布哇救出作戦 (フォカッチャ)
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邂逅

 雲は低くたちこめ、水平線すら判然としない。雨こそ降っていないが、身の丈をはるかに越える大波を被ってずぶ濡れになった艦娘もいる。深海棲艦に集結の兆候ありという情報を受け、北方海域に出撃してから長門は青空を見ていない。黒い空、同じように黒い海、それに共に出撃した艦娘達だけが、この数日に長門が目にした全てだった。それでも天候に回復の兆しこそないものの、幸い大波は収まってきている。それを見計らったのか、二番艦の霧島が近づいてきた。ためらいがちに語りかける。

「長門。あの噂、知ってる?」

 あの噂という曖昧な表現で通じる話題は、今の鎮守府には一つしかない。丁度その話が艦娘達の口の端にのぼり始めた頃、長門は秘書艦の任務に当たっていた。

「ああ」

「正体不明の艦娘が発見されたというのは、本当なの?」

 

 ・・・・・・数ヶ月前、某泊地の遠征部隊がドロップ艦-新たに発見された艦娘の事である。戦闘後に発見されることが多いため、ゲームでモンスターが落としていくアイテムに因んでドロップと通称されている-に遭遇した。しかしその艦娘はどの艦型とも異なる衣裳を着ており、装備も見たことのないものだった。艦娘というものは例え今の姿が初対面でも、かつての姿の時の関わりの度合いに応じて、それと認識が出来るものなのだ。それらのにどのも艦娘も全く見覚えがなく、質問をしても要領を得ず、とりあえず手近の鎮守府に入渠させながら、詳細を訊問している最中だ。

 

「・・・・・・というのが公式に伝達された情報だ。そして、」

「非公式に伝えられた情報があるのね?」

このあたりはさすがに頭の回転が速いというべきか、先を急ぎすぎるというべきか。

「未確認の艦娘2人のうち、大型艦の方はプリンス・オブ・ウェールズと名乗った。小型艦はヴァンパイアと」

 霧島が息を呑んだ。

「本当なの?」

「どうやって証明する?」

 いささか皮肉っぽい気持ちになって長門は尋ねた。自分たちは過去の戦争を戦った艦船の生まれ変わりだ。そう言えば信じてもらえるのか。艦娘は深海棲艦と互角に戦える今のところ唯一の存在である。だからこそ、自ら名乗った艦船の名前を認めてもらえているところもあるのだ。でなければ、その艦船の記憶があると主張したところで認めてもらえるとは思えない。そう、私たちは深海棲艦と異なる存在だということも証明できないのだ。ただ、人を守るか、殺すかのちがいでしかない。人間同士だって同じ人を守る立場と殺す立場に分かれる。立場が違うから存在も違うとはいえないのだ・・・・・・。

「長門?」

 霧島が遠慮がちに声をかけてきた。自分の考えに沈み込んでしまったことに長門は気づいた。

「ああ、すまない」

 長門は言葉を継いだ。

「少なくとも、否定する理由は見つからないようだ。我々が長門だ、霧島だと主張するのと同じ程度には」

 霧島は眉をひそめて口を開いたが、その時言いかけていた言葉が長門に届くことはなかった。

「電探感あり!本艦の右舷20度!」

 艦隊の前方で哨戒にあたっていた能代から通信が入った。長門と霧島が思わず顔を見合わせた瞬間、再び能代から通信が入った。

「敵は六隻以上、大型艦を複数含む。陣形は-」

 間が空いた。

「密集して定かならず。単縦、単横、輪形、いずれでもない!」

 深海棲艦は組織だった隊形を取るのが普通だ。とっさに判別できない隊形をとることなど長門の経験では一度も無かった。

「全艦面舵。複縦陣をとれ」

  総員にそう指示したあと、長門は霧島に声をかけた。

「すまないが、暫く傍にいてくれ」「おもぉかぁーじ!面舵15度ー!」

 長門の声に被さるようにして艦娘達の復唱が聞こえてきた。

 

 

 「敵艦隊、進路変更。当方へ正対する模様」

 先方も電探でこちらを認識したのだろうか。

「能代、定位置に戻れ。ご苦労だった」

「了解しました。能代、定位置に戻ります」

 艦隊の目の役割を果たしていた能代が下がってくる。彼女が定位置につくより早く、相手を視認できるだろう。

 

「見えてきた!」

 霧島が声を上げた。どうにか人型が判別できる程度だが、すくなくともイ級や「タコヤキ」はいないことは分かる。徐々に判別できるようになっていくその姿に長門は違和感を覚えた。何隻かが寄りそっているように見える。あんな陣形では一発で数隻が同時に被弾してしまう。なんだ、あいつらは。

 いや、誰だ、あいつらは。

「変ね。鯨幕には見えないわ」

 霧島も違和感を覚えたのは間違いない。カラフルな制服が多い艦娘とはちがい、深海棲艦は黒か白を基調にしている。黒、白、そして不吉。イメージが重なる葬式の鯨幕は深海棲艦を指すスラングだ。

「見たことがないけど、でも見覚えがあるような・・・」

 霧島がそうつぶやいた時、敵艦の1隻が煌めいた。砲撃ではなく、

「敵艦より発光信号」

 霧島が声を上げた。続けて信号を読み上げる。

「汝霧島ナルヤ、え、ええっ!?」

 いきなり「敵」からご指名を受けたのだ。狼狽えるのも無理はないが、発光信号は続く。

「我レワシントン、ワシントン!?」

 声を詰らせて信号が読めなくなった霧島に構わず、長門は信号の続きを読みとった。

「我レニ交戦ニ意志ナシ。願ワクバ話シ合イニ応ゼラレンコトヲ」

 長門と霧島は再び顔を見合わせた。

「・・・・・・見覚えがあったのは、そういうことかしら」

「少なくとも、相手は分かっていたようだしな」

 

 かなり警戒しながら接近した長門たちはワシントンたちの惨状に息を呑んだ。擬装がまともなものは1人もおらず、主砲は折れ、レーダーは吹き飛び、飛行甲板には穴が空いている。まともに立っているのはワシントンぐらいで、他の者は互いに肩を貸しあい、酷い者になるとカタパルトの残骸らしきものを松葉杖代わりにまでしている。

「見ての通りだ。頼める義理ではないが、援助を願いたい」

 開口一番ワシントンは長門に言った。黒い髪にも端正な顔にも血がこびりついて固まっている。左腕は間に合わせの布で吊っている。恐らく誰かの服の一部だったのだろうが、ぼろぼろの布きれはかろうじてその面影を残す程度だ。艦娘は擬装が破壊されたり服が裂けたりすることはあっても、自身が酷く傷つくことはほとんどない。要するににワシントンは沈没寸前の状態だと言っていいだろう。

「分かった。細かい話は一息ついてからだ。各艦米艦を援助しつつ、輪形陣をとれ」

 返答にわずかな間が空いた。長門はさらに続けた。

「窮鳥懐に入れば猟師もこれを助けるという。彼女らの有様を見てなにも感じないか。各艦彼女らを援助せよ。帰投する」

 

 口々に応答する声を聞きながら、指示した長門も完全には信じ切れずにいた。本当に大丈夫か、何かの罠ではないのだろうか?

「すまないが・・・・・・」ワシントンに声をかけられた時、長門はその心情を見抜かれたかと射竦められた心地だった。

「燃料を分けてもらえないか。もうろくに動けない者もいるのだ」

 



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食堂

 すぐに霧島が鎮守府と通信をとり、米艦を伴って直ちに帰港するという長門の処置は事後承認された。霧島は不思議がっている様子だったが、長門には分かるような気がした。前例があるからな。

 幸い会敵することもなく米艦が脱落することもなく航海を乗り切り、鎮守府の海域内まで来た時、出迎えの艦娘が出てきた。好奇心を丸出しにしている者もいるし、腰が引けている者もいた。しかし米艦の姿をみると皆積極的に手を貸し始めた。

 霧島が不思議そうに首を傾げた。

「正直、もっと消極的になるかと思ったけれど」

「まあ、慣れたのだろうな」

「慣れた?」

 咄嗟に聞き返した霧島に、長門は説明した。

「プリンス・オブ・ウェールズを名乗る艦娘は詳細な調査のため、この鎮守府に向かったという報告を受けていた。多分私たちの出航の直後に到着したのではないか」

「・・・・・・確かに、この間聞いた時、あれが公式情報の『全て』だとは言わなかったものね」

霧島はそう言って、「ずるい人」と上目遣いに長門をにらんだ。長門としては特に隠すつもりもなく、ただ告げる機会を逃してしまっただけなのだが、「すまん」とだけ応じた。

 

 陸に上がった長門たちを一人の艦娘が出迎えた。

「お疲れ様でした、長門さん」

「ただいま、大淀。我々は会敵せずに戻ってきたから損害はない。米艦たちを入渠させてやってくれ」

「わかりました。遠征部隊の皆さんはとりあえずお休みください。あとはこちらで引き受けます」

 大淀はてきぱきと指示を出し始め、鎮守府内がよどむことなく動いていく。

 

 執務室で提督に報告しねぎらわれた後、長門と霧島は食堂に向かった。他の艦娘はすでに解散している。入室した長門たちを見て、厨房近くの座席に座っていた艦娘たちのうち、1人が立ち上がった。金髪碧眼で均整の取れた肢体をしてる。見たことは無いが、おそらくは。

「ここにいれば会えると大淀から聞いたのでね、新しい友人たちともにお待ちしていた。初めてお目にかかる、私がプリンス・オブ・ウェールズだ。たいていの人は私をPOWと呼ぶ」

「初めまして、POW。長門だ、よろしく頼む。私の方は略す必要はないかな」

「お望みならミズNとでも呼ばせてもらうがね。まあ、それはおいおい検討することにしよう」

「初めまして、POW。霧島と申します」

 史実のPOWは金剛型では太刀打ちできないと恐れられた艦である。緊張を隠せない霧島に、POWは笑いかけた。

「コンゴウの妹と聞いている。ならば私とは親戚のようなものだ。よろしく、キリシマ」

 ほっとしたように霧島は笑顔になった。緊張が解けたのだろう。椅子に座りながら、霧島が尋ねた。

「姉様もこちらにいらっしゃれば良かったのですけれど。こちらの居心地はいかがですか?」

「実に良い。なにしろ食事が美味だ。食事を娯楽として認識するローマ貴族の気持ちが初めて分かったよ。君たちの料理も今鳳翔殿に作ってもらっている。遠征から帰ってきたばかりだ、さぞ空腹だろう」

 同席しているのは3人の他に大和、翔鶴、赤城、妙高、神通だ。ご相伴にあずかろうというのだろうか。いや、翔鶴や神通がいるのならば、それだけの話ではないだろう。

 

 食事を待つ間の雑談はPOWたちがやってきたときの話になった。

「最初はやっぱりみんな様子見だったんですよ」

 翔鶴が笑って語るのを、大和が引き継ぐ。

「暁ちゃんなんかヴァンパイアって名前を聞いて逃げだしちゃって、電ちゃんたちが探しにいったんです」

「みな明らかに怖がるか、警戒していたからな。正直嬉しかったぞ」

 POWは莞爾と笑って続けた。

「マレー沖ではなにも出来なかったからな、侮られるのではないかと心配していたのだ。あれだけ警戒してもらえれば、現存艦隊主義の観点からみても戦艦冥利に尽きる」

 矜持の高さとそれでいて飾らない態度をみて、この人がPOWであることに何ら疑問も長門は抱かなかった。それでも一応確認しておく必要がある。

 

「それで、POW、その、POWであることは認めてもらえたのか?」

 言い方が難しい。貴女が貴女であることを証明せよ。一体どうしろというのか。

「うむ。本艦に関する詳細な記憶を尋ねられた。本国とも連絡を取って確認したらしいな。また、艤装なども貴国のものと色々比較されてな。最終的にPOWであることを否定できないという結論に至ったそうだ」

 かすかに胸を張る。

「であれば、私がプリンス・オブ・ウェールズを名乗ることに何の支障もない。私が何者であるかは私が一番知っていることだからな。こちらの提督も艦籍を登録してくれたよ」

「それはよかった」

 心から長門は言った。

 艦籍が登録されるまでに若干の時間はかかったものの、鎮守府にはあっという間に馴染んでいたらしい。

「とにかくよく召し上がるんですよ。本当にすばらしい」

 赤城がそう褒めるからには相当なのだろう。食事は全てべた褒めで、おかわりすらする。少しずつではあったが好奇心に負けた艦娘が寄ってきたらしい。その気持ちも長門には分かるような気がした。高貴だが気取らない。女学生が宝塚にあこがれるようなものだろうか。それはともかく、また食費のためにその他の予算が削られなければ良いのだが。

「皆様、お姉様、お待たせしました」

 そのとき1人の少女が料理を運んできた。トレイに乗せただけではなく、本職のウェイトレスのように曲芸じみた手腕で皿を運んでくる。その後ろには鳳翔が、やや常識的な数の皿を運んでくる。2人でてきぱきと配膳を終えた後、少女は長門に向かってスカートの裾をつまんで、軽く膝を曲げた。

「長門様、霧島様、初めてお目にかかります。ヴァンパイアと申します。爾後どうかお見知りおきを」

「長門だ。よろしく」

「霧島です。よろしくお願いします」

「彼女は世話になっているのだ。私からもよろしく頼む」

 POWからも口添えがあった。気遣いを忘れることはないのだな、と長門は感じた。

 その後は鳳翔、ヴァンパイアも交えての食事会-半ば酒盛り-となった。酒が足りない、と誰かが言い出すとPOWが立ち上がった。

「鳳翔殿、上の方の棚にあるウイスキーを頂戴してもよいかな。あれは良いものだと思う」

「もちろんです。でも少し残しておいてくださいね、那智さんが拗ねますから」

「なに、後の楽しみがなくなるからな、一本だけだ」

 

 POWが酒庫へ行っている間に、鳳翔はミネラルウォーターと炭酸水、それに余分のグラスを用意した。長門や、主に赤城たちはそれらを置くためのスペースを作るべく、皿をきれいにすることに専念する。程なくしてドアが開き、POEが入ってきた。

「諸君、秘書艦が入室される」

 総員が酒杯や食器を置いて立ち上がる。脇に退いたPOWに会釈をして、大淀が姿を見せる。

「お疲れ様です。皆さんお酒が入っているのに、お仕事モードですか」

「酒は淑女の嗜みであろう。当直中かどうかなど関係ない」

「戦争が終わった後、日本ではその習慣は廃れてしまいましたけどね」

「何と愚劣なことをしたものだ!」POWが大げさに嘆く。

「皆さん、おかけください」

 大淀が皆に声をかけ、私にも一杯と鳳翔に頼む。

 鳳翔がウイスキー-スキャパの24年物だった-を注ぐ間に、大淀が口を開く。

「こうしてお待ちいただいたということは、今日の件の報告をしろということですね」

 誰も返答はしない。大淀も含めてわかりきったことだからだ。

「とりあえず、高速修復材も使って入渠しながら事情聴取を進めました。POWの時のように厳密な検査はまだしておりませんが、提督はとりあえず彼女たちをアメリカ艦の艦娘と認定する意向です」

「深海棲艦の密偵という可能性はありませんか?」

 神通が確認する。

「彼女たちとは意思疎通が完全に可能です。密偵として使えるなら、もっと初期に投入していた方が効果的だし、そもそも交渉も可能だったろう、というのが提督のお考えです。そして、潜入するならわざわざ米艦の真似というリスクを冒さなくても、まだ確認されていない日本の艦娘を名乗るほうが早いとも」

「彼女たちの艦名は確認できたのですか?」

 霧島が問う。自己紹介付きで名指しで指名されたのだ。気になるだろう。

「艦歴や艤装について明石さんや夕張さん、それに妖精さんたちにも協力してもらって確認中です。しかし本人たちが名乗った名前については次の通りです」

 

 酒盛りの雰囲気はいつの間にか胡散霧消している。誰もがぴりぴりとした雰囲気を張り詰めさせせている。

「戦艦ワシントン、サウスダコタ、ミズーリ。空母エンタープライズ。軽巡フェニックス。駆逐艦ハル、エドサル。以上7隻です」

 それぞれの口から、それぞれの慨嘆が漏れる。ワシントンやエンタープライズ、エドサルなどは因縁のある艦娘も多い。

「あまりバランスの取れた陣容とはいえないですね」

 赤城が首を傾げる。確かに水上戦にしても航空戦にしてもどっちつかずの印象はぬぐえない。

「分かるような気がする」

 POWに全員の視線が集中した。POWは誰とも視線が合わないような方向に顔を向けたまま、言葉を続けた。

「我らも貴艦らと出会うまでに幾日か要した。その間何度も深海棲艦共と遭遇した。艤装はぼろぼろになり、燃料も尽きかけていた」

 誰も声を挟まない。

「我らが生き残ったのは、率直に言って我ら自身の力ではない。早期に貴艦らと合流できたからだ」

 戦艦ならば例え深海棲艦の野良艦隊と出会ってもその火力で追い払えるかもしれない。艦載機の多い空母ならばいくら撃ち落とされても偵察を繰り出し続け、会敵を避け得るかもしれない。では、どちらも出来ない艦種はどうなるのか。これだけ軽巡や駆逐艦が多いのはむしろ奇跡ではないのか。

「もしどうにか敵から逃れても、燃料がつきたら・・・」

 赤城が口を開いた。

「万策尽きた、というやつだ。結局は深海棲艦に追いつかれて、沈むのを待つしかない」

 艦娘が一度に複数ドロップするなど聞いたことがない。たった1人で必死に逃げてきた艦娘同士が偶然出会い、少しずつ大きくなっていった結果があの集団-艦隊とは呼べまい-だったのか。長門が口を開けないままでいると、妙高が控えめがちに口を開いた。

「では、あの艦娘たちの影で、沈んだ艦が無数にいるということになりますね」

 再び生を受けながら、何も出来ないまま更なる無念を残しまた沈んでいく。艦娘にとって耐えがたいことだ。そんな経験をした艦がそれこそ何十、何百といたのか。まるで先の大戦の我々、いや、私自身ではないか。知らず、長門はウイスキーに手を伸ばした。それを躱すように鳳翔の手が伸びる。

「駄目ですよ、長門さん。そんなに乱暴にしてはお酒をこぼしてしまいます」

 穏やかな笑顔で酒をつぐ鳳翔に、長門は頭を下げ、そのままショットグラスを口に付けた。心を見透かされたようで鳳翔の目を見られなかったと言ってもよい。

 暫く沈黙が続いた後、大淀は口を開いた。

「提督は、とにかく米艦と親睦を結べと仰っておられます。費用は軍令部の経費で落とすから宴会でもやれ、と」

「宴会ですか!?」「それは素晴らしいアイデアです」

 直前までとは打って変わって目を輝かせる赤城と大和に、大淀は苦笑未満の表情をしながら告げた。

「赤城さん、大和さんは腹2分目に抑えろとの、提督からの伝言です」

「そんな!!」「食べた量をいちいち計算しながら親睦を深めろと仰るのですか!?」

「もし2度以上反論するようなら、はなから参加させるなということですが」

「「分かりました」」

 このあたりの判断は非常に早い。

「大丈夫かな」

 POWの呟きに全員が反応した。視線が彼女に集まる。

「正直、貴国と我が国の海軍は元々強いつながりがあるし、海戦だけで言えば我々は大戦ではやられっぱなしだったと言ってよい。我々に隔意を感じる艦娘がいないのは、残念と言えば残念だが、まあ妥当な話だ。しかし米軍には相当辛酸を舐めただろう?抵抗を感じるものたちがいなければよいのだが」

「そのための親睦会でしょう」

 神通が応じたが、POWの懸念に同じているのは表情から明らかだった。

 とりあえず「親睦会」は米艦が全て回復してから、と定まった。不安の残したまま新たな朝を迎えた。翌日には提督より鎮守府内に公式の説明があり、英艦および米艦の存在が正式に認められた。同時に哨戒・遠征中の艦を除き、全艦親睦会に参加するよう通達がなされた。



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饗宴

親睦会は鎮守府の大食堂で行われた。

まず艦娘にも馴染みのあるPOW、ヴァンパイアの挨拶から始まり、米艦娘が紹介された。

すでに顔も名前も知られた英艦に比べ米艦たちへの拍手が小さく聞こえたのは、長門の不安から来る幻聴だっただろうか。簡単な大淀のスピーチの後立食のパーティとなり、鳳翔や間宮、その他腕自慢の艦娘の調理した料理が並べられた。米艦娘は入港以来、ほとんどの自艦を入渠して過ごしていたので、長門を初めとして、殆どの艦娘は初対面となる。空母や戦艦は積極的に米艦娘に話しかけている者が多いが、駆逐艦などは遠巻きに見ている者も多い。彼女らをみて、長門は他人に分からないよう、ため息をついた。

「ハイ」

 後ろから話かけられ、長門は振り返った。金髪の朗らかな艦娘がショットグラスを片手に笑っていた。まるでハリウッド女優のような存在感がある。

「ナガトね?エンタープライズよ。よろしく」

 長門にも見覚えがあった。飛行甲板のど真ん中に大穴を開けて、かろうじて立っていた艦娘だ。彼女は積極的に握手を求めてきた。

「あのときは自己紹介はおろか、お礼もできなかったわね。改めてあのときはありがとう、ナガト」

 手を握り返しながら、長門は答えた。

「たいしたことはしていない。傷はもう癒えたか」

「ええ、パーフェクトよ!あのバケツすごいわね。中身何なの?」

 長門は言葉を濁した。正直よく知らない。自分たちにとっては当たり前の資材だが、回復する余裕すらなく、ひたすら深海棲艦から逃げてきたエンタープライズたちにとっては、驚きの技術なのだろう。もしかしたら、あのバケツがあったら助かった艦娘がいたのかもしれない。が、それはこの場で聞くべきことではないと長門は思った。

「どうだろう、米艦の皆も知人はできただろうか。」

「ええ、みんなそれなりにね。キリシマがワシントンともサウスダコタとも意気投合してたわよ。ショーチュー?とバーボンを交換してたけど」

 霧島は知的なイメージが強いが、その一方で戦艦組トップクラスの武闘派でもある。戦闘不能になるまで殴りあったことで逆に相手を認めていたのだろう。しかし霧島はともかく、米艦の二人はどこでバーボンを手に入れたのか。そもそも瓶は何処に持っていたのだろう。折れ曲がって役に立たなくなった主砲にでも入れたのだろうか。

「それは何よりだ。あの三人が仲良くなれるのなら、安心だろう」

「どっちかっていうと、ワシントンとサウスダコタがね」

 エンタープライズの溜息交じりの言葉に、長門は首を傾げた。

「話には聞いているが、やはり仲が悪いのか」

「戦艦の矜持にかかわってくることだから、あんなことがあれば当たり前っちゃ当たり前なんだけどね。でもテキサス生まれとニューイングランド生まれを二人きりにさせたって、あそこまで仲悪くならないわよ。逃げてたときはそんな余裕ないから喧嘩もなかったけれど」

 霧島との砲撃戦の結果、ワシントンが逃げたという噂を流され、両艦の乗組員が非常に険悪な関係に陥ったことは歴史的事実として長門も知っている。二人の話になったせいか、長門の耳にサウスダコタの声が入ってきた。手足の長い、スレンダーな体型の赤毛のサウスダコタと、グラマーなブルネットのワシントンがにらみ合っている。

「えらそうに、あんたD.C.にでもなったつもり!?ど田舎の似非ワシントンが!」

「なんだと!シアトルを知らんのか!?州を挙げても民家を片手で数えられるような大平原(グレートプレーンズ)が偉そうに!」

ひどいぺったんこ(グレートプレーンズ)ですってぇ!?あんたもういちど言ってみなさい!山がちなら偉いなんて、酷い勘違いだって教えたげるから!」

 酒が入っているからか、言葉の行き違いまで生じているようだ。額と額を突きを合わせるようなにらみ合いに、偶々近くにいた龍驤が割って入った。

「あかんて、美味しい料理だってあるんだから、落ち着き!」

 サウスダコタはにらむ相手を龍驤に替えた。身長差があるのでサウスダコタが龍驤を見下ろす形になるが、視線をさらに落とす。やおらサウスダコタはぺたぺたと龍驤の胸をさわりはじめた

「な、なにするんや! あれか、エスなんか!?」

 龍驤が慌てて飛び退く。同僚同士の喧嘩と言い、サウスダコタは酔っているのだと長門は結論づけた。そうに決まっている。そうであってほしい。お願いだからそうであってくれ。

「そうよね、あなたならあたしの気持ち分かってくれるわよね!」

 サウスダコタは龍驤を引き寄せ思い切り抱きしめた。龍驤が蛙のつぶれたような声を出したが意に介せず、そのまま愚痴をぶつける。龍驤に圧壊の危険がないのを確認してから、長門はワシントンに目で合図した。龍驤にとっては不本意かもしれないが、サウスダコタは彼女に任せておいてよかろう。ワシントンが傍にやってくる。

「恥ずかしいところを見せてしまった。その、貴艦の鎮守府で申し訳ない」

「二人の関係については色々と聞いている。鎮守府内で砲撃戦はしないでもらえれば有難い」

 長門の下手な冗談を、ワシントンはきちんと受け止めたようだった。

「大丈夫だ、約束する。やるにしてもきちんとお互いにあてるよ」

「いいこと、ワシントン。長門がこれで済ませてくれたから良いけれど、本来だったら営倉ものよ。星条旗を汚さぬよう気をつけてよね」

「肝に銘じる、ビッグE」

 腰に手を当てていいつのるエンタープライズに、ワシントンが改めて謝罪した。やはりこの艦娘は米艦隊の中でも特異な位置を占めているらしい。

「同じ艦隊の中でもいろいろあるものだな」

「あら、聯合艦隊の中にはないの?」

 エンタープライズの反問に、長門は返答に迷った。

「いや、ないわけではないが」

「答えにくいことを聞いてしまってごめんなさい。ところでナガトは私たちの他の艦とは話はした?」

「ハル殿とは話した」

 さらりと話題を変えたエンタープライズ-流石にビッグEと言われるだけある、船体だけでなく度量も大きい-に内心感謝しながら、長門は答えた。

「明るくて楽しい艆だな」

「それがハルの良いところなのだが、どうにもお調子者でな」

「おまけに適当でね。そそっかしいったらありゃしない」」

 確かにハルは明るくて楽しい艦娘だが、おしゃべりに夢中になってグラスを倒してしまうような艦娘だった。しかし長門が気になったのは、彼女に話しかける駆逐艦の艦娘が少なかったことだった。

「われわれはこうして交歓しているが、駆逐艦同士はどうなのだろうか」

 ビッグEとワシントンの表情を見て、長門は自らの懸念を2人が共有していることを確認した。

「うん、ちょっとね」

「アカギ殿やヤマト殿は話しかけてくれていたのだが、駆逐艦娘で話しかけてくれていたのは数が少ないようだった」

 ワシントンの言葉はずっと駆逐艦娘を気にしていたと打ち明けるような物だった。でなければいちいち確認していまい。複雑な感情が戦艦や空母にないとは言わないが、護衛すべき大型艦を沈められてしまい、あるいは自身も為す術もなく沈められた駆逐艦にはより重いしこりがのこっていることは想像に難くない。

 ふと長門が周りを見ると、サウスダコタはまだ龍驤にほおずりをしながらしきりに話しかけており、ハルも深雪や陸奥と盛り上がっているようだった。ハルたちはどうも、戦闘に参加できなかった不幸自慢合戦をしているらしい。エドサルはというと、神通や利根となにやら話し込んでいる。身振り手振りから察するに、砲雷撃戦における回避行動についてそれぞれの意見を戦わせているらしい。

「うまくやっていそうな艦娘も多いのだがな」

「私たちだけこうやって不安になってるのが、理不尽に思えるわね」

 ビッグEの言葉に、長門は全面的に賛同したくなった。

 親睦会は、日米の艦娘が交流するという目的からみれば、大成功と言って良かった。しかし、最後まで米艦に話しかけなかった艦娘たちがいたことも、長門は見逃さなかった。



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依頼

 数日後、長門や各艦種の代表者たちが提督執務室に招集された。提督は三十半ばに達しているだろうか、少壮といってよい年齢である。余計な干渉はせず、艦娘のことは艦娘に任せてくれている、長門や大淀たちにとってはやりやすい提督である。

「米艦との関係はどうか」

「良好です。先日の懇親会がよいきっかけとなったようです。霧島は焼酎とバーボンを交換したとか」

 いささか諧謔も込めて長門は返答した。くすくす笑いのでる中、霧島が慌てたようにこちらをみるが、知らぬ顔の半兵衛を決め込んだ。

「なんだ、あっさり霧島に渡しちまったのか。あれは俺の秘蔵の一本だったんだぞ」

 逃避行へのねぎらいの意味も込めて、提督の私物の中から渡したのだという。お前が持っているんだったら俺にも飲ませろ、それが那智と空けてしまって、というやり取りがあったあと、霧島は長門も引っかかった点について確認した。

「提督がお渡しになったのは一本だけですか」

「そうだ。酒など米国から輸入する余裕もなくなってしまったころだったな。酒屋を駆け回ってようやく手に入れた代物だ。一本しかなかったんだからな、ケチと言うなよ」

「私はワシントンとサウスダコタから、一本ずつ頂いたのですが」

「一本ずつ?」

 怪訝な顔をした提督は、かすかに苦しそうな表情を浮かべた。

「確かにサウスダコタは一本持っていたな。ぼろぼろの瓶だったろう」

 鎮守府に入港した米艦娘は、埠頭まで出向いた提督と会見を行った。疲労の極致であることを考慮して短時間で済ませたが、サウスダコタなどは既に艤装を付けたまま行動する力さえ残っていなかった。やむを得ずその場で艤装を外したのだが、その際に主砲に大事な物が入っているので、気をつけるように懇願された。折れ曲がった砲身にねじ込まれていたのが、ぼろ布に包まれたバーボンの瓶だった。

「彼女が1人で逃げていた頃、一隻の漁船に出会ったらしい」

 若干ではあるが、危険を冒して漁業を続けるものもいるにはいる。その一員であった漁船は彼女を助けようとしたが、艤装が邪魔になり船上に引き上げられず、またサウスダコタも自分を追跡してくる深海棲艦の攻撃に漁船が巻き込まれることを恐れ、救助を断った。他者を守る力もその時点で残っていなかった彼女は、むしろ自らを囮にして漁船を助けようとしたのだという。別れの際に激励にもらったのが、

「そのバーボンだった・・・・・・?」

「らしい。そのあたりでサウスダコタが意識を失ってしまってな。ワシントンがドックに連れて行った。彼女だって限界を超えていただろうに、大淀や夕張の助けを断って1人で抱え上げてな」

「漁船については、その後はわからないのですか」

「日本近海や日本船籍ならともかく米国の漁船が米国の近傍で操業していたのなら、把握する術はない。ただ、米国船が米国と思われる艦娘を発見したのならまず報告するだろうし、当然その報告はこちらにも届けられるはずだ」

 無線を使うことによって深海棲艦に気づかれることを恐れて報告をせず、かつ漁に熱中してまだ寄港していないという可能性もある。しかしやはり沈められてしまった可能性が高いだろう。バーボンはいわば形見だ。

「そんな大事な物を」

 霧島の呟きに、提督が答えた。

「大事な物、一番大事な物だったからだろう。感謝を示すのにそれ以外なかったのだ」

 ぼろぼろになり逃げ続けていたところを助けられ、不思議な技術で修復までしてもらった。今度こそ深海棲艦と戦える。見知った仲と言える霧島を艦娘の代表として、できうる限り感謝を形でしめそうとしたのだろう。

 しばしの沈黙の後、大淀が咳払いした。

「それで皆さんをお呼びした件ですが」

「ああ、そうだった」

 気を取り直して、提督はバーボンの追加を頼むような気軽さで告げた。

「近日中にハワイ諸島の救出作戦が発令される。日米英の聯合艦隊に、だ」

 

 

 発言を理解できなかったというよりは、何から尋ねれば良いか分からない間に、提督が言葉を継いだ。

「布哇の置かれた状況は理解できているな」

「それは、ある程度は」

 深海棲艦が出現したのとほぼ同時期に艦娘が少数ながらも出現し始めた日本とは違い、大部分の世界はその海を深海棲艦に蹂躙されるに任せたままだった。超大国アメリカ合衆国も例外ではない。サン・ディエゴの第3艦隊が壊滅に近い被害を被ったのを初めとして、艦娘の援護を受けることの出来た第7艦隊を除く全ての艦隊は、戦力としての意味を喪失した。米国も海外航路をほぼ封鎖される形となった。

 起死回生の手段として使用したのが核兵器だった。メキシコ湾岸、バンクーバー沖に現れた深海棲艦の艦隊に対して、巡航ミサイルから弾道ミサイルまで、数発ずつの核兵器を打ち込んだのだ。深海棲艦にも大きな被害は出たが、決して核兵器の使用に見合うものではなかった。海流を計算に入れてもなお数年は残るという汚染に晒され、なによりカナダ、メキシコ両政府は態度を硬化させ、軍を国境線に展開させる事態となった。

 それだけであれば、交渉や時間が解決してくれたかも知れない。しかし最も深刻だったのは深海棲艦の逆襲だった。西太平洋における深海棲艦の跳梁が手加減されたものに見えるほどだった。

 サン・ディエゴやロサンゼルスは戦艦タ級の猛烈な砲撃に曝され、カリフォルニアの金門橋はかつての大都市の墓標としての意味しかなさなくなった。そしてメキシコ湾側では戦艦レ級がミシシッピ川を遡りダムに次々と砲雷撃を行い、米国中部の治水機構を破壊した。ミズーリ州セントルイスは、深海棲艦の攻撃に曝された最も内陸にある都市として知られるようになった。まるで深海棲艦が「報復」という言葉の意味を知っているのだとアピールするかのような行動だった。

 しかし日本が陥ったのなら近代国家としても体裁を保てなくなるような状況でも、アメリカは大国としての地位を保ち続けていた。米国は他大陸との交流の手段をほぼ失った。ベーリング海峡を通じて若干の交流がある程度である。しかし南北アメリカ大陸は陸路を通じて交流が保たれており、それはある程度の資源や市場は維持できることを意味する。また中南米諸国がよりアメリカに依存せざるを得なくなったため影響力を拡大し、むしろ大陸内での地位を上昇させたと言っても良い状況となっている。戦っても多大な損害を出すだけで何ら成果を得られず、むしろ地位が向上しているということであれば、これ以上の状況の改善に乗り出す意欲は失われる。今やアメリカは「強制モンロー主義」と海外から皮肉られる状況にすらなっているのだった。

 ここで問題になるのが、布哇の存在である。太平洋の孤島と言ってもよい布哇は、必然的に自給自足を余儀なくされていた。布哇州政府は何度も救援を要請したが、返答は常に救援可能な戦力がないというものであり、深海棲艦に対抗するだけの戦力を開発するまで自給せよという蛇足がついていた。確かにその通りではあるのだが、合衆国政府がハワイを救援する意欲を失っていると見られても仕方のない話である。

「しかし、なぜ急に布哇を救出するという話になるのか、繋がりが見えませんが」

「そこだ。すぐに報道でも発表されると思うが、現在布哇は断続的な攻撃に曝されている」

「攻撃、ですか?輸送船団はともかく、布哇自体は殆ど攻撃を受けていなかったはずです」

「米国も詳しいことを話したがらんのだが、どうも真珠湾に残っていた艦隊が深海棲艦どもに要らぬちょっかいをだしたらしい」

 艦娘たちはあるいは上を向き、あるいはため息をつき、思い思いの行動をとった。しかし内心は「余計なことを」の一言で一致している。

 国民を外敵の脅威から守るのが軍の存在意義の一つである。何か出来ることはないかと焦るところもあったのだろう。それは分かるが核兵器を使ったからとはいえ、散々な目に遭った本土のことを忘れたのだろうか。

「返り討ちに遭った後、真珠湾が攻撃された。布哇諸島北西沖に深海棲艦が集結している兆候があるし、ワイキキ・ビーチ周辺でもイ級らしきものが確認されている。事態が悪化する前になんとかしたい」

 艦隊の頭脳である-自称だが-霧島が、提督の説明を戦術的な要件に置き換えた。

「つまり各地の鎮守府に散らばっている主力艦を集結させる時間はなく、手持ちの兵力で行動しなければならない、と」

「その通りだ。洋上で集結させる案もあったが、多くの艦が作戦行動中で入渠や整備の時間を考えると、やはり間に合わない恐れがある」

 艦娘は各地の鎮守府に散らばっている。駆逐艦や軽巡などは日本近海の哨戒や船団護衛にかり出され、日々飛び回っている。大型艦は存在が確認された深海棲艦の艦隊に向けて次々と出撃している。幾度壊滅させてもまた湧き出てくるので、モグラたたきのようだと愚痴る艦娘もいる。訓練、出撃、入渠、そしてわずかな休養のサイクルで日本の安全保障はかろうじて維持されており、艦娘を待機させている余裕はなかった。

「従って、投入できる戦力は全て投入する。米艦も、英艦もだ。彼女たちには鎮守府司令長官として、私が要請する。我が国の艦娘たちには君たちから説明してもらいたい」

「説明などなくても、提督の命令があれば我々は従いますが」

「君たちと戦った艦娘との合同作戦になる。極力理解を得たい」

 艦娘のことは概ね艦娘に任せてくれている提督だが、長門たちの懸念は把握していた。かなわないなあ、と長門は思った。

「俺が話すと、何を言っても命令と受け取られてしまうだろう。艦娘同士で腹を割って話し合って欲しい」

 全くもって正しいその言葉は、長門にとって最も気の重くなる言葉でもあった。



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議論

米艦を助けるのか。艦娘達がそれぞれの意見をぶつけます


 そのまま非常呼集がかけられ、任務中の者を除く全館娘が食堂に集合した。彼女たちに正対するようにして、長門、大淀ら各艦種の代表たち、それに米艦が並ぶ。説明は大淀がかってでてくれたことに長門は安堵した。こんな状況で説明を任されるくらいなら、潜水艦の待ち構える海域を強行突破する方が遙かにましだ。

 大淀が説明を進めていくに従って、特に駆逐艦娘の雰囲気が変わって来た。大淀が説明を終えると、互いに顔を見合わせ、私語をし始める。普段ならすぐに収まるそれが、今日ばかりはどんどんと大きくなっていった。横目で、長門は大淀と視線を交わした。

「静かに!」

 長門が叱咤すると、ぴたりと静かになった。

「質問があれば聞こう」

 即座に舞風が口を開いた。

「なんだって米国の手助けをしなきゃいけないんですか」

「危機にさらせれている人たちがいます。我々にはそれを助ける力があります。それだけでは駄目ですか」

「駄目だと思います」 

 語尾は震えていた。他の者が口を開く前に、舞風が机に手をたたきつけて怒鳴った。

「私たち、退艦した乗員まで1人も残さず狙われたんですよ! なんでそんな連中の本拠地を助けに行くために命をかけなきゃいけないんですか!」

 予想は出来ている詰問だったが、それでも大淀は返答に詰まった。

 舞風は長門に矛先を向けた。

「長門さんだってクロスロードであんな酷いことされたじゃないですか!それでも助けようっていうんですか!?」

「そうだ。あのときは酒匂も一緒だった。プリンツオイゲンも。そしてサラトガもだ」

 舞風は返答に窮した。長門の言葉を鸚鵡返しに繰り返す。

「酒匂さんも、オイゲンさんも、・・・・・・サラトガも」

「そうだ」

 軽く息をついて、長門は相対する艦娘たちを見やりながら言葉を継いだ。

「あの核実験に使われたのは枢軸の艦船だけではない。むしろ我々は少数派で殆ど、9割以上は合衆国軍艦だった。歴戦艦ですら使われた。彼らの海軍大将の名前を冠した船ですら、だ。狡兎死して走狗烹らる、というやつだな」

 狩る獲物がいなくなれば、今度は猟犬が厄介払いで殺されてしまうという。これは長門の本心である。戦争が終われば軍艦などお役御免だろう。勝者も、敗者も。

 「どういう理由かは分からんが、再び生を受けた。そして再び自分たちを拠り所にしてくれている人がいる。その人たちのために、また私は戦いたい。」

 深海棲艦と互角に戦えるのは艦娘のみである。期待してくれた人たちを失望させず、絶望させずにすむのなら長門は何処であろうと戦うつもりだった。深海棲艦は強大である。味方は多い方がよい。例え昔日の敵軍でも。いつの日か深海棲艦を倒す日がきたら、待っている運命はかつてと同じお払い箱かもしれない。それでもいい。今度は役に立てたのだから。 

 

「わ、私は舞風さんの意見に賛成できないのです!」

 雷が声を上げ、周囲の艦娘がすこし驚いたように見やった。確かに、このような場で発言する艦娘ではなかった。

「今の敵だって出来れば助けたいのです!昔の敵ならなおさらです!」

 雷が拳を握りしめて叫んだ。工藤少尉の薫陶よろしきを得たな。緊迫した場にもかかわらず、長門はほおを緩めかけた。かつて足を負傷した高松宮殿下が靴を借りた男。包帯を何重にも巻いた宮様の足に、その巨大な靴はぴったりと合ったという。長門乗組だった酒好きで大男の新米少尉は、雷の艦長となってあの戦争を迎えた。長門にとっては、雷は教え子の娘のような存在だと言ってもよい。

 同時に口を開きかけた舞風と雷を、長門は手で制した。

「他に意見はあるか?」

 議論させても、感情の対立が先鋭化するだけで、益はない。とにかく艦娘たちに感情をはき出させることに長門は努めた。そして声を出す者がいなくなったことを確認して、長門は艦娘たちを見据えた。

「戦争だったというだけでは納得できない者も多いのは当然だ。それだけ様々なことがあったからな。複雑な感情があることは分かる。だから、今回ばかりは出撃を命令できない。提督には私から話しておくから、席を外せ。その者は本作戦に加えないから」 

 長門が口を閉じるのと同時に、舞風が立ち上がった。

「長門さんの仰りたいことも、頭では分かります。でも、やっぱり米艦の皆さんと隊列を組むことは出来ません」

 はっきりと米艦娘を見据えて言い切った。切り刻まれてしまいそうな緊張感が食堂を包み、その中を舞風は出て行った。

「ごめんなさい。ボクも気持ちの整理が付きません」

 時雨が立ち上がった。

「スリガオではボク以外、みんな沈みました」

 あとは声にならなかった。目を合わせないまま二度、長門とエンタープライズに向かって深々と礼をした後、時雨は背を向けて食堂から出て行った。何人かの艦娘が時雨の真似をして頭を下げた後、食堂をあとにした。

 しばらく待ってそれ以上出て行く艦娘がいないのを確認した後、長門は頭を下げた。

「ありがとう」

 エンタープライズも頭を下げた。ワシントンも、サウスダコタも、他の米艦娘も。

「義を見てせざるは勇なきなり、というからな」

「もやもやが全くないわけではないけれど、今の敵は深海棲艦ですから」

 次々と残った艦娘が口を開く。

「ずっと戦っていれば、敵が味方になったりすることもある。味方だった人たちが敵にならないだけ素晴らしいこと、だと思う」

 響の言葉に、長門は改めて頭を下げた。大淀が退席した艦娘の名前を全て書き取った-残っている艦娘を記すより10倍は早いだろう-のを確認してから、長門は口を開いた。

「編成については追って伝える。解散」

 ハワイ救出作戦は、とりあえずだが、開始の目処がついた。



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理由

ついに決した救援作戦。
何故長門がハワイの救援に肯定的だったのか。その理由が長門の口から語られます。




「お疲れ様でした」

 提督執務室に向かう長門と大淀に並びながら、大和が声をかけた。

「長門さん、長門さんは米艦と共闘することにを疑問を全く持っていないように見えたのですが」

 大淀も相づちを打つ。

 「確かに。長門さん自身は最初から助けるつもりでいたように見えます。何故か聞いても宜しいですか?」

「ああ」

 艦娘になる前の、大日本軍艦長門としての記憶だ。そのとき長門は旅順近海、裏長山泊地にいた。船橋送信所からの電報を受け取ったのは、聯合艦隊旗艦として演習を検閲していた最中だった。

 

 

 東京今日暴風雨正午ヨリ強震連続横浜大火盛ンニ燃エツツアリ

 

 

 何の前ぶれのなくもたらされたそれは、関東大震災の第一報であった。急報を受け直ちに聯合艦隊は本土に向かったが、次々と入ってくる電信は焦燥感を募らせるものばかりだった。

「横須賀東京方面被害莫大 其他不明」「横浜モ全滅ノ由」「深川千住方面ハ全燃セルモノノ如ク死屍山ヲナス」・・・・・・。

そのときの艦内の雰囲気を長門は忘れることが出来ない。それは戦争とは全く異質なものだった。戦地に赴く高揚はなく、死地に臨む覚悟もない。焦燥と不安と、そして喪失への恐怖だけが満ちていた。

 長門が横須賀に戻るのとほぼ同じくして、米海軍の救援部隊が東京湾に到着した。米国アジア艦隊司令官アンダーソン大将が直率する艦隊は、主立った艦で17隻に上った。運んできた救援物資は圧倒的な量だった。物資だけでなく、積極的に救援活動に従事した米艦隊は、多くの行き違いも生じたが、横浜・横須賀地区の復興に大きな力となった。

 横浜や、特に横須賀の復旧に最も貢献したのは海軍だったという自負が長門にはある。しかし、米国の手助けがなければ未曾有の災害に苦しむ人々をもっと苦しめてしまったことは間違いない。アンダーソン提督を筆頭とするアメリカ海軍の真摯な対応は艦娘となっても鮮明に残っている記憶である。

 

「じゃあクロスロードで沈んだ『海軍大将の名を冠した艆』というのは、もしかしてその時の」

「USSアンダーソンだ。珊瑚海ではレキシントンの乗員を救助し、ミッドウェイの際にはヨークタウンの最後を見届けている歴戦艦だ。アンダーソン提督の名を受け継いだのなら、艦娘になってもきっと気持ちの良いやつになるだろうな」

「そんなことがあったのですね」

 大和の呟きに、長門は思わず苦笑を漏らした。

「知らないのも無理はない、震災など大和の生まれるずっとずっと前の話だからな。・・・・・・私も年を取ったものだ」

 慌てて取りなす大和を-大淀は何の話か分からない、というような澄まし顔をつくっている-受け流しながら長門は思った。これが()ネレーションギャップというものか。

 

 

出撃前のミーティングが開かれた。4個艦隊に分かれるとはいえ、基本的には合同して動く事になっているため、艦娘たちは思い思いの席に座っている。ただ、第3艦隊に配属された面々だけは神通の周りに輪形陣をなしている。訓練の厳しさで駆逐艦娘から恐れられている神通だが、それ以上に慕われてもいるのだろう。若干のうらやましさも感じながら、長門は着席した。

 

 

 大淀からの作戦概要の説明のあと、長門は立ち上がり、議論を総括した。

「相手の情報が少ないまま、我々は突入する事になる。従って資源の事は考えず、全力を投入する事になる。諸君の健闘を祈る」

 一糸乱れぬ敬礼に、長門は答礼した。 

 

 退室しながらそれぞれの艦娘が声を掛け合う。総旗艦も務める長門のもとに第一艦隊の各艦が集まってくる。隣の艦娘に長門は声をかけた。

「今更ながら奇妙な組むあわせだな。なあ、大和」

 大和もしとやかに笑って応じた。

「私の望みはみなさんと砲撃戦で決着を付けることだったのですが、みなさんとともに戦うことになるとは、わからないものですね。せっかくの晴れ舞台ですし、もう少し時間があれば、櫻の装身具も新調したのですけれど」

「櫻というのは、ぱっと散るのでしょう?死の象徴ではないの?」

「それは違います」

 不吉ではないかと言いたげなサウスダコタを、凜とした声で大和は切り捨てた。

「櫻は生者の象徴です。見事に生きてこそ見事に散ることが出来るのですから」

 少し表情を和らげて大和は続けた。

「死者の象徴というのならば菫でしょうか。黄泉津平坂で咲いていましたから」

 冗談めかして言う大和を見ながら、長門は夢想した。櫻の花びらをまとわりつかせた大和が、月明かり程の薄暗さの中、麓すら見えない坂を下っていく。見渡す限り菫が咲き乱れ、まるで大和のために道を空けているようにすら見える。大和から離れた櫻はひらひらと菫の上を舞い、闇の中に消えていく。

 そのとき、大和は何を考えていたのだろうか。先に逝った死者のことを考えていたのか、残された生者を想っていたのか。長門の想像の中の大和は、怜悧な美貌でそれ以上の想像を拒んでいた。

「ごめんなさい、少し失礼な事を言い過ぎたわ」

 サウスダコタが頭を下げた。

「お構いなく」

 鷹揚と大和は応じた。どこか上の空のようにも長門には感じられた。すでに来たるべき戦いに心が向いているのかも知れなかった。

「先に出ていますね。艦載機の子たちの最終確認をしますので」

 声をかけた赤城に向けて軽く頷き、長門はエンタープライズと握手を交わした。

「頼んだぞ、ビッグE」

「任せておいて!わたしのひいお婆ちゃんのお婆ちゃんなんて、旧大陸の骨董品共をけちょんけちょんにしてやったのよ!深海棲艦も同じようにしてやるんだから!」

 テンションが高い。けちょんけちょんというのはむしろ「骨董品」に近い言葉ではないかと長門は言いかけたが、武士の情けで喉の奥に押し込めた。

「はて、初代のエンタープライズ殿はもっぱら船団護衛に従事していたはずだが」

 PoWの台詞は「旧大陸」流の皮肉なのか、それとも素なのか、長門はあえて判断を避けた。ビッグEが反応する前に、POWは周りを見渡し、感慨深げに言った。

「しかし、この組み合わせで戦う事になるとはな。いや、我が英國から旅立った者たちがいつの間にかヤンキー魂とやらを持ってしまうのだ。世の中はどんな理解しがたいことだって起こりうるのだろうな」

「・・・・・・そうね。自由を尊ぶ独立不羈の合衆国市民の多くが、骨董品を先祖に持つってのはちょっと理解しがたい話だわね」

 もしかして仲が悪いのだろうか。お互い目を見て微笑み合う二人を見て、長門は初めて疑念を抱いた。

 

 ハルとエドサルが神通と第三艦隊の面々に挨拶している。彼女らは船団越えを主任務とする護衛駆逐艦のため、今回の作戦からは外れていた。

「ジンツーさん、我々の分もよろしくお願い致します」

 エドサルが日本流に頭を下げた。そのまま頭を上げようとしない。微笑んだ神通は、にわかにエドサルを抱きしめた。

「大丈夫ですよ。必ず布哇を取り戻してきます」

 抱きしめる腕に、更に力を込めた。

「エドサルさんのお話はいろいろ勉強になりました。伺った事を戦いに生かしてきます。たとえ前線でなくても、一緒に戦ってくれたエドサルさんの功績ですよ」

 この一言で、どれだけエドサルが救われた事だろう。神通が駆逐艦娘たちに慕われるのは、この母性が彼女たちに伝わっているからだろう。

 それぞれの挨拶のあと、艦娘達は慌ただしく飛行艇に乗り込んだ。少しでも疲労を避けるため、艦娘たちは飛行艇に搭乗し、深海棲艦の出現地域までできる限り近づいてから自力航行を行う。折しも中部太平洋上には大型で強い台風の発生が認められていた。天気晴朗ナラズシテ波高シ、か。そう思ったが口は出さなかった。軽口にしては不吉すぎるように思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

*1 電報をはじめ、関東大震災については以下の論文を参考にさせて頂きました。

「関東大震災における日米海軍の救援活動について-日米海軍の現場指揮官の活動を中心に-」 倉谷昌伺 海幹校戦略研究第1巻第2号

 

*2 大和と菫については、川崎展宏氏の次の俳句にモチーフを得ております。

  「『大和』より ヨモツヒラサカ スミレサク」 詞書:〈戦艦大和(忌日・四月七日)〉

 

 



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先陣

気がついたらかなりの時間が経っていました。
一応最後までのプロットは立っているので、続きをすぐに書けたらいいなあ・・・・・。
一言でも感想頂けたら幸いです。


 艦娘が次々に飛行艇に乗り込んでいく。艦娘自体が鎮守府から敵根拠地まで自力で航行する事は余り現実的ではない。もし本物の艦で行くならば、乗員は交替で休みことが出来る。しかし艦船であり人でもある艦娘は交代もできず疲労がたまるばかりである。従ってある程度の距離まで輸送船なり飛行機を使い、そこから出撃するという形態が多い。勿論、途中で会敵すればその時点で下船し迎撃する。

 長門は出撃する艦娘を全て見送ってから乗船するつもりだった。その長門の眼下で神通が水雷戦隊を整列させていた。芍薬のような淑やかな表情のまま、神通は問いかける。

「私たちは何者ですか?」

「水雷戦隊です!」

「水雷戦隊の役目は何ですか?」

「雷撃です!」

「雷撃でなにができますか?」

「戦艦も一撃で沈めます!」

「遠くからうってもはずれませんか?」

「一発必中の距離まで近づきます!」

「そんなことができますか?」

「そのためにで猛訓練を重ねました!」

「そのとおりです。水滸伝に曰く、『兵を養うこと千日。用いるは一朝にあり』。我々が艦娘として第二の生を得て以来、長きにわたって猛訓練をこなしてきたのは、まさにこの時のためです。皆さんが、私と共に、訓練の成果を発揮できるよう祈ります」

 駆逐艦が一斉に敬礼し、神通が答礼する。彼女の右手が降ろされると同時に嚮導役の陽炎が「出発せよ!」の号令を発した。駆逐艦娘が一斉に駆け出していく。彼女たちを見送った後、いつから気づいていたのか、神通は長門へ振り返ると、鮮やかな敬礼を決めた。

 神通も変わったな、と長門は答礼しつつ思う。昔はもう少しピリピリとしたしたものが感じられたものだが、今は余裕がおっとりとした印象となって現れている。水雷戦隊の指導についても海兵隊の訓練から、小学校教師を対象にした教育書まで読みあさって参考にしているようだ。神通は進み続けている、自分はどうなのだろうと思いつつ長門が手を下ろすと、一拍おいて神通も手を下ろし、きびきびとした動作で駆逐艦娘の後ろに続いた。

 長門が桟橋まで出ると、エンタープライズ、POW、大和らが既に集まっていた。何も言わずに長門に並び、あるいは続くようにして主力艦隊の面々は飛行艇に向かう。

 

 

「長門さん?」

「私だが」

 飛行艇の中で長門に声を掛けたのは金髪で筋肉質の白人だった。手にしていた地図を一部分だけ器用に広げて、長門に見せる。

「先行している無人偵察機との通信が途絶しました。連中、予想よりかなり手前に警戒陣を敷いていたようです。直ちに着水しないと撃墜される恐れがあります」

 男は手際よく長門達を下ろす地点を説明した。

「私は生まれも育ちも布哇です。いつの間にかこんなに日本語が上手くなってしまいましたが・・・。故郷のこと、お願いします」

「分かった。任せてくれ」

 他に言うべきことはなかった。 

 

 飛行艇が着水する。時速100キロというゆっくりとした着水速度のため、衝撃は思ったほどではなかった。ハッチを開いて艦娘達が次々と飛び出してゆく。こういうとき艦娘は便利だな、と長門は思う。艦だったら隊形を整えるのにどれだけ時間がかかることか

 すでに陽炎と夕雲が指示を出し、駆逐艦を中心として対潜・対空の警戒網を敷いている。暁も進行方向に向けて飛び出していき、前方の索敵を図っている。

「こちら陽炎。敵影なし。探信儀にも感なし」

「夕雲です。こちらも敵影なし。探信儀も感なし」

 報告を確認して、先ほどの男が飛行艇から声をかけた。

「深海棲艦とはすぐ会敵すると思います。当機は一旦避退した後、可能な限り機体を洗浄した上で離陸、帰還します。ご武運を!」

「そちらもな」

 するすると動き出した飛行艇に背を向けて、艦隊は動き出した。見送って時間を無駄にするよりも、すこしでも飛行艇から離れたところで迎撃したい。無人偵察機が消息を断った位置に向かって、東北東に進む。

「敵艦隊発見!」

 先行させた暁が、ほとんど進まないうちに報告した。距離を稼ごうと、欲を出して飛行艇に乗り続けていれば本当に撃墜されたかも知れない。

「敵艦隊に戦艦、空母らしきものなし。小型艦多数。水雷戦隊と認む」

「水雷戦隊、突撃する。我に続け」

 即座に反応した神通の声に駆逐艦達が応答し、増速して本隊からみるみる離れていき、新たな艦隊を形成する。先行していた暁も列に加わった。まるで一つの生き物のような艦隊運動だった。

「神通に任せよう」

 空母に向けて長門は言った。海が荒れ始めている。嵐がすぐそこまで来ていた。

 

 快速を生かして荒波の上を飛ぶように奔る水雷戦隊は、ぐんぐんと深海棲艦に近づいていく。人型や深海魚のようなグロテスクな敵の姿がはっきりと見えてくる。こちらに砲を向けているようだ。不意に、洋上に小さな火の玉が現れた。

「敵艦隊、発砲!」

 2番艦―ここでは神通の副官役だ―の陽炎が即座に報告する。発砲音が聞こえてくる。神通はまだ攻撃命令を出さない。

―ここで撃っても命中は期待出来ません。勿論敵も。

 遠くの方に水柱が上がった。ゆっくりと、音もなく空に伸びていくそれを、神通は苦笑しつつ確認した。

「敵弾、右舷後方遙か先に着弾」

 3番艦の夕雲の報告も苦笑交じりだ。上手下手を論じる以前の段階だ。

「発砲待て。もうすこし距離を詰めます」

 確認の為もあって口に出したが、駆逐艦娘は砲塔を持ち上げてすらいなかっただろう。もともとこちらから砲撃を開始する距離でもなし、慌てて撃ち返すような状況でもない。

 

 深海棲艦が第二射を放ち、水柱が上がる。諸元を修正したようにはみえなかった。

「その気になれば、こちらが相手に触るまで当たらないで済むかも知れないですね」

「握手しに行くわけじゃないですから、贈り物を渡したらさっさと帰りましょう」

 陽炎が軽口を叩いて、神通もそれに応じた。緊張感がないかとも思うが、正直そこまで気を張り詰める必要性を感じなかった。深海棲艦の砲撃が繰り返され、照準は少しずつ正確になるが、まだ当たる気配はない。水雷戦隊は波間を疾走していく。敵艦隊が第三射を放った。

 ―はて

 神通が懸念したのは砲撃の速さだった。その間隔は神通が訓練した駆逐艦娘達よりも明らかに早い。全砲門を半分に分けて撃つ交互射撃ならば間隔が速いのもわかる。しかしそれを考慮したとしても、砲撃精度から練度を考えると計算が合わない。

 機器の能力ですね。神通は結論を出した。おそらく揚弾・装填機構が段違いなのだ。距離が近くなればなる程―言い方を変えれば下手でも当たるくらいになれば―、深海棲艦が圧倒的に有利になる。

「各艦、左砲撃戦」

「!? ひだりほーげきせん!」

 各艦の復唱が遅れた。敵の下手ぶりをみて、こんなに速く命令が出るとは予想していなかったのだろう。神通は密かにため息をつく。判断力にまだ改善の余地ありですね。他人のことは言えませんが。

 実艦だったころのコロンバンガラ海戦での奮闘ぶりが知られている神通だが、彼女自身はその戦いに忸怩たる想いを抱いている。彼女は二水戦の最精鋭、すなわち帝国海軍の水雷戦の最精鋭をその身に乗せて米海軍の矢面に立ち、沈んだ。二水戦のエキスパート達もほぼ全員が彼女と運命をともにした。

 臆病と言われても探照灯の照射を他艦に任せていれば貴重な海軍の財産を失わずにすんだのではないか。そもそも先頭に立つ嚮導艦に人材を集中させる必要は無かったのではないか。彼女は迷い、試行錯誤しながら駆逐艦娘を鍛え上げていった。その間戦術だけでなく、コーチングや青年心理の教科書まで読みあさりながら、如何に水雷戦隊を築き上げるかに心血を注いだ。それはかつての自らの行動、二水戦の指揮官の行動を否定的に見つめ直す作業でもあり、時として吐くほどに辛い作業ではあったが、神通は誰にも話したことがない。川内や那珂にも。それは「二水戦の神通」としての矜持であった。

 

「皆さん。敵の射撃は下手です。しかし射撃速度を思い出してください」

 一拍おいた。

「このまま近づけば練度が機械の性能にどんどん勝てなくなっていきます」

 神通は通信に載らないよう注意しながらも呟かずにはいられなかった。

「『人の練度対機械の性能』?昔聞いた構図ですね」

 私たちは結局その構図から抜け出せないのでしょうか。

「相手に有利になるなる前に決着をつけます。訓練の成果を見せてください」

「陽炎準備よし」

「夕雲準備よし」

 その他の駆逐艦からも次々に報告が上がる。妖精達が照準を計り、装填し、艦娘が発砲する瞬間を待つ。

 今までよりはかなり近いところに水柱が上がった。水上を駆ける足の裏に、蹴られたような衝撃が伝わってくる。

「撃ち方始め」

「うちぃかたぁ、はじめっ!」

 復唱と同時に各艦が発砲する。砲弾はかすかな尾を引いて海面に突っ込んでいく。敵艦の手前にほとんどの水柱が立つが、数本向こう側に立つ。初弾狭叉を出した艦があるらしい。戦闘中でありながら後ろを確認する深海棲艦が見える。かなり動揺している。前の砲撃の結果によって照準を修正するのだから、一度姿勢を崩してしまうと、同じように撃つのはかなり難しい。一度照準を定めた二水戦に対し劣勢を挽回することは不可能だ。必殺の魚雷を使うまでもなかった。

 

「敵艦隊撃滅しました」

 戻ってきた神通の報告を長門は受領した。駆逐艦達は艦隊の航行序列に戻っていく。

「了解した。早かったな」

「練度が低かったですね。機材は良かったのに」

 肩を並べるようにして話していたのに、長門が神通を見上げるように相対位置が変わり、今度は見下ろすようになっていった。波がかなり高くなってきた。お互いに髪が風で流れないよう手で押さえている。雨はまだ降り出していないが、すぐにでも大降りになりそうな空模様だった。

「すこしでも布哇に近づきたいな」

 長門は神通にそう言うと、進撃の指示を出した。だが、長門の願いはすぐに裏切られた。帰還途上の索敵機が大型艦を複数含む艦隊を発見したのだった。

 



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対峙

かなり遅くなってしまいました。全隊のストーリーはできあがってるんですが難しいですね。
感想・評価いただければ本当に嬉しいです。



 長門の周囲にはエンタープライズやPOW、大和などが集まっていた。赤城は空母部隊で帰還してきた索敵機の着艦を指揮しているが、作業は難航しているようだ。空母の周辺を駆逐艦たちが走り回っているのが長門からも見て取れる。着艦作業が終わった艦から赤城に報告している。ちなみにエンタープライズは索敵機を搭載して居らず、長門のところにいた。

 深海棲艦の部隊とまもなく砲火を交えるという状態において、額を寄せ合うように集まっているのは事情がある。索敵機の情報を確認しないことには、うかつに戦闘に入ることもできない。普段なら隊内無線ですむのだが、今はほとんど機能していない。間近に稲光が走ったときには強烈な雑音が入り、長門すら耐えかねて電源を切ってしまった。

「ショーカクやソーデューたちが戻っていくわね」

 エンタープライズが呟き、POWがそれに応ずる。

「ソウリュウの所属機が最後に帰還したようだったな」

 報告を終えたらしい二人が定位置に戻り始めるのと同時に赤城がこちらにむかってくる。流石と言うべきか、横波を受けながらも進路がぶれることがない。赤城を見やる長門の耳に、エンタープライズとPOWの会話が入ってきた。 

「あんた、ソーデューのデューってどう発音してるの?」

「うむ、我流だがどうも舌を前にはじくのではなく、後ろに巻くようにするとそれらしく聞こえるようだな。所詮我々にとっては外国語だし、すぐに発音できないのは仕方あるまい」

「そうね。ありがと」

 普通の会話だったことにややほっとしながら、長門は赤城が近づいてくるのを待った。赤城の袴が突風にばたばたと音を立てるのが聞こえる。長門の電探もうなりを上げて震えているが、電探はともかく袴があそこまで風を受けては、まっすぐ立っているだけでもつらかろうに。

「全偵察機の報告をまとめました。前方に視認している艦隊を除き、索敵範囲内に敵影なし。それと、偵察機に損害が出ました。着水に2機、着艦に1機が失敗。妖精さんたちは全て回収済みです」

 長門は黙って赤城の顔を見つめ、続きを促した。

「各艦、航空甲板に損傷はありません」

 長門は一つうなずいて

「それは不幸中の幸いだった。とはいえ、この天候ではな」

「甲板が無事でも航空機は飛ばせないですね。妖精さんからも報告がありました。翔鶴さんの機が一番布哇に近づきましたが、どこまで飛んでも酷い嵐で、我々の周りが一番穏やかなくらい。全機母艦にたどり着けただけでも天佑神助の賜物だと」

 主力として期待した航空隊が無力化されたのは痛い。だが天候は誰に対しても公平だ。水上砲戦での決戦になるだろう。それはそれで戦艦の本懐であるが……。長門は進行方向の水平線あたりを見やった。深海棲艦は、無数の大波を越えた向こうに見え隠れしているが、ごま粒にしか見えない。こちらも可能な限りの速力で向かっているはずだが、思うように距離が縮まっていない。長門の視線を追いながら、赤城とPOWが言葉を交わす。

「先鋒があっという間にやられて、怖じ気つきましたかね」

「思うに水雷戦隊と水上砲戦部隊で同時攻撃をかけるつもりだったのではないかな。計画が崩壊してしまったから、単独で攻めて良いものか考えがまとまらない」

「水雷戦隊が逸りすぎたのでしょうか。もう少し待てば同時に攻撃をかけられたのに」

「兵力の逐次投入は愚策でしかないからな、狙ってやったとは思えんが・・」

 彼女たちも敵艦隊の意図を図りかねているようだ。

「なんて煮え切らない人たちなんでしょう」

 神通が一言感想を述べて、長門は思わず振り向いた。ついさっきまで水雷戦隊をまとめて待機させていたのだが、いつの間に側に来たのだろう。

「戦闘部隊が敵を目の前にして躊躇するなど」

「そう言うな、ジンツウ。貴隊の責任でもあるのだぞ。綿密に建てられたであろう作戦計画が、ニスイセンの余りの強さに一瞬で瓦解してしまったのだからな」

 苦笑しながらPOWが窘める。神通は普段通りの凜々しさと上品さを兼ね備えた態度であるが、心底憤ってもいるようだ。

「長門さん、意見具申します。再度水雷部隊を先行させて彼の行動を拘束すべきです」

 優速部隊によって敵の後退路を塞ぎ、場合によっては戦闘を行う間に、戦艦主力の部隊が追いついて殲滅する。簡単に言えばそのようなイメージである。

「意見具申感謝する。現状取り得る最善の策だと思う」

「ありがとうございます。それでは」

「待て」

 身を翻そうとする神通を、長門が呼び止めた

「この大嵐の中での単独行は負担が大きすぎる。少しずつではあるが彼我の距離は縮まっていることだし、もう少し待った方がいい」

 長門としては水雷戦隊の疲労や補給を心配せざるを得ないし、今は逃してもしょうがないと考えている。無論、各個撃破できるのであればそれに越したことはないが。

「弓は引き絞った方が強い矢が打てる。長門の言うことにも一理あるかな」

POWも口添えする。一理あるという持って回った言い方をしているが、すぐ突撃することには反対なようだ。

「ねえジンツー、貴女出撃前に海兵隊の訓練(ドリル)みたいなことやってたわね」

エンタープライズが話しかけた。神通を引き留めるつもりらしい。

「ええ、色々勉強していく内に取り入れました」

 逸る神通もさすがに無視はできず、きちんと答える。

「じゃあの新兵教育プログラムなんかも取り入れているの」

 エンタープライズしてみればただの時間稼ぎで、意味のある質問ではなかったのかも知れないが、神通は少し答えにくそうに考え込んだ。

「いえ、主な部分は取り入れていません。海兵隊の訓練は生身の人間をして弾雨に飛び込ませるためのものですから」

 銃弾や弾片一つが十分に致命傷になる人間は、恐怖を麻痺させる、ある意味では人間性を捨て去る訓練が最適なのかも知れない。しかし艦娘という存在は違う。砲弾が一発当たったからといって手足がちぎれ飛ぶこともないし、銃弾が通り過ぎる時の、脂身をフライパンで転がすよう音に恐慌を来すこともない。ならばそんな訓練をする必要はないのではないか、そのようなことを神通は一つずつ語った。そして少し語りすぎたと思ったのかもしれない。かすかに顔を赤らめて一言でまとめた。

「例えば、ですね。うちの暁さんが『微笑みデブ』のような目をし始めたらどうでしょう?私はそんなものを見たくないのです」

「微笑みデブ?」

 いきなり出てきた単語にエンタープライズは面食らったようだが、長門も赤城もPOWも、かすかな笑みを浮かべてうなずいた。「微笑みデブ」は映画の登場人物だ。不器用で失敗が多く本名すら呼んでもらえない新兵だったが、狙撃兵としての能力を開花させていくとともに、人間性をすり減らしていく。

 軍人としての長門は、その映画は好きではない。存在を否定されたように感じるからだ。軍人とは人間性と正反対の位置に立たざるを得ないことも理解しているが、それでも哀しすぎる描き方であるように思ったのだ。だからこそ、その方向性を選ばなかった神通に長門は共感した。赤城もPOWも同じ思いなのだろう。しかし、あの映画をPOWに誰が見せたのか。

「おや、その暁さんが」

 照れ隠しからか、よそ見をしていた神通がそう呟いた。先ほど自分がやってきた方向に目をやっている。長門も同じ方向に視線を向けると、暁がこちらに向かって来ている。大波によろけそうになり、波間に隠れた後は、流されて全然違う場所から姿を現す。赤城よりも遙かに苦労しながらも長門の元にたどり着き、長門に向かって声を張り上げた

「長門さん、神通さん、各駆逐隊より意見具申!『突撃命令マダナリヤ』!」

 長門は暁の顔を覗き込み、きらきらとした瞳を確かめたとき、顔が綻ぶのを抑えられなかった。艦娘は人間ではないのかもしれないが、非人間的な存在ではない。そう確信することができたのだ。

「何!?どうしたの!?レディーの顔をまじまじと見るなんてマナー違反よ!」

 暁が両腕で体を抱えるようにしながら長門から後ずさる。もちろん、部隊全体としては嵐の中を前進し続けている。

「え、私なんか間違っちゃった・・・・・・?」

 はっきりと涙目になる暁にPOWが声をかけた。

「心配することはない、アカツキ。貴女は立派なレディーだ。私が保証する」

「ほんと?」

「本当だとも。この私の名誉にかけて保証する」

 胸に手を当てて礼をするPOWに対して、暁が首を傾げた。

「じゃあ、なんで長門さんは私をじろじろ見たの?」

「簡単なことだ。ナガトはアカツキのことが大好きだからさ」

 冗談めかした言葉に、暁は瞬間移動したのかという勢いで、先ほどの数倍の距離を後ずさった。

「ちょっと長門さん!気持ちは嬉しいけど、でも、その、ええと、困るの!!」

「待て!勘違いするな!!そういう話じゃない!!」

「ナガトの言うとおりよ、アカツキ。私もあなたのことが大好きなんだから」

 エンタープライズが膝まづくようにして-前に進みながらどうやってそんな器用なことができるのか、長門には目の前で見ていても分らなかったが-暁を抱きしめた。

「私もナガトも、ヤマトもPOWも、みいんな貴女のことが、だあいすき。貴女のきれいな目は、みんなの希望なんだから」

 母親がぐずる娘をあやすようだったが、暁は平静を取り戻したらしい。

「そ、そう!?私はみんなの希望なのね!当然よ!レディーなんだから!」

 胸を張った暁に、皆がうなずいた。彼女たちには笑顔でいてもらいたい。艦娘は人間ではないのかもしれないが、人間的でない目をする必要はない。それはその場にいた「大人」たちの総意だったろう。

 

「すまないな、あんな勘違いをするとは思わなかった」

「パブリックスクールの文化に浸っているあなたが、それに気づかなかったのかしらね」

 暁を見送った後、本当にすまなさそうに謝罪したPOWにエンタープライズが疑わしげな眼を向ける。英国のパブリックスクールでの同性愛は、幾度も創作の題材になっている。

「私自身がパブリックスクールに通ったわけではないからなあ。今回は信じてくれ。本当に予想していなかった反応なのだ」

「『今回は』……?」

「信じよう。そもそもこの状況では些細なことだ」

 細かいところに反応したエンタープライズを抑えるように長門が言った。敵に向かって進んでいる状況でこんなやり取りをしているのは、あまりにも気が緩んでいるのではないかと危惧したのだった。無駄話をしている間に彼我の距離が急速縮まってきていた。

「神通と暁の具申通り、水雷戦隊が牽制しつつ、水上砲戦に持ちこむ。空母部隊は後方に下がって待機せよ」

「空母部隊、後方に下がり待機します」

 赤城が復唱し、エンタープライズとともに空母部隊に戻りながら手振りで指示を下すと、空母達が隊型を整えつつ、速度を落として距離を取り始める。まるでパズルが組み替えられていくようで、即席部隊とは思えないほどに統制の取れた動きだった。

 神通も敬礼をして水雷戦隊にもどりつつ、右手を大きく左上に払う。それだけで神通の意図を察した駆逐艦たちの歓声が、咆哮する嵐の中でもかすかに聞こえてきた。



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雷鳴

随分遅くなってしまいましたが、本格的に戦闘が開始します。一言でいいので、感想いただければ幸いです。


 巨大な丘陵と見まがうような大波が目前に迫ってくる。二水戦は単縦陣で一気に駆け上る。頂上に達した瞬間、足が水面から離れ浮遊感に包まれるが、それを振り払うように斜面すれすれに急降下していく。着水するときは膝と足首を柔らかく使い、殆ど波しぶきを立たせない。スキークロス、集団で行う直滑降に似た競技のように、素晴らしいスピードでいくつもの波を駆け上がり、飛び越え、滑り降りる。神通が着水したのとほぼ同じ場所に、陽炎、夕雲、後続の駆逐艦が次々と数滴の飛沫だけを残して着水し、疾走していく。

 

 幾度波間に深海棲艦を見た頃か。大波の間隔が空いたところで神通は右手を真横に、水平に掲げた。すこし速度を落として左舷に流れるように動く。

 神通に近い駆逐艦娘たちは彼女に合わせて速度を落として左にずれ、、逆に殿に近い駆逐艦娘ほど速度を上げて面舵をとる。水雷戦隊が反時計回りに90度回転し単横陣へと隊形を変換していく。

 神通は上げたままの右手の先を見た。伸ばした指が指し示す位置に2番艦の陽炎がいる。3番艦の夕雲の姿も陽炎のかげからちらちらと見えるが、彼女より先は一直線にならんでいるのだろう、神通からは捉えることができない。完全に横一線になったのを確認して、神通は右手を下した。覆いかぶさってくるような大波を削り取るように逆上がる。頂上に達して重力から一瞬自由になったとき、かなたの深海棲艦が目視できた。あっという間に重さのある世界に引き戻されたその時、水墨画のような淡い影でしかなかった深海棲艦が、砲炎にはっきりとしたコントラストを伴って浮かび上がった。一拍おいて砲撃音が響く。深海棲艦の砲撃は神通を飛び越え、彼女の作った白い航跡の上に集中して着弾する。

 先ほどまでの単縦陣なら、1番艦が波を超えてきた地点を撃ち続ければ2番艦以降に砲弾をたたきこむことも容易かっただろう。しかし神通は相手の砲撃タイミングを見切って隊形を変更し、全艦に同時に波を越えさせて深海棲艦がタイミングを計ることを許さなかった。あと2つも水の丘を越えればこちらからも砲撃が開始できる、神通がそう思ったその時、空の上を通り過ぎていく音に気づいた。

「雷鳴・・・?」

 あるいは砲撃音が雲に反射したのか。それ以上神通は気にも留めなかった。敵の砲撃が量と速度を増している。大波の中で曲射に近い状態とはいえ、まがりなりにもこちらを狙っている実弾射撃である。他のものに注意を逸らすべきではなかった。

 

 

 風雨のうなりの中、腹に響くような砲撃音が聞こえる。間隔や音の重さからして、戦艦クラスの砲撃のようだった。水雷戦隊が襲いかかっていく様は、長門達からもかろうじてだが確認できた。プールの上でも難しいであろう艦隊運動を嵐の中で集団行動さながらの練度で実行し、主力艦群の護衛部隊を葬り去さろうとしている。深海棲艦は、全力の回避運動で自らの轟沈を少しでも遅らす時間稼ぎが精一杯のようにすら見えた。

「こちらももうすぐ深海棲艦を射程内に捉えられそうだが、暫くは当てられぬだろうな」

 POWが深海棲艦に狙いをつける真似をしながら言った。

「足止めとはいえ、水雷戦隊で戦艦隊と戦うのは骨が折れるだろう。早く行ってやらねば」

 これほどの悪天候では通常の砲撃戦で戦果は期待できず、直射で狙える距離まで近づかないといけない。長門たちと神通たちとはかなり距離が離れてしまっている。一つ頷き、長門は命令を発しようとする。そのとき嵐とも砲撃とも違う音が、かすかに長門の耳に入ってきた。左舷前方から、長門たちとすれちがうように動いている、ように思える。

「前進強速。敵砲戦部隊を殲滅する」

 構わずに長門は号令した。すでに水雷戦隊は敵護衛部隊を拘束している。その隙に戦艦同士で砲戦の決着を付けたかった。

 

 

 赤城はかすかに首をかしげた。波に持ち上げられ、すとんと波間に落とされる。髪の毛は風に引っ張られるようにして流れ、雨は頬を打つ。そんな中でも赤城は自然体であった。

「電探、反応どうか?」

 赤城は護衛に付いている五十鈴に問うた。航空戦隊専任の直衛は、彼女のみである。

「乱反射がひどく、役に立ちません。電探では神通さんたちも波と区別できないほどです」

「下ではありません。空はどうですか」

「……空も同じです。天候の影響か、妨害電波でも出てるのか、意味のありそうな反応は解析できません」

 返答に間が空いた。問われて初めて空を走査したようであった。

 嵐と、それに神通たちと深海棲艦の砲撃の音に紛れているが、ひどく聞き慣れた音が間近に来ている。そんなはずはない。こんな天候で来るなんてあり得ない!赤城の常識が否定する。現に来ている、すぐそこまで!赤城の経験が反論する。

 ほら、来る、来る、来る!

 

 来る!

 

 「各艦、対空警戒を厳とせよ!」

 赤城は自分の経験を信じた。そして、仲間たちは赤城を信じた。

「対空警戒を厳とする!」「た、対空警戒!」「All hands, your battle stations !」

 戸惑いをにじませる艦娘もいたが、全員が即座に反応した。妖精たちは艦娘の肩や頭によじ登り、仁王立ちになって小さな双眼鏡で空をにらみ、対空砲を振り上げる。艦娘たちは即座に回避行動に移れるよう、お互いの間隔を開きつつわずかに関節の力を抜く。

 何も起こらず、張り詰めた緊張が緩みかける直前、低く立ちこめた雲が突然爆発した。否、敵機が雲を突き破って急降下してきたのだ。間髪入れずに空母とその護衛の艦娘たちが射撃を開始する。最初に突っ込んで来たタコヤキは数艦の集中射撃を受けて爆散する。その次は突っ込む方向に迷うようなそぶりをとり、行動を決める前に炎に包まれた。しかし射撃が集中した分、続々と降下してくる他の敵機への攻撃は薄くなり、彼らは一気に距離をつめる。

 各艦は自分に向かってくる機体に攻撃を集中し、余裕のある艦は味方を援護する。直近に迫った機体に射撃が集中した分、あらたに雲を突き抜けた敵機にはさらに弾幕が薄くなる。マイナスの連鎖が重なるなか、いくつもの航跡が白く輪を描きはじめる。敵機から見れば、平和の象徴、オリンピックマークを大海原に描いているように見えたかもしれないが、それもすぐに嵐の海にかき消される。どちらの側に破滅がもたらされるかは、迎撃と回避のコンビネーションダンスにかかっていた。

 

「長門さん!空母部隊が発砲!回避運動を開始しています」

「なんだと!?」

 大和の呼びかけに長門は振り返った。砲撃音には気づいたが、不覚にも前方からのものと誤認していたのだ。無線は至近距離でなければ機能していない。黒い影が舞うのが雨の緞帳に透けて見える。海上に爆炎が吹き上がり、周囲を白く染め、艦娘のシルエットを浮かび上がらせる。ちょうど連続した雷鳴にかき消されたか、爆発音は聞こえなかった。

「空襲・・!?」

 かすれた声で長門は呻いた。一瞬後我に返り、怒鳴る。

「全艦-」

 空母を援護せよ、と発する前に、長門の周りに水柱が立った。長門だけではなく、POWにも大和にもだ。今まで後退を続け、回避に徹していた敵の戦艦部隊が急進して来ている。彼女らの護衛部隊は、彼女らの前進を援護するため神通達との間に割って入り、見ている間にも次々と沈んでいく。護衛だけではなく、彼女らの意図を察した二水戦の攻撃に行動不能になる戦艦もいるが、それでも戦艦部隊は長門達を狙い続けた。

「これでは対空支援は・・!」

 大和が悲鳴を上げた。このまま相手に背を向けて赤城達に向かえば、こちらが滅多打ちにされかねない。

「計られた!」

 POWが長門の気持ちを代弁ように吐き捨てる。

「拘束されているのは我が方だ!」

「全艦突撃せよ!目標敵戦艦隊!」

 長門は決断した。全速で戦艦に向かう。早く叩き潰さねば、空母達の援護すら出来ない。 

  それでも長門には理解できないことがあった。目に刺さるような雨にかまわず、波を突き破るように走りながら、自分を抑えきれず怒りといらだちを込めて怒鳴る。

 「ばかな!この嵐の中でなぜ!」

 長門は深海棲艦の戦艦をにらみつけた。彼女たちの護衛部隊は為す術もないまま掃討され、神通達が本体に襲いかかっている。そのような状況の中で彼女は、深海棲艦は狼狽える長門を見て勝ち誇った笑いを浮かべた。表情など判別できる距離ではない。しかし長門は確かに見たと思った。

 次の瞬間彼女の体に着弾が発生し、それた砲弾が周囲に水柱を生じさせ、よろめいた彼女の体を隠す。さらにその水柱を消し飛ばすように巨大な水柱が一つ生じた。魚雷が命中したのだろう、さらに一つ、また一つと水柱は数を増やし、最後の水柱が海面へと吸い込まれた後には深海棲艦の姿は消え去っていた。長門の胸に嘲笑だけを刻みつけて。

 

 

 

 敵の攻撃がピークを越えた。そう見て取った赤城は素早く周囲を確認する。蒼龍が艤装から煙を噴き上げているが、弓や甲板は無事なようだ。翔鶴は膝に手をついて、大波に揺さぶられるに任せている。発着艦が可能か微妙なところだ。さらに彼女に攻撃を加えようとする敵機に、赤城は横合いから対空射撃を加えた。敵襲が無くとも海面が荒れすぎていて戦闘機を発艦させられる状況ではない。妖精達の対空射撃が頼みの綱だ。だが、どうにか凌げたようだ。

 黒煙を上げて退避しようとする敵機を、赤城はどこへ行こうというのかと皮肉な気持ちで見やる。高度を上げることも出来ず、すぐに海に飲み込まれているだろう。奇襲もどうやら凌げたようだ。だが敵機は不意に機首を翔鶴に向けた。まるで迷いが消え去ったかのようにまっすぐに彼女に突っ込んでいく。

  赤城が叫ぶよりも早く翔鶴は敵機に気づいたが、目を見開いて体をかがめることしか出来なかった。彼女の肩をかすめるようにして、敵機は海に戻っていった。

「て、敵機が!」

 誰かの悲鳴に空を振り仰ぐと、損傷を受けた敵機が次々と艦娘に向かっていた。途中で力尽きて落ちる機体もある

 赤城にも猛烈な対空射撃にひるまずに、いや、もはやよけるそぶりすら見せずに敵機が突っ込んでくる。片翼をもぎ取られた敵機がスピンしながら赤城にぶつかってきた。咄嗟に背中の矢筒を引き抜いて叩き落す。矢筒から散らばった矢を空中で数本わしづかみにして弓につがえ、同時に襲い掛かってきた2機を至近で一度につらぬき爆発させる。飛び散った破片が道着を引き裂き、弓弦を切り、右腕と腹にめり込んだ。顔がゆがむのを抑えきれず、悪鬼のような形相でさらに飛び込んでくる敵機をにらみつけた。腕は力を入れてもひどく痛むだけで、上がらなかった。

 

  目の前の敵機が吹き飛び、一度海面で撥ねた後はじけ飛んだ。乱れた髪を透かして、仁王立ちしている艦娘の背中が見えた。エンタープライズだった。飛行甲板がひしゃげている。

「エンタープライズ!私なんかのために飛行甲板を・・・!」

「ハッ!!貴女が警告してなければ、今頃みんな海の底よ!」

「だからってそれじゃ任務遂行ができないじゃないですか!」

「お生憎様。見殺しなんてのはアタシの流儀じゃないのよ!」

 もう一機叩き落してから、エンタープライズはあたりを見回した。エンタープライズの航空甲板は、本当の蠅叩きぐらいにしか使えまい。

「敵機は……もういないわね。あらかたはたき落としたかしら」

「被害は……?」

 体を伸ばすことができず、顔だけあげながら赤城が訪ねた。

「見たところ全員生きてるわね。今の体当たりでかなりダメージが出たみたいだけど」

 エンタープライズの上では妖精が「アツマレ」と発光信号を繰り返している。彼女の肩を借りて赤城は体を起こした。顔がゆがむのを完全には抑えきれなかった。空母が皆彼女たちの周りに向かってきており、さらに遠くには戦艦部隊と水雷戦隊の姿も見えた。何隻か先行してこちらに向かっている。彼女らが到着するまでは、傷ついた空母達と五十鈴だけで警戒を行わなければならない。五十鈴の顔は、声をかけるのが躊躇われるほどゆがみ、強ばっていた。

 

「エンタープライズ!」

 接近してきたワシントンがラムアタックでもかけるかのような勢いで彼女を抱きしめられた。

「エンタープライズ!大丈夫だったか?すまない、私が付いていながら・・!」

「わかったから!わかったから、ちょっと離れなさい!」

 抱きついてきたワシントンの顔を掌で押しやるようにして、体を離す。

「ごめんなさい、エンタープライズ」

  反対側からサウスダコタが声をかける。しょげかえっている。

「気にしないで。私もアカギがいなかったら沈んてたわよ」

 米戦艦は改めて赤城に気づいたようだった。

「アカギ、申し訳ない。まったく援護が出来なかった」

「砲戦部隊と空戦部隊が引き離されましたから。仕方ありません」

 赤城はどうにか微笑みをつくって応じることが出来た。一人で立つことも出来ている。体をまっすぐ起こすことは出来なかったが。

「ナガトたちは?」

「水雷戦隊をまとめてからくるそうだ。先に行けと我々に言ってくれた」

「こちらも被害を集計しないとね」

 エンタープライズのつぶやきに赤城が応じた。

「飛龍さん、蒼龍さんは中破しています。翔鶴さんも中破ですが、航空機の発艦に支障はないでしょう」

「そしてアタシが中破で貴女(アカギ)が大破と。・・・・・・その怪我で、しかも短時間によく確認する余裕があったわね」

「これも仕事ですから」

「日本人ってのは、仕事を神聖な義務(ノーブレスオブリージュ)のように扱うのね。・・・・・・ナガトを待ちましょうか」

 

 

 長門と大和、神通を先頭にして砲戦部隊、水雷戦隊の面々がこちらに接近してきている。いずれの顔も険しいが、特に神通は青ざめてしまっている。

「申し訳ありません。私がみすみす囮に飛びかかって」

「命令したのは私だ。君はそれを実行しただけだ」

 神通の謝罪を横から遮り、長門はことさら冷たく応じた。取り繕いや慰めで言っているわけではないことをそれで伝えたつもりだった。  

「君たちは命令を完璧に遂行した。格上の敵艦隊を殲滅したではないか」

 神通は一礼して引き下がった。彼女も指揮官だった。

 赤城が空母部隊の状況を報告した。一見して分かっていたが、言葉にして確認すると状況が重くのしかかってくるようだった。 

「航空戦力は実質消滅したな」

 POWのつぶやきに赤城は声をしっかり保って返答した。

 「それでも囮ぐらいにはなりますが」

 長門は赤城を正面から睨みつけた。

「航空甲板に大穴を開けてか?馬鹿なことを言うな。囮のための囮などいらん」

「全隊で戻るという手も・・」

 蒼龍の提案は痛手の大きさを考えれば妥当なものであったが、大和が首を振った。

「敵艦隊が全滅したことから通信妨害が回復しました。すぐに布哇と連絡が取れたのですが、通信直前から深海棲艦の攻撃が本格化しはじめているという情報が入っています。現状、真珠湾の港湾施設が打撃を受けているようです」

 空母部隊からかすかにうめき声が漏れた。時間が無い。出直しという手は取れないということだ。

「なんてこと。最悪のタイミングね」

 エンタープライズが吐き捨てた

「狙ったのかも知れません」

「どういうこと?ショーカク」

「タイミングが良すぎます。我が艦隊を引き込むため、真珠湾に攻撃をかけている可能性があるのでは」

 深海棲艦としては、当然艦娘主力部隊の殲滅を狙うだろう。「全軍撤退」という選択肢は削っておかねばならない。艦娘の目的は布哇救援なのだから、攻撃を厚くして助けを求めさせれば、損害があっても布哇に向かわねばならない、というわけだ。

「全滅した敵艦隊が最後の最後に作戦成功を打電したという訳か」

「あるいは電波妨害が消えたことを合図としていたのかもしれませんが」

 

 

(水上砲戦部隊が誘導していたのか?)

  長門は心の中で呟いた。当初は水雷戦隊が触接を続けてこちらの妨害も兼ねた電波で航空部隊を誘導した。通信はできないが、発信位置だけなら大まかに見当が付くだろう。砲戦、水雷、航空の3部隊で同時に攻撃をしかける計画だったのかも知れない。しかし神通たちの神速の攻撃で完全には遂行出来なかった。だからこそ、水上砲戦部隊が後退して時間を稼ぎ、航空隊を誘導した。この天候で艦娘はみな油断していた。

 航空機はどこから来たのか。暴風圏ぎりぎりまで接近させて発艦させたのだろうか。帰還のことは考えているのか。もしかしたら戻ってくる気などなかったのかも。そのことに思い当たったとき、長門は背中に氷の柱を突っ込まれたように感じた。

 

 

 「しかし、深海棲艦(やつら)がカ・・・・・・、捨て身の攻撃を仕掛けてくるなど。そんな例はあるのか?」

 一瞬言い淀んだワシントンに、伏し目がちだった神通が一瞬視線だけを向ける。それを視界の隅に捉えながら、物思いから引き戻された長門は首を傾げた。

「少なくとも聞いたことはないな。・・・・・・ここまで周到に計画したにも関わらず、赤城の指揮にやられてしまった。おめおめと戻れないと思ったのかも知れないな」

「彼らにあるのかな?そんな人間的な感情が」

「人間的な感情とやらを、人間以外が持ってはいけないかね?」

 長門の反問にワシントンは絶句した。彼女の判断では、艦娘はどちらに入るのだろうか。彼女が言わんとした言葉にひっかかったせいか、長門はやや意地悪な好奇心を抱いた。

「それは今検討してもしょうのないことね。我々はどうすべきなのかしら」

 サウスダコタの発言にPOWが応じた。

「空母は撤退させる。我々が全力で突っ込めば深海棲艦も空母まで相手にする余裕はなかろう。ナガト、どうかな」

「そうだな。我々は敵主力の殲滅に全力を尽くす。布哇の救出を絶対条件とすれば、そもそも空母の護衛に戦力を割く余裕はない」

「よし決まった!ならば早く動いた方がいいわ。私たちは戻る。貴方たちは突っ込む。それでいいわね?」

 エンタープライズはてきぱきと指示を出した。まるで早く出発すればまた戦いに参加できるとでも思っているかのようだった。曳航しなければならないような損傷を受けている艦娘はいないものの、艦娘の速度では間に合うどころか母港に帰る前に戦いが終わっている可能性が高い。長門はエンタープライズが士気を下げないように胸を張っていると感じ、心の中で頭を下げた。

 

 空母部隊は全速で避退し、主力部隊は全速で突入する。別れ際にお互いに見事な敬礼を交わした。

「昔を思い出しますね・・・・・・。まるゆさんともこんなことをしました」

 一瞬だけ風が収まったせいか、懐かしそうな大和の呟きが長門の耳に入ってきた。

 

「でも覚えておいてね。やられっぱなしは気に入らないの。I shall return!」

 エンタープライズが去り際にそう告げたとき、日本艦の誰もが表現しがたい顔をした。実に嫌な台詞だったが、同時に福音のようにも感じられたからだった。

 

 

 



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