星王が異世界から来るそうですよ?【修正中】 (きのこの山親衛隊)
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終焉を示す時計の針
星王が異世界から来るそうですよ?


 プロジェクト・アリシゼーション

 

 それは、高度なボトムアップ型のAIを作り出し、それを無人兵器に転用することを最終目的とした、自衛隊主導の極秘計画である。

 その目的のために創られた仮想世界であるアンダーワールドでは、『ラース』によって作られた人工フラクトライトたちが生活している。

 

 『ラース』はAIのブレイクスルーを促すアリシゼーション計画の最終段階として、最終不可実験──通称、異界戦争──が勃発された。それらは人界とダークテリトリーとを隔てる東の大門という結界を撤廃するという実に簡単なものだった。

 人界守備軍は整合騎士と騎士・衛士のみの総勢5000の戦力で、暗黒界軍50000との戦いに臨んだ。その戦いは現実世界からの干渉もあり壮絶なものとなり、暗黒界軍との一時共闘や、心神喪失状態にあったキリトの復活により、痛み分けに終わった。

 その後は、人界側の新代表であるキリトと、暗黒界側のイスカーンとで和平条約が締結され、双方に平和がもたらされた。

 たしかにそのあり方は英雄そのもので、その過程は誰もが万来喝采をあげる素晴らしい花道だったであろう。箒星(すいせい)のように宙を駆けていくその威容は、誰もを魅了し、虜にしたに違いない。その英雄譚はすでに終え、これから後に語られることは全て蛇足になるだろうことは疑う余地もないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白亜の門を抜けると、そこには天を支えるかのような柱が立っていた。

 それは、まるで神話の中に登場するようなバベルの塔。だが、その塔は神々の怒りに触れることなく、静かにその威容を誇っている。

 それも当然。今となってはあの塔には傲慢なる支配者であった少女はもういないのだから。今、この塔から人界の遍く全てを見つめているのは、理性によって統べる偉大なる王。全てのものが、畏怖と尊敬を持ってこうべを垂れるこの世界の支配者である星王、星王妃。

 清廉潔白を体現したかのように思われる彼らは罰せられるような罪はないのだから。

 

 星王の治世は繁栄を極め、この地──セントラル・カセドラル──は今やその栄華を誇るまでに至るようになった。

 辺りを見渡しても、人々は活気と笑顔にあふれ、その営みを続けている。自分の生きていた時代とは似ても似つかぬ様子になったことに感慨と少しの淋しさが押しよせてくる。

 

 一歩、一歩と歩みを進めるたびにその変化は明瞭になっていく。

 かつて、迷路のように入り組んでいた薔薇園は王立公園(ロイヤル・パーク)として改修され、今や観光名所の一つとして多くの人で賑わっている。

 また、カセドラルの20階あたりには失われていた《時刻みの神器》が設置されている。それはかつて失われたもの。それを再現した星王の神技には人界の誰もが感激したそうだ。

 嗚呼、と思わず声をもらす。そこには彼との思い出の場所の一つである地下に続く階段があったからだ。そこもかつては監獄として使用されていた。今はその広さと地下にあるという特性を利用して、カセドラルの市場として使用されている。

 

 そうやって歩みを進めているうちに、どうやら目的地にまで到達することができたみたいだ。

 もうすでに多くの人が集まっているようで、なかなか前の方を見ることができない。爛々と照りつけるソルスの恵みは、この地上に恵みを与えると同時に、暑苦しさも与えるのだ。特にこの人の多さでは。

 ググッと背伸びをすることでようやくその人物を見ることができた。その瞬間、遠くから壮麗な鐘の音がなるのが聴こえた。

 

 

 

 演説が始まる。

 

 

 

 

「──(オレ)が統べる全ての民たちに告げる」

 

 透き通るようなアルトボイスが、民衆で埋め尽くされたカセドラル全域に浸透するように響き渡る。

 

「よくぞ、ここまで従ってくれた。まず、そのことに(オレ)は喜びを感じている。1年ほど前だったか、。おまえたちに言った。

 ──(オレ)はこの世界の人でないと」

 

 数百、いや、遠見の術を使って見ている人を合わせるとおよそ数千にも及ぶ民衆の前で声高々に演説するのは、まだ年端もいかないように見える少年。

 だが、彼を見ている民衆は知っている。彼は、星王は不老の存在であることを。

 

 彼は、超人的な反応速度を持っていた。

 

 ただそれだけで、英雄として祭り上げられ、王に至った少年は、その容貌からは想像もつかないような凛然たる声で厳かに告げる。

 

「だが、おまえたちの忠義は未だ変わらず、()()()()()()()()()と同様おまえたちは(オレ)に尽くした。まさに──この(オレ)は恵まれていたらしい

 ならば、次は民に褒美を与えるのが王としての務め」

 

 王として。

 それが彼が手に入れた栄光にして、責任という重し。

 

「もはや、我々にはリアルワールドへの従属など必要なし。我々は人として命を得た。そこに、生まれる世界が異なるからという理由で支配され、管理される理由とはなり得ない。

 その証として、(オレ)は機竜を製作し、おまえたちにこれを与えた」

 

 王の演説は続く。

 

(オレ)はおまえたちの可能性にかけたい。もう、この世界に異世界人という機構はいらない。おまえたちは今こそ、その庇護から離れ、自立しなければならないのだ!

 かつての間違いは起こさせない。知性ありしと自負する誇り高き臣民たちよ。おまえたちは歩み続けなければならない。問い続けなければならない。自分たちの生の意味を、自分たちのあり方を、自分たちの意思を!」

 

 僕たちもかつてはそうだった。

 自分たちの境遇に妥協して、諦めて、忘れようとした。けれども、忘れれなかった。コード871があったからではない。最高司祭の統治に従っていた方が楽だからそうしてしまっていた。

 彼に、星王にあってその間違えに気付かされた。人は問い続けることをやめてはならない。常に、生き続ける限り問い続けなければならない。そんな単純なことを僕たちは忘れていたのだ。

 

「おまえたち未来は可能性に満ちている。この世界の可能性もまた然り。この世界の、あらゆる可能性は、いまはまだ不確定な光の彼方にかすかに揺らぎたゆたうのみである」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリトくん、あれでよかったの?」

 

「ああ、もう彼らは自分たちで自律する時だ。我々の役目はもう終わった」

 

 王の寝室にて。部屋の中を薄暗く灯す光は二人の男女の影を大きく壁に映し出している。

 灯火は弱々しく、儚い。それは、自分から消えようとしているかのようにも思える。箒星は、流れ、堕ちて、消えていく。その一瞬で人を魅せることもあれば、誰にも気付かれずに堕ちていくこともある。けれども、そのどちらにせよ、結末は変わらない。

 

「ねぇ、キリトくん。もし、比嘉さんとかが私たちのフラクトライトがコピーしたらどうする?」

 

 恐る恐る聞く。それは二人がどこかで思っていた懸念。見て見ぬ振りをしていた現実。

 

「俺は。俺だけならアンダーワールドのためにのみ戦う。なぜなら俺は……あの世界の守護者なのだから」

 

 確固たる信念と決意を持ってそう伝える。

 アスナは満足そうに、けどどこか悲しそうにその意見に頷いた。

 

「アスナはどうする?」

 

「私だけ複製されたのなら、即座に消去してもらう。

 もし、二人ともに複製されたのなら、残り少ない時間を、二つの世界の融和のために使いましょう」

 

「ははっ、そうだな」

 

 そう言って二人で見つめあって笑った。

 こんな時間がずっと続けばいいのにといつも思ってしまう。

 

 けど、時間は不可逆的ものなのだ。決して戻ることなく、ただ無情に過ぎていく。けれども、だからこそ人はその短い生を精一杯使おうと努力するのだろう。

 かつて、英雄と呼ばれたキリトがそうであったように。

 

 

「長い眠りにつく前に、一つもしもの話を聞かせて?

 もし、二つの世界のどちらでも無い世界にキリトくんが連れていかれたらどうふる?」

 

 二人の視線が交錯する。その綺麗な、澄んだ目が俺の目の奥を捉えて話さない。自分の奥底の、本質を見られている気持ちさえ起こる。けど、それは、決して居心地が悪いのではない。むしろ逆、安心して、思わず身を任せてしまいたくなるような心地がする。

 

「そうだな、俺は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう自分の身体は岩のように動かない。ただ、手を握って二人で寝ているアスナの体温がほのかに伝わるだけだ。

 俺たちが長い眠りについてから30年。そろそろリアルワールドに戻れそうな予兆が出てきた。

 「もし、記憶がなくなったらどうしよう」、かすかな恐怖が芽生えたのであろうか。となりのアスナがぎゅっと手を握って来る。俺はその手を握り返した。

 もうあまり動かない唇を一生懸命動かして彼女に伝える。

 

It will be alright(きっと全て上手くいく).」

 

Sure(そうね).」

 

 そう穏やかな声が空間へ流れた。

 二人は瞳を見交わし、かすかに頷き合った。

 

 まもなく、俺らはこの世界から欠片も残さず消滅するのだろう。それは明確な死を実感させるソレには、一片たりとも恐怖を抱かさせなかった。

 隣に寝ている最愛の人さえいればどこにでもいけると確信しているからだろうか。

 そう思って目を閉じる。

 孤独だった少年の物語はここで終わるはずだった。

 

 ────後になって思えば、だからこそ気づかなかったのかもしれない。自分の宛てに届くはずのない手紙が届いていたことを。

 その手紙にはこう記載されていた。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能を試すことを望むならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全ての捨て、

 我らの"箱庭"に来られたし』

 

 その直後、世界は暗転し煌めきに包まれた。

 

 

 

 意識は電気信号から翻訳され()()()()の肉体を形成していく。

 大容量の光回線を超高速で突進し、どこかの異世界へと飛翔していく。

 新たな冒険へ。

 次なる物語の中へ。




少しだけ修正しました。


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星王は記憶が欠けているそうですよ?

第2話です。
キリトの口調をどうするかがとても悩みました。とりあえず、彼の精神性はFateの英雄王のそれを想像しながら書いています。

キリトのキャラが少し違和感を感じるかもしれませんが、もうちょっとこれでお付き合いください。


 

 

 

 

 

 

 光による一瞬の視界喪失。次にキリトが感じたのは、地面が存在しないことによる浮遊感。そして、全身を殴りつけるかのように吹き荒れる激しい風。

 彼が出現したのは上空四千メートル。

 

 遠くを見ると目に入るのは巨大な天蓋に覆われている大都市。

 

 世界の果てを思い出させる断崖絶壁から流れ出す大滝。

 

 彼方へと続いて行く広大な陸地。

 

 澄み渡るような蒼い空。

 

 生い茂る緑色の森。

 

 

 それらは彼が知るどこの場所にも当てはまらない。まごうことなき異世界であった。

 

「ヤハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

「なっ、何よこれ!?」

 

「────ッ!」

 

 隣を見ると耳にヘッドフォンをつけ、学ランを着た少年が人生で最高の瞬間と言わんばかりに大笑いしている。

 他にも、育ちの良さを感じさせるお嬢様。大人しそうな印象を与える腕に三毛猫を抱いた少女が落下していた。

 彼女らには驚愕の表情を浮かべており、この状況では少年だけが一人楽しんでいた。

 

 地に足がついていない以上、当然のごとく重力に足が引っ張られ落下する。だんだんと加速するその勢いにキリトは露骨にため息をつき、現状を確かめようと空中で体勢を整えた。

 息を飲む。現実だろうとうかがわせる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 あまりの驚愕に対応が少し遅れてしまう。ひとまず冷静になろうと思考を加速させる。

 

────ひとまず、今すべきことは

 

 彼らを助けることだろう。

 そう決めた瞬間、キリトの身体は動き始めていた。空中でどこからともなく青色の剣を取り出すと、右肩に添えて矢のように引き絞る。

 その刹那、銀色の剣が、瑠璃色の閃光を迸らせた。それは深く、冷たい、氷の蒼。

 

「ヤハハハッ!なんかすげーっ!」

 

「えっ、なによそれ!」

 

「わぁ、…………ッ!」

 

 剣の輝きはますます増して行く。剣から永久氷の記憶が呼び覚まされて行く。キンッ、キンッと硬質な音が辺りに響き渡る。

 知る人が見れば、それは《ヴォーパール・ストライク》の構えに見えるだろう。だが、異なる点はその光が瑠璃色の輝きを放っていることだ。

 

 ぐんぐんと目の前に水面が近づいて来る。

 

 もしかしたら助かるかもしれないが、そんな可能性に命を任せるわけにはいかない。

 ここを打破する方法はただ一つ。この剣の記憶を呼び覚ますこと。呼び寄せるは永久氷の記憶。すべきことは物体の運動の減速。

 

「永遠の君に願う。この無上の幸福を味わい尽くそう」

 

 キリトから放たれる瑠璃色の輝きが最高潮へと達する。

 

記憶解放・青薔薇の剣(リリース・リコレクション)────ッ!』

 

 剣から放たれた記憶の断片が目の前の空間の組成を変えて行く。

 それは、減速空間とでも言えるような空間。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というもの。

 

 四人と一匹はその空間に包まれ、そのまま水中へと飛び込んだ────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちた湖の水深は幸いそれほど深くはなく、また落ちて来るまでの幾重にも張り巡らされた水の膜や、キリトの展開した減速空間によって4人は溺れることはなかった。

 キリトはずぶ濡れになった髪を掻いて水を振り払う。幸い水に濡れても大丈夫なのばかり持っていたので特に障害はないみたいだ。

 

 立ち上がって、湖から出て来るついでに視界の端で溺れていた三毛猫を救出する。

 

「あっ、三毛猫っ!」

 

 慌ててこちらに駆け寄ってきたスリーブレスのジャケットにショートパンツを着た女の子に三毛猫を渡した。

 

「ありがと」

 

「ああ、気にするな」

 

 女の子からのお礼に涼風のような軽快な口調でそう返す。

 

「信じられないわ! 問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

 少し離れた場所で、ブラウスを握って水を絞っているお嬢様風の少女がそう悪態をつく。

 キリトは少し離れた場所にある岩の上に腰を下ろして、その光景を見守ることにする。

 

「右に同じだ、クソッタレ。場合によっちゃその場ですぐゲームオーバーだぜ。石の中にでも呼び出された方がまだマシだ」

 

 そう応じるのは学ランを着てヘッドフォンを頭につけた金髪の少年。

 

「えっ……、石の中でも十分に危ないでしょう?」

 

「俺は問題ない」

 

「…………あらそうなの、身勝手ね」

 

 二人はそう言って互いにフンッと鼻を鳴らした。

 

「ここ…………どこだろう?」

 

 同じく岩に腰を下ろすことに成功した猫を抱えた女の子が呟く。

 

「さあな。どこかの大亀の背中じゃねえか?」

 

 冗談交じりの口調で少年がそう返す。どうやら彼もこの世界のことは知らないらしい。

 

「……で、誰だお前ら?」

 

「それはこっちのセリフよ、目つきの悪い学生くん」

 

 そう言って少し喧嘩腰にそうお嬢様風の少女が返事をする。

 そのプライドの高さがうかがわれるその言葉に少年は肩をすくめる仕草をする。

 

「一応確認しておくが、お前らにも変な手紙が?」

 

「そうだけど、まずその“お前”って呼び方を訂正して。………私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて。それで、そこの猫を抱きかかえている貴方は?」

 

 そう言って違う岩に腰掛けていた女の子の方を向いてそう尋ねる。

 

「……春日部耀。以下同文」

 

「そう。よろしく春日部さん。それで、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

 

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

 ケラケラと笑いながらそう返事をする逆廻さん。そんな彼を野蛮な人を見る目で見ている久藤さん。俄然として無関心そうな春日部さん。

 その傍でキリトは怪訝な表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

──うわぁ、あの三人は問題児のようですねぇ……

 

 湖に落ちてきた四人を隠れてずっと見ていた少女はそう一人ため息をつく。

 彼女の名前は黒ウサギ。扇情的なミニスカート、ガーターソックスを見にまとったウサミミを頭から生やした少女である。

 

──しかし、黒ウサギが呼んだのは三人だけのはず。あの黒衣をまとったお方は一体……?

 

 黒ウサギはそうやって不思議そうに首をかしげる。だが、主催者の話では、三人とも人類最高峰のギフト所有者だと説明されたのだ。いきなりの状況で慌てないその精神性は及第点だと言える。

 逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀。彼ら三人は主催者の触れ込み通り、強力なギフト保持者としての風格を漂わせていた。

 だが、最後の黒衣の少年からはその三者とは違う雰囲気をまとっている気がする。

 四人の荒々しい"霊格"とはまた違った、もっと貫禄のある雰囲気を纏っているような。

 それは喜ぶべきことだ。黒ウサギのコミュニティの再興へと繋がるのだから。

 そのはずなのに────。

 

──どうしてでしょうか、あの方は十分に警戒しないと()()()()()()()()()()()()()()

 そんな気がするのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それからそこに座っているあんたは?」

 

 少し考え事をしていると逆廻がこちらに話を振ってきた。

 いつのまにか三人の視線は俺の方へと向いている。

 

「ああ、俺の名前はキリト。よろしくな」

 

「キリト…………?どこかで聞いたような気が…………」

 

 聞き覚えのある単語だったのだろうか春日部が不思議そうにしている。

 それを見た逆廻が好奇の目を向けた。

 

「なあ、キリト。日本って国を知っているか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「へぇ、そうか」

 

 そう言った逆廻の顔には灼けつくような好奇心の色が現れている。

 俺は疑問符が乱舞している頭の中を振り払うため気持ちを入れ替えた。

 

「で、呼び出されたはいいけど何で誰もいねえんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねぇのか?」

 

 俺の自己紹介後、逆廻はその好奇心の色を隠してイラついたように呟く。その言葉に他のメンバーが賛同して一斉に口を開いていく。

 

「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」

 

「…………。この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

 

「いや、春日部や久遠も十分すぎるほど落ち着いてると思うんだが」

 

 二人の声色からはこの世界に来たことへの不満の色が感じられない。冷静かつこの状況を楽しんでいるかのように見える。

 そこで、先ほどの逆廻の言葉に違和感を抱く。

 

「待ってくれ。招待状ってなんのことだ?」

 

「あら、キリトくんはあの手紙を受け取っていないの?

 ならどうしてここにいるのかしら?」

 

「それは…………、────ッ!」

 

 唐突な頭痛を覚えて頭を抱える。

 それは意識に薄い膜が張っているかのように、頭と眼の奥に鋭い痛みを感じる。

 

「キリト、大丈夫?」

 

 様子がおかしくなったことにより、不安そうに春日部さんが顔を覗いてくる。

 大丈夫だと手を振って彼女の好意に感謝する。

 

「ふぅん。とりあえずそこにいるやつにでも話を聞くか?」

 

 突然の逆廻の発言に誰も驚くことなく、茂みの方へと視線を向ける。

 その視線の先ではビクッとウサ耳が茂みから覗いていた。

 

「なんだ、貴方も気付いていたの?」

 

「当然。これでもかくれんぼは負けなしだぜ?」

 

「……風上に立たれたら嫌でも分かる」

 

「まあ、あんなに簡単だったらな」

 

 三者三様に隠れていた人物に気づいていたようだ。

 そんな彼らの目線に耐えられなかったのか、茂みがガサガサと動いてウサギの耳が現れる。

 

「や、やだなあ御三人様。そんなに睨まれたら黒ウサギは怖くて死んじゃいますよ?

 ええ、ウサギは古来よりストレスに弱い生き物なのです。

 そんな脆弱な黒ウサギに免じて、ここは一つ穏便に御話を」

 

「断る」

 

「却下」

 

「お断りします」

 

「あっは、取りつくシマもございませんね♪」

 

 バンザーイと言わんばかりにお手上げするウサ耳少女。だが、その目は冷静に四人の反応を観察していた。

 黒ウサギは道化を演じながら彼らにどう接するのかを冷徹に思考していた。そして気づかれないように四人を流し見する。

 

「うん…………?」

 

「────あっ!」

 

 うっかりと黒衣の少年────キリトと視線が交差してしまう。

 

 引き起こされる沈黙。

 

 黒ウサギは反応に困って曖昧な笑みを浮かべると、キリトは全ての疑問が氷解したかのような表情を浮かべた。

 その反応が意外だったので無意識に後ずさってしまう。

 

 だから気がつかなかったのであろう。

 耀が不思議なものを見ているように黒ウサギの隣に立ち────

 

「ええと……。フギャ!?」

 

────そのウサ耳を力一杯引っ張った!

 

「ちょ、ちょっとお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」

 

「好奇心の為せる技」

 

「自由にも程があります!」

 

「へえ? このウサ耳って本物なのか?」

 

 今度は十六夜が右から掴んで引っ張る。

 

「………じゃあ私も」

 

「ちょ、ちょっと待――!」

 

 今度は飛鳥が左から。

 黒ウサギはキリトの方にすがるような眼差しを向ける。

 

 そんな四人の姿をキリトは冷酷で値踏みするような眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 

 其は冷酷なる者。偉大なる虚実の王なりや。

 彼の者、大志を抱き、ただ幻想の守護者たることを望む。

 其が有する記憶は彼の者が治める世界のみ。その矛盾に気がつくことはなく。

 

 さあ、英雄の凱旋だ。万来喝采(ばんらいかっさい)狼煙(のろし)をあげよ。(すべか)らく(こうべ)を垂れるがいい。

 願おう、この刹那(せつな)こそが至高の輝きであると。祈ろう、この孤独(こどく)が癒されることを。もう一度、やり直せることを。




記憶解放術は原作からして多分こんなことをできるかと。立体交差平行世界論と余剰世界論って両立するのか?

評価してくださったhisashi様。
ありがとうございます!!


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ようこそ!箱庭の世界へ!

2回目の投稿です。
今後はこんなハイペースでは投稿できない……。


 

 

 

 

 

 

「――あ、あり得ないのですよ、学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに間違いないのデス」

 

「いいからさっさと話せ」

 

 あの後、三人に揉みくちゃにされた黒ウサギは疲れたようにそう呟いた。少し半泣き状態のように見える。

 三人はウサ耳を堪能したのか、『聞くだけ聞こう』というスタンスを取っている。

 なんとか気を取り直した黒ウサギは咳払いをして両手を広げて高らかに宣言した。

 

「ようこそ皆さま、〝箱庭の世界〟へ!

 我々は皆様にギフトを与えれた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと召喚いたしました!」

 

「ギフトゲーム?」

 

「そうです! 既にお気づきかもしれませんが、皆さまは皆、普通の人間ではありません!

 皆さまのその特異な力は様々な修羅神仏、悪魔、精霊、星から与えられた贈り物。つまり『恩恵ギフト』でございます。『ギフトゲーム』はその恩恵を駆使して、あるいは賭けて競いあうゲームのこと。この箱庭の世界はその為のステージとして造られたものなのですよ!」

 

 どうやら俺が青薔薇の剣の記憶解放術を使用したのに驚いた反応があまりなかったのはそういう事情があったらしい。

 そして、その恩恵というものを持っていたからこの世界に召喚されたらしい。

 

 正直、その辺のことはどうでもいい。呼ばれた経緯はどうであれ、キリトが今すべきことは元の世界に帰ることだ。

 だが、今その質問をすると話が脱線してしまうと危惧し、ここではその発言を避けることにする。

 

「恩恵──つまり自分の力を賭けなければいけないの?」

 

「そうとは限りません。ゲームのチップは様々です。ギフト、金品、土地、利権、名誉、人間。賭けるチップの価値が高ければ高いほど、得られる賞品の価値も高くなるというものです。ですが当然、賞品を手に入れるためには"主催者ホスト"の提示した条件をクリアし、ゲームに勝利しなければなりません」

 

「"主催者"ってのはなに……?」

 

「ゲームを開催する存在です。彼らは暇を持て余した修羅神仏から、商店街のご主人まで様々です。

 それに合わせてゲームのレベルも、命懸けの凶悪、難解なものから福引き的なものまで、さまざまなゲームがございます」

 

「ゲームはどうやって始めるんだ?」

 

 少し疑問点があったので一応聞いておくことにする。

 

「コミュニティ同士のゲーム以外は、それぞれの期日内に登録すれば大丈夫です!

 商店街でも小規模なゲームが行われているのでよかったら参加して言ってくださいな」

 

 そう丁寧に返答してくれる。

 

「話を聞いただけではわからないことも多いでしょう。そこで、ここで簡単なゲームをしませんか?」

 

 そう笑顔で可愛く小首を傾げた。

 誰もが不思議そうに首をひねる。

 それに答えるように、黒ウサギはひと束のトランプを取り出した。

 

「この世界にはコミュニティというものが存在します」

 

 トランプをシャッフルしながら黒ウサギがそこで言葉を区切る。

 

「この世界の住人は必ずどこかのコミュニティに所属しなければなりません。いえ、所属しなければ生きていくことさえ困難と言っても過言ではないのです!」

 

 黒ウサギは大仰に手を広げる。まるでこれからが本題だと言わんばかりに。

 パチンッと指を鳴らす。すると突然、宙に大きなカードテーブルが現れたかと思うと大きな物音をたててドサリと地面に着地する。

 

 

「みなさんを黒ウサギの所属するコミュニティに入れてさしあげても構わないのですが……ギフトゲームで勝てないような人材では困るのです。ええ、まったく。本当に困るのです。むしろお荷物、足手まとい!」

 

 黒ウサギは大げさにため息をついた。

 その芝居かかった仕草は四人を挑発しているかのようだ。いや、事実そうなのだろう。彼らのプライドの高さを読み取ったいい手段だと言える。

 

「へえ……俺達を試そうってのか?」

 

「待ちなさいよ、私たちは一言も……」

 

 そう言って久遠が反論しようとするが、黒ウサギは意地悪そうな笑みを浮かべる。

 

「自信がないのであれば断って下さっても結構ですよ?」

 

 このようなことを言っているが、内心とても焦っていることをキリトはその慧眼でしっかりと見切っていた。その理由がまだ不明なので、黙って黒ウサギを見つめる。

 その一方で、この状況で挑発と大見得を切れる黒ウサギのことを一定数評価していた。

 

「随分とおもしろい挑発してくれるじゃねーか」

 

 だが、黒ウサギはその賭けに勝った。問題児三人組の瞳には好戦的な色が浮かんでいる。

 彼らとてこの賭けに乗るメリットがないことは重々承知済みだが、挑発をされて平気でいられるほど大人ではなかった。

 

 キリトはまだなにかを探るような目つきをしている。したがって結果としてその誘いには乗らなかった。

 しかし、これは三人の性格を瞬時に見抜いた黒ウサギの勝利と言えるだろう。

 

「そうですね。今回のギフトゲームでは、みなさまは初めてですので、特別に何も賭けていただかなくて結構です。強いて言うなら、みなさまにはみなさま自身の『プライド』を賭けていただきます。賞品は……勝った方の言うことを神仏の眷属であるこの黒ウサギが一回だけ何でも聞くというのはどうでしょう?」

 

 黒ウサギはニヤニヤと笑いながら机の上にカードを並べて答える。

 なかなかに芸達者な少女だった。

 

「ほぅ、なんでもか」

 

「あっ、もちろんいやらしいことはダメですよ?」

 

 途端、刺すような眼差しが逆廻に注がれる。当然、男性がそのような反応をすればそれ相応の反応が返ってくるのは当然であろう。

 

「まぁいい、そのゲームに乗ってやるよ」

 

「ええ、やるわ」

 

「私もやる」

 

「はぁっ、俺もやるさ」

 

「では、ゲーム成立ですっ!」

 

 黒ウサギがそう言って指を鳴らすと、4人の前に羊皮紙のようなものが現れる。

 

『ギフトゲーム名"スカウティング"

 

"プレイヤー"一覧

・逆廻十六夜

・久遠飛鳥

・春日部耀

・キリト

 

クリア条件

・トランプ54枚の中から絵札を引く。

・引けるのは"プレイヤー"一人につき一回まで。

・トランプを引く時を除き、トランプに触れてはならない。

 

 敗北条件 降参か、"プレイヤー"が上記の勝利条件を満たせなかった場合。

 

 宣誓

上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 “サウザンドアイズ”』

 

「ほう、こういうようにしてゲームを行うのか」

 

「キリトさん、察しがいいですね!それは、“契約書類”──ホストマスターとプレイヤーの契約の書。そこにルールやクリア条件が記されています。

 ちなみに黒ウサギは“審判権限”という特権を持っていますから、ズルは無駄ですよ。ウサギの耳と目は、箱庭の中枢部と繋がっているのです」

 

「OK、わかった。だが始める前にカードを調べさせてもらおうか」

 

「構いませんよ」

 

 逆廻の提案を快く了承する黒ウサギ。逆廻、久遠、春日部は立ち上がると黒ウサギから受け取ったカードを一枚一枚確認していく。

 カードを調べるにしては時間がかかりすぎているので何かしらの細工をしているのかもしれない。

 そういうキリトは後ろの方で彼らの姿を見ているだけだった。あのルールなら穴を簡単に突くことができるからだ。

 

 カードの確認を終えた三人から受け取ったカード。それを並び終えた黒ウサギは四人それぞれを見て言った。

 

「それでは、最初はどなたからになさいますか?」

 

「じゃあ、俺からで」

 

 一番手として逆廻が前に出る。春日部、久遠の二名はその少し後ろにいて、俺はそのさらに後ろの引いたところにいる。

 

「黒ウサギ、さっきは素敵な挑発ありがとよ」

 

「へ……? いえいえっ!」

 

 突然の感謝の言葉に驚いたのか黒ウサギはあたふたとして────

 

 

 

 

 

「これは……その御礼だっ!!!」

 

 

 

 

 上に振り上げた手をそのまま垂直に振り下ろす。手のひらは勢いよくテーブルに叩きつけられ、振動と風圧で全てのカードが宙に舞う。

 当然のことながら、ほぼ全てのカードが表になってしまった。

 

「────ええええぇぇぇっ!?」

 

「私はこれにさせてもらうわ」

 

「私はこれ」

 

「どうだ? 別に、何もルールには抵触してないぜ?」

 

 逆廻はしめしめとしたひょうじょうを浮かべてそう笑う。しばし、呆然としていた黒ウサギはふと我にかえるとウサ耳をピンッと立てた。

 が、すぐにへにゃりとウサ耳を垂らすと黒ウサギは観念した表情になる。

 

「箱庭の中枢からも、『有効である』との判定が下されました。

 ……飛鳥さん、耀さんはクリアです。し、しかし、まだ十六夜さんとキリトさんが残っていますよ!」

 

「なら俺はこれだ」

 

 そう言って逆廻は無造作にカードをめくる。絵柄はダイヤのK。

 

「なっ!? い、一体どうやって……」

 

「覚えたんだよ。JOKER2枚を含めた計54枚のカードの位置を全てな」

 

 なんていうか動体視力と記憶力だと感心する。これには黒ウサギもびっくりしていた。

 だが、あと1人残っていたのを思い出す。

 

「でも、まだキリトさんが残っています!」

 

「そうだな、俺は。バースト・エレメント

 

 突如、あたりに突風が吹き荒れる。そして、まだ残っていた全てのカードが表にめくれた。

 

「おっ、幸運だ。なら、俺はこれで」

 

 そう言ってめくれ上がっていたジョーカーのカードを一枚取る。

 混乱と驚愕の表情を貼り付けた黒ウサギ。ウサ耳をピンッと立てて喜んでいる。

 キリトは何食わぬ顔をして元の位置にへと戻る。

 

 そこで────

 

「なぁ、今何かやったのか?おまえ」

 

「さあな、たまたまだろ」

 

 そこにはニヤニヤしながら待ち構える逆廻がいた。今更かもしれないが追求されるのを避けるために間違えたほうがよかったかもしれない。

 その目は獰猛(どうもう)な色をしていた。

 

「おい、黒ウサギ。早速だが言う事を聞いてもらうぞ?」

 

 キリトがこれ以上なにも言わないことを悟った逆廻は視線を外すと、口角を上げて黒ウサギにそう尋ねた。

 

「せっ、性的なことはダメですよ!」

 

 そう言って黒ウサギは慌て始める。

 

「それも魅力的じゃあるんだが、俺の訊きたいことはただ一つ。手紙に書いてあったことだけだ」

 

 そう言って逆廻は一旦言葉を区切る。

 

 

 

 

「この世界は────おもしろいか?」

 

 

 

 

 

 万感の思いを込められたその言葉に久遠も春日部も黒ウサギの返事を待っていた。

 召喚されたのに見合うモノを確かめるのは当然と言えるだろう。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能を試すことを望むならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全ての捨て、

 我らの"箱庭"に来られたし』

 

 キリトは知らないことだが、手紙にはそう書いてあった。

 彼らは何かを捨て、何かを得ようとしているのだ。

 

「YES! ギフトゲームは人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」

 

 そう言って黒ウサギは満面の笑みで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたは今、データベースへのアクセスをしようとしています。

 

 閲覧アクセスキーを提示してください。

 セキリュティクリアランス確認……オールクリア。

 ようこそ、茅場晶彦様。

 データを開示します。

 アクセスしています……アクセスしています。

 

「ふふっ、ようやく発見したぞ」

 

 データの作成中……理論値の計算中……個体名──キリトの探索中……

 探知成功しました。理論値は正常なものを維持しています。

 存在証明、完了。世界軸の交差地点の計算……完了。

 理論検証を開始します。

 

 ファイルの閲覧を終了します。

 お疲れ様でした。

 

 

 誰もいない研究室のような場所で、ファンの音だけが鳴り響く。




また何かおかしいところがあれば指摘してもらえると助かります。
今はまだプロローグみたいなものなので淡々と進めるつもりです。

次くらいで完全オリジナルが始まるので結構遅くなると思っていただいたほうがいいかと。


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それはとある幕引きへの道

少し短めです


 

 

 

 

 

 

「ああ、この際はっきりとさせてもらおう。おまえ……なにを考えていやがる?」

 

 そういって逆廻が俺の方へと訪ねてくる。その顔には今まで隠してあった好奇心と疑念の色がありありと浮かんでいた。

 あたりには水が降ってきて空には虹をかけている。

 

 流石にあからさまだったかと自嘲する。

 

 ああ、こうなったのはつい最近のことだ。それは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒ウサギがコミュニティに案内してもらえるということで、逆廻たち四人は彼女についていくことにした。

 巨大な天幕に覆われた都市を目指しながら、一人だけ少し下がった位置で何かを思案している少年がいる。キリトだ。

 

──懸念事項は今のところ二つ。黒ウサギが何か嘘を言っていること。そして、この自分の状況だ。

 

 黒ウサギの方は何か裏があることは箱庭に来たときから懸念していた。

 だから、そちらは今考えるべきでないのかもしれない。

 

 それよりも今重要なのは、自分の状況だ。なぜこの身体で現実世界らしきところに現界しているのか、なぜ自分にだけ手紙が届いていないのか。

 後者は知らないうちに届いていたという線も考えられないことはない。

 それよりも────

 

「なぁ、世界の果てを見に行かないか?」

 

 考えごとを一時中断して逆廻の提案に乗る。

 

「ああ、いいぜ」

 

 込み入った話もあるそうだしな。

 

「おっと、話が早い。あ、止めてくれるなよ」

 

 逆廻は楽しそうにそういうと人知を超越した速さで駆け抜けていった。

 

「あっ、じゃあ黒ウサギには内密にしておいてくれ」

 

 そう言って風素を生成すると逆廻の方へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、キリト」

 

「なんだ、逆廻」

 

「十六夜で構わないぜ。それよりもその速さはなんなんだ?」

 

「ああ、これか。今更隠しても意味がないよな。これは素因を生成しているだけだよ」

 

「素因……?」

 

「この話はまた後にして。もうついたぜ」

 

 森を駆け抜けるとそこに広がっていたのは想像を絶する光景だった。

 

「────おぉ……!」

 

 それは隣の十六夜が感嘆の声を上げるほど。

 それは"トリトニスの大河"の美しさによるものだ。

 

「さて、世界の果てはどんなもんなんだろうな……ん?」

 

『こんなところに人間とは珍しい。人間、我の試練を受けよ』

 

 荘厳なる声が辺りを震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは彼らが"トリトニスの大河"につくほんの数十分前のこと。

 

 

 箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベッド通り・噴水広場前。

 黒ウサギに連れてこられたのは、幾つものドーム群が収まった場所の外壁門である。

 

 その外壁と内側を繋ぐ門の階段に、ダボダボのローブに身を包んだ十歳くらいの緑髪の少年がひとり座り込んでいるのが見える。

 しかしその年齢に似合わない深刻そうな表情をしている。

 

「ジン坊っちゃーン! 新しい方を連れてきましたよー!」

 

 とあるウサ耳少女────黒ウサギが声をかけると、少年はハッと驚き、こちらをみて、笑みを浮かべて迎える。

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらのお嬢様が?」

 

「はいな、こちらの御三方様が……」

 

 振り向いた瞬間、黒ウサギは硬直した。

 

「……え、あれ? もう一人いませんでしたっけ? ヘッドフォンを首からかけて、黒い学生服で、ちょっと目付きが悪くて、かなり口が悪くて、全身からもう『オレ問題児っ!』というオーラを放っている殿方と、全身黒ずくめの服装をした寡黙などこからともなく威厳のある雰囲気を醸し出している殿方が!」

 

「ああ、十六夜くんとキリトくんのこと?彼らなら「世界の果てまで行ってくるぜ!」とか言ってあっちの方へ行ったわよ?」

 

 そう言って遠くはるか向こう側を指差す。

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

 

「止めてくれるな、って言われたもの」

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

 

「黒ウサギにはいうなよって言われたから」

 

「嘘です、絶対嘘です! 実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん!」

 

「「うん」」

 

 ガクリ、と前のめりに倒れる。はじめはキリトは問題児じゃないと思っていたのでそのショックは計り知れないだろう。

 

「た、大変です!“世界の果て”にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」

 

 そう言って小さな少年が話す。

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に“世界の果て”付近には、強力なギフトを持ったものが数多く生息しています。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」

 

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

 

「ゲーム参加前にゲームオーバー? ……斬新?」

 

「冗談を言っている場合じゃありません!」

 

 烈火のごとく黒ウサギが怒る。

 ゆらり、そのような音が聞こえて来そうな黒ウサギが立ち上がったかと思うと──

 

「ジン坊っちゃん。申し訳ありませんがら御三人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「う、うん。わかった」

 

「ふふッ……捕まえたついでに、“箱庭の貴族”と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります!」

 

──艶のある髪を淡い緋色に変えたかと思うと弾丸のように飛び去った。

 

「あら……箱庭のウサギは随分速く跳べるのね」

 

 そんな場違いな感想があたりに虚しく広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは必然的な出来事だったのか。

 

 敷かれたレールの上を走る英雄。

 彼の人生は常に栄光で満ち溢れていた。

 苦難や試練もあったという人もいるかもしれない。

 それはそうだろう。全てのことが上手くいく人は神と呼ばれるものだけだ。

 

 それは、企業の目をかいくぐって世間に広まったナーヴギア。

 それは、システムに干渉のすることのできた茅場の助けによる解決。

 それは、たまたま知り合った政府の役人の依頼による調査依頼。

 それは、AIが誕生するきっかけとなったプロジェクト・アリシゼーション。

 

 それらが、全てとある目的に沿ってなされたものであったなら?

 それらがとある人物の描いたシナリオ通りのことだったら?

 それらは人類の新しい形を見出す壮大な実験であったなら?

 

 さあ、最後の英雄譚を(つづ)ろうではないか。

 元々は平凡だった少年よ。

 望まれるべくして希望(英雄)へとなった少年よ。

 夢を見る時間(少年期)は終わった。

 これからは現実を見る時間(壮年期)だ。

 

 

 狂い哭け、おまえの末路は英雄だ。




ちょっと後で書き直すかもしれません。
タグにシリアスを追加しました。シリアスってこのジャンルだとやっぱり場違いなのかな?

矛盾などがあれば教えてもらえると助かります。


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自己紹介のお時間です!

こんにちは。なんだかんだで投稿できました。

これから数週間か更新が開くことが予想されます。



 

 

 

 

 

 

「ハッ、試練?蛇ごときが俺を試そうっていうのか?」

 

『舐めおって、人間風情よ!』

 

 そうやって大河の中から現れたのは身の丈30尺もありそうな巨躯の大蛇。

 

「なにを人を試す気になっているんだ?まずはおまえを俺が試してやるよ!」

 

 そう言って二つの影がぶつかりあった。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

「あーあ、戦闘狂なことで」

 

 そう言って森の中をぶらつくのはキリト。十六夜が戦闘を始めたときに離れてここまで来たのだ。

 

「さて、どうやって暇をつぶすかな?」

 

「おーい、そこのお兄さん」

 

 そこには黒い黒ぶちの眼鏡をかけた30代半ばの優男が岩の上に座っていた。

 キリトがそちらの方を向くと優男は人懐っこい笑みを浮かべる。

 

「はははっ、君はこんなところでなにをしているんだい?」

 

「ああ、知り合いが"世界の果て"を見たいと言って」

 

 どうしてだろうか。こいつは警戒しなければならないと本能が告げている。

 

「ふーん、その知り合いは?」

 

「あちらの方で大蛇と遊んでいるさ」

 

 興味なさげに目の前の優男は頷く。

 

「で、おれを呼び止めて何の用だ?」

 

「ちょっとゲームをしないかと思ってね。キリトくん」

 

「へー、どうして俺の名前を知っている?」

 

「さあね」

 

 目の前の優男はヘラヘラと笑った。まるで真意は見せないと言わんばかりに。

 

「で、受けるの?受けないの?」

 

「ああ、受けてやるさ」

 

 おまえが俺の名前を知っている理由も聞かないといけないしな。その言葉は胸の中にとどめておく。

 そう言ったすぐ後に目の前に何かが現れた。

 

 

 

 

────それは白い羊皮紙

 

 

 

 

────ではなく、黒い羊皮紙

 

 

 

 

────でもなく、静電気が起きてホログラムのプレートが現れた

 

 

 

 

「キリトくん。健闘を祈る」

 

 

『ギフトゲーム名 “虚実の守護者と電子の牢獄”

 

プレイヤー一覧

・キリト

 

ゲームマスター

・クリスハイト

 

 

クリア条件

・電子の牢獄からの脱出

敗北条件

・プレイヤー全員の失格

・プレイヤー側の降参

・プレイヤー側が勝利条件を満たせなくなった場合

 

ルール

・電子の牢獄の主である◾︎◾︎スク◾︎◾︎の打倒。

・プレイヤー以外が途中参加することを認めるものとする

・今回は特例につき100階────紅玉宮からのスタートとする

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと信念とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

“アインクラッド”印』

 

 

 キリトは知る由もなかったが、ここは箱庭の外。ギフトゲームなんて開催できるはずがなかった。

 この状況がいかに異常か、黒ウサギがいれば判別できるだろう。

 

──クリスハイトにアインクラッド……聞いたことのない名前だな

 

 そうキリトは思案する。

 そう思った瞬間、視界が虹彩に包まれた。

 

────リンク・スタート

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

「十六夜さん、見てください! こんなに大きな水樹の苗をもらいました!これでもうコミュニティは水に困ることがありませんよ!」

 

 十六夜に追いついた黒ウサギは、横たわった大蛇──水神がくれた水樹の苗におおはしゃぎしていた。

 一方、十六夜は神妙な顔つきをしている。

 

「なあ、黒ウサギ。おまえってここに来るまでにキリトの奴にあったか?」

 

「えっ、あの。一緒ではないのですか?」

 

「いや、俺とさっきの奴が戦ってる間にどっか行った」

 

「どこに行ったのでしょうか」

 

「とりあえず探そうぜ」

 

「大丈夫。それには及びませんよ」

 

 そう言って森の中から一人の優男が出てくる。

 

「なんだ。おまえがキリトの居場所を知っているのか?」

 

「あー、キリトくんね。彼ならあっちの方でゲームをしているよ」

 

「なっ、ゲーム!?ここは箱庭の外。ギフトゲームなんてできないはずですよ!?」

 

「まじかよ。で、そこの優男よ。ゲームというならルールはどれだ」

 

「ほらっ、これだよ」

 

 そう言ってホログラムの"契約書類"を前に差し出す。その内容を十六夜が確認した後、ニヤリと獰猛に笑った。

 

「これで確定だ。やっぱりそうだったのか」

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 それはそのまた数十分前。

 

「それで、貴方が代わりにエスコートして下さるのかしら?」

 

「あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルと申します。齢十一になったばかりの若輩ですが、よろしくお願いします」

 

「久遠飛鳥よ。そこの猫を抱えているのが」

 

「春日部耀」

 

 礼儀ただしくお辞儀をするジンくんにそう言って二人は礼をする。

 

 門に入って石造りの通路を渡ると、ぱっと頭上に日光が降り注ぐ。

 遠くに(そび)える巨大な建造物と空を覆う天幕。

 外から見た際には都市の天幕は透明ではなかったはずだ。いまは、都市の空には青空と太陽が広がっている。

 

「箱庭を覆う天幕は中に入ると不可視になるんですよ。もともと日光を直接浴びれない種族の為に作られましたから」

 

「それはなんとも気になる話ね。この都市には吸血鬼でも住んでるのかしら」

 

「はい、いますよ」

 

「……。そう」

 

「さあ、立ち話もあれですからこちらへどうぞ」

 

 そう言って六本傷の看板が掲げられたオープンテラスカフェへと入る。

 もちろんのことながら春日部もその決定に不満があるはずがない。三人と一匹は先導する飛鳥に続きカフェのオープンテラスの一席に赴くと各々(おのおの)腰を下ろした。

 するとそれを店の奥から見ていた猫耳少女のウェイトレスがこちらに向かってくる。

 

「いらっしゃいませー。御注文はどうしますか?」

 

「えーと。紅茶を二つと緑茶を一つ。あと軽食にコレとソレと」

 

『ネコマンマを!』

 

「はいはーい。ティーセット三つにネコマンマですね。ご注文は以上でよろしいですか?」

 

「はい。うん……?」

 

 違和感に気がついた二人が首をかしげる。その疑問に答えるかのように春日部が店員に話しかけた。

 

「三毛猫の言葉、分かるの?」

 

「そりゃ分かりますよー。私は見ての通り猫族ですから。お歳のわりに随分と綺麗な毛並みをした旦那さんですね。ちょっぴりサービスもさせてもらいますよー」

 

『ねーちゃんも可愛い猫耳に鉤尻尾やな。今度機会があったら甘噛みしに行くわ』

 

「やだもーお客さんったらお上手なんだから」

 

 猫耳娘は長い鉤尻尾をフリフリと揺らしながら店内へと戻って行った。

 その光景を見た春日部は少し嬉しそうに三毛猫を撫でながら話す。

 

「………箱庭ってスゴイね、三毛猫。私以外にも三毛猫の言葉が分かる人がいたよ」

 

『来てよかったなお嬢』

 

「ちょ、ちょっと待って! 貴女、もしかして猫と会話ができるの?」

 

「もしかして……動物との意思疎通が可能なんですか?」

 

「うん。生きているなら誰とでも話せる」

 

「それは……じゃあ、そこに飛び交う野鳥とも会話が?」

 

「うん。きっと出来………るかな? ちょっと後者は試したことがないから分からないけど……ええと、鳥で話したことがあるのは雀や鷺やホトトギスくらいだけど……ペンギンもイケたからきっと大丈……」

 

「「ペンギン!?」」

 

「う、うん。水族館で知り合ったの。他にもイルカ達とも友達」

 

 まだ水族館がない時代から来た久遠と水族館なんて存在しないジンは二人揃って驚いていた。

 元いた時代に水族館があった春日部は不思議そうに首を傾げている。

 

「しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。

 この箱庭において種族間の言語の壁というのはとても大きいですから」

 

「そうなんだ」

 

「はい。猫族やウサギのような神仏の眷属として言語中枢を与えられていたり、神レベルのものなら意思疎通は可能ですけど……。

 幻獣達はそれそのものが独立した種の一つです。同一種か、相応のギフトがなければ意思疎通は困難なんです。

 箱庭の創始者の眷属に当たる黒ウサギでも、全ての種族とギフト無しで会話するのは不可能ですし」

 

「………春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」

 

 ジンに褒められてまんざらでもない様子で(うつむ)く春日部。それと対比するように、久遠は陰鬱な表情で俯く。

 

「久遠さんは……」

 

「ああ、飛鳥でいいわよ。代わりにこちらも耀と呼ばせてもらうわね」

 

「う、うん。飛鳥はどんな力を持っているの?」

 

「私? 私の力は……まあ、酷いものよ。だって──」

 

 

「おんやぁ? 誰かと思えば東区部の最底辺コミュ"名無しの権兵衛"のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないのですか?」

 

 そう言って飛鳥の声を男が遮った。




ふぅ、まだ原作通り。

キリトはそろそろ少しフラグを回収するかな?
ただ今ちょっとフラグ回収に難航していまして……。
あとはこの話数だとまだ短編でまかり通るのか……。


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どうやらことが穏便に済んだそうですよ!

遅くなりました。
少し路線変更をしていまして……

シリアス成分は薄めで行くかもしれません。


 

 

 

 

 

────まずは、速攻!

 

 目の前の相手が誰かも確認することなしにキリトは突進する。もとよりゲーム内容からして立っている相手など分かりきったものだった。

 

「やれやれ、いきなり突撃とは。

 キリトくんも随分性格が変わったそうだね。それとも何か焦っているのか?」

 

 冷徹な目でキリトに視線を合わせた目の前の騎士は即座に盾で二刀を弾く。

 弾かれた瞬間、キリトは即座に空中で一回転し地上へと降り立った。

 

────おかしい、あの盾捌き。どこかで見たような

 

 

ザザッザザザザッッ

 

 

 頭に耐え難い痛みがはしる。このような経験は何百年もアンダーワールドにいた生活のなかでこのような経験は一度もなかった。それは一層キリトを困惑させる。

 目の前の騎士が剣を構え直したのを見てキリトもその思考を中断した。

 

「頭が痛むのか?いや、そうではないだろうか。

 ……ふむ。なるほど、そういうことなのか」

 

 敵に心配されるという世にも珍しい経験を成し遂げたキリトは剣を構え直す。

 

「そんなことはどうでもいい。俺はあんたの敵。それでいいだろう」

 

 刹那、凄まじい殺気が溢れ出す。相手の騎士はそれをこともなさげに受け流しながら自然体を保っている。

 静まり返る戦場。何も聞こえず、誰も話さない。ふとしたことで戦端が開かれそうな緊張した時間。

 

 

   ザザザザッザザ────ッ

 

 

「ああ、私たちは常にそうだったな」

 

 その言葉を皮切りにして両者が動き出す。

 激突した二者は弾かれるようにして互いに距離を置く。そして、また動き出す。キリトは後ろから回り込むように一瞬で騎士の視界から消え失せる。だが、目の前の騎士は背後から迫り来る凶刃を見ることもせずに受け流した。

 

「忘れているのかい、キリトくん。私は天才なのだよ」

 

 それはキリトの行動を予測したということだろうか。いや、事実そうなのだろう。目の前の騎士は理由もなしに嘘をつくような性格をしていない。

 舌打ちする。自分の行動を読まれているのならさらにその裏を突くまで。

 

 キリトは体を鞭のようにしならせて一撃を放つ。秘奥義は使わない。それは目の前の騎士が設計したものなのだから。

 だが、その一撃も彼ほどの達人とまでなると音速を超えた超高速の一撃となる。

 

 刃が交錯し、閃光がほとばしる。

 それは基本に忠実ながら、芸術のような美しさも兼ね備えていた。

 再び、打ち合いが再開される。

 

 打ち、切る、叩く。

 接近し、距離を取り、宙を舞う。

 その金属音はまるで管楽器の音のような壮麗な音色が響き渡る。

 

 

 迎え撃つは鎧をまとった騎士。その佇まいは神に仕える聖騎士と行っても通じるであろう。堅実かつ強固な意志を感じる。

 

 しかし、忘れてはならない。

 ここは彼の城。彼の世界。

 ならばこの拮抗を崩すのも彼だということを。

 

「神聖剣よ」

 

 それは詠唱とも呼べない、独り言のようなつぶやき。だが、それによって引き起こされた現象は現実の物理法則を超えるものだった。

 地面を光の斬撃が()ってくる。その姿はまるで蛇のよう。

 

部分的武装強化術(レムナント・アーマメント) ────ッ!」

 

 それはほとんど条件反射のようなものだった。

 即座に夜空の剣の部分的武装強化術(レムナント・アーマメント)を起動させそれらを飲み込む。そうやって彼の一撃を相殺した。

 また、少しばかり距離を取る。

 

 結論から言うとキリトが押され始めていた。攻めのキリト、守りの騎士。その均衡は目の前の騎士が反撃の手段を持っていたことで崩された。

 攻撃は最大の防御というが、その逆もまたありうるのかもしれない。

 攻めの剣を繰り出せば、盾によって弾かれ、そこからカウンターを繰り出すように一撃を繰り出す。そのカウンターをもう片手にある剣で弾き、宙で一回転するともう一度元の位置にへと戻った。

 

「キリトくん。少し話をしないかい?」

 

「断る」

 

 

    ザザザザッッザザザザ────ッ!

 

 

 そう言ってキリトは再度突撃する。

 

「いつだって君はそうやって一人で戦いに行くから負ける。アインクラッドのことを忘れたのか」

 

「だからそのアインクラッドなんていうものを知らないんだよ」

 

 剣をクロスに構えて盾の一点を集中的に攻撃する。壊すことはもとより頭にない。

 予想通りに体勢を崩した目の前の騎士に一撃を入れようと死角から剣をなぎ払う。

 

「そうやって君は自ずから孤独の道を突き進む。その先には光がないことを知りながら」

 

 渾身の一撃は騎士によって阻まれた。その衝撃を上にへと受け流し、バク転をしながら一度距離を取る。

 

「キリトくんはあの仮想世界へと帰りたがっているようだが、この世界に来たその時点で君の席は無くなった」

 

 思考が一瞬空白に染まる。

 

「オーシャンタートルにて比嘉タケルは君のコピーを試みた。その際彼が操作を誤ったのであろう、君のコピーは二つ存在していた。だが、比嘉タケルも優秀であった。データ容量から異常を検知した彼は即座にその人格を消去した。

 ところでその先を話す前に、君にひとつ問いたいことがある。君は意識が消滅した後、どこに行くと思う?」

 

「さあね、俺が知るかよ」

 

「私はそれの観測に成功したんだ。それはね、キリトくん────」

 

 興奮したように目の前の騎士は語る。それは彼の格好も相まってひどく現実味の薄いものであった。

 だが、運が悪かったようだ。その瞬間に────

 

「オラァ!俺も混ぜろ!」

 

 ────来訪者が現れたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームがクリアされました』

 

 十六夜が参戦してからは一方的な戦闘を繰り広げた。

 参戦する前とは打って変わるように騎士は無言へ、無機質へとなりその戦闘力を大幅に減少していたのも勝因の一つかもしれない。

 

 その一言とともにキリト、十六夜の二名は湖にへと投げ出された。バッシャーンと大きな水柱がたつ。

 湖から出てきた二人を待ち構えていたのは黒ウサギではなく、うん臭い笑みを浮かべたクリスハイトだった。

 

「Congratulation! キリトくん。これは勝者へ送るプレゼントだよ」

 

 そう言ってクリスハイトは何やら光る光球のようなものをキリトの方へと飛ばす。

 

「私たちはここに来るために随分と無茶をしたからね。()()()間のお別れだ。では、最後の冒険を楽しみたまえ」

 

 そう言って目の前のクリスハイト──改め菊岡が消滅する。

 

「ハハッ、ハハハハ!」

 

 笑った。盛大に笑った。

 これが笑わずに入られるだろうか。

 仮想世界の守護者足らんと願った王はその座を追われ、それならば現実世界へと願うことすらも許されない。

 孤独なる剣士は孤独なる王へとなった。

 

「ああ、何か言いたげな眼差しだな。安心しろ十六夜、黒ウサギに聞きたいことを聞いた後にでも教えてやるさ」

 

 そう言って黒ウサギに二人は鋭い目線を向けた。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

「────以上がコミュニティの現状です……」

 

 黒ウサギから語られた内容は以下のようなものらしい。

 

 彼らの所属するコミュニティは以前は東区画最大のコミュニティであった。

 だが、三年前に突如として現れた箱庭に蔓延(はびこ)る天災────魔王に突如挑まれたギフトゲームによって一夜にしてコミュニティは壊滅させられた。

 コミュニティの旗も仲間も奪われた彼らは今や"ノーネーム"として蔑称(べっしょう)されるようになった。

 

 今やギフトゲームに参加できるのは122人中、黒ウサギとリーダーの二人だけ。

 あとは10歳以下の子供たちというまさに逆境というほかない状況であった。

 

 

 黒ウサギはすがるような眼差しを二人に向ける。もはや彼らが入らなければコミュニティの存続など到底ありえないことになるとどこかで確信しているからだろう。

 彼ら二人は────

 

 まさにその同時刻、久遠たちもも同じ内容を聞いていた。

 突然会話に割り込んで来た獣人の男がその説明をする。そして、彼は久遠たちに自分たちのコミュニティに入らないかと勧誘する。そして、彼女たちは────

 

 

 

「いいなそれ、協力してやるよ」

 

「ああ、いいぞ。もはや元の世界に帰る意味もない。全力で君たちのサポートをするさ」

 

「ジンくんたちのコミュニティで間に合っているからあなたのお誘いはお断りするわ」

 

「私は……やめておく。箱庭には友達を作りに来ただけだったから」

 

 奇しくも四人の返答が同時刻に一致した。

 

 

 

 これから始まるのは悲劇ではない。

 これから始まるのはこれ以上のない喜劇だ。

 役者は十分。

 故に、最高の劇であることを私が保証するよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはその後のある何気ない会話

 

「あら、なら私が春日部さんの友達第1号に立候補してもいいかしら

 ……私たちって正反対だけど、どこかうまくやっていけそうな気がするのよ」

 

 恥じらいながら問う久遠に対して春日部は少しだけ逡巡(しゅんじゅん)した後、コクリと頷いた。

 

「……うん。私のことは耀でいいよ。私も飛鳥って呼ぶから。飛鳥は私の知る女の子とちょっと違うから大丈夫かも」

 

『よかったなお嬢……お嬢に友達が出来てワシも嬉しいわ』

 

「ちょっと大袈裟だよ三毛猫」

 

「そう、ところでねあなたの能力についてもっと聞きたいのだけれども────」

 

 先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこにいったのか会話を弾ませる女性陣たち。その会話は初々しさを感じられ、思わずほっこりとさせるものであった。

 ほっとかれていて悲しそうなジンの哀愁を誘うその背中は見なかったことにしてあげたい。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

「なあ、キリト。お前が強いのはよくわかった。そこでだ、ひとつ勝負しないか?」

 

「ああ、十六夜のその謎の力も気になっていたんだ。ひとつデュエルをしようか」

 

 パチパチと二人の間で紫電が飛び交う。

 もともと問題児気質のあったキリトは十六夜ととても気があうみたいだった。

 

「そうだな、判定は初撃決着でどうだ。一撃強いのを決めた方が勝ちってので」

 

 キリトがその手から静電気をほとばしらせ、あのホログラムのプレートを出そうとして────

 

「いい加減にしてください!どうして仲間同士で戦おうとするのですか!」

 

 半泣きの黒ウサギが全力のグーパンチを二人に放った。

 もちろん、何もせずにそのまま受ける二人ではない。キリトは華麗にかわし、十六夜は持ち前の超スピードで逃げることに成功した。

 黒ウサギがさらに半泣きになる。

 

 ごめんごめんとキリトが今までの剣呑な雰囲気を霧散させ黒ウサギをなだめに行く。その光景を十六夜は楽しそうに見ていた。

 

 

 彼らはどうも平和らしかった。



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頓て動かぬ秒針の針
起・白夜叉との面会だそうですよ?


かなり遅くなりました。
設定の整理とプラグについての確認をしていました。
プラグ?なにそれと思う人がいるかもしれません。けど、これを語るには創世叙事詩を語るレベルの内容が……。

では、どうぞ!


 

 

 

 

 

 

 夕方、噴水広場前にて。三人は仲良く並べて怒られていた。黒ウサギは彼らに耳を逆立てて怒っている。

 

「な、なんであの短時間で”フォレス・ガロ”のリーダーと接触して喧嘩を売る状況になったのですか!?」

「しかもゲームの日取りは明日!?」

「それも敵のテリトリーで戦うなんて!」「準備の時間もお金もありません!」

「聞いてるのですか三人とも!」

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省してる」」」

 

「お黙り!!!」

 

 そうやって声を揃える三人組。というかいつのまにかこれほど仲良くなったのだろうか。

 

「まあまあ、黒ウサギ。彼らも見境なく喧嘩を売りに行ったわけじゃないんだし許してやりなよ」

 

「そうだぜ黒ウサギ。別にいいじゃねえか」

 

「い、十六夜さん、もしかしたらキリトさんは、もしかしたら楽しければいいと思っていられるかもしれませんが、このゲームで得られるのは自己満足だけなんですよ?」

 

 それは確かにいう通りだ、俺たちのいない間にガルドというやつについての話によると、罪なき子供達などを殺していたそうだ。

 それは確かに許させることではないが、このゲームで勝った場合でもそれらを全て白日のもとに晒すだけ。対してこちら側は今後一切、彼らの罪を黙認するというものだ。これだけでも不公平極まりないのがわかるだろう。

 

「時間さえかければ、必ず彼らの罪は暴かれます。だって肝心の人質は、そ、その……」

 

「ええ。もうこの世にはいないわ。その点を責めたてれば必ず立証できる。だけど、あの外道を裁くのに時間をかけられないの」

 

 そう、そこが問題なのだ。おそらく時間をかけすぎるとガルドはこの都市から逃げるだろう。それなら箱庭の法で裁けなくなる。

 そして、あまり考えたくないが────今後も同じ罪を犯し続けるだろう。

 

「ここでガルドを逃してしまうと、また奴の犠牲になる人間が出る。それに報復として”ノーネーム”のメンバーに危害を加えるかもしれない。……いまここで、確実に叩いておいた方がいい」

 

「僕も賛成です。彼の様な悪人を野放しにしちゃいけない」

 

 確かにジンのいう通りだ。

 だが────

 

「ひとつジンに聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

 そう言って彼に声をかける。

 

「それは、リーダーとしての君の選択か?」

 

 その一言は簡潔で、先ほどまでの彼の口調となんら変わりがない。だが、その目は鋭い鋭利な刃物のようであった。

 ジンは言葉に詰まる。

 

「答えろよ、ジン。

 ────答えられないなら、人の上になんて立つな」

 

「────ッ!」

 

 ジンが手を痛いほど握って怒りをあらわにする。だが、どうして彼がここまで冷たくなったのかわからないジンには何も答えられない。

 

「どうしてこのようなことを言われているのか。それがわからないのだろう?」

 

 その目線は王者の目。人を裁定し、見定める神のごとき目線。

 唐突な彼の変貌に飛鳥も耀も、誰も反応できない。はじめに動くことができた十六夜がキリトの肩に手をかける。

 

「そこらへんにしてやれよ、キリト」

 

「ああ、そうだな」

 

 そう言ってキリトは一度目を閉じると普段のひょうひょうとした目に戻っていた。

 ほっと胸をなでおろす。何か自分が必死で目を逸らそうとしていたことを指摘されたような気がしたから。

 

「けどな、キリトの言い分もわからないことじゃないぜ。例えばだが、もしこのゲームでガルドが子どもたちを人質にでもとったらどうするつもりだったんだ?」

 

 沈黙。

 その口は何も語らない。ただ、拳を握っているだけ。

 

「ほら、何も答えられないだろう。お前のそういうところをキリトは"甘い"と指摘したんだ」

 

 そう言って十六夜もジンに厳しい目線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、キリトだったかしら。あなたも前の世界では人の上に立つような立場にあったの?」

 

「ああ、そうだが。久遠もそうなのか」

 

「飛鳥でいいわよ」

 

「なら、飛鳥。ええ、私もそうだったわ」

 

「へえ、俺の場合────」

 

 そうやって何気もない話をして商店にへと続くプリベッド通りを歩く。石で舗装され、脇を埋める街路樹は美しい桃色の花が咲いている。

 

「桜……はないよね。真夏に桜が咲くわけがないもの」

 

 その花を見ながら飛鳥はこうやって呟く。

 

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。まだ気合いの入った桜が残っていてもおかしくはねえだろう」

 

「…………?今は秋のはずだけれど」

 

「俺は長い間寝ていたから季節は覚えていないな」

 

 三者がそれぞれ異なる反応を返す。約一名、おかしな返事をしたものがいたが誰も突っ込まなかった。

 いや、十六夜だけが熱烈なラブコールを向けている。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化など様々な相違点があるはずですよ」

 

「へぇ? パラレルワールドってやつか?」

 

「正しくは立体交差並行世界論というのですが……説明が長くなるのでまた今度に」

 

 そうこう言って話しているうちに目的地に着いたみたいだ。黒ウサギが足を止める。

 五人が視線を向けた先には青い布地に互いが向かい合う女神像が記された看板があった。おそらくここが"サウザンドアイズ"だろう。

 店じまいをしているのか、割烹着姿の女性が看板を下げようとしていた。

 

「まっ」

 

「待ったは無しですお客様。当店は時間外営業をしておりません」

 

 流石は大手コミュニティ。このような押し入りの客の対応にも慣れているのだろう。手早い対応だった。

 

 

「なんて商売っ気のない店なのかしら」

 

「ま、全くです! 閉店時間の五分前に締め出すなんて!」

 

「文句があるなら余所へどうぞ。これ以上騒ぐなら出禁にしますのでご自由に」

 

「出禁!? これだけで出禁とかお客様を舐め過ぎでございますよ!?」

 

 キシャーッ!と気炎をあげる黒ウサギをどうにかしてなだめながら店員さんの方を向く。

 ゲームの日程は明日。ならばできれば今日のうちに済ませてしまいたいのだ。

 

「俺達はギフトの鑑定をお願いしに来たんだ。どうにかして融通してもらえないか?」

 

「ふむ。”箱庭の貴族”であるウサギを連れているなら、さぞかし名のあるコミュニティなのでしょう。宜しければ、コミュニティの名を伺いたいのですか?」

 

「俺達は”ノーネーム”ってコミュニティだが」

 

「ほほぅ? ではどこの”ノーネーム”様でしょうか? よろしければ旗印をご確認させて下さい」

 

 なるほど、こういうところで"ノーネーム"はリスクを被るらしい。黒ウサギはウッと悔しそうな顔をし、十六夜はそんな店員の対応を興味深そうに見ている。

 "ノーネーム(どこかのだれか)"などという信用のないコミュニティは総じて相手をされないらしい。

 

「そ、その、あの……私達に、旗印はありまs」

 

「いぃぃぃやっほおおぅぅ! 久しぶりだ黒ウサギィィィィ!」

 

 悔しげに、どうにか声を絞り出そうとする黒ウサギに店の中から何か白い物体が飛びついた。

 いや、あれはジャンピングヘッドボディーブローであるだろう。その運動エネルギーはそのまま黒ウサギと白い物体を浮かせるのに消費され、そのまま街道の水路へと向かっていった。

 

「おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか? なら俺も別バージョンで是非」

 

「ありません」

 

「なんなら有料でも」

 

「やりません」

 

 真剣に問いかける十六夜と、真剣に断る女性店員。水路では黒ウサギの豊満な胸に顔を押し付ける和装ロリ。

 さて、どうやって収集をつけるのか……

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

「あらためて自己紹介をしようかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えておる”サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。以後見知りおいてくれ」

 

 どうにかあの事態を収束させた後、俺たちは目の前の和装ロリ──白夜叉の私室に通された。あの店員の恨みのこもった顔は忘れれそうにない。

 白夜叉の言葉に聞きなれない単語があったのだろうか、耀が首を傾げて問いかける。

 

「外門って、何?」

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強力な力を持つ者達が住んでいるのです。因みに私達のコミュニティは一番外側の七桁の外門ですね」

 

 なるほどとみんなが頷く。もしもこの箱庭が玉ねぎの皮、あるいはバームクーヘンならばここはその一番端──いわゆる皮の部分にいる。

 

「また、私がいる四桁以上が上層と呼ばれる階層だ。その水樹を持っていた白蛇の神格も私が与えた恩恵なのだぞ」

 

 そう言って、黒ウサギの隣に置かれた水樹の苗を指差した。

 

「へぇ? じゃあお前はあの蛇より強いのか?」

 

「ふふん、当然だ。私は東側の”階級支配者”だぞ。この東側で並ぶ者がいない、最強の主催者ホストだからの」

 

 ああ、そんなにこの問題児を刺激するような言葉をやすやすと吐くべきじゃないだろうに。

 現にほら、問題児筆頭の三人組がいっせいに立ち上がった。

 

「へえ。最強の主催者ホストか。そりゃ景気の良い話だ」

 

「ここで貴女のゲームをクリアできれば、私達は東側で最強のコミュニティとなるのかしら?」

 

「うん。これを逃す手はない」

 

「ちょ、ちょっと御三人様!?」

 

 慌てる黒ウサギを傍目に三人は剥き出しの闘志をあらわにする。確かに、荒廃したコミュニティの最高にはこれ以上ない話だろう。だが──

 

「あら?キリトくんは挑まないのかしら?」

 

「やめといたほうがいい。白夜叉という名、その佇まい。俺たちに敵う相手だとは思わない」

 

「…………私たちには勝てないってこと?」

 

「いや、勝つ勝たないの話じゃない。俺はパスでお願いする」

 

 二人の問いにそう答えて目の前の白銀の彼女を視る。先ほどまでの相手とは比べ物にならない、圧倒的な雰囲気をその奥底に感じる。

 ()()()()俺だと勝てない。そう確信を得る。()()()()()()から得た情報だと彼女の名前、また箱庭の聞かされたその特性からおそらくこれでも弱体化されているのだろう。

 

「ほう、そこの()()()()()()おんしには私が何者か視えておるようだの。結構、結構」

 

「混ざっている? なんのことですか?」

 

 白夜叉はくつくつと笑い、黒ウサギは小首を傾げ、俺は苦虫を潰したような顔をする。

 バレているか。さすがに似たような成ちなので、何かを感じるところがあったのかもしれない。さすが、古くから信仰されてきた概念を統べるものだと尊敬の念を抱く。

 

「ふむ、今ひとつ問おうかの。恩師らが望むのは──」

 

 白夜叉は懐から"サウザンドアイズ"の紋章を取り出し──

 

「挑戦か、それとも決闘か」

 

──刹那、視界が意味をなくした。




どうでしたか?

正直に言いますと、本当はここまで続ける気がなかったのです。
予想以上のお気に入り登録でやってみようかなーという気になりました。そろそろ終盤ですが、もう少しお付き合いください。


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承・白夜叉からの贈り物だそうですよ?

ちょっと文章、および内容が安定していません。
あとで書き直すかもしれないです。


 

 

 

 

 

 

 視界は反転しては虹彩に包まれ、一瞬のうちにさまざまな世界を旅する。それは砂漠の中にあるオアシス、それは小高い丘に刺さる一本の槍、それは風そよぐ緑の稲穂。

 記憶にない世界、だが何かを訴えてくるような世界を次々と旅をしていく。ようやく視界が安定したかと思い、意識を覚醒させるとそこは白い雪原と凍る湖畔──そして、水平に廻る太陽が存在する大地だった。

 

「──なっ…………!?」

 

 あまりの出来事に問題児三人組は息を飲む。

 

 

──ザザッッ

 

 

 それは一つの世界。それを一瞬で出現させたのだから無理はない。

 それは、まさに神の所業。

 

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。

 私は”白き夜の魔王”──太陽と白夜の星霊・白夜叉。

 おんしらが望むのは、試練への”挑戦”か? 

 それとも対等な”結闘”か?」

 

 重苦しい沈黙が十六夜たちの中で立ち込める。どうせ足掻いても勝ち目がないことは彼らにも十分わかっている。

 だが、このまま引き下がるのは彼らのプライドが許さなかった。しばらくして、十六夜が観念したように手をあげる。

 

「参った、降参だ。今回は大人しく試されてやるよ、魔王様」

 

 それは、自信家の十六夜にとっての最大限の譲歩であったのだろう。

 

「くっ、くく……っ!して、残りの童達も同じか」

 

「……ええ。私も、試されてあげてるわ」

 

「右に同じ」

 

 苦虫を噛み潰したようにしかめっ面を晒す二人。それとは対照的に俺は()()()()()()だけだった。

 まあ、俺もこの場では本気で戦っても傷一つつけれるかすら怪しい。自分の()()()ならまだしも、存在証明が怪しくなっているここでは論外だろう。

 

 

──ザザーーザザッッ

 

 

 ヒヤヒヤしながら一連の流れを見守っていた黒ウサギはほっと胸をなでおろし、弾かれたように問題児たちにつめよる。

 

「も、もうお互いにもう少し相手を選んでください!! 階層支配者に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う階層支配者なんて、冗談にしても程があります!!

 それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!!」

 

「何? じゃあ元魔王ってことか?」

 

「はてさて、どうだったかな?」

 

 そうやってカラカラと笑う白夜叉。太陽をあらわす白夜に夜と水を司る夜叉という相反する概念を保持していながらこの強さとは侮れない。

 

 

──ザザザザーーーーッッ

 

危険域ーー突入

 

 

 はるか向こうの山脈から甲高い声が聞こえる。それに真っ先に反応したのは耀であった。

 

「今の鳴き声……初めて聞いた」

「ふむ……あやつか。おんしらを試すには打って付けかもしれんの」

 

 湖畔の向こう側の山脈にちょいちょいと手招きする白夜叉。

 体長5メートルはあろうかという巨大な獣が翼を広げて空を滑空し、風の如く自分たちの目の前にあらわれた。その威容、その威厳、それは──

 

「グリフォン…………うそ、本物?!」

 

「ふふん、如何にも」

 

 胸を張って威張る白夜叉の格好が何故かとても目に入った。

 

「あやつこそ鳥の王にして獣の王。

 "力" "勇気" "知恵"の全てを備えたギフトゲームを代表する獣よ」

 

 普段はおとなしい耀が珍しく歓喜と驚愕の表情を浮かべていた。そんな彼女に誇らしげに白夜叉が言うと、彼女の持っているカードから一枚の羊皮紙があらわれた。

 

『ギフトゲーム名 "鷲獅子の手綱"

 

プレイヤー一覧

・逆廻十六夜

・久遠飛鳥

・春日部耀

・キリト

 

クリア条件

・グリフォンの背に乗り、湖畔を舞う。

クリア方法

・"力" "知恵" "勇気"いずれかでグリフォンに認められる。 

敗北条件

・プレイヤーの降参

・プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合

 

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗と主催者(ホスト)の名の下、ギフトゲームを開催します。

“サウザンドアイズ”印』

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

「いやはや、大したものだ。このゲームは文句なしにおんしの勝利だの」

 

 あのあと、グリフォンの背中に乗って山脈を越えて戻ってこれるかというゲームを開催し、見事に耀は勝利した。

 それは、言うだけなら簡単かもしれないがそうではない。体感温度はマイナスを下回る。本来、耀のような身格好では耐えられるはずもない温度。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類のものだろ?」

 

「違う。これは友達になった証」

 

 十六夜のその言葉が全てを表している。

 

 

──ザザーーッッ、ザザーーザザーッッ

 

存在証明ーー未確認

自我ーー不安定

 

 

「何にせよ、無事でよかったわ」

 

「ほんとです!あんなに無茶をして」

 

 飛鳥も黒ウサギも安心して脱力する。

 

「…………ところで、そのギフトは先天的なものか?」

 

 そうやって白夜叉がたずねる。

 

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげ」

 

「──木彫り?」

 

 首をかしげる白夜叉。

 そんな白夜叉に耀は首から下げていた木彫り細工のペンダントを見せた。

 

「ほう。円形の系統図か。なんとも珍しいのう」

 

「鑑定していただけますか?」

 

 黒ウサギの言葉に白夜叉は固まった。

 

「よ、よりによって鑑定か。完全に専門外なのだが……。

 そうだ、良かろう! 試練をクリアしたおんしらに少しサービスしよう。箱庭にきたばかりのおんしらには高価なものだが受け取るがよい!」

 

 そうやってみたびばかりパンパンと手拍子を鳴らす。すると、光り輝くカードが空から4枚降ってきた。

 

「これは、ギフトカード!」

 

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

 

「ち、違います! というかなんで皆さんそんなに息がピッタリなのですか!?

 顕現してるギフトを収納できる上に、各々のギフトネームが分かるといった超高価な恩恵です!!」

 

 黒ウサギにしかられている三人を傍目に俺は黒塗りのギフトカードを見る。

 

 キリト:ギフトネーム"虚構の守護者(ザ・シード)"

           "仮想世界過剰適応者(エクセス・アダプター)"

           "螺旋観測(ヌル・ノンフォーマー)"

 

 

──ザザッッ、ザザザザーーーーッッ

──ザザザザザザッッッッ、ザザーーッッッッ!!

──ざざざざざざざざざざざざざざっっ!!!!

 

危険

自己保存を開始します

フラクトライトをダウンロードします

 

 

「なっ、キリト!」

 

「ぬぅ、おんしら危険じゃ!彼から離れろ!」

 

 ばちばちと紫電がほとばしる。

 誰もがキリトのいる位置に何人もの彼がいるように錯覚する。

 

 

──それは、天才科学者であったキリト。

 

──それは、男の親友がいたキリト。

 

──それは、女性で生まれたキリト。

 

 

 彼のいるはずの場所にたくさんのキリトが存在する。それは彼でないように見えて、皆彼だ。

 誰かが観測したまぎれもないキリト。

 

 ここにいる誰も知らないことだが、元来、キリトには無限の可能性が存在していた。その人生は虹色に彩られていた。

 それはその残照。

 

「キリトさん!しっかりしてください!」

 

「…………キリトッ!」

 

「な、なによこれ!」

 

 薄暗いホログラムのプレートがそこにいる全てのものの前に映し出される。同時に、()()()の声が辺りに響き渡る。

 

『突然の来訪ですまない。少し彼の容態が急変していてね。こんな形で干渉させてもらった』

 

「ぬぅ、これでどうじゃ!」

 

 辺りを(ほむら)が駆け巡る。

 焔が灯ると同時に三人の問題児、黒ウサギ、白夜叉のあたりに何らかの半透明の障壁らしきものが張り巡らされた。

 

『ギフト、展開』

 

 刹那、あの白銀の世界からまた視界が切り替わる。そこは、ゼロとイチで構成された虚構の世界。

 そこは、真っ暗な空間で無数のエメラルド色の数字が乱舞している幻想的な世界。

 

 

 そこに、"彼"は立っていた。

 

 全身を白衣に着込んだ若い男。

 

 世界的に有名な天才量子学者であり、ゲームデザイナー。

 

 そんな"彼"は片腕をポケットに入れてこちらをと見ていた。

 

「こんにちは、箱庭の諸君。

 私の名前は茅場晶彦。しがない量子学者さ」

 

 

 

 物語は終わりへと加速する。

 

 

 

『ギフトゲーム名 "ゼロとイチの物語"

 

プレイヤー一覧

・逆廻十六夜

・久遠飛鳥

・春日部耀

・キリト

・白◼︎叉

 

ホストマスター

・茅場晶彦

 

クリア条件

・ゲームの攻略

・正しい歴史を観測する。

 

敗北条件

・プレイヤーの戦闘不能。

・プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合。

・プレイヤー全員の降参。

・プレイヤー名"キリト"の箱庭からの観測不能になった場合。

 

ルール

・プレイヤー同士の直接的、あるいは間接的な危害を禁ずる。

・一部のギフトの使用の制限、および禁止。

・プレイヤーの降参は認めるものとする。

・ゲームに参加している五人以外の途中参加はルール上正当なものを除き認めないものとする。

 

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗と主催者(ホスト)の名の下、ギフトゲームを開催します。

"アインクラッド"印』




分かりにくいかったでしょうからここで補足を。

SAOってみなさんはどのジャンルに位置付けられると思いますか?ファンタジーという回答が一番多そうです。
確かにその一面が濃いのですが、私的にはSAOは幻想科学とでもいうべきものだと思っています。ちなみに、案外理論らしきものは色々と作中でも出ていたりしてそれらを読み解いていくのも案外楽しかったり。
それらと、とある科学ADVシリーズの影響もあってこの作品が作られました。そのとある作品の影響が結構出ていてこの作品も観測者について問うことになるかと思います。
ということで、ヒントは観測者問題です。

あと忘れていたのでもう一つ。こんなのあるわけねーだろアホか!と言う意見がくると思います。というか覚悟しています。まあ、その辺は大目にみてください。
昔の妄想ということで。


追記:新しい書き方をしてみました。どうでしょうか?
   章名、変更しました。


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承2・貴方の目に写っているのは『現実』ですか?

矛盾点やおかしいところが多発する気がします。
気兼ねなくお知らせください。




 

 

 

 

 

 

 少年の話をしよう。

 

 

 願われるべくして主人公(えいゆう)になったどこにでもいる高校生の物語を。

 

 その少年は孤独だった。

 それが事故によるものによる周囲との隔絶した認識差に恐れを抱いたからであろうか。

 

 その少年の願いは初々しかった。

 誰かに寄り添ってほしい、この孤独を癒してほしい、と、そう願っていた。

 だが、現実から逃げていた(引きこもっていた)彼にはその機会はあたえられず、皆の希望を背負った(英雄になった)彼にはやはりその機会は与えられなかった。

 

 唯一無二の存在であるユージオ()は今はもうなく、助けられた人(仲間たち)からは羨望の心はあれども、対等な立場には(つい)ぞなれなかった。

 

 英雄にはなれなかった。

 

 

 彼の少年期は流星のようであった。

 流星のように唐突に現れ、誰かの願い事をその身に受け、どこかへと燃え尽きていく。無邪気な子供が流れ星にお願いごとをするように、彼も誰何(すいか)の願いを託されていた。

 

 英雄とはいつの時代、どこの物語でも幻想(ユメ)(つむ)ぐ。

 

 

──凛然なる騎士王がいた。

 

 

──傲岸不遜な正体不明(コードアンノウン)がいた。

 

 

──心根熱い偽善使い(フォックスワード)がいた。

 

 

──七万の相手に立ち向かった神の左手(ガンダールブ)がいた。

 

 

 

 誰もが何かを背負い、何かを胸に抱きながらその時代、その世界を席巻してきた。

 

 誰もが役割(ロール)を受け、あるいは打破するためにその生を賭してきた。

 

 

 

 では、キリトはどうだったのだろうか。

 

 

 

 これから先を語るには、SAO事件をもう一度振り返らないといけない。その謎を解き明かしていかないといけない。

 そもそもあの事件ははじめから全てがおかしかった。

 

 

 なぜ開発段階からそのゲームの異常性に気がつかなかった?

 

 ゲームとは一人で作り上げるものではない。会社によって、様々な人の手に触れひとつの製品が出来上がっていくのだ。

 天才である茅場晶彦でもその摂理には逆らえない。

 

 

 なぜナーヴギアの危険性を誰も指摘できなかった?

 

 一歩間違えれば人を殺しかねないその機材──いや、兵器とでも言えるもの。その危険性を指摘できる専門家は果たしてあの世界にはいなかったのだろうか。

 

 

 なぜSAO事件後も全ての重大な事件がキリトの周りで起こる?

 

 それは、菊岡がキリトに依頼したからだ。しかし、冷静になって考えてみてほしい。ほかの大人たちを差し置いてキリトに依頼するメリットはなんだろうか。

 また、アリシゼーション計画にも関わることになった原因は()()()()警察の目から逃れれたSAO時代の因縁の相手の一人によるとある殺人未遂事件である。

 

 

 もし、仮にキリトがいなければこの世界はどうなっていた?

 

 アスナは洗脳され、ALOでのとある科学者の成果はアメリカに渡るであろう。アリシゼーション計画ではフラクトライトの一部、あるいはその全てがUSAに渡り、軍事産業のさらなる進行がもたらされたであろう。

 一歩間違えれば世界第三次大戦が起こりかねないかもしれない。

 

 

 

 では、これらの出来事を少し別の視点から眺めてみよう。

 

 即ち──これらが全て予定調和であったということだ。

 

 

 キリトの周りで事件が起こったのはそれが英雄キリトの誕生に不可欠だったから。

 キリトがβテストに当選し、SAO事件が起こり、キリトが数々の受難を跳ね除け栄光を手にしたのはそれらが全て設定された事実だったから。

 キリトがいるのがこの世界での必要な条件だから。

 

 

 賢しいものだと鼻で笑うだろう。

 

 愚かなものでも正気を疑うだろう。

 

 天才はその真意を吟味するだろう。

 

 

 だが、結論はひとつだろう。

 その結論は"ありえない"の一言だ。

 

 もし私たちの未来が現時点で決まっていたら?もしこの世界が大きなうねりのようなもので流れていくのなら?

 そんなことを考えたことのある人は一人か二人ではないだろう。

 

 茅場晶彦は、果たしてその天才の中に分類される人物の一人であった。その知恵は神の如き領域(意思の実体化)を完成させるほどに。

 彼は異世界に憧れた。

 ゆえに、それらを完成させ一つの壮大な英雄譚(ソードアート・オンライン)というものを生み出した。

 

 科学者とは未知を解するものだ。

 

 茅場晶彦は幼少期から理解していた。この世界はまるで歯車のように廻っていると。

 人生とは結局のところ壮大なロールプレイングゲームだ。誰かが何かの役割(ロール)を背負わされ、その役割(ロール)を淡々とこなしていく。

 そのに意思などという無駄なものは含まれず、無感情にただ日にちだけが過ぎていく。

 

 しかし、茅場晶彦は幼少期から科学者として、一人の天才として片鱗を見せ始めていたのだ。

 そして、あるとき一つのことに思い至った。それすなわち──ある一つのことに収束していっているのではないかと。

 

 世界とは観測することで存在を確定させる。仮に誰かがその()()()()()させてしまった場合、その収束点に向かって未来は過ぎていくことになる。その収束点を誰かが観測しているのではないかと考察したわけだ。

 所詮、幼子が考えた妄想、あるいは狂言。しかし、彼はこのことに興味を抱いてしまった。それは、異世界を見つけるという方向(ベクトル)を確定させてしまった一つの原因であった。

 

 人は、観測されているかされていないかで行動に変化を及ぼす場合がある。

 それは、電子を見る際に光子がそれと相互作用するために電子の軌道が変化するように。極論でいうと、ストーカーがいるのかわかっているのとそうでないとで行動に差異が出るのと同じである。

 

 ()くしてSAO事件は起こり、キリトは英雄への階段を登った。それは、キリトが観測さえされなければどこかにいる桐ヶ谷和人(一般人)として生きていけたことも意味する。

 英雄になりたいわけでもなりたかったわけでもなく、ならされただけだと言うのが正確だろうか。

 

 誰も知らないことだが、彼の並行世界は箱庭と()()()()()()()()世界だ。それはもはや異世界といっても過言ではなく、平行立体交差世界論によって世界である。

 

 彼、またその世界の未来は安定していない。物語(原作)に多数の矛盾点が付きまとう。観測するタイミングによって物語に差異が出るのは当然であろう。

 また、観測者が一人だと観測しているわけではない。したがって、こうして思考している私を"あなた"が見ているかもしれない。

 

 とても俗な例えを出すと、とあるジャンルのゲームがあったとしよう。ジャンルがジャンルなだけに名称は伏せるとするが、様々なヒロインを攻略するゲームだ。

 プレイヤーはそれぞれの好みや狙いに合ったヒロインを攻略していく。そのそれぞれに観測者がつくことになる。また、誰かがそのSSでも書いて投稿すれば、その世界も観測者がつくであろう。

 

 そうして、茅場晶彦に共犯者がいる、キリトがSAO開発に貢献する、キリトに唯一無二の男友達が現実世界にいるような並行世界もできるわけである。

 並行世界によっては、キリトが女性であったりする。

 

 だが、その全ては"SAO事件"という結果へと収束していく。

 例えそこに物語の外の人物が関わったとしても変わらない。世界は精密に、残酷なほど無情にできている。

 

 

 

 

 

 

『ここまで語ったら十六夜くん。君ならわかるだろう?』

 

「ああ、嫌という程わかったぜ。要するに今のあいつは"重ね合わせ"の状態なんだな」

 

 苦々しげに、苦しそうにそう口にする。その顔には理解したが納得はできないという感情がありありと察することができる。

 

「ちょっと十六夜くん、自分だけで納得しないで私たちにもわかるように話してくれないかしら」

 

「そ、そうですよ!十六夜さん」

 

「……うん、解説求む」

 

「チッ、茅場とやら。解説するのが面倒だから俺に押し付けやがったな」

 

 電子の海、虚構の最中。

 そんな中でもこの中に動じるような優等生な精神性を持ったものは誰もいなかった。この問題児たちを見て白夜叉も呆れざるを得ない。黒ウサギだけは唯一この突然起こった現象や茅場の語った内容にあまり理解を示せず、おろおろとしているのが唯一の癒しかもしれない。

 それにしてもおかしいと白夜叉は思考する。弱体化していてもこんな下層でこのように問答無用に白夜叉たちを連れてこれるなんてありえない。

 それは、店の中にまで誰にも気付かれずに侵入したということになる。千の眼(サウザンドアイズ)の名を持つコミュニティとしてそれは()()()()()

 可能性があるとすればそれは──

 

「その前におんしよ。少し聞きたいことがある。

 ──どうやってサウザンドアイズに入った?」

 

 目を細め、静かに、だが苛烈な闘気を出しながら厳かに問う。

 その愛嬌たる容姿でありながら、威風堂々たる居住まいは微塵も揺るがない。真っ直ぐに見つめるその睥睨は王者の風格。その様はまるでお伽話(fairy tale)で語られる魔王のようである。

 

『ああ、簡単なことだ。"私"を幾人ばかりか消費したのだよ。その特性上、あまり多用はしたくはなかったのだがね』

 

 だが、その質問には存外あっさりと答えられた。こうもすぐに答えられるとは思ってもよらず誰もが言葉に詰まってしまう。

 

「そのやろうが言っていることがヒントさ。まあ、要約するとしたらまあこんなところか」

 

 シュレディンガーの猫という思考実験をご存知だろうか。放射性原子が自然崩壊すると毒ガスが発生し、中にいる猫が死ぬという仕組みの装置を考えるとする。原子の崩壊は量子力学的プロセスのため一定でなく、猫がいつ死ぬのかも一定でない。

 この状態において、猫の状態に関してはあくまで"確率"でしか表記できないことになる。また、これらは人が猫を観測するまで生きている猫と死んでいる猫のいわゆる"重ね合わせ"の状態が起こると考えられる。

 

 また、ここにエヴェレットの多世界解釈に基づくと猫が生きている世界と死んでいる世界が()()()()()()と考えられるわけだ。これによって、観測することで片方の可能性(せかい)が消滅することも明らかであろう。

 

『私の、いや()()()は絢爛たる魂の持ち主だった』

 

 ゆえに、その体に様々な可能性を内包していた。だが、世界は同じ世界に二人の人物がいるという矛盾を許さない。それらはそれぞれ世界の分岐という形でお互いに干渉し合わないはずだった。

 

 だが、ここは"箱庭"。

 

 彼らのいた世界ではない。

 したがって彼の体、および精神には幾分かの異常が付いていた。

 

『答え合わせはまた次の時にでもさせてもらおう。

 ところで、君たちには今から()()()()をしてもらいたい。なに、彼女が間に合うために少し()()させるだけさ。無理やり連れてきてなんだが、君たちはゲームを望むか、ここで降りるか。決めてもらおう』

 

「なら私は遠慮しておくかの」

 

 そうやってきっぱりと答える白夜叉。

 黒ウサギは若干驚いているものの、問題児三人組はその回答を予想していたのか毅然とした態度を保っている。

 

「これは黒ウサギたちのコミュニティの問題じゃ。ならば私がこれ以上干渉することはあまり好ましくだろう」

 

『ならば、ほかのものたちはどうする?』

 

 問われるまでもなく、三人の、いや四人の答えは決まっていた。

 

 首肯を確認すると、茅場はまた虹色の煌めきを体から発すると彼から暴力的なほどのエネルギーが発生する。

 

『さあ、ならば私の世界に招待しよう。様式美としてこう締めくくらせていただこうか。

  

これは、ゲームであっても遊びではない

 

 健闘を祈る。プレイヤーの諸君』

 




エヴェレットの多世界解釈とコペンハーゲン解釈のごっちゃ混ぜにした理論の使用。これは批判不可避。
けど少しだけ言い訳をさせてください。これって、究極観測者の存在を考慮すると案外うまいこといく気がするんです。行きますかね?なんかいいとこどりすぎてやっぱり批判不可避っぽい?というか今回の話で運命論もなんかちゃっかり入っちゃってますね。
問題児に理論を五つくらい投げ入れている時点で今さら感。


そろそろ終盤なんだが、ヒントってか答えも全て提示しちゃったので何も言えねぇ!こういう時に煽るのが普通なんだろうけど。強いて言うなら絢爛たる魂とかほぼ答えだったり。
ちなみにゲーム内容を考え直した末、一部変更としたので前話のプレイヤーとゲーム名が変更となっています。
ほぼ内容と結果はお分かりでしょうが、考察をしてくれるなら作者冥利に尽きます。


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