人の造った戦士 (望夢)
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人の造った戦士

最近クウガのSSの勢いが強くて嬉しくて衝動書きした。クウガははじめてみたライダーだから思い入れは深いですね。


 

 硬いアスファルトの上に花束を置いて、そっと手を合わせて黙祷を捧げる。

 

 国道沿いの歩道には同じように花束がいくつも置かれていた。自分と同じように家族を失った人が置いていったものだろう。

 

 13年前。未確認生命体第零号が初めて人を大勢殺したこの場所。

 

 あの日、ここで未確認生命体第零号によって行われた大量虐殺唯一の生き残り。

 

 今でも忘れる事はない。突然断ち切られた日常。愛する人は永遠に戻らない。理解不能の暴力によって平穏を奪われてしまったあの日の夜を。

 

 目の前で燃えて灰になった両親。

 

 炎に巻かれて焼かれていく妹。

 

「アハハハハハ、アハハハハハハハ――!!」

 

 耳にこびり着く笑い声。

 

「次は、君の番だよ」

 

 目の前で家族を焼き殺されて、その魔の手がアスファルトにへたり込んでいた自分の顔に伸びてくる。

 

 両親が燃えたのは一瞬だった。実感の湧かない両親の死。

 

 しかし妹の死は違った。目の前で、見ている前で火だるまになって苦しみながら死んだ姿は現実だった。

 

 目の前から歩み寄ってくる白ずくめの男の顔には、なんら雑じり気のない笑顔が浮かんでいた。人を殺しているのに笑っている。この男にとって殺しは当たり前の様な気軽さで行われ、人の悲鳴を聞いても笑顔になるだけ。

 

 どこまでも純粋に浮かべられた笑顔が焼きついて離れない。

 

「っ!?」

 

 気づけば身体はびっしょりとベタついた酷い汗を掻き、胸は苦しさを訴え、呼吸が荒れる。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……っ」

 

 10年以上が経っても、一瞬で家族を奪われた悲しみは消えることはない。胸に穿たれた穴は埋まる事はない。

 

 未だに人の浮かべる笑顔を直視出来ない。苦笑いみたいなものならまだ大丈夫でも、喜びを浮かべる様な笑顔は未だに心に焼きついた傷を抉ってくる。

 

「九条くん? 九条くん、大丈夫か!?」

 

「……一条、さん」

 

 心配そうに自分に声を掛けてくれたのはコートを着たハンサムさんこと一条さん。

 

 第0号によって家族を失って、面倒なトラウマまで抱えてしまった自分に親身になって面倒を見てくれた人だ。

 

「……どうして、此処に?」

 

 警視庁の公安勤めとあって、こんなところにフラリと来るような人でもないはずなのだが。

 

「非番でね。そして何気なく、今日がその日だと思い出してね」

 

「……そう、ですか」

 

 一条さんに肩を借りながら立ち上がる。苦しいほどに締め付けてくる胸を抑えながら。

 

 第零号の虐殺からの唯一の生還者として一時期は取り沙汰されたこともあった。

 

 だが今ではそんなことを覚えている人なんていない。

 

 未確認生命体事件は過去のものとなって久しい。

 

 未確認生命体事件の主だった舞台だった東京都では遺族がその事を深く胸に抱きながら日々を生きている。自分もその一人だ。

 

「……もう、大丈夫です。すみませんでした」

 

「そうか。いや、少し休もう。近くにカフェがあったな」

 

「だ、大丈夫ですって! ホントに」

 

「無理をするな。顔に書いてある」

 

 そう言われてしまうと反論できない。誤魔化そうとしてるものの無理をしているのは事実だった。この発作が起きると暫く心臓が潰れてしまいそうな程に痛くなる。PTSDと診断される程だ。あの時の傷は、未だに自分に深い傷を残している。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼を連れて近くのカフェに入る。とはいえ天気が良い為外のテーブル席に座る。外の空気のほうが気分転換になると思ったからだ。

 

「カフェラテで良かったかな?」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 カフェラテの入ったカップを渡しつつ、自分も席に着いてカップに口を着ける。

 

「……落ち着きました」

 

 とはいうがそれでも顔色は悪い。やはり未確認生命体の事件で負った傷は未だに深いのだろう。五代もそうだ。この13年、連絡らしい連絡はなく、そしてそれは未だにその心を癒す旅をしているのだろう。

 

「仕事の方は、最近どうなんだ?」

 

 話題を変えるために取り敢えず彼の仕事の事を訊ねてみた。

 

「暇ですよ。いや、暇なのが良い部署ですからね」

 

 彼の所属する部署はかつて自身が所属していた部署の系譜を持つ部署である。

 

 未確認生命体対策班に所属している。

 

 その仕事は公安でも把握しきれない機密に包まれている。それでも23歳の若さで刑事になっているのだからかなり優秀な警察官になっただろう。

 

 しかし未確認生命体事件の終息が宣言されて久しい今、その部署は予算の無駄遣いや穀潰しの揶揄を受けている。

 

 警察組織内部でその様なことが起こっているのは心が痛いが、その部署は謎が多いのもまた揶揄に拍車を掛けてしまっている。

 

 職務内容は過去の未確認生命体事件の精査と資料保全、有事の際の捜査特権と出動権限である。

 

「未確認生命体が現れなければ暇ですからね」

 

「未確認生命体は……」

 

 あの時、五代が零号を倒したことで未確認生命体事件は終息宣言を出された。

 

 そして合同捜査本部は解散されたのだが、それでも暫くは続いた模倣犯も現れた事件もあった為に警視庁の方で人員が動いていたのは捜査報告でも確認できる。

 

 だがそれが今では公安でも閲覧出来る情報が制限されてしまっている。

 

 危なければ良いが、それでも心配くらいはさせて欲しい。

 

「本当に居なくなった。そうは自分も思いたいけど、考えたくはないです。忘れることは簡単でも、忘れてしまってはならないこともあると思います」

 

 寂しそうに、そして悔しそうに揺らぐ彼の目。その目は忘れられないものだろう。

 

 そして、そんな彼の言葉を証明するかのように事件が起きた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 未確認生命体対策班の業務は13年前に起きた未確認生命体関連事件の精査と、当時の書類の保管と保全を主に担当している。さらには未だに思い出したかのように時折起きる未確認生命体事件の模倣犯の取り締まりも行っていた。

 

 未確認生命体第零号の悲惨過ぎる犠牲者数も相まって、未確認生命体事件の模倣犯については厳しい刑罰が下されるのだが、その関連事件はニュースに取り上げられる事もなく一般人の目には触れることはない。そもそも同じ警察組織にも報告は上がらずに上層部以下はこの未確認生命体対策班だけの戒厳令事項でもあった。

 

 そんなこんなで、穀潰しと言われようとなんと自分は仕事をしているという自負はある。

 

 ヘルメットを被り、似合わないながらも少し大きめのサイズのサングラスを掛けてかなりゴツい印象を受ける白バイに股がる。資料保全部署にしては似つかわしくない装備だが、制式な装備品として置かれている物だ。

 

 右グリップは態々取り外されており、乗る度に一々突っ込んで取り付ける手間はあるが安全上の問題で必要なのだ。さらにはメーターの下にあるダイアルでパスワード「2000」を合わせてセルをスタートさせる。

 

 腹に響く重低音を感じながらアイドリングをさせて出発する。

 

 日の光に照らし出された白バイは白バイと名乗って良いものか果たして微妙だ。なにしろ現行の白バイと言われればトライチェイサー2000を誰もが思い浮かべるだろう。直接的な公表はされていないが、暗黙の了解で4号の駆ったバイクがトライチェイサー2000であることは周知されている。一時期白バイ隊員が増えたのも、トライチェイサー2000の先進的な造形の他に、4号の乗ったバイクであったことも起因するだろう。

 

 13年が経つ現在でも機動隊でトライチェイサー2000は現役であり、昔特有のずんぐりとしたバイクタイプの白バイというものはよっぽどの地方警察でなければお目に掛かれない骨董品だろう。いや、ある意味で骨董品だろう。このバイクの原型が造られたのは今から10年程前なのだから。

 

 そんな巨大な白バイを走らせればイヤでも目立つ。スマホで写真を撮られたり、信号待ちでは窓から子供が身を乗り出してはしゃいでいるのを軟らかく注意して目的地は品川区だ。

 

 現代日本というか、世界でもそうだがこの10年で世界は劇的に変わった。なにせデジカメ市場が携帯電話の付属カメラ機能にシェアを押されて衰退する様な時代を誰が予想したか。

 

 そしてSNSにより高画質の画像が個人で世界にアップロードされる時代だ。

 

 白いドレスを着飾った美しい女性の姿が一般人に撮影されてSNSにアップロードされた。照合の結果、98%で黒。

 

 だからこの品川区に来ることになったのだ。

 

 背広の内側から出したコルトパイソン6インチモデル。またまた資料保全部署には似つかわしくない装備だが、未確認生命体合同捜査本部時代の名残りで制式装備である。中の弾丸もまた然り。正式な辞令手続きをしたとはいえ榎田さんには無理を言ってしまった。あとでケーキを送っておこう。

 

 念のため白バイのグリップを外して警官の警棒の様に携帯する。

 

 逸る鼓動を努めて抑えながら歩き始める。

 

 やがて機械が高速で何かを削る音が聞こえてくれば、看板が目に入った。

 

 ナカケンバルブ製造所。削っている音は機械旋盤か研磨機だろうと思いながら事務所と思われる2階建てのプレハブに向かった。

 

「っと、どちら様で?」

 

「ああ。すみません。警視庁特命係りの九条と申します」

 

 事務所から出てきたおじさんに声を掛けられ、警察手帳を見せながら外向きの名前を名乗る。これも捜査特権。未確認生命体対策班の名前を大っぴらにしないためだ。

 

「ああ。()()特命係りの。ホントにあるんですねぇ」

 

「本当にあるんですよぉ」

 

 そんなおじさんに話を合わせる。

 

「では普段はやっぱりコーヒーや紅茶を飲みながらいざ事件とあれば現場に駆けつけると」

 

「まあ。似たようなものですかねぇ」

 

 根強い人気を誇る刑事ドラマを題材に話す相手に警戒心を持たせない。中々厭らしい仕組みである。

 

「では、刑事さんもなにか事件の捜査ですか?」

 

「ええ。この付近に不審者が出たという通報を受けまして。それがとある事件の重要参考人らしいので行ってこいとお上さんから言われましてねぇ」

 

 嘘は言ってはいない。ホントの事を全部言っていないだけだ。そしてプレハブの丁度1階の天井辺りの高さに監視カメラを見つける。この製造所の入り口を見れる位置を向いている。

 

「あの監視カメラは?」

 

「…あぁ、あれ。あれは偽なんで画はないんですわ」

 

「そうですか。防犯には余りよろしくないのでお早めにお取り替えください」

 

「ええ。それはもう。親切にありがとうございます」

 

 少し立ち話が過ぎてしまった。他にこの辺りを見れるカメラを探さないと。

 

 そしておじさんに別れを告げて歩き出す。SNSの投稿画像を頼りにそれが何処で撮られたかを辿っていく。

 

「この角から製造所に向けて歩いていった。周りに見えそうな監視カメラは……」

 

 なにかないか辺りを見回してみるが、監視カメラは他には見当たらない。製造所――ちょっとした下町工房の意匠を残すトタン板の倉庫がいくつか列び、奥に行くほどこの工房が歩んだ歴史の変遷の様に設備は大きくなって新しくなっていく。

 

 しかしそんな工房の表の道は何処か寂しさを感じる空き家でありそうな雰囲気が伝わる住宅やシャッターの閉まった町工場の成れの果てだった。

 

 白バイに跨がり警棒兼グリップを差し込んでパスワードを入れてエンジンを掛ける。

 

「っっ――!?」

 

 走り出そうとした時、サイドミラーに映る白い影。慌てて振り向くも、誰もいない。自然と片手が懐に潜り込む。嫌な汗が噴き出す。鼓動が徐々に速く、速くなっていく。

 

 固唾が飲み込めずに口のなかに貯まっていく。喉を鳴らす音でさえ、今の自分には命取りであるかの様な重圧。その途方もない重さに身体が潰れてしまいそうだ。

 

 Pirrrrrr――――!!!!

 

「っは!!」

 

 携帯の音に驚いて身体が跳び跳ねる。

 

 慌てて周囲を見渡してから、携帯というにはやっぱり少しゴツいしかも今時ガラケーを開けて電話に出る。

 

「はい。こちら九条です」

 

『もしもし九条くん?』

 

「氷川さんですか。驚かさないでくださいよ……」

 

 電話の相手は自分の上司であり恩師の氷川さんだった。今の今まで気を抜いたら死ぬんじゃないかという重圧に抑え込まれていた緊張感が一気に霧散した。

 

『なにかあったんですか?』

 

「いえ。それよりなにか?」

 

『ええ。1度本部に戻ってください。ユニットの調整をしますよ』

 

「了解しました。帰還します」

 

 気の所為だったのだろうか。しかしあの重圧によって冷えた肝の居心地の悪さは本物だったと物語っている。

 

 改めて白バイを走らせて警視庁へと戻る事になった。

 

 そして帰ることに意識を向けていてサイドミラーに映る舞い上がった白い何かを視ることはなく走り去る。

 

  

 

to be continued…



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人の造った戦士2

ちょっと少な目。こんな感じで小出しにするか、長い長編で出すか少し悩む。


 

 未確認生命体B1号――。

 

 バラのタトゥーをした女性という位しか情報がなく、13年前でもゲームの進行役を勤めていたグロンギではないかと一条さんが纏めてくれた未確認生命体合同捜査本部の資料では纏められていた。

 

 そんなB1号が品川区に現れたのだ。幸いにしてB1号の人相は一般人には知れ渡っていない為に騒ぎにはなっていないが、とある会員制のソーシャルサイトでは13年前の何処かの駅で怪しい黒コートの男と共に居る写真との比較が行われて騒がれている。ドッペルゲンガーやら合成、13年も歳をとらない人間がいるか等のコメントも飛び交っていて信憑性の欠片もないのだが、下手を打てば再び未確認生命体が現れたと騒がれて終息宣言をした警察の面目は丸潰れなわけであり、それに対するのが未確認生命体対策班の任務だ。

 

 さらに追い討ちをかけるかの様に不可解な事故が発生し始めた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「あ、いえ。まぁ、少し気になった事故があって」

 

 酸素カプセルの死亡事故。新聞の片隅に掲載されているそれに目を通していたら氷川さんに声を掛けられた。それが一件ならまだ事故で済むものの、この一週間で三回は同じ内容の記事を確認した。

 

 原因は不明。事故を起こしているカプセルのメーカーもバラバラだ。三件ということで単なる偶然というだけかもしれない。

 

 しかし単なる偶然にしてはなにかキナ臭さを感じるのはただの直感でしかないのだが。

 

「氷川さんはどう思いますか?」

 

「酸素カプセルでの事故ですか。確かに一週間で三件は偶然というにはですね。これが同じメーカーだったらメーカートラブルという事も有り得るんですが」

 

 ここ何年かに流行り始めた酸素カプセル。健康促進とかで参入している大手企業も多い。

 

 そういった背景もあって、まだ三件程度の事例ではただの不運な事故といだけで世間は見向きもしないだろう。

 

「それより、例の目撃情報は?」

 

 氷川さんが真剣な眼差しになったので、此方も気を引き締める。

 

 未確認生命体B1号と目される女性は一条さんが13年前に射撃。有効打を与えるも海に落ちて遺体は回収されていない。

 

 そんな存在が今になって目撃された。それが意味するのはなんなのか。それを調べるのが仕事だ。

 

「もう1度品川区に行ってみます。意味もなく現れたとは思えなくて」

 

「そうですね。わかりました、お願いします」

 

 未確認生命体が現れ、そして不可解な事故起きている。何か意味があるのかと強引に意味を見出だそうとしている。

 

 酸素カプセル事故が彼らのゲームだとするのなら何かの法則性が何処かにあるはずだ。それが判れば尻尾が掴める。

 

「九条くん。君の気持ちもわかるけど、ひとつのことに囚われていたら見えてくるものも見えなくなってしまうから気をつけるんだ」

 

「っ、……はい」

 

 氷川さんに言葉を掛けられて、自分の思考を改める。まだ未確認生命体が酸素カプセル事故に関わっている証拠はないのに決めつけるのは捜査の柔軟性を失わせてしまう。

 

 一条さんとはまた違った味のあるハンサムさん。それが氷川さんだ。天然な一条さんに少し似ているところもあるけれど、氷川さんを一言で表すのなら超不器用だという所に尽きる。だって栗の皮が剥けないからって皮ごと食べる人はいないと思う。それでも尊敬している人のひとりなのは変わらない。

 

 また白バイを走らせて品川区に向かう。

 

 白バイを近くの交番に預けて、ひとつだけアタッシュケースを手に持って先日調べたナカケンバルブ製造所の周囲捜索をする事にした。

 

 未確認生命体対策班勤めとあってあまり現場には出ないものの、捜査のいろはは色々な人から教えてもらった。そしてなにかを探すには足で稼ぐしかない。

 

 ただ目撃地点の周囲を探すだけでなく、その周りで人混みの多い場所を探す。それこそ交差点やデパート、駅の監視カメラを目ぼしい場所に声を掛けて映像を見せてもらうものの、今のところはかすりもしない。

 

 ただ、まだ一日目ではあるしそれが刑事ドラマの様にポンポン手がかりが出てきたら警察なんて要らない。

 

 品川駅で監視カメラの映像を見せて貰った後、昼食を食べようと思い信号待ち。昼飯は牛丼屋で良いかと思いながら青になった横断歩道を渡る。昼時とあって人の姿は多く、人の波に身を任せながら歩く。OLやサラリーマンの方々が昼食を何にするかと相談しながら歩いていた。そこには笑顔がある。少しだけ視点をわざと逸らして視界をボヤけさせる。

 

 そうすれば目の前で笑われなければ笑顔を見なくても良い。

 

 笑顔が良いものなのはわかっているけれど、自分は他人の笑顔が見れない。笑顔が恐い。笑い声さえ少しキツい。だから飲みにも誘われないし、そういう輪には入れないだろう。人として壊れている自分には。

 

 横断歩道を渡ると、ふと花の香りが鼻孔を擽る。あまり香水の類は好きでない自分でも良い香りと思えるくらいだった。

 

「パダギゾガガギデロルザザ……」

 

「ッ――――!?!?」

 

 耳許で甘く囁かれる人の言葉ではない言葉。

 

 慌てて周囲を見渡しても誰もいない。それらしい姿はない。ただ、甘く香る花の香りが厭に鼻孔に残っていた。

 

『はい。氷川です』

 

「氷川さん。特令状の用意をお願いします」

 

『…なにか掴んだんですか?』

 

 こちらの言葉を聞いて、電話に出た時とは違う深刻な表情をしていそうな声で返してきた。

 

「……パダギゾ、ガガギデ、ロル、ザザ」

 

『……その言葉はっ』

 

 耳で聞いて瞬間的に覚えた言葉を氷川さんに伝える。意味は解らない。未だグロンギの言葉は全く解明出来ていない。

 

「品川駅の前です。姿は見ていません。それでも、やつらは帰ってきた」

 

 足元にあるのは白い花びらの様なもの。形と手触りからバラの花びらに似ている。

 

『わかりました。万が一は現場の判断に任せます』

 

「了解…」

 

 花びらをハンカチで包み、白いバイクのもとに戻る。昼飯なんて場合じゃない。ここを離れる事にうしろ髪を引かれるがそれでもこれは最優先でやらなければならないだろう。

 

 白バイに乗って向かう先は千葉県の柏市だ。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 

 



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人の造った戦士3

演出的に少し突拍子もないかもしれません。


 

 白バイを走らせて辿り着いたのは科警研。アポなし突撃訪問だったものの、足は迷いなく廊下を歩いていて、目的の部屋のドアをノックする。

 

「……あれ?」

 

 場所を間違えたかとも思ったものの、表札の研究室はここで間違いないことを告げている。少し強めにノックすると、ばたばたと騒がしくなってガチャッとドアが開かれ。

 

「あだっ」

 

「あっ。ご、ごっめ~ん、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫ですよ」

 

 開いたドアに少し額をぶつけた程度であるためそこまでの痛みはなかったものの、行きなりの事で反射的に出た声だった。

 

「っと。おやまぁ、珍しいお客さん。またハンサムになっちゃってこのこのぉ」

 

 この明るく肘でぐりぐりしてくる女性。科警研で対未確認生命体研究をしていた榎田さんである。

 

「お久し振りです。それと例のヤツありがとうございます」

 

「まぁ、久々の注文だったからね。……そういうわけ?」

 

 榎田さんに発注した弾丸は対未確認生命体用の神経断裂弾だ。未確認生命体以外への使用は固く禁じられており改正マルエム法も合わせて、未確認生命体対策班であるから正式な書類で許可が降りる弾丸でもあった。つまり未確認生命体対策班から依頼されて榎田さんが神経断裂弾の発注を掛けてくれるという流れになっていて、榎田さんはその弾丸が必要になっているという意味を正しく理解できてしまう立場に居た。

 

「はい。さっき品川駅の前で接触されました」

 

「接触って。大丈夫……だったから居るのよね?」

 

 まるで幽霊を見るかのように頭から脚まで此方の姿を視る榎田さん。ちゃんと足が付いている事を示すように踵を上げてコツンと鳴らした。

 

「ちゃんと足は付いてるでしょ?」

 

「いや参った」

 

 ぺちんと自分の額を叩いてテヘっとおどける様に舌を出す榎田さんのその姿が様になっているのは普段のキャラがあるからだろう。

 

「でもそうなると、ただここに来ただけじゃないんでしょ?」

 

「ええ。実はB1号が落としたと思われる物を拾ったので分析をお願いしたくて」

 

「B1号か…。やっぱり生きてたってわけか」

 

 B1号のことについては榎田さんも恐らく一条さんから聞いていたのだろう。一条さんに撃たれて海に落ちた。そして死体が揚がらないなら生きているのではないかと。

 

「直で持ってきたってことはそういうことね?」

 

「はい。対策班からの依頼となるとどうしても目についてしまいますので」

 

 態々上層部の目を避けたかったのは、実は神経断裂弾を申請する時にも不可解な反応をされたからだ。

 

曰く、未確認生命体用の神経断裂弾が何故必要になるのかという事で。古い弾丸の交換という装備更新という名目で漸く拵えられたのだ。

 

「神経断裂弾が効かなかった時の弾丸の余りがあったので、それの交換名目で許可が下りたくらいだったんです。未確認生命体対策班は未確認以外とも戦っているからどうにかなってますけど」

 

「なにかキナ臭いってわけね。わかったわ。こそこそやるから場合によったら時間かかるけど」

 

「はい。すみませんが、よろしくお願いします」

 

 そう言いながら頭を下げてハンカチの中の白いバラの花びらを榎田さんに渡した。

 

「そういえば九条くんさ。結婚式のお誘い来てる?」

 

「結婚式? 桜井さんのですか?」

 

 榎田さんの突然の言葉と、結婚式というワードに引っ掛かるのは互いに挙式する共通の知り合いが居た事だ。

 

 桜井さんも一条さんと同じく未確認生命体合同捜査本部で戦った人でパンが大好きな熱血漢という人である。 

 

「そ。私その日会議だから出られなくて」

 

「そうなんですか。…自分も。有りがたいお誘いですけど祝い事ですから」

 

 そう。祝い事とあってそれは必然的に笑顔が溢れる場所だ。人の笑顔が見れない自分には居ても仕方のない場所だ。桜井さんには後日改めて手作りの焼いたパンを持って挨拶に行こう。

 

「そっか。ん、良いんじゃないかな? 無理するよりもわかってくれるって」

 

「わっぷ。やめてくださいよ榎田さん。もう子供じゃないんですから」

 

「いやいやいやぁ。まぁだ九条くんには負けてないから」

 

 腕を伸ばして頭をくしゃくしゃと榎田さんに撫でられる。昔はこんな感じでくしゃくしゃに撫でられることもしばしば。

 

 榎田さんのくしゃくしゃ攻撃から逃れて乱れた髪の毛を戻す。

 

「実はね。今新型の神経断裂弾を造ってるの」

 

「まだ新型があるんですか?」

 

 神経断裂弾はその威力から人間へ向けての使用は固く禁じられており、未確認生命体用の特殊装備である。しかしその神経断裂弾を受けてもB1号は生きていた。相手によっては神経断裂弾でも未確認生命体へのダメージにはならない。氷川さんはそれで苦労したと言っていた。その後も幾度かアップデートされたらしいのだが、まだまだこの弾丸が強力になるのかと思ってしまうのも無理はない。

 

「本当に万が一は五代くんにも頼れないから。だからちゃんとみんなで笑顔が守れる物が必要なのよ」

 

 そういう榎田さんの目は少し悲しそうだった。みんなで笑顔が守れる。みんなで()()()()()という様に聞こえたことはきっと気のせいではないと思う。

 

「榎田さん…」

 

「だぁいじょうぶ! 次はどんな未確認でもイチコロなやつ作っちゃうから。ね?」

 

 そう言いながら榎田さんは小さく右手を出して親指を立てた。サムズアップ。自分の周りに居る特定の知り合いの間だけで伝わる意味のあるサイン。

 

 そんなサムズアップと一緒に浮かべられる笑顔だけは、何故か心も辛くはなくて人の笑顔を見ていられるのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 科警研を出て、もう1度品川区に戻る為に国道を走っていたが、渋滞してしまい仕方がなく脇道に逸れて田舎道を走る。GPSナビのお陰で迷うことはないが、ログは残るのでちゃんと理由を考えておかなければならない。

 

「ん?」

 

 道の先。まるで陽炎のようにぐにゃぐにゃと景色が揺らめいていた。しかし陽炎にしてはおかしく思って白バイを止める。すると陽炎に灰色の色が着き、まるでオーロラの様に灰色の配色が混じる壁が現れる。そしてその灰色のオーロラが消えた後に佇む人影を認めて――。

 

「っ、第一号!?」

 

 慌てて白バイから降りてコルトパイソンを構える。

 

「止まれ!!」

 

 コルトパイソンを構えながらその人影――未確認生命体の特徴を照らし合わせる。頭から生える虫の足の様なもの。眉毛にあたる部分には蜘蛛の目に見える部分がある。

 

「ゾボザ…ボボパ」

 

 しかし第一号は此方を視る素振りもみせないで辺りを見渡している。まるでいきなりここに現れて自分が何故ここに居るのかが解らないかの様に。

 

 ズドン――ッ

 

 仕方ないので注意を引く為に神経断裂弾を空砲代わりに使うというなんとも贅沢な空砲を撃つ。 

 

「バンザ、ゴラゲパ」

 

「頼むから日本語で話してくれ…」

 

 未確認生命体はその独自の語源を持ち、言葉も通じない。しかし後半に現れる未確認生命体は流暢な日本語すら喋り、しかもネットに犯行予告まで書き込むということまでやって見せる高い知能を有している。

 

 しかし目の前の未確認生命体が第一号であるなら日本語を喋らないどころか理解していない可能性もある。

 

「特例により、未確認生命体第一号と戦闘を開始。捕縛を善処して行動します」

 

 とは言いつつも、コルトパイソンを第一号に向ける。一撃必殺。第一号相手なら神経断裂弾で倒せるだろう。

 

「シンドンゲンギバ、ルザザ」

 

「くっ!」

 

 構えているコルトパイソンが第一号の口から放たれた糸に絡まれる。

 

「くそっ」

 

 ろくすっぽ狙いをつけられずに引き金を引くものの、弾丸は明後日の方向に飛んでいく。

 

「うわっ」

 

 コルトパイソンを取られてしまい、勢いで前のめりに倒れてしまった。

 

「ヅラサンバ、ボンデギゾバ」

 

「あがっ」

 

 スーツの首根っこを掴まれ、そのまま白バイに向かって投げ飛ばされる。白バイに身体をぶつけて、背中に物凄い痛みを感じながら白バイを背に立ち上がる。

 

「ボセバサボソギデジャス」

 

「うぐっ」

 

 第一号が腕から爪を伸ばしてゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 痛みで涙を流してしまいそうになるのを堪えて、白バイの後ろに設けられたボックスを開いてアタッシュケースから拳銃を取り出す。

 

 白バイのシートに腕を乗せて肘で固定して、狙いを定める。

 

「GMー01 アクティブ!」

 

 迷わず引き金を引くものの、強すぎる反動でバイクごとひっくり返りそうになりながらも対ショック姿勢は考えていた為、どうにか堪える。

 

「バ、バンザ…ボセパ…!」

 

 鈍い連続した爆発音が響く。当たったのは左肩だったらしい。凄まじく連続した爆発は未確認生命体の神経素子を完全に破壊できる威力がある。

 

「ヅギパボソギデジャス、ゴドゲデソ…!」

 

 左肩を抑えながら第一号はジャンプで飛びさって行く。

 

「あっ。待て!!」

 

 慌てて白バイに乗り追撃しようとするが、銃の反動で肩を痛めてしまったらしい。元々生身で撃つものでもなく、氷川さんの教えがなかったら肩を外す大怪我さえしていただろう。

 

 携帯を開いて直ぐ様氷川さんに連絡を取り、捜索網を敷いて貰う。

 

 未確認生命体が再び現代を脅かす。そう考えただけで仕留めきれなかった悔しさと後悔が心にのしかかった。

 

 

 

 

to be continued…



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人の造った戦士4

グロンギ語は調べながら翻訳サイトも併用していますので所々おかしいかもしれませんが雰囲気を楽しんで頂ければと思います。


 

 未確認生命体第一号。13年前に確認され初めて未確認生命体に認定された個体。長野県警警察署で刑事や婦警を次々に殺害。

 

 未確認生命体第二号――白い四号によって撃破された。

 

 対ショック姿勢のお陰で肩の関節が外れることはなかったが、筋を痛めてしまった為に帰りは態々迎えに来て貰ってしまった。

 

「しかしいきなり光の壁から現れたなんて。手品みたいですね」

 

「単純に甦ったとしては少し不可解ですよね」

 

 未確認生命体対策班用の隅っこのデスクで氷川さんと一緒に第一号の事を考えていた。仕留めきれずに逃がしてしまった事を上にとやかく言われなかったかが心配だ。

 

「千葉県警には未確認生命体によく似た外見を持つアンノウンとして捜索手配を出しておきました」

 

 アンノウン。未確認生命体事件終息後に現れた未確認生命体以上に強い生命力と戦闘力を持った謎の怪人。

 

 その苦労は氷川さんや氷川さんの知り合いの津上さんからも聞いている。

 

 未確認生命体対策班が今まで残っているのも、対未確認生命体というよりは何時再び現れるかもしれないアンノウンにも備えるためという側面もあった。

 

 とはいえこの10年近く未確認生命体もアンノウンも現れない平和が続いていた為に未確認生命体対策班は金食い虫といわれる様になってしまったのだが。

 

「第一号だけなら良いんですが。もし他の未確認生命体までも同じ様に現れたら事ですね」

 

「はい。でも、もしかしたらやつにとっても今回の事はイレギュラーなのかもしれません」

 

 そう前置きして氷川さんには第一号が現れた時の素振りを説明した。ここが何処なのかを見渡す様な所作に改めて引っ掛かりを覚えたからだ。

 

「確かに。その様子だとまるで知らないところにいきなり連れてこられた子供みたいですね」

 

 ものの例えだとしてもあんな怪人を子供みたいだという氷川さんが氷川さんらしい。この辺は一条さんとはまた毛色の違う天然さんな部分だろう。

 

「しかし逃げたとなると、神経断裂弾は有効の様ですね」

 

「はい。強さはそこまでではない様です」

 

 元々神経断裂弾は未確認生命体事件の後半に現れていた強力な未確認を倒すために開発されたものであって。それ故に第一号にも効果は大なのかもしれない。

 

「それでも一般人にとっては脅威です。発見次第、出動します」

 

「はい!」

 

 話が終わり、朝のミーティングが終了になり少しの休憩となった。

 

 新聞を捲っているとまた酸素カプセルの事故の被害者が出たという記事があった。しかし今度はメーカー被りがあった為に、これでメーカー別の法則で人を殺している可能性はなくなった。

 

 第一号が現れた所為で余計にこのカプセル事故を彼らのゲームではないかと疑ってしまう。

 

 このカプセル事故で亡くなった人は6人。1日にひとりは亡くなり始めた数に疑問を持つなということは無理だろう。しかも今日は同日に二人亡くなっているという記事だ。

 

 何かの法則性はないものかという考えでメモ用紙には色々な法則性を考えては今のところ空振り続きだ。

 

「よっ。難しい顔をしてどうしたんだ?」

 

「あ、杉田さん。おはようございます」

 

 声を掛けられて立ち上がって挨拶をする。自分に刑事のいろはを教えてくれた人で、杉田さんもまた13年前は未確認生命体事件の最前線で奔走していた人のひとりだ。

 

「ん? ……ほう。未確認対策班だけあって、色々と考えることも大変だな」

 

 そう言った杉田さんはテーブルの上の自分が法則性を書いたメモ用紙にさらりと目を通していった。

 

「うへぇ。なんだこの法則。こんなんやられたらかなわんわ。お前さんが未確認でなくて助かったぜ」

 

 そして肩を叩かれた。仕事を頑張っているなという労いの思いを感じる。

 

「それで。なんか悩んでたみたいだが、この法則を考えるのとは違うなんかだろ?」

 

 暗に何か迷ってるなら力になるぞという声に、さすがは人生の先輩だと思いながら言葉を切り出す。

 

「実はこの酸素カプセル事故なんですが」

 

「おう、それな。昨日の夕方にちょろっとニュースになってたな」

 

 もう6人の人が亡くなっているのにちょろっとって程しかニュースにならないのもこの東京という土地の嫌な風習だろう。

 

 未確認生命体によってたくさんの人が亡くなりすぎてしまったが故に片手で足りるような殺人事件はニュースにならない場合が多い。それが故に時には「人を殺してみたかった」というふざけた唾棄すべき理由で人を殺す犯人が未確認生命体の模倣犯になってしまうケースが出てしまうのだ。

 

「これがただの事故に思えなくて」

 

「母数が多いから仕方がないとはいえ。確かに一週間ちょっとで6人はちと不可解だよな」

 

 そういう杉田さんも、酸素カプセル事故は事故と納得してしまうには不可解だと感じているらしい。

 

 ただの機械トラブルだとしてもメーカーが別々過ぎて今はまだリコール問題には発展していない。

 

「模倣犯を懸念して何か法則性はないかと頭を捻ってはいるんですけど」

 

「法則性が当て嵌まらないからただの事故だと思い始めたとかか?」

 

「少しですけど」

 

 嘘である。内心はもう普通の事故とは思っていないが、普通の事故から事件に結びつける決定的な証拠が全く見つからないのだ。

 

 こうも思えるのはやっぱり第一号と戦った所為だろう。

 

「なるほどな。一応亡くなったホトケさんたちだが、司法解剖が決定した。死因は窒息だろうが、その辺りを気になってる遺族が居てな」

 

「そうなんですか。って、良いんですか?」

 

「オフレコだよ。その代わりにちょっと付き合ってくれ。桜井が抜けた穴が埋まらなくてな」

 

「あ、はい。じゃあ、確認取りますね」

 

 結婚を期に桜井さんは現場を離れて事務方に回ったらしい。未確認生命体事件の最前線で培われた経験は今の若手にはない捜査の勘というものが培われたらしく、桜井さんは捜査一課でもベテラン刑事の一角で、そんな桜井さんが抜けた穴がまだまだ埋めきれていないと杉田さんがつい先日ぼやいていたのも記憶に新しい。

 

 表向き資料整理の部署であり、その仕事には他の課の応援も入っている。

 

 氷川さんに確認を取ると快く快諾してくれたので、杉田さんの仕事を手伝うことになった。

 

「すみません。お待たせして」

 

「おう。って、んなゴツいバイク目立つだろ……。てか思いっきりPOLICEはダメだダメ」

 

 白バイを手で押しながら駐車場で待っていた杉田さんに呆れられた。

 

「あ。これは大丈夫ですよ」

 

 ダイヤルを変えてボタンを押すと一瞬で白と青のカラーリングが黒地と金色のラインのあるバイクに変わった。

 

「おお…。まるで合体したゴウラムだな」

 

 素直に驚く杉田さん。バイクのフロントにはちゃんと古代文字の戦士の意味を持つマークも入っている。

 

 未だに人気の根強い第四号の熱狂的なファンがこうして四号テイストにバイクを改造する人は一定層ながら存在する。白バイとして使えない時などのカモフラージュだ。

 

「まぁ。悪目立ちだが白バイよりはマシだな。行くぞ!」

 

「はい!」

 

 取り敢えず警視庁から出発して、道すがら無線で自分が引っ張られた内容を聞く。

 

『最近渋谷でまた脱法ハーブの密売が見つかってな。大体場所は絞り込めてきたんだが。それ以上は俺たちじゃ怪しまれるからな。まだあか抜けしてないお前さんをチョイスしたってわけだ』

 

 確かに自分は23歳で童顔だから見た目よりも若く見えられてしまう時も多々ある。そういった事情ならわからなくもない人選だった。

 

 渋谷署に寄り、脱法ハーブの密売が見つかった周辺地区の捜査を開始する。自分は杉田さんとのペアを組んでいる。

 

「事情聴衆でわかった事はなかったんですか?」

 

「取っ捕まえたのは端のバイヤーだったからな。尻尾切りだよ」

 

 密売ルートで見つかって捕まえられるバイヤーの多くはアルバイト感覚でやっている若年層が多い。そしてその自供があっても辿れるようなルートが残っているのは稀か金に目が眩んだ素人だ。

 

 これも刑事ドラマじゃないから地道に足で証拠を稼ぐしかない。

 

「にしても。あの頃のチビっ子とタッグを組むようになるなんてな。俺も老けるよなぁ」

 

「杉田さんは生涯現役でいそうですけど」

 

「いやぁ。正直体力辛いおじさんになってきたからなぁ。下が育てば文句ないんだが」

 

 刑事という仕事柄。ましてや未確認生命体事件というヤマに携わった経験から若い刑事には万が一に備えてちゃんと育ててやりたいという強い想いを以前杉田さんから聞かされたし、実際自分も杉田さんに育てて貰った。

 

 未確認生命体対策班勤めの為にみっちりとはいかなくても、杉田さんが求めているラインの高さが普通よりも高いというのはわかっている。

 

 たぶん刑事にライフルの撃ち方教えるのはこの警視庁だけだと思う。コルトパイソンに触れるのだってこの警視庁だけだと思う。

 

 未確認生命体事件の最前線であっただけあって、警視庁の刑事、とりわけ捜査一課の人間の質はかなり高いのだと研修や出張で他の県警にお邪魔したりすると見えてくる。

 

「そういや桜井からの招待断ったらしいな」

 

「ええ。榎田さんにも同じ話題で伝えましたけど。自分が祝い事の席に居ても仕方がないから」

 

「……やっぱり、ダメか?」

 

「もう、13年も経つんですけどね。未だにダメです」

 

 だから同窓会も行かないし、同期の飲み会も断ってばかりでもうここ数年は飲みの誘いも来ない。

 

「13年か。長いようで、つい昨日のことのように思い出せるよ」

 

「四号……五代さんのことですか?」

 

「ああ。彼はなにもできない俺たちの代わりに戦ってくれた。今なら、今だったら、俺たちでも力になれてやれたのにな」

 

 そんな杉田さんは未だに悔しげな声を漏らす。

 

 未確認生命体事件当時、警察は神経断裂弾開発まで未確認相手には無力であり、どうしても四号の力が必要だった。

 

 四号でなければ未確認は倒せなかったからだ。

 

 四号が居なければ自分も今、この世にはいない。だから自分は未確認生命体対策班に入った。厳しい試験にも耐えて切り抜けてやっと掴み取った今の仕事に誇りを持っている。

 

 だからあの第一号は必ず自分達の手で倒さなければならない。

 

 そして数日が経ち、脱法ハーブ密売事件は予想外の決着を見せる。

 

 

 

to be continued…



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人の造った戦士5

 

 杉田さんに協力して脱法ハーブ密売事件の足取りを追う中。酸素カプセル事故も徐々に件数を増やしていった。被害者に対する司法解剖の結果、死因は窒息死であると結果が出た。不謹慎だが普通に窒息死で亡くなっているという事がわかっただけで、これが本当に事故以外の何者でもないと言われている様なものだが。

 

「なに? 事故を起こしていないカプセルがある?」

 

「はい」

 

 被害者が20人と増えてきてようやく見えてきた僅かながらの光明。

 

「問い合わせて裏も取りました。酸素カプセル事業を取り入れている企業の中で、全部品を自社生産でやっている大手三社のメーカー製品は事故を起こしていないんです」

 

 今のところ確率の問題であるかもしれない。ただ、これで酸素カプセル事故がただの事故ではなく誰かが意図的に事故に見立てて人を殺している可能性が出てきた。

 

 近年注目されている酸素カプセル事業で、今現在参入している企業は多々あるが、グループで纏めてしまえば10社程度であり、いち早く目を着けた中小企業がそのシェアを握っているといってもいい。

 

 しかし大手企業は大手なりの資本力で自社生産によって独自機能を付随した付加価値サービスで勝負に出た。

 

 それでも全体のシェアで言えば二割行くか行かないかだ。

 

「ならその大手企業が怪しいってことか」

 

「日本で死亡事故を故意に作って商売シェアを確保しようとする鬼畜商売があるとは思いたくないですが。これは却って逆です。これから参入して市場開拓と確保をしていく大手企業がビジネスする市場を台無しにすることなんてあり得ません」

 

「なるほどな。んで、そこまでわかってるならなにか掴んだのか?」

 

「一応は、ですけど」

 

 そう言って見せたのは二十社近くの名前の書かれたメモだ。

 

「中小企業の側ですべての酸素カプセルに何らかの部品が使われている会社のリストです。ネジ一本から塗料、基盤の電子機器一個まで。骨が折れましたね」

 

 中小企業で販売している酸素カプセル。これが事故ではないのなら何かしらの細工がされると仮定して、中小企業で販売しているすべての酸素カプセルに何らかの部品を供給している企業をピックアップしたのだ。中小企業合わせて100件以上からこの数に絞るのもかなり大変だった。

 

 酸素カプセルA、B、Cとあったとして。とある会社はA。とある会社はB。とある会社はCと。酸素カプセルの種類別で部品を卸している会社が違う。それは除外する。同じ会社がすべての酸素カプセルに部品を供給している会社だけをピックアップした。

 

 そしてその中にはナカケンバルブの名前もあった。

 

「もう半分に絞れたら良かったんですけど」

 

「いや充分だ。そっちの探りは他に回しておく。今はこっちのヤマから片付けちまおう」

 

「はい」

 

 そして今日も渋谷署にお邪魔したところで署内が慌ただしい。渋谷署管内で殺人事件があったらしい。

 

 ただその遣り口が惨殺過ぎて未確認生命体事件経験者と未確認生命体対策班として意見を求められ、現状把握も兼ねて現場に向かった。

 

 渋谷区のとある雑居ビル。脱法ハーブ密売の捜査で目を付けていた場所のひとつだ。

 

「ひでぇな、こりゃ」

 

 そこまで広くはない雑居ビルの部屋には血の臭いが充満していた。

 

 この付近を早朝に通り掛かったサラリーマンの男性による通報で発覚したのだ。

 

 まだ現場には遺体が遺されていて、鑑識の人達が現場状況を確認している。

 

「これは確かに意見を求めたくもなるな」

 

 遺体は普通の殺され方をされていなかった。大きく抉れた引っ掻き傷の様なもので身体を深く切り裂かれている。

 

「未確認の模倣犯か……?」

 

 人なら銃や刃物を使う様なものなのだが、未確認生命体の模倣犯は事件に態々法則性を持たせたり、或いは人がやらないような残虐的な方法で人を殺す。

 

「おい九条。あれなんて描いてあるんだ?」

 

「……戦士クウガの文字ですね」

 

 そして事務所の壁には恐らく血で書かれただろう古代リントの文字で戦士の意味を持つものが描かれていた。

 

「碑文の解析資料が漏れたってことは?」

 

「把握している限りはありませんが。トライチェイサーやビートチェイサー、合体ゴウラムには戦士の文字が描かれていましたから。熱狂的なファンのブログ投稿などから意味はわからなくても形は今でも把握することはできます」

 

 ただそんな七面倒臭い事をする事例は初めてだ。

 

「クスリで頭がおかしくなったヤツの仕業……っていうのも無理すぎるな」

 

 もしそうだったのなら皆殺しなんていう酷い状況になる前に加害者が集団リンチでボコボコにされる未来しか想像が出来ないからだ。

 

 一ヶ所だけ窓が開いている。ビルの裏手側になっている面の窓だ。

 

「…っ。杉田さん!」

 

「どうした!?」

 

 何となく窓から下を見た瞬間に慌てて杉田さんを呼ぶ。

 

「こいつは…。直ぐに引き揚げ」

 

「待ってください。迂闊に触ったら危ないかもですよ」

 

 窓の縁からロープみたいに太い糸の様な物で吊り下げられた遺体があった。杉田さんが引き揚げようとするのを制する。素手で触るのは流石に危ないと思い、鑑識さんに頼んでゴム手袋を貰って遺体を引き揚げる。

 

 携帯を取り出して榎田さんに連絡を取る。

 

『もすもすひねもす?』

 

「え、えーっと……も、もすらーや?」

 

 多分また徹夜だったんだろう。榎田さんが発したボケにどうにか言葉を返すものの、あまり面白いボケにはならなかった。

 

『ごめんごめん。ちょっと徹夜明けでテンションおかしくって。それで、なにかあった? 新型はまだ時間かかるけど』

 

「いえ。実は分析して貰いたいものが増えまして。これは対策班からの正式な依頼としてお願いします」

 

『……なにかあったのね』

 

 電話越しに聞こえる榎田さんの声から遊びがなくなった。B1号との接触を伝えているから榎田さんが何を考えたのか想像はつく。

 

「まだ確定じゃないんですが。サンプルを送ります。第一号のサンプルとの比較をお願いします」

 

『わかったわ。到着次第分析に掛けるから、昼前には結果送るから』

 

「よろしくお願いします」

 

 徹夜明けなのに悪いことをしたと思いながら、携帯を切る。もし自分の考えが正しいのなら、この現場を作ってしまった一因は自分にある。

 

 たとえどんな命だって、一方的に奪われて良い命なんて何処にもないのだから。

 

「九条…」

 

「榎田さんに頼んでサンプルを分析してもらいます」

 

「最悪の場合がないことを祈っておくよ」

 

 杉田さんもこれが普通の人間の仕業でない事をわかっているのだ。資料でしか現場の状況をわからない自分とは違う。13年前に実際に彼らと戦った杉田さんだから感じるものがあるのだろう。

 

 頭をくしゃくしゃに撫でられて、1度ビルの外に出る。

 

 杉田さんの気遣いをありがたく思いながらも、心に残る言いようもない感情はどうにもならなかった。

 

 裏路地になにか手懸かりが残っていないかと、人が一人でようやく通れる路地を進む。しかしあの雑居ビルの前はフェンスに阻まれて先には進めない。

 

 仕方がないと引き返す為に後ろを向いた時だった。

 

 風に運ばれて花の甘い香りが運ばれて来たのは。

 

「っ…!?」

 

 慌てて振り向けば、そこにはあの女が佇んでいた。

 

「B1号…!」

 

 懐からコルトパイソンを抜いて構える。

 

「リントは我々と等しくなったな」

 

「なんだと…?」

 

「お前も、我々と等しくなる」

 

「っ!?」

 

 コルトパイソンの引き金に掛ける指を引こうとした時だった。頭上からなにかが降ってきた。

 

「第一号!? ぐあっ」

 

 構えていたコルトパイソンを弾き飛ばされ、そのショックで銃が暴発する。

 

「ま、待て!」

 

 立ち去ろうとするB1号。それを追おうにも第一号が立ち塞がった。

 

「ボンラゲンバシザ、ギベ」

 

「うわっ」

 

 首元を掴まれて思いっきり投げ飛ばされ、路地から表道に落ちる。

 

「がっ。げほっげほっ」

 

「九条!?」

 

 歩道に投げ出されて咳き込む自分に杉田さんが駆け寄ってくる。

 

「なにやってんだよ。リアクション芸人でもそんな体当たり芸は今はやらねぇぞ」

 

「ちがっ、げほ!」

 

 杉田さんに引き起こされながら万が一に備えて乗って来た白バイの後ろから拳銃を取り出す。

 

「おい九条!」

 

「やつが居るんです!」

 

 投げ飛ばされた路地に戻って第一号の姿を探す。

 

 銃を構えながら先程まで第一号とB1号が居た場所まで戻りコルトパイソンを拾う。

 

 銃身が少し曲がっている。使うのは危険だ。

 

「どうした九条。それにやつが居るってなんだよ」

 

「……B1号と、第一号が現れたんです」

 

「なに……」

 

 自分の言葉に困惑する杉田さんにコルトパイソンを渡す。

 

「今さっき第一号に弾き飛ばされてしまって」

 

「微妙に銃身が曲がってるな。危なくて使えねぇな」

 

 そう言いながら杉田さんはコルトパイソンを返してくれた。

 

「奴等が現れたってことは。またゲームを始める気か…」

 

「わかりません。でも放ってはおけません」

 

 身体に走る痛みに顔を顰めながら、B1号の消えた路地の先を見詰めた。

 

 

 

 

to be continued…     



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人の造った戦士6

 

「大丈夫か九条?」

 

「はい。まぁ、なんとか」

 

 未確認生命体第一号に投げ飛ばされた時はアドレナリンの所為でわからなかった身体の痛みも、今は犇々と背中から身体を苛む。

 

「一条もそうだったが。“条”って名前の付くやつはタフでいいな」

 

「いやいや。一条さん程じゃないですよ」

 

 流石に骨が折れている状態で動けるタフさは自分にはないと思う。

 

「渋谷署に頼んで捜査網を敷いてもらった。本当に奴等の仕業だってんなら、マスコミに嗅ぎ付けられる前に処理しないとな」

 

「そうですね」

 

 未確認生命体はもう居ない。終息宣言を出して実は生き残りが居ましたとなってはマスコミはハイエナの様に食いついて来るだろう。

 

「昔はどうにも出来なかったが。今なら俺たちでも未確認相手に通用する武器もあるからな」

 

 緊急的措置として杉田さんには神経断裂弾を渡している。現場にコルトパイソンなんて持っているのは杉田さんしか居なかったというのもある。

 

 B1号が語ったリントは我々と等しくなった。リントとは未確認生命体とは別に古代に存在していた人間で、未確認生命体第四号こと戦士クウガを生み出した文明だ。

 

 リントについては未だにわかっていない事が多く、戦士クウガと未確認生命体がその根源を同じにしているのではないかということと、第零号をもとに戦士クウガは生み出されたのではないかということだ。

 

 最強の存在。究極の闇をもたらす存在。

 

 今、自分が未確認生命体対策班に居る理由のひとつである存在。 

 

 リント――人間が彼らと等しくなる。それは13年前に一条さんがB1号に言われた言葉だった。

 

 その意味は未だにわかっていない。しかし――。

 

「僕が、彼らと等しくなる……」

 

 B1号が自分に向けて放った言葉。その意味はきっと――。

 

「なんだって?」

 

「あ。いえ。ただ、B1号が自分たち人間も彼らと等しくなると言い残した言葉が気になって」

 

「13年前もB1号が一条にそう言ったらしいな。確かに、¨力¨という部分じゃ、人間もそれなりに奴等を倒す力は身につけたな」

 

 神経断裂弾を始め、未確認生命体から人々を守るための力は確かに手に入れる事が出来た。

 

 力という点にとっては、確かに彼らと対等になったのだろう。だが、果たしてそれだけではない意味を含ませてB1号は語っていたのではないかと思っていた。

 

「榎田の解析結果で今回の殺人が未確認の仕業だという裏付けが出来たら、お前さんの対策班にも久々の仕事になるな」

 

「はい。万が一の対策は出来ています」

 

 その為に未確認生命体もアンノウンも現れなくなって久しい時間が流れても対策班は、人間は牙を研ぎ続けてきた。

 

 本当に人間が彼らと等しくなっても、人間には心がある。たとえ相手が人を殺す化け物でも、その命を奪うことに心を痛めて戦い続けた人が居る。 

 

 そして杉田さんや榎田さんの言葉の端々に聞こえる願いは、たとえ未確認生命体が現れても、今度は自分達の力で何とかするという執念に近い思いを感じ取れる程、もう2度と四号に――五代さんだけには戦わせないという思いが伝わってくる。

 

 五代さん。未確認生命体第四号と呼ばれ、彼らグロンギと戦い続けた人。命の恩人で、目指したいと思う人。

 

 あの夜。傷つきながら第零号と戦っていた光景は今でも鮮明に思い出せる。

 

 搬送された病院で1度だけ会話した。その時は五代さんが四号であることを知らなかった。それでも。

 

『生きていてくれて、ありがとう』

 

 それは感謝であって、精一杯の謝罪だったのだろう。

 

 そしてその直後に第零号と戦い、以後消息は不明。一条さんの話では冒険に出たということだった。

 

 優しい人で、そして無理をして笑っていた人だ。そんな五代さんに、自分は酷いことをしてしまった。

 

 五代さんの笑顔を見て、取り乱してしまったのだ。その時から人の笑顔を直視することはできない。誤魔化して直接は見ないようにする様にはなっても、今でも人の笑顔を直視することが出来ない。

 

 それでも出来るのならば何時か五代さんに謝りたい。それが自分が未確認生命体対策班に身を置く理由のひとつでもある。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 品川区のとある倉庫。

 

 人目につかないその場所で、白いドレスを纏う女性と、ひとりの化け物が会話をしていた。

 

「バンジビバダダサゲゲルゾザジレサセス」

 

 人の言葉とは異なる言葉を話すのは未確認生命体第一号、ズ・グムン・バ。

 

 クウガによって始めて倒された蜘蛛の力を持つグロンギだ。

 

 そんなグムンを見る女性の目は冷たく、そこからは感情を読み取ることは出来ない。

 

「ズのゲゲルはとうに終わっている。あれはただの誘いだ」

 

「バンザド!」

 

 突き放す様な言い方にグムンは女性に掴み掛かろうとするが、女性は花びらと共に姿を消した。

 

「あのリントの戦士を倒せ。そうすればメにしてやる」

 

 そう言い残した。既にゴのゲゲルのステージにズの居場所はない。それにグムンはクウガに狩られている。それが今になって再び現れた理由はわからない。いきなり死んだはずのグムンの臭いが現れたからだ。

 

 理由はわからないが、今のゲゲルから目を逸らす、そしてリントの戦士の力を測る為の当て馬にしようと考えた。

 

「ギギザソグ。ジャデデジャス」

 

 ターゲットの指定と課題。これも一応はゲゲルに相当するのだろう。

 

 グムンは自信あり気に言葉を紡ぐとその場から姿を消した。

 

 そして再び女性が現れ、そこに作業着に身を包んだ男性が現れた。

 

「今さら何故ズが現れた」

 

「わからん。ただ、何者かがこの世界に関わろうとしている。我々には関係がない。そのままゲゲルを続けろ」

 

「わかっている」

 

 短い会話を終えて男性も立ち去る。そして女性は虚空を見詰めて口を開いた。

 

「闇を手にしたリントの力。見物だな」

 

 ズ程度で力を測ることは恐らく出来ないだろうが、それでも厄介払いにはなる。態々手を下す面倒もなくて済むのなら、今しばらくは生かしていても良いだろうと考えてのことだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 渋谷から警視庁に戻って今回の報告を氷川さんに上げていた。

 

「成る程。B1号と第一号が渋谷に」

 

「はい。遺留物に関しては科警研の榎田さんに解析をお願いしています。物的証拠となれば上層部に掛け合い捜査本部の設置も可能かと」

 

「二人だけですからね。僕たち」

 

 未確認生命体事件終息から13年。資料保全が仕事である対策班の人員は自分と氷川さんの二人だけしかいない。そんな二人で渋谷区や品川区をすべて探すのは不可能だ。故に榎田さんからの報告を待って正式に捜査本部の設置も可能となり、神経断裂弾も万が一に備えて自分達以外にも行き渡らせる事が出来る。

 

「ガードチェイサーの記録映像から、特令状も認可されました。次は思う存分やっちゃってください」

 

「ありがとうございます」

 

 これでようやくやられっぱなしの状況から解放される事に肩の力が抜ける。なにより生身では敵わない未確認生命体に対してようやく同じ土俵に立てるのだ。

 

「それで明日なのですが、城南大学へ行こうと思っています」

 

「例の、古代リントの文字の件ですね」

 

「はい。もし万が一に奴等が他の文字も使った場合、桜子さんにはまた協力していただくと思いますから」

 

か古代リントの文字に関しては対策班でも把握はしているが、それでもその解析ともなればその道の第一人者の力を借りない手はない。

 

「わかりました。万が一に備えて何時でも連絡は出れるようにしておいてください」

 

「わかりました」

 

 そう話が区切れた時にタイミングよく携帯が鳴る。

 

「はい。九条です」

 

『待たせてごめんね~。資料はファックスで送ったからあとで目を通しておいて。結果から先に話すけど、貰ったサンプルの構成組織が13年前の第一号と全く同一の構成組織だったの。微量に含まれた唾液の成分まで100%一致。これってどういうことだと思う?』

 

「第十二号の時の様なケースはないですよね」

 

『それも考えたけど、それでもこのデータから推察すると丸っきり本人としか結論がでないわね』

 

 今まで同じ様な姿をした未確認生命体は何体か確認されているが、全く同じ姿をした未確認生命体というのは目撃されていない。

 

 そして第一号はいきなり目の前に現れた。

 

「過去からやって来た……とか?」

 

『というファンタジーな答えが出てきちゃうのよね』

 

「となると、この時間で第一号を倒すのは不味いですか? タイムパラドックスとか起きたり」

 

『それは問題ないと思うわ。第一号を倒したとしても、四号が第一号を倒さずに過ぎた未来という分岐が出来るだけで、この時間の今には影響はないと思うから』

 

「そうですか。わかりました、ありがとうございます」

 

『いいのいいの。そっちも気をつけてね』

 

「はい」

 

 電話越しに頭を下げて電話を切る。

 

 丁度ファックスも届いた。これを纏めて上に提出すれば捜査本部も立ち上げられる。

 

 次の犠牲者を出す前に第一号を見つけ出せることを今は祈るだけだ。

 

 

 

 

to be continued…



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人の造った戦士7

書いてて思うけど、クウガのドラマパートってホントによく作られてるなぁと思う。


 

 その日、一条は朝からあちこちを行ったり来たりする刑事の姿を不思議に思いつつその背中をなんとなしに追うと、会議室から見慣れた人物が出てくるのを見つけた。

 

「杉田さん!」

 

「おう一条! 朝からジョギングたあ精が出るな」

 

「いえ。それよりなにか慌ただしいようですが」

 

 捜査一課で抱えている何かの案件が山場を迎えているのだろうか。それにしてはやけに空気がピリピリしているのを一条は感じた。

 

「あー、まぁな。俺としちゃお前さんにいの一番に伝えたいんだが」

 

「なにかあったんですか?」

 

 杉谷しては珍しく出し渋る様子に逆に気になってしまい訊ねる一条の視界の先で会議室のドアに貼り紙がされた。

 

『未確認生命体関連事件特別合同捜査本部』

 

 2度と見ることはないと思っていたその名が書かれた捜査本部の存在に一条の顔が曇る。

 

「杉田さん」

 

「いや。わりぃ。九条に止められてな。絶対に一条には関わらせるなって」

 

「九条くんが?」

 

「実はこれも言うなって止められたんだが。未確認生命体B1号と、なんでか知らないが第一号が復活したらしい。先日脱法ハーブ密売事件の拠点を第一号が襲って壊滅させちまった。そして九条が第一号とB1号に襲われた」

 

「なんですって?」

 

 一条の表情は今度こそ険しいものになった。

 

 B1号と一条の因縁は、それこそ杉田も知っているし捜査資料として九条がその事を知っていても不思議じゃない。

 

「アイツなりの子心ってやつだろう。もう若くないんだから無茶はして欲しくない。そんなとこだろうな」

 

 なのに俺は良いのかと溢す杉田に、一条は杉田が読んだ九条の心境を痛いほど理解できてしまった。

 

「杉田さん。私も捜査本部に加えていただけませんか?」

 

「そういうと思って席は確保してる。何だかんだいっても未確認とやりあったのは俺たちだからな」

 

 未確認生命体事件も13年前とあれば、その間に出世やら移動に退職と人は自分の道を歩んでいる。警視庁でも身近には一条や杉田の他にはあの頃の事件に関わった人物は殆ど残っていなかった。

 

 そういった意味で、資料や話にしか聞いていない様な存在に対して捜査をしなければならない現職の若者刑事たちからすれば恐ろしくてピリピリするのも無理はないと一条は思った。

 

「ところで九条くんは」

 

「アイツなら朝一で城南大学に行ったぞ」

 

 城南大学と聞いて、一条はひとりの女性を思い浮かべた。

 

「もしや。沢渡さんの所に?」

 

「ああ。第一号がやらかしたとされてる現場に古代文字が遺されててな。九条の話じゃ戦士クウガの文字らしい。今後も奴等のメッセージが残されるかもしれないから一応捜査協力を要請に向かうんだとさ。アイツもマメだねえ」

 

 確かに今の時代なら昔よりも個人の連絡手段というのはかなり多くなった。

 

 しかし電話口で切り出せる様な内容でもなく、九条の判断を一条は受け入れながらも水臭いとも思った。

 

 心配してくれる気持ちはありがたくとも、B1号が相手ならば、それは自分が相対しなければならない相手だった。

 

「杉田さん。神経断裂弾については?」

 

「九条が上に掛け合ってるが、どうも芳しくないらしい。代わりに超硬度ネットガンがこんもり送られてきたよ」

 

「未確認生命体を捕獲しろと?」

 

「世間体の問題だろう。言葉を尽くして友達になれりゃ、13年前だって苦労しねぇっつの」

 

 これも一時期社会問題になった。未確認生命体に対する保護案。正しく人間社会を理解させられれば共存も有り得るのではないかという意見に人権団体が賛同して、未確認生命体の被害者遺族と激しく対立した記憶が一条にも残っていた。

 

「当時は荒れたな。でも未確認と直接話しちゃいない利権がらみの連中の戯言で終わったのが助かったがな」

 

 人権団体の主張を被害者遺族団が如何に彼等は残虐非道で血も涙もなく人を殺す悲惨さを前面に押し出して人権団体は結局いつの間にか主張を引っ込める形になった。

 

「オブザーバーとして呼ばれたからな。今でも思い出すぜ。遺族団の鬼気迫る威圧感とか怒りとかな」

 

「そうでしたね……」

 

 あの頃の被害者が身近に居ながらも本人は頑張って前に進んでいて未確認生命体に対してとやかく言わないから忘れてしまっていた事実。

 

 遺族にとっては何年経とうとあの時の悲しみと理不尽は終わることはないのだろうと。

 

 しかしそれでも改正マルエム法という法改正が行われて警察は未確認生命体に対して軽々しく銃を撃てなくなってしまったのだ。

 

 故に捕獲を前提にした装備を渡されてしまったのだろう。

 

「パイソン用の弾丸をいくつか九条から拝借してる。撃てるのは俺とお前だけだがないよりはマシだろう」

 

「助かります」

 

 一度杉田と別れて一条はシャワーと着替えを済まして合同捜査本部に顔を出した。

 

 捜査本部には若手の刑事が多く見られるのは杉田が手ずから育てている刑事が多いからだろう。 事件の起きた渋谷署からの出向も居るようだが今一雰囲気が違うのが見てとれる。擦れ違う刑事からの敬礼に返しながら杉田に合流を果たす。

 

「お待たせしました」

 

「おう。まぁ、しばらくは足で稼いで探すしかないな」

 

 彼等が集まっているアジトでも見つけられれば事件は解決の糸口を掴めるだろうと一条は考えていた。しかしそのアジトを何処に設けているかだ。

 

「一応は事件のあった渋谷区と品川区を調べることになった」

 

「品川区もですか?」

 

「九条がB1号と品川駅で接触したらしい」

 

「そうでしたか」

 

 公安勤めの一条でも耳に一切入ってこなかった情報だ。必要以上に情報を外部に漏らさない為の措置なのか。未確認生命体が再び現れたのならば情報の共有は被害者を減らすためにも必要な事なのだが。

 

 九条の個人的な情報の秘匿だとは思いたくはない一条だったが、関わると決めたからにはなんと言われようと関わっていこうと決めた一条だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 城南大学に赴いた九条は久し振りに訪れたものの、その足は迷わずに目的地に辿り着けた。

 

 木製のドアを叩き、中からの返事を待ってドアを開いた。

 

「こんにちわ」

 

「いらっしゃい九条くん」

 

 未確認生命体対策班として幾度かお世話になっている女性。首から下げているネームプレートには『沢渡 桜子』の文字。

 

「久し振り。ちょっと背が伸びた?」

 

「ほんの3センチはですけど」

 

 普段はメール等のやり取が多く、直接会うのも一年以上は久し振りともあって以前最後に会った時よりも九条が一回り大きく見えた桜子の言葉だった。

 

「でも珍しいね。九条くんが直接来るなんて」

 

 桜子からしても九条が直接大学まで顔を出すのは珍しい事だった。それほど現代が顔を見せなくてもやり取りが可能な環境が整っているという事なのだが。

 

「実はお願いしたいことがあって」

 

「お願い?」

 

「実は未確認生命体が再び現れたんです」

 

「未確認生命体が…!?」

 

 未確認生命体という名を聞いて、桜子は目を見開いた。それは桜子にとっても忘れられない名でもあるからだ。

 

「犯行現場に戦士クウガの文字が書かれていたんです。もし今後彼等が古代文字を残した場合に解読をお願いしたくて」

 

「そっか。ねぇ、その古代文字見せてもらっても良い」

 

「ええ。このメモリーの中に」

 

 そう言いながら九条は桜子にメモリースティックを渡した。中身のフォルダーから写真のファイルを開く。

 

「これは……」

 

「少しショッキングな映像ですけど、この文字は戦士の文字だと思うのですけど」

 

「そうねぇ……」

 

 パソコンのモニターに映された画像に桜子は唸る。

 

 桜子の脳裏に浮かび上がるのは13年前。同じ様に壁に血で描かれた戦士の文字。しかしそれは結果的には凄まじき戦士を表す文字だった。

 

 そして今桜子が見ている画像もあの時の様に血で描かれていた。それが戦士の意味を持つのだと、長年リントの古代文字に関わってきた桜子には一目でわかった。

 

「少し結論を待って貰える? ちゃんと画像だけじゃなくて実物で判断したいかな」

 

「なにか、気になったところでも?」

 

 リントの古代文字第一人者が悩むような難しい事情があったのかと、九条は思わず桜子に訊ねていた。

 

「この角の部分がね。少し気になって」

 

「角?」

 

 そう言われて確認してみれば、確かに角の部分が二本角とは少し違う様に見えた。

 

「もしかして。四本角……」

 

「返り血も酷いから確証はないの。でももしこれが四本角だったら」

 

「今になって四本角を描く理由……」

 

「でもまだ四本角って決まった訳じゃないから。九条くんは彼等が次のゲームを始める前に居場所を突き止める為に集中して」

 

 確かに専門化でもない自分が気にしたところで答えが出せないのだから専門家に任せるべきだろうと九条は桜子に向き直って感謝を込めて頭を下げた。

 

「ありがとうございます。これが事件のあったビルの住所と、名刺を渡しておきます。現場に居る刑事に見せれば対応して貰える様にしておきます」

 

「ありがとう」

 

 事件現場の住所を書いた名刺を手渡し、用事を済ませた九条は踵を返す。

 

「それじゃあ自分は戻ります」

 

「うん。気をつけてね。無理はしちゃダメだからね!」

 

「自分の出来る無理、ですよね?」

 

 振り返りながらサムズアッブをして研究室を出ていく九条の背中に、桜子は笑顔を守るために戦い続けたひとりの男の姿を重ね合わせてしまった。

 

 窓を開けてバイクに跨がり遠くなっていく姿に不安が募る。酷い事にはならないように祈りながら桜子は渋谷に向かえる予定を確認するのだった。

 

 

 

 

to be continued…



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人の造った戦士8

色々とアレなのはメカっぽいライダーで悩んだ結果あんな感じになりました。装着するままでもよかったんでしょうけど折角だし変身させたかった。


 

 杉田が捜査官を連れて渋谷区の捜索を行うことになった中。一条は単独で品川区の捜索に当たった。

 

 B1号が相手ならば複数の捜査官で探すよりも、単独であることで向こうからの接触を一条は期待する形で品川区に向かった。

 

 13年前。あの雨の中でも何かを言い残すように呟いて海中に没した彼女が常々言っていた言葉が鮮明に甦っていた。

 

 リントは我等と等しくなるだろうという言葉。

 

 彼等が言うリントは古代文明の人間と現代に生きる人間を指して言われる。総じて人間という意味だった。

 

 人間が未確認生命体と等しくなる。そんなことはないと一条はこの13年の間思い続けていた。

 

 だが海に落ちる前、B1号が一条に向かって呟いた言葉。それは彼らの言葉であり、一条には理解できない言語だった。それでも一条はこの13年間頭の片隅でいつもその言葉の意味を模索していた。考えても答えが出るはずもないのに。

 

 しかし一条はその答えをもしかしたら得られるかもしれない機会に巡り会えたことでひとつの不安が確信に近い思いを抱いてしまった。

 

 まだゲームは終わらない。自分は決して死なない。

 

 あの時、彼女はそう言い残したのではないかと。

 

 何故九条に接触したのかはわからないが、次は必ず仕留めなければならないと心に誓う。これ以上未確認生命体をのさばらせるわけにはいかない。ひとりの笑顔を犠牲にしてまで勝ち取ってくれた平和を壊さないためにも。

 

 一条は品川区で九条が辿った道を遡る形で歩を進めた。品川駅の周辺を探し歩いたものの、B1号についての手懸かりは掴めなかった。

 

 そして九条の足取りを追い、辿り着いたのはナカケンバルブ製造所だった。

 

 ここで九条はB1号を目撃したという情報を得て捜査をしていた。

 

 車から降りる前にコルトパイソンに納められた弾丸を確認する。杉田と分ける形になったので神経断裂弾は3発しかない。それが充分に思えないのは四十六号に対しては効果がなかったこととB1号が今も生きているとわかってしまったからだろう。

 

 数少ない未確認生命体に通用する武器だ。この3発の弾丸に命を預けるしかない。

 

 車から降りて一条は寂れた倉庫が立ち並ぶ道を歩いた。

 

 ナカケンバルブには別件で目を付けるから警戒させるなと杉田から言伝てをされていた一条はナカケンバルブの事務所からは見えない位置に車を止めて、ナカケンバルブの人間とは接触しない様なルートを地図で確認しながら歩いた。

 

 とはいえ九条が一度調べている道取りを辿るだけではなにも掴めないだろう。そう思っていた一条の視界にふと白い何かが目に止まった。

 

「バラの花びら……?」

 

 駆け寄って地面から拾い上げたのは白いバラの花びらだった。

 

 無意識にコルトパイソンを抜いて警戒を一気に高める。辺りを見渡しても白いバラが咲いているような場所はない。そして今まで歩いた道にしてもだ。

 

 ならば何処からか飛ばされてきたと考えるものだが、それにしては花びらが綺麗すぎる。まるでたった今花から落ちたような、それでいて枯れて落ちたとは思えない不自然さもある。

 

「居るのか? 近くに……」

 

 こうなにかと鉢合わせると因縁を通り越して宿縁めいた物さえ感じるが。彼方からの誘いであるのならば、それに今は敢えて乗るだけだと一条は花びらが落ちていた先を見つめる。フェンスで囲われている私有地だろうか。奥には廃れて久しい工場が見える。

 

 敷地に入れる様にフェンスのドアがあり、鍵は掛かっていない。

 

 あの時の答えを知るために、そしてもう二度とゲーム等というふざけた理由で人の命を奪わせない為に、一条は工場の敷地内へと入っていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 城南大学から九条は品川区へと向かっていた。

 

「うぇ!? 一条さんに話しちゃったんですか!」

 

 ∑(0w0;)<ウェ!? という感じの顔を浮かべながら、九条は無線で繋がっている杉田に言い返した。

 

『遅かれ早かれバレてたからな。それにB1号を探すなら一条が適任だしな』

 

「それでも一条さんは!」

 

『心配すんなよ。お前が思ってるほど、一条は柔な男じゃねえよ』

 

「そういう問題じゃないですよ!」

 

 九条が一条に対して未確認生命体合同捜査本部の存在を黙っていたのは個人的な思いでしかなかった。

 

 未確認生命体関連事件やその他多くの資料に目を通してきた九条だからこそ、単独でことあるごとに未確認生命体と戦っている一条の身を案じての事だった。あれから13年。身体だって無茶が利かないだろうし、骨を折れば回復に時間はかかるだろうし、なにより次は命を落とすかもしれない。

 

 九条にとって一条という男は最も世話になり、そして父親代わりでもあった。

 

 笑顔に対するトラウマを抱えてしまった自分を引き取り、そのトラウマを克復させようと色々な人と出逢わせてくれた。自分が未確認生命体対策班に所属する事を目指したのもこの時に五代さんが第四号であることを知ったからというのもあった。

 

 みんながするサムズアップ。それはあの夜、第零号から助けてくれた金の黒の四号が自分を落ち着けるためにしてくれた物だった。

 

『生きていてくれてありがとう。もう大丈夫だから』

 

 そう言いながらサムズアップして、第零号に挑んでいった背中は今でも鮮明に思い出せる。

 

 そして資料を見る限り第零号との決着をつける前に自分に五代さんは会いに来てくれた。でもそんな五代さんに酷いことをしてしまった。そしてその後に五代さんは長い旅に出て音信不通。

 

 だからというわけじゃないけれど、五代さんの様ににみんなの笑顔を守れる男になりたかったから警察官になって、未確認生命体対策班に所属した。

 

 話が逸れてしまったが、一条の父親もまた警察官であり、人を助けるために殉職したことも一条の母から聞いている九条からすれば、再び現れた未確認生命体B1号に必ず一条は関わろうとすることはわかっていたからこそ、出来るだけ関わらせたくなかったという事だった。

 

 法廷速度をほんの少しオーバーして出来るだけ速く一条のもとに急ぐ。イヤな予感がする。無事でいて欲しいと強く願い、九条はバイクを走らせた。

 

 品川区に到着した九条は真っ先にナカケンバルブのある工業地帯へと向かった。品川駅の方も考えたものの、最初にB1号が目撃された所を調べるだろうと当たりをつけて九条は全速力で向かう。

 

 途中で一条が乗ってきただろう車を見つける。

 

 ナカケンバルブには余り刺激するなと杉田から言われているだろうと思い、必然的に人と会わないルートを探すだろうと一条の行動を予測する。

 

 捜査の実地を叩き込んだのが杉田なら、捜査に対する考え方を叩き込んだのは一条だ。一条ならこうするだろうというルートを九条は辿っていく。

 

 そしてフェンスの開かれたドアが目についた。踏まれている雑草のあとがまだ新しい。

 

 パスワードを新しく「5066」と入力すると、バイクのフロント部分にクワガタの角の様な物が迫り出してくる。

 

 そのままアクセル全開。ドアを無理矢理こじ開けて工場内に侵入する九条の耳に銃声が響く。

 

「一条さん……!」

 

 聞き慣れたコルトパイソンの銃声は間違いなく一条の物だろう。九条は急いだ。一条の無事を願って。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 工場の中を警戒しながら進む一条。その足は寄り道する事はなく真っ直ぐに工業内を進んでいく。一条を導くように微かにだが空気に甘い香りが混ざっているのだ。工業用品か薬品の匂いとは違う花の香りが。

 

 そしてその香りが途絶えたとき、咽かえる様な甘い香りと白いバラの花びらが一条を襲い、そして気づけば視線の先に探していた女の姿を見つけた。

 

「B1号…!」

 

 そう呟く一条に対して、彼女はあの頃と変わらぬ冷たく感情の読めない視線を一条に向けていた。その表情が少しだけ昔を懐かしむ様な顔になったような気もした。

 

「今度は何を企んでいる! またゲームを始めようというのか!!」

 

 コルトパイソンを構える一条に対して、B1号は変わらずに物怖じせずに対面するだけだった。

 

「ゲリザギバスゲゲルは終わってはいない。だが目覚めの時は近い」

 

「目覚め? どういう事だ。なにが目覚める!」

 

「リントの戦士は、やがて究極の闇と等しくなるだろう」

 

「なんだと!?」

 

 彼等の言うリントの戦士とは警察官などが挙げられる。そして究極の闇とは第零号や黒の四本角のクウガの事だ。

 

 警察官がそんな存在になるというB1号の言葉を一条はそのままの意味で捉えるほどではないが、逆に彼女のいうリントの戦士の意味が予想がつかなくなってしまう。

 

「力を手にしたリントがどうなるのか、見物だな」

 

「待て!」

 

 踵を返して立ち去ろうとするB1号に向けて一条はコルトパイソンのハンマーを起こす。

 

 狙いを足に定める一条の研ぎ澄まされた感覚が殺気を捉えたのと同時に飛び退くと、目の前を人影が通り過ぎた。

 

「っ、第一号…!」

 

「ボギヅパボソギデギギボバ」

 

「好きにしろ」

 

 何かをB1号に向かって話す第一号だったが、一条にはその言葉の意味はわからなかった。

 

 去っていくB1号を追い掛ける為に動こうとする一条だが、その行く手を第一号に邪魔される。

 

「くっ」

 

 先ずは第一号から排除しようとコルトパイソンの銃口を第一号に向けて引き金を引いた。

 

 だが第一号は銃声の瞬間にジャンプして銃弾から逃れた。

 

「ゴンデパブパンゾ」

 

「避けた…」

 

 貴重な神経断裂弾を使ってしまったが、態々此方の銃弾を避けた行動に一条は驚いた。

 

「フン!」

 

「な、くそ…っ」

 

 第一号が口から糸を出してコルトパイソンに絡みつかせる。そして人には抗えない力で唯一の武器を取り上げられる。そして第一号は取り上げたコルトパイソンの銃身をその怪力で折り曲げて使えなくした。

 

 一条は確信する。この第一号は銃に対して危険だという危機感を持っている。

 

 武器を無くしても一条はただ逃げることはしない。どうにか隙を突き、そして応援を呼ぶ。ただでやられてやるつもりはない一条は最後まで諦めずに期を窺う。

 

「ボンバダンバシザ」

 

 第一号が口から糸を吐き、一条の首を絡めようとするが、それを見抜いた一条は糸を避けて踵を返す。工場内とあって打ち捨てられた工作機械も多い。

 

 それらを盾に一条は第一号から逃げる。

 

 だが第一号はスパイダーマンよろしく鉄骨の梁などに糸を絡めてぶら下がりながらターザンの様に空中から一条を追う。こうなると工作機械を避けなければならない一条の方が速さとしては不利な側になってしまう。

 

「ボボラゼザ」

 

「っ、うわっ」

 

 一条の前に着地した第一号は、一条の胸元を掴み放り投げた。

 

「がっ。かはっ」

 

 受け身を取る様な余裕もなく一条は背中から地面に叩き付けられた。

 

「ギベ!」

 

 そんな一条を上から腕の爪で突き刺そうと第一号が襲い掛かる。痛みで悶えている暇などなく避けようとする一条だが、一拍避けるのが間に合わないとわかってしまう。

 

 万事休すかと思った一条の耳にけたたましくバイクのエンジン音が響く。痛みで視点の合わない視線で見えたそのバイクは黒と金の色合いをしていた。

 

「五代……」

 

 そしてバイクは一条に飛び掛かる第一号に対してジャンプしながら体当たりをして吹き飛ばし、一条の横に着地した。

 

「一条さん!」

 

「九条くん…」

 

 バイクから降りてヘルメットを外したのは一条が思い描いていた男とは別のまだ年若い青年だった。まだ垢抜けしていない未熟さを感じさせる青年の手に引かれて一条は立ち上がった。

 

「だから伝えたくなかったんですよ」

 

「それよりも気をつけるんだ九条くん。あの第一号は武器を奪うぞ」

 

「はい。でも、自分の武器は奪えませんから!」

 

 心配する一条を余所に、九条はぎこちない笑みを浮かべながらもサムズアップを一条に送った。その光景に何故か一条は13年前にも感じたある種の不安を感じていた。

 

「だからあとは任せてください」

 

「九条くん! っあ゛」

 

 九条を引き留めようとする一条だったが、腕を伸ばしただけでも身体が痛みに悲鳴を上げた。

 

 そして九条はバイクの後部ボックスからアタッシュケースを取り出し、その中に納められていた銀のベルトを腰に装着した。

 

 そのベルトを腰に巻き付けた後ろ姿という光景は幾度も見てきた背中と被った。そして九条が一度だけ一条に振り向いて口を開いた。

 

「見ていてください。僕の変身…!」

 

 そう覚悟を決めた様に九条は前を向いて携帯を取り出し、折り畳まれたそれを開き「360」の番号を打ち込み三度の電子音が鳴ると、「ENTER」と書かれたボタンを押した。

 

 ――Standing by

 

「変……身ッ!!」

 

 番号を打ち込んだ携帯を閉じ、ベルトのバックルに縦に挿し込み横に倒す。

 

 ――Complete

 

 その電子音共に九条の身体に沿って、ベルトから金色の光の線が走る。

 

 そして足下から稲妻を発してその姿を変えて行った。

 

 金色の縁に蒼い機械質の鎧を全身に纏うその姿は一瞬金の青のクウガを彷彿させた。

 

「ゴラゲパ、クウガ!?」

 

「違う。クウガじゃない」

 

 姿を変えた九条はそう第一号に返しながらゆっくりと歩み寄る。

 

「それでも、笑顔を守るために戦いたいと思った人間だ!」

 

「ポシャブバ!」

 

 第一号の拳に、九条は一歩も退かずに耐えた。その姿に紫のクウガの様だと一条は思った。

 

「バンザド!?」

 

 全く攻撃の効いていない様子に焦る様な言葉を第一号は発した。

 

 籠手に金色で戦士の文字が彫り込まれている拳を握り、そのパンチで第一号を殴り飛ばした。

 

「バ、バンザ、ボンヂバサパ…!」

 

 拳でダメならば爪を伸ばして殴り掛かってきた第一号を、やはり正面から受け止め、その衝撃で逆に第一号の爪がへし折れてしまった。

 

「うおおりゃああ!!」

 

 再び九条の拳が強かに第一号を殴り飛ばした。

 

「氷川さん!」

 

『許可します。九条くん、思いっきりやってください』

 

「了解!」

 

 通信で繋がっている氷川に許可を貰った九条はベルトのバックルに挿し込まれた携帯を開き、「ENTER」を押した。

 

 ――Exceed Charge

 

 ベルトから身体に沿って走る金色の線を光が迸り、右足に集中し、稲妻を発していく。

 

 その稲妻を、やはり一条は13年前に見てきた物だった。

 

「まさか。金の力なのか!?」

 

 金の力で倒された未確認生命体は凄まじい爆発を引き起こす。それを九条が知らないわけがない。だが九条を信じてその戦いを目に焼き付ける事が自分のやるべき事だと、一条は逃げることをしなかった。

 

 走り出す九条の右脚に稲妻が集中していく。

 

「ギベスロボバ!」

 

 走る九条に向けて第一号は口から糸を吐くがそれを九条はジャンプして避けた。

 

 飛び上がった九条と第一号の間に戦士の文字の紋様が現れ、その中を九条が突き抜ける。

 

「はああああああ!!!!」

 

 紋様を突き抜けた時に追加された炎と稲妻を纏った蹴りが第一号に突き刺さる。

 

 着地する九条と、蹴りの威力で大きく吹き飛んだ第一号がよろめきながら立ち上がる。

 

 その胸には戦士クウガの紋様が浮かんでいた。

 

「ダ、ダババ、ビガラゴドビビ…、クウガァァァァァ!!!!」

 

 紋様から溢れた稲妻が第一号のベルトを砕き、そして爆破を起こして粉々に吹き飛んだ。

 

「すぅ……ハァァァァァ…………」

 

 大きく深呼吸をして立ち上がった九条は一条に振り返り、そしてサムズアップを贈る。

 

 蒼い機械の鎧を見に纏った九条が人の姿に戻る。

 

 訊きたいことは山ほどあったが、それよりも一条は九条へとサムズアップを返した。

 

 そんな二人の姿を静かに夕陽が照らしていた。

 

 

 

 

to be continued…

 

  



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