彼女と彼女達の物語 (暁美ほむら)
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運動後にはハイビスカス
北沢精肉店や羽沢珈琲店などが面を並べる商店街の隅っこの隅。そんな日も当たらないようなところにある地下へ降りる階段。そこを降り、綺麗な鈴のついたシックな扉をゆっくりと開けてみる。中は落ち着いたインテリアとなっており、小さい空間ではあるものの家具の配置により、アットホームな感覚で楽しめる場所であることがわかる。
この場所は月乃桜営む小さな喫茶店だ。その人にあったハーブティーを作ってくれる知る人ぞ知る隠れた名店である。そんな喫茶店の店主であり唯一の店員の桜は今年で23歳を迎える若さである。ここまで若い身でありながらイタリア、フランスなど各国を周り現地の料理、味を研究し独自にアレンジを加えてたくさんの賞状も獲得している料理界では知らない人がいないほどの有名人である。
この日もいつも通り、開店時間の夜6時を迎えようとしていた。
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「よし…と。この看板もこれで綺麗になったわね」
私月乃桜は現在看板を磨いていた。誰も通らないこんな隅の、しかも地下にあるような店でも自慢の店だ。綺麗にしておきたいと常に思う。色々な下準備を済ませたあと、店に戻ってカウンターに立つ。今日は誰が来るかなーなんて思いながら立ってるこの時間が私は好きだったりする。
そんなことを思っていたらドアが開く音がして、数人の女の子達が入ってくる。
「たっだいまー!なんて!こんにちは、桜さん!」
「ただいまーー」
「お疲れ様です!桜さん!」
「お邪魔します、桜さん」
「おかえり、みんな。今日も練習帰りなんでしょ?お疲れ様」
今入ってきた4人はAfterglowというガールズバンドの一つに所属する女子高生達である。上からひまりちゃん、モカちゃん、つぐみちゃん、巴ちゃんである。このメンバーとは長い付き合いになるなーなんて思っていると、4人がそれぞれの楽器を壁にかけソファーに座り目をキラキラさせている。なるほど、かなり期待されているらしい。私はいそいそと紅茶を淹れる準備を始める。よし、みんな疲れてるみたいだから今回はこれのハーブティーにしよう。
「はいみんな、今回はスポーツ後にぴったりなハイビスカスのハーブティーよ。ゆっくり飲んでね」
4人にショートケーキと一緒に渡して行く。嬉しそうに受け取り食べ飲み始めるみんなを見て、1人足りないことに気づく。
「あれ?蘭ちゃんは今日は来ないのかしら?」
そう聞くとみんなとても楽しそうな顔をする。
「後ろですよ!後ろ!」
「後ろ?」
ひまりちゃんに言われた通り振り返ると、耳まで真っ赤になった蘭ちゃんがすぐ後ろに立っていった。しばらくプルプルと震えていた蘭ちゃんだったが、何かの決心をしたのか顔を上げる。
「た、ただいま……お姉ちゃん…」
うつむき気味になりながらも告げた蘭ちゃんがたまらなく可愛い。そう思うと同時に思わず抱き寄せてしまった。
「おかえり、蘭ちゃん。今日も1日頑張ったね、よしよし」
ついつい昔の癖で頭撫でてしまう。最近は「恥ずかしいから…」って撫でさせてくれないでいたが、今日されるがままになっている。更に蘭ちゃんは私を強く抱き返してきた。予想外の蘭ちゃんの行動にドキドキしながらも優しく撫で続ける。
「ん………」
「おー、この蘭の反応は予想外だーー」
「だね。でも蘭ちゃん嬉しそう」
「いーなー!桜さんのなでなで!」
「後でみんなでやってもらうか!」
外野がとても盛り上がってるし、蘭ちゃんも可愛いけどハーブティー冷めちゃうよ?
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「罰ゲームねぇ」
「はい!」
どうも蘭ちゃんのこの態度はここへ向かう道中に開催された『負けた人が桜さんにお姉ちゃんって上目遣いで言う』というジャンケン大会によって決まった罰ゲームらしい。やれやれ、可愛いことをするものだと苦笑いを浮かべる。
「ほどほどにしなさいね。蘭ちゃん、可哀想でしょ?ましてや私なんかにお姉ちゃんなんてねぇ」
「そんなことっ!」
「キャッ!?」
私の言葉に意を唱えるようにいきなり立ち上がった蘭ちゃんに驚いた。ハッとした顔になった後、「ない……です…」とどんどん声量が小さいながら私のフォローをしてくれた。なにこの可愛い生き物。
「あのー、桜さん?そろそろ今日もお借りしちゃってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
私がそう返すと「ありがとうございます」と言いつついそいそと楽器を持ち奥の部屋へと入って行く。そう、ここはただの喫茶店ではなく、ミニライブハウスも兼ねている店なのだ。防音施設、音楽機材などなどかなり充実しているが、やはりあまり周りに知られてはいない。それはひとえに店主である桜の宣伝不足であるが、本人はそれでも構わないと考えている。
〜〜〜♫
「今日もやってるわねぇ…」
カウンターに寄りかかり、頬杖をつく。夢や希望、青春や情熱。彼女たちが追いかけるガールズバンドの頂点はとても険しいものだが、それに向かってひたむきな彼女たちがとても眩しくて、愛おしく感じる。そんな彼女たちの支えになれたらなーなんって思っていたりする。
(こんな歳の離れた奴にそんな風に思われても困るわよねぇ)
そんな風に思いながら昼の副業の疲れからか、睡魔に襲われ眠ってしまっていた。
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「桜さん、終わりました…よ…」
練習を終えたAfterglowのメンバーが見たのは頬杖をついたまま船を漕いでいた桜だった。そそくさと部屋から出てきて5人は小さな円を作った。
「か、可愛すぎるでしょ桜さん!」
「確かに、あれは反則だねーー」
「寝姿も綺麗だね!」
「ああ、あれはずるいな」
「まあ、確かに」
5人はそれぞれの意見が一致していることを確認してから、日頃の感謝の気持ちとほんの少し自分の本心を乗せて頬へキスを落として帰っていった。
「あれ?みんな?」
起きたら夜になっており、みんながいないことに気づく。書き置きがあることから、みんなが帰ったんだなと気づく。しまったなと思った。まさか寝てしまうとは。
「とりあえず、店閉めようか」
ゆっくり体を伸ばし、看板を店内にしまい込む。明日は副業がメインの日だ。頑張ろうと心に決め電気を落とした。
誤字脱字等見つかりましたら教えて頂きたいと思います。
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