙う魚や使うルアーの種類によって選ぶ必要がある。

 

 ヤマメを相手にするのに硬いロッドではやりにくいし、バスのようなパワーがある魚に柔らかいものという事でも同じだ。さらに硬さに応じて、扱うルアーの適正な重さの範囲があって、ルアーを買う時はある程度自分のロッドの特性を理解しておかなければならないのだが……。

 

「そういやなでしこ、釣具屋になにを見に来たんだ?」

 

「んとね、ルアーをいくつか買っておきたいなって。貰ったのもあるんだけど、数が少ないのと、やっぱり自分で選んだので釣りたいなーって……でも……」

 

「でも?」

 

「どうしようあきちゃん、硬さによってルアーの重さが決まってるんだって!私のどれかわかんないよぅ……」

 

 そう言って頭を抱え込んでしまうなでしこ。それに追い打ちをかけるようにあおいが小声で話し始める。

 

「ちょっと小耳に挟んだんやけどな、もし適正を超える重さのルアーを使ってまうと、ひと投げごとにパキッ、パキッて少しずつロッドに傷が入って……って、あいたー」

 

「やめい、イヌ子……とりあえず店員さんに相談してみよう」

 

 毎度のことながら、ほら吹きイヌ子が登場したところで千明が小突いて止め、近くにいた女性店員に声をかけた。

 

「すいませーん、初心者向けのルアーってありますか?」

 

「いらっしゃいませ、初心者向けですか?はい、ございますよ」

 

 にこやかに答えてくれたお姉さんに、千明が中心になって相談していく。

 

 今度ルアーフィッシングを始める事。場所はまだ決まってないが、県内の管理釣り場でデビューすること。そして、さっき話してたルアーの重さに関することなど、あまり知識が無いことも正直に説明した。すると、店員のお姉さんはうんうんと頷きながら彼女たちの話を聞いていたと思ったら、急に千明の手を握って話し出した。

 

「ありがとう!君たちみたいな女の子を待ってたのよ!」

 

「うぇっ!?は、はいぃ!?」

 

 いきなりテンションが上がった店員にびっくりしながらも、手を握られて身動きが取れないでいる千明が変な声を発する。だが、それにお構いなしで店員が続けた。

 

「雑誌だと『釣りガール特集』とか言って流行ってるみたいに書いてるけど、この辺じゃほとんどいなくてね……でもその制服、地元の高校のでしょ?あなた達みたいなかわいい子が釣りに興味持ってくれたと思うと嬉しくて……お姉さんに任せて!ばっちりアドバイスしてあげるから!あっ、ちょっとまっててね!」

 

 彼女はそうまくしたてると、近くにいた男性店員と何かを話して戻ってきた。戻り際に二人で親指を立てながらニヤリとしていた様子はなでしこたちには見えなかったようだ。

 

「お待たせ!しばらくあなた達に専念させてもらえるように話を通してきたから。さぁ、なんでも聞いてちょうだい!」

 

 戻ってくるなり、鼻息荒くそう言った店員について行けず、目をぱちくりさせるなでしこたち。そんな中、千明がいち早く何かに気が付いたようで、恐る恐る言葉を発する。

 

「……あのー、私達予算があまり潤沢じゃないんですけど……」

 

「大丈夫!高校生の懐具合もわかってるわよ。それに初心者に高い物なんて勧められないわ。どうせ無くすんだから」

 

 そこから店員のルアー講座が始まった。スプーン・スピナー・ミノーなどルアーの基本的な種類からトラウト向け、バス向けに加えて管理釣り場で使える物、使えない物。そして初心者でも扱いやすい物やそうでない物等、実物も触らせながら説明していく。

 

「ふぇぇぇ、なんかムニュムニュするー」

 

「うわぁ、なでしこちゃんのほっべみたいやなぁ」

 

「ふふ、それはワームと言われる種類のルアーよ。ただ、これは管理釣り場では使用禁止だから今は必要ないわね」

 

 そう言ってなでしこたちに触らせていた説明用のワームをしまうと、店員はちょっと真面目な顔になって、なでしこたちに質問をした。

 

「ところで、皆はどれくらい釣りたい?たくさん?それともボウズ……一匹も釣れなくてもいい?」

 

 そう聞かれたなでしこたちは顔を見合わせてちょっと悩む。ちょっと時間をおいて、なでしこが口を開いた。

 

「もちろん釣れないよりは釣れた方が良いですけど、それよりもみんなで楽しくできた方が良いです!ね?」

 

 そう言って他の二人の方を向けば「ズラァ」「せやね」とそれぞれ返事をした。それを聞いた店員は嬉しそうに微笑みながら口を開いた。

 

「そっか。楽しみたいか。じゃぁあなた達におすすめのルアーはこの辺かしらね」

 

 店員がいくつかルアーが入った箱を取って、近くの台の上に広げて見せた。

 

「おー、きれいだねぃ」

 

「こっちのはなんかかわいいな」

 

「見て見てー、抹茶ラテやって。こっちはバナナオーレや」

 

 店員が出してきたカラフルなルアーの数々にそれぞれ声を上げる一同。そして、その中からひとつ箱を持ち上げて説明を始めた。

 

「まずおすすめなのがこれ。スプーンの十色セットよ。さっきも説明したように、スプーンってのはどっちかというと初心者にはあまり向いてないんだけど、個人的な意見を言わせてもらえば、スプーンで釣るのが一番面白いわ!」

 

 へぇー、と三人の感心したような声を聞きながら、店員の説明は続く。

 

「このセットは一個当たりの値段も安くてお得なのはもちろん、どの色が釣れるのかを想像して、試してって試行錯誤するのも楽しいわね。まぁ、管理釣り場辺りならただ引きでも大体釣れると思うけど」

 

「じゃあじゃあ、こっちのはどうなんですか?」

 

 そう言ってなでしこが手に取ったのは、やたら美味しそうな名前が付けられているミノーだった。

 

「これは勧めようかどうしようか迷ったのよ……値段も安くは無いしね。それにほぼ間違いなく釣れるわ。ゆっくり、ゆーっくり引いてやると間違いなくね。そういう意味だと、ただ釣るだけなら初心者向けとも言えるわね。でも、それ以上におすすめなのは……」

 

「おすすめなのは……?」

 

「だって、かわいいじゃない?女の子なんだもの、せっかくなら道具もかわいいほうがいいでしょ?」

 

 店員が告げたまさかの理由に、一瞬「は?」となる三人だったが、すぐに「確かに」と手を打った。

 

 結局三人は皆で使う用ということでお金を出し合って、三色のミノーとスプーンのセットを購入。ついでに山梨県内の管理釣り場特集の雑誌を買って店を出た。

 

「えへへー、買っちった」

 

「買っちったなー。みんなで使う用とは言え、自分でルアーを買うとさらに楽しみになってきたぜ!」

 

「せやねー、釣れたらええなぁ」

 

 そんな話をして、いつものように身延まんじゅうを頬張りながら帰路へついた。

 

 

 

 

 その夜……

 

【なでしこ:りんちゃんみてみてー、抹茶ラテ買っちった(写真)】

 

「ん?なでしこか。抹茶ラテって、コンビニの新商品かなんかか?」

 

 なでしこから届いたメッセージに首をかしげながら、リンは写真を表示させた。

 

「お?おー、ルアー買ってきたのか。ていうか抹茶ラテって、色遣いは確かにそうだけど……ぶふっ」

 

 拡大表示させた写真をよく見て、リンは思わず飲んでいた牛乳を吹き出しそうになってしまった。

 

「うわ、箱にも『マッチャラテ』って書いてある……ガチな奴かこれ……」

 

【リン:『抹茶ラテ』ってメーカー公式か……牛乳噴いた……】

 

【なでしこ:ちょっとリンちゃん大丈夫!?拭いたぞうきんはちゃんと洗わなきゃだめだよ?】

 

【リン:学校かよ……それより、ルアー買ってきたんだ?】

 

【なでしこ:うん、カリブーの隣にカリブータックルって釣り具専門店があってね】

 

【なでしこ:ほかにもこんなのも買ってみたからみんなで使おうね(写真)】

 

「へぇ、きれいだな。にしても、なでしこはすっかり釣りにハマってる……のとはちょっと違うか。まだ行ったことないし」

 

【リン:ありがとう、それで釣れたらいいな】

 

【なでしこ:そうだね!今度はリンちゃんもカリブータックル行ってみようよ。いろいろあって楽しかったよー】

 

 なでしこの言葉にちょっと考えるリン。各種タックルが並ぶ店内を想像して、行ってみたいかも……と思っているようだったが、素知らぬ顔で返事を打ち込んだ。

 

【リン:ま、時間があったらねー】

 

【なでしこ:うん!(´∀`*)】

 




なかなか釣りに行かなくてすみません……
そして、やっぱり素直じゃないしまりん。

というか店員のお姉さん、名無しモブのつもりだったのですが
なんだかおもしろそうなので名前つけてオリキャラ昇格させようか考え中です……

モブ以外のオリキャラは出すつもりなかったんですけど……


お読みいただきありがとうございます


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第六話「『先達はあらまほしきことなり』だね」

いよいよ、釣りに出発します……が……


ある日の夜。リンからいつもの面々にメッセージが飛ばされた。

 

【リン:おーい、行くとこ決まったぞー】

 

【なでしこ:えーどこどこ?】

 

【千明:あいや、待たれい!( ・`д・´)ノ】

 

【あおい:なんやのあきー、下らんことやったら許さへんよ】

 

【なでしこ:へんよー】

 

【恵那:へんよー】

 

【千明:いやいや、どうせなら明日の放課後集まって聞かせてもらおうかなって】

 

【なでしこ:ほほう、それは楽しみですなぁ】

 

【恵那:ハードル上がったね、リン】

 

【リン:あー、わかったわかった。じゃあ明日部室……は狭くていやだから、いつものベンチのとこな】

 

【千明:狭くていや……】

 

【あおい:ま、否定できひんなぁ】

 

【なでしこ:うなぎの寝床だもんねー】

 

【千明:……これが零細サークルの定めよ……】

 

 

 

 

「と、いう訳で、発表するぞー」

 

 翌日、いつもの場所に集まると、さっそくリンからそんな声がかかった。そして、自分のスマホを操作して、話を続ける。

 

「今URL送ったから、それ見ながら聞いてほしいんだけど、そこだったら電車で行けそうなんだよね。連絡すれば日野春から送迎もしてくれるっぽいし。それに他にも理由が……」

 

「北杜フィッシングエリアか……おっバーベキュー施設もあるじゃん!」

 

「ええなぁ。もし釣れたら焼いて食べよか?」

 

(ほかにも理由があったんだけど……さすが野クル、そこに目が行くとは食い意地が……ま、それも決め手になったのは確かだけど、それは黙っておこう……)

 

 と、千明とあおいの反応に、頭の中は他人のことを言えないリンだったが、そんなリンを恵那がニヤニヤしながら見つめていた。と、そこでなでしこが「はいっ!」と手を挙げて発言する。

 

「県内だったらお姉ちゃんが車を出してくれるそうです!」

 

「それなら、私はスクーターで行けるね。確かお姉さんの車って5人乗りだよね」

 

「あ、そうだったかも……リンちゃん大丈夫?寂しくない?」

 

「寂しくないって……その代わり、荷物は載せてもらおうかな」

 

 5人乗りで一人乗れないということで一瞬青くなったなでしこだったが、リンの言葉でほっと胸を撫でおろす。ただ、やはりリンを一人でスクーターで行かせることには少し抵抗があるようで、申し訳なさそうな顔をしているが。

 

「リンなら大丈夫だと思うけど、気を付けてね。ていうか、私たちはテスト休みだけど、平日なのにお姉さん大丈夫なの?」

 

「うん、お姉ちゃんの大学春休みなんだってー、羨ましいよねー」

 

「羨ましい……好きなだけキャンプできるではないか」

 

 申し訳なさそうにしているなでしこに、恵那がふと気になったことを質問した。それに答えたなでしこの言葉にリンが反応して、なでしこの表情も少し和らいだようだ。

 

「せや、時間はどうするん?8時営業開始って書いとるで」

 

「それなんだけど、営業案内の所見てみて。10時半から15時までの半日券があるじゃん?それで釣りして、その後はちょっと遅めのお昼ってことでバーベキューとかどうかな?結構そういうお客さんも多いみたい」

 

 この場所を選んだ時から考えていたことをリンが伝えると、周りから「いいねぇ」「それだ!」と賛成の声が上がる。

 

 リンが管理釣り場を調べていくときにブログなども参考にしていたのだが、実際にここに行った人の中に今話したような利用の仕方をしている人が何人かいたのだ。

 

 と、いった所で校庭のスピーカーから下校を促す声が聞こえてきた。

 

「んじゃ、今日はこの辺で。あたしらは部室に寄って、荷物取って鍵も返しに行かなきゃだから、しまりんと恵那はここでバイバイかな」

 

「ん、じゃぁまた」

 

「またねー」

 

 そう言ってお互い手を振り別れる一同。野クルの面々は校舎へ、リンと恵那は校門へむかったのだが、結局駅で電車待ちの間に合流。五人で電車に乗って帰ることになる……まぁ、電車の本数も限られているので、よくある話だった……。

 

 

 

 

 そして釣行当日……

 

「なでしこー、そろそろリンちゃん来るんじゃない?」

 

 桜に呼ばれて身支度を整えながらなでしこが部屋から出てきた。

 

 リンが原付、他の皆が車ということで速度差があるため、リンは朝のうちに荷物だけ預けて先に出発することになっていた。

 

 先日の話し合いでリンがそれを提案した時、自分は時速30キロまでしか出せないし、お姉さんの車を待たせるわけにはいかないと主張し皆の理解を得たのだが、内心はというと……

 

(この時期の朝方は、原付でのんびり走ると気持ちいいんだよね)

 

 と、なんとも彼女らしいことを考えていたとかいなかったとか……

 

 ともあれ、そんなわけでリンが各務原家に到着し、さっそく桜の車にタックル一式を載せていく。

 

「桜さん、今日はよろしくお願いします」

 

「気にしなくていいわよ。それより、ごめんね車乗れなくて。一人で大丈夫?」

 

「はい、長野や伊豆に比べればなんてことない距離ですから」

 

 リンの荷物と一緒に自分のタックルも積み込んでいるなでしこを尻目に、二人はそんな会話を続けていた。

 

「そうだ、リンちゃん、今日の道順なんだけど、ちょっと時間に余裕があるじゃない?だから……」

 

 そう言ってタブレットに表示させた地図を見せながら、桜はリンに説明を始める。

 

「なるほど……桜さん、それはナイスアイデア。では、私は先に行って……」

 

 何やら二人の間で話もまとまり、リンはなでしこに声をかける。

 

「それじゃなでしこ。私は先に行くから……また後でね」

 

「わかったー!リンちゃんも気を付けてね。またあとで」

 

 リンは手を振って愛車にまたがり颯爽と走り去っていった。なでしこたちも後から追いかけるとは言え、途中で他のメンバーを拾うことを考えるとそれほど時間は無いので手早く準備を済ませて車に乗り込む。

 

「それではお姉ちゃん。よろしくお願いします」

 

「はいはい」

 

 いつものようにけだるい感じで返事をして、桜が車をスタートさせた。しばらく車を走らせて、待ち合わせ場所に指定していたところで千明たちと合流。ひとしきり挨拶を済ませた後、さっそく出発することにした。

 

「恵那ちゃん恵那ちゃん、結構な大荷物だったけど何持ってきたの?」

 

「うん、今日の事親に話したら、いろいろ持たされて……残念ながらちくわは連れてこられなかったけどねー。ま、楽しみにしててよ」

 

「あ、わたしもちょっといい物もってきたんよ。クリキャンの時の肉には負けるけどなー」

 

 そんな会話をしながら走っていると、なでしこがあることに気が付いて桜に質問を投げた。

 

「あれ、お姉ちゃんさっきの所曲がらなくていいの?」

 

 昨日から地図を眺めていたなでしこが、曲がると思っていた道をまっすぐ行ったことを疑問に思ったのだ。

 

「んー、ちょっと時間は遅れちゃうかもしれないけど、寄りたいところがあってね。あなた達をおろしてからでもいいんだけど、どうせなら一緒にと思って。リンちゃんも先に行って待ってるよ」

 

「なになに!?美味しいところ!?」

 

「……はぁ……あんたはどうして食べ物の事になると勘が鋭いのかね。また豚野郎になりたいのか?ん?」

 

 桜の言葉に「へぅ゛」と首を竦めるなでしこだったが、次の言葉でスイッチが切り替わったように笑顔を見せる。

 

「ま、美味しいところよ」

 

 そんな姉妹のやり取りに後部座席の面々も苦笑いを浮かべてしばらく。それらしい建物が見えてきた。その店先には見慣れたスクーターも止めてある。

 

 車から降りて、まず目に入る佇まいに歓声をあげる一同。いつものように写真を撮りつつ、酒蔵内に併設されているカフェの店内へと入っていく。

 

「おー、のすたるじー」

 

「あき、それ意味わかって言うとる?まぁ、確かにノスタルジックやけど」

 

 まさに『古き良き』という枕詞が似合いそうな店内を眺めていると、店の一角からなでしこを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おーい、なでしことその仲間たち。こっちこっち……桜さんもお疲れ様です」

 

「あー、リンちゃーん!」

 

 先に到着していたリンが席を取っておいてくれたようだ。席について、店員さんの持ってきてくれたお冷とおしぼりで一息つくと、恵那が口を開いた。

 

「お姉さん、このお店は?」

 

「ここが酒蔵なのは入るときにわかったと思うけど、そこの麹から作った甘味料を使ったスイーツが食べられるお店でね、一度来てみたかったのよ。ま、私のわがままで連れてきたからここは奢りよ、好きなもの頼んでね」

 

 恵那の質問に答えた桜の言葉になでしこたちは「スイーツ!」と大きく反応しつつ、お礼を述べるとさっそく注文を始めた。

 

 彼女たちが注文したのは、数量限定という麹トーストに、人気のスムージー、アイスクリームなどといったスイーツ各種。

 

「いやー、キャンプだけやのうて、活動前のアイスは定番やねー」

 

「おいしいんだからいいんだよー」

 

「なでしこの言う通り!美味しいは正義……ということで……」

 

 千明の言葉に合わせるように「いただきます」と声をそろえて食べ始め、それぞれが注文したものをシェアしつつ、美味しいスイーツに舌鼓を打つ。

 

(あぁ、これが麹の甘味……砂糖とはまた違った優しい甘味が口の中に広がる……そして桃の風味もまた何とも言えん……まさに山梨の大地が生んだ味……)

 

 いつものようにリンの脳内食レポも展開され、おいしさのあまりあっという間にスイーツが消費されると、まったりとした空気がながれる。

 

「ねぇあおいちゃん、これあかんやつじゃない?」

 

「せやなー、あかんやつやー」

 

「あかんやつかー、でもそろそろ今日の目的を果たしに行かなきゃねー」

 

 あおいとなでしこのやり取りに恵那がやんわり釘をさす。それに合わせるように、先に席を立って会計を済ませていた桜から出発を促され、彼女たちは重い腰を上げた。

 

 そして車に乗ること十数分……いよいよ本日の目的地に到着。車の中からもチラチラ見えてはいたが、車から降りて近づいてみるとさらに彼女たちが知る『釣り堀』との違いに驚くこととなった。

 

「うわ、ひっろ!」

 

 千明のその言葉が、皆の心情を的確に表していた。彼女たちは所謂『釣り堀』のちょっと広い感じを想像していたが、実際はそれよりも数段大きく、平日ということもあって人もほとんどいなかったことでそれが余計に感じられた。

 

 荷物をおろしキャリアーに乗せたところで、夕方までこの辺りを見て回るという桜と別れて、クラブハウスへと近づいて行く。

 

 なでしこが当たりをきょろきょろしながら「うわー、うわー」とはしゃいでいると、クラブハウス前を掃除していた女性がそれに気が付いて声をかけてきた。

 

「いらっしゃーい、こっちにどうぞー」

 

 まだ少し距離もあったので、大きく手を振ってなでしこたちを呼ぶ女性。

 

「スタッフの人みたいね。じゃあここは、なでしこちゃん受付お願い……って行っちゃった」

 

 物怖じしないなでしこの性格を見込んで、恵那が受付をお願いしようとそう言っている途中でなでしこはすでに駆けだしていた。

 

 ほどなくしてすっかり盛り上がっている二人に合流した他のメンバーと一緒に、クラブハウス内へと入り受付をすることにする。そこでリンがこの管理釣り場を選んだもう一つの理由について、スタッフのお姉さんに話しかけた。

 

「あ、あの、無料レッスンをやってるって聞いたんですけど。予約してなくても大丈夫ですか?」

 

「ええ、今日は他に入ってないし大丈夫よ。あなた達初めて?」

 

「はい、やっぱり最初は教えてもらいながらの方が良いと思って……その……いろいろ調べてはきたんですけど……」

 

「そうね、実際にやってみないとわからないこともあるものね」

 

「はい。いいかな?みんな」

 

 リンはそう言って振り向いて皆の顔を見る……。

 

「もち!しまりんグッジョブ!」

 

「リンちゃんさすが!……こういうのなんて言うんだっけ?前に授業でやった……」

 

「仁和寺にある法師?」

 

「『先達はあらまほしきことなり』だね」

 

 そんな学生トークを聞いたスタッフさんがぽつりとこぼす。

 

「あー、私もはるか昔に習った気がするわ……」

 

 無事に受付を済ませたなでしこたちは、準備して来るというスタッフさんに先立ってポンド(池)の淵へと降りてきた。

 

「いやー、こうしてみるとほんと広いなー」

 

「そうだねー、もっと狭いと思ってたや」

 

 仁王立ちでポンドを眺める千明となでしこの横で、他の三人は着々と準備を進める。ロッドにリールをセットし、魚籠を沈め、ランディングネットも出しておく。と、そこへ準備を済ませたスタッフさんがやって来た。

 

「おまたせー。あら、準備は大丈夫みたいね。じゃあさっそく始めましょうか」

 

 スタッフさんのその言葉に「よろしくお願いします」と声をそろえて頭を下げる一同……いよいよ野クル(+2)初ルアーフィッシングのスタートだ。

 

(かわいい女子高生たちにこんな風に言われるなんて……女教師……いいわね、こういうのも)

 




例によって寄り道してから目的地へ……

初心者だけで管理釣り場というのはあまりお勧めできないので
レッスンをしてもらうことにしました。
というか、釣り経験者であっても初めて管理釣り場に行くときは
その場所に詳しい人と一緒に行くか、スタッフさんに良く話を聞くことをお勧めします
管理釣り場ならではの禁止事項や、魚の扱い方などもあるんで……

それと、原作と同じように実在のお店や施設を元ネタにして
名前をちょっと変えたり、ぼかしたりして登場させてますが
あくまでモデルということで、細部は違うことがあるので
ご理解いただきたいと思います。よろしくお願いします


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第七話「さぁ、リンちゃん!いつでもカモン!」

お待たせしました、いよいよなでしこたちが釣りを始めます


「さてそれじゃ、初心者釣りガールの皆に管理釣り場での釣りを教えていくわよ」

 

 スタッフのお姉さんのその言葉を聞いて、なでしこたちは改めて「お願いします」と頭を下げた。そんな彼女たちの言葉に若干にやけつつ、お姉さんは説明を続ける。

 

「まずはタックルのチェックからね。一応キャスティングの練習とか、扱い方は把握してきたと思うけど、実際に釣りに来るのは初めてって事だから、一緒にチェックしていきましょう」

 

 そうして、それぞれの持つロッドがきちんとつないであるか、リールはちゃんとセットされているかを一つ一つチェックしていく。

 

「うん、大丈夫みたいね。次にラインをこうやってリールから出して、ガイドに通して……で、この先にルアーを結ぶんだけど、結び方は大丈夫?」

 

「一応結べるようにはなったんですけど……ちょっとまだ心配かも……」

 

 お姉さんの質問になでしこがちょっと自信なさげに答えると、他の面々も頷いて同意する。そんな彼女たちを見て、お姉さんはポケットを探ると小さな袋に入ったある道具を取り出した。

 

「そんなあなた達には、これをあげるわ」

 

「なんですか?クリップ?」

 

「これはスナップって言ってね、ここがこうして開くようになってるから、あらかじめラインに結んでおくと、ルアーの着脱がしやすくなる優れものなの。ルアーフィッシングってルアーをとっかえひっかえしながら魚の反応を見るからね。こういう小道具があるとグンと楽になるわよ」

 

 そのスナップを袋から取り出して使い方を実演しながら、一人一つずつ配って行く。なでしこたちはそれを受け取ると、感心した様子で「へー」といじりながら、おぼつかない手つきながらもしっかりとラインに結び付けた。

 

「なるほど、これやったら簡単やなぁ」

 

「ほんとだ、簡単につけられる」

 

 あおいと千明は最初に使うルアーを決めていたようで、さっそくスナップにルアーを取り付けていた。

 

「なー、斎藤どれが良いと思う?」

 

「んー……これとかどう?このへんのカーブがリンっぽいし」

 

「わからん……まぁ、いいか。それにしてみよう」

 

 と、謎の会話を交わすリンと恵那。そして、なでしこはというと……

 

「お姉さんはどれがいいと思いますか?」

 

 と、タックルボックスを広げてお姉さんに意見を求めていた。

「んー、そうねぇ。貰い物って聞いたけど、トラウト用は色々揃ってるみたいだし……ま、好きなの使ってみるといいんじゃないかしら?さっきも言ったように、いろんなルアーを使いながら魚の反応を探っていくのもルアーフィッシングの楽しみの一つよ」

 

 ウインクを決めながらそう言ったお姉さんの言葉を受けて、なでしこはしばらく悩んだ後一つのルアーを手に取った。

 

「じゃあこれにします!」

 

 そう言ってなでしこが手に取ったのは先日買ってきたスプーンセットのうちの一つ。薄いピンク色のスプーンだった。

 

「ほう、その心は?」

 

「この色は撫子色……私の色なのだよあきちゃん」

 

「やっぱり、だろうと思った。安直だなぁ」

 

 一足先にルアーをセットしていた千明が横からそんな風に口を挟む。そんな二人のやり取りを笑顔で眺めながら、お姉さんは「それもアリよー」と声をかけながら水際へと進み出た。

 

「ルアーがセットできたところで釣りを始める訳なんだけど、ちょっと見ててね……まず周りに人がいないことを確認してから……ほっ……投げたら、着水の直前にラインが余分に出るのを止める。で、ベイルを戻して適当な深さまで沈めたら……これくらいのスピードで巻いてくる……と」

 

 一連の流れを実演しながら説明して「基本はこれの繰り返しよ」と振り返る。するとその視線の先には「おー」と声を揃えて拍手をする一同の姿が。

 

 実際お姉さんのような上級者のキャスティングというのはきれいなものなので、彼女たちに限らずこういった反応をする初心者は多い。さらに、お姉さんが見せた『一定のスピードでリールを巻く』というテクニック。これがルアーフィッシング……特に管理釣り場でのエリアフィッシングには重要になってくる。

 

 基本的に管理釣り場の魚……特にトラウトはルアーのイレギュラーな動きよりも、一定の動きに反応することが多い。もちろんあくまで『基本的に』で『多い』という注釈が入るのだが、そういう傾向にある。そして、それ以上に一定のスピードで巻くということは釣り人にとっても水中の僅かな変化をとらえやすいというメリットもある。

 

 食いつくまではいかないが、魚が反応して小突く感覚を感じて、ルアーの色、種類、魚がいるタナなどの、その日の魚の傾向を探ったりするのに役立つのだが……初心者釣りガールの彼女たちにそこまで求めるのは酷な話だ。彼女たちの場合は下手にイレギュラーな動きを入れるよりも、その巻き方の方が釣れるという理由の方が大きかったりする。

 

「――とまぁそんな感じかしら。あとは魚の取り込み方も説明したいから、一匹釣れるまで私も隣で様子見てるから、なにかあったら声かけて頂戴ね」

 

 お姉さんのその言葉をきっかけに、それぞれ距離を取りながら思い思いの場所に向かって行きキャスティングを始めた。以前練習しただけあって、キャスティングはなかなか様になっており、リトリーブ(リールを巻いてルアーを引っ張ること)もさっき言われたことを念頭に、一定のスピードを心掛けているようだ。

 

 そんな彼女たちにお姉さんもアタリがあった時の合わせ方や、リトリーブの注意点なんかを伝えながら様子を見守る。

 

 するとさっそく……。

 

「うぉっ!来たっ!…………って、あれ?」

 

 千明の竿にアタリがあったようだったが……うまく合わせられなかったようだ。

 

「くー!一番乗り行けると思ったんだけどなー」

 

「あはは、あきちゃん残念」

 

「ドンマイ千明……あ……来た」

 

「って!しまリン、もちょっとこう……」

 

 悔しがる千明に、なでしことリンが反応したところでリンの竿にもアタリが来たようで、リンは話しながらもしれっとそのアタリに合わせた。千明としてもそのいつも通りの軽い反応に、肩透かし感を味わいながら、気持ちを切り替えて応援に回る。

 

 そして図らずも友人たち一同の期待を一身に背負うことになってしまったリンはといえば……。

 

(うわ!わわわ!来ちゃったよ……てか、魚ってこんなに力強いのか!えーっと、竿を立てて……リールを巻けばいいんだよな?な?)

 

「落ち着いて!無理して巻こうとしないで、しっかりラインにテンション……っと張りを持たせながら……そう、しっかりロッドのしなりを利用してね」

 

(ゆっくり……落ち着いて……って、ばしゃばしゃいってるし、いいのか?これで?)

 

「そう、そう……あとちょっと……そっちのお嬢ちゃん、ネット用意してあげて!」

 

「りょーかいですっ!」

 

 かなりテンパっているリンの内心とは裏腹に、取り込み自体は今の所うまくいっているようで、お姉さんがアドバイスを送りながら隣で応援していたなでしこにランディングネットを用意させる。

 

「さあ、リンちゃん!いつでもカモン!」

 

「お、おう、なでしこ、しっかり拾ってくれよ!」

 

 そう言ってリンは魚が弱ったところを見計らって、一気に手繰り寄せた。それを受け止めるなでしこもリンの動きに合わせてネットを使って水中でしっかりと魚を受け止める。

 

「や、やった……」

 

「やったねリンちゃん!初ゲットだよ!」

 

「初めてのレインボートラウトゲットおめでとうお嬢ちゃん。で、そのトラウトはどうする?このままリリースするなら水から出さずに、触らないように針を外してリリースするんだけど……食べちゃう?」

 

「え?……はい、食べちゃい……ます」

 

「わかったわ。じゃあ水から上げて針を外しましょうか」

 

 お姉さんはそう言うとなでしこに言って魚を水から上げさせて、タックルボックスに入っていたプライヤーを使って針の外し方を説明していく。

 

「――って感じで、頑張って頂戴ね。今日は暇だと思うから、ちょこちょこ様子見に来るし、何かあったらいつでも呼んでくれていいから」

 

 そう言ってクラブハウスに戻っていくお姉さんに、一同は揃ってお礼を言うと、さっそくリンを囲み始める。

 

「リンすごいねー。魚釣っちゃったね」

 

「レインボートラウトやったっけ?まんま虹鱒やけど、英語で言うとなんやかっこええなぁ」

 

「こうしちゃいられん!なでしこ!あたしたちも釣るぞ!」

 

「ガッテンだよ!あきちゃん!」

 

 口々にそんなことを言っては、自分たちの釣りに戻る彼女たちをよそに、リンはじっと手を見つめていた。

 

(うわぁ、釣っちった……ここは『釣ったどー!』とか言ってみたりしたいが……我慢我慢……)

 

 自分たちの目の前で魚が釣りあげられたのを見て俄然テンションが上がったなでしこたちと、二匹目をゲットするべく静かに闘志を燃やすリンだったが、そんな彼女たちの気合とは裏腹に、その後魚のアタリはなかなか来なかった。

 

 しばらくたって次にアタリが来たのはなでしこと恵那がほぼ同時だった。

 

「わっ!来たよ!……これは、大物の気配……」

 

「私も来たかも。でも、あんまり大きくなさそう?」

 

「斎藤、手伝おうか?」

 

「んー、大丈夫そうだからリンはなでしこちゃん手伝ってあげて。私は……ほら。釣れた」

 

 リンと話しながら恵那が釣り上げたのは、それほど大きくはないものの、リンと同じ虹鱒だった。

 

 そして、リンが未だ魚と格闘を続けているなでしこの元にネットを持って向かうと、ちょうど見える所まで魚が寄せられたところだった。

 

「うわ、でかい」

 

「まさかこんなに大きかったとは……リンちゃん網お願いできる?」

 

「お、おう、任せとけ」

 

 予想以上の大きさに、若干腰が引けながらもなんとかリンがネットを差し出すと、なでしこはゆっくりネットに収まるようにロッドを立てていった。

 

「もうちょい……よし。おめでとうなでしこ。大物だよ」

 

「やったぁ!りんちゃんありがとう!あ、写真撮って、写真」

 

 釣りあげた魚を持ち上げて、満面の笑みで写真を撮ってもらうなでしこ。そして魚籠に入れようと改めて魚を見て首を傾げた。

 

「あれ?なんだかリンちゃんが釣ったのと違う魚?」

 

 そんななでしこの疑問に答えたのはあおいだった。

 

「なでしこちゃん、多分これや。ブラウントラウト。茶色っぽいし、ぽつぽつも付いとる」

 

「そうなんだー、ってあおいちゃん調べるの早いね!?」

 

「まぁ、私も釣れたしなー。なんか違うなー思て、調べてみたんよ」

 

 実はなでしこと恵那の陰に隠れて、あおいも小ぶりながらブラウントラウトを釣り上げていた。そして、その事実に最も強く反応したのが千明だった。

 

「えー!イヌ子いつの間に……ってことはあたしだけまだ釣れてないのかー……くそぅ……ますます最初の一匹をバラしたのが悔やまれるぜ……」

 

「あきはやればできる子やで」

 

「……そうだな。鱒の一匹や二匹、すぐに釣りあげてやるぜ!」

 

 付き合いの長いあおいのフォロー?が入ったところで、千明が気合を入れなおしてルアーを取り換える。千明が選んだのは例の抹茶ラテカラーのジョイントプラグだ。それを、今までになく慎重に、かつゆっくりと引いてくる……すると……。

 

――コツン――コツン――

 

 アタリとも呼べないくらいのちいさな振動がラインを通してロッドに伝わり、千明の手に違和感を伝える。

 

(ん?これは……いや、まだだ。焦るな大垣千明……まだ突っついてるだけだ……このままゆっくり引いて……)

 

「来たっ!」

 

 一発目の時とは違って、ベストタイミングで合わせられた今回のアタリはしっかりと魚の顎をとらえていた。後はラインブレイクしないように落ち着いてリールを巻いていくだけだ。

 

 千明の隣では何も言わずともあおいがネットを構えて待ってくれている。それを横目で確認した千明は、焦らず、ゆっくりと自分に言い聞かせながら、魚の動きを見極めつつロッドとリールを操作していく……そしてしばしの格闘の後、その時はやって来た……

 

「あき!もうちょいや……よし、入ったで!」

 

「ふふふ、やった。ゲットだぜ!この調子で二匹目いったるわ!」

 

 その後もそれぞれ一・二匹ずつ釣り上げたところでなでしこがぽつりとつぶやいた。

 

「お腹減ってきたねぃ」

 

「せやねー、そろそろ時間の方も終わりやねぇ」

 

 前半は初心者レッスンもあったということで、いつの間にか予定の時間まであと少しとなっていた。結局釣果としては一人二・三匹ずつという結果だったが、ボウズがいなかったというのは大きいだろう。

 

 そろそろ時間ということで、片付けを始めたなでしこたちの所へレッスンをしてくれたお姉さんがやって来た。

 

「おめでとう皆、見てたわよ。この人数だと大体一人くらいはボウズがいるもんだけど、皆釣れてよかったわね。それと、かまどの方も用意しておいたわ……炭の置いてあるところね。炭の使い方とか、火のつけ方は大丈夫?」

 

「はい、キャンプでよく使うので大丈夫です」

 

「そっかそっか。キャンプやるって言ってたわね。それじゃ、貼ってある注意事項をよく読んで、気を付けて楽しんでね」

 

 手を振って去っていくお姉さんを見送って、なでしこたちもバーベキュー用のかまどが並んだ四阿へと向かった。

 

「下ごしらえはなでしこに任せちゃっていいの?てか、なでしこ血がダメって言ってなかった?」

 

「ふっふっふ。リンちゃん、それは過去の私なのだよ……」

 

「……大丈夫ってことで良いんだな?じゃあ私たちは炭を育てておこうか」

 

「あ、私もなでしこちゃんを手伝うね。親に色々食材を持たされてるし」

 

「ん、了解」

 

 そうしてなでしこ・恵那組とリン・千明・あおい組に分かれて作業を進めていくことになった。

 

「なでしこちゃん、生きてる魚も捌けるの?」

 

「いやー、ちょっと前まで血とか駄目だったんだけどね……お姉ちゃんに鍛えられたというか……」

 

 そう言いながら、数日前まで徹底的に魚の捌き方を教え込まれたのを思い出していた。なでしこが釣りを始めると言い出してから、姉である桜に『生きてる魚を釣って、命を頂くなら自分でできるようになりなさい』と仕込まれたのだ。

 

 最初はおっかなびっくりで、顔を背けながら捌いていたのだが、姉のスパルタ教育?と、元々料理ができたのもあってか、何とか捌けるようになっていた。

 

「へー、なんだかすごいお姉さんだけど、その言葉は大事だね」

 

「そうなんだぁ、お姉ちゃんは厳しいんだけど、いつも色々教えてくれるんだよね……厳しいんだけど……」

 

 なでしこはだんだんと小声になりながらそう言うと、釣り上げた魚たちに手を合わせてから包丁を手に取った。

 




原作で「血がダメだ」と目を覆ってしまっていたなでしこでしたが
頑張って克服してもらいました
同じ場面でリンは平気そうでしたが
料理の腕的に魚を捌くのは……どうなんでしょう?

次回は釣った魚でBBQの予定です

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第八話「あ、日本酒ってのもアリかしら」

「ひぅっ!」

 

 なでしこは包丁を入れる瞬間、ビクッと跳ねる鱒にたじろぎながらもなんとか作業を続けていく。隣からは恵那の「大丈夫?」という心配そうな声も聞こえてきたが、なでしこは「へいきへいき」と笑って返し、ぽつぽつと話し始めた。

 

「お姉ちゃんって昔から色々厳しかったんだけど、でもそれと同じくらい優しいんだぁ。今回のこともいろいろ手伝ってくれたし、それに、こうして魚を捌けるようになったのも、お姉ちゃんが命を頂くってことを私に教えるために考えてくれたからだし、感謝感謝だね」

 

「そっかぁ、良いお姉さんだよね。私達もお世話になってるし、感謝感謝だね」

 

「せやねー、今度ちゃんとお礼せんとなぁ」

 

 会話しながら下ごしらえを続ける二人の後ろから、あおいがにゅっと顔を出す。さっきまで向こうにいたはずのあおいの行動に「うひぃ!」と奇声を上げるなでしこだったが、さらにその後ろからリンが声をかけてきた。

 

「とりあえず向こうは何とか形になったから、手伝いに来たよ。火の番も千明に任せておけば大丈夫でしょ」

 

 そんなリンの言葉に返事をするように、かまどの方から千明が煙を吸い込んだのか、咳込むのが聞こえた。

 

「ありがと、でも切るものはある程度家でやって来たし……この辺のお皿とか持ってってもらっていい?」

 

「あきちゃんはこれお願い、ちょっと時間かかるかもだから、もし炭が育ってたら焼き始めちゃっていいよー。強火の遠火で!」

 

 手伝いに来た二人に、食器やすでに下ごしらえ済みのものを持って行ってもらう。そして、なでしこがあおいに渡したのは串を打った人数分の鱒だ。

 

「おっ、聞いたことあるでー、強火の遠火やね!」

 

 そう言いながらサムズアップをしてなでしこから鱒を受け取ると、リンと一緒に戻っていく。

 

「なでしこちゃん、こっちは終わったけどそっちはどう?」

 

「んー、このおっきいのはちょっとそのまま焼けないから、別の料理を一品作ろうと思うんだけど……恵那ちゃん、この辺の野菜とコレ、少し貰っていい?」

 

「なるほど、あれを作るんだね。いいよいいよーどんどん使って!」

 

 それを聞いて、あるキッチン用品を手にしたなでしこはさっそく調理を始めた。野菜の下ごしらえは恵那に任せて、自分は大きな鱒を捌いていく。

 

 今日釣り上げた中でもひときわ大きい鱒……ブラウントラウトのぬめりを包丁の背を使ってこそげ取ったら、まずは三枚におろして片身をそれぞれ三切れずつに切り分けていく。

 

「ふんふんふーん、塩コショウをパラパラーっと振ったら、薄く油を塗ったアルミホイルの上に、皮を下にして乗せまーす」

 

「いいねいいねー、野菜はこんな感じでいいかな?」

 

「うん、ばっちりだよー。ありがとー」

 

 鼻歌を歌いながら準備をしていくなでしこに、恵那が野菜の大きさを尋ねる。恵那が切っていたのは玉ねぎ・エリンギ・しいたけだ。これをアルミホイルの上の切り身に乗せていき、最後にバターをひとかけら落としてホイルで包んでいく。

 

「よし、後は焼くだけだねー。ここにハーブがあるともっと美味しいんだけど」

 

「ハーブ?何が合うのかな?」

 

「んー、淡白な魚だとタイムとかフェンネルとか?」

 

「おー、なんかおしゃれだね」

 

「えへへー、って言ってもこの前本で読んだのをたまたま覚えてただけなんだけどねー」

 

 そういって二人は今まで作っていたホイル焼きと他の食材を持って三人の所へ向かって行った。

 

「みんなー、お待たせー」

 

「やっときたな、塩焼きも良い感じだぜー!」

 

 千明の言う通り、網の上に置かれた串打ちの虹鱒は焦げ目のついた皮がパチパチと弾け、おいしそうな音と匂いが食欲を誘う。

 

 おいしそーと声を上げながら、丸太を切っただけの椅子に座る二人。その二人に飲み物が渡ると、千明が口を開いた。

 

「よし、じゃあ乾杯しようぜ、乾杯!今回の言い出しっぺのしまリンよろしく!」

 

「うえっ!?……えぇー……」

 

 あからさまに嫌そうなリンだったが、他の四人の期待を込めた目線を受けて諦めの表情を浮かべると、一つため息をついた。

 

「……わかったわかった……えっと、今日は急な思い付きだったのに参加してくれてありがとう。初めてだったけど、皆釣れてよかったし楽しかった……じゃぁ、乾杯」

 

 いつもの淡々とした口調ながらも、軽く笑みを浮かべつつ乾杯の音頭を取ったリンに合わせて、他の面々も「乾杯!」と声を揃えた。と同時にそれぞれの愛用のマグを合わせると飲み物もそこそこに、鱒の塩焼きに手を伸ばした。

 

「あつっ!……でも、うまい」

 

「身がふわふわだねー」

 

「こういうのもええなぁ」

 

「ねぇねぇ、お野菜焼いていい?」

 

「いいぞ、どんどん焼いてけー」

 

 こうなるともう後はいつも通りだ。次々と野菜や肉が焼かれていき、それを取りとめもない話をしながら食べていく。まぁ、いつもならここに顧問の美波もいて、ビールなんかをあおっているのだろうが……今頃はテストの採点とまとめに追われている事だろう。

 

 そんな時、千明があるものに気が付いた。

 

「なでしここれは?めっちゃいい匂いなんだけど」

 

「ふっふっふ、よくぞ気が付いた」

 

「いや、気が付いたも何も、結構場所取ってるぞ?」

 

 千明が聞いたのは例のホイル焼きだ。千明の言う通り先ほどから網の半分ほどを占領しているそれは、アルミホイルの隙間からシュンシュンと白い蒸気を上げて美味しそうな匂いをあたりにまき散らしていた。

 

 そんな千明のツッコミをスルーしつつ、そろそろいいかなーと言いながら一つずつ皿に乗せて、皆に配って行く。

 

「さぁ、どうぞー、ぶらうんとらうと?のホイル焼きだよ。醤油をちょいと垂らして食べてね」

 

「うわ!やば、美味そう!」

 

 ホイルを開けるなり千明がそんな声を上げると、他の三人もそれに賛同するように「うわぁ」と声を出した。

 

「おおぅ、これはなかなか……」

 

 なでしこが一足先に口に入れると、熱さのせいか美味しさのせいか、軽く身もだえながらつぶやいた。するとそんななでしこの後ろから、レッスンをしてくれたお姉さんが声をかけた。

 

「あらぁ、おいしそうなの食べてるわねー」

 

「あ、お姉さん。休憩ですか?」

 

「ええ、今ぐるっと見回りしてきて休憩に入ったところよ。みんなが楽しそうにしているから思わず声をかけちゃった」

 

 お姉さんはそう言いながら、良かったらどうぞと勧められた椅子に座ってドリンクをもらった。すると今度はなでしこの方から話しかけた。

 

「そうだ、これ一個余ってるんで食べませんか?良かったらなんですけど……」

 

 そう言ってなでしこが手渡そうとしたのは、ホイル焼きだ。半身三切れずつで切ったので、一切れ余っていたのだ。

 

「いいの?じゃあせっかくだから頂こうかしら。ちょっと小腹もすいていたし……へぇ、ブラウントラウトをホイル焼きにしたのね。いただきます」

 

 お皿を受け取りながら料理の説明を聞いて、感心したようにそう言うと身をほぐして口へと運ぶ。

 

「んー、おいしー。ブラウンって鱒の中でも結構おいしい部類なんだけど、これはきのこから出た旨味と玉ねぎの甘味、バターのコクが身にしみこんでてさらに美味しいわね」

 

 お姉さんの反応を、固唾をのんで見ていたなでしこも、ほっとした表情になって隣にいたあおいとハイタッチを交わす。

 

「私はフライにすることが多いんだけど、今度はホイル焼きにしてみようかしら。あ、ムニエルも美味しいわよ」

 

「へぇーフライですか……ムニエルも美味しそう。どうやって作るんですか?」

 

 とそんな感じでなでしことお姉さんが料理談義を始めてしまった。二人の両脇にいたあおいと恵那も、その話も興味があったようでなでしこと一緒になってお姉さんの話に耳を傾けていた。

 

(にしても、先生も残念だったなー、こんなに上手いバーベキューを肴にビールが飲めたのに……あ、でも今日はキャンプじゃないからどっちみち飲めなかったか。てことは飲めずに生殺しじゃない分、来れなくて良かったのか?)

 

(結構釣り楽しかったな……今度のソロキャンは釣り出来るとこ……あー、でもお母さんが湖畔でキャンプするのとは訳が違うから、一人で水辺に近寄るなって言ってたしな……しばらくは皆と一緒か。次は先生も来られると良いんだけど)

 

 ちょっと離れたところに座っていた二人は、肉や野菜をかじりながらそんなことを考えていた。次は先生も……と考えている辺り、リンも野クルにだいぶ馴染んだものである。

 

 

 

 

――その頃、県内某所。

 

「えっくし……室内とは言え半そではちょっと早かったかしら?…………それにしても、今頃あの子達は釣った魚でバーベキューかぁ。良いわねぇ……焼きたての鱒の塩焼きにビール……あ、日本酒っていうのもアリかしら? 残った骨を軽く炙って、骨酒・ヒレ酒……山女魚とか岩魚なら骨だけじゃなくてそのまま入れても良いわね……うぅ、次は絶対行くんだから……」

 

 一人の女性教師が、泣きながらテストの採点をしていたとかいなかったとか……

 

 

 

 

「さて、そろそろ仕事に戻らなくっちゃ。ごちそうさま、おいしかったわ」

 

「こちらこそ今日は色々ありがとうございました。それと、せっかくの休憩時間なのになんだかすみません」

 

 短い休憩時間を自分達に付き合わせてしまったことを詫びるリンに、お姉さんは笑って手を振った。

 

「いいのよ、美味しいものも食べさせてもらったし……それにいつもはほとんどおじさんの相手ばっかりだから、若い子達と話ができていい気分転換になったわ」

 

 最後に帰る前の片付け方等を確認すると、お姉さんは「また来てねー」とクラブハウスに戻っていった。

 

 そろそろ帰る時間も近づいているということもあって、バーベキューもこれにてお開き。それぞれ手分けしながら片付けを進めていく。

 

「リンちゃん楽しかったねー」

 

「ん、そうだな。何より釣れてよかったよ」

 

「あー、確かにー!釣れてよかったよー。それと、次はキャンプしながらかな?」

 

「だな。実はここのすぐ近くにもキャンプ場があるみたいだし、今までに行った本栖湖とか四尾連湖でも釣りができるみたいだぞ?」

 

「え?そうなの?……そう言えば釣り人もいたような……気が?」

 

「ま、ああいう自然の湖だと初心者にはなかなか釣れなさそうだけどな」

 

「うっ……しばらくはこういうところの方がいいかもね……」

 

 それから桜が迎えに来るまでのしばらくの間、山間の管理釣り場に楽しそうな声が響いていた……

 




なんとか書き始めた切っ掛けでもある
「皆に釣りをさせたい」という目的が達成できました。
とは言え、これで終わりにするわけでは無く
原作で言うところの「へやキャン」的なのを挟みながら他の所にも
釣りに行ってもらう予定です

不定期更新で申し訳ありませんが、今後ともよろしくお願いします
お読みいただきありがとうございます


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第九話「うわ、なんかおかしな人がおるで」

今回はそれぞれの放課後のお話
なにやら次のキャンプに向けて画策しているようです……


 ある日の野クル部室……千明は一足先に部屋に入りあるものを準備しながら他の二人の到着を待っていた。

 

「いやー、我ながらうまくできたな。二人も驚くに違いない……ふっふっふ……」

 

「うわ、なんやおかしな人がおるで……なでしこちゃん今日は帰ろか?」

 

「そうだね、あおいちゃん。あ、帰りになんか食べていこうか」

 

 最後の怪しい笑いの所だけをピンポイントで見られて、踵を返して帰ろうとするあおいとなでしこを「まってー」と顔を赤くしながら呼び止める千明。さすがに聞かれていないと思っていたものを聞かれていたのは恥ずかしかったようだ。

 

「冗談や。それで、何をニヤニヤしとったん?」

 

「あきちゃん顔赤いよ、かーわいー」

 

 なおもからかってくる二人にぐぬぬとなりながら、気を取り直して先ほどまで準備していたものを取り出す。

 

「じゃーん!これだ!」

 

 千明が二人の目の前に置いたのは、横にスリットが入っていたり、正面が扉の様になっていたりするが、一見するとちょっと大きめの縦長の段ボール箱だった。なにこれという二人の視線に、千明は徐に正面の扉状の部分を開けた。

 

 その内部はというと、上部には何かを吊るすためのフックが付いており、下から三分の一くらいの高さの所にBBQで使うような焼き網、底には何かを入れる皿というかバットのようなものが置いてあった。

 

 箱の中身を見たあおいはすぐにピンと来たのか、顎に手をあてて鋭い目線を千明へと送る。

 

「あき、これはもしかしてスモーカーか?」

 

「さすがイヌ子、ご名答だ。次のキャンプにはこれを持って行こうと思ってる」

 

 千明が用意していたものとは、スモーカー……燻製器のことだった。二人の会話を聞いてなでしこもそれが何に使う物か気が付いたようで、会話に加わる。

 

「燻製がこれで作れちゃうの?段ボールで?」

 

「そうだぞー、作れちゃうんだぞー。ほら、最近手作りの燻製って流行ってるだろ?ウチらも作れないかなーって思っててさ。でも、ちゃんとしたスモーカーは高いし、持ち運びが大変なんでネットで調べて作ってみました!」

 

 千明のその言葉に「おー!」と手を叩く二人。話を聞くと、段ボールはバイト先から。その他の部品も百均で買ってきたとのことで、千円掛かっていないとのこと……それを聞いた二人は更に感心したようだ。

 

「というわけで、これから外へ出てこれのチェックをします!」

 

「燻製作るのー?」

 

「いや、とりあえず煙が必要以上に漏れたりしないかを見るだけだからこれを使う」

 

 そう言って取り出したのはよく見るぐるぐる蚊取線香だった。なるほどこれなら煙がどうかというのもわかるかもしれない。ただ……。

 

「なぁあき、それって箱に匂いがうつって、次使う時に食材が線香臭くならん?」

 

「む……」

 

 

 

 

 室内になんとも言えない空気が漂ってしばらく……「さてと……」と言いながら千明が段ボールスモーカーをたたみ始めた。

 

「ほら、簡単に折りたためるコンパクト仕様!これで持ち運びも楽ちんだぜ!」

 

「あれ?あきちゃん、テスト……」

 

「あー、使う時は隙間をガムテープで目張りするから大丈夫、大丈夫!それに私は段ボール工作には実績があるからな!何も問題ないさ」

 

 そう言って、畳んだ段ボールを棚の上にそっと置いた。

 

 あおいとなでしこの頭の中には、前回煙になって消えた段ボールテント、その前の“自走式”自転車用キャンピングカー、そしておまけの大垣千明(梱包済み)が浮かんでいたのだが、とりあえず何も言わないことにして、自分のスマホに目線を落とした。

 

「で、何の燻製作るつもりやったん?」

 

「それなんだけどさ、色々検索してみたんだけど、やっぱりゆで卵はやってみたいよな。後、チーズ」

 

「あー、ええなぁ、おいしそうや。お肉は?ベーコンは……まぁ、元から燻製されとるけど、一味変わると思うで」

 

「あ、あおいちゃん、お肉だったら鶏肉は?胸肉をスモークして、ほぐしたやつを野菜とサラダにしたり、パンに挟んだり」

 

 何事もなかったかのように会話を再開させた三人は、何をスモークするかでひとしきり盛り上がる。スマホで検索したり雑誌を見たりしながら、あれこれ話していく中で千明が一つの食材を提案してきた。

 

「それなら、釣った鱒とかで燻製できないかな?」

 

 それを聞いた二人もそれは美味しそうだと賛成の声を上げるが、スマホを見ていたなでしこが作り方を検索したのだろう、残念そうな声を漏らした。

 

「あきちゃん……ちょっとそれは大変かも……これ見て……」

 

 なでしこのか細い声に、千明とあおいは彼女が見せてきたスマホの画面を覗き込む。するとそこには……

 

 

 

 

――――自家製鱒の燻製の作り方。ソミュール液と呼ばれる調味液を作り8~12時間漬け込んだ後、流水で2~3時間塩抜き。その後12~24時間風通しの良いところで乾燥させたら、30分ほどスモークする――――

 

 

 

「って、めっちゃ時間かかるじゃねぇか!」

 

「私も調べてみたんやけど、サイトによって時間バラバラみたいやね。どっちにしても一日ではできひんみたいやけど」

 

「んー、一泊二日の週末キャンプじゃだめだねぇ」

 

 おぉぅ……と床に手をつきうなだれる千明と、それを眺める二人。

 

 他の作り方を紹介しているサイトをあちこち覗いてはみるものの、どのサイトでも多少の違いはあるが、おおむね一日以上の時間がかかるようで、なでしこが言う様に一泊二日のキャンプではなかなか難しいようだった。

 

「とりあえず、なんかいい作り方が見つからなかったら、釣った魚でっていうのは無しだねー」

 

「しょうがない、とりあえず初回は他の食材で我慢しよう。ま、それはそれでテンション上がるよな」

 

 考えていた事の一つは難しそうだと分かったが、それでも今まで色々作ってきたキャンプ飯に新たなジャンルが加わるとあって、少なからず三人のテンションは上がっているようだった。

 

「そろそろ時間やで、帰ろかー」

 

 あおいのその言葉で、三人は部室を出ていく。帰り道の間もどんなものを燻製にするかという話題でもちきりだった……

 

 

 

 

 千明が部室でうなだれている頃、図書室ではリンもまた雑誌を見ながら川魚料理の想像を膨らませていた。

 

(この間の鱒はうまかった。他にキャンプでできる簡単な料理があればいいんだけど)

 

「しーまーりーん」

 

「うぉっ!って斎藤か、びっくりしたぁ……その呼び方はちょっと勘弁してくれ」

 

 四つ足の椅子を傾けてゆらゆらしながら雑誌を読んでいたところで、不意に呼びかけられて思わずバランスを崩しそうになったリンだったが、何とか踏みとどまって恵那に悪態をついた。

 

「あはは、ごめんごめん。なかなか気づいてくれないから思わずね。で、何を物思いにふけっていたのかな?なんだかニヤニヤしてたようにも見えたけど……」

 

「ニヤニヤなんて……」

 

 してない。と思わず言い返しそうになったが、それを言った所でどうせからかわれるのがオチだと気が付き、グッとこらえる。そして、自分が見ていた雑誌のとある特集を指さして、素直に考えていたことを話すことにした。

 

「これだよ、なんか簡単にできるメニューがないかなと思ってさ」

 

「なになに『自分で釣れば美味しさ倍増!川魚料理特集!』?」

 

「あぁ、ちょっと前のバックナンバーなんだけど、この記事を思い出して引っ張り出してきたんだ……まぁ、ここに載ってるのは家に持って帰って料理するものが多いんだけど、キャンプでも作れるもの無いかなーって」

 

 恵那はリンから雑誌を受け取って、目を通し始めた。そこに書いてあるのは、リンが先ほど説明した通り、管理釣り場などで釣った魚……主に虹鱒を家に持ち帰って料理するという内容の特集記事だ。

 

 基本中の基本である塩焼きに始まり、先日なでしこが作ったホイル焼きや手の込んだパイ包み焼なども載っている。そんな中で、恵那はある料理をリンに勧めた。

 

「ねぇリン、これなんてどう?」

 

「どれ?天ぷら?美味しそうだけど、キャンプで作れるの?」

 

「うん、前にワカサギで実践済みだよ」

 

「あー、あの山中湖雪中キャンプか。確かにあれは美味しそうだったな」

 

 恵那が指さした天ぷらの作り方には、基本的な作り方のほかにもカレー粉をまぶしたものうや、青のりを加えた磯辺揚げ風のもの。刻んだパクチーを加えたエスニック風のものなど変わり種もいくつか載っていて、リンの想像をさらにかきたてた。

 

 

 

 

――――満天の星空の下、パチパチと薪がはぜる……その音をかき消すようにジュワァっと大きな音を立てて、愛用のコンパクトグリルの上に置かれた鍋の中で衣をまとった切り身が泳ぐ……。

 

 まずはシンプルに基本のてんぷらから。鱒の淡白な味わいを楽しむにはやはり塩だろう。次は青のりを混ぜた磯辺揚げ。これは天つゆか、醤油だろうか?青のりの風味と醤油の香りが相まって香り高い……はずだ。

 

 続いて刻んだパクチーを混ぜ込んだエスニック風。これにはスイートチリソースかな、爽やかな香りが鼻に抜けて、きれいな白身にチリソースの赤が映える。最後のカレー風味はそのまま……いや、マヨネーズをつけてみよう。カレー粉のスパイシーさが魚臭さを消してくれて、それをマヨネーズのコクが包み込む。そして衣の中から現れる、ふんわりとした身の食感がたまらない――――

 

 

 

 

 そんな想像……いや、妄想を繰り広げるリンを恵那の声が現実に引き戻す。

 

「りーんー?どうかな?」

 

「うん、良いと思う」

 

「ま、釣れなきゃ食べられないんだけどねー」

 

「うっ、そう……だな……」

 

 そんな感じでそれぞれの放課後は過ぎていった……

 




という訳で今度のキャンプは燻製にチャレンジ……
するのでしょうか?

グビ姉の酒がノンストップで進みそうです……




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第十話「本日のメニューはODRでございます」

釣りキャン前にもう一回小ネタというか取りとめもない話を……
そしてタイトルのODRとは……?


 その日は朝から晴れて気温も上がっていたが、湿度は低くカラりと爽やかに晴れた絶好のアウトドア日和と言えるような天気だった……のだが。

 

「なでしこちゃん、今日はお出かけしないの?」

 

 リビングのソファーで寝転んでゴロゴロしていたなでしこは、母親のその言葉に「よっこいしょーいち」と気だるげに体を起こし、背もたれにもたれかかりながら言葉を返した。

 

「んー、みんなバイトとか用事があるみたいなんだよねー。こんなことならソロキャンの計画でも立てとけばよかったや」

 

「お母さんもそろそろお友達の所へ行かなくちゃだし、お留守番してくれるのもありがたいけど、ずっとゴロゴロしてるのもねぇ……」

 

 なでしことしても、せっかくのこの天気で外に出ないのももったいないとは思っていたので、母親の言葉にうんうん唸りながら、何やらやることはないかと考えてみる。

 

 しばらく考え込んだ後、なにかを思いついたのか「そうだ!」と声を上げて自室へと向かった。

 

 自分のキャンプ用品を床に並べて色々っ物色し始めるなでしこ。その中からODガス缶を拾い上げると、耳元で振ってみた。

 

「んー、やっぱり中途半端に残っちゃってるー。これくらいだと……四……いや、三十分持てばいいほうかなぁ」

 

 以前キャンプに持って行ったはいいものの、使い切れずに余らせてしまったガス缶だ。次のキャンプ用に取っておくのもいいが、どうせなら使い切ってしまおうという考えだ。

 

 缶の中からシャワシャワ聞こえてくる音から、あとどれくらい使えるかを判断し、その他にもいくつかの道具をバッグに入れてリビングへと戻った。

 

 そして、何やらキッチンでゴソゴソ、トントン、カチャカチャと作業をしたかと思うと母親に声をかけた。

 

「お母さん、ちょっとそこの川まで行ってくるねー」

 

「はいはい、気を付けていってらっしゃい。お母さんも出かけるから、鍵忘れないでね」

 

 わかったー、と元気よく玄関を飛び出したなでしこは、お気に入りのロッキングチェア――なでしこ曰くゆらゆらイス――を抱えて、近くの河川敷にやって来た。

 

「んー、暑くもなく寒くもなくいい感じ。風が気持ちいいねぃ」

 

 到着するなりそう言ってひと伸びすると、なでしこはいそいそとセッティングを始めた。千明に教えてもらった百均材料を駆使したミニテーブルに、バーナーや調理道具、食材を一通り並べて一息つく。

 

「お昼ごはんにはちょっと早いけど、のんびり作ったらちょうどいいかなぁ」

 

 そんな独り言を言いながらさっそく調理をすることにした。

 

 まずは鍋であらかじめ切ってきた野菜を炒めていく。冷蔵庫の中に残っていた玉ねぎ・しいたけ・ねぎを塩・コショウでざっくり炒めたところで、水を入れて沸かしていく。沸騰したところで入れるのは即席ラーメン(塩味)だ。

 

「ふひひ、こりゃぁええのぅ」

 

 ぐつぐつと沸き立つお湯にゆるゆるほぐされていく麺を見ながら怪しい笑いを浮かべつつ、その時を待つ。

 

 煮込むことしばし、いい具合に麺が柔らかくなったところで添付のスープを投入して完成。この時スープを全部入れると塩辛くなるので注意が必要だ。

 

「うん、美味しそう!いただきまーす」

 

 まだお昼には早いなどと先ほど言っておきながら、待ちきれないとばかりに鍋から直接食べ始めるなでしこ。女子高生的にはいささかはしたない感じもするが、これもまたアウトドア飯の醍醐味かもしれない。

 

 と、その時、なでしこのスマホがメッセージの着信を知らせた。

 

 

 

 

【千明:うぇーい、やっと休憩だぜぇ……疲れた( ._.)】

 

【なでしこ:あきちゃんお疲れさまー。その顔文字は疲れた感がひしひしと伝わってくるね……】

 

【千明:なんか今日に限って朝から大量に買い込むグループが立て続けに来てさー、皆どっか遊び行くんかな?】

 

【あおい:おつかれさん。あきんとこもそうだったんか……多分同じお客さんうちの店にも来たでー】

 

【千明:あー、酒はうちで食材はイヌ子んとこで買って、BBQって感じか】

 

【千明:そういや、なでしこは今日は何してるんだ?】

 

【なでしこ:今河川敷でお昼ごはん食べてるよー、本日のメニューはODRでございます】

 

【千明:ODR?】

 

【あおい:ODR?】

 

【なでしこ:やだなぁ、ふたりとも。アウトドアラーメンだよ!(写真)】

 

【千明:なんだその美味そうな物体は!……略し方はどうかと思うが】

 

【あおい:ほんまや、おいしそうやなぁ……略し方はどうかと思うけど】

 

【なでしこ:( ゚н゚)】

 

【千明:じゃああたしも昼飯食ってくるわー、休憩時間なくなっちゃうし】

 

【あおい:あ、わたしもー。なでしこちゃん、また後でねー】

 

【なでしこ:いってらっしゃーい】

 

 

 

 

「ダメかなぁODR……TKGみたいでいいと思ったんだけど」

 

 ちょっぴりしょんぼりしながらODRをすするなでしこだったが、完食する頃にはすっかり元通りになっており、ニコニコしながらお茶を淹れるためのお湯を沸かし始めていた。

 

 

 

 

 そうしてお茶を飲みつつ、雑誌などを読みながらのんびりした時間をなでしこが過ごしていると、何やら川の上流の方から声が聞こえてきた。

 

「いち、にー、いち、にー、いち、にー……」

 

 段々と近づいてくる声の方をよく見ると、そこにはカヤックに乗った千明、あおい、リン、恵那の姿があった。

 

「えー!?みんな何してるの?」

 

「お、なでしこー、見ての通りカヤックだぞ」

 

「せやでー、このまま海まで行くんやでー」

 

 千明とあおいがなでしこの質問に答えている間も、リンと恵那の「いち、にー、いち、にー」という掛け声に合わせて、リズムよくオールを漕いでカヤックは進む。

 

 よくよく見れば、舳先にはちくわが魚肉ソーセージを咥えて、しっかりと踏ん張って流れの先を見据えていた。

 

 いよいよなでしこの目の前を通り過ぎようかという時、なでしこは思い切って四人に声をかけた。

 

「楽しそう、わたしも乗せてー」

 

 そんななでしこの言葉に答えたのはリンと恵那だ。

 

「すまんなでしこ、これは四人乗りなんだ」

 

「ごめんねー、また今度ー」

 

 四人を乗せたカヤックはそのままスピードを緩めることなくなでしこの目の前を過ぎ去り、流れの先へと進んでいった……

 

 

 

 

「……ひどいよー……って、なんだ……夢か……」

 

 いつの間にやらなでしこは寝てしまっていたようで、膝の上に広げられた雑誌には川でのアクティビティとして、カヤックでの川下りが紹介されていた。どうやら夢での出来事はこの記事が影響したらしい。

 

「これのせいかー……でも、楽しそうだったなぁ」

 

 気づけば日は山の端に隠れ、川を渡る風も肌寒く感じるような時間になっていた。そろそろ帰ろうかと荷物を片付け、河川敷から出たところで見慣れた車がこちらへと走ってくるのが見える。

 

 その車が目の前までやってくると、運転席に乗っていたのは姉の桜だった。

 

「あんた、こんな時間まで河原にいて寒くないの?」

 

「いやー、もちょっと早く帰るつもりだったんだけど、寝ちゃって……」

 

「はぁ……あったかくなったって言っても夕方はまだ肌寒いんだから、風邪ひくよ。まぁ、いいや、早く乗んなさい」

 

「えへへー、ありがとお姉ちゃん」

 

 二人を乗せた車はゆっくりと家へと走り始めた。

 

 

 

 

 一方こちらはバイトを終えた二人。午前中とは打って変わって、午後はそこまで忙しくは無かったらしく、足取りはそれほど重くはない。とはいえ、スーパーなどはこれから夕食前のピークがもう一度やってくるのだろう。

 

「なぁ、あき。うちの店の社員さんで、趣味で燻製作りしてる人がおったんよ」

 

「へー、じゃぁいろいろアドバイス貰えるんじゃないか?」

 

「今日はちょっとしか休憩かぶらんかったからあんまり話できなかったけど、今度いろいろ聞いてみるわ」

 

 先日の部室での話以来、燻製づくりについて調べていた二人は最近何かとその話題になる事が多かった。

 

「なんかこないだの釣りもそうだけど、いざやるとなるとテンションが上がるというか、早くやりたいよなぁ」

 

「せやなぁ、あきは特にそうかもな」

 

「なんだよぅ、イヌ子はそうじゃないのかよぅ」

 

「まぁ、私もそうやね。今日チラリと聞いたその社員さんの話によると、甲州サーモンのスモークはたまらんらしいで……食べたいわぁ……」

 

「食べたいなぁ……」

 

 まだ見ぬ手作り燻製に思いを馳せつつ、家路を歩く二人だった。

 




ODR=Out Door Ramen
という訳で、なでしこのゆるい一日でした



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第十一話「よーし、それじゃ次回のキャンプの計画を立てるぞー」

「よーし、それじゃ次回のキャンプの計画を立てるぞー」

 

 放課後、校庭、いつものベンチ……千明の号令で野クルの活動が始まった。そして、千明に続いてなでしこが口を開く。

 

「今日は先生と恵那ちゃんも参加してまーす。リンちゃんは図書委員だっけ?」

 

「そうだよ。リンには私が説明しておくけど、一応『みんなに任せる』って言質は取ってあるから安心して」

 

 なでしこの紹介に「よろしくね」と軽く答える美波と、何やら気合の入った恵那。彼女もすっかりアウトドアにハマったようだ。

 

「とりあえず、今度のキャンプなんだけど、午前中は釣りして、昼過ぎにチェックイン。晩ごはんは釣った魚でっていう流れなんで、それができるとこで探すとこないだの所がベストかなって。歩いて五分の所にキャンプ場があるみたいだし」

 

「はい、ぶちょう!湖畔のキャンプ場ではだめでしょうか?」

 

「いい質問だ、なでしこくん。そしてその質問に関しては、イヌ子くんが説明してくれる」

 

 なでしこの質問に芝居がかった口ぶりで、千明があおいに話題を振る。するとあおいも「しゃーないなー」とまんざらでもない感じで説明し始めた。

 

「こないだあきと相談したんやけど、今度のキャンプはぜひとも釣った魚で晩ごはんしたいなーって思ったんよ。だから、自然の湖やとちょーっとハードル高いかなって思て」

 

 釣り初心者の彼女たちにとって、うまく釣れるかどうかわからない自然の湖よりも、一度とは言え実績のある管理釣り場の方が良いだろうという考えだ。特に今回はあおいの言う通り『釣った魚で晩ごはん』というのを目的の一つにしているので、余計にそう考えていた。

 

「先生からも一ついいかしら?」

 

 生徒たちの話を聞いていた美波は、そう言うと皆の注目が集まるのを待ってから話を続けた。

 

「今度は私も参加したいから車を出すのは良いんですけど、先生の車って四人乗りなんですよ……そこで提案なんですが、二人と三人に分かれてもらって二人と荷物を載せた車組と電車組で分かれるのはどうですか?二人を降ろした後、最寄りの駅まで迎えに行くという流れで」

 

 という美波の提案を聞いて一瞬顔を見合わせて考えるが、それがベストな案だということでそれを元に話を進めることとなった。となると、次はどう分かれるかなのだがこれはすんなり野クル三人が電車組、リンと恵那が車ということであっさり決まった。

 

「そしたら次、日時決めよかー。とりあえず……先にせんせーの予定聞いた方がええんかなぁ」

 

 あおいがのんびりした口調で美波に問うと、すかさず答えが返ってくる。

 

「連休が取れるのは二日目から四日目の三日間だけです。それ以外はほとんど仕事なので、是非そこでお願いします……」

 

 最後に頭を下げてまでお願いしてくる美波になでしこがちょっと感動しながら言葉をかける。

 

「せんせー……そんなに私達とキャンプに行きたいって思ってくれてるなんて……。うれしいです!」

 

「だって!この間のあなた達の釣りの時の話とか写真を見たら、おいしそうでおいしそうで……それに、キャンプだったら飲んでも問題ないわよね!」

 

 なでしこの言葉にまたもや間髪入れずに言葉を返した美波に対して、その言葉の内容に思わず千明が突っ込んだ。

 

「先生、素が出てます」

 

「あらやだ、ごめんなさいね。まぁ、そう言う訳ですので、その辺考慮してもらえると嬉しいですね」

 

 容赦ない千明の言葉に、教師としての顔を取り繕う美波。そんな美波をよそに、話は進む。

 

「恵那ちゃん、リンちゃんは予定どうだって?なんか聞いてる?」

 

「えーっとね……あ、来た来た。『その日程だったらバイトも入ってないから大丈夫』だってさ。私も大丈夫だよー」

 

「そっか、よかった。わたしも大丈夫だけど、あきちゃんとあおいちゃんは?」

 

「あたしもイヌ子も問題なーし。じゃぁ、春休み二日目、三日目の二日間でいいかな?」

 

 それぞれの予定を聞いて問題ないことを確認すると、後は時間や持ち物等の細かいことを決めていく。

 

 大体のことが決まり、下校時間も迫ってきたこともあってそろそろ帰ろうかといったところで、恵那がみんなに話しかけた。

 

「私は一旦リンの所に行って今のことを説明してくるけど、今回の魚以外の晩御飯は私とリンで用意するね。車に乗せてもらう分交通費がかからないから、そこから出すよ。交通費を折半っていうのもなんだか違う気がするし」

 

「いいのか?そんな気にしなくてもいいぞ?」

 

「いいのいいの。メニューはこっち任せてもらうことになるから、作りたいものがあったらそれは買ってきてもらわなきゃだけど……あ、でもお酒は買えないので、それだけは先生お願いします」

 

「わかってますよ。うふふふ」

 

「ありがとね、恵那ちゃん。リンちゃんにも後でお礼言わなくっちゃ」

 

 どうやらその食材に関することは、会話しながら先にメッセージを飛ばしていたらしく、リンもすでに了承済みらしい。

 

 それぞれが恵那にお礼を言って、恵那も「期待しててねー」と手を振り、職員室へ戻る美波と一緒に校舎へと向かって行った。それを見送って、野クルの三人も学校を出て駅へと向かった。

 

「じゃあ、私は職員室へ戻るから。志摩さんに説明よろしくね」

 

「はい。失礼します」

 

 校舎に入り、美波と別れた恵那はリンが待つ図書室へと向かって行った。

 

「リン、お待たせー」

 

「おー、どうだった?」

 

「うん、大体さっきメッセージ送った通りかな。時間がちょっと早いけど、大丈夫だと思う」

 

 下校時刻が迫り、ほとんど生徒も残っていないということもあって、カウンター越しに会話をする二人。すると、先ほどの話し合いでの結果を説明し始めた恵那に、リンは怪訝な表情を向けた。

 

「斎藤朝弱いのにほんとに大丈夫なのか?心配だなぁ」

 

「大丈夫だってば!それよりも、晩御飯何にしようか?」

 

 いささか露骨な話題変更に何か言いたげなリンだったが、その言葉を飲み込んで恵那の話に乗ることにする。

 

「そうだなぁ、私らだけ出費が少ないってのもちょっと申し訳ない気もするからね。電車代もそうだけど、先生にもガソリン代とかもしかしたら高速代も出してもらうことになっちゃうかもだし……」

 

「そうだよねー、だからその分みんなが喜んでくれるもの作りたいんだよねー」

 

「となると……やっぱり肉か……」

 

「リンが持ってる賽銭箱で焼き肉かな……ご飯も欲しいね」

 

「だから、賽銭箱じゃないって……でも、アレで焼いた肉は美味かった……」

 

 以前なでしこと言った四尾連湖焼き肉キャンプのことを思い出すリン。思い出したのは焼き肉の美味さだけである。それ以外のことは……忘れた……ことになっている。

 

 ともかく、方針は定まった。魚は釣ったものを調理するとして、あまり釣れなかった時のことを考えて、肉を中心にキャンプ場で作れそうなメニューをお互いに検索しては見せ合う。

 

「あ、これおいしそう……」

 

「リン、これは?難しいかな?」

 

「使えるバーナーって何個あったっけ?そこって直火OK?」

 

「直火NGらしいけど、上に網を乗せて調理ができる焚き火台を先生が持ってきてくれるって」

 

「おー、さすが先生。それならできる料理の幅も広がるな」

 

 その後すぐに下校時刻になってしまったので、帰りの道中も相談しながら帰ることにする。いくつかこれが良いという料理も見つかり、ちょっとしたワクワク感と、喜んでくれるかという不安を胸にそれぞれの家へと帰っていった。

 

 

 

 

 次の日曜日、いよいよ釣りキャンを数日後に控えて、なでしこたち野クルの三人は、毎度おなじみのカリブーにガス缶などの消耗品を買いに来ていた。

 

「あおいちゃん、薪だけじゃなく炭も向こうで買うの?」

 

「せやでー、薪と一緒に買うて割り勘するで」

 

 なでしことあおいが薪や炭が並ぶコーナーでそんな話をしている頃、千明は一人離れて別の場所を物色していた。

 

「うわー、前もって調べていたとはいえ、めっちゃ種類あるなぁ」

 

 千明の目の前にずらりと並んでいたのは、燻製用のスモークウッド各種だ。同じような見た目のものが並んではいるが、特徴や、向いている食材などが書かれたPOPも設置されていて、それなりに選びやすくはなっているようだ。

 

「えーっと、桜に林檎か……この辺は聞いたことがあるけど……」

 

 適当に手に取って眺めていると、どこかで聞いたようなものも目に入った。そんな中で千明が選んだのはくるみのスモークウッドだった。

 

「あ、これがいいかな。オールラウンドに使えて、クセもそこまで強くないらしいから、初めてならちょうどいいんじゃないか?」

 

 今回はお試しということで、一本だけ購入して二人の元へと戻っていく。

 

「あー、あきちゃん、どこ行ってたの?まったく……一人でいなくなったらだめじゃよ」

 

「ごめんね、おばあちゃん」

 

 いつものしょうもない会話を交わしつつ、それぞれ必要なものを買っていく。とはいっても、ガス缶が数本程度で買い物自体もすぐに終わったので、隣にあるカリブータックルを覗いて帰ることにした。

 

「いつ見ても綺麗だよねー」

 

 壁一面に陳列されたルアーを眺めながらなでしこがつぶやいた。他の二人もそれに同意しながら、気になったルアーを手にとっては眺めている。すると、そんな彼女たちの背後から声をかける人物がいた。

 

「いらっしゃいませ。お久しぶりね」

 

「あ、この前のお姉さん!こんにちは」

 

 声をかけてきたのは、初めてルアーを買いに来た時に相談に乗ってくれた女性店員だった。なでしこたちが口々に挨拶を返すと、話題はさっそく前回の釣りデビューの話に移っていった。

 

「皆管理釣り場デビューしたのよね?どうだった?」

 

「はい、お姉さんのおかげで全員釣れました!」

 

「そう、それは良かった。そういえば、どこの釣り場に行ったの?」

 

 なでしこが嬉しそうに釣れたことを報告すると、店員も笑みを深めてさらに質問を重ねてきた。

 

「なあイヌ子、あの時の写真見てもらおうぜ」

 

「せやね、ちょっと待ってくださいねー……っと、これや。ここ行ってきたんですよ」

 

 店員の質問に千明とあおいが写真見せると、彼女も知っているところのようで「あー、ここかー」と声を上げた。

 

「こういう仕事してるからね、一応県内の管釣りは押さえてるわよ。ここもいい所よね、施設もそうだけど、スタッフさんの対応もいいし」

 

「そうなんですよ、スタッフのお姉さんに色々教えてもらって、初めての釣りだったけど楽しかった!」

 

 なでしこはそう言って、釣り場で受けたレクチャーのことなどを楽しそうに話していった。

 

「そうやって楽しかったって言ってくれると、釣り好きとしては嬉しいわね……また釣りに行ったら話聞かせてね」

 

 最後にそう言って、店員は仕事へ戻っていった。

 

 結局その日は何も買わずに店を出て帰ることにした三人。そして帰る前には忘れちゃいけない『みのぶまんじゅう』……これまたいつものように、ベンチで一息ついてから駅へと向かう三人だった。

 

 

 

 

 そしてむかえたキャンプ前日……春休み初日ということで、当然昨日は例の儀式があったわけで、野クルの面々も悲喜こもごも……というか約一名が母親から少々お小言を頂いたらしい。

 

「大丈夫?あきちゃん」

 

「毎度のことやんなぁ」

 

 落ち込み気味の千明を心配したなでしこの言葉に、あおいが返事をした。その本人はと言えば、ため息交じりで口を開く。

 

「まぁ、二学期の時も期末試験ギリギリでやばかったからな。でも、こないだのテストは少し点数上がってたのになぁ……」

 

 そんなことを言いながら、テントや寝袋などの大きな荷物を載せたキャリーをゴロゴロ引っ張って、学校へと入っていく三人。春休みに入ったはずなのに、なぜ三人が学校へ向かっているのかというと……。

 

「みなさーん!こっちですよー!」

 

「あ、先生こんにちわー」

 

 三人が校門を過ぎたところで、職員用駐車場の方から美波の声が聞こえてきた。

 

「いやー先生、サンキューです」

 

「いいのよ、荷物がたくさんあって大変でしょう?一緒に行く時くらい、顧問っぽい事させてください」

 

 美波に車まで案内された三人は、口々にお礼を言いながら荷物を積み込んでいく。美波の車は軽ではあるが、片方のリアシートをたたんでスペースを確保すればそれなりに荷物を積むことができる。

 

 すると、一通りの荷物を積み込んだところで、あおいが美波の表情に気が付いて尋ねた。

 

「せんせー、なんか嬉しそうな顔しとるみたいですけど、なんかあったんですか?」

 

「ええ、まぁね。明日行くところを調べてみたら、近くに良いところがあったんですよ。あなた達が釣りをしている間に、ちょっと行ってみようかと思いまして」

 

「あ、もしかしてこの前私たちも行った、酒蔵のカフェですか?」

 

「あそこもよさそうなお店でしたね。でも、そこも行ってみたいのですが、もう一か所行きたいところがあるんですよ。実はもう予約も済ませてあるんです」

 

 美波の答えに、どこだろうかと三人は首を傾げたが、美波は「また明日ね」と手を振って戻ってしまった。去っていく背中から「いやー、楽しみだわー」と素の声が聞こえてきたところで、千明がつぶやいた。

 

「ま、酒関係だろうな」

 

 その千明のつぶやきに、無言で頷くなでしことあおいだった。

 




タイトルからもわかったと思いますが、今回は釣りキャンの計画・準備編でした
そしてグビ姉が楽しみにしている場所とはいったい!?

お酒好きの方ならすぐにわかるかもしれませんね



お読みいただきありがとうございます


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第十二話「リンの力で貸し切りにしといたよー」

お待たせしました、いよいよ釣りキャンスタートです


 早朝の身延駅。まだまだ寒い時間帯ではあるが、電車を待つ野クルのメンバーの表情は明るい。

 

「えーっと、甲府まで行って、中央本線に乗り換えて日野春だっけ」

 

「だな、乗り換え自体は簡単だからいいけど、ちょっと遠回りになるから時間かかるんだよな」

 

「ま、のんびり行ったらええよ。なんなら寝とってもええで」

 

「んーん、大丈夫。昨日はバッチリ寝たから!」

 

「それは羨ましいな。あたしはなかなか寝付けなくて、ちょっと眠い」

 

「あきも?実は私もなんよ。キャンプ自体久しぶりやし、楽しみや」

 

 間もなく到着した電車に乗り込むと、そんな会話を交わしながらボックス席へと腰を下ろす。千明もあおいも口では眠いと言っているが、その様子は感じられない。

 

 電車が動き出してからも三人の会話はとどまることなく、そのテンションの高さは今日のキャンプが楽しみなのか、長期休みからくる解放感か……ともあれ、これからしばらく電車に揺られ、目的地を目指していく。

 

 

 

 

 三人に遅れる事約一時間、こちらは学校の最寄り駅。リンと恵那が美波の到着を待っていた。

 

「ちょっと早く来すぎちゃったかな」

 

「まぁ一本後でも遅刻ではないからな……にしても斎藤良く起きられたな」

 

「失礼な。私だって起きる時は起きるよー。ま、ちくわはまだ夢の中だろうけど」

 

 すると、じゃれ合う二人の前に一台の車が停まった。

 

「おまたせしました。ごめんなさいね、待たせちゃって」

 

「おはようございます。大丈夫ですよ、私達もさっき来たところですから」

 

「おはようございます先生。よろしくお願いします」

 

「はい、おはようございます。じゃぁ二人とも乗ってください、さっそく行きましょう」

 

 心なしか急いでいるような美波の言葉に、二人はいそいそと荷物を積み込んで、シートに座った。シートベルトを付ける自分たちを見つめる美波の様子を、いつもとは何か違うと感じたリンは、走り始めたところで美波に聞いてみた。

 

「あのー、鳥羽先生。なんだかソワソワしてません?」

 

「え、いえ、そんなことないですよ?」

 

 リンからの質問に思わず否定したものの、いつもと違う雰囲気は恵那も感じていたらしく、彼女もまた質問を飛ばした。

 

「そんなことありますよー。というか、私たちも遅れないように早めに来たのに、それと同じくらいに来るなんで……何かあるんじゃないですか?」

 

 実際二人は、時間ギリギリではあるが、もう一本後の電車でも集合時間に間に合うところを、美波を待たせては悪いと思って一本前の電車で来たのだ。

 

 二人で適当に話でもしながら待っていようかと思っていたところに、意外と早く美波が来たものだから、少し驚いたというのも正直なところだった。

 

 そんな二人がかりの質問に観念したのか、あるいは隠しておくほどのものでもないと思ったのか、美波はため息をひとつついてから答え始めた。

 

「実は、場所が決まってから近くに何か時間潰せるところがないか調べてみたんですよ。ほら、あなた達が釣りしている間暇になってしまいますし。まぁ、歩いて数分だそうなので、先にキャンプ場でのんびりしていても良いんですけどね。最初はそのつもりでしたし」

 

 そこで一旦言葉を切り、カーブを曲がった後で再び喋り始めた。

 

「そんなわけで色々調べてみると、前から行きたいと思っていた施設が近くにあったんですよ。なので、これはぜひとも行かなければと思いまして!」

 

 説明を進めながら段々と熱を帯びて来る美波の口調に、二人は若干引きながら一つの施設が頭の中に浮かんだ。

 

(それってもしかしなくても……)

 

(あそこのウイスキー工場だよな……)

 

 その施設とは、とある有名メーカーが県内に構える蒸留所で、見学ツアーやショップ、レストランもあり、テレビでもしばしば取り上げられていることもあって、未成年の二人でも知っている有名な所だった。

 

「はぁ、それは楽しみですね……」

 

「ええ、見学ツアーは時間の関係もあって無理ですが、その分ゆっくりショップを見てこようかなと思いまして。あ、帰りに前回皆さんが行った酒蔵にも行ってみたいですね。確か途中にあったはずですし」

 

 さすが、そっちもチェック済みなんだなと二人が呆れ半分、感心半分といった感想を思い浮かべたところで、車は高速道路へと入っていった。

 

 

 

 

 リンと恵那の二人が美波の熱弁を話半分に聞いていたころ、野クルの三人は甲府駅にいた。

 

「ねえあきちゃん、お腹すかない?」

 

「さすが、はらぺこなでしこ……とは言え確かに小腹がすいたな」

 

「そう言われてみれば、朝早くてご飯食べてへんし、なんか食べたいかもしれんなぁ」

 

 あ、私は食べてきたけど……というなでしこの言葉はスルーしつつ、きょろきょろと周りを見回した千明が、あるものを発見して指さしながら叫んだ。

 

「えーっと……あった!あそこ行こうぜ!」

 

 そう言って千明が指さしたのは、立ち食いそばの店だった。

 

 まだ乗り換えまで時間があった三人は、ちらほら見え始めたサラリーマンのおじさま方に混じって、蕎麦屋へと入っていき手早く注文すると、荷物が邪魔にならないように端っこへと陣取って、さっそくそばをすすり始めた。

 

「あー、美味いズラァ。最初にコレを考えた人は天才だな」

 

 そう言いながら千明が食べているのはコロッケそばだ。彼女がこれを食べる時のコロッケの食べ方は三段階。

 

 まず初めにサクサクの状態を楽しんで三分の一。その後そばを食べ進め、コロッケの衣に汁がしみ込んでしんなりしたところでまた三分の一。最後に残った三分の一は崩してそばに絡ませながら食べ進めて、残った時は汁と一緒に食べる。これが、彼女が思う最も美味しいコロッケそばの食べ方だった。

 

「ほんまやなぁ。なんかホッとするわぁ」

 

 こちらはあおい。彼女が食べているのは月見そばだ。黄身がつぶれないように慎重にそばを食べ進めて、麺を食べきったら最後のお楽しみだ。

 

 あおいはゆっくりと器を持ち上げ、口元に添えて狙いを定めると残った黄身を汁と一緒に口の中へ。

 

「イヌ子は相変わらず変な食べ方するよな」

 

「わかっとらんなぁ、あきは。これがうまいんやって」

 

 二人のそんな会話をよそに、なでしこがちゅるっとやっているのは、これまた駅そばの定番かき揚げそばだ。彼女もまた、はじめはサクサク途中でしっとりを楽しみながら食べていた。千明のコロッケと違うのは崩さないことくらいか。

 

「っはー、おいしかった」

 

「そしたらそろそろいこかー?あき、時間は?」

 

「よし、行くかー。えーっと次の電車は……うわ、もうすぐ来るぞ!急げ!」

 

 千明のその言葉に、急いで食器を返却口へと持って行く三人。店を飛び出て聞こえてくる電車到着のアナウンスに慌ててホームまで走ると、そこには……

 

「あれ?電車無い?」

 

「間に合わなかったか……?」

 

「いや、二人ともあれ見てみ」

 

 あおいが指さす反対側のホームに入ってくる逆方面行の電車。こちらのホームの電光掲示板を見ると、自分たちが乗る予定の電車にはまだ数分の余裕があった。

 

 それをみた千明は、先ほど確認してスマホに表示させたままになっている時刻表を見て「あっ」と漏らすとすぐさま消した。

 

「ちょっとあき!今の『あっ』ってなんやの!?」

 

「あきちゃんもしかして……」

 

 あおいとなでしこはその小さなつぶやきを聞き逃すことなく拾うと、千明に詰め寄った。

 

「まちがっちった。てへぺろ」

 

 千明が見ていたのは逆方面の時刻表だったようで、無駄に走らされた二人は怒るのも忘れてベンチに座り込んでしまった。

 

 

 

 

 そんなすったもんだがありつつも、何とか目的の駅までたどり着いた三人は迎えが来るのを待っていた。

 

 すると、三人のスマホにグループチャットのメッセージが届く。

 

【リン:着いたー】

 

【恵那:リンの力で貸し切りにしといたよー(写真)】

 

【千明:さっすがしまりん!やる事がでっけーですな】

 

【リン:いや、普通に他のお客さんがいないだけだから】

 

【リン:まぁ、それは置いといて。先生もそっちに向かったから後十何分かでつくとおもうよ】

 

「さすがに平日の朝は人いないねー」

 

 恵那から送られてきた写真を見ながらなでしこがそんな感想を漏らした。と、その間にもやり取りは進んでいく。

 

【恵那:とまぁこんな感じだから場所取りとかも必要なさそうだし、クラブハウスの中で待ってるね】

 

【あおい:わかったでー】

 

【なでしこ:二人で仲良く待ってるんじゃよ】

 

【リン:わかったよおばあちゃん……あ、先生のテンションがうなぎのぼりなので気を付けて】

 

 リンのメッセージに一瞬首を傾げた三人だったが、昨日の美波とのやり取りを思い出してすぐに原因に思い当たった。と、その時、車の音が聞こえてきたかと思うと、目の前に一台の車が停まって、そこから美波が顔を出して言ってきた。

 

「さあ、行きましょう!三人とも乗ってください」

 

【なでしこ:あー】

 

【千明:うん】

 

【あおい:わかった】

 

【リン:(´-ω-`)ゞ】

 

 

 

 

 十数分後無事に合流した五人は、早くもその場を走り去っていった美波についての話もそこそこに、さっそく受付を済ませて釣りを始める事にした。

 

 実は前回お世話になった女性のスタッフに会えるというのも、楽しみにしていた事の一つだったのだが、残念ながら今日は休みなのか姿が見えなかった。

 

「今日はいないみたいだね。残念だー」

 

「そうだね。ま、いないのはしょうがない。さっそく始めようか」

 

 例のスタッフに会えなかったことを残念がりながらも、手慣れた様子で準備を進めるなでしことリン。この二人は道具が手元にあるということもあってあれ以降も時々触っていたのか、二回目とは思えない手際の良さだ。

 

 ただ、他の三人に関しても特に手間取ることなく準備を進めているのは、キャンプでアウトドア慣れしているからだろうか。

 

「よーし、釣るぞー!第一投行きまーす!」

 

 各々準備も終わり、先陣を切ったのはなでしこだった。

 

 なんとなく気分で選んだというシルバーとピンクのツートンカラーのスプーンが、キラキラ光りながら水の上を飛んでいく。

 

 他の面子もそれぞれお気に入りのルアーをつけて投げ始め、この日の釣りが始まった。

 

 ヒュッ、ポチャッ、シャー……投げて、落ちて、巻く。しばらくその音だけが響く静かな時間が続いた。そんな中、一人気合を入れている人物がいた。千明である。

 

(前回は後れをとっちまったからな。今回は先に釣りあげたいもんだぜ……確か朝のうちは水面近くにいる事が多いとかって書いてあったし、試してみるか)

 

 千明は何日か前に見た初心者向けのサイトにかいてあった文言を思い出し、他の面々がしばらくルアーを沈めてから巻いているのに対して、着水してすぐに巻き始め、水面に近いところでルアーを走らせる。

 

 そんなことを試してから数回後だった。千明の視線の先で波紋と共に、パシャッと軽い水音が立ったかと思うと、一気にロッドが引き込まれた。

 

「うおっ!来た!来たー!」

 

 千明が見た波紋と水音は、彼女のルアーに魚が食いついて、身をひるがえした時のものだった。

 

「なでしこ、網頼む!」

 

「了解ですぶちょう!」

 

 今回はしっかり合わせられたと感じた千明は、隣にいたなでしこに網の準備を頼んだ。その間も魚の動きに合わせながらロッドを動かし、着実に魚を引き寄せていく。

 

「もうちょい……よし、とったどー!」

 

 油断なく岸まで引き寄せられた魚は、なでしこが構える網に観念したかのようにするりと入っていった。

 

「おめでとうあきちゃん!虹鱒ゲットだよ!」

 

 網に入った魚を、千明の元へと届けながらなでしこが祝いの言葉をかける。と、周りからも同様に声がかけられて、千明は照れた表情を浮かべた。

 

「へへ、ありがとう。なんか結構浅いところにいるみたいだぜ」

 

 照れ隠しに釣れた時の状況を説明して、他の皆にも試してみるように言いながら魚を魚籠へと移した。

 

 朝マヅメというには少々日は高いが、まだしばらくはトラウト達も表層部に集まっているだろう。二匹目、三匹目が釣れるのもすぐのようだ。

 

 

 

 

 一方その頃美波はと言えば、彼女が話していた蒸留施設のショップ内にいた。

 

「開店前に着いてしまったので、待ちの時間もありましたが、むしろ開店と同時に入れたのは僥倖ですね。並んでいた他の方々は先に見学ツアーに行くようですし、選び放題です」

 

 子供の様にキラキラした目で見つめるその先には、このメーカーが誇るウイスキー各種はもちろん、グラスやスキットルなどのウイスキーを味わうためのグッズや、ベーコンやウインナー、チーズなどのおつまみも並んでいた。

 

「とりあえず、ここの限定ボトルは買うとして……おつまみもいくつか買っていきましょうか……あぁ、このスキットルもかっこいい……」

 

 それほど広くない店内を、あっちへ行ったりこっちへ行ったり……美波の買い物はまだまだ終わらなそうだ。

 

 

 

 

 そんな美波の様子はつゆ知らず、釣り組は着々と釣果を伸ばしていた。とは言え、あまり釣りすぎても大変だということで、のんびりした様子ではあったが。

 

「みんなー、そろそろ時間だよー」

 

 休憩がてらポンドの周りを散歩してきたなでしこが、皆の所に戻ってくるなりそう言った。気が付けば間もなく十二時ということで、半日券の終了時間が近づいていたようだ。

 

「うぃー、んじゃそろそろ片付けますかー」

 

 リンのその一言で、皆が片付けへと動き出す。程なくして片付けも終わり、流しを借りてワタ抜きなどの下ごしらえをここで済ませてしまうことにする。

 

 ワタ抜き・三枚おろし・開き等、料理用途に応じた下ごしらえを済ませて、クーラーボックスに氷と共に入れ、準備は万端だ。

 

「さっき先生からメッセージが来て、もう受付済ませて荷物もサイトに運んであるってさ……って事で、皆の衆参ろうか」

 

 大仰な千明の物言いに、ほかの皆も「おー!」と声を揃えて拳を上げた。キャンプ場までは歩いて数分、久しぶりのキャンプに皆もテンションが上がっているようだった。

 




今回はここまで。
次回はご飯づくりを中心に、キャンプの様子をお届けします



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第十三話「なでしこ、それ、食うのか?」

いつもよりちょっと長めですが晩ごはんまで一気にいきます



「とうちゃーく!先生はどこかなー?」

 

「川沿いのサイトだって言ってたよ。テントの設営はしてないらしいけど、車ごと入れたから荷物運びの心配はないってさ」

 

 キャンプ場に着いた五人は、案内板を見て場所を確認すると美波がいるであろう場所へと向かって行った。

 

 平日ということもあって、客数もそれほどなくすぐに美波の車を発見できたので、足早に近づいて行くと車の陰から煙が上がっているのが見えた。

 

「あ、あれってもしかして……」

 

「うん、多分すでにグビ姉モードだな」

 

 なでしこと千明が顔を見合わせてつぶやきながらサイトまで到着すると、案の定美波は一足先に火を熾して、ベーコンをあぶりながらビールをあおっていた。

 

「あら、みんな。いらっしゃい」

 

「いらっしゃいやないですよ先生。完全に自分の世界が出来上がっとるやないですか」

 

「んー、設営の前に一息入れようと思いまして。おいひいれふよ、ほのふぇーほん」

 

「食べるかしゃべるかどっちかにしてください」

 

 生徒たちにツッコミを入れられながらも、缶ビールを離さない美波。これはこれでいつものことだと諦めた一同は手早くテントの設営を行い、キャンプモードへと移行する。

 

「そうだ、お昼ごはんはどうする?」

 

「それなんだけど、ここはせっかく流しも近いところにあるから、素麺なんてどうかな?」

 

「鱒も一人一ずつ焼いて、鮎素麺ならぬ鱒素麺ってな感じで」

 

 はらぺこなでしこの言葉に、恵那とリンがお昼ごはんの予定を話す。

 

 今日のキャンプ飯の相談をしたときに、夕飯にはそこそこ手のかかる物を作るつもりだった二人は、お昼は簡単なものにしようということになった。そこで、ここのキャンプ場では炊事場が近くあるということで、麺類……気温も大分暖かくなったということで、素麺にしようということになった。

 

 ということで、リンは美波が持ってきた焚き火台――というより小さめのバーベキューグリルと言った方がいいかもしれない――の上に網を乗せ、塩を振った虹鱒を焼き始める。

 

「先生も虹鱒食べますよね?」

 

「はいっ、いただきまっす!」

 

 リンの質問に、ビシッっと敬礼をしながら答える美波に、恵那は苦笑いを浮かべながらおなじみのカセットコンロで湯を沸かし、素麺を茹で始めた。

 

 出来上がるまでの間に、あらかじめ切ってきた薬味や、麺つゆをそれぞれの愛用のコッヘルに用意しておく。すると、程なくして素麺も茹で上がったようなので、急いで流しまで持って行き洗ってくると、どうやら鱒の方も焼けたようで、皮についた焦げ目がなんとも美味しそうだ。

 

「よし、できたぞー」

 

 焼きあがった鱒を皿に盛ったところでリンが呼びかけると、野クルの三人がわらわらと集まってきた。

 

「お、美味そうやなぁ。二人ともありがとう」

 

「それじゃ、食べるとしますか。いただきます」

 

 千明の音頭に合わせて、野クル三人と顧問が手を合わせ食べ始めた。美波は豪快に塩焼きにかぶりつくと、「はふはふ」と熱を逃がしながら、すかさずビールを流し込む。

 

「っぷぁー!この塩焼きとビールっていうのもたまんないですね!」

 

「ホント先生って飲むと変わりますよね。まぁ、おいしそうに食べてくれて嬉しいですけど」

 

 相変わらずのグビ姉っぷりに、リンがそんな感想をこぼしている横で、他の面々は虹鱒の身をほぐして、薬味の様にして素麺と一緒に食べている。

 

「うん、これはこれでおいしいな。恵那グッジョブ!」

 

「皮の焦げた感じも香ばしくっておいしいよ、りんちゃん」

 

「ほろほろ崩れる身の食感も、一味違ってええなぁ」

 

 野クルの三人にも鱒素麺は好評のようで、リンと恵那は顔を見合わせて、笑顔で頷きあった。

 

 さて、腹ごしらえも済んだところで、夕飯の準備までしばらくフリータイムなのだが、さっそくすぐそばを流れる川へ遊びに行く……前に、一同は先ほど使ったタックルの手入れをしてしまうことにした。

 

 淡水ということで、海釣りに比べても錆の心配も少なく白く塩が出るようなことも無いが、だからと言って当然放っておいていいという訳ではない。濡れたままにしておけば海水ほどではなくてもさびやすくなるし、ラインやロッドにも藻などの汚れが付着している。そういった汚れからタックルを守るためにも、こまめな手入れが重要なのだ。

 

 まずはロッドから。ざっと流水で洗い流した後に固く絞ったタオルで拭いていく。

 

「えーと、ガイドの所は特に念入りにだったよね」

 

 前回釣りに行った後で手入れした時に調べたことを思い出しながら、なでしこが丁寧にロッドを拭っていく。

 

 リールはスプールを外して、本体部分はタオルで拭いて汚れを落とし、ラインが巻いてあるスプール部分は軽く水洗いをする。今回はまだグリスアップの必要はないだろう。

 

 ルアーも水洗いして汚れを落としたら、手に刺さらないように気を付けながらタオルで挟むように水気を取って、しばらく乾かしておく。

 

「じゃあここで干すから気ぃつけてなー。刺さっても知らんでー」

 

 あおいがそう言いながら、迂闊に手をついたり踏んだりしないようなわかりやすいところへタオルを広げて、ルアーを並べていく。

 

「心配なのは酔っぱらった先生だけど、起きる前に片付ければいいか」

 

 千明の目線の先には、良い感じで酔いが回ったのか、気持ちよさそうに昼寝をしている美波がいた。

 

「だね、この天気ならすぐに乾くよね……じゃあそれまで川の方に行ってみようよ」

 

 なでしこのその言葉をきっかけに、皆はしばらく川遊びを楽しむことにした。

 

「1、2、3……6回!よっしゃ記録更新!」

 

「甘いよあきちゃん……ほっ!……8回いった」

 

「ぐぬぬ、やるなぁ恵那。イヌ子はどうだ?」

 

「んー?私はさっき向こう岸まで届いてもーて、数えられんかったわー」

 

「なに?ゆるいとは言え流れがあるこの場所で、向こう岸まで届かせるとは……プロ水切りストか」

 

「ま、嘘やけどなー」

 

「あ、あきちゃん私も向こう岸まで届いたよ……ノーバンで」

 

「うん恵那、それはそれですごいぞ」

 

 川遊びの定番である水切りをしながら、千明があおいと恵那のツッコミに追われている間、なでしことリンは川岸にしゃがみこんで、時折石をひっくり返したりしながら生き物観察をしていた。

 

「ねぇねぇりんちゃん、沢蟹見つけたー」

 

「おー……って結構でかいのいたな」

 

「これ食べられるかなぁ」

 

「唐揚げにするとうまいらしいけど……なでしこ、それ、食うのか?」

 

「んーん、気になっただけー……ばいばい、もう捕まるんじゃないよ」

 

 なにやら物騒な会話も聞こえて来たりもしたが、それぞれ思い思いに楽しんでいるようだ。

 

「さてなでしこ、戻ってお茶にでもしないか?皆にも声かけて」

 

「そだね、じゃあ準備できたら呼ぼうか」

 

 一足先にサイトへ戻った二人は、お茶の準備を済ませ他の三人を呼ぶと、一息つくことにした。だが、山間の日は短いもので、のんびりとティータイムを過ごしている間にも、段々と太陽が陰り始め、そろそろ夕ご飯の支度でもという時間だ。

 

「今日は晩ごはんの準備はしまリン達に任せちゃっていいんだよな」

 

「ああ、そのつもりだけど、どうした?改まって」

 

「いや、あたしらはちょっとやる事があるんで……」

 

 リンの訝し気な表情に対し、千明は返答もそこそこに自分たちの荷物を漁ると、野クル部室で見せた例の段ボールスモーカーセットを引っ張り出してきた。

 

「ん?千明、それってもしかして……」

 

「お、流石アウトドアに詳しいしまリンさん。お気づきになりましたか」

 

 千明が取り出したそれがなんであるか、リンはすぐに気が付いたようだが、恵那は首を傾げたままだったので、あおいが説明を始めた。

 

「これは燻製セットやで恵那ちゃん。ちゃんとしたのはお高いけど、これは我らが部長のお手製で、お手頃価格や」

 

「まぁ、値段のことはさておいても、これでも燻製作れるってネットで見てさ、せっかくだからやってみようって思ったんだよ。という訳で、あたしらはこっちを準備するぜ」

 

 という訳で、それぞれやる事も決まったところで作業に入ることになった。

 

 まず野クルメンバーは段ボールスモーカーのセッティングから始める。とは言っても、一度部室で組み立てを確認していたこともあって、すぐに組みあがり網に食材を並べ始める。

 

 今回は何回かに分けて燻製にするため、まずは定番とも言えるチーズ、ベーコン、ウズラの卵から。チーズはプレーンとブラックペッパー入りのプロセスチーズ二種類、ベーコンはブロックを厚切りにしてウズラの卵は水煮缶の水気をよく拭き取ってから転がらないように注意して並べる。

 

 それぞれの食材を網に並べたところで、スモークウッドに着火。段ボールに燃え移らないようにセッティングしたら、空いている部分を閉じて後は待つだけだ。

 

「ふふ、ふふふ。楽しみだ……」

 

 ここまでは問題なく進んでいるということで、約一名怪しい笑いを浮かべている某部長がいるが、この調子なら倒れでもしない限りうまく行くだろう。

 

「さて、私たちは何から作ろうか」

 

「そうだねー、肉は予定通り焼き肉と例のご飯ものに使うとして、まず魚のメニューからにしよっか」

 

「ん、了解。っつっても、野菜なんかは切ってあるものもあるし、すぐできそうだな」

 

 そう言いながら小分けされた具材を取り出していく。まず二人が作ろうとしているのは虹鱒のアクアパッツァだ。しかも今回は、車があるということで普段は重くて持ってこられないダッチオーブンを思い切って持ってきてある。

 

(『ふふふ、ダッチオーブンでアクアパッツァ……いい響きだ……』とか思ってるのかなぁ)

 

 付き合いが長いリンの僅かな表情の変化を読み取った恵那が、そんな風に心境を予想する。まぁ、実際のところ当たらずとも遠からず、と言った感じだ。

 

 焚き火台の上で温められたダッチオーブンに薄切りにしたニンニクとオリーブオイルを入れ香りを出したら、下処理済みの虹鱒を裏表焼いていく。表面に焼き色が付いたところで、殻付きエビとあさり(今回は手間を考えてすぐに使える真空パック)を入れて、白ワイン・水・ローリエ・タイムを加えてひと煮立ち。その後、ミニトマトを入れて煮込んだら完成だ。

 

「よし、ちょっと火から遠いところに置いといて……斎藤、そっちはどうだ?」

 

「うん、こっちも後は炊きあがりを待つだけかな」

 

 声をかけられた恵那が作っていたのは、きのこと牛肉のピラフだ。ピラフと言うと何やらハードルが高そうなイメージもあるが、フライパンひとつで作れるということもあって意外とアウトドア向きだったりする。

 

 まずフライパンにオリーブオイルとみじん切りにしたニンニクを熱し、そこへ食べやすく適当な大きさに切った牛肉・エリンギ・マッシュルーム・玉ねぎを入れて炒めていく。それぞれ火が通ったところで、米を入れて透き通るくらいまで炒めて、水とコンソメを入れて炊いていく。

 

「これで3、40分ってところかな」

 

「うおっ!……けほっ」

 

「うわー、あきちゃんがお婆ちゃんに!」

 

「なっとらんわ!玉手箱かよ……ほら、できたぞ」

 

 千明となでしこの声に、リンと恵那も何事かと近づいてみれば、どうやら一回目の燻煙が終わったようで、扉になっている部分を開けて、煙が立ち上ったのを見て浦島太郎ゴッコをしているようだ。

 

「まったく……さて、出来の方はどうかなーっと」

 

 千明が慎重に網を取り出していき、テーブルの上に乗せると、周りから歓声が上がった。

 

「きれいな飴色や、ちゃんと燻製になっとるみたいやで」

 

「だな。これは千明グッジョブなんじゃないか?」

 

「そんなに褒めるなよ、照れるじゃねーか……ただ、問題は味だからな、味見してみようぜ!」

 

 そう言って千明がウズラの卵を手に取ると、他の面々もそれに続いた。一つずつ卵を手に取った一同は、特に示し合わせたわけでもなかったが、それぞれ顔を見合わせた後千明の「せーの」という言葉に合わせて口に入れた。

 

「うわっ!うまっ!」

 

「おー、くんたまや」

 

「おいしいよあきちゃん!」

 

「うん、これはなかなか」

 

「すごい、ちゃんとスモークの薫りだ」

 

 どうやら無事に燻煙は成功したようで、口々に賞賛の声が上がる。そんな彼女たちの声に美波も起きだしてきて、何事かと尋ねてきた。

 

「先生もおひとつどうぞ、くんたま作ってみました」

 

「ありがとうございます……ん!大垣さん、あなた天才ね!これはいいおつまみになりますよ」

 

 口調からどうやら酔いは醒めているようだが、相変わらず頭の中は酒のことでいっぱいのようである。

 

 一回目の燻煙が成功したということで、続いて二回目に移ることになったのだが、次に燻すのはまず刺身用の甲州サーモン。これは山梨県内で養殖されている大型の虹鱒のブランド名ではあるが、鮮やかな紅色の身が特徴で程よい脂の乗りが刺身にすると美味しいと評判だ。

 

 虹鱒に『サーモン』と名付けるのは誤解を招くかもしれないが、そもそも一般に出回っている『サーモントラウト』も海面養殖された虹鱒なので、今さらということもあるかもしれない。

 

 そして、今回の段ボール燻製のメインの食材でもある、自分たちで釣った虹鱒も燻製にする。とはいえ、本来の作り方の様に時間をかけられないので、今回は三枚におろして軽く塩焼きにしたものを燻すことにした。燻製の薫りを楽しめればそれでオーケーといった具合だ。

 

 さらにおまけでたくあんと醤油を燻す。醤油はネットで美味しいと評判になっていたので、試してみるのだが、たくあんに関しては美波のつまみ用ということで、半ばネタ的に持ってきたものだった。

 

 そうこうしている間にもすっかり日が暮れていた。皆朝早くから活動していたこともあって、あれぐらいのお昼では当然足りず、すっかりお腹がすいていた。

 

「それじゃあ私たちが作った料理も出来上がったし、そろそろ晩御飯にしよっか」

 

「まってました!リンちゃん達は何作ったの?」

 

「それは見てのお楽しみだな」

 

 楽しそうに話しながら、テキパキと夕食の準備を進める一同。すぐにテーブルの上には様々な料理が広げられた。

 

「後は適当に肉を焼いて皿に置いてくから、好きに取って食ってくれ」

 

 リンがそう言いながらアクアパッツァを取り分ける。

 

「おいしそー、いただきまーす」

 

 それを受け取ったなでしこが、待ちきれないとばかりに口に運び、一口。他の野クルメンバーもアクアパッツァにピラフにと食べ始める。

 

「あー、美味いわこれ。確かに魚自体の味は鯛とかに比べると弱いけど、それでもきちんと感じられるし、エビとあさりの旨味がそれをサポートしてる感じだな」

 

「こっちの恵那ちゃんのピラフも美味しいで。お米ひと粒ずつに牛肉の旨味が閉じ込められとる」

 

「気に入ってもらえたみたいで良かったよ。ほら、肉も焼けたぞ」

 

 千明たちの言葉に照れて次々に焼けた肉を皿に放り込むリンと、えへへと頬を掻く恵那だったが、そこでスモークしたベーコンとチーズを一口ずつ味わった美波が、目を見開き横から言い放った。

 

「うまいっ!あー、今日は来てよかったわ。この限定ウイスキーにあうわー、これ……それと大垣さん、そろそろアレもいいんじゃないかしら?」

 

 二回目の燻製を始めてから数十分が立ち、そろそろ頃合いじゃないかと美波が促す。明らかにつまみ目当てではあるが、確かにそろそろ出来上がるだろうということで千明が動いた。

 

 段ボール箱からそっと取り出した甲州サーモンのサクと、塩焼きの虹鱒はそれぞれ綺麗に色づいており、バットに入れられた醤油と共になんとも言えない香りを放っていた。

 

 まずは甲州サーモンをスライスしてみる。すると中から現れたのは鮮やかな紅色の身、そして表面部分にほんのり色がついて締まっているという状態だ。それを燻製醤油につけて食べてみる。

 

 口に入れた瞬間思わず「うわっ」と声を上げてしまったのはリンだった。

 

「なんだこれ、スモークサーモンなんだけど、スモークサーモンじゃなくて、刺身なんだけど刺身じゃない。っつーか魚自体の薫りもそうだけど、この醤油がさらにやばいな」

 

「こっちの塩焼きを燻したやつも美味しいよ。あれだけで全然違う料理になってる」

 

 と、反応したのは恵那だった。「ただ塩焼きにしたのも美味しかったけど」と前置きしたうえで、すごいオシャレ感が増したのだと続けた。

 

 そして美波用にと用意しておいたたくあんはというと……。

 

「いぶりがっこほど癖はないし、食べやすいわ。ウイスキーとも合うし……チーズと一緒に食べるのも……アリね」

 

 これはこれでそこそこいけるらしく、美波はウイスキーとの組み合わせの妙を楽しんでいた。

 

 すると突然なでしこが何かを発見したようで、嬉しそうに声を上げた。

 

「ねぇ、この醤油で焼き肉食べてみて!なんかもう、すっごいよ!」

 

「ん?どれどれ?……うわ、確かにこれは……なんかもう、すっごいな!」

 

「あはは、ほんまや。すっごいわー!」

 

 もはや何を言っているのかわからない野クルの三人を、リンはまたかと少し冷ややかな目で見ていたが、どんなものかと自分も一切れ試してみることにした。

 

(まったく大げさな……はいはい、すっごいすっご……って、うわ、ほんとにすごいかもこの醤油。さっきのサーモンで美味しいのは分かってたけど、肉にもこんなに合うなんて……薫りもさることながら、うま味やコクも増してる気がする。これは凄い調味料と出会ってしまったのかもしれないぞ……)

 

 どうやら今回の段ボール燻製は大成功だったようで、燻製醤油が着実にファンを増やしつつ、釣りキャンの夜は更けていった。

 




という訳で釣りキャン飯お届けしました
どうやら彼女たちの燻製はうまくいったようですね
よかったよかった



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第十四話「……いい匂い……朝ご飯?」

お待たせいたしました。
前回からだいぶ間が空いてしまった&いつもよりちょっと短めですが
釣りキャンの続きです。一応これで今回の釣りキャンは締めになります


「美味しかったねー」

 

 みんなで夕食の後片付けをしながらなでしこがつぶやく。片付けと言っても、すでに洗い物などは済ませてあり、今は焚き火を囲みながら簡単に荷物をまとめているところだった。

 

「だなー、燻製もうまくいってよかったよ。これは今後のキャンプ飯の定番にしてもいいかもな」

 

「そうだね、こうなると他の食材もやってみたいな」

 

 千明と恵那は、段ボールスモーカーのなれの果てを焚き火に放り投げながらそんな会話をしている。このように片付けが楽というのも、段ボールでスモーカーを作ることになった理由の一つでもあった。

 

「恵那ちゃん恵那ちゃん、チーズケーキとかも美味しいらしいで」

 

「なんだ? またいつもの『嘘つきイヌ子』か?」

 

 あおいの言葉にそんな風に言い放つ千明だったが、あおいが「失礼な!」と言いながらスマホの画面を見せてくると、そこに映っていたチーズケーキの燻製画像に目を見開いた。

 

 恵那となでしこも横からその画面を覗き込んで「えー!?ほんとに美味しいの?」と声を上げていたが、そんな二人を尻目にリンは、洗った後の自分の焚き火台を拭きながら考え込んでいた。

 

(それにしても、釣りキャンか……これはなかなかいいんじゃないか?次は富士五湖のどこかとか、県内の湖でやるのもいいな。確か漁券を買えば釣りできるところが多かったはずだし……釣れても釣れなくてものんびり竿を振って、飽きたらいつもみたいに本でも読んで…………アリだな……ソロキャンで行けるかな……)

 

 最終的に何やら決意したような表情になったところを恵那に見られて、ニヤニヤされていることに気が付くと、顔を逸らしてそそくさと焚き火台をしまった。

 

 といった所で片付けも終わり、ここからは焚き火を囲みながらまったりだらだらモード。千明が持ってきたタブレットで動画を見たり、いつものような取りとめもない会話を交わしながら過ごしていく。

 

 そんな時、ふとなでしこが空を見上げると、そこには木々の切れ間から満天の星空が覗いていた。

 

「うわー、綺麗な星だねー」

 

「あぁ、冬の澄んだ星空も良いけど、これはこれで見事なもんだな」

 

 なでしことリンのそんな言葉に釣られて、他の皆も空を見上げた。

 

「うん、星見酒っていうのもなかなかオツなもんよね」

ひたすら飲み続けていた美波がそんな感想を漏らすと、すかさず千明からツッコミが入る。

 

「いや、先生はなんだかんだでいつも飲んでるじゃん。っていうか、うちの店のお客さんもそうなんだけど、酒飲みってのは常に飲む理由を探してるよね」

 

「大垣さん、何言ってるの?当り前じゃない!」

 

 千明のツッコミに美波が事も無げに言い放つと、周りから呆れ交じりの笑いが起こった。

 

 しばらく他愛もない話しで盛り上がったところで夜も大分更け、そろそろ寝るにも良い時分だ。

 

「さて、そろそろ寝るか」

 

「せやね、もういい時間だし寝よかー」

 

「みんなお休みー」

 

 そんな風に就寝前の挨拶を交わしながらそれぞれのテントへと潜り込んでいく。そんな中、なでしことリンは同じテントに入ると、寝袋にくるまりながらぽつりぽつりと会話を始めた。

 

「ねぇリンちゃん、次はソロで釣りキャンとか考えてる?」

 

 さっきまで考えてたことをズバリ言い当てられて、返事を返せないでいるとなでしこが言葉を続けた。

 

「リンちゃんがソロキャンを愛しているのは知ってるし、そんちょーしたいけど……やっぱり釣りとなるといつも以上に水辺に近づいて危ないだろうし……できたら……いくときは……さそってくれたらうれしい……なぁ…………」

 

 なでしこはもうだいぶ眠かったようで、それだけ言うとすぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。そして、彼女のその言葉にリンも目を瞑りながら考える。

 

(釘……刺されちゃったな。お母さんも似たような事言ってたし……さっきのあの感じだと斉藤にも多分読まれてただろうな)

 

 そしてリンは一度目を開けて、チラリとなでしこを見、また目を瞑る。

 

(ま、今は皆で釣りするのが楽しいし、もう少し慣れるまではソロ釣りキャンはお預けでいいさ……心配かけるのもなんだしね)

 

 と、そこまで考えたところでクスリと笑い、もぞりと体勢を整えると眠りへと落ちていった。

 

 

 

 そして翌日――

 

「……おはようござ……る」

 

「はいはい、ござるござる。ほらなでしこ、顔でも洗ってきなよ」

 

「うー……うん……そうする……」

 

 寝ぼけ眼で、なぞの朝の挨拶をしてくるなでしこを、リンは水道へ促し一緒にテントから出る。なでしこが起きる前に顔を洗ってきたこともあって、一足先にスッキリしていたリンは、残っていた炭を熾し、コッヘルでお湯を沸かし始めた。

 

「ふぃー、スッキリしたでござる」

 

「おかえりなでしこ、お茶淹れるけど飲む?……ってか、『ござる』続けるのかよ」

 

「えへへー、なんか『ござる』良くない?……お茶、頂くでござる」

 

 芝居がかった仕草のなでしこに、リンは「はいはい」と軽く答えながら二人分のお茶を用意する。春先の肌寒い朝にピッタリのあったかいお茶をすすりながら一息つくと、リンがなでしこに尋ねた。

 

「朝ご飯は何作るの?手伝うよ」

 

「じゃあ、お味噌汁作るから、お鍋にお湯を沸かしておいて欲しいのと、ミニトマトを半分に切っておいてもらえるかなぁ?後は……」

 

 お茶を飲みながら準備してきた献立の説明を始めるなでしこ。マグが空になったところで、さっそく二人は動き出す。

 

 まずなでしこは、昨日のうちに三枚におろして、悪くならないように軽く焼いて火を通しておいた虹鱒を、改めて炭火にかけて焦げ目をつけていく。その間に、ダッチオーブンに米・しめじ・麺つゆ・水を入れ、そこに焦げ目がついた鱒を入れて蓋をし、火にかけて炊いていく。麺つゆを使ったお手軽鱒の炊き込みご飯だ。

 

「こっちは後は炊きあがるのを待つだけだよ、リンちゃんのほうは?」

 

「ん、トマトは切れた。お湯も沸いたし、トマトとキャベツ入れちゃっていいかな」

 

「うん、だしの素も入れちゃって。ひと煮立ちさせたら火を止めて、味噌を溶いたらできあがりだよー」

 

 そんな風に準備を進めていると、ダッチオーブンの方から美味しそうな匂いが漂ってくる。すると、その匂いに誘われたのか、他の面子ものそのそと起き始めた。

 

「おはよー……んー、美味そうな匂いズラァ」

 

「おは……ふあぁ……あら、失礼」

 

「おはようみんな。……あき、先生は?」

 

 恵那と一緒にテントから出てきたあおいの質問に、千明は無言で首を横に振った……。

 

「そうか……しゃあない、やるか」

 

「あおいちゃん、なにするの?無理に起こしたら悪いよ?」

 

「いや、自然に起こせるいい方法があるで。なでしこちゃん、そのお味噌汁の鍋持ってこっち来てくれるかな」

 

 そう言ってなでしこをテントの前に立たせると、テントの入り口を開けてうちわを使って出来立ての味噌汁の匂いを中に送り込み始めた。

 すると程なくして、ごそごそとテントの中のみのむしが動き始めたと思ったら、急に起き上がり一言。

 

「……いい匂い……朝ご飯?」

 

 そのセリフを聞いて、一同が思わず噴き出したところで、無理なく自然に美波を起こすことに成功したあおいが皆の方を向いて、うちわを構えて言い放った。

 

「これぞ日本古来の伝統技術、味噌汁目覚ましやで!」

 

 最近では匂いで起こしてくれるという目覚まし時計の開発も進んでいるらしく、何気に理に叶った起こし方を思いついたあおいのドヤ顔に「おー、お見事」と歓声をあげる一同。ただ、テントの中では事態について行けていない美波が、寝ぼけ眼で首を傾げていた。

 

 その後、簡単に身支度を整えて、朝食にすることにした一同。ここまでくるとさすがにもう寝ぼけた表情をしている者はいないが、若干一名しかめ面なのは眠気ではなく二日酔いのせいだろう。幸いチェックアウトまではまだ時間があるので、それまでにはいつも通りになっているだろうと信じて、皆は料理に手を伸ばす。

 

「あー、やっぱりお酒を飲んだ次の日はお味噌汁ですね。トマトの酸味が良い感じにさっぱりさせてくれます」

 

「お酒のことはよくわからんけど、確かにこの味噌汁は美味いな。トマトって意外と味噌汁に合うんだよな」

 

 味噌汁が入った椀を両手で持って「沁みるわー」と感慨深げにつぶやいている美波と、その姿に苦笑いを浮かべながらも、味に関しては同意する千明。

 

「炊き込みご飯もおいしいでー、ダッチオーブンでご飯も炊けるんやねぇ。焼いた鱒の香ばしさがええ味出しとるわぁ」

 

「ねー、びっくり。なんだかいつものご飯よりふっくらしてる感じ?」

 

 口々に語られる料理への感想に、調理を担当した二人は顔を見合わせて笑い合う。

 

「やったねリンちゃん」

 

「ああ、うまく作れて良かったよ」

 

 その後味噌汁効果か、元々そこまでひどくなかったのか、二日酔いから復活した美波も会話に加わり、朝の爽やかな空気漂う林の中には楽しそうな声が響いていた。

 




今回は釣りキャンの夜と次の日の朝ごはんをお届けしました



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第十五話「おっ?さっそく次の計画立てるんやね?」

お待たせしました
タイトル通り、次の釣りキャン計画が動き出すようです


 前回の釣りキャンプから数日たったある日、アルバイトを終えたあおいはまっすぐ帰らずに、店の裏側にあるちょっとした休憩スペースに立ち寄り、そこで待ち人に声をかけた。

 

「おまたせ、ごめん待った?」

 

 ちょっとはにかみながら声をかけてきたあおいに、待ち人の方も読んでいた雑誌から顔を上げて、少し照れくさそうに返事をして立ち上がる。

 

「いや、こっちも今来たところだから」

 

「それなら良かった。じゃぁ……行こか」

 

「おう……って、ちょっと待て。なんだこの初々しいカップルみたいな会話は!普段なら『おまたー』『うぃー』で済むだろうが!」

 

 あおいが声をかけた人物……それは先にバイトを終えて出てきていた千明だった。いつもと違うあおいの雰囲気に、思わず自分も流れに乗ってしまったのが恥ずかしかったのか、少し早口でまくし立てた。

 

「いやー、何となくなー。ていうか、あきもノリノリやったやないの。で、どうする?どっかでお茶して帰る?」

 

「はぁ……そうだな。って言ってもいつもんとこくらいしかないんだけど」

 

 と、そんな話をしながら二人は歩き出す。千明が言っているのは、行きつけの喫茶店のことだ。残念ながら近くにコーヒーチェーンやファストフード店が無いこの辺りで、女子高校生でも気軽に入れるという数少ない、軽い感じの喫茶店である。

 

 今日のバイトであったことなど、他愛もない話をしながら歩くことしばし。件の店に着いて席に座り、さっそく好みの飲み物を注文すると、話題は先ほど千明が読んでいた雑誌のことに移った。

 

「そう言えばあき、さっき何読んどったん?」

 

 あおいのそんな質問に、千明はニヤニヤしながら「これよ、これ」とカバンから先ほどの雑誌を取り出した。

 

「『山梨釣り場ガイド』?へぇ、こんなんあるんや」

 

「あぁ、昨日本屋で見つけてさ、思わず買っちまった。管理釣り場から自然の中の釣り場までいろいろ紹介されてて、周辺施設なんかも結構詳しく載ってるからこれで次の計画立てようぜ!」

 

「おっ、さっそく次の計画立てるんやね?まぁ、学校始まったらなかなか行けへんようになるしなぁ。春休みの今のうちにいろいろ行っときたいなぁ」

 

 千明から手渡された雑誌をペラペラとめくりながらそんな風につぶやくあおい。それを見た千明も同じ考えだったのか、腕組みをしながらうんうんと大きく頷いていた。

 

 しばらく雑誌をめくりながらあれやこれやと話していた二人だったが、あおいがその雑誌に掲載されているとある釣り場の記事を目にとめて「あっ」と声を上げた。

 

「さすがイヌ子さんお目が高い。そこはわたしもちょっと目を付けててさ、ほら、ここに書いてあるキャンプ場って……」

 

 あおいが見つけた釣り場情報は千明も気にしていたらしく、周辺情報が乗った地図を指さしながら説明を始めた。それをあおいは「ほうほう」と相槌を打ちながら聞いていたが、ふと目を瞑って何かを考えるような仕草をした後で、ゆっくり目を開けしたり顔で口を開いた。

 

「あき、これは……決まりやな」

 

 

 

 

 そんな小芝居が繰り広げられている頃、別の場所でも同じ雑誌を開いている人物がいた。

 

(今までキャンプしてた時は気にしたことが無かったから気が付かなかったけど、こうしてみるとキャンプ場に併設された釣り場ってもの多いんだな)

 

 平日の昼間ということもあってお客さんがいないことをいいことに、リンは店番もそこそこにカウンターで雑誌に目を向けていた。そして、そのリンが見ている雑誌もまた、偶然にも千明たちが見ていたものと同じだった。

 

「……ません」

 

(へぇ、あのキャンプ場の近くでも釣りができるんだ……っていうか湖の近くにはキャンプ場も大概あるしな……当然っちゃ当然か……さすが山梨)

 

「すいませーん、てんいんさーん」

 

 と、そこでようやく呼ばれていることに気が付いたリンが、慌てて顔を上げて対応を始めた。

 

「わっ、ごめんなさい。いらっしゃい……ませ……って、斉藤か」

 

「まったくリンってば、ちゃんとお仕事しなきゃだめだよー」

 

 さぼっているのを見られたのが幸か不幸か恵那だったことでちょっと安心したリンは、少しぶっきらぼうに恵那に言葉を返す。

 

「何しに来たんでぃ?冷やかしなら帰ぇんな」

 

「むぅ、冷たいなぁ。謎の江戸っ子だし……実は、ちくわの散歩ついでにちょっと寄ってみたんだよね」

 

 そう言って恵那が指を差す先には、街灯に繋がれたちくわがドヤ顔で伏せていた。

 

「相変わらず無防備な奴だ、飼いならされたイヌめ……」

 

「まぁその通りなんだけどね……久しぶりに遠出したから疲れちゃったのかな。チワワに遠出させるのもあんまりよくないって言うけど、ま、これくらいの距離ならね」

 

「あー、それであのやり切った表情なのか」

 

「ねー、かわいいよね……そうだ、リンもそろそろバイト終わるでしょ?そこの公園で休んでるから、一緒に帰らない?」

 

 と、ここで他のお客さんも来たためおしゃべりはおしまい。手を振って店を出ていく恵那を、リンも軽く手を振り見送った。

 

 そして数十分後、恵那が待つ公園へとリンがやって来た。

 

「おつかれー、リン。はい、お茶飲む?」

 

「ん、ありがとう。ちくわは……暇してる感じはないな」

 

「ここへ来たとたん御覧の有り様ですよ。よっこいせ……っと。んじゃ帰りますか」

 

 リンの目の前にはベンチの陰で気持ちよさそうに昼寝をしているちくわの姿。恵那はそんなちくわを抱え上げてリンの隣に並ぶと、二人並んで帰り道を歩き始めた。

 

「そう言えばリン、さっきは店番さぼって何を読んでたの?」

 

「ん?県内の釣り場紹介の雑誌だよ。周辺施設も細かく載ってたからどっかキャンプのついでに行けるところないかなって」

 

 と、そこで恵那の胸元から「わふっ」と鳴き声が聞こえた。どうやらちくわがお目覚めのようで、それに気が付いた恵那も「起きたなら自分で歩きな」とちくわを地面へ降ろしたのだが……。

 

「その態度はもしやおぬし、歩きたくないと申すか」

 

 ……当のちくわはと言えば、地面に座り込んだまま何かを期待するような表情で恵那を見上げていた。

 

「ふはは、がんばりたまえ」

 

「んもう、しょうがないなぁ……っしょっと……で、その雑誌でいいところあったの?」

 

「まあね、いくつかあったよ。とりあえず今考えてるのはここなんだけど……」

 

 そう言ってリンは、スマホに目を付けているというキャンプ場のサイトを表示させて恵那に見せた。

 

「あれ、ここって……」

 

「うん、前にも行った事あるところ。キャンプ場の方は慣れてるし、良いかなって」

 

「そっか、いいんじゃない?ソロじゃないんでしょ?」

 

「まぁこの前なでしこには釘を刺されちまったんで、声をかけるつもりだったけど、どうせなら他の皆にも声かけてみるか」

 

「うんうん、それが良いよ」

 

 やはり前回のキャンプの時に感じたように、恵那にもリンの思惑は見透かされていたようで、確認されてしまった。

 

 もっともリンも、今の恵那にしろ先日のなでしこにしろ、自分のことを心配して言ってくれているのは分かっているので素直にその言葉を受け入れるし、そもそも最近は前以上にグルキャンに対する苦手意識も減ってきていた。

 

 とはいえ、ソロキャン欲求も高まり続けているので、近いうちにいつものソロキャンに行こうとは思っているのだが……。

 

「それじゃぁリン、さっそくグルチャ送ろう」

 

「え、今?後でよくない?」

 

「いやいや、後でとか言ってるとやらないでしょ、リンの場合」

 

 そんなつもりは無かったので図星とまではいかなくても、痛いところを突かれてしまい思わず言葉に詰まってしまうリン。「わかったわかった」とスマホを取り出してアプリを立ち上げたところで、ちょうどメッセージが届いた。

 

 

 

 

【なでしこ:バイト終わったー!疲れたよぅ( ̄▽ ̄;)】

 

【千明:おつー】

 

【あおい:おつかれー】

 

 アプリを開いた瞬間のあまりにタイミングが良い着信に、リンと恵那は思わず顔を見合わせて笑い合いながら、それぞれコメントを入力し始める。

 

【リン:おつかれさま、なでしこ】

 

【恵那:なでしこちゃんもバイトだったんだね、おつかれさま】

 

【なでしこ:おぉぅ、皆の返信が早くてなんだか嬉しい】

 

【なでしこ:実は今日から春の新商品が始まったせいか、忙しかったんだぁ】

 

【なでしこ:(写真)春野菜天ざると(写真)春野菜天丼でございます。いかがですか?お客様】

 

【あおい:うわぁ、おいしそうやなぁ。これは食べたなるわ】

 

【千明:でも、お高いんでしょう?】

 

【なでしこ:天ざるが1280円で天丼が980円だったかな?】

 

【千明:Oh……(◎н◎ )】

 

 なでしこのバイト先の話題でひと盛り上がりしたところで、切りの良いところを見計らってリンがコメントを入力する。

 

【リン:あのさ】

 

【リン:今日雑誌読んでて、次のキャンプに良さそうな所が載ってたんだけど】

 

【千明:さっすがしまリン!というかわたしらも実は考えてた候補地が一か所あるんだよね】

 

【リン:そうなの?じゃぁそっちで】

 

【あおい:いやいや、せっかくやしお互いに出し合おうや】

 

【なでしこ:いいねー、じゃあ『せーの』で見せ合いっこね、私がちょっと時間をおいて『せーの』って言うから書き込んでください!】

 

【リン:メッセでせーのって……まぁいいか。わかった】

 

 そしてメッセージの流れが止まった。千明も今頃入力の準備でもしてるんだろうと思いながら、リンもキャンプ場のサイトURLをコピーして、貼り付ける。

 

【なでしこ:二人ともそろそろ準備は良い?それじゃあいくよー】

 

【なでしこ:せーの!】

 

【千明:(写真)】

 

【リン:http://www.――――――】

 

【恵那:あきちゃんは写真?雑誌の?】

 

【あおい:リンちゃんはキャンプ場のHPかな?】

 

【なでしこ:あー!】

 

【リン:ん?】

 

【千明:ズラァ?】

 

【なでしこ:二人とも同じ所だー、それにここってリンちゃんと初めて会った所じゃない?】

 

【リン:あ、ほんとだ】

 

【千明:だな。ここならしまリンも何度か行ってるって聞いてたし、調べてみたら本栖湖でも釣り出来るみたいだしな。それにここのキャンプ場の事務所で遊漁券も買えるらしいぞ】

 

【リン:理由としては似たような感じだな。慣れた場所だし、落ち着いてできるかなって】

 

【リン:今思い出すと、結構釣りしてる人も多かったような気がする……気にしたことなかったけど】

 

【なでしこ:リンちゃん……でもでも、これで次のキャンプは決まりだね!】

 

【恵那:だね、まさか同じところを考えているとは思わなかったけど】

 

【あおい:せやねー、日時とかの詳細はあとで決めるとして……】

 

【千明:場所は決まり!】

 

【リン:うん、今度のキャンプは……】

 

【なでしこ:本栖湖キャンプ!】

 

 なでしこのそのコメントから楽しそうな彼女の表情を思い浮かべて、それぞれの場所で頬を緩める一同。それと同時に、キャンプ自体は慣れたものだが釣りとなると初めての自然湖ということで、口には出さないが心の中では皆気合を入れているようだった。

 

 すると、そんな風に気持ちを新たにする一同の元に、新たなメッセージが届いた。

 

【なでしこ:本栖湖かー、ふじさん綺麗にみれるといいなー】

 

【千明:……ふじ子……】

 

【なでしこ:(*ノωノ)】

 




一か月も開けてしまって申し訳ありませんでした
次はもう少し早めに更新できるように頑張ります……頑張ります……


というわけで、次回のキャンプは初の自然湖での釣りキャン
とはいえ、場所は本栖湖の『あの』キャンプ場なので手慣れたもんでしょう


お読みいただきありがとうございます


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第十六話「ん?んー、もふぉふふぉ」

お待たせいたしました、遅くなってすみません

今回は本栖湖キャンプ準備編です
キャンプ当日を目前に控えて、何やら問題発生?


 いよいよ本栖湖での釣りキャンプを二日後に控えたある日、千明・あおい・恵那の三人はいつものカリブーにやってきていた。

 

「イヌ子ー、消耗品で買わなきゃならんのはこんなもんかね」

 

「かな?恵那はなんかあるー?」

 

「特にないかな……そう言えばあきちゃん、今回燻製は作るの?」

 

「あー、そうだな。前回とは違うウッドに挑戦してみっか」

 

 そう言いながら自家製燻製用品のコーナーへと足を向ける千明と「なににしようかー」などと笑いながらそれについていこうとする恵那。

 

 そして、そんな二人とは対照的にあおいは足を止めてしばらく考え込むと、徐に口を開いた。

 

「なぁなぁ二人とも、今回の移動手段って自転車やんなぁ?そんな荷物の余裕あるんかな……っちゅうかそもそもうちら三人に『本栖みち』を登りきる体力はあるんやろか……荷物積んだ自転車で……」

 

 スクーターのリンや、浜名湖周回で体力もついていて、以前にも一度行った実績があるなでしこに比べて、若干(?)体力に不安がある三人……自分から話題に出したあおいだけではなく、それを聞いた他の二人も固まってしまっていた。

 

「それはどうなんだろうねー、ちょっと自信ないかも」

 

「確かに……てか、身延から本栖湖までどれくらいかかるもんなのかね?なでしこ……はなんか参考にならなそうだし、聞くならしまリンかな」

 

 苦笑い気味にあおいの言葉に反応する恵那を見て、同じく自信なさげな表情の千明がリンに所要時間を聞いてみようと提案した。

 

 

 

 

【恵那:リンー、今バイト中?ちょっと聞きたいことがあるんだけど大丈夫?】

 

【リン:んー?大丈夫きゅーけーちう】

 

【恵那:リンって免許取る前は自転車で本栖湖まで行ってたんだよね?身延からどれくらいかかった?】

 

【リン:あーそっか自転車で行くんだよな】

 

【リン:駅からだと大体3時間ちょいくらいかな】

 

【恵那:3時間……】

 

【リン:おうえんすることしかできないふがいないわたしをゆるしてくれ】

 

【恵那:リン……】

 

 

【恵那:……棒読みの応援ありがとう……】

 

【恵那:まぁがんばってみるかー……休憩中にありがとね、ちゃんとお仕事するんだよ】

 

【リン:うぃー】

 

 

 

 

「……だ、そうですよお二人さん」

 

「っかー!3時間たぁなかなかのもんじゃねぇか、腕が……いや、足が鳴るぜ!」

 

「あき、ほんまにそう思っとるん?」

 

「スミマセン……足が鳴るどころか膝が大爆笑してるのが目に浮かびます……」

 

 恵那とリンのやり取りを横から見ていた二人も、そのハードさに明らかにテンションが下がっていた。そんな重苦しい空気で口を開いたのは先ほどから元気を出していた千明だった。

 

「よし、落ち込んでても始まらない、荷物の軽量化でも考えようぜ!どっかでお茶でもしながらさ!」

 

「あ、それええなぁ。どこ行く?」

 

「そういう事なら近くに美味しいケーキが食べられる喫茶店があるよ」

 

 先ほどまでの悲壮な表情はどこへやら、美味しいケーキというワードに一気に沸き立つ三人の女子高校生がそこにいた。

 

 

 

 

 その頃、とある場所を走る一台の車の中では、各務原姉妹の会話が繰り広げられていた。

 

「そう言えばなでしこ、昨日釣り具の手入れしてたけど、またどっか行くの?」

 

「ん?んー。もふぉふふぉ」

 

「……いいわ、とりあえずそのおやき食べちゃいなさい」

 

 桜の買い物に付き合う形で一緒に出掛けていたなでしこだったが、途中で買ったおやきをもしゃもしゃしながら返事をして呆れられていた。

 

 ちなみになでしこが食べていたのは定番の野沢菜とベーコン・トマトソース・チーズが入ったピザ風のおやき。

 

 例によって車内に匂いが充満する前に、桜によって窓は全開だ。ただ、だいぶ暖かくなってきたこの時期は、爽やかな風が頬に気持ちいい……

 

「あー、おいしかった。あのね、今度は本栖湖行くんだー」

 

「ふーん。前にリンちゃんと会った所?」

 

「そだよー。初めて湖で釣りするんだー、だから慣れてる方が良いかなってみんなで決めたの」

 

「それもそうだな」

 

 という会話をしながら、なでしこはいつの間に取り出したのか、お気に入りのグミをもにゅもにゅしている。これでいて夕飯もしっかりと食べるのだから侮れない。そして桜はというと、そんな妹を一瞬横目で見た後、何を言う訳でもなく黙り込んで何かを考えているようだった。

 

(本栖湖ねぇ……確か本栖みちの途中に美味しいそばが食べられる道の駅があったような……。それかちょっと足を延ばして河口湖畔のカフェでケーキも良いわね。そう言えばチーズケーキで有名なお店があったような……)

 

「ねぇなでしこ、本栖湖は自転車で行くの?」

 

「うん、昨日試しに積んでみたら、何とか釣り具も一緒に積めそうだったし。ちょっと重くなっちゃうけど、あのくらいなら平気平気」

 

 桜の質問に「フンス!」と鼻息荒く気合を入れて返事をするなでしこ。そんな妹の様子にわずかに口元を緩めると、桜は言葉を続けた。

 

「車出すけど」

 

「ほんと!?ありがとうお姉ちゃん!……そうだ!あきちゃん達にも声かけていい?」

 

「いいけど、5人乗りだからな」

 

 桜の言葉を聞いてなでしこは、さっそくいつものメッセージアプリを立ち上げ。

 

 

 

 

 そんな姉妹の会話が繰り広げられているとはつゆ知らず、女子高生三人組は恵那おすすめの喫茶店でケーキに舌鼓を打っていた。

 

「うあー、なんやこのシフォンケーキ、ふわっふわや!」

 

「やばいなこのふわっふわ加減」

 

「ねー、ふわっふわでしょー」

 

 恵那一押しのシフォンケーキを頼んだ三人は、そのふわふわの食感にテンションが上がる。

 

 そして食感だけではなく、味の方もまた格別のようで……

 

「そのままでもうまいけど、ケーキ自体が甘さ控えめなせいか、添えられた苺のコンポートが良く合うな」

 

「せやなー、生クリームもくちどけなめらか、これは家やったら真似できひんで」

 

 自分の進めた店がハマって嬉しい様で、あおいと千明の様子に恵那もまたにこにこしながら、ケーキと紅茶を楽しんでいた……のだが……。

 

「さて、ふたりとも、そろそろ本題に入ろうか」

 

「あー、私らの自転車問題やね」

 

「うぅ、もう少しこのふわっふわの幸せに包まれていたかったズラ」

 

 三人はそれからしばらくうつむいたままひとしきりテンションを下げた後、気を取り直して計画を練り始めた。

 

「とりあえず私は荷物そんなにないから、二人の分も持つよ」

 

「そっか、恵那は着替えくらいだもんな。なら食材とか持ってもらうか?」

 

「今回のご飯係は私とあきやんなぁ?食材あんまり重くないようなメニュー考えてみる?」

 

 あおいがそう言いながらスマホで検索し始めたのを見て、恵那も自分のスマホを取り出す。そんな中千明が「そうだ!」と手を打った。なにか思いついたらしい。

 

「インスタントラーメンってどうよ?カップだとかさばるけど、袋麺なら軽いしそんなにかさばらなくないか?具材を工夫すれば見栄えもするだろうし」

 

「いいかも。それに何かインスタント麺ってキャンプの定番って感じ」

 

「なるほどなー。そしたら、それも一つの案ってことで、乾麺系で他にええのないか調べてみよか」

 

 千明の一言で、どうやら方向性が決まったらしく、それぞれ乾麺を使ったメニューを考え始めると、インスタントラーメンのほかにもうどんやそば、パスタ等のレシピが色々と案としてあげられていく。

 

「へー、ほうとうって乾麺でも作れるんだ……あー、でもあのトロっと感は少なそう」

 

「なでしこちゃんに作ってあげたんだっけ?あきちゃん」

 

「具材も鍋の時みたいに、切れてる豚汁セットが使えそうやなぁ」

 

 それ以外にも……。

 

「あ、これこれ、前にリンが作ったって言ってたやつ」

 

「スープパスタかぁ、ええなぁ」

 

「パスタも荷物的には軽いからな、アリだぜ!」

 

 といった感じで、色々とアイデアが出てくる中で、あおいがとあるレシピを見つけて二人に勧めた。

 

「なぁなぁ、コレってどう?いつもとはちょっと違う感じでええと思うんやけど」

 

「おっ、いいじゃんか。アタシは賛成だな。恵那は?」

 

「んー、パクチー抜きなら」

 

「そう言えば前に言うてたね。ほんなら、こっちはどう?」

 

「あ、これ美味しそう。これにしようよ」

 

 どうやらメニューが決まったらしく、日持ちのするものはこの後買いに行くことになった。

 

 決めることも決まり、なんとかなりそうだということで紅茶のお替りでまったりしていると、三人のスマホが一斉にメッセージの着信を知らせた。

 

 

 

 

【なでしこ:やっほー、三人とも今日は買い物に行ってるんだっけ?】

 

【千明:んだ】

 

【あおい:せやでー】

 

【恵那:うん、なでしこちゃんは今日何してたの?】

 

【なでしこ:今日はお姉ちゃんとドライブしながら甲府までお買い物ー】

 

【なでしこ:おやきうまー(写真)】

 

【千明:出たな、腹ペコなでしこ】

 

【なでしこ:そうだ、こんどの本栖湖キャンプ、お姉ちゃんが車出してくれるってー】

 

【あおい:ほんまに!?】

 

【なでしこ:ほんまほんま。自転車だと大変だろうからってお姉ちゃんが……なでしこならともかく……って、失礼しちゃうよね】

 

【千明:ありがとうございます!ありがとうございます!】

 

【恵那:ありがとー!当日も直接言うけど、お姉さんに『ありがとうございます』って伝えておいて】

 

【なでしこ:今となりにいるけど『いつもなでしこと遊んでくれるお礼だから、気にしないで』ってさ】

 

【千明:ほんとなでしこのお姉さんは優しいし美人だし……羨ましいな】

 

 

 

 

 そんなやり取りをしながら、三人はちょっとした相談事を始めた。

 

「なぁ、あき。なでしこちゃんのお姉さんにいつもお世話になりっぱなしやし、なんかお礼できひんかなぁ?」

 

「そうだねー。お礼の品とか?食べ物とかかなぁ?」

 

「それはワタシもちょっと思ってたんだよね。なでしこに何が好きか聞いてみるか」

 

 

 

 

【千明:そうだなでしこ、お姉さんって食べ物とか何か好きなものある?】

 

【なでしこ:ん?んー、なんだろう。食べ物は好き嫌いなくなんでも食べるしなぁ……】

 

【なでしこ:あ、最近お酒飲んでるよ。この前も甲州ワインがどうとかって言ってたし】

 

【千明:なるほど、お酒……ワインかー】

 

 

 

 

「お酒かぁ……あき!」

 

「おうよ!うちの店長に甲州ワインのおすすめ聞いとくぜ!」

 

 その後しばらくメッセージのやり取りをしてから、買い物に行くことにした三人。結局荷物の心配はなくなったもののせっかく決めたということで、先ほどのメニューをメインにしつつ、ほかのメニューも考えることにした。

 

 ひとまず喫茶店を出て、近くのスーパーマーケット――あおいのバイト先なのだが――に向かう三人。

 

 そんな彼女たちは、今回のキャンプ最大の懸念事項が解決したことで、どことなくテンションが上がり気味で、道中でもいろんなキャンプ飯の話で盛り上がっていた。

 

 とは言え、前回は燻製を成功させて、以前の山中湖雪中キャンプではきりたんぽを手作りし、揚げ物まで作った彼女たちのこと、どうせならと今回もなにやら凝ったものを考えているようだ……。

 




お姉ちゃんが車を出してくれることになりました。よかったね

なでしこ姉がお酒好きというのは
原作の四尾連湖キャンプの時に、管理棟のテラスで紅葉を見ながら
酒が飲みたくなるとつぶやいていたので、好きなんだろうなーと思いまして……

紅葉をみて酒が飲みたくなるなんて、酒好きの思考だと思うのです



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第十七話「佐藤さんありがとう」

今回はいよいよ本栖湖キャンプですが
なかなか時間が取れず、最後まで書き切るのに時間がかかりそうなので
とりあえず切りのいいところで前編として投稿いたします



 雲一つない青空の下、春の穏やかな日の光を浴びながら一台のスクーターが本栖みちを登っていた。

 

「ここを通るのも久しぶりだな」

 

 スクーターに乗るようになってからは長野や静岡など遠くに行くことが多くなり、思えばここをこうしてスクーターで通るのは初めてだった。

 

「さすがにスクーターだと早いな。これはもうあの頃には戻れんわ」

 

 いつものキャンプ場の受付の前まで走らせて、ふとスマホで時間を確認して出発時間から計算すると、自転車の時よりも数時間は早く到着していた。その速さと楽さに苦笑いを浮かべながらリンがつぶやく。

 

 久しぶりとはいえ、慣れた様子で受付を済ませて、サイトまでスクーターを転がしていくと、温かくなったせいか他のキャンパーもちらほらと見えた。そして湖の上にはボートもいくつか見えており、中には釣りをしている人もいるようだった。

 

「んっ、んー……さて、やるか」

 

 リンはいつものように軽く体をほぐしてから、最後に大きく伸びをして気合を入れると、早速テントの設営に取り掛かる。

 

 今までにも何度となくやってきたように、テントを立てて、ミニテーブルを設置。お気に入りのアウトドアチェアを広げて準備完了だ。

 

「焚火は……まだいいか。日が落ちて寒くなったら……いや、準備だけでもしておこう」

 

 今はまだ昼過ぎで日差しもありぽかぽかと暖かいが、ここは平地よりも標高も高く、ましてや湖のすぐそばである。日が落ちて風でも出ようものなら途端に肌寒くなるのは想像に難くない。

 

 というわけで、リンは薪を探しに林の中へと入っていった。

 

 手ごろな枝を拾っては乾燥具合を確かめて選別していく。と、同時に松ぼっくりも拾っていく。

 

『コンニチハ!』なんて声が聞こえそうなほど、一つ一つじっくりと見つめ吟味していくが……『オゥ!?ナニシヤガンディ!?』……また一つ、リンのお眼鏡にかなわなかったものが放り投げられていった……。

 

「こんなもんかな。それじゃ久しぶりに……今宵のわが愛刀は木に飢えておる……まだ昼だけどな」

 

 周りに誰もいないということで、適当なことを言いながら愛用の鉈で、拾った薪を適当な大きさに叩き切っていく。

 

「てい、ていっ!……ぐぬぬ……ふんっ!」

 

 一人きりのせいか、知らず知らずのうちに独り言が多くなっているようだ。まぁ、本人はあまり気にしてはいないようだが。

 

 一通り大きさをそろえたところで、日中はまだ必要ないということでとりあえずテントのわきにまとめてよけておく。続いてミニテーブルの上に置いておいたケトルに水を入れて、バーナーで沸かし始める。お湯が沸く間に用意するのは、最近ハマり始めたコーヒーだ……といってもお湯に溶かすだけでカフェオレになるというインスタントのものなのだが……。

 

「んー。いつか豆から挽いて淹れてみたいけど、難しそうだし……何より金がない……」

 

 先日アウトドア雑誌に載っていた記事を思い出してそう呟きながら、バーナーを見つめてお湯が沸くのを待つ。

 

 そうしてお気に入りのカフェオレができたところでようやく一息。手が届きやすいようにすぐ横に置かれたローチェアに身を沈め、マグを傾け「ふぃー」と息を吐いたところで、膝の上に置かれた本を手に取る。

 

「我ながらハマったもんだな……てか、タイトル胡散くさ……爆釣って……まぁ、買った私も私だけど」

 

 その本とは『ルアーフィッシング教えます~これであなたも爆釣フィッシングライフ!~』というルアーフィッシングの入門書で『教えます』のタイトル通り、釣りのプロという設定のキャラが先生になって初心者の生徒キャラに講義していく形式になっているので、とても読みやすく初心者のリン達にはうってつけなのだが、彼女はサブタイトルの『爆釣』という煽りが引っ掛かったようだ。

 

 ともあれ、こうしてリンの久しぶりのソロキャンが始まる。

 

 それは、グルキャン予定の前日。リンのソロキャン欲が高まった結果だった。

 

 

 

 

――いちまーい、にまーい、さんまーい……。

 

「なでしこ!もういい!もういいから!」

 

 肌寒いと体を震わせたリンに、なでしこが次々にブランケットをかけていく。

 

「ふふふ、遠慮することはないんだよ。これでリンちゃんも秘密結社ブランケットの仲間入りだねぇ」

 

 そんなことを言いながらさらにブランケットをかぶせてくるなでしこに、リンは必死に抵抗しようとするがなぜか体が動かない。かろうじて動く首を回してあたりを見れば、いつの間にかほかの野クルメンバーと恵那もブランケットを持って近づいてくる。そして彼女らの足元には『総統』と書かれたプレートを首から下げたちくわの姿もあった

 

「くっ……お、おまえらもか……ちくしょう、好きにしろ……」

 

 じわじわと近づいてくる秘密結社ブランケット構成員達の姿に、もはやこれまでとあきらめの境地でリンは空を見上げた――

 

 

 

 

「……んぁ?……ふぁーぁ。いつの間にか寝ちゃってたか……なんか夢を……まぁいいか。そろそろ日も落ちる頃だし、ブランケットじゃ肌寒いな」

 

 読書を初めてからいつの間にか寝落ちしていたようで、だいぶ時間が経ってしまっていた。

 

 何か夢を見ていたようだが、どうにも思い出せずしばらくもやもやしていたリンだったが、膝の上のブランケットを見てそれをマントのように巻いたなでしこの姿が思い浮かぶ。「我ながら意味が分からん」と頭を振ってそれを脳裏から散らして思考を切り替えて、そろそろ焚火でもしようかと立ち上がった。

 

 すると、松ぼっくりを並べて火をつけようとしたその時、テーブルの上に置いておいたスマホの着信ランプが光っていることに気が付く。どうせいつものメンツだろうと思いながら通知を開くと、案の定恵那からのメッセージだった。

 

 

 

 

【恵那:リンーやほー】

 

【恵那:今日は前乗りしてソロキャンしてるんだったっけ?】

 

【恵那:……ってあれ?……へんじがないただのしかばねのようだ】

 

【恵那:( -人-) ✝ 】

 

【リン:おい、勝手に亡き者にするな】

 

【リン:日差しが気持ちよくてちょっとうとうとしてたんだよ】

 

【恵那:そっかそっか、今日は天気いいもんねー】

 

【リン:で、どうしたんだ?】

 

【恵那:んーん、特に用事があるわけではないんだけど、ソロキャン何してるのかなーって】

 

【リン:そか、今日はのんびり読書だな。まぁみんなが来る明日まで一人を満喫するさ】

 

【恵那:さすがは山梨が誇るソロキャン娘。ま、明日私らが行くののんびり待っててよ】

 

【リン:うぃうぃ】

 

【恵那:そうだ、ご飯も期待しててね。あおいちゃんとあきちゃん気合入れてたから。私も手伝うことになってるし】

 

【リン:ほほぅ。それはそれは、期待させてもらおうではないか】

 

 

 

 

 その後恵那がちくわの散歩に行くというので会話を切り上げて、リンはバッグの中から今日の晩御飯の食材を取り出し準備を始めた。

 

(まったく、斎藤の奴はまったく……だが、ごはんが期待できるのはいいな……この間の燻製も美味しかったし、何気にみんな料理上手いんだよな……だが、今日は私も……!)

 

 まずは炭を熾しておいた愛用の焚火台で、塩コショウで下味をつけた鶏モモを焼いていく。じっくり焼いていくので時間がかかるため、その間に深めのコッヘルにバターを溶かし、あらかじめ切ってきた玉ねぎとマッシュルーム、アスパラガスを炒める。

 

 野菜に火が通ったら水とコンソメスープの素を入れて溶かし、炭火で焼いた鶏もも肉を適当な大きさに切って入れる。

 

(んー、さすがにモモ正肉一枚は多かったか……うん、塩コショウだけでも十分うまい。炭火の香りがもう一つの調味料だな)

 

 リンは余った鶏肉を摘まみつつ、料理を続けていく。スープが煮立ってきたところで、続いて『サ〇ウのごはん』を投入。柔らかくなってとろみがつくまで弱火でしばらく煮込んでいく。

 

(よし、こんなもんかな。次はこれを……おぉー、溶けてく溶けてく。ふふふ、なかなかいいんじゃないか?)

 

 ごはんが柔らかくなったところで、最後に溶けるタイプのスライスチーズをちぎりながら入れて、軽く混ぜて全体を絡めたらレトルトご飯で作るチーズリゾットの完成。

 

「それでは早速……いただきます…………んっ!あっふ、はふ……あっつい!……けど、うまっ!」

 

 チーズが絡んだその熱さに顔をしかめつつ、はふはふと口から熱さを逃がしながら食べていく。

 

(おぉぉ、とろとろチーズが鶏肉と絡んで……。炭火の香ばしさも非常にグッドだな。安いベーコンかソーセージにしようかとも思ったけど、こっちにして正解だった。そしてこんなに簡単にリゾットを作れるなんて、佐藤さんありがとう)

 

 見知らぬ佐藤さんに感謝しつつ、そして、体の中からぽかぽかと温めてくれる料理に舌鼓を打ちながら、リンのキャンプの夜は更けていった。

 

 

 

 

――翌朝――

 

「ふぃー、さっぱり。朝ご飯は簡単でいいよね。そろそろみんなも来る頃だと思うし」

 

 水場で顔を洗った後、テントまで戻ってきたリンは、ごそごそと荷物を漁るとホットサンドメーカーを取り出した。

 

「ふっふっふ。残ったチーズを全部はさんで、チーズたっぷりホットサンドにしよう」

 

 怪しい笑いを浮かべながらホットサンドメーカーを火にかけるリン。昨日の残りのチーズを使ってホットサンドを作るらしいが、一枚ならともかく、何枚か残っているのでかなりチーズマシマシのホットサンドになりそうだ。

 

「ありがとうございましたー!」

 

「ありがとうお姉ちゃん。また明日ね」

 

 程なくして焼きあがったホットサンドにリンがかぶりつき、中からあふれ出てくるチーズと格闘していると、上の道の方から聞きなれた声が聞こえてきた。結構距離があるようにも感じるが、朝の静かな時間ということもあってか、それとも単純に声が大きかったのか、リンがいる湖畔まで声が聞こえたようだ。

 

「来たか。どれ、迎えに行きましょうかね」

 最後の一口をカフェオレで流し込み、リンが立ち上がって振り返ると、坂の上から大きな荷物を持って降りてくるいつものメンバーの姿が見えた。

 

 彼女たちの後ろではこちらを見ている桜の姿も見えた。桜もリンの姿に気が付いたようで手を振っていたので、リンもまた控えめではあるが手を振り返して応える。

以前に比べて少し距離が近づいたようにも感じるのは、奈良多湖でのやり取りがあったおかげだろうか。

 

 そして、こちらに向かっているなでしこたちもすぐにリンの姿に気が付いたようで、なでしこが大きく手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「おーい!リンちゃーん!おはよー!」

 

「なでしこ、走ると危ないぞ」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。転んだくらいじゃ私はへこたれない!」

 

「いや、そもそも転ぶから危ないと……というか胸を張って言うことではないんじゃ」

 

 いち早く駆け寄ってきたなでしことそんな会話をしていると、ほかのメンバーも続々とやってきてはリンに声をかけてくる。

 

「それにしてもしまリン早いな。何時ごろからいたんだ?」

 

「リンは昨日からいたんだよねー」

 

「そうなんや?昨日はソロキャンしとったって事?」

 

「へー、確かに昨日のメッセでは特に何してるとか言ってなかったから知らなかった。さすがはシマリングのプロだな」

 

 千明が親指を立てながらわけのわからないことを言っている中、リンが昨日の野クルメンバーとのメッセージのやり取りを思い出すと確かに各々何をしているかということは話していなかった気がした。

 

(あぁ、前乗りしてソロキャンしてるのは斎藤にしか話してなかったっけ。別に秘密にしていたわけじゃないんだけど、まぁいいか。つか昨日はこの本栖湖での釣りの話題に終始してたしな。流れで来てることを言ってもよかったけど……)

 

「とりあえず無事合流できたことやし、まずは設営してまおか」

 

 受付はすでに済ませているようで、あおいの言葉をきっかけに皆テントなどのセッティングを始めた。リンも手伝ったが、皆にとってももはや手慣れた作業なのですぐに終わらせて、いよいよ本日のメインイベントと相成った。

 

「よーし、みんな設営はできたなー?それじゃあそろそろはじめっか。なでしこ!陸っぱりでこの辺からいけそうなポイントは?」

 

「はい、ぶちょう!あの辺とあの辺が実績あるとのことです!」

 

 千明に促されて、なでしこが昨日の会話でも出てきたポイントを指し示す。

 

「うむ、それでは皆の衆。いざ出陣じゃ!」

 

「おー!」

 

 千明が声をかけると、皆揃って気合を入れて動き始めた。謎の掛け声ながら皆の声がそろうのは、ノリがいいメンバーがそろっているからだろうか。

 

 千明のノリが苦手だと言っていたリンでさえも、最近慣れてきたこともあって苦笑いを浮かべながらではあったが、小声で反応していた。ただ、その頭の中では「なぜに戦国風?」という疑問は拭い去れなかったようだったが……。

 




まずは、時間が空いてしまい申し訳ありませんでした
ということで、前書きにも書いたように
まだ最後まではしばらくかかりそうだったので、とりあえず前編の投下です

書いてる途中で七巻が発売されて、まさかの大塩コンビの結成があり
この作品ではとっくに過ぎてしまってネタにすることもできず
「ぐぬぬ」となってます……

それとまだ読んでいない方もいるかもしれませんので、ネタバレを避けつつ
七巻の感想を一言→「桜さん美人過ぎ!」


お読みいただきありがとうございます


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