幻想と科学が混ざった世界で (spare ribs)
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一話 始動

 

雄英高校

 

正式名称は国立雄英高等学校。

人口の八割が何かしらの個性をもっている世の中で個性を悪用するヴィランという存在。これらを取り締まるために生まれたのがヒーロー。いつしか彼らはヴィランの対応以外にも救助活動からパトロールまで、人々の生活を守る立派な職業と認められていた。飽和社会となっている現在でも、将来プロヒーローになるためのカリキュラムが充実しているヒーロー科は誰もが目指す目標となっている。

 

そんなヒーロー科をもつ雄英高校は毎年の入試の倍率が300倍と桁が異常な数字を出しており、偏差値は79を超える。驚愕な倍率の中、試験を通して見事勝ち上がった数十人がヒーロー科に席を置くことができる。

狭き門をくぐり抜け、雄英生徒の一人となったヒーロー科1年A組緑谷出久は高校生活に心踊っている…………訳ではなく。

 

 

 

気分が沈んだ状態で廊下を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

個性把握テスト_____

 

 

 

入学初日から行われたのは個性を使った体力テストであった。今の緑谷は個性を使えば、肉体が負荷に耐えられず大怪我をしてしまう。例え強力な一撃だとしても毎度自壊してしまうようではヒーローはやっていけない。テストで除籍処分の可能性もあったが、工夫を凝らすことでなんとか乗り切れた。それでも改善が必要であるが………

とりあえず保健室で指の怪我を治してもらった後、緑谷は教室に置かれたカリキュラム等の書類を回収するために教室に戻っていた。廊下を曲がろうとした時、一人の生徒が廊下の角から出てくる。いきなり前から人が出てきたためか「うわ!!」と過剰に驚いた声を上げてしまった。相手側も緑谷が声を出したことに驚いた様子である。

 

 

「す、すみません!!前を見ずに歩いていたようで!これは決して顔を見たからびっくりしたんじゃなくて全体的に僕が悪い訳でして………」

 

「いや、別に気にしてねぇけど。ん?確かおめぇは同じクラスの………」

 

その一言で緑谷はようやく相手と目を合わせる。その人はA組の中で見かけたことがある人物だった。

 

「み、緑谷出久です!!君は確か………回夜くんだったよね?」

 

「ああ、回夜悠月(かいやゆづき)だ。好きに呼んでくれ」

 

「う、うん。よろしく回夜くん」

 

 

廊下の角で鉢合わせたのは同じA組の回夜悠月であった。最初に彼の姿を見たときは何処か近寄り難い雰囲気があったのだが、今の対応の限りどうやら悪い人ではなさそうだ。ホッ、と安心する緑谷。

とはいっても持ち前のコミュ障が発動中。この後どういう会話をすれば良いのかそれとも何か一言喋ってから別れるべきなのか、心の中ではかなりテンパっていたのだが回夜の方から話題を切り出す。

 

「個性把握テストの後、何処か行ってたようだな」

 

「え?う、うん!保健室に行ってリカバリーガールに指の怪我を治してもらったんだ」

 

「そうかい。増強型の個性か?ボール投げの時、すげぇ記録出していたのは覚えてる」

 

「あ、あれは何と言うか………とにかく全力で飛ばそうって思いでがむしゃらにやっていたから。で、でも結果的には最下位で終わっちゃったんだけど…………」

 

「確かにまだ個性の制御が出来てねぇみたいだが、使いこなせれば化けるんじゃねぇか?」

 

「あはははは、ありがとう」

 

 

思ってた以上の高評価に照れ気味になって答える緑谷。しかし、元々この力は_________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるでオールマイトの個性みたいだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

この場の時が止まった気がした。

オールマイトの個性?確かにそうだ。僕が使ったのは“One For All(ワン・フォー・オール)”。代々受け継がれてきた個性で僕もオールマイトからこの個性を授かった。でもこの事は回夜くんは知らない筈だ。ではどうしてそんな事を?増強型の個性はありふれているし、関連づける理由としてはオールマイトのように『SMASH!!』の掛け声で放ったのだが………あれ?だからそんな風に見えたのか?

先程とは違う意味で混乱している緑谷だったが、そんな事情なんか知らないかのように回夜は話を続ける。

 

「まあとりあえず、同じクラスの人間だ。これからよろしく」

 

「こ、こちらこそよろしく!!」

 

 

緑谷の動揺を他所(よそ)に回夜は廊下を歩いていく。個性について悟られてないか色々心配なのだが、逆に聞くような真似をしたら余計に疑われる。結局緑谷は彼の背中が見えなくなるまで動けずにいた。

視界に写らなくなった途端に深いため息をつくのだが、ある事に気づく。

 

(そういえば、回夜くんの個性ってどういうのなんだろう?)

 

 

個性把握テストの事を思い返す。彼の成績は()()()()()()のはず。しかし、個性についてはどういったものなのか見当がつかなかった。

 

(回夜くんの個性は成績を見て今回のテストでは相性の良かったものだと分かる。他の人より身体能力が高い印象だったから増強型の個性?でもそんな単純なものじゃないような………まだ詳しく見ていないのに決めつけちゃ駄目か。どちらにせよ回夜くんは自分の個性を上手く使いこなせていた。

それ以外の人もそうだ。みんな自分の個性の使い方をちゃんと理解している。それに比べて僕はまだちゃんと理解できていないし、使いこなせていない。

今回の事で再度認識した。僕は人よりも遅れた状態から始まっているんだって………)

 

 

飯田くんや尾白くんの個性は分かりやすかった………

麗日さんの個性は物を浮かせられる、もしくは無重力の状態にできるのか?どちらにしても一度触るという条件があるようだ………

やっぱりかっちゃんの個性は凄い。“爆破”の個性であそこまでのスピードと爆発力を出せるのもあるけど、かっちゃん自身のセンスがあって応用が効いてる………

 

ブツブツと今日あったことを分析しながら教室まで歩いていく。その姿を見た人は少なからずドン引きか何言ってんだこいつ、という目線を向けるだろう。

 

 

 

とはいえ、この鉢合わせこそ緑谷出久と回夜悠月の人生に影響を及ぼす分岐点の一つとなった。

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

 

(なんか誰かに見られた気がする………)

 

高校生活初日が終わり、帰宅しようとしていた悠月は身体の隅々を分析されたような感じがして一瞬身震いする。

体力テストは()()()()()()()()()特に目をつけられることは無いはず。こんな時期から噂する奴なんてそうそういねぇか、と結論付け校門を出ようとするのだが………

 

 

「待てーーー悠月ーーーー!!」

 

 

………そういえばこいつの存在を忘れていたと訂正する。

後ろを向けば一人の少女がこちらに向かってきていた。悠月と同じく制服を着ており、後ろにはフードが出ている。個性発現以前の時代で見ると女子高校生にしては幾分小さめな身長で、少し明るめな金髪は風に揺られサラサラな髪質をしているのだと分かる。十人が顔を見れば全員が可愛いと答えるであろう美少女が悠月のことを追いかけていた。

言葉として書けば、下の名前を呼びながらこちらに来てくれる可愛い女子。青春の一部とも言えるそのシチュエーションは男なら憧れる人はいると思う。

 

 

これが普通の状況であればだが………

 

 

 

さらに言葉を足そう。普通とは違う点を挙げてみる。

一つは追いかけてくる少女が背中に七色の宝石をぶら下げたような翼があること。

二つ目は日傘を持っていること。

最後に三つ目は………

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 

 

 

 

あり得ない速さで突っ込んで来る少女を悠月は直前で身を(かが)める。「え?」という声が聞こえたと思ったら悠月の真上を通り過ぎ、顔面から地面にダイブ…………なんて風にはならず、空中で急ブレーキをかけたかのように止まる。

 

「もう、悠月!なんでそこで避けるの!普通は受け止めてくれるんじゃないの!?」

 

「いや、普通あんな速度でぶつかったら背骨折れるわ」

 

「悠月なら大丈夫でしょ」

 

「理不尽すぎだろてめぇ」

 

 

コイツは常識を知らないのか。

 

 

「それになんで一人で帰ろうとするの。一緒に帰ろうって朝言ったじゃん!」

 

「あーなんていうか………忘れてた」

 

「嘘だね。悠月のことだから面倒くさかったからに決まってるし」

 

プンプンと頬を膨らませながら怒ってますアピールをしているのはフランドール・スカーレット。愛称はフランだ。どうやら昇降口辺りから飛ぶ……ではなく跳んで来たようで踏み込んだ場所に若干砂埃が舞っていた。今の高速移動が出来たり日傘を持っていたりするのは彼女の個性が理由だった。

フランの個性は“吸血鬼”。伝承にある通り常人とはかけ離れた怪力や再生力を合わせ、人間から吸血を行う悪魔である。その代わり太陽の光や十字架など弱点の多い不憫(ふびん)な存在である。

だがフランが言うには異形型という個性としての扱いだったり元々伝承が間違ったりしてる所があるらしく、弱点というより苦手や効果がないものが多いらしい。

 

まあダメなものはダメなんだが………

 

 

とりあえずこのままだと何されるか分からないので悠月はフランのご機嫌を取る。

 

 

「わかったわかった。じゃあプリンでも買ってやるよ」

 

「………餌付けで機嫌直すと思ってるの?」

 

「でも食べるんだろ?」

 

「………うん」

 

 

大体こんな感じでちょろい所があるので扱いやすいのかそうではないのか。少なくても悪い方向にはもっていかないようにである。不貞腐れると絞め殺されるか圧殺されるので要領と用法はきちんと守る。

……………あれ?殺す方法同じか?

 

隣にフランが来る。翼がパタパタ揺れているということは機嫌は良くなったのだろう。多少の付き合いがあるのでコイツが何を考えているのかなんとなく分かる。

 

 

「………帰るか」

 

 

「そうだね」

 

 

 

そうして二人は高校を後にした。

 

 

 

 

 

 

 





回夜悠月

Birthday 9/10
Height 171cm
好きなもの 刺身、休み

蒼色の瞳をした生徒。A組に在籍。
状況を把握してから行動するタイプ。だが基本は面倒臭がり。相澤の合理的な考えとは気が合うところがある。


フランドール・スカーレット

Birthday 7/4
Height 150cm
好きなもの オムライス、血(悠月の)


個性について話す前に言っておきます。
この小説のフランの身長はある程度高くしています。東方projectのレミリアの説明で「十にも満たない幼児のよう」という内容があります。フランも似たような大きさなので女子高生がこの身長だと流石に低すぎかなと思い、変えました。

それに考えてみましょう。


成長して少し大人びたフランがブレザーを着ている。




……………良くないですか?



東方の中でも好きなキャラなのでこの小説を書き始めました。
それじゃあオリ主である悠月はどうなんですか……それは今後のお楽しみという事で。ヒロアカに合わせた結果こういう風になったのでご了承下さい。


ここから細かい設定を。


フランドールは元々吸血鬼ですが、ここでは個性“吸血鬼”として有しています。原作だと梅雨ちゃんのような異形型の扱いです。
また太陽に焼かれたり流水を渡れなかったり、東方作品では色々と弱点がありますが、本編で書いた通り苦手を多くしています。太陽の下では力が減少したりニンニクは絶対に食べたくない物みたいな感じ。ちなみに年齢は十五歳となっています。

設定は話数を重ねるにつれて変えたりするかもしれません(続くのか心配ですけど……)。その際は随時報告を入れながら書いていきますのでよろしくお願いします。



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二話 勘違いは日常の中で

 

「ゆーづーきー。起きてー。悠月ーー」

 

心地よい微睡(まどろ)みの中、誰かが俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。あとなんか揺らされてる気もする………

起きる選択肢はあったのだが、まだ目覚ましが鳴った様子がないのでそのまま眠りに落ちようとするのだが………

 

 

「起きないと_______血飲んじゃうぞ♪」

 

 

一瞬で目を覚ます。悠月はベッドの端まで避難し、状況を把握する。視界には金色の髪を垂らした少女がベッドの上にいた。

自分の身だしなみを見て何かされてないか確認していく。特に大丈夫なようで安心するのだが、目の前の少女は何故か不機嫌そうだ。

 

「ちぇー、そこで起きちゃう?普通は起きても眠った振りをするんじゃないの?」

 

「夢見すぎだ。おめぇに起こされるのは心臓に悪いんだよ。ていうか俺の部屋の鍵開けたのか。合鍵返せ」

 

「えー?それじゃ入れないじゃん。それにこっちの方が居心地良いし」

 

 

朝から散々な目覚めだった。説明すると悠月が住んでる部屋にフランが勝手に侵入し、朝のモーニングコールをやったのだ。気づいたら人が目の前にいるのとコイツにやられるのがあって余計に危険を感じる。

『ちょっとー、何か言ってよー!』という彼女を無視して、まだ見慣れない部屋を歩いて洗面所に行く。見慣れないというのは、ここは高校に行くために新しく借りた部屋であるからだ。

元々悠月は()()()()()()()()()()()()()()。ヒーローになりたくない訳ではない。ただあの学校まで行かなくても良いかと進路を違う所にしていたのだが………

 

 

『雄英高校に行きたい____』

 

 

フランがそんなことを口にしたのだ。

恐らくヒーロー科を目指すと思い適当に返したのだが、どこか嫌な感じはあった。案の定………

 

 

『何言ってるの?悠月も行くんだよ?』

 

 

最初は拒否していたのだが、当然そんなことは無意味だった。外堀を埋められた結果、雄英に強引に進路変更することになった。

………あの時の担任の顔うざかったな。有望な生徒が雄英に行くとなって学校に(はく)がつくと思ったんだろう。別に学力に問題はなかったので、フランが最終的に諦めてくれるのを信じ一般受験で行こうと思っていたのだが、それも却下。推薦をとってその後はフランの面倒を見てくれとのこと。結局逆らえるはずがなく、一般受験で合格できる範囲までは偏差値を引き上げた。実技試験はあまり心配なかったので特に対策はしていない。

勉強を教えていく間、住んでいた所が県外であったため物件探しをして入居したわけだ。ちなみに隣の部屋がフランになる。

 

「ゆづきー。お腹すいたー」

 

フランが起こしにくる理由の一つとして食事にありつくために来ている。彼女は料理ができないために悠月の所でいつも食べているのだ。家事全般できないのかと言われるとそうではない。流石に洗濯と掃除は出来るように教育はされているようだ。逆に言えばそれ以外はやれってことである。メイドが家にいるという案もあったのだが、フランが嫌と言ったのでボツになったらしい。

 

「ったく……少しは自分で出来るようにしとけよ」

 

「だって今まで家事ってやったことないんだもん」

 

「将来どうすんだ。自分でやらなきゃいけねぇものは沢山増えるぞ」

 

「その時は悠月に頼む!」

 

「舐めてんのか」

 

 

顔を洗った後キッチンに向かう。朝食を作るのだか、何だかんだ二人分用意するのは決して教えるのが面倒くさいからではない………

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

 

高校に行く支度が済んでから……

隣に住んでいるということは家に出るのが同じ時間帯になる訳で。当然のように通学路を一緒に登校させられていた。

 

「それにしても何で()()()()()()()()()()()のかな………」

 

中学の頃は同じクラスでいたのだが、高校生になって悠月はA組、フランはB組とクラスが分かれたのだ。同じクラスになれると彼女は思っていたらしい。

 

「仕方がねぇな。ヒーロー科は二クラスあるんだ。分かれる可能性だってあんだろ」

 

「でもたった二クラスでしょ?なんか仕組まれたようでちょっと腹立つ」

 

「んな訳ねーだろ」

 

 

愛用の日傘をくるくる回しながら『んがー』と年頃の女の子がやらない声を出す。本日も天気は晴れ。普通の人間は良い天気と言う所なのだが、フランからしたら嫌な天気になる。吸血鬼にとって太陽の隠れた曇りが良い天気になるのだ。

_______少し歩いて、雄英高校の校門が見えてきた辺りでフランは違う話を切り出す。

「そういえば悠月はお友達できた?他人には全然興味ないっていう考えだから挨拶程度しかしてないんじゃない?」

 

 

ニヤニヤと笑いながら質問を投げかけてくる。だが悠月にとって一人でいることは苦痛ではない。なので別に食いついたりはしないのだが、ここで昨日あったことを思い出す。

 

「放課後にクラスメイトの一人と話したな。たしか緑谷って言ったと思うが……」

 

何でもない風に話す悠月であったが、フランはその言葉に驚愕したかのような顔だった。

 

「え、うそ………悠月が初日から誰かと話すなんて……!きっとその人は自分から積極的に話していけるようなコミュ力高めな人なんだよね!?」

 

「なんだそれ?ちょっとアイツの個性が気になったから話しかけただけだ。それにそこまで話すのが上手いやつではない雰囲気だったが」

 

「気になってる………それに、悠月の方から話しかけた………!?」

 

 

驚愕した様子から何かに追い詰められた顔をしていくフラン。遂には悠月の腕を掴む程までになる。

邪魔だ、という感じで振り払おうとしてもフランは絶対に離さないとばかりに力がこもっていた。

 

 

「駄目だよ悠月!その人に(なび)いちゃ!きっとその人は悠月を悪いようにしか使わないよ!!」

 

「いきなり何言ってんだおめぇは?勘違いにも(はなは)だにしろよ」

 

「ううん、絶対悠月は騙されてる!これからはそんな人が来ないように私が一緒にいるから!!」

 

「くっつくんじゃねぇ、おめぇだって人間関係そんな理解できてる方じゃなかっただろ………!」

 

 

ギャアギャアと騒ぎながら歩いていくその様子は見る人によっては恋人だったり仲の良い兄弟だったりと、朝の時間の中でかなり目立つ存在であった。盛大な勘違いをしているフランをどうにか引き剥がそうとするのだが、“吸血鬼”の怪力は伊達(だて)ではない。離れないどころかそのままへし折るんじゃないかという程であった。

割と本気でどうするか考えていた悠月であったが、ここで救世主が現れる。

 

 

「おーおー朝から見せつけてくれちゃって。凄い目立ってるよ君たち」

 

 

やって来たのは女子高生の中では身長が高めでオレンジがかった髪をサイドテールで(まと)めている少女だ。フランも彼女の存在に気づいたのか腕を掴む力を緩めてくれた。

 

「あ、拳藤だ。おはよー」

 

「知り合いか?」

 

「うん。クラスメイト」

 

 

どうやらフランは順調に友達付き合いができているようである。人前である事にようやく気付いたのか腕から手を離し、拳藤という少女と話しが盛り上がっていく。明らかに蚊帳の外状態だったのでこのまま一人で行こうかと思ったのだが、フランに再び掴まれる。

 

「あ、紹介するね。悠月って言うの!中学から一緒にいた仲なんだよ!」

 

「へえ、私は拳藤一佳。この子とは同じB組で休み時間話してたら仲良くなったんだ」

 

「…………そうか。じゃあコイツのことよろしく頼む。まだ精神的に子供(ガキ)な所があるから」

 

「任せといて!フランちゃんって同級生じゃなくて妹って感じがするから、なんか構ってあげたくなるんだよねー」

 

「む〜〜それってどういうこと!」

 

こういった風に()ねるのが子供っぽいのだが、それを言ってしまうと更に悪化するので心の中に留めておく。高校の敷地内には入っているが、そろそろ予鈴が鳴る頃だ。せっかくなので拳藤も一緒に三人で登校することになった。

____少し歩いたところでフランは当初の内容を思い出す。

 

「そうだ拳藤!悠月ってば誰かに(たぶら)かされてるんだよ!!」

 

 

突然の内容に拳藤は目が点になったかのような状態になり、話を理解できていない様子である。今の言葉を聞けば誰でも似たような表情になるだろう。

 

「えっと……もしかして最初に騒いでた時の?」

 

「そう!拳藤も説得してあげて。悠月はその人に騙されてるんだって!」

 

 

すごく真剣な顔のフランをなんとか(なだ)めながら拳藤は悠月の方に顔を向ける。状況に追いつけないというのもあるが、一目見て彼がそんな簡単に騙されるとは思えなかったからだ。

 

「あ〜、こいつが勘違いしてるだけだから気にすんな」

 

「うん………なんか苦労してきたんだね」

 

 

頭を掻きながら朝から疲れたという感じの悠月。フランの性格が読めてきたためか、初めて会った彼に同情の視線を向ける。

 

「こんなやつだがクラスに馴染めるようにフォローしてくれねーか?元々人付き合いしてこなかった方だから」

 

「当然。皆で楽しい高校生活にしたいからね」

 

「もう、なんで二人で盛り上がってるの〜!」

 

「はいはい、もう教室だから別れようなー」

 

 

なんやかんや教室の前までたどり着いたのでB組である彼女らとはここでお別れである。

 

「それじゃまた。えっと……悠月くんで良いんだっけ?」

 

「回夜悠月だ。好きに呼んでいい」

 

「せっかくだし名前で呼ぶことにするわ。じゃあね〜」

 

「いやーー!悠月ーー待ってーー!!」

 

 

引きづられるような形で教室に入り、二人の姿は見えなくなる。B組にあんなやつがいるならこの先も大丈夫だろうと思ったのだが、まだワーワーと叫ぶ声が聞こえ、ため息をつく。

とはいえ、静かになって肩の荷がおりた悠月はA組のドアに手をかける。時間になるまで寝るかと適当に考えながら自身よりも大きいドアを開け、教室に入る。すると______

 

 

 

 

 

 

 

何故かほとんどの生徒が自分のことを見ていた。

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 

大勢の視線に晒されながら自分の席に座る。ちなみに廊下側二列目の前から二番目という位置だ。視線に対して疑問が残るが時間まで寝ようと準備していた時、後ろから肩を叩かれる。振り向くとフランとは違った濃いめの金髪にチャラそうな雰囲気を出してる男子だった。

 

「回夜だったよな、ちょっといいか?」

 

「あ、私も聞きたいことがあるんだね〜」

 

悠月の隣の席から紫寄りのピンクの肌が特徴的な女子も絡んできた。

 

「何か用か?金髪にピンク色」

 

「うわ、見た目で判断!!初日で名前覚えてないみたいだな!」

 

「なんか興味なさそうな感じだったからね〜」

 

 

二人とも無駄にリアクションが高いなと判断。A組入っても自分の周りは静かにならねぇのかと思う。半ば強引に男子の方は『上鳴』。女子の方は『芦戸』と覚えさせられた。

教室に入るのが遅かったので自分が来る前にこんなことやっていたのかと考えるのだが、心なしか金髪は真剣そうでピンク色のやつは面白いものを見つけたような顔をしていた。

 

「さっき窓から見てたんだけどさ、廊下で騒いでいたあの女の子ってどういう関係なの?」

 

「そ、そうだ!一体誰なんだ!」

 

すずずっと迫る二つの顔。さっきのは騒がしかったから見てたのかと納得する。

 

「一応中学から一緒だった奴だ」

 

「それだけ?付き合ってるとかないの?」

 

「ねぇな。手間のかかる子供」

 

「淡々と言うのがあって本当だと感じるぜ……」

 

 

つまんなーい!と自分の座っている椅子を傾けてガチャガチャと揺らす芦戸だったが、それしか言いようがないので話したまでだ。

その時、予鈴が鳴り教室のドアが開く。

 

 

「おはよう。今日はちゃんと席についてるな」

 

 

入ってきたのは、ボサボサの黒い髪に髭。やる気のない目に後ろで引きづられている寝袋。このホームレスみたいな人間が1年A組の担任である相澤消太である。授業初日で見た印象は強烈だった。今回は普通に歩いて来たようだが、最初はあの寝袋に入った状態で来たのだから。

 

 

「じゃあホームルームを始めるぞ」

 

 

 

こうして高校生活二日目が始まっていった。

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

 

「わーたーしーがー!!普通にドアから来たーー!!!」

 

 

ヒーローを目指す雄英高校でも一般科目は普通に行われる。他の科と違う点とすれば、ヒーロー科には『ヒーロー基礎学』という授業がプラスとしてあることだ。ヴィランとの対処はもちろん、災害救助といったヒーローで必ず必要になる内容を学んでいく。午後の授業がその『ヒーロー基礎学』になるのだが、その担当が平和の象徴オールマイトであった。

周りの生徒達は憧れのヒーローを目にしてテンションが上がる。悠月も実際に彼を見るのは初めてだが、その姿は明らかに画風が違う。

 

 

「早速だが今日はこれ!戦闘訓練!!」

 

 

『BATTLE』と書かれたプレートを掲げる。教室が再びざわめいた。いきなり戦闘を経験するとは思わなかったからだろう。

どうやら自分達の戦闘服(コスチューム)を着てからグラウンドβで詳しい説明がされるようだ。戦闘訓練とはどんな風にやるのか、戦闘服を速く着てみたいなど周りは色々と話しているようだが、悠月は中々席から動こうとしない。

 

「おい、何やってんだよ!速く準備して行こうぜ!」

 

「………ああ」

 

上鳴に促されようやく準備を始める。ほとんどの生徒は期待に胸を膨らませた様子であったが、悠月は何か違うものを見てるかのような眼をしていた。

 

 

 

 




朝のモーニングコール
→吸血。やましいことはない。…………吸血でもヤバくない?

フランがB組
→吹出くんが不在の時点で察した人はいるかもしれない。砂藤と一緒に犠牲となったのだ……

Q,緑谷出久とは?
A,悠月の騙す極悪人。……完全なる偏見です。彼女は性別すら勘違いしているのではないのでしょうか?とにかく緑谷逃げてぇ!!

Q,拳藤さんとは?
A,頼れる姉御。基本彼女に任せとけば問題児は安心だ。

後ろの席の上鳴くん
→オリ主と絡ませやすい。うちでは重宝させていただきます。



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三話 戦闘訓練



二話とは少し間を空けて投稿。
戦闘回になります。




 

ヒーロー基礎学の時間は敵との戦闘を考慮した屋内対人戦闘訓練という内容だった。クジで二人一組のチームを作り、その後ヒーロー側と(ヴィラン)側に分けられる。制限時間15分の間にヴィランが核兵器を守りヒーローはそれを回収するという流れである。また、両チームとも捕獲用テープというものが支給されており、相手に巻きつければ確保の証となる。

今回悠月はFチームでヴィラン側となり、パートナーは一つ前の出席番号の尾白。そして対戦相手であるヒーロー側はHチームの常闇と蛙吹となった。

 

「この際だからお互いに出来ることについて話さないかい?」

 

 

現在悠月は核の初期位置のところへ尾白と一緒に歩いている最中である。ヴィランチームがビルに入ってから五分間設けられたセッティングを行い、ヒーローチームを迎え撃つ。尾白が今提案したのはどういう作戦にしていくか、そのために聞いたのだろう。

 

「そうだな。まあ、おめぇの個性は分かりやすいけど」

 

「あはは、そうだね」

 

彼の個性は“尻尾”。その名の通り大きめの尻尾がある。ただ身体の方もそうなのだが、しっかりとした筋肉がついており強烈な一撃を放てるようである。実際、彼自身の体重を尻尾で支えられるほどの力と操作性があるようだ。戦闘服(コスチューム)は道着で接近戦が得意な印象である。

ちなみに悠月の戦闘服は黒のインナー(プロテクター付き)に灰色主体のジップアップパーカー、そして動きやすさ重視のジーンズである。見た目に力は入れておらず機能性を重視した結果だった。

 

 

「さて、僕のはこんな感じかな。良かったら回夜くんの個性も教えてくれないか?」

 

 

今度は悠月が話す番になった。しかし彼は何処か悩んだような顔を浮かべており、会話が止まってしまう。

 

「どうしたの?もしかして何か不都合とかある?」

 

 

悠月がそのままでいることに尾白が聞いてくる。その表情はどこか心配そうだ。

 

「いや、なんでもねぇ。俺が出来るのは________」

 

 

 

 

 

 

少年説明中………

 

 

 

 

 

 

「____俺についてはこんなもんだ。次に相手チームについてだが……なんだ?」

 

「いや、想像してたのよりスゴいものだなーと……」

 

「とりあえず互いに戦闘できる力がある。次は相手の個性と対処についてだ」

 

説明している間に核の初期位置に着いた。悠月について驚いた様子の尾白であったが、セッティングの時間はとうに始まってるので一刻も早くという風に進める。

 

「う、うん。まず蛙吹さんだね。あの子は蛙っぽいことは大体できる個性らしいよ。昨日話した時に個性聞いたから間違いないと思う」

 

「もう一人の個性について何か知ってるか?」

 

「常闇くんだったから………影のようなモンスターを出してたね」

 

「ああ……アイツか」

 

周りに興味はない悠月であったが、個性把握テストの時は一応、全員の個性をざっと確認していた。その中で黒い鳥のような顔をした奴がいたのを思い出す。確かに影っぽいモンスターに命令していた。

悠月は目を閉じ思考する。相手の個性、ビルの構造。核を守るというルール状、その気になれば()()()()()()()のは可能なのだが、それでは経験にならないだろう。自分だけで解決することになるし、訓練にならない。この授業の意図は即席のチームでどれだけ連携をとって対処していくかになる。ならばそれに最低限は(のっと)るべきだ。

 

 

「時間も少ねぇ。早速準備するぞ」

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

少し時が進み……

訓練開始の合図が出され、ヒーロー側である常闇と蛙吹はビルの内部を探索していた。

 

「ダークシャドウちゃんがいてくれて助かるわ。安心して進むことができる」

 

「適材適所だ。周りの確認は任せておけ。ダークシャドウ、この調子で頼む」

 

『アイヨ!』

 

開始までに見ていた地図を頭の中で思い出しながら、核が置かれている場所を探っていく二人。常闇の個性は核や人を一発で探し出すことは出来ないが、索敵力においては人並み以上であった。ダークシャドウで先の確認を行わせ、敵がいてもいなくても自分は安全な位置で対処ができる。

 

「ここも無しか……だいぶ上の階まで来たな」

 

「ケロ、次の階で待ち構えてる可能性もあるわ。注意していきましょ」

 

「ああ、そうだな」

 

今回訓練を行っているビルは六階建てで今は四階フロアにいる。今のところ核が置いてある気配はなかったが、それでもいつ敵と遭遇するか分からないので最大限の警戒を敷きながら二人は進んで行く。

少し歩き、次のフロアへの階段を上がって五階に辿り着く。ここまで何もなかった分注意して探索するが、ここである変化があった。

 

 

「これは………」

 

「きっと敵チームの仕業だわ」

 

 

 

 

 

 

道が瓦礫(がれき)の山で塞がれていた。

 

 

 

 

 

ドラム缶や床や壁の一部、机といったものまで急造で作られたものだと分かる。それなりの高さがあり不安定だ。このまま瓦礫をよじ登ろうとすれば崩れる危険があるだろう。もう一方の道を見るが同じように瓦礫の山があった。

この瓦礫の向こう側を曲がった先にまだ確認していない部屋へのドアがある。その先に行くにはこの障害物を超えていくしかない。

 

「ダークシャドウがいれば瓦礫はどかせるが………」

 

ここで悩む点がいくつかある。一つは瓦礫をどかすのに時間がかかること。これはダークシャドウに任せれば問題ないのだが………

 

「音が響くわね」

 

「ああ。瓦礫が崩れればそれなりの反響がある。向こうもそれを見越してるはずだから聞かれるのは避けられないな」

 

 

何処にいるか分からない敵に対して最低限の声で話す二人。不自然に何かを動かす音がしていれば、その発生源は自分達が仕掛けた障害物辺りだと予測がつく。これではヒーロー側が使える奇襲が意味をなさない。しかし、静かに下ろそうとすればその分時間が掛かってしまう。どちらにしてもヒーローチームにとってはかなりの痛手となるだろう。

 

「常闇ちゃん大丈夫。私に任せて」

 

「何か策があるのか?」

 

「蛙っぽいことはできるって言ったわね。私が瓦礫より上の高さまで壁を登って舌で常闇ちゃんを引き上げる。そうすれば問題は解決するわ」

 

 

蛙吹の個性は吸着性を生かして壁に張りついたり、二十メートルほど伸ばせる舌は人一人なら持ち上げることが可能である。他にも強靭な脚力やぴりっとする程度の毒性の粘液を吐くことができたりと様々な芸当がある。

そして彼女の冷静な判断力と洞察力は自身のやるべきことを即座に導くことができる。

 

「そんなことが………よし、早速だが頼んだ」

 

「ケロ、任せて」

 

 

蛙吹は壁を登り始める。順調に上に登っていくのだが、急造で作られているので所々瓦礫の隙間から向かい側を見れる箇所がある。

蛙吹は途中、その隙間から偶然覗けたのだが、その先で……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深淵のような蒼い瞳と目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「常闇ちゃん、敵が______!!」

 

 

「遅せぇよ______」

 

 

その瞬間、()()()()()がヒーローチームを襲った。

常闇はあまりの風圧に踏ん張りが効かず、蛙吹も壁から離れて宙に投げ出される。それだけではない。積み上げられていた瓦礫が散弾のように二人に向かってきていた。

 

「瓦礫を防ぎながら蛙吹を助けろ!!」

 

『アイヨ!!』

 

 

瓦礫にぶつかったり下敷きになったりしたらタダでは済まない。常闇はダークシャドウに命令して防御を固める。

腕を伸ばし蛙吹を回収してから自身の身体で瓦礫を受け止めていくダークシャドウ。結局、十数メートル飛ばされて壁に激突する形で勢いが止まった。その後に来る瓦礫もダークシャドウが防ぎ、なんとか凌ぎきる。

 

「くそ、一体なんなんだ」

 

「どうやら気づかれていたようね。油断してたわ」

 

この先を守るかのように立っている一人の男子。今回の敵である回夜悠月がそこにいた。

 

「随分と手荒い歓迎だな」

 

「あ?こっちにとってテメェらは歓迎の対象に入ってねぇからな」

 

「確かにそうね」

 

尾白の姿がまだ見えないが、恐らく核を守っているのだろう。少なくても奇襲の面は失敗に終わってしまった。

それでもこの場では二対一である。数ではこちら側が有利なのだが、悠月の個性がまだ不明だ。先ほどの攻撃がどのようにして繰り出されたのか分からないが長く考えることは出来ない。ここで時間稼ぎをされたらヒーローチームの勝ちは遠くなるからだ。

 

「この状況だ。俺とダークシャドウが回夜の相手をする。その間に蛙吹は奥の部屋もしくは上の階に核がないか確認してくれ」

 

「分かったわ。あと、梅雨ちゃんと呼んで」

 

回夜に聞かれないよう小声で作戦を伝える。そんな彼は二人が話していても動いてくる様子はない。自分からは仕掛けては来ないようだ。

 

「よし、行くぞダークシャドウ!!」

 

『アイヨ!』

 

ダークシャドウが先行して悠月に突撃していく。蛙吹は再び壁に張りついて行き、隙を見て上から通るようだ。ビル内の廊下は光がそれほど入らず、ダークシャドウにとっては絶好のフィールドだ。ここなら充分に力を出せる。

『オラアアアアア!』とダークシャドウが右腕を伸ばす。それに対し悠月は足を曲げ、踏ん張る態勢になり………

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「ゲロ!?」

 

「悪いが、オメェを通す訳にはいかねぇ」

 

一瞬の内に蛙吹の目の前まで移動した悠月は蛙吹の首根っこを掴み、真下に投げつける。彼のことを追っていたダークシャドウは突然蛙吹が投げられたことに反応し、何とか彼女を受け止めた。

それを見た悠月は壁を垂直に着地して方向変換。再び足元を爆発のような音を立てて高速で移動し、ダークシャドウの目の前に現れた。

 

 

「吹っ飛べ____」

 

 

強烈な蹴りがダークシャドウの顔面を捉え、爆発の音が響く。一撃は蛙吹ごと廊下の壁を突き破り、隣の部屋まで飛ばした。

ほんのわずかな瞬間に状況が変わったことに常闇は驚く。あの爆発は恐らく回夜の個性だと思われるが、爆発の音は響いているのに()()()()()()()()()()のだ。崩れた壁からダークシャドウが出てお返しに攻撃するが、跳躍して避けられる。

 

「(く………身体強化の個性か?それとも目に見えない爆発を起こして移動しているのか、どちらにせよあの速さと攻撃力だ。不利なのはこちらの方……)ダークシャドウ、回夜の動き対処できるか?」

 

 

『ギリギリダナ』とダークシャドウは返す。相手の個性が分からないが先程の攻防で常闇は戦闘を避けて核の捜索に行きたいところだった。

_____少しの静寂の中、ガコンッと音がする。その音が合図かのように悠月が仕掛けた。

近くに散乱していた瓦礫に触れる。すると宙に浮かび上がったと思えば常闇に向かって猛スピードで放たれた。

 

「ダークシャドウ!!」

 

『アイヨ!』

 

奇襲された時と同じようにダークシャドウが瓦礫を凌ぐ。統一性がない攻撃に驚かされるが悠月の周囲の瓦礫はごく一部だ。攻撃はすぐに止むはずだと常闇は判断し後ろに下がりながら逃げる機会をつくる。これを見た悠月は手を掲げ_______

 

 

「頭上に注意だ」

 

 

 

警告と共に上から()()()()()()()

 

 

 

真下にいたダークシャドウは『グエ!!』と声を漏らし押さえつけられた。すぐに起き上がるかと思ったが、まるで()()()()()()()()()()()かのように動けない。予想外の出来事に動きが止まる中、彼は気づくのが遅れた。

敵は一人ではない。視線が机に向かっていたことで()()()猛スピードでこちらに接近していることに。

 

「な……いつの間に!?」

 

「行くよ、常闇くん!!」

 

 

尾白は自分の個性である尻尾を奮い、その場にあったドラム缶を常闇に向け弾き飛ばす。何とか回避するのだが、尾白はその間に一気に距離を詰めて本命の一撃を腹に入れた。

 

「がはっ……」

 

常闇は大きく後ろに下がる。どうやら衝撃の緩和と距離を取るために後ろに飛んだようで、苦しそうな顔をしながらもどうにか立ち上がる。

尾白は追撃を入れるために地を蹴る。その手には捕獲用のテープを握られていた。恐らく迅速に行動不能にするためなのだろう。雄叫びの共に尻尾が再度奮われる。ある程度退いたので一旦逃げることはできそうなのだが、常闇は違う選択をする。

 

 

尻尾の攻撃を半ば転がるかのようにして前に進んだ。

 

 

「なっ!?」

 

尾白の尻尾は宙を切る。常闇はそのまま散乱した瓦礫を飛び越えながら悠月のいる方面に走る。

 

「闇を糧にしろダークシャドウ!!」

 

『ラアアアアアアアアア!!!』

 

 

呼び掛けに答えるように漆黒の影が大きくなり、動きを封じている机をその手で潰す。自由になったダークシャドウは前方にいた悠月に向かって襲いかかった。

常闇が無理して前に出た理由。それはダークシャドウの制御である。常闇の個性黒影(ダークシャドウ)は闇が深いほど凶暴性が増し制御が難しくなる。この空間内は闇を充分満たされており、一応は操れるという段階であった。しかし、尾白の一撃を受けて自分とダークシャドウは今も離れた位置にいる。態勢を立て直すためにも、自分の目に入る範囲に留まりたいのだ。

 

蓄えた力で拘束を外し常闇自身も無茶をしたことが功を奏して、今度はこちらが不意を付いた形となる。ダークシャドウの攻撃は回避不可能まで迫り、悠月は動く様子はない。

 

 

 

 

 

 

攻撃は決まった_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、想像した展開ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガアアア…………!』

 

 

 

 

ダークシャドウの攻撃が()()()()()()()()

 

 

 

ダークシャドウは渾身の右ストレート。対する悠月は前腕部分で防いだだけである。普通なら悠月が殴り飛ばされるか良くても後ろに下がるだろう。しかし、予想は違った。不可視の防御に阻まれたのか、それとも謎の力が働いたのか。結果的にダークシャドウが押し負けた。その間にも悠月は次の行動に移っていた。

今度は先程以上の瓦礫が宙に浮かび上がり、全方位からダークシャドウに向かって撃ち出される。ダークシャドウは衝撃と重さで伏せる状態となり、床に縫い付けられた。必死にもがいて脱出しようとするが動けない。謎の力が先程よりも強く働いて押し潰しているようだ。

 

「影のモンスターとは言ってるがその身は実体をもっている。壁があれば阻まれるし、縛る手段があれば動きは止まる。どうやら透過はできねぇみたいだし、これでLock(ロック)だ」

 

 

悠月は戦闘の間、常闇の個性であるダークシャドウを重点的に観察していた。相手チームの攻撃の要で最も不可解要素であるからだ。

そして彼は話していないが、大事なのがもう一つ。常闇は戦闘を個性に頼っているところがある。予想はついていたが、尾白との対応で確定した。ならば方法は簡単だ。常闇と影のモンスターを引き離せば良い。常闇を行動不能にする方が対処は簡単だ。

 

(まあ、先にコイツを抑えれたんだけどな……)

 

 

動きが止まっていた常闇を後ろから尾白がテープを巻く。これで彼は確保扱いになった。悔しそうな顔をする常闇であったが、彼は気を引き締めていたままだ。

 

「予定はズレたが役目は果たした」

 

「どういうことだい?」

 

 

尾白が聞く。常闇の眼はまだ諦めてなどいなかった。

 

「蛙吹が今何処にいるか分かるか?」

 

「そういえば回夜くんが思いっきり吹っ飛ばしてたよね」

 

 

崩れた壁の向こうに目を向ける。そこに蛙吹の姿はいなかった。彼女がいないことに尾白はだんだんと青ざめた顔をしていく。

 

「もしかして回夜くん、相当強く蹴ってたから………」

 

「んな訳ねぇだろ。ちゃんと加減した」

 

「ああ。ダークシャドウが受け止めたから蛙吹は大丈夫だ」

 

 

安心したかのように息を吐くが、ここでとある疑問が浮かぶ。

 

「ということは彼女は今何処に?」

 

ダークシャドウと一緒に壁を突き破った先の部屋。そこに蛙吹の姿は無い。元々常闇たちが索敵していた部屋で訓練開始前と違う点とするならば窓は開いていることだろう。この場にいないということは何処かに移動したはず。突き破った壁から出た姿は見られなかったので、残っているのは窓からしかない。

 

 

「俺たちの作戦はこうだ」

 

 

常闇は話し始める。

二人は開始前に核の場所を予想しながらその後どのように攻めていくか話し合っていた。そこで蛙吹は自身の個性を利用した作戦を思いつく。

彼女は“蛙”の個性により、先程の戦闘の際にも見せた垂直な壁でも張り付いて移動することが出来る。これを生かして蛙吹は静かにビルの窓を開け、外に出る。常闇は正面、蛙吹は外の窓からと二手に分かれて奇襲する。これが元々の作戦であった。

 

結果は逆に奇襲される形になったのだが、二人が自分に集中していたお陰で外からの侵入を考慮してなかった。捕まる直前、常闇に外側から五階の未探索の部屋の様子を見たが核がなく、上の階に行くと蛙吹から連絡を受けた。

 

「この間にも核を探しているだろう。そろそろ見つけるはずさ」

 

作戦の内容を話したのもあり、時間は稼いだ。後はこのまま核を見つけてもらうのを祈るのみなのだが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、そんなことか(・・・・・・)

 

 

 

 

 

その一言で現実に戻された。

 

 

 

常闇は驚愕と疑問を浮かばせる。

なぜそんなに落ち着いていられる?回夜と尾白の隙を突いて蛙吹を行かせたはず。だがそれにしては終了の合図が遅い。探すのに手間取っているのか?

ここで回夜を見る。その顔はまるで全て分かってるというような表情だった。

 

 

「じゃあ聞こうか。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

身体が何かに掴まれた気がした。

 

 

 

「どういうことだ。今まで探したが核なんてなかった。だったら上の階にあるはずだろ」

 

常闇の必死な様子に悠月はため息をつく。説明するのが面倒くさかったからだ。しかし何も言わなくても後が大変と判断した悠月は仕方なく話す。

 

「まあ普通はそうだろうな。ヴィランチームの立ち回りとしては二人で核を守るか一人が遊撃に向かうのが定石だ。今回の俺たちも二人で核を守る(・・・・・・・)立ち回りをしていた」

 

「何を言ってる?核なんて近くには………」

 

 

常闇は気づく。近くにあるということはこの階に核はあるはず。瓦礫を積む作業だけで五分の猶予(ゆうよ)は無くなるはずだ。核を初期位置から移動させるとしてもそこまで遠くには動かせられないはず。

 

だったら残りは…………

 

悠月はくいっと首を使い行ってみなと促す。確保扱いの常闇だがまさかという顔立ちで廊下の奥に進む。その先の光景を見て驚愕を(あらわ)にした。

 

 

「そう。瓦礫超えて()()()()()()()()()()()。さっきまでいた場所や外からじゃ見えねぇよな。テメェらが確認しに行ってねぇ部屋のドア前に()()俺たちは核を置いた」

 

 

ここで終了の合図が鳴る。時間切れにより勝者は(ヴィラン)チームになった。

 

 

 




チーム分け
Fチーム 回夜、尾白 Iチーム 口田、葉隠
他は原作と同じになってます。本当はIチームに悠月・尾白を入れる方が自然だったけど小文字の「エル」と間違えるかと思い、少々変更。

壁に張り付く蛙吹さん
→出来ること多くて強い。ケロイン。

風グワー瓦礫フワー攻撃ガキーン
→その正体は何話か先になりますかね。

『闇を糧にしろ』
ダークシャドウが身動きを封じられてる時点で闇を取り入れていました。なので『糧にしろ』じゃなく『糧にした』が正しい。
だってカッコイイじゃん?あの場であの言い方はまさにチュウニー。

『Lock(ロック)』だ。
→鍵を閉める時のlockと岩石のrockをかけた。個人的にお気に入りだったので使ってみたかったんや…………

『誰が上の階に核があると______
→錯覚していた?』 常闇「何……だと…………」

冷えなかった人
→巡り合わせが悪かったな。今回は肉体労働だったがいつか燃えてもらおう(宿命)

Q,結局悠月たち何したの?
A,次回説明が少し入ります。


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四話 ヒーローとして

 

ヒーロー基礎学、屋内対人戦闘訓練

 

終了の合図が鳴り、試合はヴィランチームの勝利となった。訓練を終えた悠月たちは他の生徒らがいるモニタールームに戻り合流する。

 

「さあ、論評の時間だ!今回も熱い試合だったぜ!」

 

HAHAHA!とオールマイトは笑いながら講評の進行を進める。

 

「MVPはやはり回夜少年だな!相手に対して最も効果的な作戦を考え尾白少年と動きを合わせながらヒーローチームを翻弄していた。常闇・蛙吹チームも中々良い考えだったが、一歩及ばずって感じであったな!」

 

 

この場の誰もが同じ気持ちだろう。相手の個性を理解し、自らも戦闘能力があるのを見せつけた。最も活躍していたのは悠月で間違いないだろう。

 

「ゲロ、ごめんなさい常闇ちゃん。頑張って時間稼ぎしてくれたのに……申し訳ないわ」

 

「いや、今回は相手が一枚上手(うわて)だった。責めるところはない」

 

「ありがと。それにしても、まさか核があんな所にあったなんて………」

 

 

すぐ近くの位置にあった核に二人は悔しい思いをする。他のチームは核の守りやすさを考えて広めの部屋に配置していた。だが悠月たちはこの定石を変え、二人が予想しないであろう守るのに適さない廊下に核を置いた。また時間を稼ぐ方法も連携も最善の手で立ち回っていた。

 

「この他にも良かった点があるんだけど、分かる人はいるかな?」

 

「はい」

 

ここで八百万が手をあげる。最初の訓練内容にも的確な指摘をしていたのもあり、今回も(まと)めて言ってしまうんだろうかとオールマイトは半ばヒヤヒヤしながら指名する。

「廊下に核を配置。意表を突くのは出来ていますが、ただ置いただけでは防衛するのは厳しいものになるでしょう。ですから回夜さんは相手の視線を上手く誘導する立ち回りをしていました」

 

「相手の………視線?」

 

芦戸は理解が難しいかのように首を傾げる。彼女の他にも似たような生徒が何人かいた。

 

「モニタールームからは分かっていましたが核の位置は最初、探索されていない()()()()()()にあり、尾白さんもその傍にいました。蛙吹さんとダークシャドウさんが別の部屋に飛ばされた後、尾白さんが廊下に核を移動させ置き直しました。恐らく蛙吹さんが外から見に来ると予想していたと思います。

廊下に核を置いてしまえば窓から目視することは出来ない。なので蛙吹さんは部屋を確認した後、上の階に核があると判断したのでしょう」

 

「ケロ、確かにそうね。あと梅雨ちゃんって呼んで?」

 

八百万の言葉を聞いて覚えがあるかのように蛙吹は相槌を打つ。

 

「つ、梅雨ちゃん……!ええ、梅雨ちゃんの時だけでなく常闇さんとの戦闘もそうです。核を守っていると見せかけて一番隙があった瞬間に尾白さんは距離を詰めていました。気づかない内というのもあり、上手く動揺させ確保に至りました」

 

ここで大事になってくるのは蛙吹の動きだ。ある程度万能に動ける彼女は作戦の中にもあった窓から侵入という選択肢がある。悠月の攻撃を受けて別の部屋に飛ばされた時、蛙吹は悠月の視界から外れた。そうなることで窓から離脱するという裏をかく方法が出来た。穴から出てこないのは攻撃を受けて動けなくなったのを理由にすれば良い。

 

だが悠月はそれすらも読んでいた。いや、()()()()()()()()()()()()()。瓦礫を超えてくることも、蛙吹が窓に出ることも………

 

「ヤオモモ、それじゃヒーロー側はどうすれば良かったの?」

 

「そうですね……悠月さんたちが決めた核の位置はヒーローチームが瓦礫を超える前提で置いています。そうでなければ、ヒーロー側が瓦礫を見て二人とも窓から攻めれば核を守るのは尾白さんだけになるからです」

 

瓦礫の先で待ち伏せされている可能性があるなら、まず最初に窓から部屋の様子を確認する。中に核があるのを確認出来れば、蛙吹が常闇を持ち上げて窓から奇襲をかければ良い。悠月が部屋に戻る間、尾白は広い部屋で二人から核を守るのは難しくなるはずだ。

 

「蛙吹さんの身体能力で今回の結果になりましたが、先に一通り六階を捜索する時間も多少ありました。六階を見た後、どのように攻めていくか考えることも出来たでしょう」

 

彼女の洞察力におぉーと感嘆を漏らす生徒もいればここまで気づかなかったと反省している者もいた。ただ単に映像の結果だけを見るのではなく可能性について気づけた八百万は訓練の内容をこと細かく分析していた。

 

「予防策があれば話は別ですが………回夜さん、この事について何かお考えがあったのでしょうか?」

 

一通りの点を話した八百万であったが、どうしても彼に聞きたいことだった。もし自分でも気づけない対策があれば、相手の立ち回りを掌握する正に完璧な作戦だと言えるからだ。

八百万が質問すると共に全員が彼に注目する。ここまで何も口を挟まなかったが、少し間を置いて悠月は答える。

 

「…………いや、二人が瓦礫を越す前提でつくった策だ。瓦礫を超える前に窓から覗かれれば普通に室内戦が起こり、俺が抜かれれば核の近くにいた尾白が相手することになる。機動力がある二人を抑えるのは苦労するだろうし、準備中に尾白の意見が無かったらもっと強引な作戦になってただろうな」

 

「ふむ、じゃあ回夜少年はその点をもう少し考えられたら良かったわけだな!」

 

オールマイトは丁度ここが区切り目と判断し、論評の仕上げに掛かる。

 

「二チームの評価は上々だ!皆も作戦の立て方を見習って次の組みに行こうか!!」

 

次に訓練を行うチームはパートナーと相談しながらモニタールームを出て行く。各々が雑談をする中、講評が終わったことで悠月はあまり目立たない部屋の奥へと移動する。

 

「回夜ちゃん。一つ聞いても良いかしら?」

 

 

その途中、悠月と戦った蛙吹が呼び止めた。思考が読みづらい顔をこちらに向けるのを見て若干相手しづらい印象を与える。

 

「なんだ?」

 

「八百万ちゃんの質問への返答。あれ本当に対策無かったの?」

 

その言動は本心から出ており、同時に半ば確証をもっているかのようだった。

 

「さあな、過程なんてどうでも良いだろ」

 

 

こういう他人の中身を覗いてるかのような奴は苦手だ。実際自分自身も似た者なので余計にそう感じる。

会話を切らせて悠月は奥の壁に寄りかかる。蛙吹もこれ以上深入りするのも……と思ったのか女子グループの中に入った。

ここで次の訓練の準備模様がモニターに映る。それ以降悠月は誰とも話すことなく映像を感情を写さない眼で見つめていた。

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

「ゆーづーきー。起きてー。起きないと_______」

 

「二回目はダルィ…………」

 

 

いつも通り?の朝を迎え、道の特徴をある程度見つけることが出来る頃。フランが主に話し、悠月が時々答えるという変わりない登校をしていたのだが………

 

「何あれ?」

 

明らかに雄英の関係者ではない集団が校門前を占拠していた。その中にはカメラやマイクを持っており、登校中の生徒に無理矢理囲い込んで問いただしている。恐らくはマスコミの連中だろうが、なぜあんな所で張り込んでいるのか。

 

「うーん、オールマイトについて聞いてるね。どうやら雄英で教師をしているのが知られたみたい」

 

遠くから耳を傾けていたフランが取材の内容を聴き取る。ナンバーワンヒーローが教壇に立つということは格好のネタだろう。教師からでなく生徒に聞くのが一番手っ取り早いと思っているんだろうが………

 

「「邪魔だな(ね)」」

 

生徒からしたらあんな人の壁の向こうに行かなくてはならないのだから溜まったもんじゃない。現にマスコミの前に尻込みしている奴らは少なからずいる。

 

「でもテレビに出るのは将来、有名になる一歩だって何かに書いてあったよ?」

 

「んなもん微々たるものだ。ああいうのは人じゃなく言葉だけを欲している。人として見るのはそいつがよっぽど良い印象か悪い印象な時だけだ」

 

吐き捨てるように悠月は言う。そんな彼の考えにやれやれと言った感じでフランは笑った。

 

「まあ、悠月が進んで行こうとは思わなかったけどね」

 

日傘を閉じ、フードを深く被って太陽光から顔を隠す。焼け死ぬことは無いが出来るだけ気分を悪くしたくないのだ。

門に向かっていく二人。当然のようにマスコミが情報を聞こうと向かってくるのだが、まるっきり無視して雄英の敷地に入っていった。

 

 

…………その近くではオールマイトについて熱弁していた生徒がいたとか何とか。

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

報道陣が張り込んでいても雄英は学業に徹する。

HRの際、戦闘訓練時の映像を見ていた相澤は特に問題点があった緑谷と爆豪に注意をする。私情を挟んだ戦闘にもう一人は個性を十分に扱えてない。ここで相澤がきつく言ったのはこの先も同じような状態が続けば見込みなしと判断するからだろう。

訓練の話が終わった後は学級委員長を決めるというなんとも学校らしいものがあり、その結果緑谷が委員長で八百万は副委員長になった。特に役割になりたい理由もなかった悠月は真面目そうという考えだけで眼鏡に入れている。

 

朝からそんな出来事があったが、現在は昼休みの時間。食堂に行く者や弁当持ちはそのまま食べ始めたりする中、弁当を作ってない悠月は昼飯を食べようとして食堂に来ているのだが………

 

 

「うひょー、人がいっぱいだ。早く飯決めて行こうぜ!」

 

 

何故か上鳴が付いてきていた。

 

「なんでてめぇがいんだよ」

 

「別にいいじゃねえか!一緒に食べた方がより美味く感じる!早くランチヒーローの料理食いたいぜ!!」

 

「それでなんで俺なんだよ」

 

「ほら、回夜も何するか選べよ!」

 

「人の話を聞けごら」

 

上鳴の強引なペースで振り回されるのに悠月はイライラとした表情を浮かべる。だが彼が食事を待つ列に並ばずに待っているのには訳があった。その原因となる奴がまだ来ていないので、こうしているのだが………

 

「悠月〜~! 探したん……だか……ら……」

 

 

ちょうど良く呼ぶ声が聞こえる。上鳴もその声が聞こえたのか足を止めた。

食堂の中では一際視線を集めている場所があり、その中心にいるのが予想通りフランであった。金髪に整った顔、真紅の瞳に特徴的な翼。そして彼女独特の明るい雰囲気は多くの人間を引き寄せる何かがあった。それが今回、程よく視線を集めてくれてるので出来れば来て欲しくないものであるが…………

嬉しそうな顔でこちらに向かって来ていたが、段々と笑顔がなくなり警戒したような顔つきになる。

 

「悠月。隣にいる人、誰?」

 

 

フランがチャラ男に目を向ける。

 

「あ、俺?上鳴電気ってんだ。席が近いから回夜とは仲良くさせてもらってるぜ!」

 

「いつからそんな仲良くなったんだよ」

 

勝手なことを言っている上鳴に悠月は嫌そうな顔をするのだが、フランはそんな話を聞かずブツブツと何か呟いている。

 

緑谷って奴じゃないか。アホっぽいし別に問題なさそう。友達が増えるのは良いこと……………上鳴くんだね。B組のフランドール・スカーレットです。私がいない時は悠月のことよろしくしてね!」

 

「ウウェウェ、ウウェ〜〜イ」

 

「小声でなんて言ったてめぇ。それに騙されんな上鳴」

 

 

絶妙な角度からの上目遣いを使って上鳴を味方につけるフラン。それによって上鳴は頭がおかしくなってしまったようだ。思考停止したかのように手を動かしている。

この状況に付き合ってられないという風に悠月は割り切る。早くしないと座席の確保が出来なくなってしまうからだ。上鳴を置いて悠月は食堂の列の最後尾に向かっていき、「待ってー!」とフランも同じように列に並ぶためについて行った。

 

「ウウェ〜イ。………はっ!俺は何を………ってかあいつらいねえし!?俺を置いていくんじゃねえ!」

 

 

上鳴も遅れて食堂を走っていった。

 

 

 

 

 

少年少女移動中………

 

 

 

 

 

 

「……その緑谷ってやつは悪い人じゃないんだね?」

 

食堂は混んでいるが、運良く空いていた席に着くことが出来た三人。一名渋る者がいたが会話を交えながら一緒に昼食を食べていた。

ちなみに上鳴はハンバーガー、悠月は刺身定食、そしてフランはオムライスを頼んでいる。そして今はA組についての話題、というか緑谷の事についてフランが真面目そうに聞いている。

 

「ああ、なんか個性使ったら怪我ばっかしてるけど、真面目そうな奴だし悪い奴じゃないと思うぜ」

 

「ふむふむ、成る程。ひとまずはってところか………」

 

 

まだ警戒してんのかと悠月は味噌汁を啜りながら思う。いつからこんな風になってしまったのか考えるが、結局は別にどうでもいいかと流した。

この他にも何処の中学だったとか趣味だったりなど、主に上鳴とフランがたわいも無い話をして悠月はそれを聞いている構図だったが、ここで話は先日の対人戦闘訓練の話題になる。

 

「そういや、回夜の個性で一体なんなんだ?常闇のダークシャドウを簡単にあしらっていたからよ」

 

 

個性について聞いてくる上鳴。B組であるフランは戦闘訓練の様子など悠月が詳しく教えてくれなかったので上鳴を通じて聞く。

 

「へえ、どんな感じだったの?」

 

「いや、もう近接戦闘で殴る蹴る投げ飛ばすって感じだな。普通は増強型の個性だと考えたけどそれにしては分からねえ部分も多かったし…………」

 

「え〜〜」

 

じー、とフランは悠月を見る。まるでそんな戦い方してたの?という表情である。そんな彼女の視線を悠月は軽く無視して箸を進める。

 

「そうだ!フランちゃんって回夜と同じ中学だったんだろ?だったら個性知ってんじゃないの?」

 

まるで名案のように言う上鳴。フランにどうなのかと尋ねるのだが、彼女は難しそうな顔をした。

 

「まあ……そうだね。ざっくりとなら知ってる」

 

「ざっくり?完璧には分からないのか?」

 

「うーん。少なくても上鳴くんが言ってた戦い方は苦手と言うか本来の(・・・)悠月の立ち回りじゃない」

 

 

フランの言葉に上鳴は驚く。あんな怒涛(どとう)の攻撃をしていたというのに実際は不得意な戦い方だと言われたからだ。なら彼はどういう戦いが得意なのか。そもそもどういう個性なのか。

上鳴は玉砕覚悟で悠月に追求しようとした時………

 

 

 

 

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』

 

 

 

 

 

 

 

けたたましいサイレンが鳴った。

 

 

 

 

 

 

「なんだなんだ?何かあったのか?」

 

「う〜ん。けっこー重大そうな感じがあるけど」

 

悠月たち以外にも食堂にいた一年生はこの警報がどのような意味があるのか分からなかったが、上級生は焦ったかのように騒ぎ始めた。この後にアナウンスが入る様子はない。どうならセキュリティ3というのが問題の部分らしい。

周りの状況を確認する。近くにいた一年生らしき人が上級生に何が起こっているのか聞くとどうやら校舎内に何者かが侵入してきたらしい。それがヴィランなのかは知り得ないが、大変な事態であることに間違いなさそうだ。

 

 

「なんだか知らねえが流れに乗った方が良さそうだな。俺らも早いとこ行こうぜ!」

 

 

席を立ち、焦った様子の上鳴だったが………

 

 

 

「はむはむ、低価格でこのクオリティって凄いよね」

 

「まあ、そうだな。………悪くねぇ」

 

 

呑気に飯を食べていた。二人揃って今の現状など興味ないかのようである。

 

「なにお前ら似たように食べてんだよ!緊急事態って分かってらっしゃる!?」

 

屋外に出るための出口を見ると、人がごった返していてパニック状態になっているようだ。この場も多くの人が出口に向かっており、避難するのは苦労するだろう。上鳴は早く移動しようと諭しているが、二人が中々動く様子はない。事の大きさが分かってないのか。それともあの人混みの中に入りたくないのか。

二人の顔を見るのだが、そのどちらかではなく………

 

 

 

()()()()()()()()()ように見えた。

 

 

 

「外を見ろ上鳴」

 

言われて外を見る。人が出口側に固まっていき、ここからなら外の様子が見えるようになる。そこにいたのはある集団が雪崩のように押し込んでる様子だった。彼らの手にはカメラやマイクといった()()()()()()持っているような代物である。上鳴はここ最近見覚えのある人たちだと気づく。

 

「あれって…………()()()()か?」

 

「うん。多分何処かの門が開いてて、そこから入ってきたって感じかな」

 

「どちらにせよ此処は雄英の私有地だ。許可を得てるはずがねぇからマスコミは不法侵入ってところだろ」

 

 

他に入ってきてる訳じゃねぇみたいだし、その内収まるはずだ。と言って悠月はお茶を啜った。

一瞬の間にこの二人は周囲で起こってる状況を理解し、動く必要はないと判断したのだ。

 

 

「じゃあこの事をみんなに知らせないと!」

 

 

上鳴は席を立ち、必死に危険は無いと叫ぶのだが、他の人間は聴く様子はない。それでも諦めずに声を張り上げていると近くにいた赤髪の生徒が状況を把握し、同じように危険はないと呼び掛けていた。

だがあれだけ叫んでも騒ぎが収まらない。多くの人間はパニックなままで一目散に出口を目指している。それでも諦めずにいる彼らの様子をフランは少し驚いたように見つめていた。

 

「どうして殆ど意味の無いことなのに止めずに続けられるのかな。全員に届けるのは不可能に近いのに」

 

そんなフランの言葉に食事を一旦止めて悠月は話す。

 

「上鳴がやってる方法は誰かに声を届かせるには不十分だ。この事態は避難すること以上に注目するものみたいなのが無いと混乱が止まることはねぇ」

 

だからこそフランは余計なことをする方がかえって混乱を招く。ここで騒いでる奴らは状況を的確に判断出来ないのが悪いと、そう考えているのだろう。

 

「だけどな…………」

 

 

数秒、間を空けて彼は答えた。

 

 

 

 

「あれが俺たちには足りねぇヒーローとしての何かだと思う」

 

 

 

 

その時『だいじょーぶ!!』とよく響く声が食堂まで聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間が経ち…………

 

 

 

結局騒動は飯田が解決した。侵入者がマスコミだと気づいた彼は非常口のピクトさんを思わせるポーズで状況を迅速に伝えた。あれが注目するものであることや全体に響く簡潔な内容に生徒たちは落ち着きを取り戻した。

今現在は生徒みんなで騒ぎの中で散乱した机や食器などを片付ける作業をしている。悠月とフランも同じように片付けを手伝っているのだが、彼女はずっと悩んだ表情だ。

 

「さっきの事か?」

 

「うん。まだヒーローとしての気持ちって言うのが欠けてるのかなって」

 

遠くにいる集団を見つめる。それは騒ぎを解決した飯田を緑谷と茶髪の女子が褒めている様子であった。思えばあの出口上までの高さに飯田がたどり着くのは状況的に難しい。ならば他の個性が影響してあの形が出来た訳だ。恐らく触れたものを無重力状態にする茶髪女子の個性だろう。

一人では無理でも力を合わせることで成し得る考え。フランたちにとってまだ未知の領域だった。

 

「ああいうのを出来るのが本当のヒーローなのかな?」

 

半ば羨ましそうに見る。そんな彼女を見て悠月も考える。

ヒーローとは誰かを守るための者。今までの考えとしては自分のことを優先にしてこれまで動いてきた。この身を犠牲にして他を(たす)ける。そんなものただの馬鹿でしかない。

それでも本当のヒーローになるためには…………

 

 

「おおーい!二人ともー!!」

 

 

手を振りながらやって来たのは上鳴とその隣には赤髪にツンツン頭の生徒がいた。無駄に声を上げてもう少し自重して欲しいものである。

 

「いやー、大変だったな今回は」

 

「う、うん。そうだね」

 

「にしても聞いたぜお前ら。すぐマスコミだって気づいたんだって?俺は上鳴に言われなきゃ気づかなかったぜ」

 

「そんな俺も言われて気づいたんだけどな」

 

だろうと思ったわ、と赤髪が話す。事を詳しく聞けば悠月たちと別れた上鳴は必死に呼び掛けをしている途中、赤髪……切島と合流したらしい。一緒になって叫んでいると飯田が宙を飛んで非常口になっていたという流れ。結局あんま意味なかったかな〜と苦笑いで誤魔化していた。切島もそういう瞬時な判断出来るのがヒーローなんだろうなと同意する。

 

確かに上鳴のやってたことは周りを変えるには小さすぎた。しかし彼の言葉が届いている人物は少なからずいる。

何を言えば良いか言葉が出てこなかった悠月だったが、ここでフランの口が開いた。

 

 

「ううん、上鳴くんも切島くんも誰かのために動いていたのは変わらない。普通保身に走るのは当然だけど二人はここにいる皆のために動いてた。

 

______だから私はあなた達もこの場ではヒーローだったと思う」

 

 

彼女を見る。少し言葉に詰まりながらも上鳴たちを見据えるまっすぐな顔は本心から出た言葉だというのが分かった。その後違う方向を見て少し顔が紅くなっている。どうやらあまり言わないセリフを言ったのが恥ずかしかったらしい。

正面から見ていた二人もフランに言われて照れ隠しなのか髪や鼻を掻く。

 

「そう言われるとやって良かったって思うわな」

 

「確かに…………やっべ、もう授業が始まるぞ!お前らも急げよ!!」

 

「あ、おい待て上鳴!!」

 

 

バタバタと騒がしく教室に走っていく二人。残っていた他の生徒も今回の騒動をネタに話しながら次々に食堂から出ていく。時計を見ればもう移動しなければならない時間だ。

 

あの二人にフランが言った言葉。騒動の中では意味の無いことだと言っていたが、彼らを褒める表現を使っていた。今までだったら考えもしないである。

自分を優先にして動く。人間として当然の行動は変えられないものだ。それでも周りに目を向け、誰かの手を取れるようになれてこそヒーローを名乗れるものだろうか。今の自分ではヒーローとして足りない部分は多い。

本物のヒーローとやらになれないかもしれない。だがそれでも………

 

 

「今は雄英(ここ)で学んでいけば良いだけ……か」

 

「大事なところが抜けてる気がするけど、くさいセリフを言ったのは分かった」

 

 

だったらおめぇもだろ、と吐き捨てる。掃除は終わった。悠月たちも教室に戻ろうとした時、突然メールの着信音が響く。見ても良いよ、とフランから言われたのでケータイを取り出し内容を確認すると____

 

「何かあったの?」

 

「…………いや、何でもねぇ」

 

電源を落としポケットに入れて教室に戻る。そんな彼の表情は何処か厄介事に巻き込まれたような顔だった。

 

 




梅雨ちゃん
→友達になって欲しい相手に「梅雨ちゃんと呼んで?」と言うコミュ障にはハードルの高すぎる呼び方。悠月や轟みたいなキャラがちゃん付けするのはけっこーシュール。

ランチラッシュ
→雄英の食堂を切り盛りするヒーロー。大型台風で一万人以上の人が被災した際、一人で炊き出しを行ったという話がある。この人は正直言って雄英への貢献度が凄まじいと思う。

ウェ〜〜イ
→上鳴の頭がショートした時に言う言葉。アホ顔になり、親指を立てて両腕を前に出すのがポイント。

緑谷くん
→フランの偏見が多少払拭された模様。それでも彼女に警戒されているが………


悠月とフラン
→上鳴や飯田たちの行動に「俺たちに足りねぇ部分」と称した悠月。誰かと一緒に何かを成し得ることに対して言ったのだが、それにはとある理由があって…………


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五話 顕現

書きたいことが多すぎたのと中途半端な部分で区切ったせいで一万字を超えてしまった。
USJに入ります。



 

マスコミ騒ぎが警察の対応によって収束し、ある程度落ち着きを取り戻した雄英高校。一部不可解なこともあったが、この日もいつも通りの授業が過ぎていく。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

 

変わったことがあったのは午後の授業、ヒーロー基礎学での授業だった。内容に入る前に相澤先生から話がされる。教師三人で進めていくことに一体何をするのかと声が上がるが、相澤は『人命救助(レスキュー)訓練』だと答えた。

人々を(たす)けるヒーローにとって最も大切なことだ。先日行ったヴィランの対処とはまた違った難易度になってくるだろう。

 

「訓練所は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備を始めろ」

 

その一言で全員が移動し始める。どういったことをやるのか、自分の得意な場面は何かなど話し合っている中、一人だけ顔を俯いて何も行動を起こしていない人物がいた。

 

「まーたそんな暗い顔してんのかよ。もう少しその顔どうにかした方がいいぜ?」

 

お決まりのように肩をバシッと叩いて絡んでくる上鳴。そんな風に言われた悠月はため息をついた後、うっとおしそうに彼の腕を払った。

 

「何でもねぇよ」

 

「またまた〜。あ、もしかして救助訓練大変そうとか思ってたり?」

 

「でも回夜くんの個性ならある程度出来そうな気がするけどね」

 

望まないことに出席番号が近いので戦闘服(コスチューム)を取りに行くところから更衣室に行くまで大体一緒だ。最近は戦闘訓練を一緒にやったからか尾白も時々会話に入ってくることがあった。

 

「まあクヨクヨしててもしょうがねえよ!最善の手を尽くしてやるだけだぜ!」

 

「分かりやすい性格してるな」

 

呆れるように呟く悠月だったが、ははは……尾白も言いはしないが似たようなことを考えていたようだ。

どちらにしても今日は何かしら起こるだろう。良い意味か悪い意味かは分からないが、こういう場合は悪い方に比率が高くなるのは必然なのだろうか………

 

 

 

 

 

 

「みんな!バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列に並ぼう!」

 

各々の準備が完了してバス停で待っている間、飯田がホイッスルを鳴らして迅速に乗れるよう誘導する。しかし、やって来たのは座席が観光や高速バスではなく、路線バスような配置だったため、飯田の行動はあまり必要ではなかった。

A組全員が座れる余裕はあるので前の人から順に席に着いていき悠月は奥の方の座席に入る。その隣に座っていたのは赤と白に分けられた髪に目の辺りに火傷の跡が特徴の轟だった。

 

「「…………」」

 

席に入った際、一瞬目が合う。しかし、二人が会話をすることはなかった。バスに揺られる途中で色々と会話や怒鳴り声で騒いでいたが、そんな雑音は無視して悠月は時間まで目を閉じて眠る。しばらくして、相澤の一声でバスが到着したのを確認し、A組の奴らと共に送迎バスを降りた。

 

「すっげーー!!U S Jかよ!?」

 

上鳴が今回の行き先の施設を見て驚きの声を上げる。そこには火があり水があり瓦礫があり。まるでアトラクションを想像するかのような場所だった。

 

「水難事故。土砂災害。火事……etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も、ウソや災害や事故ルーム(U S J)!!」

 

((((USJだった!!))))

 

ほとんどの生徒の気持ちが一致したのだが、悠月は維持費がどれくらいかかるのか計算していた。個性がない時代以前と比べれば新しいエネルギーの活用など負担を軽くしている所はあるかもしれないが、壮大な金額が詰め込まれているのは確かだった。

生徒の前に宇宙服のような格好をしている人物が現れる。13号という教師がこの施設を作り、今回の授業担当の一人だと言う。

彼の個性“ブラックホール”は吸い込んだものをチリにする強力な個性である。それ故に人や物を簡単に傷つけることができる危険なものだが、その力を人を救う道、災害や人命救助のために使っている。

 

個性は使い方次第________

 

正しく個性を使っていけば本当のヒーローになれるのを13号自身で例えながら生徒に教えていく。

視点は違えど、ヒーロー基礎学で習うことは人々を救けるためのものだ。ヒーローにおいてヴィランと戦闘する機会もある中で人々を救助するというのも役目になってくる。彼は今回この事を教えるために担当となったのだろう。

13号の話が終わり、早速訓練に入ろうとするのだが、悠月は違和感を感じる。同時に相澤も何かに気づいたようだ。

 

「ひとかたまりになって動くな!!13号、生徒を守れ!!」

 

セントラル広場中央。そこに黒い(もや)のようなものが現れる。そこから多くのガラの悪い人間が靄から出てきて広場を埋めていく。どうやら教師陣にとっても想定外な事らしい。ならあれは侵入者。ヴィランで間違いないだろう。それも集団で纏まっての行動である。

周りの生徒は突然の展開に驚きが走る。まだ状況を把握できていないのだ。何人かは異常だとわかっているのだが、まだ多くは緩んだままだ。相澤はヴィランだと大声で伝え戦闘態勢に入る。

しかし、雄英高校には先日のような侵入者用のセンサーが張り巡らされているはず。この施設にもあるはずだが、何故か付いた様子はない。

 

「現れたのはここだけか学校全体か……何にせよセンサーが反応しねぇなら向こうにそういうこと出来る“個性”がいるってことだな」

 

轟はそう予想を立てるが、理由としては妥当だろう。隔離空間の中に教師数名に生徒一クラスという少人数という構成。その情報を知った上での襲来はそれ相応の目的をもって計画されたものである。

相澤は生徒の避難を優先する。高校という立場ではまだ生徒には危険な状況に晒したくないのだろう。

 

「13号、任せたぞ」

 

一言言い残し、相澤はそのまま広場まで飛び降りる。一番先頭にいたヴィランが応戦しようと構えたのだが、何故か慌てた様子になる。その間に相澤が接近し次々と無力化していく。

彼の個性は視界に入れた相手の個性を一時的に消し去る“抹消”である。異形型の個性には効かないようだが、その点の対策はしているようだ。“抹消”の個性をフルに使いヴィランを倒していく。

悠月はここから援護は出来るのだが動かない。それが得策ではないと判断していたからだ。

 

自分も一応は生徒の枠組みである。守られる立場である彼がヴィランに立ち向かえば他の生徒も自分にも出来るだろうと余計なやる気を見せかねない。最悪、生徒全員がヴィランに立ち向かう選択をすれば、相澤の苦労が無駄になる。

時間稼ぎをしてくれている間に13号が生徒の避難を行う。施設の外に出れば救援を呼べ、安全を確保できるからなのだろう。

 

 

だが、そう上手くはいかない。

 

 

出入り口前に突如、靄が行く手を阻む。陽炎の揺らぎのように動く漆黒は少なからずこの場に威圧感を放っていた。

 

「初めまして、我々は敵連合。僭越(せんえつ)ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは_____

 

 

______平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

 

ヴィランが攻めてきた理由。

それは彼らにとって最も邪魔な存在の排除。普通ならプロヒーローと厳重なセキュリティがあるこの場所で襲撃をするのかと思われるだろう。しかし、今回の用意周到な流れからしてオールマイトを殺す何かをもっているはず。それがどんな手段なのかまだ分からないが、少なくても目の前のコイツは作戦の主要人物で間違いないだろう。

 

「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるはず……しかし変更があったのでしょうか」

 

緻密(ちみつ)な計画を練るには情報が必要。外部か内部かは分からないが、オールマイトがこの時間に授業を行うのが知られていた。今はその目標が此処にはいないが、それが良かったものなのか悪いことなのか。いや、最大戦力がいない時点で悪い方に傾いている。

 

「まぁそれとは関係なく……私の役目はこれ」

 

「させるかよ!!」

 

黒いヴィランが行動に入ろうとする前に二人の生徒が突っ込む。一人は爆豪でもう一人は逆立った赤髪の切島だった。二人の攻撃は当たったかのように見えたが、相手に効いていないようである。

黒い靄が大きく広がる。13号はブラックホールで靄を吸い込もうと構えるが、前方に二人がいて巻き込んでしまうため根源から断つのは無理だった。

 

 

その間にも靄がこの場にいる者を飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

時間は少し流れ______

 

 

黒い靄による個性により、バラバラに散らされたA組の生徒。その中で水難ゾーンに飛ばされた緑谷・蛙吹・峰田は一か八かの作戦を決行し、何とかヴィランたちを無力化することが出来た。現在は中央のセントラル広場が見える位置に移動していた。

 

「緑谷ちゃん次はどうするべきかしら?」

 

「そうだね……とりあえず救けを呼ぶのが最優先だよ。このまま水辺に沿って広場を避けて出口に向かうのが最善」

 

蛙吹の問いに怪我をした指を抑えながら答える緑谷。広場では今の大勢のヴィランを相澤先生が相手している。だが緑谷は先生が生徒を守るために無理して飛び込んだのだろうと予想していた。

 

「え、緑谷まさか……あの場に行こうってわけじゃねーよな?」

 

「違うよ。ただ隙を見て少しでも負担を減らせればって……」

 

峰田が相澤の援護に向かうつもりなのかと責めるが、緑谷はそうじゃないと否定する。何の策も無しに飛び出しても邪魔になることは分かっている。だからこそ自分たちがどうするべきなのか考えていた。

実際緑谷の予想通り、相澤は自分一人で対処するのにかなり無理をしていた。

 

(今まで相手してるのは雑魚の連中だ。コイツらを率いた親玉とワープもちの個性がいるはず。そいつらに対してどれだけ余力を残せるか…………)

 

長時間の戦闘とドライアイが相まって個性を消せる時間がどんどん短くなっている。この先はどう凌いでいくかかなり不安なところだった。

ヴィランたちの個性を消して無力化していく中、靄の中で最初に見た手だらけのヴィランが攻めてくる。相澤は捕縛用の道具を伸ばし相手が掴んだのを見て、距離を強引に縮めるために引き寄せ肘を入れるのだが……

 

「髪の下がる瞬間がある。一アクション終えるごとだ。そしてその間隔は短くなってる。

_______無理をするなよ、イレイザーヘッド」

 

 

()()()()()

 

 

異常な事態に相澤はヴィランの顔を殴り自身から引き離す。相手の個性だと思われるが右腕が満足に使えなくなってしまった。

 

(チッ、見られていたか…………)

 

今まで攻めてこなかったのはこちらについて観察していたから。最悪なことに弱い所をしっかりと把握している。

手だらけのヴィラン……死柄木はケラケラと笑いながらイレイザーヘッドが何故一人でここに飛び出してきたのか理由を述べる。

 

“抹消”の個性は長期戦に向いてないこと。

相澤が得意なのは奇襲からの短期決戦なこと。

それでも多くのヴィランに立ち向かってきたのは生徒を安心させるため。

 

この仮説は全て当たっており、少ない時間で相手を知る限り彼は観察するのに()けているという証明になった。眼を開き楽しそうな声色で話していたのだが、それが終わったあと急に真顔になる。

 

「____ところでヒーロー、()()()()()()()()

 

それと同時に脳がむき出しの大男が相澤の身体を地に伏せさせ、腕を握りつぶした。

 

「〜〜っ!!!!!」

 

ベキッバキッと鳴り響く悲痛な音。当然現れたその怪物が只者ではないと痛感させられた。

 

「“個性”を消せる。素敵だけどなんてことないね。圧倒的な力の前ではただの“無個性”だもの」

 

脳無、と死柄木が命じる。すると相澤を抑えていた大男がもう一方の腕をその手で握りつぶした。再びの不快な音に相澤の悲鳴が響く。

 

(小枝でも折るかのように……!身体の一部でも見れば消せる……つまり素の力でこれか……()()()()()()()()()()()()……!)

 

激痛に耐えながらコイツがオールマイトの対策だと認識する。だがそんな奴にイレイザーヘッドが勝つのは不可能だった。

 

「緑谷ダメだ…………流石に考え改めただろ…………?」

 

遠くから見ていた緑谷たちも自身の考えが無意味なのかを決定づけられる。教師があんな簡単にやられ傷つくのを見てとてもではないが救けに行くのは愚策であった。

 

(クソが…………)

 

脳無が相澤の頭を掴む。そのまま軽く上げて地面に叩きつけようとした時_______

 

 

 

 

 

ベチャッと鳴るはずが無い音がした。

 

 

 

 

「は?」

 

相澤の顔が地面につく直前、()()()()()地面を覆った。結果的にそれがクッションになったのか衝撃をほとんど吸収してダメージを無くしたようだ。

痛みを覚悟していた相澤は今の一瞬の間に自身の守った何かについて驚きと謎が生まれる。

 

(なんだこれは?顔全体を覆っているはずだが、呼吸が苦しくない?それに………)

 

「ったく、オールマイトを殺すとか大胆なこと考えやがって。お陰で()()()()()()()()()()()じゃねぇか」

 

この場に場違いな声が聞こえる。押さえつけられている相澤は見ることが出来なかったが、声の正体に心当たりがあった。その予想は当たっており、まるで待ち合わせに遅れたかのように現れたのは蒼い瞳が特徴の少年、回夜悠月であった。

ここまで愉快そうに笑っていた死柄木は悠月を見て警戒する。

 

「生徒は黒霧がバラバラに飛ばしたはずだ。その先で待ち伏せしている奴らはどうした?」

 

「んな事どうでもいいだろ。テメェが知る必要はねぇ」

 

「近頃のガキは礼儀が欠けてんじゃないか?そういう奴は今の社会すぐ消えるぞ」

 

ヴィランの質問にだるそうに答える悠月の態度に死柄木は苛立ちよりも興味を無くしたような様子だった。

 

「なら、テメェらが先に消えろよ」

 

指を鳴らす。一見なんの意味が無いかのような行動であったが、それに反応したかのようにバチッと目の前に火花が一つ上がった。怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる死柄木であったが、やがて火花は彼の周りで一つ二つ三つ…………無数に広がりを見せる。

 

 

「________脳無!!!」

 

 

原因不明の異常な事態に死柄木はもう一人のヴィランに向かって叫ぶと同時に大規模な爆発が起こった。

熱気と砂埃が辺りを覆い、一時的に視界が遮られる。緑谷たちも腕で顔を守り凌いでいたのだが、不意に自分たち以外の人の気配を感じた。

 

「あ、相澤先生!?」

 

視界が晴れ、すぐそばには仰向けに寝かされている相澤がいた。ヴィランと一緒に爆発に巻き込まれたように見えたが、上手く抜け出したのか。しかし、相澤もどうしてここにいるのか分からないようである。

 

「そこにいろ緑谷。動かれると守りづらくなるからな」

 

顔を上げれば悠月の背中が遠くで見えた。どうやらこちらに気づいていたらしい。先程の爆発や先生がここにいるのは全て彼がやったことなのだろうか。少なくともヴィランを見て震えていた自分よりも彼はずっとヒーローのように思えた。

 

ではヴィランたちはどうなったのか。視界を彷徨(さまよ)わせると悠月より奥の方で死柄木が彼のことを睨みつけていた。どうやら脳無が死柄木を担いで爆発から逃れたらしい。

 

「くそ、危ないな。平気で攻撃するとかヒーローとしてどうなの?そこんとこ」

 

「現に無傷じゃねぇか。それに殺す宣言かけられてんのに抵抗しねぇのもどうかと思うが?」

 

「……もういい。その口、二度と聞けなくしてやる」

 

こっちにはオールマイトを殺すために作られた脳無がいる。ガキ一人に負けるはずがない。圧倒的力でねじ伏せ、絶望を呼びこむ要因としよう。(いびつ)な笑みを浮かばせながら死柄木はそう考える。

 

「だったら試してみるか?」

 

「ダメだ……逃げろ回夜………!」

 

寝かされた状態でありながら相澤は生徒を身を案じる。教師として彼自身の生徒に対する気持ちがあるのだろう。余裕そうな顔をしているのを見て自分の個性に自信がある奴なのかと死柄木はそう予想づけるが、脳無の前では無意味。

計画の要であるこいつで潰す。元々生徒を殺していく予定だったのだ。だったら一番最初はあいつにすれば良いこと。

 

「やれ脳無。あいつを殺せ」

 

死柄木の声に脳無は唸り声を上げ突貫する。常人には目に追うことが出来ないスピードで移動して右腕を上げる。この一撃を食らえば普通の人間など肉片を撒き散らして死ぬことだろう。そんな光景が見えてニヤリと笑う。

しかし、そんな死柄木の表情はすぐに崩れることになる。

 

「力任せの脳筋。超パワーもってる奴に限ってなんで油断ならねぇのが多いんだよ」

 

独り言のように呟く。まるで目の前の死など障害にならないという様子であった。

右腕をかざす。その顔は獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「散れ、“未元物質(ダークマター)”______」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、純白の息吹が生み出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは嵐のように巻き起こり視界を圧倒的な白で染めていく。まるで粒子の海が荒れ狂うかのように舞った後、脳無の目の前を阻む壁となった。

脳無は構わず右腕を奮う。直後、爆発のような風圧と音が響き渡った。

 

「な………!」

 

死柄木の表情が崩れた。

粒子の海が脳無を攻撃を無力化したのだ。周囲にはその衝撃の跡が濃く残っており、純白の壁は脳無の拳を通していない。

 

「お返しだ」

 

言葉が聞こえたと同時に純白が形を変え、なぎ払う。それだけで脳無は地面を深く削りながら広場の端まで吹き飛ばされていった。

どんな色にも染まるはずの白は、今や全てのものを塗り潰し、神々しさで人々を圧倒していた。やがて純白は収束を始め、何かを形造っていく。それは二十メートルは越す巨大な二翼を形成した。

 

 

その姿はまるで天使_______

 

 

「おいおい、なんだよそりゃあ………」

 

生徒はチンピラや黒霧がどうにかするという流れだったが、それがどうだ。脳無の一撃を奴の個性と見られる謎の力で正面から受け止め、吹き飛ばしたのだ。

 

自然に足が一歩後ろに下がる。

 

 

「回夜くん………?」

 

誰かが彼の名前を呼ぶ。驚愕か、それとも畏怖なのか。その声はとても震えていた。

悠月の個性について周りには全く知られていない。訓練が終わった後に彼に聞いても適当に流されていたからだ。ペアになった尾白に問い詰めても『聞いた僕もよく分からなかった』と何故か疲れた様子で答えていた。増強型だと予想はされてたのだが、それでは説明がつかない。まるで()()()()()()()()()()()のようだ。

 

「ふざけんなよ………!」

 

死柄木はわなわなと身体を震わせ拳を握りこむ。

オールマイトを殺すだけのはずが、こうも計画がズレている。自分の思い通りにいかないことに苛立ちを隠せないでいた。

 

「いつまで寝てるんだ脳無!さっさとガキを殺せ!!」

 

首元を搔き声を張り上げて脳無に命令する。立ち上がった脳無は再び唸り声を上げ再び悠月に迫る。しかし、先程の目に追えないスピードではなかった。

その原因は衝撃波である。悠月は背中の二翼を震わせて空気中の圧力を強制的に変化することにより、波を生み出したのだ。波といってもその威力は想像以上のものであるはずだが、衝撃を受けてスピードは落ちていても目標を潰そうと迫って来るのを見て悠月は更なる手を加える。

純白の粒子をさらに生み出し、脳無を襲う奔流を創り出す。脳無は避けようと横に逸れるが、奔流の一部が脚を飲み込んだ。

 

「おい緑谷!回夜のやつめっちゃ強えよ!!あの化け物みたいなやつをコテンパンにしてやがる!!」

 

「ケロ。一時はどうなるかと思ったけど、優位に戦っているわ」

 

「うん。正直回夜くんがあんな個性をもってるなんて……あの純白の翼はどういうものなんだろう……」

 

ここまでの戦況を見て緑谷たちは悠月の優勢に対して歓喜の声を上げる。相澤に重症を負わせたヴィランだ。この場にはあの怪物を倒せる希望など無いかと思った矢先である。

 

(回夜くんの行った攻撃はまるで複数の個性をもっているかのようだ。規則性があるとすればあの純白の何かが関係しているはず。でも戦闘訓練の時ではあの純白の翼は出さなかったし、ただ単にあれを形成する訳ではないのか…………)

 

緑谷は悠月の個性について改めて考え直すが、結論づけるまでの糸口は見つからなかった。こうしている間にも戦況は動いている。純白の奔流が途切れ脳無を見てみれば、攻撃を食らった片足が無くなっていた。思うように動けず両手を地につけた体勢になっている。

やり過ぎではないか……緑谷たちはそう思っていた時_________

 

「脳無________」

 

少し前まで声を荒げていた死柄木は今度は冷めた目で名を呼ぶ。奴の心境の変化に周りは疑問を抱くのだが、異変がすぐに現れた。

傷を負っていた箇所に筋肉の繊維のようなものが飛び出し、傷を埋めていくのだ。強靭な肉体に急速な傷の修復、まさに超人と言えるものであった。悠月も脳無の姿を見て眉間にしわを寄せる。今の再生もそうだが、彼は別のことに違和感を感じていた。

 

(打撃……いや、物理攻撃に対してやけに効いていなかった)

 

“未元物質”とは本来この世に存在するはずのない物質である。存在しないということはこの世界の物理法則に従わず、また未元物質と相互作用した既存の物質も独自の法則性をもつ。

初めはただその力を使って相手を行動不能にまで追い込むだけだった。しかし、翼でなぎ払って吹き飛ばしたり衝撃波を食らわせても効いた様子はなかった。これは屈強だからでは説明がつかないもので明らかに別の要因があって物理攻撃が無力化されている。

 

そこで悠月は脳無について解析するために先程の奔流を放ったのだ。打撃や斬撃、はたまた凍傷から腐敗まで、“未元物質”で引き起こせるいくつかの攻撃パターンの要素を一撃に込めたのだ。

その結果このような結論を出したのだが、超人並みの再生も個性だとすれば奴は少なくとも二つは個性を持ち合わせていることになる。

 

「これは“超再生”。オールマイトを殺すために作られた兵器。それが改人“脳無”だ」

 

死柄木は両手を広げて自慢げに話す。やはり先程の異常な回復力は個性によるもの。一つは確定として“超再生”の他にも物理攻撃に対抗する個性をもっている可能性が高い。

ああいう風に話しているのは脳無って奴が倒されることはないと信用しているからだろう。そうでなければ、やられている状況の際にも怒っているはずである。また“超再生”の個性だと情報を自らばらしているあたり、幼稚な考えがうかがえる。

 

(だとしても関係ねぇ。他の攻撃手段で攻めれば良いだけだ)

 

悠月は敵が踏み込む前に音もなく翼が広げ羽ばたく。すると………

 

 

 

脳無の身体の至る所に裂傷が刻み込まれる。

 

 

 

不意打ち気味で放った攻撃に脳無は腹が立ったように唸り、走り始める。こちらに詰めて来ている間も“未元物質”と介して何倍にも威力をもった斬撃を撃ち続けているが、ゴリ押しで攻めてくる。あのダメージだと普通なら痛みで動けなくなってもおかしくないのだが、まるで痛覚など切られてるかのような様子である。

これを見て悠月は背中の二翼を変質させる。翼には羽根のような形状が明確に浮かび上がり、まるで(のこぎり)のようになる。飛ぶために使う翼は目的を潰すための凶器となっていた。その翼を脳無に向けて振り下ろす。

脳無の方も伊達(だて)ではない。圧倒的な速さで翼の攻撃を(かわ)して再度悠月に襲いかかる。翼は地面にめり込むほどの威力だったが、そこから無理矢理横になぎ払う。無理矢理と言っても翼を上手く形を変え、悠月までに至るルートを無くして脳無を追い詰める。

後ろにしか下がる道が無い状況なのだが、ここで脳無は違う選択をした。

 

 

おもむろに右腕を構えそして振り抜く。

 

 

 

それだけで“未元物質”の翼がかき消された。

 

 

 

 

「っ!!?」

 

 

()()()()()()()()()この威力。オールマイトを殺すと言うだけあり、普通の人間なら掠っただけでも大怪我だろう。恐らくは本気に近い攻撃と見れるが、あれが全力で無かったら目眩がしそうである。何としても近づかれるのはマズイ。しかし、翼の“未元物質”は散り散りに飛ばされてしまい、最大の攻守が消えた。

悠月の目の前に脳無が現れる。理性など無い印象が今では確かな一撃が入ることに笑っているかのようであった。

振り上げた拳が悠月を捉える。そう思えたが………

 

「悪いが、テメェみたいな身体能力ある奴を知ってるんでな」

 

 

()()()()()()()

 

踏み込んでる足元が不安定になることで攻撃の軌道がずれた。上に向かってパンチが空振りして天井の照明などが余波で盛大に割れた。

その間に悠月はこの場から離脱しながら“未元物質”で脳無を拘束していく。必死に抵抗しているが、それは粘着物質のようにまとわりつき離さない。このまま全身まで覆うところまでいくかと思ったのだが、ここでイレギュラーな事が起こる。

 

黒い渦が地面から出現し脳無を飲み込んだのだ。

 

これで決まったかのように見えたが、ここで最初に見た黒い靄のヴィランが死柄木の隣に出てくる。あれはA組の生徒をバラバラに飛ばしたワープの個性をもっていたはず。脳無は奴の個性で避難させたようで、“未元物質”は他のところに転送されたようだ。

 

「脳無が封じられかけていた。どういう状況ですか、死柄木弔」

 

「ここの生徒が予想以上に優秀だったって事だ。それより13号はやったのか?」

 

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして………一名逃げられました」

 

「………は?」

 

これを聞いた死柄木は首元を掻き苛立つのだが、俯きがちになりしばらく考え込む仕草をする。ブツブツと独り言を呟いていた後、何かを決めたかのように顔を上げた。

 

「仕方ない。()()()()

 

帰る。つまり撤退するということだろう。こちらとしては戦闘を終わらせるのでそうして欲しいのだが、この状況で帰るというのはかなり無自然。今さっき言った生徒一人に逃げられた………恐らく助けを呼ぶために校舎に向かったのだろうが、救援が来るのはまだ時間がかかるはず。それにここで撤退をすれば雄英のセキュリティが強化され再度襲撃して成功するのは難しくなるからだ。

嫌な予感がする。それは最悪の形で的中してしまった。

 

「でもそうだな……平和の象徴としての矜恃(きょうじ)を少しでもへし折って帰ろうか」

 

死柄木は狂ったような目を()()()()()()

 

「チッ、緑谷!!」

 

一瞬で死柄木が移動した。恐らくワープ持ちが関わったのだろう。こちらにヘイトを稼いでいたが、奴が来たことで均衡が崩れてしまった。すぐに切り替えた悠月は“未元物質”を操り、緑谷たちの守りに送らせようとするが_______

 

「くそ、このデカブツが…………!」

 

目の前に脳無が現れ悠月の身体を両手で握り潰そうとしたのを何とか防ぐ。凄まじい怪力は“未元物質”を噴出し続けなければ自身まで届いてしまいそうだ。

その間にも死柄木の手が蛙吹の顔を捉えようとしていた。相澤の肘をボロボロにした個性。恐らく触れれば対象を崩壊させるものだろう。死を呼ぶその手が顔に触れる。

 

「…………余計な真似を」

 

「やら、せるか!!」

 

大怪我を負った状態でありながら身体を起こし相澤は個性を発動させた。個性を消され、舌打ちを漏らす死柄木であったが、再発動するために相澤の腕を思いっ切り踏みつける。

 

「がぁあああああああああああああ!!!!」

 

激痛を感じながらも眼球を開き、絶対に瞬きをしないようにする。一度でも瞳を閉じてしまえば“抹消”の個性が消えてしまうからだ。

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!)

 

突如訪れた危機に緑谷は無我夢中で拳を握りこむ。蛙吹の顔に触れている手。それがいつ彼女を殺すのか分からない。クラスの仲間を(たす)けるために緑谷は叫ぶ。

 

 

「SMARH______!!!」

 

 

拳を死柄木に向け放つ。力の調整は全然駄目だが、出来るだけ加減して…………

そんな一撃が死柄木に届こうとした時_______

 

「…………黒霧」

 

漆黒の渦が()()()()()()()()

ワープ持ちの個性によるものだ。攻撃が当たる部分に展開して死柄木を守ったのだろう。そのはずなのだが問題が一つ。脳無に攻撃が届いていないのに()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

「がはっ…………」

 

「え……?」

 

遠くの方で苦痛の声が聞こえる。蛙吹がピンチのはずだが、思わず目を向けてしまった。

それは悠月が飛ばされる光景だった。胸のプロテクターは砕け散り、破片が宙を舞っていた。そして一番緑谷の目を釘付けにし、一番見たくないものが見えてしまった。黒い渦から出ている自分自身の腕が彼の目の前にあることに……

 

(僕のせいで回夜くんが………?)

 

殴った感触もアーマーのような素材。何よりも目の前の現実が絶望を物語っていた。純白の粒子の勢いが止まり、吹き飛んだ悠月を脳無が潰そうと迫っていた。

 

Friendly fire(フレンドリーファイヤー)だ。お前のせいであいつは脳無に殺されるんだ」

 

「緑谷ちゃん!!」

 

触れたら崩壊する死の手が緑谷の顔に伸ばされる。最初に掴まれていた蛙吹は指から離れ抵抗しながら緑谷の名を叫ぶ。だがその声は届かず、緑谷は自分の力を向けてしまった悠月の姿しか目に映らなかった。そんな彼に死柄木は告げる。

 

「だからさ、責任もってお前も一緒に死なないと」

 

人の絶望を目にして表情筋を抑えられずに(わら)いがこぼれる。絶望に染まりきったその顔でボロボロと崩れる光景が何よりも見たかった。

 

だから()()()()()()()()()()()()ことに気づかなかった。

 

 

「ああああああああああああぁぁぁ!!!」

 

 

悲鳴が広場全域に響き渡る。それと同時に二度と忘れないような嫌な臭いが周囲に漂った。

後ろに下がって光から逃れた死柄木は左腕に渡る猛烈な痛みに悶絶する。

 

「カエル顔!全員を連れて逃げろ!!」

 

それは悠月からの援護だった。緑谷の攻撃を食らったはずだが、腹を押さえはしてるものの無事な様子である。

ではそばに居た脳無はどうしたのか。悠月のすぐ後ろには“未元物質”に脳無が捕えられ暴れていた。しかし、その縛りは不完全なようで身体の拘束が徐々に外れていく。

 

「ったく……これが限界か。(たす)けるってのは難しいな」

 

「回夜くん!!!」

 

脳無の上半身が自由になる。ただ奴にとってそれだけで充分だった。超パワーを秘めた丸太ほどの太さの剛腕を唸り声を上げて振り切る。

 

「あと少しだ。気張れよ緑谷」

 

この時緑谷はどういったことを叫んでいたのか覚えていない。蛙吹に腕を引っ張られる中で自分の攻撃とは比べ物にならない一撃が振り切られ、悠月の姿が消えた。

 

 

 




U S J
→ウソや災害や事故ルームの訳。決して西のテーマパークの事ではない………

“未元物質”
→三話でやっていた事の正体。普通無理だろみたいなやつも“未元物質”だからという理由がつけれそう。メルヘンの象徴。

イレイザーヘッド
→両腕潰されてその後踏まれても生徒の為に力を尽くす。正にカッコイイと称する。

悠月やられてんじゃん
逆に考えれば対オールマイトの脳無が強いんです。あんな怪物倒すのは骨が折れるというスタンス。そしてもう一つ、まだ話せませんがヒロアカの世界に合わせた結果、多少の制約を設けたのと彼自身まだ成長段階だからという理由があります。
コチラの文章力の問題もあるんですが………

緑谷ハ絶望ニ染マッテシマッタ
→この後は一体どうなってしまうのか。悠月は死んだのか?オールマイト殺されるのか?今後どうなってしまうんだこの小説!?



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六話 収束

 

「回夜くん!!!」

 

一瞬の内に消えてしまった仲間を名を叫ぶ。しかし彼は緑谷たちを庇い、脳無の一撃を食らってしまった。その威力は恐ろしいほど間近で感じてしまっている。

 

「ははは…………あの生意気なガキもこれで終わりだ。全身の骨が砕けて死んでるだろう」

 

腕を焼かれ(もだ)えながらも、死柄木は愉快そうに笑う。完璧に入った一撃はこの眼でよく見ていた。今まで何かしらの小細工をしていたようだが、あれではどうしようもない。最後に良い光景が見れて死柄木は満足する。

 

「そんな……嘘だ………回夜くんは僕たちを守って………」

 

「緑谷を連れて逃げろ。俺が時間稼ぎをする」

 

 

絶望に染まっていく。悠月の時のような攻撃を食らえばこの場にいる皆もあっという間に同じ結末を迎えるだろう。

相澤が生徒の前に出てヴィランたちを睨む。だが両腕は下に垂れ下がり、立っているのもやっとの状態だ。それでも彼らを正面から見据え、視線を逸らさない。

 

「ダメ!相澤先生も重症を負ってる。とても戦える身体じゃないわ!」

 

「いや、あの手だらけヴィランは手負いで脳筋の奴は拘束がまだ残っている。ワープ持ちのアイツは……俺の個性で封じればなんとかなる」

 

現に今も相澤は“抹消”の個性を発動させ、黒霧の“ワープゲート”を消している。奴さえ押さえればヴィラン側で動ける者はこの状況だといない。相澤は一人でも時間を稼ぐのは可能だと判断していた。

 

「でもそれじゃ先生が…………」

 

時間稼ぎにも制限がある。悠月が残した最後の抵抗。脳無はうめき声を上げながら必死に暴れて拘束を解いている。あのヴィランが動けるようになった瞬間、真っ先に狙うのは相澤のはずだ。

 

 

「早く行け!!回夜が作った機会を無駄にするな!!!」

 

 

一喝。生徒を逃がすために全力を振り絞る。この身は満足に動かせず、逃げるとしても誰かの助けがなければ難しいだろう。それならば相澤は逃げる選択ではなく少しでもヴィランを抑える囮となった。

 

 

(生き残るのは……この状況ではほぼ不可能。一歩踏み出すのもキツいな。覚悟、決めるか…………)

 

 

相澤の言われた通りに緑谷を蛙吹と峰田が引っ張っていく。あの調子で行けば何とか入口前の連中の元に辿り着くはず。本当なら悠月の捜索をして欲しかったが、万が一ここを抜かれた際、次に狙われでもしたら彼の二の舞になる。そのように判断した上で逃がしたのだ。

だがその為には少しでもここで食い止める必要がある。自分自身の未来が絶望的なのは分かりきってる。ここで足止めしてる間に腹を括った時_______

 

 

 

 

入り口辺りで馬鹿でかい音がした。

 

 

 

 

見れば扉が物理的に破壊されているようで煙が上がっている。新手が来たのかと一瞬警戒したが、()()姿()()()()ようやくか……と言葉が漏れた。

 

 

 

「もう大丈夫、私が来た!!!」

 

 

 

平和の象徴オールマイトである。彼の姿を見た生徒は安心で涙や膝を崩す者がおり、ヴィランたちにはこの場にいるだけで怯む存在となる。

ネクタイを引きちぎり、いつもの笑顔は全く見られない。この状況はヒーローとして先生として、目の前に写るものに対して怒りを覚えているのだろうか。

上から景色を見渡した後、姿が消える。目に追えない速さで道ゆくヴィランを倒し、途中まで逃げていた緑谷たちの元に相澤を避難させていた。

 

「皆、早く入り口へ。安全な場所まで避難するんだ!!」

 

気づかない内に移動したことに驚く四人だったが、怪我が酷い相澤を担ぐように支える。

 

「オールマイト!あの脳味噌ヴィラン…………」

 

 

緑谷はヴィランについてをオールマイトに伝えようとしたが、ここで先程まで戦っていた彼の姿が思い浮かぶ。

 

「オールマイト。貴方が来る前まで回夜くんがあの脳味噌ヴィランと戦っていたんです。途中まで優勢だったんだけど、僕のせいで……ぐすっ……攻撃を受けて………」

 

「……………そうか」

 

 

削れた跡や崩壊した地形。整備されていた場所は荒れ果てており、壮絶な戦いをしていたと見れる。先程までいて今は姿が見えないとなると視界に入らない所まで飛ばされたか、あるいは………

 

 

(なんてことだ………皆を守る存在でありながら!!)

 

 

身体の奥底から炎が燃え盛っていく。もし最初から自分が此処にいたならば、生徒や教師の負担を取り除くことが出来たかもしれないのに………

だが今は怒りを外に出してはいけない。精神的な柱となっている私が周りの人間に対して安心させる言葉をかけなければならない。

 

「大丈夫だ緑谷少年。私が終わらせる。あとは任せておくんだ」

 

オールマイトは緑谷の肩に手を置き、落ち着かせるように話す。

 

「オールマイト、でも………」

 

「自分を責めちゃダメだ。相澤くん、重症の君に頼むのは心苦しいが()()()()()()()()()?」

 

「……大丈夫です。こちらでも何とかやっておきます」

 

察したように頷く相澤。そうして蛙吹たちに支えながらもこの場から離れていく。その間も緑谷は悲痛な眼差しでオールマイトのことを見続けていた。

 

(すまない緑谷少年。君の心の中の“負”を取り除く時間は無いようだ)

 

オールマイトは気づいていた。緑谷の精神、自分のせいで誰かが消えてしまったことに対して心が折れかかっていることに。相澤も分かっているのだろう。自分に負担をかけない為に無理をしてでも彼のことを引き受けたのだ。その気遣いに感謝しオールマイトは正面を見据える。

 

 

「ここからだ、覚悟は良いかヴィラン!!」

 

 

 

その背中はとても大きかった。でもそれと共にどこか彼に宿る火が消えてしまうような……そんな面影が一瞬みえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つ、話をしましょうか。

 

 

 

 

 

 

お前が辿り着こうとしている境地は私たちの……いや、人類にとって未知の領域であるのは確実。

 

 

 

 

 

 

空想が現実に、超常が日常に……常識が崩れ去ったこの時代のブラックボックスが開きつつある。実際に一回開いたのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

それが善悪どちらに傾くかは()()()()()()まだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 

だから私は()()()()()

 

 

 

 

 

 

この現状をぶち壊すための…………それと遊びを兼ねてね。

 

 

 

 

 

 

 

その為だけにかなりの博打じゃないかって?

 

 

 

 

 

 

 

確かに、普通だったら危険物に触れに行こうとする馬鹿は早々いない。

 

 

 

 

 

 

だけど、その厄介事と関係あったなら話は別でしょ?

 

 

 

 

 

 

 

それに……貴方はまだ知らなかったわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私……そういうゲームはけっこー強いのよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマイトと脳無の戦い。何度か攻撃を加えたオールマイトだったが、脳無の個性が“ショック吸収”だと知り、動きを封じる策に出る。

後ろに回り込んでコンクリートに突き立てようとバックドロップをしたのだが、黒霧が脳無の上半身をワープさせて逆にオールマイトを拘束する形になった。

 

「いいね黒霧。期せずしてチャンス到来だ」

 

 

脂汗が(したた)り落ちながら死柄木は笑う。元々ヴィラン連合の目的はオールマイトを殺すこと。彼らは脳無でオールマイトの速さを封じた後、黒霧のワープで身体を引きちぎるという作戦を立てていた。実際ここまで順調にいけており、オールマイトも脳無の怪力に脱出できない状況だった。

 

(僕だけが知っている。オールマイトが活動限界に近い事に)

 

救けに行かなければならない。だけど()()()()

身体は震え呼吸が乱れる。それは入試の時の仮想ヴィランと対峙した時と同じだった。本当の自分は心も身体も弱いただの一般人だ。彼と会ったことでヒーローを目指す足がかりとなったけれど、それは個性が強くて僕自身が強くなってる訳じゃない。

僕が弱かったせいで………回夜くんを……皆を…………

 

 

「落ち着け緑谷」

 

 

はっ、と顔を上げる。そこには緑谷の眼を真っ直ぐ見つめる相澤がいた。

 

 

「このような結果になってしまった。その元は単身突っ込んで負けた俺の責任だ。お前が気に病むことは無い」

 

「でも、僕があの時ワープの可能生を考えていれば……回夜くんが……」

 

 

涙を流して自分の無力さを(あら)わにする。それほどまで緑谷の精神は不安的になっていた。それでも相澤は話を続ける。

 

「だが選択としては間違ってはいなかった。誰かを(たす)けるために力を奮う。それを持て余せばたちまちヴィランに成り下がる。お前はそういう使い方をしたか?」

 

「違う。僕は救けたい一心で…………」

 

相澤の言葉を一つ一つ胸に刻みながら緑谷は自らの思いを呟く。

 

「だったら良い。それに考えても見ろ、俺を簡単に倒せる奴らが相手だったんだ。自分の想定通りに事が進む方が難しい」

 

 

相澤が柄にもなく慰めの言葉をかける。いつもなら見込み無しとして切り捨てるが、今回の場合はろくな経験もさせずにヴィランと向き合わせてしまった教師陣(こちらがわ)が悪い。やられていった仲間の姿を見れば、耐性の無い者は誰だってそうなるだろう。

その理由もあるのだが相澤は何より、入学時から見てきた彼の志を信じて告げる。

 

 

 

 

「だから悲観的に考えるな。お前は()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

“ヒーロー”

 

その単語を聞いた瞬間、緑谷はこれまでの人生で起きたことがフラッシュバックした。

映像で何度も憧れのヒーローが人々を救うのを見たこと。

幼い自分が無個性だと知って絶望したこと。

それでも諦め切れず、ヒーローについて独自の考えを交えた内容をノートに何冊も纏めてたこと。

 

 

そして_____彼に出会った瞬間のこと。

 

 

 

(そうだ。僕はオールマイトのようなヒーローになる為に雄英(ここ)にいるんだ)

 

 

だからここで立ち止まっては行けない。僕一人が行ったところで何か変わるものでは無いかもしれない。けれど、オールマイトが危ないんだ。彼に教えてもらいことが山ほどある。

流していた涙を拭き、何か決心したかのような顔つきになる。多少の影は残るものの、その眼は確かに前を向いていた。

 

 

「ありがとうございます相澤先生。僕はもう……()()()()()

 

 

緑谷の姿を見た相澤は微かだが少し口角が上がった気がした。その後、ゆっくりと目を閉じる。ヴィランと戦闘した身体は疲労と痛みで限界を迎えていた。自分を支えている二人に体重が段々とかかってくる。そんな相澤を状態を蛙吹は分かっているかのように受け止めた。

 

「大丈夫、相澤先生。オールマイトに任せておけば問題ないわ」

 

「うげ……なんか更に重くなったぞ!」

 

「男を見せなさい、峰田ちゃん」

 

 

 

二人の声が聞こえる中、相澤の意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

「………ケロ、ここはまだ危ないわ。緑谷ちゃん、早く行きましょ?」

 

緑谷は立ち直ったようだが、ゲートまである程度距離がある。一刻も早く移動しようと蛙吹は呼ぶのだが、何故か来る様子がない。彼が見る方向はゲート前ではなく、オールマイトが戦っている場所_______セントラル広場の方面だった。

 

「ごめん蛙吹さん、峰田くん。僕あの場に戻るよ」

 

「あの場って………おいおい緑谷!オールマイトが任せろって言ってたじゃんよ!邪魔になるだけだって!!」

 

「うん、だけど行かなきゃ。ここで何もしなかったら僕は一生後悔するだろうから」

 

 

峰田が行かない方が良いと引き止めるが、緑谷はそう言ったきり走り出す。彼の踏み込んだ足には一瞬()()()()()()()()()()()、常人よりも一段速いスピードで飛び出した。

 

 

「オールマイト!!!」

 

 

猛スピードで向かってくる緑谷に広場にいたオールマイトは気づく。彼は自分を救けようと右腕に力を込めていた。

 

(緑谷少年………君って奴は!!)

 

完全では無いが、なんとか折れずに済んだことにオールマイトは安心する。だが同時にこの危険地帯に戻るのを良しとしなかった。

それは同じく彼に気づいた黒霧が靄を広げていたからである。

 

(靄に飲まれちゃダメだ!あのワープの個性は触れたら終わり。ならその前に消し飛ばせたら_____)

 

望まずだが悠月に向けてしまったこの拳。何も考えず打てばまた同じような展開になるだろう。考えるが今の自分では()()()()()()。オールマイトのように風圧を出すとなれば加減が効かず、自身の腕も壊れてしまう。それでは駄目だ。

 

________なら対処が出来る人に頼めば良い。

 

 

「かっちゃん!!」

 

「その名で呼ぶんじゃねえぞクソデクがぁ!!!」

 

 

“爆破”の個性が靄を吹き飛ばした。

 

 

緑谷は途中まで自分がどうにかするかと策を巡らせていたが、横から爆豪が来ていたことに気づいたのだ。そこでわざと自らを目立たせることで確実に爆豪の攻撃が入るよう誘ったのだ。爆豪が黒霧の動きを封じ、さらに援護に来た轟が氷結で脳無の凍らすことでオールマイトが脱出できる形をつくる。

 

「スカしてんじゃねえぞモヤモブが!!」

 

「平和の象徴はてめえら如きに殺れねえよ」

 

 

状況は一転、ヴィラン側はピンチを迎えているはずなのだが、死柄木はあの時のガキが再び戦える状態になったことに感心していた。あの光景を見せられればトラウマものになるだろうと思っていたからだ。

そんな事を考えていたがまあどうでも良いかと適当に流し、死柄木は周りを見る。脳無も黒霧も動けなくなっており、人数は三対五。この戦況はヴィラン側の圧倒的不利を物語っているように見えた。

 

「攻略された上に生徒はほぼ無傷。すごいなあ最近の子どもは……」

 

恥ずかしくなってくるぜヴィラン連合_________

そう言った後、死柄木は脳無に命令した。

 

 

「脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入口の奪還だ」

 

 

そう言われ脳無は凍らされた身体を無理矢理起こす。その際腕や足を欠損するのだが、“超再生”の個性で再生した。

個性のことを知らなかったオールマイトたちは驚くが、その間に脳無は凄まじいスピードで移動し、爆豪に襲いかかる。それに反応したオールマイトは彼を逃がし、自分が身代わりとなって殴り飛ばされた。

 

「ゲホッ……加減を知らんのか……!」

 

 

衝撃に耐えた跡が地面にくっきりと残っている。何とか腕で防御したが口から血を吐き、辛そうな様子だ。

 

「仲間を救けるためだ。しかたないだろ?」

 

死柄木は本当にそう思っているのかという理由をつける。その後も緑谷が殴りかかってきたことに対して野次を言い、まるで自分が正しいかのように話し始めた。

 

 

「俺はなオールマイト、怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローとヴィランでカテゴライズされ、善し悪しが決まるこの世の中に!」

 

 

暴力は暴力しか生まれない。抑圧のための暴力装置。

確かにヒーローといえどヴィランを倒すためには力を奮う。その事については正しいかもしれない。しかし、オールマイトは死柄木が(まく)し立てる理論の裏に抱えているものに気づいていた。

 

「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの。自分が楽しみたいだけだろ、嘘つきめ」

 

「バレるの早……」

 

爆豪たちは共に戦う意気込みだったが、オールマイトがそれを制する。いくら優秀な生徒といえど脳無の強さは強大。相手をするのは危険過ぎるのもあるのだが、オールマイトは彼らに頼みたいことがあった。

 

「君たちには回夜少年の行方を探してほしい。あのヴィランの攻撃を受けて何処かに飛ばされてしまったようなんだ」

 

「な!?回夜がさっきみたいなのを食らったって言うんですか!!」

 

 

切島が驚いたように叫ぶ。轟と爆豪も同じように驚きが顔に出ていた。オールマイトだから何とか耐えれたものの、自分たちが食らえばどうなるかは先程のを見て想像出来るからだろう。

それでもここを一人で戦うのもどうかと渋る二人にオールマイトは声を張り上げた。

 

 

「ここは大丈夫!!プロの本気を出してやるさ!だから……行きなさい!!」

 

 

グッ、と親指を立て心配をかけないと言う風に意思表示する。活動限界が残り少ないのを実感するが、ここにいる皆を守るために力を絞り出す。

 

「脳無、黒霧……やれ。子どもはほっといて良い」

 

オールマイトを殺すには脳無と黒霧が不可欠。死柄木は戦闘が出来なくなったので生徒の相手は無理だが、当初の目的通りに動く。

死柄木に命令され、脳無が脚に力を入れる。再びオールマイトを行動不能に持ち込むつもりだ。

 

 

 

(確かに時間はもう一分とない……力の衰えは思ったよりも早い!)

 

 

 

 

 

しかしやらねばなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故なら私は________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平和の象徴なのだから________!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな。その運命……()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純白の息吹が再臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで津波のように純白が地を飲み込み、脳無を巻き込む。地面に踏み込む直前、方向転換も出来ない瞬間に狙われたことで自ら飛び込んでいったかのように捕まった。突然出現した純白の神々しさにオールマイトたちは目を離せないでいた。

この場の全員が動きを止める中、更に驚くべき現象が起こる。

 

 

『もう終わりだ。そのままの状態でいろ、脳無』

 

 

そんな()()()()()()ヤケに大きく聞こえた。

脳無は言葉通りに動きを停止する。倒すべき敵がすぐそばにいる中での行動である。その間にも純白の物質は身体を覆っていき、遂には全身を包み込んでしまった。

 

「どういうことです死柄木弔!何故脳無を止めたんですか!?」

 

「はあ?俺じゃねえよ!()()()()()()脳無が勝手に反応したんだ!!」

 

 

死柄木は突如聞こえた声に驚きを隠せないでいた。

理解不明な現象に二人は混乱するのだが、ヒーロー側も戸惑いを隠せないでいた。確かに死柄木と呼ばれてるヴィランの声があの怪物が止めた。しかし、本人は自分がやったことではないと言う。

どうしてこうなったのか検討がつかなかったが、その状況に関わっているであろう人物なら知っている。

 

「思った通りだ。脳無が命令を受けてるのは死柄木って奴だ。言葉だけで動かしてたのが裏目に出たな」

 

「「回夜(くん)!!!」」

 

 

回夜悠月であった。脳無にやられてしまったと思われた彼がここにいた。イタズラが成功したかのように笑う彼だが、戦闘服はボロボロで足取りは重そうだ。さらに口元には血を吐いてそれを拭った跡が見られた。逆に言えば脳無の一撃をモロに食らったにも関わらず自らの足で立っているのである。

 

「回夜少年!無事だったか!!」

 

「問題ねぇ……ですよオールマイト。そちらの方が辛そうに見えますけど?」

 

「このくらいどうってことないさ。何せ私は平和の象徴だからね!」

 

 

ムンッ!と上腕二頭筋を見せつけるオールマイト。だが悠月から見れば無理をしてこの場にいるといった様子であった。

死柄木と黒霧も何故あの男が生きていることに驚いていたが、この状況に対しての行動をする。

 

「黒霧、さっさと脳無をこっちまで戻せ」

 

「分かりました、しがら______」

 

「二度目はねえぞモヤ野郎が!!」

 

 

ワープの弱点を暴いた爆豪が阻止しようと突っ込む。それだけではない。追撃に死柄木と黒霧に向かって氷結が地を這う。危険を察知して黒霧は脳無に向けていた“ワープゲート”を解除し、死柄木ごと自身を移動する。少し遠目の位置に出てきた二人だったが、死柄木は周りなど一切気にせず一点を見つめていた。

 

「おいそこのガキ。俺の脳無に何をした!!」

 

 

瞳を極限まで開き、悠月に激怒しながら指をさす。黒霧が落ち着くよう諭しているのだが、全く聞いてないようだ。

対称に冷めた顔の悠月は少し馬鹿にするかのように話す。

 

「テメェの言う事に従順だったからな。コイツは命令を受けて止まっただけ。なんともまあ忠実じゃねぇか」

 

「話逸らしてんじゃねえよ。俺は何をしたかって聞いてんだろーが………!」

 

 

首元を掻き全身から怒りを吐き出す。

悠月がやったことは簡単だ。脳無は死柄木の声に命令させられる形で動いていた。それは何かで操っている訳ではなく、死柄木の声のみに反応するように改造されているのだろう。

だったら話は早い。死柄木の声と同じトーンの言葉で「止まれ」と言えば良い。音の伝わり方などただの振動である。悠月にとってそれを弄るのは造作もないことだった。

 

そんな事知らない黒霧は死柄木の身体を靄で覆いながらすぐ横まで顔を近づけて耳元で囁く。

 

 

「落ち着いて下さい死柄木弔。脳無が使えなくなった以上、今の我々にはオールマイトを殺すのは不可能に近い。ならばここは撤退すべきです」

 

 

死柄木の参謀としてこの場の戦況について冷静に分析する。脳無が使えなくなった以上、この状況で勝てる見込みは無いと判断していた。

首元を掻いていた死柄木だったが、今の言葉と戦力を考えてみて急に先程までの感情の高ぶりが嘘のように消える。

 

「ああそうだな。今回はゲームオーバーだ。帰るぞ黒霧」

 

「む?させるか!!」

 

敵が逃げるのを阻止しようとオールマイトは距離を詰めるが、その前に靄が拡大する。あらかじめ死柄木を包んでいたことでワープの方が行動が速かった。

 

 

「今度は殺すぞ。平和の象徴、オールマイト」

 

 

靄の中から声が聞こえたのを最後に二人は消えた。ここに残っているヴィランはどうやら捨て駒扱いのようだ。動揺が広がったと思ったら次々と逃げ始める。

逃げた二人は追うことが出来なくなったが、まだ残党連中が残っており、他の生徒はバラバラのままだ。皆のことが心配だと切島が真っ先に動こうとするが、ここで何処からか銃撃がヴィランを撃ち抜いていく。

 

「一年A組クラス委員長、飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」

 

 

ようやくプロヒーロー達が来てくれたらしい。彼らの姿を見て本格的に逃げることにしたヴィランの奴らを次々に無力化していく。この様子なら生徒がそこまで動く必要はないだろう。爆豪みたいなのは積極的に参加しているが………

 

悠月はその場に座り込む。余裕そうに見せていた彼だったが、蓄積したダメージが大きかった。一番の山場が抜けたことで一気に身体が重くなり、立っているのが困難になった。

 

 

「あの…………回夜くん」

 

 

少しの間そのままの態勢でいた時、声がかけられる。顔を上げればそこには緑谷がいた。ただその表情はかなり複雑なもので呼びかけたは良いものの、次の言葉が出てこないといった感じである。

 

「なんだ?」

 

「ああ、いや!その……怪我とか大丈夫かなって」

 

オドオドしながら緑谷は聞く。

 

「少なくとも打撲に腹部の内出血があるかもな。見た目は酷いがリカバリーガールの所に行けばなんとかなるだろ」

 

 

ここで悠月はなぜ彼がそこまで自分のことを心配するのか理由が分かった。

 

「別にこの傷はおめぇのせいじゃねぇよ。ワープ持ちの対処を見誤ったのが原因だ」

 

「そんな……あれは僕が何の考えも無しに攻撃したのが悪くて!回夜くんが悪い理由なんて無いよ!」

 

自分の攻撃で悠月を危険に晒してしまった。それだけではない。最初死柄木たちを見た時だって緑谷はあの場に行って戦う勇気なんて無かった。圧倒的な差を目の当たりにして、ただ見てることしか出来なかった。

それでも悠月は恐怖なんて表情は見せず、脳無というヴィランと渡り合っていた。その姿こそオールマイトのような本当のヒーローのようで…………

 

「おめぇの腕…………」

 

「え?」

 

悪い方向に思考が傾く中、ここで悠月が会話を切り出す。

 

「腕だ腕。今まで個性使ったら身体壊してたろ。だが俺を殴りやがったその腕はボロボロになってねぇ」

 

「そう言えば…………」

 

あの事態の中だったからか、そんなこと頭にもよぎらなかった。しかし、今考えてみれば確かに“ワン・フォー・オール”を使っていても腕は折れていない。この事から言えるのは…………

 

 

「個性の制御出来たんじゃねぇか。その顔だと全然意識してやった訳ではねぇようだが」

 

 

この戦いの中で進歩した。緑谷は壊れていない右腕を見る。それに今になって気づいたが、オールマイトの元に向かおうとした時もいつもより速く移動出来たような。意識的にはやってはいないが、どんな感覚で放ったのか……少なくともこのヴィラン襲撃の中で個性の使い方を見い出せそうな気がした。

 

「……緑谷は俺の方がヒーローみたいだと思ってんのかもしれねぇが少し違う。確かに戦闘面では不安すぎる個性だし、正直言って俺に勝てる要素なんて少しもねぇ」

 

「うっ…………はい」

 

容赦ない言葉に緑谷は違うベクトルからのダメージを受ける。

 

 

「だがな、ヒーローの本質から見たら、おめぇの方がよっぽどあるさ」

 

 

どういう事かと悠月を見るのだが、彼はこちらにはもう興味がないかのように周囲を見渡していた。

緑谷も一緒になって確認するが、さっきまで戦闘で騒いでいた音が止んでいた。どうやら残党を抑えたようで駆けつけた教師陣が率先して状況処理に励んでいる。こちらの方にも生徒たちはゲート前に集合するようにとエクトプラズムの分身が伝えにきた。

状況を把握してきたところで緑谷はハッ、とした表情になる。

 

「回夜くん、早く保健室行かないと!怪我してんだから!!」

 

 

キツかったら肩貸すよ、と言って手を差し出す。おめぇも一応怪我人だろうと返すが、君なんかより全然マシだよ!と言ってテコでも動かなそうな様子である。

 

『今度は私が手を引く番だよ_______』

 

 

顔を下に向け、誰にも見せずに悠月は笑った。彼の姿がとある人物と重なったからだ。

 

(お節介なヒーローだな……)

 

 

緑谷には痛みでうずくまっているのかと勘違いされたが、顔を上げて少し遠慮がちに手を伸ばした。

突然起こった襲撃騒ぎ。その事態は終わりを向かえようとしていた。

 

 

 

 




緑谷ハ前ヲ向イタ
→原作とは違って脳無を殴ってはいないが、何とか“ワン・フォー・オール”の使い方を少しは理解するように。その中で精神面や観察面も成長してるぞ!

途中の何か
→話している人物は誰か察している人はいると思う、多分。

死柄木は火傷を負っている!
→火傷状態では物理攻撃力が下がる。言いたいのはポ○モン。

オリ主は生きていた!!
→尚オールマイトと脳無の激闘の瞬間に横やりを入れる。まさに良いとこ取りである。

俺と似た声に
→普段、自分自身の声というのは骨伝導の影響で多少相手が聞く声とは違う風に聞こえる。今回の死柄木の場合も自分の本当の声を聞いたことが無かったため、この発言が出た。

思ったけどフラン活躍してなくね?
最近考えるんだ。フラン=禁書目録の図が………!
体育祭では何とか戦闘描写とか書けていけたら良いなと思います。


ザ・裏話

USJの戦闘描写は五・六・七話で元々考えていましたが、ここで時間をかけるのもな〜と結論付け六・七話を強引に一緒に書きました。結果的には内容薄い気がしてるのですが、文字数と文章力の都合上限界があった……



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七話 抱える想い

「…………今何時だ」

 

心地よい温かさに抗って身体を起こす。

時計を見れば10時になろうとする時間だった。今日は休日ではなく平日。本来であれば学校に遅刻したと言うような時間なのだが、特に慌てた様子なくベッドから出た。

 

「あ、起きた?」

 

寝室のドアの先にはまるでここの住人のように振る舞うフランがいた。別に合鍵持って(かれて)るしこの部屋にいるのはもう慣れてしまっていたので驚くことは無い。現に今もいつも通りの光景として見れるはずなのだが…………

 

「何でそんな格好してんだ?」

 

 

何故かエプロンを着て洗濯カゴを持っている状態だった。

 

「あ、これ?どう似合ってる?」

 

「知らねぇよ」

 

何処か期待したかのような眼差しを向けてくるのを無視する。よく見れば洗濯カゴには悠月の服だったり靴下などが入っている。しかし、一部見慣れない色の生地がのぞいているのでフランの物も一緒に洗濯したのだろう。ベランダの方向に身体が向いているのを見るに外に干そうとしていたのか。

そんな自分の行動を観察されたのがあれだったのか少し苦笑いになるフラン。

 

「いや…………朝ここに入っても悠月が起きてる様子じゃなかったし、()()()()が起きたんだから家事の一つはしてあげようかな〜て……」

 

 

段々と声を小さくして話す。何故二人がこの時間になっても家にいるかと言うと、雄英高校にヴィランが襲撃した後処理で臨時休校になったからである。特に事件に巻き込まれた形の1-Aに対しての配慮云々だろう。なので平日のこんな時間でも家に居れるのだが、フランの心境は複雑であった。

 

(そういや、こいつに話してなかったんだっけか……)

 

電源が付いてるテレビを見れば雄英で起きた出来事についての特集が流れている。ヒーローを育てる学校にヴィランの集団が現れたのだ。他のテレビ局も同じように放送しているので電源をオフにする。

昨日は家に帰った後、飯食べて風呂入って……他は何もせずベッドに横になった。先にフランがここにいたのだが、あまり会話せずに寝室に入ってしまった。学校の方でもあらすじを聞いてるはずなので不安視するのは当然だろう。

 

 

「悠月、ちょっとこっち来て」

 

 

フランを方を見ればカゴを側に置き、ソファーに姿勢良く座っていた。真剣そうな雰囲気でポンポンとソファーの半分が叩かれる。その部分が空いているので座れということだろう。よっこいせと年寄りのように座る。

幾らか間を置いてフランの口が開いた。

 

「ヴィラン襲撃の件って悠月関わったよね」

 

「そうだな」

 

「何があったか聞いても良い?」

 

 

テレビや学校側の話では知り得ない内容はある。彼女は当事者である悠月からその部分を知りたいと思っているのだろう。無事なのはこうして隣にいることで分かってはいるが、それでも心配するはずだ。

USJであったことを悠月はかいつまんで説明をする。訓練に入ろうとした時にワープの個性で攻めてきたこと。その時オールマイトがいなかったこと。その後バラバラに飛ばされて各々対処したこと。

_____そして敵の主力と戦ったこと。

 

「その主力の奴って強かったの?」

 

「ああ。俺の攻撃を耐えるのに加え、超パワーを兼ね備えた身体。オマケに“超再生”なんて個性も持っていて………」

 

 

ここで悠月は言葉が詰まる。その顔は言うべきなのか迷っている様子だった。

 

「そこからは言えない事なの?」

 

「………そうだな。根拠がねぇし、俺自身も確証得られねぇ部分だ。お前に話して混乱させるのも悪い」

 

 

一息つく。悠月は伝えるべきでは無いと判断した。いつもなら何を隠しているのかとフランは突っかかるのだが、今回はそれがない。悠月の様子を見て追求すべきでは無いと気遣ったのだろう。そっか……と彼女は引いてくれた。

ソファーに背を寄りかからせて天井を見上げる。彼の中には一つの仮説が浮かんでいた。

 

 

(超パワーに高速再生。恐らくあのヴィランは()()()()()()()()()()()()可能性がある)

 

 

当てはまるものは多くある。実際脳無と戦っている間、この仮説が頭をよぎっていた。

勿論、悠月の勘違いかもしれない。他の研究から持ってきた奴なのかもしれないし、()()()()関わっていたとは到底思えない。どちらにしてもあのレベルのヴィランが複数体作れるとなると、この社会に多大な被害をもたらすのは間違いないことだ。

だが今回の首謀者と見れた死柄木という人物。奴があのヴィランを作る環境を整えられるとは思えない。ならば彼の裏で糸を引いている者がいるということだ。

 

オールマイトを殺すという理由。平和の象徴という大きすぎる存在が消えればヴィランの活動は活発になる。それが彼らの狙いなのだろうか。

もしくは彼自身に因縁を持っていたのかもしれないが……

 

 

(そこまでは俺個人で分かる問題では無いな)

 

 

向こうにもダメージは与えたので(しばら)くは出てこないと思うが、もう雄英に襲いかかってこないとは限らない。

そんな考えに浸っていた中、フランは悠月の身体をペタペタと触り始める。少々(うな)りながらやっており、触られる方もあまり良い気にならないのでペシペシと触っている手をはじいていく。

 

「何やってんだ」

 

「だって悠月……昨日怪我してたんでしょ」

 

 

確信をもった言動で話す。怪我は昨日の時点で治っていたのだが、過去形で話しているところ彼女にはお見通しのようだった。

 

「リカバリーガールのとこ行ったからな。怪我を治す個性ってのは対象者の体力を使うだとよ。まあ、あの個性を体験出来たのは______」

 

「悠月が怪我するほど。それくらい大変だったってことだよ」

 

フランは声を少し張り上げて悠月の言葉に被せる。USJで怪我をしていた悠月と緑谷はあの後保健室に寄っており、“癒し”の個性の恩恵を受けていた。

強敵と戦ったとはいえ、あまり触れてほしくないのか適当に流そうとする悠月に彼女は少しも眼を逸らせずに見つめていた。

 

 

「ねえ悠月。あの力……()()()使()()()()?」

 

「……………フラン」

 

 

悠月が何か言おうとしたのと同時にフランが悠月の胸に飛び込んできた。危なげなく受け止めるが、触れ合うその身体が震えていることに気づく。突然の行動に驚くが、いつものような雰囲気ではない。

状況的に動けないのでこのままの状態が続く。ふわりとした彼女の甘い香りが鼻をくすぐった。

 

数分か、それ以上たったか………

 

悠月はフランの背中に手を置き、優しくたたく。抱きしめるその細い腕は常人の何倍もの力を出せるとは思えない。今のか弱い印象が相まって力を入れれば壊れてしまいそうだ。

 

「夜……心配で寝れなかったんだからね」

 

「ああ」

 

「ろくに会話しないで寝室行って、少しは心配した身になってよ」

 

「………わりぃ」

 

「大体悠月は勝手に物事進めて一人で理解して……一緒にいるこっちは大変なんだから」

 

なんか心配から説教に変わっていく気がしないでもないが、言い返さず留めておく。一応悪い点ということで受け止めようと思ったからだ。

………ある程度愚痴を言い終わったからか再び静寂の時間が訪れる。今度は悠月の方から口を開いた。

 

「大丈夫だ。俺は簡単には死なねぇ。それはフランが一番分かってることだろ?」

 

「うん」

 

「だから…………もう離れてくれねぇか」

 

 

悠月の言葉を聞いて「ブゥー」と不満そうな音を出す。今の一言は彼女を一気に不機嫌にさせるほどだったらしい。普通こんな美少女に抱きつかれてそれは無いでしょ……などと文句を言ってるが、この後だって飯作ったり昨日出来なかったことを片付けてしまいたいのだ。

 

「良いし。私だって勝手にやるから」

 

そんな悠月の意思など無視してフランはあーだこーだ言いながらモゾモゾと動く。人の足を勝手に移動させていわゆる膝枕の態勢を作り、そこに寝転んだ。こちらを見上げるフランは満足そうな顔をしており、まるで機嫌の良い猫のようだった。

 

「腹減ってんだ。さっさと離れろ」

 

「確かに。私もお腹空いたな〜」

 

「まだ飯食ってなかったのか?インスタントあっただろ」

 

「だって悠月のが食べたいし」

 

食ってねぇなら早くどけと言っても「今はそんな気分なのー」と返され、横になったまま無駄にくっついてくる。雄英の授業は土曜日もあり、休みなのは日曜だけだ。彼女としては休みとなった貴重な一日を一緒に過ごしたいと思っているのだろうが、こちらとしては良い迷惑である。

……膝枕をしている間、特にやることが無かった悠月はフランの髪に目がいく。彼女が寝ているのを良いことにその金髪に触れた。

 

「ん…………」

 

ピクッと一瞬反応するが、目を閉じて受け入れるかのように動かなくなる。指を通せば引っかかることは無く、サラサラと流れていく金色。頭を撫でるようにして触り心地を堪能する悠月だったが、彼女も気持ち良さそうに身を預けていた。

 

_____何分か経って撫でていた手を止める。若干名残惜しそうな声を漏らすフランだったが、二人とも流石にお腹がすいていた。

 

「朝飯……というかもう昼飯か。作ってやるから待ってろ」

 

「わかったー」

 

んんー!とフランは身体を起こし伸びをする。そして消したテレビを再び付けて鼻歌を歌いながら録画の一覧を見始めた。

そんな自由な行動をする様子に悠月は呆れた後、キッチンに行こうとする。簡単なやつでいっかと頭に料理を浮かべるが、ここで素朴な疑問が浮かんだ。

 

「なあフラン」

 

「なに?」

 

「なんで自分の洗濯物をこっちで干そうとしてたんだ?普段分けてんだろ」

 

 

洗濯については各自でやるよう決めてある。今回は悠月の分をフランが代わりにやってたのだが、洗濯機は一台ずつある。自分の洗う物を持ってくる必要は無いはずだし、年頃の女子が男物と一緒にやっても良いのかと疑問に思ったのだ。

悠月の質問にフランは答えようとしたが、何故か顔の温度が急激に上昇したかのように赤くなる。

 

「そ、それは…………一緒に洗濯すれば手間なく出来るかなって。ダメだよ!干すのは私がやるから!!」

 

「俺のやってくれたのは礼を言うが、自分のやつは自分のところのベランダで干せよ」

 

 

軽い気持ちで聞いてみたのだが、何か隠していると怪しむ悠月。そんな視線を食らって彼女は更に狼狽(ろうばい)する。どうにかして言い訳を考えようとしているのは明白だった。

 

それは口実の一つで本当は悠月の……じゃなくて……

も、もしかして、私の下着見たいの!?ゆ、悠月のエッチ」///

 

「あーもういいや。適当にやっといてくれ」

 

 

何か隠しているのは分かるが、追求するのも面倒臭い。会話を切り上げて悠月はキッチンに向かった。「なにその反応ー!!」とフランは怒りながら再び引っ付いてくる。なんだかんだいつも通りの騒がしいやり取りだった。悠月は隠さずに大きいため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨時休校の次の日______

 

身体の調子が元に戻り、本日より授業は再開される。いつも通りの時間に家から出て学校に行こうとするのだが………

 

「本当に大丈夫?調子悪いとかない?」

 

「心配しすぎだ。渋ってねぇでさっさと行くぞ」

 

 

結局あの後はテレビ見たり、ゲームを一緒にやらされたりと休日らしい事をした。フランに振り回される形だったので、やりたいことが全然出来なかったのが不満な点だったが……

いざ登校しようと日の下に出れば、やたらとこちらの心配をしてくる。太陽光が嫌なのを他の理由で正当化するためだろう。悠月は一瞬、体調不良を理由に休もうかと考えたが、リカバリーガールに状態は確認されている。その後の対応が大変そうだと諦めた。

学校に着き、フランとはA組の前で別れる。相変わらずの馬鹿でかい大きさだと毎度思いながらドアを開けて教室に入った。

 

「おおー回夜!!怪我の方は治ったのか!」

 

「ヴィランの主力と戦ったみたいだけど大丈夫だった?」

 

いつも絡んで来んな的な雰囲気を出してるのに何故か話しかけてくる芦戸と上鳴。その声に釣られてなのか数人のA組の生徒が悠月の席に集まってきた。

 

「…………何でこんな集まってくんだよ。そんなてめぇらと仲良しした覚えねぇぞ」

 

「まあ良いじゃねえか!活躍したんだし、聞きたくなるのも当然だろ!」

 

「おお!最後の方見てたけど、あのでっかい奴を無力化したのマジ凄かったぜ!」

 

「俺は暴風ゾーンに飛ばされていたからな。是非回夜本人から聞かせて欲しい」

 

上鳴、切島、常闇の順に話す。ここまで話が広がったのは近くで戦闘を見ていた緑谷たちが状況を周りに話したからだと言う。特に峰田がバーン!とかガガガガ!などの擬音を用いて話を大きくしていたとの事。

 

「……………」

 

「ひぃ!!」

 

とりあえず峰田の方を見る。何故か震えた表情でこちらを見ていた。そこで再びドアが開き、誰かが教室に入ってくる音がする。

 

「お早う」

 

「「「「相澤先生復帰早えええ!!!」」」」

 

 

両腕をガチガチに包帯を巻き、揺ら揺らとした足取りで現れた相澤。生徒からは心配の声が上がるが、気にすんなと返した。

チャイムが鳴りHRを始めるのだが、戦いが終わっていないと相澤は意味深な発言をする。戦いというのはまたヴィランが襲いに来るのかと緊張が走るが…………

 

「雄英体育祭が迫っている!」

 

「「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!」」」」

 

 

高校の醍醐味(だいごみ)であろう盛り上がるイベントにクラスのテンションが一気に高まる。その中でヴィランの襲撃があったばかりなのに開催するのかとの声が出るが、逆に開催することでヴィランへの対応が万全だということを示す方針らしい。警備は昨年の五倍増しとお金事情が本当にどうなっているのか知りたいものである。

その後体育祭について説明がされ、最後に相澤は全員に告げる。

 

「時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ。年に三回しかないチャンス、ヒーローを志すなら絶対外せないイベントだ」

 

この言葉がA組の生徒に大きく心に残る。自分を周りに魅せようと考える者。闘争心を湧き立てる者。先の出来事だが緊張感を持つ者。皆それぞれの想いがあった。

それはこの場にいる悠月も例外ではなかった。

 

 

(ヒーローを志す……か)

 

 

事件のこともあり、自分たちに注目は多く集まるだろう。しかしそれが自分の本意なのか。ヴィランと戦ったことで彼の中でどうするべきなのか悩みが生じていた。

 

 

 

 

 

 

 

放課後_____

授業が終わり、教室で他の生徒と話したり、そのまま帰ろうとする者がいる中、今日はいつもとは違った状況となった。

 

「うおおお……何ごとだあ!!?」

 

A組のドアの前に多くの生徒がこちらを覗いているのだ。人が多すぎて廊下に出るのがかなり厳しいほどになっている。

峰田が何しに来たのか尋ねたが、爆豪が敵情視察だと言って一蹴する。ヴィランの襲撃を受けて生き延びたA組のことを一目見たくてやった来たという予想を立てるが、「どけモブ共」と眼中に無い様子。正に大胆不敵である。

 

「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」

 

 

すると廊下人混みの中からボサボサの髪に目の下に(くま)がある生徒が前に出てきた。突然現れた人物に爆豪はドスのきいた声で返すが、気にしないかのように話し始める。

どうやら彼は普通科の生徒のようでヒーロー科に受からずに他の科に入っている者も多く、体育祭の結果によっては普通科からヒーロー科に編入の可能性があるらしい。その逆も(しか)りでヒーロー科から落ちる場合もあるとのこと。

 

「敵情視察?少なくとも普通科(おれ)は調子のってっと足元ゴッソリ(すく)っちゃうぞっつ____宣戦布告しに来たつもり」

 

(((この人も大胆不敵だな!!)))

 

 

言いたいこといって宣戦布告を仕掛けてきた彼に対して緑谷・飯田・麗日が同じ感想を思った中、またしても生徒の壁を大声でかき分けて来る者がいた。

 

「隣のB組のモンだけどよぅ!!ヴィランと戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!!」

 

(((また不敵な人キタ!!)))

 

 

本番で恥ずかしい事んなっぞ!!とヤンキーばりの風貌(ふうぼう)でやって来たのは1-B在籍の鉄哲。本人としては浮かれているA組を注意してるつもりなのだが、周りからしたら威圧しているようにしか見えない。なんとも言えない状況になってきたA組だが、またまた来訪者が現れる。

 

「失礼しまーす。ゆづきー、一緒に帰ろー!」

 

((((いや)しがキターー!!!)))

 

 

喧騒とした雰囲気の中、争いを止めるために舞い降りた天使のように現れたのはご存じフランドール・スカーレット。ちなみに整った顔に愛くるしい性格からB組ではアイドル筆頭として扱われているという。

彼女が顔を出したことでA組に立ち込めていた緊張感というのが和らいだ気がした。しかし、それを歓迎していない人物が一人。

 

「おめぇ、この状況で出てくるか…………」

 

「え?何か取り込み中だった?」

 

彼女の来訪の内容が『悠月』という人物に対してということで当然呼ばれた本人に注目が集まる。悠月の席はそこそこドアの前に近い席なので今もフランと周りの奴らがこちらをガン見しているのだ。若干というか確実に自分にヘイトが集まってることに違う意味で厄介事になって頭を抱える。

 

「…………いや、もういい。行くぞ」

 

よく考えれば爆豪のように気にしないスタンスをとれば良いかと結論づける。廊下の連中特に男子からはリア充爆発しろ……!後ろからはうぎぎぎ……!と怨念(おんねん)込められた視線を浴びせられるが、まるっきり無視した。

フランが通ろうとすれば自然と道が出来る。これに便乗してバックを担ぎ教室を出ようとする。

 

「…………チッ」

 

その途中、爆豪の横を通り過ぎようとした時イラついた表情でこちらを睨んでいた。違った視線を受けたことに気づいていた悠月だったが何か行動を起こす訳でもなく、そのまま廊下へと足を進めた。

 

 

 




遅い起床
→休みの日になると朝食・昼食が一緒になります。

あいつとは?
→間接的に行動起こしてる人物ですかね。完全に出せるまでどのくらいの日が必要なのか……

悠月の本気
結論を言うと全力はまだ出していません。ここでの扱いとして“未元物質”で形成された翼の枚数は引き起こせる事象の規模、簡単に言えば本気度によって増える設定です。一対、二対、三対みたいな。
俺にはあと2回進化を(ry

洗濯
→親しい人だから代わりにやってあげただけ。途中何してるのかは秘密です。

相澤先生
→顔ぐしゃあ!をやられてないので微妙なるミイラマンに。顔に絆創膏になり、原作とは変更。

心操くん
ヒーローになりたい理由を聞いた時は普通にかっけえと思いました。この場面では誰かの成長を促すやられ役だろ、くらいでしたが……

舞い降りた天使
→天使という風に表現しているが、彼女は悪魔(吸血鬼)である。まあそんなこと気にならないね!

怨念込められた視線
→世にいる『彼女いない勢』から放たれる質量をもった視線。
ちなみにA組からは二つほど発生していた。


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八話 開幕

『雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!

 

どうせてめーらアレだろこいつらだろ!!?ヴィランの襲撃を受けたにも拘らず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!

 

 

ヒーロー科 !!1年A組だろぉぉぉ!!!?』

 

 

 

二週間という日にちはあっという間に過ぎ、体育祭本番を迎えた。

大歓声の中、A組の生徒が入場する。オリンピックに代わる一大行事となっている雄英体育祭。毎年凄まじい盛り上がりを見せているのだが、今年はヴィラン襲撃を受けた1年A組が特に注目されていた。大勢の観客に緊張する者。いつもと変わらず冷静な者。逆にテンションが上がる者など抱く想いというのは人それぞれだった。

プレゼントマイクの説明の後、続いてBからF組まで入場していく。

 

 

(う……眩しい)

 

 

控えから中央に入る途中、照りつける太陽にフランは顔を手で覆う。競技中は体操着が基本であること、そして顔が隠れるというのが理由でいつものフードの着用が認められなかった。天井が無い設計(ゆえ)に直接光が彼女に降り注ぐ。

 

「大丈夫?気分悪いなら休んだ方が良いよ?」

 

 

その様子を見ていた拳藤はフランの隣に来て顔色をうかがう。彼女には“吸血鬼”の個性によって太陽が苦手なのを大雑把に話している。この場にいるのが大変だと知ってるからこそフランのことを心配してくれているのだろう。

 

「ううん、これくらいだったら大丈夫だから」

 

「そうか。でも無理はしないようにな」

 

「わかってるって」

 

 

B組の姉御的な立場である拳藤とはクラスでよく話している仲だ。いや、拳藤からフランに話しかけてくる場面が多い。誰かの助けになれたらと皆に分け隔てなく接する。今も慣れない場で緊張しているはずなのにこちらの心配をするあたり、彼女の親切さが表れていた。普段もこちらを気にかけてくれる事にフランは感謝する。

 

一年全員がスタジアム中央に(そろ)う。待ってる間フランは自然に一人の人物を探していた。自分たちより先に入場しており、二十人程の集まり。それに加え彼の性格を考えれば見つけるのは簡単だった。

フランの視線の先には比較的後ろの方で体育祭の事など興味ないという風に眠そうな回夜悠月がいた。いつもと変わらずというか大勢の人に見られている中であの様子。内心緊張していた自分が馬鹿らしくなり、フランは声に出さず笑った。

 

 

「選手宣誓!!」

 

 

進行のミッドナイトが(むち)を地面に打ち、体育祭のプログラムである選手宣誓が行われる。一年生の代表はヒーロー科入試の一位通過者が役割になっており、今年はA組の爆豪が代表だった。前に呼ばれズボンのポッケに手を入れながら爆豪は朝礼台に上がる。

 

 

「せんせー…………俺が一位になる」

 

「絶対やると思った!!」

 

 

爆豪に対するブーイングが数多く上がる。体育祭前にも見下すような発言をしていたのもあり、ここで多くの人間の不満が爆発した。「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」という言葉と品位の欠片も無いハンドサインが火に油を注ぐ。それに周りが反応して更に収集がつかないものとなった。

 

(『一位になる』ねえ……)

 

 

しかしフランは周りと一緒に怒りを露わにするのではなく、爆豪のことを真っ直ぐ見つめていた。戻る彼が有言実行するかのように本気の顔をしていたからだ。あの場で明確に敵を作ることで自らを追い込んでいるのかとフランは想像する。

とは言ったものの体育祭の様子は全国に放送されている。ヒーローを育てる学校としてはアウトな気がするが、如何(いかが)なものか。

 

 

大抵のことは許容出来そうなところが雄英なのだが………

 

 

 

 

 

 

 

宣誓の騒ぎもさておき、第一種目が発表される。モニターに出された種目名は普通の体育祭でもやるような障害物競走だった。だが普通に行うものとはかなり違っている。走る所はスタジアム外周4km。そして決められたコースさえ守っていれば何をしても良いとのこと。例えば個性で妨害することや場外に弾くことも可能な訳だ。

 

「さあさあ、位置につきまくりなさい!」

 

スタートゲートが開かれ合図を出すランプが点滅する。多くの生徒がゲートに密集し、熱気がこもっていた。一つ……また一つとランプの色が変わっていき_______

 

 

「スタート!!!」

 

 

第一種目が始まった。

最初に仕掛けたのは轟だった。“半冷半燃”の個性で氷結が(はし)り、自身は加速しながら妨害を行う。スタートゲートが狭く、多くの生徒が脚を凍らされ動けなくなるが……

 

「甘いわ轟さん!!」

 

「そう上手くいかせねえよ半分野郎!!」

 

ヒーロー科の人間は各々のやり方で氷結を回避していた。個性を知っているA組はもちろんB組の人間も対応しており、ヒーロー科というのは肩書きだけではないようだ。列後半にいた集団も何とか氷結を見て避けることができ、先頭を追いかける。

はやくも一歩先を行く轟はスタート地点とは違い、開けた場所に出た。

 

『さぁいきなり障害物だ!まずは手始め……第一関門、ロボ・インフェルノ!!!」

 

 

そんな生徒たちの前に立ちふさがったのは一般入試で使われていた仮想ヴィランの集団だった。しかも超大型の0Pヴィランが何十体も壁のように配置されており、見た目に削ぐわぬ圧を与える。

その他にも小型・中型の仮想ヴィランも道を塞いでおり、容易に通れないようになっていた。

 

 

(せっかくならもっとすげえの用意してもらいてえもんだな)

 

 

見る者を圧倒する中、轟は右手を地面に添える。彼の周りはパキパキと氷が張り、周囲の温度が急速に下がっていた。

 

 

「クソ親父がみてるんだから」

 

 

 

下から振り上げる。その瞬間、氷結で巨大0Pヴィランが凍りついた。

 

 

 

入試の時では一体だけでも受験者に脅威を与えていたが、倒す対象として見るならただの鈍臭い鉄の固まりだ。それでも大きさは数十メートル級。それをたった一撃で全身まで凍らせた轟の実力は並大抵のものでは無かった。

動けなくなったヴィランの真下を轟は走る。後ろから追いついてきた他の生徒もその隙に通ろうとするが……

 

「止めとけ。不安定な体勢の時凍らせたから……()()()()

 

仮想ヴィランが倒れ、衝撃と冷気が辺りを巻き込んだ。

0Pヴィランの一体が倒れたことで少しの間通れる隙間が出来た。しかし轟が言った通り、不安定な体勢の時に凍らせて倒すことで攻略と妨害を行ったのだ。緻密な計算と個性の強さがあってこそだろう。

しばらくは独走出来るだろうと轟は思ったが、ここで煙を抜けて()()()()追ってくる者がいた。

 

「ありがとう紅白くん!道作ってくれて!」

 

「……妨害のつもりだったんだけどな。礼を言われる筋合いはねえ」

 

 

それは地上を走るのではなく空を飛んで移動するフランだった。若干ふらつきを見せるものの、他より抜き出て二位になる。

 

『B組のスカーレット!!地上のゴタゴタ無視して空からかよ!?他の奴よりハイになってるぜ!!』

 

『いや、(たかぶ)ってはいないだろう……あいつの個性の都合上、人が走る程度の速さにスペックが落ちているようだが、それでも飛べるというアドバンテージは大きい』

 

多くの人間で混み合ってる地上とは違い、空に跳ぶ者はいても飛ぶ者は少ない。ある程度の高さを飛んでいれば遠距離攻撃しか妨害方法が無い分、有利になる場面は多くなるはずだ。フランは仮想ヴィランが倒れた衝撃が届かない位置まで上昇することで轟に便乗した形になったのだ。

『てかあの宝石ぶら下げたような翼でどう飛んでんだ!?』と全く関係ないことを喋ってるプレゼントマイクに相澤は呆れた声を出す。どうやら彼は元々担当だった訳ではなく、強引に連れられて解説役をしているようだった。

 

(回夜とつるんでた奴か。あいつと一緒にいるからそれなりの実力者だと思ってたが、油断ならねえな)

 

先頭を走っている轟は一位争いに彼女が入るだろうと警戒する。そんな風に思われてる彼女は……

 

(う〜太陽が眩しい。このコースって(さえぎ)るところ無いからずっとこの状態は本当に辛い……)

 

 

太陽光が苦手な彼女にとって本来の実力なんて半分も出せていない。だがそれでもこの種目で一位を取るために全力を尽くしていた。

轟の後ろをフランが追う形で第二関門に入る。

 

 

『落ちればアウト!それが嫌なら()いずりな!!つーか飛べる奴らにとって何の支障もないラッキーポイントだぜ!ザ・フォール!!!』

 

 

ザ・ウォールは限定された足場と奈落が障害になる場所だ。だが足場を必要としないフランのような者には下の景色が変わる程度である。つまり他の選手がつまづく程、彼女は有利になれるのだ。

この事に気づいた轟だったが妨害工作はせず、最短で突破する選択をする。攻撃を仕掛けてその苦労が報われる可能性は低いと思ったからだ。足元に氷を噴出して足場を繋ぐロープを滑るように移動する。流石と言うべきか普通に綱渡りするのとでは圧倒的に速さが違った。

 

 

(ここで攻めようかな)

 

 

ニヤリとフランは笑う。攻め時だと決めた彼女はここまで一位を走っていた轟に初めて妨害を行う。

右手に黄色く輝く弾が形成される。それをボールを投げるかのように“魔力弾”を投射し、彼が乗っているロープと足場の繋ぎ目部分を破壊した。

 

「そんなこと出来るのかよ……!」

 

「出来ないとは言ってないねー」

 

ロープの片方が奈落に落ちたことで安定性を失った轟は氷結を生み出して急造の足場を作る。何とか落ちずに済んだが、まだ安心出来なかった。

フランは色とりどりの魔力弾を形成していく。そして轟が最短で通るであろうルートを潰し始めたのだ。フラン自身は真っ直ぐ移動しながらなのでタイムロスは全く無い。

 

さらに言えば、接合部位の破壊は轟だけでなく、後続の人間にも影響を与える。飛行や跳躍が出来ない者にとってザ・フォールの突破のためにはロープを渡るしかない。この妨害はかなり辛いものだった。

対する轟も上空に氷結を伸ばして彼女を捕らえようとするが、高度を上げることで避けられてしまう。

 

 

『ここで先頭が入れ替わったーー!!まるで七色の爆撃を振らせてスカーレットが一位になったぜ!!』

 

『最短ルートを潰されたことで轟は少し迂回する必要になったな。もしくは氷結を伸ばして足場を作ってくのも良いが、どちらにしても一位とは少し離される』

 

 

妨害があってフランが一位になる。スペックが下がっているとはいえ、この場は彼女の優位な環境だった。ナンバー2ヒーローの息子である轟を注目していた観客もフランの活躍を見て大きく関心を上げる。このまま彼女が一位を取るのかと思われたが……

 

 

「なに俺の前飛んでんだ宝石おんなああ!!!」

 

 

ここでもう一人最前線に加わる人物がいた。爆発音を響かせながらやって来たのは翼を持たないはずなのに器用に飛んでいる爆豪だ。

彼の個性“爆破”は掌の汗腺が変異してニトロのような物質を出すことができ、それを自在に爆発させるというものだ。爆豪は個性を応用して爆発を連続で起こし、爆風を調整することで擬似的(ぎじてき)に飛んでいるのだ。暑さや運動をすることで汗腺が広がり爆破しやすくなる。つまり彼はここから追い上げてくるスロースターターなのだ。

 

「うわー、宣誓の時に面倒くさい印象あったけど、ここまでとはね〜」

 

「るっせえ!!殺すぞ!!」

 

ひっそりと呟いたつもりだったが、どうやら彼は地獄耳らしい。フランに反射するかのように目を吊り上げて暴言を吐く。

現在は一位フラン、二位爆豪、三位轟の順番だ。轟は先を繋ぐロープを絶たれたことで氷結を伸ばして足場にするが、爆豪に抜かされてしまった。足場を作る時間がロスとなり、二人の少し後ろを走る形になる。その間にフランたちはザ・フォールを乗り越え、最終関門に突入した。

 

 

『一面地雷原!怒りのアフガンだ!!地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!目と脚酷使(こくし)しろ!!』

 

 

仕掛けられていたのは地面に仕込まれた地雷の道だった。殺傷力は無いが爆風と音は想像以上であるとマイクの説明がプラスされる。慎重に進めば大幅にペースが落ち、かと言って不用意に進めば地雷の爆発の危険。至る所で爆発と悲鳴が響き渡り、正に地獄絵図といえるものだった。

 

「くっ……!」

 

フランは後ろから爆豪が追従してくるのを見て魔力弾を手前に落とす。地面に付いた地雷が反応して彼の目の前で爆発が起こるが、右手左手の順に爆破を起こして時計回りに旋回するようにして回避する。

 

「あのスカシ野郎と一緒にいた奴だろうが関係ねえ。てめえをぶっ飛ばして俺が一位になる!!」

 

爆豪が遂に追いついた。手を伸ばしてフランに爆破を浴びせる。女子相手に容赦ないと周りは思ったが、何とか腕で庇ったようでお返しに回転のつけた蹴りを奮う。爆豪も腕をクロスして防御するが、明らかに女子が出すには重い一撃に驚く。衝撃を耐えるのではなく身体を捻って流し、再度攻撃を仕掛けようとした。

 

「ちょ……あぶな!」

 

「邪魔するじゃねえぞ半分野郎!!」

 

 

地雷ゾーンを通過しながらも攻防を繰り広げていた二人に氷結が襲いかかる。それは第二関門で足止めを食らった轟からの妨害だった。

 

(後続に道作っちまうが仕方ねえ。今は少しでもあいつらに追いつくのが先決だ)

 

妨害と同時に自身の前方を凍らす。それにより地雷に感知されない道が出来た。ただこの氷の道は轟だけでなく、後ろを走っている人間も通れる。多少滑りはするものの、地雷を警戒しなくて良いのはかなり余裕を持てるだろう。そんなデメリットを無視したのを承知で彼は仕掛けたのだ。

 

『最終関門で起こる()(どもえ)!!喜べマスメディア!お前ら好みの展開だぜ!!』

 

 

障害物競走終盤。有力候補三人が潰し合う。一歩先を行く爆豪とフランは互いに並走しながら攻撃を行い、自分が前に出ようと必死だ。近距離で妨害をし合う繰り返しなのだが、二人の心情はあまり良く思っていなかった。

 

(思ってた以上に近接戦闘が強い!ゴリ押しで行こうとすれば利用されて反撃を受ける!)

 

(チッ……爆発する弾や地雷の起爆みてえな姑息(こそく)な手使うのもあれだが……俺よりも力あんのはどういうことだ!!)

 

 

互いに厄介な相手だと認識する。互角の戦いをしているように見えたが、二人の戦う条件は大きく違っていた。

空中の移動と攻撃の両方に“爆破”を使っている爆豪は加速の際、後ろに爆発を起こしている時は少なくても片手は攻撃に使えない。それに対してフランには飛ぶのに条件は無く、両手両足不自由なく使える。この差はあるのだが、爆豪は持ち前の戦闘センスで何とか補っている状況だった。

一方、後ろにいる轟は二人が争って少しペースが落ちているおかげで距離を詰めることが出来ていた。氷結で出来た道を走り、あと少しで距離が埋まるというところで………

 

 

 

後方で大爆発が起きた。

 

 

 

多くの人間が何事かと振り返る。それはフランたちも同じだった。まるで地雷が一度に同じ場所で複数起爆したかのような衝撃だ。普通の時とは何倍のも音と爆風が発生するが、その中でゴールに向かって高速に飛来する人影があった。

 

 

『偶然か故意か!A組緑谷、爆風で猛追!!!』

 

 

それは爆発の勢いに乗って猛スピードで通ろうとする緑谷だった。

 

 

『緑谷出久』

 

前に悠月が目を置いていた人物だ。雄英に入ってから彼がどういった人物なのか話程度にしか知らなかった。しかし、爆発の中こちらに向かってくる彼を見て、フランは何かを感じ取った。

 

(ああ……彼も導かれた者だ)

 

太陽が照りつける。力は決して出せているとは言えない。それでも負けたくない。この胸から溢れ出る(たけ)りがフランを動かす力になった。同じように緑谷を見た爆豪と轟も抜かされまいと止めていた足を動かす。

爆風で先頭をも越す緑谷。だがその勢いだけで来たため、徐々に失速していく。その間に三人が追いつき抜かそうとした時_____

 

 

「追い越し無理なら______抜かされちゃ駄目だ!!」

 

 

 

装甲を地面に叩きつけ、再び大爆発を起こした。

 

 

 

爆豪たちは別の方向に吹き飛ばされ、緑谷が先頭に抜き出る。誰も予想してなかった展開。個性を使わず、己の身体と立ち回りだけで一位をもぎ取った。

 

「クソが!!」

 

吹き飛ばされた三人の中で一番立て直しが速かったのは爆豪だった。持ち前の身体能力と個性を生かし、初速から最高速度まで一気に上げる。続いてフラン、轟がゴールにたどり着いた。少し後ろで爆発を受けたことで轟は動くのが遅れた。フランが三位、轟は四位と順位が決まる。

 

多くの歓声が響く。ダークホースとして緑谷が現れたのだ。さらに実力もまだ隠してるのもあり、彼がどんな生徒なのか様々なところで考察が行われているだろう。

 

「まさかあんな手段で攻略するとはね……」

 

 

太陽の角度的に日陰になっている場所でフランは順位が映し出されているモニターを見る。途中争った二人も警戒すべきだが、緑谷のこともマークする必要はあるだろう。

 

(でも一番に警戒するのは……)

 

 

フランはスタート前からある人物の行動には最大限注意を払っていた。モニターをじっと見つめる。スタジアムに戻る生徒が多くなり、続々と順位が更新されていくが、彼女が探す人物の名は上位にのっていなかった。

 

 

(あぁ……()()()()())

 

 

思い返せば障害物競走が終盤に迫っても彼が何か仕掛けたり、姿を見かけたのは一度も無かった。この競技と彼の実力を合わせれば一位をとるのは難しくないはずなのに……

その事に不安を抱えていたフランだったが、ようやく出てきた名前と順位の数字を見た時、自然とその理由に納得してしまっていた。

 

 

 

回夜悠月______障害物競走、第28位。

 

 

 




B組の姉御
→悠月とよく絡む人間が上鳴とするならば(他のキャラも少々出てきてますが)フランの場合は拳藤に。B組についてだと拳藤や物間がよく顔を出しやすい。

選手宣誓
フランも一般入試を受けましたが、宣誓は原作通り爆豪に。彼女の実力的に入試一位いけるのでは?と思うでしょうが、実技試験はともかく筆記で落としたという感じです。

紅白くん
→赤と白に分けられた轟のあだ名。性別が違うけれどあだ名の呼び方が似てる人物がいそう。

宝石おんな
→爆豪がフランに対して付けたあだ名。ネーミングセンス低くね?

悠月の順位
→フランは理由が分かってるみたい。彼の性格を考えたら想像がつきそう。


ザ・裏話

今回の障害物競走、すごく書きづらかったです……もう少し濃い内容にしたいんですけど中々難しいものです。
次話の騎馬戦についてですが、こちらも色々と大変そうな予感(展開と執筆の両方で)。何とか悠月とフランの動きが上手く書けたらと思います。



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九話 紅き瞳


前回の投稿からどのくらい経過した……?
ここ最近忙しくて不定期更新になっています。いつの間にか次々更新されていくヒロアカ作品にビクビクしながら書いた話です。




 

障害物競走が終わり、続いて第二種目は騎馬戦となる。二人から四人までの騎馬を作り、障害物競走の順位ごとに振り当てられたポイントの合計がハチマキにそのまま表示される。制限時間の間にハチマキを奪い合い、ポイントが高いチームが最終種目に進める。

悪質な崩し目的の攻撃は失格となるが、この競技も個性ありの残虐ファイトな訳だ。

 

 

『さあ上げてけ(とき)の声!!血で血を洗う雄英の合戦が今狼煙(のろし)を上げる!!!』

 

 

雄英高校体育祭、第二種目。ここまで息を潜めていた者たちが今、牙を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『3……2……1…… S T A R T !!! 』

 

 

カウントダウンが刻まれた後、プレゼントマイクの掛け声で騎馬戦が始まる。

開始と同時にやはりと言うべきか多くのチームが緑谷チームのところに向かう。1000万を取れば初期ポイント関係なく一位になれるのだ。それを狙う者は当然いるだろう。

 

「飛ぶよ!顔避けて!!」

 

しかし、サポート科のアイテムなのか緑谷チームはジェットを噴出させて飛び上がる。突然騎馬ごと飛んだことに周りは驚くが、遠距離攻撃が出来る者は追撃を行う。

 

「ダークシャドウ!」

 

『アイヨ!』

 

遠距離攻撃をダークシャドウが全て防御する。どうやら常闇のダークシャドウは防衛、発目がサポートアイテムで機動力の向上。そして麗日が“無重力(ゼログラビティ)”で飛ぶ時に重さを無くしているのだろう。自分たちは攻勢に出るのではなく、逃げに徹する作戦のようだ。

緑谷チームの所以外でも様々な場所でハチマキの取り合いが起こり、正に乱戦状態になっていた。

 

 

「それじゃあ作戦通り行くよ!」

 

「おう!!」

「ええ」

「わかった」

 

 

フラン・鉄哲・塩崎・骨抜。B組の中でも第一種目で上位を勝ち取った者達が集まったチーム。合図とは少し遅れて彼女らも緑谷チームのところに向かう。しかし、彼女らの狙いは1000万ではなく……

 

「茨ちゃん、よろしく!」

 

「はい!」

 

騎馬の一人である塩崎がイバラのようなツルを伸ばし、後ろから葉隠チームのハチマキを狙う。

 

「うわ、いつの間に!?」

 

「申し訳ありません。ですが勝つためには必要なことなのです」

 

 

緑谷チームしか目になかった彼女らは察知も抵抗も出来ずにハチマキを奪われる。

フランチームの初期ポイントは735Pで第二位。何もせずとも今のところは最終種目に進める位置だ。それを生かしてフランは他の騎馬と同じように緑谷チームを狙うのではなく、安定のために序盤は二位の維持という動きをとっていた。

 

(仮に私たちも同じように1000万を狙って奪えた場合……その瞬間は一位になることは出来るけど、次に標的になるのは自分たち。多大なリスクを抱えるのは分かりきっている)

 

 

ポイントを沢山持っていれば狙われるのは当然だろう。ならば無理をして一位を狙う必要はないはずだ。囮を泳がせながら確実に最終種目にいく。それがフランたちの作戦だった。

 

 

「けど、何もしないのは面白くない」

 

 

奪われたハチマキを取り戻そうと葉隠チームがこちらに向かってくる。先に遠距離攻撃が出来る耳郎からプラグが伸びてくるが、茨がムチを操るかのようにはたき落とす。

その間にフランは魔力弾を形成して葉隠チームの周囲にバラ撒く。騎馬戦のルールでは悪質な崩し目的での攻撃は一発退場になっているが、フランが行ったのは牽制(けんせい)。直接当てる弾は無く、自分たちに近づけさせない為に起こしたものであり、彼らが突っ込んできても反則をとられることは無いだろう。ここで暫く足止めが出来るかと思われたが_______

 

「ん〜ならばレーザー攻撃で一掃だ!!青山くん頼んだ!」

 

「僕の出番だね!」

 

このままだと距離を離され逃げられそうだと判断した葉隠は前騎馬を務める青山の名を呼ぶ。彼の個性である“ネビルレーザー”はヘソからレーザーを放てるというものだ。その威力は仮想ヴィランを一撃で破壊する程であり、遠距離において上位の攻撃力をもっているのではないだろうか。

 

「骨抜くん!」

 

「分かってるさ」

 

青山が何をするか察したフランは最善の行動が出来る人物の名を呼ぶ。だが骨抜は言われる前に自分の役割が分かっていたようで足を一歩前に出す。

彼の個性“柔化”は触れたものを柔らかくする。それにより葉隠チーム一帯の地面が沼のような地形になった。相手の騎馬の足場が悪くなり、バランスをとれなくする。

 

 

「……キラキラが止められないよ!!」

 

「え、ちょ、青山くん!?」

 

 

青山のネビルレーザーがあらぬ方向に放たれる。踏ん張りがきかず、レーザーの威力に耐えきれなくなったのだ。耳郎と口田も引っ張られる形になり、騎馬が崩れた。

放たれたレーザーは何発かの魔力弾を花火のように爆発させる。七色の爆発は綺麗な光景だと観客を魅了したが、葉隠たちはそんな余裕などない様子。ぐちゃぐちゃとした地面が相まって復帰には時間がかかるだろう。少し同情するが、あまり気にしてられる時間は無かった。

 

「チッ……思ってたよりこっちに来てるな」

 

「ええ。1000万のお方に騎馬が集中していますが、狙うポイントがあるのはこちらも同じことです」

 

鉄哲が状況について愚痴をこぼし、塩崎が説明をする。少し先から鱗チームと角取チームがこちらに向かってきているのが見えた。

二位をキープする作戦のフランたちであったが、それは1000万よりは狙われづらい部分があると予想した結果だ。しかし、今自分たちを狙っているのは………

 

(こちらの手の内を知っているチーム(B組)。共同戦線に反対してたのはあるけど、最終ステージに行くためには同じクラスの人でも蹴落とすのは(さが)だよね)

 

 

元々B組は世間の注目が集まっているA組を出し抜こうとクラスぐるみの作戦を立てていた。第一種目を敢えて後ろの順位で走ることでA組の個性や性格を観察する。そして自分たちの方が上だと証明するために逆転劇にすることでB組により強い印象を与えることが作戦の内容だった。

 

もちろんフランたちのような一部反対した者はいるが、多くは第一種目を敢えて後ろの順位で走っており、ここまで息を潜めて下準備を行っていたのだ。

だがフランが予想した通り、最終的には自らが勝てるような立ち回りをするのは必然だ。その場合を考えて恨みっこ無しと話をつけてある。

 

 

「骨抜くんは角取さんを封じて!茨ちゃんは私のサポート、鉄哲くんは耐衝撃準備!」

 

 

フランの指揮で動き出す。

まず骨抜が個性を用いて先程の葉隠チームと同じように地面を沼のようにして角取チームを捉える。ここで違うのはぬかるみ程度だったものが膝上まで沈むほどの規模にしたことだ。飛ぶ手段をもたない角取チームはなす術なく足をとられ身動きが取れなくなる。

 

「そのポイント……貰い受ける!」

 

その間に鱗チームが急速に接近する。騎馬同士がぶつかり合い、衝撃が二組に返った。

 

「ぐぅ……!見た目に削ぐわず。やっぱ固えな鉄哲!!」

 

「そっちこそ俺相手に突っ込んでくるとは良い度胸だ宍田ぁ!!」

 

フランチームの前騎馬は鉄哲が担当している。他の騎馬とぶつかる機会が多い位置だが、個性“スティール”によって衝撃が来てもブレない。彼にとって相性が良いポジションだった。

一方、ぶつかるほどの距離まで詰まっている二組の騎手は互いのハチマキを取りあう戦いを繰り広げる。竜のウロコのようなものを生やした鱗がハチマキに手を伸ばす。それをフランは上手く手の甲で弾いて逆に取ろうとするが、ギリギリで顔を逸らして避けられる。様々な絡め手を入れながら鱗は攻めるが、フランは持ち前の反射神経を生かして何とか回避し続ける。

 

「援護します!」

 

 

ここで塩崎がツルを伸ばして攻めと守りを両立させる。だが宍田が起点を利かせ、一旦距離をとられてしまう。

 

「う〜。ハチマキを取るためにワザとおびき寄せたけど、失敗だったかな」

 

「アイツは中国からの留学生だ。何かしらの武術を心得てるって聞いたが予想より厳しいもんだな」

 

フランは少し苦い顔をする。独特の型というか鱗の身体の動かし方は今の一瞬の間だけでも相手しづらい印象を与え、実力を体感させられた。

よく見ると彼の首には別のチームから奪ったと見られるハチマキがある。そして骨抜のお陰で現在も行動不能の角取チームにはハチマキが無い。ポイント数と状況を考えると鱗チームが角取チームのポイントを取った後に標的をこちらに変え、それを見た角取チームは取り戻すべく追う形になった、みたいな展開だろう。

 

「もう一度だ、行くぞ宍田!」

 

(おう)!!」

 

鱗チームが再び攻めてくる。二人一組の利点を生かしてある程度鋭敏に動くことが出来るが、二人の個性ではハチマキを取る方法は基本的には接近戦だ。騎馬の三人はその点を注意して距離を詰めようとするが…………

 

 

「八時の方向……止まって三人とも!!!」

 

 

パキパキと嫌な音が鳴る。鱗と宍田はフランたちにしか目が無かったため、横から()()()()()()()()()()()気づかなかった。ピンポイントで氷結が当たり、両足を凍らされる。

 

「チッ、そう簡単にはいかねえか」

 

「危ねえ。あのまま進んでたら鱗たちと同じ結末だったな。ナイス判断だスカーレット!!」

 

 

丁度フランチームと鱗チームがぶつかる位置を的確に狙った攻撃であり、フランが気づかなければ同じように凍らされていただろう。氷結を生み出した本人______轟も今の一撃が決まらなかったことに舌打ちを漏らす。

 

「「…………」」

 

 

第一種目で三位と四位の選手だった二人が対面する。お互いに相手の個性は少しだが見ている。フランは氷結による騎馬の行動不能を最大限に警戒しながら轟と対峙(たいじ)していた。

 

「お前が要注意人物だってのは第一種目で分かったからな。悪いが凍らされても我慢しろ」

 

「へえ?まるで自分が勝つみたいな言い方だね。慢心は人をダメにするのは周知の事実だよ?」

 

「そうだな。だから油断なんてしねえよ」

 

 

そう言って轟は右手に持っていた鉄の棒を地面につける。すると右手から氷結を奔らせフランチームを襲った。

轟の力の半分である冷気は触れた先から氷結を生み出す。つまり遠距離の相手には一度右手か右足を地面に接する必要があるのだが、騎手である轟が地面に触れるのは厳しい。そこで八百万の“創造”で創った鉄の棒を媒介することで遠距離でも個性の使用を可能としていた。

これに対しフランは何度目かになる魔力弾を形成し、氷結の目前に放つ。二つの攻撃が干渉した瞬間、爆発を起こし相殺する。防がれたことに驚く事なく、轟は連続で氷結を伸ばしていく。だがフランは複数の魔力弾を作り、氷結だけでなく轟チームにも幾つか放った。

 

「茨ちゃん、ツルを伸ばして!!」

 

「分かりました!」

 

それだけでなく追加に塩崎のツルが轟チームを襲う。魔力弾の総数は六つ。更に数十本のツルが向かってくるのを見て轟は……

 

「飯田!」

 

「ああ。しっかり捕まっていろ!!」

 

 

迎撃は難しいと判断して回避の選択をする。

飯田が個性“エンジン”を最大限活用し、普通に移動するのとでは一段速くその場から離脱する。塩崎のツルや魔力弾が届く頃には轟チームは範囲外に逃れていた。

 

「成程ね。前騎馬の人が移動の要で女の人がサポート要因かな?」

 

轟チームの上鳴と八百万はローラーシューズを履いており、飯田の機動力を削がないように引っ張れる形を整えていた。いくら足の速い人がいても、騎馬を作ったとなれば足並みは遅い人が基準となる。それを無くした策があのローラーシューズなのだろう。

だが体育祭では戦闘服(コスチューム)の使用は認められていない。サポート科ならば自分のアイテムを事前に用意することは出来るが、彼女はA組で見かけたことがあるのでヒーロー科だ。

 

発育の暴力……別に羨ましい訳ではない………

 

ならば個性によるものというのが一番だろう。一番に挙げるのが物を創る個性。競技中に拾った物を加工出来る個性の可能性もあるが、戦法はあまり変わらないはず。基本的には問題ない。

上鳴くんとは何回か会ったことがあり、個性は“帯電”だと分かっている。指向性をもっていないので個性を使うと騎馬の人たちにも影響を与えてしまうと思われるが、サポートの人がどうにかする策がある可能性も考えられる。警戒はしておいた方が良いだろう。

 

「バランスのとれた良いチームじゃん」

 

 

頬を伝う汗を拭う。この状況をどう動いていくか、フランは笑いながらも頭をフル回転させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(それはこっちのセリフだ。分かってはいたが、いざ向き合えば凄く面倒くせえ相手だ)

 

 

騎馬戦も中盤が過ぎ、残り時間は五分ほど。フランが呟いた言葉に轟は心の中で愚痴を吐く。攻撃に重きを置いてるかと思えば防御も万全。逆に攻められる始末だ。轟も目の前にいるチームについて分析をする。

まず前騎馬である切島と被ってそうな男。騎馬同士がぶつかっても耐えることが出来る頑丈さ。恐らくあの騎手が作るエネルギー弾を近距離で受けても大丈夫なように入ったのだろう。

後ろの地面に細工した奴が騎馬の動きを封じる役割。イバラの髪の女がハチマキを奪うのと防御。

 

(そして騎手のアイツか……)

 

 

彼女はエネルギー弾のようなもので牽制及び迎撃。第一種目で爆豪と攻防を見た限り近接戦闘も行え、更に空を飛べるのだ。爆豪のような騎馬から離れてハチマキを奪いに行けるのもあり、彼女が同じようにすれば地面につく危険は他の人間より格段に余裕を持てるだろう。ここまでは状況や迎え撃たれた時のリスクを考えてか飛ばないでいるようだが、どちらにしてもハチマキを奪うのは難しい相手だ。

 

(残り時間は半分切ってる。そろそろ緑谷の所に行きたい所だが、こいつらの相手は正直骨が折れる)

 

このままハチマキを取るまで粘っていれば、緑谷チームに行くことなく時間切れとなるだろう。あくまで狙うのは一位だ。ならここで最善の手となるのは………

 

「なに振り構ってられねえな。飯田!緑谷のところだ!」

 

「了解した!!」

 

方向を変え、轟チームは緑谷チームの所に向かう。相手の様子を(うかが)っていたフランたちは彼らの狙いが1000万だと分かり、追従する。緑谷の所には他にも複数のチームが向かっており、本格的に一位を狙いに来ていたが……

 

「八百万!!上鳴!!」

 

「ええ!」

 

「待ってました!!」

 

 

八百万は“創造”の個性で大きめなシートと腕から鉄の棒を創る。シートを受け取った轟は自身の左側を守るように被せた。何をするのか分からないフランたちだったが、それはすぐ理解することになる。

 

 

「しっかり防げよ!!無差別放電_______」

 

 

「まさか……茨ちゃんガード!!」

 

 

 

 

 

_______130万 V!!!!

 

 

 

 

 

雷が落ちたと思わせる程の放電が周囲に解き放たれた。

 

上鳴の個性は指向性が効かず、それ相応の対策をしなければ味方をも巻き込んでしまう。しかし、八百万によって作られた絶縁シートと伝導の準備をすることで、デメリットを無くしたのだ。

多くの騎馬は突然の電撃になす術なく食らうが……

 

 

「うう……ギリギリ。茨ちゃんありがとう」

 

「いえ、もう少し早く構築していれば……まだまだのようです」

 

 

範囲内にいたチームはもろに食らっていたが、フランたちは何とか凌いでいた。彼女たちの目の前にはイバラの壁が作られ、上鳴の無差別放電を防いだのだ。

しかし、放電への対処は完全ではなかった。塩崎の個性はツルを自在に伸ばすことができ、自らの意思で切り離すことも可能だ。だが壁を作った後、切り離すのが遅れた。放電が伝わり途中で切り離したが、電撃を少し食らってしまったのだ。他のチームよりかは幾分かマシだが、四人には多少の痺れが残っていた。

 

だが安堵(あんど)は出来ない。

 

 

「おい、壁が凍ってんぞ!!」

 

たった今作ったイバラの壁が凍りついていく。それだけではない。茨越しに氷結が地面を凍らせ、フランたちの所にも迫っていた。

 

「ぐぅ……!」

 

「くそ、冷てえ!!」

 

 

恐らく轟の仕業だ。彼の動きが見れず行動が遅れたのもあるが、先程の上鳴の電撃で動きが鈍っていた。氷結を回避しきれず、騎馬の脚を凍りつかせる。

 

「念の為だ。邪魔されねえように壁つくらせてもらう」

 

凍っていたチームの一つから360Pのハチマキを奪った轟は氷壁を形成してフィールドを分断する。騎馬が氷壁の向こう側に行くには少々厳しい高さに調節されており、越えるのは厳しい。

壁の向こうには緑谷チームがおり、上手く他のチームと1000万を寄せ付けない構造をとられた。空を飛べるフランが騎馬を離れて向かおうとしてもハチマキを奪って戻ってこれるかは不明だ。撃墜される可能性がある以上、現状はかなり厳しかった。

 

「く……早く私たちも1000万のところに行かないと!」

 

「脚の氷は俺の個性でなんとかする」

 

「この氷の壁はどうする!どうにかしないと向こう側には行けねえぞ!!」

 

 

鉄哲が物理的に壊していくのは厳しい。道が出来るまで時間がかかるし、騎馬を組んでるため両手が使えない状況だ。塩崎も同様に“ツル”では厳しい。

だったら骨抜が脚の氷をどうにかするまで待つか。それでも“柔化”を使ってもこの氷壁の規模だ。時間は少々かかる。終了まで残り少ない中で今は一秒でも惜しい状況だった。

 

 

「茨ちゃん……後ろに壁作ってくれる?ちょっと高めに」

 

「え?……分かりました」

 

 

塩崎は言われた通りツルを最大限伸ばし地中に潜り込ませていく。そして視界を濃緑に埋める数メートルの高さはあるイバラの壁が形成された。轟が作った氷とは違い、塩崎のは物理で壊そうとすれば茨の棘で怪我をする。

これで周囲の敵の心配は無くなったが、目の前の問題が解決してない。何をするのかと鉄哲たちは騎手に顔が向けるが、急に手にかかっていた重さが無くなった。

 

 

「三人とも、氷が溶けてもその場にいてね」

 

 

見ればフランは騎馬を離れ空中に留まる。視線は氷の先を見据えており、瞳は紅く輝いていた。その表情は嬉しそうで………でも何故か恐れを抱かせる。そんな笑みを彼女は浮かべていた。

 

イバラの壁ができた事で日陰が自然とつくられた。つまり“吸血鬼”の個性を宿す彼女にとって十全な力を発揮できる_______()()()()()()()()()出来たという事だ。

 

 

「じゃないと巻き込んじゃうから」

 

 

 

 

“禁忌” レーヴァテイン_________

 

 

 

 

 

その瞬間、真紅に燃え盛る炎剣がスタジアムを紅く染めた。

 

 

 

 

 





出せる範囲での騎馬の変更点
※先頭の名前→騎手、二人目→前騎馬

フランチーム
フラン・鉄哲・塩崎・骨抜
 
葉隠チーム
葉隠・青山・耳郎・口田
 
小大チーム
小大・凡戸・泡瀬
 
 
この作品のオリ主はどこ入ったかって?
 
…………次回明らかになるかも。




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十話 目指すもの

 

“禁忌” レーヴァテイン______

 

 

スタジアム中央に伸びる炎の剣。

 

騎馬戦が終盤になって盛り上がりを見せていた時にそれは出現した。その光景はほぼ全ての人間の目線を釘付けにし、氷壁の向かい側にいた緑谷たちにもはっきり見えていた。

 

「うそ…何あれ………」

 

「分からない。でもこの場に現れたということは誰かの個性によるものだ」

 

轟々と燃え盛る紅。それを見た麗日は空いた口が塞がらない。美しさと共に生物としての火の恐れを呼び起こされる。緑谷も他の人間もあの剣を見た者は同じような気持ちを抱かせた。

ここで緑谷は異変に気づく。

 

()()()()()()()!離れて三人とも!!」

 

空を穿(うが)つのではと天に向かって伸びていた炎剣は突如倒れ始め、轟・緑谷チームの間を叩き割った。

________衝撃が辺りを襲う。元々轟が造った氷壁内の空間は更に二分割に狭まる。かと思えば深紅の剣は消え去り、地面に色濃い跡を残した。

 

 

「ふう……ちょっとやり過ぎたかな」

 

 

この場に少し抜けた声が響く。炎剣が噴出していた地点、“レーヴァテイン”を放った本人であるフランドール・スカーレットが氷壁の向かい側から顔を見せた。

 

「オイオイ……何だ今の!?あんな事出来るなんて知らねえぞ!!?」

 

「驚きました。今まで本気で無かったのは存じてましたが、これ程の力を出せるとは思いませんでした」

 

「だな。味方で良かったって正に今言う言葉だよ」

 

フランのそばにいた鉄哲たちも今の行動に目が見開きになる。どうやら同じクラスの人間も知らなかった様子だ。

“レーヴァテイン”は炎剣を(かたど)ったレーザーを存分に奮う大技である。それゆえ狭い空間では扱いづらいという難点がある。A組と同じようにヒーロー科の授業で戦闘・災害救助訓練をやってきたフランだが、この技を使う機会が無かったのだ。つまりこの騎馬戦が周りに観せる初お披露目となる。

 

「予選で三位だった人。空を飛んでた場面しか見れなかったけど、一体どんな個性なんだ……!」

 

「考える暇はないぞ緑谷。轟に加えB組の猛者の襲来。事態は過酷を極めるぞ」

 

1000万を持つ緑谷チーム。ここで真っ先に狙われるのは自分たちなのは分かりきっている。いくらダークシャドウが防衛に重視していても二組から来られると穴が出てくる。サポートアイテムで飛んで逃げようとしてもフランの方が空中を自由に移動できる。それに麗日に装備していた着地用のジェットシューズも峰田の“もぎもぎ”によって破損しており、飛んだとしてもその後が危うい。正直言ってかなり厳しい状況だった。

 

「轟くんの足止めは効かなかったのか?」

 

「いや、イバラの壁越しに凍らせたはずだ」

 

「彼女は一体………」

 

同じく新たにやって来たフランチームに轟たちも警戒を示す。

氷結を出して壁越しに脚を凍らせたと思ったが(かわ)されたのか、もしくはすぐに突破されたのか。どちらにしても氷壁を壊したあの炎剣。彼女の個性はエネルギー弾を放てるような異形型だと思われたが、それにしては当てはまるものが無い。どんな個性を有してるか知らないが、緑谷よりもアイツの方が危険だと轟はフランを睨む。

 

 

「どういう個性持ってやがる」

 

「…………あ、俺あの子の個性知ってるぞ」

 

 

突然カミングアウトした上鳴の発言に「は?」と轟だけでなく飯田と八百万も振り向く。いきなり三人分の視線が向けられた事に上鳴はウェ?と戸惑いを見せる。

 

「上鳴くん、彼女の個性を知っているのか!?」

 

「おい上鳴どういうことだ。あいつの個性知ってるって。何で言わなかった」

 

「いやいやいや!!騎馬戦みたいな混戦だから……たった一人の個性を言うのもどうかと思いまして……」

 

騎馬の動きを止めるために使った大放電の影響か何処か抜けたような表情になりかけている上鳴。彼の個性は自身の限界量の電力をはき出すと脳がショートし、一時的にアホになる。今はまだ受け答えが出来るようで大丈夫だが、冷静になれば上鳴の言うことは間違ってないかもしれない。こんな事なら事前に危険人物を確認すべきだったと轟は悔やむ。

 

「少しでも情報が欲しい。上鳴、アイツの個性を教えろ」

 

「お、おう。確か個性は……」

 

上鳴はフランの個性について知る限りを話す。戦いの最中なので手短めにだ。

 

 

 

「………………“吸血鬼”か」

 

個性を聞いた轟は考察する。吸血鬼は主に民話に出てくる悪魔の(たぐ)いである。並外れた怪力をもち、人の生き血を啜る怪物。この他にもコウモリや霧状に姿に変えれるなどの様々な特徴がある。あのエネルギー弾を放てるのも自分たちが知らない特徴の一つかもしれない。

 

「だけど太陽とかの弱点も少し反映してるようでさ、日に当たってると少なくても半分は力が出せなくなるらしいぜ」

 

強力な力をもつ吸血鬼だが、日光や十字架など弱点が多いというのが有名だ。ただそれは地域の違いや映画などのイメージがあり、実際はそれらの弱点が効かないという話もあるが、彼女の場合は一部反映しているらしい。

ただ上鳴から聞いた中で一番引っかかったのは………

 

「あれで()()()()……」

 

逆に言えば半分の実力で俺らと渡り合ってることになる。今の馬鹿でかい一撃は彼女が本来の実力を出した結果なのだろうか。

彼女の個性についてある程度分かったが、いずれにしてもアイツは危険因子な事に変わりはない。

 

「1000万をあいつらに取らせる訳にはいかねえ。何としても俺たちが先に()るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、行くよ!!」

 

氷の破片を踏み越えて区切られたフィールドに入ったフランチーム。緑谷と轟チームの一騎打ちに乱入する形で1000万を奪りに行く。狙われている緑谷たちはこちらに来る敵に関わるのはマズいと下がる選択をするが……

 

「させるかよ」

 

鉄の棒を伝わせてフランたちの進行方向に氷結が奔る。

 

「骨抜くん!!」

 

「一旦止まれ!道を作る!」

 

騎馬を止めて骨抜の個性を発動させる。“柔化”によって柔らかくなった氷は形を歪ませて水になり、フランたちが通れる空間を作る。

レーヴァテインや魔力弾で壊せば良いのではと思うだろうが、そう制限なく放てる物ではない。太陽下で活動する間はフランの体力はどんどん削られていく。そう何度も大技や無駄打ちは避けたいところだった。

 

(そうは言っても駄目な時はあるよね!)

 

氷をどうにかする間に轟チームは緑谷の所へ向かう。このまま何もしなければ轟チームは1000万を奪るかもしれない。体力的に不安があるが、足止め代わりに魔力弾を形成して轟チームに投げつける。

 

「上鳴!」

 

「分かってらあ!!」

 

上鳴が電撃を起こす。指向性を持たない一撃だが、向かっていた魔力弾は全て誘爆した。最大火力の一撃を放ったのもあってかなり控えめだったが、凌ぐことに成功する。

だが上鳴の限界も近い。電撃を放てるのもあと一、二発と言うところだろう。しかし、一発放てるだけでも相手を牽制出来る。この一撃はかなり重要になってくるだろう。

そんな二組が争う中、緑谷は今の状況を瞬時に分析する。

 

(目的は同じでも相手に1000万を奪われてはいけない。この考えが二組とも妨害するっていう行動に表れているんだ)

 

妨害しながら1000万を奪う。これが実力差があったなら良かったが、拮抗しているからこそタチが悪くなる。互いに妨害し、凌ぐ手段があるからこそ攻めが上手く働かないのだ。

逆に緑谷たちにとっては良い状況である。最悪の場合、二組が一時休戦して協力しながら奪いに来るというのが消えたからだ。ただ二人が違うクラスだったり障害物競走で争っていたのもあり、その心配は杞憂(きゆう)だったかもしれない。緑谷は逃げ切りがしやすくなると三人に伝えようとした時_______

 

 

「っ!?ダークシャドウ!!」

 

『アイヨ!』

 

突如、ダークシャドウが前に出る。その瞬間、無数のイバラが緑谷の顔前で止まった。

 

「これって……B組のイバラのような髪をした……」

 

「集中しろ緑谷。向こうは互いに争ってはいるが、こちらに被害が及ばないとは限らないぞ」

 

攻撃の正体は塩崎のツルだ。緑谷に向けて放たれたのをダークシャドウがギリギリ掴んだのだ。

まだ遠い位置にいるからといって安全ではない。戦況はめまぐるしく変化する。それはどんな要因も起こり得るということで自分の予測が外れる可能性の方が高いのだ。分析ではなく直感で動く時もあるだろう。常闇に注意されて緑谷は気持ちを切り替え集中する。

 

『ハッハー!ツカマエタゼー!!』

 

「くっ!」

 

伸ばされたツルをダークシャドウが両手で掴む。イバラのツルは触れた者を傷つける棘があるが、影のモンスターであるダークシャドウには関係ない。封じられたこの状態はまずいと判断した塩崎はツルの端から切り離し脱却する。

 

「この際仕方がねぇ。上鳴!()()をやるぞ!!」

 

「ああ!全力でいくぜ!!」

 

 

残り十五メートルほどまで接近した轟チーム。その左翼である上鳴から内包している電気が溢れ出る。多くの騎馬の動きを止めた最大規模の放電______その前兆だ。

 

「茨ちゃん!!」

 

「同じ手は食らいません!」

 

地面にイバラが這い、壁が形成される。少し前に食らった最大火力の電撃は一度見ている。予備動作を確認してから今度はしっかり防御が間に合ったかと思われたが______

 

 

 

 

 

いつまで経っても雷撃はこなかった。

 

 

 

 

 

「身をもって知った攻撃だ。なら当然()()()()()()()()()()

 

「なっ……フェイク!?」

 

上鳴が個性を使おうとしてイバラの壁で凌ごうとした。しかしそれはガードをするために視界を塞ぐことが目的だった。フランたちの防御方法を見ていたのと同じ手は受けないと次はしっかり防ぐだろうと轟は予期していたのだ。

気づいた時には轟たちは一気に緑谷チームに距離を詰める。同じくダークシャドウが防衛しようとしていた緑谷チームもこの事に気が付き、逃げの一手に出る。

 

「キープ!!」

 

「チッ……!」

 

緑谷たちは轟の左側に入るように逃げる。それは轟の氷結が及ばない安全な範囲だからだ。

轟の個性“半燃半冷”は右に氷結、左に熱を生み出す。熱の方は轟自身が制約をかけて使わないようだが、氷結となると出せるのは右側からとなる。しかも今は騎馬に乗っている状態である。放とうとすれば前騎馬の飯田が射線上に入ってしまう。氷結を鉄の棒に伝わせるやり方もあるが、地面に届く角度的に辛いところがあった。

緑谷たちの動きは轟チームの主軸の妨害を潰す一手となっていた。

 

 

『残り約一分!!四位に入ってない奴はもう後がないぜ!全力をみせな!!』

 

 

この場にいる三組は最終種目に全員が進める順位だ。しかし、この場の誰もが狙っているのは一位の座。ポイント維持の為に保守に走る者は誰もいなかった。

だがこのままではハチマキが取れずポイントが変動しないで終わってしまう。一位ではないチームには焦りの色が浮かんでいた。

 

「皆、聞いてくれ。残り時間はもう無い。だから勝負に出たいと思う」

 

「飯田?」

 

「この後俺は使えなくなる」

 

何をするのかと轟は飯田の名を呼ぶが、彼は腰を低くして構えをとる。するとふくらはぎのエンジンから急速に青い炎を噴き出した。

 

「奪れよ轟くん!トルクオーバー!!」

 

 

視界が一気に変わる。それが爆発的な加速で変わっているのだと気づく前に轟は咄嗟に右手を伸ばす。その手はギリギリだったが、緑谷の額に巻かれた1000万を掴んだ。

 

 

 

「_______レシプロバースト!!!」

 

 

彼らが駆け抜けた瞬間を緑谷は捉えきれなかった。

あったのは頭のハチマキが無くなるという感覚。いつの間にか自分たちの後ろに位置づいていた轟の握る手には1000万という数字が書かれたハチマキがあった。

 

「なんだ、今のは……?」

 

「トルクと回転数を無理矢理上げ爆発力を生んだ。反動でしばらくするとエンストするがな。クラスメイトにはまだ教えていない裏技さ」

 

地面には飯田が通ったであろう跡が濃く残っており、エンジン部分は負担がかかった結果を表すように黒煙を上げていた。

クラスの皆に話してなかった彼のとっておき。この一手が戦況を動かす大きなきっかけとなった。

 

「言っただろ緑谷くん。君に挑戦すると!!」

 

 

順位が大きく変動し、轟チームが一位に。そして緑谷チームが一番下の0ポイントに急降下した。

 

「あの野郎!先に奪りやがって!!」

 

「茨ちゃん!!」

 

新たに一位となった轟チームだが、すぐに1000万のハチマキを奪ろうとイバラのツルが襲いかかる。塩崎がツルを向かわせていたのだが、轟の氷結が壁となり妨げられる。残り時間はもう僅かだ。緑谷たちとは違って防衛能力に加えて攻撃的な轟チームに攻めあぐねるフランチームだったが………

 

 

「1000万は……誰にも渡さねえ!!!」

 

 

連続で響く爆発音。第二の乱入者である爆豪が空から轟チームを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『言っただろ緑谷くん。君に挑戦すると!!』

 

 

飯田くんがあんな超加速の必殺技を持っていたなんて思わなかった。ポイント数は1000万から0ポイント。それは最終種目に行くには絶望的な数字だった。

ハチマキを奪られた緑谷は瞬時に考える。この狭いフィールドにかっちゃんが加わって四チームが集まっている。それに残り時間は数えるほどしかない。どのチームも最終種目に行ける有力候補。元々1000万を守るために防御に重きを置いていたこのチームでははっきり言って厳しく、常闇くんのダークシャドウでも対処される可能性が高い。

 

「デクから1000万を奪ったんだな。だがそれは俺のもんだあ!!」

 

「てめぇ……!」

 

目の前を見れば新たにやって来た爆豪に轟は氷壁で接近を許さない。しかし、飛べなくてもある程度は空中で自由が利く彼にとって、違う方向から攻めれば良いだけだ。だがそこは八百万が盾を“創造”して何とかカバーしていた。

 

残り時間は?

皆どのくらいのポイントを持っているんだ?

どういう選択をすれば良い?

 

頭の中で疑問が浮かび、その問題点が出てくる。だけど僕に出来ることなんか限られたものだった。

 

 

「緑谷くん!!」「緑谷!!」「緑谷さん!!」

 

騎馬の三人がこちらに向けて叫んでいる。きっとこの後どうするか僕に話しているのだろう。こんな僕に三人はハチマキを託してくれたんだ。その思いを無駄にする訳にはいかない。

それにオールマイトが見てるんだ。僕が来たってことを証明するために、この授かった力を使わないでどうする!

 

 

()()()!!」

 

 

叫ぶように緑谷は自分に活を入れる。1000万は奪られてしまった。だがまだ負けた訳ではない。多少のリスクなんか今は捨ててしまえ。今出来る最善の策は目の前にいる人物がその答えだ。

 

「麗日さん!僕を浮かして!!」

 

「え……?う、うん!分かった!!」

 

緑谷の気迫に流されるように麗日は“無重力”を緑谷自身にかける。

 

「常闇くん!()()()()()!!!」

 

「……承知した。ダークシャドウ!!」

 

『アイヨ!』

 

彼が何をするのか理解した常闇はダークシャドウに命じる。緑谷が見据える先は1000万を持った轟チーム。ダークシャドウは緑谷を掴み、勢いをつけて投げ飛ばした。

 

「嘘でしょ!!?」

 

飛べないはずの緑谷が急速に通り抜けたことに驚くフラン。当然だろう。空を飛べない彼がいきなり宙に投げ打つ行動に出たのだから。

 

 

(この状態でなくても“ワンフォーオール”を直接人に向けるのは厳しい。だけど空を切るように……相手の防御を崩すだけなら!!)

 

 

伸ばした右手に稲妻が帯びる。爆豪の対処をしていて突如来た緑谷の迎撃が出来なかった轟は咄嗟に腕で庇うようにして防御の構えを取る。その左腕には無意識に炎を噴き出していた。

伸ばされた手が届こうとした時、緑谷は腕を払い、その風圧で轟の構えを崩した。

 

「っ!?」

 

「ああああああああああぁぁぁ!!!」

 

轟の首に巻かれているハチマキは二本。ポイントが裏側になっており、どちらが1000万かは確認出来ない。

だけど関係ない。どちらか分からないのなら()()()()()()()。必死に伸ばされた右手。その手が二本のハチマキを確かに掴んだ。

 

「ごめん上鳴くん!!」

 

「ウェ? ぐべら!!?」

 

轟からハチマキ二本を奪い取る。その際、丁度良い位置にいた上鳴が緑谷に踏まれて潰れた声を漏らす。ここで彼が損な役になるのは必然なのだろうか…………

上鳴を踏み台に使って一気に跳躍し、轟チームの元から離脱する。だが離脱したは良いが、空を飛べない緑谷はそのまま場外に出る勢いだった。

 

「緑谷!!」

 

「勝たなきゃダメなんだ。僕は……期待に応えるために!!」

 

しかし彼は諦めてなんかいなかった。空中という自由に動けない場所。だが勢いをつけて跳んだその先には、轟が少し前に形成した氷壁があった。その上に着地した緑谷はそのまま右脚をバネのように曲げて再び“ワンフォーオール”を引き出す。

 

「常闇くん!!!」

 

氷壁を足場にして強引に方向転換。厚さのある氷を砕くほどの踏み込みで再び空に舞い上がった。

 

「ざけんじゃねえぞ……クソデクがあぁ!!!」

 

「回収しろ、ダークシャドウ!!」

 

『アイヨ!』

 

ダークシャドウが緑谷を受け止めるために常闇から伸びる。しかし、その前に轟チームに張っていた爆豪が怒号を上げながら急加速していた。

戦闘スキルも空中戦もかっちゃんにの方が上。ならば下手に迎え撃つよりもなるべく関わらない選択が一番正しい。ならばやる事は一つ。

 

「もう一発だあ!!」

 

「うお!?」

 

 

腕を振り切る。再び“ワンフォーオール”で風圧を起こし、爆豪を接近を食い止める。二発目も成功するか不安だったが何とか上手くいった。空中で体勢を崩した爆豪は何処から来たテープがくっつき、引き寄せられる。どうやら先行していた彼に騎馬の人たちがようやく追いついたようだった。

また緑谷も今の牽制であらぬ方向に身体が飛んでしまったのだが、ダークシャドウが捕まえて騎馬に帰ってくる。

 

『なんちゅー執念深さ!!一度は奪られた1000万を緑谷チーム!最後の最後で奪い返したー!!!』

 

 

騎馬の攻防に歓声も最高潮に盛り上がる。1000万をとり返し緑谷チームは再びの一位に上り詰める。

 

「凄いよデクくん!!一人で行っちゃったと思ったらハチマキをあっという間に取ってきちゃったんだもん!」

 

「とんだ無茶を……どうなるかとヒヤヒヤしたが、期待以上の成果だ」

 

突然の行動に三人は驚いたものの、再びの一位に喜びを露わにする。ダークシャドウから降ろされた緑谷は騎馬に足をかけるが、ここで発明が異常に気づく。

 

「み、緑谷さん!?脚が……その怪我大丈夫なんですか!!?」

 

騎馬の体勢を立て直す際、騎馬の右翼である発目は必然的に緑谷の右脚を見ることになる。その時、彼の脚が先程と変わってスボンの裾が破け、赤く腫れあがっていたのだ。

この混戦と残り時間を考えて奇襲という策が必要だった。ただそのまま騎馬を突っ込むだけでは対処される。そこで爆豪の動きを参考にした。彼の空中での奇襲が轟の不意をつくのに一番適している。幸いその策を実行する人員は揃っていた。かなり危険な賭けだったが、何とか掴み取ったのだ。

 

しかし、脚に“ワンフォーオール”をかけたことで騎馬に戻れたのは良いが、力の調整はまだまだ不安定だ。USJ(あの時)の感覚を再現しようとしたが、身体を壊さずに奮って成功するのは難しいのだ。

異常に気づいた麗日と常闇も心配の声を上げるが、緑谷は大丈夫だと返す。気を緩めてはいけない。1000万をとり戻したとはいえ、騎馬戦はまだ終わっていないからだ。

 

 

「1000万は……私たちのだ!!!」

 

 

自身の騎馬から飛び出してフランが緑谷チームの所に向かってきていた。先制に魔力弾を数発、緑谷たちに放つ。

 

「ダークシャドウ!!」

 

ダークシャドウがその身を呈して魔力弾の射線上に陣取る。

 

『ギャン!!』

 

「やっぱり防いじゃうか!」

 

魔力弾が爆発して大きく仰け反るダークシャドウ。騎馬戦の前に緑谷は常闇の個性についてある程度聞いていた。影のモンスターということもあってダークシャドウは光に弱い。今はまだフランには知られていないだろうが、爆発による光や先程見せた炎剣(レーヴァテイン)はとても相性が悪かった。

 

「くそ!緑谷くん、君って奴は……!」

 

「順位は………ギリギリ四位ですわ!!」

 

「ウウェ~イ!(残り時間はもうないぜ!)」

 

一位から順位が三つほど下がってしまった轟チーム。最終種目には進める順位だが、いつ抜かされるか分からない。

飯田は秘策レシプロバーストを使った反動でエンジンが十分に機能せず、上鳴も“帯電”により許容範囲を超えている。1000万というポイントが無くなった今、少しでも安全圏に入ろうと躍起になる下の三人だったが、轟はだだ一人ブツブツと独り言のように何かを呟いていた。

 

「…け……ねえ」

 

「え?」

 

「負けられねぇんだよ……!」

 

 

無意識に使ってしまった左側。それが憎き父の力だということに苛立ちと制約を破ってしまった自分に怒りが湧く。

右側から冷気が溢れ出る。それは周囲の温度が低下して白い息を吐けるほどだ。しかし、そんな彼の心の内はまるで炎が上がっていると言えるほど燃え盛っていた。

 

 

クソ親父を見返すため、己は右だけで頂点を目指すと誓った。

 

 

アイツが見ている中で無様な格好を晒したくない。結果が必要だ。左を使わず、母から引き継いだこの力で________

 

 

 

 

 

「負ける訳にはいかねえんだよ!!!」

 

 

 

 

 

ヒーローを…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それがテメェの答えか______

 

 

 

 

 

 

 

突然轟チームの周りで声が響く。

それは何処から発せられたのか。後ろから……上から……耳元から聞こえた気がした。

ただ一つ分かるのは、その声が何処か聞き覚えのあるということだった。

 

 

 

正直オメェが勝ちにこだわる理由なんて知ったことじゃねぇが_____

 

 

 

 

その声が発せられるたびにまるで身体が受け入れるかのように聴いてしまっていた。

 

 

 

 

だけどよ________

 

 

 

 

 

 

「だからテメェは負けるんだ。轟焦凍_______」

 

 

 

()()()()()()轟チームを覆う。飯田・八百万・上鳴は突如出現した純白が周囲を染める光景に驚きが走る。当然だろう。飯田は教師を呼ぶために校舎に向かい、八百万と上鳴は別のエリアにいた為にこれの正体を知らないのだ。

 

『なんだなんだ!急に現れた白い集まりが轟チームを隠しちまったぞ!?』

 

『ここまで何のアクションを起こさなかったが遂に動いたか』

 

『ん?あれが何か分かんのかイレイザー?』

 

目の前で見せられたからな、と相澤は返す。そしてもう一人、轟もこの純白を見て思い出す。この現象を引き起こした人物……ここまで姿を潜めていた彼の存在を。

 

轟たちをドーム状に覆っていた純白は時間を追うごとに薄くなり、やがて消えていく。観客からも様子を再確認出来るようになったのだが、そこにいたのは_______

 

『ここで轟チーム!何があったんだ!?ハチマキが……ここまでノーマークだった心操チームが根こそぎ奪ったーー!!!』

 

 

終了の合図が鳴る。何が起きたか理解不明だったが、一つ分かることは…………有力候補だった轟チームが敗北したことだった。

 




レーヴァテイン
→今回は氷壁を割るために使ったが、人に向ければとんでもない事になります。

ウェ?
→な、何?という返事の派生系。皆も使ってみよう!

ハチマキ二本
原作では轟の首に巻いてあったハチマキは三本だったが、鱗チームはフランたちと争ってた時に凍らされていたので、70ポイントは奪えず二本に。緑谷が1000万を奪い返せたのは二本あるなら両方奪っちゃえ的な考え。

爆豪、参戦!
乱戦という状況を強調するために入れました。そのお陰というか元からすごい書きにくかったのですが……

轟チーム敗北!?
ここで悠月の騎馬メンバーを記載しておきます。
先頭:騎手、その次:前騎馬

心操、回夜、尾白、庄田

最後に現れて良いとこ取る系男子が十話を締めました。彼が何故このチームを組んだのか。轟がここで敗退!?この先どうなるの!?
ここまで読んで察した方はいるかもしれませんが、轟には救済措置があります。悠月と組んだ人物、最終種目前の出来事、そして轟の思い。これらを考えたらこの先の展開を予想出来るかもしれません。

だからお願いです。轟が最終種目まで行かないのかよ、とか言って見限らないで下さい!何でもしま……頑張りますから!



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11話 騎馬戦 裏


……はい(気ままに更新してみました)

九話、十話の内容を踏まえた文章がありますので先にそちらを読んでおく事をオススメします。




話は騎馬戦チームメンバー決めまで遡る。

第一種目障害物競走は緑谷が一位を続いて爆豪・フラン・轟の順で最前線にいた者の順位が決まる。トップ争いをしていた中で爆風を利用するという大逆転劇を見せたのだ。今現在もギャラリーは大きく盛り上がっている。

その後も続々と順位が決まっていく中、上位とは程遠い28位でゴールにたどり着いた青年がいた。

 

(こんなもんか。それにしてもフラン(アイツ)が三位で終わるなんてな)

 

相応のハンデがあったとしても、この障害物競走はフランにとってある程度優位な競技だった。そんな彼女が三位だったのを見て、予想外の事態というのは起こり得るのだと一人考えていた。

全体的に見てみれば、A組の多くは上の順位。逆に同じヒーロー科であるB組は予選を通れるであろうギリギリの順位に集中していた。その意図に早くも勘づいていた悠月だったが、その後は特に気にする様子もなく、ステージ端で事を待つ。

 

続く第二種目。

ミッドナイトの説明で騎馬戦の詳細が話される。最大四人一組で作られるハチマキ争奪戦。第一種目での順位によってポイントが割り当てられ、騎手と騎馬の持ち点の合計がハチマキに反映される。障害物競走での個人の実力が試されるのと打って変わり、ここでは仲間との連携が大事になる。

チーム決めの時間は15分。皆がそれぞれ最適のペアを見つけるために話し合いが行われている時、自らの名が呼ばれる。

 

「回夜、ちょっと良いか」

 

振り向くとそこには赤と白に分けられた髪が特徴の轟がいた。

 

「なんか用か?」

 

「騎馬戦のペアについてだ。お前には俺のチームに入ってほしくて声をかけた」

 

轟は騎馬戦の説明を聞いている間、それぞれの役割を持った安定した布陣を頭に浮かべていた。その中でも戦闘訓練やUSJの件で目覚ましい活躍を見せている悠月は特に引き入れたかった。第一種目で低い順位を取っていることに疑問が残るが、A組でも強者と言える人物の一人だと轟は評価している。

最終種目で壁となるかもしれない。しかし、この競技を勝つために悠月のことを必要としていたのだが……

 

「悪いな。おめぇの考えてるチームが強いってのは分かる。この競技でも上位を取れる騎馬になるだろうよ。だが俺は一番安定した勝ち方をしたいんでな」

 

「……それは俺と組まないって事か?」

 

ああ、と悠月は返す。屈指の実力者と謳われている轟と組むよりもそれ以上に安定したものがあると言う。どういう人選なのか聞こうとしたが、この時点で味方にならないのが決定した場面で言うはずが無いかと思い、言葉を飲み込む。

 

「そうか。だったらお前はもう敵の一人だ。緑谷にも言ったが、お前にも勝つぞ」

 

「……好きにしろ」

 

完全に悠月が敵だと割り切ったようだ。一度も振り向くこと無く、先に勧誘していたであろう飯田と八百万の所に向かった。

 

(さてと。俺も早いとこ声かけとくか……)

 

轟の誘いを断った悠月は首を動かして目当ての人物を探す。周りに人がごった返している中で目的の人物を見つけた彼はこの第二種目を勝つ為に足を進めた。

 

「よう、そこの人。少し話どうだ?」

 

 

 

 

 

 

(これで二人目。あと一人は欲しいな)

 

制限時間も半分が過ぎ、普通科で唯一障害物競走を突破した心操人使は二人のヒーロー科の生徒を“洗脳”していた。

彼の個性“洗脳”は自身の問いに答えた相手を操るという強力なものだ。この個性により、騎馬戦の最終局面のところでポイントを持っている騎馬を洗脳することで簡単に最終種目に進むことが出来る。そんなシナリオがある故に自身が組む相手は誰でもよいのだが、せっかくなので扱いが良さそうな奴を取り込んでいた。

目の前にいる尾白と庄田を難無く洗脳した後、騎馬の安定性のためにもう一人下が欲しいと思っていた時、後ろから声がかかる。

 

「よう、そこの人。少し話どうだ?」

 

すぐ後ろで発せられた声に心操は半ば反射的に振り返る。そこにいたのは気だるげな雰囲気を漂わせる青年。ルックスは良いが心操からすれば特に気にする存在ではないはずだが……

 

(なんだ…コイツの眼。まるで俺の全てを見透かしてるような……そんな眼をしている)

 

自分の中身を覗かれるという奇妙な感覚を植え付けられる。一瞬身体を強ばらせたものの、体育祭前に一度見かけたことがあるのを思い出す。少し気圧されたところはあったが、前の二人と同じように“洗脳”をかければ問題ないと判断し、彼に話しかける。

 

「もしかして俺たちの騎馬に入りたいのか?」

 

「ああ、そうだな______」

 

ここで相手の言葉が止まる。蒼色の瞳は何も映さず人形のように固まった。“洗脳”が効いたことに心操はニヤリと笑う。

 

「駒は揃った。後は騎馬戦終盤で他のチームからハチマキを取れば_____」

 

「なるほど。()()()()()()()()()()。中々立派なもんじゃねぇか」

 

聞くはずのない声に心操は驚愕した顔で振り返る。そこには先程までの無機質な表情とは打って変わって首を鳴らして不敵な笑みの悠月がいた。

 

「お前、なんで……!?」

 

「そう驚くことはねぇさ。一度俺の話を聞いてかねぇか?おめぇの持つ“洗脳”なんか使わずによ」

 

「………チッ、分かったよ」

 

自分の個性がバレている。恐らく“洗脳”の解き方も知っているのだろう。知っていたからこそ“洗脳”を対処してこちらに話しかけに来たのだ。半ば脅迫されているかのようだが、心操はそこまでして接触してきた悠月と対話することにした。

 

「話をする前に聞きたい。どうして俺の個性の解除条件が分かった」

 

「あ?……あぁ、障害物競走の時におめぇの個性を見たからな」

 

何故?という表情をするが、すぐに納得したかのようで彼は心操の質問に答え始める。

 

「あの時の俺は先頭を行く選択はせずに上位陣の観察をしていた。第一種目っていう言葉の時点で落ちる順位には制限があるはず。それで急ぐ理由もねぇから“ついでに”見とくかって感じだったんだが……そん時に見つけたんだよ」

 

轟の攻撃を他人を足場にして避けていたおめぇがな、とつけ加える。

 

「様子を見ていたが、他人を使っておめぇは競技を突破していた。使われた奴らは丁度今の尾白たちと同じように虚ろな眼をしていたなぁ」

 

一瞬尾白たちに目を向ける。特徴を隅々まで知られてることに舌打ちをしたいところだが、心操は少し引き攣りながらも笑みを浮かべる。

 

「なんだ?お仲間だから解除して欲しいってか?」

 

「いや?そうしたらコイツらから無駄に説明を求められそうだしほっとく。それよりもおめぇの個性についてだ」

 

まるで興味ないかのように言う悠月。口封じのために二人を利用するのを匂わせたものの、あまり意味が無いと判断する。昔から他人の心情に敏感だからこそ悠月が本心から言ってるのだと分かったからだ。

 

「正直おめぇの個性はすげぇ。精神に干渉するってのは対策がなけりゃ勝つのは不可能だからな。だからこそ発動条件はできる限り知られたくはない。だが騎馬戦では多くの人間の目に映ることになる」

 

「まあ、その可能性は出るだろう」

 

「故に俺は取引を持ち込む」

 

「取引?」

 

ここでそんな言葉が出るとは思わなかったのかオウム返しのようになる。

 

「ああ。終盤に“洗脳”で相手チームからハチマキを奪るっていう作戦は変えねぇ。ただ、俺の力で個性を使ってる瞬間を隠してやる。俺は楽に戦いに勝てる。おめぇは最低限に個性が隠せる。最終種目に行くには悪い話ではないと思うが?」

 

笑みを浮かべている悠月とは対称的に心操は難しそうに考え込む。ここまで誰かを操って第二種目まで来た彼にとって、悠月(コイツ)に操られてるかのような展開になっているのは何処か腑に落ち無かった。

それでも取引自体は悪くない。奴が言ってることが本当ならば騎馬戦の状況によって大勢の目に晒される心配が無くなるからだ。

 

…………しばらく会話が止まっていたが、心操は決断した表情を見せて答える。

 

「条件がある。俺の個性とその対策について一切口外するな。それを守ったら受けてやる」

 

「肝が据わってんな。良いぜ、取引成立だ」

 

これは単純な力ではない。知恵と能力において最強のチームがここに結成された。

 

 

 

 

 

 

 

『START!!!』

 

プレゼントマイクの一声で騎馬戦が始まった。開始と同時に一位の緑谷の所に何組か騎馬が向かって行く。

 

「やっぱ1000万の騎馬は人気だな」

 

「一点狙いの奴らはいるだろうよ。だが敢えて狙わねぇ奴らがいるのも事実だ」

 

合図の後は適当にステージの端に移動し、相手チームとの衝突を避ける。状況の観察から行い、ハチマキ争いには極力参加しない動きだった。

そんな彼らだったが、暫くすると一組の騎馬が接近してくる。よく見ると上に乗っている騎手はフランの世話をしてくれているという拳藤だったはず。障害物競走では手を大きくする個性と見たが、鬼気迫る勢いでこちらに向かってきていた。

 

「大人しくポイントを寄越しな!」

 

「ああ、別にいいぞ」

 

そんな彼女の気迫とは反対に心操は特にこれといった抵抗もせずに額に巻かれた360ポイントのハチマキが奪られる。

 

「……あ、あれ?」

 

「俺らのポイント持ったんだ。まあ頑張ってくれ」

 

それなりの苦労をかけるだろうと思って伸ばした手が割とあっさり、というか貰ってくださいと言われたかのようにハチマキを手にする。今の行動に拍子抜けになる拳藤チームだったが………

 

「あれ?あの人たちは?」

 

()()()()()()……?」

 

忽然とハチマキを奪った心操チームが消えていた。

ハチマキを奪ったすぐ後だ。反撃を予想してふり返って見ればまるで神隠しにあったかのように彼女たちの視界から突然いなくなったのだ。

 

「なんだ?いきなり視界が変に……?」

 

「周囲の光情報を弄って俺らの姿を隠した。多少原理は違ぇが光学迷彩って言ったら分かんだろ」

 

いきなり姿を消した心操たち。一瞬の間に移動したかと誤認させたが、実際はハチマキを奪られた場所から動いていなかった。自分たちの周りで純白の粒子が覆われる。その後視界が晴れたと思えば、周囲から認知されなくなったと言う。

 

「じゃあなんで合図と同時に消えなかったんだ。そっちの方がもっと楽に行けたんじゃないのか?」

 

「ポイント持ってる状態でいきなり消えりゃあ目立つだろーが。注目される可能性がある時にやんなかっただけだ」

 

何気なく話す彼だが、実際にやっているのはとんでもない事だ。心操は騎馬である悠月について改めて考察する。

 

(ハッタリ……じゃない。ここまでの言動はできて当たり前の事って訳か)

 

どうやら自分と組んだ相手は想像よりも強力な人物だと知って安心感と同時に個性に対する妬みが募る。この力を使えば自身や他人の姿を隠すことで索敵や隠密、ヴィランへの奇襲などの面で活躍するだろう。情報収集といったところは“洗脳”でも行えるが、誰かを操るみたいなヒーローに誂え向きでは無い個性と比べて人道的でマシな部類だ。

 

(くそ……そんな事考えてる場合じゃないか)

 

順調に進んでいても今は競技の真っ只中。心操はその思いを内側に留め集中する。対する悠月もそういう視線を受けていたことに気づいていたが、何も言わずに周りを観察していた。

 

(アイツは…………派手にやってんな)

 

視線の先には無数の魔力弾がA組の葉隠チームを囲む様子が映る。その後に前騎馬の青山のレーザーが放たれたと思えば、まるで花火がすぐ近くで爆発したかのようにスタジアムが明るく染まった。それと同時に数名分の悲鳴が上がる。

 

「うぎゃあ!?騎馬が崩れた!」

 

「すぐに騎馬を立て直さないと……口田!青山!早く立って!!」

 

「第一種目で個性それなりに使ったから、お腹限界なんだよね☆」

 

「んなこと言ってる場合か!?」

 

爆発の中心にいたであろう葉隠チーム。その全員が灰色の泥のようなものを被った状態になっている。耳郎が早く騎馬を立て直そうと声を上げるが、フランのところにいる奴の個性なのか葉隠チームは動けそうになかった。

好成績を残しているフランは騎馬の三人に的確な命令を出してハチマキを奪っているようだ。

 

「この後は暫く待機する形か?」

 

「ああ。最初言った通りだ。終了間際まで機会を待つ」

 

ポイントを無くし、更には姿を消したことで注目される要素はなくなった。このような乱戦の中でたった一組いなくなった所で気づかれやしない。

 

 

 

「あとは隙を見てこっそりとハチマキを()る……()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

ハチマキを奪い合う乱戦。掛け声や怒号が響く空間の中でこちらに語りかけてくるかのように声が聞こえる。その先には金髪でやけに自信に満ちた人物を乗せた騎馬がいた。それを見て心操は下の悠月に問う。

 

「おい、俺たちの姿は見えないんじゃなかったのか?」

 

「……ああ。確かに不可視にしてるはず。だとしたら……」

 

消える瞬間を見られていたか____

そう結論づけるしかないだろう。現に今も光情報を弄り、視覚で捉えるなど出来ないはず。最初から自分たち……いや、俺と同じように観ていた奴がいたということ。悠月は少しだけ警戒を強め、こちらを見据えている人物____物間寧人を見る。

 

「おい物間。本当に大丈夫かよ?今の俺たち虚空に話しかけてる頭のおかしい奴らだぞ」

 

「お前らも見てたろ。どんな個性か知らないけど突然姿を消した。瞬間的に移動したならこのステージの見渡せる範囲にはいるはず。だけど姿が見える様子はない。つまり彼らはコソコソとそこら辺で隠れてるに違いない」

 

騎馬の三人は不安そうにキョロキョロと周囲を見るが、物間は確信を持った口調で話す。

 

「どうする?こっちの動きがバレているようだが」

 

「今の会話で下の騎馬には姿が見えてねぇことが分かった。つまりこっちに対抗する手段はねぇか騎手のアイツのみ。だったら確認してぇことがある……

 

____だとしたらどうするんだ?金髪」

 

 

悠月の声がはっきりと聞こえたからか物間はニヤリと笑う。

 

「へえ?やっぱりそこにいたんだ。姿を隠す個性。臆病者にはピッタリだ」

 

「そう言うおめぇの方は複数の個性を使う事ができるみてぇだが……」

 

障害物競走で物間を見た時は透明な板のようなものに乗って奈落や地雷ゾーンをクリアしていた。恐らく空気を固めて壁を作る個性だと予想していたが、この騎馬戦では全く違う個性を扱っていた。

 

「折角だから君にも教えてあげるよ。僕の個性は“コピー”。その名の通り、他人の個性を僕は使うことが出来る」

 

悠月が既にあたりを付けてたからか物間は直ぐに自分の個性を話す。自慢したいからか、又は余裕があるからか。恐らく両方だろう。相手が隠れるしか能がないと決めつけてるからこそ自分たちに話しかけてきたのだ。

 

(いや、見つけることに長けた個性を“コピー”していれば話は別か)

 

競技中、全員の個性を見れた訳では無い。視覚を惑わせているのであって他の方法で探られたら見つけられるのだ。そうだとしても対抗策などいくらでも考えられるのだが……

 

(個性の()()までコピーできるとしたら、かなり面倒くせぇな)

 

“コピー”によって他人の個性をどこまで扱うことが出来るのか、悠月はその部分を一番に懸念していた。

 

「どうする?姿が見えてないって言っても相手の力が未知数だ。ここで(“洗脳”を)使うか?」

 

「いや、この後の展開を考えたらハチマキを奪るのは悪手だ。最後までとっておけ。それに奴らはここで争うつもりなんてねぇだろうよ」

 

悠月の返答で物間は感心したかのように声を漏らす。

 

「どうやら少しは頭が回るようだね。確かに僕たちは争うつもりは無い」

 

「は?どうしてだよ?」

 

「見てなかったのか円場(つぶらば)?あいつらは拳藤にハチマキを奪られて0ポイントだ。僕たちから向かう必要なんてないんだよ」

 

物間チームの持ち点は960ポイント。順位は今のところ三位だ。このまま行けば最終種目に進める彼らにとって無理にハチマキを奪いに行く必要がないのだ。

 

「それにハチマキを奪られた時、あいつらは何の反応もしなかった。例えば消えるにはタイムリミットがある。もしくは移動する時は多少歪んで見えるみたいな何かしらの制限があるから最終局面の乱戦で不意打ちするしかない。だとしたら辻褄が合うと思わない?」

 

つまりハチマキを奪っても自衛する手段がないから奪いに来ないと物間は判断しているのだ。実際に心操も悠月が姿を隠す個性だと思っているため、反論する所はなかった。

だとしてもここで自分たちに目を向けることこそ無意味だと思うが、何か恨みを買われていたのだろうか。

 

「A組はヴィランに遭遇したってだけで舞い上がってる。運良く切り抜けただけのくせに。だから浅いんだよ君たちは」

 

そう言って物間は他のチームから奪ったであろうハチマキをわざとらしく見せる。

 

「分かる?元々このハチマキを持ってた騎馬。宣誓をしてたあのヘドロ事件の奴のさ!気分が良いよ。格下と思ってた連中からポイントを奪われて何も出来ない姿を見れたのは!!」

 

両手を広げて心底愉快な表情で一人話をする。

 

「君だってそうさ!スカーレットさんが強いとか何とか言ってたけど見当違いだったよ。今の君ってさあ、ただ逃げてるだけだよねえ?自分は戦えないから姑息な手しか使えないってことだよねえ!!」

 

 

相手を煽り余裕を無くしていく。自分語りをしているように思えるが、確実に相手の怒髪天を衝く言葉を選んでいる。

 

(不味いな。完全に相手のペースに乗っかっている。回夜がこのまま冷静さを無くしてしまえば向こうの思う壺だ)

 

心操はここまでの会話を聞いてそう分析していた。矛先が向けられている悠月は俯いて何も言わない様子。物事をよく考えてから行動する性格だと分かっているが、コイツとはついさっき話したばかりの仲。いつ食い付いてもおかしくない。

 

(だったらここで“洗脳”をかけるか?)

 

先程個性は使うなと言われたが、物間チームからハチマキを奪えば今のところ三位には食い込めるのだ。時間はまだ残っていてもここで仕掛けるのは一つの手だ。

 

「まあ、ここまで言ったけど今の君たちはポイントのない無価値だ。相手するのはここまでとするよ」

 

騎馬が後ろを向く。どうやら言いたい事を言い終えたようで競技に戻るようだ。相手は油断している。自身の問いかけに答えれば勝ちなのだ。心操は個性を発動するために話しかけようとするが……

 

 

「お前……必死だな」

 

 

ただ一言。悠月が発したその言葉で物間の余裕そうな笑みはピタリと止まる。

 

「へえ?そんな事を言われるとは思わなかった。けど今の言葉は負け惜しみにしか聞こえないよ」

 

「そんな事はどうでもいい。確かに今は結果を出してねぇからな。そう思われても仕方がねぇだろうさ」

 

「ッ!?」

 

物間の身体が震える。目が合った。今まで対峙していた相手に見えないながらも危険を察知して震えたのだ。

 

「ただ一つ……俺が言いてぇのは_____」

 

その時、物間チームの一人である円場はある違和感に気づく。屋根がなく太陽が直接選手を照らすステージ。遮るものがない中で自分たちの所に()()()()()()()のだ。

 

「目的が高い奴ほど諦めが悪い。オメェの方こそ足をすくわれるぞ」

 

 

その直後、怒号と共に()()()()()()()が頭上から響いた。

 

 

「物間、上だ!!」

 

咄嗟に円場は“空気凝固”で空気の壁を作る。他の三人も敵襲にあったことに気づく。たった一撃で空気の壁が吹き飛ぶが、物間も()()()()()“爆破”を使う。しかし、襲ってきた人物は対処されると分かっていたかのように爆風を起こして空中へ離れた。

 

「よぅ……さっきぶりだなぁ。クソ煽り野郎」

 

ドスの効いた声。とてもヒーローとは思えない笑みを浮かべて爆豪は物間を視界に捉える。

 

「お前……!?」

 

()()()()。俺らのハチマキを持ってった返しに……てめェらのハチマキもぶっ殺して奪う!!」

 

物間チームと爆豪チームが争い始めた。爆豪は一人で突っ込んで来たようだが、後ろから騎馬の三人が到着しつつある。この近くにいれば流れ弾が飛んできてもおかしくないだろう。

物間の立ち回りは別に悪かった訳では無い。相手を観察しながら自分のペースに持ち込み、優位な状況を作る。策士と呼ばれる素質はあっただろう。ただ自分が優位に立った途端に羽目を外しすぎた。少なくても騎馬戦が終わるまでゲームメイクを続けるべきだった。

だからと言って気にする存在でもなかったと悠月は結論づける。

 

「でかい氷壁ができたな。アッチに1000万がいるのか」

 

「だろうな。行くぞ、騎馬戦も終盤だ」

 

 

 

あとは来たる瞬間まで待つのみ。

 

 

 

……ついでに恨みを買われた原因であるアイツには何か対処しなければと悠月は一人心に留めた。

 

 

 

 

 

 

 

轟チームが氷壁で1000万を持つ緑谷チームと自分たちを囲む。一対一の状況を作り出したが、フランが“レーヴァテイン”で強引に壁を突破。囲われたフィールド内に入った。現在は物間チームを撃破した爆豪が単独で飛んで侵入した後、騎馬の三人も氷壁内に入ったところだ。

 

「さっきの馬鹿でかい炎の剣、前にアンタと一緒にいた奴のだろ?どんな個性持ってたらあんな芸当出来るんだよ」

 

「さあな。正直俺でもよく分からねぇ所はある」

 

氷壁の内側に入るにはどうすればと悩んでいたが、都合良く道が開いた。悠月たちもフランが開けた部分から氷壁内に入る。ここにいるのは自分たちを除いて四チーム。それぞれ一位〜四位の順位を持っている。すなわちどのチームを狙っても最終種目には進めることが出来るのだ。

 

「ポイントを持っている奴ら、どいつを狙う?」

 

氷壁内に入ったことでその様子が視覚で分かるようになる。そこには1000万を巡った激しい戦いが繰り広げられていた。

 

『緑谷ー!!ダークシャドウに投げられて轟チームに一直線!!もうコイツら騎馬から離れるの大好きかよ!!』

 

麗日の“無重力”と常闇の“黒影(ダークシャドウ)”によって緑谷は轟チームに向かって急接近する。まさか飛んでくると思わなかった轟だったが、咄嗟に腕を前に構えて防御を固める。

 

「っ!?」

 

「ああああああああああぁぁぁ!!!」

 

接触する直前、緑谷は稲妻を帯びた右腕を奮ったことで生まれた風圧により轟の体勢を崩す。その勢いのままハチマキ二本を掴み、そのまま奪い去った。

 

「ざけんじゃねえぞ……クソデクがあぁ!!!」

 

「回収しろ、ダークシャドウ!!」

 

『アイヨ!』

 

ハチマキを奪った緑谷に爆豪は怒りの形相で追いかける。空中で身動きの取れない緑谷に手が触れようとしたが_____

 

「もう一発だあ!!」

 

もう一度腕を奮う。それだけで強風が吹いたかのように爆豪を押し返した。空中で体勢を崩した爆豪だが、後ろから同じチームの瀬呂からテープが伸びて騎馬まで引き戻される。

 

「あのやろぉ、ふざけた真似しやがってぇ……!」

 

「あんまり一人で突っ込むな爆豪!俺たちが来るまで我慢しろよ!!」

 

「うっせ!!てめーらが来んのが遅せえだけだろ!さっさと援護しろやごらぁ!!」

 

「いやマジ理不尽!?」

 

地面につかず失格にはならなかったが、やっとの思いで伸ばした1000万を手にする最大のチャンスを爆豪たちは逃してしまった。

反対に最大の危機を凌いだ緑谷チーム。ダークシャドウに支えられながら騎馬を立て直す。騎手の緑谷の手には二本のハチマキがあり、騎馬の皆と喜びを交わしている。よく見ると彼の額に巻いてあった1000万が無い。どうやら1000万のハチマキを一度奪られてたが先程の攻防で取り返せたようだ。

 

(残りはアイツらか………)

 

目を向ければ何処か焦りを浮かばせている下の騎馬。そして上にいる騎手_____轟焦凍は俯いて何かブツブツと呟いている。その姿は黒く暗い……目の前の状況など彼の瞳には何も映していなかった。

 

「目標は決まった。あの紅白頭の所に行くぞ」

 

「大丈夫なのか?」

 

勝手に行き先を決めたことに心操は声を上げるが、答えることなく騎馬を進める。

 

 

「____負ける訳にはいかねえんだよ!!!」

 

 

 

それがテメェの答えか_______

 

 

轟のことを悠月は何処か冷めた眼で見ていた。“未元物質(ダークマター)”を生み出して自分たちと轟チームの周りを覆う。突如視界を埋める純白に轟たちは驚きを見せる。

 

「やれ、心操」

 

「腑抜けた姿だな、それでヒーローになれるのか!」

 

心操の呼びかけに轟は炎を宿した眼を向けて唸るような返事をする。そして目が虚ろになり、洗脳が完了した。様子がおかしくなった轟を見て動揺している下の騎馬にも同じように問いかけをし、洗脳を施す。後はあやつり人形になっている隙を狙ってハチマキを奪えば終わりだ。悠月たちはそのまま停止している轟チームの騎馬に近づき、額に巻かれたハチマキを奪った。

 

どんな世界でも冷静さをかけた者は周りが見えなくなる。それが復讐などと言う過去に囚われている者ならば尚更だ。復讐を達成したとしても、そこにあるのはぽっかりと空いてしまった自分の心だけ。復讐で埋めることなんてできる訳がない。それを知らない……知ろうとしない彼を見て悠月は見ていて不愉快だった。

 

「だからテメェは負けるんだ、轟焦凍_____」

 

“未元物質”を解除する。覆っていた純白が晴れていくことで周りの観客も轟チームにハチマキが無いことに気づく。

 

『ここで轟チーム!何があったんだ!?ハチマキが……ここまでノーマークだった心操チームが根こそぎ奪ったーー!!!』

 

それと同時に終了の合図がなる。結果は四位。何とも言えないような順位だと思われるが、最終種目には進める。悠月と心操にとって順位にこだわりはないので特に問題はなかった。

 

「お疲れさん」

 

心操が騎馬から降りて労いの言葉をかける。それと同時に騎馬の“洗脳”を解除したようだ。状況が読めずキョロキョロと周りを見ているメンバーを残し、悠月は用は済んだという風にスタジアムの出口に向かって歩き始める。

 

「お前のお陰なのはあったが、約束はちゃんと守れよ」

 

「……分かってるよ」

 

約束を破らないようにと念を押す心操にひらひらと手を振って立ち去っていく。この場を仕切るように動き、ある意味こちらの弱みを握っていた彼の呆気ない別れに心操は何処か疑問が残る。

作戦通りの勝利。これで決勝ステージに行けるっていうのに……

 

(なんでお前はそんな顔をする?)

 

何気ない仕草。勝ったことへの嬉しさを爆発させる者。負けたことへの悔しさを見せる者。先程までの動きを反省する者。皆が騎馬戦での結果をそれぞれ振り返っている。

 

しかしその中で彼の顔はまるで苦虫を噛み潰したような……悪い出来事でも思い出したかのような……そんな表情を彼は浮かべていた。

 




心操くん
→悠月に利用される形で組むことに。この頃は他人を蹴落とすことに躊躇しなかった時期ですかね……
 
いなくなった……?
→お前……消えるのか?この試合(競技)に勝ったら……消えるのか?
 
A.消えたと言われたらまあ…そうですね。
 
物間くん
→イキリ顔を晒しながら話していたことでしょう。
 
960ポイント
→爆豪チームと物間チームのハチマキの合計。原作では葉隠チームのも入っていたが、この場面ではフランに奪られたので今回のポイントに。
 
物間vs爆豪
原作では騎馬戦終盤で決着をつけていましたが、ここでは中盤辺りで起きた展開ということに。煽り続けた彼の精根には逆に清々しい気持ちになります。
 
負ける訳にはいかねえんだよ!!!
→轟の心の奥が見えたシーン。悠月はその気持ちを一蹴していたが、どうやら訳ありのようで……
 



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12話 最終種目

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!ちょっと何でいきなりこんな事されてるの!!?」

 

第二種目の騎馬戦が終わった。お昼頃なので一時間の昼休憩が設けられ、現在は多くの生徒が昼食をとっている。

フランも悠月と一緒に何か食べようと思っており、話を聞いた拳藤が一緒に着いてくることになった。食堂で待ち合わせをしようとメールを送ったところ、いつもなら一緒に食事をすることを渋っている悠月が二つ返事で了承した。珍しいと思いながらも特に疑いもなく、頼んだ料理を持って合流したのだが……

 

会ったと同時に顔を鷲掴みにして圧迫する____いわゆるアイアンクローをかけられていた。

 

「そうか、心当たりはねぇか。だったら思い当たる節が出るまで絞めりゃ問題ねぇよな?」

 

「待って!問題あるって!それは物理的に出ちゃう!!ていうか“吸血鬼”の私がここまで痛がるってどんな技術使ってんの!?」

 

未元物質(ダークマター)”なんて代物を使っている悠月でも筋力は一般男子より幾分かある程度だ。そんな彼でもフランをここまで追い込めるのはある意味才能の無駄遣いだろう。流石に痛がってるフランを見て可哀想に思ったのか拳藤は悠月に尋ねる。

 

「ていうか悠月くんは何でそんなに怒ってるの?」

 

「……怒ってる訳ではねぇが、こいつのお陰で妙に煽ってくる金髪に恨み買われたんだよ」

 

名前ではなく金髪と言われ誰?と拳藤は思ったが、直ぐにあーはっはっは!!と高笑いをする人物が頭の中に浮かび上がる。

 

「あー物間だねそいつ。他とは違った考えを持ってる奴だけどさ、B組の為に頑張ってたところはあったんだ。許してやってくれ」

 

「……言葉を選んだようだが、あれがデフォルトって事かよ」

 

掴んでいた手を離す。あれが普通だとしたら根本から性格を矯正しない限り、自分に対する対応は変わらないだろう。考えるだけでも億劫だと言うように悠月は物間について放棄することにした。

 

「うー、こめかみがジンジンする〜」

 

「まあ、悠月くんの事色々言ってた所があったから……仕方がないよねー」

 

アイアンクローから解放されたフランはこめかみを抑え、まだ響いている痛みに悶える。なはは〜と笑っていた拳藤だったが、料理が冷めちゃうから早く食べよ、と話を変える。今いる食堂は自分たちの他にも多くの生徒が利用している。あまり大声を出して迷惑にならないようにする為のフォローだろう。

 

(もう既に目立っているけどね……)

 

奇声を発してたからか近くの人から視線を受けている。一応体裁というのがあるので周りに謝っている彼女の姿は完全に姉御だろう。

_____ひと騒動あったが元々は昼食の時間である。それぞれが持ってきた料理に手をつける中、話は先程行った騎馬戦の内容になる。

 

「そう言えば二人とも四位以内に入ってたよね。第二種目突破おめでとう」

 

「ありがとう〜。拳藤は残念だったね。五位だったんでしょ?」

 

「ああ。私らは氷結を放つ奴に動けなくされたからなー。そのまま終了の合図まで何も出来ずじまい」

 

それまで寒い思いをしたよ、と恥ずかしそうに話す。ここで何かを思い出したかのように拳藤は悠月の方に向く。

 

「そういえばハチマキ奪ろうとした時、悠月くんのチームは何で抵抗しなかったの?すんなり奪れたからビックリしたよ」

 

「……そんなもんか?」

 

「そりゃあそうさ!突然姿も消えるし、何がなんだかって感じだったよ」

 

「……あそこでフリーになっておけば動きやすくなると思っただけだ」

 

拳藤と悠月の会話からそんな事があったのかとフランは話を聞く。自分たちのチームは激戦を繰り広げていたが、彼はできるだけ回避をする立ち回り。行動が悠月らしいと彼女は思った。

 

「じゃあ、あの紅白くんを閉じ込めた時はどんな感じにハチマキを奪ったの?」

 

「そいつは話せねぇ内容だな」

 

その一言にフランは何か気づいたかのような表情になる。

 

「ふーん。()()()()ねえ。その言い方だと悠月が直接やった訳ではないのかな……」

 

悠月は何か言いたくない事があったら適当にはぐらかす。しかし今回は明らかに否定の言葉を使っていた。不自然なその言い方は誰かの秘密を言えないのなら納得がいく。口止めをされてるのかと思ったが彼の事だ。言わないことを条件に裏で何かやっていたのだろうとフランは予想していた。

 

(変なところで察しが良い奴だ)

 

騎馬戦が終わった後の出来事を振り返る。ステージを後にした悠月だったが、同じ騎馬として組んだ尾白が自分に突っかかってきたのだ。

 

『騎馬戦で組んでたアイツ。約束を守れって君に言ってた。回夜くんは彼の個性が何なのか知ってるんじゃないか?』

 

尾白ともう一人の騎馬の奴は心操の個性で操り人形になっていた。そこで先程の会話に違和感をもったということ。かなり真剣な顔をしている様子から個性の予想がついているからこそ、ヒーローらしからぬ行動だと思っているのだろうか。

 

『彼の問いかけに答えてから記憶がほぼ抜けてた。でも最後の場面で君……俺の手を()()()()()よね?』

 

『……チッ、何処で気づいたかと思ったが、あの時か』

 

“洗脳”は外部からの衝撃を受ければ解除される。あの時の痛みで尾白は元に戻ったという訳だ。それほど強く握っていたのかと自分に対して舌打ちを漏らすが、一応心操との約束があるので彼については何も言わないでおいた。これ以上問いただしても無駄だと悟ったのか尾白は何処かに行ったが、どういう個性か検討がついているようだった。

別に話した訳でも無いしどうでも良いかと頭を切り替え、頼んでいたうどんを啜るが……

 

 

「……今、ケータイ鳴らなかった?」

 

 

ここで悠月のケータイのバイブ音が鳴る。食べてる最中でタイミングが悪いのか話を誤魔化せたのに良かったのか。一体誰かと思えば、無理矢理番号を登録させやがった上鳴からのメールだった。

 

『女子達にチア服を着せようと峰田と一緒に作戦を練ってんだ!証人がいれば成功しやすくなる。お前も手伝ってくれ!!』

 

 

「……誰から?」

 

「何でもねぇ。ただの迷惑メールだ」

 

悠月はケータイの電源を落とし、何も見なかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

昼休憩が終わり、最終種目に進んだ16名がステージに集まる。最後の競技として行われるのは一対一のぶつかり合い。トーナメント形式となっており、組み合わせはくじ引きで決まる。

ミッドナイトの指示で一位の騎馬から順にクジを引く流れだったが、ここで尾白が手を上げる。

 

「俺、辞退します」

 

彼の言葉に周りはざわめく。様々な人に見られ、ヒーローになる為の一歩として活躍出来る機会を彼は放棄した。何もしていない自分が許せないと彼は苦渋の決断をしたのだ。同じような理由でB組の庄田も辞退すると発言する。

二人辞退したとなると五位のチームから繰り上がりが発生する。五位は拳藤チームなのでそこからメンバーが選出されるのだが……

 

「そういう話でくるんなら、最後まで頑張って上位をキープしていた轟チームのほうじゃん?」

 

そうだよな?とチームメンバーにも同意を求める。他の三人も反対する者はいなかった。話題に上がった轟チームの四人は何故?という風に拳藤の顔を見る。

 

「良いのか?折角のチャンスだぞ」

 

「馴れ合いとかじゃなくてさ、あんたらの氷結で動けなくなったんだから私らは負けたも同然。それに……頑張ってた奴が報われるのは当然だろ?」

 

結果的に拳藤チームに譲られた流れで轟チームが繰り上がりとなった。しかし、辞退した尾白と庄田の穴埋めなので最終種目に行けない二人が出てくる。それを理解していた四人だったが、ここで上鳴が頬をかいて言葉をつまらせながら話す。

 

「あ〜俺はいいや。轟に誘われる形だったし、言われたことに従う立場だったからな。他の奴に譲るぜ」

 

「……そうですね。私も辞退しますわ。このチームで要になったのは騎手である轟さんと1000万を奪るきっかけを作った飯田さんだと思いますから」

 

上鳴に釣られるように八百万も譲る。結果的に上鳴と八百万が辞退する形で轟・飯田が繰り上がり、最終種目に出場することになった。

 

「すまねえ。こんな形になっちまって」

 

「気にする事はありませんわ。最善を尽くした結果ですもの」

 

「そうだそうだ。俺らの分まで頑張って優勝目指せよな、二人とも!」

 

譲ってくれた二人に対して轟はお辞儀をし、飯田は涙を流しながら敬礼をする。朝礼台では青春だわ……!と様子を見ていたミッドナイトが変なテンションになっていた。二人生徒が入れ代わったので対戦表の変更がされた後、スクリーンに大きく映し出される。

 

緑谷VS心操

轟VS瀬呂

芦戸VS骨抜

飯田VS発明

 

常闇VSフラン

塩崎VS回夜

切島VS鉄哲

爆豪VS麗日

 

それぞれの試合を相手を見て、各々反応を見せる。

 

(早かったな)

 

横を向けばフランも同じようにこちらを見つめていた。二人は同じAブロック。順調に勝てば二回戦目で戦うことになる。

 

 

『よーしトーナメントはひとまず置いといてイッツ束の間____楽しく遊ぶぞレクリエーション!!』

 

 

レクリエーションと一回戦目の準備の為に一度解散となる。レクリエーションは途中の種目で落ちた人たちの為に作られたアピールする場であるが、最終種目の出場者も参加出来る。この後の試合に対してそれぞれの過ごし方があるだろう。

 

その時彼を見ていれば異変に気づけただろう。最終種目に盛り上がる中で彼は再び頂点を目指せるチャンスを貰った。生徒がスタジアム中央から出る中_______

 

 

 

轟の眼は暗い暗い……闇を映していた。

 

 

 

 

 

 

 

レクリエーションが終わった後、セメントスによって最終ステージが形成される。ここで全15試合が行われ、最終的な順位が決まる。

ルールは相手を場外に落とすか行動不能にする、もしくは降参させることで勝ちとなる。

 

第一試合、緑谷VS心操

 

「振り向いてそのまま場外に歩いていけ」

 

心操の個性“洗脳”により、緑谷はステージの外まで歩いていく。尾白から心操の個性はある程度聞いていたはず。それでも他人の悪口を許せなかったのが不味かった。問いかけに答えたことで緑谷は“洗脳”に嵌ってしまった。

このまま自らの足で場外になるところだったが、指を暴発させることで、“洗脳”を強制的に解除した。かなり強引な解除の仕方だったが、そのまま心操を押し出して勝ちを得た。前もって対策をせずに洗脳にかかった状態から抜け出せたことに驚かされるが、勝負に勝ちたいという彼の執念の表れだったのだろうか。

 

第二試合、瀬呂VS轟

試合開始と同時に瀬呂が轟を“セロハン”で縛り上げ、そのまま引きづる。場外狙いの早業で轟を飛ばそうとしたが……

 

「悪ィな________」

 

最大威力の“冷気”によって会場外からでも視認出来るほどの氷結を生み出した。氷結の目の前にいた瀬呂は全身を氷漬けにされ、行動不能になる。この状態から動けるはずもなく、轟の二回戦進出が決定した。

 

第三試合、芦戸V S骨抜

向かってくる芦戸に対して骨抜は“柔化”でコンクリートを柔らかくして足場を奪う。A組女子の中で身体能力が特に優れている芦戸。

始めは難なく効果範囲外の部分を狙って突き進んでいたが、接近するにつれて回避は難しくなる。ただ走るだけでなく、跳んだり転がったりして避けていたが、あと何メートルかと言った所で足をとられてしまう。その間に骨抜が“柔化”をフルに使い、ステージを底なし沼のように変える。

 

「うわーん!抜けれないよー!!」

 

「くけけ、終わりだな」

 

もがけばその分沈んでしまう拘束に芦戸は対処出来ず、中断させられる形で骨抜の勝利となった。

 

第四試合、飯田V S発目

試合前、サポートアイテムをフル装備していた飯田を巡って一悶着あったものの試合は行われる。

飯田の接近をサポートアイテムで避けた後、性能を解説する時間が訪れた。一部の観客を除いて何故こんな事を聞かされるのだろうと思いながらも、十分間にも及ぶベイビーの紹介をした発明は自らから場外に出て試合を終わった。勝者となった飯田だが、「だーまーしーたーなー!!!」と雄叫びを上げ、発明はフフフフフ……と言って去った。試合前に何かあったのだろうか。

 

 

 

そして第五試合。

 

 

ここまで四回の試合を終えて熱狂が続く中、対戦する二人がステージに入る。

 

「次は常闇とフランちゃんか。一体どういう試合になんだろーな!」

 

ここまでの試合を見てきた上鳴は悠月の前の席で子供のようにはしゃぐ。

 

「そういえぱ回夜。次の試合出んだろ?行かなくていいのか?」

 

「どうせステージの修復作業がある。まだ行かなくても問題ねぇよ」

 

「まるで分かってるかのような言い方ね。体育祭前に見た覚えがあるけど、回夜ちゃんはあの子の個性を知ってるのかしら?」

 

常闇は騎馬戦の時にダークシャドウによる相応の防御を見せている。攻撃を届かせるにはダークシャドウをどのように対応するかが鍵となるだろう。

対するフランも障害物競走・騎馬戦と相手を翻弄させる活躍を見せている。爆発する弾の生成や空中浮遊、そして常人以上の怪力。個性は()()一人一つのはずだが、複数の個性を持っていると言われても納得してしまうだろう。力が未知数のフランの事を知りたいと耳を傾ける者は少なくなかった。

蛙吹の発言に対して悠月は頭をかき、何処か釈然とない様子になる。

 

「俺も実際理解しきれてねぇんだけどよ……あいつは“吸血鬼”であると同時に……“魔法少女”でもあるらしい」

 

「「「………魔法少女!!?」」」

 

 

 

 

 

 

「いけ、ダークシャドウ!」

 

『アイヨ!』

 

先手をとったのは常闇だ。ダークシャドウをフランに向かわせ攻撃を仕掛ける。騎馬戦の際、フランの攻撃でダークシャドウの闇が削れる時があった。対抗される手段がある以上、長期戦になって弱点を知られるのは不味い。相手に気づかれる前に常闇は早めに決着をつけたかった。

 

「甘いよ!」

 

ダークシャドウの手が触れる直前、フランはステップを踏むかのように避ける。身体的な制限がかけられているが、感覚は変わりなく研ぎ澄まされたままだ。元々瞬間的な移動が出来る彼女にとってダークシャドウの攻撃を避けるのは容易いことだった。

 

「くっ、届かないか……!」

 

「そんなんじゃ私を捉えられないよー!」

 

右に左に………時には屈んで回避し続けた後、フランはダークシャドウの懐に飛び込み勢いのままに殴る。普通の少女がやったとは思えない一撃が入り、ダークシャドウは常闇の元まで戻される。

 

(怪力と遠距離攻撃を併せ持つ個性。奥底は未だ見えないが、いずれにしても厳しい状況だ)

 

目の前の敵を注視しながら常闇は考察する。戦闘訓練で味わった回夜との一戦。それと似た感覚を彼はこの身で感じていた。

 

「うーん、やっぱり本人を攻撃しないとダメみたいだね」

 

初めての感触に感心するという抜けた思考をしているが、同時に攻略の糸口を考える。彼自身の近接戦闘のレベルは分からないが、どちらにしてもダークシャドウ(あのモンスター)をどう切り抜けるか課題になるだろう。

 

(もう少し様子を見ようかな)

 

ダークシャドウの防御力はある程度見れている。太陽下でも今のスピードなら何とか対処出来そうだが、そこに常闇が入ると話は別だ。不用意に突っ込んでいけば返り討ちにあう恐れがある。日の下にいれば何もしていなくても体力が削れていくが、まだ仕掛ける必要はないとフランは考えていた。

 

(そこは悠月に似てきたかな……)

 

先読みして常に思考しながら動く立ち回り。そんな彼の行動を思い出し、フランは小さく笑う。彼を近くで見ていたからこそ学んで身につけた力だった。

 

「さあ、今度はこっちから行くよ!」

 

フランは両手に黄色く輝く魔力弾を生み出す。

 

「防げ、ダークシャドウ!」

 

下から迫る形で向かってくる魔力弾に常闇はダークシャドウに防御をとらせる。その直後、爆発が起きると同時に常闇は攻撃の意図に気づく。

 

(煙で視界が……目くらましも兼ねていたのか)

 

地面を巻き込む爆発で煙が起こる。今の魔力弾の目的はこちらの視界を潰すのと奇襲のための布石だろう。何処から来るか分からないのならガードの選択をするしかない。

 

「全方位だ、固めろダークシャドウ!」

 

『アイヨ!』

 

常闇を中心にドーム状に。全方位からの攻撃を防ぐ壁を作った時、右側から衝撃が伝わる。全体に対応した構えのため、その分防御の壁は薄くなる。それでも自分自身にまで伝わる並外れた威力。実際に食らうことを想像すると冷や汗が流れた。

何とか攻撃を耐えた後、ダークシャドウはフランを捕まえようとするがそれよりも早く離脱される。再び見据える状態になった訳だが、常闇の焦りを知ってか知らずかフランは陽気な態度で身体を(ほぐ)していた。

 

「大丈夫かダークシャドウ?」

 

『モウ、食ライタクナイゼ……』

 

無理にダークシャドウで防御を取れば闇が尽きる。消耗を防ぐのも含めて常闇自身が回避に転ずる必要があるだろう。

 

「接近戦はガードされちゃう。今の私の力じゃこじ開けるのは厳しいか」

 

一方のフランも今の攻撃が上手く決まらなかったことに少々悩んでいた。いくら遠距離から攻撃しようとダークシャドウによって防がれるのは予想がつく。攻撃に耐えれる限界があるかもしれないが、今のところ確認できていない。どう攻略しようか彼女も色々と模索していた。

 

「なら、今度は攻め方を変えようか」

 

独り言を呟く。その間にもフランの周りには様々な色の魔力弾が形成されていく。

 

「ここから第2ラウンド、行くよ」

 

 

まるでゲームをするかのようにニヤリと彼女は笑った。

 

 

 

 

 

 

「すげえ。爆発する玉を作る彼女もあれだけどよ、常闇もしっかり対応出来てるな」

 

「ああ。このままスタミナ切れまで耐えるか押し出せれば常闇の勝ちが決まるぜ!」

 

フランが近づこうとするのをダークシャドウが押さえて場外に出そうとする。それに対処して再び攻撃するという展開が何分か続いていた。しかし、ここで攻め方を変えたのかフランは魔力弾を作り、遠距離からの攻撃を混ぜ始める。

ここまで見ている観客の多くは攻め方が変わったが、まだ拮抗した状態が続いていると思っているだろう。しかし、彼の事情を知っている者からしたら全く違う考えだった。

 

「光る弾で攻撃。常闇君にとって相当厳しいよね」

 

「うん。彼女の攻撃には光と爆発が発生する。常闇君自身ができるだけ当たらないような立ち回りをしているけど、それでもダークシャドウで受けに回らなきゃいけない時がある」

 

常闇の弱点を知っている緑谷と麗日は相性の壁があることを既に知っている。闇を力としている個性にとってこれほどキツイ戦いはないだろう。ただ防御をしているだけではジリ貧になる。どうにかして突破口を見つけられるかが肝だった。

 

「………」

 

「ん?どうした回夜。何かあったのか?」

 

白熱した試合が行われている中、近くにいた切島が気づく。第四試合の最中、常闇とフランの試合に注目するのは当然だろう。観客席の構造上、試合を見るとしたら上から見下ろす形になる。誰もが試合がどうなるか下を向いている中、悠月だけは空を見上げていたのだ。切島や他の何人かの人間も視線に釣られるように上を向く。

 

「……雲?」

 

青空の中、一つの雲が太陽の近くを浮かんでいた。

何でもない光景のように見えるだろう。実際に切島たちも何故雲を見るのか不思議に思い、別の何かがあるのではと勘違いするほどだった。

しかし、この試合にとっては大いに関係がある。あの何気ない雲一つで勝負がつく決定的な要因だった。

 

「おい回夜。空に何かあんのか?太陽と雲しかねえぞ」

 

「あ?だろうな。それしかねぇよ」

 

だからこそ……と悠月は間を置いた後、確信をもった口調で言う。

 

 

()()()()()()、この試合」

 

 

それと同時に太陽が雲に隠された。

 

 

 

 

 

 

 

太陽に雲がかかり、スタジアムが一時的に日陰になる。何度目か分からない攻撃を放っていたダークシャドウだったが、一向に当てられないことに苛立ちを見せ始める。おおかたフランを掴んで場外に出そうとしているのだろう。伸縮自在の漆黒の手に捕まらないようフランは躱していたが、何かに気づいたように笑う。

 

「へえ?太陽が隠れてから動きが良くなったね。名前にもあるけど暗い方が力を発揮出来るのかな?」

 

何度か攻防を重ねるにつれて動きが少しずつ鋭くなっていた。常闇の個性“ダークシャドウ”は暗い場所である程力が増し、その分制御が難しくなってくる。太陽が隠れ闇を取り込む余裕が出てきたことで、若干だが動きが素早くなっていた。その事に気づいた彼女だったが、その顔に焦りなど無く繰り出される攻撃を避け続ける。

 

「くそ、これでも捉えられないか!」

 

攻撃を当てられないことに焦ったダークシャドウはここで大振りに腕を奮う。それに対してフランは後ろに大きく下がり、そのまま宙に浮かんだ。

常闇を見下ろせる位置。今まで地上で回避を繰り返していた彼女が空を飛んだことに警戒する。

 

「貴方の個性は大体分かった。影のモンスターを使って中遠距離戦を得意としている。騎馬戦の時や今までの私の攻撃を何度も防いでいたから防御面でも優秀だね」

 

『ハッ、アタリマエダ!』

 

答え合わせをするかのように話すフランの言葉にダークシャドウは得意げになるが、反対に常闇の警戒度はさらに上がっていく。

 

「けれどそれは特定の条件下で左右される。例えば太陽の影響がない場所だったら力が増大するとか」

 

手を開閉して何かを確認する。紅い瞳を輝かせ嬉々とした表情を浮かばせながら彼女は言った。

 

 

 

「奇遇だね。()()()()

 

 

 

 

その瞬間、空を埋めるかのような弾幕が作られた。

 

 

 

 

「なにっ!!?」

 

魔力弾は一度ふわりと空に舞い上がった後、まるで流星群のように降り注ぐ。その速度は不規則で高速に動くものもあればゆっくりとしたものまで様々だった。

 

「防げ、ダークシャドウ!!」

 

自身を守るために上空からの脅威に備える。自らが動いて回避する選択もあったが、弾幕の密度とバラバラな回避ルートを導くのは今の常闇には不可能だった。

 

『ウギギギギギギ………!』

 

降り注ぐ弾幕にダークシャドウは苦悶の声を上げる。爆発による光がダークシャドウの体力()を削り続ける。

 

(く……抑えられない!!)

 

超高密度の弾幕を受けて通常よりも数段小さいサイズにまでダークシャドウは縮んでしまっている。身体全体をカバーできず、体勢を崩されたのがきっかけで、そのまま弾幕の雨に晒された。何発かも分からない爆発を受けた常闇は元いた場所から何メートルか飛ばされ、仰向けに倒れる。

 

(いきなり攻撃の密度が変わった。本気ではないと感じていたがこれほどとは……!)

 

全身にかかる痛み。弾幕は止んだようだが、追撃が来ないとは限らない。何とか上半身を起こして周りを見るが……

 

「ぐっ……奴は何処に……!」

 

先程まで飛んでいた彼女。しかし、その姿が見えないことに気づく。

 

 

「これで終わりだよ」

 

 

後ろから死神の声が響く。振り向く前には常闇の身体は宙を舞っていた。上も下も分からずに宙に投げ出される。

_____数秒した後、衝撃が身体を襲う。何とかダークシャドウがクッションになったようで多少の衝撃は軽減した。だが完全というわけではなく、倒れた状態から起き上がれずにいた。平衡感覚が狂い、何処まで飛ばされたか分からず首だけを動かしたが、自分がいる場所を理解した常闇はそのまま脱力した。

 

 

『決まったーー!!!第五試合!そんな細腕でなんちゅー腕力だ!?常闇を投げ飛ばしてスカーレット!二回戦進出だ!!』

 

 

歓声が湧く。

常闇のすぐ後ろには観客席との壁があった。これが意味するのは競技内の白線の外側まで飛ばされて場外に出たということ。実況の台詞も相まって自分が負けたのだと知った。しばらく起き上がらないでいた常闇だが、彼の元にフランが着地する。その表情はどこか不安げだった。

 

「大丈夫?貴方の個性が何とかすると思って投げちゃったけど……」

 

「………ああ、問題ない。気にするな」

 

自身を投げたとは言ったが、ステージ中央付近から壁際まで届かせるには相当の腕力が必要だ。それに常闇は彼女が場外なんてせずとも一撃を加えるといった行動不能にするのは出来たはずだ。それをしなかったのは自分は彼女に手心を加えられたということ。力の差があったからこそ可能な芸当だった。

 

「くそ、完敗だ。光が潜んだ途端、まるで修羅を思わせた。お前も闇を糧にする者だったか」

 

「え?ま、まあ……そんな感じだね」

 

「違うクラスの人間だが対敵した仲だ。この後の試合も頑張ってくれ」

 

「う、うん……頑張るよ」

 

 

独特な言葉遣いにフランは動揺するが何とか答える。常闇はここで限界が来たようで意識を失い、担架ロボで救護室まで運ばれていった。

第五試合はフランの勝ちで終わった。普通ならこのまま次の試合に移るところだが、彼女が放った魔力弾でステージがボコボコに変形していた。他の試合と同様にセメントスによってステージを直す時間が必要になるだろう。

フランも逆の出口からステージを後にする。普通なら試合に勝って喜ぶところだろうが、その心境はあまり晴れたものではなかった。

 

 

(頑張るねぇ……そりゃあ頑張らないと)

 

 

 

次の相手は彼になるだろうから……

 

 

 




アイアンクロー
しっぺ、デコピン、ババチョップの流れを昔やってた記憶があります。あの後って雑巾絞りとか衝撃波とか色々派生があるらしいですね。

尾白・庄田の辞退
悠月「俺もついでに辞退すれば良いんじゃね?」

フラン(無言の圧力)

あ、ダメですかはい。

魔法少女
東方紅魔郷においてフランは吸血鬼にして魔法少女という設定があります。この作品においては“吸血鬼”として個性を通していきますが、魔法少女と言われても……文句はない!

闇を糧にする者
→吸血鬼ですからね。しかし妖怪は月の光で力が左右されるのが多いんで夜の支配者の方が良いかも。





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13話 ・・・


タイトル名思い浮かばなかった……
良いの思いついたら変えます(何もなかったらそのままにしておきます)



『第六試合!!綺麗なイバラには棘がある!触れると傷つくぜ?B組塩崎茨!!!

VS(バーサス)騎馬戦の時は何をしたのか!!個性が未知数のクールボーイ!A組回夜悠月!!!』

 

 

 

「おー、間に合った~」

 

第五試合を終えたフランが元のB組の席に戻ってくる。次の試合に何とか間に合ったようで、今は選手が入場している場面だった。

 

「あ、お疲れ。一回戦突破おめでとう」

 

「うん、ありがと」

 

ここまで試合を見ていた拳藤は手を招いて空いている隣の席を勧める。そこに座ったフランはいつもの使っているフードを被ってスタジアム中央にいる二人の様子を見る。

茨の髪が特徴である塩崎は周りの熱気に圧倒されることなく、自分のペースを維持しているように見える。最終種目という大舞台で緊張してしまう人もいるだろうが塩崎はそれに当てはまらないだろう。

一方の悠月も歓声に動じることなく、片手をポッケに手を入れて自然体の様子だった。しかしそれは一見すると無防備に捉えられてもおかしくない姿だ。

 

「フランちゃんにとって馴染みのある二人だけど、どっちが勝つと思う?」

 

「うーん、そうだね……」

 

拳藤の質問にフランは腕を組んで考える素振りをする。複雑な顔をしていたが、すぐに申し訳ないような表情になる。

 

「本当はどっちも応援したい。でも塩崎さんが勝つことは無いと思う」

 

フランの一言に拳藤だけでなく他のB組の生徒も驚いた顔になる。実力者の一人である彼女がこうもハッキリと宣言したのだ。驚くのも無理はないだろう。

 

「勝つことは無いってどういうこと?」

 

「正確に言えば塩崎さんは勝つための手段を潰されてるって感じかな」

 

フランの補足に聞いた人間は?マークを浮かべる。

 

「まず初めに悠月の個性はどういったものなのか詳細は知られていない。唯一見せたのは騎馬戦の時、姿を消したのと紅白君たちを覆った純白の渦が悠月の仕業ということだけ。逆に塩崎さんの個性はこれまでに何度も人前で見せている」

 

まあ主に私のせいなんだけどね、と頬を掻きながら笑う。情報を持っているのと持ってないのとではそれだけで有利不利が起こる。試合に勝つために相手や環境について調べるのはそれなりにスポーツやゲームをする人間はやるだろう。それと同じように悠月も策を立てているはずだ。

 

「なるほど。それだけ悠月くんの事を知ってるからこそ分かった訳か」

 

「うっ……まあね」

 

拳藤に言われたから顔を横に逸らす。自覚はあるのか照れた所を見られまいとする姿は同学年ではなく年下の子と話しているかのような感覚だった。

 

『さあ!お互い準備は整ったようだ!!』

 

プレゼントマイクの一声で観客の熱が盛り上がる。フランはステージ中央に目を戻し、真剣な顔つきになる。

 

「けど塩崎さんもこの事には気づいているはず。対策も立てられているのを考慮してるだろうし、きっと初めにやることは______」

 

 

 

(先手必勝の短期決戦。不意打ちみたいな卑怯な真似ですが、今持てる最善の動きです!)

 

目の前にいる悠月を見て塩崎は試合の流れを決める。個性について知られているであろう事に対しての戦略。相手が考えてる動きをさせず、逆に自分が試合の流れを制する。主導権を握り、攻撃をし続けていればいつか活路が見いだせるだろうという訳だ。

 

 

『それじゃあ行くぜ?第六試合 STRAT!!!』

 

 

試合の合図と同時に塩崎は個性でツルを伸ばし、悠月を捕縛しようとする。第二試合での瀬呂の動きと通ずるものがあったが、彼女の狙いは場外ではなく、捕縛による行動不能。ツルで動きを封じてしまえば判定で勝つことが出来るからだ。

対する悠月はその場から動かずに立っているまま。このまま攻撃を食らうかと思われたが________

 

「なっ………!?」

 

塩崎のツルは悠月の目の前で止まったのだ。彼は一歩も動かず、ただこちらを見つめるだけ。

周りの観客は彼女が途中で止めたのでは?と不審に思うが、塩崎は今起きたことを冷静に分析していた。

 

(攻撃を止められた。あの方に届く直前、何かに()()()()()()()がありました。)

 

そのまま悠月の元に伸ばしても彼には届かず、引き抜こうとツルを引っ張っても壁のような“何か”から抜ける様子はない。このままでは駄目だと思い塩崎は伸ばしたツルを切り離し、新たに悠月に向けて放っていく。だが悠月まで届くものはなく、切り離されたツルが増えていくだけだった。観客も事の異常性に気づき始める。

 

『塩崎が怒涛の攻撃を仕掛けるも回夜が謎の力で止めていく~!!一体どうなってんだ!?』

 

『塩崎が切り離したツルの先端が回夜から一定の範囲で()()()()()()()()。恐らく見えない壁でもあってそれに阻まれているって感じだろ。あれをどうにかしない限り、回夜に触れることすら叶わない』

 

暫く攻め続けていた塩崎だが、埒が明かないと思い一旦攻撃を止める。

 

「もう終わりか?」

 

声が発せられた瞬間にぶら下がっていたツルの先端が灰になったかのように崩れ落ちる。遮るものが無くなったことで二人は目を合わせる。

呑まれるような蒼い瞳。それはまるで未知の領域に脚を踏み入れてしまったかのような______理解ができないという今まで感じたことの無い恐怖が彼女を襲った。

 

(臆してはいけません!私はここで勝つために………託してくれた皆さんのために!!)

 

フィールドを埋め尽くす勢いでツルを伸ばし、悠月を襲う。当然のように不可視の壁に阻まれるが、彼女の本命はこの攻撃ではない。ツルの一部を地中に沈みこませていく。その後、ステージが軋む音を出し、悠月の足元が盛り上がった。

塩崎の頭にはある一つの仮説が浮かんでいた。不可視という壁が彼の周りを囲っていても地中からの攻撃には対応していないのではないかと。攻撃を防がれていてもそれは見えない壁があってこそだ。壁の内側から仕掛ければもしかしたら届くかもしれない。

目の前の茨の波が囮となっている内に仮説を信じて下から襲撃をするが……

 

「正解だ。だがまだ足りねぇ」

 

トンッ___と地を蹴って後ろに下がる。その瞬間、悠月がいた所に極太のイバラの鞭が地中から貫いた。複数のツルを束ねた攻撃は悠月を捕らえられず、小高い山のように形成される。塩崎は決めれなかったことに悔しがるも、まだ終わってはいないと次の手に転じる。

彼女の個性は水と日光さえあれば伸縮は自在に行え、切り離すことも可能だ。今の一手が決まらなかったと言って制御が切れた訳ではない。空に向けて伸ばしていたツルを操り、そのまま下に向けて相手を追従する。

それに対して悠月は無造作に右腕を振るう。

 

風切り音_______

 

不可視の斬撃が地中から生えている根元から切り裂く。伸ばされたツルは自身と繋がっていれば自在に操れるが、逆に切り離された先は再び操れることはない。自身の攻撃手段であり、同時に守備の役目となっている個性は目の前の相手には未だ届かずにいた。

不意をついたつもりの攻撃も対処された。元々短期決戦で終わらせようとした試合はもう何分か経過している。

次はどのように攻める?これも対処されたら?そもそも相手は一体どんな個性を?

 

()()()()?」

 

「ッッ!!?」

 

腹部に衝撃が奔る。どう攻めれば良いのか迷った隙が彼女の動きを鈍らせた。どうやって攻撃したのかも分からない不可視の一撃。その衝撃で塩崎の身体は簡単に宙を舞う。

 

(このままじゃ……!?)

 

吹き飛ぶ勢いが強すぎる。このまま行けば場外になってしまうだろう。どうにかして耐えようと塩崎は地中に巡らせていたツルを更に下に伸ばす。そして船の錨のように固定することで何とか自らの身体をつなぎ止めた。無理に吹き飛ばされるのを対処したせいで身体に負担がかかるが、歯を食いしばって何とか耐える。観客も彼女がこらえたことに感嘆の声を上げるが、対峙している悠月は違った。

 

「なるほど。さすがにどうにかするか。だが()()()はどうする?」

 

その瞬間、純白の息吹が解放された。

この世に存在するのかと思わせる圧倒的な白。それは奔流と化し身体と地面を繋いでいたツルを断ち切る。肩甲骨辺りまでの髪型になった塩崎をつなぎ止める物は無くなった。再び引き起こされた暴風によってまるで風に吹かれるビニール傘のように吹き飛ばされる。

受身は取れそうにない。危険に対する本能が働いたのか目を閉じて身体を丸める。どのくらい飛ばされたのか分からないが、この身に起きる衝撃に歯を食いしばって耐えようとする。

 

 

_____しかし、何時まで経っても衝撃を感じることはなかった。

 

 

「……え?」

 

目を開けてみれば自分の身体が浮いているのだ。一体どういう事なのか今の状況に慌てるが、やがてゆっくりと身体が降りていき地面に優しく着地した。自分の前には白線が敷かれている。つまり場外に出ているという事で勝負が決まった。

 

「塩崎さん場外!!よって回夜くん!二回戦進出!!!」

 

 

歓声が湧く。前を向けば対戦相手だった悠月がこちらの様子を一瞥した後、踵を返してステージから去っていく。

 

「本当に負けちゃった……」

 

試合を見ていた拳藤は自然と声を漏らす。

相手の個性は分からなかったが、それでも塩崎は理想的な攻撃をすることが出来ただろう。しかし、どの攻撃も対処され挙句の果てには手心を加えられた。彼にとって本気を出すまでもなかったのだ。

 

「それじゃあフランちゃんの次の相手は……」

 

「うん。悠月になるね」

 

試合の結果は分かっていたが、次の対戦相手が悠月だと確定した。実力者揃いの最終種目だが、その中で最も強いと言えるであろう人物。本気にならないと彼には勝てないだろう。

 

(予想はしてたけど、いざ来るってなると身構えちゃうな)

 

実際に彼と戦うとなると試合の結果はどうなるか分からない。勝つことが出来るのか不安が残る。だがそれと同時に、この戦いを待ち望んでいたかのように彼女の身体は疼いていた。

 

 

 

 

 

 

塩崎が開けた穴をセメントスが修復後、次の試合が行われる。

 

第七試合、切島VS鉄哲。

個性が被っている二人の対戦。お互いに“硬化”と“スティール”でガチガチに身体を固めた状態で殴り合いになる。まさに男の意地をかけたぶつかり合いだったが、両者共に顔面の一撃でダウンとなり、決着は持ち越しとなった。

 

第八試合、爆豪VS麗日

一番不穏な試合だと多くの人間は危惧してたが、その予想は当たっていた。女子相手でも容赦なく“爆破”を使い、接近する麗日を何度も吹き飛ばす。戦力差があるのに決着をつけようとしない爆豪に観客席からブーイングがあがるが、相澤がこれを一蹴。麗日にはまだ何か手があると思っているからこそ爆豪はあのような対応をしているのだとマイク越しに言った。

 

「ありがとう爆豪くん。油断してくれなくて」

 

試合開始から暫くして、捨て身の特攻を繰り返しているように見えた麗日はここで()()()()()()()。その瞬間、宙に浮かばせていた瓦礫がステージに降り注いだ。

第五試合のフランが見せたものとは違うが、まるで流星群のように爆豪を襲う。何度も爆豪の攻撃に耐えた末に見せた決死の策。迎撃や回避を行う間に麗日は手が届く間合いまで詰めようとするが……

 

「デクのヤロウとつるんでっからな、てめェ。何か企みがあるとは思っていたが………危ねぇな」

 

最大級の爆発を起こして攻撃を粉砕した。

絶え間ない突進と爆煙で視界を狭めたことで自分に悟られずに策を仕込んだ。正直言って“爆破”で出せる出力が小さければ今の攻撃は防げず、回避に入るしかなかった。

今の攻撃で火がついたのか爆豪は本気の目になるが、その前に麗日は倒れる。ここまで蓄積したダメージで限界に来たのだ。ミッドナイトが両者の間に入り、麗日の行動不能で試合が終わった。

その後、小休憩を挟んで引き分けになっていた切島と鉄哲の簡易的なものとして腕相撲が行われるが、これに切島が勝利して準々決勝に進む選手が決まった。

 

 

準々決勝。

轟対緑谷の試合。障害物競走や騎馬戦で何かと目立っている緑谷だが自分の個性で自損してしまうデメリットがある。一方の轟は遠距離の攻撃に加え、近接戦になっても右手が触れれば相手を凍らせて動きを封じることも出来る。状況は圧倒的に轟の有利。向かってくる氷結を自損覚悟で指を犠牲にしながら凌ぐしかなかった。

何度か攻撃を防ぐ内に緑谷は右手の指を使い果たす。近づいた轟の氷結に捕まりそうになった時、先程より数段強烈な衝撃波が観客席まで届く。

 

「さっきよりずいぶん高威力だな。近付くなってか」

 

白い息を吐きながら緑谷を睨む。自身の氷結はそう何度も防げる訳では無い。既に緑谷は右の指と左腕を犠牲にしている。もう氷結を防ぐ手立てはないと思われたが……

 

「どこ見てんだ」

 

個性に耐えられず、身体は悲鳴を上げている。もう馬鹿げた一撃を出すのは不可能なはず。そんな中でも緑谷は壊れた指で無理矢理個性を使ったのだ。

 

「個性だって身体機能の一つだ。君自身冷気に耐えられる限度があるんだろう……!」

 

“半冷半燃”で氷結ばかり使っていれば体温が下がり、身体に霜が降りている。数回攻撃を見たことで轟が細かく震えていることに気づいたのだ。しかしそれは左側の熱を使えば体温調節も可能と思われるが、使う様子はない。

過去に起きた辛い仕打ちと母を傷つけられた原因である父に対する拒絶の意思。そんな思いを緑谷は馬鹿らしいと吐き捨てる。

 

「半分の力で勝つ?まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ______全力でかかって来い!!」

 

雄叫びのように声を上げる。イラついたように轟は接近する。突っ込んで足を上げた瞬間に懐に飛び込み、腹に一撃を入れた。身体がボロボロになっても何度も立ち上がって轟に向かっていく。見ている人の多くは何が彼をつき動かしているのかと不思議に思うだろう。勿論緑谷も勝つために戦っている。しかしそれ以上に彼は……

 

「ふざけんじゃねえ。俺は左を、親父の力なんか使わずに……ヒーローになれる事を証明して______」

 

「違う!!それは君の____力じゃないか!!!」

 

左を使わせるように鼓舞しているのだ。普通なら勝負の最中に相手を気遣うことなんかしないだろう。だが緑谷は過去に囚われている轟を救おうと正面からぶつかっているのだ。

自分のことなど知らないくせに。同情なんてできないくせに。それでもお構い無しに突っかかるのはただ迷惑でしかないだろう。それでも緑谷は彼を救おうと、心の中の闇を取り除こうと必死に叫んでいる。

なんと言われても良い。罵られても、拒絶されても構わない。それでも心の闇から救ける為に叫んだ言葉は確かに轟に届いている。

 

「勝ちてえくせに……ちくしょう、敵に塩を送るなんて。どっちがフざけてるって話だ」

 

俯いていた轟はやがて左側から炎が溢れ出す。それは熱気が辺りを襲い、観客席にまで熱が届く。緑谷の言葉が轟の制約をぶち壊したのだ。お互いに笑って何かを話していた二人だったが、やがて次の攻撃で終わらせようと力を溜め込み始める。轟は氷結と炎を、緑谷は自らが宿すエネルギーを可視化するまで解放する。これ以上は危険と判断してかミッドナイトとセメントスが個性を用いるが、お互いの全力の一撃がぶつかった。

 

ぶつかったことによる衝撃と爆風がスタジアム全体に届く。氷結によって冷やされた空気が瞬間的に熱せられて膨張したことで今の衝撃が生まれたのだ。煙がステージ中を覆っていたが、晴れたことで二人の姿が見える。

 

 

『緑谷くん場外____轟くん三回戦進出!!』

 

 

スタジアム端までまで吹き飛んでいたようで、緑谷はそのままズルズルと倒れる。一方の轟は熱でジャージがボロボロになっているものの、しっかりと自らの脚で立っていた。ここ一番の衝撃を放った試合だったが、その余波からこれまで以上にステージが損壊している。修復作業も必然に時間にかかり、一旦休憩を挟んでから試合が再開することになった。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「お?なんだ回夜。どっか行くのか?」

 

ステージの修復作業で一旦進行が止まっている時間。ここまで試合を見ていた悠月が席を立つ。

 

「便所。ついでに控え室に向かう」

 

「余裕をもつのは大事だよな。試合頑張れよ!」

 

上鳴の応援を適当に聞き流し観客席から離れる。スタジアム中央で響いていた喧騒とは変わって静かな空間。人工的な明かりが淡く照らす廊下を一人歩いていく。

 

「………回夜か」

 

「あ?」

 

用を済ませ控え室に向かう途中、先程試合を終えた轟がいた。壁に寄り掛かり自身の左手を見つめている。一般の人は入れない通路。人目につかないその場所は二人の会話を聞く者はいなかった。

 

「何でそんなの所にいんだよ気色悪ぃ」

 

「……すまねえ」

 

変な時に出くわしたと悠月は怠そうな顔をする。何処か気分が沈んでいる轟。こんな事なら騎馬戦での表情の方がまだ良かった。そんな思考をしていた悠月をよそに轟はポツポツと話し始める。

 

「俺は親父を見返す為にこの体育祭に挑んだ。けれど騎馬戦ではお前に負け、さっきの試合では緑谷に諭された」

 

確かに緑谷は試合の最中、轟に左側を使うよう促していた。傍からすれば本気を出せと啖呵切ったものの、結局負けてしまった奴と認識されているだろう。付き合いは短いし別につるんで来た訳では無いが、悠月は周りが認知しているような奴では無いと思っていた。

 

「それで?おめぇの心情ってのは変わったのかよ」

 

「……分からねえ。左側を使わないって決めてたのに結局使っちまった。緑谷との試合が終わった後でも、その判断は良かったのかどうか迷ってる」

 

弱気な姿を見せるほど彼にとって重要な選択なのだろう。無くならないと思っていた制約や過去の出来事をいきなり変えようとするのは難しいだろう。緑谷から自分を変えるキッカケを貰ってもその後どのようにしていけば良いのか轟は悩んでいたのたが……

 

「俺にとってはクソほどどうでも良い話だ」

 

「……んだと」

 

その一言で轟は苛立ちを見せる。自分が必死に考えてる事をこうも軽く扱われたら誰でもそうなるだろう。そんな彼の様子に悠月は心底面倒臭そうに頭をガシガシと掻く。

 

「俺は()()()()()()()()()()()。そんな俺が親父に対する憎しみがどうか言われても分かる訳ねぇだろうが。そもそも今の話はてめぇのお家事情だ。俺じゃなくても他の奴が理解できねぇだろうよ」

 

だから今の話なんてどうでも良いし聞いても意味がねぇと言葉を吐く悠月。それとは対称に轟は驚愕する。親元を離れて生活している学生は多少いるだろうが両親がいない境遇の人間はそうそういない。当たり前にいる存在だと思っていた事が、彼にとっては当たり前ではなかったのだ。

 

「……悪ぃ。配慮が足りてなかった」

 

「チッ……その対応はまた面倒くせぇんだよ」

 

轟の態度を見て苛立ったように舌打ちした後、悠月は歩き始める。元々控え室に向かうためにここを通ろうとしたのだ。先程の話を聞いてか何も言えずにいた轟だったが、横を過ぎ去る瞬間、ポツリと彼は独り言のように声を漏らす。

 

「そんな事で悩めるなら良かったもんだ……」

 

それを聞いて轟は振り返るが、悠月は構わず歩いていく。今の言葉はどういう意味なのか轟は分からなかったが、後ろから見た彼の姿は何処か自分自身を思わせる雰囲気があった。

 

 

 

 

 

 

飯田と骨抜の試合はギリギリ飯田の勝ちだった。

“柔化”によってドロドロの沼になるフィールドは飯田とは相性が悪い。走れる環境があってこそ彼の個性は真価を発揮するからだ。幸いにも個性の範囲がフィールド全体ではなく一部分までしかないようだが、足をとられてしまえばその時点で決着はつく。当然飯田もその事は分かっているので“レシプロバースト”を使い、走り幅跳びの要領で骨抜に急接近する。

ここまで一気に接近されるとは思っていなかったのか骨抜は防御する間もなく顔面に重い一撃を貰う。意識は手放していなかったようで飯田の着地点を更に“柔化”させるが、身体が沈められる前にもう一発蹴りを入れた。

骨抜の行動不能で飯田が勝利したが、沼状になったステージは変わらない。身体がどんどん沈んでいく姿で何とも締まらない最後となった。

 

 

『さあ!次も波乱の展開になりそうだ!!前の試合では芸術点MAXの弾幕を披露したB組、フランドール・スカーレット!!

VS(バーサス)!最後の方で何か神々しいの出してたな!?A組、回夜悠月!!』

 

 

そして次はフランと悠月の試合となる。

 

「まさかこんな早くに戦うことになるなんてね」

 

「まったくだ。おめぇとは戦いたく無かったが、これも運命(さだめ)ってやつか」

 

「おおー。まさか悠月の口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった」

 

驚いた顔をしながらどこか嬉しそうに笑うフラン。四方を埋める熱気が彼女の闘争心を沸き立たせているのが分かる。何気なく上を見ればそれなりの雲が太陽の近くを浮かんでいる。あれだと試合の途中で太陽が遮られるかもしれない。運が彼女を味方しているのか、はたまた自分の運が悪いのか。嘆いても仕方ないだろう。

“吸血鬼”の個性は超怪力と幾千もの魔力弾を生み出す。太陽下では弱体化する等弱点はあるが、彼女の恐ろしさはこれだけではない。

 

(なんにせよ、ここが分岐点か)

 

目の前の相手を見据える。手を抜いたらと知られたらその後の対応の方が面倒くさい。ならここで本気になった方がまだマシだった。

相手も戦闘態勢に入っている。その顔は早く戦いたくてうずうずしているかのように笑っていた。

 

 

『準決勝第三試合!START!!!』

 

 

フランと悠月の戦いが今、始まろうとしていた。

 

 




次回はフラン対悠月の試合。
一番波乱の試合になりそうですが、分かりやすく伝えられるよう描写していけたらと思います。




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14話 対極

 

暖かい風が吹き桜の花びらが空を舞う。それは出会いと別れ。真逆と言える二つの出来事が同時に起こり得る季節だ。今日も何処かで出会いがあり、愛が生まれ、幸福に満ちる者がいる。

だがそれと同時に傷つけられ、壊されて、打ちひしがれる誰かがいる。けれど簡単に救いの手が伸ばされる訳ではない。自分の事を第一にするあまり誰かを蹴落とすのは当然。むしろ救ける者の方がこのご時世少ないくらいだ。

 

例えこの場の一人の人間が消えようとも社会は廻り続ける。失った穴が小さくても大きくても、いづれ他の何かで埋められて無かったことになる。そしてこう言われるんだ。

 

そんな人いたっけ?_____と。

 

自分という存在が本当にいても良いのか時々考える。むせかえる人の波。周りを通る人間は彼を避けるように……いや、見えてなどいないかのようにすれ違う。

 

誰からも見られない。

 

誰からも必要とされない。

 

誰からも救けはない。

 

 

気づけば人の波はなくなり、誰もいない場所で一人取り残される。立つ気力もなく、その場に崩れ落ちる。

夜空を仰いで一人思考する。このまま朽ち果ててしまうだろうか。何も成し遂げないまま消えて行くのだろうか。疲労が積み重なっていたのか考えている間に意識が途切れようとしていた。

 

_____なにしてるの?

 

つなぎ止めていた気力が途切れかけていた時、すぐ横で声がする。星々が夜空を煌めく中、紅く光る瞳。薄れていく意識でもその瞳の色がはっきりと見えた。

 

 

貴方はだぁれ?

 

 

純粋な疑問なのだろう言葉。自分より幾分か背が低い少女。しかし此方に向けるその瞳は何処か穴の空いた……何も写さない空虚を思わせた。

 

 

俺は_______

 

 

 

その日はやけに月が大きく映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

準々決勝第三試合。

 

ここまで十試合が行われてきたが、熱気が収まる様子はなく、むしろ盛り上がりを見せている。スタジアムにいる観客は勿論、警備中のヒーローやメディアの人間もこの後の展開がどうなるか予想がつかないでいた。

 

「とうとう来ちゃったか……」

 

この試合での主役の一人であるフランドール・スカーレットはスタジアム中央に佇む。自分とは少し遅れて対戦相手である悠月が目の前に立つ。これまで見せてきた面倒臭そうな雰囲気を出しているが、自分を警戒しているかのようにこちらを見据えていた。

 

「ふふ、まさかこんな早くに戦うことになるなんてね」

 

「まったくだ。おめぇとは戦いたく無かったが、これも運命ってやつか」

 

「おおー。まさか悠月の口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった」

 

悠月の言葉を聞いてフランは驚いた表情をする。計算や予測で物事を決める彼の思考は神頼みや運のような空想じみたことをあまり言わない。ここで彼がそんな事を話したのは自分と同じように体育祭の熱にあてられたのだろうか。

 

 

『さあお前ら準備は良いか!?』

 

 

プレゼントマイクの一声で会場は最高潮に盛り上がる。もう少し話をしたかったが、周りの人間は今か今かと待ちわびている。時間をかけるのも悪いだろう。

空を見る。本気で戦いたいという彼女の思いが通じたのか大きな雲が太陽の近くを漂う。これなら試合の最中に太陽が隠れる場面が出てくるだろう。悠月もその事が分かっているのか半ば割り切った態度だ。

 

 

一番待ち望んだこの試合_____

 

 

 

 

『準々決勝第三試合!!』

 

 

 

 

目的はただ一つ_____

 

 

 

 

 

『START!!!』

 

 

 

 

 

全力で彼を潰すだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に仕掛けたのはフランのほうだ。“吸血鬼”による身体能力の増加を生かし、最初の踏み込みから急速に距離を詰める。“未元物質(ダークマター)”をもつ悠月は中〜遠距離からの攻撃を得意としている。近距離でもそれなりの対応は出来るが、軍配があがるのはフランの方だ。だからと言って近距離で必ず勝つとは限らないし、遠距離では有利不利が逆転するというのは微妙な所であるが、フランは近距離で攻めるのが得策だと考えていた。これはどちらかが場外、もしくは戦闘不能になるまで終わらない完全な喧嘩だ。突ける部分を突くのは当然だろう。

 

「そう易々と近づかせるかよ」

 

だが、そんなことは彼も読んでいるはず。

突如、悠月の目の前に障壁が現れる。“未元物質”で作られたものだと見たフランは猛スピードで突っ込んでいたのを反時計回りに急旋回。悠月の死角から右ストレートを放つ。彼女の動きを捉えていた者は攻撃が入ったと思っただろう。しかし、返ってきたのはズンッ!!という重い音。何かに阻まれたように右手が止まり、衝撃が向かい側に巻き起こる。

明らかに防がれた。それを認識したと同時に謎の衝撃がフランを襲う。暴風に晒されて二人の距離は大きく離れた。

 

『コイツはすげーー!!強烈な一発が入ったと思ったら、逆に重いのを返したぞ!?』

 

『スカーレットは急速に旋回することで相手の裏に入りこんだ。そこからの一撃で大抵の奴は終わるだろうが、回夜はその動きを読んでいた。いくら不意を突こうとして策を練ろうとあのままじゃ防がれるだけだ』

 

 

そんなことは分かっている______

 

 

空中で体勢を立て直し、ラインギリギリで着地したフランはプレゼントマイクとイレイザーヘッドの解説に心の中で愚痴る。

悠月は元より前方から左側まで障壁……いや、翼を構えていた。不可視の状態が解除され、純白の翼が姿を現す。最初から馬鹿正直に突っ込むとは考えてなかったのだ。敢えて隙があると見せかけてそこから反撃に移る。まだ始まったばかりだが、実際に相手してみて凄くやりづらいと実感させられた。

体勢を整える際に彼の顔を見る。こんなもんか?と言いたそうな表情にフランはさらに闘志を燃やした。こちらとしても最初のパンチは挨拶代わりと強度の再確認。最初から決まるなんて思っていない。

 

一発でダメならそれ以上打つまで。

 

速さだけでなく力もフルに使うまで。

 

拳を奮う。何発も何十発でも。衝撃で何度も吹き飛ばされては詰め寄り、時には別の角度からも拳を奮う。翼に触れたことで手が血の色に変わっていく。それでもフランの攻撃は止まらなかった。少女らしからぬ雄叫びを上げる様子はまるで修羅に取り憑かれたかのよう。一撃一撃の威力は凄まじく観客席までその勢いが伝わるが、突破するより前に謎の衝撃波で吹き飛ばされる。

 

防御が崩れるか心が折れるか_____

 

「あきら…めるかーー!!!」

 

その時、太陽が雲に隠れて“吸血鬼”本来の力を取り戻す。先程より数段強烈な一撃。今までとは違う威力に悠月は顔を険しくする。

数秒経過した末、変化が訪れる。ミシ…ミシ…と受け止めていた翼に亀裂のようなものが入っていくのだ。それは防御するたびに大きく、深く刻まれていく。繰り出される拳で亀裂が全体に広がっていき……

 

 

 

 

 

ガラスが割れたような音が響く。

 

 

 

 

「ッ!?」

 

「はぁああああああああああああ!!」

 

悠月は咄嗟に両腕をクロスして顔を守る。フランの血に濡れた拳は確かに彼を捉えた。吹き飛ばされる悠月。このまま場外まで飛ばされるスピードだったが、フィールドの端に来るまでには余裕をもって着地できていた。

 

___()()()()()()

 

無意識につぶやく。ダメージはあまりない。吸血鬼による怪力を“未元物質”を纏って攻撃を防ぎ、更に力学操作を行うことで最小限の被害で済ませたのだ。だがそんなことよりも、USJの脳無戦の時に培った対物理障壁が崩されたことに驚きを隠せなかった。

肩で息をしながら笑っている彼女。追撃を行えばさらなるダメージを狙えたかもしれないが、その表情はどこか達成感を得たようだった。

 

「チッ、高校に入ってからまた力が強くなりやがったな?ヒーロー名『怪力女』が似合うんじゃねぇか?」

 

「ふふん、悠月を驚かそうって決めてたからねー。ていうかさっきの防御は衝撃を受け止めるじゃなくて“流す”のが主でしょ?」

 

脳無との戦闘で防御を突破される事態に陥った。圧倒的な力を正面から馬鹿正直に受け止めれば綻びが出る。その経験から衝撃を受け止めるのではなく、あくまで流す。同じように並外れた怪力をもつフランが相手でも力を別方向に分散させることで自らの防御手段を整えていた。

なら障壁を破られた原因は何なのか。力押しだったのもあるが、彼女は状況をぶち壊す手段_____()()()()ということをやってのけたのだ。

 

「ていうか次そのあだ名言ったら潰すから」

 

「本当に出来るから是非やめてくれ」

 

全てのものには“目”という最も緊張した部分があるという。普通の人間には分からないものだが、彼女はその“目”の部分を知覚することが出来る。恐らくそれを利用して障壁が最も脆い部分を突いたのだろう。“吸血鬼”の個性とは違う異質な力。悠月にとって怪力や魔力弾などよりも最大級に警戒すべき存在だった。

 

「マジで強ぇな……」

 

「え、何か言った?」

 

「なんでもねーよ」

 

無駄に聴覚が良いフランには独り言が篭って聞こえたようだ。追求されても本人に言うつもりはないので素知らぬ顔をする。そっかー、と両手をグーパーするフラン。“吸血鬼”の治癒力はボロボロになっていた手を完治させたらしい。ほんとデタラメだコイツ。

 

「それじゃあ続きをしよっか」

 

まだ遊び足りないかのように無邪気な笑顔で言う。試合は始まったばかりだ。二人はまだ奥の手を出していない。ここからが本番なのだ。

 

「そうだな。オメェの全力、ねじ伏せてやる」

 

「言ったなー、私の方こそコワしてあげる!!」

 

宝石がぶら下がったかのような翼を広げ、空に浮上する。太陽の光という制限がない中でフランは切り札の一つを宣言する。

 

「“禁忌”フォーオブアカインド!!」

 

突如フランの姿が霞み、新たに四人のフランドール・スカーレットが現れる。それは“吸血鬼”の個性によって作られた分身。一発攻撃を当てれば分身は消滅するが、一人一人が同じ戦闘能力を有している。一対四。単純に見ればこの戦況は圧倒的に悠月の不利を決定付けていた。

 

 

 

そんな状況の中でも、彼の顔は___

 

 

 

 

 

 

 

 

___何処か笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「散れ、“未元物質(ダークマター)”___」

 

 

 

 

 

 

✴︎

 

 

 

 

「なんだ、ありゃあ……」

 

「上鳴ちゃんは見たことなかったわね」

 

「あれが悠月くんの個性……?」

 

「B組の子も凄いけど、悠月くんのは何ていうか」

 

 

次元が違う___

 

 

アリーナを覆うのは純白。しかし、それはこの世のものとは思えないほどの神々しさを放っていた。よく見ると白い何かは悠月の肩甲骨あたりから出ており、そこから巨大な二翼を形成していた。

その姿はまるで下界に舞い降りた天使のよう____

 

「いつ見ても凄いね悠月の」

「うんうん、すごく白いね」

「すごくメルヘンだね」

「おうどん食べたい」

 

「おめぇら緊張感ねえだろ」

 

四人になったフランと同じ高度まで上昇した悠月は彼女らの言葉に呆れた様子になる。実際戦う気力が削がれているので効果はあるのかもしれないが……

えっへへー♪と笑う彼女たちは見る人からすれば天使を思わせる。あいつ吸血鬼(悪魔)だけど。俺の方が天使っぽくなってるけど。

 

「なんにせよ」

「これからが本番」

「そのメルヘンな翼」

「毟り取ってあげる!!」

 

狂気を孕んだ目で悠月を見据える。四人の内まず二人が先行。後方の二人は魔力弾を放ち始める。全員同じフランドール・スカーレットだ。連携など造作もないことだろう。しかし……

 

“未元物質”に常識など通用しない。

 

魔力弾は悠月に届くことなく、全て翼に阻まれる。大きく変化したのはここから。会場の覆うほど広げられた巨大な翼から淡い光が漏れ出す。やがて光は強くなり、熱線となった。突っ込んで来たフラン二人は回避が間に合わず、たちまち消滅する。やはり先行していたのは分身。本体は弾幕を張ってるどちらかになる。

 

「「だったら……これならどお!!」」

 

弾幕を放つのを止め、二人は手を掲げる。呼ぶのは世界をまるごと焼き尽くす魔剣。枝の破滅や勝利の剣とも称された神話の武器を冠する名だ。

 

「「“禁忌”レーヴァテイン!!」」

 

名を叫ぶと同時にスタジアムが真紅に染まる。

騎馬戦の際、見ていた人間に恐怖を植え付けたが、それが二人分。一人だけでも十分対処が厳しいのに普通の人間が相手するとなれば挟撃され一瞬で終了だろう。だが悠月の表情に変化はない。極限まで伸びたレーヴァテインが振り下ろされる。この“未元物質”においてこんなもの障害にならない。燃え上がる魔剣を悠月は回避するのではなく、二翼で受け止める選択をする。

 

「くっ………」

 

「「はあああああああああああああ!!!」」

 

魔剣と白翼がぶつかる。強大な力がぶつかり合ったことで莫大なエネルギーが生まれる。フランは“レーヴァテイン”に持てる限りの力を込めて突破しようとする。ぶつかった時は拮抗していたが、その甲斐があって徐々に炎の剣が押し始める。

このまま翼をどうにかすれば有利に働くだろう。しかしフランの頭の中ではモヤがかかったかのように違和感を感じていた。

 

(おかしい……悠月がこうも素直に力勝負するなんて有り得る?)

 

前の攻撃で自分の力がどれくらいか分かっているはず。真っ向からぶつかって勝てないのならば、力押しとは違った行動をするはず。増してや相手は悠月だ。最善の策を他に考えついていてもおかしくない。

何気なく浮かんだ予感。しかしそれは悪い方向で当たっていた。

 

「まっず!!」

 

空中で止まっていた身体を無理矢理動かして回避に移る。フランの真下から純白の翼が新たに襲いかかってきたのだ。

レーヴァテインと純白で視界が遮られ、音もなく来たからか気づくのが遅れた。はじめに対処していた翼をレーヴァテインで上手く流し、下から来る攻撃を何とか避ける。

 

(有利だと思ってたけど、まんまと誘導させられた!!)

 

下からの攻撃を対処したが、追撃が来る。翼を構成していた“未元物質”が一つに集約し、物理法則に従わない『質量』となる。悠月は手を上げてその後振り下ろす。それに連動するように『質量』がフランに向かって叩きつけられた。

空中で体勢を崩していたフランは咄嗟にレーヴァテインで受け止めようとするが、吸血鬼の怪力でも受け止めることができないと瞬時に判断。魔力弾を暴発する形でその場から離脱し、半ば墜落したかのように地に逃れた。

 

「っ……まだ来る!!」

 

地上に逃れてもフランの中では最大級の警報が鳴っていた。地を蹴り、フィールドの中央から全力で跳ぶ。

__フランのいた所は『質量』で押しつぶされ、地形の中心が大きく潰れた。

 

『おいおいおい、あんまり激しくやってると会場が壊れちまうぜ!なんでもありか!?』

 

プレゼントマイクが言ったことは正しいだろう。ほんの数分経過しただけでステージがめちゃくちゃになっているのだ。しかし、その感想を述べる間にも被害は進む。高度を下げた悠月は純白の翼を再構築してそのまま奮う。それだけで空気が凍り、轟の“半冷半熱”のような氷結が奔る。上空に戻る猶予もなく、回避は不可能。

 

 

 

 

 

__フランは氷結の山に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

「…………やっと捕まえたか」

 

怒涛の攻撃をした悠月であったが、その表情はあまり芳しくなかった。

彼の“未元物質”はこの世の理から外れている物質を引き出し、世界の法則すらも書き換えることができる力だ。そこらの個性とはまるで格が違うと呼べる程に様々な現象を生み出せるが、強力ゆえに代償があった。“未元物質”を扱うたびに脳に多大な負荷がかかる。物質を操作するにも法則を書き換えるのにも万物を理解し、掌握する必要がある。情報の解析と書き換えのために脳を酷使しているのだ。

背中の二翼を消し地上に降り立つ。あれから状況が変わることはなく、勝負が決まったという雰囲気になる。ミッドナイトがフランの様子を確認しようと氷壁に近づく。このまま勝者宣言が伝わるかと思われたが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___真紅の剣が氷河を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで決まったとは思っていなかったが、まさかこんな強引な方法で凌いだことに驚き、同時にあいつならやりかねないと悠月は思う。轟々と燃えるように輝く炎剣はその後氷河を真っ二つに叩き割る。衝撃に耐えられず、割れた箇所から崩落が始まった。重々しい音を立てながら崩れる中に金色の髪を揺らす吸血鬼が現れる。

 

「まだ…………終わってないよ」

 

その身体は無傷という訳ではなく、所々に氷が付着している。その中には細胞から凍らされた部分も見られた。最後の分身も魔力弾の暴発で消えている。

そして今までの戦闘によりジャージは傷だらけだ。生傷は再生できているが、息遣いは多少乱れている。“吸血鬼”の再生能力にも限界はある。あとどれくらい再生できるかは不明だが、そう何度も行使できないだろう。

それでもフランの目はまだ諦めてはいなかった。

 

「今にも倒れそうにしてるのにまだそんな事言えんのか。もう寝といた方がいいんじゃねえの?」

 

「ふん。確かにそうだけど悠月だって頭痛が酷いでしょ?私が運んでいくのも嫌だからはやく降参してくれない?」

 

「はっ、少なくてもお前より良好だ。安心しろ、おまえが倒れたら救護ロボが運んでくれるだろうさ」

 

「えー、そこは俺が運んでやるとか言わないのー?」

 

「誰がテメェの身体を好き好んで触んなきゃいけねーんだ」

 

「うわ、ムカついた」

 

「……それは俺の方が言うセリフだ」

 

「テヘ♪」

 

試合中にもかかわらず、途中から緩い?会話をする二人。ある程度付き合いがあるからこそ、出来ることなのだろう。この後も少し会話が続いて休戦状態になっていたが、悠月が先に区切りをつける。

 

「さて、観客がじれったくなる頃だ。そろそろ再開するぞ」

 

「そうだね。まあ、試合は私が勝つけど」

 

「ほざけ、試合はテメェの負けで閉幕だ」

 

悠月の背中からこれまで以上に“未元物質”がばら撒かれる。先程とは違って翼は四枚に増え、二対の天使となった。空間全てを塗りつぶしながら肌で感じるほどの威圧を与える。これまでの戦いを見た者は罪を裁く断罪者に思えてくるだろう。まるで目の前にいる吸血鬼を断罪するかのように……

 

(あぁ、やっぱり凄いなぁ……)

 

傍から見ても圧倒されるのだ。目の前で対峙するフランには相当な圧がかかっているだろう。しかしそんな状況でも彼女は笑っていた。多少制限はあるが、本気を出さなければ勝てない相手と戦えるのだ。

いつもとは違う瞳で私だけを見てくれている。隣にいてくれた彼が向き合っているのを見てフランは嬉しく感じていた。

 

この戦いがずっと続けば良いのに。そう願っても限界がある。だから楽しもう。心の底から楽しんで最後は絶対に____

 

 

私が勝つ。

 

 

「違うね。悠月がコンティニュー出来ないのさ!!」

 

「抜かせ、テメェがゲームオーバーになんだよ」

 

 

悪魔と天使が再度ぶつかる。

 

 

「今度はこっちから行くぞ」

 

悠月は翼の一部から細長い結晶の槍を形成していき豪雨のように降り注ぐ。フランは弾幕を張り迎撃を行う。結晶と衝突するたびに爆発を起こし、会場を揺らしていく。互いの遠距離攻撃をぶつけ合っていたが、次第にフランは押され始める。降り注ぐ結晶の量が多すぎるのだ。このままだと押し負けると判断したフランはカードを一枚切る。

 

 

“禁忌”禁じられた遊び____

 

 

フランを中心に十字架を模した魔力弾が回転しながら四方八方に放たれる。結晶が触れると同時に爆発を起こすが、フランの弾幕は彼女を守る盾となり、悠月に襲いかかる矛となった。

今度は悠月が押され始める。弾幕一つ一つに多大な質量をもってるためか、結晶で相殺するには威力が足りないのだ。数で押し切ろうとしてもフランの弾幕形成スピードが速く間に合わなくなるだろう。

 

「悪いな。別に弾幕勝負をしたい訳じゃねぇんだよ」

 

結晶による攻撃を中断し“未元物質”を拡散。空気中に混ぜることで周辺を吹き飛ばす大爆発が起きた。衝撃が起こり土煙が舞い上がる。視界が一部遮られている中、悠月は警戒体勢をとる。

 

左前方から風切り音。ここからの回避は不可能。

迎撃は可能______

 

土煙の中から弾丸のような速さでフランが襲いかかる。悠月は背中の翼でフランの来る方に割り込ませ防御の構えをとる。直後、“未元物質”による大規模な爆発が再び起きた。フランは爆発で大きく吹き飛ばされるが、悠月の方はなんとか無傷。このまま追撃を狙おうと翼を広げるが………

 

 

 

悠月のすぐ隣に今まで以上に輝く魔力弾があった。

 

 

 

「ッ______くそが!!」

 

 

連続して三回目の爆発が起きた。

 

 

 

「ようやくマトモなのが入った」

 

空中で態勢を立て直したフランは一発入れれたことに満足そうに笑う。“未元物質”で創られた翼を正面から突破は困難だと考えたフランは自分を囮にして第二の攻撃を仕込んでいた。衝突する時に新たに魔力弾を生成。悠月の後ろからこっそりと忍ばせていたのだ。

………煙が晴れて悠月の姿が見えてくる。

 

「このやろー。面倒くせぇことしやがって。俺じゃなきゃ死んでたぞ」

 

ジャージの右側は一部焦げており、完全に防げなかった証だった。“未元物質”には悠月の身体を護るために自動防御というものが備わっている。例え悠月自身が意識していなくてもそれは自動的に働くのだが、魔力弾の規模が予想以上だった。今までより数十倍の威力を含んだ爆発はまともに防がなければただでは済まなかっただろう。

防御を通り越して右腕は軽く火傷を負っている。多少は動かせるが、音速並みの速さで動ける彼女相手では一瞬の差が命取りだった。

 

「悠月なら防ぐと思って。ていうか面倒くせえことって悠月が言う?いつも小細工ばっかしてるくせに」

 

「ほざけ。細工だろうがなんだろうが勝てれば良いんだよ」

 

「それは同感だね。だから______」

 

ここでようやく気づく。

急激なエネルギー反応。悠月を囲むようにして何重もの檻が形成された。

 

 

“禁忌”カゴメカゴメ______

 

 

「ここからは私のターン」

 

 

真紅の瞳を輝かせながらフランは手をかざした。

 

 

 

 




・怪力女
→言った瞬間にピチューンされます。考えただけでもピチューンされます。

・核を壊す
“目”と呼ばれるものが関係している。東方Projectを知っている人なら大体の事は分かるでしょう。一応“吸血鬼”の個性とは違った枠組みとして通していく予定。

・レーヴァテイン
NGシーン
真紅の剣が氷河を貫く。

悠月(……ん?何かレーヴァテイン長くねぇか?)

極限まで伸びたレーヴァテイン。それは向かい側の観客席にまで届く長さだった。

フラン「下ろすよ〜」

長さの調節をしないまま振り下ろされる。

観客一同「「「待て待て待て!!?」」」

悠月が何とか翼で受け止めて事なきを得ました。


・“禁忌”禁じられた遊び
東方文化帖に出てくるスペルカード。当初は紅魔郷で出てくるスペルカードを順番に使っていく予定でしたが、オリ主との戦う流れ的に無理だと判断したためボツになりました。
またスペルカードの表記ですが、「」だと会話部分とダブりそうな都合上、上記のように書いていきます。

・一際輝く魔力弾
→普通の人間が食らえば重症確実な勢い。オリ主だからこそ受けれました。彼だから大丈夫だと思って攻撃するなんて、フラン……恐ろしい子!




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15話 オリジン

 

“禁忌”カゴメカゴメ_____

 

 

フランが告げたと同時に二人の周りに何重もの檻が作られる。それは緑色の魔力弾が網目のように配置された弾幕だった。

 

「さあ、いくよ!!」

 

交差を繰り返す檻の中にフランは新たに悠月を狙う巨大な魔力弾を放つ。魔力弾は悠月のところまで届く途中、網目状の弾幕に当たり四方八方に拡散していく。直接狙う弾を避けようとすれば掻き乱れた緑色の弾幕が邪魔をするという実に嫌らしい攻撃だった。

 

(こうも不規則じゃ先を読むのも面倒くせぇ。一点に留まって防御しても狙い撃ちにされる)

 

翼を振るって網目状の弾幕を払い除け、自らが通れる空間を作る。“スペルカード”と名付けられたフランの必殺技は相手を倒す力がありながら見ている人間を魅了する美しさがあった。ヒーローとしてヴィランの対処する際には全く必要ないだろうが、今はこの場を盛り上げる要因となっている。

悠月が弾幕を払い除けて回避をしていく間にも緑色の檻が更に増えていく。

 

「付き合うのはここまでだ。吹き飛べ」

 

痺れを切らした悠月は四翼全てを使い、強烈な風を巻き起こした。魔力弾は自壊や他の弾同士でぶつかったりして爆発していく。フランは爆発範囲から逃れる中、同じく高度を下げることで回避した悠月は“未元物質(ダークマター)”を操作する。フランが半ば崩した氷山はやがて水へと変化し、ステージが軽く浸るまでの水量になる。

右腕を上げる。彼の思考に応じて集束をし始め、空を飛ぶ吸血鬼を狙う渦を引き起こす。

 

「弱点を狙ってくるか!」

 

「弱い所は徹底的に突く。当然だろ?」

 

吸血鬼の弱点の一つである流水。フランの場合は完璧に動けなくなる訳ではなく、若干動きが制限されるだけだ。とは言ったものの、流水を食らってしまえばその隙に悠月は一撃で決めにかかるだろう。つまり当たれば実質詰みのようなものだ。

 

「レーヴァテイン!!」

 

炎剣を再度出現させ、薙ぎ払う。圧倒的な熱量で水の渦が一気に蒸発する。水が一気に状態変化をしたことによって水蒸気になり、霧で視界が不明瞭になった。

相手の姿が見えなくなっても悠月の顔に変化はない。目視で確認することが不可能でも他の方法で補うだけの力があるからだ。

 

「魔力弾。20……いや、22か」

 

「やっぱり分かっちゃうよね!!」

 

超高速の魔力弾が悠月を襲う。だが既に魔力弾が来るのが分かっていた悠月は冷静に翼を振るって対処する。その間にフランは高速で接近するが、その姿を見て悠月は翼を羽ばたかせ飛翔し、フランはその後を追いかける。今まで地上で戦っていたのとは違って空中戦が繰り広げられる形となった。

 

『もうこれプロ以上の戦いだろ……』

 

プレゼントマイクが無意識に発した一言。その言葉に対して否定する者は誰もいなかった。炎剣と白翼がぶつかるたびに閃光と爆音が轟く。スタジアム全域を高速で移動しているためか、中継カメラで撮ろうとしても画角の中に収めるのは至難の技だった。

数度の攻防を重ねた後、フランは自身の魔力を更に引き出す。レーヴァテインはこれまで以上の輝きと熱量を持ち、より一層荒々しさを醸し出す。危機感を持った悠月は四翼を使って受け止めようとするが、力に耐えきれず吹き飛ばされた。

 

(重いな。上を取られたのもあったが、やっぱ受け止められねぇか)

 

通常、火が燃える条件は可燃物と酸素供給体、そしてある程度の高温が必要だ。“未元物質”を使えば酸素を先に結合させたり、可燃物の性質を変化させたりして燃焼させる条件を無くせるが、フランのレーヴァテインは主に魔力で構築されている。威力を削ぐことは出来ても、完全に消すことは難しい。オマケにフランは“核”を認識出来るのだ。衝突をする度に翼の再構築を繰り返していても弱い部分を突かれれば一気に打開される。

吹き飛ばされた悠月を追いかけてフランは急降下してくる。レーヴァテインの剣先を前方に向けた刺突の構えだ。

 

「わりぃな。そこはもう()()()()()

 

接近してくるフランに物怖じせず、悠月は手をかざす。あと少しで攻撃が届きかけた瞬間、フランの左腕から突然血が噴き出した。

 

「ぐっ……」

 

急に襲ってきた痛みにフランの顔はゆがむ。気づいた時には何か鋭利な物で斬られたかのように裂傷が作られたのだ。接近していたのを中断し、一度距離をとる。

攻撃を食らったのは丁度、魔力弾を対処しようと翼を振るった位置。考えられるのは翼を振るった際、不可視の斬撃という設置型トラップを仕込んでいた。予測不可能な攻撃をする悠月ならば何かしらの方法で見えない斬撃を潜めることなど造作もないとフランは思った。

 

(そうなってくると少し不味いかな……)

 

試合が始まってから何分か経過している。今のようなトラップが既に仕掛けているかもしれない。見えない攻撃を見つける術は今のフランには無い。だがトラップの事に集中し過ぎると悠月本人からの一撃を受けることになるだろう。

 

「ああもう、しゃらくさい!!」

 

容赦なく繰り出される悠月の追撃を躱しながらレーヴァテインを一旦消し、半ばやけクソのように右腕を天高くあげる。

 

“禁忌”グランベリートラップ_____

 

スペルを宣言すると共に複数の魔法陣が虚空から現れ、移動しながら多数の魔力弾を生成する。時間が経過していくにつれて弾幕の密は大きくなるが、“カゴメカゴメ”や“禁じられた遊び”と比べて層が薄い。悠月は魔力弾の動きを予測し、回避運動だけでやり過ごす。

 

(俺が仕掛けたのは……全部発動しちまったか)

 

空間全域を襲う無差別な攻撃でスタジアム内に仕掛けていた不可視の斬撃は全て潰されてしまった。牽制もあるだろうが、どうやら彼女の狙いは悠月ではなく、設置していた斬撃のようだった。

 

「見えないトラップ。本当にいやらしい攻撃が好きだね」

 

「そういうオメェは弾幕ごっこか。技名を言ってから攻撃を始めるのは対策してくれって言ってるようなもんだぞ」

 

「必殺技ってカッコイイじゃん?技名を名乗ったからこそ気合が入るんだよ」

 

何故か自慢げなフランに対して悠月は呆れた様子だ。何かと子供っぽい彼女相手ではここでとやかく言っても無駄だろう。

“未元物質”を更に引き出し、十を超える白銀の奔流が放たれる。フランはそれをギリギリで避けるが、奔流は壁に当たる直前に不自然にねじ曲がる。

 

「げっ、誘導付きですか」

 

後ろから再び迫ってくるのを見てフランは腕に魔力を纏わせる。そのまま力の限り振るい、奔流を弾き返した。お返しに自身の周囲に魔法陣を出現させ、そこから紅く輝くレーザーを照射する。悠月もそれに対するように二枚の翼で防ぎ、残りの二翼が小刻みに震え始める。何かを溜め込んでいく仕草を見せた後、翼から幾千もの純白の矢が放たれた。

 

「これは……ちょっと無理かな」

 

全方位を包み込むように向かってくる攻撃。それを見て避けきるのは不可能だと悟る。だがフランはその場から動く様子はない。暴力的な攻撃が彼女を襲う。

 

『ああーと!先程と同じような展開!!避けた様子がなかったが、これは決まったか!?』

 

一点集中で襲いかかった攻撃でスタジアムが閃光で明るく染まる。悠月からしても攻撃が当たったように見えたが、まだ油断はできない。

 

『ありゃ?これは……』

 

()()()()()()?』

 

攻撃の余波が晴れたスタジアムにフランの姿はなかった。観客も彼女がどこに消えたのかあちこち探すが、見つけることができなかった。悠月も同じようにフランの姿を探す。

 

「____そういう感じか」

 

“未元物質”を使って熱探知を行うと悠月の後ろに熱源が見つかる。すぐ振り返るが、そこにあったのは急速にエネルギーを集束している魔法陣だった。

淡い光と共に青い魔力弾が放たれる。幾分か余裕があったため見てから回避することが出来たが、誘導がついているのかそのまま追尾してくる。しかし、多少威力はあるが防げない程ではない。いくらか耐えてる内に魔力弾とは違った熱源が複数確認される。

 

(なんだ、人型じゃない?)

 

魔法陣から出てきていたのは魔力弾ではなく黒く羽ばたく生物、俗に言う蝙蝠(こうもり)だった。数十はいるだろう集団は悠月の視界を覆った後、やがて一つに集約される。

 

「テメェ……」

 

「やっほー。私だよ」

 

そこに現れたのは紅き瞳を輝かせたフランだった。今まで探しても見つからなかった中、突然現れたと言っていいほどの出来事である。

 

「そういえば吸血鬼は蝙蝠や霧に姿形を変えれるなんて伝承があったな。さっき攻撃を避けたのも“吸血鬼”の個性によるものか?」

 

「そんな感じかな〜。ちょっと裏技を使わせてもらったよ」

 

余裕そうな雰囲気を出しているが、内心ヒヤヒヤしていたフランを他所に悠月はどんな原理で避けたのか考察する。

 

「この場の状況を知りながら攻撃してきた。だがこちらからは存在が確認できねぇ。瞬間移動じゃ流石に通った軌跡があるもんだ。だとしたらオメェはこの場所ではない()()()()()()に移動したのか?」

 

「げっ、見ただけで手が分かっちゃうもん?」

 

“秘弾”そして誰もいなくなるか?

本来この技はフランが姿を消している間、誘導弾を限界まで出現させるものだ。ただの回避では幾千の矢をどうにかできなかったあの状況を誰にも干渉されない空間でやり過ごしたのだ。

教えられた訳では無いのにネタが割れそうになってることにフランの顔がひきつる。何か出すごとにどんどん対策されている気がするが、彼女の内心は心踊っていた。体力的には限界に近づいている。それでも目の前の相手と存分に戦えることに満足感を得ていた。

 

「やっぱり戦うのは楽しいね」

 

「戦闘狂かよ。悪いがそのノリに付き合う義理はねぇぞ。降参しても良いくらいだ」

 

「ダーメ。まだ足んないんだから。私の力、全部ぶつける」

 

全身が紅く光る。彼女に宿る魔力が可視化されるほど力が溢れ出していた。それを見て悠月は冷や汗を流す。

 

「オメェ、流石にやりすぎだ!」

 

「問答無用!!」

 

音を置き去りにした特攻。悠月は先読みで何とか自身の前に翼を割り込ませるが、手が傷だらけになりながらもフランは翼を弾き、地面に叩きつける。この間僅か一秒経つか経たないかくらいの時間だ。周りの人間からは凄まじい衝撃が伝わったと思いきや、悠月が地面まで飛ばされたとしか分からなかった。

 

「ふざけやがって……!」

 

無けなしの自動防御が働いて直撃は何とか凌いだ。再び飛翔し、衝撃波を撃つ。通常、衝撃波は人の眼に見えないので回避はかなり難しい。だがフランは空気が裂かれる音を頼りに超高速で移動することで回避していた。今までとは数段違った速さ。赤い魔力が残像のように残る中、悠月は持ち前の先読みでフランの通るであろう空間に翼を伸ばす。

 

「甘いよ!」

 

自分でも制御が難しいほど速く動いているにも関わらず、攻撃を当てに来る彼に驚きながら魔力を解放して翼を逸らす。攻撃に向かわせたことで防御が少し削れた隙をフランは急接近して殴りつける。翼がひび割れるが、まだ足らない。彼女を捕まえようと純白の粒子が囲もうとするが、魔力弾をぶっぱなしながら離脱する。攻撃を受け止めている悠月の顔はあまり芳しくない。それを見たフランは魔力弾の撃ち続けながら次のスペルに入る。

 

「“禁弾”スターボウブレイク!」

 

フランの七色を羽根を模した色とりどりのエネルギー弾が、一度ふわりと浮かんだ後に降り注いでいく。常闇戦でも見せた弾幕の嵐だ。魔力弾によって速く遅くの差が激しく、ほとんど隙間のない弾幕が回避を余計にしづらくしている。

 

「チッ____」

 

翼を引き戻し自身を覆うことで上から来る弾幕を防いでいく。降り注ぐ弾幕は天使を地に堕とそうとする七色の雨となった。ここに来て戦況がフランの方に傾き始める。今まで余裕をもって攻撃を無効にしてきた悠月の顔は何処か焦りが見えてきた。それは先読みが鈍くなっているからである。

先読みでも頭を使う。ここまでの過程で脳を酷使している中、正確に予測していくのは厳しいのだ。時間が経てば経つほどフィールドを有利に作り替えることは出来る。しかしその反面、長期戦が強い力でありながら戦闘が長く続けば反動で苦しむという皮肉があるのだ。悠月にとっては彼女との勝負を早く決めたい一心だった。

 

(くそ、イラつくな……!)

 

防戦一方なこの状況。しばらくは耐えられるだろうが、このままではジリ貧だろう。

 

(悠月の動きが止まった。このまま攻める!)

 

連続のスペル宣言で悠月を追い詰めていくフランは彼の余裕が無くなっているのを感じとる。ここまで攻撃を耐えてきてやっと勝機が見えてきた。高度はフランの方が高い分、上から叩くことができる。悠月は今、四翼を重ね『スターボウブレイク』を凌いでいる。

 

ここで決める。

 

手をかざす。フランは自身の内に宿るもう一つの能力を呼び起こす。ありとあらゆるものを壊す破壊の力。元々フランはこの“破壊の目”という力を忌み嫌っていた。壊すという選択肢しか作らず、マトモな日々を過ごせなかった原因であるこの力が。ただただ辛い日々が続く中、ずっとこのままなのかなと半ば諦めていた時に出会ったのが悠月だった。

思い返すとあまり良いとは言えない出会いだった。もしかしたら『あいつ』が導いてきたという可能性もあるが、もう少しマシにならなかったものか。

 

それでも……この“破壊の目”があったからこそ彼に_______

 

手のひらに紅く輝く物が現れる。“目”と呼ばれるこれは潰してしまえば対象を破壊することができる。壊すことしかできないこの力が今では勝利への一手となるかもしれない。

成長した私を見てほしい。後ろを追いかけていた貴方の隣に行きたい。そんな思いで生きてきた。

 

 

だからここで示す。

 

 

 

 

貴方も一人じゃないんだよって______

 

 

 

 

 

「きゅっとしてドカーン」

 

 

 

右手を握りしめる。その瞬間、純白の翼が破壊された。

神々しさを放っていた翼は消え、空間が正常な色を取り戻す。身体の一部のように扱っていたためか、宙に浮かんでいた悠月はバランスを崩したかのように落ちていった。対象にしたのは二対の翼。あくまで“未元物質”で創られたものであるため新たに再構築は可能だが、スターボウブレイクはまだ続いている。弾幕が悠月に届くのが先だ。

攻撃が過剰だと思ってしまうだろう。だけどフランは信じる。私の知ってる彼はこの危機も乗り越えるって。あの状況でもどうにかする力があると。どんな状況にも対応する為に身体に力を入れるが、何かに気づく。

 

 

 

空間指定………

 

 

 

 

効果範囲拡張………

 

 

 

 

 

解析________

 

 

 

 

 

________掌握完了

 

 

 

聞き取れるかどうかの声量だがそんな言葉が耳に入った。その瞬間、常識が変わった。“スターボウブレイク”による弾幕は全て()()()()()()()

 

「ッ!!?」

 

フランによって地に降るはずの魔力弾は今度はフランを襲う弾幕となる。それだけではない。ステージ上が細かく震えている。ここまでの試合で崩れていた瓦礫も地から離れ堕ちていく。

 

『おいおいマジか!?ステージにあるものが全部()()()()()()()()!!一体どういう事だよ!?』

 

(いや……違う)

 

プレゼントマイクだけでなく見ている誰もが超常現象に驚愕している中、相澤は事の異常さに気づいていた。フランが自身の攻撃と瓦礫を避けるのに必死な中に隠された秘密を。

 

(動いているから分かりにくいが、あんな逆さな状態であれば普通、髪や服の弛みは重力に引かれて垂れ下がっているはずだ。だが今は引っ張られているかのように上に逆立っている。まるであの場所だけ()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

この世界の物理法則では有り得ない現象。どのような原理であの事態が引き起こされているのか全く分からない。ただ一つ分かるのはあの空間は既に自分たちが知っている場所じゃないということだ。

 

(回夜が……いや、あの二人がヒーローを目指してくれて本当に良かったと思うよ)

 

もしヴィランとなって暴れ回った途端、甚大な被害が出ることは間違いないのだから。

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

 

痛い……痛い……痛い……

 

 

 

 

 

 

身体だけでなく心までも崩れ落ちてしまいそうだ。

 

 

 

 

 

 

気づけば周りには誰もいなくて

 

 

 

 

 

 

暗い闇が広がっていて

 

 

 

 

 

 

自分という存在が消えてしまいそうで

 

 

 

 

 

 

 

ああ、でも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えた方が良いのかもしれないな______

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

ステージ内を染めるかのように粒子がばら撒かれる。会場を純白で埋め尽くすほどだ。それは徐々に集まり何かを形作る。固まりは増えて結合を繰り返し、いつしかそれは翼と化した。

その中心には一人の青年がいた。異質なところといえば、背中に()()()()を生やしているのと風景を写さない濁った瞳だった。

 

「なるほど。制御された“破壊の目”はこういう風に壊れるのか。どんなものにも必ず目と呼ばれる所がある。それは“未元物質”でも同じことだが、的確に壊してくれたおかげで何となく存在を感知できた」

 

淡々と、まるで機械のように喋る。個性は基本一人一つ。親の片方、もしくは複合型として個性を持つ。しかし、フランは世にも珍しい二つの個性持ちだった。では彼女がもっている個性は何なのか。一つは周りにも知られている“吸血鬼”。そしてもう一つが“破壊の目”というものである。

全てのものに存在しているという“目”を彼女は認識し、その部分を突ける。試合の序盤で障壁が最も脆い部分を突く技を見せたが、破壊の目の最も恐ろしいところは()()()()()()()()()()()ことだ。対象にした“目”の部分を自分の手のひらに移動することができ、そして握り潰す。そうすることで対象を破壊する攻撃性が極めて高い個性なのだ。

 

「“目”を破壊されるのは仕方がない。なら形成する際に本質を変えた“目”となる部分を複数創ってしまえば良い。……いや、複数作ったところで一気に壊されちゃあ意味がねぇ。難儀なものだな」

 

これが殺し合いならば悠月の負けはとうに決まっている。だがこれは殺し御法度の試合形式だ。悠月が持つ“目”を壊すのは相手を殺す行為なので当然禁止される。使うとしても“未元物質”での攻撃や防壁を突破する時くらいだろう。“破壊の目”の対象が自分自身でなければ勝機は残っている。

ステージに着地して地から見上げる。それと同時に“未元物質”の翼が泡沫のように消えていく。

 

(とは言ったが流石に無理を重ねた。翼の維持も辛ぇところだ)

 

フランの攻撃を凌いだ悠月だったが、ここにきて限界を迎えつつあった。純白が消滅していくことでステージの空間も常識を取り戻していく。力場が元に戻りフランも逆さまの状態から体勢を立て直して地面へと降りる。今の悠月は隙だらけだが攻撃をしない。否、彼女も体力を消耗しており、できないのだ。

 

『アメージングな展開を見せてきたこの試合!!ここにきて両者とも動きが止まったぞ!!?』

 

『回夜もスカーレットも己の全力を出し切った結果だろう。この後はどちらが先に一撃を決めるかになってくる』

 

会場の全員が固唾を飲んで見守る。最早学生レベルでないこの勝負でどちらが勝つのかに釘付けとなっているのだ。

膝をついていたフランは立ち上がり、そして駆け出す。最初に比べたら幾分か遅いが、それでも十分な速さだ。それを見た悠月は“未元物質”で翼を一枚構成して構える。一発、二発……思いのままに殴りつけているように見えるが、最も弱点と言える核を重点的に狙う。

 

「そこおぉ!!」

 

核を突かれ翼がガラスのように壊れる。これで二人の間を遮るものが無くなった。フランは悠月目掛けて突っ込むが………彼女の腹に拳がねじ込まれる。

 

「っ……ガハッ!!」

 

身体に内包していた空気が吐き出される。強靭な身体をもつフランには上辺だけの攻撃は通用しないが、内出血がおきている可能性が高かった。すぐに自己再生が始まるが、そんな事を気にせずフランは魔力弾を放とうとする。しかし、それよりも前に悠月は魔力弾を弾き、彼女の腕を捻じる。違う方向に腕をやられたフランは苦悶の声を上げ、そのまま倒された。

 

「……忘れてた。悠月ってそういう事も出来るんだっけ」

 

「できねぇなんて事言ってねぇからな。これで終わりだ」

 

“未元物質”による自動防御にも限界はある。ならば相手の攻撃を受けるのではなく、相手の動きを封じる策を用意するしかない。そこで悠月は力で抑えるのではなく、固め技を使った。

 

「抜けれない……」

 

「その状態から出るのは不可能だ。無理に力を込めれば腕がイカれるぞ」

 

いくら吸血鬼の力を持っていても人体の構造はそれほど変化はない。先程の攻撃も身体に触れた際に臓器を含んだ内側に振動で直接ダメージを与えた。この状況も無理矢理抜け出そうとすれば自身を痛めることになる。

押さえつけてる時も噛みつかれたり握りつぶされないように自身の腕や足に“未元物質”を纏わせてある。加減を間違えれば自身も危険に陥るが、対策は済んだ。このまま動けずにいればフランは行動不能の扱いを受け、勝負は決まる。

 

「確かに、無理に動けば腕が犠牲になるね」

 

「だったら降参しとけ。そしたら俺も楽に終われる」

 

「ははっ、悠月らしい……でもね、私にも意地ってものがあるんだよ」

 

「……どういう事だ?」

 

彼女の言葉に疑問を持つ。その意図に気づく前にフランは身体に力を入れる。

その瞬間、バキッ______と耳に残る嫌な音が鳴った。

 

「な……!?」

 

「ッ!……これなら……いける!!」

 

腕を犠牲にしたのだ。いくら彼女でも骨が折れたりしたら凄まじい痛みに襲われるはず。それを承知の上で自ら痛みを受ける選択をしたのだ。腕を折るという覚悟は計りしれるものではない。

 

「テメェ、正気か!?」

 

「これが……私の意地だ!!」

 

まさか腕を折るとは思っていなかった悠月はその後に対する行動が遅れる。その間にフランは歯を食いしばりながら拘束を抜け出した。“未元物質”をかき集め、フランを吹き飛ばす風を作ろうとするが、ほぼ密着状態の距離ではフランの方が手が速い。行動する前にこの先の結果が読めてしまった。

フランの手が身体が届く直前、二人の顔は真近に迫る。悠月はそんな彼女を見て呆けた表情になる。

 

(なんでおめぇはそんな()()()()()())

 

痛みによる辛そうな顔でも今の状況に対する必死な顔ではなく、彼女は笑っていた。この上なく無邪気な笑みだったのだ。悠月に身体に抱きつく形となり、そのまま押し倒す。

 

 

 

 

 

そして彼女は顔を近づけて___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガブッと音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

悠月の首元にフランが噛み付いたのだ。無事な右腕と足を使って絶対に離さないという風に抱きつき、血を吸い始める。

“吸血鬼”の個性により、他人の血液を摂取することで食事の代わりになるだけでなく、力の増強や治癒力が上がる。相性が良い場合だと割合が更に上がるらしい。

 

(まずい、こいつの狙いは……!)

 

能力の上昇も十分脅威となるのだが、ここで第一に危惧すべきことは___

 

「テメェ、このまま()()()()()が狙いか……!」

 

「んんんんんんん!!!」

 

引き剥がそうと思いっきり力を入れても、抱きついた状態から動く様子はない。当然だが、今の拘束から抜け出すことは不可能。飲み込めていない血は首とフランの口から垂れて下に滴り落ちていく。このまま悠月が気絶するまで血を吸い続けていくようだ。

ああ、まずい。吸血鬼に血を吸われる際の伝承は同じなのか、快楽的な麻酔がかけられる。しかもここまでの密着状態だ。汗なのかこの状態なのか分からないが、いつも以上に彼女の甘い匂いが悠月の脳を(おか)していく。このままだと……

 

堕ちる___

 

個性の使い過ぎも余計にあり最悪な脳内環境。それでも気力で意識を保ち、打破策を割り出していく。

吸血鬼が苦手なものは太陽光・豆・十字架・流水・ニンニク…etc。前二つはフランに確実なダメージを与えられるが、今は加減が効かない。殺しご法度であるし、自身を巻き込む可能性がある。とても良い方法とは言えない。後ろ三つは似たものを創るのは簡単だが、あくまで怯ませたり動きが鈍くなるだけである。物語によって耐性が有る、無いは違うので差異はあるのだろう。よって状況は打破できない。

 

(やべぇ……意識が……)

 

身体に力が入らなくなってきた。ここまでの戦闘で意識が朦朧(もうろう)になってきている。視界の大半を占めるフランの金色の髪。顔は見えないが、血を飲もうと必死になっているだろう。

 

(こいつとは最初、ろくな出会いをしてなかったかな)

 

この状況で昔の記憶を思い出し、何処か感傷的になる。二人はお互いに周りとの付き合いが苦手で危ういという共通点があった。だからこそ波長が合うところがあったんだろう。

最後の力で悠月は手を伸ばし、フランの頭に手を置く。見るだけで柔らかそうな髪は程よい感触を与え、妙に手に馴染んだ。

 

 

俺はこいつと会ったことで___

 

 

 

 

込めていた力を抜き、悠月は完全に地に身体を預けた。

 

 

 

 




待ってた人はお久しぶりです。何となく読んでくれた方はありがとうございます。不定期更新の名に恥じない間の空いた投稿です。

フランVS悠月の試合の大部分が終わりました。彼女の弾幕についてですが、効果範囲が存在し、観客席まで届かないように設定……になっていると思ってください。正直飛ばしすぎた感じがするので(焦り)

また個性を二つ持ってる件について、この作品では稀にあるという認識で読んでいただけたら幸いです。

この作品について何かありましたら感想欄にてお願いします。マイナス面でなければ活力になると思いますので……




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16話 君と共に見る夢

 

色鮮やかな魔力弾。視界を染める純白の嵐。

鳴り響く爆発音や衝撃がもはや当然かのように観客席まで届く中、この場の誰もが二人に対して目を離せないでいた。どのような事が起こるのか予想ができない白熱した展開。しかし、どんなものにも必ず終わりがあるように試合は終盤に突入していた。

 

数十メートルを越す三対の翼を創った悠月だったが、体力の限界を迎えているのか地面に降りる。自分の弾幕が襲いかかってくるという事態に陥ったフランも何とか凌いだ後、同じく膝をついて着地した。

目を合わせた状態で間が置かれる。合図はない。呼吸を整えたフランは立ち上がり、そのまま接近戦に持ち込んだ。身体的なスペックを持つ彼女の方が近距離戦は優位かと思われたが、悠月は向かってくる攻撃を完璧に対処してそのままカウンターを入れる。そしてフランを腕をねじることでうつ伏せに倒し、彼女の動きを封じた。

このまま抑え込まれた状態が続けば行動不能で勝負が決まる。抜け出すことができず、試合が終わってしまうのかと観客は思い始めていたが、そんな状況の中で見せた彼女の行動に驚愕することになる。

 

「おい嘘だろ!?」

 

「あれ腕が折れてるよね……?」

 

驚きと悲鳴の声が上がる。窮地を脱する方法として自らの腕を犠牲にするという暴挙に出たのだ。誰もが考えつかない、考えたとしても決してやろうとは思わない行動をとったからこそ、実行に移した彼女に並大抵ではない意地を感じられた。

その甲斐があってフランは拘束から抜け出し、悠月に抱きつく。一体何をするのかと疑問に思えばその直後、悠月の叫びがスタジアムに響いた。

ここまで余裕を残して試合に勝っていた彼の悲痛な声。それは相当に追い込まれているという証なのだろうか。激しい攻防を繰り返していた二人だが、密着した状態が暫く続く。そこから何分か経過した後、今までの戦闘音が嘘かのように音が止んだ。

 

「終わったのか……?」

 

「回夜のやつが負けちまったのか!?」

 

「でもどちらも動く様子はありませんわね」

 

「この試合、引き分けになっちゃうのかな……」

 

フランの拘束から抜け出そうともがいていたが、そのまま気を失ったかのように動かなくなった。ここで決着が着いたかと思われたが、悠月はともかくフランも動く様子はなかった。

観客席からは少し距離があるので意識あるかどうかの確認は難しい。A組の人間は同じクラスメイトというのもあり、その殆どが悠月に対して心配の声をあげるのだが、その中には全く別の感情を抱いている者もいた。

 

「ちっっきしょーー!!回夜のやつ!あんな美少女に抱きつかれやがって!!おいらだって……逆にむしゃぶりつきたいぞォォォォォォォ!!!」

 

「うぐ…くそ……俺だってああいうシチュエーションを想像したことあんのに。あのやろー……見せつけやがって」

 

そう、峰田と上鳴である。眼が充血していたり、割と本気の涙を流したりしている二人に女性陣は心底侮蔑の視線を向け、男性陣はなんとも言えない表情になる。吸血をしているその姿は遠目からだとただ男女が抱きついているようにしか見えない。果たして公共の場で映して良い絵面だろうか。

ここで避難していた主審のミッドナイトが状況の確認に向かう。ブツブツと何か呟きながら歩いているようだが、ここからでは聴き取れない。とにかく今は彼女の判断が勝敗をつけるだろう。

 

 

全員が固唾を飲んで見守る。その結果は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くー………スピー……zzz」

 

「疲れた。重い。だりぃ……」

 

フランは何とも幸せそうな表情で眠っていた。凄く良い夢を見てるんだなぁという風な寝顔だった。逆に行動可能であったのは悠月の方だった。ただその様子は疲労しており、息遣いが荒れていた。

 

「スカーレットさん行動不能!回夜くん、準決勝進出!!」

 

ミッドナイトの宣言によって会場がここ一番に盛り上がる。一年の試合の中で特に凄まじい激闘を繰り広げていた二人の結果は観客を大いに湧き立たせた。

 

「痛てぇ……こいつ、遠慮なしに噛みつきやがって」

 

試合には勝ったが、悠月の身体は見た目以上のダメージが蓄積していた。首元の歯形の傷もそうだが、頭がズキズキと痛む。何も考えずこのまま意識を飛ばしたい所だが、こんな周りの目がある中で無様なところは見せたくない。なけなしの感情が彼の意識を何とか繋ぎ止めていた。

 

「むー、お腹いっぱい……えへへー♪」

 

このやろー………

とりあえず自分の上を占拠しているフランを雑にどかす。へぶっ!という声が聞こえたが無視する。大体どのような夢を見ているのか想像出来るから余計に腹立たしい。そんなやつに慈悲などなかった。

 

(とは思ったものの、かなり危うい試合だったな)

 

あのまま吸血を続けられていたら先に意識を失ったのは悠月の方だった。ではどうしてフランが先に行動不能になったのか。ここで細かな容態を確認しようとミッドナイトが二人の元まで更に近寄ってくる。しかし何故か口と鼻を覆い、驚いたかのようにこちらに顔を向けた。

 

「貴方、これって……!?」

 

ミッドナイトはすぐ異常に気づけた。この強烈な眠気。自身が持つ個性と似たようなものであったからだ。

 

「ああ、悪いですねミッドナイト。まだ()()()()が残っているようです」

 

言葉とは裏腹に悪戯が成功したかのように悠月は笑う。

 

(前に試作品を作っといて正解だったな)

 

フランを引き剥がすのは不可能と判断した後、悠月はここで勝負を決めてしまおうと考えていた。しかし、抱きつかれて手足が使えない状況で形成逆転を狙える手は少なかった。まあ、無い訳ではなかったのだが………

結果的に言えば相手を傷つけずに無力化する手段、催眠ガスで眠らせる手が出てきた。悠月は前にサポート科に在籍しているとある生徒の作品“即効性催眠ガスボール”とやらを勝手ながら解析したことがあった。コンセプトは『ボールが破裂すると半径3メートルにガスが拡散!一定量嗅げばものの数秒で堕ちる強力なものです!一緒にガスマスクもどうぞ!!』らしい。

 

ともあれその発明品の効果を再現した“未元物質”製催眠ガスを発生させたのだ。誤算といえばフランに対する催眠ガスの効力と自滅の可能性である。予想以上にフランが耐えたのもあったが、自分には効かないように改良するのは流石に余裕がなかった。そのお陰で無呼吸を強いられたのだが………

危ういところはあったが、結果的には悠月の勝ちで終わった。身体を起こして辺りを見渡せばフィールドは崩壊し、試合前に整備された姿は見るも無残な光景になっていた。片付ける作業がすごく大変だろうが、そこはセメントスが頑張ってくれるだろう。

 

(あー、頭いてぇ。病室着いたら速攻で寝よう。つーか次の試合どうするか。くそだりぃ……)

 

ようやく救護ロボがやって来た。未だに呑気に寝ているフランが担架で運ばれていくのを確認して反対側の出口に足を向ける。

その後の展開を考えて悠月は憂鬱な気分になる。大歓声が頭に響いて頭痛が悪化している状態だ。決して悪い事ではないが今はボリュームを下げて欲しいと内心思う中、聞き覚えのある声が悠月の耳に届いた。

 

「回夜ーー!よく頑張ったーー!!」

「すごいカッコよかったぜー!!」

「回夜くん!おめでとー!!」

「後で噛まれた時の感想聞かせてくれー!!!」

 

それはA組の皆からの祝福だった。クラスでそんなに関わりを持ったつもりは無かったのだが、まさかこんなに祝われるとは思わなかった。

最後おかしいのあったが………あ、誰かが女子達にしばかれてる。見なかったことにしよう。

 

………まあ、悪い気はしねぇか。

 

こんな考えが出るってことはそれなりに学生生活を過ごしている証拠なのだろうか。元々ヒーローを目指すつもりはなかったのだが、今はこんな大舞台の元に立ち、真っ当な日々を送っている。果たして自分がこんな日常を過ごせて本当に良いのだろうか。

 

いつか俺も_________

 

 

 

そうして悠月はステージを後にした。

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

「あ、デクくん!怪我大丈夫!?」

 

轟との対決で重症と言える怪我を負っていた緑谷。A組の指定席近くまで付き添ってくれたオールマイトと別れ、一人観客席に戻ってきた。今も包帯やらガーゼやらで痛々しい姿の彼に対して麗日だけでなく他のクラスメイトも心配そうに見つめる。

 

「うん、大丈夫。リカバリーガールにある程度治してもらったから。しばらくは安静にする必要はあるけど」

 

「そっかぁ。手術お疲れ様。試合は残念だったけど凄いガッツを感じたよ!」

 

「最後の方なんか衝撃で吹き飛ばされるかと思ったぜ!戦闘訓練の時も思ったが、お前の個性すげーな!!」

 

「犠牲を払いながらも自らの信念を貫く姿勢。相応の覚悟、見届けさせて貰ったぞ」

 

二人の会話に上鳴や蛙吹、常闇といったクラスメイトが加わってくる。先程の試合を見て皆が同じような気持ちを持っていたのだろう。緑谷に対して労いの言葉をかける。当の本人は照れるように顔が赤くなるが、その表情を誤魔化そうと話を変える。

 

「そ、そうだ。今試合ってどのくらい進んだの?」

 

「ついさっき回夜くんとフランドールさんの試合が終わったんだ。今はステージの修復作業が始まるところ」

 

「回夜くんの試合……そうか、手術している間に二つ試合を逃したのか」

 

緑谷は先程まで手術を受けるために出張保健所にいた。動けるようになるまでの間、時間は多少経過していたのだが、実際は二試合終わったところだと言う。

 

(これまでの試合ペースを考えたら三試合くらい過ぎていてもおかしくない。だったら回夜くんの試合が長引いていたのか?)

 

会場の中央に視線を向ける。そこには試合前の面影が無いほど変わってしまったステージがあった。亀裂が入っていない部分の方が少なく、ステージ外の競技トラックだった場所も爆撃を受けたような跡が見られる。会場内に入って最初見た時はひどく驚いたものだ。前の試合はこの惨状を作り出すほど激しい戦闘をしていたということなのだろう。

 

「回夜とフランちゃんの試合だけどよ、あれはマジでやばかったよな。観客席にいても圧倒させられる感じがあってよ……」

 

「ケロ。飛行の他にも個性の応用が利いてた。攻撃の多様性があってもそれを使いこなすのは難しいわ。回夜ちゃんのような判断力をもつ者だからこそ強さを発揮するのね」

 

「そうそう!最後の方なんか純白の翼が六枚出てきてさ!いつの間にか口が半開きになってたよ〜」

 

試合を見ていない緑谷はどんな内容だったのか話を聞いて理解するしか無かったが、その中で気になる言葉が出てきた。

 

「六枚の翼?……USJで見た時は回夜くんの背中の翼は四枚だった。あれでも相当な圧を感じたのに六枚ってことは回夜くんはまだ本気を出していなかったのか?塩崎さんとの試合でも多彩な技を繰り出していたからまだ奥の手を隠しているのかもしれない。VTRは残っているらしいけど、やっぱり生で見れなかったのは大きい。こういうのは直接目で見ないと分からない所は多いよな……」

 

「あ、またブツブツと言ってる」

 

独り言を呟きながら自分の世界に入り込んでいる緑谷にA組の生徒はああまたか……と視線を送る。普段の彼は地味めの常識人という印象を持たれているが、個性やヒーローの事になると周りを一切気にせず考察にのめり込む。傍から見ると一人呟きながらノートに何かを書き込んでいく様子は何処か狂気的だった。

 

「やっぱりデクくんは真面目だね。怪我をしていても個性について分析してるんだから」

 

「え?いや、これは僕の習慣みたいなものだから……そういえば回夜くんの試合ってどうなったの?」

 

「一応あいつが勝ったぞ。でもあんだけ動いてたらけっこー体力消耗してそうだよな。次の試合大丈夫なのか?」

 

「確かに。でも回夜くんって試合が終わった後は自力で歩いていたよね?」

 

「だが退場する際、足元がおぼついていないように見えた。いくら回夜とはいえ疲労が重なっているのは間違いない」

 

個性も身体機能の一つ。筋肉を酷使すれば筋繊維が切れ、走り続ければ息切れをおこす。人にはあまり見せていないだけで悠月も相応の負荷を受けているだろう。ここまでの会話を聞いて緑谷は少し考え込む。

 

「回夜くんって怪我とかしてた?」

 

「え?う、うん。腕に火傷を負ってて痛そうだったね」

 

「他にも怪我とかしてるだろうし、救護ロボが付き添いで動いていた。少なくともリカバリーガールの所に行ってると思う」

 

「僕が出張保健所にいた時は回夜くんは来ていなかった。だったら丁度今いる頃かな………僕ちょっと様子見に行ってみるよ」

 

「それって回夜くんのお見舞い?でもここに来るまで大変だったんじゃない?動いても大丈夫なの?」

 

「ステージの修繕作業は時間がかかるだろうし、回夜くんには色々お世話になってるんだ。このくらいなら問題ないよ」

 

USJでは悠月が前に出てヴィランに対峙した。あの時自分を庇って危険に晒してしまったあの出来事は緑谷にとって負い目を感じていた。

事件の後、緑谷は怪我をさせてしまったことに対して彼に謝ったのだが、気にしてないという風に流し、更には自分の個性が一時的に制御出来ていたことを褒めてくれた。普段は他人に関心がない風に振舞っているが、その裏ではヒーローとしての本質を持っていると緑谷は彼を尊敬していた。今回の見舞いも彼の為になにか出来ないかという気持ちの表れだった。

 

「でも回夜くんの事だから余計なお世話だって言われるかもしれないけどね……」

 

「別に良いんじゃね?緑谷が行くってんなら俺も行くぜ。どうせ回夜のことだからベッドで暇してるだろ」

 

「ケロ、私も行くわ」

 

「オイラも!」

 

「俺も行こう」

 

緑谷と上鳴に続いて麗日に蛙吹、峰田に常闇が一緒に行くことになる。上鳴は普段何かと悠月に絡んでおり、常闇も戦闘訓練を経て悠月とちょくちょく話すようになっている間柄だ。蛙吹と峰田はUSJで緑谷と一緒に水難ゾーンに飛ばされた組だ。彼らも一度悠月に助けられた事情がある故、彼のことを心配に思っているのだろうか。

 

「さっきの試合で噛まれた時の感想を聞いてないからな。一体どんな感覚だったのか教えてもらわねえと……」

 

「峰田ちゃん。キモイわ」

 

峰田に関しては眼がギラギラとイカれており、うへへ……と妙な笑い方をしていた。どうやら心配とは無縁の考えをもっているようで、いつもと変わらぬ無表情を貫いている蛙吹も言葉が辛辣だ。

 

「じゃあ行こうか。次の試合に間に合わせるようにしないと」

 

ステージの修復はまだ完了してないが、余裕をもって動いた方が良いだろう。五人は悠月の所に行くべく、席から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……あれ……?」

 

時計の音だけが鳴る空間で一人の少女が目を覚ます。眠気が残る中で辺りを確認してみれば、白い天井とカーテンが特徴の見知らぬ部屋だ。

どうやら自分はベッドに寝ていたらしい。妙に疲れが残っている身体に疑問を持ちながら金髪の少女_____フランは軽く伸びをする。特有の薬品の匂いが感じられることから、ここは医務室だろうと予想する。では何故こんな所で寝ていたのか。フランはその理由を考える。

 

「………あ、そうか。試合があったんだっけ」

 

今まであった出来事を思い出す。体育祭最終種目まで勝ち進んだフランは二回戦目に悠月と対決した。それは凄まじい攻防を繰り返した熾烈な戦いだった。

終盤には自分の腕を犠牲にしながらマウントをとり、悠月の首元に噛み付いた。そのまま血を吸って気絶させようとして____

 

「あれ?よく考えたら私、皆が見ている中で……」

 

試合の流れを辿っていくにつれて身体がどんどん熱くなっていく。やってしまった。周りの目があるのに抱きついて吸血なんて。しかもカメラで中継もされてるから全国の人達の目に見られたことに……

 

「恥ずかしい………」

 

布団を顔まで被りベッドでモゾモゾと動き回る。年頃の女子にとってこれ以上にない恥辱だった。ああ、もう日の当たるところに出れない。いや、元々吸血鬼は太陽の光が苦手なわけだが………自分の顔を他の人に見られたくないという意味だ。

もう実家に帰って引き篭もる日々でも続けようかと本気で考えるが、あいつも体育祭を観戦しているだろう。何て言われるか想像ができる。

 

ベッドでモゾること数分程。恥ずかしさで真っ赤になっていたのが嘘かのように自己嫌悪で燃え尽きた状態になる。なんであんな行動をとったのだろうか。もうダメだ、おしまいだ。他の人がフランを見たら彼女の周りにはどんよりとしたオーラを纏っているように見えるだろう。

 

(あれ?そういえば試合ってどっちが勝ったの?)

 

本来なら一番に確認しなくてはならない内容に今更気づく。試合の最後の方で吸血をしてそのまま気絶させようとしたはず。あの時は本当に必死だったのでしっかりとは覚えていないが、何か暖かいものが頭に置かれたような気がした。

あの感触、とても安心できたものは………

 

「〜〜〜〜!!!」

 

うん、忘れよう。あくまで予想だし。予想予想。冷静になれ。

私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静_____

 

 

……しかし、それ以降はいくら思い出そうとしても記憶がなかった。自分が先に倒れたのか、それとも気がつかなかっただけで悠月は気絶していたのか。どちらにしても試合に勝ったという喜びは出てこなかった。意識を失ったのは変わりないし、何故だか分からないが悠月ならあの状況でもどうにかしているような気がする。

そう考えるのは付き合いがあるからか、それともヤケになっているのか____

 

「あ〜もうやめやめ!!今日はもう疲れた!」

 

「そうだねえ。今日のところはもう休んでなさい」

 

「うひゃあ!?」

 

仕切りのカーテンが開かれた。突然の出来事だったため、フランは自分でもよく分からない声が出る。彼女の目の前に現れたのは白衣を着た人物、雄英高校の看護教諭であるリカバリーガールだった。

 

「ああ、ごめんねえ。声が聞こえたから起きたかと思って」

 

「い、いえ!ちょっと驚いたけど大丈夫です」

 

そうだ、ここは医務室だ。少し前に自分が何処にいるか予想していたのだと思い出す。だとすれば保健の先生がいるのは当然だろう。最初からここにいたのなら先程までの独り言を聞かれていたのだろうか。再び顔が赤くなり心臓がバクバク鳴っていたのだが、そんな彼女の心配を他所にリカバリーガールは話を進める。

 

「それにしてもあんたと隣の子の試合、凄かったねえ。揺れがここまで届いていたよ」

 

「隣の子……?」

 

フランは試合のことではなく違う“隣の子”という言葉に関心をもつ。

 

「あんたと戦っていた子だよ。そこのベッドで寝ているさ」

 

フランが寝ていたベッドは部屋の一番端にあり、カーテンがつけられていた。女子だからという理由で区切ってくれていたのだろう。ベッドから降りて恐る恐る横のカーテンに手をかける。

 

「あ…………」

 

そこには予想していた人物、規則正しい寝息をたてながら眠っている悠月がいた。

 

「個性の影響かね。どうやら疲労が重なってたみたいだ。今は深い眠りに入っているよ」

 

小さく聞こえる寝息と共に時折掛け布団が上下に動いてなければ、死んでるのではないかという程静かに眠っていた。そんな悠月の顔を見ながらフランはその理由に気づく。

 

「悠月は個性を使うと頭痛が酷くなるんです。多分その影響で眠ってるんだと思います」

 

「そうなのかい。私の個性は怪我をした人自身の体力を使うからねえ。右腕の火傷は治癒して他は消毒と包帯を巻いたくらいだ。あんたには片腕を固定した程度しか大きなことはやってないけど」

 

「あははは……でもベッドを貸してくれてるだけで充分有難いです」

 

フランは苦笑いで答える。“吸血鬼”の個性は自身の体力があれば怪我をしても大体は完治する。リカバリーガールの個性は対象者の体力を使って治癒するのでフランにとっては“治癒”を使わなくても自力でどうにか出来るのだ。

 

「そうかい。だけどこれだけは言っとくよ」

 

リカバリーガールは真剣な表情で釘をさすように話す。

 

「強力な個性をもっている程無茶ができる。そういう人に限って自らを滅ぼすラインを考えていないんだ。あんたもこの子も……もう少し自分を大切にしなさい」

 

「………はい」

 

これまで多くの患者を診てきたからこそ言える言葉なのだろう。先程の試合は限界以上の力を出そうとした。しかしそれはこの先の事なんて考えず、ただ全力を出したいからという理由で蔑ろにしていたのだ。

 

「それが分かっていれば問題ないね。とりあえず今は休んでおきなさい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

フランの返事を聞いてリカバリーガールは満足そうに頷き、仕切りの外に出て行った。一人残されたフランは再び悠月の顔を覗く。自分はもう慣れてしまったが、普段感じる近寄りにくい雰囲気が無くなり、彼の整った顔が間近で観察できた。

 

「こうして見ると印象が違うな………」

 

いつもとは違う彼を見て何だか側にいてあげたいという感情が湧き起こる。寝ている時でしか味わえない彼を見てフランの顔は少し緩んだ。

 

『悠月寝てるよ?周りの目は遮られてるし、今なら悪戯しても問題ないんじゃない?』

 

そんな時、頭の中で呟かれる悪魔の声……いや、もう一人のフランドール・スカーレットが魅力的な提案をしてくる。

 

『えー?ちょっとそれは可哀想じゃない?止めときなよ』

 

『別にどっちでも良いと思うよ、私は』

 

何処から現れたのかもう二人ほどフランが介入してくる。フォーオブアカインドで出てくる分身の人数と同じだ。なんだなんだ?自分は幻聴を起こすほど疲れているのか?それとも今ここで彼女らの人格が形成されたとでも言うのだろうか。

 

『分かってないなー、これはチャンスなんだよ?』

 

『『チャンス?』』

 

オウム返しに否定派と中立派のフランが言う。

 

『そう、悠月って危機管理能力が高いから寝ている時に何かしようとしてもすぐに察するじゃん?』

 

『それは……うん、そうだね……』

 

『まあ、面倒くさい時は基本無視してるけど』

 

何だか雲行きが怪しくなってきた。否定派と中立派のフランが肯定派の言葉を聴いているのは兎も角、本体である自分もしっかりと聴き入ってしまっているのだ。

 

『でも今は完全に意識がない状態……つまりこの瞬間は多少無茶なことをしても大丈夫って訳』

 

『悪戯って言っても具体的には何をするの?』

 

『別に悪戯じゃなくても良いよ。例えば………()()()()()……ね?』

 

なん……だと………

肯定派から発せられた爆弾発言にフラン三人は驚愕する。普段実行に移せなかった事が今は出来る。それに気づいた彼女たちはこれから先の展開を予想する。

 

「…………添い寝か

 

『ふふん、本体も満更じゃないようだし?もっと上の要求をしようと思ったけど、これなら大丈夫でしょ?』

 

うぐ……と自分の言葉に自分が突き刺さるというよく分からない事態になっている。

フランのことだから添い寝なんて簡単に出来ると思うかもしれない。でも実際はそんな単純ではない。なんでもない風に見せていても彼女は恥ずかしいという気持ちを隠しながら実行しているのだ。

 

『確かに……今なら見られる心配なんて無い。私にとっても利点は大きい』

 

『よくよく考えれば別に拒む理由なんて無いよね〜』

 

おいどうした否定派と中立派の私。さっきまでの意見と変わっているように聞こえるのだが。甘い選択に流されてあっさりと丸め込まれてるのではないのか?

 

(うぅ……何かもう添い寝する雰囲気になってる。でもここは医務室だよ?学校だよ?本当にやっても良いの?)

 

多数決方式ならもうとっくに決まっている。かく言う自分も別にやっちゃっても良いのかなと考えてしまっているのだ。一体どうすればと悩んでいる中、肯定派のフランがまるで他人を陥れる悪魔のようにニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

『誰かに見られなければ無かったことにも出来る。大丈夫、()()()()()()()()()()()

 

 

頭の中で何かが切り変わった気がした。

 

 

「………ちょっとだけならいいよね?」

 

『建前だ』

 

『建前だね』

 

ええい、うるさい。こんな時に限って言葉を合わせるな。頭に響く声をシャットアウトして周りを確認する。一番手前のベッドと診察する境にもカーテンがあり、今は遮られている。つまりこの場の様子は誰にも見られる心配はない。

先程の羞恥はどこやら。フランは悠月の寝ているベッドに潜り込んだ。

 

(あ、暖かい……)

 

布団の中は彼の体温で熱がこもっており、気持ちの良い暖かさを保っていた。少しの間だけと思っていたがこれはヤバイ。試合の疲労がまだ残っているのか再び眠気が襲ってくる。

悠月の顔をすぐ側から見る。ここまで密着出来るのは彼の瞳が閉じられているからだろう。試合の時はあれだ、考えてる暇が無かったのだ。彼が寝ているのを良い事にここでじっくりと堪能するのだ。

自らのテンションに任せて更に近づく。そのついでに手を握るのだが、眠っている中でも彼は握り返してくれた気がした。

 

(少しだけこのままで………)

 

布団と人肌による心地よさに包まれながらフランはもう一度眠りについた。

 

 

 

 




15話を投稿してからお気に入りの数が急に増えた事に驚きを隠せない………
やっぱりタグをつけ加えたのが理由ですかね。意見をくれた方には本当に感謝です。

今回の話を書いて思い浮かんだ事とすれば人物描写をもう少し上手く表現していけたらという反省とリカバリーガールの口調がよう分からんってことでした。たまに独特な言い回しをしてるんで逆に困るんですよあの人。

あと少しで体育祭編は終わりです。最近、後書きが話の説明なのか作者がだべってるのか凄く適当になってますが、気にせず読んでもらえたらと思います。




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17話 仕舞い

準々決勝の試合が全て終わり、現在は第三試合で崩壊してしまったステージを直している最中。次の試合まで少し余裕があるということで緑谷の発言をきっかけに悠月のお見舞いへ行くことになった。

 

「なあ緑谷。ここまで来ちまって言うのもあれだが、本当に大丈夫か?」

 

六人は足元がふらついている緑谷のペースに合わせながらリカバリーガールの出張保健所へ歩いている。騎馬戦や轟との試合で緑谷は極端に体力を使っている状態だ。最終的に手術まで行ったが、怪我を治しきれていない部分もあって見た目が少々痛々しい。発言をした上鳴だけでなく皆が心配するのは無理もないだろう。

 

「大丈夫。急いで行くのは厳しいけど、このくらいのスピードだったら問題ないから」

 

「そうか。緑谷がそれで良いなら俺からは何も言わないけどよ……」

 

「無理だけはしないでね。いざとなったら私の個性で浮かばせるから!」

 

「うん、ありがとう」

 

自分を気遣ってくれるクラスメイトに緑谷は感謝を伝える。その後は体育祭の競技や普段の生活等たわいも無い話をしているとあっという間に目的地にたどり着いた。失礼しまーす……と麗日が言葉を入れてから保健所の扉を開け、その後に五人がぞろぞろと入る。

 

「まーた来たんかい。今度は一体何をやらかしたんだい?」

 

六人というそれなりの人数が入ってきたことに何事かと目を向けるリカバリーガールだったが、緑谷の姿を見て呆れた顔になる。

 

「あ、いや!今回は怪我とかしたんじゃなくて……先程試合があったクラスメイトのお見舞いに来たんです」

 

「全く……大怪我したんだから安静にして欲しいんだけどねえ」

 

教え子だからって言う事聞かないところは似なくて良いのに、とリカバリーガールは続けて言う。緑谷の間柄は知らないが、もう少し落ち着きを持って行動して欲しいと彼女は思うのだった。

 

「仕方ない。奥のベッドで寝ているさね。用が済んだらさっさと戻って試合を見てきなさい」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

「病室では静かに!」

 

「す、すいません……」

 

大きい声を出してリカバリーガールに怒られながらもお見舞いの許可を貰う。診療スペース前のカーテンを開けると部屋の奥にもカーテンで区切られている場所がある。ベッドで寝ている様子を隠しているが、きっとあそこに悠月がいるのだろう。六人は仕切りの前まで静かに向かう。

 

「緑谷だけどお見舞いに来たんだ。カーテン開けても大丈夫かな?」

 

一応の礼儀でカーテンを開ける前に悠月に呼びかける。ここに来てからあまり声を潜めていた訳ではないので、起きていれば自分たちが来ているのは分かっているはずだ。しかし、呼びかけたは良いものの彼から返答がくることは無かった。

 

「……寝てるのかな?」

 

「どうだろう。様子だけでも見ようかな」

 

一瞬どうしようかと緑谷は悩んだが、一目だけでも見ようと思いカーテンを少しだけ開けた。

 

「ッッ!!?」

 

「……デクくん?」

 

中の様子を覗いた緑谷だが、何故か物凄いスピードでカーテンを戻す。何があったのかと麗日は緑谷を見るが、顔が赤く染まり目が限界まで見開かれていた。その表情はまるで見てはいけない物を目にしたかのようだった。

 

「何があったの?」

 

「僕には……ていうか()()()()()()()ちょっと刺激が強すぎた」

 

鼻を抑えて耐えるように呟く。残った五人は緑谷の不自然な行動に(いぶか)しげになる。男子はダメだと言う彼の言葉。カーテンの先には悠月が寝ているだけのはずだが、それにしては緑谷の言っている事はおかしい。

 

「一体どうしたんだろう」

 

「ケロ。男子が不味いのなら私達は問題ないのかしら?」

 

「そうだと思うけど……ちょっと見てみようか」

 

結局、何を見たのか緑谷に聞けないまま女子である麗日と蛙吹がカーテンの先を覗くことになった。この先には一体どのような光景が待ち受けているのだろうか。二人は恐る恐るカーテンに手をかけると……

 

 

 

「うへへ……えへへへ……♪」

 

 

 

そこには掛け布団を抱き枕のように抱え、幸せそうに眠っている金髪の少女が()()。時折掛け布団に身体を擦りつけ、頬が緩みっぱなしになっている様子は同性が見ても自然と顔が赤くなる光景だった。

 

「これは……ちょっと不味いわね」

 

「ちょ、ちょっと不測の事態だから男子は一回出ようか!特に峰田くんは最優先で!」

 

せめてもの救いは先頭にいた緑谷と女子である麗日と蛙吹の三人しか今の彼女を見ていないことだろう。相応の正義感を持つ常闇やチャラいがヘタレである上鳴は一万歩くらいギリギリ譲るならまだしも、A組で危険物認定されている峰田が今の彼女を見てどのような奇行に走るか分かったものでは無い。

 

「お、おい!何があったんだ?回夜はどんな状況なんだよ!」

 

「オイラは名指しかよ!でも感じるぞ……このカーテンの先にはオイラを受け入れてくれる理想郷が待っているって____!」

 

「そんなの無いから!さっさと出てって!!」

 

「俺は空気みたいな扱いになってないか……?」

 

麗日がグイグイと背中を押して男性陣を保健所から追い出す。異性が見るには色々と刺激が強すぎる。彼女の尊厳を守るためには……というか誰かに見られた時点で無くなっているようなものだが、これ以上傷つける訳にはいかなかった。一人様子を見守っていた蛙吹だったが、寝ている少女を見てある事を思い出す。

 

(彼女は確か回夜ちゃんと戦っていた子だわ。保健所にいるのは分かるけど、だとしたら彼は一体何処にいるのかしら?)

 

彼女のことで気を取られていたが、本来会う予定だった悠月の姿を見てないのだ。奥から二番目のベットに寝ていたのは彼女一人だけだ。他のベッドも一応確認するが、誰も使っている様子はなかった。

 

うーん、何かあったの……?

 

今の騒ぎで目が覚めたのだろうか。ベッドの上でモゾモゾと動きながら金髪の少女、フランドールは身体を起こす。未だ夢と現実の境目をさまよっているのか欠伸をしながら寝ぼけた瞳で周囲を見渡す。その際に麗日と蛙吹と目が合うのだが……

 

「……ッッ!!?」

 

一瞬で覚醒したかのようにフランは目を見開いてベットの端に寄る。突然動いたからか麗日と蛙吹も同じようにビクッ!と身体を震わせた。

 

「あの……これは……その……」

 

自分が寝ている姿を見られたのが恥ずかしかったのか身体を縮こませ、掛け布団で目元まで隠す。悠月がいると思っていた麗日たちと寝ている様子を見られたフラン。両者とも予想していない展開だ。三人の間に微妙な空気が漂う。

 

「ご、ごめんね。覗くつもりは無かったんだけど……私達、回夜くんのお見舞いに来たんだ」

 

優しく、年下の子に話しかけるように麗日は言うが、フランの身体は細かく震え今にも泣きそうな顔になっていく。

 

「貴方回夜くんの対戦相手だった子だよね?彼が何処に行ったか____」

 

「ち、違うの!!」

 

遮るように声を上げるフラン。その結果、麗日の言葉は途中で終わる形となる。

 

「え?」

 

「これはちょっと魔が差しただけで……本当は私の意思じゃないの!!」

 

小動物のように怯えていたかと思えば何故か慌てたように顔を真っ赤にする。熱でも出したのかと二人は心配するが、何でもないよ!とフランは平静さを装う。しかし、その慌てぶりからまるで動揺を隠せていなかった。

 

「これは生意気なアイツが考えたことだから私自身の責任じゃないし。でもあれはもう一人の自分ってやつだから結局私の考えってやつで……私も実際容認しちゃった所があるし。いやでも最初はやっぱり止めようって否定してたからギリギリセーフじゃない?しょうがないじゃん。普段見れない一面を見ちゃったり、その……凄く暖かかったから一緒に寝ちゃうのは最早当然というか……つまり一緒に寝るというのはお互いに体温を分かちあったり安心感を得るといった自然の摂理に従った行動であって____」

 

 

「あの〜ちょっとなんの事だか……」

 

「どうやら私たちの声は届いていないようね」

 

ブツブツと独り言を漏らす様子に二人は困惑する。周りの声が聞こえていないほど自分の世界に入り込んでいるようだ。内容についてはイマイチ読み取れないが、彼女にとって物凄く重要なことなのだろう。

 

「だから私の行動には何も問題視する必要はないということで……ってあれ?」

 

ここまで一人舞台をしていたフランだったが、何かに気づく。

 

「あれ、悠月は?私が寝る前まで隣に……」

 

「「()()?」」

 

不自然に止まった言葉に二人は疑問に思う。途中まで何か言いかけたフランだったが、あわあわと口を震わせて再び赤くなる。どうやらその先の言葉が言えないようで顔を伏せて口を固く閉じてしまった。

 

ど、どうしよう梅雨ちゃん。この子急に黙っちゃったよ。いきなり距離詰め寄り過ぎて嫌われちゃったりしてないかな……!

 

ケロ。言い方としては特に問題なかったと思うけど。でも回夜ちゃんがいないのならこの後どうすれば良いのかしら?

 

小声でヒソヒソと話す麗日と蛙吹。フランが言いかけた内容は気になるが、そらよりも目的の人物がいないという問題が生まれたことに二人は悩む。彼は今何処で何をしているのか。怪我を治すために此処には来ているはずなのだが……

 

「静かにしなさいって言ったのに騒がしくして。そんなに元気があるならさっさと出んさい」

 

「リカバリーガール……」

 

この先どうしようかと悩んでいた所に診療スペースで書類整理をしていたリカバリーガールが三人の元までやって来る。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「それで、ここまで騒がしくした理由はなんだい?」

 

自分たちの他に保健所を利用している人間はいないが体裁がある。これ以上騒がしくするのはよろしくないだろう。未だにブツブツと何かを呟いているフランは説明できそうにないので、麗日と蛙吹がここまでの経緯を話す。

 

「成程ねえ。試合があったクラスメイトって言ってたけど、男子の方のお見舞いだったわけかい」

 

話を聞いてようやく事態を把握したのかリカバリーガールは納得したように頷く。

 

「あの子なら少し前にここを出て行ったよ。それまではベッドで寝てたけど、あんだけの休憩でよく行ったもんだ」

 

そういえば彼が寝てたベッドは……とフランの方を見るが、ぶんぶんぶん!と彼女は思いっきり首を横に振る。それを見て何か察したのか、リカバリーガールは追求することは無かった。そのおかげでフランの羞恥心は限界値まで達することになるのだが、それはまた別の話である。

 

「回夜くんが何処に行ったか分かりますか?」

 

「そうだねぇ……観客席に戻ったと勝手に思ってたんだが、その様子だと入れ違いにでもなったのかね。私にも分からないよ」

 

「そうですか……」

 

リカバリーガールも悠月の行き先を知らないようで、麗日は分かりやすく肩を落とす。

 

「お見舞いに行くって伝えてなかったんだから仕方がないわ。もしかしたら既に控え室で待ってるかもしれないし」

 

「そうだね。デクくん達にも早く教えてあげないと」

 

いずれにしてもこれ以上此処にいる理由はない。廊下で男性陣を待たせているので悠月のことを伝えるべきだろうと二人は考えていると、リカバリーガールが何か思い出したかのように話す。

 

「ああ、控え室にいるのは無いだろうねえ」

 

「……どういうことですか?」

 

意味深な発言に?マークを頭に浮かべる三人。

 

「それは次の試合を見れば分かるさ。ほら、片付けの邪魔だ。外の男子らと一緒に早く観客席に戻んなさい」

 

疑問に答えぬままリカバリーガールは退出を促す。試合を見れば分かるということは戦う際に何か問題でもあるのだろうか。いずれにしてもここで言うべきことではないと判断したのかその先の言葉を話そうとしなかった。

 

「ほらあんたも。元気になったんなら早く出んさい」

 

先程まで寝ていたフランにも出てけと言う辺り中々厳しい面があると思うが、あー…と彼女は歯切れ悪く頭をかきながら言う。

 

「えーと、私ちょっと()()()()な状態でして……もう少しここで寝かせて欲しいかな〜なんて」

 

保健室の騒動は終息へと向かうのだが、結局悠月の行方が分からないまま有耶無耶になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準決勝第一試合。

ここまでいくつもの白熱した試合を繰り広げていた最終種目も残すところあと三試合だ。勝てば決勝の舞台に立つことが出来る大事な試合。決勝へと進む一人を決めるために轟対飯田の試合が行われる。

開幕と同時に放たれた氷結を飯田は立ち幅跳びで回避し、一気に距離を詰める。そして騎馬戦の時にも見せた大技、レシプロバーストで決めにかかる。制限時間は十秒。轟は最初の右脚はギリギリ避けられたが、その次の左脚の一撃を食らった。頭に重いのが入って動けずにいる間に飯田は場外に投げ飛ばそうと轟のジャージを掴んで走り出すが……

 

「範囲攻撃ばかり見せてたからな。こういう小細工は頭から抜けてたろ」

 

エンジンのマフラー部分を氷で塞ぐことで高速移動を潰した隙に全身を凍らせた。氷結から逃れる術を飯田は持ち合わせていない。そのまま行動不能という形で轟の勝利となった。

 

続く準決勝第二試合。

 

回夜悠月対爆豪勝己の試合が行われる。そのはずなのだが、しばらく経ってもステージには()()()()()()()、周囲はざわめきを見せ始める。

 

『おいおい、もう一人の奴が来ねえぞ?試合があるの忘れてんじゃないのか!?』

 

『アイツのことだ。忘れてる訳では無いと思うが、無駄に待たされるのは合理的じゃないな』

 

実況解説の二人も状況を聞かされていないのでどうするか迷っている感じだ。待つという行為は苛立ちを生む。退屈は人を殺せると言うが、何もしないというのは人間にとって苦痛なのだ。それに加えて何時まで待てば良いのか分からないのも観客の不満を募らせるばかりである。

『それなら俺がこの場を取り仕切るってことでオーケー!?』とテンション高めな様子でプレゼントマイクは勝手に質問コーナーを設け始める。事前に届いていたのだろうお便りを用意しているあたり、なんだかんだこの展開を予想していたのだろうかと相澤は呆れた。退屈にならなきゃ良いかと思い、待っている時間をマイクに任せることにした。

 

『ん?なになに……ここで試合に関する連絡が入ってきたぜー!!』

 

しばらくの間、体育祭や雄英高校の紹介云々を話していたが、途中でスタッフから一枚の用紙を受け取る。試合についてという事で優先順位が高いと汲んだマイクはここまでの話を吹き飛ばすかのように読み始める。

 

『準決勝第試合!回夜対爆豪の試合が行われる予定だったが……()()()()()()()回夜が棄権!?』

 

プレゼントマイクの一声で会場の人間が騒然となる。ここまで勝ち進んできた選手だ。一体どんな試合を見せてくれるのだろうと期待していたところに今の報告。観れないことに落胆するのは当然だろう。

 

『スカーレットとの試合で飛ばしすぎたな。勝つために必要な労力だったと思うが、その後の試合を考えていなかった結果だ』

 

『手厳しい意見だが仕方がねえ!よって爆豪が決勝戦に進出となるぜー!!』

 

準決勝第二試合は爆豪の不戦勝で終わる。力量を比べる間もなく勝負が決まってしまった。対戦相手からすれば決勝戦の前に戦うことなく、体力を温存できることに喜ぶのが普通だろう。

 

「俺と殺り合う前に棄権だぁ?舐めてんのかスカシ野郎……!」

 

しかし爆豪は違った。こめかみに青筋が浮き出て怒りを露わにしている。

 

(俺が目指すのは完封なきまでの勝利だ。誰もが俺が一番だと認めざるを得ないほどの実力をだ!!それなのに……!)

 

両手から細かく爆破が起こる。段々と規模が大きくなっていく様子は彼の怒りの感情を直接表しているように見えた。

 

『爆豪には控え室で待ってもらった方が良かったな!ステージに上がったところ悪いが、もう一回戻ってステイだ!!』

 

「ふざけんじゃねえぞクソが!!!」

 

苛立ちをぶつけるように爆発が響く。そのせいで対戦が無かったのにも関わらずステージが一部壊れたことでセメントスがため息をついたとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

雄英高校は元々森に囲まれた小高い山を一部切り開いて造られた場所だ。広大な敷地の中に様々な施設が建てられているが、自然も多く残されている。準決勝で更なる盛り上がりを見せている会場も今は大勢の人の熱気が立ち込めているが、一歩外に出れば緑がお生い茂げ、喧騒とはかけ離れた静寂を感じることが出来る。

しかし、体育祭がある中でこんな所に来る人は中々いない。独りになりたいか秘密の会合がある者が訪れるくらいだろう。そんな静寂が支配する場所に足を踏み入れた人物が一人。

 

(俺が出る予定だった試合は……そろそろ棄権と知らされる頃か)

 

太陽の光は深緑に遮られ、鳥のさえずりだけが響く場所に本来なら準決勝のステージに立っているはずの悠月がいた。近くに誰もいないのを確認した後、悠月はズボンのポケットからケータイを取り出す。そこには不在着信が一件入っていたのだが、電話の名前を見た彼の顔はあまり良い表情を浮かべていなかった。

折り返しの電話をかけるかどうか悩んでいたようだったが、そこでタイミング良くケータイが鳴り出す。

 

「………もしもし」

 

『久しぶりね。元気にしてる?』

 

電話の向こうからは女の声。口調は大人びているが、女性と呼ぶには(いささ)か幼さを残した声色だった。

 

「俺が出れるタイミングを知っててかけたのか」

 

『そうね。(あらかじ)め着信を入れておいて準備が出来たであろう頃にもう一度かける。貴方からだと適当な理由つけて掛けてこなさそうだったし、結果的には都合が良かったでしょ?』

 

()()()()()()()()って訳か」

 

 

紅い悪魔(スカーレットデビル)”。

名前だけ聞けばヴィランの名前だと聞き間違えるであろう二つ名。それが電話している相手のヒーロー名であり、フランと悠月の二人をよく知る人物だった。

 

『それでどうなの?体育祭はちゃんと取り組んでる?』

 

「中継見てりゃあ分かんだろ?こちとらジャジャ馬娘とリアルファイトしてきたんだぞ」

 

『今まで仕事をしていたの。私だって生で試合を見たかったけど、こっちも何かと忙しいのよ。さっきテレビを付けて……貴方が棄権した場面を見たところかしら』

 

録画してるから後で見るわと言って一息つく。状況知ってんじゃねぇかと悠月は内心毒づくが、言ったところで何か良くなる訳では無い。真面目にやっている時は中々食えない奴だ。言い返せばむしろからかわれるのがオチだと思い、何も言わないでおいた。

 

『フランと戦った後に棄権したってことは、あの子には勝ったようね』

 

「ギリギリな。加減したら怒られるし、おめぇだってちゃんと体育祭に取り組めって言っただろ」

 

普段の悠月ならばこんな面倒くさい催しなどに力を入れず、適当に脱落している。その気になれば手を抜いたと悟られないよう誤魔化すことだって可能だ。

では何故最終種目まで進み、挙句の果てには頭痛が酷くなると分かっていながらフランと戦ったのか。彼女の機嫌が悪くなるのは当然だが、悠月は事前にある事を言われていた。『程々に頑張りなさい。そうすれば()()()()()()()』と。

 

『それはどうだったかしら?でもそうね。貴方のせいで盛大なネタバレを食らったわ。私の楽しみを一つ奪っておいて、一体どうしてくれるの?』

 

「知るか。自分から聞いて勝手に把握したんだろうが。それに現在進行形で楽しんでるくせに文句言われる筋合いはねぇよ」

 

『あら、バレてた?』

 

話を聞いてる悠月はイライラしているが、反対に彼女の方は楽しんでいるようだ。最初の威厳を保つような話し方と比べて段々と弾んだ感じになっていく。

 

『そういえばフランはどうしたの?貴方の事だから今は一人でいると思うけど』

 

「あいつはリカバリーガールの所だ。俺が見た時はぐーすか寝てたし、暫くは起きねぇだろうな」

 

『ふーん。何か隠してる気がするけど、まあ良いわ』

 

リカバリーガールに怪我を治癒してもらった後、そのまま保健所のベッドを借りていた悠月だったが、目を覚ますとフランが真横で眠っていた。寝る直前に彼女が隣のベッドにいたのは確認しているので、恐らく自分が寝ている間に移動してきたのだろう。

普段の生活でこんな事をされたならば悠月は容赦なく起こす。しかし体育祭での疲労や保健所という場所を考えると、叩き起こす選択は合理的ではない。あそこまで暴れておいて移動出来るまで回復していたことには驚いたが、彼女をひっぺがした後は何もせずそのまま寝かしておいた。

この事を伝えると話が更に拗れそうになるので伏せておいたのだが、どうやら彼女には何かあったのだと気づいているようだ。

 

「……それよりそっちはどんな状況なんだよ。仕事をしていたって言ったが、体育祭の影響で多少は盛り上がってんのか?」

 

話題を変えるために話を降ったのだが、それを聞いた彼女はやや憂鬱げに話す。

 

『どうもこうもないわよ。体育祭があるからって昼間から騒ぐヴィランがいるのよ?一般人もお祭り騒ぎだから浮かれ気味だし……そういうのは夜にやってくれないかしら?』

 

「昼過ぎに体育祭終わるからそれはねぇだろ」

 

『そんな事分かってる。ただ言ってみただけよ』

 

通常ヴィランが活発に活動するのは昼間より夜の方が多い。周囲の目がある環境と比べて闇にまぎれていた方が彼らは動きやすくなるからだ。だが日本のビックイベントの影響を受けているのか、ヒーローはお祭り騒ぎに応じた対応をしなくてはならないようだ。

 

(つーかお前は室内で悠々と過ごしてんだろ)

 

『良いのよ私は。偉いんだし』

 

「……ナチュラルに心を読むな」

 

思っていたことに対して的確に返答がくる。こういう時の女の勘は面倒臭い。先程の疲れた声が打って変わり、電話の向こうではクスクスと笑みを浮かべていることだろう。

 

「無駄話はこのくらいで良いだろ。本当の用件は何だ?」

 

『あ、そうそう。貴方と話すのは楽しいから忘れてたわ』

 

わざとらしく、まるで今思い出したかのように言う。

 

『職場体験については聞いてるかしら?』

 

「いや、聞いてねぇな」

 

『体育祭が終わったらヒーローの仕事を実際に体験できる活動があるのだけど、各ヒーロー事務所から職場体験の指名が貴方達に来ると思うわ』

 

授業の一環として行われる職場体験。ヒーロー免許を取っていない学生がプロヒーローの元で実際の仕事を短期的に体験する活動だ。長期にわたって活動するインターンとは違って期間は一週間と決められており、仕事を生で感じると同時にプロヒーローと関わりを持つことが出来る言わば機会作りだ。

 

『そこで私は貴方とフランを指名する予定よ』

 

「プロの事情は知らねぇが複数出来んのか」

 

『ええ。ヒーロー事務所は二人まで指名が出来るわ』

 

わざわざ電話で伝えるあたり何か思惑があるはず。考えられる事とすれば……

 

「他の事務所に(なび)かないようにって訳か」

 

『貴方のことだから無いとは思うけど一応ね』

 

ベスト4という成績で終わった悠月だが、今回の試合で自分を引き入れたいというヒーロー事務所が出てくるはずだ。同じく成績としては二回戦敗退で終わったが、実力を見せたフランにもそれなりの数は入ってくるだろう。

 

『それと、戻ってきたらやってもらいたい仕事があるからよろしくね』

 

「そうかい。フランにも職場体験について言っておいた方が良いか?」

 

『そうねぇ……直前にでも話しておけば良いわ。私から言ってもあの子は聞かないと思うから』

 

大人びな口調から一瞬見せた彼女の心情。それは親しい者にしか向けない……手のかかる“妹”を心配する様子だった。悠月は二人の仲を多少知っているので、お互いに難しい性格していると思った。

 

「要件はそれだけか?終わったんなら切るぞ」

 

『まったく……相変わらず人付き合いは悪いけど、相手の気持ちを考えないとあの子に嫌われちゃうわよ』

 

「心配すんな。どんな感情持たれても別に気にしねぇよ。そん時は距離感を考えるだけだ」

 

『そういう結論持たれても困るのだけどねえ……』

 

貴方にも困るものだと頭を抱える様子が目に浮かぶ。勝手な解釈だ。変に気遣われた方がこっちだって困る。

 

それは追々考えていくとするか……

 

「聴き取れなかった。なんて言った?」

 

『何でもないわ。ただの独り言だから』

 

はあ……とため息が一つ電話越しに聞こえる。こちらをからかうので余裕があるのかと思ったが、何だかんだ言って仕事が忙しいのだろうか。疲れてんなら休んだ方が良いと悠月が言うと『あーはいはい。お気遣いありがと』と返される。その声色は悠月に対して半ば呆れた様子だった。

 

『本当、貴方達の周りは話題に尽きないわね』

 

「別にそんな事ねぇと思うが?」

 

『見てる側からすればよく分かるわ。さてと……そろそろ休憩は終わりにしましょうか。そういえば、貴方は準決勝まで行ったのよね?』

 

「あ?まあ、そうだな」

 

『言うのが遅くなったけど、三位入賞おめでとう。貴方にしては良かったと思うわよ』

 

それじゃあね、と言って電話が切れる。突然のことで何も返事をすることができなかったが、まさか純粋に祝われるとは思わなかった。こんな事もあるのかと一人考えたが「貴方にしては」の部分は余計だ。試合も見てないのに勝手なことだと一人呟く。

アイツとの連絡を終え、決勝が終わるまで暇な時間だ。誰もいないこの場所は昼寝をするには絶好の環境。ベッドで寝るのも良いが、こういった自然の中で眠るのも悪くないだろう。悠月は樹木の根元で寝転がる。

 

(そういえば、表彰式とか何時やるんだ?)

 

何気なく浮かんだ疑問。彼女に言われて三位だと思い出したが、出ないと駄目なのか。こんな事なら二回戦目を引き分けで終わり、その後は適当に譲るべきだったかと内心後悔するも、今更かと思い諦めることにした。

ここまで平静を装って話していたが、試合の疲れは少し残っている。“未元物質(ダークマター)”で身体のホルモン調節を行えば眠気を誤魔化せるが、結局はその場しのぎなので後々ツケが回ってくる。

 

「寝るか……」

 

会場からはそこまで離れていないので何かあったらすぐに戻れる。表彰式が始まるであろう時間を予想した悠月は普段の騒がしさでは味わえない心地良さを堪能しながら眠りについた。

 

 



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幕間


気がつけば2019年が終わり、あっという間に2月も過ぎ去ろうとしている……
という訳で?今回は様々な事情で入れる事ができなかった幕間という名のボツ話を垂れ流したいと思います。ヤンデレ描写が少しだけあるので注意が必要です。
決していきなり続きを投稿するのが怖い訳じゃないよ!

…………嘘です。ガクブルしながらの投稿ですので暖かい目で見てもらえたら助かります。




 

これはUSJ襲撃事件から数日が経ち、高校生活もそれなりに慣れてきた頃の話……

 

 

(さっきからずっと視線を感じる……)

 

そう心の中で呟いたのはA組の生徒の一人である尾白猿夫(ましらお)

現在はエクトプラズムによる数学の授業が行われている。覚えなければいけない公式や難しい計算問題、そしてこの授業が四限目ということで早く昼休みにならないかとそわそわする人間も多い中、尾白は今日一日感じている視線に悩まされていた。

最初は一番前の席なので後ろの人の視線が偶々自分に向かっていると思っていた。だがしばらく時間が経っても視線を感じ続けているのはいくら何でもおかしいだろう。これは明らかにこちらを見つめてくる人物がいると彼は確信していた。

 

「デハ本日ノ授業ハココマデ。イツモ通リ復習ハシッカリト行ウヨウニ」

 

学校特有の鐘の音が鳴り、数学の授業が終わる。あいさつをした後、待ちに待った昼休みとなった。授業中は後ろを向けずにいたが、いまだ感じている視線の正体が誰か確かめるために尾白は振り返ると……

 

「えーと回夜くん?何か用かな?」

 

視線の正体はかなり近くから。尾白の後ろの席である悠月がじ~とこちらを見つめていた。

 

「ん……ちょっと頼みてぇことがあるんだが」

 

授業中ずっと視線を送っていた悠月。少し言いづらそうにする彼の態度を見て尾白は何か大事なことでも言うのかと言葉を待つが……

 

「おめぇの尻尾、ちょっと貸してくれねぇか?」

 

「尻尾?」

 

尾白の尻尾はある程度大きさがあり、机に座る際どうしても椅子からはみ出る形になる。そのため後ろの人間からすれば正面の視界は尾白の背中ではなく大部分は尻尾になる。悠月は尾白自身ではなく、彼の尻尾を見ていたというわけだ。

 

「そういえば尾白の尻尾ってどんな感じなのか気になってたんだよな!」

 

「私も触ってみたーい!!」

 

話を聞いていた上鳴に興味津々の芦戸も会話に入ってくる。この二人も尾白と席が近いので耳に入ってきたのだろう。

 

「あははは……まあ少しだけなら良いよ」

 

普通の人間には無い部位として昔から興味をもたれてきた尾白にとって今のような頼み事をされる機会は何度かあった。温厚な性格の彼はよっぽどのことがなければ誰かに触らせていたのであまり抵抗はなかった。別に減るものでもないし触らせてもいっかという思考だったので尾白は了承する。

想像以上にがっちりしてんなぁ…とか先端がモッサモサだー!等と少しどころかがっつり弄りまわしながら二人は感想を述べる。

 

「お前も早く触れよ。特に毛の部分とか癖になる感触だぜ!」

 

上鳴と芦戸が触っている間、最初に発言した悠月は触るわけでなく、何故か鞄をゴソゴソと漁っていた。どうやら何かを探しているようだったが、目当ての物が見つかったのか鞄から取り出して尾白に()()()

 

「……じゃあよろしく」

 

そう言って取り出したのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「まてまてまて!?なんでそんな得体も知れない物取り出してるの!?」

 

「…? 尻尾貸してくれんだろ?」

 

「普通は手で触って感触を確かめるとかそんなんじゃないの!?」

 

突然の衝撃展開に誰もが驚くが、何言ってんだてめぇら?という視線を送る悠月に対し戦慄する三人。自分の方が間違ってるのかと一瞬疑うが、尾白・上鳴・芦戸は互いに目を合わせてこっちが正常なんだと確認し合う。

 

「え~と回夜くん?それを使って僕の尻尾をどうしたいのかな……?」

 

尻尾を悠月から隠し、半ば震えた声で尾白は問う。

 

「そりゃあサンプルの確保と……あと血液だな」

 

「「「血液!?」」」

 

何故ここで血液という言葉が出てくるのだろう。今も悠月の手に乗っているあの異様な物体を使って血を取るのだろうか。ていうか何であの物体は時々動いてんだ!?と色々ツッコミ所が多すぎた。

 

「えーと、もし血が取れたとしてそれはどういった用途に使うの?」

 

食糧(しょくりょう)だな」

 

「「「食糧!!!?」」」

 

衝撃発言に叫ぶ三人。さっきから叫んでるが頭おかしくなったのか?と顔をしかめる悠月だが、オカシイのはお前だろ!!とツっこむ。

 

「え、何それ怖い。サンプルってやつも怖いけど食糧って……え?つまりそういうこと?」

 

「回夜くん、もしかして……血を飲むために取るの?」

 

「そうする為だって言ってんだろうが」

 

やべぇコイツ、本気でそう思ってやがる……

 

同級生にとんでもない嗜好(しこう)を持った奴がいることに驚きよりも恐怖が勝る。個性溢れる社会ではあるが、悠月は見るからに一般男子だ。血を飲むなんて常人では思いつかないし、そんな事するなんてまるで“吸血鬼”のようだ。

 

「吸血鬼?あ、もしかしてフランちゃんか?」

 

納得したかのように呟く上鳴。どういうことかと芦戸と尾白は迫るが、なんで俺の方に向くんだと上鳴は悠月に助けを求める。

 

「言わねぇと駄目なのか?」

 

「ここで言わないって選択肢は無いと思うんだけど」

 

いかにも面倒くさそうな悠月が説明するにフランドール・スカーレットというB組にいる友人が“吸血鬼”という個性をもっているらしい。状況にもよるが彼女は定期的に血を欲する時があるという。個性として届け出を出しているので専門の機関から血液を仕送りしてもらってるのだが、折角ここで尾白の血液が摂れるのなら彼女の分を残しておこうと悠月は思ったのだ。

悠月自身が血を飲むわけでは無くまとも?だった理由にひとまず安心する。

 

「でもフランちゃんに血吸われるのって……なんか良いな」

 

「うわキモ。あの子に対して毒だよコイツの」

 

想像をしたのか盛大にニヤけている上鳴にドン引きした様子の芦戸。フランとは朝見かけた程度で知り合いの間柄でも無かったが、あんな可愛らしい子と上鳴と関わらせては絶対に駄目だろう。そう思いながら芦戸は彼女の身を案じていると____

 

()()()()()()()()()()()()?回夜ぁ~

 

この場の空気が変わった気がした。新たに現れたのはブドウのような頭が特徴の峰田実。小柄な身長とは裏腹に彼の背景にはとてつもない淀みが溢れ出ており、芦戸にいたっては生理的嫌悪なのか峰田の発するオーラに震えていた。

 

「血が欲しいんだよな。だったらオイラのをくれてやるぜ」

 

「いや、別におめぇのは必要ねぇんだけどな」

 

暴走気味の峰田に対して血は要らないと切り捨てる悠月。だがそんな言葉など彼には関係ないようで、心の中の欲望を盛大に爆発させていた。

 

「だとしても問題ねえ!!オイラの血を思う存分吸わせてやる!!その後見返りとしてあの子の身体の隅々特にオ○パイを_______ってうぎゃああああああ!!?」

 

もはや暴走した変態を止める者は誰もいないかと思われたが、ここでブスリッ!!と彼の頭に()()()()()()()()が刺さる。

 

「ったく……休み時間中に何を話してるん」

 

「「「耳郎(さん)!!」」」

 

まるで救世主のように現れたのはロッカーから荷物を取りに行っていた耳郎響香だった。彼女の席は悠月の左隣なので必然的に近くに来ることになる。禍々しい雰囲気の中で取り敢えず原因である峰田(へんたい)を止めたのだ。

 

「そういやお前(のサンプル)は欲しいな。痛くはしねぇから一回どうだ?」

 

「あー、遠慮しとく。なんか色々怖いから……」

 

真顔で言う悠月に耳郎は引きつった笑顔で返答する。どうしてこういう経緯になったのか遠くから聞いていたので理解しているが、場合によっては誤解を招きかねない一言に彼女は顔を逸らし、頬を赤くした。

 

「やっぱりオイラが直接吸われに行くしか____!」

 

「あんたは黙っときなさい」

 

同じクラスになってからそれほど月日は経ってないが、峰田の対処法が半ば確立されつつあった。本当にデリカシーの無い奴!と血が頭から噴き出している峰田に軽蔑の視線を向ける芦戸と耳郎。あれが本当の男か……と涙を流す上鳴にいやいや絶対違うと思うよ?と冷静なツッコミをする尾白。

 

そんな彼らを見て相変わらず騒がしいクラスだなぁと悠月は一人言葉を漏らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって雄英高校の食堂。ランチラッシュの作る料理を求めて今日も多くの生徒でにぎわっている中……

 

「この五人でお昼食べるのって初めてだよね」

 

その中にB組の生徒である拳藤・小大・角取(つのとり)取蔭(とかげ)・フランの五人が一緒にご飯を食べていた。席の構図としてはフランの隣に取蔭、対面には拳藤・小大・角取の順だ。

 

「確かにこのメンバーは初めてよね。ていうか昼休みになったらフランってすぐどっかに行くじゃん」

 

「悠月くんと食べてるんでしょ?二人とも仲良いよね」

 

いつもは悠月と昼食を共にしているフランだったが、休み時間の間に拳藤や他の女子に一緒に食べようと誘われていた。どうしようかと悩んだフランは悠月にメールを送ったが、『クラスメイトと交流してこい』と返信が来たので本日は別々で食べることになった。そんな事情を知らなかった取蔭は何それ初耳~と悪い笑みを浮かべる。

 

「B組にそんな名前の男子いないからA組の人?一緒に昼食を取ってるって事は……もしかして彼氏だったり!?」 

 

「いやいや、そんな事ないよ~」

 

恋バナは女子にとって一番に盛り上がる話題だ。B組の中でお調子者の立場である取蔭は恋人かどうか踏み込んだ話をするが、当のフランは頬が緩んでいる辺り満更でも無い様子だ。

 

「またまた~。二人きりで昼食なんてそれなりの仲じゃないとできないって」

 

「だとしてもそうじゃないってば」

 

「でも登下校だって一緒のようだし、顔も悪くないっていうかイケメンじゃん?恋人って言われてもおかしくないと思うけど」

 

「ほっほーう、それは良いこと聞きましたな!これを踏まえて本音はどうなのよ?」

 

「ん」

 

「どうって言われても……」

 

金色に輝く髪に透き通った白い肌。周りの人からすればフランは何かと目を向ける存在だ。初対面の者にはまるで生きている人形、それなりの交流を持った者には甘えたがりな末っ子だと思うだろう。そんな愛嬌がある彼女に男がいるなんて情報は正に格好の的だった。

 

「私ばっかズルいよ!色々言ってくるけどじゃあ皆はどうなの!?」

 

攻められっぱなしは嫌だとフランは逆に四人に聞くが、途端に周りの空気が重くなる。

 

「いや、私はそういうの無いかな。雄英(ここ)に入る為にずっと勉強してたから。B組の男子も良い奴らだと思うけど、そういう目では見れないし……」

 

「私も似たような感じ。中学の頃はちょっとはっちゃけた時期があったけど、つるんでたのは女子ばっかだったから。進路の時期になってからは付き合いも微妙になっちゃって……」

 

「男子のお友達はいましたが、恋愛までの発展はノーでしたね!」

 

「ん」

 

角取は楽観的に述べているが、拳藤と取蔭は中学時代どのように送っていたか声色からでも分かる。黒歴史ではないが、恋愛面はあまり触れて欲しくない話題のようだ。小大については無表情と「ん」しか言わないので感情を読み取るのが不可能である。

 

「あ、えっと……何かごめん」

 

「そんな態度取られたら余計に悲しくなるじゃんか!代わりとして私のオモチャになるの刑だーー!!」

 

うっぷんを晴らすためか取蔭はフランの頬を弄くり回す。必死に抵抗するフランだが、取蔭の猛攻が止まることは無かった。手に伝わってくるのはおもちのような柔らかさと少し高めの体温。途中からその絶妙な感触を味わうためと目的が変わっていたのだが、「はいそこまで」とストッパーの拳藤が取蔭を止める。頬を擦りながら不満げに見つめるフランに対してごめんごめんと謝っているが、とても満足した表情をしていることから反省している様子が見られなかった。

そんなこんなで話に花を咲かせていた五人だったが、ここで角取が何か思い出したかのようにフランに問う。

 

「話が戻るのデスが、フランサンと悠月クンって結局どんな関係なんでショーカ?」

 

「えっ……その話題まだ続けるの?」

 

話をぶり返されたことで再び嫌そうに顔をしかめるフラン。

 

「関係じゃなくてもどんな人か言うだけでも良いよ。私も時々話しかける程度の間柄だからまだ彼の事よく知らないんだよね」

 

「え~、拳藤まで……」

 

角取という思わぬ人物から話をぶり返されたことに驚いたが、さらに拳藤からも追撃が来たので余計にたちが悪い。しかも拳藤が時々悠月と話していることなんて知らなかったので、フランとしてはその件について追及したい気持ちがあったのだが、二人に便乗して取蔭も会話に入ってくる。

 

「良いじゃん良いじゃん。もうすぐ体育祭なんだし、相手の事を知るって意味でさ」

 

「そうだとしても私にとってメリットが無いと思うんだけど」

 

話をするのを渋るフランだったが、ニコニコと詰め寄る取蔭を見てこれは言うまで逃がさないつもりだと理解。結局諦めたかのようにため息をつき、ぽつぽつと話すことにした。

 

「普段はそうだね……面倒くさがりでやる気がない。都合が悪いことは言わないかはぐらかすし、お菓子いっぱい食べさせてくれない」

 

「……それって駄目な奴じゃね?」

 

聞いてる限りだと悪い点というか愚痴を言ってるようにしか聞こえないが、最後のやつはフランが悪いのでは?と四人は思う。

 

「でも……」

 

「でも?」

 

「口が悪いし周りと壁があるというか若干とっつきにくい所があるけど、相談とか乗ってくれるし意外と優しいところもある。………あと一緒にいると安心する」

 

顔を背け、照れながらも話す様子は彼女が本心から言っている言葉なのだと分かった。

 

「他には他には!なんか彼の特徴とかないの!」

 

先程の言葉で満足しそうな勢いだが、目をキラキラさせた取蔭は更に踏み込んでいく。

 

「うーん。買い物とかも何だかんだ付き合ってくれるし、さっき周りと壁があるって言ったけど家にいる時はオーラが多少緩むんだよね。だから一緒にいる時に程よい感じっていうか……」

 

「家って言った?もう二人はそこまで進んでるの!?」

 

「雄英に行くことになった時に同じマンションを借りたの。それでご飯とか喋ったりとかで部屋に行ってる」

 

「それってもう通い妻みたいな感じじゃん!」

 

「だからそんなんじゃないって〜」

 

話しているフランの顔が段々笑みに変わってくる。何かと認めないがそれだけ悠月の事を信頼しているのだろう。気分が良くなってきたのかどんどん口が軽くなっていくフランに取蔭も調子に乗ってきたのかその後も次々に質問をしていった。

 

 

「________いや~、何かすごい聞き入っちゃったわ。なんかすごい満たされた気分」

 

「私も悠月くんの意外な一面が知れた気がするし、聞けて良かったよ」

 

「こんなの聞いたら私も彼氏が欲しいなーって思っちゃうよ。悠月くんみたいにイケメンで一緒にいて安心する人が彼氏なんてフランが羨ましいな〜」

 

ここまでフランは悠月と付き合っていないと言い続けてきたが、取蔭はそういう関係だと認識しているかのような言い草である。恐らく冗談を言ってフランをからかおうとしたのだろう。拳藤もどんな反応を見せるのか気になったので彼女の顔を見るが_____

 

「………へ~。悠月()()()()彼氏ねぇ」

 

ん?と拳藤はフランの言葉に引っかかりを感じる。様子をうかがうと彼女はいつも通り明るい笑みを浮かべていた。

………いや違う。それは普通に笑っているように見えるが逆に笑みが自然すぎて違和感しかなかった。何か嫌な予感がすると拳藤は思うが、そんな変化に気づいていない取蔭は特に意識せずに彼女に詰め寄る。

 

「じゃあ最後に聞くんだけどさ、フランは悠月くんにこうして欲しい事とかある?」

 

「衰弱してほしい」

 

 

この場の時間が止まった気がした。

 

 

「…………え?」

 

()()()()()だよ。私から甘えに行くことはあっても悠月から来てくれたのって全然無いの。だから何………少しは甘えてくれないかな~て思っちゃうんだよね」

 

「ちょ、ちょっとフラン……?」

 

突然ぶっ飛んだ発言をしたかと思えば淡々とした口調で話し始める。目のハイライトが消えており、触れてはいけないスイッチを押してしまったと拳藤はこの時思った。

 

「ああ聞いて。悠月って普段クールな表情してるのは周知の事実だけど、寝てる時の顔って凄く可愛いんだよ。起きている時には見せない表情だから母性?みたいなのが湧くんだよね。あ、勿論起きてる時だって良いところは沢山あるよ?普段から見せる目付きだって初対面の人は萎縮っていうか見透かしてくる感覚が苦手って人が多いと思うんだけど、それは違う。裏を返すとあれは相手をしっかりと見ているってこと。他の奴らなんて考えずに目の前にいる相手を理解しようとしてるってことだと思うの。だから悠月と目線が合った時はちゃんと私だけを見てくれてるんだって安心するんだ。あの目をずっと私に向けてくれれば良いのにっていつも思うんだけど流石にワガママだって分かってるから心の中にしまってるの。

___ああそうだ、寝顔の話をしてたんだよね。忘れるところだった。それでね、カメラとかビデオとかで撮ろうとすると何故か感づかれて起きちゃうの。最初の頃なんて私が部屋に入った瞬間起きちゃうほどだったんだから。多分気配を察知してるんだよね?私も悠月がいるってなんとなく感じることがあるけど、寝てるときに察知するのは私でもできないかな~。今は多少ガードが緩くなっているけど、寝顔の写真はごく一部で眠りが深い時だけしか撮れないし、写真撮るのは最近始めたことだから全然コレクションが無いんだよね。もっと撮れる機会があれば良いんだけど仕方がないよね。悠月の魅力っていっぱいあるし、これから撮れる機会だってあるだろうから。だから思ったんだ。風邪とか何か病気になってもらって寝てる状態になってくれたら良いじゃんって。私は身体が丈夫だからお世話するにも問題ないと思うからこういう時に便利だよね。前までは悠月に看病されたいのにその機会が全然無かったから不便だって思ってたんだけど、逆転の発想ってやつ?それだったら悠月の近くにいれるし寝てる顔を見放題だし布団にも簡単に潜れるだろうし誰にも邪魔されないだろうしずっと一緒にいれるだろうし。最悪強引に○○して○○○○も○○○すればいけるはず……

そうすると最低限風邪になった時のことを考えておかないと。風邪の時ってお(かゆ)を作ってあげるのが一番だって言うけど料理はやらせてもらってないからちょっと不安だな。チンして食べれる物なら良いんだけど後で調べておかなきゃ。あと身体をあっためて汗をかかせた方が良いっていうのも聞いた事ある。布団をしっかりと被せてそれでも足りなかったら私が直接暖めれば良いんだ。うん、だったら練習とかしておいた方が良いよね。いざって時に出来なきゃ駄目だろうからお世話のためにちゃんと勉強しておかないとね」 

 

 

ブツブツとまるで呪詛を吐くように呟いているフランを見て取蔭は席のギリギリまで彼女から離れ、拳藤は隣の小大に抱きつく。あまり言葉と表情を出さない小大もフランの唯ならぬ雰囲気に畏怖したのか額から汗を流し、ガタガタと細かく震えていた。

 

「_____って私は考えてるんだけどさ、逆にどう思う?男子に求める条件とかこうして欲しいって事はある?」

 

今度はフランが取蔭に詰め寄る形になる。座席の隅まで追い詰められた彼女に逃げる場所など無い。食べられるのを待つことしかできない被食者のように彼女は涙を流して縮こまっていた。

 

「あ、いや……わ、私まだそういうの分かんないかな……恋愛とかしたことないし。それよりも授業についていく為に恋愛よりも勉強しないと駄目かなってあはは……」

 

最後のあがき、もしくは遺言を言うかのように答える。選択を間違えれば命はないと思えるだけの圧が取蔭を襲っていた。

そんな彼女の言葉を聞いたからかフランの動きが止まる。数秒、もしくは数十秒経ったのか分からない。それほど感じるくらいこの場の時が止まっていたのだが……

 

「____あ、そうなんだ!ごめんね、いきなり詰め寄ったりして。他の女子がどうなのか聞いてみたかったけど、やっぱり難しいよね!」

 

「う、うん!私もそう思うよ……」

 

フランの顔に()()()()()が戻り、周囲にばらまかれていた圧が無くなった。全身から冷や汗が流れ、呼吸をしていなかったことに今更気づいた四人は息を荒げる。

 

「あ、もうこんな時間か。ほら皆早く食べないと次の授業に間に合わなくなるよ!」

 

「う、うん。そうだね…」

 

そんな四人の事情など知らずにフランは残っていた料理に手をつけ始める。先ほどの出来事など嘘かのように無邪気な笑顔で食べ進めていた。

 

「フランサンは独特の考えをしてますネ……!」

 

(ポニーさーん!!深入りしちゃダメー!!!)

 

何処か抜けた考えをするポニー。友達の重すぎる一面を見てしまった彼女たちはフランとの会話には踏み込んではいけない領域があり、それを超えてはいけないと肝に銘じたのであった。

 

 

 

 

 





teacherエクトプラズム
ひらがなの部分がカタカナになっているエクトプラズム先生。これ直すの結構手間かかるんですよね。

白くてぶよぶよと動いている何か
一般高校生が持ってちゃいけない代物。初めは注射器を出そうと思っていましたが、学校に持ってくるのは無理があるかと妥協。しかし血を取ること自体駄目か…という理由で本編に入りませんでした。
ちなみに採血が出来るのは専門の資格を持った人じゃないといけません。皆は絶対に真似しちゃダメだよ!!

輸血パック
フランの場合は人からチウチウする程度なのでそれほどの量は必要としないと思われる。
あと調べてびっくりした事があったんですけど、血液パック型のジュースって物が販売されてるらしいですね。誰に需要あるか分かりませんが、何かいけないことをしてるって気持ちになるんでしょうか?

話は聞かせてもらった
それは質量のある淀み。ラスボス並みのオーラを出せるのはある意味個性なのでは?と思う今日この頃。

(まーる)ぱい
“オマール海老のパイ包み”の略。フランスのコース料理に出される一品。この言葉を調べる時はフランス料理のテーブルマナーについてのサイトに自然と手が動いてしまうので注意が必要である(経験談)。
違う言葉を想像した人は正直に手を挙げなさい。

尾白くん
貴方は覚えていたでしょうか。“吸血鬼”と書かれた辺りからの尾白くんの存在感を……

取蔭さん
中学時代はギャルだったらしい。口調はこれで良いのか不安ですが、思ってたより絡ませやすいキャラだった。

拳藤さん
安心と信頼の姉御。フランがお世話になります。

小大さん
「ん」

角取さん
話している最中、何処をカタカナにするべきなのかイマイチ分からないキャラ。ある意味全部カタカナにすれば良いエクトプラズムの方が楽なのかもしれない。

通い妻
フランはお世話する側ではなく、される側がほとんど。だとすれば悠月の事を“待ち夫”と表現すべきだったのか?

タガが外れたマシンガントーク
フランの闇……病み?が垣間見えた瞬間。本当は可愛い彼女が書きたかったのにドウシテコウナッタ……
〇に入る言葉は皆さんのご想像にお任せします。

フランが暴走した後
残っていた昼食はすっかり冷めており、フランを除いた四人は食べる気が無くなったという。





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18話 再起


誤字報告及び作品へのご意見を送ってくれた方、ありがとうございました。
拙い部分が色々あるというかこの先も絶対出てくると思いますが、ぼちぼち頑張っていきます。



 

例年を超える盛り上がりを見せていた体育祭も残すところあと一試合。決勝の轟対爆豪の戦いで競技が終わろうとしていた。最初の大氷結で勝負が決まったかと思えば爆破で凌ぎ、その後はどちらが勝つか分からない攻防を見せる。終盤で一悶着あったようだが、結果は爆豪が勝利して優勝が決定した。

あれから適当に昼寝をしていた悠月は出るのが面倒という理由で表彰式をサボろうとしたが、クラスメイトからの鬼電の甲斐があって嫌々出ることになった。同じく三位だった飯田は家庭の都合という事で爆豪・轟と一緒に壇上に立ちメダルを貰った。最後の最後でオールマイトだけ掛け声が違ったりと何とも締まらない終わり方だったが、体育祭は無事に終わることが出来た。

 

休日を挟んだ後、いつも通りの生活に戻る。

 

 

「休み明けが雨とか……なーんか嫌な感じだよね〜」

 

いつもと変わらずフランと悠月は一緒に登校しているが、外は生憎(あいにく)の雨。身体が濡れるとか湿気でじめじめする等と雨を嫌う人は少なくない。症状によっては頭痛や喘息等の重い悪影響を受けている者もいるだろう。“吸血鬼”の個性をもつフランは正に悪影響を受けている一人で、流水に触れると動きが鈍くなるデメリットを持っている。完全に動けなくなるような重大なレベルでは無いので、身体が濡れないよう小柄な彼女にしては一回り大きな傘を持って登校しているのだが、誰だって制限の無い環境の方が良いに決まっている。彼女が不機嫌になるのも仕方がないだろう。

 

「それにしても……」

 

顔を最低限動かしてフランは周囲を見る。

 

「ねぇねぇ、あの人。体育祭に出てた……!」

「え、やば。途中で棄権してたけどむっちゃ強かった人じゃん」

「だよね!テレビで見た時も思ったけどすごいカッコイイよね〜」

 

「あー!あのお姉ちゃん見たことあるー!!」

「こら、指で差すのは止めなさいって……あら、確かにあの子達は……」

「ほら!見たことあるでしょ!」

 

傘で見えにくいはずなのに目立つ容姿で目を引くのか。彼女たちの他にも出勤中の会社員から老夫婦まで。やたらとこちらに視線を送る人が多く、中には隠れて写真を撮る者もいた。

 

「なんか恥ずかしいね。こーゆうの」

 

「言わせとけ。テレビで見た人間が目の前にいりゃあ騒ぎたくなんだろ。それにこの前のUSJ襲撃事件で一年は特に注目されてたからな」

 

恥ずかしがりながらも何処か嬉しそうにするフラン。しかし、そんな彼女の気持ちなど全く考えていないといった様子で悠月は淡々と述べる。

 

……少しぐらい浸らせてくれてもいいじゃん

 

口を尖らせて不満げに悠月を見る。周りの評価など気にしない、仮に気づいたとしても勝手にしろって態度をとるのは知っているが、もう少し何か感じるものは無いのか。あと空気を読むというスキルを持って欲しいとフランはため息をついた。

 

「あれ?あの二人って確か……」

 

そんなとき耳に入ってきたのは前方にあるコンビニから出てきた二人の女子学生の声。こちらにばれない様に時々視線を外しているが、しきりに見てくるのでフランたちの話題をしているのだと見受けられる。

 

「あー、体育祭で戦ってた雄英生だね」

「色々凄かったけど最後の場面とか特に印象深かったよね!」

「一緒に登校してるってことは……」

「決まってるでしょ。絶対付き合ってるよあの子たち」

 

並外れた聴覚は少し離れた声さえも聴きとれる。フランには女子学生たちの会話がしっかりと聞こえていた。

 

「……どうかしたか?」

 

「何でもない」

 

急に無口になったので悠月は呼びかけるが、即答ぎみに返される。雨でいつもよりひんやりとした気候の中、一回り大きい傘で隣を歩く彼に見られないようフランは顔を隠した。

 

「そ、そういえば悠月ってヒーロー名は考えた?」

 

「ヒーロー名?」

 

これ以上踏み込まれたくなかったのか話を強引に変える。そのことには無駄に気づいていた悠月だったが、追及する必要もないかと思い質問に答える。

 

「考えてねぇが、何かあんのか?」

 

「今日のヒーロー基礎学でヒーロー名を考える時間があるかもって拳藤が言ってたんだ。A組では話題になってないの?」

 

「うちの担任は合理的な考えで無駄をとことん削る人間だからなぁ。同じ事二回も言いたくねぇから前の日に伝えてなかったと思われる」

 

しかし、事前に言っておいた方が時間をかけずに名前が決まるから良いんじゃないかと思ったが、つまらない授業を受けるよりはマシかと適当に結論付ける。

 

「そっちもそっちで濃い先生なんだね」

 

「その言い方だとB組も訳ありなのか?」

 

まあね、とフランは思い出したことがあったのか苦笑いになる。

 

「今回の体育祭って一位から三位までA組が独占してたじゃん?だから次はB組が勝つぞー!ってすごく張り切ってたんだ」

 

「あぁ。そういう系統の人間か……」

 

話を聞いた悠月は何故か安堵したかのような表情になる。熱苦しいのが苦手な彼にとってブラドキング__本名管赤慈郎(かんせきじろう)みたいな熱血じみた人間よりも合理的な考えの相澤が担任で良かったと思っているのだろう。そんな悠月の考えが読めたフランは分かりやすいな~と小さく笑った。

 

「話を戻すが、おめぇの方はどうなんだ?わざわざ聞いてきたってことは考えてんだろ?ヒーロー名」

 

今度は悠月がヒーロー名について問うが、それに対して待ってましたとばかりにフランはふんっ!と少しふくらみのある胸を張る。

 

「一応ね~。私の案としては“ミラクル魔法少女マジカル☆フランちゃん”で_____」

 

「おいこらちょっと待て」

 

一瞬聞き間違いではないかと疑う言葉が聞こえたので一旦止めにかかる。

 

「え、どうしたの?」

 

「なんか他のところから怒られそうな名前が耳に入ったんだが、幻聴じゃねぇよな?」

 

「なに~聞いてなかったの?じゃあもう一回言うよ?ミラクル魔法sy______」

 

「いや、聞き間違いじゃなかった。二度も言わなくていい」

 

頭痛がするとばかりに頭を抱える。

 

「まさか本当にその名前を使うんじゃねぇだろうな?」

 

「その予定だけど何か悪いところあった?」

 

当の本人は変じゃないと本気で思っているのが余計に面倒くさい。

イレイザーヘッドやリカバリーガールみたいな人たちのように元々へn……特徴的な名前だったり、ばあさn……ヒーロー歴を重ねていく中で名乗るのが難しくなる前駆者がいる。身近な関係の人間が将来恥ずかしくなるであろう名前で活動していたなら距離をとりたいと思うのは必然だろう。

 

「……その名前はぜってー却下されると思うから他のやつ考えといた方が良いぞ」

 

「何で!?渾身の力作なのに!!?」

 

ガーン!と名前が一蹴されたことに傷ついた様子のフランを見て、この先本当に大丈夫なのかと悠月はため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段よりだいぶ遅いペースで通学路を歩いていたが、チャイム数分前に何とか学校にたどり着くことが出来た。あれからも遠巻きに様子を伺っていた人間が多かったが、こちらに話しかける者もそれなりにいた。比率としては何故か女子が圧倒的に高かったのだが、話しかけられる度にフランの機嫌が悪くなっていくので悠月としては気が滅入る思いだった。まだ話しはついていないと駄々をこねるフランと半ば強引に別れ、肩の荷が下りたと思いながら教室に入ると体育祭の影響について話しているのかやたらと騒がしかった。

 

「お、やっと来たか。遅えぞ回夜!」

 

「おはよー、ってなんか朝から疲れてない?」

 

悠月が来たのを見てコミュ力高めの上鳴と直前まで会話していたと思われる耳郎が話しかけてくる。

 

「やっぱ体育祭ってすげーな。なんか視線がビシバシ来てるって感じ!」

 

「ほんと、一瞬で有名人みたいな扱いだよね」

 

「回夜はどうだったよ?お前もすごかったのか?」

 

「なんでおめぇらに話さねぇといけねーんだよ」

 

浮かれたテンションに面倒だなぁと思うが、上鳴と耳郎の席は悠月の真後ろと左隣なので逃げ場がない。今からトイレに行く時間も残ってないのでどうやら話に付き合う以外選択肢がないらしい。

 

「こういうのはやっぱ聞きたくね?なあ耳郎?」

 

「うちも気になる。第二種目で落ちたから最終種目まで行った人ってどんな反応だったのかなーって思うんだよね」

 

耳郎も便乗してきたが、第二種目と聞いて悠月は何かを思い出す。

 

「そういえばB組の奴に騎馬崩されてたよな。泥まみれ…いやあれはセメントまみれって言った方が正しいか?」

 

上鳴は?マークを浮かべているが、悠月の言葉の意味が分かった耳郎はどんどん顔が真っ赤になっていく。

 

「なっ……!み、見てたの!?てかそういうのは言わなくてもいいから!!」

 

「何だ、言わない方が良かったか?」

 

「皆に見られたと思うと恥ずかしいんだよ!」

 

悠月からすれば事実を言っただけなので特にからかう気持ちなんて無かったのだが、耳郎にとっては羞恥の出来事のようだった。声も震えており、落ち着かないのか身体もそわそわと動いている。

 

「おやおや耳郎さん。上鳴さんは初耳ですよ?その時の話を詳しく聞こうじゃないか?」

 

「ふんっ!!」

 

「ごぷううぅぅ!?」

 

ニヤニヤと調子に乗った上鳴の頬に容赦なく拳がめり込む。傍から見ても痛そうなのが分かるのでそれだけ彼女を怒らせたということだろう。

 

「痛いです耳郎さん……」

 

「痛くしたの。話を戻すけど回夜って声とか沢山かけられたんじゃない?体育祭三位だったし」

 

この流れで話さないとダメなのか?と悠月は思ったが、鋭い眼光でこちらを睨みつけてくる。とてもご立腹な様子なのでこちらにも被害が出る可能性があると判断し、今朝あったことを二人に話す。

 

「フランちゃんと一緒に登校したことに飽き足らず、周りの女の子にチヤホヤされただと!?」

 

「前半は合ってるが後半は間違えた解釈してるぞ」

 

「意味はほとんど一緒だ!おのれ回夜、裏切りやがって!!」

 

「そもそも協定とか結んでねぇだろ」

 

既にというか最初から呆れているのだが、隣の耳郎を見ても上鳴の言葉に引いているのが分かる。

 

「ちくしょう……話しかけられたって言っても俺は男ばかりだったのに。俺と回夜じゃあ何が違うっていうんだ!」

 

「そういう欲にまみれたところだと思うよ」

 

耳郎が呟いた言葉で心が折れたのか「世の中理不尽だー!!」と涙声で叫びながら机に突っ伏してしまった。

 

「………こいつなんだと思う?」

 

「ただのバカ」

 

学校に来てからも色々疲れた。こうしている今もガヤガヤ騒いでいる教室だったが、担任の相澤が来たと思えば途端に全員席に着き、しん…とした空間に早変わりする。

 

「おはよう。早速で悪いが今日の一限目のヒーロー情報学はちょっと特別なことやるぞ」

 

何てことない連絡をするかと思ったが、特別な事と聞いて多くの生徒は身構える。難しい内容や小テストなどをするのかと予想を立てるが……

 

「コードネーム、ヒーロー名の考案だ」

 

「「「夢ふくらむヤツきたあああ!!!」」」

 

ヒーロー基礎学は朝フランが言っていた通りヒーロー名とニ週間後に行われる職場体験についての内容だった。ヒーローを目指す者として盛り上がるイベントなのか教室は大騒ぎになるが、ドスの利いた声と“抹消”の個性を用いて無理やり黙らせる。事前に知らされていた悠月はある程度流し気味に話を聞いていく。

 

「指名が本格化するのは経験を積み即戦力として判断される2、3年から。つまり今回来た指名は将来性に対する興味に近い」

 

逆に興味が薄れたら一方的にキャンセルなんて場合もあるという。勝手だと思うかもしれないが、戦力にならない者がいても邪魔なだけだ。ただでさえヒーロー飽和社会と呼ばれるこのご時世で人選に慎重になるのは当然だろう。

 

「それで集計の結果がこうなった」

 

黒板に写されたのは指名数を表したグラフ。上から順に轟3614、爆豪3125、回夜2048、常闇343、飯田256、上鳴243、八百万81、切島64、麗日16、瀬呂9と名前と数値が載っていた。

この結果を見て白黒ついたと嘆いたり、逆に指名が来ていたことに喜ぶ人間がいたりと反応が様々だ。とはいってもオファーが来ていないもしくは票が少なった人間からの不満の声が多かったわけだが……

一位と二位の票数が逆転しているのは表彰式での爆豪の暴れっぷりだろう。プロヒーローがビビんなと爆豪は怒りを露わにするが、誰もが納得したかのように頷く。

 

「準決勝を欠場したのに回夜の票がすげえな」

 

「やっぱり二回戦目の試合が決め手だったんじゃない?その前の試合だってほぼ完封してたし妥当だと思うよ」

 

悠月に来た事務所のオファーは2048件。三位という成績を残しているが、轟や爆豪に比べるといくらか劣っていた。恐らく準決勝を棄権したことで評価が少し下がったのだと思われる。次の対戦相手だった爆豪と戦って勝利していれば票が増えていただろうが、体力面の問題でという理由で試合を片付けてしまったのである程度予想はしていた。

 

「これを踏まえ指名の有無に関係なく、お前たちにはいわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

 

途中でミッドナイトが加わり、職場体験の向けてヒーロー名を考えていくことになった。各自にホワイトボードと水性ペンが回されるとどんな名前にしようかと思い思いに考え始める。

 

(そう言えば職場体験のことについてフランに伝えていなかったな)

 

水性ペンを廻している最中に悠月はある約束を思い出す。体育祭の時に言われていたことをすっかり忘れていた。まあどんな反応をするか何となく分かるが、さっさと話しておくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……アイツのところですか?」

 

時間と場所が変わって昼休み。いつも通りフランと一緒に昼食を食べていたが、例の職場体験の話題を出した途端、食事で動いていた手が止まる。

 

「いかにも嫌ですって顔だな」

 

「当たり前だよ。進んで行こうなんて思わないし」

 

返ってきたのは辛辣(しんらつ)な言葉。最初からマイナス評価だが一応頼まれた立場なので悠月は話を続ける。

 

「そんなに行きたくねぇ理由でもあんのか?」

 

「顔なんか見たくないし、それに何より……」

 

ギリギリとフランは苛立ちげに爪を噛みながら予知する。

 

(あの時のことを心底愉快な表情で笑いながらネタにするに決まってる!!)

 

雄英体育祭は全国放送されているのでお茶の間の目に触れてしまったのも痛手なのだが、アイツにだけは見られたくなかった。悠月が言うには試合の時は仕事の最中だったようだが、録画して後で確認するとのこと。ほぼ確実に記憶と記録から消し去りたいあの試合を見ているだろう。結末が分かっているのに何故行かなくてはならないのか。

 

「アイツのところに行ったって何の得もないよ。他にも事務所がある訳だし、悠月だってトップヒーローから指名が来てるでしょ?私と一緒に指名しているところ探して一緒に行こうよ~」

 

駄々を捏ねる子供のように他の事務所に行こうと勧めるフラン。

 

「例えばどんなところから来てるんだ?」

 

「え?上の事務所ってなると……例えばラビットヒーローのミルコとか」

 

「見た覚えは……ねぇな」

 

「じゃあエンデバーとか」

 

「“エンデヴァー”な。つーか段々とランクを上げてくんじゃねぇよ。こういう時は難易度を下げて言ってくのが普通だろ」

 

「ん~だったらスライディン・ゴーとか!」

 

「なんだそのよく分からねぇ名前は?」

 

今の会話で分かるだろうが、フランはそこまでヒーローに詳しい訳ではない。かくいう悠月もそこまで詳しくないのだが、今出てきたヒーローについて答えられたのは上鳴や芦戸、そして何故か興奮気味に解説してきた緑谷から聞いたおかげだった。特にヒーローランキング上位に入るプロヒーローを覚えさせられたので率直に言うと偶々だった。

最後のヒーローは本当に実在するのか不明なのだが……

 

「つーかそれなりの件数があるのにもう見通したのか?今日貰ったっていうのによく見れたな」

 

フランに来た事務所のオファーは1296件である。ベスト8で終わってしまった彼女だが、第一種目での好成績や最終種目の二回戦目でそれなりの試合を繰り広げたのが大きかった。しかし、彼女は晴れや雨といった天候で強さが変化してしまう。戦線で活躍する女性のプロヒーローは需要があるだろうが、事務所の要望に合っていないとか何やらで悠月より票数が減っているのだろう。

 

「え~と、まあ……一応私はB組の中でも票が多かった人間だからどんなところから来ているのか見られた訳でして。ここがスゴいよーっていう事務所を教えてもらったんだ」

 

同級生からすればアドバイスというかお世話感覚で話していたのだと思うが、彼女の立場から見れば複数人から様々な情報が伝えられるもんだから大変だったのだろう。嬉しさ半分気疲れ半分な様子である。

 

「俺も詳しく知らねぇから何とも言えんが、やっぱトップ10に入るような事務所が人気って感じなのか?」

 

「順位が高いだけで実際に行ってみて良いのかどうかは分かんないけどね。個性の相性とか活動する場所とかあるだろうし。悠月は上の方から指名来てないの?」

 

「あぁ……何だっけかな」

 

ダルそうな表情をしながらも悠月は記憶をたどる。資料を見た中ではトップ10のヒーローはエッジショットの名前があったと思い起こす。他にも人気事務所から来ているかもしれないが、見ていないページがあるのでまだ把握しきれていなかった。

 

「つっても俺はアイツに頼まれ事があるからな。良い所からオファーが来ていても選択肢は元からねぇようなもんだ」

 

これが約束もなく行き先を自由に選べるのであればもう少し真面目に考えていただろうが、今の彼には職場体験について微々たるものしか興味がなかった。もし自由だったとしてもそれほど考えずにヒーローランキングの高い事務所か皆のオススメを選んでいた可能性が高かったのだが……

 

「まあいいや。俺は伝言を頼まれただけだし、その後の説得は別の話だ。とりあえずお前には伝えたし問題ねぇだろ。後は勝手に決めといてくれ」

 

一通り伝えたので自分がこれ以上何かする必要はないと思い、職場体験の件は放棄することにした。フランも一旦置いておきたい気持ちは同じなのか「あ、そうだ!」と大きめのリアクションで話題を変える。

 

「聞いてよ!今日のヒーロー基礎学で私が考えたヒーロー名を出したらさ、絶対やめた方が良いって言われて却下されたんだよ!!」

 

「だろうな」

 

「拳藤や他の人たちにも悠月と似た反応されたんだよね。どうしてだろう……」

 

正直分かりきっていたことなので何の新鮮味もなかったが、これでもしフランの案が通っていたら教師と同級生のネーミングセンスも疑うところだった。だが考えてみると雄英高の中では珍しいまともな人間である拳藤一佳がストッパーになるのを考えるといらぬ心配だったかもしれない。

 

「最初のが駄目だったら代案は出たのか?」

 

「まあ色々考えたんだけど、結局“フラン”に落ち着いたかな」

 

「そうかい」

 

名は体を表すということわざがあるが、ヒーロー名は誰もが呼びやすく浸透しやすいものが良いと相澤が話していた。フランという名は親しみがあって呼びやすく、また彼女自身も普段から愛称として呼ばれているので違和感はないだろう。この名前をヒーローネームにしたのは結果的に良かったかもしれない。

 

「そう言う悠月はどうなの?普通は個性に合った名前をつけると思うから……」

 

あのよく分かんない翼を考えると…と何故か名前を当てようと悩んでいたフランだったが、うえぇ~と舌を出して吐きそうな顔になる。

 

「……どうせ天使みてぇな名前が似合わねぇとか思ったんだろ」

 

「あれ?何で分かったの?」

 

心を読んできたのかと彼女は驚くが、少し考えれば誰でも分かるだろう。悠月自身似合わないことに自覚はあるので否定しなかった。

 

「だとしたら名前はどうしたの?」

 

「とりあえず本名で通した。下手に変な名前をつけるよりは後々修正出来るだろうし」

 

「へ~そうなんだ」

 

納得した返事をしているが、同時に探るような眼差しを送ってくる。恐らく「自分だってネーミングセンス無いんじゃないの?」とか「他人のヒーロー名に突っ込める?」と言いたいのだろう。確かに人の事は言えないかもしれないが、少なくてもフラン(こいつ)よりはマシだと湯のみの中に残っていたお茶を飲み干した。

 

 

 

 

 



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19話 職場体験

 

職場体験当日____

 

雄英高の最寄りの駅にA組の生徒たちが集まる。ここから各々職場体験先の事務所に向かい、一週間実際の現場を体験する。

 

「コスチュームは本来公共の場じゃ着用厳禁な身だ。落としたりするなよ」

 

「はーい!!」

 

「伸ばすな。『はい』だ芦戸」

 

期間中は事務所内か用意されたホテルで寝泊まりするので、皆着替え一式とコスチュームを持っている。ヒーロー科の生徒とはいえ資格もしくはプロヒーローによる許可が無ければ公の場でのコスチュームの着用及び正当防衛以外による個性の使用は認められない。なので事務所に着くまでは支給されたケースに入れてコスチュームを持ち運ぶのだが、遠足気分で浮かれた返事をした芦戸が軽く怒られるなんてくだりが見られた。

 

「くれぐれも体験先に失礼のないように。それじゃ行け」

 

相澤の注意事項を聞いた後、それぞれの体験先に向かう為に移動を開始する。悠月も早々にクラスメイトと別れ、とある人物を探す。

 

「あ、いたいた。こっちだよ~」

 

通勤ラッシュの時間帯で人がそれなりにいる中、フランの呼ぶ声が駅構内に響く。先程まで退屈そうにベンチに座っていた彼女だが、悠月の姿を見ると満開に咲いた花のような笑顔で手を振っていた。

 

「うるせぇ。目立つから大声で呼ぶのは止めろ」

 

「だって人が沢山いるじゃん。声かけないと気づかないでしょ?」

 

何故クラスが違う二人が一緒に行動しているのか。それは職場体験の行き先が同じだからである。A組とB組は集合場所がそれぞれ違っていたのだが、別々で行くよりも一緒に行動した方が何かと都合が良い。クラスでの説明が終わって各自解散をした後、こうして待ち合わせをしていたのだ。

とは言ったものの同年代と比べて幾分か高いフランの声は駅の中でよく響く。今も周りから注目されており、非常に居心地が悪い。ここにいても何の意味がないので二人はこの場から立ち去る。

 

「はあ……なんか気が乗らないな~」

 

「だったら何で()()()()()()()()()?おめぇの奇行のおかげでここ最近寝不足なんだよ」

 

体験先を決める間、フランは何かと悠月の部屋に来ては事務所を何処に決めるべきか延々と悩んでいた。期限ギリギリまで引きずってようやく用紙を提出した後も彼女は部屋に入り浸って「うううぅ……」と後悔したかのように唸っていたのだ。

 

「それはまあ……ちょっと申し訳ないな~と思ってるけど」

 

「ちょっとだけかよ」

 

悠月からすれば自分の部屋にいながらゆっくり出来る時間が無かったのだ。文句を言いたくなるのも当然だろう。

 

「それで?事務所を決めた理由ってのは一体何なんだ?」

 

「まあちょっと提案っていうか色々取引があったというか……ブツを仕入れるために

 

悠月の問いかけに若干渋りながらもフランは答える。

 

「最後の方は聴き取れなかったが、そういや夜に電話してた日があったな。それと関係あんのか?」

 

何気なく言った言葉だが、突然フランは歩みを止める。どうしたのかと彼女の顔を見ると表情は固まり、血の気が引いたように青くなっていた。

 

「え、悠月それって……内容とか聞いてないよね?」

 

「内容?時々大声で話してるのが聞こえたくらいで内容とかほとんど知らねぇよ」

 

何故か必死に詰め寄るフランに疑問を抱きながらも答える。

二人が住んでいるマンションは学生が住むには少々家賃が高い場所を借りている。部屋がある程度広く壁が薄いなんてことは無いが、流石に大声で話していれば隣の部屋にも聞こえる。てっきりクラスメイトと話が盛り上がっているのかと思っていたが、彼女の反応を見る限り何か訳ありなのだろうか。

 

「そ、そっか。うん…聞いてないんだったら良いよ」

 

「聞かれたら困るような事でも話してたのか?」

 

「ぜ、全然!!そういうのじゃないから安心して!」

 

何処か慌てた様子のフラン。何か隠していると思った悠月は(いぶか)しく彼女を見るが、まるでお手本のような笑顔で見つめ返す。

 

「……別に興味ねぇから勝手にすればいいが、あんまり大声で電話すんじゃねーぞ。近所迷惑になるから」

 

「分かった。次から気をつける」

 

暫くの間お互いに目を合わせていたが、時間と体力を使うだけだと悠月が先に折れた。

 

「じゃあ行くぞ。新幹線来るまでそんな時間ねぇからな」

 

「待って待って!その前にお弁当買っとかないと!」

 

もうすぐ出発の時間だというのにフランは一目散に弁当を買いにお店に向かう。その姿に呑気だと思う中、無理矢理テンションを上げている又はヤケクソように見えるのは気のせいだろうか。

 

「ほら悠月!早く来ないと私が勝手に選んじゃうよ!」

 

一向に来ない悠月に気づいてフランは遠くから手を振る。そんなこんなで始まろうとする職場体験。一週間という長くも短くも思える期間で既に厄介事が起こりそうだと悪い予感がする中、不安の残る気持ちで彼女を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

新幹線に乗ること3時間ほど。事務所がある長野県にたどり着く。

ここまで不測の事態は起こらず無事に目的地まで行けるかと思っていたが、改札を抜けた後にとある問題が生じていた。

 

「ここまで来たのは良いが、この後どうやって事務所に行けば良いんだ?」

 

「う〜ん。何も聞かされてないよね?」

 

事務所の最寄り駅に着いたのは良いが、この後の移動手段について何も知らされていなかった。駅から事務所までは距離があり、歩いていくのは少々気が引ける。一応二人は飛ぶことが出来るが、個性の使用許可が下りていない状態で飛んで移動する手段はとれない。天気は快晴なので日傘がマストアイテムのフランにとって太陽が照らす中を歩かせるのも酷だろう。

ここからは自力で来いという流れなのかと愚痴りながら駅を出ると……

 

「……なんかすげぇ目立つ車が停まっている気がするんだが、これは目の錯覚だと思うか?」

 

「多分錯覚なんかじゃないと思うよ」

 

ロータリーを何気なく見るとそこには一風変わったというか明らかに場違いな()()()()()()()()()()()()()()。周りの人間も高級車を珍しがって遠巻きに見ている。あれが体験先からの迎えなのだと察してしまうばかり自分も毒されているのかと悠月は思うが、人目に付くという考えは無いのかと聞きたくなってくる。そんなことを思っている間に二人の姿に気づいたのか車から一人の女性が降りてきた。

 

「お待ちしておりました。スカーレット様、回夜様」

 

二人の前に現れたのは銀色の髪を(なび)かせた一人の女性。一般的な女性にしては身長が高く、宝石のような青い瞳が相まって容姿だけでも目を惹かれる。しかし、それ以上に目を惹く要因になっているのが一般人はまず着ないであろう()()()()()()()()()。メイドに高級車と十人中十人全員が二度見するであろう場所に心底行きたくなかったが、雄英生だと気づかれたのか二人にも既にスポットライトが当たってしまっていた。

 

「久しぶり~咲夜。ていうかいつもと呼び方違くない?」

 

「職場体験先の人間と生徒という名目ですので。最初の挨拶というのは大事なものなのです」

 

「そういうものなの?」

 

「はい、そういうものです。改めてご挨拶を。______お帰りなさいませ、妹様」

 

元から気にしてなかったのか、それとも久しぶりの再会で視界が狭まっているのか。周りの視線を気にした様子は無くフランはヒーロー兼メイドである十六夜咲夜の元に向かう。小さく笑いながら迎えた咲夜はごく自然に彼女の持っていた日傘を代わりに持ち、同時に後部座席のドアを開けて乗りやすいようにする。この一連の動作をさも当たり前にこなせる辺り、相当な修練を重ねているのだろう。開けられた後部座席のドアからフランは車に乗り込む。

 

「ほら行きますよ。そんな所に立っていないで貴方も乗ってください」

 

「……ったく。薄情な奴だな。フランに対する優しさを少しは分けることができねぇのか」

 

「この程度で傷つくようなキャラでは無いでしょう?冗談を言う暇があったら早くしてください」

 

先程と違っていたずらっぽい笑みを浮かべながら車に乗るよう促す。「相変わらず食えねぇ奴だ」と彼女に対して呟いた後、悠月は無駄に広い車内に入った。運転席に戻った咲夜はシートベルトを締め、そのまま車を発進させる。

 

「私たちが来るまでどれくらい待ってた?」

 

「新幹線が到着する時間は分かっていましたから、それほど経っていません」

 

「つーか何でベンツ(これ)で来てんだよ。馬鹿みてぇに目立ってたじゃねーか」

 

「あら、ヒーローを目指すのであれば目立つのは決して悪い事ではないと思いますけど?」

 

運転の為に前方に目を向けながら咲夜は答える。

 

「お二方は体育祭で活躍された身ですが、周りの人からすればテレビに出ていたヒーローの卵という認識だと思います」

 

「確かにその程度だと思うが……それが目立つのと何が関係あんだよ?」

 

「私たちヒーローはヴィランの脅威に立ち向かうと同時に人々の精神的支柱となる存在です。例えばNo.1ヒーローのオールマイトは平和の象徴という肩書きを持っていますが、それは人々に安心を、ヴィランには抑止力としてその役目を担っているのです」

 

「えーと、つまり顔を売ってヒーローとしての自分を知ってもらおうってこと?」

 

「おっしゃる通りです」

 

フランの言葉に咲夜は肯定を示す。

今回の職場体験はプロヒーローの仕事や訓練といった教えを乞うのが主な内容だ。しかしその他にも周りの人々に認知してもらう、そして自分自身もヒーローとしての自覚を持たせるという一環もあるということなのだろう。

 

「____と申しましたが、お二方を迎えに行く以上、妥協は許されないという理由もあります」

 

「おいこら、そっちが本音じゃねーか」

 

よくよく考えればパトロールなんかで印象を持たせることは十分可能だし、目立つと言ってもあれは悪目立ちの間違いだろう。今まで話を聞いていたのが馬鹿らしくなったと悠月は座席に深くもたれ掛かる。

 

「それにしても…妹様がこちらの事務所にお越し頂けて本当に良かったです」

 

「えっと……まあ、そうだね。うん」

 

ヒーローについて色々と考えていたフランだったが、咲夜の言葉に気まずそうに返事する。

 

「直前まで悩まれていたようですし、先日お電話差し上げた甲斐がありましたでしょうか?」

 

「うっ……」

 

「なんだ、フランが言ってた電話の相手ってあんただったのか?」

 

あら聞いていなかったのですか?と咲夜はルームミラー越しにフランを見るが、何故か彼女は指でバツ印を作る。その意図に気づいた咲夜はそうでしたねと微笑ましく思いながら視線を前方に戻した。

 

「ヒーローのお仕事について妹様からご相談を受けましたので、少しばかりアドバイスを送っていたのです」

 

「それにしては電話の件を秘密裏にしていたが、一体どんなこと話してたんだよ」

 

「かなり繊細なお悩みでしたので私からはお答えできませんね。それよりも悠月、先程の呼び方は何ですか?仮にも私は貴方の上司です。“あんた”ではなくちゃんと名前で呼んでください」

 

「あ?フランだって呼び捨てじゃねぇか」

 

「メイドとして仕えている以上、妹様の方が立場が上になります。ですが貴方は()()()()()()()()()()()身でしょう。社会に触れていくのであればもう少し(うやま)いの気持ちを持って下さい」

 

へいへいと面倒くさそうに返事する悠月に対してナイスフォローと言うようにフランは親指を立てる。立場が上の者の言うことを聞くのは従者の務めなのだろうが、なんだかんだ二人との会話を楽しんでいるのは気のせいではないだろう。笑みを漏らすフランと咲夜に機嫌悪そうに窓の外を見る悠月。そんな構図が車の中で作られていた。

 

「_____お二方、間もなく到着します」

 

車を十五分ほど走らせていると目的地にたどり着く。第一印象は紅。全体的に紅色を基調とした建物は事務所というより屋敷と言った方が正しいかもしれない。紅魔館と呼ばれるこの場所がフランと悠月の職場体験先である。

玄関前に数人のメイドが迎える中、車を代わりの者に任せ咲夜は先導する。そのまま彼女に続く形で屋敷に入るが、歩いている途中掃除しているメイドやスーツ姿の従業員とすれ違う。妖精のような羽が生えた者、猫耳と尻尾がある者、中にはゴブリンのような見た目な人物もこの屋敷内にいた。

 

「ここを通る度に思うが、本当にヒーロー事務所か?って疑う光景だよな」

 

「紅魔館はヒーロー活動の以外にも様々な事業に手を出しております。メイドもその一環ですので他の事務所と比べると異色に見えるでしょう」

 

西洋風の屋敷だけでも珍しいのにメイドたちがすれ違う度にお辞儀してくるのだ。初見でこの光景を見れば誰でも驚くだろう。通路には絵画や彫刻品が所々飾られており、屋敷の主の趣向が見える。

 

「こちらになります」

 

紅魔館に入ってから暫く歩き、ようやく目的の部屋と思われる執務室にたどり着く。悠月はいつも通りの調子だったがフランは唾を飲み込み、身を引き締めた状態で後ろに隠れていた。

咲夜が何度かノックをした後、フランと悠月を呼び出した人物がいる部屋に足を踏み入れる。

 

 

「______待っていたわ、二人とも」

 

 

部屋の奥から聞こえたのは威厳がありながら何処か幼さを残した声。豪華なひじ置きに頬杖をつき、不敵な笑みで二人を見つめる女性がいた。

 

「お嬢様。雄英高校より職場体験を希望されたお二方をお連れ致しました」

 

「ええ。話は聞いてるわ。ありがと咲夜」

 

机には書類の束がいくつか積み上がっており、つい先程まで事務作業でもやっていたのだろう。しかし、それ以上に目を引くのは彼女の背から蝙蝠(こうもり)のような漆黒の翼が覗かせていた。

 

「まずはここまでの長旅ご苦労……と言うべきかしら」

 

二人に対して気遣った言葉を言う彼女だが、話し方も含めて悠月には違和感というか気になっていることがあった。

 

「……一応聞いておくが何でそんなカッコつけてんだ?正直言ってあんまり似合ってねぇぞ」

 

「見知った関係でも今は仕事の場よ。貴方もこの場に相応しい振る舞いを見せるべきだわ」

 

ニヤリと笑いながら高圧的な雰囲気で話すが、普段の様子を知っている二人にとって目の前にいる彼女は見栄を張ってふんぞり返っているようにしか見えなかった。

 

……おかしいわね。何か生暖かい視線を感じるんだけど、特に問題なかったわよね咲夜?

 

……はい、いつも通りのお嬢様でございます

 

そうよね、威厳溢れた態度だったわよね!

 

想像していた展開ではないことに不安に思ったのか屋敷の主で()()()()()でもある“レミリア・スカーレット”は小声で咲夜と話す。しかし、彼女の小声は普通に聴きとれる声量だったのでフランと悠月にもばっちり聞こえていた。もうちょっと深く座っていれば良かったかしら?等と的外れな事を言っている時点で彼女の性格が分かってしまうのだが、大人の対応というか彼女の威厳の為にも二人は触れないことにした。

 

「さてと……色々あったと思うけど、とりあえずティータイムにしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

紅茶を飲みながらゆっくり話がしたいというレミリアの一声で執務室から談話室に移動した悠月たち。無駄に高級そうな座席にフランと悠月、テーブルを挟んでレミリアが座る。メイドである咲夜は命令があった時にいつでも動けるようレミリアのすぐ後ろに(たたず)んでいた。

 

「一人暮らしをするって聞いて不安だったけど、フランはちゃんと家事をしているのかしら?」

 

「一応その辺の事はやってるみてぇだぞ」

 

「へえ?じゃあ言いつけを守っているのね」

 

現在は高校生になってからの私生活についてを話している。雄英に行く際、部屋を借りて暮らす条件として部屋の掃除と洗濯はフラン自らが行う約束をしていた。引っ越す直前まで咲夜から家事を教わっていたのだが、それが続くと思っていなかったのだろう。話を聞いてレミリアは驚いたように目を開く。

 

「これも咲夜の教えが良かったのかしら?」

 

「お褒めに預かり光栄です。ですが私は手本をお見せしただけです。妹様の意欲があってこそ為せた事だと思います」

 

「つっても掃除に関しては大雑把なところがある。もう少しどうにかして欲しいって感じだな」

 

「相変わらず厳しいわね、貴方は」

 

咲夜が淹れた紅茶を飲みながら会話をする姿は貴族の令嬢と思わせるほど気品に溢れている。とても最初に出会った際の幼稚な彼女とは思えなかった。

 

「数日のうちに泣きつくかと思ってたから予想外だわ。意外とやるじゃないフラン」

 

「ソ、ソウネ。お姉サマ」

 

そんなレミリアの言葉にヒクついた笑みで返すフラン。先程から話しているのは主にレミリアと悠月で普段よく喋るはずのフランは全く会話に参加していなかった。彼女の様子を見ると肩身狭そうに縮こまっており、明らかに無理をしているように見える。いかにもこの場から出たいという気持ちがひしひしと伝わってきていた。

 

「雄英っていえばUSJの襲撃事件がニュースで取り上げられていたわね。A組の生徒が巻き込まれたって聞いたけど、悠月がA組だったかしら?」

 

「ああ。授業中に出くわした。警報装置の無力化とかオールマイトが授業の担当だったのを知っていた辺り、あれは計画的な犯行だった」

 

「それは災難ね。やっぱり貴方の周りには厄介事が降りかかってくるのかしら?」

 

是非とも止めてほしいと悠月はため息混じりに言う。本心から言っているところから見て割と気にしている事らしい。レミリアだけでなく後ろに控えていた咲夜もくすくすと笑っている。

 

「そうね……私たちもヴィラン襲撃について聞かされてるけど、どうも開示されていない情報があるみたいなのよねぇ。あの場では一体何が起きたのかしら?」

 

レミリアの問いに悠月は一瞬考え込む。一応雄英からは情報を漏らさないよう一定の規制が掛かっている。混乱を招かないようにする処置なのだが、まあ話しても良いだろうと悠月は結論づけた。

 

「ヴィランの大部分はチンピラ同然の連中だった。あの時戦える人間は見ただけで三人ってところか」

 

「三人だけ?オールマイトに対抗するには少し戦力不足じゃないかしら?」

 

「最初は俺もそう思っていた。だが三人の内の一人、ていうかアレは“一体”って数えた方が良いかもしれねぇな」

 

「……どうも訳ありみたいね」

 

「ああ。向こうの切り札と思われる“脳無”ってやつ。あれは色々きな臭ぇ感じだ」

 

紅茶と一緒に出された菓子を食べる。当時のことを思い出したのか悠月は何処か不機嫌な様子だ。

 

「なるほどねぇ。やっぱり雄英も警察も隠し事はあるか……話を続けても暗くなるだけだし、この辺で止めておこうかしら」

 

難儀なものだと思いながらレミリアは口を潤すために紅茶を飲む。悠月が話をぼかしたのを考慮してUSJの件は一旦置いておくことにした。

 

「雄英の話題って言ったら後は……」

 

首をかしげてレミリアは何があったのか思い出そうとする。

 

「______あ、そうだ。体育祭があったわね」

 

そう彼女が言った瞬間、ビクッ!と金髪の少女が反応する。だがそれに気づいていない…いや気づかないふりをしてレミリアは話を進める。

 

「今年は例年以上に視聴率が凄かったようね」

 

「先程話題に挙がっていたUSJ襲撃事件が理由かと思います。例年は三年の視聴率が高いですが、今年はヴィランの襲撃を切り抜けた一年が注目株だったようです」

 

さすがは咲夜ね、と細かな事情まで把握していたメイドにレミリアは称賛を送る。

 

「体育祭は初めて見たけど中々面白かったわね。一年の部で優勝した子……名前は何だったかしら?」

 

「爆豪勝己です」

 

「そうそう、そんな名前だったわね。あれは将来が楽しみだわ」

 

体育祭の表彰式に拘束された状態で出てくるのは爆豪が初めてだろう。愉快なものを見たと言うようにレミリアは笑っている。

 

「体育祭っていうと他には……そういえば悠月、この際だから言うけど貴方準決勝サボったわね」

 

体育祭について話題を探していたレミリアだったが、思い出した途端呆れたように悠月を見る。

 

「順位なんかに興味ねぇからな。()()()()()()()後はどうでも良かったし」

 

「貴方ねぇ……()()()()()()()()()()全然笑った顔とかしてなかったじゃない。狙おうと思えば優勝も行けるのにもう少し行事を楽しむって考えはないのかしら?」

 

「別に問題ねぇだろ?こいつとはちゃんと戦ったんだから文句は聞かねぇぞ」

 

「そうは言ってもねえ……まあ、貴方らしいけど」

 

呆れたような口ぶりをするが、同時に彼女は楽しそうに笑みを浮かべていた。悠月の性格をある程度把握しているからこそ、からかい気味で言ったのかもしれない。

 

「それに対してフランは……」

 

体育祭の話題をしてからなるべく視界に入れないようにしていた少女に目を向ける。それに釣られるように咲夜と悠月の視線も移り、合計三人分の視線がフランに向けられる。未だに(うつむ)いている彼女は耳まで真っ赤にして視線に耐えるかのように震えていた。

 

「えぇと、まあ……」

 

自分の席から離れたレミリアはフランの隣まで移動する。そして何か言葉を選ぶかのような仕草をした後、ポンッと彼女の肩に手を置いた。

 

「その……()()()()()()()

 

顔を逸らしながら同情するかのように告げられた一言。それを聞いた瞬間、プツンッ____とフランの中で自重という何かが切れたような音がした。

 

「う、うがああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

部屋中に響き渡る獣のような絶叫。それは部屋の外で待機していたメイドだけでなく、紅魔館全域に聞こえていたという。

 

「その哀れみを持った眼!これだったら笑いものにされた方がまだマシだよ!!なんでこんな思いをしなくちゃいけないんだーー!!!」

 

爆発したかのような声を発しながら壁に頭を打ち付ける。ここまで押さえ込んでいた感情、それが先程の言葉一つで決壊したようだ。頭を打ち付けるたびに屋敷が揺れ天井から塵が落ちてくる。

 

「フ、フラン?確かに試合に勝つ為に頑張ってたのは評価するけど、年頃の男女が公衆の面前でくっつき合うのはねえ……さ、流石に控えた方が良かったと思うの」

 

「そんなの私が一番分かってるわよ!!」

 

「だ、大丈夫です妹様!今回の体育祭の様子は最高画質で録画している故、いつでもご覧になることが出来ますので!」

 

「いや、全然大丈夫じゃないから!?」

 

冷静な表情を変えずにいながらガッツポーズをとるメイド。個性溢れる紅魔館の中で十六夜咲夜という人間は常識人のように見えるが、この姉妹の事となると何処かしらネジが外れたような行動をとるのだ。

 

「ちょっとフラン落ち着いて!私だったら外に顔を出したくないっていうか流石に自重していると思うけど、日本には人の噂は数十日?みたいなことわざがあるみたいだし_____」

 

「だからそんなこと分かってるし、全国放送だから一生記録に残るよ!!!」

 

「ええっと…こういう時ってどうしたら……あ、そうだ!相手が弱っていたら傷口に塩を塗り込めば良いってネットに書いてあったわ!」

 

「うわ~~ん!!そんな事するなんて…お姉さまが虐めてくるーー!!!」

 

暴走しているフランを何とか抑えようとレミリアは説得するが、どう考えても火に油を注いでいるようにしか聞こえない。あんな言葉を投げかけているがあれでも(なだ)めようとしてるつもりらしい。それが暴走を助長させてるのに彼女はいつ気づくのだろうか。

 

「はあ……馬鹿みてぇに騒ぎやがって。まともな奴は俺しかいねぇのか?」

 

暴れる彼女たちを他所に“未元物質(ダークマター)”で一定以上の音波を無効化するという何とも贅沢な使い方をしながら悠月は紅茶を飲む。

 

「確かにここにいるのは逸脱人ばかりですが、貴方も相当な変人である事をお忘れでしょうか」

 

「あの姉妹の事でネジが吹っ飛んだ様に見えたがさらっと毒を吐いたなこのメイド。穴が空いた頭から雑念とは別に知能まで漏れ出てんじゃねぇのか?」

 

「ご心配せずとも私は正常です。それよりもヒーローとしての威厳を持って頂く為にも貴方のがらの悪さは直した方が良ろしいかと思います」

 

ド直球に頭がおかしいと悠月が言うと咲夜も丁寧な言い回しをしながらも(けな)した言葉を吐く。その間も金髪吸血鬼は未だ暴走状態、屋敷の主は宥められずに泣きそうな顔だ。この部屋は誰も手が付けられない正に混沌とした空間になっていた。

 

「お嬢様~。一回目の見回り終わりました……って何ですかこの状況」

 

その時、混沌じみた談話室に新たな人物がやって来た。現れたのは緑色のチャイナドレスっぽい服を着た女性。若干疲れ気味な様子で部屋に入って来たが、あまりの部屋の異様さに一歩後退りをする。先程の絶叫と外のメイドが不安そうにしていた時点でろくでもない事になっているのだろうと覚悟していたが、想像以上にぶっ飛んだ展開に頭を抱えたくなった。

 

「一体何をしたらこうなるんですか……」

 

「……やっぱりまともな人間なのは貴方と私だけね、中国」

 

「私の名前は美鈴です」

 

主に名前を間違えられた彼女は紅美鈴(ホンメイリン)。悠月より少し身長が高く、チャイナドレス以外では帽子に龍と書かれた星形のマークがあるのが特徴だ。フランと悠月が来たことでいつもより活気がある事に喜びを見せつつあった彼女だが、それ以上に苦労が増えるのを察したのか一人ため息をつく。

 

(おそらくフラン様が暴れ始めたのがキッカケでしょうが、この人たちが集まれば誰が暴走しても不思議じゃないですよね~。ていうかお嬢様、自分のことをまともって棚に上げていましたけど、この場で一番おかしいのはお嬢様なのでは?)

 

「何か…言ったかしら?」

 

心を読んだのかレミリアは生気を感じない瞳を美鈴に向ける。「いやいや、そんな事無いですよ!?」と彼女は言い逃れしようとするが、渾身の拳骨がクリーンヒットして悶絶。そのまま絨毯(じゅうたん)の模様の一部となった。

この惨状を止めれる者はここにはいない。その後も紅魔館では絶叫と地響きが続き、落ち着くまでそれなりの時間がかかったとか何とか。

 

 

 

 




例のブツ
フランと咲夜の間で取引された物。ブツと言ってる時点でフランが物で釣られた事が確定である。
 
黒塗りのベンツ
高そうな車は何だろうと考えて最初に思い浮かんだ車。黒はやっぱり高級感があるイメージ。車を知らない人でも聞いたら高いよねって何となく分かると思う。
 
十六夜咲夜
年齢は20歳。東方Projectでは10代という設定だがここでは成人している。ヒーロー免許を取得しているが、メイドとしての活動が主な業務。
趣味は紅茶を淹れること、そして隠れて写真を撮ること。
 
紅魔館
場所を長野県にしたのは東方Projectに何かと関連がある場所だから。ぶっちゃけ関東か中部地方なら何処でも良かったってところがある。
ちなみに内部は空間拡張されておらず、至って普通?の屋敷である。
 
レミリア・スカーレット
年齢は22歳。公式ではフランと5歳差だが、ここでは7歳差というせってー。普段はカリスマという名の皮を被っているが、ちょっとの刺激で割と簡単に剥がれる。
最近はカッコイイ言い回しをしたい為かことわざを覚えるのが日課(なお知識に偏りがある模様)
 
響き渡る絶叫
黒歴史を晒されてその後に察したような態度を取られたら誰だって精神がブレイクします。
 
紅美鈴
何処かの世界では門番をしているが、ここでは花の世話と外回りを任されており、行動にかなり自由がある。業務中には昼寝と買い食いの姿が目撃されており、屋敷の主とメイドによく怒られている。
 




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