もしも騎士王の直感スキルがEXだったら (貫咲賢希)
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第一話 邂逅

元々は短編でしたが、要望が多かったので2014・2・1に長編へ進化(話数少なけど)進化しました。
基本ギャグなので注意しください。


 

「問おう、貴方が私のマスターか――いえ、将来の伴侶ですね!!」

「はっ?」

 

 自分の目の前、月を背にしながら、金髪で翡翠の瞳の少女が、頬を赤らめて訳のわからない事を言った。

 衛宮士郎は混乱している。

 夜の学校で、赤い服の男と青い服の男が、時代錯誤の決闘をしているのを目撃し、その青い男が自分のことに気付くと、口封じのために襲ってきた。

 そして、逃げまどい、学校の廊下で青い服の男持つ禍々しい赤い槍で心臓を貫かれた。

 が、途絶えた意識が再び浮上すると、確かに貫かれた心臓は元どおりだ。

 夢かと思ったが、胸にこびりついた血痕がそれを許さない。

 意識がはっきりしないまま、とりあえず帰宅するものの、再度、青い服の男が自分の家に来襲してきた。

 

 事前に察知した士郎はなんとか抵抗しようとする。この身は魔術師。半人前だが、自衛の手段は多少心得ている。

 しかし、所詮は半人前。最初とは違い、すぐに殺されなかったが、一方的な攻防で士郎は為すすべがなかった。

 

 命からがら、なにか武器はないかと家の中にある土蔵に逃げ込む。

 そして、青い服の男が自分の眉間目掛けて、槍を突きたてようとした、その瞬間、左手が焼けるような激痛が襲い、青い光が全てを包んだ。

 

 光が収まった瞬間、士郎の目の前に美しい少女がいた。

 青い衣装の上から銀色の鎧を身に纏い、黄金の髪を持つ少女はその凛とした翡翠の瞳を士郎に向けて、先ほどの言葉を述べた。

 

 問おう、貴方が私のマスターか――いえ、将来の伴侶ですね!!

 

 呆気にとれられるのは仕方ない。

 

「むっ!」

 

 凛とした空気から一転し、潤んだ目で士郎を見つめていた少女がきりっと後ろを振り返り、土蔵から飛び出した。

そこで、ようやく士郎の麻痺した思考が再び正常に戻る。

 外には自分を襲った男がいる。少女が危ないと、本能的に土蔵に出た瞬間、信じられないものを目にした。

 

 少女と男が戦っていた。

 火花が散る。地面が抉れる。常人ではありえない跳躍を双方が為し、月を背に二つの影が交差する。

 しかし、それは、すこし前に見た赤い男と青い男の戦闘に近かったが、あろうことか少女のほうが男を圧倒していた。

 男は忌々しげに少女を睨みつける。

 

 少女の得物はなかった。いや、見えないだけで、そこにたしかにある。

 見えない武器という武器は厄介なもので、間合いが掴めない。

 

「卑怯者め! 自らの武器を隠すとは何事か!」

「貴様こそ、不躾者が! 私と彼の運命的な出逢いを邪魔するなど、馬に蹴られて死んでしまえ!」

「はっ? なに言って――うお!?」

 

 駿足で踏み込み、少女は見えない剣を凪ぐ。男は何とか槍を盾に防ぐも、後方に吹き飛ばされた。

 

「どうした、ランサー? 止まっていては槍兵の名が泣かこう。そちらが来ないなら私が行こう」

 

 どうやら自分を襲ってきた男はランサーと呼ぶらしいと士郎は理解する。

 ランサーは少女を忌々しげに睨みつける。

 

「その前に一つ聞かせろ。貴様の宝具――それは剣か?」

「さぁ、どうだろう? 斧、槍、いや、もしや弓ということもあるやも知れぬ」

「ぬかせ、セイバー」

 

 少女はセイバーと呼ぶらしい。

 しかし、次に彼女、セイバーが発した言葉が事態を急変させる。

 

「そちらこそ、覚悟してもらおう。クランの猛犬」

「な!」

 

 そのセイバーの一言でランサーの顔が強張った。

士郎には理解できなかったが、その言葉はランサーにとって衝撃的なものだったようだ。

そして、その様子を嘲笑するように口を歪めながら、セイバーはスラスラと続きを言う。

 

「その槍捌き。思い当たるのは一人しかいない。ケルトの大英雄、光の御子クー・フーリン。そして、貴様の宝具はゲイ・ボルク。因果逆転の呪いにより、真名解放すると「心臓に槍が命中した」という結果を作ってから「槍を放つ」という原因を作りだすことで間違いないな」

「おいおい! 出会ったばかりの奴に真名以外にも宝具まで知られるなんてどういうことだ! てめぇ、なんで分かった!?」

「女の勘だ」

「それで分かってたまるか!!!」

 

 思わず大きなリアクションをするランサー。その隙を、セイバーは見逃さなかった。

 

「隙あり――風王鉄槌(ストライク・エア)!!」

「しま――」

 

 隙をつかれたランサーはセイバーが放った突風に為すすべなく直撃し、遥か彼方まで飛んで行った。

 

「た、倒したのか?」

 

 困惑気味に士郎が近づくと、セイバーは申し訳なさそうな顔で首を横に振った。

 

「いえ――。一気に倒そうと思いましたが、風を逆に利用されて逃げられました。すみません、軽率な行動です」

「いや、いいって! その、助けてくれたんだよな。ありがとう」

「マスターを助けるのは当然です」

 

 言葉は澄ました言い方だが、セイバーの顔は誇らしげで、とても嬉しそうだった。

 

「その、マスターってなんだ?」

「…………どうやら、貴方は正規のマスターではないようだ。そうですね、ここではなんですし、屋敷の中で詳しく説明しましょう。かまいませんか、マスター?」

「あ、ああ。というか、そのマスターっていうのは止めてくれないか?」

「しかし、貴方の名前を私は知りません」

「ああ、そういえば名乗ってないな。士郎、衛宮士郎。それが俺の名前だよ」

「エミヤ、シロウ――ああ、そういうことですか」

「?」

「いえ、なんでもないです。シロウ、ええ、私にはこの発音が好ましい。私はセイバーとお呼びください」

「それが君の名前か?」

 

 そう尋ねて、セイバーは少し悩んだ顔になり、僅かに戸惑いながらも次の言葉を告げた。

 

「いえ。正確な名ではありません。しかし、その、シロウがよろしければ、二人きりの時にだけ、アルトリアと呼んでもらえませんか?」

「アルトリア?」

 

 士郎が彼女の本名らしき名を口にすると、セイバーは一瞬だけ呆けるようになると、擽ったそうに頬を緩めながら頷く。

 

「はい。本来はサーヴァントの真名は明かすものではなく、失礼ですが貴方のような未熟なマスターでは情報が漏れる危険もあるので明かすべきではないのかもしれません。しかし、私のこの名は一般的な通り名ではないので構いませんでしょう。それでも、二人きりのときに呼んでもらえるのが幸いです。人前ではセイバーとお願いします」

「よくわからないけど、分かった。とりあえず、よろしくかな、セイバー」

「アルトリア」

「え?」

「いまは、二人なので、先ほどのようにアルトリアです。その……貴方が嫌なら構いませんが」

 

 さっきほどまで覇気に満ちた顔で男と対峙していたセイバーの、どこか拗ねたような表情を見て士郎の心臓が高鳴った。

 

「いや、分かった。じゃあ、改めてよろしくな、アルトリア」

「はい、シロウ!」

 

 嬉しそうにセイバーが笑う。

 じっと見つめてくる視線に気恥かしくなった士郎は一番気になることを思わずセイバーに一番気になっていることを尋ねる。

 

「あ、あのさ、アルトリア。そのさっきの土蔵で、マスター以外にも伴侶とか言ったけど、あれは?」

 

 そういうとセイバーの顔がいっきにゆでタコのように赤くなる。

 清澄な静かな少女と思ったが、ころころ変わる彼女の顔を眺めて、遠いと思った存在が近くに感じる気がした。

 

 そして意を決したように、セイバーは士郎を見て

 

「シロウ――――貴方を愛しています」

 

 いきなり愛の告白をしてきた。

 

「なんでさ」

 

 士郎は正直に言ってしまうと、嬉しくないわけがなかった。こんな綺麗な子に告白されて嬉しくないわけがないのだ。

だが、士郎はそれよりも困惑の念が感情をしめていた。彼女と自分は先ほど出逢ったばかりだ。それなのになぜ彼女は自分の事を好いているのか? その疑問を解決するようにセイバーは理由を告げる。

 

「貴方を一目見たときに、こう私の直感スキルがキュピ―――ンと来たのです。もう聖杯よりも貴方が欲しい。そんな感じです」

「は、はぁ」

 

 なんとも言えない理由に士郎は呆れ半分戸惑い半分というところだが、セイバーは真剣に士郎を見つめている。

 

「私は剣を振るうしか取り柄がないですので、貴方に気に入られるとは思っていませんが、盾となって貴方を護ります。寄り添うことは叶わなくとも、最後まで貴方と共にします」

 

 その言葉はどこまでも誠実で胸にくるものだった。

 

「…………」

「すみません。いきなりこのようなはしたないことを言ってしまって。ご迷惑でしたよね」

 

 暗い顔で俯くセイバーを見て、士郎は慌てて首を振った。

 

「い、いや、アルトリアみたいな綺麗な子にそう言われて俺も嬉しいよ。ぜんぜん迷惑じゃない」

「シロウ――」

「お前の気持ちはすぐに答えられないけど、これからお互いのことを知って、それから言うのは駄目かな?」

「い、いえ! 構いません! ずっとお待ちしていますね!」

「そうか。じゃあ、三度目になるけど、よろしくな!」

「はい!」

 

 かくして、二人の恋物語は始まった。

 聖杯戦争? なにそれ美味しいの?

 



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第二話 落涙

 そんな読みたいなら!


 それは士郎とセイバーが二人で一旦、家に戻ろうとした瞬間であった。

 

「むっ!」

「どうしたセイバー!?」

 

 いきなりセイバーの顔が強張り、士郎に戦慄が走る。

 

「この気配、敵です!」

「敵? まさかさっきの奴が戻ってきたのか!?」

「いえ、新手です」

 

 新手ということは先ほどとは別の相手ということだ。

 士郎は自分が何かしらの戦いに巻き込まれたのはすでに理解している。だが、それがどういった戦いなのか一端も知らない状況で、新手とは何とも不運だ。

 

「安心してください、士郎」

 

 そんな士郎の焦燥を察したのか、セイバーは勇気づけるように言う。

 

「貴方を狙う雌犬など、この剣で斬り払います」

「は?」

 

 わけのわからないことを。

 

「なにやら妙なサーヴァントの気配がしますが、そんなことはどうでもいい。それよりも、おそらくマスターらしき女性の気配が重要です。これは、私の敵です。間違いありません」

「じ、女性?」

 

 士郎にはなぜ彼女がそんなことが解るのか理解できないが、敵と言うのは女性らしい。しかし、なぜか言い方が妙だ。

 

「ええ、確かに士郎は魅力的なのでしょう。数多の女性が惹かれるのも無理はありません。だが、だからとて、譲るつもりは毛頭ありません! ましてや、敵である他のマスターなど言語道断。ではッ!」

 

 セイバーはそう言い残すと颯爽に屋根へ向かって跳躍し、そのまま屋敷の入口まで向かった。

 

「ちょっと!? いきなりなんなのさ!」

 

 とりあえず、彼女をほっておいたらまずいと判断した士郎は自分もセイバーが向かった屋敷の入口に急行する。

 士郎が向かっている中、既にセイバーは壁に背を向けて地面に座る誰かに剣を突きつけていた。

 

「残念ですね、魔術師(メイガス)、良い魔術でした。だが、私には届かない」

「貴女は、セイバー・・・・・・」

「出逢いが違っていれば、貴女とは良き友人になれると感じますが、同時に好敵手にもなったでしょう。悪いが、ここで果ててもらいます」

「はぁっ! 最優の英霊さんに良い競争相手と言われるなんて、褒め言葉として受け取ればいいのかしら?」

 

 剣を突きつけられているのは女、遠坂凛である。彼女は強気な姿勢だが、内心では失意に満ちていた。

 圧倒的な力だった。自分のサーヴァントであるアーチャーをすぐに気絶させて無力化し、高い対魔力で自分の魔術が通じない。

 剣の英霊セイバー。間違いなく、最優のサーヴァントだ。

 

「けど、悔しいけど、これまでのようね。聖杯は貴女のものになるのでしょうよ」

 

 そんなことを凛が言った時、セイバーが眉を寄せた。

 

「聖杯というよりも、シロウを渡したくないだけです」

「は?」

「というわけで、サクッと死んでください。ついでに貴女のサーヴァントも貰います。本命は彼ですが、彼も彼であるのは違いませんので保護はします」

「いやいやいやいやいや! いきなり何を訳の分からないことを言ってのよアンタ!?」

約束された(エクス)―――」

「なんかこの子、宝具使おうとしてるし―――――――!?」

「待って、セイバー!」

 

 そこでようやく到着した士郎がセイバーに制止をかける。

 その声だけでセイバーの動きはぴたりと止まり、シロウへ笑顔を向けた。

 

「あ、マスター。ちょっと、待ってください。彼女敵なので、さっさと斬りますね」

「いやいやいや、笑顔でなに怖いこと言ってんの!? って、そこに倒れてるのは遠坂か?」

「え、衛宮くん!?」

 

 凛は士郎の登場に驚きつつも、九死に一生を得たため感極まったのか笑顔を向けている。

 それがセイバーの勘に触った。

 いますぐ斬ってしまいたい衝動に一瞬囚われたが、どうやら彼女は自分のマスターと既に面識があるようだったので、このまま彼女を殺めてしまうと士郎に嫌われる恐れを感じ取ったセイバーは、とりあえず振り上げた剣を下げる。

 

「マスター、知り合いですか?」

「あ? ああ、同じ学校の生徒だ」

「それだけ、ですか?」

「ん? それだけ、だけど・・・・・・」

 

 何故かセイバーが不満そうに自分を見ていることに気づいた士郎は額に汗を浮かべた。

 

「同じ学校の生徒だけの人を、シロウは、こんな暗がりでも顔が分かる、のですか?」

「え、えっと、セイバー?」

「彼女、見た目は綺麗で可愛らしいので、憧れる人も多いのでしょう。シロウもその一人であっても、不思議ではありません」

「あの、その、セイバーさん? もしかして、拗ねてます?」

「はい・・・・・・」

 

 素直なことにセイバーは頷いた。声も、なんだか泣き声が混じっていて哀愁を漂わせる。

 

「拗ねます。拗ねています。当たり前じゃないですか! 自分の大好きな人に憧れの女性がいると知れば、嫌に決まっているじゃないですか!」

『えええええええええええええええええええ! この子、泣きだしたよ!?』

 

 頬を赤くしながら、ポロポロと涙を流すセイバーの姿に士郎と凛は揃って声をあげた。

 二人は気づいてないが、姿を消している凛のサーヴァントもいつの間にか気がついて、正気に戻り、その光景に愕然していた。

 驚く周囲の余所に、セイバーは涙を拭おうと剣を持っていない手で擦るが、それでも涙は止まらない。それでもしっかり凛へ剣を向けたままなので、そのまま刺してこないか凛は気が気でなかった。

 

「ううう、ひく、あんまりです。まさか好きになった殿方には、既に意中の女性がいることを恋して間もなく知るとは。初恋は実らない、ガラハッド、貴方の言葉は正しかった」

「あの、セイバー・・・・・・」

 

 見ていて居た堪れない気持ちになった士郎はゆっくりとセイバーに近づく。

 

「セイバーの言うとおり、確かに俺は遠坂に憧れみたいなのはあったさ。けど、それは恋とか、そんなんじゃなくて、ちょっと良いなとか思春期な男たちにある些細なことであってだな。つまりは、セイバーが気にすることはなにもないぞ!」

 

 自分でも何を言っているのかと士郎は思ったが、徐々にセイバーの嗚咽は低くなり、涙で潤んだ翡翠の瞳を士郎に向ける。

 その顔があまりにも可愛らしくて、不謹慎ながらも士郎の鼓動が高まった。

 

「ほんとう、ですか?」

「あ、ああ、本当だ。だから、もう泣くな。そんな鎧の手で拭うと綺麗な顔に傷がいくぞ」

「し、シロウ・・・・・・」

 

 そうやって士郎はポケットからハンカチを取り出してセイバーの涙を拭きとる。

 為すがままされるセイバーは恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうな笑顔浮かべていた。

 

「リア充爆発しろ」

「む? どうした、遠坂?」

「なにもないわよ。というか、立っていい? そろそろ、地面に座るのも冷たいし」

「別に構わないけど、というか遠坂。学校と雰囲気違わないか?」

「これが素よ。学校では体裁のために猫かぶってただけ。というか、私に構ってるとまたその子拗ねるわよ」

「別にそれくらいで拗ねません」

 

 と言いながら不満そうにしてるいセイバーに凛は呆れながら溜息をした。

 

「衛宮君が私に憧れていると思っただけで泣いちゃう子が何言ってんだか。というか、お互い色々と話し合う必要があるみたいだし、衛宮君、家に入っていい?」

「え?」

「衛宮君、見たところ私を庇っちゃう辺り、色々と事情も知らなそうだし、一応助けてくれた礼としてそこらへんの情報提供をしようと思っただけよ。だからセイバーも警戒しないでくれると助かるのですけど」

 

 じっと凛を睨んでいたセイバーだったか、それまでずっと彼女に向けていた剣を下げる。

 

「シロウ、私も彼女との話し合いは賛成です」

「おや、いきなり斬りかかった人とは思えない台詞ね」

「実際問題、私のマスターに知識が足りないのは事実で、それを魔術師である貴女が埋めることは私たちにとって得だ。それにそれ以上の利益を生む可能性すら高い」

「ふぅん、根拠は?」

「女の感です」

 

 セイバーの言葉に凛がクスリと笑う。

 

「女の感、ね。本当なら心の贅肉とか言っちゃうとこだけど、スペックだけは随分と優秀みたいだから、案外未来予知みたいなスキルでも持っているのかも。

 で、衛宮君はそれでいいわけ?」

「あ、ああ。確かに話し合いは必要みたいだし、別に構わないぞ」

「そう。じゃあ行きましょうか」

 

 話し合いが決まったため、士郎は屋敷に戻るため入口に向かい、セイバーもその後を追う。随分の無防備な背中を晒しているが、仮にここで凛が奇襲した場合、今度こそ自分はあの英霊に斬り捨てられるだろう。

 

「最優の英霊、セイバーね」

「どうした、凛? 実物を見て、またセイバーのほうが良いと言いだすのか?」

 

 そこで先程まで気絶したアーチャーが霊体化を解き、自分に話しかけていた。

 確かに凛は聖杯戦争を望むべく、最優の英霊と言われるセイバーを欲した。

 事実、本物セイバーを見て彼女の心境が変る。

 確かに能力は素晴らしいだろう。剣を突きつけられたとき、その美しさに陶酔もした。

 だが、直ぐにその後見た泣きだす彼女を見て、凛は考えを改める。

 別に幻滅をしたわけでもないのだが、英霊といっても自分達と同じように感情はあり、能力は高くても、恋をして心が不安になることすらあるのだ。

 心の贅肉と凛は思うが、それでも、自分たちの勝手な枠組みで判断するよりはずっと良いとも思う。むしろ親近感がわき、戦う相手としては考え方と予想しやすく、共闘するならより強い信頼関係を結べるだろう。

 ならば、セイバー拘る必要もない。同じような存在なら、自分のサーヴァントも変らないはずだ。

 それに、自分のサーヴァントはかなり嫌味を言うし、なにかと小言も多いが、戦闘には合理的だ。認めたくないが、大事な時でミスをする自分は彼のようなサーヴァントが合っているのかもしれない。

 

「別に。ただ、私はアーチャー、貴方が自分のサーヴァントであって良かった、そんなことを思っただけよ」

「!?」

 

 凛にとって、それは何気ない言葉だった。

 だが、アーチャーは、真名エミヤシロウはこの言葉が衝撃だった。

 

 彼は衛宮士郎の成れの果て。正義の味方に憧れて、自らを犠牲に、多くの者を助け、その分、多くの人間を蔑ろにした。

 当然だ。救う人間がいるなら、それを脅かす人間を排除しないといけない。または、救うと決めた人間以外を見捨てるとも同義だった。

 彼はその結果を良しとしなかった。誰も悲しませぬようにと口にして、結局誰かを見捨てることは偽善であると罵った。

 彼は何度も戦い、助け、生かし、同時に奪って、殺し続けていた。今度こそ誰も傷つかないようにとただ走り続けた。

 そして、自分が等々救えきれなかったとき、彼は自分が救えなかった命を救うため、世界と契約し、守護者となった。

 これで今度こそ誰も守れると思った彼の願いは、裏切れることになる。

 守護者に自己の意志など存在しない。ただ人間の意志によって生み出され、人間が残した災厄の後始末をするだけだった。

 ただ、奪い。奪い続ける永遠の牢獄。そんなことをするために彼は正義の味方を目指したわけではなかった。

 誰かを救いたい、その願いの果ては、多くの人間の命を奪うだけの存在。

 いつしか心が磨耗し、嘆くこともなく、黙々と殺し続ける時の中、彼は自身の消失を望んだ。こんな奪うだけの存在など、必要がないと彼はそう悟った。

 自分で望んでここに到り、間違いだと気づいたためソレを正したい。自分勝手な願いに他者の手は不要。すなわちは自身による過去の自分を殺害。

 それだけど望んだ。

 そして、此度の聖杯戦争に参加することで、自身の目的が達成できるかもしれない。

 

 目の前の、無防備に背中を向けている過去の自分を殺せば、こんな自分はいなくなる。

 だが――――。

 

 貴方が自分のサーヴァントであって良かった。

 

 何気ない言葉だったということは、アーチャーでも理解している。

 ああ、それでも、救われた。嬉しかった。報われたような気がした。

 あんなにもセイバーを欲した彼女が、彼自身でも眩しい存在だと思った彼女、セイバーを見て、それでも、自分でよかったと言ってくれたのだ。

 アーチャーの胸中に色んな感情が押し寄せる。

 それは凛が英霊となってしまった自分を認めてくれたような気がしたのか、その言葉で辿りつけないと思った彼女に、かつて共に歩んだセイバーに近づけたと幻想でも思ったのか、とても判断がつかない。

 だが、こみ上げてくる気持ちを得たのは、自分が彼女のサーヴァントになったからなのだと分かる。

 英雄にならなければ彼女のサーヴァントになれない。あそこまで戦わなければ英雄にもなれなかった。この気持ちを、得ることができなかった。

 ああ、そうか・・・・・・。

 そこで、ようやく彼は悟った。こんな自分でも得る物があったのだ。ならば、あの戦いの時も、奪った以外に得たものがあったことに彼は気づいたのだ。

 すなわち、救えた人間。

 確かに彼は多くの人間の命を奪っていた。それでも救えた命、守れた命、これから続く多くの運命を得たのだ。

 ならば、自分のしてきたことは、戦うと決めた先は、辛くても、悲しくても、痛くても、報われなくても、絶対に正しいと言えなくても―――。

 

 

 

 ―――けして、間違いではないと言えるのではないか。

 

 

 

 

「アーチャー? いきなり、なに黙って――」

 

 急に黙りこんだ自分のサーヴァントの様子を見て、凛は再び愕然とした。

 

「泣いている、ですって!! ちょっと、アンタ大丈夫!?」

 

 アーチャーは泣いていた。声を出さず、しかし、瞳から涙が流れていた。

 その涙は先程セイバーが見せた悲しみの涙ではなく、満ち足りた、歓喜の涙だった。

 驚く凛に気づいたアーチャーは、涙を流したまま、彼女の笑顔を向ける。

 

「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから」

「聖杯戦争は始まったばっかりなんだから、そりゃあ頑張ってもらないと困るわよ! と、というか、なんかアンタ可笑しいわよ!?」

「そうか、可笑しいか。確かにな。だが、可笑しな奴は可笑しい奴なりに意地がある。さて、今後のためにさっさと二人に続くぞ」

「ったく、本当に大丈夫なのでしょうね」

 

 凛は今後の事を考えて心配になりながら、大きな溜息を吐いた。

 今から行われる会合が、今後の聖杯戦争に怒涛の展開を齎すことを、この時の凛には知るよしもなかった。

 




 というわけで、短編から連載。といっても、別に一作品あるし、さっくと終わらせます。10話届かないかな? 短く、勢いだけで完結させます!
 次回は日が変わったら


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第三話 悪魔

Search&Destroy!!Search&Destroy!!


 冬木市新都の郊外、小高い丘の上にある冬木教会のある一室、言峰綺礼は勝手に自分の酒を飲んでいる金髪の若者を見る。

 

「ずいぶんと愉しそうだな、ギルガメッシュよ」

「ああ。まさか、今回の聖杯戦争でよもや再び騎士王が召喚されようとわな。くだらん座興も少しは面白くなるだろう」

 

 彼は英雄王ギルガメッシュ。前回聖杯戦争において、言峰綺礼のサーヴァントであり、わけあって受肉した英霊である。

 前回の聖杯戦争、彼の英雄王は騎士王に求婚した。彼女は断固として拒否したが、そんなものは彼には関係ない。自分の決定は絶対であり、他の意見など不要なのだ。

 あの時は邪魔が入って、自分が狙った女を取り逃がしたが、よもや時を巡って再び現われるとは思いもしなかった。

 聖杯戦争の管理者でありながら、一人のマスターを騙し討ちし、そのマスター権とサーヴァントを手に入れた綺礼の命令によって、奪ったサーヴァント、ランサーに各々のマスターとサーヴァントの情報を収集させて、集めた情報をランサーから綺礼、そして今しがた綺礼からギルガメッシュに伝えたところだ。

 

「よもや、自ら赴くつもりか?」

「そのようなことはせぬ。我が出れば、それだけで此度の聖杯戦争は終結するだろ」

 

 絶対的自信。慢心と呼べる彼の態度だが、彼の王にはそれだけの実力が確かにあった。

 彼が本気になれば、確かに今回の聖杯戦争は早期に終わる。

 

「だが、それではつまらん。訊けばセイバーを召喚したマスターは未熟な魔術師らしいではないか? 流石の騎士王も三流以下の雑種と組むことになれば苦戦は必然。苦渋に溺れ、戦いの度に必死に足掻く様を眺められるではないか。

 我を待たせたのだ。精々、大層な誇りだけを頼りに三文芝居で我を興じさせるがいい」

「趣味が悪い事だ」

「貴様が言えた義理ではないだろ、綺礼? 仮にもお前が兄弟子をしている時臣の娘に黙って、マスターをしている。更にはセイバーを召喚したマスターにもなにやら因縁があるようだな? つくづく、お前は歪んでいる」

 

 彼の言葉どおり、衛宮士郎と言峰綺礼には因縁があった。

 彼の義父、衛宮切嗣と言峰綺礼は前回の聖杯戦争で最後まで戦った。そして、衛宮切嗣の思想は、義理の息子である衛宮士郎に引き継がれていると聞く。

 こみ上げてくる感情が抑えきれない。

 あの男が、非情を徹し数多の命を奪い、それを嘆き苦しみ、あの惨状で唯一救った命を奪えたなら、この身にどれだけの愉悦を感じられるか。

 遠坂凛もそうだ。あの宝石のように研磨させた少女は、実は自分の兄弟子が自分の父親を殺し、更にはサーヴァントのマスターだと知ればどんな顔をするだろう。

 

「ああ、ギルガメッシュ、お前の言うとおりだ。この身は歪。ゆえに此度の聖杯戦争は愉しみでしかたない。ゆえに、お前がまだ出ぬことは私としても助かる。せっかくのく狂宴だ。互いにしばらくは傍観者として見物させてもらおう」

 

 二人の男たちが笑みを交わし合った。神聖であるべき教会の中、その笑みはどこまでも淀み、邪悪で残忍に満ちていた。まさしく、悪魔のような笑みだった

 

 

 

 

 

 I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

 

 

 

 刹那、教会の一室が別の風景に一変した。

 薄い明かりだけで閉鎖された一室は、どこまでも無数の剣が突き刺さった荒野と変じる。

 流石の人格破綻者の綺礼と英雄王ギルガメッシュもこれには戦慄が走った。

 

「なに!?」

「これは!?」

 

 時間にして一瞬の動揺だっただろう。次の瞬間には二人とも平常心で事態を受け止められる。

 だが、その一瞬生まれた隙が、命取りだった。

 

約束された(エクス)――――」

「き、貴様――!?」

「なん・・・・・・だと?」

 

 二人は愕然とした。

 無限の剣が突き刺さる荒野の中、一つの眩しい輝きを二人は目撃する。

 それは、かつき夜より深き乱世の闇を、祓い照らした一騎の勇姿。

 輝ける光こそ、過去未来現在、戦場で散っていた騎士たちが夢見た栄光の結晶。

 其れは――

 

「――――勝利の剣(カリバー)ッ!!」

 

 極光が振る。極光が駆ける。

 兵たちが夢に見た人類最強の聖剣を前に狂人と絶対者は為す術もなく吹き飛ばされた。

 

「まぁぁぁぼおおおおおおおぉ!」

「ばびろぉぉおおおおおぉおん!」

 

 叫び声と共に空中に投げだされる二人。

 

私に触れぬ(ノリ・メ・タンケン)

 

 そんな二人をどこからか飛んできた深紅の布が掴み、一瞬にして二人は簀巻き状態に巻きつかれて地面に叩きつけられる。

 

「くっ! 何だ、これは!?」

 

 地面に叩きつけられた衝撃よりも、ギルガメッシュは自身に巻きつけられた深紅の布を憎悪に満ちた瞳で睨む。

 拘束を解除しようと力を入れても、まったく動けないのだ。

 そして、同じく捕まっていた綺礼は愕然としていた。

 

「これは、マグダラの聖骸布!? なぜ、貴様が持っている!?」

 

 唯一、動ける首だけを動かし、両手に深紅の布、マグダラの聖骸布を持ってこちらを見下ろす少女へ問いかける。

 

「いいざまね、綺礼」

 

 とても良い笑顔だった。

 とても美しく、輝いた、宝石のような眩しい笑顔。見る者が見れば魅了するだろうその微笑みだったが、二人は状況が状況だけに、背筋が凍りつき、同時に思う。

 見た目はどこまでも美しいのに、その内面に隠されているのはどこまでも残虐、非情、そして、他者を痛めつけることに悦に浸っている。一見、善良に見えるだけに、見るからに邪悪な笑みよりもなお恐ろしい。

 

「さて、これから貴方達をどうしようかしら?」

 

 凛は悪魔の笑みを浮かべながら、ゆっくりと二人に近づく。

 

 *

 

 アーチャーこと、エミヤはぶっちゃけた。

 磨耗した記憶を全力で復活させ、自身の正体、目的、その目的を断念したこと、そして、自分が経験した今回の聖杯戦争、黒幕の存在、更に潜んでいた悪意、全部全部、ぶっちゃけた。証拠と称してセイバーの正体もぶっちゃけた。

 士郎と凛は呆然としていたが、セイバーだけが納得したように頷いていた。どうやら彼女には最初からアーチャーが未来の士郎だと感づいていたらしい。

 セイバーの言葉もあって、なんとか理解した士郎と凛を交え四人はこれからのことを話し合った。

 

 とりあえず到った結論が――――とりあえず黒幕今の内にやっとかね? だった。

 

 それからの行動は速かった。急いでタクシーを呼び、冬木教会に向かう途中、ランサーを見かけたので、四人でフルボッコし、念話封じを施してから、男性に対して絶対的な拘束能力を持ち、一度その布に包まれれば能力も含めて封じられるマグダラの聖骸布で簀巻きにし、再び移動。

 そして教会についた途端、奇襲を開始する。

 仮にも相手は英雄王にマスター全員を影から操ろうとしていた元代行者。半端な奇襲をしかけても失敗する可能性は高い。

 よって四人は全力を尽くした。アーチャーの宝具である無限の剣製、固有結界で二人を閉じ込めて、セイバーが約束された勝利の剣(エクスカリバー)を放ち、アーチャーが投影したマグダラの聖骸布で二人を無力化する。

 士郎は自分だけ役に立てないことを嘆いていたが、セイバーが「シロウが応援してくれるだけで、私は全力以上の力を出せます! だから、そんなこと言わないでください!」と泣きつかれたので、恥ずかしそうにしながらも、作戦前にはちゃんとセイバーに一言「頑張れ」と激励を贈った。

 それがよほど嬉しかったのか、この時だけセイバーの宝具である約束された勝利の剣のランクがA++からEXに変化したのだが、誰も気づかなかった。

 ちなみに道中、士郎は凛からありったけの宝石を飲まされて、魔術師としての問題や少ない魔力の増強、無理な強化を緩和させるため更に宝石を飲まされ、戦える魔術使いまで昇華している。

 これは万が一のための戦力増強。また、セイバーの約束された勝利の剣が綺礼とギルガメッシュに防がれた場合、士郎とアーチャーが約束された勝利の剣を投影、それを矢にして放ち、追撃する算段だったのだが、結果として必要がなかったようだ。

 また、士郎の強化によって凛は全ての財産を失ったと言っていいほど宝石を失っている。

 だが、彼女は全然憂鬱ではなかった。なぜなら、お釣りが十分くるほどの当てはあったからだ。

 そんな彼女はどこぞの女王様のように三人の簀巻きにされた男たちを見下ろしている最中だった。

 

「ね? ね? いまどんな気持ち? いまどんな気持ち? 黒幕を決め込もうとして、初っ端にやられた気持ちはどう? ねぇ、ねぇ? ねぇ? ねぇったらぁ? 無視すんなよ、コラぁあああ!」

「ごはああッ!」

 

 身動きできない相手の顔を問答無用で凛は蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた綺礼は悲鳴を上げながら気絶したが、どこか満足そうにしていた。その光景に士郎、セイバー、アーチャーもどん引きしていたが、相手が相手だけに同情もできない。

 

「くっ! 殺せ!」

 

 そう叫んだのはランサーだった。一番の被害者なのは彼だろう。召喚されたマスターは仮死状態、戦うために召喚に応じたのにしたことは使いぱしり。そして、一緒に簀巻きにされている男たちのとばっちりを受けている始末だ。

 ここはひと思いに殺してやるのも情けだろう。

 

「あら、駄目よ」

 

 だが、凛はそれすらあっさり却下した。

 

「サーヴァントたちが一人でも死ぬと困る人がいるのよね。だから、ダーメ」

「ああん? それは、どういう――」

「うっさいわねぇ、貴方の相手は後よ。これ以上吠えると犬を食わせるわよ?」

 

 眼を見開いたランサーだったが、よほど犬を食わされることが嫌だったのか、それ以上喋ることはなかった。不幸中の幸い、下手に騒がなければ自分は二人と違って危害を与えることもないようなので傍観することにした。

 

「あっ! ずるいぞ、番犬! ひとりだけ逃げようとしてるな!?」

「うっせぇえええ! そもそも、てめぇらがロクでもないから俺にまでトバッチリがきてんだろがコラぁあ!」

 

 ギルガメッシュに怒鳴るランサーを見て、凛が不愉快そうに顔を歪めた。

 

「吠えたわね」

「え? 今のは違――」

「問答無用。あんた達が喧嘩しても時間の無駄だし、アーチャー」

「ああ」

 

 自分のマスターに呼ばれてアーチャーがやってきた。

 その両手には、いつの間に作ったのか白い皿に盛られた料理があった。一見、ただの肉と野菜を炒めただけの物だが、野菜は焦げもなく色とりどりの物が使われており、肉も見るからに脂がしっかりとのって、それらの上には何かしらで作られたソースがかかっていた。匂いもよく、離れたセイバーが物欲しそうに見つめており、それに気づいた士郎が「俺があとで何か作るよ」と言うとめちゃくちゃ喜んでいた。

 美味しい料理なのだろう。だが、それを見た瞬間、ランサーは体全体に悪寒が走った。

 

「まさか、それは――!?」

「安心しろ、食用だ」

「そんなの関係ねぇ!!」

「情けだ。せめて、美味に抱かれて溺死しろ」

 

 アーチャーはランサーの口を無理やり開き、更に乗った料理を全て流し込む。

 そして、次の瞬間にはランサーは白眼をむき気絶する。

 その様子を見たセイバーは「気絶するほど美味しかったのですかね?」と少し残念そうな顔をしながら士郎に聞き、士郎は何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。

 

「さてと、邪魔者は気絶したことだしさっさとするわよ」

 

 再び笑みを浮かべた凛がギルガメッシュを見つめる。

 まるで極上のワインでも眺めるような視線に、ギルガメッシュは受肉してから二度目の恐怖を感じた。ちなみに一度目は綺礼にこの世全ての辛味の様な麻婆を出されたときだ。

 

「あっ! 衛宮くんたちは帰っていいわよ。後はこっちでやっとくから」

「あ、ああ」

 

 士郎たちの存在を思い出したように凛が言う。言われた士郎は頷きながら、最後にギルガメッシュを見た。

 気絶している綺礼にも色々と因縁はあることを知っているが、今から一番の被害を与えられるのは彼だろう。

 この世の財を全て手に入れた男、ギルガメッシュ。その財を凛は無理やり搾取するつもりだった。当然拒否するだろうが、凛は必ず奪うと豪語した。アーチャーからの入れ知恵もあるので、どんな恐ろしいことを考えているのか。

 彼らが凛に対して行ったことを考えれば自業自得かも知れないが、同情を禁じ得ない。

 彼にも大切な宝はあるだろう。例えば友達の遺品とか。それらよりも有象無象ほどある武器から無くなるといいな、と思いながら士郎はギルガメッシュに向かって憐れみながら言い残す。

 

「頑張れ、英雄王―――武器の貯蔵は十分か?」

「なに? それはどういうことだ、セイバーのマスター!?」

「じゃあ、遠坂のことは頼んだぜ、アーチャー」

「ああ。正義の味方として、最低限凛が人の道を踏み外すことはないよう見守っておこう」

「無視するな! ああ、セイバー助けてくれ! セイバァアアアアアアアアアア!」

 

 人類最古の英雄王の断末魔を後ろに、士郎はセイバーと一緒に教会を出た。

 

 *

 

 教会を出た士郎とセイバーは隣に並びながら帰路についている。

 セイバーが士郎の手の平をちらちらと見ているが、士郎はそんな彼女の様子に気づかない。というよりも照れてセイバーを見られないでいる。

 セイバーは現在武装を解いており、今の姿は鎧の下に隠された青いドレス姿だ。

 街中では浮いた姿であるが、鎧姿を見られるよりはマシだろう。むしろ、ドレス姿なら、どこかのパーティーから抜けだした美しい令嬢だと言い訳もできるし、見る者も納得できるだろう。

 すぐ隣にまるでどこかのお姫様のような少女に対して気恥かしさを感じながらも、このまま黙っているのも不味いと感じた士郎は何とか話題を絞り出した。

 

「服!」

「はい?」

 

 突然の言葉にセイバーは首を傾げるが、士郎は構わず続ける。

 

「服、買わないとな。霊体化できないんだし、普段着るような服買わないと。その姿も綺麗だけど、他にも服ないと不便だろ? だから、一緒に今度買いに行こう」

 

 一瞬、セイバーは呆然としていたが、見る見る内に顔を綻ばせる。それは自分の今の姿を褒められたからか、今度出かけることになったことが嬉しいのか、あるいは両方か。

 ただ今の彼女の姿は、人々が敬う騎士王ではく、一人の恋する乙女のように見えて、初々しく、可憐で、美しかった。

 

「はい!」

 

 セイバーが幸せそうに返事をすると、士郎の顔が真っ赤になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに二人で楽しいこと話しているの? 私も混ぜてほしいな」

 

 

 

 

 

 

 途端、どこからか可愛らしい声が聞こえてきた。

 最初に動いたのはセイバー。彼女は鎧を着装し、士郎を庇うようにして声がしたほうに視線を向ける。

 そこには雪のような銀髪を靡かせた幼い少女。そして、その背後には異様までに圧迫感を放つ巨漢な男が立っていた。

 

「あれは!?」

「はい」

 

 何かに感づいた士郎にセイバーが頷く。

 

「彼女はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。貴方の義姉上(あねうえ)です」



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第四話 孤独

 

「あれ? その口ぶりだと、お兄ちゃん達はもう私との関係は知っているんだね」

 

 義姉と言う言葉を聞いたイリヤスフィール、愛称イリヤは驚いた顔になったのもの、直ぐに微笑みを浮かべる。

 まるで妖精のように可愛らしいが、そこに秘められた感情はどこまでも純粋でありながら苛烈。心臓を鷲掴みされるかのような敵意だった。

 

「昼間会った時には気づいてなかったみたいだけど、話が早いわ。もうお兄ちゃんっていうのも可笑しいのだけど、確かに私とお兄ちゃんは義理の姉弟になるんだよね。

 ちゃんとマスターにもなったみたいだし、私を捨てたキリツグへの復讐を含めて、殺してあげる」

「待ってください、イリヤスフィール―――」

「じゃあ殺すね? やっちゃえ、バーサーカー!!」

「■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 制止しようとしたセイバーを無視し、イリヤはバーサーカーに命令する。

 理性を犠牲にし、能力を強化された狂った巨人は、形容しがたい雄叫びを共にセイバーを肉迫する。

 そこには一切の戦術も存在しなかった。ただ、敵に目掛けて手に持っていた石器の斧剣を力任せに振り落とすだけ。

 恐ろしいことに、それだけでこの一撃は驚異だった。圧倒的までの暴力が逃げることを許されない速度で近づく。単純な腕力だけで必殺の域まで達する。まさしく化け物だ。

 瞬時にセイバーは武装をし、応戦する為自身も一歩前に踏み出す。下がる、避けることはしない。そんなことをすれば自身のマスターであり、想い人である士郎がバーサーカーの一撃で木っ端微塵になるだろう。

 自分の倍以上はある巨体に小柄な少女が接近する。一見すれば、それがどこまでも無謀な光景、そんな感傷に浸る間もなく、二人の英雄は互いの駿足で接近し、刹那にぶつかり合う。

 轟音。足元のアスファルトはまるで地震でも起きたかのように罅割れ、陥没した。衝撃の余波によって周囲に突風を生み出し、傍観している人間の服が靡く。巻き上げられた粉塵が晴れると、二人のマスターは二人のサーヴァントの激突の結果を目撃する。

 

「え?」

 

 戸惑いの声はイリヤだった。

 あろうことか、地面に倒れているのは自身のバーサーカー。そして、相手のセイバーは整然と透明な剣を構えて立っていた。どこも外傷は見当たらず、真っ直ぐと倒れ伏すバーサーカーを見据えている。

 

「な、なにしているの、バーサーカー!? 遊んでないで、さっさと殺しなさい!!」

「■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 イリヤの叫びにバーサーカーが直ぐに応じ、飛び上がるように立ち上がると、そのまま落下するようにセイバーへ斧剣を叩き落とす。

 そこへ、どこか緩やか速度でセイバーが薙いだ透明の剣が接触する。

 イリヤはその光景に、今度は言葉を失い呆然した。

 奇妙なことに、セイバーの剣がバーサーカーの剣に接触した次の瞬間、バーサーカーは自身の剣に引っ張られるような形で横転したのだ。

 ドン! と、巨体が再びアスファルトに倒れ伏す。今度は主の命がなくとも行動し、倒れたまま斧剣を薙ぐ。出鱈目だがまさしに地を這う断頭台。速度も十分であり、出鱈目なこともあって、容易に対応できるはずもない。

 しかし、セイバーはまるで最初からそう来る事が分かっていた(、、、、、、、、、、、、、、、、)かのように軽い跳躍で難なくバーサーカーの攻撃を避ける。

 そこで急に態勢を変えたバーサーカーが空中で身動きとれないセイバーを、まるで自分の目の間に飛ぶ羽虫でもはたき落とすかのように斧剣を振る。

 だが、空中のセイバーの剣が円を描くように振るわれると、先程と似たようにバーサーカーは自身の剣が見当外れの場所に向かい、それに引っ張られる様にして自身も再び態勢を大きく崩すことになった。

 

「なに、これ?」

 

 イリヤはわけがわからなかった。

 自身が召喚した英霊がギリシャの大英雄ヘラクレス。心技体に優れ、あらゆる武具を使いこなす技量はまさに神技。数々の困難を乗り越えた、まさに英霊の中でも最強の一角。

 そのヘラクレスを、本来は弱いサーヴァントを強化するためのクラス、バーサーカーとして召喚することによって、本来のステータスを上回る性能を持つことに成功した。

 結果として、莫大な魔力を消費し、並みの魔術師なら瞬時に干からびるが、実質イリヤは歴代最高の魔力を持つマスターだった。まさに最強と最強の組み合わせ、有象無象の英雄たちを蹴散らすことができるほどの実力がある。

 

 ―――はずだった。

 

 だが、実際はどうだ?

 幾戦の駆け抜けた大英雄は、自身の半分しかない体躯の少女に何度も地面に倒されているではないか。

 せめぎ合うなら分かる。何かしらの宝具で動きを封じられるなら理解できる。

 しかし、セイバーは技量だけでバーサーカーを手玉にとっていたのだ。

 何故、こうまでしてセイバーがバーサーカーを簡単に足蹴にできるのかは、それは互いに持ったスキルが原因である。

 

 セイバーの直感スキル。ランクは驚くべき事に規格外(EX)

 

 常時、自身にとって最適な展開を感じ取り、理解し、研ぎ澄まされた第六感と瞬時な判断は未来予知そのもの。相手が仕掛ける技を予測して見切ることも可能だった。

 可能、であるが、実際実力が拮抗した相手でも、見切ったところで簡単に対応はできないだろう。武勇に優れた英雄は誰しも技量が卓越している。自身の攻撃が見切られるなら、それを想定して攻撃するだけだ。そういった場合なら、セイバーにできることは精々、次の追撃に結び付ける程度。

 そこでバーサーカーのクラス別能力、狂化が絡む。理性を犠牲にして能力を上げたことが、結果として裏目に出たのだ。

 理性を失った事により、卓越した技能が失われ、結果として動きが単調になったのだ。

 生半端なサーヴァントならそれでも十分。上位のサーヴァントでも苦戦は強いられる。

 だが、ランクEXの直感スキルを持つセイバーに対して、それは余りにも無謀だった。

 完全に分かり切った攻撃。どこが、どれを狙い、どんな動きをするか詳細が全て分かる。幾らふざけた火力を持っていようが、対応できればそれまでだ。

 攻撃を完全に見切ったセイバーは、自身の技量を持って簡単に去なすことができた。

 

 合気道という武術が存在する。合理的な体の運用により体格体力によらず、小より大を制することが可能。達人となれば相手の力を利用し、技だけで相手を無効化する。

 

 恐るべきことに、セイバーは剣でそれをしているのだ。

 

 セイバーは合気道を習得していない。だが、直感スキルで導き出された答えを自らの剣術で対応することで、自然と相手の力を利用し、技量だけバーサーカーを圧倒しているのである。

 仮にバーサーカーに僅かのばかりでも理性が残っていれば、攻撃一辺倒ではなく、防御やフェイントを交えた攻防でセイバーの合気道擬を封じられただろう。

 また、目の前の戦闘を分析できるマスターであれば対応もしようもある。

 しかし、自身のサーヴァントに絶対の自信を持っていたイリヤは、目の前の出来事に呆然としているだけだった。実戦経験も乏しいので、何が起こっているのか理解ができずただただ困惑している。

 

「シロウ、今です! イリヤスフィールにアレを!」

 

 その様子を目撃したセイバーは好機を感じ、自身のマスターに指示を出す。

 士郎は一瞬戸惑いを見せたが、直ぐに頷き、未だ呆然としているイリヤを見る。

 ここに来るまで、セイバーはなんなくイリヤに遭遇すると感じたので、教会に向かう僅かな準備の中、何かできないかとなんとなく屋敷を徘徊し、偶然、イリヤをなんとなくできそうなものを見つけたのだ。

 

 めちゃくちゃ曖昧なのだが、セイバーの感の凄さを知った士郎は、その提案に乗った。

 

 士郎はイリヤと自分の距離を測る。

 近いが遠い。

 自分がイリヤに接近すれば、セイバーに手玉に取られているバーサーカーでも、セイバーを無視して自分に向かってくるだろう。

 凛が準備した大量の宝石よって士郎の魔術レベルは上がった。更に未来の自身であるアーチャーの助言によって自分が出来ることも教わった。

 だが、それでもサーヴァントには敵わない。セイバーに簡単にこかされ続けているバーサーカーは本来、恐るべき存在なのだ。生半端な対応はまさに命取り。

 ならば、一気に距離を取るまで。

 

投影(トレース)――――開始(オン)

 

 投影魔術。しかし、これは紛い物。

 自身の心象風景を具現化する魔術、固有結界。それが衛宮士郎に許された本来の魔術。

 心象風景は、複製された剣が大地に突き立つ剣の丘、名を無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)

 結界内にはあらゆる「剣を形成する要素」が満たされており、目視した刀剣を結界内に登録し複製、貯蔵する。

 刀剣に宿る「使い手の経験・記憶」ごと解析・複製しているため、初見の武器を複製してもオリジナルの英霊ほどではないがある程度なら使いこなせる。

 また、一度この心象世界に複製され記録された武器は、固有結界を起動させずとも投影魔術で作り出すことが可能で、士郎の投影とは、本来のそれとは異なり、この固有結界から零れたものであり、一般的な魔術ではない。

 また、盾や鎧は投影も可能で、剣と比べると二、三倍の魔力を使えば一時的に引き出せることも可能だった。

 士郎が投影するのは剣ではなく、ある“靴”だった。教会侵入の事前にアーチャーが役に立つかもしれないと見せてくれた投影された宝具の一つ。

 それは自身のサーヴァントであるセイバー、騎士王アーサーに由来するものだった。

 

千里靴(セブンリーグ・ブーツ)!」

 

 自身が既に履いていた靴を覆う形で白銀の靴が出現すると、士郎はイリヤに向かって一歩踏み出した。

 

「くっ――――――――――――!」

「え? きゃあッ!」

 

 瞬間、まるで士郎の体が砲弾のように飛び出した。予想以上の加速で目標であるイリヤから通り過ぎる寸前だったが、なんとか踏ん張り、アスファルトで脚を引きずらしながらイリヤの眼前に一瞬で移動した。突然の士郎の登場でイリヤも小さな悲鳴を上げる。

 千里靴。一歩で七リーグ、約35キロ進むことができるという魔法の靴。作成者はアーサーに助力した魔術師マーリン。

 初めての宝具投影、更に剣でもないので本来の性能から随分と落ちているが、士郎にとってそれが幸いした。万が一、同じ性能を持っていたら士郎の体は壁に突撃して、体はつぶれたトマトのように弾けていただろう。セイバーが知れば卒倒ものだ。

 

「えっと、イリヤスフィールでいいのか?」

 

 そんなことは露知らず、士郎は場違いのようにイリヤに呼び方を訊ねる。

 

「え? ええと、長いからイリヤでいいよ?」

 

 イリヤも状況が困難していたのか素直に答えた。

 

「んじゃあ、イリヤ。急で悪いがこれを読んでくれ!」

 

 士郎はポケットから封筒を取り出し、イリヤに差し出した。

 

「え? これって・・・・・・・・・ま、まさかラブレター!?」

「え? ちが――」

「違います!!!」

 

 顔を赤らめながら狼狽するイリヤに士郎が否定する前に、セイバーが大きな声で否定する。

 

「それは、私が見つけた――」

「■■■■■■■■■■■■■■!!」

「――ええい、話の途中に邪魔するな、バーサーカーッ!」

「■■■■■■■■■■■■■■!?」

「バーサーカー!?」

 

 横からやってきたバーサーカーを、先程までの要領で吹き飛ばし、近くの壁に激突させると、そのままバーサーカーの体は壁に埋まった。セイバーはバーサーカーがしばらく動けないことを確認すると、息払いをしてイリヤを見る。

 

「それは貴女宛ての手紙でありますが、士郎が書いたものではありません。恋文なんてもっての他です!!」

「そ、そう・・・・・・」

 

 何故か機嫌が悪そうなセイバーに戸惑いつつも、罠ではなさそうなのでイリヤは士郎から封筒を受け取る。

 ドイツ語でイリヤへ、と書かれているので自分宛なのは間違いなさそうだが、差出人の名前がない。

 怪訝しつつもイリヤは封を切った。その瞬間僅かな魔力を感じたが、特に害を感じられない。イリヤは指定した相手でなければ封を解けない魔術でもかけられたのかと考えながら、中身を取り出した。

 そして、そこには最初に自分の名と、最後には差出人の名前が書いてあった。

 

 イリヤへ――

 

 ――――衛宮切嗣。

 

「!?」

 

 驚愕しながらも、イリヤはそのまま手紙の中身を読み出す。

 それはセイバーがたまたま見つけた、衛宮切嗣が残した娘への手紙だった。

 

 

 

 

 

 

 イリヤへ。

 

 君がこの手紙を読んでるのであれば、僕は既にこの世にはいないのだろう。

 まずは、迎えに行けなくて、すまない。

 言い訳はしない。どんな理由があれ僕は君との約束を守れなかった。

 イリヤは恨んでいるだろうか?

 それともまだ待ってくれているのだろうか?

 どのみち、僕は君に寂しい思いをさせてしまった。父親失格だ。君にパパとか呼んで貰えないのもしかたのないかもしれない。

 結果としてイリヤやアイリを裏切ってしまった。やはり、あの時、僕は君たち連れて逃げるべきだったのかもしれない。最近は何度も後悔しているよ。

 でも、その度に、否定する部分もあった。

 知っているかい? イリヤには弟ができたんだよ?

 名前は士郎っていうんだ。やんちゃで、頑固だけど良い子だ。イリヤも好きになってくれると思う。あの戦いに参加しなければ、その士郎と出逢えることもなかったと思う。

 僕の事は幾らでも恨んでくれていい。でも、母さんや士郎は別にしてほしい。母さんは僕のことを聞いただけ。士郎も罪はない。だから、二人だけは嫌わないでくれ。

 悪いのは僕だから。

 きっと君は当主に道具のように扱われるだろう。人形のように扱われるだろう。

 すまない。僕は君を救えない。助けに行くこともできなかった。だから、幾らでも恨んでくれ。呪ってくれ。嫌いなってくれてもかまわない。

 でも、これだけは覚えていてほしい。

 今の君を知らないのに、これから贈る言葉はひどくちっぽけで、無責任な言葉に聞こえるだろう。

 だけど、どうか聞いてほしい。

 

 君は人形じゃない。僕とアイリが愛した可愛い娘だ。

 

 イリヤと士郎に幸せがくるように祈る。

 

 

 

 衛宮切嗣。

 

「じいさん――切嗣は」

 

 何度も手紙を読み返しているイリヤに士郎は躊躇いがちに声をかけた。

 

「いつも夏頃、どっかに行っていたんだ。たぶん、イリヤを迎えに行こうとしていた」

 

 でも、それは敵わなかった。

 セイバーから聞いたが、切嗣は前回の聖杯戦争に参加して、最後まで勝ち抜いた。

 だが、聖杯に欠陥があると知ると、礼呪を使いセイバーに聖杯を破壊させた。

 結果としてアインツベルンにとっては裏切りだろう。そんな男を、今後の聖杯戦争で必要なイリヤに引け合わすことなどしないのは至極当然であった。

 それを頭のどこかで理解したイリヤはぼそりと呟く。

 

「そんなこと―――――今更、意味ないわよ」

 

 手にした手紙を握り締める。

 

「どんな理由だって、キリツグは私を裏切ったんだから」

「イリヤ―――」

 

 結局、切嗣がイリヤを裏切ったことは変わらない。

 見捨てていないとしても、結果として独りにしたのなら父親失格というのも当然だ。

 手紙で書いてあった、自分に、パパと呼んで貰えないのもしかたのないかもしれない、そんなものはイリヤには当たり前過ぎた。

 

 なぜなら、イリヤは、切嗣が迎えに来たら、他人のように名前ではなく、親のように父を呼ぶつもりだったのだから。

 

 

「イリヤ、お前――」

 

 驚いている士郎を余所に、イリヤは熱くなった瞳でくしゃくしゃになった手紙を睨む。

 外部の魔術師である切嗣をアイツベルンは身内として認めていなかった。よって、まるで身内でないようにイリヤに切嗣を父として呼ぶことを禁じていた。

 だが、聖杯を勝ち取れば、当主は切嗣を認め、イリヤに父と呼ぶことを許すと言っていたのだ。

 今より内面は幼い頃、いつも、いつもイリヤは寒い城の中で、考えていた。

 お母様と同じようにあの人をお父様と呼べば喜んでくれるだろうか? パパと呼べば嬉しいのだろうか? それとも普通の子供のようにお父さんと呼ぶ方が良いか?

 来るはずのない未来を想いながら、イリヤは独りで何度も何度も考えた。

 結局、意味などないのだから。

 呼ぶ相手はどこにもおらず、自分は一人なのだから。

 

「キリツグ、なんて、大嫌――」

「やめて、ください」

 

 イリヤが叫ぶ前に、トン、と自分の体になにか当たる。

 気づけば、いつの間にか近くに来ていたセイバーがイリヤを抱きしめていた。

 

「セ、セイバー?」

「それ以上はあんまりだ。親が子を否定するのも、子が親を否定するのも、悲し過ぎる」

 

 何処か自身に対しても問いかけているようなセイバーの言葉を、イリヤは戸惑いながらも静かに耳に入れる。

 本来、聖杯戦争であるなら、敵であるサーヴァントの接近されたこの状況はマスターとして絶体絶命のはずなのだが、イリヤに恐怖は感じなかった。

 鎧越しに抱きしめられて、硬い感触が自分を包んでいるが、不思議と居心地は悪くない。

 

「恨むなら私も同罪だ。私はアイリスフィールも切嗣も守れなかった」

「え? まさか、貴女―――」

「ええ。私は十年前、切嗣に召喚された同じセイバーです」

「そ、そんな、在りえない」

「今は私の事はいい。それよりも、今は謝罪させてください。ごめんなさい、イリヤスフィール。私は今まで貴女をこんなにも一人にさせてしまった」

「セイバー・・・・・・」

 

 贖罪するセイバーを士郎は黙って見入っていた。

 その姿はあまりにも美しくて、温かった。戦う彼女の姿も清涼で可憐であったが、今のセイバーはそれとは別種の魅力を感じる。

 まるで、迷子の子供を見つけた母親のような温もり、士郎の心は惹かれていた。

 

「でも、どうか。忘れないでください。貴女は切嗣とアイリスフィールの娘だ。二人は貴女を愛していた。どんなに辛いことがあっても、悲しくても、あの雪の森で戯れていた日々を、なかったことにしないでください」

 

 その言葉でイリヤは思い出す。

 無邪気に、まだ何も知らない子供の頃、短い時間であったが、二人の両親と共に過ごした日々。

 負けず嫌いな父の卑怯な手段に何度も負かされて、その度に拗ねた自分を何度も謝っていた父の情けない顔。そんな自分たちを優しく見守る母の笑顔。

 雪が多く降る寒い夜、温められるように二人の間で眠った安らかな時。

 確かに在って、間違いなくあの時の自分は幸せであって、自分は二人のことが大好きだった。

 

 その二人はもういない。

 

「うえぇ――」

 

 もう止まらなかった。

 

「う、ひっく、うあぁあああああああああああああ!!」

 

 決壊したようにイリヤは泣きだした。寂しくて、寂しくて堪らなかった。母親がいない。あの人はいない。父と呼ぶことは叶わなかった。胸が苦しくて、切なくて、心細くて、体がとても寒い。

 そんなイリヤの頭をセイバーはあやすように優しく撫でた。泣かないでほしいとはいわない。彼女は泣くべきだ。今まで泣くこともできなかったはずだから。自分がいまできることは彼女の悲しみを受け止めることだった。

 泣きじゃくるイリヤは離れないセイバーに縋るように自らも彼女の背に腕を回す。相変わらず鎧越しで温もりなど微塵に感じられない。でも、冷たい鎧でも、誰かがそこにいてくれる、それだけで今のイリヤには救いだった。

 

 しばらくすると、泣き疲れたのかイリヤの叫びは止まった。

 

「落ち着きましたか?」

 

 セイバーが顔を見て訊ねると、イリヤはコクンと頷く。泣きやんではいるが、イリヤの顔は憂いに満ちていた。その顔を見るのが堪らなくなった士郎がイリヤに声をかける。

 

「もう、一人じゃねぇ」

「お兄ちゃん?」

 

 不思議そうにするイリヤに対して、士郎は首を横に振るう。

 

「士郎でいい。イリヤは俺のお姉ちゃんなんだから、呼び捨てするのが当たり前だ」

 

 その言葉を聞いたイリヤは驚いたように士郎を見つめて、セイバーは愛しげに彼の次の言葉を待っていた。

 

「イリヤは俺のことを嫌いかもしれない。でも、どうか俺をイリヤの傍にいさせてくれ。血は繋がっていなくても、俺たちは家族なんだから。家族は一緒にいるのが当たり前だから、頼む! もう、イリヤが悲しい思いをしないよう、俺、頑張るから!」

「あっ・・・・・・」

「私もお願いします」

「セイバー・・・・・・」

 

 セイバーはイリヤの頬に優しく触れる。

 

「貴女の両親を守れなかった剣では不服かもしれませんが、どうか貴女たちを守らさせてください。正直、贖罪や懺悔の気持ちはあります。でも、今まで一人で頑張ってきた貴女自身を私はとても愛おしい。許されるなら、これからは貴女と一緒にいさせてください」

 

 二人の言葉を聞いたイリヤは暫く黙った後、改めて二人を見てから、どこか意地悪そうな口をつり上げる。

 

「仕方ないな、二人とも。そんなに二人が私を好きなら特別に一緒にいさせてあげるわ」

 

 強気な彼女の台詞に士郎をセイバーは互いに笑みを溢す。

 

「ああ、よろしく頼む」

「これから、よろしくお願いします」

 

 二人に同時にそう言われたイリヤは、まだ涙が瞳に残っているが、照れ臭そうに頬笑みを浮かべた。本当にそれが、可愛らしく、眩しくて、士郎とセイバーはこの笑顔を曇らせないようにと、改めて心に誓う。

 

「さて、細かいことは後にして。今はとりあえず帰ろう」

 

 そうやって士郎はイリヤに手を差し伸ばした。

 

「帰る?」

「ああ、俺んち。今日から、というか元からイリヤの家でもあるんだけど、そこに帰ろう。ここにいても寒いだけだろ?」

 

 差し出された手をしばらく見つめた後で、イリヤは躊躇いがちだが士郎の手を掴む。それを微笑ましく見守っていたセイバーは、武装を解除し、立ち上がりながら空いていたイリヤの手を握る。

 二人に挟まれるような形にイリヤは気恥かしくなったが、握った手は離すことはなった。

 ああ、そういえば昔、両親にこうやって貰うことがあったな。

 思い出して再び泣き出してしまいそうになるイリヤだったが、今度は我慢した。

 泣いてばかりでも癪に障る。これからは自分ももっと強くならないといけない。

 だって、自分はお姉ちゃんなんだから。弟たちに守られるばかりじゃなく、自分も守らないといけない。

 そして、三人は揃って歩き出す。見た目も年齢もバラバラな三人であったが、その姿はとても家族のように見えた。

 

 

「…………」

 

 そんな三人の後ろ姿を、壁に埋もれたまま動けず、置いてけぼりになったバーサーカーが眺める。

 結局、彼は思い出して回収されるまで、理性を失っているはずなのに、ずっと孤独を味わっていたのであった。

 



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第五話 赤槍

 どんな流れでも、この話はギャグです


 落日は赤色だった。見渡す限り、空も大地も、全てが血の色だった。

 鉄と血が混じった臭いの中、そこに転がる亡骸は全て、ある一人の少女を王と信じ、輝きし凱旋を共にした者たちだった。

 かつて仲間であった彼らは二つに裂かれ、互いに互いを斬り合い、敵と殺し合って諸共絶入った。

 アーサー王最後の地、カムランの丘、第四次聖杯戦争を終えたアルトリアは血染めの大地に再び彼女は崩れ落ちた。

 アルトリアという英霊は、サーヴァントから契約が解き放たれた後、『英霊の座』ではなく、このカムランの丘に連れ戻される。彼女は死して正規の英霊となりサーヴァントとして召喚されたのではなく、世界と契約して聖杯を手にする機会をとりつけたのだ

 認めたくない結末。それを覆したいために彼女は『世界』に死後の魂を委ねて、聖杯を求めた。それは、彼女が聖杯を手にするまで何度も繰り返し、時の果てで聖杯を争奪する戦いに何度も駆り出される。そして、手にすれば彼女は『世界』の『守護者』となる。

 彼女は呆然と辺りを見渡す。

 悲惨な光景だ。だが、万能の願望機、聖杯。その力があれば、必ずこの光景を変えられると信じた。

 

「ぐ・・・・・・」

 

 再び目にした惨状に、アルトリアは溜まらず嗚咽を漏らす。

 全ては自分が招いた結末だ。

 自分の血を分けた息子であり叛逆の臣になったモードレットによる反乱も、ランスロットやギネヴィアの苦悩を見逃したように、自分が災厄の萌芽を見逃し招いてしまった終幕だ。

 

「・・・・・・ごめん、なさい・・・・・・・・・・・・」

 

 一体誰に向けたものか分からないが、彼女は詫びずにはいられなかった。

 全ては人の気持ちが分からない王が招いた結果だ。

 それを悔いただけなら、自分が王に成らなければよかったと思えば、彼女は選定のやり直しを願っていただろう。

 

 だが、彼女はそうはならなかった。

 時の果て、聖杯をかけた戦いで、彼女は盟友と出逢ったから——。

 

 *

 

 ランスロット、裏切りの騎士の汚名を着せられた彼は、狂戦士と成り、憎悪を持って自分に剣を振るった。

 煉獄の炎の中、怨嗟を孕んだ猛威に彼女は為す術もなく、彼に勝てたのは彼のマスターが魔力の消費に耐えられなかっただけのこと。

 止まった身体を見逃さず、アルトリアはその胸に聖剣を突き刺した。

 

「・・・・・・それでも私は、聖杯を獲る。そうでなければ、友よ・・・・・・そうでもしなければ、私は何一つ貴方に償えない」

「——困った御方だ。この期に及んでもなお、そのような理由で剣を執るのですか」

 

 サーヴァントという枷から解き放たれた彼は、消滅の間際、狂化から解かれて、穏やかな瞳で泣き崩れる彼女を見守っていた。

 

「ランスロット・・・・・・」

「ええ、忝い。だが私も、こういう形でしか想いを遂げられなかったのでしょう・・・・・・」

 

 慈しむような眼差しで、湖の騎士は剣を突き刺されたまま続ける。

 

「私は・・・・・・貴方の手で、裁かれたかった。王よ・・・・・・他の誰でもない、貴方自身の怒りによって、我が身の罪を問われたかった・・・・・・」

 

 先程まであった激情は消え失せている。澄み渡る湖のような静かな気持ちで、ランスロットは静かに言い続けた。

 

「貴方に裁かれたのであれば・・・・・・貴方に償いを求めていたのならば・・・・・・きっと私でも贖罪を信じて・・・・・・いつか私自身を赦すための道を探し求めることができたでしょ。・・・・・・王妃もまた、そうだったはずだ・・・・・・」

 

 深く息をつき、ランスロットは彼女に倒れ込む。もはや彼に、自身で立つ力も残っておらず、その体が霞むように消えていく。

 

「この歪んだ形とはいえ。最後に貴女の胸を借りられた・・・・・・」

 

 まるで夢でも見るかのように彼は穏やかに呟く。

 

「王の胸に抱かれて、王に看取られながら逝くなど・・・・・・はは、私はまるで・・・・・・忠誠の騎士だったのようではありませぬか・・・・・・」

「何を——貴方は——」

 

 伝えたい想いがあった。切なげに自分を見つめている友に告げたい事があるが、今にも消えてしまいそうな彼の姿を見て、急くあまり言葉を詰まらせる。

 駄目だ。

 未だ戦闘時だった故が、彼女の直感が告げる。それでは、本当に彼に報いることができない。

 二人の出会いは悲劇だったかもしれないが、今、この瞬間だけ、その運命に感謝する。

 一瞬で息を整えて、アルトリアは真っ直ぐと自分に抱かれる彼の顔を見ながら告げた。

 

「まるで、ではなく、まさに忠誠の騎士だ。ランスロット、だって、貴方は私達を何度も助けてくれた盟友なのだから」

 

 それを聞いたランスロットは一瞬驚いた顔になると、先ほどとは違った穏やかな笑みを彼女に向けていた。

 もはや彼の身体は下から首まで無くなり、あと数秒で消え去る残滓だったが、地獄のような炎の中、澄み渡る清流のように眩しく、美しかった。

 まるで全てが報われたような笑みを彼は自身の王に向ける。

 

「勿体ない言葉です。ああ、貴方の騎士であれて本当に良かった」

 

 最後にそう言い残し、ランスロットは完全に消え去った。

 既に居なくなった盟友に向かって、アルトリアは言う。

 

「それはこちらの台詞だ、友よ」

 

 *

 

 自分が王でなくなるということは、それらの出逢いを否定するということだ。

 確かに色んな悲運があった。多くの命の嘆きがあった。それでも、それから未来に続くことを、彼女は時の彼方に旅だったことで知ることになった。

 なにより、あの友の笑みを消すことだけはしたくなかった。彼らと共に過ごした日々を、全てなかったことにして、汚してしまうことが怖かった。

 我儘なのかもしれない。これは王として完璧な判断ではないかもしれない。

 だが、元より彼女は完璧ではない。真に完璧であれば滅びることもなかったはずだ。

 完璧ではない彼女に欠落したモノ。誰かが言った、王は人の気持ちが分からない、と。

 

「ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで、アルトリアは悟る。

 自分は完璧を目指すあまり、完璧ではなかった。人の上に立つ者が、人の気持ちを理解していなくては、ただの装置だ。カラクリに人はついていけないだろう。

 ならば、自分がまず為すべきことは、理解すること。

 戦いの中だけではなく、常に直感を張り巡らせ、可能な限り理解し、自己の信念だけではなく他者の願いをも聴き受ける。

 それができなければ、自分は何度も間違えるだろう。例え聖杯を手に入れても、自分は間違った願いを叶えてしまう。

 そう思うと、彼女の中で色々な考えがこみ上げてきた。

 衛宮切嗣。聖杯を前にして、自分に破壊を命じたマスター。少し前の彼女は彼に関して、諦観と怒りを感じていたが、現在のアルトリアにそれはない。

 誰よりも純粋に世界の平和を願ったゆえに、誰よりも非情で在ろうとした男。

 その男がようやく己が願いを果たす願望機を前にして、それの破壊を望んだのであれば、それには何かしらの理由があったはずだ。

 分からなかったから、見通すことができなかったから、理解し合うことができなかったから、彼に対してそんな想いしか抱けなかった自分を恥じた。

 そして、本当に自分は彼を理解しようとしたのか? 自分の信念ばかりを貫くことを優先にし、彼の本心を理解しようとする努力をしたのだろうか。

 あの男は確かに非情だ。だが、愛を知らないわけではない。娘や、妻を確かに彼は愛していた。ならば、分かりあえる道もあったはずだ。

 そして・・・・・・。

 

「モードレッド・・・・・」

 

 彼女は自然とその名を口から零した。

 反乱の原因であり、自分の血を分けた子、モードレッド。

 自分の近くに倒れる、その亡骸に、アルトリアは思わず目を向けて、愕然とした。

 先程まで理解し得なかったことが、不思議と今の彼女には雷鳴の速度で脳に伝達する。

 

「モードレッド、貴方は——」

 

 思わず手を伸ばし、自分の身体が崩れ落ちる。

 

「くっ!」

 

 もはや彼女に、自力で立ち上がる力など残されていなかった。

 それでも、動かない身体で血みどろの大地を這い、その手を伸ばす。

 その先には、一切動かない、悲運の息子、否、息子と思っていた彼女(、、)の亡骸。

 自身の手で、全てを狙い穿つ赤い聖槍で、貫いた相手。

 触れたところで何もならない。モードレッドは声を発さない。既に息絶えているのだ。仮に息を吹き返したとしても、逆に自身へトドメを刺さそうとするだけだ。

 無意味な行為、他者から見れば先程まで殺し合っていた相手に必死に近づこうとする不可解な行為。それでも、彼女は手を伸ばす。どうしたいかなど、彼女にも分からない。

 だが、そうしなければ成らぬと、自身の直感が、心が、意志が、魂が語りかけてくる。

 だが———結局、彼女の手は届くことはなかった。

 

 *

 

 朝、拍子の向こうから差し込む日差しの中、衛宮士郎は自室で目を覚ました。

 彼は夢を見ていた。あれはアーサー王、アルトリアが国に滅ぼされた終末。

 だが、奇妙なことに、彼女は自分に破滅を招いた逆臣であるモードレッドへ手を伸ばしていた。

 どうして彼女がそんなことをしたのか分からない。

 だが、その姿はまるで子を求める親のように見えて、酷く切なくなった。

 思わず、自分も夢の中の彼女に重ねるようにして、天井に向かって手を伸ばす。

 

「起きられましたか、シロウ」

「あっ・・・・・・」

 

 気づけば、自身の近くで正座をしているセイバーが居た。

 彼女の来ているものはスーツだ。どこからか見つけてきたのか、自分にサイズあったスーツを家の中から自ら見つけてきて、いまは白いシャツに黒いズボンだけのラフなスタイルで正座し、自分を見つめている。

 

「おはよう、セイバー」

「はい、おはようございます、シロウ」

 

 士郎が起き上がると、自分の腕を掴んでいる何かを見つけた

 そこには猫のように丸くなって眠っているイリヤが、しっかりと士郎の袖を掴んでいたのだ。

 昨晩、イリヤの我儘で三人は一緒の部屋に寝ることになった。

 最初は躊躇いもしたが、また泣きだすかもしれないとも考えたので、結局三人は川の字に並んで布団を敷き、一緒の部屋で寝ることになったのだ。

 ちなみに、その時、士郎は自身の寝巻をセイバーに貸しており、その時きていた寝巻は綺麗に畳まれて、彼女が寝ていただろう枕元に置いてある。

 なお、説明する必要はないかもしれないが布団の順は、士郎、イリヤ、セイバーであり、真ん中のイリヤは泣き疲れたのか直ぐ寝てしまって、士郎と言えば、近くにいるセイバーに何度も目が行ってしまい中々寝付けなかったのであった。

 

「よく眠れたか、セイバー?」

 

 未だに残る恥じらいを隠す様に士郎が訊ねると、セイバーは穏やかな笑みを向けたまま答える。

 

 

「本来、サーヴァントである私に睡眠は不要なのですが、昨晩は良い時を過ごせました」

「? そうか、なら良かったけど・・・・・・」

 

 微妙に可笑しな返事だと士郎は感じたが、そこまで気にすることなく彼は疑問を流した。

 実はセイバーは昨日から寝ておらず、意中の相手が直ぐ近くにいるのに緊張していたずっと起きていた。ただ、士郎とイリヤのあどけない寝顔を眺めるのは彼女にとって素晴らしい時間だった。

 一瞬部屋の中が静かになると、コンコン、と包丁の音が聞こえてきた。

 

「桜か・・・・・・」

 

 自分の後輩である間桐桜が自分の代わりに朝食を作ってくれているのだろう。

 そう感づいた士郎は自分の袖を握っていたイリヤの手を丁寧に離し、布団から立ち上がった。

 

「セイバー、悪いけどイリヤを起こして布団を片づけてくれないか? 俺は台所に向かう」

「はい、了解しました。マスター」

 

 士郎としては軽い気持ちでお願いしたつもりなのだが、凛然とした態度で頷くセイバーに内心で可笑しそうに笑う。仮にそれを表に出していては、真面目である彼女から不評を買っただろう。

 そうして士郎は自室から出て、朝食を作ってくれているだろう桜がいる台所へ向かった。

 

 *

 

「あっ! おはようございます、先輩」

 

 士郎がやって来た途端、桜は陽ざしのような笑みを浮かべて挨拶をする。

 

「おはよう、桜。悪いな、朝食作ってもらって」

「いえいえ。先輩には色々とお世話になっていますし、私にできることはこれくらいですから」

「世話になっているのはこっちだよ。で? なにか俺にできることないか?」

「もう仕上げだけなので、手伝ってくれるなら先輩は机にお料理を並べてくれると助かります」

「ああ、わかった」

 

 桜に言われた通り、士郎は出来ていた料理を机に並べ、全員の味噌汁とご飯をよそった。当然、そこにはセイバーとイリヤの分も含まれており、そろそろやって来るであろう来襲者の分も準備する。

 

「ふぁああ・・・・・・」

 

 そこに口をあてて、可愛らしい欠伸をしながらイリヤがやって来た。すぐ後ろにはセイバーもいる。

 

「おはよう、イリヤ」

「おはよう、シロウ。わぁ! もしかして、シロウが作ったの?」

 

 机に並べられた日本食を見て目を輝かせながら訊ねるイリヤにシロウは苦笑しながら首を横に振った。

 

「いや、これは後輩の桜が作ってくれたやつだぞ」

「えぇぇええ。ちょっと、残念」

「そんなこと言ったら作ってくれた桜に失礼だろ。俺の料理は今晩作ってやるから我慢してくれ」

「本当? 楽しみにしているわ!」

 

 嬉しそうに笑ったイリヤは直ぐに士郎の隣に座る。先程の話を聞いて、自身も期待を膨らませていたセイバーも、イリヤが士郎の隣に座ったのを見ると、反対側で素早く座った。

 

「先輩——え?」

 

 そこで台所から桜がやって来て、石化したかのように呆然と立ち尽くした。

 無理もないだろ。突然、見知らぬ異国の少女が二人も現われて、自分が慕っている先輩の隣にさも当然かの如く座っていれば彼女のような反応になっても不思議ではない。

 

「桜も立ってないで、座ったらどうだ?」

 

 そんな桜の動揺を察していないのか士郎は立ったままの彼女に座ることを促す。

 

「え? あ、はい・・・・・・」

 

 どこか消沈したように返事をした桜は、仕方なくセイバーから少し離れた場所で座るももの、イリヤやセイバーに警戒と嫉妬混じりの視線を向けていた。

 特にセイバーが現在座っている場所は今まで自分の特等席なのだ。それがいきなり現われた見ぬ知らずの相手に奪われて、彼女の心は気が気でなかった。

 そんな彼女の内心を知らない鈍感の士郎は全員が座ったことを確認すると手を合わせた。

 

「それじゃあ、食うか。いただき—————」

 

 

 

 

「おっはよう、諸君!!!!!!」

 

 

 

 

「————ます。ところでセイバー達は箸を使えるのか? なんなら、スプーンでも持ってこようか?」

「ご心配には及びません。以前にも食べたことがありますので、御箸の扱いにはなれています」

「私も淑女の嗜みで大体の国のテーブルマナーはならったからできるよ」

「そっか、なら必要ないな」

「無視しないでよ、士郎!!!!!」

 

 登場したのにまったく反応がなかった藤村大河の嘆きを、士郎は呆れた視線で対応した。

 彼女は士郎たちと昔からの知り合いであり、色々と世話をしていたというのは本人談。実際、世話しているのは士郎のほうなのが最近では多い。

 

「いつものことだろ、藤ねえ。つうか、食べるなら座ったらどうだ?」

「そうね~。あっ、桜ちゃんご飯よそって」

「あっ、はい」

 

 さっきの嘆きはどこに行ったのか、藤村座り、自分でよそえば良いものの桜にご飯をよそうのをお願いする。

 

「ううん、みそ汁の良い香り☆ 日本人に生まれてきてよかったわ~。あっ! この煮物も美味しいわね。桜ちゃん腕上げたわね!」

「ありがとうございます」

「よ~し、次はこれを食べようかなって、あああああ!? もう、肉団子がない! ちょっと、貴女食い過ぎじゃない!?」

「これは誰のものでもないので速いもの勝ちです」

 

 藤村の指摘にしれっとセイバーは答える。彼女は独占したわけでもなく、士郎とイリヤ、ついでに桜にも自身が最も多く消費した肉団子をよそってあげている。

 ちなみに消費率はセイバーが九、他が一だ。

 

「なによう! よろしい、ならば戦争だ! この佃煮は貰った!」

「ならこのサラダは頂きます」

「なんだか穏やかじゃない朝食ね。まぁ、楽しいからいいけど。あっ、シロウ。それって醤油でしょ? とって」

「いいけど、イリヤは玉子焼きには醤油派なのか?」

「別にそんなんじゃないけど、醤油の味がどんなものか試したいだけ」

「先輩・・・・・・・・・・・・」

「はっ! 私の分の焼き魚がない!」

「いったい、いつからそこに焼き魚があると錯覚していた?」

「なん・・・・・・だと?」

 

 そうこうして衛宮家の朝食は騒がしいまま続いて、そのまま終わった。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 食後、桜が淹れてくれた緑茶を飲んで藤村が一息つき。

 

 

「って、誰なのよ、そこの二人!!」

 

 昔に流行っていた漫才師のようなポーズで、同じく緑茶を飲んでいたセイバーとイリヤを指差した。

 

「藤ねぇ、人を指差すのは失礼だぞ。というか、つっこむの遅いな」

「そんなことはどうでもいいのよ、士郎!! なんなのこの二人!? いつから知らぬ間に女の子を家に連れ込むような駄目な子になったの! というか、片方はロリ! 圧倒的にロリっ子! こんな小さい子を連れ込むなんて犯罪よ、犯罪!」

 

 藤村の主張に桜がコクコクと頷く。そんな憤る虎のような藤村に士郎は変わらず呆れるような態度をとる。

 

「小さいつっても、イリヤは俺たちよりも年上だぞ」

「なん・・・・・・だと?」

「そのネタは二度目だ。まぁ、紹介するのが遅れたのが悪かったけど、イリヤはじいさんの娘だ」

「はい? 切嗣さんの?」

 

 予想外の言葉に藤村はきょとんとする。そこで士郎に変ってセイバーが説明しだした。

 

「彼女の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ドイツの名家の令嬢であり、私はその護衛としてきたセイバーといいます」

「ご紹介にあずかりましたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンです。以後、お見知りおきを」

 

 イリヤは立ち上がって、スカートの裾を両手で軽く持ち上げながら礼をした。その姿は様になっており、令嬢と言われたら納得せざるをえない。

 

「そして、シロウの言葉通り。彼女は衛宮切嗣の御息女でもあります」

「そんな、全然似てない————」

「そうですか? 目元とか似ていますよ?」

「あっ、ホントだ。本当に切嗣さんの娘さんみたいね」

『ええええ』

 

 余りにも細かい場所をセイバーが指摘し、更に納得してしまった藤村の様子に、二人以外は思わず唖然としてしまった。

 

「彼女は訳あって今まで切嗣と逢えなかったのですが、此度はとある機会に恵まれて冬木の地にやって来ることができました。ですが・・・・・・・・・」

「あっ、切嗣さんは————」

 

 既に切嗣は亡くなっている。藤村は悲しげな眼差しでイリヤを見つめているが、当のイリヤはあっさり納得した藤村にドン引きしていたりする。

 

「イリヤスフィールちゃん?」

「え、いや、長いからイリヤでいいけど」

 

 潤んだ瞳で自分を見てくる藤村に思わずイリヤは後ずさった。

 

「イリヤちゅゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

「え? きゃああああああああああああ!!」

 

 突然、藤村は号泣しながらイリヤに抱きついた。

 

「ごめんね、ごめんね、イリヤちゃん! 遠路遥々来たのに酷い態度してごめんね!!」

「いや、別に気にしてないし、というか泣きながらほっぺ擦りつけないで!」

「でも、切嗣さんはもういないの!!」

「知ってるわよ! すっごくデリカシーないことを泣きながら言わないでよ!」

「ちなみに——」

 

 面倒なことになったところでセイバーが声を切り出した。

 なにか事態を収拾することでも言うのかと士郎と桜は期待したが、セイバーの言葉は火に油を注ぐことになる。

 

「貴女、女の感ですが、イリヤスフィールの母親にも会っているようです」

『え?』

 

 不可解なセイバーの言動に周りは呆然とするが、イリヤに抱きついていた藤村だけが何を思ったのか、マジマジとイリヤの顔も見つめていた。

 

「はっ! まさか、師匠の!」

『師匠!?』

「はい。なんとなくですが、貴女が師匠と慕っていたと思うアイリスフィールは彼女の母親です。そのアイリスフィールも既に亡くなっておりますのでイリヤスフィールには優しくしてくれると助かります」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

「ひぃいいいいい! なんだか、バーサーカーみたいな雄叫びあげてるよ! 涙と鼻水をくっつけようとしないで! あああん、シロウ助けてえええ!」

「ええい、藤ねえいい加減、落ち付け! ああ、これ以上身内の恥を晒しても悪いから、俺は向こうに行って藤ねえを宥めるから桜は朝食の片付けをしてくれないか?」

「え? 先輩?」

「じゃあ、任せた」

 

 そうやって、士郎はイリヤの抱きついたままの藤村を連れて居間から出て行った。

 沈黙が流れる。

 気まずそうに桜がセイバーをチラリと見るが、セイバーはリラックスしたように緑茶を飲んでいるだけだった。

 観念するように桜は聴こえないように溜息をしながら、立ち上がった。

 実は彼女、聖杯戦争始まりの御三家である間桐の人間であり、彼女自身、聖杯戦争に参加するマスターであった。

 もっとも、彼女はマスター権を義理の兄であり間桐慎二に委ねており、外面だけなら聖杯戦争とは無関係を装っている。

 だが、彼女が間桐の魔術師でありマスターであることには変わりなく、彼女はセイバーと名乗った彼女がサーヴァントであることも、イリヤがマスターであることも、更には士郎がマスターであることも分かっていた。

 士郎のサーヴァントであるセイバーがいることはさして不思議ではないが、敵であるイリヤは彼と一緒にいることが最初は解せなかった。

 だが、セイバー達の言葉が真実なら、士郎の養父である衛宮切嗣はイリヤの父であり、その縁で協力関係にでもあるのかもしれない。

 しかし、どの道、今の桜には何もできない。逆に警戒をしておけば、変に感づかれるかもしれないだろう。

 それでも、その場で自身のモノではないサーヴァントと一緒にいるのは彼女としても本意ではく、片づけるように見せかけて、桜は逃げるように台所へ向かった。

 そして———無防備な背中を、セイバーの前に曝した。

 

「・・・・・・・・・あ?」

 

 気づけば、桜の胸から赤い突起物が生えていた。

 正確には、いつの間にか出した赤い槍でセイバーが桜を背中から突き刺していた。

 凛然とするセイバーを見つめた桜は——セイバーが槍を引きぬくと——何が起こったのか理解することもなく、呆けた顔のまま床に倒れ伏した。

 倒れる桜へと、セイバーはその手に握った槍を使って何度も突き刺し、その度にぐちゅぐちゅと潰れた音が居間に響く。

 セイバーが何十回した後、ようやく突き刺すこと止めた彼女の前に、紫の長い髪を靡かせた妖艶なサーヴァントが実体化する。

 彼女は、本来、桜のサーヴァント。ライダーのクラスで現界しているメデューサだった。

 

「———、やれやれ、呆気ない幕切れです」

 

 目を隠していながらも、彼女は床に倒れ伏す自身のマスターに顔を向けていた。

 

「一悶着ぐらいあると予想していましたが。見てください、この顔。自分に何が起こったのか分からなかった様子です」

「彼女は自身を一般人だと装っていたのです。油断しても無理はないでしょう」

 

 現われたライダーに対して、セイバーは警戒をせず、ただ静かに彼女を見つめていた。

 

「本当に異存はないのだな? メデューサ」

「貴女達が契約を違わなければ。さもなくば、セイバー、貴女と貴女のマスターが骸の様に打ち捨てられるだけのことです」

 

 異常な空気の中、かくして、一つの契約が交わされた。

 

 

 




 セイバーの持っていたのはオリジナル設定の宝具です。
何やらグロい終わり方なのですが、いつも落ちが単調になるのを避けるために、このようにしました。気づいた人はいるようですが、セイバーの行動は次回か、その次に分かる予定です。
あと、誤字脱字多過ぎた。急いで投稿したツケですね(−_−;)


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第六話 燦爛

  

 別れの日は眩しかった。

 雲ひとつない空、今まで生まれ育った場所を離れ、自分は別の家の人間となる。

 父も母も、姉も、桜にとって今日から他人となるのだ。

 迎えの車が来る。車の窓から覗かせた老人は自分を見て、にやりと嗤った。

 それを見てしまった桜は怖くて逃げ出したくなったが、父が優しい笑顔で背中を押した。

 大好きだった笑顔。今までずっと自分達も見守ってくれていた笑顔だ。ここまで来て、自分が我儘を言えば、父を困らしてしまうだろうから、桜は勇気を振り絞って前に進んだ。

 

「―――」

 

 なんと言われたのか憶えていない。

 ただ、振り向いた時、一つ上の姉が真っ直ぐと自分を見ていた。

 宝石のような眩しい瞳。自分と違って出来た姉を、桜は幼い心にして嫉妬し、同時に大好きだった。

 その姉が真っ直ぐとこちらを見ている。

 なんなのか? 桜が訊ねる前に、姉が自分の髪に結んでいたリボンをほどき、自分に差し出した。

 それは姉のお気に入りの品だった。自分が何度も貸してくれてとねだっても、頑なに渡すことを拒んだ宝物を自分に渡そうとしている。

 姉はなにも言わない。ただ、真っ直ぐとこちらを見ているだけだった。いや、その瞳が微かに潤んでいるが、それが零れることがなかった。

 思わず、泣きそうになったが、桜は頑張って湧きあがる想いに堪えながら、リボンを受け取った。

 それは遠い過去。遠坂桜が間桐桜になり、桜にとって地獄が始まった記録。

 彼女にとって、それから先の事の出来事は語るも憚れるほどのおぞましいもの。

 だが、始まりの日は、未だ彼女にとって色褪せない大切な思い出だった。

 

 *

 

 桜は眼を覚ますと知らない天井を見た。

 否、そう思ったが、直ぐに見覚えのある天井だと気づく。だが、洋館のような天井は衛宮家のものではないが、彼女が住んでいる間桐の屋敷のものでもない。

 桜は起き上がると直ぐに見覚えのある顔を見つけて、ここがどこであるのか気づく。

 自分を見ていたのは遠坂凛。そして、ここは遠坂の屋敷で在り、記憶に間違いがなければ自分の部屋だった場所だ。

 

「桜、起きた?」

「ねぇ―――遠坂先輩、なんで」

 

 他人行儀で訊ねてきた桜を凛は一瞬切なげに見た後、直ぐに真剣な眼差しを彼女に向けた。

 

「単刀直入に言うわ。桜、貴女は負けたの」

「え?」

「正確には負けたのは間桐の家。サーヴァントであるライダーは私たちと契約を交わして、協力関係になったわ」

 

 それを訊いた瞬間、桜は信じられなさそうに顔を強張らせた。

 自分とサーヴァントであるライダーとの間には信頼関係があると信じていた。静かな物腰や自分を気遣う彼女の優しさを桜は好いていた。そんなライダーが簡単に自分を裏切るなんてとても信じられなかった。

 そんな桜の内心を察していた、凛は付け加えるように語る。

 

「先に彼女の名誉のために言うと、実際のとこライダーは桜を裏切っていないわ」

「え?」

 

 ますます訳が解らず混乱する桜に対して、凛はゆっくりと彼女を真っ直ぐ見据えたまま話を続ける。

 

「ライダーの仮初のマスターであった慎二も私達に捕まっている。今頃、ライダーに折檻、調教、躾けでもされているころかしら? 当主である間桐臓硯にも既に刺客は放っている。流石のあの妖怪でも、アイツらには逃げられないでしょう。

 そして、桜―――」

 

 自分の名前が呼ばれて、桜はビクっと身体を振るわせるが、凛は彼女の様子に構わず事実を告げる。

 

「貴女の身体を蝕んでいた刻印虫もセイバーの宝具で全て除去したわ」

「え?」

 

 思いもよらない言葉に桜の思考は一瞬停止する。

 

「貴女には悪いけど、間桐臓硯に直ぐ悟られるのを避ける前に、油断していた貴女を、正確には貴女の中の刻印虫を襲わせてもらったわ。そして、貴女が意識を失ったのは体内の一部であった心臓の刻印虫を失った反動でしょうね。

 まぁ、気を失ったおかげで、セイバーが残りの刻印虫を素早く駆除できたわ。そして、気を失った貴女はそのままライダーにここまで運ばれた」

「そんなこと―――」

「できるのよ、セイバー、アーサー王の持つ聖槍ロンゴミアントは狙ったものだけを貫くことができるのよ。

 嘘だと思うなら体内の魔力回路に異常がないか確認してみなさい。桜だって、酷いやり方だったとはいえ魔術師として育てられたならできるでしょ?」

 

 言われるまま桜は体内の魔力回路を調べ、自分の身体を蝕んでいた刻印虫の存在が綺麗に居なくなっていたことを確認して、更に驚愕した。

 信じられなかったが、事実である。しかも、貫かれたとは言っても自分には特に外傷らしいがないのが更に驚くべきことだった。

 それぞ、アーサー王の持つ聖槍の力だった。

 狙い穿つ必勝の赤槍(ロンゴミアント)

 この赤い聖槍は自身が認識したものを、障害などを無視して貫くことができる。

 例えば、いかに強靭な盾や鎧があっても、防護をすり抜けて目標を突き刺すことができるのだ。

 この槍の力を使い、嘗てのアーサー王は強固な鎧で固められていたモードレットの守りを素通りして貫き殺した。

 更に、この力を利用すれば味方が敵に捕まっていても、味方を無傷のまま背後の敵に攻撃を与えることが可能であり、今回の様に他の臓器を傷つけず、特定の部位だけ刺すことも可能なのだ。

 彼女の主兵装は剣のため、必要な時でしか使用されないが、まさしく宝具と呼ぶに相応しい、狙ったものだけ(、、)を貫く聖槍といえる。

 ちなみに桜の体内に燻っていた刻印虫の位置を特定できたのは、セイバーの直感スキルの賜物だ。仮に他の誰かがこの槍を使っても、体内の刻印虫を殺しはできるが、それにはそれなりの時間が掛かったことだろう。

 桜の体内にいた刻印虫がいなくなった。凛の言葉が正しければ、彼女を支配していた間桐臓硯の企みも潰える。

 すなわち、桜は自由の身となったのだ。

 突然の出来事で未だ事態を把握しきれておらず呆然とした桜へ凛は告げる。

 

「これから間桐の家は遠坂の傘下になる。そこにいる人間も、魔導も、全て遠坂の所有物よ。だから――」

 

 一瞬、桜は自分が何をされたのか分からなかった。

 

「―――これからは、私が桜を守らせてもらえないかしら?」

 

 気づけば、凛がようやく手に入れた宝物かのように桜をそっと抱き寄せていた。

 

「桜がいっぱい辛い思いをしているのに、私は気付けなかった・・・・・・そうね。

 だからこそ、守らないと。

 桜を犯す悪、桜を責める悪、桜が思い返す過去、全部から桜を守るわ。

 限られた人の前でしか笑えなかった貴女が――――。

 ――――それ以外の誰かの前でも、いつか、強く笑えるように」

「――姉、さん――」

「ごめんね、こういう勝手な姉貴で。

 ・・・・・・それと、ありがと。

 そのリボン、ずっと着けていてくれて、嬉しかった」

 

 凛の一つ一つの言葉、彼女から伝わる温もりが桜の身体に染み渡る。

 思えば、誰かにこうやって優しく抱きしめて貰ったのはいつ以来だっただろうか?

 自分に触れる温かな体温、心地よい気持ち。

 ああ、そうか。ずっと私はこれが欲しかったんだ。

 

「姉、さん」

「うん」

 

 しがみつく様に、もう離れないように桜は凛の背中に手を廻した。

 

「ずっと痛かった。ずっと冷たかった。先輩の前でしか、私は、私じゃなくて、怖くて、虚しくて」

「うん」

「ホントは姉さんのこと恨んでいた! 私が辛い思いもしているのに、姉さんばかり綺麗な毎日を過ごして、輝いていて、羨ましかった!」

「うん」

 

 凛は静かに桜の吐露を受け止める。そんな凛に抱き寄せられたまま、桜は瞳に涙を溢れさせ、更に強く姉にしがみつきながら溢れる思いを撒き散らす。もはや彼女自身、何を伝えたいのか定まっていなかった。

 

「姉さんと違って、私は悪い子で、汚れていて、誰かと一緒にいることなんてしちゃいけないのに、甘えていて、でも、そんな人達を裏切っていて、そんな汚い私を隠してて!」

「うん」

「いつかそんな私のことを先輩たちに知られるのが怖くて、でも、そんな自分が、消えるのも嫌で!」

「消える必要ないわ。私の傍にいて」

「姉さん! 姉さん! 姉さん! 姉さん! 姉さん!!」

 

 桜は何度も姉の呼びながら、迷子の子供が探していた人間を見つけた時の様に泣きじゃくった。

 そんな桜を凛は静かに抱きしめたまま―――。

 

 

 

 ―――計画どおり。

 凛は桜に見えないところでにやりと嗤う。

 

 

 

 これで桜は大丈夫だ。可愛い妹を虐めた爺と餓鬼には然るべき罰も与える準備もできている。

 残るサーヴァントは二騎。いや、勢力的に考えるならただの一組のみ。その気になれば今夜でも落せるところだ。

 だが、焦る必要もない。時間に限りはあるのだが、それまでに準備は整うだろう。

 そもそも、最後の一組に関しては自分の仕事ではない。自分のコレからの仕事は最後の仕上げのために準備をすることだ。その後事を考えると凛は笑みを隠すことができない。

 必死に縋りながら泣く妹の横で姉がくつくつと楽しそうに嗤う。

 一見、二人の抱擁は光輝くように美しいのだが、なにか色々と台無しだった。

 

「悪魔だ。赤い悪魔がいる」

 

 屋敷から帰り、以前桜の部屋だった場所を綺麗に掃除した後、問答無用で叩きだされたアーチャーはそんな二人の様子を扉の隙間から冷汗を浮かべながら見ていた。

 

「えぐぅ! ひぃん! 桜、よかばぁずね!」

 

 隣にいるライダーはアーチャーと見えているものが違うらしく、感激あまり涙と鼻水を垂らしていた。

 

 *

 

「はっ!」

「どうかしたのか、セイバー?」

 

 いきなり顔を強張らせたセイバーを、士郎は心配そうに窺うが、彼女は何でもないように首を横に振るう。

 

「いえ。ただ、私の恋敵が別の道へ歩いたようです」

「はぁぁ」

 

 理解不能だったが士郎はとりあえず相槌をついた。

 

「二人とも、なに立ち止っているの!!」

 

 そんな二人の先頭を歩いていたイリヤが責めるように睨む。

 三人は冬木の新都にあるショッピングモールがいた。

 

「今日はセイバーの服を買いに来たんだから、さっさと次の場所に行くわよ」

 

 イリヤの言葉通り、三人は霊体化できないセイバーのために服を買いに来たのだが、士郎は口をへにする。

 

「とは言ってるけど、流石に買いすぎだろ、コレ」

 

 そう言いながら士郎は両手にぶら下げている紙袋を軽く手で上げる。

 既に士郎たち三人は何軒か店を回って数着の服を買っていたのだ。

 士郎も最初のほうは、着せ替え人形のようにセイバーやついでにイリヤまでも次々と服を試着し、その度に照れ隠しながら精一杯の賛辞を二人に送って、セイバーは嬉しそうに、イリヤは満足そうにそれぞれ笑って、楽しい時を過ごしていた。

 だが、一軒一軒増えるごとに士郎の疲労の色が浮かび上がる。

 そんな義弟を軟弱者を言わんばかりにイリヤが厳しい顔で指を刺す。

 

「甘い! 甘いわよ、シロウ! だから、貴方はアホなのよ!」

「なんでさ」

「女の子の服はそれこそ何処ぞの慢心王の宝物ようにいっぱいあっても困ることないのよ! それにシロウもセイバーの色んな姿を見られて嬉しいでしょ?」

「それは、まぁ――」

「あ、あの、イリヤスフィール―――」

 

 士郎の発言に内心喜びながらも、セイバーが彼に助け船を出す様にイリヤに進言する。

 そのセイバーにイリヤは困った笑みも浮かべた。

 

「だから、イリヤで良いって言っているでしょ?」

 

 イリヤは随分とセイバーに気を許しているため、自分の愛称を呼ぶことを彼女に許していた。むしろ、それを呼ばなければ拗ねる。

 

「あ! すみません。その、イリヤ」

「うん、なに?」

「その、私のために買ってくれているのは嬉しいのですが、これは流石に多いといいますが、貴女にも悪いでしょう」

 

 士郎が持っているセイバーの服たちは全部イリヤの金で購入したものだった。

 最初は士郎の金で買うつもりだったのだが、それだったらどうせ大したものも大した量も買えないとイリヤが言って、彼女はすぐさま自身のメイドに連絡し、黒いカードを持ってこさせるとそのままメイドを追い返し、すぐさま士郎とセイバーを連れて街に出かけた。

 セイバーも色々と買ってもらえるのは嬉しいのだが、流石に量や価格を考えると気が引けている。

 しかし、そんな彼女を余所にイリヤは満面の笑みを浮かべて言った。

 

「なに言っているの。セイバーは私の義妹になるかも知れないんだし、この際遠慮は抜き」

「ふへ?」

「まぁ、それを抜きにしても私はセイバーのことが気に入っているから幾らでも服を買ってあげるけど、そうやって言ったほうが受けとってくれるかな?」

「いえ、その、確かに私はシロウが好きですが、そそ、それはまだ私の片思いでして」

 

 しどろもどろで言うセイバーに対し、イリヤは悪戯な笑み浮かべながら士郎を見る。

 

「そう? でも、私の見たところじゃあシロウも満更じゃないと思うんだけどなぁ」

「え?」

「いきなり、そんなこと言われても反応に困るだろ」

 

 誤魔化すように曖昧な返答をした士郎だが、そんな彼を見た途端、セイバーは茹で蛸のように赤らめて顔を俯かせてしまった。

 セイバーの直感スキルのランクはEX。

 例え、一見素気なくされても、内心を理解してしまう彼女は、士郎が自分に対して満更じゃないことを感づいてしまったのだった。

 そんな彼女の様子に自身の内心が知られたことに気づいた士郎も気まずそうに頬を染める。

 顔を赤らめながらチラチラと相手を見ては、視線を逸らしてしまう二人。

 その光景に周りは『リア充爆発しろ』と内心罵り、イリヤは『何この二人可愛い』と萌えていたのだった。

 

 




*本作オリジナルサーヴァントステータス*

【CLASS】剣騎士(セイバー)

マスター:衛宮 士郎
真名:アルトリア
性別:女性
属性:秩序・善

Heigihy/Weight:154cm・42kg
Blood type:unknown
Birthday:unknown
Measurements:B73・W53・H76

筋力:B
耐久:C
俊敏:C
魔力:B
幸運:B
宝具:EX

■保有スキル
魔力放出:A
 武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出事によって能力を向上させる。華奢な体躯の彼女が、数々の英雄と渡り合えるのはこのスキルのおかげ。

カリスマ:B+
 軍団を指揮する天性の才能。カリスマの希有な才能である、一国の王としてはBランクは十分と言える。そこに「萌え要素」が追加されて、カリスマが強化された。

直感スキル:EX
 “常時”、自身にとって最適な展開を“感じ取り、理解する”能力。
 研ぎ澄まされた第六感と瞬時な判断で、森羅万象を理解する力はもはや未来予知そのもの。
 

恋する戦乙女:A++
 愛を力を与える。初めて女として人に恋をした彼女は、意中の相手のためなら自身の力以上の能力を発揮する。
 衛宮士郎に関する限定的な局面のみ、彼女にはバーサーカーのAランク『狂化』に匹敵するほどの高い戦闘力ボーナスを獲得できる。
 ただし、それによって理性が奪われる場面もある。

■宝具

風王結界(インビシブル・エア)
ランク:C 
種別:対人宝具 
レンジ:1~2
最大補足:1人
 不可視の剣。
 シンプルではあるが白兵戦において絶大な効果を発揮する。
 強力な風の魔術によって守護された宝具で、剣自体が透明というわけではない。
 また、その風を利用し、強力な一撃や飛行も可能とする。

狙い穿つ必勝の赤槍(ロンゴミアント)
ランク:B
種別:対人宝具 
レンジ:1~3
最大補足:1人
 赤き聖槍。
 自身が認識したものを、障害などを無視して貫くことができる。
 いかに強靭な盾や鎧があっても、防護をすり抜けて目標を突き刺すことができる。
 また、味方が敵に捕まっていても、味方を無傷のまま背後の敵に攻撃を与えることが可能であり、他の臓器を傷つけず、特定の部位だけ刺すことも可能。
 彼女の主兵装は剣のため、必要な時でしか使用されない。 


約束された勝利の剣(エクスカリバー)
ランク:A++~EX
種別:対城宝具
レンジ:1~99
最大補足:1000人
 光の剣。
 人造による武器ではなく、星に鍛えられた神造兵装。
 聖剣というカテゴリーの中では頂点にたつ宝具である。人々の“こうであってほしい”という想念が地上で蓄えられ、星の内部で結晶、精製された“最強の幻想(ラスト・ファンタズム)”。
 所有者の魔力を”光”に変換し、収束・加速させることにより運動量を増加させ、神霊レベルの魔術行使を可能とする聖剣。
 また所有者のコンディション次第で威力も変化する。

全て遠き理想郷(アヴァロン)
ランク:EX
種別:結界宝具
防御対象:1人
 エクスカリバーの鞘の正体。
 魔法の域にある宝具であり、鞘を展開し、自身を妖精郷に置くことであらゆる物理的干渉、並行世界からのトランスランナー、多次元からの交信(六次元まで)をシャットアウトする。
 また自己修復機能もあり、所持者の老化も抑える。



*補足
 ロンゴミアントに関してはまったくの本作オリジナル能力。FGOで出るより早く出したので今更変えれません。
 伝承でも鎧をまとっているモードレッドを貫いたという聖槍ということなので、こんな能力にしました。
 四次の際には持っていても使う機会がなかった、防御力無視の貫通攻撃ということで。


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第七話 解答

お気に入り2000超えありがとうございます!!


「ひっ! ひいっ!」

 

 深夜、冬木市郊外の森、間桐臓硯は逃走していた。

 自分の陣地である屋敷から抜け出し、彼を狙う刺客から遁れ様と必死だった。

 その姿は中老もとうに過ぎた小さな老人だが、実際は自身の魔術と他者の命で五百年以上も生き続けている妖怪のような存在である。

 元々はロシア出身の魔術師であり、冬木の聖杯戦争を考案した一人であり、英霊を使い魔とするサーヴァントのシステム、第二次聖杯戦争から採用された礼呪のシステムを作り上げた張本人だ。

 陰険かつ狡猾な外道であり、これまで数多くの人間に不幸や苦痛を与えてきた。魔術師の教育と称して幼い頃から拷問された間桐桜もその一人。

 そんな間桐臓硯が、恐怖に顔を歪ませながら駆けている。彼の身体は無数の蟲で構成されており、機能的にも外見には似合わないものを持ち合せているが、体力が無限というわけでもない。

 特に彼は元々、本体と身体を別々にしていた。そして、本体は桜の心臓に寄生していたのだ。

 だが、衛宮邸にて本体は寄生していた桜ごとセイバーの槍に貫かれた。

 桜の中で寄生していた臓硯も彼女の目の前にいたのがサーヴァントだとは解っていたが、まさか朝から襲われるとは思いもしなかった。

 運が良かったのか、あるいは彼の生への執着ゆえか、臓硯の本体はサーヴァントの一撃で葬られることはなく、一命を取り留めた。

 そして、セイバーが桜に寄生していた刻印虫を駆除している間に、彼の本体は素早く桜の身体から脱出し、間桐の屋敷に居た自身の身体へ合流を果たした。

 しかし、休む暇もなく、彼の元へ襲撃者が現われる。

 なんとか屋敷に設置していた結界や罠で時間を稼ぎ、外へ逃れることができたが、追手が直ぐに臓硯を捕えるだろう。

 本体が傷ついていたことでいつも以上に身体が動かない。彼を狙う存在が今この瞬間に現われても不思議ではない。

 それでも、臓硯は観念することなく我武者羅な逃走劇をしていた。それが無意味であると知りつつも、彼は諦めることはなかった。

 もっとも、思いだけで事が上手く運ぶことなど世の中、簡単ではない。

 

「ひっ!」

 

 瞬間、間桐臓硯の眼前に赤い槍が突き刺さる。

 

「鬼ごっこは御終いだぜ、ジジイ」

 

 振り向くとそこには青い衣装のランサーがいった。

 

「貴様の逃走劇は中々面白かったが、もう飽きた」

 

 彼に続く様にして現われたのは黄金のサーヴァント、ギルガメッシュ。

 

「ああ、確かにそのとおりだ。何度も変わりの映えしない娯楽では愉悦できん。早々に仕事を終わらせるとしよう」

 

 そして、最後に現われたのは言峰綺礼だった。

 

「や、やめろ! ワシに乱暴する気じゃろ!? エロ同人誌みたいに!」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ、糞ジジイ!」

 

 ランサーが怒鳴りながら投擲した槍を回収し、臓硯に向ける。

 サーヴァント二騎に元代行者が一人。どれか一つでも臓硯にとっては分が悪い勝負だがこの戦力差はまさに絶望的だ。

 自分より圧倒的までに格上を前にして臓硯が叫ぶ。

 

「な、なぜじゃ!? なぜ貴様らがワシを狙う!?」

 

 間桐臓硯は今回の聖杯戦争である策略を企んでいた。

 だが、その事は目の前の相手に知る由もない事のはず。

 更には始まりの御三家であり、今後の聖杯戦争の運営にも関わる臓硯を殺すことで彼らにどんなメリットが発生するのかが謎だった。

 そんな困惑を隠せない臓硯の叫びを訊いたサーヴァント二騎はそれぞれ複雑そうに顔を顰めさせる。

 

「まぁ、それには色々と面倒なことがあるんだよ」

「どんな理由があろうが蟲が知ったことで意味はなかろう。

 我が決定したことだ。異論は認めん。黙して従え」

 

 ランサーは微妙な気持ちで、ギルガメッシュは苛立ち混じりでそれぞれ思うことを口にする。

 

「?」

「どの道、貴様に決定権は存在せぬよ、間桐臓硯」

「くっ!!」

 

 綺礼の言葉で臓硯は更に顔を歪ませ、もはやコレまでか? と感じた時、綺礼は笑みを浮かべる。

 まさに、聖職者のような清らかな笑み。だが、臓硯は彼が人格破綻者なのは知っている。

 その笑みの裏でどんなことを考えているのか、普段の臓硯なら興味深そうに待ち望む余裕を見せるとこだが、自身に向けられるものなので空恐ろしくて仕方なかった。

 

「安心するがいい、別に殺しはせんよ。ギルガメッシュ」

「ああ」

 

 ギルガメッシュが頷くと、王の財宝からある品が取り出された。

 刹那、激臭が爆発した。

 一気に立ち広がる薫りに、臓硯は鼻から、口から刺激され全身が振るえ上がる。

 英雄王が取りだしたのは、麻婆豆腐だった。だが、ただの麻婆豆腐でないことは臓硯でも理解できた。

 赤黒いラー油は見ただけで劇物だと知ることができる。本来白いはずの豆腐すら、宝石のように紅いのは何故か?

 見たものに恐怖しか与えない存在が、臓硯の眼の間にレンゲが備えられて置かれる。

 そして、綺礼は言った。

 

「遠慮はしなくていい。早く食べるがいい」

「!?」

 

 臓硯は信じられなかった。

 いや、わざわざ自分の目の前に出したのだろうから、最初から臓硯に食べさせる気でいたのだろうが、彼はそれを全力で否定したかった。

 あんなものを食ってしまったら死んでしまう。仮に生きながらえたとしても、永遠に辛味という苦痛が臓硯の舌を蝕むだろう。

 なぜこんなにものを食べないといけないのか? こんなことなら一思いにサーヴァントの槍で殺されたほうがましではないか! だいたい、周りの三人は何故かこの地獄を眺めながら端から涎を垂らしている。そんなに食べたければ、自分たちが食べて自害すればいいものの、何故この状況で態々臓硯に食べさせようとするのか理解不能だった。

 だが———。

 

「なっ・・・・・・・・・?」

 

 気づけば臓硯はレンゲを自らの手に取っていた。

 最初は何かしらの宝具か魔術の力だと錯覚したが、それが的違いだと知ると愕然とした。

 あろうことか、己から麻婆豆腐を食べようとしているのだ!

 確か臓硯は食することを拒否している意志があった。だが、何ゆえか身体が周りの三人同様口から濁流のように涎を垂らし、レンゲを手にとって、麻婆豆腐に伸ばしていた。

 意志が、魂が拒否しても、本能が、もはや人とも呼べぬ身体が、麻婆豆腐を食したいと渇望している。

 

「あ、ああ、ああああ——」

 

 自らの行動に呆然とする臓硯だったが、事態は進み、レンゲによって取られた麻婆豆腐が彼の口の前までやって来た。

 思わず気が触れそうな激臭に臓硯は意識を失いかけたが、同時に食べてみたい欲求も生まれてきたのだ。

 身体を犯す麻薬同様に、この麻婆豆腐にも人を寄せ付けるおぞましい魔性が宿っているのか?

 そんな疑問は直ぐに消え、とうとう臓硯は拒んでいた意志は食したい欲望に塗りつぶされながら、その麻婆豆腐を、口に入れた。

 

 ——————辛い?

 

 ———辛イ。

 

 辛い   い  辛  イ  ■  い。

 

 

 

 

 

 辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ!!!!

 

 なんという辛さ。この世全ての辛味だと言われても納得できるほどの辛さだった。だが、今の臓硯にはそうやって冷静に判断できる思考はなく、ただ全身を麻婆に嬲られていた。

 しかし、その手は止まらない。

 最初の怯えるような動作から信じられないような速度で、臓硯は皿を乱暴に掴み、麻婆を口の中に流し込み咀嚼する。

 辛い。

 辛味地獄の中、僅か芽生えた意志があった。

 ああ、確かに辛い。

 それは、臓硯に残されたちっぽけな理性。

 こんなにも辛い。死ぬほど辛い。信じられないほどの辛さだ。

 ああ、だが、何故、こんなにも————。

 

「———こんなにも美味いのだ!?」

 

 吼えながら臓硯はなおも喰らい続けた。

 地獄のような辛さの中で交じり合う様に美味が混同している。

 まず感じたのは激痛のような辛味の中にある様々旨味。染み渡る油、様々な薬味を舌にからみつくトロミよって逃さず、味が舌から離れず、ラー油の中で統率されていた。

 更に驚くべきことは食感。通常、麻婆豆腐はその性質上、ふやけたものになるのだが、これには確りとした歯ごたえがある。

 この秘密は肉。正確には大豆を水煮して潰した後、醤で味付けして揚げたことにひき肉の様な食感になった大豆肉。それは麻婆の中でも確りと歯ごたえを保持し、口の中で素晴らしい調和を生み出していた。

 また、豆腐も格別だった。唐辛子などを練り込んだことにより、豆腐自体にも味がついており、無数の穴を付けることによって、麻婆の味もしみ込ませた。そのような細工をすれば型崩れが起きるものを、この麻婆を作った料理人は見事それを防いだ。

 なにより使っている素材がどれも素晴らしい。どれも上質なモノ、あるいは入手が困難で幻の食材とまで呼ばれる品々。それらは全て自己主張が激しく、扱いにも難しいのだが、この麻婆豆腐を生み出した料理人は、全ての食材の良さを殺さず生かし、神妙な一品を仕上げたのだった。

 煉獄のような辛味に犯されながら、とても饒舌尽くし難い幸福で満たされていく。

 臓硯は大量の汗を流しながら、一心不乱で麻婆豆腐を食べ、不思議なことに徐々に根絶したはずの髪の毛が生え、干からびた肌は肉付き、艶やかになる。

 まるで若返りではない。まさに臓硯は若返っているのだ。

 もっとも、若返りの薬や浸かれば若返る温泉も存在するので、素晴らしい料理がそれと同じ効能になっても不思議ではなく、ランサー以外の二人は冷静であり、「え? なにこれ? え? え? なんでてめぇ達そんなに冷静なんだ!? ええ!? えええ!?」と驚き騒ぐ槍兵を無視して臓硯を見守っていた。

 そして、食べ終えた臓硯は静かに空になった皿の上でレンゲを置き、静かな眼差しをギルガメッシュに向けた。

 

「これは貴方の宝具ですか、英雄王?」

 

 イケボの問い掛けにギルガメッシュが首を横に振った。

 

「騎士王の直感が見出し、我が財を使って贋作者が生み出した料理。荒野を駆けた少年が辿りついた唯一無二の理想郷よ」

 

 『至高天到る理想郷(グラズヘイム・ウトピア)』。

 セイバーがアーチャーの調理技能を見抜き、ギルガメッシュの財にある食材や調理器具を使えば宝具勝る料理ができると直感で言い当てた。

 それを聞いていたアーチャーのマスターである凛は、恐喝でギルガメッシュの財を在る程度奪った後、アーチャーに試しに作らせた。

 それが『至高天到る理想郷』の誕生である。

 特定の料理の名前ではなく、アーチャーが最高の素材と最高の調理器具で、自身の技術を使い生み出した最高の料理。味は天に至るほど美味であり、様々効果も食べたものに与える。

 最初に食べた凛はかなりご満悦になり、近くで苦しんでいた三人の男に慈悲と称して、一欠けらだけ施した。

 まるで野良犬に餌でも与える行為に英霊の二人は憤慨したが、すぐにその料理を前に屈服してしまう。この料理が再び食べられるのなら、どんなことでも耐えられるとの変貌だ。

 それを見た凛は思った。これは使える。

 そして、凛は間桐臓硯を自らの手中に納めるため、彼にこの料理を食べさせることに決めた。ただ食べさせるのも癪だったため、極上の辛さを伴う料理を作らせたが、アーチャーが作りだす料理は規格外だ。おそらく大丈夫だろう。万が一、辛さで果てても、それはそれで処理するつもりだった。

 だが、アーチャーが生み出した『至高天到る理想郷』の麻婆豆腐は彼女の予想を遥か上に行った。

 臓硯は未だ汗を滝のように流し、舌に直接無数の剣を突き刺されたような激痛を感じながらも、どこのなく爽やかな笑みを浮かべる。

 

「所詮は騎士王の直感によって生まれ、貴方がいなければ成立しなかった幻想。

 だが、その幻想も侮れません。

 よもや、あそこまで穢れた私を浄化しようとは」

 

 臓硯が変ったのは中身だけではない。心も若かりし頃、この世の悪を抹消する使命に燃えていた正義の心を取り戻していた。

 そして、同時に彼は悟る。

 彼が先程食べた麻婆豆腐はまさに世界そのものなのだと。

 地獄のような辛さと天国のような美味は、絶望の中にも幸福が入り混じる世界によく似ていた。

 嘗ては正義として在り、そして畜生に成り下がっていた臓硯だからこそ理解できる。

 絶望があるからゆえ希望があるように、悪があるゆえ善がある。光と闇、相克するものこそ世界が存在するということだ。

 仮にこの世の悪を全て無くせば、残りは善ではなく、ただの虚無だ。それが解らず、ただただ悪の根絶を夢見て、生きながらえた挙句、自身が倒すべき外道になったなどなんとも愚かしいことをした。

 自分はただ、精一杯生きて、誰かが泣くことを止めれば良かった。

 五百年月日を重ねて、ようやく辿りついた答えだった。

 歓喜ゆえか、未だ口の中に存在する煉獄のような苦痛ゆえか、臓硯は眼から涙を流した。

 

「どうか美味かったと伝えてくれ。生恥を晒した私は自害を——」

「この愚か者が!」

 

 臓硯が言い終える前に綺礼が一喝した。

 

「貴様は、あの料理を食べて何を見た!? どんな答えを見出した!? ただ、己の愚行を振り返り、それを悪として自らの命を断とうというなら、私は聖職者として全力で貴様を止める!」

「な、なら——どうしろと?」

「贖罪は生きることでしかできない。貴様が罪を悔い改める心があるのなら、生きて、それを為せ。万、億、京、那由他の責苦で苦しもうとも、新に貴様が贖罪を求めるならば、その苦しみの中で足掻くがいい。貴様には償うべき人間がいるだろう?」

「はっ!?」

 

 臓硯はそこで思い返す。自分が今まで苦しめて少女の顔を。

 

「・・・・・・私に、できるのだろうか?」

「機会は遠坂凛が与えよう。求めるなら手を取れ」

 

 そうやって差し出した手を、臓硯がじっと見た後、覚悟を決めたように握ると綺礼は嗤った。

 

「喜べ、臓硯。貴様の願いは叶う」

 

 そうして、綺礼はギルガメッシュと共に、臓硯を連れてその場を後にした。

 ただ、ランサーだけは急激な事態についていけず、呆然と立ち尽くしており、そのまま置いてけぼりにされていた。

 誰もいない中、ランサーは空を見上げて、吼える。

 

「茶番だ! 言峰———————!!」

 

 *

 

「む」

「どうしたの、セイバー?」

「いえ、そろそろご飯ができるかなと思いまして」

 

 セイバーのその台詞にイリヤは楽しそうに笑った。

 

「もう、セイバーたらその台詞何回目よ? 食いしん坊なんだから」

「イリヤ、その言葉は屈辱です」

 

 セイバーは不満そうに拗ねるが、自覚もしているので否定はできない。

 ちなみに、セイバーは自分の直感によって生まれた宝具の力で、ワザと自分が見逃した悪が改心したことを、その直感で感じたが、エプロンを着た士郎の後ろ姿に見惚れていたのでその情報は頭の隅っこに流していた。

 

「よし、できたぞ」

 

 そうすると士郎が様々な料理を乗せた御盆を二人が座っている居間に持ってきた。

 士郎がテーブルの上に自身が作った料理を並べると、二人の少女は眼を輝かせた。

 

「うわ、美味しそう!」

 

 はにかんだような笑みでイリヤが並べていく料理を眺め、セイバーはなにも言わないが期待に満ちた瞳で食事の開始を待つ。

 そんな二人の反応を嬉しく思いつつも、士郎は少し申し訳なさそうな顔した。

 

「期待してくれるとこ悪いけど、セイバーやイリヤの舌に唸らせるか少し心配だな」

「そう? 私は美味しそうだと思うけど」

 

 イリヤがそう言うものの、士郎の顔は浮かなかった。

 自分の未来の姿の一つであるアーチャーは、条件が整えばその料理が宝具の域まで到るころができる。

 しかし、ここにいる衛宮士郎にそれはできない。

 誰かに負けるのはいい。だが他の誰よりも自分自身に負けるのは嫌だった。

 だが、それよりも自分の料理を期待する義理の姉と、自分を好いてくれている少女の心に応えられるかが不安だった。

 彼女たちは自分の未来が、宝具に至るまでの料理を生み出すことを知っている。

 その期待を裏切る結果になるのを恐れた士郎は彼女たちに喜んでもらおうと全力で頑張ったが、やはり彼の中の暗雲は消えなかった。

 そんな士郎の顔を見たセイバーは一足先に手を合わせる。

 

「いただきます」

「あ———」

 

 士郎が見る前でセイバーは小さな口に小芋の煮物を入れる。

 セイバーは口の中で何度も噛みしめた。けして特別な食材を使っているわけではない。だが、セイバーは顔を綻ばせながら、飲み込み、士郎に告げる。

 

「やっぱり、美味しいです」

 

 それは彼女の直感を使わなくても分かっていたことだった。

 自分たちのために彼が一生懸命料理を作っていたのは知っている。きめ細かな作業をしていたことを、厨房から漂う香りから味に問題がないことも察することができた。

 

「うん、本当美味しい!」

 

 セイバーに続くようにしてイリヤも料理を口にし、満足そうな笑みを浮かべる。それを見て、ようやく士郎は安心した顔した。

 そんな士郎に向かって、セイバーは微笑む。

 

「シロウ。確かに貴方の料理は貴族が食べるような絢爛豪華な御馳走、アーチャーが作る規格外の宝具に劣るかもしれない。

 でも、私たちはそれでも満足です。今ここにいるシロウが作ってくれた料理が、なによりも代え難い御馳走だ」

「セイバー・・・・・・」

「うん、セイバーの言うとおりだよ。屋敷とかで食べる料理とかも美味しいけど、シロウの料理は心が、こう温かくなる感じがする」

「イリヤ・・・・・・」

「さぁ、シロウも食べてください」

 

 セイバーに促されて、士郎も自身が作った料理に手をつける。

 予想通りの味だった。自分でも上手くできたと思うが、おそらく、いや、必ずアーチャーはダメ出しをするだろう。

 そんな料理を二人は美味しそうに食べてくれる。

 

「・・・・・・」

「どうですか、シロウ? 貴方が作った料理は?」

「上手くできたと思う。だが、まだまだ。今度はもっと美味い飯を二人に食べさせてやるよ」

「はい、期待しています」

 

 にっこりと笑うセイバーの顔を見た士郎は、急に恥かしくなったのか照れ隠しのようにガツガツとご飯を頬張る。

 その士郎の様子に見たセイバーはキョトンとした後、直ぐに納得したように頷く。

 

「どうしたの?」

 

 そんな不思議な反応に疑問を抱いたイリヤがセイバーに訊ねると、彼女は何でもないことでも言うように答えた。

 

「いえ、ただ———好きな相手を照れさせるっというのは、すごく幸福な感じがしました」

 

 それを聞いた士郎は顔を真っ赤にしながら吹き出し、行儀の悪さを二人に咎められるのであった。



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第八話 月下

感想評価お待ちしてます。めざせ赤評価!


 私立穂群原学園。山間の土地に校舎がある為に開拓化が進まず、周囲が手付かずの自然に囲まれている共学の学校である。

 朝、見慣れた生徒たちの登校風景が見かけるが、そこに異質のものが混じっていた。

 周りの生徒たちはチラチラとソレを見ては揃って怪訝に首を傾げる。

 平凡な生徒たちに混じる異質は、遠坂凛と間桐桜。

 彼女たちも穂群原学園に通っている生徒なので登校すること事態不思議ではない。

 また、遠坂凛は輝かしい風貌から学園のアイドルとして人気を持っており、間桐桜にもその控え目さや抜群のプロポーションにより、負けずとファンが多い。

 そんな魅力的な彼女たちが周囲から視線を向けられることは少なくないことなのだが、本日はより多くの注目を集めている。

 勿論、原因は彼女たちにあった。

 

「桜、その、そろそろ学校だから放して貰ってもいいかしら?」

 

 凛はこめかみに汗を浮かべながら隣に歩く桜に言うと、彼女は自身の腕を凛に絡ませたまま愕然とした。

 

「そんな! 一緒に学校まで行こうって言ったじゃないですか!?」

「いや、ついたじゃん」

「自分の教室に入るまで登校したとは言えません」

「桜・・・・・・貴女は自分のクラスまで私を連れてく気? それとも逆に貴女が私の教室まで付いてくるの?」

「そこが悩みどころなんですよね」

「いや、悩まないでよ」

「姉さんはなんで同じ学年じゃないんですか? それならずっと一緒に居られるのに。ああ、姉さんはなんで姉さんなんですか?」

「そりゃあ、特殊な例でもない限り、貴女の姉さんなんだから学年は基本違うでしょ」

「そうですよね! 姉さんは私の姉さんですもんね! えへへ!」

 

 そうやって頬を肩にすり寄せてくる桜を凛は笑顔が引きつったような顔で見つめる。

 正直、やり過ぎたと凛は反省していた。

 妹の桜を宥めるために昨日は優しくした。一緒にご飯を食べたし、お風呂にも入ったし、一緒のベッドでも眠った。

 そんなこんなで気がつくと、めちゃくちゃ姉に甘えてくる妹の出来上がり。酷いことに着替えまで一緒にしようとしたり、トイレまで付いてきたりする始末だ。

 流石の凛も耐えられなかったのか、一度、あまりベタベタしないようにと注意すると、桜は絶望したように取り乱し、昨日のアレは嘘だったのですか!? と一時遠坂邸が修羅場となりかけた。

 何とか暴走する桜を宥めてようと必死になる凛を、愉快そうに眺めていたアーチャーに問答無用でガントをぶち込んでから、ようやく彼女は桜を落ちつかせることに成功した。

 それ以降、凛は観念して注意することはなかったが、一度拒絶されたと本人は思ったのが拍車をかけたのか、更なるスキンシップを桜は姉に対して行う。

 桜はガントをぶち込まれた愚か者が作った朝食を自分の手で凛に食べさせたり、逆に自分のものは凛に食べさせて貰ったり、いざ学園に向かおうとしたらいきなり腕を絡ませてきた。その百合百合ぷりに桜のサーヴァントであるライダーは息を荒げていたが、もうその時点で気が滅入っていた凛はつっこむことも諦めて、為されるがまま桜と一緒に登校したのだ。

 自分と桜は今まで外では他人のように接してきた。それがいきなりベタベタと度が過ぎたほど仲が良い姉妹のように接していれば、周囲の驚く反応も当然だろう。

 だが、仕方ないことだと凛は思う。

 自分の妹は今まで辛い思いをして、自分はそれを知らなかった。過度な甘えっぷりも自分のうっかりから始まったことなので、しばらく時間が経てば妹も落ちつき、普通に接するだろう。そう祈るしかない。というかここままずっと続くのは洒落にならないので凛は祈るしかなかった。

 

「おぉ!? 桜に遠坂か?」

 

 そこに彼女たちの様子に驚きつつも、自身も登校してきた衛宮士郎が彼女たちの近くまでやって来た。

 

「ああ、先輩! おはようございます!」

「ぁぁ、衛宮君おはよぅ・・・・・・」

「お、おう。おはよう」

 

 対照的な二人に戸惑いつつも、士郎は嬉しそうに凛に寄り添う桜を目にして考える。

 彼女がこんな分かりやすく明るくなっているところを、士郎は初めて見た。

 だから士郎は、桜に向かって思わず訊ねる。

 

「桜、幸せ?」

「―――はい」

「そうか、それは良かったな」

「いやいやいや、なにいきなり歯の浮く事を訊いちゃってくれてるの衛宮君!?」

「これ以上邪魔したら悪いし、俺は職員室に行かないといけないから、これで!!」

「ちょっとアンタ置いてく気!?」

「あっ! 先輩、お昼ごはん一緒に食べましょうね! 勿論、姉さんも一緒ですよ。姉さんと先輩には今朝アーチャーさんに教わった料理を食べて貰うんですから!」

「あっ、ああ!!」

 

 桜の言葉で士郎は一気に周囲から嫉妬の視線を浴びながら、脱兎のごとくその場から去った。

 

「さぁ、姉さん、私たちも行きましょう」

「へいへい・・・・・・」

 

 もう猫を被ることすら凛は若干面倒になりながら、桜に連れられて校門をくぐるのであった。

 

 *

 

 時は進み、夜。

 薄い雲から覗かせる満月の光の下、セイバーは甲冑も身に纏って衛宮邸から飛び出した。

 向かう先は柳洞寺。霊的な優れた土地であり、山門以外の場所では、自然霊以外の霊的存在を排除する結界が張り巡らされており、その中ではサーヴァントの能力も著しく制限されてしまう。

 ゆえにセイバーが通る道は正道して王道。正面からの山門という必然になる。

 鈴のような金属音のたてながら、長い階段をセイバーは駆けあがり、途端、制止する

 山門を守る様にして、その男はいた。

 風に揺れる長い髪を後ろに束ね、月光で光りし手に持つ得物は、身の丈はある長刀。

 その男を前にして、セイバー動じず、静観する。彼女は、この男を倒すため、今夜、ここへやって来たのだ。目的の相手をするにして動揺することはない。

 対する男は、まるで待っていた恋人でも巡り合わせたかのような笑みをセイバーへと向け、告げる。

 

「―――アサシンのサーヴァント。佐々木小次郎」

「―――セイバーのサーヴァント。アーサー・ペンドラゴン」

 

 もはや隠すことは不要とばかりに、名乗った相手へと応じるようにセイバーは自身の真名を告げた。

 男、アサシンは益々愉快そうに口を緩める。

 

「女狐は疑っていたが、よもや本当に彼の騎士王が参られようとはな。つくづく現世は面白い」

「私がここに来た理由、分かっているな?」

「ここを通りたいのだろう? だが、分かっていると思うが、私はここの門番。

 通りたくば、私を倒して通るがいい」

「無論、そのつもりだ」

 

 アサシンは相も変わらず笑みを浮かべたまま、されど身に纏っていた空気が瞬間的に手にした刀の如く研ぎ澄まされ、眼光だけで斬り裂くかのような鋭い視線をセイバーへと向けた。

 

「構えよ。でなければ死ぬぞ、セイバー」

 

 もはや言葉は無用。セイバーが風で隠された聖剣を構えると、あまりに異なる二人の剣士の戦いは月下で口火を切った。

 透明の剣が空を切る。

 長刀の刃がそれを弾き、反動で首を狙うが、弾かれた透明の剣が螺旋を描く様に相手の刃を防ぐ。せめぎ合いに持ち込もうとするが、長刀の刃は相手の剣戟を逸らし、ずらし、剣を真っ向から衝突させることはせず、隙を狙って相手の首や鎧の隙間ばかりを狙う。

 

「くっ!」

「すまんな、セイバー。我が剣は邪剣ゆえ、真っ当な剣の勝負はできん。この刀も、そちらの聖剣に比べればナマクラ同然。まともに打ち合えばあっという間にへし折れてしまう」

「謝罪など無用だ、アサシン!」

 

 苦渋の表情を浮かべながらも、セイバーは強気な言葉で返す。

 

「それとも喋らなくては剣が鈍りでもするのか?」

「ふむ、それはどうだろう――かなッ!」

 

 語り合う中でも剣風は止まない。一瞬でも気を抜けば、自身の首が落ちる闘いの最中、アサシンは楽しむように笑みを崩さず、その剣技をセイバーに魅せる。

 正直、押されているのはセイバーだった。

 彼女は相手が何者であるか知っている。アーチャーから受け取った知識を合わせて、自身が持つランクEXの直感で素性も、どんな秘剣を持つか、次にどんな攻撃をしかけてくるのかすら先読みしているのだ。

 だが――。

 

「ほぅ、まるでこちらの攻撃が見えるようだな」

「戯言を。それが分かっていて貴方は攻めているのでしょう!」

 

 次の瞬間、アサシンの長刀がセイバーの首を霞めるのを、ギリギリで彼女は切り上げで防ぎ、そのままアサシンを狙うが、彼はひらりと横に交わしてから、セイバーのわき腹を狙うように牙突。振り上げた剣を戻すことが適わなかったセイバーは一歩上がって、自分の後ろを行く刃をかわし、天を向けていた剣を振り落とすが、今度はアサシンが二、三歩上がって、彼女の剣を避ける。

 彼女の、彼の刃が振るわれる度に、空気は幾度なく切り裂かれ、目まぐるしい鋼の火花は剣風によって周囲に咲き散らさせる。

 もはや一〇〇合は過ぎた剣戟の交差は続き、その間、両者共かすり傷すら相手に与えていない。

 セイバーはアサシンの全てが分かっている。だが、分かっていても対処できない。

 仮に目の前に銃口を突き付けられて、今から発砲すると分かっていてもどれだけの人間が銃弾を避けられるか? 自身より速い物体の接近を、どれだけの人間が来ると分かって回避できようか?

 すなわち、アサシンの剣技はその位置に存在する。

 彼は自身の剣を邪剣と揶揄したが、その剣技は神秘すら届くのだ。

 未来が見えようとも、分かっていても、セイバーには現状を凌ぐのが精一杯。これがただの名もなき農民というのだから驚愕すら超える。

 彼、アサシンは、純粋な剣技のみで言えば、今回の聖杯戦争で間違いなく最高の使い手だろう。

 だが、それすらも最初からセイバーには分かっていたことだ。

 認めよう、剣技は相手のほうが上だ。しかし、だからとて負けるわけにはいかない。負ける道理もない。自身より優れたものが相手にあるならば、それ以外の場所で補えばいいだけのことだ。

 

「しかし、なんとも力強い剣だ。女子とは思えぬ膂力。これでは剣の前に私の腕が折れてしまいそうだな」

 

 相も変らずアサシンは笑みを浮かべながら軽口を溢す。

 だが、彼の言葉は真実だった。彼女の膂力は魔力放出によって跳ね上がっており、総合的な能力だけならセイバーはアサシンよりも上だ。

 それでも、優位に立つのはやはりアサシン。セイバーは最優のサーヴァントに相応しい力を誇示しながらも、それを彼は剣技のみで凌駕していた。

 しかし、元々の自力で勝るのはセイバー。消耗戦になれば、所詮は只人である彼に勝機はない。

 ゆえに、アサシンは己が勝利のために策謀し、徐々にセイバーを己が領域に誘い込んで、次の瞬間に、それは訪れた。

 セイバーとアサシンの立ち位置は、彼女が下段でアサシンが上段、階段という構造上、その立ち位置は必然。

 だが、今は平地。セイバーが更に階段を上った時、両者とも山門の前まで移動していた。

 刹那、アサシンが構え――。

 

「秘剣―――」

 

 ――セイバーの直感が勝負所だと知らせた時――。

 

「―――燕返し」

 

 ――アサシンの円弧を描く剣の軌跡が、三つ同時(、、、、)に放たれた。

 これが、彼が佐々木小次郎として呼ばれた所以であり、彼唯一の最高の技、『燕返し』。

 並列世界から呼び込まれた三つの異なる剣筋が、僅かな狂いもなく完全同時で相手を襲う多重次元屈折現象を引き起こした魔剣だ。

 生前、彼がただ“燕を斬る”という目的のために、ただひたすら剣の腕を高め、体得した純粋な剣技。

 恐ろしいことに、その純粋な剣技は並行世界を運用する第二魔法に限りなく近い類似した現象を生み出した。

 これが初見ならば、相手の首は確実に落ちていただろう。何かしら危機を感づけば、あるいは逃れることはできたかもしれない。

 三つの軌跡が別々のカ所からセイバーを狙う。普通なら、息を飲む、瞬間。

 

 ――その結末は、直ぐに分かることになる。

 

「ぐはぁああ!」

 

 苦鳴を上げたのは、恐るべき絶技を放ったアサシンだった。

 セイバーは、直感でその技を知っていた。しかし、知っていたところで、彼女と同じ行動を誰ができようか?

 あろうことかセイバーはアサシンの懐に飛び込んで、相手より先に自身の剣を叩きこんだ。更には剣をぶつけたと同時に、聖剣を隠すための風王結界を解放して、襲ってくる剣閃を狂わせ、相打ちすら防いだのだ。

 セイバーが見出した活路は相手より先に打って出ること。

 言葉にすると簡単だが、分かっていても、否、分かっているからこそ、一歩間違えれば自身の身体が四散されても不思議ではない状況に飛び込み、迷いなく剣を振るうことがどれほど困難なことか想像もつかない。

 結論、セイバーが勝利を掴んだ要因は、己が持っている直感や、宝具やスキルではなく、恐怖すら打ち勝つ、強き勇壮であった。

 僅かに斬られた髪を夜風に散らしながら、セイバーは倒れ伏すアサシンに振り向く。

 

「行け」

 

 崩れたまま言ったそのアサシンの言葉を耳にし、セイバーは真っ直ぐ山門をくぐる。

 

「ふ――美しい小鳥だと思ったのだがな。その実、獅子の類であったか」

 

 自らの奥義を破られながらも、佐々木小次郎を演じた男は崩れながら満足げな笑みを浮べるのであった。

 

 *

 

「まさか、本当に来るなんて・・・・・・」

 

 セイバーを出迎えたのは、フードをかぶった妙齢の女性だった。

 

「キャスターだな?」

「ええ、そうよ」

「私の要件は既に知っているかと思うが?」

 

 セイバーの言葉にキャスターはフード越しからでも分かるほど戸惑いの表情を見せながら、小さく頷いた。

 

「ええ。しかし――――本気?」

「本気だとも。実際、私はアサシンを殺さなかった」

 

 そう、セイバーは先程、アサシンを殺さず、行動不能にしただけだ。

 彼女の目的はキャスター陣営と協力関係を結ぶこと。

 事前にキャスターたちには、セイバーのマスターである士郎が、キャスターのマスターである葛木宗一郎に今回に関する文を出しており、今夜、セイバーたちに敵意がないことを示すための証明が、先程のアサシンとの戦いであった。

 茶番だと揶揄させるかもしれないが、アサシンはセイバーを殺そうとしていたし、セイバーも本気だった。

 ただ、彼女の場合は本気を尽くして、勝つことが目的であり、アサシンを殺すつもりもなかった。

 なにか別の思惑があるなら、態々、生死をかけた戦いの中で、自らの命の危険性を考えるならば、一層の事、アサシンを殺し、目の前のキャスターも諸共葬ったほうが効率的だ。

 ゆえに協定を結ぶにおいて、先程の戦いの結果はこちらに敵意がないことを十分に示し、自分たちが本気であることを証明できたといえよう。

 だが、それでもキャスターの疑惑が拭われない。

 

「貴女たちの言葉が正しいなら、全て知っているのでしょう? 私が裏切りの魔女だと知った上で、貴女たちは手を結ぼうとするのかしら?」

「勿論だ。そもそも裏切りという汚名は、悲運によるもの。なにより、私自身と貴女の目的は通じるものがある」

「私と貴女が?」

 

 ますます怪訝するキャスターに対して、セイバーははっきりと言った。

 

「私もマスターのことを愛していますから」

 

 数秒、キャスターは口を開けたまま呆然とし、次に小さく笑い、徐々に笑い声を大きくする。

 

「――あはははは! あの男は貴女を獅子の類だと言ったけど、なによ! なんて可愛らしい女の子じゃない!」

「で、返答は?」

 

 恥じらいはあるのか、頬を赤くしながら訊ねるセイバーに対し、キャスターは笑みを含んだまま頷いた。

 

「いいわ。乗ってあげる」

 

 そうやって差し出したキャスターの手を、セイバーは迷わず握り返した。

 これにより、全八騎のサーヴァント、全マスターたちが手を結ぶことになり、聖杯戦争は殺し合い以外で終結する道を歩むことになった。

 

 *

 

 武装を解除して、私服姿のセイバーが柳洞寺から降りると、見知った顔がいた。

 

「シ、シロウ?」

「おかえり・・・・・・アルトリア」

 

 セイバーは思わず綻んでしまう表情をゴホンっと息払いをして姿勢を正す。

 

「ただいま、シロウ。えっと、迎えに来てくれたのですか?」

 

 シロウの汗があちこちから出ているところ見ると、先程急いで来たようだ。

 

「悪りぃ。家で待機だってことだったんだけど、イリヤが迎えに行けって」

「そうですか――」

 

 ほんの少し残念そうにセイバーが顔を曇らせかけたが。

 

「まぁ、俺も迎えに行きたかったし、イリヤの言葉に甘えてきた。ああ、でも家の前のほうが良かったか? 俺と一緒に帰った方が帰り遅くなるだろうし迷惑だったか?」

「いえいえ! そんな迷惑なんて!」

 

 首を全力で横に振って否定するセイバー。その顔はあからさまに嬉しそうだったので、鈍感な士郎でも安心して、同時に内心照れてしまう。

 

「そ、それじゃあ行こうか。一応、まだ夜食が残っていると思うぞ。出かける前にも、桜やアーチャーが作ってたし」

「むっ、それは楽しみです」

 

 セイバーの反応にくすりと笑いながら二人は並んで歩きだすと、若干士郎が距離を開けた。

 

「シロウ?」

 

 もしかして避けられたと思ったセイバーが若干涙目になったのを見て、慌てて士郎は弁明する。

 

「いや、俺、汗臭いし、嫌かなって!」

「私は気にしません。はっ! むしろ、私が臭いますか!?」

「いやいや! むしろ良い匂いするから!」

「え? あっ、そう、ですか・・・・・・」

「お、おう」

 

 なんだか甘ったるい空気に包まれて、気まずくなった士郎が無理やり別の話題を出す。

 

「そ、そう言えば、使い魔を通して、大型水晶モニターからセイバーたちの戦いを見ていたんだけど、ランサーのやつが『ずるい! ずるい! ずるい! セイバーとアサシンだけずるい!』とか子供のようごねていたぜ」

「ああ、彼は戦闘狂なので羨ましかったのですね」

 

 そんな取りとめのない会話をしながら二人は、今夜のセイバー対アサシン戦を肴にして聖杯戦争関係者が宴会している衛宮邸に帰ったのであった。

 




ほんとバゼットの処遇だけ悩む貫咲。
というか、大賞応募用の小説書かなければいけないので、できるだけ頑張りますが、来週更新は厳しいかも?


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第九話 贖罪

すっごく難産で、短い。支離滅裂かもしれないので反応も怖い。


 色鮮やかなステンドグラスから差し込む陽光、白い輝きに照らされながら祭壇の前でセイバーが目を閉じ、跪きながら黙していた。

 その姿はさながら戦で散った友を追悼する騎士か、清らかな想いを捧げる聖女か。

 どちらにせよ、祈るように目を閉じる彼女の姿はただ美しかった。

 いったいどれだけの時が過ぎただろう。

 彼女が祭壇の前で目を伏せ、再びその瞳が開かれる時、先程はいなかった人影を映す。

 

「コトミネ、キレイ・・・・・・」

「これはこれは。意外な者がやってきたものだ」

 

 愉快そうに嗤う綺礼に対して、セイバーの反応は静かなものだった。

 自分が祭壇前で黙している間に彼の気配は感じ取っていた。そもそも、この場所は冬木教会。そこの神父であるこの男がいても不思議ではない。

 

「どういう風の吹き回しだ、セイバー?」

 

 セイバーは一人で教会に訪れている。用もなしに態々ここへやって来るほどの酔狂の女とは思えなかった。まさか、本当に神へ祈りを捧げに来たわけでもないだろう。

 綺礼は来訪者に興味深い眼差しを向けると、セイバーは当然のように答える。

 

「なにも・・・・・・。ここは教会だろう? ただ、なんとなく祈りを捧げに来たくなった。

 それだけだ」

 

 本当に祈りを捧げに来たと言う言葉を聞いて、綺礼は一瞬落胆しかけたが、ある部分に見出し、興味を失わず問いかける。

 

「なんとなく、か。それは直感か、アーサー王?」

「貴様に答える必要もない」

 

 その問い掛けをセイバーは斬り捨てたが、綺礼は満足げに頷く。

 この女は不必要な嘘はつかない。真実であるならば肯定するだろう。

 つまり、綺礼の言葉を否定しなければ、彼女は直感でこの場所に訪れたことになる。

 セイバーの直感ランクはEX。

 その規格外のスキル一つによって、綺礼の策略は瓦解し、彼と始めとしたギルガメッシュや間桐臓硯は遠坂凛の傀儡に成り下がった。

 その直感によって訪れたのならば、そこには何かしらの意味があるのやもしれない。

 ならば、つまらぬ余生に刺激を与える可能性があった。

 彼に残された時間は少ない。言峰綺礼はこの聖杯戦争終結後、消滅する。これは決定されたことだった。

 汚染された聖杯と繋がっていることにより、綺礼は死んだ体を動かすことができる。

 そして、全マスター、サーヴァント達は最終的に聖杯を破壊するつもりだ。よって、聖杯戦争が終われば、綺礼は消滅する。

 生に執着はない。元より死んだ身。今更足掻こうなどとは思わない。当の本人がこうであるから、事情を知っている者からは誰にも同情されないのだった。

 ただ、それまでの時間が非常に退屈である。

 現在、綺礼は凛達に従って行動していた。だが、それは自身の目的が破綻したことにより、他にする事がないゆえ暇潰しで動いている。

 ランサーの場合は三度目のマスター権移動で、凛にしぶしぶ従っている。もっとも、マスター権のみの移動で、ランサーが現界する魔力は未だ綺礼持ちだ。

 自業自得、とはまさにこのことだろう。

 他者の命を弄んだ者の罰としてはむしろ生温過ぎる。ゆえに彼は悲嘆することなく、事実をありのままに受け入れて、退屈な時の中に身を任せていた。

 そんな中で舞い降りた愉悦の種(暇つぶし)だ。精々、興じさせてもらおうと綺礼は心の中でほそく笑む。

 

「私を誑かすつもりだな、コトミネ」

「さて、こちらの考えを全て見抜く相手にそんなことができるかどうか・・・・・・」

 

 自分の思惑を直感で知られた綺礼は特に焦る様子もなく、悠然とした態度でセイバーを見る。

 

「しかし、その直感は素晴らしいものだな。それがあれば、十年前の聖杯戦争も楽に勝ち越せたものの。一体、それはいつ開花したのだ?」

「貴様には関係ないことだろ」

「関係ないとは心外だな。私も十年前の戦いに身を置いた者。仮に最後を競い合った相手の片割れが手を抜いていたのであれば、あの闘いに関わった全ての者に対して侮辱になるだろう」

 

 そんな綺礼の挑発を見通していたセイバーは冷然とした態度を変えずに答える。

 

「あの時の私は全力で剣を振るった。それ以上もそれ以下もない」

「だろうな。では、その直感は貴様が前回の聖杯戦争以降、何かしらの形で身につけたことになる。

 もっとも、正直なところ、何時開花したなどはどうでもいい。

 問題はその直感が十年前に存在していれば、結果を覆すほどの強力なものであることだ。

 故に解せない。その力を使えば、キャスターを誘導して汚れた聖杯を浄化し、己のみがその恩恵を手にすることも可能だろう。

 貴様の願い、祖国の救済も完全な形で実現できる。何故、それを望まない?」

 

 十年前の聖杯戦争に参加していた綺礼はセイバーの願いを知っていた。

 これから起きる結果によってその願いが叶わないことから、既に彼女がその願いを捨てていることは想像できる。

 暗君と蔑まされ、歪だと罵倒されようとも、その理想は真摯なものだった。

 願いを何故彼女は簡単に捨てたのだろう? それをセイバーはあっさり答える。

 

「コトミネ、私は既に祖国の救済を望んでいない。王の選定のやり直しを望みもしたが、それも既にこの胸の中にはない。

 私はただ、今を精一杯進むことを決めたのだ」

「あれほど望んでいた願いを捨てて? どれほどの願いを踏み潰し、数多の命を焼き払ってまで求めたものをこの後に及んで放棄するのか?」

「分からぬか下郎。私はそんなものよりも、シロウがほしいと言ったのだ」

 

 それを訊いて、綺礼は嗤った。

 

「堕ちたな、セイバー。気高き騎士王は恋に現を抜かす小娘に過ぎなかったという訳か」

 

 挑発。これでどんな反応を魅せるか綺礼は心の中で期待していたが、セイバーの態度は変わらず静かなものだった。

 

「貴様の言うとおり、所詮私も小娘に過ぎなかった、そういうことだろう。

 以前の聖杯戦争では、それが分からなかった。私はただ王として、自分が信じる正義だけを貫き通し、裏切っていた」

「裏切り?」

「ああ、裏切りだ。祖国の救済も、選定のやり直しも、あの時代に私と生きてくれた人々を否定すること。

 それは王の前に、人として間違っている。私は目先の悲劇に目を背けて、その時に選んだ多くの信念を蔑ろにしようとした。そんなことは許されない」

「だから貴様は過去を切り捨てて、今を生きると?」

「切り捨てる訳ではない。いや、元より切り捨てることなどできはしない。

 どんな運命を歩もうと、過ぎ去った出来事を覆すことはできないのだ。例え歴史を改変しようとも、その前に、変わる前の歴史が確かに存在する」

 

 変えたいと思うのは、その前に変える何かがあったからだ。壊れた物を治しても、壊れた事実は拭えない。忘れられない。だからこそ、治すことができればその物をより大事にする。失えば涙を流して過ちは二度を犯さないと決意する。

 そして、壊れた場所に新たな築きあげたものがあれば、悲しみを無かったことにしてはいけない。それを否定することは、その過去、現在、未来をも否定することだから。

 

「私達は過去の思い出も、悲しみも、全て背負って歩き続けるべきだ」

 

 そうやって静かに語ったセイバーを綺礼は鼻で嗤った。

 

「くだらんな。幾ら語ったところで、結局貴様は自分の都合の良いように解釈し、情欲に溺れているだけだろう」

「そうかもしれない。だからこそ、彼らの声が訊きたくてここに訪れたのだ」

 

 その言葉を訊いた綺礼は興味が湧く。

 

「ほう、その直感は死者の声すら届くのか?」

「いや、流石にそこまでは叶わぬようだ。許されない、糾弾されるべきことなのだろう。しかし、私は今度こそ選んだ。王である前に、人として、誰かを愛する運命を選ぶ。まずそれをしなければ、愛を知る、人の心を持つ彼らとは通じ合えない。贖罪はそれからだ」

「もはや何を言っても無駄か・・・・・・」

 

 そこでようやく綺礼は興味が失せたようにセイバーを横目で見る。

 失望した。以前の彼女であるならば、高潔な精神が我欲を許されないだろう。その葛藤を詰ることが綺礼の目論見だったのだが、この目の前の小娘は開き直っている。

 

「私を蔑むか、コトミネ?」

 

 自傷するような問い掛けを綺礼は首を振って否定する。

 

「いや・・・・・・。ただ、個人的につまらんと思っただけだ。この身は誰かを愛することを知らぬゆえな。私にはお前を罰する資格もないだろう」

「愛することを知らぬ? 可笑しなことを言うのだな」

「なに?」

 

 そんなセイバーの思わぬ言葉に綺礼は思わず訊き返した。

 

「貴様は蝶よりも蛾を好む。他者の幸せよりも不幸を願う。美しきよりも、歪なものに興味が惹かれる、そんな男なのだろ?」

「それがどうした?」

「分からぬか? それが貴様の愛だ、コトミネキレイ」

「―――」

 

 綺礼は一瞬、言葉を失い。

 

「なん・・・・・・だと?」

 

 再び訊き返した。

 

「誰かの不幸を願わずには居られない。そう、今のように自身の命が消えることなど余所に置いて、誰かを貶めることばかり考える。

 ああ、この際認めよう。私は貴様に嫉妬している」

「私に嫉妬だと?」

 

 益々訳の分からない言動に綺礼は顔を歪ませる。

 この娘は恋によって頭の中が狂ったのかと正気を疑ったが、セイバーは曇りのない瞳を真っ直ぐ綺礼に向けている。

 

「シロウは貴様のことが好きなのだ。それを認めたくなくて、必死に敵視している。認めてしまったら、自分の信念を否定してしまうから。

 だが、結局は二人とも自己よりも他者を想う人間に変わりはない。シロウが自分ことよりも他者の幸せを願う。コトミネキレイは自分ことよりも他者の不幸を願う。向かう先は対極でありながら、根源は同じだ。だからこそシロウは貴様のことが好きで、同時に嫌悪している」

 

 同族嫌悪とはまさにこのことだろう。相手のこと認めながら、同時に自分の映し身のような歪に苛立ちを覚える。

 だが、それだけ相手のことを考えているのだと思うと、どうしても嫉妬が芽生える。

 

「シロウと貴様は似ている。それが私には、少し羨ましい」

「…………仮に、お前の言うとおり私と衛宮士郎が同じものとして、私の歪が愛であるとどう証明するのだ?」

「まだ分かぬのか? そもそも、人を想う形など千差万別だろう。胸の内に隠して人を想う者がいる。相手の気持ちなど考えず、自分の情欲だけを満たそうとする者もいる。

 それが、貴様の場合は他者を不幸にすることが愛する行為だっただけだ。

 ―――いや、それは違ったな。貴様は不幸にしたいのではない。

 人が目を背けたい悲痛や不浄なるものを慈しむ人間、お前はそんな人間なのだ」

「………」

 

 綺礼には返す言葉がなかった。否定する部分もなかった。

 確かに自分は人の不幸を見て心が動く。悶える苦しみ姿に胸が躍る。

 しかし、それらが愛ゆえになのだと、思いも寄らなかった。

 

「私には、貴様や友のように誰かを愛することができなかった。だからこそ、私は彼らのようにこの胸に宿る熱に従うと心に決めた」

 

 セイバーが歩き出す。

 対する綺礼は無言のまま、呆然と何もない空間を見つめたままだった。

 セイバーは綺礼とすれ違い、そのまま教会の出口である扉の前で移動すると、思い出したように立ち止る。

 

「そういえば、凛が問題のある貴様の代わりに、聖杯戦争を見届ける監督役を教会から新たに派遣したそうだ。その者は今日来るそうなのでくれぐれも、粗相のないように」

 

 そう言い残して、セイバーは扉を開いて教会を後にする。

 残された綺礼は未だ夢遊病のように虚ろな瞳で何もない空間を見つめていた。

 

 この身は歪でありながら愛がある。否、その歪が愛なのだ。

 

 それを知った時、真っ先に綺礼が思い浮かんだことは、彼自身がずっと記憶の奥深くにいていたもの。

 ずっと今の今まで、無い物として扱ってきた空白が、自然と蘇る。

 

 ある女がいた。

 

 特異な体質なため、常に傷が絶えず、朽ちていくだけの女。

 自分の死を持って喪失の苦しみを覚えさせようと自害した女。

 

 女の幸せな顔が苦痛だった――女の苦しむ顔に目を奪われた。

 女の涙を見ても胸が痛まなかった――その悲嘆を美しいと想った。

 女の死に悲しみを抱かなかった――どうせ死ぬならば私の手で殺したかった。

 

 私はお前を愛せなかった―――。

 いえ、貴方は私を愛しているわ―――だって、ほら貴方、泣いているもの。

 

 その時否定した、彼女の想いを改めて自問する。

 

 誰かを不幸にしたいという想いが愛ならば、自分は―――。

 

 そんな中、綺礼がそうやって思考を巡らさせていると、ガチャリと、教会の扉が開く音がした。

 セイバーが戻って来た、あるいは別の来訪者かと、咄嗟に綺礼は振り向き、見つけた。

 その一瞬で、魂が躍動した。

 

「―――」

 

 呼吸を忘れてしまっている。今の自分はさぞ滑稽に見えるだろう。それが分かっていながらも、綺礼は扉の向こう側にいる少女から目を離せれない。

 日差しの光のような銀髪―――その輝きを思い出した。

 透き通るような金の瞳―――あの眼差しを思い出した。

 病的までに白い肌―――触れ合った温もりが蘇る。

 

 ああ、そうか――彼女は――。

 

「なに人の姿をじっと見つめているのですか、ダニ神父」

 

 少女が放った開口一番の毒舌を耳にして、綺礼は口を釣り上げる。

 まったく、面影しか似ていない。

 

「随分の品のない言葉を使うものだな、カレン・オルテンシア」

「生憎と教育する親がいなかったものでして。まぁ、気に障っても謝るつもりは毛頭ありませんが・・・・・・」

 

 



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第十話 混沌

 お待たせしました。
 一気に書き上げたかったので、ここまで溜めました。
 といっても、話は何も進みませんけど。



 早朝。

 冬木市の最寄りの空港であるF空港に、イギリス発のチャーター便でやって来た一人の男が降り立つ。

 長身で赤いコート。そして腰まである長い髪が風に靡くと彼は鬱陶しいそうにかき上げて、眉間には皺が寄せる。

 彼、ロード・エルメロイⅡ世は深い溜息を吐き出した。

 

「やれやれ。先方を待たせてはと早めの便に乗ったが、早く着き過ぎるのも考えモノだな」

 

 待ち合わせの時間まで、まだ三時間もある。彼は持て余した暇をどう潰すか考えながら、周囲を見渡した。

 変わらない。

 空港という場所に景観の変化を求めるのは間違っているかもしれないが、十年前訪れた時とに見たものと同じ光景が広がっているように感じる。

 あの地も、ここと同じように変わらないのだろうか。

 嘗て、共に走り、そして、別れた者と戦った情景を思い返しながら、巡り合わせて来た運命に思わず笑ってしまう。

 よもや、若かりし頃の自分が参加した戦争、聖杯戦争を終わらす一端を担うことになろうとは彼自身夢にも思っていなかった。

 時計塔で講師をしている自分が、再び冬木の地に訪れるなどは夢にも思わなかった。

 自分を呼び出した張本人、遠坂当主である遠坂凛はいったい何を考えているのやら?

 具体的にどのようなことをするのかを彼はまだ知らない。

 使い魔を介した連絡では余計な情報を他者に知られないための配慮だろうが、これでは協力を成立させることも本来は難しいだろう。

 だが、彼はその要請を承諾してこの地にいる。

 自分でも馬鹿馬鹿しいと思うが、事が王と共に駆けた戦争に関することならばと、自分の奇行もとりあえず納得させる。

 自身のそれで良かったが、問題は周り者だった。

 スケジュールの調整は難なくこなしたものの、物好きな何人かの生徒が自分も参加すると言いだし、挙句の果てには高慢な義妹も着いてこようとしたのだ。

 それらの追従を振り払い、何とか一人でここまでやってきたのだから、せめてその苦労に見合った物を得たいと祈るばかりだ。

 

「さて、遠坂の使いが来るまでどこで時間を潰したものか」

 

 空港にゲームショップはあっただろうか?

 的外れなことを考えながらエルメロイは空港を散策した。

 

 *

 

 ────ルーン魔術。

 ルーン文字を用いて行使する北欧由来の魔術であり、現代の魔術師でも使用している者は比較的に多い。

 そして、ランサーのサーヴァントであるクーフーリンはルーン魔術の使い手でもあり、その腕前はキャスターの適性を得るほどだ。

 そんな彼は薄暗い中、とある工房で『あるもの』にルーンを刻んでいる。

 彼はルーン魔術の使い手だ。

 描くことは何ら苦ではないのだが、現在の作業はそんな彼でも精神を磨耗させていた。

 ランサーは小指ほどのサイズの宝石にルーンを刻んでいる。サイズは全て20mm。形も揃って先が尖がった円柱型であり、まるで何かの加工前のようだった。宝石自体、魔力が通いやすいものなので、そこに使い手がルーンを刻めば一級の魔術霊装の完成である。

 しかし、何分量が桁外れに多かった。

 十や百どころの数ではない。千、あるいは万に届くほどの宝石が、ランサーの傍にはあり、彼は新たなマスターである凛にこれら全てにルーンを刻めと命じられたのだ。

 延々と続く作業の中、ランサーはひたすら黙々と手を動かす。

 と、背後から別の誰かが現われた。

 遠坂凛のサーヴァントである、アーチャーである。

 

「追加だ」

 

 彼はそう言って、傍らに置いてあった宝石の山を更に増やす。あまりの量に台から、二三個ころりと落ちた。

 そこで、ランサーが切れた。

 

「やってらっれか───────────────!!」

 

 ランサーは立ち上がって、ギリっとアーチャーを睨む。

 

「俺は命を賭けた戦いをするために召喚されたんだ! なんでこんなことをしなきゃならねぇんだよ!」

「君は良い英霊だったが、君のマスターがいけなかった。己の不幸を呪うがいい」

「本当にな!! というか、これも聖杯を破壊するための準備って嬢ちゃんは言ってたけど、英霊が八騎いる時点で過剰戦力だろ!? これ以上何を望む気なんだ!」

「やるからには徹底的、とは随分と彼女らしいがね。まぁ、君の言葉も分からんでもない。正直、同情する。だが、我々の選択肢は与えられたことをするだけだ」

 

 諦観したようなアーチャーの態度に益々ランサーは不満を募らせた。

 

「けっ! 何が与えられた役目だよ! 他の奴らは時期が来るまで好き勝手してるくせに、何で俺だけこんな狭苦しい場所でちまちまと作業しねぇといけねぇんだ!」

「ふむ。君の気持ちは理解できるが、これでも各々役割があるのだぞ?」

 

 アーチャーの言葉を聞いて、ランサーは鼻を鳴らす。

 

「何がだよ。どっかの騎士王さんと魔女はマスターといちゃつきたいだけだろうが!!

 てめぇだって、女三人を侍らせていい気なもんだ」

「ほう──、ならば私の仕事を変わって貰えるのかな?」

「おう、こんな作業からおさらばできるならなんだって────」

「今日はこの後、聖杯破壊のために時計塔から招き寄せたとある人物の出迎え。その後は、間桐邸、遠坂邸、衛宮邸の洗濯物を干した後、ここから二つ離れた市に英雄王から簒奪した財宝をブローカーに受け渡し、受けとった金銭で人形師に依頼した『腕』を交換。それを夕方までに完遂させて、各々の邸宅で洗濯物を取り込んだ後、衛宮邸で夕飯の支度。材料は既に買い置きの物もあるが、私の予想では足りないと考えるので各用事の道中で仕入を行わければならない。そして、夕飯が終わった後は、何度か失敗している『宝石剣』の投影を────」

「さぁ───てッ! 休憩終わり! 夕飯までに半分はやっとかないとね! ははは、下手したら今夜は徹夜になりかねぇから気合入れねぇとな! 本当に手伝ってやれなくてごめんな! 本当ごめんな! マジで!」

「まぁ、元より期待などしてなかったがね。では、多忙なため私はそろそろ失礼するよ」

「おう、お前も頑張れよ!」

 

 自分よりもハードスケジュールなアーチャーにランサーは爽やかな笑みを浮かべて激励した。

 そして、アーチャーが霊体化して姿を消すと、ランサーは疲れたように溜息を吐き、そして、再び机を向いて、また溜息を吐く。

 

「?」

 

 そこで、ランサーは先程までなかったとある物に気づく。

 加工される為に山積みにされた宝石の傍ら。何かが入った半透明のプラスチックタッパーがあり、その上には手紙があった。

 

『腹が減った時でも食べるがいい』

 

 間違いなく、これはアーチャーが準備したものだろう。

 ランサーはタッパーの蓋を開けると、食べ易いサイズに握られた二つのおにぎりがあった。

 

 頬を伝う。

 

 ランサーはおにぎりに手を伸ばし、口の中で頬張った。

 丁度いい塩加減のはずなのに、何故か少ししょっぱい。

 それでもランサーは全て平らげてから、静かに作業を再開させた。

 

 *

 

「準備は整ったわね?」

「ああ」

「はい」

 

 凛の言葉に、士郎と桜が頷く。そこにはセイバーやライダー、キャスターまでも居た。

 彼女達は決戦挑む前の戦士のように真剣な顔をしている。まるで今から死地でも赴くような気迫だ。

 いや、まさしくここから彼女たちは戦場に赴くのだ。武器はある。力もある。臆することは何もない。

 全員の顔見渡してから、凛は最後の確認をする。各々の気持ちが通じてるのは理解するが、今一度声にすることで決意を固め、士気を高める算段だった。

 

「勝利とはッ───常に立ち向かい、立ち塞がる障害を屠った者が手にする栄光の言葉!」

 

 凛が、声高らかに謳い上げる。

 

「全ては我々を蔑ろにした愚か者に鉄槌を下すために!」

『然り! 然り! 然り!』

「敗北を良しとするか?」

『否! 否! 否!』

「諸君、何を望む?」

『勝利! 勝利! 勝利!』

「よろしい、ならば戦争だ」

 

 そして、凛達は動き出した。各々が武器を執り、目の前の敵を屠るために。

 

「よぉおし! そんじゃあ、アーチャーをぎゃふんと言わせる料理を作るわよ!」

『おおおおおおお!!』

 

 仰々しい掛け声と共に、衛宮邸で料理が開始された。

 ちなみに作業する人数が多いので、道場に器具持ち込んで彼女達は作業している。

 

「ていうかさ、ちょっと自分が料理できるからって偉そうなのよね」

 

 リズミカルにトントンと玉ねぎを切りながら凛が愚痴る。

 

「いっぱい仕事を頼んじゃったから、今夜ぐらいは自分で作るわって言ったらアイツなんて言ったと思う? ふむ、別に料理するのは構わないが、私の舌を満足させれるのか? ですって! 上等じゃない! やってやろうじゃないのよ!」

 

 ちなみに、アーチャーはその時尚も自分が夕飯を作ろうとしたので、更に腹を立てた凛は彼に難題を押し付けた。アーチャーの重労働はある意味自業自得なのである。

 

「そうですね。せっかく姉さんが作るって言ってあげているのに失礼ですよね。未来の先輩は少し教育が必要です」

 

 御立腹の姉に同調しなが桜がズダン! と肉を斬る。

 心なしか、その笑顔が黒いのは気のせいだろう。

 

「俺も負けっぱなしは嫌だからな。誰かに負けるのは良い。でも、自分には負けれない。アイツが俺の理想と言うならば悉くを凌駕し、その存在を叩き直そう」

 

 魚を捌きながら、かっこをつける士郎。そんな彼をセイバーが輝いた目で見つめていた。

 場違いな台詞で陶酔でもしているのか、出来上がる料理に期待しているのか、きっとどっちもであろう。

 

「まぁ、女のプライドとして負けたくはないわよね。結構なものができたら、宗一郎様にも満足してもらえるだろうし」

「微力ながら助力します、桜」

 

 キャスターとライダーも、前者は凛、後者は桜を手伝いながら作業を進める。

 ちなみにセイバーは何もしていない。彼女は味見担当だった。

 

 *

 

 そして、夕飯。衛宮邸にて。

 

「俺の勝ちだ、アーチャー」

「ああ、そして、私の敗北だ」

 

 士郎はアーチャーに勝利した。

 

「ああ、結局勝ったのは衛宮くんだけだったかぁ」

 

 凛は悔しそうにボヤキながら箸を伸ばす。

 

「仕方ありませんよ、まさか先輩が私達に内緒であんなものを準備するなんて。はい、姉さん、あーん♪」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 凛が取ろうとしたものを桜が先回りして取り、口の前に差し出す。

 

「セイバー、貴方は直感でこの結末を知っていたのではないのですか?」

「もきゅもきゅ────? 何か訊きましたか、ライダー?」

「・・・・・・・・・・・・、なんでもありません」

 

 ライダーは目の前の料理に夢中なセイバーを白い目で見た後、くるりと視線を変えて百合しい凛と桜を恍惚とした顔で眺める。

 

「まぁ、今回ばかりはシロウの作戦勝ちでいいよ。なんか負けず嫌いなとこがキリツグに似ちゃったね」

 

 イリヤは呆れた眼差しを義弟に向ける。

 そんなイリヤに対して士郎のフォローを入れたのは、意外にも敗者であるアーチャーだった。

 

「イリヤよ。確かに衛宮士郎は真っ当な勝負を挑んだわけじゃない。

 しかし、我々二人の間には明確な力の差がある。そこで多少なりとも知恵を振るうのは、勝利を渇望する者としては、当然の義務だ。

 仮に────」

 

 ちらりとアーチャーは視線を変える。

 

「審査員に性格がねじ曲がった聖職者共を呼んでいたとしてもだ」

「一緒にしないでもらいたい」

「一緒にしないでくれます」

 

 ほとんど同時に同じような言葉を隣同士に並ぶ綺礼とカレンが言う。

 士郎の作戦はこうだった。

 片や激辛の麻婆マニア外道神父、片や超甘党毒舌シスター。その味覚が異常な二人を審査員に招き入れ、二人の舌に合う料理を準備した。

 一方、アーチャーと言えば多忙のため時間がなく、事前に頭の中で考えていた献立を料理しただけで終わった。

 それでも、普通の人間が食べれば、満場一致でアーチャーに軍配が上がる素晴らしい料理を作ってみせたが、今回は相手が悪かったと言えよう。

 ちなみに審査員は三人いて、残りの一人はセイバーだった。

 彼女は味覚破壊の料理を含めて、全て満点。残りの二人は自分の好み以外は零点だった。

 唯一、三人から満点を得て勝利を勝ち取った士郎がアーチャーを見る。

 

「まぁ、今回は作戦で一矢報いたけど、次は小細工抜きで打倒してやるよ、アーチャー」

「別に私は貴様がどんな策を案じても構わんぞ、衛宮士郎? それらを全て私が凌駕し、自身の無力に挫折する貴様はきっと見物だろうからな」

「言ったな」

 

 バチバチと視線で火花を散らせる二人。

 

『そんなことよりもおかわり』

 

 そこで綺礼とカレンが二人に向かってご飯を催促した。

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 二人はご飯を食べながら、相手の体に膝をぶつけたり、ご飯粒を髪につけたりと報復を繰り返していたが、妙な所で息が合っている。

 いや、食事をしながら互いに喧嘩を止めない事も踏まえると、本人たちは絶対に否定するだろうが仲が良いのだろう。どちらにせよ、周りにとって迷惑だが。

 士郎とアーチャーは互いに溜息を吐いた後、二人から受け取った茶碗にご飯をよそう。

 だが、二人の仕事は終わらない。

 

「シロウ、私もおかわりです!」

「おい、酒が足んないぞ! 酒が!」

「こっちにも寄越しなさい! 宗一郎様にお酌ができないじゃないの!」

「■■■■■■■■■■■■■■■!!」

「ふむ、あの麻婆には流石に劣りますが、これらも又美味ですね」

「雑種、こちらの皿を下げて、新しい料理を持ってくるがいい。それで、どうだ? 己の王も飲んだ酒は?」

「ああ、美味い。まさかこの酒を私自身が飲める日が来るとは思わなかった」

「むぅ、やはり腕の調子が今一ですね。本番まで十全に使いこなせないと────」

「どれも美味いな。うちの黒桐なんか比べものにもならない。時代は男子が家事をするものになったということかね」

「おおい、こっちにも新しい料理頂戴!!」

『・・・・・・・・・・・・』

 

 ガヤガヤと周りの者達に催促されることにより、士郎とアーチャーの二人は束の間の休息を終えて、配膳と給仕に戻った。

 賑やかとは当の昔に超えた、非常に騒がしい宴会真最中の衛宮邸。

 その様子をぼんやりと眺めてからイリヤが独り心地に、この状況を的確に示した言葉を呟く。

 

「カオスだわ」

 

 

 




 ただの暗躍というか、聖杯破壊の準備中に起こった幕間ですね。
そして、次回、最終局面。
 第十一話『決戦』。更新は明日の19時です。


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第十一話 決戦

 頭を空っぽにしてください。


 ────ドクン、と何かの鼓動がした。

 

 

 

 円蔵山の地下空洞奥深くに、ソレは存在した。

 冬木の地で行われる聖杯戦争の核、大聖杯。

 約二〇〇年前、始まりの御三家であるアインツベルン、遠坂、マキリを代表とする三人の魔術師たちが、ここで大魔術の儀式を組み立てた。

 その目的とは、聖杯によって召喚された英霊の内六騎を小聖杯に注ぎ、英霊たちが“座”に戻ろうとする力を利用して根源に至る“孔”を穿ち、大聖杯によって根源の渦を固定化する事。

 すなわち、召喚された英霊たちは根源に至る為の贄であり、最後に残った英霊さえも御三家にとっては最終的に生贄になる。

 これが聖杯戦争の真相。しかし、そんな思惑とは裏腹に自体は狂いを生じた。

 本来、殻に穿たれた孔に溢れる“無色の力”は黒く変色し、それらが叶えられる願いは破壊と死のみ。先の第三次聖杯戦争でアインツベルが召喚した、アヴェンジャーのサーヴァント、“この世全ての悪”と称されたアンリ・マユを取り込んだ小聖杯は聖杯戦争の核である大聖杯をも汚染していた。

 

 再び、ドクン、と鼓動がした。

 

 この場に存在するのは、穢れた大聖杯のみ。故に生き物のような鼓動の元は、大聖杯に他らならない。

 

 またも、大聖杯から鼓動が木霊する。

 

 第三次聖杯戦争で召喚されたアンリ・マユは、本来、ただの人間だった。

 だが、この世全ての悪であれと願われた彼は、望みを叶える願望機、聖杯に取り込まれることにより、その性質で無色の力を汚染した。

 汚染された聖杯は叶える願いを死や破壊のものにする以外にも、その性質を変化させる。

 穢れた聖杯は、死と破壊を求める。本来なら六〇年周期で行われる聖杯戦争も、第四次から僅か十年で新たな聖杯戦争が開幕した歪みもここに尽きる。

 聖杯は死と破壊を渇望する。聖杯を求める者たちが争い、更なる災厄を招く事を望む。全てはこの世の悪であるために。

 大聖杯から鼓動が高鳴る。鼓動の間隔は徐々に狭まり、今は鼓動が連続して大空洞に鳴り響いている。

 聖杯は死と破壊を欲している。だが、現状はどうだ?

 召喚された英霊たちは誰一騎として欠けることなく、戦う兆しすらない。

 それでは駄目だ。それでは誰も願いを叶えられない。聖杯という存在意義を示せれない。

 明確な意志があったわけではない。ただ、そうあるように乞われ、それを体現しているだけに過ぎない。

 

 ゆえにそれは静かに時を重ね───弾けた。

 

 激流の滝如く、大聖杯から黒い泥が飛沫を上げて一気に広がる。

 十年前の聖杯戦争から開始から現在まで、大聖杯は地脈から大量の魔力を吸い上げていた。それらの無色の魔力は汚染されて単調な意志が宿る。それが未だに終らぬ聖杯戦争によって、溜まりに溜まり、溢れ出したのだった。

 その力は、行動は、死と破壊。

 ああ、誰も願わないならば、誰も望まないなら、自分が叶えよう。我こそはこの世の悪と、請われたならば答えよう。

 黒い泥が一気に広がると、そこから数多の物体がドロリと現われた。

 あるモノは頭部が犬の人型、あるモノは首がない巨人。

 それら魑魅魍魎の群は不気味な産声を上げながら、揃って地下大空洞の出口を目指す。

 生き物とも呼べぬ異形の群は黒い波のように出口に押し寄せて行く。

 これらが一歩でも人の住む場所に放たれたなら、そこに待つのは無慈悲な殺戮だけだ。

 死、死、死、全ての悪性が肥大、増長し、有象無象、老若男女、咎人、弱者、罪人、聖人、全て平等に淘汰する。恨め嘆け絶望に泣け喚け届かぬと知りながら神の名を絶叫し、涙は煉獄の業火で蒸発し、血は渇き、屍の大地に狂え、理不尽に踊れ、裏切り、憎み、溺れ、犯し、孕み、汚し、踏み潰して、頭を、腕を、脚を、胸を、目を、歯を、心臓を、爪を、髪を剥ぎ、そこに何一つ守るべき尊厳もなく、最早どれだけ重ねてきたか分からぬほどの罪過を増やし、罰を降らず死んで、殺して、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ────。

 

 

 

「ところがギッチョン!!」

 

 “────!?”

 

 出口目前、外から漏れる光に触れる前に、黒い群の一角が、突然四散した。

 そこに現われたのは赤い槍を携えた一人の男。

 

「一番槍はこのクー・フーリンが貰ったぞ!」

 

 獣のように吼えながら、槍の英霊、ランサーは異形の群に矛先を向ける。

 

「なんだ? 自分が槍兵だから一番槍なのかね? とてもつまらんな」

「別に狙ってねぇえよ!?」

 

 やれやれと両肩をくすめる赤い外套の男、アーチャーにランサーは目を見開いて叫んだ。

 

「二人とも漫才は後にしてください」

 

 言い争う二人をすり抜けて、妖艶な美女ライダーが黒い獣の群に向かい、鎖が付いた杭のような武器を廻し、まるで竜巻が起こったかのように異形を蹴散らす。

 突如現われたサーヴァント達。しかし、異形には感情ともいうものが存在せず、次々と同胞が葬られていく光景に動揺も迷いも恐怖も表すこともなく、命を奪うために三騎のサーヴァントに殺到する。

 

「けっ!」

「ふん!」

 

 だが、侮るなかれ、彼は一騎当千の真なる英雄たち。言い争っていたアーチャーとランサーも、迎撃で直ぐに戦闘態勢に入り、異形の群を葬っていく。その中で、未だに言い争いが続いている余裕があるのも、彼らの力と異形の力との間どれだけの格差があるか示している。

 それでも、数が夥しいほど多かった。意図して避けていた訳ではないが、川の流れが途中に合った大岩で分断されるように異形の群が散る。

 しかし、ここに現われたのはたった三騎のサーヴァントではない。

 斬! 漆黒の刃が大地を駆け、黒い異形を両断した。

 

「桜、大丈夫ですか?」

「うん! 大丈夫よ、ライダー!」

 

 戦いながら自身の気遣うライダーに桜は力強く返事をしながら、自らの適性にあった魔術を発動、再び出現した漆黒の刃は異形の群を薙ぎ掃っていく。

 

「ほらほら、皆ちまちま動いていたら、コイツらが漏れて出ちゃうでしょ?」

 

 からかうような可愛らしい声が響くと、別の異形の一角が爆弾でも破裂したかのように散り散りに吹き飛んだ。

 

「速くしないと、私達が全部片づけちゃうよ? やっちゃえ、バーサーカー!!」

「■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 無邪気な声と共に、イリヤを抱えたバーサーカーが剣を振り回し、異形たちを破砕していく。異形の者たちが死と破壊を振りまく存在ならば、狂人はその圧倒的な暴力でそれらを粉砕していった。

 

「やれやれ、最近の女子は苛烈だな。そうは思わないかね、宗一郎殿?」

「私の尺度では測りかねぬ」

 

 女たちの戦闘を眺めていたアサシンの問いに、宗一郎が静かに返す。

 そんな二人も戦いの渦中にいた。互いに背中を向けて、向かってくる黒い異形の群を、刀で斬り裂き、魔力で強化された拳で殴殺していく。

 

「アサシン! 余所見や無駄口をして、宗一郎様に傷一つつけたら承知しないわよ!」

 

 キャスターが叱咤する瞬間、編んでいた術式を解放し、彼女の魔力が紫に輝く無数の閃光となって、異形の一団を焼き払う。焦げた地面に群がる様に新たな異形の群が現われるものの、既に彼女は次の魔術準備を行っており、再び砲撃を行って目の前の敵を一掃する。

 しかし、一方的に倒されていくことに危機感を覚えて策を講じたのか、異形の群は無秩序に群がるのではなく、ひと固まりとなって押し寄せて来た。

 それらはまさに、黒き津波。全てを飲み込むほどの物量で、個である彼等を圧倒しようとしていたのだ。

 だが────量が質に勝る道理などない。万軍が相手でも、それを凌駕する王がいれば事が足りるのだ。

 薄暗い大空洞に黄金の光が輝く。

 眩くは伝説に置いて常勝の王が手にする剣。事前に少女のマスターが魔力を宿った宝石を大量に摂取していたことで、サーヴァントである彼女にも十二分も魔力供給が行き渡っている。

 さあ、喝目せよ、異形の者たちよ。これが彼女の剣。あらゆる聖剣の頂点にて、人類が想いを糧に星が生み出した《最強の幻想(ラスト・ファンタズム)》。

 

約束された(エクス)────勝利の剣(カリバー)ッ!!」 

 

 刹那と共に、光が迸った。

 灼熱の衝撃は一瞬にして闇如き異形の波を飲み込み、夜天を切り開く星の光の如く辺りを照らす。

 

「くくく─────」

 

 そんな中、籠った笑い声が響く。

 

「くくく、はははは、あははははははははは!!」

 

 英霊たちの戦いを目の当たりにして、凛は狂ったように爆笑とした。そこには優雅な淑女という言葉は存在せず、目に見えるのは高らかに嗤う赤い悪魔の姿だろう。

 

「圧倒的じゃない!!」

 

 予想通りとはいえ、目の前に繰り広げられている蹂躙劇に凛は興奮を隠せないでいる。

 凛はこの聖杯から漏れ出た魔力が元である異形の群を事前に感知していた。

 正確にはセイバーのスキルであるランクEXの直感で知っていたのだ。

 元々、彼女たちの目的のためには、ある程度聖杯に魔力が満ちる状態で破壊しなければ意味がなかった。そして、そのサインがこの異形の群だった。

 溢れるほどの魔力が満ちたならば、必ずや自分たちの目的は達成される。

 そして、必然的に生まれ出た人に害為す者共も、自分達が駆逐するならば誰にも迷惑はかからない。

 初期段階でも既に十分な戦力を保有していたが、時間はあったので更なる準備を彼女達はした。

 過剰戦力がどうした? やるならば徹底的に、容赦なく。問答無用な絶対こそが揺るぎない、優雅な勝利の道なのだ。

 ちらりと、凛は別の一団に目を向ける。

 そこには四人の男女。別に連携をしている訳でもないが、偶然四人がそこにいた。

 一人は、女性、名をバゼット・フラガ・マクレミッツ。

 協会から派遣された外来の魔術師で、元はランサーのマスターであったが、綺礼の策略に合い、呆気なく左手を切断、仮死状態で某所に放置されていた。

 そこに凛の差し金で、蘇生を果たし、切断された腕も、魔術師業界の人形師が作りだした義手で補っている。

 そんな彼女は利用されていると知りながらも、結果として自分を救った凛のために黙々と目の前の敵を自身が持つ技量を持って、蹴り、殴りながら異形達を倒していく。

 そんな彼女の近くに別の女性。名を蒼崎(あおざき)橙子(とうこ)

 凛の依頼で(報酬は英雄の王の財を横流しして得た金銭から)バゼットに代わりの義手を用意した魔術師であり、こちらの話を聞いた際、興味本位で見物に来ただけの完全なイレギュラーだ。もっとも、今更イレギュラーの一人や二人増えたところで問題はなく、害はないので一同は彼女の同行を許可した。

 

「ふむ、肉体というよりは霊体といったところか。スペックは常人よりやや上と言ったところだが、試運転の相手には問題ないだろう」

 

 彼女は目の前の敵を観測しながら、自身が作りだした何とも形容しつけ難い人形達を使役し、たばこを吹かせながら異形の群を嬲り殺していった。一気に殺さないのは、彼女の言葉から察するに自身が作った人形の実験をしているのだろう。

 命のやり取りである実戦で何をしているか、とある者ならば揶揄するかもしれないが、凛にとっても、これらの行為は単純に作業、半ばお祭り感覚なので特に思うことは無い。

 更に魔術協会の人間が一人、名をロード・エルメロイⅡ世。

 本来、彼の役目は聖杯破壊の見届け人なのだが、彼にはまだ別の仕事が待っている。

 そんな彼は眉間に皺を寄せながら、自分用に調整した霊装である月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)による水銀の攻防で異形の群をやり過ごしながら、来るべき時を待っていた。

 最後の一人は間桐臓硯。

 若返った彼は蟲を使わずに、風と水の単純な魔術行使だけで異形のものたちと戦う。

 単純な魔術でありながら、吹き荒れる風に乗って、流れるように切り裂く水の刃は清流のように美しく、まるで浄化された彼のもの心を表しているようだった。

 

「さてと、そろそろ貴方も働いたらどうなの?」

「我に指図つもりか、小娘」

 

 軽口でも叩くように凛が視線を変えると、殺気を孕んだ視線でギルガメッシュが睨む。

 

「このような些事は庭師の仕事。何故態々我まで動かなければならない」

「別に問題ないけど、その方が速いでしょ」

 

 そう言いながら、常人ならばそれだけで失神してしまいそうな怒気を凛は軽く受け流す。その様子に益々ギルガメッシュの苛立ちを高めた。

 

「調子に乗るなよ、女。無断で我の宝物を簒奪しておいて、このような茶番にすら駆り出す始末。よもや万死では済まぬ域まで────」

「はいはい。どうでもいいけど、速く働かないとアンタが大事な友達から貰ったお守り燃やすわよ?」

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)ッ!! さぁ、残骸共よ! せめて愉快に壊れながら我を興じさせよ!!」

 

 必死な顔で異形の群れに突貫する英雄王を満足げに眺めながら、凛は自分もそろそろ動くかと準備をする。

 

「よっしょっと」

 

 がちゃり、と。重々しい金属音と共に凛が両手でぶれ下げるように持ち上げたのは、一見、魔術師である彼女には似つかわしくない代物だった。

 黒光りした鋼のボディに六連砲身に樽型弾倉、いわゆるガトリング砲である。

 凛が引き金を引くと、連続したマルズフラッシュと共に怒涛の砲弾が放逐された。

 毎分6000発による20mm砲弾の嵐。本来は戦闘機に装着するほどの武器を凛は身体強化によって制御し、情け容赦ない鉄風雷火よって異形の群を撃ち抜く、

 幾ら近代的に威力が高い兵器でも、ただの質量兵器では効果がない。しかし、凛が持つガトリング砲の銃弾は普通の代物ではなかった。

 一発一発がランサーの手作業によってルーンが刻まれた宝石なのである。厖大なエネルギーを宿す魔弾を発射するガトリング本体にも魔術霊装要素が組み込まれており、サーヴァントですらこの武器を前には無事で済む事ができない。まさしく魔導兵器と呼称しても指し辺りがない恐るべき殺戮兵器なのだった。

 もっとも、何も問題がないわけではない。

 当然、砲弾は常に消費されて、合間もなく発射を続けていれば直ぐにでも弾は尽きてしまう。

 

「あら? もうお終い?」

 

 結果として、英雄の王の財で購入し、ランサーが三カ月かけて作りだした魔弾を凛はモノの数分で消費した。

 ランサーが悲しげな顔を向ける中、凛はあっさりと弾切れになったガトリング砲をその場で放棄し、うきうきと新たな武器を取り出す。彼女にとってはこちらが本命で、先程のガトリングは興味本位の代物なのだ。

 取り出したのは世界に五人しかいない、魔法使いが持つ愛剣を模造した一品。

 宝石剣ゼルレッチ。

 これは彼女のサーヴァントであるアーチャーが投影したもの。

 アーチャーはイリヤに導かれて、彼女の体に蓄積されたアインツベルンの記憶に潜入し、二百年前、大聖杯を作り上げたときに立ち会った魔導翁キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの記憶を見て投影した。

 本来、彼の知識を総動員しても、魔導翁が手にする宝石剣の解析は不可能。自分では理解できない、人には届かないモノを────セイバーがランクEXの直感で「いけます、いけます。何となく並行世界の士郎ですら頑張って投影できたような気がしますので、いけます」と無茶苦茶な言葉もあって────アーチャーは何度か自身の存在が消え去りそうになりながらも投影する事の成功したのだった。

 

「Es IaBtfrei.(解放、)Werkeug(斬撃)────!!」

 

 宝石剣から極光が迸る。その威力、先程セイバーが魅せた《約束された勝利の剣》にも劣らず、数が減りつつある異形の群を更に一掃した。

 遠坂家の大師父にして第二魔法を駆使する魔法使いの愛剣を模造とした宝石剣で、並行世界から無尽蔵に魔力を引き出し、凛はそれを全て純粋な殲滅の光へ変えて放ったのだ。

 

「ううん、これぞ正義!」

 

 満足そうな吐息を零し、凛は更なる攻撃を開始する。

 苛烈さを増すばかりの戦場は留まる事を知らない。次々と破壊の余波によって地下空洞が震撼する。本来なら余りある火力によって、地下空洞は既に崩落の域に達しても不思議ではないのだが、事前準備でキャスターが地下空洞全体を自身の神殿に変えていた為、強度の面での心配もなかった。本来は寺の門から動けぬ佐々木小次郎ことアサシンがこの場に存在するのもここか彼女の領域だからである。更には自分の陣営であるモノならばステータスアップもついているおまけ付きである。

 そんな激闘の最中、全く戦闘を参加していない一団が一組存在した。

 言峰綺礼とカレン・オルテンシアである。

 

「貴方は参加しないのですかダニ神父?」

「本来、私の目的はアレ等の誕生であった。何であれ生まれを否定するのは間違っている。今は逆の行動をしているが、不要であるならば本意ではないことをしなくても別に責められるものではないだろ?」

「ああ、それは残念です。私は貴方がうっかりあの獣たちの渦に巻き込まれて、凌辱が如く辱めを受けるのを面白いと思っていましたので。まぁ、そんな汚らしいものは見たくもありませんが」

「それは自身の願望かね、カレン・オルテシア?」

「どういう意味です?」

「お前の力は私が準備した霊装で抑えている。本来は疼くはずのものが疼くかないとなると、欲求が溜まるのではないかね? 聖職者有るまじき色欲だな」

 

 カレンは《被虐霊媒体質》と呼ばれる異能を持っていた。悪魔に反応しその憑依者と同じ霊障を体現する力。悪性が強い異形の群がいるこの場でならば、その魔に反応して身体中が犯されていただろう。

 しかし、それらの症状は綺礼が準備した霊装によって抑えられている状態だ。カレンが服の下に身に守っている銀の十字架が外気に充満している魔性を遮断しているのである。

 態々、そのようなものを準備したのは、行動中に怪我で動けなくなるのは面倒だ、とは手配した男の弁である。

 

「別に私は痴女ではありません。そもそも、私は在りのままの私を受け入れており、その体質を抑えることは生まれを否定するようなもの。先程の言葉とは逆ではなくて?」

 

 不満そうにするカレンに対し、思わず綺礼は鼻で笑った。それを見て益々カレンは不満そうに顔を顰める。

 

「何が可笑しいのです?」

「いや、外見以外にも、つまらぬことばかりは似ていると思っただけだ」

「────────いったい誰にです?」

「さて、誰だったかな?」

 

 答える気はないのか、綺礼は明後日の方向に目を向ける。カレンはしばらく見つめた後で、溜息をしながら、同じ場所を眺めた。

 一方的な戦局。敗北が見えない勝利のみの一本道。個々が多を圧倒する戦場。

 しかし、問題がないが生じないわけでもなかった。

 真っ先に気づいたのは直感EXを持つセイバー。

 彼女は直ぐに自身のマスター、投影した双剣で異形たちを斬り払っている士郎を見た。

 勇み過ぎて前に出過ぎている。このままでは危ないと、想い人に危険が迫る前に行動しようとして、中断した。

 彼女が動くよりも速く既に別の誰かが士郎の傍にいたからだ。

 

「余所見をすると怪我をするぞ、衛宮士郎」

「なっ!?」

 

 今まさに士郎の背後を狙おうとした異形の一体を、駆けつけたアーチャーが両断した。

 

「くっ! あれくらい気付いていた!」

「それでは何故悔しそうな顔をするのかね? ここは素直に感謝するところだろ?」

「五月蠅い! 喋る暇があったら身体を動かせ!」

「それは貴様の方だろ? 随分と切れがないが、なんなら休んでもかまわんが」

「さっきから馬鹿にしやがって。全然いける!」

「ほう、ならば私についてこられるか?」

「てめぇのほうこそ、ついてきやがれ!」

 

 二人の男の覇気が増した。

 片方の男は剣を振るい、残る男は相手に負けぬと更なる敵を葬る。

 双剣乱舞。競い合うように敵を斬り斃していく二人は合わせ鏡の如く息が合い、互いが互いの力量を高めて戦果を上げる。

 その光景を何処か愛し気に見つめた後“彼女達”も己が目の前の敵を駆逐していく。

 一団は手を緩めことなく、むしろ隣人に負けぬと更なる力を振るって前に進んだ。

 結果として、聖杯戦争に関わった一団は、誰一人として欠けることなく、ただ一匹として異形を討ち漏らすことなく、大聖杯が存在する地下大空洞まで辿りついたのだった。

 

「さて、まずは私の出番ですね」

 

 ざっと、一歩前に出たのは間桐臓硯。

 最初に彼が大聖杯に接触すること。それがこの場での第一段階が完了する手筈になっている。

 その代償は彼自身の命であったが、そこに迷いない。

 自分は罪を重ね過ぎた。更には幾ら魂が浄化されようとも、体までがそうはいかない。生きながらえようとすれば、またも他者の命を喰らう事になる。

 これは潮時であり、贖罪であり、そして、彼の望みであった。

 彼の望みはこの世全ての悪を根絶すること。向かうべき相手は、まさしくその権化。

 ならば、己が身一つで倒すべき相手に一矢報いられるならば、これほど出来過ぎたことはない。

 

「お爺さま・・・・・・・・・・・・」

 

 臓硯の背中を切なげに見ていた桜を、臓硯は苦笑しながら振り向く。

 

「この後に及んでまだ私を祖父と呼ぶとは────私が貴女をどれだけ弄んだか、忘れたわけでもないのでしょう?」

「でも、でも、貴方は!」

「良いのです、桜。私は長く生き過ぎた。これからは貴女のだけの運命を歩みなさい」

 

 そうやって臓硯前を向くと、魔力で生みだした水流に乗り大聖杯に疾走する。

 危機感を覚えたのか、穢れた大聖杯は再び異形の群を生み出して臓硯に襲い掛かる。

 が、邪魔はさせぬと他の者達が、剣、矢、魔術などで彼の行く手を守る。

 しかし、先行する臓硯を巻き込まないための加減した攻撃は、無尽蔵に湧出る異形たち対して討ち漏らし生まれさせる。残った異形たちの中、一体の犬に酷似した異形が死角を狙う様に臓硯の脇腹を容赦なく噛み付いた。

 ごふり、と、臓硯の口から血反吐が吐き出される。後ろで桜の悲鳴が聞こえた。

 だが、それでも臓硯の歩みは止まらない。

 

「邪魔、だッ!」

 

 血に染まった口で吼えながら、臓硯は己が脇腹を喰らった異形の頭部を風の魔術で破砕する。しかし、その彼に対して次々と異形たちが襲いかかる。腕を、脚を、肩を食いちぎられ、片目も失った。

 それでも臓硯の歩みは止まらない。

 

「退け!」

 

 自身の魔力を爆発させて、異形の群を吹き飛ばす。後の事は考える必要もない。体中の痛みや損失など気にすることもない。前に一歩進めれば問題はないのだから。

 ドン! と、大量の石礫を撒き散らせながら、新たに異形の巨人が臓硯の行く手を阻む。それも一体ではない。十近い異形の巨人がまさしく壁となって臓硯に立ち塞がったのだ。

 

 それでも臓硯の歩みは止まらない!!

 

 恐怖など微塵も感じさせぬ、強い意志を片目に宿し、尚も前へと進んだ。

 そこに、眩い極光の光が迸り、消滅の音と共に異形の巨人たちを一掃とした。

 

「行きなさい、間桐臓硯」

 

 駆けつけた凛が新たに現われる異形を睨みながら、臓硯を見ずに呟く。

 

「遠坂凛・・・・・・・・・・・・桜を頼みます」

「誰に言っているの? 桜は私の妹なのだから守るのは当然じゃない」

「ああ、そうでしたね」

 

 満身創痍な状態でながらも、臓硯は穏やかな笑みを浮かべ、前に進む。

 そして────辿りついた。

 大聖杯の眼前。

 まるで火山の口でも覗きこむと、灼熱のような魔力が充満していた。

 

 そこに、臓硯が迷わず飛び込んだ。

 

 大聖杯の中、厖大な魔力が渦巻く溶鉱炉のような空間に置いて、人の身は耐えることは叶わず、傷ついた臓硯の体は焼き掃われるように蒸発していく。

 しかし、消えるはずの臓硯は変わらず、笑みを浮かべたままだった。

 そんな、あと数刻で消える意識の中、臓硯は大聖杯内部の最奥で、一人の女を見つけた。

 

「ああ、久しいな、ユスティーツァよ」

 

 答えることのない相手に臓硯は声をかける。

 それはまさしく走馬灯なのであろう。消えゆく意識の中、今までの人生が雷鳴の如く疾走し、彼は瞳を閉じた。

 

「五百余年─────フッ。

 思えば、瞬きほどの宿願であった」

 

 そして、正義を追い求めた男の命がここに消えた。

 その瞬間、キャスターの手によって臓硯の体に組み込まれた術式が聖杯の中で完成された。複雑な術式を体内に宿し、死に際で発動することができたのは一重に臓硯の体が人の身ではなかったからである。

 後は、聖杯を破壊されれば目的が完成される。

 このまま一斉火力で終わらすことも可能だ。

 故にここからは駄目押しである。

 

 刹那、ある四人の体に変化が生じる、各々、左手の甲に血のような赤い模様が浮かび上がった。

 一人は、ギルガメッシュのマスターである綺礼。

 一人は、凛からランサーのマスター権を譲渡されたカレン。

 一人は、魔術や神秘に所縁もない、キャスターのマスターである宗一郎。

 残る一人は、現在浮かび上がったモノを含めて、この場で“令呪”を持ちし者の中で唯一、サーヴァントが存在しないロード・エルメロイⅡ世。

 

 彼は既に準備をしていた。

 

 魔法陣は即席でキャスターがその場で準備した。触媒は己が手の中。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する。

 ────告げる。

 ──告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら応えよ。

 誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」

 

 逆巻く旋風と閃光。雷鳴如き轟音と共に、“彼”は。

 赤いマントを靡かせながら、自分へ背に向ける巨大な背中を、ロード・エルメロイⅡ世は予知していたとはいえ、声を失って見つめていた。

 ようやく、正気を取り戻した彼が口を開く前に、召喚された男が彼に振り向く。

 

「久しぶりだな、我が臣下よ」

 

 その言葉でロード・エルメロイⅡ世は絶句した。

 

「お、王よ。まさか、記憶があるのか?」

「余も良く分からんが、うむ! 貴様と駆けた戦場の記憶を昨日のことのように覚えているぞ。これも現世の言葉で言うならイレギュラー? な召喚のせいかの」

「あ、ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず瞳を熱くさせたロード・エルメロイⅡ世を、召喚された新たなライダーのサーヴァント、征服王アレキサンダーは呆れた顔で見下ろす。

 

「おいおい、図体ばかり少しでっかくなったが、泣き虫は変わらんのか? 我が臣下ながら情けないのぉ」

「っ!? う、うるさい! うるさい! うるさい! 話は後だ! 今はするべきことをするぞ!」

「そうであったな。しかし、これほどの英雄たちが揃って共闘しようとはな。軍門に下すかいがあるわい」

「もめごとは後だ! というか終ってもそれは絶対に止めろ!」

「・・・・・・・・・・・・そろそろ、いいか?」

 

 言い争う二人の間に入る様に、士郎がロード・エルメロイⅡ世に訊ねた。

 

「!? ああ、問題ない。いつでもいける」

「そうか────」

 

 頷くロード・エルメロイⅡ世を確認すると、士郎は周囲の様子も確認する。

 どうやら既に己が立ち位置におり、その瞬間を待っていた。

 

「よし────────なら、いくぞ!」

『応っ!!』

 

 振るえるような声が上がる。

 決着の時。しかし、何も難しいことはない。

 ただ一言。そして、ただ一撃で終るのだから。

 

 己がサーヴァントと共に、マスター達は告げた。

 

 

『全ての令呪を持って、我がサーヴァントに命ずる。己が全ての力で聖杯を破壊しろ』

 

 マスターの命に、サーヴァントが答える。

 

『了解した、我がマスターッ!!』

 

 大気が爆発した。

 大地が震撼した。

 世界が異変を感じた。

 名も無き剣士が剣圧を放ち一度だけの魔法を生む、魔女が現代の魔術師では到れない神代の奇跡を撃ち出す、狂いし代償で失われた大英雄の宝具がこの瞬間だけ唸りを上げる、二つの騎兵が白き彗星と雷鳴と成って突き抜ける、青き槍兵が必中の魔槍を投げ飛ばす、英雄王が世界を断つ剣を解放する、正義を目指した男が永久の遥かと知りながら憧れし黄金の剣を生み出し射抜く、この世ので最も理想を求めた王の剣────人々の願いが生んだ星の輝きが光となる。

 音が消えた。

 視界が消えた。

 九騎士英霊達の全身全霊の全力が、大聖杯を、その場を飲み込む。

 

 最初に気づいたのは誰だったのか。

 周囲の静穏を感じると、そこは既に外だった。

 いや、正確には大空洞があった場所。

 九騎のサーヴァント達が放った全力は、大聖杯諸共、地下大空洞を跡形もなく消滅させ、ただの平地に変貌させたのだった。

 だが、これだけですんだ、と言えよう。地下空洞はキャスターの準備により、神殿、ある種の異界となった。これが普通の場所であったのならば、どれだけの被害を生んだか想像できない。

 数刻、誰も呆然としていたが、思い出したように凛がサーヴァント達に訊ねる。

 

「あ、そういえばちゃんと貴女達受肉できたの?」

「はい、問題ありません」

 

 真っ先に答えたのはセイバーだった。

 

「まぁ、私も理論上は納得したけど、実際なって見ると馬鹿げたものね」

 

 次にキャスターが信じられそうにない様子で自身の調子を確かめる。

 サーヴァント達は大聖杯の破壊の際、余波によって、その魔力を浴びた。

 そして、受肉した。本来、英霊の魂を代償にでしか為されない事象を、数ヶ月聖杯戦争を実行しなかったため、地脈の魔力を過剰に蓄積し、そこにキャスターの神秘の補助もあって実現したのである。

 何が良く分からないが、そういうことなのだ。無理に理解しようにも理解できない。唯一理解しているキャスターでさせ実行するまで半信半疑だったのだ。セイバーはその直感でこうなる結果を予想していた。遠坂家にあった不思議アイテムから並行世界で事例があることも知っている。その不思議アイテムは直ぐに封印した。凛は思い出したくもない。

 これでサーヴァント達は誰一人消えず、この世界に残る。これらは大多数が望んでいる事であり、凛としても色々とお得なのでウハウハだ。

 

 しかし、消える者が一人存在する。

 

「やれやれ、呆気ない幕切れだったな」

 

 日が昇るかける空を眺めながら綺礼が心底つまらなさそうに呟く。その体はうっすらと、透明になっていた。

 彼の体は既に死んでいる。元々、この世にいる理由は穢れた聖杯と魂で繋がっていた為。

 大聖杯が消滅した事により、綺礼も消滅する。土の中から、赤い男と青い男の手によって、入れ墨だらけの青年が掘り起こされているが、関係ない。

 言峰綺礼は消えるのだ。

 

「御託は良いので、さっさとゴミはゴミらしく消えたらどうです?」

 

 消えかけの綺礼へカレンが熾烈な言葉を吐き捨てた。

 彼女は本当に鬱陶しいそうにしており、綺礼の姿を見ようともせず、彼に対して身体を背に向ける。

 同情の余地はないのだが何とも言えない空気の中、綺礼が自分に背を向けるカレンを見て、その貌を変えた。

 それを目撃した者は、誰もが声を失った。長年の付き合いである凛とギルガメッシュですら、綺礼の“そのような顔”を見たことは無い。

 光が昇る。朝が来る。その瞬間、綺礼は消える。

 自身の損失に対して、彼は直前でも何も想わなかった。

 ただ、自分に背を向ける少女を見つめて、それで、ふと思い出す。

 

「そう言えば、最後にお前へ伝えとくことがあった」

「何です? つまらないことは─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カレン、私はお前を愛している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 カレンが振り向くと、そこには誰もいなかった。

 ただ、山の向こう側に朝日が昇り、眩い光景がその瞳に映されるだけだった。

 

「・・・・・・・・・・・・まったく、最後の最後は嫌がらせですか。よりにもよって────本当に貴方は最悪な男ですよ」

「あら、満更でもないじゃない?」

 

 不満そうな愚痴を溢すカレンに対して、凛が声をかけた。

 

「ほら。貴女、泣いているもの」

 

 涙など流していない、彼女はそう否定した。

 




 はい、聖杯戦争終了です。
 いや、ほんと、やりたいことを詰め込んだけの蹂躙でした。駆け引きなんて、アサシン戦しかありませんでしたね。
受肉に関しては、アポ、プリヤを考えればそんなに酷くないはずです。
黒幕二人退場に関しては無罪放免で生存する形は取りたくなかったので、綺麗(?)幕引きをさせました。

 残りは短いお話を二つですね。明日の12時と19時です。最後までよろしくお願いします。


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第十二話 契約

 本編というよりもエピローグその1ですね。


 ある日、雲ひとつない青空の下、士郎はセイバーと共にとある墓前と立っていた。

 和風墓地には二人以外誰もいなく、余計に静かな空気が流れていた。そして、セイバーは士郎より二三歩下がった場所で墓石を眺める。そこには士郎の養父であり、自分の元マスターである切嗣が眠っている。

 もっとも、遺骨はなく、彼を燃やした時に残っていた灰を入れたものがあるだけの墓だとのことだが、それでも切嗣の墓であることには変わりない。

 本来ならイリヤも同行する予定だったが、彼女は何かを察してか士郎とセイバーの二人で向かわせた。

 

「───という訳で、爺さん、聖杯戦争終ったよ。

 滅茶苦茶な形だけど、結構無事に済んだ。

 遠坂はカレンとギルガメッシュの財を共有し、サーヴァント達を使いぱしりにして色々としてるようだけど、そのお陰でアインツベルンを脅して、イリヤを再調整して人並の寿命にしてもらったから俺たちも良かったと思うよ。

 調子に乗った遠坂がいつうっかりするとか心配だけど、あそこにはもう一人の俺と桜もいるから大丈夫だと思うぜ。

 んじゃあ、今度はイリヤと一緒に来るから、またな」

 

 そうやって立ち上がった士郎にセイバーが声をかける。

 

「もう良いのですが?」

「ああ、大体は報告したしな。それよりもアルトリアはいいのか?」

「いえ、墓前でも、彼と何を語ればいいのか、未だ整理がつかないです。そうですね、今度、イリヤと来た時には、ちゃんと向きあうようにします」

「そうか────」

 

 セイバーと切嗣の話は彼女の言葉から聞いている。

 その時の彼女には、今の様な直感は存在せず、結局最後まで確執を生んだまま切嗣とは別れたそうだ。

 全てが終わった今でも、しこりは残っているのだろう。

 だが、いつか、落ち着いたときでも話せることを願う。

 もう二人が互いに顔を合わせて話すことは叶わないけど、気持ちだけでも理解し合えたら良いと思う。

 そう考えながら士郎は墓参りの片づけをセイバーと共にした。

 

「そう言えば、シロウはこれからどうするつもりですか?」

「? ん、とりあえず帰りに夕飯の買い物をするつもりだ。イリヤがドイツ料理をリクエストしてきたから、それに答えないと」

「いえ、そうではなく今後のことです。シロウはこれからどうやって生きるつもりですか?」

「なんか漠然とした質問だな」

「あ、すみません」

「いや、別にいいよ」

 

 士郎はうーん、と頭の中を巡らせて、彼女の質問に対する答えを選ぶ。

 

「まずは普通に学校は高校を卒業するまでは通う。その頃までに魔術協会が存命(、、)していたらそこで修行するかな」

 

 濁った言い廻しだが、自分の魔術の師となった凛は色々と企てている。それがロクでもないことかそうでもないことなのか知らないが、大それたことは間違いない。

 もしかしたら、時計塔を牛耳るかもしれない。

 幾らサーヴァントが存在しようが簡単にはいかないだろう、と思うものの、時計塔の総戦力を知らない士郎にとっては簡単に捨てきれない可能性である。

 

「まぁ、どうなろうと魔術の修行は続けるよ。いつかは宝石に頼らず固有結界を使いたいしな」

「何のためにです? 戦いはもうないのに」

「今はな。でも、いつ何があるか分からないだろ? だから、もっと強くならないと。アルトリアに守ってばかりじゃカッコ悪いしな」

「そ、そんな、士郎は十分今でもカッコいい、です」

「ははは、ありがとう」

 

 頬を染めながら告げる彼女の言葉を、士郎は照れ臭そうに受け止めた。

 そうやって雑談をしながらゆっくりと片づけていたが、それも既に終了していた。

 後は帰るだけ、と、後を去ろうとした時、士郎は何か重要なことを思い出したのか慌てて立ち上がった。

 

「まずい、アルトリア! 大事なことを言い忘れてた!」

「はい?」

 

 突然の出来事に、何のことか首を傾げるセイバーに対して、士郎は言った。

 

「セイバー、俺との契約を破棄してくれ」

「え────」

 

 時が凍りついたような気がした。

 

 数秒の静寂の後、ポロポロと、セイバーの翡翠の瞳から涙が溢れ出だ。

 その様子に自分が失言した事に気づいた士郎は更に慌てふためく。

 

「ち、違うんだそう言う意味じゃなくて」

「う、えぐ、な、ならどういうことですかぁ?」

 

 余程ショックだったのか情けない声を上げるセイバーを見て、オロオロと士郎は必死に宥めようと模索する。

 

「つまり、あれだ、そのマスターとサーヴァントという関係をなしにしてだな──」

「そ、そんな、私に何か到らぬ事が──」

「違う! アルトリアは何も問題ない! 俺はつまり新しい関係を──」

「新しい、関係?」

 

 セイバーは士郎の言葉の意味を良く理解できないでいた。

 普段の彼女ならいざ知らず、事前のショックが強すぎたのか、ランクEXの直感がうまく機能していないのだ。

 自分がやらかしてしまったせいで、いつものなら色々と察してくれる彼女が訳の分からなそうに不安げな顔をするのを見て、士郎の覚悟は決まった。

 

「アルトリア────」

「はい・・・・・・・・・・・・」

「俺と結婚してくれ」

 

 再び時が止まった。

 石像の様に何も反応を示さないセイバーを見ながら、士郎はしどろもどろになりながら、必死に説明する。

 

「その、主と使い魔との関係というか、対等な関係で向き合いたいとか、俺の言葉足らずでアルトリアを悲しませたのは本当にごめん。でも、こんな俺だけど、アルトリアの味方になるから、幸せにするから、だから────」

「シロウ」

 

 ふっと、少女の顔が青年の顔に近づき、唇が重なった。

 

「!」

 

 目を見開く士郎に対して、セイバーはゆくりと離れながら、頬を染めた笑みを見せる。

 

「私の答えなんて、貴方にお会いしたときに伝えました・・・・・・・・・・・・」

「アル、トリア」

「愛してます」

「俺もだ」

 

 士郎のその言葉を聴いて、セイバーは首を横に振った。

 

「それでは嫌です。直感で分かっていても、貴方の口から、貴方の声で聞きたい。貴方の想いを」

「アルトリア・・・・・・・・・・・・」

 

 ぎゅっと、優しく、されど強く包み込むように士郎はセイバーの体を抱きしめた。

 そして、耳元に囁く様に、はっきりと自身の気持ちを伝える。

 

「好きだ、アルトリア。ずっと一緒にいてくれ」

「────はい。ずっと居ます。貴方が望む限り、貴方の傍に居ます」




 残り、一話。19時に。
 エピローグその2。
 最終話『理想郷』


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最終話 理想郷

 エピローグその2。


 聖杯戦争から、数年後────。

 

「────だから、それはそっちでやっときなさいよ。西欧財閥? そんな小物はORTでも差し向けたらいいのよ! やるなら徹底的にやりなさい、良いわね!」

 

 高速道路を走る車内、凛は携帯電話を乱暴に切る。

 あれから本当に色々あった。この携帯電話も数年も経てば使いこなせるようになった。大魔術を使うよりも困難だが、今ではちゃんとツィートもできる。

 凛は聖杯戦争後、サーヴァントや英雄王の財宝を駆使して、魔術師協会に乗り込んだ。

 別に本人としては、自分達が保有する強力な戦力に変な警戒を抱かせないようにとの交渉のつもりだったのだが、騎士王の直感、英雄王の財、征服王のカリスマもあって何故か時計塔を乗っ取っていた。

 その間にカレン・オルテンシアが内部工作で聖堂教会側を掌握。彼女もランサーやアヴェンジャーのマスターになったバゼットなどを利用して色々していたら、いつの間にかそうなったらしい。

 ちなみに英雄王の財は、凛とカレンの共有財産だ。なんだかんだで、自分達の家は昔から懇意にしていたそうなので、なんだかんだでその関係を継続させた。

 その他にも聖杯戦争の一件で知り合った人形師の伝手で、日本の退魔の家系と繋がり、些細な縁で真祖の姫君とも知り合いとなる。

 挙句の果てに調子に乗った結果、裏世界の一大勢力の首領となり、世界に蔓延るマナの汚染問題解決や死祖対策、神秘の守護、他にも表世界の戦争根絶やテロ防衛などもやった。

 ちなみに後半のものは、自分のサーヴァントであるアーチャーがほとんどした。

 今の彼は世界中で誰もが知る正義のヒーローとして名を馳せている。

 そんなアーチャーは現在自分達の乗る車を運転していた。助手席には妹のサーヴァントであるライダーが座っており時折、運転しているアーチャーと話している。

 本当になんでこうなったのだろう? 思わず、溜息を溢す凛。別に自分は世界を掌握つもりはないのだが、自身や身内の保身のために動いたらこのようになってしまった。

 

「姉さんお疲れですね。ミカンでも食べます?」

 

 隣に座る桜が心配そうな顔で凛の様子を窺った。

 

「う~ん、じゃあ、貰う」

「はい、んっぅううう」

「ちょっと待ちなさい、桜。何で当たり前のように口移ししようとしてるの? お姉ちゃん訳わかんない」

 

 接近する妹の顔をがしと掴む。桜は顔を掴まれたまま不思議そうな顔を浮かべた。

 

「何を今更。昨晩だって四人で×××や○○○や■■■やら───」

「ごめん、桜、私が悪かったわ。だから昼間からそんな単語を連呼しないで。そして口移しを再開しろとも言っていない」

「ええええ」

「桜」

 

 不満そうな顔にする桜を、運転するアーチャーが此方を見ずに呼びかける。

 

「ん? なんですか?」

「あと一時間で高速から出る。それまでに済ましておけ」

「ちょっと、アンタなにを────」

「じゃあ、姉さん、いただきます」

「え? そんな? 待って─────きゃあああああああああああああ!!」

 

 本当に何でこうなったのだろう。

 

 *

 

 そんなこんなで一行は衛宮邸に到着した。

 アーチャーが後部座席の扉を開くと、つやつやの桜とげっそりとした顔で着崩した服を直す凛が出てくる。

 しかし、いざ衛宮邸の門を見ると、なんだか帰って来たという気分となった。

 あれから、基本的に衛宮の人間とキャスター陣営は冬木の地にいる。

 キャスター陣営は自衛以外の荒事には出ず、好き勝手暮らしていた。何処ぞの野武士は偶に街に出てナンパしたり、魔女な奥さまは夫にべったりしながら子供が産まれたぐらいであまり変化はない。

 衛宮に連なるものは、こちらも色々とあったのだが、一段落したら揃ってこの衛宮邸に住んでいる。

 ある意味、凛や桜にとってもここは、もう一つの実家と呼ぶべき場所であり、変わらない風景はどこか愛着を抱かせた。

 

『ただいま』

 

 そうやって感慨に耽りながら門をくぐり、扉を開ける。

 すると、ドタドタと、喧しい足音が近づいた来た。

 

「おみやげぇえええ!!」

「おい、そこはお帰りでしょう、“モードレッド”」

 

 セイバーの容姿をそのまま六歳まで下げたような少女。

 彼女の名は衛宮モードレッド。御想像通り、士郎とセイバーの娘である。

 見た目はセイバーそっくりなのだが、母親譲りの金髪は動きやすいようにポニーテールにしており、一人称も『俺』だったりと色々と男勝りで活発な娘だ。

 そして、どういう心境なのか、彼女の名は知る者は知る、アーサー王を貶めていた反逆の騎士と同じ名。

 というか本人らしい。モードレッドも歴史と違って女性だったようだ。

 正確にはキャスターの魔術でモードレッドの魂をセイバーの母体に降霊させ、彼女が産み落とした存在だそうだ。

 態々自分を破滅に追いやった存在を子供として産むとは、正気の沙汰じゃないと誰しも思ったが、セイバーなりに考えがあってのこと。

 どうやら、一度愛せなかった子供を今度こそは愛したいそうだ。

 モードレッド自身、前世の自覚がないようだが、セイバーの直感では何れ訪れるらしい。

 それでも、愛すると彼女は誓った。ならば自分達は見守るだけだろう。

 

「おかえり、リン叔母さん。サクラ姉さま。メデューサ姉さま。未来親父」

 

 そんなモードレッドの言葉に凛は思わず顔を引き攣らせる。その他の三人は苦笑しながらそれぞれ挨拶を交わした。

 何故桜は姉で、凛は叔母さんなのかは、歳の差だとのことだ。一歳しか違うのに納得がいかない。

 ちなみに未来親父はアーチャーのことである。

 

「ほら言ったぞ? お土産よこせ」

「生意気な子にはあげません」

「むぅうう」

 

 不満そうに頬を膨らませるモードレッド。そこに新たに士郎がやって来た。

 

「おいおい、廊下を走ると危ないぞ?」

「父上!」

「って、言った傍から────っと!」

 

 モードレッドはやって来た士郎に振り向くと、そのまま飛び込むようにして、士郎の脚に抱きつく。

 彼女は両親が大好きで、その光景は微笑ましいものだが、次の瞬間、凛は顔を強張らせた。

 

「父上、父上! リンの婆ぁが意地悪してお土産くれない!」

「おいガキんちょ、さっきよりも酷くなってるぞ」

「駄目だろ、モードレッド? 遠坂も年齢を気にする歳なんだから、そこは面の向かって言うのは可哀想だろう?」

「そうなんだ─────悪かったな、リン!」

「親子共々血祭りにあげてやろうか?」

「それは出来たら遠慮してほしいです」

 

 そこに新たにセイバーが静かな足取りでやって来た。

 

「おかえりなさい、凛、桜、ライダー、アーチャー」

「ええ」

「ああ・・・・・・」

「はい」

「セイバーさんもお元気そうで」

「はい。そして、凛。家の娘がご迷惑を・・・・・・」

 

 思わず頭を下げようとするセイバーを凛が止める。

 

「いや、いつものことだからそこまで気にしてないわよ」

「そうだよ、母上! 気にすることないんだぜ!」

「アンタはちょっと気にしましょうか!?」

「やなこった!」

 

 あかんべー! をしてモードレッドは逃げるように居間のほうまで走り去った。

 

「あっ、こら、モードレッド! 重ね重ねすみません、凛」

「まぁ、いつもの事なんだけどね。アンタたちが育てて、よくもああ育ったわね」

「好きなように伸び伸びと、したらああなりました」

「それでも、可愛いのでしょう?」

 

 凛がそう尋ねるとセイバーが苦悶から笑顔へと変わり頷く。

 

「勿論です。娘ですから」

 

 *

 

 そして、場所が変って食卓を囲む居間。

 

「うぁあ、イリヤさんは全然変わってないですね。いわゆるエターナルロリですか?」

「ふふん、羨ましい?」

「いえ全然。その胸を見ると悲しい気持ちになります」

「そのまま凋んでしまえ」

「■■■■■■■■」

「貴方は数年経っても狂化のままですか」

「こらっ! リズも少しは働きなさい!」

「セラ、うるさぁい。それにリズがやらなくても、シロウたちが勝手に働く」

「くっ! メイドの領域を奪う忌々しい所業です」

「二人は家政婦だからねぇ」

「だれが家政婦か───ところで爺さん、あまり無理はしてないか?」

「ははは、ヒーローシロウには負けないほどの現役さ」

「もう、切嗣ったら、この前ぎっくり腰でひいひい言っていたくせに」

「それは言わないでよ、アイリ」

 

 居間では取り留めない談笑をしながら賑やかな空気が流れている。

 何やら死んだはずの衛宮切嗣とアイリスフィールがいるのだが、それは数年前に虎聖杯という不思議アイテムによって復活したのだ。深く考えてはいけない。

 とても平和的な日常。

 ぬるま湯に浸かっているようで、数年前の自分なら心の贅肉と馬鹿にしたことだが、今思うとこのような時間が何よりも尊い。きっと、何億する宝石よりも価値がある宝物なのだろうと改めて想う。

 アーチャーが淹れた紅茶を飲みながら、ちらりとある三人を見る。

 

「モードレッド、口を汚してはしたないですよ」

「ううう、母上恥かしい」

「ははは、こんなことは照れるんだな」

 

 娘の口を拭う母。それを見守る父。

 それぞれ己の存在は度外視して、他者のために生きた人間二人とは思えない光景に凛は思わず訊ねた。

 

「衛宮君、幸せ?」

 

 嘗て、彼が自分の妹にした問いかけ。

 当然、答えなど知っている。

 彼はいきなりなんだと? 不思議そうにしていたが、迷いなく頷いた。

 

「───ああ」

 

 

 

 

 

 




 完結!!
 如何でしたか? ネタで出来た物語は? 最後蛇足? 
 少々描写不足もあるでしょうが、それは時間があれば修正、加筆していきたいですね。
 あと、最後のモードレッドちゃん登場。アポ知らない人は誰やねんでしょうが、もともと複線は存在しており、彼女がいたから、この小説を短編から長編まで書こう思ったわけです。
 まぁ、ロリですが。
 ここまで付き合ってくれて、ありがとうございます。
 二次小説で書き上げたのは初めてじゃないか? と思う一方で、それなりに読者を得て嬉しい限りです。できたら多くの読者様が納得できる結末だったと願っております。

 なお、この小説には外伝を書くしかもしてない予定もあります。
 あくまで予定ですので、絶対書くと断言できませんが、実は本編中で外伝用に残した複線が一つだけあります。それくらいは何れ回収したいと思います。

 ではでは、またどこかでお会いしましょう。





 


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