強欲ルフィ (炭素)
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プロローグ
ルフィの強欲


 

 

 

 「はら…へったぁ」

 

 そんな一声と共に、少年は意識を取り戻した。

 背中に感じる冷たい感触は、‎ふかふかのベッドなどではない。硬い、ゴツゴツとした地面が、少年が今いる場所だった。

 仰向けに転がっている少年の‎視界は真っ暗で、ずっと先の方に、木々に覆われた拳一つ分の日の光が有るのみだ。それでも、明かりを見つけたことで、少年の心に少しだけ余裕が生まれた。夜のジャングルに放り込まれた時よりマシだ。

 

 「くそぅ…」

 

 光をぼーっと眺めて少し、少年は歯を食い縛りながら、ポロポロと涙を流した。

 甦るのは、吊り橋から落とされた時に見えた、冷たい顔だ。

 ‎‎拒絶されて悲しかった。

 ‎仲良くなりたかった。一緒に遊びたかった。友達になってほしかった。

 ‎

 ‎少年は、未だ七歳だ。

 ‎相手のことを考えるだけの余裕はない。祖父に鍛えられて打たれ強くなっている少年だったがーー心までは、まだ強くなれなかった。

 

 「はらぁへったぁ…」

 

 お腹が空いて、力が出ない。一歩も動けそうになかった。

 ‎ズボンのポケットを探っても、出てくるのは砂利だけ。そして今日食べたのは、コップ一杯の水と、茶碗半分の米だけだ。

 

 「めしぃ…めしぃ…」

 

 呟く程度の小さな声が、岩壁を伝って反響する。余計に寂しくなった。

 ‎少年はうつ伏せになって、何かないかと手を地面に這わせる。以前祖父に崖から落とされた時に、同じことをやってキノコを手にいれたのだ。そして、喜んで食べて、笑いがしばらく止まらなくなった。

 

 「あ」

 

 淡い願いは叶った。右手の指の先に、ぷよぷよとした感触。

 ‎キノコだ!

 ‎少年の目に輝きが生まれる。逃がすまいとの如く、キノコ?を掴み取り、大きく開けた口の中に放り込もうとしてーーそれが無くなっていることに気づいた。

 

 

 

 

 $$$

 

 

 

 少年は、真っ白な世界の中に立っていた。上下左右を見回しても、全て真っ白で何もなかった。

 

 「どこだここ??」

 

 谷底にいたはずた。とてもお腹が空いていて、キノコを見つけて、でも食べようとしたら無くなっていてーー

 

 「左手…」

 

 左の手のひらを訝しげに見る。そこにキノコはなく、崖から落ちた時にでも出来たのか、切り傷が一つあるのみだ。

 ‎少年は諦めた表情になって、所在なさげに手を開閉する。そして、手を横に傾けた時に気づいた。

 ‎手の甲に、見覚えのない模様があったのだ。

 

 「なんだこれ…」

 「'よう、ガキンチョ'」

 

 突如、後ろから声がした。

 誰かいたのか!

 ‎少年はホッとして振り向くーー

 

 「ぎゃあぁあああーー!!オバケー!!」

 ‎「'はあ?'」

 

 振り向いた先、というかすぐ後ろに大きな顔のような物があった。黒い影に、鋭い二つの目と、剥き出しの歯。

 ‎それが、ゆらゆらと宙に浮いているのだ。

 

 「ま、まけねェぞ!オバケにだって!おれは海賊王になるんだ!こいっ!」

 「'おいおい…聞く耳ねえなこりゃ。……おっ'」 ‎

 

 影は、一瞬で人の形をとった。十代中頃の、目付きの悪い少年の姿に変化した。

 

 「ひ、人になった…」

 ‎「'…なんでリンの姿なんだ。…まあいいか。俺は強欲(グリード)ってんだ。よろしくな'」

 ‎

 ‎少年は、唖然とした様子からハッとなって、グリードと名乗った人物を睨み付ける。

 

 「おれはルフィだ。なんなんだお前!」

 ‎「'何ってそりゃあ…なんだろうな…。ストックは一つもねえし…ただのグリードってとこか?悪いな、わからん'」

 ‎「じゃあ、仕方ねェか」

 ‎「'…素直なガキだな、お前'」

 ‎「ガキじゃねェ!ルフィだ!」

 ‎「'おう、ルフィ'」

 

 グリードは、現状に頭を悩ましながら、ルフィの頭をわしわしと撫で回す。

 ‎ありえないーーなんて事は、ありえない。これを持論とするグリードとしても、この事態に混乱していた。

 ホムンクルスとしての、‎数百年分の記憶ーーは、あるとは言えないが、リンの身体を乗っ取ってからの記憶は全てハッキリとしている。

 そして‎最期、自分が消えていくのを感じてーーと、思ったらここにいた。

 ‎訳がわからない。

 ‎だが、自分はツイている。それだけはわかった。今なら、神とやらに祈ってもいいくらいだ。

 ‎やめろーと抵抗するルフィの手を避けながら撫で続けていると、あるものが目についた。

 ‎驚きはない。少々勝手は違うが、一応納得する。

 

 「'ルフィ、その手のヤツはどうしたんだ?'」

 「ん?知らねえよ。さっきまでなかった」

 ‎「'ほー'」

 ‎「それより、グリード。友達になってくれよ」

 ‎「'はあ?'」

 

 グリードは、撫で回す手を止める。そして、胡散臭げにルフィを見つめた。

 ‎キラキラとした視線が返ってきた。思わぬ事態に、笑みが漏れる。

 

 「'…くくっ、がっはっは!それよりいいものがあるぜ。まあ、ちょっとばかしガキすぎるがな'」

 ‎「だから、おれはガキじゃない!」

 ‎「'あー悪い悪い。…と、さっき海賊王とか何とか言ってなかったか?'」

 ‎「うん、おれは海賊王になるんだ。いつか強い仲間を見つけて!世界一の財宝をみつけて、海賊王になってやるんだ!!」

 ‎

 ‎グリードは、ルフィの言葉を聞いて眉を潜めた。こんな子どもが、日陰者中の日陰者、ましてやその王などになると豪語しているのだ。どんな育て方されているだろうか。親の顔が見てみたい。

 ‎だが、その意気込みは嫌いじゃなかった。子どもながらに、この強欲。悪くない。

 ‎自然と口元が吊り上がっていく。

 

 「'はっ!やっぱりガキだな!リンの奴もそうだったが、小さい小さい…'」

 「なんだと!」

 ‎「'海賊王、海賊王か…いいぜ、何であれ王を望むその欲、中々じゃねえか…'」

 

 怒るルフィを尻目に、グリードは益々機嫌良さそうに笑みを浮かべた。

 そして、かつてを思い出しながら、同じ言葉を繰り返した。

 

 「'けど、どうせならよ…ーー世界の王になるってのはどうだ?'」

 

 「…え?」

 

 ククっと、笑みが漏れる。

 

 「'この世の物全て俺の物!!

 ‎ 金も欲しい!女も欲しい!

 ‎ 地位も名誉も

 ‎ この世の全てが欲しい!!'」

 

 ルフィの頭に左手を乗せる。そして、膝を折って目線を合わせた。

 

 「'だが、それよりも欲しいもの…大切なものを教えてやる…

 ‎ーー仲間。魂の仲間だ…自分の魂に誓える仲間が俺は欲しい!!じゃ、これからよろしくな、小さな相棒よ!!'」

 

 

 

 

 

 

 $$$

 

 

 

 三日後ーー。

 ‎

 

 「うめえ」

 ‎『'喉につまんぞ、もうちょっとゆっくり食べろよ'』

 ‎「わかった。うめえ」

 

 太陽が高く昇る時間帯、ルフィは焚き火の前で、骨付き肉を頬張っていた。

 ‎ルフィの目は、次はどこを食べようかと、丸焼き肉に釘付けだった。

 

 ルフィは三日前、感情の高ぶりに流されるままにグリードと握手を交わした後、ほどなくして現実へと戻った。そして、僅かに回復した体力で谷底から這い上がってきたのだ。

 ‎途中、狼に襲われそうになったが、グリードがルフィの身体の主導権を握り、飛び出してきた一匹を撃退した後からは、狼の群れは一定の距離から近づいてくることはなかった。

 

 「うおっ、親指が真っ黒になった!!」

 ‎『'ルフィの“時”はこれが精一杯なんだよなあ…通りが悪い。んで'』

 

 グリードとルフィの身体の主導権が入れ替わる。

 

 『おい!まだ肉食ってる途中だ!グリード!』

 「'俺の“時”は、全身可能っぽいんだが…ゴム…じゃ、なくなるのか?それと…何か違げえなこれ'」

 

 グリードは、顔以外の全身が黒一色に染まった姿を水面に写して、両手を打ち鳴らしながらぼやいた。

 

 「グリード!肉が食いたいなら、先に言えよな!でも、これは俺のだ!」

 ‎『'身体の主導権も、半々…と'』

 ‎「聞いてんのか!」

 ‎『'ん、ああ。聞いてるよ。肉は全部食っていいぜ'』

 ‎「そっか。ならいいんだうめえー」

 ‎『'…俺が力を使ったら、こいつはいくらでも食うってのも追加。あと試してねえのはーー'』

 ‎「もぐもぐ…なんか言った?」

 ‎『'いっぱい食って、早く大きくなれよ'』

 ‎「…?おう」

 

 

 

 

 

 ニヶ月後ーー。

 

 

 「いでェ!!かすった!グリード!助けてくれ!」

 ‎『'バッカ野郎、俺にばっか頼んな。これくらい自分でなんとかしろ。エースと友達になるんだろ?'』

 ‎「そんなこと言っても!ハァ…ハァ…でけェし!!」

 

 ルフィは、自分の何倍もの大きさがある熊に襲われていた。

 

 『'ほら、気の流れを読むんだよ。…そう、自分の手のひらを見るようにな'』

 ‎「ッ!グリードはできないのに何でそんなに偉そうなんだ!」

 ‎『'俺はいーんだよ。出来なくても硬化があるし。でもお前はやれよ。少しでも感触あるなら、リンにやれて、相棒に出来ない道理はねえ'』

 ‎「…へへっ」

 ‎『'バッカ、油断すんな!'』

 

 熊の鋭い爪がルフィの肩部を捉えてーーガキィ!と硬質な音が鳴る。ルフィは吹き飛ばされ、木に勢いよくぶつかった。

 

 「いてぇっ!…あ、痛くはねェ!おれゴムだから!グリードありがとな!」

 ‎『'アホ言ってないで立てよ。次来んぞ'』

 

 熊が怒声を上げた。切り裂くつもりで振るった爪は、無惨にも半ばから折れていた。 

 ‎怒り一色の顔だ。目は血走り、ダラダラと涎がしたっている。

 

 「うっ」

 ‎『'あー…代わるか?'』

 ‎「いいよ!まだやるっ!おれは負けねエ!」

 ‎『'よっしゃ、そうこなくちゃな相棒!'』

 

 ルフィは斜めに構えた。そして、自分に言い聞かせた。

 ‎自分でもかわせる。まだできる。今は倒せなくとも、いずれは必ず!

 

 「お前のにくは!おれのものだァーー!!!」

 ‎『'いいねいいねぇ…'』

 

 

 

 三ヶ月後ーー。

 

 

 「よう!久しぶり!」

 

 「ルフィの奴が帰って来やがったぜ!!!」

 ‎「コイツ…生きてやがったのかいっ!!」

 ‎「?誰だっけこのチビ…」

 

 夜、ダダン一家のアジトは、大騒ぎだった。ガープから預かったルフィが、初日に行方不明になってから三ヶ月も経った今になって戻ってきたのだ。

 ‎行方不明になった当初は、流石に不味いと考え、何度か一家総出で捜索したものの見つからない。こっそりフーシャ村にも確認しに行っても、その姿はなし。もはや誰もが、ルフィが生きてはいないと思っていた。

 ‎そのルフィが帰ってきたのだ。

 

 「コラルフィ~!お前この三ヶ月何してやがったんだ!!」

 

 ダダンが冷や汗を流しながら叫ぶ。そろそろガープに言わなければと思っていたところで、焦っていたのだ。

 

 「三ヶ月もたってたのか。…誰だっけ、ばあさん」

 ‎「ばあさんて!!おめェあたしはまだそんな歳じゃねェ!!」

 ‎「そっかごめんババア」

 ‎「ダダンだよ!!てめェブッ飛ばすぞ!!」

 ‎「お、うまそうな肉」

 ‎「聞きやしねェ!!それに、あの肉は食わせねェぞ!!エースが獲ってきたもんだ!前にも言っただろ!」

 ‎「まーまーお頭、今日くらいは…」

 

 山賊達が、ダダンを宥めようとする。

 ‎その横を、ルフィがスタスタと通りすぎた。

 

 「おれ、今日はもう食ったからいいよ。それより寝る」

 ‎「はぁ…!?」

 ‎「'グリードだ。これからよろしくな、お前ら'」

 

 ルフィは、奥に入っていった。

 

 「訳わからネェが、これだけは言えるぜーーエース以上の化け物かよチクショウッ!」

 

 ダダンの悲痛な叫びが、コルボ山に響き渡った。

 

 ‎

 

 

 



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エースは怠惰

 

 

 

 「ハァ…ハァ…」

 

 少年は追われていた。

 ‎‎見慣れた風景が後ろへ流れていく。それなのに息が上がる。

 ‎枝先で引っかけた頬が、ズキズキと痛む。靴の中に溜まった泥が、足を鈍らせている。

 森の中ーー河を、沼を、岩場を、木々の間を必死になって駆け抜ける。追っ手を退けるために、持っている鉄パイプで岩を落とし、凶暴な動物をもけしかけた。

 ‎しかし、どれもさほど効果はなかった。

 

 「エ~ス~」

 

 もう四日も続いている。三ヶ月前とはまるで違うルフィの動きに、エースは気味悪さを感じていた。

 ‎ダダンら山賊達が話しているのを昨夜も聞いたから尚更だ。

 

 ‎曰く、ルフィには悪魔が憑いた。

 ‎

 ‎突拍子もない話ではあるが、エースも納得せざるを得なかった。だって、そう考えなければあんなガキーーいくらゴムであろうとーーが三ヶ月もの間、この山で生き残れるはずもないのだ。

 

 「なぁグリード、さっきここ通ったよな!」

 

 そして、その悪魔の存在を、ルフィも隠そうとしていない。そればかりか、アジトに戻ってきた次の朝には、わざわざ悪魔の紹介までしていた。

 

 「…」

 

 ふと思った。自分は鬼と呼ばれ、ルフィは悪魔扱いされている。

 ‎どちらのほうがましなのだろう。

 

 「なぁなぁエース!どこに行くんだ!?おれも一緒に行きたいんだ!連れて行ってくれよ!」

 

 だが、気味が悪いことにはかわりない。得体の知れないものを、サボに関わらせたくもなかった。

 

 「うわっ!危なっ!」

 

 また避けられる。

 

 ‎「チッ!ついてくるな!!」

 ‎「…わかった!また明日!」

 

 しかし。

 ‎何が基準かはわからないが、一定の距離カンを取って、それ以上は近づいてこない。この数日、その繰り返しなのだ。

 ‎その妙な聞き分けの良さが、エースの神経を逆撫でする。

 ‎だったら最初からついてくるな。

 ‎エースは、ルフィの方を一瞥しーー落ち込んだ様子のルフィが目に入ったところで目を反らして、その場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 「なぁ…グリードぉ…」

 ‎『'ま、しょうがねえな。明日からは作戦変更だ'』

 

 

 

 

 

 次の日ーー。

 

 

 

 「やったー!友達だ!仲間ができた!!グリード!おれに友達ができたんだ!!」

 「エース、グリードって何だ…?」

 ‎「…さあな」

 

 

 

 

 

 今日の朝。ルフィは、ここ数日は何だったのかーーエースの前に姿を見せなかった。

 ‎そう、然程気にしなかったのが間違いだったのだろう。実際のところ、ルフィはこっそりと自分の後をつけてきていたのだ。

 ‎最悪なことに、サボと一緒に五年間貯めていた海賊貯金の存在を知られた。そのうえ、口を封じるために、サボと二人がかりで捕まえようとしても、ルフィは捕まらなかった。

 ‎

 ‎「なんで捕まらねえんだ!!クソッ」

 ‎「エース、おれちょっと休憩…」

 

 不運は続く。

 ブルージャム海賊団の船員ポルシェーミが報復にやってきた。‎エースがチンピラ達から奪った金は、商船のものではなく、ゴミ山を牛耳る海賊の金だったのだ。

 ‎逃げようとしたときにはもう遅かった。サボがその手に捕らえられてしまっていたからだ。

 エースには、‎サボを見捨てて逃げるなんて考えは存在しない。しかし戦おうにも、サボは連れのチンピラに首に刃を当てられている。

 ーー‎抵抗すれば、殺す。

 ‎もはや、ポルシェーミに従い、金を渡すしかなかった。

 

 「おい、おれの仲間(になる予定)にーーなにしてんだ!!!」

 

 ーーいつのまにかルフィが、チンピラに腕を振り上げたまま、叫んでいた。

 ‎

 ‎瞬間。

 ‎サボを捕らえていたチンピラを含め、ポルシェーミを除く海賊達が、口から泡を吹いて崩れ落ちた。

 ‎ルフィが、呆然と固まっているサボの手を引いて、ポルシェーミ達から距離を取った。

 

 「…?……あ!!やった、見たかグリード!!今、気が…気が出せたんだ!やっぱり!何か出せると思ってたんだおれ!!!……………まぐれじゃねェ!」

 

 また、グリード。

 ‎喜んだ後に落ち込むルフィの様子を見ていたエースは、それ気づいた。

 

 「避けろっ!」

 「ガキがァ!!何をした!!」

 

 ルフィが、ポルシェーミに気づいた。しかし、ポルシェーミを見てビクリと固まる。

 ‎ルフィは動かなかった。

 ‎ポルシェーミの剣の凪ぎ払いによって、ルフィは切り飛ばされ、草木の中に突っ込んでいった。

 

 「…っ!!サボ!!やるぞ!!」

 ‎「あっ…ああ!!」

 

 

 

 

 

 「おいっ無事か!お前!」

 

 エースは激闘の末にポルシェーミを下し、縄で縛るのをサボに任せて、ルフィの元へ急いだ。

 ‎戦いの最中も一度も出てこなかったのだ。まさか、動けないほどの重症を負ってーー

 

 「え…エース…ご、ごめ…おれ戦わないと…いけなかったのに…ウゥゥ」

 

 ルフィは、顔をぐしゃぐしゃにして震えていた。途切れ途切れの言葉を聞いて纏めるとーー動物達とは全然違って、怖くて動けなかったらしい。

 ‎エースには、それが理解できた。単純な動物達とは違い、人間は様々な悪意を持っている。よく身に染みていることだ。

 しかし今は、それが少し可笑しかった。

 ‎気味の悪い存在であるはずのルフィが、ただの子どものように泣いているのだ。

 

 「くくっ」

 ‎「グスっ…」

 

 

 

 

 その日から、エースに仲間が一人ーー

 

 「'おお、すげえなお前ら。ガキ二人でここまで金を集めるとは中々…'」

 

 いや、二人増えた。

 

 

・・・・・

 

 

 ‎海賊達の一件から、サボが“不確かな物の終着駅”を出て(追われる形でだが)、ダダン一家のアジトで一緒に暮らすようになった。

 ‎山で日々高め合いーー

 

 「'気の流れを読めお前ら。手のひらを見るようにな'」

 ‎「グリードそれしか言わねェ…」

 ‎「'ルフィはそれで出来てんだからいいんだよ。現に、半分は避けてんだろコイツ'」

 ‎「しししし!」

 ‎「グリードとルフィ…入れ替わったらすぐ分かるなあ」

 

 そして、町の不良達、“ゴミ山”の悪党達、入り江の海賊達との戦いに明け暮れる日々が続いた。

 

 

 「何読んでんだルフィ?」

 ‎「'残念、グリードだ'」

 ‎「あー。ルフィは本なんて読まないよな」と、サボ。

 ‎「バカにすんな!俺だって一緒に読んでるぞ!文字だって書けるし!手紙だって出したんだ!」

 ‎「はァ?お前が?」

 ‎「'本当だよ。ルフィは本読むぜ。お前らも読むか?“東の海の植物図鑑”と“肩もみの基本”、あと新聞'」

 ‎「植物図鑑で」

 「おれ新聞」‎

 ‎「'村長のじーさんからの借りモンだから汚すなよ。新聞はアジトにあったから別にいいけどな'」

 

 ルフィのリュックから、エースは図鑑、サボが新聞をそれぞれ取り出す。そして、各々が読書を始めた。

 

 「…え?…天竜人…」

 ‎「'あ?サボ知ってんのか?来るらしいな天竜人ってのがこの国に'」

 ‎「天竜人ってなんだ?」

 ‎「…世界貴族って言って、世界で一番偉い人のことだよ」

 

 ‎数日後、町に行ったことで、サボが貴族の息子だと知ることになった。

 エースはサボが貴族だと知ったところで、たいして気にしなかったが。

 ‎そして、それぞれの“先”を語り合い、晴れて兄弟の盃を交わしたーー。

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 「じいちゃんが来たぞ!!エース!ルフィ!」

 ‎

 ‎ある日村長とマキノが山に来て、村の子ども服の古着を貰った数日後に、次はガープがやってきた。

 

 「久しぶりだなジジイ」

 ‎「よ、じいちゃん。手紙で頼んだ本くれ!」

 ‎「こら貴様ら!!もっと喜ばんか!」

 

 理不尽な拳が、エースの頭上から飛んでくる。

 しかしエースはそれを、難なく避けた。目線をチラリとも向けることなくだ。

 

 「ぬ、エース貴様…」

 

 ガープは目を白黒させた。本気でやった訳ではない。しかし、十歳そこら(ガープ基準)の子どもに避けられるとは思っていなかったのだ。

 ‎表情を固くさせる。

 ‎次はルフィに向かって拳を降り下ろす。

 

 「危ねェ!!何すんだじいちゃん!!」

 

 ルフィは、ガープの拳が到達する前に、大きく飛び退いていた。以前とは、明らかに段違いだ。

 ‎ガープの表情は更に険しくなった。

 

 「…お前達、なぜ“覇気”を使っておるんじゃ」

 「「?」」

 「…え?知らんの?」

 

 エースとルフィは、首を傾げて顔を見合わせる。そして、目配せして頷いてーーなるほどと手を打った。

 

 「じいちゃん、おれ達気を読んでるんだ。自分の手のひらを見るように。な、エース!」

 ‎「そうだ。手のひらを見るようにな」

 「…末恐ろしいガキ共じゃ」

 

 ガープは呆れていた。どこで思い付いたのかよく分からない理論で、見聞色の覇気を、未熟ながらも習得していたのだ。海軍将校でも取得者は稀なそれを、十歳そこらの子どもが垣間見せている。

 ‎結局ガープは、“血”か…と納得した。

 ‎むしろ、鍛えがいがあると云うものだ。

 

 「む!ルフィ刺青なんぞしおってェ!この不良孫がァ!!」

 ‎「いでェ!おれゴムなのに!痛いっ止めてくれ!じぃちゃん!!」

 ‎「ルフィっ!この、くらえ!くそジジイ!」

 ‎「じいちゃんに向かって手を上げるとは、何事じゃエース!!」

 ‎「飯できたぞ、エース、ルフィ…って何だこのじいさん!敵襲か!」

 ‎「何じゃ貴様ァ!」

 ‎「うぉぉぉお!危な!」

 

 

 ・・・・・

 

 

 その日、エースは食材探しに山を駆けていた。サボとルフィも同じく駆け回っているころだろう。

 ‎今日の勝負は夕食。誰が一番大きな獲物をーーではなく、誰が一番旨いものを出せるかの勝負だ。提案はグリードである。

 ‎これには、少々分が悪いとエースは感じていた。ルフィとグリードのセットで、問題のグリードーー最近料理の本を読んだのか、グリードの作る飯は旨い。ただ肉を焼くにも、自分がするのとでは、かなり差が出るのだ。

 ‎そして、サボもそれに影響されている。この前食べたシチューは美味しかった。

 

 「おっ」

 

 気配で、頭上を鳥が通ったのがわかった。目で確認すると、大きな鳥の影だった。それが、数本先の大木に突っ込む。

 

 「よし、卵ゲット」

 

 肉も手に入るかもしれない。

 ‎エースはニヤリと笑って、大木に足を掛けた。

 

 

 

 

 「なんだ?これ」

 

 エースは、歪な形をしている赤い石を左手に持って、太陽の光に透かして眺めていた。

 

 見つけたのは、二十メートルほど登った先にあった鳥の巣の中だ。ちなみに、鳥の卵は一つもなかった。光沢のあるガラクタが巣の中に散らばっているだけだった。

 

 「うーん?」

 

 見たことのない石だ。少し柔らかいような、なんの変哲もない石だ。しかし、なぜか目が離せない。

 ‎どれほど眺めていただろう、ぼーと眺めて警戒を疎かにしていたエースの背後を、戻ってきた巣の主が襲った。

 ‎手から石を弾かれ、木から足を滑らせーー葉っぱの生い茂った細い枝を何本も折りながら、エースは地へ落ちた。

 

 

 

 ZzzZzzZzzZzzZzz

 

 

 「…おい」

 

 エースは、一面真っ白な世界に立っていた。そこにぽつんとーーいや、どすんと一つの巨体があった。

 ‎それは、大の字に俯せしていた。

 

 「'……'」

 ‎

 ‎反応はない。

 ‎エースはジリジリと巨体に近づいていく。

 

 「お前は誰だ。ここはどこだ。お前が助けてくれたのか」

 ‎「'めんど くせ…俺…スロウス…'」

 ‎「お前喋れたのか…怠惰(スロウス)?」

 

 エースの中で、何かが引っ掛かった。

 ‎

 ‎「あ、それ…」

 

 答えは、直ぐに見つかった。未だ顔を上げないスロウスの右肩辺りに、見覚えのあるものがあったのだ。

 

 「お前、グリードのこと知ってるか」

 ‎「'…ああ………'」

 ‎「…まあいいや。取り敢えず、ここから出せよ」

 ‎「'…しらね'」

 ‎「おい」

 ‎「'……'」

 ‎「何だコイツは」

 

 

 

 ZzzZzzZzzZzzZzz

 

 

 「ただいま」

 「エース!遅かったな!」

 ‎「何してたんだ?お前、何も持ってないじゃないか」

 

 新しく作った自分達の家の木の下で、ルフィとサボが心配そうな表情で駆けてきた。

 ‎それはそうだ。もう日はほとんど沈みかけているのだから。こんなに遅くなったことはなかった。

 

 「'おい待てエース。何か妙な気配がするんだが、気のせいか?'」

 

 ルフィがーーいや、グリードが警戒した面持ちで言った。サボは困惑した表情で、交互に見遣っている。

 ‎エースは、やっぱり…と諦めたように手を上げた。

 

 「待てよ、グリード。でも多分お前の予想の通りだぜ」

 ‎「ほー…で、どいつだ?」

 ‎「スロウスって。こいつ何もしゃべんねェんだ」

 ‎

 ‎スロウス…の辺りで、グリードはあからさまに警戒を解いた。そんなグリードの様子に、エースも釣られてホッとした。

 

 「よかったな。そいつは“当たり”だよ。“外れ”がいるのかは知らねえけど。性格も…まあ無害な奴だ。能力的にも悪くねぇよ。たぶん」

 ‎「たぶんかよ」

 ‎「そののろま野郎に、力貸せって言ってみ」

 ‎「…?わかった。スロウス、お前の力?ちょっと貸してくれ」

 ‎『'…?めんどくせ…'』

 ‎「おい」

 

 何もないんだけど…と、グリードに文句を言おうと一歩踏み出したところでーーエースの意識は激痛と共に途切れた。

 ‎エースは、サボとルフィの間を抜けて、大木に激突した。

 

 

 

 「'あ、やべ…制御できねえのかコイツは'」

 「エースっっ!!」

 

 

 エースは、身体がバラバラになるんじゃと思うほどの激痛を味わうことになった挙げ句、暫く寝たきりの生活を送ることを余儀なくされた。

 

 

 

 



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サボと色欲

 前話の後。
 ‎エースはベッドの中ですが、ルフィ強化により、原作と同じような内容で進みました。
 省略させていただきました。
 ‎補完お願いします。
 ‎サボ連れ戻され→ごみ山火事→サボ出航

 
 前話で、エースの身体がパァン!にならなかったのは、ルフィ組と同じく、エース主導権では十分に能力が使えなかったからです。
 ‎それでも重体。
 ‎

 



 

 

 

 

 

 砲撃された(撃たれた)

 ‎一度目のそれに、なぜそうなったのかわからないまま、必死に船から燃え上がる炎を消そうとした。

 ‎そして、二撃目。

 ‎少年は、今度はそれが到達する前に()()()()()ができた。

 ‎飛び退く。

 ‎しかし、爆発は大きく、直撃とは言わずとも、爆炎は少年の胸を焼いた。

 少年は、‎海へと堕ちてゆく。

 ‎手を伸ばすも、風に乗って舞い上がる帽子には届かない。

 ‎何に掴まることもないままに海に落ちた少年を、モクモクと広がる硝煙が隠していった。

 

 

 

 『'ふーん…?ひんやり冷たくて、別にまだこのままでもよかったのだけど…久しぶりの人肌もいいものね'』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ЛЛ

 

 

 

 

 

 甘く、吸い込まれてしまいそうな香りが鼻をくすぐった。

 ‎頭の後ろに、どこまでも沈みこんでいく柔らかな感触。

 ‎額には、少し冷たくて、でも安心する温かさがある。

 

 「うーん…」

 「'目…覚めた?'」

 

 声に反応して、サボはうっすらと目を開けた。最初に目に入ったのは、二つの山。そして、その奥に、微笑を携えた女の顔があった。

 

 「…!?」

 ‎「'こら、だめよ。まだ横になってなさい'」

 

 慌てて上体を起こしかけたサボだったが、ぽすんと、また元の位置に戻されてしまう。

 ‎サボは目を白黒とさせて、女を見つめた。

 

 「'ずっと起きなかったのよ。あなた、何があったのか覚えてる?'」

 ‎「あ…おれ、撃たれて…」

 ‎「'そう。そして、その時にできた胸の傷口から、私は入ったの'」

 ‎「は…ぁ…?」

 

 女は、可笑しそうに笑った。

 ‎何となく恥ずかしくなったサボは、慌てて顔を背ける。

 ‎しかし、両頬を捕まえられる。女が覗きこんできた。

 

 「'ごめんなさいね。あなたの記憶が自然と流れ込んできたの。だから、私はあなたのことを、もう知っちゃってるわ。ーー私は、色欲(ラスト)…そうね、最強の矛よ'」

 

 サボは、いきなりのことに、目をパチクリとさせた。

 

 ‎「え、じゃ、じゃあ…グリードとかと…」

 ‎「'ええ、私はあの子達のお姉さん'」

 ‎「……」

 ‎「'何?そんなに見つめられたら穴が空いてしまうわ'」

 ‎「…あ…ごめん。その、おれ少し羨ましかったんだ…だから、嬉しくて…えっと…ラスト姉さ…ん…?」

 ‎「'……'」

 ‎「あっ、ご、ごめん、おれーー」

 ‎「'…ああ、いえ、いいのよ。ただ、そう呼ばれるのに慣れていないから…ラスト、でいいわ'」

 ‎

 ‎そう言って、ラストはサボの頭をゆっくりと撫でる。サボの頬がぼっと赤く染まった。

 

 「うん…」

 ‎「'…ふふふ'」

 

 ゆっくりと時間が流れる。

 ‎サボは心地よい幸福感に包まれ、その身を任せていたーーが、ハッとなって、ラストに尋ねる。

 

 「おれ、どのくらい寝てたんだ…?」

 ‎「'一ヶ月ほどね。もしかしたら、私が入ったことで起きれなかったかもしれないけど'」

 ‎「…じゃあ?」

 

 グリードみたいに、自分の身体を?

 ‎

 「'ええ、そうよ。この一月…いえ、三週間ほどかしらね。現実では、私が身体を動かしていたわ'」

 ‎「そうなんだ…今どこに…?」

 ‎「'船の上よ。ほら、火事の時にあなたが会ったおじ様のね。もう、ゴア王国はずっと遠くよ。戻りたくても、すぐには戻れないわ'」

 ‎「…そっか」

 ‎「'寂しい?'」

 ‎「…ううん、いいんだ。エースとルフィには手紙書いてきたし。おれは、海に出られたんだ…ありがとう、ラスト…」

 

 

 

 ‎

 

 

 

 

 

 

 

 サボがいなくなった、真っ白な世界。

 ‎ラストは、一人微笑んでいた。

 想うのは、誰にも止められることのない意思を示した、少年の記憶。

 

 “何よりも一番怖いのは…おれがこの国に飲まれて、人間を変えられることだ…!!”

 

 「'ーー可愛い(バカな)子。心配しなくていいわぁ…あなたが……私があの国を変えてあげる。あなたは、あの国を手に入れるのーーいえ、もっと…もっと'」

 

 

 

 

 

 ЛЛ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うーん……あ、揺れてる…」

 

 サボは、目を覚ました。

 ‎他には誰もいない、一人だけの船室。今いるベッドと、一組の机と椅子があるのみだ。それなりに大きな机の上には、数冊の本と、大量の紙束。

 ‎あ、鏡。

 ‎サボは、ベッドから飛び降りて、鏡の前に立った。

 ‎目についたのは、シャツから覗く、首もとに入った大きな火傷跡。触れてみると、少しだけ痛みを感じた。

 ‎視線が上に行く。

 

 「…あれ…?」

 

 こちらを見ているのは、見慣れた自分ーーのようで、自分ではない…?

 ‎なんかこう、自分はもっと男らしい顔つきだったはずだ。

 

 『'あ、よかったわ。ちゃんと元に…'』

 「ちゃんと?」

 『'いえ、何でもないわ。気にしないで'』

 

 トントン、とノックが鳴った。

 ‎返事をする前に、一人の声と共にノブが回る。

 

 「ラスト。またこの国の情勢が変わった。どうやら君の予想通りだったようーー」

 

 現れたのは、記憶にある男だった。以前は深く被ったフードで見えなかったがーー顔の左面を覆う、特徴的な刺青(タトゥー)に目がいく。

 

 『'…まったく、また無断に…'』

 ‎「おっさん?」

 「ーーむ。ラストではないな。では、あの時の少年…目を覚ましたのか」

 

 男は少し驚いたように目を開いて、続けて歓迎の言葉を述べた。

 

 「ほう、声の高さからして…本当だった…まるでアイツのようだな。ーー私はドラゴンという。君の中にいる色欲(ラスト)に、話は聞いている」

 ‎「ラスト、このおっさん今何か気になること言ったんだけど」

 ‎『'私の時は、何故なのかは分からないけど…あなたの身体、女の子…()()()になってたのよねぇ。戻ってよかったわね'』

 ‎

 「えっ」

 

 

 

 

 

 

 ・・

 

 

 ~~

 

 

 

 

 

 「ヴァナタ!そんな歳で見聞色の覇気を扱えるの!?本当に貴族の子!!?」 

 ‎「ラストは使えねェの?」

 ‎『'そうね…グリードも使えなかったようだし、そういうものなのでしょうね…でも'』

 

 サボは、右の上腕の中頃から、手に向かって“力”が伝っていくのを感じた。

 ‎人差し指をぴんと立て、あとは閉じる。こうしなければ、中指が大変なことになる。

 ‎黒の線は中指の付け根をも侵食しながら、人差し指を伝って、更に伸びてゆき、サボの腕ほどの長さまでそれは伸びた。

 

 「ソレが…!どんなものでも貫くナブル最強の……矛!!」

 ‎『'あなたでは、今のところこれが精一杯だけど、私は全て可能だしね'』

 ‎「早く解いてくれっ!!」

 ‎『'はいはい…私は別にいいのよ?'』

 ‎「いいからっ」

 ‎「ヴァターシ…無視されてるッ!!」

 

 

 

 

 

 ~~

 

 

 

 

 

 

 『'ほら…あなたの力じゃまだ厳しいのよ。今は避けきれているけど…このままじゃ、あなたの体力が先に尽きるわ。最強の矛(わたし)を使いなさい'』

 「まだッ!まだだ!!まだおれだけでやれる!!勝ってみせる!!」

 ‎『'そこまで嫌がらなくてもいいんじゃないかしら…'』

 

 

 

 

 

 

 ~~

 

 

 

 

 「うーん…」

 『'知識は宝よ。ご褒美あげるから、頑張ってね'』

 ‎「…ごほうびって…そんなの要らねェよ」

 ‎『'ひざまくら…あなた好きでしょう?…それとも別のことを想像した?'』

 ‎「っ!…うるさい……このババァ!いい加減…いい加減にしろよ!おれは知ってるんだぞ!!グリードの姉ってことは…ラストが最低二百年以上は生きてるクソババァだって!!」

 ‎『' は ? '』

 

 

 

 

 ~~

 

 

 

 

 「よっしゃ!二本に増えた!」

 ‎『'ふふ、おめでとう'』

 ‎「…うん、ありがとう。…ラスト、おれがんばるよ」

 ‎『'ええ、あなたはまだまだ成長できるわ。がんばって'』

 ‎「…うん」

 

 

 

 

 

 ~~

 

 

 「ラスト、爪頼む」

 『'…ねぇ、別にこのままでも'』

 ‎「でも、早く終わるだろ」

 ‎『'そうだけど…'』

 ‎「じゃあ、いいだろ。この前は悪かったって」

 ‎『'……'』

 

 サボは、明らかに格下…もしくは、どうしても敵わない相手の場合に、色欲の力(最強の矛)を使うようになっていた。

 ‎後者には、問題はない。

 ‎問題は…サボが、格下相手に矢鱈と“力”を使いたがるのだ。

 ‎しかし、ラストは拒否できなかった。サボがこうなったのは、自分にも責があるからだ。故に、断ろうにも断れない。

 ‎ただ、もう少し使用回数を減らして欲しいわ…と、ラストは思った。

 ‎割りと切実に。

 

 

 

 

 ~~

 

 

 

 そして、十五歳になる年の…夏ーーサボは再び、ドーン島の大地に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ‎

 ‎




 ~力を使った後の代償なようなもの

 ルフィは欲全般(今は食欲かな~)
 ‎エースは寝る
 ‎サボは(性欲)


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少年の怒り 少女の羨望

年齢、年表がハッキリしないところは独自設定です。

ウソップの日。


 

 母ちゃんが死んだ。

 

 

 まだ少年とは言えない年齢の、その子どもは、海岸の端っこで独り、心ここに有らずな様子で夜の海を眺めていた。

 ‎母を墓に埋葬したのはーー日付が変わる前のーー昨日のことだ。

 ‎今晩はうちに泊まってはどうかという、村長の申し出は断ってはみたものの、子どもはベッドに入っても一向に寝つけなかった。

 ‎母のいない家が、一人きりの家が、寂しくて堪らなかったのだ。

 

 「父ちゃん…」

 

 子どもは、悲しみで喉を濡らしながら呟く。誰にも届かないその声は、波の音に容易く掻き消された。

 

 それから、動くのも億劫になった子どもが、海に目を向けたまま、うとうととし始めた時、子どもの周囲一帯に巨大な影が射した。

 

 「な、なに…」

 

 月明かりが遮られ、影の中にいる子どもは、突然訪れた恐怖によって意識を覚醒させた。

 ‎おそるおそる見上げるーー子どもは、目を丸くさせた。

 ‎雲一つない夜空に、円状の巨大な雲がプカプカと浮いていたのだ。

 

 「す…すげェェ!!」

 

 子どもの目が、星のようにキラキラと輝いた。得体の知れないものを前に、冒険心が恐怖に打ち勝ったのだ。なぜなら、子どもから見える雲の底に、人工物らしきものを見つけたからだ。

 ‎本来ならば、人目につかないそれは、飛び抜けて視力が優れた子どもによって、見つけられてしまった。

 

 その時。

 ‎ひゅー、と風を切る音が辺りに鳴り響いた。興奮の最中にいた子どもは、その音に気づけなかった。

 ‎直前には、見えた。しかし、気づけたそれに、子どもの身体は反応できなかった。

 ‎

 ‎「ひっ」

 

 ドロリとしたものが、子どもの片目を覆った。

 反射的に瞼を閉じるも、焼く‎ような激痛が、子どもを蝕む。

 ‎幼い精神は耐えきれず、悲鳴をあげることもなく、その意識を終わらせようとする。

 ‎しかし。

 ‎意識を闇が覆い尽くす寸前、子どもにある感情が生まれる。

 ‎その子どもが最後に抱いたのは、悲しみ、恐怖、後悔、苦しみーーでは、なかった。

 ‎

 ‎それは、引き出されたのだ。

 

 

 ーー父は、勇敢な男だ。

 ‎勇敢に海へ旅立った、誇るべき父。そう、母が言っていた。だから、自分も父を誇りに思っている…父と同じように夢だってみる。 だっておれは、海賊の息子だから…

 

 

 

 ……違う。違う。違うーー!!!!

 ‎

 ‎母の死に際の顔は、寂しそうだった。言葉は力強かったけど、無理に笑っていることに気づいていたのだ。

 ‎海に出て、何の便りも、手紙の一つも寄越さない父。

 ‎海賊。それは…それは母よりも大切なものなのか。

 ‎

 ‎ーーくだらない!!何が…母ちゃんをほっといて…何が勇敢だ!!!

 

 ‎子どもが抱いたのは、原初の感情。

 ‎それは、幼い心のままに任せた、我が儘とも言えた。

 

 ‎しかし確かに、その小さな怒りの炎を今、胸に灯したのだ。

 ‎

 ‎ぷつん、と意識が途切れる。そのまま、前のめりに地面へと倒れていく。

 涙を溢れさせる左目の瞳が、赤く光り輝いた。

 

 

 

 

 半日後、その子どもが家にいないことに気づいた村人達より、捜索が開始される。

 ‎倒れていた子どもを見つけたのは、村の外れに屋敷を構えた富豪に仕える、年配のメイドだった。

 「大変…鼻が…折れてるーー!!」

 子どもは、富豪の屋敷に運ばれる。

 ‎しかし、村人達がホッとしたのも束の間。子どもは一向に目を覚まさなかった。一日、一ヶ月、一年ーーいくら経ってもだ。

 ‎外傷は見当たらない。頭を打った跡も…傷一つない。その子どもを‎心配した屋敷の主人は、再度医者を呼んだ。

 ‎診察した医者は、目を見開いて唖然とした。以前にその子どもを診察した時はなかったそれに、言葉を無くした。

 ‎左目、そこに黒の瞳はなく、円環の蛇が刻まれていたのだ。

 ‎ーー呪われている。

 ‎医者は、心の中で考えたその言葉を口にはしなかった。先月、子どもの母親の死を看取った医者は、その子どもをそれ以上不幸にさせたくなかったのだ。この事実は、医者の胸のうちに留められた。

 ‎

 ‎だが、医者の不安は消えることになる。そのまた一ヶ月後に診察に訪れた際には、その紋様は消えていたのだ。普通の、円くて黒い瞳があった。

 それからも、医者が、ウロボロスの紋様を見ることは二度と起きなかった。

 

 ‎斯くして、親を失い身寄りがなく、眠り続けるその子どもは、富豪の夫婦の温情によりその家に引き取られる。

 それから七年もの間、‎子どもは一度として目を覚ますことはなかった。

 

 

 

 ~~~~~~~

 

 

 

 少年が目覚めてから、一年後ーー。

 

 まだ日も出ていない早朝。

 ‎屋敷の柵の周りを走る、一つの影があった。

 ‎ランニングを終えれば、身体を伸ばして、基礎的な筋力トレーニング。

 そして、木で作られた剣を構え、()()()()()()動きをなぞり、反復すること半時。再度身体を十分に伸ばし、時計を確認。

 ‎太陽も、もう顔を出していた。

 ‎屋敷へと戻ってシャワーで汗を流した後、ベッドへと入った。

 開いている片‎目を閉じる。

 ‎

 

 「ウソップさん!おはよう!」

 

 耳に届く元気な声と共に、鼻にぎゅっと感じる圧迫感。しかし、ウソップは動揺することなく、ゆっくりと目を開く。

 

 「お・は・よ」‎

 

 にこにこと晴れ渡るような笑顔を見せる少女は、髪を垂らしながらウソップを覗きこんでいた。自慢の長い鼻をぎゅっと握りながら。

 ‎最初は戸惑っていたその行動だったが、ウソップにはどうしようもなかった。なぜなら自分が眠っている七年間に、少女の習慣となっていたのだから。この屋敷にお世話になっている身としては、これくらいのことは、どうってことない。

 ‎それに、少女が見せるこの朝の笑顔が、ウソップは好きだった。

 ‎

 

 「おう!おはよう!今日はどうするんだ?」

 ‎「お散歩いきましょっ。もう準備もできてるわ」

 

 動きやすい服装をアピールする少女に、ウソップはニヤリと笑う。

 

 「よしっ。カヤ大佐!十分後に玄関に集合せよ!本日の早朝訓練を始めるっ」

 ‎「ふふっ…了解です!ウソップ大総統」 ‎

 

 パタパタと部屋を出ていく少女を見送った後、ウソップは、ぴょんっとベッドから起き上がった。

 

 

 ウソップ、十二歳。

 ‎この屋敷での肩書きは、執事見習い、お嬢様の学友、お嬢様の遊び相手、あと本人はまだ知る由もないが、この家の後継者候補。

 

 一年前に、長い眠りから覚めたウソップは、リハビリの必要もなく、普通の生活を送り始めた。

 ‎快復したウソップは、周囲の不安を吹き飛ばすかのように、優秀だった。否、優秀()()()

 ‎だが決して、天才的な頭脳を持っていた訳ではないのだ。

 ‎勉学、礼儀作法、剣術、他のこともだ。ただ、吸収が早かった。七年間の遅れを取り戻すかのように。まるで、忘れていたことを、思いだすかのように。

 ‎だが、射撃術は別だった。百発百中どころではない。誰も、ウソップが的を外したのを見たことがないほどの実力だった。

 

 「うし、弾確認」

 

 そして、ウソップは、お嬢様のボディーガードを務めている。

 鏡の前に立ち、素早く執事服に着替える。一通り確認して、最後に眼帯の紐を確認した。

 ‎ーー眼帯に隠され、閉じられた左目には、ウロボロスの紋様が鈍い光を発していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・ ・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、死ぬんだ

 

 私は今、この瞬間に悟ってしまった。

 ‎…ううん、もしかすればもう少し前、階段から足を踏み外した時には、もう…。

 

 ‎ーー今日は、吸い込まれてしまいそうなくらいに綺麗な夜空だったな。星は眩しいくらいにキラキラと輝いていて、堂々とした満月は、わたしとゾロを照らすためだけに空に浮かんでいるみたいで…。

 

 

 何も見えない。

 視界は真っ白に塗り潰されて、チカチカと点滅している。

 ‎頭が割れそうなくらいに痛い。

 ‎本当に割れているのかも。

 ‎でも、声は出ない。

 ‎そればかりか、指の一本も動かせない。まるで、石になったみたいで。

 

 

 ーーそういえば、ゾロから綺麗な石をもらったなあ。いくら綺麗な石とは言え、涙が止まらなかったわたしを励ますために渡してきたのが、拾った石。ゾロはまだまだ子どもだ。

 ‎でも嬉しかったよ。

 

 

 お父さんの声が、すごく遠くの方から聞こえてきた。

 ‎…あ、少し浮いた?浮遊感。

 ‎頭の後ろから、とくんとくんって何かが流れていっている。

 眠たくなってきた。

 お父さん。何言ってるの。わかんないよ。もっと大きな声で言ってよ。

 

 ーー強くなりたかったな。

 ‎世界一、強くなりたい。世界で一番強い剣豪になりたい。

 ‎女の子でも…女でも、世界一の剣豪になってみせるって、誓ったばかりだったのに。

 ‎

 ‎ゾロと、約束したばかりだったのに。

 

 神様が、だめだって言ってるのかな。

 ‎やっぱり、私が女だからだめだって。

 ‎女だから、望むことだって許されなかったのかな。

 

 やっぱり、男に生まれたかったなぁ。

 

 

 悔しい、悔しい、くやしいよ…ぁぁ男の子達が…ゾロが、眩しいよ。

 ‎弱いクセに、負け犬のクセに、私に二千一回も負けてるクセに。

 ‎

 ‎なんで、なんで、どうして私は。

 ‎わたしは

 

 

 

 

 

 

 

 ёёёё

 

 

 

 

 天国…?。

 ‎いつのまにか、変な場所にいた。

 ‎木目の壁なんて、何処にも見当たらない。真っ白だ。‎本当に何もない。

 ‎…何だか、寂しいな。

 ‎天国ってこんなところだったの?

 

 しばらくぼーとして、そして一歩踏み出した。

 ‎爪先に、何か当たる。「ぐえっ」ちょっとだけ蹴ってしまった。

 それは、‎手のひらくらいの大きさの、トカゲみたいなものだった。手足が何本もあるように見える。

 しゃがんで、じっと見てみる。

 

 

 「…天使様?」

 ‎「'…この姿が天使に見えるの?目、腐ってるんじゃない?'」

 

 一応、聞いてみただけだよ。でもやっぱり、天使じゃなかったみたい。

 ‎見た目からして、どちらかと言えば悪魔なのかも。悪魔も見たことはないけど。

 

 「…ここ、天国でしょ?」

 ‎「'あっはっはっ!そんなものはどこにもないよ。死んで楽になれるはずがないじゃないか'」

 「じゃあ、ここは地獄?」

 

 神様を恨んじゃったから、地獄に堕ちたのかもしれない。

 

 「'おチビさん、アンタ馬鹿だよねぇ。天国がないのに、地獄があるなんてどうして考えたのかなぁ…'」

 ‎

 ‎心底バカにしたような口調だ。

 ‎少し、ムッとする。

 

 「…じゃあ、ここはどこよ」

 「'君の心の中…って言ったら、納得するかい?'」

 ‎「しないよ」

 「'だよねぇ。でも、本当さ。…なんと、このエンヴィーが、わざわざ君の命を救ってあげたんだ。そのせいで、見ての通り、未だに手の一つも動かせない。それなのに、そのお返しが足蹴だよ。信じられないね。ほら、お礼くらい言ったらどう?'」

 ‎「…わたし、まだ生きてるの?」

 ‎「'ちっ…寝たきりだけどねぇ。あれから…たぶん、一年くらいは経ってるんじゃない?'」

 

 本当なのかな。嘘は言ってない気がする。

 ‎だって、この人(?)が言う必要ないから。悪魔だったら別だけど。

 ‎自分のこと、嫉妬(エンヴィー)って言ってたな。変わった名前。

 

 

 「ありがとう…エンヴィー?私、くいなって言うの。助けてくれて、ありがとう」

 「'…つまんないなぁ'」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来て、一週間くらいかな。

 ‎私と違って、エンヴィーは外の様子がわかるみたい。

 ‎でも、エンヴィーはあまり話してくれない。初対面の時のは何だったのか、殆ど無視される。

 

 だから、私のことを一方的に話した。

 ‎エンヴィーは、何も言わなくて、聞いているのかもわからなかったけど、それで十分だった。

 ‎むしろ、エンヴィーがそんな態度だったから話せたのかもしれない。真剣に聞いてくれたりしてたら、きっとこんなにスラスラと話せなかった。

 

 ‎私の人生、いいことも悪いことも、全部話した。

 ‎あ、一つだけ聞いた。エンヴィーは、男の子でも、女の子でもないみたい。

 ‎だから、何も気にせず、死んだと悟った瞬間までの、全てを話した。

 

 そして、何も話すことがなくなった。

 すごく暇になった。

 ‎剣の型をなぞったり、走ったり、大声を出してみたり…考えられることは大体して、暇になった。

 ‎だから、無視を続けるエンヴィーに、しつこく話しかけた。両手で包んで(つかまえて)、幾日も、幾日も(たぶん)ずっと話しかけた。

 ‎そして、ついに。

 

 

「'いいよ。このエンヴィーが何をしてきたか、全部話してやるさ'」

 

 エンヴィーは、口がマシンガンになっているんじゃないかってくらい、絶え間なく話し続けた。すごく投げ槍っぽかった。

 ‎エンヴィーの話は、エンヴィーが生まれた時から始まった。

 

 内容は…予想していたよりもずっと…ううん、私じゃ考えられないくらいに残酷なものだった。

 ‎私の言葉じゃ言い表せないや。

 

 途中、聴くのが嫌になるときが何度もあった。胸が苦しくなった。吐きそうにもなった。涙も出ていたと思う。

 ‎けど、じっと堪えて、黙って聞いていた。

 ‎だって、ここで私が止めてしまったら、エンヴィーは二度と話してくれなさそうだったから(‎実際に、エンヴィーは私の反応を見ていた)。

 ‎幸い、エンヴィーの話し方には、全然心がこもっていなかった。どこか、実感がなかったのだ。まるで、作り話をするかのように語っていた。

 ‎それでもダメージを受けたんだ。だから、もし、エンヴィーが本当の話ように、感情を込めて話していれば、私はきっと心がおかしくなっていたに違いない。

 そして、苦悶の表情をしていただろう私に対して、エンヴィーは‎無感情だった(たぶん)。

 ‎でも、話の途中、一人の少年が出てきた辺り。それから、その丸い瞳の先は、何もない宙に向いていてーーいや、きっとエンヴィーには見えるモノを、ずっと睨み付けていた。

 

 どれくらいの時間が過ぎたのかな。

 ‎エンヴィーは、言葉に詰まったように、途中で話を止めた。

 ‎止めたのは、そこからがエンヴィーの最期の瞬間だったからだと、何となく気づいた。

 ‎いや流石にわかるよね。エドワード・エルリックに掴まれたところで、話は途切れたのだから。

 ‎握り潰されちゃったのかな。

 ‎ううん、それは違うか。きっと、エドワード・エルリックは…エンヴィーは…

 ‎

 「エンヴィー、自分で…自分で死んじゃったんだね」

 ‎

 ‎私のその言葉に、エンヴィーは、濁った瞳だけを向けてきた。

 

 「'……そうさ、このエンヴィーは…'」

 

 そう肯定したエンヴィーの声は、無気力で、無感情。ほんとにどうでもよさそう。自分のことなのに。

 ‎でも、何故だろう。エンヴィーの話を聞いた後だからかな。なんとなく、悔しさとほんの少しの…高揚に似た感情がある気がした。

 

 「エンヴィーは、私を乗っ取ろうとしないのね」

 ‎「'意味ないの分かってるのに、しないよ。それに、お前みたいなガキなんて、こっちから願い下げなんだよ'」

 「ひどい」

 

 

 

 「…私ね、エンヴィーの気持ちが理解できない。なんで、そんな酷いことできたんだろうって…思う」

 ‎「'別に、お前なんかに分かって貰おうとも思わないよ。そもそもーー'」

 ‎「でもね。エンヴィーは私のことを、救ってくれた。それで…だから、私はエンヴィーのことを…エンヴィーがどんなに酷いことをしてきたとしても、嫌いになれない」

 ‎「'自己中心的な、ニンゲン()()()考えだねぇ'」

 ‎「うん、そう思うよ。私たち、似てるね、エンヴィー」

 ‎「'はぁ…?やっぱりお前、頭沸いてるんじゃーー'」

 

 エンヴィーの言葉を遮るように、エンヴィーを胸に引き寄せた。

 ‎嫉妬。ーー嫉妬。

 ‎エンヴィーが、エンヴィーのお父さんからもらった、唯一の感情。

 ‎醜い感情だ。そして、何て救われない感情(モノ)なんだろう。

 ‎

 ‎でも私は、嫉妬(これ)を拒絶しない。だって、私は嫉妬せずにはいられないから。前は、男の子が羨ましかった。だけど今は、生きている人皆すらが羨ましい(に嫉妬している)。どうしようもないと思う。

 ‎エンヴィーのせいだよ。

 ‎前のわたしは、こんなに陰険じゃなかったよね?あんな酷い話聞いたから、きっとわたしは変わっちゃったんだ。

 ‎でも、そんなに不快じゃない。

 ‎なんでだろう。少しだけ、いとおしいの。おかしいよね。

 ‎きっと…エンヴィーがいるからかな。

 

 ‎

 

 エンヴィーが何か騒いでいる。

 

 わたしは、この場所よりも、もっともっと白くーー眩しい光に包まれた。

 

 

 

 

 ёёёё

 

 

 

 

 起きたら、ゾロがいた。「…それで、そのおにぎりって技なんだけど」とか、寝ている私に話しかけていた。おにぎりって…どんな技なんだろう。おなか空いてきた。

 

 「お前!この二年間何してたんだよ!」

 ‎「何って」

 

 ずっと眠っていたんじゃないの?

 ‎というか、二年も寝てたんだ。そのわりには、頭はすっきりしている。

 ‎指も動く。腕も、足も。起き上がってみる。

 ‎できた。

 ‎あ、ゾロが成長してる。顔が、少し…こわくなってる?でも、すごい泣いてる。涙と、鼻水とで、顔がぐちゃぐちゃだ。

 

 「くいなお前!男になったり、女になったり大変だったんだ!」

 ‎「…え?」

 『'そのマリモ君の反応が特に、楽しくてさ。性別しか()()できないのは残念だったなぁ。ほんとは、カエルとかなってやろうと思ったのにね'』

 ‎「えっ…待った!そんなことより!!」

 ‎

 

 

 

 

 

 

 あの白い場所に、わたしはもう行くことはなかった。エンヴィーは、変わらずそこにいるみたいだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ‎




プロローグ終。


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東の海
ルフィ十二歳〜出航


シャンクス(たぶん)、マキノ好きの方はこの話から以降受け付けないと思います。バックだ!




 

 

 

「エースがいなくなって、もう三ヶ月か…」

 

ルフィは、コルボ山の頂上にある岩場で、日の出を迎えていた。ほろりと涙を一滴流すルフィの顔は、オレンジ色の朝日で彩られている。

半月ほどで慣れた生活の変化も、いざ思い返すと寂しさが込み上げてくるものがあった。

 

『′仕方ねえよ。アイツもそれなりの歳だ。お前も兄貴の門出を祝福してやれよ'』

「うるせえ」

『'あ?なんだよ'』

 

ルフィは、そっぽを向いてグリードを無視する。

そんなルフィの様子に、グリードはどうしたものかと頭を掻いた。

 

『'エースには、エースの人生があるんだよ。そんなことは分かってんだろ'』

「でも、エースが海に出る十七歳までは一緒のはずだったんだ」

『′って言ってもよ。ていうか何で今さら'』

「今さらって…お前のせいだぞ!グリード…!グリードがあんな事言い出さなかったら、エースは出て行かなかったんだ!」

『′んなこと言われてもよ'』

 

困った風に言っているが、三ヶ月前のグリードの一言が原因だと、ルフィには確信があった。

 

 

〜~三ヶ月前

 

夕食前の出来事だった。

 

『'ルフィ、お前ももう十二歳になったよな'』

「うん、今年の誕生日ケーキは美味かったなー。また、作ってくれよ」

『'また来年な。あれだけでかいの作るのは面倒…じゃなくて、俺とお前が会ってもう五年経ったなってことだよ'』

「おう、そうだな。これからもよろしく!」

『'そう、よろしくだ。でよ、そろそろ女を知ろうぜ、ルフィ'』

「?知ってるけど…」

『'違ぇよ。俺の自論を言ってみ'』

「?…ああ、なるほど。グリードが言いてェことはわかった」

『'よし、じゃあ村に行こうぜルフィ'』

「村に?なんでだ?」

『'マキノのとこだよ。お前が頼めばイけんだろ'』

「うーん、まあいっか。いくかーー」

 

「何処に行くんだルフィ?」

 

「うわっ!…びっくりした。何だよエース」

「…グリードと話してたんだろ?村に何しに行くんだ?もう日も落ちるぜ」

『'…おいルフィーー'』

「男になりに行くんだ。マキノに頼む」

「…は?…はァ!?」

『'あー、'』

「……」

「じゃあ、おれ行ってくーー」

 

「待て」

 

「何だよ?」

「…おれは、逃げない…!!ルフィ、寝てろ。おれが行ってくる」

「え、でもよーー」

「いいから、ガキは寝てろ!!」

 

ドン!!とエースの周りに衝撃が走った。隣のダダン一家のアジトから、バタバタと物音が響いてきた。

 

「わ、わかった。エース、その…」

「行ってくる…!」

『'あーあ…'』

 

そうして、エースは山を降りて行った。その日は帰って来なかった。

山に帰って来たのは、次の日の昼頃だった。

 

「ルフィ。おれ、マキノとお付き合いさせていただけることになった。これからはマキノの家に世話になる。夕方からは酒場を手伝うことに…そんな顔すんなよ。朝から昼過ぎくらいまでは山にいるからよ」

 

〜~

 

 

「やっぱり、どう考えてもグリードのせいじゃねェか」

『'ま、お前にはまだ早かったってことだ'』

「意味わかんねェよ」

『'いいから、ほら瞑想始めろ'』

「ちぇー…」

 

 

『'あー、ツイてねえな'』

「ん…何だよグリード。まだ終わりじゃねェだろ」

 

グリードの呟きにより、ルフィの集中が途切れる。ルフィは目を閉じたまま、先程のこともあって不満を隠さずに言った。

それに、ツイてないと言っている割には、グリードの声は弾んでいる。

 

『'気配の消し方がまんまじゃねえか。あー勘弁しろよ'』

「だから!なんだ…よ……?」

 

勢いのまま目を開けたルフィが見たのは、満面の笑みのエースと、見覚えのないもう一人の顔だった。

 

「エース、誰だこの女?お前、マキノはどうしたんだ!」

「ぶっ…あはははっ!!女だってよ!ルフィ最高だぜっ!なァ!?」

 

エースが、隣の女の肩をバンバン叩きながら爆笑する。女は落ち込んだように、がくーんと頭を落とした。

 

「くく、まぁちょっとばかし女顔になっちまってるが、こいつは男だよ…ルフィ誰だと思う…?ダメだ、言おう我慢できねェ…ルフィ、お前のもう一人の兄貴のサボさ!!サボが生きてたんだ!!死んでなんかいなかった!!帰って…来たんだ…!!!」

 

エースは、途中から涙を流していた。

ルフィは、信じられないものを見たかのように固まった。

エースは、今までルフィの前では一度も涙を見せたことがなかったのだ。よく見れば、目が真っ赤になって少し腫れている。一度泣いていたのかもしれない。

そして、そこまでいってようやく、ルフィはエースの言葉を飲み込んだ。

サボの顔をじっと見つめて数瞬、ルフィは、ぱくぱくと口を動かした。

 

「え…で、でも…サボは死んで」

「だから生きてたんだんだよ!!お前も何とか言えよサボ…!っぐぅ」

 

ルフィは、再度サボに、ゆっくりと視線を移す。

サボは、にかっと歯を見せて笑っている。

 

「ルフィ…ただいま!!まさかお前にもそう思われてーー」

 

ルフィは言葉を遮って、サボの胸に飛び込んだ。

 

 

 

それから、半年後。

 

明け方の時間。ひんやりとした冷気が、海の匂いを感じさせる。天気は快晴。風の向きも悪くはない。

ルフィは、フーシャ村の港に一人ボートに乗って、出航の準備をしていた。見送りは、村長、マキノの二人だけだ。

 

「じゃ、行ってくる」

ぽこん、と村長に杖で頭を叩かれる。

 

「軽いわいルフィ。心配しているワシらが馬鹿みたいだろう」

「そう言われても、一年だけだしよ」

「…考え直さんか。お前の兄はまだしも、お前はまだ十三にもなっとらんのだ」

「航海術も(グリードが)もってるから心配すんなよ」

「…はぁ、海賊にはなってくれるなよ」

「まだ海賊旗は上げねェよ」

「まだ、か…」

「村長、大丈夫よ。ルフィはしっかりしてるわ」

 

パチンとマキノがウインクを飛ばしてきた。マキノは、グリードの存在を知っているからだ。

 

事の起こりは、一ヶ月前。サボの提案から始まった。

「一度、海に出てみないか?偉大なる航路(グランドライン)には入らねェで、この東の海(イーストブルー)で…そうだな半年…いや、最低でも一年くらい」と。

そんなことを突然言い出したサボに、怪訝に感じたルフィだったが、同時に胸を高鳴らせた。実際に、兄の一人はもうすでに海を見ているのだ。話を聞いて、興味が湧かないはずがない。

正直なところ、あと五年も待っていられなかったのが本音だ。

そして、金である。

ルフィはグリードの影響で、日頃から金銭欲を持て余していた。たまにゴミ山の港にやってくるゴロツキ達では、そう金を持っていない。欲は、中々満たされていなかったのだ。

それがどうだ。

偉大なる航路(グランドライン)に入らずとも、この東の海(イーストブルー)にも海賊はそれなりにいる。つまり、そういうことだ。宝が取り放題である。

加えて…いや、こちらが本命。賞金首だ。

十歳の頃から手配書を集めては、その金額を眺めるルフィにとって、サボの提案はまたと無い機会だったのだ。

 

反対に、エースは興味を示しつつも、あまり乗り気ではなかった。マキノと離れづらかったのが、一番の理由である。

最終的には、サボに説得されたマキノに説得され、エースは一年の航海を決めた。

ルフィは、詳しいことを聞いていないため、その三人の間でどんな話があったのかはよく知らない。

気にもならなかった。もう自分の欲に一直線だった。

 

ルフィは、今頃ゴミ山の港から出航しているだろう二人の兄を想いながら、海を見据える。

 

「グリード、一億だ。おれは、一年間で一億稼ぐぞ!」

『'何度も言ってるけど、少し力抜いてけよ'』

「まかせろ!!」

『'あー…サボとエースも少しは言い聞かせとけよな…ま、目標は悪くねえ。いい欲だぜルフィ'』

「おう!」

 

ルフィは、意気揚々に海へと飛び出した。

 

 




エース突撃


「マキノ、おれ…おれと…」
「おれと?」
「結婚してくれ!」(やべ、違ェ!)
「…十歳近く離れてるよ?わたし」
「関係ねェ!!おれは本気だ!!」
「でも残念。エースまだ結婚できる年齢じゃありません」
「!?」


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強欲と怒り

タグ回収。殺伐してます。


 小船が一つ、海に浮かんでいた。

 深青が続く風景の中にポツンと浮かぶそこに、人の影はない。

 小船の中には、食糧の袋と箱が数個、数冊の本が散らばっている。そして、糸の切れている釣竿が一本、水面に向かって伸びていた。

 

 ぽこ、ぽこと、水面が静かに沸き始めた。

それは、次第に大きくなり、不自然に揺れところで、一人分の頭が勢いよく飛び出した。

 

「'ぷっはぁ…大物ゲット'」

『うんまそー、早く食おう!』

「'慌てんなよ。どっか島についてからにしようぜ'」

 

 船へと乗り込んだグリードの手には、一本のモリが握られている。その先には、身の丈ほどの大きさの魚が深々と突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

「はー、うまかった!特に鼻がうまかった!」

『'味はマグロだな。質は段違いだったが'』

 

 ルフィは、日が暮れる頃に見つけた無人島に、船を停泊させていた。今晩はここで過ごす予定だ。

 

「明日は、ここ探索しよう」

『小さい島だが、宝があるかもしれねえ』

 

 ルフィとグリードは、笑い合った。

フーシャ村を出て半月。ああ、やはり海は宝の山だったのだ。

 海賊船を襲いながらーー賞金首は見つからずともーー宝を見つけては町や村で換金して、現在三百万ベリーの稼ぎだ。目標の一億にはほど遠いが、出航してまだ日は浅く、高額の賞金首にも出会っていないながらも、この稼ぎ。出だしとしては、そう悪くは無いと考えている。

 航海は順調と言えた。

 

『'お、ルフィ。船がこっち来てるぜ'』

「ん?えーと、双眼鏡は…と、んー海賊旗見っけ!」

『'ラッキー!俺の番だぜルフィ!'』

「もう一隻来たらおれだからな!」

 

 

 

 ごぼり、と吐き出された血が、甲板に飛び散る。しかし、もはやどこに血が飛び散っているのか判別不可能なほどに、甲板は一面赤黒く染まっていた。

 これが、最後の一人だった。

 グリードは、胴体を貫く手を抜き取り、そのまま逆手のナイフで首を切り落とす。

 この船長の首に懸けられている金額は、二百万ベリー。聞けば、ご丁寧に向こうから教えてくれた。そして、聞いてもいないのに聞かされた。賞金首になった経緯ーー残虐非道の行為を。船員達も似たようなものだった。

 生け捕りじゃないため、値は三割下がってしまうが、それでも百二十万ベリーになる。今までで、一番の稼ぎだ。

 あとは、宝探しである。

 

「'ちっ、しけてんな'」

『…あんま、強くなかったし』

 

 船を見つけた時のような、喜びはない。死臭に満ちた空気の中、自然と口数は減っていた。

 感情のままに、手を下したわけではない。正義だ悪だとも言うつもりもない。これは一つの商売であると、既に割り切っている。それに、一人である危険性を考慮して、基本、賞金首を生け捕りにはしないのは、事前に決めていたことだ。

 命のやり取りも何度も経験してきた。グリードは、言わずもがなだ。それでも、さすがに直後である今は、素直に喜ぶ気にはならない。

 

 捜索を続けても、金品はそれほどみつからなかった。食糧だけでも手に入れようと、備蓄庫に入る。

 

「'あんまり貯め込んでなさそうだ。人数多かったし、まあ、そうかね'」

『グリード、あれ、あれ見ろよ!あの上にあるアレ!もしかして!』

「'ん?おおっ'」

 

 探索を終えた海賊船に火をつけ、小舟に戻ったルフィは、明かりを付けて一冊の本をパラパラとめくっていた。去年の誕生日に、ガープに頼んでプレゼントしてもらった図鑑である。

 

「あった。これだ、えーとっ。スベスベの実!超人系(パラミシア)だ。グリード食うか?」

『'いや…やめとくぜ。そもそも俺の時がゴムじゃねえからって、本当に食えるかわかんねえし…それで死んだら終わりだしな。スベスベってのもそそらねえ'』

「よし、じゃあ売ろう。やった、これで最低一億ゲットだ。早かったな…目標は二億に変更しよう」

『'あー、そうだな。ちなみにこの実、海軍に売りつけねえで、金持ちに売ろうぜ。そっちの方が多分高くつくぜ'』

「そうかも。能力というか…肌がスベスベになるって書いてあるし」

 

 

 

 それから島を巡ること半月後。

 ルフィは、ある大陸に降りていた。表情は暗く、どんよりとしていた。

 

「ここでも売れねえかな…」

『ま、そうだな。地図にあるのは小さな村だ』

 

 初めの半月は何だったのか、ここ最近は散々だった。

 戻った町で換金したのはいいものの、生け捕りならまだしも、やはり首だけ持ち込んだのが良くなかったのだろうか。まあ、まだ見た目も相応の十二歳だ。事情聴取で、かなり拘束されてしまった。

 悪魔の実についても、トラブルの種だった。海軍で提示されたのは最低価格の一億で、当然売却はやめた。

 それからが面倒なことになった。一体どこから聞きつけたのか、盗っ人が絶えなかったのだ。宿で襲われた時は、その宿の主人まで協力していたのだから、救いようがない。

 売ろうとする島を変えるも、やはり見た目から侮られ、終いにはそれは悪魔の実ではないと難癖を付けられ、無理やり取り上げようとする輩まで出てくる始末であった。

 一番ショックだったのは、同じくらいの歳の子どもに騙されかけたことである。ルフィは、友達という言葉に釣られた。

 ルフィは、悪党の汚さは知っていたが…今回のことで、普通の人間にも悪意が存在することを思い知らされた。

 

「あ、あっちに商船があるけどダメかな…ヒツジついてるし」

『'ヒツジは悪くねえよ。ルフィ、あんまり落ち込むなよ。世の中そんなもんだ'』

「うん…」

『'取り敢えず行ってみようぜ'』

 

 

 

 船の甲板に上がる。

「へー、いい船だな。まだ新品?けど誰もいねェ」

『金持ちがいんのかもな。島に入って、村か町探そうぜ』

「うん、そうしようーーっ!?」

 

 撃たれた。

  布がが千切れる音がする。左足の太ももに、弾丸が埋まっている。ゴムだから、皮膚の上で止まっているが。

 見聞色の覇気を発動させていないとは言え、撃たれるまで、全く気づけなかった。

 ルフィは、弾にゴムの身体が引っ張られるのを無視しながら、弾が来た方向に意識を集中させる。

 火薬の匂い、僅かな呼吸音…それらを数瞬の内に嗅ぎとる。

 ーーいた。

 低い崖の上。木が乱雑に入り乱れている場所の僅かな隙間から、銃身らしきものが見えた。

 しかし、距離がある。加えて、射撃者自体は上手く木や影で隠れているために、視認できない。

 そして、あの距離から命中させられる腕に驚く。感嘆と同時に、警戒をぐっと引き上げる。

 

 更に一発。弾丸が微かな音と共に飛んで来る。一発目と違わぬ、いや全く同じ場所だ。被弾する前に、半身になって回避する。

 見聞色を発動させている今、出所が分かれば避けるのは難しくない。これでは勝負が決まったも同然だ。ルフィは、覇気を使ったことを、少しだけ後悔した。早目に終わらせることに決める。

 ルフィは、身を低くして駆け出した。

 避けることは、今は二の次だ。弾丸が覇気を纏っていないのは、一度目の射撃で分かっている。

 弾丸が四肢に数発、的確に命中する。

 ーーやっぱり、すげェな!!

 

「当たってる筈だろ!?何だよアイツは!!」

 

 射撃者が、悲鳴を上げるように叫んだ。思ったよりも高い声だ。

 ゴムの身体を使って、一息で崖の上に上がる。そのまま、一息で距離を詰める。これではもう、射撃は難しいだろう。

 すると、射撃者は銃を投げ捨て、木の影から飛び出してきた。

 自分と同じくらいの少年の登場に、ルフィは目を丸くさせる。そして、相手が眼帯で片目を隠していたことに、更に驚かされる。なぜ、隻眼であの射撃ができるのだろうか、と

 相手の少年も似たような心境なのか、その目には動揺が見え隠れしている。

 少年の得物は、二振りのサーベル。二刀流だ。

 

「くそっ!!」

 

 少年が悪態を吐きながら、サーベルで剣戟を浴びせてくる。

 見聞色の覇気を発動させて、避けるーーが、速い。加えて、先手を取られたために、攻撃に移れない。相手の剣を受ければ攻撃に転じることは可能だが、まだ相手の手の内が分からない内にそう動くのは、早計だと判断する。

 ルフィは、後ろへと飛んで距離を取った。そして、思わず笑みが漏らす。

 

『'……?'』

「すげェなお前!!歳、俺と同じくらいだろ!!」

 

 ルフィは、興奮に胸を高鳴らせていた。

 射撃は精密、近接も強力。そう出会うこと

 のない好敵手に、目を輝かせる。

 だが、対照的に向こうの少年は、恐怖から顔を引き攣らせていた。サーベルを持つ腕は震え、目には涙を溜めている。鼻が長い。

 

「なん…な''んな''んだお前!!」

「…?おれはルフィだ!」

『'…いや、そういうことじゃねえだろ。ここは、敵対の意思はないって言ったがいい'』

「え、でも戦いてェのに」

『'戦うのは後でも出来るだろ。たぶんあのガキ執事だぜ。服装がそうだ'』

「ちぇー…おれはルフィ!敵対の意思はねェ!!金持ちの家に、商売に来たんだ!!」

「か、金持ちって…何を売りに来たんだ!?」

「悪魔の実だ!末端価格で一億の、海の秘宝だ!お前ヒツジだろ!案内してくれよ!」

『'ヒツジじゃねえ執事だ'』

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー、ウソップは執事なのか」

『'さっき言ったよな'』

 

 ルフィは、ウソップに案内で村に向けて足を進めていた。村の端にある豪邸が、ウソップが執事として仕える屋敷だという。

 

 

「まだ見習いだけどな……その、さっきは撃って悪かった!また海賊が来たと思ってよ!動転してたんだ、本当にごめん!!」

「いいよ、おれゴムだし。それより、お前が見習いってことは、お前より強いのがいるのかっ」

「…え、ゴム…?」

「ゴムゴムの実を食べたゴム人間なんだ。だから、全身ゴムなんだ」

 

 ルフィは、びよ〜んと頬を伸ばしてみせた。

 

 

「ウソップ、その眼帯かっこいいな。おれもしてみたい」

「おっと、これはダメだ。こいつを取ってしまえば…取ってしまって更に目を開けてしまえば、おれの中に眠っている力が暴走して大変なことになる」

 

 ウソップは、表情に影を作り決め顔でそう言った。

 

「何言ってんだお前」

「本当だって」

「じゃあ、見せろよ」

「だから、見せられねぇんだって」

「わかった。いいや」

「いいのかよっ!」

 

 もっと粘られると思っていたウソップは、拍子抜けした。しかし、聞かれないならばそのほうがいい。こんな目、知られたらロクなことにはならないのは分かっている。そして何より、自分が《もたない》。

 

「ーーなあ、お前の父ちゃん、ヤソップだろ?」

 

 その瞬間、ウソップの顔色が変わる。しかし、前を向いて歩くルフィは、その変化に気づけない。

 

「…お前、何でそれを知ってんだ…?」

「やっぱり!何年か前に会ったことあるんだけどさ、鼻以外お前と顔がそっくりだ。ヤソップはさ、お前のこと話してたんだ。おれと同じくらいの息子がいるって」

「へえ…それで?」

『'おい、ルフィーー'』

 

 ルフィは気づけない。かつての記憶を思い起こすように空を見上げ、高らかに言う。

 

「悲しい別れだったけど、仕方なかった!海賊旗がおれを呼んでいたから!…だってさ。立派な海賊だろ?」

「…ああ、よくわかったさ」

「そっか!あ、それとなーー」

「ーーくだらねえってことがな」

「え…?う、ウソップ…?」

 

 ルフィは、そこでやっとウソップの方を向いた。ウソップは立ち止まって、真っ直ぐ海を睨みつけていた。

 

 

『'……'』

 

 ルフィは、何かがおかしくなっていることに気づいた。予想外の事態に、緊張から思わず顔が引きつる。

 

「くだらねェ、くだらねェ、くだらねェ…何てくだらない…!!そんなことで…!!」

 

 近くにいても、その音を耳がやっと拾えるくらいの、小さな掠れ声。

 しかし、ルフィには、それが何よりも強烈な叫びに聞こえた。

 ーー強烈な、怒りを感じた。

 

 

「何かウソップが変だ…!ど、どうしたら!?」

『'落ち着けルフィ。とりあえず黙っとけ'』

「う、うん…」

 

 ウソップに声をかけられないまま、時間だけが過ぎていく。

 ルフィは黙ったまま、俯くウソップの背中を見つめていた。

 

『'…ルフィ、少し変わるぜ'』

「あ、ああ」

「'ーーおい、ガキ'」

「え、な…なんだルフィいきなり…」

 

 実のところ、ウソップの激情は直ぐに鎮火して、逆に冷静になっていた。つまり、気まずくなって俯いていただけだ。あんな状態になった手前、ルフィに声を掛けづらかった。しかし、自分でも制御できないのだから、どうしようもないのだ。

 父のこととなると、突然沸き上がる衝動。少し意識を向けただけでも、身を焦がすそれに今では慣れたつもりだったが、今回は別だったのだ。

 

 そして今度は、ウソップの方が、ルフィの様子がおかしくなったことに気づいた。

 

「'なぁ、このマーク見たことあるか'」

 

 グリードは、自分に代わったことで浮き出た、左手の甲に刻まれたウロボロスを、ウソップの前に出した。

 ウソップは、信じられないものを見たかのように、顔色を変えた。

 

 「左手の甲……グリード…」

 

 ウソップの呟きに、グリードは引きつった笑いを作り出した。

 

 「'やっぱりそうかよ、最悪だぜ…!!そこにいるんだろ!?…ラース…!!'」

 「…」

 「'…っ'」

 

 緊張が走る。

 顎にかけて、冷たい汗が伝う。

 ウソップは、その様子をじっと見つめてーー首を傾げた。

 

 

 「…?…おれは、ラースなんか知らねェよ。会ったことない。もしかして、会えんのか…?」

 「'は…ぁ…?'」

 「なんて言えばいいのか……グリードは出てきたんだ。おれが寝ていた七年間で、みた夢に」

 

 そう言って、ウソップは自分の身の上を語った。

 

 

 

「へえ〜。キング・ブラッドレイ…いや、ラースはじいさんだったのか」

「'…そうだ、アイツは人間ベース…石の中にいるわけねえよな……ん?見た目はな。動きは老人なんかじゃねえ。バケモンだぜアレはーー'」

 

 

 「'ーー君に言われるとはな、グリード君。ーー変わらず強欲な愚か者が'」

 

 

 グリードは、大きく飛び退いた。

 両腕を硬化させーー反射的に首回りを硬化させる。

 

「お、おい…?いきなりどうしたんだ?」

『グリード、どうしたんだ?』

 

 ウソップが目を白黒させている。

 グリードは、ルフィの声で我に返った。息を整え、目の前に意識を置いたまま、ルフィに問いかける。

 

「ルフィ、今…あいつから何か聞こえなかったか…?」

『いや、なにも』

「'…ウソップ?…お前、今俺のこと強欲とか何とか言わなかったか?'」

「…?言ってねェけど」

 

 ウソをついているようには見えない。見つめて数秒、グリードは硬化を解いた。

 

 「'ははっ'」

 

 ああ、何が憤怒(ラース)だ。第一、おれのが強い。

 何を臆しているのかと、グリードは額から流れる汗を乱暴に拭って、自分自身に一笑した。

 

 

「'…そうか。なんか悪かったな。ルフィと代わる'」

「……はら、へった〜…」

「え、おいっ!?大丈夫か!!」

 

 

 

 

 

 




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嵐の夜の

除外設定して赤評価のままモチベ維持を計ってみたけど、そんなに甘くはなかったよい。


 

 

「ほら、おっさん。ちゃんと載ってるだろ?図鑑も海軍のヤツだからよ」

「うーん、しかしなぁ。この悪魔の実自体が本物かという根拠にはならないよ」

「それはなー…。あ、おれ悪魔の実食ってるからなのか、変な気をこの実から感じるんだけど…」

「うーん…ウソップ君。君はどう思う?」

「…こいつはウソはつきません。でも、それでこの悪魔の実の真偽を判断するのは難しいですね」

「えー、でもウソップ。これ海軍の支部で末端の一億は値がついたんだけど」

「それ先に言えよ!」

 

 難航するかに思えた取引は、その一言で好転した。信用って大事なんだなーと云うのがルフィの感想である。でも直ぐに、「ま、おれまだ子どもだし、しょうがねェか」と前向きだった。

 結果として、海軍が提示した額の倍。二億の値がついた。そうなれば、もっと高くと欲が出たルフィだったが、このスベスベの実の知識は全くないに等しい。そもそも悪魔の実の相場も理解できているわけでもない。基本嘘をつかないルフィと、嘘をつかないことをポリシーとするグリードとしては、虚言で商売を進めるつもりはなかった。

 

「ねえ、あなた。その実、私がいただいてもいいかしら?」

 

 スベスベの実の行き先は、屋敷の夫人の元へと決まった。しかし、他に売るつもりだった物の上、危険性を考慮してやめるように説得を試みた主人だったが、「もうすぐ結婚記念日でしょ」と「いつまでもあなたに綺麗な私を見てほしい」という言葉で敢え無く撃沈した。泳げなくなることについては、元々泳ぐのは得意ではないらしく、別に気にしないらしい。

 結果、夫人はスベスベになった。スベスベになり過ぎて、座り込んだままツルツル滑ってまともに動けなくなった。主人は慌てふためき(妻の美貌に更に磨きがかかったことも含めて)、大混乱だった。スベスベになった本人は、楽しそうだったが。

 一時間後には、夫人が摩擦のコントロールを覚えたことにより、騒動は収束した。

 

 

 「おれも、ゴムのオンオフとかできねェかな?」

  『'全身ゴムになってるし、難しいんじゃねえの'』

  「そっかー。まあいいけど」

 

 ルフィは、屋敷の庭で大の字になって寝転んでいた。太陽の光を受けたフカフカの芝生が実に気持ちよく、心地よい眠りを誘ってくる。

 

「いいなぁ…お母さん凄く楽しそうだった。あ…私、このユキユキの実って食べてみたい。雪になれたら素敵だし、寒い日でも体調悪くならないよ、きっと」

 

 屋敷のお嬢様が呟く。彼女は敷物を敷いた隣で、先程貸した悪魔の実の図鑑を真剣な表情で読み込んでいた。

 目に留まったのが、ユキユキの実らしい。

 

「お前、身体弱いのか?」

「うん、人より少しね。でも、前よりは体力ついたのよ。ウソップさんと、毎朝お散歩してるから」

「へー…あ、そうだ。そのユキユキの実、見つけたら持ってきてやるよ!」

「本当?でも、この…自然系って凄く希少だって書いてあるわ。そんなに簡単に見つからないと思うけど」

「んー、じゃあ期待しないで待っててくれ」

「そうね、ふふ」

「何の話してるんだ?」

 

 ウソップの、不思議そうな声。見上げると、両手にバスケットを持っていた。香ばしい小麦粉の匂いが、風に乗ってほんのりと鼻を通り抜ける。

 

「くれ!腹減った!」

「慌てんなよ。ほら、出来立てだぜ。カヤも、ほら」

「ありがとうウソップさん。今ね、悪魔の実の図鑑を見てたの。ウソップさんは、食べるならどれがいい?」

「うーん、泳げなくなるのは勘弁してほしいんだけど…」

「例えばよ、例えば。本当に食べるんじゃないわ」

「そうだなあ…」

 

 ウソップは、図鑑を受け取って、パラパラとページをめくっていく。

 

 「ウソップさん、読むの速いわ。もうちょっとゆっくり」

 「ああ、ごめんごめん……あ、これなんかいいな、ギロギロ…。ブキブキの実…バラバラの実なんてのもいいな…おっ、ナギナギの実なんてのもあるぜ!くぅー迷うな!」

 「ふふっ、ウソップさん楽しそう」

 「んぐ、ごくっ。なんだよウソップ、微妙なのばっか選ぶなお前」

 「ゴムゴムに言われたくねェよ」

 「ゴムゴムをバカにすんなよ!」

 「…じゃあ、ゴム人間のルフィ君。君は何ができるのかね」

 「のびる」

 

 ルフィは、びよーんと鼻を伸ばして、ウソップの真似をしてみせた。

 

 「ぷっ!あはは!すごい、そっくり!」

 「…カヤ〜」

 

 

 

 

 

 

 「えっ、何か追加でくれんのか!?」

 「ああ、妻も大変喜んでいてね。何か欲しいものがあるなら是非言ってくれ。もちろん、上乗せでも構わないよ」

 

 屋敷の主人は、上機嫌だった。今ならば、何を頼んでも汲んでくれそうな雰囲気だ。だが、ルフィの気持ちは既に決まっていた。

 

 「おれ、あのヒツジの船が欲しいんだ!」

 「ヒツジ…ああ、ゴーイングメリー号のことか。しかし、ルフィ君。あの船は一人で動かすには厳しんじゃないかな?」

 

 その意見はもっともだ。グリードが航海術を持っているとは言っても、あの規模の船を一人の身体で動かすのは流石に厳しい。

 しかし、あの船を今欲しいわけではないのだ。

 

「おれ、十七歳になったら偉大なる航路(グランドライン)に行くんだ。だから、その時にあの船で航海するからさ!ちゃんと仲間も集めるから、大丈夫だぞ!」

「ああ、なるほどね。…うん、構わないよ。それまで船は此方で管理しておこう。でも、いいのかい?新品の船を用意することも出来るんだよ?」

「いいんだ。おれ、もうあのヒツジって決めたし。あの船で冒険するんだ」

「そうかい…」

 

 屋敷の主人は、一人の執事に向かって笑いかけた。その執事は、照れ臭そうに小さく笑いを返した。

 

 

 

 

 「じゃ、預けた一億と船よろしくな!たぶん、四年後に取りに来るから!あとウソップ、仲間になれよ!」

 「だから、なんねェって。何回言うんだよお前」

 「次会ったら、本気で闘おうな!」

 「それもしないって」

 

 朝、ルフィは海岸でウソップに見送られていた。

 今の船では小さいだろうと、屋敷の主人の好意で貰った、一回り大きな船。そこには、一週間分の食糧と、それに加えて保存食から生活用品までもが詰められていた。まさに、至れり尽くせりである。

 昨日の今日の出発だ。もう少し滞在していくのはどうかと、別れを惜しまれはした。しかし、ルフィの行動は早かった。ウソップを仲間に誘って断わられ、勝負を挑んで断られた昨日の時点で、特に滞在する理由はなかった。それよりも、まだ未知の海への冒険を早く早くと望んだ。

 

 「またな、ウソップ!」

 「'ラースみたいにはなんなよ!'」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃー、すげェ嵐だな」

『'しかし、どうすっかな船。貰ったばっかなのに…あーあ'』

「明日、修理すればいいじゃねェか。木だって生えてるし」

『'素人修理で不安が残るが…それしかねえか'』

 

 シロップ村を出て数日、突然の嵐に遭遇して、あわや難破しかけたところで見つけた小島。しかし、あと少しの距離で上陸というところで、運悪く岩に乗り上げてしまい、船は中破した。

 それでも幸いというべきか、何とか島にたどり着き、船をつないで荷物を降ろしてテントを立て、小休止の現在。

 ルフィは肉を頬張りながら、強風に揺れる船の様子をじっと見つめていた。

 

「グリード、何か船きた」

『'不幸なお仲間さんの到着だぜ'』

 

 小型の船が、ゆらゆらとこちらに向かってきていた。雨に打たれる小さな人影が一つ。双眼鏡を荷物から取り出して確認する。

 

『'海賊旗は見えねえな。しかも、乗ってるのはガキ一人だぜ。これは珍しい'』

「おれも子どもで、見た目一人だ」

『'がはは、そうだな。違えねえや'』

 

 そうして上陸してきたのは、たった一人の少女だった。歳は、ルフィと同じか少し上と言ったところだろう。

 ルフィは善意から、雨でびしょ濡れになっている少女をテントに引き入れて、毛布を貸した。

 オレンジ色の髪の少女の名は、ナミと言った。

 

「どうしたんだお前、そんなに落ち込んで。腹減ってるのか?」

 

 ナミは、目に見えて落ち込んでいる様子だった。彼女が話したのも、手を貸してくれたお礼と、自分の名前のみだ。それ以上、口を開いていなかった。

 

「お金…落とし…て」

「え?声小さくて聞こえねェよ」

 

 少女の声は小さく、そして震えていた。ルフィは、耳を近づけてみるが、それでもブツブツ言っているだけで、何を言っているのか聞き取れなかった。

 そう思っていたら、ナミは唐突に立ち上がって、口を大きく開いた。

 

「だ・か・ら!!!」

「うわっ」

「お金!落としちゃったのよ!!」

 

 そう叫んだナミは、荒げた息が落ち着いた後、その場に座り込んで、更に沈み込んでしまった。ルフィも、その様子に何が出来ると言うわけでもなく、困り果ててしまう。が、そこで閃いた。

 

「金、必要なら貸してやるよ。いくらだ?」

『'貸すだけじゃなくて、ちゃんと利子取れよルフィ'』

「わかった」

 

 ルフィの提案に、ナミはゆっくりと顔を上げた。その瞳に輝きはない。期待していないのだ。ガキがバカにしているのかと、怒る気も起きない。しかし、目に飛び込んできたのは、信じられないものだった。

 

「あっ、やべ」

 

 ナミを満たしたのは、驚愕。そしてーー歓喜だ。目の前に置かれたケースの留め金が外され、ボトボトと落とされたのは、信じられない数の札束だった。

 

『'裏表くらい確かめろよ。あと、全部出すなよ'』

「悪い悪い」

 

 何を謝る必要があるのだろうか。ナミは、今この瞬間、神に感謝した。神が遣わしてくれたのだろう、目の前の少年に後光が射した。

 

「全部下さいっ!」

「いや無理。なんだこの女」

『'くくっ、強欲だねぇ…'』

 

 

 歓喜から一転。ナミの表情は、絶望に染まった。この少年は神の遣いではなかったらしい。しかし、だからといって、彼女がそこで諦めるはずもなかったのだ。

 

 

『'おい、ルフィ。わかってると思うが…'』

「うん、わかってるって。おれも決めた。ナミはおれの女にするさ」

『'そうじゃねえよ'』

 

 ルフィのハツラツとした声に、グリードは呆れた。どうやらルフィは、一度同じ年代の子どもから騙されたことを、もう忘れてしまっているらしい。

 

「…ねえ、なんか今変なこと言わなかった?」

 

 ナミが、恐る恐る尋ねてきた。聞いていたのなら話は早いと、ルフィは笑顔で口を開いた。

 

「おまえ、おれのモノになれよ」

「いや」

「おれの女になるなら、一億貸してもいいぞ!」

「これからよろしくね、ルフィ!」

 

 

 

 

 

 

「あははっ、すごい!のびる!」

「おれはー、ゴム人間〜だからな!」

『'…おいおい'』

 

 ごうごうと風が鳴り、雨がテントを打ちつける中、ルフィとナミは顔を赤くしてテントの中で身を寄せ合い、酒盛りをしていた。ルフィは、酒の味はそこまで好きではなかったが、酔って仕舞えば別だった。

 ちなみに、酒盛りの発案はナミである。

 

 「それでぇ…私には、一億が必要なのっ。私は村を買うのっ」

 「へー、じゃあお前村長になるんだ。まだじーさんじゃねェのにな!あははは!」

 「そうよっ。ココヤシ村の村長に!私はなるの!だから一億よこせっ!ちょうだい!」

 「あひゃはははは!」

 

 二人とも、それなりに酔っていた。ルフィは今年十三、ナミも今年で十四という子どもである。将来は酒豪になるだろう彼女も、アルコールに対する耐性はまだ高くなかった。

 

 「あ…ちょっと、わたし」

 「ん?あ、ションベンか。気をつけてな」

 「デリカシーなしか!!」

 

 ナミは、ぱんっとルフィの頭を叩いて、憤りながら、傘を持ってテントを出ていった。残されたのは、叩かれた頭を何となくさするルフィである。

 

 『'おい、ルフィ。気づいてんだろ。油断はすんなよ'』

 「わかってるさ。金だろ」

 

 そう言うルフィの声には、酔ってはいるものの、理性を感じさせた。

 

『'なんだ。思ったより酔ってねえな'』

「グリードが呑んでるからだろ。多分、それでおれにも耐性できた」

『'なるほどな。感謝しろよルフィ'』

「あーうん。…グリード、決めごと覚えてるか?」

『ん……ああ!』

 

 はて、何だったかと考えたのも一瞬、グリードはルフィが何を言いたいのか察した。そして、ニヤリと含んだ笑みを浮かべた。

 相手が少しガキすぎる気もするが、考えるまでもなくルフィもまだガキなのだ。特にこれと言うことはない。

 

 「『'金も地位も全てオレ達の物。だけど、オンナだけは別物'』」

 

 この航海の前に決めたことだ。一方の邪魔はしない。逆もまた然りだ。

 酔い潰れている訳でもなし、外もこの天気で島も小さい。まあいいかと、グリードは納得した。

 

『'んじゃ、俺寝るから。うまくやれよ。ただし、合意の上でだぜ'』

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

「あー…ちょっとは酔い冷めたかな…。早くあのガキを酔い潰さなくちゃ」

 

 ナミは、テントから少し離れた場所で、目を閉じて立っていた。雨の音に耳を傾けて、酔い覚ましに努める。ここまで酔ってしまうのは計算外だった。何か、余計なこともたくさん言ってしまった気がする。

 相手は、酒は飲めるようだが、まだまだ子どもだった。そう言った目も、向けられていないのも確認済みだ。その上で、あの距離を許している。もしかしたら、弟がいたのならば、あんな感じなのだろうか。

 

「あー、駄目駄目。余計なことは考えないようにしないと」

 

 

 事実、あのケースは頭からずっと離れていない。ちゃんと確かめもした。目測だが、確かに一億入っていたのだ。これを逃す手は、絶対にない。

 あと少し、あと少しで村を買える。村を救えると感情が先走りそうになってーー冷静になる。慎重にと、自分に言い聞かせる。

 こんな機会は、多分もう二度と訪れない。絶対に失敗できないのだ。

 やっと、自由になれるんだ。

 あと少しで、みんなの笑顔が戻るんだ。

 

 

 

 

 

 

「おまたせ。さっ、続き飲もっ」

「え、腹減ったから飯をーー」

「いいから、いいから」

 

 コップになみなみと酒を注いで渡す。早く飲めと、ナミは念じながら、ルフィにニコニコと笑いかけた。

 

「ナミ。おれ、一生お前を離すつもりねェからよ」

「はいはい」

 

 自分よりも年下のガキが何を言っているのかと、内心嘲笑する。少しも心に響かないその言葉にーーいや、むしろ嫌悪するそのセリフに、何とか笑顔を取り繕って、言葉を返す。

 あと少しで一億が手に入ると思えば、何だってできるんだ。

 

「じゃあ、決まりだな!」

「ええ、私はルフィのものになりました!」

 

 そう。あなたのお金は、全部私のもの。だから早く寝ろ。そして、朝まで起きるな。…ほんのちょっとは悪い気もするけれど、私に会ったのが運の尽きだと、どうか諦めてほしい。

 

「そっか。しししし、これからよろしくな!じゃあ、いただきます」

 

 ああ、屈託のない、子どもらしい笑顔が眩しい。別に浄化なんてされないけど。

 

「うん、こちらこそよろしく!めしあがれ!……えっ」

 

 え?

 なんで顔ちかーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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