無能と言われる提督が一人ぼっちの時雨を笑顔にしてみせる (マスターBT)
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無能提督着任

前から書きたいと思っていた、推し艦娘時雨をヒロインにした艦これの小説。
艦これはそこまで詳しいという訳ではないので、色々突っ込まれるポイントが出てくるかもしれませんが、許してください。


深海棲艦。

突如として現れ、人類から海を奪った存在。既存の兵器では太刀打ちできず、瞬く間に人類の制海権は無くなった。

発生理由や行動目的など一切不明であり、分かることは人類に対し、異様なまでの殺意を向けてくるということのみ。

深海棲艦の中には、人類と近い形をしているものもいるが、コミニケーションは取れず、話し合いによる解決は出来ないと判断された。

そんな深海棲艦に対抗する存在。

 

艦娘。

かつて実在した人類の兵器が少女や女性の姿となり現れた存在。

彼女達の攻撃は今までどんな兵器も通用しなかった深海棲艦にダメージを与え、撃退もしくは轟沈させる事が出来る。

人類の敵を討つことの出来る艦娘は、可憐で美しい見た目と共に人類の希望となった。

そんな彼女達を指揮し、妖精と呼ばれる存在を見る資格を持つ者。

 

提督。

艦娘に指示を出し、その性能を引き上げることの出来る存在。

艦娘と絆を紡ぎ、人類の敵である深海棲艦を共に討伐する役目を持つ。艦娘と絆を紡いだ結果、その艦娘と結婚することもある。

見目麗しい艦娘に囲まれて仕事が出来るということで、男性達に人気と嫉妬を集める職業でもある。

 

しかし、提督と艦娘の関係は美しいものばかりというわけではない。

提督の中には、艦娘を兵器としか見ておらず、休息を与えず前線に投入し続ける奴や、提督という絶対数の少ない職業ゆえに国や政府が払う給料や特権に目がくらみ、腐って行く者、艦娘への絶対的命令権を持っているために、見目麗しい彼女らを性的に辱める提督など。

 

これは訓練時代から無能と言われ続けた提督が、配属された元ブラック鎮守府で一人ぼっちの艦娘に出会い始まる物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨の降る梅雨のある日、とある提督が自分の上司に呼ばれる。

提督の名前は、霧崎 時雨(きりさき しぐれ)海軍学校歴代一位の無能である。

何をさせても覚えが悪く、人の10倍こなして漸く一人前という、当時の教官達を呆れさせた存在である。

同期はどんどん提督して花開き、後輩達にすら抜かれて漸く卒業した彼。

そんな彼が配属される鎮守府への説明を聞くために、上司の部屋に訪れたのだ。

 

「……一時間。遅刻した事はこの際不問にしておく霧崎」

 

「あはは……」

 

漸く訪れた晴れ舞台すら、彼は寝坊と運の悪さを発揮し、遅刻していた。

唯一、幸運なのは上司が彼の性格を理解しており、呆れただけという事だろう。

 

「笑い事ではないぞ全く……さてと、君の担当する鎮守府を簡単に説明するぞ」

 

彼はのちに語る。自分に運命の転換期が存在していたとしたら、この瞬間であっただろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧崎SIDE

 

車に揺さぶられながら、配属先の鎮守府を思い出す。上司に馬鹿にされつつの説明だったけど。

えーと、確か前任が無茶な進軍と運用を行い、その結果、たった一隻の駆逐艦しか残っていないんだよな。

決して物覚えの良いとは言えない頭を必死に働かせながら思い出す。

前任はブラックな運営をしていたらしく、艦娘達に支払われる給料や鎮守府運営の資金を懐に入れ、艦娘達には非道なことをしていたという。唯一、残った駆逐艦も心を閉ざしその鎮守府から離れなくなったらしい。

 

「だからって、その鎮守府を再び戦えるようにしろって……」

 

資金を懐に入れていた為に、鎮守府の設備はボロボロ。非戦闘艦ですら、前任の無茶な進軍により轟沈。

まさしく、一隻の艦娘と俺のみで再建しろと言うのだ。どう考えても、窓際部署ですねありがとうございます。

大方、俺のような無能を送って成果が出ないから鎮守府ごと消えろってやりたいんだろうな大本営は。

 

「はぁ、深海棲艦もなんで、提督を優先で潰しにかかるなんて習性があるんだろうなぁ」

 

提督の消えた鎮守府には、艦娘が残っていても深海棲艦はほとんど攻撃してこないと言う。

連中は自分達の脅威を真っ先に消そうとでもしているのだろうか。まぁ、俺のような無能が考えたところで答えは出ないだろう。

 

「もうすぐ着きますよ。降りる準備を」

 

運転手が話しかけてくる。俺の様な無能の送迎などやる気ないのだろう。

淡々と死んだ魚の様な目で告げてくる。

 

「分かりました」

 

降りる準備と言っても、大半は既に鎮守府へと送ってある。

私物がほとんどない俺は小さな旅行鞄を膝の上に乗せる。真っ白い提督服に黒い鞄というのは、少しミスマッチ感が強かっただろうか。

窓から鎮守府が見えてくる。

 

「…はっ?」

 

見えてきた鎮守府はボロボロで古臭い印象を感じる。

鎮守府近くには、港町と言うのだろうか。それが存在しているが、鎮守府の様子に釣られているのか物静かで寂しい雰囲気が漂っている。

 

「これがこの街と鎮守府の状況ですよ。提督という職業はこの街では侮蔑を受けます」

 

車が止まる。

目の前に先ほど見えていたボロボロの鎮守府がある。車から降り、鎮守府を見上げる。

 

「……写真で見るより酷いな。まぁ、俺はやるしかないんだが」

 

「では、私はこれで失礼します。貴方がただの無能ではない事を祈りますよ。無能提督殿」

 

「なんで最後に嫌味を……無視して行きやがった」

 

俺の言葉を最後まで聞かずに、車を走らせていった。

いやね?確かに無能だって自覚してるけど、はっきり言われて傷付かないわけじゃないんですよ?

……鎮守府に入るか。

ボロい扉を開ける。すると、ボサボサの髪に死んだ魚の様な目。

 

「……お待ちしていました。提督」

 

覇気どころか生気を感じられない声で力なく敬礼し、俺を見ているこの鎮守府。

唯一の、艦娘。駆逐艦、時雨。

彼女がいた。

 

「…あぁ。よろしく、それと言葉は気楽で良い。

敬語を使われるほど、有能な提督じゃないから俺」

 

「……」

 

無言かよ。

握手しようと出した手をスッと、戻す。

 

「駆逐艦、時雨。で、あってるよな?」

 

「…はい」

 

端的に返事される。訓練生時代に習った時雨の性格と違いすぎる。

確かに環境によって差異は生じるとは習ったが、そういう次元じゃないだろうこれ…

まぁ、でも唯一残った艦娘が時雨で助かった。俺は、名前を覚えるのすら苦手だからな。

 

「俺の名前は、霧崎時雨だ。同じ、『時雨』どうし仲良く出来ると……」

 

ばちん!と頬を叩かれる。

驚いて正面を見ると、憎しみに満ちた目で時雨が俺を見ている。

あー…そうだよな、こいつからしたら、提督なんてそういう存在だよな。

自分を雑に扱い、仲間を死なせ、挙句自分は私財を蓄えて……あぁ、やっぱり俺は無能だな。

きっと、俺の同期の連中なら、すぐ分かった事だろう。叩かれないと気づけないとはね。

俺に華麗なビンタをかました時雨の右手を掴む。

 

「ッツ」

 

驚いた表情を浮かべるが、掴んだ俺に怒りを感じているのか時雨の爪が食い込むほど、力を込めてくる。

当然、血は流れてくるが……こんなの時雨が受けた痛みに比べれば大した事じゃないだろう。

 

「かなり雑だが、握手できたな時雨。

俺の落ち度だったな。だが、俺は無能と言われ続けた人間でな、上手いコミニケーションなんかすぐに分からないんだ」

 

振り解こうと暴れる時雨。

当然、俺の出血はさらに悪化する。

 

「だから、俺はお前が笑える様になる為に尽力しよう。

お前は俺を見て、判断してくれ。俺がお前の信用、信頼に値する提督かどうか」

 

時雨の動きが止まる。俺も手を離す。

五本の指の爪が俺の皮膚をしっかりと貫いていた為、めちゃくちゃ痛い。

時雨と目を合わせる。相変わらずの目をしている。

 

「執務室に案内してくれ。俺は方向音痴でな、簡単な場所でも迷う自信がある」

 

どうにも説明を聞いただけでは俺は辿り着けない病気を患っているらしい。

そもそも、ちゃんとした道を進んでいても気がつくと横道に逸れている。そんなことは、俺の人生でざらだった。

だから、時雨に案内されないと俺はおそらく、鎮守府で餓死するくらい迷子を極めるだろう。

 

「……分かりました。こちらです」

 

相変わらず様子で歩き出す時雨。

幽鬼のようにフラフラした足取りは見てて不安を覚えるが、今俺が言ったところで聞かないだろう。

 

「……」

 

「……」

 

歩く俺たちに会話はない。俺は基本的に受け手が多いし、時雨が提督という存在を憎悪している事もビンタされ、理解したので話しかけない。まぁ、単純に話題がないだけなんだが。

ちらりと横目で時雨を見る。

ふと、疑問を覚えた。なぜ、この鎮守府に固執するのだろう。

提督もなく、他に在籍する艦娘もいないのなら、他の鎮守府に異動するか、退役するだろう。

頭をひねっているうちにどうやら、執務室に着いたようだ。時雨は案内は終わったと言わんばかりに姿をくらましている。

 

「…一言ぐらい言って欲しかったぜ……入るか」

 

ギィィィイとボロい音を立てて、執務室に入る。

まず目に入ったのは、無駄に豪華な装飾のある家具たち。売ればいい値段になるだろう。

そして、乱雑に置かれた書類の山。

憲兵達が調べ上げ、罪状を明らかにしたから必要なくなり置いていったのだろうか……いや、あの上司の嫌がらせに近い何かだろう。

 

「何が起きたか書類上でぐらい確認しておけって事か」

 

書類を手に取り、趣味の悪い豪華な椅子に座る。

クッソ居心地悪い。決まり切った定型文は流し読む。重要点だけ手帳を取り出し書き写して行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

書き写していた手を止める。

裏ルートの流れや、汚い官僚との繋がりなど色々分かった。ますます、俺の上司以外のお上の方々は俺ごとここを潰したいらしい。

はぁ、こんな無能を潰すためにここまで労力を割く必要なんてあるのかね?

 

「まぁ、そんな事はどうでも良いか。

ここに所属していた艦娘は、不思議なくらい時雨に縁のある連中だったな。少しばかり時雨がこの鎮守府に拘る理由が分かった」

 

携帯を取り出し、数少ない俺の友人に連絡を取る。

 

『こんな時間にどうした?霧崎』

 

「ん?もうそんなーーーあぁ、もう深夜か」

 

『またかい……全く。まぁ、お前のそれは今に始まった事じゃないからね。

そっちの鎮守府で僕が手伝える事でもあったのかい?』

 

「あぁ、朱染。お前に頼みたいんだがーーー」

 

『ーーーははっ、それぐらいやっておくさ』

 

俺の同期、朱染征十郎。

能力は高いが、愉悦を何よりの楽しみにするある種の外道。

お上の方々すら、手玉にとる奴だが、なぜか俺の友人をしてくれている。

 

『報酬は……また、君と飲みに行った時に苦労話しを聞かせてくれよ。

君の苦労話しは、おもし……楽しいからね』

 

「そんなんで良いならいくらでも。じゃ、これで失礼する」

 

『あぁ。じゃあね。昼頃に届けるよ』

 

通話が切れる。

さてと、あとやる事は…この無駄に豪華な家具を売って金に換えて鎮守府をまともに機能できるように、大工とかに依頼して……

妖精達も少ない。多分、施設がボロボロだからだろうか。

 

「とりあえず、風呂の修理をして、時雨に入ってもらおう」

 

そう決まれば早く動こう。

適当に工具を持ってきておいて、良かった。

そんな事を考えながら、執務室を出た俺は一時間ほど迷子になりつつ、修理に向かった。

 

「……」

 

そんな俺を虚ろな目で見ている時雨が居たことなど全く、気づかずに。

 

 

 




こんな感じになります。
戦闘シーンなどは、ほぼ書かない予定です。基本は、ボロボロになった時雨と無能提督が関わっていく話になります。



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設定集

設定集

 

世界観

深海棲艦達の猛攻により、かなりボロボロな世界。一部の優秀な人材が、戦線を押し上げているが、光あるところに影有り。

諦観している者も多数いる為に、色々と汚い行為が行われている。

海軍の上層部も、半分以上腐っており、霧崎を鎮守府ごと謀殺するのを狙っている。

 

登場人物

霧崎 時雨

容姿:中の上くらいで過度のストレスにより、白髪である。

身体は鍛えている為、俗に言う細マッチョである。

 

本作の主人公であり、苦労人でもある。

物覚えが良いというわけではなく、追い詰められ新たな人材が欲しいこの世界では、ゆっくりと教育などされない為、無能のレッテルを貼られている。本人も、自分が無能であると判断している。

無能ではあるが、努力を止めることはしない人間であり、後述する友人の一人である朱染から、休め、食え、寝ろと言われている。

現在の最高記録は、5徹。

無能と馬鹿にされ続けた影響か感情の起伏がほとんど、表情に出ない為、基本、真顔である。

だが、割と内心でダメージを負っている事が多々ある。

無能だが、屑ではない。駆逐艦 時雨と出会い、彼の運命は大きく変わっていく。

 

上司

容姿:目つきの悪い眼鏡をかけた黒髪。

薬指に指輪をはめている。実は、暗い過去をお持ちである。

 

霧崎を見捨てずに関わった数少ない人物である。容姿と口の悪さで海軍の中では嫌われ者に位置しているが、優秀な事務能力と過去の戦績により現在の立場を築いた。

霧崎と関わった理由は、屑は使い物にならないが、無能は叩けばいくらでも使えるというなんとも、スパルタ思考である。

謀殺を企んでいる上層部とは、仲が悪く、霧崎が謀殺されないようあれこれ裏で手を回している。

資料をわざと残したのも、霧崎に危険性を教えるためと、上層部による証拠隠滅を阻止するためだった。

裏で色々と暗躍して貰う予定です。

 

朱染征十郎

容姿:上の上。明るい茶髪の基本的に、笑みを浮かべている

甘党で、飴をずっと口に含んでいる。

 

霧崎の数少ない友人であり、容姿もよくかなり優れた才能を持っている。

だが、その性格は、他人の不幸に満面の笑みを浮かべ、驕り腐った人間が地に堕ちていくのを愉しげに見守る愉悦主義者。

口が上手く、お上の汚い情報を大量に持っており、それを盾に色々やらかす存在。

秘書艦は、軽巡艦天龍。姉妹艦の龍田と一緒に弄って遊んでいる姿が、彼の鎮守府ではよく見られる。

霧崎の事は、不幸に愛されすぎて、愉悦できる友人という認識をしている。

自分が愉悦できる為に、霧崎には最高のコンディションを要求する。その結果、霧崎を休めさせるストッパーとして機能している部分があるが、当人は愉悦したいだけである。

 

前任の提督

 

登場(予定)艦娘

駆逐艦 時雨

本作のヒロインポジション。

霧崎が着任する前の、提督により心が折れ、自分の仲間が沈んでいく原因となった提督という存在そのものを嫌っている。

性格は、無口で無表情。死んだ魚の様な目には光どころか、ちゃんとしたものが映っているかすら分からない。

着任して早々、休まず動き続ける霧崎を自分の最後の居場所すら、奪いにきたと思っており、彼の行く先を影から監視している。

彼女もまた、霧崎と出会い、運命が変わっていく。

 

軽巡艦 天龍

朱染の秘書艦。よく、弄られ涙目になってる

 

軽巡艦 龍田

朱染と共に天龍を弄る。シスコンだが、朱染の趣味と一致。涙目になるまで弄り続ける。

 




なお、この設定集は後々加筆されたり、修正されたりなどがありえます。
何故なら、私は基本、やりたいように書いていくスタイルだからです。
ですので、投稿は不定期です。


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誰かと一緒に食べること

最近、生活サイクルが乱れまくってます。


「うわぁ…」

 

風呂を確認して出た俺の第一声はすごい情けない声だった。

風呂のありとあらゆる場所がカビており、探さなくても分かるぐらい黒いGがカサカサと動き回っている。

シャワーや風呂も錆び付いてるし、そもそも水が出ない。時雨は一体、どこで風呂に入ってたんだろう…

 

「仕方ない。昼になる前にカビとGの撤去をしよう」

 

まずは、風呂場の水分を全て拭き取る。湿気などは、カビを増幅させる要素でしかないし、掃除に関しては邪魔でしかない。

濃いカビの部分に、塩素系の洗剤を撒き、上からラップを貼る。その場所を一旦放置し、カビの薄い部分への掃除を開始する。

時間がないから、物量戦に持ち込む。カビに洗剤をつけ、10分放置し流す。これを繰り返す。

もちろん、洗い流して付着した水分はしっかり撤去してから、再び洗剤をつける。

カサカサして鬱陶しいGは、適当に捕まえて閉じ込めたり、流れ出る洗剤等で勝手に死亡していただいたり。

そんなこんなで、二時間。経過したから、濃いカビの撤去を開始する。

それなりに面倒だったが、洗い流すことに成功する。

 

「Gが減らねぇ!」

 

かなりのGが住み着いていたのか、カサカサずっと視界にいやがる。

捕まえたG達も脱走しようとガタガタしてるし。イライラしてきたから、ガタガタうるさいG達には、自由をプレゼントした。

海にポイ捨てしただけだが。風呂場でカサカサしているGは見える限り、取っ捕まえ、Gに効果のあるアロマを焚いて様子見する。

 

「ゼェゼェ…これだからGはめんどくさい……」

 

徹夜して、Gを捕まえる俺って何してんだろう……

深く考えたら鬱になりそうな思考を投げ捨てる。とりあえず、朝食を摂ろう。

 

「……おはようございます提督」

 

風呂場から出ると時雨がいた。

相変わらず、の姿だ。

 

「あぁ。おはよう。俺は今から朝食を食べるが、一緒にどうだ?」

 

時雨が向けている疑念の眼差しは俺が風呂を掃除ているのが不思議なのだろうか。

お前が風呂に入れる様に掃除していたと、言うのはなんだか恥ずかしいので朝食に誘ってみる。

でも、返事はきっと必要ないとか、返ってくるのだろうと思っている。

 

「……必要ありません」

 

知ってた。

まぁ、朝食って言っても資料でここの食堂はまともに機能してないって知ってるから、持ち込んでたカップ麺でも食べようかと思っていただけなんだが。

 

「そう言うと思ってた。でも、何かは食べておけよ」

 

「…兵器である私には必要ありませんから」

 

あれ、確か艦娘は人間と同様のものを食べる事ができた筈だよな。

俺の記憶力が残念なだけじゃないよな?うん、さすがに覚えてるぞ。

 

「兵器って言われてもな……あ、よしじゃあ、提督命令だ。俺にちょっと付き合え」

 

あまり命令って言葉は好きじゃないけど、多分こうでもしないと従ってくれなさそうだし。

何より徹夜した脳みそ君はいつもより動かない。

 

「わかり……ました……」

 

すっごい不満そうだよ……とりあえず外に出よう。

荷物一応、準備しといてよかったよかった。

 

「……そっちに出口はない」

 

「あ」

 

歩き出して開幕反対側に向かい時雨に呆れの視線を向けられる。

方向音痴ってどうやったら治るんだろ…

 

「時雨、出口まで案内頼む」

 

「……はぁ」

 

ため息を吐かれ、バカにするような視線を向けられ、少し傷ついた心を引きずりながら黙々と歩きだした時雨の後を追う。

昨日と一緒で、会話は一切なく外へ案内される。

この鎮守府は、中身もボロボロだが、外見もかなり酷い。草は伸び放題、壁に蔦は絡み、虫や蛇等の温床になる。

比較的綺麗で、座れる場所を見つけ、荷物からレジャーシートを取り出し広げる。

俺の行動を不思議そうに見ている時雨に手招きをする。

 

「ほら、座れって」

 

無言で俺から一番、遠いところに座る。地味に傷つく……

水筒を取り出し、カップ麺を二つ取り出す。

 

「時雨。どっちが良い?」

 

カッフヌードル醬油味と、蒙古タンメン中東を見せる。

困惑したような表情の時雨。俺になんかされると思ったのかな?俺は、ただいっしょに飯を食いたいだけだ。

 

「どうした?まさか、どっちも嫌いか?」

 

「い、いや……なぜ…」

 

「そんなの俺がお前と一緒に飯を食べたいからだ。

それに、食べる物食べなきゃ、いざという時に力が出ないだろう?」

 

ほれほれと、二つのカップ麺を近づけていく。グイグイくるカップ麺に断念したのか、手を伸ばし、蒙古タンメン中東を指差す。

 

「そっちで良いんだな」

 

無言で頷く時雨。

それを見て、思わずにやりと笑ってしまう。このカップ麺は物凄く辛い。

知らずに選んだのだろう。ふふっ、悶絶する姿を見せるが良い時雨。

水筒に入れておいたお湯を二つのカップ麺に注ぐ。

無言のまま、5分経過する。

 

「よし、食べれるぞ」

 

割り箸を時雨に渡す。もちろん、カップ麺の方の準備も終わらせる。

またおずおずと手を伸ばしてくる時雨。蒙古タンメン中東を渡す。

 

「…うっ」

 

辛味の成分により、目が染みたのか涙を浮かべる時雨。

俺は少し、時間をかけすぎて軽く伸びてるカップ麺を食べる。うむ、美味しい。

俺が食べてるのを見て、信用したのか割り箸を割り、一口食べる。

 

「辛っ!?!?」

 

あまりの辛さに悶える時雨。笑いをこらえながら、ジュースを渡す。

勢いよく、受け取りゴクゴクとすごい勢いで飲んでいく。

 

「……プハッ……なにこれ」

 

「ハハッ、それは激辛カップ麺だ。まさか、そっちを選ぶとはね、ハハッ」

 

足をバシバシ叩きながら笑う俺。時雨が絶対零度の視線を向けてくるが、気にせず笑う。

一通り笑った後に、手元のカップ麺を時雨の前に出す。

 

「ほら、そっちは俺が食べるよ。時雨は、こっちを食べて。

少し、伸びてるけど」

 

「……良いです。これを食べますから」

 

そう返答した後、辛さに苦しみながらも、カップ麺を食べていく時雨。

結構、ガッツあるなこいつ。

自分の分を時雨がいつ、限界を訴えても良いようにゆっくり食べつつ、時雨を見守る。

ジュース片手に食べ進める時雨。涙目どころか、泣きながら食べているのを見ると、悪戯心を通り越して罪悪感すら湧くが、食べると宣言した時雨は俺の言葉など聞かないだろう。

 

「た、食べきった…」

 

一時間ぐらいかけ、食べきった時雨。思わず、拍手してしまう。

 

「………何ですか」

 

俺の拍手にジトーっとした視線を向けてくる。

生気のない目を向けるなってビビるから。

 

「まさか食べきると思ってなくてね。いやうん。凄いガッツだった」

 

空になったカップ麺の器をビニール袋に包み、少し大きめのビニール袋に入れる。

 

「………風呂場でなにをしてたんですか?」

 

「ん?ああ、掃除だよ。あらゆるところがボロボロで、生活しづらいから、綺麗にしようかなって」

 

「……それで、一番最初にするところが風呂場ですか」

 

「時雨だって女の子だろ?なら、風呂に入りたいだろうと思って。

っと、もうこんな時間か。俺は続きをしてくる。じゃあな、時雨」

 

朱染に頼んだやつが届く前に、掃除終わらせないと。

荷物をまとめ、風呂場へと走る。道は多分、合ってる!

 

「……女の子」

 

急いでいたから俺は、恥ずかしそうに髪を弄る時雨を見逃していた。

 

 




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言えない言葉

遅くなりました…構想が出来ても形にするのに、凄く苦労しました。
早速、艦これに出てこないオリキャラの登場回ですが、よく考えてみたら初手からオリキャラ出てましたね、この小説。


風呂場にいたG達も無事、駆逐し簡単に髪と服を整え、鎮守府の入り口に立つ。

あと数分で昼になる。朱染に頼んでおいたものが届く時間だ。礼儀という訳ではないが、身嗜みぐらいは整えておくのが良いだろう。

 

「……」

 

背後から視線を感じる。

ちょっと前から、時雨が半分だけ身体を外に出しこちらの様子を伺っている。

なんだ……監視か?それとも、激辛カップ麺を食わせた恨みか⁉︎

 

「チラッ」

 

「…!」

 

俺が背後をチラッと見ると、スッと引っ込んでしまう。

ただ、うん。身体が完全に隠しきれてないんだよなぁ…

時雨の動きを楽しみつつ、時間を潰していたらエンジン音が聞こえて来た。お、どうやら来たか。

赤い車が走ってくる。うん、見慣れた朱染の車だ。目の前で止まり、俺と同じ提督服を着たイケメンが降りてくる。

 

「やぁ。相変わらず、不幸に愛されてる顔をしているようだね。霧崎」

 

「開幕、嫌味か。朱染」

 

「それが僕ってもんだろう?」

 

このイケメンこと、朱染征十郎は俺の同期で尚且つ、かなり優秀な艦隊を率いる提督だ。

そんな奴が落ちこぼれ無能の友人をなぜしてくれているのかはわからない。まぁ、コイツの性格は顔に反比例して歪みまくってる愉悦者だけど!

 

「そういや、お前自身が来ても大丈夫なのか?そっちの鎮守府は激戦区だろうに」

 

朱染の持ってきてくれた荷物を一旦、車から降ろしながら話を振る。

俺の発言にんー?っと声を出したあと口を開く。

 

「うちの艦隊はそこまでヤワじゃないさ。秘書艦の天龍にはこれでもかと、戦い方を頭に叩き込んであげたし。

まぁ、僕が想定してるより被害が出てたら……龍田と一緒に弄ってあげるのも良いかもしれないね」

 

「お前なぁ…まぁ、それでそっちが成り立ってるなら何も突っ込まないけど」

 

よし、これで最後の荷物だな。

今度は運ばないといけないが……方向音痴の俺が運べるのだろうか。

 

「ボロボロだけど、うちの鎮守府と構造は変わらなそうだね。こっちだ、霧崎」

 

スタスタと荷物を持って歩いていく朱染。

その後ろ姿を見失わないように、追いかける。うん、俺も良い加減、道覚えないと。

入り口で、俺をチラチラ見ていた時雨はもう既にその場所に居らず、何処かへ消えていた。

 

「中もボロボロだねぇ」

 

朱染が歩きながら、言う。歩けば軋んだ音を立てる床。よく見なくても分かるカビ。

屋根もかなり腐食している為、いつ崩れてもおかしくない。

 

「ほんと、前任に会えたら是非とも、拳をプレゼントしたい」

 

「監獄に行くかい?それなら、簡単に会えるよ」

 

「誰が行くかボケ。時雨の為にも、ここを離れる気は無い」

 

「へぇ」

 

俺の言葉を聞いて、趣味の悪い笑みを浮かべる朱染。

こういう時のこいつは、大抵ロクでも無い事を考えてる。どうせ、聞いたところで答えないから質問はしない。

そのまま、歩いているうちに提督室に到着する。

扉を開け、部屋に入り荷物を下ろす。

 

「助かったよ朱染」

 

ダンボールを少し開け、頼んでおいた物が入っているか軽く確認しつつ、礼を言う。

よしっ、ちゃんと工具が丸々一式あるな。これなら、自分で修理が出来る。

 

「こんな事で良ければいつでも承るよ。まぁ、君にこんな趣味があるとは思わなかったけど?」

 

その言葉で振り返って、朱染を見る。

その手には、女物のフリルの付いた可愛らしい服が広げられていた。

 

「俺が着るわけじゃねぇよ!?」

 

「え?だって、時雨が着るって言ってたじゃないか」

 

ニヤニヤしながら言う朱染。

この野郎、分かってて言ってやがる。

 

「違うわ!!それは、うちの艦娘である時雨の私服に良いかと思って頼んだんだ!」

 

声を大にして言う。断じて、俺は女装趣味なんかじゃない!

名前が一緒だから、分かりづらいかもしれないがこいつに限ってそういう勘違いはあり得ない。

 

「だそうだよ。良かったね、時雨ちゃん?」

 

「え?」

 

「わっ」

 

朱染の言葉と同時に、扉が開き、時雨が倒れ込んでくる。

え?いつのまに居たの?え?というか、いつから気づいてたの朱染。

 

「……えっと……失礼します」

 

何事も無かった様に無言でスッと立ち上がる時雨。

そのまま、部屋を出て行こうとする。

 

「って、いやいや流石に無理があるから時雨!」

 

慌てて声をかけて、時雨を止める。俺は、そのまま朱染から服の入った段ボールと、さっき見せていた服をひったくり、時雨の前に持っていく。

頑なに俺と視線を合わせようとしない時雨。

そんな時雨の様子で、心にダメージが負うのを自覚しながら話しかける。

 

「ほら、どうせ戻るならこれ、持って行ってくれ。

俺、普段時雨がいる場所知らないから、こういう時じゃないと渡せない」

 

ほんとは、もうちょっと色んなところが綺麗になったら渡そうと思ってたけど、この際致し方ない。

 

「分かり…ました……」

 

相変わらず、嫌々という感じで段ボールを受け取る時雨。

この子、どれだけ俺の心にダメージを与えれば気がすむんだ……

密かにダメージを負い、苦しむ俺を避ける様にして部屋を出て行く時雨。

 

「…うーむ、やっぱり嫌われている」

 

「ブフッ……相変わらずだね……霧崎ぷふっ」

 

俺の言葉の何が面白いのか笑いを堪える朱染。

 

「(鎮守府に僕が入ってから、ずっと霧崎の後ろを付いてきていたのと、さっきは凄く恥ずかしそうにしてた事は言わない方が良いね。

だって、絶対そっちの方が面白いもの)」

 

うーむ、朱染がなんか考えてる気はするけど、何を考えてるのか全く分からん。

この後、しばらく朱染と話をして、朱染は自分の鎮守府へと帰って行った。

日が落ちてしまったので、諸々の修理を諦め、提督室で書類仕事を片付ける事にした。書類仕事は好きではないが、仕方ない。

溜め込んであっても得はないからな。

 

「…はぁ、時雨喜んでくれると思ったんだけどなぁ…」

 

服を渡した時の事を思い出し、溜息を吐く。

そのまま、寝落ちする様に俺の意識は旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

霧崎が寝落ちし、少し時間が経った提督室。

その扉が、ゆっくりと外側から開かれる。

 

「……寝てる」

 

来訪者は時雨だった。まぁ、彼女以外訪れる人も居ないのだが。

相変わらず、死んだ魚の様な目をしているが、普段と違う要素があった。

まずは、髪の毛。しっかりと整えられており、ボサボサではなく頭のてっぺんにアホ毛がちょこんとあるだけで、ポニテ風に縛られている。

そして、最も違う点は服装。

普段はそのまま、戦闘に出れる様にセーラー服なのだが、今はフリルの付いた可愛いらしい服を着ている。

先ほど、霧崎が渡した服だ。

 

「……」

 

キョロキョロと視線を彷徨わせ、時雨は毛布を見つける。

それを取り、ゆっくりと霧崎にかけていく。

 

「……貰ったお礼。それだけだから、変な勘違いはしないでね」

 

寝ている霧崎しかいないのに、まるで言い訳をするように言う時雨。

結局、霧崎が起きる事はなく、時雨は部屋を出て行った。

 

 




サブタイの言葉がなんなのか、きっと皆さんだけの言葉があるはず(そこまで深く考えて書いたわけでは……)

ゆっくりですが、書いていきますのでよろしくお願いします。

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妖精の技術

妖精さん登場。
でも、艦娘を追加する予定はないです。


提督の朝は早い。

机に突っ伏す形で寝てしまったが、朝の6:00ジャストに起床する。身に覚えのない毛布に首を傾げつつ、毛布を畳みベットの上に置く。

時雨かな?と思いつつ、工具を取り出し30分の放浪の末、外に出る。

 

「よしっ、やるぞ」

 

脚立を立てて、屋根へと登る。ボロボロの屋根を踏み抜かないように注意し、穴が空いている箇所を一つ一つ確認する。

うへぇ、思っていたよりだいぶ多いぞこれ。朱染に多く持って来てもらうよう頼んで正解だった。

ネジとトンカチを持ちながら、穴にちょうど良いサイズの木材を乗せてカンカンと叩く。

とはいえ、木材も穴を見て用意したわけじゃないから、微妙な空間ができる場合がある。

 

「そんな時はこいつの出番だな。ファストフラッシュ〜♪」

 

某猫型ロボットトーンで、取り出したシートをちょうど良いサイズにその場でカットし、隙間を埋める。

この防水シートはすごく便利だ。簡単に補修が出来るし寿命もそこそこ。

でも、このご時世そう簡単に用意できないから、泣く泣く諦め木材をトントンですよ。

そんな感じで、約四時間。目立った穴は塞ぐことに成功する。

 

「ふぅ。残りの細々した穴は、取り敢えず後回しにしよう。端材がない」

 

脚立を下り、地面に足をつける。

と、同時に腹の虫がなる。そういえば、朝飯を食べてなかった。台所はまだ使えないから……あ。

 

「やっべぇ……お湯すら沸かせないとカップ麺すら食えないじゃん…」

 

前に時雨と一緒にカップ麺を食べた時は、予め用意しておいたのとガスコンロのお陰でお湯を生成できた。

でも、ガスコンロのガスはもともと死にかけだったから、もうないし当然、予備もない。

 

「おこまりー?」

 

んーって悩んでいると、妖精が俺の目の前をフヨフヨと飛んでいる。

おぉ、そういや妖精に頼れば良いんじゃね?

 

「コンロ直せたり出来る?」

 

「まかせろー!」

 

自信満々に胸を張る妖精。

この妖精は俺を見捨てる事なく側にいてくれる妖精だ。この子が俺を見捨ててたら、提督になれてない。

両手を前に出して、某ウル○○マンの様に飛んでいく妖精。少しすると、台所の方からカンカンッと金属音が聞こえる。

 

「音が聞こえるから迷わずに済みそうだ」

 

音を頼りに、台所まで歩いていく。

少し迷ったが、それでも普通に向かうよりは早く着ける。すると、台所の入り口に中を伺っている時雨が立っていた。

普段の服装か……残念だ。

 

「よぉ、時雨。飯食おうぜ」

 

「ひゃ!?」

 

後ろから声をかけると、驚いたように俺の方を向き、その手に艦砲を持ち向けてくる。

 

「うぉぉぉぉ!?待て待て待て待て!何もしないからぁ!!」

 

反射的に勢いよく飛び退き、着地と同時に両膝を曲げる。

そして、そのまま手を少し前に八の字を書くように置く。八の字の隙間に額が来るように下ろす。

もちろん、背筋は綺麗に伸ばし頭は背中の水平に。綺麗な平を作る。

時間にして、3秒。鍛え抜いた土下座で時雨に殺さないでくれとアピールする。

え?白い提督服が汚れるだろうって?そんな事より命が大切だ。

 

「……なに、してるんですか」

 

時雨の絶対零度ボイスが聞こえる。

うん、完全に呆れられてますねこれ。頭を上げてパンッとされるのは嫌なので、下を向いたまま口を開く。

 

「いや、驚かせてしまった詫びを表そうかと」

 

「……貴方は提督で、私は兵器。

上の者が下にそういった態度を見せる必要はないと思いますが?」

 

なんか怒ってる?声に不機嫌さがある気がするんだが。

うーん、考えても分からん。

取り敢えず、思ったことを口にしておこう。

 

「立場上は確かに俺が上だ。でも、この鎮守府において、俺より長く滞在してるのは時雨だし、戦場に出て戦うのも時雨だ。

だから、礼儀は大切にしたいし、何より今俺の命はお前が握っている。なら、死ぬのが怖い俺はこうするしかあるまい」

 

艦娘に威張る提督もいるようだが、俺はそんな考えは微塵もない。

というか、戦場に出て命がけで戦ってくれる彼女達に威張る気になれない。艦娘が底力を出すためには提督が必要。

確かにそうだ。でも、俺たち提督が深海棲艦を倒せる訳じゃない。

倒してくれてありがとうと言う気持ちこそあるが、艦娘の功績を奪う事はしない。

 

「……顔をあげてください」

 

時雨の許しが出たので、正座したまま顔を上げる。

 

「……別に殺しませんよ。驚いただけですから」

 

「本当か!?いやぁ、感謝するよ。時雨」

 

良かったぁぁ、こんなところで死んだらアホすぎる。

死因:艦娘を驚かせたから。……うん、末代までの恥だ。俺が結婚できるか知らんけど。

 

「……私も…武器を向けて……すみませんでした」

 

ボソボソっと時雨が囁くように言う。

背中を向けているが、恥ずかしいのか耳まで赤くなっている。ふふっ、普段なら弄るけどここでそれをしたら本当に撃たれそうだからやめておこう。

 

「構わないよ。さて、時雨。飯でも食おうか」

 

スッと立ち上がり、台所に足を踏み入れる。

そして、その異様さに気づいた。

 

「あ、きましたねー。がんばりましたー」

 

キラキラと輝くテーブルの上で、汗を拭っている妖精。

おかしいな。あんなに綺麗なテーブルはこの鎮守府にはないはずだぞ?

いや、それ以前になんだこの、新品同然の木の床に天井。壁も白く塗装され、汚れが一切なく光を反射している。

俺が頼んだコンロも、最新式の電気コンロになっており、調理器具も一式揃っている。

カビや、錆で大変に騒ぎだった台所がなんて事でしょう。

最新のシステムキッチンになってるではありませんか。

 

「妖精や。一体、なにをしたんだい?」

 

「ふっふー、あまりにみすぼらしいから、ゼロからきれいにしたぜー」

 

ドヤ顔ご満悦の妖精。

妖精の技術力ヤベェ。この大リホームを俺が迷子になって、土下座してた20分少々で成し遂げるなんて。

他の妖精もこんな化け物技術力なのか?それとも、この子が半端ないのか。

 

「助かった。どんな褒美が良い?」

 

「んー?このちんじゅふをきれいにしてくれれば、それでいいですー」

 

「うわっ、この子いい子すぎ…なんで、こんな子が俺にずっと付いて来てくれてるんや」

 

妖精の人の良さ… いや、妖精の良さ?に感激しながら、綺麗になった水道を捻る。

ちゃんと濾過されて飲める水が出てくる。それをヤカンに少し汲み、お湯を沸かす準備を整える。

 

「ほれ、時雨座って。また、カップ麺で悪いけど飯にしよう」

 

「……わかりました」

 

未だに入り口で固まっていた時雨に声をかけて、座らせる。

椅子にチョコンと座る時雨を可愛いと思いつつ、カップ麺を準備する。

今回は、ペヤ○グと、坦々○だ。前に辛いのを食べさせてしまったから、ペ○ングを時雨にあげよう。

お湯をそれぞれに注ぎ、時間まで待機する。

時間が来たら、ペヤン○の悲劇を起こさないように慎重に、湯を捨て時雨の前に置く。

 

「今度は辛くないぞ」

 

「……焼きそば」

 

坦○ 麺を自分の前において食べ始める。

意図せず、向かい側に座ってしまったが、まぁこれはこれで役得だ。

 

「……」

 

相変わらず無表情だけど、雰囲気がどこかふわふわしてる時雨に和みながら昼飯の時間が過ぎていった。

あぁ、そろそろ買い出しに行かないと持ってきた分が終わりそうだ。

窓から見える寂れた港町を見ながら、そんなことを思った。

 




次回は多分、買い出し。

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悪意はどこにでも潜む

想像してたのとは少し違った感じに。
まぁ、こういう展開もこの小説は発生していくと思います。


「時雨ぇ!留守番は任せたぞー」

 

上司が好意でマップ付きのバイクを購入してくれたので、それに跨りながら声をかける。

当然のように返事はない。うーむ、まだ心を開いてくれてはないか。

とりあえず、マップを起動させて港町までの道を表示っと。入力に答えて道順が表示される。

 

「おっ、ラッキー。直進してれば着きそうだな」

 

俺みたいな方向音痴はマップがあっても迷う。流石に、直線なら間違えないがリアルタイムで位置を教えてくれるのな有難い。

エンジンをふかし、出発する。呑気に自然を観察しながら走る。

もともと、港町と鎮守府はそこまで離れているわけではない。30分もあれば到着する。

 

「……にしても、寂れてるなぁ此処」

 

人はいる。だけど、やってる店は少なく、活気もない。

ついでに言うなら、さっきから視線が凄い。人数は多くないはずなのに、針の筵にされてる気分だ。

と、とりあえず買うものを買おう。バイクにはそんなに多く載せれないから、一週間分ぐらいにするか。

 

「えーと…」

 

数少ない開いてる店を見ていく。

物凄い睨まれつつも、漸く目的の店、八百屋を見つける。

 

「おっ、あったあった」

 

店内に入り、野菜を見ていく。カレーでも作るか、保存が効くし、美味い。

米は持ち込んだ物があるから、妖精が作った器具の中に炊飯器もあったな…んじゃあ、必要なのはジャガイモと人参、玉ねぎか。

ひょいひょいと材料を手に取っていく。あ、ルーあるじゃん。便利だな此処。

 

「店主、会計をお願いする」

 

「……」

 

無言で野菜を受け取り、レジに値段を入力していく。

総額で、1000円ちょっと。ピッタリ支払い、外に出る。

 

「痛っ!?」

 

額に飛んできた石を避けれず、直撃する。クッソ!?なんだいきなり…

困惑が解決するより早く、次の石が飛んでくる。これも避けれず、直撃する。

 

「…なんで、提督なんて屑が来てんだよ!!仕事もしねぇで良いご身分だなぁえぇ!!」

 

ちらほらと白髪の見える男が怒鳴りながら、石を投げてくる。

頭に直撃したそれは、俺の皮膚を切るには十分だった。

 

「貴方が真面目に仕事をしてくれれば……主人は!」

 

主婦だろうか。涙を流しながら、此処に来たばかりの俺を弾糾する。

心が痛い。俺が一体、何をしたと言うのだろうか。

暴動というのは、次から次へと広がっていく。ましてや、この街は提督に対する憎悪が強いのだろう。

そのうち、全員が石や言葉の暴力を俺に振るう。

 

「いって……」

 

頭から流れる血が白い提督服を汚す。血の汚れって落とすの大変なんだよなぁ…

 

「あんたらに捨て駒にされる艦娘や、亡くなった人達の痛みはこんなもんじゃねぇぞ!」

 

痛いと思って口に出すのすら、許されていないようだ。

苛烈になる投石行為。身体中のあらゆる場所に直撃していく。避けられない訳じゃない。

だけど、避けてしまえば八百屋の商品に傷を付けてしまう。

それは見過ごせない。既に、俺の身体を狙わずに飛んで来ている石もあるが、それが当たらないようにするのは無理だ。

すまない、店主。それぐらいは許してくれ。

 

「澄ました顔してんじゃねぇぞ!!」

 

「がはっ…」

 

遂に我慢の限界がきたのか、ガタイの良い男の拳が俺の鳩尾に突き刺さる。

意識が一瞬、途切れるが慣れた感覚だ。戻し方も知っている。

少し、強めに自分の舌を噛み、痛覚で意識を繋げる。せっかく、買ったものをボロボロにする訳にはいかないからな。

舌を噛んだから、血が流れただけだが、それを見て満足そうな男。

前任者も歪んでいたが……街の人もなのか?いや、前任者が酷すぎただけか。

 

「はっ!これで少しは痛みが分かったかよ」

 

威張るような顔に思わず、殴りたい衝動にかられる。

だが、此処で手を出す訳にはいかない。彼らは、俺や時雨が守らなくてはならない一般人だ。

決して、虐げて良い存在じゃない。こうやって、俺をボロボロにして気が済むのならそれで良い。

痛いし、血も出るし、服は汚れるしで散々だが、もう慣れた。

ふと、視界に見覚えのある姿が映る。

 

「(時雨?……いつの間に着いてきてたんだ?

とりあえず、俺は大丈夫だ。そのまま、鎮守府に戻れ)」

 

目線と少しのハンドサインで時雨にそう伝える。時雨はそれを見て、驚いた顔をする。

助けを求めないのが不思議か?

時雨に助けてもらうのは、確かに事態の解決には早いが、それでは意味がない。

俺が俺の言葉で解決しなくてはいけない。

 

「…ゲホッ、満足しましたか?なら、こちらから言いたいことが……あります」

 

「あぁ?提督の屑野郎がなんだよ」

 

ガタイの良い男が離れながら、聞き返してくる。攻撃はされない。

石も飛んでこないことから、どうやら一定量までは鬱憤をぶつけて満足したらしい。

 

「まず……一つですが…私は貴方達の知ってるであろう提督とは別人です。

新米で、此処の鎮守府に来たばかりですから」

 

「だが、提督なんて屑の集まりだろう?」

 

「それは前任者を含むごく一部ですよ……少なくとも、俺は艦娘を虐げるつもりも辱めるつもりもありません。

そして、此処に深海棲艦が来たらやれる事を精一杯やる所存です」

 

上も腐ってる気はするが、此処は言わないでおく。

 

「はん!そんなもん誰が信じるかよ。なぁ、みんな!」

 

男がそう言うと、周囲の人たちが賛同するように声を上げる。

まぁ、そう簡単に分かってくれないよな……どうしたもんかね。正直、血が流れてるからフラフラするんだよな。

 

「…提…督!」

 

時雨が俺をらしくないぐらいの大きな声で呼ぶ。

なんだよ、そんな大きな声出せるなら出かけるときに返事してくれよな。寂しいだろう。

周囲の人間の視線が時雨の方を向く。

 

「ひっ……えーと」

 

大勢の視線が向けられ、怯んでしまう時雨。

街の人達は、時雨が俺を呼んだことに困惑しているのか、はたまた艦娘が現れた事で自分たちの優位性が消えたのか固まっている。

 

「…ほれ、今の内だ。早く行かんかね」

 

八百屋の店主がボソッと背後から声をかける。

 

「え?あぁ、はい」

 

「…こいつも持って行きな。商品を庇ってくれた礼さ」

 

林檎が投げられる。ふらふらとそれをキャッチし、お辞儀をしながら時雨の方へと向かう。

何かされたり、罵倒されると思ったが何もされず時雨と合流できる。

 

「ありがとう、時雨」

 

「……提督、その、怪我が」

 

「気にすんな……慣れてるから。それより、バイクを頼む。乗る気力も押す元気も残ってないや」

 

歩いて戻るのは辛いんだけどなぁ…まぁ、仕方ないか。

ゆっくりと鎮守府へと歩を進める。どうにも、前任者は港町にまで問題を残してくれやがったらしい。

 

「……どうして、手を出さなかったのですか?」

 

歩きながら、時雨が質問してくる。

 

「そりゃ……軍人が一般人に手を出す訳には行かないだろう。それに、あの人らが言ってる事だって嘘ではない。

時雨も知ってる通り、屑は幾らでもいる。俺がそうじゃないとは言い切れないしな…」

 

屑というのは他者が下す判断だ。自分で区別のつくものじゃないと俺は思っている。

無能の俺が言うのもアレだが、仕事が出来ても屑という奴にはなりたくない。

 

「……提督は……僕から見たら……屑ではないと今のところ思います」

 

時雨が小声で呟くように言う。前任者のトラウマだってあるだろうに、わざわざそんな事を言ってくれるとは。

 

「…ありがとうな。時雨」

 

嬉しさと恥ずかしさから俺も小声になる。

時雨に聞こえてるかは分からない。でも、俺の心はすっきりした。

 

「そういや、僕って言うんだな」

 

「あっ……えっと…」

 

なぜかやってしまったと言う感じで慌てる時雨。

これはまた前任者の影響か?

 

「俺は良いと思うぞ。僕っ子、可愛いじゃないか」

 

中々、女性がそう言ってるのを聞かないから新鮮味もあるし。あと、可愛い。

趣味全開で悪いが、可愛ものは可愛い。

 

「……か、可愛い…」

 

このふらふら状態じゃなければ、時雨が照れてる珍しい姿でも見れたのだろうか。

ううむ、残念だ。少し、ボヤけて見えてる。まぁ、嬉しそうな声を聞けただけ良いと思っておこう。

 




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彼の闇、彼女の闇

シリアス継続。

妖精さんが喋ってるところが、全て平仮名なので読み辛いとは、思いますがご容赦ください。
甘い話が書きたいです(小声)


「イッッ…!?」

 

「……じっとしててください」

 

そう言われてもなぁ…なんで消毒液ってこんなにも傷に沁みるんだろうか。

どうにか鎮守府に戻った俺は、現在、時雨による傷の手当てを受けている。と言っても、そんなに大げさなものじゃない。

軽く切って出血してしまった傷と、殴られたりして出来た打撲に湿布を貼るぐらいだ。

 

「……次は…これを」

 

まぁ、親身に手当てをしてくれる時雨を見れた事が唯一、喜ばしい事だな。相変わらず、無表情だけど。

どうにか、笑顔とか嬉しそうにしてる表情とか見たいんだけど、上手くいかないものだな。

無表情以外に見たのって、全部マイナス方面だからなぁ。

 

「……なぜ、やられるがままだったんですか?」

 

消毒を続けながら、時雨がボソッと聞いてくる。ん?その質問には答えた気がするが。

 

「軍人が守る市民に手を出すわけにはいかないだろう?」

 

「…それでも……ここまでされて、どうして恨まないでいられるんですか?

なんで、今もまるで何もなかったように平然とした様子なんですか?」

 

珍しく長く喋る時雨。

でも、声は震え、手にも力が入っている。俺には分からないが、俺の何かが時雨にとって、ここまで感情を昂らせるものになったのだろう。

無い頭を捻ったところで、答えは出ない。とりあえず、質問に答えよう。

 

「そりゃ、まぁ、傷付いたのは俺だけだし。

前任が何かやらかした所為で、あの人達は提督と呼ばれる職業を憎んでいる。他の有能な奴が潰れるよりはマシだろう」

 

有能と言って真っ先に思いつくのは、朱染の奴だがアイツの場合、潰れるよりは潰す側だろう。

きっと、使えるコネ全部使ってあの港町に住んでる人達、全員の弱味を握っても何もおかしくない。

 

「それに、俺に無関心だった時雨が助けてくれた。今もこうして、手当てをしてくれている。

それだけで俺は満足さ。無能の俺には勿体無いぐらいだ」

 

此方から何か言わない限り、関わろうとしなかった時雨が自分の意思で動いている。これほど、嬉しい事はない。

時雨の手が止まる。なにか言いたげではあるが、俺に使っていた応急手当道具を片付け始める。

どうやら、手当が完了したようだ。うん、痛みは少しあるが、ぜんぜん動く。

 

「ありがとう時雨。さて、お腹空いたろ?

すぐに準備するから、待っててくれ」

 

「……はい」

 

うーん、相変わらず素っ気ない。

まぁ、美味しいもの食べたら、また雰囲気で分かるだろう。よし、久しぶりにカレーを全力で作るとしよう。

部屋を出て、普段通りどの方向に行けば良いか分からなくなる。

だが、そう何度も迷う俺ではないぞ。

 

「道案内頼む、妖精」

 

シーン

 

あれ?普段ならノリノリで現れてくれる妖精はいずこに?

 

「くっそぅ…結局迷うしかないのか…」

 

いつもの様に三十分かけて食堂へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時雨SIDE

 

応急手当に使ったものを片付けながら、提督の事を考える。

前任とは確かに違う。前任の提督は、自己顕示欲の塊でプライドも高く、悪知恵の働く人だった。

あの目つきの悪い眼鏡をかけた人が気づかなかったら、永遠とあいつは此処に居座っていただろう。

 

「……あの人はそういった感じがない」

 

僕と同じ名前と自己紹介した提督。

思わず叩いてしまったり、彼が出血するほど爪を食い込ませてしまった。

それでも、彼は僕を罰することもせず、当たり前の様に生活した。

 

「そして今回の住民との衝突も、権力を振りかざすこともなく、やられたい放題。

自分がどうなろうが気にしない人なの?」

 

本当になんでもなかった様に「そりゃ、まぁ、傷付いたのは俺だけだし。

前任が何かやらかした所為で、あの人達は提督と呼ばれる職業を憎んでいる。他の有能な奴が潰れるよりはマシだろう」と言える人なんて……

 

「そうだよ。かれは、そういうにんげんなんだ」

 

「……うわっ、妖精さん?」

 

急に聞こえてきた幼い声に驚く。

そもそも、妖精さんの声を聞けるのが驚きだ。僕の様な艦娘と呼ばれる存在は、基本的に妖精と会話ができない。

空母とかの一部は、簡単な意思疎通ぐらいは出来るらしいけど。

 

「すこしだけ、ていとくさんのことをおしえてあげる」

 

ふわりと僕の目の前に降りる妖精さん

 

「ていとくさんが、じぶんをむのうって、いうのはしってるよね」

 

「…うん」

 

僕には、どこが無能なのか余り良く分かってないけど、提督はよく自分をそう表現する。

 

「かれが、ここにくるまで、しゅういのにんげんにずっとずっといわれつづけたことばなんだ。

わたしいがいの、ようせいも、そういってかれをみかぎった」

 

妖精さんが悲しそうな顔をしながら言う。

きっと、この子はずっと側で見続けてきたんだ。提督が無能と蔑まされるのを。

 

「かれなりにどりょくをつんだ。でも、だれにもひょうかされることなく、らくいんをおされる。

そうやって、いきていくなか、じぶんでじぶんさえもさげすむようになった」

 

「…だから、自分は傷付いて良い存在と認識してる」

 

「うん。かずすくない、ていとくさんのみかたも、かれがちめいてきに、こわれないようにするのがていっぱい。

あとは……じぶんでなかよくなってきいてみて。あまり、ほんにんいがいがいうのもしつれいだし」

 

妖精さんが再び、宙に浮く。

 

「しぐれは、みかぎらないでほしいな」

 

そう言って、開けたままの窓から飛んでいく妖精さん。

どうして、僕に提督の話をしたのだろう。僕に何を期待しているのだろう。

 

「……僕はまだ、提督を信じ切れてる訳じゃない……前任と違うことぐらいは分かってるさ」

 

それでも、僕の中にある提督への恐怖心が消えた訳じゃない。

いつ、暴力が振るわれるのか。いつ、解体されるのか。いつ、深海棲艦も関係ない死を迎えることになるのか。

そんな考えは、ずっと僕の頭を支配している。

 

「……そんな僕に、提督を支えたり、助け出すなんて事を期待しないでよ…」

 

僕にそんなことが出来るわけがない。

だって、僕はみんなの様に、戦って死にたいと願ってる。死にたがりの艦娘なんだ。

艦娘として、深海棲艦と戦って、せめて死ぬ時ぐらい、自分の価値を感じたい。

 

「……死にたがりの欠陥兵器に、なにかを求めないで…」

 

白露、村雨、夕立、春雨、五月雨、海風、山風、江風、涼風。

僕は、どうすればいいと思う?

思い出だけとなった姉妹達に、聞いても返事はない。当たり前だ、彼女達は、生き残ってしまった僕と違って、立派に役目を果たしたのだから。

提督が呼びに来るまで、僕は一歩も動くことが出来なかった。

 




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書類仕事は秘書艦と一緒に

遅くなりました(土下座)
話の展開を思いつくのに時間がかかりました。今回はシリアス空気は旅に行ってます。
緩い気持ちで楽しんでいただけると嬉しいです。


「……」

 

「……」

 

数日が経ち、俺の怪我も治った今は、提督室で書類仕事の真っ最中だ。

こういった書類仕事は、なぜか手慣れた様に作業できる艦娘と一緒にやると効率が良いと学んだ。

よって、うち唯一の艦娘である時雨に手伝いを頼んだのだが。

 

「……」

 

ハイライト先輩が何処かに行ったまま、ペンを動かしてるのは……はっきり言って超怖い。

あれ、もしかして書類仕事嫌い?それとも、俺と一緒の空間にいるのが嫌なのか。嫌なんだろうな……

曲がり角で待ち伏せして、捕まえるのはやはり強引だったか。

軽い現実逃避で、1時間ほど前の記憶を呼び覚ます。

 

「うーむ、補給とか色々あるからだろうけど、この鎮守府にまで結構多くの書類を回すのか……

あ、差出人が全部、上司じゃん。あの人の一任で届いてるのこの書類」

 

朝起きて、迷子になりながら鎮守府の入り口に行った俺を待っていたのは、ダンボールに入った食料と書類だった。

俺のことを無能と言うけど、何だかんだ面倒見てくれる上司からの有難い贈り物だった。…書類はいらないけど。

ザッと見た限り、この鎮守府の状況とこれ以降の補給に関する書類だ。

 

「っと、手紙かなこれ」

 

一緒に入ってた封筒を開く。

すると、丁寧におられた紙が出てくる。

 

『霧崎へ

碌な準備もせず、鎮守府に行ったお前に当面の食料を差し入れする。それらの食料は独自ルートで手に入れた、いわば俺の密輸品だと思ってくれれば良い。さて、初日に見ただろうが、今お前のいる鎮守府は訳ありだ。

どうせ、不幸なお前のことだ。すでにボロボロになっているだろう。だが、耐えろ。

腐った上層部のクズどもを一掃するには、その鎮守府を取り壊される訳にはいかん。俺の力が足りなかったばかりに不幸になってしまった駆逐艦、時雨を頼んだぞ。お前は無能だが、クズじゃない。だから、お前に任せたんだ。書類はしっかり書けよ、それがないと正式な支援は無いからな』

 

相変わらず俺には理解出来そうもない事を考えてる様だ。

と言うか、なんで俺がボロボロになるって分かってるんですかねあの上司は。

 

「まぁ、良いか。さてと、とりあえず食料を運びますかね」

 

上司から貰った手紙を胸ポケットにしまって立ち上がる。

ダンボールを抱えてみると、案外重い。密輸品とか黒い事言ってたけど、量多そうだな。

ちょっとフラつきながらも、ダンボールを運ぶ。ボロい床が軋んだ音を響かせるのが、なんとも不安であるが鎮守府内を歩く。

お約束の迷子になりながら、提督室に到着。

 

「書類と食べ物を分けるか」

 

ダンボールから、折れない様に丁寧に梱包された書類を取り出し、机の上に置く。

しばらくその作業を続け、書類と食べ物を分けることに成功する。

 

「食べ物は冷蔵庫に入れるか。しかし、妖精の技術が高くて助かる」

 

どこからか見つけてきた廃材で、定期的に色んなものを作っては置いていく妖精。

そのおかげで、ボロボロの鎮守府の中に最新式の家電やら電子機器があるとか言う不思議状態が成立している。

台所はよく利用するから、そんなに迷うこともなく辿り着く。食材達をしまい、少しるんるん気分で提督室に戻る。

 

「…おや?」

 

曲がり角でたまたま、反対側からこっちに向かってくる時雨を見つけた。

なんか微妙に周囲を警戒してる?

キョロキョロと歩く時雨を見てるとある事に気づく。服装がいつもと違う。

俺がプレゼントした服を着てくれているのだ。思わず、その場でガッツポーズをとる。

あ、そうだ。ついでに書類仕事を手伝ってもらおう。俺は書類仕事がそこまで得意じゃ無いし。

 

「とは言え……正面から行ったら絶対、避けられるよな」

 

普段なら真正面から突撃してるが、俺がプレゼントした服を着てる時雨を見て、なんだか俺の頭は冴えている様だ。

時雨の進行方向から察するに、この曲がり角にくる。そして、ここは正面から死角。

よしっ、ここに隠れよう。

息を潜めて、物陰に身を隠す。ギシギシと軋んだ床が時雨の接近を教えてくれる。

音でタイミングを計り、絶好のチャンスを待つ。

 

ギシッギシ!

 

音が一番近くになった!

よしっ、このタイミングだ。意を決して俺は物陰から飛び出す。

 

「よぉ!時雨」

 

「うわぁぁあ!?」

 

「ゴフッ!!」

 

時雨の悲鳴が聞こえたと思ったら、俺は天井を見上げる形で宙に浮かんでいた。

どうやら驚いた時雨の拳が、アッパーの要領で俺の顎に直撃。

なんの対策もしてなかった俺は、艦娘の力もあって無様に宙に飛んだ様だ。え?なんで分かるのかって?

そりゃ、気を抜いたら意識を刈り取られそうになるぐらいの激痛が顎に走ってるからだよ。

 

「……て、提督!?」

 

時雨の驚いた声が聞こえる。

それと同時に俺の身体は、ドサリと落下し、メキメキと嫌な音を立てて抜けた床に無様にめり込んだ。

 

「…お、おう、俺だ。時雨、驚かせてすまない」

 

「…う、うん」

 

「すまないついでにお願いがあるんだけど」

 

「……な、なんでしょうか?」

 

ううむ、本格的に時雨を驚かしてしまった様だ。まだ、声に震えがある。

だが、すまんな時雨。俺も状況が状況なんだ。

 

「助けてくれ。腰が死ぬ」

 

上半身側の方が大きく壊れ、俺の腰の負担がやばい。

イナバウワーに近い形で腰が死ぬ。

 

「……わ、分かりました。えっと、その引きあげればいいんですか?」

 

「おう。頼む」

 

ぐいっと引っ張られる感覚とともに、景色が見慣れたものになる。

いやいや良かった。蜘蛛とにらめっこをし続けるとかいう状況にならなくて。

立ち上がり、軽く服についた汚れを払う。提督服が汚れるのはこれで何回目だろうか。

 

「ありがとう時雨」

 

「……はい」

 

いつもの様に感情のない声で返される……と思ってた。

今回はなんだか、恥ずかしそう?いや、俺に読心術は無理。でも、いつもと何か違う声ではあった。

 

「あ、そうだ。時雨、書類仕事を手伝ってくれるか?」

 

「……え?」

 

「俺一人じゃ処理できる量じゃなくてな。頼めるか?」

 

困惑した様な時雨に首を傾げながら尋ねる。

 

「……秘書艦……ううん、この人は違う……違うはず……」

 

小声で何か言ってる時雨。

ううむ、どうするか……あ、そうだ。

ポンっと時雨の肩に手を置く。

 

「時雨、捕まえた。今度は時雨が鬼な」

 

そう言って俺は走り出す。

 

「……え?…え?」

 

さっきとは違う困惑に襲われてる時雨。

ふはは、これが俺の秘策。鬼ごっこ作戦よ、提督室にさえ誘導してしまえば俺の勝ちだ。

 

「どうした時雨?鬼ごっこだ、鬼ごっこ。軽い運動と行こうぜ」

 

「…え、あ、はい」

 

こくんと頷いた時雨。

走り出す体勢に入ったのを見て、俺も走り出す。そのまま、道に迷いながら、時雨と近づ離れずの位置を維持したまま、提督室に入る。

提督室の入り口に張り付き、身を隠す。

そして、勢いよく時雨が入ってきたのを確認してから扉を閉める。

 

「…ッッ!?」

 

「よしっ、時雨。遊びはここまで。書類仕事だ」

 

怯えてる感じの時雨にダンボールに入ってた蜜柑を投げて、椅子に座り書類を分ける。

とりあえず面倒そうな書類は俺の方に。簡単な書類を時雨に渡して……

 

「……えっと、何もしないんですか?」

 

「え?だから書類仕事をするけど」

 

なんか微妙な空気が俺と時雨の間に流れる。

なんだろう、なんかすごい認識に差があったように感じるぞ。

固まった時雨を椅子と机がある場所に連れて行って、座らせ書類を置く。

 

「その書類を頼む。分からないことがあったら……無能の俺にも分からないかもしれないけど聞いてくれ」

 

こうして俺たちの書類仕事が始まった。

しばらくフリーズしてたが、動き出した時雨の書類仕事は見事なもので、俺が渡した書類を簡単に終わらせた。

俺も手が空かないので、書類の山から出来そうなのを持って行ってくれと頼んで、仕事を続けた。

 

「……」

 

会話はほとんどなく、事務的なやり取りしかしていない。

少し寂しいが、俺が怪我した時が珍しいだけで、よくよく思い出せば俺と時雨の関係はこんなもんだったな。

互いに必要な時だけ必要な会話をする。

しかも、話しかけるのは俺の方が多い。ううむ、時雨と仲良くなるにはどうすれば良いんだろうか。

 

「……提督、ハンコお願いします」

 

「了解」

 

時雨が持ってきた書類にハンコを押す。

あんまり目を通してないけど、時雨が不利益になることはしないだろう。この場所が大好きみたいだし。

ハンコを押して、元の場所に戻る時雨を見てある事を思い出す。

そう言えば言ってなかった。

 

「時雨。その服着てくれたんだな、俺の想像通りだ。似合ってる」

 

「……あ、ありがとうございます。提督」

 

持ってた書類で口元を隠す様にしながら、俺に礼を言う時雨。

それに笑顔で応えて、書類仕事を続ける。

そういや、時雨が持ってきた書類、やたら写真が貼り付けてあったけど、なんの書類だったんだろう。

全部、不要ってところに丸がされてたけど……まぁいいっか。

 




感想や評価を下さった皆様、大変ありがとうございます。
これからも、ゆっくりではありますが、書いていく所存です。

感想・批判お待ちしています。


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会議はサボるもの

今回は主人公陣営と、上司陣営に分けてます。
かたや平和。もう片方は…


「…あぁ…行きたくないぃぃ…」

 

大本営から届いた書類を片手に、机に突っ伏す。

前任が買っていた無駄に豪華な家具は全部、朱染伝いに売っぱらい、普通の家具に置き換えた。

漸く、この鎮守府もまともに活動出来そうだと言う時に、面倒なお知らせが手元にやってきた。

 

「なにが悲しくて、提督が集まる会議に行かなきゃ行けないんだ…」

 

上司から聞いたが、この手の会議は上層部連中に取り入る為のものだったり、自慢話を語る場だったり、賄賂が行き交う場所だったり…

つまり碌でもないらしい。あの人、屑は大嫌いだもんなぁ…

 

「…どうかしました?」

 

書類仕事を手伝ってくれてた時雨が、俺を心配する。

 

「いや、これにね。行きたくないんだ」

 

ペラっと時雨に書類を渡す。

しばらく、それを眺めていた時雨は無表情のまま、書類を机の上に置く。

 

「…護衛に艦娘を付けろと書いてありますが」

 

「時雨しかいないしなぁ…うちの鎮守府」

 

「…僕はここから離れたくないですよ」

 

震えるように声を紡ぐ時雨。

港街に来るぐらいなら、平気だけどやっぱり基本的にここから離れる気はないみたいだ。

 

「分かってるよ。だから、どうしようかなって悩んでたんだ。

この鎮守府を空っぽにする訳には行かないし、そもそも時雨は出たくないだろうし、俺は行きたくないし」

 

え、俺が出たくないのは関係ないだろって?

いやいや、重要だよ。

まぁ、そん事より最も重要なのは、時雨が出たくないって事なんだよな。深海棲艦から雑魚認識されてるのかこの鎮守府は狙われてないが。

提督に良い感情を持ってない時雨を無理やり連れ出したくないし。

 

「…提督。その、僕以外の艦娘は増やさないんですか?」

 

視線を彷徨わせながら聞いてくる時雨。

 

「今のところはその気はないかな。増やすにしても、時雨の中で整理が着いてからだな。

ほんとはこんな悠長な事を言うなって、怒られるんだと思うけど、たった一隻の艦娘にすら向き合えない提督じゃ、大軍を率いても意味がないと思うんだ俺は。幸い、ここは前線から離れてるしね」

 

朱染や優秀な提督達のいる鎮守府は、人類の最前線だから大変だろうけど。

俺のところは、穏やかな海が見えてる。逸れた深海棲艦すら、来てない。

なら、戦力を増やさなくて良いだろう。上司も時雨を頼むって言ってたし。彼女の心の安寧を優先するべきだ。

 

「…僕のため?」

 

「ん?まぁ、そうだな。

俺は、前任が君にした事を書類として残っていることしか知らない。それに、その時、君が感じた気持ちも分からない。

だけど、ここに来た時も言ったがお前を笑えるようにする。その目標だけは絶対に成し遂げるさ」

 

書類の出席不可に丸をつけ、理由のところに、一身上の都合と記入。

ハンコを押して、封筒にしまう。

 

「さてと、時雨。ポストがある場所まで案内してくれ。

そのあと、飯にしよう。何か希望はあるか?」

 

ぼーっとした様子の時雨に声をかける。

だが、返事はない。おかしいな、考え事か?でも、俺お腹空いたんだよなぁ。

 

「おーい!し・ぐ・れ?」

 

肩にトンッと両手を置く。

 

「…え?あ……て、提督?」

 

「おう、提督だ。ほら、行くぞー時雨の案内がないと、俺、迷子になるんだから」

 

思考の世界から帰ってきた時雨に安心して、部屋を出る。

トコトコと走ってくる音が聞こえて、時雨も少し遅れて廊下に出てくる。

 

「よしっ、どっちだ?」

 

「…こっちです」

 

自信満々にどっちか分からない俺に、少しだけ呆れた様子の時雨を追いかける。

ううむ、移動のたびに時雨に苦労をかける訳にも行かないし、道を覚えたいんだが……見たところから忘れてくからなぁ。

もはや、呪いだろ。この方向音痴。

 

「……♪♪♪」

 

鼻歌か?

何やらご機嫌だな時雨。よく見れば、足取りも軽いな。

なんとなく、スキップしてる様に見える気がするなぁ。なんだ、時雨も腹減ってたのか。素直じゃないな。

これは少し気合を入れて、料理を作るとしよう。何が、良いかな……材料はそれなりにあるから、ステーキとかにするか。

あぁ、でも仕込みに時間がかかるな。でも、まぁ、元々食事をするには早い時間だし仕込みをしても大丈夫か。

となると、パイナップルがあったはずだから、果汁を絞ってジュースと、肉に漬ける様に用意して。ニンニクは軽く炒めてから、スライスして肉に振りかけて、あぁ、ポン酢を下味にするか。肉は弱火でゆっくり火を通して、アルミで包み、肉を休ませながら余熱で熱を通すか。

ううむ、スープも作りたくなってきたな。どんな風にしようか。

何やら、ご機嫌な時雨の後を料理で頭いっぱいにしながら、俺は着いて行く。

 

「これで、むじかくとは……しぐれはもっと、あいじょうをしるべきです」

 

二人を眺めていた妖精の言葉は、届くわけもなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン

ある部屋の扉がノックされる。

 

「入れ」

 

「失礼します。少将」

 

目つきの悪い眼鏡をかけた男のもとに、時雨が書いた書類が置かれる。

部屋に入ってきた兵士は長いはせず、即座に部屋から出て行く。

 

「…やれやれ、嫌われたものだな」

 

書類に目を通し、男は笑みを浮かべる。

彼が送った書類の中には、臨時に兵を貸し与える旨が書かれていたりするものがあったのだが、その全てが不要に丸されている。

しかも、女性が書くような綺麗な丸でだ。

 

「あいつにこんな綺麗な丸は書けん。と言うことは、あの子が書いたか。

くくっ、時雨よ。ちゃんと距離を詰めているようで何よりだ」

 

男以外誰もいない部屋で笑みを浮かべるのは、些かいやかなり不気味である。

 

「ん?やはり、会議は欠席か。まぁ、時雨しかいない奴は来るわけがないか」

 

「ま、だろうね。ほら、僕たちは僕たちの仕事をするんだろう?」

 

「……朱染。ノックぐらいはしろ」

 

「はっははは、これで許してよ」

 

ぽいっと朱染が投げた書類。

そこには、海軍上層部の汚職の証拠が山ほど書かれている。

 

「全く、末恐ろしい口だ」

 

「それを利用してるのは貴方だろう」

 

書類を見ながら、悪い笑みを浮かべる。

椅子から立ち上がる男。

男は、机の上にある写真と指輪を見る。

 

「行ってくる。陸奥」

 

仲睦まじく映る男と陸奥。

二人の指にはお揃いの指輪が光っていた。

 




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雨のちココア

時間の経過って早いですね……


「今日は雨か」

 

いつものように書類仕事を片付けて、休憩がてらキッチンでココアを飲んでいる。

湿気が酷いと思っていたが、今日は雨だったようだ。窓に打ち付ける雨の音が凄い。雷も遠くの方で鳴っている。

この雨だ。いずれ、こっちにやってくるかもしれないな。

 

「…しかし、こう雨が強いと子供の頃を思い出す」

 

俺の子供の頃は、雨が大好きだった。

傘に当たり、反響するあの音が堪らなく好きで大雨が降ると決まって、傘をさして外に出ていた。

カッパも着ないで、傘一本で外に出るものだから、何度も風邪をひいた。それでも辞められなかった。

傘に響く音が、周囲の音を消して耳に聞こえるのは雨の音だけ。そして、雲が太陽を隠すから世界に自分だけがいるあんな感覚が大好きだったんだろう。

ココアを半分ほど飲んで、机の上に置く。

 

「そんなアホな子供が今は、こうして提督をしてるとは……あの時の俺は微塵も考えてなかっただろうなぁ」

 

当時の俺はどんな事を考えて生きてたっけ?

そんな事を考えていたら、片隅に置かれた傘が目に入った。そこまで歩いて行き、傘を見つめる。

そういえば、キッチンは裏口と繋がってたな。………よし、たまには童心に帰ってみるか。

傘を手に取り、外に出る。屋根のないところに行けば、一瞬でずぶ濡れになる大雨だ。

こんな時に目的もなく、外に出るアホはいないだろう。

 

「まぁ、ここに居るんだが」

 

ウキウキ気分で傘を開き、外に出る。

バチバチバチっと傘に雨が当たる。やはり心地よい。外に出ると同時にズボンが濡れて、肌に張り付く不快感を与えてくるが、そんなものは気にならない。

あてもなく、傘をさしたまま歩く。この鎮守府の裏側は、怪しい取引にでも使ったんであろう艦娘が使わない小さな港と、食料とかを置いて置く倉庫があるぐらいであとは、何もない。

 

「〜〜♪♪♪」

 

やはり俺は雨が好きなようだ。

大人になった今でも、この独特の雰囲気はやめられない。

ふと、立ち止まり雨音に耳を傾け、考えに耽る。気を抜くと寝てしまうそうになるから注意をする。

秘書艦を引き受けてくれるぐらいには、時雨とも仲良くなれたが、俺はもっと仲良くなりたい。

あいつが笑っているところを俺は全然見れてない。この鎮守府で笑えるようにするのが俺の最終目的だ。

上司とかの考えは知らん、というか俺が考えたところであの人の考えなんて分からないし。

 

「どうすれば笑ってくれるかなぁ…そもそも、俺は時雨に何があったかは直接聞いてない」

 

書類上では知っている。

嫌がらせや、暴力。戦う事だけに時間を使われ、それ以外の事で時間を使うのは、補給のみ。

修理だって、前任の目を盗んでやっていたらしい。それに、何より許せないのが前任が行なったという史実再現。

艦娘は軍艦だった頃の記憶を持っている。俺にはそれがどういう理屈で起きているのか分からないが、そういうものらしい。

そして、記憶を持っているからこそ自分の終わりだって当然知っている。

悲しい事だと俺は思う。生まれてきたその時から、自分が死んだ記憶を保持しているのだから。

 

「っといかんいかん。思考が逸れてきている」

 

史実再現に思考を戻そう。

奪われているのは人類の海域だ。それは同時に、彼女らの沈んだ場所に行く可能性があるという事だ。

前任はその海域で、沈んだ艦娘をわざと編成しその海域に向かわせたという。

そして、史実と違う結果になれば……書類には書かれていなかったがおそらく精神を折るような発言だろう。

 

「…俺から聞くのはやめた方が良いだろうな。時雨の心に余計な負荷をかけたくない。

でも、あいつが限界…いやもうそんなのは通り越してるだろうけど、誰かに零したくなったら聞けるようにしておこう」

 

そろそろ戻ろう。こういう考え事は時間の経過が分かりづらい。

時雨が俺を探してるかもしれないし、仕事もまだあるな。

来た道を戻って行く。そこまで離れてないから、ここからでも鎮守府が見える。これなら流石に迷わない。

裏口の扉まで無事に戻ってこれた。

 

「ううっ、寒い。またココアでも煎れて暖まるか」

 

ガチャリと手にかけたドアノブから無慈悲な音がする。

あれ?俺、鍵かけてないぞ。あれ?

 

「おーい、時雨ぇー!開けてくれーー!」

 

ガチャガチャしながら、大声を出す。

誰かが走ってくる音が聞こえて、一安心する。

 

「…提督?」

 

「その声は時雨だな!開けてくれ」

 

ガチャリと音がして、扉の鍵が解除される。

傘をたたんで、入る。ううっ、冷えた。

 

「…鍵が開いてましたので不用心だと思って閉めたのですが、まさか提督がこの天気で外に居るとは思わず」

 

時雨が青ざめた顔で謝ってくる。

あれ、もしかして怒られるとか思ってるのだろうか。この場合は何の連絡も無しに外に出た俺が悪い。

 

「とりあえずタオルと着替えを持って来てくれ。傘は差してたが、風も強くてな……ハックシュン!」

 

「…わ、分かりました」

 

たったっと時雨が走って行く。

傘を立てかけ、とりあえず靴を脱ぎ靴下も脱いで素足になっておく。しばらくして、時雨がタオルと着替えを持って来てくれる。

それに礼を行って、全身の水気を取って行く。

 

「向こうで着替えてくるよ。戻ってきたら、時雨もココア飲むか?」

 

着替えを持ってキッチンの入り口まで歩いて行く。

その途中で机の上に置かれた自分の半分までしか飲んでいないココアと、その横に置かれている時雨用のコップに入ったココアが視界に映る。

 

「なんだ、もう飲んでたのか」

 

「…え?あっ」

 

俺の言葉にびっくりした様な顔をする時雨。

というか何か焦ってる?まぁ、良いか。

 

「じゃあ、着替えてくるからお湯沸かしておいてくれ」

 

「…う、うん」

 

時雨がヤカンを設置する。

それを見て、俺は外に出て着替える。ああ、濡れたやつは……取り敢えずこのビニール袋に入れておくか。

近くにあった大きめのビニール袋にさっきまで来てた提督服を入れ、新しい提督服に着替える。

予備が多いと楽だね、こういう着替えるときは。

 

「にしても、時雨何をあんなに焦ってたんだ?」

 

俺の飲みかけココアの横で、自分がココアを飲んでただけだよな?

うーむ、なんも分からん。時雨に限って毒殺とかって訳じゃないだろうし。

 

「まぁいいや。早く暖まるとしよう」

 

キッチンの中に入ると、時雨がさっきまでの位置とは違い、対面に座る様に座っていた。

俺は取り敢えずお湯が沸くまで座ることにした。

 

「なんだ、そっちに座ったのか。別にあのままの位置でも良かったのに」

 

「…いえ、提督の邪魔になりそうですし…こっちの方が自然です」

 

「邪魔とは思わないがなぁ…まぁ、時雨がそう言うのなら良いか」

 

若干、目を泳がしながら時雨が答える。

飲みかけのココアを一気に喉に流し込む。

 

「ううむ、やっぱり冷えたココアは美味しくないな…」

 

粉を溶かして作ってるから、どうしても冷えると粉っぽさが出てきて俺はあんまり好きじゃない。

やっぱり暖かいのをまったり飲むのが好きだ。

 

「…提督は何故、外に?」

 

時雨がココアを飲みながら、俺に聞いてくる。

この天気の中、外に出てたらそりゃ聞きたくなるわな。

 

「雨が好きでな。子供のころは、よく雨の中外に行ってたが、大人になってからはしてないと思って。

ふと、童心に帰ってみたくなったんだ」

 

自分でも分かるぐらい口角を上げながら、説明する。

やはり楽しい話をしていると自然に笑顔になる。

 

「…提督も雨が好きなんですか?」

 

「あぁ!大好きだ。雨音に落ち着くしな」

 

っと話をしているとヤカンがお湯を湧いた事を知らしてくる。

もう少し話していたかったが、ココアを淹れよう。寒い。

自分のコップにココアを淹れ、再び席に着く。

 

「時雨も好きなんだろ?雨」

 

「…何故、それを」

 

「だって、さっき提督もって言ってただろ?違うのか?」

 

ずずっとココアを飲み、ふぅと息を吐く。

時雨は無言だが、小さく頷いた。

 

「じゃあ、今度一緒に雨の中、外に出てみるか!

雨だからピクニックって訳にはいかないけど、暖かいもの持って」

 

「…え?う、うん。それは……少し楽しみかも」

 

「だろだろ!よしっ、次の雨天決行で行こう」

 

いやぁ、楽しみだな。

るんるん気分でココアを飲もうとして火傷をして、時雨に心配されるがそれはまた別の話である。

 




ちなみに、作者も雨が好きです。
あの音が堪りません。

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複数の正義

ゲームしてたり、4月で時間が取れなかったり…言い訳はありますが、すみませんでしたぁぁ!!!!
もっと早く書けよという自分の声が聞こえてくる…


突然だが、提督という職業を聞いて何を連想するだろか?

艦娘を指揮する英雄?

命知らずの馬鹿?

ハーレム野郎?

まぁ、大凡普通の職業から連想される内容ではないだろう。

 

「…君が派遣されてから、はや一ヶ月。

一切の戦闘がないのは何故かね?」

 

現実は、おっさんに呼び出されて二人っきりの尋問される職業です。いや、やっぱりあの人以外の召集に従ったのは間違いだった。

とはいえ、召集状に『来なければ銃殺刑に処す』なんて書かれてたら来るしかなかった。

時雨、一人で鎮守府にいるけど大丈夫だろうか。

 

「……失礼を承知で申しますが、私が配属となった鎮守府にはまともに戦闘を行えるだけの兵力も設備もありません。

報告書という形で既に、提出していると思いますが」

 

そもそも住むのにやっとなレベルなんですがね。

設備がボロボロでその改修を行うための資源すら無し。自前で用意できるものも限られてくるし、妖精の技術力も元が元では発揮しきれないだろう。

 

「兵力が足りないのなら、建造でもすればいいだろう?」

 

「駆逐艦、時雨の精神状況的にそれは良くないと判断しております。まずは、彼女のメンタルケアを」

 

言い切る前に机に上官の握り拳が叩きつけられ、大きな音を響かす。

…あぁ、よく知っている目だ。俺をゴミとして見ている。

 

「…艦娘の精神状況?メンタルケア?

何をふざけているのかね。見た目がなんであろうと、言葉を話し我々とコミニケーションを取ろうとも、アレらは兵器だ。

そんなものは、必要ない。使えないのであればせめて、敵を沈める爆弾にでもなるが良いさ」

 

フンっと椅子にもたれ掛かる上官。

 

「そもそも、今人類は殆どの海域を失っている。貿易に頼っていた我が国の状況は芳しくない。

大国であれば、自分たちを賄うだけの資源があるだろう。食料貿易で儲けていた国々は、むしろ貧民に至るまで食料が配られ、生き生きとしているだろう。だが、我が国はどうだ?取り返した僅かな海域から、必死に貿易をし国民に繋ぐ。それでも、全員には足りない」

 

あとは言わなくても分かるな?という視線を向けてくる。

確かに、この国は自給自足出来ていない。散々、聞かされた。だけど、朱染や上司から聞いている。

その僅かな、貿易品すらあんたら上層部が独り占めしていると。

 

「……状況は把握しております」

 

だが、ただの一兵卒が何を言ってもこの人には届かない。

くだらない優越感と、実利のある蜜を啜って肥大化した人間の心なんて、そう簡単には変わらない。

 

「ですが、俺の方針は変えるつもりはありません。まずは、時雨のメンタルケアを重点的に行います」

 

「……私が言っている意味が分からないのかね?」

 

「自分は無能ですので。他人の判断を吟味する頭は持ち合わせておりません。

それに、鎮守府の方針はその場の提督に一任される。これがルールではありませんか?深海棲艦達の集団襲撃、もしくは連合を組んで海域を取り戻す時にのみ、大本営の指揮下に入る。その筈ですよね?」

 

現場の判断最優先。

圧倒的な戦力で攻めてくる深海棲艦に対応するために敷かれたルール。大本営に指示を貰うための時間が命取りになる可能性があるのだとか。

 

「…ふん、やはりあの男の部下か。話は終わりだ。

君が聡明なる判断が出来ることを期待する」

 

「失礼します」

 

期待なんて微塵も込められていない言葉を背に受け、退室する。はぁ、早く帰ろう。大本営の人達は俺を見る視線が痛いし。頭でっかちのエリートは嫌だね。

 

「…まぁ、エリート達は俺なんか気にも留めないだろうけど」

 

こういうエリート達は、時雨の様な艦娘が自分の持ち場に居たら、どうするのだろうか。使えない兵器として解体するのだろうか。あの上官の様に鉄砲玉にするのだろうか。

どっちだとしても、俺には理解できない。

 

「終わりましたか?」

 

「あ、はい」

 

気がついたら送迎の車まで来ていたようだ。

奇しくも俺が着任した時に送迎をしてくれた死んだ魚の様な目をした運転手だ。

 

「どうぞ」

 

扉を開けてくれたので、頭を下げて車内に入り座る。

外から扉が閉まり、エンジンがかかり走り出す。

暫く沈黙を続けたが、唐突に運転手か口を開いた。

 

「…貴方とは違う考えかもしれませんが、彼らにも彼らの正義の元、働いています。まぁ、どうしようもないのが大半ですが」

 

「え?」

 

「取り戻した海域では、安全が確立されていますがそれ以外の場所では未だ死者も多いのですよ。

地獄という言葉も生ぬるいほどです。当たり前のように、艦娘が沈み人が死に、深海棲艦共が我が物顔で存在している。

そんな場所でまともな精神を保っていられるのは、ごく僅か。……貴方に話しても仕方ないの事ですがね」

 

この人は一体、何を見てきたのだろう。

俺は時雨が笑えるように過ごし、いずれは戦おうと思っていた。だが、そんな猶予があるのか?

思わず頭を抱える。

 

「こんな話をしましたが、私は貴方のやり方を否定する訳ではありません。……報告書を盗み見ただけですがあの優しい世界がなくなってしまうのは、些か悲しいので」

 

俺が悩んでいるのを他所(よそ)に、ただと付け加え言葉を続ける運転手。

鏡に映るその顔は相変わらず、死んだ魚のような目をしているがどこか悲しげな雰囲気を漂わせていた。

 

「貴方も知っているとは思いますが、この世界は優しくありません。

いずれ、戦わなければならない時も来るでしょう。その時の選択を決して間違えないでください」

 

「…貴方は一体…」

 

車が止まる。どうやら、鎮守府に到着したようだ。

自分で思っていたより、考えていたらしい。時間の経過に気づかなかった。

運転手が先に降りて、ドアを開けてくれる。そのまま、外に出て後ろにいる運転手へと振り返る。

 

「貴方は、何を見てきたんですか?」

 

「……艦娘が待っていますよ」

 

運転手が指差した方向を見る。

時雨が鎮守府の入り口から、ひょこっと顔を覗かしているのが見えた。相変わらず、隠れられてないなと笑う。

エンジン音が聞こえ、車の方を見るともう発進するところだった。

止めようと思ったが、それより早く出発してしまう。ううむ、もっと話を聞きたかった。

仕方ないと鎮守府の方に歩き出す。

 

「…お、お帰りなさい提督」

 

たどたどしく、まだ怯えもあるが時雨が入り口で俺にはお帰りと言ってくれる。そう言えば、誰かにお帰りと言われるのはいつ振りだろうか。

 

「ただいま。時雨」

 

笑顔で時雨に言う。

他の鎮守府では当たり前の光景かもしれないが、こうして出迎えてくれる位には、時雨との距離も縮まったのかもしれない。

ああ、そう言えば初めての時は手を伸ばしたら出血するぐらい爪を立てられたんだっけ。

 

「ほら、お土産だ。クッキーだぞ。コーヒーとココアどっちが良い?」

 

お土産の袋を手渡す。

袋を抱えるように持つ時雨。少し疲れてるのだろう、その仕草がとても可愛く見え、思わず頭に手が伸びてしまう。

 

「ッツ!」

 

「あ…いや悪い」

 

…何してんだ俺は。

分かってただろうに。時雨はまだ提督に対する怯えが消えたわけじゃない。謝罪して手を戻そうとする。

 

「提督…撫でたいの?」

 

「え?あ、いや」

 

涙目でこちらを見てくる時雨に固まる俺。

本心がバレたのもあるが、まさかの攻撃に俺のキャパは超えてしまった。当然、固まると言うことは手も時雨の頭上で止まるわけで。

スッと時雨が背伸びをして、止まった俺の手に自分の頭を軽く押し付ける。

 

「し、時雨?」

 

すぐに元に戻ってしまうが、時雨の最近は手入れされている髪と時雨の体温を直に感じた。

 

「…いつもより暗い顔してたから……えっと、僕が出来る事は凄く限られてるから」

 

辿々しく言葉を続ける時雨。

その姿を見て、俺は俺自身のやり方が間違ってないと思えた。

 

「ありがとな、時雨。元気が出たよ」

 

触れた時、時雨は震えてた。ほんの一瞬だったけど、今の時雨にはとても大きな勇気だったのだろう。

そんな勇気を貰っていつまでもくよくよしている訳にはいかない。

時雨を連れて、キッチンまで行き俺はブラックコーヒーを。時雨にはカフェオレを淹れて渡す。会話は特になかったけど、居心地の良い沈黙が続いた。そんな時だった。

 

『周囲の海域に深海棲艦を確認。提督と艦娘は出撃の用意を』

 

……ついに奴らが来てしまった。

 




いよいよ、深海棲艦が来てしまいました。
どうなるんでしょう。

感想・批判お待ちしています。


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揺るがない覚悟

脳内にある構成を文にするのに、ものすごく手間取りました。
本当、おまたせしましたm(_ _)m

今回はシリアス過多です。甘い話が書きたい。


『周囲の海域に深海棲艦を確認。提督と艦娘は出撃の用意を』

 

警報を聞くと同時に、俺は立ち上がる。

乱れていた軍服を正し、妖精を探す。そして、それと同時に気づく。時雨が震えている。

真っ青な顔で、恐怖と絶望に塗りつぶされた、そんな表情だ。そんな時雨にかける言葉が見つからず、しばらく俺の口はただ空気を吐き出す。

くそっ、こんな時に言葉が全く思い浮かばないなんて。

 

「妖精!確認できた深海棲艦の現在地と種別を教えてくれ!」

 

自分の情けなさから逃げるように俺は妖精へと指示を飛ばした。

全く嫌になる。叩き込まれた動作は、俺の思いとは裏腹に最適解を指示し動かし続けた。

 

「ここから、5マイル。しゅべつはくちくかんいっせき!たぶん、はぐれ」

 

「…はぐれか。それなら、なんとかなるかもしれないな。あり合わせの資材で武器は作れるか?」

 

「かんむすようのそうびを、つくるにはこうざいがたりないよ!」

 

妖精は鋼材が足りないことを俺に教える。

言葉が足りなかったか。俺は別に時雨用の武装の話をした訳ではなかった。そもそも、こんな震えてる時雨を戦わせる気は無い。

なら、このまま見逃す?いや、それは論外だ。俺は軍人。はぐれとはいえ、深海棲艦を逃せば何をするか分からない。

港町に被害を出すわけにはいかない。だったら、答えは一つしかない。

 

「言葉が足りなかった。人間用、俺が使う武器で良い。

可能なら、RPGの様な爆発する武器が好ましい」

 

俺が戦う。

それがこの場の最適解だ。

 

「て、提督!?」

 

時雨が驚いた声をあげる。

ごめんな、時雨。気の利いた一言も俺は言ってやれない。

 

「……たしかにつくれるよ。にんげんようなら、いっぷんもあればそれなりにつくれる。

でも、ていとく。ひとつだけ、こたえて。しぬつもり?」

 

妖精が真剣な声と眼差しで俺に質問してくる。

ここまでずっと付き合ってくれたこいつの事だ。なんとなく、予想はついてるのだろうなと思いつつ口を開く。

 

「そんな覚悟はこの職に就いた時にしている。軍人は一般市民の営みを守る為に、その命を捧げる存在だ。

だけど、この覚悟は死ぬ覚悟であって、死ぬつもりではない。俺は、生きる為に死地へ行く」

 

あぁ、そうだ。

俺にとっての軍人とは、死ぬ覚悟のある生きたがりだ。一般市民を守る為なら、その命を捧げるのに生きたいと願う存在。

理由は人それぞれだけど、今の俺には時雨を笑顔にするという目的がある。

それはまだ、達成できていない。達成できていないなら、ここで死ぬわけにはいかないんだ。

 

「わかった。すぐにつくる」

 

妖精が飛んでいく。俺の覚悟が伝わったということだろう。

この場に震えている時雨と俺だけが残される。先程までの心地よい沈黙はなく、心苦しい沈黙が場に流れている。

ずっと下を向いて、両手を強く握っている時雨。そんな時雨を見ても俺は何も言えない。

さっきは、簡単に動いてくれた口が全く動かない。何か言わなければという思いだけが先行する。

 

「…提督は……怖くないの?死ぬことが」

 

沈黙を破ったのは時雨だった。

掠れた声で絞り出した様な声だったけど、痛いほど沈黙だったこの部屋で聞き逃すことなんて無能の俺でもなかった。

 

「怖くないと言えば嘘になる……いや、訂正しよう。めちゃくちゃ怖い」

 

「なら……どうして、戦いに?」

 

それが義務だから、仕事だからと答えようとしてやめる。

なんとなく時雨はそういう答えを聞きたいんじゃないのだろうと思った。珍しく直感が働いた様だ。

 

「そうだな……理由があるからだろうか。ここで俺が戦いに行く意味と価値がある」

 

しゃがんで下を向いている時雨と視線を合わせる。

ビクッと時雨は震えるが、逸らさない。相変わらずの目だが、俺の言葉の続きを待っている様に感じた。

 

「色々と建前はあるけど、俺個人的な答えを言うなら、君が傷つかなくて済む。

兵器としての誇りもあるとは思うが、今にも吐き出しそうな君に俺は戦って来いと命じる事は出来ない」

 

艦娘は兵器。

これを否定する気はない。ないけれど、性格があり感情がある彼女らを思いやらないという選択は取れない。

 

「……」

 

俺の言葉に返事を返さない時雨。

なんとなくその雰囲気が暗く落ち込んでいる様に感じる。だから、俺は慌てて続きを口にする。

 

「だけど!俺じゃ、深海棲艦を倒せない。追い払う事は出来るかもしれない。

でも、それじゃ意味がない。だから、俺はこれから時間稼ぎに行く。戦える様になったら来てくれ。君はうちの唯一の戦力だからね」

 

「……!」

 

目を見開く時雨。何か言いたそうに口を開くが、そのタイミングで妖精が勢いよく現れる。

 

「つくれたよ!」

 

「ほんと、早いな…ありがとう。行ってくる」

 

時雨の言おうとした事が気になるが、事態は急を要する。

立ち上がり、妖精の先導の元鎮守府を駆け抜ける。部屋には時雨一人が残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦が来たと警報が響いた時、全身から血の気が引いた。

僕は艦娘で兵器の筈なのに、怖くて怖くて仕方がなかった。この提督とゆったりとした時間が過ごせるとは思ってなかったけど、いくらなんでも急だった。

僕が恐怖に支配されて、身動きが取れなくなっている間、提督は妖精に指示を出したり忙しそうにしていた。

そんな中、僕は下を向いて提督が淹れてくれたカフェオレの入ったカップをただただ眺めていた。

 

「言葉が足りなかった。人間用、俺が使う武器で良い。

可能なら、RPGの様な爆発する武器が好ましい」

 

だからこの言葉を聞いた時は驚いて、提督の方を見た。

自分が戦えと命じられると思っていた。そして、艦娘は提督の命令に逆らえない。恐怖で動けないこの身体を命令で無理やり動かしてくれるとそう思っていた。だけど、提督は真剣な顔で自分が戦いに行くとはっきり宣言していた。

妖精と何か話していたけど、僕の頭の中は提督の行動への疑問で一杯だった。

だから、勇気を振り絞って聞いてみた。

 

「怖くないと言えば嘘になる……いや、訂正しよう。めちゃくちゃ怖い」

 

その答えは僕と一緒だった。

死ぬことへの恐怖がありながら、この人は戦うことを選んだ。僕にはそれが義務とか役目だと思った。

だって、提督は軍人で僕は艦娘。戦う事が当たり前なんだから。

 

「色々と建前はあるけど、俺個人的な答えを言うなら、君が傷つかなくて済む。

兵器としての誇りもあるとは思うが、今にも吐き出しそうな君に俺は戦って来いと命じる事は出来ない」

 

目を合わせて、真剣に答えてくれた提督。

その答えはまさかの兵器である僕を気にかけての事だった。分からない、どうしてこの人は僕なんかを気にかけてくれるんだろう。

こんな欠陥だらけの僕をどうして……

自分にもよく分からない感情に支配されてる姿を見て、焦った様に言葉を続ける提督。

焦りで早口だし、手もわたわたと動いてる側から見て、格好良いとは言えない姿だったけど、まっすぐ僕の目を見て言ってくれる。

 

「だけど!俺じゃ、深海棲艦を倒せない。追い払う事は出来るかもしれない。

でも、それじゃ意味がない。だから、俺はこれから時間稼ぎに行く。戦える様になったら来てくれ。君はうちの唯一の戦力だからね」

 

こんなどうしようもない僕を、提督は戦力だと言ってくれるんだね。

妖精に先導されて出て行く提督を見送りながら、真剣に考える。前の提督とはきっと、本当に違う。

僕の事を見てくれて、考えてくれて。

 

「……うん。僕は僕の事が信じられない。だけどーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精が作ってくれた武器を小型の船に乗せる。

サイズは小さいが、この船は妖精が改造してくれたもので中々に速度が出せる。すでに点検は済ました。

船の動かした方は海軍学校で習った。問題なく動かせる。レバーやらなんやらを操作し、船を動かす。

深海棲艦がいる場所は、妖精式レーダーではっきりと分かる。最速で飛ばしながら、肉眼での索敵も忘れない。

 

「RPGは3本。他は、連中にとっては豆鉄砲以下の銃か。気を引きつけて、港町から遠ざけるぐらいなら可能か?」

 

駆逐艦タイプの深海棲艦は基本的に、知能が低いとされる。

見た目も怪物に近い事から推測するに、こちらで言う猟犬代わりの犬と言った感じだろうか。

んー、自分で表現しておいてあれが犬とは思えない……っと、すぐ思考が逸れる。

人型の深海棲艦と違って、こちらの意図を考えると言った行動はしないらしい。上司の言葉を信じるならだけど。

 

「まぁ、はぐれって事が証拠だよな。もしかしたら、俺並みの方向音痴なのかもしれないけど」

 

それなら友達になれるかも?とか考えて、アホな事を考えてるなと自分で突っ込む。

きっと恐怖を紛らわす為だろうけど、思考が落ち着かない!

 

『てきせっきん!かいてきようい!』

 

妖精レーダーが反応する。

それと同時に肉眼でも深海棲艦を見つける。あれは…イ級とか言われるやつか。

まずは、初撃を与えるのが大事だ。俺が敵になり得ると思わせる。RPGを構え、照準を合わせ放つ。

ボシュ〜!という音とともに、飛んでいきイ級へと直撃する。

 

『gya!?』

 

「いやぁ、無傷か。まぁ、当たり前か……ほら、こっちだイ級!!」

 

わざわざスレスレを通り、存在をアピールする。

すると、面白いように釣れる。すごい勢いで、俺を追ってくる。まじで、怖い。

舵を右に左に切りながら、飛んでくる砲撃を避ける。イ級の興味が失われないように、豆鉄砲程度の銃を適当に撃つ。

逃げながら精密に撃つ腕は俺にはありません。

そんな時、船が勢いよく揺れる。どうやら至近弾があったらしい。海水を勢いよくかぶりながら、運転する手は止めない。

止めたら俺は死ぬ。決死の覚悟で、船を動かしていると砲撃が飛んでこなくなる。

 

「くそっ、飽きたってか?もう少し付き合ってくれ!」

 

追いかけるのをやめて、止まってるイ級に二本目のRPGを撃つ。

今度は右目に着弾した。

 

『gyaaaaaa!!!!』

 

イ級が凄まじい悲鳴をあげる。

煙幕が晴れるとどうやら右目が壊れたらしい。流石、妖精印のRPG。火力が違う。

って、関心してる場合じゃねぇ!走って操縦席に戻り、再び逃げる。さっきより正確な砲撃が飛んでくる。正直、いつ被弾してもおかしくない。

だけど、今のところ目論見は成功している。あとはどう逃げるか、そう考えると同時に爆発音が聞こえ船が大きく揺れる。

 

「く、掠った程度だってのに左側が持ってかれた。浸水は……ギリギリしてないか」

 

浸水はしてないが、速度が下がる。

被弾して破損したせいで水圧を受け流し辛くなってしまった。不味い…このままだと直撃してしまう。

やっぱり無茶だったか?

 

「いいや…諦めない…俺は必ず生きて戻る!」

 

勢いよく舵を切り、破損した部分を水中から出すように傾ける。

浸水するが、一時的に先ほどより加速したお陰で直撃するはずだった砲撃が至近弾へと変わる。とは言え、そろそろ船が限界だ。

ずっとトップスピードを維持しているせいで、いくら妖精謹製の船でもエンジンの排熱が追いついていない。

 

『grrrr? 』

 

先ほどの攻撃が当たらなかったのが不思議なのかイ級が不思議そうな声を出している。

本当に頭の方が残念で良かった…今追い討ちされたらやばい。

だけど、時間稼ぎは成功したようだ。来てくれると信じていたぞ時雨。

 

「提督!」

 

勇気を振り絞って来てくれた。

時雨の砲撃がイ級に大打撃を与える。中破ぐらいには持っていけただろう。

ふぅ、と安心して一息吐いた瞬間に見えてしまった。煙幕の中から、俺より圧倒的な脅威とみた時雨に砲身を向けるイ級の姿が。

時雨はそれに気づいていない。というより、そんな余裕がない。

 

「時雨ぇ!避けるんだ!!」

 

「…え?」

 

俺の言葉で状況に気づいた時雨。

だけど、戦場に来るのですら手一杯な時雨は動けない。俺は急いで、船を時雨の正面まで動かし、最後のRPGを構える。

ボンッ!という音ともにイ級から砲弾が発射される。時雨へと向かうそのコースにギリギリ割り込み、砲弾に向けRPGを放つ。

凄まじい衝撃と共に、俺の身体は宙に浮き、海面へと勢いよく叩きつけられる。

 

「てい…!……提督!!」

 

良かった……時雨は無事のようだ…

安心して俺は意識を手放した。

 




船の事とか詳しくないので、おかしいところがありましたら、ご指摘をお願いします。
次回から改良していきますので。

うちでは人型になればなるほど知能が高い設定でいきます。

感想・批判お待ちしております。
次は早く登校できるといいな…


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どんな絶景より勝るもの

今回は早め(当社比)に投稿出来た。


「例の鎮守府の奴、どうやら意識不明らしいですね」

 

「ふん。私の意見を聞かぬからだ。あやつに邪魔されたが、今度こそ私の息がかかったものを送り込むぞ。

そして使えぬ兵器諸共、あの鎮守府を切り棄てる。あぁ、ついでに意識不明の無能も始末するとしよう」

 

手に持った最高級の日本酒を飲みながら上機嫌に語る男。

自分の思惑通りに事が進んだ現状に大変、満足しているようだ。

 

「しかし、よく考えましたね。研究の一環で極秘に捕らえていたはぐれを、逃し誘導するとは。

流石は将来は日本海軍を担うお方。すごい策でしたね」

 

男を持ち上げる部下風の男。

その言葉に気を良くし、さらに上機嫌に語りだす。

 

「ふっ、なにせ私はこういう手段は得意だからな。

同じような手段で、同年代を落としてきたし、都合よく穴が出来るように上官を不慮の事故に合わせた事もあったなぁ。

しかし、艦娘などという兵器の精神面を気にするとかアホな奴よ。どうせ、我々が命じればどんな考えでも従う便利道具だぞ。

……ん?そう言えば貴様、新顔か?見慣れ……な…」

 

ガシャン!

という音ともに、机の上にある書類道具や高級な日本酒が入った瓶が落下し割れる。

男は完全に眠っているようだ。

 

「…漸く寝たか。ふぅ、得意だけど寝かせてってのは趣味じゃないんだけどね僕は」

 

するりとウィッグを外す部下風の男。その下からは、明るい茶髪が顔を出す。

鼾をかいて眠る男をいつも浮かべている笑み、細められた目元から絶対零度の視線で見る朱染が部下風の男の正体だった。

 

「僕としたことが証拠を集めるのにここまで手間取るとはね。全く、腐ってもエリートか。

……朱染です。えぇ、憲兵を連れて来て下さい、証拠品とボイスレコーダーを置いておきますので。では」

 

携帯で連絡をした後、憲兵が来る前に汚職の証拠と先ほどの会話を録音したボイスレコーダーを分かりやすく置く。

別にこれから此処に来る憲兵は味方であるため、急ぐ必要はないが彼は急いでいた。

外に出ると彼の秘書艦である天龍が待っていた。

 

「…ん?もう終わったか提督?」

 

「終わったよ。戻ったら」

 

「そう言うと思って連絡済みだ。鎮守府に戻ったら、すぐ行け。

護衛にはこの足で、この天龍様が着いて行ってやるからよ」

 

ニッと笑う天龍。

一瞬だけ惚けた顔をした後、いつもの胡散臭い笑みを浮かべる朱染。

 

「やー、流石は天龍だ。ご褒美は何が良いかい?」

 

「おい、提督俺をチビ扱いしてないか?」

 

「してないよ〜。ほれほれ」

 

わしゃわしゃっと天龍の頭を撫でる朱染。

 

「やっぱりチビ扱いしてるだろーー!!」

 

ガァァっと吠える天龍。

騒ぐ天龍は彼が呟いた言葉を聞き取る事はなかった。

 

「ーーありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚えているのは波間を漂うのは、思いの外心地よいと言う事と

 

「ぐすっ……提督!!……提督!!!」

 

ボロボロと大粒の涙を流す時雨の顔だった。

 

窓から差し込む光がちょうど目に直撃しおり、その眩しさで目を覚ます。

んーと、この天井は執務室か。うん、多分そうだろう。

もうちょっと確証を得ようと思って、身体を動かす。

 

「ッッ!?」

 

いてぇ…!?

ベッドの上で静かに悶絶する。時雨を庇って、勢いよく海面に叩きつけられたのは覚えてる。

けど、それだけでこんなに痛いのか……やっぱり、人間って脆いなぁ。

 

「…そんな脆い人間の代わりに戦ってくれてるんだもんな時雨」

 

「…すぅ……すぅ…」

 

俺の小指をそっと掴みながら、自分の腕を枕にして眠ってる時雨に小さく話しかける。

いつにも増して近くで、休んでいる時雨の姿を見て俺は安心する。俺も生きて時雨も生きてるなら、役目を無事に果たせた様だ。

 

「あぁ…良かった…本当に」

 

「全く、何が良かっただ。自己犠牲も大概にすると良いよ、霧崎」

 

「朱染…」

 

いつの間にか壁に寄りかかっている朱染。

その目には僅かにクマが出来ている。何事もソツなくこなすこいつにしては珍しいな。

朱染がいることだし、時雨を起こさぬ様にゆっくりと身体を起こす。

 

「僕が仕事を終わらせて、此処に来ると彼女、ずっと泣きながら君の手当てをしていたんだぜ?

海水が乾いて、身体中に塩を付けて女の子の命である髪すらボサボサで。疲れてるだろうに、僕が来るまでの二日間。ずっと休まず君の面倒を見ていたんだ。風呂に入れるのすら、全力で抵抗したからね。天龍を連れて来て正解だったよ」

 

そこまで時雨に迷惑をかけていたのか……すまない時雨。

起きたらたくさん甘い物をあげよう。あぁ、でも今俺は動けないしな…どうしよう。

妖精を頼る?いや、こういう時は自業自得と言わんばかりに手伝ってくれなかったか。

 

「…霧崎。なんで、あんな無茶をした?

お前の事だ。時雨ちゃんに命令が出来なかったんだろ。それに、お前に懐いてる妖精は他の妖精より技術力がずば抜けて高い。

だから、自分で戦った。気持ちも分かるし、それが正しかったかもしれない。だが、敢えて言わせてもらうぞ」

 

飄々とした態度は何処かに消え、鋭い態度になる朱染。

今まで見たことのない姿に俺は思わず息を飲む。

朱染から視線を反らせないでいるうちに、俺に近づき指を丸めパチンとデコピンして来る。

 

「いたっ」

 

「馬鹿者が。お前はもう、ただの霧崎時雨じゃないんだ。その身に乗る重みを考えろ」

 

ふっと笑う朱染。

このイケメンめ、どんな表情でも華があるよ全く。ただの霧崎時雨じゃないか……

 

「んっ……ていとく?」

 

眠っていた時雨がその身を起こし、俺を見る。

寝起き特有の焦点が定まらないちょっと、ぼけっとした表情のあとポロポロと涙を流し出す。って、時雨!?

 

「うぉぉ、いきなり泣くなって!?無謀なことをしたのは認める。時雨に余計な心配をかけたよ。すまん」

 

驚きながらも、泣き出した時雨に謝罪をする。

そんな俺を見て、やれやれと肩を竦めてため息を吐き部屋を出て行く朱染。あれぇ、俺なにか間違えた?

うんうん?っと自問自答しているとポスッと軽い音が胸元からする。

 

「本当に…謝らなきゃいけないのは僕の方だよ……戦場がどんなものかなんて嫌になる程知ってたのに…」

 

身体を痛めてる俺への負担にならない様に、本当に触れるだけの体重を預けながら、謝罪する時雨。

本当に僅かにしか触れてないけど、震えている事とまだ涙を流している事は分かる。

俺が無茶をして大怪我をした。ただ、それだけの自業自得なのにどうして時雨は…

彼女が泣いている意味が分からず、動けない俺を他所に時雨は言葉を続ける。

 

「提督が生きてくれてるのが嬉しくて…あの一瞬、深海棲艦なんて見えてなかったんだ……

今度は間に合ったんだって…僕は提督の信頼に応えられたって……」

 

「……実際、時雨は良くやってくれたよ。あのタイミングで来てくれなかったら俺は」

 

「違うんだ……本来、指揮官である提督を最前線に出す事自体が間違ってるんだ…その上僕は守りきれなかった。

僕は艦娘なのに、僕の提督である貴方を守れなかったんだ」

 

時雨が力を込める。同時に、握られている俺の服の皺がより深く刻まれる。

そして、同時に理解した。朱染が言っていた俺の身に乗る重さ。それが、今ここでこんな無能のために泣いてくれている時雨だ。

もう俺は海軍学校時代の霧崎時雨じゃない。時雨という艦娘の提督である霧崎時雨なんだ。

馬鹿だな俺……笑顔にさせるなんて言っておきながら、泣かせちゃってるじゃないか。

 

「時雨」

 

「ふぇ…」

 

泣きじゃくる時雨の頭をゆっくりと優しく触れすぎない様に撫でる。

本能的な提督への恐怖が消えてる訳じゃない彼女に過度な接触は出来ない。

 

「俺を助けれてくれてありがとう。俺を守ってくれてありがとう。俺を再び此処に来させてくれてありがとう」

 

思えば俺は時雨に謝ってばっかりだった。

何よりも早く告げなければならない感謝を忘れていた。

 

「俺の手当てをしてくれてありがとう。こんな俺のために泣いてくれてありがとう。

俺は君に助けられてばっかりだ。こうしている今だって、俺一人じゃ気づけなかった事を気づかせてくれた。

だから、それ以上自分自身を責める必要はないよ。というか責めないでくれ」

 

「提督……僕は…ぼくはぁ…」

 

顔を上げて俺を見る時雨。

涙で彩られた瞳は、とても綺麗だけどずっと見ていたいものではない。だから、俺は指で時雨の涙を掬った。

 

「俺も自分を責める事は辞める。だから、今は互いの無事を喜ぼう。

俺と時雨の初めての戦いは、もう終わったんだ。だから、未来に向かって笑おう。きっとその方が有意義だ」

 

ニッと笑う俺。

自然に口角が動いてくれた。自然な笑みなんていつ振りだろうか。

 

「……笑顔、結構下手だね提督」

 

「え?まじで。うぉぉ、久しぶりに笑ったからなぁ…表情筋死んでたか?」

 

時雨の言葉に思わずダメージを受ける俺。

えぇ…結構頑張って決めてたと思うんだけど、台無しじゃないか。くそぅ、これがイケメン朱染との差か。

あらぬ方向へ恨みを向ける俺には気づかず時雨は続ける。

 

「でも、僕は……結構、好きだよ。その笑顔」

 

そう言って笑い返してくれる時雨。

あぁ…さっき、涙を綺麗だって言ったのを訂正しよう。この笑顔に比べたら劣る。

もし此処に俺たち以外の人がいれば、笑顔が下手な二人だって思うだろう。でも、目の前で時雨が見せてくれた笑みは、今まで見たいくつもの景色より輝いて、満開に咲く花より美しいと思えた。

 




おずおずと触れる距離感ですが、提督と時雨の距離は縮まりましたね。もっと、縮まれ。

感想・批判お待ちしています。


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時雨は優しく波打つ

後半部分に苦戦しました。
艦これの小説って難しいな思う今日この頃


「さてと、落ち着いたところで話をしようか。霧崎提督?」

 

「時雨を退室させたって事は真面目な話か」

 

朱染の連れてきた天龍に連れて行かれ、時雨は今外に出ている。

艦娘同士の触れ合いも必要だろうと朱染が提案したのだ。まぁ、確かに此処にいるの俺と妖精だけだもんな。

 

「君達の担当する海域は、ほとんど深海棲艦がいない場所なのは流石に覚えてると思うから、それを前提に話させて貰うよ。あの深海棲艦は、僕ら海軍が研究資料として捕えていたものなんだ。結末を先に言うのなら、君を潰すために海軍が計画したことだよ」

 

「俺が無能だからか?だから、時雨ごと消そうとしたって訳か?」

 

「いいや違う。海軍が腐敗しているのは、提督なら誰でも知っている。

だけど、その腐敗を外は知らないんだよ。此処の様な鎮守府の近くにいる住民は、確かに現実を知っている。だけど、今、英雄視されている提督ひいては海軍が腐ってると言って誰が信じると思うかい?」

 

朱染の言葉は今を的確に表現していた。

深海棲艦なんて、よく分からない人類の脅威に命を賭けて戦っているのが提督。それが世間一般の認識だ。

俺としては、提督はただ座って指示を出す。実際の戦いは艦娘に全投げって認識なんだけど。

それでも昔はそんなこと知らず、憧れていた。

 

「俺でも分かる。信じない」

 

「その通りだよ。深海棲艦なんて、人類共通の敵がいるから今全ての国々が表向きは、手を取り合って仲良くやっているけどね。

その裏側は酷いものさ。あの手この手で、艦娘という兵器の確保に躍起になってる。

だから他国に奪われるかもしれない、汚職の証拠になり得る此処を潰したいのさ上は」

 

はぁぁ…俺には理解しきれない壮大な話だ。

どうやって時雨と仲良くなろうと考えてる俺にとって、国規模の策略なんてまっったく、頭が足りない。

たった、一人の少女と仲良くなるのに死ぬほど全力な男だぞ。俺は。

 

「……うん。分かってたけど、全然把握しきれてないねその顔は」

 

「流石、朱染!よく俺のことを分かってる」

 

「これでも長い付き合いだからね。でも、これだけは分かっててくれ。

君とあの駆逐艦時雨は、僕らにとって希望であいつらにとっては絶望だ。またこういう事が起きるかもしれない」

 

「そん時はまた、死ぬ気で頑張るさ。今度は、時雨を泣かさない様にな」

 

「ここで即答する君が羨ましいよ」

 

苦笑する朱染。

別に俺は笑える様な事は言ってないと思うんだけど。

 

「そういえば、疑問だったんだけどさ。君はどうして、駆逐艦時雨をそんなに大切にしているんだい?

此処で初めて会ったんだろう?命すら賭けるなんて、結構な入れ込み様じゃないか」

 

ん?俺が時雨を大切に思っている理由?

考えたことも無かったな……此処に初めて配属されて挨拶して、ずっと暗い底が見えない闇を感じさせる顔をしてた時雨。

だから、満面の笑みで光り輝く笑顔が見たかった。ってとこだろうか。

別に明確に理由が定まってる訳じゃない。ただ、漠然と俺は時雨の笑みを見たいと思った。

 

「んー…改めて考えて言葉にすると難しいな…」

 

「理由なき善意かい?……それはまた、君なら出来てしまいそうだ。

打算でもなんでもない。ただの本当に付属するものがない善意。それを持てるのは、普通じゃないよ時雨」

 

「えっ?そうなのか」

 

誰かの笑顔が見たいなんて、当たり前の事じゃないのか。

 

「多分、君に言っても通じないから言わないけど。

まぁ、死ぬなよ。今の君はただの霧崎時雨じゃないんだから。じゃあ、僕は天龍を探してくるよ多分、そのまま帰ると思うからじゃあね」

 

「おう。またな」

 

手を振って出て行く朱染を見送ってもう一度横になる。

そういや、いつ振りだろうか。こうして、ベッドで横になっていられる時間は。士官学校時代は、寝る間も惜しんで勉学に取り組んでいたし、こっち来てからも時雨の為にあれこれと考えて結局、睡眠時間は少なかったっけ。

 

「そう考えたら……急に瞼が重たくなってきた……」

 

やらなきゃならない書類とかないし、久しぶりにゆっくり寝るとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、隣良いか?」

 

「…あ、はい。どうぞ」

 

霧崎と朱染が話をしている頃、キッチンにてココアを飲んでいる時雨の横に天龍が座る。

飲み物を用意するわけでもなく、少し乱暴に椅子に座る天龍。そんな天龍をチラチラと見ながらココアを飲み進める時雨。

提督と話しているとはいえ、基本的に一人だった時雨は急な来訪に対し、どう話しかけて良いか分からないのだ。

 

「なぁ、此処かなりボロボロだけど、良い所だな」

 

「え?」

 

「ん?だってよ、必要な部分は必ず手作り感溢れる補修がされてるし、普通此処までボロボロならゆっくりでも良いから、立て替えるぜ?

でもまるで、思い出を残すかの様に必要なところだけ直してる。お前、想われてるな」

 

ニヤッと笑う天龍。

此処に来る間に、彼女は朱染から時雨が置かれている環境に対し説明を受けていた。

ゆえに、どんなこの鎮守府が現在、どうなっているのか。もし、また時雨にとって悪い環境になっているのなら友人には悪いが叩き斬ってやるつもりだった。

 

「お、想われてるなんて……」

 

顔を少し赤くしながらココアに視線を落とす時雨。

 

「ははっ、その感じなんとなく心当たりはあるんだな」

 

「あの人は……僕がどんな態度を見せてもずっと笑ってくれるんだ。

とても優しい良い人だって、思う。でも、僕は……どうしても提督って存在に恐怖を無くせない…だから、僕の笑顔が見たいって言う提督の前で素直に笑えないんだ」

 

ぽつりと自分の感情を吐露する時雨。

本当は、提督の前でもっと笑顔になりたい。でも、根付いた恐怖心がそれを許してくれない。

そんな心情を隣に座る天龍へと伝える。

 

「…そうだな、難しいかもしれないけど提督を提督と思わない様にすれば良いんじゃないか?」

 

「そ、それは……その嫌です。提督は提督なんです。

無能って言われ続けても、僕の前に現れてくれた、そこまで努力をして漸くなれた職業なんだ。

彼がそこまで費やしたものを僕は…僕は否定したくない!」

 

時雨にしては珍しく感情を表に出して、天龍の提案を断る。

その勢いに天龍は数度瞬きをした後、優しげな笑みを浮かべる。

 

「ならお前も努力をしないとな。あの提督を提督って呼べる様に。

中々、居ないぜ?艦娘を庇う様な提督は」

 

わしゃわしゃと時雨の頭を撫でまわす天龍。

しばらくそうした後、立ち上がる。

 

「んじゃそろそろ朱染の奴を迎えに行ってくる。多分、話終わってるだろうし。

また、機会があったら話そうぜ。今度は、お前の提督を交えてな」

 

またなーっと言ってキッチンを出て行く天龍。

嵐の様な人だったと時雨は思いながら、少し冷えたココアを飲む。天龍に言われたことを考えながら、ココアを飲みきる。

流しにコップを片付け、鎮守府をあてもなく歩く。

 

「……」

 

気がつけば提督の休んでいる部屋の前に来ていた。

無意識に歩を進めていた様だ。躊躇いながらも、扉を開ける。すると、寝息をたてて眠る提督がいた。

トコトコと歩き、朱染が座っていた椅子に座る時雨。しばらく、提督の寝顔を眺める時間が過ぎて行く。

 

「…僕は何をしているんだろう?」

 

ふと我に返った時雨は自分の行動を振り返りながら呟く。

 

「んんっ……俺は……時雨を…」

 

「ひやっ!」

 

提督の寝言に思わず、飛び退く時雨。

恐る恐る見ると提督はまだ眠っている。ふぅと安心する様に息を吐きながら元の場所に戻る。

 

「夢の中でも僕に会ってるのかい」

 

返事はない。

それでも、時雨はきっとこの人の事だから夢の中でも自分を見ているのだろうと漠然に思えた。

 

「…聞こえないだろうけど、ありがとう。僕を信じてくれて、僕は貴方のお陰で自分が戦える事に気づけたよ。

いつか、いつかきっと必ず恩返しはするから」

 

さっき天龍にやられたのより、優しく震える手で提督の頭を撫でる時雨。

 

「…今はこれで満足してくれると嬉しいな」

 

穏やかな寝息を立てる提督とそれを優しく見守る時雨。

戦いの後の優しい時間はゆっくりと彼らを癒していった。

 




次回からまた、主人公と時雨のまったり日常に戻ります(予定)

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善行はやがて自分へ戻ってくる

お久しぶりです!!ネタが出てこず別の書いてたりしてたらこんなに遅くなりました……
良ければ読んでくれると嬉しいです。


「うーん…なに作ろう」

 

「……」(じー)

 

療養も終わって、ある程度は動けるようになったある日、俺は冷蔵庫を開け腕を組んでいた。

朱染が色々と物資を運んできてくれた。費用は、ここの前任が買っていた無駄に豪華な家具を全て売って得たお金だ。

色々と世話になってるし、一杯奢った方が良いんじゃないだろうか?あいつは、俺の苦労話をしてくれればそれで良いって言ってるけど。

って、考えが逸れた。そんな訳で、冷蔵庫には現在豊富な食材が入っている。

しかも、賞味期限が短いやつが手前にあるから一々、調べる手間がない。完璧か?

 

「何が良いかな……煮込みとかをするには時間がないしな…」

 

「……」(じー)

 

……うん。煮物はやめよう。

となると、簡単なものが良いか。無難に野菜炒めとかにしようかな。

 

「……」

 

「……」(じー)

 

………あ、そうだ。肉も入れよう。

 

「……」(じー)

 

お、落ち着かない!!

必死に気づいていないフリをしてたけど、背中に刺さる視線が気のせいじゃなければ痛い!

一体、俺に何を求めているんだ時雨……

 

「……」(じー)

 

ああもう!よしっ、声をかけよう。

ずっと俺を見てるし何か大切な用事かもしれない。時雨のことだから、俺が材料見てるのを見て、話しかけるタイミングを見失ってるだけだ。それなら俺から話しかけた方が良いだろう。

 

「あー…時雨?どうした」

 

「ひやっ!き、気づいてたんだ…」

 

「流石の俺もずっと見られてれば気づくぞ?それで、どうしたんだ。何か急用でもあったか?」

 

一応とはいえ、ちゃんと動けるようになったから大本営から仕事が回ってきたのかもしれない。

そう考えた俺は驚いて固まっている時雨に問いかけた。

暫く視線が彷徨いに彷徨った後、ゆっくりと俺に視線を合わせて口を開く。

 

「えっと、料理をするなら…僕もその……提督の手伝いをしようかなって……駄目、かな?」

 

恥ずかしそうにしながら、小首を傾げる時雨の可愛さよ。

しかもその内容が、俺の手伝いをしてくれるなんて。しかも、つい最近まで自発的に提案してくることなんて無かった時雨が。

料理か、せっかく時雨が手伝ってくれるって言うなら炒め物とかやめよう。

 

「…えっと」

 

おっと、無言で喜びを噛み締めていたら時雨に不審がられてしまった。

 

「大丈夫だ。手伝ってくれるか?ハンバーグを作ろうと思ってるんだ」

 

「出来れば作り方を教えてくれると嬉しいかな?」

 

「もちろん」

 

時雨の返事を聞いてから冷蔵庫から材料を取り出す。

玉ねぎを一つ取り出し、時雨に渡す。

 

「玉ねぎの剥き方は分かるか?」

 

時雨がこくんと頷く。それなら、話が早い。

 

「切るのは俺がやるから頼んだ。時雨が剥いてる間に他の準備をしておくから」

 

えーと、まずは料理酒とコショウを取り出して。

牛乳とパン粉も用意しておこう。入れすぎには注意だ、べちょべちょで成形できないハンバーグとか食べたくないからね。

 

「そうだ、時雨。ニンニクは大丈夫か?」

 

「…あ、うん。大丈夫だよ」

 

真剣な眼差しで皮を剥いている時雨。

そんなに真剣にならなくてもと思わず、微笑みながらペーストのニンニンを取り出す。

個人的にはニンニンが香るハンバーグが好きだが、今日は隠し味程度にしておくか。

気にも止めず女性にニンニクたっぷりのハンバーグを出したときに盛大に怒られたのを俺は忘れない……

 

「わっ…」

 

「どうし……本当にどうした!?」

 

時雨の声に振り向いたら、確かにたまねぎの皮はむいてあった。

問題はその全てがひっくり返ったボールとともに時雨が頭から被っており、包丁が台に突き刺さっていた。

いや、本当になにがあったのこれ…

 

「えっと……虫が…」

 

「虫……っておおう。流石は艦娘か」

 

台には包丁によってその身が台と縫い付けられてるにも関わらず、凄まじい生命力の元いまだ動こうとしている黒い方がいた。

いや、これを一瞬でする艦娘の反射神経と力よ。そしてまだ残党がいたのか。

 

「あー、時雨。風呂入って着替えておいで。外食にしよう」

 

「……うん。ごめんね、提督」

 

とぼとぼ背を向けて歩いていく時雨。

その寂しい背中に罪悪感が沸く。流石にこれの処理をやらせるわけにはいかないとは言え、せっかくの時雨の頼み事を断ってしまった。

おっと、そうだった。ずっとこんなことを考えている時間はなかった。

 

「さて、Gよ。今度こそ、お前らを駆逐してやる」

 

まずはお前だ、哀れなGよ。出てくるタイミングと場所を間違えたな。

ゴム手袋とビニール袋を用意し、Gを回収。念の為洗剤を泡立出せ、ビニール袋に入れておく。

これで万が一にもこいつが出てくることはない。

時雨がぶちまけたたまねぎも回収しておく。さて、あとはこの辺の電子機器全てを別のビニール袋とかで全て囲っておいてと。

あとは、対G最終兵器を起動させて指定時間入らなければ大丈夫だ。

 

「着替えて俺も準備しないとな……って外食行って俺、殺されないかな」

 

買い出しに行っただけでボロボロにされたのは良い…いや悪い思い出だな。

あー…全く私服ないな俺。そういや、提督服あるしと思って用意してなかった。

 

「流石にまた汚すわけにも…ん?」

 

そういや、朱染がなにか置いて行ってたよな。これか?

がざごそと段ボールを開け、漁る。中身は服だった。やったぜ、これで着替えが手に入った。

適当に黒のパンツに白のワイシャツ、その上から紺のカーディガンを着る。

 

「まぁこれでいいだろう。さて、時雨の方はどうだろうか」

 

流石に覚えた道順に従い、台所の入り口まで戻る。

まだ、いないか。良かった、時雨を待たさなくて済む。スマホでゲームをしながら待つこと、10分。

 

「…お待たせしました。提督」

 

完全に時雨にテンションが落ち切っている!!

さっきまでのわくわく感がどこにもない。

 

「ほら、折角の外食だぞ。もっと喜べって」

 

「…提督の手伝い出来なかった。それにまた提督がボロボロになったら…」

 

心配してる事は最もだし何も言えねぇ…

 

「…今度は自衛ぐらいはするから。心配すんな。

これでも軍人だそ」

 

「……軍人だから黙ってボロボロになった人の発言なんて信用できません」

 

「ぐふっ…だ、騙されたと思って行こう。な?お腹空いたろ」

 

タイミング良く時雨のお腹からクゥーという可愛らしい音が鳴る。

時雨はお腹を押さえ、目を逸らす。可愛らしい誤魔化しかただが流石に騙されないぞ。

 

「よし。行こうか時雨」

 

「…はい」

 

俺が歩き出すとトボトボと後ろを歩いてくる時雨。バイクで二人乗りになってしまうが仕方ないか。

スピードを出し過ぎない様に港町へと向かう。道中に会話はない。くそ、俺に話術があれば!

必死に話題を考えても俺の残念な頭に名案なんて思い浮かぶ事はなく、無言のまま港町に到着してしまった。

 

「…ん?お前さんは……あんな目にあってよく来れたな」

 

街で俺たちに真っ先に話しかけてきた老人。

確か八百屋の店主だ。呆れる様などこか申し訳無さそうに俺を見ている。

引け目を感じているのだろうか?あの時、何もしなかったのも深海棲艦と戦ったのも俺の役目なのだから気にする必要は無いと思うが。

 

「どうも。この辺りで食事が出来るお店って知りませんか?

時雨と一緒に食べに来たんですが」

 

「知っているが……お前さん、この街で食事をする気かね?

あの日、あれだけボロボロにされたのをもう忘れておるのか?嬢ちゃんも何故、止めなかった?」

 

店主の言葉に時雨は視線を俺と店主の間で彷徨わせる。

…大丈夫だ。お前は俺を気遣ってくれた。

 

「時雨に無理言って来たのは俺ですから。それと、あなた方は軍人である俺が守らなければならない人達です。

何をされてもそれは変わりませんし、不手際があり恨まれるのならそれも受け止めます。ですが、あの時はこちらを誤解していた模様。

仲良くなれる可能性があるのなら、俺は歩み寄っていきたいのですよ」

 

確かに嫌われていた。ボロボロにもされた。

だけど、そんなの無能な俺にはいつもの事だ。もう慣れた。今は人類で争ってる場合じゃないのだから仲良くなれる可能性を捨て去る訳にもいかない。

 

「………あの日、わしの商品を庇ってくれたお前さんはわしの知る提督とは確かに違うんだろう。

分かった。案内するから極力他の連中と目を合わすんじゃないぞ。面倒事は嫌だからな」

 

「ありがとうございます!」

 

「……ありがとう、ございます」

 

俺のお礼の後に時雨のお礼が続く。

それを聞いた店主は再び、眉を下げ申し訳無さそうな顔を浮かべる。

 

「…こっちだ」

 

俺たちに背を向け歩き出す。

老人の足取りに軍人と艦娘である俺と時雨が遅れを取るわけもなく問題なくその背に続く。

港町はあの時と同じく、活気はない。それらを眺めつつ店主との約束通り、人の近くを通る時は視線を下げる。

 

「…何故、こんなに寂れているんだ?」

 

建物が少ない訳じゃないのに人がいない。そんな疑問が無意識のうちに言葉として現れる。

 

「お前さんの前任のせいじゃ。深海共が現れてもろくに守る事もせず、施設が壊され続けた。

街の予算が尽きかけた頃に奴は、傷ついた艦娘達を連れこう言った「守ってやるから金を出せ」とな。

結果が今の惨状じゃよ。街のために使われる金は提督に奪われ、目の前でわしらを守るために沈んでいく艦娘を見る事になり、自分の大切なものを失っていった。……今ここに居るのは大切なものを失ってここに縛られた連中ぐらいじゃ」

 

「そう…だったのか…」

 

余りの事に言葉を失う。どう返せば正解なのかが分からない。

 

「着いたぞ」

 

店主の足が止まる。

目の前にはそれなりに立派な定食屋があった。

俺が無言でいると店主も無言で店内に入って行く。慌てて続く形で時雨と共に入店する。

 

「らっしゃい……って親父か。店はどうした?」

 

「飯休憩じゃ。ついでに客を連れてきてやったんだから感謝せい」

 

「ほー、誰を……あぁ?おい。親父、そいつは提督じゃねぇか」

 

俺を見た瞬間に憎悪に満ちた顔になる。

 

「そうじゃ。外食に来たらしいぞ」

 

「そうだじゃねぇよ!!親父、ついにボケたのか?

こいつら提督はお袋の仇じゃねぇかよ!!なぁ!!なんで、よりによって親父が提督を連れてくんだよ!!」

 

「勘違いするんじゃない。幸の仇は深海共じゃ、提督じゃない」

 

「こいつらが仕事してたら死ななかったかもしれないだろ!」

 

「戦争はそんな簡単なものじゃない。軍人が動いても全力を出しても被害はゼロにはならない。

恨むなら軍人ではなく、戦う要因になった存在だと何度言えば分かるこのバカ息子。良いから早く作らんか。わしらは客じゃぞ」

 

そう言って店主は席に座る。

俺はここに居て良いのだろうか?

 

「何しとる。はよう座らんか」

 

「あ、はい」

 

店主に促され、席に座る。

息子さんがすごい顔で睨んでくるが、やがてため息を吐き目の前にメニュー表を持ってくる。

 

「……何食うんだ?」

 

「わしはシャケの塩焼き定食」

 

「あ、えっと俺はこの麻婆飯で。時雨は?」

 

「……えっと、この日替わり定食で」

 

注文を受けた後は厨房に戻って行く。

音からして調理を開始した様だ。……完全に流れで食事を取る事になったけど、店主と息子さんは俺なんかの為に良いのだろうか。

 

「お前さんが気にする事は何にも無い。わしらがいつでも過去に縛られてるだけだ」

 

「ですが……」

 

「考えてる事が顔に出過ぎだ。もっと隠さんと世の中生きていけんぞ。

まぁ、筒抜けだからこそわしや嬢ちゃんの様な奴には警戒されんのだろうが」

 

どういう事だろう?というか、俺の顔は素人の人にもバレるほど分かりやすいのか。

そりゃ、軍で怒られるはずだわ。

 

「そこの嬢ちゃん、時雨っていう艦じゃろ?

今はめっきり弱りきっておるが、ここに配属になった直後はあの前任に一番食ってかかってたから覚えておる」

 

店主は慈愛で満ちた顔で時雨を見る。

時雨も目を逸らさずに店主を見る。

 

「…悪かったなぁ…なんの力にもなってやれなくて」

 

「……大丈夫です。……今ならよく分かりますから。あの提督の恐ろしさを」

 

「それでもじゃよ。なぁ、嬢ちゃん。今の提督は信に値するか?」

 

店主の言葉で心臓が煩くなる。

俺なりに時雨には接してきた。だけど、信用されるのかは分かってない。話をしてくれるけど、そういう話は俺から聞く訳にはいかなかった。

 

「……はい。僕の心に根付いた恐怖はまだ消えないけどいつか、いつか提督の前で笑える様になりたいです」

 

その言葉にひどく安心する。

あぁ、俺は嫌われていなかった。鬱陶しいと思われていなかった。時雨は時雨のやり方で俺に向き合おうとしてくれている。

こんな無能な俺とまっすぐ向かい合ってくれようとしている。それがたまらなく嬉しくて俺は。

 

「ぐすっ…」

 

「て、提督!?」

 

「かははっ、よほど嬉しかった様じゃの」

 

ボロボロと泣いていた。

涙腺の制御が全く効かなくなるぐらいには大泣きした。

 

「心配だった……時雨に嫌われてないか、俺は提督として上手くやっていれるのか……でも、時雨は提督って職が嫌いだから…

あぁー良かった!俺は時雨の提督をやれてたんだな!」

 

「うっ……確かに心配かける様な素振りをしてたと思うけど……そんなに悩んでたの提督?」

 

「当たり前だろーー!!初日に約束したじゃないか。俺はお前を笑える様にしてみせるって!」

 

この日、初めて俺は時雨の提督になれた。

正しく言うなら自覚できたなのかもしれないが、細かい事は置いておく。

 

「…ほらよ」

 

そんなタイミングで料理が届く。

どれも全て美味しそうだ。

 

「「いただきます」」

 

時雨と一緒に手を合わせ食べる。味?言うまでも無いだろう。

 

「「ご馳走様でした」」

 

黙々と食べ進め、手を合わせる。

お腹も満たされ、俺たちは満足する。お金を払おうと財布を取り出すと、店主が止めてくる。

首を傾げると店主が口を開く。

 

「あの日のお礼にわしが払っておくよ。来た時と同じように誰とも目を合わすなよ」

 

「何から何まで……ありがとうございます!」

 

「良い良い。また、深海共が来たら頼むな」

 

店主に頭を下げながら時雨と共に店を出る。

なんだかんだあったが、良い一日だった。帰り道、時雨と料理の味を話したり、次なんの料理をするか、好きな食べ物は何かと来た時とは打って変わって話に花を咲かせながら鎮守府に戻った。

 

 

 

 

 

 

「…その激辛麻婆飯。自分で食うんじゃよバカ息子」

 

「わーってるよ。はぁぁ、あんな話聞かされたらこんなの出せるか…かれぇ!!」

 




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どちらもお互いを

平和な夏のある日のこと。


「提督。こちらを」

 

 時雨から差し出された資料を受け取り目を通す。今日も今日とて楽しい(白目)書類仕事の時間だ。最近は、時雨の方がまじめで俺が起きて仕事を開始するより早く、執務室の目の前で立って待っている。別に入っていても良いのだが、そこは提督に払うべき礼儀として入らないらしい。

 

「ありがとう。にしても暑いな……」

 

「……クーラー壊れてるからね。しかも執務室、艦娘が戦いに行くのを見れるように大きい窓があるし」

 

 さしもの時雨も暑そうだ。

 記録的な猛暑日にクーラーも無しに太陽光が照らす室内仕事。暑くないわけがない。一応、急ピッチで妖精さんがクーラーを作ってくれている様だが、改築に次ぐ改築で必要な鋼材の確保に苦労しているらしい。流石の技術力も物が無ければダメらしい。

 

「なんで前任はこれを放置してたんだ?」

 

 書類に目を通しながら、とりあえずいつもの『早く戦果を出せ。じゃないと潰すぞ』って感じの書類達に定型文の謝罪とサインをする。脳死でやってると上司からの物資連絡にも同じ返事をしてしまうのでそれなりに頭を動かしながらやっていく。

 

「…………あの人は基本、ここに居なかったからね。豪華な家具も見栄でしかなかったよ。

 今日みたいに暑い時は決まって何処かに行って、陽が落ちてから帰ってきてた。まぁ、その時間が唯一僕達艦娘にとって、安息だったんだけどね」

 

 普段の数倍濁った目で返答する時雨。やっぱり、前任の事となると表情が死ぬな……

 自分が所属する組織の腐りっぷりを改めて認識しながらふと思い出す。備付きの冷蔵庫を開けると、ハーゲンタッツのアイスが一個入っていた。そう言えばいつだったかに買ってたなって思いながらスプーンと一緒に取り出す。

 

「時雨、おいで」

 

「何処に行きたいの?案内するよ」

 

「違うって。暑いだろ?この前、アイスを買っていたから食べると良い」

 

 机の上にアイスを置くと目をぱちくりさせながら、俺とアイスを交互に見てくる。ん?そんなに変な行動をしてるだろうか。

 

「自分で食べないの?」

 

 あ、そういう事か。

 上司である俺が暑いって呟いた後、アイスを取り出して食べなければ不審に思うわな。全く、時雨は仕方ないな。

 

「適当に買ったから好きな味じゃないんだ。だからあげるよ」

 

「……ほんとかな?」

 

 疑いの視線を強く向けられる。そんなに疑わなくても良いじゃないか。

 なんとなく視線を逸らしたら負けだと思うのでジッと時雨の目を見つめる。ここ最近は死んだ魚のような目をしていた彼女も何処となく活力を感じられるものになってきている気がする。あくまで俺の主観なので自信はない。しばらくお互いに無言で見つめ合っていると、時雨の頬が若干赤く染まり、視線を逸らす。

 

「……分かったよ。食べるからずっと僕を見つめないで……」

 

「よし。ほどよく溶けて食べやすい頃合だと思う」

 

 おずおずと時雨が受け取り、蓋を開け、小さく一口食べる。

 

「〜〜!」

 

 良かった美味しそうだ。

 アホ毛がピコピコと左右に揺れながら食べる時雨。めっっっちゃ可愛い。思わず撫でたくなる衝動を初日のガチ拒絶時雨を思い浮かべて耐える。うん、心にダメージが入ったけど気にしない気にしない。

 さてと、書類仕事を続けないとな。えーと、なになに『深海棲艦基地攻略作戦参加要請について』?うちには関係ないな。戦力不足のため、参戦しませんっと。で、次は『時雨解体』しねぇよ!!ほんと、隙あればこういうのを送ってくるな上層部は。

 思わず握っているペンに力が入る。ピキッと嫌な音を立てるが無視する。

 

「ふぅぅ……」

 

 落ち着け。一々、目くじらを立てても意味はない。艦娘が連中に対する絶対の戦力である事に変わりはないし、俺には理解したくもないが使えない兵器というのは保有しているだけ無駄だ。物言わぬ鉄なら兎も角、対話可能で目の前でアイスを食べている時雨をそういう目で見ることは出来ない。ほんと、軍人失格の無能だな。

 

「ん?」

 

 ふと視線を落とした先に『全鎮守府大規模補填』と書かれた書類があった。

 ざっと読んでいくと当初の予定より大規模かつ長期化し始めた深海棲艦との戦争により疲弊した提督・鎮守府に対して物資の補充が行われるらしい。まぁ、おそらく民衆に向けてのアピールだろうけどこれは利用するしかないな。これ、しれっと上司名義で来てるし。

 

「提督」

 

「……ん?どうしたしぐっ」

 

 口の中に甘い味が広がっていく。

 時雨が食べていたアイスだろう。目の前でかなりの至近距離に時雨の顔がある。舌でスプーンの上のアイスを取り、飲み込む。それが合図となり時雨はスプーンを俺の口から引き抜く。

 

「難しい顔してたから。甘いの食べたいかなって」

 

 今度は俺がさっきの時雨の様に瞬きする。  

 

「美味しい?」

 

「あ、あぁ。美味しいよありがとう、時雨」

 

 どうやら最後の一口を俺にくれた様で空になったアイスの器とスプーンを片付けてる時雨。

 

「良かったのか?最後の一口を俺にあげて」

 

 今更、返してと言われても無理だがなんとなくそう返す。

 そう返すと視線を僅かに上へ移動させてから俺を真っ直ぐに見る。

 

「良かった。眉間のシワ無くなったね」

 

 じゃあ、片付けてくるよ。そう言って時雨は部屋を出て行く。

 どうやら俺を想っての行動だったらしい。手を上げて眉間に触れる。あぁ、確かにシワがないな。

 

「ふっ、あはははっ」

 

 思わず笑みが溢れる。

 彼女に喜んで欲しくて、笑って欲しくてあげたアイスで俺が笑顔にされてしまった。やっぱり、時雨は良い子だ。背もたれに背中を預ける。ギシッという音が無音の部屋に響く。

 

「そうだ、俺が見返してやれば良いんだ。時雨はやれば出来るって」

 

 時雨が戦うと決めたならその手伝いを。それ以外の事をやると決めたならその手伝いを。

 上層部が時雨の解体をさせたいのなら、解体すると大きな損失があるって認めさせてやれば良い。そして、それをやるのは俺の仕事だ

 

「よしっ。やる気が出てきたぞ!」

 

「わっ……良かった。やっぱり提督はそうじゃないと」

 

 戻ってきた時雨が俺の喝に驚きながら定位置に座る。

 

「俺は頑張るよ時雨。お前が前を向いて胸を張って歩んでいける様に」

 

「……お願いだからまた深海棲艦の前に身体を曝け出すとかしないでね?」

 

「しないさ。今度はちゃんと時雨と共に立つとも」

 

「うん。それなら……いい、かな。僕もまだ一人じゃ怖いから」

 

「俺も同じだ。ついさっき、支えてる様で支えられてるって俺も気がついたからな。さっ、先ずは書類仕事だ。

 俺のサインが必要なのがあればどんどんちょうだい」

 

 夏の暑さになんか負けてられねぇな。

 俺も時雨も張り切り過ぎてこの後、妖精に怒られてしまった。

 




季節がズレてる?
許して!

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任せたよ

新年もよろしくお願いしますね


 今日も今日とて書類仕事……ではなく、久しぶりの掃除だ。というもの、今海軍全体で深海棲艦に対する大規模な反抗作戦を準備しているようでうるさい書類達が回ってきていない。それならすぐにやる事も無くなる。時雨には休みをあげて、自由にさせた。俺に着いてきたそうにしてたけど、それじゃ休みにならないからな。

 

「さてと、やるか」

 

 今回は軽い物置部屋になっている場所の片付けだ。何か高価なものがあればまた朱染経由で売れば臨時収入になるし、そうじゃなくてもいらない物は妖精にあげれば材料にしてくれるかもしれない。つまり、此処は宝の山なのだ。なお、物置部屋なのに俺の私物は一切ない模様。前任の罪状を明らかにするのに必要なものとかなかったんかな?

 

「ま、良いか。さてと、まずは近いところから」

 

 いきなり大きいものを動かすと雪崩の如く荷物が押し寄せてくるから小物から外に運んでいく。本は時雨の目に入っても大丈夫なものか確かめてから外に出す。万が一、こう大人な本が時雨の目に入ると宜しくないからね。そういや、艦娘って外見年齢=実際年齢で良いんだろうか?うーん、確かに外見相応の振る舞いを見せる子が多いらしいけど。

 

「過去もあるだろうけど……時雨は見た目より落ち着いてるよな」

 

 手近なものを片付けながら教本で読んだ時雨という艦娘の情報を思い出していく。白露型二番艦時雨、基本的に物静かで謙虚。しかし、ここぞという時には芯の強さを見せる。確かに港町で俺がボコボコにされてる時は、大声を出してくれたっけか。提督を憎んでるだろうに俺のために恐怖と戦って。思えばきっと、あれが本来の時雨なのだろう。恐怖に震えて、小さくなり今にも泣きそうな弱々しい姿は此処で形成されてしまった彼女なんだろうな。

 

「……うん?何だこれ。アルバムか?」

 

 それなりに分厚く、そして丁寧な表紙の冊子を見つける。手に取り開くと、そこには優しい光景が広がっていた。

 

「ははっ、そんな顔で笑えるんだな時雨」

 

 まだ綺麗なこの鎮守府を背景に提督と思われる初老の男性と共に『笑顔』で写る時雨。近くには、彼女の姉妹艦達も居てとても嬉しそうだ。俺が見ることが出来ない過去の時雨。それがこのアルバムには沢山居た。前任がいない頃はきっと、楽しくそして幸せに暮らしていたのだろう。今じゃ、雑草が生えまともに使うこともままならない中庭で、戦艦比叡が作ったと思われるカレーを引き攣った笑みで食べようとしている姿。当時の西村艦隊の面々と談笑している姿。空母雲龍と共に頬いっぱいにおにぎりを詰め込んでいる姿。

 

 他にも沢山の幸福に満ちた光景が広がっていた。彼女がこの鎮守府に拘る理由が分かった気がする。此処は沢山の余りにも沢山の思い出が詰まった場所。前任のせいで苦しい事も辛い事もあった場所だけど何もかも失った時雨に唯一遺された幸せな場所なんだ。

 

「ズッ……おかしいなぁ…涙腺が緩くなるには早いぞ…俺……」

 

 鼻をすすり涙を拭う。今の時雨を知っているからこの光景はとても綺麗だ。上を向き、アルバムを汚さない様にして鼻水と涙が治まるのを待つ。暫くすれば落ち着いてくる。アルバムを優しくそっと閉じて俺は手を合わせる。

 

「…約束する。必ず俺は時雨が君達の居た頃の様に笑顔で過ごせる鎮守府にしてみせるから」

 

 よしっ。そうと決まれば片付けは辞めだ。時雨と交流する時間にしよう。そうだ、簡単なおやつにおにぎりと沢庵を用意して持って行こう。雲龍と一緒に頬張っていたしきっと彼女も好きだろう。そんな事を考えて立ち上がり部屋を出る。

 

フワッ

 

 窓もない荷物置き場代わりの部屋からなんだかとても暖かい風を感じた。思わず振り向きたくなるけど、なんだかそれは望まれてない様な気がしたから片手をあげ肩を回しその場を離れた。

 

「よぉし!時雨、ちょっとお茶にしようぜ!!」

 

「うわっ……びっくりするじゃないか。あれ?提督、なんだか目が赤い気がするけど……」

 

「え!?あー、大丈夫。さっき、片付けしてたから埃が目に入ってな。でも、もう痛くないから平気だよ」

 

 残っていたご飯をレンジで温めながらお茶と沢庵を用意する。沢庵はどれくらいの大きさに切れば良いだろうか……まぁ、適当で良いか。

 

「本当かな……あれ?今日は随分と和風なんだね」

 

 準備している姿を見ていた時雨が声をかけてくる。普段はココアとかケーキが多いもんな。しかも、和菓子ですらないおにぎりと沢庵。いきなり変えすぎたか?

 

「ちょっと食べたくなってな。嫌だったか?時雨」

 

「ううん。僕も好きだから構わないよ」

 

 振り返った俺の顔を見ながら僅かに口角を上げて伝える時雨。あぁ……これだけでも効果はあったな。

 

「なら良かった。座って待っててくれ、すぐに持っていくよ」

 

 レンジからご飯を取り出し、塩をかける。シンプルだけど妙に美味い塩むすびにする。よくかき混ぜて、塩が一部分に固まらない様にして、引いておいたラップにご飯を乗せる。余り力を入れすぎず、さりとて弱すぎずといった力加減でおにぎりを握っていく。それを繰り返し4つのおにぎりが出来る。お茶を注ぎ、おにぎり、沢山をお盆に載せてリビングへ。

 

「綺麗だよね。僕もいつかこんな風景を撮ってみたいよ」

 

「お待たせって、妖精さんなんで時雨の頭の上に居るんだ?」

 

「疲れたんだって。艦娘の近くにいると回復が速いとかなんとか言って僕の頭の上に」

 

 時雨の頭の上で気持ちよさそうにしている妖精さんに呆れながら、机の上におにぎり達を並べる。

 

「わぁ…」

 

「食べて良いよ」

 

「いただきます……あむ……うん、美味しい」

 

「それは良かった」

 

 満足そうな時雨を見ながらお茶を飲む。ふと、机の上にある本が目を止まった。日本の絶景100……あぁ、色んな風景を収めた雑誌か。時雨は写真が好きなのだろうか?

 

「んっ……綺麗だよね。僕は海の景色はよく知ってるけどそれ以外は詳しくないんだ。だから、本で勉強してる。と言っても、また読む様になったのは最近だけどね」

 

「そうか。じゃあ、今度朱染の奴にカメラを頼んでおくよ。それで色んな物を撮ると良い、風景でもなんでも」

 

「無理はしなくて良いんだよ提督?仲が良いとはいえ、他所の提督に頼むのって……その大変でしょう?」

 

「大丈夫だよ。色んなの売ってそこそこお金はあるから」

 

 前任の忘れ物が高価な物で良かった。お陰で売れば結構な金額が手に入る。まぁ、鎮守府の再建に充てればなんて事なく一瞬で消えていくんだけどね。

 

「じゃ……じゃあお願いしようかな」

 

「任された。ところで、最初に何を撮るんだ?やっぱり、見晴らしが良いところからの景色か?」

 

 そう俺が質問すると顎に手を当てて一瞬、時雨は考えたあと少し顔を赤くしながら俺を見る。手が忙しなく動いているがどうかしたのだろうか。

 

「て、提督かな」

 

「俺?良いのか俺なんかで」

 

「なんかじゃないよ。提督だから撮りたいんだ」

 

 頬を緩め優しい顔で告げる時雨。そんな顔で言われたら逆らえないな……俺なんかいや、さっきなんかじゃないと否定されたか。俺で良いのなら撮らせてあげよう。納得がいくまで。

 

「分かった。その時はよろしくな時雨」

 

「格好良く撮ってあげるよ」

 

 どことなくドヤ顔で宣言する時雨の姿に笑みが溢れる。この後も楽しく会話を進める事に成功した。朱染に電話すれば妙にニヤニヤとした声でカメラの件を了承してくれた。すぐに届けるそうなので約束が果たされる日は近いだろう。

 なお、この日以降おにぎりと沢庵を用意する頻度が増え、流石にと時雨に呆れられるのだがそれはまた別のお話。

 




サブタイトルがどこの場面かは言わなくても大丈夫ですね。

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一人でも一隻でも、駄目なんだ

再び、提督の闇襲来


「提督何処かな?」

 

 提督の上司さんから送られてきた書類を持って僕は提督を探していた。普段なら、執務室に行けば居るんだけど今日は大きな作戦があるとかで僕が今いる戦力のない鎮守府は仕事がなく暇のはずだった。この書類が届くまでは。だから、何処かで暇潰しをしてると思うんだけど居ないなぁ。

 

「大工をしてる音は聞こえないから、何処かにいるとは思うんだけど……まさか、また迷子になってずっと入れ違いになってるとかないよね」

 

 方向音痴のあの提督ならあり得る可能性を考えながら、鎮守府内を歩く。こうして見れば、彼が自分の見ていないところで色々な事をしてくれていたと改めて理解できる。今、歩いてる床もかつては軋み歩く度に不快な音を立てていたが今ではそんな事もない。天井にしてもそうだ。所々、穴が空き雨漏れや直射日光などが合ったのにちゃんと塞がれている。いつの間にかルンバが廊下に設置されて、ゴミもほとんどない。多分、あの器用な妖精さんが作ってくれたんだろう。それとも、提督のお友達からのプレゼントだろうか。

 

「提督?……ココアを飲んでもないか。一番、此処が綺麗になった気がする」

 

 台所が併設されたリビング。前は全く使われず、見るも無惨な状態だったけど妖精さんによって改造され、此処を利用する提督が綺麗に使うから、今でも汚れがない。提督がいつも使う調理器具の横に置かれているちょっとだけ可愛らしい包丁は僕専用のものだ。提督と料理をする時に自分専用の道具があった方が便利だろ?って言われて用意して貰ったんだっけ。まさか、自分用の包丁が渡されるなんて思ってなかったなぁ……まぁ、そんな事言ったら此処にある僕用の食器とかにも言えるんだけどさ。

 

「……全部、いつの間にか用意されてるんだもん。狡いよ、提督」

 

 僕が此処に居ても良い証明の様に当たり前にある私物達。今着ている服だって、提督が知らない間に用意してくれた物だ。日常の小さな一つ一つに彼の優しさを感じる。きっと、僕に聞いて用意すれば拒絶されたりすると分かってたから知らないところで用意したのだろう。それがたまらなく嬉しい。

 

「っといけない。早く提督を探さないと」

 

 食器達を眺めている場合じゃなかった。思わず、浮かんできていた涙を拭いながら外を見ればそこに探している人物は居た。真っ白な提督服が汚れる事を考えていないのか芝生の上で仰向けになり、眩しかったのか帽子で顔を隠している。

 

「外で寝てたのか……それじゃ会えない筈だよね」

 

 確かに今日は良い天気だ。日向ぼっこをするにはちょうど良いだろう。起こしに行くために外を出て歩く。気温は暑いけど、少し強めの風が心地よく体の熱を奪ってくれる。うん、これは眠くなるかもね。乱れる髪を押さえながら、提督に近づき声をかけようとして気がつく。

 

「震えてる?」

 

 戦えなかった僕の様に震えている提督。心配になってしゃがめば、彼の口が小さく動いており何か言葉を発していると分かる。耳をゆっくりと近づけてその言葉を聞き取る。

 

「……すみません……無能で……ごめんなさい……」

 

「ッッ!?……提督。眩しかったらごめんね」

 

 そっと帽子を取れば、提督は泣いていた。それを見た僕は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何度言えば分かる!!この無能が!!」

 

 教官に罵倒と共に殴られる。この日の講義はなんだっただろうか……分からない。でも、俺がまた出来なかったのは確からしい。

 

「また怒られてるよあいつ」

 

「こんな初歩的な事すら出来ないんだから当たり前だよ」

 

「あんな無能が同期とは……俺たちまで馬鹿に見られるから最悪だ」

 

 ……あぁ、すまない。本当は、辞めた方が良いのだろう。でも、妖精を見る事が出来る人間は多くない。数少ない戦力を遊ばせておく理由は今の人類にないんだ。こんな、俺が同期ですまない。

 

「罰として貴様には、今日中にこの問題集を解け!!それまで、休息などは認めん!」

 

「……はい」

 

 分厚い問題集だ。死ぬ気でやれば今日中に終わるだろうか。講義は受けなくて良いと言われたから、食堂に行き問題集を開く。この時間なら誰もいないから集中出来るだろう。ただでさえ、こういう罰則で講義を受けれていないのだから早く解かないと。機械の様に問題に目を通し、解いていく。問題はそこまで難しくないこれならどうにか今日中に終わらせられそうだ。休憩を取らず痛くなる頭を無視しながら、問題集を解いていく。あの少しで解き終わるそんな時だった。

 

「おい無能。ちょっと付き合えよ」

 

「……今、忙しいので」

 

 バシャリと彼が持っていたコップから水をかけさせられる。問題集が濡れると怒られるんだけどな……そんな事を思っていたら首根っこを掴まれ、持ち上げられる。

 

「無視してんじゃねぇよ無能」

 

「ですから、忙しいと」

 

「うるせぇ!」

 

 あぁ、今日は本当ツイてない。周りからの視線を塞ぐ様に囲まれるのを眺めながら考える事を止める。何も考えなければ、何も感じなければ勝手に満足して去っていく。こいつらはそういう連中だ。

 

 鳩尾を殴られる。何も食べていないから胃酸を吐きそうになる。

 

 頬を勢いよく殴られる。歯が折れた。

 

 床に叩きつけられた。視界がチカチカとする。

 

 倒れたまま色んなところを蹴られた。痛い。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 俺が何をした?俺が何をした?オレガナニヲシタ?

 

考えるな

 

 痛い苦しい。出来ない事がそんなに悪いのか。やり方を聞いても誰も教えてくれない。調べても何も分からない。だから、自分で考える限りの事はした。でも、出来ない。俺が躓いたところで殆どの人は躓かない。僅かな同類も、俺よりは早くそこを抜けていく。何も出来ない分からない俺が悪いのか?でも、罰則で講義が飛んでいるのにどうやって理解しろと。

 

考えるな

 

「チッ、この無能が。とっとと死んでくれよ。俺たちの評価のためにもよ」

 

 知らない。勝手にしてくれよ、無能の俺なんかに構ってないで自己鍛錬でもしてろよ。そんなに評価ってやらが気になるならさ。結局、俺はボコボコにされどうにか終わらせた問題集もグチャグチャにされ提出しても、怒られた。暴行された事を言っても、無意味だった。今思えばこの教官と連中はグルだったんだろう。

 

「随分……腫れちゃったな」

 

 鏡を見ながら処置をしながらボロボロの自分を見る。今日も散々だった。どうすれば、良いんだろうか。そんな事を考えていたら、鏡の中の自分は随分の暗い顔をしていた。……笑う門には福来るって言うよな。

 

「ハハっ、ひでぇ顔」

 

 とても笑える気分じゃなかったから、指を使って口角を上げる。腫れた顔に全く見合わない表情になる。そんな自分を見ていたら、なんだかおかしくて笑ってしまった。

 

「ハハ……アッハハハ!」

 

 腫れた瞳からボロボロと溢れていく涙を止めようとも拭おうともせずただただ笑った。辛い現実から目を背けるために、暗い事を考えようとする自分の心を無視するために空っぽの笑みを身につけた。そうすれば無能と言われる自分を、ほんの少しだけ好きになれる気がしたから。

 

「教官、おはようございます!!」

 

 何かが壊れた俺は笑顔で挨拶をした。昨日、自分をボコボコにした皆んなにも、笑って挨拶をした。笑って笑って笑い続けていればいつかきっと、幸福が訪れると信じて。そんな、叶うことのない夢を俺は──

 

「提督」

 

 誰かが俺を呼んでいる。

 

「提督は無能なんかじゃないよ」

 

 誰だ?誰が俺を認めてくれている?

 

「ボロボロの鎮守府をたった一人で綺麗に出来る人を僕は、提督以外に知らない」

 

 その声は渇きひび割れた心に染み渡る声をしていた。

 

「戦力にもならない艦娘を解体せず、面倒を見ようとする人を僕は、提督以外に知らない」

 

 ゆっくりとゆっくりと俺の内側に入ってくる。

 

「兵器でしかない艦娘と、並んで料理してくれる人を僕は、提督以外に知らない。雨が大好きで雨の日に一緒に遊ぼうなんて言ってくる人を僕は提督以外に知らない。無能って言われてるのに、一人で色んな事が出来て深海棲艦相手に、自分が操縦する船で戦おうとする人を僕は、僕は、君以外に知らない」

 

 夢から覚める。目を開ければ乗せていたはずの帽子はなく、代わりにとても綺麗な青い瞳があった。時雨だ、俺が配属された鎮守府唯一の艦娘で傷ついた心を持っている時雨だ。彼女の瞳が見える状態と寝た時にはなかった後頭部の柔らかい感覚から膝枕されている事を理解する。うぇ??なんで、膝枕!?

 

「し、時雨?なんで、俺は膝枕されてるんでしょう……?」

 

 というか時雨は俺にこんなにガッツリ触れて大丈夫なんだろうか?触れてる非常に柔らかい太腿は震えていないから恐怖心はないんだろうけど。

 

「……提督が泣いてたから。泣きながら無能でごめんなさいって言ってたから」

 

 泣いてた?俺が??昼寝して……あぁ……いつもの悪夢でも見たか。

 

「心配してくれてありがとうな。でも、大丈夫だから。いつもの事だよ」

 

 そう言って起きあがろうとしたら左手でやんわり止められ、時雨の右手で頭を撫でられる。どういう状況!?!?え、え、何が起きてるのこれ?誰かーー説明してくれーーー!!

 

「提督はそうやっていつも我慢してきたんだね……でも、我慢のし過ぎは毒だよ。僕もそれはよく分かるからさ。

 ずっと提督に貰って甘えてばかりだったからさ。今ぐらいは僕に甘えても良いよ。提督が頑張ってくれたのは、僕がよく知ってるから」

 

「しぐ…れ……あれ?……おかしいな……涙が……」

 

 優しく俺を見つめながら頭を撫でてくる時雨に、俺は情けなく泣いてしまった。側から見ればなんて犯罪臭のする絵面だろうか。艦娘の膝枕でボロボロと泣く提督の図。明らかにヤバい。だけど、一度決壊してしまえば脆いもので涙は絶えることなく流れる。自分を見てくれている。ただ、それだけの事でこんなにも泣いてしまうなんて思わなかった。

 

「僕は提督から見たら、まだ色々と欠けてるだろうけど。一人で全部背負わなくて良いんだよ。辛い時は頼って欲しい。苦しい時はそう言って欲しい。全部、全部背負ってボロボロになる提督は見たくない。僕はそれぐらいには君に絆されてしまったんだよ」

 

「……ありがとう。時雨、もう少しだけこのままでも良いかな?」

 

「勿論だよ」

 

 そう言って時雨は俺の頭を撫で続けてくれた。

 




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月は優しく暖める

続くよ提督回。


「よっと!……ふぅ、やっぱり良い月だ」

 

 修理の時に一回、登ったけどやっぱり屋根の上に登るのは結構大変だ。まぁ、地道に修理をし続けた結果、以前よりは足場を選ぶ必要がないし、梯子もかけられるから楽になってるんだけど。

 座っても大丈夫そうな場所を選び座る。近くにポットに入れてきたココアと、クッキーを置き夜空を見上げる。白く大きな満月がとても綺麗だ。この辺りは、深海棲艦による被害で人が少なく人工的な灯りが目立たないからこそ、こんなにも月が綺麗に輝いているのだろう。眠れないから来てみたが、大正解だ。

 

「月見なんていつ振りかな……小学校以来か?」

 

 中秋の名月なんて言う物もあるが、今はそんな季節じゃない。だが、月はいつ見ても良い物だ。なんて、我ながら隠居した老人みたいだな。まだ、現役バリバリじゃい。

 

「……多分、あれが原因だろうなぁ」

 

 ココアを飲みながら最近の時雨を思い浮かべる。どうにも最近、時雨はちょっとした事で褒めてくる。きっと、前になんとも情けない姿を見せてしまったからだろう。出会った時よりだいぶ、心を開いてくれてる様な気がする時雨。今、見せている優しさはきっと生来のものなのだろう。とはいえ、余りにも簡単な事で褒めてくるものだから恥ずかしい。

 

「提督って字が綺麗だね。いつも読みやすいなって思ってたんだ」

 

 執務室でいつもの書類仕事で俺がサインした書類や要望をまとめた書類を渡した時にまだ慣れない笑みを見せながら言った言葉。訓練時代からずっと書かされていた事が活きてくるなんて思いもしなかった。

 

「提督!僕も手伝って良いかな?提督の作る料理って美味しいから、僕も同じくらいになりたくて……駄目、かな?」

 

 キッチンで料理をしていたら何処からともなく時雨が現れて近くまで駆け寄ってきながら言ってくれたかと思うと、何処か申し訳無さそうに視線を下げながら小首を傾げ、要望を伝えてきた。本当に俺なんかの料理を気に入ってくれている様で嬉しく思える。

 

「提督?また、寝てないね。駄目だよ、しっかり休まないと。君が頑張ってるのは僕がよく知ってるから。さ、もう寝よう?」

 

 睡眠時間を削る癖がある俺を心配して、部屋までやってきた時雨。彼女も休んで欲しいから先に寝たのを妖精から教えて貰っていた筈なんだけどな。手早く俺が広げていた書類を自分の背中に隠して、俺をベッドに押し込む。翌日、完成した書類を見せられた時は驚いたっけな。

 

「時雨、君は強いな」

 

 月を見上げそんな独り言を呟く。俺には想像も出来ない出来事も、痛みも悲しみも味わってきた筈の彼女が今では俺を気遣ってくれている。初めは、拒絶されてなんとか話をする様になって、深海棲艦との戦いに怯える彼女の代わりに戦って死にかけて……泣かせてしまった。思えば、俺は酷く一方的に時雨を笑顔にしたいと思っていた。そうする事で、無能な俺でも価値があると思い込みたくて。

 

「はっ……恐怖に立ち向かう時雨を俺はただ、自分の殻に引き篭もって見ていただけだな。とんだ偽善者だ」

 

 時雨はもう一人でやっていける。あぁ、そうだ、彼女の幸せを思うなら無能な俺なんて早く交代した方が……

 

 パァン!!

 

 勢いよく自分の頬を叩く。なに、アホな事考えてるんだ俺は。ここまできて、全部手放すってか?一人ぼっちになるのを嫌がる時雨をまた一人ぼっちにする気か?そんな酷いこと出来るわけがないだろ。時雨が俺に辞めてくれって頼んだか?いいや、そんな事は言ってない。寧ろ、俺を気遣ってくれてるじゃないか。自分で自分を信じられないのは構わない。だが、時雨が信じてる俺を信じなくてどうする。

 

「あー、たくっ。いてぇ……」

 

 これ、絶対赤くなってるわ。ヒリヒリと痛む頬を撫でながらアホな考えを甘いココアと共に流し、クッキーを食べる。うん、苺ジャムが美味い。

 

「さてと……そろそろ行くか。ココアが冷えてるわ」

 

 残ったココアを一気に飲み干し、片付ける。ついでに身体を動かし、凝りを解す。コップやクッキーが残ってるお皿を持ちながら梯子を降りる。

 

「うわっ」

 

「ん?時雨か、どうした月見でもしに来たか?」

 

 梯子を降りた先に時雨がいた。降りてきた俺に驚いている様で手をワタワタとさせている。なんだか可愛らしい動きだな。カメラがあれば写真に収めたい光景だ。

 

「え!?あー…うん。良い月だからね、僕も見ようかなって」

 

「そうか。あ、これあげる。クッキー、余ってな」

 

「提督の手作り?」

 

「おう。そこの苺ジャムを付けて食べてくれ。飲み物とかいるか?持っていくぞ」

 

「あ、じゃあお願いできるかな」

 

「あいよ」

 

 時雨に背を向けながら立ち去る。まさか時雨も月見に来るとは。面白い偶然もあるものだな。あ、なに飲むか聞いてなかったな……うーん、ホットミルクで良いか。ついでに、ジャムが足りなかったら悪いから持っていくか。

 

「道案内頼む」

 

「……ここまで、これたのに、戻れないの?」

 

「方向音痴舐めんな」

 

「そこ、いばるところじゃないとおもうよ」

 

 妖精に呆れられながら道案内され戻る。梯子を登って行けば、俺がいた場所とそんなに遜色ない場所に時雨が座っていた。クッキーを思っていたより食べており既にジャムが終わりそうだ。追加を持ってきておいて、良かったな。

 

「お待たせ。飲み物と、ジャムの追加な」

 

「ありがとう。提督のクッキー美味しくて勢いよく食べちゃった」

 

 食べすぎた事が恥ずかしいのか、薄らと頬を赤くしながら言う時雨。喜んで食べてくれてたのなら何よりだ。ホットミルクを時雨の近くに置いて、ジャムの追加をする。なんとなく帰り辛いが、俺がここに居ても特にする事はないし飲み物も用意していない。余計な気を時雨に使わせるのも悪い。

 

「んじゃ、俺はもう寝るよ。おやすみ、時雨」

 

「うん。おやすみ、提督」

 

 小さく手を振ってくれる時雨に手を振りかえしながら梯子を降りていく。その途中で、小さくでもしっかりと聴こえる優しい呟きが聞こえてきた。

 

「僕は強くないよ。君が来てくれたから、一緒に居てくれるからこうして居られるんだよ」

 

 ……あぁもう、ほんと月が綺麗だな。今日は

 




月って、太陽の光に照らされて光っているだけなんですが、不思議と魅入ってしまう時ってありますよね。今回はそんな感じに出来てたら良いなっと思ってます。

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新しく想い出を残す

お久しぶりです。って、毎回言ってる気がするなぁ。
漸く新しい話が書けたので更新です。思ってるよりこの二人の距離感って近づいてるよね?作者だけが思ってるのかしら。


 今日も今日とて、平和な霧崎が所属する鎮守府。執務室では、提督と艦娘である時雨が仲良く机を並べて書類仕事を行なっていた。碌に戦闘もしない鎮守府に書類仕事が必要なのかという点に関しては、現状まともに戦闘行動が行える設備状態ではないからこそ必要だと答えを提示しておく。色んな設備を自力で修理したり、購入したりして立て直しつつある鎮守府だが、それでも提督一人と艦娘一隻が暮らしていくのに精一杯なのだ。

 

ピロン♪

 

「ん?」

 

 ペンの音しか聞こえてなかった部屋に携帯の通知音が響く。霧崎が携帯を手に取り確認すれば、友人である朱染からであり内容は、以前頼んでおいた時雨専用のカメラがそっちに届くからというものだった。前もっての連絡がなかった辺り忙しいんだろうと霧崎は思いながら感謝のメールを送る。

 

「(んー……どうせなら届くまでサプライズで時雨には秘密しておくか。そっちの方が喜びそうだし)」

 

「提督?随分と楽しそうな顔をしてるけど、そんなに良い連絡だったのかい?」

 

 提督の微妙な表情変化を見破る辺り、時雨の観察眼の良さが分かる。もしかしたら、ずっと彼を見ているからなのかもしれないが、それは考えるだけ野暮というものだ。

 

「うぇ!?い、いや、朱染からいつも通りの連絡が来ただけだ。前に頼んだのが思ってたより高く売れたらしい」

 

 咄嗟に嘘を吐く霧崎だが、明らかに慌ててからの返答。嘘をついていますと白状する様なものだ。案の定、時雨はジトっとした視線を霧崎に向ける。冷や汗を流しながらニッコリ笑顔を返し続ける霧崎とそれを無言で見つめる時雨という表現の難しい時間が暫く流れた後に、時雨のジト目が解除され仕方ないなぁと言わんばかりにフワッと目元が緩む。

 

「そういう事にしておいてあげるよ提督。ほら、早く仕事を片付けよう」

 

 そう言って仕事を再開する時雨を見て、ほっと息を吐く霧崎。そういう事するから、バレるんだよーっと時雨は内心で思いながらも、手を止めず書類を処理していく。霧崎も業務に戻り一時間ほど経過すると、インターホンが誰かが来た事を告げる。本来なら、憲兵がいるのだが生憎こんな寂れた鎮守府に憲兵はいない。ゆえに、霧崎が自らの足で向かう事になるが、類まれなる方向音痴であるこの男は、一人では玄関にすら辿り着けない為時雨が付き添う。

 

「どうも!宅急便です。判子かサインをお願いします!」

 

「サインで」

 

 黒猫マークが特徴的な元気な配達員から差し出された紙に霧崎はサインをして荷物を受け取る。送り主には朱染の名前が書かれており、霧崎は中身を理解した。本当にギリギリの連絡だなと思いつつ、横で首を傾げている時雨に箱を渡す。

 

「ほい。開けてみな」

 

「え?僕宛てじゃないけど良いのかい?」

 

「もちろん。きっと喜ぶと思うよ」

 

 ウキウキが隠せていない霧崎に疑問を覚えながら、時雨は丁寧に段ボールを開けていく。中身を守る為に大切に梱包された奥にソレは、確かな存在感と共にあった。黒一色に統一された美しいフォルムに、被写体をしっかり収める為の突出した一眼レフ。そう、時雨が望んでいた様々な景色を撮る為のカメラ、それも品質が約束された一眼レフのカメラだ。

 

「わぁ……!」

 

 突然のサプライズに時雨は驚きながらも、一眼レフカメラに心を躍らせる。本でしか見たことのなかった実物が目の前にあり、少し手を伸ばせば憧れたものに手が届くのだ。心が躍らない訳がない。ゆっくりとカメラに手を伸ばし、持ち上げる彼女はワクワクが溢れ出ておりそんな様子の時雨を見て、霧崎は満足そうに頷く。そして、同時に梱包されていた取扱説明書を一心に読み取扱方法を頭に入れる時雨。それだけの行動すら楽しそうな彼女を、これまた楽しそうに見つめる霧崎。やがて、読み終えたのかテキパキと一眼レフカメラを操作しカメラを霧崎に向けたところで、ハッと我に変える時雨。ゆっくりゆっくりとその頬が赤くなっていく。

 

「ん、どうした時雨?早速、何か撮りに行くか?」

 

 そんな時雨に全く気がつかない男。完全にはしゃいでいたところを見られただけではなく、それを心底楽しそうに優しい顔で見られていた事実に時雨の心臓は煩く鼓動するが、ずっと黙っていては提督を心配させると無理やり落ち着かせ口を開く。

 

「う、うん。約束通り、提督を最初に撮ってあげる」

 

「覚えてくれてたのか。じゃあ、ちょっと身だしなみとか整えてくる」

 

 そう言って霧崎は近くの洗面所に入り、髪や服装を整える。その時間を利用して、時雨も自分を落ち着かせた。そして、失敗しない様に頭に入れた取り扱い方を反芻させながら霧崎を待つ。暫くして、霧崎が戻り何処で撮るかという話になり、二人が初めて顔を合わせた鎮守府入口にしようとなった。霧崎が着任した時より、観れるものにはなったがまだボロいという印象が抜けない場所で本当に良いのかと霧崎は思ったが、目の前の時雨が楽しそうに準備しているのを見て、野暮なことだなと呟いた。

 

「えーと……ここをこうして……ちゃんとピントを提督に合わせて……よしっこんな感じかな」

 

「……楽しそうでなによりだ」

 

「よーし。それじゃあ、撮るよ提督!」

 

 手を振りながら時雨が霧崎を呼ぶ。しっかりと彼女が手に持つカメラを見つめながら、薄く笑顔を浮かべる霧崎だったが、時雨には不評なのかうーん?っと首を傾けられる。

 

「提督もっと、自然に笑える?」

 

「難しい事を言ってくれるな……」

 

「ほら、何か楽しい事を思い浮かべるとか」

 

「楽しいことか……」

 

 うーんと、考えながら霧崎の脳裏に一つの光景が思い浮かぶ。それは、楽しそうにカメラを持って色んな景色を誰に縛りれる訳でもなく、はしゃぎながら撮る時雨の姿だった。あぁ、彼女がこんな風に写真を撮れる光景を自分が見れれば良いなと思うと、自然に頬が緩み時雨が望む笑顔となった。

 

「あっ!良いね、撮るよー」

 

 その瞬間を逃すことなく、シャッターを切る時雨。確認をすれば、そこには少しだけブレてしまったけど優しく微笑む霧崎の姿があった。少しブレてしまったのは残念だけど、あまり見れない霧崎の表情が写真として残せた事が時雨にとっては堪らなく嬉しい。

 

「お?よく撮れてるじゃないか」

 

「うわぁぁ!?いつの間に近くに来てたの!?」

 

 覗き込む様に写真を確認して感想を言う霧崎。時雨の手元にあるカメラを見ているのだから、当然顔は近く時雨はあまりの近さに驚く。その拍子に手から勢いよく飛び上がったカメラを霧崎はしっかりキャッチして時雨に返す。

 

「危ねぇ……ごめんごめん。気安く近づき過ぎたな」

 

 あらぬ勘違いをしながらススっと距離を取ろうとする霧崎を時雨は空いている片手で服の裾を掴み、阻止する。

 

「えと……その……今度は、一緒に……撮っても……良い、かな?」

 

「お、おう。分かった」

 

 二枚目として撮られた写真は二人とも、顔が真っ赤で固まっていたのは仕方のない事だろう。

 

「へへっ」

 

 後日、二人で撮った写真を自室で、眺める時雨はとても満足そうだった。

 




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迫る不穏な影

へへっ……リハビリと次の展開へと演出兼ねて投稿です。


 なんだかんだと綺麗になった鎮守府を腕組みながら眺める。

 此処に来た当初は、見窄らしい事この上なくその辺の物置の方がまだ綺麗じゃないかな?とか思えるほど、ボロボロだったこの場所も地道な改修と妖精さんの超技術で新築同様に生まれ変わったと思う。

 

「贔屓目とかじゃないよな?……自信ないな、自分で一から何かをやり遂げるなんて初めての経験だし」

 

 周囲の人間の五倍は動いて、漸く一人分という無能っぷりだから、イマイチ自信持てないんだよなぁ……

 

『ボロボロの鎮守府をたった一人で綺麗に出来る人を僕は、提督以外に知らない』

 

 ……そうだな、俺は俺の事を信じる事はまだ出来ないけど、君がそう言ってくれたんだから今、俺の目の前に広がる鎮守府の光景はきっと、贔屓目無しに綺麗なんだろうな。

 

「うしっ!じゃあ、今日もお仕事頑張りますか!えーと……書類仕事は終わってるし、鎮守府周辺の草毟りも先日やったし……深海棲艦は相変わらず一隻も来ない平和な海岸線が広がって……あれ?もしかしてやる事ないな?」

 

 普通のって言うとアレだが、思いっきり寂れている此処とは違う鎮守府なら艦娘の訓練とかもするんだろうけど、前に来た奴以外見る影もないこの鎮守府で、時雨だけを動かしたところで彼女が自由自在に動いているのを俺が、ただ眺めるだけになる……それはそれでアリでは?

 燃料系の資材は使い道がなくて支給分だけでもかなり貯まってるし、時雨が良ければ妖精さん作成の小型船に乗って、時雨と一緒にクルージングなんかしても良いかもしれないな。

 

「よし、そうするか」

 

「何をするんだい?」

 

「うおっ!?いつの間に!?」

 

 いつの間に俺の背後に現れていたんだ?

 というか、仮にも軍人なのに容易く後ろ取られすぎじゃないか俺、そういうところだぞ。

 

「えーと、提督が満足そうに鎮守府を眺め始めた時からかな?」

 

「最初からじゃねぇか……声をかけてくれよ時雨……」

 

「なんか考え事してたしそっとしとこうかなーって……それに、真剣な顔を見れるチャンスだったし」

 

 時雨の言う通り、考え事をしてる人間って話しかけづらいよなぁ。

 後半に何を言ったかは、小声すぎて聞き取れなかったけど多分まぁ、何処となくふやけた顔をしてるし悪い事じゃないのだろうと予測出来るから、気にしないでおこう。

 

「っと、そうだった。時雨、お前も今日、暇だよな?」

 

「え、うん。提督が暇なら僕も暇だよ」

 

「聞くまでもなかったか。よし、海に行くぞ!近海パトロールと銘打って、羽を伸ばそう。あ、一応、武装はしておいてくれ、俺も小型船で後を追いかけるから二人で、太陽の下クルージングしよう」

 

 って、あれ?なんか目を丸くしてないか時雨。

 何かそんなにおかしな提案したか?……んー、艦娘も仕事以外で海に出た方が気分転換になって良いかなと思ったんだが……あっ。

 

「もしかして嫌だったか?」

 

 時雨にとって海とは戦いとそれに伴う嫌な記憶が結びついている事を思い出した俺は、しゃがんで彼女と視線を合わせる。

 またしても俺は安直な考えをしてしまった……そうだよな、時雨にとっては可能な限り行きたくない嫌な場所かもしれない事を失念していた……

 

「そんなに悲しい顔しないで提督?まさか、海に行こうと言われるなんて微塵も考えていなかったから、呆気に取られちゃっただけだよ。きっと、提督が考えてる様な暗い事を僕は、考えてないから……ね?」

 

「……俺に気を遣わなくても良いんだぞ?」

 

「大丈夫だって。そりゃ僕一人だったら怖い気持ちもあるけど……提督が一緒に来てくれるなら怖くないから」

 

 そう言って小さく微笑んでくれた時雨にこれ以上言うのは、野暮ってものだと思った俺は大きくうなづいて、時雨と一緒に妖精さんを探し出し、小型船を造ってくれる様に頼み、了承を貰った。

 少しだけ時間がかかると妖精さんが言っていたので、予想時間を聞くとちょうどお昼ぐらいになりそうとの事だったので、時雨と一緒にキッチンに並び、二人でサンドウィッチを作って、気分はもう完全に遠足気分となる。

 

「方位角45度、ヨーソロー!」

 

「ヨーソロー!」

 

 準備が完了した俺達は、それはもう見事にはしゃぎながら海へと出発した。

 念のため、常にレーダーは起動しており、それを妖精さんが常に見張ってくれると言う安心設計だ……本当に妖精さんに足向けて寝れないな俺達……

 視界一杯に広がる青い海を、時雨は慣れた様子で進んでいるがチラチラと後ろを振り向く姿は、はっきり言ってとても可愛いと思うのは、提督だからだろうか?

 

「風が気持ち良いな、時雨!」

 

「そうだね!ちょっとだけ怖かったけど、やっぱり提督と一緒なら僕も楽しめる!」

 

 鎮守府、近海からは離れてない様に適宜、舵を取りグルグルと俺達は鎮守府の周りをクルージングしていく。

 ある程度したところで、一度時雨に船へと乗り込んで貰い、二人で一緒に作ったサンドウィッチを食べる。

 

「うん、美味いな」

 

「レタスの食感が良いね」

 

「爺さんのとこから買ったものだからな。品質は保証されてるよ」

 

 なんだかんだと買い物に通った事で、すっかり仲良くなった八百屋の爺さんと食堂の息子さんの二人には偶に品質の良い食材や、余った料理をご馳走して貰っている。

 財布が潤ってるとは言えないから、正直助かるんだけど、あの二人は儲かってるのか少しだけ気になるところだ。

 そんな事を考えながら、晴れ渡る太陽の下、時雨と一緒にサンドウィッチをペロリと平らげ食休みとしてたわいの無い雑談……俺が上司にめっちゃ叱られた事や、最近、時雨が撮った写真の事、某名探偵を真似して妖精さんが作ったスケボーの話などをして一通り盛り上がると、今度は用意していた釣竿を二人、肩並べて海へと垂らす。

 

「何が釣れるかなー」

 

「艦娘の膂力ならマグロとか釣れそう」

 

「……多分、それ釣竿が保たないと思うよ提督?」

 

「……」

 

「無言で目を逸らした!?本気で言ってたの!?」

 

 良いじゃん……夢見たって……マグロとか何年も食ってないし……

 そんな楽しい時間をずっと過ごしていたからだろう……この時の俺は自分に脅威が迫っている事なんて微塵も考えていなかった。

 

「霧崎時雨……貴様さえ、居なければ……!」

 

「……」

 

 憎悪に満ち、血走った目で俺を見ている年配の提督と、そんな彼の近くで初めて会った時の時雨の様な目をした山風がレーダーの範囲外に居るのだった。




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