黎明の光より (砂門)
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プロローグ

 

 

 

なぜ、こうなった

 

 

本来なら『聖杯』と己を象徴する『触媒』を必要とするはずの英霊が、『聖杯』もなく、『触媒』もない場所に召喚()ばれてしまったのだ。

 悲願(ねがい)を叶えるために繰り広げられてきた戦争はなく、その戦争のために起きた悲劇も生じていない。

 そんな場所に何の因果か、かつて赤陣営と黒陣営という敵対する関係にあり、互いに好敵手として評価し合っていた二体の英霊が召喚されたのだ

 

 

俺は、突然この世界に召喚された。

生前、俺は『ニーベルンゲンの歌』に歌われるネーデルランドの王子であり、かつて『聖杯大戦』では黒のセイバーとして召喚された。

そして、俺が旅をしている途中で出逢った存在。生前インドの叙事詩『マハーバーラタ』の大英雄。かつて、『聖杯大戦』では赤のランサーとして召喚された。『施しの英雄』だ。

 

 

初めて彼と再会したときは、状況が掴めず動揺していた。決して顔には出ていなかったが、彼も動揺していたはずだ。『聖杯大戦』では、ライバルだった者同士で、導なき道を旅した。この世界で見る全てが俺の心を惹く。カルナもいつになくワクワクしているように見える。

すると

 

 

?「お前さんたち!」

 

二人「?」

 

 

突如現れた巨漢に呼びかけられ、俺は少しだけ驚きの表情を見せ、カルナはその巨体を神の眼で見上げるだけだった。三メートルはある。

 

 

?「わしはハイリ。タイタン族の魔術師だ」

 

ジ「魔術師?あなたが俺を召喚んだのか?」

 

ハ「いや、お前さんたちの姿を捉えたわしの秘書が知らせてくれてな。もしや、旅の途中では、と思って声をかけたのだ」

 

 

 

旅の途中というのは間違いではない。ただ、俺はほとんど迷子状態なのだ。とりあえず歩き続けていたら、ここに辿り着いたというだけなのだ。

 

 

ジ「赤の――じゃなくてカルナ」

 

カ「オレたちに用があるのか?」

 

ハ「如何にも」

 

 

俺とカルナは顔を見合わせた。切羽詰まっているのだろうか。

 

 

ハ「旅の方々、うちのギルドに来ていただけませんか」

 

カ「わかった」

 

ハ「本当ですか!?」

 

 

頭を下げていたハイリという男は、カルナの即答に弾かれたように顔を上げた。俺も少々驚いたが、涼しげな顔のカルナの答えには賛成だ。

その日から、俺たちはハイリという男のギルドに属すことになった。どうみても異端な俺たちを、ギルドの人たちは歓迎してくれた。騒々しいが、その賑やかさが嫌ではなかった。俺たちにはなかなかに珍しい光景ではあったが、それもいいだろう、とカルナはすぐに受け入れた。

 

俺たちは、ここで生きて行くことになった。

 

 

 

 

 




登場人物
ジークフリート・・・ネーデルラントの王子。ドラゴンスレイヤーの異名を持つ。悪であろうと請われれば願いを叶え、善であろうと請われなければ見捨てた歪な正義の味方。麻色の精悍な顔立ちで、灰色の髪と翡翠色の瞳が特徴。かなり高い防御力と膂力を誇る。聖杯戦争で黒のセイバーとして召喚された英霊

カルナ・・・マハーバーラタに登場するインド屈指の大英雄。生き様から『施しの英雄』の異名を持つ最強というに相応しいサーヴァント。全てを奪われ、あらゆる呪いを受け、裏切られ、敗れるも、決して誰も恨まなかった。銀髪とアイスブルーの瞳が特徴。華奢な体型。聖杯戦争で赤のランサーとして召喚された英霊



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第一話〜これが日常だ

俺は、願望機だった。

 

 

俺に縋る者たちの願いを叶えるために多くの人を殺した

 

 

それが悪が願ったことであろうと、叶えた

 

 

善人が願わなければ見捨てた

 

 

 そんな人生だった

 

 

 そんな俺が聖杯という無限の可能性を秘めた願望器に込めた願いは

 

 

 『正義の味方』になることだった

 

 

 俺たちが出会った聖杯大戦は全てが異様だった。赤陣営と黒陣営で殺し合い、聖杯を奪い合う。どこまでも激しい戦いだった。その初戦で撃ち合った相手が、他でもない太陽神スーリヤの子とされる半神半人赤のランサーカルナだった。俺は、彼のことをあまり知らない。というか、ほとんど知らないと言ってもいい。

 彼のことで俺が知っているのは、彼が強いということ。そして、『英雄』であるということだ。あらゆる不遇を受け入れ、人生で決して何者をも恨まなかった誇り高い大英雄。

 あの大戦で、カルナに勝利した。俺の身体ではなかったとはいえ、バルムンクを槍で受け流していた。力量も、技量も、そして意志の強さも、誰より強いと思ったのだ。

 現に、謎の現象によって限界してしまったこの世界で、彼は俺より一ランク上の立場なのである。

 決して見せびらかすふうでなく、決して自慢するふうでなく、誰かに褒められるでもなく、彼はいつも俺の上にいた。

 

 

ユ「ジーク」

 

ジ「ユーリか。どうした」

 

ユ「どうしたじゃないよ!もう十二時だよ」

 

 

カーテンを開け、空を見ればもう日が高く登っていた。あれが父親とは、やはりどこか浮世離れしている。というか、浮世離れしかして居ない。歯に衣着せぬ物言いは健在なのに、彼を嫌うものは誰もいない。カルナは生前とは比べ物にならないほどの歓迎っぷりだと言った。彼の本質を知っているからだ。このギルドで誰よりも神に近い存在でありながら、自分を特別なものとせず、それ故に全ての人が平等に救われるべきだと考えている。

 

 俺は、ユーリに呼ばれ、一階に降りた。そこには、一際目立つ(存在感だけで)あの男がいない。

 

 

ジ「カルナは?」

 

 

 名前で呼ぶのはまだ慣れない。この街へ来てすぐ、クラスで呼び合うのは褒められたものではないだろうという結論に至り、お互い名前で呼ぶようになったわけだ。

 

 考えてもみてほしい、相手は神の子だ。そんな神の子を馴れ馴れしく名前で呼ぶなど、若干小心者の俺には難しかった。

 

 

ユ「カルナなら、朝っぱらからミッションしに行ったわよ。ライトやフラウたちと一緒にね」

 

 

 ユーリは、「カルナにジークは一緒じゃなくていいのか」と問うと、昨日のミッションで疲労したのだろうから、休ませてやってくれと返されたのだ。確かに、昨日は久しぶりにBランク以上の任務だったために、かなり体力を消耗させる術を使っていた。しかし、その挙句に寝坊というのは、どう考えても言い訳にしかならない。何故なら、ここにいるユーリも、俺たちと共にミッションをこなした。ユーリは白魔法の使い手で、後衛に回ることが多く、レベル4の獣に一瞬とはいえ殺られそうになっていた。それを、ミッションのために訪れた塔の五十階まで炎だけで飛んできたカルナが助けたのだ。

 ユーリをここに置いて行ったのは、おそらく足手纏いになるからではなく、十分に休息をとり、万全な状態で戦えるようにしておけという今任務に出掛けている班の仲間たちの計らいなのだろう。

 

 

「今帰った」

 

ユ「カルナ!?・・・ということは」

 

フ「おう!終わらせてきたぜ」

 

 

ユーリを励ます青年の名はカルナ。類希なるどころか、比肩するものなどいるのか?と思うような人外地味た白皙の美貌と、銀髪。空色の双眸。そして一際目立つ黄金の鎧『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ・クンダーラ)』。この鎧が、彼の名を語るには外せない対人宝具だ。最強と呼ぶに相応しい槍兵(ランサー)クラスの英霊である。

 無邪気に笑う小麦色の肌をした少年が、カルナの背後から出て来た。カルナの装備によって隠れて俺たちに見えなかっただけなのだが。

 この少年は、フラウという。孤児で雨が降る中、このギルドのマスターによって拾われたらしい。ついこの間までは、満足にミッションに参加させてもらえなかったうえに、班にさえ加わることを許されていなかった。この少年がミッションに加わってもいいと許可を得ることが出来たのは、他ならないカルナの業だ。フラウがカルナに直接特訓してくれと言ったらしい。無論それを断るカルナではなかった。

 

あれだけコミュニケーションという言葉を苦手であると公言するような男が、今では魔術師を目指す子どもたちにとっては憧れとなっているようだった。カルナがそれを自覚しているかどうかはさておき、あまりにも差が開きすぎた。

 理由はなんとなく理解できた。俺もカルナも、世界中のどこかの英雄ではあるが、この世界ではほとんど認知されていない世界だった。土地からの認知度が高ければ高いほど、力は増幅する。しかし、ほとんどゼロに近い認知度の二人には、決定的な違いがある。仮令、俺が高い防御力を誇っていようと、僅かながらも筋力を凌いでいたとしても、カルナと俺とではそもそもの基礎から違うのだ。しかし、それで諦めたのではない、ライバル(カルナ)が強くなっていくと同時に俺自身も、向上心が上がるというものだ。そして、いつかこの男に勝つ。ステータスや身分的な差があろうとも、実力でライバルを負かす。そして、再び彼と肩を並べこのギルドに来た初めの頃のように彼の背を守れる以上の力が欲しい。

 

 

ラ「日輪の槍(カヴァーチャ・シャリヤ)・・・ほんと壊れないんだね、その槍」

 

 

 カルナに話しかけたのは、水魔法を得意とするレベル4の優秀な魔術師ライトだ。金色の髪を肩くらいの長さに切り揃えた髪型に、蒼色の瞳をしている少年だ。穏やかで、比較的無口。カルナや俺ほどではないが・・・

 

 

ラ 「お父さんからもらったの?」

 

カ「いいや、これは基本装備でしかない。光と純金を混ぜた。錬金術のようなものだな」

 

この槍から繰り出される技の苛烈さは凄まじく、俺のバルムンクを弾いたほどだ。この槍を作った鍛冶師に一度会ってみたいものだ。

 

 

フ「師匠、ジークフリート、このあと暇か?」

 

カ「オレは、今日はもうない」

 

ジ「俺は、予定はない」

 

 

すぐにでも任務がやりたいくらいだが。

俺たちは、この後は暇だということで、フラウとライトに連れられて街に出た。

 

 

 



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第二話〜早々登場

 ジークフリートside

 

 

 

 俺たちは、フラウに連れられて街を出た。ここにいる四人とも、人付き合いが悪い方ではない。まず、カルナに関してはまず断らない。断ったら大雨どころか槍が降ってくるだろう。

 

 

ジ「どこへ行く?」

 

フ「まずは、カルナとジークフリートのコスチュームが出来たっていうから、取りに来た」

 

ジ「コスチューム?」

 

フ「いつも同じだろ?」

 

 

 服に対して全くこだわりのない俺は、確かに同じ服を着ている。フレアフルールに来て、初めて貰った報酬で買った三着。それを適当に着回す程度だ。任務で戦闘許可が出たら鎧になるのだから、こだわる必要も無い。しかし、フラウは気を遣って注文してくれていたのだ。その好意には甘える。

 そして、コスチュームを繕ってくれたという店に来た。俺のは、黒と白のコートだった。羽織るだけでいいので楽だ。夏どうするの?とライトから突っ込まれたが、そのときはそのときだ。

 

 

ジ「カルナは?」

 

フ「サンスの人だって言うから」

 

 

試着室のカーテンが開いた。一見すると複雑な模様が描かれたコートのようだ。下はゆったりとした綿のズボン。店員の説明によると、複雑な模様の襟なしコートはクルタというそうだ。そしてズボンはピージャマーというらしい。

 

 

フ「うん、二人ともいいんじゃね?これから基本装備それにしよう」

 

 

カルナ、少しだけ着せられている感が否めない。フラウが良いというのだから良いのだろう。カルナも、フラウが言うから問題ないと言った。この男は基本否定しないが

 

 

ラ 「カルナのお父さんとはちょっと違うのかな」

 

カ「会ったことがないのでな」

 

フ「ねぇのか」

 

 

カルナは死後昇天し、スーリヤと一体化している。一瞬だけ目が合うくらいはしたかもしれないが。

フラウとライトは不思議そうにカルナを見つめた。分からなくもない。父親は太陽神ですとはとてもじゃないが言えない。

 

 

フ「この後はどこか行く予定はあるか?」

 

カ「オレはないが」

 

 

ライトは、ないならないでこのままブラブラしようと提案。俺たちは休日でもないのにゆったりとした時間を過ごした。

ふとカルナが立ち止まった。

 

「お前達」

 

「どうした?」

 

 

黒で塗られた木の壁と朱色の柱というあまり見かけない様式の建物を通り過ぎたとほぼ同時だった

 

 

「鍛冶屋に行ってもいいだろうか。弓を依頼していたのだ」

 

 

この不思議な様式の建物がその鍛冶屋だったのだ。

弓と言われて思い出した。そういえば、『マハーバーラタ』では弓使いだったなと。神でも手に負えないくらい強力だったと聞く。「そうか、ここではもはやセイバーやランサーなどクラスに拘らなくてもいいのだったな」と思いながらカルナに付いて行った。この鍛冶屋の鍛冶師もカルナの友人の一人だそうだ。いつの間にここまで交友を広げていたのか。

 

 

「ヨミ、いるか?」

 

「ん?おぉ、カルナさん。弓出来上がってるよ」

 

 

ヨミ一級鍛冶師。横髪は胸元あたりまで伸ばされ、耳の後ろからは肩のあたりで切りそろえられている。この髪型はいいのか。その髪は黒と赤のグラデーションとなっていた。双眸も血を思わせる。この国に誇る鍛冶師らしい。 どう見ても少年だ。

ヨミは、一瞬カルナの格好を見ると、弓を持って来た。

 

 

「ほぉ、これは」

 

 

緋色の弓だった。弓を彩る黄金色の模様が美しい。何処と無くカルナを思わせる。カルナは少しだけ微笑みながら嬉しそうにその弓を受け取った。その弓の弧を握り、しっくり来る場所を捉えた。

 

 

「ありがとう、ヨミ。一万人抜き以上出来そうだ」

 

「お褒めに預かり光栄だよ」

 

「これは・・・幾らなのだろうか」

 

「カルナさんが思う値段でいい」

 

「では、これで」

 

 

カルナが取り出したのは、任務で手に入れたらしい超希少な純金だった。普通の金とは違うらしい。貰ったヨミが固まった。

 

 

 「えっと・・・いいの?」

 

 「ああ」

 

 

 おそらくだが、カルナなりの信頼の証なのだろう。

 

 

 「で・・・その衣装どうしたの」

 

 「フラウが注文してくれていたらしい。民族衣装のようだな」

 

 「故郷の」

 

 「ああ」

 

 

ヨミは思い出したように顔を上げた

 

 

「オレ、ヨミって言うんだ。よろしくね。大きいお兄さん」

 

・・・大きいお兄さん

フラウとライトがクスクスと笑っている。だって大きいじゃんと告げてきた。このような口調のサーヴァントがいたような気がする。同じ黒陣営に

 

 

「俺はジークフリート」

 

「えぇ!?」

 

 

よろしくと言おうとしたが、ヨミの叫び声に遮られてしまった。

 

 

「ニーベルンゲンの歌に登場する英雄だよね」

 

 

少しだけホッとした。俺の名前は知られていたようだ。これでジークフリートって誰?などと言われれば少しだけ凹む。

 

 

「今度は、俺の剣も頼んでいいだろうか?」

 

「ぜひ、ご贔屓にね」

 

「なあ武器見てもいいか?」

 

「うん、どうぞ」

 

 

壁に飾られている数々の種類の武器がある。型も十種類以上取り扱っているようだ。これを全て作ったのだ。恐ろしい腕だ

フラウは、白銀の刀身を持つ美しい剣を選び、ライトも藍色の槍を選んで買った。カルナほどのものは渡せないよ、と言って報酬を渡した。剣や槍を丁寧に布に巻き、箱に収めると紙を放った。

 

 

「欠損したりしたら無償で修復しますよっていう保証書だよ」

 

 

欠損が出た場合は、鍛冶師の責任だから無償で修復しますよというサービスだそう。カルナがいうには、これまで欠けたことは一度もないらしい。

 

 

「じゃあ、ありがとな」

 

 

俺たちは、ヨミに礼を言うと、鍛冶屋を出た。剣を注文してもいいだろうか、というと二つ返事で快諾してくれた。見た目は少年、人間とは違う気配がした

 

 

 「彼の本名はヨミ・アシュラ。鬼神アシュラの末裔らしい」

 

「鬼神って鬼のことだよね?」

 

「そうだ」

 

 

アシュラという鬼神は、なぜか昔から忌み嫌われ、差別されていたという。

 人懐っこそうな少年だったし、嫌われる要素はなさそうなのだが・・・生まれだけで差別されていたのだろう。しかし、カルナは誰かに対して侮辱したりしないだろうし、差別もしないだろう。そういう意味では、かなり励みになっているのではないだろうか。

 

 

 「優しいのだがな・・・ある組織に対しては殺したいほど憎んでいるらしい」

 

 

 鬼を差別した組織のことだろうか。カルナは、それ以上のことは話さないと言った。人の過去の話を本人の許可もなしに話すことは憚られる。

 

 

「あの少年はつよいのか?」

 

 「ああ、強かった」

 

 「手合せしてみたいものだ」

 

 

 カルナが強いというのだ。とても興味がある。鬼という種族は破壊力に長けているらしい。普通の人間ならば骨が粉々になるほどだという。レベルでいえば俺と匹敵するかもしれないとのことだ

 

 

「その弓、いつ使うの?」

 

 「次の任務のときに使うとしよう。ちなみに、この弓宝具としてはEXランク相当だぞ」

 

 

 俺が固まったことは言うまでもない。どことなく悪戯っぽく微笑むカルナが、フラウとライトを連れて帰ってしまった。俺はなぜ放って行かれたのだろう。

 

 

 

 

 




用語解説
サンス・・・インドのこと

人物解説
ヨミ・アシュラ
鬼神アシュラの末裔でかなり訳ありな少年。カルナのこの世界での武器をほぼ造っている。
ステータスは後ほど




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第三話〜更新されました

 

 

 太陽が昇り始める午前五時頃、俺の目覚まし時計が鳴った。昨日の夜、フラウとライトがカルナの朝のルーティーンを知りたいと言った。いつも八時頃まで寝ているフラウとライトがしっかり起きてきた。

 

 

 「本当にこの時間に起床してくるとは思わなかった」

 

 

 カルナはすでに昨日フラウに貰った服を纏っている。太陽に照らされ、カルナの髪の色が朝日の色に染まる。フラウやライトも滅多にそういうところを見ないからか、好奇心に溢れた目で見ていた。

そんな二人の視線に気づいたのか、カルナが振り向き困ったように笑った。確かにジロジロと、しかも二人に見られているというのは照れる。ここに来てから、カルナは表情を変えることが多くなった。初めて会ったときは、無表情だったというのに。別に笑わないというわけではないのだが。最近は少し明るくなったのではと思う。しばらく歩いていくと青々とした森が見えた。カルナは、迷うことなくどんどん進んでいく。まっすぐ行った先には、美しい泉があった。空を仰げば、まだ昇り切っていない太陽があった。

 

 

 「来ないのか?」

 

 「カルナさーん!」

 

 「ヨミか」

 

 

 嘘だろう。この男の接近に気付けなかった。カルナはすでに知っていたようだ。声をかけられようやく後ろにヨミがいることに気づいた。気配を消すうえに、物音ひとつ立てない。アサシンの才能があるかもしれない。

 

 

 「こんな朝早くにどうした」

 

 「朝食取ろうと思ったら、牛乳もパンもなかったから買いに来たの。その途中にカルナさんたちを見かけたから、ついて来たの。ここで沐浴してたんだ」

 

 「お前はしないのか」

 

 「まちまちだね。ピクニック日和だね」

 

 

 透き通るような青が頭上に広がっていた。雲一つない。確かにピクニックには最適かもしれない。ここには、人はあまり立ち入らないうえ、聞こえるのは鳥たちの囀りだ。

 

 

 「なんか・・・別世界に来た気分だよ。白皙の美人さんと太陽っていう組み合わせを見ながらパンを食べられる日が来るとは思わなかったよ」

 

 

 今、とんでもない言葉を発しなかったか。カルナは全く動じてもいないし、おそらく気にしてもいないだろう。どっかり座ったヨミは、俺たちにパンを分けてくれた。

 

 

 「ここのパン美味しいんだよ」

 

 

 カルナは、沐浴が終わったのか俺たちの近くまで来た。タオルを持って来なくてよかったのか。すると、カルナが魔力放出(炎)を発動した。それで乾かしていた。そんなスキルの使い方があるのか。「さすがカルナさん」とヨミは嬉々としていた。何がさすがなのかわからない。

 

 

 「カルナさんもパンどうぞ」

 

 「ありがとう」

 

 「うん」

 

 

 カルナは、華奢だがかなり大食いだ。一体どこに吸い込まれていくのか

 

 

 「すべて魔力になるんじゃないかな。カルナさん燃費悪そうだし」

 

 「そうなのか?」

 

「ヨミとキラにも燃費が悪いと言われた」

 

 

 一度に放出する魔力が尋常ではないのだろうとヨミは言った。食事が魔力供給の源にもなるらしい。俺はふつうに消化されている気がするのだが。ほとんど燃料なのか、食事は。俺の隣でフラウとライトがパンを頬張っていた。

 

 

 「これうっめぇ!」

 

 「うん、美味しいね」

 

 

 子ども二人がキラキラとした瞳でパンを頬張っていた。牛乳とパンがなぜかよく似合うが、それは子どもだからなのか。こう見ると、この二人は子どもにしか見えない。見た目とは裏腹に立派な魔術師だというのに。

 

 

 「そうそう、今日オレ、カルナさんのところのギルドから出動要請入ったんだよ。カルナと・・・それから灰色の髪のでっかい人と行けって言われた」

 

 「灰色の髪のでっかい人、とは俺のことか」

 

 

 俺はギルドでそういう認識なのか。知らなかった。

 

 

 「オレもか」

 

 「うん。オレ、魔術師認定証ないんだけど」

 

 「非正規魔術師なのだろう。マスターが言っていたぞ」

 

 「まあね。でも、カルナさんと一緒ならいいや」

 

 「では、ギルドに戻るか」

 

 「うん」

 

 

 体格はカルナよりもしっかりしているが、身長はカルナよりも低いかもしれない。

 

 

「今、ちっちゃいって思ったよね?」

 

「うむ・・・」

 

 

というか、子どもだと思っているとはっきり言うと、少しだけ怒られた。

 

 

 「カルナさん、今日は何で戦うの」

 

 「せっかくだからな、お前が作ってくれた弓を使わせてもらおう」

 

 

やったねと言って

俺たちは、ヨミを連れてギルドに帰還した。そこで、すぐにマスターの秘書で、ギルドNo.2の権力者のおそらく男エデンに依頼書を渡された。エデンは、翡翠色のセミロングと緋色の双眸が特徴で、少なくとも男には見えない。

 

 

「ん?プンダリーカとの合同任務?」

 

「プ、プンダリーカって・・・あのプンダリーカ?」

 

どのプンダリーカなのだろう。カルナでもあまり知らないらしい。聞いたことがある気がしなくもない

 

 

「たった十二人で構成され、洗練されたギルド。それがプンダリーカ。構成員のうち十人がLv6を超えるんだよ」

 

「そして、あと構成員のうち一人がLv7。最強のギルドですね」

 

 

Lv7はこの世界で指折りしかいない。構成員の一人がLv7なのだ。このギルドのLv7はカルナのみだ。

 

 

「さらに、そのマスターは上をいくLv8。しかもLv9目前」

 

 

カルナまで目を見張る。事実上この世界においてもトップだ。

そのマスターのためにレベル制限が制度化されたのではないかと言われるほどだという。

 

 

「手合わせ願いたいものだ」

 

「もうマスターに関しては伝説だと思ってるからね、オレ」

 

 

プンダリーカが強過ぎるためにでっち上げられたのではと。出会った事がある者が一人もいないから余計だ。

 

 

「なんで俺なの?コイドさんとかいるじゃん」

 

「別の任務に行っております。ジュールさんは大工さんのお手伝い。ユーさんは治療。フラウさんとライトさんはレベルが足りません」

 

「素材取りに行きたいんだけど」

 

「素材採れますよ。たらふく」

 

「よっしゃ任せてよ」

 

 

すぐに意見が変わった。すぐにも程がある

 

 

「まぁ、せっかくのプンダリーカとの合同任務です。ステータスの更新をしては?」

 

「そうだったな」

 

「忘れていた」

 

 

俺たちは、このギルドで専属医をしている男のところへ向かった。ドアを三回ノックしてキーがカチャっと開いた。そこに居たのは、銀色の長髪の少年キラ・マオヴァだ。愛称はマオ。カルナがマオと言っていたが、俺はニックネームでは呼ばない、というか呼べない質だ。

 

 

「まずは、ジークフリートさんからですね。はい、カード」

 

 

俺は自分の魔術師認定証を渡した。

 

 

Name ジークフリート Siegfried

AGE ?

ATP 8100→8800

HP 9000→9500

Skill 筋力B+

耐久A

敏捷B

魔力C

幸運E

黄金律C

仕切り直しA

竜殺しA→A++

騎乗 B→A

宝具A

幻想大剣・天魔失墜(バル・ムンク)A+

悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファブニール)B+

Lv6⇒

 

 

「ジークフリートさん」

 

「どうした?」

 

「もうすぐでLv7ですよ」

 

 

マオヴァ・キラの顔が晴れやかになったから何事かと思ったら、Lv7が目前だった。俺も心の中で大いに喜んだ。ただ、隣の男が上がっている可能性がある。

 

 

Name カルナ Carna

Age ?

ATP 11900→12500

HP 12900→13900

Skill 筋力B

耐久C

敏捷A

魔力B

幸運 自称A

対魔力C

騎乗A

貧者の見識A

魔力放出(炎)A

神性A

宝具EX

日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ・クンダーラ)

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)A+

日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)EX

Lv7⇒Lv8

 

 

 

「みなさーん!!」

 

「どうしました?マオさん」

 

「Lv8到達しました」

 

 

ギルド内が騒然とし、同じ隊であるコイドたちがようやくか、と祝った。これは夜は宴だろうな。

 

 

「カルナさんすごい!」

 

「最速じゃね?」

 

「彼でもLv8に到達するまで五年はかかったのに、カルナさんはまさかの三年。一度戦ってみてほしいですね」

 

 

ギルド内でもかなり腕が立つエデン(隠れLv6)も、骨が折れる相手ですと言った。この人のことだから、そこまで本気でやってこなさそうだ。

 

「多分、骨が折れるの意味が違うと思う」

 

「ええ、物理的に」

 

「そっちか」

 

「久しぶりにわたしも行ってみたいものですね。任務」

 

「来るか?」

 

「お三人がいますし、ここに怪しい輩が来た時ぶっ飛ばす人が必要でしょう?」

 

 

天使のような微笑を浮かべる男からのぶっ飛ばす発言。この人は、笑顔でとんでもない爆弾を投下してくる。それにしてもプンダリーカのマスター、俺も戦ってみたい。レベル補正があるのが問題だ。

 

 

 

 




人物紹介
エデン
フレアフルールマスターハイリの秘書。翡翠色の髪と緋色の双眸の美人。

キラ・マオヴァ
フレアフルールの専属医。医者でありながら人見知り。怪我人や病人を治すためなら命を懸けるほどの情熱を持っている少年


用語解説
プンダリーカ
二ーロートパラ王国の首都カマラに位置するギルド。十二人からなる最強のギルド



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第四話〜合同任務開始

ジークフリートside

 

 

今回のプンダリーカとの合同任務において、集合は現地でということになっていた。現地でとは言うが、その場所は船でようやくたどり着けるような場所だ。Lv5以下の魔術師は侵入禁止。それだけの危険地帯だ。最寄りの駅を下り、そこから1キロほど歩いてようやく湖が見えた。その中心にある島が今回の現場。しかし、無人の船しかない。

 

 

「すみません、フレアフルールの方々でしょうか」

 

 

俺たちは一斉に振り向く。3人の男がいた。濃い茶髪の男。黒髪短髪の男。深い青の癖っ毛の男。全員見たことの無い服を着ている。ヨミ曰く、袈裟だそうだ。青髪の男だけかなり着崩している。

 

「プンダリーカの者です。遠いところからおいでいただき、ありがとうございます。詳しくは、船内でお話致します」

 

「どうぞ、お乗り下さい」

 

 

丁寧に船内へ案内してくれた茶髪の男と黒髪の男。しかし、青髪の男は無愛想に俺たちの後ろを歩く。プンダリーカが所有する船に乗せてもらえることになった。無人と思っていたが、彼らの船だったのだ。案内してもらった船内は、俺のギルドの部屋よりも広い。上等そうなカーペットが敷かれ、ソファが置かれ、テーブルも置かれ、奥にはキッチン。過ごしやすい空間だ。しかし、これから任務に向かう船とは思えない

 

 

「主も乗りますからね。狭い船内に乗せる訳にはまいりません」

 

 

彼らのマスターはかなり高い身分のようだ

 

 

「さて、まずは自己紹介から。クシティと申します」

 

 

濃い茶髪の男がクシティ。土の使い手。ヨミ曰く、クシティとはサンス語で大地を意味するそうだ

 

 

「私はサーガラと申します」

 

 

黒髪短髪の男がサーガラ。水の使い手。サンス語で海を意味する。

 

 

「ヴァジュラだ」

 

 

どういう魔術を使うのか教えてくれなかった青い髪の男がヴァジュラ。サンス語でダイヤを意味する。おそらく硬質系の魔術師だろうとカルナが言った。空かさずクシティ殿が硬質系の魔術師ですと教えてくれた。カルナの予想通りだった。

 

 

「サンス語の意味が分かればほぼ答えだよ」

 

「そうだな」

 

「マスターの名前は?」

 

「シャンティ・プリハスパディ」

 

「うそでしょ・・・」

 

 

少しだけ渋ったクシティ殿だったが、合同任務をするからと教えてくれた。非常に申し訳ないことだが、このギルドの人物の名前がなかなか覚えづらい。特にマスターは名前が長い

しかし、出てきた名前にヨミだけでなく、カルナまでもが驚いた様子だった。シャンティという名前に覚えがない。カルナ曰く、嫌でも名前を聞くという

 

 

「シャンティとは?」

 

 

今度は俺を見て全員が驚いた。Lv8でこの世界最強の魔術師であるということは、エデンから聞いて知った。そんなにも有名な人物なのか

 

 

「二ーロートパラ王国の国王だよ」

 

「お、王だったのか・・・」

 

 

サンス語で睡蓮を意味する二ーロートパラ。その国の王の顔は、国民以外で知っている者はいない。しかし、聖王と呼ばれ、慕われているという。世界中枢同盟(セントラル)の組織が嫉妬するほど大人気らしい。世界最強の男が国王。さらに、この世界で唯一皇帝という称号をもう事が許された男。

 

 

「シャンティ・プリハスパティ。平和を祈る主っていう意味なんだって。まさかそんな人がマスターだなんて」

 

「そのような王が我々を頼るとはな」

 

「ええ、我が主はフレアフルールを推されました。今回の任務を合同としたのは、手が空いている人間がこれだけしかいなかったというのもあるのですが」

 

 

残り八人のギルドメンバーのうち、3人は非戦闘員。国の周りと国内を監視する役割を持つ。それでもレベル6なのだから恐ろしい。あとの5人のうち2人は当番制で門番をしている1人諜報部員として潜入調査中なので帰ってこない。そして外交のために他国に交渉に行った者がいるので1人減る。マスターを守る者が必要なので、1人減る。こうしてこの3人が任務に出る者として選ばれた。

 

 

「その3人のうち1人くらい出せなかったの?」

 

「監視の対象が違うのです。1人は結界に歪や亀裂ができていないかを終始監視。1人は怪しい人物がいないかを終始監視。1人は国内に呪いが蔓延していないかを終始監視」

 

 

結界に亀裂が生じた場合は、その1人が結界を補強。怪しい人物がいれば、即門番へ報告。万が一呪いが蔓延していたら、その1人が浄化する。3人いて国が守られている。つまり、1人として欠けてはならないのだ

 

 

「任務がどういうものかは、資料を読んでくださるとお解りになるかとは思いますが、確認しておきましょう」

 

「うん、確認は大事だよね」

 

 

シュヴァルツという蛇の鱗を持ち帰ることが任務だ。その鱗には猛毒があるという。鱗を持ち帰る任務をした者のうち、ギルドのなかで少なくとも2人は毒に侵され意識不明。その他のギルドは恐れて断ったという。そして回ってきたのがフレアフルールとプンダリーカ。プンダリーカは依頼者にとっても最後の砦なのだろう

 

 

「毒に耐性なんてないんだけど・・・」

 

「ご心配なく。シャンティさまからの恩恵により、我々は毒や呪いの効果を受けないのです。それはあなた方も」

 

 

自分が味方だと判断した者に等しく恩恵を与える『聖なる沙羅双樹』。他所のギルドの一メンバーにもその魔術をかけてくれたのだ。

 

 

「安心しやがれ、ひ――シャンティの魔術だ。信じて損はしねぇよ」

 

「まず、シュヴァルツの鱗に毒はないよ。シュヴァルツの鱗を毒でコーティングしているとかじゃない?」

 

「コーティング?どういうことだ」

 

 

カルナが尋ねた。ヨミには心当たりがあるらしい。実は、シュヴァルツの鱗を使った武器を過去に錬成しているというのだ。この任務の内容を読んだ際、ヨミは違和感を覚えていたという。ここで再確認をしたことで違和感の正体に気付いたのだ

 

 

「俺が違う場所で収穫したシュヴァルツの鱗から毒が検出されたことはないんだよ。マオくんに確認してもらったから間違いないと思う」

 

 

医療のスペシャリストであるキラだが、安全かどうかを検査する任務を受けることがあるという。人の手に渡る武器の素材に毒が付着していては大問題だ。そのため、収穫した素材一つ一つを精査してもらう必要があるのだ。そのキラが見ても鱗の表面から細部に渡って調べても毒は検出されなかった。そのシュヴァルツだけではと思ったが、ヨミがシュヴァルツの鱗を収穫したのは一度や二度ではなかった。兵士の鎧を造るために使われるため、かなりの量の鱗が必要となる。別のシュヴァルツからも検出されていない。「五体いて五体とも検出されなければ毒はないと見ていいんじゃねぇか」とヴァジュラ殿が呟いた

 

 

「そういえば、シャンティさまが仰っていました。シュヴァルツの抜け殻を見たことがないと」

 

 

クシティ殿が言った。蛇は普通脱皮する。しかし、何度もシュヴァルツの鱗を収穫してきたヨミでさえ、抜け殻を見たことが一度もないという。

 

 

「ならば・・・脱皮するときどこかに隠すということか」

 

「脱皮するときに襲われたらヤバいからね」

 

「しかし、抜け殻と毒にどのような関係がある?」

 

 

俺は単純に疑問に思った。脱皮すれば抜け殻が放置される。脱皮する際に襲われるのを恐れて洞窟で身を潜めて脱皮したとする。しかし、この時点で毒との関係性が見当たらない。

 

 

「そこだよなぁ」

 

「シュヴァルツの抜け殻は溶けるとも仰っておりましたよ」

 

 

 今度はサーガラ殿が言った。シュヴァルツの鱗は脱皮した後は柔らかいが、少しずつ空気に触れることで硬度を増す。しかし、抜け殻は空気に触れれば触れるほど柔らかくなっていき、ゆっくり溶けていくという。

 

 

「溶ける・・・空気に触れて溶けるって・・・腐ってない?」

 

「腐敗した抜け殻は毒を発生させるということか」

 

「いや、それでもおかしい」

 

 

島に着いた俺たちは、話しながら船を降りた。クシティ殿が疑問を投げかける

 

 

「確かに、腐敗した抜け殻から毒が発生するのはわかります。しかし、人を意識不明にさせるほどの毒だとは思えないのです。元々毒を持たないシュヴァルツが腐敗したところでたかが知れています」

 

 

クシティ殿の言いたいことはわかる。確かに、腐敗した物質から毒が検出されることはある。しかし、精査に精査を重ねて何も出なかった物質が意識不明になるほどの毒を発生させるのかと問われればそうではないと考える

 

 

「コーティング」

 

 

ふとそれまでほとんど話さなかったカルナがポツリと呟く。ヨミが始めに推した説だ。

 

 

 「毒を塗るなら検出はできる。しかし、意識不明になるほどかはわからない」

 

 「その可能性が一番高いか・・・」

 

 「どうしてここに来るときに、シャンティさまは抜け殻の話をなさったのでしょう」

 

 

 長い付き合いであるギルドメンバーが分からないなら、俺たちはさらに分からない。そこで、ヴァジュラ殿がハッとしたように顔を上げた

 

 

 「抜け殻が何かに利用されているってことはねぇか?」

 

 「そんなデカいもの・・・あ」

 

 「お前にもわかるか?」

 

 「脱皮する際隠れる。そこを隠れ蓑にして例えば・・・実験とかしてたりさ」

 

 

全員がハッとする。実験。隠れて実験を行うのならば、巨大なシュヴァルツの抜け殻は絶好の場所。ただ採取するだけであれば、生きているシュヴァルツから収穫しようとは思わない。しかし、この洞窟で生きているシュヴァルツと抜け殻がある場所は別々だろう。ヨミは、目がいいのもシュヴァルツの特徴だという。そんなシュヴァルツの視界に入ろうものなら襲われる覚悟をした方がいい。しかし、意識不明の状態であるのに無傷だったという。依頼の内容欄とは別紙で資料もある。

 

 

 「戦っていなかったってことだね」

 

 「こうなると・・・話しているよりも探す方が賢明ではと思えてきましたね」

 

 「ああ。じゃあ、さっそく行こうぜ」

 

 

 俺たちは、考えることをやめ、まずはシュヴァルツを探すことにした。

 

 




登場人物
クシティ
二ーロートパラ王国の国王の使用人の一人で、プンダリーカの構成員。土系統の魔術師。特技は庭の土を変えること

サーガラ
二ーロートパラ王国の国王の使用人の一人で、プンダリーカの構成員。水系統の魔術師。特技は掃除。年末は鬼と化す

ヴァジュラ
二ーロートパラ王国の国王の親友であり右腕。プンダリーカのエース。硬質系の魔術師。特技は昼寝(おいおい解説)

シャンティ・プリハスパティ
二ーロートパラ王国の国王であり、プンダリーカのギルドマスター。この世で最強のLv8の魔術師。(おいおい解説)


サンス語(サンスクリット語)解説
二ーロートパラ・・・睡蓮
プンダリーカ・・・白い蓮
カマラ・・・紅い蓮
シャンティ・・・平和、静寂
プリハスパティ・・・祈祷の主




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第五話〜洞窟調査の醍醐味

ジークフリートside

 

洞窟に入った瞬間に異様な雰囲気を感じた。どんよりとしていて、やる気をなくしてしまいそうなくらいの重い空間だった。

 

 

「なんだこの空気」

 

 

少し歩くとすぐに分かれ道。この先のどちらかにシュヴァルツか、シュヴァルツの抜け殻か、素材の宝庫か

 

 

「洞窟探検にありがちだよね、分かれ道」

 

 

どんよりとした空間で、場違いでしかない飄々とした声音。だが、この明るさが助かっている節はある

 

 

「お前すげぇな」

 

「なんで?」

 

「普通こんなところで燥げねぇって。見た目通りガキなんだな」

 

 

ヴァジュラ殿の揶揄するような物言いに、探検だ探検と笑っていたヨミがムッとした顔で振り向いた。子供が拗ねているようにしか見えない

 

 

「誰がガキなのさ!」

 

「むきになるのはガキの証拠だな」

 

「ガキって言う方がガキなんだよ!」

 

 

どっちもどっちのような気がするのだが。クシティ殿とサーガラ殿も頭を抱えていた。エデンからプンダリーカの説明を受けたとき、硬派なギルドなのだろうと思っていたのだが、思いの外楽しそうなギルドだ。親近感が湧いて来るような湧いてこないような

 

 

「しかも、ちっせぇし」

 

「君こそ、なにその髪型。ライオンかよ!」

 

「んだとてめぇっ!」

 

「ヴァジュラさん、いい加減にしなさい」

 

「ほーら怒られた~だっさいの」

 

「ヨミ、お前もやめろ」

 

 

やはりどっちもどっちではないか。こんな初対面でこれだけ仲良さげな会話を繰り広げられるのもすごいと思うが。仲が良いなというと、仲良くない!と返ってきた。声が重なっているあたり、やはり仲が良い

 

 

「硬派な感じで行きましょうって言ったじゃないですか」

 

「そうです。そのうち親近感が沸くとか言われてしまいます」

 

 

もう思われている。常時ピキピキした状態よりも、こうして賑やかな方がいい。特に、この空間のようなどんよりとした雰囲気のなかでは

 

 

「二人ずつ分かれて探さないか?」

 

「うん、そうだよね。それこそ醍醐味だよね」

 

 

これは洞窟探検が目的ではないはずなのだが。シュヴァルツの鱗を収穫してようやく任務は終了する。しかし、ヨミが言うように実験が行われていた場合は、依頼者ではなくそれぞれのマスターから判断を仰ぐことになるだろう

 

 

「出会したとしても戦闘は避けようぜ」

 

「一番に喧嘩を売る方が・・・しかし、その意見には賛成です」

 

 

敵の姿を見つけると空かさず飛び出していくのはヴァジュラ殿だという。そのヴァジュラ殿からの「戦闘は避けようぜ」という提案。槍の雨が降りそうですねとサーガラ殿が言った。そんなにも珍しいことなのだろうか

 

 

「この洞窟が崩れかねないからな。オレも賛成だ」

 

「シュヴァルツ下手したらウン100メートルくらいあるからね。そんなの暴れたら最悪だよ」

 

 

ウン100メートルか。そんなものを隠せるほど、この洞窟は広いのだろう。これはシュヴァルツの居場所を特定するのも一苦労するだろう。

 

 

「組み合わせはどうするの?」

 

 

どんな組み合わせでも大して変わらないだろうということになり、くじ引きで決めることになった。

 

 

「えぇー」

 

「マジかよ」

 

 

カルナとクシティ殿。オレとサーガラ殿。やはりと言うべきだろうか、ヨミとヴァジュラ殿だ。

 

 

「なんでお前なんだよ」

 

「それはこっちのセリフなんだけど」

 

「よろしくお願いいたします」

 

「ああ」

 

「少しだけ興奮致しますね」

 

 

・・・あなたもなのか

嫌そうなヴァジュラ殿とヨミ。真面目なクシティ殿と手短な返事で済ませるカルナ。興奮すると発言したサーガラ殿。ヨミほど燥いでいる訳では無いが、心のなかはワクワクしているらしい。

 

 

「帰ったら絶対シャンティに俺の運だけでも上げてくれって頼んでやる」

 

「そんな魔術あんの?」

 

「シャンティなら持ってそうじゃねぇか」

 

 

持ってそうというだけで頼まれようとしているシャンティ殿に少しだけ同情する。シャンティ殿はどのような魔術を使うのだろう。サーガラ殿に後で聞こう

 

 

「さて、抜け殻を見つけたらどうする?」

 

「そこで待ち合わせじゃない?」

 

「しかしそうしますと、またここに戻ってくることになるのでは?」

 

「その前にね、途中でまた分かれ道あったらどうする?」

 

 

内部の構造がわからないこの巣窟だ。他に分かれ道があるとみていい。そうなると迷子になってしまいそうだ。

 

 

「真っ直ぐでいいと思う」

 

「何でだよ」

 

「単純に、迷うからだ。ここにエデンがいないことが救いだな」

 

「ホントだよね」

 

 

ヨミなら分かるが、カルナまでもがため息をついた。ヨミ曰く、エデンの方向音痴は重症だという。二人一組であれば問題なく進めるが、一人で調査に出かけようものなら、辿り着くまでに少なくとも二日掛かるらしい

 

 

「ヨミはよく依頼を受けるのか?」

 

「うん、受けるよ。一番多いのは武器錬成だけど、偶に他国の島だったりするんだ。その国の王に許可貰わないといけない。その時に付いてきてもらうんだよ」

 

 

武器の素材が他国の島でしか採れない場合、許可の交渉するのはエデンの仕事だ。基本的にエデンの任務は王族関係。王からの依頼と、王への交渉がほとんどらしい。繋がりもあるから許可も下りやすいそうだ。

 

 

「危険な、それこそシュヴァルツより暴れる生物を相手にする時は着いてきてもらうこともある。そこで基本迷子になる」

 

「エデンが用意するマップもひどいものだ」

 

「親切に道順に線を引いておいてくれるんだ。ただ、その道が遠回り過ぎたりするんだよ」

 

 

そもそも最寄り自体が最寄りになっていないこともあるという。例えば駅ならば二十分ほどで辿り着く所を、港からナビが始まっていたりする。その港からは一時間もかかる。そのようなことが何度もあったという。俺は、ヨミが頻繁にギルドに来ていたことに密かに動揺していた

 

 

「ヨミは、よくギルドに来るのか?」

 

「うん。そんなに存在感ないの?」

 

「気配を消してくるお前が悪い」

 

 

何度も来ているのに、気付けなかった自分に落胆する。

 

 

「内輪話を楽しむのはいいんだが・・・そろそろ行かね?このままだと日跨ぐぞ?」

 

「その意見には賛同するよ。あ、とにかく真っ直ぐ突っ切ってね」

 

「わかりました。抜け殻が見つかったら念話で報告をお願いします。呉々も、独断で調査に踏み込まないようにして下さい」

 

「承知した」

 

 

俺たちは、ようやく洞窟の探索に踏み込むことにした。内輪話は必要だったのだろうか

 

 

 



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第六話〜探検じゃないよ、調査だよ

アシュラside

 

 

カルナさんたちと分かれてから、何分経ったのかわからない。この島に来てから時計が使い物にならなくなった。そんなことはオレにとってなんの問題もない。問題は、オレの隣だ。ヴァジュラ。腹立たしいことに、この合同任務に参加することが決まっていたのだ。プンダリーカのエースだというのだからさらに腹が立つ。

 

 

「ねぇ、キミってシャンティさまの何なの?」

 

「右腕だ」

 

「それにしては親しそうじゃない」

 

 

シャンティって呼び捨てにしている時点で、右腕という説明だけでは納得出来ないというのが素直な感想だ。友人関係としか思えない

 

 

「友だち?」

 

「友だちだったが正しい」

 

 

なんだ、過去形なのか?なんか切ない友情だ。元友だちなら距離を置いておきたいものだけど、離れたのは心だけ的なことか?信用されているのは任務達成率ということなのか

 

 

「シャンティさまの方は友だちだって思ってたりしないのかな」

 

「そうだといいな」

 

「は?」

 

 

そうだといいな。シャンティさまが友だちだと思っていたとしても、この男はだったと言い切るのか。

 

 

「どうして距離置いちゃったの?」

 

「皇帝になっちまったから」

 

「ん?」

 

 

自分の耳を疑った。地獄耳のオレが聞き間違えることは無いはずなのだが。皇帝の称号を貰える人はまずいない。唯一の皇帝。偉大すぎる。だからこれまでのように友人ではいられない。ということらしい。ヴァジュラの考え方は分からなくはない。偉大すぎて近付くのも憚られる。良く言えば身の程を弁えている。でも、悪く言えば友人を王というだけで捨てた

 

 

「皇帝になったから、離れるんだ。シャンティさま、王族の友人とかいないの?」

 

「俺だけだって言ってたな」

 

 

ちょっと待って、この男最低じゃないか?そもそもシャンティさま自身貿易は使用人に任せている。使用人が大臣的な立ち位置にいるわけだ。そうなると、他国の王族で友人はいない。次に一般の友人を探してみる。どう考えても見当たらない。友人だったらギルドにいるはずだ。でもいない

この男のほかに友人がいないのに、皇帝になってしまったことを理由に友人として接してもらえなくなってしまった。その皇帝本人はまだ思っているかもしれない。というか、思ってくれていたらいいなとか言っていたくせに、自分は距離を置くとはどういうことだ。これはシャンティさまが可哀想だ。

 

「それって結構辛いよ」

 

「シャンティがか?」

 

 

「そうだよ。たった一人の友人を失うって、だいぶ辛いよ」

 

 

王はただでさえ独りだって聞くのに、皇帝なんて称号まで与えられて、さらに友人を失うという。この男には友人がいるかもしれないけれど、王の周りにいるのは友人じゃなくて尊敬と憧れの念を抱いた最強の使用人たち。

 

「孤高にするのは、王じゃないよ。国民なんだ」

 

「お前に何がわかんだよ」

 

「友人を失った王が王としての地位を捨てて行方不明になった事件があったんだよ」

 

ヴァジュラの顔が真っ青になった。王は心が強くないとできない。皇帝になるくらいだ、強いなんてものじゃないだろう。でも、強くいられる理由は精神面で支えてくれる人がいるからだ。信用とかじゃなくて、人としての当たり前の感情だ。

 

 

「その王が数か月後に遺体で発見された」

 

「・・・」

 

「理由は・・・大切なものを失ってしまったから」

 

 

 

王にとって大切なものは国民だ。それは確かだろう。その結果に得たものが皇帝なわけで。その皇帝の称号を授与された途端に、誰よりも大切な人を失うことになってしまった。しかも、自分の意志とは関係なく。

 

「クシティさんたちのことも大切に思っているはず。国民のことを思っているはず。でも、誰よりも大切なのは君じゃないの?たった一人の友人なんでしょ」

 

「・・・」

 

ヴァジュラは黙ってしまった。優しい王は、きっとヴァジュラが何をしても笑いかけてくれるだろう

 

「・・・そうだな」

 

「え?」

 

「シャンティが言ってたんだよ。皇帝の地位なんていらないってな」

 

王なら大喜びで貰う皇帝の称号。シャンティさまはそれを断る気でいたという。栄誉ある称号よりも、ただの一国王でいたいと。それにしては強いうえに人気なうえに偉大過ぎた。うちの国王にも見習ってほしいレベルだ。富と名声のことしか考えていない。エデンさんの愚痴を聞いていれば嫌でも思う。エデンさんの偏見が入っていたら分からないけれど

 

「皇帝になると何かを失いそうな気がするって」

 

「それで嫌がったんだ。君ほんとに最低だね」

 

「・・・否定できねぇな」

 

「この任務終わったら絶対謝りなよ」

 

「ああ、わかったよ」

 

「じゃあ、この話はおしまいにして・・・探検開始」

 

「調査だっての」

 

「あれ・・・言ってたら突きあた・・・り?」

 

歩くのが早かったのか、それともそこまでが短かったのかはわからないが、突き当りがあった。家でも建てられそうなくらいの広い空間だった。周りは岩しかない。どうみても何もない。でも、オレとヴァジュラは違和感を覚えていた

ゾッとするような感覚だ。畏怖の念を覚える感覚とかではなく、ただただ気持ち悪い感覚だ。岩肌に触れてみる。ヴァジュラも同じくそうしていた。明らかに自然にできたものではないと推測できる場所があった。俺はもう一度その場所まで戻った。切れ目があった。クレバスではない

 

「ヴァジュラ」

 

「こっちに切れ目がある」

 

「そっちにも?こっちにもあったよ」

 

オレはヴァジュラの方に寄った。うまいこと造ったなと一種の感動を覚える。岩がスライド式のドアになっていた。

 

 

 

「ある意味すげぇよ」

 

「同感だね」

 

どんな加工をしたら岩をスライドドアにかえられるのか。ちょっと作り方を教えてほしいくらいだ。それなら珍しい素材を補充できる。今日はたらふく持って帰る気で来たのだ。エデンさんに素材たくさん採れますよ言われて来たのだから。若干騙されたと思っている。

 

「行くか」

 

オレたちは洞窟の岩肌にできた洞穴に足を踏み入れた。どんよりとした空気。この洞窟の入り口とは比べ物にならないレベルの悪寒がする。ぐちゅっという音。泥でも踏んだのか?

オレは火の使い手だ。だから灯りを点けるのは大得意だ。ちなみに、錬成のときに金属を曲げる際にも便利だ

 

「お、便利でいいな」

 

「でしょ・・・うわぁー」

 

オレたちのテンションは上がるどころかただただ下がった。そこは地獄だった。ぐちゃっという音は

 

「肉?・・・」

 

「ひどい匂いだな」

 

点けるんじゃなかったと本気で後悔した。こんな地獄を見るのも久しぶりだ。これは例外中の例外だろう。どんなことをすればこんなに凄惨な状態になるのか。溶け具合からみて火傷ではないことはわかる。マグマを上からかけられましたというなら皮膚や肉がドロドロに溶けてもおかしくはない。

 

「例の毒か?」

 

「いやでもさ、資料の写真見たけどこんなことになってなかったよ」

 

「だよな。この溶け方・・・外からとは思えねぇ」

 

 

胸糞悪い光景だ。外側から溶けたのであれば、皮膚は跡形もないだろう。でも、皮膚はまだ残っている。ぐちゃぐちゃなのは肉のほう。全身を見みれば、あらゆる内臓が取り出されていることがわかった。目を背けたいレベルの有様だ

 

「ひでぇな・・・」

 

真っ青な顔で呟くヴァジュラ。オレも同じような表情をしているだろう。こんなところに遺体処理場があった。任務的には見つけることができてよかったのだが、人間として見つけなければよかったと思ってしまう。オレは鬼だけど

 

「これってさ・・・指示仰ぐ系のやつじゃない?」

 

「ああ」

 

「エデンさんに連絡するよ。シャンティさまは最後の手段だよ」

 

この依頼に関して、フレアフルールの指示するのはマスターではなく、マスターの秘書であるエデンさんなのだ。エデンさんのギルドでの地位は高い。呼ぶのはいいが、来れるかどうかが問題だ。それ以外は何の問題もない。

 

「ここはフレアフルール影のボスに任せることにして・・・ん?噂をすれば何とやら。エデンさんからだよ」

 

エデンさんから物凄くいいタイミングで念話が届いた。念話に圏外なんてものはない。山の中でも海の中でも使えるから便利だ。どうやらヴァジュラにも聞こえているらしい

 

『カルナさん、ヨミさん、ジークフリートさん、プンダリーカの皆様、お疲れ様です。追加の情報を得ましたので口頭でご報告いたします』

 

内容に愕然とした。オレたちが集合していた国の住人が、ここ数か月で50人以上行方不明になっているというものだった。元々人口の少ない国。その国から五十人もの人がいなくなっていたら、誰かが違和感を覚えたはず。なぜそれが世界に出なかったのか。何者かが関与している可能性もある。正確な人数を言うと54人だ。人口132人のうちの54人。そして、そのなかの全員が子ども。

 

『シャンティには伝えたのか?』

 

『シャンティさまからの情報です。現在シャンティさまはその国にいらっしゃっていたようですので』

 

シャンティさまがなんでそんな危険なところに行っていたのか。でも、おかげで行方不明者の情報を得ることができたのだ。そして、その行方不明者はここにゴミのように捨てられている。同じことをしてやりたい気分だ。

 

「その行方不明者だと思われる遺体が見つかった。ヴァジュラ、何体?」

 

「35体だ」

 

『それでは、今からわたしがそちらに向かいます』

 

「絶対誰かに送ってもらってよ?」

 

 

『大丈夫ですよ』

 

「ほんとかな・・・シャンティさまに送ってもらったら?」

 

『彼は暇ではないのですよ。別のお仕事をなさっておいでです』

 

『いや、終わり次第私も向かおう』

 

なんか知らない声が聞こえてきた。話の流れで言えば、あの人だ。オレのなかではほとんど伝説上の人でしかないシャンティさまだ

 

「お前の手を煩わせるまでもねぇよ」

 

『・・・そうか、ヴァジュラがいるならば安心だな。それではエデン、後は任せる』

 

『はい、かしこまりました』

 

なんで断ってんだよ、この男。そんな言い方してたらいつか任務に失敗して信用失うぞ。でも今は困る。

 

「じゃ、調査進めよっか」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 



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第七話〜ただいま模索中

クシティside

 

 

・・・どうする

かれこれ三十分ほど気まずい空気が流れている。エデンさまからは、「カルナさんは話を聞いてくれますよ」と言うので、「何年目なのですか?」とか、「どのような魔術を使うのですか?」とか、挙句の果てには「今日は晴れるでしょうか」などと質問してみたのだ。そしたら、一言だけ答えてそのあとは黙る。

 

 

「何年目なのですか」

 

「3年だ」

 

「どのような魔術を使うのですか」

 

「火だ」

 

「今日は晴れるでしょうか」

 

「晴れだと言っていた」

 

 

会話にならない。今私は、自信喪失しかけているところだ。シャンティさまの命で他国の王に対面し、交渉することもある。自分で言うのもあれだが、コミュニケーションというものに自信があった。今日この時までは。

 

 

「カルナさま」

 

「・・・その、カルナさまだが」

 

「はい?」

 

「何となくこそばゆいのでな・・・カルナでいい」

 

 

自分から話しかけて来てくれたと見ていいのだろうか。カルナさまと呼ばれることがこそばゆいらしい。

 

 

「分かりました、カルナさん。ああ、そういえば」

 

 

カルナさんが私の顔を見た。しかしそのあとは、同じように周りをキョロキョロ見渡し調査する。こういうところは真面目でいい。この任務に、カルナさんをはじめとするフレアフルールの三名を選出したのはエデンさまだ。合同任務になるだろうからとシャンティさまが推したのがフレアフルールで、出来ればフレアフルールで優秀な者を3人選出して欲しいと頼んだのだ。そして昨日報告に来てくれた。

 

 

「カルナさんとジークフリートさんは、ギルドの中でも任務達成率がずば抜けておいでです」

 

「このヨミという男は?」

 

「彼はこのシュヴァルツという蛇と何度も対面しております故、慣れているかと」

 

 

仕事が早く確実に熟すカルナさんとジークフリートさん。このシュヴァルツの鱗採取任務において、シュヴァルツの知識を持つ者が必要だろうと非雇用のヨミさんを選出した。

 

 

「ここまでの人員を揃えてくれるとは思わなかったぞ。ありがとう、エデン。物凄く助かる」

 

「ただでさえお忙しいのに、フレアフルールの名簿を渡すだけというわけにはいきませんからね」

 

「そうだな。其方のおかげで手間が省けた。ところで・・・私はこのカルナという男に興味がある」

 

 

その時、シャンティさまのそばに居たプンダリーカのメンバーとエデンさまがキョトンとした。

 

 

「どんな戦いをするのか見てみたい」

 

 

困惑したエデンさまは久しぶりに見た。その場の全員が騒然としたのは間違いないのだが。まさか王の方からそんなことを言うとは思わない。

 

 

「見てみたい・・・シャンティさまもいらっしゃると?任務に?」

 

「出来れば」

 

 

風邪をひいて寝込んでいる人が一体何を言っていたのだろう。熱に浮かされて正気ではなかったと思いたい。全員で説得し、シャンティさまの任務参加はなくなった。

ということを、カルナさんにお話した。すると

 

 

「オレも、シャンティには興味がある」

 

 

・・・よ、び、す、て

まあしかし、カルナさんにとっては他国の王。無理に「王」や「さま」をつける必要は無い。

 

 

「そ、そうですか。この任務が終わったら、お会いになられますか?」

 

「いいのか?」

 

 

今まで一番良いリアクションが返ってきた。王に対して興味というのが気にはなるが。

 

 

「・・・プンダリーカのギルドマスターが二ーロートパラ王国の国王とは知らなかった」

 

「公言しておりませんからね」

 

 

シャンティさまは、何があろうと国際会議に出席しない。セントラルからの誘いにも絶対に乗らない。セントラルの幹部が国のゲートの前に来ても門を開けない。プンダリーカのメンバーの一人が、セントラルのブラックリストの一番最初にシャンティさまの名前があると言っていた。それを聞いたシャンティさまは、「ブラックなのはセントラルの方だろうよ」と真顔で言っていた。

 

 

「聖王に嫌われているのか・・・」

 

「はい。救いようがない莫迦と仰っていましたね」

 

 

シャンティさまの辛辣な意見にカルナさんが苦笑する。そんな表情をするのか、この人。基本的に無表情だと思っていたが、意外にも分かりやすい

 

 

「む・・・分かれ道か」

 

 

私たちは、分かれ道のうち真ん中を行く。今頃サーガラは心のなかで浮かれているのだろう。雰囲気のある場所が好きなのだ。今回の任務について話し合いをした時、シャンティさまが聞くまでもなく自分から行くと言ってきたのだ。毒がどうのとかいう任務に喜んで行くのは彼くらいだ、と思っていた。ヨミさんを見るまでは。

唐突に念話が入った。エデンさんからだった

 

 

『カルナさん、ヨミさん、ジークフリートさん、プンダリーカの皆様、お疲れ様です。追加の情報を得ましたので口頭でご報告いたします』

 

 

内容に私たちは顔を見合わせた。プンダリーカの船を停めていたあの国の住人が、ここ数か月で50人以上行方不明になっていたという。しかも全員こども元々人口の少ない国。交渉に行ったメンバーは違和感を覚えたと言うが、その違和感の正体はこれだった。そんなこと、よく国民も隠し通せたものだ

 

『シャンティには伝えたのか?』

『シャンティさまからの情報です。現在シャンティさまはその国にいらっしゃっていたようですので』

そろそろ説教が必要かもしれない。風邪で昨日寝込んでいたというのに。私にもできることがあると思うのだ、的なことを言うに決まっている。出来ることしかないでしょうよ。しかし、行方不明者の情報を得ることができた点は良しとする。

 

『その行方不明者だと思われる遺体が見つかった。ヴァジュラ、何体?』

 

『35体だ』

 

 

それだけの数の遺体が見つかったのか。一体何がしたくてこんなことをするのか。

 

『それでは、今からわたしがそちらに向かいます』

『絶対誰かに送ってもらってよ?』

 

『大丈夫ですよ』

『ほんとかな・・・シャンティさまに送ってもらったら?』

『彼は暇ではないのですよ。別のお仕事をなさっておいでです』

 

『いや、終わり次第私も向かおう』

どうして来る気満々なのか。子どもが大好きなシャンティさまからすれば腹立たしいことこの上ないのだろう。それはわかる。だとしても、風邪治してからにして欲しい。

 

『お前の手を煩わせるまでもねぇよ』

『・・・そうか、ヴァジュラがいるならば安心だな。それではエデン、後は任せる』

『はい、かしこまりました』

 

ヴァジュラさんよくやった。風邪引きが出てくる訳には行かない。しかも、シャンティさまは王なのだ。本人は王ではなくマスターと呼んでくれなどとほざいていたが。

思い溜息をつき、前を向くと。拓けた場所があった。

 

 

「広いですね」

 

「ああ、シュヴァルツもその抜け殻でもなさそうだ」

 

「ハズレを引いてしまいましたかね?」

 

 

この部屋を囲む卵。これはまさか、シュヴァルツの卵なのだろうか。ここは、シュヴァルツの生態に詳しそうなヨミさんに尋ねる

 

 

『はーい、何?』

 

「クシティです。お尋ねしたいことがあるのですが」

 

『どーぞ、なんでも聞いて』

 

「シュヴァルツの卵と思われるものがあるのです。かなりの大きさです」

 

 

んーとヨミさんは考え始めた。何か心当たりがあるのだろうか。口から出たのはとんでもない文言

 

 

『シュヴァルツは卵産まないよ』

 

 

・・・え?

私とカルナさんは再び顔を見合わせた。シュヴァルツが卵を産まないなら、ここにある卵のようなものはなんだ。

 

 

『シュヴァルツは卵胎生。卵を胎内で孵化させて産むんだ。蛇というよりかは、中生代とかにいた魚竜とかに近いのかも』

 

「なるほど。ありがとうございます」

 

 

カルナさんは、少しずつ卵に近づいた。宝石のようなアイスブルーの瞳が見開かれた。

 

 

「心臓か?」

 

「こちらは胎児ですね」

 

 

取り出された内臓が入れられた卵形のカプセル。その隣のカプセルには胎児が培養されていた。カプセルから上に伸びる管。それを辿っていくと、二つのカプセルが管で繋がっていた。何かを注入しているのか?

 

 

「ひどいですね・・・」

 

「ああ」

 

 

誰がこんなことをしたのか。そんな思いを抱きながら、私とカルナさんは調査を再開した

 

 

 

 

 

 

 




用語説明
世界中枢同盟(セントラル)
インフィニティ(政府)、インスパイア(立法府)、トレミエ(司法府)の総称。数々の汚職事件を繰り返し、数々の非合理的な法律を生み、大量の冤罪者を出したが、それを全てひた隠す。弱みを握っているのがプンダリーカ





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第八話〜胸が弾む調査がしたかった

ジークフリートside

 

 

サーガラ殿の浮かれ具合は、ヨミと変わらなかった。落ち着きがあるかないかという差だ

 

 

「こういう所が好きなのか?」

 

「はい。ロマンがありますよね。何があるかわからない。海底洞窟とかも最高ですよ」

 

「海底洞窟?」

 

「こんな生物がいたのか、と思うような生き物がいたり、過去に沈没した船があったり、その船で魚が暮らしていたり」

 

 

なぜか、主に海の中の話。陸での話があまり出てこない。水属性だから、海中での任務が多いのだろうか。

 

 

「私、魚人です」

 

「ん?」

 

 

突然のカミングアウト。魚人ということは、魚。しかし、どう見ても人間だ。人魚とはまた違うのか。

 

 

「陸での生活に憧れていたのですが、人の世界では亜人種に対する差別が酷かった」

 

 

陸での生活に憧れ、いつもいつも海面から顔を出し人々の様子を見ていたという。家族で地上で暮らしたいと思っていた。そして、ある日顔を出したところでシャンティ殿と出会う。シャンティ殿は、海でヴァジュラ殿と水浴びをしていたという。二人で?まぁ、そういうこともあるだろう。

一瞬だけ遡る。

それはある夏の日、旅をしていたシャンティ殿とヴァジュラ殿。その道中に美しく透き通る海を見つけ、そこで一休みすることに。シャンティ殿は足を浸すだけ。ヴァジュラ殿は大はしゃぎで遊泳。

 

 

「ん?これはこれは」

 

 

普段ならサーガラ殿のことを目もくれなかった人間。しかし、シャンティ殿の視界にはサーガラ殿が映っていた

 

 

「こんな浅瀬にいるものなのだな」

 

「魚人じゃねぇか」

 

「これは幸せになるかもしれんな」

 

 

信じられなかった。人間に石を投げつけられて泣いて帰ってきた友人を、サーガラ殿は知っていた。この二人は蔑むような目をするどころか、嬉々とした瞳でサーガラ殿を見つめていたという

 

 

「綺麗な鱗だな」

 

「に、にんげん、なる」

 

「人間になるだってよ」

 

「なるといってもな・・・なっているものになれるとは言えんな」

 

 

シャンティ殿はもう既になっていると言った。差はあって当たり前だ。どこの国の人なのか、どういった人種なのか。それで隔ててしまったから問題になっている。自分が優位に立ちたいだけなのだと。

 

 

「我が国には様々な人がいる。それこそ其方のような亜人種もいれば精霊もいる。そこではみんな一緒にいるぞ」

 

「なんせ、この男が作った国だぜ?来いよ」

 

「来る?」

 

「我が国へ、我がギルドへ」

 

 

勇気を振り絞って地上に足を付け、歩いた先にあったのは自分と同じような境遇を持つ人たちの笑顔。サーガラ殿は、思った以上にすんなりと馴染むことが出来たという。次に海に帰った時、家族を連れて国の門をくぐった。誰でも受け入れる寛大な人だということがこの話でわかった

 

 

「私からも聞かせてください。ジークフリートさん、あなたは竜殺しで有名なジークフリートさんという認識でよろしいですか?」

 

「ああ、有名かは分からないが」

 

「バルムンクをお使いになるかと思われるのですが」

 

「その通りだ」

 

 

宝具まで知られているのか?エデンが教えたのだろうか。それならばシャンティ殿の属性くらい教えておいて欲しいものだが

 

 

「それはよかった。シュヴァルツ相手でも造作ないでしょうね」

 

「え?」

 

「シャンティさまが、シュヴァルツは龍の類と見ていいと。龍特攻の宝具はかなり有利です」

 

 

生前はそんなことを考えずに奮っていた気がするが。そんな特性があったのか

 

 

「シュヴァルツ、楽しみです」

 

「そうか」

 

 

これだけ楽しみながら任務ができるのも凄い気がする

 

 

「おや、念話ですね」

 

『カルナさん、ヨミさん、ジークフリートさん、プンダリーカの皆様、お疲れ様です。追加の情報を得ましたので口頭でご報告いたします』

 

 

内容に俺たちは呆然とする。集合場所だったあの岸に来るまでに、列車で様子をちらっとだが見ることが出来た。この時間なのに少ないねというヨミの言葉。それは少なくもなるはずだ。ここ数か月で50人以上行方不明になっていたのだから。元々人口の少ない国で、その国から50人もの人がいなくなっていたら、閑散としているに決まっているのだ。正確な人数を言うと54人。被害者は全員子ども。

『シャンティには伝えたのか?』

『シャンティさまからの情報です。現在シャンティさまはその国にいらっしゃっていたようですので』

 

シャンティ殿は一体何をしているのか。一国の王が自ら危険な場所に赴く必要などあっただろうか。しかし、そのおかげで我々は行方不明者のことが分かったのだ。それは素直に感謝すべきだろう。すると、ヨミたちの方から

 

『その行方不明者だと思われる遺体が見つかった。ヴァジュラ、何体?』

 

『35体だ』

 

『それでは、今からわたしがそちらに向かいます』

 

『絶対誰かに送ってもらってよ?』

 

『大丈夫ですよ』

 

『ほんとかな・・・シャンティさまに送ってもらったら?』

『彼は暇ではないのですよ。別のお仕事をなさっておいでです』

 

『いや、終わり次第私も向かおう』

 

聞いたことの無い声。一体誰の声なのか。男性にしては高めの声音。ヨミよりは少し低いくらい。あの男しかいない気がする。

 

『お前の手を煩わせるまでもねぇよ』

『・・・そうか、ヴァジュラがいるならば安心だな。それではエデン、後は任せる』

『はい、かしこまりました』

 

友人であるシャンティ殿の手を煩わせるまでもない。なかなか余裕そうな言い草だが。これは、王が来るべき案件である気がしなくもない。しかし、その代わりフレアフルールNo.2の権力者エデンが来るのであれば問題は無いだろう。

しばらくすると、拓けた場所に辿り着いた。

 

 

「金銀財宝というところですね・・・さすがはジークフリート」

 

「どういう意味だ?」

 

「金運だけはあると」

 

 

だけと言われると辛いが。運は全て金と力に吸い込まれてしまったのではないですか、とサーガラ殿は言った

 

 

「ヨミさん」

 

『はーい、今日はよくオレに念話が来るね』

 

「素材になりそうなものがあるのですが」

 

『なんだって!?』

 

 

思わず耳を塞いだ。頭の中で話されているわけで、耳を塞いでも煩いものは煩い。素材があると言った途端に声が上擦った。かなり嬉しそうだ。目をキラキラさせたヨミが浮かんだ

 

 

『後で教えてよ!』

 

「はい、かしこまりました」

 

『よっしゃあ!だってさ、ヴァジュラ!』

 

『へー』

 

 

興味のなさそうな返事だった気がするが、ヨミは気にもとめなかった。

そして、念話の途中で

 

 

『サーガラ、ヨミ、念話の途中で割り込んで済まない。それからジュラ、クシティ、カルナ殿、ジークフリート、聞こえているか?』

 

『お前の声が聞こえねぇわけねぇだろ』

 

『はい、問題なく』

 

『問題ない』

 

「同じく問題ない」

 

 

シャンティ殿からの念話だった。近くで話しているのかと思うくらいクリアに声が聞こえる。まず、念話とは割り込めるものなのかという疑問が湧く。そしてなぜ、カルナだけ敬称ありなのか。しかし、そんな些細な疑問を吹き飛ばす新たな情報が入った

 

 

『子どもが一斉に行方不明になったクルフ国は漆黒だ』

 

『漆黒?』

 

『子どもを目的とした取引が行われていた』

 

 

そんなことをして、国民は反対しないのだろうか。相手国もその取引を断るべきではないのか。

子どもを目的とした貿易。そしてその取引先は、その子どもたちを何かに利用しようとした。奴隷とは思えない。シャンティ殿が詳しく調べたところ、行方不明になった子どもたち全員が取引に利用されていた。金のないクルフ国は、子どもを多額の価格で売ることが出来ると知り受け入れた。

 

 

『最悪じゃねぇか』

 

『シャンティ、こちらに胎児が培養されている。これについては?』

 

『取引先の国の12週目から19週目の妊婦をターゲットにし、胎児を闇手術で取り出されていることがわかった』

 

『取り出す?』

 

『その後、口封じのために毒殺している。しかし、それだけの妊婦を殺害しておきながら隠蔽』

 

 

この任務はとてつもない方へと向いていた。シュヴァルツの鱗を収穫するだけだと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば子どもが売られ、その上殺され、不正で胎児を取り出し、その胎児がここにいる。亡くなってはいないとカルナは言った。

 

 

『取引先は?』

 

『インフィニティだ』

 

 

念話でこれを聞かされていた全員が沈黙。耳が痛いほどの静寂が流れた。そしてシャンティ殿は話を続ける

何故シュヴァルツまで利用しているのか。利用しているのはシュヴァルツ本体ではなく、抜け殻だけということなのだろうか。本当に鱗の毒にやられて昏倒したのか?

 

 

『殺された子ども、内臓が取り出されてんだ。何か知らねぇか』

 

『内臓なら、胎児とともに保管されております。殺害された子どもと同じ数ですので・・・』

 

『繋がれてるの?』

 

『ああ』

 

 

54人の胎児。そのうち35人の胎児と、殺害された子どものものと思われる内臓が保管された35のカプセルが繋がっていた。つまり、まだどこかで15人の子どもと胎児が犠牲になっているかもしれないのだ。早く探さなければ

 

 

『シュヴァルツの抜け殻は、確か薬になるはずです』

 

『薬か』

 

 

ヨミからの情報。抜け殻が薬になる。これまで見つからなかったが、それで売っている薬師もいるという。

 

 

『麻薬の開発ではないか』

 

『なるほど、麻薬か。しかし、毒はどこから?』

 

 

麻薬の開発をしているとして、そんなに毒をどこから持ってくるのか。そして、抜け殻に触れただけで昏睡状態。毒もどこかで取引されているのかもしれない

 

 

『毒の取引はされていない』

 

「え?」

 

 

俺は何も言っていないのに。俺の心のなかをシャンティ殿に読まれてしまったのか。恐ろしい

 

 

『だからといって、毒の魔術師もいない。ムーダの調べでもインフィニティにはいないし、今のところ確認できているのはヨミの友人のヤトくらいだ』

 

『確かに、ヤトは使えますし作れますね』

 

『だが、その男とインフィニティの関与はないし、むしろ嫌っていそうなので容疑者にもしていない』

 

『よかった』

 

 

つまり、毒の魔術師による犯行ではないということだ。昏睡状態にまで陥る毒など、蛇の毒くらいだが

 

 

「・・・蛇の毒?」

 

『ジークフリート、どうした?』

 

「シュヴァルツは毒を持っていないのか?蛇は毒を持っているイメージだが」

 

『ナイスだよジークフリートさん!なんで思いつかなかったんだろ。シュヴァルツの尻尾には毒がある。かなり強力な』

 

 

少し触れただけで痺れ、その後昏倒。最悪の場合死に至る。鱗に問題は無いが、尻尾はとてつもなく危険だという

 

 

『そんな毒どうやって採取するのです?』

 

『シュヴァルツが特に強い毒を発生させるのは妊娠中と聞く。間違いないか、ヨミ』

 

『はい、その通りです』

 

 

ヨミがかなり緊張した様子で答えた。今が妊娠の時期、そしてその時期はほとんどを寝て過ごすという。寝ているから後方に周り、そこから鱗を収穫しようとしたのだ。つまり、昏倒した男たちは抜け殻に触れたのではなく、妊娠中で危険極まりないシュヴァルツの尻尾の先端に触れてしまったということか

 

 

『その麻薬で儲けようという魂胆だろうな。これはこれは・・・ジュラ、クシティ、サーガラ』

 

 

指名された三人が同時に返事をした。

 

 

『この洞窟で、其方らが目をつけている場所があるのなら徹底的に調べよ。戦闘も許可する。中にいる者は全て捕らえよ。私は洞窟の前で待っている。国に毒を持ってこられては困るのでな。エデンは洞窟の前まで送った。あとは彼から指示を仰ぐように。以上だ』

 

 

全員がいっせいに短く返事をした。風邪をひいて寝込んでいたのに、とサーガラ殿が心配そうに呟いた。出来れば手を煩わせたくなかったのだろう。しかし事情が事情だ。そういう訳には行かない。

 

 

「これは、浮かれている場合ではありませんね。ここからは、プンダリーカというよりも二ーロートパラの使用人としての仕事になりますね。引き続きご協力お願い致します」

 

「無論だ。必ず完遂する」

 

 

俺とサーガラ殿は顔を見合わせ頷き合った。ここに用はない。全ての部屋を調べ尽くすしかない。俺たちは引き返した。この任務は、ここからが問題だ

 

 

 

 



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第九話〜黒に染まる青

エデンside

 

 

わたしエデンは、カルナさんたちに子どもたちが行方不明になっていることをお知らせしたあと、シャンティさまにクルフ国まで送っていただいた。カルナさんたちは、飛行機と列車を使い、十時間以上かけてこの国に到着し、そのあとは車で沖まで送っていただいたようです。しかし、わたしは十時間以上の時間をかけるまでもなく、シャンティさまに一瞬で送って貰うことが出来た。

 

 

『エデン、クルフ国に無事到着出来たようだな』

 

「ええ、バッチリです」

 

『それならば良い』

 

 

ふと、わたしの足元を見ると美しい毛並みの猫がいた。その猫から声が聞こえる。今、シャンティさまは猫のお姿に

 

 

『私は再度この国を調べる。其方は島に向かえ。行けるか?』

 

「はい、もちろんですとも」

 

『そうか、ではな』

 

 

その猫は美しく軽やかな身のこなしで屋根に登り、少し身を隠したあと今度は白い孔雀のお姿で羽ばたいた。普通の孔雀よりもなんとも美しい。まるで鳳凰のよう。ただし、鳳凰を見たことは無い

 

 

「どれだけバレたくないのでしょうね」

 

 

いくらバレたくないからと言って、動物に変化して街を回るとは。情報源が犬や猫や鳥だったらどうしようかと思ってしまう。確かに、ここに招かれざる客がいては困る。これまで慎重に行動されてきたシャンティさまにとって、正体がバレるなどあってはならないこと。

時計を見た。おかしいのです。

 

 

「もう一時間も」

 

 

役所に貰った地図を見る。そして思う

 

 

「地図はあてになりませんね。自分の感覚で行くしかないでしょう」

 

 

それはダメだよ!というヨミさんの声が聞こえた気がするが、それを振り払ってわたしは歩く。自分の心のままに。

 

 

『おい、エデン』

 

「おや?」

 

 

わたしの足元に再び真っ白な猫が。周りから見れば、可愛らしく寄り添っているように見えることだろう。わたしはしゃがみ込むとその猫に耳を傾けた

 

『何をしている?何故出発地点に戻ってきている?一時間は経ったぞ。迷ったか?』

 

「迷ってはいません。この地図の通りに来たので、迷っている訳では無いのです」

 

『地図が読めておらんだけではないか。それよりも、新たな情報だ』

 

 

新たな情報だと言った猫は、ペリドットのような、アクアマリンのような、アメジストのような、ルビーのような、シトリンのような動く度に色を変える瞳でわたしを見る。心まで見られてしまいそうな錯覚に陥ってしまう

 

 

『道中話す。とにかく歩け』

 

「承知しました」

 

 

わたしは猫のお姿になられたシャンティさまを抱き上げ歩き始めた。サラサラとした毛を撫でる。少しだけ擽ったそうにしているのがかわいらしい。そんなわたしの気持ちを吹き飛ばす言葉が

 

 

『子どもで取引が行われていることがわかった』

 

「え?子どもが?」

 

『ああ。この国は貧しい。高値で買い取ってもらえるからと売っていたのだ』

 

 

ひどい話だ。酷い所で済む話ではないか。貧しく国を養えないからという理由で子どもを売ったのだ。シャンティさまは、お金を作りすぎて貧乏になったのだと説明してくれた。クルフ国は、ハイパーインフレ状態に陥っており、その課題に苦悩している状況だったという。お金を作りすぎて、お金の価値が減少し物価が増加。100万円分の札束を持っていっても100円にしかならないそうだ。王がただただ莫迦だった。そして手を出したのが子どもでの貿易。

 

 

「そんなことよく話して貰えましたね」

 

『その取引の話をしていた飼い主のところにいた猫から聞いた』

 

 

自分の家の飼い猫が話の一部始終を聞いていて、それを猫に変化した人間に言うなど普通考えない。その飼い猫は、飼い主から虐待を受けていたらしく、その猫の怪我を治したことで信頼を得たそうだ。そしたらベラベラと飼い主のことを話したらしい。そして手に入れた情報が子どもでの取引。さらに

 

 

『12週目から19週目の胎児を取り出すという闇手術が横行している。さらに、取り出された妊婦はその後殺害』

 

 

子どもの取引。さらに、生まれるのを楽しみにしていたであろう妊婦から胎児を取り出し、その胎児まで取り引きの道具にされていたなんて。

 

 

「今も増えている可能性は?」

 

『ある。それと、深夜1時頃に取引が行われる』

 

「連れていかれる場所は?」

 

『ジュラたちがいる洞窟だ。ジュラたちはシュヴァルツの抜け殻のなかにラボがあるとして目をつけている』

 

 

カルナさんたちが調査に当たってくださっている洞窟で、取引が行われている。そしてそのなかで非道な実験が行われていると見て間違いない。今も子どもたちがどんなことをされているのか、想像することも出来ない。

 

 

「シャンティさま、直ぐにわたしを洞窟まで」

 

『無論だ。あとは任せる』

 

「はい!」

 

 

わたしは猫をそっと下ろした。猫の姿のシャンティさまが魔術でわたしをすぐに移動させてくれた。

瞼を開ければ、洞窟が大きな口を開けて待っていた。この洞窟自体が生き物のように思えてきた。ふと前を見れば、ヨミさんたちがいたのだ。なぜ?

 

 

「何をしてらっしゃるのです?調査は?」

 

「一人で行かせたらどこ行くかわからないからね。とにかく待ってた。で、シャンティ様から何か聞いてる?」

 

 

わたしは、シャンティさまから聞いた取引のことを伝えた。主に行われる時間のことだ。

 

 

「深夜1時・・・」

 

「寝ているところを拉致だろう」

 

「つくづくひっどい話だよ。何考えてんのかな、インフィニティ」

 

 

深夜1時。子どもたちはその時間までも非人道的な扱いを受けているだろう。早く助けなければ

 

 

「多分、子どもたちはその1時頃まで何もされないかも」

 

「何でだよ」

 

「今、ラボのなかは手薄だと思うんだよ」

 

「手薄とは言っても、誰か来ると思うでしょう?これまで散々任務に来た方々がいるのに」

 

「昏倒した人たちは、自分で昏倒したからさ」

 

 

勝手に来て、勝手に自滅。ラボがあったとしても彼らの存在を、研究員もしくはインフィニティの組員は把握していないのではないか、とヨミさんは言う。この人は驚く程に頭が回る人だ。すると、コツコツと二人分の音がした。わたしたちは即座に隠れた。現れたのは、機械帽を被っている少年だった。わたしたちがよく知っている

 

 

「マオ」

 

「ヤト!」

 

「シャンティさまから直接ご依頼があったので、解毒剤を作っていたんですよ」

 

「まさかシャンティさまから依頼が来るとは思わなかったぜ」

 

 

解毒剤、毒に侵された子どもたちに効果はあるのだろうか。そんなことはどうでもいい。今はこの薬でなんとか命を繋ぎ止めるくらいなら出来るかもしれない。

 

 

「これが解毒剤」

 

「誰か来るよ!かなりの数だ」

 

 

わたしたちはまた岩陰に隠れた。白い防護服を着た男たちがいた。まさか取引がもう?しかしだとしたら時間が。

 

 

「シャンティさま、何かしたのかな」

 

「有り得ますね」

 

「シャンティなら空の色くらい変えられるしな」

 

 

キャンバスを塗りつぶすように空の色を変え、深夜のように見せかけたのか。確かに、あまりにも暗いとは思ったが。ますます謎が深まってしまった。

そして、ものすごく嫌な予感がした。プンダリーカの皆様の顔が真っ青になっていた。それはフレアフルールも同じだった。もう一度空を見れば、どうみても真っ青な晴れ模様。戻したのだ。自分を連れていくため、もしくはわたしたちをその場所まで導くために細工をし、囮になったのか。一国の王が、他国の子どもたちのために

 

 

「馬鹿じゃねぇのか、あいつ!」

 

「追うよ」

 

「ああ」

 

 

わたしたちは、ヨミさんとヤトさんのスキルを利用し、気配と音を遮断して白い防護服の男たちを尾行した。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ヨミside

 

 

オレたちは、嫌な予感がして白い防護服の男たちの後をつけた。こういう時に暗殺向きのスキルを身につけておいて良かったと思う。プンダリーカの人たちは気が気ではないはずだ。自分たちの主が子どもたちの中にいるかもしれないのだから。ヴァジュラが怒るのもわかる気がする。無茶し過ぎだ。倒されたということは絶対ないとは思う。途中、防護服の男たちが分かれた。プンダリーカとフレアフルールで別れることにした。ヤトはプンダリーカの方。気配遮断は近くにいないと効果が出ないのだ。

突き当たりだ。しめた。そのとき、袋がゴソゴソと動き始めた。動揺した男が袋を落とした。子どもは三人。

二人の子どもが泣きわめく。少しだけ年上なのか、一人が泣く二人を後ろにやる。様子見か。とりあえず、ここがラボではないことは分かる。

 

 

「へぇ、泣きもしねぇか」

 

「この子ども、実験体にするの勿体ねぇなっ!」

 

「ぁっ・・・」

 

 

綺麗な黒髪の子どもが蹴り飛ばされた。

 

 

「あの子、シャンティさま?」

 

「シャンティさまは銀髪っぽいですので、あの子は大人びているのでは?」

 

「そういうものか。しかし、助けに行くぞ」

 

 

そのとき、オレたちの背後から気配がした。小さいがシュヴァルツだ。しかも四体。オレたちに目つけてきた。マオくんは怪我されては困る。解毒剤を持っているから余計に

 

 

「直ぐに片付けるぞ」

 

「うん」

 

「了解だ」

 

「わかりました」

 

 

カルナさんの言葉に全員で頷く。

そのとき

 

 

「あああああぁぁぁっっ!!!」

 

 

子どもの悲鳴が聞こえてきた。今オレたちの誰かがここから動けば、あの子まで巻き込む。早く倒して助けに行くしかない。

 

 

「ごめん待ってて、直ぐに助けに行くから!」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ヴァジュラside

 

 

シャンティが子どものなかにいるんじゃないか、そんな嫌な予感が頭を過る。いないことを願いたいが、長い付き合いの中でそれはまずない。王である自覚がないんじゃないのか。お前がいなくなったら誰が治めるんだ。でも、こっちはボロボロなのにあっちが無傷なんてことも何度もあった。子どもだろうと下手したらレベル6はある。

 

 

『もう!あの人は全く』

 

『こっちの身にもなって欲しいですよ!』

 

 

クシティとサーガラの気持ちはものすごくよくわかる。こっちは気が気じゃない。男たちが入って行ったのはトンネルのような場所。これが抜け殻か。確かに周りは岩ではない。まさか俺の抜け殻を何かに利用している説が正しいとは思わなかった。俺を説教しやがったクソガキは、俺の言葉にすぐに同調して実験をしているのではと予測した。今はそれがほぼ確実になっている。侮れない。

 

 

『シャンティさまは俳優ですからね。無抵抗な子どもでも演じているのでしょう』

 

『だろうな』

 

 

副業で俳優をしているとかではなく、ただ演技力が素人じゃないってことだ。

 

 

『大勢の声が聞こえるぜ』

 

『本当ですか、ヤトさま』

 

『ああ。子どもの声も聞こえる。安心しろ、鬼の耳は地獄耳なんだ。間違いない』

 

『そうかよ』

 

 

あのガキ、やっぱり鬼か。隠してやがったが気配は人間じゃなかった。数十メートル進めば建物があった。これがエデンとかいう奴が言っていたラボか。白い男たちが入って行ったから間違いない。

ここまで来たら俺でも聞こえる。子どもの泣き声だ。シャンティの気配はない。無抵抗な子どもを演じるなら、魔力を察知されないようにしているだろうが

 

 

『行くぜ』

 

『ええ』

 

 

俺は、盛大な音を立てて扉を開け放ち

 

 

「覚悟しろよ、てめぇら!」

 

 

足を踏み入れた。

明らかに怯えた胸糞悪くなる男たちの顔。子どもまで怯えさせてしまったことについては心の中で謝った

 

 

「あなた方にあとはありませんよ」

 

「直ちに降参しなさい!」

 

 

俺たちは一斉に魔力をため、脅しをかけた。ここからが本番だ

 

 

 



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第十話〜子どもたちを救え!

NOside

 

 

「覚悟しろよ」と吼えたヴァジュラは、薙刀を手にインフィニティの群れに突撃する。ヴァジュラを先頭に、クシティとサーガラ、ヤトと続く。

 

 

「俺が片っ端から蹴散らす。クシティとサーガラは子どもを探せ!」

 

「了解です」

 

「俺も子どもを探す。解毒剤があるからな」

 

 

ヴァジュラは薙刀に魔力を込めると、勢いよくそれを横に薙ぐ。それだけで群がっていた研究員たちが吹き飛ばされていく。Aランクを誇る筋力を持ち味とするヴァジュラが振るう薙刀の威力は、吹き飛ばされた研究員たちを怯えさせるには十分だった。

 

 

「ヤトさん、子どもの居場所は?」

 

「真っ直ぐ突っ切ってくれ」

 

「承知しました。っ、退きなさい!!」

 

 

サーガラは、前方を塞ごうとするインフィニティの研究員たちを水の鞭で一気に薙ぎ払う。クシティは纏めて岩石の中に閉じ込め砕く。ヤトはまだ動こうとする研究員を毒で麻痺させた。毒による激痛で踠く研究員たちを傍目に見ながら走った。

 

 

「あなた、本当に毒使いなのですね」

 

「ヨミに近づくインフィニティは尽くぶっ殺す」

 

「ヨミさん?」

 

「ああ、幼馴染なんだ」

 

 

・・・友だちレベルではなさそうなんだが

ヨミとヤトの怪しげな関係に対し、少しだけ疑念を抱くヴァジュラ。研究員たちを次々と薙ぎ払いながら、ヤトの呟きに耳を傾ける。一方のヤトは、薄紫と赤のグラデーションとなった長髪を靡かせ、ヴァジュラやクシティが気絶させた研究員たちを次々と麻痺状態にしていく。

 

 

「あれ、なんの毒だよ」

 

「スズメバチの毒だ。アイツらの毒はカクテルだからな。ま、致死量まではいってねぇから心配すんな」

 

 

・・・こいつ怖ぇよ

致死量とまでは行かない毒で、アナフィラキシーショックを引き起こし、研究員たちは動けずにいた。激痛に踠くことしかできない。

 

 

「でもまぁ・・・子どもが受けた痛みよりはどうってことねぇよな」

 

「溶けていたと聞きましたが?」

 

「ああ、内部から。薬漬けにでもしてたんだろ。アイツらカスだな」

 

 

体を蝕む毒は、子どもたちを内側から溶かしていく。解毒剤を作り出すことも出来る毒使いがいてくれてよかったと思う。さらに、協力して作ってくれた医者にも感謝してもしきれない。

 

 

「マジで腹立ってきたぜ。だが・・・うちの主はもっと怖いぜ、覚悟してろよ」

 

 

次々と現れる研究員たちを反射的に薙ぐ。払う。潰す。麻痺させる。そのコンボを決めていく。彼らはそこに誰もいなかったかのように進んでいく。最強のギルドプンダリーカは、雑魚など見るまでもなく倒し尽くせる。

毒の槍や矢であろうと、腕を硬質化させられるヴァジュラには効かず、岩の盾を作れるクシティにも効かず、水のなかで毒を溶かすサーガラにも効かない。さらに

 

 

「この毒、食らってみなさい!」

 

 

毒に満ちて紫色に変色した水のなかに研究員を閉じ込める。出たくても出られず、気絶するまで出してもらえない。絶望の顔を見せる研究員たち

 

 

「えっぐいな」

 

「飲んだら死んじゃいますよ、多分」

 

「大丈夫ですよ、そうだ。ヤトさん、使ってみては?」

 

「ああ、そうだな。効くか分かんねぇし」

 

 

ヤトは、容赦なく落とされた研究員に解毒剤を注入した。激痛に踠いていた男が急に落ち着いた。

 

 

「効果抜群らしいぜ」

 

「凄いですね」

 

「お褒めに預かり光栄だ。おっと、悪ぃな」

 

 

ヤトはようやく痛みから解放された男を例の毒で攻撃した。再び痛みに踠き、絶叫していた。そんな声に振り向くことは無い。

 

 

「なっげぇな!」

 

「これ、本当に抜け殻なんですか!?もう」

 

「洞窟自体シュヴァルツなんじゃないかと思えてきましたよ」

 

 

そのとき、三人が同時に止まった。急に前の三人が止まったせいでクシティに激突した。クシティはビクともしなかった。

 

 

「あのガキ・・・シュヴァルツは下手したら100メートルあるとか言ってなかったか?」

 

「言ってましたね・・・」

 

「まさか・・・」

 

 

ヨミが「シュヴァルツは下手したら100メートルはあるからね」と言ったことをここにきて思い出してしまう。さらに、シャンティが任務出発前に言っていたことも思い出す。シュヴァルツは、約500年で成長が止まり、石化してしまうのだと。

 

 

「いや、でも100メートルは短ぇだろ」

 

「ですよね」

 

 

しかし、エデンを待っている最中にもヨミによるシュヴァルツ講座が行われた。その際

 

 

「シュヴァルツは、500年ほどで島を一周するくらい大きくなるんだよ。探検するにはもってこいなんだ。全てが石化するから、細胞がそれ以上分裂することもないし、消化液も出ない。安全だよ」

 

 

生きているシュヴァルツは、体長約100メートルまで成長。その後仮死に近い状態となるとただ巨大化が進み、やがて石化していく。そして出来上がったのがこの洞窟なのでは。ヴァジュラたちはそう推測を立てる。

 

 

「推測ってか、もはや確実だろ」

 

「あっ、扉です!」

 

「あった!」

 

 

ヴァジュラは、かなり強固なセキュリティを誇る扉を薙刀と魔力だけで吹き飛ばした。

 

 

「何者だ!」

 

「それはこちらのセリフです」

 

「アイツは!?」

 

 

魔力を最低限まで落としているであろう主を探す。子どもに変化することなど容易すぎる。三人は一斉に子どもを保護しながら彼を探す。

 

 

「ヤト!解毒剤」

 

「ああ、素人に注射させらんねぇからこっち連れてこい」

 

 

痛みに身体を震わせる子どもたちから毒を抜いていく。しかし、一度でも毒を入れられれば、体内のどこかが傷付いている。それを知っているヴァジュラは、頭を必死で回す。ここにその人がいればと願うばかりだ

毒を抜いたおかげで、これ以上溶けることは無い。しかし、虫の息である子どもたち。命の危機は今も続いている状態だった。

友を探しながら、研究員たちを次々と殴り飛ばしていく。どう見てもいない

 

 

「途中、別れましたよね?」

 

「マジか!ってことは・・・フレアフルールの方か!」

 

「あの五人なら問題は無いでしょうが」

 

「ちっ、とにかく、一旦洞窟の外に出るぞ」

 

 

そのとき、ヤトの耳に爆発するような音が届いた。暗に、音のする方にヨミたちが戦っていると知らせているようなものだ。

 

 

「そのお前らの主、あっちだと思う!でも、今はヤバい」

 

「は?何で」

 

「四人ともシュヴァルツと対峙したらしい」

 

 

つまり、今子どもたちを助ける人がいない。敢えて言うなら、キラくらいだ。

 

 

『プンダリーカの方達ですか?』

 

 

成長段階の子どもの声が聞こえてきた。それがキラであるとすぐに察した。

 

 

『ラボはひとつじゃないんです!』

 

「なんだと?」

 

『カルナさんたちは手が離せない状況です。黒髪の子が一人、そのラボに!』

 

「く、黒髪?」

 

 

黒髪は、どう考えても探している主ではない。しかし、連れていかれている時点で助けるという以外に道はない。ヴァジュラとヤトは、クシティとサーガラにこのラボを任せ、再び走った。

 

 

「こっちです!」

 

 

男たちが別れた道までキラが来ていた。幼い子ども二人を率いて。反対側に連れていかれた子どもは三人。そのうち一人だけがラボに連れていかれたのだ

 

 

「君たち二人は、この紫のお兄さんについて行って。まっすぐ走って。あのお兄ちゃんの言うことを聞くんだよ、いいね」

 

「うん!」

 

「お兄ちゃんって?」

 

「僕たちを逃がしてくれたの!」

 

「そうか、わかった。振り向くなよ」

 

 

幼い子ども二人をヤトに任せ、ヴァジュラはキラとともに再び走る。小柄な体で大量の解毒剤を背負うキラを傍目に見る。何も言っていないのに片一方持たされた。

 

 

「で、もう一つのラボはなんなんだ」

 

「魔力を持つ子どもが連れて行かれるそうです。もしかすると、あの黒髪の子」

 

「マジかよ。アイツ風邪引いてんだよ」

 

「はぁ!?」

 

 

若すぎる医者の額に筋が入る。明らかに怒っていた。怒っているのはヴァジュラも同じだ。子どもを逃がすために囮になった。何度囮になれば気が済むのかと

 

 

「ん?あっちは?」

 

「シュヴァルツと交戦中です。無視です、無視!」

 

「いいのか?」

 

「あの人たちは強いんですよ」

 

 

心から信頼を寄せていることがわかる。プンダリーカがお互いを信じあっているように、フレアフルールも信じあっている。

 

 

「子どもたち、助けましょう」

 

「仲間以外に興味ないと思ってたぜ」

 

「僕は医者ですから。救うためなら命を懸けます」

 

 

一見冷めていそうな少年の情熱に、ヴァジュラは畏怖の念さえ抱いた。それだけの覚悟を持っていたのだ

 

 

「そうか。心強いぜ」

 

 

二人は全力で駆け抜けた

 

 

 



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第十一話〜救え

NOside

 

 

突如現れたシュヴァルツ四頭。その四頭と対峙するのはフレアフルールだ。手にした聖剣を勢いよく振り、シュヴァルツの身体を斬り付ける。しかし、その剣は硬い鱗によって弾かれた。それはカルナやヨミも同じだ。黄金の槍も、巨大な十字剣も同じく弾かれる。

 

 

「これが一体ならまだ救いようがあるんだけど・・・ねっ!!」

 

 

剣と鱗が交わりギチギチと鈍い音を立てる。硬いシュヴァルツをどのように倒すか、寸でのところで躱しながら模索する。

 

 

「いつもどうやって倒してるんですか?」

 

「倒すことなんて考えてないよ。鱗だけもらって帰る!」

 

 

カルナはヨミとエデンの会話を聴きながら、魔力放出で炎を槍に纏わせ力づくでシュヴァルツを突き落とした。こうなっては力づくで行くしかない。

ジークフリートも翡翠色に輝く聖剣を勢いよく振り下ろし、その圧だけでシュヴァルツを落とす。

二体のシュヴァルツが突き落とされたことで巨大なクレーターができた。

 

 

「破鬼神流・炎鬼(エンキ)拳!!」

 

 

剣を上空に放り投げ、炎を纏う拳をシュヴァルツに叩きつけた。拳の衝撃がシュヴァルツを貫いた。さらに、上空から落下してきた剣を手に取り、高速で回転しながら追い打ちをかける。

 

 

「あの少年、すごいな」

 

「破壊が取り柄だと言っていた」

 

 

破壊神ともいえる破壊力で、シュヴァルツを追い詰めた。シュヴァルツの尾が唐突に四人を襲うが、毒に触れないようその尾を弾く。

 

 

「重いね」

 

「少し痺れてますよ」

 

「でもね、シュヴァルツよりも人間の方がもっとやばいからさ」

 

「わたしたちはあなたたちをどうこうしようと考えている訳では無いのですよ」

 

 

エデンは、淡い翠の光を纏うとすっと息を吸う。光を纏うエデンを傍目で見たカルナとヨミは、彼に近づかないようにシュヴァルツを蹴り、突き落とし、殴り付ける。状況が掴めないジークフリートも、二人に倣って時間を稼ぐ。

 

 

「少しだけ眠っていてください」

 

安らぎの揺りかごに眠りなさい

 

穢されたあなたの夢を

 

わたしの歌で洗いましょう

 

 

まるで子を抱くような優しさで、胸の前で祈るように手を組み、魔術を編みながら歌う。澄み切った美しい歌声に、ジークフリートたちの心も安らいでいくようだった。エデンの翡翠色の魔力の粒子がさらに溢れていく。

 

 

苦しむあなたに届けます

 

穢れなき

 

あなたを救う翡翠の朝を

 

 

短くも優しく美しい歌だった。言の葉は膨大な魔力の塊となり、その球体からさらに光が溢れていく。

 

 

「神聖歌唱・翡翠の子守唄(ジェード・ヴィーゲンリート)

 

 

翡翠色の光はシュヴァルツを包み込み、安らかな眠りへと誘う。

 

 

「いつ見ても綺麗だね」

 

「ああ」

 

 

天使のような美しさにカルナも自然と微笑む。光の雨はジークフリートたちに降り注ぐ。

 

 

「殺すことなく片付いたね」

 

「ええ、よかったです」

 

「先程の魔術はなんだ?」

 

「あれは神聖歌唱だよ」

 

 

エデンの二つ名は『歌うたいの天使』。本物の天使という訳ではなく、その姿がまるで天使であるということから付けられた。そしてその天使が歌う魔法が神聖歌唱。この世で使えるものはほとんど居ないとされる究極の魔術。言葉で具現化させる願いの魔術だ。

 

 

「そんな魔術もあるのか」

 

「お前たち」

 

「どうしたの?」

 

「マオから、ラボがもう一つあると」

 

 

ジークフリートたちの安らぎはカルナの言葉によって消え去った。そして、そのラボが魔力を持つ子ども専用のものであると知り、全力で走り始めた。

 

 

「魔力を持つ子どもとかいたの、まず!」

 

「そういった子どもはどういう扱いを受けているのか」

 

「さらに酷いんじゃないの、多分」

 

「そうでしょうね」

 

 

二人の子どもを逃がし、黒髪の少年一人がそのラボへ連れて行かれたとキラから説明を受けた。現在ヴァジュラとキラがそちらに向かっていた。しかし、さらに複雑に作られた洞窟でラボを探すにも一苦労している状況。

 

 

「よっぽどバレたくないのでしょうね」

 

「インフィニティの仲間にでもする気だね」

 

「そうはさせない」

 

「無論だ」

 

 

今頃遠目から見ても可憐な少女とも見紛う少年は、非人道的な扱いを受けているのではないかと嫌でも想像出来てしまう。どんなに魔力を持つ子どもであろうと、死んでしまう可能性はあるのだから

 

 

「ん?こっちだ!」

 

 

ヨミの地獄耳がラボの場所を特定した。突然別方向を走り出したヨミをジークフリートたちもついて行く。カルナとエデンは、ヨミの聴力を思い知っている。

 

 

「ん?檻だね」

 

「これ、ラボですか?」

 

 

そのとき、奥から子どもの悲鳴が聞こえてきた。さらに、男たちの気味の悪い笑い声。悲鳴を楽しんでいるかのようだ

 

 

「綺麗な声の子だとは思うけどさ・・・待っててよ!!」

 

「皆さんあなたほど体力バカじゃないんですからね!」

 

 

恐るべき速さで駆け抜けていく。その速さについて行くことが出来る者はそういない。しかし、そのスピードに引かれていつも以上のスピードで走っている感覚があった。

 

 

「ここだ!」

 

「ガキ!子どもの声はそっちからか!」

 

「うん!早く行くよ」

 

 

ここでヴァジュラとキラが合流した。

 

 

「他の子は?」

 

「大丈夫、クシティたちが保護してる」

 

「たち?」

 

「ああ。シャンティの子守してたヤツらが来てくれたんだよ。目を離した隙に出掛けてしまわれたんです!と大慌て」

 

 

子守りってと苦笑を浮かべる。風邪をひいておきながら、使用人がお粥を作っている間に出て行ってしまったのだ。挙句の果てに囮になるという暴挙に出たため、さすがに我慢ならずここまで来た。使用人たちの苦労が嫌でもわかったジークフリートたちであった。

 

 

「開けやああぁっ!!」

 

 

ヨミが拳だけで扉を吹き飛ばしてみせた。さすがヴァジュラも目を点にした。

 

 

「何者だ、捕らえよ!」

 

「捕えられんのはテメェらなんだよ!」

 

「子どもたちを返していただきましょうか」

 

 

壁に磔にされた子どもが目に入った。黒髪の少年だった。目を奪われるほど可憐だ

 

 

「おっと近付くなよ。さもなくば」

 

「ひゃああああああっっっ!!」

 

 

子どもを人質に取られ近づこうにも近付くことが出来ない。少年の身体に電流が走る。激痛に悲鳴をあげる。

 

 

「いい声だ」

 

「将来はべっぴんさんになるぜ」

 

「ああ、なるに決まってんじゃねぇかよ」

 

 

魔力を封じ込める枷をかけられ、魔法が使えない。服がビリビリに破かれている幼い少年に、子どもとは思えない色気を感じてしまったヨミは、自身の邪な感情を振り払う。

 

 

「珍しいじゃねぇか、お前が悲鳴をあげるのも」

 

「痛みを感じない魔法が使えないのだ。痛いものは痛い」

 

 

少年から可憐で落ち着いた声音。話し始めた途端に悲鳴が上がった。さすがのあの男であろうと痛いものは痛いのだ。

 

 

「なんで変化の魔法は解けねぇんだっての」

 

「そろそろ解ける」

 

 

その言葉通り、変化の魔法が解け、少年がその場から消えた。しかしその代わり、この世の者とは思えない美しい青年が現れた。動く度に赤、青、緑と次々と色を変えていく不思議な髪の青年は、好き勝手してくれた男たちを睨みつけた。

 

 

「・・・エロいよ」

 

 

着崩された袈裟。その下はノースリーブの着物。肩が露わになっている状態だ。スリットが入り、袈裟からチラリと白い脚が見える。男でもいいかな、と思ってしまうヨミであった。その男を傍で見ている男たちは唾を飲む。

 

 

「んっ、硬い枷だ・・・」

 

 

ガチャガチャと枷を揺らす。

 

 

「そいつに触れんなよ。触れていいのは、俺だけなんだからな!!」

 

 

・・・何言ってんの、こいつ

・・・この状況でよくもまぁ、そんなことが言えたものですよ

ヨミとエデンが心の中で憤る。堂々と言い放ったヴァジュラに、シャンティがキョトンとする。これまでシャンティにさえ言ったことがなかったのだ。

しかし、シャンティは男に視線を移すと

 

 

「のぉ、そこの男」

 

「な、なんだ」

 

「これ、取ってくれぬか?」

 

「取ると思うか?」

 

「取ってさえくれれば・・・好きにしてくれても構わんぞ」

 

 

男から見ても魅惑的な微笑に、カルナ以外が顔を赤らめる。白い脚をわざと見せる。ヨミはそれに釘付け。やはり自分は子どもだったと落胆する。

それに落ちた男がシャンティの枷を外した。男の脚でいいのか、安い男だな、というシャンティの心の声が男たちに聞こえるはずもない。

 

 

「ふぅ・・・ぁっ・・・」

 

 

立ち上がったシャンティだったが、フラフラと崩れ落ちた。風邪が引き起こす発熱だった。魔力はともかく体力と体調が限界だった。

 

 

「姫さん!」

 

 

・・・姫さん?

そんな渾名があるのかとヨミは呆れにも似た表情でヴァジュラを見た。シャンティの背後にいる男たちをカルナの炎が襲った。

そして、しゃがみこんでいるシャンティをカルナが引き寄せた。それは俺の役目だろ、とヴァジュラ。ヨミが堪らず殴りつけ、床に叩きつけた。

 

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、すまない。どうやら薬の効果が切れてしまったようだ」

 

 

抱き合う美男と美女にしか見えなくなってきたヨミは、たまらず目を逸らした。

 

 

「ああそうだ。子どもたちは?」

 

「子どもたちは全員保護した。大丈夫だ、こっちにいた子どもも、毒を抜いた」

 

「その子たちのところへ連れてゆけ。治さねば」

 

「何言ってんだよ!そんな身体で」

 

「クルフ国は、元々貿易していた国だ。解消したのは私なのだ」

 

「ちっ」

 

 

キラが熱を下げる魔法をかけ、一時的にシャンティの熱を冷ました。治癒を施してくれたキラに、シャンティはありがとうと微笑みかけた。

体力を使いさせたくないから、とヴァジュラではなくジークフリートが横抱きの状態でその場所まで運ぶ。ラボに居る男たちはヨミが気絶させていた。

 

 

「すまないな、ジークフリート」

 

「構わない」

 

 

洞窟の出口まで来ると、保護された子どもたちと、気絶させられ捕えられた男たちがいた。

 

 

「シャンティさま!」

 

「お前がシャン──うがっ!」

 

「私にあった記憶は消しておこう。口外されては困るのでな」

 

 

男の頭に手を置くと、シャンティと会った記憶を完全に消し去った。エグいなぁとヨミは苦笑する。しかし、シャンティは憧れの相手なのだ。キラキラとした瞳で見つめていた。

 

 

「さて」

 

 

気を失った子どもたちの傍に行き、その場で結跏趺坐を組む。首にかけられた数珠を外し手前に翳す。

 

 

「救うのが遅くなって済まない」

 

 

数珠がバラバラになり、子どもたちの体内に入っていく。合掌するように手を合わせると膨大な魔力を込める。満天の星空を映したような瞳。神々しい姿にジークフリートたちは圧倒される。

ボロボロになった子どもたちの体が綺麗に戻った。そして、グチャグチャになり、面影すら見られないその子たちまでもが生前の姿を取り戻した

 

 

「細胞操作・・・」

 

「細胞操作?」

 

「うん。その名の通り細胞を操る秘術」

 

 

細胞を操り、急速で分裂させることも、その力で癌細胞を作ることさえできてしまう。使い用によってはボロボロになった細胞の再生も可能となる。レベル8とは戦闘力だけの話ではなかったのだ。

掛け続けるシャンティの額に大粒の雫が浮かぶ。身体への負担は半端なものでは無い。ここにいるプンダリーカの者たちが心配そうに見守る。もうやめろと言いたいのだ。言えばいいのに言えない。シャンティが言わせないのだ。全員の細胞が再生した。しかし、死んだ子どもたちが目を開けることはない。死した者への慈悲だった。瀕死から完治した子どもたちは何事も無かったかのように起き上がった。

 

 

「クシティ、子どもたちを保護。サーガラはこのクズどもを二ーロートパラの無人島に放り込んでおけ」

 

「畏まりました」

 

 

立ち上がろうとするも身体は思うように行かず、ヴァジュラに身体を委ねることになった

 

 

「これも強さか」

 

「カルナさん?」

 

「敵を負かす強さだけではない。心の強さ。覚悟の強さ。これが聖王か・・・」

 

「本当に、恐ろしい方だ」

 

 

ジークフリートも畏怖の念さえ抱き、思わず震えた。

 

 

「ゆっくり休めよ、バカ」

 

「その前に謝ることあるよね?」

 

「ヴァジュラ、ヨミとどういう関係に?」

 

「友人?」

 

「それでは、私との友人関係は解消なのか?」

 

 

寂しそうな顔でヴァジュラを見上げるシャンティに、ジークフリートたちはポカンとする

 

 

「なんでそうなるんだよ」

 

「だって其方・・・友人は一人しか作らないものだと・・・」

 

「はっ!?」

 

 

ヨミは鬼神の眼差しでヴァジュラを睨み付けた。鬼神の睨みは破格の恐ろしさだった。

 

 

「ということは・・・」

 

「其方がそういうから、私は其方以外友人を作らなかったのだ」

 

「ヴァジュラ、お前やっぱ最低だな!」

 

「どうせ独り占めしたいだけだったんでしょう!シャンティさまが友だちがいないことをいいことに誑かしたのですね!」

 

「エデンさん、それは失礼です・・・」

 

 

友だちがそもそも少なかったシャンティを、ヴァジュラが誑かした。ヨミとエデンが立腹し、ヴァジュラを睨みつける

 

 

「友人は何人作っても構わんのだぞ」

 

「そ、そうなのか?」

 

 

カルナに言われ、シャンティは頷いた。友人に騙されていたのだとここで知った

 

 

「な、ならば・・・今から友人作る」

 

「どうやって作るんだよ」

 

「・・・」

 

 

友人の作り方を知らないシャンティは、ヴァジュラの言葉に黙ってしまった。

 

 

「ならば、作り方を教えよ。命令だ」

 

「え、えぇ・・・」

 

 

作り方を教えろという無茶を命令されたヴァジュラは項垂れた。

 

 

「ざまあみろ」

 

 

ヨミの暴言に反論する気にはなれなかったヴァジュラであった。

初めてのフレアフルールとプンダリーカの合同任務はこうして無事に完遂することが出来た。

 

 

 



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登場人物ステータス

ヨミ・アシュラ

鬼神アシュラの末裔。神話が大好きな少年だが、インドラだけは大嫌い。神話や小説において、主人公が好きになれないタイプ。仲間、もしくは自分が助けると決めた相手に危害を加える敵に容赦はしない。信頼する相手にのみ本来の姿を見せる。一流の鍛治職人で、カルナの武器のほとんどがヨミの傑作

ステータス

筋力:A

耐久:A

敏捷:A

魔力:B

幸運:E

クラススキル

気配遮断:A

狂化:A

騎乗:B

固有スキル

鬼神:A

軍略:A

破壊:EX

宝具

破鬼神流・炎鬼拳:A(対軍宝具)

紅蓮鳳羽(グレン・アゲハ):B+(対軍宝具)

紅・十五ノ盾:A(対城宝具)

漆黒・十二ノ太刀:A+(対国宝具)

破鬼神の演舞(アンフェール・ダンス):EX(対国宝具)

 

 

エデン

『歌うたいの天使』の異名をとる神聖歌唱の歌い手。底無しレベルの魔力を持つ。謎めいた人物ではあるが、ヨミやキラが信頼を寄せるほどには優しく清らかな心の持ち主。フレアフルールのマスターハイリの優秀な秘書

ステータス

筋力:B

耐久:B

敏捷:A

魔力:A++

幸運:C

クラススキル

対魔力:A++

高速詠唱:A

神性:B

スキル

歌唱:EX

治癒:A

術式:A

宝具

神聖歌唱:EX

ー神聖なる賛美歌(コラール):対軍宝具

ー星夜の夢想曲(トロイメライ):対城宝具

翡翠の子守唄(ジェード・ヴィーゲンリート):対人宝具

???:EX

 

 

キラ・マオヴァ

『創造と治癒の双子』の兄。溺愛する双子の弟がおり、その弟は現在セントラルがあるサイレンという国にいる。フレアフルールの専属医だが、毒の解析や検査も行う。極度の対人恐怖症だが、場合により克服できる

ステータス

筋力:B

耐久:C

敏捷:A

魔力:B

幸運:C

クラススキル

対魔力:B

固有スキル

命中率:A++

治癒:EX

医術:EX

宝具

天眼(スカイ・アイ):A(対国宝具)

世界天眼領域(ワールド・アイ):A+(対界宝具)

白銀時ノ魔弾(ミラージュ・バレット):A+++(対軍宝具)

 

 

ヤト

ヨミの幼馴染で、鬼神ヤシャの末裔。ヨミとの関係が疑われている状況だが、友人だと公言している。毒と薬を作ることが大の得意で、武器屋ヨミで薬師として働いている。主に使う魔法は毒と幻影。

ステータス

筋力:A

耐久:A

敏捷:A

魔力:C

幸運:C

クラススキル

気配遮断:A

固有スキル

鬼神:EX

毒生成:A

秘術:B

破壊力:A

宝具

毒龍の咆哮(ポイズンド・ローア):A(対城宝具)

夢幻の灯(イリュージョン・フレイヤ):A+(対軍宝具)

漆黒の呪文(ダークネス・スペル):A+(対軍宝具)

 

 

 

プンダリーカ

 

シャンティ・プリハスパティ

最強のギルドプンダリーカのマスターで、二ーロートパラ王国の国王。世界最強とも謳われる実力者で、聖王と呼ばれ慕われている人物。この世で唯一皇帝の称号を持つが、本人としては必要のないものとして、皇帝の王冠は現在埃をかぶっている有様。優秀な王であるが、執務は何故か苦手

ステータス

筋力:B

耐久:E

敏捷:A

魔力:EX

幸運:A

クラススキル

対魔力:A

騎乗:EX

固有スキル

神性:A+

結界:A

カリスマ:A+

光輪:B

軍神:A

宝具

我、ただ祈る主である(ヴィッシュダマントラ):A+++

ー神聖なる沙羅双樹(対人宝具)

ー菩提樹の祈り(対国宝具)

ー月色の無憂樹(対人宝具)

無辺の光、紅ここに咲く(アミターユパドマ):EX(対国宝具)

神よ、揺籃に眠れ(プラサード・アヴィシー):A++(対神宝具)

捧げよう、全てのものへ(シャンティ・トゥランガリア):EX(対人宝具)

 

 

ヴァジュラ

シャンティの無二の親友で、一方的なアプローチをかけている状況(合同任務の後から)。シャンティの右腕としてほぼ隣にいる。というかいたい。彼の戦い方を粗方知っているため、瞬時に察知して動くことが出来る。シャンティに対して頭が上がらなかったのに、さらに上がらなくなってしまった

ステータス

筋力:A

耐久:A

敏捷:A

魔力:C

幸運:B

クラススキル

騎乗:EX

固有スキル

軍略:A

カリスマ:B

守護者:A

宝具

鋼石の蒼光(アーシェ・エトワール):EX(対国宝具)

碧光の盾(ジャスパー・シールド):A+++(対人宝具)

黒王・黒き鋼の宝剣よ(ラージャ・ファントム):EX(対国宝具)

 

 



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第十二話〜聖王の悪戯

NOside

 

 

『神聖なる七騎士』の隊長コイドと白魔道士ユーリンは、祭りで賑わう市場でパトロールをしていた。どさくさに紛れて盗みを働く者がいるからだ。

 

 

「買い物に来たわけじゃねぇんだぞ」

 

「でもエデンさんに言われたじゃない。食料買ってきてくださいって。ついでよついで」

 

 

女と買い物に来るとろくなことが無いと溜め息を吐いた。ご機嫌でアクセサリーを選んでいるユーリンから目を離し、視線を移した。突如大きな魔力を感じた。アクセサリーを見ていたユーリンもその魔力に辺りを見回す。

 

 

「動いた。わざとか?」

 

「あの子!」

 

 

ユーリンが指さした先にいたのは浮世離れした子ども。銀髪かと思えば金髪になり、金髪かと思えば黒髪になり、黒髪かと思えば赤、青、緑と色を次々と変えていく。色を映す鏡のようだった。

 

 

「か、かわいい・・・」

 

「ああ、俺でも思う」

 

 

花籠を手にフラフラしている愛くるしい子は、道行く人に花を渡す。その花が綻ぶような笑顔に、人々も花を受け取らずにはいられない。惹かれるように並ぶ。どんなカラクリなのか、小さな籠から花が次々と出てくる

 

 

「貰いに行きましょ。ギックリ腰になっちゃったマスターのお見舞い。こんにちは」

 

「こんにちは、好きな色はなぁに?」

 

「ピンクかな」

 

「それでは、このピンクのダリアを」

 

 

白から薄いピンクへとグラデーションになった美しいダリア。それを天使のような笑顔でユーリンに渡す

 

 

「かわいい、ありがとう。えっと・・・お値段は?」

 

「これはボランティアだからいいの」

 

 

貧しい子どもが花を配っていることはあるが、この子は明らかに上等な代物を身につけている。

 

 

「すごい人だかりじゃない、どうしたの?」

 

「あ、ヨミくん。この子がダリアをくれたのよ」

 

「へぇ、可愛いダリアだね」

 

 

そのダリアよりも遥かに可愛い子どもが目に入り、ヨミは沈黙。見知った髪色と双眸。一度見れば絶対に忘れない。忘れることが出来ない。純粋無垢極まりない瞳がヨミを見据える。

 

 

「よし、エデンさん案件だね」

 

「そうね」

 

 

買い出しは終わっていた。コイドは、ユーリンの買物に付き合わされていただけだった

 

 

「あ、名前は?」

 

「アーリア・ノルブリンカ」

 

 

直訳で清らかなる宝石の庭だ。懐の深さ的には、その名前は間違っていないなとヨミは自分を納得させた。即興で考えたのか、いつもその名前を名乗っているのかは不明だ。

さらさらと風に靡く髪は空色に染っていた。空を仰げば快晴だった。花籠を両手で持ちながら街をきょろきょろと見渡す。

 

 

「なんか・・・汚い心が洗われそうだよ」

 

「俺も思う」

 

 

人の醜さを知らないのではないかと思うほど純粋で清らかだが、アーリア自身は人の醜さを目の前で見ている。だからこそ、歪むことも無く、揺らぐことも無く、ただただ清らかな心に圧倒される。こんな人になりたいと憧れた相手。しかし憧れてこうはなれないと思い知らされる相手。

 

 

「武器屋、やってるんだよね?」

 

 

アーリアが振り向きヨミをまっすぐ見つめた。宝石のような瞳に吸い込まれそうになる。

 

 

「うん、そうだけど」

 

「見てもいい?」

 

 

神話上にいたカルナと、伝説レベルのシャンティ。カルナにはもう既に認めてもらっている。次はシャンティだ。しかし、この男も歴戦の王だ。あらゆる優秀な鍛治職人の腕を知っている。その武器を持っている。だからこそ緊張する。

 

 

「ど、どうぞ。ごゆるりと」

 

 

大物すぎる大物が来たことを察したヤトが降りてきた。ヨミとヤトは二人で固唾を飲んで見守る。コイドとユーリンはヨミとヤトの距離の近さが気になった。

杖が置かれてある場所で止まった。真っ白な杖を見つめていた。

 

 

「これ、見てもいい?」

 

「ああ、いいよ」

 

 

その杖を慎重に持ち、アーリアに渡すとにこりと花が綻ぶような笑顔でありがとうと告げた

・・・か、かわいい

あの最強の男の幼少期はこのように可愛らしいのだと知った。大人になると美しくなる。留まるところを知らない。

アーリアは、本来持つ場所ではないところに手をかけると、すっと持ち上げた。ヨミとヤトはその様子に目を微かに見開いた。

・・・さすが、気づいたね

・・・まぁ、気づくよな

 

 

「うん、これ買うよ」

 

「えぇっ!?」

 

「ん?問題が?」

 

「全然問題は無いんだ。本当に?」

 

「こんなにも美しい杖は見た事がない。武器は、作り手の心を映す。真っ直ぐで一片の歪みもない芯がある」

 

 

子どもの姿になっていることを忘れているのではないかと思うようなことを呟く。ヨミの傑作をこれでもかと言うほど褒める。それに対して素直に嬉しいと思う。

 

 

「これ、報酬だ」

 

 

上等な布で包まれた箱。それが手に渡る。その布を剥がすと重厚な赤を基調とし、金色の彫刻があしらわれた立方体の箱。そっと蓋を持ち上げるヨミの目が見開かれていく。

 

 

「ねぇヤト・・・」

 

「ああ、これは・・・あれだな」

 

「ラピス・ランプルール」

 

 

最高の腕を持つ職人に贈られる宝石。職人ならば誰もが喉から手が出るほどに欲しがる宝石だ。それがヨミの手に渡る。

 

 

「ありがとうございます!!」

 

 

ルンルン気分でフレアフルールに向かうヨミに、コイドとユーリンは必死でついて行く。体力バカが本領を発揮したのだ。

ヤトがアーリアを背負い、ヨミについて行く。鬼神は皆、体力のたかが外れているのだ。

この状況に、コイドとユーリンはため息をつくのだった

 

ギルドフレアフルールに着くと、ヨミはすぐに呼びかけた

 

 

「エデンさん」

 

「はーい」

 

 

軽やかで美しい声が聞こえてきたと思えば、翡翠色の髪、緋色の双眸、男には到底見えないエデンが出てきた

 

 

「・・・え?」

 

 

さすがのエデンも笑顔が消え、目を点にした。普通ここに居るはずのない人物だ。

 

 

「あ、何かお飲み物をお持ち致しましょう」

 

「ホットミルクでいいってさ」

 

「猫じゃないよ。ミモザがいい」

 

 

ミモザ。植物のことだろうかととぼけるヨミとエデン。そこに、空気を読むことが苦手な二人が来てしまう。

 

 

「ミモザ・・・カクテルのことか?」

 

「お酒なんか飲んじゃダメ!こんな子どもにお酒の名前を覚えさせるなんて、親はどんなに躾をしているのかしら」

 

 

・・・その子、年齢だけなら世紀で数えた方が早いんですけどね

・・・ミモザとかこのギルドにあるわけないじゃん

シャンパンをオレンジジュースで割ったものだ。しかし、シャンパンというものはこの店に置いていない。居酒屋にありそうなメニューがほとんど。子どもにはノンアルコールという選択肢もあるが

 

 

「少々お待ちください」

 

 

エデンがふと思いつく。急いで奥に消えると、やがて鮮やかなオレンジ色のドリンクが出てきた。

 

 

「ナイス」

 

「ん・・・おいしい・・・」

 

 

エデンが珍しくガッツポーズ。エデンのガッツポーズをカルナたちは初めて見た。搾ったオレンジジュースを炭酸で割ったのだ。それが庶民とかけはなれたアーリアの口にあったのだとホッとする

 

 

「お腹空きました?」

 

「い、いまは断食中だから」

 

 

・・・えぇ、あんなに細いのに?

敬虔な信仰者ではないヨミには、断食イコールダイエットでしかない。しかし、この少年に関してはダイエットをする必要は全くない。むしろ食べろと言いたい

 

 

「どうして?」

 

「禊の前は食べちゃダメなんだ。一週間」

 

「一週間・・・禊?」

 

「うん。結界強化だよ」

 

 

国を守るための結界だ。それを強化するための準備期間が一週間。凍てついた空間で強化し続ける。

 

 

「ところで・・・ここまで何しに来たのかな?」

 

「この間のお礼かな」

 

 

この間というのは、プンダリーカとの合同任務のことだ。確かに、アーリアのことを助けはした。

 

 

「あと・・・依頼を・・・」

 

「え?」

 

 

国王からの依頼。基本的に国王の依頼はエデンの管轄だ。王室の存在でもないはずのエデンは、国と国の架け橋となっていた。しかし、この国自体は二ーロートパラ王国との関係はない。隣国でありながら、特に接点はない。フルールから二ーロートパラ王国へ渡せるものは陶器くらいだ

 

 

「私の・・・友人になってくれないだろうか」

 

 

思わず飲んでいた水を吹く一同。カルナまでもが困惑した様子でアーリアを見つめた

 

 

「それが依頼?」

 

「ヴァジュラは私に友の作り方を教えてくれないのだ。ならば、依頼して友になってもらおうと」

 

「うぅーん、友人ってね・・・依頼してなるものじゃないですよ」

 

 

そうなのか、とシュンとしてしまうアーリア。その姿にヨミが狼狽えた。その辺の子どもがショボンとしようが泣かないでよーくらいの軽い気持ちでいられるが、アーリア相手はさすがに無理だった。何故か、お分かりだろう。シャンティ王だからである

 

 

「取り敢えず、裏行きましょう」

 

 

エデンはシャンティを相談室に案内した

はい裏に行きましょうね、とエデンが奥に連れていった。ギルドで一番広い部屋だ。

 

 

「依頼とかの前に・・・そのトランクを見るに」

 

「うん、泊まろうかと」

 

「なぜ?」

 

 

ジークフリートとカルナの声が重なった。普通のリアクションだった。

 

 

「ヴァジュラから逃げてきたのだ」

 

「何かされたんですか?」

 

「最近セクハラ紛いのことをして来るのだ。すぐに触れようとしてくる」

 

 

・・・アイツ、そんな奴だったのか

ヨミは、ヴァジュラに対してそういったことには厳しいタイプだと思っていた。しかし、実はシャンティに関することになると見境がない。よく友人関係を解消しようとか考えられたなと呆れた

 

 

「匿ってくれ」

 

「依頼は友人になって欲しいってことと、匿ってってことですか?」

 

「そうだ」

 

 

難題が出された。友人の作り方で悩んだことがまずない。知らないうちに友になっていることが多い。交流がそもそも少ないシャンティは、そういった機会が無い。交流するとなれば、国民か王族かに限られてしまう。その時点で友人とかではなく、国同士の関係でしかないのだ

 

 

「匿うのは問題ないんですよ。問題は前者です」

 

「友だちはお金じゃないからね。ヴァジュラにお金貸したこととかある?」

 

「ない。見返りは求めない」

 

「それさ!」

 

 

いきなり大声を出され、シャンティがビクッと肩を強ばらせた。即座にゴメンと謝った。

 

 

「ヴァジュラに見返り求めた事ありますか?」

 

「・・・ないな」

 

「さて、ヴァジュラ以外に」

 

「見返りを求める以前の問題だ。求める相手がそもそも居らん」

 

 

その一言でジークフリートたちは撃沈する。見返りを求めるような知り合いは弟子のみ。しかし、弟子には見返りを求めていない。つまり

 

 

「弟子も友と見ていいのか?」

 

 

クシティとサーガラの様子を思い出す。恐れ多いことだと思ってしまう。友ではなく、まず身分の差がある。主と使用人という。ヴァジュラしかいなかった

 

 

「オレたちが友になればいい」

 

 

カルナの提案にジークフリートたちは少しだけ驚く。カルナからこの言葉が出るとは思っていなかった。

 

 

「本当か?友になったら何をすればいい?」

 

「ヴァジュラとは何をしたんだ?」

 

「手合わせ」

 

 

恐ろしい言葉が出たとヨミとエデンは頭を抱えた。珍しくカルナが深い笑みを浮かべた。お互いに興味があった。その相手と手合わせ。しかし、このギルドですればまず街が壊滅する可能性がある。

 

 

「今、なさるのですか?」

 

「本気でするの?」

 

「無論」

 

 

ブラフマーストラと何を使うのか分からない宝具がぶつかり合うかも知れないのだ

 

 

「おーい、アーリアだっけ、お前」

 

「お前・・・」

 

「おっとフラウくん、初対面にお前はダメだよ」

 

 

ヨミが空かさずフォローした。初対面ではなくてもシャンティ相手にお前はどうあっても擁護できない。見た目だけは歳が近いフラウとライトだが、相手は皇帝。知る由もないだろうが、それでも呼び方だけは弁えなければとエデンがこの場で躾ける

突然何も知らないキラが現れた。一瞬メガネを上げて見た。明らかにあの男がこどもの姿でいる

 

 

「お前魔法使うのか?」

 

「使うよ」

 

 

持ち前の演技力で無邪気な子どもを演じてみせる。

 

 

「フラウ、そのおと・・・ヨミ、何をする」

 

「この子はアーリアくんだからさ」

 

「そうです」

 

 

口を滑らせそうになったカルナにヨミが突っ込んだ。フラウのことだからシャンティを知らないかも知れないとは思ってはいるが、保険だ

 

 

「どんな魔法を使うの?」

 

 

ライトが尋ねる。この光景だけを見れば子ども同士の会話だ。

 

 

「えぇっと・・・変化」

 

「猫とか?」

 

「そう」

 

「見せてみろ。先輩が見てやる」

 

「そ、そう・・・」

 

 

千倍は先輩である魔術師に対し、魔術師歴一年のフラウが告げる。さすがのアーリアに扮したシャンティも困惑。このような言葉遣いで話されたことも、このように言われたこともない。セントラルだったら処刑だった。

アーリアは、変化するためにバク宙してみせ、猫に変身

 

 

「おぉ、すげぇ!」

 

「あのバク宙いるのかな・・・」

 

「演出ですよ・・・」

 

「魔術師ですから、軽快な身のこなしはお手の物・・・」

 

「みんなに見せに行こうぜ」

 

 

しかし、さすがはフラウとフラウをよく知るエデンは思い至る。コミュニケーション力は長けている。言葉遣いはこれからだ

 

 

「お話は終わったの?」

 

「うん」

 

「魔術のお披露目をしてるんだ」

 

「わたしにも見せて」

 

 

少しだけ嬉しくなったシャンティは、再びバク宙。すると、なんとも美しい

 

 

「これさ・・・」

 

「隠す気があるのか?」

 

「もう忘れてるんじゃないのか」

 

 

カルナとジークフリートまでもが呆れていた。現れたのは明らかに普通の鳥ではなかった。言うなら、鳳凰

 

 

「えぇっと・・・孔雀だよ!」

 

「ああ、そうですよね、孔雀ですよね」

 

 

こんな孔雀はいないな、と若干苦しい誤魔化し方をしたが、ここは切り抜けた

その後、猫、犬、獅子と見せかけてキマイラ、狼と見せかけてフェンリル、馬と見せかけてユニコーン。

そのたびに、獅子だよ。ちょっと大きい狼ですよ。間違えて角を生やしちゃったんですよね

ヨミとエデンのファインプレーをキラとヤトは拍手で称えた。

 

 

 

 



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第十三話〜はじめて

ヨミside

 

 

昼頃にギルドに来て、シャンティさまをどうするべきかを相談し合う。来ることは別に構わない。アポとってきなさいなんてことも無い。この人の場合は、家出とか遊びでは済まされないところがある。窮屈な生活なのかもしれないなとは思う

その悩みの種は、静かに本を読んでいた。ここに来た意味はあるのかと思うほど静かだ。本人も本人で迷惑をかけている自覚があるのだろうか。

広い部屋で一人ベッドに座って読んでいる。なんとなく、いつも休日はこうしているのだろうかと勘繰ってしまう。

 

 

「あ、ヨミさん」

 

「なに?」

 

「遊び知らないんじゃ・・・」

 

 

子どもの頃なにかしていたはず。トランプはないだろう。積み木、それは幼児だ。公園でかけっこ。なんか違う。小さい頃からともだちいなかったのか?

 

 

「キッチン借りてもいい?」

 

「え?はい、どうぞ」

 

 

天井の色を映し琥珀色になっている長髪を靡かせながら奥に消えた。コイドさんやユーリンちゃんもそっと覗こうとする

 

 

「鶴の恩返しかな?」

 

「ある意味」

 

 

インフィニティから助けた子どもがギルドに来て料理を振舞ってくれる。これでは聖王の恩返しになってしまうけど

それから数時間ほど出てこなかった。倒れているのではないか、と思って慌ててキッチンに入ろうとすると、入っちゃダメと可愛い声で言われた。

 

 

「なに、妖精か天使かな」

 

「シャンティ」

 

「あ、カルナさん、ジークフリートさんまで」

 

「もう、入っちゃダメだってば」

 

 

という声が聞こえてきたかと思えば、どこから引っ張ってきたのか可愛らしいエプロンをつけたアーリアくんが、カルナさんとジークフリートさんを押して出てきた。カルナさんとジークフリートさんも優しい笑みを浮かべている。

 

 

「できた」

 

 

今度は明るい声だ。キッチンから出てきたと思えば、後ろからお皿がついてきた。

作ったものをテーブルに置いた。それは

 

 

「おや、パウンドケーキ」

 

「へぇー、ケーキなんて作れるの?」

 

「王とは料理をするものなのか・・・」

 

 

パウンドケーキは比較的簡単ですからね、とエデンさん。アーリアくんに扮したシャンティさまも頷いている。どうやって処理しようかと悩んでいたドライフルーツを使ったフルーツパウンドケーキだった。

 

 

「なるほど、フルーツケーキという手がありましたね」

 

「うん。食べよ」

 

 

街中で会ったコイドさんとユーリンちゃん、カルナさん、ジークフリートさん、俺、エデンさん、マオくん、フラウくん、ライトくん、ヤトに振舞ってくれた。

 

 

「お、おいしい・・・」

 

 

絶品だった。店に出していい。けれど、王という身分の人がこんなものを作るのか。オレは料理のりの字もできないのに。基本的にヤトがやってくれるしね。

 

 

「ずっと本を読んでいたな。遊ばないのか?」

 

「遊び方知らないんだ。どういうことをするものなのだろうか」

 

 

再び広い部屋に通す。

 

 

「子供の頃は何して遊んでたんですか?」

 

「剣習って、侵略の仕方を習って、治め方を習って、字の読み書き」

 

 

全然遊びじゃなかった。それよりも侵略の仕方や統治の仕方を子どもに教えてどうする。この人の親は一体何をしているんだ。子どもに遊ばせてもあげないのかとステータスの幸運Aが早くも怪しい。

 

 

「うぅーんどうしよ」

 

「さっきマーケットやってた」

 

「あー、そういえば忘れていましたよ。このギルドはパトロールですしね。パトロールしながらシャンティさまをご案内するというのは?」

 

 

それは遊びなのだろうか。ただただ王にフレアフルールの姿を見せるだけになっている気がする。二ーロートパラ王国には似ても似つかないような国だ。賑やかさを利用してどさくさに紛れて誘拐、窃盗、祭り中のトラブル。よくあることだ。

 

 

「オレが案内しよう」

 

「カルナが?」

 

 

カルナさんの言葉にジークフリートさんが反応。反応したのは全員だが。本当に、カルナさんがするの?という

 

 

「それは嬉しいな」

 

「自分で作ったケーキを食っていなかったな」

 

「え?ああ、断食だよ。一年に一度の祈祷の儀。我が宝具」

 

我、ただ祈る主である(ヴィッシュダマントラ)か」

 

 

シャンティと言ったらこの宝具だ。この宝具は世界でシャンティさまのみが使える宝具。攻撃しない。シャンティさまの宝具で攻撃性のあるものはほぼないんじゃないかと思う。

今のところ、オレが確認できているのは『我、ただ祈る主である』と『捧げよう、全てのものへ(シャンティ・トゥランガリア)』だけ。後者は、合同任務の際に見せた操作魔法のことだ。操作魔法は細胞だけではないから恐ろしい。『捧げよう、全てのものへ』は、その宝具だけで少なくとも二つ使い分けられる。細胞と調律だ。細胞操作は下手したら蘇生も可能とりす。だからセントラルが禁忌とした。使える者は一人しかいないのに。調律は、ピアノの調律ではなく、魔術の調律。好き勝手に魔術が使えてしまう。プリハスパティ家は神家系のなかでもとにかく破格。祈りが神格化した存在がプリハスパティと言われている。他にも、創造神として側面があるとヴェーダにはある。リグ・ヴェーダはもう省く。カルナさんと間接的に係わってはいるけれど、説明しないよ。

 

 

「そう。その宝具を一度解いて、もう一度編み直して強化する。そのために一日を要する」

 

「なるほど、じゃあ今日を含めて一週間は忙しくなると?」

 

「ああ」

 

 

今日は断食一日目。つまり今日自由に動ける日ということらしい。ただ、宝具を使った翌日は基本的に身体を動かせなくなるという。かなり身体に負担がかかる。

ちなみに、シャンティには平和という意味があるけれど、儀式やヨガなどでシャンティと三回唱える。一回目のシャンティは、自分の平和を願う。二回目のシャンティは、周りの人の平和を願う。三回目のシャンティは、自分の周りの環境の平和を願う。自分の平和とは『月色の無憂樹』、周りの人の平和とは『聖なる沙羅双樹』、周りの環境の平和とは『菩提樹の祈り』。プリハスパティ家の最高傑作とも謳われているシャンティさまだけの祈りの術というわけだ。ピッタリだね

そんなシャンティさまの休日は、ここでのお泊まりという。お城でゆっくりすればいいと思う。

 

 

「行かないのか?」

 

「行くぞ。あ、そうだ。換金しないと」

 

「ここで換金できますよ」

 

「じゃあおねがいします」

 

 

俺は今、物凄く嫌な予感がしている。そして嫌な予感が現実となる。エデンさんの顔が曇っていく。カバンから金色の板が。純金にしか見えない。一枚百万円。それを一枚、二枚

 

 

「い、一枚で足りますよ」

 

「え?」

 

 

純金が手に渡ったエデンさんは、お札を百枚数えていた。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

天使が妖精に渡しているものがお金じゃなくて花だったらいいのに、と思ったら

 

 

「エデンのお花はこれ」

 

「おや、これは?」

 

「デルフィニウムだよ。花言葉は清明、高貴」

 

 

エデンさんにぴったりの花言葉と可愛いお花。ここは天国だったのか

 

 

「行こうか、カルナ殿」

 

「ああ」

 

 

カルナさんが優しく微笑む。カルナさんがだんだんお兄ちゃんに見えてきた。いや、お兄ちゃんだったね

 

 

「いってらー」

 

 

オレたちは、状況が状況であるため兄弟というよりかは、親子に見える二人を見送った

 

 

 



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第十四話〜カルナとシャンティと友情と

NOside

 

 

カルナと、アーリアに扮したシャンティは、無言で歩いていた。決して不快な訳では無い。しかし、二人の空気感は悪いものではなく、むしろ心地良さも感じていた。

しかし、同時に目を惹く二人に対する視線も常に感じていた。それに関しては居心地の悪さがある。特に慣れていないシャンティは

 

 

「普段は馬車か?」

 

「馬車と飛行船とかだな。国じゅうを回ろうとするとその辺は必須だ」

 

「国じゅうを回るのか?」

 

「世論が個人の思いを反映しているとは限らないからな。自分の目で見て声を聞いておきたいと思って。王ならば当然だ」

 

 

それが出来ず、少数派の意見も聞けない王もいる。都合の悪いことは聞かず、下手をすれば排除する者もいる。両方の声を聞き、国を慎重に慎重に改善してきた。部門によって大臣を立て、穴が見つかれば空かさず指導。

 

 

「そういえば、この間のインフィニティはどうした?」

 

「取り敢えずは、二ーロートパラ王国の島に放り捨てておいた。まあ、子どもたちは保護したし、既に両親の元に戻っている」

 

任務の翌日は昏倒して動けなかったが、その翌日に国で保護していた子どもたちをクルフ国に住む両親のもとへ。泣いて喜んだ。しかし、問題はそれを起こしてしまった王室に対する不満が募っている状況。しかし、まともだった国民は、こうなったそもそもの原因はセントラルだろ、と矛先をセントラルへと向けたのだった。

 

 

「シャンティは休日はあるのか?」

 

「ないから勝手に作ったのだ。明後日からはほとんど外に出られないから」

 

「禊のために?」

 

「そうだ。断食は禊の前の準備で、禊は祈祷の前の準備だ」

 

 

たった一日のために体力のみが減らされるような準備をして臨む。祈祷はプリハスパティ家にとって最も大切な祭事。その祈祷は、確かに二ーロートパラ王国を守り続けてきた。

 

 

「マーケットはどういう時期に催されるものなのだ?」

 

「不定期にやりたい時にやっている」

 

「ほう」

 

「シャンティのところは?」

 

「今はアーリアと呼んでくれ。バレたら困るのでな」

 

「そうだったな。アーリア」

 

 

年に四回春、夏、秋、冬と祭りが行われる。春はシャンティの誕生日に行われる華やかさが特徴の花祭り。夏は国立記念日があり幻想的な灯篭の道が飾る夢祭り。秋は夕方から夜にかけて行われる宵祭り。冬は正月だ。シャンティの祈祷の儀の際は、無事を祈って祭りを行う。

 

 

「慕われているんだな」

 

 

カルナの言葉にシャンティは照れくさそうに微笑んだ。先程のお互いに無言の時間が嘘のように会話する

 

 

「ところで、祈祷の話だが」

 

「ああ」

 

「いつも十一人でお前を守るのか?」

 

「いや、弟子たちは国を。ジュラが祈祷所を守る」

 

 

この祈祷の儀の時だけは人不足に悩まされるのだ。しかし、だからといって他の国のギルドに依頼するというのは些か傲慢すぎるのではないか。というのが一つ。もうひとつは

 

 

「信用していなかったから」

 

「ふむ・・・」

 

 

キッパリ言い切った。突然抜きん出て依頼達成率を増やしたのはフレアフルールだった。そこにシャンティは興味を抱いた。そして行動に移したのが、シュヴァルツ事件の合同任務。エデンにフレアフルールのなかで優秀な者を選んでもらった。エデンの人選は完璧だった。カルナ、ジークフリート、ヨミ、エデン、キラ、ヤトというフレアフルール最強の六人。期待できると初めて思った

 

 

「信用していなかったとは・・・人としてか?」

 

「生きてくれるか」

 

「そういうことか」

 

 

本来なら国の兵総出で守るものだ。しかし、二ーロートパラ王国に軍はない。死なない確信のない存在を信用しない。

 

 

「他国のことで死ぬなど国際問題レベルだからな」

 

「そうか」

 

「カルナ殿」

 

「なんだ」

 

「依頼・・・してもいいだろうか」

 

 

カルナは少しだけ黙った。これは、一人で決められる案件ではない。施しの英雄も、こればかりは。

 

 

「無理を言ったな・・・」

 

「分かった」

 

「え?」

 

「守ろう。お前も、国も」

 

「カルナ殿・・・」

 

 

間は空いたが、カルナの言葉に淀みはなく迷いもなかった。返答にシャンティの方が驚かされた。

 

 

「帰ったら、ヨミたちにも聞こう。ヨミたちなら二つ返事で承諾してくれる」

 

「そうか、では依頼書を」

 

「後で書けばいい」

 

 

ヴァジュラや弟子にも言っていない。しかし、カルナの言葉だけで期待を持てる自分がいた。これまで、たった十一人で国を守らせてきてしまったのだ。彼らの負担を抑えるために、これだけの戦力が揃うのはデカい

 

 

「シャンティ」

 

「どうした?」

 

「オレのお気に入りの場所に行こう」

 

「え?あ、ああ」

 

 

意外だと思った。そもそも、カルナがこんなにも喋るとは思わなかった。クシティから「何を聞いても一言しか帰ってこなくて本当に大変でした」と聞かされていたのだ。しかし、蓋を開けてみれば普通に話してくれるカルナがいる。並んで歩いても不思議と心地良い。

 

そして、しばらく歩くとカルナのおすすめの場所に来た。透き通る泉と青々とした木々が安らぎを与えてくれるようだった。澄み切った清らかな空気も気持ちが良い。

 

 

「沐浴か?」

 

「そうだ。ここでは無心になれる」

 

「無心か、確かになれるような気がするな」

 

 

シャンティは、胸いっぱいに清らかな空気を吸い込む。ふっと肩を下ろすと機嫌良さそうに歩を進める。そしてしゃがみこむと、透明な泉に手を浸す。丁度いい冷たさだ。シャンティは、靴を脱ぎ袈裟と着物を捲り、足を浸した。

 

 

「ふむ、気持ちがいいな」

 

「そうだな」

 

 

細い足でバシャバシャと泉の水を蹴る。こう見れば子どもに見える。ふと、鳥の鳴き声が聞こえシャンティが顔を上げると手を伸ばした。その鳥は人差し指に止まった。カワセミだ

 

 

「エデンの髪の色に似ているな」

 

「そうだな。カワセミは翡翠と書くそうだぞ。ふふっ、幸せの青い鳥。幸せになれるぞ」

 

「そうか」

 

 

カワセミだけでなく、キツネやシカやウサギがシャンティのところに来た。

 

 

「よく懐かれるな。ジークフリートとは大違いだ」

 

「優しいのに好かれないのか?」

 

「単純に・・・体型」

 

 

カルナの答えにシャンティは苦笑する。百九十センチの巨体は動物には怖いらしい。鎧に鳥が止まっている様子が頭に浮かび、シャンティは吹き出した

 

 

「どうした?」

 

「いや、ジークフリートのトゲトゲした鎧に鳥が止まっているところが頭に浮かんだ」

 

 

カルナも想像し少しだけ微笑んだ。その状況に困ったような顔をする姿も想像出来た

 

 

「そろそろ戻ろうか」

 

「そうだな。あ、そういえばこの辺りに滝はないか?」

 

「滝?そういえばヨミが近くにある泉で沐浴していると言っていた。ここから少し行ったところにある」

 

 

立ち上がると、カルナは歩き出した。シャンティは風を操り乾かした

 

 

「便利だな」

 

「其方の炎も変わらんぞ」

 

 

楽しげな雰囲気を纏わせる二人。しばらくすると滝が見えた。早朝にその手前の泉でヨミが沐浴する。滝行はしない。

 

 

「ヨミにもルーティンがあるのか」

 

「らしいな」

 

 

朝起きてから水を飲み、筋トレをし、プロテインを飲んだあとにシャワーを浴び、散歩がてらこの場所に来ると、沐浴をし、美味しいパンを買って食べる。それがヨミのルーティンだ。

エデンは、朝起きると直ぐに白湯を飲み、果物とカフェオレを嗜むのがルーティン。シャンティには、ただの朝の過ごし方に聞こえている。

カルナは沐浴したあとに、槍を振るうなどの鍛錬を行う。ジークフリートは沐浴をしないだけで、鍛錬をするだけ。シャンティは、シャワーを浴びろと心の中で突っ込む。シャワーを浴びるのは、朝食の後だとカルナが説明した。順序が間違っているのでは、と首を傾げる。しかし、人のルーティンに対して口出ししない

 

 

「シャンティは?」

 

「私は沐浴をし、その後に寒修行をし、それから祈祷所まで行くと結跏趺坐を組みながらマントラを唱え、湯に浸かり、断食をしていなければ菓子を食べる」

 

 

寺の裏庭にある泉で沐浴をしたあと、マイナス10度の部屋にある滝で寒修行。そして、城にあるマイナス30度の祈祷所で結跏趺坐を組みながらマントラを唱える。その後冷えた身体を通常の体温に戻すまで湯に浸かる。そして、通常は国民がくれた名産菓子を食べる。カルナは、キラがブチ切れそうなルーティンだと感じて眉間を顰めた。

 

 

「祈祷所はどこに?」

 

「城の最上階だ」

 

 

祈祷所がある最上階は地上から2000メートルほどの場所にある。さすがのカルナもそれには目を丸くした。

 

 

「さて、帰ろうか」

 

「ああ」

 

 

カルナとシャンティは、機嫌良さそうに森から出た。シャンティの髪は夕闇色を映し、夕陽色と淡い夜色に染まっていた。時々街灯に照らされて淡いブロンドヘアーになる。その幻想的な様子を興味深そうにカルナは見つめる。

 

 

「今日は楽しかった。いい休暇になったぞ」

 

「それはよかった」

 

 

カルナは微かに笑み、シャンティはにっこり微笑む。二人とも前を向くとフレアフルールに向かって夕闇色の道を進んで行った

 

 

 

 



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第十五話〜友人と幸運

某数秒の間に12問答えるクイズ番組をヨウツベで見ていてびっくりしました
花祭りって日本に本当にあるんですね。正式には灌仏会(毎年4月8日お釈迦様の誕生日に行われる仏教行事)と言うらしいです。
ちなみに、シャンティの誕生日も4月8日なんですよ。
偶然って侮れませんね


ジークフリートside

 

 

カルナとシャンティ殿は、ご機嫌な様子で帰ってきた。数時間ほどでかなり距離を縮めたとみえる。シャンティ殿に、カルナという友人ができたのか。めでたいことだ

 

 

「お帰りなさいませ」

 

「ただいま」

 

 

ただいまと言ったカルナの後ろからひょっこりシャンティ殿が現れた。ヨミとエデンがそれに癒されていた。

 

 

「夕食にしようと思ってるんだけど・・・アーリアくん食べられないんだよね」

 

「うん」

 

「禊の前は果物しか食べられないは聞いたことがありますけど、何も食せないというのは初めて耳にしますね」

 

 

ヨミもエデンの言葉に頷いた。どうやら、祈祷するための禊中は、少しでも体力をつけられるようにと果物を食すという。しかし、シャンティ殿はそもそも何も食べない。というか、食べられない。

 

 

「母上がそういうものだと」

 

「お母さん?」

 

「うん。幼少期は、戦場で人を一人でも倒せなければご飯を食べさせてもらえなくて。祈祷の鍛錬の時も、禊の時も同じ。食欲は欲望。祈祷の際は人間が持つ全ての欲求を断たなければならない。そう言われたよ」

 

 

人の三大欲求を、祈祷の際は断つ。そして、それは鍛錬の時も同じ。睡眠欲だろうが、食欲だろうが。少しでも気が乱れれば細い身体に鞭打たれ、一日呪術をかけられ部屋に閉じこめられ、さらにご飯も食べさせてもらえず、気絶することさえ許してもらえない。少しでも意識が朦朧としたように思われたらお仕置き。

 

 

「酷いね・・・」

 

「呪術?」

 

「私の母は呪術師だったんだ。それが分かったのは、父上と結婚したあとのこと」

 

 

最悪だとヨミが顔を顰めた。悪いイメージしか湧かない呪術師。ヤトのような秘術師ならまだいいが、呪術と言ったら人を呪うというイメージのみ。実際その通りらしい。そんな母親を持ってこれだけ純粋な子どもが生まれるのか。

 

 

「ということは・・・禊中、修行中、祈祷中において欲望を断つために断食するってこと?」

 

「そういうことだ。母はもういないのにな、集中力が切れたら夢の中で叩かれそうな気がする」

 

 

もはやトラウマになっていた。母親が亡くなってから随分経つだろう。にもかかわらず、思った以上に深かった心の傷はトラウマとなって残り、夢にも出てくるという。故に、眠れない

 

 

「人間の三大欲求のうち二つ喪失・・・きっつ・・・」

 

「あとは、快楽を感じられない身体にされている」

 

「うわ、辛い・・・」

 

 

快楽大好きヨミにとっては考えられないとのこと。大好きすぎるのも問題がある。欲望に正直とのこと。ヨミは、サーヴァントになったらバーサーカーであること間違いなし。理性蒸発がスキルにないことが信じられない。

 

 

「ところでさ、結婚とかしたことないの」

 

「アーリアの姿の私に聞くか?」

 

「う、うん、ごめんね」

 

 

幼少期の姿をしているシャンティ殿に、結婚しているかは禁句だ。それは空気を読むことが苦手な俺にもわかる。カルナも頷いている。

 

 

「じゃ、じゃあさ。アーリアって偽名?」

 

「いいや。幼名」

 

 

意外な事実に驚く。てっきり偽名なのだと思っていた。アーリアとは、清らかという意味だ。

 

 

「ノルブリンカはミドルネームだ」

 

「名前なっがいね」

 

 

つまり、幼名はアーリア・ノルブリンカ・プリハスパティだ。直訳すると『清らかなる宝石の庭の祈祷の主』となる。宝石の庭とは一体何なのだろうか。そして10歳で成人と看做されるらしく、拝命する。拝命されたのが、シャンティ・ノルブリンカ・プリハスパティ。直訳すると、『平和を祈る宝石の庭の王』もしくは『静かなる宝石の庭の祈祷の主』どう直訳しようと長い

王家は名前が長いと決まっているのだろうか。フルールの王も確か長かった。セルシィ・ハリオルト・フルール。しかし、フルール王に関しては、ハリオルトは自分で付けたらしいとエデンが教えてくれた。さすが、王家と繋がりがあるだけある。

 

 

「何だかんだでヨミさんも変わりませんけどね」

 

「ヨミ・オグル・アシュラだね。ヤトはヤト・ヤシャ=ラークシャサだし」

 

「ヤシャとラークシャサが=であるところが肝ですね」

 

「ヤシャとラークシャサは同一視ということか」

 

 

俺はヨミという名前がどうかと思うのだが。普通、自分の子どもにあの世という意味の名前をつけるだろうか。全体的に物騒だ。あの世、鬼、阿修羅。完全に戦いに明け暮れている修羅界を連想してしまう。ここ二日か三日でヨミのおかげで六道とやらを覚えてしまった。

ちなみに、この世界ではカルナは神家系扱いらしく、カルナ・ダーナ・スーリヤとのこと。直訳すると、『慈悲与える太陽』。施しの英雄にぴったりの名前だった。ちなみに、俺はジークフリート・ドラーク。直訳も何もない。俺は龍族とされるそうだ。名字がないのはエデンのみだ。この人はとことん謎だ。

 

 

「そろそろ話さないか、アーリア」

 

「そうだな」

 

「ん?なになに」

 

 

俺たちは全員相談室に通された。シャンティ殿からまさか依頼か。友人になってくれないかという驚きの依頼があったとはいえ、正式な依頼なのだろう。緊張している様子でソファに座ったまま黙っている。遠慮しているようにも見える。

 

 

「シャンティ」

 

「カルナ殿?」

 

「安心しろ。ヨミたちは笑わない」

 

 

二人の会話に俺たちはそれぞれに顔を見合わせる。シャンティ殿はいつもは分からないが、迷いなく淀みなく口に出す印象だった。シャンティ殿でも渋るようなことなのだろうか。カルナが背中を押す

 

 

「ゆっくりでいいですよ」

 

「ま、まず・・・依頼書を」

 

「そうですね」

 

 

失念しておりましたとエデンが呟く。ボールペンなど使ったことがあるのだろうか。いつもは羽がついた万年筆だろうに。この国の文字がわかるのだろうか。カルナが言うにはこの国の文字だという。好奇心なのか勤勉なのかはわからない。

書き終えたものをエデンにそっと渡した。にこりと笑って受け取り、依頼書に目を通した途端に笑みが消え、さらに目が見開かれていく。ルビーのような瞳が揺れ、シャンティ殿を見つめた。

 

 

「ん?どうしたの?」

 

「こちらです」

 

「どれどれ。綺麗な字だ・・・」

 

 

いつものような飄々と、少し歌うように呟くヨミが噤み固まった。エデンと同じくシャンティ殿の顔を見た。キラに関しては、メガネを何度も外した。ヤトも目を見開き呆然としていた。そして最後に俺に回ってきた。それには自分の目を疑った

 

 

「祈祷の間の護衛と防衛・・・」

 

「シャンティさまと国を守るということですか。任務の内容はわかりました。しかし・・・我々でよろしいのですか?」

 

「其方たちだから頼みたい」

 

 

自信なさげ、しかしそれでいて強いという矛盾を含む言葉。俺たちでいいのか、ではなく俺たちでなければいけない。信頼を寄せてくれていると思っていいのだろうか。

 

 

「考えてくれていい。断ってくれても構わない。他国を護るという任務なのだからな」

 

 

膝の上に乗せている手を握り締め、震わせる。頼ることを怖がっているかのように見える。いや、怖いのか

 

 

「理由、聞いてもいいでしょうか?」

 

「これまで祈祷の際、たった十一人に国を任せてきてしまった。負担をかけて来てしまったのだ。心労もあるはずだ。私一人を守るために傷付くジュラも見てきたし、大怪我する弟子たちも見てきた。私には祈ることしか出来ないから・・・」

 

 

祈祷の主が望むのは、国の平穏、そして大切な者たちの幸せ、平和。喜びも悲しみも苦しみも笑顔もいつまでも見て、同調して、守りたいと。しかし、他国の者に頼むのはかなりの覚悟が必要だった。もし、この国のために命を落としたら。他国の王のために命を落としてしまったら。そう考えると、他国に期待も出来ず、生きられるかどうかの信用もできなくなった。しかし、初めて任せてもいいかもしれないと思えるものたちと出会えた。ヴァジュラ殿たちとともに、国と王を守れるかも知れない存在が。

 

 

「十分ですよ」

 

「え?」

 

「祈るだけで十分ですよ」

 

 

ヨミとエデンが言った。祈祷の主の祈りの強さは破格だ。自分の結界、味方と国民のための結界、国のための結界。それを祈りという魔術で編む。しかも半日

 

 

「一番辛い人が辛いって言わないからです」

 

「キラ」

 

「あなたが守る国を皆守りたいんですよ。だからあなたについて行く。だからみんなそばに居るんです」

 

 

祈祷は孤独。ヴァジュラ殿たちはその祈りを背負って戦っているのだろう。

 

 

「うん、引き受けますよ、オレ」

 

「いいのか?」

 

「私も構いませんよ。王の任務はわたしの管轄ですからね」

 

「ぼくもいいですよ・・・というか・・・シャンティさまの祈祷の後の治療はぼくの役目ですよね」

 

 

ヨミとエデンはともかく、キラも賛成。俺も断る義理はない。

 

 

「というか、友だち守るのに任務扱いっていうのもね」

 

「よ、ヨミ・・・友だちとは?」

 

「え、違うんですか?オレ、シャンティさまのこと友だちだと思ってたんですけど・・・」

 

「たしかに。違和感があると思いました。友人の頼みを任務扱いだなんて、これは人としてどうかという話ですね」

 

「え、えっと・・・こ、これは・・・母上よ、私は幸運だぞ。この上なく」

 

 

それはどうだろ、とヨミが苦笑した。一度でこれだけ友人ができたのは幸運の証だそうだ。母親の下りからどう頑張っても幸運Aとは言えない。カルナと同じく自称Aと言っているのではないかと思えてきた。

 

 

「ありがとう、それでは友人として頼もう」

 

「はい。承知致しました」

 

 

シャンティ殿は本当に嬉しそうな表情で頷いてくれた。癒されるわーとヨミが言った。すまない、俺もだ

 

 

 



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第十六話〜奔放過ぎる聖王

ヨミside

 

 

昨晩、一国の王を一人にするわけには行かず、オレたちはシャンティさまの寝床どころか湯浴みのときでさえ見張った。シャンティさま本人は

 

 

「まったく、何故こんなに厳重に見張りがついている?」

 

「あなたは王なのですよ。ここだって安全ではないのです。時に盗人も来ますし」

 

 

シャンティさまなら入って来ようものならぶちのめせる気がするけれど、言うことをお聞きくださいませ、とエデンさん。シャンティさまは拗ねたような顔をした。

 

 

「背中流しましょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

 

機嫌良さそうに頷いてくれた。傷一つない背中だ。鬼神のオレが洗って傷付けたらどうしようかと思ってしまう。ヴァジュラが時々やってくれるとのことだ。あいつ、本当にしめなきゃ行けないんじゃないのか。それにしても、カルナさんとシャンティさまの仲の良さ。今日一日でかなり距離を縮めた。カルナさんはあまりそういうのは得意ではないはずだ。でもシャンティさまもこういうところで控えめなので、友人の距離感というのが分からないだろう。お互い不器用なはずなのに、思っていた以上の成果を上げてきた。これはいい報酬だ

 

 

「ヴァジュラに嫉妬されるくらい仲良くなればいいんじゃないですか?」

 

「それはいいですね。私もそれくらいになってもいいと思います。カルナさんの失言が(こた)えなさそうですし」

 

 

確かにシャンティさまは意図を汲める人だから、カルナさんの言いたいこともわかるだろう。そういう意味ではカルナさんもある意味新しい友人がシャンティさまだったことは運がよかったんじゃないかと思う。

身体を洗ったカルナさんとシャンティさまが並んで座った。

 

 

「む。なんだいい匂いがするな」

 

「柚子湯?」

 

「はい。出荷できない柚をシルヴァーさんから戴いたのです。どうせなら浮かべてしまおうと思いましてね」

 

 

シャンティさまが浮かんでいる柚で遊んでいた。これは楽しいのだろうか。カルナさんは隣で剥いてるし。因みに、シルヴァーさんはカフェ兼服屋を営んでいる。果樹園は最近始めたのだが、評判がいいらしい。おばさんかと思いきや、クールビューティ系のお姉さんだ。正規の魔術師で武器は鉈。

 

 

「柑橘系の食べ物を見ると剥きたくなるのは何故なのだろうな」

 

(さが)・・・なのだろうか」

 

 

シャンティさまの発言に対しカルナさんが返す。この謎すぎる会話に、少なくともオレは苦笑するしかない。

 

 

「そろそろ上がろう。オレはともかく、シャンティは逆上せやすそうだからな」

 

「何故私だけなのだ」

 

「熱に弱そうに見えるから」

 

 

シャンティさまは、なぜ分かったとでも言いたげな表情を見せた。熱に弱いのか。ということは、魔術は炎系統ではないのだろう。インドでまさか氷なんてことはないと思うけど。

 

 

「氷だろうな」

 

「どうしてわかるの?」

 

 

オレの疑問にカルナさんが答えてくれた。インドの神様の末裔でありながら使う魔法が氷。使う魔法は自由なので、国は関係ないのかもしれない。

 

 

「祈祷所の室温はマイナス30度だとシャンティが言っていた。あと結界の中心にあるものが氷の大樹だと何かに記されていた」

 

「バレてしまったか」

 

 

思ったよりも物知りだったカルナさんに、シャンティさまは苦笑混じりに呟いた。シャンティさまが言うには、祈祷の仕方は代によって様々だという。祈祷所が火山であったり、海であったり、本当に色々。自分が一番使いやすい魔法で行うらしい。氷だけではなかったとしても、主に使う魔術は氷もしくは氷結魔法ということだ。カルナさんは意外に本を読む。元々好奇心旺盛なのだろう。

 

 

「見せてもいないのにバレるとは・・・」

 

「そりゃあ、フレアフルールのエースにしてレベル8の男だからね」

 

「レベル8だと?」

 

「3年でレベル8。最速ですよ」

 

「これはこれは・・・自信を失いそうだ」

 

 

シャンティさまで5年かかったのに、カルナさんがそれを3年で達成してしまったために記録が塗り替えられてしまったのだ。これまで最速はシャンティさまだった。確かに、カルナさんの強さはフレアフルールでも、フレアフルールに限らなくても格が違う。レベル8以上でもいいくらいだと思う。神家系は血筋から違うと見る人もいるかもしれないが、ここまで来ればもはや努力だ。

 

 

「手合わせできる日が楽しみだ」

 

「オレもだ」

 

 

友人でありライバルという感じなのだろうか。シャンティさまはカルナさんの戦いっぷりを見ていないから強いのかどうか判断できていないと思う

 

 

「このほっそい身体のどこからあんな苛烈な攻撃が生まれるのかな。不思議だよ」

 

「確かにそうですね。私には信じられません」

 

 

この人の178センチに65キロは間違っていると思う。鎧を含んでいるようにしか思えない。

 

 

「小柄な体型に反する破壊力も侮れないがな」

 

「君の破壊力は本当に凄まじい」

 

 

カルナさんとジークフリートさんに褒められた。まぁ破壊はオレの得意分野だから。こう言われてなんぼだ。

 

 

「カルナさんが魔力放出(炎)したら湖干上がるんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「一度だけありましたね。何事かと思うほど魔力を放出した事」

 

 

一年ほど前、任務中にカルナさんが突然覚醒した。あれだけの力を出したのはあれ以来ないとはいえ、一度の放出で広い湖を干上がらせるほどにはパワーアップした。あの瞬間だけはレベル制限というものを凌駕した。あれはなんだったんだろう。

 

 

「ほぉ、そんなことがあったのか」

 

「オレでもわからない」

 

 

意識はあるし、理性もあった。でも、使いこなすほどまでには行かず、本当に一瞬に近い短い間だった。それでも、敵を一掃できるに事足りた。あの時どうなったのかオレもあまり覚えていない。どんな任務だったのかも。あれだけが頭に残っていて、任務の記憶が無い。

 

 

「カルナ殿の覚醒・・・恐ろしい響きだな」

 

「僕もそう思います。スーリヤの子の覚醒ですからね」

 

「俺はその時別の任務だった。残念だ」

 

「また見れるかもしれないよ。楽しみだね〜」

 

 

あれを使いこなせるようになれば無双できると思う。シャンティさまでもそうそう勝てないだろう。まぁ、通常のカルナさんでも互角くらいだと思う。レベルだけでいえば、シャンティさまのほうがちょっと強いくらいだ。レベルというかランク。

 

 

「それにしても・・・ジークフリートの身体を見ると凹むな」

 

「え?」

 

「確かに」

 

 

カルナさんとアーリアくんの姿のシャンティさまが、自分の身体とジークフリートさんの身体を交互に見るという異様な光景が繰り広げられていた。二人とも細いから、大柄で筋肉質なジークフリートさんの身体が羨ましいんだろう。オレはもうちょっと身長が欲しかった。エデンさんは全く気にしていない。マオくんに関しては成長中の自分にコンプレックスがあるようだ。マオくんの気持ちはよくわかる。

 

 

「なんの差なのだろうか。体質?」

 

「ここまで来たら体質だと片付けるしか・・・」

 

 

二人してため息。本当に仲良くなったなぁ。ここまで来たらちょっと嫉妬してしまいそうだ。

 

と、ここまでが昨晩だ。そして今日。

「果物くらいはいいだろう」ということで、カルナさんが沐浴の帰りに果物を買ってきてくれた。市場はまだやっているのか。

 

 

「しかし・・・」

 

「お前、耐久Eだろう?」

 

「うむ・・・」

 

「倒れるよりマシだ」

 

 

確かにとシャンティさま含め俺たちは頷く。同意だ。ただでさえ耐久のランクが低くお母さんが万が一来たら斬るから安心しろ、という逞しすぎるカルナさんの言葉により、潔斎前の朝食をとった。エデンさんが綺麗に切って、盛り付けたものをシェアした。こういうのも悪くないと思う。

 

 

「ふむ、うちではこのような果物は採れぬ。美味いな」

 

「そうか。オレが沐浴しに行く森にも沢山あった」

 

「それは採ってこないの?」

 

「あの森の動物が食うだろう?」

 

「なるほど」

 

 

施しの英雄は、か弱い動物から食物を奪うことはしないようだ。まぁ、金を払って果物を買ってくればいいだけなんだけどね。

 

 

「フルーツオレを作ってみました」

 

「おぉ、これはいいね。パンにもすごく合うよ」

 

 

コーヒーや紅茶がまだ飲めないマオくんは、エデンさんが作ったフルーツオレを嬉しそうに飲んでいる。大人びているけど、舌はまだ子どもらしい。カルナさんは主にチャイを飲んでいたけれど、最近は何でも飲む。ジークフリートさんは、とにかくティーカップが小さく見える。こういう光景も見ていると面白い。それを見ているシャンティさまも楽しそうだ。

 

 

「そろそろか」

 

「ああ、カルナさんは今日当番でしたね」

 

「当番?」

 

「パトロールだ」

 

「ほう。しかし其方、昨晩も遅くまで外にいなかったか?」

 

「あれは、ギルドの周辺の見回りだ」

 

 

シャンティさまはカルナさんが遅くまで外にいることを知っていたのか。流石だ。こっちは慣れてるからぐっすりだ。今朝、焦げているのを見た。何者かがギルドに近づいたのか。ギルドの平和はカルナさんによって保たれていると言っても過言ではない。

 

 

「朝と夜もパトロールか。大変だな」

 

「そうでもない。が、わざわざ制服を着なければならないというのが面倒だ」

 

 

いつの間にやら、軍服に身を包むカルナさんがいた。腰にはレイピアだ。カルナさん軍服が凄く似合うんだよね。イケメンさんだから何着ても似合う。

 

 

「では、また後でな」

 

「私も行ってもいいか?」

 

「明日から潔斎なのだろう?休んでいるといい」

 

「ふむ」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 

カルナさんが軽く手を上げ、ギルドを出た。アーリアさんが少しつまらなそうにしている。付いて行きたかったらしい。ロータスではパトロールなんてことは無いんだろう。あったとしてもその組織にさせているはずだ。ここは人手が足りないのだ。ここも王があまり賢くないから。

 

 

「それで、アーリアさ・・・あれ?」

 

「いない!」

 

「どこに行っちゃったんです?」

 

「カルナのところに」

 

 

ジークフリートさんがシレッと言ってくる。止めてくれ。まぁ、行きたそうだったからね。カルナさんは休んでいろと言っていたけれど。

 

 

「カルナによく懐いたな」

 

「ええ。かなり心を許していらっしゃいますね」

 

「昨日ただ出掛けただけだよね?」

 

 

ヴァジュラの立場危うしだ。カルナさんの方が強いと思うし、カルナさんの方がレベル上だし。

 

 

「カルナさん役所に登録したの?」

 

「そういえば、レベルどころかランクも上がっていましたね」

 

「オレが見てくるよ」

 

「お願いします。カルナさんはパットロール後ジークフリードさんとの任務がありますからね」

 

「エースは大忙しですね」

 

 

依頼者のカルナさんとジークフリードさんに対する信頼の厚さは異常だ。任務達成率がずば抜けているから当然といえば当然だ。

 

 

──2──

 

 

巡回中のカルナは、威風堂々たる出で立ちで足を進める。無論、周囲への警戒は怠らない。

 

 

「まだ懲りないか」

 

「ああ?てめぇはフレアフルールのカルナじゃねぇか」

 

 

高価なバッグを手にした男がカルナを睨みつける。フルール国のもう一つのギルド『フリヤード』のトール。種族は巨人族で、武器は棍棒。鋼の肉体を誇る。盗みさえしなければフリヤードのなかではエースになれるほどだ。しかし、素行の悪さにより信頼度が低い。このようにフレアフルールのメンバー(主にカルナとコイド)に確保されている。その後、フリヤードのマスターが謝罪し、金で解決というのがいつもの流れだ。

カルナは、警察に引渡した後、しばらく進んで立ち止まり道のど真ん中で書類に目を通した。

 

 

「大蛇の群れが発生・・・」

 

 

街の外れの森で大蛇の群れが発生し、そこに行った数名が重軽傷を負って病院に運ばれた。パトロールだけでなく、任務にまでカルナが選ばれた理由の一つだ。

 

 

「・・・アーリア」

 

 

こっそり家の陰に隠れて後を付けていた者の名を呼んだ。気が付かないはずがなかった。

 

 

「バレてしまったか」

 

「待っていろと言ったが」

 

「だってつまらない」

 

「仕方がないな。迷子を保護したということにしておく」

 

 

カルナの言葉にシャンティは嬉しそうな顔をし、少し駆け足でカルナの隣に落ち着いた。

 

 

「よっ」

 

「・・・しまった」

 

 

そう呟いたのはシャンティだ。とうとうあの男に居場所がバレてしまったのだ。カルナは気付いていたが言わなかった。

 

 

「あれ、ヴァジュラじゃん」

 

「ヨミも来たのか?」

 

「シャンティ様を迎えにきたんだよ。つまらないとか言って出て行っちゃうから。帰るよ、シャンティさま」

 

「むぅ」

 

「カルナさんはこのまま任務なんだから」

 

「えぇー」

 

 

さらに不満げな顔をするシャンティ。任務の邪魔をするのはシャンティも少し憚られる。渋々頷いた。

 

 

「邪魔しねぇように俺が見ておこうか?」

 

「え、じゃあ行ってもいいのか?」

 

「まぁ、ヴァジュラが見ててくれるならいいかな。カルナさん、どうかな」

 

「オレは構わんぞ」

 

「だってさ、よかったね」

 

 

シャンティは嬉しそうに頷いた。苦笑を浮かべながら来て損したよと言ってヨミは踵を返した。

 

 

「任務の内容は?」

 

「大蛇の群れが発生したから討伐しろとのことだ」

 

「群れで発生・・・」

 

「ついでに原因の究明」

 

「大量発生に何らかの原因があるってことか?」

 

「そう考えている。最近現れたというノワールアームという組織が怪しい薬を作っていることがわかった」

 

 

とある調査任務に駆り出されたカルナとジークフリートは、新たな組織が現れたことと、その組織が怪しげな薬を開発していることを突き止めた。まだ実験の段階であり、その際はそのアジトを破壊した。しかし、その薬を作れるものは別にいるのではというのが、カルナとフレアフルールのマスターハイリが立てた説。だ。今回この任務につくことが決まった時、一番最初に相談した相手はマスターだ。説は事実なのではないかと。ハイリはそれに対し肯いた。任務は大蛇の討伐とその関係性を調査することだ。そこに、シャンティとヴァジュラが着いてきてしまった。オーケーしたのはカルナ自身であるので、今更すまないとは言えない。ただ、この二人がいる状況を利用するという手もあるにはある。シャンティが翌日から潔斎でなければ。

 

 

「まぁ大蛇の討伐が前提だからな」

 

「新しい組織ってことは・・・セントラルと関わりがあるのか?」

 

「そんなことをする者が他に見当たらない。セントラルの傘下なのか、それともこれからセントラルと同盟を結ぶのかで我々の行動も変わるがな」

 

「とにかく、お前たちは見ていてくれ」

 

「わかった」

 

「俺たち居ていいのか?」

 

「ああ。もし調査するとなったときは手伝ってくれると助かる。敵がいないことを確認してからになるが」

 

「任せてくれ」

 

 

頼ってくれようとしていることが嬉しい様子のシャンティは、嬉々とした表情で頷いた。その隣でヴァジュラが、うちの主のわがままを許してくれと言わんばかりに頭を何度も下げた。カルナはそれに対し苦笑する。

 

 

「む・・・エデンの地図か」

 

 

涼し気な表情をしていたカルナが紙を訝しげな表情で睨みつけた。ぎっくり腰で動けないハイリの代わりにエデンが作ってくれた地図。目的地に着く気がしない地図だ。

 

 

「これは・・・」

 

 

慣れない道になる際、暗号を読み解くレベルに難解なエデンの地図で目的地へ向かわなくてはならない。

 

 

「どれどれ・・・この地図間違ってんのか?」

 

「オレたちは今、ギルドから一キロほど先にいる。この通りに行ってみるぞ」

 

 

カルナが言う通りに、二人もギルドを通り過ぎ東向きに歩く。その後四つめの交差点を右に曲がると書かれてある。しかし

 

 

「四つめの交差点。右に曲がって数百メートル進むと左手に呉服屋。右手に居酒屋」

 

「呉服屋も居酒屋もねぇぞ?」

 

「呉服屋と居酒屋は、西向き。四つめの交差点を左に曲がって数百メートル進んだところにある」

 

「真逆。あっていたのは左だけ」

 

「これを解きながら目的地まで行く。が、これをしていると大変なのでな。バスに乗る」

 

 

カルナたちはバスに乗った。下手をすれば1時間はかかりそうなこれを、カルナたちは毎回解きながら進む。地図自体は有難い。地図をひっくり返せば行けなくはないからだ。

 

 

「目的地がわからない時は二十キロ近く歩かされる」

 

「きっついな」

 

「東西南北がわからないそうだ」

 

 

分かるものにはそれが分からない。しかし、「分からないものにとっては、それが分かることが分からないのだ」とエデンは意味不明な文言で開き直っていた。

カルナたちが乗っているバスは、他愛ない話をしているうちに最寄りの停留所に到着した。そこからは未知の領域だ。

 

 

「樹海と言われているだけはある」

 

「ここ、フルールの領土なんだよな?」

 

「ああ。そういえば、ここに入ると神隠しにあうという噂があったな。誘拐事件の可能性もあるが」

 

「誘拐が一番ありそうな気がするがな」

 

「同感だ」

 

 

フルールで昔から言い伝えられている神隠し。誰も事件性を疑わない。疑わないではなく、関わりたくないというのが本音であるというのは、カルナから見ても確実で、王と謁見する機会のあるエデンも同意見だった。「まあ、この国の王だしね」「期待する方がバカを見る事案です」と二人の意見に一切の異論も唱えなかったのはヨミとキラだ。

 

 

「フルールの王の信頼度の低さはどうなっているのだ。会議にも出ないと聞くし」

 

「後者に関してはお前が言うか?」

 

「同意しかねぇな」

 

「うむ・・・」

 

 

カルナとヴァジュラの指摘にシャンティは撃沈した。ヴァジュラはともかく、カルナにまで指摘されるとは思わなかったのだ。

 

 

「フルール王は他国と関わりたくないと考えているとエデンが言っていた」

 

「貿易はどうする?」

 

「国内のもので賄っている。魔術師がいなければ今頃この国は滅びているところだ」

 

 

魔術師によって支えられてきた国。それがフルールだ。魔術師によって国は存続している。しかし、王はそれで当たり前だと思っているのだ。民が国を守るのは当たり前。そう考えている。その結果が王に対する支持率の低さに表れている。王室は世襲制。同じ血を持つ王が次々に生まれる。同じことを繰り返し、自らの行いを省みることもしない。

 

 

「闇深すぎねぇか?」

 

「セルシィ王が一番マシだそうだ。オレは三年しか住んでいないから分からない」

 

「気まぐれに市場を開催する余裕はあるようだからな」

 

「ああ」

 

 

ふと、三人が立ち止まり周りを見渡す。大木が横たわっているかのようにそれはいた。今回のメインミッションの対象。大蛇ヘケトだ。

 

 

「ヨミが喜びそうな個体だ」

 

「そうなのか?」

 

「こ、これ?」

 

 

カルナの言葉にシャンティとヴァジュラは困惑する。このような大蛇を見て燥げるという感性が分からないのだ。職人の性なのだろうかと無理やり納得するしかない

 

 

「まあ、この間のシュヴァルツのときも燥いでたしな。最初は」

 

「この間の任務で後半燥いでいたら疑うのは感性ではなく、神経だ」

 

「違いねぇ。怖いもの知らずだろうしな」

 

「真に怖いものを知っているが正しい」

 

「本当に怖いもの?」

 

「そうだ。故に、それ以外は恐れるに足らないと思っている」

 

 

その挙句に、ヨミをあまり知らない者から感性が歪んでいると思われてしまう。狂っていると思われてしまう。そのため、ヨミはバーサーカーの適正を持つ。

 

 

「なるほど」

 

 

大蛇は気絶しており、ただ横たわっていただけだった。カルナたちはヘケトを避け歩き進めた。その先に、見知った逞しい男の姿が見えた。

 

 

「む。ジークフリード、早いな」

 

「カルナか」

 

「地図は読めたか?」

 

「キラが地図を解読してくれたからすぐに辿り着くことができた」

 

「・・・そうか」

 

 

エデンの地図に慣れているヨミやキラを頼るという考えは頭になかった。カルナも慣れたとはいえ、地図で手間取るのは避けたかったのだ。シャンティを迎えに来た時に聞けばよかったと今思った。シャンティに気を取られたのだと思いたい

 

 

「すまない・・・その二人は?」

 

「当然の疑問だ」

 

 

カルナは、これまでの経緯を情報が不足しないよう意識しながら話した。ヨミやエデンやキラの通訳なしでジークフリードに伝わった。

 

 

「潔斎なのに良いのか?」

 

「うむ、私は体力に自信があってな」

 

 

カルナがじっと神秘的なアイスブルーの瞳をシャンティに向けた。その視線に気づいて項垂れた。シャンティの耐久ランクはEなのだ。貧者の見識のせいで完全に見破られてしまった。

 

 

「体力はねえけど、回復力は抜群だぜ」

 

 

ヴァジュラのフォローにシャンティは持つべきは長きに渡る親友だと笑った。

 

 

「そうか。それなら構わない。ここで帰らせるのも酷だ」

 

 

ヴァジュラの言葉は真実であったので、カルナの貧者の見識という名のチェックに引っかかることはなかった。

 

 

「群れというほど・・・」

 

 

いないと言おうとしたカルナが噤む。カルナの視線の先にそれはいた。さすがのヨミでも笑顔を引き攣らせてしまいそうな数だった。シャンティまでもが目を見開く事態となった。

 

 

「む?」

 

「どうした、カルナ」

 

「ヘケトではない」

 

「え?でも、討伐するのはヘケトなんだろ?」

 

「ああ。理性があるようだ」

 

「理性?」

 

 

これまで討伐してきた獣や怪物にはないはずのもの。それがある。カルナには見えたのだ。目の前にいるのは獣ではないのだと。カルナの声が少し低くなり、その調子で話した。大問題に発展しかかっていた。

 

 

「これは・・・人間だ」

 

「またあいつらか」

 

「そうだろうな。怪しい薬の正体はこれか?」

 

「人を獣に変える薬。神隠しで行方不明になっていた者たちがここに?」

 

 

ジークフリートの言葉にカルナとシャンティがおそらくと頷き、ヴァジュラは青ざめさせた。

 

 

「お待ちください」

 

「エデン」

 

「さきほど・・・フルールの外交官長に逮捕状が出ました」

 

「まさか」

 

 

神隠しの件。セントラルのアジトを王に無断で設置した件。その二つを隠蔽していたのだ。神隠しを、王は知らなかったのだ。風の噂で、セルシィ王の耳には入っていたが、国民を混乱させてしまうからと口止めされていたのだ。

 

 

「スパイか?」

 

「いいえ。スパイではありません。しかし、セントラルとかなり交流があったようです。ヨミさん、コイドさん、ユーリンさん、ジュールさん、わたしで急ピッチで調査したところ、このようなことが発覚いたしました。そういった麻薬をここで開発し、世間に流そうとしたようですね」

 

「最悪じゃねぇか」

 

「今回のことは王も被害者か」

 

 

そうなりますとエデンは頷いた。これが終わったら王が自分からすべてを話すしかない。

 

 

「人に戻せないのだろうか」

 

「血液を採取しておこう。本物と偽物の。すぐに取り掛かる。エデンはそれをキラに渡してくれ」

 

「採取する道具があるのか?」

 

「ヨミから渡されている」

 

 

「任務先で特殊な素材があったら採ってきて」と言われて血液を採取するための注射まで渡されたのだ。

 

 

「役に立つとは思わなかった」

 

 

渡すついでに注射の扱いまで教えてもらっていた。ヨミに言われた通りに、素人であるはずなのに慣れた手つきで血液を採取した。

 

 

「これをキラに」

 

「承知いたしました」

 

 

エデンは、カルナが採取した血液をバッグに慎重に入れ、軽く会釈するとギルドまで瞬間移動したのだった。一人で来たわけではないと分かったカルナは、ある意味安心した。

 

 

「さて・・・」

 

「調査に移行する。マスターにも伝えた」

 

「そうか」

 

 

カルナは軍服を異空間に戻し、ジークフリードが見慣れた普段の姿になった。

準備ができると、カルナたちは樹海を進み始めた。



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第十七話〜至高の浄化術者

お久しぶりです。
半年以上ぶりでしょうか
久しぶりに産みの苦しみを思い知りました

今日からまた少しずつ進めていけたらと思っております



ジークフリートside

 

 

俺とカルナは、コイド殿を筆頭に『神聖なる七騎士(サークレット・セプテッド)』というチームに在籍している。この世界に来て、フレアフルールに所属して初期の頃にコイド殿の誘いで結成された。しかし、最近はそれぞれが忙しくなっていき、初期のようにともに任務を遂行することが少なくなってきてしまった。一年前ならば、この任務は七人で熟していただろう。それだけ成長したと思うべきなのだろうか。五人の代わりにシャンティ殿とヴァジュラ殿というのは新鮮というよりかは違和感しかない。しかし、この任務は余計なことを考えてはいられない。俺たちは、先日の合同任務と同様、世界中枢組織(セントラル)の一角インフィニティ(政府)が関わっていると見ている。因みに、カルナ曰く、インスパイア(立法府)とトレミエ(司法府)に動きが見られないという。それに関して気掛かりだ。いらない法律を作り、どう考えても違法としか思えない裁判を行う。最近はそういったことをしていない。動くのはインフィニティばかり。何か企んでいるとしか思えない。そして、今回の任務、そのインフィニティに関係すること。これで成果が見られれば弱みを握ることもできる。隠蔽しそうな気がしないでもない。

 

 

「捕まったという外交官長・・・死ぬぞ」

 

「死ぬ?」

 

「おそらく」

 

 

カルナがぽつりと呟いた。インフィニティによって真実が語られるより前に殺されるだろうと。そして、それすらも隠す。

 

 

「インフィニティがこの国にいるのか?」

 

「工作員がいる」

 

「マジか。浸食され始めてんじゃねぇか」

 

「今日も一人、巡回中に見かけたな」

 

「わかるのか?」

 

 

カルナが頷く。そういえばと思い出す。エデンも工作員とこの国の人間との違いを嗅ぎ分けることができたはずだ。インフィニティと少しだけ関わる機会のあったものだけが分かる空気でもあるのだろう。

 

 

「警察にいる」

 

「は?」

 

 

シャンティ殿とヴァジュラ殿が驚きと呆れの表情を見せた。俺も同じような顔をしているだろう。この国を守るべき警察内部に隠れているというのだから。

 

 

「魔術師がらみの事件で関わった。警察内部の人間によるものだった」

 

「ほう」

 

「もう怖えよ」

 

「無罪になった」

 

「やはり」

 

 

十人もの刑事を殺したという刑事。本当なら有罪で、処刑されてもおかしくない。にもかかわらず、無罪になったうえに真実が語られることはなく、その件は事故だったと書き換えられた。裁判所もかかわっていたという恐るべき事実付きだ。しかし、カルナが独断ではあったが、調査任務に移行していたことでレポートがマスターの手に渡り、そのことをコイド殿とユーリがマスコミだけでなく、法務省にまでリーク。エデンは王にそれを伝えた。新聞、雑誌などで取上げられ、国民に伝わった。裁判所は一時解体。警察はその事件に関わった全員を解雇及び逮捕。一年前の話である。

 

 

「フレアフルールすげぇよ」

 

「このギルドがしたということはどこにも言っていない」

 

「ギルドにまで接触されてはたまったものではないからな。それにしても、フレアフルールのなんと優秀なことか」

 

 

俺たちのギルドを誇らしく思う。しかしなるほど、有罪となるのか無罪となるのか。そこが分け目なのだ。それから、微妙にバッジが違うことだそうだ。

 

 

「バッジの違いか。私には見分けられん」

 

「逢ったことがほとんどないからな」

 

 

そのとき、俺の目の前を黒い影が駆け抜けた。カルナやシャンティ殿さえ気付いていないのか。

 

 

「今誰かいなかったか?」

 

 

カルナたちに確認した。どうやら気付いていないらしい。この二人すら気づけない相手。気配を消せる相手。アサシンか?

 

 

「姫さんが気づけないやつってマジか」

 

「ふむ・・・」

 

「ヨミ?」

 

 

カルナがふと呟いた。しかしひとつではなかった。二つある。もう一人は誰だ。ヨミの親友ヤトか?

 

 

「何故ヨミが?」

 

「・・・」

 

 

カルナが黙った。どうやらヨミやヤトは何らかの企みがあるのだろう。それを黙認している可能性もある。それはカルナだけでなく、おそらくエデンやキラも。

 

 

「調査を開始しようか」

 

「そうだな」

 

 

シャンティ殿とヴァジュラ殿が頷いた。ヨミの企みはともかく、まずは目の前の任務を優先しなくてはならない。

 

 

「侵入したか・・・」

 

「カルナ?」

 

 

どうやら先程の影ヨミとヤトが侵入したということなのだろう。これはいい事なんだろうか。ヨミとヤトはインフィニティどころかセントラル自体を嫌っている。そのセントラルの傘下であるノワールアームのアジトがここにあるとわかり飛んできた。殺すか壊すかどちらかを遂行しそうだ。

ヨミお手製の透明になれるローブというものを着用し、俺たちも侵入した

 

 

「いや、ヨミすげぇな」

 

「透明になれるローブなんてどんな素材で作るのか・・・」

 

「企業秘密だろう」

 

「わかっても真似できる気がしない」

 

 

俺たちは侵入するなり走り出した。そんなに広くないアジトだ。走ってもそこまで体力は消耗しない・・・はずだ

さすがに案内はしてくれない。

 

 

「カルナさん」

 

「ヨミか。さてはエデンから聞いたな?」

 

「まあね。気になって気になって。今回は壊す気は無いからね。場合によるけど」

 

「そうか」

 

 

カルナから見て嘘をついているようには見えないらしい。ならば問題ないだろう。

 

 

「ヤトは?」

 

「一緒に来たんだけど手分けして探すことにしたんだよ。急に手分けしようとか言い出したんだ、どう思う?」

 

「まあ、効率はいいような気はするが」

 

 

不服そうなヨミを、シャンティ殿が慰めるように言った。いつも一緒に探し回ってるんだろうか。

 

 

「いつも一緒なのか?」

 

「二人で潜入する時はね。オレより弱いからさ」

 

「ヤトに同情するぜ」

 

「ん?」

 

 

ヴァジュラ殿はヤトの気持ちがわかるようだ。自分より強いシャンティ殿。自分より弱いと断言されているヤト。信用されて別々でも問題ないヴァジュラ殿とは違う気がする。

 

 

「信用していない訳では無いのだろう?」

 

「うん、もちろん」

 

「そういやシュヴァルツの時なんか言ってた気がするな」

 

 

ヴァジュラ殿はその時のことを思い出したようだ。俺は知らないが。ヤトはヨミ思いなのだろう。

 

 

「一緒になったが、強かったぜアイツ」

 

「強いのは強いよ。耐久あるし。筋力もある」

 

 

毒を纏った拳で殴られたらと思うと溜まったものでは無いが、鎧があるので無効化できるかもしれない。

 

 

「ジークフリートさんの言う通り。吸うか飲むかさせなきゃ効果ないんだからね。鎧壊すくらいの破壊力はあるけど」

 

 

細いシャンティ殿からしたらそんな拳最悪ではないか。現にシャンティ殿が顔を顰めている。それよりさらに上のヨミの拳など俺でも受けたくない

そのとき、どこかから爆発音が聞こえてきた。

 

 

「ほらもう!」

 

「爆発音というか、打撃音のような気がするが」

 

 

殴り合いか?鬼神と殴り合うとはどういう相手なのか。

さらに、突然穴が開き誰かが落ちてきた。

 

 

「・・・なんでここにいんの?」

 

「ヨミか?」

 

 

見覚えのない金髪の男。衝撃を受けているのはヨミだけだ。

 

 

「ヨミ!」

 

「ヤト!これどういうこと!?」

 

「知らねぇ。急に喧嘩売ってきたんだよ」

 

 

侵入したヤトに喧嘩を売るということは、あちら側の人間なんだろうか。耳が尖っている。まさか鬼神か?

その鬼神がヨミに迫った。その拳をサッと躱すヨミ。攻撃する気は皆無だ。

 

 

「どういうつもり?」

 

「すぐにここを出ろ」

 

「は?ミツシャクどういうこと?」

 

「頼むから。友人を傷つけたくないんだよ!」

 

「そういう事だ」

 

「ナラエン・・・」

 

 

何かに侵食されているような。まさか毒を飲まされて操られているのか。キラを呼ばなければ

 

 

「キラか、呪いならエデンか・・・」

 

 

「いや、私は?」と言うふうな目でカルナを見るシャンティ殿。確かにシャンティ殿の浄化ならかなりの効果を得られる

 

 

「エデンの浄化はシャンティより上だ。おそらく」

 

「ほう」

 

「マジか。そんなふうに見えねぇけど」

 

 

シャンティ殿とヴァジュラ殿はエデンが神聖歌唱の歌い手であることを知らないのか。祈祷、シャンティ殿とエデンでしたらどうなるんだろうか。

 

 

「操られてんの?」

 

「情けないことに」

 

「本体をやれば・・・」

 

「いるのはアイツだ」

 

 

ヨミとヤトはそれを聴くと目を見開くなり、やる気をなくした。

 

 

「わかった・・・帰るよ。それまでに逃げるなりなんなりしてね」

 

「帰るのか?」

 

「レベル制限かかってるうちはアイツは無理だと思う」

 

「なに?」

 

「神だからね」

 

 

一気に熱が引いた。このアジトにいるのは神。だとすれば、今の俺たちが戦略もなしに首を突っ込むのは危険だろう。ここにはシャンティ殿がいるし、祈祷もある。

 

 

「帰るよ。ここに来るのは・・・祈祷の後」

 

「承知した」

 

「なるほどそういうことか、わかったぜ」

 

「申し訳ない気もするが、作戦なしは危険そうだな」

 

 

俺たちはかなり未練を残してアジトを出た。その後、樹海を歩いているとエデンとキラがいた。ヘケトに注射を打っていた。

 

 

「よし、これでいいですね」

 

「よかった。病院に連れていきましょうか」

 

「そうですね。エデンさんの歌のおかげで効果が増しました。流石です」

 

「いえいえ、あなたの治癒が素晴らしいのです」

 

 

仲のいい姉弟にしか見えない二人に俺たちは近づいた。見る見るうちにヘケトが人間の姿に戻っていった。それからしばらくしてかなりの人を乗せられそうなドクタージェットが着陸した。予めエデンが呼んでいたらしく、隊員が速やかに乗せ、微笑みながらありがとうございましたと頭を下げて帰って行った

 

 

「エデン、マオ」

 

「おや、カルナさん。その様子ですと・・・ノワールアームのボスが発覚したのですね」

 

「うん、さすがだね」

 

「内部まで侵入出来たようですから、詳しくはあとでお聴きします。お疲れ様でした」

 

「なんとも任務をした気がしない」

 

 

これ以上入るのは憚られる。それだけ重大な事態になっていた。その時、エデンの背後に何者かが現れた。

 

 

「エデンさん!」

 

「えぇ、わかっていますとも」

 

 

木が突然動きだし背後の男を捕らえた。木を操った?エデンは操作系だっただろうか。風魔法だったような。

さらにその男をキラが射程圏内に入れた時

 

 

「ちょっと待った!」

 

「はい?おや、これはこれは・・・」

 

「なんだ、ヨミさんのお友だちだったんですね。操られてますけど」

 

 

といいつつエデンの後ろに隠れるキラ。警戒しているらしい。先ほどの男ふたりだった。ここを出ろとか言っていた気がするが

 

 

「さては・・・」

 

「嗚呼、なんと美しい!」

 

 

急な展開に俺たちは目を点にした。カルナやシャンティ殿まで困惑していた。突然エデンの手に触れ、周りにキラキラと薔薇を散らせながら褒め称えた。これはどういう状況なんだ。

ヨミとヤト、さらにもう一人の男が頭を抱えていた。

 

 

「コイツ・・・」

 

「まぁ、ど真ん中だよな」

 

「その美貌だけでミツシャク特攻宝具だからね・・・ミツシャクだけじゃないけどさ」

 

 

ミツシャクという男でなくとも下手すれば宝具になるよと大真面目に言った。確かに美しいとは思うが。

 

 

「スキルに魅了がないのが不思議だよ」

 

「嬉しいような嬉しくないような・・・あら・・・」

 

 

手を握られているエデンは、なにかに気付いたのか急に魔力を込め出した。どちらかと言えば夕陽のような色だ。その夕陽色が黒く変色していく。そのついでにか、もう一人の男にも手を差し伸べた。騙されたと思ってなのかその手に触れた。

 

 

夜色の庭に夕陽色の一縷の光になりなさい

 

太く 弛まぬ 張り詰めた黒を染める光でありなさい

 

彼らを覆う黒き雄々しき翼よ

 

楽園より去りなさい

 

 

詠いながら魔法を編み上げるキリヤがいつもと変わらぬ涼しげで穏やかな表情でありながらも汗を滲ませていた。カルナとヨミがどこか心配そうに見つめていた。カルナもこんな顔をするのか。

 

 

あなたは未来に生きる者 今を守護する者

 

朝を知らない庭を 照らす朝陽(ひかり)でありなさい

 

祈り 慈しむ心でもって あなたを蝕むものを濯ぎます

 

 

涼しげな表情から変わり形のいい眉を顰めながら詠い続ける。二人からどんどん黒が抜けていくのがわかる。

 

 

さあ あなたの大切なものの元へ帰りなさい

 

そうそこは 夜を知らぬ昼の庭

 

 

不思議な調子の詠だが。これも神聖歌唱の一種なのか。途轍もない魔力を感じる。ここまで安らかで穏やかで優しい魔力はないかもしれない。

 

 

昼色の鎮魂歌(ジョルナータ・レクイエム)

 

 

さらに、森からもどんどん黒いモヤが消えていく。それがエデンの元まで集まって来る。浄化したのか、そのモヤが白くなり消えた。

 

 

「これは・・・」

 

 

ミツシャクとナラエンが絶句していると、エデンがフラフラと崩れ落ちかけた。

 

 

「おっと、だいじょうぶかい!?」

 

 

それをミツシャクが抱き留めた。「はーい、離そうか」と言ってヨミがすぐにミツシャクからエデンを取り上げた

 

 

「どうした?」

 

「大丈夫なのか、エデン」

 

「かなり闇を吸い込んだからな。ダメージは大きいだろう。こちらとしては止めたかったのだが・・・」

 

「まあ、無理だよねぇ」

 

「お前らに同情するぜ」

 

 

浄化するためには自分の元まで集めなくてはならないらしく、闇と相性の悪いエデンはかなりのダメージを受けるリスクがある。その度にカルナやヨミやキラは止めたくて仕方がないそうだ。止められたら苦労はしないとカルナまで言うのだからよっぽどだ。そして終わると決まって倒れる。気絶することはあまりないというが。

 

 

「まったくミツシャクもナラエンも、エデンさんに迷惑かけちゃって。起きたらすぐ土下座して謝りなよ」

 

「そ、そうだな」

 

「う、うん・・・」

 

「プロポーズしてる場合じゃねぇぞ」

 

 

身内であると思われるヨミとヤトにコテンパンにされているミツシャクとナラエンは、正座し項垂れた。それを俺たちは苦笑を浮かべながら見ているしかない。一方で、倒れてしまったエデンを介抱するのはヨミから託されたキラ、それからシャンティ殿だ。

 

 

「この森全体からも闇が消えている。すごいな」

 

「姫さんほど分からねぇけどマジすげぇんだなって思う」

 

「広いからね、ここ」

 

 

シャンティ様が守る範囲と比べたらと言いそうだが。今はかなり苦しそうだ。かなりのダメージだったのだろう。まず起きる気配がない。

 

 

「神の闇だからな。相当強いだろう」

 

 

カルナに言われて思い出した。確かに、エデンが受けたのは神の呪術のようなもの。それを一瞬とはいえ溜めたのだから、闇耐性低めのエデンにとっては辛いだろう。

 

 

「すぐに寝かせてあげましょう」

 

「そうだね」

 

 

俺たちはすぐにギルドに戻った。その間横抱きにして移動したのはヨミだ。戻って来ると、すぐに寝かせた。ギルドNo.2が倒れたためか、不安げなギルドの空気。マスターはぎっくり腰。そのぎっくり腰のマスターを、キラが即治した。さすがにNo.1とNo.2が倒れるというのはまずい。あと報告がある。

そして、すっかり回復したマスターの部屋に俺たちは集まった。シャンティ殿はキラと一緒にエデンを看てくれているようだ。ミツシャクは行こうとしたがヨミに引っ張られていた。

 

 

「それで、ノワールアームの仕業だったのかい?」

 

「ああ。大蛇についても、ノワールアームによるものだった。開発した薬で変えられていた。彼らについてはキラが戻し病院に引き渡した。そのノワールアームのボスが・・・」

 

「神だった、と」

 

「うん。ミツシャクとナラエンが言うにはね。カルナさんフィルターに掛からなかったから間違いないと思う」

 

 

一歩間違えればヨミやヤトに怪我を負わせていたかもしれない。エデンがいなければどうなっていたのか。

コンコンコンと礼儀正しく三回ノック。シャンティ殿だ

 

 

「シャンティさま、エデンくんの様子は?」

 

「目を覚まさしたが様子が・・・」

 

「取り憑かれたとか?」

 

「いや、それは絶対にない。しかし・・・頭が異常に痛いと言っていて」

 

 

頭痛と目眩でベッドから起き上がれないという。熱も酷いらしい。よっぽど堪えたのだろうか。

エデンが心配になり、俺たちは医務室に来た。真っ白なベッドで額に手を当て微かに苦悶の表情を浮かべていた。

 

 

「苦しそうだね」

 

「ええ。元々身体強い方じゃありませんからね。とはいえここまではないですけど。頭痛と目眩で眠ってしまいました」

 

 

原因不明の頭痛と目眩。応急処置で鎮痛剤を打ったらしい。

 

 

「苦悶の表情も美しい」

 

「出たよミツシャクの変態嗜好」

 

「あのまま抜かれず襲ってたらどうなってたんだか」

 

「エデンには悪いが助かった」

 

 

倒れてしまっているが、助かったと言って貰えたからか少しだけ和らいだように見える。もしくは鎮痛剤が効いてきたか。

 

 

「美人の苦しそうな顔大好物なんだよねぇ」

 

「危険」

 

 

ミツシャクがキラにめちゃくちゃ睨まれている。相手は子どもだが、懐く前の猫のような警戒心の強さだ。

 

 

「エデンさんに手を出そうものなら容赦しませんから」

 

「この子怖いね、ヨミ」

 

「ミツシャクが悪いんだよ。操られるなんて詰めが甘いし、さっそくマオくんには警戒されてるし。エデンさんは優しいからね、笑って受け入れてくれるよ、友人としてね」

 

 

ヨミが容赦無くミツシャクを責め立てる。ナラエンまで巻き込まれている気がする。操られる方も悪いんだ、という考えらしい。同じ鬼神なのに情けないとヤトも便乗。少し同情する。シャンティ殿とヴァジュラ殿は苦笑を浮かべながら状況を見守っていた。ミツシャクに対して警戒しつつ、キラはエデンを心配そうに見つめた。

 

 

「はいはい、皆さんエデンさんを休ませてあげてください」

 

「そうだな。辛そうだし、寝かせてあげるのが一番だ」

 

 

シャンティ殿の言葉に頷き、目を覚ましたら呼びますからというキラに告げられ、安心しつつ医務室を退室した。

 



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