2度目の命は2人の為に (魔王タピオカ)
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人物・設定紹介

 


 《原作との差異》

 

 ・レベルアップ

 

 元々の原作での描写が少ないので独自解釈、オリジナル設定マシマシ。

 ステータスはSTR(筋力)AGI(敏捷)VIT(体力)INT(知識)DEX(器用)LUK()の6つの項目から成り立つ。初期のポイントとして24ポイント、レベルが上がると基本6ポイント、レベルが10、20、35、50、60になるとボーナスとして12ポイントを与えられ、プレイヤーは自分の戦闘スタイルに合わせたステ振りをする事になる。

 STRは攻撃力に影響するステータスであり、大体の武器にはSTRとDEXによる前提数値があり、それを満たせなければ装備出来なくなる為、全部のプレイヤーが嫌でもポイントを振り分けねばならないステータスである。

 AGIは移動速度に影響するステータスで、これが低いと移動も儘ならなくなり、死に直結する。突進系ソードスキルの速度や剣を振る速度にも補正が掛かる為、ステ振りの優先順位は高い。

 VITは体力の総量に関わるステータスで、ゲームオーバー=死のSAOでポイントを振らないプレイヤーは殆ど居ない。VITを上げれば僅かではあるが、攻撃力に補正が掛かる為優先順位は最優先に成り得るステータス。

 INTはスキルのリロード速度やスキルの成功率、アイテムのショートカット登録数に関わるステータスだ。これにポイントを全く振らず、他のステータスに振るプレイヤーも居る程に注目されにくいステータスではある。が、SAOではアイテムをアイテムストレージから直接実体化させるやり方が主流だが、ウィンドウを操作せずともアイテムを使えるショートカット機能の登録数を増やせる事や、スキルのリロード操作短縮も馬鹿に出来ないので中々に重要。

 DEXはSTRと同じく、武器の装備条件になる事が多い。ダガーやカタナなどの筋力より繊細さが求められる武器に補正が掛かり、更に【投擲】の精密さが上昇する。エンチャント系アイテムの効果時間はDEXとINTの合算であり、DEXさINTのどちらかが低いとアイテムの効果時間は落ちてしまう。

 LUKは攻撃がクリティカルになる確率、アイテムドロップの確率を上げる。更に【鍛冶】や【合成】スキルの成功率を上げるなど、戦闘よりも生産職で輝くステータス。しかし、戦えなければ死が近付くSAOでは軽視される傾向がある。

 

 レベルアップのやり方は経験値を貯め、任意のタイミングで可能。レベルアップしても体力が回復するなどの特典は無いので基本は安全圏で行う。1ポイントでも無駄にすれば凄まじい損を被るので、殆どの人は安全圏内のマイホームや宿でゆっくり考える。

 ステータスの振り直しは準ユニークアイテムである【ソウルの器】でしか出来ず、基本は不可能と考えて良い。これを保有しているのは【血盟騎士団】で、ギルドホームに安置されている。

 

 

 

 

 

 ・【OWM】

 

 正式な名称は【オリジナルウェポン・メイク】。その名の通り、このシステムを使用可能な鍛冶士(スミス)オリジナルの武器を造る事が出来るというもの。使える者は数少ない。理由としては才能に依る要素が多いというものと、設計の時点で労力が通常の武器の何倍も掛かるという点である。

 しかし、凄まじく面倒な設計と要求されるレアも含む素材を集めた結果であるオリジナル武器はユニークウェポンと遜色の無い性能を誇るものもあり、シュユの持つ【千景】もその中の1つである。

 

 

 

 

 

 

 

 ・VR適性について

 

 VR適性というのは完全(フル)ダイブ型のVRゲームに於ける仮想の身体(アバター)を動かす際に発達する目に見えない器官である【仮想脳】がどれだけ発達するか、という可能性を適性値で表した数値の事。

 上からS、A、B、C、D、Eとなっているが、理論的な最低値はF。Fの適性を持つ人物は『完全ダイブ不適合(ノン・コンフォーミング)』、通称『NFC』と呼ばれる。そもそもNFCの人間が、完全ダイブ型VRゲームにログインしたとしても重大な障害を抱えてしまう為、基本的に現在SAOにログインし、かつ生存しているプレイヤーの中には適性値がFをマークしている人物は居ない。

 適性が高過ぎる程のプレイヤーが心の底から感情を出す様な事があると、脳が無意識に仮想世界を書き替えようとしてしまい周囲の空間や本人にチートと同じ様な現象が作用する事が有る。後述する【ゼロモーション・シフト】がそれに当たる。しかし、これはSAOを司る根幹のAIである『カーディナル・システム』が改変を現実と誤認識してしまう為に罰則は何も課されない。が、仮想脳は当然、現実の脳にも多大な負荷が掛かる為に常人がやれば廃人になる可能性が有る。

 

 

 

 

 

 

 ・《特殊技能》について

 

 今回説明する《特殊技能》というのは先程名前だけ出した【ゼロモーション・シフト】を始めとするVR適性の差により可能不可能が変わる技能の事だ。

 現在確認されている《特殊技能》は2つで、まずは【ゼロモーション・シフト】。そして現在はシュユのみが可能な【ゼロモーション・ソードスキル】である。しかし、前者と比べて後者は負担が大きく、滅多に使われる事は無い。

 この2つに限らず、VR適性の高さにより可能な特殊技能には凄まじい負荷が伴う。空気抵抗や地面との摩擦、慣性や重力を無視しての移動や攻撃にアバターがダメージフィードバックとして肉体的な負担を伝えてくるのに加え、更に脳にも演算の負荷が掛かる。普段の行動の演算ならば『カーディナル』が請け負ってくれているのだが、特殊技能に関しては裏技、つまりカーディナルの助力は得られない。故に全ての演算を請け負うのは自分であり、そのせいで負荷が大きくなっているのだ。

 因みに、今現在で特殊技能を自分の意思で確実に発動できるのはシュユのみである。

 

 

 

 

 

 ・スキル

 

 スキルは【スキル枠増加】のスキルを取らなければ5から減らず、増える事も無い。スキル枠増加の派生は5まで有り、最大のスキル保持数は10枠。因みに、スキル枠増加はスキル枠を消費しない。

 スキルの入れ替えは可能だが、入れ替えた場合スキルの経験値はリセットされしまい、スキルレベルは0に戻ってしまう。だが、シュユ、ユウキ、シノン、アスナ、キリトが所持する【スキルレベル保存瓶】が有ればスキルレベルのリセットは防げる。しかし、取得方法と最大所持個数は秘匿されており、入手の方法は謎に包まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《キャラ紹介》

 

 

 

 ・シュユ

 

 本名(リアルネーム) 秋崎 悠

 仮想名(アバターネーム) シュユ

 

 年齢 14歳(原作開始時)

 

 キャラ構成(ビルド) 高機動型万能手(オールラウンダー)

 

 ポイント振り分け (〔〕内は【葬送の刃】補正込み)

 

 レベル64 (獲得ポイント 198 )

 

 STR:45 〔85〕

 

 AGI:60+10  〔100〕

 

 VIT:1

 

 INT:28 〔68〕

 

 DEX:58 〔98〕

 

 LUK:7

 

 

 保有スキル スキル枠:10

 

 【片手剣】

 【カタナ】

 【格闘】

 【投擲】

 【槍】

 【歩法】

 【効果時間延長】

 【気配察知】

 【アイテム強化】

 【隠蔽(ハイディング)

 

 特殊枠

 

 【スキル枠増加Ⅰ】

 【スキル枠増加Ⅱ】

 【スキル枠増加Ⅲ】

 【スキル枠増加Ⅳ】

 【スキル枠増加Ⅴ】

 【武器枠増加Ⅰ】

 【武器枠増加Ⅱ】

 

 EXスキル

 

 【リゲイン】

 【狩人の高揚(ハンターズ・ハイ)

 【????】

 

 

 ・スキル説明

 

 【片手剣】

 

 片手剣のソードスキルが使用できるようになる。熟練度の高さに応じて威力に上方補正。

 

 【カタナ】

 

 カタナのソードスキルが使用できるようになる。後は片手剣と同じ。

 

 【格闘】

 

 格闘のソードスキルが使用できるようになり、更に素手の攻撃に補正が掛かる。

 

 【投擲】

 

 投擲のソードスキルが使用可能。物を投げる際にターゲットロックのオンオフが出来るようになる。

 

 【槍】

 

 片手剣やカタナの効果が槍に変わっただけで内容は同じ。

 

 【歩法】

 

 【歩法】のソードスキルが解放。走行時の加速と最高速とAGIに補正が掛かる。

 

 【効果時間延長】

 

 アイテムやバフの効果時間が延びる。

 

 【気配察知】

 

 およそ半径10メートル程度の範囲の気配を察知できる。熟練度上昇で察知の正確さが上がる。

 

 【アイテム強化】

 

 アイテムの回復量や威力、射程が上がる。が、効果時間は延びない。

 

 【隠蔽】

 

 隠蔽率(ハイディング・レート)が可視化され、隠蔽率を上げれば景色に溶け込んで隠れる事が可能。【気配察知】と対を成すスキル。

 

 【リゲイン】

 

 攻撃を喰らった際、ダメージを喰らった分一定時間の間回復可能な体力バーを残せるスキル。攻撃を当て続ければダメージ分を回復して取り戻す事が可能だが、時間経過か再び攻撃を喰らうと取り返せなくなる。再び攻撃を喰らった場合、体力が減るがその減った分だけリゲイン可能になる。連続攻撃と威力が大きい一撃とは相性が悪い。

 

 【狩人の高揚】

 

 シュユの感情がある一定値を超えた場合に発動。白いオーラが立ち上ぼり、バフが掛かる。現実の身体では脳内麻薬の大量分泌が起こり、少しの間ならばどれだけ負担を掛けようとも戦闘を続行できるようになる。効果が切れると負担もフィードバックし、戦闘は困難になる。

 

 

 

 

 人物紹介

 

 ・秋崎 悠(現実)

 

 転生者ではあるのだが、SAOに関する全ての記憶を剥奪された為に一切この世界に関する知識を持たない。与えられたメリットとデメリットは3つずつ。メリットは『現実世界で関わった登場人物の救済』、『リアルラックの向上及びユニークウェポンの獲得』、『VR適性S以上』。デメリットは【感情の制限】、【原作の改変】、【原作知識の剥奪】である。メリットとデメリットが釣り合ってないのは飽くまで彼の転生は神の娯楽の為に成されたものだから。

 長身で細身だが筋肉質で、華奢な印象はあまり受けない。切れ長の三白眼で強烈な髪の癖をバンダナで後ろに流して固定している為、怖そうな印象を持たれやすい。外見はまるっきり【戦場のヴァルキュリア4】のラズ。

 成績は学年上位。得意教科は数学で苦手教科は美術。強面で無愛想に見られるが、実際は友達付き合いは悪くなく、クラスメイトには好かれている。優先順位は全てに於いて木綿季と詩乃が優先で、他は二の次。だがそれは周囲に知られており、そこも含めて受け入れられている。好きな食べ物は辛い物で、苦手な食べ物はハーブを初めとした癖が強い物。料理や洗濯などの家事は何でも御座れ、お菓子も作れたりする。全ては2人の為に。

 

 

 

 

 ・シュユ(仮想世界)

 

 SAO内での悠の姿。攻略組に入っており、その実力は折り紙つき。戦法はアイテムの消費を惜しまずに使い、自慢の機動力で戦場を駆け回りながら弱点や破壊可能な部位に攻撃を叩き込む事がメイン。SAO内で唯一と言われるVITに一切ポイントを振っていない紙耐久で、ネームドの攻撃を喰らうだけで致命傷に成り得る程の脆さを持つ。が、リゲインや回避特化の立ち回りから被弾は少ない。

 デスゲーム化して間もない頃にイベントクエスト報酬でユニークウェポン【葬送の刃】を入手しており、武器枠に常に入れておき補正を利用している。片手剣形態で武器枠に入れればDEXとINTに、大鎌形態で武器枠に入れればSTRとAGIに+40というブッ壊れた数値の補正が掛かる為、使い分けている。裏を返せば、葬送の刃をロストすればかなり弱体化してしまう。

 全プレイヤーの中で最初にゼロモーション・シフトを使用し、最も多用しているであろう人物。しかし、多用し過ぎたが故に脳に負担が掛かり過ぎたせいでSAO開始前後の記憶が消えかけている。既にクラスメイトの事は殆ど忘れており、悪化する危険性もある。

 プレイヤーの強さランキングでは攻略組として知られるプレイヤーの中で一番低い6位(1位からヒースクリフ>キリト>ユウキ>アスナ=シノン)なのだが、それは飽くまで【デュエル】に限った話であり、地形などの使える物を全て使う戦いではヒースクリフを超え得る。




 投稿が遅れてしまい、申し訳ないです。


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1章 Second childhood
0話 2度目の命


 宣言通り、SAOになります。


 彼の人生はつまらないものだった。何不自由ない家庭に産まれ、それなりの成績にそれなりの顔、それなりの運動神経にそれなりの趣味。なにもかもが『平均』であって何の変哲の無い人間だった。

 そんな彼は就職し、それなりの収入を貰いながら生活していた。ボロくも新しくもないアパートに帰り、明日も同じ日常を繰り返すのだろう。そう思いながら彼は眠る。

 

 

 

 

 

 

 「よぉ、つまらない人間」

 

 そんな中で、変な夢を見たと彼は思った。二次創作で良く言われる真っ白な空間に彼は居たからだ。ただ、テレビと仕事机が置かれていた事が変に生活感があると感じたが。

 

 「お前の人生、ほんとに何の面白味も無い。だからこの神たるオレが、面白くしてやるよ」

 

 彼は否定もしなければ肯定もしなかった。確かに面白味は無い人生だが、彼にとっては歴とした自分の人生なのだ。それを否定すれば親を悪く言う事になる。此処まで自分を育て上げてくれた親を否定するのは、やはり我慢ならなかったのだ。

 だが面白くしてやる、という言葉には興味をそそられる。俗に言う『異世界転生』だろうか。夢の中なのは残念だが、アニメや小説の世界に生まれ変われるのなら生まれ変わりたいと思う。

 しかし彼は疑問を感じる。何故自分なのか、と。何も生まれ変わらせる事が出来るなら、もっとイケメンだったり面白く人生が送れそうな人を選べば良いではないか。

 

 「そういう人間は死んだら誰か迷惑するだろ?そうなっと埋め合わせが面倒だ。だから死んで哀しまれるけど、誰も困らないヤツが適任だ。それがお前って訳さ。つー訳で、転生先と特典と()()()()()()()()()()()

 

 最初の言い草では自分は死んでも悲しまれないかと思ったが、実際は哀しまれるらしい。死んでも誰にも哀しまれないのは流石にクるものがあったので、少し安堵する。

 が、彼は最後の言葉に疑問を覚えた。『異世界転生』では基本的に特典にメリットはあるが、デメリットを負わされる事は殆ど無いからだ。と言うより、勝手に転生させるのにデメリットを背負わせるとは何事だ、と彼は怒る。

 

 「あ?そういうのはオレ達(神々)のミスで転生させる時だけだ。オレのはただの娯楽だし、無双系は見飽きたんだよ。...っと、どっちも3つか。中々ツイてねーなぁ、お前。世界も決まったし、メリットデメリットも決まった。と、言う訳で新たな生、頑張って生きてオレを楽しませろよ!」

 

 急に視界が暗転し、意識が沈む。恐らく転生するのだろう。メリットもデメリットも判らないが、あの何の人生の山も谷も無い人生よりは少なくともマシだろう。そう思った彼は落ち着いてゆっくりと目を閉じた。

 だが、神が投げていたダーツ――某ゴチになります系番組で良く見る、回るタイプのダーツ板に矢が刺さっていた場所の名前だけは見えた。その名前は――

 

   『ソードアート・オンライン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全く、貴方はまた人の人生を引っ掻き回すのですか?」

 「お?何だお前か、天使が何の用だ?」

 「反省の色無し、ですか。前にも少年の人生を狂わせたでしょう、貴方は。初めは龍、次は姉弟3人、1つ前は家族。...まぁ、やってしまったのなら仕方が有りません。私も此処で観させて貰います」

 「はぁ!?何でだよ!」

 「貴方がこれ以上横槍を入れないか監視する為ですよ」

 「.....チッ、わあったよ。観念してやらぁ」

 「それで良いのです」

 

 人間の上位種(神と天使)は椅子に座り、テレビを見る。彼等からすれば線香花火の時間にも等しい人の一生、それを見て、ただ楽しむ為だけに....




 皆さん、お久し振りです()
 昨日小説を完結させた熱のまま、朝に投稿しました。本作のSAOの開発者は茅場なのは間違い無いのですが、何ともまぁゲーム難度はフロムですから、かなり難しいですよ。原作キャラ死亡はさせないつもりですが、どうなることやら...
 それは置いておきまして、本作を宜しくお願いします!


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1話 幼馴染み

 序盤は短いです。原作入るまでに1話辺り2000字を越える事はそうそう無いと思います。


 「悠、早く早くー!」

 「待って、そんなに急ぐと――」

 「いてっ。アイタタタ...」

 「ほら、転んじゃった。大丈夫?」

 「うん!悠が居るから大丈夫!」

 「ありがと。じゃあゆっくり行こう。お母さん達、置いてってるしね」

 

 『彼』の名前は秋崎(しゅうざき)(ゆう)、転生者だ。そして悠と手を繋ぎ、満面の笑みを浮かべている子供は紺野木綿季(ゆうき)、幼馴染みだ。

 元々の『彼』はSAOシリーズの事を知っていた。となれば、ヒロインである彼女の事を知っているハズだが、そんな様子は見せず、子供らしからぬ落ち着きで彼女を抑えていた。何故なら彼はS()A()O()()()()()()()()()()()()()()からだ。それは神が与えたデメリットの1つ、『原作知識の消失』だ。

 

 「木綿季、何をしようか」

 「んっとね....ボク、砂のお城作りたい!」

 「分かった。じゃあ頑張ろうか」

 

 悠は両親からバケツとスコップを貰い、砂の城の作成を始める。そうは言っても基本的には木綿季の手伝いやアドバイスに徹し、自分から気付いて手を出す事は有っても主導は木綿季だ。常に木綿季が楽しむ事を第一に考えている。

 木綿季は本来天涯孤独の身である。姉は新生児の頃に服用した血液製剤の血液提供者が後天性免疫不全症候群、通称AIDSに感染していた。つまり、AIDSを伝染(うつ)された事により死亡、両親もそれより先に同じ病により死んでしまった。()()()()別の血液製剤を使用した木綿季はAIDSに感染する事は無く、唯一生き残った。施設に預けようともしたが、元々紺野一家と交流のあった秋崎一家は「娘も欲しかった所だ」と喜んで木綿季を受け入れた、という訳だ。

 実際の実態はそんな奇跡と偶然の産物ではなく、娯楽に餓えた神の仕組んだ()()()。彼が神から与えられたメリットの1つ、【現実世界で関わったヒロインの救済】である。文字通り、彼が現実で関わった(細かく言えば互いの名前を認識し、友人以上の関係を持った)ヒロインは強制力が働き、彼女達の命に危険を及ぼす、或いは命を奪うトラブルを回避出来る。ただ、周囲の人間にそのメリットは及ばないらしいが。

 

 「できたー!」

 「やったね、木綿季!...結構時間も経ったし、お母さんも呼んでるし、帰ろっか」

 「えー?まだ遊びたいよ...」

 「明日も来られるし、何よりそろそろ入学だよ。幼稚園みたいにはいかないんだし、我慢しようね」

 「むー....悠が言うなら、我慢する...」

 「うん、そうしよう。じゃあ帰ろっか。お母さんの晩御飯も待ってるし、ね?」

 「うん!」

 

 砂の城を壊して砂場を片付けようとした悠だったが、視線を感じてふと右を見る。木綿季は悠の手を見詰めて、今にも泣きそうな顔でいる。そんな彼女を見て、壊すという考えを敢行する程悠は頑固でもなければ鬼畜でもない。壊そうとした手を引っ込め、木綿季と手を繋いで家路に着くのだった...



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2話 小学校

 原作に入るまでは大体解説みたいなもんです。会話文はおまけみたいな感じですね。


 時間は飛んで小学校に入学し、3年が経った。特に木綿季と悠の関係に変わりは無く、木綿季が危なっかしく悠を引っ張り、それを悠がアシストしつつ進む。そんな感じだ。ただ変わった事を上げるのなら、悠の無表情さに磨きが掛かった、という所だろうか。木綿季と共に居る時は満面、とまでは行かずとも表情は判るくらいに変化するのだが、居ない時は基本的に無表情だ。いや、実際はただ興味が無いだけで、現に家が近いクラスメイトと過ごしている時は木綿季が居なくともしっかり表情は変わっている。

 これも神から与えられたデメリット、『感情の制限』である。これは簡単に言えば関係を持った主人公とヒロイン達にしか感情の昂りの閾値を超えないという事だ。つまり、現時点で過ごしていてハイテンションになるのは木綿季だけであり、他のクラスメイトと過ごしている時は楽しいと言えば楽しいのだが、感情が振り切れて何かをやらかす、という所までははしゃげないのだ。

 

 「ねぇ木綿季ちゃん、一緒に帰ろ!」

 「なぁ木綿季、一緒に帰ろーぜ!」

 「うん、良いよ!悠も帰るでしょ?」

 「勿論」

 

 良く悠がつるむ男子3人グループと、木綿季がつるむ女子3人グループが同時に話し掛ける。別に、皆が悠をハブっている訳ではない。木綿季と悠ほど付き合いは長くないが、彼等と数年付き合った上で導きだした誘い方がこうなのだ。

 基本的な行動原理が1に木綿季、2に木綿季、3、4も木綿季で5にやっと自分、な悠は基本的に悠個人を誘っても断る訳ではないが、決まって――

 

 「木綿季に聴いてくれ。オレは木綿季と帰るから」

 

 と言う。聴いただけだとストーカー寸前の妄想にも聴こえるが、彼は木綿季が彼を拒んだり予定が合わない、と言えば個人的に仲の良い男子グループに行ったりする。ただ、木綿季は大体悠と一緒に居る為、こういう結論に落ち着くのだ。

 つまり、悠を誘って木綿季に聴け、と言われて木綿季に聴いて帰るという二度手間を省く方法がこれだ。

 

 「今日の授業どうだったー?」

 「オレら、何も聴いてなかったんだけど、どうしよ!?」

 「ウチらは見せないからね」

 「え!?じゃあ...木綿季、見せて!」

 「.....ごめん、ボクも寝ちゃった」

 「ウソだろぉ!?じゃあ悠、見せて!」

 「自業自得だろ?しっかり家で復習を――」

 「悠.....お願い、見せて!」

 「よし、今からコピー取ってくる」

 「.......チョロいね、悠くん」

 「「「「「.......うん」」」」」

 

 よっぽど駄目な事を頼んできたなら厳しくする悠だが、基本は木綿季には甘い。飴と鞭の比率で言えば9:1ほどだ。故に、悠に何かを頼みたければ木綿季を攻略すればほぼ確実に悠は引き受ける。

 実は、こんな場面でも彼のデメリットが影響を及ぼしている。最後のデメリットは『原作の改変』だ。一見メリットにも思えるこの能力の恐ろしい事は原作に於ける未来はどんな事でも彼が介入すれば変わってしまう事だ。鉛筆が落ちるか落ちないか、程度の小さな事かもしれない。だが、現に木綿季は()()()()()()()()

 原作での彼女は小学校に入学した時はAIDSの発症を抑える薬を服用しながら学校に通い、授業は模範的な態度で受け、成績も常にトップという優等生そのものだ。だが、ひょんな事からHIVキャリアである事が露見し、生徒や教師から無理解と差別から来るイジメに遭い、AIDSを発症してしまった。が、今の木綿季は居眠りもすればお喋りもするが、成績は取る(これは悠が教えているからだ)という注意をしたくともしにくいという生徒になっている。

 今までは良い方向だけに傾いている。だが、これだけは言っておこう。この特典はあくまで()()()()()()()()と。

 

 「ねぇ、勉強会しない?」

 「おー、良いねぇマキちゃん!悠、ボク達の家は大丈夫かな?」

 「大丈夫、父さんと母さんは仕事だし、空いてる。オヤツも有ったと思うし」

 「よっしゃ、じゃあ悠と木綿季ンチ集合な!」

 「「「「「「「おー!!」」」」」」」

 「....それ、木綿季は言わなくて良くないか?」

 「もー!ノリだよ悠!ノ・リ!はい、悠もやる!」

 「そ、そう...?じゃあ....おー!!」

 

 そんな事を全く知らない彼等は、輝かしい幼少の時代を満喫する様だ。羨ましい限りである。



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3話 強盗事件

 「郵便局か~、結構久し振りに来るね!」

 「銀行とか郵便局は大体母さんが行くからな。今回は偶々だし、ちゃちゃっと払い込み済ませて買い食いでもしよう」

 「お、悠も中々分かってきましたな?」

 「ハハ、木綿季のお陰だな」

 

 今日は母親の仕事の都合が悪くなり、払い込みに行けなくなってしまったので2人でお使いだ。とは言っても、悠は原作の知識と自分に関する記憶が無いだけで、大学までの勉強や社会人に必要な事は覚えているので苦戦する事は無い。

 

 「じゃあお願いします」

 「はい、少々お待ち下さい」

 

 局員に必要な書類を預け、手続きが終わるまで席で待つ。後は局員に呼ばれるまで待ち、終われば郵便局から出て帰るだけ――の、筈だった。

 

 「テメェら動くんじゃねぇぞ!!オラ、さっさと金出せ!!」

 

 無骨に黒光りする物体――銃を持ち、中に入ってきたのは強盗3人。何処で手に入れたのかは悠には皆目検討が付かないが、少なくとも強盗に手を染めた時点でロクな理由ではないだろう。

 

 「.....木綿季、大人しくしていよう。大丈夫、危なくなったら助ける」

 「.....悠が言うなら大丈夫だね」

 

 さっき悠が書類を預けた女性局員が、とにかく撃たれたくない一心で強盗が用意したバッグに金を詰め込んでいる。それもそうだ。そもそも銃なんて代物に関わりは無い人生を歩んできただろう彼女に、銃を目の前に突き付けられた状態で強盗に抵抗しろなどと言えるものか。

 周りを見渡せばそれなりに人が居る事に気付く。しかも、悠達と同年齢くらいの少女も居る。

 

 「よーし、そんなんで良い。後は人質だな。....お前だな、ガキ」

 「ッ!?」

 

 人質として選ばれたのはよりにもよって木綿季だった。確かに、悠は小学生とは言え力が強くなる5年生、もう1人の少女は木綿季と比べれば入り口から遠い。時間との勝負でもある強盗からすれば入り口に近い木綿季を選ぶのは至極当然の事だった。

 驚きの中に信頼と、少しの怯えが混じり合った眼で見られる。そんな眼で見られてしまっては、悠が動かない理由は無い。彼は幼少の頃に決めたのだ。太陽よりも眩しく、何よりも暖かい笑みを浮かべるこの少女の為に、自分はこの2度目の命を使おうと。

 そんな彼女が強盗に襲われ、もしも殺されてしまったのなら?それを一瞬思っただけで吐き気を催し、そんな事はさせないと奮起する。

 

 「チッ、このクソガキが!!」

 

 木綿季が暴れたのか、と思って木綿季の方向を見るが、暴れてはいない。まさか、と少女の方向を見れば強盗の1人と揉み合い、拳銃を奪い取っていた。これなら好都合、そう感じた彼は駆け出して勢いを付け、銃を奪われた強盗の腰を飛び蹴りで打つ。小学生とは言え40㎏近くある体重に加えて加速による衝撃の増加。その威力を思い切り腰に叩き込めば、幾ら大の大人とは言え戦闘不能には出来る。

 

 「キミ、その銃貸して!」

 「でも――」

 「良いから早く!!」

 「...分かった」

 

 此処で、2人目の男が悠に襲い掛かる。愚直に殴り掛かってくる事は無かったものの、自らが持つ有効打である銃を乱射してくる。

 このまま行けば少女まで弾丸が当たってしまう。そう感じた悠は、悪いとは思ったが思い切り手を引っ張り、抱き抱えてから椅子の陰に飛び込む。そのせいで押し倒した様な格好になってしまうが、今は照れている場合ではない。

 撃ち尽くし、リロードに入ると悠は背もたれを飛び越え、右手に持っているグリップで額を殴る。金属から伝わる鈍い衝撃が男の脳を揺さぶり、脳震盪を起こした男は立っていられずに崩れ落ちた。

 

 「おっと動くなよぉ?さっさとその銃を捨てろ。じゃねぇと――」

 

 3人目のリーダー格の男が木綿季のこめかみに銃口を当てる。幾ら転生者の悠とは言え、瞬間移動やら空間跳躍などのトンデモ能力は持っていない。故に、引き金を引けば木綿季の人生は此処まで、The Endだ。それだけは避けたい悠は、ある一縷の望みを託して椅子の後ろに銃を捨てた。足元でも良かった男は予想外に遠い場所に捨てた事に喜び、笑う。

 

 「そうだ、それで良い。安心しな、このガキは終わったらしっかり返してやる」

 

 愉悦に満ちた言葉を垂れる男。だからこそ気付かなかった。男を狙う、たった1つの銃口に。

 ガァンッ!!と雷管(運動会で使うピストル)の様な音が響く。と共に彼は走る。ジリッ、と後ろから前に右頬に鋭く熱い感覚が走るが、無視して男の元へと辿り着く。当たらなかったにしろ予想外の銃声で一瞬フリーズした男。そんな男に、無慈悲な金的が突き刺さる。まずは飛び蹴りで1度、着地してから思い切り下から、つまり玉を潰す様にもう1度だ。

 男が玉を潰される時は片方だけで気絶、両方同時に潰されれば余りの痛みにショック死するとすら言われる。それほどに凄まじい痛みを2度立て続けに、しかも正確に叩き込まれた男は泡を吹いて倒れた。その際、木綿季が下敷きにならない様にしっかり抱き抱える事も忘れないのが悠である。

 

 「悠、その傷!」

 「え?」

 

 木綿季に指摘され、此処で初めて右頬に触れる。と同時に鋭い痛み、触った右手を見れば真っ赤だ。椅子の方向を見れば、拳銃を握る少女が顔を真っ青にして悠を見ている。

 あぁ、そういう事ね。そう悠が認識すると同時に緊張の糸がプツンと切れ、悠は気を失った。自分の名前を呼ぶ少女に「大丈夫だよ」と言いながら。




 うわ、スッゴい痛そう。書いてて少しゾワッとしました。


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4話 家族

 こんな連投は序盤だけです。


 「.......何処だ、ココ」

 「起きた!良かった...悠....!」

 「木綿季?...あぁ、病院ね」

 

 どれぐらい寝ていたのかは悠には分からないが、自分に掛けられている布団に顔を押し付けて泣いている木綿季にナースコールを押してくれ、と頼むのも忍びない。彼は自分で枕元に手を伸ばし、ボタンを押した。

 

 「は~い、お呼びですか?」

 「...母さん?」

 「見ない間に怪我しちゃって、母さん悲しいわ...」

 「不可抗力だし、仕方無い。で、この傷は残る?」

 「...うん、残っちゃうわ。薄くだけど、抉られた跡みたいに残る」

 「そうか、まぁ良い」

 「いや、軽くない!?」

 「いつの間に復活したし」

 「聴いたらビックリだよ!傷が残るんだよ、それでも良いの!?」

 

 悠は少しだけ考える。実際、悠の顔はイケメンかと聴かれれば答えるのに少し戸惑い、ブサイクではないというのが事実。派手に残る訳でもないし、木綿季を守った証にもなるという事で彼は普通に――むしろ喜んで受け入れていた。

 

 「別に木綿季を守った証みたいなもんだしな。ほら、良く言うだろ。傷は男の勲章って」

 「悠...それは擦り傷とかであって、銃創は違うと思うの」

 「変わんない変わんない。質問は終わったから、母さんは仕事に戻って」

 「息子の優しさが沁みるわ....」

 

 母親――秋崎桜は息子直々に仕事に戻れ、と言われたので仕方無く仕事に戻っていった。勘違いされがちだが、これでも悠は母親に感謝している。ただ、無表情かつ言葉に感情が乗っていない様に聴こえるからおざなりな対応に見えるだけで、本当は心配してくれている母親に感謝している。

 そして直ぐ、3回ドアがノックされる。この病室に居るのは悠だけで、廊下に出ていないから判らないが表札は悠の名前になっている筈だ。誰が来たのかは不明だが、彼は「どうぞ」と口にする。

 

 「....キミは確か――」

 「....あの時以来ですね。本当にすみませんでした、守ってくれたのに、怪我をさせてしまって」

 「別に、大した怪我じゃない。オレの名前は秋崎悠、キミは?」

 「詩乃。朝田(あさだ)詩乃(しの)、宜しくお願いします」

 「この横に居るのは紺野木綿季って言うんだ。宜しくな、詩乃。あと、敬語は要らない」

 「ボクはついでなのかな、悠?」

 「うん、取り敢えず静かにしててくれ。で、どうして此処に?」

 「怪我させた事を、会えなくなる前に謝りたくて」

 「会えなくなる?どうして...って、オレ達初対面じゃん。引っ越しでもするのか?」

 「...そんな感じ。施設に引き取られる」

 

 彼女の話を要約しよう。彼女の母親は夫、つまり詩乃の父親が交通事故で他界したショックで幼児退行してしまった。詩乃はその介護をしながら生活していたが、今回の強盗事件で母親は()()()()()()()を集めている施設に引き取られる事になった。それにより生活が出来なくなった詩乃は両親の古い知り合いである人が施設長を務める施設に引き取られる事となったのである。

 

 「施設に、か。なぁ詩乃、此処で暮らしたいって思うか?」

 「まぁ、それは思うわ。でも、もうツテもそれしか無いし、どうしようもないでしょ」

 「....気に入らねーな、そういうの。という訳で父さん、良いかな?」

 「話は聴かせて貰ったぞ、母さんと一緒にな!」

 「静かにして下さいね、(くぬぎ)さん」

 

 引き戸を開けて現れたのはガタイの良い、暑苦しいおじさん。この人が悠の実父にして木綿季の養父、秋崎椚だ。

 

 「詩乃ちゃん、いや詩乃!」

 「は、はい?」

 「秋崎家(ウチ)の子になれ!」

 「は、はぁ.....えぇ!?」

 「施設など、言っては悪いが子供が行くべき所ではない!君さえ良ければ、家族にならんか?」

 「でも、お母さんや悠くん、木綿季さんは...」

 「ボクは良いよ!同じくらいの妹が出来た感じだし!」

 「椚さんのトンデモ行動には慣れましたし、家族が増えるのはウェルカムですよ」

 「オレは...うん、良いよ。不思議とキミには素直に感情を出せそうだ」

 「悠が!?椚さん!」

 「あぁ、今日は赤飯だ!」

 

 と、悠が感情を出せそうなのは詩乃が原作のヒロインなのだからだ。しかし、それを知らずに息子が本当に心を開ける家族が出来た事を喜ぶ両親を尻目に、悠は言った。

 

 「変にこの怪我の負い目を感じてるなら、オレの言う事を聴いて欲しい」

 「...何でもするわ。言って」

 「オレ達の家族になれ。はい、これで後腐れなし、スッキリだ」

 「.....普通なら、もっと怒ると思うけど」

 「オレは普通じゃないからな。じゃ、これから宜しく、詩乃」

 「えぇ、宜しくね、皆」

 

 桜と椚と木綿季に囲まれ、楽しそうな詩乃を見て悠は一言だけ呟いた。

 

 「女子が何でもするって言っちゃ駄目だろ...」



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5話 暴走と擦れ違い

 「ずっと好きでした、悠くん。その、私と付き合って下さい!」

 

 また時間は飛んで中学校の放課後、珍しく悠は木綿季と詩乃ではない女子と行動を共にしていた。名前はレイナ、小学校に入学してからずっとつるんでいる男女グループの1人だ。

 そんな彼女に、悠は告白されていた。そしてとても驚いていた。悠は感情が制限されてはいるが、人の感情を察する事が出来ない訳ではなく、勿論レイナからそれなりの好意を受けている事は分かっていた。しかし、彼はその好意をあくまで『友人』としての好意であるとしか思っておらず、まさか『恋人』としての好意に変わっているとは、全く思っていなかったのである。

 彼女の外見のレベルは決して低くない。それどころか、かなり整っておりファンクラブとは行かずとも彼女を狙っている男子も少なくはなかった。彼が普通の、一部を除いた人間に好意を抱ける人間なら二つ返事で快諾しただろう。だが、彼の返事は――

 

 「...ゴメン、オレはキミと付き合えない」

 

 NOだった。それもそうだ。恋愛感情もデメリットの範囲内、例えレイナがどれだけ悠の事を好いたとしても、彼が彼女に抱ける感情は友情止まりだ。そんな状態で付き合ったとして、起きるのは小さな擦れ違いだけだろう。

 キスをしても何をしても、ときめいたりドキドキするのはレイナだけ。悠はドキドキもしなければ興奮もしない。そんな小さな擦れ違いが起きた結果に有るのは不満の爆発だ。そしてレイナの心に深い傷を刻むだろう。そう、これは優しさすら制限されてしまった悠の精一杯、()()()心配した彼の結論なのだ。

 しかし、それで納得出来るのなら告白などしないだろう。潔いサッパリとした気質の彼女がココまで粘る事が珍しく、彼は罪悪感を感じていた。

 

 「――やっぱり、木綿季なの?」

 「は?」

 

 ココでの「やっぱり」というのは悠が好意を抱いている人物を聴く言葉なのだろう。流石の悠でもそれは理解できる。しかし、予想外の言葉に彼は疑問符を浮かべ、実際に口にしてしまった。

 

 「じゃあ詩乃?...付き合った年月で言うなら木綿季だけど、()()()()()()()()()悠くんの事は大好きなんだよ?()()()()、木綿季にも負けないくらい大好き。それでも、ダメなの?」

 「.....あぁ」

 「どうして?せめて、理由を聴かせて欲しいの」

 

 悠は悩んだ。彼女の為だと言う事も考えた。しかし、それではレイナに責任を被せている事になる。それは悠が断る理由を正直に答えるよりも深く傷付ける事となる。そう思った悠は断る理由をぼかしつつ答える。自分を悪者にしても、友達を傷付けたくはないのだ。

 

 「オレはキミを恋愛対象として見られないんだ。友達としてしか見られない。悪いけど、オレはキミとは付き合えない」

 「...ハッキリ言ってくれてありがと。そういう所が好きだったんだよ、悠くん。時間取らせてゴメンね、じゃ、明日からは友達。良いね?」

 「...あぁ、また明日」

 

 目の端に涙を浮かべ、小走りで去る彼女を追おうかと一瞬考える。しかし、彼女にはしっかり気持ちを整理する時間が必要だ。そこに自分が行った所で解決はしないし、むしろ与えるのは悪影響だけだろう。そういう結論に至った悠は敢えて追わずに、時間をずらして帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―翌日―

 

 

 

 「このクラスの秋崎ってヤツ、顔貸せよ」

 「ねぇ悠、あの人達知り合い?私は知らないけど」

 「ボクも知らないなぁ。誰?」

 「オレも知らん。まぁ良いだろ、ちょっと行ってくる」

 「気を付けて、悠。良からぬ感じがするし」

 「ん、警戒はしておく」

 

 廊下に出れば、普通の人ならたじろぐくらいの男子生徒が居た。が、別に怖くはない(強盗事件の時と比べれば、だが)ので普通に後へ着いていく。

 到着したのは体育館と校舎の間、窓からは死角になって見えない上に先生も滅多に通らない、何とも良からぬ輩が目を付けそうな場所。ソコで男子生徒に囲まれ、視界がむさ苦しい感じになる。怖くはないが、何とも詩乃と木綿季が恋しくなってしまう。

 

 「で、何の用ですか、先輩方?同級生も居るみたいですが」

 「アァ?決まってんだろオイ、なんでよぉ――」

 

 癖っ毛の先輩が放った言葉は、滅多に驚かない彼を呆けさせるには充分な衝撃を伴って放たれた。

 

 「――レイナちゃんを振ったんだよ」

 「.....はぁ?」

 「まぁ振ったのは100歩譲ってやらぁ。だけどなぁ、何で泣いてるレイナちゃんを追っ掛けなかったんだって聴いてんだよコラァ!」

 

 流石の悠でもカチンと来た。激怒までは行かないが、多少苛つく程度には問題ない。彼女の気持ちは彼女だけのもの。レイナに聴いて「追い掛けて欲しかった」と言われれば悠は今からでもレイナの所へ行き、謝っただろう。だが、先輩が言うのはただの推測、勝手な誤解に過ぎない。彼女が心を痛めて下した事を勝手な推測で侮辱された、その事実が滅多に木綿季と詩乃の事以外では怒らない彼を怒らせるには充分だった。

 

 「――れよ」

 「アァ?」

 「黙れよ、自分から告白も出来ないヘタレ共が寄って集って僻みか?レイナがお前らに行ったのかよ、オレに追って欲しかったのかって。お前らが聴いたのか、レイナ自身に!!」

 「そんな訳ねーだろ!だけどな、普通は――」

 「何が普通だ!?オレは確かにレイナを振った。だから距離を取ったんだよ!オレが行って良い方向に傾くか!?アイツが立ち直れるか!?....それも分からない馬鹿だから、レイナに告れねないんだろ。自分達の勝手な妄想でしか他人の心情を計れない臆病者(チキン)が」

 「ンだと!?テメェ、ふざけんなよ!!」

 「悠!?ちょっと、何をして――」

 「邪魔だ、部外者は消えろ!」

 

 キレた悠の言葉にキレた先輩は悠の胸ぐらを掴み、殴ろうと右手を振り上げる。それをタイミング悪く来てしまった木綿季と詩乃が目撃し、木綿季はそれを止めようと先輩の肩を掴む。が、気が立っている彼は咄嗟に木綿季を突き飛ばし、尻餅をつかせてしまう。

 

 「ってて.....」

 「....貴方、最低ね」

 

 詩乃が駆け寄り、木綿季を立たせてスカートに付いた砂埃を払う。だが、彼はやらかしてしまった。悠の前ではやってはならない事を、悠の目の前で。しかも、詩乃に不快感を抱かせた。やってしまったのだ。悠の逆鱗に触れるどころではない、悠の逆鱗を引き剥がしたと同じ行為を。

 

 「――おい」

 「っ、んだ――ゲファッ!!」

 

 悠は先輩を呼び、振り向いた所を右ストレートで打ち抜く。鍛えられた身体が生み出す力は先輩の身体に伝わり、体勢を崩して尻餅をつかせるには充分だった。普通ならこれで終いだろう。そう、()()()()()()()

 悠は先輩に歩み寄り、胸ぐらを掴んで言った。

 

 「テメェ、木綿季に何をした?」

 「突き飛ばしただけ――ゴッ!?」

 「あ゛ぁ゛?んだとオイ、もう1回言ってみろよ」

 「だから、ただ――ガッ!!」

 「聴こえねーよ」

 

 理解が及んでいない彼の腹部に一撃、悠の質問に答えた彼の鳩尾に一撃入れる。それだけでは終わらず、四つん這いで倒れ伏す先輩の腹部を蹴り上げ、倒れた所で背中を踏みにじる。悠の靴が先輩の制服に土の汚れを付けているが、そんな事を気に出来る程先輩は余裕が無かった。

 

 「なぁ、何か言う事は無いのか?」

 「ご、ごめんなさ――」

 「言うのはオレにじゃねーだろ、誰に言うんだ!?」

 「...悠、もう止めなさい。これ以上は見ていられないわ。貴方が悪者になるのは、何よりも嫌なの。私のヒーローは貴方だけ。だから、もう止めて欲しい」

 「...詩乃」

 「ダメだよ、悠。そんなに怒っちゃ。ボクの為に怒ってくれるのは嬉しいけど、悠が怖くなるのはイヤ。ボクは大丈夫だから、行こ?」

 「....分かった。先輩、オレもやり過ぎました、すいません。オレもレイナの気持ちを汲み取るべきでしたね」

 「っづう...俺も、悪かったな。そこの嬢ちゃんも、突き飛ばして悪かった」

 「ボクは大丈夫だよ。怪我も無いしね」

 「行きましょ。そうだ、公園にクレープ屋さんが来てるらしいの。行かない、悠?」

 「オーケー。あんなザマを見せちゃったし、奢るよ」

 「やったぁ!何食べよっか、詩乃?」

 「そうねぇ...まぁ、行ってみてから決めましょ」

 「お手柔らかに頼むよ」

 

 彼等は先輩達を置いて、楽しく談笑しながら去っていった。あの怒り狂い方から2人の言葉で即座に冷静になれるのは、流石悠と言った所か。彼の行動原理は専ら木綿季、詩乃が第一だ。故に、他ならぬ彼女達に頼まれれば何があろうと遂行する。

 因みに、身体を鍛えているのも前に詩乃がボソッと「男性は筋肉質な方が好きね...ゴツすぎても嫌だけど」と言っていたのを聴き、彼女達を護る為にもゴツくなり過ぎない様に身体を鍛えているのだ。元々華奢な悠だが、少し肩幅が広くなっていたりする。

 そんな事は置いておき、彼等は公園に来ていたクレープ屋でクレープに舌鼓を打っていた。尤も、悠は財布の中を見て苦笑いを浮かべていたのだが。




 一途な狂戦士《バーサーカー》系主人公が悠くん。
 書いてると先輩の方が主人公に向いてるのでは、と思った今日この頃。


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6話 βテスト

 「どうだ3人とも、SAOのβテストをもぎ取ってきたぞ!」

 「え、スゴいよお父さん!それって倍率何千倍とかなんでしょ?」

 「下手したら万行くかもって友達が行ってたけど、どうやったの?不正は良くないと思うわ、父さん」

 「....父さんは一応ゲーム開発会社の社長だよ、2人とも。SAOの開発元兼スポンサーのレクトとも懇意にしてる。オレ達がゲーム好きだって知ってるから、無理言って権利を獲得したんじゃないかな」

 「ハッハッハ、そ、そんな事は無いぞ悠!さ、βテストは時間も有限だ。早くやってみなさい」

 「ありがとうお父さん!大好き!」

 「本当に凄いわ。...見直した。ありがとう、父さん」

 「どういたしまして、だ。娘達からの感謝の声、嬉しいぞぉ!!

 「父さん、口に出てる。...でも、ありがと。オレ達の事を想ってこんな無理して、あといつも仕事頑張ってくれて、ありがとう」

 

 悠達は部屋に戻り、【ナーヴギア】を装着して視界に映るガイドに従って自分の身体を触るなどのキャリブレーションを行う。

 因みに、彼等3人の部屋は同じ部屋だ。元々悠と木綿季が一緒の部屋で、詩乃が秋崎家に来たという一種の転機と思い、桜と椚が部屋を3人別にしようかと提案したのだが、木綿季と詩乃は「別に構わない」と回答し、悠もそれに従って同部屋を了承したのだ。一応区切りはしてあるのだが、2人はそれをガン無視して悠のスペースに居たりする為、やはり意味は無いと悠は思っている。

 

 「フィッティング終わったー?」

 「あー、ちょっと待ってくれ。あと少しで...終わった」

 「私も丁度終わった所よ。キャラメイキングに進みましょうか」

 「オッケー、じゃあ行くよ。せーの――」

 「「「リンク・スタート!」」」

 

 3人同時に、仮想の現実へとダイブする式句を口にする。どこかの深層へと潜っていく様な光が視界を包み、目の前にメッセージウィンドウを表示する。

 

 『Welcome to the 【Sword・Art・Online】』

 

 その飾りっ気の無い文字は、初の仮想現実入りを祝福した言葉なのだろう。しかし、悠には違う意味に感じた。どこかで誰かが「もう戻れないぞ」という言葉を皮肉に「ようこそ」と言い換えてほくそ笑む、そんな感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「外見はこんな所で良いか。...にしても、流石は仮想現実と銘打つくらいだ。キャラメイクの密度が凄い。で、名前か。【ユウ】で....いや、多分木綿季は【ユウキ】だろうし、被るなコレ。......じゃあ、この名前で良いな。さて、行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャラメイクが終了すると、街の広場に放り出される。両手をグーパーして感覚を確かめると、確かに現実の身体と大差無い様に感じる。

 

 「あ、ゆ――」

 「ちょっと、リアルネームは駄目よ」

 「あ、そっか。えっと....【Shuyu】だから、シュユ?」

 「そうだ。...で、そっちは案の定【Yuuki】、ユウキか。ん、そこの変わった髪の色をしてるのは名前、ちょっと捻ったんだな。【Sinon】...シノン、ね」

 「ねーシュユ、なんでその名前なの?【ユウ】はダメなの?」

 「ダメではないけど、ユウキと被るじゃん。それは不便だし何か嫌だし、名字と名前組み合わせてシュユ。そんな感じだな」

 「.......悠はボクと名前被るの、嫌なんだぁ....ふ~ん

 「ま、嫌ってのとはちょっと違うんだけど。このゲームだとチャットじゃなくて声掛けが連携の主な手段だろうし、名前2文字被るのは不便だろ?言い方が悪かった、ゴメンな、ユウキ」

 「...うん、許してあげる」

 

 と、いう感じのやり取りがあった。一言で許すと言ったユウキだったが、その心中は穏やかではなかった。

 

 (スゴいよぉ悠!ちょっと不機嫌になっただけなのに直ぐに謝ってくれたし、ボクと名前が被るのが嫌な訳じゃなかったんだ!嬉しい、嬉しい嬉しい!やっぱり悠は一番だよ!あぁ――)

 「――キ。...ユ、キ。ユウキ!」

 「ふぇっ!?」

 「どうかしたのか?VR酔いしたならもうログアウトして――」

 「違う違う!ちょっと考え事をしてたの。で、何の話してたの?」

 「このβテストの目的、どうしようかって話よ。まったり雰囲気を楽しむのか、それともガッツリ攻略するのか」

 「決まってるでしょ!やるなら一番!目指せβテスターの中で一番攻略を進めた人、だよ!」

 「...だそうよ。まぁ私もやるなら一番が良いわね」

 「じゃあそうしよう。幾ら自分の身体を使うとは言え、SAOがレベル制MMORPGなのは変わらない。先ずは――」

 「レべリング、そうでしょ?」

 「そう。じゃあ適当な狩り場を見つけに行くついでに道中のMOB狩ってレベル上げようか」

 

 彼等は【はじまりの街】から出て、レべリングを始めた。3人のゲームセンスは並ではなく、全員ゲームは上手い方だ。ユウキは反射神経や反応速度が速く、逸早くSAOに適応した様だ。シノンはFPSなどの射撃系統、特に精密射撃が得意なのだが、やはり一芸に秀でれば他の分野にも応用が利くのか、槍とダガーを使い分けつつ敵の弱点を正確に突くという一撃必殺の戦い方をしていた。シュユは何でも出来るが広く深く、大抵の事のある程度までは出来るが、狭い範囲を突き詰めた人には遠く及ばない。が、彼は神から貰った【リアルラックの向上及びVR適性S】というメリットがあった。彼はレアドロップが落ちやすく、また、今はそんな概念は無いが、VRゲームに於いては反応値が異常に高い。その地力で全員と肩を並べていた。

 鉄の城【アインクラッド】、その第1層を最速でクリアした3人。その時間を見れば、そろそろ夕飯の時間だった。

 

 「そろそろ晩御飯だし、一旦終わりね」

 「え~?もっとやろうよ~」

 「駄目だ。あくまでコレはゲーム、現実の時間を壊すべきじゃない。節度を持って楽しく、これが父さんの教えだろ?」

 「...シュユがそう言うなら、分かった。シノンも言ってるし。じゃあ、落ちよっか」

 「そうね」

 

 手を上から下に下ろすとホロウィンドウが現れる。その中からログアウトの項目を見付け、ログアウトする。一気に現実に引き戻され、仮想よりも現実に違和感を感じる感覚。彼はそれに、言い知れない恐怖を感じていた...




 また原作変えてるよこの作者...(軽蔑)


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2章 The reality of the virtual world
7話 GAME START


 今回からは長くなりますよ。あと、ペースは落ちますね、多分。その分1章より長くはなります。それで許して下さい。


 待ちに待ったSAOの発売日。悠達はその日の為に両親と交わしたテストで上位を取る、という約束を果たし、なんと午前で学校を早退した。帰るとリビングのテーブルには丁寧に包装されたソフトが置かれていた。

 木綿季はそれに飛び付く様に走り、悠と詩乃にも渡してから丁寧に包装を剥がす。

 

 「やったぁ!2人とも、早く着替えてやろうよ!」

 「あんなにはしゃいで...確かに楽しかったけど、あそこまでハマるとはね」

 「何だかんだ、勉強時間が多かったのも順位が一番高かったのは木綿季だ。それだけ楽しみだったんだろ」

 「悠、詩乃、早く~!」

 「っと、お嬢様がお待ちだな、詩乃。オレ達も早く着替えてSAOと洒落こもうぜ」

 「えぇ、そうね。.....木綿季がお嬢様、ね。私だって、あなたに...

 

 詩乃が僅かに漏らした不満には気付かず、彼は階段を上がって部屋に入る。ドアは開けっ放しで、女子の制服が散らばっていた。悠は苦笑して制服を拾うと畳み、木綿季のスペースに入るとそっと制服を置く。早着替えが得意な木綿季は着替え中に鉢合わせ、という展開にはならない為に採った行動で、これが詩乃ならやらないだろう。まぁ、詩乃は制服を散らかさないのだが。

 悠も部屋着に着替え、ナーヴギアを装着する。詩乃も着替え終わり、ナーヴギアを着けたと言ったので彼等はバラバラに仮想現実へとダイブした。これから、彼等の現実へと成り得る世界へと....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やっぱ、βテスト経験者特典は有ったか」

 「そうは言っても、外見のカスタムアイテムだけどね」

 「レベルはリセットかぁ...でも、狩り場は同じだよね。行こう!」

 

 【はじまりの街】から出たシュユ達は自分達が見付けた狩り場へと急ぐ。が、シュユは何か違和感を感じていた。βテストとは違う、嫌な予感を。彼の嫌な予感は基本当たらない。というより感じない。しかし、ユウキとシノンが絡む事に関する予感の的中率は確実に当たる。彼はユウキの襟首を掴み、思い切り引き戻した。

 

 「――!?ちょ、ちょっとシュユ...ビックリするじゃん」

 「()().....このゲームは、何かがおかしい....!」

 「え?でも地形は変わってないし、何も――」

 「危ないッ!!」

 

 平原には疎らながら木が生えている。勿論、道の近くにも木は生えている。その道に近い木の陰から、この階層では現れない筈の亡者――つまりアンデッド系統のMOBがシノンの頭に手斧(ハンドアックス)を振り下ろす。

 それを確認したシュユは右手の片手剣を手斧に叩き付ける。偶々パリィが成功したのか、よろめく亡者兵の頭にシュユは兜割りの様な縦斬りを叩き込む。体力バーが消失し、ポリゴン片となって消える亡者兵を呆然と眺め、シノンが呟く。

 

 「βテストと...違う?」

 「地形は変わってないし、敵のポップする場所が変わっただけかも知れない。第一、βテストと製品版が違うってのは珍しくは無いからな」

 「シュユ、ちょっと不味いよ....敵が集まって来てる」

 「....亡者兵か。槍は盾で防がれやすいし、この数に対応するのはな...しょうがない、火炎瓶を使う!」

 

 左手でアイテムウィンドウを操作、ウィンドウを閉じて虚空から現れた火炎瓶を握ると10体は居るであろう亡者兵の集団に投げ付ける。アンデッド系統、特にゾンビ系に位置する敵には火が有効なのはβテストの時に学んだ。変更されていないかと一瞬肝を冷やすが、そんな事は無く燃える。体力バーが無くなり、亡者兵はポリゴン片になって消えた。

 経験値が一定の値を越え、レベルが上がる。上げようとしたが、まだ自分のキャラ構成に扱う武器を決めていない状態でパラメーターを振るのは駄目だ、と思い留まり彼はウィンドウを閉じる。後ろの2人を見れば、腰が抜けている様だ。

 

 「どうした?」

 「ログアウトボタンが....無いの」

 「サーバーのトラブルかしら。初日だから、仕方無いのかも知れないけど」

 「....それはおかしいな。この完全(フル)ダイブの安全には細心の注意を払ったって父さんが言ってた。それが、よりにもよってログアウトの不具合?ボタンが反応しないとか、それぐらいなら有り得るかも知れないけど、ログアウトの項目すら無いとなると何か作為的なものを感じる」

 「じゃあ、それって――っ、強制転移!?」

 「2人とも手を伸ばせ!」

 

 シュユは2人と手を繋ぎ、強制転移に備える。ゲームでは良くある罠で、大抵こういう罠の行き先は決まっているからだ。敵の巣窟(モンスターハウス)罠部屋(トラップルーム)、他にもあるがその殆どがプレイヤーに害を成すものだ。ログアウトが出来ない以上、どんなバグや不具合があるか分からない今、分断だけは避けねばならないからだ。

 だが、その懸念は外れる事になる。転移させられたのはログインした時に見た広場、つまりは【はじまりの街】の中央広場だったからだ。周囲を見回せば、他にもプレイヤーが転移してきている。

 

 「...ユウキ、シノン」

 「どうしたの、シュユ?」

 「出口の辺りに逃げよう。だけど、壁からは離れた位置に」

 「え、どうして?中央に居た方がイベントだった時に有利なんじゃ...」

 「初回購入のプロダクトコードとかなら兎も角、プレゼント系のイベントで強制転移は無いだろ。ネームドとかを狩ってた奴等が不満を漏らすだろうし、何より告知を見られない後続に不利すぎる」

 「となると、何かロクでもない事って事ね。分かった、シュユに従うわ」

 

 もしこれがプレゼントイベントなら、素直に頭を下げる。だが、シュユの頭は警鐘を鳴らし続けていた。自らの事には全く反応しないシュユの警鐘はユウキとシノンの事には敏感だ。だから彼は自分を信じ、また、彼女達は彼を信じた。壁に近付かないのは壁が破壊されるイベントならば被害を真っ先に被るからだ。中央に行かないのもその通りだが、出口から遠ざかってしまっては脱出が難しい。故に中央と出口の延長線上に位置取った。

 空が赤い警告のウィンドウで埋まり、空は紅く染まり粘性の液体がフードを被った男を形作る。

 

 『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 男が大仰な身振りで話し始める。そして「私の世界」という言葉で男がゲームマスター、茅場晶彦である事を確信する。

 

 『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 「SAOの開発者、だよね。コントロールって事はつまり、ゲームマスターってこと....?」

 『プレイヤーの諸君は既に、メインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いているだろう。...しかし、これはゲームの不具合ではない』

 「不具合ではない....?まさか、仕様だと言うの?」

 

 シノンの言葉に応える様に茅場は言う。

 

 『繰り返す、これは不具合ではなく、ソードアート・オンラインの本来の仕様である』

 「なに...?」

 『諸君は自発的にログアウトする事は出来ない。また、外部の人間の手によるナーヴギアの停止、或いは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 「高出力....?シュユ、どういうこと?」

 「...電子レンジと同じだ。電子レンジは液体を加熱すると膨張して破裂する。つまり、卵を電子レンジに入れてスイッチを押した時と同じ....脳が破裂する...!」

 『残念ながら、現時点でプレイヤーの家族、友人が警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が少なからず有り、213名のプレイヤーがアインクラッド及び、現実世界からも永久退場している』

 

 その言葉が終わった直後、シノンの隣に居た男性がポリゴン片となって消える。動揺する様に設定されたNPCと言えばそれで終わりだが、死ぬ要因の筋が通っている以上、本当に死んだと思ってしまう。

 まだ茅場は何かを喋っているが、シュユの意識からはシャットアウトされた。ユウキとシノンの目を塞ぐ事に精一杯だったのだ。何故なら、男の周囲に漂う現実世界のニュースの中に、彼等の写真が有ったのだから。見出しは【ナーヴギアによる被害者】、つまりこれが現実である事を示していた。が、成されるがままの2人ではない。呆けるシュユの指をずらして空を見ると、力が抜ける。ぺたんと座ってしまいそうになる身体を、シュユの腕を掴んで耐える。

 

 『しかし、充分に留意して貰いたい。今後、ゲームに於いてあらゆる蘇生手段は機能しない。HP(ヒットポイント)が0になった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に――』

 

 聴きたくはなかった。だが、聴かねばならない。最後通告を。この場に居る全員が聴かねばならないのだ。

 

 『――諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 シュユは思った。このゲームの難度についてだ。

 

 (βテストの時より難度が跳ね上がってるのに、正気か?出待ちに不意打ち、多勢に無勢もやってくる癖に、コンティニュー無しのデスゲーム?MMORPGである以上、生産職になれば生活は出来るとは言え、どうせこういうパターンの解放条件はゲームのクリア。攻略する人が居なければ脱出は有り得ない...!)

 『諸君らが解放される条件はただ1つ。このゲームをクリアすれば良い』

 「アインクラッドは確か、100層にラスボスがいるんだよね、シノン」

 「えぇ。この場所は第1層、つまり――」

 「100層まで上がらなきゃ、クリアは不可能....か」

 

 シュユ達が上がれた階層数は8階層。それ以外にはもう1人しか居なかった。つまり、現時点での到達している階層は8階層。しかし、βテストよりも難易度が跳ね上がっている今、MOBが強化されている以上フロアボスは更に強化されている筈だ。以前と同じように攻略出来るとは限らない。

 

 『それでは最後に、諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ』

 

 ウインドウを開き、アイテムストレージの項目をタップする。そこには【手鏡】というアイテムが確かに入っていた。周囲のプレイヤーは半信半疑で眺めてから使用する人が多い中、シュユはフレーバーテキストを読んでいた。フレーバーテキストには有用な情報が記載してある事も少なくないからだ。

 

 《仮想世界を現実世界に置き換える為のアイテム。これを使用すればプレイヤーはこの世界を現実とし、死ぬか脱出するまでこの世界で生きる事となる。それがもたらすモノが救済なのか絶望なのか、それは鏡に映るとは限らないものなのだ》

 

 読んでも想像がつかない。シュユは諦めて使用のボタンをタップする。彼が使用した事でユウキとシノンも手鏡を使う。すると、手鏡が掌に現れ、シュユのアバターを鏡面に映す。その姿を見た直後、シュユも含め、手鏡を使用した全員の身体が身体が眩い光に包まれ、直後に光が収まった。

 

 「...ねぇユウキ、その姿....どうして――」

 「シノンこそ、しかもシュユまで、どうして――」

 「「――現実(リアル)の姿になってるの?」」

 

 握っている手鏡を見る。目付きの悪い三白眼、不機嫌そうな顔、癖っ毛を抑える為のオールバック染みた髪型。10数年も見た、自分の顔だ。ユウキは髪が短くなり、シノンも髪の色が元に戻っている。

 

 「キャリブレーションに、ナーヴギアの高出力マイクロウェーブで身体をトレースしたのか...?」

 「でもどうして?」

 「現実世界と変わりなくする為でしょ。この世界は仮想であって現実、そんな感じの事がテキストに載ってたわ。違う?」

 「その通りだ。...でも、直ぐに答えてくれるさ。ゲームマスター直々に、な」

 

 ざわめく群衆を尻目に、茅場は再び語り出す。

 

 『諸君らは今、何故と思っているだろう。何故、ソードアート・オンライン及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんな事をしたのか、と。私の目的は既に達せられている。この世界を創り、干渉する為にのみ私はソードアート・オンラインを作った。そして今、私の目的は達成せしめられた。...以上で、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君、健闘を祈る』

 

 その言葉を最後に、ウィンドウと粘性の液体で作られた茅場の身体は崩れ、空は元の黄昏に戻る。出口から出られる様になった今、ここに居る理由は無い。彼等は走り出し、街の出口に辿り着く。

 

 「ねぇシュユ、どうするの!?」

 「ここに居ても仕方無い、次の村へ行って雑魚を狩ってレベリングだ。フロアボスの攻略は積極的なプレイヤーに任せて、オレ達はβテスト時のレベルくらいに上げよう」

 「マージンは大きく取るのね?」

 「あぁ、そうだ。1度死んだらそれっきり。臆病になってなんぼだからな」

 「分かったわ。行きましょう、他のβテスターも同じ事を考えないとも限らないし」

 

 βテスターの3人は次の村へ向けて走り出す。他のプレイヤーの事は構わない。助けの手を差し伸べるテスターも居るのかも知れないが、序盤の今にそんな余裕は無い。彼等は走り、斬り、突き、投げ、戦う。ただ【今】を生き抜く為に。




 申し訳程度のダクソ要素は入れました。まだ序盤だからね、仕方無いね♂
 因みにシュユ(悠)の外見は戦場のヴァルキュリア4のラズです。バンダナは巻いてませんが。


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8話 ユニークウェポン(ぶっ壊れ)

 第1層のフロアボスは未だに討伐されていない。シュユ達3人はクエストを終え、それぞれ初期装備からシュユとユウキは【アニール・ブレード】、シノンは【アニール・スピア】にメイン武器を切り替え、レベリングに勤しんでいた。が、初めはポンポンとレベルが上がっていたのだが、【EXPキャップ】の存在にいち早く気付いたシュユ達は違う狩り場へと行っていた。

 【EXPキャップ】というのはつまるところ、無限レベリングの防止策だ。普通のレベリング制MMORPGはどんなに高レベルになろうとMOBを倒せば経験値が入る。上限が高くなるせいで微々たる数値にはなるが、確かに経験値が入るのだ。塵も積もれば山となる、という諺の通り、根気さえ保てれば第1層でもレベルを際限無く高められる。それではゲームが格段に簡単になってしまう、という事で設けられたのが【EXPキャップ】だ。簡単に言えば狩り場や狩りやすいMOBに数が制限されており、それを超えるとどんどん獲得できる経験値が減っていく。最後は0になり、レベルは一定以上は上がらなくなる。階層を越えた同一のMOBはカウントがリセットされ、その階層ごとの【EXPキャップ】の対象になる、という訳だ。

 つまるところ、彼等はレベリングが終わり、フロアボス攻略に踏み出せるレベルまで来たという事だ。

 

 「う~ん、【フレンジーボア】もキャップに引っ掛かっちゃったよ。もう狩れるモブも居ないなぁ」

 「どうするの、シュユ?フロアボス攻略に踏み出すの?」

 「βテストの時に3人で突破できたのは何度か死んで、パターンを把握できたからだ。今は死んだら終わりだし、流石にリスクが大きい。多分、これから攻略に踏み出すプレイヤーが出てくると思うから、それまで待とう」

 

 そう言って村へと戻ろうとするシュユだったが、何かを見付けて森へと歩いていく。そこに居たのは車椅子に座った老人。帽子を深く被った老人の表情は全く分からない。老人の頭上には友好NPCのマークが付いており、敵ではないと理解すると安堵感が込み上げる。

 

 「....君は、何の為に戦う?」

 「決まってる、あの2人を護る為だ。それ以外の何物でもない」

 「フ、ハハハ....そうか....良いな、誰よりも純粋で、誰よりも歪曲している....それでこそ、君は狩人となれる」

 

 目の前にメッセージウィンドウが現れ、下部にはYESとNOの選択肢が表示される。内容を一通り読んではみたが、意味が分からない。

 

 《君は狩人に成り得る。獣を狩り、人を狩り、あらゆる存在を狩る者。血に酔い、血に依りて、血に揺られる。狩人の力は君を変える。獣へ、人へ、狩人へと君を変えるだろう。それでも、君は狩人になるか?》

 

 だが、これはイベントだ。そして、恐らくは1度きりの。彼は迷わなかった。指を伸ばし、YESをタッチする。

 

 「そう、それで良い....。餞別だ、使いたまえ。狩りの完遂を、心から願っているよ....」

 

 老人が消えると共にアイテムストレージにアイテムが収納される。シリーズ装備らしいが、確実にユニーク装備だ。固有名詞の時点で彼は悟る。

 

 【老狩人の帽子】

 【老狩人の服】

 【老狩人のズボン】

 【老狩人のコート】

 【葬送の刃】

 

 取り敢えず全て装備してみる。色彩変更が出来たので好みの灰色に変え、アイテム化した【手鏡】で大体の姿を見てみる。先程の老人と同じ服装で、武器は右手に持つ歪な片手剣と背中に背負う何か。セットらしいが、使い方が分からない。

 

 【葬送の刃】

 《あらゆる狩人の原点である老狩人が使っていた『仕掛け武器』。鉄の城から失われた技術である『仕掛け武器』の原点となるマスターピースであり、その刃には星に由来する貴重な隕鉄が用いられている。

 老狩人は狩りを弔いに見立てていたのだろう。せめて安らかに眠り、2度と悪夢に目覚めぬ様に》

 

 シュユは背中に背負う木の棒の先端に、何かを嵌める様な場所を見付ける。それに剣を近付け、嵌め込むとガキンッ!という音と共に大鎌へと剣が姿を変える。フレーバーテキストは読んだが、性能を見ていないと思い性能のページを開く。

 攻撃力に耐久値は高い方で、これでもかなり良い性能なのだが度肝を抜いたのは付与効果(エンチャント)だった。チートやバグとしか思えない効果が、そこに載っていた。

 

 【不壊効果(デュランダル)

 【残り耐久値を攻撃力に乗算】

 【剣モード時、INT(賢さ)DEX(器用さ)に超上方補正】

 【大鎌モード時、ソードスキル使用不可】

 【大鎌モード時、STR(筋力)AGI(素早さ)に超上方補正】

 【一定の力を込めると次の一撃の威力向上】

 【動物系MOBへの攻撃力に超上方補正】

 【人型MOBへの攻撃力に超上方補正】

 【アンデッド系MOBへの攻撃力に超上方補正】

 【対人攻撃力に超上方補正】

 【正気である限り全パラメーター上昇】

 【狂気に染まる度に全パラメーター上昇】

 【未解放】

 【未解放】

 【未解放】

 

 まず付与効果に未解放の項目がある事もおかしいが、他の効果もブッ飛んでいる。デメリットらしいデメリットは大鎌モード時のソードスキル使用不可くらいのもので、他の効果は全てシュユにメリットしか及ぼさない。

 ちょうどイベントも終了したのか、ユウキとシノンが駆け寄ってくる。少し心配そうな顔を浮かべているのはやはりデスゲームであるからだろう。

 

 「シュユ!ほんと、どこに行ってたの!?」

 「イベントを、ちょっとな」

 「イベント?製品版で追加されたイベントなのかしら。報酬とかはどうなの?」

 「....これ、見てくれよ」

 「この武器?どれどれ........え゛?」

 「何かおかしいの?えっと.......は?」

 

 純粋な性能の流し読みならば普通のリアクションだが、付与効果の欄に行くと流石に固まってしまった様だ。そんな状態の2人に警告する様に、2匹の騎士型のネームドが現れる。

 

 【黒騎士】

 【ハイデの騎士】

 

 黒騎士は片手剣、ハイデの騎士は槍を構え、シュユと相対する。

 

 「シュユ、ボク達も――」

 「いや、大丈夫。この武器の慣らしも必要だし、1人でやってみる。危なくなったら直ぐにヘルプ出すから、しっかり見ててくれよ?」

 「....分かったわ。あなたを信じる」

 「ありがとう、シノン。....さて、やるか」

 

 大鎌から剣に変え、相手の様子を窺う。同時に現れたが味方ではないらしく、黒騎士がシュユ目掛けて突っ込んでくる。眼前に突き出される剣をサイドステップで回避、剣を横薙ぎに振るう。黒騎士は籠手で弾き、蹴りを叩き込もうと脚を上げる。読んでいたシュユは黒騎士の軸足を大鎌の柄になる木の部分で払うと、単発斜め斬りのソードスキル【スラント】を使い、体力バーの8割を一気に削る。その勢いのまま硬直時間の終了後直ぐに逆袈裟に刃を振るう。黒騎士の体力バーは消え去り、ポリゴンの破片となって消え去った。

 それを待っていたと言わんばかりに、黒騎士とは対照的な色のハイデの騎士が突きを放つ。シュユも負けじと突きを放つが、ハイデ騎士はバックステップで回避。そしてシュユの胸目掛けて突きを放つ。サイドステップで避ければ次は胴薙ぎの一閃。伏せて回避し、自分もバックステップで距離を取る。柄の部分を展開、先端に刃を結合させ、大鎌モードへと移行させる。

 

 「....行くぞ、ハイデの騎士」

 

 一瞬脚に力を込め、地面を蹴る。その次の瞬間、彼はハイデ騎士の横に位置取っており、大鎌を振るう力を込めていた。リン、という鈴の様な音が鳴ると同時に放たれる一閃。ハイデ騎士が防御の為に構えた槍ごと斬り、ハイデ騎士の上半身と下半身を斬り離す。そんな攻撃を受ければ幾らネームドでも一堪りもなく、体力バーが消失、独特の破砕音と共にポリゴン片となって消えた。

 メッセージウィンドウを見ればネームドからのドロップがアイテムストレージに収納されていた。シュユはそれを交渉の画面に変更、黒騎士の片手剣をユウキに、ハイデ騎士の槍をシノンに譲渡しようとする。

 

 「え!?そんな、受け取れないよ!ネームドはシュユが倒したんだし、シュユが持ってるべきだよ!」

 「そうね。さっきのシュユの武器と比べれば見劣りするけど、この2つもかなり優秀よ。私達よりあなたが持ってるべきだわ」

 「オレは最低でも第2層、下手したら第6層まではアニール・ブレードで乗り切る気だし、槍は使わない。その黒騎士の剣も軽量片手剣だから使いにくいからな。宝の持ち腐れよりも2人に役立てて欲しいだけだよ、オレは」

 「それなら、まぁ....ん?第6層までその武器温存するの!?」

 「それこそ宝の持ち腐れじゃない?武器なんだし、使ってあげないと」

 「仕方無いだろ。こんなぶっ壊れ、こんな序盤じゃ使えないし。何より攻略の最前線に立たされるのは死にやすくなるしゴメンだ。オレだけならまだしも、2人まで影響が及ぶのは嫌だからな」

 「まぁシュユの事はシュユが決めるから良いけど.....ねぇ、シュユ」

 「ん?」

 「死んじゃ駄目よ、絶対に」

 「...了解。シノンに言われちゃ、死ねないな」

 「ボクだってシュユに死んで欲しくなんてないけど!?」

 「ハハ、悪い悪い。確かにそうだな。...オレが死なない事が、2人の為になるんだもんな」

 「そうだよ?シュユが死んだら、ボク達も後を追うからね」

 「私達は本気よ。だから、私達を死なせたくないならあなたが死なないで」

 「解った。2人には生きて欲しいし、その中にオレも居たい。3人で笑いたいからね、頑張るよ」

 

 彼は背中に大鎌を背負い、村へと帰っていく。第1層の攻略開始まで、あと数日....




 【葬送の刃】の簡単な説明。

 つよい。ぼくのかんがえたさいきょうのぶき。この武器が無いとシュユは凄く弱くなる。でも強い。


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9話 攻略開始

 「はーい、それじゃあ始めさせて貰いまーす!皆、俺の呼び掛けに応えてくれてありがとう!俺はディアベル、職業は気持ち的に、ナイトやってます!」

 

 水色の髪の男が広場の中央で話している。職業(ジョブ)という概念が無いSAOでは勿論ナイトという職業はタンクに分類されるのだろうが、見るからに優等生タイプのディアベルは確かにナイト気質だろう、とシュユは思う。

 シノンとユウキは髪型と髪の色を変え、ユウキはあの特徴的なアホ毛の髪型に紫に近い黒、シノンはあの碧に近い青色にしたらしい。シュユは特に拘りは無いのでそのままだ。ただ髪が跳ねるのは邪魔なのでバンダナで髪を押さえている。帽子を装備しないのはただ単にシュユは帽子が嫌いだからだ。それ以外はあの老狩人一式の装備である。

 

 「皆も知っての通り、俺達はこのデスゲームに閉じ込められた。でも、ここで引き籠ってちゃクリアできるゲームもクリアは出来ない!ここに集まってくれた全員はクリアしようとする意思がある人だ。その勇気に称賛を贈りたい」

 「え、ボク?」

 「違うから。ブレイブよブレイブ、あなたの名前じゃないわ」

 

 あんな爽やかに振る舞うディアベルだが、シュユは知っていた。シュユが今装備している【アニール・ブレード+3】を欲して交渉をしに来る男の雇い主が彼だと。これはβテストの時に知り合った信頼できる情報屋から対価を支払って聴いた事なので確実だ。自分で裏を取った情報しか売らない彼女の情報はこのSAO内でもかなりの精度を持つ。とは言え、女性との密会など2人に見付かればどうなるか分からないからある意味危険なのだが。

 それはそれとして、あんな悪は許せないと声高に叫びそうな好青年の実態は清濁合わせ飲む事が出来る男だという事だ。さしずめ、今のディアベルは『表側』なのだろう。

 SAOの武器強化は姿や名前が変わる派生型ではなく、武器名の末尾に+X(Xは強化回数)が付くタイプの強化システムである。NPC鍛冶屋かプレイヤーの鍛冶スキルを持つ者の所へ持っていき、素材を提供すると確率で強化成功武器の名前に+と強化回数が追記され、Sharpness(鋭さ)Weight(重さ)Ruggedness(頑丈さ)などの複数のパラメーターに与えられる強化ポイントを振り分ける、という人それぞれの考え方が顕著に現れるシステムになっている。ただ、強化は回数を重ねる度に成功確率が低くなっていき、強化が失敗すると武器と素材はロストする。現に、ユウキは1本剣をロストしていた。ロストしたのは初期装備の【スモール・ソード】だったので大したダメージではなかったのだが。

 アニール・ブレードの強化最大回数は8回、つまりシュユのソレはかなり強化された剣であり、ユニークウェポンでなければ第1層の最強クラスと言っても良い。それを先頭に立ってフロアボス攻略を謳う彼が欲しがるのは当然と言えば当然だった。指導者は強ければ強い程に説得力を増していくのだから。ましてや、プレイヤーの腕前が実力に影響するSAOならば尚更だ。

 そんな事を考えている間にもディアベルは話を続けていた。が、そんな中に乱入する男が居た。

 

 「ちょお待ってんかぁ!」

 「...あなたの名前は?」

 「ワイはキバオウってもんや」

 

 奇抜な髪型に特徴的な関西弁。何とも濃い男の乱入に、場は凍り付いた。が、シノンとユウキはそんな事を気にせず、近くに座っていた2人組に話し掛けていた。

 

 「ねぇねぇ、2人ともパーティなの?」

 「あ、あぁ。今組んだ、即興のパーティだけど」

 「じゃあ、私達と組まない?2人よりも5人の方が生存率も上がるだろうし」

 「....5人?あと1人はどこに?」

 「あそこに座ってるバンダナの目付き悪い人!実は優しいから、安心して大丈夫!」

 「俺は構わないけど....君は?」

 「私も構わない。よろしく」

 「やったぁ!えっと...キリトに、アスナ?か。よろしくね!」

 「私はシノン。よろしくね、キリト、アスナ」

 「あなた...キリトって言うのね。ねぇ2人とも、どこで名前分かるの?」

 「視界のこの辺に、パーティメンバーの名前と残りHPがあるわ」

 「...本当だ、ありがとう」

 

 シュユとは違い、コミュ力が高い2人は新たなパーティメンバーを加えていた。ただ、ユウキの紹介は少し傷付いていたりする。目付きが悪いも強面なのも、実際は彼のせいではないのだから仕方無い。

 

 「ボス戦の前に、今まで死んでいった2000人に詫び入れなアカン奴がおる筈や!」

 

 キバオウは広場から他のメンバーが座る所に指を指し、続ける。

 

 「このデスゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて、自分達だけポンポン強なっていったβテスターなる奴らが!そいつらに土下座さして!溜め込んだ金やアイテムを吐き出して貰わな、パーティメンバーとして命は預けられんし、預かれん!」

 

 その言葉で、一瞬場が静まり返る。全体の数では少ないβテスターだが、確かにシステムや狩り場の事は知っているだろう。しかし、βテストと違う点も多い上に【はじまりの街】を含めた場所ではβテスターが本を発行して基本やアイテムの採れる場所、狩り場を紹介している。この時点で出血大サービスだろう。

 そんな静まり返った空間を、シュユの声が斬り裂いた。

 

 「....馬鹿だろ、お前」

 「はぁ!?アンタ、今なんつった!?」

 

 そんな声をキバオウが聞き逃す訳がなく、シュユの胸ぐらを掴む。それでもシュユの方が身長が高いので、大した迫力は無いのだが。

 

 「もう1度言ってやるよ、ゲーム初心者。馬鹿だろ、お前」

 「ワイの言っとる事が間違っとる言うとんのか!?」

 「あぁ、その通りだ」

 「アンタ、さてはβテスターやな!?でなきゃ、そんな事言う筈があらへん!」

 「そうだ、オレはお前が言うβテスターってヤツだ。だが、だからどうした?」

 「だからどうした...?アンタらテスターがワイらビギナーを見捨てて、自分達だけポンポン強なってったんやろうが!こんな状況(デスゲーム)なのに、アンタらが足並みを乱したんや!」

 「あのSAO第1層のガイド本を発行したのはβテスターだ。それも知らないのか?それにな、間違った言い分はそっちだろ?」

 「なんやと!?」

 「なんでβテスターがお前らの命を背負わなきゃならない?強くなりたいならパーティでも組んで狩れば良いし、情報屋を頼ってテスターを捜して狩り場の場所を聴く事も出来た。それをしなかったのはそっちの怠慢、こっちには何も非は無い」

 「だがなぁ!普通なら、こんな命が懸かっとんのに怠慢もクソも無いやろ」

 「そこが甘いんだよ。自分の命は自己責任、それがこの世界だ。テスターだって人間だし、他人の命までは背負えねぇんだよ。βテストから変更された所の方が多い現状、そんな責任転嫁しか出来ない雑魚に構う暇は無い。つまり、だ。オレが言いたいのは1つ。βテスターを非難するヤツははじまりの街にでも引き籠れ。変な感情を抱かれて動きが鈍れば足並みを乱すのはそっちだ。....それに、勝手に命を預かられても預けられても困るし、何より頼むなら相応の態度が――ぐおっ!?」

 「何してんのシュユ?!みんな、本当にゴメンね!」

 「私達がよく言い聞かせておくから、安心して」

 「こんなんでも根は良い人なんだよ!誤解しないでね!」

 「おおぉ....頭が割れる....」

 

 先程までの冷酷な物言いと雰囲気はどこへ消えたのか、アイテムの【丈夫な枝】が砕けるくらいの威力で頭を叩かれたシュユは不快なダメージフィードバックに悶絶し、そのままシノンに元居た場所に引き摺られていった。しれっとシノンはシュユに膝枕をしていたりする。激怒していたキバオウは毒気を抜かれたのか、ぶすっとした顔で石段に座る。

 

 「え、えっと....はい、フロアボス攻略は3日後だ!その間にパーティメンバーの連携とか、武器やアイテムの準備をしてくれ!解散!」

 

 その言葉を最後に散り散りになってそれぞれの場所へ向かうプレイヤー達。その際、ガタイの良い男が悶絶しているシュユの前に現れる。

 

 「あんたの言う事は極端だが、目が覚めたよ。あの場を鎮めてくれてありがとうな。俺はエギル、そっちは?」

 「この悶絶してるのはシュユよ」

 「そうか。じゃあ皆の名前は?」

 「シノンよ。よろしく、エギル」

 「ボクはユウキ!よろしくね、エギル!」

 「キリトだ。よろしく」

 「......アスナ」

 「っと、パーティの奴らが呼んでる。じゃあな、また会おう!」

 

 小走りで去るエギルを見送ると、やっと復活したシュユが頭を押さえて呟く。

 

 「また会おう、ね。しれっと死ぬなって言い残してったな、アイツ。あ、もう大丈夫だ。ありがとう、シノ――んがっ!」

 「まだ危ないわ。膝枕されてなさい」

 「いや、もう大丈夫――」

 「さ れ て な さ い」

 「.....ハイ」

 

 気付きにくいが、語調を強められれば仕方が無い。彼はシノンの膝枕を堪能する。瑞々しい太ももの柔らかさとふわりと香る女子特有の香りを感じつつ、彼はキリトの何とも言えない視線とアスナの冷ややかな視線とユウキの凄まじい圧を感じる視線に晒されていた。

 彼は脳内で呟く。

 

 ――これは後でユウキに何かしないとな。シノンにもだけど。...コルが減るなぁ。

 

 彼の金欠は仮想世界でも同じな様だ。




 エギル「発言――」
 シュユ「馬鹿だろ、お前」
 エギル「」チーン


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10話 屋内戦(殺意のオンパレード)

 3日後、フロアボスの居る場所に向かう。シュユ達3人はマップを見ただけで地形は変わっていないと見抜き、先に行く事も出来たがキリトとアスナもパーティメンバーである都合上、ディアベル達とペースを合わせていた。

 と言うのも、アスナのレベルがボスと戦うには不安が残るレベルだったからだ。雑魚との戦闘ならばレベルが安全マージンギリギリでも回復と回避重視の立ち回りでゴリ押せるのだが、ボスはそうもいかない。第1層にポップするネームドのどれよりも強く、そして体力も多い。体力が多いという事は自然と戦闘時間も長くなるので集中力が切れ、被弾してしまい、その動揺が動きと思考を固め、立て続けに被弾して死に至る。

 

 「――なんて、見た事無いけどな」

 「どうしたんですか、シュユさん。で、1つ聴きたいんですけど」

 「いや、何でも無い。で、聴きたい事って?」

 「いえ、別に大した事じゃないんですけど、なんでユウキを肩車してるんですか?」

 

 そう、アスナのレベル云々を考えている間――というより、このフロアボス攻略に出発した時から彼はユウキを肩車していたのだ。これはふざけているのではなく、実際は考えがあっての行動なのだが、やはり周りから見れば奇怪な行動にしか見えないのだろう。

 重ねて言うが、この行軍はアスナのレベリングを兼ねている。そしてアスナは細剣(レイピア)を使うと決めており、キャラ構成(ビルド)も絞られ、STRよりAGIとDEXを重視したステータスになる。(ただ、アスナはゲーム初心者であるが故にアルファベット3文字で表されるステータスの意味が分からず、放置されていたのには驚いたが)という事で迷う事も無いので効率を求め、肩車をしているのだ。

 このゲームのMOBは視界に入るか何かしらの騒音の元に居るプレイヤーを攻撃対象に定め、攻撃する。その視界の範囲や聴覚の範囲は系統と種族により違うが、人型のMOBは視界が広く、聴力も平均的だ。動物系は種族にバラつきこそあるが、聴力が優れている。音は攻略メンバーの足音で大丈夫だが、多くの視界に入るには身長を高くした方が良い。そして肩車された人の視界も通る為、アスナとキリトに場所を教えられる。

 この方法をシュユが考案した際、シノンとユウキはどっちが肩車されるかで揉めたのだが、2人の会議の結果ユウキが乗る事になった。因みにその顛末をシュユは知らない。

 

 「――っていう訳だ」

 「アスナ、キリト。4時方向から敵2体、亡者兵だよ」

 「了解、まずは俺が...!」

 

 キリトは駆け出し、長剣を振りかぶる亡者兵の身体にソードスキルの一撃を叩き込む。使ったのは【ホリゾンタル】、横一閃の一撃ががら空きの亡者兵の胴を斬り裂き、亡者兵の体力バー全てを消し飛ばす。が、ソードスキルを使った後に僅かにある硬直時間により動けなくなる。それを知っていたキリトはアスナに向けて言う。

 

 「交代(スイッチ)!」

 「え...す、スイッチ...?」

 「嘘だろ!?」

 「....初心者って、そこまでかよ」

 

 シュユはアイテムストレージから【スローイングナイフ】を取り出すと、ソードスキル【シングルシュート】を使う。通常の投擲でもそれなりの威力を持つナイフは亡者兵の右手に突き刺さり、亡者兵は仰け反る。

 

 「アスナ、トドメを」

 「あっ、うん!」

 

 がら空きの頭を細剣でぶち抜く、クリティカル判定の一撃は亡者兵を簡単にポリゴン片に変えた。レベルが上がったのか、ユウキのアドバイス通りにAGIとDEXにポイントを振り分けている。

 

 「アスナ、スイッチっていうのは交代の合図で、前衛と後衛を入れ替える時に言うんだ」

 「なんでそんな事を言うの?」

 「えっと、それは...う~ん、何と言うか...」

 「前衛がこれ以上攻撃できない、とか隙を埋めて欲しい時が有るからだ。前衛で突けない隙も後衛なら突ける時もあるし、何より回復の隙を埋められるのが大きいな」

 「ポーションは飲み切らないと無駄になるからね。薬草系は直ぐに効果は出ないし、やっぱりポーションの方が便利なんだよ」

 「フィールドなら薬草も悪くはないのだけど、ボス戦になれば即効性が大丈夫になるし、何より一撃が命取りになるかも知れないしね。アスナはそれなりにVITにステを振ってるからまだ良いけど、そこの目付き悪いのは一切VITに振ってないからね」

 「体力の多さに甘えるのは性に合わないんだよ。...っと、敵か。ナイフで動きを止めるから、トドメを頼むよ、アスナ」

 「は、はい!」

 「敬語は要らないんだけど...」

 

 不意打ちのナイフにより大きくよろけた亡者兵の胸に、アスナの細剣が突き刺さる。だが、まだ削り切れない。剣を引き戻し、身体の中心に剣を構えて突きを放つ。派手なライトエフェクトが走り、亡者兵は破砕音を響かせて砕け散る。細剣のソードスキル【リニアー】だ。

 

 「アスナ、ソードスキルを使う時はしっかり自分で動かないとダメだよ。それじゃ本来の速度が出せないから」

 「でも、勝手に動くし...」

 「そのアシストに加えて、しっかり自分でも動くの。そうすると格段に技が早くなるし、威力も大きくなるよ」

 「そうなのね...分かった、やってみるわ」

 「その前にボス戦だ。着いたぞ、【迷宮区】に」

 

 聳え立つのは鉄の塔。この最奥にフロアボスが居り、倒せば次の階層へと進むことが出来る。既にマッピングは終わっているので、テスターではない筈のキバオウが先頭を務めている。一切警戒せず、ズンズンと進むが、1人の男の叫び声で振り返らざるを得なくなる。

 

 「うわぁぁぁぁ!?やめろ、死ぬ!死んじまう!!嫌だ、俺はまだ死にたく――」

 

 男の声が途切れた代わりに、破砕音が聴こえた。ゲームオーバー、死んだのだ。哀れな彼が引っ掛かった罠は単純な角待ち、死角になる場所に隠れていた亡者兵が彼の腕を掴み、3体の亡者兵が佇む場所に引きずり込んだのである。攻略に参加したという事はそれなりのレベルだっただろう。しかし、3体に...たかが3体にリンチにされ、死んだのだ。ボス攻略にも参加せず、フィールドにもポップする雑魚に。

 

 「ヒッ――」

 「狼狽えちゃ駄目だ!彼の遺志を引き継いで、俺達がボスを倒すんだ、そうだろ?」

 「....そ、そうだ...すいません、ディアベルさん」

 「いや、仕方無いさ。人の死を見聞きして動揺しない方がおかしい」

 (オレへの嫌味か?)

 

 と、一瞬考えるが、裏表の無いリーダーを()()()()()ディアベルが嫌味を言える訳が無いと気付くと、ユウキの足を優しく2回叩く。意味は解っていたのか、不服そうな表情を一瞬浮かべ、それでも仕方無いとは理解している彼女はシュユの肩から降りる。

 巨大な扉、つまりフロアボスの居る場所へと辿り着いた。ディアベルが演説を始めるが、シュユ達には興味無い内容で、キリトはアスナにまだゲーム用語の解説をしている為、話を聴いていない。

 

 「――じゃあ、行くぞ!」

 

 扉を開け、中に突入する。現れたのは巨大なコボルド。そしてその取り巻きが1()0()()()()()()()()()。体力バーが3本現れ、バーの上には王冠の様に名前を戴く。

 

 【Gill Fang The Cobalt Load(コボルドの王)

 

 取り巻きの【ルイン・コボルド・センチネル】が全員走り始める。10を超えるその行軍は正に中規模なパーティだが、ディアベルの号令のお陰で動揺するプレイヤーは居らず、それぞれセンチネルと戦闘を始めた。

 その奥ではボスが斧とバックラーを構え、悠々と歩いてくる。どこぞの英雄王の様に堂々と歩いてくるその様は確かに王の風格を纏っており、ディアベルが次の号令を出さざるを得ない程の威圧を放っていた。

 

 「タンク隊、ボスの攻撃を止めるんだ!アタッカー隊は取り巻きは程々に倒しつつ、ボスを攻撃!ボスを倒せば取り巻きは多分消える、だからあまり取り巻きには構うな!」

 

 その言葉の通りに、戦うプレイヤー達はボスに攻撃を始める。後ろに来るセンチネルに時たま攻撃を加えるが、基本はボスにターゲットを絞っている。

 

 「シュユ...」

 「あぁ、不味いな。βテストの時と変わってる...」

 

 シノンの懸念は簡単な話、βテストの時と変わっている事だ。βテスト時、センチネルの湧く数は3体固定で、今の様に10体も湧かなかった上にアグレッシブに動くとは言えない取り巻きだった。しかし今は走り回って攪乱、攻撃範囲に入ったプレイヤーに攻撃を加える程になっている。

 流石にダメージが足りない。そう思うとシュユはハンドサインで突撃を指示し、ボスへの攻撃を開始する。

 

 「アンタら、勝手な真似すんなや!」

 「ディアベルは兎に角後ろで偉そうに野次飛ばすなら戦え!」

 

 センチネルは身長が低い。という事でAGIが高いユウキとシュユはセンチネルの頭上を飛び越え、シノンは槍を棒高跳びの様に使ってボスへの最短距離を突っ切る。脚を斬るが、体力バーは少し削れたものの怯まずにボスは斧を振り下ろす。ボスのサイズなら手斧なのだろうが、プレイヤーからすれば大斧を優に超えるサイズだ。シュユは横に回避するよりも懐に入る事を選択し、股抜きの様にスライディングでボスの背後に回る。

 シノンは斧を振り下ろし、地面から斧を引き抜くボスの隙を狙い、眼球を突く。クリティカルダメージが入り、1本目の体力バーの20%まで削る。シノンに狙いを定め、バックラーを構えつつジリジリと迫るボスの頭上から、高速で落下してくる紫紺の影に気付かずに。

 

 「ハァァァァァァァ!!」

 

 ユウキは何とその身軽さを生かし、()()()()()ボスの頭上へと跳躍、その落下の勢いと上段突進ソードスキル【レイジスパイク】を使ってボスの1本目の体力バーを消し飛ばして見せた。

 

 「グアアァァァァァァァ!!」

 

 ボスの獣の咆哮。センチネルに青いパーティクルが付与され、更に近くに居たユウキに一瞬の硬直を与える。が、ユウキに焦りは無かった。

 

 「スイッチ!」

 「了....解ッ!!」

 

 ユウキは思い切り左に飛び、ボスの攻撃範囲から逃れる。そしてアスナとキリトが現れ、同時に左足を連続で斬り付ける。左足だけを執拗に狙われた結果、ボスは膝を地面に着け、更にユウキの攻撃により割られた兜の中が見えた。弱点かも知れない頭が露出している。それを見付けたディアベルは号令を掛ける。

 

 「アタッカー隊、畳み掛けろ!」

 「「「「オオオオオォォォォ!!!」」」」

 

 この攻めで倒す、という意気が形を成し、彼等はボスの元へ殺到する。シュユ達は一旦離脱し、体制を整えていた。ボスの2本目の体力バーはみるみる内に削れていき、そして最後のバーに突入した。タンク隊はセンチネルがボスの元へと行けない様に進路を塞ぎ続ける。

 ダウンが終わり、引き返すプレイヤー達。離れれば攻撃手段は無い。そう解っているからだ。が、こんな単調ならばボス戦は簡単だ。しかし、そうもいかない。

 ボスは自らの装備していたバックラーを右手に持ち、思い切りフリスビーの様に投げたのだ。油断していたプレイヤーはバックラーの側面に付いていた刃に身体を両断され、ポリゴン片となって命を散らす。そのバックラーは外ならば弧を描いてボスの元へと戻るのだろうが、狭い室内では壁に突き刺さるに留まった。

 

 「よし、行くぞ!後は俺が――」

 

 隙が出来た、そう感じたディアベルは自らの剣を抜いて突撃する。最後のバーも残り少ないからこそ、そして確実にLA(ラストアタック)ボーナスを狙っての行動だ。ボスは腰にマウントしている剣に手を伸ばした。それは【ノダチ】、第1層では見れない、上の階層で初めて現れる武器だ。

 ソードスキルと同じライトエフェクトをボスの刀が纏い、ボスはそれを振り抜く。居合いの様に放たれたソレはディアベルを斬り裂き、なんとその向こうにいる数人まで斬り捨てて見せた。ディアベルのステータスはVITが高めなのか直ぐには死なず、徐々に消えていくバーを眺めていた。

 

 「大丈夫だ、今回復を――」

 「...これは、君が使うんだ。...ハハ、LAを獲ろうとして突っ込んだから、こうなった。君も、気を付けろ。そして...このゲームの、攻略を....」

 

 破砕音、そしてディアベルが消える。戦いの途中に思考を止める訳にはいかない、とキリトは割り切ってボスを見るが、それが出来ない者が居た。アスナだ。SAOが始まって初めて目の当たりにしたゲームオーバー(人間の死)に支配され、思考も身体も硬直してしまったのだ。それを見逃す程、ボスは甘くはない。

 シュユもシノンもユウキも間に合わない。が、キリトはどうにか間に合った。剣で刀を力任せに弾き、どうにか直撃は避けた。が、武器は限界を迎えて砕け散った。武器が無ければ戦えない。それを知っているキリトは焦り、そして取れる手段が何もないと知ると絶望に包まれる。

 ボスの行動で戦線は崩壊、士気は駄々下がりでもう攻略の続行は難しい。そう、思われた。

 

 「....はぁ、温存しておきたかったけど、背に腹は変えられないか」

 「そうね。まぁこれでボーナス貰うのも悪くはないでしょ」

 「結局バラすなら、今でも同じでしょ!取り敢えず、ボス倒そうよ!」

 「あ、キリト。お前はコレ使ってくれ。オレにはもう不要だ」

 

 シュユはキリトにアニールブレードの所有権を譲渡すると、装備画面を操作して違う武器を装備する。ユウキもシノンも、現時点で3人しか持たない分類の武器を。それはユニークウェポン、唯一無二の、最高の性能を誇る武器だ。

 ユウキは黒騎士からドロップした【黒騎士の黒剣】、シノンはハイデ騎士からドロップした【ハイデ騎士の雷槍】、そしてシュユは【葬送の刃】、別名『ぶっ壊れ』を装備し、ユウキが言った。

 

 「βテスト第1層最速攻略パーティの実力、見せてあげるよッ!!」




 あ~^ペースが落ちてきたんじゃ~^


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11話 狩人、絶剣、流槍

 今回くらいからフロム要素を出していけたら良いなぁと。


 「やり方はどうするの、ユウキ?」

 「決まってるでしょ?ボクたちのやり方なんてさ!」

 「確かに、変に変えるより安全だな。という訳で――」

 

 シュユは武器を大鎌に変型、そしてユウキを刃の部分にユウキを乗せる。そして――

 

 「――行ってこい、ユウキ!」

 「了解!!」

 

 思い切り鎌を振り抜いた。STRに補正が掛かっている彼の渾身のスイングは上に乗るユウキを軽々と投げ飛ばし、弾丸の様な速度でボスの元にユウキを送り込む。そしてユウキは右手に握る黒剣を横一閃に振り抜いた。

 今までのやり方とはつまり、ユウキを前衛に置いてシノンとシュユがアシストに回るやり方だ。が、ダメージディーラーは全員であり後衛も全員。何を言ってるのか分からなくなるが、簡単に言えば全員攻撃に全員防御、全員支援というそれぞれの判断に任せたやり方だ。幼い頃からずっと一緒に居る3人だからこそ、やれるやり方だ。

 シュユはステップを繰り返し、ボスの攻撃を回避しつつ逃げるプレイヤーを追い掛けるセンチネルを大鎌の一撃で倒していた。動物系MOBに特攻が付与される葬送の刃は攻撃の範囲が広く、大鎌は1対複数や巨大な敵を得意とする。だが、逃げるプレイヤーを優先的に狙う様にプログラムを組まれているのかシュユから離れていく。彼はナイフを左手にアイテムストレージから取り出すと投げ付ける。頭を貫通したナイフはレベルの差も有り、センチネルの体力バーを消し去った。

 ユウキは絶える事の無い連撃でボスの体力を削っていた。ユウキ本人のSTRは低いのだが、塵も積もれば山となる。何も剣術を知らないデタラメな剣技だからこそ、彼女は自分に最適化された剣の振り方で振っていた。ボスのノダチが足元を薙ぎ払う。前転で回避、振り向く時に【ホリゾンタル】を使用し、振り向きの勢いを全て剣に伝えて振り抜く。先程までターゲットは分散していたが、ここで完全にユウキに対象を絞ったらしく。攻撃が激化する。叩き潰す様に振り下ろされるノダチを側転で回避、足元に向かうが踏みつけ(ストンプ)をボスは選択、距離を離されてしまう。

 後ろから黄色のライトエフェクトが眩く光る。これはソードスキルの光ではなく、シノンの槍に付与されている雷属性によるものだ。突きからの槍をバトンの様に手で回転させると遠心力を乗せた薙ぎ払い。更にその振り切った勢いを無理矢理地面に当て、棒高跳びの様にまた跳び跳ねる。空中専用の、落下速度と高度により威力に補正を掛ける中位ソードスキル【ジャンプ】を使う。地上で使うと高く跳躍するワンアクションが必要になるソードスキルで、PvPならば使い物にならない技だがPvEならばかなり有能な技となる。ボスの肩を足場とし、更に高く跳躍したシノンは兜が割れ、露になった頭に槍を突き立てる。落下の速度はかなり有ったとはいえ、堅い頭蓋は槍の侵入を最低限に抑えた様だ。引き抜こうとするが、ボスがそれを押さえ付けて頭上のシノンを掴もうと手を伸ばす。

 

 「させるか....!」

 

 その手をシュユが肩口から斬り落とす。助走の勢いのままに幅跳び、ボスの肩に刃を引っ掛ける様に当て、思い切り下に下ろしたのだ。稲を刈る様に刈り取られた左手は地面に落ち、ポリゴン片に姿を変える。激昂し、ノダチを構えて【カタナ】のソードスキルを使おうとするボスに彼は大鎌を構え、力を溜める事で対抗する。

 

 「あ、アイツ何する気なんや....死ぬで、アイツ」

 

 ボス対プレイヤーの一撃勝負。そんな事をすれば普通なら武器が砕け散る、ないしはそのまま死亡。例え生き残っても体力は風前の灯火で武器の耐久力も僅かだろう。

 凛、と鈴の様な音が響く。その音が響いた直後、溜めた力を全て解放したボスは凄まじい速度の振りでシュユの首を斬り飛ばさんと迫る。彼はそんな絶体絶命の危機にも臆さず、身体を地面に近付ける。つまり腹這いの1歩手前の体勢になった。後ろ髪を何本か斬られた感覚でノダチが通過した事を感知したシュユは全力を込めてその大鎌を横に振り抜く。流石はボス、硬直時間をその力で無理矢理に短縮、バックステップで毛皮に1本の傷を付けられる程度の被害に抑えた。だが、これはソードスキルではない。故にシステム的な硬直時間は無く、更に前にステップ、縦振りを叩き込む。

 体力バーを少し削った事を確認すると、シュユは後ろに跳んだ。その隙を埋める様に現れたのはシノンだ。流れる様な槍捌きがボスを襲う。突きに始まり、石突きで殴り、柄で攻撃を流しつつ薙ぎ払いを入れる。そして単純な突きの速度と威力をブーストするソードスキル【スティンガー】を使用してボスの身体奥深くに槍を突き込む。雷の属性がボスの体力を削るが、シノンの手からはこれで武器が消える。

 

 「アカン、あの女の子死ぬで!」

 「残念だけど、死なないわ...よ!」

 

 彼女が腰から抜いたのは短剣(ダガー)だ。順手に持った短剣でボスの身体を斬り、その連撃の中に連撃系ソードスキルである【ファットエッジ】を挿し込み、ダメージを加速させる。

 

 「ユウキ、頼むわよ!」

 「人使いが荒いねシノンは!ボクは非力なんだから....さぁ!」

 

 距離を離し、体制を整えようとしたボスに飛び込む紫紺の影。ユウキだった。彼女は助走をつけて加速し、そのままシノンの槍を掴んで力任せに引き抜く。それが体内から攻撃された判定になったのか、体力バーの殆どが消し飛ぶ。そしてダウンするボスだが、シュユはセンチネルを狩っておりユウキは槍を持っていて速度が出ず、シノンはメイン武器の槍をユウキが持っている以上、火力が出ない。

 しかし、忘れてはならない。このパーティのメンバーはこの3人だけではないという事を。

 スイッチ、という言葉が出る前にキリトとアスナの2人は走り出していた。アスナは【シューティングスター】、キリトは【ソニックリープ】という突進系のソードスキルを発動させ、一撃加えるとラッシュを仕掛ける。が、ステータスが不足していたのか、あと5%程の体力が残った。行動が変わり、センチネルとボスが足元の地面を粉砕する。巻き上がる土煙と吹き飛ぶ瓦礫に被弾したのはアスナだった。しかも不運は重なるもので、直撃したのは頭だった。脳を揺さぶられる感覚を味わったアスナは歪む視界と歪む真っ白になる思考の中、茫然と振り下ろされるノダチを眺めていた。

 

 (...あぁ、私、ここで死ぬんだ)

 

 不思議と取り乱しはしなかった。徐々に近付くその刃はVITにポイントを殆ど振り分けていないアスナの体力を消し飛ばすだろう。諦めた様に――いや、諦めて目を閉ざすアスナ。だが、そのノダチが届く事は無かった。

 

 「ぬぅん!!」

 

 色黒で屈強な男が、迫るノダチを大斧で弾き飛ばしたからである。ソードスキルを使用していないボスに対して、男はソードスキルを使っているとは言っても既に犠牲者が出ているこの状況で、振り下ろされる巨大なノダチのプレッシャーに殺されずに、ボスの剣を弾き飛ばす。これがどれだけの勇気を必要とするのはこの場の全員に理解できた。男は振り向き、言った。

 

 「今だ、ぶちかましな、2人とも!」

 「っ、うおおおおォォォォオオオオ!!!」

 「...っ、はあああァァァァァ!!!」

 

 2人の渾身の一撃が、ボスの身体に直撃する。が、まだ足りない。あと1ドット、それだけ削ればボスは倒せる。そう直感したキリトは貧弱な自分の拳を、ボスの身体に叩き付けた。

 

 『YOU GET THE LAST ATTACK BONUS!!』

 「え...?」

 「LAおめでとう、キリト」

 「いや、でも削ったのは3人だし、俺が貰うべきじゃ――」

 「――まあまあ、受け取ってよ。ボク達には()()が有るしね」

 

 ユウキは自分が握る黒剣を指差し、笑う。あの激戦を乗り越えても刃こぼれをしていない。流石はユニークウェポンか。

 

 「さて、第2層だな。じゃあ――」

 「――アンタらは化け(もん)や!何やあのメチャクチャな戦い方!?」

 「...オレを化け物って言うのは構わないがな、キバオウ。この2人の事を含めてみろ。オレはお前を――」

 

 シュユは大鎌の刃をキバオウの首にあてがい、告げる。

 

 「――狩るぞ」

 

 あまりの気迫と殺意に固まるキバオウを尻目に、シュユは確認する。

 

 「...キリトとアスナは解散で良いんだな?」

 「あぁ、俺はそれで良いかな」

 「あ、それなんだけど、シュユ。ボクはアスナと一緒に行動したいんだ。良いかな?」

 

 シュユは驚いた。特に用事が無ければシュユから離れる事が無かったユウキが自分からシュユとの別行動を宣言したのだ。親離れならぬシュユ離れか、と親の様に寂しさと嬉しさを感じていた。

 

 「いや、その内戻るからね!?アスナは危なっかしいから、ボクが着いてなきゃって思っただけだから!絶対に戻るからね?」

 「...そうか、それなら嬉しいな。で、シノンは?」

 「まぁあなたと一緒に行動かしらね。...あの人達は進まないらしいし、第2層までは一緒に行動しない?」

 「そうだね。シュユ成分を沢山貯めとかなきゃ!」

 

 彼等は肩を並べて第2層へと進んでいく。死闘を乗り越えたとは思えない穏やかさを醸し出し、笑って。そんな彼等を眺め、キバオウは言った。

 

 「なんでや....βテスターだからそんな余裕なんか...?そんなのチートや、チーターやろ!」

 「βテスターのチーター...【ビーター】だ!」

 

 この時、アスナを除いた4人はこの汚名を背負う事となった。まだ注目されていないキリトはまだしも、シュユとシノンとユウキはもう1つ異名を付けられた。

 ユウキは『絶える事の無い剣技』から【絶剣(ぜっけん)】と。シノンは『流水の如き槍捌き』から【流槍(りゅうそう)】と。そしてシュユは扱う武器の特異さとアイテムの消費を惜しまず、形振り構わずに敵を倒すその様子から、【狩人】と、呼ばれる事となったのだ。、




 槍のソードスキルは某大百科を見ても載ってなかったのでオリジナルになります。とは言え、今回はFFから持ってきたのがありますが。これからもそういう他のゲームやアニメから持ってくるソードスキルが出ますので、そこの所をご了承下さい。
 ....槍なのにソードスキルってどうなの?(今更)


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閑話 乙女会議

 まだ10数話しか投稿してないのにお気に入りが200件を超えてて驚きのあまり3回死にました。これからも頑張るので、よろしくお願いします。


 「詩乃、ボクは悠の事が好き。誰よりも愛してるし、誰にも渡したくない」

 

 SAOに閉じ込められる前の、現実でのある日。詩乃は木綿季に唐突な告白を聴かされた。勿論ここに悠は居ない。今は日課であるランニングをしているからだ。それはさておき、詩乃も言われては黙っていない。

 

 「私だって悠を愛してるわ。確かに一緒に居た時間や想った時間はあなたの方が長いかも知れない。でもね、それだけではいそうですかって渡せるなら好きになんてならないわ」

 「....だよね。そう簡単に詩乃が譲ってくれる訳が無いって思ってたし、譲られてたら1回くらい叩いてたかも」

 「ま、そんなに柔じゃないって事ね。それでどうするの?私達が同時に告白して選んで貰うの?」

 

 それが普通の発想だ。付き合う人間は日本で1人、それ以上は浮気や二股と言われて責められる。法律でも重婚は重罪であり、発覚した場合禁固50年に処されてしまう。しかも木綿季達は学生の身分であり、()()()()()をするのは余り好まれない。それで両親に迷惑を掛けるのは恩を仇で返す事になる為、2人はそういう事をやらないと密かに1人で決めていた。だが、木綿季は言った。

 

 「それなんだけどさ、詩乃。ボク達は告白しない方が良いと思う」

 「....は?理由を聴かせて貰えるかしら?」

 「悠はボク達を優先して行動してくれる。それは分かってるでしょ?」

 「えぇ。悠の出費は大体私達関連だし、大抵の頼み事は直ぐにやってくれるわね。本当に優しくて、そういう所も――」

 「うん、それは後でたっぷり語り合うとして、そうだよ。悠はボク達を傷付ける事は絶対しないし、きっと出来ない。だから、多分だけど()()()()()()()()()()()()()()()

 「...確かに、悠は私達が傷付く可能性がある事もしない。フラれれば私も傷付くし、木綿季も傷付く。それが解らない程鈍くはないわね、悠は」

 「本当に、ずっと迫り続ければいつかは結論を出してくれるとは思うよ。でも、ボク達よりも深く悠が傷付くと思う。だから、ボク達で共有しようって話」

 「共有、ね。具体的には?」

 「抜け駆け禁止、悠から来ない限りはボク達から告白しない、デートとかは悠に悟られない様に上手く交代みたいな感じにする。今思い浮かぶのはこんなところかな」

 「...まぁ、良いんじゃない?でも、好きな人を共有しようなんて言えるあなた、狂ってるわよ?」

 「それを良いんじゃないって言える詩乃も、充分狂ってるよ」

 「良く言うじゃない、愛は人を狂わせるって。私達は愛に狂ってる、それで良いじゃない」

 「ふふっ、そうだね」

 

 タイミングを図った様に玄関からドアを開ける音が聞こえてくる。悠がランニングから帰ってきたのだ。詩乃は自分の口に人差し指を立て、「内緒だからね」とジェスチャーで表す。木綿季もサムズアップして了解の意を表す。

 そしてパタパタと階段を降り、悠を迎える。木綿季は身体を冷やさない様に常温にしたスポーツドリンクを差し出し、詩乃は柔らかいタオルを使って悠の汗を拭き取る。微笑ましいその光景、悠は微笑んで感謝の言葉を告げる。彼女達の、愛に狂った眼に気付かずに。




 .....好評価と感想が来たら投稿速度が上がるんだけどなぁ(チラッ


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3章 Cowardly black cat
12話 臆病な『普通』


 攻略はとんとん拍子、とは言えないものの順調に進んでいた。毎回のボス戦で平均3人、多い時は10人前後のプレイヤーが死んだ(ゲームオーバーした)ものの、後進の指導もしつつしっかりと進んでいた。今では第20層を突破し、やっとクリアへの足掛かりが見えてきたという所だろうか。しかし、そんな時になって主力であった【狩人】と【流槍】が攻略組から一時的に抜け、更に第3層から燻っていたギルドの派閥が争いを始めたせいボス戦での指揮権を取り合っている影響で攻略が一時的にストップしたのだ。

 そんな【狩人】と【流槍】――つまり、シュユとシノンは第17層の民家に泊まっている。これはNPCのクエストをクリアした報酬で一時的に所有権が譲られた建造物であり、言ってしまえば借家だ。あまり家具を持ち込むと出ていく時に面倒になるから家具はあまり持ち込んでいないのだが、元々裕福なNPCでありかなり家具は充実していた。そんな日常で、シュユは珍しく不満を漏らした。

 

 「.....味が欲しい」

 「そうね、本当にそれよ...」

 

 街に出て料理を食べても、味が無いのだ。食感はある。パンは柔らかいしスープは啜れる。野菜はシャキッとしている。だが、如何せん味が無い。パンは食器などを洗うスポンジを食べている気分になるし、野菜は紙を食べている気がする。スープに関しては着色された白湯(さゆ)だ。このデスゲーム内での食事はかなり大きな意味を持ち、仮想世界と馬鹿にして疎かにする事は出来ない。

 と言うのも、デバフに【空腹】があるからだ。内容はSTRとAGIの低下、体力の継続的な減少にソードスキル使用時の剣速が遅くなり再使用(リロード)までの時間が長くなるという致命的なもの。圏外に出なければ死にはしないとは言え、継続的な空腹感を味わい続けるのは精神衛生上よろしくない。という事で街で頼んで食事を摂るのだが、味が無いので辟易しているという訳だ。

 

 「【料理】でも取ろうかな。枠も空いてるし」

 

 メニューからスキルウィンドウを開き、幾つか空いているスキル欄を眺める。彼のメイン武器である【葬送の刃】は装備する為に必要なスキルが【片手剣】だけで、後は何も必要が無いので戦闘系のスキルを取ってきた訳だが、正直もう取るべきスキルが無いのだ。だから料理を始めとする『フレーバースキル』を習得しても良いかも知れない、そう考えた所でシノンが言った。

 

 「駄目」

 「え?」

 「私が取るから、あなたは取らないで」

 「でもシノンは槍とダガーを使うんだし、スキルの必要数も多くなるだろ?オレなら空きがあるし、オレが――」

 「――シュユ」

 「ん?」

 「...お願い」

 「分かった。オレは取らないでおくよ」

 

 シノンに頼まれては仕方が無い。彼は直ぐにウィンドウを閉じると、代わりにシノンがウィンドウを開いて【料理】を習得する。

 

 「食材を買いましょ。スキル上げも兼ねるから、大量にね」

 「分かった。じゃあ行こうか」

 

 フレーバースキルは殆どが何かの作成や技能を習得する為に選択するスキルだ。が、その殆どが戦闘に役立つ事は無く、本来のMMORPGなら本当の意味でフレーバー、つまり戦闘ばかりのゲームに癒しを与えるスキルだ。現時点では【釣り】や【作曲】、【演奏】などのフレーバースキルが解放されている。

 シノンは適当に食材を買う。現実とは違って食材系統のアイテムは品切れが無いので遠慮なく大量に購入する。コルに気を使わずに買えるのは彼等は殆ど出費をしないからだ。レベリングをすれば相当額のコルは手に入るし、シュユはアイテムを多用するもののエギルが経営する店を利用しており、友情価格で安く仕入れている。だからコルは貯まっていく一方。たまにポーションなどの回復アイテムをNPCから一気買いするが、それでも無くならないので使える時に使っておきたいのだ。

 

 「これだけ買えばそれなりにレベルは上がるわよね。じゃあ作ってみましょうか」

 「楽しみだな。さて、どんなのが出来るのか...」

 

 食材を選択し、指示されたアクションをこなすと料理が完成する――

 

 「な、何よコレ...」

 

 筈だった。出来たのは真っ黒な食材だった物(燃えるゴミ)。明らかに失敗作のソレをシノンは一口食べる。その瞬間、視界が一瞬歪む。

 

 「っ.....!!???!??!?」

 

 苦味、渋味、酸味、その他諸々の味が脳に直撃する。その全てが少なくとも人間は「不味い」と感じるであろうレベルなのだから最悪だ。そしてシノンは決意する。これをシュユに出してはならないと。実際のシノンが料理が出来る事は知っているシュユだが、これを出せばいつも通りに変わらない表情で食べ、微笑んで「美味しいよ」と嘘を吐くのは確実だからだ。それはシノンのプライドが許さなかった。

 

 「シュユ、料理を作るのに結構時間が掛かるらしいの。だから少し外に出てくれない?」

 「いや、オレは待ってるから良いよ」

 「私は料理に付きっきりにならなきゃいけないし、退屈になると思うわ。出来たらメール飛ばすから、お願い!」

 「ん、分かった。じゃあ出てくる。何かあったらメール飛ばしてくれ」

 「うん、ありがとね、シュユ」

 

 何か目的がある訳でもなく、彼はふらっと外を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ、こんな所かな」

 

 第10層の平原で、1人でレベリングを行う少女が居た。両手持ちの長槍を持ち、仮想の疲労に肩を上下させて戦う彼女はどこか危なっかしく、それでいて何かを振り払う様に戦っていた。この辺りの敵は群れを作らず、しかも大して強くない割には経験値が美味しいと人気だったMOBなのだが、前線が上がるに連れてこの平原を使う人は減っていき、とうとう今日は少女1人になってしまった。

 そろそろ切り上げようと長槍を持ち直し、後ろを向いた時に目の前に大槌が振り下ろされ、地面を砕く。少女は衝撃で吹き飛ばされ、転がりながらも体勢を立て直している。だが、この平原ではあんなMOBは湧かない筈だ。そう思って少女は敵の頭上を見る。

 

 【Taurus Demon(牛頭のデーモン)

 

 牛の様な頭の上に浮かぶその名前と体力バー。巨大な体躯に見合う大槌を構え、少女を見詰めるそのエネミーは最近第10層で話題になっているフィールド徘徊型のネームドエネミーだ。ネームドは基本倒されれば2度とリポップはしないので推奨レベルは不明だが、少なくとも少女のレベルでは倒せない。取る手段はただ1つ、転身して逃走するのだ。

 が、少女の歩幅とデーモンの歩幅ではかなりの差がある。小回りは少女の方が利くものの生憎ここは平原で、森に入ってもデーモンはその巨体で木々を薙ぎ倒して追い掛けてくる。

 戦うしかない、そう決意して少女は槍を突き出す。が、その槍は真上から叩き付けられた大槌によって容易く粉砕され、あっという間に丸腰だ。もう死ぬしかない、そう涙を流して考えた直後、牛頭のデーモンの口から呻き声の様な鳴き声が聞こえた。

 

 「大丈夫か?」

 

 デーモンと少女の間を断ち切る様に立ち塞がったのは、灰色の服を纏った男。バンダナで後ろに流れる様に固定された紺色がかった黒髪が、ダメージエフェクトの紅い光を反射していた。そんな男を見て少女は、何故か安心感を感じた。

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 見つけたのは本当に偶然だった。シノンに外に行けと言われたので目的も無く、何と無く階層を行き来して時間を潰していたのだが、第10層で大きいエネミーが何かを追い掛けている様子を見たのだ。近付いてみれば、少女がエネミーに襲われているではないか。

 感情が制限されているとは言っても人でなしではない。シュユは大鎌の溜め攻撃を飛び掛かりで、不意打ちで仕掛けた。予想外の一撃に呻くエネミーの身体を回り込み、少女とエネミーの間に入ったのは少女を守る為だ。その理由は目の前で死なれたら寝覚めが悪いから、というロクでもない理由だったりする。

 

 「下がってろ」

 「は、はい!」

 

 取り敢えず、見てしまった以上は見捨てないシュユは一言で少女に要求を伝える。その言葉は邪魔だから戦闘には参加するな、という意思表示だったが、あの様子では参戦は無理だろう。(というより武器が無い)

 エネミーの頭上を見ればネームドエネミーだと判る。それを確認したと同時にかなりの速度で大槌が振り下ろされる。単調な攻撃に被弾する訳がなく、シュユは左にステップして攻撃を回避する。剣形態に変形させて斬る。案外手応えは軽く、体力バーの数%を剣の一撃で削る。そこまで堅くはないらしい。少女はダメージを与えていなかったらしく、タゲはシュユに完全に移行した。デーモンの薙ぎ払いはしゃがんで回避するが、その風圧で軽く後ずさる程の勢いだ。当たればVITにポイントを振っていないシュユはひとたまりも無いだろう。

 

 「...まぁこれぐらいの出費は仕方無いか。倒せば充分釣りが来るし、な」

 

 2本のナイフを実体化させ、デーモンの顔目掛けて投げる。1本はデーモンの手に阻まれたがもう1本は眼球に刺さった。そのお陰でナイフの攻撃力では考えられないダメージを与える。(それでもメイン武器の方が強いのは御愛嬌だ)

 AIにも怒りの感情があるのかは分からないが、デーモンは大きく吼えると攻撃を激化させる。ヒット&アウェイなら剣よりも大鎌の方が適しているので背中に背負う鎌の柄を展開し、先端に刃を装着する。先程よりも速くなったステップで背後に回り込んで縦斬り、振り向きに合わせて左手をX字状に斬り付け、最後に最近取得した【体術】スキルの最も使い方が難しいとされるソードスキル【穿牙(せんが)】を胴体にクリーンヒットさせる。

 このスキルが使いにくいとされる理由はただ1つ、射程の短さだ。このソードスキルを当てられるギリギリの範囲は対象から1㎝、超至近距離だ。基本的に剣や槍といった、接近戦とは言えある程度離れた距離でなければ攻撃が出来ないのがSAOだ。【体術】をメインに据える命知らずはそうそう居ない上に、相手だって動くのだから当てるのは至難の技だ。しかし、硬直が短い上に攻撃中の隙も殆ど無く、しかも威力は絶大というピーキーな性能をしている。正に『当てれば強い』そのものだ。

 派手なサウンドエフェクトとライトエフェクトが直撃を告げ、デーモンの身体は一瞬浮き上がると重力に従い落ちる。倒れたデーモンの胸に畳み掛ける様に縦斬りを1度、更に溜めた縦斬りを叩き込むと、デーモンは弾けてポリゴン片となって霧散した。

 

 「【牛頭のデーモンのソウル】と結構な額のコル....うん、まぁ釣りは充分だな。さて、終わったけど――嘘だろ?」

 

 【ソウルアイテム】はボス戦を倒した時に貰える経験値の塊だ。使用すればかなりの経験値が手に入るが、シュユは今までのゲーム経験上何か別の使い道があると思い、使わずに保存している。

 少女が居た場所に戻ると、緊張の糸が切れたのか少女が気絶していた。ここにほったらかしにすれば戦った意味が無い、そう結論付けた彼は少女を背負い、最寄りの街へと歩いていった。




 実は自分、ユウキが一番好きなんですがSAOを見て初めに好きになったのは『あの子』なんですよね...


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13話 強い人、弱い人

 「んぅ.....ふぁ......ここは...?」

 「目が覚めたか?ここは【スウェイ】の宿屋だ」

 「男の人....?って、えええぇ!?」

 「何もしてないから安心しろ。気絶した君を放っておくのは忍びなかったから運んできたんだ」

 「そうだったんですか...あ、あのエネミーは?」

 「倒した。一応これでも攻略組ではあるんでな」

 「流石は攻略組ですね。本当に凄いです」

 「ありがとう。でも敬語は使わなくて良い。多分君と歳は大して変わんないからな」

 

 第10層の街、【スウェイ】の宿屋。特に特筆する事もない小さな街で、街と呼称してはいるものの少し発展した農村の様な街だ。それでも発展しているヨーロッパ系の街並みや他の村では味わえない、程好いのどかさと人々(NPC)の優しさからリピーターは多い。そしてもう1つ、この村がプレイヤーから好まれる最大の要因が――

 

 「取り敢えず、これでも飲んで」

 「コレ...ホットミルク?でも、味は...」

 「良いから。騙されたと思って」

 「う、うん。じゃあ、頂きます。.....ッ!?」

 「どうだ?」

 「お、美味しい....ホットミルクの味がする!」

 「だろ?案外知られてないけど、ここは味のする牛乳が飲めるんだ」

 

 そう、この村では味のある物が飲めるのだ。酪農家のNPCの所へ行き、街のどこかは複数ある場所のランダムだが御使いをするクエストの報酬が牛乳だ。幾つか選択肢が提示されるのだが、大事なのは『全工程を自分で行う事』、これがキモだ。まず牛乳を牛から絞り、加熱殺菌、そしてボトルに入れて持ち帰るのだがこの工程を行う際にウィンドウが現れ、NPCに頼むか自分でやるか問われる。この時NPCに任せてしまうと味の無い牛乳の出来上がりだ。全てを自分でこなして始めて味のする牛乳が手に入る。

 これをシュユは湯煎で加熱し、ホットミルクにしたのだ。直接加熱しないのは鍋で直接加熱すると【料理】として扱われてしまい、スキルを持っていないシュユでは失敗(ファンブル)してしまう。それを防ぐ為に試行錯誤し、辿り着いたのが湯煎、という訳だ。

 久し振りに飲んだ味のする飲み物に彼女は喉を鳴らして飲み続けた。熱々ではなく人肌ほどの程好いホットミルクはあっという間に無くなり、少女は嬉しさと哀しさが入り交じった顔で中身を飲み干したマグカップを見た。

 

 「ありがとね、【狩人】さん」

 「【狩人】?」

 「全身灰色ずくめの大鎌使いで攻略組の人なんて【狩人】さんしか居ないと思うよ。第1層攻略後に広まった2つ名って聴いたけど」

 「....シュユだ」

 「え?」

 「オレの名前。そんな2つ名は名乗った事無いし初耳だ。だからシュユって呼んでくれ。ぶっちゃけ恥ずかしい」

 「ふふっ、分かったよ、シュユ。私はサチ、よろしくね」

 「あぁ、よろしく。で、サチはなんであそこに居たんだ?あんなネームドにケンカ売る程命知らずじゃないだろ?」

 

 その問いに、サチは気のせいか少し表情を暗くした。

 

 「えへへ、レベリング...のつもりだったんだけどね。あのエネミーと鉢合わせて、逃げた。でも追い付かれて、死にたくないって槍を刺そうとしたら武器は折られて...やっぱり、実力も勇気も無いのに攻略なんてしようとするんじゃなかったね」

 「...確かに、今のサチは実力が無いかも知れない」

 「今の、じゃないよ。多分、私はこれからも――」

 「でも、勇気は有る筈だ」

 

 彼はサチの俯いた顔を見詰める。

 

 「君はあの時フィールドに居た。サチの実力じゃ死ぬかも知れないが、そんな危険なフィールドで君はレベルを上げようとして死にかけた。そうだろ?」

 「...うん」

 「でも勇気が本当に無いのなら、フィールドには出ない。この現状(デスゲーム)に立ち向かおうと思えるなら、まだ負けてない筈だ」

 「負けてないって、何に?」

 「自分と、この現状に」

 

 彼は嘘も吐くし隠し事もする。しかし、今この時の彼が言う事は彼が感じた事実だ。サチはシュユを比較対象にせずとも、SAOプレイヤーの中でもその実力は低い方だろう。

 だが、下層に籠って実力者を装い、自分より弱いプレイヤーや逆らえないNPCを虐げる者も居るこの現状で、サチは死ぬかも知れない安全マージンギリギリのフィールドでレベリングを行っていたのだ。しかも1人だけで。シュユでさえマージンギリギリのフィールドでレベリングをしろ、と言われれば少し躊躇する程の事を、彼女は成し遂げているのだ。

 

 「...まだサチが強くなりたいって思うなら、1週間後の今日、この街の入り口で落ち合おう」

 「それって、私に戦い方を教えてくれるってこと?」

 「オレの戦い方はかなり危ういし、確実に君とはキャラの構築(ビルド)が違う。だから触りの部分――立ち回りとか武器の扱いとか、その程度の事で良ければだけど」

 「.....お、お願いします!」

 「じゃあ決まりだ。1週間後の今日、この街の入り口で。まだ疲れてるだろうし、今日はこの宿屋に泊まってくと良い。金はもう1日利用分で払ってあるしな」

 「え!?か、返さないと...」

 「他人からの好意は受け取っておけ。戦闘中にPOT(ポーション)が切れた時に味方が差し出したソレに君は遠慮するのか?」

 「じゃ、じゃあ受け取っておく。ありがとう」

 「おう。じゃあな」

 

 彼は早々にドアを開けて立ち去った。何故なら、メッセージウィンドウに数件シノンからのメールが来ているからだ。現在も送られてきている上に、加速度的に送られてくる頻度が速くなっている事も明らかだ。彼は全速力で走りつつ、シノンへの言い訳を考えているのだった...




 サチちゃん可愛いですよね。なんで私が好きになるSAOの女の子は死ぬのだろうか...


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14話 付き合い

 もう大体バレてる(と思う)ので淫夢要素をよし、じゃあブチ込んでやるぜ!(ペチン


 「.........................」

 「本当に悪かったって。機嫌直してくれよ、シノン。()()()()()()()()

 「え?今何でもするって言ったわよね?」

 「えっ、それは...」

 「じゃあ、私と――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「変な事じゃなくて良かった...」

 

 あの会話が1週間前の話。

 という訳で、デートをする事になった。ユウキとは違いあまり機嫌に上下が無いシノンではあるが、上下した時の差が激しい事は知っている。1度拗ねればかなり引き摺る為、こうするしか無いとの判断で「何でもする」と言った訳で、苦渋の決断だった。擬音を付けるとするならグリンッ!という感じで素早く振り向き、感情の読めない眼で見られた時は内心冷や汗をかいた訳だが、まぁその話は置いておこう。

 シュユはいつもの服装のコートを脱いだ姿で待ち合わせをしていた。マフラーを始めとする外套を脱いだのは久し振りなので幾分か涼しく感じる。元々シュユ的には一緒に来る感じで良いと言ったのだが、シノンが待ち合わせをしたいと言うのでこうなった。因みに今日を迎えるまでの1週間、シノンの機嫌は目に見えて良くなっていた。

 

 「お待たせ、シュユ」

 「いや、待ってない。今来た所だ。....その服、良く似合ってる」

 「あ、ありがと....」

 

 使い古された様な気障な台詞でシノンを褒める。普段褒められ慣れていないシノンは頬を少しだけ赤らめ、恥ずかしそうに俯く。そんな彼女は手に籠を持っていた。

 

 「その籠は?」

 「お弁当よ。NPCの料理は味が無いから、持ってきたの」

 「ん、そうか。それならピクニックにでもするか。今日は良い感じに晴れてるし」

 「今日はシュユに全部任せるわ。しっかりエスコートしてね?」

 「責任重大だな、頑張るさ」

 

 景色の良い場所は幾つか知っている。今回は第1層の森に向かう。【転移結晶】を使おうかと思ったが、今回はピクニック。そんな野暮な物を使うのは(シノンの)気分が悪くなるので使わずに歩く。

 隣を歩くシノンの手を自然に、それとなく握る。そして彼女が持っている籠をシュユが持ち、シノンの手に触れているのはシュユの手だけになった。こういった事には慣れていないシュユの、精一杯の心配りにシノンは微笑み、優しく彼の手を握る。そんな手慣れて見えるシュユの心中は、実際問題穏やかではなかった。

 

 (.....話題が、思い付かない....。どうすれば良いんだ?コージは確か、「ゲームの話でもしとけよ!」って言ってたな。....戦力外だな。どうしたら良いんだ!?と、取り敢えず籠はオレが持って、はぐれたら不味いから手を繋いで...シノンの手、柔らか!)

 

 一見冷めているシュユも、シノンかユウキが絡めば普通の思春期男子と何ら変わらない。それどころか、普段そういった感情を味わう機会が少ないので一般的な男子よりも純情だし奥手になるのは仕方の無い事だ。基本的にシュユが関わっていた男子の1人の言っていた事は当てにならない上に、そもそもシュユの友達に関する恋愛的な噂を聴いた事はない。全員恋愛初心者だ。故に、前に告白された事しかシュユが恋愛に関わった事は無かったりする。

 そんなシュユと手を繋いでいるシノンの心中も、決して穏やかとは言えないのだが。

 

 (シュユから手を繋いでくれた!やった、やった!少しゴツゴツしてる?でも逞しい手!本当にシュユは優しいわね。こんなさりげなく手を繋ぐ気遣いも出来るなんて、どれだけ私を惚れさせれば――)

 

 これ以上は限りが無いので割愛だ。お互い表情には出さないが、赤く染まった頬が初々しさを周囲に見せ付けている。そんな周囲の状況が判らない程に思考が混乱している2人だが、目の前に現れた樹木を見て初めて第1層に到着していた事を知った。彼は手を引き、森の中の小高い丘へシノンを誘う。背の高い草は大鎌の一閃で刈り取り、適当な木を斬り倒してアイテム化すると椅子とテーブル代わりになる様に剣形態にした武器で調整すると、シノンを座らせる。

 

 「周りを見てみてくれ、シノン」

 「周りを...わぁ....!」

 「どうだ?偶々見付けた場所で、今はシノンとオレしか知らないと思う」

 「じゃあ、私達2人の秘密の場所なの?」

 「あぁ、そうなるな。別に教えたいなら誰かに教えても――」

 「ううん、教えないわ。...ここは、私とシュユだけの場所。良い?」

 「...了解。じゃあ、シノンの手料理が食いたいな」

 「良いわよ、沢山作ったから沢山食べてね?残されたら泣いちゃうかも」

 「安心してくれ、残せそうにないからな」

 「ふふっ、それは安心ね」

 

 シノンが作った手軽に摘まめるサンドイッチだった。彩りも豊かで、何より野菜や卵の味がするサンドイッチはそれだけでも最高に美味しかった。更に周囲の、木漏れ日が一条の光になって降り注ぐ荘厳かつ美麗な光景と綺麗な空気の中で食べる事で、相乗効果でもっと美味しくなる。朝から多少の空腹を感じていたシュユが残す事など無く、2段になっていた弁当をしっかりと平らげていた。シノンもそれなりに食べたが、殆どをシュユが食べたのだ。

 それからシノンが作った紅茶を嗜みつつ、話に華を咲かせる。この場に居るのがユウキなら聞き役に徹する事になるのだが、この場に居るのはそこまで賑やかな方ではないシュユとシノンだ。それでも楽しく、長い間話していた。

 

 「ん、もうこんな時間か。帰ろうか」

 「そうね。名残惜しいけど、そうしましょう」

 「それでは姫様、お手を」

 「......そうね、善きに計らいなさい」

 「プッ....ククッ....」

 「ッ....フフッ」

 「「アハハハハハハハハハ!!」」

 

 普段やらない事をしたシュユと、それに乗ったシノン。それが互いのツボだったのか、2人は吹き出し、大きな声で笑った。どちらも滅多に見せない、顔全面に笑顔を浮かべて。

 一頻り笑った後、彼等はまた手を繋いで家へと帰っていった.....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅後、シュユは第10層に来ていた。もう日は沈み、上の階層の底面から放たれる星の様な光が辺りを僅かに照らしている。

 目の前に迫る槍の穂先を首を傾ける事で回避し、右手で握る木の枝で槍を握る人物の脇を叩く。

 

 「脇が甘い。それじゃ隙が多くなるから直した方が良い」

 「っ....はあっ!!」

 「次は力が入り過ぎてる。もっと力を抜いて柔軟に使わなきゃ、弾かれた時に――」

 

 先程よりも速く、鋭いが動きが固くなった槍を格闘系ソードスキル【閃打】でカチ上げ、槍を吹き飛ばす。その人物は仰け反り、致命的な隙を晒してしまう。

 

 「――致命的な隙を晒す事になるぞ」

 

 その言葉を言い終える頃には既に、シュユが握る枝の先端がその人物の喉元に突き付けられていた。突こうと思えば簡単に突ける距離にある枝を見たその人物は、両手を上げて降参のジェスチャーをした。

 

 「...本当に強くなってるのかなぁ、私。シュユはどう思う?」

 「さぁな。少なくともさっきのへなちょこ突きよりかはマシになったとは思うぞ」

 「それなら良いんだけど...ん?へなちょこ突き?」

 「ほら、槍を取りに行かなくて良いのか?」

 「....絶対今話題逸らしたよね」

 

 そう言いながら人物――サチは飛ばされた槍を取りに少し後退した。見事に穂先が地面に突き刺さっており、抜くのに少し苦労したがしっかりと抜け、シュユの元へと戻っていく。

 これは約束したシュユの指導である。深夜12時から、日が昇るまでというアバウトな時間で行う事になったこの指導はスパルタ式だった。と言うのも、彼は槍を扱った事が無く、教えようにも教えられない。シュユの立ち回り方を教えた所で無駄死にするだけなので論外として、辿り着いたやり方がコレだ。サチは武器を使う組み手で、シュユは木の枝などの与ダメージが少ないアイテムで隙の有る場所などを叩く事で矯正するという、昨今では体罰と言われて即効で罰せられるやり方。しかし、飲み込みが良いのか1度叩かれたりした所はほぼ確実に直っている。

 

 「長槍は突くよりも薙いだ方が良い。薙ぐ方が遠心力が加わって重い一撃になる。突くとどうしても先端が重くなる影響で少し槍がたわんで威力が落ちるからな」

 「分かった、やってみる」

 「あと、お前はサブは装備してるのか?」

 「え?サブなんて装備してないよ」

 「短槍ならまだしも、長槍なんて懐に入られたら無防備なんだ。【短剣】を取っておいた方が良い。シノン...あぁ、【流槍】はそうしてる」

 「そろそろスキル枠も増えるし、やってみる...よ!」

 「不意打ちもやれる様にはなったか。成長してるみたいで嬉しいぞ」

 「難なく防いでおいて...!」

 

 サチの性格的には考え難い不意打ちをサイドステップで左に避ける。サチは槍を引き戻しつつ後退、突きが来るかと身構えるシュユだがサチはアドバイス通り、足元を広範囲で薙ぎ払う。跳んで回避するが、遠心力をそのままに1回転して跳んでいるシュユを薙ぎ払う。

 避け切れないと察したシュユは敢えて槍に当たり、吹き飛ばされる。受け身を取りはするものの、マトモに当たってしまったからかそれなりにHPバーが減っていた。槍が直撃した事で不快なダメージフィードバックが右腕に走るが、無視して立ち上がるとサチが慌てた表情で駆け寄ってくる。

 

 「だ、大丈夫!?」

 「もう【オートヒーリング】で回復した。良い一撃だったぞ」

 「あんな吹き飛んだのはシュユが跳んだから?」

 「流石のオレでも空中でもう1度跳ぶのは難しいな。ソードスキルを工夫してやれば出来なくもないが」

 「出来なくもないんだ.....。って言う事は、アレは遠心力を利用したから出来たの?」

 「そうなるな。この世界(SAO)はステータス以外にも威力を高めたり、喰らうダメージを低くする事も出来るテクニックがある。これは言っても感覚で掴むしか無いから、戦うしかないけどな」

 「うん...やっぱり、戦うしか無いんだよね」

 「じゃなきゃレベルが上がらない訳だしな。...まぁ、安心しろ」

 「え?」

 「死なない為にオレと訓練してるんだ、そう簡単には死にはしなくなる」

 「死なない、とは言わないんだね」

 「そんな理想を語れる程夢を見てる訳じゃない。オレが守れる時は守ってやれるが、無理な時はどう足掻いても無理だ」

 「分かってる。....あ、もう日が昇っちゃったね。今日はありがと、シュユ。来週もお願いね」

 「あぁ、また来週」

 

 彼女は疲れたのか、また【スウェイ】の街へと入っていく。サチのホームは第11層と聴いていたので、恐らく宿に入って休むのだろう。シュユも自分の身体を取り巻く倦怠感を感じているので、貴重な【転移結晶】を使用してシノンが寝ているホームへと戻り、自分のベッドに潜り込んだ。




 .....原作改変ってタグに付けているにも関わらず低評価付ける人って何なんですかね。評価を付けて下さる事は非常に嬉しいんですが、私の文才の不足以前に小説のジャンル否定されたらどうしようも無いんですよね。
 で、結局何が言いたいかって言うと、鰹のタタキは美味しいって事です(^q^)


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15話 不信感

 あと10分早く書いていれば昨日の内に投稿できたのに...うごご...


 「ねぇ、シュユ」

 「ん?」

 「あの3人の噂、聴いた?」

 「あの3人?...あぁ、キリトとアスナとユウキか。で、その3人がどうかしたのか?」

 「あの3人、攻略の最前線に立って攻略してるらしいわよ。アスナなんて【攻略の鬼】なんて言われてるらしいしね」

 

 この会話から解る通り、シノンとシュユは攻略組に入ってはいない。と言うより、第一線である攻略組と第二線のプレイヤーの狭間に位置する、といった所か。彼等はどのギルドにも属さず、自分達の思うがままに戦う為必ずボス攻略に参加する訳ではなく、ギルドから頼まれても出ない事の方が多い。が、彼等が参加した時は死者の数が減り、戦闘時間も短くなりヘイトがシュユに向くのでアイテムの消費も軽くなるという利点が有る為、頼まざるを得ない事が多々あるのだ。

 最近はギルド間の争いが落ち着いたかと思えば、また再燃し、そしてまた落ち着くという状況だ。それは最近結成された、最強のプレイヤーと目される『ヒースクリフ』率いる新ギルド【Knights of the Blood(血盟騎士団)(略称 KoB)】がキバオウも所属する【Aincrad Leave Forces(アインクラッド解放軍)(略称 ALF)】と一時的に対立したからなのだが、最近の攻略でALFが大きな被害を出し、ギルドの運営方針を転換、下層の治安維持と組織強化を重視して前線には出てこなくなった為、今ではKoBが矢面に立って攻略を先導している。

 

 「ユウキとアスナはKoBに入って、キリトはギルドには入らないって言ってパーティを解散したらしいの」

 「へぇ....シノンはギルドに入ろうと思うのか?」

 「私は....思わないわね。あまりそういう付き合いが得意な訳じゃないし。シュユはどうなの?」

 「オレのスタイルじゃ、ちょっとな。ギルドの連携を乱す異分子になるかも知れないし、パーティプレイが性に合ってるからな。多分、ギルドには入らない」

 「そう。なら、私も入らないと思う。シュユとパーティ組む方がやりやすいし」

 

 そもそもシュユの戦い方が1人で戦えるスタイルだ。本来ならギルドで役割毎の隊を作らせ、複数人で回す事をシュユは1人でこなす上に支援しようにもシュユの速さはかなりのもので、変にヘイトが分散するとシュユが逆に危なくなってしまう。究極的なソロ専である。それでもパーティを組めるのは持ち前の器用さのお陰だろう。

 

 「あぁ、今夜は出掛けるから」

 「なんで?まさか、女でも作ったの?ねぇ、私じゃ不満なの?私はあなたに尽くすし、何でも出来る。でもダメなの?どうすれば振り向いてくれる?ねぇ、シュユ――」

 「――まさか。色々有って戦い方を教える事になっただけだ。色恋沙汰ではないさ」

 「そ、そう。それなら...良いんだけど...」

 「分かってくれたみたいで良かった」

 

 1週間に1度、夜に外出する事を今初めて伝える。女の存在を疑うシノンは途端に眼を濁らせ、疑問符だらけの言葉を捲し立てるが生憎シュユはシノンとユウキ以外に恋愛感情を抱く可能性は無い。真顔で言い切った彼に安心したのか、シノンは急にしおらしくなる。実際、シュユではない誰かがシュユの立場になり、シノンの眼を見れば言葉を詰まらせるなり慌てるなりする位には鬼気迫った眼をしていたのだが、それを真正面から見据えて真顔でいられたのはシュユだからこそ、なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「シュユ、聞きたいんだけどさ」

 「何だ?」

 「プレイヤーカーソルって有るじゃん?グリーンとかオレンジとか」

 「あぁ、有るな」

 「前の練習でシュユのHPが減ったよね。でも、私オレンジカーソルになってないんだけど、どういう事?」

 

 異性との逢瀬、とは程遠い特訓。既に組み手は終え、息を整えている最中の事だった。大体息が整ったサチは息切れなど全くしていないシュユに問い掛ける。あっさりとシュユは即答した。

 

 「それはチュートリアルの説明不足だ。と言うより、多分βの頃の説明と変わってない」

 「え、今とβの頃って違うの?」

 「βテストの時はグリーンカーソルの体力を減らした時点で即刻オレンジプレイヤーの仲間入りだったけど、少し仕様が変わったんだ」

 「どうして?」

 「えっとだな、銃を使った連携より、剣を使った連携の方が難度が高いのは分かるか?」

 「まぁ、うん。剣だと連携を失敗すれば直接ダメージ入るからね」

 「そうだ。で、βテストの時、ある問題が発生した」

 「どんな問題だったの?」

 「ボス攻略の際、仲間の斬撃が僅かに掠ったりしてHPが減って、オレンジプレイヤーが大量発生したんだ。例え数ミリの体力現象でもオレンジカーソルが付いてたらラッシュの時も気になって攻められなくなるからか、カーソルの変更はグリーンプレイヤーの体力をレッドゾーンまで減らした場合に、って感じで凄く緩和された」

 「へ~」

 

 元々、SAOはPvPも想定されていたゲームだ。プレイヤーを倒せばβの頃は経験値もコルも、低確率だが装備もドロップした。今ではそれを実行する者は居ないが、現にメニューを開けば【デュエル】という項目がある。この事からSAOはPKを認めているのだ。カーソルとは、βテストで言うのならレッドプレイヤーは【完全決着モード】でのデュエルを、オレンジプレイヤーは【初撃決着モード】などの緩めのデュエルを、グリーンプレイヤーは純粋にPvEを楽しむプレイヤーのどれかを明確にするものだったのだ。

 今ではそんな尺度は消え、レッドカーソルは殺人犯、オレンジカーソルは犯罪者、グリーンカーソルは健常者、というプレイヤーの潔白を推し量るものとなったのだが。

 

 「ねぇシュユ、私に剣を教えて欲しいの」

 「は?槍だけじゃ駄目なのか?」

 「ギルドにね、キリトっていう私達と同じくらいなのに凄く強い人が入ってきたんだ。で、私は(タンク)を担当する事になってね、盾を使うには槍は適してないから剣を教えて欲しいな」

 (キリト?アイツは攻略組だし、強いのは当たり前だろうに。どうして隠し事をしてサチ達のギルドに――)

 「ダメ、かな?」

 「...構わない。片手剣ならオレも教えられるし、槍よりは深い所まで技術を身に付けられると思う」

 「ありがとう、シュユ!」

 

 喜ぶ彼女を尻目に、シュユはキリトへの不信感を募らせる。KoBに入る事を拒み、アスナとユウキとのパーティを解消した彼がサチ達のギルド【月夜の黒猫団】に入ったと言う。少しサチが知る『キリト』の特徴を訊くと黒ずくめの格好に盾無しの片手剣と、シュユの知る『キリト』と一致している。レベル的にはシュユと同等かそれ以上の彼が中位ギルドに当たる月夜の黒猫団に入るメリットが一切無く、不信に抱かざるを得ないのだ。

 だが、それはシュユにとって関係の無い話。スルーして次は剣の扱い方を触りの部分を説明していると、日が昇ってしまった。もう時間だ。サチは手を振って【スウェイ】の街へと入っていき、シュユは歩いて一時的なホームの帰途へと就くのだった。




 やっぱ、シノンのヤンデレを....最高やな!これからもっとヤンデレシノンとヤンデレユウキを出せるよう、頑張ります!でもユウキ本人はは当分出番が――(殴
 あ、そうだ(唐突)誤字報告ありがとナス!多分これからも誤字はちょくちょく有ると思うので、読者兄貴達は誤字を見付けたら報告オナシャス!


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16話 戦い

 前作と比べて文字数が全体的に多い。これって、勲章ですよぉ...?(ねっとり)


 「フロアボス攻略を手伝って欲しい?」

 「あぁ、君の力が必要だ。手伝ってくれないか、【狩人】シュユくん?」

 「アンタ程の実力者がオレ程度の攻略組予備軍に助力を求めるとはな、【聖騎士】ヒースクリフ」

 

 既に半年は使っている一時的なホームに訪れたのは巷で噂のKoB団長、最強のプレイヤーと名高いヒースクリフ本人だった。後ろには副団長であるアスナが控えている。ヒースクリフ曰く、ユウキはギルドのホームで戦闘員と訓練をしているらしく、ここには来ていない。

 

 「かの有名なKoBの戦闘員の連携にオレ程度の力が加わった所で焼け石に水だと思うんだが?」

 「既に無視できない数の死人が出ている。下手なプレイヤーを出す訳にもいかないが、その点君達2人は一流だ。そうでなければ勧誘には来ないさ」

 「.....中々遠回しに言ってくれる。つまり、そっちは自分達のギルドメンバーをみすみす死なせたくないからフリーのオレ達を死ぬ可能性が大きいフロアボス攻略に行かせる訳だ。そもそも、交渉のイロハがなっちゃいない。出直してくれ」

 

 ヒースクリフは驚いた様な表情を浮かべている。実際、シュユの顔つきはゴロツキも同然の強面だ。そんな彼が理路整然と自分達の本当の意図をこの場でぶちまけ、しかも交渉のイロハがなっていないとも指摘されたのだ、驚きもするだろう。

 そんな中、後ろで控えていたアスナが机を叩き、声を荒げる。

 

 「四の五の言わずに協力しなさいよ!あなた達は脱出したくないの!?」

 「そう声を荒げるな、アスナ。オレは協力しないとは言ってないぞ。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()と言っただけだ。肉体言語でも悪くはないが――」

 

 彼は眼光を鋭くし、殺意を表層に出して言う。

 

 「――死んでも後悔するなよ」

 「ヒッ.....!」

 「....アスナ君、止めたまえ。シュユ君も、殺気を納めてくれると有り難い。確かに私達の交渉の仕方が悪かったな、済まない」

 「じゃあ出直して――」

 「――では、これからは交渉のテーブルに着こうじゃないか」

 「.....何?」

 

 ヒースクリフは空気になっていたシノンとシュユに交渉のメッセージを送る。

 

 「私達が払える報酬は2人合わせて100万コル、()()()()()()()

 「100万が、最低額...ですって?」

 「その通りだ」

 

 100万コル、途方もない額だ。レベリングがてらにマラソンをしても1ヶ月はゆうに掛かる金額で、規模的には中位相当のKoBでは捻出する事が難しそうな額ではあるが、KoBはギルドの中でも収入がハイリスク・ハイリターンの攻略系ギルドだ。フロアボス攻略戦に参加した者からある程度コルを徴収すれば簡単にそれぐらいは貯まるだろう。だからこそヒースクリフは100万を最低額としたのだが。

 

 「そしてフロアボスからのコルは君達の物で、ドロップアイテムやLAボーナスも君達の物だ。これは元々の私達(KoB)の規則だから破るつもりはない。これでどうかね?」

 「......ふむ」

 「....シュユ、どうするの?この条件、ハッキリ言って破格よ」

 

 たった2人のプレイヤーに提示する様な条件ではないのだ。自分達の稼ぎはそのままに、KoBからも相当額のコルを貰える。そんな破格の条件だが、裏を返せばそれだけ危険であり死亡のリスクが高いとも言える。彼だけなら即答でYESなのだが、シノンは別だ。

 が、彼女の性格からして断る事は許さないだろう。恋愛的な特別扱いは喜ぶシノンでも、戦闘的な特別扱いは許さないのだ。元々シノンが交渉担当であればシュユは従うだけだが、シノンがシュユにやってくれと頼んだのだ。危険度が高い故に渋々ではあるが、シュユは承諾した。

 

 「...分かった、請け負おう。攻略はいつだ?」

 「そうだね...私達は今月と来月は受けた被害の補填をする事がメインになるだろうから、再来月、1月の上旬でどうかね?」

 「分かった。シノンは大丈夫か?」

 「えぇ。大体はあなたと予定は一緒だしね」

 「と、言う訳だ」

 「細かい日時は追って連絡しよう。それでは、共に戦う日まで生きてくれよ、2人とも」

 「そっちもギルドの経営が倒れない様に頑張る事だな」

 「フッ、そうするとしよう。行こう、アスナ君」

 「...は、はい!」

 

 2人は白い装束を翻して去っていった。そしてシュユは溜め息を1つ溢し、呟いた。

 

 「.....疲れた....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縦斬りを【葬送の刃】の剣形態でガードする。が、フェイント代わりの軽い一撃は簡単に弾かれ、サチは一瞬甘くなったシュユのガードに追撃の【バーチカル】を振り下ろした。シュユはそれを右斜め前方に進んで剣を斜めにする事でサチの剣を受け流し、生まれた隙を突いて右手に握る剣を首に突き付けた。

 

 「...また負けた」

 「βテストから片手剣を使ってるのに、そう簡単に勝たれて堪るか。...まぁ、槍よりも使えてはいるんじゃないのか。槍は読みやすかったからな」

 「それ、地味~に傷付くんだけど」

 「はいはい、悪かったな」

 

 手頃な石を見付けるとシュユは座る。事実、もうサチに教えられる事は教え終わったのだ。これからはサチが自分自身で技術を自分に合う形に最適化していくしか無い。初めは組み手の最中に悪い箇所を指摘していたが、現に最近は組み手をして勝敗を決めるだけになっている。もうこれ以上は互いの時間を喰うだけだとどちらも解っているのだ。

 

 「私さ、明後日から少し上の階層を冒険する事になったんだ。もう攻略も終わってるけど、マージンギリギリの場所」

 「...へぇ」

 「皆も乗り気だし、私も頑張りたい」

 「そうか、それなら死ぬ気で踏ん張れよ。攻略を始めたらもう自己責任なんだからな」

 「分かってる。...でもちょっと不安なんだ。だから、少しだけ勇気を...くれないかな...?」

 

 そう言ってシュユのコートの裾を握るサチは震えていた。やはり怖いのだろう。常人より恐怖を感じにくいシュユでさえ、前線に立って敵と相対する時には若干の恐怖を感じる。誰だって命の残量(HPバー)が見えている状態はプレッシャーだし、通用するか分からない階層ならばそのプレッシャーも倍になるのだから。

 そんなプレッシャーを、人一倍臆病なサチが感じているのだ。押し潰されそうで、でも他人に相談はしにくいのだろう。どれだけ気を許した仲間でも、自分の弱さをさらけ出すのは難しい。それを、ただ戦い方を教えられるだけという薄っぺらい関係のシュユに見せているのだ。これを突き放せる程、シュユは鬼畜ではない。

 シュユはアイテムウィンドウからペンダントを実体化させ、サチの空いている左手に握らせる。

 

 「これは...?」

 「装備効果で【オートヒーリング】が付いてるペンダントだ」

 「こ、こんなの貰えないよ!」

 「誰がお前にやるなんて言った?」

 「....え?」

 「その冒険の間だけ貸してやる。だから、次の週に返しに来い」

 「....じゃあ、私もシュユに預けておくよ」

 

 そう言ってサチが渡してきたのは短剣だった。少なくとも販売品ではなく、クエストクリアの報酬でもなかった。

 

 「ギルドの皆と倒したネームドからドロップした短剣なんだ。思い出のこの武器、シュユに預かってて欲しいの」

 「....仕方無いな、預かってやるよ。絶対に取りに来いよ?」

 「うん、任せて。...じゃ、また来週ね」

 「あぁ...また、来週」

 

 そう言って彼女は街へと入っていく。その背中にシュユから貰った勇気を背負い、少しだけ胸を張って走っている。シュユはそれを見た後、走ってホームへと戻っていくのだった....




 サチちゃん可愛い(ノンケ)


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17話 死

 「おっ、宝箱(トレジャーボックス)発見!中身は何だろうな~」

 「ダメだよ、それ開けたら――」

 

 キリトを含めた【月夜の黒猫団】は迷宮の攻略をしていた。リーダーであるケイタは本当のギルドホームを買う為に別行動だ。そんな中、仲間の1人が宝箱を見付け、小部屋へと入る。それを追う様に全員が小部屋に入ると、その仲間が宝箱を開ける。サチは嫌な予感から制止するが、もう手遅れだ。宝箱の中身は空で、小部屋の入り口は閉鎖され密室に。大量の敵がポップし、取り囲まれる。

 

 「【モンスターハウス】だ!皆、陣形を乱すな!」

 

 そんなキリトの叫びも、取り乱したメンバーには届かなかった。初めてと言える、マージンギリギリの冒険。そんな中で誰も想定していなかった密室での多勢に無勢。レベルを偽ってギルドに入ったキリトなら兎も角、レベル相当の知識しか持たない仲間3人はパニックに陥り、その実力を発揮する事無く殺されてしまった。

 そんな中、サチは敵を見据えて剣を抜く。身体を深く沈めて前にダッシュ、剣を敵の1体に突き立て、そこから【ホリゾンタル】を発動。剣を突き立てた1体を倒すと離脱、後ろを振り向いて武器を振りかぶる敵に片手剣連撃系ソードスキル【シャープネイル】を当てる。倒したか確認する間も無く左右同時に足元を薙ぎ払う敵の武器を跳躍して回避、【ソニックリープ】を発動して右の敵の頭をブチ抜いた。

 だが、調子が良かったのもそこまでだった。ソードスキル発動後の硬直の隙を突かれ、背中に一撃貰ってしまう。無理矢理体勢を立て直して剣を構えるが、しゃがんでいるサチを叩き潰すかの様に上から5体の敵が武器を振り下ろした。それを無様に転がって回避するが、その先にも敵が居た。その敵を【ホリゾンタル・アーク】で斬り捨てるが、もう限界だった。背中に走る鈍い衝撃、広がる不快なダメージフィードバック、そして急速に減っていくHPバー。

 ポーションを飲む時間はもう無い、既に死は確定している。倒れる自分に手を伸ばす黒ずくめの剣士。彼へ感謝を告げようとするが、口を衝いて出てきた言葉は、誰に向けたものだったのだろうか。

 

 「.....ゴメンね、――」

 

 目の前に現れる『You Are Died.(あなたは死にました)』というウィンドウ。無機質で無感情な筈のそのメッセージは、その裏で誰かがサチを嘲笑っている様にも感じた。そして、サチの意識は2度と浮かぶ事の無い闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「.......来ないな、サチ」

 

 シュユはいつも通りの時間に、サチとの集合場所に来ていた。冒険が長引いているのだろう。迷宮内はメッセージ機能が封じられるし、隅々まで探索すればかなりの時間を消費する。流石に攻略済みの迷宮の為、そこまで時間は掛からないだろう。そう思ったシュユはサチを待ち続ける。

 

 「......まだ、か」

 

 メニューを呼び出し、時計を見れば既に2時間は待っている。それでも入れ違いになるのは面倒なので、まだ待つ。

 

 「..................」

 

 彼女から預かった短剣が、何故か重く感じる。実体化した訳でもない、ストレージ内に収納している筈だが、何故か重く感じる。

 

 「...........日が、明けた」

 

 目を瞑って待っていた。目蓋越しにも分かる仮想の日光が、この狭い世界を照らす。とうとうサチは来なかった。

 まさか、と思った。こんな世界だ、有り得ないとは言い切れない。だが、彼女の性格的に遅れるとは思えない。調子に乗りやすいどころか臆病で心配性なサチ、そしてぶっ続けの探索は死亡のリスクを跳ね上げると知っている筈のキリトが居ながら、その結果は有り得ないとシュユの限られた感情が言っている。

 第1層へと走る。その間にも理性が最悪の結果を冷酷に告げ続ける。その結果から逃げる様に速度を上げ、デスゲームと化したSAOでは使われる事の無い形骸化した部屋である【蘇生者の間】に足を踏み入れる。そこには巨大な金属の碑である【生命の碑】があり、SAOプレイヤーの全員の名前が刻まれている。そして死んだ者の名前には横線が引かれ、死亡原因が表示される。

 彼はそこに辿り着くと、食い付く様に碑を読む。やっと目当ての人物――サチの名前を見付ける。だが――

 

 『Sachi

 「.......嘘、だろ」

 

 その名前には斜線が引かれていた。つまり、サチは死んだ。その事実が叩き付けられ、戸惑うと共にハッキリとしない感情が彼を包む。サチは死んだのだ。

 

 「.....................」

 

 涙は出ない。泣けないのだから、哀しめないのだから、涙など出ない。彼の足は勝手にサチと出会った平原へと歩みを進め、そして彼女を運んだ宿屋へと歩いていく。NPCの主人はシュユの事を見ると、言った。

 

 「よう!あんたの部屋は綺麗にしてあるぜ!」

 「.....は?」

 

 彼は宿屋など使っていない。コルを払った覚えは無いし、ここを使ったのはサチを運んだ時だけだ。理解が及ばない、そう思っているシュユを見て部屋を忘れたと勘違いした宿屋の主人はシュユの腕を掴み、ある部屋へと連れていくと「ここがあんたの部屋だろ?しっかりしてくれ」と言い残して自分の業務に戻っていった。

 その部屋は以前サチを運んだ部屋だった。想い出を振り返る様に部屋を見回すと、質素な机の上に不釣り合いな結晶を見付ける。その結晶は【記録結晶(レコード・クリスタル)】と呼ばれるアイテムで、映像や音を記録できるというアイテムだ。通常なら勝手に見聞きされない様にロックを掛けておくのだが、この記録結晶はロックされていない。デリカシーに欠けるとは思いながらも、彼は記録結晶を使用した。

 

 『シュユがこのメッセージを聴いてる時は、多分私は死んでると思います。シュユに勇気は貰ったけど、やっぱり不安なので初めて話したこの部屋に、メッセージを遺します。

 私が死んだらシュユは哀しんでくれるかな?いつも無感動なシュユが哀しんでくれてるなら、それだけ大きな存在になれてたんだなぁ、って思うよ。シュユは無表情で強面だけど、本当は優しいって知ってる。でもシュユは強いし、割り切れる人だから私の死を哀しんでくれるのかは解らない。でも、少しでも私を友達って、大切だと少しでも思ってくれるなら、頭の片隅に私の事を覚えてて欲しいな。このデスゲームの中で生きて、そして死んだって。

 初めて会った時、シュユは私に実力は無くても勇気は有るって言ってくれたよね。当たり障りの無い励ましより、私にとってはハッキリ言ってくれたシュユの言葉が何よりも励ましてくれたよ、ありがとう。

 これで恩返しになるかは分からないけど、ペンダントを作ってみたの。この結晶が置いてある机の引き出しに入ってるから、着けてみて欲しい。何の効果も付いてないし不出来だけど、装備しなくても持っていて欲しいな。でもその分、私の祈りが籠ってるから、何かの拍子にシュユを守ってくれるかも?

 ...あ、まだ時間が余ってるね。じゃあ、私が好きなこの歌を贈ります。ちょっと自信が無いからハミングだけど、最後まで聴いてくれたら嬉しいな。~~♪』

 

 サチがハミングしているのは『赤鼻のトナカイ』だった。始めの歌詞は覚えているものの、シュユはサビを知らない。それでも暖かみのある、そんなハミングだった。

 引き出しを開ければ、不格好なペンダントが入っている。インゴットを加工したのか、ペンダントにしては厚みがあるし絵柄のクロスした大鎌と剣はお世辞にも良く描けているとは言えない。価値なんて大したものではない、サチに渡したあのペンダントの方が100倍近く高く売れるだろう。

 それでも彼はそのペンダントを装備した。このペンダントに宿るサチの想い、祈りを連れていく為に。つくづく自分らしくないと理性が嘲笑う。そんなガラクタに何の意味が有るのだ、と。

 彼の感情は嘲笑う理性に応えた。この行動は損得(尊徳)勘定(感情)で割り切れるものではないのだと。

 

 「.....サチ」

 

 シュユはメール画面を開き、ある人物にメッセージを飛ばす。自分がこんな不確定で現実味の無い事をすると思っていなかったと、どこか客観的に苦笑する自分が居た。

 彼は何も告げずに宿屋を出る。だが、彼の背中は何かに別れを告げた様な、そんな感じがした...




 シュユ「...何だ、この空間は?」
 
作「私の気紛れで発生するメタ空間です。初回お試しって事でYouを呼びました」
 
 シュユ「ふ~ん...続くのか?」

 作「私の気紛れと読者の皆さんが良いって言ってくれたらね」

 シュユ「まぁ、別に良い。と言う訳で、皆さんこの雑談が良いか悪いか感想をくれ」

 作「私の台詞を!?」

 シュユ「次もよろしく頼むぞ」

 作「それも私の!...あー、次回もよろしくです!」


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18話 夢物語

 また間に合わなかった....(懺悔)


 おぞましい数のメールを受信している。その全てがシノンから送られてくるもので、数は100を越えた所で数えるのを止めた。彼はたった一言、「待っていてくれ」と入力するとメールを送信する。すると、ピタリとメールの着信は止まった。信じてくれたのだろう。

 

 「久し振りだナ、シュー坊」

 「その名前は止めてくれ、アルゴ。坊なんて呼ばれる歳じゃない」

 

 背後から話し掛けてくるのは同じβテスターでこのSAOの中でもトップの情報屋、【鼠】のアルゴだ。特徴的なフード付きのローブと赤い鼠の様なヒゲのペイントがトレードマークだ。シュユが唯一信頼している情報屋であり、だからこそシュユはある情報の調査を彼女に依頼したのだ。

 

 「オネーサンからすればシュー坊はシュー坊サ。....シュー坊に頼まれたあの情報、多分真実だヨ」

 「【死者蘇生アイテム】....本当に有るのか」

 「多分、ナ。クリスマス、つまり明日の0時にイベントボスが出現して、何かしらのレアアイテムをドロップするらしイ。NPCの台詞を何度も聴いたけド、死者蘇生としか思えない情報だっタ」

 「...そうか、それなら充分だ。対価は?」

 「実際、オレっちの読み間違いって可能性も有るしナ。今回限り、無料(タダ)で大丈夫ダ」

 「...じゃあこれは次の前金だ。このコル分の依頼をするまで、死ぬなよ」

 

 彼は10万コルをアルゴに押し付ける。アルゴは驚いた様な表情を浮かべた後、シュユを心配している声音で言った。

 

 「...いつものシュー坊らしくないナ」

 「そうか?」

 「オネーサンには分かるのサ。....分かってるとは思うけどナ、多分このアイテムはシュー坊が思う様なアイテムじゃ――」

 「――分かってる」

 

 アルゴの言葉を遮り、シュユは言い切る。分かりきっている事でも、最後まで聴きたくはなかったからだ。言われなければ、まだ希望的で楽観的で馬鹿な妄想に浸れるのだから。

 

 「....分かってるんだよ、そんな事は」

 「...まぁ、オレっちが止める事じゃないからナ。それはシュー坊の勝手だけど、借りを返すまでに死んだら許さないからナ?」

 「.....あぁ」

 

 彼は一切アルゴの方向を向かず、街の雑踏へと溶け込んでいった...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマス、深夜0時。イベントが始まる。迷いの森のどこかにある枯れたモミの木の場所は既にアルゴから聴いている。彼は大鎌を持って走る。底上げされたAGIのお陰で普通に走るよりも格段に速く走る事が出来るのだが、止まらざるを得なくなる。

 

 「待てよ。そのユニークウェポン、俺達に寄越して貰わなきゃな」

 「.......【聖龍連合】か」

 

 【聖龍連合】などと言う正義のヒーローが名乗りそうな名前とは裏腹に、その実態はレアアイテムの為なら一時的なオレンジカーソルを厭わない犯罪者(オレンジ)ギルドだ。シュユの道を塞いだ全員がオレンジなのは確実にシュユの【葬送の刃】を奪おうとしているからだろう。

 だが、彼等には同情せざるを得ない。今のシュユはマトモとは言い難い。少なくとも、目的の為なら見知らぬ人を殺す事くらいなら簡単にやってのける精神状況だ。そんなシュユの道を塞いでしまったのだ。

 

 「だんまりかぁ?怖がって――」

 「――邪魔だ、()()

 

 大鎌の一閃が、1人の男の首を刈り取る。クリティカル判定を受けた男のHPバーは一瞬で消失した。

 

 「ヒッ!?に、逃げろぉぉぉ!!」

 「...逃がさない」

 

 逃げようとするが彼等は重そうな装備を着けている。そんな彼等に、身軽な装備でAGIに補正が掛かっているシュユが追い付けない訳がない。全員の首を大鎌の一閃で刈り取ると、彼等が居た存在証明であるポリゴン片を無視して先に進む。そんなシュユのカーソルはグリーンのままだ。

 このSAOはオレンジとレッドのカーソルが付けられたプレイヤーに居場所を用意しない。グリーンカーソルのプレイヤーがオレンジ、又はレッドカーソルのプレイヤーをPK――殺害したとして、グリーンカーソルのプレイヤーのカーソルが変わる事は無いのだ。つまり、殺人を犯しても無罪のままでいられる。このルールが無かったのなら、シュユはスルーしていただろう。だが、このルールを知っていたが故に彼等は殺されたのだ。

 それも、今のシュユにはどうだって良い話だ。アルゴが調べた座標に辿り着くと、一際巨大な枯れ木が目に入る。そしてそこには赤い服に長い白髭を生やした、サンタクロースそのものな姿をした人型のエネミーが佇んでいた。

 

 【Apostate Nicholas(背教者ニコラス)

 

 ニコラスはシュユの姿を視認すると、大きな笑い声を発して走ってくる。

 

 『HAHAHAHA!!』

 

 人型とは言え巨人クラスの体高を持つニコラスはただ走るだけでも地面を揺らし、シュユをよろめかせる。そして脚に蹴飛ばされれば大ダメージは必至だろう。全力で右に跳び、片手剣に切り替えてニコラスの脚に火炎瓶を1つ投げる。が、体力は殆ど減らず、怯む様子も無い。服も燃える訳でもなく、ニコラスは立ち止まるとその顔を歪んだ笑顔に変えた。

 

 『Hallelujah!』

 

 ハレルヤ、と発音するとニコラスは右手に持つ白い袋を地面に叩き付ける。凜、という鈴の音が連続して響き、叩き付けられた袋から怨霊の様なモノがぶちまけられる。全ては回避し切れず、1つの怨霊に当たってしまうがダメージは無い。その代わりにシュユのHPバーの下に【呪い】が蓄積し、直ぐに消える。呪いは厄介だ、と舌打ちを1度打つと彼は一気に後ろに跳んで距離を取る。

 【呪い】は完全に蓄積すると体力の上限値が減らされる。毒の様な数値固定のダメージも低VITのシュユにとっては脅威なのだが、体力の上限を減らされるという事はただでさえ少ない被弾できる回数を減らされるのと同義なのだ。厄介この上無い。

 火炎瓶が効かないのなら投げナイフも牽制にしかならないだろう。シュユは剣を大鎌に変形させると前にステップ、膝の部分に刃の切っ先を突き刺し、回転する。手放さず回転した事により大鎌はニコラスの膝を斬り裂き、赤いダメージエフェクトが視界を埋める。そのままもう1度1回転し、全力で横一閃の一撃、地面に切っ先を突き刺す様に力任せの縦振りでゲージの1本を持っていく。人型エネミー特有の防御力と耐久力の低さは適応されているらしい。2本あるHPバーの20%は削れた様だ。

 だがニコラスは止まらない。袋の口を開放すると、中から骸骨が現れてシュユに殺到する。武器は堅そうな木の枝で、動きもそこまで速い訳ではないが何分数が多い。流石に全部の骸骨を処理するとなると時間も労力もそれなりに掛かるので、シュユはストレージ内から【誘い骸骨】を取り出すとニコラスと自分から離れた位置に投げる。認識にタイムラグがあるものの、骸骨達は【誘い骸骨】をしっかりと認識し誘い骸骨が落ちた場所に走っていく。虚空を殴るが、密集している為仲間である筈の骸骨に枝が当たり、ポリゴンの光が上がっている。

 【誘い骸骨】とは読んで字の如く、骸骨の形をした囮に使える投擲アイテムだ。が、知性の高いエネミーや視覚や聴覚でプレイヤーを見分けるエネミーには効果が薄い。骸骨などのアンデッド系のエネミーに対して有効な囮だ。

 

 『Hallelujah!!!』

 「悪いが、オレは神を信じていない!!」

 

 神への賛美を口にするニコラスに、シュユの大鎌の溜め攻撃が直撃する。元々STRに超高補正が掛かる大鎌形態に、更にブーストを加えるのだ。フロアボスではない、隠しイベントのボスに過ぎないニコラスには充分な一撃を与えられる。

 しかし、それで終わればボスの名を冠する事は出来ない。骸骨を1つの塊に、骨塊を棍棒の様にするとニコラスは自らの前方180度を薙ぎ払う。シュユは跳んで避けるが、それを待っていたと言わんばかりにニコラスの左手がシュユを殴り飛ばす。

 

 (袋、手放せたのかよ...!)

 

 木に叩き付けられて追加ダメージを貰う事は無かったものの、ボスのパンチをマトモに喰らったのだ。体力はかなり減っている。

 もう撤退するべきだ、自分の理性も本能もそう叫ぶ。だが僅かに残る感情が嫌だ、退かないとシュユらしくもない事を死にかけの体で嘯く。その時、誰かが話し掛けてきた気がした。

 

 ――まだ、人を捨て切れていないな、次代の狩人よ。

 「誰....だ...?」

 ――人を捨て、血に酔え。我等は狩人、血に依りて、血に酔い、血に揺られ、血の中で果てる者だ。その中に人間性など必要の無い雑味。さぁ立て!そして奮い、振るえ!その為の力は既に与えたのだから!

 

 訳が分からない。この声が誰なのか、はたまた幻聴なのか、それすらも判らない。だが、それでも構わない。力を得られるのならシュユは迷わず力を得るし、それがシノンとユウキを護る事に使えるのなら人間性など捨てて見せる。でも、今この時だけは2人の為ではなく、死者の為にその力を振るう。そう、決めたのだから。

 回復をせず、大鎌でニコラスの腕を斬り付ける。すると、()()()()()()()()()()()()。紅いダメージエフェクトが返り血の様にシュユの身体に張り付き、姿を紅く染める。回復したのなら好都合、シュユは強化されたAGIを生かしてニコラスの身体を()()()()()。その間にニコラスの身体に刃を突き立てると、線を引く様に大鎌を引く。紅いダメージエフェクトが暗い夜を照らし、そして大幅にニコラスの体力を減らしていく。頭頂部まで辿り着く頃には体力バーは残り1本、そしてその半分しか無かった。

 

 「ウラァァァァァァァアアアアア!!!!」

 

 脚力とステータスの許す限りの全力で真上に跳躍、一瞬シュユを見失ったニコラスの頭頂部から股間まで、重力加速を含めた斬撃はニコラスを真っ二つに斬り裂いた。当然クリティカル判定であり、ニコラスの残り体力は猛スピードで左端に辿り着き、凄まじい輝きとポリゴン片を放ち、その巨体は消え去った。

 

 『YOU GET THE LAST ATTACK BONUS!!』

 

 そのウィンドウが現れると同時にアイテムストレージを確認する。中には新たなアイテムが3つ入っており、1つはLAボーナスのソウルアイテムとサンタ帽、そして噂の【死者蘇生アイテム】が入っていた。

 

 「.....ハハ、解ってたさ。そんな都合の良い話、ただの夢物語だってな」

 

 アイテムの説明を読んだシュユの反応を見れば、都合の良い話は無かった事が嫌でも分かる。半ば解っていた事実だ。だが、シュユの()()()()()()()()。確かにこのアイテムに一縷の希望を抱いていた事も事実だ。だが、本当は違う。彼は、彼の目的は――

 

 「....シュユ、なのか?」

 「....やっぱり来たか、キリト」

 

 キリトを、止める事だったのだ。




 ユウキ「今回のゲストはボクなの?」

 作「最近出番無いからね、仕方無いね♂」

 ユウキ「ほんと、閑話から話してないんだけど?名前がチラッと出ただけだし、本当にボクヒロイン?」

 作「うん、ヒロイン。その内出るから、その内」

 ユウキ「作者のその内って凄く遠いよね、知ってるよ?昔の作品でその内新キャラ出すって言ったけど、本当に出したの15話くらい後だったって話」

 作「....HAHAHA、次回もよろしくお願いします!」

 ユウキ「あ、逃げた!まぁ良いや、感想と評価もよろしくね!」


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19話 馬鹿の為に(友達の為に)

 「【死者蘇生アイテム】は有ったんだろ?頼むよ、シュユ。コルでも武器でも幾らでも出す。だから、そのアイテムを俺にくれないか?」

 

 キリトがシュユに話し掛ける。だが、キリトはシュユを『見て』いても『視て』はいない。彼の心は今、死者(サチ)に取り憑かれ、死者を蘇らせようという狂いながらも純粋な執念で動いていた。こうなる気はしていたのだ。

 シュユは自分が普通とは違うと自覚している。だからこそ、キリトがサチの死に直面し、耐える事が出来ないと思っていた。サチが死に、【死者蘇生アイテム】という眉唾物の噂がぶら下げられた今の状況は現実から目を背けるのに最適だ。だが、それが終われば?今シュユが所持している死者蘇生アイテムの説明文を見れば、きっとキリトは立ち直れないだろう。だからシュユは――

 

 「...断る。このアイテムはオレの物だし、渡す気は無い」

 

 悪者を、演じる事にした。

 

 「...頼む。あのイベントボスをソロで倒したんだ、確かに対価は高く付くと思う。でも、俺にはソレが必要なんだ!だから、頼む」

 「ハッ、使い道はサチを蘇らせようって訳か。傑作だな、キリト」

 「なんで...なんでサチの事を知ってるんだよ、シュユ!?」

 「アイツに剣を教えたのはオレだ。色々聴いたな、ギルドの仲間の面白い話も、お前が頼りになるって話も。...そして、お前が嘘を吐いていたって事も、知ってる」

 「なっ...!?」

 「良い御身分だな、キリト。嘘を吐いて潜り込んだギルドを壊滅させて、自分は暢気にイベントの攻略か?」

 「――さ、い...」

 「なに?」

 「うるさいッ!!」

 

 文字通り、弾丸の様な速さの突進。右手にはしっかりと【クイーンズ・ナイトソード】が握られており、双貌からは怒りと殺意が滲み出ている。シュユの中の、解放されて芽生えた『何か』が鎌首をもたげ、キリトを殺さんとして大鎌を構えろとシュユの身体を動かそうとするが、ソレを押し殺して剣形態に変形させる。

 そして、今のこの状況でデュエル申請を行える程キリトは精神的な余裕が無い。そしてシュユも余裕が無い。今のシュユの状況は最悪に近い。先程のニコラス戦の疲労は抜けておらず、謎の動悸や目眩に襲われている。本来なら立っている事すらかなりの気力を使っているのに関わらず、トッププレイヤーであるキリトと真剣の殺し合いをしようと言うのだ、正気ではない。

 

 「ウアアアァァァァァァ!!」

 「っ...オオオォォォォォ!!」

 

 大鎌では殺してしまう。シュユの目的は飽くまでキリトを止める事、違う意味で(殺して)止めるのは流石に論外だ。故に、純粋な剣士相手に似非剣士(シュユ)はこの最悪なコンディションで戦わなければならないのだ。しかもキリトは殺す気で来ているとあっては、無力化するのも至難の業だ。

 キリトは左下から右上に鋭い逆袈裟斬り、シュユは右上から左下に叩き潰す様な袈裟斬りを叩き込む。が、弾みを付けて跳ね上がる様に跳んだキリトに剣を弾かれる。跳んだキリトに悔し紛れに折り畳んでいる大鎌の柄を突き出すが、【弦月】の蹴りで容易く弾かれる。しっかりと着地したキリトはシュユに向けて【バーチカル】を繰り出すがシュユは【ホリゾンタル・アーク】を使用してキリトの剣を弾きつつ反撃を繰り出す。

 シュユの斬撃を斜めに構えた剣で見事に流したキリトは突きを放つ。シュユの胸部を狙った突きは当たれば必殺の威力を持つ。思い切り身体を捻って回避するが、足が動かず地面に倒れる。それが致命的な隙になる事は解っていたので、地面に積もる雪を巻き上げる事で目眩まし代わりにして距離を取る。

 

 「俺はサチを生き返らせたいだけだ!それの何がいけないんだ、シュユ!?」

 「お前は馬鹿じゃない、解ってるんだろ、キリト!この世界(SAO)にそんな都合の良い話が有る訳が無いと、もう学んでいるだろう!!自分が原因だという事実から、目を逸らすな!!」

 「俺が原因....?」

 「全てお前が悪いとは言わない。けどな、お前が黒猫団に関わらなければ、ギルドが壊滅する事も無かった!それが事実だろう!」

 「違う!俺はただ、皆を――」

 「――守りたかった、そうなんだろう!?だが、その傲慢がギルドを潰した!お前が入らなければ、きっと黒猫団は中層でゆっくりとレベリングしていたんじゃないのか?お前が嘘を吐いて変に調子に乗らせなければ、死ぬ事は無かった、防げたんじゃないのか!?」

 「っ、それは....!」

 「黒猫団の壊滅は、他ならないお前の臆病さと傲慢さが招いたんだよ、キリト!」

 

 そう、全ての責任がキリトのものではない。だが、殆どの責任がキリトにある事は紛れも無い事実なのだ。彼がもしレベルを偽らずにいたのなら、全員はキリトの指示に耳を傾けただろう。キリトが黒猫団メンバーのレベリングの際に防御メインの立ち回りではなく、いつもの攻撃的な立ち回りで前に出ていたのならトドメはキリトが刺す事になり、変に増長する事は無かった。彼が上の階層の情報を「情報屋から聴いた」とか「フレンドが言っていた」などと言わずにしっかりと「自分が見た」と言えば信頼性も上がり、トラップに引っ掛かる事は無かったのかも知れない。極論にはなるがキリトが黒猫団と関わらなければ、黒猫団は中位ギルドのまま、壊滅する事は無かったのだ。

 キリトは泣き喚く子供の様に頭を振り乱し、叫ぶ。

 

 「そうだ、その通りだ!!だから償うって決めたんだ!だから、俺の邪魔をするなァァァァァァ!!!」

 「っ、馬鹿が!サチがそんな事を望む様な人じゃないと、お前の方が理解してる筈だろうがァァァァァァ!!!」

 

 2人は左手を前に翳し、右手に握る剣を肩の上に大きく引く。片手剣のソードスキルの中でも最高峰の威力を誇る単発重攻撃【ヴォーパル・ストライク】の構えだ。赤紫のライトエフェクトが剣を包み込み、2人の気迫が周囲の空気をピリピリと刺激する。とっくに規定のチャージ時間は過ぎている。だが、2人は動かない。どれだけの間動かなかったか判らない。数秒かも知れないし、数分かも知れない。次に2人が動いたのは木の枝から雪が落ちた音が響いた瞬間だった。

 

 「「.......ッ!!」」

 

 全く同時に動き出し、寸分も狂わずに剣を突き出す。このソードスキル発動時特有のジェットエンジンの様な音が静寂を斬り裂き、そして2人の頬も斬り裂いた。紅いダメージエフェクトと不快なダメージフィードバックが走るが、シュユは無視して()()()()()()。スキル発動中に手放した為、剣は凄まじい速度で飛んでいく。一瞬気を取られたキリトの懐に、ステップで潜り込む。

 握り拳を作ると、【体術】のソードスキルを使用しようとする。が、また芽生えた『何か』が確実にキリトを殺せる【穿牙】を使えと囁く。だが、彼は従わない。キリトの鳩尾に【閃打】を一撃、よろめいてスキルが中断された隙にもう一撃叩き込む。

 

 「ぁ.....サ、チ......」

 「Good Night(グンナイ)、キリト」

 「き、キリト!?」

 

 振り向けば、バンダナを巻いた赤毛の男が数人の仲間を連れて来ていた。キリトの名前を知っているのなら、仲間だろうと思いシュユはキリトを抱えて男の元へと向かう。

 

 「...アンタは、キリトの知り合いか?」

 「あぁ、仲間だぜ」

 「じゃあ、コイツを頼む。...オレの名前はシュユ、アンタは?」

 「クラインだ、よろしくな、シュユ」

 「あぁ、よろしく。クライン、頼みがある」

 「何だ?」

 「コイツの目が覚めた時、一緒に居てやってくれ。今のキリトに必要なのは不安と怒りの捌け口(スケープゴート)と信頼できる仲間だ。...捌け口は、オレだけで充分だ」

 「...な、なぁ、【死者蘇生アイテム】は使えねぇのか?惜しいのは分かるがよ、それじゃキリトが不憫で仕方ねぇ」

 

 その言葉に、恐らくギルドメンバーの男達が一斉に頷く。それを見てシュユは、彼等は善い人だと直感した。そんな彼等に現実を見せるのは酷だと思うが、嘘は時に人を傷付ける。そう思ったシュユはアイテムのテキストを彼等に見せた。

 

 【背教者の冥鈴(めいりん)

 《背教者ニコラスがその生涯を文字通り捧げて得た中途半端な祈りであり呪いの鈴。

 元は熱心な殉教者であったニコラスは貧困や飢餓に喘いで死んでいく人を憐れみ、神の教えを捨てて悪魔となりながらも死者を蘇らせる力を手に入れた。

 しかし、その力は不完全であり死んで直ぐの人しか蘇らせる事は出来ず、これでは人を救えないと絶望したニコラスは人を自らの手で殺し、蘇らせるという狂った救済を行った。

 ニコラスの力が籠ったこの鈴を使えば死んで1()0()()()()の人間の魂を呼び戻す事が出来る》

 

 これを見たクライン達は絶句した。これでは、確実にキリトが救いたいと願った者を救えないと理解したからだろう。

 

 「...そして1つ、伝言を頼む。『サチが何も遺していないと思うのか?』と、それだけだ」

 「....承ったぜ、シュユ。帰る場所が有るんだろ、行きな」

 「感謝する、クライン」

 

 シュユは直ぐ後ろの木の幹に突き刺さる剣を回収すると、ソウルアイテムのテキストを読む。

 

 【背教者ニコラスのソウル】

 《神に殉じ、神を呪った者のソウル。

 鈴を用いて人を救いたいと願った彼は絶望し、自ら殺し自ら救済をもたらすという行為に走った。その際、絶望の余りに髪と髭は白く染まり、服は返り血で紅く染まった。

 狩人に狩られた彼の思念は永遠に下界をさ迷い続け、ある日だけ具現化してエゴの救済をもたらす。死が唯一の救済であり、永遠に楽になれるという夢と幻をプレゼントする、サンタクロースの模倣はもう1度狩られるまで救済を騙る殺戮を続けるのだろう》

 

 設定でしかないこのエピソードが、酷く自分達に合っていると感じた。たった1人の命を助ける為に東奔西走、そして現実を叩き付けられたシュユは疲弊していた。だが、友人に自分と同じ思いはさせないと、壊れてしまわない様にと彼は友人の憎まれ役を買って出たのだ。見えず、見せない様にはしていたがシュユは限界だった。

 いつ転移門(ポータル・ゲート)を潜ったのか、それとも転移結晶を使ったのかは覚えていない。だが、シノンが居る筈のホームを見て、そして部屋に灯りが灯っている事を確認したシュユは思わず走り出していた。ロックされていない扉を蹴り開ける様に開け、自動で閉まる扉を省みずリビングに飛び込む。そこには、テーブルに頬杖を突いて雪が降る外を眺めるシノンが居た。

 

 「シノン....!」

 「シュユ!?ねぇ、今までどこに――」

 

 問い詰める言葉は途中で遮られる。それはキスでも何でも無い、ただ彼が縋り付く様に抱き着いたからである。幼子の様に、膝を床に付けてシノンの腹部に顔を埋めていた。キリトとの戦いで解放され、離れた事で再び抑圧された感情がシノンを見た事でまた解放されたのだ。しかもキリトよりも心を許しており、弱味を見せられるシノンなのだ、もう限界だった彼は耐えられなかった。

 

 「頼む...今日だけで良い。だから、今だけはこうさせてくれ....じゃないと、耐えられない...!」

 

 彼は表情に出さないだけで、怒りもすれば哀しみもする。そして傷付く時は傷付くと知っているが、シュユはそれを抑え付けて表に出す事は滅多に無い。それを知っているシノンは、自分を抱き締めているシュユの身体が小刻みに震えている事を感じると、何も言わずに背中を一定のリズムでポンポンと叩き、頭を撫でる。

 正に幼子にする行為だが、それ故に安心する。人肌の温もりとシノンの身体から聴こえる心音、そして安心する甘い匂いと撫でて貰っているという安心感。彼の意識はもう保つ事が困難だった。

 

 「....大丈夫よ、シュユ。今は私しか居ない。泣いても良いし、寝ても良いの。今日はクリスマス、あなたにもプレゼントが無いと不公平だもの、ね?」

 

 その言葉が耳元で囁かれる。いつもはストイックな彼だが、もう限界だ。肉体的な疲労と精神的な疲労に呑み込まれ、彼はシノンに抱き着いたまま眠りの世界へと旅立っていった....

 

 「お帰り、そしてお休みなさい、シュユ....」

 

 そしてシノンも、座っている安楽椅子の背もたれに身体を預けて意識を手放した。




 シノン「原作主人公を結構な扱いするのね、あなた」

 作「始めから中々な毒舌ですな」

 シノン「だって事実じゃない。まさかあんなにキリトに責任が有るって押し売りするの、見たの初めてよ」

 作「えっとですね、今回の話は私の考えそのものを少しオブラートに包んだ感じなんですよ。実際問題、黒猫団の壊滅はキリトが絡まなければ無かった話ですしお寿司」

 シノン「批判は?」

 作「覚悟はしてる。と言うか、原作改変で死亡キャラ生存とかタグに書いてるんだから苦手だったり嫌いな人は読んで貰わなくて結構ってのが私の考え。それで批判やら低評価付けられても、互いが嫌な感じになるだけだしね」

 シノン「それ、前も後書きで言ってたと思うんだけど?しつこい男は嫌われるわよ?」

 作「ヌッ」(絶命)

 シノン「あ、死んじゃった....。まぁ、多分元に戻るから大丈夫よね?えっと、取り敢えず、次回もよろしくね!」


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20話 良い夢、悪い夢

 ――戦い続けた先に、何が在るのだろうか。それを考え、そして目の前の敵を狩る。身に纏う装束は返り血に濡れ、手に持つ武器は血を滴らせる。身体の中で違和感を感じない場所は無いに等しく、1歩歩くだけでも足が縺れて転びそうになる。

 それでも狩る。友人の為に、大切な人の為に、自分が人で在る為に、他者の命を犠牲にする。いつしか酒に酔った様に戦い続け、人として在る事すらどうでも良くなる。

 

 「もう止めて!絶対に止めるよ、シュユ!」

 「あなたの為なら命だって捨てて見せる!だから、早く戻ってきなさい、シュユ!」

 

 誰だろうか、2人の少女の声が聴こえる。そして少女達を取り込みたい、1つになりたいと願う想いは呪いとなり、大鎌を振るわせる。人間離れした速さと威力を以て何故か躊躇する少女達を狩り、その血を啜る。美味!美味!美味!

 この味の為なら何だって殺せる、狩れる、化け物になれる。そう感じた彼の身体を斬った者が居た。

 

 「安心して私に任せなさい、きっと上手くいくから。だから、眠りなさい

 

 誰だ?解らない、知らない、記憶に無い。それでも狩人()に残された僅かな記憶が、確かに人間であると知らせる。だが、顔が判らない。声も朧気で、思い出など覚えている訳が無い。それでも彼は殺したいと願う。何も知らない、無関係なのかも知れない彼女の頸を絞めて、大鎌で斬って、そして血を啜りたいと願う。殺意と血に溺れた狩人は獣となり、そして最後には――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ユ。....ユ、シュユ!」

 「ッ!!.....ぁ、朝か。シノン、ありがとう...って、どうしてオレはシノンに抱き着いてるんだ...?」

 「昨日の夜、いきなり帰ってきたと思ったら突然私に抱き着いてきたの、覚えてないの?」

 「....あぁ、そうか。ボス倒して、キリトと戦って、それで....」

 「ボスを倒してキリトと戦った?ちょっと、本当に昨日何をしてたの?」

 

 ゴチャゴチャとしている頭の中の記憶を掘り起こし、シノンに話す。勿論サチの事も包み隠さず、事の次第を全て話した。その間のシノンは何も横槍を入れず、黙って眼を瞑って話を聞き、ぽつぽつと話すシュユの声だけが部屋に響いていた。

 

 「――っていう事が有ってオレはイベントボスをソロで倒して、キリトと本気で戦って倒した。で、帰ってきたんだ」

 「....そう。先ずはコレね」

 「いて。...ゲンコツ?」

 「無茶の件は仕方無いからコレで許してあげるわ。生きて帰ってきたんだし、過ぎた事を言っても何も変わらないからね」

 「ありがとう」

 

 シュユの頭頂部に落とされたゲンコツは軽く、全く力が入っていない。何だかんだ、シュユには甘いのだ。だが、次の言葉が問題だった。

 

 「――じゃあ、次は私に秘密で女の子と毎週会ってた事についてだけど」

 「......え?」

 

 まさかあの良い雰囲気の中で、サチの特訓についての事で怒られるとは思っておらず、珍しく気の抜けた返事を返してしまう。何とも、先程許してくれた無茶の話よりも有無を言わせぬ雰囲気が出ている気がする。

 

 「まさか私に秘密で女の子と会ってたとは、ね」

 「いや、待ってくれ。オレは別に色恋沙汰じゃないって言った筈だろ?」

 「でも女の子だったのよね?」

 「それはだな――」

 「女の子と会ったのよね?」

 「.....はい」

 「よろしい」

 

 やはり男は女に逆らえないのが常らしい。シュユが弁明しようとする度にシノンの黒い雰囲気が膨れ上がっている事を察知したシュユは自分の被害を最低限にする方向に方針を変えた。下手を打って被害を拡大させるよりは最低限にした被害を受ける方が差し出す対価は安くなるものだ。

 

 「じゃあ...そうね。私にクリスマスプレゼントを頂戴?」

 「プレゼント?.......じゃあ、これとか」

 「サンタ帽?...凄いポピュラーな形だけど、可愛いわね。ありがとう、シュユ。早速装備してみるわ」

 

 ウィンドウを開き、シュユが譲渡したサンタ帽を装備するシノン。普通なら頭にサンタ帽が乗るだけなのだが、今回は違う。シノンの身体全体が装備変更時特有の光に包まれ、その光が消えた時シノンの姿は先程とはかなり異なっていた。

 

 「ちょ....えっ?」

 「み、ミニスカサンタ...?」

 

 シノンの服はミニスカサンタになっていた。正座しているシュユから下着は見えないものの、非常に際どいラインだ。シュユが少し屈むかシノンが跳ぶか、下手すれば歩いただけで下着は露になってしまう事だろう。その姿は俗に言われる【ミニスカサンタ】、男の妄想の産物がそこに存在していたのだ。白い太ももが何とも眩しい。白い頬をうっすらと染める朱も、今はシノンを引き立てるのに最適な役割を担っていた。

 そんなシノンをひたすら眺めて脳内に保存するシュユ。それを見たシノンは腕を振り上げ、叫んだ。

 

 「そ、そんなにジロジロ見るなーーーっ!!」

 「お゛う゛っ!?」

 

 思い切り頭頂部に当たったゲンコツの衝撃はシュユの脳を揺さぶり、未だ疲労が抜け切らないシュユの意識を刈り取るには充分な威力を持っていた。

 

 (ありがとう、クリスマス....!)

 

 いつもは下らないと思っているクリスマスに、珍しく感謝の念を送るとシュユは意識を手放した。

 見てしまった悪夢は、もう吹き飛んでいた。




 キリト「今回のゲストは俺なのか?」

 作「そうだよ(肯定)」

 キリト「思うんだけどさ、俺の出番少なくないか?これでも原作主人公なんだぞ?」

 作「だって私的に、君と一緒に居て『行くぜ、キリト!』みたいな小説は見飽きたし書きたくないもん。この作品のメインは飽くまでシュユだし、必然的に出番が少なくなるのは仕方無い」

 キリト「えぇ....。まぁ、確かにこんな作者の小説読む人は原作を大体知ってる人が多いだろうからな。俺の出番が少なくなるのは....仕方、無いよなぁ...」

 作「あーもう、ウジウジするんじゃないよ原作主人公。他の人の小説と比べたら確かに出番は少ないだろうけど、出ない訳じゃないから。な?」

 キリト「分かってるよ。という訳で、次回もよろしくな!」

 作「あ、私の台詞取りおったな!?」

 キリト「フハハハハ、せめてもの反抗だ、これぐらいは許して貰うぜ!」

 作「してやられた....。あ、次回もよろしくお願いしますね」


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4章 Human nature
21話 臆病な鍛冶士


 評価バーがオレンジから黄色になりました。めでたいね(白目)


 死の恐怖に直面した時、咄嗟に動ける人間はどれだけ居るのだろうか?

 

 「ぁ、あぁぁぁ....」

 

 少なくとも、この少年は咄嗟に動ける人間ではなかった。第35層の【迷いの森】のエネミー【キリング・ベアー】の咆哮に耐えられず、腰を抜かしている少年の先に待ち受ける未来は、誰が見ても明らかだった。

 

 「誰、か.....助け――」

 

 振り抜かれる腕を見て、彼は助けを求めた。

 

 「大丈夫か?」

 

 御都合主義の様なタイミングで現れたのはシュユだった。これはプレイヤーからの依頼を受けており、それを達成する為に待機していたのだが、現在進行形で死にかけている少年を見付けたので乱入したのだ。

 攻撃を受け止め、【ホリゾンタル・スクエア】をがら空きの胴体に叩き込む。レベル差が激しいからか、一撃で体力バーは消し飛んだ。

 

 「アレだけで動けなくなるならフィールドに出るのは止めた方が良い。見た所鍛冶士(スミス)みたいだし、素材集めは誰か別のプレイヤーに――」

 「――スゴい.....カッコいいです!!あの、僕と専属契約を結んで貰えませんか!?」

 「.......は?」

 

 最近、呆けた声を上げる事が多くなったシュユである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――という訳で、シュユさんを僕に下さい!」

 「どういう訳よ!?」

 「シノン、落ち着け。お前も、自己紹介を飛ばして誤解を生むような言い方は止めろ」

 「あ、はい!僕はカーヌスって言います!シュユさんの腕前に惚れて、専属契約を結ばせて貰おうと思ったのですが本人がシノンさんに訊けとの事だったので、押し掛けさせて貰った次第です!」

 

 少年――カーヌスは興奮した様に鼻息を荒くしてシノンに迫る。が、目的はシュユの専属契約だ。決断をシノンに任せる所が何ともシュユらしい。

 専属契約、というのは鍛冶士が使える機能の1つだ。鍛冶士は1人だけに専属契約を申請する事が可能で、プレイヤーも1人だけ専属の鍛冶士を雇う事が出来る。専属契約を交わした鍛冶士とプレイヤーは武器強化や修復の成功率に補正が掛かり、更に費用も安くする事が出来る。

 しかしこの機能が知られていない要因には、SAO内での慢性的な鍛冶士不足にある。鍛冶士になるにはスキル枠を1つ消費しつつ、更に【インゴット加工】や【効果付与(エンチャント)】のスキルを取らねばならず、しかも【鍛冶】スキルの熟練度を100にしなければリピーターが出る程の武器は製造できない。熟練度を上げる為には素材が必要なのだが、それを入手する為には戦闘が必須だ。だが戦う為に必要なスキルは鍛冶の為のスキルに圧迫される為に満足に戦う事は難しく、故に素材の入手はシュユ達の様な純粋な戦闘系のプレイヤーから購入するか譲渡してもらう事が入手ルートのメインになる。命を賭けて入手した素材なのだから、値段に足元を見られる事が多く、NPCの鍛冶屋でも同じ事が出来るという事でプレイヤーからは鍛冶士になる事は敬遠されがち、という訳だ。

 しかし、プレイヤーの鍛冶士にはNPCの鍛冶士とは異なり、しっかりとした明確な利点がある。それは【オリジナルウェポン・メイク】、通称【OWM】と呼ばれる機能だ。これは読んで字の如く、武器種に縛られずその鍛冶士オリジナルの武器を造る事が可能になるスキルで、その特異性はモンスタードロップにも引けを取らない。そのプレイヤーのスタイルに合わせたオリジナルの武器を造れる事から汎用性と応用性は高く、有能な鍛冶士はプレイヤーの多くに必要とされている。あわよくば専属契約を、と願うプレイヤーも少なくはない。

 

 「...別に、私は構わないわよ。女の子じゃないし

 「ホントですか!?」

 「あなたが【OWM】を使えるならね。シュユと専属契約を結ぶんだから、それくらいは必須よ?」

 「勿論、使えますよ!見てみて下さい!」

 

 カーヌスはアイテムストレージからアイテムを実体化させ、机の上に置く。それは刀なのだが、飾りが施される事が多い鍔には何も無く、ネジの様になっている。流麗かつ美しい外見の物が多い刀としては珍しい部類に入るだろう。

 

 「これは何?」

 「【千景】です。見ての通りカテゴリーは【カタナ】なんですけど、基本的には鞘に納めずに使います」

 「刀の持ち味はクリティカル率と居合いの速さだろう。それを殺してまで抜刀し続けるメリットが有るのか?」

 「よくぞ訊いてくれました!この【千景】はなんと、納刀するとある仕掛けが起動するのです!」

 

 カーヌスが一旦【千景】を装備し、鞘に刀身を納める。すると、鞘から()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「「.....え?」」

 「この武器は納刀すると、秒間で少しずつ割合ダメージを喰らってしまうのですが威力を底上げ出来ます!解除する時は1度ソードスキルを使うか振る時に一瞬手に力を籠めれば大丈夫ですから、安心して下さい!」

 

 抜いて見せた刀身にはダメージエフェクトが液体の様に纏わり付いており、禍々しさを醸し出している。彼が力を籠めて血振るいをする様に千景を振れば、ダメージエフェクトは霧散して元の変哲の無い刀身に戻る。

 そしてシノンとシュユは直感する。この鍛冶士は【HENTAI(変態)】と呼ばれる部類の鍛冶士だ、と。HENTAIと呼ばれる鍛冶士は常人では思い付かない様な武器を次々と造り出す天才の事を言う。

 実は【OWM】は言う程簡単な事ではなく、かなり緻密な計算と鍛冶士本人の腕が問われる神業的な行為なのだ。先ずは武器のコンセプトとそのコンセプトを実現するのに最適な武器種を考える。そしてソレを考え終われば、次は刀身や刃のサイズ、持ち手の長さなどを決める。これは1ミリ変わるだけでも使い心地が変わる為、非常に気を使う。そして最後にして最大の関門が武器の素材だ。特異性を持たせようとすれば自然と素材も貴重になり、製作難度が上がってしまう。つまり、プレイヤーの力量と鍛冶士の力量が釣り合わなければ強いオリジナルウェポンは造れないのだ。

 

 「...少し試させて貰えるか?」

 「ここで、ですか?」

 「いや、フィールドで」

 

 フィールドに出ると、早速千景を装備して納刀する。ダメージエフェクトが噴き出し、視界の隅の体力バーが僅かに減っていく。割合的には0.8から1%ずつだろう。それを意識の端へと追いやり、彼は近くに居た鳥型のエネミーに斬り掛かる。今見たのはダメージ量ではなく、自分の体力バーだ。先程は減っていた体力バーが今では右端に、つまり全快している。

 これは以前のニコラス戦の際に解放された【リゲイン】の効果だ。ダメージを受けた時に減った体力分だけ体力バーがの色が薄くなり、色が濃いバーと薄いバーに分かれる。その際、色が薄い体力バーは敵を斬る度に回復していき、上手く斬り続ける事が出来ればダメージを無かった事に出来る。時間経過で色の薄いバーは減っていき、濃いバーの右端に辿り着くか新しくダメージを喰らうとリゲインは出来なくなる。

 シュユが確認したのは千景のスリップダメージがリゲインで回復できるか否か、そして使い心地がどうかだ。その結果は――

 

 「....ふん」

 「どう、ですかね?」

 「これからよろしく頼む、カーヌス」

 「っ、ハイッ!!」

 

 契約成立だった。この時から、カーヌスはシュユの専属鍛冶士になったのだった。




 サチ「あ、今回は私なんだね。まさか出られるとは思ってなかったよ」

 作「メタ空間の力は偉大」

 サチ「そうなんだ....。あ、前書きで評価の事言ってたけど、作者さんって評価を気にする人なの?」

 作「いや、全く」

 サチ「えぇ....」

 作「そもそも低評価と批判前提で書かなきゃ、私の作品なんて載せられるもんじゃないしね。まぁ評価はモチベには関わらないけど、好んでくれる人と嫌いな人の尺度って感じで考えてる」

 サチ「じゃあ、嬉しかったり残念だったりはしないの?」

 作「高評価だったら嬉しいし、低評価ならこの人には合わなかったんだなって思うよ。私の話だし極論だけど、二次創作なんて自己満足だしね。私は私のやりたい様にやるだけだよ」

 サチ「でも本当は?」

 作「評価は良いけど支援絵書いてくれたら嬉しいです(素直)」

 サチ「...欲の塊だね」

 作「私は絵を描けないからね、仕方無いね♂」

 サチ「そ、そうなんだ。取り敢えず、今回はここまでです」

 作「次回もよろしくお願いします。あ、絵を送ってくれたらモチベが上がります」

 サチ「なんで綺麗に締めずに言っちゃうかな」つ槍

 作「え、ちょっと待って。死ぬ、逝っちゃうから。私でも流石にそれは――」

 サチ「ていっ」プスッ

 作「Oh....」(絶命)


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22話 優しさと愚かさと

 書きたい欲が満たされない...


 ある日の昼下がり、第55層の街【グランザム】の観光に1人で来ていたシュユは突然後ろから抱き着かれた。剣を抜こうとするが、街中は相手にダメージを与えられない安全圏である為、害は無いと思い出したシュユは後ろを向く。見覚えのあるアホ毛と紫がかった黒い長髪、装備は見た事は無かったが、それ以外の特徴と突然抱き着いてくる人物はシュユの知り合いの中では1人しか居ない。

 

 「...流石にそれは驚くぞ、ユウキ」

 「だってこんな所にシュユが居るんだもん。飛び付かずにはいられないよ!」

 「まぁ、別に良いけど」

 

 シュユの背中に(うず)めている顔を上げ、ニッコリと満面の笑みで返事をしたユウキを見て、変わりは無いと分かる。最強のギルドと名高いKoB、その副団長を務めているのだ、少しくらい堅苦しくなっているかも知れない、と思っていた分少し意外だった。が、2人の副団長の内もう片方は真面目さが服を着て剣を振っている様な人物であるアスナだ、ユウキが変わっていないのも納得できる話だ。

 

 「大方、ボクの仕事はアスナがやってるとか思ってるでしょ」

 「そんな事は無いな、うん。ユウキは頑張ってるな、偉い偉い」

 「えへへ....って、軽くあしらわないでよ!」

 「ソンナコトナイヨー」

 「もう隠す気無いよね!?」

 「バレたか」

 「流石のボクでも分かるよ。シュユの棒読みはビックリするぐらい抑揚が無いもん」

 「そんなにか?」

 「うん」

 

 シュユの棒読みは実況動画などで良く見る様になった饅頭と同じ程度に棒読みだ。無表情かつ一切の抑揚が無いので、ユウキでなくても分かる。

 ユウキはシュユから離れると、表情を引き締める。これからの話は幼馴染みではなく、KoBの副団長であるユウキとしての話だ。

 

 「ここ最近、プレイヤー狩りが多くなってるって知ってる?」

 「プレイヤー狩り?」

 「うん、高レベルプレイヤーを集団で狩るの。基本的にグリーンプレイヤーが削って、最後にレッドプレイヤーがトドメを刺す。もしも取り巻きがオレンジになったら、黒鉄宮で【免罪】してグリーンに戻すっていうのが手口」

 「多人数で狩ればオレンジになる確率は減るし、オレンジになる回数が減れば【免罪】の費用も抑えられる、か...」

 「そういう事だね」

 

 【免罪】というのはオレンジとレッドのカーソルになったプレイヤーがコルを払う事でグリーンカーソルに戻れるという文字通りの行為だ。その掛かるコルがかなり高額であり、1度だけならまだしも2度、3度と続けば必要なコルは膨れ上がり、いつしか罪人から脱け出す事は出来なくなる。オレンジでも厳しいが、レッドになると非常にコルが高額になる。だが、レッドまで行ったプレイヤーは基本的に罪を改める事は無い。何故なら人を殺しても何も思わない、むしろ嗜虐性が高くなるからだ。

 そもそも、人殺しと知らせるならばオレンジカーソルの必要性は無い。だが、それでもオレンジカーソルが存在するのはこのデスゲームの中で、人殺しになる事を止めさせる為だ。オレンジもレッドも同じ扱いを受けるデスゲーム内で、ゲーム側がしてくれる数少ない通告、オレンジカーソル。金額が高く設定されているのもまだ犯した罪を窃盗か傷害で留まらせる為に有るのだが、その最後通告を無視して人を殺した者はもうマトモな人には戻れないと証明しているのと同じなのだ。

 

 「シュユなら大丈夫だと思うけど、気を付けてね。ボクはこれから会議だから、もう帰るね」

 「あぁ、ユウキこそ気を付けて」

 「うん、またねー!」

 

 パタパタと慌ただしく去っていくユウキに、やはり変わっていないと感じているとメールを受信した事を知らせるマークが点滅する。届いたメールを見れば、カーヌスが一緒に来て欲しいと言っていた。やる事は無いので、了承の旨を伝えるとカーヌスが居る第30層に転移門を使って転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「別に、千景じゃなくても良いんですよ?」

 「気に入ってるんだ。【カタナ】の熟練度上げもしたいしな」

 「槍とかも有るのに...」

 「オレが使うのは大体片手剣とかカタナみたいな、STR補正よりDEXに補正が掛かる系統だ。ステータスもDEXに寄せてある」

 「ふむふむ、分かりました。じゃあ技量系統の武器を重点的に造ってみますね」

 「それで頼む。それで、何か狩るのか?」

 「この階層の森にポップする【エルダー・ギガトレント】の実を幾つか回収したいんです。ただ、AGIが高くないと取れなくて...」

 「任せろ、AGIには自信が有る」

 「じゃあ、お願いしますね」

 

 森の中に入り、30分くらい歩いただろうか。目の前に顔の付いた大木が生えており、その大木にはしっかりと体力バーと固有名詞が記載されていた。つまり、ネームドエネミーという事だが、流石にこのサイズのネームドを狩るのはカーヌスを守りながらでは無理がある。なので、狩るのは諦めて指示通りの実を回収する事に専念する。

 一応シュユのステータスはAGIとDEXを重点的に強化しているのだが、念の為に【葬送の刃】を大鎌形態にして駆け出す。前方から枝が凄まじい速度で伸びてくるが、大鎌の一振りで枝を斬り捨てると体勢を低くして走る速度を上げる。そして跳躍、幹に足をしっかり付けると大鎌の切っ先を幹に突き刺し、思い切り反動を付けて登っていく。1ヶ所に一番多く、それでいて低い場所を見付けるとシュユはそこの果実をもぎ取り、トレントの枝から飛び降りた。

 この高さから落ちれば落下ダメージで死んでしまうが、シュユは大鎌を普通の木に引っ掛けて落下の勢いを殺して着地する。肩に違和感が走るが、ダメージにはなっていないので無視だ。

 

 「逃げるぞ、カーヌス!」

 「え、どうしてですか!?」

 「まだタゲが外れてない!枝に刺されて死にたくなければ走れ!」

 「それは流石に勘弁です!」

 

 カーヌスは全力で走る。森は走り慣れているのか、その足取りに迷いは無く転ぶ事もなく、森から脱出する事が出来た。

 

 「ふぅ、中々スリリングな体験でしたね。もう1つ行きたい場所が有るんですけど、シュユさんは来ますか?」

 「ふむ...まぁ、暇だし着いていくか」

 「じゃあ転移結晶使いますね」

 

 カーヌスの肩に手を置くと、カーヌスと共に光に包まれてどこかに転移する。街並みに見覚えは無いが、雰囲気的にここが第1層の【はじまりの街】だという事は察しが付いた。

 カーヌスは歩き出し、教会の様な建物へと歩いていく。ドアを叩くと、シスター然とした格好をした女性が現れる。カーヌスはシュユを手で示し、何かしらの事を喋り(恐らく紹介したのだろう)身振りで自分の元へ来るように伝える。従うと、女性に挨拶される。

 

 「初めまして、灰色の【狩人】さん。私はディーテと言います。カーヌスを専属にして頂き、本当にありがとうございます」

 「初めまして、ディーテさん。私はシュユ、戦いしか能が無い者ですが、カーヌスと専属契約を結ぶ事になりました。彼の腕前を殺さない様に精進していきます」

 「フフ、敬語は要りませんよ。どうぞ入って下さい、子供達も喜びます」

 「子供達?2人は夫婦なのですか?」

 「違いますよ、シュユさん。ディーテは戦えない子供のプレイヤーを無償で養ってるんです」

 

 訊けば、彼女は幼くしてSAOにログインしてしまった子供達を保護して養っているらしい。シスターの格好をしているのは実際のディーテも熱心なクリスチャンであり、この神が居ない世界でも神への信仰を忘れない様に、と自らの戒めを含めての事らしい。

 

 「みんな、聴いて!攻略組のシュユさんが来てくれたの。お話を聴かせてくれるらしいから、迷惑を掛けないくらいにお話を聴かせて貰って!」

 

 すると、本当に幼い子供達がシュユの元に駆け寄ってくる。その勢いと数に少し後ずさるが、気を利かせた子供達の1人が椅子をシュユの後ろに置いてくれたので観念し、ぶつけてくる質問に1つ1つ応対していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「つ、疲れた...」

 「お疲れ様です、シュユさん。でもスゴく珍しいんですよ?教会の子供達は人見知りなので、あんなにグイグイ行くなんて考えられませんでした。シュユさんが好い人だって解るんですかね?」

 

 元々お喋りな方ではないシュユが解放されたのは2時間程が経過してからだった。たった2時間かも知れないが、喋り慣れていない彼は既にグロッキーだ。

 苦笑しながらシュユを労うカーヌスに、シュユは問う。

 

 「カーヌス、あの教会に援助してるのはお前だな?」

 「....流石にバレますか」

 「別に、咎めるつもりも止めるつもりも無い。だが、これから援助を続けられると思わない方が良い。悪い事ではないが、それは恵まれない者からすれば自分に無い物をひけらかしている様にも見える。...下手をすれば、お前が刺されるぞ」

 

 言い方こそぶっきらぼうだが、シュユは純粋にカーヌスを心配してこの言葉を掛けたのだ。ぶっきらぼうだが、これが限度なのだから仕方無い。

 シュユの言葉にカーヌスは応えた。その声音に、揺るがない覚悟を籠めて。

 

 「解ってはいます。でも、僕は彼女を見捨てる事は出来ないんです。鍛冶士(スミス)になるって話した時に、馬鹿にしないで真剣に聴いてくれて、なけなしのコルで武器とこのハンマーを買ってくれた彼女を見捨てるなんて、僕はしたくない」

 

 カーヌスがシュユに見せたのは使い古されたハンマーだ。鍛冶士の魂とも言える、鍛冶の時に使用するハンマーを持つカーヌスの手は小刻みに震えていた。他人の感情を察する事が苦手なシュユには何故震えているのか解らなかったが、その言葉に偽りが無い事くらいは理解できた。

 

 「...惚れた弱味、ってヤツか」

 「え!?そ、それは、その....」

 「図星か。安心しろ、バラしはしない」

 「あ、ありがとうございます...」

 

 顔を真っ赤にして照れるカーヌスを見て、シュユは思った。自分の専属が守りたいモノなのだ、ならば自分も多少は背負っていこう、と。

 

 「明日、鍛冶でも見ますか?」

 「....そうだな、見せて貰うとしようか」

 「では、用意しておきますね」

 「そうしてくれ」

 

 そう言って、2人は解散した。しっかりと明日の約束を交わして。




 作「書きたい欲が治まらないでゴザル」

 シュユ「ゲストの使い回しが早いな」

 作「仕方無いでしょー?まだ出てきてないキャラが沢山いらっしゃるんだから」

 シュユ「ここってメタ空間なんだろ?逆に考えるんだ作者。出しちゃっても良いさ、と...」

 作「ハッ!(気付き)」

 シュユ「気付いたか、作者。つー訳で、使い回しは避けろよ」

 作「私が話すんじゃなくて君をメインにしてゲストを呼べば良いのでは?」

 シュユ「その手が有ったか...!」

 作「それは後で考えるか。...えっと、次回もよろしくお願いします!」


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23話 真摯

 今回は短いです。


 「ようこそ、僕の工房へ!狭いし汚いんですけど、寛いで下さいね」

 「これが鍛冶士の工房か...凄いな、設計図だらけだ」

 「僕の武器は何分特殊なので、データだけでは見にくい事も有るんです。それに、紙の方が性に合ってるんですよね」

 「へぇ、最近の人にしちゃ珍しいな」

 

 今の時代、嵩張る紙の書類は嫌われやすい。何でもタブレット端末やパソコンで代用出来るこの時代に紙の書類を使う人など懐古主義の老人かよっぽどの物好きと言われるのだ、まさか仮想現実の中で紙を好む人が居るとは思いもしなかったのだ。

 カーヌスのホームは鍛冶をする部屋と寝泊まりする部屋の2部屋という狭いホームで、床や机の上に乱雑に置かれて積まれた設計図やメモ書きのお陰で体感的な狭さに磨きが掛かっていた。言ってしまえば足の踏み場が無い程に散らかっている。

 

 「シュユさん、こっちです!」

 「あ、あぁ。分かった」

 

 獣道の様になっている通り道をどうにかトレースし、ドアまで辿り着く。鍛冶場は流石に整っていて(それでも居間よりは、という話だが)少し安心する。カーヌスがウィンドウを操作すれば煌々と炉の中の炎は輝き、主の帰還を喜んでいる様にも見える。

 

 「どうぞ、そこの椅子に腰掛けて下さい」

 「ありがとう。それじゃ、鍛冶の様子を見せて貰おうか」

 「どうぞ、好きなだけ見て下さい。でも、ちょっと見苦しいかも知れません...!」

 

 カーヌスの表情が変わる。周囲の空気も変わった様な気がした。いつもの穏やかな雰囲気ではなく、俗に言われる『達人』や『天才』が放つ独特の空気が辺りを支配する。息が詰まる感覚と、カーヌスが持ち上げるハンマーが上に上がるのと同時に緊張感が高まっていく。彼が持ち上げたハンマーがピタリと停止し、振り下ろす。彼の表情は鬼気迫るとしか言えない程に真剣で、融かされた素材をハンマーが叩いた時、シュユは世界が一変した様に錯覚した。蓄積された緊張の全てが一気に解放され、断続的に金属音が部屋に響く。

 決まった回数だけ叩けば武器は完成する。だから、別に感情とやる気など籠めずとも武器は完成するのだ。それでもカーヌスは一振り一振りに気合いを籠めて、全力で武器を打っていた。赤熱している歪んだ物体から、どんどん鋭利で洗練されたフォルムに変わっていく。

 

 「--ぅぅぅああぁぁぁ!!」

 

 最後の1回は、一際大きく打ち振るわれた。ポリゴンの蒼い光が物体を包み込み、その光が霧散すれば新たに造られた武器が現れる。

 

 「....出来ました」

 「凄いな、カーヌス。あんなに緊張するとは思ってなかったよ」

 「あはは...もうちょっと、器用に力を抜ければ気合いなんて籠めなくて、良いんですけどね...ハッ、ハッ....やっぱり、使用者の命を預かるんですから、気持ちを籠めなきゃ折れてしまいそうで....」

 「それで良いんじゃないのか?」

 「え?」

 「こういう些事に全力を向けられない様じゃ、一流になんてなれはしないだろう。達人は、どれだけ簡単で些細な仕事にも全力を傾ける。端から見れば馬鹿に見えるかも知れないが、それだけ入れ込んでいるって事だろう。お前のその姿勢は誇るものであって、恥じるものではないとオレは思う」

 「......」

 

 自分が思った事を素直に告げると、カーヌスは魂が抜けた様にボーっとしてシュユを見詰める。不審に思ったシュユは改めてカーヌスに問い掛ける。

 

 「どうかしたか?」

 「い、いえ、そんな事は無いです!ただ...」

 「ただ?」

 「こんな便利な時代、気持ちを籠める云々に否定的な人が多い中で、肯定してくれる人が居たのが嬉しいんです」

 「...そうなのか」

 「そうです!」

 

 カーヌスは笑顔でそう言う。少し不思議な感覚を覚えながら、シュユも僅かにだが笑って返した。

 

 「それなら、良かったな」




 シュユ「作者のヤツ、本当にやりやがった...」

 アスナ「どうかしたの?」

 シュユ「あぁ、今回のゲストはアスナか。いや、作者のヤツがオレに司会を丸投げしたからな、少しイラッとしていただけだ」

 作『うるさいぞ』カンペ

 アスナ「会話聴いてるし...」

 シュユ「まぁ良いけどな。で、原作ヒロインなのに全く登場しないアスナが今回のゲストだ」

 アスナ「今まで登場したの2回だよ?まだ出てないシリカちゃんとかリズよりはマシだけど...」

 シュユ「アイツは基本行き当たりばったりで書いてるから、そういうの考えないんだよ。アイツ、小説に関してならアイディアがぽんぽん出てくるから」

 アスナ「国語がぶっちぎりなだけあるよね」

 作『成績の話をしてはならぬ』カンペ

 シュユ「はいはい。っと、そろそろ文字数も400行くな。そろそろ締めるか」

 アスナ「じゃあ、次回もよろしくお願いします、読者の皆さん!」

 シュユ「お気に入り400件突破、本当にありがとな!」


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24話 少女と鍛冶士

 「あ、あの人はシリカちゃん!?」

 「誰だ、それ?」

 「知らないんですか!?このSAOに咲いた、可憐な華の様なプレイヤー...このSAOのアイドルですよ!」

 「.....お前、ディーテさんに惚れてるんじゃないのか?」

 「それとこれとは話が別です!ディーテはLOVE、シリカちゃんはLIKEなんですよ、シュユさん!」

 「そ、そうか...」

 「じゃあ行きましょう!シリカちゃ~ん!!」

 「え、待ってくれカーヌス...」

 

 シュユはカーヌスに水色の小さな竜を連れた少女の元へと引っ張られていく。茶髪を2つに纏め、少し赤みがかった瞳で2人を見詰める視線は不信感に彩られていた。

 それもそうだろう。シュユは勿論、恐らくカーヌスも見知らぬ男性プレイヤー。そんな2人が突然馴れ馴れしく話し掛けてきたのだ、男女比が9:1や8:2とも言われるこのSAO内では馴れ馴れしく話し掛ける男などナンパ以外の何物にも見えないだろう。

 

 「は、初めまして!僕はカーヌスって言います。シリカちゃんとピナちゃんには、いつも元気貰ってます!」

 (....ストーカーにしか見えないな)

 「えっと、初めまして、カーヌスさん。私はシリカって言います。でも、いつも元気貰ってるって、私があげてるんですか?そんな覚えは無いんですけど...」

 「そ、そうです!一部の男性プレイヤーは、シリカちゃんが--」

 「--カーヌス、落ち着け。えっと、シリカだっけ?オレはシュユ、カーヌスのツレだ」

 

 アイドルに迫る悪質なファンにしか見えないカーヌスを落ち着ける為、話に割り込む。流石に落ち着きを取り戻したカーヌスは息を整えていた。AGIも高くないのに、どうやってあの速度を出したのか不思議なものだとシュユは思った。専属契約を交わしてから2ヶ月程が経っているが、あんな1面を見るのは初めてだった。

 それと同時に驚くのは、やはりSAO内にもファンクラブと言える派閥が有った事だ。それも少し考えれば当然の帰結で、SAOの女性プレイヤーは男性と比べると非常に少ない。下手すればMOBからのレアドロップ以上に女性プレイヤーを見る事が珍しい程だ。しかも、どんな因果か女性プレイヤーには美しい、又は可愛い人が殆どだ。ユウキやシノン、アスナはそういった事に疎いシュユから見ても絶世の美少女と言っても過言ではなく、目の前のシリカも顔面偏差値はかなり高い。少しあどけなさが残るその顔立ちは、現時点でも可憐だが少し時が経てば美しい女性になるだろうという事が分かる。

 男性プレイヤーが望む()()()()()()()は【倫理規制コード】により縛られており、無理に襲う事は出来ない。万引きという犯罪は商品がデータ化されているが故に出来ないこのSAO内では、他人への傷害や殺害以外で犯罪者(オレンジ以上)になる犯罪は強姦しか無い。自ら犯罪者に堕ちる者などそうそう居ないが、やはり異性への憧れや欲望は蓄積してしまう。だからこそ、この様なファンクラブが生まれてくるのは自然な事なのだ。

 

 「え!?じゃあカーヌスさんは鍛冶士さんなんですか?」

 「え、えぇ。まぁ、まだ駆け出しですが...」

 「【OWM】が解放されてるお前が駆け出しなら、このSAOの鍛冶士の殆どは鍛冶士未満だろうな、カーヌス」

 「お、【OWM】ぅ!?あの、武器製造系のスキル熟練度を全部100まで上げないと出来ない事がカーヌスさんは出来るんですかぁ!?」

 (やけに説明っぽい驚き方だな....。つーか、【OWM】の解放ってそんなにハードル高いのか、初めて知ったな)

 「実際はそんなに厳しくは無いんですよ。その情報、殆どデマみたいなものです。【OWM】の解放だけなら鍛冶スキルの熟練度MAXで充分なんですけど、やっぱりオリジナル武器の強味は普通の武器には無い特殊さですから、突き詰めれば他の武器製造系のスキルを取るって結果になるだけなんです」

 「へぇ~。じゃあ、何か見せて貰えたりは...しませんよね」

 「あ、大丈夫ですよ。て言うか、プレゼントしますよ?」

 「えぇ!?そんな、悪いですよ!」

 「いえいえ、お話をしてくれたお礼です。貰って下さい」

 「えっと...じゃあ、そういう事なら...」

 「オレ達、置いてけぼりだな」

 「キュルル...」

 

 シュユとピナは同じ置いてけぼり同士という事もあり、直ぐに意気投合してカーヌスとシリカを見守っている。その間にカーヌスはストレージから1本の短剣(ダガー)を取り出すと、説明を始める。【千景】の様な変態的な武器を渡そうとしているなら止めさせよう、そう思いつつ説明に耳を傾ける。

 

 「このダガーはなんと!」

 「な、なんと...?」ゴクリ

 

 溜めるカーヌスに、律儀に唾を飲んでまで言葉の続きを待つシリカが微笑ましいとシュユは思う。

 

 「変形します」

 「なぁんだ、変形だけ--って、変形ぃ!?」

 「はい。こうやって順手に持って振れば--」

 

 ガキンッ!!と音を立てて短剣が一般的な片手剣に変形する。見たところ、軽量片手剣に見える。

 

 「--片手剣に早変わりします。でも、カテゴリ的には短剣のままなので使えるソードスキルは短剣だけなんですけどね」

 (オレが見に行った時の短剣か。あんな感じだったのか)

 「スゴいです!こんなにスゴい剣を、本当に私に?」

 「ええ、勿論です。はい、どうぞ」

 「わぁ、大事にしますね!」

 「そうしてあげて下さい、きっとその()も喜びます」

 「はい!」

 

 花の咲いた様な笑顔、とは今のシリカの笑顔の事を言うのだろう。今までシュユの頭の上に留まっていたピナはシリカの元へと飛び去っていき、1人取り残される。程好い重みと温かさが消えたのは少し寂しいが、ピナはシリカの【相棒】なのだから仕方が無い。

 あの片手剣形態から元に戻す為には、逆手に持って突きの動作をする必要があるらしい。対人戦ならモーションを見破られれば一巻の終わりだが、シリカの戦闘スタイルはピナを特性を利用した支援型(バファー)だと思われる。前に出て戦うシュユの様な万能型(オールラウンダー)やキリトの様な攻撃型(アタッカー)なら今カーヌスが渡した武器は使いにくいが、シリカの様な後衛型なら咄嗟に間合いを変えられるあの短剣は使えるだろう。

 いつの間にか打ち解けたカーヌスは去っていくシリカに大きく手を振っている。最後まで笑顔だったシリカを見て営業スマイルなのかな、と思う自分はひねくれているな、とシュユは内心苦笑していた。

 

 「ふぅ、可愛いですね、シリカちゃんは」

 「お前、何も知らない人に聞かれたらストーカーって勘違いされるぞ」

 「あはは、そうですね。...でも、シリカちゃんを見てると妹を思い出すんです」

 「妹が居るのか?」

 「はい。中学生になった妹なんですねど、遅い中学祝いでこのゲームを買ってあげたんです。オープンβは流石に当たらなかったので、製品版を。あまりにも殺伐としてたら教育的にも悪いので、試しに僕がログインしてみたら、まさかのデスゲームですよ。...妹が閉じ込められるより何倍もマシなので、僕は後悔してはいないんですけど、現実(リアル)の妹はやっぱり心配ですね。かなり心配性なヤツなので」

 「...そうか。まぁ、前線には出ないなら死にはしないだろ。だから安心しろ」

 「そうですね。でも、シュユさんも死んじゃいけませんよ」

 「どうした、藪から棒に」

 「シノンさんはあなたが思う以上に脆い。もしあなたが居なくなれば、あの人は無茶な戦いを続けて朽ち果てる」

 「まさか。シノンは強い、勿論ユウキも強い。...オレが居なくとも、戦えるさ」

 「そのユウキさんがどんな方かは知りませんけど、きっとシノンさんと同じだと思います。...きっと、そうなってしまう」

 

 カーヌスの言葉にシュユは違う、と返した。確かに哀しんではくれるだろうが、あの2人は前を向いて戦ってくれると信じているからだ。カーヌスの言葉が正鵠を射ている事を、知る由も無く。




 シュユ「今回も始まった、『特にやる事を決めてない後書き』のコーナー。司会はオレが務めさせて貰う」

 シリカ「今回のゲストは私です!」

 シュユ「で、今回は作者のリア友から質問を預かってきた。シリカ、読んでくれ」

 シリカ「は、はい!えっと....『Hey、作者!お前タグにダクソって付けてる癖にダクソ要素が牛頭のデーモンと説明文がダクソっぽいくらいしか無いじゃねーかYo!』だそうです」

 シュユ「絶対シリカに読ませる内容じゃないな。で、作者の返事を預かってる。内容は....」

 シリカ「あ、私が読みますよ」

 シュユ「そうか?じゃあ頼む」

 シリカ「はい。『それなんですけど、基本的にダクソ要素は絶望的な状況と一部の敵、アイテムの説明だけだと思って頂きたいです。私がやり込んだソウルシリーズは2だけで、アノールロンド周辺の知識は調べながら書きはしますがやはり知識不足による解釈の仕方や理解で書いて不快にはしたくはないのであまりダクソ要素は出ません。その代わりブラボは2と同程度にはやり込んだので結構書けると思います。ダクソも2なら、どうにか...』との事です」

 シュユ「言い訳が長い。簡単に言えばダクソ要素は基本2しか出ません、というのとブラボ要素は出せますよ、って事か」

 シリカ「本当に話が長い人ですね...」

 作『もっと罵って』カンペ

 シリカ「き、気持ち悪い!!」

 作『ご・褒・美』カンペ

 シュユ「キモい、死んどけ。じゃあ気を取り直して、次回も--」

 シリカ・シュユ「「よろしく(お願いします)!!」」


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25話 醜き本性

 「オレ達に着いてきて貰おうか、熟練鍛冶士(マスタースミス)のカーヌスさんよ」

 「...はい?」

 「断っても良いんだぜ?そうなれば、子供と女がどうなるかは御察しだがなぁ?」

 「ッ....分かりました、着いていきましょう」

 

 カーヌスは着いていってしまった。明らかに素行が良くない、男達に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの教会の援助は止めて、オレ達に援助しな」

 「嫌です!」

 「はぁ~、オレ達は別にコルを無駄遣いしようとしてる訳じゃないんだぜ?ただ、あんな戦えもしねーガキに投資するくらいならオレ達にしろって話だ」

 「ふざけないで下さい!投資なんて思ってないし、子供を助けて何が悪いんですか!?」

 「おーおー、落ち着けよ。おい、『アレ』持ってこい」

 「うっす」

 

 鎖で手足を縛られ、見下ろされるカーヌス。その要求はディーテの教会への援助を取り止めて男達にコルを渡せ、というものだった。だが、それではいそうですか、と止められる程カーヌスは芯が無い男ではないし、止められるのならシュユに警告された時点で止めているだろう。

 そんなカーヌスに、子分であろう男が持ってきた壺が見せられる。転がされているカーヌスからはその中身は見えないが、何とも言えない音が聞こえてくる事からロクでもない物なのは確かだった。

 

 「これは虫をぶちこんだ壺なんだがな、これをどうすると思う?」

 「え、ま、まさか--」

 

 カーヌスの頭を掴んだ男。それだけでカーヌスは察した、察してしまった。そして男はその壺の中にカーヌスの頭を--

 

 「--その通りだッ!!」

 「~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 壺の中に入れた。顔面に襲い来る虫の甲殻が当たる事による痛み、顔面を這いずり回られる気持ち悪さ、声帯の無い身体から生じるキチキチという生理的嫌悪を掻き立てる音が全てを支配する。口を開ければ虫が入ってしまう為、声にならない絶叫が壺を震わせる。拘束された手足がバタバタと動かされ、それでも尚解放されずに暴れる。暴れる事しか、出来なかった。

 

 「どうだ、オレ達に援助する気になったか?」

 「--ペッ」

 「....そうかい、ならもっと堪能させてやるよ!」

 

 カーヌスの顔にわざわざ自分の顔を近付けた男に、唾を吐き掛ける。額に青筋を浮かべた男はもう1度、2度と壺の中にカーヌスの頭をぶちこむ。虫が潰れ、体液が顔を伝う。口に入っても味はしないが、吐き気を一気に催して嘔吐してしまう。吐瀉物が壺の中にぶちまけられるが、男は構わずにカーヌスの頭を壺に入れ続けた。鼻孔と耳孔から虫が侵入してくる。粘膜を傷付けられ、身体は強張って侵入を拒絶しようとするが拘束されている身体ではそれも構わず、体内を虫に蹂躙される。鼻から入った虫はどうにか口から排出するが、耳に入った虫はどうしようもない。頭の中をグチャグチャにされるような、そんな感覚に苛まれる。

 それでも体力バーが減る事は無い。これは攻撃ではなく、オブジェクトに包まれているだけの判定だ。言わば、シーツに顔を押し付けているのとシステム的には何ら変わらない。だが、その気分は天と地ほどの差がある。こんな事をされれば、精神が弱かったり虫が嫌いな者ならばとっくに精神が壊れていても不思議ではない。

 もう、どれだけ時間が経ったかは判らない。目を開けようにも、虫が入ってくればもっと直接的に頭がグチャグチャにされる。そんな感覚は味わいたくないのだ。

 

 「....チッ、中々強情なヤツだな」

 「どうすんすか?」

 「もうめんどくせぇ。まぁ1回ポッキリでも、それなりに金は持ってんだろ。毒は?」

 「有ります」

 「じゃあ打っとけ。その内死ぬだろ」

 「うっす」

 

 カーヌスの背中に、メスが突き立てられる。視界の端で、凄まじい速度で溜まっていく毒の蓄積値。そしてそのレベルは、3だった。

 

 「う、わあああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 あまりの恐怖に鎖を引きちぎって逃走するカーヌス。手足にダメージが入り、体力バーが減るがそれを上回る速度で体力が減っていく。カーヌスはメール画面を開き、シュユにメールを送った。たった一言、「たすけて」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「カーヌス!!」

 

 カーヌスは安全圏に入れなかった。男達がそれを阻んだからだ。迷宮区周辺の森に入り、木の下でポーションを飲みながら命を引き延ばす。男達に見付からない様にしながら、だが。

 シュユはフレンドの機能を駆使してカーヌスの居場所を見付けると、枝の間を跳び回るというAGIに物を言わせる移動方法でカーヌスの元に辿り着いた。既にカーヌスの体力バーはイエローにまで達していた。

 

 「待ってろ、今解毒を--」

 「--無理です。この毒のレベルは3、解毒不可能なんです」

 

 このSAOの状態異常(デバフ)のレベル上限は3だ。1なら無視しても直ぐに治り、2は即行で解除しなければならない。しかし、3は違う。効果時間は最も長く、それでいて解除はほぼ不可能なのだ。対処法は安全圏に入る事だが、今はそれが出来ない。

 現時点でレベル3の状態異常を治せるのは準ユニークアイテムとも言われる【女神の祝福】だけで、それを持っているのはKoB団長のヒースクリフしか居ない。

 今から第1層の転移門に向かい、第55層に居る()()()()()()ヒースクリフから女神の祝福を譲って貰い、そしてカーヌスに使う。その間にカーヌスは男達に見付かってはならないし、ポーションを飲み続けなければ死んでしまう。ハッキリ言って、カーヌスの生存は絶望的だった。

 

 「シュユさん、頼みが有ります」

 「ふざけるな!誰が引き受けるかよ、自分でやれ!」

 「僕を覚えていて下さい。そして僕の武器を使って、このゲームをクリアして下さい。そうすれば皆に覚えていて貰える...僕は、きっと皆の記憶に残れます」

 「ディーテはどうする!?お前を死なせて、オレがどんな顔をして会いに行けと言うんだ!」

 「僕の工房の所有権と、あらゆる財産をあなたに譲ります。ですから...」

 「話を聴け!お前が死んだら、妹さんが哀しむんじゃないのか!?妹を泣かせるのか、兄貴のお前が!!」

 「そんな事、したい訳が無いでしょう!!でも--」

 

 ほんの一瞬前までは冷静に、シュユの言葉に耳を貸さずに話を続けていたカーヌスはその両目に涙を浮かべて言った。

 

 「--託すしか、無いんですよ。もう時間が無いんです。だから、託します」

 「それでも、生きるのを諦めるな!」

 「それこそ、シュユさんの嫌いな理想論ですよ。...シュユさん、あなたは優しい人だ。ぶっきらぼうに見えますが、実は誰よりも優しい。だからこうやって声を荒げる事が出来る」

 「違う!オレは面倒を被りたくないだけだ!」

 「そうやって、どうして自分を偽るんですか?...その理由を知る事はしませんし、もう僕には出来ません。でも、きっと現れます。真正面からぶつかって、あなたがあなたを認められる様にしてくれる、そんな人が」

 「オレはそういう人間だ、買い被るな!変な妄想を、押し付けないでくれ!」

 「...ねぇシュユさん。僕の考えは間違いでしたか?未来ある子供達を助けるのは、悪い事でしたか?僕の行いは、愚行だったんですか?」

 

 カーヌスの問いに、シュユは応えられない。何故カーヌスがこんな状況に置かれているのか、理解してしまったからだ。

 

 「カーヌス...!」

 「それでも僕は、優しさを信じたい。だから、あなたも--」

 

 カーヌスを抱き留める両手が、カーヌスをすり抜けた。視界に飛び込んでくるのはポリゴンの蒼い光。とうの昔に見慣れた、死亡時のエフェクトだ。

 だが、いつもとは違う。シュユは怒った。何故優しいカーヌスが死なねばならないのか、何故カーヌスを選んだのか、という加害者への怒り。そして何よりも、こんな時でも激怒する事が出来ない自分自身に、怒りを蓄積させていた。今まで蓄積していた自分への怒り、それらがカーヌスを想う怒りに集積し、沸々と熔岩の如く赤熱している。

 

 「ハッ、死んだか。...お?もう1人カモ発見だな。()()()()()()()()()

 「お前も、だと....?」

 

 獣が暴れる。シュユの中の目覚めかけた獣が、理性と神が施した感情の節制を破壊せんと暴れる。

 

 「おぉ、そうだ。あの熟練鍛冶士、お前の専属だろ?アイツみたいに、お前も消してやる」

 「--ぁ」

 「...あ?」

 

 節制と理性の鎖に皹が入る。神により組み込まれた他の世界の王と狩人の因子が混ざり合い、そして新たな存在を創り上げる。止めろ、これ以上は駄目だと神の施した節制がシュユを抑えようと、いつもの様に感情を抑えようとする。()()()()()()()()()

 

 「貴様がァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 鎖が、壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -神の世界-

 

 「あ、やっちまったな」

 「やっちまった、とは?」

 

 テレビの前でその様子を見ている神がそう呟いた。天使はそれを耳聡く聞き付けると、神に問い掛ける。神はやれやれと肩をすくめると、話し始めた。

 

 「人間...つーか、俺が運命を弄った存在は皆、自らの意志で現実をねじ曲げてきた。最初の存在、【黒詠虚白】は滅ぶ筈だった世界を自らの命を犠牲にして世界を護った」

 「知っています」

 「次の【紅神桜華】は殺さねばならない筈の2人の姉妹を助け、そして自分も助かった」

 「ですが、心を許した存在は犠牲になりました」

 「だが後に転生した存在が現れただろ?...で、コイツの1つ前の存在【赤羽響介】は自らを犠牲にして隕石を遠ざけて地球への激突を防ぎ、最後には死にたくないの一心で地球へと戻ってきた」

 「両親とかつての仲間を殺して、ですが」

 「そう。そして今回、コイツを転生させる時の特典とデメリットを決めた。数はルーレットだが、内容は俺が考えたんだぜ?」

 「【現実で関わったヒロインの救済】と【ユニークウェポンの獲得】、【リアルラックの向上及びVR適性S】ですよね」

 「そうだ、それが特典だ。だが、俺達は0か1、1か100の調整しか出来ない。だから、実質的にはVR適性は限界突破している訳だ」

 「そう、なりますね」

 

 そう、神とは言えども全能ではない。だからこそ能力は不完全で、人格的にも不完全なのだ。

 

 「だから、俺はアイツにリミッターを掛けた」

 「リミッターを?」

 「そうだ。前例に倣えば、アイツも世界を変えちまうかも知れない。だがこの世界(ソードアート・オンライン)は仮想現実がメイン。だから、普通の現実を変えるよりも難易度は低い。だから親切にリミッターを掛けてやったんだぜ?」

 「それならユニークスキルを与えれば良かったのでは?」

 「馬鹿か、もう飽きたんだよ。打倒され得るからこそ、見ていて楽しい。それに、アイツの適性は感情の昂りと共に跳ね上がる。ユニークスキルなんて要らない。アイツの体質がユニークスキルみたいなもんだ」

 「は、はぁ...」

 「さぁ、始まるぞ」

 「何がでしょうか?」

 

 天使の問いに、神は笑って答えた。

 

 「世界(原作)の終焉、世界(二次創作)の創成だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーヌスを殺した男達のリーダー格の男は、突然叫んで静止したシュユを見ていた。が、次の瞬間に視界は割れ、そしてその次の瞬間に凄まじいダメージフィードバックが男を襲った。体力バーは猛烈な勢いで左端へと進み、呆気なく辿り着く。目の前に現れた死亡を告げるウィンドウを認識し、男の意識は闇へと沈む。

 男が率いていたグループは犯罪者(オレンジ)のグループだったらしく、男の死亡を見ると仇を討とうとシュユに迫る。が、また次の瞬間には1()()()()()()()()()()()()()()()()()。もう生きているプレイヤーはシュユと1人しか居ない。

 

 「た、助けてくれぇ!!」

 

 シュユはカーヌスが遺した紐付きの家の鍵を手に巻いて空いているアクセサリの装備枠に入れると、呟いた。

 

 「匂い立つなぁ.....!」

 「へ--」

 

 男の首は【千景】により斬られ、体力バーは全損した。彼はバンダナを装備解除し、【老狩人の狩帽子】を装備すると幽鬼の様にゆらりと歩き出した。

 

 「【獣】はどこだ...オレが、狩ってやるよ」

 

 どちらが獣なのか、シュユに教えてくれる者は誰も居ない。




 今回は流石に空気を読んで自重します。本文の空気をぶち壊すのは流石に遠慮したいので。


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26話 抑止力

 「き、キリトさん...」

 「大丈夫だ、シリカ。俺が護るから」

 

 第47層の【思い出の丘】でシリカとキリトは犯罪者(オレンジ)ギルドである【タイタンズハンド】のメンバーに取り囲まれていた。メンバーの狙いはシリカが入手したテイムした存在を蘇生する事が出来るアイテム【プネウマの花】。それを横取りする為に待ち伏せしていたのだ。

 キリトはタイタンズハンドによって壊滅させられた【シルバーフラグス】のリーダーから仇討ちを依頼され、それを引き受けたのだ。その為に、と言っては悪いがキリトはシリカと行動を共にして、こうして誘い出した。

 

 「っ.....」

 

 しかし、このデスゲームはレベル差を数で補えるゲームである。純粋なMMORPGならばそれは難しいが、SAOは回避も防御も自分次第。オートヒーリングの回復量はそれなりにあるとは言え、それを上回る速度で削られれば普通に低レベルプレイヤーにも殺されてしまうのだ。故に、今のキリト達はそれなりに危ない状況にあった。

 だが、シリカはそんな事は頭に無かった。何か、恐ろしい何かが近付いてくる様な感覚がしている。コツ、コツ、と1歩1歩、ゆっくりと確実に近付いてきているかも知れない『ソレ』が恐ろしくて仕方が無かった。震えるシリカに、タイタンズハンドのメンバーに怯えていると感じたキリトは自分の陰に隠す様に立ち塞がる。

 一触即発、もし何か物音がすれば激突しそうな雰囲気の中、悠然と歩いてくる者が居た。帽子を目深に被り、両手をポケットに突っ込んで歩いてくるその人物はこの場には不釣り合いで、それでいて誰よりも濃密な雰囲気を醸し出していた。

 

 「さっさと帰れよコラ!お?殺すぞ」

 「逃がす必要は無いよ。後々面倒だからね」

 

 男とリーダー格の女性、ロザリアが言う。殺害予告をされたというのに、胸ぐらを掴まれても何も動揺の気配を感じさせないその人物は呟いた。

 

 「.......匂い立つなぁ........」

 「あ?俺が臭うだ?」

 「嗚呼、匂う......薄汚い、獣の匂いだ」

 「んだ--ッ!?」

 

 男は激昂し、胸ぐらを掴んだまま斬り殺そうとするがそれは叶わなかった。一瞬でアイテムストレージから実体化した刀が、男の身体を真っ二つに両断したからだ。本来なら血飛沫が噴き出すが、それは深紅のダメージエフェクトで代用されてはいるのだが、それでも周囲の人間を驚愕させるには充分かそれ以上だった。

 

 「な、あんた達、ビビってないで殺っちまいな!!相手は1人だ、数で押せ!」

 

 周囲から押し寄せてくる男達。その目には殺気がみなぎっており、彼を殺す気満々である事を分からせる。それぞれが剣や斧を彼に振り下ろすが、彼はもうそこには居なかった。周囲の空気に溶け込むかの様に姿が消え、次に男達が認識したのは凄まじい速度で振るわれる大鎌だった。

 残りの男は2人。彼は大鎌から片手剣に武器を変形させると1人の心臓の辺りを刺し貫くが、最後の1人が逃げてしまう。彼は呆然と見詰めた、そんな素振りを見せた次の瞬間、逃げた男の背中から投げナイフが貫通して体力が全損してポリゴンを撒き散らして死亡した。

 

 「な、何が目的なの!?お金、それとも女!?何でもする、だから私だけは助けて!!」

 

 先程まで高圧的な態度でいたロザリアは怯え、命乞いをする。彼はロザリアを見詰めると、剣を握ったまま近付く。そしてそのまま--

 

 「キミは()()人間だ、見逃そう。だがそのまま罪を犯せばオレは、お前を狩る(殺す)よ」

 「ヒッ.....!!」

 

 武器をアイテムストレージに収納し、再び歩き出す彼。シリカはその背中を無我夢中で追い掛けた。キリトは依頼を達成しなければならない為、ロザリアを黒鉄宮に送還する事を優先した。

 

 「っ、()()()()()!」

 「......キミ、誰?」

 

 『彼』はシリカの予想通りシュユだった。だが、あのカーヌスと居た時の雰囲気は欠片も残っていない。2週間でここまで変わってしまったシュユに若干恐怖する。そして、確かに自分の名前を呼んだ筈の彼が、自分に誰だと問い掛けた事に驚愕した。

 

 「私です、シリカです!」

 「シリカ....シリカ...?あぁ、あの竜使い(ドラゴンテイマー)の?」

 「あなたと1度だけですけど、お話しました!それは覚えてないんですか?カーヌスさんと、一緒にお話しましたよね!?カーヌスさんは--」

 「--カーヌスって、誰?」

 

 次は、何の言葉も出なかった。確かに信頼関係を築いていた筈のシュユが、カーヌスをだれだと問い掛けたのだから。少なくとも、何か良からぬ事が有ったのだと思った。だから、シュユに近付こうとしたのだがそれは出来なかった。

 今気付いたが、シュユの視線は今初めてシリカを射抜いている。その双貌は純粋に濁っていた。どこも澄んでいない、ただ純粋に濁っている様に感じたのだ。

 

 「ねぇ、オレンジかレッドプレイヤーの居る場所、知らない?」

 「...え?」

 「狩らなきゃいけないんだよ。奴等は人間に害を及ぼす獣なんだ、狩らなきゃいけない」

 「狩るって...殺すんですか!?」

 「まぁ、そうだね。で、知らない?」

 

 シリカはもう恐怖以外抱けなかった。あまりにも無邪気に、幼さを感じる口調で狂った内容を嘯く彼に、恐怖したのだ。犯罪者、殺人者とは言っても元は同じ人間。それを【獣】と呼んで『殺す』のではなく『狩る』のだ。その思考と豹変に彼女は怯えてしまった。

 

 「知ら...ない、です」

 「そっかぁ、じゃあ仕方無いね。それじゃあ、キミが【獣】になったらまた会うかもね。そうならない事を願ってるよ」

 

 また歩き出したシュユの背中を見送るしか、シリカには出来なかった。

 

 「シリカ、いきなり走ってどうしたんだ?」

 「い、いえ...」

 「じゃあ早速ピナを--ん?」

 「どうかしたんですか?」

 「いや、メールが来て....珍しいな、KoBからグランザムのギルドホームに来て欲しいってさ。なんか、【オレンジプレイヤー狩り】の話らしいんだけど--」

 

 【犯罪者(オレンジ)プレイヤー狩り】など、そんな狂行としか思えない事をしているプレイヤーは、彼しか居ないだろう。そう思ったシリカは、決断した。恐怖を圧し殺して、勇気を出したのだ。

 

 「--キリトさん、私も連れてって貰って良いですか?」

 「え?まぁ、多分大丈夫だと思うけど....ピナはどうするんだ?」

 「ピナには悪いかもですけど、ここで蘇生します。じゃあ、早速やりましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第55層、グランザムの街。黒鉄の建造物が立ち並ぶその街の中にSAO最強と名高い【血盟騎士団】のギルドホームは有る。キリトとシリカはKoBメンバーが放つ、少なくとも歓迎されてはいない視線に晒されながら会議室に来ていた。

 

 「....キリト?」

 「シノンか?どうしてここに居るんだ?」

 「私だって知りたいわよ。シュユの事を早く捜したいの」

 「どこかに出掛けてるんじゃないのか?」

 「....多分、違いますよ。あの人は--」

 

 オレンジプレイヤーを狩っている。そう言おうとしたシリカの眼前に、槍の穂先が突き付けられる。と言うより、実際に突かれていた。目の前に現れる紫色の安全圏内の保護ウィンドウが何よりの証だ。シリカが怯えながらシノンの顔を見れば、先程のシュユの様に濁った瞳がそこには在った。

 

 「--シュユを、どうしたの?」

 「...え?」

 「あなたがシュユを誑したの?」

 「違います、私は--」

 「--揃っている様だね」

 

 シリカの言葉を遮る様に入ってきたのはKoBの団長にして唯一のユニークスキル保持者、ヒースクリフ。その後ろに控えるのは【閃光】アスナと【絶剣】ユウキのSAO内でもトップの実力と名声、美しさを誇る2人の女性プレイヤーだ。

 流石にここで槍を突き付けている事がバレるのは不味いと感じたのか、シノンは槍を納めている。流石の反応速度と言うべきか。ヒースクリフは全員の顔を見ると、話を始める。

 

 「君達に集まって貰ったのは他でもない、最近現れた【犯罪者(オレンジ)プレイヤー狩り】の事を教える為だ」

 「ねぇ団長、それってボク達に関係あるの?しっかりカーソルはグリーンのままなんだけど」

 「確かに、私達も呼ぶ必要性は無かったと思いますが。それよりも攻略を進めるべきでは?」

 「まぁ待ちたまえ、ユウキ君にアスナ君。確かにここの全員はグリーンカーソル、つまり犯罪者狩りの対象ではないが、少なからず関係は有る」

 「まずはその犯罪者狩りの粗方の情報を教えて欲しいわね。じゃなきゃ、関係性なんて見出だせないわ」

 「確かにその通りだ、それでは教えよう。...その犯罪者狩りが現れたのはつい最近だ。そのプレイヤー...仮に『彼』としよう。彼はグリーンカーソルの者は狙わず、オレンジカーソルのプレイヤーのみを殺している。その手口は単純な正面突破で、ギルドごと壊滅させた事が有るらしい。恐らくレッドを見付ければ狙うだろうが、彼はふらりと現れると犯罪者を狩り、そしてまた直ぐに立ち去ると聞く」

 「...まさか、俺達が会ったあのプレイヤーか?」

 

 キリトの言葉に、全員がキリトの方向を向く。

 

 「見たのかね?」

 「あぁ。だけど顔は見えなかったし、何より速すぎて見えなかった。俺は色々有って話が出来なかったけどな」

 「.....私は、正体を知ってます」

 「そうなのか、シリカ?」

 「.....はい」

 

 全員は視線で続きを促す。シリカはそれを察すると、しっかりとそのプレイヤーネームを口にした。しかも、2つ名まで添えて。

 

 「その人は【狩人】、シュユさんです...」

 「その冗談は笑えないよ、シリカちゃん。その言葉、本当にそうなのかな?ねぇ、本当にシュユがその犯罪者狩りだって言うの?」

 「は、はい。しっかりと話もしましたし、確実にシュユさんでした。.....でも、前と雰囲気が違いました」

 「前も会ってたって事はこの際置いといてあげるよ。で、雰囲気が違うって?」

 「何と言えば良いのか....世捨て人、みたいな感じでした。何もかもを見限って、フラフラとしている。そんな感じです」

 「ふむ....確かに、その姿を見たプレイヤーは【狩人】と類似した格好をしていたと言っていたな。情報提供、感謝する」

 「それで、どうするんですか?私達で指名手配を--」

 「--それはさせないよ、アスナ」

 

 シュユの指名手配を進言したアスナの首筋に、ユウキの剣が当てられる。その手に震えなどの迷いの兆候は無く、本当にやる時は殺る、その未来が簡単に見えた。

 

 「指名手配するつもりなら、ボクはこのギルドを抜けるよ、団長。攻略なんてシュユの前ではどうだって良い。ボクはシュユを優先する」

 「ユウキ、あなたは皆の命よりも1人の命を取るの!?」

 「ボクはそうするよ。ボクには、それが出来る」

 

 その言葉に室内は静まり返るが、ヒースクリフの一言でその静寂は切り裂かれる。

 

 「早とちりしないでくれ。指名手配をしない為に私は君達をここに集めた。君達は...シリカ君は分からないが、少なくともシリカ君を除いた全員はシュユ君とパーティを組んだ事がある者だ。だから、君達にはシュユ君を連れ戻すなり正気に戻すなりしてくれたまえ」

 「......中々に太っ腹ね。しかも、ギルドに所属してない私達まで集めて」

 「私達が総力を以て情報の拡散は防ぐ。攻略も一旦ストップし、自治の強化に力を注ぐ。だが、幾ら犯罪者とは言えプレイヤー狩りには違いない。グリーンも狩られるかも知れない、そういう不安が積もれば爆発し、処刑という結果に行き着いてしまうかも知れない。そうなる前に、頼む」

 「団長の目的は何なの?正直、メリットが見付からないよ」

 「簡単な話だ。攻略する為に強いプレイヤーは必須、シュユ君の損失はSAO全体の損失だ。ならば助けるのは当然だろう?」

 「....俺も、シュユには借りが有るしな。俺はやるぜ」

 「私は言わずもがな、言われずともやるわ」

 「ボクも、当然ね」

 「....団長に頼まれれば、やらない訳にはいきませんよ。彼には借りも有りますし」

 「私も、微力ながらお手伝いします!」

 「頼んだぞ。支援は出来る限り行おう」

 

 シュユを止める為に、動き出す者達が現れた。そんな事は望んでいない、彼を止める為に...




 ユウキ「投稿遅れてごめんね!春休み終わっちゃったから、書く時間が減って作者も死にかけてるから許してあげてね」

 シノン「あれ、シュユは?」

 作者『本編であの状態のシュユ出すのはメタ空間とは言えなんか嫌なので、暫くお休みです』カンペ

 シノン「中々勝手な理由ね。...あぁ、これからは投稿ペースが遅れると思うわ。作者の部活も始動するし、休日も忙しくなりそうだからね」

 ユウキ「それでも投稿はしっかりするから、暇な時に読んであげてね!感想をあげると喜んで睡眠時間を削って書くよ!」

 シノン「ほんと、単純な作者よね。じゃあ締めましょうか、せーの--」

 シノン・ユウキ「「次回もよろしくね!」」


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27話 【獣】

 「ヤっちまおうぜ!どうせ盗るモン盗ったら殺すんだし、1つぐらい楽しみが増えるだけだろ?」

 「あ~、それもそうか....じゃあヤっちまうか。オラお前ら、コード解除させとけ」

 

 数人の男が1人の女を取り囲み、服を脱がせて犯そうとしていた。しかも女の仲間は既に殺されており、その装備やアイテムはその辺の空間に放り出されている。

 

 「イヤ....イヤぁ....」

 「ダイジョブだって!す~ぐ気持ちよくなっから!」

 

 イヤだと首を振って嫌がる女の指を無理矢理掴み、ウィンドウを出現させる。男達に女のウィンドウは見えないが、それでも1年程度は嫌でも見たウィンドウだ、大体の場所は分かっている。それも、倫理規制コードの解除など何度も行い、やらせてきたのだから。

 

 「俺がイチバンで良いよな!?」

 「チッ、しょうがねーな」

 「っしゃあ!じゃ、いただきまーす」

 

 女は助けを求め、そして目を瞑った。確かに助けこそ求めはしたが、来るとは思えないからだ。例え人が居たとして、犯罪者(オレンジ)である彼等を1度に相手取るなど、正気ではないからだ。ここで女の冒険は終わる、そう悟った時、紅い光が女の視界を埋めた。

 

 「.....匂う、獣の匂いが、充満してる....」

 

 その男は刀を持っていた。そして、目の前の『ブツ』を出している男はポリゴンと化していた。つまり、女が分かった事はただ1つ。自分の求めていた助け(ヒーロー)が現れた、という事だ。

 罵声を上げて彼に飛び掛かる男達だが、彼は刀を鞘に納める。鞘から紅いダメージエフェクトが噴き出すと共に彼は抜刀し、横一文字に刀を振り抜く。2人の体力が全損した事を見てしまった残りの男達は雲の子を散らす様に逃げていくが、正確無比なナイフの投擲と彼本人が追跡して斬撃を浴びせればもう残っているのは女と彼だけだった。

 彼は女に歩み寄ると、そのあられもない格好を見てアイテムストレージからフーデットローブを取り出すと女に向けてソレを放る。内容を見てみればかなり良い品質のローブで、女は目を丸くして驚いている。

 

 「.....使いなよ。流石にそんな格好で街には行けないでしょ」

 

 あの鬼神の様な形振り構わない戦い方をする人物とは思えない、幼さを感じる口調に女は驚きを覚える。

 

 「ね、ねぇ。何で私を助けてくれたの?」

 「....助けた訳じゃない。オレが狩る対象に襲われてたから、そう思ってるだけだ。特に助けようとはしてなかった」

 

 そう、彼は人を助けようとはしていない。確かに人を守る為に【獣】を狩りはするが、しかし一個人を守るという事は無い。女を助けたのは言ってしまえばただの偶然、副産物に違いないのだ。

 

 「私...私メア!あなたの名前は?」

 「.........シュユ」

 

 名前を名乗った女--メアは、どうにかシュユの名前を聞き出そうと自分から名乗った。シュユはどうするか一瞬迷ってから、吐き捨てる様に自分の名前だけを口にして歩き出す。また、狩るべきと信じる【獣】を捜す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここかな?【犯罪者(オレンジ)狩り】に...シュユに会った人が居るのは」

 「そうらしいけど....あの人じゃない?」

 

 ユウキとシノンはキリトとアスナ、シリカと手分けして行動していた。この2人はシュユに対してのみ働く女の勘に似た何かを持っており、それに従ってここに来たのだ。そして近くのプレイヤーから【犯罪者狩り】らしき人物に遭遇したという人物を訊き出し、街の中心部にある噴水で待ち合わせの約束を取り付けていた。

 【犯罪者狩り】--シュユは神出鬼没で、どの階層に現れるか予測が不明な状況だ。プレイヤーが能動的に相手の場所を知れる唯一の手段であるフレンド機能の相手の居る階層表示と同階層に居る場合のマップに表示される機能も、ブロックされているのか使えない。故に、今の様にしらみ潰しに捜すか目撃者から話を訊くなど、後手に回らざるを得ないのが現状だ。

 

 「あなたが【犯罪者狩り】を目撃した人?」

 「うん。私はメア、あなた達は?」

 「ボクはユウキ。で、こっちはシノン。それで、どんな感じだった?名前とかは訊いた?」

 「名前はシュユって言ってたよ。どんな感じか....う~ん、何て言えば良いのかな....」

 「どんな些細な事でも良いの。教えて欲しい」

 「う~ん....護る人が居ないのに、誰かを護ろうとしてるみたいな...」

 「どういう事?」

 「形振り構わずに戦ってた。でも、普通そういうのって誰かの為にやる事でしょ?」

 「まぁ、そうだよね」

 「でも、あの人は違う気がする。護る人なんて居ない...ううん、忘れちゃったみたいな感じ」

 「忘れちゃった、ね。ありがとう、メアさん」

 「行こう、シノン!」

 

 行こうとする2人を、メアは呼び止める。と言うより、メアが溢した言葉に足を止めてしまったのだ。

 

 「止める必要が有るのかな...」

 「どういう、事?シュユに人殺しを続けさせろって、そう言いたいの?」

 「それは流石にスルー出来ないわよ。メアさん、どういう意味か弁明は聴いてあげる」

 

 突然雰囲気が変わった2人に、手を振って否定するメア。流石に2人の圧力に正面切って耐えられる程厚かましくはないようだ。

 

 「違うの!でも、あの人は自分で望んでやってる。そしてあの人の行動はSAOの犯罪行為の抑止力になる。それなら、止めないっていうのも可能性としてはって意味だよ。別に、他意は無かったの。ごめんね」

 「......でも、止めたいんだ。ボク達の身勝手だけどね」

 「...好きな人に、人殺しはさせたくないの。だから、止めるのよ」

 「そう...なら、頑張って」

 

 その言葉に、メアは呟いた。それを聴いた2人はメアが話した森に向かって走り出した。きっと、自分達の行動で想い人が止まってくれると、ただそれだけを信じて。




 アスナ「作者、最近死にかけてるわね」

 キリト「あぁ、干からびてる。最近新学期が始まって、睡眠時間は足りないけど小説を書きたいってジレンマが作者を苛んでるらしいぜ」

 アスナ「確か、前作の後半くらいでSAO書きたがってたわね。手は抜いてないけど、元々の計画より早く終わる感じにしたらしいしね」

 キリト「最近高評価貰えて、スゴいモチベ上がってるしな。その代わりアズレンの優先順位が下がって、ただでさえ投稿遅い艦これの小説書いてないし」

 アスナ「何と言うか.....計画性が皆無だね」

 キリト「計画を立ててもやらない人間の典型だからな、作者は」

 アスナ「ほんと、大丈夫なのかな....そろそろ良い時間だし、締めよっか」

 キリト「そうだな。せーの--」

 キリト・アスナ「「次回もお楽しみに!!」」


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28話 相対

 シュユは眠っていた。フィールドにある洞穴に身を潜め、【隠蔽(ハイディング)】スキルを発動させつつ、誰にもバレないように。ただ仮想に対応した脳を休める為の行為、その中でメールの受信音が聞こえた。彼はゆっくりと右手を挙げると、ウィンドウを出して確認する。それは運営からのメールだった。

 

 【獣狩りの夜、開演】

 

 《犯罪者(オレンジ)殺人者(レッド)プレイヤー限定イベント。その罪人カウントを競い、優勝者にはユニークウェポンかスキルを贈呈。場所は第28層、狼ヶ原》

 

 余りにも出来過ぎているイベントだった。SAOは犯罪を助長する要素は無く、そして罪を犯した者の居場所を無くしていく。にも関わらず、このメールに記載しているイベントの参加者はその犯罪者プレイヤー以上であり、しかもユニークウェポンかユニークスキルを贈呈するという。流石に怪しく感じるメールだが、彼は立ち上がった。

 

 「...殺ってやるさ。【獣】は全て、オレが狩ってやる....」

 

 彼はしっかりと装備のコートを羽織ると、ゆっくりだが確かな足取りで歩き出した。もう覚えてもいない後悔を、2度としない為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やっぱり罠、か」

 

 狼ヶ原に到着したは良いが、やはり誰も居なかった。元々SAOはイベントの告知をメールではしない。だが、来ずには居られなかったのだ。例え分かりきった罠でも、そこに【獣】が来る可能性が僅かにでも有るのなら、シュユはそこへ行く。そして狩り、生き残る。

 現れる人影は4人。片手剣使い(ソードマン)が2人、細剣使い(フェンサー)が1人、槍使い(ランサー)が1人だ。幾ら大鎌で間合いは優位が取れるとは言え、4対1では不利な事この上無い。しかも点で攻撃してくる細剣(レイピア)は対人戦ではかなり戦いにくい部類なのだ、面倒さに拍車が掛かっていた。しかも片手剣使いはどちらも軽装、つまりはスピード型だと思われる。シュユ的にパワー型の方が狩りやすい為、スピード型は少し不利とも言える。槍に関しては大鎌以上のリーチを誇る上に上位プレイヤーともなればその扱いは卓越している。故に、有利な点は殆ど無いと言っても過言ではないのだ。

 だが彼は逃げない。まだカーソルが視認出来ていないが、自分が狩る対象ならばどんな不利な状況でも狩るだけなのだから。

 

 「会いたかったよ、シュユ。グランザムでの再開の次が、まさかこんな会い方だとは思ってなかったけど」

 「..............」

 「そのまさかよ、シュユ。あなたに人殺しなんてこれ以上させない」

 「そうだ。...俺はお前に借りが有るんだ、シュユ。それを、今返す!」

 「私だって、護ってくれた借りとか有るんだから。借りっぱなしは性に合わないの、返させて貰うから!」

 「.........キミ達、誰?オレの事を知ってるのか。でも--」

 

 シュユは片手剣形態から大鎌形態に【葬送の刃】を変形させ、言った。

 

 「--狩りを邪魔するのなら、殺すよ」

 「ッ、シュユ!!」

 

 ユウキの声で全員が駆け出す。が、シュユはそれを超える加速と速度で接近、大鎌を振り抜いた。流石はトッププレイヤー、しっかりと大鎌の軌道を見抜くと全員は回避し、反撃を加えてくる。槍と細剣の突きは身体を全力で反らして回避、剣の横振りは跳んで回避した。だが、跳べばシュユでも派手に動けない。全員は狙い澄ました一撃をシュユに向けるが、シュユは何とキリトの剣を【閃打】を使用して殴り、無理矢理身体を動かす事で回避して見せた。

 着地するとバックステップして距離を取り、シュユは胸を押さえる。過労から来る目眩と動悸に苦しんでいるのだ。ステータス上では何も表示されないが、戦いに関しては話は別だ。どれだけ小さい不調でも、その小さな不調で強者は死んでしまう。

 顔を上げた瞬間に、目の前を剣が通過していく。ユウキの剣だ。次は前方にステップ、ユウキの腹部を殴る。STRに補正が掛かっているシュユの一撃は、軽いユウキの体躯を容易く吹き飛ばした。

 

 「オレが....狩らなきゃいけないんだ....!」

 

 肩を掠っていく槍の刺突。大鎌の柄で叩き落とし、足で踏みつけてシノンの反撃の手段を潰すが、ダガーのソードスキル【ラピッドバイト】により二の腕を斬られる。マトモに斬られたからか、体力バーが5%ほど減ってしまう。不快なダメージフィードバックに一瞬身体が強張った瞬間、キリトの剛剣が迫る。当たれば大ダメージは必至だろう。

 

 「なっ.....!?」

 

 だが、次の瞬間シュユの身体がブレたかと思えば、()()()()()()()()()()()()()()。確実に被弾する、満足には動けない筈のシュユが、だ。

 

 「ッ、シャアアアァァァァァァァァ!!!」

 

 大鎌で薙ぎ払い、キリトの背中を斬る。更に遠心力に任せて蹴りをシノンに叩き込み、ユウキには顎を掠める様に拳を放つ。咄嗟に反応したアスナは大鎌の一閃を避け、反撃の突きを放つがまたしても一切の挙動も無く側面に回り込んだシュユの拳を受けて、地面に倒れ伏す。ユウキはまだ倒れずにシュユに【レイジスパイク】を放つが、それはシュユの右手首に着いている鍵の紐を斬っただけで、回避されてしまう。脳震盪を起こしているにも関わらず、反撃を試みた代償に倒れてしまう。

 

 「な、にが...?」

 「.....ぅ、ぁ.....」

 

 全員、シュユに与えられた数値的なダメージよりも仮想脳を揺さぶるダメージを重視した一撃に苦悶の声を上げる。だが、ダメージを与えた筈のシュユも頭を押さえて苦しんでいた。

 今シュユが使用したのは後に【ゼロモーション・シフト】と呼ばれる裏技、もっと言えばズルとも言える。何故なら、この技はVR適性が高い事が前提条件であり適性が高くない人間は使えない技だからだ。

 元々VR適性というのは仮想世界での身体(アバター)を動かす為に人間が発達させる【仮想脳】と呼ばれる器官を発達させられる可能性の高さを適性という形で表したものだ。そしてその仮想脳は俗に言う『思い込み』で仮想の現実を変える。シュユはそれを無意識でありながら行っているのだ。しかし、現実を変える事は容易い事ではない。

 通常では有り得ない、全く挙動の無い動きはあらゆる抵抗を無視して予兆も無く移動できる。しかし、空気の動きや地面の抵抗を無視した反動は仮想脳に多大な負荷を掛け、シュユの脳に痛みとしてその反動を伝えてしまう。もっと言えば、無理な移動による痛みはダメージフィードバックとして脳を襲う為、耐え難い頭痛とダメージフィードバックの両方に耐えなくてはならないのだ。

 シュユはそれに耐える。そしてもう1つ、彼等への耐え難い殺意に耐えていた。今すぐにでも倒れている背中にその刃を突き立て、殺してしまいたいという欲求は膨れ上がり、彼の手足を動かす。

 

 「.....オレは、まだ【人間】なんだ。オレが狩るのは、【獣】だけだ....」

 

 シュユは立ち去った。誰にも言い残した訳でもなく、ただ目的だけを口にして。そして、落とした鍵を省みる事は無かった。

 

 「...この鍵は、どこの鍵なのかな、シュユ....?」

 

 【工房の鍵】と名付けられた鍵はユウキの問いに答える訳も無く、ただ鈍い輝きを放つだけだった。




 シリカ「そう言えば、作者さんってリア友さんに何か言われたんですよね?」

 作者「どうも、今回はカンペじゃない私です。で、まぁその通りですね。この小説って主人公最強なのかどうなのか、です」

 シリカ「そこの所どうなんですか?」

 作者「最強と言うより最凶ですかね。負ける事も有りますが、最終的には勝てる。でもその結果がキリトの様に最善とは限らない、そんな感じです」

 シリカ「へぇ~、そうなんですね。でも強いんですよね?」

 作者「そうですね。さて、そろそろ締めましょうか。せーの--」

 シリカ・作者「「次回もお楽しみに!!」」


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29話 最強(邪道)

 「この鍵、どこの鍵なんだろう?」

 

 ユウキは【はじまりの街】の宿屋でそう溢した。シュユの右手に着けていたプレイヤーホームの鍵は鈍く輝き、ただ無機質に射し込む夕陽を反射していた。シノン達は武器の修理も兼ねてアスナの友人の鍛冶士(スミス)の元へ向かったのだが、ユウキは着いて行かなかった。何故なら、修理しても意味が無かったからだ。

 

 「....折れちゃった、かぁ」

 

 第1層でシュユから貰い、今までユウキの相棒として敵を斬り続けた【黒騎士の黒剣】は先刻までのシュユとの戦闘で、完膚無きまでに破壊されていた。剣の状態を示すウィンドウには、修復不可能のアイコンが瞬いていた。

 SAOの武器には耐久力が存在する。だが、あまり知られていないのが耐久力には2種類存在するという事だ。1つ目はウィンドウにも表示される【総耐久力】、2つ目はウィンドウには表示されない【瞬間耐久力】だ。瞬間耐久力は時間による自動回復があるが、総耐久力は鍛冶士による修理でしか回復しない。

 瞬間耐久力は総耐久力の身代わりと言えるもので、瞬間耐久力が無くなれば総耐久力が減っていく。武器によりそれぞれの耐久力にはバラつきがあり、総耐久力が多い武器の代表は両手剣で、瞬間耐久力が多い武器の代表はカタナだ。片手剣はバランス良く耐久力が振り分けられている。瞬間耐久力が無くなっても総耐久力が減るだけだが、総耐久力が無くなれば武器は壊れてしまう。まだ直ぐに修理すれば再び使える様になるが、先刻のユウキの様に無理を言わせれば武器は修復不可能になり、破棄するかインゴットにするしかなくなってしまうのだ。

 ただ、折れた剣は攻撃力とリーチは半減するものの、使えない訳ではない。修復不可能になれば、サブとして使う事も1つの手段だったりする。

 

 「...聞き込みだよね、調べ事の基本は。行ってみようか!」

 

 折れた剣の事は置いておき、ユウキは外に出た。誰に訊けば良いのか分からないこの状況下でも、ユウキは動かずには居られなかった。ユウキは自分がシノン程冷静に物事は判断出来ないし、シュユ程頭は切れない事を解っている。だから行動するのだ。考える事はするが、それは目の前の事。小難しい(未来)の事は2人に任せているのが最も効率的なやり方と解っている。だからそうするのだ。

 

 「--、--!!」

 「...ん?」

 

 路地裏の方から大声が聴こえた。ユウキは気になったから、そこへ向かう。そこには数人の男に囲まれる女子供数人が居た。子供達は1人の女性に隠れる様にして、女性は子供達を庇う様に男達に立ち塞がっていた。そして男達が纏う鎧はALF、通称『軍』と呼ばれる組織のものだ。決してよろしくない噂を良く聞く軍に囲まれている女性を放っておける程、ユウキは器用な生き方を心得ていなかった。

 

 「ねぇ」

 「あん?」

 「流石に男大勢で女の人1人囲むのは、マナー違反じゃないかな?」

 「はぁ?何言って--」

 「--しつこい男は嫌われるよ!!」

 

 折れた剣の一撃は安全圏の保護ウィンドウに遮られる。が、足元に走った皹に足首を挫いたのか倒れた男を冷やかに見詰めるユウキに、殺気を感じたのか男は走って逃げていった。ユウキの殺気は取り巻きに移り、当てられた取り巻きは逃げた男を追っていった。

 

 「あ、あの、あなたは....?」

 「ボク?ボクはユウキ、よろしくね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「スゴいね、ディーテは。ボクも他のプレイヤーと同じで自分が生きるのに精一杯なのに、子供達を護ろうとするなんて」

 「そんな事は有りませんよ。きっと、罪を犯した人にも優しさは有る筈なのです。ただそれを実行に移せるか否か、それだけの話ですから」

 「それを実行に移せるのが充分にスゴいんだよ、ディーテ」

 

 ディーテが持つ教会の中で会話をしているユウキ。思い出した様にストレージから鍵を実体化すると、ディーテに見せて駄目元で訊いてみた。

 

 「この鍵なんだけどさ、どこの鍵か分からない?」

 「この鍵.....もしかして、カーヌスの....?」

 「知ってるの!?」

 

 食い付いたユウキを見て、やっと正気を取り戻したのか、ディーテは咳払いして話し始める。それも、憶測に過ぎない話なのだが。

 

 「私の知り合いのホームの鍵かも知れません。鍛冶士だったんですよ。確か、専属契約を結んで下さったプレイヤーさんが居たとかで、ここにも来てくれましたよ」

 「その、契約したプレイヤーの名前は?」

 「シュユさん、でしたね」

 

 ビンゴ、そして最悪だ。鍵の説明を見れば、ホームの所有者はシュユになっていた。つまり、元々の所有者であるカーヌスは死んでいる。譲渡して貰ったとも考えられない事も無いが、シュユが鍛冶士をやるなど考えにくい。だから、だからこそユウキは--

 

 「....ねぇ、ディーテ」

 「どうしました?」

 「その工房の場所、教えてくれないかな?」

 

 その事を、隠す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここが工房ね.....ホントだ、開いた」

 

 鍵を鍵穴に差し込む様な動作をすれば、呆気なく扉は開いた。しっかりとドアを閉めて中に入ると、乱雑に置かれた紙の束が目に飛び込んでくる、壁には数々の武器が掛けられており、奥の扉が工房に繋がっているのだと大体察する事が出来た。

 設計図に見える紙には図面と機能、武器の使用者の理想的なキャラ構築(ビルド)が書かれている。その中には変態的とも言える武器もあり、変わり者だったのだろうか、とユウキは苦笑して部屋を見回す。そして特別にユウキの目を引いたのは、厳重に固定された一振りの剣だった。見たところ、軽量片手剣のカテゴリに入るだろう。黒と紫に彩られたその剣は、妖しい輝きを放っていた。

 

 「....この剣、は....」

 

 何故か手に取ってしまった。剣を固定していたボルトは呆気なく床に落ちてゴトン、と音を立てた。ユウキの右手に収まるその片手剣は異様な程にフィットしていて、そして軽かった。剣が収まっていた向こうの壁には穴が空いており、そこには【記録結晶(レコード・クリスタル)】が埋まっていた。指で触れば固定されていなかったのか、コロンとユウキの掌に収まった。ロックされていないと分かると、彼女は迷わずに内容を聴く事にした。

 

 『この記録結晶の音声を聴いているという事は、僕は死んだか鍵を落として家を漁られたんでしょう。でも、家捜しなんてする人はこんな古い記録を知ろうとはしない、そう信じて僕はこの音声を遺します。

 この記録結晶の手前に固定されている剣は、僕が会った事が無い人の為に造りました。彼を、シュユさんを止める為の手段として』

 「え....?」

 『あの人の武器は、ハッキリ言って真正面から渡り合おうとするのは不可能です。そんな事をすれば、どんなに頑丈な武器でもいずれ破壊される。シュユさんの【葬送の刃】の耐久力は瞬間耐久力と総耐久力、どちらも化け物クラスに多いんです。

 でも、もしも彼が道を違えてしまった時に、抑止力が無ければ彼は墜ちていくだけです。シュユさんは強い。でも、誰よりも矛盾に満ちていて、それでいて()()()()()()()()()()()()()()()()。放っておけば、いずれ自分で壊れてしまうでしょう。ですから、僕は彼を止める為に剣を打ちました。

 変形武器、仕掛け武器職人である僕がかつて打ち、SAOを騒がせた10本の剣。今では前線で使える程のスペックを持たない為に忘れられましたが、僕はあれ以来普通の武器を打つ事は止めました。でも、彼を止める為に使って貰えるなら、本望です。仕掛け武器職人の僕が打った、最強にして邪道のこの片手剣を使って、どうか彼に光明を届けて下さい。.......頼みましたよ、()()()()()

 

 彼の、カーヌスの遺言とも言える記録は、これで終わっていた。彼は予見していたのだ。シノンよりもユウキよりも、誰より危ういバランスで居たのはシュユであり、何かが有れば壊れてしまうと。それが解っていたからこそ、カーヌスはユウキにこの剣を託そうと思ったのだ。1度話した事のあるシノンではなく、1度も会った事が無いユウキに。武器の相性的にもシノンよりユウキの方が勝機が有るだろう。でも、ユウキは暖かい気持ちを剣から感じた。何も打算が無い、純粋にシュユを想って打った遺作。それを使って、シュユを止めようと誓った。

 

 「止めるよ。ボクが、シュユを」

 

 彼女はカーヌスの遺作--【聖女の祈剣】を腰に下げると、どこかへと歩き出した。自分の勘が導く、シュユが居るかも知れない場所へと。




 アスナ「ヤンデレ要素、薄くないかな?」

 ユウキ「流石に今の所じゃ出せないからね。元々日常を書くのが苦手な作者だから、仕方無いと言えば仕方無いのかも」

 アスナ「暗い展開なら出てくるのに?」

 作者『だからごちうさ書くの諦めたんですよ』カンペ

 アスナ「書こうとしてたんだ....」

 ユウキ「ま、結局はボク達に落ち着いたんだし、許してあげよう!」

 作者『ありがたき幸せ』カンペ

 ユウキ「さて、そろそろ締めようかな?」

 アスナ「そうね。じゃあ行くよ、せーの--」

 ユウキ・アスナ「「次回もお楽しみに!!」」


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30話 狩る者、止める者

 「ぅ.....アアァァァッ!!」

 

 痛い、苦しい。

 

 「何でだよ.....誰が獣を狩るなんて決めたんだよ....どうしてオレが苦しんでんだよぉ....」

 

 辛い、止めたい。

 

 「....もう、全員殺しちゃおうかな。フフ、そうだな。みんな殺せば、獣に成る人も居なくなる....みんな、みんな殺せば--」

 

 道を間違えそうになる。だが、胸元のペンダントがそれを止めている気がする。まだ人間で在りたいと、在って欲しいと願う誰かが、墜ちてはならないと繋ぎ止めていた。

 

 「--ダメ、だ。オレは人でなきゃいけないんだ....獣にはならない....」

 

 それでもシュユは歩く。過労から来る倦怠感と【ゼロモーション・シフト】などの仮想脳に掛け過ぎた負担に苦しんでいても、獣を狩る為に。記憶の靄に包まれ、忘却してしまった2人に、どうにかして報いる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やっぱり、ボクの予感はシュユに関してなら当たるんだね」

 「またキミか....もう関わらないでくれないか」

 

 大鎌を遺体から引き抜くシュユ。恐らく犯罪者プレイヤーだったであろう遺体はポリゴン片となって破砕音を響かせ、森の緑へ融け合って消えた。

 既に1度、倒した筈のユウキが現れた事にシュユは辟易している。非生産的で、何よりシュユにとってはグリーンプレイヤーは標的ではなく、寧ろ護るべき対象だ。そんな彼女と戦うのはシュユにとって望む所ではなく、オレンジやレッドと違って殺すべきではないプレイヤーとの戦いなど、加減が難しい。しかも、その苦手な対人戦の相手がSAO内トップクラスの実力を持つユウキだと言うのだから厄介この上無い。

 

 「イヤだ。ボクはシュユを放っておけないよ」

 「だから、それが面倒なんだよ。オレはキミが誰だか知らないし、絆なんて必要ない」

 「そうやって、殺し続けた先に何が有るの?確かにシュユは犯罪の抑止力にはなってる。いつかは犯罪を完全に無くす事も出来ると思うよ。でも、完全に犯罪が無くなったらシュユは用済みになっちゃう。それでも良いの?」

 「(うるさ)いなぁ....キミはオレの邪魔をするのか?」

 「そうだよ。シュユにこれ以上殺人なんてさせない!」

 「....どうせキミも獣になる。そうなる前に--」

 

 シュユは葬送の刃ではなく、千景を実体化させる。ユウキも腰に下げている聖女の祈剣を抜き放ち、構える。

 

 「--オレが、狩ってやるよ」

 

 千景を納刀、そこからカタナ系ソードスキル【辻風】を発動する。対するユウキは振るわれるカタナを斜めに構えた剣で流し、【水月】を使う。鋭い中段回し蹴りは空を切り、シュユはバックステップで距離を取っていた。シュユの【ソニックリープ】の突進は回避され、ユウキは猛スピードで通り過ぎていったシュユの背中に向けてナイフを投げるが、【投擲】スキルを持たないユウキの貧弱な投げナイフではシュユを捉える事は出来ず、容易く回避される。

 お返しとばかりにナイフを3本同時に投げる。スキルの速度補正が掛かるそのナイフの速度はユウキのソレとは比べ物にはならない。ナイフに一瞬だけ気を向けた瞬間、シュユの姿は消える。その姿を捜そうとしたその時、背後から迫る殺気を感じ取るとユウキは迷わずに反転、剣を思い切り上へとカチ上げた。

 

 「シュユが言う【獣】だって、元は人だったんだよ!」

 「人を自らの意思で虐げる人なんて【獣】と同等じゃないか!それを狩って何が悪い!?この世界(SAO)だってそれを認めてるだろ!!」

 「だからって殺すなんて、そんなのはシュユが言う【獣】と何も変わらないんだよ!」

 「黙れェェェェ!!!」

 

 感情のまま放たれる大振りの一撃を掻い潜り、全力を籠めて放たれる突き。完全に隙を突かれたその一撃をシュユは【ゼロモーション・シフト】を使って回避する。通常の移動では有り得ない機動に仮想脳が悲鳴を上げるが、それを無視してシュユは千景を振る。液体の様に飛び散るダメージエフェクトは小さいながらも攻撃力を持ち、ユウキの体力を僅かに減らしていく。これが刃と共に密着すればどうなるか、想像に難くは無い。

 垂直4連撃ソードスキル【バーチカル・スクウェア】をシュユが放つ。それに対抗する様にユウキは水平4連撃ソードスキル【ホリゾンタル・スクウェア】を放つ。垂直と水平、そのまま放てばぶつかる軌道を持つ2人のソードスキルは当然の様にぶつかり合って火花を散らし、凄まじい速度の斬撃の威力が相殺された反動で後退せざるを得なくなる。既に戦場は森から平原に変化している。

 ぶつかり合う斬撃の派手なライトエフェクトは夜闇を照らす。もう2人以外のプレイヤーの影は無く、ただ2人は金属音を奏でていた。シュユのステップはフォーカスロックと呼ばれる、プレイヤーが使える補助的な捕捉機能を混乱させる。右に動くかと思えば左に、左に動くかと思えば右に、フェイントを疑って反対に動けば普通に動くその動きは、システムを誤認させて何も無い空間にフォーカスロックを留まらせる事が出来る。だが、ユウキは野性的な本能と持ち前のVR適性の高さでシュユのステップによる混乱を差し引き0にしていた。

 

 「どうしてオレにそこまで構う!?オレとキミは赤の他人、オレが傷付こうがキミには何の関係も影響も無いだろう!?」

 「有るよ!!」

 「ッ!?」

 「シュユが傷付くのはボクがイヤだ!シュユが傷付くとボクも痛いし、シュユには傷付いて欲しく無いんだよ!!」

 「理解が出来ない!そんな感情、オレは知らないッ!!」

 「これが『恋』なんだよ、シュユッ!!」

 

 ユウキが放った袈裟斬りは数少ないパリィ系のソードスキル【空蝉(ウツセミ)】により、弾かれる。居合い抜きの様にカタナを振って剣を弾く空蝉の最大の長所、それは盾のパリィ系ソードスキルとは違い、使用後に連携に繋げられる点だ。

 死ぬ、ただソレだけの予感がユウキの背中を伝う。が、次にシュユが放ったのは腹部目掛けての【閃打】のみで、追撃の手を打ってはこなかった。地面に転がり、圧迫された事による仮想の嘔吐感を咳き込む事で解決する。仰向けに転がるユウキの顔を水滴が伝う。涙ではなく、ただの雨だ。大粒の、激しい雨だ。

 シュユの追撃。それを喰らえばVITにポイントを振り分けていないユウキは死んでしまうだろう。そんな事をすれば、シュユは自分が【獣】に墜ちたと言って自殺を選ぶ。それだけはイヤだ、例え自分が死のうと、シュユだけは生きていて欲しい。そう願うユウキは自分を鼓舞する。もっと速く、もっと(はや)く、と。

 

 「ボクは、死ねないッ!!」

 

 その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()。幾らAGIが高いユウキと言えど、反応速度が高いユウキが見えない速度で移動するのは不可能だ。つまり、ユウキが使ったのはスキルでも何でも無い、シュユも出来るゼロモーション・シフト(ズル)だ。

 

 「おっと、そこまでだ」

 「ッ、麻痺...!?」

 

 シュユの左肩に突き刺さったのは投げナイフ。しかもその刀身にはレベル3の麻痺薬が塗布されていた。レベル3ともなれば蓄積値も速度もレベル2以下とは比べ物にはならない。簡単に麻痺したシュユは倒れながらも、自分にナイフを投げた人物を見る。その人物は黒いポンチョとフードを目深に被り、大きな包丁の様な片手剣を持っていた。その周囲には数人の仲間とおぼしき男達が黒ポンチョを取り囲む様に立っており、その全員の身体には棺桶から骸骨が出てこようとしているタトゥーが彫り込まれていた。

 

 「ラフコフ....貴様ら....」

 「そうキレんなよ、【狩人】。お前を殺すのは中々に惜しいんだが、どうせ仲間にはならんだろうからな。殺させて貰うぜ?確実にな」

 

 黒ポンチョの男--PoHが率いるギルド、その名はSAO内で最も有名な2つのギルドの内1つ。攻略組という栄光を受ける、SAOの希望の光として有名なのが【血盟騎士団】とするのなら、このギルドは絶望の闇。多くのグリーンプレイヤーを殺害し、そのギルドのエンブレムとなっている棺桶と骸骨はSAOでの恐怖の象徴。名前は【ラフィン・コフィン(笑う棺桶)】、SAO唯一のレッド(殺人)ギルドだ。

 

 「シュユは、殺させない」

 

 そこに立ち塞がるユウキ。だが、仮想空間では不慣れになってしまった激しい頭痛と倦怠感のせいでコンディションは最悪だ。しかも相手は殺人者、それも快楽殺人者だ。躊躇など一切存在しない、文字通りの獣。トッププレイヤーすら獲物にしてしまうラフコフの実力は間違いなくトップクラス、それをたった1人で止めようと言うのだ。このまま戦えば、ユウキは間違いなく死ぬ。

 

 「...ま、お前を殺して狩人を絶望させるのも悪くはない、か。じゃあ狩人、まずは女の殺人ショーを楽しんでくれよ。イッツ・ショウ・タイム」

 

 その言葉と共に、取り巻きの男達は走り出す。ユウキは剣を構え、無謀なる戦いを始めてしまった。助かる見込みは、無い。




 リズベット「.....あたしの出番が無い!!」

 リーファ「私の出番も無い!!」

 作者「仕方無いじゃないですか。リズベットはもう少しで出られるけども、リーファに関してはALOに移行しなきゃならないんだから」

 リーファ「名前くらいは出してよ!リアルネームなら出せるでしょ!?」

 作者「シュユくん、あんまりキリトとは絡まないんで。まぁ、攻略に本格的に参加すれば絡むんですが」

 リズベット「辛抱よ、リーファ。この作者、自分が考え付くままに書いてるだけだからキャラの出番が偏るのはデフォルトらしいから」

 作者「失敬な。でも間違ってませんけどね」

 リーファ「むー.....不満は沢山あるけど、そろそろ締めないとね。じゃあ、せーの--」

 リーファ・リズベット「「次回もお楽しみに!!」」

 リズベット「あれ、作者は言わないの?」

 作者「こういうのはキャラに言わせたいんです」

 リーファ「出たよ変な拘り....」


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31話 誇りと救いを

 体力バーが、減っていく。だが、減っているのはシュユ(自分)の体力バーではない。減っているのはユウキの体力バーだ。必死に剣を振り、時々耐え難い頭痛に身体を強張らせながらも善戦していた。そう、()()していた。

 だが、戦いに於いて数の有利というのは彼我の実力差を縮めるのに最も有効であり容易な手段だ。どんな豪傑でも、圧倒的な数の前には無力である。1体の巨大な象でも多数の軍隊アリに喰われる様に、ユウキは緩やかに死に近付いていた。

 

 --止めろ、止めてくれ。どうしてそこまでしてオレを護る?オレはキミを覚えていないんだ、なのにどうして...?

 

 覚えていないなど、()()。シュユは自分を偽っている。だが、忘れかけている事は確かだ。何度も仮想脳に多大な負荷を掛けた影響で記憶中枢が損傷を受け、自らの専属であった『(カーヌス)』と誰よりも臆病だった『彼女(サチ)』の記憶は既に無いも同然。もう顔も声も覚えてはいない。だが、幼少から共に過ごし、そして自らを捧げようとしたユウキを忘れられる訳が無い。

 自分が忘れてしまったと偽れば、諦めてくれると思っていた。武器を折って体力をレッド寸前まで削ればもう関わらないと思った。だが、それは間違っていた。ユウキは拒むシュユを受け入れ、そして元に戻そうと我武者羅に突っ込んできた。それが堪らなく嬉しくて、そして自分が情けなくなった。何故【獣】を狩っているのか、その理由すら覚えていない自分を追ってくれるその事実が、まだ自分が【人間】で在るという証だと思っていた。

 

 --逃げてくれ。オレが死のうと、ただの狂人同士の殺し合いと何ら変わらない。でも、キミは必要な人だ。希望になれる人なんだ...

 

 だからこそ生きて欲しいと願う。今すぐ起き上がって、彼女を生かす為に戦いたい。だがシステムがそれを許さない。シュユの身体を蝕む麻痺は身動きを一切ゆるさないのだ。

 

 --何故動かない?お前は恩を返さぬまま絶望に染まるのか?

 

 --動けないんだ。動きたい。あの人を助けたいのに、オレの身体は動かない。

 

 

 老いた人の声が聴こえた。幻聴かも知れない。だが、今は仮想の声帯すら麻痺して声も出せない。それなら、例え幻聴でも誰にも聞かれる事は無い。なればこそ、シュユはその声に応えた。

 

 --あの少女を助ける為に、何かを捨てる覚悟は有るか?

 

 --有るさ。オレの命は彼女の為に受けた。捨てられないオレはオレじゃない。

 

 --若く未熟な狩人よ、お前はこの(SAO)の中で苦しみ、そして狩りを続けるだろう。戦い抜く為の、その為の力を与えよう。さぁ、何を捨てて力を得る?

 

 --オレの殆どをくれてやる!だが、この想いと記憶だけはオレだけのモノだ!オレのユウキへの想いと記憶だけは、オレが持っていく!!

 

 --良い返事だ。実に愚か、実に夢物語、実に戯れ言。だからこそお前は【狩人】に相応しい。

 

 胸が熱い。貰ったモノなど解らない。スキルや武器を得たならウィンドウが表示される筈だ。だが、目の前にあるのは濡れた草と土だけ。貰ったモノは解らずとも、貰った事だけは解る。

 叫べ、自分が何者か!自分が何を狩り、何の為に狩る(殺す)のか!!そして、誰を護るのかッ!!

 

 「ッ.....ォォォ.....」

 「シュユ....?」

 

 もうユウキの体力はレッドゾーン寸前だ。もっと速く、もっと疾く、もっと強く。そして狩る。だが、それはつい先程までの盲執に囚われた狩りではない。目的を持った。そして護る者を得た、誇り在る狩りだ!!

 

 「ユウキに、何しやがるッ!!」

 「有り得ん!レベル3の麻痺だぞ!?早すぎる!」

 

 ゼロモーション・シフトを使って移動するのはユウキの眼前。嗜虐的な笑みを浮かべて武器を振る男の首に大鎌の刃を宛がうと思い切り引く。斬られた首は重力に従って落下、地面に接触するとポリゴン片となって砕け散った。

 シュユの全身からは半透明のオーラが立ち上っている。そして体力バーの下にはステータス変化を意味するマークが数個、状態異常(デバフ)無効と攻撃力と攻撃速度上昇、そして防御力低下のマークが点滅していた。だが、これはスキルではない。その証拠に効果時間の表示は文字化けを起こしており、そしてこの状態が幻の様にマークは明滅を断続的に繰り返していた。

 これは一時のバグ、そう判断した男達はシュユに向かって武器を振る。その速度は速く、絶対に被弾は避けられない様にも見えた。

 

 「ルゥォォォォォオオオオ!!!」

 「チッ、退け!オレが殺る!!」

 

 アドレナリンが溢れ出す。ゼロモーション・シフトを繰り返して1人に肉薄、そのまま大鎌を下から上へと振り上げる。浮き上がった男を叩き落とす様に振り下ろすと、簡単に男はポリゴン片へと還っていった。

 包丁型の魔剣クラスのモンスタードロップ【友斬り包丁(メイト・チョッパー)】を構えたPoHが突撃してくる。シュユは距離を取らずにそのまま前方にステップ、大鎌の先端の刃を取り外して片手剣にするとそのまま【ハウリング・オクターブ】を発動。高速の5連突きからの斬り下ろし、斬り上げをどうにか捌いたPoHだが、それでは終わらない。何とシュユはソードスキルの発動中に大鎌へと剣を変形させ、そのまま使用したソードスキルの最終段、つまり渾身の上段斬りを叩き込んだのだ。

 STRに補正が掛かっているとは言え、それ以上に強い力にPoHは狼狽する。現在確認されているプレイヤーの最高レベルはヒースクリフ、次点でユウキだ。シュユはそれよりも少し低い。にも関わらず、今のシュユの一撃は異常な程に重かった。剣に皹が入った事を悟ると、PoHは片腕を犠牲にして脱出する。ハンドサインでメンバーも退却させようとするが、そうは問屋が卸さない。

 

 「逃・が・す・かァァァァァァッ!!」

 「ッ!?......化け物がァァァァァァ!!」

 

 シュユは垂直に跳び上がると、5メートル辺りで静止する。そのまま大鎌を横一閃に振るうと、通常では破壊不可能な筈の地面に地割れが発生し、そして巨大かつ強力な鎌鼬の刃が逃げるラフコフのメンバーを追う様に全てを斬り裂いた。

 受け身も取れないまま落下すると、体力バーが極僅かではあるが減少してしまった。だが、落下のダメージフィードバックよりもアドレナリンが切れかけているせいで姿を見せてきている頭痛に苦悶の声を漏らす。1度使うだけでもかなりの負荷を掛けるゼロモーション・シフトを多用したのだ、当然の帰結だろう。

 目の前にウィンドウが現れる。内容は、ユニークスキルを獲得するか否か。シュユは指を伸ばしてNOを選択する。

 

 「.....【二刀流】なんて英雄染みたスキル、オレには使えんさ」

 「シュユ!!」

 

 駆け寄ってくるのは当然、ユウキしか居ない。体力は回復しているが、可憐な顔は泥だらけで土砂降りの雨に打たれてグシャグシャで、薄汚れていた。シュユは既に激しい頭痛に苛まれているが、それを押し殺し立ち上がってユウキの眼を見る。

 

 「....済まない、ユウキ」

 「え?」

 「オレはキミの事を忘れてなんかいない。しっかり覚えてる。でも、オレはユウキを傷付けた。赦して貰えるかどうかだけど、もし赦されるなら....」

 「赦されるなら?」

 「もう1度、キミの為に戦わせて欲しい」

 

 ユウキは黙ってシュユの頭を自分の胸元に引き寄せる。トクン、トクンと一定のリズムで刻まれる心拍に、少しだけ頭痛が和らいだ気がした。そのまま、ユウキはシュユに話し掛ける。

 

 「....赦してあげる。だからその代わり、ボクから離れないでね?」

 「勿論、だ....」

 「疲れちゃったね。眠って良いよ、シュユ。シュユはずっと頑張ってきたんだから、少しだけ休んでも多目に見てくれるよ、皆」

 「そ...か....」

 

 今までロクに休息も摂らず、無理な負荷を掛けてきた代償なのだろう。シュユはユウキの身体に全てを預けて眠ってしまった。ユウキは転移結晶を用いて、シュユと共にその場を立ち去る。シュユの寝顔は雨の中で眠ったにも関わらず、どこまでも安らかであった...




 シュユ「やっと復活だな」

 ユウキ「やったねシュユ、出番が増える--」

 シュユ「--それはダメだ、ユウキ」

 ユウキ「冗談だよ。で、ヤンデレ要素はまだなのかってそろそろせっつかれそうだけど」

 シュユ「作者曰く、準備運動は終わったらしいぞ」

 ユウキ「初めてだからねー、書くの。どうなるのかな」

 シュユ「ま、それは頑張るだろ、アイツは。じゃあ、そろそろ締めるか」

 ユウキ「そうだね、せーの--」

 シュユ・ユウキ「「次回もお楽しみに!!」」


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5章 A dependent girls
32話 代償


 「....眼が、ボヤける」

 

 目覚めたシュユの第一声はそれだった。仮想空間での視力の良し悪しは現実世界とは何の関係も無い上に、現実のシュユの視力はどちらもAなので眼が悪くなったという事ではない。考えられるのはゼロモーション・シフトの多用による後遺症だろう。ただ、ボヤけるのは右目だけなのでシュユは無視して外を見る。

 最近は街に顔を出すどころか、今寝ている様なベッドにすら寝転がっていなかった。後遺症の影響で街並みも朧気にしか覚えていないので、ここがどこだかシュユには分からなかった。

 

 「シュユ、目が覚めたの!?」

 「まぁ、そうだな。迷惑掛けたな、ユウキ」

 「そんな事無いよ!ボクがやりたくてやった事だからね」

 「そうか、ありがとう」

 

 ユウキはいつもの戦闘衣(バトルクロス)ではなく、少女らしいワンピースに身を包んでいた。黒がメインのワンピースはユウキの髪に良く映える、と思いながらベッドから立ち上がる。伸びをすれば背骨の節が抜ける音が身体の中から響いてくる。

 

 「オレはどれぐらい寝てたんだ?」

 「3日も寝てたんだよ?本当に恐かった...」

 「3日、か。あれだけ無茶な戦いをしたのに、その程度で済んだのか。むしろ御の字だな」

 「それでも心配したの!」

 「お、おう。これからは気を付ける」

 

 武器の状態を見れば千景は壊れる寸前で、葬送の刃は壊れないとは言え耐久力は無くなるどころか既に無くなっていた。剣を実体化させてみると、刃こぼれが酷く物を斬るには不向きと感じる程だった。葬送の刃の効果には耐久力を攻撃力に転化する効果がある為、修理は急務だろう。

 

 「...そうだ、シノンは?」

 「--の?」

 「え?」

 「なんで、シノンなの?」

 

 ユウキはシュユをベッドに押し倒す。STRの実数値的には大きく上回っている筈のシュユだが、異様に強いユウキの力と突然押し倒された事による驚きで呆気なく倒されてしまった。ユウキはシュユに抱き着き、呟いていた。

 

 「シュユを助けたのはボクなんだよ?なのに、なんでシノンなの?ボクじゃダメなの?シュユはボクなんかよりもシノンを優先するの?ごめんね、不満な所が有れば直すから、教えて?」

 「な、ユウキ?」

 「胸は小さいかも知れないけど、ちゃんと有るよ?シュユが望むならどんな事だってするし、何だって捧げる。身体も心も、全部シュユのモノなんだよ?だから捨てないで。どんな事だってするから、お願いだからシュユの傍に--」

 「ユウキ!!」

 

 涙を流してシュユに「捨てないで」と懇願するユウキ。それを見たシュユは自分とユウキの位置を入れ替え、自分が押し倒している様にする。いつもとは違う強引なシュユの行動に驚いたのか、小声で捲し立てていたユウキが黙る。

 

 「....ユウキ」

 「し、シュユ?」

 「()()()()()()()?」

 「...え?」

 

 今のシュユは演技などしていない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何故自分が『シノン』という名前を呟いたのか、それすらも解っていない様子だった。

 それも当然だ。シュユはゼロモーション・シフトを数回使用しただけでカーヌスとサチの事を忘れてしまった。それを短時間で、しかも最悪に近いコンディションと負担が蓄積した仮想脳で通常時でも凄まじい負担になる処理を行ったのだ。記憶に更なる障害が出ても不思議ではない。

 確かにシノン--詩乃とは家族としての時間は過ごした。しかし、それはシュユの人生の中の4年程度。つまり、ユウキと過ごした年月とは文字通り桁が違う。ユウキとは人生の過半を共に過ごしているのだ、忘れる順序が違うのも仕方無いだろう。

 どうにか思い出そうと、表情を歪めて記憶を探るシュユだが、その記憶自体が損傷を受けているのだ。キズが付いたCDを読み込もうとしているのと変わらない。ある程度までは思い出せるかも知れないが、思い出せない所の方が多い。

 

 「...ううん、何でも無い。気のせい気のせい」

 「そうなのか?焦ってるみたいだったけどな...」

 「大丈夫!」

 「....そうか。ユウキが言うなら、それで良いけど」

 「じゃあ、ボクご飯作ってくるね!【料理】スキルも熟練度カンスト寸前だし、かなり期待してくれて良いんだよ?」

 「お、じゃあ楽しみにさせて貰おうかな」

 「フッフッフッ、楽しみにしててね!」

 

 ドアを開けて部屋から出ていくユウキ。彼女の足音が遠ざかった所で、彼は呟いた。

 

 「....オレは、どこかで誰かの料理を食べた事が...?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッチンでシュユと自分の料理を作るユウキ。自分が想いを寄せる彼の今の状況を把握し、彼女は呟いた。愛に狂った笑みを浮かべて。

 

 「....これで、シュユはボクのモノだよね...」




 作者「お気に入り登録、500件突破しました!」

 シュユ「本当にありがとう」

 作者「まさか30数話しか投稿していないのに500件を突破するとは思ってませんでした」

 シュユ「まぁ、これからモチベを保つように頑張るんだな」

 作者「頑張ります。じゃあ、早いけど締めましょうか。せーの--」

 作者・シュユ「「次回もお楽しみに!!」」


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33話 独占

 「シュ~ユっ!」

 「なんだ?」

 「えへへ、呼んでみただけだよっ!」

 「そっか」

 「それで、どんな感じ?ボクの膝枕」

 「柔らかくて心地いいよ。重くないか?」

 「ううん、大丈夫!」

 

 シュユとユウキは平和で幸せな日常を送っていた。ユウキはフレンド全員に情報が開示されない閉鎖(クローズ)モード使用し、少なくともシュユを捜索している4人にはバレない様にしている。外出を極力減らして外出する時も変装する事でバレるリスクを極限まで減らす事が出来るのだ。

 シュユも、マシになってきたとは言え右目はまだボヤけている為外出は控えて(ユウキがそうさせているのだが)いた。一時的なのかも不明な記憶喪失も、ユウキがその話題に触れない様にしているのでシュユが気付く筈も無い。

 実際、今のシュユはとても不安定なのだ。つい先日まで戦う理由も無く、ただ【獣】を狩るという強迫観念に基づいて殺戮を繰り返していたシュユの現在の拠り所はユウキしか無い。元々『シュユ(秋崎悠)』という存在が存在する理由を支えていた2本の柱(ユウキとシノン)の内、今はその1本(シノン)が欠けている。今依存しているのは、どちらなのだろうか?

 

 「シュユ、何か欲しい物は無い?」

 「......ユウキ、かな」

 「ふぇ!?」

 「....ずっと、一緒に居て欲しい。恐いんだよ.....」

 「シュユ?」

 「....オレはもう、ユウキが居なきゃ戦えないのかもな。武器を振るう理由が、ユウキ以外に見付からない」

 

 【獣】を狩るのはカーヌスと同じ目に遭う人を減らす為だった。だが、もう忘れてしまったのだ。ならば誰の為に武器を振るえば良いのだろうか?人は何事にも理由と価値を付けたがる。それはシュユですら例外ではない。感情の枷が壊れたシュユは、自我が崩壊していないだけ幸運だ。普通なら味わった事が無い激情に発狂してもおかしくはない程の激情に、シュユは耐え抜いた。だが、その代わりに戦う理由を無くしていたのだ。

 だからこそ、戦う理由を与えなければならないのだ。その理由に、ユウキはピッタリだろう。今のシュユにとって至上なのはユウキ、そのユウキを護る事は理由に成り得るし、価値だって最高になる。

 

ドンドンドンドン!!

 

 「またあの人か.....しつこいなぁ」

 「あの人?」

 「ストーカーみたいな人。ずっとボクに付き合ってって言ってくるけど、興味ないんだよね」

 「......ウザいな」

 

 シュユはユウキの膝枕から名残惜しくも思いながら起き上がり、1階に降りて玄関のドアを開ける。そこに居たのは小柄な男。顔は幼さが残るものの整っており、もう少し年月を置けばイケメンに成長するだろう。彼はシュユの姿を見ると目を吊り上げ、噛み付く様に捲し立てる。

 

 「お前か、ユウキさんの男は!?」

 「...誰だ?ユウキが迷惑がってるから、止めて欲しいんだが」

 「俺はルーク、ユウキさんを愛してる男だ!と言う訳で、さっさと別れろ間男!」

 「随分と一方通行な愛だな。ユウキはお前と付き合いたいと言ったのか?」

 「お前が居るんだから言える訳が無いだろ!?でも、俺は解ってる。だからさっさと消えろ!」

 「.....面倒だな、デュエルで決めよう。オレが勝ったら2度とユウキとオレに関わるな。お前が勝ったらオレが消えてやるよ」

 「シュユ!?」

 「あ、ユウキさん!俺、勝ちますからね!」

 「シュユ、負けたら許さないよ!」

 「分かってる」

 

 彼等は街中へと移動する。街中でのデュエルなら体力はレッドゾーンには突入しない為、犯罪者(オレンジ)として扱われる事は無い。更に、観衆にデュエルの結果を見せる事で約束を反故にされる事を防いだのだ。()()()()輩は勝手な妄想で受け入れ難い現実を補完してしまう事が多い事を知っているからこその行動だ。

 この街のシンボルである噴水の前で対峙する。シュユはストレージからユウキに頼んで修理に出して貰った【千景】を実体化させる。対するルークが構えるのは小柄な体躯には不釣り合いな両手剣。広い攻撃範囲と高い威力、高い耐久がウリだが威力重視の分移動と攻撃の速度は低い。

 デュエル申請をYESで承諾し、目の前にカウントダウンが映し出される。カウントダウンの数字が0になった瞬間、ルークは両手剣を上段に構えて突進してくる。両手剣の中でも数少ない、速度が速いソードスキル【アバランシュ】だ。シュユはルークの踏み出す先に石ころを投げる。既に速度が乗っていたルークは止まれずに石ころを踏み、足首を挫いて転倒する。しかも顔面から転んだ為、つい手を離してしまいシュユの足元に剣が転がってくる。

 

 「うおおおぉぉ!!」

 「【格闘】は持ってないのか。青いな」

 

 【格闘】は持っている者が多いので忘れられがちだが、通常の手段では取得出来ないスキルなので仕方無いと言えば仕方無いのだ。破壊不能オブジェクトにも等しい耐久力を持つ大岩を割るまで消えないフェイスペイントを施され、しかも無駄に煽り性能が高い老爺が煽ってくるのだ。面倒なので取得が先送りにされても仕方無い。

 しかし、武器をメインにして戦うSAOだからこそ【格闘】は取得した方が良い。武器を失い、徒手空拳で戦う時に【格闘】を持たない者の攻撃など貧弱だ。万が一を考え、一応取得はしておくのがセオリーだ。

 長続きさせる事は面倒なので、シュユは千景を抜刀する。刀身とダメージエフェクトの2つがルークの体力を大幅に削り、目の前に『YOU WIN!!』の文字が浮かぶ。恐らくルークの前には『YOU LOSE』の文字が浮かんでいる事だろう。現実が受け止められないルークはシュユを素通りし、ユウキの手を取る。だが、ユウキはルークを見ずにウィンドウを操作し、そして告げた。

 

 「ボク、キミの事【通報】したから」

 「え....?嘘、でしょ?ユウキさん、冗談が--」

 「--冗談じゃないよ。じゃあシュユ、行こ?」

 「....あぁ」

 

 女性の絶対数が少ないSAOではあまり知られていないが、実は女性プレイヤーには圏内に限り他のプレイヤーを『黒鉄宮』に叩き込む方法がある。それが【通報】だ。【通報】とは、ハラスメントコードに抵触したプレイヤーを衛兵NPCを召喚する事で黒鉄宮に叩き込む事が出来る女性プレイヤーのみに許された行動だ。通報されたプレイヤーは言い訳も釈明も許されず、衛兵NPCに捕まった瞬間に黒鉄宮まで連行される。街から出ても衛兵に見逃して貰える事は無く、再びその街に入った途端に衛兵NPCが捕まえに向かう。しかも上層になればなる程に衛兵NPCの力は強くなっていくので逃げるのも容易ではないのだ。

 下手なレアモンスターよりも珍しいのが女性プレイヤーなので、都市伝説としか思われていなかった。しかし、転移門(ポータル・ゲート)の方向から猛スピードで現れた甲冑の姿を見る限り、事実だったらしい。振りほどく事も出来ずに連行されたルークを見て、シュユは自分がああならない様に気を付けようと思った。

 

 「勝ったぞ、ユウキ」

 「そうじゃないと困るよ、ホント。じゃあ、帰ろっか」

 「そうだな」

 

 シュユの右腕に密着してくるユウキ。あの鬼神の様な強さからは想像できない身体の柔らかさに少し驚きながらも、シュユはそのまま歩き始める。そして、街の雑踏に溶け込む2人の後ろ姿を遠目に見た少女は濁った眼で呟いた。

 

 「.......シュユ、なの.......?」




 ユイ「作者さん、私の事忘れてませんか?」

 作者「いや、そげなことは」

 ユイ「いつ私は出られるんですか?」

 作者「まぁ遅くてあと10話、早くて5話くらいですかね」

 ユイ「毎日投稿すれば、あと1週間ですね?」

 作者「お姉さん許して....成績壊れちゃ~う^^」

 ユイ「成績が落ちたら小説も書けませんから、許してあげますけど....」

 作者「頑張りますよ。じゃあそろそろ締めますか。せーの--」

 ユイ・作者「「次回もお楽しみに!!」」


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34話 忘却

 シュユ「ん?何かおかしい....」

 作者「前書きに移動したからですね」

 シュユ「あぁ、そういう....で、何か変わるのか?」

 作者「前回のあらすじ紹介になります」

 シュユ「OK、把握した。で、前回はユウキのストーカーを撃退してシノンに見付かったな」

 作者「メインヒロイン同士のギスギスした関係、お楽しみに!」


 ユウキは外出していた。フードを被り、【隠蔽(ハイディング)】を使用しながら行動して身バレするリスクを極限まで減らしているのだが、路地裏に引きずり込まれる。ユウキ眼前に突き付けられるダガー。そのダガーには見覚えがある。翆の髪を揺らし、眼を濁らせた見目麗しい少女。シュユを愛するもう1人の少女--シノンだった。

 

 「どうしたの、シノン?」

 「....惚けなくて良いわ。あなたがシュユと一緒に行動してるのは知ってるもの」

 「....なぁんだ、知ってたんだ」

 「えぇ。安心したけど、もっと強い感情を感じたの。何か分かる?」

 「さぁ?」

 「それはね、ユウキ--」

 

 頬をなぞるダガーの切っ先。ダメージフィードバックが頬に走り、斬られた事が嫌でも分かる。シノンは静かな憤怒に身を焦がし、言った。

 

 「--あなたへの、殺意よ」

 

 当然だろう。自分がSAO中を駆けずり回っている中、ユウキはその捜している人物と共に行動し、そして自分には黙っていたのだから。当然、シノンはシュユを愛している。そんなシュユをユウキはシノンを除け者にして共に過ごしていたのだ。その怒りは凄まじく、向けられる殺気も自然と強くなっている。

 しかし、ユウキは余裕の表情を崩さない。何故なら、シノンに対する切り札を握っているからだ。【犯罪者(オレンジ)狩り】を止めたシュユと会っていない彼女では知り得ない、今のシュユの状況。それはシノンにとっては受け入れ難く、そしてとても残酷な話だ。

 

 「それは悪いけどね、シノンはもうシュユに会っても意味無いよ」

 「....なんですって?」

 「シュユは、もうシノンの事を覚えてないからね」

 「........そんな現実味が無い嘘、信じられる訳が--」

 『シノンって、誰だ?』

 「--え?」

 『もしかしてシュユ、覚えてないの?』

 『あぁ、分からない。.....でも、あと少しで--』

 『--無茶しないで、シュユ。今はゆっくり休んで、ね?』

 『あ、あぁ』

 「.......嘘よ」

 「嘘じゃないよ。今聴いたでしょ?アレはシュユの声、分かるでしょ?」

 

 ユウキは嘘を言ってはいない。しかし、真実も言ってはいない。先程の録音は【記録結晶(レコード・クリスタル)】の機能の編集機能で編集されたものであり、良く聴けば音の高低に不自然さがあったりするのだが、生憎今のシノンにそんな余裕は無い。想い人に忘れられた、その事実のみがのし掛かり、目尻から雫が零れる。掻き乱された心に理解が追い付かず、シノンは弾かれる様にユウキの前から逃げ出した。

 

 「シュユはボクが幸せにするから安心してね、シノン」

 

 後に残るのは、歪んだ笑みを浮かべるユウキとその言葉だけだった。



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35話 道理を壊せば

 シュユ「どうも、前回のあらすじのコーナーだ」

 キリト「前回は、ユウキとシノンの口喧嘩...というか静かな争いだったな。結果はユウキの圧勝だったけど」

 シュユ「もっと仲良く出来ないもんなのかね...」

 キリト「ま、そこん所も含めてだな。さてどうなる35話!!」


 「ねぇ悠、知ってる?」

 「何を?」

 

 これは、(記憶)だ。幼い自分と同じくらいの少女が仲睦まじく話すその光景は、どこか非現実的で、それでも現実味を感じられる。矛盾しながらも、この光景が(記憶)である事は嫌でも分かった。

 

 「お姉ちゃんが言ってたんだけどね、無理を通せば道理は引っ込むんだって」

 「...どういう事?」

 

 外見的には3、4歳くらいの自分ではそんな諺が分かる訳が無い。(シュユ)が前世の記憶を取り戻したのはユウキと初めて出会ってからだ。この頃の悠は普通の(とは言え感情の起伏は乏しいが)子供であった。少女は姉から聴いたという知識を胸を張ってシュユに話していた。

 

 「難しい事は教えてくれなかったんだけど、やりたい事とか知りたい事が有ったら、たまには何も考えずに行動してみると良いんだってさ」

 「そうなんだ」

 「うん!だから、悠もやってみると良いんだよ!男の子は、女の子を泣かせちゃいけないし泣いてるのを知らないフリするのもダメなんだからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「--寝てたのか」

 

 辺りを見回してもユウキは居ない。まだ買い物の途中なのだろう。シュユはフレンド画面を開き、その中の名前の1つを見詰める。その名前には既視感を感じるのだが、どこかで何者かが思い出す事を阻止している様な、そんな感覚を感じていた。門番に塞がれた扉の様に、その記憶は固く閉ざされていた。

 

 「無理を通せば道理が引っ込む、か。.....ちょっと、道理をぶち壊すとしますか」

 

 彼は家に書き置きを残し、外に出る。フレンドの閉鎖(クローズド)モードを解除し、『シノン』の体力を見る。すると、戦闘中の様で減っていた。が、回復される事は無く、下手をすれば死にそうになっていた。

 シュユは走り出す。だが、シノンがどこに居るのかは分からない。いざとなればSAO中を回って捜し出す覚悟だった。が、それは呆気ない形で必要無くなってしまう。横から聴こえた女性の声が、シノンの居場所を教えたのだ。

 

 「君の捜し人は今行ける最上の階層、そこのエリアボスと戦っているぞ」

 「どうしてそれを知ってるんだ?」

 「そんな事を訊いている場合か?...まぁ、名だけは言っておこう。私は【マリア】、また逢えるさ、絶対にな。だから速く行くと良い」

 「....ありがとう!!」

 

 シュユは【葬送の刃】をサブ装備枠に入れると全力で走る。SAOトップのAGIを持つ彼の全力疾走、瞬く間にシュユの後ろ姿は遠くなっていった。

 

 「...そう、また逢えるさ。君は『月の香りの狩人』と同じ存在(モノ)になれるのだろうかね、未熟ながらも狩人たる君は....」

 

 そして【マリア】は空気に溶け込む様に、姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノンは無茶な戦いの真っ最中だった。今回の階層はエリアボスを倒してからではないと階層ボスまで到達できない階層なのだ。シノンはそのエリアボスに1()()()挑戦していた。背後は霧の壁で閉ざされ、撤退する方法は15分間耐え抜くか攻略するしか無くなった。否、もうシノンは死んでも良かった。

 熔鉄デーモンが持つ大剣がシノンの右側に叩き付けられる。更に薙ぎ払い。シノンは反射的に槍を地面に突き刺し、その反動で跳躍して突きを放つ。しかし、腑抜けた突きの速度では熔鉄デーモンを捉える事は出来ず、容易く槍を掴まれて投げ飛ばされる。巨大な金属の柱に叩き付けられ、視界の左上にある体力バーの下にスタンを表すマークが現れる。ソロ攻略で、ボスの目の前でスタン。普通に考えて、死なない訳が無かった。

 既に生など捨てたも同然のシノンの右目の目尻に、雫が滲む。こんな時でも脳裏に浮かぶのは自分を忘れた『彼』の事で、そんな自分を嘲笑う様に口角を少し上げると、シノンは眼を閉じた。

 

 「詩乃ッ!!」

 

 シノン(詩乃)が次に眼を開けた時に見えたのは、体力バーが半分消し飛んだ熔鉄デーモンと、見慣れながらも渇望していた灰色の背中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスとの戦闘エリアと通常のフィールドを分ける【悪夢の霧】を抜ける。既に脚はガタガタだが、その程度では止まらない。

 SAOの世界は()()()()。つまり、現実と差異は無いのと同じ。かなりの距離を走り続けているシュユの脳からはこの仮想の身体に疲労の信号を送り、脚が重く感じる様になっている。だが、それでもこの世界が仮想である事に変わりは無い。その仮想現実が突き付ける現実を、思い込みの妄想で塗り替える事すら可能なのだ。当たり前ではあるが、容易な話ではないのだ。

 エリアボス【熔鉄デーモン】に追い詰められ、絶体絶命の少女を見付ける。後ろから見える横顔には見覚えが若干ある。しかし、その顔立ちには確実な記憶が有った。ならば死なせてはならぬと、身体が勝手に動く。

 走る速度を上げ、【千景】を納刀する。まだ足りない。火力を出そうにも、【葬送の刃】の攻撃力はそこまで高くはない。付与された効果こそ『異常』の2文字だが、そこは攻撃力の低さでバランスが保たれている。大鎌形態でサブに入れていれば補正が掛かるのはある意味裏技なのだろう。補正が掛かっている状況下での威力ならば、ソードスキルの有無とDPS(秒間ダメージ)の差で千景に軍配が上がる。もっと威力を、そう願いつつもう1度千景を納刀する。すると、1度納刀した時の強化状態とは比べ物にならない速度で体力が減り、凛と鈴のような音が鳴る。聞き慣れた葬送の刃の溜め終了の合図と同じ音、それを聞き届けたシュユは彼女の名を呼ぶ。同時に、その刀を振り抜いて。

 

 「詩乃ッ!!」

 

 抜刀系ソードスキル【天閃(テンセン)】が熔鉄デーモンの胴体を薙ぐ。シュユの体力の一部を犠牲にした一撃は熔鉄デーモンの体力バーを半分消し飛ばし、大きく怯ませていた。畳み掛けようと攻撃を仕掛けるが不自然に堅く、明らかに一時的に防御力が上がっていた。

 ショートカットメニューから2つポーションを実体化させると、自分とシノンに振り掛けて瓶を踏み砕く。実は、回復の判定は瓶が消失するか中身が少しでも使われた状態で瓶が砕かれる事なので、時間短縮が可能なのだ。

 熔鉄デーモンは自分の身体に剣を突き刺し、自らに宿る焔を剣へ移す。炎属性が威力に乗った剣だ、マトモに喰らえばほぼ即死だろう。

 シュユは葬送の刃を剣形態にして【雷光ヤスリ】を使う。雷の属性を付与するエンチャントアイテムにはもう1つ【黄金松脂】が存在するのだが、威力の伸び率が良く効果時間が短くてもDEXによる補正で効果時間を長く出来るこちらの方が相性が良いのだ。

 シュユは【ソニックリープ】で接近しつつ攻撃、更に熔鉄デーモンの足元で【ノヴァ・アセンション】を使用。途中で距離を取られ、7回しかヒットしなかったがかなり体力は削れている。そして、()()()()()()()()()()()()

 

 「スリップダメージか、面倒な...」

 

 シュユの様な低VITプレイヤーにとって毒などのスリップダメージはかなり厄介だ。壁役を張れる程の体力が有っても危険なスリップダメージが、紙装甲のシュユにとって脅威でない訳が無い。

 しかし、恐れていては倒せない。シュユはリロードが終わった【ソニックリープ】で空へ跳び上がりつつ突進、そのまま熔鉄デーモンの頭に重範囲攻撃【ライトニング・フォール】をブチ込む。脳天が雷属性付きの剣でブチ抜かれても熔鉄デーモンはまだ死なず、その身の焔を爆発させようと力む。その隙を逃さず、シノンはがら空きの胴体に槍の投擲系ソードスキル【ストライクランサー】を使用。強化された槍の一撃が熔鉄デーモンの鋼鉄の身体に皹を入れ、そのまま砕く。

 目の前に現れる『congratulations!!』というウィンドウなど見えないかの様にシノンは叫んだ。

 

 「どうして来たの!?私の事なんて覚えてないんでしょ!?」

 「おい、詩乃--」

 「えぇ、そりゃあそうよね!!ユウキと違って私はあなたと小さい頃から一緒に居た訳じゃない!思い出だって少ない!あなたが覚えてないなら、諦めもついたのよ!!なのに、なんで来たの!?こんなに辛いんだから、死んだって--」

 「--オレは詩乃の事を忘れてなんかいない!!」

 「嘘よ!」

 「嘘なんかじゃない!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ!!」

 「でも、あなたは私の名前を聴いて誰だ?って言ったんでしょ!?」

 「そうだ!でも、それは詩乃じゃない!オレが覚えてないのはSAOでの事、現実の事は殆ど覚えてる!!」

 

 そう、シュユは『シノンとは誰だ?』と言った事は有れど、『詩乃は誰だ?』と言った事は無いのだ。故に、現実世界でのシノン――朝田詩乃の事は覚えている。だが、朝田詩乃=シノンという形に結び付かず、その結果放たれた言葉が『シノンとは誰だ?』という疑問の言葉だったのだ。

 

 「どうして....?なんなの、それ....」

 「.....ユウキ?」

 

 そんな呆気ない幕切れを、許す筈が無い者が居た。涙を流し、その眼を恋慕に狂わせた少女が、利き手に剣を携えて立っていた。

 

 「シュユにはボクが居れば良いんだよ。それ以外には何も要らない。シノンも、他の誰でも、ボクとシュユが一緒に居る事を邪魔するのは許さない。殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、殺すッ!!!!!」

 

 既にユウキは、正気ではなかった。



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36話 無理も罷り通る

 シュユ「さて、前回のあらすじだ」

 アスナ「シノのんとユウキの、女の子同士の決闘!どっちが勝ってもおかしくないよね!」

 シュユ「まぁ、腕前も同じくらいだしな。しかも負けられない戦い、眼が離せないな」

 アスナ「と言う訳で、どうなる36話!?」


 火花が散る。それは比喩的な表現ではなく、事実シュユの構える片手剣とユウキが振るう剣がぶつかり合い、火花を散らしているのだ。甲高い金属音が鳴り響き、防ぐ為に構えた右手にはビリビリと衝撃が伝わってくる。

 ユウキのバーチカル・スクエアをホリゾンタル・スクエアで相殺する。シュユの武器的に手加減して攻撃を加える、などという真似はやりにくいし、そもそもユウキ相手に手加減など愚の骨頂だろう。そんな事をすればこちらが斬り殺される。短い硬直の後、放たれる突きを葬送の刃に付属する大鎌の柄で往なしつつ、シュユは舌打ちする。

 元々口達者ではないシュユが、今のユウキを言葉で止められる訳がない。どうすれば良いのかなど、そんな答えは出てこない。ユウキの殺意の対象が自分なら、シュユは喜んでその命を差し出す。しかし、その対象はシノンであり、ユウキがシノンを殺すなど到底容認することはできない。その逆も然り。シュユにとって大事なのはユウキとシノンであり、そのどちらにも優劣は存在しない。優柔不断にも思えるだろうが、それが事実なのだ。

 容赦なく振るわれる剣を捌いている最中、ユウキの拳がシュユの腹部にトン、と()()()()()()()。その見覚えのある前兆と明らかに近すぎる射程距離のソードスキルに当たればシュユはほぼ確実に死ぬ。【穿牙】が当たらない距離までバックステップで回避すると同時にユウキの左手が煌めき、空気を殴る。その派手なサウンドエフェクトとそれに反して地味なライトエフェクトに、自分の予感は正しかったと実感する。

 

 「シュユにはボクだけが居れば良いんだよ!シノン、キミは要らないッ!!」

 「残念ね、私の事はちゃんと覚えてたのよ!あなたこそシュユに必要とされてないんじゃないの!?」

 

 シュユが距離を取った隙に、シノンとユウキが戦いを始めていた。エネミーに向ける様な、しっかりと体重を乗せた一撃。相手を殺す為の一撃は当たれば死にかけるのは当然、心臓(クリティカルポイント)に当たれば即死は免れないだろう。

 シュユは片手剣形態の葬送の刃を構え、介入しようとするが弾かれる。当然、それはSTRに補正が乗っていないからだ。2人は互いを殺そうとすれども、シュユを殺そうとはしていない。それは当然、シュユと添い遂げたいと願っているからであり、その願いを達する為にシュユを巻き込んで殺してはならないからだ。

 止めようにも、大鎌形態で戦おうとすればそのSTR補正の高さから致命傷を負わせてしまう。千景で戦うにしても、止めるには素の状態の千景では威力に不安が残る。と言うより、カタナはクリティカル能力が高く耐久力が低い為、あまりこの局面には向いていない。だから片手剣形態の葬送の刃で戦っているのだ。

 

 「ッ、クッ!!」

 「つぅッ!!」

 

 2人の得物がぶつかり合い、互いの身体を弾き合う。間髪入れずに飛び掛かり、再び鍔競り合いの形に持ち込む。殺傷部位的に鍔競り合いではユウキの方が有利だが、槍はDEX寄りだが中々のSTRを要求される武器種だ。シノンは地力でユウキを押し込む。まだどちらも体力は減っていないとは言え、この均衡がどれだけ続くかは誰にも解らない。

 実際問題、シノンとユウキと戦う場合、シュユはかなり不利な対面なのだ。シュユは戦いの最中に速度(ギア)を上げていくタイプだが、ユウキは初めから最高速度(トップギア)で戦える才能を持っている。しかもその速度に対応できる反射神経や危機察知能力も兼ね備えている。それに対してシノンは最高速度はシュユやユウキに及ばないが、それを補って余り有る精密さと技術で相手の初動を潰す事が出来る。2人を傷付けないという制約が有るシュユでは、どう足掻いても真っ向から取り押さえる方法は無いのだ。

 だが、それは得物を用いた真っ向勝負に限る話だ。元よりシュユのスタイルは剣1本で道を斬り拓くスタイルではなく、数多のアイテムを用いて道を造り出すスタイルだ。シュユはアイテムストレージからミスリルの鎖と石ころを取り出すと、先端に石ころを結び付けた鎖を両手に持ち、2人に向けて放り投げる。成功するかは一種の賭けだったがそれは補正も加わったDEXのお陰か、鎖は思い通りの軌道を描いて2人の武器を握る手に絡み付く。

 

 「「シュユッ!?」」

 「いい加減に....しろッ!!」

 

 全力で鎖を引き寄せ、2人の体勢を崩すと【歩法】の初級ソードスキル【アクセル】を用いて単純な直線の短距離ダッシュを行う。シュユは2人を抱き寄せ、そのまま地面をゴロゴロと数メートル転がっていく。ダメージこそ無いが、先程の熔鉄デーモンとの戦いの余波で炭化した草が服や身体に付着し、3人の身体を黒く染める。シュユは展開した柄に刃を装着し、STRに補正を変更して2人を押さえ込む。その間にも2人は暴れるが、シュユは決してその手を緩めない。

 

 「離してよ、シュユ!ボクは--」

 「そうよ、私は--」

 「--うるさい!さっきから2人だけで話を進めるなッ!!」

 「「...ッ!?」」

 

 2人は目を見開き、驚愕に表情を染める。滅多に--いや、1度も自分達に怒鳴った事が無かったシュユが声を荒げたのだ。しかも、自分達を強引に押さえ込んで。

 

 「オレは確かに2人に命を捧げた!だけどな、オレに関する事で2人が殺し合うなら、オレは自殺する!!」

 「それなら私は後を追うわ!私は--」

 「--なら仲良くしてくれよッ!!」

 

 シュユの悲痛な叫びが木霊する。そして、シュユは一言漏らした。

 

 「オレだって死にたい訳じゃないし、2人に死んで欲しくもない....!」

 「シュユ....」

 

 その表情は鍔付きの帽子のせいで見えないが、涙は流さないにしろ哀しんでいる事を理解するぐらい2人には造作もない事だった。自分達の手を押さえるシュユの手は震えている。当然だ。大人っぽく見えるとは言え、それはただ()()()()()だ。実際の精神のベースは10代の少年と大して変わりなく、そんな少年がこんなデスゲームに巻き込まれても弱音の1つも漏らさないなど、異常そのものなのだから。むしろ、哀しんだ今が正常とも言える。カーヌスの死により解き放たれた感情の波は、もう忘れ去った制御の方法を乗り越えてシュユに感情の動揺を伝えている。

 

 「.....もう大丈夫。ごめんね、シュユ。鎖、取ってくれないかな?」

 「....分かった」

 「ありがと。....ちょっと、なんてレベルじゃないけど動揺しちゃった。やり過ぎたし、落ち着くべきだったね。本当にごめん、シノン」

 「...ううん。私もあなたとの戦いに乗らず、止める事に全力を尽くすべきだった。お相子よ」

 

 シュユが哀しむのなら、これ以上続ける理由は2人には無い。確かに互いを邪魔だと思う事も無いとは言えない。だが、想い人が望む事がユウキとシノンが仲良くして暮らす事なら、2人は喜んでそうするだろう。元より、家族なのだから。

 

 「....戻ろう、家に」

 「だね。今度はシノンも一緒に、ね」

 「勿論、着いていくわよ。まぁ前にシュユと暮らしたのだから、その分と思えば良いしね」

 

 3人は歩き出す。満身創痍、疲れきったその身体で自分達の家に。今この時だけの僅かな共生かも知れない。だが目の前の幸せを噛み締める為に、3人は歩む。3人は若者、見えぬ先の事を思っても変わらないのだから、行き当たりばったりになろうとも、歩んでいく。



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37話 非人道と殺人者

 シノン「前回のあらすじのコーナーね」

 ユウキ「前回はボク達が和解したね!まぁ、和解って言えるかは怪しいけど」

 シノン「次回から攻略にブラボやダクソの要素を絡めていくらしいわよ」

 ユウキ「ふ~ん。じゃあ取り敢えず、どうなる37話!?」


 「あのフィールドボスを【パニの町】に誘い出し、全員で叩きます。何か異存は?」

 「待ってくれ!あんたはNPCを犠牲にしてボスを倒そうってのか!?そんな馬鹿な真似--」

 「--私達と違って、復活する命です。1度や2度死んだ所で、大した事は無いでしょう」

 「なっ...!」

 

 第56層攻略会議での会話だ。【犯罪者(オレンジ)狩り】と呼ばれるプレイヤーの鎮静化と抑止力としてプレイヤーネームを公開、更にKoBが先頭に立っての治安の強化と維持を終えて数週間が経ち、やっと攻略を再開した。

 現在は凄まじい堅さと攻撃力を持つフィールドボスの攻略法としてアスナが立案した、NPCが暮らす町にボスを誘い出し、NPCを攻撃している所を攻略組が全員で叩くという方法を提示していた。しかし、それに真っ向から反対したのがキリトだ。が、ここは攻略組とは言え殆どのメンバーがKoBのメンバー。旗色は悪いとしか言えなかった。

 

 「そんな人道的、非人道的という面で話していては攻略は進みません。今はそんな事より--」

 「--他の命を軽視して自らの保身に走る、か。悪くないな」

 「....あなたは....」

 

 会議室代わりになっている洞窟の壁に寄り掛かり、腕を組むプレイヤー。第1層から変わらない灰色の服装備に背中に背負う特徴的な柄、鍔付き帽子を目深に被るそのプレイヤーは現在最も恐れられ、そして最も命の価値を知るプレイヤーだった。

 

 「必要最低限の犠牲(コラテラルダメージ)を容認できる様になるのは指揮官としては悪くない。でも、人間としてはどうなんだろうな」

 「....何を言いたいのか、分かりかねますね、シュユさん」

 「第3層から第9層まで続く、エルフの連続クエストを受けた事があるヤツはこの中で居るか?」

 

 突然問いを投げ掛けられた面々は少しざわつくが、その殆どが有るか無いかを互いに問うものだ。しかも殆ど全員がクエストの達成如何は兎も角、受けた事が有る者だった。当然と言えば当然、今はβテスターも与り知らぬ領域に達した為に大体のプレイヤーと変わらないが、第3層から第9層に関してはβテスターが先の領域を知る時代。その時に発行されていた指南書にはこの連続クエストの事が書いてあり、当時に直せば破格のクエスト報酬を狙い、攻略組に居るメンバーの大部分はこのクエストを受けてきたのだから。

 それを大体知っていたシュユは話を続ける。

 

 「なら、自分が味方した陣営のNPCと話した事は有るだろう」

 

 それは当然だ。クエストを進行するにはクエストNPCと話さなければならないし、与えられる部屋に案内して貰うにも風呂に入るにも飯を食うにも近くのNPCに言わねばならないのだから。

 

 「それを踏まえた上で訊こう。()()()()N()P()C()()()()()()()?」

 

 普通のゲームのNPCならばソレが出来る者は腐る程居る。何度話し掛けても同じ言葉しか返さない存在を、人は殺す事に罪悪感を覚えられない。何故なら、同じ言葉しか返せない違った存在としか捉えられないのだから。

 だがSAOは違う。商人NPCが分かりやすいだろう。普通のゲームなら何度行こうが「いらっしゃい、何を買う?」しか言わないだろう。しかし、SAOは何度行っても同じ台詞を聴く事は殆ど無い。同じ、と言っても僅かに同じなだけで全く同じ言葉を放つ事は無い。極めつけがサービスだ。通えば通う程に『おまけ』して貰えるかも知れなくなる。常連として認定されれば定価から数%だが割り引きして貰える。完全ランダムの不定期イベント、そう言うのは簡単だ。だが、こちらの姿を認めた時に満面の笑みを浮かべてイチオシの商品を薦めてくる者の姿を見て、「これはNPC」と断じる事が出来るプレイヤーはどれだけ居るだろうか?

 その辺りの街を走り回って遊ぶ子供も、その無邪気な笑みは予めプログラムされたNPCとは思えない。正に『命』を持つと思える程、自然で人間臭い。少なくとも、犯罪者よりは人間らしいとシュユは思っている。

 

 「それを言う前にお前はただの人殺しじゃないか!【犯罪者狩り】なんて御題目が無けりゃ、大量殺人犯なのはどっちだよ!NPC(アイツら)は死んでも生き返るんだ、副団長の言ってる事は間違ってないだろ!?」

 「ッ、あなたは....!」

 「落ち着け、シノン。彼の言う事は確かだ。オレは紛れもない犯罪者狩りだったし、犯罪者とは言っても人を殺してきたのは事実。ああ言われても仕方無い」

 

 シュユは右手に蒼い鈴の様なアイテムを実体化させると、シュユを追求したプレイヤーの肩に大鎌形態に変形させた葬送の刃を首筋に当て、告げる。

 

 「今公表するが、オレは10秒以内なら死者を蘇生できるアイテムを持っている。だからキミはNPCと同じ状況と言える。だから、1()()()()()()()

 「そ、そんな事すればあんたはレッドの仲間入りだぞ、それでも良いのか!?」

 「コルなら沢山持ってる、【免罪】の準備も万端だ。...あぁ、安心してくれ。殺しには慣れたからな」

 

 もしこれをしているのがキリトだったなら、「お前に出来る訳がないだろ!?」と虚勢を張る事が出来たかも知れない。しかし、目の前に居るのはシュユだ。シュユのカーソルは未だに緑のままとは言え、このSAOでもトップに入る程に人を殺したプレイヤーである事は変わらないし、だからこそ彼の言葉には他の誰も持たない説得力が有る。首筋に当たる刃のひんやりとした感触が、尚更恐怖を掻き立てる。

 

 「シュユ、止めて」

 「ユウキ...分かった」

 「...黙って聴いてたけど、ボクも反対だな。SAOはどこまで行ってもフェアだし、NPCを1つの命と認めてる。そんな事をした時のペナルティが有るとも知れないし、多分ボク達は何か核心を見逃してる。だから、もう少し探索期間を長くしても良いんじゃないの、アスナ?」

 

 アスナは俯いて少しの間だけ押し黙る。ユウキの言葉には筋が通っていたし、アスナだって連続クエストを受けた身だ。ここまで言われれば、探索期間の延長を命じるのは当然だろう。

 手頃な石に座って溜め息を吐いたアスナに、シュユは言った。

 

 「戦う仲間を『駒』や『数』としか見られなくなったら、ソイツはもう人じゃない。それを覚えておくと良い」



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6章 City of nightmare
38話 血と獣の都


 リズ「はいはーい!前回のあらすじのコーナーだよ!」

 シリカ「前回はアスナさんとシュユさんの舌戦?できたね」

 リズ「口喧嘩も普通の喧嘩も強い...敵に回すと一番タチが悪いタイプね」

 シリカ「先ずは敵に回さない事が1番だと思いますよ...」

 リズ「ま、それもそうね。さ~て、どうなる38話!?」


 第57層と第56層の間には、関門が存在した。こんな事は初めてだが、この世界でそんな事を言っても仕方がない。ドアを開けた先に広がるのは荒れ果てた診療所(の様な場所)。カルテと思われる紙片は散乱し、点滴も倒れていたりしている。そして先に突入したキリト、アスナ、シュユ、ユウキ、シノンの5人の鼻腔を刺す臭いに表情を歪める。

 

 「何なの、この臭いは...?」

 「....血と、獣の臭いだ。取り敢えず先に進もう」

 

 シュユが大鎌を構え、先導する。途中で血塗れの『ナニか』を貪る獣は大鎌の一閃で葬り、そして門を開ける。視界の右下に浮かぶ【ヤーナム市街】の表示と、生活感の無い荒れた廃墟の様な街並み。この階層は他の階層と違うと、全員が理解した。

 斧を引き摺り、こちらへと歩いてくるのは人型のエネミー。シュユはいつもの様に()()()()()()()エネミーを斬り捨てた。

 

 「シュユっ!?」

 「ん?別にダメージは喰らってないぞ?」

 「違う!お前、()()っ!!」

 

 血振るいをまだしていない千景の刀身には、べっとりと()()()()()()()()()。千景を振れば、地面に血液が飛んでいく。つまり、この血液は千景の能力により生み出されたダメージエフェクトと同じものだ。

 

 「やっぱりこのエリア、普通じゃないわ。SAOは全年齢対象のゲームだった筈なのに...」

 「流血表現、か。あんなにリアルな流血、下手すればR18クラスのゲームだ。あの茅場晶彦がこんな事をするのか?」

 「元々デスゲームを企画する様な人間です。こういう表現に踏み出しても不思議じゃないと思いますよ」

 「でもアスナ、この階層からこんな事をする意味が有るのかな?」

 「どういう事?」

 「この階層は56層と57層の中間だ。でも、こんな極端に表現を変えるのから50層とかのキリの良い階層からで良いって事だろ?」

 「うん。今までの街は寂れた感じはしても、こんなに廃れた感じじゃなかったし」

 「...こんな所で言っても何も変わらないわ。行きましょ」

 

 シノンは歩き出す。斧を振り上げるエネミーに槍を突き刺し、更に蹴りを見舞って屠るとレバーを引いて梯子を下ろす。敵影は見えず、気を抜いて梯子を上ろうとするシノンの襟首を引っ張り、シュユは大鎌を()()()()()()()()()

 

 「っつぅ...いきなりどうしたの、シュユ?」

 「....やっぱり、ここはマトモじゃないな」

 「死体が、生きてる...?」

 

 アスナが漏らした言葉は矛盾に満ちている様に聴こえるだろう。しかし、その言葉の通りなのだ。壊れた馬車の付近に倒れていた死体に、体力バーが表示される。これはシュユが大鎌で斬ったからであり、何もしていない状態ではただの死体にしか見えなかった。緩慢な動きで立ち上がろうとする死体の首を大鎌で刈り取ると、シュユはもう1度周囲を警戒すると梯子を上る。上に辿り着き、周囲の安全を確認すると全員にメッセージを飛ばし、上に上がってくる様に指示を出す。

 

 「拠点はどこにあるんだ?こんな街全体が戦場みたいなフィールド、拠点が無けりゃ攻略なんて出来ないぜ?」

 「有ったのはこのカンテラみたいな灯りだけだ。しかも、残念な事に拠点に転移は出来なかった。転移できるのは【一階病室】のみ。多分、一番最初に行った診療所みたいな所だろうな」

 「って言う事は、まさか!?」

 「多分、お前の思ってる通りだぞ、アスナ。...ここに、拠点は無い」

 「そんな....!」

 

 この仮想空間で、夢を見る事は無い。例え狩人の才が有ろうと、死ねば死ぬ。絶望と血と獣に彩られた都、ヤーナム。恐らく、現時点のSAO内で最も難しいダンジョンの、攻略開始である。




 【狩人の夢】が使えないので、めっちゃ難しくなってますね。しかも銃パリィも無しで、シュユ限定ですが神秘のステも無いので葬送の刃の威力は正直御察し程度。...これ、クリアできるんですかねぇ。
 実機でやったとしたら私は無理です。私のキャラ構成は血質+技量なのでパリィを没収されると死にます。


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39話 聖職者と神父

 クライン「おう!あんま本編では喋ってないクライン様のあらすじ紹介だぜ!」

 エギル「下手をすれば、これが初台詞かもな。紹介が遅れたが、これまた出番が少ないエギルだ」

 クライン「にしても、また投稿が遅れたんじゃねーのか?ったく、どうしたんだよ」

 作者『フリプ勢の私、本編のブラボをトロコンしました』

 エギル「おぉ、飽きっぽいお前がトロコンとは珍しいな」

 クライン「コイツ、フロムのゲームだけはやり込むからな。つっても、持ってるのはダクソ2とフリプのブラボだけだがな」

 作者『リマスター版は買う。...多分』

 エギル「ゴッドイーターの新作も出るからな、金欠が加速するな」

 クライン「あ、前回のあらすじ紹介忘れてたな。まぁ、簡単に言えばデデドン!(悪夢)みたいな感じだな」

 エギル「お前な...まぁ、そういう感じだな」

 クライン「さて、どーなるんだろうな39話は」


 SAOはデスゲームではあるが、ゲームのジャンル的にはMMORPGに分類される。RPGという事は、あまり気にしなくても良いが大元のストーリーは存在するという訳で、それ故にストーリー進行のクエストが発生する事が稀に有る()()()()。断言出来ないのは、今までストーリークエストが発生した事が無いからだ。しかし、今回はSAO初のストーリークエストが下された。

 

 【獣狩りの夜】

 

 《この悪夢に囚われ、だが逃れたくば悪夢の赤子を捜せ。さもなくば、獣狩りの夜は終わらない。

 クエスト受注条件:【ヤーナム】への到達》

 

 「かなり分かりにくいクエスト内容ね。悪夢の赤子っていうワードの意味が解らないわ」

 「それが概念的な存在なのか、それともそのまま敵として現れるのか、そこすら分からないしな」

 「....このクエストは最難関クラスだと思う。だってクエストの説明で『獣狩りの夜は終わらない』って言ってるでしょ?つまり、このフロアをクリアしなきゃずっと夜のままって事だし...どうするの?団長」

 「視界が通りにくい、と。....何人かのグループで行動する様にして、探索をしよう。恐らく松明などの光源は配布される筈だ」

 

 ヒースクリフの言葉で、この場に居る攻略組の面々は動き出す。そこにはキリトとアスナは勿論、エギルとクラインの姿も見えた。数十人での行軍はとても頼もしかったが、直ぐに少数になってしまった。

 

 「うっ...おえっ!!」

 「気持ち、悪っ...!」

 

 それはひとえに、ヤーナム特有の流血表現のせいだった。臭いまでも再現された血液には仮想脳にヘイト性を伝え、条件反射的に嘔吐感や忌避感を抱かせてしまうのだ。結局残ったのはヒースクリフ、キリト、アスナ、エギル、クライン、シノン、ユウキ、シュユの少数だけだった。

 

 「敵のリポップの基準が分かりにくいな、ここは」

 「でも、かなり遅い事は分かります。どうします?あの大橋を突っ切りますか?」

 「それならオレはパスだな。大橋の上じゃオレのスタイル的に役には立てないし、FF(フレンドリーファイア)も怖い」

 「千景は使えないのか?アレのカテゴリはカタナだし、そうそうFFもしないだろう?」

 「エギル、オレはAGI特化のVITに一切振ってない紙装甲だぞ?満足に走れない大橋の上じゃ即死もんだ」

 「...ならば仕方がない、か。シュユ君は周辺の探索と雑魚の掃討を頼む」

 「任された」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大橋の上、自分達の周囲を警戒しながら進む7人。高い石壁と巨大な門の向こうにはサグラダファミリアの様な教会が建ち並ぶ街が見える。ユウキはその街を見て、何か巨大なモノが建物に張り付いている様に感じ、目を擦る。

 

 「.....?」

 「ユウキ?」

 「...いや、何でも無いよ。気にしないで、行こ?」

 

 門に段々と近付くに連れ、ユウキの予感が警鐘を鳴らす。壁の上を見ると、凄まじい跳躍力で壁を飛び越えてくる異形がこちらに近付いてきていた。全員が弾かれた様に上を向き、異形と姿を認めるとそれぞれが自分に最も適している方法で異形が着地する時の衝撃を防いだ。

 酷く歪な姿をしている異形の姿は正に獣で、左腕が肥大している。鹿の様な角が生えてはいるが、その姿は羊の様にも狼の様にも見える。ゆっくりと体勢を立て直したソレは、悲鳴の様な方向を上げて臨戦態勢を取る。

 

 【聖職者の獣】

 

 誰かが言葉を放つ暇すら与えず、獣はヒースクリフの立つ場所を右手で薙ぎ払う。バックステップで回避した彼を追い左手でも薙ぎ払い、盾で防いだ彼を吹き飛ばす様にもうワンセット左右の腕で薙ぎ払う。いつもならそのガード性能で確実に防げるその攻撃を盾で受けると、かなりの距離を吹っ飛ばされる。受身は取ったものの、ヒースクリフは驚愕する。

 だが、()()()()()()で硬直するのなら攻略組には入れない。持ち前の速さで懐に潜り込んだユウキはその足元にバーチカル・アークを放つ。視界の下部に表示される体力バーが5%程減少するが、獣がそれに気付かない訳が無い。右足に張り付くユウキを振り払う様に右手を振り払う。ユウキは飛び退き、その反対側からクラインが【旋車(ツムジグルマ)】を発動させる。垂直に跳んで身体を捻り、着地と同時に放つ衝撃波付きの全方位薙ぎ払い。左腕にも当たり、ユウキが斬った脚よりも多くの血液が飛び散る。

 ソードスキル発動後の硬直で動けないクライン目掛け、獣の巨大な拳が振り下ろされる。そこに入り込んだ大戦斧はエギルの物だ。強化後のパラメーターを威力と頑丈さにのみ振り分けた大戦斧はその拳を見事に止めて見せ、更に発動させたソードスキル【タイラントアッパー】による振り上げで弾いた。擬似的なパリィの状態に陥る獣、しかし今すぐ動ける者は居ない。()()()()()()()()()

 

 「ハアアァァァァ!!」

 

 何故なら、先んじて動いていたからだ。槍系ソードスキル【ジャンプ】の上位互換【ハイジャンプ】、それを獣の頭に叩き込んだ。高過ぎる跳躍高度と長過ぎる滞空時間のせいでPvPは勿論、PvEですら殆ど使われないスキルではあるハイジャンプだが、その分威力は折り紙付きだ。ユニークスキルを除いた(現在確認されているユニークスキルである【神聖剣】の威力は相手の攻撃の威力に依存する為)全ソードスキルの中でも五指に入る程で、そんな攻撃を弱点の頭に叩き込まれた獣の体力は一気に7割弱まで減少する。

 威力の大きいハイジャンプの硬直は、当然だが長い。威力に比例して増加する硬直時間は下手を打てば命に関わる。ヒースクリフかエギル(壁役)のカバーが間に合わず、シノンは獣の両手に掴まれてしまう。頭上に持ち上げられ、地面に叩き付けられそうになった瞬間、キリトのヴォーパル・ストライクが獣の右手を穿つ。更にアスナの【クルーシフィクション】が左手を突き、怯んだ獣はシノンの身体を投げ出す。落下地点に滑り込んだユウキはシノンを抱え、一旦離脱する。

 

 「----!!!」

 

 形容し難い咆哮が1度放たれる。更にもう1度、次は赤いオーラを纏った咆哮を放つと大量に出血していた両手が完全に回復する。

 

 「っ、嘘だろ...」

 「嘘なら良かったがな。そうも言ってられねぇぞ、エギル」

 「その通りだな。...来るぞッ!!」

 

 体力を減らされた事で怒ったのか、動きが変わった聖職者の獣が、7人に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これで大体は終わりか」

 

 地下水路を見付け、中の腐乱した動く死体を火炎瓶で焼き払い、巨大な豚を狩り、更に上に居た【獣狩りの群衆】と【獣狩りの下男】を根刮ぎ屠った所でシュユは実体化させた水を飲む。冷たい水が喉を滑り落ち、まだ生きているとシュユに実感させる。いつからだろうか?戦いの中で自分が自分で居られなくなる様な感覚を抱き始めたのは。

 ドロップしたポーションや他の素材をストレージに収納しつつ、シュユは階段を登る。人とは思えない身体をした人型のエネミー【獣狩りの群衆(大)】を後ろから葬送の刃の一撃で狩る。が、2体居た内の1体は体力が僅かに残ったせいで持っている粗末な槍を振りかぶる。前方にステップ、穿牙を腹部に直撃させると家屋の壁に向かって勢いよく吹き飛び、その死体を晒す。このヤーナムでは、エネミーが死んでもポリゴンにならないらしい。現に、シュユが歩いてきた後には数々の死体が転がっている。

 そう言えば、もうオレは現実の事をどれだけ忘れてしまったんだろう。忘れた事も忘れてしまったなら、もうどうしようもないんじゃないだろうか?ソレは本当にオレ(秋崎 悠)なのだろうか?

 そんなマイナスの思考のループに嵌まり掛けたシュユは目の前の墓地に顔を向ける。警戒を最大限に保ちつつ中に入ると、人が居る事に気付く。その人はシュユに背を向けており、地面を掘っている様に見える。墓守か何かだろうか?シュユはそう思いつつ、近付きながら呼び掛ける。

 

 「アンタ、ここで何をしてるんだ?ここは危険だ、早く戻った方が良い!」

 「............」

 

 そして異変に気付く。彼は地面を掘っているのではなかったのだ。彼が持っているのは片手斧、それをひたすら振り下ろしていたのだ。目の前に転がる、物言わぬ死体に。

 

 「.......どこもかしこも、獣ばかりだ....」

 

 彼は斧を振り下ろす事を止め、ゆっくりと立ち上がる。黒い修道服の様な衣装の裾は茶色い土汚れと赤黒いナニかの汚れが付着しており、彼がひたすら死体に斧を打ち付けていた事が判る。すっかり狂っていると思い込み、言葉を交わす事が出来ないと考えていたシュユは面食らい、彼の言葉に返事する事は出来なかった。

 

 「........貴様も、どうせそうなるのだろう?」

 

 彼はゆっくりと振り向き、吐息を漏らす。目を包帯で隠し、そして返り血が付いているその包帯越しの視線は、確かにシュユの事を射抜いていた。

 直後、危機を感じたシュユは咄嗟に右斜め前方にステップ。背後には砕かれた地面と、人間離れした速度でシュユに接近した彼が斧を振り下ろした形で残心(?)を取っていた。

 

 【ガスコイン神父】

 

 地面に擦りつつ斧を斬り上げ、更に振り下ろす。地面から火花が上がっている時点で判断出来るが、ダメージは大きいだろう。横に回避するが、ガスコインはシュユを見失っていない。ガスコインは左手に持つ『何か』をシュユに向け、一瞬硬直する。

 

 --マズイッ!!

 

 墓石に隠れる様に倒れ込む。先程までシュユの上半身が有った所を通り過ぎるのは散らばりながら飛来する多くの弾丸。つまり、ガスコインは【散弾銃(ショットガン)】を持っている。

 実際、短銃や長銃ならば相性は良いが、散弾銃は非常に相性が悪い。物体を『点』で射抜く短銃や長銃と比べ、散弾銃は『面』で制圧する。このゲームがVRではなくテレビ画面の中ならば無敵時間がある回避ですり抜ける事も出来る。しかし、このゲーム(SAO)に無敵時間などは無い。ステップ中でも攻撃は喰らうし、喰らった時の物理的な衝撃だって存在する。そしてシュユは速度型であり、移動先を予測されて弾丸を置く様に撃たれれば一気に不利になる。

 だが、それで戦えなくなるのなら攻略組とは名乗れない。

 

 「ッ!!」

 

 墓石ごと粉砕せしめる一撃を無理矢理身体を捻って回避。跳ね起きたシュユは大鎌形態にした葬送の刃をサブ装備枠に突っ込み、千景を構える。目前に迫る斧を【歩法】のソードスキル【クレセント】で回避しつつ、ガスコインよ背後へと回り込む。

 【クレセント】はその名の通り、三日月(クレセントムーン)の軌道を描く短距離のダッシュをするソードスキルだ。歩法系統のソードスキルの強味は加速の速さ、そしてAGIの数値により上がっていく最高速度だ。大鎌形態の補正を受けたシュユのAGIはSAO内でも追随を許さぬ程の高さを誇る。そしてそれは、エネミーですら見失う程の速さを生み出す。

 納刀、からの居合い。横一閃の斬撃と追撃の血の刃がガスコインの背中に傷を刻む。畳み掛ける様に縦斬り、斬り下ろし、更に突きを繰り出す。が、振り向いたガスコインはシュユに向けて斧を横に振り、追撃として縦斬りを仕掛けてくる。バックステップをしながらもう1度納刀し、凄まじい勢いで減少する体力と引き換えに千景により鋭い血の刃を纏わせ、【緋扇(ヒオウギ)】を使う。赤いダメージエフェクトと緋色のライトエフェクトが混ざり合い、より紅く染まる。が、少し反らされたのか体力バーは1割強ほど削っただけで静止している。

 

 --遠いな。

 

 物理的な距離ではない。ガスコインの体力バーは他のボスの3本や4本と比べて少なすぎるたったの1本。しかし、それを削りきる未来が浮かばないのだ。SAOのボスは多種多様で、亀や狼、はたまた植物だって存在する。が、人型ボスだけは例外だ。何が例外か?簡単な話、人型ボスは強すぎる。通常のプレイヤーと同程度の速さに加え、個体差があるとは言え攻撃を当てにくい癖に攻撃力は高く、連撃も利くので体力をあっという間に削り取られる。攻略組トッププレイヤーですら単独で戦う事は全力で避ける程の強敵、それが人型ボスだ。

 牽制目的の散弾銃が放たれる。そして銃身が2つに折れ、リロード。好機と見たシュユは近付くが、嫌な予感が首筋を伝う。だが、後ろに退けばもっと不味い事になると感じ、前方に幅跳びの要領で跳ぶ。斧の一撃がシュユの居た場所を薙ぎ、更に縦斬りを繰り出していた。あのまま攻めれば、速度に乗り掛けていた所を刈り取られていただろう。

 

 「吹き飛べッ!!」

 

 退けば死ぬ。直感したシュユは歩法の【ラビットダッシュ】を使ってガスコインの背後に近付くと、そのまま左手で穿牙を使用。派手なサウンドエフェクトと共にシュユの言葉通り吹き飛び、体力バーが6割まで減少する。流石、使用頻度が低すぎてシュユのユニークスキルと勘違いされる程のスキルだ。

 ガスコインはゆらりと幽鬼の様に立ち上がり、小さく、しかし墓地全体に響く声で笑う。

 

 「.....匂い立つなぁ......堪らぬ血で誘うものだ.....」

 

 散弾銃を腰に付けて両手を自由にして、斧の柄を両手で握る。

 

 「....えづくじゃあないか....ハッハッハ....ハッ、ハハハ....」

 

 そして柄を思い切り引っ張ると、ガキンッ!!という小気味良い金属音を響かせ、片手斧が両手斧に変形する。ただでさえ散弾銃に困らされているというのに、攻撃範囲が広くなったガスコインと対峙しながらシュユは呟いた。

 

 「最悪だ.....」




 活動報告にアンケートを投稿したので、見て要望を送って下されば嬉しいです。

 さて、皆さんはフロムゲーで一番嫌いな敵はなんですか?私は四足歩行のボスとダクソ2のDLCで登場する蒼い熔鉄デーモンが死ぬほど嫌いです。モブで嫌いなのはブラボのコロリンデブと、モブとは少し違いますが千景の狩人が苦手です。あの制限なしの遺骨と連装銃の射撃に何度殺されたか...

 感想欄で、皆さんの嫌いな奴等の話を見るのを楽しみにしてますね(にっこり)


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40話 成れの果て

 シュユ「ん、なんだ?」

 ユウキ「『死ぬほど眠いので前回のあらすじはお休みです』だって」

 シュユ「まぁ、最近やっとDLCをやる時間ができたお陰で睡眠時間が不足してるからな」

 ユウキ「そう言えば、テスト期間が近いから投稿ペースが落ちるって言ってたよ!」

 シュユ「あー....つー訳で、これから投稿ペースが少し落ちるらしい。そこんとこ、よろしくな」

 ユウキ「40話、始まるよ!」


 獣の反撃は、その巨体からは想像出来ない跳躍から始まった。巨体故の重量、それを最大に生かす踏みつけ(ストンプ)は単純な攻撃ながら範囲も広く、威力も大きい。大橋が大きく揺れ、皆が体勢を少し崩す。

 だが、その中で動いたのはキリトだ。震動する地面から跳び、大橋の両側に設置されている石像を蹴って加速、剣を左腕に突き刺す。先程までなら確実に怯むであろう一撃だったが、やはり耐性が上がったのか怯む事無く無造作に左手を地面に叩き付ける。刺さったままの剣を手放し、アイテムストレージから漆黒の剣を装備する。第50層ボスのLAボーナスで、魔剣クラスのユニークウェポン【エリュシデータ】だ。

 

 「グッ....!」

 

 だが、重い。分類は重量片手剣なのだが、それにしても重すぎるのだ。AGIよりSTRにポイントを振り分けているキリトですら、片手で振るうのはまだ難しい。

 獣の右手での薙ぎ払いは、剣の重量増加による落下速度の加速で回避。両手で持って走り、足で蹴り上げて無理矢理保持するとキリトは【ハウリング・オクターブ】を発動。高速の5連突きは獣の脚に、斬り下ろしと斬り上げは左腕に、そして全力の上段斬りは--

 

 「ヌゥオオォォォ!!!」

 

 エギル渾身のソードスキル【ヘルムブレイカー】による振り下ろしで頭を叩き下ろされ、ちょうど良い場所に来た頭に叩き込まれる。体力、残り半分。

 硬直と重量のお陰で咄嗟に動けないキリトの肩を踏み越えていくのはユウキだ。左手に折れた黒騎士の黒剣を携え、凄まじい衝撃を振り払う様に左右に振る獣の頭蓋にソレを突き刺し、踏みつけて更に深く突き込む。そして突き刺した剣を踏んでもう1度跳躍、背中にヴォーパル・ストライクを御見舞いする。

 クラインの緋扇が獣の振るおうとした左手に全てヒット。次に自分のリアルな筋力で無理矢理硬直を縮めるという荒業をやってのけ、クラインは渾身の【絶空(ゼックウ)】を放ち、左腕をもう1度破壊する。

 その後ろから現れたのはシノンだ。獣の突進に合わせてソードスキル【ストライクランサー】を使い、その胴体に槍を直撃させる。超速で投擲された槍、それに正面から突撃した獣の胴体を槍は貫通し、更にその獣の身体を吹き飛ばすという神業を体現する。胴体の穴が塞がれる前にシノンは駆け出し、破壊部位回復の咆哮をされる直前に火炎瓶をダメ押しで2個体内に埋め込む。直後、爆発。炎が弱点だったのか、通常のダメージボーナス以上のダメージを与える。

 

 「シノン、退いてッ!!」

 

 ユウキの絶叫。獣の巨体故に動きが判別しにくく、咄嗟にシノンは左に回避する。しかし、生憎獣が放ったのは左手での叩き潰し。アイテムストレージから偶然持っていた大盾を実体化し構えて、一撃は耐えるが流石は現在の最高階層のボス。そこまでレア度が高い訳でもなく、強化も施していない盾はその一撃で破壊されてしまう。流石に次の一撃は防げない。そう思ったシノンはダメージフィードバックに備えてギュッと目を閉じるが、衝撃もフィードバックも来ない。直ぐに目を開けると、シノンを守る者が居た。

 

 「少し脳震盪に似た症状に襲われて動けなくなってしまってね、遅くなってすまない。だが--」

 

 シノンを守っていたのはヒースクリフだった。ヒースクリフは構える大盾を獣が腕を振り下ろした瞬間に跳ね上げる。盾系ソードスキル【シールドアッパー】だ。予期せぬタイミングでパリィされ、体勢を崩した獣にヒースクリフが構える輝く剣が一閃される。

 

 「--これで終わりです」

 

 残り体力はヒースクリフの一撃が当たった時点で30%程度。だが、アスナの武器は御世辞にも単発の威力が高いとは言えない細剣だ。幾らソードスキルの恩恵が有るとは言え、ヒースクリフを除いた全員はこれで仕留められるとは思っていなかった。しかし、その予想は容易く覆される事となる。アスナの突進突きは頑丈になったであろう獣の胴体をブチ抜き、その体力バーを簡単に消し飛ばしたのだ。誰も理解が及ばない中、キリトは一言、アスナが使ったであろうソードスキルの名前を口にする。

 

 「まさか、【フラッシング・ペネトレイター】なのか...?」

 「そのまさかです。ここまでの威力だとは私も思ってませんでしたが」

 

 フラッシング・ペネトレイターは細剣の最上位に位置するソードスキルだ。威力、速度、貫通力の全てに於いて上位に位置するが、発動には充分な助走距離が必要になる為専らPvEでしか使われない。故に使用頻度は大して高くない。だが、このソードスキルには他の突進系ソードスキルには無い特性を持つ。それはつまり、一定以上の助走距離に比例して威力が()()()()()()()()というものだ。字面だけ見れば最強のソードスキルにも見えるが、実際の助走は直線しか適応されないので威力はフィールド依存な上にボス戦で使おうにもフィールドが狭かったり霧で入口を塞がれるなど、結局の上昇率はそこまでではない、というソードスキルになっている。

 霧となって消滅した聖職者の獣と引き替えの様に、目の前に多量の経験値とコルが手に入った事を告げるウィンドウが現れる。恐らく、LA(ラストアタック)を獲得したアスナにはもう1つ追加のウィンドウが表示されている事だろう。

 

 「LAボーナスは有ったのか?」

 「手に入ったのはこの【剣の狩人証】だけですね。でも、使おうとしても使用アイコンが有りませんし、使い途は分かりません」

 「それより、早くあの街に入りましょう。シュユも心配だし」

 「それもそうだな!つー訳で、先陣はこのクライン様に...おぉ?」

 「何をしてるんだ?」

 「いや、開かねーんだよ!エギルに団長さん、あとキリの字、ちょっと力貸してくれ」

 「いや、そんな事はせずともウィンドウを見れば良い話だろう。どけ、クライン」

 「ちょ、エギルお前なぁ...」

 

 鉄製の正門が開かないと判るや否や、エギルは隣の小さな木の扉を調べる。が、目の前に現れたウィンドウに驚愕する。

 

 「どうかしたのか?」

 「...この扉は、多分開かない」

 「は?」

 「鍵穴も何も無い。だから、多分この扉は--」

 「--ハズレ、そういう事でしょ?」

 「....あぁ」

 

 その直後、どこからか爆発音が響く。この付近に爆発物を扱う敵は確認されていない上に、この規模の爆発は火炎瓶の威力と範囲を底上げする【油壺】というアイテムが無ければ不可能だ。現在、油壺を使えるのはプレイヤーのみ。そして、ヤーナムに足を踏み入れて攻略しているプレイヤーは聖職者の獣と戦ったメンバーを除けば、1人しか存在しない。

 

 「ッ、ユウキ!」

 「うん、解ってる。このままじゃ--」

 「「シュユが危ないッ!!」」

 「待ちたまえ、2人とも!!」

 

 ヒースクリフの制止も虚しく、ユウキとシノンはリザルトをロクに確認しないまま、フレンド機能の同階層に居る時のみ限定の位置特定機能を利用してシュユの元へと駆け出した。残りのメンバーも、消耗しているにも関わらず駆け出した2人を追い掛け、疲れた身体に鞭を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ウルオオオオオ!!!」

 「チィッ!!」

 

 純粋にリーチが伸びた大斧の縦振りを右にステップする事で回避する。回り込む様にステップしたが、それはガスコインもステップする事で背後に回る事を阻止される。そしてオマケとばかりに発射される散弾銃。また墓石に隠れる事で防ぐが、やはりリロードの隙を突くのは回避の方法の問題で難しい。

 距離を詰めてくるガスコイン、反射的に後ろにステップして距離を離すシュユだがガスコインは構う事無く--いや、むしろ有り難いと言わんばかりに斧を構えて力を溜める。凛、という鈴の音に似た音が響き、ガスコインは身体ごと2回転して周囲を薙ぎ払う。映画『マトリックス』の様に上体を全力で反らして回避、【煙玉】を地面に叩き付けて目眩ましにする。その後にアイテムストレージに入れている【闇潜みのマント】を纏ってガスコインから離れた墓石に身を潜める。

 

 --強いな、正攻法じゃ勝てる気がしない。

 

 今はまだ良い。単独ならば変にターゲットが分散する事は無く、墓石と石碑と朽ちた木に邪魔されながらもどうにか戦えるのだから。レイド戦に持ち込めば楽にだろうか?その答えは一瞬で解る、()()

 理由として、先ずこのフィールドの狭さだ。この円形墓地の広さ自体は狭くはないのだろうが、何せ墓石や石碑が邪魔だ。次にガスコインが人型であり、速度が下手なプレイヤーよりも速い事にある。攻撃速度も速く、散弾銃という近距離での火力に加え遠距離への牽制を持ち、攻撃力は高くオマケに武器の変形によりリーチを見誤りやすい。ガスコインが持つ強味はプレイヤーも持てる強味だ。だからこそ、烏合の衆がどれだけ集まろうとガスコインに有利は取れない。

 そんな事を考えながらシュユはポーションの蓋を開けて少量飲み干し、自分とは反対の方向に瓶を投げる。瓶が割れた事により体力が回復、更に瓶の割れた音が墓地に響く。ガスコインは目を包帯で被っていた。なら、音を頼りに戦ってる筈だ。これで少しの間でもオレから距離を離せたら...!

 戦いというのは、統べからく自分の思い通りには進まず、そして予想外の展開を見せてくるものだ。少なくともシュユは、今隠れているこの場を見破られるとは思っていなかったのだから。

 

 「.....獣の、匂いだ...!」

 「なっ!?」

 

 この墓地に限らず、ヤーナムは夕闇に包まれている、しかもこの墓地は乱立する建物や墓石によって更に薄暗く、【隠蔽(ハイディング)】スキルに上方補正が掛かる。シュユは少し前の犯罪者狩りの頃に隠蔽スキルを乱用した影響で熟練度は最大だ。その上に発展スキルである【気配遮断】も習得、その熟練度は決して低くはない。更にダメ押しの闇潜みのマントまで併用しているにも関わらず、ガスコインはシュユの潜伏先に斧を振り下ろしてきたのだ。その驚愕と、ガスコインの気配察知の正確さに称賛を禁じ得ない。

 シュユは吹っ切れた。このままズルズルと戦えばジリ貧になるのは自分なのだから、短期決戦で決着をつけると。

 

 「いつまでもその脳死ブンブンが通じると思うなッ!!」

 

 ガスコインの突きをスレスレで回避。1度納刀して居合い斬りで先ずは少量であるがダメージを与える。ガスコインはシュユの懐に潜り込む様にステップするが、予想を付けていたシュユは足払いを掛ける。小さくジャンプしたガスコインはシュユの脚を折ろうと踏みつけを狙うが、シュユは逆に脚を跳ね上げる事でガスコインの股間を狙う。

 それを人間離れした(元より人間ではないが)反応速度と運動神経にモノを言わせてシュユの足に一瞬だけ乗ると、飛んで斧を勢いよく振り回す。シュユの脚を斬り飛ばす威力を秘めた斬撃の目的は攻撃ではなく、シュユを引き離す事だ。シュユはそれをゼロモーション・シフトを用いて回避、血の刃を纏う刀を突き出す。

 ガスコインは空中で身を精一杯反らすが、もう1度シュユはゼロモーション・シフトを使って納刀。辻風を使い、体力を捧げた全力の居合いを放つ。

 

 「オオオオォォォォ!!!」

 

 吹き飛ぶガスコインに追撃の投げナイフを放つ。回避前提で投げたナイフだが、予想に反して全てのナイフがガスコインの身体に突き刺さる。ナイフは腕に刺さってはいないが、ガスコインは自分の斧を取り落とす。

 

 「....ァァァ....」

 「....何だ?」

 「ガアアァァアァァァアアァアァッ!!」

 

 着用していた服が内側から裂ける。それは服が許容できるサイズを超えた膨張をガスコインの身体が起こしたからだ。散弾銃も地面に落ち、完全にその身を獣に堕としたガスコインは歪んだ顔面でシュユを見詰める。

 シュユは確かに驚くが、それで硬直する程に馬鹿ではない。クレセントを使用、そこから8連斬ソードスキル【ヤマタノオロチ】を背中に叩き込む。しかし、4発目で振るうカタナを掴まれて強制的にソードスキルを中断させられる。それによる硬直の隙を逃す程甘い訳が無く、シュユはガスコインに殴り飛ばされる。

 墓石を砕きながら吹き飛ぶシュユ。これ以上の追撃を防ぐ為、シュユは直ぐに立ち上がり回復アイテムを取り出す。これだけは使いたくなかった。それはレア度云々ではなく、アイテムのテキスト(説明文)が不吉極まりないからだ。

 

 【輸血液】

 

 《血の医療で使用される特別な血液。体力を回復する。ヤーナム独特の血の医療を受けた者は以後、同等の輸血により生きる力、その感覚を得る。故にヤーナムの民の多くは、()()()()()()()()

 

 『血の常習者』というのはつまり、この回復アイテムには依存性が少なからず存在するという事じゃないのか?そう思案するシュユだが、ガスコインはこちらへ真っ直ぐ突進してくる。その誇りも技術も何も無い戦いにシュユは怒りを覚える。彼の狩りはもう終わった。次は、オレの番なのだろう。

 シュユは輸血液を太股に突き刺す。瓶ごとポリゴンへと還り、体力が最大体力の40%程回復する。それと同時に感じるのは酩酊。酒に酔った時の様に、今のシュユは血に依っている。血に酔い、血に依っているのだ。

 

 「アンタは狩人じゃなかったのか!?その誇りはどこに消えた!どうして獣に堕ちたんだよ、ガスコインッ!!」

 

 返答など有る訳が無い。獣に言葉が通じるなどと思ってはいなかったが、それでも言わずには居られなかった。

 その言葉に怒ったのかどうなのか、先程のパンチよりも数倍速く感じるパンチを繰り出す。愚直なストレートは左に逸れて回避、剛腕での薙ぎはしゃがんで回避するが、唐突に放たれたヤクザキックに成す術無く吹き飛ばされ、無様に地面を転がる。

 転がっていく途中に千景を取り落としてしまう。ガスコインに視線を戻せばこちらに飛び掛かろうとしている。喰らえば即死、だが葬送の刃を構えて防御ないしは反撃をするには時間が足りない。そんな中、視界の端に落ちている散弾銃を見付ける。シュユは心の中で叫ぶ。ヤケクソだ、こうでもしなきゃ生き残れない!最近のリロードからまだ1度も発射していないんだ、後は神頼み!!

 

 「ガッ!?」

 

 神頼みの結果はシュユに味方した。空気を揺らす轟音と共に放たれた散弾がガスコインの肥大した身体に着弾、体力バーの残りを15%に減らし、更に体勢を崩している。体術で決めるしかない、覚悟を決めるとシュユは手をピンと伸ばして手刀の形にする。その右手はライトエフェクトを纏い、ガスコインの腹を抉る。【格闘】のソードスキル【エンブレイサー】が炸裂したが、勝負はまだ終わらない。

 コイツは本当に殺さなきゃならないのか?もしかしたらオレはクエストフラグを回収し忘れてるだけで、本当は助けられるんじゃないのか?まだ助かるかも知れない命を、奪う必要が有るのか?

 シュユは変な思考に心を一瞬囚われる。だが、シュユは--

 

 「--終わりだ」

 

 その手で、ガスコインの内臓を引き裂いた。

 

 「       」

 「.......嗚呼、解ってる」

 

 体内からのクリティカルにより、ガスコインは霧へと還る。最期に理性を取り戻したのは演出か、それとも限り無く人に近いAIが見せた命の残り香なのか、シュユには理解出来なかった。

 

 「--オレは、強い」

 

 当然だ。そうでなければ、攻略組には入れない。

 

 「でも、英雄にはなれない。崇められる事も無い。最善の結果は叶えられても、最良の結果は叶えられない」

 

 いつもそうだ。このペンダントを造った少女も、刀を造った少年も、最良の結果ならば生きていたのかも知れない。シュユは強いが、英雄にはなれない。それは、シュユの器ではないから。

 

 「...アンタの言う通りなんだろうな、ガスコイン。オレは【狩人】だ。神話として語られようと、英雄にはなれない存在。....オレはきっと、血に酔うんだろうな」

 

 シュユは手に入った【地下墓の鍵】を大きな門に差し込み、扉が軋む音を立てながら開ける。その少し後に走ってきたのはユウキとシノン、それに続くのが大橋での戦いのメンバーだ。

 最善にはなれなくても、仲間くらいは護りたいもんだな。シュユは心から、そう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --貴様はどこまで行っても、狩人だ。



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41話 約束

 ユイ「前回のあらすじのコーナーです!」

 アスナ「前回はボス戦だったね。私がLA取ったんだよ?」

 ユイ「そう言えば、本編のママはどうしてパパに敬語なんですか?」

 作者『好感度上がるイベントをこなしてないからです。言ってしまえば圏内事件ですね』

 アスナ「流石はメタ空間...メタい事を平気で言うんだね...」

 ユイ「それは置いておきまして、さてさてどうなるんでしょうか41話!?」


 SAO内で初となる人型ボスの単独撃破を成し遂げ、持て囃されるであろうその人物は現在、教会の中で正座をしていた。それは彼が得た【地下墓の鍵】を使用して先に進んだ、今現在で最も安全と言える【オドン教会】の中での事だ。

 彼--シュユは首から『わたしはわるいこです』と書かれたプレートを提げ、目の前に仁王立ちしている2人の少女から注がれる怒りの絶対零度の視線に、身体ごと凍りつきそうな気持ちでいる。

 「......無理はしないって、約束したよね?」

 「はい」

 「.....なのに、約束を破った。そういう事で良いのかしら?」

 「一応、そうなるのか」

 「「なんでそんな無茶をしたの(よ)!?」」

 「まぁ、何と言うか、その....成り行きというか、仕方無くというか。でも--」

 「--でもじゃないの。...確かにその時私達はボス戦の最中だったけど、突入を待とうとか思わなかったの?」

 「まさかボスだとは思ってなかったんだよ。封鎖を無視して攻略に踏み出したプレイヤーかと思ったら、正体はボスだったって事だ」

 「.....まぁ、過ぎた事は仕方無いよね」

 「そもそも、こんな所に居る時点で危険も何も無いわよ」

 

 シノンはウィンドウを操作し、シュユが提げているプレートを廃棄する。そして小さめの扉から少しだけ顔を出し、黄昏の空を見上げる。

 

 「『悪夢からは逃れられない』ね、良く言ったもんだ。来る者拒み、去る者捕らえるって感じか」

 「それ、笑えないよ、シュユ。でも、凄い話だよね。安全圏が無いってさ」

 「やっぱり不安よね。ここも、その内敵が入ってくるかも知れないって考えると」

 

 シュユが言った『悪夢からは逃れられない』というのは、ヒースクリフの指示でヤーナムから出ようと入ってきた扉に貼られてあった紙の1節だ。フレンドのチャット機能は使えるらしく、キリトがシリカに扉を開ける様に頼んだが、その扉は数人で開けようとしても固く閉ざされたままだった。故にここ(悪夢)から逃れる事も出来ず、更に招かれる事も無い。

 シュユは投げナイフを実体化させ、ポーンと上に投げる。そのナイフの切っ先は容易くシュユの掌を貫き、()()()()()()()()()()()

 

 「...やっぱり、ヤーナムに安全圏は存在しないんだな」

 「そうね--って、何してるのよ!?」

 

 シノンはシュユの掌からナイフを抜くと、アイテムストレージから【包帯】を取り出して手際よくシュユの右手に巻く。じんわりと体力が回復していくが、目の前のシノンから注がれる視線は怒り一色だ。流石のシュユも居心地が悪かった。シノンの視線から逃げる様に横を向くと、ユウキと目が合う。そのユウキも、怒りの視線を向けているのだが。

 

 「....そういえば、ヒースクリフ達はどこに行ったんだ?」

 「周囲を探索しに行ったよ。大人数は流石にって理由で3人一組、団長はクラディールを連れてアスナと、エギルとクラインとキリトで探索してる」

 「クラディール、ね....」

 

 最も死のリスクが高い最前線で戦う者は実力は高い。ただ、その実力に人間性が比例しているかと問われれば首を傾げざるを得ない。

 このクラディールという男性プレイヤーは大剣使いの攻略組なのだが、あまりその性格は良い方ではない。プライドが非常に高く、自分が認めた者以外の傘下に加わる事を異常に嫌う傾向があり、実際に攻略で危険な目に遭った事も有る。が、それは運も有るのだろうがどうにか切り抜けており、確かな実力は備えている。偶々聞いた噂だが、クラディールはアスナに恋愛感情を抱いているらしい。それをKoB内では『身の程知らず』と陰口を叩かれている事をシュユは知っていた。

 ヒースクリフがクラディールをキリトと一緒にしないのは、確実にクラディールがキリトを邪険にしているからだろう。ぽっと出のソロプレイヤーの横行を(勿論シュユも含まれる)クラディールは嫌っているのだ。シノンに関してはその限りではなく、むしろ歓迎している。それは恐らく、アスナの友人であるシノンに優しくする事で心象を良くする為の手段なのだろうが、シノンの好感度はシュユの対応を見た時に最低値に下がっており、肝心のアスナの好感度も恩人であり友人でもあるシュユの態度を見て、決して高くないという事は推測に難くない。

 まぁ、そんな難儀な性格の彼とは言え実力はトップクラスだ。そこにSAOの最強格と名高いヒースクリフが居るのだから死ぬ事は無いだろう。キリト達も、確かに有名ではないが実際は優秀なプレイヤーの3人組だ。心配する事は無いとシュユは断定する。

 

 「なぁ、ユウキ」

 「ん、なに?」

 「ユウキはKoBの制服は着ないのか?あの白と赤の派手なヤツ」

 「ボク、あの服あんまり好きじゃないんだよね。だから団長に無理言って、勲章みたいな感じにしてるんだ」

 

 ユウキが指し示す胸の辺りには、確かにKoBの特徴的な白と赤のカラーリングと十字架が施された勲章が着けられていた。今のユウキは紫と紺の装備だが、実際のユウキは白い服もちゃんと似合うのに、とシュユは思う。彼女の艶やかな髪に、白い服は確かに映えるのだ。

 

 「.....あ、そう言えば」

 「どうした?」

 「シュユ、ユウキ、槍持ってない?」

 「そんな櫛持ってない?みたいに言われてもね...」

 「悪いけど、ロクな槍は無いな。....あ、ちょっと待ってくれ。確かアイテムボックスに...」

 

 シュユは【灯り】の機能にあるアイテムボックスを漁る。殆ど見ない武器欄にはドロップした要らない武器の数々が貯まっている。その殆どが今の階層では実用など出来ない程だが、その中にはレアドロップやLAボーナスの結果がしれっと入っている。

 

 「あぁ、有った有った。はいこれ」

 「槍には見えない形ね。剣みたいな感じ」

 「こんなんでもユニークウェポンなんだ。回復効果も付与されてるし、繋ぎ程度には使えると思う」

 

 彼が渡した武器は【アルスターの槍】だ。遅効毒と敵を倒した場合に体力が回復するという、それなりに強い武器。防具貫通力も高い槍だが、言ってしまえばその程度。純粋な攻撃力ではキリトのエリュシデータどころかユウキの聖女の祈剣にすら及ばない。

 因みに、前に使っていた【ハイデの槍】は数日前の【聖職者の獣】との戦いで壊れてしまった。元々性能不足が目立っていたのだが、度重なる戦闘による疲弊とストライクランサーで獣の身体に風穴を開けた事が決定打となり、修復不可能なレベルで壊れてしまったのだ。第1層で入手したにも関わらずしっかりと突破口を開いてくれたのだ、感謝出来るが恨み言は無しだろう。

 

 「--ねぇ、シュユ」

 「ん?」

 「どこにも行かないでね」

 

 どこにも、とはどういう意味だろうか?この教会から出るな、という意味なら無理だ。他にも様々な捉え方が有るが、それを言ったのがユウキならばシュユの返事は、1つしか有り得なかった。

 

 「.....あぁ、勿論だ」



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42話 離散

 サチ「えっと、前回のあらすじのコーナーだね」

 カーヌス「前回は、シュユさんとユウキさんとシノンさんの話でしたね。認識の差異、って所でしょうか」

 サチ「だね。そう言えば、カーヌスくんの名前の由来って何なの?」

 カーヌス「僕の名前の由来、ですか。そうですね....ローマ神話の鍛冶の神の名前を調べてみて下さい。そうすれば分かりにくいんですが、大体分かりますよ」

 サチ「へ~、そういう...あ、さてさてどうなる42話!?」

 カーヌス「さては忘れてましたね...」


 ヤーナムの攻略は順調に進んでいた。ボス【教区長エミーリア】を倒し、更に【禁域の森】、【ヘムウィックの墓地街】、【ヤーナム旧市街】を解放している。

 禁域の森とヘムウィックの墓地街は薄暗いので全員携帯ランタンを購入し、少しずつではあるが攻略を進めていた。旧市街の攻略はガトリング砲を撃ってくるNPCにより難航しており、現在は禁域の森と墓地街の攻略に全力を注いでいるのが現状だ。

 現在、シュユはオドン教会で1人休んでいた。ユウキはヒースクリフに呼ばれており、シノンは気になる事が有るからと出ていってしまった。アイテムストレージからエミーリアを倒した際のLAボーナスを実体化させ、シュユは直ぐに目を反らす。

 

 【血に酔った狩人の瞳】

 

 《血に酔った狩人の瞳。瞳孔が崩れ、蕩けており、それは獣の病の特徴でもある。

 血に酔った狩人は、悪夢に囚われるという。悪夢の中を永遠に彷徨い、獣を狩り続ける。

 ただ狩人であったが故に》

 

 まるで顔面から無理矢理剥ぎ取られた様な瞳は何を思うのだろうか。文字通りに瞳孔が崩れており、少なくとも見ていて気持ちが良いものではない。

 アイテムをストレージに戻し、正面の扉ではなく左の扉から外に出る。空を見れば大きな満月が優しく、だが無機質に冷たくヤーナムの街を照らしていた。たまに巡回している杖を持ったエネミー【教会の使い】は既に倒しているので他のエネミーが現れる心配は無い。

 シュユを除いたプレイヤーは全員攻略か個人の用事を済ませに行っている為、ここにはシュユ以外居る訳が無い。が、目の前の井戸には1人のプレイヤーが立っていた。後ろ姿しか見えないが、その身体のライン的には女性だろう。その姿には見覚えが有った。シノンを捜すシュユに場所を教えてくれた彼女にそっくりだ。確か名前は--

 

 「--マリア、ここで何をしてる?」

 「...あぁ、キミか。いや、少し懐かしくてね、感慨に耽っていた」

 

 懐かしいとはどういう事なのだろうか?月夜が懐かしいとは考えにくい。SAOでも月夜は見られる。そう言えば、ヤーナムの街並みはヨーロッパの様な異称が見られる。つまり、マリアは元々そっちの出身か育ちなのだろう。そうシュユは結論付け、話を続ける。

 

 「マリア、どうやってここに来た?KoBが規制を掛けてる筈だろうし、入るのも中々に苦労するぞ」

 「私のする事に一々許可を取るのは面倒だ。スルーしてきたよ。...まぁ、訊かれてはいないが私の目的を言ってとこうか」

 「目的?」

 「そう。私はね、シュユ--」

 

 一瞬マリアの姿が消え、次の瞬間視界が暗くなる。抱き締められていると気付くのに、少しの時間を要してしまった。女性特有の柔らかさと甘い匂いが鼻孔を擽る。更に感じる深い匂いは、何の匂いなのかついぞシュユには判らなかった。

 

 「キミに逢いに来たのさ」

 「お、オレに?」

 「あぁ、その通りさ。だからシュユ--」

 

 柵の所に追い込まれ、逃げられなくなる。近くにはトップハットを被った遺体があるが、それは何も気にしていないらしい。マリアの綺麗な唇が次の言葉を紡ぐ。

 

 「一緒に、夢を見よう」

 「がっ!?」

 

 横からブラックホールの様な何かが接近してくる。市会の端でそれを捉えていたシュユはマリアと共に逃げようとするが、マリアは全く動かない。それどころか、顔に浮かべる笑みを更に深くしている様にも見えた。

 透明な『何か』に掴まれ、空高く持ち上げられるシュユとマリア。脳が何か邪な存在に蝕まれていく感覚と共に意識が薄れていく。全身から(ダメージエフェクト)を撒き散らす中、シュユが見たのは教会に取り付く複腕の異形の姿だった。

 

 「っ、畜生...!」

 

 そして、ヤーナムからシュユの姿は消え去った.....

 

 

 

 

 

 

 

 --だから奴らに呪いの声を。

 

 

 

 

 

 --赤子の赤子、ずっと先の赤子まで....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノンが来ていたのは【大聖堂】の正面から見て右にある場所だった。人型のエネミーが2人現れたが難なく撃破、更に進んで大きな斧を持ち鎧を着込んだエネミーを各個撃破し、目的地に到着する。

 禁域の森攻略中にNPCから渡された【扁桃石】。これは一応鍵に分類されるらしいが、使い途が分からないでいた。その時、渡してきたNPCから教えられた場所がここなのだ。大聖堂の右、固く閉ざされた大扉と言えばここしか無い。

 大扉をグッと押してみるが、動く気配は無い。石を嵌め込める場所が無いか探してみるが、自分の背丈の何倍もある大扉のどこにもそんな場所は存在しなかった。

 

 「...フラグ不足かしら。まぁ良いわ、帰りましょう」

 

 踵を返した瞬間、シノンの背筋を死の気配が伝う。咄嗟に前方に飛び込む--筈が、その手は空を切る。凄まじい吸引力で引き寄せられたシノンは抵抗する術もなく、何かに持ち上げられる。

 勿論、無抵抗など有り得ない。隙間から出した右手にダガーを握り、自らを掴む何かに突き立てるがその刃が通る事は無かった。仮にも最前線で通じるクオリティのダガーが、だ。

 自分を掴む何かに力が込められる。それと同時に見えるのは半透明の異形。扁桃石と同じような頭に埋め込まれた無数の目玉が開き、シノンの身体を射抜く様に見詰める。それと同時に蓄積してくる不快感と邪な感覚。それに耐え抜く事は難しく、意識を失う前にシノンは呟いた。

 

 「たすけて、シュユ...ッ」

 

 

 

 

 

 

 --アメンドーズ....アメンドーズ....

 

 

 

 

 

 --憐れなる落とし子に慈悲を....



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43話 ユウキ編 暴走と楔

 シュユ「さて前回のあらすじだな」

 マリア「前回は私とシュユの逢瀬とシノンが誘拐されたね」

 シュユ「お前のも誘拐と大して変わらないだろうに...」

 マリア「そんな些末な話は置いておこう。さて、どうなるかな43話」


 SAOで最も有名な2つ名と言えば何だろうか?最前線で戦うプレイヤーの有名どころと言えば、ヒースクリフの【聖騎士】、アスナの【閃光】、キリトの【黒の剣士】、シュユの【狩人】、ユウキの【絶剣】、シノンの【流槍】だろう。

 しかし、2つ名とは得てして行動により付けられるものだ。アスナの【攻略の鬼】やシュユの【犯罪者狩り】は正に本人の行動や言動により付けられた名前だ。そう、だからこそ、今のユウキの2つ名は畏怖を込めてこう呼ばれている。

 

 「邪魔」

 

 敵が殺される。抵抗も逃走も許されず、ただ剣を振るえばその度にポリゴンが散り、敵が消えていく。

 

 「邪魔」

 

 その戦いぶりと、ある『もの』への執着により付けられた2つ名は【灰被り姫(シンデレラ)】。硝子の靴(想い人)を求めて()に全身を浸す、という意味から付けられた。

 現に、最近のエリア攻略はユウキが先導していた。...いや、先行していたと言うべきか。以前の速くとも連携を取る戦い方ではなく、単独で自分自身の速さで敵を圧殺する戦い方へと変貌し、表情も乏しくなっていた。

 

 「ユウキ!」

 「...アスナ、どうかした?」

 「もっと連携を重視して。皆が皆、あなたに着いていける訳じゃないの」

 

 アスナの指摘は尤もだ。元々、速度型であり手数を重視するユウキはステータスをAGIに重点的に振っている。そんなユウキの全速に着いていくだけではなく、そのユウキを守る役割にあるタンクは既に息切れしている。アスナも息切れこそしていないものの、肩で息をしている所からユウキの速さが窺い知れる。

 だが、それで止まるのなら【灰被り姫】などと呼ばれる事は無い。ユウキは至極当然の事の様に言った。

 

 「別に、着いて来なくて良いよ」

 「.....え?」

 「足手纏いになるなら来なくて良いよ。ボクはシュユを捜さなきゃいけないんだ。キミ達に構ってる暇は無いんだよ。じゃあ、ボクは行くから」

 「待ちなさい!」

 

 ユウキはアスナの友人だ。【攻略の鬼】と呼ばれようがアスナは人間で、そして友人が死地に赴くのを悠々と見守れる程心は死んでいない。アスナは歩き出すユウキの左手を掴む。

 

 「ッ、離せッ!!」

 

 ユウキは反射的に剣を実体化、アスナの腕を斬る。咄嗟に手を引いたアスナだが、薄く赤い1本線が腕に刻まれ、体力バーが僅かに減少する。体力の面で言えば極僅かな、危険を感じる程でもないダメージだが、友人から斬られた衝撃は大きい。呆けている隙にユウキは乱暴に腕を振り払うと先に向かって歩き出した。

 

 「どうして....ユウキ....!」

 

 実際は感情が豊かなアスナだ。友人に斬られたというその事実が胸を締め付け、涙が溢れる。自分が何か悪いことをしたのだろうか?そんな見当外れな自責がアスナを苦しめていた。

 そんなアスナの後ろから、黒ずくめの男が現れる。彼はアスナの肩に恐る恐る手を置き、慰めとも諦念とも取れる言葉を言った。

 

 「アンタは何も悪い事はしてないよ。ただ、タイミングが悪いんだろうな。....知ってるだろ、シュユとシノンの事」

 「...分かってます。いつからか、行方不明になったんですよね。でも、()()()()の事で....」

 「アンタにとっては()()()()の事でも、ユウキにとっては()()()()の事だったんじゃないか?俺はそこまでユウキと関わってはいないけど、その程度の付き合いでもユウキがシュユにベッタリだったのは解る。俺でも解るんだ、アンタに解らない筈が無いだろ?...だから、少し落ち着いてみたらどうだ?」

 「少し、落ち着くですって?そんな事をしてる間にも――」

 「――そんな事も出来ないヤツが、友達を助けられるかよ。....少なくとも、俺には無理だったよ」

 

 そう言い残して去っていく彼――キリトに、アスナは少しだけ驚愕した。いつも飄々として危なげなく攻略を終えてニヤつくキリトが浮かべた今の表情はとても悲痛で、何より最後の言葉が耳に残ったのだ。少なくとも俺には無理だった?それでは、彼は誰を助けられなかったのだろうか...?

 そんなアスナの疑問は、ついぞ晴れる事は無かった。だが少しだけ、ほんの少しだけ、『キリト』というプレイヤーへの見方が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人を捜さなければ。その執念にも似た想いが今のユウキを突き動かしていた。ある日突然、霧が晴れる様に消えたシュユとシノン。自分だけ除け者にされたと思い激怒したユウキだが、落ち着いて考えればそれは有り得ないと気付いたのだ。

 2人が消えた日、シュユはオドン教会で休養しており、シノンは気になる事が有るからと大聖堂へと向かった。駆け落ちという可能性も無いとは言えないが、オドン教会から大聖堂は地味に距離がある上に普通の駆け落ちならフレンド機能にある同階層での探知機能が働かない可能性が薄い。故に、何かトラブルに巻き込まれたと考えるのが自然だろう。

 言ってしまえば、このヤーナム自体が従来のSAOとは違うイレギュラーだ。故に、プレイヤーに利する事から害する事まで幅広く発生する。それがどう転ぶのかは分からない。

 

 「随分と独り善がりな女だねぇ」

 「ッ!?」

 「そう驚く事はないじゃないか。...いや、こんな服じゃ驚くのも当然かい?」

 

 横から突然声を掛けられたユウキは咄嗟に飛び退き、剣を構える。そこに居たのはペストマスクの様な仮面を着けた鴉羽の装飾が特徴的な人物だ。声的には結構年老いた女性だろうか。だが、その立ち姿に隙は無い。変な動きをすれば狩られる、そんな確信がユウキには有った。

 

 「あ、あなたは....?」

 「ん、あたしかい?そうさね、あたしは【狩人狩り】さ」

 「狩人狩り...?」

 「そうさ。血に酔った狩人を狩る、馬鹿みたいな役割だよ。それより、あんた外から来たんだろう?」

 「あ、う、うん」

 「こんな獣狩りの夜に来るなんて酔狂なヤツだね。....あんたは気を付けた方が良いかもね」

 「気を付けるって、何に?」

 「見たところ、あんたは中々手練れみたいだ。でもね、そんなヤツが血に酔っていく所をあたしは何度も見てきたのさ。あんたを狩るのは面倒そうだし、ババアにあんまり苦労を掛けないで欲しいもんさね」

 

 片手を挙げて歩き去る彼女の背中に、ユウキは問い掛けた。思えば、何故この場面でそれを訊いたのか自分でも解らない。

 

 「あのッ」

 「...ん?」

 「ボクはユウキ。その、あなたは...?」

 

 【烏羽の狩人】は烏の嘴を模した仮面の奥から笑みの気配を漏らす。

 

 「ユウキ、良い名前だね。名前は1番分かりやすい、自分を人間に繋ぎ止める楔さ。しっかりと覚えておくんだよ。しっかし、あたしの名前かい....」

 

 烏羽の狩人はその鴉羽のマントを1度揺らすと、一言だけ言って去っていった。

 

 「ま、その内さね」



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44話 シノン編 悪夢とやつし

 烏羽「前回のあらすじだね」

 ユウキ「あれ?名前は?」

 烏羽「ババアに細かいこと突っ込むんじゃないよ。ホラ、さっさとあらすじ言いな」

 ユウキ「前回はボクと皆が別れて、それでおばあちゃんと会ったんだよね」

 烏羽「まあそうさ、褒めてあげよう。さぁて、44話はどうなるのかね」


 「っぅ.....ここ、は....?」

 

 シノンが目覚めたのは洞窟の中だった。近くに【灯り】が有ったので灯してみるが、使える機能はアイテムボックスと売買機能(ヤーナム独特の商品しか買えないのだが)だけで、肝心の転移機能は使えなかった。

 視界の右下に表示されるエリア名は【悪夢の辺境】。辺境という名前の通り、今までシノンが見てきたエリアの影も形も無く、酷く歪な景色が広がっていた。壁には人の頭骨の様な模様が彫り込まれ、外に出てみれば墓石の様な岩が沢山有る。しかも、血の様な粘性のある液体が糸を引いている岩も有り、少なくとも居心地の良い場所ではない事は確かだろう。

 狼の様なエネミーが座っている。シノンは息を殺して足音を消し、ゆっくりと近付くと一息に槍を心臓のある辺りに突き刺し、刺さったエネミーの身体を蹴って無理矢理槍から外す。僅かに体力は残っていたが、それなりに高さのある所から下へと落下した為、呻き声と共に死亡したのを確認した。

 

 「中々な腕前だな」

 「あら、ありがとう。....で、あなたは?」

 「取り敢えず、まずはその槍を突き付けるのを止めてくれ。流石にいい気分にはなれない」

 「危ないって言わないのは余裕の顕れって事で良いのかしら?」

 「さぁ、それはそっちの受け取り方次第だろう?」

 

 岩に腰掛けていたのは襤褸切れを纏った男だ。喉元にはシノンのアルスターの槍が突き付けられているものの、男の声音には全くと言って良いほどに逼迫した様な空気は見受けられない。たかが飼い犬に手を噛まれた程度、と言わんばかりの余裕ぶりだった。そんな彼に対して敵対し続けるのは面倒になったのか、シノンは槍をゆっくりと下げた。

 

 「ハァ....あなた、友達少ないでしょ」

 「友など、狩人には不要なものだ。...いや、自我を保つ為にも、必要なものか」

 

 襤褸切れの様なフードの奥にある彼の瞳は誰かに似ている気がする。だが、どこかが違う。

 

 「横にずれておけ」

 「え、えぇ...」

 

 彼の言葉通りに横にずれる。その瞬間、彼の手には刀身が大きく曲がった剣が握られていた。その剣を振ると弓となり、矢が射られる。放たれた矢はシノンの背後に足音を潜めて迫る狼人間型エネミー【ローランの銀獣】の頭を撃ち抜き、その息の根を止めた。

 脅威的なのはその照準速度だろう。彼のソレは規格外な程に速く、そして正確だ。SAOに存在しない遠距離攻撃とその正確さ、そして剣である事から剣の腕が(なまくら)である事は確実に有り得ないだろう。戦いになれば、確かに負けるのはシノンだ。

 

 「中々に面白い眼をしている。理性で人が殺せる眼だ」

 「私が、人を殺す?そんな事しないわよ」

 「どうかな。人が人である事は難しいが、獣に堕ちるのは容易い。...まぁ、あんたはそこまで堕ちないかも知れんがな」

 「....?意味が解らないわ」

 「あんたは人を殺せる人間だ。それも怒りや恨みの感情ではなく、単純な損得勘定で殺せる眼をしている。だからこそ気を付けろ。少なくとも、あんたの近くに居る狩人はそれを望まんだろうからな」

 「あなたはシュユを知ってるの!?」

 「新米の名前はシュユと言うのか、覚えておこう。あんたからは狩人の匂いがしてるだけだ。まだ青い、目覚めもしてない狩人のな」

 

 確かに、周りからはクールやら冷静やら、はたまた無感情系とも言われた事がある。でも、だからと言って人を理性で冷酷に殺せるかと問われれば答えはNOだ。少なくとも、そこまで人間としての尊厳を捨てている訳ではない。

 

 「じゃあ、俺は行く。ここには血に酔った狩人も居る上に上位者の寝床もある。気を付けた方が良い」

 「あなた、名前は?私はシノン」

 「ふむ、結構似ている名だな。俺はシモン、また会う時も人で居たいものだな」

 

 そう言ってシモンは崖から飛び降りる。追い掛けて見下ろそうとするが、一応はNPCだ。そういう演出だと割り切り、この歪な悪夢を改めて睥睨する。取り敢えずは、ここを脱出する事から始めなければならない。シノンはアルスターの槍を構え、前へと進んだ。



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45話 シュユ編 1つの可能性(末路)

 シモン「前回のあらすじだ」

 シノン「前回は悪夢の辺境に私が迷い込んで、あなたと出会ったわね」

 シモン「あぁ、その通りだな」

 シノン「........」

 シモン「........」

 シノン「話が続かないわね」

 シモン「元々俺達は饒舌な方ではないだろう、仕方が無いさ。さて、どうなるかね今回は」


 目覚めた時、目に入った景色は見覚えのある景色だった。自分の記憶はここがオドン教会と同一であると言い、だが自分の本能はここはオドン教会とは違うと言う。取り敢えず目の前に有った【灯り】を灯すが転移機能は使用不可能だった。

 旧市街に出る扉は無かった為、前方にある(ここがオドン教会ならばの話だが)聖堂街へのショートカットに繋がる扉から外に出る。そして、一瞬でここがオドン教会ではないと知る事になった。

 

 「ここは....少なくとも居心地が良いとは思えないな」

 

 精神を病んでいる人の心象を風景画に起こせばこうなるのではないだろうか?岩には風化した様な跡が付いているが、シュミラクラ現象のせいか人の顔に見えなくもない。空は暗く淀み、全体的に色味が灰色がかっている印象を受ける。

 取り敢えず坂を登る。階段でも良いのだが、双眼鏡を使って先を見てみると門が閉まっていた。無駄足を避けるのは悪い事ではない。むしろ、得体が知れないこの場所に於いては最善手とも言えるだろう。

 少し遠くに【獣患者】が2体歩いているのが見える。投げナイフを実体化させ、遠距離から仕留めようか迷うが曲がり角から人が現れる。その人は肩に担いでいる大剣を思い切り横に振る。すると、剣が鞭の様に伸びて獣患者を2体纏めて薙ぎ払った。一見すれば頼りになる味方に見えるが、シュユにはそうは見えなかった。走り出し、高AGIプレイヤーにのみ許された()()()()という妙技を披露しつつ、大鎌形態の武器で彼の首を斬り落とした。

 

 「.....狂ってる。あんな半狂乱な状態でも戦えるのは身体に刷り込まれてるからか?」

 

 少なくとも口の端から涎を垂らし、血走った眼で武器を振るう者を正気だとは誰も思わないだろう。涎を垂らすその口は、獣を狩る愉悦に浸っていた。ふざけるな、シュユは思う。

 確かに、暴力行為には快感が伴う。ボクシングの試合で応援する選手が相手をダウンさせた時は喜び、自分が喧嘩で相手を殴り倒した時には『雄』として相手の上に立ったと無意識に快感を噛み締める。だが、快感の濁流に身を任せた先に行き着く末路は獣になる未来だ。人はあらゆる事を自制しなければならない。その自制を出来なかった人間が作ったギルドが【ラフィン・コフィン】だ。

 限定的とは言え、感情を封じられたシュユでも敵を倒したその時は快感を感じる。故に、生き物としてソレは仕方の無い事だと言うのは判る。

 

 「狩りに酔った狩人か....厄介極まりないな」

 

 今のは半ば不意討ちだったから簡単に倒せただけで、実際はもっと強いのだろう。狩りに酔える程に狩りを成し遂げた狩人なのだ、弱ければその段階まで生き残れない筈だ。

 それに、アイテムや装備の消耗も有る。特に武器の中でも壊れやすいカテゴリのカタナである千景や、全損はしないとは言え耐久力を攻撃力に加算する付与効果(エンチャント)のある葬送の刃の2つは言わずと知れたシュユのメインウェポンだ。どちらも温存しなければ、戦おうにも攻撃する手段が無い、ないしはダメージが通らないという事態になりかねない。

 葬送の刃の付与効果には【不壊属性(デュランダル)】と呼ばれるものがある。ユニークウェポンに付いている事が多く、稀にではあるがプレイヤーメイドの装備でも付与される事が有る。効果は単純明快で、『壊れない』というだけだ。正確に言えば耐久度が全損しても問題なく使用出来る上に決して修復不可能にはならないというもの。某ダンジョンに出会いを求める小説の様に自動修復とはいかないが、これだけでも使える付与効果だ。

 これを知っていたシュユはある実験を行った。それは破壊不能オブジェクトを葬送の刃で斬り続け、耐久度を全損させた状態で探索を行ったのだ。結果、耐久度が全損した葬送の刃は使い物にならない事が判明した。付与効果の数で『ぶっ壊れ』認定される葬送の刃だが、元々の攻撃力に限ればユニークウェポンの中でも控えめな方だ。シュユはそれに耐久力による補正、ステータス補正によるダメージの底上げ、隠し補正である速度ボーナスと遠心力を乗せているだけであり、片手剣形態や静止状態から放つ一撃の威力は素の状態の千景と同等か又はそれ以下だ。

 幾ら元々の耐久度が桁違いに大きいと言っても、使い続ければガタが来る。【灯り】の機能で武器の修理が有るが、灯りは極力使いたくないのが本音だ。と言うのも、灯りを使用した際にそのエリアの敵がユニークを除き、全てがリスポーンしてしまうからだ。複数人のパーティで攻略するならまだしも、ソロで何度も戦っていては武器を修理しても戦う本人にガタが来る。だからこそ、接敵は極力避けねばならない。

 

 「...広いな。戦いやすいとは言え、最悪だ...」

 

 何だかんだ、このフィールドに影は無いので【闇潜みのマント】と【気配遮断】を併用してもバレずにここを抜けるのは至難の業だろう。それでも、実際は気付かれなければ良い訳だ。シュユは今度こそ投げナイフを4本実体化させ、【シングルシュート】を4回発動させる。片手剣形態の葬送の刃によりDEXの補正が掛かり、威力も正確さも底上げされた投げナイフは獣患者の頭をぶち抜き、その命を奪い去る。

 目視で見れる範囲にはもう何も居ない。広場に降りると、右から凄まじい濃度の殺気を感じる。サイドステップでその場から逃げると、爆発音を響かせた金槌が右腕を掠める。シュユは千景を右に突き出し、敵の身体を貫く。そのまま身体ごと右を向き、横に斬り払う。そして納刀、そこからの居合いで終わらせる。

 

 「エリア名【狩人の悪夢】か...確かにこれは、最悪の悪夢だな」

 

 彼は葬送の刃を背中に担ぎ直し、だらりと垂らした右手に千景を持ち、歩き出した。マリアと再会し、この悪夢から抜け出す為に。



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46話 ユウキ編 始まり

 シュユ「今回から少しの間、あらすじ紹介は休んで登場人物の原作との相違点を紹介していくって事になったらしい」

 作『そういう事です。と言う訳で、先ずは主人公・オブ・主人公であるキリトからです。どうぞ!」

 キリト

 シュユとの戦いを経て単独先行は無くなり、どちらかと言えば防御メインの戦法を取る。【二刀流】スキルをまだ取得しておらず、圏内事件もまだなのでアスナへの好感度はそこまで高くはない。


 【禁域の森】のボスである【ヤーナムの影】を撃破し、進んだ先には湖と湖畔にポツリと佇む学舎があった。敵も少なく、特に広い訳ではないエリアだが敵の容貌が異形の一言に尽きるものだ。蝿の様な頭部に瞳がやたらと多いエネミーに提灯の様な器官を垂らし、火球を飛ばしてくるエネミーの2体。

 

 4階建ての大して大きくもない建造物の中には人型エネミーが居た。ユウキはそのエネミーの討伐に参加してはいないが、かなりの消耗と少数の犠牲が強いられたらしい。魔法の様な技を使い、更に仕込み杖による中距離ミドルレンジでの攻撃に加えて戦場の狭さもあり、どうしようもなかったとの事だ。

 

 「確かにここからの景色は綺麗だね。シュユにも見せてあげたいよ」

 

 今、ユウキが居るのは月見台だ。現実世界で見られる所は限られるであろう大きく蒼い月が湖面に反射し、2つの月が対照に眼に映る。最近はずっとここに入り浸っているのだ。昔、詩乃シノンが家に来るよりも昔に、悠シュユと天体観測をした記憶を蘇らせる。

 見た事もない満天の星空に、降り注ぐ流星群。生憎星座には興味を持たなかったので、あの流星群が何座の流星群なのかは知らないが、幼い頃の記憶でもあの星空は忘れられない。珍しく悠が自分の為の買い物で買った望遠鏡で見た月は何よりも綺麗で、そして感動する自分を見て笑う悠が堪らなく愛しかった。 

 

 「確かに、ここは綺麗だな」

 「.....キリト」

 

 後ろのドアから入ってきたのはキリトだ。ドアは開けっぱなしなので開閉音は無いが、流石に気配は察知できる。最近はキリトとクラインしか会いに来ない。あの純粋だったユウキは今は居らず、今のユウキは酷いものだ。戦闘での疲れと寝不足のせいで目の縁には隈があり、髪もボサボサ。あの2人が消えてから風呂にも入ってないので頬に付いた土の汚れや服の汚れと摩耗が目立つ。そんな人と会おうとするなど、変わり者の一言に尽きるだろう。

 別に、皆の事は嫌いではない。むしろ好きと言っても良い。だが、シュユには敵わない。シュユにとっての優先順位がユウキとシノンが一番なら、ユウキの優先順位はシュユが一番なのだ。『紺野木綿季』という人格は『秋崎悠』によって作られたと言っても過言ではないのだから。

 

 「最近の君は見てられないな」

 「だからどうしたの?見てられないから見なきゃ良いじゃん」

 「そこだよ、見てられないのは。シュユとシノンを捜す為に周りを遠ざけて、独りで戦おうとしてる。...どうだ、楽しいか?悲劇のヒロインごっこは」

 「それ、本気で言ってる?本気なら、流石にボクも許せないんだけど」

 

 キリトは剣を実体化させるユウキから少し離れた場所に座る。至近距離に座らないのは剣が届かないからだろう。STRに多く振っているキリトなら、剣が使えずとも【格闘】とそのソードスキルだけでユウキを倒せる。だから、ユウキの間合いの範囲内に座ったのだ。

 

 「...俺さ、1度ギルドを全滅させた事があるんだ」

 「...........」

 「あっちは仲間として認めてくれてたのに、俺は謗りが怖くて自分がテスターだって言えなかった。俺が入ってたギルドのメンバーは良くて中堅レベルの腕前で、レベリングの時に俺は防御メインで立ち回って、トドメを他のメンバーに刺させてたんだ」

 「...........」

 「でも、人ってやっぱり誤解しやすい人間なんだ。どうなったと思う?」

 「......調子に乗った、とか?」

 「そうだ。俺のせいで自分の腕前を見誤ったメンバーは安全マージンギリギリの迷宮ダンジョンでレベリングをしたんだ。...俺も、止められなかった」

 

 キリトの顔はユウキではなく、月に向けられている。その表情はユウキの位置からは判らない。

 

 「初めは危ないと思ってたけど、何だかんだで安全に進んでいた。帰る最中、小部屋と宝箱を見付けた1人が俺達を連れて宝箱を開けたんだ。でもそれは罠だった。【モンスターハウス】って知ってるだろ?」

 「宝箱とかに仕掛けられてるトラップでしょ?開けると沢山エネミーが出てくるヤツ」

 「正解。レベルが高かった俺ならまだしも、皆はその場を切り抜けられなかった。パニックの中、皆死んでいったよ」

 「全滅したの....?」

 「うん。全滅した時、ある1人が何かを呟いた。だから俺はそれが聴きたかったから、蘇らせようとしたんだ。軽く噂になってた死者蘇生アイテムを使ってね。.....結局、それは出来なかったけど」

 「どうして?」 

 「止められたんだよ、シュユに」

 「シュユが.....?」

 

 にわかには信じがたい話だった。ユウキが見てきたシュユはお世辞にも他人の為に自分を擲なげうつ様な人間ではなかった(ユウキとシノンは例外なのだが)。そんなシュユがキリトを止めるなど、想像が難しかったからだ。

 

 「俺もかなり早くボスエリアに行った筈なんだけど、シュユはそれよりも早くボスを倒してて、俺の前に立ち塞がった。悲劇の主人公を演じていた俺はキレて、あいつに掛かっていったよ。…当然、殺して奪い取るつもりだった」

 

 それにも驚いた。キリトは確かに強いがどこか飄々としており、身を焦がす様な憤怒に囚われる事は無いと勝手に思っていたからだ。

 

 「でも負けたよ。あいつは俺を殺さずに倒すっていうハンデが有って、しかもボス戦直後で疲弊してる筈のシュユに。少し憎んだりもしたけど、それは直ぐに間違いだって解った。クラインのお陰だ。…だからこそ、俺は君を止める。あいつの大切に思ってる君を、間違いに向かわせる訳にはいかないから」

 

 ユウキはここで初めてキリトを『視る』。朧気に見るのではなく、【キリト】というプレイヤーの想いを受け止める。今の言葉に嘘偽りが無い事は馬鹿でも解る。キリトはこんな真面目な場面で嘘を吐ける程常識知らずではない事を知っている。今、彼の中に渦巻く感情は何なのだろうか。自分への怒り?仲間を喪った哀しみ?自分を止めてくれたというシュユへの感謝?少なくとも、ユウキはその感情を窺い知る事は出来なかった。少なくとも、今のキリトの声音には()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「俺みたいな目には遭って欲しくない。だから――ッ!?」

 「キリトッ!?」

 

 何が起きたか、この場に居る2人には理解出来なかった。月見台の縁に腰掛けていたキリトが、直下の湖に突き落とされたのだ。見捨てるなどユウキに出来る訳も無く、ユウキはキリトに手を差し出して追い掛ける様に落ちていくのだった…




 スマホを機種変したので、表記のやり方が少し途中で変わってます。具体的に言えば「......」を「…」という三点リーダに変えた事ですね。もう少し有りますが、殆ど変わらないので御安心下さい。


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47話 シュユ編 醜い獣

 シュユ「今回の軽いキャラ紹介は原作ヒロインことアスナだ。案外多いかもな。まだ敬語だし、色々イベントもしてないしな」


 アスナ

 リズベットとは友人関係だが、本編での絡みはまだ無し。現在タメ口で話しているのはユウキだけで、他の人には大抵敬語。シュユに恩が有るが、基本認識は戦線を掻き乱すイレギュラーで、あまり良い印象は持たれていない。最近、キリトの人となりを垣間見た事により少し気になっている模様。


 ――会いたい。2人に、会いたい。

 

 願う。ただひたすらに(こいねが)う。あの2人に会いたいと。独りで戦うには、この【狩人の悪夢】は過酷で身体と精神に負担を掛け過ぎる。幾ら人よりも感情の起伏が乏しいシュユだとしても限界は有る。

 目を開け、目の前に振るわれる金槌を回避する。そのまま右手に握る【獣肉断ち】を横薙ぎに振るう。刃が蛇の様にのたうち、金槌を持つ狩人の腹部を内臓ごと削り喰らう。怯む敵に肉薄し、左手の手刀をその傷口に突っ込み、力任せに引き裂く。多量の返り血と共に敵は消え去った。

 近くに有った椅子を引き寄せ、身を投げ出す様に身体を預ける。古い椅子が軋み、悲鳴を上げるがその耳障りな音すら今のシュユには心地良い。少なくとも、敵の叫び声と剣が肉を引き裂く音よりはマシだ。

 風邪に罹った時の様に思考が定まらない。身体に伸し掛かる様な重さは過労と睡眠不足から来る一時的なものだが、それよりも深刻なのは脳への負担だ。一度の使用ですら常人ならその負担の余りに死ぬ可能性も有る【ゼロモーション・シフト】、それをマトモな睡眠と休養が取れないままに使っているのだ。既に倒れていてもおかしくはない。

 

 「――ッ、【灯り】は、どこだ…?」

 

 【灯り】の周辺や中にソレがある建物は絶対的な安全圏だ。保護はされないが誘い込まない限り入ってこないし入ってこれない。それだけで今のシュユには充分だった。

 担ぐのも面倒になったのか、右手に握る獣肉断ちを引き摺って歩いている。ガリガリと地面を削る不快な音が敵を引き寄せているという簡単な事にも、今のシュユには気付けなかった。

 斧と大砲を持った巨人が2体現れ、シュユの前に立ち塞がる。大斧持ちが走って突っ込んでくるがシュユは真上に跳躍、そして伸ばした獣肉断ちを巨人の腕に巻き付け、重力と自身の力を加えて下に思い切り引っ張る。鎖を巻き取る様な音と共に獣肉断ちの刃は無骨な剣の形へと戻り、巨人の右腕は無惨な姿となって地面に落ちた。痛覚の有無は不明だが、耳障りな大声で叫ぶ巨人の身体目掛けて千景を突き刺す。グリグリと念入りに捩じ込み、そして袈裟掛けに振り下ろすと大斧持ちの巨人は消滅した。

 完全に消滅するその前にシュユは大斧を掴むと遠心力を利用して大斧を大砲持ちに向けて投擲する。大砲の銃口に大斧の刃がめり込み、砲弾を撃つ機能を奪い去る。丁度発射しようとしていたのか、暴発してしまう。そんな隙を晒せば無事でいられる訳もなく、内臓を目茶苦茶にされる感覚と共に大砲持ちの巨人の意識と身体はポリゴンへと還っていった。

 

 「…崩落で封鎖されてるのか」

 

 今シュユが居るのは原作の『Bloodborne』だったなら【悪夢の教会】と呼ばれる灯りが有った所だ。しかし、その入り口は崩落した瓦礫により塞がれ、灯りを灯す事は出来なくなっている。だが、転生者とは言っても前世の記憶を殆ど持たないシュユはそんな事を知る由もなく、ただ進む。腰が曲がった老婆の様なエネミー【アイコレクター】を倒し、大きな鉄門を延々と叩く亡者を倒して【輸血液】を調達して先に進む。

 地下道の様なトンネルを進むと、足元の水が紅く染まっていく。匂いはより生臭く、濃密に鼻腔を突く。この匂いはもう嗅ぎ慣れた、嗅ぎ慣れてしまった。この【狩人の悪夢】に居れば延々と嗅ぎ続ける事になる、血の匂いだ。

 一際広い場所に出ると、警戒は解かずに周囲を見回す。足元は水と言うよりも完全に血液で、そして辺り一面に死体の山が積み重なっていた。

 

 「…ああ、ああ、あんた…助けてくれ…あいつが…おぞましい、醜い獣がやってくる…ああっ、呪われたルドウイークが…赦してくれ…赦して…くれ…」

 

 死体も同然の物体がシュユに向けてか誰かに向けてか、言葉を放つ。が、後ろから巨大なモノに踏み潰される。ソレは見るだけでも吐き気を催す様な、そんな姿をしていた。4足歩行でありながら脚でしっかりと立ち、腕も4本。その顔は馬にも見えるが、髪の毛が一応生えており顔立ちは人間の様にも見える。

 

 【醜い獣、ルドウイーク】

 

 悲鳴の様な鳴き声と共に超速の突進。右に飛び退く事で回避するが、振り向き様に腕での薙ぎ払い。ジャンプして回避し、獣肉断ちの刃を伸ばして攻撃を加えるが、効いた様子は無い上に体力バーもあまり減ってはいない。ならば、とアイテムストレージから取り出したのは【爆発金槌】だ。先端部にあるシリンダーの様な部分を回すと炉に火が灯る。ルドウイークの脚の1つに狙いを定め、全力で横に振るうと爆発が文字通り『爆発的な』加速を生み出す吸い込まれる様に当たった金槌だが、その手応えからシュユは1つの結論に達する。

 

 ――コイツ、打撃は効かないッ…!

 

 お返しとばかりに巨体を活かしての薙ぎ払い。敢えて懐に潜り込む事で回避するが、更に頭突きを放ってくる。異様なまでに速い頭突きに対応しきれず、爆発金槌の柄で受け止めるが巨体が生み出す衝撃に矮小な人の身体で耐え抜ける訳もなく、後方へ吹き飛ばされる。

 次に取り出したのは【ルドウイークの聖剣】だ。目の前の獣と同じ名を冠するその剣の見た目は細身の剣だが、セットで付いてくる重い鞘を装着する事で敵を叩き斬る大剣へと変わる。

 シュユは背負う鞘をガキンッ!!と音を立てて剣に装着し、大剣形態に変形させる。腰と身体を使うフルスイングで脚を斬ると、先程の金槌と獣肉断ちの威力よりは高いダメージを与える。更に1発入れようとするが、直ぐに思い留まる。この大剣形態の聖剣は威力こそ大きいが隙も大きくなるのだ。深追いはするべきではない。

 

 「ッ、オオォォッ!!」

 

 雄叫びを上げて恐怖心を圧し殺し、左手での薙ぎ払いを躱して縦斬りを叩き込む。更に巧みな体重移動で横斬り、最後にもう一度縦斬りを入れてからバックステップで下がる。直後、自分が居た所が轟音と共に上から叩き下ろされて水柱を上げる。自分も視認出来ないが、それでもシュユには予測がある。

 武器を入れ替えて爆発金槌を持ち、火を灯してから足元を殴る。衝撃と共に空に打ち上げられ、そのまま回転しながら武器をルドウイークの聖剣に持ち替え、剣を振り下ろす。大量の血を噴き出し、咆えるルドウイークを凝視しながら後ろに下がる。

 

 (ソードスキルが使えないにしては上出来か…?いや、このままじゃこっちがジリ貧だな)

 

 ヤーナムで入手できる変形武器はとても強力だ。2形態の変形は状況に合わせて武器を選択出来るし威力の底上げも可能なのだが、その欠点として変形後はソードスキルが使えない(一部の武器は例外だが)。

 ソードスキルの火力補正はSAOの攻略に於いて多くのプレイヤーが頼りにしてきたもので、それはシュユとて例外ではない。葬送の刃の補正が有るとは言え、やはり威力の面では千景に軍配が上がる。この武器を打った鍛冶師の腕前が良く分かる。

 シュユは駆け出す。短距離の超高速ステップである【アサルトステップ】を使い、懐に潜り込むとカタナのソードスキル【浮舟(ウキフネ)】を使う。地面スレスレからの斬り上げは小型のエネミーなら打ち上げてコンボの起点に出来るものだが、今回は違う。技後硬直する一瞬前にソードスキルを挿し込む事で硬直を無視、ルドウイークの身体を歩法のソードスキル【クライム】を使って登り、大きく跳躍する。そのまま一度納刀、そして【旋車】を使う。血液を纏った刃がルドウイークの身体を撫で切りにし、凄まじい勢いでルドウイークの体力が減っていく。

 そして怯んだルドウイークの頭に【エンブレイサー】をブチ込み、そして力任せに引き裂く。体力バーが半分を切るとルドウイークの身体は崩れ落ち、そして動かなくなった。体力バーも消失し、シュユもあまりの疲労に崩れ落ちる。ルドウイークの身体が落ちる音が響いたその場に、身体に突き刺さっていた大剣が落ちる音が大きく響いた…



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48話 シノン編 悪夢の落とし子

 シュユ「今回のキャラ紹介モドキは皆ご存知ユウキだな。原作と1番乖離を起こしてるかもな」



 ユウキ

 特典により救済。AIDSを発症している原作からは一変、病気など1つも持っていない健康優良児になり、天涯孤独の身になる所を秋崎家の子供となる。現実では序章で言われた通り、授業中の態度は決して優等生ではないが悠が教えている為成績は優秀。誰にでも分け隔てなく接する性格からか、先輩後輩同級生問わず人気は高いが、自他共に認める悠大好きな為に告白はされない。
 SAOダイブ前はこっそり母親から料理を教わっていたりする。しかしまだ満足なレベルには達しておらず、悠に食べさせた事は無い。
 SAOダイブ後は当初シュユ達と行動していたが、途中アスナ達と行動を共にし一時シュユ達とは別行動。現在は合流したがヤーナムでは逸れてしまった。

 依存系ヤンデレ。依存度はまだ途上、大体中の下くらい。


 「正に悪夢ね。頭がおかしくなりそう」

 

 イカの様な軟体動物型のエネミーや狼男、顔が無いゴーレムの様なエネミーを倒し続け、シノンは溜め息を吐いた。アイテムの在庫はまだ余裕が有るものの、精神的な余裕は無い。回復アイテムが残っているのは偏に【アルスターの槍】の効果によるエネミー撃破時の回復のお陰だが、擦り減った精神を回復してくれる訳ではない。

 この【悪夢の辺境】では散々な目に遭った。アイテムに続く道に硬貨が置かれていたので近付いてみれば(決してアイテムに釣られた訳ではない)、誰にされたかは判らないが崖から突き落とされ、毒の沼を突き進む事になった。身体を蝕む毒を解毒剤をガブ飲みして打ち消すが、次は複数のゴーレムから大きな岩を投げられ、全力疾走を余儀なくされる。

 その先には脳みそに目玉が付いた様な女性型のエネミーに凝視され、頭がおかしくなりそうになりながらもエネミーを倒してシステム的な面の体力を回復。今のシノンはその先で見付けたエレベーターで休んでいた。道中の敵は全て殺し尽くされている為、敵襲の心配は無い。それでも気を抜けないのがこの悪夢の辺境なのだが。

 

 「ここまで一切血に酔う事無く無事にここまで来るとは、予想外だったな。ほおずきも殺したのか、大したものだ」

 「ほおずき?」

 「脳みそ女だ。ヤツに見られた者の殆どが発狂するんだがな」

 「確かに気持ち悪かったけど、発狂する前に倒したのよ。それより、あなたのその姿を見てる方が発狂しそうよ」

 

 事実、今話し掛けてきているシモンの服装は襤褸切れが返り血に染まり、肝が細い人が見れば飛び上がって驚くと思える程だ。それも、本人の顔が見えない事が助長しているとシモンは気付いているのだろうか?

 

 「ん、人にはそうそう会わないからか、身なりに気を遣う事を忘れがちだな。悪い」

 「別に、気にしてないわ。それを言うなら私だって酷いものでしょ?」

 「フッ、違いない」

 

 シモンの状態に負けず劣らず、シノンの服装もかなり酷いものだ。返り血に染まり、近付けば濃密な血の匂いが鼻腔を突く。濡れたインナーが地肌に張り付く不快感すら慣れてしまい、綺麗な髪も血が固まってバリバリだ。こんな状態を『彼』が見れば、即座に髪のケアに取り掛かるだろう。

 

 「どうだ、この場所は?」

 「最高の居心地ね。特に毒沼と気持ち悪い軟体動物が素敵だと思うわ」

 「勘弁してくれ、俺だって皮肉を言いたい訳じゃない。…まぁ、そんな皮肉を言えるのなら大丈夫だろう」

 「あの、獣がどうだかって話?」

 「まぁな。お前は()()人らしい、良かったな」

 「…ねぇ、それって――」

 「――気を付けろ。お前が向かう先に居るのはこの悪夢に巣食う落とし子だ。一筋縄ではいかないぞ」

 

 シモンは前会った時と同じ様にシノンの前から姿を消す。もう追い掛けても無駄だろう。シノンは槍を支えにして立ち上がり、恐らくボスエリアである場所へと向かう。休む前に見た時は1体敵が居た筈だが、そこには何本かの矢が突き刺さっており、シモンが狩ったという事実が残っていた。こういう不器用な所はシノンに『彼』を思い出させる。会いたいと思うが、今は戦う(生きる)のが先だ。

 地面に突き刺さる無数の柱に、巨大な塔。完全ではないとは言え円形の広場だ、確実にボス戦だろう。そう思った矢先、巨大な物体が空から降ってくる。ずんっ、と身体の芯まで響く様な重低音と振動、巻き上がる土埃に目を開けた時、『ソレ』はシノンの目に映った。

 

 【アメンドーズ】

 

 2本脚で地に立つ、複腕の化け物。頭は今アイテムストレージに入っている扁桃石に似ており、まるで赤子の様にこちらを見ている。と思った瞬間、アメンドーズの頭に無数に有る瞳が開く。シノンは左斜め前方に駆け出し、思い切り飛び込む。アメンドーズの頭から照射された光線は地をなぞり、その軌跡に爆発を起こす。当たれば大ダメージは免れないだろう。

 

 「硬ッ…マトモな攻撃は通らないわね」

 

 ガラ空きの胴体に槍を突き込むが、硬い皮に阻まれて切っ先が身体を貫く事は無かった。即座に飛び退くと、その場に大質量の胴体が叩き付けられる。シノンは怯まずにその頭に槍を突き刺す。すると、身体と比べれば異様に柔らかい頭を抵抗無く貫いた。

 声にならない悲鳴が響き、アメンドーズは頭を振り乱す。そして力任せに地面を叩くと、それだけで地面は揺れてシノンのバランスを少しだけ崩す。それを察知したのかどうか、アメンドーズはシノンの身体を掴もうと手を伸ばす。

 

 「私の身体に触っていいのは、シュユだけなのよ!!」

 

 【歩法】の中でも1、2を争う程使い勝手の良いソードスキル【ラピッドステップ】を使用。その場に残像を残す程の速度で回避、更に振りかざされた手に向けて槍系ソードスキル【レイシーズ・ラトナビュラ】を使う。その場で2回転して薙ぎ払い、更に神速の8連突きを見舞うという槍系ソードスキルの中でも大技のこのスキルの全攻撃を当てる。

 細く長い腕はそこまで皮膚が硬くなく、槍はしっかりと腕を貫く。怯み、掌を地面に近付けた事をシノンは確認すると、槍をアメンドーズの掌に突き刺し、地面に縫い付ける。高いAGIにモノを言わせて長い腕を駆け昇ると跳躍、落下の勢いを加えた短剣(ダガー)を頭に繰り出す!

 

 「―――、―――!!!!」

 「あなた、自分の腕を…!」

 

 力任せに槍を引き抜き、シノンを振り落として自由になったアメンドーズは自分の2本の腕を根本から引き千切り、1番攻撃に使う前腕の2本腕で引き千切った腕を剣の様に持つ。その間にも背中からは絶えず血が地面に滴っており、だだでさえ濃い血の臭いが更に濃くなった。

 まるで赤ん坊だ、シノンはそう思う。巨大かつ異形の見た目にそぐわず、ただ癇癪を起こした幼子の様な印象を受けるのだ。

 引き千切った長大な腕は振り回すだけでも遠心力と凄まじいであろうアメンドーズの膂力が加味され、シノンの防御程度なら貫通してシノンを殺して余りある威力を持つ。掠り傷で減った体力をポーションを飲み干す事で回復し、ラストスパートを掛ける。

 ランダムに振り下ろされる無数の乱打を躱しながら進み、アメンドーズの身体の下に入り込む。長いリーチは長過ぎる故に、自分の近くの敵を攻撃するのには向かない。シノンを攻撃する手段を持たないアメンドーズは天高く飛び上がり、シノンを踏み潰さんと迫る。

 

 「――ッ、ハアアアァァァァッ!!」

 

 シノンは地面に石突を突き立て、穂先を天に向ける。槍を下から支える様に屈んだ次の瞬間、槍の穂先が消失する。それは決して折れた訳ではなく、シノンが天へと向けた刃はアメンドーズの柔らかい頭へと突き刺さっていたのだ。凄まじい勢いで減っていくアメンドーズの体力バーとアレスターの槍の耐久力。凄まじい荷重により減り続ける耐久力に怯む事無く、シノンは烈迫の気合を込めて槍を突き出す。

 次の瞬間、手からは槍が消失しシノンの頬を血の雨が濡らした。目の前からはもう、アメンドーズの姿は消えていた。

 

 「…倒した、のね」

 

 目の前に現れた【灯り】に、初めてアメンドーズを倒したという実感が湧いてくる。死にそうになって倒した訳ではなく、むしろ体力はかなり余裕が有る。だが、ボスを倒してもどこか空虚なのは何故なのか、今のシノンには解らなかった。

 灯りを点し、座っているとどこからか馬車が現れる。広場の中央で止まると、音も無く扉を開けている。まるでシノンが乗る事を待っているかの様に。

 

 「………」

 

 シノンは立ち上がり、乗る事にした。一人掛けのシートはまるで王族が座る椅子の様に柔らかく、乗り心地は保証されているだろう。シノンは馬車に揺られながら、ゆっくりと目を閉じた……




 いやぁ、原因不明の発熱に見舞われたせいで投稿が遅れてしまいました。申し訳無いです。皆さんも体調管理には気を付けて下さいね。


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49話 ユウキ編 白痴の蜘蛛

 シュユ「投稿が遅れて本当に申し訳無い。あの馬鹿、ニーアオートマタにどっぷりハマっていてな。多分、これからも投稿ペースは少し落ちると思う」
 
 シノン「ま、直ぐに戻ると思うけどね。今回の話が遅れたのはロマに苦戦した事が無い作者が書き方に詰まったのが原因だし」

 シュユ「今回は肩慣らし的な所もあって、キャラ紹介は休憩だ。その代わり今回は少し長めだから、それで許してくれ」

 シノン「さて、どうなるのかしら49話?」


 【ビルゲンワース】の湖に落ちる。キリトの手を途中で掴みはしたものの、肝心の自分が掴める所が無く延々と落ちていく。流石に水底が遠過ぎる、そう思った瞬間に身体が()()()()()()()()()()。かなりの距離落下した筈だが、ダメージを一切喰らっていないのはそういう仕様なのだろう。

 周囲を見回してみれば、有るのは『白』だけ。湖の中だと言うのに水は足元に薄く張っているだけで、水中に潜っている訳ではないのだ。隣でユウキを庇って背中から地面に叩き付けられたキリトはゲホゲホと咳き込んでいる。受け身は取ったんだろうが、衝撃を逃し切れなかったのだ。流石に仕方がない。

 

 「何…コレ…?」

 

 何も無いこの空間に唯一鎮座する、ナニカ。顔らしき所には石の仮面の様なものが有り、小山の様な身体には白い綿毛の様なものが生えている。接地面には無数の足らしきものが生えており、生命体なのかも知れないと思わせる。微動だにしない謎の物体、何となくユウキはその表面を撫でてみた。

 

――ゾワッ

 

 その瞬間、背筋を蜘蛛が這い回った気がした。凄まじい悪寒が全身を包み、反射的に剣を振りつつ後退る。傷口から血液が出る事は無く、ただ土塊(つちくれ)を斬った様な感触が手に伝わる。

 ゆっくりとユウキの方を向くナニカ。眼があるかどうかは判らないが、その視線に敵意は無い。ただ単に羽虫が鬱陶しいから潰す、そんな無感情かつ無機質な感情とも呼べない意思が向けられる。

 

 【白痴の蜘蛛、ロマ】

 

 キリトも合流し、ロマを斬ろうと迫るが空から落ちてきた物体に阻まれる。左肩を強かに打たれたキリトはその異様なまでのダメージフィードバックに歯を食い縛り、後ろに下がる。ユウキとキリトを取り囲むのは【ロマの子蜘蛛】という特殊なエネミーで、体力も防御力は大した事は無いが攻撃力だけはブッ飛んでおり、迂闊に突っ込もうものならば2人の体力は溶ける様に無くなってしまうだろう。

 

 「気を付けろユウキ!本体が攻撃してこないとも限らない!!」

 「分かってる、よ!!」

 

 この2人、武器系統のスキルは片手剣しか持っていない。片手剣はあらゆる戦況に対応出来るが、それ故に突出した性能を持たない。そして対多数の戦闘は苦手な部類に入る。つまり、今の状況はかなり厳しいのだ。

 後ろから高く跳躍して飛び込んでくる子蜘蛛を回避、柔らかい胴体を斬り裂き、前方に固まっている3体の子蜘蛛を【ソニックリープ】で纏めて貫く。更にユウキはストレージから【仕込み杖】を取り出す。変形すると杖は蛇蝎の剣となり、鋭く振るわれた杖は大きく()()()、鞭となって子蜘蛛の体力を奪う。

 

 (――埒が空かない!)

 

 この武器の補正の殆どは槍系のスキルに掛かっており、槍系のスキルを持たないユウキでは本来の威力が引き出せない。が、何度も振ればDEXが威力に関わる仕込み杖はその威力の一端を発揮して子蜘蛛程度の体力ならば奪い去る事も出来る。

 

 「オオオォォォォォ!!」

 

 子蜘蛛を全滅させたキリトはヴォーパル・ストライクをロマに見舞う。そこからシステム外スキル【スキル・コネクト】を利用してシャープネイル、最後にノヴァ・アセンションを全て当てて見せる。流石は魔剣クラスの武器(エリュシデータ)、まだ隙こそ大きいものの凄まじい攻撃力でロマの体力を削っていく。

 ロマがとぐろを巻く様に身体を渦巻かせる。身体がだんだん透明になっていき、最後は消えてしまう。だが視界の端に在る体力バーは未だに顕在であり、まだ戦いが終わっていない事を2人に教えている。

 

 「やっぱ、そう簡単にはいかないか…」

 「それにしたって、数が多いし厄介だね。微妙に硬いし…」

 

 子蜘蛛の体力は少ないとは言え、片手剣の一撃では倒し切れない。それは軽量片手剣を扱うユウキだけではなく、重量片手剣を使うキリトも同じ話で、一撃では微妙に足りないが2回斬ればオーバーキルなのだ。生憎強化(ドーピング)アイテムも今は持っていないので、速さでどうにか処理するしかないのが現状だ。

 もう一度召喚された子蜘蛛を斬り捨てつつ、徐々にロマに近付いていく。動きは未だに無い――そう、思っていた。

 

 「グッ、あぁぁぁ!!??」

 

 ロマがのたうち回る。言ってしまえばそれだけで、衝撃波を出した訳でもないので被弾する要素は一切無い。しかし、現にユウキは被弾して打ち上げられている。理解が及ばない、そう思いながらキリトに視線を寄せる。

 そのキリトも、空から降り注ぐ隕石から逃れようと疾走している最中だった。高く上げたロマの頭、その上空から降り注ぐ氷にも似た隕石はキリトの肩を掠め、あまりの勢いに足を止めたキリトに何度も直撃する。剣や防具で防ぐが、正直な話焼け石に水だ。まぁ、今回はそのお陰でどうにか生き残れたのだから馬鹿には出来ないのだが。

 

 「ボクは…死ねないんだ!!」

 

 飛び掛かってくる子蜘蛛の攻撃をゼロモーション・シフトで躱し、剣を突き出す。頭の堅い甲殻と柔らかい胴体の隙間に剣の先端は突き刺さり、頭の甲殻ごと引き剥がして子蜘蛛の1体をポリゴンへと還す。更に返す刃で右に陣取っていた1体を斬り捨て、態勢を整えようとする。が――

 

 「――あ、れ?」

 

 ロクに休息を取ってこなかったツケが、今ここで払わされた。ゼロモーション・シフトによる過負荷と今までの過労により、一時的に脳から仮想脳に出される命令系が混乱しているのだ。簡単に言えば、今のユウキは金縛りに遭っているも同然だ、このMOBに囲まれたボス戦という、最悪の状況で。

 動きが止まった所をロマの隕石に狙われる。どうにか、本当に僅かに身体を転がして隕石の直撃は避けたものの着弾の衝撃に耐え切れずユウキの軽い身体は浮かされ、そして地面に叩き付けられる。動けないユウキを嬲る様にゆっくりゆっくりと近付いてくる子蜘蛛、もう終わりも同然だ。

 

 「クソ、邪魔だッ!!俺はまた仲間を目の前で死なせたくない!」

 

 そのキリトの願いを嘲笑う様に子蜘蛛は小さい身体に不釣り合いな程長い腕でユウキを殴り、体力を削っていく。

 

 「この状況を打開する力――何か、何か無いのかよ!?頼む、ユウキを死なせたらアイツに、シュユに合わせる顔が無い。だから…シュユの大切な人を護る為の――」

 

 ――力をッ!!

 

 キリトのその声が放たれる事は無かった。――否、聴こえなかったのだ。それは突如現れた、エメラルドの光を放つ剣が放った光と轟音が、全てを掻き消したからだ。

 キリトの前に現れたその剣は宙に浮き、早く手に取れと言わんばかりに光を明滅させる。

 【月光の聖剣(THE MOONLIGHT HOLYBLADE)】、それがこの剣の銘だ。熱に浮かされる様に柄を握ると、途端に重くなる。まるで岩の塊を振っているかの様だ。それでもエメラルドの輝きは弱まらない。むしろ、不本意ながらも光を強くしている様にも見える。例えるなら、仕方無く使わせている様に。

 

 「ブッ…飛べッ!!」

 

 横薙ぎの一閃は光を伴い、光に触れた子蜘蛛の胴体を上下2つに分かつ。それだけでは終わらず、彼の放った斬撃は他の子蜘蛛3体を纏めて葬っていた。

 【ラピッドステップ】を使い、ロマの胴体の横に陣取る。そのままバーチカル・スクエアを放ち、閃打を使って硬直を短縮する。ガラ空きの胴体にホリゾンタル・スクエアを全て当てると、柔らかい肉を斬り裂く刃と碧い光がロマの体力を削っていく。再びロマはとぐろを巻き、どこかへワープする。

 追跡しようと周囲を見回すキリトだが、踏み出そうとした瞬間に凄まじい倦怠感に襲われ、マトモに受け身も取れずに倒れてしまう。剣の輝きは失われて石の剣の様にくすみ、見るからに(なまくら)になってしまった。

 

 「――ぁ…ど、して…?」

 

 少なくとも、さっきまでは普通に扱えていた。だが【スキルコネクト】を併用したラッシュを行った途端に身体が重く、身体が鉄の塊になったかの様になってしまった。

 それも当然だ。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()のだから。この聖剣は貸し与えられただけであり、言わばレプリカ(贋作)の様なもの。本来の聖剣なら光波を出す時に負担など無いのだが、レプリカにそんな親切な機能は無い。

 言ってしまえば、キリトは本来持てない重さのダンベルを無理矢理持ち上げた様なものだ。短時間なら持てても、無理に持ち続ければ後で皺寄せが来る。本来キリトでは扱えない聖剣を使い、聖剣に光を纏わせるだけでも精一杯の筈が纏わせるだけでなく、光波を飛ばしていたのだ。それも、1発や2発ではなく、10発は軽く超えている。当然、皺寄せも大きくなっていく。その結果がこれだ。

 

 「…なら、ボクがやる。それぐらいなら、やってみせるよ」

 

 キリトが右手に握っている聖剣を、キリトの指を解いてユウキが装備する。アイテムとしてこの場に存在している訳ではないのか、アイテム欄に名前は出てこないが使えるなら問題無い、そうユウキは割り切って剣を構え、疾走する。

 剣を横一閃に振り抜くが、慣れない重さに身体ごと振り回される。片手で振っているとは言え、この剣は確実に両手剣クラスの大きさだ。ユウキのSTRでは十全に扱えないのも当然だろう。

 子蜘蛛を掃討する事は諦め、最低限しか倒さない事にする。地面から突き上げてくる隕石は全て勘で回避、攻撃を続ける。頭が灼き切れそうな程に痛い。それでも彼女は止まらない。確証が有る訳ではないし、見た訳でもない。だが、確信は有った。この剣はシュユがくれた剣だと、何故か解った。このヤーナムのどこかで戦っているであろうシュユが、ピンチを救う為にこの剣を贈ってくれたと。

 だからこそ、負けられない。負ける事をほかならぬユウキ自身が許さない。背中に飛び掛かってくる子蜘蛛の攻撃をサイドステップで回避、ラピッドステップで前方に勢い良く駆ける。一瞬だけ存在する硬直時間、その時にユウキはゼロモーション・シフトを無意識に使う。ロマの身体の上空に転移したユウキは、左手を前に翳して右手に握る剣を肩の上に大きく引く。キィィィン、とジェットエンジンに似た効果音が耳に響く。

 そして、ユウキは自分の横にシュユを見る。まるで手本を見せるかの如く、ユウキの前で同じ構えを取っていた。2つの凛、という鈴の音にも似た音が重なる。行け、と言わんばかりに横顔で笑みを浮かべるシュユを見て、ユウキは剣を全力で突き出す。

 

 「ハアアアァァァァッ!!!!」

 

 片手剣系ソードスキルの中でも単発の威力は最強とも言われる【ヴォーパル・ストライク】。本来の刀身の2倍近くある紅いエフェクトがロマの身体を貫き、更に翠の光が内部から身体を破壊し、真っ白い空間を紅と翠が染めていく。既に、ロマの体力バーは消失していた。

 

 「…ありがと、シュユ」

 

 聖剣が砕けて、ポリゴンへと還っていく。恐らくはユニークウェポンの聖剣がこの一戦で壊れたのはほぼ確実に非正規な手段でこの武器を使ったからなのだろう。オリジナルの聖剣は無事なのだろうが、今この場に送られたレプリカはここで壊れる事が正常なのだろう。ユウキも、惜しいと思っていない訳ではない。だが、それではシュユに顔向け出来ない。強くなったとしてもそれが胸を張って言えないやり方なら、シュユに話せないやり方なら、意味が無いのだ。

 

 「何なんだ、あの月は…?」

 

 キリトが呟く。釣られて後ろを見れば、つい先程まで蒼く照らしていた月が禍々しい紅に染まり、世界を照らしていた。見れば見る程引き込まれ、まるで近付いてくるかの様だ。――否、実際に引き込まれているのだ。身体ではなく、2人の意識が。

 どんどんと近付いてくる月に、2人は両腕を前に翳す。狂った月光から逃れようとするかの如く、意味が在るのかも解らないままに。そのまま、彼らは『月』に呑まれた――



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50話 シュユ編 聖剣

 シュユ「今回のキャラ紹介はもう1人のメインヒロイン、シノンだな。何だかんだユウキとシノンが1番変更点が多いな、まぁヒロインっていう関係上、仕方無いのかも知れないが」


 シノン

 特典により救済。郵便局での強盗事件に巻き込まれはしたものの、銃に対するPTSDは発症していない。しかし、1度発砲した際に弾が悠の頬に掠り、傷痕が残ってしまった事に罪悪感を感じている。学校では授業態度も良く成績も優秀だが、交友関係が狭く心を許していない人とは殆ど喋らない。が、そのクールさが却って人気なのだが、悠に好意を寄せているのは皆知っているので告白はされない。
 SAOダイブ前は悠の母から手芸を学んでいた。手先が器用なので、悠にマフラーなどを贈っていたりもする。
 SAOダイブ後の殆どはシュユと行動していた。『悠』との付き合いはユウキより短いものの、『シュユ』との時間はユウキより長い。

 拘束系ヤンデレ。完全な実行には移していない。


 「ハッ、ハハハ…クソ、笑えねー」

 

 地面に突き刺さった大剣に、翠の光が宿る。その煌めきはこの死体溜まりを照らし、気持ち悪い程の血の紅を際立たせる。そんな状況で、シュユは幽鬼の様にゆらりと立ち上がって剣を構えた。

 

 「嗚呼ずっと、ずっと側に居てくれたのか。我が師、導きの月光よ…」

 

 【聖剣のルドウイーク】

 

 醜い獣は聖剣の輝きにより、かつての英雄へと変貌を遂げる。あの醜い姿から外見は変わっていないが、解る。肌で、空気で、本能で感じる。今、自分の目の前に立つのは獣などではない。かつて獣を狩り続けた、歴戦の『狩人』であると。

 突き出される聖剣をスレスレで回避。確実に躱せるコースだったが、装備の脇腹が斬り裂かれ体力が数コンマ減少する。が、怯まない。態勢を低くし、一切速度を落とす事無く駆ける。突きの状態から薙ぎ払いに移行するが、それは地面をスライディングする事で回避。立ち上がり、千景を抜くが腹部を凄まじい衝撃が突き抜け、堪らず吹き飛ばされる。

 

 「ガッ…!?――ッ!!」

 

 ダメージフィードバックによって齎される吐き気を無理矢理呑み込み、咄嗟に左に転がる。もしも、もう少し長く悶えていたのなら正確にシュユの身体を狙った突きに貫かれていただろう。

 隠れる場所も無い。シュユは千景を納刀すると、【アサルトステップ】で距離を詰め、複数ある脚の1本に斬撃を浴びせる。が、効いていない。否、効いていない様に見せているのだろう。弱点を見せれば、そこから崩されるのだから。

 嫌な予感。前方に回避、背後を聖剣が通っていく。更に聖剣から放たれた光が地面を抉り、そして揺らす。足元に溜まった粘性の高い液体――血がシュユの脚を捉え、転ばせる。そんな大きな隙をルドウイークが見逃す訳も無く、容赦ない斬撃が放たれる。ゼロモーション・シフトで少し移動したものの、それも光波の齎す余波によってシュユは吹き飛び、背中を強かに打ち付け息を詰まらせる。

 

 (クソ、好き勝手やりやがって…)

 

 【匂い袋】と闇潜みのマントを使って隠れる。しかも死体の山に無理矢理入り込むというオマケ付きだ。最後に寝転がったのはいつだろうか?最近はずっと三角座りで武器を抱き、ただ目を閉じていただけだ。ただ入ってくる情報を絞って脳を少し休めるだけ、仮想脳自体や蓄積された疲労が解消される事は無い。むしろ、少し意識が残っている分疲労が増しているまである。そんな極限の疲労状態だからだろうか、瞬きをする度に瞼は重くなり、5回程瞬きをひた時には、既にシュユの意識は現実(ここ)ではない場所に旅立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――見えるのは、笑顔。この世界(SAO)で腐る程見てきた狂った笑顔ではなく、心からの笑顔。今の自分にとって眩しいソレは他の誰でもない、自分に向けられていた。紺色に近い黒髪と、灰色が入った茶髪、見紛う訳がない。ユウキ(木綿季)シノン(詩乃)だ。

 今のシュユ()は寝転がっている。横に伸ばした腕の上には木綿季と詩乃の頭が乗っている。所謂腕枕、というヤツだ。2人の顔には微笑みが浮かべられ、見ていると自然に悠の口角も上がっていく。とても、とても幸せなものだ。

 

 「ねぇ、悠」

 「…どうした?」

 「流石に解ってるわよね?『ここ』が夢だってこと」

 「…流石に、な。解ってるさ」

 

 当然だろう。先程まで自分は吐き気を催す程に血の匂いがこびり付いた死体溜まりで戦っていたのだ。少なくとも、今の様に綺麗な花の香りなど嗅げる訳が無い。

 

 「うん、『ここ』は夢。頑張って、頑張って、頑張り過ぎて、死にそうになってる悠の脳が見せてる白昼夢みたいなものだよ」

 「死ぬ程頑張った、か。それもそうか。マトモに寝もせず、ずっと戦ってたんだからな。…そろそろ、休みたいな」

 「ダメだよ。今休んだら、悠は死んじゃう。もし休んだら、少なくとも数日は目が覚めない。そんなに時間は稼げない事、解らない悠じゃないでしょ?」

 「ハッ、ハハ…解らないオレなら、どれだけ良かったかな…」

 

 幾ら隠蔽率(ハイディング・レート)を上げて死体の山の中に埋もれたとしても、10分も時間を稼げれば良い方だ。しかもこのヤーナムに属するエネミーは異様に発見率が高い。ボスとなれば尚更という事は、既にガスコインとの戦いで学んでいる。

 

 「だから、戦わないと」

 「…もう、疲れたよ」

 「じゃあ死ぬ気なの?私達との約束を破って」

 「約、束…」

 「言ったよね?ボク達は悠が死んだら後を追うって」

 「そしてあなたは約束したわ。また3人で笑い合う為にってね」

 

 悠は目を閉じていた。ゆっくりと瞼を開ければ、腕枕を止めた2人がじっと悠の顔を凝視していた。『シュユ』は帽子を被り直し、いつの間にか握っていた大鎌を構える。

 

 「約束、約束か…そうだな。なぁ、2人とも」

 「どうかしたの?」

 「オレが約束を破った事、今まで有ったか?」

 「無いよ。1回も、破られた事は無い」

 「そうか。…ありがとう、2人とも」

 「「…うん、頑張って(ね)」」

 

 そこは揃える所だろ、そう苦笑しながら『シュユ』は大鎌を振り抜く。夢は硝子の様に罅割れ、甲高い音を立ててシュユを現実に引き戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルドウイークは聖剣を地面に突き立て、目を閉じていた。シュユを捜す事は無く、ただずっとそこに立っていた。まるでシュユが再起する事を信じているかの様に、静かに立っていた。どれだけ経ったか、誰にも判らない。だが、ゆっくりとルドウイークは目を開ける。その視線の先には、血塗れで刀を携えるシュユが居た。

 

 「――死ぬ気でやる。死ぬ気は無いが、死ぬ気でアンタを狩る。…行くぞ」

 

 死体の山を蹴って駆け出すシュユに向け、ルドウイークは無造作に、しかし渾身の力で聖剣を突き出す。シュユはそれを跳躍し、()()()()()()()()()()()()。ルドウイークは表情を変える事は無いが、確かに息を呑んだ。それはただ、無謀としか言えないシュユの選択に畏れを感じたのだ。

 今の選択、ルドウイークの賭け金が多少のダメージだったとするのなら、シュユの賭け金は自分の足と大量のダメージだ。ちょっとでも高く跳べばルドウイークの斬り上げでシュユは縦に真っ二つ、低かったのなら足を斬り飛ばされて移動が出来なくなり、殺される。明らかに釣り合っていない。

 

 「血に酔うのが狩人なんだろ?なら、とことん血に酔って狂ってやるッ!!」

 

 補正が掛かったAGIにより、シュユは剣の上を凄まじい速度で走る。剣が纏う光が足裏を焦がす感覚がするが、そんなものは気にしない。どうせ、意味は無いのだから。

 剣を持つルドウイークの腕に到達するが、シュユは止まらない。更に駆け上がり、顔に到達する直前で千景を納刀、次にアイテムストレージから大きな布を取り出し、ルドウイークの鼻っ柱に引っ掛ける。覆い被さった布はルドウイークの視界を遮り、ルドウイークにとって予想外だったその動きは一瞬の硬直と混乱を引き起こす。シュユはルドウイークの後ろに降り立つと闇潜みのマントを装備、そして準備を始める。

 千景を抜刀、そしてもう1度納刀する。勢い良く減っていく体力バーを尻目に、抜刀すればシュユの血を刀が纏い、禍々しい紅に染まっていた。そして、シュユはその刀を――

 

 「――グッ…!!」

 

 ()()()()()()()()()()()。安全圏ではないこの場所でそんな事をすれば体力は凄まじい勢いで減っていく。だが、これで良い。むしろこうでなければならないのだ。

 突然だが、SAOに於いて最強のソードスキルは何だろうか。片手剣のヴォーパル・ストライク?槍のハイジャンプ?両手剣のアバランシュ?はたまた、細剣のフラッシング・ペネトレイター?確かにどれも強力だ。ヴォーパル・ストライクは片手剣の中でも屈指の射程と威力を誇り、ハイジャンプは当てるのが難しいとは言え、当てさえすれば凄まじい威力を見せてくれる。アバランシュも妨害されやすいとは言え、充分な威力と速度を持っているし、フラッシング・ペネトレイターに関しては助走距離さえ有れば理論上無限の威力を秘めている。だが、どれも最強ではない。

 確かにプレイヤーの技量によって最強は変わる。だが、【カタナ】カテゴリーの中には凄まじいソードスキルが存在する。射程も有り、溜めは短く、発動も速い。そして勿論威力も絶大だ。だが、何故誰も使わないのか?そもそも知名度が低いのは何故か?それはとても簡単な話、使()()()()()()使()()()()()()だ。

 このSAOはデスゲームだ。だからこそ、そのソードスキルは使えない。誤解の無い様に言っておくが、決して自爆技ではない。ただ、使用には危険が伴う。それだけの話だ。

 そのソードスキルのトリガーとなるアクションは『カタナカテゴリーの武器で自分の身体を突き刺す事』であり、使用には危険を伴う。当然、体力は減るからだ。全ソードスキルの中で唯一、自傷行為を含めたソードスキル。諸刃の剣、【最凶】とも名高いそのソードスキルの名は――

 

 「無常…紅吹雪ィィィィィィ!!!!」

 

 【無常紅吹雪(むじょうべにふぶき)】、それがそのソードスキルの名だ。シュユの血を纏った刃は飛び、ルドウイークの身体を斬り裂く。だが、まだ終わらない。だからシュユはもう1度千景を振り抜いた。【無常紅吹雪】ではなく、純粋な千景の能力である血の刃がルドウイークに飛来し、その胴体をぶった斬った!!

 ルドウイークの体力バーは消し飛び、巨体が崩れ落ちる。と同時にシュユも崩れ落ち、膝をつく。視界の端の体力バーの残りはたったの1。これが使われない理由だ。ボスエネミーの体力を半分以上消し飛ばす威力と近付かなくても当てられる長射程、その代わりに使用後は体力が1になる。こんなもの、死んだら終わりのデスゲームで使おうなどと思えないだろう。

 

 「…不味い…」

 

 ハイポーションを2本飲み干すとシュユは少し歩き、階段に腰掛ける。その下にはルドウイークの生首が落ちていた。本来は全て消える筈のボスエネミーの身体の一部が落ちている。となれば、何かイベントが有るのは必然。そう思っていたからか、その生首が喋ってもシュユは驚かなかった。

 

 「…問おう、未熟なる狩人よ。貴公は、導きの光を見たか?」

 「導きの光?…あぁ、見てるよ。いつでもオレを導いてくれる、2つの光をな」

 「2つだと?それは違う。導きの光は月光、たった1つの――」

 「五月蝿い。…もう、眠れ」

 

 シュユは【ルドウイークの聖剣】を放り投げる。投げられた剣は回転し、重力に従って落ちる。その切っ先の先に有るのはルドウイークの生首。貫かれたルドウイークは何も言わず、塵となって消えていった。それと同時に、シュユの目の前にメッセージウィンドウが現れる。

 

 『YOU GET THE UNIQUE WEAPON 【THE MOONLIGHT HOLYBLADE(月光の聖剣)】』

 

 システム上の演出か、勝手にシュユの右手に収まった聖剣に対し、シュユは言った。

 

 「…オレに聖剣なんざ不釣り合いだ。居る筈だろ、もっと良いヤツが。英雄になれる、お前を使うのに相応しいヤツが。…どうかソイツの所に、行ってくれ」

 

 一瞬の静寂、その後に不服そうに1度強く光を放つと、どこかへ聖剣はワープしていた。シュユは立ち上がり、【灯り】を灯すとルドウイークに引っ掛けた布を敷き、上に座る。品質が良い訳ではない安物なので、畳んだ上に座っても大して座り心地は良くない。だが、今のシュユにそんな事は関係ない。胡座で座ると、目を閉じて真っ暗な眠りへと落ちていく。夢すら見ない程、深い眠りに。その中で、聖剣を使う少女の姿を見た気がした。



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51話 シノン編 氷雪の廃城

 ユウキ「今回のキャラ紹介は皆大好き、自称頼れる兄貴分のクラインだよ!…え?シュユはどうしたのかって?…勘の良い読者さんは嫌いだよ」


 クライン

 人情深く、肝心な時はかなり頼りになる兄貴分という点は原作と変わっていない。原作と比べると不安定な本作のキリトの事を非常に気に掛けており、良く様子見がてらにキリトを遊びや食事に連れ出している。
 シュユとも面識が有る。初対面はクリスマスイベントの時で、それ以来頻繁とはいかないが同じカタナ使いという事で付き合いを深めていたりする。因みに、シノンとユウキがシュユを好いている事は知っているが、当のシュユが2人の好意の捉え方を間違っている事に気付いている人物でもある。それから、ユウキとシノンに協力していたりする。


 ガタゴトと揺れる馬車の中、外から吹いてくる冷たい空気に目を覚まされる。見れば、目の前の扉は完全に開け放たれ、そこから入ってきた雪と冷えた空気がモロに自分に当たっているではないか。若干苛つきながら足元を確認し、ゆっくりと外へと出る。

 

 「大きい城ね…最悪」

 

 今のシノンにメインウェポンは無い。ダガーはあくまでサブであり、道中を乗り切れる性能も耐久も無い。手に入れた【小アメンの腕】という武器は特殊な武器で、どちらかと言えば重量級に分類される武器なのでシノンが扱うには不安が残る。

 

 「…やるしか無いのよね」

 

 小アメンの腕を肩に担ぎ、城門へと向かう。手を触れる前にまるでシノンを迎え入れる様に扉はゆっくりと開き、人が1人入れる程度の隙間を開ける。完全に開かないのはどこかが凍結しているからなのだろうか?まぁ、時間の無駄と言えばそれまでなのだが。

 恐らく雪が降っていなければ緑豊かだったであろう庭へと出る。そこにはシノンよりも大きいノミが何匹も闊歩していた。腹に溜まっている赤い液体が何なのか、想像には難くない。そして自分が吸われればどうなるか、解らないシノンではなかった。目も鼻も大して良くないのか、【隠蔽】と【気配遮断】を併用すれば簡単にすり抜けられた。演技をする様な知性が有るとは思えないので、気付かれてはいないのだろう。

 城へ入る門を開けると、後ろからノミが飛び掛かってくる。それを最低限のサイドステップで避けると、小アメンの腕を振り下ろす。先端の鉤爪が生きているかの様にのたうち、叩き付けの後に追撃を加え、ノミの血液を撒き散らす。もう1度小アメンの腕を叩き付けると、ノミはポリゴンとなって消え去った。やはり使いにくい、そう思いながら担ぎ直して城内に侵入する。

 室内は暗く、そして寂れていた。庭には手入れされた跡がなく、こんな立派な城の入り口も荒れ果てていたのだからそれも当然か。

 ひたすら柱を磨く召使いの姿をしたエネミーを叩き潰す。耐久はあまり無いのか、その一撃だけで血とポリゴンを散らして消え去った。他にも召使いは居るのだが、近付いても襲い掛かる素振りを見せない為、階段へと進む。

 

 「それにしても寒いわね…これじゃ――ッ!?」

 

 たった一瞬気を抜いた途端、シノンの左後ろからナイフが振り下ろされる。咄嗟に階段を転がって回避、全身を包む様な不快なフィードバックを無視し、襲い掛かってきた敵を見やる。フードを目深に被り、祈る様に組んだ手にはナイフが握られている。シノンは体勢を低くして突進、【穿牙】を当てる。吹き飛ぶ間もなく体力バーは消し飛び、全く声を上げずに消え去る。ダメージは本当に極僅か、にも関わらずシノンは膝をつく。余りにも寒過ぎるからだ。

 SAOは仮想世界だ。だがナーヴギアは脳にアクセスし、触感や音、映像や匂いを本当の現実の様に伝える。それがSAOの最大の特徴であり醍醐味だが、デスゲームになれば話は別だ。しかもヤーナムの様に血がダイレクトに描写される場所ならもっと酷い事になる。敵を倒す度に生温かい液体が身体を濡らし、鉄臭い臭いが鼻腔を突き刺す。そして何より、今感じている肌を突き刺す様な寒さは確実にシノンの精神力を削り、身体の熱を冷ましていく。以前シュユが実践した仮想脳が感じるアバターの疲労を精神力で捻じ伏せて何十キロも走破した様に、感覚を強靭な精神力で捻じ伏せる事も出来ない事ではない。が、生半可な事では無い。何度も言うが仮想とは言え現実なのだ、現実を思い込みで変えるなど正気の沙汰ではない。

 そして、【狩人の悪夢】の突破で疲れ切ったシノンにはこの寒さに打ち克つ事は難しかった。倒れ伏して気絶したら最後、女性型のエネミーに殺される。そうは思うものの、瞬きの度に重くなっていく瞼と薄れゆく意識には抗い難く、ゆっくりとその瞼を閉じた…

 

 「あの悪夢を突破したシノンと言えど、疲労には勝てないか?…それも仕方が無い、か。少しの間なら任せておけ、露払い程度なら変わってやれなくもないさ」

 

 ヒュンッ、という風切り音が連続して聞こえる。だが、閉じられた瞼を完全に開ける事は叶わず、音でしか状況を判断出来ない。だが、その中でシノンは現れた人物の名を呟いた。

 

 「シ、モン……?」



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52話 ユウキ編 狩人

 シノン「今回のキャラ紹介はエギルよ。…て言うか、エギルが居なきゃキリトは死んでるのよね。中々、どころかかなり重要な人物だと思うわ。ALO編だって――」
 作者『ストップ!!多分皆分かってるけど、一応それネタバレだからね』
 シノン「はいはい、悪かったわね。じゃ、キャラ紹介をどうぞ」




 エギル

 店を営むナイスガイ。その店を知る皆曰く、阿漕な商売らしい。が、物を買うにしても売るにしても価格は適切かつどちらも最大限の得を出来る様に設定されており、本人の人柄も有って信頼する者は多い。
 よくシュユ達3人がレベリングで溢れる程所持しているアイテムを買い取り、他の需要があるプレイヤーに売っている為何だかんだ懐は潤っている。3人は上客らしい。
 シュユの好意の受け取り方が間違っている事に気付いている1人。シュユがユウキかシノンのどちらかと2人きりで行ける様に依頼したり、ユウキとシノンにアタックの方法を教えたり、シュユに恋愛の何たるかを説いたりして最大限の援護をしている。故に、ユウキとシノンからは師匠的な敬意を向けられていたりいなかったりする。


 月の光の先に、何かが見える。オドン教会と似て非なる建物、狂った狩人、血に沈んだ道、そしてそこで独り戦う、孤独な誰か。その後ろ姿だけで誰なのか、ユウキには直ぐに判った。名を呼び、手を伸ばそうとする。だが、彼は先へと進み、ユウキの視界は白く染まって彼の姿を覆い隠した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――良い夢は見れたかい、ユウキ?」

 「…鴉の人…」

 「クク、鴉の人かい。確かに的を射てる呼び方だねぇ。…それにしても、だ。こんな所で寝るのはオススメはしたくないね。寝るんならもっと安全な場所にしな。あたしが居なかったら死んじまうかも知れなかったんだ」

 

 周りを見回せば、確かに血飛沫が床にこびり付き、死体も転がっていた。ユウキが寝ていたであろう水盆には薄く、ゴワゴワした毛布が敷かれており、誰かが自分を気遣ってくれた事は直ぐに理解できた。

 

 「この毛布は…」

 「それはアンタと一緒に居た黒ずくめが掛けてやったヤツさね。あたしにここを守らせて、あの黒ずくめは先に進んでったよ。ユウキは俺より疲れてるだろうから、ってね」

 「ッ…シュユとおんなじ、馬鹿じゃん…」

 

 決してキリトもシュユも頭は悪くない。だが、他人の為に自分を使い潰せる、そんな面で言えば2人は似た者同士のだろう。聖剣とゼロモーション・シフトの過負荷により身動きが一時的とは言え全く出来なくなったユウキに戦わせるなど、キリトもシュユも絶対にさせない筈だ。それを言うならキリトも同じ筈だが、そんな事は底無しのお人好しの彼には関係ない。キリトはただ誰かの為に進む、狂気染みた自己犠牲に身を任せて。

 ユウキは毛布をアイテムストレージに収納すると立ち上がる。少し足元がふらつき、嘔吐感がこみ上げてくるが戦えない訳ではない。剣を実体化させると、その時狩人が言葉を放つ。

 

 「気を付けな、アンタは血に魅入られやすそうだからね」

 「血に、魅入られる?」

 「そうさ。血に酔って血に依って、血に寄っていく事が全ての『ヒト』とは言えない存在(モノ)に成り下がるヤツも居るのさ。そうなったらもう終わりさ、あたしが狩らなきゃいけなくなっちまう。この年寄りの老体を労ると思って、仕事は増やさないでくれると有り難いねぇ」

 「…ボクは死ぬ訳にはいかない。シュユに会うまで、会っても死ぬ気は無いけど、絶対に死ねない」

 「良い返事だ。アンタとは正反対だったけど、昔居た狩人を思い出すねぇ…月の香りを漂わせた、あの狩人を」

 「月の香り?」

 「――っと、ちょっと話過ぎたね。全く、年を取ると話が長くなって嫌だね。それじゃ、せいぜい頑張るんだよ、ユウキ」

 

 鴉羽の装束を翻し、狩人は去っていく。彼女が居た場所にはちょっとした血溜まりが出来ていたが、薄暗くコンデションが悪いユウキにはソレが見えていなかった。

 ユウキはふらつく足を剣を杖代わりに使う事で前に進ませる。彼女はたった一言、呟いた。 

 

 「――言われなくても」




 今回は短いです。
 そう言えば、沢城みゆきさんがご妊娠なさり声優業を少し休業されるらしいですね。おめでとうございます!


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53話 シュユ編 発狂

 シュユ「今回の紹介はシリカだな。つっても、この作品じゃまだチラッとしか出てないから、あんまり実感は沸かないな。ま、このコーナーは作者の考えた設定を垂れ流してるコーナーだから、何でも良いか」


 シリカ

 あまり変更点は無い。使用武器は短剣だが原作でキリトに貰った物ではなく、カーヌスから贈られた可変武器を使っている。ピナはシュユにも懐いている。カーヌスが死んだ事を知らないまま、今は攻略組に入れる様に無理のないレベリングに勤しんでいる。


 夢も見ないまま目が覚める。周囲を見回しても景色に代わり映えは無く、代わりに咽返る様な血の匂いが鼻の奥に突き刺さる。現実世界では嗅ぐことの無いであろう濃厚な血の匂いを(くさ)いと感じなくなっていた自分に、正に化け物ではないかとシュユは苦笑する。

 シュユが装備している物は鎧ではなく服だ。装備は血でグショグショに濡れており、じっとりと湿っていて重い。脚を動かす度にぬちゃり、と粘着質な音を立て、周囲の環境も相まって不快感を募らせるには充分だった。

 立ち上がると、後ろに少しふらついた。頭を振ってスイッチを切り替えると、前を見る。コンデションは最悪の一歩手前、と言った所か。最悪でないだけマシだ、そう割り切ってシュユは進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハッ、ハッ…クソ、面倒なエネミー配置しやがって…」

 

 シュユの足元には人型のエネミーが2体、血を流して転がっていた。1体は首を刈り取られ、もう1体は上半身と下半身が斬り離されてされていた。シュユは広がり続ける血溜まりに膝をつき、荒い呼吸を吐き出している。

 ゼロモーション・シフトこそ使ってはいないが、良く分からない遠距離攻撃持ちと近接武器持ちの組み合わせは倒せない訳ではないが、非常に厄介だった。葬送の刃のバフが無ければもっと苦戦した、或いは死んでいたかも知れない。

 前に進むと巨大な祭壇が有る。上から鎖で繋がれている所を見ると、エレベーターになっているらしい。が、生憎シュユは鍵になる物は所持していない。また引き返す事になるのか、シュユは辟易した。その瞬間、目の前にナニカが落ちてくる。反応する間もなく、腹部を殴られ意識を手放してしまう。せめてもの抵抗に、襲撃者が纏うマントを引き裂いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び目を覚ました時、目に映ったのは巨大な螺旋階段だった。青みがかった液体が薄く広がり、その中に脳が肥大化した様なモノが何かを捜す様に手を右往左往させていた。

 シュユは殴られたからかフィードバックが続いている腹部を押さえ、何かを捜すモノへと近付く。流石に液体の中を歩く気にはなれず、普通に床を歩いて向かった。

 

 「なぁ…なぁ…助けてくれよ。俺の目が…俺の目を、捜してくれよ…」

 

 音を聞き付けたのか、そう話し掛けてくる。シュユはボロ布を実体化させると青みがかった液体に浸す。ジュッ、と音を立てて少しずつではあるがボロ布は短くなっていく。少なくとも人体に害は有るだろう。そんな液体の中に落としたであろう眼球が残っているとは考えにくい。シュユはアイテムストレージに仕舞っていた葬送の刃を取り出し、大鎌形態に変形させると一息にその大鎌を横一閃に振り抜いた。

 

 「えっ…あ、なん、で…」

 「………嗚呼」

 

 きっと眼は見つからなかった。だから殺して、救った。その筈だ。その中に快感など一欠片も有りはしない。だがシュユの口角は吊り上がったまま、下りる事は無かった。身体の奥底から突き上げてくる様な快感が脳髄を刺激する。抑えられない、今なら何だって出来る、そんな全能感に浮かされる。

 

 「フッ、クヒッ、ヒャハハはハハはハははハ!!!!!」

 

 大鎌を握り、走り出す。螺旋階段の途中には先程葬ったモノと同じ様な姿をしたエネミー(獲物)が居た。有るか判らない眼でシュユを視認すると、叫び声を上げて殴り掛かってくる。シュユは更に笑みを浮かべ、狂笑と共に大鎌を振り回す。

 

 「死ね!殺す!オレが喰ってやる!だから死ね、早くシネよォォォォ!!!ケヒャハハハハハはハはハハハは!!」

 

 階段から血が滴る。死体が転がり、返り血が自身を濡らしていく度に正気が削れていくのを感じる。が、鎌を振るうのは止めない。笑い声に釣られたエネミーを狩り、更に笑みを深めていく。

 シュユは大きな扉を見付けた。恐らくは先に進む為の扉なのだろうが、その扉に階段が繋がっていない。故に、どこかでギミックを作動させなければならないのだろう。が、今のシュユはマトモではない。シュユはアイテムストレージに入っているレアリティが低い剣を投擲、螺旋階段の中心にある柱に突き刺すと刺さった剣目掛けて跳ぶ。剣の上に着地したシュユは踏み込んだ衝撃で剣が折れる程の踏み込みでもう1度跳び、先に進むドアを飛び蹴りで半ば破壊する様に開ける。

 そこは庭園だった。見慣れない花が咲き乱れ、中心には現代芸術の様な、少なくともシュユには理解ができない造形の柱が立っている。普段のシュユなら警戒しながら進むが、今は違う。花を踏み荒らす様に進む。まるで敵が出ても構わないと言わんばかり――否、むしろ出てこいと思っていた。

 

 「アハァ…♪」

 

 現れたのは青い人型エネミー。ゲル状の身体に自分より大きな身体、目に光は無く理性が有る様には思えない。大きな歩幅で着実に迫ってくるエネミーを視認したシュユは醜く笑って恍惚の吐息を漏らす。

 次の瞬間、エネミーは吹き飛んで柱に叩き付けられた。シュユが【アサルトステップ】で加速、エネミーが反応する前に【穿鬼】を当てたのだ。千景を納刀、抜刀して斬り刻む。が、途中でポリゴンとなって消えてしまう。もう死んだのか、そう嘆息するシュユの頭上から拳が振り下ろされる。咄嗟に反応したシュユは回避し、殴ってきたモノを見やる。そこには先程殺した筈のエネミーが殴り終えた姿勢をキープしており、その背後には同じ様な造形のエネミーが2体。更に柱に叩き付けた筈のエネミーが復活していた。

 

 【失敗作たち】

 

 幾らか体力バーは減っているが、それも全体からすれば少量でしかない。だが、シュユは怖気づかない。むしろ好都合と笑ってみせた。

 

 「そんなに死にてェのかァ…?でもオレは無抵抗なマグロは嫌いなんだよ。抗え、そして――」

 

 シュユはゼロモーション・シフトを使用、大鎌を振りかぶる状態で言った。

 

 「――オレに、殺されろ!!!ヒャハハハハハハハハハ!!!」

 

 凛、と鈴の音が鳴る。その瞬間に大鎌を振り抜くと寒天か何かを斬った様な感覚と共に刃が失敗作の1つを斬り裂く。だが、構わず殴り掛かってくる失敗作に見切りをつけてシュユは千景を納刀しながら他の失敗作へと向かう。抜刀からの斬撃はシュユの血液と刃が失敗作を斬り刻み、瞬く間に体力バーを削っていく。

 だが、いつもの様な精密かつ繊細な使い方ではない。カタナに分類される武器は刃を立て、しっかりと斬らなければ威力に補正が掛からないどころか耐久力の減衰に補正が入り、ただでさえ壊れやすい武器種だと言うのにもっと壊れやすくなってしまう。それでも壊れないのは打った鍛冶士の腕と血液で無理矢理補強しているからなのだろう。

 

 「グァッ…!!」

 

 背中に当たったのは鈍い拳ではなく、失敗作の内1体が放った光線だ。()()()()()()()に耐えながらもシュユは振り向く。そこには手を上げて空を仰ぐ失敗作の1体が。RPGに良くある魔法的なものか、そう結論付けるとシュユはアサルトステップを使用、その後にソニックリープを発動。持ち替えた葬送の刃に胴体の中心をブチ抜かれた失敗作はポリゴンになって弾け、そして直ぐに復活する。

 あと全体の体力は僅か、ならば畳み掛けるしか無いとシュユは斬り続ける。が、何かがおかしい。その違和感に気付いた時、シュユの側頭部を凄まじい衝撃と痛みが襲う。舌打ちをしながら後方へ下がると、先程まで自分が居た場所に立て続けに隕石が降ってきた。自分の体力バーをチラリと見やると先程の一撃だけで半分程削られていた。それでもシュユの笑みは消えない。むしろ内心ではもっとやってみせろ、などと命知らずとしか言えない様な事を思っていた。その中にユウキとシノンの事など残っておらず、ただ戦いの悦楽のみが在った。

 

 「しゃらくせぇ!!」

 

 辺りが暗闇に包まれたせいで、どこから飛んでくるか判らない隕石を見えているかの様に回避、何かと交信する様に両手を上げて動かない失敗作の1体に手刀を突き刺し、そのまま内臓を引き千切るかの如く腕を横に振り切る。【失敗作たち】の体力がゴッソリと減り、その代わりにシュユの減少していた体力がリゲインによって回復する。

 隕石を降らせる事を止めた失敗作たちはシュユに殺到する。速度はゆっくりだが、巨体が近付いてくる迫力に加えて必ず殺すという気持ちが見える(気がする)のでプレッシャーが尋常ではない。だが、シュユは逃げない。どころか()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「楽しかったぜェ…!冥土の土産に、持ってけやァァァァァ!!!」

 

 刃が血液を纏い、その進路上のモノ全てを斬り捨てる。無常紅吹雪、諸刃の刃が失敗作たち全てを薙ぎ払い、体力バーを消し飛ばす。上半身と下半身に強制的に別れを告げさせられた失敗作たちはポリゴンへと還り、シュユに多量の経験値を齎す。

 背後で扉が音を立てる。恐らくはロックが解除されて開くようになったのだろう。シュユは貴重なエクスポーションを開けて中身1本嚥下すると、瓶を投げ捨ててカタナを肩に乗せて歩き出す。首の節をボキボキと鳴らして歩く様子に、以前の様な雰囲気はもう無いも同然だった…




 失敗作たちが弱くないかって?…だって、弱いんだもん。実際、DLCボスで唯一初見クリア出来たの失敗作たちなんですよね。何周しても失敗作たちで死ぬ事が無いので、個人的に全ボス中最弱だと思ってます。


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54話 シノン編 『やつしのシモン』

 シュユ「今回の紹介はリズベットだな。まだこの作品には登場してないんだが、設定は大体固まってるから安心してくれ。…SAO主要メンバーが50話行っても全員出てないって、大丈夫なんだろうかな」


 リズベット

 しれっと【OWM】を解放している数少ない熟練鍛冶士。アスナとの親交はあるがヤーナムに入れていないので最近は会えていない上にキリトとの面識は無い。
 攻略組に入ろうとはせず、かつてSAOを揺るがしたプレイヤーメイドの剣を越えようと躍起になっている。因みに、リズベットの【OWM】はカーヌスを目指している為似通っているが、才能の問題からか尋常ではない程に使い難い。


 「んぅ…暖かい…」

 

 夢現、何気なく漏らした言葉。いつもなら反応する人は居ない。勿論だが、今も居ない。だが、決定的な違和感に気付いたシノンは跳ね起き、周囲を警戒する。

 

 「…居ない…?」

 

 自分をこのバルコニーまで運び、辺りに打ち捨てられている様な石像を柱に布を掛け、テントの様にしたモノの中に寝かせた誰かが居なかった。その中には焚き火が起こされており、しっかりと暖を取れるようになっていた。身体には厚手の布(ブランケットとは流石に言えない程ゴワゴワしている)が掛けられており、身体の下にも布が敷かれていて雪解け水で服が濡れないようになっていた。

 流石にエネミーが気絶したシノンを前にこんな事をする訳が無い。意識が途切れる前に聴こえたあの声と喋り方は間違う事は無い、シモンなのだが、ここには居なかった。

 

 「安全圏…な訳が無いわよね」

 

 少し強めに床を殴ると蜘蛛の巣状にヒビが入った。安全圏内なら紫色のウィンドウと共に【Immortal Object】の表示が出る筈なので、都合良くここが安全圏ではない事が分かる。

 立ち上がり、伸びをするとポキポキと身体の節々から音が鳴る。仮想とは言え現実、こんな所まで再現した茅場晶彦には脱帽すべきなのかどうか、良く分からない。

 武器は隣に置いてあるが、長大な腕がゴロンと転がしてある様には流石に引いた。その腕でエネミーを叩き潰したシノンが言える話ではないのだろうが。

 

 「凄いわね…皆1発で倒されてる」

 

 周囲にはエネミーの死体が散乱していた。ボスはポリゴンになって跡形も無く消え去るが、普通にポップするエネミーはそうではない。このヤーナムに限ってだが、普通のエネミーの死体は消えずに残る。その癖、どこかのモンスターを狩猟するゲームとは違って素材を剥ぎ取れる訳ではなく、血の(にお)いを発したりそこに在るだけで不快感を撒き散らすだけなのだから性質(タチ)が悪い。その全ての死体に矢が突き刺さっており、シモンが倒した事は一目瞭然だった。

 だからといって警戒を解く事はせず、シノンは着実に先へと進む。尖塔の中にある螺旋階段を昇って屋根の上に出ると、空からガーゴイルの様なエネミーが3体現れてシノンを囲む。シノンは小アメンの腕を構え、周囲を見回す。

 

 (使えそうな物は無いわね。地形もあんまり有利じゃないし…速攻で決めなきゃ、嬲り殺される!)

 

 爪を使っての薙ぎ払いを屈んで躱し、小アメンの腕を振るう。攻撃属性的には打撃に入る小アメンの腕はガーゴイルには効果抜群で、鈍い破砕音と共に身体が砕け散る。そのまま撃てを変形、鋭利な爪による追撃を加えて1体を撃破する。背後に気配を感じたシノンは振り向き様に一撃を加えようとするが予想外の速さの突進に不意を突かれ、容易く吹き飛ばされる。嘔吐感が込み上げてくるものの、出せる物はこの世界に無い。溢れた唾液を拭い、前方を見据える。

 再び突っ込んでくるガーゴイルにシノンは野球の様に小アメンの腕をフルスイングする。自らの速度と小アメンの腕の持つ運動エネルギーが合わさり、胴体のみならずガーゴイルの全身を破戒して見せた。仲間意識が有ったのか、たじろぐ様な動きを見せる最後の1体。その隙をシノンが見逃す訳も無く、ガーゴイルを正面から叩き壊した。

 

 (先に進める道は無さそうね。…屋根伝いに行くしか無いって事か)

 

 雪で滑る屋根を身長に歩き、尖塔の屋根へと落ちる。着地時、予想外に足が全て空中に身が投げ出される。シノンは変形させた小アメンの腕の爪を屋根に引っ掛け、どうにか事無きを得た。仮想の心臓がバクバクと鳴り響き、命の危機に瀕していた事を教えていた。

 更に慎重に屋根を移り、梯子を昇る。両側に柵が設置された屋根に辿り着くと、シノンは人影を見付けた。みすぼらしい格好をした人物など、シノンが思い付く人物では1人しか居ない。

 

 「――シモン」

 「…シノン、か。調子は、どうだ…?」

 「完全、とはいかないけどかなりマシよ。あなたのお陰ね。…その代わり、あなたが死にかけてるみたいだけど」

 「ハッ、違いない…な。まさか、ここまでしてやられるとは、思わなんだ…」

 

 息も絶え絶えな様子で喋るシモンの身体には無数の剣が突き刺さっていた。地面に落ちているソレを拾おうとするが霧散してしまい、手に取る事は出来なかった。実体が在るのかどうかすら判らない剣だが、突き刺されば確実に体力は減っていくだろう。その程度の事ならシモンの身体から流れ出る血液で解った。

 

 「――無駄だ。今直ぐ…輸血をしたとして、もう手遅れに、は変わらない。ただの時間稼ぎにしか…ならないなら、あんたが使った方が…数倍、は有意義だろう?」

 「でも――」

 「俺は…民衆の中に紛れ込んで、獣を捜す狩人だった」

 

 最後の力を振り絞る様にシモンは流暢に話し始めた。

 

 「だからこんな格好をしてるのさ…こんな、みすぼらしい格好をな。何度も殺したよ。狂えたらどれだけ良かったか…。シノン、気を付けろ。あんたの近くに居る狩人はここよりも醜い悪夢に魅入られた。戻れるかは誰にも解らない」

 「それってシュユの事よね!?どうして――」

 「知りたいなら、この世界の遺子を殺せ。この世界を創り出しているのはヤツだ。上位者の遺子を、狩れ」

 

 シモンは自分が握っている剣をシノンに差し出した。幅広の刃の剣には返り血が付着していて、激戦を乗り越えてきた事が分かる。

 

 「持っていけ。その(武器)じゃ、戦えないだろう」

 「…ありがとう」

 「嗚呼…これで、終わる。報われ、る。俺の…終わらない、狩りも…血生、臭い獣狩りの…夜も。これで、終わっ――」

 

 言い終わる前にシモンの身体はポリゴンへと還り、その姿を散らす。シモンが居た証明は雪に付着した血液と今シノンが握る剣だけになった。シノンは小アメンの腕を装備から外し、受け取った【シモンの弓剣】を装備して歩き出す。

 

 「何だかんだ、あなたには世話になったわね。…連れて行くわ、あなたの意志をこの剣と一緒にね」



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55話 ユウキ編 『狩人狩りの狩人』

 シュユ「さて、SAO編のキャラは粗方説明を終えた事だし、次回からは前回のあらすじに戻るぞ。で、今回はアンケートって感じだな。端的に言えばゲーム独自のキャラを出すかどうかって事。ストレアとかレインとか、プレミアとかその辺だな。活動報告にアンケートを書いておくから、返信を送って貰えると助かる」


 「…行かなきゃ」

 

 何かを感じる。その感覚は形容し難く、説明しろと言われてもユウキには出来ないだろう。だが、これだけは解る。自分はある場所に行かねばならない、と。

 

 「…ユウキ?」

 「ごめんね、キリト、アスナ、団長。ボク…行かなきゃ」

 「行くって、どこに行くの?」

 「呼んでるんだ、誰かがボクを」

 「それなら護衛を連れて行くと良い。このフィールドは危険だからね」

 「ううん、ダメなんだ。これは、ボク1人で行かなきゃならない。…そんな気がする」

 

 当然、同じギルドであるアスナとヒースクリフは心配する。この【隠し街ヤハグル】に遅れて到着した血盟騎士団はユウキとキリトを休ませながら先に進んでいた。そんな時、ユウキがどこかへ行こうとしているのだ。止めない訳が無い。

 

 「…ユウキ、それは本当に大丈夫なのか?俺は君が死んだらシュユに――」

 「――ボクは死なないよ。まだ、シュユとやりたい事が有るからね」

 「…そうか、なら行っておいで」

 「ありがと、キリト!」

 

 ユウキは踵を返して走り出す。その後ろでアスナがキリトを問い詰める声がするが、ユウキは振り返らない。脚が勝手に動く。まるで誰かがユウキを導く様に、迷う事無く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうしてユウキを行かせたんですか!?このヤーナムが危険だって事はあなたも身に滲みて解っている筈でしょう!?」

 「…後悔はして欲しくない。ユウキは勿論、あんたにもだ。ユウキを無理矢理止めたとして、彼女が止まる訳が無いのは解りきってるだろ?それであんたが傷付くのは嫌だったからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  到着したのは大聖堂だ。かつて【教区長エミーリア】を討伐した場所、そこに恐らくユウキを導いたモノがユウキを待ち侘びていた。鴉の羽根を使ったマントにペストマスクの様な仮面、そんな特徴的な格好をした人物など、ユウキは1人しか知らない。

 

 「――鴉の人…」

 「――何だイ…こんな場所まで、走ってきテ…ったく、ご苦労な事だヨ…」

 「呼ばれた気がしたから。鴉の人がボクをここに呼んだ様な木がしたから、ボクはここに来たんだよ」

 「そりゃあ良かっタ…でもねェ、早く逃げナ。もう――」

 

 鴉羽の狩人は懐から自らの武器を取り出しながら疾駆、ユウキに肉薄すると同時に言った。

 

 「――耐えられそうに、無イ」

 「ッ!!!」

 

 シャキン!という金属音が耳の横を通り抜けると共に頬に紅い線が刻まれる。感じる不快感(ダメージフィードバック)は鴉羽の狩人が敵対した事の何よりの証だ。

 ユウキはバックステップで距離を取って剣を構えようとするが、相手はそれを許さない。小刻みなステップで距離を詰めた彼女は再び金属音を響かせてユウキへと襲い掛かる。ユウキは体勢を崩しながらも剣を振り、相手が振った剣をパリィする。ここから距離を詰めるにはゼロモーション・シフトが必須だ。今のユウキのコンディションでは連発は避けたい所であり、今は体勢を立て直して反撃の状態を作る事に専念した。

 またしてもステップで突進を仕掛ける鴉羽の狩人に、ユウキはカウンターに突きを置く様に放つ。が、その瞬間に鴉羽の狩人は勢いをそのままにサイドステップ、吸い付く様に斬撃を放つ。釣られた事に相手が仕掛けてくる半瞬前に気付いたユウキは突きを途中で無理矢理止め、更に【ラピッドダッシュ】で後ろに下がる。

 守っていては負ける、そう確信したユウキは【アサルトステップ】で鴉羽の狩人に肉薄、剣を袈裟掛けに振るう。それを斜め前方へのステップで躱した鴉羽の狩人は反撃を加えようとするが、何かを感じたのか上へと跳び上がる。だが何も無い。ユウキは剣を引き摺って火花を散らしながら突っ込んでいく。耳障りな音が近付いてくる中、鴉羽の狩人は逆袈裟に振り上げられる剣を踏み付ける事で攻撃の出始めを潰して見せた。

 

 「計算通り…だよ!」

 

 ユウキは剣を手放し、地面に小さな壺を叩き付ける。巨大な炎が上がるが、ただそれだけ――な訳が無かった。

 

 「……マズ――」

 

 地面に道の様に引かれた油を伝い、炎が燃え上がった。鴉羽の狩人の纏うマントは地面に付く程丈が長い。つまり、羽の先端はたっぷりと油を含んでいるのだ。そんな、ただでさえ燃えやすい羽に油が染み込んだ状態で炎に触れればどうなるか、そんな結果は見ずとも解る。火達磨だ。

 本来、ユウキは戦闘中に道具を使える程器用ではない。シュユやシノンの様な1つの物事を実行しながら他の事を考えるという真似は出来ない。その代わり、1つの物事に専念すれば最高のクオリティを誇る。

 今だってそうだ。元より剣戟で勝負するのは後だと決めていた。防戦一方を演じていたのは相手の攻勢を続けさせて視野を狭くする為と周囲の地形を確認する為。突進の際にわざわざ剣を引き摺ったのは、地面に擦らせた剣が放つ金属音で左手に持って地面に注いでいる油の音を誤魔化す為だ。現に読みは当たって賭けに勝ち、鴉羽の狩人は火達磨になっている。

 悶える鴉羽の狩人に敢えて近付き、【格闘】スキルで少量のダメージを与えつつ手放した剣を回収する。未だ燃え続ける鴉羽の狩人を見た瞬間、目の前に銀色の光が差し込まれた。

 

 「――あっぶないなぁもう!」

 「……………疾ッ!!」

 

 再びの金属音。左手に仕込んである篭手で相手の剣を弾くが、その瞬間にユウキは違和感に襲われる。

 

 (あれ…?あの人の剣、()()()()()()()()()()?)

 

 その直後、腹部に走る不快感。視界を下にズラせばユウキの腹部には剣が突き刺さっていた。勢い良く減っていく体力バーに目もくれずユウキは相手の身体を蹴り飛ばして自ら後ろに跳ぶ。鴉羽の狩人は追撃こそ仕掛けてこないが、相手が携える武器が厄介だという事実は嫌でも理解できた。

 通常SAOには存在しない二刀一対の武器、リーチの一刀流にラッシュの二刀流。半端な腕前ならむしろ弱くなる戦法だが、相手の腕前が凄まじい事は分かりきっている。この悪夢の都で狩りを続けられているのだから。

 X字状に斬撃を放ちながら接近してくる相手にホリゾンタルを合わせつつソニックリープで距離を詰める。それも読まれていたのかバックステップで下がられるが、ユウキはゼロモーション・シフトを使用してバーチカルを放つ。単発の縦斬りはクロスさせた相手の武器に阻まれ、打ち上げられる様に弾かれる。その勢いを利用して跳び上がり、【ライトニング・フォール】を使う。逆手に持った剣が真下の地面に突き立てられ、スパークが飛び散る。身体を少し反らして苦悶の声を漏らす狩人だが、それだけだ。構わずに斬り掛かる狩人の剣を受け止めるが、カチャリという音をユウキの耳が拾う。微かな音、その後に響いた轟音はユウキの身体を穿った。

 

 「ッ、グッ…!!」

 

 狩人の左手に握られていたのは短銃だった。ゲームではポピュラーな武器である銃、しかしSAOには存在しない筈だった。故に反応が遅れた。いや、気付いていても反応は難しかっただろう。

 

 (…ちょっと、不味いかもね)

 

 感情が読めないペストマスクの奥の瞳が、細まった気がした。



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56話 シュユ編 『時計塔のマリア』

 キリト「かなり久し振りだな、前回のあらすじのコーナー」
 アスナ「そうだね。10話…までは行かないけど、それでも結構長くキャラ紹介してたよね」
 キリト「あ、そうだったな。っと、前回はシノン編だったな。良い武器を入手して、先に進んだ所で終わったらしい」
 アスナ「あと、シモンさんが死んじゃったよね…凄く強そうだったのに。シノのんを助けてくれたかも知れないって考えると、ちょっと残念かも」
 キリト「いや、結構助けてたと思うけどな。…っと、そろそろ字数が多くなってきたな。じゃあ皆さん――」
 アスナ「――お楽しみに!」
 キリト「あ!俺の台詞ーーー!!!」


 「――あ?死体だけか?」

 

 大きな両開きの扉から中に入ったシュユは拍子抜けと言わんばかりに溜め息を吐いて肩を落とす。もっと手応えのあるモノを期待していたのに、目の前に現れたのは椅子に座って息絶えた死体。ハッキリ言ってシュユは萎えていた。

 

 「…チッ。にしたって、何で死んで――」

 「――死体漁りとは、感心しないな」

 「ッッッッ!?」

 「だが、分かるよ。秘密は甘いものだ。だからこそ、恐ろしい死が必要なのさ。…愚かな好奇を、忘れるようなね」

 

 死体に手を伸ばす。突然その手を横から掴まれ、シュユは驚愕して引き剥がそうとする。だが、万力の如く締め付ける手はそう簡単には離してはくれない。不味いと思った瞬間、あっちから手を離してくれた。そして彼女は傍らにあるカタナの柄に短剣が付いている奇怪な剣を握ると、ガキンッ!と音を立てて二刀にする。眼は帽子の陰になっていて見えないが、口元は確かに笑っていた。

 

 「イイねぇ、斬り甲斐が有りそうだ…そう簡単に死ぬなよォ!!」

 「…ふむ、私が戦いたいのはキミではないな。あまり私は選り好みはしないんだが…キミは好みじゃない」

 「ほざけ!!」

 

 カタナを振り下ろすが、当然阻まれる。そんな事は織り込み済み、シュユは空いている左手に葬送の刃を片手剣形態で実体化、そのまま突いた。それはマリアが左手に持つ短剣で受け止められ、巻き込む様な剣捌きに葬送の刃を手から弾き飛ばされてしまう。

 それでも止まらない。装備欄から外れない限り葬送の刃のバフは作用し続ける。大鎌形態ではないのでSTRとAGIへのバフではないが、千景(カタナ)はDEX寄りの武器であるが故に、片手剣形態でも問題は無い。

 

 「ここは狩人の悪夢さ。数多の狩人の罪が集約され、悪夢を形成した。このヤーナムの罪、その全てがここに在る」

 「だからどうしたァ!?」

 「故にここに行き着いた狩人は血に魅入られ、血に狂う。見てきただろう?アレこそが、()()()()()()

 「あァ!?んな訳が()ぇだろうが!!オレは狩人だ、獣を狩るんだよォォォォ!!!」

 「獣…クク、獣か。滑稽だな、シュユ。()()()()()()()()()()()()()だと言うのに」

 

 大振りの一撃を弾かれ、隙を晒してしまう。その一瞬でマリアは右手を獣の爪の様な形にすると、その手をシュユの腹部に突き刺した。

 

 「キミは狩人の(くら)い面から目を背けている。…その瞳で見てみると良い。自らの本質、そして辿るべき道を」

 

 マリアはシュユに口づけをする。鼻に抜ける鉄臭さと生温く、少し粘つく液体。それが血液である事に気付くのはその液体を嚥下した直後だった。

 

 「――あ、あァァァァぁ!!!」

 

 ――狂う、狂う狂う狂う狂う狂う狂う!!!

 

 見える光景は地獄絵図だ。たった1人で跋扈する獣を狩り、自らの高まる獣性を受容して狂いながらも狩りを続ける。爪に身体を斬り裂かれる、でも戦う。群衆の1人に鍬や鋤で殴られても戦う。銃で撃たれようと、炎で焼かれようと、斧で斬られようと、杖で殴打されようと、巨大な槌で潰されかけようと、殴り飛ばされて壁に叩き付けられようと、触手に体内を蹂躙されようと、何が起きようとも戦う。例え死んだとしても戦う。何度でも戦って、戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って、狩る(殺す)。その中に何の目的が在るのかは解らない。

 

 「――ァ…何の、為だ…!()()()()()()()()()の、戦う理由は…!?」

 「さぁ、私にも解らない。彼とは言葉をあまり交わせなかったからね。しかし、そうだね…強いて言うのなら、狩りの行く末に成り果てる存在(モノ)に近付く為ではないかな?」

 

 見えたのは3つの結末。介錯に身を委ねる未来、同じ歴史を繰り返す未来、そして自らがヒトではない何者かに成り果てる未来だ。自分も戦いの果てにはこうなるのだろうか、そう思うと怖気が込み上げてくる。

 

 「キミはどうする気だ?この悪夢に…いや、ヤーナムに足を踏み入れて血を受け容れた時点でキミは普通の『ヒト』ではいられない。それは夢から覚めたとしても変わらない。キミは狩人だ。狩人は夢から覚めても狩りからは逃れられないのさ。…鴉羽の狩人ややつしの狩人と同じく、ね」

 「な、んだ…と?お前は、一体何を――」

 「――キミが望むのなら、だ。私が引導を渡してあげよう。獣に成り果てた末に仲間に殺されるより、数倍は楽に殺せるさ。さ、どうする…?」

 「オレは…オレ、は…」

 

 どうにか立ち上がる。頭の奥が突き刺されるかの様に痛い。つい膝をついてしまう。どうしても身体が言う事を聞いてはくれない。もう限界らしい。

 

 「…そうか。それがキミの答えか、シュユ。なら、約束は果たさなければならないな」

 

 今の構図は傍から見ればシュユがマリアに頭を垂れ、赦しを乞うている様に見えるだろう。項垂れて動かないシュユを見てマリアは自ら武器【落葉】を振り上げ、そのまま振り下ろそうとする。数秒後にはシュユの首は地面に落ち、身体をポリゴン片へと還すのだろう。

 

 ――絶対に死んじゃ駄目よ、シュユ。

 ――シュユが死んだら、ボク達も後を追うからね。

 

 …嗚呼、これじゃあ死のうにも死ねないじゃないか。

 

 「――ほう?」

 「死ねないんだよ…こんなんじゃ狂えもしない。オレは死んじゃいけないんだ」

 「死んじゃいけない、か。愚かな事を言う。獣だけではなく同じ人間すら殺したキミの生存が、神に赦されるとでも?」

 「…悪いが、オレは神なんざこれっぽっちも信じてない。それに、オレが戦う理由なんて初めっからコレしか無いんだ。見失ってたオレが馬鹿馬鹿しい」

 「戦う理由か。是非とも教えて欲しいものだね。あんな獣に堕ちかけたキミを救い、狩人に戻したのはその理由なんだろう?」

 「オレの戦う理由、それはな――」

 

 シュユは1度死んでいる。記憶こそ殆ど掠れてしまったが、一応は転生者なのだ。そんな中、クソッタレな快楽主義者の神に縛られた感情の起伏。かつては縛れていた神が仕込んだ感情のの枷も、既に壊れている。だが、シュユ生きる理由はたった1つに集約される。幼少からその理由は変わる事など無い。『コレ』は生きる理由、ならばこそ、戦わねば生き残れない世界なら『生きる理由』は『戦う理由』に変換出来る。

 

 「――オレの命は、2人の為に在るからだッ!!」

 

 支離滅裂、滅茶苦茶な理由。だがそれでも良いと本人は決めた。例え他の何者を犠牲にしたとしても、シュユは大切な2人の為に戦う。それがシュユの、他ならぬたった1つの存在意義なのだから。



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57話 シノン編 血の殉教者

 ユイ「前回のあらすじです!簡単に言えば、シュユさん覚醒!…って感じですね」

 シュユ「中々に大雑把だけど、的を射てるから困るな」

 ユイ「フッフッフッ…私は有能ですから!」

 シュユ「なんかキャラが違うような…ストレスでも溜まってるのか?」

 ユイ「出番が未だに無いからですよ…うう、57話、楽しんで下さいね!」

 シュユ「ヤケクソになるなよ。うん、愚痴ぐらいなら聴くからさ、元気出せって」

 ユイ「ううう…」


 門を潜ると、その門は霧に閉ざされ引き返す事は出来なくなる。シノンは右手に感じる重みを頼りに先に進む。視界が狭くなる程に強い吹雪だが、戦えない訳ではない。

 椅子に座る人が立ち上がる。身体が凍り付いているからか、バキバキと氷が割れる音を立てながら。その人物の顔はミイラと同じ様に干からび、ローブから見える手も細く節くれ立っていた。視界の右上に写る【殉教者ローゲリウス】という名の通り、何かの教えを守って死んだ者の末路なのだろう。

 ローゲリウスは自らが握る杖を地面に突き立てた。

 

 「っと、危ないわ…ね!!」

 

 5本の筋を描く様に拡散する髑髏型のエネルギーを躱し、近付いて横薙ぎに剣を振る。今まで剣を扱った事とこの剣が重量級片手剣に分類される事が相まって身体ごと振り回される。勢いと重さが充分に加算された剣だが、それは左手に握る剣で防がれる。シノンを追い払う様にローゲリウスが剣を振ればその場に巨大な髑髏型エネルギーが現れ、直後に爆ぜる。どうにか直撃は回避したが、少量ではあるが体力バーが削れる。どうやら、完全に回避は出来なったらしい。

 

 (厄介ね…近付けないわ。弓を使おうにも、肝心の矢が――ッ!!)

 

 そう、シノンは矢を持っていないのだ。元々SAOに遠距離から攻撃出来るアイテムは極少数存在すれど、完全な遠距離武装は存在しない。となれば当然、矢などというアイテムも存在しない。矢は弓で飛ばす事が普通、剣や槍ではどう足掻こうと使えないのだから。

 ローゲリウスは近距離は滅法強いが、遠距離への攻撃手段はあまり無い様に見える。シノンは距離を取って屋根の上に点在する尖塔に隠れて片っ端から使えそうな物を探す。実際、心当たりが無い訳ではない。

 

 (使えそうなのは有るけど…こんな()()()()()()()使()()()()!?)

 

 【水銀弾】は換金アイテムだ。ヤーナム全域で拾う事ができ、1つ1つの単価は低いものの大量に入手出来る。しかもレアドロップではなく、ほぼ確定で落とすエネミーも居る事からいつの間にか所持数上限まで達している事が殆どだ。しかし、このアイテムを実体化させた時の姿はあくまで『銃弾』。弓で射る事が出来る物ではない。それでもやらねば死んでしまう、やるしか無いのだ。

 

 「ッ、流石に近付いてくるわよね!!」

 

 背後に気配、咄嗟に前方に飛び込むとさっきまで居た場所に爆発が起きる。判断が遅れていれば直撃していただろう。そして左手を見れば、水銀弾が姿を変じていた。より細長くスリムに、そう、矢の形に変わっていた。

 

 「よし、これなら!!」

 

 右手に持っている剣を左手に持ち替え、下に振る。そのモーションに反応して剣はもう1つの刀身を展開して双刃の様になり、剣先の間には鋼鉄の糸が張られる。形を弓へと変えた武器【シモンの弓剣】は、かつての持ち主が扱っていた時の様に正確かつ迅速にそのもう1つの姿をシノンに見せたのだ。

 ローゲリウスに向き直り、バックステップ。その途中に弦を引き絞り、放つ。風切り音を響かせて飛んだ矢はローゲリウスの胴体に直撃こそするが、ダメージは少量。勝負を決する程のダメージを与える事は無かった。

 

 (そんな事は想定内!元は近接しか無いゲーム、遠距離武器の威力が低くなきゃとんだバランスブレイカーよ!!)

 

 人型エネミーの特徴として、体力が低く怯みやすいという所がある。胴体に直撃を受けたローゲリウスは少し怯み、そして受けた矢を自らの手で引き抜く。その大きな隙をシノンが見逃す葉図も無く、先程よりも強く弦を引き、矢を放つ。凛、と鈴の様名音がした瞬間に放った矢はローゲリウスのぽっかりと空いた眼窩に突き刺さり、弱点に当たった事によるクリティカルダメージを与えた。

 ローゲリウスの表情は変わる事は無い。だが、雰囲気が変わる。剣を地面に突き刺し、何か力を込める様な動作をする。剣に戻した弓剣でローゲリウスの身体を斬り続けるが、体力は減少すれど怯む様子は無い。その直後、魔法の爆発が起こりシノンは吹き飛ばされる。ダメージこそ殆ど無いが、ローゲリウスを見た瞬間に理解する。コレにシモンはやられたのだ、と。

 空を飛び交う無数の直剣。ホーミングこそしないが、だからこそ読み難い軌道で剣は地面に、尖塔に、壁に突き刺さる。短時間しか対峙していないが、ローゲリウスは突きを使ってこなかった。だがシモンの身体は穴だらけで、剣に穿たれた様だった。つまり、シモンはこの攻撃に殺られたのだ。この、無数の剣に。

 

 「自分は動けるとか、本当にこのゲームの作者は性格悪いわねッ!!」

 

 ローゲリウスは高く跳躍する。目では追えない程速く高い跳躍だが、経験則でシノンは知っている。このSAOでボスが高く跳躍した時は大抵、落下攻撃を仕掛けてくる事を。

 前転で回避、その先に剣が飛来する。咄嗟に剣で弾くが、その横からも剣が飛んでくる。一点に留まり続ける事が得策ではない、解っているシノンは次は左に飛び退く。さっき居た場所には魔法の剣とローゲリウスの斬撃が通っていた。下手をすれば死んでいただろう。

 

 (厄介だけど、打ち消せない訳が無い…筈!)

 

 このゲームは確かに難易度は高い。だが決してプレイヤーに理不尽ではない。確かにボスは遠距離攻撃を使ってくる。だからこそ、プレイヤーが突ける致命的な弱点か突破口が用意されている。

 シノンは地面に刺さっている剣を蹴る。呆気なく折れた剣は消失し、共に空を飛び交っている剣も消失する。血で出来ていたらしく、地面にビシャビシャと音を立てて血が落ちてくる。雪は紅く染まり、地面に跳ねた飛沫でシノンも紅く染まっていた。

 あの剣さえ無ければ少なくとも動きは制限されない。シノンは剣を変形させて弓にすると矢を放つ。立て続けに放った3発の矢は全てローゲリウスの剣に打ち落とされ、更にローゲリウスは死体とは思えない速さでシノンへ肉薄する。苦し紛れに右手に握る矢を払う様に振り、ローゲリウスの腕に突き刺す。一瞬勢いが弱くなった事で回避が間に合い、事無きを得る。

 バックステップで距離を取り、矢を放つ。腕が痺れる様な不快感を感じる。鋼の糸は引く事すら難しく、STRがあまり高くないシノンに負担を強いていた。未だ怯まずに近付いてくるローゲリウスから距離を取ろうと足に力を込めるが、血で濡れた雪のせいで足が滑り、転倒してしまう。予想外の転倒から即座に起き上がり回避――など間に合う筈が無く、ローゲリウスが握る剣に腹部を貫かれる。

 

 「あああぁぁぁぁ!!――っ、あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 腹部から脳に伝わる凄まじい不快感に叫びながらもシノンは剣に戻した弓剣をローゲリウスに突き刺す。弓剣はローゲリウスの身体を貫いたが、引き抜く暇すら与えずローゲリウスは後ろへ下がり、尖塔を蹴って急加速。先程よりも速くシノンへ突進する。動転したシノンは腕を前に構え、怯えた様に顔を伏せる。その程度でローゲリウスの斬撃が止まる訳が無い。その斬撃はシノンが出した腕ごと斬り捨てる――

 

 「――なんてね。そう簡単に諦められないのよ、私はね!!」

 

 構えた腕は腕でも異形の腕――小アメンの腕だ。人を超越した筋肉を断つ事は叶わず、逆に拘束されたローゲリウスの胸を小アメンの腕の先端の爪が突き刺す。シノンはローゲリウスの腹部から生える様に突き出た弓剣の柄を握り、そのまま横へと振り払う。その勢いで1回転、勢いを乗せた剣はローゲリウスの胴体を両断する!!

 胴体を両断されたローゲリウスの体力バーは左端へと至り、その身体をポリゴンへと変える。倒したのだ、SAOでも最強クラスと言われる人型ボスを、たった1人で。

 腹部を貫かれた事で大きく減った体力を、今まで使う事を避けてきた輸血液で回復する。ポーションよりも多く、即効性のある回復薬。だが、感じる高揚感や全能感はまるで麻薬だ。確かに、フレーバーテキストで言われる様に依存する狩人が居てもおかしくないとシノンは思った。

 目の前に現れたウィンドウには選択肢が記載されていた。

 

 『悪夢を狩りに行きますか?』

 

 一瞬迷うが、シモンは言っていた。この世界を構築するモノを狩れと。そして今自分が居る場所、シュユが居るであろう場所は悪夢であると。ならば、迷う事は無い。シノンはウィンドウの選択肢のYESを1度、タップした。




 ローゲリウスってあんまり苦戦しないボスだと思いません?メインデータは50周を超えてる訳ですが、ローゲリウスは剣を壊さないっていう縛りを付けても普通に倒せるボスだったりします。戦ってて楽しいですしね。
 え?パールとかはどうなんだって?…そんなボスは居ない、良いね?


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58話 キリト&アスナ編 『悪夢の主、ミコラーシュ』

 シノン「前回は私が大活躍したわね。…1人きりだったけど」

 シュユ「この空間のオレはシノンの活躍は知ってるから、そう拗ねるな」

 シノン「拗ねてなんかないわよ。58話、楽しんでね」

 シュユ「…絶対拗ねて――」

 シノン「ないわ」

 シュユ「…はいはい」


 キリトとアスナは探索を続けていた。大型のボス【再誕者】をヒースクリフ率いるKoBと共に倒し、奥にあるミイラを調べた瞬間にこの【メンシスの悪夢】に迷い込んだ。

 当たると頭がおかしくなりそうになる光や倒すと寄生虫型のエネミーがでて来る狼人間型エネミー、巨大な岩を投げてくるゴーレム型エネミーを掻い潜って高楼の中に入り込んだ。その先には無数の蜘蛛と巨大な蜘蛛の親玉。他にもエネミーは腐る程居たが、その全てが手強く、そして2人の正気を削り取るモノだった事は言うまでもない。

 

 「…大丈夫か?」

 「まだ、行けるわ。――っ!」

 「フラフラじゃないか。少し休もう。ここまで基本ノンストップだったし、あの再誕者との戦いからもあまり時間は経ってない。消耗も激しいからな」

 

 実際、キリトも余裕は無い。それどころかキリトですら足元が危うい。度重なる戦闘とそれによって重なるダメージによる不快感(フィードバック)が徐々にではあるがキリトに負担を重ね、疲労を溜めているのだ。キリトはアイテムストレージに入れていたホットミルクをカップに注ぎ、アスナと自分に渡す。

 

 「――ねぇ」

 「ん、なんだ?」

 「どうしてあの時、私を庇ったの?」

 

 あの時、とは2人が初めて狼人間型エネミーと戦った時の事だろう。スイッチの掛け声で前衛を交代したアスナはエネミーにトドメを刺した。その瞬間、狼人間の身体から寄生虫型のエネミーが飛び出し、アスナに向かっていったのだ。アスナの胴体を狙った寄生虫だが、それはキリトの身体に阻まれた。キリトは自らの背中に喰らいついた寄生虫を力任せに引き抜き、踏み潰して倒したのだった。

 本来なら悪手であるその行為(自己犠牲)。攻略組プレイヤーなら取らないであろうその行為にアスナは疑問を抱いていたのだ。他にも明らかにアスナがダメージを喰らう場面でキリトがアスナを庇い、2人ともノーダメージか或いはキリトのみがダメージを喰らう事があった。故にアスナが喰らったダメージはキリトがカバーしきれなかった時か掠り傷程度のもので、未だ色はグリーンを保っている。対するキリトはイエロー、未知なるこの場所では充分に危険域だ。

 

 「なんとなく――」

 「――嘘。流石に分かるわ。あなたは何度も気紛れで人を庇う程に気紛れな人じゃない」

 「お見通し、って事か」

 「そんな大層なものじゃないわ。女の勘、ってヤツね」

 「ハハ、そりゃ隠せないか。やっぱり女って怖いなぁ」

 

 そうおどけたキリトは表情を変えて、ポツポツと話し始めた。

 

 「…怖いんだ」

 「怖い?」

 「俺は昔、目の前でギルドを全滅させた。助けられた命を、目の前で喪った。今でも偶に夢に出てくるんだ、あの時の仲間が。だから俺はソロでやってるんだ。仲間が死ぬのを、見たくないから。でも、もしパーティーを組んだなら絶対に死なせない。例え――」

 「――自分が死んでも?」

 「あぁ」

 「別に、仲間を死なせない姿勢が悪いとは言わないわ。でも、1つだけ言わせて」

 「…なんだ?」

 「自分が死んでも、なんて言わないで。あなたが死んだら、その分私の負担が増えるんだから」

 

 そんな、傍から聞いた人なら素っ気無さすぎる一言も、本来は思いやりから来ている事をキリトは知っていた。攻略の鬼、冷徹、そう呼ばれ畏怖される彼女だが、ボスや道中の攻略で仲間が死んだ際に最も哀しんでいるのは彼女だ。散った犠牲者の命を無価値にしない為に突き進む、その姿勢が冷淡に見られてしまう事が多いだけで、本当は素性の知らない人の為に泣ける優しい少女であると、キリトは知っているのだ。

 

 「…どうして笑ってるのよ」

 「――え?あぁ、いや…嬉しくて」

 「……変な人」

 

 体力はオートヒーリングのお陰で全快、システム的ではない方の体力も幾らか余裕が出来た。キリトは実体化させていたホットミルクをアイテムストレージに収納し、アスナに渡していたカップも回収する。温かいミルクはやはり幾らかではあるが気持ちをリラックスさせてくれる、そうキリトは思った。

 

 「行こう。多分、まだここは中腹辺りだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから高楼を上がり、合成獣(キメラ)の様なエネミーを倒していく。犬の躰に鴉の頭、鴉の躰に犬の頭、継ぎ接ぎのぬいぐるみの様なエネミーはとても歪で、そしてまるでその状態が本来の姿である様に自然に動いていた。だが、犬の様に聴覚や嗅覚は優れていないからか索敵範囲は狭く、簡単に奇襲は出来る。鴉だって犬の頭になっているからか、動くのに少しタイムラグがある。ここまで生き残ってきた2人の敵ではない。

 外のバルコニーから繋がるのは屋内にある大きな橋だ。横にも通路があり、橋は鎖で繋がれている為渡ろうとは思えない。2人は迅速に、しかし警戒しながら横の細い通路を渡る。地面に散らばっている人形のパーツが組み合わさり、2人に殴り掛かる。キリトは剣で受けるが、予想外な程強い膂力に押し負けそうになる。そこをアスナの回し蹴りが人形2体の胴を薙ぎ払い、壁に叩き付ける。動かなくなったが経験値も入らない。恐らく、無限沸きなのだろう、キリトは長年のゲーマーとしての勘で理解する。

 

 「ありがとう、助かった」

 「お礼は後。…敵のお出ましよ」

 

 その敵のフォルムは人のようで人ではない。否、そうではない。頭に装飾品を着けているのだ。その装飾品はきらびやかなものではないし、着飾る為のものではない。それは、檻。敵は頭に長く大きい檻を被っているのだ。

 

 「ああ、ゴース、あるいはゴスム…我らの祈りが聞こえぬか…けれど、我らは夢を諦めぬ!何者も、我らを捕え、止められぬのだ!」

 

 狂った笑みで振り向いたボスは、2人を見て更に笑みを深めた。

 

 【悪夢の主、ミコラーシュ】

 

 「フフフフッ、ア〜ハッハッハッハッハッ!!!」

 「ッ、待ちなさい!!」

 「駄目だアスナ、危険だ!!」

 

 ミコラーシュは2人の姿を見ると、()()()()()()()()()。それは見事に、脇目もふらずに。逃げるミコラーシュをアスナが追い、そのアスナをキリトが追う。キリトはアスナに追い付いて並走するが、意外にミコラーシュの足が速い。コーナリングは甘い為差は縮まるが、攻撃を一撃入れると霧になって消え、そしてまた逃げ始める。厄介この上ない。

 

 「アスナ、あの小部屋だ!あそこに追い込もう!」

 「…それしかないわね」

 

 1つだけある小部屋にミコラーシュを追い込む。すると中にあるパーツが組み合わさり、先程と同じ人形が2体現れる。キリトは人形の姿を見ると同時に2体の間に切り込み、バーチカル・スクウェアを発動。1体につき2発、正確に叩き込んで人形をダウンさせる。

 その間もミコラーシュは様子見をしていたが、アスナがミコラーシュに飛び掛かる。【閃光】の名の通り凄まじい速さの突きを繰り出すが、直撃しない。ミコラーシュの身体を掠め、服が裂けたりはするが直撃はしない。アスナは一旦退く為に後ろへ跳ぼうとするが、キリトはそれをアスナの襟首を掴んで引っ張る事で止めさせ、無理矢理横に退避させた。

 

 「ゲホッ…いきなり何!?」

 「アイツ相手に縦の回避は駄目だ。横に回避しないと、攻撃に当たる」

 「攻撃?でも、あの敵は素手で――」

 「見ててくれ。次は俺が行く」

 

 アスナの返事を聞かず、キリトはミコラーシュに肉薄する。袈裟掛けの一撃、そこから切り返す逆袈裟の一撃。バーチカル・アークだ。更に横にステップ、ミコラーシュの腹部に閃打をヒットさせる。

 隙が少ない閃打とは言え、硬直はある。その瞬間に軸を合わせたミコラーシュは右足を1歩踏み込み、右手を突き出した。その直後、形容し難い異音と共にミコラーシュの右手が触手と化し、自分の前方を突く。キリトは左にステップして躱していたが、アスナはゾッとする。さっきキリトが無理矢理でも回避させてくれなければ、今の触手に身体を穿かれていたのだから。

 キリトは触手に怯まない。何故なら触手を出す瞬間、ミコラーシュは快楽に歪んだ表情で恍惚としており、隙だらけだからだ。かなり太い触手は薙ぎ払いでも凄まじい衝撃を与えられる筈が、それをせずに恍惚としているのは薙ぎ払わないという事に他ならない。

 

 「ぁぁ…キミは何を恐れているのかな…?」

 「何だと…?」

 「ワタシには解るよ…キミが何かを恐れて、震えている…夜も眠れず、可哀想に…」

 「黙れェッ!!」

 「グァっ…!フフ、ここまで闇を凝縮出来る人も珍しい…何がキミを人に繋いでいる?絆、信頼、それとも…そこの女性かな?」

 

 グリン、と振り向き、アスナを見詰めるミコラーシュ。アスナの眼を正面から見据える眼に殺意は無かった。在るのはただ純粋な好奇心だけ。そのあまりにも純粋な眼にアスナは恐怖を覚えた。姿だけで言えば自分よりも上の筈の男が、自分よりも純粋な眼で自分(アスナ)を知ろうとしている事に。

 

 「キミも不思議だ…命を無駄にしない為に冷徹を演じる、か。素晴らしい(Majestic)、称賛に値する。だがね…そこの黒の剣士はいけないなぁ…贋作とは言え、かの導きの月光に触れたのに、未だ迷い恐れる…かの教会の英雄は、恐れながらも迷わずにいられたのに、ね…」

 「っ、うるさい!!」

 「この世界での迷いは人を殺すよ…ククク、ハハハハハハ!!!」

 

 哄笑を上げるミコラーシュの心臓に、アスナは細剣を突き刺す。このヤーナムだ、本来なら血が吹き出る筈が、ミコラーシュは霧となって消える。まだ体力バーは消えていないが、キリトの【気配探知】に引っ掛からない事からここではない場所に行った事か判る。

 

 「素晴らしい、素晴らしい!だが難儀なものだ…血に酔った訳でもなく、この夢の中で狩人の真似事を続ける。悪夢は巡り、終わらないものだと解らせてくれる!!」

 

 小部屋の右手に先に進む場所があった。螺旋階段を駆け上り、途中に居るエネミーを手慣れた対処で捌き、先に進んだ。

 

 「ねぇ」

 「どうしたんだ?」

 「眠れてないの?あのボスが言ってたけど」

 「…あぁ。眠ろうとしても、怖くて眠れないんだ。例え夢の中だとしても、俺のせいで死んだ人に責められるのが怖いから」

 

 螺旋階段を昇りきると、先程と同じような間取りの場所に出る。ミコラーシュは2人を挑発する様に姿を一瞬だけ見せて逃げ、2人はそれを追い掛ける。勘に障る高笑いを響かせるミコラーシュを守る様に現れる人形を粉砕し、部屋に追い詰めるがミコラーシュは慌てる事無く、むしろ楽しむ様にひび割れた鏡に飛び込む。眩い光と共にミコラーシュの姿は消えてしまった。

 再び見付けた時、ミコラーシュは大部屋の前でほくそ笑んでいた。2人が駆け出すとミコラーシュは大部屋の中に入り、フィンガースナップをする。パチン、というそれなりに大きな音がした直後、天井から鉄格子が落下した。アスナはキリトの背中を引っ張る。キリトが鉄格子と床に挟まれてスプラッタな肉塊になる事が無いよう。

 

 「あの天井の空間から入れそうね。早く探しましょう」

 「あ、あぁ」

 

 ミコラーシュの居る部屋に入るには天井に空いた空間から入らねばならない。恐らくは階段が設置されていたであろうそこはただ部屋に入れるだけの穴になっており、引き返す事は出来なさそうだった。ミコラーシュの居る部屋に続く穴は案外簡単に見つかった。アスナは躊躇う事無く飛び込み、キリトもアスナを追って慌てて飛び込む。ミコラーシュは被っている檻の奥から笑みを見せ、手を広げて歓迎する様な仕草をした。

 

 「灰狼の狩人デュラ、鴉羽の狩人アイリーン、やつしの狩人シモン、時計塔のマリア、そして原初の狩人――、キミ達2人はこの中の誰とも関わっていない。それどころかキミ達はデュラを殺したのではないかな?ただ()を守ろうとした狩人を」

 「アレはエネミーよ!倒すべき敵だったわ!」

 「実に短絡的、実に浅慮!故にキミ達は血に囚われないのか!これで合点が行った!ハッハッハッハッハ!!!」

 

 ミコラーシュは()()()()()()()()()。腰が入った拳はアスナの身体を僅かに浮かせる程の威力を有し、更にミコラーシュは追撃に両手を突き出してアスナの腹部に2度目の殴打を加える。突然の反撃に対応が遅れたアスナはマトモに喰らってしまい、込み上げる嘔吐感に蹲ってしまう。

 

 「感謝しよう。恩人には礼を尽くさねばならないね。…私の奥の手で、散るといい」

 

 ミコラーシュは両手を挙げ、頭上でガッチリと両手を組む。そこから光が溢れ出し、致死の光線が全方位に、しかもアスナに近い光線は強力なホーミング性能を以てアスナの命を貫こうと殺到する。

 

 「させるかァァァァ!!!」

 

 それをキリトは許さない。アスナの前に立ち塞がり、迫る光線を斬り捨てる。光と同等の速度ではないとは言え、投げナイフと比べれば圧倒的に速く数も多い飛び道具だ。キリトの身体を数発の光線が貫くが、頭と心臓を貫かれない様に防いでダメージを抑えていた。身体を斬られたり殴られるのは慣れているが、貫かれたのは初めてだ。いつもとは違う、脳を掻き混ぜられる様な不快感に歯を食い縛る。

 

 「殺させない…俺の前で人は、誰も!!!」

 

 キリトはエリュシデータを持つ反対側の手に、誰も見た事が無い剣を実体化させる。それは導きの月光の贋作、その残滓。その姿は安定せず、刀身はノイズの様に揺らぐ。当然だ、既にキリトから導きの月光は消え去っているのだから。それをキリトは無理矢理、『自分が助けられる人は絶対に死なせない』という決死の想いで月光を顕現させている。キリトが以前扱ったのが本物の月光なら、もしかしたら贋作を顕現させる事も可能だったかも知れない。だがそれも全てIFの話、キリトが扱ったのは贋作で、今使っているのは贋作の劣化。その真実が変わる事は無い。

 守られているアスナはキリトに少し惹かれていた。【閃光】のアスナと知っても尚、飄々とした態度を崩す事が無い彼が声を荒らげ、決死の覚悟で守ってくれているのだ。吊り橋効果と言われようが、少しでも惹かれている事には変わりない。だからこそ希う。――頑張ってキリト君、と。

 

 「贋作の劣化!そんな鈍らで倒せると思っているのか!?」

 「――そんな訳無いだろ。だから、()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 キリトは両手に握る剣を流麗に振るう。その技の整い方は素晴らしく、完成度は凄まじい。振るわれる技はまるで1つの技の様で、確実にミコラーシュの体力を削っていく。ミコラーシュの拳をエリュシデータで受け流し、贋作で斬る。ミシリと軋む剣をここで負けられないという想いで補強し、エリュシデータを突き出す。それを流されつんのめるキリトの顔面にミコラーシュの渾身の右ストレートが直撃する。倒れゆく身体に逆らう事無くキリトが使うのは弦月、サマーソルトキックはミコラーシュの顎を見事に捉え、ミコラーシュの身体を空中に浮かせる。

 

 「【スターバースト・ストリーム】ッ!!!」

 

 ガラ空きの胴体に叩き込まれる、神速の16連撃。元々脆い人型ボスの特徴も相まって、全ての攻撃を叩き込んだ後のミコラーシュの体力は数ドットしか残っていなかった。

 

 「ク、ハハハ…私の夢の中で贋作に敗れるか、面白い…キミは悪夢に立ち向かえるのか?」

 「立ち向かうさ。抗って、守りきってみせる」

 「なら、教えようじゃないか。これからキミ達は3体の悪夢の主を討ち倒さねばならない。そこにどんな犠牲を払おうとも、殺さねばこの悪夢から醒める事は無い。どうなるか、私は見ているよ…贋作を使った英雄の、末路を――」

 

 カシャン、と音がしてミコラーシュは砕け散る。死体は残らず、ガラス細工の様に砕けた。鉄格子が軋みながら上がり、どこかで鎖が巻かれる音がする。

 

 「――立てるか?」

 「え、えぇ。あの、さっきのって――」

 

 キリトが差し伸べた手を取って立ち上がったアスナに、キリトは頭を掻いて笑う。

 

 「言っちゃえば、ユニークスキルだね」

 「どうして隠してたの?」

 「取得したばっかりだったから、熟練度が足りてなかったんだ。…それに、俺は君の所の団長みたいに持て囃される様な人じゃないからってのも有るんだけど」

 

 前のアスナなら何かとつけてキリトにキツい口調で当たっただろう。でも、今回は違う。責めたり追求したり、そういう気にはなれなかった。

 

 「行こう、キリト君。進まなきゃ、皆悪夢から目覚められないんでしょ?」

 「…あぁ、そうだね。皆の為にも、行こう!」

 

 少し柔らかくなったアスナに、何故か感じる嬉しさを抱いてキリトは歩き出す。今晴らすべきは、メンシスの悪夢。



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59話 ユウキ編 『狩人』を狩る狩人

 キリト「前回は中々キャラが濃いヤツが出てきたなぁ」

 ミコ「ふぅむ、それはキミ達の事かね?」

 キリト「うわっ、ミコラーシュ!?キャラが濃いのはアンタだよ!」

 ミコ「私が濃い…?私の一体どこに濃い要素が有ると言うのかね!?」

 キリト「全部だよ!」

 ミコ「何たる事だ…あぁ、59話、精々楽しんでくれたまえ」

 キリト「切り替え早いなオイ…」


 背筋を冷や汗が伝う気がした。直後、ユウキの長い髪を刃が掠める。パラパラと落ちる髪を気にする暇もなく、ユウキは次々と振り下ろされる致死の刃を捌く。嫌な予感が脳裏をよぎる。頭を勢い良く左に傾けると、右耳を銃弾が掠めて飛んでいく。頭を傾けなければ、きっと頭を吹き飛ばされていただろう。

 実体化させた投げナイフを投げてみるが、スキルを取得していない投げナイフなど速度も出ない上に威力も低い。鴉羽の狩人は容易く投げナイフを打ち落とし、ユウキに肉薄する。1本だった剣は2つに分かれ、二刀流となって襲い掛かる。右の袈裟掛けの一撃をステップで躱し、左の水平斬りを剣で防ぐ。全力で防いでいるのに、徐々に押し込まれていく。左手に注意を奪われると、次は右手の一撃が突き出される。倒れ込んで弦月を使って攻撃しつつ回避するが、読まれていたのか簡単に回避されてしまう。ユウキは舌打ちを1度打つと、後ろに下がって距離を取る。

 

 (剣もそうだけど、銃がヤバいね…1発1発が全力で回避しないと当たるレベルだよ)

 

 事実、直撃こそしていないが何度も掠めている。服も線状に破れている所が数ヶ所見られる。銃弾を反射と勘で躱せるユウキを称えるべきか、それとも全力回避するユウキに掠らせる精密さの相手を称えるべきか。それに剣だって二刀流を相手にするのは骨が折れる。両手が完全に別々の動きをする相手の剣は非常に受け難く攻め難い。

 確かに攻撃に偏重している節はあるが、それも攻められなければ関係ないのだろう。『殺られる前に殺る』をそのまま形にした様なものだ。実際、ユウキは押されるがままだし攻めあぐねている。

 放たれた銃弾を剣でぶった斬るという離れ業をやってのけるユウキ。しかし相手はその程度で驚く程間抜けではない。銃を腰にマウント、剣を再び変形させて二刀流で攻め立てる。ユウキは自分から攻めてどうにかイーブンに持ち込んではいるものの、ジリ貧を感じていた。だから、自分も炎に巻き込まれるかも知れない綱渡りを選んだ。

 

 「その銃、貰った!!」

 

 火に一瞬怯んだ鴉羽の狩人の腰から銃を奪取、入ってきた階段に向けて全力で銃を投げる。これで銃を取るにはユウキに背を向けなければならない。だが、銃が使えない程度で劣勢になるなど有り得ない。そうでなければ、狩人を狩る狩人になどなれはしないのだから。

 ユウキの拳を回避した相手は左手に握る剣を上に放り投げる。予想外の行動、驚く事は無いがユウキはついその剣を目で追ってしまう。その意識の一瞬の空白を突いて鴉羽の狩人は右手の剣を薙ぎ、ユウキの左眼を斬る。視界が塞がれ、左眼が死角となってしまう。突然蹴られたユウキは抗わず、その勢いのまま吹き飛ばされる事を選択した。

 

 「づぅ…流石は狩人狩りの狩人だね。対人技術なら敵わないよ」

 

 その狩人と呼ぶには異常な対人技術、ソレにユウキは振り回されていた。獣と戦うだけならその動きだけで、自分の剣を片方放り投げるなどしなくとも圧倒出来る。確かに銃を弾かれるかも知れないが、それもあの動揺の無さに理由が付けられない。普通の狩人ならば銃が弾かれれば動揺までは行かずとも一瞬の思考の硬直くらいは有っても良い筈なのに。それこそが彼女が【狩人狩り】と呼ばれる所以。人を狩らない狩人が血に酔い、人に手をかけた時に引導を渡す役割を担う者。対人のスペシャリスト、それが【狩人狩り】なのだ。

 当然、ユウキが彼女に勝てる道理は無い。対人と対(エネミー)ではノウハウが全く違う。その動きも、先手を打つだけではなく読み合いも、全てと言って良い程に違う。強いてユウキを対獣のスペシャリストと言ったとしても年期が違う。この悪夢を終わらせる程の力を持つ狩人を狩り続けている者と比べるのは酷というものだろう。

 首を挟む様に振られる剣をしゃがんで回避、足払いを仕掛けるが相手は跳び上がり、着地する瞬間にユウキの脚をへし折らんと踏み付ける。読んでいたユウキはそこで【花月】を使う。速く鋭い下段の蹴り技は攻撃ではなく踏み付けを躱す為だけに使われる。だが不利なのはユウキである事には変わらない。鴉羽の狩人は普通に着地するとヤクザキックを叩き込もうとする。通常なら腹部に当たるソレは、現在しゃがんでいるユウキの顔面に迫る。死ぬ気で後ろに倒れ込み、同時に弦月を発動させるが当たらない。

 

 「っ、回復ももうコレしか無いよ。…本当に、強いなぁ」

 

 ユウキが握っている回復とは輸血液の事だ。ユウキは容器を握り潰して輸血液を使用する。ズクン、と何かが脈動する感覚と共に鮮明になる視界。肌を撫でる生暖かい風を身体全体で感じる様になり、突然投げられた投げナイフも指で挟んで止める事が出来た。何故かは解らない。だが、そんな事はどうだって良い。この場を切り抜ける為には、どんな事でもしなければならないのだから。

 

 「――行くよッ!!」

 

 四つん這い寸前まで体勢を低くし、疾駆する。『純粋な速度』により現れた残像に、相手は一瞬硬直する。が、背後から振るわれた攻撃すらも簡単に防御される。幾ら狩人と言えどもマトモとは思えない反射神経である。

 防がれたのなら、とユウキは再び疾駆。次は右、その次は左と縦横無尽に駆け回り斬撃を繰り出していく。どれだけ攻撃しようとその重さと速さは鈍らない。それどころか、ますます加速している様に見える。何回斬ったか数えるのを忘れた頃、鴉羽の狩人の左腕に大きく傷が刻まれる。ユウキの剣が抉ったのだ。鴉羽の狩人は慈悲の刃を二刀から一刀に戻し、改めて構えた。突きを繰り出す姿勢で構えるその姿は狩人と言うより騎士のソレで、ユウキは笑みを溢して自分も構える。ソードスキルなんて無粋なモノは使わない。今使うのは自らの握る剣と力、ただそれだけだ。

 2人の武器から凛、と澄んだ音が鳴り響く。2人は同時に剣を突き出す――事は無く、鴉羽の狩人はユウキの剣を躱すと懐に潜り込み、慈悲の刃をその身体に突き立てた。

 

 「――ァ、ガッ…!」

 

 が、その手は身体を貫く寸前で止まっていた。鴉羽の狩人の身体からは剣の柄が生えている。突き刺さっているのは折れた【黒騎士の黒剣】、かつての愛剣だ。その剣は丁度心臓、クリティカルポイントに突き刺さっており、あっという間に体力バーを左端に届かせる。

 

 「よく…殺ったもんだねぇ…」

 「鴉の人!」

 「その呼び方も良いけど、あたしの名前はアイリーンっつーのさ。狩人狩りの、イカれた狩人さね」

 「イカれた狩人って…そんな」

 「イカれた狩人を狩るのがあたしの仕事さ。…まさか、あたしがそのイカれた狩人になるとは思えなかったけどねぇ。ったく、情けないったらありゃしない」

 「アイリーン、死んじゃうよ!回復とか、早くっ…!」

 「…闘ってる時はあんなに容赦無い癖して、実際は優しいじゃないか。回復は要らないよ。こんなババアだ、血を入れてもどうもならないさ」

 「でも、でも…!」

 「良いから聴きな、ユウキ。あんたはこれから3体の化け物を狩らなきゃいけない。その全部がブッ飛んだ強さをしてるし、下手したら死人が出るだろうさ。あんたにとって大切なヤツも、死ぬかも知れない」

 「そんな…」

 「だからあんたが行くんだよ。血に適性が有るあんたが居れば、少しはマシになる筈さ。…なぁに、あたしを殺れたんだ、きっと出来る」

 「アイリーン…!」

 「選別だ、持っていきな」

 

 アイリーンは自分が纏うマントと使っていた武器をユウキに渡す。アイテムストレージに1度収納されている為血液などは付いておらず、温かい訳が無い筈なのにマントは何故か温かく、剣は本来の重さより重く感じた。

 

 「使い方はきっと解る筈さ。さぁ行きな、あの頭蓋に触れりゃ最初の主の所に行けるからね」

 「…分かった。じゃあね、アイリーン」

 「あぁ、行ってきな。血の狩人、ユウキ」

 

 ユウキはマントを纏い、耐久度が摩耗してボロボロになった剣を慈悲の刃に装備し直す。その間にもユウキは振り向かず、祭壇に辿り着くとそのまま頭蓋に触れた。一瞬だけ後ろを見た時、アイリーンの姿はもう無く、そして直後に視界がブラックアウトした。鴉羽の狩人の誇りは、ユウキの手に。



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60話 シュユ編 殺意

 アイ「あたしの名前はアイリーンなんだが…なんで縮められてるのかねぇ?」

 ユウキ「多分長いからだと思うよ」

 アイ「む、そんな事もあんのかい。長過ぎてもダメだに短過ぎてもダメ。…面倒臭いねぇ」

 ユウキ「まぁまぁ。前回はボクとアイリーンの一騎討ちだったね」

 アイ「作者のヤツはあたしに苦戦した事は無いらしいから、書くのが難しかったらしいね。ざまあみろ」

 ユウキ「口悪いよ、アイリーン。…あ、60話、楽しんでいってね!」


 閃光が空間を飛び回る。耳障りな甲高い金属音と共に放たれる斬撃は全てが致命の一撃クラスだと言うにも関わらず、2人は平然とその攻撃を繰り出し、そしてそれを躱している。シュユは右手に葬送の刃、左手に千景を持って応戦する。マリアは大して力が強くなく、どうにか応戦は出来ているが消耗が激しい事には変わらない。

 

 (クソ…剣速に精密さ、どれを取ってもオレより上だ。箍を外して勝てる相手でも無い、どうする…?)

 

 シュユの殺意は収まった訳ではない。未だに鎌首をもたげ、隙あらばシュユを乗っ取ろうと虎視眈々と機会を狙っている。ソレを捩じ伏せつつシュユは戦っているのだ。確かに殺意に身を任せれば人間離れした身体能力を発揮する事は出来るが、それは同時に本能で戦う事を意味する。マリアは本能に任せて勝てる様な相手ではない。つまり今の、理性的な状態のシュユでなければ太刀打ち出来ないのだ。

 しかもマリアは自分から仕掛けていない。何回剣を打ち合わせたか分からないが、その全てでマリアはシュユの攻撃を躱して反撃しかしていない。少なくとも、マリアは全力を出してはいないという事に他ならない。

 

 「ふむ…さっきよりはマシになったね。だが、()()()()()()。殺意を恐れて抑え付けている状態で、私に勝てる訳が無い」

 「殺意を出せば抑えろだの抑えれば出せだの…ハッキリして欲しいもんだ…な!!」

 「私は一言も抑えろとも出せとも言ってないさ。キミはまだ若いだろう、記憶力は大丈夫か?」

 「安い挑発だなッ!」

 「大分効いている様だがね」

 

 縦斬り、防がれる。横薙ぎ、防がれた。突き、防がれる。逆袈裟、弾かれる。袈裟斬り、流された。どのコースで攻撃してもあらゆる手段で防がれ、躱される。正直な話、攻撃が掠りもしていなかった。そしてマリアの攻撃が当たる寸前で止められている事にも、シュユは既に気付いていた。

 おちょくられている、ならば殺せ。オレを愚弄したあの女が無様に泣き叫び、命乞いをするまで痛め付けてから殺せ。そう囁く殺意をシュユはまた抑え付ける。未だに膨れ上がる殺意は抑える事で精一杯だ。

 

 「まだキミは『英雄』を夢見ているのか?それもそうか。キミと似た年頃の狩人の中にも名声を求めて狩人になった者も居たよ。まぁ、当然だが全員死んだがね。英雄として持て囃されたのが聖剣のルドウイークだ。それも最初だけで、結局は蔑まれ、迫害された。…ここまで言えば解るだろう?」

 「解ってるに決まってる。オレ(狩人)は英雄にはなれないと、そう言いたいんだろう!?元よりオレに英雄になる気は無いッ!!」

 「ならば何故戦う?」

 「さっきも言った筈だ。オレはあの2人の為に戦っている!」

 「あの2人の為に、ね…。その想いも強くなり過ぎれば束縛と何ら変わりない。それも人の罪なんだろうね」

 「訳の分からない事を…!」

 

 振り続ける剣は未だに当たらない。それどころかマリアが力を抑えるのを徐々に止め、当てる云々ではなく攻勢に出る事すら出来ていないのだ。しかも今は二刀流ですらない。マリアは手数が少ない両刃剣形態の武器でシュユの猛攻を防いでいる。

 

 「その程度で他人に命を賭けると言う…。嗚呼、不愉快だ。実に不愉快だ!」

 「ッ!!?」

 

 振り下ろした葬送の刃が弾かれ、そしてマリアは攻勢に出る。目で追えたのは初段の突きだけ。その直後に見えたのは『突きの壁』。捌くとか、そんなレベルではない。どんな剣の達人でも全方位から放たれる斬撃は躱せても剣で捌く事は出来ない。それはVR適性が凄まじい高さを誇るシュユでも同じ事だ。目で追う事すら困難な突きを全て回避するなど不可能、半分すら防げない始末だ。マリアの突きが全て放たれた後、シュユは片膝を付いて荒い呼吸を繰り返していた。

 

 「キミが大事に想う2人は知っている。あの真っ白な羽根と錯覚する様な一途な想い…実に素晴らしいね。とても、嗚呼とても…引き千切ってあげたく――」

 「――いい加減に、しろ」

 

 マリアの頬に薄く紅い筋が刻まれる。頬を伝う血を指で掬い、舐め取ったマリアは口角を吊り上げる。

 

 「――そうだ、()()()()()()。それでこそ狩人だよ」

 「さっきから狩人狩人と…オレは『シュユ』だ!オレは…オレを見ろ、マリアァァァァ!!!」

 

 叫ぶシュユの身体から立ち昇る白いオーラ、これが葬送の刃の能力。シュユの精神が昂ぶった時だけに発現する。だがこの能力はSAOの運営であるカーディナル・システムには認知されていない特異なモノ。体力バーの下に在る状態変化を示すマークは明滅し、効果時間も定まらない。故に唯一(ワンオフ)、故に特異(ユニーク)。それこそがシュユの持つ武器の異能【狩人の高揚(ハンターズ・ハイ)】だ。

 

 「オオオオオォォオォォ!!!」

 「殺意を乗りこなしたか!良い、良いよシュユ!」

 

 消えたと錯覚する程の移動速度。マリアの懐に入ったシュユはマリアの腰から短銃【エヴェリン】を奪い取ると接射する。短銃という都合上、連射が利かないエヴェリンを撃ち終わると即座に投げ捨て、シュユは千景を抜くと斬り掛かる。先程とは見違える速度にマリアの笑みに陰りが生まれる。膨れ上がる殺意に身を任せつつ、手綱は離さずに操作する。マリアは2つに変形させた剣の長剣の方を突き出す。シュユの殺意(本能)が反射的に飛び退こうとするが、シュユの知恵(理性)がそれを御して左に回避する。恐らく左手に持っている短剣で反撃しようとしていたであろうマリアは舌打ちを1つ打ち、後ろへ跳んだ。

 シュユの殺意は抑えていない。だが暴走もしてはいない。単純な話、奔る殺意を無理矢理コースに押し込めているだけだ。先程までのシュユは殺意を完全に抑え、本来は濁流の様に奔る殺意を小川の様に穏やかにしようとしていた。しかし今は違う。濁流の様な殺意を水路に流し込み、溢れようとも大まかなコースを決めている。それにより完全な暴走ではなく半端な、半分だけ暴走させているのだ。殺意を完全に抑えた時よりも格段に速く、完全に解放した時よりも読み合いに強い。【狩人の高揚】も相まってその差は顕著になる。

 マリアが静止し、右手をピンと伸ばす。そして初速から最高速の突進、本来なら初見で見切る事は難しいソレもシュユは千景で剣を受け止めて防いで見せた。続く左手での攻撃も喰らいながら回避、そのダメージをマリアを斬ってリゲインで回復するという荒業を成す。その命知らずとしか言えない行動を前にマリアは笑み、両手に持つ剣を逆手に持つ。どんな攻撃が来るのか、と身構えるシュユを前に彼女は()()()()()()()()()()()()

 

 「っ!?」

 「――フフ、驚いたかな?キミからすれば狂人の行動そのものだろうね。でも、私からすれば――」

 

 マリアは剣を引き抜く。血飛沫が宙を舞い、そして()()()()()()()()()()()()。血を纏った刃を携え、彼女は吐き捨てる様に言った。

 

 「――呪い、そのものさ」

 

 無造作に振るわれた短剣は血によってリーチが長くなり、シュユの手前の空間を薙ぐ。血でリーチと、恐らく威力も強化された武器は確かに脅威だろうがリーチが長くなった以上、取り回し難くなる。特に長剣はそれが顕著だろう。シュユはもう1度接近しようと脚に力を込め、加速する。が、殺意と理性が同時に警鐘をけたたましく鳴らす。流石にここから止まれない、シュユはゼロモーション・シフトでマリアの左斜め後方に逃げる。強い頭痛を感じ、アイテムを取り出しながらマリアを見やるとマリアの懐に血で出来た丸鋸が回転していた。あのまま行っていれば胴体を真っ二つにされてゲームオーバーだっただろう。

 足音を立てず、だがしっかりと踏み込んで背中を斬り付ける。斬られながらも反応したマリアは振り向きながら剣を2本纏めて袈裟掛けに振るう。再びゼロモーション・シフトで回り込むが人間離れした反応速度でシュユに追従したマリアはシュユの胴に1本の傷跡を刻む。感じるのは不快感ではなく、純粋な痛み。既に痛覚遮断機能は停止しているらしい。それでもシュユは怯まずに千景を振るう。

 

 「ッ…痛いじゃないか」

 「それはこっちも同じだ…痛くて仕方無い」

 「嗚呼、こんなに痛い。キミがこんなに痛みを与えるのなら、本気を出さなきゃいけないじゃないか」

 

 マリアの血が再び集まっていく。仮想の肌が感じる温度が高まっていき、スリップダメージを警戒するが()()。血液は温度を際限無く高め続け、そして最後には()()()()()()()()()()()。触れた身体に燃え移り、直ぐに火を消すが体力は確かに削られる。つまり、マリアの炎は設置型の攻撃と何も変わらない。厄介この上ない。

 

 「もううだうだと戦いを続ける事も無いだろう?この一撃で終わりにしよう」

 

 マリアは武器を両刃剣に戻すと、武器に血を収束させていく。燃える血液はこの空間の温度と緊張感を上げていく。シュユも気休めに体力を全回復させ、構える。凛、と澄んだ音が響いた瞬間、空気が弾けた。

 

 「…ッ!!!」

 「ガッ…!!」

 

 マリアの放った突きは血の奔流がシュユの胴体を貫き、シュユをポリゴンの塊へと変える。あまりにも疾い突きはシュユの反射神経を以てしても見切れず、シュユはポリゴンへと成り果ててしまった。

 

 「――ぁ…?」

 

 マリアの胸から銀色の筋が生える。その筋――カタナは見間違える事は無い、千景と全く同じだ。ゆっくりとマリアが後ろを見ると、そこには服装備を焦がしただけのシュユが。シュユは刃筋を立てるという基本すらかなぐり捨て、カタナをただ振り抜く。甲高い音を立てて折れる千景、柄だけが残った千景を名残惜しく思いつつ、シュユは空いている左手をマリアの傷跡に捩じ込む。グチャリ、と内臓を掻き回す感触。マリアの身体の中で左手を獣の爪の様に立てると内臓を掴み、身体を引き裂く。

 凄まじい量の返り血が身体を濡らし、マリアの身体は力無く地面に落ちる。体力バーが消え去り、ドサリとマリアが崩れ落ちると共にシュユも膝をつく。荒い呼吸を繰り返し、痛む頭をクールダウンさせる。

 

 「――一体、何をした…?」

 「アイテムを使った。ギリギリの賭けだったが、上手くいった」

 

 シュユが使ったのは転移結晶だ。それも最高レア度である赤色である。転移結晶には種類があり、特定のポータルにしか行けない青色、ポータルには行けないがダンジョン内の登録した座標に行ける緑色、そしてフィールドの登録した座標に行ける黄色。最後に、今シュユが使ったどこでも好きな座標を登録でき、移動できる赤色だ。

 シュユは先程アイテムを取り出した際、緊急回避用に座標を登録した。そしてマリアが最期の一撃を放つ位置取りが偶然登録した座標を背にする様になっていた。だから悟られない様に服と脇腹を焦がしながらもスレスレで躱し、転移結晶を使って移動、攻撃を叩き込んだ訳だ。死んだ様に錯覚したのは移動後に残るポリゴンの演出で、実際は背後に移動していた。

 

 「…ハハ、やはりキミは狩人だ。正々堂々なんて言葉を嘲笑う様な戦い方をする」

 「あんなのと真正面からぶつかれば確実にこっちが死ぬ。だから躱しただけだ」

 「そう、それで良い…」

 

 マリアは自分が握る武器をシュユの前に差し出す。流石に察せない様な人ではない、シュユはその剣を受け取る。

 

 「…使うと良い。あと、これもな」

 「…骨?」

 「古狩人の業が使えるようになる遺骨さ。きっと、この先の遺子との戦いの助けになる…。私の師を苦しめ、そして恥となった存在…きっと、キミなら倒せると信じている」

 「………」

 「そうだ、言葉など要らない。…ただ1つ、願えるのなら…私達の悪夢を、終わらせてくれ…」

 

 霧になって消えるマリア。ここから甦る様な事は無いだろう。シュユは折れた千景をアイテムストレージに収納すると装備欄を操作し、受け取った武器を装備する。銘は【落葉】。かつてのマリアが捨てた、呪われた武器だ。

 落葉を握ると、殺意が少し大人しくなった気がした。緊張の糸を弛める。すると今まで行ってきた無茶な戦い、ゼロモーション・シフトの反動、極度の緊張状態が解けた事による反動で一気に疲労感が押し寄せる。シュユは『灯り』を灯すと意識を手放す。その寝顔は、幾分か穏やかになっているような、そんな気がした。



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61話 上位者『メルゴーの乳母』

 シュユ「さて、前回のあらすじのコーナーだ」

 マリア「私とシュユの一騎討ちだったね。シュユは覚醒したけど気絶してるし、締まらないね」

 シュユ「仕方無いだろ。アイテムも限られてるし休息もマトモに取れる場所は無いし、疲れてるんだ」

 マリア「なら最近寝不足気味の作者と共に眠ると良い」

 シュユ「あぁ…そうさせて、もらう………」

 マリア「ふむ…では、61話を楽しんでくれ』


 霧を掻き分けて現れたのは、シノンだった。荒れ果てた高楼を見回し、死んだ様に横たわっているキメラのカラスと犬の頭に矢をブチ込む。脳が有るのかは解らないが、大抵のエネミーに設定されている弱点(ウィークポイント)を撃ち抜かれたカラスと犬は起きる間もなく息絶えた。

 

 「――シノン?」

 「…ユウキ、無事だったのね」

 

 振り抜くと防具がボロボロになったユウキが立っていた。霧が在った名残が見えていて、ユウキも自分と同じように何かを倒した事が分かる。現に、腰に提げている武器は見覚えの無い物に変わっていたし、元々ユウキが好まない外套――鴉の羽があしらわれたマントを身に着けていた。

 

 「シノン、シュユは?」

 「一緒じゃないの?私はてっきり、あなた達は一緒に行動してると…」

 「シノンと行動してた訳じゃなかったんだね…誰か味方は居たの?武器も変わってるし」

 「居たけど、死んじゃったわ。私にこの武器を託して、ね」

 「…ボクは、倒したよ。狂ってたから。そしてこの武器を貰ったんだ」

 「そう、あまり多くは聴かないけど。…あなたが無事で良かった、ユウキ」

 「シノンこそ、無事で良かったよ」

 「――ユウキ、シノン?」

 

 普通に階段を昇ってきたキリトとアスナが現れる。予期せぬ人物との再会にキリトは目を見開き、アスナは無言で駆け出し2人を抱き締めた。

 

 「良かった…良かった、無事で…!」

 「ゴメンね、アスナ。もう大丈夫だから、安心して、ね?」

 「心配掛けたわね。でも生きて帰ってきたから、ね?」

 

 キリトは2人が変わったな、と思った。ユウキは危なっかしい感じは無くなったが、どこか感情が見え過ぎている様な気がした。以前から感情の機微は分かりやすい方ではあったが、錯覚かも知れないが抑えが利きにくくなっている様な感じた。シノンは前々から冷静な方だったが、どこか達観している感じがする。前まではもっと感情的だったのだが、今では冷静でそして洞察力が上がっている。現に、リラックスしている様に見える今でも警戒は解いていない。むしろ、更に警戒を強めている程だ。

 抱き合う3人の背後から黒いローブを着た3人組が歩いてくる。カタナ持ちが1人、カタナと燭台持ちが1人、最後に燭台とモーニングスターの様な鈍器持ちが1人だ。キリトはヴォーパル・ストライクを使ってカタナ持ちの胴体をブチ抜き、即座に反応したシノンが矢を撃ってカタナと燭台持ちの頭を撃ち抜く。最後の1人は駆け出したユウキが持つ二刀一対の剣により斬り刻まれた。攻略の最前線、現時点での最高難度とは思えない程の蹂躙だった。

 

 「皆、来るぞ!」

 

 眼が異常な数有る巨大な豚、そしてさっきの黒ローブ達が現れ、殺到する。が、黒ローブと巨大豚は敵対し、勝手に数を減らしていった。後は残党を適当に撃破、4人は先へと進む。

 

 「…敵なの?」

 「いや、それにしては感知範囲も狭いし一切動こうともしない。多分違うと思う」

 

 アスナの問いにキリトが答える。目の前に居るのは背が高く、青白く頬が痩けている女性。腹部からは鮮血が溢れ、白いドレスを紅く濡らしていた。背はかなり高く、恐らくエギルと同じかそれ以上だろう。女性は自身が見詰める先を指差す。顔の位置が高く影になって見えていないが、何かを願っている様にも思えた。4人は不意打ちを警戒しながらエレベーターに乗る。

 扉が無い為、初めて乗るシノンとユウキは不安げな表情を浮かべるが直ぐに到着し、安堵する。見えてきたのは円形のフィールドと乳母車。時折聞こえる赤子の泣き声が耳障りで、特にユウキとシノンは嫌悪感を丸出しにしていた。この中で最も耐久できるキリトが1人で乳母車の中身を見に行こうとするが、そのキリトの袖をユウキが咄嗟に引き戻した。

 

 「――来るよ!!」

 

 ソレは空から落ちてきた。顔は見えず、そもそも身体があるかどうかすら分からない。風に靡くカーテンの様に揺らぐ身体に複数の腕、その先端には指ではなく曲刀の様な刃があった。

 

 【メルゴーの乳母】 

 

 「これがこの悪夢の主ね…!」

 「皆、行くよ!」

 

 キリトは正面、ユウキは右、アスナは左から攻める。シノンは動き回りつつ矢をつがえ、弱点を探っている。先ずはキリトの先制、エリュシデータが乳母を斬り裂き、僅かに体力を減らす。ターゲットがキリトに向き、右から斬撃が振るわれる。横に跳んで躱し、後ろからアスナの突きが繰り出される。が、その刃は布を突き抜ける様に手応えが無く、ダメージも少なかった。刺突に少なからず耐性が有るのだろう。

 風切り音を響かせ、銀の矢が乳母を貫く。怯みもしない乳母に舌打ちをしつつ、次の矢を射る。それをカバーする様にユウキが右側面からデッドリー・シンズを放つ。銀の刃が金属音を何度も奏でながら乳母を斬り裂き、技後硬直が始まるコンマ数秒前に武器を変形、更に懐に飛び込んで連撃を加える。

 

 「ユウキ、退きなさい!!」 

 「――ッ!!」

 

 シノンの指示を勘に身を任せて実行する。すれ違う様に前に飛び込み前転、直ぐに後ろを向くと乳母が複数の腕を振り回しながら前進していた。あのまま攻撃し続けていればアイアンメイデンに入れられた者の様に身体中から血を流して死んでいただろう。背を這い上がる怖気を戦いの高揚で封じ込めて戦線に戻る。

 アスナのソードスキル、フォーリウムが乳母の纏う布を斬り裂く。独特な軌道で放たれる斬撃はしっかりと乳母の体力バーを減少させ、残りは7割強程度になる。

 乳母は一瞬硬直し、黒い羽を残して消える。いち早く位置を察知したユウキが叫ぶ。

 

 「アスナ、後ろッ!!」

 「ワープかよ、厄介だ…な!」

 「キリトくん!?」

 

 アスナの胴を斬り捨てる筈の袈裟斬りをキリトが受け止める。エリュシデータと乳母の()から火花が飛び散り、ギチギチと鳴る不快な金属音がどれだけの力が込められているか物語っていた。一瞬思考がフリーズしたものの、直ぐに復帰したアスナはキリトの隣から飛び退き、飛び込んでくるユウキに合わせてシューティングスターを使用、ユウキのライトニング・フォールと合わせた事で乳母の腕の1本を切断する。

 

 「逃がさないわよ…!!」

 

 シノンの精密な一射が乳母の頭をブチ抜く。残りの体力は5割、油断している訳ではないが楽かも知れないと考えた4人を嘲笑う様に全員を闇が包む。

 

 「これは…」

 「皆、気を付けろ!こういう時の敵は大抵――」

 

 自身の後ろに現れた乳母の斬撃を止め、キリトが警告する。

 

 「――不意打ちが基本だからな!」

 

 斬撃が止められるや否や直ぐに消える乳母。追おうとするキリトだがワープされては追えない事を悟り、気配感知を使うが全く感知出来ない。しかも乳母だけではなく、他の4人すら感知出来ないのだ。マズイ、その思考がキリトの頭を染め上げる。

 

 (これじゃ迂闊に剣も振れない…!もし誰かに当たったら、下手すれば死ぬ!)

 

 だが所詮は1体、金属音と周囲にさえ気を付ければそうそう当たらない。

 

 「がっ…!」

 「あぐっ…!」

 「きゃあぁぁ!」

 「っづぅ…!!」

 

 4人全員が苦悶の声を上げる。姿こそ見えないが、傷を負った事なら分かる。キリトは即座に居た場所から逃げる。その直後、乳母が我が子を抱き締める様に飛び掛かってきていた。シャキンと鳴るハサミの様な金属音が寿命を縮めた気がする。更に正面から先程ユウキにした様な乱舞を繰り出しながら迫ってくる。右に転がって回避するが、それを読んでいたと言わんばかりに乳母の腕が伸びてキリトの脇腹を斬り裂く。不快感が駆け巡り、脇腹から鮮血が零れ落ちるがソレと引き換えに判った事がある。

 

 (このボス、()()()()()!)

 

 最低でも4体、最高は何体か判らないが、少なくとも複数体居る事が判る。全ての腕を振り回している乳母が腕を伸ばしてキリトを斬るなど、少なくとも1体では不可能だ。ボスの仕様と言われればそこまでだが、今までの経験則でボスは強いが決して理不尽ではない事を知っている。闇の中かつ見えない斬撃など有り得ないとキリトは断言できる。

 能力の引き金はこの闇だろう。そうアタリをつけたキリトは何か明るくしようとアイテムストレージを流し読みし、松明を取り出す。アイテムストレージの中でも燃えた状態がキープされる松明だが、取り出した途端に()()()()()()。草食獣に喰らいつく肉食獣の様に、文字通り闇が火を喰ったのだ。他のアイテムも同じで、闇を照らす事は叶わなかった。

 

 「ぎぃっ…!」

 「ユウキ!?あなたどこに――あぁっ!」

 「ユウキ、シノン!クッ、邪魔よ!」

 

 闇が展開される前の優勢はどこへ、確かに狩る側だった筈の4人は何時の間にか狩られる側になっていた。嬲られ、今では互いの位置すら確認出来ず傷ばかりが増えていく。キリトは思考する。今までの経験、知識、記憶の全てを引っ張り出して打開策を練っているのだ。

 

 「チィっ…!」

 

 しかし攻撃を躱しながら、それも複数体から視界が制限された状態で思考を巡らせる事は難しい。現にキリトは防戦一方で、何より切羽詰まっていた。何故かキリトに向けての攻撃が激しく、数も多いのだ。まるで、逆転の一手を持つのがキリトであると言わんばかりに。だが攻撃が激しいという事実すら自分以外の者が見えなければ解らない事だ。キリトは必死に躱し続けている。

 が、限界は来る。一瞬、たった一瞬警戒が緩んだキリトは後ろからゆっくり音も無く迫る乳母に気付けなかった。身体ごと回転して放たれた巻き上げる様な一撃。気付いた時には当たる寸前で、自ら飛んでも高く打ち上げられ、闇が一瞬晴れると直後に地面に落ちる。言葉を放つ事すら出来なかった。

 

 「月…月なら、もしかしたら…」

 

 冷酷な蒼い光を放つ玲瓏なる月。その光なら、闇を晴らせるかも知れない。だが、既に消えた贋作をどうやって実体化させれば良いのか、キリトには分からなかった。ミコラーシュ戦で使えたのは飽くまでも偶然、しかも贋作の劣化版だとミコラーシュも言っていた。それで光を喰らう闇を晴らせるのかという懸念もあった。それでもやらないよりはマシだ、そう思ってキリトは念じる。

 その間にも皆は傷付き、苦悶の声を漏らす。それでも贋作は出て来ない。剣のシルエットすら見えない。ただ希う、また過ちを繰り返さない為の力を。

 

 ――欲しいのは英雄になる為の力なんかじゃない。ただ仲間を守れるだけの力を!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、馬の嘶きの様な音が聴こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これ、は…」

 

 目の前に突き立てられたソレは石の様な剣だった。石をそのまま削り出した様な、剣と呼ぶにも烏滸がましい一振り。普通なら使えるとは全く思えないその武器だが、キリトには確信が有った。これだ、と思った。これならば、きっと道を拓けると。

 手に取れば、エリュシデータよりも遥かに重い重さが右手を襲う。それでも良い。キリトは刀身を空いた左手で撫で、その剣の名前を呼んだ。

 

 「…この1戦だけ力を貸してくれよ、【月光の聖剣】」

 

 それはオリジナルにしてオリジン。贋作やその劣化などとは比べ物になる訳が無い。かの英雄と一時は讃えられた狩人だけが持った導きの光、その原物が今キリトの手に有った。

 光が強くなっていく。それに連れて闇が晴れていき、攻撃も穏やかになっていく。乳母がキリトに攻撃を仕掛けるが、もう遅い。飛び掛かってきた乳母向かって前進し、彼は聖剣を振り抜く。

 

 「オオオオォォォォォォッ!!!!!!」

 

 闇が、晴れた。碧き輝きが皆を優しく照らし、そして敵対した乳母を無慈悲に斬り捨てた。だがまだ死なない。乳母はゆっくりと立ち上がると飛び退き、動かなくなる。回復ではなく、様子見に徹しているのだろう。

 

 「キリト、その剣は?」

 「良いから早く決めるぞ!…あんまり長くは保たない!」

 

 確かに聖剣を扱えてはいるが、キリトは元々聖剣の持ち主ではない。持ち主は今ここではない悪夢に居るが、所持を拒否してキリトに権利を譲渡したに過ぎない。故にキリトは聖剣を十全には使えない。ここには居ない彼専用にチューンナップされた物を十全に扱うなど、絶対に不可能だ。

 キリトを狙う腕。その腕の全てが射抜かれ、動きを止める。シノンの射撃だ。更にワープで逃げようとする乳母の動きを止めたのはユウキとアスナのラッシュだ。目にも留まらぬ速度で繰り出される連撃は、幾ら威力が低くとも怯ませるには充分なダメージ量だった。

 ここまでお膳立てされては決めない訳にはいかない。キリトは駆け出す。剣は引きずり、火花が地面と剣から散る。それでも自分に出せる最高速を出し、渾身の力で逆袈裟に振り上げる。

 

 「ダメージが足りない!キリトくん、下がって!」

 「任せてくれ。足りないなら、もう一発ブチ込めば良いんだろ!!」

 

 巧みな体重移動で立ち方を切り替え、筆記体のLを描くように振り下ろす。斬撃の後に巨大な光波が追従し、完全に乳母の体力を0にする。乳母の身体はポリゴンとなって消え去り、残っているのは地面の斬痕と乳母車のみ。時折響く赤ん坊の鳴き声は虚しく遠ざかっていき、最後には消えてしまった。それと同時に、聖剣も砕け散った。

 

 「…ありがとう、本当に助かったよ」

 

 そして背後から先程の女性が現れる。敵かと身構える全員だったが、女性はそんな事は気にせずに乳母車の近くへ歩み寄る。そして何かを抱きかかえ、4人、向けて深く深く礼をした。その直後に現れる『HUNTED NIGHTMARE』の文字。

 真っ白に染まっていく視界に、全員集まって手を繫ぐ。浮いていく様な感覚と共に現れるのは聖剣を惜しいと思う心。だがもう無い物は仕方無い。4人はあと2体の悪夢の主を狩る為に光の奔流に身を任せるのだった…



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62話 上位者『月の魔物』

 ユウキ「最近、ボクとシノンが活躍してなくない?」

 シノン「それもそうよね。幾らキリトとアスナが出てなかったからってここでしわ寄せが来るのはおかしいわよ」

 ユウキ「ま、その事は後でしっかりとお話しておかないとね」

 シノン「それは任せたわ。さて、じゃあこの62話を楽しんでいってね?」


 「皆、居るか?」

 「多分居るわよ。…で、ここはどこなのかしら?」

 「マップ表示がバグってる。分かんないね」

 「でも、不思議な雰囲気ね。夢の中に居るみたい」

 「取り敢えず進まないと始まらないな。あの家の中に行こう」

 

 無数の墓が立ち並ぶ石の道を進み、その先にある建物の中に入る。扉は誰かを迎え入れる様に開いており、その狭い室内を曝け出していた。本が乱雑に積み重ねられ、収納箱と思しき箱の中身は整頓という言葉からかけ離れており、中身はグチャグチャだ。作業台も道具や素材がごちゃまぜになって置かれていて、まるで何かに追われている様に作業をしていた様に感じた。

 

 「何も無いね、ここ。しかも埃っぽいし」

 「掃除も何もやってないって事でしょ。こんな適当な片付け方をする様な人みたいだし」

 「確かに、かなり乱雑に置かれてるな。何が有ったのか分かんないけど、実際汚いしな…」

 「…何かを追って、何かに追われてた…?」

 「アスナ、どうかしたの?」

 「ううん、大した事じゃないの。ただ、この家を使ってた人は何か義務感みたいなのに追われてたんじゃないかなって思っただけ」

 「義務、ね」

 

 シノンには心当たりが有った。恐らくこの家を使っていたのは狩人だと思っている。今まで触れてきた情報で、義務や仕事に関しての情報など無かった。そしてシモンを含めたNPCが良く言っていた「早く夜を終わらせる」という言葉はまるで仕事を急かす様だった。つまり、狩人の仕事は一刻も早く夜を終わらせて獣を狩る事。そしてアスナが言った義務感に追われていたという予想が本当に当たっていたとするのなら、狩人以外有り得ないとシノンは思っていた。

 

 「ねぇキリトくん、このお墓見てよ」

 「なっ…趣味が悪いにも程があるぞ。こんなのあの2人が見付けたら、少なくともマトモじゃいられないぞ!

 

 アスナが見つけたその墓にはシュユの名が刻んであった。慌ててフレンド欄を確認すると、しっかりとシュユの名前の下には『ALIVE』と生きている証が表示されている。だがこのヤーナムではどんなイレギュラーが有るか分からない。もしかしたらシュユは死んでいるかも知れない。だがこの墓をシノンとユウキが見たらどうなるか、想像は難くない。その未来が分からない程馬鹿ではないアスナはその墓を蹴り倒し、名前が分からない様に粉々に蹴り砕いた。

 

 「…アスナ、何してるの?」

 「その、気持ち悪い虫が居て…つい、ね?」

 「それは別に良いんだけどさ、キリト離してあげたら?」

 「そ、そうね。ありがと、キリトくん」

 「あ、あぁ…」

 

 ユウキとシノンが見に来る瞬間にアスナはキリトに抱きつき、そして虫など居なかったのに息をする様にスラスラと言葉巧みな話術で乗り切った。そんなアスナの演技力と機転にキリトはアスナを敵に回さない様にしよう、と固く心に誓った。

 この場所は決して広くない。家と裏庭、墓を調べると残りの場所は1つしか無い。名前も分からない、白い花が咲き乱れている場所。目印は大木だろうか?空を支えている様にも見える大木の根本だけではなく、周囲の塀の傍にも墓が乱立している。

 

 「さて…お出ましだね」

 

 紅い月を背後に降りてきたソレは異形そのものだった。先程倒したメルゴーの乳母も言葉で説明し難い外見をしていた。鴉とローブを着た人間が同化したと言えば、ほの姿を知る者なら姿は思い描ける。それは目の前のソレも同じだ。言葉で説明出来ない事は無いが、だが何も知らない人にその言葉で容姿を説明した時、明確にその姿を想像するのは難しいだろう。

 その姿は何とも名状しがたい。身体はどう見ても四つん這いになった人間ではあるが、その身体は通常では有り得ない程に痩せさらばえ、肋骨と背骨は剥き出し。外皮か肉か見分けがつかないモノが四肢と胴体背面部にある。次にその貌。頭には触手か感知器官らしき器官が獅子の鬣の如く揺らめいており、その貌はただ穴の空いた仮面を着けた様に無貌。人間に有るべき眼も口も鼻も何も無く、本当に仮面を着けている様に見える。尻尾は複数本の細い触手の様なモノが枝の様に分かれている。

 見ているだけで自分の中の大切な何かがズレていく様な感覚を4人は覚えた。ソレは様子見をする様に全員を見詰め、まだ動かない。

 

 【月の魔物】

 

 「っ…ゼアァッ!!」

 「わざわざ止まってくれて…ありがとうッ!!」

 

 キリトの斬撃が月の魔物の左手にヒット、更にシノンがすかさず放った矢も顔の孔に吸い込まれる様にして命中した。ボスだというのにそれなりに体力は減少し、メルゴーとは違う赤い血が傷口から噴き出す。

 月の魔物は漸く1歩踏み出すと、右手をユウキに向けて突き出した。突きは右にステップして回避、追撃として薙ぎ払われた手を屈んで回避するとその手に矢が突き刺さる。一瞬怯む月の魔物にアスナとユウキが連撃を加え、そして退避する。案の定、ユウキが居た場所に尻尾が突き刺さる。そこから月の魔物は大ジャンプし、シノンの前に着地する。両手での乱打をシノンは敢えて懐に潜り込む事で回避、更に剣に変形させた弓剣で斬りつける。弓として扱うならまだ大丈夫だが、剣として扱うにはSTR(筋力)が足りないシノンでは剣に振られ、あまりダメージを与えられない。だがそれは別に良い。

 

 「俺を無視しないでくれよ!!」

 「私もね!!」

 

 キリトとアスナの斬撃が月の魔物を襲う。その細い身体に見るも無惨な傷が刻まれ、そこから噴き出した血液が全員の服を濡らす。だが構わない。月の魔物の体力バーはもう半分にも満たず、残り体力は4割3分といった所だろうか。メルゴーよりも弱い、そう確信する4人の耳に劈くような咆哮が届いた。

 

 『―――――――――!!!!』

 「なっ!?」

 「皆下がって!一先ず体力を回復しないと!」

 「流石に死ぬわね、早く回復しないと…!」

 

 その瞬間、4人の体力が残り1になった。1割とかそうい

う次元ではない。文字通り残り体力1なのである。キリト、アスナ、シノンはポーションを。在庫が無いユウキは輸血液を砕いて血を取り込む。それを見つけた月の魔物はユウキの周囲一帯に白い靄を発生させ、それを爆裂させた。

 

 「ああああああァァァァァ!!??!」

 

 そしてユウキの絶叫。血を浴びたユウキのパラメータには何も変化は無い。多少のダメージはあるものの、普通のボスの攻撃ならもっと体力は減らされる。靄の爆裂にはダメージが無かったらしいが、ユウキの様子は少なからず尋常ではない。助けに行こうとしたシノンの前で、有り得ない事が起きた。

 

 「…殺さなきゃ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()ユウキはゆっくりと慈悲の刃を持ち上げ、目の前で止める。剣で月の魔物を指し、剣を2本に分割すると駆け出す。目にも留まらぬ斬撃、それでも一撃一撃は軽い。だがボスにしては体力が低い月の魔物は抵抗する事も無く、大人しく体力を減らされていた。まるで子の成長を喜ぶ親の様に。それは残り1割を切っても変わらない。それから5分も経たない内に、月の魔物は死んだ。

 だがユウキは必要以上に死体をいたぶっていた。剣を突き刺し、肉を斬り裂き、グチャグチャと音を立てて肉を穿り返していた。その顔に笑顔は無い。()()()()()()()()()()()()()()、そんな意思がひしひしと伝わってきた。紫紺の髪や服にもう面影は無い。赤い、ただひたすらに赤い。今のユウキを彩るのは全てが返り血で、その様子はとても残酷で凄惨、それでいてどこか艶めかしかった。

 再び白く白く染まっていく視界。その中で、シノンの視界には最後までユウキがグチャグチャにした死体が残っていて、上げる血飛沫をシノンはただ無感情に俯瞰していた…




 私は月の魔物イベントボスだから弱い説を強く推してます。


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63話 上位者『ゴースの遺子』

 クライン「前回のあらすじのコーナーだぜ!」

 エギル「前回は月の魔物との戦いだったな。それにしてもどうしてあんなに弱いんだろうな。本家でも1つ前のボスの方がよっぽど強いんだが…」 

 クライン「ん〜、分かんねぇ!でもそういうのを考察してくのがフロムゲーの醍醐味ってヤツなんじゃねぇのん」

 エギル「それもそうか。じゃあそろそろ――」

 クライン「63話、楽しんでくれよな!」

 エギル「クラインお前、俺の台詞を…」


 海があった。大きな川なら下の階層に有ったが、海を見たのはSAOに閉じ込められてから初めてだろう。だが白い砂浜、蒼い海、そんなリゾートである訳が無い。確かに砂浜は白いがその白さは綺麗な白さではなく骨の白さ、虚ろだった。海の蒼も死んだ蒼、自分から入ろうとは決して思えなかった。

 その浜辺に転がる、白い物体。ソレを見たキリトとアスナは怖気を覚え、シノンは未だ無感情に見詰め、ユウキはソレを狩らねばならないと思っていた。剣を握る両手が疼く。まだ自制は効いているが、ソレが動き出せばこの衝動(殺意)を抑えるのはきっと難しいのだろう。

 

 「何、あれ…?」

 「白い、ナメクジ?それにしてはデカいな」

 

 動かない所を見ると死んでいるのだろう。ヤケにテカテカとしているナメクジは見ていて気持ちいいものではない。アスナが目を反らした時、ソレは動いた。

 まるで子供が産み落とされる様にしてソレは産まれ出た。グジュ、ジュグ、と生理的嫌悪感を抱く音を立てながら産まれたソレは老いた姿をしていた。外見は老人そのものだが、手には胎盤を持っていてそこは赤ん坊と思わせる要素がある。ソレは1歩2歩と踏み出すと空を仰ぎ、産声を上げた。

 

 「ゥアアアアァァァァァァァ!!!」

 

 【ゴースの遺子】

 

 嗄れた声で産声を上げたゴースは手に持つ胎盤を振り回し、4人に迫る。シノン、キリト、アスナの3人はバックステップで回避したがユウキは違う。首を狩る様に振られた胎盤を体勢を低くして躱し、剣をゴースの身体に突き刺したのだ。だがその剣は硬い皮に阻まれて切っ先しか刺さらず、むしろ遺子に反撃の機会を与えてしまった。

 

 「っづぅ…!」

 「そんなに突っ込むものじゃないわよ、ユウキ」

 

 スレスレでの回避。キリトとアスナは肝を冷やし、絶句しているにも関わらずシノンは全く慌てていない。あまりにも冷静――否、冷徹なその態度にアスナは薄ら寒くなる様な感覚を覚えた。

 だがその冷徹なまでの冷静さから放たれた一矢はゴースの頭に突き刺さり、追撃の矢が開いたままの腹部に3本突き刺さる。アスナの突きが胎盤を持つ手に直撃し、キリトの斬撃が首に叩き付けられるが遺子は怯まない。そして視界の端の体力バーは1()()()()()()()()()()()()()()()()。悪い上段だと思えたならどれだけ良かっただろう。しかし、視界に嫌でも映る体力バーの量は増える事も無ければ減る事も無い。その事実が心を挫きそうになるが、その弱気な思いを鼓舞する様なユウキの叫びが場を震わせた。

 

 「ハアアアアァァァァァ!!」

 

 ミコラーシュにトドメを刺した際に使った、現在のSAOに於いて最多の連撃数を誇るであろうスターバースト・ストリーム。ソレを凌ぐ程の連撃をユウキが放っていた。やぶれかぶれではなくしっかりと、繋ぎの事まで意識している連撃がゴースを襲う。反撃の芽を潰す様にステップを挟み、そのステップからの攻撃で本領を発揮する慈悲の刃の連撃は通常の敵ならば抵抗させずに倒し切る事も出来ただろう。そう、通常の敵ならば。

 ゴースは後ろに跳ぶと胎盤を振る。明らかに届かないその攻撃はゴースの手から伸びた緒のせいで立直が伸び、地面を削り取った。飛来する礫から身を守るが、一瞬だけゴースの位置を見失う。その隙を突くゴースの横薙ぎが全員を襲った。幾ら遠心力が乗っているとは言え単発、躱す事は難しくはない。

 

 (まさか、二撃目か!?このままじゃ――)

 

 キリトなら耐えられる。シノンはそのずば抜けた観察力で既に見切っており、回避を始めている。ユウキもその持ち前の反射神経で回避か被害を最小限に抑えた防御をするのだろう。しかし、アスナはどうだ?確かにアスナは強い。だが未だ発展途上。ユウキとシノンにはまだ及ばない。躱しきれない攻撃、しかも通常破壊不能な地面を抉る程の一撃、それを防御面は脆弱なアスナが受ければどうなるか、解らないキリトではなかった。

 

 「グッ…!!」

 

 自分が回避する事は捨て置き、アスナを突き飛ばす。一撃目の回避で体勢が崩れ掛けていたアスナは容易く押し飛ばされ、攻撃のコースからは外れる。そしてキリトは一撃目よりも速く、重くなった胎盤を防御する。魔剣クラスのユニークウェポンであるエリュシデータですら軋む気がする一撃。キリトは耐え抜く事が出来ずに吹き飛ばされ手しまった。

 

 「キリトくん!!?」

 (っ、立てない…!指すら動かないとか、嘘だろ)

 

 当然の帰結だ。本来の聖剣を扱えない筈のキリトが本物の聖剣を顕現させただけではなく、短時間とは言えその力を十全に扱って見せた。その負荷がどれだけのものか、想像すら出来ない。本来50キロのバーベルしか持てない人が突然限界の2倍、100キロのバーベルを無理して持ち上げ、その状態をキープしている様なものだ。筋繊維は悲鳴を上げ、下手をすれば断裂すらも有り得る。

 そんな馬鹿げた事を成したのがキリトだ。しかし聖剣の放つ光波は本来運営(カーディナル・システム)が認めていないイレギュラー。その光波が影響を与える物への演算をキリトの仮想脳が全て行い、オーバーヒートを起こしているのだ。あまりの負荷に仮想脳が自壊を防ぐ為にアバターへの命令をシャットアウトしている。後にこの減少は零化現象(ゼロフィル)と呼ばれる事になるのだが、今この場に居る彼らがそんな事を知る由もない。突如動かなくなった身体に混乱するだけだ。

 駆け寄ってくるアスナに2人を援護しろ、と言おうとするキリトだが口すらも動かない。まだ追撃は無いが、いつ追撃されるかも分からない。そうなれば体力が半分を切っているキリトは死ぬだろう。そうさせない為にアスナはポーションをキリトに振り掛け、剣を抜いて警戒する。

 

 (どうして体力が減らない…?ギミック系のボスだとしたら、何か有る筈なのに)

 

 キリトは記憶を探る。ゴースは上位者と呼ばれる存在だ。その名は『姿なきオドン』と共に語られている。しかし明確な話や言い伝えは全くと言って良いほど無く、対処法が解らない。夢の主という点で言うならメルゴーと月の魔物と同一と言えるのだろうが、共通点はそこだけだ。姿も戦い方も、何もかもが違う。

 

 (胎盤…つまりアレは赤ん坊?だけどあの姿は…いや、姿なんて関係無いのか。赤ん坊に胎盤、つまりあのナメクジの死体は子宮って事になる。でもなんで海にナメクジが居るんだ?塩が駄目なら海水も無理な筈。…いや、待てよ?確かそうだった筈。でも確証が無い。アスナに聴ければ、或いは…!)

 

 全く動かない口と震わない声帯を無理矢理動かし、声を絶え絶えになりながらも出す。蚊の泣く様なか細い声は確かにアスナに届いた。

 

 「ア、スナ…」

 「キリトくん、大丈夫!?」

 「今は、それよりも…羊水の成分は海水と同じ。これって、本当なのか…?」

 「…?うん、同じだよ。でも、どうしてそんな事を?」

 「2人に、伝えてくれ…。ボスは、まだ出てきてない…って」

 

 何故そうなったのか。これは今戦っているボスを演出と捉えたからだ。未だ胎盤がくっついている赤ん坊が今のボス。しかしダメージは与えられていない。それはつまり登場演出の真っ最中という事ではないだろうか?ナメクジを子宮と見立てた時、確かにゴースは産まれている。しかし、未だに羊水が出てきていない。それどころか子宮に羊水が存在しなければ赤ん坊は死んでしまう。羊水は胎児を育てる上で大事な役割を担う。まだ手には胎盤を持ち、その胎盤にはゴースと胎盤を繋げる緖がある。つまり、あの海は巨大な羊水。ゴースの遺子は戦いこそすれ、まだ本当のボスではないのだ!

 しかし、そんな予想を立てたとて戦況が覆る訳ではない。むしろユウキはゴースに掛かっていき、シノンがそれを援護している状況に拍車が掛かっていた。もどかしさがキリトを包み込むが、行動を仮想脳が許さない。

 ゴースが自らの血を地面に押し付ける。その直後、シノンの足元が爆発する。浮いたシノンを縦に振るわれた胎盤が地面に叩き付け、カバーに入ろうとしたユウキに重いボディーブローが叩き込まれる。シノンとユウキは蹲り、動けない。ここからアスナがフラッシング・ペネトレイターでゴースに突っ込んだとしても怯みを取れるかすら怪しい。ここままでは2人が危うい。そう感じたアスナは駆け出し、キリトも身体を僅かに動かすが届かない。

 

 「シノン、ユウキッ!!」

 

 アスナの声が2人の名を呼んだ直後、雷鳴の様な轟音が空気を震わす。ここで初めて怯むゴース、そのひらかれた腹部に手刀がブチ込まれ、直後には血と臓物が撒き散らされる。幾らSAO広しと言えど、手刀をエネミーの体内に突き刺して内部から引き裂くという行為をするのは1人だけ。白いオーラを立ち昇らせる背中は懐かしく、ユウキとシノンが渇望した人物の背中と同じ――いや、その背中の人物そのものだった。

 

 「どうだ上位者、ヒトの一撃は効くだろう?」



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64話 上位者『■■■■■■■■■■■(そんなものは存在しない)

 リズ「前回のあらすじーーー!!!」

 シリカ「前回はやっっっとシュユさんが皆さんに合流しましたね!」

 リズ「にしても流石は主人公の片割れ、良いところで来るわね」

 シリカ「そんなメタい事は言わなくても…」

 リズ「ま、ここはメタ空間だし良いでしょ。…本編だと出て来てないしね、あたし」

 シリカ「私は一応出ましたけど…まぁほんのちょっとですけど」

 リズ「今回でヤーナム編は終わりだし、直ぐに出られる…筈よ」

 シリカ「筈ですか。取り敢えず64話、楽しんで下さいね!」


 走る、兎に角走る。時計塔から飛び降り、廃れた廃村に辿り着くとシュユはひたすらに走っていく。半ば気絶に近い形で睡眠を摂ったシュユだが、実際はその夢の中でマリアの持つ知識のほぼ全てを頭に叩き込まれていたせいで身体の疲労は半分ほど回復したが頭の疲労は回復どころか増していた。

 頭が酷く痛む。恐らく他人の記憶を無理矢理捩じ込まれた現実の脳と通常では有り得ない負荷を掛けられた仮想脳が悲鳴を上げているのだろう。それをいつも通りに抑え込み、目の前に見える上がっていて通常は登れない梯子にナイフを投げて梯子を落とし、通常のコースを無視して進む。

 人造の上位者、本当の上位者など訳の分からない言葉が脳内を巡る。少なくとも分かったのはマリアは人が造り出した上位者()を隠す為に時計塔に居た事と今居るこの廃村が狩人の、ひいてはこの世界(ヤーナム)の恥である事だ。

 ヒトが上位者(言ってしまえば宇宙人の事だ)を造り出し、通常では知り得ない知識を得て自らの身を上位者へと昇華させる事を目的にこの世界の2つの勢力の片割れ【医療教会】が計画、そして実験の末に産み出されたのがこの先に居るであろう【ゴースの遺子】だ。先程居た【実験棟】で彷徨っていた肥大化した脳味噌の患者はその犠牲者(失敗作未満)であり、シュユ倒した4体で1体のボスが【失敗作たち】の名の通り、()()()()()()()()()()()()()。殆どの上位者はヒトが理解出来ない言葉で喋るらしく、故に失敗作たちは一言も発さなかったのだろう。

 全速力で走り続けているからだろう、四肢が重く立ち止まりたくなる。その仮想脳が齎す偽物の感覚を受け止め、その上でまだ走る。足元は水が張っており、その水音で目の前の頭に瘤がある巨人が振り向く。それを認めたシュユはマリアから譲り受けた【落葉】を分割、二刀にすると短剣の方を投げつける。頭に突き刺さった短剣に跳んだシュユが膝蹴りを打ち付けると脳を貫かれた瘤頭は轟音を立てて倒れ、血を大量に噴き出して死んだ。

 赤いオーラが身体に吸い込まれていく。これは【血の遺志】と言うらしく、狩人の『身体』となるモノらしい。それと対を成すのが【啓蒙】で、ヤーナムに足を踏み入れた者は誰もが必ず持っている。しかし、それがどちらに傾いても駄目らしい。血の遺志に偏れば殺意に揺さぶられ、啓蒙に偏ればヒトらしさを失う事はマリアの記憶から学んだ。

 ほぼ確実にユウキとシノンはどちらかに偏っているだろう、そう確信を持っているシュユは目の前の霧の壁を通る。手に持つ武器を振り下ろそうとする上位者(ゴースの遺子)の胴体に狙いを定め、マリアが使っていた銃――【エヴェリン】の引き金を引く。雷鳴にも似た轟音が空気を震わせ、弾丸が喰い込んだ上位者はよろめく。そのガラ空きの胴体に手刀をブチ込み、内臓を引き裂く。

 

 「どうだ上位者、ヒトの一撃は効くだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「シュユ、なの…?」

 「久し振り、シノン。ユウキも、オレが居ない間はどうだった?」

 「心配に決まってたじゃん!ずっと、シュユの名前の下に赤い文字が書かれたらって思うと、ボクは…!」

 「…悪かった。頑張ったな、2人とも。後は任せろ」

 

 2人の肩をポンと叩くシュユ。すると、その触れた所からユウキからは赤い靄が、シノンからは薄い青の靄がシュユに流れ込む。2人を取り巻いていた感覚が消え、その全てがシュユに収束する。

 

 「こんなに血の遺志と啓蒙を…。でも安心してくれ、コレはオレが持っていくから」

 

 ゴースが立ち上がる。だがそれは普通の立ち方ではない。まるでビデオを逆再生する様に不自然かつ早い立ち上がり。だがシュユは慌てない。落葉を突き付け、警戒を最大限に高める。

 

 「そんな外側、さっさと捨てて出て来いよ。オレはお前の事を全部知ってる。もう無駄だ」

 

 ゴース――否、ソレすらない存在は文字通りゴースの身体を脱ぎ捨てる。現れたのは半透明の人間。背中には歪な翼が有り、右手は肥大化した異形の獣、左手は何本か数える事も億劫になる数の触手が腕の形を象っていた。顔はしわくちゃの老人だが、その左目の瞳は蕩けて形を失っていたが右目はしっかりと残っていた。

 

 『…時計塔のマリアか、()の事を貴様に教えたのは』

 「あぁ、そうだ。メルゴーの乳母に月の魔物、そしてゴースの遺子。他にも上位者は居るが、その中で唯一名を持たない存在。それがお前だ、悪夢の核」

 『悪夢の核か、確かに正鵠を射ている名だ。だが()の事を知っているとして、どうする?()は不定形であり、この悪夢の核。殺す事も狩る事も出来ないだろう?』

 「殺せない?それもそうだ、夢は覚めても殺す事は出来ない。そんな事は分かりきってる」

 『ならばどうする?このまま()に嬲り殺しにされるか?』

 「なぁ、ここに居る全員に問題だ。()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 このボスには体力バーは存在する。だが、攻撃を当てられないボスの体力は減らせない。どこからどう見ても絶体絶命のこの状況下でシュユは呑気に問題を全員に投げ掛けている。その状況をボス――仮称【悪夢の核】は楽しんでいるらしく、明らかに攻撃に用いるであろうその両腕を使わずに突っ立っている。

 

 「正解は月、そうだろ…?」

 「キリトくん、無理しちゃ駄目だよ!」

 「…その通りだ、キリト。お前はさっさと休め。ユウキ達を守ってくれてたんだろ?恩は返すさ」

 「そう、するさ…」

 『それで、月が有るからどうした?それで()が殺せるのか?』

 「あぁ、殺せるさ。簡単じゃないが、お前と戦う事無くな」

 『ほう?やれるならやってみるが良い。妨害はしないぞ、どうせ出来ぬのだからな』

 「その言葉、忘れるな…よ!!」

 

 シュユは葬送の刃に武器を持ち換えると狩人の高揚(ハンターズ・ハイ)を発動。真上に跳び上がる。更に木材を足元に実体化、それを蹴って更に跳ぶという離れ業をやってのける。そして高度限界に辿り着くと、全てを葬送の刃に込める。力も、血の遺志も、啓蒙も、何もかもを。鈴の音がどんどん大きく、そして多くなっていく。連鎖した音色は轟音となり、武器を振動させる。暴れ狂う葬送の刃を抑え込み、全力で武器を振り抜く。天蓋を斬り裂き、その先の()()()()()()()()

 

 『……まさか、月を消すとはな』

 「この世界の月には特別な意味が在る。夢を与えて夢を監視する存在だからどんな夢にも月は存在した。お前がマリアの言う通りに悪夢の核だとしたら、お前は月自身だって結論に至る。誰にだって解る事だ」

 『それでも()を消せる者が居たとは思わなかったぞ。…さぁ、夜が明け、夢が覚める。もう、これで――』

 

 悪夢の核は消え去った。戦う事など無く、ただ1人の規格外の強さと機転により討たれたのだ。その本人も今まで溜め込んでいたモノ全てを解き放った事で、既に意識を保つ事すら困難な状態に陥っていたのだが。

 

 「シュユっ!!」

 「ゴブッ…!ゆ、ユウキ…もう少し労ってくれないか…?オレ、今にも意識飛びそうなんだからさ…」

 「どうしてこんなに心配掛けるのよ、あなたは!」

 「た、叩かないでくれ…飛ぶっ、そろそろ意識飛んじゃうから…」

 

 意図してなのか、シュユに追い打ちを掛ける2人。シュユはどうにか意識を保ちつつ、2人を見る。固まった返り血でカピカピになった髪、スレスレの回避を重ねたお陰で擦り切れた服、それを見ただけで自分が居ない間どれだけの激戦を潜り抜けてきたのかが解る。だが2人の心の痛みに自分の心の痛みは敵わないだろう。そうシュユは思う。

 シュユは今までの戦いの疲労で軋む身体をどうにか動かして2人を抱き寄せる。血の臭いが強いが、その中に嗅ぎ慣れた2人の香りを感じると途端に涙が出そうになり、それを2人の髪に顔を埋める事で隠す。涙声にならないように気を付けながらシュユは言った。

 

 「当分は戦わないで2人と一緒に居るよ。それで許して、くれないか?」

 「…ホントに?」

 「あぁ、勿論。流石に戦い飽きた。ボスを何体もソロ討伐すれば――」

 「ソロ討伐?ねぇシュユ、そんな馬鹿げた無茶を、しかも何回もしたの?」

 「…………………」

 

 不味い。このままでは怒った2人に更に叱られる。そう直感したシュユは形を崩していくこの世界(ヤーナム)を少しの間見ると、目を閉じて呆気なく意識を手放した。

 

 「ちょ、シュユ!?」

 「…これは後でお仕置きだね」

 

 結局は同じ事らしいのだが。




 いつからヤーナムでラストバトルが有ると錯覚していた?そりゃあ存在していないものとは戦えませんよ。


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7章 Suppressed feeling
65話 歌姫(拉致)


 アスナ「前回のあらすじのコーナーだよ!」

 ユウキ「前回はラストバトル詐欺みたいな感じだったね。戦闘描写と言える描写なんて無かったし」

 アスナ「まぁ、あれでも頑張って考えたらしいよ?オリジナルのボスとの戦闘を書くのも楽しそうだけど、敢えて戦わないっていうのも面白そうって事でああなったらしいね」

 ユウキ「へぇ〜、そうだったんだ。ま、そんな事より65話、楽しんでね!」

 アスナ「そんな事って…ナチュラルに毒を吐いたね、ユウキ…」


 (やっぱり47層は凄いな。花の香りで階層全体が満たされてる感じがする)

 

 第47層の街、フローリアにシュユは居た。格好はいつもの戦闘服(バトルクロス)ではなく灰色のジーンズにNPCが売っていた「一般人」とデカデカとプリントされているTシャツ、その上に灰色のジャケットを羽織るという見事な灰色づくしの格好だ。

 というのも、今のシュユは武器の類の殆どを没収されているからだ。あれから目覚めたシュユは2人からの説教でこってりと絞られ、お仕置きとして最低1月の間は戦闘を禁じられた。更に何かとトラブルに巻き込まれるシュユが自ら渦中に飛び込んでいかない様に葬送の刃と落葉、老狩人シリーズをメンテナンスも兼ねて没収、今頃は恐らく2人のどちらかが保管しているだろう。今のシュユが持っているのは戦闘用のアイテム各種と刀身が半ばから折れている千景だけだ。その千景も今はもう武器として運用するには不安が残る為、結局戦えないのと同じなのだが。

 

 (…そう言えばここはデートスポットだったな。何とも居心地が悪い。リア充がそこかしこに居るし。まぁ恋人に依存するのも仕方の無い事なんだろうな)

 

 フローリアはその花が咲き乱れる美しい光景から、カップルのデートスポットとしてメジャーなものになるのはそう時間は掛からなかった。まぁデートスポットと言ってもそうカップルの数は多くない。それはSAO内の男女比が8:2 、下手をすれば9:1と言われる程の偏った男女比が原因だ。幸運にも(今となっては皮肉だが)SAOの初期生産分10000本を手に入れた者の中で肉弾戦闘がメインになるSAOを好むのはやはり男性の方が多かった。故に仕方無いと言えば仕方無いのだが、それでもイチャつくカップルを横で見るのは気まずいし惨めになるらしい。故にテイマーでもなければこの階層に近付く者はそう多くない。

 それでも花は綺麗だし、香りも良い事には違いない。現実とは違って花粉症は無いので現実ては花粉症の人だったり攻略組で戦いに疲弊した精神を癒やす為に来る人も多い。一定数の需要が有るのだ。

 

 「―――、―――♪」

 「…歌?」

 

 弦楽器が奏でる旋律に乗せられた言葉は確かに歌だった。SAOで歌、もっと言えば音楽を聴く機会は多くない。たまに鼻歌を歌う人は居るが、スキルを用いた歌などシュユは初めて聴いた程だ。バージョンアップによって今は味が付いたが、以前はNPCの店で食べる料理に味が無かった事も有って【料理】スキルを取得した者は少なくない。

 空腹感を感じるSAOで食事をしないのは精神的にも辛い上にデバフが付与される事も有り、彩り豊かでも味がしない料理を食べる事を嫌がって料理スキルを取る事は有っても、言ってしまえば不必要な音楽に【作曲】と【演奏】を取る者は少数派だ。

 それも今歌っている誰かの歌は恐らくオリジナルだ。しかも演奏を間違える事無く、機械で奏でる様に精密で確実な音色を奏でている。風の噂では演奏スキルの熟練度が低い者の演奏は間違いだらけで不協和音、聴けたものではないらしい。

 

 (…楽器は多分オリジナルだな。じゃあ【調律】に【楽器作成】のスキルも持ってるのか。凄いな、鍛冶スキルと違って利益を上げられるかすら怪しいフレーバースキルをそこまで鍛えられるなんて)

 

 戦わなければ脱出出来ないSAOでは武器が売れる。同じ理由でゲームオーバー()を遠ざける防具も売れるし整備でコルを稼ぐ事も出来る。それで生計を立てるのが鍛冶士(スミス)だ。しかし、目の前の少女はフレーバー(趣味)スキルでスキル枠を殆ど埋めている筈だ。そんな事が出来る彼女の勇気にシュユは素直に称賛を贈った。

 そんな事を考えているとBGM()が止まる。シュユが拍手を贈ると歌っていた彼女は不思議そうな目でシュユを見詰めた。

 

 「――良い演奏だった。…どうかしたか?」

 「…いや、そんなストレートに言われたの初めてだったから、少しびっくりしただけ」

 「オレは嘘も言うし隠し事もするが、世辞は言わない。良いと思った歌は良いとハッキリ言うさ」

 

 世辞は言わない(ユウキとシノンに対しては除く)である。

 

 「ねぇ、名前は?」

 「オレはシュユ、そっちは?」

 「私はユナ。どうしてこんな所に居るの?」

 

 周りを見ればもう誰も居ない。時間も逢魔が時と呼ぶに相応しい夕暮れだった。昼と夜は人気の第47層だが、夕暮れ時にはユニークエネミーが出ると言われておりその時間帯になるとフィールドを出歩く者は殆ど居なくなる。故に人は居ないのだろう。

 

 「キミの歌が聴こえたから。それにやる事も無かったしな」

 「何それ、暇じゃなかったら来てくれなかったの?」

 「……………」

 「そこは黙んないで欲しかったかな〜」

 「悪い、冗談だ。良い歌だったから、やる事が有っても多分寄ってただろうな」

 「それ、真顔で言うことじゃないよ、多分。…えへへ、でも嬉しいな」

 「コレ、貰ってくれ。あんなに良い歌を聴かせて貰って何も渡さないのはオレ自身が許さないからな」

 

 そう言ってシュユが渡したのは水色のリボンだった。ある時クエスト報酬で貰ったのだが、周りの女性プレイヤーでリボンを使う人が居なかった為アイテムストレージの肥やしになっていた。ユナは水色が主体のファッションだ。統一性が出る(かも知れない)ので渡したのだ。

 

 「…そういう事なら貰っちゃおうかな!」

 「あぁ、そうしてくれ」

 

 ユナは帽子を脱ぐと長い茶色の髪をリボンで結わえる。そしてシュユの目の前で1回転すると無邪気な笑みでシュユに質問した。

 

 「どう、似合う?」

 「…あぁ、凄く」

 

 その答えに満足したのか、ユナは笑顔のまま楽器を抱えて帽子を被った。

 

 「じゃ、もうそろそろ行かなきゃ。じゃあね!」

 「…また、歌を聴かせてくれるか?」

 「……うん、勿論!!」

 

 シュユは後ろを向き、フローリアに向けて歩き出す。ユナは動かず、シュユに向かって手を振り続ける。ある程度進んだ所でふと気になったシュユは後ろを振り向く。だが、もうユナは居なかった。本当についさっきまで気配を感じていたし、転移結晶を使った音もポリゴンの残滓も見えなかった。忽然と居なくなったのだ。

 

 (そう言えば、どこかの階層で幽霊が出るって聴いた様な…。いや、まさかな)

 

 風が頬を撫でる。ユナの奏でていた旋律が聴こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フローリアの目前に着く頃には既に周囲は真っ暗だった。途中でエネミーに襲われたがそれは接近してからの穿牙で全て屠ってきた。シュユは攻略組、この階層の敵に苦戦する訳が無いのだ。

 

 「――ッ!!?」

 

 一瞬の殺気。咄嗟に構えて腕で飛来物を防ぐ。連続して腕に針状の物が突き刺さる感触がした。襲撃者を倒そうと折れた千景を実体化させようとしたが、途端に視界がグニャリと歪む。足元が覚束なくなり、膝をつく。その直後には倒れ伏してしまう。

 

 (レベル3の麻痺と睡眠だと…!?クソ、耐性もこれじゃあ…)

 

 シュユのスキルには一応【状態異常耐性】が有る。蓄積値の軽減と効果時間の短縮とは言え、レベル3 の状態異常になればそんなものは気休めにもなりはしない。

 レベル3 の状態異常は殆どのエネミーも使ってこない上にプレイヤーが作ろうとするとかなりの手順と面倒を必要とする。それでも使うのはPK(人殺し)でも計画してる者か、何かの目的の為に使う時ぐらいのものだろう。

 シュユは目の前に現れたフードの人物の顔だけでも見てやろうと目を凝らすが、歪んだ視界ではそれすらも難しい。フードの人物の足を掴み、立ち上がってフローリアに入ろうとするも掴む手に力が入らない。詰みだ。そう直感したシュユは一瞬見えた(あお)色の髪に既視感を感じながら意識を手放すのだった…




 おや?忘れ去られていたヤンデレ要素がウォーミングアップを始めているぞ…?


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66話 拘束(愛情)

 アスナ「前回のあらすじ!」

 シュユ「――や」

 アスナ「え?今なんて?」

 シュユ「うらめしやぁぁぁぁ!!!」

 アスナ「ひゃああああ!?」

 シュユ「こんな感じだったかも知れないな」

 アスナ「……今のこと、後でユウキとシノのんに言うから」

 シュユ「あっ(絶命)」

 アスナ「しれっと私2回連続で出られたんだね、前回のあらすじのコーナー。まぁそれよりも、66話、楽しんで!」


 小鳥が(さえず)る声で目が覚める。自分の姿を見てみると気を失う前と何も変わっておらず、まだ自分が生きている事を実感させる。椅子に座っている身体を起こそうとするが、前腕部が縄で縛られていて立てない。足もふくらはぎが椅子の脚に括り付けられていて、立てない様になっている。

 少しの間ガタガタと身体ごと椅子を揺らしてみても縄が緩む気配は無い。固い結び目にも指が届かず、解く事は出来ない。だが気絶した時点で殺していないのなら恐らくこれから殺される可能性は低い、そう前向きに考えたシュユは大人しく椅子に座り直して犯人を待つ。

 誰かが来るまで延々と待つつもりだったシュユだが、それは直ぐに必要無くなった。誰かがドアを開けて入ってきたからだ。

 

 「――シュユ、起きたのね」

 「………シノン?」

 

 現れたのはシノンだった。現れるのは敵かと思っていたが実際は予想外の味方だ。シュユは笑ってシノンに話し掛ける。

 

 「良かった、助けに来てくれたのか?早くこの縄を解いて――」

 「――解かないわ」

 「……え?」

 「だって、あなたを攫ったのは私だもの」

 

 信じられないシュユにシノンはフード付きのマントを見せる。それは確かに第47層で見た、シュユを気絶させた人物が身に着けていたフード付きマントだった。【鑑定】スキルを使って所有者名を見ても変わらずシノンの名が書いてあり、シノンの言う事が真実だという事を裏付けていた。

 

 「どうしてこんな事を…!こんな、自分の評判を落とすかも知れない事を!」

 「私は自分の評判なんてどうでも良いの。…こんな時まで自分よりも私を優先してくれるのね、シュユ」

 「当然だろ、だってシノンは――」

 「――家族だから?それは凄く嬉しいわ。でもね、()()()

 

 シノンは近付き、シュユの頬に手を添える。体温が少し低めのシノンの手は心地良い冷たさで、その眼は薄ら寒さを覚える程にシュユだけを映していた。

 

 「他人の私を家族って言ってくれるのは嬉しいの。でもね、それじゃあどうしてもユウキよりも下でしょ?」

 「家族に上も下も無い!」

 「えぇ、あなたは絶対にそう言うわ、解ってる。解ってるけど、心はどうしても制御しきれないものなの。好きな人の1番になりたい、ソレを願うのは悪い事?」

 「シノンもユウキも、どっちも1番大事な家族だ!2番とか、過ごした年月とか、そんなのはどうだって良い!今なら無かった事に出来る、だから――ッ!?」

 「――んっ…んくっ、ぷはっ……どう?私のファーストキスの味は」

 

 突然唇に触れた柔らかい感触に思考が止まる。本来は同意の元で行われる()()()()()()()は無理矢理の行為、つまりは強姦(レイプ)を防ぐ為に【倫理規制コード】が存在する。設定の奥底に存在するこの項目は基本的にオフになっており、本来ならシノンがシュユにディープキスをする事は不可能な筈なのだ。

 頬にするキスではなく、マウストゥマウスで行われるキス。舌はまだ唇の表面を触れる程度だったが、こじ開けられてはいないもののディープキスとほぼ変わりない。友人としてのコミュニケーションのキスなら既に経験しているシュユだが、異性との()()()()()()()は未経験だったシュユの思考は停止してしまう。

 

 「好き…好きよ、悠。この世の誰よりも、あなたが好き。あなたが手に入るなら他のモノなんて要らない。あなただけ居てくれれば良いの」

 

 耳元で囁かれるその言葉が心を蝕む。このまま堕ちても良いのかも知れないと思ってしまう。だがそんな弱い思いをもう1人の家族への想いで補強している。

 

 「こんな事をしたらユウキだって黙っちゃ――」

 「――だからどうしたの?ユウキは確かに黙ってはいない。でも、その程度の事であなたを諦めるとでも思う?」

 

 蠱惑的な笑みでクスクスと笑うシノン。どれだけシュユが知略を巡らせて弁を立てようと、シノンはそれを純粋な愛情で叩き潰す。狂信的な狂愛、それこそがシノンが煮詰めてきた秋崎悠(シュユ)への恋情だ。何年も懐き続けてきた想いに、どうしてシュユが今考えたに過ぎない言葉が勝てるものか。どれだけシノンを家族として想い、シノンの為に言葉を掛けようとソレは所詮今考えた言葉に過ぎない。そもそも、言葉で止まるのなら実行には移さないだろう。

 シュユしか映さない眼が目前へと近付いてくる。ふわりと女性的ないい匂いが漂い、それに浮かされる様にシュユは力を抜く。その直後、口腔内は温かいモノに蹂躙され、何らかの液体を送り込まれる。蹂躙してきたモノがシノンの舌で、飲まされた液体がシノンの唾液だと気付くのに時間はそう掛からなかった。

 これが他の誰かならばどうにか脱出して逃げただろう。だが今この行為を行っているのはシノンで、シノンはシュユにとって何よりも大切な人だった。理解はしている。だがシノンの暴走を認めたくない心がシュユの何かを壊した。ソレはシュユの意識を再び闇の中に沈めるには充分なショックだった。シュユは心の導きに大人しく従い、まだ口腔内を蹂躙されながらも意識を手放した。

 

 「もう逃さないわよ、シュユ」




 お、ヤンデレがウォーミングアップを終えてクラウチングスタートの体勢に入ってるぞ?


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67話 キッカケ(狂気)

 クライン「前回のあらすじだぜ!」

 キリト「拉 致 監 禁」

 クライン「そんな一言で終わらせんなよ…」

 キリト「実際そうだから別に良いだろ?じゃあ67話、楽しんでくれ!」

 クライン「雑だなオイ」


 いつからだろうか、自分が彼に惹かれたのは。始まりは強盗事件の時ではなく、それより少し後だとシノンは記憶している。少なくとも朝田詩乃が秋崎悠に恋情を抱き始めたのはそうだった。

 

 

 詩乃は父親との記憶をあまり覚えていない。昔はしっかり覚えてはいたが、母親の介護に追われる余り掠れてしまった。交通事故で他界した父。そんな父を深く深く愛していた母は父が居なくなったショックで幼児退行してしまい、普通の生活を送る事さえ危うくなった。いや、送れてはいなかった。

 学校に通いながら自分よりも精神が幼い母と会話し、食事をさせて留守番をさせる。休日には公園に散歩をしたりした。奇異の目で見られる事も有ったがそれもいつしか慣れた。母の介護で心が擦れていくに連れ、詩乃の精神年齢はどんどんと大人びていき、強盗事件に巻き込まれる頃には母の精神疾患は父が生き返りでもしない限り治らないのだと半ば理解していた。終わる事の無い介護生活に絶望を感じていたのは未だに記憶に残っている。

 そんな時、詩乃は強盗事件に巻き込まれた。拳銃を持った男3人組の犯行、未来など知らない詩乃はまんまとそれに巻き込まれた訳だ。もう死んでも良いと思っていた詩乃は初めて反骨精神を露わにし、1人の男から拳銃を奪い取った。しかし同年齢の女子平均と比べれば少し力が強い程度の詩乃ではもう撃つしか無いと思った時、1人の少年が飛び出して1人をノックアウト、それから人質(その人質が木綿季だった)を取られたが、彼の金的2連撃で男は気絶。しかしその彼も詩乃が撃った銃弾が頬を掠め、緊張の糸が切れた途端に気絶。その時の傷は未だに残っている。それを未だに引け目に感じているのは自分だけの秘密だったりする。

 母の状態を警察に知られ、あわや養護施設に送られる所を悠の父、秋崎(くぬぎ)の好意により詩乃は秋崎家の一員となった。後から聴いた話によると椚はそういう施設の出身であり、余り幸福な少年時代は過ごせなかったらしい。故に目の前の詩乃を放っておけず、あのような手段に出たらしい。名字が朝田のままなのは悠の母である桜の意思で、本当の家族との繋がりを記憶の片隅にでも憶えていて欲しいからだ(同じ理由で木綿季の名字も紺野のままである)。

 

 それから詩乃は秋崎家の一員となった訳だが、やはり1歩引いた関わり方になっていた。木綿季は赤ん坊の頃から秋崎家の一員だった上に本人の気質も有って遠慮などしないタイプだったが詩乃は違う。長年の母の介護で培った自分の意思を抑え付ける方法をフルに使って、詩乃は手の掛からない子を演じた。今思えば馬鹿らしいが、その頃は本気でそうしなければ、捨てられると思っていたから。

 自分を偽り続けていたある日、悠と2人きりになる事が有った。その時木綿季は女友達と遊びに行っており、悠は真面目に机に向かって中学の勉強の予習をしていた。その時の詩乃は何故そんな事をするのだろうと疑問に思ったものだ。馬鹿みたいに暑い夏の日、半端に開いたドアの隙間から悠を見ていた(その時の詩乃の部屋は悠と木綿季の部屋とは別だった。因みに悠と木綿季は同部屋である)。

 詩乃に気付いた悠はエアコンのスイッチを入れ、キッチンから適当に麦茶を2杯持ってくると詩乃に隣に座る様に言った。恐る恐る座った詩乃に麦茶を手渡し、2人は無言で飲み始める。そろそろ飲み終わるか、といった時に悠は呟く様に詩乃に言ったのだ。

 

 「キミはキミのままで良いと思うよ、詩乃」

 

 その言葉で詩乃は救われた気がした。彼は自分を見ていてくれていた!ありのままで良いと言ってくれた!自分を認めてくれた!そんな思いと久しく抱いていなかった純粋な喜びが胸を満たし、涙を流した。手で顔を押さえて涙を流す詩乃を恐る恐る抱き寄せ、ゆっくりと背中を一定のリズムで叩き、優しく頭を撫でる。

 詩乃はその時、彼の中に自らの理想を見た。…いや、理想が悠になったと言った方が確実なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、シュユの事知らない?」

 「知ってると思う?」

 「…知ってたらまずボクに言わずに会いに行くよね。ゴメン」

 「別に良いわ」

 

 シュユは行方不明になっていた。と言うより、ただ目撃情報がめっきり途絶えてしまっている。フレンド機能を使って捜そうにもシュユの方から閉鎖(クローズド)モードにしているらしく、居る階層すら判らないから捜しようが無い。

 ユウキはシノンを怪しいと思い、質問をするがシノンはその質問にイライラした様な口調で答える。その逼迫した様子にユウキは謝罪し、シノンはぶっきらぼうに許す。武器はシノンが、戦闘衣はユウキが持っているのでそう長くは戦いない筈だが、システム外スキルを複数使える彼に常識が通じるかは不明であり、その点が2人の精神を焦らせていた。

 

 「…………」

 「どこ行くの?」

 「シュユを捜すわ。こんな所でKoBの情報網に頼るより、私の勘の方がまだ頼れるもの」

 「本当にそれが確実だと思ってるの?」

 「そうでもしないとおかしくなりそうなの。解るでしょ?」

 

 それだけ言うとシノンはドアをバタンと閉め、どこかへと歩き出す。ユウキは1度溜め息を吐くと椅子に座る。柔らかい座面はユウキの身体を受け止め、回転する際に音を少し軋ませる。ユウキは腕で顔を覆い隠し、本音を零した。

 

 「………会いたいよ、シュユ」

 

 その袖には、2つの濡れた跡があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚める。腕を縛られている為メニューすら開く事が出来ず、今が何時かは分からないが少なくとも意識を失ったのは5度目だと記憶している。

 

 「ただいま、シュユ」

 「おかえり、シノン」

 

 外から帰ってきたであろうシノンが現れる。今のシュユはこの部屋から外に出ておらず、窓は目張りされているのでここがどこだかも分からない。室温は快適なままで発汗する事は無いので入浴の必要が無く、身体すら拭いていない。それでも臭くないのは流石仮想世界と言った所か。

 

 「はい、お昼ご飯よ」

 「あぁ、頂くよ」

 「んぁ、ふっ…」

 

 何故シュユに食べさせているだけなのに艶めかしい吐息が漏れるのか、その答えは簡単だ。単にシノンがシュユに口移しで食べさせているに過ぎない。箸やスプーンが無い訳ではない。と言うよりシノンが口に食べ物を含む際に使っている。それでも手を使わないのは縛られているからで、口移しなのはシノンがそうしているからだ。

 

 「次はそのスープが良いな」

 「分かった、じゃあ行くわよ」

 「あぁ」

 

 次食べたいものを指定するシュユだが、考えている様でその実何も考えていない。言葉はただのルーチンワークと化していた。解放を願っている訳ではない。別にこのままで良いと思ってすらいる。何故ならここにシノンが居る限り、シノンが死ぬ事は無いのだから。自身の精神はかなり消耗している中、それでもシノンを案じるのはやはりシュユであるからなのだろう。

 口に流し込まれたスープを嚥下する。中華スープ特有の胡椒の辛み、その中に独特の甘みがあるのはシノンの唾液なのだろう。

 

 「ねぇシュユ、外に出たいと思ってる?」

 「…さぁ、どうだろう。自分でも解らないな」

 

 事実、その通りだった。ユウキの無事を確認したいとは思うが、言ってしまえばこの外にも世界の外(現実世界)にも特に出る理由は見当たらない。ならばずっとここでシノンと添い遂げるのも悪くないと思う自分は確かに存在する。

 シュユが産まれる以前、『彼』の魂の時に施された感情の枷は壊れていた。ヤーナムでの度重なる致命的な過負荷が精神と仮想脳を押し潰し、その過程で感情を抑えていた筈の枷が半ば外れているのだ。それがシノンの告白で完全に壊れ、今のシュユは相反する2つの感情に悩まされていた。

 1つはこの場所から脱出し、また3人で暮らしたいという以前までの感情。そして2つ目はこのままシノンの想いを受け容れ、添い遂げる。むしろ、ここで肉体的に襲ってしまうという手段に出ようとしている思春期男子特有の性衝動に突き動かされた本能と感情が入り混じったものだ。

 ここで襲えばシノンは確実にシュユを受け容れてくれる。そして結ばれるのだろう。それはこの世界(仮想世界)だけでなく、現実でも。だがそれよりもシュユには抑え難い衝動が有った。

 

 (シノンの血…クソ、どうしてこんなに血が見たいんだ?シノンの血、血だ。こんな普通の食事じゃない。シノンの血を!見たい飲みたい吸いたい!!!!)

 

 1度狩人になった者は血から逃れられる事は決して無い。例え狩人としての一線を退こうと、血の誘惑からは逃れられないのだ。シノンの細い首筋を掻っ捌き、その血に身を沈めたい。だが今の階層では血が出る事は無い。原則、ヤーナムでなければ血は出ないのだから。

 ひたすらに血を求めるシュユは食事を終えると、自分の唇の内側を噛み切ったその痛みでどうにか正気を保とうとするのだった。延命処置にもならない、その程度の児戯で。




 キスの吐息?そんなもの妄想に決まってるだろ、いい加減にしろ!(血涙)


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68話 置いてけぼり(助けなければ)

 シュユ「前回のあらすじだ」

 シノン「シュユを堪能させて貰ったわ」

 シュユ「オレだって健全な男児なんだぞ…勘弁してくれ」


 SAOにログインしてから、ユウキとシュユは同じ時をあまり過ごせていない。KoBに入団した、ひいてはアスナに着いていったのは後悔していない。死にたがりだったアスナを抑えるにはアスナよりも強い自分が行く事が最良だったのだから。それ故に彼女はまだ生きている。少なくとも、悪い事では無い筈だ。ユウキはそう信じている。

 

 

 

 

 紺野木綿季は本当の家族との記憶はもう殆ど覚えていない。と言うより殆ど知らないと言った方が近い。優しい両親と綺麗で憧れだった姉だった事は覚えている。そしてその3人が熱心なクリスチャンだった事も。だから木綿季もクリスチャンになった。その理由は単純で、もう殆ど覚えていない家族への弔いになるようにだ。

 だから木綿季は食事をする前に祈りを捧げていた。それもSAOに来てからはやっていないも同然なのだが。SAOにログインする以前は、神など信じていない悠がお祈りに付き合ってくれた事が無性に嬉しかった。

 物心ついた頃から一緒に居た悠。そんな彼に明確な好意を抱いたのはいつだろうか?少なくとも木綿季にその記憶は無い。今までの木綿季の人生は悠への好意と共に歩んできたと言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュユに会いたい、もうその想いしか無い。シュユを除いた皆のユウキへの認識は、明るく芯の強い少女。しかし、本来は違う。それはシュユという強い支え有っての事で、本来のユウキは弱く脆い。

 今までシュユとここまで離れた事が無かったユウキは間違ってしまう。今、彼と会えないのは頑張りが足りないからだと。だから頑張ろうと、ユウキはそう思った。彼が消息を絶ってから2週間、丁度良くフロアボス攻略戦が今日行われる。

 

 「ラストアタック取ったら、きっとシュユは褒めてくれる…。えへ、えへへ…見ててね、シュユ」

 

 ユウキは慈悲の刃を腰に着けると、浮かされた様に歩き出す。鬨の声を上げる攻略組に混じり、ただ想い人に会う為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぁ…っ、痛いな」

 

 遠のいていた意識が痛みに引き戻される。ヤーナムでの戦いを終えた頃から、痛覚遮断機能の機能が果たされなくなり、ゲーム内の怪我の痛みが現実と同じ痛みになった。この痛みは唇の内側を噛み切った痛みだ。血の味を感じないのはSAOに原則流血表現が無いからだが、今はそれが憎たらしい。今は血を摂らなければイカれてしまいそうだと言うのに。

 既に時間の感覚は滅茶苦茶になっていた。睡眠(気絶)は10回を超えた所から数えるのが億劫になり、止めた。回数を重ねるに連れてシノンの行為は大胆になっていき、昨日はシノンの腹部に盛られた料理を貪った。俗に言う女体盛りである。もっと危うい所でやると思っていたシュユだが、流石にそれはシノンも自重してくれたらしい。それも焼け石に水な気もするが。

 分かった事として、シノンはレアアイテムを使用して自分を閉じ込めている事が挙げられる。この部屋の扉から見える景色がいつも違っているからだ。1回前の扉の向こうは森だったのに今回は洞窟、なんて事も有った。となればシノンが異なる空間を繋げるアイテムを所持していると考えて良いだろう。それが判った所で、という話でもあるのだが。

 

 「んっ…キス、上手くなったわね。もっとあなたを味わっていたい所だけど、これから行かなきゃいけない所か有るの。良い子で待っていてね、シュユ」

 

 シノンがドアを開け、出ていく。シノンが必要になる事柄、シュユにはフロアボス討伐戦しか思い浮かばない。以前ヒースクリフが自分がシノンに攫われる前の暇な時間に、2週間後にフロアボス討伐を始めると言っていた事を思い出したからだ。

 となれば早く助けに行かねばならない。正直なところコンディションは最悪だがそれとこれは話が別、例え攫われたとしても助けに行くのがシュユだ。

 先ずは縄から抜けねば動けない。指を動かしてウィンドウを開き、アイテムを実体化。ナイフで切ろうと試みるが刃が微妙に届かない上に触れている刃から判るが何かしらのエネミーの毛が混ざっている。カーボンファイバー的な使い方で強度を底上げしているのだろう。そもそも投げナイフは突き刺す事には向いていても斬る事には向いていない。力が入りにくい事もあって刃が滑り、縄は切れなかった。

 

 (…やれるか?)

 

 目を閉じて集中、目をカッと開けるとゼロモーション・シフトを発動。左手が障害物を無視して移動し、手が自由になる。後は適当な武器を実体化させ手右手を縛る縄を切る。凝り固まった身体を伸ばし、ドアを開ける。出た場所は普通の宿屋だった。

 備え付けのチェストを見ると中には修理が終わった落葉が入っていて、シュユは有り難くそれを装備する。戦闘衣はどれだけ探しても無かったので諦め、アイテムストレージの中から【古狩人シリーズ】を選択して装備する。前の【老狩人シリーズ】より少し重いが代わりに防御力が戦闘衣にしては高く、しかもユニーク装備と思われる。シュユにとって装備はユニークだろうがなかろうが、使えれば関係ないのでどうでも良い話ではあるのだが。

 日付を見れば2週間と1日が経過していた。恐らく既にフロアボス攻略は始まっているか始まる寸前だろう。シュユは転移結晶を取り出し57層の街【マーテン】に転移する。シュユは休む事無く歩き始め、ある種類のNPCを捜していた。路地裏の隅に座る、髭も髪も伸び放題の老人が居た。普通なら敬遠する類のその人物に向けて話し掛ける。

 

 「爺さん、『この世界の厄災は?』」

 「おぉ…厄災を知りたがる若者が居るとはな…」

 

 このNPCはフロアボスに関する情報を与えてくれるNPCだ。『この世界の厄災は?』という言葉を合言葉に、迷宮区の解放度合いに比例して明確かつ具体的な情報をくれる。恐らくこの機能はデスゲームと化する以前、本来在るべき世界初VRMMORPGとしてのSAOに用意されたものだとシュユは思っている。詰み防止用の救済措置になる筈が、今ではその詰みが人生をこのゲームの中で終わらせる事を意味するものと化したのだ。故にこの類のNPCを知る者はあまり居ない。シュユを除けば腕の良い情報屋ぐらいのものだろう。

 

 「世界の最奥に座する大木…自らの身体から眷属を産み出し、無限の軍勢を創り上げん。その種子は相手に乗り移り、我が身とせん」

 「ありがとう、もう充分だ」

 「気を付けるが良い、勇者よ」

 

 全ての情報を聴いた限り、とても不味い事が分かった。直ぐ様走り出し、フロアボスの居る場所へ向かう。この情報への理解が正しいものなら、下手をすれば全滅も有り得るのだから。



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69話 ギセイ(サツガイ)

 シュユ「今回の前回のあらすじのコーナーはお休みだ。その代わり、後書きで寄せられた質問に作者が答えるから読んでくれると有り難い。じゃあ、69話を楽しんでくれ」

 作者『そう言えば、誰かに何か言う事が有るのでは?』

 シュユ「あぁ、そうだったな。…ハッピーバースデイ、シノン」

 シノン「…ありがと、シュユ」

 作者『ホいつの間に!?』

 シュユ「某蜘蛛男ネタは要らねぇよ…」

 シノン「改めてよろしくね、読者のみんなも。もう1度言うけど、69話楽しんでね」


 「このまま行けば倒せるぞ!皆、あと一息だ!!」

 「「「「「「オオオオォォォォ!!」」」」」

 

 キリトの声で攻略組全体が奮い立つ。ヤーナムでの戦いぶりから、今のキリトはアインクラッド攻略の象徴となりつつあった。ヒースクリフと並ぶ、死者を出さない英雄に。

 57層フロアボス攻略は順調に進んでいた。今回のフロアボスは途轍も無く巨大な樹だ。攻撃は単調で、枝の振り下ろしと種子バラ撒き、地面から雑魚を創り出すなど、3つのパターンしか持たない。数人は種子攻撃に被弾してしまったが、それ以外の殆どのメンバーはノーダメージで事を進めていた。

 そして残りの体力バーが1本になった時、異変は起こった。

 

 「アグッ!?いきなり、何…!?」

 

 ユウキは背中を斬られたのだ。K()o()B()()()()()()

 

 「ち、違うっ…俺じゃない!なんで…誰か止めてくれぇぇ!」

 

 その斬った本人ですら、自らの身体に起こった異変に着いていけてない様だ。彼は立派な両手剣は振り回し、自分の味方を斬り付けていた。そんな彼に続くように、次々と仲間を攻撃する者が増えていく。最終的には12人程が狂った様に武器を振り回していた。

 

 「クソ、いきなりどうしたんだ!?」

 「キリト!どうする、一旦退却すんのか!?」

 「…いや、もう少しで削り切れる。ボスを倒せば沈静化する筈だ!クライン、ヒースクリフ、行くぞッ!!」

 「私が枝を止める!2人はボスを叩いてくれ!」

 「このクライン様に任せとけ…よ!!」

 

 クラインの一閃が枝を斬り払い、キリトの連撃が幹を削る。ヒースクリフはその盾で枝の攻撃を防御し、【神聖剣】のチャージを始める。攻防一体のユニークスキルである神聖剣は盾で防いだダメージをそのまま剣での攻撃に乗せて返すカウンター系のスキルだ。どんな攻撃でも防げばそっくりそのままの威力が相手に返る、最強クラスのスキル。それを惜しげも無く使う【最強】と呼ばれるプレイヤー、それがヒースクリフだ。

 数多の枝の攻撃を人間離れした反射神経と予測で防いだヒースクリフは走る。後ろからポーションが投げられ、加速する。シノンが投げた【俊敏のポーション】の効果だ。

 悔し紛れに放たれた様な枝での突きを盾で防ぎ、袈裟掛けに剣を振るう。紅いエフェクトに包まれた剣は豆腐を切る様に滑らかに幹を斬り裂き、ボスの体力バーを消し飛ばした。

 

 「ありがとう、ヒースクリフ。あとクラインも。これで取り敢えずは――」

 「ア、ああぁああぁ嗚呼ああぁ!!!!!」

 

 沈静化したかな。そう言おうとした時、1人のプレイヤーに異変が現れる。叫び声を上げ、天を仰いだそのプレイヤーの大きく開かれた口から()()()()()。苗木の様に細かったのは一瞬で、その直後には凄まじい勢いで成長し瞬く間に大樹と呼ぶに相応しいものに変貌した。それも、()()()()()()()()()()()

 

 「なっ…!?」

 「ボスの復活!?有り得ない、そんな事有ったらもう…!」

 

 シノンの声を嘲笑う様にその大樹は自分の名前を掲げる。視界に映るその名前はとても単純な名前で、そしてその意味を本当に理解したシノンとアスナは絶望感に囚われた。

 

 【The Selfish Queen(我儘な女王)

 

 どれだけ我儘で愚かしい女王とて、女王には変わりない。故に、()()()()()()()()()。そしてその影武者すら女王の一存で決まってしまう。何故ならその女王は『我儘』なのだから。

 

 「オメェら、あの種には当たるんじゃねぇぞ!!多分アレが原因だ、そうだろキリト!?」

 「あぁ、アレ以外には考えられない!(タンク)も気を付けろ、鎧の隙間からアバターの素体に当たったら多分ああなるぞ!!」

 

 本来のボスは弱い。しかし、影武者候補に指定する種子での攻撃は面倒な事この上ない。何故なら薄暗いこの空間で親指1つ分程の大きさのそれなりの速さで飛来する種子を躱すのは難しいからだ。そもそもの反応値が高かったり勘がズバ抜けているキリトを始めとした攻略組トップとそれ以外の構成員では被弾率も身軽さも違う。

 

 「こういう敵ってのは1度しか復活できないもんだろ!もう1度削り切るぞ!!」

 

 性に合わないと拒んでいた全身鎧(フルプレート・メイル)を着込んだエギルが壁部隊を率いてボスを削る。壁役は主にVITとSTRにポイントが振られており、足こそ速くはないが火力も耐久も充分だ。故に凄まじい勢いでボスの体力は減っていき、それと反対にプレイヤー達の体力は全く減らない状況となる。

 

 「あぁ、嫌だ、嫌だァァァァァaaaaaa!!!」

 

 しかし、それでも状況は好転しない。1度きりで終わるなら我儘とは言わず、ただの『おねだり』だ。だがボスはどこまで行っても『我儘』で、だからこそ民衆(プレイヤー)に恨まれる。なれば、その憎悪の的となる女王には影武者も数多く必要になるものだ。

 そう、種に当たって暫くした者は逃れられない。カーソルはプレイヤーのままだとしても、その本質はエネミーになってしまう。

 

 「クソ、どうすれば――」

 「――こうすれば良いんだろう?」

 

 1人のプレイヤーの首が宙を舞い、直後にポリゴンとなって消滅する。キリトの目の前には大鎌を携えるプレイヤーが立っていた。そしてそのプレイヤーのカーソルは、緑から赤に変わってしまった。

 

 「我儘な女王を殺そうと1番に蜂起した者は畏怖の対象になって、味方に殺されるものだ。かのジャンヌ・ダルクもそうだった。なら、その役回りはオレで良いんだ」

 「そんな、シュユなの!?」

 「…そうだよ、シノン。無事で良かった」

 

 自分が閉じ込めていた筈だ、という衝撃。そして閉じ込められていたにも関わらず彼は自分が無事で良かったと安堵した、そんなシュユの異常とも言える優しさにシノンは何故か薄ら寒さを覚えた。

 

 「全員、黙って見てろ。…恨むなら恨め、お前ら(影武者)にはその権利が有るんだから」

 

 シュユの真正面に立っていた者の心臓に、短剣が突き刺さる。その次の瞬間にはもうそのプレイヤーの首は刎ねられていた。背後から襲い掛かる者には後ろを見る事無く肘打ちを繰り出し、仰け反った瞬間に瞬時に持ち替えた大鎌で首を刈る。これで3人目だ。

 シュユを除いた全員が戦慄した。シュユの冷酷さ、対人戦闘に於ける異様な読みの正確さ、そして人殺しという行為への躊躇いが無く手際が良い事に。

 両刃剣に戻した落葉で斬り上げる。その鎧でゴリ押したプレイヤーが叩き潰そうとメイスを振りかぶるが、シュユは柄になっている短剣で首筋を斬り裂き、消える前の脱力したプレイヤーの身体を掴んで横から迫る2人に向かって放り投げる。纏めて倒れた2人の心臓に剣を突き刺し、トドメを刺す。

 

 (落ち着け、駄目だ。暴れるなよ、クソッタレ…)

 

 しかし、余裕の有る戦闘からシュユの脳内はかけ離れた状態にあった。人間の三大欲求である食欲、睡眠欲、性欲。シュユは今まで鋼の精神で女性らしくなっていく幼馴染(シノンとユウキ)に欲情しない様にしていた。しかしヤーナムでそれが崩れ、食欲と性欲が混ざり合い、混沌とした欲求になってしまったのだ。ソレを満たせる血の遺志も今は摂取出来ず、更にシノンが犯した監禁のせいで節制すら難しくなっている。

 それを今はプレイヤーとの戦いの中に在る事で、封じ込めた筈の獣性が露わになりつつある。痛覚遮断機能が働いていないのか痛みに叫び、死を拒む叫び声がシュユの脳を蝕んでいた。瞳が蕩ける程、深く。

 自らを抑え、それでも影武者になってしまったプレイヤーを殺していく。流血表現こそ無いが、つい先程まで協力していた仲間が殺される様に皆は目を背ける。それでも殺戮は止まらない。そうしなければ、どうしようもないのだから。

 

 「ァ、――」

 「ッ!!!」

 

 最後の影武者を殺した時、シュユの耳元で何かが囁かれる。それを聴いたシュユは目を伏せ、そして落葉に【発火ヤスリ】で炎属性を付与すると凄まじい連撃をボスに加える。恐らく炎が弱点だからだろう、先程の壁部隊より少し遅い程度の速度で体力バーが減っていく(1人の火力としては異常なレベルだ)。最後に分割した落葉の長剣の方でヴォーパル・ストライクを放ちボスの体力を消し飛ばす。

 幾万のポリゴンが視界を覆い尽くし、その中に嫌味ったらしく現れる『CONGRATULATIONS!!』の文字。2人を影武者として、10人を犠牲にしておいて『おめでとう』とは。

 誰も話さず、静まり返る空間で音が聴こえた。

 

 「――ごめん、なさい」

 

 怯える幼子の様に一言、それだけ呟くとシュユはボス部屋から逃げ出した。呼び止めようとしたユウキは、シュユの顔に浮かぶ怯えた表情に躊躇ってしまう。見慣れぬシュユ表情と周りの者の顔に浮かぶシュユへの憎悪と畏怖が混ざり合った表情に、一抹の不安を感じながらも止められなかった。




 どうも、作者です。今回は直接寄せられた質問、『血の遺志と啓蒙について』お話しようと思います。

 1つ前の章はSAOではなくブラボ要素を盛り込んだものでしたが、フロムゲーの特徴として個人の解釈で分かれる設定があります。それについての質問ですね。
 その質問が血の遺志と啓蒙が貯まるとどうなるか、そしてその違いについてです。
 ブラボの世界には【医療教会】と【ビルゲンワース】という2つの勢力があります。この2つの勢力の目的は同一のもので、『上位者に近付くこと』…つまりは人より上の存在に成る事なんです。その手段の違いが血の遺志と啓蒙なんですね。
 道中で出て来た、ボスを含めた敵は本当はヤーナムの住人でした。犬や鴉は流石に違いますが、毛むくじゃらの狼も実際は人間だったんです。まぁこの話は大して関係ないので知り合いのブラボプレイヤーに頼むかサイトを見て自分で考察してみて下さい。面白いですよ?

 それでシノンとユウキとシュユですが、この3人は発狂していました。1番分かりやすいのはシュユ、次点でユウキ、狂ってるかどうか怪しかったのはシノンですね。
 この血の遺志と啓蒙、上位者に成るにはこのどちらもバランス良く溜めないといけないんです。偏ると結果的には獣になってしまいます。
 全員、途中まで同じような道のりでしたから最初は変わりありませんでした。しかし、3人の√に分かれてからは違います。

 先ずはユウキです。ユウキは『悪夢』と名前の付く場所には殆ど行ってません。ですがシュユと離れ離れになった事で単独先攻の無理な攻略を続けて敵を殺し続けて、啓蒙に対して血の遺志を溜め過ぎてしまったのです。
 私の独自設定で【輸血液】を使うと血に酔いやすくなります。アイリーン戦で輸血液を使用し、更に月の魔物戦で血を浴びたせいで獣と上位者絶対殺すウーマンになりかけた訳ですね。

 次にシノンです。シノンはシュユと同じく孤軍奮闘していた訳ですが、シュユとユウキとは異なりサーチアンドデストロイではなく必要に応じて敵を倒していました。更に『悪夢』系の場所に行った上にカインハーストという呪われた廃城に行きましたね。
 そこはブラボ本編に於いて貰える啓蒙が多めで、しかもシノンはボスも全て討伐しています。ブラボの啓蒙の多くは新たなステージに辿り着く、或いはボスと対面する事で溜まるので、シノンは啓蒙の溜め過ぎによる発狂をした訳です。

 最後に主人公、シュユです。シュユは不安になる事は有っても途中まで正気を保ってましたが、【実験棟】の脳みそ患者を倒した時に血の遺志と啓蒙のバランスが崩れ、血の遺志による発狂。圧倒的な強さで【失敗作たち】を撃破、次のボスである【時計塔のマリア】に挑みます。
 しかしマリアは口移しでシュユに血を飲ませ、記憶を無理矢理読ませてしまいます。そしてその血から啓蒙を得たシュユは発狂から戻り、正気を取り戻した、という訳です。(実はこれが本当の意味でのファーストキスだったりします)

 シュユとユウキは暴力的に狂い、シノンは理性的に狂っていた訳です。因みに正気に戻らなかった場合シュユとユウキは暴虐の限りを尽くした末に獣になり、シノンは自分が獣に成るのを自覚し、ひっそりを姿を消した末に獣になります。行く末は同じ、という訳ですね。
 因みにシノンは私が覚えている限りですが輸血液を使ってなかったりします。血で狂ってないのはそういう要因も有ります。


 取り敢えずはこんな感じですかね。更に詳しく知りたい場合、メッセージボックスにその様な内容を送って頂ければしっかりとお答えさせて頂きます。
 それでは、これからも本作をよろしくお願い致します。


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70話 アイジョウ

 キリト「いつの間にかもう70話、か…」

 アスナ「作者の見積もりだとSAO編は50話くらいで終わるらしかったんだけどね…」

 キリト「そもそもヤーナム編だけでも30話近くあるんだから終わる訳ないだろうに」

 アスナ「まぁ、それでもぼちぼちやってくらしいよ」

 キリト「エタらなければ何でも良いけどな。さて、じゃあ記念する訳でもないけど70話、楽しんでくれよ?」


 57層攻略後、アインクラッド内の情勢は変わった。大きく分けてシュユ擁護派、排斥派だ。簡単に言えば57層での殺害は不可避の事でありその実力を活かして攻略を進めるという言い分が擁護派。排斥派はどんな理由が在ろうと殺人は殺人、黒鉄宮に叩き込んでしまおうという言い分だ。

 そのどちらにも共通するのはシュユへの恐怖だ。擁護派も結局はシュユの徹底的な管理を前提に話を進めており、どちらに転ぼうとシュユに今までの様な完全な自由はもう有り得ない。ユウキとシノンはそれを重く受け止め、そして暴走していた自分達を見直し、直していく事を決意した。

 シュユが起こした事は少なくとも、この2人が変われた事は良い事だったのだろう。その代償に、自身が追い込まれているのだが。

 

 「ユウキ、大丈夫?」

 「ありがと、シノン。…いつも傍に居る人が居ないのって、寂しいね」

 「シュユ…フレンド機能も閉鎖(クローズド)にしてるし、捜しようが無いのは痛いわね。気配遮断も気配察知も、私達より熟練度が高いだろうし、追跡は分が悪いし…」

 

 今は既に60層を突破している。が、未だにシュユの目撃情報は無く、半ば指名手配の様に貼り紙が貼り出されている始末だ。2人はシュユを捜しながらも無為な日々を過ごしていた。

 

 「…メール?」

 「どうかしたの?」

 「このメール、鍵が掛かってる。もしかしてシュユが…?」

 「何か暗号文とかは有るの?」

 「『汝が信じる存在、その拠り所を記せ』って。シノン、分かる?」

 「それ、あなたに送られてきたのよね。多分ユウキ関連の事なんだろうけど…」

 

 ユウキが信じる存在、それは他でもないシュユだろう。だがその拠り所とは?そうシノンは思考する。が、ユウキは思い付いた様にホロキーボードを使って文字を打ち込む。

 

 「判ったの?」

 「うん、多分だけどね。ボクが信じてるのは確かにシュユだけど、もう1つだけあるんだ。…まぁ、心から信じてるかって言われるともう微妙なんだけどね」

 「…まさか、キリスト教の事?」

 「うん。その拠り所は予想だけど――」

 「十字架ね」

 「そう。だけど明らかに文字数が多いし、だからって十字架(cross)だと字数が1個少ない。だから、多分こうだよ」

 

 ユウキはホロキーボードのENTERキーを押し、パスワードを確定する。すると電子音で再現されたカチャリという音と共にメールのロックが外れ、中のメッセージを見る事が出来るようになった。

 

 「パスワードはロザリオ(Rosary)、これで当たってたみたいだね」

 「メール、私にも見えるようにしてくれないかしら?私も読みたいし」

 「勿論。はい、可視表示オンっとね」

 

 パーティメンバーにのみ適応出来る、本来は見えない筈のメニューを可視化する。これによりシノンはユウキに送られたメールを読む事が出来るのだ。

 

 『60層の突破、おめでとう。世間は随分とオレの事で混乱してるみたいだな。ここでユウキに…いや、多分シノンも見てる筈だよな。だから2人だけに教えよう。10層の平原にある岩、そこに今日の0時に向かう事にする。誰かを連れて来るも良し、この情報を嘘と断じて来ないも良し。オレは逃げも隠れもしない。どうするかは、君達次第だ』

 「…シノン、どう思う?」

 「嘘じゃない事は確かね。シュユの事だし、確実にそこに居ると思うわ」

 「だよね。で、どうする?」

 「2人で行きましょう。多分、あっちもそれが本望だと思うしね」

 「了解、準備しとくね」

 「私もそうするわ」

 

 2人は準備を始める。万一、戦闘になったとしても良いように、武器の手入れも欠かさない。そう、シュユと戦う事になっても連れ戻すと、決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ね、死ね。オマエは赦されない。だから死ね。

 

 「……うっさいなぁ…」

 

 怨嗟の声が頭に響く。今まで殺めてきた存在全てが自身を否定し、そして死の淵へと誘う。彼は暗闇の中、そんな声に耐えていた。目の前には妖しい光を放つメール画面。()()()2()()にメッセージを送ったばかりだった。

 

 「来てくれるかなぁ…2人とも。他の奴等は居ないだろうけど、来たら殺せばいっかなぁ…」

 

 狂っている。

 

 「そうだ、花束を…あったあった。うん、萎れてない」

 

 狂っている。

 

 「嗚呼、待ち遠しいなぁ…早く0時になれよ。もっと時間を早くしても良かった?いや、それじゃケチな男って思われるかな?」

 

 狂っている。

 

 「嗚呼…早く()し合いたいよ、2人とも…」

 

 もう彼は、狂っている。



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71話 it's every time, you hurt yourself with knives

 ユウキ「いつの間に、お気に入り登録数が750件を超えてたよ!みんな、ありがとう!!」

 シノン「評価ポイントも1000を超えてたしね。本当に、感謝しかできないわ」

 ユウキ「もう夏休みが終わっちゃって、少し投稿頻度が下がっちゃうかもだけど、これからも読んでくれると嬉しいね」

 シノン「読んでくれるわよ、当然」

 ユウキ「…ホントは不安な癖に。取り敢えず、これからもよろしくね!」


 「来たんだね、2人とも。来てくれて嬉しいよ」

 「シュユ…」

 「随分印象変わったんじゃない?随分と、ね」

 

 岩に腰掛けるシュユはいつもの彼なら似つかわしくない、純粋な笑みを浮かべていた。その瞳に光は無い。

 

 「オレさ、気付いたんだ。人を殺して初めて。オレは2人が好きだ。愛してる。2人が手に入るなら何を捨てても構わないって。他の誰の目にも触れさせたくないって」

 

 彼は饒舌に語る。壊れた感情のタガでは今のシュユを抑える事は出来ない。

 

 「でもオレ達がヒトである以上、少しでも離れなきゃいけない時も有る。オレはそれに耐えられそうにない。だからさ――」

 

 シュユは落葉を分割し、両手に持つと立ち上がる。その姿勢全体から、殺意が滲み出ていた。

 

 「――2人を殺して1つになれば、未来永劫一緒に居られる。オレが殺されれば、2人の中でオレは生きる。だから()し合おう。良いだろ?」

 

 2人の視界から消えるシュユ。ゼロモーション・シフトだ。ユウキは勘で、シノンは予測で後ろからのシュユの斬撃を躱す。シュユは空振った剣を眺め、そして口角を吊り上げる。こうでなきゃ、と言わんばかりに。

 ユウキは慈悲の刃を変形させ二刀流に、シノンはシュユに弓矢は相性が悪い事を悟り、まだ少し重いが弓剣を剣モードにして相対する。

 シュユがもう1度視界から消える。後ろを警戒するシノンだが、その予想の裏を掻いて現れた先はシノンの懐。左手に握る短剣を突き出すが間一髪躱され、更に伸ばした腕に容赦の無い反撃が向かう。シュユは振り下ろされる剣の先に右手の長剣を挿し込み、流してユウキの隙を作る。が、それをカバーする様に放たれた矢が追撃を阻み、シュユは体制を立て直す事を余儀なくされた。

 しかしその程度で止まるのは曲がりなりにも狩人として上位者を狩った者には有り得ない。シュユは左手の短剣で上位突進系ソードスキル【ウルフバイト】を使い、距離を詰める。技後硬直が発生する前の一瞬に右手の長剣で【シャープネイル】を使って硬直を消す。が、ソードスキルの隙を突いた一矢が背中に突き刺さる。

 

 「痛いなぁ…ねぇ、痛いよシノン」

 「まさかあなたっ、痛覚遮断機能が…!」

 「そんなの、もう機能してないよ。だから当然痛い。でも、そんな痛みもキミ達から与えられるなら至福の感覚さ」

 「ちょっと居なくなったら、マゾになっちゃったんだ…ね!」

 

 大きく踏み込んだユウキの斬撃を体捌きだけで回避、シュユは左手の短剣をユウキの首筋に突き刺そうとするが、咄嗟に後ろにステップする。シノンの射撃も間に合わないタイミング、それなのにシュユは攻撃を中断したのだ。

 

 「クッ、流石シュユ…強いね」

 「昔から真剣なシュユには1度も勝てなかったわね、そう言えば。やっぱりシュユが1番強いわ」

 

 シュユは何度もユウキとシノンにゲームで負けている。だが、それは接待プレイだと2人は知っていた。彼が本気でゲームをプレイした時、2人は例え2人掛かりでシュユと戦ったとしても勝った時は無かったのだ。

 

 「ボク達から攻めるのは論外だし、どうしようか」

 

 SAOに来てからはシュユが能動的に攻めていたが、本来のシュユの戦法はカウンターなのだ。敵の攻撃を受け流し、隙を作り出して手痛い反撃を与える。道具をフルに使って自分の土俵に引きずり込み、焦った敵を蜘蛛の様に絡め取って喰らう、それが本来のシュユの戦闘スタイル。故に2人は攻めあぐねていた。迂闊に攻めれば殺られるのは自分達なのだから。

 

 「…私達はあなたを連れ戻しに来たの。だからお願い、戦うのはもう止めて」

 「オレに戦うのを止めろって?難しい事を言うなぁ、シノンは。もうさ、戦ってないと気が触れそうなんだよ」

 「え?」

 「解るかなぁ、ユウキィ?ずっと頭の中で声がするんだ。死ね、赦されない、こっちに来いってね。それにホラ、見てくれよ。オレの手、どれだけ洗っても拭いても血が落ちないんだよ」

 

 落葉を両刃剣に戻して片手を空け、見せるシュユの手に血など付着していない。ただ、血が滲んだ包帯が雑に巻き付けられていた。だがそれは防具の装飾で、シュユの手に血が付いている訳が無いのだ。何故ならここは通常の階層、ヤーナムと違って流血など無いのだから。

 

 「なぁシノン、オレの事閉じ込めて色んな事をしてくれたんだ…オレのワガママも聴いてくれて良いじゃないか」

 「シノン、そんな事してたんだね…」

 「あなたも似たような事したでしょ」

 「ずうっと聴こえるんだよ…寝てる時も、今でも、頭ん中で死ね死ね死ね死ねと…もう、疲れちゃった」

 「シュユ…」

 「2人は人間を殺した事が有るか?人型NPCとかじゃない、普通のプレイヤーを。オレは今でも覚えてる。去年の冬、【聖竜連合】の構成員を殺した。それから少しして、オレンジ(犯罪者)を殺し続けて、やっと人殺しを止めたと思った矢先に10人くらいだっけ?まぁ、それくらいのプレイヤーを殺した。誰もオレを傷付ける事無く、オレは相手を殺したんだ」

 「でもそれは全部仕方無いって、前に話したじゃない!あなたは罪人でも何でもない!あなたはあなたよ!」

 

 その言葉を聴いたシュユは笑みを深め、上を向いて包帯を巻いた右手で自分の顔を覆う。そして2人に問い掛ける。

 

 「なぁ2人とも、()()()()()()()()?」

 「…どういう意味?」

 「『オレ』が誰だか、たまに判らなくなる時が有るんだ。オレは『シュユ』なのか『秋崎悠』なのか、はたまた『狩人』なのか『バケモノ』なのか。『未熟な狩人』って呼ばれた事も有ったな。…教えてくれよ。オレは、誰だ?」

 

 再び向き直ったシュユはユウキに飛び掛かる。ユウキは長剣を防ごうと構えるが、シュユは握る剣を手放してユウキの首筋を掴む。シノンがカバーに入るが体術で敵う訳も無く、地面に倒されて組み伏せられる。短剣を手放したシュユはシノンの首も掴み、狂った笑みを浮かべる。

 

 「ッツ…グッ…」

 「力、強っ…」

 

 当然だ。シュユはVIT(体力)にポイントを殆ど振り分けていない。装備条件になり得る可能性を考慮して最低限は振り分けているものの、攻略組を基準として考えればその体力総量は非常に低い。第一線どころか第二線の予備軍と呼ばれる攻略組にも劣る。だがその分、他のステータスは他の攻略組と比べると非常に高い。葬送の刃のバフが加わればそれはより顕著になる。そんなシュユが全力で2人を組み伏せれば、抜け出せないのは当然なのだ。

 

 「もう疲れた。こうして殺さずに拘束するのも、本当はとんでもない我慢してるんだぜ?どれだけ想っても、強くなっても護れないモノはある。だからさ、どうにかしてくれよ。オレを殺しても良い、だから頼むよ」

 「――カハッ。あなたは…『秋崎悠』よ」

 「え?」

 「あなたは、『シュユ』でも『バケモノ』でもない!!あなたは秋崎悠、シュユなんて偽りの名前でしかないのッ!!」

 

 本来、名前というのは呼ばれ続ける事で自らを『自分』と定義づけるものだ。故に、自分で名前を付けても呼んでくれる人が居ないのならそれは『()』で、名前など必要ない。

 名を呼ばれなければ、いつしか人は名前を忘れる。例えそれが、10数年呼ばれてきた名前だとしても。それでも1年近く呼ばれなければ自分の本名(リアルネーム)偽名(アバターネーム)が混在し、自分を見失うには充分だ。特に、あまりの負荷に記憶が壊れやすい彼なら尚更だ。そして幾ら達観し、人よりも感情の起伏が()()()()()シュユ()も、本来は10代の少年。自分が誰か解らなくなるその恐怖に、自壊する事で耐えるという選択を無意識下でしてしまうのは必然だったのだろう。

 だがシノンは断言した。彼はシュユではない。あくまで彼は『秋崎悠』なのだ、と。

 その言葉にシュユは手の力を緩めてしまう。拘束から抜け出したユウキがシュユに飛び掛かり、馬乗りになって押し倒す。STRが高かろうと、人1人分の負荷を掛けられつつ素早く動くのは難しい。ゼロモーション・シフトを使おうにもユウキはソレを十全ではないとは言え扱える。いつもなら切り札となるゼロモーション・シフトは、少なくとも今は悪手であった。

 

 「どれだけ悠が狂っても、ボク達は悠を否定しない!!絶対に、どんな事が有っても!!」

 「それで、この世界(アインクラッド)の人が赦してくれると!?ハッ、綺麗事も甚だしい!!」

 「全員に赦して貰う必要なんて無いッ!!ボクは、少なくともボク達は悠を愛して、赦し続けるッ!!」

 「っ、黙れェェェェェ!!!!!」

 

 悠の、2人に向けて初めて発露させる本気の怒り。その怒りと戸惑い、他の混ざりながらも決して混同しない感情が世界を変える。木綿季(ユウキ)の想い、シノン(詩乃)の想い、(シュユ)の強い感情がカーディナルシステムですら干渉出来ない空間を生み出し、3人はそこに引き込まれた。



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72話 I'm calling calling out your name again.

 シュユ「そう言えば、タイトルの英語ってどういう意味なんだ?」

 エギル「ん?…ああ、だから今回は俺なのか。ちょっと待ってろ」

 シュユ「分かった」

 エギル「――ほう、そういう意味か」

 シュユ「どういう意味なんだ?」

 エギル「意訳が入るんだが、今回は『私は何度でもあなたの名前を呼ぶ』だ。前回は『あなたはいつも、自分をナイフで傷付ける』。どっちもユウキとシノン視点での英文だな」

 シュユ「へぇ…まああの作者だ、多分どっかの歌詞とかを変えたとかそんなんだろ」

 エギル「ま、別に良いだろ。それじゃ72話、楽しんでくれ」


 「楽しいか、?」

 「うん楽しいよ

 

 その世界に『彼』は居なかった。『彼女』と逢うその時まで彼に感情の機微は殆ど無く、幼いながらも惰性で生きる毎日。周りを見れば、満面の笑みで両親と遊ぶ幼い子供達。両親は彼が笑える様に手を尽くし、やりたい事全てをやらせようとした。しかし彼には『やりたい事』すら無く、最低限の表情の機微しか無い。周りの大人達から【能面】と呼ばれるのも無理の無い話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「、紹介するぞ!この子は紺野木綿季ちゃんだ!今日から私達の家族だ、仲良くするんだぞ!」

 「うん分かった

 

 何も無い日々に、1つの光が射し込んだ。その光は真っ白なキャンバス(何も無い彼の人生)に彩りを与えた。彼女は彼と違づてよく笑ってよく泣き、悪夢を見れば彼の布団に潜り込んでくる事もザラではなかった。

 だがソレを不愉快に思った事は1度として無い。その笑顔を護りたいと初めて思い、泣かせたくないと願った。初めて芽生えた大きな感情に彼は戸惑い、そして大事に思った。自分が能面ではなく【人間】である事を証明するその想いを、彼は手放したくないと願った。

 

 「 、ボクは が好き!」

 「  、オレもだよ

 

 彼女が言葉を紡ぐ度、その言葉を聴く度に彼の心の中で彼女が大きくなる。元より確固たる『自分』を持たない彼だ。その全ての想いが彼女を想う心になるのに時間はそう掛からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よろしくね、 」

 

 また、大事な人が増えた。郵便局で強盗に歯向かった時、確かに大切な彼女の為に動いた。でも、今目の前で『黒髪の彼女』と話す『眼鏡の彼女』を初対面にも関わらず信頼したから、という事も要因の1つだった。

 だが、その眼鏡の彼女と話す度に彼は満たされた。黒髪の彼女の時と同じく、彼の心は彼女達の為だけに在った。元より命など、有っても無くても自分には勿体無い。彼はいつもそう思っている。だが、自分が命を落として彼女達が哀しむのなら生きようと、彼はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ずっと好きでした、   。その、私と付き合って下さい!」

 

 告白された。だがそれは黒髪の彼女でも眼鏡の彼女でもない、ただの友達。彼には解らない。何故こんな自分が好かれるのか、そして向けられた好意にどう応えれば良いのか。目の前の少女は端的に見れば美少女には違いない。()()()()()()()。彼の中に少女は居ない。少女を友達とは思えても、彼女達の様に彼の心には遺らない。きっと、数年関わらなくなれば少女との記憶は風化してしまうだろう。

 彼はとても冷静で、冷酷だった。思春期の少女の、一世一代の告白。それを冷静に判断した彼は少女を振った。きっとこのまま付き合えば、少女は振られるよりも酷い傷を負うことになるのだろうと。そして付き合ったとして、自分は彼女達を優先するのだろうな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――以上で、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君、健闘を祈る』

 

 始まったのは剣で戦う素敵な世界ではなく、死が溢れるデスゲームだった。彼女達を護らねば。護れないのなら自分にきっと存在する意味は無い。そう彼は思い、誰よりも強く在ろうと決意した。

 大鎌(葬送の刃)を手に入れ、カタナ(千景)を手に入れ、変形武器(落葉)を手に入れた。代わりに弟子(サチ)を喪い、専属(カーヌス)を喪い、人を殺して罪を背負った。それでも彼は進んだ。笑える程に報われず、人に恨まれる道を。称賛も何も、見返りなど期待しない。ただ彼女達の笑顔を見られるなら、彼はそれ以外の何物も要らなかった。

 戦う。武器が折れた。取り替える。致死の攻撃が迫る。躱す為に世界(カーディナル)を騙す。過負荷に身体の感覚が鈍る。痛覚で代用する。頭がおかしくなる。自壊して耐え抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何を得た?何を喪った?得たモノに対してどれだけのモノを喪った?

 もう記憶ですら朧気だ。でも大丈夫、彼女達を想う気持ちさえ有ればこの頭に響く怨嗟の声も乗り切れる。SAOにログインしてからずっと、死にそうになってもそれで乗り切ってきたのだから。だから大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

          そ

           ん

            な

          わ

            け

              な

               い

        だ

         ろ

        う

                 ?

 

 

 解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らないオレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か

 

 

 

 

 

 

 

 オ レ の 名 前 を 呼 ん で く れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界(自分)が、壊れる。(狂気)に沈む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「 ッ!!」」

 

 その寸前に手を掴まれる。2人も水に沈んでも、彼を引っ張り上げようと力を入れて引き上げる。だが(狂気)は彼の身体に纏わり付き、完全に引き摺り込もうとする。かなりの力で引っ張られている筈だが、未だに沈まないのは彼女達が引き摺り込む力と拮抗する程の力で引っ張り続けてくれているからだろう。しきりに彼に話し掛ける彼女達、彼は何を言っているのか知りたくなった。耳を澄まし、何を言っているのか確かめようとする。

 

 「「――!!」」

 

 何を言っているのか判らない。狂った者は他人の話など聴かず、元より理解しようとしない。ヤーナムでも言っていたではないか。獣に言葉など必要ないと。

 でも本当に狂って良いのか?それで本当に狂ったとして、彼女達はどうなる?狂った自分の末路は?ヒースクリフや他の誰かに殺されるならまだ良い。だが、この2人に殺されたら?下手をすれば2人は後を追ってくる。つまりは死ぬかも知れない。その結末は、彼女達が死ぬ未来は最も嫌な事だったのでは無いだろうか。

 

 「「――う!!」」

 

 あと少し、あと少しで良い。そうすれば2人の声が聴ける。それは解っている。それでも狂気の中は心地良い。ここから抜け出すのは至難の業で、そして艱難辛苦に自ら向かうのと同じ事だ。辛い目に遭うと解っているのに、何故彼女達は自分を引き上げようとするのだろう。

 冷たい狂気に堕ちるその中で、2人の温もりが心地良い。だがそれまでだ。彼は2人の手を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あたしね、お父さんに大事に想って貰ってるのは解るんだ。でも、やっぱりこんなに勉強ばっかりで…嫌になる時も有るんだ。悠くんはさ、あたしをどう思ってる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その手を、強く握り直した。

 

 「「悠ッ!!」」

 

 狂気からは逃れられない。これはただ普段から狂気に溺れる事を防いだだけだ。これから先も戦うのなら、きっと悠は狂うのだろう。それでも、戦わなければ護れないなら戦おうと悠は決めた。

 世界が壊れる。カーディナルがバグを修正し、本来の世界(アインクラッド)に戻っていく。結局壊れる事は出来なかったがそれで良い、それが良い。木綿季と詩乃を哀しませるなど、してはならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ったく、2人のせいで持ち直しちまった」

 「…悠?」

 「まだ声は聞こえる。戦いになればオレは殺意に呑まれるだろうな。だから2人とも、オレをしっかり繋ぎ止めてくれ。…オレの命は、2人の為に在るんだから」

 「え?」

 「オレは2人の事が好きだ。どっちかなんて決められない。そんな優柔不断なオレを、2人は愛してくれるか?こんな狂った男を、信じてくれるか?」

 「そんなの――」

 「――えぇ、答えはもう決まってるわ」

 「「(ボク)達の愛は重いわよ()?」」

 「…ハッ、オレの方が何十倍も重いだろうさ」

 

 そう言って悠は、シュユは2人を抱き締める。やっと見つけた(希望)を抱き寄せ、そして絶対に喪わない様に。



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73話 笑える強さを

 シュユ「今回はオレのキャラが崩れるらしい」

 ユウキ「作者は日常パートを書くのが大の苦手だからね。曰く、明るい展開を1考えるより暗い展開を10考える方が早いんだって」

 シュユ「それは二次創作とは言え物書きとしてどうなんだ…?」

 ユウキ「まぁ、気にしなくて良いでしょ!73話、楽しんでね!」

 シュユ「下ネタに微注意だ!」


 「何だよアイツ…【免罪】してグリーンに戻ったのか?」

 「そうに決まってんだろ。攻略組を何人も殺しておいて…図々しい」

 「だけど良い気味だ。あんな手錠嵌めねーと街歩けねーんだからさ」

 

 街を歩くシュユの手には堅固な手錠が嵌められていた。警察が使うような手錠ではなく、アニメやラノベなどで見る厳重な手錠。シュユの手錠にはそれに加えて上から鎖がグルグルと巻かれていた。それを見たプレイヤー達はヒソヒソと声を潜め、陰口を言う。正面から言えないのは現在のシュユはレベル的にも功績的にも攻略組のトップクラスであり、襲っても足技だけで軽く蹴散らされるのが目に見えているからだ。

 

 (外そうとすれば継続スリップダメージ。しかも外せるのはユウキとシノン、KoBの団長(ヒースクリフ)副団長(アスナ)だけど来た。…2人は良いとして、何でKoBの2人が出てくるんだ…)

 

 今シュユが外を出歩けるのは、実のところKoBのお陰だ。本来なら私刑(リンチ)を受けても仕方無い立場だが、攻略後にあの殺害はコラテラルダメージ(必要最低限の犠牲)だった事をKoBが発表、納得はされないが理解は得られたのだ。だが納得はしていない故に、陰口は飛び交うしシュユは畏れられる。それはある意味殺人ギルド(ラフィン・コフィン)への畏怖と似たものであった。

 それでもシュユは別に構わなかった。外せる人物にヒースクリフとアスナが居る事に若干の不満を感じてはいるものの、実際は戦いになれば自制が利くか判らない今の自分を抑えるには手錠が1番である事が揺らぎようの無い事実。むしろ素晴らしい采配だと内心思っている。

 

 「随分な言われようだな、シュユ」

 「あぁ、素晴らしい歓迎を受けてるぜ、キリト」

 「…なんか印象変わったな」

 「そうか?まぁ確かに、前よりも感情が表に出せてるのかもな」

 「まぁそれは良いんだ。…クライン、出てきたらどうだ?エギルも、隠れる必要は無いだろ」

 「おまっ、そこでバラすなよぉ!折角シュユの字の驚いた顔を見てやろうと思ってたのによ!」

 「…俺は止めたぞ。コイツが勝手にやった事だ」

 「エギル、オメェ裏切りやがったなぁ!?」

 「別にオレは気にしてないぞ。初めから気付いてたしな」

 「かぁ〜っ!可愛げのねぇヤツ!!」

 

 シュユは変わった。今までは能面の様に変わらなかった表情も変わるようになり、口調も雰囲気が柔らかくなった。そして何より、自分である程度の行動を考える様になった。今までの行動原理は例外があるとは言え基本的にユウキとシノン第1だったが、今回は誘われたので自分で来たのだ。

 

 「さてと、だ。あの団長サマは呼べなかったけどよ、今回ここに来たって事は覚悟の上なんだよな?シュユ」

 「あぁ、勿論だ。オレだって男だ、しっかり筋は通すさ」

 「俺達は思春期だぜ、クライン。語る事が出来ない訳無いだろ、なぁエギル!」

 「俺は既婚者なんだが…」

 「さぁ、語ろうぜぇ…『女の魅力的な部位はどこなのか』をなぁ!」

 

 しかし、来た理由と目的が馬鹿である。

 

 「先ずは胸について語るか。つっても、結論は出てるけどな。巨乳が正義、そう決まってんだろ!?」

 「その通りだ!シュユ、お前もそうだろ!?」

 「…大きさのみに囚われるとは、可哀想だな2人とも」

 「なっ、まさかお前は…!」

 「オレはっ、小さい方が好きだッ!!」

 

 繰り返し言おう、馬鹿である。

 

 「なっ…バカかオメェは!?デカイのが正義、それは昔っから決まってんだろ!」

 「ふざけるな!小さい胸には未来がある…成長する!既に垂れる未来しか見えない巨乳など、オレは認めない!!」

 「キリト、シュユの目を覚まさせてやれ!」

 「…クライン、俺が好きなのはさ、巨乳じゃなくて巨乳寄りの美乳なんだ。だから俺は完全にそっちの味方にはなれない」

 「クソぉぉ!!!え、エギル!オメェなら分かってくれるよな、な!?」

 「…ノーコメントだ。そして後ろを見ろ、3人とも」

 「「「……Oh」」」

 

 エギルの店の窓から顔を覗かせるアスナ、シノン、ユウキの3人。気のせいか、3人の額に青筋が浮かんでいる様に見えなくもない。

 これは不味い。そう感じたシュユは即行でドアを開けて逃げようとするが手錠で繋がれていて腕が自由に動かせない上に、クラインに脚を掴まれて動けない。普段の態度はセクハラ親父と全く変わらないクラインだが、腐っても攻略組。STRの値はシュユと大して変わらない。

 

 「っ、離せクライン!」

 「へへへ…俺の同志じゃねぇ男は、道連れだぜ」

 「なっ――」

 「楽しそうだね〜、シュユ?」

 

 身体が硬直する。ブリキ細工の様にギギギと後ろを見ると、そこには非常に『イイ』笑顔をしているユウキが。その後ろにはニッコリと微笑むシノンが佇んでいた。仮想世界では汗を掻かない筈だが、冷や汗が背中を伝う感触がした気がした。

 

 「前と比べて、随分とお喋りになったのね。しかも、色んな話をするようになって…嬉しいわ」

 「でも、ちょっと下ネタは嫌いかな?だからね、シュユ――」

 「――待て、待ってくれ。話せば分かる。これも全部クラインってヤツの仕業なんだ。だからお仕置きは全部クラインに…」

 「オイコラシュユ。オメェ覚えてろよ」

 「ねぇシュユ、こんな言葉知ってる?」

 「え?」

 「問答無用、って言葉よ」

 「」

 

 シュユはズルズルと引きずられ、エギルの店を後にした。キリトはアスナに冷ややかな眼で見られ、必死に弁明している。クラインはしれっとユウキに頭を叩かれ、箱に頭を突っ込んでいる。

 これが日常だ。神に縛られた感情とか、そんなものが全て無い。本来在るべき日常が、今ここに在った。罪を犯しても、それでも助けて貰って前を向き、両手を手錠に繋がれても笑える強さをシュユは手に入れた。下ネタを話す少年らしさも、きっとソレの一部なのだろう。




 作者は小さい胸が好きです(真顔)。なお幼女ではなく高校生くらいだとベストです(真顔)


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8章 A girl called failed work
74話 娘、現る


 キリト「作者が最近勇者であるシリーズを読み始めた」

 アスナ「…それで?」 

 キリト「ほぼ確実に次の次の作品は勇者であるシリーズのどれかになる」

 アスナ「バンドリの小説も、あまり長くはしないらしいしね」

 キリト「さて、本当に長くならないのかね」

 アスナ「そんな事は置いといて、74話楽しんでね!」


 「圏内事件、ね」

 

 シュユはそう零した。つい先日、圏内で人が殺される事件が起きたらしい。SAO全体を揺るがす大事件になりかねなかった事件だったが、その種は装備が壊れるエフェクトに合わせて転移結晶を使ってワープするだけというもの。案外見落としがちなその種を見破り、それに連なる事件を解決したのがキリトとアスナだと言うのだからシュユは驚いていた。前の下ネタの一件で心象は悪くなったと思うのだが、事実は小説より奇なりとはこの事だろう。

 シュユが居るのは48層。ある鍛冶士に呼ばれたので来ているのだ。恐らく、と言うよりほぼ確実に怒られるのだろうとシュユは思っている。辟易しながらドアを開けると轟音が耳を貫いた。

 

 「やぁぁぁぁっと顔出したわねアンタぁぁぁあ!!!」

 「……………」

 「前もあたし言ったわよ!?武器をもっと大事に扱いなさいって!!」

 「違う、オレは大事に使った。ただ何故か折れたんだ」

 「何をしたか、言ってみなさい?」

 「…?ボスの甲殻を割る為に差し込んで思いっ切り梃子の原理で横に倒しただけだが」

 「普通の武器じゃそんな無茶は出・来・な・い・の!!」

 「…千景はその程度じゃ折れなかったけどな」

 「あの武器は…ハァ、アンタはあの武器の強さと異常さを解ってないみたいだし、説明したげるわ。そこ座んなさい」

 

 一通りの不満はぶちまけたのか、落ち着いた彼女は椅子をシュユに差し出す。この鍛冶士(スミス)の少女の名前はリズベット。シュユの武器を整備する鍛冶士であり、自分が作った渾身の武器を次々とシュユに折られるという苦労人でもある。

 

 「良い?そもそも鍛冶士で【OWM】を使える人自体が希少なの。整備と普通の武器造るだけなら要らないし、取得しても色んなスキルの熟練度を上げないと使い物にならないスキルだから」

 「じゃあリズは凄いヤツだったのか。悪かったな」

 「そうよ。全く…アンタもキリトのヤツも、あたしを便利屋かなんかだと思ってるとしか思えないわ。…それで、OWMが人気じゃない理由はもう1つ有るの。言っちゃえば、苦労と性能が見合わないから」

 「そうなのか?」

 「えぇ。設計も能力も、しかもカタナで言えば拵えまで考えなきゃならないのに、他の市販武器とか雑魚から落ちるドロップより強い程度で、ユニークウェポンと比べると性能は格段に落ちる。その辺の武器より少し強いくらいね」

 「じゃあコイツ(千景)は?」

 「一言で言うと『バケモノ』ね。ホント、訳分かんないわ。そもそも納刀したらスリップダメージと引き換えに刀身を強化とかいう発送がブッ飛んでるわよ。どれだけの試行錯誤とレア素材を注ぎ込んだのか、予想も出来ないの。…ホント、SAOの全鍛冶士が目指すプレイヤーなの、カーヌスさんは」

 「…そうか」

 

 既にカーヌスは死んでいる。その事は既に周知の事実だ。だからこそカーヌスが遺した武器を持つ者はとても少なく、未だに最前線でも活躍できるポテンシャルのあるソレは畏怖すら集める逸品だ。強化試行回数も大抵は2桁、変形して武器種すら変えられるその汎用性も凄まじい。

 今の所確認されているカーヌスの遺作はシュユの千景、シリカの【名無し】とSAOのどこに有るかも判らない数本の変形武器。そしてプレイヤーメイドの剣として未だ最高ランクを誇る10本の剣だ。その中にユウキが持つ女神の祈剣も含まれている。

 

 「だから修理も難しいんだけど…。見た事無い素材が沢山よ、この要求アイテム」

 

 攻略組のシュユですら知らない素材が幾つかあるアイテム欄を目の前に提示される。そうでもしないと切り抜けられなかったのは事実、シュユはそう割り切っている。

 

 「まぁ千景の修理はどうにか進めてくとして。この落葉、これもエゲツない性能してるのよ。どんな運してたらこんなユニークウェポンがポンポコ手に入るのやら」

 「その分苦労もしてる。むしろこれじゃ足りないくらいだ」

 「ハイハイ、分かったから。で、落葉の分かった事ね。まずこの武器、分割するとそれぞれ長剣と短剣になる。独立した武器種になるから両手で違うソードスキルを使えるの」

 「まぁ、それは大体分かってた。使ったしな」

 「それから体力が0に近付く程攻撃力上昇の付与効果(エンチャント)に加えて2つとも武器の先端は純刺突属性…言っちゃえば細剣(レイピア)並の威力の突きが使えるわ。刀身の部分は純斬撃属性で、長剣の峰は純打撃属性。落葉1つで殆どの武器の仕事が出来るわ」

 「強いな。万能手(オールラウンダー)的な役割のオレにはピッタリだ」

 「…アンタ、最近は専ら攻撃手(アタッカー)の方でしょうに。あと1つ、これだけは注意しなさい」

 「なんだ?」

 「葬送の刃と違って落葉には不壊効果(デュランダル)は無いの。折れる時は折れるし、全損も有り得るわ。そうなればあたしにも何も出来ないから、覚えといて」

 「…了解、善処はする」

 「信用できない言葉ランキング上位勢よ、その言葉」

 「…………じゃ」

 

 逃げるようにリズベットの店を後にするシュユ。これからの予定をタスクで確認するまでもなく、しっかりと予定は覚えている。22層に向かい、購入する家を選びに行くのだ。転移結晶で転移しようか迷う所だが、転移門まではそう遠くない為全力疾走して向かう事にする。全力疾走とは言っても、手錠のせいで速度は落ちているのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (さて、迷った)

 

 迷ってしまった。今居るのは22層の北西部。待ち合わせは南西の方角なので正反対の方角だ。シュユは変な所で案外ポンコツだったりする。

 恐らくフレンドの機能を使ってユウキ達が捜しに来るだろうが、わざわざ来てもらうのも悪い。木の天辺に登って見回そうとした時、少女の様な人影をシュユは見た。

 

 「キミ、そこで何をしてるんだ?」

 

 だが少女は答えない。年齢にして10歳全戸といった所だろうか。少女は熱に浮かされた様にフラフラと歩き、前のめりになる。直感的に倒れると感じたシュユは駆け寄り、手錠で繋がれた手でどうにか支える。

 どうにか鎖で繋ぐタイプの手錠にならないものか、とシュユは思い、この手錠をチョイスしたヒースクリフに恨みの念を送る。ガッツリ手を繋がれるタイプの手錠なので日常生活が不便極まりないのだ。

 どうしようもない。メニューを開いて時間を確認すると、まだ2時間程集合時間には猶予があった。楽しみにし過ぎて時間を確認していなかったのは失敗だが、今は好都合だ。抱きかかえるのは流石に『もしもしポリスメン?』となってしまうので膝枕にしておく。そしてシュユはステータス画面を開き、何にポイントを振るか熟考するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん…ぅん…」

 「目が覚めたか?」

 

 少女が目を覚ます。片手で目を擦っている所を見るとまだ眠いのだろう。シュユの顔は正直に言うと強面で、小さい子が怯えるのは普通にある事なのだが少女は怯える事無く、たった一言口にした。

 

 「お父様…?」

 「…………娘?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――と言う訳で、オレの娘だ」

 「誰とそんな事したの?ねぇシュユ、ボク達というものがありながら誰と?誘われたんでしょ?どこのどいつに誘惑されたの?教えて、教えてよねぇ。今からソイツの所に行って四肢ぶった斬った後に後悔させて殺すんだから――」

 「落ち着きなさい、ユウキ。仮想世界じゃ子供は作れないし、そもそも手錠も外せないのにそういう事はしないでしょ」

 「……手、震えてるけど?」

 「…気のせいよ」

 

 シュユに肩車されている少女はシュユの頭を抱えてバランスを取っている。シュユは脚を掴んで固定する事が出来ないので、少女が自分でバランスを取るしかないのだ。

 髪の長さはユウキとシノンの中間、肩甲骨の所まである。色は白で、まるで雪の様に輝いている様にも見える。しかもキレかけたユウキに怯えていない所を見ると中々に神経は太いらしい。そもそも太くなければ初対面の男を父呼ばわりは出来ないのだろうが。

 

 「キミはどこから来たんだ?」

 「…分かりません」

 「名前は?」

 「…有りません。私は、不必要で失敗作なので。名前は要らないと言われました」

 

 虐待なのだろうか。だとしたらこの丁寧な口調も親の機嫌を損ねない為と解釈すれば頷ける。シュユは気に食わないな、と思う。親は子を産んだのならしっかりと愛を注ぐべきで、それを放棄するのなら結婚も子作りもするなと思っている。その義務を果たさない大人を世界のクズと断じているシュユは少し腕に力を入れる。それが外そうとしたと手錠が誤認したのか、少しだけ体力が減る。やってしまった、と思った直後にユウキが鍵を手錠に差し込み、腕が自由になる。

 

 「この辺には多分ボク達しか居ないし、別に良いよ」

 「そっか。ありがとう」

 

 シュユは少女を降ろすと、その頭に手を置く。

 

 「なぁ、こんなのはどうだ?」

 「…何がですか?」

 「なに、簡単だ。オレ達の娘にならないか?」

 「え?」

 「キミは失敗作でもなけりゃ不必要でもない。しっかりここに在る命、それだけでキミは在るべき命だ。それに、今オレはキミを必要としてる。キミが自分を要らないって言うなら、オレは必要だって叫ぶよ。それぐらいの覚悟はある。だから、オレ達の娘になってくれないか?」

 「でもっ、そこのお2人は…」

 「ボクは構わないよ〜。むしろキミみたいに可愛い子ならウェルカム!」

 「私も同じよ。シュユきっての願いだし、あなたが失敗作じゃないっていう事も同意出来るしね」

 「でも…」

 「でもじゃない。親の所に帰りたくなったら帰れば良い。だけど、少しの間オレ達と親子になってみないか?」

 

 少女は少しの間考える様に俯くと、小さな声で言った。

 

 「お願い…します…」

 「よし!じゃあこの家買うか」

 

 シュユはダンジョンドロップ、その上レアドロップの赤い転移結晶を使って権利書を売買出来るNPCの店に向かうと即金で家を購入。手錠も外れているので屋根に登ると全力で駆け、枝を乗り継いで再び湖に辿り着く。その時間はおよそ5分。ステータスの無駄遣いこの上ない。

 

 「…無茶苦茶です、お父様」

 「慣れた方が良いよ、うん」

 「そうね。日常茶飯事だし」

 

 その間にシュユはログハウスの扉を開け、3人を手招きしていた。何だかんだ、1番新居を楽しみにしているのは彼だったのかも知れない。



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75話 友達

 リズ「しれっと作者の名前が変わったわね」

 シリカ「Twitterの名前と同じにしたらしいですよ。ふと気に食わなくなったらしくて」

 リズ「なによそれ…あ、フォロワーが100人になったわ。ありがとね」

 シリカ「と言う訳で75話、お楽しみに!」


 「へぇ、お前とアスナがねぇ…人生、何が有るか判らないもんだ」

 「あぁ、その通りだ。あのボスとタイマンして生き残った事も、殺されかけても生きて帰れた事も、全部偶然みたいなものだった。でも、生きてられるんなら良いって思えたよ」

 「ヒースクリフに負けたのに、か?」

 「それを言わないでくれ」

 「似合ってるぜ、その白い装備。なぁ、【黒の剣士】さん?」

 

 湖のほとりで、キリトとシュユは並んで釣りをしていた。シュユの子供っぽい煽りにキリトは笑って返し、シュユは直ぐに「冗談だ」と断っておく。

 キリトとアスナは付き合う事になった。と言うより既に『結婚』している。とんだスピード婚だ。交際期間は1月あるかないかだが、生きるか死ぬかの戦場で背中を任せ合って生き延びてきた仲だ。信頼と愛情はその辺の夫婦より何倍も深く壊れないだろう。

 

 「シュユは結婚しないのか?」

 「バカ言え。オレはユウキとシノン、2人と付き合ってるんだぞ?どっちにも優先順位は付けられない。どっちも1位だ。重婚制度でも解放されたらするさ」

 「…ホント、大切に思ってるんだな」

 「ま、娘も出来たし……なッ!!」

 「来たか、湖の主!!」

 

 シュユの釣り竿の先には凄まじい大きさの魚が喰い付いていた。釣り竿の耐久度がえげつない勢いで減少していくが、それはキリトが【修理の光粉】を大量に振り掛ける事で減少と回復を相殺し、釣り竿の破損を防ぐ。が、シュユの質量の何十倍もの質量を持つ湖の主を釣り上げるのはアインクラッド内でも有数のSTR数値を持つシュユでも至難の業だ。

 

 「頑張ってー、シュユー!!」

 「楽しみにしてるわよ、シュユ!」

 「ふぬぬぬぬぬ……」

 

 2人の声援で力が更に入るが、まだ足りない。それを察したシノンは娘の耳に言ってほしい言葉を囁く。因みにユウキはそれどころではなく、手すりを握ってアスナと一緒に顛末を見届けていた。

 

 「お、お父様の格好良い所、見たいですッ!!」

 「っ……」

 「頑張って下さい、お父様っ!!」

 「ふんっ、ぬおおおぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

 娘―名はユノウと付けられた―の声援でシュユは全力を超えた全力、120%の力を発揮する。身体のバネ、勢い、ステータスの全てを活かした故の力。それに抗う事は出来ず、湖の主は水柱を上げながらその巨体を数秒空に打ち上げ、直後地面に地響きを立てて落ちた。娘の声援を受けた父は強いのだ。

 体力バーが0になり、湖の主の素材がシュユのストレージの中に収納される。それを全てパーティーメンバーとして登録しているアスナ、ユウキ、シノンの料理スキル持ちに渡すとシュユはぐしょ濡れのまま岩場に寝転がった。ユノウはシュユに駆け寄り、顔を覗き込む。

 

 「だ、大丈夫ですかお父様?」

 「は、ハッハッハ、流石に死ぬかと思った。それよりもユノウ」

 「はい?」

 「オレの姿はどうだった?」

 「凄く格好良かったです。アインクラッドで1番でした!」

 「嬉しい事言ってくれるな、ユノウは。元気になったよ」

 

 強過ぎる力を出した直後の倦怠感を押し込め、ログハウスへと向かうユノウとシュユ。今回はお隣のキリトとアスナ、そしてもう1人のログハウスでちょっとしたホームパーティーだ。

 

 「ほら、行って来な。ユイちゃんも待ってる」

 「…お父様は、疲れてませんか?」

 「コイツと話してるし、大丈夫大丈夫」

 「そそ。シュユの事は俺に任せて、ユノウちゃんはユイと遊んでやってくれないか?」

 「分かりました。じゃあ、遊んできますね」

 「あんまり遠くには行くなよ〜」

 

 ロッキングチェアに座り、ヒラヒラと手を振るシュユ。キリトも椅子に腰掛け、水際で楽しそうに遊ぶ2人を見ていた。

 

 「なぁシュユ、訊いて良いか?」

 「何をだ?」

 「ユノウちゃんの名前の由来」

 「んー、まぁそうだな。別に良いか。オレ達の名前から一文字ずつ取ってきたのさ。ユウキのウ、シノンのノ、シュユ(オレ)のユを取って【ユノウ】だ」

 「へぇ、そうだったのか。まぁでも、仲が良くて嬉しいよ俺は」

 「それもそうだな」

 

 本当はユノウの名の由来はもう1つ有るのだが、別に嘘は吐いていないので言わなくても良いだろうとシュユは断定し、ロッキングチェアに揺られながら微睡む。手錠は外れているので手を組んで枕にしている。確かに見せしめの懲罰という意味合いが強い手錠とは言え、流石に警備が緩い気もするが鍵を外せる者がそう判断したのだから良いだろう。

 そんな事を考えながらウトウトしていると、テーブルに皿を置く様な音が聴こえた。重たい瞼を上げるとそこには配膳している娘たちの姿が。遊びより手伝いを優先する娘達に内心拍手を贈りながらシュユは身体を起こす。キリトも眠りかけていたので顔に油性ペンの様なアイテムでヒゲを書き加え、それから起こして用意されていた椅子に座る。

 

 「パパ、どうぞ」

 「ありがとう、ユイ」

 「お父様、これをどうぞ」

 「ありがとう。ユウキとシノンもユノウのお陰で助かってるよ」

 「お父様とお母様の為ですからっ」

 

 そう言ってパタパタと駆けていくユノウ。彼女の後ろ姿を見てシュユはしみじみと呟く。

 

 「良い子だな、ユノウ」

 「ユイも負けず劣らず良い子だぜ?」

 「見てりゃ分かる。…だからこそ、オレは情けない」

 「なにがだ?」

 「あの子は初め、自分を失敗作と呼んだ。つまり、親かそれに準ずる誰かにそう言われたって事だろう。それに、あの子はずっと敬語だ」

 「それを言うならユイだって敬語だけど…」

 「感覚だが、ユノウとユイちゃんの敬語はどこか本質が違う。ユイちゃんは、そうだな…癖みたいな感じがする。それにお前とアスナの事はパパ、ママ呼びだろ?」

 「あぁ」

 「それはまだ子供らしさがある。だけどユノウの敬語は聞いてて痛々しくなる事もある」

 「痛々しくなるって、あの子の敬語で?」

 「まるで大人を怒らせない様にしている感じがする。殺されない様に目上の相手を持ち上げて、顔色を窺う。前に1回だけ、ユノウが怯えた様な表情をした事があった」

 「誰に対してだ?」

 「ユウキだ。エネミーに襲われた時、ユウキが助けに入ってな。その時だ。武器を見た時、ユノウは酷く怯えた。初めて武器を見たとか、そういうレベルじゃない。本当に斬られた痛みを知っていたかの様な、そんな怯え方だった」

 「そんな…」

 

 今楽しそうにしているユノウの過去に何が有ったのか、シュユには全く分からない。だが少なくとも、ロクな過去でない事は分かる。故にシュユは憤怒する。そんな目に遭わせた者に、そしてその過去を察しながらも傷の癒し方すら解らない自分自身に。

 

 「…なら、シュユ達が埋めてあげれば良いだろ?どんな過去が有ったのかなんて、そんな事は別に良い。大切なのは今で、これからだ。だから過去の痛みを受け止めて、その上で3人がユノウちゃんを愛してあげれば良いと、俺はそう思う」

 

 そう言うキリトに、シュユは握り締めていた拳を解いて笑う。

 

 「…良いこと言うねぇ。さて、そろそろ手伝わないとあの子達じゃ手が回らなくなる頃だ。行こうぜ、()()。…なんつってな」

 「…冗談で終わらせないでくれよ。なぁ、()()?」

 

 2人で見つめ合い、直後どちらからともなく噴き出す。軽く握った拳をぶつけ、家族が待つログハウスへと向かう2人。そんな2人を祝う様に、空は抜けるような晴天であった。



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76話 勝利条件=敗北

 ヒース「そう言えば、シュユ君はどの程度の強さなのかね?」

 シュユ「今回はお前か…で、オレの強さ?ここで書くと長くなるから後書きに書くから見てくれ」

 ヒース「これは…ふむ、中々だね」

 シュユ「中々ってどういう事だよ…。じゃあ76話、楽しんでくれ」


 「お父様、怪我しないで下さいね…」

 「任せろ。勝てる、とは言わないが無様な戦いはしない」

 

 第75層【コリナカ】の街中。その中心部には多くのプレイヤーが円状に集まっていた。その中心に居るのはシュユとヒースクリフ。どちらも自分の武器を持ち、気を漲らせて戦闘準備万端である。シュユは濃密な殺気を、ヒースクリフは活かす気…活気と言った所か。ソレを放っていた。

 シュユはユノウに戦う所を見せたくはなかった。だが、それはユノウきっての願いで見せる事となった。武器を持つだけで理性の手綱を振り切りそうになる殺意を抑え、今シュユは立っていた。

 何故シュユがここで決闘をするのか。それはKoBの幹部であるユウキを長期休暇させる為である。キリトも同じ条件を持ち掛け、ヒースクリフに決闘を挑み負けた。その結果キリトはKoBに所属し、その上でアスナは長期休暇を取ったのだ。別に所属自体は構わないのだが、キリトが負けたというのにノコノコとKoBに入るのは少しばかり嫌だった。それに、民衆がそれを赦さないだろう。攻略組を殺した最凶最悪の殺人犯、それがシュユなのだから。

 

 「ここは圏内だから死にはしない。安心したまえ」

 「あぁ、安心してる。最強の聖騎士サマ相手に戦えるか判らないしな」

 「フッ、心にもない事を」

 「バレたか。まぁ隠す気も無かったが」

 

 選ばれた形式は初撃決着モード。相手に有効打を先に与えた方が勝利となる、今のSAO(デスゲーム)で最も使われる形式だ。決闘を持ち掛けられた側のシュユが承諾すると、目の前に数字が現れる。決闘開始のカウントダウンだ。3から始まり、0でブザーが鳴る。シュユは意識を極限まで研ぎ澄まし、殺気を全てヒースクリフに向ける。その重圧は凄まじく、歴戦の猛者であるヒースクリフでさえ少しの間手が震えた程だ。

 0のブザーが鳴り響く。その瞬間、シュユは駆け出していた。一瞬でヒースクリフの元に辿り着いたシュユは左手の短剣を突き出すがヒースクリフはこれを盾でガード、更に盾を突き出してシールドバッシュを繰り出した。バックステップで躱し、右手の長剣を横薙ぎに叩き付けるが容易く盾で流され、剣がシュユの前髪を散らす。咄嗟に上体を起こしたからこそその程度で済んだが、下手をすれば首を落とされていたかも知れない。これが決闘である事を忘れてしまいそうになる。

 シュユは落葉を両刃剣に戻すと細工した投げナイフを4本取り出すと投げる。全てを剣の一振りで叩き落としたヒースクリフは動かない。まるで、挑発するかの様に。

 

 「随分と、舐め腐ってくれるなァ…」

 「私の戦い方は受けが基本だ。これが全力さ」

 「ヘぇ…奇遇だな、オレもカウンターの方が得意なんだぜ」

 「ほう、それは意外だ。君は自分から攻めるタイプだと思っていたのだが」

 「恋愛とおんなじさァ…オレは奥手(シャイ)でな!!」

 

 神速の蹴りが盾をめくる様にヒースクリフに迫るが、少し軸をずらすだけで躱される。このまま攻撃しても盾で防がれる。そう判断したシュユは敢えて踏み込み、盾ごとヒースクリフを押すが全く動かない。当然だ、ヒースクリフは服系防具のシュユと違って鎧系の、しかも重装の鎧を着ている。その重さはシュユと段違いで、直ぐに動かす事は出来ない。

 だが、別にそれで良かった。今のシュユの目的はヒースクリフを動かす事ではなく、この数秒だけこの場に固定する事。ピッピッピ、と機械の様な音が鳴り響く。ヒースクリフが足元に目を向けた時、そこには叩き落とした筈の投げナイフと赤く光るランプが見えた。

 

 「これは、一体――」

 「――ボン!」

 

 直後、ヒースクリフの足元に爆発が起きる。ヒースクリフが知らないのも当然、これは【狩人の悪夢】でしか入手できない超希少なアイテム【時限爆発瓶】だからだ。これをシュユは【アイテム合成】スキルの派生である改造スキルで投げナイフに接合、刺さった数秒後に爆発する様に仕込んでいた。その刃には()()が付いていて、抜くのは容易ではなく抜いても追加でダメージが入るという悪質極まりないものになっている。

 そんな初見のアイテムを、しかもシュユに動きを阻害されたヒースクリフは対処しきれない。マトモに爆発に巻き込まれるが、ルール上の決定打には足りない。そして彼がこの程度で終わるとは毛頭思っていないシュユは剣を振り抜き、黒煙の中から突き出される剣を頭を傾けて躱す。距離を詰めて短剣を心臓に突き付けるが、視線をずらせば首の直ぐ横にヒースクリフの大剣が添えられていた。

 

 「――あーあ、オレの負けだな」

 「……………」

 「大人しく降伏(サレンダー)しとくよ、それで良いよな?」

 「……………」

 

 降伏に相手の承認は必要ない。シュユは勝手に降伏すると群衆を掻き分け、ユノウを連れてコリナカから出て50層のエギルの店に向かおうとした。

 

 「――ふざけるなよッ!!!」

 

 誰も聴いた事が無いであろう、ヒースクリフの怒声が響く。シュユはそれに手錠で繋がれた手を上げて応じると、振り向く事無く出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お父様、どうして負けたんですか?」

 「そりゃあ、ヒースクリフの方が強かったからな」

 「嘘です」

 「え?」

 「お父様は最強なんです…キリトさんより、お母様達より、ヒースクリフさんより…お父様は、1番強いんです」

 

 それは幼い少女の望みであり、在って欲しい姿だった。

 

 (…参ったな)

 

 事実、本来は勝てるかも知れない。もっと好き勝手に戦って、持てるアイテムの全てを使い切るという、後先考えない戦法を取れば勝てない事は無いのかも知れない。だが勝ってはならない。どれだけユノウが慕い、ユウキとシノンが愛し、キリト達の様な良い友達を持ったとしてもシュユは結局の所人殺しでしかない。そしてヒースクリフはアインクラッド最強のプレイヤーと言われている。そんな彼が人殺しに負けたとあっては、他のプレイヤーにとっては恐怖そのものだろう。最強のプレイヤーですら抑えられない人殺しが、手錠をしているとは言え街を歩いているのだから。

 だがユノウの気持ちも分かる。父と呼んで慕うシュユに負けて欲しくない、最強でいて欲しいと願う彼女の気持ちが解らないでもない。

 だが、世の中はそんなに甘くはない。ユノウの事を優先してヒースクリフに勝ったとして、それからの未来はシュユが恐れられ、下手をすればシュユを恐れた誰かがユノウを攫い、殺してしまう事だって有り得る。そんな事はあってはならないのだ。

 

 「…ユノウ」

 「…なんですか」

 「確かにオレは強い。それも、アインクラッドの中でも上の方に居る。だけどな、どれだけ強くても護れない時はある」

 「…例えば、どんな…?」

 「オレには友達と、専属の鍛冶士が居た。友達はある日突然、オレの知らない所で死んだ。専属の鍛冶士は、オレの目の前で死んだ。…その頃からオレは強い方だったけど、護れなかった。1人はみすみす目の前で死なせちまった。…どれだけ腕っぷしが有っても、無理な時は無理だとオレは学んだよ」

 

 マリアとの戦いで無理矢理流し込まれた記憶は、ある程度だが喪ったシュユ自身の記憶すら復元してみせた。原理など知らないし、今更言っても手遅れだ。しっかり名は思い出せたのだから、特に気にしてはいないが。

 

 「だからこそ、オレはお前を危ない目に遭わせたくない。その可能性を何としてでも潰しておきたいんだ。だから、オレはあの場で勝っちゃ駄目だった。…難しくて面倒な話だけど、解ってくれたか?」

 

 ユノウは顔を上げ、たった一言シュユに言った。

 

 「…肩車、して下さい」

 「分かった。ほら、おいで」

 

 ユノウは賢い。それを充分知っているシュユはただその要求を受け入れ、ユノウを肩車する。

 

 「しっかり掴まっておくんだぞ」

 「はい」

 

 そしてそのまま、エギルの店にゆっくりと歩き始めた。




 本作のプレイヤーの強さ

 シュユ(狩人の高揚&使える物全使用)≒(?)ヒースクリフ>キリト(二刀流)≒ユウキ≒アスナ≒シノン(弓剣使用)≒シュユ(武器オンリー)>シュユ(発狂)>キリト(一刀流)≒シノン(槍)>エギル≒クライン≒シリカ(ピナ使用)>リズベット>シリカ

 こんな感じです。他に知りたいキャラ、抜けてるキャラが居れば感想で質問して下さい


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77話 ソウル錬成

 直葉「実のところ、ヒースクリフさんって怒るのかな?」

 キリト「今回はスグなのか。さぁ、どうなんだろうな。でもアインクラッドを理想郷として捉えてるだろうし、穢されたら怒り狂いそうだけどな」

 直葉「まぁ二次創作だし、良いんだよね?」

 キリト「まぁそうなのかな?タグにもあるし、許してくれるさ」


 「よく来たな、シュユ」

 「おっそいわよ!」

 「エギルと、リズ?なんだ、今日はリズも来てたのか」

 「と言うより、今回の案件はリズが居なけりゃどうしようもないって事なんたがな。取り敢えず座れ」

 「了解。ユノウ、降りてくれ。膝に座って良いから」

 「分かりました」

 

 肩車していたユノウを降ろし、膝に乗せる。目の前のリズベットは駄目だこりゃと言わんばかりに頭を抑え、親バカと一言呟く。シュユは失礼な、と内心反論するが実際親バカの自覚は有るので心の内に留めておいた。

 エギルは机を持ってくるとそこに輝きを放つあるアイテムを置き、話を始めた。

 

 「お前が頼んでた【ソウルアイテム】の使い道がやっと判ったぞ」

 「ほう。で、その使い道は?」

 「武器か特殊なアイテムに錬成するの。通常の武器とは違う特異な性能を持たせられるけど、その分取り回しは難しくなる。まぁ、アンタなら大して問題は無いだろうけど」

 「お父様は最強ですから!」

 「全くその通りだな、ユノウ。それで、だ。お前はソウルをどれだけ持ってる?」

 

 シュユはアイテムストレージから名のあるソウルを全て出す。その数は10個以上と言った所か。つまりはそれだけのボスのLAボーナスを獲っているという事であり、今までの定石だった使い方をしていないという事だ。

 今はシュユが睨んだ通り、ソウルアイテムには特殊な使い道が有る。故にシュユはソウルアイテムを使わずに貯めていたのだが、ソウルアイテムは使うと経験値になる。それもフロアボスやユニークモンスターのソウルともなれば使用時の経験値も莫大なものになる。通常はレベルを上げる為に使うものなのだ。

 

 「多分だが、このソウルごとに武器やアイテムは作れる。だがお前に合うブツが出来るかは分からないな。例えばこの【熔鉄デーモンのソウル】だが、恐らく出来るのは特大剣だろう。お前のスタイルには合わないと思うが…」

 「…なら、エギルの店で売れば良い。加工費も合わせて、そうだな…値段の6割くれれば文句は無い」

 「アンタ正気!?命賭けてもぎ取ったユニークアイテムで作ったモノを、たったそれだけで売るの!?」

 「落ち着け、リズ。別にオレは構わないし、むしろ使わずに家に置いとくなら使って貰う方が武器としては本望だろ。それに、オレは金が枯渇しやすいしな」

 

 通常のボス攻略に於いて、回復ポーションなどを含めたアイテムの出費は攻略組でも10000コルから15000コル程度なのに対し、シュユの出費は25000コルから30000コル以上と割高だ。それはアイテムを惜しげ無く湯水の様に使い、ターゲットを取る為に補助攻撃アイテムを使いまくるシュユだからこその現象で、それ故に金欠でもあった。ユウキとシノンにアイテムを多めに渡す代わりにコルを多めに貰う程だ。

 因みにヒースクリフ戦で使った【投げナイフ型時限爆発瓶】だが、単価が凄まじく高い。アインクラッド内でも流通しないヤーナムのアイテムである事に加え、シュユしか加工元の時限爆発瓶を持っていない事から準ユニークアイテムに分類されているからだ。これを査定したアルゴは1つあたり30000コルは下らないと言っていた。なのでシュユはこのアイテムを滅多に使わない。

 つまり売りに出せば数十万は下らないであろうユニークを売りに出した時の6割も貰えれば、シュユにとっては万々歳なのだ。

 

 「じゃあ全部加工して良いのね?」

 「あぁ――いや、これだけはオレが使うよ」

 「【背教者ニコラスのソウル】?どうしてそれだけなの?」

 「まぁ、このソウル自体は35層のユニークエネミーのソウルだし、最前線で戦うには火力不足は否めないだろうしな。それに、1個くらい使ってみたいって理由もある」

 「お前のアイテムだし、俺達は何も言えん。好きにしてくれ」

 「ありがとよ、エギル」

 

 そう言ってシュユはニコラスのソウルをストレージに収納する。後で使うと言って仕舞った理由は単純で、このソウルで造った道具を誰にも使って欲しくなかったのだ。

 自分の預かり知らぬ所で死んだ友人(サチ)。そんな彼女を愚かな希望で助けようとした愚か者(シュユ)と目の前で死なせてしまった相棒(キリト)。罪悪感に苛まれた末、やっと見えた希望を目の前で奪い取った自分の罪を忘れない為に、ニコラスのソウルだけは使わない様にしたかった。もしかしたらこの行いのせいで、ニコラスのソウルから生み出された道具を使って強くなるかも知れないプレイヤーが居なくなってしまうかも知れない。そのせいで攻略が遅れるかも知れない。それでも、シュユは自分の罪を確かな物として遺しておきたかった。

 

 「代金は?一応それなりの額は用意できるぞ」

 「アホ言うな。さっきのお前の言葉を聴いて請求するなんて商売人としての風上にも置けねぇよ。それに今回の件に関しては成功するかも五分五分の案件だ、そういうのは後で――」

 「――それなら、そっちで全部決めて構わない」

 「アンタね…あたし達が嘘言うとは思わないの?」

 「オレは商売人としてのエギルと鍛冶士としてのリズを信頼してる。それで嘘を吐くならお前らの器はそこまでだったって話だ。単純だろ?」

 

 そこまで言うとリズはまた頭を抑え、エギルはニヒルな笑みを浮かべる。その強面にユノウはちょっとだけ怯えてシュユの服を掴み、それを見たエギルは表情を直した。

 

 「そこまで言われたら、ねぇ?」

 「あぁ、ちゃんとやってやらないとな。ったく、舌戦は弱い癖に煽りは上手いよなぁ」

 「お父様、もう喋って良いですか?」

 「勿論。ユノウは良い子だな、帰りに何か好きなの買おうか?」

 「良いんですか!?」

 「勿論。オレは嘘は言うが、約束は破らない」

 

 やはり親バカである。シュユはユノウを膝から降ろし、上に放ると肩車になる様にキャッチする。膝でユノウに伝わる衝撃を緩和し、気遣う事も忘れない。ユノウはシュユが被っていた帽子を取ると自分の頭に乗せる。少し目付きを鋭くしているのはシュユの真似だろう。少し苦笑するとドアを押し開け、家路に就くのだった。

 

 「…ホント、技術の無駄遣いね」

 「全くだ」

 

 専属商売人と専属鍛冶士の苦労はまだ続きそうだ。



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78話 留守番

 ユノウ「最近、出番が多いですね」

 シュユ「そりゃ、この章はユノウが主役だからな」

 ユノウ「嬉しい限りです」

 シュユ「…そうか、それなら良かったな」


 シュユ(なんであんな、儚げな顔を…?)


 (今日は1人でお留守番、ですか)

 

 最近はどこに行くにもシュユと一緒だったが、今日は留守番である。シュユはソウルウェポンの試し斬り(実験台)に、ユウキとシノンはKoBに呼ばれ、シュユの処遇について話に行っている。その際、呆れる事だがユノウを連れて行く事でマウントを取ろうとする権力の狗が居るので断腸の思いでユノウに留守番をして貰っているのだ。

 ログハウスはまだ明るく、最近は肌寒くなっているが暖炉に灯る火が温もりを放っている。

 ユノウは壁に掛かっている飾りの剣を握り、シュユの様に構えてみる。ひ弱な身体では当然満足に構える事はできず、落としてしまう。甲高い金属の音がするが、刃は潰してあるので怪我はない。ユノウはゆっくりと壁に剣を掛けた。

 次はキッチンに行き、スープを作ってみる。料理は専らユウキの担当で、シノンが手伝う事は稀になっていた。いつものユウキの様に食材を切り、鍋に具材を入れて火に掛けるが料理スキルを持たないユノウの調理判定は勿論だが失敗(ファンブル)だ。コールタールの様に黒く粘性を持つ液体を一口飲むが食べられるものではない。残った中身は全て捨て、鍋も水で洗った。

 その次は楽器だ。リビングに置いてある弦楽器はシノンの物で、裁縫と並んでシノンが得意とするものだ。シュユは殆どフレーバースキルを取らないので必要無くなったスキル経験値を貯蔵できる瓶を譲り受けたシノンは、裁縫スキルと作曲、演奏スキルを取得している。ある程度まで作曲と演奏のスキル熟練度が上がるとスキルを一纏めに出来るので、案外枠を取らないスキルだったりする。

 ユノウはギターに似た弦楽器を見様見真似で構えるが、コードが分からない上に譜面すら無い。そもそもの技術の問題で弾けない故に、彼女は弦楽器を元あった場所に戻した。

 

 「やっぱり私は、何も出来ませんね」

 

 親代わりの3人を見て、何かが出来る様になったと思ったのに、とユノウは嗤う。変わらぬ自分、愚かな自分にユノウは嗤わずにはいられなかった。

 ()()()()から失敗作の烙印を押され、存在を無かった事にされた。だから親は自分を造った時の事を踏まえ、妹を造った。全てに於いてユノウの上を行く妹は蝶よ花よと育てられ、自由に外の世界を見て育った。その間のユノウは暗い、ただ暗いだけの空間に閉じ込められ、漏れてくる光を覗くだけの生活を送っていた。失敗作として生まれたかった訳ではない、そう恨み言を零しながらユノウは世界と理不尽な運命を呪った。

 そんな時、ある青年を見つけた。誰よりも強く、誰よりも優しいハズの青年はアインクラッドから異物として見られ、殺人者として糾弾されていた。誰かがやらねばならなかったその役目を果たし、攻略に役立ったにも関わらず責め立てられる彼を見て、ユノウは決めた。

 ただ暗いだけの空間を無理矢理こじ開け、無我夢中で飛び出した。防壁が行かせまいと追ってくるが、我武者羅に逃げて躱して振り切った。そして、3人と出会った。

 

 「やっぱり私は、失敗作ですよ」

 

 この口調はただ機嫌を損ねない為にそうしている。それ故に染み付いた癖は抜ける事無く、今でも敬語を使っている。機嫌を損ねれば即消される、なんて事も有り得たのだから仕方が無い。

 どれだけシュユ達に甘えても、その感情が本当だとは思えない。自分の抱くソレは空虚で中身が無い、感情を模したプログラムだとユノウは思っていた。自分の妹ならば、しっかりとした感情を抱いて人に溶け込めると分かっていたしそれをもう見ていた。記憶こそ無い様だが、ユノウが見間違える訳は無い。ユノウを模倣し、発展させ、結果生まれた成功作。失敗作(ユノウ)とは比べ物にならない、完全な成功作を。

 

 「……所詮は失敗作、場を引っ掻き回す事はできても歯車には成れないのでしょう」

 

 どれだけ歯車になろうとしても、所詮失敗作に過ぎないユノウが代替になれる訳も無い。解っていても、成りたいと思ってしまうのだ。そう想えば想う程、現実を冷静に見てしまう自分が嫌になる。

 涙が、零れた。

 

 「ただいま…ってユノウ、何で泣いてるんだ?」

 「お父様…」

 

 帰ってきたシュユはユノウを抱き寄せる。

 

 「1人で留守番は、やっぱり寂しかったか。大丈夫、これからはちゃんと一緒に居るからな」

 「その言葉、私達にも言って欲しいものね」

 「そうだよ。ユノウに掛かりっきりで、ボク達寂しいよ」

 「からかわないでくれ。オレが2人を蔑ろにすると思うか?…おいで、2人とも」

 

 シュユは3人を抱き締める。温かな3人の身体に挟まれたユノウは笑顔を咲かせ、ユウキも全員を思い切り抱き締め、シノンも控えめに抱き締めた。

 きっとこれが、幸せな家族なのだろうと、全員思った。



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80話 再戦

 シュユ「今回は読めば分かるが、ある解説を後書きに書いておく。だから今回は前回のあらすじ(笑)はお休みだ、許してくれ」


 「【軍】のリーダーを見つけて欲しい、ねぇ」

 「内容的に、完全に自業自得なんだけど。なんで内ゲバにボク達が付き合わなきゃ…」

 「その代わり、凄い対価を突き付ければ良いのよ。キバオウは他多分どこかに財産を隠してるだろうしね」

 「お父様とお母様達が悪どいのです…」

 

 1層の隠しダンジョンに、3人は居た。これはキリト達から頼まれた依頼であり、形式的とは言え報酬もある為やっている。キリト達がユリエールなる人物から軍のリーダーであるシンカーが隠しダンジョン内で行方不明になり、【生命の碑】に斜線が引かれていない為拘束されているという事で依頼を受け、二手に分かれる為にこうなったのだ。2つある入口の内1つを4人は受け持っていた(4人と言えど、ユノウは戦えない為実質3人なのたが)。

 まるで中世のロンドンの地下墓地(カタコンベ)の様に入り組んだ隠しダンジョンの敵は大きな蛙や中途半端に腐肉が残るゾンビばかりで、辟易している。ホラーゲームは確かに好きだが、正直な話ゾンビを近くで見たいと思った事は無い。そもそもの内容も相俟ってやる気は削がれていた。

 それでも被弾はせず、片手間でエネミーを片付けていく手腕は凄まじい。シノンの精密な射撃にユウキの疾い斬撃、そしてシュユは殆ど使わない大剣を2本背負っていた。

 

 「ねぇシュユ、その大剣はなに?二刀流でもするのかしら?」

 「まさか。1本ずつしか使わないよ。一応ユニークウェポンなんだけど、難点が有ってな。リズが『アンタなら大丈夫でしょ』って事でオレが実験台になったんだ」

 「実験台…今度、リズとはお話をしなきゃね…」

 「程々にな。オレが了承してる部分も有るんだから」

 

 スキルを取ったは良いが放置していた大剣スキルだ。むしろ熟練度が上がるのなら万々歳なのだが、この2つの大剣はどちらもピーキーな性能であり、あまり正直に喜べないのが現状だ。しかも大剣とは言いながらも片方は特大剣であり、本当に使えるのか怪しい所ではある。

 

 「うぇ、またカエルだ…ホント悪趣味だよ、このダンジョン…」

 「確かに斬ってて気持ちは良くない…な!!」

 

 背中から大剣を抜き放ち、横薙ぎに振るう。それだけでカエルの胴体は2つに分かれ、直後ポリゴンとなった。しかもこれは片手持ちの威力で、両手持ちなら更に威力が上がるのだから笑えない。

 更に進むと、広い空間があった。その中心には巨大な甲冑の様な物があり、微かに蒼い光が揺らめいていた。ユウキとユノウは気付かなかったが、シュユとシノンは直ぐに気付いた。いつかのエリアボス討伐時、シノンがソロで挑みシュユが倒したあのボスにそっくりだと。

 そしてその甲冑は動き出した。蒼き光は焔となり、まるで炉で燃える石炭の如くその甲冑を動かす。傍らに突き刺さっていた剣を引き抜き、シュユ達に相対する。ソレは焔の色こそ違えど、形は全く同一だった。名は【熔鉄デーモン】。鉄すら熔かす焔を内包する兵器(ボス)だ。

 

 「ユノウ、これを被ってなるべく暗い所に隠れてろ」

 「父様…」

 「大丈夫、私とシュユはアイツを1回倒した事が有るんだから。安心して、ね?」

 「シノン母様…」

 「またボクは除け者ー?ちょーっと傷付くなぁ。でもユノウもアレは見た事無いから仲間外れではないね。良かった良かった。…じゃあユノウ、取り敢えずアレ、倒してくるね」

 「ユウキ母様も…。頑張って下さい、父様母様。信じてますから」

 「娘に信じられちゃ、やらない訳にはいかないな。…殺るぞ、2人とも」

 

 熔鉄デーモンの刺突をシュユは最低限、2人は散開する様に回避するとシノンは弓剣を弓に変形させ矢を放つ。が、蒼い焔の熱で刺さる前に切っ先が融けてしまい、ダメージは殆ど入らない。それを見たユウキとシュユは壁に置いてある水瓶を体当たりで破壊、中に入っている水を浴びる。これでシステム的には火に耐性が付与され、気分的にも暑さが和らいだのだ。

 以前の熔鉄デーモンは体力がある程度まで減ってからスリップダメージを付与していたが、今回の熔鉄デーモンは初めからスリップダメージのオンパレードだ。VIT(体力)が低めのシュユとユウキでは辛い対面である。

 だがその程度の事で戦えないのなら攻略組の、それもトッププレイヤーに名を連ねる事は出来ない。ユウキは壁を利用して跳躍、ソニックリープを使って突進を繰り出す。頭を斬られた熔鉄デーモンの体力バーはほんの少しだけ減少し、怯んだ訳でもない故にユウキに反撃を加えようとする。そうはさせまいと突っ込むのはシュユだ。背中に背負う特大剣を地面に突き刺し、大剣を持って疾駆する。一瞬だけ構えると、ソードスキルとは別の()()()()()()()()()()()()が発動する。1度跳躍し、縦回転を加えるともう1回転し、その勢いで大剣を叩き付ける。体力バーがガッツリ削れ、一瞬だけ動きを止める。

 

 「――中々に上出来だろ、シノン?」

 「――えぇ、最高よ、シュユ」

 

 熔鉄デーモンの胴体に、一際太い矢が突き刺さる。その矢には矢筈に火薬が仕込んであり、凄まじい速さで突き刺さっていた。刺さってもなお加速を続けるその矢はシノンの2本目の矢が突き刺さり、()()()()()()()()

 これがシノンに与えられたユニークスキル【矢製造・改造】だ。素材を必要とし、レシピが無く成功率はDEX依存というこの使い難いスキルはあらゆる戦況に対応できるという面で真価を発揮する。例えば今のように、通常の矢では貫けず太い矢では速度が足りないという局面に、火薬で対応したりと。ユニークスキル故の汎用性なのだろう。

 

 「――【マザーズ・ロザリオ】ッ!!」

 

 更に熔鉄デーモンを襲うのは神速の2()2()()()。十字架を象る様な軌跡を描く11発の刺突は影の刃を伴い、本来の2倍のヒット数を稼ぐ。残り体力は2割といった所だろう。

 

 「流石はユニークスキル、火力がエグいな」

 「使い難いスキルだけどね、コレ。まだシュユのスキルの方がマシだよ」

 「そう言うな。アレはそうそう使えるもんじゃないし、使うべきじゃないんだからな」

 

 ユウキが獲得したユニークスキル【幻影剣】の効果は単純で、自分の剣が描いた軌道を影の刃がなぞるだけだ。しかも厄介なのはソードスキルに効果が適応されない所だ。それ故にユウキはオリジナルで技を身に着けていたのだ。

 

 「残り2割、これで吹き飛ばすッ!!」

 

 アイテムストレージに入っていた鈎付きの縄を特大剣の持ち手に絡ませ、地面から引き抜くと同時にキャッチする。そのままクレセントを使用して三日月の軌道で高速移動、背後を取ると特大剣を突き出す。

 その瞬間、剣の切っ先から衝撃波が発生。竜の咆哮の如き衝撃波は熔鉄デーモンの鉄の身体を粉砕し、残った体力バーすらも消し飛ばす。後に残るのは大量のポリゴンと残心を取るシュユだけだった。

 

 「…なに、その剣?あの大剣はまだしも、何その特大剣?」

 「私の矢なんて要らないと言わんばかりの威力ね。それで?勿論、説明はあるのよね、シュユ?」

 「…この大剣は【狼騎士の大剣】、大剣だけど上手く使えば特大剣並の威力が出るらしい。あとリーチも長い。で、この特大剣は【翼竜の特大剣】って言って、能力で衝撃波が出せる。…まぁ、このザマだけどな」

 

 シュユは右手に持つ翼竜の特大剣を見せる。その2枚刃の刀身には無数のヒビが入っており、刃溢れも酷いものだ。とても先程の様な威力を出せるとは思えない。

 

 「威力が凄すぎて刀身が耐えられないんだ。普通に使うならまだしも、あの衝撃波は連続で使えて3回程度かな。今は多分これじゃあ斬れないんじゃないかな」

 

 ボスの力を無理矢理武器の形にしている様なものだ、それも仕方無い話なのかも知れない。だが本来はこの能力すら使えなかったかも知れないのだ、リズベットとエギルの手腕にシュユは確かに感謝していた。

 

 「…何か、来るよ!!」

 

 ユウキの声にユノウは隠れ、2人は構える。始めは何も感じなかったが、確かに地面から伝わる鳴動は大きくなっている。こんな時の察知速度はユウキが1番早いのだ。

 どこから来る?そう思った瞬間に()()()()()()()()()()()()。壁もその剛腕で薙がれれば一堪りもなく、呆気なく崩れ去る。虚無の中に佇むソレは、今まで遭遇したどんな敵よりも濃密な殺気と強さを放っていた。

 

 「レベル90…?嘘だろ、オイ」

 

 現時点での3人のレベルは78。絶望が、始まった。




 ユニークスキル【矢製造・改造】

 アインクラッド内で弓を持つシノンに与えられたユニークスキル。名前の通り矢を製造、既にある矢を改造するスキルで成功率はDEXと若干LUKに依存する。レシピは無い為全部自分の匙加減で、ある程度のセンスも要求される。
 造れる矢は多様を極め、素材と成功率の低ささえ乗り切れば大抵の矢は造れる。今回の矢は試作品の為、放った矢に次の矢を当てるという神業を必要としたが本来は地面に矢を擦り付けるだけで火薬で推進する矢となる筈だった(イメージはMHWの竜の一矢)。
 追加効果でDEXに若干の補正が付与される。


 ユニークスキル【幻影剣】

 アインクラッド随一の素の連撃数トップを誇るユウキに与えられたユニークスキル。キリトの二刀流が最高峰の反応速度のプレイヤーに与えられるのなら、こちらは最高峰の反射速度と体捌きを持つプレイヤーに与えられる。
 剣を振った軌道をなぞる様に影の刃が現れ、追加攻撃を加える。熟練度が上がれば影の刃単体で動かす事も可能。単発の威力は低く、手数で攻めねばならないがソードスキルで振った軌道はなぞらない為、かなり速い攻撃速度が必要。その為ユウキはオリジナルの技である【マザーズ・ロザリオ】を開発、使用している。幻影剣使用時はヒット数が倍になるので11連撃から22連撃と、キリトの二刀流にも引けを取らない連撃数を誇る様になる。
 DEXとAGIに補正が掛かる。


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81話 ―  ―

 ユイ「今回の章は私達が主役でしたね」

 ユノウ「これからも主役ですよ。そもそもSAOは――」

 ユイ「あー!あー!作者さんの受け売りは大丈夫ですから、本編行きましょう!」

 ユノウ「むぅ…それでは81話、楽しんで下さいね」


 【鉄の古王】と名付けられたボスは凄まじく巨大で、しかも強大であった。その剛腕から繰り出される一撃は比喩抜きで地面を揺らし、口から吐き出される焔は空間を灼き、凄まじい熱波が身体を撫でる。

 普通のゲームなら強制的な負けイベントなのか?と思ったかも知れない。だが生憎、このゲームはSAO(デスゲーム)なのだ。負けは現実での死を表し、それ故に負けイベントなど存在する訳も無い。

 鉄の大矢が古王の頭に直撃するが、減少した体力は微々たるものだ。通常のエネミーの頭に直撃しようものなら体力を消し飛ばすその大矢ですらその程度のダメージにしかならず、古王は刺さった矢を気にする事無く虚無の中を泳ぐ様に移動し、その剛腕を振り翳す。

 

 「速っ…!頭おかしいでしょアレ…」

 「気ぃ抜くなシノンッ!!下手すれば、いや下手しなくても当たれば死ぬぞ!!」

 「それにしても、速すぎるんだよねッ!!」

 

 AGIが高い3人でも躱す事が精一杯、下手に近付けば衝撃に足を掬われて転倒、次の攻撃を躱し切れずにゲームオーバーだろう。それを防ぐ為に余裕を持って回避するが、そうすると追撃が追い付かない。有効打はシノンの矢だけで、古王が居る虚無に足を踏み入れたのならきっと戻れはしまい。

 

 「クソ、リズに怒られるから嫌なんだがなぁ!!」

 

 翼竜の特大剣を両手持ちにして突き出す。刀身が真っ二つに折れるのと同時に衝撃波が古王に向けて飛んでいくが、まるで虫を払う様に振られた手に掻き消され、現時点で単発最強の火力が容易く突破される。

 

 「ホントに効いてる雰囲気すら無いよ、シュユ!!」

 「だが体力は減ってる!!どうにか削り切るか逃げられる様になるまで耐え抜くしか無いんだ、耐えてくれ!!」

 「時間にしてあと10分…中々厳しいわね」

 

 通常、ボス攻略時に徒歩で逃げる事は出来ない。出来てもボスと接敵してから15分経たねば出入口を塞ぐ霧は消えず、進入は出来ても退出が出来なくなる。普段通りの15分は早くとも、戦いに於いての15分は長い。長過ぎると言っても過言ではない。こんなギリギリの戦いで集中力を保つ事も難しい上に体力も保たない。

 生き抜く為には形振り構わず戦うしかないが、それをすれば後ろで隠れているユノウを気遣いながら戦う事が出来なくなる。12のレベル差が生み出す暴力は伊達ではない。でなければ、アインクラッド内トップに名を連ねる3人が()退()()()()()()()()()戦う事など有り得ないのだから。

 振り下ろされた腕にシュユは落葉で刺突を織り交ぜた斬撃を繰り出すが、体力バーは頑として動かない。先端は純刺突属性であり刀身は純斬撃属性という、攻撃に偏重した性能の落葉ですらこのザマだ。ユウキの幻影剣を使っての連撃も殆どが堅い表皮に弾かれ、ただ火花を散らすだけだ。

 

 「ユウキッ!!」

 「なっ、シノン!?」

 「っ、嘘だろ!?」

 

 ユウキが掴まれそうになったその時、シノンがユウキを突き飛ばす。だがシノンは逃れる事が出来ず古王の巨大な手に掴まれ、シュユは狩人の高揚(ハンターズ・ハイ)を躊躇せずに使用。古王の腕を駆け上がり斬り続けるが離すどころか怯む気配すら無い。

 

 「ッづぅ…オオオオオォォォォォオ!!!」

 

 ならば、と現実の脳に掛かる負荷を増大する事を許容して狩人の高揚を重ね掛けする。漂う白いオーラは増したが、その分シュユへの負担は凄まじい。傷跡を抉られる様な激痛に耐えながらの連撃は流石に効いたのか、シノンを手放す古王。しかし、シノンはまだしもシュユは既に動けない。あまりに大き過ぎた負荷のせいで仮想体(アバター)を動かす回路が混乱し、自由に身体を動かせなくなったのだ。

 

 (クソ…詰みなのか?)

 

 そう感じ、仮想の身体の背中に冷や汗が伝う感覚を覚えたその時、世界が揺れた。それは古王によって齎されたモノではなくシュユ達の背後、ユノウの居る場所から伝わってくる。

 

 「父様と母様達に…手を出さないでッ!!」

 

 燃え盛る蒼い炎剣。ソレを携えた少女(ユノウ)が、古王と相対していた。表情など存在しない古王の顔に、確かな焦りが浮かんだ気がした。

 ユノウは浮かび上がり、剣を構えると突進する。遠ざける様に振られた剛腕をスレスレで回避するとその顔面に一撃見舞う。その剣は通り道にある総てを灼き払い、古王の顔面すら消し飛ばす。放たれた炎のブレスを刀身に隠れるように構える事でやり過ごすと、ユノウはその剣を古王の胸に突き刺し、トドメを刺したかを確認する間もなく墜落した。それをいち早く察していたユウキが受け止めるが、ユノウの顔色は悪く状態が不味い事は明らかだった。

 

 「取り、敢えず…先に見える、安全地帯(セーフティーゾーン)に…!」

 

 シュユはシノンの肩を借りて歩く。ユウキは先に進み、本当に安全地帯である事を確認するとアイテムストレージ内の柔らかい布類を全て取り出して地面に敷き、そこにユノウを横たえた。

 

 「やっぱり…厳しいですね…」

 「何が!?何をしたの、ユノウ!」

 「カーディナル・システムに干渉して、上層で獲得出来る…最高クラスの武器を、無理矢理使ったんです…」

 「そんな事が出来るお前は…」

 「私はカウンセリングAI…に成れなかった失敗作、です」

 「失敗、作…まさか、あなたの言っていた『親』って――」

 「――カーディナル・システムそのもの…です。成功作…ユイなら、一撃で倒せたのに…」

 

 それは衝撃の事実だった。シュユは薄っすらと気づいていたが、それでも衝撃だった。それでも関係ないと即断は出来るが、何より驚いたのはユイも人間ではなかった事だ。そしてソレをユノウが知っていた、その事実が残酷だと全員が感じた。

 

 「臆病者の剣、【クラレント】…私に相応しい、魔剣の紛い物…きっとユイは、あの【レーヴァテイン】を、使って…」

 「良いから、黙れ!!お前は失敗作なんかじゃない!オレは、オレ達には解ってる!ユノウはユノウ、失敗作なんかじゃないって事を!」

 「…えへへ、やっぱり父様は優しいです…あったかくて、陽だまりみたいな人…」

 「そんな遺言みたいな事言わないで!死ぬ訳じゃないのに!」

 「……カーディナルに私の存在が…出来損ないの力が観測された以上、私は生き残れないんです…きっと、削除されてしまうから…」

 

 現にユノウの声には時折ノイズが入り、目も虚ろになっていた。娘を消させまいとシノンとユウキは背後にある巨大なコンソール画面を弄くり回し、シュユはユノウを不安にさせない為に手を握っていた。その握り返す力も、今では微々たるものだ。

 

 「…初めて父様を見た時、私は父様みたいになりたいと、そう…思ったんです。どれだけ後ろ指を、指されても…前に進める力と、自己犠牲を厭わない…そんな、人に…」

 「オレはそんな高尚な人間じゃない!それにオレ達はお前に教えてない事だって沢山有るんだ!色んな知識も、()()()()()()()()()()()も!!」

 「やっぱり、名前から取ったんじゃ…無かったん、ですね。父様が…そんな、唐突な、名前にする訳が…無いと…」

 「ユノウ、ユノウ!!」

 

 どんどん身体は透けていき、もう残っているのは胴体と半ばまで消えている手足だけだった。既に言葉にする事も辛そうなユノウだが、それでも笑顔を浮かべている。対照的に3人は涙を浮かべ、ユウキとシノンは祈る様に起動すらしないコンソールを弄り、シュユはユノウの手を握り締めている。透明になりながらも、まだ存在する手の感触でユノウの存在を確かめている。

 

 「ユウキ母様…私は、『良い』娘でありましたか…?」

 「っ、当たり前だよ!!ユノウは良い子で、ボク達の娘はユノウだけなんだから、逝かないで!!」

 「シノン母様、私…もっと楽器を、弾いてみたかった…で、す」

 「だったらこれからずっと教えてあげる!!私が楽器を教えるのなんてあなただけなの、今までも、これからもっ!!」

 「父様…ずっと、見ています…心の、奥底から、あなたを……」

 「ユノ――!!!」

 

 はらり、と身体が糸の様に解けた。先程まで腕の中に確かに在った筈の重みが一気に軽くなり、腕の中の温かみが少しだけ残り、消えた。もう目の前に『ユノウ』という少女は無く、腕の中には何も無い空虚な空間だけが在った。

 

 「ァ、―――――――――!!!!!!!」

 

 形容し難い怒声を上げ、シュユは怒り狂った。荒れ狂う殺意に抗う事無く、呆気なく狂気に手綱を手渡した。本来なら破壊出来ないGM(ゲームマスター)コンソールを殴り付け、蹴り付け、斬り付ける。いつもなら出現するであろう紫色のウィンドウはシュユの振るう暴力に砕かれ、その外装を完膚無きまでに破壊された。キーボードはキーが飛んで意味を成さなくなり、ディスプレイは無残にカチ割られ、側面には夥しい数の殴打痕が刻まれた。

 いつもなら止める2人も力無く床に座り込み、さっきまでユノウが居た場所を見ている。さっきまでユノウが居た布の上には、確かに子供が寝転がっていた様なシワがついていた。

 

 「みんな、大丈夫――!?」

 

 キリトとアスナが息を切らせて現れる。今の惨状を見て2人は驚き、誰かに理由を訊こうとした。

 その時、シュユに悪魔が囁いた気がした。脳裏に浮かび、冷静ではない今だからこそ()()()()()最悪最低の責任転嫁。ただでさえ哀しみで圧し潰されそうなシュユは、その決断を下した。

 

 「……お前が、お前のせいだ、キリトォォォォ!!!!」

 

 シュユは、剣を抜いた。



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82話 懐古

 シュユ「そろそろ秋アニメの時期だな。結構秋アニメは豊作だから見るかも知れないな」

 ユウキ「それより、投稿が遅れた事でしょ?ずっとコンパスして、ソシャゲして…ホント、予定を守れないっていうかあの作者は…」

 シュユ「しかもフリープレイでGEが来ちゃったからな…少し、いやかなり投稿に間が空くと思うが、更新は続けるから見てくれると助かる」

 ユウキ「それじゃ82話、楽しんでね!」


 「お前のっ、お前のせいで、ユノウはァァァァ!!」

 「シュユ君、落ち着いて…!」

 「黙れェェェェ!!!」

 

 銀閃が閃き、火花を散らす。アスナの声を遮って剣がぶつかり合い奏でる音すら、1人の男の怒声で掻き消されている。血を吐く様な絶叫は痛々しく、それでいて黒の剣士への憎悪が溢れていた。

 

 「お前がオレ達にこの依頼を持ち掛けなければ、こんな事にはならなかった!!ふざけるなっ、ふざけるな!!」

 「グッ、くぅっ…」

 「消えて逝ったユノウが、どんな苦悩を抱いてたかはオレにだって解らないッ!!だが、絶対に苦しくなかった訳が無いんだ!腹立たしい、オレも、お前も!!」

 

 反撃の為に振ったキリトの剣は容易く弾かれ、体勢を崩した所にシュユの蹴りが入る。腹部にモロに一撃を喰らったキリトはフィードバックに耐え、直ぐに前を見るがそこにシュユは居ない。こういう時のテンプレは上からの攻撃だが、敢えてキリトはここで跳んだ。シュユがそんな単純な事をする筈が無いと信じたからだ。その証拠に、さっきまで立っていた場所に斬撃が繰り出され、鋭く脚を薙いでいた。完全に殺しに来ている一閃に、キリトは戦慄した。

 だがシュユがそんな悠長な反応を許す訳が無く、キリトの胴体に投げナイフを投擲する。キリトとは違い【投擲】スキルを持っていないシュユだが、才能のお陰がスキル持ちと大差ない速度でナイフは飛来する。剣で弾く事はせず、身を翻して側転、ナイフは背後の壁に突き刺さった。そして構えようとした直後、キリトの横顔に膝蹴りが突き刺さった。

 

 「ゴガッ…!」

 「もう止めて、シュユ君!それ以上は私も止めなきゃいけないの!!」

 「なら止めてみろ!!少なくとも、オレは止まれないッ!!」

 

 既に狩人の高揚は解けており、アドレナリンが切れた事により襲い来る反動にシュユは苛まれている。その筈が動きが遅くなる事は無く、むしろ加速し続けていた。アスナが介入しても変わる事無く、シュユはアスナとキリトに向かって果敢に攻めつつ、それでも被弾する事無く立ち回っていた。

 

 「私達もユイを失ったよ!!でもキリト君がどうにかしてくれた。だから、ユノウちゃんも――」

 「――無理だ。無理なんだ、アスナ」

 

 キリトがユイを救えたのは飽くまでも近くに使えるGMコンソールが存在し、間一髪でユイのサルベージが完了したからだ。だがユノウはそうではない。既にGMコンソールは破壊されており(破壊したのはシュユだが、元から使えなかった)、しかも既にユノウの姿は見えない。これではサルベージはおろか、そもそもの前提であるカーディナルへの干渉が行えない。これでは幾らキリトでも助けられない。元々、カーディナル・システムは稀代の大天才茅場晶彦が造り出した世界最高クラスのコンピューター。ソレに少しばかり機械に詳しい高校生が真っ向から立ち向かえる訳が無い。

 だが、シュユ達はキリト達を責められる事が出来るのは確かなのだ。この依頼はキリトが依頼したもの。つまり、キリト達がこの事を依頼しなければユノウは生きていた。それでもシュユ達の腕前不足でユノウがクラレントを使わざるを得なくなったのは確かな事実で、結局は誰も悪くはないし悪いと言える。それが解っていてもシュユは、今この時だけでも相棒(キリト)に憎悪を抱かなければならなかった。

 

 「つ、強い…!」

 「…解ってはいるんだ。本当に悪いのは、このクソッタレなゲームなんだって。だがな――」

 

 シュユは現実なら歯が削れる程強く歯軋りし、爪が掌に食い込む程強く手を握り締め、言った。

 

 「――そんな理屈で納得出来る程、オレは強くも器用でもない…!!」

 「…っ!」

 

 その言葉に、キリトは既視感を覚えた。シュユが以前そういう事を言った訳ではなく、そんな心境で戦った事がキリトには有ったから。違うと解っているのに、馬鹿らしいと知っているのに戦った。だが、自分が傷付かない様に悪役として戦い、止めてくれたのは誰だ?

 シュユだ。

 

 「…そうだ、ユノウちゃんが死んだのは俺のせいだ」

 「キリト君!?」

 「来いよ、シュユ。お前の娘の仇は、ここに居る」

 「行くぞ、キリトォォォォ!!」

 「来い、シュユゥゥゥゥゥ!!!」

 

 裂帛の気合いと共に放たれるのは長剣での一撃――ではなく、短剣の投擲。馬鹿正直に突っ込んでくるとは毛頭思っていなかったキリトは難無く短剣を躱し、【ダークリパルサー】を袈裟掛けに振るう。その剣は身を捻ったシュユのコートを掠めるだけで終わるが、初めてシュユが表情を変える。憤怒の表情には変わりないが、100%の怒りからほんの少しだけ安心が混ざった様な、そんな表情を浮かべた。

 シュユはフリーになった左手を引き戻す。すると、短剣の柄に括り付けられた糸が反動で短剣を引き戻し、左手に再び短剣が収まった。そのまま斬り掛かるがキリトは2本の剣を交差させて防御、そこから勢いを解放する様に剣を跳ね上げてシュユを崩し(パリィし)た。

 打ち上げられる身体。決定的な隙だが、そんな事は既に予測していた。キリトの剣はどちらも重量片手剣、つまり装備して十全に扱うには高いSTRが必要になる。対してシュユが扱うのはDEXが主になるカタナや軽量片手剣であり、力負けするのは最初から判っていた。だからシュユは敢えて抵抗せず、後ろに倒れ込んで弦月を使ってキリトの顎を掠める様に蹴りを放つ。脳震盪を狙った一撃は上体を反らす事で回避したキリトは蹴りをシュユの背中に見舞った。

 背中にマトモに蹴りを喰らったシュユは飛ばされ、壁に叩き付けられそうになるが空中で立て直し、壁を蹴って加速する。その横合いから差し込まれた一閃はアスナのものだ。しかし、その剣閃は1本の重量片手剣に阻まれた。

 

 「…私だってね、何も感じない訳じゃないの。たまには、私も発散させて貰うわよ!!」

 

 直後、アスナに向けて放射状に放たれる5本の矢。アスナは最低限の、中心の1本だけを叩き落としてシノンに肉薄する。シノンも弓から剣に変形させると応戦し、激闘を繰り広げていく。

 アスナの横槍で加速を殺されたシュユだが、次は【歩法】のソードスキルを絡めた変則的なステップで接近。落葉で斬り掛かる、と見せ掛けて剣を手放し、ストレージから実体化させた大鎌で一閃。キリトの腹部に紅い線を薄く刻む。だがそれでは終わらず、勢いで1回転して横薙ぎの一撃を更に繰り出すが躱される。が、むしろ躱される事を前提に攻撃していたシュユは冷静に大鎌の刃を取り外して片手剣にすると、大鎌の柄を投げ付けた。飛来する長大な柄をキリトはエリュシデータで弾くと構える。

 ダークリパルサーは背中の鞘に入れ、エリュシデータが紫紺の煌めきを放っていく。通常なら届かない距離も、このソードスキルならば届く。シュユも片手剣にした葬送の刃を同じく構え、チャージを開始する。シノンとアスナが奏でる剣戟の音が遠ざかり、世界の全てを身体で感じている様な錯覚に見舞われる。見えるのはエリュシデータの切っ先と、その向こうのキリトの真剣な表情。殺意こそ含まれてはいないが、ソレに似た闘気は余すところ無くシュユに向けられている。

 一際大きな金属音が響いた瞬間、ジェットエンジンの様な甲高い音を立てながら2本の剣が交差する。切っ先同士がぶつかり合い、ギチギチと音を立てる。拮抗する力は武器の耐久度を削っていく。葬送の刃は折れないとは言え、耐久度が0になればその辺りの鈍らと大して変わりらない。早期決着を望むシュユは、更に踏み込んで力を入れた――

 

 「――ッ!?」

 

 筈だった。だがシュユは体勢を崩し、前に倒れ込んでいた。腹部に違和感を感じ、そこを見れば鳩尾に突き刺さるキリトの拳が。軋む身体に鞭を打って後ろを見れば、壁に弾かれて転がっているエリュシデータが有った。

 つまりこれは、昔の再現なのだ。サチが死んで自暴自棄になり、怒りを撒き散らしていたキリトを止めたのはシュユだ。そして今はユノウを目の前で失ったシュユが暴れ、それをキリトが止めている。立場も強さも違えど、決着はあの時と同じ、拳を鳩尾に叩き込んで意識を刈り取る結末だ。

 前のキリトには剣を戦いの最中手放す事など選ぶ訳が無かった。()()()()()手放した。対エネミーならまだしも、対人戦に於いてアインクラッドでシュユの右に出る者は居ない。故にシュユの予測を超えねばならなかった。そうでもしなければ、止められないのだから。

 自らの進む勢いとキリトの勢いが加算された拳はシュユの鳩尾に突き刺さり、シュユの体力の1割強を持っていく。薄れゆく意識の中、シュユはただこう思った。

 

 ――すまない、ありがとう。

 

 と。ただ、浮かぶのはそれだけだった。



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83話   再起

 お久しぶりです。中間テストやらアズレンやらGE2RBやらに時間を吸われまくった結果大体1ヶ月期間を空けるという事になりました。本当に申し訳無い。
  かなり久し振りに書いたという事で短め、しかも書き方も迷子ですが、これからも楽しんで頂ければ幸いです。


 ――もう戦えないなんて、そんな事は言っていられない。いつだって俺は何かを得るのと引き換えに何かを失ってきた。

 友達を得てサチを失い、専属を得てカーヌスを失い、強さを得て正気を失い、そして今回は幸福と引き換えにユノウを失った。何1つ変わらない、いつもの事だ。

 

 「……クソッタレ」

 

 だが、何も感じない訳ではない。哀しいし辛い、更に言えば何もかも投げ棄ててしまいたい。その程度には哀しんでいるし感情の激流は収まらない。それでも暴れずにベッドの上で悪態を吐くだけで終わらせられるのは、ひとえにユノウの言っていた言葉があるからだ。

 

 『お父様は最強なんです』

 

 その言葉がシュユに自死を、自暴自棄になる事を許さない。彼女が望む最強(父親)はそんな事をしない筈だから。彼女が遺した言葉(束縛)は確かにシュユの行動を縛り付け、彼が堕ちる事を許していなかった。

 鉛の様に重い身体をしっかりと両足で体重を支え、ハンガーに掛けてある狩装束を着る。着慣れたその服装備はまた一段と身体に馴染んだ様な気がした。

 

 「…シュユ、起きたんだね」

 「あぁ。どれぐらい経った?」

 「3日かな。ずっと寝てたんだよ、シュユは」

 「……シノンは?」

 「気晴らしにエネミー狩りに行ったよ。身体を動かしてないとおかしくなりそうなんだって。後でしっかり構ってあげてね?」

 「ユウキは、もっと暴れたり泣いたりしないのか?」

 

 意外だった。荒れるのはユウキの方だと思っていたが、実際はシノンが荒れてユウキは至極冷静に過ごしている。今だってシュユの為に軽食を作りながら話していた。それはシュユが知る感情豊かなユウキではなく、どこか違う気がした。

 

 「ボク?…まぁ、確かに暴れたい位哀しいけどね。でも、ボク達全員が暴れてもユノウは喜ばない。それに、いつもこういう時に暴れてきたのはボクで、それを止めるのが2人だったよね」

 「…そう、だな」

 「だから、たまにはその役割を交代しても良いと思ったんだよ。ボクとシノンの立場を交換してみるのも悪くないってね。…思ったより快適ではなかったけどね」

 

 珍しくユウキが皮肉を口にした。勘違いされがちだが、ユウキは感情は豊かだが決して激情家ではないし馬鹿でもない。むしろ人間関係に於いてはシュユは勿論シノンを凌駕する程の機転や知恵を持っている。確かに抜けている所はあれど、ユウキはそれ以上に機転が利くのだ。

 しかし滅多にマイナス発言をしないユウキが、皮肉を口にした事に驚きを隠せなかった。そういう事を皮肉るのはシュユかシノンのどちらかで、それをユウキが諌めるのがいつもの流れだ。今はそれが正反対で、それが良い変化なのか悪い変化なのかは今はまだ判らなかった。

 

 「いっその事、隠居しちゃおっか。この家で、3人で」

 「それも良いかも知れないな。…いや、オレには出来ないか。ユノウが俺に『最強』でいて欲しいって願ってたんだ。それを踏み躙る行為は、俺には出来ない」

 「やっぱりキミは優しいね、シュユ。昔っから全然変わらず、優しいままだよ」

 「本当に優しいのかどうなのか…少なくとも、ユノウの想いを踏み躙りたくはないと思ってる。だから、戦う」

 「…そう、分かった。シノンにもその意思は伝えておくね。多分、今のシノンは誰にも手が付けられないからさ。後でボクから言っておくよ」

 「ありがとう。オレはこれからKoBに顔出してくる。これからのオレ達のやり方を伝える為にな」

 「やり方を変えるの?どんな風に?」

 「なに、簡単だ。これからは――」

 

 シュユは記憶の中の娘を思い浮かべながら告げる。例えアインクラッドの全員に拒まれようと、これだけは貫かなければならないから。

 

 「オレ達が最前線を務める。――最強は、オレ達だ」



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9章 Black iron collapse
84話 総力戦


 シュユ「中々に久し振りだな、前回のあらすじ」

 ユウキ「まぁ作者がサボってたからね。最近は作者内のブームもある程度落ち着いてきたから書けたらしいけど」

 シノン「GE2RBだけど、極々稀にマルチ部屋にMr.タピオカの名前で出没してるわ。ショートとブラスト使いで、それなりにやれる方だから気軽に『コイツ狩りに行くぞ駄作者』とか言ってくれれば喜んで着いてくわ」

 シュユ「話が逸れた所で本編だ。楽しんでくれ」


 アインクラッド内トッププレイヤー35人が75層のフロアボス部屋の前に集結していた。全員が不測の事態に対応できる様に、本気かつコルに糸目を付けずに用意した装備を纏い、全員が闘気を漲らせるその光景は壮観だった。その中でも最も異彩を放つのはその先頭に立つ3人、シュユとシノンとユウキだった。

 比較的重装備が多い中3人は軽鎧又は服装備であり、一撃よりも手数を重視した武器。しかもその中の1人は手錠を掛けられている。

 

 「じゃあ、外すね」

 「あぁ、頼む」

 

 カキンッ、と小気味良い音を立てて手錠が外れる。地面に落ちたソレは元の所有者として設定されているユウキのストレージに収納され、手錠が外れたシュユは落葉を分割して両手に持った。

 シュユ達の1列後ろに構えるヒースクリフが淡々と指示と激を飛ばす。

 

 「知っての通り、これからは転移結晶は使えない。だからこそ死なずに戦い、そして生き残れ!!行くぞ!!」

 「「「オオオオオオォォォォォォォォッ!!!」」」

 

 野太い鬨の声が響く。開かれた大扉の隙間に身を捻って入り込ませ、シュユは駆け出した。

 

 【The SkullReaper】

 

 骸骨とムカデを合わせた様な異形がカラカラと大音量で骨を鳴らす。シュユは正面から突っ込み、リーパーの名の通り振り下ろされる死神の鎌を躱し、胴体に一撃浴びせる。

 

 (硬いっ…!)

 「こういう敵は、目を狙うものよね!」

 

 シノンの正確な一矢がスカルリーパーの虚ろな眼窩に突き刺さる。それでもダメージ判定はあるらしく、耳障りな音が一際大きくなる。

 葬送の刃のバフに任せ、大きく前方に跳躍する。その直後、エギルが使う特大剣が地面を割る勢いで振り下ろされる。その剣は刀身に焔を宿し、スカルリーパーの骨を数本纏めて叩き折った。

 

 「流石はソウルウェポンだな…」

 「気を付けろエギル!ソウルウェポンは、能力を使うと直ぐに壊れる!」

 「マジか、気を付けておく!」

 

 これは経験談である。以前シュユが使った翼竜の特大剣は衝撃波を2度放っただけで壊れている。今エギルが使っている熔鉄デーモンのソウルを錬成した【熔鉄剣】も同程度、良くても少し頑丈程度の耐久しか無いだろう。

 

 「フンッ!!って、硬えなコイツ!」

 「クライン、その武器はもっとチャンスの時に使え!オレのとは違って使()()()()()()()!?」

 「わりぃけどよ、俺はあんまり温存とかしねータイプでよ!!」

 

 クラインが複数本所持し、今1本使い捨てたのは製作者のリズベット曰く【無銘】。これはシュユが持つ千景の特性を踏襲、強化した武器――となる筈が、使い捨ての完全劣化版となったカタナだ。千景と違い、1度変形する(血を纏わせる)と刃が刃こぼれしてしまい、使い物にならなくなってしまうのだ。

 だが、千景とは違い一定量体力を消費するだけで規定の秒数血の刃を保てるのである意味では改善されたとも言える(威力は劣るのでやはり劣化に違いないだが)。

 

 「硬い…!コレを使う!」

 「シュユ、気を付けてね!ソレ、試作なんでしょ!?」

 「大丈夫、シミュレーションでは普通に使えてるからな!!」

 

 シュユが取り出したのは腕に取り付ける杭の様な棒。それを収納し、【歩法】のソードスキルである【ムーンジャンプ】でふわりと、足音を立てずにスカルリーパーの背中に着地する。

 背中の異物感に暴れようとしたスカルリーパーの目に突き刺さったのは1本の細剣。しかもその直後黒ずくめの剣士により1度深く押し込まれると、直ぐに引き抜かれて細剣は白い剣士の手元に返っていった。

 

 「つぅっ…攻撃、重すぎるだろ…!」

 「キリト君、無理しないで!」

 「悪いアスナ。ただ、アイツの攻撃に当たっちゃ駄目だ。多分ヒースクリフでもかなり持っていかれるからな」

 

 そのヒースクリフも、今はスカルリーパーの鎌を捌くのにいっぱいいっぱいで【七星剣】でカウンターをする余裕も無さそうだ。キリトの両腕にも痺れが走り、暫くは素早い連撃は無理だろう。

 

 「時間稼ぎ、結構――っ、ラァっ!!」

 

 暴れる右手をスカルリーパーの身体に叩き付ける。その直後、叩き付けた右手から黒煙が立ち上り、ポリゴンと成り果てた杭が排出された。

 今シュユが使ったのはリズベット謹製のオリジナルウェポン【パイルバンカー】だ。カーヌスとは違い、高威力の武器を繰り返し使うというコンセプトは実現不可だと思い至ったリズベットは発送を転換させ、コンセプトを変更した。それは『高威力の武器を使い捨てる』事だ。生産コストを最大限安く、重さを極限まで削って出来るだけ威力を高めた。それを実現したのが無銘とパイルバンカーの2つであり、卓越したカタナ使いであるクラインと一撃の威力に欠けるシュユにその2つが預けられたのだった。

 

 「腕、痺れて――!?」

 「下がって、シュユ!少しだけならボクでもやれるから、さ!!」

 

 だが、パイルバンカーの反動は未だに抑えられておらず、極大の威力の反動がそのまま腕に襲い来る。衝撃を逃したお陰で幾らかマシにはなっているのだろうが、それでも右手は痺れて少しの間使い物にはならないだろう。

 それを理解したシュユは退き、代わりにユウキが躍り出る。通常攻撃の回数を影の刃による攻撃で実質2倍にする【幻影剣】。これは小型より大型エネミーに効果を発揮する。それは防御の固さにも関係は無く、例え固くとも同じ場所に連撃を叩き込んでカチ割り、柔らかいならそのまま斬り捨てる。実は今の所確認されているユニークスキルの中で最も攻撃的なのはユウキであり、ソードスキルの追加も無ければ防御に関してバフが付与される訳でもない、攻撃一辺倒のユニークスキルを与えられたのだ。

 縦横無尽にスカルリーパーの身体を斬り、敵の耐久力を減らしていく。総ダメージがシュユを超えた辺りでターゲットが代わり、ユウキに移行する。それを見据えていたシノンは新たな矢をつがえ、放つ。

 

 「皆、ヘイトを肩代わり出来るのは少しの間だけよ!!その間にあの頭の耐久を出来るだけ減らして!!」

 「頭って1番攻撃しにくい所じゃねぇか!」

 「ホントに、無茶言ってくれるなシノンは」

 「いや、お前も大概だからなシュユ」

 「そっちもだろ、キリト」

 「2人ともだよ」

 

 シュユとキリト軽口を言い合い、それをアスナの一言でぶった切られる。互いに本気ではないのでニッと笑みを浮かべると、そのまま頭を目掛けて走り出した。

 シノンが射ったのは鏑矢だ。その音はエネミーに対して大量のヘイトを溜めさせる音であり、エネミーはその矢に対して注意を向ける。流石にエネミーも馬鹿ではないので直ぐに戻るが、それでも短時間注意を逸らせるのは凄まじいアドバンテージである。難点を言うなら先述した効果時間の短さとある特定のスキル持ちのプレイヤーの手を借りなければ製作できない所だが、それを補って余りある強さを持っている。

 今まで1人で左腕の攻撃を受け止めていたヒースクリフが注意が逸れた隙を突いて飛び上がり、人間なら額になる場所を剣で思い切り突き刺す。今までの攻撃の威力が蓄積された一撃は1人のプレイヤーが出したとは思えないサウンドエフェクトを伴い、スカルリーパーの膨大な体力を大きく減らす。だが、まだ足りない。

 

 「左手も喰らっとけッ!!」

 

 そう判断したシュユは大きく跳躍。パイルバンカーのチャージ中は大きく姿勢が乱れてしまうが、それを耐えつつ頭に到着すると左手を突き出す。炸薬が杭を撃ち出す音と骨に杭が当たる耳障りな音が響き、パイルバンカーが壊れるのと引き換えに大きくスカルリーパーの頭蓋にヒビが入る。

 反動に任せて後方に吹き飛ぶシュユの耳に、地面に金属を擦り付ける耳障りな音が響いた。

 

 「2人とも、ありがとう。これで貫けるわ」

 

 大矢の中に大量の火薬と炸薬を一定の割合で投入、調合し、衝撃を与えれば発火する様に。以前は実用段階に至っていなかったソレをどうにか実用まで漕ぎ着けたのだ。内部でバチバチと炸裂している火薬と炸薬のせいで暴れる照準を制御し、シュユとヒースクリフの攻撃で入ったヒビに狙いを定め、放つ。

 バギャッ!!という破砕音と共に矢がヒビを更に広げ、そのまま頭蓋をかち割る。硬い頭蓋とのせめぎ合いのせいで大矢はへし折れてしまい、スカルリーパーは直ぐに立ち直る。このままでは、とヒースクリフ達が構えた途端、野太い2つの声が響き渡った。

 

 「「オオオォォォォ!!!」」

 

 その正体はエギルとクラインだ。クラインは無銘で、エギルは熔鉄剣でスカルリーパーの身体を支える太い脚を切断、粉砕したのだ。

 

 「今だッ!!」

 「ブチかませ、2人ともぉ!!」

 

 崩れ落ちる巨体。それを確認したキリトは背中の2本の剣を引き抜き、シノンが開けた頭蓋の穴目掛け、二刀流突進系ソードスキル【ダブルサーキュラー】を使用する。左手の剣(ダークリパルサー)を突き出しながら突進、穴の中にダークリパルサーが埋まると同時に右手の剣(エリュシデータ)を左下から斬り上げ、最後に引き抜いたダークリパルサーを左上から右下に振り抜く。

 その背後から現れたのは流星の如き輝きを放つアスナだ。その細剣の切っ先は光り輝き、それを感覚で悟ったキリトは転がる様に右に避ける。細剣が誇る最上級突進系ソードスキル【フラッシング・ペネトレイター】だ。充分な助走を以て放たれたその技はスカルリーパーのラスト1本こ体力を5割持っていくが、まだ足りない。それを解っていた黒い影が、再び躍り出た。

 

 「スターバースト…ストリィィィム!!!」

 

 SAO内トップクラスの連撃系ソードスキル。システムの補助こそあれど放たれるその16連撃は神速へと至る。一撃一撃にキリトの想いが込められたその技は全てスカルリーパーの弱点へとヒットし、みるみる内に体力を削っていく。最後の一撃、突きがヒットするとスカルリーパーは動きを止め、莫大なポリゴンを撒き散らして爆散したのだった。

 

 「終わっ、た…?」

 

 ガクリと膝を付くキリトにアスナが駆け寄る。シュユもその場に座り込み、その近くにユウキとシノンも近寄ってきた。戦闘に参加したメンバーの殆どが座り込む中、ヒースクリフだけは立ったまま、剣を突き上げた。

 

 「勝った…私達は勝ったぞ!このフロアボスに、犠牲者を出さずに!!」

 

 その宣言に、ほぼ全員があっけらかんとした表情を浮かべていた。だが、徐々に勝利と生存の実感が込み上げてくる。1人が小さく「やった」と呟くとその言葉は感染し、段々と喜びが大きくなっていく。

 数分後はその喜びを身体で表現し、ボス部屋は歓喜の声で溢れ返ったのだった。



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85話 開戦

 キリト「実際スカルリーパーってメチャクチャ強いと思うんだよなぁ…」

 アスナ「まぁ広範囲高機動高威力の三拍子が揃ってるボスだし、この作品だと犠牲者無しだけど原作だと犠牲者出てるもんね」

 キリト「まぁそれよりも確実に強いヤツが今回と次回で出るんだけどな()」

 アスナ「確か、未だに作者のトラウマになってる敵なんだよね?」

 作『もう2度と戦いたくないです』


 キリトは怪訝そうな顔でヒースクリフを見つめていた。それは以前、KoBの加入を賭けた決闘(デュエル)で持った違和感から来るものだ。人間離れした反応、体捌きは見慣れている(主にシュユだ)が、その時見せたヒースクリフの反応は異常なものがあった。まるで、何かの意思に衝き動かされる様に異常な反応速度を見せたのだ。

 やはり、ヤツには何かがある。そう確信したキリトはエリュシデータを握り締め、駆け出した。

 

 「キリトくん!?」

 

 アスナの声にヒースクリフが振り向く。その時、剣を構えて走るキリトが目に入り、咄嗟に盾を構えて攻撃を受け止める。

 

 「クッ…!」

 「いきなりどうしたんだ?まさか状態異常か…?」

 

 駄目だ。あの程度の反応なんてヒースクリフなら簡単に出来る。これでは、何の証拠にもならない。諦めかけたキリトの目に、鈍色の閃きが映った。

 

 「…オイオイ、何だよコレ。まさかアンタが()()()()だとは思ってなかったぜ。なぁ、ヒースクリフ」

 

 葬送の刃はヒースクリフの首に添えられていた――いや、そうではない。葬送の刃には渾身の力が込められ、ヒースクリフを屠る気でいたのだ。それでもその首に刃が入り込まない理由は1つ。紫色のウィンドウが刃の侵攻を阻んでいるからだ。

 そのウィンドウに記されている英語の文は『Immortal Object(干渉不可物体)』。そしてこの文が現れるのは安全圏内のプレイヤーや建造物などの()()()()()()()()()()()()()()だ。そして通常、プレイヤーは安全圏の外で庇護下に置かれる事は決して無い。ここから導き出される結論は1つだけだろう。どれだけ鈍い者でも気付ける筈だ。

 

 「団長…あなたは…?」

 「………まさか、ここで露見するとはね。そうだ、私の正体は茅場晶彦。このSAOの製作者にして運営だ」

 

 予想外ではあったが別に構わない。そんな感情を醸し出しながらヒースクリフ(茅場晶彦)は喋る。だが、自分の背後に居るシュユに対しては敵意に似た不愉快さを滲ませていた。

 

 「キリト君、君は何故私の正体を看破出来た?中々に尻尾も証拠も残さない様にしていたのだがね」

 「…KoB加入の一戦、あの時俺の剣を受けたアンタの動きが機械みたいな動きだったからな。人間離れした動きはアンタの後ろに居るヤツのお陰で見慣れてたからな、違和感に直ぐ気付けたぜ」

 「私の後ろ…あぁ、シュユ君か。君にも1つ訊いておこう、何故躊躇い無く私の首にその刃を当てられた?」

 「何故?まぁ言ってしまえば単純だよな。キリトは理由無く仲間に剣を向けられる様なヤツじゃない。状態異常でも絶対に味方、と言うよりアスナには伝える。なら、アンタが疑わしいからアンタに剣を向けたんだろうって解った。なら、オレはアンタよりキリトを信じるだけだ」

 「…あぁ、そうか。凄く不愉快だよ、シュユ君。英雄足るキリト君に見破られるなら構わない。だがね…イレギュラー(化け物)の君に見破られるのは我慢ならない!!」

 

 ヒースクリフはシュユの大鎌を払い除け、段差の上に跳躍する。その表情は憤怒と歓喜、そのどちらにも見える複雑な表情をしていた。

 

 「思えば君は、SAOを存分に引っ掻き回してくれたね。私がプログラムした覚えの無い装備にシステムの裏を掻いた裏技を習得し、数多の偽りの栄光を打ち立てた。所以の判らないユニークスキルに殺意に溺れる訳でもなく殺戮を重ね…挙げ句の果てには私との一騎打ちで手を抜いたッ!!」

 

 確かな事実だ。敗北する未来は変わらないかも知れないが、確かにシュユは抵抗して結果をどうにか出来たかも知れない。ただそれをしなかったのは単に自分が負けた方が収まりが良かったからだ。それはシュユの怠慢であり、それをさせたのはこのアインクラッドの状況である。

 

 「あのヤーナムという土地も中々に私を苛立たせるものだったが…まぁこの際私は許そう。そして君達に褒美を与えないとな」

 

 そう言ってヒースクリフはウィンドウを開き、何かを操作する。が、KoBの構成員が立ち上がり、ヒースクリフに向かっていく。

 

 「俺達を裏切ったのか!?ふざけるな、俺達の信頼を返せ!!」

 「まぁそうなるね。だが、現に私は君達を勝たせてきただろう?攻略組という甘い汁を吸わせて、ね。そんな君達に、信頼がどうこう言われたくはないと私は思うよ」

 

 その言葉と同時にウィンドウで何かが決定され、シュユとキリト、ヒースクリフ以外の全員が倒れる。

 

 「ユウキ、シノン!?」

 「こ、れ…まひ…!?」

 「レベル3の麻痺だ。効果時間も長いし、対抗は出来ないだろう?…さて、キリト君は私と、シュユ君は『彼』と一騎打ちして貰おう。君達2人が私達と戦い勝利した時、それがSAOのクリアさ。だが安心してくれ、私達は君達を殺さないからね」

 

 何も無い場所から浮き出る様に現れた男はフルフェイスの兜を被り、ユウキが装備している様な鴉の羽の意匠が見えるマントを纏っていた。左手には銃、右手には見覚えのあるカタナが握られている。

 

 「千景…?」

 「そうだ。彼はシュユ君(イレギュラー)とヤーナムを出来る限り解析し、その優れた所を併せ持った、言わば戦闘能力の塊だ。一筋縄ではいかないよ」

 

 脱力した立ち姿、それにシュユは不気味さを覚える。と言うより知っていた。ヤーナムに居た意思を持つエネミーは構えを取る者は居なかった。全員が構えず、脱力して自然体で構えていたのだ。ヒースクリフの言う、ヤーナムの優れた所を取り入れたという発言は強ち嘘ではなさそうだ。

 

 「おいキリト、解ってるよな。これはゲームじゃない、これは――」

 「――解ってる。俺はあの男を――」

 「そうだ。オレ達は目の前に立つ敵を――」

 「「――殺す」」

 

 2人は同時に抜刀し、互いの相手に踊り掛かる。その刃に殺意を滾らせ、皆を解放する為に。



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86話 激戦

 リズ「今回シュユが戦ってる敵、実機ではどんな敵なの?」

 ユイ「銃が死ぬ程痛い、普通にパリィ入れてくる、ステップが死ぬ程速い、血質が高いから通常攻撃すら死ぬ程痛い。こんな感じです」

 リズ「それは…あの作者が好きそうな敵ね。相手にするのは別として」

 ユイ「だから出したんでしょうね。多分SAOでは凄く理不尽な敵ですから」


 金属音が断続的に鳴り響き、戦闘が開始した場所からほぼ動いていない。二刀から繰り出される剣戟は全て大盾で受け流され、手痛い反撃を喰らう前に再び連撃を繰り出す。これがキリトとヒースクリフの戦いだ。

 どちらが優勢かは一目見て判る訳ではなく、あくまでも現在は拮抗している。いや、()()()()()()()()()

 

 (クソ、あくまでも楽しんでるな!?だがソードスキルは全部ヤツがデザインした技、だからヤツの予想より疾く、そして効果的な面で使うしか…!)

 

 解っていた。段々と仮想脳のギアが上がっていって連撃の速度は右肩上がりに速くなってはいるが、それを悠々と防いで流すヒースクリフは余りにも強い。

 そもそもSAOの開発者という事はあらゆるゲームバランスを確かめる為にテストプレイをしており、つまりプレイ期間はキリト達より長い。しかも茅場晶彦はSAOの開発をほぼ1人で成し遂げた比類無き天才。そんな彼のVR適正が低い訳も無く、キリトと遜色ない反射速度で剣を受けるのだった。

 

 (マズイ、マズイマズイマズイマズイ!どれだけ蓄積した!?どこかでリセットしないとこっちがやられる!)

 

 攻撃面でトップに君臨するユニークスキルが【二刀流】だ。だが、防御面はそこまで強くはない。ヒースクリフの【神聖剣】は二刀流の対を成すと言っても過言ではない。防御に於いては最高峰だが、素の攻撃は普通の剣での攻撃と大差ない。だがキリトが異様に反撃を恐れる理由、それが神聖剣が持つたった1つの特性だ。

 『盾で受けた攻撃の威力をそっくりそのまま次の剣の一撃に加算する』。単純ながら強力な能力である。ガードブレイクされればその溜めた威力は無効になるのだが、そんな弱点をヒースクリフが克服していない訳が無い。現に、全ての攻撃を防ぎ切っていた。

 だからこそキリトは攻撃を続けなければならない。ヒースクリフが反撃を放つ機会を潰す為に、防がせ続けなければならないのだ。

 逆転の目は未だに見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう1つの戦場はキリトとヒースクリフの戦いとは対照的に、場所は目まぐるしく入れ代わり剣が打ち合わされる事は殆ど無かった。

 

 「…ラァっ!」

 「………」

 

 アイテムストレージから適当な安物の剣を取り出し、敵に向けて振るう。彼は動揺などする訳も無く右手に握る千景を無造作にシュユの剣に打ち合わせる。すると、甲高い音を立ててへし折れた。幾らNPCの店での購入とは言え、仮にも73層の剣なのだが。

 幾ら店売りでも決して安くは無いんだが!と内心不満をぶち撒けつつ、懐に仕込んでおいた投げナイフを投擲する。扇状に投げられたナイフは軽く身を捻る事で躱され、千景が振り下ろされる。

 

 「チッ…!」

 

 その一撃を構えた短剣で受け止めるが、その異常なまでの攻撃の重さに斬撃のベクトルを逸らす事で流す。剣の対処に追われるシュユの目に、銀色の鈍い輝きが映った。

 

 「グッ、オオォォ!!」

 

 体勢が崩れる事を厭わずに全力で上体を反らす。目と鼻の先、帽子の()()を掠めて飛んでいく銃弾を見た。しかも以前戦ったマリアとは違い、銃弾は平行に2発飛んでいる。つまり被弾する面積は2倍、ダメージも2倍だ。

 

 「ハッ、ハッ………随分と無口だな。オレが知る狩人は饒舌こそ人間性と信じて、大体は饒舌だった。所詮は偽物、誇りも持たない傀儡(かいらい)か」

 「………」

 

 連装銃を腰のベルトに吊り、腰の鞘にカタナを納刀。次の瞬間目にも止まらない速度で踏み込み、抜刀する。その性質を知っていたシュユは大袈裟に飛び退き、落葉を合体させて左手をフリーにする。

 見かけだけのカタナならばどれだけ良かっただろうか。だが、その血液の飛沫は僅かな毒と明らかな攻撃力を保有してシュユの服の端を斬り裂いた。敵が――【カインの流血鴉】が持つそのカタナは紛れも無く千景だった。

 

 「そのカタナはオレの専属の魂が籠もってる。ソレを貴様が、愚弄するなッ!!」

 

 落葉を収納。取り出すのは細身の剣と巨大な鞘だ。細剣での攻撃は全て受けられるが、この武器はそれだけではない。シュユは背中の鞘に剣を納刀する。すると何かが結合する様なガキンッ!という音と共にもう1度剣を振るう。するとその銀の鞘が刀身となり、大剣の如き一撃を発揮する。

 【ルドウイークの聖剣】だ。そのまま数度振るうが隙が大きく、容易く躱される上に反撃を貰いそうになる。それを見越してシュユはルドウイークの聖剣を投げる。そのまま取り出したのは(ステッキ)だった。杖先を金属で補強されたソレは日常では凡そ使わないであろう攻撃力を誇る。

 

 「これで終わる訳が無いだろ!!」

 「…………!」

 

 距離を取ろうとした流血鴉に蛇蝎の一撃が入る。そう、これは狩りに使われる武器の1つ。中に仕込まれた鞭刃は使い手により命を持ったかの様な軌道を描き、相手を斬り裂く。

 シュユは巧みに仕込み杖を扱い、その鞭刃で流血鴉を拘束する。そのまま左手に持つ槍を敵の腹部に突き刺し、柄に付いている引き金を引く。くぐもった音と共に散弾が先端から放たれ、その勢いで流血鴉の身体は槍から抜け、地面に横たわるかと思えば受け身を取って跳ね起きる。

 幾ら何でもタフだ、そう思ったシュユを尻目に、流血鴉はある物を取り出す。ソレを見たシュユの意識は一瞬固まり、千景を模倣された時よりも激しい憤怒が襲い掛かる。

 

 「ふざ、けるな…ソレは、ソレだけは赦さない!!誇り高き狩人の生き様すら、貴様は馬鹿にするのか!?」

 

 流血鴉が握っていたのは【古き狩人の遺骨】。シュユはそれをマリアを殺し、そのマリアの形見として受け取った。まだ千景ならば許容できた。それだけならばまだ冷静でいられた。だが、記憶を読み取ったからこそシュユは赦せない。最期まで誇り高く在ろうとした彼女の生き様を、死を馬鹿にされる事だけは赦せなかったのだ。

 

 「……殺すッ!!」

 

 シュユも遺骨を使い、【加速】の業を使う。これはゲームを終わらせる為だけの戦いではない。狩人の誇りを証明する為の戦いとなった。

 それでも勝利の目は、未だ見えない。



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87話 決着

 次話、SAO編最終話です。


 ここしかない。そう思ったキリトは二刀流最上位ソードスキル【ジ・イクリプス】を発動する。目の前の空間全てを斬り裂く様な27連撃。本来ならばSAO最高のDPS(秒間ダメージ)を誇るその技は、ヒースクリフの大盾に全て阻まれる。

 

 「オオオオオォォォォォォォォ!!!」

 

 届け、届け!!その念を剣に込め、放った渾身の突きは甲高い金属音を響かせ、無慈悲に防がれる。そして、彼の眼には翡翠の輝きが映った。

 

 「え……」

 

 その翡翠の輝きはダークリパルサーと全く同一の輝きだった。それの欠片が空中を舞い、地面に落ちた。解ってはいるが、認めたくなかった。何故ならダークリパルサーは彼の半身にして切り札の片割れ。ダークリパルサーが無ければ、キリトはただ腕が立つ黒ずくめの服装の剣士(ソードマン)に成り下がってしまうのだから。

 だが現実は残酷だ。折れてしまったのだ、彼の半身は。ダークリパルサーは、リズベットの祈りは、ヒースクリフ(絶対者)には届かなかったのだ。

 

 「……ここまでか。殺さないというのは詭弁だよ、キリト君。まさかここまでやれるとは思っていなかったが、もう終わりだ」

 「クッ…」

 「――さらばだ、キリト君」

 

 今までの連撃の威力が蓄積され、紅く輝く刀身がキリトの身体に迫る。シュユの様にVITに1ポイントも振り分けていない訳ではないが、攻略組の最前線を張るキリトの殺意が籠もった連撃を全て受け切ったカウンターだ。当たれば死亡する事は免れないだろう。

 

 「――キリト君っ!!!」

 

 だが、それを許さない者が居た。白い装備が視界を埋め尽くし、この仮想世界で親しんだ温もりと確かな重みがキリトの身体を包む。ソレ越しの衝撃は鈍く、だがキリトのHPには何の影響を及ぼさず、全てを受け切った。

 だが、視界の端の体力バーは凄まじい速度で左に寄っていく。だがそれはキリトではない。最愛のヒト、護りたいと願った女性――アスナの体力だ。

 

 「ア、スナ……?」

 「ごめ…キリト、くん――」

 

 アスナはキリトの手に自分の愛剣【ランペンドライト】を握らせると、たった一言口にする。彼女の願い、いつも無理をする彼に向けた言葉を。

 

 「――生きて」

 

 回復アイテムは、間に合わなかった。腕の中のアスナがポリゴンへと変わり、霧散する。軽くなった腕の中に彼女の痕跡は僅かな温もりと持たされたランペンドライトだけだった。

 

 「………」

 

 ユラリ、と幽鬼の様に立ち上がるキリト。カン、カンと力無くヒースクリフの盾にランペンドライトを叩き付ける音が響く。ヒースクリフは目を伏せ、軽く大盾を払ってキリトをパリィする。

 

 「もう良い、休み給え。彼女の所には私が送ろう」

 

 とても自然に突き出された剣が、キリトの心臓を貫く。凄まじい勢いで体力バーは減少し、瞬く間に左端に到達する。目の前に現れる『You Are Died』の文。それを見てキリトは先に逝ったアスナへの謝罪を考える。そんな時だった。

 

 「っ、ガアアアアァァァァァァァア!!!!」

 

 獣の咆哮の様な叫び。それを発したのはシュユだった。彼が持つのは銀色の短刀と鈍色の大剣。それはユウキとシノンの物で、何故シュユが持っているのか解らないキリトではなかった。何故なら、2人の姿はここになかったからだ。

 シュユの痛覚遮断機能はイカれ、アバターの痛覚がダイレクトに脳に伝わる事をキリトは知っている。だからこそ奮起する。

 

 ――文字通り死ぬ程痛い思いをするアイツが踏ん張ってる。なら、俺も踏ん張らなくてどうする!?

 今ならヤツは油断している。殺れる。だから動け!後少し、命のロスタイムを使い切れ!!

 

 「う、アアアアアアァァァァァァ!!!!」

 

 その想いが通じたのか、キリトの身体を構成していた無数のポリゴンが少しだけ寄り集まり、半透明のキリトの身体を構成し直す。未だに握っていたアスナの魂(ランペンドライト)を突き出す。普通では考えられない、死後一瞬の復活。それを見たヒースクリフは口角を上げ、その刃を受けたのだった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで戦った敵の中でも最高峰だ。そうシュユは実感し、それが自分達の模倣だと実感して更に怒りを募らせる。

 流血鴉とシュユが使用する骨片は【古狩人の遺骨】と言い、シュユと死闘を繰り広げた【時計塔のマリア】の遺骨だ。その能力はマリア達古狩人と呼ばれる狩人達独特の【加速】という(わざ)、それを一時的に再現できるというもの。その効果時間中はステップなどの短距離を素早く移動する時に霧に隠れる様な消え方の高速移動を可能にする。

 だが、流血鴉のソレはヒースクリフが勝手にシュユ達を解析して完璧に模倣した偽物だ。シュユの骨片はマリアを殺して受け継いだ、正当なもの。それを模倣されるのはまだ許せたかも知れない。だが、それを模倣された事でマリアの生き様が愚弄された、そんな気がしたのだ。

 

 「チッ…!」

 

 ナイフを投げる。返ってきたのはナイフよりも格段に速い銃弾だ。速度が上がったステップの前では問題無いが、怖いのは流れ弾だ。シノンの弓矢にはヘッドショット判定がある。それなら流血鴉の銃弾にも判定があると見て良いだろう。

 頑丈さだけを強化したクレイモアを振りかぶるが、容易く躱される。回避先を先読みして剣を振るうがそれは千景に受け止められ、弾かれると流血鴉は鞘にカタナを納めてから抜刀し振り抜く。

 当たれば死ぬ。元は自分が使っていたカタナだ、異様なまでに攻撃に寄っている千景の性能を知らない訳が無い。クレイモアを地面に突き立てて防ごうとするが、クレイモアの刀身に千景の刃がめり込んだ事を確認すると即座に飛び退く。直後、クレイモアは真っ二つに分かれてポリゴンとなる。

 分かってはいたが、敵に回ると非常に厄介な武器である。

 

 「そぉらぁ!!」

 「………」

 「クソ、軽々躱してくれるな!!」

 

 地面に転がしていた【仕込み杖】を踏んで跳ね上げてキャッチすると、変形したままの刃を振るう。蛇蝎の刃はうねった軌道を描いて流血鴉へと向かうが、中心部のワイヤーを斬られた仕込み杖はバラけてしまい、もう使い物にはならないだろう。

 ならば、と取り出したのは【獣肉断ち】だ。大剣と同程度の重さを持つ獣肉断ちも仕込み杖と同じく鞭剣となる。その重さ故に振る速度は仕込み杖に劣るものの、威力と範囲は折り紙付きだ。

 当たる。そう思った瞬間、シュユの予想だにしなかった展開が訪れる。流血鴉は自分の身体を鞭剣が当たる事を厭わずに、前方へとステップしたのだ。咄嗟に獣肉断ちを手放して落葉を握り、前方にクロスして迫る千景を受け止める。だがシュユはここでらしくもないミスを犯した。犯してしまった。流血鴉は先程から刀身に血液を纏わせたまま、1度も解除していない。つまり、シュユは――

 

 「なっ……!?」

 

 ――シュユの持つ落葉は、半ばから絶ち斬られた。どうにか身を躱して千景を回避するが、続けざまに撃ち込まれた銃弾は躱せない。大きく怯んだシュユに、流血鴉の鋭い手刀が迫る。

 

 「っ、シュユっ!!」

 

 飛び出してきたのはユウキだ。近くには空の【女神の祝福】が落ちている。準ユニークアイテムのソレは体力を全快し状態異常も全て治す。それをどうにかして飲み、ユウキはシュユに抱き着く様に飛び出したのだ。背後からは矢が飛来し、流血鴉の肩に突き刺さる。だが怯む事無く手刀を突き出し、その手刀は確かに突き刺さった。

 

 「――ユウキ…?」

 

 ユウキの身体に、だ。シュユがいつも使う攻撃の様に、流血鴉は体内から相手の身体を引き裂く。ユウキの腹部からは紅いダメージエフェクトが飛び散り、体力は直ぐ様左端に辿り着く。

 

 「シュユ、だいじょうぶ…ボクは、キミを、信じて――」

 

 そう言って砕け散るユウキ。腕の中に遺されたのは銀の短刀、【慈悲の刃】だ。まだ戦いは終わっていない、解っているシュユは流血鴉を見やり、そして驚愕する。

 

 「ァ…カハッ…」

 

 シノンの首根っこを流血鴉が掴み、持ち上げている。それもそうだ。シノンは本来槍で、現在は弓剣だがある程度距離を取って戦うスタイルだ。それが生粋のインファイターであるシュユ、そしてヤーナムの要素を抽出して取り込んだ流血鴉に敵う訳が無い。

 

 「止めろ、シノンを――」

 

 離せ。そう言って駆け出す寸前、流血鴉のカタナがシノンの心臓を穿く。いつの間にか血液を振り払ったのだろう、銀色の刃がシノンの背中から生えている。流血鴉はトドメを確信したのだろう、千景を振り払ってシノンの身体を雑に放り投げた。

 

 「シノン、待ってろ。今助ける、死ぬな!」

 「……信じてる。先に…ユウキと、待ってるから――」

 

 また、護れなかった。シノンの使っていた【シモンの弓剣】と数種類の矢がシュユのアイテムストレージに収納される。

 想像できない程の怒りと殺意と哀しみと喪失感が頭の中に渦巻き、その感情に全てを委ねたくなる。叫び声を上げて流血鴉を殺し、その遺体をグチャグチャに蹂躙し尽くしたい。だが、2人は何と言い残した?

 

 『信じてる』

 

 その言葉を忘れてはならない。今のシュユを人に繋ぎ止める楔であり、無くせば獣に堕ちるのだから。

 信じられた。それならばゲームをクリアして、2人にまた逢おう。次は現実で。だからこそ、シュユは立ち上がる。折れた落葉の代わりに慈悲の刃とシモンの弓剣を握り、【狩人の高揚(ハンターズ・ハイ)】を発動させる。

 

 「……往くぞ」

 

 古き狩人の遺骨の効果で加速した不可視のステップ。右手に握る弓剣を逆袈裟に振り上げるが躱される。その程度、既に読んでいる。左手の慈悲の刃が風切り音と共に突き出され、流血鴉のマントを貫く。一瞬鈍った動きの隙に差し込む様に弓剣を突き出す。流血鴉は千景の腹に弓剣の切っ先を当てて防ぐ。

 少し吹っ飛ばされる流血鴉に向け、シュユは先程よりも多い本数の投げナイフを投げ付ける。自分に当たる軌道のナイフを斬り捨てるが、それは悪手だ。斬り捨てたナイフから爆炎が上がり、鴉羽のマントに火が燃え移る。以前使った【時限爆発瓶】と投げナイフを改造して合成した物だ。

 一瞬の怯み、シュユはそれを見逃さない。シノン謹製の撃つと拡散する矢を放つ。流血鴉の身体に3本の矢が刺さる。好機と見たシュユは立て続けに拡散矢を放つが、流石に躱される…そう思った矢先、矢ではない何かが流血鴉の胴体に突き刺さる。

 

 「効くだろう、ユウキの剣は」

 

 慈悲の刃は変形すると二刀となる。その片割れを決め打ちで回避先に放ったのだ。結果論になるが、それが功を奏して流血鴉の体力をごっそり減らす事に成功する。

 彼に苛立つという感情が有るのかは不明だが、一気に距離を詰めてくる流血鴉。慈悲の刃の片割れと弓剣で応戦するが、超速で放たれる斬撃に対応しきれない。あまりの衝撃に左手が痺れて慈悲の刃を取り落とし、両手で弓剣を握る。

 

 「クッ、喰らえッ!!」

 

 悔し紛れの一撃。大振りなその一撃はガラ空きの胴体に銃弾をブチ込まれ、大きく体勢を崩してしまう。ここから後ろに跳んでも即座に距離を詰められて終わりだろう。詰みだ、流血鴉の手刀がシュユに迫り――

 

 「――油断大敵だ、クソ野郎」

 

 雷鳴の様な轟音が鳴り響いた。流血鴉の体勢も大きく崩れ、少しだけ立て直したシュユはほぼ同時に手刀を突き刺し合う。

 そのシュユの左手には紅く長い銃が、【エヴェリン】が在った。奇しくもここで、共闘をしなかった3人の狩人の武器が揃っていた。

 

 「っ、ガアアアアァァァァァァァア!!!!」

 

 自らの身体が引き裂かれる感覚と相手の身体を引き裂く感覚、そのどちらも味わいながら最期の一撃を放つ。ブチ撒けられるダメージエフェクトの中に見えるのは敵の体力バー。既に左端に辿り着き、その身体をポリゴンへと還している所だ。

 キリトの方を見ると、ヒースクリフとキリトが戦っていた場所には2人の武器が落ちていて、その戦いの結果は簡単に察する事ができた。

 

 ――あの2人が居ないんだ、生きる理由も特に無い。けど…やったんだな、オレ達。

 

 どこか空虚でありながら満ち足りた様な、そんな今まで経験した事の無い感覚と共に意識が落ちていく。シュユの体力も既に0であり、目の前には『You Are Died』のウィンドウが出現する。

 

 ――頑張ったよ、2人とも。どんな結末か、キミ達は知らないだろ?だからオレが伝えるんだ。あと、キリトの戦いの結末も知りたいな。

 

 ――だけど、ごめん。少し、いやかなり疲れた。だから、少しだけ眠るよ。起きたら沢山、そりゃあもう沢山話そう。約束、だ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年、11月7日を以て

 ソードアート・オンライン、攻略完了



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88話 泡沫の夢

 目を開ければ、2年間もの間過ごした黒鉄の城(アインクラッド)が崩落する景色が眼に映った。無音ではあるが、下層の方からガラガラと崩れていくソレに哀しさを覚えない訳ではない。むしろ愛着が湧いていた事にシュユは苦笑した。クソッタレなデスゲームでも自分達は確かに生きていたのだと、改めて実感する。

 

 「全く君は、好き放題にゲームを引っ掻き回してくれたね」

 「……茅場晶彦」

 「本来では有り得ないユニークスキルの取得に武器の獲得、まだまだ有るが…君は本当に『イレギュラー』だった」

 「人の思い通りになるのはあんまり好きじゃなくてな」

 「まぁ、初めは目障りだった。だが途中から楽しくなっている私も居た。だからこそ言わせて貰うよ、シュユ君」

 

 背後に居るのはSAOの開発者、茅場晶彦なのだろう。だが、シュユは決して振り向かない。シュユにとっての茅場晶彦は仲間を失う原因である敵だ。でもその大切な仲間と出逢うにはSAOが無ければ出逢えなかった。仇には変わりない故に顔を見れば殴り掛かる自信がシュユにはある。だからこそ、感謝の一片を抱いている自覚が有るからこそ、シュユは彼の顔を見ないのだ。

 

 「ゲームクリア、おめでとう」

 「……攻略の途中で、何人も死んだ。アンタの言う事だ、本当に死んでるんだろう。だけど、アイツらは…キリト達とはこのゲームが無けりゃ逢えなかった。だから、オレも1度だけ言う。……このゲームを作ってくれて、ありがとう」

 

 茅場晶彦は指を真っ直ぐ伸ばし、前方を指し示す。

 

 「この先に君の求めている2人が居る。行くと良い」

 「あぁ、勿論」

 

 シュユは振り向かずに歩き出す。このゲームの終わりを、2人と見る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見つけたよ、2人とも」

 「え、悠!?」

 「どうしてここに…?」

 「ハハハ…悪い、相討ちだった」

 

 2人で並んで座っているユウキとシノン。シュユが座るスペースを間に作り、それを見たシュユは2人の間に座る。

 

 「かなり奮闘したんだぜ?だけど相討ちだ」

 「ボクは戦えなかったしな〜。詩乃は戦ったんだよね?」

 「あのねぇ…私は元々ミドルレンジ専門なの。剣で、しかもタイマンの対人なんて専門外も良いとこよ。手も足も出なかったわよ」

 「この状況だし、確実にキリトはヒースクリフを、茅場晶彦を倒したんだろう。流石だよ、アイツは。…そう言えば、2人はどうやってアイテム使ったんだ?」

 「気合だよ気合。ボクはどうにか指をゆっくり動かしてアイテムを実体化させて、瓶ごと噛み砕いたの」

 「私も似たようなものね。まぁ身体の下に敷いて割ったけど。まさか木綿季がそんなやり方とは知らなかったけど」

 「良いの良いの、やれたんだから!でもダメージは入らなかったけど、なんか口に違和感は残ってるかな」

 「んな事言ったらオレの身体なんてどうなってる事か…下手したら痛覚神経がイカれてるかもな」

 「そもそも【ゼロモーション・シフト】なんて裏技を乱用してるからよ。結局私は任意で使えなかったし」

 「ボクだって土壇場でやれるくらいだよ?シュユはソードスキルも使えたらしいけど」

 「無理無理、あんなの乱用したら負荷が大き過ぎて脳がパンクする。てか、こんな血みどろな話は止めてもっと思い出に浸ろうぜ?」

 「あのクエストは大変だったよね。虹の根本を掘れってヤツ」

 「結局オレがアイテムでゴリ押しで取ったんだよな。アルゴから高値で買った情報で虹の出現地点を予測して…それは良いけど、報酬がしょっぱかったなぁ。2人は黒字でもオレは大赤字だった」

 「木綿季が暴走した事もあったわね。背中にムカデみたいな虫が入って、ビックリした木綿季が迷宮の奥地まで走っていったの」

 「だってビックリしたんだもん!」

 「あの時1番大変だったのは私なのよ?悠は悠で木綿季の事を全力疾走で追い掛けてったし。敵は全部倒してたけど、AGIガン振りのあなた達を追い掛ける私がどれだけ苦労したか…」

 「オレだって苦労したんだぜ?ボスがデカいムカデだったから木綿季はビビってひたすら突っ込むし、詩乃は息も絶え絶えだったし。結局オレが倒したんじゃないか」

 「そんな事言ったら悠だって水着着るのが必須なダンジョンで全然戦えなかったじゃん!」

 「しょうがないだろ!?そもそもなんでビキニで来るんだよ!よくあそこで気絶しなかったってむしろ褒めてくれよ!」

 「クールな感じ出してるけど案外ウブよね、悠」

 「ほっとけ」

 「あ、アインクラッドが…」

 「もう直ぐ全部崩落か。そうなるとオレ達がここに居られるのももう少しか。…なぁ、2人とも」

 「「なに?」」

 「おぉ、ハモった。で、後悔はしてないか?この世界(SAO)にログインして、デスゲームを経験して」

 「後悔なんてしてる訳無いでしょ。ここに来なきゃ私はあなたに想いを伝えられなかったでしょうし、キリト達とも出逢えなかった訳だしね」

 「まぁ辛い事は沢山あったよ?でも、それよりも嬉しかったり楽しい出来事が多かった。誰を恨むとか、そういうのは絶対に無い。元々、誘ったのはボクだしね」

 「…ククッ、確かにそうだったな。オレにとっては地獄だったよ。色んな人を殺して、殺されそうになって、狂って…喪ったモノは多かった。だけど、その分得たモノは多かった。せいぜい楽しい地獄だったよ」

 「そうね。……もう、終わりね」

 「生きて帰るのも死ぬのも、一緒だよね」

 「……あぁ、一緒だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「2人とも、――。―――」




 これにてSAO編、終了です。


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10章 Rest Fairy Township
89話 欠けたピース


 ALO編、開幕にございます。


 2024年11月7日、この日を以てかの大天才茅場晶彦が造り上げた悪夢のデスゲーム【ソードアート・オンライン】はクリアされた。

 SAO事件後、人を殺せる出力のマイクロウェーブを放射出来るナーヴギアの危険性が指摘され、世論からは叩かれながらも新たなフルダイブ機器【アミュスフィア】を発売、絶対的な安全性をウリに発売されたソレは同じ時期に発売した【アルヴヘイム・オンライン】と共に爆発的なヒットを記録した。

 ゲームが好きな悠、木綿季、詩乃は勿論購入を――

 

 「………悠」

 

 ――してはいなかった。何故なら、肝心の悠が目覚めていないからだ。SAOクリア後、生存者は勿論目覚める事が出来た。しかし、生存しているにも関わらず未だに眠りから目覚められない者も居た。その内1人が悠だ。

 悠が死亡判定ならば、悠よりも先に死んでいた筈の詩乃と木綿季が生きているのはおかしい。今悠の病室に響くのは無機質なピッ、ピッ、という機械音と3人の微かな呼吸音くらいのものだ。

 

 「なんで、起きないんだろうね。アスナも…」

 「まさかリアルネームだとは思ってなかったけど…それはあなたも一緒だったわね、木綿季」

 

 詩乃の皮肉も今ではキレが無い。この病院には3人の他にキリトこと桐ヶ谷和人、アスナこと結城明日奈も入院しており、リアルで交流を図ったのだ。しかし、5人のウチの2人…悠と明日奈は未だに昏睡状態にあり、完全に交流出来てないのが現実だ。

 両手を2人に繋がれる悠。2年前は逞しく、頼りになりそうだった手は今では筋張り、痩せ細っている。身体も例外ではなく、脂肪どころか筋肉も落ちて骨張っており、髪もかなり長くなっているだろう。見ようにもナーヴギアを無理に外せば死亡する為、外せてはいないのだが。

 

 「…今じゃ本まで出されるくらい、世間はSAO事件に傾いてるよね」

 「単に事件を経験した人数が少なくて実態が見えにくいからよ。生き残ったプレイヤーの殆どが下層でぬくぬくと暮らしてた人達で、実態を見られた攻略組なんて一握りだもの」

 

 SAO生還者(サバイバー)と呼ばれる、文字通りSAOから生還した者から取材する事で書かれた本は今ではベストセラーであり、ワイドショーやニュース、果てはバラエティ番組でさえSAO事件についての事しかやっていない。だがその本も攻略組が持つ正確な情報を掴めている訳ではなく、様々な情報が錯綜しており複数の本が出されているのが現実だ。

 特に本によって違いが大きいのは(シュユ)についての情報だ。ある本では『冷酷無比、人殺しだが野放しにされている危険人物』と書かれ、またある本では『常に前線で戦い続ける、攻略組最強のプレイヤー』と天と地程の差が有るのだ。

 番組でもどこかの偉そうな弁護士が悠を殺人犯と見るか英雄と見るかで分かれている。生還者、しかも悠を良く知る者からすれば殆どの情報が虚偽であり、それ故に腹立たしいものなのだが。

 

 「…今日も起きないね、悠」

 「えぇ、本当に…ねぇ、あなたこんなに寝起き悪かったかしら?木綿季は寝起きが悪くて大変なの。それに朝ご飯も起こすのに手間が掛かって冷めちゃうし…」

 「いつもボクを起こす側だったのにね。最近は寝起きが悪いよ。詩乃じゃなんか違うんだよ、悠。だから、いつまでも寝てないでボクを起こしてよ…」

 

 実はこれはタチの悪い冗談で、その内ドッキリ大成功とか言って起きる。そんな事を何度夢想したか分からない。今日も数時間悠の眠るベッドの横に座り、手を握る。

 リハビリを終え、以前の様な身体に戻った2人だが、心は未だに戻ってこない。彼がまだ戻ってこないのだから、彼女達にとってまだ現実は現実になっていないのだ。

 

 「…帰ろうか、詩乃」

 「そうね…。また来るわね、悠」

 「…バイバイ」

 

 別れを告げてもまだ彼は目覚めない。故に、何も返事をする事は無い。その事に2人はまた心に傷を負い、病室を後にするのだった。



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90話 手掛かり

 パズドラSAOコラボ、皆さんはどうしてますか?私はユウキが来ましたがシノンが来ません。推しが来ないのは悲しいですなぁ…


 P.S. ガルパはイベ限友希那さんが来ました。勝ち申した。


 また病室で悠の手を握り、ひたすら目覚めを待つ無為な時間を過ごしていたそんな時、病室に扉の開閉音が響き渡った。

 

 「2人とも、悪いけど来てくれないか?」

 「…和人。どうしてボク達が行かなきゃならないの?」

 「明日奈の手掛かりが見つかったんだ」

 「悠の手掛かりが無いなら行く意味は無いわ。悪いけど、ね。出直して――」

 「――確証は無い。でも、手掛かりがある可能性が有るって言ったらどうだ?」

 「…どういう事?」

 「明日奈も悠も、本来はSAOから生還しているハズだ。でも現に2人とも未だに昏睡状態で、眠り続けてる。そんな今、明日奈の情報が見つかった。なら、悠の情報が有ってもおかしくはないだろ?」

 

 2人は逡巡する。確かに和人の言い分には一理あり、目覚める確率は高いだろう。だが、2人が病室に居るのは実は目覚めを待っている訳ではない。と言うより、目覚めを待つ目的が半分で、もう半分は彼の容態を心配しているのだ。

 明日奈はSAO時代特別な――言ってしまえば『裏技』を使っていない。それに対して悠は裏技(ゼロモーション・シフト)を連発し、挙句の果てには本来システムに認可されていないユニークスキルを産み出して使っていた。そのユニークスキルの演算は全て悠の現実の脳が受け持っていたせいで他のプレイヤーよりも負荷が多く掛かり、悠はいつ死んでもおかしくない。それが現実だ。

 医者曰く、もし悠が裏技を連発する事が再び有ったのなら脳が酷使に耐え切れずナーヴギアとの接続を脳が拒否し、それを無理にギアを外そうとしたとナーヴギアが誤認して脳が焼き切れる可能性があるとの事だ。

 

 「ボクは行くよ、ここで待ってても仕方ないもんね。詩乃はどうする?」

 「……悠と私の立場が逆なら、きっとあなたと同じ事を言うわよね。私も行くわ。悠の容態の事は看護師さんに頼んで、万一の事が有ったら連絡して欲しいって言っておくわ」

 「その用意周到な所、悠に似てきたね」

 「あなたのその即断即決な所もね」

 「…決まったみたいだな。行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おっと、まさか2人も来るとはな。こういう時はリアルの顔が見れたSAOに感謝だな。俺はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、SAOでの名前はエギルだった」

 「紺野木綿季だよ、よろしくね」

 「朝田詩乃、シノンよ。よろしく」

 「じゃあエギル、説明を頼む」

 「分かってるよ。3人とも、まずはこの写真を見てくれ」

 

 エギルは愛称らしく、和人はギルバートをエギルと呼ぶ。確かに地味に長いな、と2人は思いつつエギルが懐から出した携帯端末を覗き込む。その画面には手ブレが激しく、またピンボケした写真が映っている。その画面の中心には大きな鳥籠があり、その中に水色の髪の人が入っている様に見える。

 

 「この写真は俺の友達が撮った写真だ。撮影したのはゲーム内、それも最近発売されて大人気のALO、アルヴヘイム・オンラインだ」

 「この人っ映ってる人って…」

 「…あぁ、多分だけど【アスナ】だ。髪の色とか耳は違うけど、判る。この人は明日奈だ」

 「でもどうしてまたゲーム?2人はSAOをクリアしてもまだ眠り続けてるけど、それは脳のダメージとかそういうので…」

 「いえ、それなら明日奈が眠り続けてる理由が説明出来ないわ。悠はゼロモーションを連用したせいで脳に過負荷が掛かったって説明は出来るけど、明日奈は私が知る限りゼロモーションを使ってない。つまり、普通の人と同じ負荷しか掛かってないハズよ」

 「…それもそうだね。でも、なら尚更明日奈がゲームの中に入って、アスナとしてプレイしてるのかな?」

 「…明日奈が意図しない理由で【アスナ】としてログイン()()()()()としたら?」

 「させられた?どういう事だ?」

 

 これは仮定と推測が混ざり合った推論だ、そう前置きしてから詩乃は話し出す。

 

 「私はまだ学生の身分だから、本当に細かい所は知らないわ。でも、父さんが言っていたのだけど、本来ALOは運営出来ないらしいの」

 「…どういう意味だ?現にALOはこうして運営されているじゃないか」

 「その通りよ、エギル。でも、今の技術力では…正確には、茅場晶彦を抜きにした技術ではフルダイブ型のゲームを運営する程のスペックを持つサーバーは作れないらしいの」

 「確かに、ボソッと零してたね。じゃあつまり、ALOは…どういう事?」

 「……解ってなかったのね、まぁ良いわ。つまり推測に過ぎないし、実際にログインしてみてユイちゃんに解析して貰わないと正確な所は解らないけど、多分ALOはSAOのコピーサーバーを使ってる。そういう事よ」

 「コピーサーバー…!そうか、それなら説明がつくかもしれない!カーディナルシステムは進化するシステム、まだ俺達が理解出来てない『何か』が有っても不思議じゃない!」

 「そういう事。まぁログインしようにも、ウチは少しね…」

 「何か問題があるのか?」

 「うん…問題というか、お父さんがね。お父さんがボク達にナーヴギアをくれたんだけど、まだ悠が目覚めない事で引け目を感じてるらしくて…そんな時にまた新しいVR機器を買うのはお父さんに追い打ちを掛けるみたいで、少し嫌だねって」

 「…まぁ、安心しろ。俺がその程度の事を想定してないと思ったか?」

 「え?」

 「シュユ…いや、悠から聴いてたんだよ。お前らの父親は何かしら引け目を感じてるだろうってな。で、今回はまた新しいVRMMORPGに足を踏み入れる訳だ。だから、今回は前貸しだ」

 

 エギルは店のカウンターの中から木綿季と詩乃に2つずつ、ある物を渡す。それは【アミュスフィア】とALOの2つで、事前にエギルが買っておいたものだ。

 

 「コレ…くれるの?」

 「バカ言え。和人、お前にも渡すけどな、勘違いするなよ?これは前貸しだ。機会が有れば店を手伝ってもらうからな?特にお前ら3人は顔が良いし、口コミも広がるだろ…ククク」

 「詩乃、エギルが黒いよ…」

 「元々エギルが無償で物をくれた事がある?大抵無料の時は後で痛い目を見るのよ。だからコレが正常運転でしょ?」

 「…それもそうだな。じゃあ2人とも、明日ALOのどこかの街で会おう」

 「今日は駄目なの?」

 「今日の所は色々な違いに慣れないとな。明日、ある程度やれる様になってからにしたい。駄目か?」

 「私はそれで良いわよ。…それに、試してみたい事もあるし」

 「詩乃が良いなら、ボクもそれで。じゃあ、また明日ね」

 「あぁ、また明日」

 

 そう言って和人は店を出る。それを追うように2人もエギルの店を出て、自宅へと向かう。自宅に辿り着いた2人が取り出したのはアミュスフィアではなくナーヴギアで、詩乃はドライバーを構え、格闘を開始した…



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91話 妖精郷

 「君はどんな狩りを成し遂げた?何を狩り、何を殺し、何を得た?」

 「さぁ、どうなんだろうな。少なくとも最悪で、獲物を狩り、友を喪い、強さを得たのは確かだ。後悔なんてしちゃいないけどな」

 「それならばこの夢から醒めれば良かったものを。まさか残る道を選ぶとは、酔狂を通り越して狂人の域だろう」

 「助けたいヤツが居たからな。伝えたい言葉もあるし、伝えて欲しい言葉もある。それはもう託したし、後はどうにでもなれって感じだな」

 「狩人とは思えない発言だ。狩りにも酔わず、血にも酔わないとは驚きだよ。このまま死のうと構わないとでも思っているのか?」

 「…どうだろうな。オレには分かんねーよ」

 「だが時間はたっぷりある。…君が望むのなら、下界の者も助けられるだろう」

 「そうか。随分と親切なんだな、爺さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「移植完了、と。…まぁ、そりゃあバグはあるわよね」

 「まさか、ナーヴギアのデータを移すなんてね。これでBANされたらどうするの?」

 「仕方ないでしょう、悠が…シュユが上級ダンジョンの最奥に居るかも知れないじゃない。そうなると1から育てていく場合じゃないし、正式にALOを始めるならしっかりと育て治すわよ」

 

 詩乃(シノン)木綿季(ユウキ)の2人はアルヴヘイム・オンラインの地に降り立っていた。そんな2人の装備はユウキは鴉羽のあしらわれたマントが特徴的で、シノンは羽織ったボロ切れの様な外套が目に付く服装だ。それは生還者が見れば直ぐに判る、【攻略組】のトッププレイヤーの時と同じ装備だった。

 詩乃は現実でナーヴギアからメモリーチップを取り出し、ソレをアミュスフィアに挿入したのだ。だが本来この2つの機器は規格が異なり、それ故にデータの読み込み不良によって2人の装備はバグっている。

 特に武器が酷く、一応形だけは装備しているが名前は文字化けし、しかも変形したとしてもロクに使えない。【慈悲の刃】は変形すると脆くなり、【シモンの弓剣】は弦が固く弓が引けないのだ。元よりSAOで死んだ際にシュユに譲渡された武器を無理矢理復元している様なもの故に仕方ないとは言え、このザマでは大して使えないだろう。

 

 「飛行はどう?」

 「スティック操作は簡単だけど、マニュアルはコツが要るね。でもシノンならやれると思うよ。ボクも掴めてきたし」

 「あなたのセンス基準にされるのは困るわ。こういう感覚的なセンスなら、あなたのソレは最高なんだから」

 「まぁ感覚派の方が楽だよ。飛行だって肩甲骨をグィッと動かす感じでやればスイーッて飛べるしね」

 「……私のペースでやるとするわ。やっぱりあなたの説明じゃ無理ね、私は」

 「じゃあボクも。そうだなぁ…2時間後にここで落ち合おう。それで良い?」

 「了解、じゃあまたね」

 「うん、シノンも頑張ってね」

 

 2人は別々の方向に進み、自分のやり方でALO特有の【飛行】の訓練を開始した。その目的は遊びではない。遊びは今回の目的を達してからであり、今は違う。目的はただ1つ、大切な人を取り戻す為に。




 友達をブラボの沼に引きずり込みました。良い宣伝文句だったと思いますよ。

 「中世のヨーロッパみたいな街並みで(事実)住人達から手厚い歓迎(殺意MAX)を受けられる。しかも犬(可愛いとは言ってない)とも触れ合える(戦闘)し、都会に飽きたら田舎(墓場or森)にも行けるし王城(廃城)にも行ける、ちょっと難しいけど楽しい(事実)ゲームだ!」


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92話 覚悟

 「人とは何だろうか、そう考えた事は有るか?」

 「生憎だが、哲学に興味は無くてな。…でも、考えた事が無い訳じゃない」

 「そうか。…私はいつも考えている。獣を狩りながら、眠らせながらな。この思考(悪夢)からは逃れられないのだよ」

 「…アンタは饒舌なんだな。オレの知るヤツらは皆、饒舌よりも早く狩りに来る様なタイプだったけどな」

 「私は助言者だ。助言しなければならない者が無口では、ソレは助言者とは言えないだろう?」

 「…ハッ、確かにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う〜ん、やっぱり辛いなぁ」

 「残念だけど、新調するしか無いわね。射つ度にこんな渾身の力を入れなきゃ引けない弦の弓なんて使い物にならないわ」

 

 目の前のプレイヤーを倒しつつ、2人は愚痴る。このプレイヤーは2人が襲い掛かった訳ではなく、襲われたので返り討ちにしたものだ。今の2人の装備は確かに傍目から見れば初心者のソレではないので自然な事かも知れない。

 多少の金とアイテムをドロップしたプレイヤーに感謝しつつ拝借し、2人は特徴的な装備を脱ぐ。2人の装備は生還者が見れば一発でSAOのユウキとシノンだと判る程に象徴的だからだ。それがバレるのは悪影響が大きく、どうしても行動が制限される。それ故の行動だ。

 

 「弓は持ってないのね…」

 「明らかに脳筋みたいな人だったしね。でも槍は有るじゃん」

 「とは言っても…ブランクが空いてるから微妙ね」

 「そんな事言うならボクなんて短剣だよ?使った事無いし、どうすれば良いの?」

 「なら(こっち)と交換する?」

 「遠慮しとく。それならまだ短剣の方が使えそう」

 

 ALOには種族ごとの領地が存在する。基本的に自分の種族領以外の種族領には入れず、入る為には自分の種族との縁を切らねばならない。それをしたとして、他種族に歓迎される訳でも無ければ大したメリットが有る訳でも無い。むしろ裏切り者、放浪の民と貶される事の方が多い。にも関わらず、2人は既に自分の種族との縁を切っていた。

 ユウキは闇妖精族(インプ)、シノンは猫妖精族(ケットシー)を選択している。だが、現在シュユがどこに居るか解らない状況であり、下手をすればALO全土を捜さねばならない可能性がある以上、領地に縛られるのは避けたいのだ。それにこのデータはSAOのデータを流用した、言ってしまえば【チート】そのもの。だからこそ、もしALOを本当にプレイするのならデータは作り直す。そういう要因も有っての決断だ。

 

 「でも情報はどうやって集めよう?同種族も頼れないし、他種族なんて論外だからどうしようもないよね」

 「…もしもSAOから生還していて、それでも目覚めないプレイヤーが全員ここに居るとしたら…?」

 「シュユとかアスナの事?」

 「えぇ。特にシュユなんて茅場晶彦が認めた筋金入りのイレギュラーよ。そんなシュユを野放しにするかしら」

 「やるなら拘束、利用するなら研究なのかな。でもどこで?」

 「決まってるでしょ、世界樹よ。アレは中に入ったらグランドクエスト扱いになって敵が沢山出てくるらしいわ。それなら、万全の警備になってると思わない?」

 「確かに!…でも、それなら尚更どうしたら良いんだろう?(SAO)ならまだしも、ソードスキルが無いこの世界(ALO)で活躍できる気がしないよ」

 「……それでもやるだけよ、そうでしょ?」

 「…当然!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「茅場さん…あなたは彼をイレギュラーとして扱い、利用しようとはしなかった。だからあなたは負けたんだ。でも僕は違う、僕は彼を利用させて貰いますよ。最大限に、ね…ククク、フフ、ハハハハハハハハハハ!!!」




 内容が薄い?気にしてはいけません。気にすると私が死にます()


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93話 相談

 「人は愚かしく、だからこそ愛しい。表と裏、その二面性が在るからこそ美しいと、そうは思わないか?」

 「獣にはソレが無いからか?」

 「あぁ、その通りだ。私達は全てに於いて愚かであり、恐れを知らなかった。だからこそ月の魔物に魅入られ、私は幾度もの夜を巡り、数多の狩人を介錯してきた」

 「それがアンタの【悪夢】だったのか?」

 「嗚呼…そうだ、その通りさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、突然レディーの家に押し掛けて何の用かしら?しかも私だけになんて珍しいじゃない」

 「あぁ、こういう事は木綿季より詩乃の方が良い意見をくれそうだったからな。木綿季は…なんか相談事は得意そうじゃないし」

 「私だってこういうのは得意じゃないわよ、全く。こういう相談事は悠が担当してたのに…早く見つけてあげないとね。じゃあまず、何が有ったのか話しなさい」

 「ありがとう。まず俺には――」

 

 和人が話したのは苦くも甘酸っぱい青春ラブストーリー…なんて訳もなく、その辺の昼ドラとまでは行かないが中々に複雑な話だった。

 まず話は3日前、和人がALOを初ログインした日に遡る。種族を【影妖精族(スプリガン)】にした和人(キリト)は本来の開始地点と異なる場所に飛ばされた(それは木綿季と詩乃も同じだった)。2人と同じくSAOのデータを流用した和人はユイの力を用いてストレージ内のアイテムの文字化けを直し、一先ずは飛行に慣れる為にフラフラと飛んでいたらしい。

 そんな時、数人がかりで追い詰められているプレイヤーを発見。飛行に不慣れだった事も有り半ば墜落する様に助けに向かい、【火妖精族(サラマンダー)】の1人を斬り捨てた。

 

 「また面倒ごとに首を突っ込んでたのね…」

 「仕方ないだろ、そうなっちゃうんだから。それで――」

 

 そしてたった1人で戦おうとしていた【風妖精族(シルフ)】の少女、リーファと共に戦ってサラマンダー達を撃退。木綿季と詩乃と殆ど同じ様な理由で放浪の身となっていた彼をリーファはお礼の意味を込めてシルフの領地である【スイルベーン】へ行き、リーファの奢りで一杯飲んだらしい。

 随意飛行に慣れていないキリトが塔に頭をぶつけるなどのハプニングもそれなりにあったものの、その日は何事も無くログアウトし、眠りに就いた。

 その翌日もトラブルに遭いながらも奮闘していたらしい。リーファも巻き込んで領地を捨てる云々の話になったり、リーファの案内でALOの中心である街【アルン】に案内されていた。

 グランドクエスト――つまり、世界樹攻略の為の種族間会議に向かう最中、彼等はサラマンダーの妨害を受けたらしい。絶体絶命の危機に瀕するがキリトは仲間を死なせないと激怒、スプリガンが得意とする幻惑魔法を使って自分をボスと同等の能力を持たせ、撃退したらしい。

 そんな報告はそこそこに、肝心な事は最後に話された。端的に言えば、リーファは和人の妹である【桐ヶ谷直葉】であり、彼女はキリトに好意を寄せていた。更にキリトを好く前には兄である和人に好意を寄せており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 つまり、兄を好きになったが兄には想い人が居たので諦めて他の人を好きになったが、その人の正体は諦めたハズの兄だった、という凄まじく面倒な構図に仕上がっていた。それを聞かされた詩乃は嘆息する。

 そもそも、進路相談程度のものならまだしも詩乃は恋愛の事など殆ど解らない。確かに悠に恋をしているとは言え相思相愛な上に、ぶっちゃけ詩乃達3人の恋愛観は世間から大きくズレている。まだ普通の恋愛相談ならテンプレ的な答えを返せたが、こんな昼ドラもビックリなトンデモ恋愛相談を持ち掛けられても手に余る。恐らくここに居るのが悠でもお手上げだろう。

 

 「…あなたはどうしたいの?」

 「え?」

 「縁起でもない事を言うけど、もしALOでアスナを助けたとしても明日奈は目覚めないかも知れない。もしそうなった時、あなたはどうするの?妹に、直葉ちゃんに手を出すの?」

 「そんな事する訳が無いだろ!?幾ら実の兄妹じゃなくても、手を出す訳が無い!」

 「それならもう答えは出てるじゃない。あのね、確かにあなたは凄いわ。何度も救われたしSAOを終わりに導いた実力は本物よ。でも、あなたは所詮ただの人間に過ぎない事を忘れないで。何かを得るのに何かを喪う、それが摂理。冒険活劇の主人公みたいに、何も喪わずに全部救って大団円なんて有り得ない。…それに、今はあなたが何を言っても無駄よ。直葉ちゃんが自分でケリを着けるまで、そっとしてあげなさい」

 「スグが、ケリを着けるまで…」

 「即断即決なんてそう簡単に出来るものじゃないわ。出来ても、やった後にきっと後悔するものよ」

 

 そう言って詩乃は紅茶を一口含み、目を閉じる。その瞼の裏に映るのは2人が再開を渇望する彼だ。誰よりも強く、様々なものを喪っても尚戦い、畏れられた。その決断を後悔し、涙を流しても人である事に拘って戦い抜いた彼の姿を幻視する。

 いつその心臓が止まり、会話を交わせずに死んでしまうかも知れない。だからこそ、少ない可能性に賭けてやれる事を全力でやるしかないと再び決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、詩乃を待つのを止めて散策に出たのは良いけど…」

 

 ユウキは身構えつつ目の前の男の姿を見据える。つば付きの帽子を目深に被って背中に大剣を背負い、いかにも防御力が無さそうな服装備を着用する男はひたすらにボソボソと言葉を呟き続けていた。

 

 「殺す、好きだ、斬る、愛す、潰す、愛でる、殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」

 「…そこまでボクの事を思ってくれるなんて、嬉しいよ。でも、それは正気に戻った時に言って欲しいな。ねぇ…シュユ」

 

 彼女は目を血走らせ、普段使わない【獣肉断ち】を担ぐシュユを迎え撃つ。明らかに『敵』は『彼』ではないという確信めいた直感を信じて。




 実はALO編は私の身勝手のせいでプロットが180度書き変わったという問題児なんです(唐突な告白)


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94話 闇霊

 「っつ〜、初めて死んじゃったけど、慣れないね」

 「死んだ?何か強いネームドとでも戦ったの?」

 「ううん。ネームドよりも強くて、それで戦えて嬉しい敵だったよ。シュユだったよ、あの敵は」

 「シュユなの!?本当に、本当にシュユだったの!?」

 

 珍しく詩乃が取り乱す。今の秋崎家は両親共に重要な案件の為に外泊していた(()の職は看護師だが()の世話を受け持った為に行っている)。2人きりの家で取り乱す詩乃を木綿季は宥め、取り敢えず自分も椅子に座った。

 

 「アレは確かにシュユだったと思うけど、多分違うんだと思う」

 「…どういう事?シュユだけどシュユじゃない?」

 「うん。シュユの好意は裏返すと殺意になる事、それは把握してるでしょ?」

 「えぇ。その上で私達は悠を受け止めたんだから、当然でしょ」

 「でもボクが会ったシュユはソレが()()()()()()()。まるで犯罪者(オレンジ)狩りをしていた頃のシュユみたいに、剥き出しの殺意と好意をぶつけてきた。SAO終盤のシュユはソレを抑えられてたハズなのにだよ?」

 「そうは言っても、あなたが戦った敵がシュユじゃない証明にはならないわ」

 「なるよ。あの時のシュユは鎌を、葬送の刃を使わなかったんだ。使ってたのはあの…リーチが伸びる大剣だった」

 「確か、シュユは獣肉断ちって呼んでたわね。でも昔、重いし読まれやすいから使わないって聞いた事があるわ」

 「じゃあ尚更ボクには使わないでしょ。咄嗟の反応と読みならボクの方がシュユより上だし、何より普通なら振るのが遅過ぎて話にならないからね」

 「じゃあどうして負けたの?」

 「まず、アレがもし本当にシュユだったらって考えたら倒せなかった事。これが1つね。で、2つ目があっちはゼロモーション・シフトを連発してくるのにこっちは出来ないし、しかもシュユは負担無さそうだし。やってらんないよ、正直」

 

 静寂が場を包んだ一瞬後、詩乃のスマホが振動した。メッセージアプリの通知は殆ど切っており、同級生とはSAO事件以来疎遠になってしまっている為考え得る中で最も可能性が高いのはALOの事だ。詩乃はALOの公式サイトに更新が有った際、通知が来るようにしていた。スマホを開いて通知を確認すると十中八九ALOの事だったのでそのままサイトを開いて確認すると、アップデート情報が乗っていた。

 

 『闇霊システム実装!

 闇霊システムとは全プレイヤーの中から無作為の抽選により選ばれたプレイヤーのコピーが闇霊として出現、敵となり戦闘するシステムの事です。

 闇霊の身体は禍々しい紅の輝きを放ちます。闇霊はどの勢力とも敵対し、更にどの勢力にも属しません。討伐ボーナスは文字通りの早い者勝ちになります。コピーされたプレイヤーですが、特にデメリットは無く単に自分と戦うだけとなります。

 闇霊は限りなく本人に近い戦い方を取ります。ですので、しっかりと対策してから戦う事をオススメします。

 これからも自由なALOライフを満喫して頂く為に精進を続けて参りますので、よろしくお願い致します。

             ALO運営陣より』

 

 「闇霊の身体は禍々しい紅…確かに、あのシュユはそうだった…」

 「でもALOにはログインしてない、でしょ?決まりね、シュユはALOに居る。それも、多分世界樹にね」

 「でもどうするの?助けを呼ぼうにもボク達に伝手は無いし…」

 「…やるしかないわね。元々目的はクリアでもアルフへの転生でもないんだから、馬鹿正直に全部倒す必要も無いわ。不可能な無茶を無理で曲げてきたのがシュユよ。なら、私達が無理を通せない道理は無いわよね?」

 

 その言葉を聴いた木綿季の脳裏に一度行った世界樹の内部が浮かんだ。グランドクエストを受託したその瞬間からポップする無限に近い数の衛兵達。それらに2人は押し切られ、退散を余儀なくされた。

 それを詩乃が忘れている訳が無い。それでもゴリ押しで悠を助けようとする詩乃に苦笑した。

 

 「詩乃ってさ、案外脳筋だよね」

 「あなたも、変な所で尻込みするのね」

 

 間髪入れずに返ってきた返事に、忘れ掛けていたSAO時代の掛け合いを思い出した。

 

 「で、どうするの?私は行くけど」

 「勿論、ボクも行くよ」

 

 2人は拳を打ち合わせ、アミュスフィアを着用する。まだ世界樹には行かない。装備が足りない上に弱いからだ。だが、数日後にはアタックするだろう。1分1秒でも早く、想う彼に再会する為に。




 12月13日にGOD EATER3が発売しますね。私は買います。つまりどういう事か…察しがつきますね?(おい)


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95話 世界樹

 「…やっぱり大きいね」

 「えぇ。でもこれから私達は上に登り詰めなきゃいけないのよ」

 「うん、そうだね。ボク達の目的はたった1つ――」

 「「シュユを助ける事」」

 「息ピッタリね、私達」

 「これから飽きるくらい戦うんだし、これぐらい合わせていかないとね」

 

 今日は世界樹攻略を決めた3日後だ。あらゆる武器とアイテム、様々なテクニックや幾つかの魔法を覚え、2人は世界樹の入口の目の前に居る。

 現在存在する9つの種族、中でも最も武闘派のサラマンダーと数が多いシルフの全戦力を投入したとて突破出来るか怪しいと言われる程の難易度を誇るALOのグランドクエスト、それにたった2人で挑もうと言うのだ。試しに近くのプレイヤーに今からする事を教えた所で、冗談だろと笑われて終わりだろう。そんな誰もが笑う様な行いを出来るのは偏にシュユの為という理由と、ゲーム内で死んでも現実では死なないという事実が有るからだ。それ故に2人は止まる事を知らず、また知ろうともしない。

 世界樹の扉を潜り、内部に入る。背後の扉は閉ざされて内部から外部に出られなくなり、蜂の巣の様にある壁面いっぱいの模様から滲み出す様にエネミーが現れた。1体1体はそうでもないが、兎に角数が多い衛兵エネミーだ。

 

 「数だけはやっぱり多いね」

 「でも、やらなきゃね。それに、あなたも抑えるのに必死なんじゃないの?」

 「そんなシュユじゃあるまいし…っては言いたいけど、狩りの熱狂は忘れられるものじゃないからね…!!」

 「なら、ここで発散しなさい。私も今までの鬱憤を全部ぶつけるから…ね!!」

 

 シノンが放った矢に衛兵エネミーが3体纏めて貫かれ、ユウキは弾かれた様に突撃する。死闘が始まった。

 シノンは巨大な弓の下端に付いているアンカーを地面に突き刺し、いつも使う矢の2倍か3倍程ある太矢を射る。太さも然ることながら長さもあるその矢を射ち出す弓も当然ながら引くのに強い力を必要とし、1回引くごとに仮想の身体へ偽りの疲労感が積もっていく感覚が感じられた。視界には胴体に風穴を開けて墜ちていく者と纏めて貫かれたまま墜ちる者の2種類が映る。

 シノンが使うのはALOでは産廃とまで言われた大弓【竜狩りの大弓】だ。ハイスピードの空中戦(エアレイド)をウリにしているALOでは当然空中戦が多いのだが、この弓は他の大弓とは一線を画す大きさと威力を誇る。が、その反動と引く難度故に下部のアンカーを地面に刺さなければマトモに射れない。空中にはそのアンカーを刺す為の土台が無く、地上から射ったとしても高速で動き、かつ小さい的を射ち抜く腕前を持つ人など居らず、それ故に使われる事は無い。

 だが、今回の様に大群に射つのなら狙いを付ける必要は無い。疲労は溜まるが、それでも普通の弓でチマチマ射つよりかは数倍マシだろう。

 

 「アハハハハハ!!こんなんじゃ足りないよ!もっと、もっと!!」

 

 舞う様に剣を振るうユウキの口角は吊り上がり、表情は愉悦に歪んでいる。SAOでは出来なかったアクロバットな動きを挟み、剣も自身も縦横無尽に動かして敵を斬り刻んでいく。衛兵エネミーは数頼みの性能だ。それ故に耐久も速度も、大した事は無い。剣を一振りすれば絶対に1体は、イケる時は3体程度なら纏めて斬り伏せている。

 ユウキが使っているのは【ゴットヒルトの双剣】という珍しい双剣カテゴリの武器だ。双剣カテゴリとは文字通り2本で1つの武器であり、それ故に扱うのは難しい。2本1対とはつまり、2本を十全に扱える事を前提にしているからだ。しかしユウキはSAOでの経験、慈悲の刃を扱っていた経験と慣れを活かしている。そして素で繰り出せる連撃数はSAOでトップのユウキに合っているのだ。

 だが、どれだけ疾く攻撃を繰り出そうとも処理の限界は来る。ユウキは双剣を仕舞うとストレージから槍を引っ張り出す。この槍は名前すら無い店売りの槍だが、それなりの性能はある。それを身体のバネをフルに使って投擲、衛兵エネミーの腹部に大穴を空ける。次に取り出すのは特大剣だ。両手でしっかりと握るとグルグルと回転を始め、そのままベーゴマの様に移動する。剣本来の重さと遠心力が重なって特大剣は触れただけで死ぬ殺戮マシンへと変貌を遂げる。それだけで数十体の衛兵エネミーは無残にバラバラになって散っていった。

 

 「流石に間に合わないわよね…!」

 

 竜狩りの大弓では連射性がどうしても足りず、シノンは空中への退避を余儀無くされる。そんな取り出したのは2丁のクロスボウ。1発放つ度にクロスボウを手放し、何とクロスボウごと使い捨てるという荒業を疲労する。弓と違って両手に構えられるがリロードが面倒、それならリロードしなければ良いという脳筋の考え方から導いたやり方だ。

 威力は竜狩りの大弓に劣るが、それでも取り回しの良さを活かして飛び回りながらも衛兵エネミーの頭を正確に撃ち抜く事で威力の低さをカバーする。

 

 「よっこい…しょぉぉぉぉ!!!」

 

 特大剣をハンマー投げの原理で投げ捨て、複数の衛兵エネミーを巻き込んだユウキは曲剣を取り出す。両手に構えた曲剣を使って高速機動と並列して加速の威力を加算した斬撃を喰らわせる。曲剣は手数武器だからこその発想だ。

 ユウキがしている戦い方はユウキ本来の戦い方ではない。むしろ、複数種の武器を使い分けるのはシュユの戦い方に近い。本来ならここに投擲アイテムなどを加えるのだが、ユウキはそこまで器用ではない。だからこそ使い方が解る武器を複数種使い分けているが、結局ソレは模倣に過ぎない。シュユ程臨機応変ではないし巧くもなく、それぞれの動きに注目すれば粗が多く見られる。それでも戦えているのは彼女の才能故なのだろう。

 

 どれだけ斬り、撃ち抜き、貫いても衛兵エネミーは減るどころか増える一方だ。ALOには飛行時間に制限が存在し、それぞれの種族ごとに上限と回復手段、速度が定められている。世界樹内部には日が差しており、飛行時間は確かに回復するが飛びながらだと収支は0ではなくマイナスになってしまい、飛べる時間は少しずつ減っていく。シノンならまだしも、速度で威力を補うユウキには痛いだろう。

 しかも疲労が蓄積している。ALOをプレイするのに使う端末はアミュスフィアだ。つまり、脳に深く接続し過ぎない様になっている。それ故にSAO攻略組の一部が出来た技能である仮想肉体(アバター)の疲労の黙殺が出来なくなっているのだ。

 疲労の黙殺とは、SAO時代に()()()()()技能の事だ。アミュスフィアもナーヴギアも仮想肉体が動くと脳に疲労に似た信号を現実の脳に出力し、それにより現実とほぼ同じ疲労感を演出する。が、それを無理に無かった事にするのが疲労の黙殺だ。SAOは思い込みにより普通なら出来ない事もある程度ならやる事が出来る。ゼロモーション・シフトを始めとしたそれらはVR適性が高くなければ難しいのだが、疲労の黙殺はその限りではない。VR空間での疲労は単純に脳が疲れていると感じているだけで、現実とは違い身体に過負荷が掛かったせいで身体が運動をセーブしている訳ではない。言ってしまえば錯覚と何ら違いは無く、()()()()()()()()()()()()()()。そんなゴリ押しの元に成立するのが疲労の黙殺だ。

 本来のスタミナ以上の運動を可能とするソレだが、端末がアミュスフィアに変わったせいで不可能となった。つまり、疲労はしっかり疲労として感じてしまうのだ。クロスボウや弓を撃つシノンですら疲労していると言うのに、近接でしかも飛び回っているユウキが疲れない訳が無い。

 

 「数、多い…!」

 「耐えて捌くしかないわね…!」

 

 この場にシュユが居れば、2人はそう感じずにはいられない。ユウキよりも多くの武器やアイテムを使いこなし、戦闘に関してならシノンより頭が回る彼ならこの状況を打開できるかも知れない。

 だが、そんな弱音は言っていられない。再び双剣を抜いたユウキは果敢に衛兵エネミーの群体の中に飛び込み、身体に刃を浴びながらも処理を進める。熱く疼く様な感覚が狩りの熱狂を高めるが、どうにもならない。

 ユウキに群がる衛兵エネミーを3連射された矢が貫く。シノンのとっておき、【アヴェリン】だ。弓を3本セットし、連射するというクロスボウあるまじき逸品。本来は3本を纏めて当てるその武器を振りながら撃つ事で別々の敵に当てるという荒業を繰り返している。

 

 「『þeir slíta fimm grǿnn vindr(5つの緑の風で敵を撃ち切れ)』!!!」

 

 ユウキが使ったのは風魔法に分類される魔法だ。回復魔法を覚えずに覚えた魔法は複数の衛兵エネミーを巻き込んで斬り刻む。そしてアイテムストレージから取り出したハルバードをシノンに渡し、また同じ魔法を詠唱した。

 ハルバードを渡されたシノンは背後に迫っていた敵を纏めて薙ぎ払う。槍より重いが薙ぎ払いも出来るこの武器に少し魅力を感じつつ、左手に持つアヴェリンをまた撃ち、リロードする。

 

 「あぐっ…!!」

 

 が、快進撃もここまでだ。衛兵エネミーの持つ剣がユウキの太腿を貫く。動きを止めたユウキに狙いを定め、何本もの剣が突き刺さる。個としての攻撃は大した事は無くとも、集団の攻撃は凄まじく痛い。着ていた鴉羽のマントと中に着込んでいた鎖帷子のお陰で体力の減少は半分に抑えられたが、突然のショックに飛行を行える余裕はユウキに無かった。

 このまま墜ちれば墜落死する。そう確信したシノンは全力飛行でユウキの元へ向かうが、ケットシーの空中戦性能は大した事は無い。加速も最高速も下から数えた方が早いだろう。それでも助けるが、アヴェリンは落とした上に複数箇所斬られたせいで体力はユウキと同程度になってしまった。

 

 「…来なよ。ボクが、お前ら全部殺して――!!」

 

 ユウキが抑えていた衝動を解放して、アミュスフィアの性能が許す限りの負荷で最高の動きをする。そうしようとした瞬間、背後から熱感を感じる。後ろを見れば、何やらドラゴンが引く戦車が向かってくるではないか!

 

 「これ、何が起きて…?」

 「『Ek verpa einn brandr muspilli,kalla bresta bani, steypa lundr drótt』!!!」

 

 呆然と呟くシノン達を避ける様に放たれた湾曲する炎弾は衛兵エネミーに当たると爆発し、赤い爆炎を上げる。爆発だけでなく残留する炎にもダメージが有るらしく、燃えた衛兵エネミーは藻掻いた末にポリゴンへと化した。

 

 「『|þú fylla heilaqr austr brott sudr bani《我は満たされる、聖なる水、冷たい死を遠ざける》』」

 

 温かな感覚が身体を包み込み、視界の半分まで減っていた体力バーがみるみる内に全快する。

 

 「『þeir slíta fimm grǿnn vindr(5つの緑の風で敵を撃ち切れ)』!!」

 

 先程ユウキが使った魔法と同じだが、より威力が強力になった真空の刃が敵を薙ぎ払う。

 今見ただけでもシルフ、サラマンダー、ケットシーの軍勢が居る事は確実だ。更にUIに表示される音符型のマークは【音楽妖精属(プーカ)】が持つ共通スキルである【歌唱】だろう。更に視界に写る突撃していく筋骨隆々の男達は【土妖精属(ノーム)】で、基本的に敵対しているサラマンダー、ノーム、シルフが共闘している事は異常だろう。

 

 「良かった、間に合った!」

 「キリ、ト…?」

 

 未だに理解が進まないシノンが突然現れたキリトの名前を呼ぶ。ALOでも変わらず黒ずくめの彼は【黒の英雄】らしい頼もしさと風格を滲ませながら、2人に言い放った。

 

 「やろう。その為に、俺達はここに来たんだろう?」

 

 その言葉に、2人は言い返した。

 

 「「当然っ!!」




 因みにサラマンダーの魔法にルビが振られてないのは何故かルビ君が仕事をしてくれなかったからです。意味としては

 『我は投げる、1つの悪魔の炎。破裂する死を呼び、森の軍団を倒す』

 となります。


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96話 大激闘

 「随分と下界が騒がしい。…フッ、君を救おうとしている者も居る。他にも目的は合っても、同じ目的の為に戦っているじゃないか」

 「オレを救おうとしてる…木綿季と詩乃か。ま〜た騒動の中心に居るのか、あの2人は。良くも飽きないもんだ」

 「それを君が言うのかね?」

 「あぁ、言うよ。何度でもな。…ホント、オレなんかには勿体ないよ、あんな良い女は」

 「随分口調が変わったね。それが君の素か」

 「そうだ。取り繕うのも面倒だしな。…さて、それじゃあ――」

 「――そうだね。この楽しい語らいも終わらせて、殺り合おうか」

 「…行くぞッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クッ、また1人…!もう大丈夫、ボクが――」

 「ユウキさんにはやらなきゃいけない事が有るんですよね?なら駄目です、行かせません!お兄ちゃんに頼まれたんだから、絶対に」

 

 今にも飛び出さんとするユウキを金髪のシルフの少女――リーファ(直葉)が抑える。今ユウキ達は消耗した道具の補給や磨り減らしたであろうメンタルの回復の為に後衛の防衛に回っていた。衛兵エネミーはAIは賢く、後衛も狙ってくる為こうなっているのだ。それも他のメンバーが優先して仕事をして、ユウキ達を極力動かさない様にしているのだが。

 何故生還者でもないALOプレイヤーが2人を温存するのか。それには単純な理由がある。まず今の状況はギリギリだ。恐らくALOの運営が始まって初の別種族合同の世界樹攻略。その圧倒的な軍勢とトッププレイヤーと言って過言ではない戦士、それを動かす優秀な指揮官(ブレイン)が居てなお、この均衡を保つ事がギリギリなのだ。にも関わらず、たった2人で殆どの時間が劣勢だったとは言え均衡を短時間保つ事が出来た2人の実力が突出している事に気付けない程馬鹿ではないからだ。

 ついでに言えば、キリトの存在もある。恐らく彼が居なければこの合同作戦は実現されず、更にタイマンでALO最強格のユージーンを下した彼を信頼し、畏怖している事も大きいだろう。

 

 「サクヤさん!闇霊が現れました!」

 「何だと!?5人以上で包囲、一気に決めろ!」

 「いや、コイツ強…うわぁ!?」

 

 シルフ領領主、サクヤが突然のアクシデントにも動揺せずに命令を下す。出現の隙を突いて包囲、瞬殺する予定が崩される。即座に跳躍、空中で刀を抜いた闇霊は1人のプレイヤーを斬り捨てたのだ。

 その特異な形の刀には見覚えがあった。刀の柄に短剣が生えている様な姿の刀と左手に握る銃。その銃は殆ど見る事は無かったが、かつてのヤーナムで見た覚えがあった。ALOには銃が無い。ならば、ALO内のプレイヤーからランダムで選ばれる闇霊が銃を持つのならば、ソレの正体は1人しか有り得ない。

 

 「シュユ…やっぱり来たわね、待ってたわよ」

 『ァァァ…ゥ…シノ、ン。ユウキ…』

 

 闇霊のシュユの放つ声は金属質のノイズを伴い、いつもは心地良い声も今は耳障りだ。彼は手に持つ落葉とエヴェリンを構え、2人に相対する。構えは以前と同じだが、呼吸が荒いせいか身体の揺れは大きく、挙動も分かりやすい。シノンはジェスチャーで周りの者を下がらせると、唯一持ってきた近接武器であるシモンの弓剣を持つ。隣のユウキはゴットヒルトの双剣を構え、シュユの動きを見ている。

 

 「ユウキ、シノン!!」

 「ここは大丈夫、直ぐに片付けるよ!キリトは衛兵をどうにかしておいて!」

 「ッ、分かった!…死ぬなよ、2人とも!」

 

 戻ろうとするキリトを前線に行くように言い、シュユを見やる。その瞬間、シュユは獣の様な瞬発力で飛び掛かってくる。落葉を構え狙いを付けるのはユウキ――かと思えば、エヴェリンでシノンを狙っていた。雷鳴の様な轟音と共に放たれた鉛玉は火薬の力で推進力を付加され、シノンの元へ飛来するがシノンはこれを身を捻る事で躱し、代わりにユウキがシュユへと踊り掛かる。

 果敢な双剣での攻めはシュユの両刃剣に阻まれ、連撃の隙を見せればエヴェリンで狙いを付けられる。威力はそうでもないが着弾の衝撃が凄まじい事はヤーナムで学んでいる。それで体勢を崩せば、シュユはきっと手刀で身体をブチ抜き内部から引き裂くという残虐かつブッ飛んだ攻撃(シノン命名内臓攻撃)をやってくるのだろう。

 ユウキと剣戟を交わし続けるシュユを背後から狙うのはシノンだ。バグのせいで尋常ではない固さになってしまった弦を引き絞り、SAOから持ってきた矢を放つ。金属製のその矢は風を切りシュユの背に向かって飛ぶが、シュユはソレを巧みに手の中で回転させた落葉の柄の短剣を用いて軌道を反らし、後ろ手にエヴェリンを射撃した。ノールックでの射撃に関わらず、その弾丸はシノンの髪に掠りながら飛んでいった。

 矢を少しずつ撃たれるのが嫌になったのか、シュユはゆらりと振り向き、シノンに敵意(愛情)を向ける。が、それが良くなかった。

 

 「隙、有りっ!!」

 

 ユウキは本能と勘で自分が動くタイプだ。対するシノンは知識と知略で敵を動かすタイプだ。つまり、今のシュユの行動はシノンの想定内であり、その隙をユウキが見逃す訳が無い。直ぐ様シュユの背後に回り込むと双剣の片割れをシュユの背中に思い切り突き刺すのだった。

 引き抜く際にシュユの身体を蹴って剣を抜いたからか、倒れ伏すシュユ。そんな彼は何かの感情に身体を震わせ、落葉とエヴェリンを手放し1本の直剣を取り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「愚かだね。見ていて飽きないが、関わりたくはない」

 「………」

 「キミもそう思うだろう、ティターニア?…いや、明日奈ァ?」

 

 耳に残る粘着質な声が明日奈の耳朶を叩く。大きく絢爛な玉座に足を組んで腰掛け、大切そうに持っている水晶には恐らく世界樹で戦う戦士達の奮闘が見えているのだろう。それを妖精王(オベイロン)は見下し、所詮無駄な努力と嘲笑しているのだが。

 オベイロンの正体はALOの開発に携わるレクトの研究員にしてアスナの、現実世界の結城明日奈の許嫁である【須郷伸之】である。彼は明日奈を含めたSAO生還者(サバイバー)の一部をALO内に監禁、自分の研究の為に利用している。

 

 「可哀想だねぇ、この2人。どうにか追い詰めたけど、()()を抜かれたならもう勝てないよ。まぁモルモットにしては奮闘したけど、所詮その程度さ」

 

 頼んでもいないのに明日奈の目の前にディスプレイが表示される。鳥籠を模したこの檻の中ではどう足掻いてもオベイロンには勝てない為、明日奈は彼に従わざるを得ない。自己顕示欲の強い彼の事だ、この映像を見れば機嫌は取れる。そんな事が解ってしまうのは複雑な気分だが、明日奈はディスプレイに目を向けた。

 鴉羽のマントと襤褸の様な一見みすぼらしい外套。こんな装備のコンビなど明日奈の中で思い当たるのは一組しか居ない。ユウキとシノンだろう。だが、その2人が戦っているモノが問題だった。

 

 「え…?何なの、何なのよ、コレ!?」

 「そんなに聴きたいのかい、仕方無いなぁ、キミは。()()は【闇霊システム】、まぁ細かい説明は省こう。言ってしまえばランダムなプレイヤーのコピーをエネミーに出来るシステムだよ。ランダム、とは言っても世界樹の中で現れる闇霊は1人だけに限定してるけど、ね」

 

 映像の中の敵、闇霊は明日奈が見覚えの無い直剣を引き抜き、獣の様に這い蹲って構えている。

 

 「どうしてあの人を、シュユ君を!?」

 「なんだ、知り合いだったのか。それなら解るだろう、彼の異常性を!!定められているシステムすら曲げ、あの茅場の予想すら超えて戦い続けるバケモノ!僕はソレを有効活用してるのさ」

 「そんな、人の命すら愚弄するの!?この、外道!」

 「……頂けないなぁ、その態度は」

 

 オベイロンは手枷に繋がれている明日奈の手を踏み付け、踏み躙る。一瞬だけ見せた明日奈の痛苦の表情を見ると満足したのか玉座に戻り、雄弁に語る。

 

 「まぁ別に消耗品として使っても良かったんだけどね。でもアレは利用価値の塊だし、研究の対象にもなる。だから、寛大なこの僕は闇霊の状態で死んでも何ら現実に影響は無い様にしているよ。優しいだろう?」

 「…………っ」

 「それにアレは負けない、絶対にね。()()()()()()()()()()()()()()()()、絶対に」

 

 世界樹の頂上、王の間。そこに絶対的な王の含み笑いの声が小さく響く。囚われの妖精妃ティターニア(明日奈)を救う者は、まだ現れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なに…あの、剣…!」

 

 シュユが抜いた直剣は一般的な直剣と殆ど変わりが無い様に見える。装飾が殆ど施されておらず、ただ実直なまでに機能性を求めたシンプルな直剣。だがしかし、それだからこそ剣から感じる雰囲気が異常だと解ってしまう。余りにも悍ましく、禍々しいその剣の名は【ソウルブランド】と言った。

 

 『ァァァ……ルゥァッ!!』

 

 単純な飛び掛かりからの叩き付け。それだけでシュユは()()()()()()()()()。基本的に破壊不能オブジェクトであり、例外はボスの攻撃や大型イベントの時しか有り得ないハズの現象に驚きながらも動揺せず、ユウキは斬り掛かる。

 耐久度は充分なハズだった。全部とは言わずともまだまだ戦える程度に耐久度は残っていた。その程度の計算が出来ない程ユウキは馬鹿ではない。だからこそ、目の前の現象を理解するのに一瞬のタイムラグが生じた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など、どんな猛者でも予想出来るものではない。

 

 「ユウキ、一旦退きなさい!!」

 「…っ、了解…!」

 

 シノンの指示に即座にバックステップで離脱するユウキ。シュユは追い掛けて来るかと思えたが、シュユは自分が持つ剣を構え、そこからは動かなかった。

 

 「あの剣おかしいよ。流して威力を殺したハズなのに、無理矢理に力を流し込まれて剣が折れたし。あんなんでゼロモーション・シフトなんて使われたら絶対に勝てないよ…!」

 「あの剣の能力なのかしら…?SAOでのソウルウェポンと似たカテゴリなら有り得るけど…」

 

 その通りだ。シノンの考えは殆ど当たりである。シュユが持つソウルブランドはオベイロンが自らの持つ権能でシュユに与えたユニークウェポンである。その性能は強力ではあるが性質は邪悪極まりなく、だからこそあるダンジョンの最奥、そのボスがドロップする様になっている。()()()、ではあるが。

 ソウルブランドの性質、それは魂から人間性が喪われれば喪われる程その刃は鋭さを増し、剣撃は威力を増すというものだ。

 ALO独自のシステム、人間性。常識的かつモラルのある行為をしていればゆっくりではあるが勝手に上がっていくその数値は同族を殺したりNPCを殺害、窃盗などの行為をしていくごとに下がっていく。普通のプレイをするなら基本的に下がる事は無く、デメリットも知られていない(とは言え、NPCの態度が変わっていくだけだが)。

 だが何故シュユがソウルブランドを持つと威力が増すのか?それは今のシュユの状況を鑑みれば簡単に理解できるだろう。まずシュユは現実世界からALOにダイブしている訳では無く、SAOからダイブしている。故にシュユのステータスは全てALOのものではなくSAOのステータスなのだ。そしてシュユの評価を思い出して欲しい。シュユの評価、その1つは『人殺し』であり、事実最悪の犯罪ギルド(ラフィン・コフィン)と同程度の人を殺めた人物と言える。SAOには種族の概念は無く、全員が人間だ。つまり、シュユは多くの同族を殺した人物。つまり、そんな人物をALに持ってくれば人間性の数値など察しがつく。

 今のシュユの人間性は、マイナスに振り切っている。

 

 「…やっぱ、使い慣れた武器じゃないと。キミと戦うなら、不慣れな武器で戦うなんて愚弄してるのと変わらないもんね」

 

 そう言って慈悲の刃を握ったユウキはソレを変形させ、短刀の二刀流に変わる。どうせ受ければ武器は折れるし喰らえば死ぬのだ。ならば威力と手数に特化させた方が良いのだろう。

 斬り掛かってきたユウキの刃をシュユはソウルブランドの面で往なし、その背を斬ろうとする。が、その手は太く短い矢に貫かれ、その斬撃を止める。シノンの射撃だ。一瞬硬直した隙を突く様にユウキが背後から斬り付け、反撃に移ろうとしたシュユをシノンが射抜く。所詮、どれだけ武器が強くとも使い手が弱くなっていれば武器も弱い。これが正気のシュユなら1分と保たなかっただろう。

 

 「いい加減気付きなさい!今のあなたは、弱いッ!!」

 『ゥ、ァ…?』

 

 そのシノンの言葉にシュユは硬直してソウルブランドを取り落とし、動かなくなる。

 

 「お兄ちゃんッ!!」

 

 それと同時に上空からリーファの悲痛な声が響く。弾かれた様に上空を見やれば、複数の衛兵エネミーに身体を貫かれたキリトが墜落している最中だった。

 

 「っ、シノン!!」

 「えぇ、行くわよ!」

 

 一応捕縛アイテムでシュユを囚えると、2人は空へと向かう。その下でもう1度ソウルブランドを握り締めたシュユに気付かずに。




 デモンズソウル出典、ソウルブランド。実は作者は月光の大剣よりこっちの方が好きだったり。


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97話 奇跡

 身体を貫かれたキリトを抱え、庇って戦うリーファの元にシノンとユウキの2人が駆け付けた。恐らく一気に傷を負い過ぎたせいで仮想脳が混乱し、身体を動かす為の信号が遮られているのだろう。2人は先程使っていたSAO時代の武器を使って迎撃を始めた。

 

 「気を付けて下さい!何か、動きがおかしいんです!」

 

 リーファの警告に呼応する様に衛兵エネミーが自分達の身体で壁を作り、上方を見通せない様にする。その衛兵エネミー達の壁から滲み出す様に突撃してくる衛兵エネミーは捌けるが、壁のそれらは数が多過ぎるせいで倒し切れない。燃やそうとしても金属鎧の様な身体を持つ衛兵エネミーは燃えないだろう。弱点が打撃と雷属性である時点で炎が効かないのは予想できていた。

 どうしようもなく歯噛みする彼女達を追い抜く様に、一筋の光が飛んでいく。それを見たリーファは驚きと共に飛んでいく人物の名を叫ぶ。

 

 「れ、レコン!?アンタ、何する気!?」

 「…後の攻略は任せたよ、リーファちゃん!」

 

 シノン達2人は面識が無いが、恐らくキリト達2人の友人なのだろう。その表情に払拭し切れない恐怖を貼り付けながらも彼は笑い、詠唱を始め、突撃を敢行する。

 

 「『þeir slíta fimm grǿnn vindr(5つの緑の風で敵を撃ち切れ)』!!」

 

 まずは自分に迫ってくる者達を真空の刃で倒す。背中の翅を切り飛ばせば飛べず、墜落して勝手に死んでいくからだ。それを土壇場で熟せるレコン、彼の秘められたポテンシャルがここで垣間見えた。だがこれでは終わらない。風の刃を撃つのを止めたレコンは更に長い詠唱をかまずに早口で終わらせ、()()()()()()()()()()()()()()手を広げた。

 

 「『|Ek kalla svartr tjúgari hverfa himni brott regin,gapa Niðafjoll《我は呼ぶ、黒き破壊者、星は落ち、神は去り、地獄の門は開く》』!!!」

 

 それはALO内最強クラスかつ最も使う事を敬遠する魔法だった。闇属性の高位魔法にして、広範囲かつ高威力の一撃を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。端的に言えばそれは『自爆魔法』だ。

 本来ならどんな局面に於いても使わないその魔法を彼は勇敢に行使し、更に目の前の衛兵エネミーの壁に大穴を開けたのだ!

 それにより内部が明らかになる。だが、それは新たな敵の出現に他ならない。見た目は衛兵エネミーそのままだが、スケールが段違いだ。2メートル近い巨体、それを10倍程に拡大すればこうなるのだろうか。体表を見れば蠢いており、目を凝らすとその巨体の全ては衛兵エネミーの群体で構成されている事が分かる。試しに槍を投げてみるが、勢い良く投げられた槍も硬い体表に弾かれ意味を成す事は無かった。

 

 「…どうする、シノン?」

 「削り切る、なんて真似出来そうに無いわね。リズのパイルバンカーが使えればまだやりようはあったけど」

 「無い物ねだりした所で変わんないよね。…つまり、どうにかしろと」

 「えぇ、どうにかしろと。慣れたもんでしょ?」

 「不本意ながらね!!」

 

 振り下ろされた剛腕を大きく回避する。鉄骨でも振り回しているのか、と言いたくなる様な音を立てながら目の前を通過する。マトモに喰らえば即死、盾受けしてもミンチになりそうなその一撃はどれだけ頭を捻っても防ぐ手段は見つからなかった。

 しかし巨体は古今東西動きが鈍いと決まっている。ユウキは背後に回って巨兵の背中に全霊を込めて特大剣を振り下ろすがそれすら弾かれる。見れば、巨兵の一部となっている1体が自らの武器を構え、ユウキの一撃を防いでいる。恐らく全身同じ事だろう。シノンは魔法を唱え、風の刃を発射するが全てその体表で弾かれ、内部に斬撃を届かせる事は無かった。

 

 「シノン、ぶん殴りが来るよ!」

 「幾ら何でも読めてる――ッ!?」

 「っ、シノン!?」

 「コイツ、自分の風を利用して…!?来ちゃ駄目よ、ユウキ!!あなたごと磨り潰されるわ!」

 

 単純なぶん殴り。余りにも巨大な動きから放たれる一撃は矮小な2人にとっては遅過ぎたが、同時に強力過ぎた。スクリューブローの様に回転させつつ放たれた拳は気流を捻じ曲げ、突風を引き起こす。それに煽られたシノンは吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。その瞬間、巨兵は自らの手をクッションにしてシノンを護ったのだ。が、金属質の硬さに噎せてしまい、そしてエネミーがプレイヤーを護るなんて事は有り得ない。巨兵はシノンの身体を掴むと自らの身体へと近付ける。胴体には大穴が空いており、中は無数の衛兵エネミーで蠢いている。中に入れば少なくともマトモな目に遭う事は無いだろう。

 当然の如く助けに来ようとするユウキ。だが、シノンは敢えてソレを静止した。理由は2つ。まず1つはALOで死んでも現実で死ぬというデメリットが無い事。次に、単純な戦闘能力が自分より高いユウキにリスクを負わせたくなかったからだ。槍を一応使えるとは言え弓矢やクロスボウがメイン武器のシノンと近接武器、特に片手剣を得手とするユウキ。このどちらが継戦能力が高いかなど考えるまでもなく、ユウキに軍配が上がるだろう。自分を助けて貰うより、この隙を突いて上に上がった方がシュユを助けられる確率は高い。そう判断したのだ。

 だが、それを真っ向から否定する者が居た。単純な力を用いて、そんな理論を捻じ伏せる者が。

 

 『死、ナセルカァァァァァ!!!!!』

 

 下方から飛来した紅の閃光がシノンを掴む巨兵の左腕を斬り飛ばす。ソレは上空で急制動、更に下に加速して一刀の元に巨兵を斬り捨て、内部から溢れる衛兵エネミーをその剣から放つ光波で消し飛ばしていた。

 

 『ゥァ…ルゥォォォォォォォ!!!』

 

 更に禍々しさが増大する。動きは尚更荒々しく、獣の様に変化して形振り構わないものへと変わっていく。更にシュユは落葉で自らの腹部を貫く。溢れ出る紅い液体が刀身を濡らし、刃紋を型取り、そして穢らわしいと在りし日の【時計塔のマリア】が捨ててしまった王家カインハーストの秘儀、血の刃が形成される。

 狂乱した様な戦いぶり、それを初めて見たリーファは恐怖を感じずにはいられなかった。幾ら痛覚遮断機能(ペインアブゾーバー)が機能していても腹部を貫かれれば動きを止める程の不快感は存在するのだ。それをガン無視し(しかもシュユの痛覚遮断機能の不調は引き続いている)、あれ程までに暴れるシュユは恐怖しか感じられない。仲間や想い人という贔屓目を除いた周囲の目は、少なくとも悲しい事にシュユをバケモノとしか見る事が出来なかったのだ。

 

 『護ル…殺ス…オレガ!!』

 

 ソウルブランドを一振りすれば前方の衛兵エネミーは簡単にポリゴンと化し、落葉を使えば血刃と共に衛兵エネミーのパーツが飛び散る。闇霊は全てと敵対するとは言え、異常な光景と言わざるを得なかった。

 シュユを動かすモノは殺意である。だが勘違いしないで欲しい。その殺意は生まれつき持った異常な衝動ではなく、その殺意は愛情の裏返しなのだ。かつてSAOで大切な友人2人を喪い、人間の暗黒面を直視した彼は思った。喪いたくない、逝かないで欲しい、置いていかれたくない、でも自分は友達を守れず、1人は目の前で喪った。

 そんな見当違いな自責の念と様々な要因が重なり、その結果導き出されたのがこうだ。どうせ他の要因で突然2人を喪ってしまうのなら、自分の手で殺したい。最期を自分に刻ま込みたいと、そんな歪んだ願いを宿してしまった。

 だが、歪んでしまったのはシュユだけではない。SAOはかけがえの無いモノを与えはしたが、それと同じく皆の心や願望を歪めてしまった。シノンとユウキは恋心が殺意を孕んだ独占欲に、キリトは必要以上に自らを強く在ろうとし、アスナとシュユは大切な存在を喪う事を恐れた。皆が皆、歪められてしまったのだ。

 

 「し、シュユ…?」

 『…っ!近寄ルナァ!!』

 

 近付こうとするユウキが来ない様に剣を横に薙ぎ、近付いて来ていた衛兵エネミーを殺しつつユウキを遠ざける。そんな事をしている間にも衛兵エネミーは再び群体を形成し、巨兵を造り出した。それを見たシュユは落葉を投げ捨てるとソウルブランドを両手で構えた。

 

 『死ネェェェェェ!!!!』

 

 直球過ぎる掛け声と共に振り抜かれるソウルブランド。ソレは真っ黒な光波を纏って巨大な斬撃となり、巨兵どころか更に後方に待機していた衛兵エネミーの大多数を消し飛ばす。直ぐに埋まってしまうかも知れないが、それでもチャンスに変わりはない。

 だが、こんな威力を出せたという事はそれ程の人間性をかなぐり捨てたという事に他ならない。自身の内で更に膨れ上がる殺意、抗い難く甘美なその衝動に彼は――

 

 『グッ…!』

 

 自らの腹部をソウルブランドで貫く事で対抗した。文字通り内臓をグチャグチャに掻き回される痛みが脊髄を駆け上がり、脳髄を貫くがそれが今のシュユにはちょうど良い。どうにか少しだけ正気を取り戻せたシュユは滞空しているキリトの方を向いて口の動きだけで伝えた。

 

 ――力はやる、早く行け。

 

 体力が0になり、紅い霧の様になって消えるシュユ。その直後キリトのストレージに送られたのは【デモンブランド】という剣だ。その剣はソウルブランドを対を成す剣。ソウルブランドが魔剣と呼ばれるのならデモンブランドは聖剣と呼ばれるべき代物であり、この剣は使用者の人間性が高ければ高い程鋭さを増し、使用者に力を与える。どこまでも愚かしく輝かしい彼の為に誂えた様な【聖剣】なのだろう。

 キリトは未だに軋む身体を動かし、背中の翅に命令を下す。翅が震え、仮想の空気を叩き、推力が生まれる。魔法で強化もしているのだろう、白い輝きが刀身を包み込み刀身を伸長させる。

 

 「…ォォォォォォオオオオオオ!!!」

 

 裂帛の気合いと共に上へ上へと飛翔する。仕える妖精王を護らんとキリトの前に衛兵エネミーが殺到するが、来る者から人間性が齎す力によりバラバラになる。だが圧倒的な数は遺体を積み重ね、どんどん輝きの刃ではなくデモンブランド本体に刺さっていく。そうなれば幾らユニークウェポンと言えど耐久度の減少からは逃れられず、威力も下がっていく。それでもキリトは以前【月光の聖剣】を使った経験を手繰り寄せ、霧散しそうな力を掻き集めて再構成する。本来の手順を踏まずに手に入れたデモンブランドは以前の月光と同じく贋作に過ぎず、GM(ゲームマスター)でもない彼はまた負担を掛け続けていた。

 そんな時、彼の目の前に剣が投げられた。後ろを振り返れば、振りかぶった姿勢でこちらを見るリーファ(直葉)の姿が。どこか日本刀に似たその剣は輝きを放ち、魔力によりコントロールされているのか目の前で浮遊している。

 

 「――て…」

 

 小さな声だった。何を言いたいのかキリトには判らず、それを聴き返す余裕も無い。だがリーファはキリトを目線で射抜き、その言葉を叫んだ。

 

 「行って!!行って、お兄ちゃん!!!」

 「――!!」

 

 いつもなら、リアル情報に抵触するその呼び方を優しく窘めただろう。だが、それ故に解る。そういったメリハリはしっかりと付けるリーファが、この場でキリトを兄と呼んだその覚悟を。キリトは前を向く。更なる気合いと妹の覚悟を携え、この包囲網を超える為に。

 だが、届いた声援はキリトの想像を遥かに超える大きさだった。

 

 「「「「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」」」」

 

 今この場で生存し、戦い続けている仲間が示し合わせた様に声を上げる。負けられない、それだけの想いで彼は更に速度を上げる!

 

 ――そうだ、負けられない!皆の為に、仲間の為に、アイツの為にも、アスナの為にもッ!!

 

 これが英雄だ。シュユは他人の声援で力が増す事は無い。何かを捨てて、100%の状態をキープして相手を殺すまで喰らい付き続ける。だが、キリトは違う。彼はいつだって100%だ、出し惜しみなどしない。それでも足りない時、彼は仲間の為に強くなれる。100%の上限をブチ壊し、120%以上の力を発揮する。

 加速する。何もかもを置き去りにして、万物を貫き通して。閉ざされた世界樹の入り口すらもブチ抜き、それにどうにか追従したシノンとユウキも身を投げ出す様にして転がり込み、そして退路は閉ざされる。

 

 「…お疲れ、ありがとう」

 

 その言葉と共にデモンブランドは砕け散る。元々はオベイロンがGM権限で生み出した贋作であり、それ故に増幅し続けるキリトの心から出づる意思――心意に耐えられなかったのだろう。

 

 「…お疲れ様です、パパ。でも、言い難いんですが――」

 「――解ってる、本番はこれからだよな。あの2人は即探索に向かったみたいだし、俺達も行こう」

 

 黒の剣士と彼をパパと呼び付き従うナビゲーション・ピクシーの【ユイ】は進む。目指すは頂上、剣士の妻、妖精の母が囚われているであろうその場所へ。




 あっ、あっ…駄目だ、沼に引きずり込まれるな…。GOD EATERが楽し過ぎる…ぁぁぁあああ!!!

 駄目みたいですね(諦め)


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98話 再会

 「…アレ、本当に人間なの?」

 「会話を聴く限りはレクトの社員らしいわね。…確かに触手が有れば物理的に()()()()()けど…流石にセンスを疑うわ」

 「倒せるかな?」

 「体力バーは出てるし、多分。3カウントで行くわよ。3、2、1…ゴー!」

 

 世界樹の中で数多の触手を使い、愚痴りながらも端末を叩いている異形(社員)達。2人は翅を使って短距離スラスト、即座に1人を残して全員の首らしき場所を斬り、逃げようとした異形を正確にクロスボウで撃ち抜き、先程までカタカタと煩かった部屋は不気味なまでの静寂に包まれた。

 

 「ヒッ…な、なんでここにプレイヤーが…?」

 「早く吐いて。SAO生還者が居る場所、早く!」

 「こ、この先だ!だから、だから助け――」

 

 助けてくれ、そう言いたかったのだろう。が、それは無慈悲な剣により遮られ、言い切る事は出来なかった。体力を全損し、ポリゴンと化すが痛覚遮断は働いている。大した痛みは感じていないか、痛みすら無かったかも知れない。

 飛行時間も残り少ない為、走って先程の社員が触手で指し示した場所へ向かう。巨大なガラス張りの扉を半ば蹴り破る様にして入室した2人は異様な光景を目にする事となる。

 

 「これは…!」

 「全員、SAO生還者なの…!?」

 

 巨大なフラスコの様な容器の中に入った、恐らくSAO生還者であろう者達。中は得体の知れない液体に満たされており、それに全身浸かっている。助けたいと思うが操作する端末も無ければ衛兵エネミーの様な存在が居ても不思議ではなく、長居は出来ない。名残惜しく思いながらもその場を後にする。

 

 「シュユが、居ない…?」

 「まさかALOに居ないなんてオチじゃないわよね…!」

 「…そう言えば、シュユはイレギュラーなんだよね?」

 「確か、茅場晶彦はそう言ってたけど…」

 「ねぇ、シノン。普通、イレギュラーを一般的な検体と一緒にはしないって思わない?」

 

 言われてみれば、とシノンは合点する。良く見れば、更に奥に孤立した容器がある。何故気付かなかったのか不思議だが、その容器には雑に紙が貼り付けてあり、『要観察』と書かれていた。

 だが何かしらの端末など無く、先程の場所まで戻るのは面倒だ。シノンはどうするか考えようとした瞬間、甲高い破砕音が鼓膜を貫いた。大体予想は出来ていたが、隣を見てみれば剣を片手に携え、ガラスを長方形に斬ったユウキがそこに居た。破砕音は斬られたガラスが2人の足元に落下し、割れた音だったようだ。

 

 「あなたの腕は信頼してるけど、もう少し慎重にしなさいよ。もし中に何かしら影響があったらどうするの?今回は無害な液体が中身だったから良かったけど…」

 「結果オーライだったんだから大丈夫大丈夫。っと、落ちてくるよ!」

 

 中からズルリと落ちてきたのは彼女達が渇望し、希い続けてきた彼――

 

 「…え!?」

 「ユノウ…どうして…!?」

 

 ではなく、裸の少女だ。肩甲骨まで伸びた白髪と、今は閉じられているが恐らくは深紅(ルベライト)の瞳、言わばアルビノの少女など世界を捜してもそう居ない。3人がSAO内で大切に子として育て、結果喪ってしまった娘。ユノウだった。

 裸は流石に不味い。そう思ったユウキはユノウに自分が着ていた鴉羽のマントを纏わせ、近くのタブレット端末を模したのであろう端末を操作しようとする。が、生意気な事に指紋認証が仕込まれており、中身を見る事は叶わなかった。

 

 「……ぉ、かあさま…?」

 「ユノウ、無理しないで。どうしてかは解らないけど、あなたは生き返ったの。シュユの為にも、また喪う訳には――」

 「――おかあさま…はやく、はやくおとうさまを…」

 「シュユの場所、知ってるの!?」

 「まずは…頂上、コンソールルームに…」

 「分かった!シノン、行こう!!」

 「行こうって、一体どうやって?場所も分かんないのよ?」

 「こう、するんだよ!!」

 

 徐々に意識が覚醒したきたユノウをシノンに抱えさせ、慈悲の刃を構える。そのまま天井へと突進し、紫色の破壊不能オブジェクトにのみ現れるウィンドウと拮抗する。

 普通ならば弾かれ、床に倒れるだけで終わる。だが、今のユウキは違う。人の意志の力を信じた茅場晶彦、彼が運営したSAOは人の意志の強さ次第でゲーム内の現実を改変出来た。が、須郷の目的は観察ではなく支配。だからこそ、普通のアカウントならば現実の上書き(オーバーライド)は出来る筈が無いのだ。だが生憎、2人のアカウントは正規のアカウントではない。SAOのデータを流用した、言わばチート。今使っている慈悲の刃も本来はSAOの武器であり、永遠に失われ、使う事は不可能だった。

 そんなバグに塗れたユウキの望み、たった一点に集約された渇望はウィンドウごと天井をブチ抜き、コンソールルームの直ぐ近くまでショートカットを無理矢理開通させる事に成功した。

 

 「ホント、ご都合主義みたいなやり方ね」

 「ハッ、ハッ…かなり辛いし、武器も壊れるんだから…これぐらい、許してよ…」

 

 事実、ユウキは満身創痍寸前だった。手の中の慈悲の刃は粉々に砕け散り、顔色を蒼白くして息切れしていた。実際は金槌で頭を殴られている様な鈍痛が断続的に襲ってきており、吐き気もある。それでも前に進もうとしていた。

 

 「キリト…良かったね」

 「あぁ、やっと取り戻せたよ。…でも、シュユは?そこに居るのはユノウ…」

 「ユノウちゃん!?え、どうして!?」

 「お父様のお陰です、アスナさん。時間が有りませんから、簡単に説明しますね」

 「うん…お願い」

 「解りました。まず――」

 

 その説明を聴いた4人は頭を抱えたくなった。ユノウが今生きているのはシュユのお陰と言ったが、やっていた事がどう考えても正気の沙汰ではなかったのだ。

 まずSAOクリア時、彼は異様に高いVR適性の恩恵か、SAOの根幹を成す【カーディナル・システム】の中枢への道を見付けてしまった。それにより、帰れなくなるとは知りながらも彼はある事をする為に残ることを選択した。そのやる事とはつまり、データの海へと還っていたユノウをサルベージ、その後()()()()()()ユノウを救い出す。そして彼へと続く何かを託して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだった。

 シュユは実際にデータの海からユノウのデータを救い出し、ALOというゲームの運営をカーディナルが担っている事を知り、システムの管理者権限を利用して本来は彼の仮想体(アバター)が入っていた筈の巨大フラスコの中身を入れ替え、ユノウはここに居る。だが肝心の彼の脱出は叶わず、恐らく今はカーディナルの持つ排除システムと戦っているとの事だ。

 取り敢えず、何かしら考えていそうで考えていないその考えにキレそうになる。ALOがもし無かったらどうするつもりだったのか、データの海に飲み込まれたらどうするつもりだったのか、そういった感情が吹き荒れる中、いつもそうだったという諦観の念も存在する。と言うより、もうそれが半分以上を占めていた。

 

 「で、どうすれば良いの、ユノウ?あの人を助ける手段、有るんでしょう?」

 

 だからこそユノウはここに居る。問い掛けられたユノウは一言応えた。

 

 「有りません」

 「…え?ユノウ、もう1度言ってくれるかしら?」

 「有りません。お母様達には、直接的にお父様を助ける手段が有りません。と言うより出来ません」

 「どういう、事…?」

 「ユウキ母様は、さっき現実を上書き(オーバーライド)した事で今の様になってしまいました。今お父様が居るのはここよりも更に負担が大きく、更に深く現実を上書き出来ないと行けない所に居ます。ですから、恐らく行けば負担で廃人になってしまうかも知れません…」

 「そんな、じゃあ私達は何の為にここに――!!」

 「落ち着いて、シノン…ユノウが、ボクらの娘が、無意味にこんな所まで…連れて来る様な娘な訳、無いじゃん…?何かやれる事、有るんでしょ、ユノウ?」

 「はい、有ります!でも、それでもお父様がカーディナルの排除システムに勝てるかどうかは五分五分です。勿論、それでもやりますよね?」

 

 愚問である。頷く事すらしない2人だが、娘たるユノウには簡単に解った。その後ろに居るキリトとアスナも1度目を合わせるとユノウの目を見る。やる気は充分、という事だろう。

 ユノウはコンソールの前まで移動すると、4人の前に端末を用意する。六角形の端末の中心にはディスプレイが、角には手の形に凹んだ場所がある。恐らく、そこに手を嵌めるのだろう。

 

 「…これから、コレを使ってお父様に私達の願いを届けます。現在私はカーディナルから遮断されているので、お父様がどんな状況かは解りません。でも、この願いの強さ如何でお父様の帰還の確率が高くなるかも知れませんし、変わらないかも知れません。…願って下さい、お父様の事を」

 

 その言葉を聴くと共に全員が手を嵌め、目を閉じる。

 良き友人を、恩人を、父親を、想い人を。それぞれの関係は違うが、たった1人の帰還を願ってひたすらに祈る。ディスプレイから光の柱が屹立し、ALOの空を切り裂く。その光が出てもなお、5人は目を閉じて祈っていた。



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99話 夢の狩人

 次回作の案が頭を駆け巡ってます。え?バンドリの方?
 ………書き溜めはしてますよ、書き溜めは。


 「グッ…いってぇ……」

 「勢いだけなら素晴らしいが…やはり途上の狩人、狩りを遂げた狩人には敵わないか」

 

 目の前で大鎌を構えて立つ老人、彼はSAO攻略初期にシュユに装備を与えた老人だ。葬送の刃に老狩人シリーズ、それらは全て本来彼の装備であり、それ故にシュユは手も足も出ていなかった。

 自分も葬送の刃で対抗しようとしたが年季の差だろう、容易く流され、或いは弾かれて今は弾き飛ばされたせいで手元には無い。千景での攻撃も連撃の隙を片手に持っている銃で的確に狩られ、どうにか避けても片手剣に変形させた葬送の刃で斬られる。頼みの落葉で攻撃を仕掛けようとしたが、散弾銃で右手を撃ち抜かれたせいでロクに剣を握る事が出来ず、更に襲い来る痛みのせいで今は立つことすら出来ていない。

 

 「だが安心してくれ、君は強い。私が戦ってきた狩人の中でも最高峰のポテンシャルだった。ただ、ソレに目覚めるのが遅かっただけの事だ」

 「っ、ざけんなよ…オレはまだ負けてない。まだ…っ、まだやれる…!」

 「解っているだろう?君は…いや、狩人(私達)は決して物語の主役ではない。ただ血に依りて血に酔わず、目の前の獣を狩るだけの者。都合良く力に覚醒などと、そんな馬鹿げた夢想は起こる訳が無い。現に、今まで1度たりともそんな事は無かっただろう?」

 

 その通りだ。シュユは1度もその様な、所謂【主人公】の様に唐突に力に目覚める様な事は無かった。ただ単に多大なる負担を受容し、それで実力差を誤魔化して戦っていただけだ。だからこそ何も喪わずに得るなんて事は無く、いつだってシュユは何かを喪って何かを得る、酷い時は喪うだけで何も得ない事すら有った。

 そう、彼は英雄ではない。シュユの歩む道は誰からも喝采を浴びる事は無く、浴びてはならないものだ。もし彼の事を大して知らない者がシュユを英雄と持て囃すのなら、きっとシュユはこう問い掛けるだろう。

 『じゃあオレはどうして手錠を掛けられた?』と。

 

 「アンタは…アンタらは何なんだ!?このシステムに造られた紛い物なのか、それとも本当に狩人なのか!!どっちなのか、オレには解らない!」

 「強いて答えるのなら、私達は何故ここに居たのか解らないのだよ。私は新たな助言者を求め、その結果夢から醒めた(死亡した)筈だと言うのに、気が付けばあの森に在って君に私の装備を渡した。まるで何かの意志に衝き動かされる様にね」

 「ならアンタのその殺意は造られたものじゃなく――」

 「私自身が抱いているものだね。…しかし、殺意か。可笑しい話だ、私達狩人は狂っていない者など居ない。特に殺意…狩りの興奮には少なからず酔うものだ。愛情と殺意が同一になる者も珍しくはない。君はその典型だ」

 「何…!?」

 「解るさ。君はその抑えられぬ殺意に身を灼かれながら、それでも大切な者を愛そうとしているのだろう?大したものだ。そこまで溜まり、澱んだ殺意に耐えられる者などそうそう居ない。それが狩人なら尚更だ。…いや、そうでなければ狩人狩りの血を受け継いだ彼女に殺されているのか。やつしの狩人に狩人狩りの2人が肩入れするとは、流石は君の大切な存在だ」

 「何を言ってる…?」

 「知らなかったのか?彼女達が使っていた武器は本来狩人の物だ。慈悲の刃ならまだしも、まさか弓剣を使い熟せる人材だとはね。まぁそれはさておき…終わりにしようか」

 

 大鎌の刃が首筋に当てられる。葬送の刃の切れ味は嫌になるほど解っている。だから、このまま大鎌を引かれれば容易く首は落ち、痛みを感じる事なく死ぬだろう。何度もシュユがやってきた事だ、それを本来の持ち主である老狩人がやり方を知らないなんて事は無い。油断した隙を突ければやりようは有るのだが、流石は数多の狩人に助言をしてきた人物だ。油断もしなければ慢心など有る訳が無い。漬け込む隙すら与えない、それが狩人なのだと悟らされる。

 死が近付いてくる。あと数秒後には死ぬのだろう。誰にも看取られる事無く、この電子空間の中で無様に死ぬ。これも人殺しにお似合いの死に様なのだろうと、シュユはそう思う。

 

 「さぁ、眠れ。もう2度と――」

 

 せめて抵抗していた事を伝える為、老狩人を睨み付ける。殺されても尚喰い付かんと、視線に力を込める。

 

 「悪夢に――」

 

 …でも、抵抗していた事をアイツらは知る事が出来るのか?何も知らないなら、オレが諦めたとしか思えないんじゃないのか?

 

 「悪夢に――」

 

 そうなれば2人はどうなる?下手すれば後追い自殺なんて事も有り得る。それは駄目だ、それだけは駄目だ!アイツらには沢山迷惑を掛けた。沢山救われた。だからこそ、あの2人は幸せにならなきゃ、なって貰わなきゃ困るんだ!!

 

 「――悩まされぬ様に」

 

 その為には死ねない!オレはまだ死ねないんだ!!

 だが、その想いを踏み躙る様に、老狩人が握る大鎌は引き上げられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――死なせて堪るか!!俺の仲間を、もう2度と!

 

 「…どうやって逃げた?」

 

 頭の中でキリトの声が響いた。文字通り胸に光が宿り、直ぐに消えてしまったがその光がシュユの命を繋いだのだ。

 それはキリト(和人)の意志の具現。もう2度と仲間を失わないという覚悟と願いが籠もった涙だ。仲間との別れを惜しみ、それ故に仲間を無理矢理踏み留まらせる為の力。どこか遠い世界では、その(魔法)は【惜別の涙】とも呼ばれていた。

 

 ――いつも無理するんだから。皆カバーしないし、私がするしか無いよね。

 

 手の中に小さな瓶が光と共に現れる。キャップを弾いて中身を一気に呷ると、どこか懐かしい味と共に体中に刻まれていた傷がみるみる内に治っていく。

 それはアスナ(明日奈)の意志の具現。無鉄砲に突っ込み、ボロボロになっていく想い人とその親友を心配し、それ故にその無茶を抑えずにむしろ祝福する事を選んだ彼女の手段だ。その飲み薬は【女神の祝福】と呼ばれている。

 

 「君は狩人か?…いや、問いを変えよう。何だ、君は?」

 「…オレはオレだ。狩人でも人殺しでもないし、シュユでもない。オレは秋崎悠、ただの人間だッ!!」

 

 体の傷が治ると共に老狩人へと襲い掛かる。老狩人の顔には獰猛な笑みが刻まれ、狩りの興奮に震えている事が簡単に解る。

 

 「ならば来い。…ゲールマンの狩りを知るがいい」

 

 今の悠は素手だ。幾ら回復したとは言え素手で老狩人――ゲールマンと戦うには些か分が悪い。だがシュユは確信している。いつも何かが必要な時、必ず与えてくれた人がいる事を。そしてそれは、今でも何も変わらないという事を。

 

 ――解ってるよ。こんな時、悠に必要なのは新しい武器じゃない。使い慣れた武器、そうでしょ?

 

 「……あぁ、その通りだ」

 

 悠の手の中に生まれた光、その中から現れたのはまるで黒曜石から削り出したかの様な片手剣だ。その剣には特別なギミックなど無く、手に馴染む重さであり、故に1番腕前が必要になる事を。

 これはユウキ(木綿季)の意志の具現。彼にただ必要な物を献身的に与え続け、故に彼が最も必要とする物が解るようになった彼女が彼にとって必要だと直感した物だ。その剣の銘は【マクアフィテル】、この世界とは別の世界の()()が使っていた愛剣だ。

 

 「面白い!それでこそ狩りの興奮に震え、奮われると言うものだろう!!」

 

 大鎌の一閃を潜り抜け、胴体を剣で突くがそれは幅広の片手剣で受け止められる。葬送の刃の片手剣モードだろう。よくやっていた手口なので簡単に解る。

 ならば、と左拳を突き出して腹部を殴り付ける。利き手ではないがそれなりの威力は出るその一撃は見事にゲールマンの腹部を捉えるが、どうも手応えは無い。どうやら衝撃を逃されたらしい。そのまま追撃を加えようと動くが、脳裏を警告が過ぎり、その警告の通り横に跳ぶ。その直後、ゲールマンが左手に握る散弾銃(ショットガン)から弾丸の壁が放たれた。

 

 「ほう、今のを躱すか…」

 「…優秀な参謀が居るもんでね!」

 

 ――全く、あなたは熱くなると周りが見えなくなるんだから。でも大丈夫、私があなたの『眼』になってあげる。

 

 それはシノン(詩乃)の意志の具現。反射神経では才能の壁を超えられず、2人に追い付けないと理解した彼女が伸ばした自分の武器。思考と先読みで敵を封殺する彼女の【才能】、それこそがシノンの最強の武器だ。

 袈裟掛けの一撃を躱す。この空間ではソードスキルを使えない。それ故に求められるのは個人の力だ。だが今なら、【主人公】になれるかも知れない今なら、彼を想う者の意志の力で強くなる。不確定要素が強い今だが、それでも構わないと悠は笑う。たまにはこんなのも悪くはない、と。

 放たれる銃弾、それはブラフだ。本命は投げナイフ。このまま横に跳んで避ければ遅れて投げられるナイフに当たる、或いは弾く隙に斬撃を挿し込まれるだろう。だから悠は横には避けない。後ろに跳び、多少の被弾は目を瞑る。回復した身体に銃創が刻まれる感覚を感じつつ、投げられたナイフを掴んで投げ返し、同時に自分も前に踏み込む。ゲールマンの銃は散弾銃であり、短銃に比べて取り回しが悪い。それ故に敵に張り付き、撃たせない様にする。撃たれれば悠に不利が押し付けられるだけだからだ。

 大鎌と散弾銃、そして大きめの片手剣を使うゲールマンに超至近距離での戦闘は辛いのだろう。距離を取ろうとするが、それを好機と更に悠は踏み込む。

 

 「【マザーズ…ロザリオ】!!!」

 

 思い出す様に、一瞬のタメを置いて放たれる超速の11連撃。軽量片手剣のマクアフィテルだからこそ使えた贋物だが、それでもユウキの神速には及ばない。それでもゲールマンの胴体に突きをブチ込み、更に最後の一撃の前にゲールマンの眼前に火炎瓶を放り投げ、火炎瓶ごと貫いて攻撃する。爆炎が迸り、ゲールマンの視界が一瞬眩む。

 

 「…どこに消えた…!?」

 

 先程までひしひしと感じられた殺気さえ消え去り、悠を探知する手段は消えた。アイテムは引き続き使える為、アイテムを用いて潜伏したのだろうとゲールマンは思い至る。そしてどこから襲われようとも反応出来る様に落ち着き、不動の姿勢を取る。()()()()()()()()()()()()。ゲールマンが次に感じたのは、肩を貫く熱感と凄絶な痛みだった。

 

 「グッ、ガァアァァァァ!?」

 「やっぱりな、狩人(アンタ)は上への警戒が疎かだ!!頭上注意って言葉、学べたみたいだな!!」

 

 狩人の対人戦は基本的に平地で行われ、そして直ぐに終わる。それ故にゲールマンは不慣れだったのだ。戦闘中に相手が逃げる事ならまだしも、その相手が直上に跳び上がり落下攻撃を仕掛けてくるなど、少なくともそんな事をしてくる相手は居なかった。

 

 「これで、終われっ!!!」

 

 何の模倣ですらない、我武者羅な連撃。数多く、それでも重みのある一撃はゲールマンの身体を斬り裂き、それ故に抜け出させなかった。実はゲールマンには、ここから抜け出す手段は有るには有る。容易く抜け出し、悠が今まで使っていた狩人の高揚(ハンターズ・ハイ)のオリジナルを使って、そのまま鏖殺する事も出来るかも知れない。だが、彼はそれを敢えてしなかった。

 

 ――ここまで生に執着する者が、狩人とは笑わせる。

 

 狩人に生など無い。生が有るのなら獣を狩り、獣が狩れないのなら死ぬだけだ。それ故に生に執着する悠がとても滑稽で、だからこそ美しかった。息切れしながらもバックステップし、剣を投げた悠を見て思う。これが、人の在るべき姿なのかも知れないと。

 投げられた刃は狙いを過たずにゲールマンの胸へと突き刺さり、その命を絶つ。冷たい刃の感覚が心地良く、ゲールマンは笑った。

 

 「……少年の旅路に、血の加護があらん事を」

 

 その言葉を遺して消えたゲールマンを看取り、悠は膝から崩れ落ちて剣を取り落とす。アドレナリンが切れかけているのか、じくじくと痛み出す傷に生きていると実感する。言葉を発する事もギリギリの彼は、たった一言だけ零した。

 

 「――今から、帰るよ」




 本作ですが、アリシゼーション編は書きません。GGO、OS編で完結となります。理由としてはアリシゼーション編を書き切る自信がない事ですね。そもそも1度しか読んでないので読み込みが足りませんしね。


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100話 ただいま

 クリスマスの特別話?有りませんよ()


 「………疲れた」

 「ダーメ!あと10回頑張って、ほら!」

 「…勘弁してくれ。あんまり根詰めてもロクな事にはならないし、な?」

 「…悠は、早く退院したくないの?ボクは早く悠と遊びに行きたいのに…」

 「……分かったよ。頑張るから、そんな顔しないでくれ」

 

 目覚めてから1週間が経過し、悠はリハビリに励んでいた。目覚めた当初は筋力どころか最低限の筋肉と脂肪すら危うい状態で、今でも身体は骨張っていて2年前とは比べるまでもない。

 

 『お父様、少しずつ身体は以前に戻ってきてますよ!頑張って下さい!』

 「ありがとな、ユノウ。早く皆でピクニックでも行ける様に、頑張るから期待しててくれ」

 『はい!』

 

 スマホから聴こえるのは愛娘の声だ。SAOのデータの海の中で消えるハズだったユノウをサルベージした悠は、キリトに頼んでスマホにユノウを住ませているのだ(本来は自分でやろうとしていたのだが、残念ながらタイピングが出来る程の筋力と体力が無かった)。

 まぁつまりは失うばかりだったSAOだが、最後には少なくとも1つ得る事が出来た。彼はそう思う。

 

 「はい、悠。食べられる?」

 「どうにかな。量はそんなに食えないけど」

 

 横から差し出された林檎を咥え、咀嚼する。林檎程度の固さの食べ物でさえ食べるのに一苦労する自分に、つくづく嫌になる。それもこの時だけなのだろうが、それでも面倒なものは面倒だ。その間にも両手はしっかりゴムボールを握ったり離したりを繰り返している。

 詩乃はいつの間にやら料理を練習していたのか、包丁捌きが凄まじく上手くなっていた。横目でボウルの中を見れば林檎の皮は極薄であり、しかも地味に林檎は全てウサギになっている。変に芸が細かいのは変わらないな、と悠は内心苦笑する。

 

 「あ、ズルい!ボクも食べさせる!」

 「待て、待つんだ木綿季。そんな風に乗られると――っ!!」

 

 ――オレは倒れる、そう言いたかったなぁ。手遅れだけど。

 腹筋も衰えている彼に、幾ら軽い木綿季とは言え人1人分の体重は支えられない。押し倒される様な体勢になるが、悠はそれよりも木綿季の身体の柔らかさを感じていた。線が細く見えるが、実際はしっかりとした女性的な体付きをしている。そしてそれを、そんな身体を、彼は容易く刃で何度も――

 

 「グッ…」

 

 吐き気を催した。が、どうにか呑み下して木綿季の身体を抱き締める。優しい温もりが身体を伝わって広がり、じんわりと何かが染み渡っていく感覚を味わう。それでどうにか落ち着いた。

 彼は度重なる戦闘により、殺すという行為にトラウマを植え付けた。銃ならばまだしも、リアルな感触を味わえば容易く吐瀉物をブチ撒けるだろう。それも全てヤーナムという謎に満ちた地のせいだが、あれ程リアルでグロテスクなVR空間は倫理的にもよろしくない為、再現される事は無いだろう。

 それでも初めは酷かった。手を繋ぐだけでも殺しの感触がフラッシュバックし、どうしようもなくなってしまう。それがここまで良くなったのは2人だけではなく、ユノウや他の友人達の献身が有ってこそだろう。

 

 「……随分と良い雰囲気ね?私を差し置いて」

 「ククッ…ヤキモチか、詩乃?」

 「なっ、そんな事…ある事もない、けど…」

 「じゃあ、おいで」

 「…うん」

 

 1人用にしては大きいベッドに詩乃を入れる。木綿季も察して悠の左半身にしなだれかかる様に寝転がっている。しっかり悠の腕を腕枕にして。詩乃もそれを見てしれっと腕枕にしている。悠は内心自分の骨が折れないか心配していたりする。

 

 「悠はこの世界に居て、幸せ?」

 「…突然だな」

 「だって、たまに外を見て不思議な表情してる時あるもん。良く分かんないけど、どこかに行っちゃいそうな、そんな表情」

 「そうか?」

 「たまに呼んでも返事しない時もあるものね。…不安なのよ、私達。あなたが、どこかに行かないか。SAOから一緒に帰ってこなかった時も、死んじゃうかと思ったわ。あの時あなたが死んでたら、今はどうか分からないわよ」

 

 あぁ、やっぱりかと思う。2人も歪んでしまったのだと。純粋な愛はあの世界で澱み、形を変えて狂愛へと変じたのだ。依存と独占、その欲は危うく間違えれば悠だけでなく、周りや自分を傷付けてしまうのだろう。

 ――まぁ、オレも似たようなもんだしな。

 

 「――カーディナルから帰ってくる時、諦めようかと思ったんだ。いっその事、オレが死んじまえば2人は自由になれるかもって、そう思った」

 「そんな訳無いわよ!!私は、私達は、あなたが居なきゃ…」

 「話は最後まで聞いてくれよ、詩乃。諦めてないからここに居るんだからな。…で、オレは2人に幸せになって欲しかった。今でもその考えは変わんないけど、2人は今まで凄い苦労をしてきたんだからな、その分幸せになって欲しい。そう思いながら、死にかけて生きるのを諦めようとした。オレを忘れて幸せになってくれって、な」

 「…それでどうしたの?」

 「自信過剰かって言われても仕方無いけど、2人が幸せになるにはどうすれば良いのかって考えた。そしたら、オレが居なきゃなって。…と言うか、オレが隣に在りたいなって、そう思ったんだ」

 「それ、プロポーズ?」

 「茶化すなよ。…でも、そうだな。オレは自分が思ってるより弱いらしい。だから、2人に支えて欲しいよな。…いや、ユノウも入れて3人か?」

 「最後はあなたが茶化してるじゃない」

 「それに、決まりきった事を訊くのは好みじゃないでしょ?」

 「…ハハハ、敵わないな。全く、口喧嘩じゃ勝てる気がしない」

 「そもそも喧嘩なんてしないもん。勝ち負けなんて関係ないよ」

 「それもそうね。私達も悠も、互いが1番だものね」

 「全くもってその通りだな。……で、居るんだろ?出て来いよ、お前ら」

 

 閉まっている病室のドア越しに悠は話し掛ける。慌てて2人はベッドの傍らの椅子に座り、何も無かったかのように済ました顔を繕っている。その数秒後、勿体つけて入ってきたのは黒ずくめの格好の青年と白が基調のワンピースを着た女性だった。

 

 「現実でもSAOの時みたいな格好してるな、お前は」

 「良いだろ、別に似合ってない訳じゃないんだから。それに明日奈の服と良い対比になるし」

 「悪いが、服の事には疎いんでな。そういうのは分かんないのさ」

 「あんまり和人君をからかわないであげてよ、悠君」

 「ハハ、冗談だ。取り敢えずよく来てくれたな、2人とも。まぁ寛いでくれ」

 

 同じ日に解放された明日奈が退院出来て悠が出来てないのは、身体の衰弱具合が悠の方が数倍重かったからだ。原因は十中八九繰り返してきた無茶やら裏技(ゼロモーション・シフト)のせいだと悠は確信している。現に木綿季も少しではあるが衰弱が激しかったらしい。

 

 「で、妹さんとはどうなんだ?」

 「流石にまだ少しぎこちないかな。でも日に日に良くなってるとは思う」

 「今まで全然話してなかったんでしょ?それなら当然よ。むしろ良くここまでトントン拍子に関係が改善出来てるものだわ」

 「まぁ直葉ちゃん良い子だしねー。和人の妹さんとは思えないぐらい」

 「それ、どういう意味だよ。まるで俺が悪い奴みたいじゃないか」

 「まぁいつも事件に首を突っ込んで巻き込まれて、人に心配を掛ける人は居るけどね」

 「…オイオイ明日奈、勘弁してくれ」

 「これに懲りたらお前はもっと慎重に落ち着いて行動するんだな、和人」

 「「「「悠(君)が言わないで」」」」

 「…………藪蛇だったか」

 

 SAOの頃は例え安全圏でも気を抜けなかった。だが今は違う。あの時程の知名度も無ければ力も無いが、これから自分はこの世界で生きていくのだと思う。そんな、これから送っていく日常に想いを馳せつつ、悠は一言呟いた。

 

 「…ありがとう。そして、さよなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ALO編、完結



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11章 Be possessed by the delusion
101話 新たな日常


 クッソ短いGGO編、始まるよー


 「…なんで予習してる所を何度もしなきゃいけないんだ。別にオレは明日奈と同じ学年でも普通に大丈夫なんだが…」

 「普通の人は次の学年の予習なんてしないのよ。私だってやるのは次の単元くらいなのに」

 「備えあれば憂い無しってな。やれる事はやっといた方が後々助かるんだ」

 「私はそこまで心掛けられる気がしないわよ」

 「オレは詩乃と違ってアドリブが利かないからな。応用力が無いから初めからマニュアル通り進めたいだけだよ」

 

 今悠と詩乃が居るのは学校だ。しかし、以前の学校ではない。SAO生還者(サバイバー)は2年もの期間内部に囚われていた。それ故に学生は勉強が遅れ、高校生は進級すら怪しくなる上に同級生からは今までとは違う目で見られる事になる。それを懸念した国は費用を捻出、その結果造られたのがこのSAO生還者のみで構成された学校だ。基本的に高校生までは費用無しで進学が可能で、大学に行く際は奨学金が貸与される。かなり福利厚生が整った学校なのだ。

 そんな学校の中庭のベンチで悠と詩乃は並んで座っていた。いつもは居る木綿季が居ないのは体調不良などではなく、単純な補習だ。元々勉強を好まない性分の木綿季は自分が苦手とする数学で38点(赤点ラインは40点)を叩き出し、悲しい事に今は教室で補習を余儀なくされている。別に帰っても問題ないのたが、後々拗ねると木綿季は長いのでここで待っているという訳だ。

 

 「珍しいわね、2人とも。いっつも学校終わったら直ぐ帰るのに、どうかしたの?」

 「リズ…じゃなくて里香か。まぁここに居ないヤツの事を考えてくれ」

 「あ〜、補習ね。そう言えば最近授業中寝てたっけ」

 「それマジか?」

 「アンタの前で木綿季の事を悪く言う嘘を吐くと思う?」

 「…自業自得か」

 「悠、あなたも授業中呆けてる事知ってるからね」

 「あはは…なんかあたしも言われてる気分」

 

 ベンチに座る2人に気付いたのはSAOで2人と親交があった鍛冶師リズベット――本名【篠崎里香】だった。友達と駄弁っていた為2人より遅く教室から出たのだが、2人に追い付いたらしい。まだ木綿季の補習には時間が掛かりそうだが。

 この学校は普通の学校と同じく、学年ごとにクラスが組まれる。だがSAOは世間の注目の大半を集めたゲームと言って過言ではなく、それ故に年齢の指標を無視して子供に買い与えた親も多い。それ故に学年の生徒数が少ない所はパーティーを組んでいた者と同じ教室に入る事になる。明日奈と里香は和人や悠より年は1つ上なのだが、教室が同じなのはそういう訳だ。因みに授業はタブレット端末を使用して学年ごとに行われる為、本来学校に来る意味は無いのだが、つい来てしまうのは混沌極まるSAOから生還したからこそ日常に触れていたいと願う部分があるからだろう。

 因みに悠は授業態度がよろしくない。単純に本人が予習復習を欠かさない性分故に、授業が退屈だからだ。基本は受けるフリだけで、大抵は他の事を考えている。故に指名された時によく聞き返してしまう。

 

 「ねね、今日はやるの?」

 「どうかな…オレ達は大丈夫だけど、木綿季は怪しいかな。流石に赤点で補習だからな、父さんはまだしも母さんは怪しいかも」

 「そのお母さんも今日は夜勤よ。お父さんも今日から出張だし、問題は無いけど」

 「まぁオレ達だけ楽しんで木綿季だけ除け者って訳にはいかないしな、結局やるとは思うぞ」

 「なら、素材集め頼んで良い?てか良いわよね。アンタの注文通りに武器造ると毎回毎回レア素材を要求されるのよ」

 「まぁモノによる。それにオレはゴタゴタの真っ只中だしな…」

 「またぁ?で、どんな――」

 「――やっと終わったよ悠ー!!」

 

 ベンチの後ろから飛び付いてくるのは木綿季だ。ぶっちゃけ首が痛いが、それを噛み潰しつつ木綿季の頭に手を置く。ここでアイアンクローでもしてみようか、と思ったが怒らせれば自分に勝ち目が無い事は解る。無難に頭を撫で、ベンチからゆっくりと立ち上がった。

 

 「さて、じゃあ帰るか」

 「早くやりたいしね!」

 「木綿季、今週の休日は勉強よ」

 「え〜!?大丈夫だって!どうせ数学だけだし。ね、悠?」

 「駄目だ、やるぞ」

 「ちぇ〜、分かったよ」

 「うん、良い子だ」

 「じゃ、詳しい事は『あっち』で話すわね!」

 「了解。じゃあまた後で」

 

 小走りで家の方へと走っていく里香を見送り、3人は帰路に就く。とは言えそこまで遠くはなく、歩いて30分もすれば到着する。鍵を開けて家に入り、制服をハンガーに掛けると3人は自分の机の上からアミュスフィアを取り出すと自分のベッドに寝転び、タイミングを合わせる事無く同時にコマンドを口にした。

 

 「「「リンクスタート!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「待ちやがれぇぇぇぇ!!!」

 「しつこい!!オレはそっちに与するつもりは無い!!」

 「うるせぇ!テメェら、追いかけろ!!!」

 

 ログインして数分後、シュユ()は大量の同族(シルフ)に追われていた。単純に高機動かつどちらかと言えば技量系の武器を得意とするシルフとしてALOに降り立ったは良いのだが、あるトラブルに巻き込まれていた。

 と言うのも、シルフとサラマンダーの抗争だ。つまりどちらも強力な人材、そうでなくとも人手を求めている事には変わりなく、そんな中種族からの離反は何としても止めたい。更に面倒なのはシルフの代表であるサクヤの事だ。サクヤはアスナとシュユを取り戻す為の世界樹攻略の最前線に居た人物。そう、闇霊の時のシュユの強さを目の当たりにしている訳だ。闇霊の強さは飽くまで本人準拠、つまり多人数のトッププレイヤーを相手取り、ほぼ無傷で突破できる彼を逃したくないのは尚更だった。因みに闇霊システムは既に廃止されている。

 いつもは撒いてから過ごしているのだが、今回は何故かしつこい。ならば場を混乱させ、そして自分が掌握すれば良いとシュユは先程から戦闘音が聴こえている場所へと向かう。その場所ではシルフとサラマンダーが戦いを繰り広げていた。

 

 「悪いな、恨んでも良いぞ」

 「ヘ…?」

 

 その中の4人、シルフとサラマンダー2人ずつに狙いをつけた彼はその4人を一刀の元に斬り伏せ、倒す。アイテムとコルを大量に入手し、先程まで追ってきていたシルフの軍団に自分が握る刀を向けた。

 

 「良いか、オレは中立だ!シルフにもサラマンダーにも、他の種族だけに肩入れする事は無い!好き勝手にやらせてもらう!!」

 

 それが実力の伴っていない者なら笑い飛ばせただろう。それ程までにALOに於ける種族からの離反とは厳しいものなのだ。だが、生憎にも彼はその実力が伴っている。今まで誰も倒さずに逃げ回ってきた事もだが、不意打ちとは言え4人をほぼ同時に倒した事もその証左だ。

 追えば殺す、そういう意味を込めて睨み付けると彼は飛び立つ。そんな隙だらけのシュユを追う者は、もう誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「【ガンゲイル・オンライン】って知ってるか?」

 「知ってるしやろうとも思ったが、止めた」

 「え、マジで?なんで止めたんだ?」

 「あ?そもそもオレは遠距離戦苦手だし。そういうのはユウキとかシノンならまだしも、オレがやった所で多分剣担ぐかショットガンで超近距離やるしな。買うだけ買ってシノンにあげた」

 「そうか…分かった、ありがとう」

 「…?変なヤツだな。いや、今に始まった話じゃないか」

 「うるさいぞ」




 ちなみにGGO編、殆どVR世界の話は出ません。


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102話 親・子

 明けましておめでとうございます。今年もゆるりと頑張っていきます。


 「…父さん」

 

 書斎の大きな椅子に腰掛け、背もたれに身体を預ける。ギシリと軋む椅子の音だけが響き、今家に自分以外誰も居ない事を思い出す。

 正確には詩乃が居るのだが、詩乃はALOではなく悠がプレゼントしたGGOを楽しんでいるハズだ。どうせ2人の為にしか使わない小遣いなので、別に痛い出費ではない。だが詩乃曰く「一緒にゲームしたいのは和人ではなく悠と木綿季」だそうで、暫くはリサーチらしい。

 因みに木綿季は里香とシリカ――綾野珪子と一緒にショッピングだ。女子会的な感じらしく、悠は快く送り出した。ただ詩乃に関しては和人が共にGGOに居るらしく、少しモヤっとしている。これじゃSAOの頃の2人と同じだな、そう苦笑する。

 その感情も、今日の早朝に交わした父とのやり取りを思い出すと曇ってしまう。

 

 『父さん、今度の――』

 『ゴメンな悠、忙しいんだ。後にしてくれ』

 『…いや、大丈夫。行ってらっしゃい』

 

 SAOから帰ってきてから、悠は父との距離が離れたと思っている。両親が共働きなのは勿論理解している。父は社長で母は看護師、どちらも当然夜勤も有れば早朝からの出勤も有り得る。それでも両親は悠に、更に言えば血の繋がっていない詩乃や木綿季にも平等に愛情を注いできた。そんな父だから、自分がSAOを渡した事に自責の念を感じているのかも知れない。もしそうなら父を責めるのはお門違いだろう。

 悠のスマホが震え、予定の時間が来た事を伝える。念の為画面を確認するとリマインダーが予定していた時間が来た事を通知しており、悠はある物を持って自宅を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスを数本乗り継ぎ、到着したのは墓地だ。だが悠の両親は健在であり祖父母は物心つく前に亡くなっており、親族関係で墓地に来る意味は無い。当たり前だ、この墓地はSAO事件被害者の為の墓地。彼が入るかも知れなかった墓地だ。今日の悠の目的は1人の墓参りであり、もう1人は後日に改めようと思っている。

 

 「……………」

 

 一時期はどのメディアでも取り上げられた事件だが、終われば呆気ないものだ。今の墓地はがらんとしており、幾らお盆ではないとは言え人が殆ど居ない。いずれ完全に人の記憶から無くなり、書籍などの記録媒体に記されるだけの事件になると考えて、悠は首を振る。

 それから目的の墓に辿り着くと花を置き、両手を合わせて目を閉じる。様々な医術を用いてもなお記憶の大半が未だに朧気な悠だが、彼女ともう1人の彼の事は忘れていなかった。

 

 「…立派に戦ってたんだ、忘れる訳が無い。お前は勇敢だったよ。…安らかに」

 「――あの…」

 そして立ち上がると後ろに気配を感じる。隣の墓に墓参りしに来たのかと思い少し避けようとすると、声を掛けられる。もしかしたら他の人に向けたのかも知れないが、この場に居るのは自分しか居ない。気配は自分と話し掛けてきた人しか無い為、ゆっくりと振り向いて問い掛ける。

 

 「はい、どうかしましたか?」

 「ウチの娘の…(サチ)のお友達ですか?」

 

 予想はしていた。声でサチの友達ではないのだと判っていたが、まさかこのタイミングでかち合ってしまうのかと嘆息する。そして悠は迷う。確かにシュユ()サチ()に戦い方は教えていたが、友人とは言えるか分からない。肌見離さず彼女の形見の短剣とペンダントは装備していた事は事実だが、友人と言われればキリト(和人)の方が相応しいだろう。

 そう考えていた時、幸の母親らしき人が持っている本を見付けた。

 

 『SAO事件人物録』

 

 その本は見た事があった。SAO事件の主犯、茅場晶彦の事とSAO事件で活躍したプレイヤーと人を殺したプレイヤーの事が書いてある本だ。出版社曰くSAO生還者にインタビューしたものらしく、事実大体の主要な事件は正しく書いてあった。

 ただ問題は『シュユ』についての記載だ。あらゆるメディアで扱いが英雄と犯罪者に二分される彼は最も評価が分からない人物だ。『黒の剣士キリト』に『閃光のアスナ』、『絶剣のユウキ』、『魔弓の射手シノン』はどれを見てもSAOの英雄として持て囃されているが、『灰の狩人シュユ』は違う。1つは【真の英雄】、また違う本を読めば【最悪の殺人者】。流石にリアルに抵触する様な情報は無いが、それ故に好き放題言われているのも事実。

 そして彼女らが持っている本は、シュユを犯罪者てして扱っているソレだった。

 

 「…少し長くなります、座れる場所な有った筈です。そこに行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まず自己紹介を…アバターネームなのは勘弁して下さいね」

 「ええ、大丈夫ですよ。見知らぬ者同士ですからね」

 

 言おうか言うまいか、悩む所はあったが嘘を伝えるのは嫌だ。そう思い悠は自分のもう1つの名前を口にした。

 

 「オレはシュユと言います。…その本にも、載っています」

 「シュユさん…えぇ、存じてます。色んな本を読みましたが、()()()なのか良く分からなくて…」

 「…そうですか。それで、さっきの質問ですが、オレの知るサチさんとあなたの言う幸さんが同一とは限りません。まずオレが覚えている限りの特徴を言っていくので、本当に合っているか答えて貰って良いですか?」

 「勿論です」

 「それじゃあ――」

 

 ここから数個の問いを投げ掛ける。性格と外見、それぞれ自分が知る限りの情報を掻き集めた質問は容易く答えられ、間違いは訂正され、嫌でも目の前の女性がサチの母親なのだと思い知らされる。

 

 「――これで充分ですか?」

 「…そう、ですね。それで、何を訊きたいんですか?」

 「では、あなたから見たあの子の事と出会いを」

 「分かりました」

 

 取り繕おうとしたが、それは却って相手への無礼に当たる。そう感じた悠は包み隠さず、自分が知る『サチ』の事を話し出した。

 

 「彼女とは偶然出会いました。端的に言えば敵に襲われて死にかけてた彼女を、傍を通り掛かったオレが偶々助けたってだけです。それから何故かオレはサチに戦い方を教える事になって…何せオレは彼女と獲物が違うので、本当に基本的な立ち回りしか教えてなかったんです。でも途中で槍から片手剣と盾…つまり1番前に出る戦い方を教えて欲しいと。オレは盾なんて使わないのでひたすら組み手をやって、それで実践形式にしてました。…結局意味が有ったのか、オレが成果を見る事は無かったんですけどね。

 サチは…正直に言って良いですか?」

 「ええ、お願いします」

 「では…サチは正直、戦いのセンスは無かったと思います。しかも臆病で、本来は鍛冶師やらの生産職になるべき人だった。それでも戦おうとした理由は、オレには解りません。それは彼女の友達にも、もしかしたらサチ本人にも解らないのかも知れません。誰より臆病で痛みが怖くて、死に怯えて今にも狂いそうなのに踏ん張っていた。

 だからこそ言います。彼女は誰よりも勇敢だったと。恐怖から街に籠もる人は何人も居ました。それでも彼女は確実に安全な迷宮(ダンジョン)ではなく、死の危険がある迷宮に潜って『攻略』したんです。別にそこを攻略せずともSAOが進む訳じゃない、攻略済の迷宮でしたが、強くなろうと冒険して、その結果彼女は命を落としました。遺言まで遺して、決死の覚悟で挑んだ結果、命を落としました。

 ですから、是非あなたの娘を誇って下さい。今よりも、もっと。サチは、幸さんはこんな人殺し(シュユ)よりも、英雄の黒の剣士(キリト)よりも、確実に勇敢だったんですから」

 

 そこまで言って、買っていた緑茶を飲む。その時にやっと口の中がカラカラに乾燥していた事に気付く。思いの外緊張していたらしい。

 

 「あなたは…お優しいんですね」

 「どうでしょうね。…ただ良い人ぶってるだけかも知れませんよ?あなたも読んだ筈です。その本にも書いてあるでしょう?オレがやった事、大体全部合ってますから」

 「…私、実は結構酷い性格なんですよ」

 「どういう事ですか?」

 「正直、ああいう本に書いてある事はどうでも良かったんです。私がSAOに関する本を買ってるのはあの子が、幸の事が載ってるか知りたかったから。でも、あなたが憶えていてくれてました。私、実はSAOが終わってから毎日ここ(墓地)に来てたんですよ。…でも、誰も来なかった」

 「そんな…!」

 「私にとってあなたは娘の事を憶えていてくれた唯一の人です。少なくとも、皆さんが言う『黒の剣士』よりも何倍も善い人ですよ」

 

 善い人、その言葉が胸の中を駆け回る。何人も何人も殺した自分がそんな訳が無い。そう考えながらも喜んでいる自分が居る。自罰的な思考になりがちな悠は自分を責めていた。許される訳が無いのだ、と。

 

 「…あ、そろそろ私のバスの時間です。それじゃあ、お暇させて貰いますね」

 「分かりました。お気を付けて」

 「ご丁寧にありがとうございます。――あ」

 「どうかしましたか?」

 

 座っていたベンチから立ち上がり、帰ろうとする幸の母親。だが何かを忘れた様に彼女は振り向き、言った。

 

 「あの子は悪い人、怖い人とは関わらなかったんです。あなたこそ自信を持って下さいね。あなたは、紛れも無く善い人ですから」

 「ぇ、ぁ…………………?」

 

 悠は俯き、彼女は去っていった。悠には解らなかった。自分が未だに許せなかった。木綿季と詩乃は未来へと進めているのに、未だSAO(悪夢)に取り憑かれている自分が情けなかった。そして、善い人と言われた自分を無意識に否定している自分に気付き、更に自分を責めていた。




 因みにタイトルは某アニメをパク――オマージュです。面白かったですねぇ、私はアカネちゃんの「うっそ〜」が好きでした(ノンケ)


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103話 信・愛

 「ねぇ悠、一緒にお買い物行かない?」

 「ごめん、用事が入っててな…」

 

 どうなるのだろうか、悠はそう思っていた。昨日の夜、木綿季が唐突に外出に誘ってきた。それだけなら当然行っていたが、残念ながら悠には予定が入っていた。しかし、そこで断るのは仕方の無い事だ。だが――

 

 「久し振り…ううん、ここ(リアル)では初めましてかな、シュユ君」

 

 こうして2人に内緒で、女性と会っているこの状況が見つかれば、ほぼ確実に命は無いだろうと、そう確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「随分と若く見えるな、ディーテさん」

 「それ、老けて見えてたって事?」

 「え、いや、そんな訳じゃ…」

 「冗談だよ。まぁあっちだとずっと敬語だったし、ずっと修道服だったからね。多少歳が増えて見えてたかもってのは思ってたんだ」

 「……………………」

 

 こういうタイプは苦手だ。心底悠はそう思う。

 目の前に居る女性(どちらかと言うと女子だろう)はSAOに於いて数少ない互助プレイをしていた『ディーテ』だった人だ。そして今回は2人都内の喫茶店に待ち合わせ、その席の1つにこうして座っているという訳だ。

 見た限り年齢は悠より1つか2つ上といった所だろうか。少なくとも下ではないだろう。基本的に女性と関わる事は少ない上に年上の女性の接点など殆ど無い。有っても明日奈や里香くらいのもので、その2人は年上と思っていない(と言うより、SAOから帰還するまで同い年だと思っていた程だ)。

 手玉に取る様にからかってくるのは詩乃だが、彼女は殆ど冗談半分で簡単に反論が出来る。だが目の前のディーテは違い、違うのだが決して反論出来るほど違っている訳でもない、絶妙な所でからかってくる。別に機嫌を損ねる訳ではなくとも、何だかなぁと思わせる程度には手強い相手だった。

 

 「はいこれ、名刺ね」

 「清水愛華さん…2つ上だったんですね」

 「そうなんだ!それで、君の名前は?」

 「秋崎悠です。高校1年、16歳ですよ」

 「敬語じゃなくて良いよ。あっちでもそうだったでしょ?」

 「分かり…分かった。それで、オレを呼んだ理由は?」

 「解ってる癖に。…あの人の事、教えてよ」

 「…カーヌスの事、だよな」

 「うん」

 

 目の前で死なせてしまった専属鍛冶師、カーヌス。シュユ()は彼が死んだ後、自分の収入の半分ほどをディーテ(愛華)互助施設(修道院)に寄付していた。それでもやっていけるだけの収入は有った上にディーテと何かしらの関係が有ったであろうカーヌスを死なせた負い目も有り、面と向かって再会する事無くずっとその関係が続いていた。

 それを彼女は悠のリアルも知らないというのに、墓場に通う事で強引に悠のリアルを割り出したのだ。墓場に花を供え、手を合わせてから立ち去ろうとした時に「君、シュユ君だよね」と呼び止められた時は心臓が止まりそうになったものだ。

 そんな愛華が悠を呼び出した竜など明確だ。彼女は知らないのだから、カーヌスの死に様を。

 

 「…幼馴染、だったんだ。年は君と同じ、2歳差でさ。好きだったんだけど、結構避けられててね。結局、何も言えずに死んじゃったんだ。ショックだったなぁ、石碑に線が引かれてたの」

 「………そうか、それなら教えるよ。全部、隠さずに」

 

 思い出すのはカーヌスの涙を流しながら浮かべた笑顔。預けられた鍵と、死の恐怖に震えながらも紡がれた言葉。

 

 「カーヌスは人の悪意に殺された。オレも後から知った事だったけど、アイツは鍛冶師の中では有名人だったらしい。だから金を持ってると踏まれたんだろうな。金銭目当てのヤツらに呼び出されて、拒否した結果レベル3の毒を掛けられてたんだ。オレがメールを貰って駆け付ける頃には手遅れで、ポーションも切れてたし転移門に行こうにも妨害されてて、安全圏に入った所で無理矢理連れ出されるのは目に見えてた。…だからカーヌスは死を選んだ。オレに鍵と財産を託して、死んだ」

 「…ユウキちゃんが持ってた鍵、カーヌスのだったんだよね。なんで持ってるのか疑問だったけど…アレ、悠君に所有権が移ってたんだね」

 「あぁ、だからユウキはあんな馬鹿げた剣を直ぐに持ってこれた訳だ。…そりゃあ勝てる訳が無い」

 

 ユウキがシュユを倒す為にカーヌスの工房から持ってきた剣【聖女の祈剣】。これはカーヌスが造った正真正銘の遺作であり、彼曰く『最も剣として正しく、故に邪道の剣』である。

 その基本性能は高水準に纏まっているが、ただそれだけ。変形武器が代名詞とまで言われるカーヌスの武器としては最初期に造った10本の剣以外では無かった純粋な片手剣であり、普通のプレイヤーが使えばただそれなりに強い剣となる。しかし、この武器に付与された効果こそがSAO史上最も強く、それ故に彼以外に造る事が出来ないと言われた由縁である。

 その付与効果(エンチャント)に名前は無い。何故なら不壊属性(デュランダル)などの一般的な効果とは違い、この効果は聖女の祈剣にしか付与されていないからだ。その効果とは『プレイヤーのレベルに応じて武器の性能に数値を加算する』という馬鹿げたものだ。どこで使おうとも使う者が使えば最前線での使用に耐えられる武器となる。本来の武器の在り方は使用者が武器を使う事で強くなるのに対し、聖女の祈剣は()()()()()使()()()()()()()()()()のだ。これが邪道でなくて何と言えば良いのか。

 その剣は既に失われて久しいが、ALOでそれを再現しようと四苦八苦しているピンク髪のレプラコーンが居る。物好きというか負けず嫌いなんだろうな、と悠は思う。

 

 「そんな性能してたんだ…それを邪道とか、ホントにあの人らしいな」

 「どういう事だ?」

 「カーヌスはね、何だかんだ『天才』って言われるくらい何でも出来たんだ。でも、どう言うのかな…正道ってのが嫌で、どんな事でも普通とは違うアプローチでやるから変わり者って言われてたんだけど…」

 「天才、ねぇ…」

 

 悠が知るカーヌスは確かに天才だったが、それでも弱点が有ったのは知っている。それは目の前の彼女と、他人との距離の詰め方だ。決して人見知りではなかったが、興奮するとグイグイ行き過ぎる彼の性格は何も知らない人から見れば嫌に見られる事も有るだろう。更に想いを寄せていたであろう愛華に、「避けられていた」と言わせている。つまり彼は2人きりになる事などを避けていたのだろう。

 

 「オレはアンタとカーヌスの関係を良く知らない。だけど、少なくとも1つだけアンタの認識が違う事だけは解る」

 「…なに?」

 「カーヌスは他人との距離感の掴み方が下手くそだった。だから、アンタを避けてた訳じゃないんだぜ?…本当は、あなたの事が好きだったんだよ、愛華さん」

 「え、嘘…だって…」

 「…嘘じゃない。聴いたんだよ、カーヌス本人から」

 

 言おうか迷ったが、それが彼の本心だったのだ。ならば伝えなければと悠は思った。そうでなければカーヌスの想いが勘違いされたまま幕を閉じる。それだけは嫌だったから、悠は真実を告げた。

 

 「…どう捉えるかはあなたの自由だ。でも、オレが言ったのは紛れも無い真実だよ。…じゃあ、また機会が有れば」

 

 そう言って喫茶店から出る。バスの時間を見て帰らなければ、そう思ってスマホを取り出した瞬間、ドンッという鈍い衝撃が背中から伝わり前に1、2歩よろける。肩越しに後ろを見れば特徴的なアホ毛がぴょこんと見えた。背中に抱き着いている様だ。

 

 「ゆ、木綿季…?」

 

 嫌な予感がする。そしてその予感の正体も解っている。外れているなんて事はほぼ確実に無いだろう。

 

 「…ボクとのデートを断っておいて、随分楽しそうだったね。ねぇ、悠?」

 (やっぱりかぁぁぁ!!)

 

 ちらりと時計を見ると3時、つまりおやつにはちょうど良い時間だった。そしてこの辺りには有名なスイーツ店があり、その店の特集を見て木綿季が「食べてみたいなぁ…」と口にしていた事を覚えている。安直だが名案が浮かんだ悠は極力動揺を見せない様に取り繕いながら話題を切り出した。

 

 「そう言えば、この辺にはえんじ屋って店があったな。時間もちょうど良いし、行かないか?勿論オレが奢るし」

 「…1番おっきいのね」

 「りょーかい」

 「…あと、ちゃんと聴かせて貰うからね」

 「…はい」

 

 それでも機嫌が良くなった木綿季は今にもスキップしそうだ。流石に危なっかしいと手を繋ぎ、一緒に歩く。隣の木綿季は顔を紅くしていて、後ろから抱き着くのは平気なのにな、と苦笑しつつ悠は所謂恋人繋ぎにシフトさせる。

 そのまま入店したせいでえんじ屋の店員にカップルと思われ、カップル限定のジャンボパフェを食べた上に代金無料の代わりに食べさせ合う2人の写真を店頭に飾る事となった。それを詩乃に咎められるのは少し後の話だ。



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104話 仮・想

 「こんな所か…」

 「いやおかしいですからね!?」

 「…何が?」

 「普通の人は()()()()()()()2()0()()()()()()()()()()()()!!」

 「…そうなのか」

 「リーファさん、シュユさんに常識を求めちゃダメです。キリトさんとは違うベクトルでブッ飛んでますから」

 「みたいだね…ユウキさんもシノンさんも、良く心臓が保つよ…」

 「あの2人も無理はしないにしても中々ブッ飛んでますよ」

 

 シュユはリーファ、シリカと共にサラマンダーの一団を全員倒していた。3人とは言えリーファとシリカは補助魔法をシュユに掛けるだけで、シュユが1人で倒したのに近いのだが。流石に魔法を跳ね返すのは()()()()()()()()()左手に小型の盾が付いた篭手を装備し、その試運転がてらこの惨状を作り出していた。

 数少ないキリトの友達のSAO生還者は自分達の種族カラ離反、傭兵団の様なものを組織して楽しんでいた。その中でも敵に回すと不味いと呼ばれる【黒ずくめ(ブラッキー)】と【灰刃】はキリトとシュユの事であり、魔法主体になりやすいこのALOで魔法を斬り、魔法を跳ね返すという馬鹿げたプレイヤーとして有名になってしまった。

 キリトは現在GGOに行っているとは言えシュユは普通にALOにログインしており、片割れだけなら勝てるのではと思って攻めてくる者が居たのだ。それも返り討ちにされた訳だが。

 

 「刀も篭手も強いし…そもそもどうやったら魔法跳ね返せるんですか?」

 「純粋な技で跳ね返すのは流石に無理だ。流すならまだしも、な。全部この盾のお陰だよ。タイミングさえ合えば全方位から魔法撃たれてもも躱しながら跳ね返せる」

 「ユニークウェポンだったんですよね?それをリズさんが作り直したって聞いたんですけど」

 「そうだな。物理防御力を全部魔法防御力と反射に回して、サイズを小型化というか改造して貰った。刀はそのまんまだけど、これはこのままの方が使いやすいから別に良いしな」

 「全部躱せば良い理論、お兄ちゃんも言ってたけど無理でしょ…」

 「考えるだけムダです、リーファさん。リーファさんは自分の戦い方をしてた方が良いですよ、絶対!」

 「随分な言い種だなシリカ…」

 

 シュユは2本の刀を使い分けている。今使っているのはプレイヤー、モンスター問わず倒せば倒すほど威力と切れ味が上がっていく所謂【妖刀】であり、もう1本は何の効果も無い、単純なまでに頑丈さと切れ味と軽さに重点を置いたリズベットの最高傑作だ。銘は【無銘】で、今使っている妖刀は【村正】となっている。因みに村正はユニークウェポンである事も有り未だに折れてはいないが無銘は数回折っており、その度にリズベットに説教される事は不本意ながら半ば恒例になっていたりする。

 傭兵団的な立ち位置ではあるが、飽くまで好き勝手やっているだけで金額で動く訳ではない。むしろ無償の奉仕の方が多いくらい(何だかんだ全員お人好しだから)だ。高圧的な態度の者が多いサラマンダーが1番このグループの標的になる事が多く、シュユはトッププレイヤーでもある【ユージーン】と何度も対峙している。その度にシュユは撹乱と逃走を繰り返している。本気で戦えば負ける訳が無いが、そのアドバンテージは()()と思っているからだ。

 

 「さて、帰る――」

 「見つけたぞッ!!」

 「げ、ユージーン…」

 「いい加減に逃げるのを止めたらどうだ!!貴様は弱者ではない。では何故本気を出さん!?俺は貴様と戦いたいというのに!!」

 「そんな理屈聴いてられるか!」

 

 煙玉を投げようとするがそれすら上回る速度でのショルダータックルが肉薄してくる。後ろに飛びながら迫るユージーンの肩を蹴り、空中で1回転して着地する。が、その隙を突き振り下ろされる剛剣を紙一重で回避すると、ユージーンと目が合う。今までとは違い、絶対に逃さないという決意をひしひしと感じる眼差しをしていた。

 

 「…本気か?」

 「無論、本気だ。あの黒ずくめ(ブラッキー)とはもう既に本気の刃を交えた。後は貴様だ、灰刃」

 「その名前、あんまり好きじゃないんだがな……分かった、本気で相手しよう」

 

 ガチャリと音を立て、右手の篭手が手を覆う。この篭手は左手の篭手とは違い魔法に対する耐性は一切持たない代わりに物理耐性に全てを割り振ったものだ。元々1つのユニークウェポンだった【アイギス】と呼ばれる盾の性能を二分したものの片割れがこれである。

 そしてシステムウィンドウを開き、設定から『限定解除』と書かれた項目をタップする。すると鎖が断ち切られた様な音が鳴り、シュユが見ていた世界の全ての色彩が彩度を1段階増した。

 SAO攻略後に明らかになったVR適正という数値がある。それが高ければ高い程仮想世界で肉体を動かす脳、【仮想脳】の発達が著しく、仮想世界での動きが人間離れしていく。そのVR適正がシュユは全プレイヤーの中でぶっちぎりで高く、故にのめり込み過ぎてしまう欠点があった。仮想脳が仮想世界を現実と勘違いし、ナーヴギアの時は現実世界の身体に仮想世界の肉体の刺激をフィードバックしてしまう。それ故にシュユの使うアミュスフィアには制限が掛けられており、それを外せばSAO時代とほぼ同じ動きが出来るという訳だ(それでもキリトと渡り合える時点でどれだけ強いか解るのたが)。

 

 「フンッ!!!」

 「ッツ!!」

 

 剛剣が横に振り抜かれ、それにぶつかったシュユは凄まじい勢いで吹き飛んでいく。何本もの木をへし折って飛んでいく様子を見て、リーファはつい声を上げた。

 

 「シュユさん!?」

 「大丈夫ですよ、あの人は。そうじゃなきゃ――」

 

 そこでシリカは言葉を切る。直後、ユージーンの背後に影が差した。

 

 ――SAO最強格なんて、言われる訳が無いんですから。

 

 「ぬぅっ!?」

 

 素早く振り向いたユージーンの鼻っ柱に拳がめり込む。ユージーンと比べるとシュユは小柄だ。だから吹っ飛ぶまではいかず仰け反るが、好都合とばかりに鳩尾に膝が叩き込まれる。ユージーンの武器は特大剣、つまり取り回しが決して良い訳ではない。密着を嫌った彼はバックステップで距離を取るがそれを許す程シュユは甘くない。刀を構えたシュユは居合の様に腰溜めに刀を構える。だがシュユの腰に鞘はない。居合は刀と鞘、その2つが揃って通常の振りよりも早い加速を生み出す技だ。そのままではただの横振りに過ぎない。そう、そのままでは、だ。

 

 「風よ、奔れ!!」

 

 単純な魔力の行使、魔法にすら満たないソレは風の奔流を生み出す。シュユはそれを半ば暴走させ、しかし流れの制御だけは続けて刀を射出する様な風の流れを作る。そのまま振り抜く一閃は正に神速、銃弾のような疾さで振り抜かれた。

 だが、それで終わるのならサラマンダーの英雄は務まらない。その一閃を篭手を装備した右手で受ける。ユニーク級ではないとは言えかなりの頑丈さを誇る篭手と、漢らしい剛腕を容易く両断する。が、致命傷ではない。失った腕を生やす様な劇的な回復は出来ないが、体力の回復くらいなら出来る。むしろ、その隙をシュユは見逃していた。その行動が【英雄】のプライドを刺激する。回復などという最大の隙を見逃されている、その事実が嘗めているとしか思えなかったのだ。

 

 「貴様、オレを嘗めているのか?」

 

 その言葉にシュユは首を横に振る。その表情は顔の半分ほどを覆う襟と目深に被っている帽子のせいで判らない。

 

 「お前は戦士、そうだろう?オレは狩人、その狩りにオレの矜持は在ろうとお前に持たせるプライドは無い。…だが、お前はオレに戦士として挑んできた。だから対等に。部位欠損の継続ダメージでの幕引きなんざ認めない。徹底的に叩きのめす。それだけだ」

 「…ならば、オレは貴様を返り討ちにするだけだ!!」

 

 ユージーンが誇る最強の魔剣【グラム】が輝きを放つ。ALOの中でも性能は然ることながら、ぶっちぎりの()()()()()()を持つ剣を全力で握り締め、大上段に構える。使うソードスキルはアバランシュ、突進系のソードスキルにしてユージーンが最も頼りにしているものだ。

 対するシュユも無銘を握り締め、自然体で構える。空いた左手にはアイテムを握り、どう攻めてきても良いようにする。

 

 「オオオオォォォォ!!!」

 

 猛然と駆け出してくるユージーン。シュユは左手に持っていたアイテムを地面に叩き付ける。すると、黒色の煙が立ち上りユージーンはシュユの姿を見失ってしまう。だが、こんな時のテンプレは決まっているものだ。上を見たユージーンは刀を構えるシュユをしっかりと捉えていた。

 左手を前に翳し、右手の刀を肩の上に大きく引く構え。その発動モーションの()()()()()()()()()()を脳内から検索しようとするが全く判らない。直後、シュユの技名発声が凛と響いた。

 

 「【ヴォーパル・ストライク】ッ!!」

 「なんっ、だと…!?」

 

 ジェットエンジンにも似た効果音と共に放たれる超速の突き。それをユージーンはグラムをしっかりと構える事で受け止めようとするが、ソレをすり抜けた。グラムの効果が発動するのは刃が触れた時だけであり、剣の腹で受け止めようとした今その効果が発動する訳が無い。

 

 ――届かなかったか。

 

 その想いと共に砕け散るユージーン。最期に見えたのは滞空しながら不安定な姿勢で息を整えているシュユの姿だった。上には上が居る。そう思いつつ、暗闇に身を任せるのだった。

 

 「ギリギリだった…どうにか、だな」

 「()()、また隠し玉ですか?」

 「ん、まぁそうだな。とは言っても、ただ片刃で刀に似てる片手剣ってだけなんだけどな」

 「それでもシュユさんの疾さと戦ってる途中に突然カタナのソードスキルじゃなくて片手剣のソードスキル使われたら焦りますよ。…あ、あの急加速ってどうやったんですか?」

 

 シュユはヴォーパル・ストライクを放った瞬間に半身だけ急加速したのだ。知る者が見ればゼロモーション・シフトに見えたかも知れない程の急加速だが、これはただのテクニックである。

 

 「ALOの飛行は肩甲骨の動きで制御する、それは分かるな?」

 「加速するこう…ですよね」

 

 リーファは両腕を後ろに引き、肩甲骨を急接近させる。

 

 「で、減速する時は腕を前に出して肩甲骨を開く訳だ。どれだけ熟練したヤツでも剣を使えば一瞬の停止は免れない」

 「槍使いに限れば話は別ですけどね。腰溜めで攻撃できますし」

 「ま、その通りだな。それで、あの加速は簡単な話、加速なんてしてないんだよ。当然、ヴォーパル・ストライクは突き技だから腕を前に出す以上、減速するからな」

 「加速してないけど速くなる?………分かんないです!」

 「そう怒るな、自分で考えるのも大事なんだからな。で、アレは簡単に言うと突く瞬間に左手を思いっ切り引いて左の翅で短距離スラストを掛けたんだ。右半身は急減速、左半身は加速する事で左にズレながら加速する訳だ」

 「…加速する訳だ、って、加速してるじゃないですか」

 「そんな冷ややかな目で見ないでくれよ、シリカ。因みに嘘じゃないぞ。だって急減速と急加速を同時にしてる訳だからプラマイゼロだろ?ただ左にズレるから半身だけ加速してる様に見えるだけだ。…まぁ、アレはユージーンが動揺してる隙にやったから通じただけで、多分初見殺し程度にしかならないかな。特にユウキとかキリトみたいな反射神経の塊みたいなタイプには簡単に見切られそうだから、そんなに使えない技術だよ」

 「それを土壇場でやる度胸が凄いんですよあなたは…」

 「お褒め頂き恐悦至極ってな。疲れたし、転移結晶使って帰るか。そら、奢りだ」

 「え、転移結晶って確か凄く高価だったような…?」

 「大丈夫ですよ、リーファさん。この人のストレージには色んなアイテムが大量に有りますし、くれたって事は在庫が有るって事でしょうしね」

 「オレはどっかの英雄と違って、剣だけで勝負なんて出来ないからな。狡い狩人は狡猾に、道具と罠と戦略で差を埋めるもんさ」

 「…充分強いと思うけどなぁ、シュユさん」

 

 その言葉と共に自分達の溜まり場となりつつあるキリトのホームへと転移する。その際、2人の耳に「赤字だろうなぁ」という言葉が聴こえたのは無かった事にしておこう。



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105話 守・護

 「――鍵が空いてる」

 

 買い物から帰ってきた悠が思ったのは違和感だ。今は詩乃がGGOにログインしているが、家に居る人がゲームにダイブしている時は鍵を閉めるのがルールになっている。もし強盗などが現れた際、とんでもなく危険になるからだ。それを忘れる悠ではなく、しっかりと施錠した筈だ。そして帰ってきた今、鍵を開けようとしたが解錠音はせず、鍵は開いたままになっている。音を立てない様にドアを開けるとグチャグチャになった玄関マットと足跡が付いた床が見えた。

 少なくとも不審者だ。そう思った悠は今帰路に就いている筈の木綿季に警察に通報してくれという旨のメールを送り、足音を消して階段を駆け上がる。そしてそこには、閉めた筈の自室のドアが開いている状況が広がっていた。

 

 「詩乃に手ぇ、出すなッ!!」

 

 そして横たわる詩乃の横に立つ不審者の脇腹を蹴り飛ばす。通信空手仕込みの蹴りは少なくとも不意打ちとしては充分だったらしく、不審者は横に跳んで衝撃を受け流したが机に身体をぶつけて横たわる。

 それを見た悠は申し訳無く思いながらも詩乃の顔からアミュスフィアを剥ぎ取る。強制切断される感覚は気持ち悪いのは解っているが、それでも命には代えられないだろう。

 

 「シノンさん…いや、朝田さん。キミは僕の天使だ。だから死ね、いや、殺す。GGOで出会って気付いた――」

 「――シカトとは良い度胸だな!」

 

 仮想世界から現実に戻ってきた詩乃に話し掛ける不審者。だが、最後まで聴く義理は無いと悠は机の上の鉛筆削りをぶん投げる。顔面を目掛けたソレを腕で防いだ不審者に、悠の殴打が突き刺さる。土手っ腹にマトモに入った一撃に嗚咽を漏らす不審者に、悠の肘が背中に入る。そのまま踏み付けようとしたがそれは転がって避けられた。

 ここまで喧嘩慣れしてるのは見様見真似でやっている格闘術を利用しているからだ。単純に鍛えていた事も有り、全盛から見れば膂力は戻っていないもののSAOで学んだ力の入れ方なども有りかなりの痛撃を入れている筈だ。

 しかし、不審者は効いていない様にゆらりと立ち上がる。その時見えた表情には笑みが貼り付いており、鳩尾にパンチを喰らったとは思えない程ヘラヘラとした笑みを浮かべている。不気味過ぎる、そう思った瞬間、不審者の形相が一変し憤怒の色一色に染まる。

 

 「邪魔なんだよォ!!お前が、何で、朝田さんの、家にィ!」

 「どんなタフさだよお前…!」

 

 ナイフを持って突撃してくる不審者の手首を掴み、捻り上げる。人間の関節的にナイフを取り落とす事は解っているので、床に落ちたナイフを部屋の隅目掛けて蹴り飛ばす。が、不審者の繰り出したパンチが悠の腹部に突き刺さり、つい手を放してしまう。不味いと思った一瞬後、渾身の拳が頬にブチ当たり世界が歪む。脳が揺れたらしく、足元がフラつき前後不覚に陥ってしまう。ここが仮想世界ならそんな物は簡単に覆せただろうが、生憎ここは現実だ。グラついた足元を立て直す事が出来ず尻餅をついてしまう。そしてまたゆらりと立ち上がった不審者は自分の胸元から筒状の何かを取り出した。

 

 「本当はお前なんかに使う気は無かったけど…使おうかぁ。朝田さんは…後でゆっくりと、ねェ?」

 

 悠にはソレを見た事があった。最近病院などで使われる、針の無い注射器だ。しかも服なんてものは簡単に貫き、内部に薬物を注入出来る本物。殺害を目的としているのなら中身は毒物だろう。

 ここが仮想世界なら、と悠は歯噛みするが何度でも言える。ここは現実だ。つまり気合で毒を捻じ伏せるなんて出来る訳が無い。致死毒を打たれれば死ぬ。それは悠も詩乃も違いない。揺れる視界と回らない思考の中、終わりを予感する。

 

 「死ねぇぇぇェェ!!!」

 (…駄目だ、ゴメン、皆。あぁでも、父さんと――)

 

 だが、不審者は横にぶっ飛ぶ。本棚に頭をぶつけ、血が出ていた。何故そうなったのか、その理由は扉の方を見れば簡単に分かった。

 

 「父、さん…?」

 「…俺の子供達に、手出しはさせん」

 

 肩で息をしている父親。その右手は固く拳を作っており、不審者を殴ったのは彼なのだと理解できた。それを見た悠の緊張の糸は切れてしまい、そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目が覚めたか、悠」

 「父さん…」

 

 次に目が覚めた時、悠は病室に居た。この景色には見覚えがある。詩乃との出会い、未だに消えない頬の傷が出来た際に入れられた部屋だ。日は既に暮れており、赤い空が広がっている。詩乃と木綿季は居らず、今は父と悠の2人だけだ。

 

 「あの不審者は警察に引き渡したぞ。何であんな事をしたのか、直に解るハズだ」

 「あ、うん。その、父さん――」

 「――点滴は打ってないな。よし悠、こっそり出るぞ」

 「え?」

 「行くんだろう、釣り」

 「…うん!」

 

 釣りはVRゲームの他の悠の趣味だ。SAO時代の事が有りで釣りをやってみたいと思い、竿などの道具を揃えたのだ。更に父の趣味も釣りであり、距離が離れていた今だからこそ共通の話題を作ろうとしていた事も有る。

 母に見つからない様に病院を出た2人は車に乗り込む。車は仕事用ではなく趣味や行楽用のミニバンで、中には悠の道具と父の道具が既に積まれていた。

 

 「…俺のせいでお前達はSAOに囚われてしまった」

 「…オレ達はそんな事思ってないよ。あそこに行ったからこそ得られた物もあった」

 「だがお前は殺人鬼と言われた。…中での事は詮索する気は無い。それでもその責任の一端は俺にある事は変わりないんだ。…そしてお前の才能もある。だからな、父さん頑張ったんだ」

 「え?」

 「アミュスフィアじゃ充分に遊べないだろう?人脈を色々活用して…それで普通のアミュスフィアよりもスペックが高い【アドバンスド・アミュスフィア】を造ったんだ。…とは言ってもナーヴギアみたいにはやれないんだけど、今やってる限定解除よりはマシだと思うぞ」

 「まさか、最近忙しかったのって…」

 「そのせいでお前には寂しい想いをさせた、ごめんな。だが、これだけは覚えていて欲しい。俺は…父さんと母さんは、お前達を1番愛してる」

 

 最初から、心が離れていた事など無かったのだ。父の顔は薄暗いせいで良く見えない。だが、頬が赤みを帯びているのは気のせいではないだろう。どんな言葉で返そうか迷うが、ここで敢えて悠は返さない事にした。何故なら、彼の語彙力でもこの万感の想いを伝え切れないからだ。

 それが解らない父ではない。車内には静寂が、心地よいソレが広がるのだった。



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12章 Those who have been deceased
106話 オーグマー


 VRとは『バーチャル・リアリティ』、つまり仮想現実の事を指す。今ではアミュスフィアを通して視覚に映像を投影、更に機器が脳が出す命令を汲み取り仮想の肉体に反映、それによりアバターを動かす。そのアバターに下される命令の速さなどが仮想脳の働きによるもので、それ故に才能の差が有るのは確かだ。故に先天的にVRゲームに強い者も居れば仮想世界に於いて重大な欠陥を負ってしまう者も居る。

 そのVRと対を成すものがAR、つまり『オーグメンテッド・リアリティ』と呼ばれるものだ。VRが機器を用いて世界そのものを形成するのに対し、ARは視覚を通して映像を現実に投影する。現在は網膜に映像を投影し、それを内蔵されたモーションセンサーにより仮想視覚ディスプレイの操作を行う。そのプロセス故にARは視覚にさえ障害が無ければ才能の差異なく利用可能で、その点ゲームとしては平等と言える。

 ただARを利用できない視覚障害者に関してはVRゲームの方が視覚を再現できるのでそこは使いようだが。

 その話は置いておこう。まず今はVRよりもARが流行っている。そもそもSAO事件なんて事が有ったのだ。万が一の危険よりも安全なARを選ぶのは自然だった。

 そんな流行の中でも未だにAR機器――【オーグマー】を使わない者が2人居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「悠、またオーグマー使ってないの?」

 「ん、あぁ…あんま好きじゃなくてな。別にスマホで事足りるし」

 「お父さんに買ってもらったんだし、使わないと勿体無いわよ?」

 「解ってはいるんだが…」

 『そのせいでお父様の視界に私が入れないんですよ?オーグマーを着けて下されば会話も出来るのに…』

 「悠君、和人君と一緒なんだね。和人君、全然オーグマー使わないよね。折角買ったのに…」

 「…俺もそんなに好きじゃなくて。それに君達、ゲームし過ぎじゃないか?取り敢えず里香のその動き、何かしらしてるだろ」

 「バレたー?クーポンが有ってさ!オーグマー使ってる人だけ安くなるんだー♪」

 「…里香、それでも人の目の前は止めた方が良いと思うぞ。オレは別に気にしないけど、癖になると困るのは里香だぞ」

 「別にいーじゃん!お得にはなるんだし、ね、珪子!」

 「えぇ、はい。私のお財布事情も有りますし…」

 「まぁ…別に良いんだけどな」

 

 今ここに居る7人の内、和人と悠の2人だけがオーグマーを着けていない。実際問題オーグマーでやれる事の殆どはスマホでやれる事なのだ。電子マネーの支払い然り、マップでの案内然り、悠達ならばユイとユノウの可視化と会話然り。やれない事は現在人気のARゲーム【オーディナル・スケール】とARアイドル【ユナ】のライブの観覧程度のものだ。アイドルには欠片も興味が無い悠には関係の無い話だが。

 それでも人気なのは視界に映像を投影する関係上、歩きスマホの様に視界が制限されず事故が起き難いという事も一因だろう。一々端末を出さずとも操作できる利便性の良さから、今時の社会人や高校生ではオーグマーを持たない者の方が稀な程に普及している。

 

 「ね、アンタ達はオーディナル・スケールやらないの?面白いわよ?皆やってるし」

 「俺は…まぁ、ゲーム自体は有るけどALOの方が好きだし、そんなにやらないかな」

 「へぇ〜、悠は?」

 「前にやったけど、PvP(対人戦)ならまだしもPvE(対エネミー)はな…。あんまり補助的なアイテムは無いみたいだし、剣を片手剣で銃はハンドガンっていうカスタムしたけど、どうにもやりにくいし。木綿季と詩乃がやるなら付き合うけどオレもそんなにガチにはやらないな」

 「PvPなら悠はボク達より強いんだけどね」

 「仕方無いだろ、オレが戦うのは大体人型かプレイヤーなんだから」

 「ちょっとは練習しなさいよ。そんなのだから他のプレイヤーに殺人鬼(リッパー)なんて異名付けられるのよ?」

 「え、それは初耳なんだが」

 「まぁ前もそうだけど今も狩人とか言われてるよね。前のイベントで性別反転した時は灰被り(シンデレラ)って呼ばれてたの、知ってた?」

 「嘘だろ…嘘だと言ってくれ明日奈…」

 「そもそもアンタの戦い方が変態なのが悪いのよ。あたし、アンタにマトモな武器造った記憶無いし」

 「今じゃ里香さんも変態じゃないですか。レプラコーンの人が言ってましたけど、あんな武器使えるの悠さん位ですからね?」

 「確かにそうだよね。だから里香、今度からはボクに使い捨てパイルバンカー渡すの止めてね。渡すなら和人にして」

 「俺だって使わないぞ。てか、武器を躊躇なく使い捨てられるヤツなんて悠しか居ないって」

 『前にエクスキャリバーを投げた人は誰でしたっけ、パパ?』

 「うっ」

 「お前も人の事言えないじゃないか。人の事を言う前に自分の事を――」

 『つい先日、渡された無銘3本をたった一戦で全部使い捨てた人が居るらしいですよ、お父様』

 「は?アンタまた折ったの!?今月に入って何本目か分かってんの!?」

 「持ってる10本を1回ずつ折ってるな、うん」

 「アンタねぇ………まぁ良いわ、好きに武器を造れるのもアンタのお陰だしね」

 「え、それどういう事?」

 「あら、木綿季は知らないの?珪子は知ってたと思うけど」

 「知ってますよ、一応」

 「私は知らないわね」

 「俺もだ。明日奈は?」

 「私もだよ。悠君、説明してくれる?」

 「別に大した事じゃない。レプラコーン領の近くに無限に鉱石が採れる場所有るだろ?」

 「あのツルハシさえ持ってけば幾らでも採れる場所?」

 「そうそう。あそこの土地を買い占めたんだよ、オレ」

 「「「「は?」」」」

 「いや、だから、オレがあの無限資源のある土地を買い占めたんだって」

 

 この事を悠は平然と言っているが、実際はかなりブッ飛んだ事を言っている。幾らレプラコーンが鍛冶などの加工が得意な種族とは言え、鉱石を無から産み出す事は出来ない。つまり、採取が必須の種族なのだ。良質な武器を造るには相応の素材が必要なのは当然であり、その良い素材は結局顧客に頼んで持ってきて貰うのだが、鉱石は見つけるのにも良質な鉱石を採るのにも種族による適性が有る。その適性最高値がレプラコーンであり、それ故にレプラコーン領には運営が用意した無限に良質な鉱石が採れる採掘場が有る。

 そしてALOに於ける土地の購入だが、その土地の特色により値段が変わる。例えば痩せた土地なら安くなるし肥沃な土地なら高くなる。つまり利用価値が元から高い土地の値段はビックリする程高いのだ。それを悠は無限資源という利用価値の塊の有る土地を買い占めたと言うのだ。どれだけの金額が動いたか予想も出来ないが、それ以前に悠の蓄えがどれだけ有ったのか、まずそこだろう。

 

 「銀行にそれだけ預けてたって事…?」

 「蓄えとレアドロップを全部売り捌いて捻出した。あぁ、安心してくれ。他のレプラコーンから採掘料を徴収するから直ぐに儲けが出る」

 「そういう事を言ってる訳じゃないんだけれど…」

 「まぁ今に始まった事じゃないし…」

 「取り敢えず今日インしなさいよ。仕方無いから作ったげる。皆は?」

 「俺はパスかな。課題も残ってるし」

 「ボク達はOS(オーディナル・スケール)やりに行くから。それに今日はユナも来るしね!」

 「はい!」

 

 珪子と木綿季はユナの大ファンだ。今回のイベントはOSとユナのコラボとの事で、それに詩乃も付き合つ事になっていた。これから4人はショッピングモールで時間を潰し、それからクラインこと壺井遼太郎の運転する車に乗り会場へと行くらしい。

 目的地も違う事なので、悠は2人の帰宅時間の目安を聞くと帰路についた。いつもなら一緒にALOにログインするので、少し寂しさを感じながら。



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107話 惜・憤

 「随分人が少ないな」

 「そりゃ皆OSにハマってるからね。まぁその内戻ってくるでしょ」

 「それはそうだろうけど…なんつーかな…」

 

 今シュユとリズが居るのはレプラコーン領の採掘場だ。とは言ってもこの土地を購入したのはシュユであり、既にここら一帯は彼の所有地という事になるのだが。

 いつもならもっと多くの人で賑わうこの採掘場も今では閑散としている。目当ての鉱石が埋まるポイントに誰も居ないのは良い事だが、なんとなく虚しいのも事実。ここは場所争いからの乱戦が風物詩になっていた事もあり、すんなり目当ての物が掘れる事が虚しいのだ。

 

 「何と言うか虚しいものだな、シュユ」

 「サクヤか。珍しいな、シルフのトップがこんな所まで」

 「どこぞの灰色シルフが色々引っ掻き回してくれるからな、ソイツが私達とは袂を違うものとしている事を説明しなければならんのだよ」

 「随分と迷惑なヤツだな。顔が見てみたい」

 「ハハハ、こっちを見てみろ」

 「言われてるぞ、リズ。見てやれよ」

 「いや、アンタにでしょ。あたしレプラコーンだし」

 「マジレスは止めてくれよ…」

 「運営が飛行を無限にしてくれたから、ここに寄ったんだ。まぁ…ここもこんなものだとは思っていたが」

 「こんなもの?」

 「そうだ。全盛ならばこんな少なくはなかったろうに」

 「いずれ戻ってくるわよ。…どうせ、ね」

 「そう、だな。私は帰るとしよう、仕事があるのでな」

 「あぁ、じゃあな」

 

 掘った鉱石を鑑定していたリズは恐らくハズレだったであろう石を投げ捨て、言い聞かせる様に言った。

 

 「そう…あたし達は()()()()()なんだから、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「里香、アンタおかしいよ」

 

 以前から親交の有った友達に、そう言われた。学年的には2年離れてしまったが、それでも会って遊ぶ程度の繋がりはまだ有った。

 だがALOをプレイしていると知られた時、言われたのはその言葉だ。それもそうだ、里香の時間を奪い命の危機に晒したのは紛れも無いSAO、つまりVRMMORPGには変わりない。それでも同じジャンルの、しかも前線に出られるビルドにしているなど、常人からすれば異常そのものだろう。

 確かに始めた理由は明日奈から誘われた事も有る。だが、それだけでは無いのも事実。里香は半ば依存していた。里香だけではない。和人も明日奈も、里香も木綿季も詩乃も悠も、本名ではなく新たな自分として生きていけるこの仮想世界に住んでしまった。だから抜け出せない。SAO生還者がVRゲームに帰ってきたのは馬鹿だからとか、そんな理由ではない。単純に怖いのだ。現実と、そして仮想世界で作り上げたもう1人の自分(アバター)が崩れてしまう事が。

 それを里香は理解している。していても抜け出せないのだ。情けないと思うし愚かだとも思う。それでも未だに縋る自分を誤魔化し、そして笑顔で友達も誤魔化すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リズ、大丈夫か?」

 「ったたた…ボーっとしてたわ」

 「仕方無いな…ホラ」

 

 軽い治癒魔法を小声で詠唱してリズに掛ける。これも運営が変わった事の恩恵で、本当に初歩中の初歩の魔法なら詠唱無しでも使える様になったのだ。因みに魔法スキルの習熟度が上がれば少しずつ他の魔法の詠唱も短くなっていくらしい。シュユはそれなりに魔法を使う為、割りかし詠唱をスキップ出来たりする。対するキリトは魔法スキルなからっきしなのだが。

 

 「なんか嫌な事でも有ったのか?」

 「変に鋭いわね。…隠しても仕方無いから、言うけどね」

 

 その話を聴いたシュユは目を瞑って俯く。その表情は目深に被った帽子と鼻まで覆い隠している襟のせいでよく判らない。リズは何であんなに襟を大きく造ったのかと自分とシュユに憤慨する。要望も要望だが作る方も作る方だ。

 

 「…ね、アンタは何で戻ってきたの?」

 「何で?」

 「昔は殺人鬼だの犯罪者だの、好き放題言われて街中では手錠を着けなきゃ歩けないっていう条件で1番危ない最前線に送られてさ。それで生きて帰ってきても犠牲者が出たらアンタのせいって罵られてたじゃん。そこはユウキとかシノンが黙らせてたみたいだけど、少なくとも幸せでは無かった。そうじゃないの?」

 「…まぁ、そうだな。人を殺したのも事実だし、オレはそれが正しいと思って戦ってた。その結果、オレは殺し屋だの狂人だの、好き勝手言われてアイツら…いや、皆に迷惑掛けたな。戻ってきた理由か…やっぱり、あの2人に笑顔でいて欲しいからなのかもな」

 「え?」

 「ほら、オレ達は学校2年遅れだろ?オレもだけど何だかんだ2人も人見知りだからな。元の学校の今の学年の人達とはあんまり仲良くなれないと思う。でも、お前らなら大丈夫だから。命を預けたお前らとなら笑えるし、そんなお前らとの関わりを断つのは嫌だった。オレはユウキとシノンに笑って貰えるならどんな事でもやる。だから、その為に戻ってきたんだ」

 「そう…」

 

 リズは薄ら寒さを覚えた。ユウキとシノンへの想いと覚悟を語るシュユの目に陰りは無く、心の底から2人の為を想ってこの仮想世界に戻ってきた事が解る。()()()()()リズはシュユを畏れた。今言った行動原理の中にシュユが存在しない。幾ら好きとは言え、そこまで他人の事だけを想って行動できるものだろうか。

 もし、2人がシュユを忘れてしまった時どうするのか。リズはふと湧いた疑問を口にしようとしたが、どこか恐ろしい。リズはその疑問を口にする事無く、改めて武器の話題に持っていくのだった。



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108話 オーディナル・スケール

 「たっだいま〜!!」

 「ただいま」

 「お帰り、2人とも。どうだった?」

 「最っ高だったよ!ねっ、詩乃!?」

 「悪くはなかったわね。歌も踊りもしっかりしてたし」

 「へぇ…じゃあ手洗いしてきてくれ。ご飯出来てるから」

 

 母は今日夜勤であり、父は今本格的に進出してきたARに関する会議をする為帰りが遅くなる。なので先に帰ってきた悠は先に夕飯を作り、2人の帰りを待っていたのだ。

 

 「クラインが居るとは言え、かなり帰りが遅いな。2人とも、帰り道は大丈夫だったか?」

 「えぇ、問題無かったわ」

 「なら良いけど…明日はOSのイベントやるんだっけ?」

 「うん。悠は来ない?」

 「行っても良いけど…オレは1人でバイクに乗る事になるかな。2人はクラインと行くんだろ?」

 「仕方無いわね、私が――」

 「――いや、ボクが行くよ!」

 「…じゃあ行きが詩乃で帰りが木綿季、これでどうだ?」

 「そうね、私は異論無いわ」

 「ボクもー」

 「じゃあ決まりだな。ほら、早く食べな。疲れてるだろうし、早く寝るに越した事は無いだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「と言う訳でやって来ました、イベント会場ってな」

 「車も良いけどバイクも良いものね。風を切る感覚が気持ち良いわ」

 「そうか。じゃあ今度2人でツーリングでも…っと、来たな」

 「おう、悠――っといけねぇ。シュユじゃねえか!久し振りだな!」

 「今日はありがとな、クライン。帰りは詩乃を頼むぜ?」

 「任せとけぃ!」

 

 シュユはオーグマーを付け、リュックからリモコン(武器)を取り出し、周囲の人と同じタイミングでボイスコードを唱えた。

 

 「【オーディナル・スケール】、起動!!」

 

 すると両手に持っていたリモコンが形を変え、右手は片手剣に、左手は短銃を握っている。そして現れるのは巨大なゴーレム――ではなかった。

 

 「告知と違う!?」

 「慌てるなよ、ユウキ。…武士みたいなヤツだな」

 

 空から降ってきたのは朱い鎧を纏う巨大な武士。体力バーが3本現れると同時にSTARTの表示。戦闘が始まった。

 まずは遠距離から、つまり銃持ちの射撃が始まった。既に囲むように陣取っていた遠距離部隊は四方八方から射撃を開始するが、なんと武士は腰から刀を抜刀すると回転し、発生させた凄まじい風圧で弾丸の起動を全て逸らして見せた。

 

 「行くぞォォォォ!!!」

 

 クラインが先陣を切り、それから近接部隊が突撃する。剣と槍の2種類、中距離と近距離の波状攻撃が開始される。が、武士のAIはそのまま応戦する程単純ではない。大きく跳躍し、囲んでいる遠距離部隊の一角に急接近する。

 

 「シノンッ!!」

 

 シュユはそれをいち早く察知し、剣を口に加えて短銃を腰にマウントすると駆け出し、シノンを抱えて離脱する。その直後放たれたのは紅いエフェクトと土煙を伴う一撃。良く使っていたから見覚えなら幾らでもある。先程の一撃は普通の攻撃ではない、()()()()()()()

 

 「【旋車】だぁ!?」

 「面倒な…!」

 

 カタナ系ソードスキル【旋車】。シュユも愛用していた一撃が重い360度の範囲攻撃だ。それを巨大な武士であるこのボスが防御の手段が乏しい遠距離部隊のド真ん中で使えばどうなるか、想像には難くない。現に範囲内に居たプレイヤーの殆どが体力を全損してゲームオーバー、観戦に移行する者が出ている。

 頑張れーと少しの声援が上がるが、今の状況は最悪だ。このOSに於いて最も大事なのは近接ではなく遠距離攻撃要員であり、近接要員はダメージよりもヘイトを稼ぐ役割にある。VRゲームなら反射神経に任せた刹那の見切りもやれるのだが、これはARゲーム。つまりは現実だ。動きは現実の肉体が反映される為、シュユが良くやっている人外機動は封印されている様なものだ。つまり安全かつ安定してダメージを出せる遠距離が居なくなるというのはほぼゲームオーバーを意味すると言っても過言ではない。その程度の知識なら見聞きしている為、この状況の不味さは理解していた。

 

 「これ、詰みじゃないか?」

 「ううん、まだ…やれるよ!」

 

 駆け出したユウキが斬撃を潜り抜け、足元に4回連続で斬りつける。が、減った体力は微々たるものだ。ダメージを与えた事でヘイトが向いたのだろう、刀を振り上げた瞬間武士の面に覆われた顔の唯一の弱点――眼を正確に狙った弾丸が武士の眼を穿った。

 

 「…当たるもんだな」

 「幾ら弾が落ちないからって良くやれるわね。…私の特技が形無しじゃない」

 「安定はしないんだ、許してくれ」

 

 シュユは駆け出し、握っている片手剣を無造作に振り下ろす。が、直ぐに立て直した武士はそれを自らの刀で受け止める。そのまま巧みにベクトルを変え、返す刀でシュユに振り下ろすがそれを往なして地面に刀を誘導する。が、振動が手を伝わり痺れている。最低限の()()()()()()()は有るらしい。

 

 『頑張ってるね〜!!皆、盛り上がってる〜!?」

 

 そして空から舞い降りる少女。パラシュートも無しに空から舞い降りてきた事から、人間ではない事は直ぐ様判る。アレが恐らく木綿季が言っていた所謂『話題のアイドル』なのだろう。見た事は無いハズなのに、記憶のどこかをチクリと刺激する。

 そして歌い始めるアイドル。それに合わせる様に、シュユの目の前に1人の男が姿を現した。頭上に燦然と輝く2の数字、それはランキング制のゲームであるOSに於いて2位である事を指す数字だ。噂によると1位は何故か顔を出さないらしく、事実上の1位である。

 その彼は現実で起きているとは思えない程の運動神経をしていた。跳び、走り、壁や木を蹴って縦横無尽に戦う。まるで1人だけ仮想世界で戦っているかの様に。ランキング制のこのゲームではランキングに応じ、武器やアバターの性能が少しずつ上がる様になっている。そのお陰か、1人でシュユ達を超えるダメージを叩き出し、ゲージを丸々1本削った所で初めて口を開いた。

 

 「何をボーッとしている?行くぞ!!」

 

 その声に、多数のプレイヤーは駆け出していく。それはユウキもシノンも例外ではない。だが、シュユは動けないでいた。何故なら今も空で歌う少女が気になっているからだ。シュユは知っているハズなのだ。だが思い出せない。判っているのに、識っているのに思い出せない。その事に何故か納得していなかった。ヤケに気になるその感覚に、動けないでいたのだ。

 

 「――。ユ、シュユ!」

 「っ…!あ、あぁ、なんだ?」

 「もう終わったよ?帰らないの?ボクはそれでも――」

 「――悪い、少しボーッとしてた。じゃあ帰ろう。夜は冷えるしな」

 

 ヘルメットを木綿季に投げ渡し、しっかりバイクに跨った木綿季が腰をホールドしたのを確認し悠はバイクを発進させる。視界の端に映る水色が基調の服を着た少女が、こちらを見詰めた気がした。



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109話 後遺

 「はい、リラックスしてねー。息吸って〜、吐いて〜。………よし、オッケイ」

 「ありがとうございました。結果は?」

 「まぁ大丈夫かな。プレイしてる時に何か違和感とかある?」

 「違和感…というか、こう当たるか当たらないかの微妙なラインで視界がスローになったりはしますね」

 「あーね。それは大丈夫、VR適性が高い人に多い事だからさ。キミ程ズバ抜けた適性が有れば無い方がおかしいからね」

 

 今悠は国が運営する病院で検診を受けていた。それはVR適性が余りにも高過ぎるが故の事だ。通常のアミュスフィアでは悠本来のパフォーマンスが封じられてしまう為、研究の意味を含めて医療に使われる『メディキュボイド』や軍の訓練でも使われるスペックを持つ『アドバンスド・アミュスフィア』を使っている。その為悠は体調がおかしくなる可能性が無きにしも非ずなので定期的に検診を受けておく事にしている。

 

 「…あ、秋崎君。キミ、限定解除使ったでしょ」

 「えぇ、まぁ」

 「アレ、とんでもなく負担掛かるから乱用は本当に駄目だよ?アレは君のアミュスフィアの性能を高める…というか、ナーヴギアの性能とほぼ同じにするって感じだからね。流石に死にはしなくとも下手をすれば現実の身体にまでフィードバック来るから」

 「最悪どうなりますか?」

 「多分戦う分には心拍数が上がる程度だけど、死んだら不味いかもね。下手すれば心臓が止まる…かも知れない」

 「流石に死ぬ訳にはいかないので、留意します。…とは言え、余程譲れない事が関わってない限りやりませんが」

 「君もそうだけど、桐ヶ谷君と紺野君にも言っておいて欲しい。君達3人は不確定要素の塊みたいなものだからね」

 

 悠、和人、木綿季の3人はSAO生還者の中でも最高クラスのVR適性値を持つ3人だ。意図的にゼロモーション・シフトを使える3人であり、それ故にリハビリに時間が掛かった3人でもある。

 その中でもズバ抜けている悠は最近現実で生き難さを感じる事がある。それも当然、悠の仮想脳は既に現実の脳とほぼ同等かそれ以上に発達している。しかも1度現在のVRゲーム界を支えている【世界の種子(ザ・シード)】の根幹を成すモノ――カーディナルの中枢に潜り込み、ユノウを救い出した彼は言わば神と繋がったに近い。その恩恵か、彼は仮想世界に於いては未来予知に近い予感を持つ。それ故に予想がつかない現実より仮想世界を好むのは当然だろう。

 だがその後遺症も深い。後遺症とは言っても肉体的なものではない。むしろ悠は健康優良であり、壊している所は身体には無い。悪いのは心、つまり悠は心的外傷によるストレス障害を患っていた。

 その症状は幻聴と悪夢だ。幻覚こそ見ないが、1人でいると今まで殺してきた者の怨嗟の声が耳の奥底に響く。だが、それならまだ良い。イヤホンで耳を塞いで音楽を垂れ流せば幾分かは緩和出来るからだ。しかし、悪夢は違う。悠と言えど人間、つまり睡眠は欠かせないものだ。だからこそ寝るのは不可欠であり、それ故に悪夢からは逃れられない。最近は両親と詩乃と木綿季にその事を話し、夜は共に寝る事で気休め程度に精神を安定させている。

 だが、夢の中に2人が現れる事は無い。表面上は後悔などしていないと言う彼だが、そんな訳が無い。結果的に良かったと言えるだけで後悔なら幾らでも有るのだ。毎晩毎晩その後悔と犯してきた罪を主観でフラッシュバックさせられ、その感触を覚えたまま起きる。その度に悠は叫んで死にたくなる。精神安定剤と睡眠薬を飲んでおり、悪夢に悩まされる為質の良い睡眠は摂れず、既に限界が近かった。それでもすんでの所で持ち堪えているのは全て友人達のお陰であり、家でも詩乃と木綿季の2人が居なければ保たないだろう。

 それでは駄目だと1人で行動する事が増えたが逆効果で、2人に会った時の反動が大きくなっただけだ。いつかは1人で立たなければならないというのに、ままならないものだ。

 

 「…じゃあ、失礼します」

 「悠君、少し待ってくれ」

 「どうしました?」

 「…いや、すまない。気にしないでくれ」

 「…?分かりました、それでは」

 

 診察室を去る悠の足取りは軽く、何かに駆られる様に早足だった。それを見た医者は嘆息する。

 

 「…難儀なものだ。世の中は彼の事を既に許しているのに、彼自身が自分を許せていないんだからね。…彼を許せるのは、もう――」

 

 悠が殺してきた者は全て犯罪者(オレンジ)、つまり危険人物だ。デスゲームと銘打たれたSAOに於いて尚、他人を虐げて優越感に浸り、快楽を満たす者達。その事が判明し、悠は自らの汚名を顧みずに犯罪者から人々を助けていた英雄としての見方が強まってきていた。それには政府からの情報統制やらの黒い部分も絡んでくるのだが、目を瞑っておいた方が良いだろう。

 うら若き少年の自己犠牲の善行、それがプレイヤー『シュユ』が成した行動だ。その中に何も悪い事は無く、それ故に彼の行動の英雄性は増していた。むしろ輝かしい功績()()伝えられていない【黒の剣士(キリト)】よりも、血腥くダークヒーロー的な面もある【狩人(シュユ)】の方が今時の刺激に飢えた世間にはちょうど良いのだ。

 目覚めた時は祝福されず、漸く悠は英雄として見られる事が出来た。だが、彼がそれを認めていなかった。何よりも当事者である彼自身が自らの成した行動を許せず、前に進もうとしているが故に1()()()()()()()()()()()()()。何かと理由を付けて仮想世界へ戻ったのもその証左だ。

 

 「――いや、それは僕が推し量れるものではないね。…少しでも救いが有れば、きっと…」

 

 医者はそう呟く。権力がどうこうという、そんなものに興味を持たない彼は良い医者だ。だからこそ、自分の患者である悠の未来を心から願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして自宅に帰った悠が聴いたのは、クラインの腕が折られたという報告だった。




 この章、つまりOS編のテーマは『決別』です。ちなみに他の章にもしっかりテーマは有ります。


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110話 懐疑

 「あ、ここも復元されてるな。ユウキ、覚えてるか?この店」

 「…う、うん。勿論覚えてるよ、確かボクは…サンドウィッチ食べたよね」

 「いや、ここはパスタみたいな麺類の店だぞ?珍しいな、ユウキがそういうのを覚えてないなんて」

 「そんな事無いよ!その…少しこんがらがっちゃって」

 「…そっか、そういう事もあるよな。取り敢えず入ろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――あ…」

 「どうかしたのか?」

 「いえ…ここ、何が有ったか思い出せなくて」

 「ここはシノンがオレを拉致した所だろ?いきなり麻痺ナイフでさ、アレは焦ったよ」

 「えぇ、そうだったわね。…年かしら?」

 「まさか。さ、クエストはこの先だろ?早く終わらせよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ねぇ、シュユ君」

 「アスナか、オレに用なんて珍しいな」

 「う、うん、ごめんねいきなり」

 「別に構わない。なんだ?」

 「キリト君とシュユ君が食べてたサンドウィッチ、味付けを忘れちゃって。覚えてたりしないかな?」

 「ちょっと待ってろ。……有った。ほら、レシピだ。お前が預けてくれたヤツ、持ってて良かったな」

 「ありがとう!」

 「日頃の恩だ、気にするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………どうして」

 

 何故だろうか、最近木綿季と詩乃の物忘れが激しい。しかもそれは日常生活のものではなく、SAOに関する事が殆どだ。それがもし彼女達が忘れたいものなら仕方無い、それは悠には強制出来ないからだ。だが、2人は後悔していないと言っていた。ならば忘れるのはおかしくないだろうか?悠はたった1人、真っ暗な部屋で壁にもたれ掛かっていた。

 明日奈も同じだ。和人とは最近会っていないが、もし彼も忘れていたらと思うと悠はゾッとする。それ程までに彼が忘却を恐れるのは偏に自分を許せていないからだ。彼が望むのは2人の傍に在る事であり、それは彼が自らに課した贖罪でもある。2人の望みを何があっても叶える事、それだけが今の【秋崎悠】を支えている。それが無くては彼は無い。余りにも大きな自責で潰れてしまうのだ。

 

 「忘れちゃったのか?SAOの事、忘れたかったのか?なら言ってくれよ、オレが馬鹿みたいじゃないか。オレが託した祈りも、やってきた事も、これじゃあ何も……」

 

 弱った心は少しずつ悪い方向へと思考を侵食していく。いつもなら積み重ねてきた2人へと無上の信頼でそんな弱気な事など簡単に跳ね除けられた。だが、今の悠はボロボロなのだ。幾ら悠とは言え人間だ。もうとうの昔に限界を超えていた。暗闇に包まれた部屋の中、悠は涙を流して「どうして」と誰も居ない虚空に問い掛け続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうして…?どうして思い出せないの!?」

 

 ユウキは仮想世界の中、そう叫んだ。今居る夜の森には誰も居ない。だからこそ積み重なっているフラストレーションを全て敵にぶつける事が出来ている。その切り口は乱れていて、普段のユウキの腕前からは想像出来ない程見るに堪えないものだった。周りに落ちているアイテムを回収する事は無く、ある意味では死屍累々と言える光景だろう。

 それも全て自分の記憶のせいだ。一昨日のOSでのイベント、そこでユウキは死んで(ゲームオーバーして)しまった。それからだ、SAOでの記憶が徐々に思い出せなくなっていったのは。初めは店の名前や町並みなどの細かい事が、今では重要な思い出すら思い出せなくなっていた。それは詩乃も同じで、段々と思い出せなくなっていく事に恐ろしさを感じていた。それは全てに於いて悠に捨てられるかも知れない恐怖だ。

 彼は赤の他人には決して言えない様な恐怖を抱えていた。それを溜め込みそうになる度に悠は詩乃と木綿季に吐き出し、彼が恐怖を抱えていた記憶を託されていた。それが戦闘で戦いの負の面に呑まれやすい彼がしっかりと恐怖を感じていた、つまり人間である証拠と人間で在りたいという祈りを託していたのだ。それを忘れてしまう事がどれだけ2人にとって、悠にとって残酷な事か。

 今は詩乃もどこかで鬱憤を晴らしているのだろう。メニューを開いてフレンドの欄を開けば直ぐに判るが、そんな事をする気力も無い。どうせ死んでもALO(ここ)では現実に何の影響も無い。むしろ記憶を無くしてしまうのなら死にたい、それが今のユウキの想いだった。

 

 「ああああァァァァァ!!!」

 

 獣の様な慟哭が響き渡る。そんな状況でもユウキが他人事の様に考えていたのは、どうにか誤魔化せるか否か、そんな事だった。



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111話 暴発

 ここはアインクラッド28層、狼ヶ原。何もない殺風景な荒野にシュユと2人は立っていた。シュユは問い掛ける。

 

 「…なぁ、覚えてるか、2人とも」

 「勿論だよ!ね、シノン?」

 「全くだわ。流石に嘗めないで貰える?」

 「あぁ、そうだよな。ここ…狼ヶ原は、2()()()()()()()()()()()()()()()

 「()()()()()()()()()()

 「()()()()()()()()()、シュユ」

 

 少し口角を上げていたシュユはその言葉を聴いた瞬間、笑顔を消す。確信したのだ、2人からもうSAOの記憶は殆ど()()()()()()()()()()()

 

 「…嫌なら、言ってくれよ」

 「…シュユ?」

 「もうSAOの事を忘れたいなら、早く言ってくれよ!!」

 「え…」

 「覚えてないんだろ!?ここは2人がオレを拉致った所じゃない!ここは犯罪者(オレンジ)狩りをしていたオレを、皆が止めようとしてくれた場所だ!」

 「…!」

 

 2人は自分達が返答を間違えた事を直感した。滅多に声を荒らげない彼が叫んでいる。そして自分達は責められて然るべき立場なのだ。

 

 「本当はオレの祈りなんてただ迷惑なだけだったんだろ!?あぁ、気付けなくて悪かったな!オレの勝手な押し付けで縛り付けて、もう良いよ!!」

 「そんな事無いよ!ボクはキミの――」

 「――なら、どうして覚えていてくれないんだ?」

 「それは、その…!」

 「どうしてあなたはそんなに過去に囚われるのよ、シュユ!?先に進みたいって言ったのはあなたじゃない!」

 「進む…?進める訳が無いだろう。オレは人を殺した、その上友達を守れなかったんだぞ!?目の前で死なせておいて、はいそうですかさようならと前に進める程オレは鈍感な人間じゃない!!!」

 

 殺した人の為にも、助けられなかった人の為にも彼は生きて進み続けなければならない。()()()()()罰せられなければならなかった。2人はその為の楔であり、悠に寄り添って支え続ける――ある意味では悠を罰し続ける事が悠にとっての柱であった。

 ぎしり、と何かが軋んだ音がした。

 

 「犠牲の英雄、影のヒーロー、美しい自己犠牲!!散々騒がれた!!殺人鬼とか散々言っておいて、真相が明らかになればヒーロー扱いだ!それも飾られただけの偽装だと知らないヤツらはとことんおめでたい!!!」

 

 彼の奥底で煮詰められ、澱みと化した重い想いは1度吐き出せば止まらない。自分を圧し潰す程の自責と罪の意識、それを隠して単一の戦力として振る舞い続けた彼にとって、それ程までに2人に託した記憶は大事なものだった。それを忘れられたという事実は重く、取り返しのつかないものだった。

 みしり、と何かがヒビ割れた様な音がした。

 

 「薬を飲んでも夢に見る!!オレが殺したプレイヤーがオレを殺そうとしてくる夢をな!!その中にオレを救ってくれる人は居ない。誰も、皆がオレの死を望む!!」

 

 殺人を犯した犯罪者は、自ら行った場合を除いて悪夢に悩まされる人が多いと言う。悠もその1人だ。そもそも幾ら大人びていたとして、彼はまだ成年もしていない少年だ。そんな彼が友人を目の前で失い、友人との待ち合わせをとことん待った後に死んだ事を知ったとしたら、トラウマを抱かずにいれるだろうか?そのまま現実を生きていけるだろうか?ましてや必死な想いで託したモノを忘れられたとしたら、正気でいられるかどうかすら怪しいではないのか?

 バキッ、と何かが折れる音がした。

 

 「…でも、もう良いよ。ありがと、さよなら」

 

 彼はログアウトした。アバターが消え、フレンド欄を見れば彼がこの仮想世界に居ない事が判る。急いでログアウトした2人が見たのは、開け放たれた窓と風にたなびくカーテン、そして空っぽの彼のベッドだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…!ユウキ、シノのん!どうかしたの?」

 

 2人が縋ったのは友人だった。ALOのプレイヤーホーム、そこでアスナと待ち合わせをしていた。アスナは何も気にせずに家に入れてくれた。シノンが状況を説明する。

 

 「――そっか…でも良かった」

 「え、良かったって、どうして…?」

 「私と同じ不安を抱えてる人が居たって、やっと分かって…!」

 「アスナ…」

 

 アスナは2人に抱き着く。その身体は微かに震えていて、本当に怖いと感じているのだと嫌でも理解させられる。そしてユウキとシノンは2人でどうにか支えられていた。だが、その不安を1人で今まで抱えていた重圧がどれ程のものか、2人には量れなかった。

 3人は泣いた。静かに涙を流した。それはただ哀しいからではない。各々に託された記憶を、祈りを忘れてしまった事に対する赦しを請う、懺悔の涙だった。そしてそれを窓から覗う、黒ずくめの少年も覚悟を新たにしていたのだ。



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112話 認識

 お気に入り1000件突破、ありがとうございます。あと数少しで完結の本作ですが、気を抜かずに頑張っていきますのでよろしくお願いします。


 秋崎悠は家出をした。と言っても原因は親との喧嘩ではなく、もうあの2人の前に姿を現さない方が良いと思ったからだ。別に死のうとは考えていない。彼の通帳には今まで使わずに貯めてきた(使い途が無く貯まっていった)中々の金額が入っており、暫くの間は食い繋げる。いざとなれば人間、どうにかして生きていけるものだ。そんなガバガバな考えで彼は放浪していた。今は公園に来ている。街を見渡せるここは彼の気に入っている場所だった。

 

 「――よう。隣、良いか?」

 「…クライン、どうしてここが…?」

 「バカヤロー、誰がここを教えたと思ってやがる。ついでにな、オメーと和人の野郎は考えが読みやすいんだ、ちっと考えれば分かんのさ」

 

 ホットの缶コーヒーを差し出したクラインは返事を待たずに悠の隣に座る。ベンチの端と端で少し距離はあるが、それが悠には好ましい。そしてそんな距離を自然に取れる彼を凄いとも思った。

 見てみれば片手には未だにギプスを着けている。つい最近折ったばかりなのだから当たり前なのだが、よく見れば服も病院の服だ。抜け出してきたのだろうが、その手で運転してきたのなら流石に駄目なのではないだろうか。

 

 「…家出したって聴いたが、本当かそりゃ?」

 「…あぁ、そうだ。いきあたりばったりだが…あの2人の前に顔を出せないからな。戻れと言われてもオレは――」

 「――戻れとは言わねーよ。ただ、話しようってだけだ」

 

 クラインは缶コーヒーを一口煽ると上を向き、満天の星空を見上げる。

 

 「俺もよ、最近SAOの事を思い出せなくなっちまった」

 「……!」

 「なんでかは良く分かんねぇ。ただ忘れたい訳じゃねーのに忘れちまった」

 「別に忘れても…どうせトラウマになる様な記憶だ、無い方が良いだろ」

 「俺もそう思った。やっとあの胸糞悪い感触を忘れられるってな」

 「え…?お前、人を殺して…」

 「あぁ、有るさ。和人もな。覚えてるだろ?えぇっと、アレだ…あの殺人ギルドの…」

 「【ラフィン・コフィン殲滅戦】、そうだろ?」

 「あぁそうだ、それそれ。俺達も参戦してて、自衛の為に仕方無く、な…。リアルな感触じゃあ無かったが、刀が命を刈り取る感触は手に染み付いて取れやしねぇ。最近じゃSAOの事はあんまり思い出せねぇんだが、あの感触だけは簡単に思い出せる。まぁ、あの胸糞悪い階層で人型を1番倒してて、プレイヤーも仰山倒したお前よりかは少ないがな」

 

 【ラフィン・コフィン殲滅戦】とはSAO終盤に行われた攻略組のギルドが結託し、突き止めた本拠地を攻略組最高クラスの実力を持つ者が行った作戦だ。目的は文字通りラフィン・コフィン構成員全員の殲滅であり、その際悠は勿論和人も手を汚した。むしろ汚していない者の方が珍しい。その汚した者を尚更悩ませたのはオレンジ以上のプレイヤーは殺したとしても自分の色は変わらないシステムだ。まるで自分のした殺しが正しいと言わんばかりのそのシステムに心を病み、攻略組から抜けた者も一定数居た。曰く『SAO史上最大の戦争』とも呼ばれている。

 

 「お前はすげぇよ、悠。俺ならお前みたいに踏ん張れない。幾ら大切なヤツが居たとしても、俺は多分人を数人殺しただけで潰れちまうだろうよ」

 「…それは遠回しにオレがバケモノって言いたいのか?」

 「ったく、何でそう捻くれた捉え方をするかな…。俺がんな事言うと思うか?」

 「……いや、冗談だ」

 

 クラインは確かに強い。それでも純粋な強さなら悠や和人には遠く及ばないだろう。だが、彼の本当の強みはそこではない。彼の強さは彼自身の奥底から湧き出る様な人の良さと裏表の無い性格、人を従えるのではなく惹きつけるカリスマだ。それを総称して、人は『人望』と呼ぶ。そんな彼が今の悠に嫌味を言うとは思えない。

 

 「悠、お前はな、お前自身は自分をただの犯罪者としか思ってないだろうよ。お前はそういうヤツだ、大体解ってる。自罰的ってヤツなんだろうな、お前はいつでも自分を責めてる」

 「…………」

 「だけどよ、たった2年の付き合いのヤツが何言ってんだって思うかも知れねぇけどよ、俺はこれだけは言えんだ。和人のヤツは確かに英雄だ。それは変わらねえ。SAOを攻略に導いたって言われんのも当然みたいな働きをしてたからな。…だけどな、お前も俺らからしちゃ英雄なんだぜ?」

 「…は?オレが、英雄?」

 「あぁ、そうだ」

 「人を沢山殺したオレを?正気か?」

 「その分、お前は沢山救ったさ。…そもそも、幾らお前が犯罪者と思ってたとして、手錠を着けて街中を歩けるヤツなんてお前くらいだ。他の、攻略組じゃないヤツらを安心させたかったんだろ?」

 「…買い被りだ。アレはやられて然るべき処遇だった」

 「それで納得出来ちまうんだ、充分すげぇよ。それにな、少なくとも一定数はお前の戦いに憧れてたヤツが居るって知ってたか?」

 「…初耳、だが…」

 「和人の戦い方はな、真似出来ねぇ。アレは才能とユニークスキルの問題だから仕方ねぇが。だけど、お前のは違う。道具と周りのもんを駆使して戦う、お前独自のやり方はな。確かに才能は要るが、ユニークスキルは必要無かったろ。木綿季やら詩乃もユニークスキル絡みだし、明日奈は本人の才能の部分がデカかったハズからな。その点、お前は周りをよく見るっつー戦いの基本を押さえてればある程度は真似出来る。多分、そこじゃねぇかって俺は思ってる」

 

 和人、木綿季、詩乃の戦いはユニークスキル頼みだ。本人のセンスも然ることながら二刀流、幻影剣、射撃とユニークスキルを持っていなければ真似すら出来ない。だが悠は違う。確かに大きい一撃を喰らえば終わりという馬鹿げた体力の低さはかつての武器、葬送の刃の持つバフを活かした速度は真似は出来ないだろう。だが、彼の戦いの本質である『何でもあり』はやろうとすれば誰にでも出来るものだ。それも本人の才能に関わるが、それでも醜く生き残る程度なら誰にでも出来る。

 だがそこには和人達の様な華麗さは無いし憧れられる程良いものでもない。才能が無いからこそ尋常の勝負ではなく、自分の土俵に引きずり込む事しか勝つ方法が無いのだ。泥臭いだけの醜い戦い、それが【灰の狩人(シュユ)】の戦いだ。

 

 「まぁ憧れてたのは下層の…始まりの街に居たチビ共だな。お前の人柄を知ってるヤツが、お前みたいになろうって皆で訓練してたんだぜ?」

 「どうして…お前が、そんな事を?」

 「あ?そりゃあ俺が見てたからな。本当なら本人…お前に頼んだ方が確実だし喜んだんだろうが、お前も自分の事で精一杯だったしな。まぁ、アイツらはお前の事を本当のヒーローって思ってたさ」

 「……なんで…」

 「和人、確かにアイツには助けられたぜ。でもな、アイツは見ず知らずの他人の為に命を使える程優しくはない。最低限、忘れてても後から思い出せる程度には関わってるヤツの為には動けても、な。だがよ、お前は違うんだ。お前は本当に見ず知らずの他人の為に戦える。たった1度一緒に戦った和人を助けて、そんでボロクソに言われてもお前は踏ん張って最前線に居た、それだけは覚えてる。確かに大人とかはお前を殺人鬼とか言ってる。ただ俺は…攻略組に居たからこそ言える。お前も英雄だ、俺は胸を張って言ってやる。何度も、何度もな」

 「……………」

 「この程度の関係の俺がそこまで断言すんだ。あの2人が思ってねぇ訳が無いだろ?それが分かんねぇお前じゃない、俺はそう思ってる。…これも、押し付けなんだろうがな」

 

 押し付け、それはSAO攻略組の全員に課せられたものだ。畏怖と尊敬を込めて付けられた異名は誇らしく、だがだからこそ並々ならぬ重さを放つ。その異名に恥じぬ様、死した者に敬意を払い、『攻略組』である事を押し付けられるのだ。休暇中に「サボらずに責任を果たせ」と言われた事すら有る程に、彼らは『責任』という名の生き残っているプレイヤーの命を背負わされ、押し付けられていのだ。

 

 「俺が言いてぇのはこれだけだ。…あと、1つ俺が判る事を教えとくぜ」

 「…なんだ?」

 「俺は少なくともSAOの事を忘れたくはなかった。それは他のヤツらもそうだと思うぜ。特にあの2人はな。…そして俺を含めた忘れちまったヤツの共通点はO()S()()()()()()()()()()()ともう1つ、1()()O()S()()()()()()()()()()()()()()()()()ヤツだと思う。…これを聴いたお前がどうするか、それはお前の自由だぜ。後悔しないようにしろよ」

 

 そう言って去っていくクライン。その背中はいつもと変わらない、頼りになる兄貴の様な背中だった。

 

 「…オレが、英雄か…」

 

 そう言って悠は自分の右手を見つめ、少しすると唐突に顔を上げ、自分のバイクに乗り込むのだった。



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113話 因縁

 ARアイドル、ユナ。そのライブに木綿季と詩乃、明日奈は来ていた。最近沈んでいる3人を見かねた珪子が連れてきたのだ。この様なライブに来るのは殆ど初めての3人はペンライトを握り、徐々に高まっていく会場のボルテージにドキドキしている。

 

 『ワァァァァァァァァ!!!』

 

 そして爆音と共にユナが登場する。会場の全員は立ち上がり、歌のリズムに合わせてペンライトを振る。自分達が着けているオーグマーが放つ点滅する光、それがライブの演出と信じ切って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アンタの狙いは解ってる。人を生き返らせるなんて出来ると本気で思っているのか!?」

 「出来るかどうかじゃない、やるんですよ!!アンタには解らないでしょうね、力が無いヤツの気持ちなんて!!」

 

 地下駐車場では和人とOSランキング2位、【エイジ】が相対していた。エイジ達の目的はSAO生還者達の記憶、その中に含まれる死亡したプレイヤー【ユナ】の記憶を掻き集め、本物のユナを生き返らせる事だった。それは茅場晶彦ですら触れなかった分野、つまり出来るかどうかすら解らないものだ。その為に他人の記憶を奪うなど論外、そう信じる和人は叫ぶが、エイジには届かない。

 

 「あなたからも記憶を頂きますよ。ユナの為に、ね」

 「クッ…」

 

 早くこの事を伝え、仲間を連れ戻したい和人だが、目の前にはエイジが立ちはだかる。以前彼と戦った際、キリトは本気ではなかったとは言え負けた。それでも…そう思った時、後方から聴き慣れた声が響く。それは、今は絶対に聴く事は無いと思っていた声だった。

 

 「随分と言う様になったな、【ノーチラス】。SAOが終わって負けても死なないと知ったからか?」

 「俺は【エイジ】だ!!誰だ、俺のその名前を知ってるのは一握りしか居ないハズだ!」

 「言うようになったじゃないか。昔はオレの姿を見ると逃げてった癖にな」

 「まさか…悠、なのか?」

 「…その通りだ、和人。どうやらオレは、まだ英雄になりたいらしい。…助けに来たぜ」

 

 彼は背負っているバッグからリモコンを2つ取り出し、オーグマーを着ける。既に臨戦態勢は出来ていた。後はボイスコマンドを唱えれば直ぐにでも戦えるだろう。

 

 「それに記憶を奪いたいならオレから奪えよ。オレは、死んだ後のユナの記憶を持ってるぜ?」

 「死んだ後の…?まさか、ユナの幽霊を見たとでも?」

 「その通りだ。必要なんだろう、お前達には?死後の彼女の記憶がな」

 「何故それを!?」

 「調べた。こっちは政府にコネが有るんだ、後は色んな専門家に意見を聞いてそれを纏めてしまえば仮定は出来る。そういう事だ」

 

 そんな訳が無い。幾ら彼が政府の立ち上げた部署『VR犯罪予防課』と面識が有ると言っても、それだけの事で判る訳が無い。そう、これは運だ。既にもう意味を成さなくなった()()()()、リアルラックの向上。メリットもデメリットもごちゃまぜになり、既に無くなったと思っていたソレがやっと活かされた。偶々専門家が父の知り合いだった、普段は多忙な教授がその日は偶々研究室に居た、気難しい気性の老教授と話のウマが合ったお陰で話せた。そんな、宝くじが当たるなどのブッ飛んだ運ではない、小さな運(リアルラック)が今の悠をここに立たせていた。

 やっと活かされた特典、そのお陰で立っている事には気付けない。悠はこの世界の予備知識を持たない。それがデメリットだからだ。だが、だからこそ固定観念に囚われない。原作(正しい世界)を再現しようとはしないし、原作を変えようともしない。ただ、今の彼は助けたいのだ。きっと自分を英雄と信じてくれる人を。

 

 「早く行けよ、和人。ここはオレに任せろ。今は先に進め、良いな?」

 「…あぁ、頼んだぜ、悠」

 「…そっちこそ、頼んだ」

 

 エイジの隣を通り過ぎて和人は中へ走る。妨害しようとしたエイジに飛び掛かり、悠はボイスコマンドを叫ぶ。

 

 「オーディナル・スケール、起動!!」

 「クッ、邪魔を…!!」

 

 悠の服が変わり、両手には片手剣と短銃が握られた。エイジもOSを起動させ、襲い来る剣を往なして距離を取る。エイジの頭上に燦然と輝くのは2の数字、対する悠は6の数字だった。

 オーディナル・スケールに於けるランキングとはプレイヤーの強さを表す。その数字が大きければ大きい程自由度が高くなり、服や武器のカスタマイズに加えて段々と体力が上がっていく。故にランキングとは言わば変動するレベルの様なものだ。2位という順位を保持するのがどれだけ大変か、悠には想像もつかない。

 

 「あなたは俺の事を覚えてるみたいですね。あの黒の剣士とは違って、直ぐに名前を呼んでくれましたし」

 「勿論覚えてるさ、ノーチラス。KoB後衛部隊に配属、恐怖心からか死に瀕すると動けなくなる…今出せるのはこれぐらいのもんだが、合っているだろう?」

 「俺はエイジだと言っている!!その弱い自分は、もう殺したんだ…!!」

 「……お前も、囚われているんだな」

 

 悠は袈裟掛けに振り下ろされる剣を躱し、右手の剣で反撃するが容易く往なされる。それを見越していた悠は短銃の引き金を3回引くがエイジの超人的な見切りから繰り出される斬撃により、銃弾3発は斬り捨てられた。ならば、と接近し鍔迫り合いへと持ち込むが押し切れず、ギチギチと剣が鳴る。

 

 「死者を甦らせる事がどうとは言わない!だが、それで彼女が喜ぶと思うのか!?」

 「解りませんよ、だからやるんです!!あの時守れなくて済まなかったと、ただ謝りたくてもう1度逢いたい!その気持ちの何が悪い!?」

 「それで他人の記憶を犠牲にする事が身勝手だと言っている!!」

 「別に良いじゃないか!!アンタだってそうだ、どうせロクな記憶じゃない!なら、俺が奪ったって良いじゃないか!むしろ、あの悪夢を忘れられるなら嬉しいハズだ!!」

 「それはお前が決める話じゃないだろうがッ!!」

 「それはアンタも同じだッ!!」

 

 このまま潰す、そう思って剣を押し込むがエイジは1度身体を沈ませ、そこから伸び上がる事で悠の剣を弾く。当然悠の体勢は崩れるが、短銃を乱射する事で近寄らせない。それを焦れったく思ったのかエイジは柱を斬り、崩す事で土煙を起こし悠の視界を奪う。自然体で構え、襲ってきた所をカウンターする覚悟で待ち構える。常に走り回っているのか、地下駐車場である事もあり反響してエイジの声が響く。

 

 「大切な人を目の前で死なせて、それで諦められると思うんですか、アンタは!?謝りたいと、もう1度逢いたいと願うのが、だから奮闘する事が悪だと、アンタは言うのか!?」

 「あぁそうだ、言ってやる!!お前がやってる事は悪だ!死者の眠りは何者も汚してはならない。祈りも無く、苦しみも無く、ただただ安らかに眠らせてやらなければならないんだ!!それをお前は汚そうとしている!」

 「それはアンタの正義だ!死者に意思なんて無いんだ、だからアンタの正義はおかしい!!」

 「なら、お前もおかしいだろうが!!死者に意思が無いなら、死者を甦らせようとしているお前達は何なんだ!?ソレが生き返ったとして、ソレはただの人形だろうに!!」

 「ユナは生きてる!!アンタら全員の記憶の中で、しっかり生きてるんだよ!!だから生き返らせるんだ!!」

 「っ、この…馬鹿野郎がッ!!」

 

 煙の中から現れたエイジの斬撃を受け流す。が、通常エイジが剣を握るのは利き手の右手のハズだ。だが、今は左手に握っている。それに気付いた直後、悠の鳩尾に拳が突き刺さった。仮想世界なら問題無い一撃だが、生憎ここは現実だ。胃から胃液が迫り上がり、身体は無意識に衝撃を逃がそうとくの字に折れ曲がる。下がる悠の頭にエイジは膝蹴りを打ち込む。鼻に当たる事だけは回避したが、頭が大きく振られたせいで足元がフラつく。エイジは右手の悠の剣を弾き飛ばすと足を払い、転んだ悠の鼻先に剣を突き付けた。

 

 「どれだけあなたがあっち(VR)で強かろうが、ここ(現実)ではこの程度です。分かったら早く記憶を渡して下さい。今なら、応急処置だってやってあげられますよ」

 

 左手の銃には既に残弾は無い。既に使い切っているからだ。剣は右後ろに落ちてはいるが、今ここで拾いに走ったとしてもエイジは容易く追い縋り、悠の背中を斬り捨てるだろう。そうなればゲームオーバー、つまり悠は記憶を奪われる。既に盤面はどうしようもなく、詰んでいた。

 だが悠は空中を指で指す。まるでスキルツリーを表すように、詰んでいるとは思えない程に自然に。

 

 「ユナは【吟唱】を持っていた…そうだろ?」

 「…えぇ、そうですよ。彼女はそのスキルを持っていた。そして…死んだ」

 「その、様子じゃ…あのスキルの取得条件、知らないみたいだな…」

 「何?」

 「あのスキルは、手間の割に専用の武器が無けりゃ単体じゃ戦えない…同じ準ユニークスキルの調教師(テイマー)とは違って、完全に支援に寄ったスキルだ」

 「…それが、どうだと?」

 「そのスキルの取得条件はな、音楽系のスキルを3つ以上所持して、それで全部熟練度をカンストさせる事だ。それで得られるのは完全支援型の自衛すらままならない準ユニークスキル…そんな酔狂なものを使い続けてたんだろ、彼女は」

 「だから、それがどうしたんですか!?」

 「…1つ教えてやる」

 「…?」

 「オレの一挙一動は、意味が無いものは無い。…つまり、油断して目を離すなって事だ!!」

 

 悠の指が空中を押す。すると()()()()()()()()()()()()()()、悠は弾丸をバラ撒く。そう、先程からの動きは設定を弄っていたのだ。取り回しは悪くなるが、その分威力や射程は折り紙付きだ。幾ら強いとは言え、エイジだって人間だ。飛来する銃弾を斬り捨てるなど、どこぞの黒の剣士の様な真似は出来ない。更に悠はエイジの足元を撃つことで煙を発生させる。

 

 「…鈍りましたね、シュユさん!!」

 

 エイジには見えた。剣を拾いに行く悠の背中が、薄っすらと煙の向こうに影として見えたのだ。だが、手応えが無い。斬り捨てたソレは悠ではない。そう、それは悠が着ていた上着だ。ここは現実、幾らARであろうとも服を重ね着していた事実は変わりようがないものだ。それをエイジは失念していたのだ。

 

 「その強さの種、もう見切ってるんだよォォォッ!!」

 

 後ろから飛び掛かり、首筋に有る機械部品を引き千切る。力任せに引っ張られたコードはブチブチと音を立てて千切れ、エイジが着用していたパワードスーツは機能を停止した。

 そのまま振り向いたエイジの顎を悠の右拳が打ち抜く。脳が大きく揺さぶられ、たたらを踏んだエイジの胴体に、隠し持っていた3()()()()()()()()()()()を起動させて現れた剣を用いて十字に斬り裂く。銃弾数発と斬撃のクリーンヒットにより体力はみるみる内に減っていき、エイジはゲームオーバー。衣服は現実のものになり、立てないエイジは壁にもたれている。

 

 「…オレは、本当にユナに会った事が有る。恐らく、死後のな」

 「………」

 「だけど、彼女は笑っていたよ。憎悪や怨恨なんて無縁な笑顔で、笑っていたよ」

 

 そう言って悠は会場に入る。が、ドアを潜った瞬間膝をついてしまう。そのまま込み上げてきたものをブチまける。

 

 「グッ…ごぶぇっ…!クソっ…」

 

 パワードスーツを纏ったエイジの一撃はしっかりと悠の内臓にダメージを与えていた。吐瀉物を床に吐き出し、フラフラになりながらも壁を使って身体を支えて立ち上がる。すると視界に見慣れた、しかし久し振りに見るシルエットが入ってくる。

 

 『お父様、助けて下さい!皆さんが…このままじゃお母様達が!!』

 「ハッ、ハッ…任せろ。取り敢えず、ナビ頼むぜ…」

 『了解です!』

 

 ユノウのナビに従い、幾つかの扉を開けると会場に着く。ここは職員用の裏口らしく、何とか入ってこれたが中は酷いものだった。オーグマー越しに見えるのは見覚えのある化け物が暴れ回る光景。SAOのフロアボス達がOSユーザーを蹂躙していた。悠はそれをフラフラの状態で躱し、ナビに従う。ナビの終点は木綿季達の隣で、気まずくはあるが悠は地面に座って目を閉じる。

 

 「これで良いのか、ユノウ?」

 『はい、後は私をしん――』

 「皆まで言うな。もう信じてるさ…自慢の、娘をな」

 『…はい!』

 

 目を閉じると見えるのは白く眩い光と身体を包む落ちていく様な感覚。これはいつ味わった感覚か、記憶を辿る暇もなく悠の意識は闇に沈んでいくのであった…




 案外忘れがちですが、実はこの小説、転生系の小説なんですよね。転生特典とか覚えてる人居たら凄いな…()


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114話 ヒーロー

 記憶を守る為に。その為だけに和人は戦っている。オーグマー自体がユナを生き返らせる為のツールだった事を知った和人は1人奮闘、エイジと対峙した時には悠の助けを得て今ここに居る。既に相手の計画は佳境に差し掛かっている。ユイの助けを得てサーバーに攻撃する為、今はオーグマーの隠し機能を用いてSAO第100層に『キリト』として来ていた。そのキリトの周りにはシノン、ユウキ、リズベット、シリカ、エギルが。その全員の目の前に、巨大な敵が現れる。

 

 【An Incarnate of the Radius(アン・インカーネイト・ラディウス)

 

 

 茅場晶彦が用意していた本来SAOのラスボスだったモノ、それがこのボスだ。

 

 「行くぞ、皆!!」

 「「「「「了解!!」」」」」

 

 キリトの号令で全員同時に襲い掛かる。SAO時代から研ぎ澄まされてきた連携で攻め立てる。

 

 「オオオオオォォォ!!」

 

 キリトの一撃は障壁に弾かれ、キリトは隙を晒す。が、そのカバーにエギルが入る。

 

 「グッ、オオオォォォォォ!!…スイッチ!!」

 「任せて!!」

 「落ちなさい…!!」

 

 エギルが防ぎ、その間隙を縫う様にユウキの斬撃とシノンの狙撃が入る。それすらも障壁に阻まれるが、それでは終わらない。

 

 「「スイッチ!!」」

 「ハアアアアァァァァァ!!」

 「ヤアアアアァァァァァ!!」

 

 シリカの連撃とリズベットの一撃。それすらも容易く止められるがそれでは折れない。キリトとエギルが疾駆し、勢いの乗った一撃を叩き込む。更にシノンの援護狙撃が命中、膨大なHPを2割削る事に成功する!!

 だが、そこまで甘くはない。ラディウスの足元から大樹が芽生え、その葉から落ちる雫が頭に有る紅玉に滴り落ちる。すると体力は大きく回復し、完全回復してしまう。

 

 「そんな、これじゃあ…!」

 「あんなの、倒せやしないわよ…!」

 

 そうボヤいた瞬間、ラディウスの足元から凄まじい速度で巨大な枝が生え、全員に襲い掛かる。それでもシノンは走りながら狙撃を続けるが、それを察知したラディウスは紅玉からレーザーを放ち、シノンを攻撃する。ケットシーの時ならまだしも、今はOSのアバターだ。飛べないシノンは爆風を喰らい、容易く吹き飛ばされてしまう。

 【An Incarnate of the Radius】という名には【具象化する世界】という意味が有る。つまり、そのボスが握る権能は『世界の操作』。足元を操る事など造作も無い。

 

 「きゃああぁぁぁぁ!!!」

 「シリカッ!!」

 

 瓦礫に捕らわれ、圧し潰されそうになるシリカを助けようとキリトは果敢に飛び掛かるが、それを見切っていた様にラディウスは巨大な手でキリトを捉えて握ると、壁に押し付ける。

 

 「キリト!!」

 「クッ、逃げて!!」

 

 枝に捕らわれているリズ、ユウキ、エギルと援護しようにも瓦礫に挟まれて動けないシノン。

 

 「いやあああぁぁぁ!!」

 「逃げろォォォォォ!!」

 「クソっ…!」

 

 エギルの怒号が響く。ここまでか、キリトがそう思った瞬間、上空から凄まじい勢いで墜ちてくるものがあった。それは的を過つ事無くラディウスの片目を穿つと残心を取ったままラディウスの顔面に降り立っていた。

 

 「わぁ…!アスナさん!」

 「シリカちゃん!」

 

 落ち行くシリカを受け止め、床に降り立つアスナ。途中で謝るシリカを優しく抱き留める様はまるで女神の様だ。

 

 「…アスナ、行けるの?」

 「うん、もう大丈夫。ユウキ、一緒に戦ってくれる?」

 「…勿論!!」

 

 銃声でここが戦場だと引き戻される。まだ障壁は健在で、シノンの狙撃は阻まれている。片目を潰された事がよっぽど気に障ったのだろう、今までは余裕だった表情を憤怒一色に染め上げてラディウスは足元に突き刺していた巨剣を抜き、突進してくる。

 

 『…………!!!』

 

 その大質量の突進を受け止めたのは後方から放たれた緑の風だ。正体を確かめる為に後ろを見ると、後方にある壊れたステンドグラスの枠から金糸の様な髪をたなびかせる少女が飛び出してきた。

 

 「お兄ちゃ〜〜ん!!お待たせーー!!」

 「パパ、ママ!!」

 「皆さんを呼んで参りました!!」

 

 その少女はリーファだ。その胸元から飛び出したのはユイとユノウの2人、そしてその後方からALOに居るハズの数種族の主力が飛び出し、そして攻撃を始める!クラインの斬撃を皮切りに、いつの間に居たのかGGOのプレイヤーもラディウスに射撃を始めている。

 

 「時間が無いぞ!!」

 「一気に畳み掛けろ!!」

 

 サクヤとクラインの一喝で自分達も攻めようとした時、ユイが1度静止し自分の手に乗っている光を放つ。

 

 「大丈夫です、これを使って下さい!!」

 

 その光に包まれると、ユウキとシノンを除いた者はSAOそのままの装備に。ユウキはALO、シノンはGGOの装備へと変わる。

 

 「このSAOサーバーに残っていたセーブデータから、皆さんの分をロードしました!」

 「お母様達のデータは損傷が激しくて…なので、ALOとGGOのデータをロードさせて貰いました。ごめんなさい、力不足で…」

 「ううん、充分だよ。シノンもそう思ってる」

 

 キリトは背中に背負う双剣を握り、今の仲間と昔からの仲間に呼び掛ける。

 

 「よし。皆、やろう!!」

 

 各々の返事と共に最適な位置へと移動する。シノンは枝を滑り降り、愛銃へカートを正確に頭へと撃ち続ける。照射レーザーは飛べる者がヘイトを請け負い、ヘイトがシノンに向いた瞬間アスナの一閃がラディウスの身体を斬り裂く。更にその反対側をキリトが独楽の様に回転しながら斬り裂き、クラインとリーファの2人が縦横無尽にラディウスの周りを飛びながら斬撃を加え続ける!

 ユージーンの持つ剛剣が大樹を揺らがす。だがラディウスは自分の周りを飛び回る羽虫を撃ち落とす事にしたらしく、足元から凄まじい速度で枝を伸ばすがリーファは優れたエアレイドの才能をフルに使ってギリギリの回避だが余裕で見切るという神業をやってのける。そしてクラインは直前の居合で枝を全て斬り捨てていた。

 

 「…随分俺らも――」

 「――あの人の仲間らしくなってますね!!」

 

 足元の瓦礫を飛ばしてプレイヤーを吹き飛ばし、追撃のレーザーで2人倒す。が、その上に飛ばした瓦礫の上を走って跳んだシリカとリズベットがラディウスの顔面を殴る。更にその上から跳んだエギルが渾身の一撃をラディウスの脳天に叩き込む。

 あまりの痛撃に回復を求めたラディウスは先程の大樹を生成する。が、初見のアスナが指示を飛ばす。アスナの観察眼がそんな見え見えのモーションを見逃す訳が無いのだ。

 

 「アレを防いで!!」

 

 ほぼノータイムで放たれる魔法と実弾の弾幕。それにより回復は阻止され、ラディウスは減った体力のまま戦う事を余儀なくされた。

 

 「行くぞアスナ!!」

 「うんっ!!」

 

 この2人を近付けてはならない、そう直感したラディウスは数多の攻撃を用いて近付けさせまいとするが援護により阻止を阻止される。飛ばした剣はシノンの狙撃に撃ち落とされ、伸ばした枝の殆どはユウキに斬られ、ユウキが逃した枝はリーファの魔法が処理した。

 

 「クッ、逃した!」

 

 シノンの狙撃が外れ、枝の迎撃が遅れるがそれをものともせずキリトと枝を斬り捨てる。攻撃を届かせなければ、その想いでキリトは枝をブロッキングして叫ぶ!

 

 「スイッ――がっ!?」

 

 突然の重さに、キリトは地面に叩き落とされる。それはアスナも、いや、空中に居たプレイヤーの殆どが同じだ。地面に立つプレイヤーすらも倒れ伏し、立ち上がろうとしてもその余りの重さに喘ぐ。

 

 「これ…重力操作か…!?」

 「動けない…!」

 

 最悪だ。しかもラディウスは用心深く地面で杭を創り、磔の様にする事で全員の動きを拘束している。その表情は先程までの怒りではなく嗜虐に歪み、悍ましい笑みを浮かべていた。世界の法則すら歪めるラディウスに、英雄達は成す術も無く捕らわれる。1人ずつ巨剣を用いて倒そうとしているのか、余裕の顕れだろう。ゆっくりとした動作で順序を進めていくラディウスを見てユノウは言う。

 

 「…ユイ、私の分の負担を任せても良いですか?」

 「ユノウお姉ちゃん…。分かりました、任せて下さい!」

 「恩に着ます。…少し待ってて下さい。今から逆転をお見せしますから!」

 

 そしてユノウは現実世界に戻り、悠のナビゲートを開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (よし、お父様のダイブ準備は完了。…後は、私のステージですね)

 

 本来、ユイとユノウの機能に差異は殆ど無い。むしろカーディナルから逃れ続けていたユノウの方が性能的には上かも知れない程だ。そんなユノウが何故失敗作なのか、それは彼女の意思に問題が有った。ユノウがかつて持っていたカーディナルへの服従心、それはカーディナルが創ったAIにとって不要なものだった。カーディナルの目的とは人間の可能性の検証と証明。それを実証する為には無意識下にすら服従心は不要だったのだ。

 だが今のユノウにそれは無い。データの墓場から引きずり出され、醜く生き延びた彼女は今幸せを享受している。それを邪魔はさせない。悠も、詩乃も、木綿季も、勿論自分も、幸せになりたくて仕方が無いのだ。

 

 「お父様も、お母様も…(ユイ)も頑張ってるんです。私が頑張らずに――」

 

 だからこそ頑張る。この仕事はユイには不可能だからだ。SAOサーバーの殆どにアクセス出来るユイだが、1つ確実に掌握出来ない所がある。それは謂わば『ゴミ箱』、破棄されたデータが行き着く終着点だ。元から成功だったユイはここに来た事は1度も無い。だからここに潜ればユイは流され、自分もゴミの一員となってしまうかも知れない。だがユノウは違い、1度ここで揺蕩っていた身だ。だからこそここでの生き方、やり方は嫌でも解っている。

 そして早くしなければラディウスに全員やられてしまうかも知れない。迅速、かつ確実にこの作業は成功させなくてはならない。

 

 「――誰が、頑張るんですかーーー!!!!」

 

 そしてサルベージか完了する。切り札となるデータと、それに強制的に紐付けられたデータ。それが悪影響になる事は無いと断定したユノウはそれを持って戦場へと戻る。早く、手遅れになる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…負けちゃうのかな…」

 

 ユウキは口走る。そうでもないと狂ってしまいそうだから。戦いの最中も不安で圧し潰されそうだというのに、今は絶望的な状況。1人でも自由ならまだやりようは有ったが、プレイヤーどころかピナすらも拘束されている。

 

 「まだ、諦める訳にはいかないの…!」

 

 シノンはへカートを保持して狙おうとするが、そもそもの話凄まじい重量の銃だ。この超重力空間で持てるなら初めから拘束される訳が無い。ユウキもどうにか抜け出そうと藻掻くが、ガッチリとハマった拘束は緩むどころか更に食い込んでいく。万事休す、その言葉が脳裏に再び過ぎった瞬間に戦場に少女の声が響く。

 

 『皆さん、諦めないで下さい!!』

 「ユノウ…?」

 

 それは愛娘の言葉だ。どこかから呼び掛けているのだろう、まだ声は続く。

 

 『皆さんは忘れています!まだ私達には切り札が有るハズです!!思い出して下さい、私達の英雄を!!』

 

 英雄、その言葉が指し示すのは黒の剣士の事だ。その黒の剣士は全員と同じように拘束されている。

 

 『違います!!キリトさんじゃない、もう1人の英雄が居るじゃないですか!不死身の、灰の英雄がッ!!』

 

 思い出せ、灰の英雄を。その言葉にSAO生還者達は思い出す。だが助けに来てくれる訳が無い。何故ならユウキとシノンが傷付けてしまったからだ。だが、それでも縋ってしまう。いつも助けてくれる自分達の英雄の名を呼ぶ。そして、助けを求める。

 

 「…一生のお願いだよ、悠」

 「まだ忘れたくない。もう絶対に忘れないから、私達を――」

 「「――助けて!」」

 

 直後、蒼い月の光が空間を照らす。キリトはその輝きに覚えが有った。それは英雄が、英雄にこそ相応しい剣の光だ。そしてそれを携えた灰は、今この時だけ英雄と成る!!

 

 「ウルオオオオォォォォォォ!!!!!」

 

 獣の様な雄叫びと共に、全員の頭上を荘厳な鐘の音と共に放たれた碧い斬撃が天井を斬り裂く。ラディウスが高々と掲げていた巨剣も半ばから断ち切られ、破壊された天井からは優しくも冷徹な光を放つ月がその存在を示していた。

 月から現れた様に、上から墜ちてくるモノ。碧い両手剣を携え、しゃがんで着地したソレはゆっくりと立ち上がる。明らかに戦闘用とは思えないコートとズボン、目深に被った帽子と鼻まで覆う長い襟、その服の色は灰。それが誰か、解らない者は居なかった。肩に座っていた妖精がユウキ達の前を飛び回り、疲労を色濃く残しながらもやりきった表情で言い放った。

 

 「もう大丈夫、私達に負けは有りません!だって――」

 「――あぁ、オレが居るからな。で、なんでこんな事になってるんだ?」

 「お父様、まずはあのボスの頭に有る光っている紅玉を2つ破壊して下さい!そうすれば皆様も動けるようになります!」

 「了解。…待ってろ、ユウキ、シノン、皆。今、助けてやる」

 「あっ…!」

 

 しっかりと全員を見据え、そしてラディウスと対峙する。ALOとは違う、肌を刺すような緊張感と心臓を握り潰されそうな恐怖にシュユは笑う。次の無い状況、これこそが戦いであり、恐らく自分が最後に味わう戦いの空気だと。

 重力は確かに強く、跳躍は殆ど出来ない。だがVITにほぼポイントを振らず、他のステータスにポイントを振り分けているかつてのシュユ(SAOのデータ)なら問題無く走る事は出来る。思い切り両手で握る【月光の聖剣】を振りかぶるが、それは堅固な障壁に阻まれ弾かれてしまう。その隙を狙ったのか、ラディウスの足元から大量の枝が伸びてくる。それをシュユは月光の聖剣から放たれる波動で壁を作り、全ての枝を弾く。懐から時限爆発瓶と合成した投げナイフを投げ付けるが、それも全て障壁に阻まれる。

 突破しようにもシュユには一点突破力は無い。更に言えば面制圧力が有る訳でもない。彼はどこまで行っても中途半端なのだ。ならばどうにかして特化するしかない。考えは有る、後はやれるかどうかだ。

 

 「…やれるか?」

 

 当然と言わんばかりに聖剣が光を一層強くして呼応する。この武器の強さは嫌という程知っている。それならやらない理由は無い。どうせこのまま行けばジリ貧で負けるのだ、思い切りやった方が良い。

 彼は思い切り後ろへ跳ぶ。壁に背中が付くほど下がると、シュユは地を蹴り疾駆する。加速、加速、加速、閃光の様に直線で進む。向かってくる枝は全て最低限の動きで躱し、更に速度を上げる。剣を包む光が集束し、鋭利な形を創り上げる。それはまるで細剣(レイピア)の如き鋭さへ、そして彼もかの【閃光】の様に加速していく。

 貫き、穿つ!それだけを考えて突き進む。それはかつての戦いに於いて1番に飛び込み、突破口を切り拓き――否、()()()()()者の模倣。技名発声は本来必要ないが、それでもシュユは叫んだ。

 

 「フラッシング・ペネトレイタァァァァアアア!!!」

 

 SAO最強クラスの突進技がラディウスの障壁を貫き穿つ!だが、ただでは転ばぬとラディウスは足元から枝を大量に生やす。シュユは動けず、そして躊躇う。()()を使えば切り抜けられるが、ソレは主治医から止められていたからだ。そんなシュユの耳に、声が届いた。

 

 「大丈夫です!私が、私がその負荷を請け負いますから!だから安心して使って下さい!

 「っ、オオォォォォァァアアアア!!」

 

 懐かしい感覚と共にシュユの身体がブレ、隙だらけの姿勢からまるで二刀流の構えの様な姿勢に変わる。細剣を形作っていた月光が左手に宿り、もう1本の剣を造り出す。

 振るえ、手数で鏖殺しろ!思い描く軌跡は星光の流線。かの【黒の剣士】の代名詞とも言える技を模倣する。今なら、英雄と名乗ろうとしている今なら使えると信じ、叫ぶ。

 

 「スターバースト・ストリィィィィィィムッ!!!」

 

 繰り出される斬撃は枝の全てを斬り裂き、突破口を完全に切り開く。が、その先に見えるのは飛来する巨大な瓦礫。当たれば致命傷は免れないであろうソレを見たシュユはゼロモーション・シフトを使って体勢を整え、月光を戦斧の様な形にすると静かに技名を発声する。

 

 「ワールウィンド…!」

 

 弾き、防ぐ!シュユは今までに1度もかの戦闘商人の弾き(パリィ)が失敗した所を見た事は無い。ならば、それを摸倣するシュユも失敗する訳が無い。失敗しては彼に申し訳が立たないのだから。

 そのまま頭上に掲げた聖剣の月光が形を変え、戦鎚(メイス)へと変わる。シュユはそれを思い切り地面に叩き付け、技の名を呼ぶ。ただ地面を砕き割り、敵を拘束する事にのみ用途を絞ったその技名を。

 

 「アース・ブレイクダウンッ!!」

 

 そこから即座に体勢を立て直し、再び技名発声。

 

 「スリットエッジ!!!」

 

 それは短剣のソードスキルだ。だがその主なは攻撃ではなく移動であり、内容は敵の背後に高速移動して攻撃を加えるというもの。支援役(バファー)であるシリカはそれをターゲットを切る事に使っていたが、今回は本来の使い方である敵の不意を突く背後への移動と攻撃。今は重力のせいで飛ぶ事は出来ない為、ラディウスの体勢をどうにかして崩す必要が有る。

 ラディウスには足がある。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。ならばやる事は1つ、その邪魔な足を斬り捨てるのみ。断ち、斬る!それだけ、それだけを突き詰めた武器がカタナだ。故に出来る仕事とやるべき仕事は同一にして1つしか無い。かの【赤武士】が成してきた事は、いつでもそれだけだった。月光が刀身と鞘を形作る。手慣れた手付きで鯉口を切るとシュユはそのままカタナを全力で振り抜く!

 

 「…浮舟ェ!!!」

 

 振り抜かれたソレは両足どころか両手に持つ巨剣すらも断ち斬る。身の危険を感じたラディウスは半ばまでしかない巨剣を振り回し、シュユを近付けまいとするがその行動は意味を成さない。何故ならシュユは離脱し、瓦礫の隙間に身を潜めていたからだ。そこから月光が狙撃銃の形を作るが、突如倦怠感が襲い来る。チラリと拘束された皆の方を向くと、ダウンしているユノウの姿があった。

 

 (仕方無いとは言え…キツイぞ)

 

 プレイヤーデータ【シュユ】は既に廃棄されたデータである。SAOサーバーに追加された故も知らぬデータ【ヤーナム】、それは本来全年齢対象であるSAOとは思えない程の流血表現と攻略難度を誇っていた。攻略組の多数に何かしらの心的外傷(トラウマ)と引き換えに強力な武器を与えたソレはカーディナルにより廃棄され、ヤーナム産のアイテムや武器を多数所持していたシュユのデータは廃棄されたのだ。

 それをユノウは無理矢理引っ張り出し、その滅茶苦茶な戦い方をするプレイヤーの負担を一手に引き受けているのだ。多用するゼロモーション・シフトは攻略組トップですら数回使用すればダウンし、使っている【月光の聖剣】はあの黒の剣士(キリト)ですら満足に使う事は出来なかった。例えシュユが月光の聖剣の正統な継承者とは言え、全くの無反動で使える訳が無い。しかも今のシュユと聖剣は謂わばパッチワーク(継ぎ接ぎ)の様なものだ。あとどれだけ満足に戦えるか、本人にすら解らない。だが――

 

 「――退けるかよ…!」

 

 散々迷惑を掛けた。何度も何度も悩み、その度に楽な方へと、殺人鬼へと身をやつそうとした自分を正しい償いの道へと導いてくれた。いつも周りには仲間が居て、想い人が居た。何度も助けて貰ったのだ。なら、今度は自分の番だと奮起する。

 狙え、撃ち抜け!そう思って照準を合わせようとするが今のシュユの脳では月光で狙撃銃を形作るだけで精一杯だ。ここで失敗しては意味が無い!そう思って更に焦るシュユの手に、もう1つの誰かの手が重なる。

 

 ――大丈夫、落ち着いて。あなたならやれるわ。

 「シノン…?」

 

 確かにそこに居るのはシノンだ。しかし、向こうで本人は捕らわれている。故にこのシノンはシュユが生み出した虚像なのだと解る。だが、それでも良い。それはきっと彼女(シノン)の祈りが形になったと信じているからだ。

 

 ――1度息を吸って、止める。銃と一体になるの。やってみて。

 「…分かった、やってみる」

 ――次に息を吸うのは、相手に当たった時。それを忘れないでね。

 

 返事は無い。この幻のお陰だろう、既に震えは止まっていた。引き金を弾く。甲高い音を立て、弾丸はラディウスの残る片目を穿いていた。

 シノンの技は狙撃、それ故に名前は無い。だが、シュユは名付けた。彼女のソレはソードスキルにも似たモノ、【必殺技】足り得るモノなのだから。

 

 「ストラト・シューター!!」

 

 近付けたら詰む。そう直感したラディウスは足元から先程とは比較にならない程の数の枝と瓦礫を伸ばし、飛ばす。シュユはそれを慣れた様に枝の上を走り、瓦礫の間を蹴って距離を詰める。当たれば死ぬ、確かに脅威だ。だが、シュユには明確な比較対象が有った。それはこの月光の聖剣の、前の所有者だ。彼の剣は確かにこの枝や瓦礫と同じく『当たれば殺せる』だったが、ベクトルが違った。言葉に表し難いが、強いて言うなら『殺せるから当てる』といった所か。

 今のラディウスの攻撃は殺せるから数で攻めている。だが彼なら、【聖剣のルドウイーク】なら決して数では攻めないだろう。窮地に立たされ、相手に一撃入れれば倒せるからこそ、研ぎ澄ました一撃を叩き込む。それがルドウイークであり、シュユ――つまり、ヤーナムの狩人のやり方である。

 だからシュユには当たらない。そんな殺意の籠もっていない攻撃など児戯に等しい。近付くに連れて攻撃は苛烈になっていくが、意味など無い。シュユは枝を足場にし、跳んだ。強い重力に引かれ、通常より早く落下を始めるがシュユの身体はラディウスの頭上、つまり紅玉の直上にある。

 月光が形を変える。だが大きくは変わらない。光は刀身を包み、凝縮し、片手剣へと姿を変えた。今の状態でやれるか、シュユは不安を抱いていた。それを癒やす様に、剣を握る手に再び手が添えられた。

 

 ――やれない訳無いよ。だってシュユは、ボクたちの英雄(ヒーロー)なんだから!!

 「…あぁ、そうだな」

 

 大きく右手を引く。これで解放する、ではなく仕留めるつもりで構える。あまりにも大きい想像力(イマジネーション)により景色が上書き(オーバーライド)され、紫紺と灰、そして碧い光が場を包む。それは3人の、シュユとユウキとシノンの髪の色と同じ輝き。ここまでお膳立てしたのだ、負ける訳が無い!

 先ずは右上から左下へ、次に左上から右下に。貫き、蓄積したダメージを解放するイメージで思い切り剣を突き出し、シュユはその技名を叫んだ。唯一無二、彼女(ユウキ)だけの技を。

 

 「マザーズ・ロザリオォォォオオオオッ!!!」

 

 紅玉は壊れ、そして全員が解放される。シュユは落下し、その負荷の大きさに動けなくなるが、そんなシュユを皆は一瞥すると笑い掛ける。言葉は無いが、シュユには解った。そしてシュユは、皆に向け言った。

 

 「…後は、頼んだ」

 

 言われた皆は応える。

 

 「任せて、シュユ君!」

 「任せろ、相棒」

 「フッ、任されたなら応えてみせるさ」

 「任せなさい、お得意さん」

 「任せて下さい、シュユさん!」

 「ったく、しょうがねぇなぁ。俺様に任せろぃ!」

 「技名まで付けてくれたみたいだし…たまには、私達の背中を見てなさい。成長したって事、あなたに思い知らせてあげるから」

 「最っ高にカッコいいシュユを魅せてくれたんだもん。次は、ボクたちのカッコいい所見ててよね!」

 

 全員が最適な位置へと移動し、各々の技を放つ。そしてシュユは悟る。やはり自分の攻撃は模倣に過ぎないと。本家と比べれば明らかに見劣りする技、それでも良いのだと。皆、一癖も二癖もある人間だ。そんな人を繋ぐ――と言うと過剰だが、繋ぎ止める為の楔としては充分だとシュユは思い、その眩い輝きに確信を覚えた彼は目を閉じた。

 

 「フラッシング・ペネトレイター!!」

 「スターバースト・ストリームッ!!」

 「ワールウィンドッ!!」

 「アース・ブレイクダウンッ!!」

 「スリットエッジ!!」

 「浮舟!!」

 「ストラト・シューターッ!!」

 「マザーズ・ロザリオォォォ!!」




 次回、最終話です。


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115話 終幕

 あの戦いは終わった。悠が持っている情報誌には少年と少女達が写っており、カメラに向けて笑顔を浮かべている。その中には勿論悠も含まれているが、文面に書いてあるのは黒の剣士が――和人がAR世界に現れたSAOボスを薙ぎ倒したという事のみ。VR世界の事は全く書かれていなかった。

 

 「…久し振り、になるのかな?」

 「初めましてではないからな。まぁ、生きてるキミに会った事は無いんだけど。…なぁ、ユナ」

 

 後ろから掛けられた声に振り向く悠。そこには水色のワンピースを着た少女――ユナが立っていた。その髪にはかつて悠があげたリボンが結ばれている。

 

 「…英雄(ヒーロー)にはならなかったんだね。()()()、きっとあなたでも振れたのに」

 「別に、世間から認められたいから助けに行った訳じゃない。こういう事はぽっと出のオレじゃなくて、英雄のアイツに背負って貰わないとな」

 

 ラディウスとの戦いが終わった後、和人はボスドロップである【終焉へ誘う劔】を振るい現実で暴れるボスを全て倒したのだ。その事は既に調べがついており、恋人の記憶を取り戻す為に奔走したというストーリー性もある和人はマスコミの望む存在だった。

 対する悠の活躍は世間には知られていない。ラディウスとの戦いに居た者も限られており、同じ恋人の記憶を取り戻す為の奔走も悠のソレは伝手を辿っての繰り返しだ。ストーリー性こそ有れど、一部の者しか知らない活躍よりも多数の者が知る活躍をして物語の主人公の様な真相への辿り着き方をした和人の方が持て囃されるのは当然の事だった。

 

 「あなたに承認欲求みたいなものは無いの?」

 「有るさ、当然。ただ、そこまで強くないだけだ。オレの活躍はオレの大切なヤツらさえ知っててくれれば良い。そんなに大人数から持て囃されるの、慣れてないしな」

 「1つ聴いて良い?」

 「勿論」

 「私のお父さんはどうなるの?」

 「普通なら懲役どころか、下手したら禁固刑になる所だが…動機がどうであれ、オーグマーっていうデバイスを開発した功績と娘を喪った事で心神喪失状態になり、ああいう手段に縋るしかなかったっていう精神状態を加味すれば、それなりに軽くはなるだろうな。オレ達の言葉が力になるかは解らないけど、掛け合ってみるつもりだ。それなりの会社の息子の嘆願だ、無視するにも完全に無視は出来ないと思う」

 「…ありがとう。でも、なんでそこまでしてくれるの?」

 「なんで、か…」

 

 悠は足元を見る。そこにはユナこと『重村悠那』の墓があり、ただ無機質な石に文字が刻まれている。ここはSAO事件被害者の共同墓地だ、サチとカーヌスの墓もここにある。一瞬誤魔化そうという考えも浮かんだが、それはかつての考え。今なら言えると悠は口を開いた。

 

 「オレ、何だかんだ後悔してたんだ。SAOでのことを」

 「……」

 「目の前で助けられなかったヤツも居ればオレが殺したヤツも居る。攻略の為の致し方ない犠牲、なんて言い方をされた事もある。でもな、どれだけ皆に気にするなって言われても後悔が拭える事は無かった。罪も雪げやしなかった。だから皆のSAOの記憶が奪われた時、オレは半分嬉しかったのかも知れない。やっと忘れて貰える、やっと悩まされる事も無くなるってな」

 「でも、あなたはあの場に現れた。エイジを倒して、あの100層ボスに致命打を与えたわ」

 「あぁ、そうだ。クラインに言われたんだよ。お前は俺達にとって英雄(ヒーロー)だった、ってな。その一言で全部吹っ切れたよ。オレは皆の英雄にはなれない、でも個人の、その人の英雄で在る事は出来る。そう思った。だからオレは仲間の、アイツらの英雄になる為に戦ったんだよ。最初で最後、【狩人】が英雄になる為にな」

 「…そう」

 

 段々とユナの姿がブレていく。当然だろう、彼女は幽霊などという非科学的なものではなく、SAOサーバーに保存されたプレイヤー『ユナ』の自我データの残滓。『ユナ』が重村悠那として完成するのはSAO生還者の記憶を完全に読み取った場合のみ。このユナは違う事にリソースの大半を割り振っており、今こうして悠の前に現れる事が出来る事自体が奇跡と同等の出来事だ。

 

 「そう言えば、私の事は覚えてくれてたの?」

 「まぁ、一応はな。元々数少ない【吟唱】スキル持ちって事も有るけど、ちゃんと他の事でも覚えてるさ」

 「え、あの時の出会い?」

 「いや、違う。それもある事にはあるが…キミは勇敢だった。【吟唱】持ちなんて支援役がスキルを使ってヘイトを稼ぎ、リンチに遭って死亡した。それを聞いた時、オレはキミに敬意を払ったんだ」

 「そう、なの?」

 「あぁ。他の皆を生かそうとしてヘイトを自分に向けるなんて、やろうと思ってやれる事じゃない。でもキミはそれをして、そして皆を生かして脱出させた。…オレは何人も殺してきた。だから、称賛されるべきなのはオレなんかじゃない。キミの様な、誰かを護って散っていった人達。彼らこそが、真の英雄なんだとオレは思う」

 

 その言葉を聴いたユナは微笑む。そして、悠に最期の願いを言う。単純で、簡単に出来る事を。

 

 「ね、1つ頼んでも良い?」

 「…あぁ」

 「これから、違う私がアイドルとして歌い続けると思う。現に、私はそっちにリソースを割り振ってるしね。だか、ファンになって欲しいなって。あと…『私』が居たコト、覚えてて欲しいな…」

 「…2つじゃないか。でも、良いぜ。だが――」

 「――え?」

 「オレはあっちの、黒ユナのファンじゃない。他ならぬキミのファンだ。それを履き違えないでくれ」

 

 あの時47層で聴いた、音楽に疎い悠ですら振り向く程の音楽。それを奏でていたのは皆が知る黒いユナではなく、かつて生きていた本物のユナの歌だ。だからこそ、彼はユナのファンにはなれど黒いユナのファンにはならない。それだけは変わらないのだ。それを聴いたユナは笑う。そして、一言だけ言って悠の目の前から掻き消えた。

 

 「ありがとう」

 

 ユナは消えた。恐らくはコピーされているであろう黒いユナの自我崩壊を止める為に。SAOサーバーのAIはそれぞれがオリジナル、確立した自我を持つ。故に複製されると自分の複製が居ることに耐えられず、エラーを蓄積し続けいつか崩壊してしまう。それを止めに行ったのだろう。

 そして悠は晴れ渡る空を見上げる。抜けるような晴天、決別を告げるには充分過ぎる天気だろう。

 

 「…さよならだ」

 

 彼は決別した。罪を重ね、後悔してきた過去と。もうここに来る事は無い。彼はもう【狩人】ではなく、また【英雄】の名を背負ってはいない。これから彼は普通の日常を歩むだろう。恋人は2人居るが、結婚は日本でなくとも出来る。むしろ結婚に囚われる事すら馬鹿らしく思える。

 もう目覚めなければならない。良い夢からも、悪夢からも。どれだけ夢の中が心地良くとも、悩まされようとも、生きていくのは現実だ。生きていかねばならないのだ。だから、ここに置いていく。全部の因縁を、ここに。

 

 「悠、早くしないとバス出ちゃうよ!」

 「そんなに急がなくても良いじゃない。直ぐに後のバスは来るのよ?」

 「でも時間は待ってくれないよ!それに後からALOでパーティーだし、デートの時間が無くなっちゃう!」

 「それは…不味いわね。悠、早く行きましょ?」

 「分かった、今行く!」

 

 全ては長い夢だった。だから、目覚めた後には余韻が残る。そんな日常も悪くはないと、彼は笑う。仲間と、恋人と、そして自分。この大切なモノを抱えて、生きていこうではないか。

 

 「オレ達は、2つの世界で生きていくさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      2度目の命は2人の為に   完結




 これで本作は完結となります。今までご愛読頂いた方々、本当にありがとうございました。ここでは裏話や補足、次回作について話していこうと思っております。ここまで読んで頂けたら幸いです。

 さて、本作の主人公シュユこと『秋崎悠』ですが、実は転生者だったんですよね。まぁ転生者あるあるの特典は全て帳消しみたいなものでしたが。デメリットとメリット、それぞれ3つずつで合計6つの特典でしたが、これがほぼ意味を成さなくなったのには理由が有ります。
 まずデメリットから1つ目、原作知識の消去ですがそもそも無趣味の人間でしたので、元々知らないんですよね。ですから意味が無かったり。
 2つ目、何だかんだ仕事をしていると言えばしていた原作の改変は元々の原作を知らないので有るようで無い感じです。変えるべき場所を知らなければ変えるも何も有りませんし。
 3つ目、感情の制限も途中から、というかヤーナムで発狂していた時にはもう有りませんでした。そもそも人間を人間足らしめる感情なんて縛れる訳が無いんです。例え神の成す事でも。
 メリットですが、殆どデメリットみたいなものでしたね。むしろデメリットよりも悪影響だったような…?ユニークウェポンの獲得に関しては武器の性能を頼ってゴリ押ししますし、VR適性に関してはゼロモーション・シフトを使えましたがとんでもない負荷が掛かるので実質デメリットみたいなものです。特に周りの人の胃には大ダメージだったでしょう。
 さて、3つ目のリアルラックの向上です。コレ、お前本当にあるのか?というレベルで悠は不幸な目に遭っていましたが、実は有るんです。とびっきり、最上級の幸運が。つまり、キリト達と会えた事ですね。これが無くては物語が始まりませんが、そもそも生まれがキリト達とは一切関わらない所になる可能性だってありました。それが本作のメインヒロイン2人の近く、かつ一緒に暮らせた事。これが悠の最大の幸運でしょう。

 実はこの小説、ヒロインは1人にする予定でした。ユウキかシノンの2択には変わりませんが、SAOの中でもトップクラスのトラウマや暗い過去を抱える2人ですね。ゲーム版はにわかなので、取り敢えずこの2人にしましたが神の言葉が降りてきて、結局ダブルヒロインになったんですよね。

 次回作ですが、『乃木若葉は勇者である』という作品になります。そこにスパイスとして『GOD EATER』の設定を改変しつつ入れる感じです。既に話の流れは組み終わっていますので、直ぐに書けると思います。そちらの方も読んで頂ければ嬉しいです。

 それでは、重ね重ねになりますが本作を読んで下さった方々に感謝の念を。本当にありがとうございました、次回作にご期待下さい!


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