神様さえ、知らない場所へ。 (Artificial Line)
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Prolog Prayer
【Prolog】幼年期の終わり。そして絶えなき好奇心。


人らしく有りたい、悪夢を終わらせたからこそ、強くそう思う。


――――それは、いつもの好奇心だった。

 

 

月の魔物を打倒し、狩人を獣狩の悪夢から開放してずいぶん立った気がする。

事実そうなのだろう。上位者の赤子となって変態できるようになるまでずいぶんと永い時を過ごした。

そうして新しい人の夜明けは、幼年期から青年期へと移行していく。

青年期へと入って間もなく、"彼"は在りし日の自らへと変態した。

すぐさま狩人の装束に身を包み、両の手を握って開いてを繰り返す。

久々の感覚に、思わず口角が上がった。

ああ、やはり落ち着くものだ。

心のうちでそうこぼした。

 

彼は上位者たる姿然でいることに拘りを持っていなかった。むしろ嫌悪すらしていた。

それは高みから人々を操っていた化物共(上位者)への蔑みからなのか。

それとも人であることに誇りを持っていたからなのか。

 

「あぁ…狩人様…在りし日のお姿に戻られたのですね。そのお姿でも素敵ですよ」

 

「…久しいな人形」

 

彼は視線を自らの手から、背後に佇んでいた人形へと向ける。

 

彼は彼女に大変感謝していた。

彼女は本当に良くしてくれた。

悪夢の始まりから彼を支え、

上位者の赤子となった後も彼をここまで支え続けた。

 

感謝の言葉を彼は紡ぐ。

それに対し人形は、何故感謝されているのかわからないといった風であったが、口元に若干の笑みを浮かべた。

 

彼らがいるのは狩人の夢。

夢は月の魔物がゲールマンの記憶を元に再現し、狩人を捕らえておくための牢獄であったが、

彼はそれを消し去るという事はしなかった。

 

確かに忌々しい悪夢ではあった。だがしかし、かけがえのないものも生まれたのだ。

上位者たる彼にとって、それらの感情は些細で粗末なものでしか無い。

それは大いに理解していた。

 

だが、その"思い出"や"願い"を消し去りたくないと、強くそう思ったのだ。

 

ゲールマンが、人形が、アイリーンが、デュラが、マリアが。

在りし日に見たこの夢を、この記憶を、壊したいなどとは思えなかった。

 

それは彼の独善的なものでしか無いのかもしれない。

自慰的なものでしか無いのかもしれない。

 

それでも、上位者たる彼はこの夢を残し続けている。

 

「狩人様、そのお体は大変久しぶりでしょう。どうか無理はなさらぬようお願いしますね」

 

人形が(うそぶ)く。

彼女は、悪夢の中で秘密を守り続けたマリアを討ち取ってから、幾らか人間らしくなったように思える。

いつか言っていた"枷"が外れたからだろうか。

 

これも成長か、と彼はマスクの下で頬を緩めた。

 

彼と人形との関係は複雑で難儀だ。

主と従者であり、父と娘であり、母と息子であり、また恋人でもある。

 

「ああ、そうしよう」

 

彼は短く答え、その手元に"武器"を出現させる。

右の手にはノコギリ鉈を。左手には獣狩の散弾銃を。

 

在りし日の彼が、最も使い慣れた武具。

 

 

 

ノコギリ鉈

 

狩人が獣狩りに用いる、工房の「仕掛け武器」の1つ。

変形前は人ならぬ獣の皮肉を裂くノコギリとして

変形後は遠心力を利用した長柄の鉈として、それぞれ機能する。

刃を並べ血を削るノコギリは、特に獣狩りを象徴する武器であり

酷い獣化者にこそ有効であるとされていた。

 

獣狩の散弾銃

 

狩人が獣狩りに用いる、工房製の銃。

獣狩りの銃は特別製で、水銀に自らの血を混ぜ

これを弾丸とすることで、獣への威力を確保している。

また、衝撃により獣のはやい動きに対処する部分も大きく

特に散弾を用いるこの銃は、当てやすく効果が高い。

 

 

 

「いってらっしゃい狩人様、あなたの目覚めが有意なものでありますように」

 

 

 

*********************************************

 

 

 

彼は人の身へと変態した後、イズの大聖杯へ潜っていた。

理由は単純。彼の知識欲と好奇心によるものである。

上位者になったからと言って、好奇心や知識欲がなくなるわけではない。

むしろそれらの欲求は大きく、そして深くなっていく。

 

この大聖杯のダンジョン内部は、真性の狩人時代から"何度も駆け抜けた"(血晶石マラソン)が、まだ見ぬ部位があるのだ、と

彼の膨大な啓蒙が囁いていた。

 

そして、それは事実であった。

何度も走り抜けたこの大聖杯のダンジョン。しかし彼は未だ見覚えの無い部屋へと足を踏み込んでいた。

それは無限通りのカタチを持つこのダンジョン故当たり前といえば当たり前なのだが。

今回足を踏み入れたこの部屋は今まで見たことも無い趣であった。

薄暗いダンジョン内に似合わぬ、白亜の壁や大理石の床。別世界の英雄(不死人)が見れば

 

『まるでアノールロンドだ』

 

と嘯くかもしれない。

 

彼は好奇心に導かれるまま、歩みを進めていく。

部屋の奥には祭壇のようなものがあり、その上には"鐘"が置かれてた。

今まで幾度となく鳴らして来た鐘とは明らかに違う見た目のそれに、彼は強く興味を惹かれた。

 

そしてそれを手に取り、ゆっくりと鳴らす。

カランカランと、いままで聞いた鐘の音の中で最も美しいと思える音が紡がれる。

マスクの下で口角が釣り上がる。

ああ、やはりまだ見ぬものがあったでは無いか。

 

そして、

―――――彼は意識を音に任せた。

 

 

 

 

 

 

 

視界が戻ると、そこには緑が広がっていた。

同時、鼻孔に青臭く土臭い、実に懐かしい匂いが入ってくる。

ヤーナムでは血臭と腐臭、獣臭しか感じる事ができなかった。あとは聖杯ダンジョン探索中のカビ臭さだけであろうか。

眼前に広がるは森、そして小さく綺麗な池。

陽光が反射し、キラキラと光る水面の下には、数匹の魚の姿も見える。

 

森の中の池の畔に、彼は立っていた。

 

マスクの下で驚愕の表情を浮かべる。

ヤーナムではどんなに願っても見ることの叶わなかった光景が、眼前に広がっている。

彼はこの光景を思い出した。(初めて見た。)

 

ヤーナムに訪れる以前の記憶が欠落している彼にとって、()()()()というのは記録の中でしか知らぬものであり、それが実記憶として脳裏に刻まれていく。

なぜだか啓蒙を得たような感覚にさえ陥る。

 

生命の伊吹を感じられる森、彼は無意識のまま池の水へと触れた。

グローブ越しでもわかる、綺麗な水(腐ってない水)

 

思わずマスクを外し、水を飲む。

ゴクリ、ゴクリと。冷たい水が喉をすり抜け、火照った思考を沈めてくれるような気がした。

 

興奮を沈めて、改めて周囲を確認する。

冷静になって思考すると、ここは間違いなくヤーナムではない。

上位者としての思考力と今までの経験からそう判断する。

となればどこなのか?現状では不明。

情報が無さすぎる。

 

となれば、一先ずは周囲の探索か。

 

彼は思考をまとめ、歩きだそうとする。

 

 

―――ドーンッ‼

 

 

なにかの炸裂音が聞こえたのは、彼の一歩とほぼ同時であった。

 

瞬間、身構えいつでも迎撃に移れるよう準備をする。

 

炸裂音はどうやらそう遠くも無い場所で発生しているようだ。

情報収集も兼ねて見に行くのが先決か。

 

考えるやいなや、彼は猛スピードで駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

音の発生地点にたどり着いた彼は、思わずマスクの下で顔を歪めた。

視界に入ってきたのは緑深色の体表をした巨躯の異形。

醜く膨れ上がったその身体に粗末なこん棒を携えて、ずぅん、ずぅんと歩みを進めている。

 

そしてその異形の先。崖下の壁へ追い詰められるような形で、女性が逃げようとしているのが見える。

緑がかったロングヘアーの美しい女性であった。

 

ああ、この世界にも獣がいるのか…匂いたつな。

あの女性はどうやらマトモらしい。

この場所についてなにか聞けるだろう。

であれば助けるべきか。

 

彼は駆け出した。

あの異形自らが立てる足音のせいで、此方に気づく事は無いだろう、という判断のためだ。

 

事実それは的中していた。

走りつつ、ノコギリ鉈を変形させることも忘れない。

異形の背後へめがけ渾身の一撃を振り下ろす。

その一撃は容易く異形の背を切り裂いた。

 

突然の衝撃とあまりの激痛に、異形は思わず膝をつく。

そしてその好機を逃さず、獲物の背へと右腕をねじ込んだ。

臓物と筋肉を引き裂く嫌な音が響いた後、思い切り右腕を引き抜く。

 

彼の右腕にはドクドクと蠢く、異形の心臓が握られていた。

 

突然の出来事に、緑がかった髪の美女は困惑の色を隠しきれない。

 

彼は異形の心臓をまじまじと眺めた後、それを興味なさげに投げ捨てた。

 

「大丈夫か?」

 

彼の発した言葉に、女性の肩がビクッと反応する。

恐らくは現状の把握にキャパを割いており、声をかけられる事を考慮していなかったのだろう。

 

「あっ、えっと大丈夫。その助けてくれてありがとう。正直本当に助かったよ」

 

困惑の色が見られるが、女性は返答を返した。

しっかり見れば見るほど美しい女性であると彼は素直に思った。

まあ人形と比べれば見劣りもするが、と思ってしまうのは親バカかもしれないと自嘲する。

おっとりとした雰囲気でたれ目ぎみ。年の頃は20代前半ほどだろうか?

彼自信や様々な例外も数多くいるので、外見年齢などあてにならないが。

 

「そうか、それは良かった。あぁ…助けた事に対する対価、という訳でも無いのだが、少々訊ねたいことがある。よろしいか?」

 

「そんな、全然構わないよ。むしろ助けて貰ったのに恩も返せないんじゃ種族の面汚しさ。私に答えられることなら何でも答えよう」

 

「そうか。では遠慮なく。まず最初にここはどこだ?」

 

「ここは何処って…ここはヴィカーナ帝国の最東。城塞都市アリスライキ近くの森だよ。なんだい?迷子にでもなったのかい?」

 

彼女は少し心配したような表情でそう問うた。

 

「迷子…確かにそうかもしれんな。次にこの異形はなんだ?」

 

「こいつは巷じゃトロールって言われてるモンスターだよ。上級探索者でも5人がかりでようやくってモンスターを一人であっという間に倒しちゃうなんて驚いたよ。本当はこんな人里近くには()()()現れない筈の強力なモンスターさ。今日はたまたま触媒を忘れてしまっていたから、君が助けに来てくれて本当に助かったよ」

 

緊張が解けたのか、彼女は饒舌にトロールとやらの説明をしてくれた。

なるほど、獣とはまた違うモンスターなるものどもか。

未知の世界に触れたことで、啓蒙の高まりを感じる。

 

「なるほどな。では最後、貴公の種族はなんだ?人間で無いことは察しがつく。かといって獣という訳でもない」

 

彼は彼女から、宇宙の香りを仄かに感じていた。

人ではない。かといって獣でもない。

どちらかと言えば彼に近い匂いだ。

 

「私は神族さ‼あぁ、そういえば申し遅れたね。大海峡を挟んだ西の神族国家が一柱。メイ・スマイリーだ。よろしくね同族の香りのする異国の君!!」

 

「神族……?なるほど。ありがとう有益な話が聞けた」

 

彼はそういって身を翻し立ち去ろうとする。

しかしその背中をメイと名乗った女性があわてて引き留める。

 

「あぁッ‼ちょっとまって‼君の名前は?」

 

その質問に彼は困ってしまった。

自らの本当の名前なぞとうの昔に欠落している。ヤーナムでの呼び名らしい呼び名といえば()()()()()()()だろうか。Moon scent hunter?直球過ぎるし、即時偽名とバレてしまう。

なので彼は本当の事を少し濁して話ことにした。

 

「答えたいのは山々なのだが、生憎と私は名無しでね。答えるべき名前を持ち合わせていないんだ」

 

「えっ?!名無し?!記憶喪失とかそういうの?」

 

「当たらずとも遠からずって感じだな」

 

「なるほどねぇ。それじゃあ名無しくん。君は察するに異国の探索者のようだけど、これから行く宛はあるのかい?」

 

なぜそんな事を聞くのか?

一瞬疑心暗鬼に陥る。

ヤーナムでは裏切りも罠も日常茶飯事であった。

もしかすればなにか企てているのか?

 

そういった思考で彼女を観察する

しかし啓蒙が嘯いた。

"全て疑うのは精神が不健全な証、啓蒙を高めよ"

 

確かにそうだと、彼の思考から熱を奪い平静さを与えていく。

 

それ彼は彼女の瞳に、一切の淀みが無いのを見てしまった。

淀みの無い問いを淀んだ答えで返すなど畜生のすることだ。

 

「特にはない。この周辺を探索しつつどうするか決めるつもりだ」

 

「だったら、目先の宿屋や目的が見つかるまで、私の所で過ごさないかい?」

 

「は?」

 

彼は思わず聞き返してしまった。

こんな怪しい格好をした怪しい言動の怪しい男を招待するだと?正気か?それとも真性のお人好しか?

上位者たる彼の思考が高速で回転する。

なんと答えるべきか、彼が口を開く前にメイが言葉を紡いだ。

 

「ほら、ちゃんとしたお礼もしたいしね。せめて食事だけでも……どうかな?」

 

不安そうな顔でメイが呟く。

それを見た彼はなんだか憑き物が堕ちたような気分に陥る。

 

ああ、そういえば人とは、こういった感情、義理や人情も持っているものだったな。

永いときをあの悪夢で過ごしていたのですっかり忘れていた。

彼は、例え彼女の言葉が嘘で、罠に嵌められたとしても、今回ばかりは彼女の言葉を信じてみたいと。

心の底からそう感じた。

 

「……構わない。どうせ行く宛も無いからな」

 

「やった!それじゃ早速私のホームに向かいましょうー!!」

 

ルンルンと歩いていく彼女の後を、彼も追従する。

久方ぶりの人らしい人との関わりに、上位者たる彼の心のですらじんわりと温まっていた。




ちょいと短いですが、一旦これにて。
これからほそぼそとやっていきます。

フリプで久々にやったら啓蒙が爆発したのさ。


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用語辞典

作中に登場する用語、人物の整理用辞典です。
読み飛ばし推奨。

本編は次話からとなります。


【世界観】

 

剣と魔法の世界。14世紀ごろと酷似。

 

 

【ヴィカーナ帝国】

 

上位者となった狩人が誘われた世界、その世界で最大の人間の帝国。

元は立憲君主制の王国だったが、|200年ほど前《神様さえ、知らない場所へ『ダークソウル2』》に現在の帝政国家となった。

東の大陸の覇権国家であり、多種族国家連合との全面戦争を経て今に至る。

 

 

【城塞都市アリスライキ】

 

ヴィカーナ帝国の都市の一つ。帝国の最東に位置する城塞都市。

その更に東には、色のない霧があり、それを超えた先には『世界の果て』と呼ばれる別世界が広がっている。

そのためアリスライキには『探索者』達が多く訪れ、別名『探索者の街』とも言われている。

 

【探索者】

 

探索者とは、世界中に残された遺跡や滅んだ国々を探索し、そこで得たモノを売ることで生計を立てている者たちのこと。

広義の意味ではモンスター退治や商隊の護衛などで生計を立てている者たちも探索者と呼ばれている。

 

【管理局】

 

探索者達の管理をするために設立された行政機関。

探索者ランクの制定や探索者へ依頼の斡旋、新参探索者の指導、ランクマッチの開催などを行っている。

 

【探索者ランク】

 

探索者はE-~S+の12段階のランクを与えられる。

昇格の条件はその功績やランクマッチでの勝利など多種に渡るが、少なくない探索者がE-から昇格する前に死亡する。

探索者には特殊な魔術が施されたエンブレムと探索者証明証(ドッグタグ)が配布される。

エンブレムと証明証は功績に合わせ、自動的にそのランク表記を変更する。

稀にその自動変更以外に管理局の意向でランクが変動する場合もある。

 

【世界の果て】

 

アリスライキの更に東、色のない霧の向こうに広がる別世界。

この『世界の果て』には廃墟とかした街並や鬱蒼とした森、城や塔などが広がっている。

一部の実力者の物好きを除いて住んでいる者は皆無。

時折新たな建物や土地が流れ着くかのように発生していることや、狩り尽くしたはずのモンスターが突如として現れる事も相まって、

世界の果ての探索率は3%にも満たないと言われている。

探索中に命を落とす探索者も数多く、世界で最も危険な土地。

それでもまだ見ぬ世界や富を求める探索者が絶えることはない。

 

【西の大陸】

 

ヴィカーナ帝国の西には大海峡を挟んで別の大陸が存在している。

『西の大陸』には天界、魔界と称される神族、魔族の国々が多く存在しており、人間や亜人族の国家は皆無。

 

【クラン】

 

主にアリスライキに多く存在している探索者達の組合。

数多のクランがあり、それぞれの特色がある。

大規模なものでは千人規模のものから、2~3人ほどの小規模なものまで様々。

例外はあるが、その多くが神族の一柱を中心として設立された。

 

【クラン・スマイリー】

 

『メイ・スマイリー』が創設した探索系のクラン。本編2年前に所属していた団員を全て喪失しており、物語開始時ではメイと『ルヴィリアス』の二人だけの小さなクランであった。以降情報未開示。

 

【クラン・バーナード&フィリックスファンデーション(BFF)

 

アリスライキで第三位の規模を誇る複合クラン。

"王女"『リリウム・ウォルコット』を筆頭に多数の実力者が所属している。

 

【クラン・インテリオル・ユニオン】

 

アリスライキ第二位の規模を持つ複合クラン。

レオーネとメリエスという2つのクランが統合し成立した。

『ブラス・メイデン―ウィン・D・ファンション』を始めとして多数の上級探索者を有している。

 

【クラン・ローゼンタール】

 

アリスライキ第四位の規模を持つクラン。

貴族主義の一方で、市街の治安維持や自警団的立ち位置など

一般人からの信頼は厚い。

 

【主人公】

 

狩人。男。ヤーナムに治療のため訪れた本編主人公。狩人装備一式にノコギリ鉈。獣狩の散弾銃を装備。上質型。状況によって武器を使い分ける。

月の魔物を打倒し、上位者となったにも関わらず、人の姿で聖杯に潜っていた変人。

イズの聖杯ダンジョンを探索中、見たことも無い鐘をみつけ、好奇のまま鳴らしてみるとアリスライキ周辺の森にいた。

そこで初めて出会った人物。神族の『メイ・スマイリー』という一柱の誘いで彼女のクランの一員として世話になることに。 

クラン・スマイリーという駆け出し探索者が2人と一柱だけの小規模なクラン。

 

【メイ・スマイリー】

 

主人公をクラン・スマイリーに誘った神族の女性。明るい性格。若干おっとりした緑がかったロングヘアーの美人。

笑顔のよく似合う神族の女性で、悪戯好き。小悪魔的な面もあるが、善性。

【挿絵表示】

 

 

【ルヴィリアス・レイア】

 

ルイスや主人公よりも前にスマイリーに所属していた人物。帝都の名門貴族第二令嬢。気が強く、強情な性格ではあるが聡明。

金髪碧眼の美少女。ありがち。エンチャント型の魔術剣士で、優秀と言える探索者。

なぜ帝都の名門貴族がアリスライキなぞで探索者をしているか。それはメイ・スマイリーとレイア家との関係に起因している。

レイア家はスマイリーの信奉者であり、スマイリーがアリスライキでクランを立ち上げる以前からの主従関係であった。ルヴィリアス自身も幼少期からメイには良くしてもらっており、彼女のクランへ所属することが彼女の幼少の頃からの夢であった。気の強い彼女の要望と、娘への甘さから当主たる父が折れ、晴れてクラン・スマイリーの一員となる。くっ殺。

【挿絵表示】

 

 

【ルイス・カーチス】

 

助けられた事を切欠にクラン・スマイリーに所属することになった駆け出し探索者。探索者だった姉に憧れてアリスライキにやってきた。無謀にも無所属ソロで世界の果てに挑んで死にかける。

モンスターの刃にかかる直前、メイやルヴィリアス、主人公に助けられ、スマイリーへの加入を強く希望する。灰味がかった髪色で青い瞳が特徴的な少年。丁寧な口調と物腰の柔らかい性格。

主人公の訓練やその他の狩人、不死たちと出会うことで成長していく。

 

【アスカ・メビウス】

 

『クラン・ローゼンタール』に所属する青年。茶髪の人の良さそうな外見と

実際の人間性故、市街では相応の人気がある。C+。

 

【時計塔のマリア】

 

主人公によって悪夢から開放された後、こちらの世界で目覚めた。目覚めた後、ちょうど周辺で襲われていた食堂の店主を助ける。

以降店主の元で主に給仕として生活中。たまに腕を買われて世界の果てを探索する駆け出し探索者達の護衛を努めている。

後に旧敵であり自らと師ゲールマンを開放した恩人でもある狩人と再会した。

 

【人形】

 

主人公が上位者の能力をフル行使して狩人の夢からこちらの世界へと連れてきた。

ルヴィリアスやルイス達、普通の人間との触れ合いを心から楽しんでいる。

些か過激な教育方針のルヴィリアスのお陰で、武闘派になるかもしれない。

 

【狩人狩りアイリーン】

 

千景の狩人に破れ、主人公に狩りのカレル文字を託した後

アリスライキの周辺で目を覚ました。

以降ジークマイヤーと出会い、共に協力している。

主人公と再会する以前では商隊の護衛などをしつつ、この世界の情報を収集していた。

姉御肌。素顔は不明。

 

【千景の狩人】

 

情報未開示。

 

【カインハーストの騎士姿の狩人】

 

情報未開示。

 

【上級騎士】

 

不死の大英雄。

最初の火継の王。

火継の後、目覚めるとアリスライキの森にいた。

上質SL120の上質型。対人キチ。闇の王一歩手前だった。

上級騎士一式にロングソード、紋章の盾、呪術の大きな火。

 

【ジークマイヤー】

 

不死の大英雄(無印主人公)と娘に看取られた後、気がつけばアリスライキ周辺の森に居た。

しばしの後、『アイリーン』と出会い以降共に行動している。

豪鬼で愉快な性格。人間性にあふれている。

 

【パッチ】

 

いつものあいつ。

聖職者嫌いで、他者を騙して崖から蹴り落とすのが大好き。

 

【リリウム・ウォルコット】

 

アリスライキ第三位の規模を誇る『クラン・BFF』の王女と呼ばれている天才。

銀髪の小柄な美少女だが、その見た目に似合わない戦闘能力を持っている。

無尽蔵に近い魔力と天性のセンスで相手を屠る、中距離型。

独特な双剣『アンビエント』を得物とした魔術剣士。S+。 

【挿絵表示】

 

 

【ウィン・D・ファンション】

 

アリスライキ第二位の『クラン・インテリオル・ユニオン』所属の女性。

真鍮色の乙女(ブラス・メイデン)と呼ばれ、各方面で敬意と畏怖を抱かれている常在戦場の天才。

真鍮の髪をたなびかせ、高出力の魔術と剣技で圧倒する。

『瞬時』と呼ばれる魔術を併用した高速戦闘は、常人であればその目に捉えることも難しい。S+。

 

【ジェラルド・ジェンドリン】

 

ローゼンタールを率いる若き天才。

安定した精神と卓越した戦闘適正は備え持つ彼は理想の探索者とされる。

高身長の美青年。通称は"ノブリス・オブリージュ"。

部下の女性メンバーや市街の女性から熱狂的な人気を誇る。

当人は困惑する一方だが。S+。

 

【首輪付き】

 

情報未開示。

【挿絵表示】

 

 

【セレン・ヘイズ】

 

情報未開示。

 

【UNKNOWN】

 

情報未開示。

 

【フィオナ・イェルネフェルト】

 

情報未開示。

 

【マグノリア・カーチス】

 

女性。青髪で美形な隻腕の運び屋。

元探索者だったがとある事象で腕を失い、以降『ファットマン』のバディとして過ごしている。  

 

 

【ファットマン】

 

古株の運び屋。老年の男性だが、未だにそのお茶目な性格が鳴りを潜める事はない。

一介の運び屋だが、コネが広く多方面へと顔が利く。 

 

 




設定厨が爆発した。


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Act-1 Someone is Always Moving on the Surface
【Act-1-1】人らしさ


彼は、人であるということを誇りたかった。


――――彼は圧巻されていた。

 

人の活気、喧騒、馬車が石畳を進む荒々しい音。

そのどれもに圧倒されていた。

 

横を行くメイにはバレないように、それでも彼はしっかりと目を見開いていた。

すでに武器は血の遺志へ変換し格納している。

メイに『その武器を持ったまま市街に入るのは不味いかも…』と言われたためだ。

彼としては、未知の土地に行くというのに手元に武器が無いのは不安であったが、

それは唯の杞憂であったと思い知らされる。

血の遺志に武具を還した時、メイは目を白黒させて驚いていた。

だが空気を読んでくれたのか、踏み込んだことは訊いてこなかった。

 

人々がしっかりと生活し根付いている都市を、彼は初めてみた。(思い出した)

その一つ一つを見逃すまいと、彼は脳裏に焼き付けていく。

獣臭も、死臭も、血臭もしない。

僅かな月の香りは漂っているが、それは目の前を行くメイからも感じられるもの。

 

恐らくは彼女の種族であるという()()特有の香りなのだろう。

 

道中メイは、彼にこの土地について詳しく話してくれた。

 

城塞都市アリスライキは、東部大陸最大の人間の帝国、

ヴィカーナ帝国の最東に位置している。

堅牢な城壁に囲まれ、その内部に市街が広がっており、様々な人種、種族が闊歩する大変活気のある都市である。

もともとこの都市は、アリスライキの更に東に広がっている色の無い霧、そこから溢れる異形共に対応するための城塞都市だった。

しかし、色の無い霧の向こうに未知の文明のものと思われる廃都市や、新素材、新モンスターが確認されると世界中から()()()達が集まり始めた。

探索者とは、世界中に残された遺跡や滅んだ国々を探索し、そこで得たモノを売ることで生計を立てている者たちのことだ。

広義の意味ではモンスター退治や商隊の護衛などで生計を立てている者たちも探索者と呼ばれている。

現在では数多の探索者達が集まり、別名()()()()()とも言われている。

 

最初期こそアリスライキはヴィカーナ帝国軍が駐屯する城塞であった。

だが駐屯軍の規模が多ければ多いほど物資の補給や娯楽施設が必要になってくる。

 

帝都から帝国最東に位置するアリスライキへの補給は、帝国にとって悩みの種であった。

その悩みの種を解決したのが、メイ達の国。西部大陸に位置する神族国家であった。

彼らはアリスライキ自体を城塞都市化することを提案。

多くの豪商の神族やその眷属たちを入植させることで大都市へと発展していった。

 

帝国はこの提案を受け入れざる得なかった。

帝国にとって神族国家は盟主のようなものでもあったし、当時の情勢ではそうすることが最適解であると結論づけたからだ。

 

「凄いな…」

 

「そうかい?まあこの街は様々な種族が暮らす大都市だからね!名無しくんがいたところはどんなとこだったんだい?」

 

「…建造物群はこの街よりも発展していた。だが陰鬱な空気に包まれ、住民はほとんどいなくなってしまっていたが」

 

「…なんか言いづらいことを訊いちゃったみたいだ。ごめん」

 

彼の悲しげな雰囲気を感じとって、メイは思わず謝罪する。

彼は気にするな、と短く返答をした。

 

アリスライキには様々な()()()が存在している。

クランと言うのは探索者達の組合のことだ。

数多のクランがあり、それぞれの特色がある。

大規模なものでは千人規模のものから、2~3人ほどの小規模なものまで様々。

例外はあるが、その多くが入植した神族の一柱を中心として設立された。

 

彼とともに歩くメイも、クランを持っているらしい。

彼女ともうひとり、人間の少女二人だけの小規模なものだと彼女は照れくさそうに言っていたが。

 

「さあ着いた!ここが私達のホームさ!ささ入って入って!」

 

彼女は市街の北部にある3階建ての建物で歩みを止めた。

レンガと白壁で作られた瀟洒な建物だ。

見ようによっては喫茶店にも見えるかもしれない。

玄関には看板がかかっており"クラン・スマイリーホーム"と書いてあった。

 

ドアに付けられた鐘がカランカランと鳴る。

メイに続いて彼は中へと入っていった。

 

どことなく狩人の夢にある館を思い出すような、落ち着いた内装であった。

 

「そっちがキッチン、でここが応接室、1階はクランの業務スペースになってるんだ。私達が生活しているのは上の階だね」

 

彼は興味深そうに室内を見回していた。

人の生活感を感じられる建物に踏み込んだのは実に久々なことだった彼は、感動すら覚えてしまっていたのだ。

 

「それでこっちが…どうかしたのかい?」

 

「ああ、すまない。人の生活を感じられる場所に踏み入ったのは久しぶりでな。少しクるものがあってな」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

―――メイは、彼の背後にナニかを幻視した。

血濡れの背広。狂気に飲まれつつも、しかしその歩みを止められない哀しい狂人(狩人)

狂気すら糧とし、突き進む同族(上位者)の姿。

 

メイは少し動揺した、だがそれ以上に彼がなにかとてつもない重責を背負っているのを直感する。

啓蒙の高まりを感じる。

神族たるメイの身ですら、未だに測れないものは数多くあるのだと言うことを改めて彼女は感じる。

 

メイは思わず彼の頬に手を添えた。

大柄な彼との身長差故、メイが背伸びをする形になる。

マスクをしているためメイからは彼の瞳しか見えないが、

宇宙が広がるようなその瞳が大きく見開かれているのが見て取れた。

 

「名無しくん。私は君のことを深くは知らない。ついさっき知り合ったばかりだからね。当たり前さ。でもこれだけは言える。もう君だけが重荷を背負う必要は無いんだよ。君だけが潰されるような重責を抱える必要は無いんだよ。君は傷つき過ぎている。もう休んでもいいんだ」

 

『休んでもいいんだ』

 

彼の胸に、メイの言葉が温かく染み込んでいく。

目を更に大きく見開き、ゆっくりと膝を落として彼女と視線を合わせていく。

相変わらずメイからは彼の瞳しか伺うことが出来ない。

だが、メイには今の彼が吹けば崩れてしまいそうなほど、儚いものに見えた。

 

「私は…私は…数多を鏖殺し、数多くを見捨てて来た。助けられたはずの命も、救えたはずの運命もたくさんあった」

 

彼女は、彼の瞳を覗き込みながら黙って彼の独白を聞く。

それは懺悔のようで、苦しくて、哀しくて。

彼がいままでどう過ごしてきたのかは全然知らない。

だが、メイは彼に自分と同じものを感じ取っていた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

彼女はその感覚を実体験として知っているからこそ、彼の言葉の続きを待った。

 

「悪夢の中を彷徨い歩いた。何度も、何度も何度も何度も何度も。幾千を超える死を経験し、万にも届く獣を狩り尽くした」

 

「遂に掴み取った悪夢からの開放も、獣狩りの夜の終わりも。何も残してはくれなかった。あったのは虚無感だけだ」

 

「私は…俺は…僕は…自分が何であったのか思い出せない。人であろうと夜を駆け抜け、だが最後には本当に人では無くなってしまった」

 

「こんな私が…休んでも良いのだろうか…止まってもいいのだろうか…」

 

数瞬の間が、二人の間を過ぎていく。

メイはゆっくりと息を吐き、言葉を紡いだ。

 

「―――当たり前じゃないか!同じ香りの同胞よ!」

 

そういって、メイは彼の両頬に優しく手を添え、ゆっくりとマスクを下ろした。

乱雑に生えた髭と、それなりに整った顔が現れる。

年の頃は20代後半ほどから30代前半だろうか。

髭を剃ればもっと若くみえるかもしれない。

 

狩人()の両頬に、メイの温かい手が添えられる。

 

「繰り返しになるが、私に君の過去はわからない。それでも辛い運命に抗い続けたということだけはわかる」

 

「―――同じ香りの同胞よ、私の(クラン)にこないか」

 

言葉がつまる。

上位者となった彼の思考は、だが今は只人で有りたいと願った。

何故メイにあんな独白をしてしまったのかもわからない。

上位者たる自らが、何故こんなエラーのような行動をしてしまったのか、理解が出来ない。

 

ああ、だがしかし。このエラーこそが、()()()()というものだろうか。

ならばこのエラーのまま、人らしい感情のまま、一時を過ぎしてみようではないか。

 

彼は右頬に添えられた彼女の手に、自らの手を重ねながら答える。

 

「―――――喜んで、月の香りの女神よ」

 

 

 

 

 

 

 

アリスライキの市街を、金髪の少女が歩いていた。

腰ほどまである美しい金髪をポニーテールでまとめ、少女は手に抱えた紙袋を落とさないように歩いている。

 

「あら、ルヴィリアス嬢ちゃん。お買い物かい?」

 

「食堂のおばさん!ええ、食材が切れていたので商業街へ出向いていました」

 

彼女、ルヴィリアスという金髪の少女は、声をかけてきた婦人に明るい表情で返事をする。

【挿絵表示】

 

ここ最近、アリスライキ自体の景気も上昇傾向にあり、食材も安く手に入って彼女は助かっていた。

駆け出し探索者であり、クラン・スマイリー唯一の探索者の彼女にとって、食費は悩みの種である。

彼女がこの地に赴いた半年前、とある事象のせいでアリスライキの物価がとんでもないことになっていた事もあって

いまの高景気は非常に助かっていた。

 

彼女、ルヴィリアスは帝都の名門貴族の第二令嬢である。

何故、貴族令嬢である彼女が、最東に位置しているアリスライキで探索者なぞしているのか。

それは彼女の家、レイア家とメイ・スマイリーとの関係に起因していた。

メイとレイア家は、メイがクランを立ち上げる前からの主従関係である。

メイ・スマイリーはレイア家に寵愛を授け、レイア家はそれによって発展した。

ルヴィリアスに対しても、メイは幼少の頃から可愛がっており、

メイのクランへ所属することが彼女の幼少の頃からの夢であった。

気の強い彼女の要望と、娘への甘さから当主たる父が折れ、晴れて

クラン・スマイリーの一員となる。

 

半年前にメイのもとに来たルヴィリアスは、持ち前の容姿とコミュニケーション能力を駆使して

アリスライキでの生活にもすっかり馴染んでいた。

 

それでもクランのメンバーはルヴィリアス一人とメイ一柱だけであり、決して楽な生活ではない。

もうひとりぐらいメンバーが増えれば楽なのに、とは彼女の本音である。

 

食堂のおばさんと軽い世間話をした後、再び歩みを進める。

しばらく進めば、彼女の今の家。クラン・スマイリーのホームだ。

 

到着したルヴィリアスは、紙袋の中身を落とさないように気をつけながらホームの扉を開ける。

 

ふと、嗅いだことのない匂いがした。

メイ達神族達の匂いにも似ていたが、明らかに違う。

高貴な香りの中に、確かに血と臓物の匂いが紛れ込んでいる。

 

そもメイは今、アリスライキ周辺の森へ、ポーションの材料を取りに行っているはず。

今は午後14時過ぎ。

この時間に帰ってくるとは考えづらい。

 

ルヴィリアスは警戒しながら廊下を進む。

出来るだけ足音を立てないように、慎重に。

 

――応接室の方で男の声がした。

ルヴィリアスの全身に緊張が走り、身を引き締める。

このクランには彼女とメイ、女性二人しか所属していない。

さらに客人が来る予定も無かったはず。

中のモノに気取られないよう、警戒しながら応接室の扉から中を覗き込んだ。

 

黒い男だ。

そして男の先にはメイの姿も目に入る。

黒い外套を身に着けた男が身をかがめ、メイの前に跪いていた。

状況が理解できず、彼女は困惑する。

 

あの男は誰だ?なぜメイ様がこんなにも早く帰ってきている?この匂いの原因はあの男か?

 

彼女は持ち前の思考力で即座に考えを巡らせる。

 

ふいに男の口から言葉を漏れた。

 

「―――――喜んで、月の香りの女神よ」

 

その言葉を聞いた瞬間、ルヴィリアスの思考はホワイトアウトする。

いまの言葉はまるで()()()()()のようではないか。

確かに人手は欲しいと思っていた。

が、こんなにも怪しく、濃厚な血の匂いを漂わせた男がメイ様の信奉者になるなど冗談ではない!

独善的で理不尽な言い分だとは彼女自身も理解していた。

それでも年端もいかない少女にとって、感情の手綱を完全にコントロールするのは難しい。

 

それまで冷静に状況を見極めようとしていたルヴィリアスだが、そんな冷静さはどこ吹く風。

感情に従うまま彼女は叫んでいた。

 

「メイ様ーーーーーー!!!!」

 

その叫びに驚いたのか、メイの肩がビクッと跳ね上がる。

それに対し男は、冷静に立ち上がり、肩越しにルヴィリアスを見やるだけだった。

 

「る、ルヴィリアス…帰ってたのか…」

 

「ええ只今戻りました。…ではなくてですねッ!その男は誰ですッ!?それにさっきの言葉は!?」

 

「き、聞いていたのか…本当はもっとちゃんとした形で紹介したかったんだが仕方ない」

 

数瞬の間を置いて、メイが言葉を続けた。

 

「紹介しよう!今日から私達の家族に加わった名無しくんさ!」

 

SEでも流れそうな雰囲気で、メイは男を紹介する。

対するルヴィリアスはあんぐりと口を開けて絶句してしまった。

彼女にとってもっともあってほしくはない展開であったがゆえに。

ルヴィリアスがなにかを言おうと口をパクパクさせていたが、それよりも先に言葉を上げたのは男だった。

 

「初見となる。生憎と今は名乗る名前は持ち合わせていないが、今日から彼女に世話になることになった。よろしく頼む」

 

名無しと紹介された男は挨拶の後、異国のモノと思える一礼をした。

 

「みっ、」

 

「み?」

 

やっとのことで言葉を出したルヴィリアスに対して、メイが訊き返す。

 

「認めませんからァーーーーー!!!!」

 

アリスライキの昼下がり。市街には少女の絶叫が響き渡った。

その後、若干のヒステリーを発症した彼女を諌めてまともに言葉を交わすまでには1時間ほどのときが必要であったという。

 

 




狩人様喋りすぎな気もする。
だけど、彼らだって、こんな葛藤や迷いを進み続けたのかな
っていうフロム脳の暴走。

お気に入り、感想ありがとうございます!
ほんとモチベ上がります!

蛇足感はありますが、狩人様のラフ画です。
新しいペンで大苦戦。

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【Act-1-2】人としての一歩。

ストン、と。
嵌まるべきパズルピースのように、その言葉は胸に嵌った。


「狩人様、ずいぶんと機嫌がよろしいですね」

 

狩人の夢で装備の調整を行っていた彼に

ふと人形が話しかけた。

 

メイやルヴィリアスとの怒涛の時間(主に取り乱すルヴィリアスへの事情説明)を過ごし、皆が寝しずまった夜。

彼は狩人の夢への帰還した。

上位者となり、夢と一体化した彼にとって、夢への帰還は灯りを持ちいらずとも行える。

世界から自らの意識を薄れさせ、夢のイメージを強く持つだけでいいのだ。

 

「ああ、そう見えるか?」

 

「ええ、過去のなにかに追われていたような雰囲気がなくなっています。普段も素敵ですが、いまの方が私としては安心できます」

 

はて、人形はこんなにも自らの感情を全面に出すような子であっただろうか。

ふと疑問に思った彼だったが、これも成長だろうと思い直す。

 

「新しい世界()を見てな。ヤーナムと違い人々が当たり前の生活を送っている(世界)だ」

 

「人々の当たり前の生活…ですか。この人形は人の生活というものを狩人様達のモノしか知りえません。よろしければお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

彼女が珍しく見せた好奇心に、彼は内心で喜んだ。

娘のように可愛がってきた存在の成長を実感できて、こみ上げてくるものがある。

人らしさを徐々にではあるが、獲得している彼女を見るのは、狩人にとっての楽しみであった。

 

それから狩人は、今日見たことを人形に伝える。

それは寝物語に子供に御伽噺を聞かせる親のようであった。

全てを語って聞かせた後、人形は小さく拍手をしながら言葉を紡いだ。

 

「ありがとうございます狩人様。ぜひ私も見てみたいなどと思ってしまいました」

 

「ああ―――必ず見せよう」

 

そして夢は終わり朝が来る。

この夢と外の時間は関係無いが、合わせることも不可能ではない。

 

「朝が来る。私はまた向かうとしよう」

 

「はい。狩人様、どうかあなたの目覚めが有意なものでありますように」

 

 

 

狩人とメイ、そしてルヴィリアスの邂逅の次の日。

昼前、彼とルヴィリアスは市街を歩いていた。

 

初めて(思い出した)人間らしい朝食をとり、人らしい朝の時間をメイとルヴィリアスと共に過ごした彼の機嫌はとても良かった。

人らしい朝と言っても、主に狩人に噛み付くルヴィリアスをメイが諌めていただけなのだが。

 

彼はそれを微笑ましいような表情で見ていた。

それが更にルヴィリアスの機嫌を損ねていた事は言うまでもないが、彼にその自覚はなかった。

 

上位者となった彼にとって、相手の感情の矛先が自らに向いてるかそうでないかなど些末な問題である。

等しく彼が失った(忘れた)人らしさなのだ。

であれば、それを彼が愛さない理由は無い。

 

「あんた、暑くないの?」

 

ふいにルヴィリアスが問いかける。

家を出てからここまで無言であった二人だが、その気まずさに故の問いかけである。

ルヴィリアスは気が強く強情ではあるが、相手のことを何も知らずに否定するほど愚かではない。

むしろ人としては聡明な部類に入るだろう。

まあ朝までは感情のコントロールが上手くいかず、彼に対して噛み付いていたが。

冷静になれば相手のことを知ろうという余裕も出てくる。

 

現在のアリスライキの気候は俗にいう春先である。

そんなぽかぽか陽気の中。

ロングコートに短マント枯れた羽の帽子にマスクをして極限まで肌の露出を抑えた

彼の格好は、ルヴィリアスにとっては奇っ怪に写ったのだろう。

それはルヴィリアスだけでなく、市街の人々にもそう見えていた。

 

「暑い、という感覚は久しく味わっていないな。確かにこんな陽気の中でコートを着ていれば暑そうに見えるか」

 

ルヴィリアスは彼の返答に、短くふーんと返しただけだった。

彼女の彼に対する印象は"変なやつ"という簡潔なものであった。

 

昨日、取り乱した彼女をメイが諌め、改めて彼についての話を聞かされ、彼とも少しではあるが言葉を交えた。

それを踏まえた上で、"変なやつ"というのが彼女の感想である。

 

だが少なくともメイに危害を加えるような存在では無いとルヴィリアスは感じた。

 

それから目的地への道中。短いながらもいくつか言葉を交える。

ここに来る前はなにをやっていた、とか

それ()はなに?とか。

 

現在彼は護身用も兼ねて、腰に獣狩の短銃を下げていた。

 

 

獣狩りの短銃

 

狩人が獣狩りに用いる、工房製の銃

 

獣狩りの銃は特別製で、水銀に自らの血を混ぜ

これを弾丸とすることで、獣への威力を確保している

 

また、短銃は散弾銃に比べ素早い射撃が可能なため

迎撃などに適する

 

 

どうやらこの世界には銃というものは存在していないらしく、

初めて見たであろう彼女たち(メイとルヴィリアス)が興味深げに見ていたのを彼は覚えている。

 

「銃だ。この世界には無いのか?」

 

「ジュウ?ないわ。少なくとも私が知る限りでは聞いたことないわね。武器なの?」

 

「ああ。火薬で水銀や鉛の弾を撃ち出して相手を殺傷する武器だ」

 

「ふーん。じゃあ飛び道具なのね。珍しいものを使うのね。弓や魔術じゃダメなの?」

 

「魔術がどれほどの威力を持つか、見ていないので言及のしようがないが、少なくとも弓では私の居た所《ヤーナム》では力不足だった。一部例外は居たが」

 

「(魔術を知らない…?どんなところに居たのよ…本当に戦えるのかしら?)それはそうとここが目的地よ」

 

ルヴィリアスの言葉で、二人が歩みを止める。

眼の前には、市街でも一際大きい建物が佇んでいた。

酔いそうな程に人が集まっており、出入りも激しい。

 

「ここが管理局。探索者達を管理してランク分けしたり、依頼を仲介していたりするわ。探索者としてクランの一員になるならここでまず登録しないといけないの」

 

ルヴィリアスの説明を聞きながら、彼は内心嬉々としていた。

ヤーナムでも狩人証を用いての狩人管理は行われていたようだが、ここまで大規模なシステムでは無かっただろう。

 

「とりあえず入りましょう。さっさと済ませたいしね」

 

彼女に先導され、建物内へと入っていく。

あまりの人の多さに少し驚く。

どうやら食堂もあるようで、そちらの方からはより喧騒も聞こえてきた。

銀行のように窓口がたくさんあり、それぞれ応対しているようだった。

 

「すいません、となりのこいつの探索者登録をしたいんですけど」

 

「ああ!ルヴィリアスさん、お久しぶりです。お連れさんの登録ですね。少々お待ち下さい」

 

どうやらルヴィリアスとその受付嬢は顔見知りのようで、世間話を交えつつシステムの詳しい説明をしてくれた。

 

探索者はE-~S+12段階のレベルにランク分けされている。

通常の新規探索者であれば、E-からスタートし、そこから徐々にランクを上げていくそうだ。

 

また世界の果ての探索には、ランクによって立ち入れる領域が制限されている。

世界の果ての探索は危険が付き物であり、無意味な探索者の死亡を防ぐための措置であるそうだ。

 

彼は面倒くさいシステムだなと感じたが、普通の人間は1度死ねばそれで終わりである。

ならば無意味な損失を避けるためには致し方ないものなのかもしれない。

 

また、高ランクの探索者になるに連れて待遇も良くなるのだという。

優先して新規探索エリアへの探索権利がおりたり、税の免除などがその最もたる例だそうだ。

 

ルヴィリアスのランクはC+だという。

登録して半年でこのランクにたどり着くのは稀有らしく、ルヴィリアスの性格と実力の一端がよく分かる。

 

「一通りの説明はこれで終わりになります。最後に探索者として登録する名前ですね。こちらにお書きください」

 

受付嬢の説明が終わり、登録証を差し出される。

名前を記入すれば登録完了だ。

 

先日までの彼ならここで少し困っている所であったが、今の彼はそうでは無かった。

 

彼は昨夜のことを思い出す。

ルヴィリアスを諌めた後、メイと言葉を交えて居た時のことだ。

 

『そうだ、君がうちの家族になった記念に一つ贈り物を授けよう』

 

彼は贈り物?と訊き返した。

 

『そうさ!今後この街で生活して行くのに名無しじゃ不便だろう?探索者登録も出来ないし。だから私から君に名前を送りたい。どうかな?』

 

そんな、願っても居なかったことだ。ぜひお願いしたい。

彼は多少驚きながらそう答える。

 

『ではクランの主として。また同胞として君に名前を贈ろう。遥か昔。漆黒の体躯を持ち、只人では見ることも叶わぬほど素早く動いたとされる鉄の巨人。君の姿を見て真っ先にその巨人の姿が思い浮かんだ。故にこの名前を贈る。君の名前は―――』

 

『―――――AALIYAH』

 

彼は登録証にそう名前を書いた。

 

月の香りの狩人と、そう呼ばれていた彼は遂に名前を取り戻した(得た)

 

狩人のアリーヤ。それがこれから彼の名乗るべき名前だ。

 

こうして彼の新たなる物語がスタートする。

歴史の闇に葬られ、世界に忘れられた狩人(英雄)

人を新たなる夜明けへと導いた狩人(上位者)

 

失われたものを、諦めたくなかった狩人()の新たなる夜明けだ。

 

 

 

 

 

 

市街を長身で美形の女性が歩いていた。

陶磁器のように美しい肌を持ち、その髪は絹のようになめらかだ。

さながら人間離れした美貌だと、見る者にそう思わせる女性だった。

 

ふいに、その女性が管理局の前で歩みを止める。

 

「月の香り…?」

 

彼女は表情を変えず、管理局の中を見つめる。

神族達から香る匂いとも似ていたが、明らかな違いを感じた。

 

その美貌だけで周囲の目を引く彼女が、歩みを止めてまで管理局を見つめていたのを

周りの人間は不思議に思ったことだろう。

 

「マリア?どうしたんだい?」

 

いつかルヴィリアスと市街で話していた食堂の女将が、長身の女性の名を呼ぶ。

 

「ああ、すまない。なんでもない」

 

彼女はそう返し、歩みを再開した。

 

まさか、あの男がいるわけもない。

きっと気のせいであろう。

自らを悪夢から開放し、恐らくはその先の秘密を見た月の香りの狩人。

彼がこの場に居るはずがない。

 

彼女は自分にそう言い聞かせる。

だが彼女が彼の匂いを間違えるはずも無かった。

 

 

軽く首を振り、考えすぎだと思考を中断させると

彼女は女将の元へ歩いていった。




オリキャラもそうだが、狩人様の名前を決めるのに苦労した。
元ネタわかる方居ますかね?


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【Act-1-3】上位者の常識と、一般人の常識には差異がある

私はムカついた。
舐めているのかと、そう思った。

だけど―――それは驚愕と困惑に塗りつぶされた。


彼、月の香りの狩人改め

狩人アリーヤが手続きを行うのを、ルヴィリアスは横で見ていた。

 

たった半年でC+ランクまで上り着いた彼女は、端的に言って優秀な探索者である。

通常E-ランクからスタートする新規探索者だが、帝都貴族の彼女とはいえそれは同じであった。

世間一般ではE-~D+までの4ランクが初級探索者。

C-~B+が中級探索者。

A-~S+が上級探索者と呼ばれている。

ランクを一つ上げるのに早くて半年、通常は2年前後かかるということを考えれば、彼女の優秀さは実感しやすいだろう。

もちろん上のランク帯へ上がれば上がるほど昇格の条件は厳しさを増していく。それは高ランクであればあるほど、そのランク帯の数は減っていくということでもある。

そも高い死亡率を誇るこの界隈では、E-から昇格する以前に死亡することなどざらであった。

 

彼女、ルヴィリアスの戦闘スタイルは俗に魔術戦士と呼ばれるものに分類される。

剣技と魔術を織り交ぜ、トリッキーな戦術に主眼を置いたスタイルだ。

その性質故スタミナ切れを起こしやすく、魔力が枯渇すれば戦闘力が半減することがこのスタイルの弱点ではある。

だがそれを差し引いても短期決戦での爆発的な瞬間火力は特筆に値するものだ。

彼女は魔術戦士の中でもエンチャント型というものに分類されていた。

 

自らの得物に炎や魔術的なエンチャント(強化)を施し、高い瞬間火力を実現している。

 

ルヴィリアスは間違いなく、優秀な探索者であった。

彼女にはその自負と自覚があったし、周囲の探索者や管理局からも一目置かれている事実もある。

 

それ故に狩人、アリーヤの能力について懐疑的になってしまうのは致し方ないのかもしれない。

 

メイからトロールを瞬殺したという話は聞いていたが、彼女はそれを実際に見たわけではない。

敬愛する主を疑うということは決して無かったが、それでもルヴィリアスにとってアリーヤの実力は未知数であった。

そもメイが何故、この怪しい男をクランに誘ったのかはかりきれてはいないのだ。

きっと私達人間には理解できない、何かを見たのだろうという事はわかる。

それはアリーヤからメイ達神族にも似た香りがしていることからも、なんとなくではあるが察せられる。

幾分その匂いは血なまぐさすぎるが。

 

きっと私達人間には理解もできない考えがあるのだろう。ルヴィリアスはそう結論付け、一旦思考を中断した。

 

ちょうどアリーヤも登録の手続きが終わったようである。

 

「アリーヤ様ですね。かしこまりました。これにて探索者登録は完了です。ランクはE-からのスタートとなります。世界の果てへの探索に赴く場合は十分に準備して、細心の注意をお願いします」

 

受付嬢にアリーヤが軽く礼を言って、席を立つ。

ルヴィリアスも彼に習って受付嬢へ感謝の言葉を述べた後席を立った。

 

「これで探索者登録は完了ね。後は装備の準備か。これから私の"同僚"になるんだから、情けない姿を晒さないでよ」

 

彼女は顎に指を当て、思案しながらアリーヤにそう話す。

最初こそ噛み付いていた彼女であるが、ここまできてしまえばもうどうこう言っても仕方あるまい。

ならば"同僚"として割り切って接するのが合理的である、というのが彼女の心情であった。

それに、無自覚ではあるが、クランの先達として初めての後輩ができたというのに内心ワクワクしていたのだ。

いままで殆どがソロ、或いは主たるメイと二人で探索を行ってきた彼女にとって、

他のクランのようにパーティを組んで探索を行うというのは一種の憧れでもあった。

 

さて、彼の装備品はどこで調達するか

ルヴィリアスはそんなことを考えていると、アリーヤが口を開く。

 

「ああ、もちろんだ。それと装備品については問題ない」

 

ルヴィリアスはそう言った彼を、怪訝な表情で見上げた。

大柄なアリーヤを見上げるのに加え、彼の顔はマスクで隠されている為

その表情を見ることは叶わない。

だがなんとなく不敵に嗤っているような気がした。

 

たしかに彼の装束は普段着とは違い、戦うことを想定したようなものに見える。だが鎧などに比べて、防御力は間違いなく劣るだろう。

武器も"ジュウ"というものを下げてはいるが、まさかそれだけで探索に赴くつもりだろうか?

彼女はこの半年で世界の果ての危険性を理解している。

"ジュウ"の性能はよくわからずとも、一本だけでなんとかなるほど甘い場所ではないと解っていた。

 

故に、彼女は僅かに苛ついた。

あの場所(世界の果て)の危険性も解っていない奴が、何を言っているのかと。

 

その彼女の考えは只人相手ならば正しいだろう。

そもルヴィリアスは()()というものを知らないのだ。彼が駆け抜けてきた苦悩も。

故にその苛つきも致し方ないものであるし、当然であった。

 

「装備については問題ない?―――あんた、そんな装備であの場所(世界の果て)がなんとかなると思っているの!?ふざけないで!!」

 

若干の殺気すら込めながら、彼女はそう叫んだ。

周囲の探索者や職員は何事かと、彼女達を見やる。

 

上位者たるアリーヤは何故彼女が怒っているのか、すぐに察した。

 

ああ、確かにこの身のまま装備は必要ないとか言っても舐めているのかと思われるのは仕方のないことだろう。

であれば。

 

「ふざけてなどいないさ。もう()()()()()からな」

 

彼の返答に対し、ルヴィリアスは更に目を細めて睨みつける。

その後の言葉はなんだ?これ()があるか?もしそうだとしたら、メイ様の意向を反故してしまうことになるが

この場でこの甘い思考の男を叩き斬ろう。

 

そんな物騒な思考を彼女は奔らせる。

 

ルヴィリアスは彼の実力や能力を知らない故、そう思ってしまうのは致し方ないことであった。

周りの人々は口を出しては来ないが、きっとルヴィリアスのことを支持しているだろう。

 

だが。周りが知ろうが知らまいが彼は()()である。

彼がその右手を虚空に上げた瞬間、ルヴィリアスを含めた周りの人間は驚愕することになった。

 

「―――この通り武具は持っているのさ。舐めてなどいない。もし勘違いをさせてしまったのならすまなかった」

 

彼の手には銀色に輝く"剣"が握られていた。

無骨ながらも、美しい刀身を持つその剣は、素人目にも業物だということが理解できる。

それに同時に彼の背へ担がれるように出現した鉄製と思われる巨大な鞘。その美しいレリーフに多くの者の視線は釘付けになる。

 

周囲のルヴィリアスを含めた人間は驚愕していた。

見たこともない"剣"。巨大な鞘。

だが、それ以上に―――

 

「なんだ!?あの男剣なんて持っていなかったよな!?」

 

「錬成の魔術か!?詠唱なんて聞こえなかったぞ!?」

 

「錬成だとしたらなんて腕だ…あの剣をみろ!()()()()()()()()()()()

 

周囲が一気にざわめきたつ。

狩人たるアリーヤにとっては当たり前の、血の遺志の恩恵による武器の格納。

だがそれは、この世界の人々にとって例外を除けば未知の業であった。

 

彼が普段使っている得物(ノコギリ鉈)ではなく、その"剣"を手にとったのには理由がある。

この世界の人々にとって()()()()()()武器だからだ。

 

―――ルドウィークの聖剣

あの世界(ヤーナム)ではそう呼ばれて居たものが、彼の手には握られていた。

 

 

ルドウィークの聖剣

 

特に医療教会の狩人が用いる「仕掛け武器」

 

教会の最初の狩人、ルドウイークが用いたことで知られ

銀の剣は、仕掛けにより重い鞘を伴い、大剣となる

 

ルドウイークを端とする医療教会の工房は

狩人に、老ゲールマンとは別の流れを生み出した

より恐ろしい獣、あるいは怪異を狩るために

 

 

「あんた…何者よ…?」

 

ようやくルヴィリアスの口からこぼされた言葉は

明らかに困惑と驚愕を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

先程の出来事からしばらくして。

ルヴィリアスとアリーヤは世界の果ての浅部へと赴いていた。

 

アリーヤが

 

『それでは見に行こうか』

 

などと何事もなげに言い放ったためである。

それに対しルヴィリアスは、先程の衝撃から復帰しきれておらず

 

『ええ…』

 

と返すことしか出来なかった。

ただ、彼女のアリーヤに対する懐疑心はひとまず薄れていた。

いや、疑問も疑念も多大に高まったのだが、彼の実力に対する懐疑心はなぜだか薄れていた。

それは見たことも無いような()()()()を眼の前で見せつけられたせいであろうか。

それとも『行こうか』といった彼の背後に何かを幻視したような感覚のせいだろうか。

 

だが彼女にその自覚はない。

()は只人である彼女には、何かを幻視した感覚は感じられても

それを見ることは叶わなかったのだから。

まあ現状の彼女がもし、メイのように彼の過去(悪夢)を見てしまったら間違いなく発狂するだろうが。

 

現在管理局では先程の光景を見ていた探索者達と職員によるざわめきはより一層その激しさを増していた。

 

曰く、"あれは錬成の魔術だ!"だの

"だとすれば最上位の魔術師だぞ!?"だの

"閃光のルヴィリアスが連れてきて只人ではないとは思ったが、アイツは一体誰だ!?"だの。

"ルヴィリアス嬢とアイツはどんな関係だ!?まさかスマイリーの新人か!?"だの

 

もっぱら彼、狩人アリーヤについての話題であった。

だがそんな事を二人が知るはずもない。

 

そもメイがルヴィリアスに対し、彼の業を伝えていればこんなことにはなっていなかったかもしれないが

後の祭りである。

 

ルヴィリアスとアリーヤは、世界の果てとの境界に設置された関所で登録証を見せ、世界の果てへと歩みを進めていく。

しばらく色のない霧が続いた後、その先に広がっていたのは―――自然に飲まれつつある遺跡群であった。

 

「ここが世界の果ての最浅部。奥に進むに連れて強力なモンスターが増えてくる。この辺りは探索者もいっぱいいるだろうからまだ安全よ」

 

彼女の話を黙ってアリーヤは聞いている。

 

世界の果ての探索率は3%にも満たないらしい。

それはこの世界の果ての性質に起因していた。

 

その性質というのは、ある日突然見たこともない土地が流れ着いているかのように出現するというものだ。

また討伐したはずのモンスター達が、気が付くと復活しているのだという。

 

別世界の英雄(不死人)が聞けば"ロスリック"や"吹き溜まり"といった単語が聞こえてきそうな性質である。

 

「じゃあ少し進んで見ましょうか。正直さっきのあなたの業を見てまだ困惑しているのだけど、それは帰ってから聞かせてもらうことにするわ…」

 

若干疲れたような表情でルヴィリアスは呟く。

それに対しアリーヤは嬉々として遺跡群を目に焼き付けていた。

 

"美しい"それが彼の心に満ち溢れた感情であった。

空では太陽が大地を照らしており、緑はみずみずしい生命の息吹を感じさせる。

それに飲まれつつある遺跡群。とても幻想的な光景だった。

あの悪夢ではこんな光景を見ることは出来なかった。絶望と狂気を飲み込み、進み続けることしか出来なかった。

この世界()はすべてが美しい。人の営みも、この光景も。

 

「―――っえ!ねえ聞いているの!?おーい!?」

 

ルヴィリアスが傍らで叫んでいる。

どうやら感動を噛み締めていたあまり、彼女の言葉を聞き逃していたようだ。

アリーヤは彼女へ向き直り、短く謝罪する。

 

「ああ、済まない。この光景に少々感動してしまっていてな。美しい景色だ」

 

「…やっぱりあんた変わっているわね。いくら美しいとは言っても上級探索者ですら気を抜けば一瞬で死ぬ世界なのよ?」

 

「それでも、さ」

 

「ふーん…まあいいわ。これからは私の"同僚"なるんだから、この辺は案内したげる」

 

ルヴィリアスとアリーヤは歩みを進める。

 

「ここが探索者達の簡易休息所。であっちが捨てられた教会って呼ばれてる建物。あの建物を抜けると更に深部へとつながっている道にでるわ。まあE-の探索者は、制限されて入れないけど」

 

彼女はぶっきらぼうに案内しつつも、内心は嬉々とした感情が戻ってきていた。

いまの私、最高に先輩らしい!

そんなことを思い浮かべた彼女は、途端に恥ずかしくなって首を振る。

 

アリーヤはといえば、彼女の案内を真摯に聞きつつその目に隠しきれない喜色を浮かべていた。

だがその喜色は、次の瞬間には消え失せる。

代わりに灯るは、明らかな警戒を浮かべた宇宙の瞳。

 

「それで、向こうに見えるのが時計塔って言われている建物で…どうかした?」

 

どうかしたのか、そう問かけるも彼からの返答はない。

 

 

そこで彼女は気が付く。

―――彼の雰囲気が一変したことに。

 

掴みどころの無い男であると感じていたが、それでもこのように全てを飲み込む深淵のような空気を感じさせる男ではなかった。

それが昨日からという短い時間ではあるが、彼と接したルヴィリアスの認識であった。

 

だが。その姿を見た瞬間、ルヴィリアスの心臓が跳ね上がる。ドクドクと、バクバクと。彼女の鼓動はその動きを一層早めた。

恐怖を感じる。なんだこの恐怖は。なんなのだこの男は!!

 

怒気とも闘気とも違う。一番近いのは…そう。()()だ。

匂い立つような濃厚な死臭。血臭。そして()()()()

あまりの変わりぶり、そして彼から漂い初めた様々な匂い。

 

彼女はその背後に、形容しがたい化物(上位者)を幻視した。

 

困惑と恐怖が彼女を襲う。だが持ち前の精神力でそれらをなんとか抑え込む。

彼女にとっては初めての啓蒙であった。

 

一息付き、自らを奮い立たせて彼が睨みを効かせている視線の先へ目を移した。

だがしかし。そこにはただの森が広がっているだけである。

 

「……ただの森じゃない、なにか見つけたの?」

 

やっとの思いで、ルヴィリアスは言葉を出す。

 

「―――獣の匂いだ…匂い立つなぁ…」

 

彼の独り言のようなつぶやきにルヴィリアスは疑問符を浮かべる。

彼女がなにかを言おうとした瞬間、

恐怖を覆すような、しかし全身の毛が逆立つような声色でアリーヤがつぶやいた。

 

「―――来るぞ」

 

直後、森の木々がなぎ倒されるような音と数名の絶叫が聞こえてくる。

そしてようやく―――ルヴィリアスも彼の雰囲気が一変した理由に気がついた。

 

直後森から勢いよく転がり出るように出てきたのは数名の男女。

あの鎧は――確かクラン・ヘイティアの標準装備であったはず。

 

「急げ!早く逃げろ!!!」

 

転がり出てきた男女のうち、最も背の高い茶髪の青年がそう叫ぶ。

 

恐怖の表情を貼りつけて出てきた彼らであったが、その顔はさらなる恐怖で上塗りされ固まってしまった。

彼らの視線の先にいるのは―――アリーヤ。

 

アリーヤから滲み出る形容しがたい空気にのまれ、ルヴィリアスと同じように彼らの心に恐怖が満ち満ちる。

先程までなにかから逃げていたことも忘れてしまったかのように、彼らはその場に恐怖で縫い付けられた。

 

そして数瞬の後。彼らの背後の木々が大きく吹き飛ばされ何かが現れる。

捻れた角、獰猛の実体化ともいえそうな凶悪な顔。そして逞しい巨躯とその両手に持った斧のようなもの。

 

その存在が現れた瞬間、アリーヤの空気に飲まれていた彼らがハッとしたような表情で逃走を再開した。

 

ルヴィリアスはその巨躯の姿を見て、思わず目を見開く。

そして叫んだ。

 

「牛頭の悪魔ッ!??何で!?深部でしか確認されていないはずなのに!」

 

クラン・ヘイティアの彼らが何から逃げていた理解する。

上級の探索者が4人パーティを組んでやっとっていう存在を相手に、CやDランク帯であろう彼らに勝ち目なぞあろうはずもない。

 

そしてルヴィリアスもそれは同じである。

今の彼女では、()()()()()()()

故に彼女はアリーヤへと叫ぶ。逃げるわよ!!と。

 

だが彼女の叫びが口から漏れる事は無かった。

 

アリーヤは目にも留まらぬ速さで牛頭へと駆け出していく。

こちらに逃げてきていたヘイティアの面々と一瞬ですれ違い、右手に握ったルドウィークの聖剣を突き出す。

 

「何やってんのよあのバカッ!?」

 

すでに彼に感じた恐怖心は薄れていた。

それは彼の意識が明確に牛頭へと移ったが故であろうか。

 

それよりもルヴィリアスの感情をしめていたのは焦り。

いくら実力が未知数で、見たこともない業を操るとは言っても、探索者なりたての新人が()()で勝てるような相手じゃない!!

 

だがしかし。彼女のその考えはすぐに覆されることとなる。

 

迫りくる牛頭に対して、真正面から突き出されたアリーヤの攻撃。

普通に考えれば自殺行為だ。大質量で迫る相手に対し、正面からの一撃など。

 

()()なら。

 

「――ッ!!」

 

声にならぬ叫びを上げながら繰り出されたアリーヤの一撃。

それは通常の武具など受け付けない硬質の牛頭の体表を、()()()()()()貫いた。

 

『グオオオオオオオオッ!?』

 

牛頭の絶叫がこだまする。

あまりの声量に、ルヴィリアスも、そして一先ず彼女の元まで逃げてきたヘイティアの面々も耳を塞いだ。

 

真正面から牛頭の腹部に剣を突き刺したアリーヤは、そのまま剣から手を放し牛頭の股下をスライディングのようにすり抜ける。

 

一瞬で背後をとった彼であったが、今の一撃で剣を突き刺してしまったが故に

"彼の右腕には武器がない!"

 

「「不味いッ?!」」

 

ヘイティアの青年とルヴィリアスの声がハモる。

二人共中級の探索者であるが為に、武器を手放してしまうというのがどれほど危険なことか理解していた。

 

牛頭は激痛に鼻息を荒くしながら、ゆっくりと振り返る。

対してアリーヤはというと、マスクの下で獰猛な笑みを浮かべていた。

 

ああ、やはり獣がいるではないか。

であれば狩り尽くさねばならん。人に先を示した上位者(狂人)として。

何より――狩人として。

 

牛頭がその巨大な斧を振り上げる。

対してアリーヤは、見上げるような形となって、左手に持つ獣狩の短銃の照準を牛頭の頭に合わせた。

 

牛頭がその巨大な斧を振り下ろす。

数瞬後には、アリーヤはただの肉塊と成り果てるだろう。

 

ルヴィリアスはそう直感し、思わず叫んだ。

 

「避けてッ!!!!!」

 

バーンッ!と。彼女の叫びに応えるようにして、辺りに聞いたこともない破裂音が鳴り響く。

 

思わず彼女たち(ルヴィリアスとヘイティアの面々)は耳を塞いだ。

 

そして牛頭とアリーヤの方に視線を戻した時、彼女達は驚愕する事になる。

 

「ッ!!」

 

尋常ならざる膂力と巨躯を有する牛頭が、()()()()()()()()()()()()()()

 

「Good night,human」

 

大きく体勢を崩した牛頭に対して、狩人(アリーヤ)は右手を手刀のようにし、勢いよくその腕ごと牛頭の腹部へと突き刺した。

尋常ではない硬度を誇る牛頭の体表。それを冗談のように引き裂き彼の腕が牛頭の体内へと侵入する。

 

そのまま臓物をグチャグチャにかき乱し、ドクドクと脈動するモノを勢いよく引きずり出す。

 

牛頭から大量の鮮血が噴き出し、アリーヤの身体を返り血で真っ赤に染め上げる。

そして巨躯の身体はドシンッ!という音と共にそのまま後ろへと倒れた。

 

後に立つは巨大な心臓を右手に握りしめたままの血塗れの狩人(アリーヤ)のみ。

 

「こんなものか」

 

何の感情も感じられない、そんなつぶやきが聞こえた後、彼は右手の心臓を興味もないように投げ捨てた。

そして牛頭に突き刺したままであった剣を引き抜き、ルヴィリアスたちに顔を向ける。

 

「大丈夫だったか?」

 

何事も無かったかのような声色で、彼はそう問いかけてきた。

 

ルヴィリアス、そしてヘイティアの面々はその光景にただ唖然とするしか無かった。




予想以上に長くなってしまった。
牛頭のデーモンくん友情出演です。


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【Act-1-4】狩人

彼は何者なのだろうか。
それはアリスライキに身を置くほとんどのモノにとっての疑問であった。


牛頭の一騒ぎの出来事から3日の時が経過した。

 

現在ルヴィリアスは、アリスライキ市街のとある食堂に訪れていた。

時間は昼過ぎ。昼食客のラッシュも一段落し、落ち着きを取り戻している。

 

現在管理局と、一部の有力クランによって

なぜあのような浅部に牛頭が現れたのか全力で調査が行われている。

 

あの後、ルヴィリアスとアリーヤがホームに戻るとメイが途端に泣きついてきた。

 

『怪我は無かったかい!?ああ、本当に無事で良かった!!』

 

曰く、二人が戻るよりも先に、クラン・ヘイティアから感謝の言葉が届いていたらしい。

全く、礼儀の正しいことだ。

 

さて、何故現在ルヴィリアスが食堂にいるのか。

それは単に食事を取りに来たからではない。

 

その理由は、あの時のヘイティアの面々から改めてお礼をしたいとの申し出があったためである。

ルヴィリアスにとってもあの時の面々は顔見知りであったし、別段断る理由は無かったのでこうして顔を出していた。

 

まあ助けたのは彼女自身ではないし、それに対してお礼を受けるというのは微妙な気持ちであったが。

 

ちなみに当事者であるアリーヤはこの場にはいない。

ルヴィリアスは彼を連れて行こうとしたのだが、それを伝える前にすでに世界の果てへ出発していたのだ。

あれから気がつけば居なくなっているか、世界の果てへの探索に赴いているらしく

お陰で満足に話も聞けずにいる彼女の気持ちは複雑であった。

 

メイにそれを話しても、彼女はなにか事情を知っているような素振りで

さして問題視していないようである。

 

現在この場には、ルヴィリアスを含め五人の人物がテーブルを囲んでいた。

 

「今日はわざわざ足労をかけたねルヴィリアス。改めて先日はありがとう。君たちがあの場に居なけれは間違いなく僕たちは全滅していた」

 

あの時場にいた茶髪の青年が言葉を口にする。

彼の名前はアスカ・メビウス。種族はヒューマン。

 

ルヴィリアスとは、彼女がメイの元に着てからの知り合いである。

誠実かつ、温和で礼儀の正しい好青年だ。

整った顔立ちに人当たりの良い性格故、女性陣からの人気は高い。

ランクはルヴィリアスと同じくC+であり、それなりに腕の立つ探索者だ。

 

「私からもお礼を言うわ。ありがとうルヴィリアス。そう言えば、あの時一緒にいた男性は?」

 

アスカに続いて言葉を口にした女性の名前は、イービー・パーラメント。

光に当たると薄い水色に輝く美しい髪のエルフである。長い髪を一つの三つ編みにまとめており、大変美形な女性だ。

当然男性陣からの人気は高い。

 

「あいつは今世界の果ての探索に向かってるわ。朝目覚めたらすでにいなくてね。ごめん」

 

ルヴィリアスは軽く謝罪の言葉を口にする。

 

「そうなの?なら別にルヴィリアスの謝ることじゃないわ。でも残念ね。あの人にもお礼を言いたかったのだけど」

 

次に言葉を出したのは、黒髪ショートカットの女性。

名前はエリコ・ラーク、種族はヒューマン。

ツリメ気味で、きつそうな印象を持たれがちだが、その実温厚で話しやすい女性である。

 

「しかし、あの男は何者だい?ルヴィリアス嬢。帝都の名門貴族である君が連れていた男っていう時点で只者じゃないことは解っていたけど、それでも牛頭をあっという間に打ち倒すなんてSランクでもなかなかできないぜ?そうさな、クラン・バーナード&フェリックスファンデーション(BFF)()()()やクラン・インテリオルユニオンの()()()()()()()()辺りぐらいの腕が必要だ」

 

ルヴィリアス以外のうち、ヘイティアの面々で最後に言葉を上げたのは男性。

名前はレリック・マル=ボーロ。種族はヒューマン。

軽薄そうな印象を与える青みがかった黒髪の男性だ。

いつも飄々としており掴みどころがないが、信頼はできるというのが

ルヴィリアスの彼に対する印象である。

 

「厳密には私の連れじゃないのよ。メイ様が一昨日突然連れてきたの。私もあいつに対しては聞きたいこと、疑問に思っていることばっかりよ。参っちゃうわ」

 

心底疲れたような表情で、ルヴィリアスがそう嘯く。

彼女にとって、アリーヤはクランの新規メンバーである以上に謎の多い存在だ。

 

帰ったらなんとしてでも詳しい話しを聞いてやる。

 

「そうなのか?僕はてっきり帝都から来た君のボディガードか何かかと思った」

 

アスカが少し意外そうな顔でそう言葉をもらす。

ルヴィリアスも含め、この場にいる面々。ひいてはアリスライキの住民全員にとって彼は謎の人物であった。

 

その一端を推し量れているのはメイただ一柱だろう。

 

「違うわ。確かに今はうちのメンバーの一人。でも私はアイツのことをよく知らないの。先日の一件(牛頭)()()()()()()()っていう事はわかったけどね…」

 

ルヴィリアスの発言に、その場にいる全員はそれぞれ肯定の意を返す。

 

「でもよお、あの男がここ(アリスライキ)に来る前に何やっていたかとかは知ってんじゃねえの?」

 

「別の土地で()()をやっていたって聞いたわ。その狩人っていうのが私達の想像している通りのものか、あれを見てから自信がないけどね」

 

レリックはいつになく真剣な表情でルヴィリアスに問いかける。

それに対して彼女は、張り詰めたような表情で言葉を返した。

 

()()ね。ここまでの話を統合すると、素性も能力も殆どが不明なメイ様の眷属っていう感じかしら?なんだか私、少し()()が湧いてきたわ」

 

「イービー、深入りは身を滅ぼすわよ。うち(ヘイティア)だって先日の一件でまだゴタゴタしてるんだし、ヘイティア様に迷惑をかけるような事だけはしないで」

 

「わかっているわエリコ。相変わらず真面目なのね」

 

ルヴィリアスは無言で彼女達のやり取りを見ている。

本当にあの(アリーヤ)は何者なのだろうか。

 

神族であり、人以上の知慧と()持っているメイ様には何かが感じられたのだろう。

でなければ、いくら助けられたからといってあいつを誘った意味がわからない。

()はただの人の身であるルヴィリアスにとって、それを推し量る事は難しかった。

その一端を、彼女は彼が一時的に纏った空気と幻視した感覚からすでに感じ取っているが

全てを理解することは到底出来ようはずもない。

 

「まあまあ。彼が何者であるかは置いておいても彼に僕たち(アスカ達)が助けられたのは確かさ。ルヴィリアス、お手数だとは思うけど、彼にも感謝の言葉を伝えといてもらえないだろうか」

 

「もちろんよアスカ。伝えとくわ」

 

彼女達はその後も彼についての話や他愛の無い世間話を続ける。

 

ふと視界の端で背の高く、同性でも思わず追ってしまうような美形の女性がテーブルを片付けているのが目に入った。

はて、あのような店員はいただろうか?

陶磁器のような白い肌に、絹のような美しい白髪。

あとでそれとなく女将に聞いてみよう。

 

そんなことをルヴィリアスは思いつつ、アリスライキの昼下がりは過ぎていくのであった。

 

 

 

「アリーヤー、ちょっといいかい?」

 

場は代わり、クランスマイリーのホーム。

ちょうどルヴィリアスとヘイティアの面々が世間話に花を咲かせている頃合い。

現在この場にはアリーヤとメイを含め、3()()の人影が存在していた。

 

「その?()()は誰かな?」

 

そんなことを問いかけるメイではあるが、その()()には見覚えがあった。

彼の悪夢(過去)を幻視したときに、見えた女性。いや、()()と同じ容姿、同じ背格好でだった。

 

神族たる彼女は、アリーヤの過去(悪夢)を幻視し、ある程度を理解している。

でなければ唐突に彼を誘ったりはしない。

 

だがそれは置いておいても、言葉による問いかけは必要な事であるとメイは判断した。

 

「ああ、紹介しよう。この子は()()。貴公は知っている(見た)だろう?ほら、人形。彼女に挨拶しなさい」

 

「はい、狩人様。初めましてメイ様。私は人形。この地ならぬ場所おいて狩人様のお世話をしていたものです」

 

礼儀正しく一礼をした後、実に耳に心地よい美しい声色で人形は挨拶をした。

 

「ご丁寧にありがとう!私はメイ・スマイリー!()()()()で彼の面倒を見ると決めた神族さ!…ってそうじゃ無くてね!私が聞きたいのは何故君の()にいたその彼女(人形)がここにいるかっていうことだよ!」

 

思わず普通に挨拶を返してしまったメイではあったが、気を持ち直して問いかける。

なんとなくは察せられるが、それでも言葉によるケジメは必要だ。

他人の過去や思考を読み取る事が可能なメイは、それ故に

人の感情や過去など、()()()()()()()()()()()()()()()であることを深く理解している。

 

「あー、私のことを()()()なお迎え入れてくれた貴公に、こんなお願いをするのは心苦しいのだが。どうかこの子もここへ置いてくれないだろうか?」

 

申し訳なさそうにアリーヤが口にする。

そのように謙ったを狩人様(アリーヤ)見たことが無い人形は、少しおかしいような嬉しいような感情がこみ上げてきていた。

 

「ああ、もちろんそれについては構わないさ!君にとって彼女は()()()()()なんだろう?…だけど予め相談してほしかったなー。そういう事ができるのが()()だと思うからね!」

 

アリーヤはハッとしたように目を見開いたあと、更に申し訳無さそうな声色で

 

「申し訳ない。次からはそうさせてもらう」

 

とだけつぶやいた。

 

「そうしてくれると嬉しい!私も家族が増えることは嬉しいからね!君の大切な人ならなおさらさ!」

 

そのメイの言葉に、人形と狩人様(アリーヤ)は目を見合わせる。そして互いに少しの微笑みを浮かべた(アリーヤは顔をマスクで覆っていて表情が見えないが)後、言葉を紡ぐ。

 

「「感謝する月の香りの女神。私に人らしさを思い出させてくれてありがとう(感謝いたします月の香りの女神様。狩人様に人を思い出させてくださってありがとうございます) 」」

                  

メイは彼らの言葉を聞いた後、満足したような満面の笑顔を浮かべる。

その表情は弟のことを見る姉のようでもあった。

 

「さあ!そうと決まればまずは親睦会だ!私も人形ちゃんには聞きたい事がたくさんあるしね!」

 

アリーヤよりも更に頭一つ分身長の高い人形の手を、メイが引いた。

身長差からまるで母子のようであるが、その実はきっと逆だろう。

 

それから3つの人影は仲睦まじい()()として話を続ける。

この場には()()はただの一人も存在していない。二柱の超越存在(神族と上位者)と神秘と狂気の先に自我を獲得した女性(人形)

だがそれがなんだというのか。人の思考を超える彼ら彼女らにとっては種族差なぞ些末な問題である。

 

だが彼女達は忘れていた。

ルヴィリアスは聡明だが只の人の、それも年端もいかない少女であることを。

 

その日の夕暮れ。帰ってきたルヴィリアスの再びの困惑による絶叫はアリスライキ中に轟いたという。

 




感想、お気に入り本当にありがとうございます!

次回あたりから不死の英雄やらいろんなフロムキャラを出せればいいなと思います。

不死や狩人連中のコスチュームとか設定とか
こんなキャラ出して欲しいっていうのが感想でいただければ、出来るだけ反映させていきます!

ルヴィリアス脳内設定ラフ 
【挿絵表示】


BFFの王女様、自らの脳内整理ラフ 
【挿絵表示】


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【Act-1-5】月光の下での邂逅

森の中で篝火の前に座る騎士が居た。

炎を見つめるその瞳には、赤黒い輪が不気味に浮かんでいる。

「――――ッ!!!」

誰かの絶叫が騎士の耳に入る。
それを受けてゆっくりと立ち上がった騎士は、絶叫の方へと駆け出した。


現在地、スマイリーホームリビング。

クラン・スマイリーに彼、狩人アリーヤと人形がやってきてから一月程の時間が過ぎた。

 

人形との邂逅に再びの絶叫を上げることになったルヴィリアスであったが、今ではすっかり仲の良い姉妹のようにになっている。

その二者をメイとアリーヤは微笑みを浮かべながら見守っていた。

 

最初こそ動く等身大人形に絶叫し、不気味がっていた彼女ではあったが

それもすぐに拭われ今では微笑ましい関係を築いている。

ルヴィリアスは強情で強気ではあるが、同時に世話好きでもあった。

 

人の世を知り得ぬ人形に、ルヴィリアスは楽しそうにいろいろと教えていく。

 

ルヴィリアスの第二の母たるメイにとっても、

人形の第二の父親たる狩人(アリーヤ)にとってもそれは子達の成長を感じられる嬉しい光景であった。

 

「ではルヴィリアス様、男性にムリに手を引かれそうになったらとにかく鳩尾をめがけて打撃を放てばよろしいのですね?」

 

「そうよ。人形は可愛いから邪な気持ちを抱いて近寄ってくる男もいるはずだわ。そんな奴らにかける情けは無用よ」

 

些か教育の方針が過激で偏りのある気もするが、まあさしたる問題でもないだろう。

二人はその後にも数言言葉を交えた後、話題を切り替えるように狩人とメイに声をかけた。

読書をしていたアリーヤとメイはその声で顔を上げる。

 

「そう言えば狩人様、メイ様。先日ルヴィリアス様と市街へ()()()()に出向いた際に聞いたお話を思い出しました。八百屋の御婦人から伺ったのですが、この街の方々は狩人様への関心を高めているようでしたよ」

 

「そうそう。あんた(アリーヤ)はふと気がつけばいなくなっているか探索に行ってばっかりだから知らないと思うけど、今アリスライキの探索者の話題はあんたのことで持ちきりよ。正確にはあんたとうち(スマイリー)についてだけど」

 

「あーそう言えば私も同胞に訊かれたなー!『あの男ってメイが拾ってきたの?』って!」

 

アリーヤは本に栞を挟んだあと、座り直して彼女たちを見やる。

はて、そんな事になっていたのか。

 

「身に覚えがないが、どんな風に話題になっているのだ?」

 

その言葉を受けてルヴィリアスはあんぐりと口を開く。、

上位者たる彼の常識(戦闘能力)と只の人間達の常識には致命的な差異があるので致し方ないが。致し方ないのだが、それをルヴィリアスがわかるはずもない。

 

「あー、君がそんなことを言うからルヴィリアスが固まっちゃったじゃないか。アリーヤ。君の世界(悪夢)じゃ|君より強かった人たち《別世界のキチガイ神秘マンやパリィ灰エヴェマン》も確かに居たんだろうけど、ここじゃあ君の戦闘能力は突出したものなのさ。Eランクになりたてだったはずの新人が、並のAやSランク以上の活躍をしているんだから、話題になるのも当然だと思うよ」

 

それもたった一ヶ月で。

メイは最後にそう付け加える。

 

ここ一月の彼の活躍は、この世界の一般常識に置いて間違いなく異常なものであった。

それは具体的にどのようなものか。

 

いつか世界の果ての探索率は1%にも満たないという話をしたと思うが、彼はこの一月で人跡未踏であった世界の果ての深部までの探索を()()で成し遂げてしまった。

無論全てを探索したわけではない。だが、今までは辿り着くことすらも出来なかった地の探索を行い、そこから数々の物資を持ち帰ってきたという事実は、

多くの人々を驚愕させるに至った。

獲物を逃さず確実に狩る驚異の新人。

 

故に彼は市街で―――『狩人』と。そのような通称で呼ばれていた。

 

彼にとってはヤーナムやら聖杯やらを探索するノリで回っていたら

気がつけば深部にたどり着いていてしまっただけであり、別段深部を目指していたわけでも物資を持ち帰ろうとしていたわけでもない。

 

それも彼が自身の話題について自覚が無かった要因でもある。

 

以上の実績をたった一月で叩き出した彼に対して、管理局は大混乱に陥っていた。

未知の物資やら未踏の地の情報の取扱もそうであるが、それ以上に彼の待遇について手をこまねいていた。

 

短期間の出来事とは言え、彼の実績は間違いなくSランク相当の活躍である。

しかし、E-に昇格したばかりの彼を突然Sランク帯にしたのでは

探索者の一部から反発の声が上がるのは必至であった。

 

探索者の統合管理機構である管理局にとってそれは避けたい事項であり、

だがしかし明確な実績を前に昇格をさせ無いとなればそれはそれで管理局への不信感にも繋がりかねない。

 

結果、特例措置として彼はA-への飛び級昇格を認められていた。

それは手をこまねいている管理局に対して、

上級探索者会議、通称『お茶会』からの打診が反映させられたものである。

 

自分たちの上に立つ上級探索者達の意向となれば、ほとんどの探索者達は素直に受け入れるだろうという打算から措置あった。

 

それらを踏まえ、彼はルヴィリアスやメイの話しを聞いて、自らの常識を見つめ直す必要があると感じた。

 

「まああんたに対する話題はこんなところね…。それとは別に噂程度だけど市街で流行っている話題がもう一つあるわ」

 

衝撃から復帰したルヴィリアスが言葉を紡ぐ。

 

「最近郊外で()()()()が目撃されているようなの。商隊なんかが盗賊の襲撃を受けていると、蒼いサーコートが目を引く立派な鎧を身に着けた異国風の騎士が突然現れて賊を殲滅していくっていう噂。で、ここだけの話何だけどその"蒼い騎士"と"ブラス・メイデン"が実際に一戦交えたそうよ。詳しい経緯は知らないけど、ブラス・メイデンが"蒼い騎士"とやりあったのは事実みたい。真鍮色の乙女(ブラス・メイデン)とやりあえる実力があるのだとしたら、相当な手練ね。まあ…あんたの実力みたあとだと自信がないけどね…」

 

 

彼はブラス・メイデンという存在を詳しくは知らないので、その"蒼い騎士"といういうものがどの程度の強さなのか推し量る事は出来ない。

だがルヴィリアスはブラス・メイデンの強さについて深く理解していた。

 

真鍮色の乙女(ブラス・メイデン)。実名ウィン・D・ファンション。

アリスライキでも3本の指に入る上級探索者であり、高火力な魔術と高い俊敏性を持って敵を蹂躙する女傑である。

ルヴィリアス、ひいては彼女の家レイア家とも交流があり、幾度か社交界などの場で言葉を交えた間柄だ。

 

故に彼女は"蒼い騎士"という存在の強さも推し量る事ができる。

 

アリーヤはブラス・メイデンについての説明をルヴィリアスから受け、その口角をマスクの下で釣り上げた。

 

それはまだ見ぬ強敵への啓蒙を得た狩人の性か。

 

それにブラス・メイデンという女性へも興味が沸く。

 

「なるほどな。どちらも()()のだな。ぜひ一戦"手合わせ"を願いたいものだ」

 

彼の不穏な発言に、人形以外の二人は目を丸くして彼を見やる。

 

『あ、こいつ戦闘狂かもしれない』

 

その言葉は口に出ることもなく、彼女達の内心へとつぶやかれるのだった。

 

 

 

話は先日に遡る。

ブラス・メイデン。ウィン・D・ファンションはアリスライキ郊外の街道を疾走していた。

常人には目を捉えることも困難な速度で走り続ける真鍮色の髪を持った乙女。

無論そのような速度を身体能力だけで出せるわけもない。

魔術による基礎能力の底上げと、"瞬時"と呼ばれる魔術によるものだ。

 

 

瞬時

 

瞬間的に肉体から魔力を放出し超速度での移動を可能とする

只人にとっては瞬間移動のように見えるが、その実は魔力放出による爆発的な加速に過ぎない

故に肉体への負荷も尋常のものではなく、この魔術は一部の者しか使いこなせなかったという

魔術は良い、だが乱用は身を滅ぼすのだ

 

 

彼女の後ろには部下と思われる探索者たちも追従しているが、そのうちの何名かはあまりの速度に追いつけず落伍している者もいた。

 

普段の彼女であれば、そのような協同を乱すような事はしない。

相手や味方のペースに合わせて立ち回る聡明な女性だ。

では何故彼女は味方の落伍すらも気にせずこのような速度で走り続けているのか。

 

それは彼女のもとにはいった通報故だった。

 

内容は、街道を通過中の商隊が盗賊団による襲撃を受けているというもの。

だがそれだけではここまで急ぐ理由にはならない。

 

昨今は減ってきたとはいえ、この辺りで商隊が襲撃されるなど珍しくもないからだ。

アリスライキには戦力過多とも言えるほど上級の冒険者や軍人が数多くいる。

世界の果てへの入り口という性質上当たり前ではあるが、

それでも尚往来を狙う野盗盗賊の類は後を絶たない。

 

いや、()()()()と言ったほうが適切だろう。

アリスライキのクランから除名された探索者。

または管理局のブラックリストに登録されるような行為を成した探索者の辿り着く先。

それがアリスライキ周辺の盗賊野盗共の正体である。

 

商隊が襲撃されている以外にも、ウィン・D・ファンションが急いでいる理由は2つあった。

一つは襲われている商隊が彼女と間柄の深い"ファットマン"と呼ばれる老人の部隊であるということ。

 

そしてもう一つ。最大の理由にして最大の懸念。

"蒼い騎士"が現場に乱入しているということだった。

 

姉御(ウィンD)!部隊の連中に落伍者が出てきている!スピードを落としてくれ!」

 

「事態は一刻の猶予もないやもしれん!後で合流させろ!あと私のことを姉御と呼ぶな!!」

 

管理局から彼女達へ依頼されたのは

『商隊の救出と賊の撃退。また可能であれば"蒼い騎士"を管理局まで連行する』こと。

 

管理局としては先日の"狩人"が起こした人跡未踏の地到達の処理だけで手一杯だと言うのに、

ここ最近目撃され始めた"蒼い騎士"への対処は頭痛の種であった。

 

それ故にS+ランクという絶対者の一人、ブラス・メイデンへ今回の依頼を出したのだった。

 

「ウィンDか!まさかお前がくるとはな!!ハッハッハ!」

 

ウィンDと落伍せずに追従したインテリオルの面々が現地に到達するなり、しゃがれた声が笑いを上げる。

声の主は短く刈り上げられた白髪の深い皺を刻んだ老人(ファットマン)だ。

 

「ファットマン、無事だったか。状況を……ッ!?」

 

ウィンDはその言葉を言い切らずに目を見開く。

それは辺り一帯の光景故であった。

 

街道一面に広がるは、生々しい赤色。臓物、肉片。

商隊の馬車群の先は血の池地獄と化していた。

 

そしてその血の池に立つ人影が一つ。

返り血に塗れているが、それでも美しい蒼色が目に入る。

 

月光に照らされて浮かび上がっているのは、左手に人間の頭部を下げた

"蒼い騎士"の後ろ姿であった。

 

ゆっくりとした動作で騎士が振り返る。

フリューテッド式の兜に刺繍の施された蒼いサーコート。その上には鎖帷子を身にまとい、手足までくまなく鎧で覆っている。

右手にはロングソードを握りしめ、背中に担ぐは美しい紋章の描かれた蒼い盾。

 

完全武装の"()()()()"がそこには居た。

 

左手に持っている生首を無造作に投げ捨てる。

騎士はウィンDたちを注視するだけで、なにも行動を起こさなかった。

 

「ウィンD!」

 

「マグノリア!貴女も無事だったか。詳しい状況を聞きたい」

 

ファットマンの隣にいた青髪の女性がウィンDの名前を呼ぶ。

マグノリア・カーチス。ファットマンの相棒にして隻腕の運び屋。

 

「ええ。私達の隊が賊の襲撃された直後にアイツ(上級騎士)が現れたの。私達には攻撃を加えず、賊だけを蹂躙していってこの()()な光景の出来上がり。ウィンD、貴女が来たって事はきな臭い話でもあるんでしょアイツ」

 

「…その確認だ」

 

会話をしながらもウィンDとマグノリアは騎士に睨みを効かせ続けていた。

マグノリアもウィンDも数多の実戦を経験してきた歴戦の猛者である。

故に騎士から漂う尋常ならざる空気を感じ取っていた。

 

「私達に危害は加えてきていないけど、かといって味方である保証もない。ウィンDどうするの?」

 

マグノリアの言葉への答えの代わりとばかりに、数瞬の間を置いてウィンDは言葉を発した。

 

「そこの騎士。インテリオル・ユニオンのウィン・D・ファンションだ。管理局が貴方への事情聴取を希望している。我々と同行を願う」

 

言い切ったウィンDは相手の出方を待つ。

 

それに対して騎士が言葉を返すという事はなかった。

その変わりに、青く輝く大きな月へ天を仰ぐ。

 

しばらくそうした後、勢いよく振り返るとロングソードの切っ先をウィンDたちへと向けた。

いつのまにか背中にあったはずの盾は左腕へと握られている。

 

「そうか…。そちらがその気なら、無理矢理にでも引っ張っていくまでだ―――ッ!!!」

 

その瞬間!ウィンDの右腕に握られた騎士剣から極大の蒼い閃光が放たれた。

瞬きする間にその閃光は騎士へと向かっていく。

 

通常の人間であれば一撃で消し炭になるであろう魔術の一撃。

その一撃を見て"3名"を除いたその場の面々は事の決着を予想した。だが……

 

「嘘…だろ!?姉御の本気の一撃を食らって、何故"()()"なんだ!?」

 

騎士の盾からは若干の煙が立ち込めている。

しかし盾には何の損傷も見られない。

 

ウィンDにはその一撃が防がれる事が解っていた。

邂逅した瞬間にこの騎士は"()()()()()()"事を本能的に感じ取っていたのだ。

 

現に全力で放った一撃を容易く防がれている。

多くの面々は困惑に飲まれているが、ファットマン、マグノリア、ウィンDの三名は驚くこともなくそれを見つめていた。

 

「ウィンD。こいつ尋常じゃないぞ。マギー、なんとかなんねえのかよ?」

 

「ファットマン、少しは自分で考えて。とにかくウィンD以外の面々は総員撤退!急いで!」

 

「はっ!?姉御を一人にできるわけねえだろ!!」

 

「じゃあ貴方は散々ウィンDの邪魔をした挙げ句無意味に死ねばいい」

 

「ッ!!クソッ!姉御!俺たちはこいつを護衛しつつ引きます!ご武運を!」

 

背後での会話を聞いてウィンDは静かにうなずく。

その表情は一切の油断もなく騎士を睨みつけていた。

 

「貴様、何者だ?」

 

「……………」

 

「答える義理はないか…。――ッ!!」

 

言葉を言い終えた瞬間、彼女がその場から消える。

いや消えたのではない、只人には捉えられなかっただけだ。

ウィンDは瞬時を2連続で用いて一瞬で騎士の背後へと回って斬りかかる。

 

「クッ!」

 

「…………」

 

ガァンッ!という尋常ならざる金属音が鳴り響く。

只人には見ることさえ叶わない神速の一撃を、騎士は盾で防いだ。さも当たり前のように。

 

「―――ッ!!」

 

直後、騎士の反撃がウィンDの髪をかすめる。

身体を反らしてそのロングソードによる切り払いは回避したものの、続けざまに騎士は連撃を放った。

 

ステップを用いてそれを避けていく。

 

『右からの切り払い、バックステップで回避、次点左より裏拳、攻撃方向へステップ、回避、シールドバッシュ、瞬時を用いて一気に背後へッ!』

 

高速で思考を巡らせつつ実践していく。

瞬時による超加速で一気に背後へ回り込む事は成功した。

ウィンDは左手に握っている短剣に魔力を巡らせた。瞬間、短剣より青白い魔力の刃が形成される。

 

瞬時による加速の勢いのまま、それを騎士へと振り抜いた!

 

「……ッ!!」

 

だが。

 

「なん…だと…ッ!?」

 

ウィンDの高速の一撃を、騎士はタイミングをあわせ盾で振り払う。

―――パリイだ。

 

パリイの成功によってウィンDはその体勢を大きく崩し、致命的な隙を見せることになってしまった。

 

『―――マズいッ!?』

 

騎士の右手に握るロングソードが月光を反射して妖しく煌めく。

そしてその剣先をウィンDの腹部へと勢いよく突き刺す――――

 

「……ッ!?」

 

―――事は叶わなかった。

 

ウィンDの背後から飛来してきた赤いレーザーのような魔力が騎士へと直撃する。

 

騎士はすぐさま盾を構えてバックステップで後退していく。

最初の一撃こそ直撃したものの、次弾からは盾で当たり前のように防いでいた。

 

「ウィン・D様!!」

 

「リリウムか!助かった!」

 

「いえ、お気になさらず。お怪我はありませんか?」

 

「君が助けてくれたからな。大丈夫だ。だが油断するなよ、あの騎士は"()()()()()()"」

 

リリウムと呼ばれた銀髪の少女は、ウィンDの横へと並び立ったあと一瞬の油断もなく騎士へその得物の切っ先を向けていた。

両手に持つ不思議な柄が特徴的な双剣だ。

【挿絵表示】

 

剣の先端は赤熱し、魔力の充填がなされている事がひと目で分かる。

 

「しかしリリウムレーザーを受けてもさしたるダメージは無しか。化物かこいつは」

 

「ウィン・D様。その呼称(リリウムレーザー)はおやめください。リリウムにも恥じらいぐらいはあります」

 

騎士は盾の構えを解いて二人を見つめていた。

月光に照らされた鎧が光を反射し、さながら陽炎のように揺れ動く。

酷く、不気味であった。

 

唐突に騎士がポーチより何かを取り出す。それに警戒して魔術を放とうとした瞬間!

騎士の周りに一瞬(骨片)が凪いだかと思えばその姿はどこにも無くなっていた。

 

「消えた…?」

 

「そのようだな。逃げられたか。あれほどの実力を持ちながら、複数を相手にするような慢心も持ち合わせては居ないか。これは厄介だぞリリウム」

 

「仰るとおりですね。とりあえず一度管理局へ報告に戻りましょう」

 

「ああ……そうだな…」

 

ウィンDはそう返すと月を見上げる。

青白い光を放つ満面の月が、なぜだか酷く妖しく見えた。




リリウム好きすぎて死ねる。

お気に入り、感想本当にありがとうございます!


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【Act-1-6】感情の解氷と出会い

愛しい我が後輩たちを、私は全力で支えよう。


「てあッ!」

 

ルヴィリアスが握るレイピアでモンスターを一閃する。

その一撃で首を弾き飛ばされたモンスターは崩れ落ち、周囲には濃厚な血の匂いが立ち込めた。

 

「おお~!ルヴィリアス!また腕を上げたんじゃないかい?」

 

メイが嬉しそうに声を上げる。

ルヴィリアス、メイ、アリーヤの三名は現在世界の果て浅部を歩いていた。

 

理由は先日の会話(前話)の後、ルヴィリアスが寝た後にメイが言った言葉だ。

 

『アリーヤ。君のここ一ヶ月の功績は確かに素晴らしい。でもね、私達はクランだ。家族になったんだよ。君の今までの戦いは夢で確かに知っている。でもね、だからといってルヴィリアスを連れずにソロで探索ばっかりしていたんじゃクランの意味もないだろう?いつもとは言わない、でも彼女とパーティを組んで探索に赴くこともして欲しいんだ。だって家族なんだからさ!』

 

アリーヤはそれを聞いて少しハッとした。

 

『ああ。そうだな、すまなかった。思慮が足りていなかったな。ここでは私は"()()"では無かったな』

 

彼はあの悪夢の中でパーティを組むことは多々あった。だがそれは鐘の音に共鳴した別世界の狩人との協同だ。

パーティでの連携と言うよりもそれぞれ超人達が各々に敵を屠っていただけといった方が適切かもしれない。

彼は悪夢での癖が抜けずについソロで人跡未踏の地まで攻略してしまったが、それでは前の世界となんら変わりないではないか。

 

折角"()()"にしてもらったのだから、それなりの動き方もあっただろう。

 

アリーヤは自らの思慮不足を理解し、こうして彼女らと探索に赴いている。

上位者へとたどり着き、人類へ夜明けをもたらした彼は、だが確かに人らしさを手に入れ(取り戻し)つつあったのだ。

 

であれば後輩(人類)達を支えよう。彼はそう思い、まずは一番身近であり"()()"であるルヴィリアスへ自らの業を伝える事を決めたのだった。

業といっても狩人の戦い方を教えるわけではない。

もっと基礎的なこと。戦場での心構えや考え方だ。

 

ルヴィリアスの戦い方をここ数日見てきた彼は、正直な話彼女の強さに驚いていた。

世界の果ての中部程度に蔓延る有象無象であれ、モンスターを相手に臆せず向かっていく姿はまさしく"()()"という通称に恥じぬもの。

だが経験の浅さ故か、その戦い方にはまだ無駄が多い。

初めこそ反発のしていたルヴィリアスだったが、アリーヤの的確な指摘と強さにその態度を徐々に軟化させていき

一週間でその関係は師弟とも言えるものまで発展している。

人一倍の向上心を持ち、聡明な彼女にとってアリーヤの教えは間違いなく有益なものだった。

 

「ありがとうございますメイ様。しかしメイ様までわざわざ世界の果てへおいでなさらくとも良いのですよ?危険な土地ですし…」

 

「アリーヤくんからルヴィリアスの成長を聞いてね!思わず見てみたくなったのさ!うん!確かに素晴らしい成長だ!」

 

それに対してルヴィリアスは顔を赤くし、アリーヤを見やる。

だがアリーヤはそのルヴィリアスの態度を微笑ましいモノを見るような目で見ていた。

 

「そんな目で見るな。ルヴィリアス、今の太刀筋は素晴らしかった。私の教えた事をよく吸収しているな。流石だ」

 

アリーヤの言葉を受けて、ルヴィリアスは更に顔を赤くし『ナァッ!?』と声を上げて固まる。

それを何のことも無いような優しい視線で"()()"は見ていた。

 

しばらくの後

だけど…。メイはそう言葉を呟く。

 

「私の強さを忘れたのかいルヴィリアス?幼少の君へ魔術を教えたのは誰だったかな?」

 

悪戯心を覗かせたような表情でメイはそういった。

対してルヴィリアスは少し呆れたような表情を浮かべ

 

「メイ様の強さは十分に理解しています。でもそれとこれは別の話です」

 

「まあまあ~!固いこと言うなよルヴィリアス!…っと、また別のモンスターが現れたようだね」

 

ゾクリとするような表情でメイは視線をずらす。

その先からは絶叫と木々を薙ぎ倒す音が聞こえてきていた。

既にアリーヤは目を細めて音の方向を睨みつけている。

手にはノコギリ鉈と獣狩りの短銃が握られ、即座に戦闘に対応できる状態だった。

 

「少年の声が聞こえる。恐らくはモンスターに襲われているのだろう」

 

「少年の声…?"()()()()"!メイ様!」

 

「そうだね。ルヴィリアス、君はどうしたい?」

 

試すような視線でメイはそう問いかける。

 

「もちろん!助けに行きましょう!」

 

「そうこなくっちゃ!アリーヤ!準備はいいかい?」

 

「とうに出来ているさ、急ごう」

 

三人は音の方向へと駆け出す。

新たな出会いへと向けて。

 

 

 

 

「クゥッ!?」

 

"()()()()()()"が振るった鉈を寸前の所で得物の剣で受けとめる。

しかし尋常ならざる山羊頭の膂力に耐えきれる筈もなく、銀髪の少年の小柄な身体は大きく吹き飛ばされた。

 

「ガハッ!?」

 

大木に叩きつけられ、少年の口からは少量の血が溢れだす。

だがすぐさま横へローリングし、山羊頭の追撃をなんとか避けた。

 

山羊頭の巨大な鉈が先程まで居た巨木を難なく切り裂き、地面を抉っているのが少年の視界には写った。

 

あれの直撃を受ければ間違いなく即死だ。

 

すぐさま立ち上がり得物のショートソードを構え直す。

少年の軽鎧の肩部にはEランク探索者の証明である緑色のエンブレムが煌めいていた。

傍目からみても少年は駆け出しの探索者であろうことは明白だ。

 

「なんでこんな浅部に山羊頭が!?」

 

少年は管理局のアドバイザーの言葉を思い出す。

 

『世界の果てはその深部に行くに連れて生息するモンスターは強大さを増していきます。浅部でも十分危険な土地ですが、中部からはまさに全くの別世界です。"()()()()()()"や"()()()()()()()()()"と呼ばれる強力なモンスターが多数出現することが確認されています。なので私が許可を出すまでは決して中部へは赴かないこと?よろしいですね?それよりも早く入れてもらえるクランを探すべきです。ソロでなんとかなるほど甘い場所ではないのですよあの世界は』

 

説教部分まで思い出してしまったが、それでも確かに山羊頭の出現は中部からだと言っていたはずだ。

ではいま相対している敵は山羊頭では無いのか?そんなことは無いはずだ。アドバイザーから聞かされていた特徴としっかり合致している。

何かしらの要因で中部から浅部へ着てしまったと考えるのが妥当だろう。

 

だがそんな考えに至ったというからなんだというのだ。問題はこの状況をどう切り抜けるかだと言うのに。

少年は自身の思考を頭の隅に追いやり眼前の山羊頭を見据える。

 

いまの自身の力(Eランク)では山羊頭に対して傷を負わせることも難しいということを少年は理解していた。

そも山羊頭はCランク帯の探索者が数名集まってようやく互角に戦える相手なのだ。

 

では逃げるか?恐らくそれが最適解だが状況はそれを許してくれなかった。

そも人の身の少年よりも山羊頭のほうが何倍も基礎能力は上である。

それはいくら小柄で俊敏性に長けている少年でも脚力では叶わない事を意味している。

 

脇目も振らず逃げたとしても追いつかれて殺されるのがオチだ。

 

であれば取れる行動は一つ。

戦いながら少しづつ引き、他の探索者が気づいてくれるのを祈るだけである。

端的にいって手詰まりであった。

 

「それでも…やるしか無い!」

 

少年は剣を構えて山羊頭へと駆け出す。

一度攻め、相手の反撃の隙に一気に後退する。そのために。

山羊頭の懐へ潜り込み得物の剣を一閃する。

 

「グオオオオオオッ!!」

 

だがその判断は間違いであった。

 

それをバックステップで回避した山羊頭は即座に鉈を少年へと振るう。

一段目は身をかがめなんとか回避した少年であったが、二段目に飛んできた鉈の一撃を回避する事はできず

大きく吹き飛ばされる。

幸いにして寸前の所で剣を滑り込ませ直撃は回避したものの、それでも尋常ならざる一撃の勢いが少年の身体を襲った。

 

肋骨が悲鳴を上げ、口からは血が溢れ出し、ガードに用いた剣は粉々に砕け散る。

吹き飛ばされ落下した衝撃で左腕はあらぬ方向へと曲がり、足の骨にもヒビが入った。

 

眩む視界で何かを幻視する。

最愛の姉の後ろ姿。いつも強くて自分を守ってくれた"()()()"。

姉に憧れて、会うためにこの街へと来た少年が見た走馬灯。

 

薄れゆく視界の向こう側では、山羊頭がゆっくりとこちらへ歩み寄っているのが見えた。

 

『いやだッ!しにたくない!死にたくない!”()()()()()()!!”』

 

内心でそう叫ぶ。

言葉を吐くことももはや叶わず、ならばせめてと少年は眩む視界で山羊頭を睨み続けた。

 

「ハアァ―――ッ!!」

 

美しい女性の声が耳に聞こえた気がした。

同時に蒼い閃光と美しい金髪が彼の視界へと映り込む。

 

甲冑を身に纏った少女の後ろ姿、それに黒革のコートに身を包んだ大柄な後ろ姿。

次いで自分の身体を包む優しい手と薄緑の髪。

 

その光景を最後に、少年の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

「山羊頭!?なんでこんな浅部にいるのよ!!」

 

「事情はともかく、いるならば討伐せねばならんだろう。メイ、少年の様子は?」

 

「意識を失っちゃったみたいだけど生きてるよ!治癒の魔術を施す!」

 

「任せた。さてルヴィリアス、ここ一週間で教えた成果を見せてもらうぞ」

 

「言われなくてもッ!!」

 

ルヴィリアスの言葉を聞きゆっくりと頷いた狩人(アリーヤ)は一気に駆け出す。

右手にはノコギリ鉈を、左手には獣狩りの短銃を携えて。

 

ここ一週間で学んだのはなにもルヴィリアスだけではなかった。

狩人の戦いは基本独りでの狩り。

いままで独りでの狩りを続けてきた彼にとってもパーティでの連携を考えるいい機会だったのだ。

 

一瞬で肉薄したアリーヤに山羊頭はその巨大な鉈で迎撃しようとする。

だがその瞬間。山羊頭に蒼色の閃光が直撃した。

 

ルヴィリアスの魔術による一撃だ。

アリーヤがルヴィリアスにとって一番不足だと感じ取ったのは魔術詠唱と剣術の使い分け。

 

ならば"パーティ"として彼女の詠唱時間を自らが稼げば良い。

もちろんいずれ1人で立ち回れるようにならねばいけないが、お互いを補完し合うのがパーティだろう。

 

無論"狩人"にとってそのような協同など本来は不要である。

 

なぜなら狩人の戦い方は個人で完結しているからだ。

同じかそれ以上の実力を持つ他の狩人ならいざしらず、ルヴィリアスの実力では"狩り"の足枷にしかならない。

 

強大な獲物を独りで狩り続けてきた"彼ら"にとって味方なぞいないも同じだったのだから。

別世界の狩人との協力でもそれは同じであった。

各々が同じ世界で狩りをしている。ただそれだけだった。

 

「グオオオオオオオ!?」

 

魔術の直撃を受けた山羊頭の絶叫が轟く。

 

アリーヤはそれでもその足枷を"()()"とした。

それは"()()"を得た上位者(狩人)獲得(取り戻)した確かな人らしさだった。

 

何の因果か、人々が普通に生活をする美しき世界()を見ているのだ。

であれば()の成長を支えず何が上位者であろうか。

 

「流石だルヴィリアス」

 

彼は賛辞を口にしながらノコギリ鉈を振り抜く。

山羊頭の体表に接触する直前に変形させられたその刃は、いとも容易くその肉を切り裂いた。

 

「グアアアアアアアアアアア!?」

 

獣の絶叫がこだまする。

この激痛を与えた眼前の存在を許すまいと、山羊頭はあらん限りの力で左手に構えた鉈を振りかぶった。

 

だが、視界に入ってきたのは"()"と、その先に広がる闇。

 

「good-bye,"H()u()m()a()n()"」

 

直後に"()"から炸裂する爆音と光。

銃口から放たれた水銀弾は、いままさに鉈を振り切らんとしていた山羊頭の頭部へ命中し、その体勢を大きく仰け反らせる。

 

マスクの下で獰猛な笑みが浮かび上げ、"()()"はその右手を山羊頭へと突き刺した。

内蔵をめちゃくちゃにし、臓物を引き抜く。

 

後に残るはビクビクと痙攣する山羊頭の死骸と、血塗れの狩人のみだった。

 

「いつ見てもえげつない技ねぇそれ…。絶対痛いわ本当に…」

 

ここ一週間で最早見慣れた狩人の姿を、ルヴィリアスは少し嫌そうな表情を浮かべて眺めていた。

 

「いいものだぞこれ(内蔵攻撃)は。貴公もいずれやってみるといい」

 

「ぜっっっっっっっっっっっったいに、いや!!」

 

彼らの掛け合いを、メイは苦笑いで見ていた。

既に少年への治癒魔法による処置を終え、膝枕で寝かせている。

 

「と、とにかく二人ともお疲れ様!一度管理局に報告をして本拠地(ホーム)に戻ろう!治療は施したけど、少年の怪我もあるしね!」

 

「わかりましたメイ様。その子の身元などはわかりますか?」

 

「首に探索者証明証がかけられていたよ。名前はルイス・カーチスだね。どうやら無所属みたいだよ」

 

アリーヤが少年改めルイスを抱え、3人+1人はホームへと足を進める。

これがルイス・カーチスとスマイリーの面々の出会いであった。




犬のデーモンのお付き、山羊頭くん友情出演
キャラを出揃えるのに苦労してストーリーが進まない。

まだまだ出したいキャラはたくさんいるんだよなぁ…(白目)
とりあえずぼちぼちお話が動き始めます。

お気に入り、感想、評価ありがとうございます!


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【Act-1-7】憧れ

その憧れは、"呪い"のように胸へ刻まれた。


―――微睡みに沈んでいる。これは…夢?

何故だかわからないが、そう知覚出来た。

不意に視界を黄金色の光が覆った。

一房に纏められた金髪がはためき、思わずそれを目で追う。

甲冑を身に着けた後ろ姿。

これは…先程助けてくれた少女の後ろ姿か?

黄金色の光はより一層光を増し、一瞬視界を奪う。

 

少年、ルイス・カーチスは夢を見ていた。

 

その姿に思わず見惚れていると――――不意に背筋に悪寒が奔った。

ルイスは夢の中で振り返る。

 

彼の背後に佇んでいるのは、宇宙(ソラ)色の"()&()q()u()o()t();()

全てを飲み込むような、宇宙を纏ったロングコート姿の大柄な男性だ。

この姿にもルイスは覚えがあった。

 

あの時金髪の少女とともに助けてくれた後ろ姿。

見間違えようはずもない。

 

恐怖で釘付けにされたように、ルイスは身じろぎ一つできなくなる。

だが、宇宙色の男性がフッと口元に笑みを浮かべる(マスク故その口元を見ることは叶わなかったが)と、ルイスの身体から恐怖が抜け落ちていった。

 

「何をしているの?」

 

不意に声が聞こえた。

声の方へ少年が振り向くと、そこに佇んでいたのは青髪の女性。

 

「姉さん…?」

 

ルイスの口から言葉が漏れる。

 

「貴方はいつまでも変わらない。私は先に行く。お前(ルイス)はそこで見ていればいい」

 

青髪の女性は何の感情も感じられない声色でそれだけいうと、踵を返して歩き始めた。

 

「姉さん!まって!姉さん!僕は…僕は!!」

 

ルイスはそれを追いかけようと足を踏み出すが、それは叶わなかった。

足元の空間がガラスのように崩れ、少年はそれに飲み込まれていく。

それと同時に、夢の中の少年の意識は闇へと飲み込まれていった。

 

 

―――金属が激しくぶつかりあうような音が耳に聞こえてくる。

その合間を縫うようにして、人の息遣いも。

少年、ルイスはその重い瞼をゆっくりと開けた。

 

朝日が目に刺さる。

一瞬思わす目を細める。徐々に光になれだした少年の目に写ったのは、二人の人影だった。

中庭と思われる場所で、向かい合っている。

 

「ルヴィリアス、もっと足を使え。相手の死角を突け。貴公の太刀筋はお行儀が良すぎる」

 

「くぅッ!!」

 

ラフな格好をした金髪の少女と、白シャツの上にベストを着た格好の男性が剣を交えているのがルイスの視界には写った。

 

「そうだ、良くなってきた。ではこちらからも行くぞ」

 

「ちょ、まッ!?」

 

先程までとは反転して、男の方が手に握る剣で攻め立て始める。

いや、男が手に握っているのは剣ではない。"()"だ。

 

連続して出される男の剣撃を、少女は寸前の所で受け、いなし、かわしていく。

だが明らかに男が加減しているのは、駆け出し探索者たるルイスの目にもわかった。

かといって少女が弱いというわけでもない。少なくともルイス自身よりも何倍も強いであろうことは、この僅かな間でも理解出来た。

 

少女の繰り出した渾身の一撃を、男は当たり前のように受け流しカウンターで膝蹴りを見舞う。

少女の腹部にクリーンヒットしたそれを受けて、彼女の身体は大きく後方へと転がった。

 

―――不意に男の視線がルイスと重なる。

そうして一瞬口元をニヤリと歪ませた。

 

「ルヴィリアス、まだいけるな?もう一度行くぞ」

 

「言われなくてもッ!!」

 

腹部を押さえ蹲っていた少女が立ち上がり、その剣を構えた。

それを見た男が"()"を連続で少女へと振るう。

先ほどと同じく受け止めかわしいなして、その連撃をなんとか捌いていく。

しばしそうした後、男の連撃の合間を縫って少女が回し蹴りを放った。

 

綺麗だ…。

 

ルイスは純粋にそう感じた。

 

だが男はその蹴りを難なく掴むと、少女の身体を放り投げた。

少女、ルヴィリアスの身体は石畳へと叩き付けられ、嗚咽と呻き声が耳に届く。

 

「ガッハッ!オエッ…はぁ、はぁ」

 

込み上がった少量の胃液を吐き出し、ルヴィリアスはしばし悶絶していた。

「ふむ…」と男の口から声が漏れる。

 

「すまん、ルヴィリアス。やりすぎた。立てるか?」

 

「アリーヤ…わかっているなら立つのに手を貸しなさい…正直内蔵がひっくり返ったかと思ったわよ…」

 

ルヴィリアスの言葉を受けて男、アリーヤは手を差し伸べる。

彼女はその手を取り、立ち上がった。

 

「ありがとっ。相変わらず容赦が無いわね…。まあそうじゃないと怒るけど…」

 

ルヴィリアスはそう言うと、ふっと小さな笑みを浮かべた。

 

「すまない。ギャラリーも居たようだからな。少し力が入ってしまった」

 

「ギャラリー…?」

 

アリーヤは視線をずらし、ルイスの方へ向ける。

ルヴィリアスもそれにつられて顔を向けた。

 

「ゲェッ!?」

 

ルヴィリアスがルイスが目覚めていることを認知した途端、彼女の顔は一気に紅潮する。

 

「見てたの!?ていうかアリーヤッ!あんたこれが解っていたからいつもより容赦無かったのね!!いきなり情けない所見られちゃったじゃない!!」

 

ぷんぷんと怒るルヴィリアスを、アリーヤは彼女の頭に手を置いて諌める。

「ハハハ、すまない」と対して悪いとも思っていないような口調ではあったが、頭を撫でられたのが効いたのか

納得のいかなそうな表情ではあるものの、ルヴィリアスはだんだんと平静を取り戻していった。

しばらくそうした後、不意にアリーヤが口を開く。

 

「さて少年。目覚めてそうそうで悪いが話をしたい。大丈夫か?」

 

「は、はひっ!いえはい!大丈夫です!」

 

唐突に声をかけられた事に驚いたルイスはその肩を震わせながらも、なんとか言葉を返す。

ルヴィリアスもその光景を見つめていた。

 

「ルヴィリアス、メイを呼んできてもらえるか?」

 

「構わないわ。少し待ってて」

 

ルヴィリアスはそういって踵を返すと建物の中へ消えていく。

 

アリーヤはゆっくりとルイスに近づくと、近くにあった丸椅子に腰をかけた。

 

 

 

 

 

「ではルイスくんはソロで浅部を探索していた所を山羊頭に突然襲われたっていうことだね?」

 

「は、はい。そうです。E+に昇格して浅部の探索も安定してきたなって思っていた矢先に山羊頭が突然現れて…」

 

現在地。スマイリーの本拠地(ホーム)

山羊頭に襲われていたルイスという少年を助けたスマイリーの面々は、その後気絶した彼を本拠地へと運んだ。

 

帰りに管理局でこの少年の事と山羊頭の出現について報告したのだが、やはりというか探索者証明証に記されていた通り

ルイスは特定のクランに所属していない野良の探索者だった。

 

故に彼を送り届けるべきクランは無く、彼が拠点としている場所も不明な為こうしてホームで少年が目覚めるのを待っていたというわけだ。

別に彼女達がルイス少年の面倒を見るべき義務も無いのだが、それでも彼女たち(主にメイ)は傷ついた少年を放り出して後は知らないふりを決め込めるほど冷酷ではない。

 

帰還した後も半日ほど気絶していた少年が目を覚ましたのは後日の明朝であった。

 

最早日課となっているアリーヤとルヴィリアスの訓練の音で目覚めたルイスは、その後こうしてスマイリーの面々からの質問に答えている。

中庭横の部屋に設けられたベットの上で起き上がるルイスの周りには

メイ、ルヴィリアス、人形、そしてアリーヤの4人の姿があった。

 

「あ、あの!」

 

「ん~?どうかしたのかい?」

 

メイが顎に手を置いて考えていたのを一旦中断し、ルイスへと顔を向ける。

 

「今回は危ない所を助けてもらったばかりではなく、わざわざ治療も施して頂いて―――本当にありがとうございました!」

 

ルイスの心からのお礼に、スマイリーの面々は口元に笑みを浮かべる。

 

「そんなとんでもない!困っている人を助けなくては同胞にも顔向け出来ないからね!それに実際に君を助けたのはこっちの二人さ!お礼なら彼女たちに言ってくれたまえ!」

 

「あっ!はい!助けていただいて本当にありがとうございました!…あと朝の訓練を盗み見た感じになってしまってごめんなさい…」

 

ルヴィリアスは一瞬顔を紅潮させるが、すぐに取り繕うと咳払いをしてから言葉を紡ぐ。

 

「気にしないでいいわよ。見られても減るもんじゃないし。まあ確かに少し恥ずかしかったのは確かだけど…」

 

「ああ、気にしないでいいぞ少年。助けたのは"()()()()"当然のことだ」

 

二人の言葉を聞いて、メイとルイスは小さく微笑みを浮かべる。

メイは我が子を見守るような愛おしい微笑みを。

ルイスは心底安堵したような微笑みをそれぞれ浮かべた。

 

「あー、そう言えば自己紹介がまだだったわね。私はルヴィリアス。C+の探索者よ」

 

「アリーヤだ。つい一月前にこの街に着た新参者だが、よろしく頼む」

 

「新参者って…。あんた…自分がどれだけ凄いことをしたのかやっぱり理解してないでしょ…」

 

「そして先程も紹介させてもらったけど、私はメイ!西の神族国家の一柱さ!で、最後に彼女が…」

 

「初めまして。私は人形。カーチス様、よろしくお願いしますね」

 

「あ、えっと!ルイス・カーチスです!野良の探索者として生活してます!改めてありがとうございました皆さん!」

 

初めて見たであろう動く等身大球体関節人形の姿に少し驚いた様子のルイスだったが、

すぐに気を取り直して自己紹介を行う。

だが思い出したかのように酔っ狂な声を上げた。

 

「ってアリーヤさんにルヴィリアスさん、それにメイ様ってことはあの噂のスマイリーの方々ですか!?たった一月で未到達領域までたどり着いたっていう!?」

 

「あは~…。それはスマイリー全体じゃなくて、このアリーヤ(マジキチ血塗れ野郎)ね」

 

「酷く失礼な言葉が内包されている気がしたが、気にしない事にしよう」

 

驚きを顕にしているルイスを前に、ルヴィリアスが訂正する。

ここ最近は一緒に探索や訓練を行っているものの、自分の言葉でまともに言葉を交える前に未到達領域への到達を"()()()"達成してしまっていたアリーヤ思い出した

ルヴィリアスは少しツンケンした態度をとる。

やはり彼女としてはあまりおもしろいことでも無いのだろう。

突然増えた家族が自分を放置して勝手に有名になっていたのだ。無理もあるまい。

 

それに対してアリーヤは少し困ったような表情を浮かべている。

自らが悪かったという事を自覚しているためか、何も言い返す事は無かったが。

現在彼はいつもの狩装束ではなく、白シャツにベスト、黒のズボンという出で立ちの為その表情もよく伺えた。

ルヴィリアスの訓練に付き合うようになってから、アリーヤは外出を除いてこのような格好で過ごすことが多くなった。

 

「でも凄いや!"()()"のアリーヤさんや"()()"のルヴィリアスさんと実際に話せるなんて!」

 

嬉しそうに話すルイスに対して、ルヴィリアスは少し恥ずかしそうな顔を浮かべ

アリーヤは何故そんなにも嬉しそうなのか理解が出来ないといった表情であった。

 

メイと人形は実にニコニコとその様子を見ている。

 

「そうだ、ルイスくん。君が拠点にしているのはどこなんだい?」

 

「あっ!すいませんメイ様、1人で舞い上がっちゃって…。えっと、北地区の宿屋です」

 

「ふむ。北地区というとここから少し距離があるね。済まないがルヴィリアス、アリーヤくん」

 

「ああ、引き受けた。彼を送り届けよう」

 

「わかりましたメイ様」

 

二人はそう言うと、準備をするために立ち上がろうとする。

だがルイスが「あ、あのッ!」と声を上げた為に、その動作を中断させた。

 

「助けていただいた上に世話までしてもらったのに、こんな事を言うのは差し出がましいと理解しています―――」

 

 

 

 

「―――でもっ…!僕をどうかクラン・スマイリーに入れていただけませんか!!」

 

 

 

 

 

 

 

ルイスの言葉に、人形までもが呆気に取られて固まる。

しばしの沈黙が場を支配し…『やっぱ助けられた上にこんな図々しいことをいう僕に対して呆れてしまったのかな…』とルイスが考え始めた頃だった。

その沈黙を破るように、メイが言葉を紡ぐ。

 

「その理由を聞かせてもらってもいいかい?ルヴィリアスとアリーヤくん、それに人形ちゃんは私の自慢の家族だけど、それでもうち(スマイリー)は小規模なクランさ。まあ確かにアリーヤくんが馬鹿げた功績を撃ち出してくれたお陰で名前もしれてきたけどね」

 

メイの言葉に、肯定を示すようにルヴィリアスと人形、そしてアリーヤ(狩人)がルイスの事を見つめる。

 

「それは…」

 

「それは?」

 

「僕、山羊頭に吹き飛ばされて意識を失う直前にルヴィリアスさんとアリーヤさんの後ろ姿が目に入ったんです。それと僕を優しく包むようなメイ様の姿も。あの時皆さんが助けてくれなかったら僕は間違いなく死んでいました。えっと上手く言えないんですけど、あの時の皆さんの姿に強烈な"()()"を抱いたんだと思います。あの人達のようになりたい…あの人達と共に戦いたいって!」

 

4人は無言で少年、ルイスの言葉の続きを待つ。

 

「それに僕にはどうしても追いつきたい人がいるんです…お願いします!―――僕をこのクランへ入れてください!」

 

二度目の懇願、ルイスは布団に付くほど頭を下げる。

 

そして―――

 

 

「―――うんッ!そういう理由なら大歓迎さ!私はルイスくんを喜んでうち(スマイリー)に迎え入れよう!ルヴィリアス、人形ちゃん、アリーヤくんはどうだい?」

 

「私はメイ様の決めたことなら構いません。…それに。アリーヤ(コイツ)と二人だと、探索者として引け目を感じていたのも確かですし…私は歓迎するわ。ルイス」

 

「私も歓迎しよう、盛大にな。君を"()()"に迎えよう」

 

「狩人様、メイ様、ルヴィリアス様がそう仰るのでしたら私も歓迎致します。よろしくおねがいしますね、ルイス様」

 

彼らの言葉に、ルイスは思わず涙を浮かべる。

とうとう耐えきれなくなり、目から雫がこぼれ落ちた。

 

「―――はいっ!よろしくお願いします!!みなさん!」

 

 

 

 

 

 

 

「ここか…」

 

その頃、人形とよく似た外見の女性が、スマイリーの本拠地の前で歩みを止めた。

その手には印の付いた地図が握られており、その場所はここであるようだ。

 

()()()()…」

 

ここ最近市街を賑わせている話題の元凶たる"()()"と似た服を身に着けている絶世の美人が、

その"()()"の所属するクランの前で立ち止まっているのを見た住民たちは、思わずその目を留める。

 

「おい、あの長身の女、えっらいべっぴんじゃねえか?」

 

「ああ、すげえ美人だ。だがあんな女性みたことねえぞ?」

 

「いや、服が普段と違うが、あの子―――最近ラライラの食堂で働き初めた給仕じゃねえか?」

 

「まじかよ!?ラライラ女将の店にあんなべっぴんが入っていたのか!」

 

「それにあの服装…最近話題の"()()"と似ている気がしないか?」

 

「確かに…もしかして奴と同郷なのか?」

 

「あんな"()()"と同郷なんて…」

 

「それにあそこ、スマイリーの本拠地だろ?だとすれば可能性は高いぜ…」

 

周囲の者達の会話が、女性の耳にも入ってくる。

普段なら気にもとめないが、彼らの会話からしてここがスマイリーの本拠地であるというのは間違いないようだ。

 

女性はその扉のコンコンと叩く。

願わくば、自らの思い違いを祈りながら。




もうすぐ物語が動き出します。

感想その他本当にありがとう御座います!
後ほどまとめて返信させていただきます!


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【Act-1-END】 温かさ

ルヴィリアス、ルイス
只人である2人は彼を受け入れた。

それは彼を正しく理解していない故か
人の温かさ故か。


コンコンと、玄関ドアをノックする音が聞こえてくる。

スマイリーの面々が、とりあえずルイスの荷物を取りに宿屋へと向かうかと話している時だった。

 

「あれ?お客さんかな?人形ちゃん、すまないけど」

 

「いや、私が出よう」

 

え?とメイがそちらへ顔を向けるとアリーヤの姿が目に入る。

だが―――その表情には先程までの微笑みは一切なく、いつかの無表情を貼りつけている。

ドス黒い何かと濃厚な血の匂いが彼の周りに漂い始めていた。

 

その一変した彼の雰囲気を、ルヴィリアスは知っていた。

彼女が初めて彼の戦いを見た牛頭の一件の時と同じだ。

 

ルイスはその雰囲気の変わり様に怖じ気付いたような表情を受かべている。

 

恐怖、それが二人を支配する。

 

―――血の匂いだ。

彼は心のうちでそうこぼしていた。

 

この匂いをアリーヤは知っていた。

忘れるはずもない。

時計塔の最上階、その場で激戦を繰り広げ、幾度も彼を殺した"()()"の匂いだ。

血の女王の系譜、そして最初の狩人ゲールマンを師事した最初期の狩人の1人。

 

そして最後には狩人(アリーヤ)の手によって悪夢から開放された、"()()()()()()()"その人の匂いだった。

 

「じゃあ頼むよアリーヤくん。でもどうしたんだい?」

 

「…………ただの気まぐれだ」

 

メイは再び彼の背後に上位者()の姿を幻視する。

『ああなるほど、確かにこの来訪者の匂いは』とメイは理解した。

 

「――じゃあ任せるよアリーヤくん。"()()()()"もその場で暴れたりしないでくれよ?」

 

意地の悪い笑みを浮かべながらメイはそう言った。

アリーヤの無表情が解け、変わりにメイと同じ意地の悪い笑みを浮かべる。

そこでようやく彼の雰囲気がいつものものへと戻った。

 

恐怖に支配されていた2人がようやく開放され、大きく息をつく。

 

「ああ、善処しよう」

 

彼はそう言うと一瞬でその身に狩人の装束を纏う。

腰にはノコギリ鉈と獣狩りの散弾銃を下げていた。

 

「嘘…一瞬で姿が…!?」

 

ルイスは驚きのあまり声を漏らす。

 

「全くー、善処しようと言っときながら完全武装じゃないか」

 

「"()()()()()()()()()()()"からな」

 

彼はそう言うと玄関へと向かっていった。

 

ルヴィリアスとルイスの顔は困惑の色を浮かべている。

 

「あはー…。ルヴィリアス、ルイスくん。困惑するのはわかるけど、その顔は些か面白いものがあるよ?」

 

慌てて表情を取り繕う2人。

しばしの間を置いて、ルヴィリアスが言葉を上げた。

 

「メイ様、今のアリーヤの様子は…?」

 

「ああ、どうやら来訪者はアリーヤの"()()()()"みたいだよ」

 

「「知り合い…?」」

 

ルイスとルヴィリアスは訝しげに首をかしげる。

とてもでは無いが、さっきの雰囲気は知り合いに向けるものではない。

むしろ――敵にこそ向けられるものだろう。

 

「そ、そうだ!メイ様、ルヴィリアスさん、人形さん。さっきのアリーヤさんの早着替えはどうやったんですか?もしかして高等魔術?」

 

場を取り繕うようなルイスの言葉に、大きなため息一つ。ルヴィリアスが答える。

 

「いや、あれは魔術ではないわ。私達も詳しくはわからないのだけど、あいつ(アリーヤ)の業の一つみたい。聞いても『血の意志の恩恵による物質の収納術だ』なんてよくわからないことを言ってたわ。恐らくだけど、私達の使う魔術とは違う、あいつの出身地特有の業じゃないかしら?」

 

「そ、そうなんですか…。そんな業があるだなんて聞いたこともありませんでした」

 

「そりゃそうよ。帝都でもみたことも聞いたことも無かったわ。人形ちゃん、メイ様はあいつの業についてご存知なのですか?」

 

「う~ん、知っていると言えば知ってるけど、それは彼の記憶()を通して見たものだからねぇ。私の口から言うのははばかられるよ」

 

「私としても詳しい事はお答えしかねます。狩人様から直接お聞きになったほうが良いでしょう」

 

聞いてもよくわからなかったから2人に聞いたのだけど。というルヴィリアスの言葉は胸に飲み込まれた。

 

 

 

「「やはりか…」」

 

玄関を開けた彼の目に写ったのは、思い浮かべた通りの人物。

人形と瓜二つ、どころか全く同じ顔の美女の姿。

 

彼を幾度となく屠り、そして最後には彼の手によって討ち取られた『時計塔のマリア』その人であった。

 

「月の香りの狩人……」

 

「時計塔のマリア……」

 

同時に2人の口から言葉が漏れる。

時が止まったかのような錯覚がその場を支配し、マリアの手は腰に下げた得物(落葉とエヴェリン)へと伸びていた。

 

「貴方もここへきていたとは驚きだ」

 

「それは私も同じだ。時計塔のマリア。こちらに貴公と殺り合う意志はない」

 

アリーヤの目が彼よりも頭一つ分高いマリアの目へと向けられる。

宇宙色の瞳と薄青色の瞳が交差し、数瞬。

 

どちらからともとも言えず視線を外し、息をついた。

 

「―――どうやら本当のようだ。あの時見た貴方の瞳はただの"()()"のようであったが、今は幾分か人らしい」

 

「ふっ。"()()()()"か。そうか。立ち話もなんだ、中へどうぞ時計塔のマリア。聞きたいことも多々ある」

 

「マリア、で構わない()()()()()()()。私も同じだ。失礼する」

 

「ならば私もアリーヤで構わない。今はそれが私の名だ」

 

「アリーヤ、か。ではそう呼ばせてもらうことにしよう」

 

マリアは彼の後を追いスマイリーの本拠へと立ち入る。

応接室らしき場へ入ってソファーに座る彼に習い、マリアも対面のソファーへと座った。

 

2人の"()()"はゆっくりと言葉をかわし始める。

 

「さて、改めてだが私の名はアリーヤだ。あの悪夢では名無しだったが、この地へ着た後、今の主から名前を授かった」

 

「マリア、だ。それも貴方によって開放された(殺された)張本人のな」

 

棘の感じられる言葉を吐くマリアであったが、その顔は憑き物が落ちたような優しい表情を浮かべている。

マスクをしているアリーヤの表情は伺えないが、その目から敵意は感じられない。

むしろ安堵すら感じられた。

 

「…私を超えた貴方は、あの先の秘密も見たのだろう?」

 

「…………ああ」

 

アリーヤの脳裏に、あの蹂躙された漁村の光景が過る。

彼女が秘匿し守っていたその先。狩人の業。罪人たる狩人の、その始まり。

 

「そうか……私に貴方を恨む気持ちは無い。悪夢から解き放ってくれた貴方に感謝こそすれ、恨み憎みなど抱くはずもない」

 

「……感謝するマリア。ああ、そうだ。何故私がここにいるのか話をしようか」

 

彼が語りだそうとする直前、廊下で物音がする。

誰だとそちらへ目を向けたマリアの視界に写ったのは、

―――自らと同じ顔をした"()()"の姿であった。

 

「……」

 

マリアと人形がその視線を重ねる。

球体関節の人形であるという事を除いて、同じ姿の女性が2人。

説明を求めると言う風に、マリアがその目線をアリーヤ(月の香りの狩人)へと向けた時だった。

人形の口が開かれる。

 

「――初めましてマリア様。私は人形。最初の狩人ゲールマン様がマリア様のお姿を元に作られた、狩人様達のお世話役です」

 

「―――ッ!!…そうか。師が…」

 

些か複雑な気分であるといった顔のマリアだったが、すぐに表情を取り繕い顔を上げた。

同時に人形の横へと現れた金髪の少女の姿が目に入る。

 

「人形ちゃんもお客さんと知り合い?」

 

「ええ、私の(オリジナル)ですから」

 

どういうこと?といった表情を浮かべた少女であったが、すぐにそれを振り払うとマリアへ言葉をかける。

 

「あ、自己紹介が遅れました。初めまして。私はルヴィリアス・レイアです。って人形ちゃんと全く同じ顔ッ!?オリジナルってもしかしてそういうこと!?」

 

「私はマリアだ。私も君と同じく状況を把握しきれていない」

 

アリーヤへと視線を向け直すと、彼はフッと笑ったような表情を浮かべた気がした。

 

「そうだな。ルヴィリアス。メイとルイスも呼んできてくれ。マリアと私の、そして人形の事についてここで詳しい話もしておこう」

 

狩人(アリーヤ)は何かを決めたような声色で、そうつぶやいた。

 

 

 

いつまで立っても帰ってこないアリーヤを怪訝に思い、ルヴィリアスと人形は話し声のする応接室へと向かった。

 

中を覗き込むとアリーヤと、彼の装束に似た服装の長身の女性がソファに座っていた。

人形と瓜二つの女性の姿に思わず声を上げてしまったルヴィリアスだったが、アリーヤからメイとルイスを呼んできて欲しいと言われ現在へと至る。

 

応接室にはアリーヤ、マリア、人形、メイ、ルヴィリアス、そして加入したばかりルイス。6名が揃っていた。

 

全員が集まったのを見て、アリーヤが声をかける。

 

「全員揃ったな。まず初めに断っておくが、これから話すのはルヴィリアス、ルイス。貴公達2人にとっては荒唐無稽のように感じられるだろう。それに決して気持ちのいい話ではない。聞き終わったあと、貴公らがどのような態度をとったとしても構わない」

 

「…別に構わないわ。あんたの事情が知れるなら、私は構わない」

 

「ぼ、僕も先程入れていただいたばかりですが、アリーヤさんの事を知りたいです!」

 

2人のその返答を聞いて、アリーヤはその視線を少し緩めた。

そんな彼に対し、メイは声をかける。

 

「…いいのかい?私も君の口から身の上話が聞けるのは嬉しい。だけど…」

 

「構わないさ、メイ。いずれは話すべきだっただろう。それに"()()"に対して秘め事なぞ気持ちのいいことでもない」

 

「そうか…」

 

メイはそう呟くと、その目を閉じた。

対してマリアは彼の"()()"という発言に驚いていた。

マリア自身も永くに渡る悪夢によってその心を擦り切らせていたが、

あの時相対した月の香りの狩人(この男)は、それ以上に"()()()()"というものをなくしていた様に思えていたからだ。

それが"()()"とは。マリアはその口元を僅かに緩め、彼の言葉を待った。

 

「では語ろう。私の見た"()()"を」

 

彼はゆっくりと語り始める。

 

気がついたら記憶を失い、ヤーナムの診療所にいた事。

そこにあった自らのものであろう「青ざめた血を求めよ。狩りを全うする為に」という手記だけを頼りに足掻いたこと。

 

幾度と無く死に、目覚めを繰り返したこと。

夢で彼を支え続けた人形のこと。

数多の人を救おうとし、だが救えなかったこと。

 

古い狩人達の悪夢に囚われたこと。

そこで秘密を守っていたマリアに幾度も殺され、最後にはマリアを打倒したこと。

漁村の先で秘密を見たこと。三本のへその緒を使い、上位者たる資格を得たこと。

メルゴーの乳母を狩り、メンシスの狂人達の儀式を完全に打ち砕いたこと。

 

そして―――助言者、最初の狩人ゲールマンを悪夢から開放し、月の魔物を狩って上位者へと至ったこと。

 

幼年期を過ぎ、青年期へと入った時変態し、在りし日の自らの姿へと戻ったこと。

その後に見たことも無い鐘を見つけ、それを鳴らすとこの世界にいた事。

 

全てを語り終えた彼の表情は、そのマスクと枯れた羽の帽子のせいで全く伺えない。

 

ルヴィリアスとルイスはその顔に驚愕を貼りつけていた。

同時に身を襲う啓蒙の高まりが招いた怖じ気。

 

「これが私についての話だ。2人にとってはとても信じられる話しでもなかろう。これからは有りもしない妄想をする狂人か化物として扱ってくれて構わない」

 

彼はそう嘯く。

この美しい世界で生を過ごしてきた只人の2人にとって、これは夢物語と思われても仕方のないことだ。

何を言われても、嫌悪されても致し方ないことだと狩人(アリーヤ)はその目を閉じる。

 

だが―――

 

「それが何?確かに信じられない話だし、気持ちの良い話しでも無かったわ。でも―――だからってあんたのことを蔑む理由にも嫌悪する理由にもならないわ!ふざけないで!私が知っているのは"()()"のアリーヤよ!異世界人だろうが、過去がどうだろうが、あんたが人じゃなかろうと私には関係ない。私が知ってるのは、私の事を放っておいて未到達領域を見つけ出して、その後メイ様に怒られて私の訓練に付き合ってくれている大馬鹿(家族)の強者だけよ」

 

どこまでも柔和な笑みを浮かべてルヴィリアスは言い切る。

彼女にとって、たとえその話が事実かどうかなぞ関係もないことだった。

彼女自身も言ったとおり、ルヴィリアスが知っているのは自らの行いを反省して共に歩むことを決めた家族の姿のみ。

この一週間、彼女へ様々な事を教えてくれた強者の姿のみ。

 

「ぼ、僕もルヴィリアスさんと同じで、嫌悪したりなんてとても出来ません。だってアリーヤさんは僕を助けてくれたじゃないですか。そのお話が事実であろうが、なんだろうが関係ないです。むしろどうか僕にも稽古を付けてください!お願いします!」

 

ルイスはそうして頭を下げる。

 

上位者たるアリーヤは、その光景に呆気に取られるしかなかった。

 

「正気か貴公ら?私は人ではない、化物なのだぞ?それについ最近出会ったばかりではないか。何故…」

 

「あんたの過去も、出会った日数も関係ないわ。だって」

 

「―――家族でしょう?」

 

マスクと帽子に隠れたその目が、確かに見開かれる。

そしてふっと笑いを漏らした。

 

「そうか…」

 

「そうさ!アリーヤくん!私達がそんな事で君を軽蔑するわけないだろう?そもそも私は君の過去を見ている!この2人がそれを知った程度で軽蔑するような人間なら、君を勧誘したり、ルイスくんの加入を認めたりなんかしないさ!」

 

アリーヤの心に温かい何かが満ちていく。

やはり人は素晴らしい生き物だ。彼は胸中にそうつぶやいた。

 

その様子を見ていたマリアも目を見開いていた。

以前のあの陰気な街に、このような"()()()"人間はいただろうか?

いや、誰も彼もよそ者を嫌い、排他的な雰囲気に満ち満ちていた。

 

マリアの面倒を見て、働き口まで提供してくれた食堂の女将しかり、

この世界の人間は存外温かさにあふれているらしい。

 

「ありがとう。―――さて、マリアが何故この世界にいるか聞いていなかったな」

 

アリーヤは空気を変える様に、そう口にする。

 

「私は、先程の彼の話の通り、アリーヤに打倒(開放)された。意識が闇に飲まれ、ああようやく終われると思ったのだが、気がつけば見たこともない草原と街道。アリスライキ周辺で目を覚ましたというわけさ。しばし何故死んだはずの自分がここにいるのか理解できなかったが、近くでラライラの食堂の女将が野盗に襲われていてね。考えるよりも先に身体が動いていた。それ以来、私はラライラ婦人の世話になっている。二ヶ月前の話だ」

 

「では貴公も何故この世界に(いざな)われたのかはわからないのだな」

 

「ああ。だが私と貴方が同じ世界に呼ばれたなど、偶然とも思えない。きっと何かがあるのだろう」

 

その場にいる者たちに無言の間が訪れた。

しばしの間を置いて、マリアが口を開く。

 

「考えてもわからないものはわからないか。フッ。まあいい。私はこれで失礼しよう。騒がせたな」

 

「あ、もう帰っちゃうのかい?もっとゆっくりしていけばいいのに」

 

「これ以上はラライラ婦人に迷惑がかかるからな。これで失礼するよ、メイ」

 

マリアの返答に、メイは残念そうな表情で「そっか~」と声を上げる。

 

「そうか。何かあれば"()()()()()"が、構わないか?」

 

アリーヤの問いかけに、マリアは小さく笑みを浮かべると

 

「私を打倒した男の頼みだ。婦人の迷惑にならない範疇であれば、応えよう。ああそれと今度店に顔を出してくれ」

 

「ああ、そうさせてもらおう」

 

「ではな。月の香りの狩人(アリーヤ)。人形。そしてスマイリーの面々よ。また近い内に会おう」

 

そうして踵を返し去っていくマリアに、スマイリーの面々は各々の言葉で送るのだった。




難産でした。
蛇足感もありますが、これにてAct-1導入編終了です。
次回からはAct-2に入っていきます。

感想その他ありがとうございます!励みになります!


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Act-2 The Bloody Honey cannot Stop
【Act-2-1】まるで傭兵のようだ


私は、私を受け入れてくれた者達を支えよう。




「管理局から依頼?」

 

「ああ、そうだ」

 

アリスライキの昼下がり。

マリアとの邂逅から数日の後、アリーヤはマリアが身を置いているラライラの食堂に顔を出していた。

時刻は15時過ぎであり、昼食を取りに来た客のラッシュもなりをひそめ

店内にはまばらに人影があるのみだ。

 

「まあ貴方が現れてからの活躍は目を張るものがあったからな。頼りにされるのも当然ではないのか?」

 

「まあな…。あの悪夢(ヤーナム)のノリでやりすぎた。反省してる。だが内容が内容でな」

 

ラライラの食堂で言葉をかわしているのは、アリーヤと時計塔のマリア。

アリーヤはいつもの狩装束姿だが、マリアは給仕の制服に身を包んでいる。

彼の記憶にあるマリアは狩装束に身を包み、強大な力で"()()"を屠った"()()()()()()()"であるため

今の制服姿は新鮮である。

だがその美貌は遺憾なく発揮されており、旧敵たるアリーヤでさえも目をみはるものであった。

事実、まだ店内にいる客たちはマリアの姿を眺める為に残っていた変わり者(変態)達である。

 

マリアに声をかけようとする下賤な連中は、しかし

彼女と言葉を交えている大型新人(狩人)の姿を見て二の足を踏んでいた。

 

今や市街で()()を知らぬものなぞおらず、彼の戦い方(内蔵攻撃)は恐怖と共に市街へと伝わって居たのだった。

その"()()"と親しげに言葉を交わすマリア。

2人の関係を、周囲の連中は好奇と畏怖の目で探っている。

 

「どういった依頼なのだ?」

 

「ああ、それはな―――」

 

アリーヤは先程の出来事を思い浮かべる。

 

 

 

 

 

「そうだルヴィリアス、ルイス。お互いの動きを合わせて相手を追い立てろ」

 

「くぅッ!!」

 

「ルイス!合わせなさい!」

 

早朝、スマイリー本拠地の中庭では金属音が鳴り響いていた。

最早日課となった家族達の訓練である。

 

先日加入したばかりのルイスを交え、より活気をました朝の光景。

ルヴィリアスとルイスがデュオを組み、アリーヤがそれを迎え撃つ。

 

そのいつもの光景を、メイは人形のいれてくれた紅茶を飲みながら眺めていた。

 

ルイスが前衛となり、ルヴィリアスの詠唱時間を稼ぐ。

短剣とナイフを駆使しアリーヤへと斬りかかるが、全て稚児をあしらうが如く防がれている。

 

「喰らいなさいッ!」

 

詠唱を終えたルヴィリアスの魔術がアリーヤへと迫る。

本拠地への被害を抑えるため、出力を絞った一撃ではあったがそれでも只人を行動不能にする程度の威力はある。

捉えることも難しい弾速の魔術。

 

だがアリーヤはそれを当たり前のようにステップで避けると、"杖"の先端をルヴィリアスの腹部へと突き出す。

 

「ぐふぅッ!?」

 

杖のカウンターを貰ったルヴィリアスは大きく後方へと吹き飛ばされ、口から胃液を吐き出した。

 

それを見て唖然としてしまうルイス。その隙を見逃す狩人(アリーヤ)ではない。

鋭い回し蹴りがルイスの背部を捉え、弾き飛ばした。

 

「アリーヤくん~、やりすぎじゃないかい?」

 

メイが呆れた表情を浮かべ、そう声をかける。

だがあっけからんとした態度で

 

「この程度、まだまだだ。この2人は強くなれる」

 

アリーヤはそう言葉を返した。

『いやそういう意味じゃないんだけど…』呟きながらメイは吹き飛ばされた2人の元へ歩いていき、

初級の治癒魔術を施す。

 

その効果で痛みが引いていき、2人はようやく言葉をもらした。

 

「いったぁ…あんたちょっとは加減しなさいよね!肋骨が持っていかれたかと思ったじゃない!」

 

「あっはっは…流石アリーヤさん。全く手も足もでません…」

 

アリーヤは"杖"を血の遺志へと還すと、腕組みをしながら言葉を返した。

 

「加減はしている。だが確かに少しやりすぎた。すまない」

 

短くそういった後、講評を始めるアリーヤ。

軽口を叩いていたルヴィリアスもルイスも、それを聞き逃すまいとその表情を真剣なものへと変えた。

 

孤独だった狩人は、今や2人の師だ。

 

「ルヴィリアス。魔術の精度も詠唱速度も向上している。素晴らしい。だが詰めが甘い、避けられることも考慮して二手三手用意しておくべきだ」

 

「意図も容易く躱しておいてよく言うわよ…わかったわ。同時詠唱も練習しなきゃね…」

 

「ルイス、たったの数日の訓練だが、確実に上達してきているな。だが戦闘中に敵から意識を反らすなぞ言語道断だ」

 

「すいません…ルヴィリアスさんが吹き飛ばされたのをみて動揺しちゃって…」

 

その後も言葉を交わす家族達の様子を、メイはニコニコしながら眺めている。

 

コンコン。不意に玄関ドアがノックされる音が聞こえてきた。

 

「あれ?こんな朝早くから誰だろう?人形ちゃん、お願いしてもいいかい?」

 

「かしこまりましたメイ様」

 

人形が玄関へと向かっていく。

その様子を見たアリーヤは

『今日はここまでにしよう』

と言葉を切って、メイの元へと歩いてきた。

 

その表情は実に嬉しげだ。

シャツにベストというラフな出で立ちの彼を見上げながら、メイは声をかける。

 

「お疲れ様アリーヤくん。ありがとうね彼女達の訓練に付き合って貰っちゃって」

 

「気にすることはない。私も後輩()達を支えたいからこうしている」

 

「そうかい?でも妙に嬉しそうだね?」

 

「この短期間でここまで成長するとは思わなかったからな。メイ、あの子達は強者になるぞ」

 

「ああ、なるほどね。君の世界()じゃ強者しか居なかっただろうからねぇ。でもさっきもいったけどやりすぎじゃないかい?」

 

「確かに反省している。少し熱が入ってしまった」

 

2人がそう話している背後では、ルヴィリアスとルイスが今後の改善点をお互いに上げていた。

それを優しい眼差しで見やる"()()"とメイ。

 

あの2人は良いパーティを組めるだろう。

独りで戦ってきた私とは違って。

 

彼にとってやはりパーティというのはやりづらいものがあった。

他の狩人達ならいざしらず、只人と共に戦うとなると

それは共闘ではなく護衛に近いものとなってしまう。

圧倒的な実力の差がある故致し方の無いことであったが。

アリーヤは自らが共に探索したのでは彼女達の伸びしろを潰してしまうのではないかと危惧していた。

それ故にルイスの加入は喜ばしい。ある程度鍛錬をしてやれば、あの2人はパーティとして勝手に強くなっていくだろう。

メイには一緒に探索してやってくれなんて言われてはいるが、それもそろそろ潮時だ。

たった一週間しか共に探索はしてやれて居ないが、これ以上はかえって彼女達の邪魔をしてしまうだろう。

 

アリーヤはそこまで考えると、では自分はこれからどう動くか思案しようと目を細めた。

 

そんな時、廊下の方から二人分の足音が聞こえてくる。

目をそちらへ向けると、人形と痩身の男が2人。

男の方は見たこと無いが、先程のノックの主だろう。

 

「狩人様とメイ様に御用があるそうで、お通ししました」

 

人形が言葉をかける。

次いで男が声を上げた。

 

「お初にお目にかかります、"()()"アリーヤ様、メイ様。私は管理局職員のアディ・ネイサン。お話したいことがございますので、お時間よろしいでしょうか?」

 

丁寧な言葉遣いだが、どこか他人を小馬鹿にしたような口調で男はそう言う。

しかし上位者であるアリーヤも神族として広い思考のキャパを有しているメイも、イラつくことなくただ男の言葉に頷いた。

 

それを怪訝そうな表情で見つめるのは、只人であるルヴィリアスとルイスの2人のみであった。

 

 

 

 

「まずは早朝より伺ってしまったことを謝罪します。しかし管理局としても急を要する案件ですのでご理解ください」

 

「前置きはいいよネイサンくん。要件はなんだい?管理局の職員が直々にくるなんて、厄介ごとだろう?」

 

応接室に移った3名は、人形の入れてくれた紅茶に口を付けながら言葉を交わす。

アリーヤとメイの対面に座るアディ・ネイサンはフッと笑うと、言葉を続けた。

 

「流石は神族の一柱。ご理解が早くて助かります。今回足を運ばせていただきましたのは他でもありません。管理局からの"()()"をお伝えしたく参りました」

 

「依頼…?」

 

メイはその端正な顔に怪訝な表情を浮かべつつ、次の言葉を待つ。

アリーヤはいつもの無表情であったが、いつでも武具を呼び出せるようにしていた。

胡散臭い。それがこの男に抱いた印象だった。

 

「ええ、では依頼の内容をご説明致します。雇い主は管理局上層部。目的は世界の果ての浅部へと強力なモンスターが出現し始めた原因の調査です。ご存知の通り、世界の果てはその深部へと向かうほど、強力なモンスターが出現します。ですがここ最近はその法則が乱れつつあります。当事者たるアリーヤ様やメイ様ならばご理解していただけるかと存じますが、浅部を探索する新米の探索者たちにとって、今の状況は致命的です。故に管理局上層部は事態の原因の調査とその解決に乗り出しました」

 

ネイサンがそこで一旦言葉を区切る。

 

アリーヤはルイスと山羊頭の一件を思い返した。

狩人として悪夢を駆け抜けた彼にとって、あの程度の敵は障害にもならないが

只人たちにとってはたまったものではないだろう。

 

一息の後、メイが言葉を上げた。

 

「なるほどー。事情は理解したよ。だが解せないこともある。何故うちみたいな小規模クランに依頼するんだい?それこそ大規模なクランはいくつもあるじゃないか。そっちに依頼したほうが適任じゃないかい?」

 

「既に"BFF"と"インテリオル"、そして"グローバルコーデックス"へも同様の依頼を出しております」

 

「だったらなおさらさ。そんな大御所が動いているなら、うちみたいな所に依頼する必要もないだろう?」

 

アリーヤはその言葉を黙って聞いていた。

確かにメイの言う通り、それならばこのような小規模クランへと依頼する意義は薄い。

大規模なクランでは不都合な事情でもあるのか。

またはそれらの大御所の活動を隠れ蓑にした裏方か。

彼が思考していると、ネイサンの口が再び開かれる。

 

「我々はたった一月で誰も成し得なかった未到達領域への到達を達成したアリーヤ様の実力を高く買っています。それに、実はここだけの話ですが、管理局の上層部にも不穏な動きが見られます。故に我々"()()()"は上層部の選定した大規模クランだけでなく、あなた方への依頼を決めました」

 

アリーヤはその言葉に少し驚く。

管理局の職員でありながら、自らに不利になるような事情まで話すとは。

いけ好かなく胡散臭い男ではあるが、"仲介人"としての公平性は信用できそうだ。

 

彼はそう考えると、今まで閉ざされていた口を開いた。

 

「なるほど。で、具体的には何をすればいい?まさか深部の威力偵察を行え、というのでもあるまい」

 

「もちろん。我々が求めているのは、この男の情報です」

 

そういってネイサンは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

その羊皮紙には革鎧を身に纏った禿頭の男のスケッチが描かれている。

 

「こいつは?」

 

「先月の牛頭の一件。アリーヤ様によって撃退された牛頭の件です。襲われていた複数の探索者たちから、この男が牛頭を先導していたとの目撃証言が上がっています」

 

メイとアリーヤはそのスケッチを覗き込む。

禿頭が特徴的な年の頃30程の男だ。

 

モンスターを先導していた男?確かにそれならば一連の事態への関連性は考えられる。

 

「男の名前はパッチ。2年ほど前に探索者のパーティを嵌めて物品の略奪などを行い管理局からブラックリストに登録された男です。その後行方不明になっていましたが、今回の一件と共に再び姿を表しました」

 

陰気で目つきの悪い禿頭のスケッチを、アリーヤはふむと鼻を鳴らしてテーブルに戻す。

 

「報酬はどうなっている?依頼と言うからにはそれ相応の報いもあるのだろう?」

 

「前金としてヴィカーナ金貨500枚、パッチを捕らえる情報提供もしくはパッチの身柄の引き渡しで更に500でどうでしょう」

 

"()()"アリーヤには金銭の価値は未だはかりきれていないのでピンとこなかった。

ヤーナムでの通貨代わりといえばもっぱら血の遺志であり、そもそも人間と取引することも無かったのだから当然といえば当然である。

金貨もあるにはあったが、既に滅びを前にした都市では道標以外のなにものでもなかったのだから。

そも食事も睡眠も必要ない上位者にとって、金銭の貴さを理解しろというのが土台無理な話である。

 

チラリとメイの方を見やる。

その目はキラキラと輝いており、なんとも間抜けな表情を浮かべていた。

 

「ご、ごごご500ぅ!?そんな大金あれば3ヶ月は暮らせるじゃないか!!家賃も食費も心配なし!!」

 

どうやらとんでもない大金らしい。

必至に隠しているようだが、その目にはありありと\マークが浮かんでいる様にアリーヤには見えた。

 

世話になっている引け目もあるし、何より私に"人らしさ"を思い出させてくれた彼女達の為にもなるか…。

 

「報酬はもちろんのこと、管理局、そして協同となる各クランと繋がりを持つ好機です。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」

 

語尾に(笑)が付きそうな口調でネイサンは言い切った。

些か鼻に付くが、その情報は信用できそうである。

 

「わかった。その依頼受けよう」

 

1人で動く口実にもなるしな、と。その言葉は胸中にのみ吐かれた。

 

 

 

 

 

「なるほどな。確かにきな臭い話だ」

 

事のあらましをアリーヤが説明し終えると、マリアがそういった。

 

若干眉間に皺を寄せた彼女の端正な顔が、不意にアリーヤを見やる。

 

「貴方はこれからどうするんだ?私に話しにきたのだから、何か協力して欲しいことがあるのだろう?」

 

そのマリアの言葉に、アリーヤはマスクの下で若干破顔させると、言葉をもらす。

 

「貴公は鋭いな…。だが直接的な協力を求めるものではない。私とて、貴公ほどの女傑を軽々しく使うなど躊躇うさ」

 

あの悪夢では考えられなかった彼の態度に、マリアはその口元を緩ませた。

何かに追われていたようだった恩人(旧敵)が、ずいぶんと変わったものだ。

やはり世話になっているスマイリーの面々のおかげだろうか。

人形の存在には驚かされたが、師が作ったものなら何も言うまい。

いや複雑な気分ではあることは確かだが…。

 

「私を打ち破った貴方に言われると皮肉にも感じるがな。それで、何をすればいい?」

 

マリアの軽口に、一瞬その瞳が困ったような色を灯す。

だがすぐに取り繕うと、言葉を続けた。

 

「もし万が一の際は、"家族"達を守ってほしい。杞憂かもしれんが、私が離れているうちになにかあっては目も当てられないからな」

 

酷く優しげに彼はそう嘯く。

 

「あの少女達のことか。それぐらいなら問題ない。しかし貴方が家族とはな。理解はしたつもりだったが、あの時私と剣を交えた男とは思えない」

 

マリアの言葉に、彼は目を細めてどこかを見やる。

 

「化物に至った私を、家族だと言ってくれたからな。ならば私はそれに報いよう。私はこれから目撃者のクラン・ヘイティアの面々に詳しいことを聞きに行くつもりだ」

 

かつて見たこの男の瞳は淀んでいたが、今の目にそれは全く見られない。

ああ、存外"()()"も人であったということか。

 

「今の貴方はまるで父親のようだな」

 

そうか?と訊く彼に、マリアはそうだ、と返す。

 

そんな時、店の扉が開かれ2人の人影が入店してくる。

 

「ああ、いらっしゃい。好きな席に―――」

 

「―――アイリーン…?」

 

マリアが言い終わるよりも先に、アリーヤの口から声が漏れた。

驚きを孕んだような声色。

 

マリアと狩人(アリーヤ)の視線の先に居たのは、烏羽のような装束とペストマスクが目を引く人影であった。

その背後には特大剣を背にさした"()()()()"のような物体も目に入る。

 

「―――久しぶりじゃないか"()()()()()()()"。やはりここ最近の噂はあんただったかい」

 

狩人狩り、アイリーンの姿が、そこにはあった。

 




詰め込み過ぎた感もありますが、第二章、まるで傭兵のようだ編開幕です。

感想その他、本当にありがとうございます。

あと質問なのですが、この作品の用語や人物解説辞典みたいな章ってあったほうがいいですかね?
下書きは完成しているのですが、必要かどうか測りかねて投稿を見合わせていました。
ご意見いただければ幸いです。

0406追記

たくさんの感想ありがとうございます。
後程返信させていただきます。
私事で恐縮なのですが、これから繁忙期になるので更新ペースが落ちるかもしれません。
週2ぐらいで更新していきますので、よろしくお願いします。


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【Act-2-2】強者

同族は同族でケリを付ける。
狂った狩人も、穢れた血の一族も。
それは私のたどる結末であったかもしれないのだから。


「アイリーン…本当に貴公なのか…?」

 

「ああ、正真正銘、あんたに情けない所を見せちまったババアさ」

 

アリーヤは驚愕というよりも困惑しているようであった。

マリアはアイリーンと直接的な面識は無いが、その匂いと姿からひと目で狩人であることはわかる。

私達の他にもこちらの世界に誘われている狩人がいたのか…。

 

「貴公もこちらの世界に誘われたのか…」

 

「そうさ。千景の狩人にボコられた後、少し眠るだけだったはずなんだがね…。気がついたら知らない路地裏。いまから3ヶ月ほど前の事さ。それからこの世界の情報収集も兼ねて商隊の護衛なんぞしていたんだがね。コートと枯れた羽の帽子のルーキー(化物)が現れたって噂を聞いてまさかとは思ったが、本当にあんただったとはね」

 

アリーヤとアイリーンは近況の報告をしあう。

3ヶ月前…多少のズレはあれど、ほぼ同時期に狩人が3人同じ世界へと誘われる。

マリアはただの運命の悪戯とは思えなかった。

 

だがそれよりも…。

 

「貴女も狩人なのだな。私はマリア。同じ世界からこちらへきた狩人だ」

 

「マリア…?ああ、ゲールマンの言っていた愛弟子かい。本当に人形と同じ顔だねぇ。あの爺も変わりだねやっぱり」

 

「師が私の話を?そうか。いやそれよりもその後ろの"()()"は…?」

 

マリアの口から"騎士"という言葉がもれる。

視線の先にはタマネギのような白い重装備に身を包んだ甲冑姿。

 

狩人は鎧を着ない。

獣の膂力の前に、生半可な鎧なぞ紙切れ同然だからだ。

故に回避を主眼に置いたゲールマンのスタイルが狩人の系譜となったのだ。

 

だからその背後のタマネギには見覚えがあるわけもなし。

しかしこちらの世界の人間か?といわれると疑問が残る。

 

狩人にも負けず劣らずの"()()()()()()()"。

 

「ああ、こっちは…」

 

「ハッハッハ!まさかアイリーン以外にも狩人がいるとはな!であれば私の"()()"もきっといるだろう!挨拶が遅くなった。私はカタリナのジークマイヤー!貴公らと同じく別世界からの招待客だ!」

 

豪鬼な笑い声と共に"()()()()"が喋った。

マリアとアリーヤの2人は目を白黒させて、ジークマイヤーと名乗った騎士の姿を見つめる。

 

それに別世界からの招待客だと?ということはやはり、私達と同じくこの世界へと誘われた"()()()()()()"か。

 

「…私はアリーヤ。狩人だ」

 

「先も名乗ったがマリアだ」

 

「ふむ、アリーヤにマリアだな。彼の王にも負けず劣らずの素晴らしい"()()()"の持ち主のようだ。いやはや、この世界でもかの王に匹敵する強者に出会えるとは!」

 

ソウルという言葉にアリーヤとマリアは内心首を傾げる。

恐らくは血の遺志と同質の何かだろう。

 

「マイヤーとはこっちに着た直後に出会ってね。似たような身の上同士、一緒に行動していたのさ。中々の強者(つわもの)さね」

 

アイリーンの言葉になるほど…。とアリーヤとマリアは頷いた。

ならばますますこの"()()()"は偶然ではなさそうだ。

 

こちらの世界でしばらく過ごしてきたが、別世界から何かがやってくるなど聞いたことは無かった。

 

であれば、今回これだけ"イレギュラー"が揃っているということは異常というほか無いだろう。

 

「アイリーン。何故ここに?」

 

「さっきそこの市場で"狩人"がこの食堂に入っていったって話しを聞いてね。あんたの噂は今アリスライキを席巻しているし、なら確かめてみようかと思ったのさ」

 

 

なるほど…と呟きながらアリーヤは顎に手を当てる。

気がつけば店内には"イレギュラー"達以外、人影は無くなっていた。

 

「さて"月の香りの狩人"、改め今はアリーヤかい?あんたはこの世界でどうするつもりだい?それによるが、あたし達はあんたと協力していきたいと思ってる。同じ身の上さね、協力できるところはしたほうが効率がいい。そうだろ?マイヤー?」

 

「そのとおりだ!私もこっちで何を成すべきか難儀していたのでな!」

 

アリーヤは少し考える素振りを見せた後、口を開く。

 

「この世界に誘われた理由は未だ掴めていないが、何かがあるというのは確かだろう。とはいっても目下それの手がかりは無いに等しい。とりあえずは目先の"頼まれごと"をこなしていくつもりだ」

 

そういって彼は席に付き、これまでの経緯と先程の依頼内容の説明を始める。

マリアはとりあえずと彼らがついたテーブルに飲物を配膳した。

どのような身の上にしろ、今はラライラ婦人に雇われているマリアにとって、彼らは客に変わりなかった。

 

説明を一通り終えたアリーヤに対し、アイリーンとマイヤーはふむと息をついてから話し始める。

 

「であればあたしらも協力させてもらうとしよう。"世界の果て"と呼ばれる場所はあたしらがこちらに呼ばれた理由でもありそうだからね。マイヤー、それでいいかい?」

 

「無論だ。貴公ら狩人と行動をすれば私の目的も見つかりそうであるしな!一向に構わない」

 

「感謝する。アイリーン、それにマイヤー。貴公らが協力してくれるというのは率直に言ってとてもありがたいことだ。手練の仲間がいるというのはそれだけで手数が広がるからな」

 

「気にしなさんなアリーヤ。あんたには借りもあるしね。あとであんたの本拠にも顔を出させてもらうとしよう」

 

その後、"イレギュラー"達は軽い身の上話をした後、各々の目的へと動き出す。

アイリーンとマイヤーの2人は別のアプローチから情報を探ってみると、店を出ていった。

 

店内に残ったのはアリーヤとマリアの2人のみ。

 

「では私もそろそろ行くとしよう。マリア、貴公には改めて感謝を」

 

「気にするな。アイリーンの言葉を借りるようだが、私も貴方には借りがある」

 

アリーヤはマスクの下の口元を少し緩めた後、ではなといって店を後にした。

 

それは狩人、そして不死人の新たなる旅への第一歩でもあった。

 

 

 

アリスライキは非常に活気のある街である。

東の大陸、最大の帝国。

ヴィカーナ帝国の東の辺境に位置する都市であるが、世界の果て最前線という性質故

様々な人種、種族が集まる大都市だ。

 

人間のみならず、神族、亜人種、獣人など数多の種族がまだ見ぬ世界を求めてやってくる。

帝都統括の軍や管理局なども存在しているが、その治安維持には多くの自警団系クランが貢献していた。

 

ネイサンに言われ、アリーヤが訪れたこのクラン・ローゼンタールもその自警団系クランの一つである。

アリスライキの北側に位置するローゼンタールの本拠地は大きな洋館のような建物だった。

 

「大きいな…」

 

「そりゃあアリスライキ第4位の規模を誇るクランですからね」

 

アリーヤの口から溢れた独り言を、背後から誰かが拾った。

振り返ると、そこには茶髪の人が良さそうな好青年が1人。

 

「初めまして"狩人"。僕はアスカ・メビウス。ローゼンタールに所属しているC+の探索者です。以前牛頭から追われていた際あなたとルヴィリアスに助けられた者といえばわかるでしょうか」

 

目的の人物に早々に出会えた事に、アリーヤはマスクの下で少し表情を緩ませた。

ヤーナムでは散々な目にあい、幸薄を自覚していた彼であったが、今回ばかりはどうやら運が良いようだ。

 

「ああ、あの時の。アリーヤだ。あの後管理局からの事情聴取などで大変だっただろう」

 

「ええ、まあ。ですがあなたと直接会えてよかった。お礼を申したいと思っていましたので」

 

「それならルヴィリアスから既に受けたさ」

 

「それでもです。あの時はどうもありがとうございました。あなたがあの場に居合わせなかったら僕たちは全滅していた。それで今日はどうしてうちへ?」

 

アリーヤは軽く事情を説明する。

貴公らが目撃したという牛頭を先導していた男について詳しい話が聞きたいと。

 

「なるほど。では立ち話もなんですし、中へどうぞ。うちの主神さんに是非紹介させていただきたいのですがいま別の客人もの対応をされているので、ご了承ください」

 

「構わない。それよりも別の客人?」

 

「ええ、いまあなたと同じ事を聞きにBFFの方々がいらしているんですよ。でもまさかBFFの王女様までくるとは思いませんでしたけどね」

 

 

 

仕立ての良い調度品に彩られた応接室へとアリーヤは通された。

BFFの王女様、リリウム・ウォルコットだったか。

彼女についてはルヴィリアスから軽く話しを聞いていたので知らぬ存在でも無かった。

曰くBFFの箱入りお嬢様であり、天才だとか。

ルヴィリアスと同じく、帝国貴族の一家、ウォルコット家の秘蔵っ娘。

魔術を主に用いた中距離の前衛スタイルは、主の大魔術師との共同を意識したものだそうだ。

 

ネイサンの話ではBFFにも同様の依頼を出しているようなので、いずれ挨拶でもしておくかと思っていた存在だ。

 

「紅茶をどうぞ。先にも話しましたが、現在BFFの方々がいらして居ますので主神さんと団長のジェラルドさんは顔を出すことが叶いません。重ねてお詫びします」

 

「問題ないさ。それに私が話を聞きたかったのは当事者たる貴公であるからな」

 

アスカの出してくれた紅茶を口にしつつ、アリーヤはそう返す。

彼がここに来た目的はローゼンタールの主神に会うためでも団長に会うためでも無いので何も問題はない。

 

むしろもう目立ちすぎた彼にとって、これ以上余計に人目を集める行為は遠慮したい所である。

 

「感謝します。牛頭を先導していた存在についてでしたね?」

 

「ああ。なにか所感はあるか?」

 

「詳しいことはあまり…。我々は浅部と中部の境界域を探索している最中でした。そしたら突然咆哮とともに牛頭と奴が現れたんです。あれは2年前に行方不明になっていたパッチという人物だったかと。それと奴が零していた独り言を聞きました」

 

独り言?とアリーヤは訊き返す。

 

「ええ。『アイツの言う通りにしてれば探索者の死体から追い剥ぎできるたぁボロい商売だぜ…』って」

 

アイツ…。それが今回の一件の黒幕たる存在だろうか。

わかりきっていたことだが、パッチはやはり足の一つであるようだ。

 

「その後パッチがどうなったかわかるか?」

 

「逃げるのに必死だったので正確な事はわかりませんが、そのまま中部方面へ去っていったかと思います。奴はこの二年市街に顔を見せていませんでしたからね。世界の果て、それも中部に潜伏している可能性も高いと思います」

 

このアリスライキにおいて世界の果て、それも中部を探索できる人物は限られている。

魑魅魍魎が蠢く別世界なのでそれは当たり前のことなのだが、だがこの世界の基準において中部を探索できるのは中級探索者以上の実力を持つ者だと言うこと。

それをこの一ヶ月でアリーヤは理解している。

 

アスカの言う通りパッチが世界の果ての中部に潜伏しているのであれば、この世界においては相応以上の実力者である可能性もあるだろう。

 

「それと、逃げている途中。"()"の音が聞こえました。なんだ!?って思って振り返ると、パッチが古い鐘を鳴らしていて、その横には"()()()()"が現れていたんです」

 

「……なんだと?」

 

赤い人影。その単語にアリーヤの眉間が皺を寄せる。

鐘の音、赤い人影。身に覚えがありすぎた。

別世界から狩りの主を殺すために侵入してくる"()()()()()"

もしくは女王のために狩人を狩る穢れた血の一族達。

 

ヤーナムを巡っていた頃幾度も敵対し、殺し殺された彼らの事を思い出した。

"侵入者"達の実力はピンきりだが、中には世界を滅ぼすにたる実力を持っている侵入者も存在する。

 

アリーヤ自身がこの世界に存在する以上、あの狂った連中が侵入してくる可能性があるのを失念していた。

 

なおさらにアリーヤがこの一件で動く理由が見つかった瞬間である。

 

パッチという男。そしてその男が持っている"鐘"。侵入者。

どうやらこの一件はこちらの世界だけの問題ではないようである。

 

むしろその根幹には元の世界(悪夢)の存在が関与しているかもしれない。

 

「もしかしてご存知なのですか?あの赤い人影を」

 

「――少しな…。ありがとう。今回の一件、全力で動く理由が見つかった」

 

侵入者達が関与しているのであれば、家族達の安全を確約するためにもそれらを排除せねばならない。

だが"狩人"たるアリーヤにできるのはいつもどおりの探索のみである。

 

狩人は狩りと探索に秀でているが、諜報やらコミュニケーションやらには不慣れだ。

であれば狩人()にできるのはやはりフィールドワークだろう。

これまでもそうしてきた。いつもと同じ"探索"だ。

 

侵入者の存在をしった彼は、全身の血が妙に脈動するのを感じた。

 

 

 

 

リリウム・ウォルコットは現在ローゼンタール本拠の渡り廊下を歩いていた。

横には彼女より頭2つ分ほど高身長の青年が1人。

端正な顔立ちに加え、高貴さを感じさせる美青年。

 

"ノブリス・オブリージュ"。ジェラルド・ジェンドリンである。

リリウム・ウォルコットひいてはBFFの面々がここに訪れた理由は、

ローゼンタールへの協力要請と一ヶ月前の一件についての話を聞くため。

それにもう一つ。

 

わざわざBFFの王女とも呼ばれているリリウム本人が訪れた最たる理由。

それを話すためにお付きも連れずジェラルドと2人で歩いているのだ。

 

「リリウム・ウォルコット。それで、話とは?」

 

ジェラルドの口が開かれる。

先程ローゼンタールの主神も混ぜて近況の報告と協力の確約は行われた。

であればこのおとなしい娘が2人でお話できませんかなどややこしい事情があるに決まっている。

 

間違っても色恋沙汰の類ではないだろう。

はたから見れば美少女と美青年が2人、人気もない場所で逢引しているようにも思えるが、

彼女達はそれ以前にアリスライキ屈指の実力者達である。

 

「はい、ジェラルド様。ローゼンタールの探索者達が"狩人"に助けられた件についてお話を伺いたいのです」

 

「それは、あの"初老"の命か?」

 

「はい。王大人の意向です。大人は"狩人"について懸念を抱いて居ます。いまの治安を乱すイレギュラーになるのではないかと。BFFの総意としては"狩人"については静観する事になりましたが、大人は"狩人"の調査も命じられました」

 

ジェラルドは苦虫を噛んだような表情を作る。

あの狸爺のことだ。和を乱す要因になるかもしれん"狩人"へ懸念を抱くのは当たり前のことだが

自らは動かずうら若き少女に任せるとは。

いかにもあの性悪がやりそうなことではある。

 

そもローゼンタールに属するジェラルドにとって、"狩人"は自らの部下達を救ってくれた恩人だ。

ともすれば"排除"の意志を見せる可能性すらある王大人に彼の情報を売るような事はしたくない。

まあそもそも彼についての情報は、ほとんど無いにも等しいのだが。

 

「牛頭から追われていた所を、"狩人"とスマイリーのルヴィリアス嬢に助けられたとしか聞いていない」

 

「"狩人"の身の上についてのお話などは掴んでおられませんか?」

 

「我々も彼の事を調べなかったといえば嘘になる。だが掴んだ情報と言えばスマイリーに所属する新規探索者だということと、名前、それに異常な戦闘能力や異能を有するということだけだ」

 

ジェラルドの言ったとおり、ローゼンタールとしてもあの一件の後

"狩人"についての調査は行った。

 

だがわかったこととといえば『その異常な戦闘能力』『武具を一瞬で召喚する異能』『"ジュウ"と呼ばれる正体不明の飛び道具』

"狩人"の過去やここに来た経緯などは一切不明。唯一わかった経緯といえば、神族メイ・スマイリーが突然連れてきたということ位だ。

並の組織とは比較にならない諜報力を有しているローゼンタールを持ってしてこれである。

恐らくはBFFも同じような情報しか掴めなかったが故、静観という方針をとったのだろう。

誰でもグリフィンの尾を踏む可能性もあるリスクは背負いたくないということだ。

 

王大人は危惧しているようだが。

 

「当事者の方々からは何も?」

 

「助けられたとしか。ルヴィリアス嬢へは礼をしたそうだが、"狩人"本人とは会えなかったそうだ」

 

リリウム本人としても"狩人"へ興味があった。

それは強者たる彼女をして、自らが成し得なかった未到達領域の開拓という偉業を短期間で行った存在

ということもあるが、それ以上に先日の"蒼い騎士"との関連性を疑っていたからだ。

 

一瞬の邂逅ではあったが、あの騎士の強さは異常だった。

ウィンDの実力とその強さをリリウムはその身で理解している。

 

その"ブラス・メイデン"を討つ寸前まで追い詰めた騎士。

事実リリウムが間に合わなければ、ウィンDはあの騎士によって殺されていただろう。

 

タイミングが良すぎるのだ。

あの騎士の出現にしても、世界の果ての異常にしても、"狩人"にしても。

 

リリウムは無自覚であったが、主たる初老の命よりも彼女自身の好奇心が"狩人"についての情報を求めていた。

 

生まれて16年。短い時間ではあるが、リリウムは自分よりも強い存在をほとんど知らない。

戦闘狂とは違うが、明らかな強者へ興味が湧くのは当然の帰結であった。

 

―――不意に渡り廊下の先から靴音が響く。

思考を巡らせていた意識を音へと切り替える。

 

陽光の影、建物内より人影が現れた。

黒衣のコート。枯れた羽の帽子。腰に下げた"ジュウ"と異様なノコギリのようなもの。

 

彼女達の話題の主、"狩人"の姿であった。




クラン・ヘイティアをクラン・ローゼンタールに変更しました。

こちらのがなにかとやりやすかったので。

感想その他本当にありがとうございます。
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【Act-2-3】上位者はズレている

自身の別の末路。
狂った狩人。
いや、一般人から見れば私もズレているのか。


彼女、リリウム・ウォルコットは我が目を疑った。

BFFからローゼンタールへ協力を仰ぎに、また主からの勅命を全うするためにこの場へとやってきた彼女だったが、

"狩人"がこの場にいる報告は受けていない!

何故ここに彼がいるのか。

しばし逡巡する。何か目的があってのことか?それはそうだ。

理由もなく彼がこの場にいるとは思えないし、そもそもローゼンタールの面々が招き入れるとは考えにくい。

 

彼女の思考の最中、―――不意に"狩人"が口を開いた。

 

「…リリウム・ウォルコットか?」

 

唐突な問いかけに、リリウムの思考は一時停止させられた。

横目でジェラルドを流し見ても、彼自身も困惑しているようであった。

どうやら"狩人"がココにいることはジェラルド自身も把握していなかったことらしい。

 

「…人違いだったか?失礼した」

 

リリウム達が困惑と驚愕で口を噤んでしまっていた様子を見て、"狩人"はどうやら思い違いだったかと判断したらしい。

そのまま言葉を切って正門へと歩みを進める彼をみて、ようやくリリウムは口を開くことができた。

 

「いえ…私はリリウム・ウォルコットです。"狩人"様…でいらっしゃいますよね?どうしてこちらに?」

 

リリウムの問いかけに、"狩人"はその歩みを止め視線を彼女たちへと向けた。

マスクで表情は隠されていて一切読めない。

唯一見える瞳も、ただ"宇宙色"の闇が広がるばかりであり、ジェラルドとリリウムの2人は言いようのない不安感に襲われた。

感情が読めない。なんの色も映っていない瞳。

百戦錬磨といって差し支えのない2人を持ってしても、その異様さが背筋を撫でた。

 

「ああ、合っていたか。正解だ。"狩人"…今はアリーヤという名前を頂戴している。何故ここにいるかか」

 

しばしの逡巡の後、彼は言葉を紡ぐ。

 

「その前に横にいる青年は何方だろうか。申し訳ないが"田舎"の出身でね。この街についての造詣はほとんど持ち合わせていないのだ」

 

その問にリリウムが答える前に、ジェラルド自身が声を上げる。

 

「ジェラルド・ジェンドリンだ。ローゼンタールを率いている。"狩人"、以前君には団員が世話になった。遅れたが、礼を言わせてもらいたい」

 

ジェラルドの言葉を受けた"狩人"の瞳に若干の色が灯った。

あまりにも感情に欠ける色だったが、それでも2人を襲っていた言いようのない不安感は薄れていった。

 

「気にすることはない。たまたま居合わせただけだ。それで何故私がここにいるかだったな。恐らくはそちらと同じだ、リリウム・ウォルコット。私は管理局から"世界の果て"で起きている異常についての調査を依頼された。故に以前助けたそちら(ローゼン)の探索者たちに、詳しい事情を訪れた次第だ」

 

表情を伺うことは叶わず、その瞳からも先程以上の変化は感じられない。

だがそれでも、不思議な事にリリウムは彼が嘘を付いているとは思えなかった。

 

「一先ずは友軍扱いということだな。リリウム・ウォルコット。ジェラルド・ジェンドリン。貴公らとは今後協同する機会もあるだろう。その際はよろしく頼む」

 

そう言って、異邦のモノと思われる一礼を彼は行う。

帝都の貴族たるリリウムもジェラルドもその礼式に見覚えはない。

帝都で式典や遊宴で異国の使者と関わる機会の多かった2人だが、その今までの経験からも彼の異様さと類似する国家や団体を2人は思い浮かべることはできなかった。

 

明らかにこの大陸の者ではない。

そして、こうして実際に対面してリリウムは気づいただが、彼からは"月の香り"が漂っていた。

その匂いは人間のモノにあらず。その匂いは神族特有のモノ。

 

人間ではない?神族の一柱なのか?

 

「こちらこそよろしくお願い致します。"狩人"、いえアリーヤ様。リリウム達としても貴方様との協同は思いもよらぬ吉報です」

 

「ああ、リリウムの言う通りだ。今回の一件には君は関知しないものだと勝手に思っていたよ」

 

ジェラルドの言葉に、初めて"狩人"がフッと小さく"笑った"。

それに少し、リリウムは驚く。

 

神族の中には永い時を過ごしたことによって感情の起伏が著しく無くなった者も存在しているということを、リリウムは知っていた。

だから"匂い"も含めて彼をそういった神族だとアタリを付けていたのだが、今の笑みはまるで"人間のようではないか"。

 

"人形"などと揶揄されるリリウム自身であるからこそ、その笑みに驚きの感情を抱かずには居られなかった。

 

「新参者の私に、随分と関心があるのだな貴公らは」

 

「それはそうだろう。たった一ヶ月で未開拓領域到達を達成し、A-ランクまで至った"狩人"。いまアリスライキで君に関心を持たぬ探索者なぞいないさ」

 

そうか。と彼は呟き、再び最初の雰囲気へと戻る。

掴みどころがない。何もかもを失った神族かと思えば、人間にも思える感情を灯す。

メイ・スマイリーが突如見出したと巷で噂される"狩人"。

素性は一切不明であったが、リリウムはより一層この男への懐疑心と好奇心が強まっていた。

 

何者なのだろうか。

短くはない期間、探索者として過ごしていてかつそれなり以上の立場にいる2人の元には数多の情報が入ってくる。

特に強者や頭角を表し始めた組織の情報などは優先して入ってくる。

だが、その2人の立場を持ってしても、この"狩人"の情報は殆ど掴めていない。

 

"まるで突然現れた"ようなこの男に対する強い好奇心を、リリウムは抱いていた。

それは"人形"と揶揄される少女に灯った、珍しい感情。

 

「それではそろそろ失礼しよう。リリウム・ウォルコット、ジェラルド・ジェンドリン」

 

「リリウム、で構いませんアリーヤ様。またお会いできるのを楽しみにしております」

 

「私もジェラルドで構わない。重ねて礼を言おうアリーヤ」

 

「承知した。ではな、ジェラルド、リリウム」

 

彼はコートをはためかせながら歩みを再開した。

漆黒の衣服が陽光の陰へと溶け込むように消えていき、石畳を叩く靴音のみが辺りへと響いていた。

 

「……リリウム。どう思う?あの男」

 

しばしの後、ジェラルドが口を開く。

 

「そうですね…端的に申し上げるならば、"人間"には見えませんでした」

 

リリウムのその言葉に、ジェラルドが目を細める。

 

「確かに。あれは間違っても人間では無いだろう。だがかといって神族であるとも言い難い」

 

「…今は行動を起こさず、静観するべきでしょうか?」

 

「それは私達の考えることでもないだろう。どうせ頭にカビの生えた老人共が決める」

 

アリスライキの昼下がりはそうして過ぎていく。

"狩人"を知らぬ彼らにとって、上位者との初邂逅は言いようの無い不安感を残すものとなった。

 

 

 

 

 

アリーヤがローゼンタールの本拠地を訪問した後日。

現在時間は早朝。日課であるルヴィリアスとルイスとの訓練も終わり、アリーヤは一時の休息を過ごしていた。

人形の入れてくれた紅茶を口に運ぶ。

中庭に隣接されたテラスで、スマイリーの面々は朝食を摂っていた。

 

人形が調理した目玉焼きをパンに乗せ、口に運んでいたルヴィリアスが不意に口を開く。

 

「そう言えば、昨日はあの後どうしていたのよ?あの性格悪そうな管理局の職員が帰ったあと、あんた帰ってこなかったでしょ?」

 

あんた(アリーヤ)は昨日の出来事を逡巡する。

ローゼンタール本拠地でリリウムとジェラルドと邂逅した後、世界の果てへと痕跡の捜索に赴いていた。

さしたる成果は得られなかったが、一つだけ見つかったものがある。

それは"車輪で引き裂かれた"ような探索者の亡骸を4体ほど発見したことだ。

アリーヤはその痕跡に、嫌というほど見覚えがあった。

 

ローゲリウスの車輪による殺傷痕と、その死体の痕跡は酷似していたのだ。

 

 

 

ローゲリウスの車輪

 

かつて殉教者ローゲリウスが率いた処刑隊の武器

 

カインハーストの穢れた血族を叩き潰し

夥しいかれらの血に濡れ、いまやその怨念を色濃く纏っている

 

車輪仕掛けの起動により、怨念を解放すれば

その素晴らしい本性が露わになるに違いない

 

 

 

あの"悪夢"で幾度か見えた処刑隊の狩人や、協力者、敵対者が振るっていた異形の武器。

アスカの話と照らし合わせると、まず間違いなく"別世界からの侵入者"がこの世界にいるという事だろう。

それもアリーヤと同郷の狩人である可能性が高い。

 

だがこの話はルヴィリアスたちにはするべきではないだろう。

余計な不安を煽る事になるやもしれないし、なによりこちらの"悪夢"の残骸に巻き込むわけにはいかないだろう。

 

自分(別世界の狩人)の不始末は、自らでケリをつける。

 

「ああ、ネイサンから依頼を受けてな。それの調査を行っていた。一段落してマリアの店で夕食を摂っていたら夜も耽っていてな」

 

嘘は言わず、だが本当のこともぼかして伝える。

探索者達の亡骸からドッグタグを回収し、管理局へと引き渡した後

マリアの勤めている食堂で報告も兼ねて食事を摂った。

 

その後一度夢へと帰還し死者たちからアイテムの補充を行ったあと、朝誰にもバレないように本拠地へと帰ってきたのだ。

 

狩人と戦う可能性が高い現状、装備のメンテナンスは怠りたくない。

負ける気などは毛頭ないが、いまこの身はスマイリー所属の探索者である。

護るべき者があると言うのは、アリーヤにとってはじめてのことであった。

 

故に今まで行ってきたトライアンドエラー(死んでもいつか倒す)は行えない。

この世界での死亡経験が無いので断言はできないが、上位者としての権能も含め、恐らくは再び"悪夢であった"事になるだけだろう。

 

だが自らが死んでいる間に"家族"に何かがあれば目も当てられない。

夢を見る狩人は死なない(死ねない)が、その場で即時復活はできないのだから。

 

「依頼って最近の異常現象の調査でしょ?メイ様から聞いたわ」

 

「あはは~。まあ話しても問題ないところしか話してないよ?本当だよ?」

 

アリーヤのジト目を、メイは苦笑いしながら受け流す。

 

「でも凄いですねアリーヤさん。管理局から直々に依頼が来るなんて、それこそ最上位の探索者だけですよ!」

 

ルイスは嬉しそうにそう話す。

そうなのか?と視線をルヴィリアスへと向けると、彼女は口を拭いてから説明を始める。

 

「管理局は探索者への依頼の斡旋を行っている。これは知っているわよね?でもそれは基本様々な所からの依頼を管理して探索者たちに"クエスト"として発注してるだけなのよ。管理局自体からの依頼は、殆どがリスクの高い内容よ。そんなの一般の探索者には任せられないでしょ?だから管理局が選抜した上級探索者達にだけ発注しているの」

 

「なるほど。信頼されているといえば聞こえはいいが、管理局にとって私は体のいい捨て駒が見つかったということだろうな」

 

「あんたねぇ…」

 

ルヴィリアスが眉間に皺を寄せ、額に手を当てる。

 

はて、何か彼女の気分を害する事を言ってしまったのだろうか?

 

「アハハハ…。それでアリーヤくんは今日どうするつもりなんだい?やっぱり調査?」

 

「ああ。とりあえずマリアの所に寄ってから世界の果てに向かうつもりだ」

 

「……まあいいわ。ネイサンって管理局の職員は"スマイリー"に依頼をしたんでしょ?じゃあ私達も手伝うわ、ね?ルイス?」

 

そのルヴィリアスの言葉を聞いて、アリーヤは思わず口に運ぼうとしていた紅茶を止める。

その瞳には若干の困惑が浮かんでいた。

 

「まて。それはダメだ。何が起きるかわからないし危険すぎるそれに…」

 

「はいはい聞かないわよ。あんただけが食い扶持を稼いでくるっていうのは癪だもの」

 

「僕もルヴィリアスさんと同じです。お手伝いさせてくださいアリーヤさん」

 

アリーヤが否定の言葉を口にする前に2人が言葉を挟む。

ダメだ!それはダメだ!

 

「まあまあアリーヤくん。2人も君に鍛えられてその力の出しどころに悩んでいるのさ」

 

メイまでも…。アリーヤはカップを置いて少しうなだれた。

 

さてどうする。現状"鐘"の音が響いたという所、更には異常事象が起きているのは世界の果てに限定されている。

市街での調査に限定するのであれば、リスクは低いか…。どのみち下手に否定をしすぎても彼女達の懐疑心を煽るだけになる。

 

「……仕方ない。ただし、世界の果てへ赴くのは異常解明まで控えてくれ。いまのあそこは"何が起きるかわからない"」

 

「ハァ!?探索者に探索するなっていうの!?そんなの…」

 

「ルヴィリアスさん。アリーヤさんがココまで言うんだ、僕たちじゃ下手に危険を振りまくだけになるかもしれないですよ。気持ちはわかりますが抑えましょう…」

 

ルイスがそう言ってくれたお陰で、食い下がってきたルヴィリアスも渋々その口をつむぐ。

内心で彼に感謝しつつ、アリーヤは言葉を続けた。

 

「私以上に"ヤバいやつ"が裏にいる可能性もあるんだ。解ってくれルヴィリアス」

 

「…ハァ。わかったわよ。市街での聞き込みだけに限定してあげる」

 

彼が取り戻した朝の団欒。

アリスライキの市街は喧騒を奏で始めていた。




最近時間がないのでルビの編集は後日させてください…。
あまり納得の言っていない文になってしまいましたが、多分まとめて後で編集させていただきます。
説明会みたいになってしまった。
すまねえ…一気に忙しくなって時間が取れなくなってしまいました。

次話は戦闘描写もマシマシにできそうです。

メイ・スマイリー脳内キャラ画 
【挿絵表示】


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【Act2-4】警鐘

この世界にクソッタレの上位者以外の神がいるのならば、どうか一人の少女を護り給え。


「はぁ。とは言っても市街で手に入る情報なんてたかがしれてるわよねぇ…」

 

ルヴィリアスは昼下がりの市街を歩いていた。

アリーヤに世界の果てに行くなと釘を刺されてしまった以上、市街での情報収集ぐらいしかやることもないのだが、

それの雲行きもよろしくない。

 

かといって手伝うといってしまった以上、何もしないというのは彼女自身の性格が許さなかった。

 

「まあそう言わずに。地道にやっていくしかないですよ。アリーヤさんがああいうってことは、今の世界の果てはかなりデンジャラスなんでしょうし」

 

そういってルヴィリアスの横を歩くルイスが苦笑した。

 

その後知り合いの探索者や市民数人に聞き込みを行ったが、進捗は芳しくなかった。

 

「また空振りか…アリーヤが鐘の音がどうのって言ってたけど本当なのかしら?」

 

「アハハ…鐘の音の発生時期、世界の果ての異常、探索者の死亡率の増加の時期が重なってますからねぇ。もしかしたら鐘の音を聞いた人は全員死んでるのかも」

 

「縁起でもないことを言わないでよ…」

 

ルヴィリアスの顔がげっそりとする。

確かに、冗談であってもだいぶ不謹慎なことを言ってしまったか。

 

2人は街を歩いていく。

馴染みの錬金術店、探索者の集会場、婦人方の噂話など様々な所に顔を出して話を聞き続けるが、めぼしい情報は一切なかった。

それらをなせば、自然と時刻は夕暮れ時となる。

 

げっそりしつつ聞き込みを続ける2人であったが、それは唐突に終わりを迎える。

 

「ルヴィリアス!?来てくれ!!」

 

2人がその声に反応し、そちらをみやると全身に傷を負った壮年の男の姿があった。

肩から血を流し続け、いたるところに擦り傷ができている。

 

「ドロシー!?どうしたのよその怪我!?」

 

2人が慌てて男へと駆け寄る。

市街は突然現れた傷だらけの男が原因で、騒然としていた。

 

「見たこともない鎧を身に着けた騎士に襲われた!世界の果てにクランの連中と探索に出ていたんだ!!ありゃあヤバイ!!」

 

「騎士?一度落ち着きなさい。何があったの?」

 

しばしの間を置き、冷静さを少し取り戻した男が話し始める。

 

クランメンバーと共に世界の果てへ探索へでていたこと。

浅部と中部周辺へ向かったこと。

そこで"鐘”の音が聞こえたこと。

直後、何か世界へ”異物が侵入してくる”ような感覚に襲われたこと。

様子がおかしいので戻ろうとしたタイミングで、黒い騎士に襲われたこと。

 

それらを、喋りながら情報整理するかの用に、途切れ途切れになりながらも彼は話した。

 

「鐘の音…?それに黒い騎士って…ルイス」

 

「ああ。間違いなくあの一件と無関係じゃないと思います」

 

ルヴィリアスは息も絶え絶えだった男に治癒魔術を施しながら、思考していた。

 

「すまないルヴィリアス…それでまだ仲間たちが黒い騎士とやりあっているんだ!!頼む!一緒にきてくれ!」

 

男は一息ついた後に、そう叫んだ。

どうする?仮にアリーヤの言っていた件と因果関係があるとすれば、私程度ではどうあがいても勝てない。

ならば他の探索者やアリーヤに事情を説明して、救出隊を編成するか?

いや、おそらくそれでは時間がかかりすぎる。

それまでに襲われている連中のほうが全滅する可能性のほうが高いだろう。

であれば見捨てる?…論外だ。

 

どのみち、私にできることはそう多くない。であれば

 

「…わかった」

 

「え?ちょっ!ルヴィリアス!?本気なのですか!?アリーヤに報告して一緒に来てもらうほうが」

 

「それじゃどう考えても間に合わないわ!私はドロシーと共に世界の果てへと向かう。ルイス、あんたはアリーヤを探して状況を伝えて!!」

 

そうだ。

彼に遠く及ばないこの私の技量でも、

叶わない可能性が高い事柄でも、

何もせずに、何もできずにじっとするなんて私らしくないだろう?ルヴィリアス・レイア。

 

私は世界の果てへと駆け出す。

 

「えっ!?ああっ!待てって!!ルヴィリアス!!」

 

あとに残されたのは、困惑を隠せないルイスと、市街の喧騒ばかりであった。

 

 

 

「紅茶で良いか?」

 

時は少し遡る。

夕暮れ時の少し前、アリーヤはスマイリーの本拠地で人と会っていた。

その人物というのは時計塔のマリア、その人である。

 

「ああ、気を使わなくて構わないよ。そもそも茶の淹れ方なんて、覚えているのか?」

 

彼らは一度殺し合った仲である。

それがこうして平和に茶を囲もうとしているのは、2人にとっても自嘲からの笑いが溢れそうであった。

 

「”思い出した”。いや、覚えたよ。人形やルヴィリアス達と接していくうちにね」

 

2人は応接室のソファーに座り、紅茶へと手を伸ばす。

熱い赤色の液体から立ち上る、湯気と鼻腔にとどく芳醇な香りが、

2人の心を僅かなりとも温める気がした。

 

「それで、君はこれからどういう風に動くんだい?」

 

「とりあえずは情報収集をするつもりだ」

 

紅茶を啜りながら今後予定している展望をマリアへと話していく。

まずは市街での情報収集。

すでにローゼンタールやBFFの面々が行っているであろうから空振りに終わる可能性が高いが、これはルヴィリアスとルイスに任せてある。

次点で中部付近で待機。

異変が起これば即座に行動を起こせるようにするためだ。

それに異世界からの侵入者が相手であれば狩人である彼が餌の役割もできるかもしれない。

全部が全部そうだとは言えないが、異世界からの侵入者は結果よりも過程を楽しんでいるものが多い。

より強いものと戦いたい。パーティを組んでいるものたちを邪魔したい。

その結果として色々と手に入れば御の字、という侵入者も一定以上存在しているのだ。

 

とはいえこのような稚拙なことしか思い浮かばない自分にアリーヤは苦笑する。

こんなもの策でもなんでもないただのゴリ押しに近い。

 

ヤーナムでは戦術の組み立てはしょっちゅう行っていたが、戦略なぞ組んだこともない。

いや、世界を高速でめぐるのを喜びとしている狩人たちはそういった戦略なども構築していたのだろうが、あいにくとアリーヤにはその経験はなかった。

そも狩人は獣を狩るもの。獣を狩るための戦術を練りはすれど、長期的な戦略なぞ用いない。

 

「…それは策と言えるのかい?」

 

マリアが苦笑しながら問いかける。

やはり彼女も同じことを感じていたようだった。

 

「…まあ言えないな。だが実際私にそういった策を考えるノウハウは蓄積されていない。だからさ。やれることをやれるようにやるまでだ」

 

ますますマリアの苦笑が強くなる。

だがマリアとてこの手の戦略を考える立場に身を置いたことはない。

彼女の師であれば何かいい方法を思いつくかもしれないが、ないものねだりをしても仕方がないだろう。

 

二人が空気を入れ替えようと紅茶に手を伸ばしたとき、本拠地の扉が勢い良く開かれた。

 

「アリーヤさん!!ルヴィリアス…ルヴィリアスがッ?!」

 

二人の視線が声の方へとむけば、額に玉の汗を浮ばせ焦り切ったルイスが応接室に転がり込んできた所だった。

 

 

 

 

二人の男は全力で地を駆けていた。

狩人であるアリーヤの脚力は常人を遥かに超えている。

一切の息切れもスピードの低下も起こさないそれは端的に言って異常だ。

だがその疾走に遅れることなく追従しているものがいる。

それは先日加入したばかりのルーキー、ルイスだった。

流石に息切れは起こしているものの、一切遅れを取ることない。

 

ルイスの報告を聞いたアリーヤの脳裏にはあの神父の娘の声が反芻していた。

そしてあのリボンを握りしめた感覚も。

あのときは救えなかった。もし自分が直接送り届けていたら?そんなifが頭を過る。

だから今回は同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。

家族を、娘のような存在を、絶対に死なせてなるものかと。

 

世界の果ての関所も猛スピードで通過し、守衛の男がなにやら喚いているのがドップラー現象となって聞こえた。

 

二人は奔る。

浅部を間もなく抜けると言ったところで、こちらへと向かってくる人影に二人が気がつく。

全身に大怪我を覆った探索者のパーティだ。

中部へと続く教会からやっとの思いで這い出してきている。

 

家族を心配する狩人は彼らに問いかける。

 

「ルヴィリアスを見なかったか…!?」

 

「ル、ルヴィリアスさんなら私たちを逃がすために殿に…!!この先です!」

 

傷ついた者のうちが指差した瞬間、狩人と少年は駆け出す。

目にも止まらる速度で走って行く彼らを見て探索者のパーティは呆気に取られるしかなかった。

 

駆ける、駆ける。

あの美しい金髪はまだ視界に映らない。

もしかするとすでに…最悪の事態が脳裏を過る。

 

―――その時、不意に二人の耳に鐘の音が聞こえた。

 

急停止するアリーヤとルイス。

鐘の音とともに体に奔る『世界を切り裂いて何かが侵入してくる』感覚。

そして二人の視線の先では赤黒い何かが地面から生えるようにゆっくりと出現している。

血の色を彷彿とさせるその赤は紛れもなく人型をしていた。

右手には大きな車輪を。左手には連装式の短銃を。

そしてその瞳には明確な殺意と喜びを浮かべていた。

 

『敵対者 ヤハグルの人攫い■■■■ やってきました』

 

 

ルイス・カーチスは恐怖した。

目の前の存在に。目の前の殺意に。目の前の喜色に。

そして本能的に理解する。

―――この赤い存在は間違い無くとてつもない化け物だと。

 

恐怖で体が強張る。視線すら動かすことができない。

体が震えることすら許されない。

 

まるで体が生きることを既に諦めてしまっているかのような感覚。

いや、実際にそうなのかもしれない。

目の前の赤い存在から発せられる喜びを孕んだ殺意。

その殺意があまりにも大きく、そして研ぎ澄まされていたから。

 

赤い存在がゆらりと、陽炎のように揺れる。

楽しみで仕方がないとばかりに左手の銃を回転させている。

殺したくてたまらないとばかりに大きな車輪を構えている。

 

「ルイス」

 

誰かの声が聞こえる気がする。

だが恐怖に支配された脳では誰の声であったのかすら認識できない。

内容すら理解できない。

 

「ルイス・カーチスッ!!」

アリーヤの出した大声により、ルイスの体を支配していた緊張と恐怖が解き放たれる。

忘れていた呼吸を再開し、それにえづいて胃酸を少し吐き出した。

 

「ルイス、先に向かえ。ルヴィリアスはまだ必ず生きている。生きているんだ。だから急げ。此奴は私が引き受ける」

 

そのアリーヤの声色に、普段感じられる飄々としたものは一切含まれていなかった。

ルイスは人の感情に機敏だからこそ察する。

―――この赤い存在はアリーヤと同列がそれ以上なのだと。

 

理性では自分がいてもなんの意味もなさないことを理解している。

むしろ邪魔になることも。

だがそれで自分が離れた結果彼が死んでしまったら?

 

「ルイス・カーチス!早くいけ!小娘を、家族を救え!!」

 

絶叫にも近い声を彼が上げる。

その声の御蔭でルイスの思考を鈍らせていた迷いが払拭された。

少年は緊張と恐怖でこわばった表情をしながらも、しっかりとそれに応えた。

 

「はい!!!」

 

ルイスは地面を駆け出す。

必然的に赤霊の横を過ぎて行く形になるが、その敵対者は少年のことを面白そうに見るだけだった。

 

二人の狩人が、ようやく邪魔者がいなくなったとばかりに各々得物を構える。

 

一人は大型の車輪のようなもの、ローゲリウスの車輪を。

一人は美しいレリーフが彫り込まれた直剣と大型の鞘、ルドウィークの聖剣を。

 

刹那の後―――対人戦の火蓋が切って落とされた。




めっちゃ久々ですねぇ…。
ゴブリンスレイヤー見たらファンタジー熱がグツグツと再び燃え上がりました。

最近はクトゥルフ神話TRPGの7版シナリオしか文章作ってなかったから苦戦した…。

ブラボの感覚思い出すためにプレイしなきゃ。


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