オークがエルフ専門風俗に行く話 (誰出茂内)
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オークがエルフ専門風俗に行く話

「タバコ、吸わないの?」彼女はそういった。

「どうして俺がタバコを吸うと思ったんだ?」

「だって最初にキスした時にタバコの味がしたから……。」

彼女、エルフの娼婦はそういうと、何処からかタバコを取り出して火を点けた。

その仕草は手慣れていた。長いこと喫煙者なのだろう。

 

「客に断らずに吸って良いのか?」

「喫煙者なら断らないでしょう?貴方も一本吸う?」

俺は掛けてあった服からタバコを取り出そうとしたが、

ソープに入る前に手持ちの最後の一本を吸ってしまったことを思い出した。

「頂くとするよ、しかし女物のタバコだな。」

「そうね。強面の貴方には似合わないわね。」

彼女は口角を上げて、からかうように俺の顔を見て言った。

「それは俺がオークだから言うのか?」

「不愉快にさせたら謝るわ。」

彼女は素直に謝ったが、俺は少しばかりそれが癪でもあった。

「そういうのをマイクロアグレッションって言うんだ」

「マイクロ……、なにそれ?」

「日常会話の中に潜んだ差別的な固定観念ってこと、皆がみんなステレオタイプに当てはまるとは限らないんだ」

俺はそう講釈してみせたが、それが如何にもオークらしくなかったのか、彼女は笑った。

 

笑えば笑うほど、俺は説教したくなるようで、そのことについて話し続けた。

「例えば、エルフだって美人で耳が長いが、性格は傲慢って人ばかりじゃないだろう?

オークだってそうさ。力持ちの馬鹿ってわけじゃないんだ。」

皆わかっちゃいない。俺は早口でまくし立てたが、最後の方には尻すぼみに小声になっていた。

 

「私だって、そういう風に言われたことあるわよ。エルフだから化粧もしなくていいって。」

「そうだろう?大したことじゃないって皆は思ってるだろうがね。

ステレオタイプってのは個人を見ちゃいない。枠に押し付けてるだけなんだ。

そういうことを自分に言われてみれば誰だって嫌なもんだ。」

熱弁を振るっている俺に対して、彼女は退屈そうに足を組み合わせてみせた。

娼婦らしい身体の線がはっきりと表れた衣装が、その仕草をいっそう蠱惑的に仕立てる。

俺は此処がディベートサークルでもなんでもないことを思い出した。少し我を忘れていたようだ。

 

彼女は灰皿をベッドに置くと、タバコの吸いさしを念入りに潰していた。

俺はタバコを吸っているのも忘れていたような有様だったので、

灰はタバコの形に沿って、今にも落ちようとしていた。

「危ないわよ。もしシーツに穴が空いたら弁償だからね。」

「お前が勧めたのにか?このソープはケチだな。」

「昔は知らないけど、最近はそうなのよ。上からの締め付けが厳しいんですって。」

「そうすると、昔からこの商売じゃないみたいな言い草だな?」

 

俺は多少なりとも彼女の身の上に興味を持ち始めていた。

抱いた女の素性を聞くのは御法度だろうが、好奇心がそれに勝った。

「そういう貴方は?若いから学生さんかしら?」

彼女は手慣れた様子で、話をそらした。やはり聞くには早すぎたらしい。

「そうだよ。学生だよ、電車で少しばかり行った所だ。今はオークだって大学に行く時代さ。」

「そうやって自分の生まれを卑下するものじゃないわ。私、オークの人好きよ。」

彼女がまじまじと見つめて言ったので、俺は面映くなった。

「照れなくてもいいわ。よく言うじゃない。エルフとオークの結婚は上手くいくって。」

「エルフとオークで足りない所を補うからって話だろ?やっぱり差別的な観方だよ、それは」

「でも本当は貴方が嫌がってないことくらい分かるわ。」

「だが、エルフとオークの恋愛なんて題材は今じゃ陳腐だよ。昔じゃあるまいし……。」

俺は無理に話題を変えようとした。彼女と会話していると、どんなにありふれた口説き文句だって特別に思えてくる。

「第一、そろそろ時間じゃないのか?延長はしないぞ、手持ちが少ないからな。」

「そんなつもりじゃないわよ。じゃあ服を着せてあげるわね。」

 

彼女が俺に服を着せるのに身を任せながら、場所に似合わず、

俺は少し真面目にエルフとオークについて考えていた。

エルフとオーク。あるいは美女と野獣。

それはエロ本のネタにもなれば、荘厳な悲恋劇にもなりうるものだ。

しかし、何故だ?オークがエルフに恋をすること自体がステレオタイプで、

しかもこの状況もその一種に過ぎないのではないか?

そもそも、エルフ専門店なんてものが存在するのも、この固定観念の賜物だろう。

俺はマイクロアグレッションと言った。

だが、もし俺に固定観念が無ければ、彼女は此処に居ただろうか?

俺は別の女を抱いたか?オークがエルフを抱くという行為自体に興奮したんじゃないのか?

つまりは自分自身を蔑視しているからこその興奮じゃないか。

固定観念がそれ自体を相互に補強しあって、そうして俺は彼女を抱く。

この関係も単にそれだけなのだろうか……。

この考え、それは疑念といっていいものだったから、この時以来、俺はふと考えることになった。

上の空になって考えていると、彼女はもう上から下まで俺に服を着せ終えていた。

 

俺は疑念を抱きつつも、部屋から出ようとした。

彼女は突然、俺の手を引いた。抱擁、接吻。俺は驚いた表情をしていただろう。

「貴方が何を考えているかは知らないけど、また来てね?楽しい時間だったわ。」

多分、俺の疑念が晴れる時は一生来ないだろう。

しかし、彼女にまた会いに来るというのは確実だ……。

 




「もしもし?今?休憩中。はあ、オークって本当にサイテー。
ちゃんと洗ってるのって感じ?下品だしー。
そうそう、さっきヤった客。それに説教しだしてさ、マイクロアグレッション!だってー。
オークだから馬鹿にされたくないんでしょ、難しい言葉使えばいいみたいな?
そうそう自意識過剰すぎ、こっちが迷惑だって!
あー次の客来るみたい、電話切るねー。はーい。」


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