フェイクというには程遠い (若葉ノ茶)
しおりを挟む

始まりの逃走
爆発オチなんてサイテー


 

 

 

 

 赤ん坊を抱いた少年が涙で頬を濡らしながらもしっかりと前を向いて小さな船を進めている。

 後ろの島は大爆発。大きな衝撃で海が揺れては波を作り上げている。

 

 

 

「あぶー」

 

「ああ、どうしてこうなった」

 

 

 

 すべてはあの変態科学者のせいだというのは分かっている。あの馬鹿のせいで俺達はこうなった。生まれてからすぐに逃げることを強いられたのはあの馬鹿のせいだクソが!!

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 ただの夢かと思った。

 気が付いたらどっかのベッドの上で寝転がっている俺を冷めた目で見つめる白衣を着たおっさんがいる光景。

 

 

 頭の中でいろんな記憶が重なっていく。

 俺はただの平凡な人間だったはずだ。事故で亡くなって死んでそれで目が覚めて……。

 

 

 

 

「ああ、私の実験によって生まれてきてありがとうRC06号よ。だがお前はすぐに死ななければならない。お前はただの証明だよ。私の偉大なる目的の為にね!」

 

 

 

 おっさんの後ろにふかふかの布に囲まれたベッドで眠っている何かが見える。眠っている何かの正体は赤ん坊だった。

 いやそれ以外もあった。TRPGとかで発狂しそうな化け物がガラスで囲われた中で浮かんでいる光景。化け物が檻の中で閉じ込められているのも見えるし、いろんな資料の紙が散らばっているのも見える。

 

 ……つまり、今見えている光景の全てをこいつが作っているということだ。俺や赤ん坊含めて。

 その時点でこいつはヤバい奴だと分かった。科学者っぽい格好してるけどこいつマッドサイエンティストだ。

 

 

 

 

「まあ死ぬとは言ってもお前はある海賊に引き渡すことが決まっているんでな。ああでも五体満足じゃなくてもいいとブファッッ!!!?」

 

 

「あ、やべっ」

 

 

 

 こいつヤバいおっさんだと気付いて反射的に殴ってしまったのは後の祭り。

 いやでもこいつ俺を殺そうとしてたし殴って良いよな?

 むしろ殴るのが当然だよな!

 というかこいつ弱いな。現時点の情報から考えるに俺はおっさんに作られた生き物なんだろう。科学者ならば暴走されないような制御装置を付けてるとは思えたんだが……まあいいか。俺が安全ならば問題なし。何も問題いらない。

 

 とりあえずここから逃げた方が良いよな。死にたくはないけどこのままこのおっさんの言うようなどっかの海賊に引き渡されるのも嫌だ。海賊ってなんだよとかいう思いもあるけれど、本能っていうのかな……なんか信じられるんだ。それと凄く嫌な予感がするから絶対に行きたくないだけのこと。

 ベッドから降りて赤ん坊の元まで向かうがなんか足取りが遅いような気が……。

 

 

 

「……あー」

 

 

 

 

 思わず誰だこの外人!? といいたくなるような薄いガラスに映し出された少年が俺だった。前髪が目にかかるほどふわふわの天然パーマじみた金髪の髪と、柔らかそうな未熟な身体。

 

 不意に何かが頭をよぎって、痛くなる。

 どっかで見た記憶がある顔をしているけれど、俺は知らないはずの顔。

 頭がふらふらして思わずガラスの台に手を置いた。

 

 

 ああ、置かなきゃよかった。

 ただ壁に寄り掛かろうと思って手を置いた先は何かのスイッチ。

 

 

 

 

『起爆スイッチが押されました。爆発まであと―――――――』

 

 

「どういうことだよコンチクショーが!!!」

 

 

 

 いや俺のせいだ。まさしく俺がドジったせいだ!

 逃げれば何とかなる。逃げたらいいんだクソッ……!!

 

 

 

 

 

「おい起きろ変態科学者! このままだと死ぬ――――――っていねえ!?」

 

 

 

 

 あいついつのまに逃げたんだ!? いやでも赤ん坊はそのままだぞ!

 きゃっきゃ笑ってるけどいい気なもんだなこの野郎……なんか見たことある顔してるけどさ!

 

 

 

 

「逃げよう。そうじゃないとヤバい」

 

 

 

 

 生まれ変わって数分の出来事だけど、俺は前世で何か悪いことしましたかーーーー!!?

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

資料を見て世界を知る

 

 

 

 流れ着いた先のエンジュ島にて慌てて逃げる際にかっさらって来た資料と赤ん坊を手にとある老人夫婦の元でお世話になっている俺である。

 名前は一応何となく本能に従って選んだものと、適当なものをチョイスしてやっておいた。

 そのおかげで俺はロナン。赤ん坊はリードという名前になったが、まあいい名前なんじゃねえかなって思う。

 

 問題は俺がついでにと持ってきた資料に書かれていたモノである。

 

 

 悪魔の実の能力者のクローン体に関する資料。

 過去において死人となった者や、生者の細胞と資料提供図。

 有力な海賊の生物兵器計画。

 そして、それら全ての結末にDr.ベガパンクなる者による却下指示が出されたとの記載。

 そしてそれらを覆すために俺達を作り上げた科学者が逃亡し、シーザー・クラウンなる者とは違った方向においてやらかしていることの記載が書かれていた。

 

 

 ――――――だからこそわかる。

 この世界は俺が前世で漫画として読んだことのあるワンピースの世界なんだってことを。

 

 

 そして記載されている俺たちの情報がヤバかった。

 いや、一部しか資料を持ってきてない為、俺の事情しか分からないけど……。

 でもちょっとだけ嫌な予感はする。本能というべきだろうか。

 

 

 とある海賊の船長によって希望されて生み出されたただの生き物が俺ということ。

 俺が連れてきた赤ん坊はたぶん資料の後半に載っていた『有力な海賊の生物兵器計画』に基づいて行っているのだろう。

 

 俺は違う。ただ海賊によって希望されて作られたんだ。

 王下七武海という名前しか書かれてないが、七武海の誰が科学者に俺を作れって言ったんだ?

 

 ……なんか、それを考えると頭が痛くなるし、ピンクっぽい何かが浮かんでは消えてくのが妙に怖いから止めよう。

 たぶん俺の身体に染み込んだ何かの記憶だろうけど、誰なのか分からないから止めておこう。

 

 

 

 

「ああ、ロナンくん。その瓶が入った木箱は捨てておいて構わないよ」

 

「分かったよばあさん。じゃあそれ以外に何か捨てておくものはないか? ついでに捨てておくけど」

 

「いいや大丈夫だよ。リードちゃんのこともあるからね」

 

「いやこいつ赤ん坊の割に度胸あり過ぎるくらいなだけだから」

 

 

「あぶー」

 

 

 

 大きな魚を見ても笑い、俺がドジって危うく崖から落ちかけても笑い、そして腹減った時やオムツを汚した時にだけ泣くような赤ん坊だ。痛みには滅多に泣かないが、大食らいでもある。

 まあ普通じゃないのは確かだな。

 

 俺の言葉が分かっているんだろうか。小さなベッドに寝転びながらも赤い頬を膨らませてちょっといじけてる赤ん坊のリードに近づいて、その頭を撫でながらも苦笑する。

 

 とりあえずばあさんの頼まれたことはやり遂げよう。

 瓶入りの木箱を……っと、結構重いな。

 よし、しっかりと持って一歩を踏み出して―――――――。

 

 

 

「どぉっっ!!?」

 

 

 

 

「あぶぶぶ!」

 

 

「うわ、大丈夫かいロナン君!?」

 

 

「だ、大丈夫……」

 

 

 

 ずるっと背中からこけて、中に飛び上がった木箱が俺の顔面を強打する。木箱の中で瓶が割れる音がする。

 ああ、木箱に蓋して頑丈に閉めておいて良かった……!

 

 顔が痛いが、この程度の怪我ならば生まれ変わってから何度かやらかしたし大丈夫だ。

 この島にやって来る前も小舟から落ちかけたぐらいだしな。

 

 リードが俺を見て笑ってるのはいつものことだ、気にするな。

 

 

 

「まったく、ロナン君はドジだねぇ」

 

 

「ごめんごめん。でもこの瓶全部捨てるものだから良かったよ……」

 

 

「そりゃあね。じゃあ頼んだよロナン君」

 

 

「おー」

 

 

「あぶー」

 

 

 

「捨てる先で転ぶんじゃないよ! あと迷子になったり犬に噛みつかれそうになったりしないように気を付けるんだよ!」

 

 

「お、おう。できるだけ努力する!」

 

 

 

 でもごめんばあさん。

 俺のドジはこの身体になってから生まれつきなんだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 ああこれは厄日だ。

 否、あの時逃げ出した私にとっての厄日も同然かもしれない。

 

 

 

 

「…………で?」

 

 

「す、すまないジョーカー。だが手は尽くそう。アレはまだ生きているし、逃げただけのことだ」

 

 

 

 

 クローン体が私を殴り飛ばした先はごみを捨てる際に使用していたダクトの中。

 アレは気づいていなかったようだが……その先が問題だった。

 

 私が気づいた時にはもう全てが燃えていた。生きていることが奇跡なぐらいに、

 

 

 

 

 

「フッフッフ。言いたいことはそれだけか?」

 

 

「何を言って……!?」

 

 

 

 

 何かで身体中を縛り付けられて、動けなくなる。

 殺気によって恐怖で身体が強張る。

 

 ジョーカーは、本気だ。

 本気で俺を殺す気だ!

 

 

 

「ま、待ってくれジョーカー! 君の希望通りのものは作り上げたつもりだ。クローン体にはあの死体の細胞によって採取されたすべての記憶を植え付けてある。力なんかは全て死亡前の通りだが……それも君の希望通りだったはずだろう! 何故私を殺す……わ、私が死んだら困ることがあるはずだ……!」

 

 

「いいや、てめえがいなくてもそれを引き継げる男がいる」

 

 

 

 

 私と同程度の頭脳を持ち、その技術力を誇るがジョーカーに協力を惜しまない男。

 シーザー・クラウンの事か……!!

 

 

 

「だがジョーカー! アレは私の最高傑作を持って逃亡して―――――――」

 

 

「言っただろう。てめえはもう終わりだ」

 

 

 

 

 私の言葉を遮ったジョーカーが、歪んだ笑みを浮かべている。

 

 

 

 

「あの爆発で海軍が動いた。それはもう全て露呈したも同じなんだよ」

 

 

 

 

 許されないと言われている。私の全てを否定される。

 

 ああ本当に、厄日だ。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その色はもう見たくない

 

 

 

 

 

 最近世界がとても騒がしい。

 なんか麦わら一味が壊滅したんじゃないかという噂があるだの、世界の破壊者の異名を持つワールド……なんちゃらがいろいろと派手にやらかしているだのいろいろと酷いニュースが飛び交っている。

 

 この世界については、俺はあまり知らない。麦わらが主人公というのは分かってるし、東の海やアラバスタ、あと注目されてた人物などに関しては分かるが、物語の詳細については知らないとしか答えられない。

 漫画だって俺が前世で死んだときはまだ完結したわけじゃねえしな。

 

 とりあえずグランドラインとかいう場所の果てに海賊王となるためのワンピースがあるとか言うのは分かってるが。まあ麦わら一味が壊滅っていうのはあり得ない話だろうとは思う。

 なんかあったのは確かだけど、ニュースって言うのは偽の情報も真実のように扱う時があるからな。なんとなくそう思う。

 

 でも偽物だとしても新聞の情報は一番大事だからとっておこう。

 

 

 

「ばあさんにじいさん、この新聞貰っていい?」

 

 

「ああいいよ。おじいさんもそれでいいかい?」

 

 

「もちろんだとも。ワシらは暇つぶしに読んでいるだけじゃからのぅ。ほれ、それよりもせんべい食べるか?」

 

 

「いや止めとく。たぶん喉に詰まる」

 

 

「ロナン君はドジっ子だからねぇ」

 

 

「あぶー」

 

 

 

 うぐぐ……ドジっ子って呼ばれても否定できない自分が辛い……。

 いやでも最近は手伝いでやらかすことは少なくなったし、ココア飲んで噴き出して転ぶことはあっても怪我はしなくなったし!

 

 ミルクを飲ませてゲップさせ、上機嫌に笑うリードを揺らしながら遠い目をして現実逃避する。転んでもリードが怪我をしないように背中から倒れるようにしてるからまだいい方だと思うけどな。

 一日に数回以上やらかしてたら意味ねえか。

 

 

 

 

「ああそうだ。ロナン君、今日は港で魚を貰ってきてくれないかねぇ」

 

 

「魚ね、分かった。それ以外何かいる?」

 

 

「そうじゃな。畑仕事で使う道具を新調したいんじゃが……それをいつもの店の主人に伝えてきてはくれんかのぅ?」

 

 

「えっと、確か船大工も兼任してるおじさん……だっけ?」

 

 

「そうじゃよ。宜しく頼むぞ」

 

 

 

 老人夫婦は俺達を息子のように扱ってくれる。

 以前は実の子供がいたようなんだがその子は海賊の道へ進んでしまって寂しいからこそ、警戒はしていてもしばらくすれば慣れてくるし心も開く。見た目赤ん坊を背負った少年だからという点でも警戒心を解くのに役に立ったみたいだ。

 

 俺達にとっては幸運だ。

 とりあえず、俺を生み出すのを希望した海賊に見つかることなく生活できるのが一番いいからな。

 

 さて、魚でも買って来るとするかね。

 お金はばあさんから朝パンを買いに行った時の分がまだあるし、リードをベッドに降ろして一人で……。

 

 

 

「あーう!」

 

 

「リード。俺から手を離せって」

 

 

「あぶぶ!」

 

 

「笑っても駄目なもんは駄目だって言ってるだろー!」

 

 

「あうー!」

 

 

 

 ……くっ。

 この赤ん坊、指の力が強い!

 きまぐれでも起こしたのか? 俺の服を掴んでは離さないのは良いけど、涎垂らすなよ汚いな。

 

 

 

「あらあら、リードちゃんはロナン君の傍にいたいそうよ」

 

 

「ついでに連れて行ったらどうじゃ? ワシらもまだ畑仕事が残っておるからの」

 

 

「……………分かった」

 

 

「あぶー!」

 

 

 

 まあ海賊が暴れているとニュースでやっていても問題は起きないだろう。

 海軍支部だってこの港の近くにはあるんだ。

 海賊のような見た目をしたいかつい男たちが買い物途中の俺の傍を横切ることなんて老人夫婦に世話になってからは当たり前になった。

 最初はビクビクしていたがもうそれは昔の話だ。海軍だっているし。

 

 ドジらなければ、何も問題はないはずだ。

 

 

 

 

 

「何も問題はない……はずだったのになぁ……」

 

 

「あーう」

 

 

 

 ただの不良よりもガラの悪い見た目をした三人の男達が俺の前で立ちはだかる。

 俺はただ、足を滑らせて転んだだけなんだがなー。

 

 

 

「おおん? このクソガキ俺達に向かって酒樽ぶちかましたくせに何言ってやがる」

 

 

 

 いやそれリードを抱きかかえてたから背中から転んでその近くにアンタらがいて、ちょっとぶつかっただけだろ。

 ぶつかった拍子に男が持ってた酒樽が転がって壊れて地面に中身が溢れ出ただけの事だろ。

 

 

 

「舐めてんのかガキ!」

 

 

 

 舐めてません。逃げる間にドジらないかどうかに戦慄してるだけです。

 

 

 

 

「俺達は海賊だぞ。我らが船長は手配書に載ってるすげえ奴だぞ分かってんのかああん?」

 

 

 

 逃げられるかな。

 いや俺の脚力は意外とある方だからいけるはず。途中で転ばなければいける。

 

 

 

 

「あぶぶ!」

 

 

「笑うなやクソガキ!!」

 

 

「いや今のは俺じゃなくて赤ん坊のリードなんですが」

 

 

「知るか! 死ねやゴラ!!」

 

 

「どぉっ!?」

 

 

 

 男が剣を思いっきり俺達に向けて振り下ろす。

 身体が反射的に右に向いてそれを避けることに成功した。でもまだ心臓がバクバクいってる。

 

 俺の身体が普通じゃなくて良かったというべきなのか。

 

 

 

「あっぶねぇ殺す気か!?」

 

 

「殺す気なんだよクソガキ!!」

 

 

 

 殺気立つ男達。

 ぶっちゃけいうと早く海軍さん来てくれませんかと思うんですがね!

 俺戦闘とかできるわけないから! 前世でも喧嘩なんてやったことないんだっつーの!!

 

 だが、周りを見るとざわついてはいるが遠巻きにしてるのみ。

 おっさんたちがひそひそと「おいあれって変わり者夫婦が引き取ったって言うみなしごじゃね?」とか「ねえどうするのよ。海軍は別の海賊を追ってていないんでしょ?」とか聞こえてくる。

 ハイ、使えないですねこの野郎!!!

 

 というか俺の不運が問題か!!

 

 

 

「あぶー」

 

 

 リードはいつも通り可愛い声出して笑ってるし! 普通の子どもだったら泣いてるレベルの凶悪な顔が三つ並んでるっていうのに!

 

 赤ん坊に八つ当たりしても意味はない。奥の手だ!

 

 

 

「あーーーっ!! あれはなんだーーー!!!」

 

 

 

「あぁ?」

 

 

「何だ急に」

 

 

「何だ。何かあるってのか?」

 

 

 

 大きな声を出して男達の視線を俺から大きく海の方向へ向けさせる。

 奴らが隙をついた瞬間に駆ける。

 意外と長い俺の足を動かして走って逃げる!!

 

 

 

「おい逃げたぞあのクソガキ!」

 

 

「追いかけろ! 撃て!!」

 

 

 

「いや待て拳銃は反対!! この卑怯者!!!」

 

 

「うっせえ海賊に卑怯なんてあるかー!!!」

 

 

 

 正論を言われながらも懐から取り出した拳銃で逃げる俺の背を撃とうとしてくる。

 リードをしっかりと抱きしめて、大きく足を駆けだして逃げる―――――――。

 

 

 

「うぁっっ!!?」

 

 

「あぶっ!」

 

 

 

 こんな時にドジって足滑らせんじゃねえよ俺の馬鹿!!!

 勢いをつけすぎて何度も回転しながらぐるぐると回ってぶっ倒れる。身体中がぶつかって痛い。

 

 リードは……よし、大丈夫だな。

 赤ん坊のくせにまだ笑ってやがる。お気楽なもんだなまったく……。

 

 

 

「追いつめたぞクソガキ」

 

 

「ハッ、やべえ忘れてた!!」

 

 

 

 やべえうっかり後ろに敵がいるのを忘れてぼんやりしてた!

 

 

 

「何が忘れただ! へへっ、まあいいさ」

 

 

「ああそうだな、さあ死ね!」

 

 

 

 後ろを振り返ると、そこには男たちがニヤニヤと俺を見ながら嘲笑う。

 赤ん坊をしっかりと抱きしめて拳銃と死の恐怖に思わず目を瞑って覚悟を決める。

 

 いや決められない。今も恐怖で身体が震える。

 

 

 

「あぅー」

 

 

 今は喋るなよリード。

 こいつらが俺を攻撃して気が済むまでは……気が……。

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 攻撃が何も来なくて拍子抜けする。

 海軍でも来たのか? いやでも目の前に男たちが白目向いて俺を見ていて――――――何でこいつら白目向いてんだ?

 

 

 

「え?」

 

 

 

 不意にぐらりと男たちが倒れる。

 どさりと倒れたその背には、三本ぐらいの切り傷みたいなのを負って血を滴り落としながら気絶しているのが見えた。

 死んではいないが、攻撃された。

 

 

 

 その倒れた男たちの後ろにピンクの毛玉。

 

 

 

 

 

「フーッフッフッフ」

 

 

 

 

 ―――――奇妙な格好をして、嗤う男。

 普通ならば「何だこのピンク男。変人か」とか「助けてくれたのか?」とか思っているかもしれない。

 でも違う。こいつはそんなんじゃない。

 

 

 そいつを見た瞬間、ドクリと心臓が高鳴る。冷や汗がだらだらと流れ落ちる。

 こいつに会っちゃいけない。この男に近づいたらいけない。

 

 こいつは危険だと、頭の中で警鐘が鳴り響く。

 頭が痛い。こいつの近くに居たらヤバい。

 

 

 俺に近づくピンク毛玉の男が、こちらに向かって手を伸ばす。

 

 

 

 

「あぶ!」

 

 

「っ……!!!」

 

 

 

 

 赤ん坊の声で我に返って、ようやく身体が動かせた。

 まずは海軍だ。海軍基地へ向かおう。

 

 

 

「ああ? 追いかけっこでもしたいってのか?」

 

 

 

 後ろを見る余裕なんてなかった。

 あいつに捕まることだけは絶対に避けなければと必死に走った。

 

 

 

 

「まだ時間はたっぷりある。愉しもうぜ、―――――――」

 

 

 

 

 声を聞く余裕も、失せていた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

表に出ない研究所

 

 

 

 

 

 グランドラインというのは果てしなく様々な可能性が眠っている。

 自然で起きた現象であれ、人が人工的に起こしたものであれ、それらすべては危険視されている物が多い。

 

 そのうちの一つ、生体研究所もそうだった。

 

 

 グランドラインの無人島のような場所。

 その中でひっそりと建っている大きな研究所。表には『生体研究所』と書かれていたが、その中身が問題だった。

 

 何か事故でも起きたのか、ほとんどが燃えた後の残骸しか残ってはいないが。

 

 

 

 

 

「ああ、これは酷いですね……」

 

 

「数十ものよく分からねえ種族の燃える残骸。それと同時に発見された様々な細胞情報」

 

 

「確か過去の名だたる海賊の細胞ですよね? いったい何に使うつもりだったのでしょうか」

 

 

「…………」

 

 

 

 葉巻の煙を吸い、その研究所の残骸を見つめる。

 燃え残ったものの中には生きている生き物もいた。それは人の姿を辛うじてしているもの。過去見たことのあるような海賊の顔をした生き物ばかり。

 

 だがそいつらには自我がなかった。

 呻き声を上げるだけで、抵抗も何もない。

 研究途中であったんだろう。それかあれらはまだ失敗作か。

 

 Dr.ベガパンクの元へ運ばれたあの生き物たちがどうなるのかは知ったこっちゃないと男は考える。

 

 問題なのはこの研究所の中で作り上げた生き物がクローン体であるということ。

 その研究が成功し、クローンである生き物に自我などが芽生えたその日には――――――。

 

 

 

 

「新世界へ行く前の仕事だ。分かってんだろうな、たしぎ」

 

 

 

「はい、スモーカーさん」

 

 

 

 

 資料に載っていた中で成功体とされる一つの実験体の書類が見つかった。

 一部分は燃えていたが、写真付きで記載されていたそれは海軍にとって素通りしてはいけないもの。

 そしてその実験体を連れ出したクローン体についても燃え尽きた資料の一部に載っていた。それに関しては海軍は捕まえて解剖し、何かしらの武器として使用できないかと考えているみたいだが…………。

 

 クローンを生み出した科学者についても、海軍は危険視していた。

 

 

 

 

「それで、なんだったか」

 

 

「この島から脱出した小舟が別の島で見つかったそうです。確かその島の名は……エンジュ島」

 

 

 

 たしぎという女が男に見せたのは、そのエンジュ島の映像電伝虫から撮られた例の小舟に乗る金髪の少年と赤ん坊だった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「ん゛だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 

 

「きゃぅー!!!」

 

 

 

 

 リードちゃんや今は笑って身体を捩って暴れないでくれ!

 ヤバいからマジでヤバいから!!!

 

 

 

 

「見つけたぞ重罪人のガキ!」

 

 

 

「早く海軍本部に連絡しろ! 例の黒髪と刺青入りの赤ん坊を抱きかかえる金髪の少年を見つけた!!」

 

 

 

 

 

 

 何で俺海軍に追われることになってんの!? もしかしてあの桃色の男のせいか!?

 あいつのせいで俺達追われてんのか!?

 

 つーか重罪人ってなんだよ! 俺なんも悪いこと…………いや、研究所はうっかりスイッチ入れて燃やしちまったけどあれ俺のせいじゃないから!

 あんなところにスイッチ置いたあの変人科学者が悪いんだろうが!!

 

 

 

「くそっ。この分だとばあさん達の家に戻るのも危険か……!」

 

 

「あぶぅ!」

 

 

 

 リードはお気楽そうだ。なんせ赤ん坊だから何が起きてるのか分かってない。

 ぶっちゃけ俺も良く分かってない。

 

 

 

「探せ! この島のどこかにいるぞ!」

 

 

 

 

 路地裏の隅っこに隠れて、海軍の人間たちが遠ざかるのを待つ。

 海賊の男たちの時のように、転んで捕まるような真似はしたくない。

 

 隠れてれば何とかなるはずだ。たぶん。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海軍からの情報伝達 前編

 

 

 

 

 

 

「……良いんですか、俺達を庇って」

 

 

「否、庇ったわけではない。おれが行く先にお前たちがいただけのことだ」

 

 

 

 いやそれでも船に乗せてくれただけでもありがたい。

 海軍たちはまだエンジュ島に俺達がいるのだと思い込んで探しているに違いないから良かった。何の意味もなく捕まることだけは避けたいし、いくら俺達が誰かのクローンだからといって、実験体になるつもりはない。

 

 でも何も言わずに慌てるように島から出て行ったから、ばあさんやじいさんには本当に悪いことをしたと思ってるけれどさ。

 いつかまたこの島に来ることがあったら謝罪と感謝を言いに行きたいな。

 

 というか、彼らは何故か畑仕事のための道具を購入するためにこの島にやって来たみたいだが。

 この人が畑仕事ってするのか?

 なんか全然イメージが湧かねえんだけど……。

 

 

 

「エンジュ島だけではない。別の島にも用がある。ついでに送ろう」

 

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

 

 男は畑道具であるクワ等を船の隅っこに固定して椅子に座った。俺はその傍の床に座って船に揺らぎながらもリードを抱いて遠い目をする。

 この人が畑仕事……。

 七武海の大剣豪といわれた鷹の目が畑仕事……?

 

 

 いや、無駄なことを考えていても仕方ないか。

 ワールドなんちゃらが七武海のバギー一味と海軍によって敗北したっていう一面が載った新聞を読んでいるミホークは俺達を特に気にしていないようだし。

 海軍へ向けて俺達を連れていくとかはないみたいだから。

 

 

 

 

「っておい! 何で私を見ようとしねえんだよ!」

 

 

 

 

 ホロホロホロホロ! と特徴的な笑い声を言いながらもふよふよと船の傍で浮かんでいるゴスロリ少女。どっかで見たことあるような気がするが……ううん、忘れた。

 たぶん彼女は漫画のどっかに出ていたキャラなんだろう。でも忘れたってことは重要人物じゃない気がする。うん、ミホークと比べたら微妙だな。

 

 それに見ないのも彼女の髪色がピンク……ああ、言いたくない。

 あの男を何故か思い出して汗が噴き出るんだよ。あれもうトラウマになってねえか?

 

 俺……というよりも、オリジナルの俺って何かあの男に対してやらかしてたのかな。

 前世での漫画の記憶で見たような記憶があるけれど、この女と比べて思い出したくないって言う気持ちの方が強くて忘れてるような感じがするな。

 

 

 

 

「あぶー」

 

 

「むっ、私に対して悪口を言いやがったな!?」

 

 

「え、いや言ってねえけど―――――――」

 

 

 

 ちょっと思っただけだけど!?

 

 

 

「嘘をつくんじゃねえ! ネガティブホロウ!」

 

 

「うぉっ!?」

 

 

 

 女の身体から透明の特徴的な何かが飛び出して俺の身体を突き抜けて――――――――。

 

 ああ、俺って何でここにいるんだろう。何でこうして逃げ延びているんだろう。

 どうせ俺なんて有力海賊のクローン体じゃないし、生きていても仕方ないのに……。

 

 

 

「うぅ……生まれ変わったらノミになりたい。そうして太陽に焼き焦がされて死んでしまえばいいんだ……」

 

 

「ホロホロホロ。ざまあみろ!」

 

 

「あぶぶー」

 

 

 

 

 両膝をついてすべてに懺悔する。

 俺なんて死んで……?

 

 あれ、何で俺そこまでテンションが下がってんだ?

 というかノミになりたいって何で思ったんだ?

 

 まだ気持ちが沈んでる。

 リードが俺の頬を撫でながら笑いかけてくるのは嬉しいけれど、そんな幸せ貰っていいのかなって思うんだ。

 うぐぐ……いや、これはあの女の能力。あの女……確かペローナだっけ?

 いや、覚えるのは止めよう。

 とにかくピンク色をした人間はみんな怖い生き物。そう覚えておこう。

 

 

 

 

「新聞にはお前たちのことは載っていないようだが、海軍から情報は貰っている」

 

 

「……はい?」

 

 

「お前は何故海軍に追われているのが知っているか?」

 

 

「いや……知らないけど……」

 

 

「あうー」

 

 

 

 ミホークがこちらを見て、そしてリードをじっと見つめる。

 

 

 

「その赤ん坊の刺青の意味を知っているか?」

 

 

「肩の刺青のこと? いや、意味なんて知らない」

 

 

 

 赤ん坊の肩には小さな刺青がある。

 本当は背中にも刺青があるんだが、それは服を着ているため誰かに見られることはない。

 刺青はあの変態科学者がやった所業の一つだと思っていたけれど、ミホークはそうじゃないと言いたいのだろうか。

 

 なんかあのピンク男と出会った時と同じ嫌な予感がする。

 ミホークは一体何を知っているんだろうか。

 

 

 

「あぅー」

 

 

 

 

 赤ん坊のリードはいつも通り、海を見つめながら声を出して笑っていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海軍からの情報伝達 後編

 

 

 赤ん坊の肩と背中に刺青がある。

 それらの意味を俺は知らない。

 

 肩にはアルファベットとバツ印マーク。そして背中の骸骨マーク。ただしただの骸骨の模様で、特徴的な海賊旗のマークが描かれているわけじゃない。

 しかも赤ん坊の肩と背中にあるのは歪んでいるもので、はっきりと分かるのはアルファベットぐらいだろう。罰マークも肩のアルファベットと合わず、全てにバツ印が付けられているように見えるし。

 

 それらの模様の意味は知らない。

 だが、それに似た模様をしている海賊を前世の記憶で見たような気がする。

 

 

 

「ある島でとある研究所が全焼した」

 

 

 

 ミホークが話す内容は、俺達が脱出した生まれ故郷の話。

 故郷というぐらいそこへ戻りたい島というわけじゃないが。

 

 

 

「海軍が追っている科学者が凶悪な事件を引き起こし、逃亡した後に作り上げた研究所だったそうだ。……その研究所でクローンを生み出す技術を研究していたというのは知っているな?」

 

 

「ああ」

 

 

「そこで焼け残った資料の中に赤ん坊の詳細が書かれていた。死体から細胞を採取し、記憶を植え付けた成功体。死体を甦らせ、生物兵器として使用するという情報がな。それを海軍は危険だと判断した」

 

 

 

「……ん? おい、そりゃあどういうことだ? このガキが危険人物じゃなくて、赤ん坊の方がやべえのか?」

 

 

 

 俺達の話を横から聞いていたペローナが首を傾けながら質問する。

 俺としてもそれは気になっていた。

 有力で強力な海賊を使ったクローン体というからには、この赤ん坊はどんな奴だったのだろうかと。

 

 なんとなく知っているような気がしたけれど、思い出すことができない。

 

 

 

「……記憶を植え付けてあるというのなら、いつかは分かる」

 

 

「え、話してくれないの?」

 

 

「否、ある程度の情報さえ見れば赤ん坊の見た目だけで判断できる。お前がその赤ん坊を大事に護り通すというのならな」

 

 

 見た目だけで判断できるほどの有名な海賊という言葉に衝撃はなかった。

 ただ、守る。護り通すというミホークの言葉に少し息が詰まる。

 

 赤ん坊を連れてきたのは俺の責任だ。

 あの研究所でつい流れで連れてきてしまった。

 しょうがなく育てているだけのこと。だから、仕方なく守っているだけなんだと思う。そう思いたい。

 

 他に育ててくれる人がいるのならば、俺はこの赤ん坊を………。

 

 

 

「……護る、か」

 

 

「あぶー」

 

 

 

 なんとなく、護るという言葉を安易に使ってはいけないような気がした。

 

 

 

「話を戻そう」

 

 

「……ああ」

 

 

「海軍からはクローン体のオリジナルとなった海賊の情報は記載されていなかった。ただ赤ん坊の見た目の情報。そしてお前自身についての話だけだ。お前に関しては科学者の成功体を逃がした凶悪犯ということになっているな」

 

 

「えっと、じゃあ海軍に捕まったら俺達は……」

 

 

「捕まって利用されるだけだろう」

 

 

 

 利用されるというのはつまり、実験されるということか?

 いやでもまあ俺はクローンなわけだし、このリードもそうだし……。

 

 

 

「お前は生け捕りだが、赤ん坊は見つけ次第殺せという指示が飛んでいる」

 

 

「はいぃ!?」

 

 

「何だそりゃ!? 海軍が危険視してるのがこの赤ん坊? 私でも殺せそうなこの赤ん坊を見つけ次第殺せって海軍本部が言ってるのか!?」

 

 

「ああそうだとも。そういう運命を赤子は辿っている。見殺しにするか否かはお前次第だ、弱き者よ」

 

 

 

 ペローナが混乱するのも無理はない。

 ってか、なんか話を聞いてて余計に意味が分かんなくなってきたぞ……!

 

 つまり俺は捕獲して実験体として利用するということ。赤ん坊のリードは成功体であるが故に殺すということか?

 それで海軍も……七武海も動いているということなのか?

 

 

 

「……聞きたいことがあるんだけど、良いかな」

 

 

「何だ」

 

 

「リード……赤ん坊の名前は教えてくれないんだろう。じゃあ、俺のオリジナルについて知ってるか? 捕獲と見殺しの違いを俺は知りたい。どうして俺が生み出されたのかを知りたいんだ。だから教えてくれ」

 

 

「…………」

 

 

「頼むよ!」

 

 

 ミホークは無言で俺を見つめる。

 ごくりと唾を呑み込んで、ミホークが喋るのを待つ。

 

 

 何を考えているのだろうか。

 俺を見定めてるのか? それとも海軍からの情報を知らないだけ?

 ペローナでさえ異様な雰囲気に思わず無言で俺達を見守っている。

 

 

「あぶぅー!」

 

 

 数秒か数分が経った。

 リードの笑い声が海の波音と重なって消えていく。

 

 

「資料に載っていた」

 

 

「ん?」

 

 

「記憶を植え付けてあるのは赤子だけじゃないそうだ。そしてお前の名前も一部分だけ記載されていた」

 

 

「……え?」

 

 

「いつかは思い出すだろう。その記憶は『ロナン』としての全てをかき消すほどのものかもしれない。そのきっかけとなる名前を、お前は受け止める覚悟はあるか?」

 

 

「うぐっ……」

 

 

 生まれ変わった俺が消えるかもしれないほどの記憶。

 確かにやけにピンク色が苦手になってたり、あのピンク色の男を思い出したくないと本能が叫んでいるほどの前世にはない衝動はあるにはある。

 前世の記憶が塗り替えられるほどの記憶が俺にはあるかもしれない。

 それでも俺はこの世界で生きている。

 

 

 前世の漫画の世界だと思い込むことはもうできない。

 あの島で殺されかけたんだ。

 

 海軍に追われた焦燥感もまだ残っているし、ピンク色のふわふわしたコートを羽織る男に殺されるんじゃないかと思えたのも事実。

 目の前にピリピリとした空気を放つ鷹の目がいるのもまた現実。

 

 漫画じゃなくて、現実だ。

 

 

 ならば、俺がここで生まれた意味を無駄にしたくないから。

 

 

 

「……何となくで海軍に捕まりたくない。俺はロナン。オリジナルとは違う『ロナン』だ。だから大丈夫」

 

 

「あぶぶ!」

 

 

「ほら、それにこいつだってそうだ。オリジナルじゃなくてリード。俺の弟分のリードだよ」

 

 

「あぅ!」

 

 

 

 このままミホークに近くの島まで乗せてってもらって、その後彼に庇護してもらうことはできないだろう。

 彼もまた俺たちを捕える可能性のある人物。ペローナもどうなのかは分からない。

 

 情報というのは凄く重要なものだ。

 だから調べなければならない。このリードの見た目をしたオリジナルの海賊についても。俺についても。

 

 オリジナルのことを知れば、対策というのは打ち立てることができるはずだから。

 

 

 

 

「頼む、教えてくれ。俺は知りたいんだ!」

 

 

 

 

「………………ふっ、そうか。ならば話そう」

 

 

 

 

 

 俺を見る目は変わらない。

 だがその色は少しだけ変化しているように見えた。

 

 

 それは俺の気のせいかもしれないけれど――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

「お前のオリジナルの名前はロシナンテ」

 

 

「……………はい?」

 

 

「ロシナンテという名の死体から作り上げられたクローン体。それがお前だ」

 

 

 あっれー。

 なんか聞いたことあるようなないような名前なんですが……。

 

 

「なんだそりゃ。全然聞いたことねー名前だな!」

 

 

「ですよねー!」

 

 

 

 嫌な予感がしたけど気のせいだよな!

 俺はただこの危険人物のクローンであるリードを連れ出したから捕獲ってだけのことだよな。

 

 ねえそう言ってくれないかな。何で生暖かい目でこっちを見てるのかな、ミホークさん!!!??

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人を隠すなら人の中

 

 

 

 

 ミホークに連れて来られたのは、俺達がいた島よりも盛んな島。

 だがその島はある特徴を持っていた。

 それこそが、平和主義の中立国家として知られているということ。

 

 戦いをするための場ではなく、誕生と死が最も近しい国として知られている。

 その島には戦いなんて存在しない。

 海賊と海兵が遭遇しても、海を出る間は見ないふりをしなければならない。

 

 そんな厄介な島。

 医療と墓が多くある国でもあり、中立国家として様々な人の出入りが激しい国。

 何かしらの裏が隠されているようで、そうでないようにも見える花弁が舞う平和な国。

 

 

 ―――――アルカナ諸島のアルメリア国家。

 

 

 そんなシャボンディ諸島に並ぶほどの大きな島に俺達はいた。

 

 

 

「つまり?」

 

 

「ここで島の住人に戦闘行為を見られること自体が罪となる」

 

 

 

 

 海賊行為はもちろん、他の奴等も戦ってはいけない。暴力は全面的に禁止とのこと。

 そんな俺達にとって良い島があるだなんて思わなかった。

 

 いやでも住人に知られること自体がアウトなんだよな。

 それはすなわち、隠れての犯罪行為はされてる可能性が高いということ。ミホークは遠回しにそう忠告してくれたんだろう。

 

 

 

「……島の住人と外から来た奴らとの区別なんてつくのか?」

 

 

「ホロホロホロ! よく見てみろよロナン。船にいる奴らは首にバンダナを巻いてねえけど、町にいる奴の多くが巻いてるぜ」

 

 

「あぶー」

 

 

 

 なるほど、バンダナを首に巻いている人間が住人ということか。

 じゃあそいつらが見ている場所にいるようにした方がいいということだな。中立国家だから、見られない場所で海軍が俺達を捕まえるという可能性もあるし、海賊が俺達を売りとばすという理由で狙う可能性もある。

 

 ドジやらねえようにしねえとやばいな……。

 

 

 

「……ミホーク達はこれからどうするんだ?」

 

 

「医療道具を揃え帰還する。ここでお別れだ」

 

 

「まっ、そういうこった。じゃーな、達者で暮らせよ!」

 

 

「あ、うん……」

 

 

 

 頼りになる人たちが遠ざかっていく。

 ……まあ、別れだなんてあっけないもんだ。寂しいけれど、覚悟を決めたという言葉をミホーク達に向かって言ったんだから、それは全うしなきゃならない。

 そのまま背を向けて町の方ヘ行った彼らに長い一礼をして、町へ入るために歩き出す。

 

 

 

「……さて、ばあさん達のような良い人たちはここにいるかな」

 

 

「あぶぶ!」

 

 

 

 腹抱きしてるリードが上機嫌に俺の斜め上を見上げて町を眺めているのが分かる。

 うん、それにしても平和な町だな。

 ばあさんたちと一緒に暮らした島では歩くごとにドジっては怪我をして、海賊に難癖付けられては逃げてというのを繰り返してたからなー。

 

 

「あぅー」

 

 

 そろそろリードの腹が減る頃だろうからミルクの用意もしなきゃならない。

 ミホーク達に拾われた頃は彼らがいつの間にか用意してくれてたから助かったけどさ。

 それらの道具も旅の餞別として貰ってるから、必要なのはお湯ぐらい。ミルクもまだあるから大丈夫。オムツも平気っと……

 

 

 

 ……いや待て、そういえばこれって誰が用意したんだ?

 普通に考えてミホークじゃなくてペローナが買うような気がするけれど、彼女は確か現段階で霊体だったよな。

 ペローナって物とか動かせたっけ? あのネガティブホロウ以外は何かやれたっけ?

 

 

 まさか、哺乳瓶とかそういうの全部ミホークが買ってきたのか?

 あの真顔で?

 あのピリピリした雰囲気を纏いながらも店に行って「赤子に必要な物を全て」とかなんとか頼んだのか?

 新聞に『鷹の目の子供疑惑!?』とか誤解されたらどうしよう。

 

 

 

「やべえ……想像するだけで寒気が……」

 

 

 

 止めよう。想像するのは止めよう。

 とりあえず現状を考えよう。

 

 

 

「きゃーぅ!!」

 

 

 

 ああはいはい。

 腹が減ったんだなちょっと待ってろー。

 

 

 とりあえず近場にあった店に入ってっと……よし、海軍も海賊もいないし、バンダナのおっさんしかいない。

 

 

「いらっしゃい。どうかしたのかい?」

 

 

「おじさん。赤ちゃんにミルクをあげたいんだけど……お湯って貰えますか!?」

 

 

「お安い御用さ! ちょっと待っててくれ!」

 

 

 ただの子供と赤ん坊に警戒することなくおっさんが奥の扉の向こう側へ姿を消す。

 お湯を沸かしにでも行ったんだろう。良かった。子供が赤子を連れてたってことで怪訝そうな顔されて警戒されなくて。

 

 

「どわっ―――――!!?」

 

 

 

 やべっ!

 壁に寄り掛かろうとして棚にぶつかっちまった!?

 上を見上げると、そこは棚が派手に揺れて中に並べてある木箱がたくさん振り落ちてくるのが見えて。

 

 やばいやばいやばいやばい!

 反射的に身体を丸めて、リードを守らねえと――――――

 

 

 

「いだだだだッッ!!!!???」

 

 

「あぶぅ!!」

 

 

 

 

 頭に直撃した重たい木箱の数々に、視界が揺れる。

 目がチカチカするぅ……。

 

 うぐぐ……普通なら死んでるぞ俺。

 良かった身体が頑丈で。いやドジなのは治したいところだけど!!

 

 

「あーぅ!」

 

 

「……リードは元気だなぁ」

 

 

 怪我はないようでなにより。俺はでっかいたんこぶが出来たけど。

 

 

 棚から落ちた木箱は……よし、無事だな!

 中身も割れ目のものじゃないみたいだし、大丈夫っと。

 

 

 

「……んあ?」

 

 

 

 どうやら棚から落ちてきたのは木箱だけじゃないみたいだ。

 チラシ……みたいな。

 求人広告?

 

 

 

「はいお湯が出来たよ」

 

 

「あ、ああ……ありがとう。あとすいません。ちょっとドジって棚を揺らしちまって……」

 

 

「いやいや。気にしないでおくれ。むしろそれらの木箱は降ろすつもりだったからね」

 

 

 

 優しく俺を許してくれたおっさんが、俺の手にするチラシを見て顔を歪ませる。

 

 

 

「……君はそれに興味があるのかい?」

 

 

「あー。まあ、いろいろと」

 

 

「そうかい。まあ私は止めはしないが……」

 

 

「でも、微妙そうな反応ですね? 失礼ですが……何か嫌なことでも?」

 

 

「……お湯以外に何か必要なものがないのなら出て行ってくれ」

 

 

 

 逃げるように店の奥に去っていく男に首を傾けた。

 

 

「あぶぶぶぶっ!!!」

 

 

「ああはいはい。ちょっと待ってろ。まだひと肌の温度じゃないから!」

 

 

 ドジらないようにミルクを調節して、腹が減ったと大騒ぎなリードの口に咥えさせる。

 勢いよく飲み始めるリードはいつも通りだ。でもさっきの反応は……。

 

 

 

「……まず俺達に必要なのは何だ」

 

 

 

 現時点で必要なのは住処と金、そして情報。

 でもどうしようかな。

 

 追われているのは事実。裏の裏をかくのならこれは良いかもしれない。

 でも見つかったら厄介なことになるしなぁ。リードの刺青と俺の特徴ある金髪をどうにかすればいけるかもしれないけど、いざ見つかったら逃げ切れるかどうかが心配だ。

 

 さっきのおっさんのチラシを見た時の歪んだ顔も気になるし。

 

 

 

 『海軍の雑用募集』を受けるか否か……うむむ……。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メッセンジャーロナンと……
雑用係のロナン(赤子付き)


 

 

 

 

 

 

 建物の中を駆け回り、たまに転んではリードが笑い。

 ミルクを準備してオムツを取り換えては、また駆け回っては転んで笑い。

 

 外に出て自転車に乗っては別の建物へ行き、そしてまた派手に転ぶ。

 書類がたまに散らかっては、拾って集めて散らかってまた転ぶ。

 

 

 

「だははははっ! ロナンお前今日一日でどんだけドジったんだぁ!?」

 

 

「……15回ですが何か?」

 

 

「はっはっは! ドヤ顔で言うようなことじゃねえよ! お前メッセンジャー向いてねえんじゃねえの!?」

 

 

「あぶー」

 

 

 

 海軍の医療に関わるおっさんが俺に向かって絆創膏などを渡しながらも爆笑している。なんとも平和な光景だ。

 それにつられて抱っこひもで腹抱きしているリードも笑っているが、いつも通りなので問題なし。

 

 だが不意に、医者が笑うのを止めて静かに俺を見つめる。

 その急な態度の変化に思わず警戒するが――――――その医者の目は優しいままだった。

 

 

 

「赤ん坊も連れてんだ。お前がどうして雑用の……メッセンジャーなんかやってるかは聞かねえが、怪我は控えるようにしろよ」

 

 

 

 医者としての忠告なんだろう。

 海軍の人々がまあ良しと定め、司令官が許可をし採用した俺に探りを入れるようなことはしていないが、若干の訝しげな視線はあった。

 

 

 

「兄のお前が怪我をすりゃあ赤ん坊が悲しむぞ」

 

 

「……でも、俺が怪我するとこいつ笑うぞ?」

 

 

「あーう!」

 

 

「はははははっ! そりゃああれだ。赤ん坊も呆れてんだよ!」

 

 

 

 微妙に反応に困ることを言いながらも、用が済んだと俺を医療室から追い払われて廊下へと出た。

 帽子を目深にかぶってリードを抱きかかえながらも、今日一日の仕事が済んだことに安堵する。

 よし、今日も誰にもばれなかった。

 

 怪しまれはしているんだろう。赤ん坊を連れたメッセンジャー。書類を届けに来るのが腹に抱っこひもで抱える赤ん坊を連れた8歳ぐらいの少年なんだから。

 でも上が許可を出したから平気だろうと思っている奴らが多い。だから何も言われない。

 怪しんでいるが、行動に移すほどのものじゃないと思っているに違いない。それが俺にはありがたかった。

 

 

 勢いで海軍の雑用に入ったことを後悔するような怒涛のメッセンジャーとしての仕事内容だったが、その分の情報もたくさん得られる。

 様々な部門の部屋へ行って、必要な書類を渡す。そこで彼らが話している内容を聞き耳して、たまに手配書一覧が貼りつけられている掲示板のところへ行っては俺達のものが載ってないのかをチェックし、仕事へ戻る。それを繰り返し行ってきた。

 

 ここの支部を管理している指揮官は上を目指すことしか考えてない人だ。どこにでもいるような雑用を詳しく調べるだなんてことはしないし、入ってしまえばもう後は楽だった。

 

 

 

「さてと、ニュースクーの情報はっと……」

 

 

 

 食堂にある新聞を読みながらも、頼んでおいた魚定食とミルク用のお湯を待つ。

 新聞はいつもと変わらず騒がしいニュースが飛び交っているようだ。

 でも俺が見たいと思えるような情報はなし―――――――

 

 

「あれ?」

 

 

 

 新聞のある一面に、『新しい七武海の就任確定』の文字と共に見える、『死の外科医、トラファルガー・ロー』の文字。

 その文字に、心臓が何故か早く鳴り響く。

 あのピンク男を見た時と同じ感じだ。手配書であっただろう顔写真を見ているだけで視界が歪んでしまうのが分かった。

 無意識に身体が反応している。

 

 ……なんか……悲しい?

 急に涙が零れ落ちそうな感情に襲われる。どういうことだろう。凄く泣きたいような……。

 いや、懐かしいような気が……?

 

 

 

「……気のせいだ」

 

 

 

 会いたい。でも会っちゃいけない。

 懐かしい。愛おしい。会いたい会いたい会いたい。

 ……たぶんこれは、オリジナルとしての感情なんだろう。

 

 オリジナルの名前が分かっても、それが誰なのかは分からない。

 でも繋がりは見える。

 

 

 

「……ロナンとしては、気のせいだな」

 

 

 

 あのピンク男が誰なのかも情報で理解した。

 ドンキホーテ・ドフラミンゴという名前と、このトラファルガー・ローという人物。

 

 その繋がりの先にオリジナルがいる。

 俺のオリジナルである『ロシナンテ』という男がそこにいるはずだ。

 

 

 

 

「あっぶぅー!!」

 

 

「……はいはい、ミルクな。ちょっと待ってろよ」

 

 

 

 

 会えば何かが分かるかもしれないが。俺の目的は安全な生活とリードが無事に育ってくれることだけだ。

 彼らに会っても、平和とは程遠い何かが起きるかもしれない。ならば俺は何もしない。

 

 その方が良いと思いたい。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リードは生後七か月ぐらい

 

 

 

 

 雑用任務に就いてから二週間。

 今日もまた何回も転んでしまったが、もう何度もやってる事だしリードに怪我をさせることなく受け身をとって軽やかにやることができるようになった今現在。

 

 ドジらなければいいんだが、やっぱりこれは生まれついての呪いだろうか。

 気が付いたら転んでたり、何かしらやらかしてたりするんだよなぁ。

 まあそこらへんは他の海兵たちも二週間の間に『ドジっ子な少年とよく笑う赤ん坊』ぐらいの印象はついたと思うし、大丈夫だろう。

 

 メッセンジャーとして仕事をしている先で、怪訝な目で見つめられることも多かったが、孤児で弟である赤ん坊を育てるために働いてると誤解されることができたし、その方が都合がいいしな。

 

 

 

 

「メッセンジャーロナン、入ります!」

 

 

「んぶぅ!」

 

 

「おー、よく来たな坊主とチビ助!」

 

 

「いつもの書類です。それと手紙も」

 

 

「おう、ごくろうさん! おやつのゼリーがあるぜ、もってけ!」

 

 

「あぶぶぶぶっ!!」

 

 

「おい暴れんなってリード!」

 

 

 

 抱っこひもから抜け出してゼリーを食べたいとねだるリードをしっかりと押さえる。

 こいつの食い意地どんだけなんだよ……!

 

 

 

「はーっはっはっは!! チビ助は相変わらず食い意地がはってやがるぜ! けどお前、ミルク以外にも食べられんのかぁ?」

 

 

「あー。まあ離乳食は始めてるけどさ……」

 

 

 

 昨日、キッチンのコックであるおばちゃんが用意してくれた離乳食をぺろりと食べたのを思い出す。

 首もすわってたし、ハイハイもできるようになってたから、俺が研究所から連れ出す前にはもう順調に育ってはいたんだ。

 ミルクだけじゃ足りないからあんなに腹減ったって泣いていたんだろう。昨夜はあまり夜泣きしなかったからな。

 

 

 

「だぶぅ!」

 

 

「ちょっと待て。いったん落ち着けリード!」

 

 

 

 あーくそ。このままだとドジってリードを落としそうだな。

 とりあえず部屋の中にあるソファに座らせておく。抱っこひもを縛り直してっと―――――。

 

 

 

「きゃー可愛い!」

 

 

「良く食べる赤ん坊だなぁ」

 

 

「いっぱい食べて大きくなるんだぞ」

 

 

 

「きゃぶー!!」

 

 

 

 ……なんかいつの間にか若い海兵たちがソファに座る赤ん坊に集っておやつを開けて食べさせてるんですが。

 腹壊さねえか心配だけど、まあリードなら大丈夫か……?

 

 

 

「おっと、おーいロナン。今日はもう仕事は終わりか?」

 

 

「え、うん。あとは終わったっていう提出書類を出すだけだよ」

 

 

「なら頼みてえことがあるんだ、俺の同期が北方基地にいるんだが、そいつに手紙を届けてほしい」

 

 

「手紙?」

 

 

「おう、その分の給料は出すよう言っておく。頼んだぜ坊主!」

 

 

 

 海兵の一人から無理やり渡されたのは、一つの白い封筒。絶対に開けられないように赤い封蝋がされてある。

 給料が出るなら良いし、メッセンジャーとしての役割はしっかりと果たそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこの国は平和だなぁ……」

 

 

「あうー!」

 

 

「お前はいつも通り元気だな」

 

 

「だぶーん!」

 

 

 

 動きたくて仕方がないんだろう。俺の胸を軽く何度も叩いては笑うリードに苦笑する。

 元気なのはいいことだ。

 まあ元気すぎるのは良くないと思うけれど……。

 

 

 海軍に貸し出された俺専用の自転車のベルを鳴らして、のんびりと先へ進む。

 こけないようにしながらも、たまにこけてはまた自転車に乗って先へ先へ――――――。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 手紙の届け先はアルメリア国家の北方基地。

 港が多く集っている場所の傍に位置しているはずだが……。

 

 

 

「海軍の大きな船?」

 

 

「あぶー!!」

 

 

 

 大きな軍艦だ。この二週間ではお目にかかれないほどの軍艦がそこにある。

 何故こんな平和な島に軍艦が?

 

 ……まさか、ばれたのか?

 いやそんなことはないはず。リードの刺青も見せないようにしっかりと隠してあるし、俺の金髪もこのアルメリア国家で売ってる鳩マークのバンダナで隠した上に帽子をかぶっているのだから。

 

 ドジったこともあるけど、そんなバレるような致命傷を負ったわけじゃないはず。

 

 

 

「とにかく、手紙を渡してすぐに去ろう」

 

 

「あぶぶ!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「見つけられないとはどういうことじゃあ!!」

 

 

 

 

 赤犬の鋭い怒声が部屋に鳴り響く。

 それに悲鳴を上げる弱者はここにはいない。ただあるのは電伝虫の先にいる悲鳴のみ。

 エンジュ島の海兵たちからの報告は何の成果も得られなかったと報告されたからだった。

 

 

 

 

「たかがクローンの子供一体。されど危険人物……ということかねぇ」

 

 

 

 

 笑っている黄猿を睨みつけた赤犬が、さらなる報告で出た結果によって額に青筋を浮かべた。

 エンジュ島にクローンの姿はなし。

 クローン体を引き取っていた老人夫婦は彼らについて詳しくは知らずにいたお人好し。

 クローン体を船に乗せて出港したという情報なし。七武海が数名現れたという情報あり。エトセトラエトセトラ……。

 

 どうでもいいことで倒れている海賊三名を捕えたとの報告が入ったがそれどころじゃなかった。

 

 

 

「一刻も早く奴らを捕えるんじゃ! 手配書も出せぃ! クローンといえどもオリジナルは悪。死して償うべき絶対悪じゃけんのぅ!!」

 

 

 

 

 このままクローンの赤子を奴等に渡らせるつもりは赤犬にはなかった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 深夜の夜泣き

お気に入り100件突破記念です。
皆さまありがとうございます!


テーマ『ロナン達によるいつもの日常。深夜での出来事』






 

 

 

 

 雑用だから普通ならば海軍宿舎で一人部屋なんてもらえるわけはない。

 ただロナンが少年ということ、そして赤ん坊の腹が減ったという夜泣きが酷くて寝られない海兵たちの言葉を聞いて特別に用意した場所だ。

 

 メッセンジャーたるロナンの使い勝手が使えない人材ならばやることはなかっただろう待遇。司令官はそれに関しては興味なしだったが、宿舎部屋は多くあるため特に変な対応をせず認められたともいえる。

 

 

 だが宿舎には部屋ごとにキッチンは存在しない。

 宿舎の一階。その食堂は誰もが使っていいように出来ているが、その食材は自らが持ち込んで来なければならないという暗黙の掟が存在する。

 

 食い物の恨みは恐るべし。

 それは海兵も雑用も皆同じであった。

 

 だが、誰もが使う水に関してはその限りではない。

 

 

 

 

 

「あぶぶぶぶぅーーーー!!!」

 

 

「ふわっ……分かった。分かったから待ってろって……」

 

 

 

 深夜一時過ぎた頃だろうか。

 眠たげな目で欠伸をしながらも、泣き喚く赤ん坊のリードを抱きかかえたロナンが食堂の中へと入り込んだ。

 

 

 ミルクを用意するために水を出して鍋に入れ、火をつけて沸騰させるまで待つ。

 その間もリードは『腹減ったぁぁ!!』と叫ぶように泣き喚くのでロナンがゆさゆさと身体を揺らして落ち着かせようと必死だ。

 

 

 

「あうぅー!!!」

 

 

 

「どわっっ!!!?」

 

 

 

 

 リードの思いっきり振り上げた手がロナンの顔面にぶつかり、その反動でスプーンですくい上げていたミルク粉が吹っ飛び床にぶちまけてそのまますっ転んだ。

 

 その姿はまさしく漫才のようだったが、リードは笑うどころかミルクの匂いに余計腹を空かせて泣き喚くのみ。

 

 

 

「みゃーっっ!!!!」

 

 

「お前はネコか!? おら、食い意地貼ってないで落ち着け! 俺のドジっぷりが発揮される前にミルクぐらいゆっくり作らせろ!!」

 

 

「あぶぅー!!!」

 

 

 ロナンが抱っこしているままでは危ないと考え、リードを食堂の椅子の上に座らせて抱っこひもで腹の位置を固定する。暴れても落ちないようにして、でも身体に跡が付かないよう優しくシートベルトの要領でしっかりと座らせ、キッチンの方へと歩いた。

 お湯はもう沸き始めている。ひと肌の温度にするため、しばらく冷やさなければならないが……。

 

 

 

「ふぉっ!? どぁぁっっ!!!??」

 

 

 

「あっぶぅーーーーー!!!!」

 

 

 いつものように転がったロナンが、哺乳瓶の中身をぶちまけそうになる。

 それに悲鳴を上げたリードの為にと、顔面で床と接触してもなおその手を離さずにいる。

 その所業はもはや、子を思う親であった。

 

 ――――――といっても、それはロナンが毎回ドジっては行われる光景だったので感動も何もないのだが。

 

 

 

「よし……よし……!」

 

 

「あうー!」

 

 

 

 ミルクを早く飲ませろとリードが手を伸ばすが、ひと肌になるまでロナンが離れた位置で待つ。

 ようやく出来上がった頃には、ロナンはもう眠気なんて吹っ飛んでしまっていた。

 

 

 

 

「ほら、たくさん飲んでたくさん寝て……それでいっぱい大きくなれよ」

 

 

「あぶぅ!」

 

 

 

 これは深夜、夜泣きを行うリードの世話をするロナンにとっての、いつもの出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

子連れ少年の噂

 

 

 

「赤ん坊を連れたメッセンジャー?」

 

 

「ええ、このアルメリア諸島の基地を全て行動することが可能の人物なんですよ」

 

 

「そうか」

 

 

「……あの?」

 

 

「いや気にするな。補給ご苦労」

 

 

「あっ、はい!」

 

 

 

 軍艦からやって来た海兵の一人が興味を抱いたのは最近噂になっているメッセンジャーの一人。

 雑用任務においてメッセンジャーなどの役割を持つ者は、海兵においてあまり重要視されておらず、他の基地によっては書類の紛失等などを気にしてそれらを撤廃している個所もある。

 

 だがこのアルメリア国家においては特別だった。

 

 

 

「中立国家であるアルメリア国家。通常の海賊も海兵も……戦わなければ歓迎される国」

 

 

 それ故に、最初の海軍の印象が悪いこのアルメリア国家では海兵の人気は格段に下であった。もちろん海賊に関しても下に位置するのだが……。

 海賊を見つけたという理由で捕獲を考える。この中立国家に基地を建設し、堂々と居座っていること。

 

 

 

「己の正義は、人とは違うか……」

 

 

 

 メッセンジャーの役割はこの大きなアルメリア国家の各基地に赴いて書類を渡す役目を持つ。

 基地の中だけではなく、すべての基地に行かなければならないメッセンジャーというのはここでは必要な役割となっていよう。

 居心地が悪い国家の中を堂々と闊歩し、メッセンジャーとしての役割を果たす。それは通常の海兵には重い任務かもしれない。

 

 まあ赤ん坊を連れた少年がメッセンジャーというのも、噂が立つ理由かもしれないが。

 

 

 

 

「そのメッセンジャーの子供の特徴について聞きたい」

 

 

「ああはい。えっと……確かバンダナと帽子を付けたちょっとドジな子供ですね。よくすっ転んでは赤ん坊の笑い声が聞こえてきて―――――」

 

 

「いやそうじゃねえ。見た目の特徴についてだ。こいつと似ているか?」

 

 

「この写真の子ですか?……うーん、遠くからの写真なのでちょっと見えにくいですが……赤ん坊のリード君は黒髪で……似てるかなぁ?」

 

 

 

 

 なんとも曖昧な表現の仕方だ。

 思わず舌打ちをしたくなるが、海兵の手前であるためその衝動を押しとどめる。

 

 だが、研究所およびエンジュ島には例のクローン体がいなかったのは確実だ。

 七武海を目撃したという情報も得ているので、何かあったのは間違いないだろうが……。

 

 

 

「……会ってみるか」

 

 

 

 このまま補給を待っていても仕方がない。

 まずはこのロナンという少年を探して、様子を窺うか……。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「手紙は確かに受け取りましたー! ありがとうねロナンくん!」

 

 

「あー……ハイ。こちらこそ」

 

 

「またよろしくねー!」

 

 

 

 

 笑顔の海兵さんに見送られながらも引き攣った笑みを隠すかのように早足で歩き出す。まさか軍艦補給部隊の人に手紙を渡す羽目になるとは思わなかった。

 でかい船を間近で見られたのは興奮したけど、それ以上に見つかるんじゃないかとちょっと心臓がバクバクいってるから早く帰りたい。

 

 マジで嫌な予感がしてたんだけど、これだったのかな……。

 

 

 

「あー……見つかったらどうしよう」

 

 

「あっぶー!」

 

 

「もし見つかったら……よし、隠れればいいか。逃げて隠れてどっかの船に乗り込もうそうしよう」

 

 

「……あぶ」

 

 

「なんだよリード。お前不満そうだな? 逃げるのは嫌だって?」

 

 

「あぶぶぶぶっ!」

 

 

「……いや、オムツか」

 

 

 

 新しいオムツとかはリュックの中に入れてあるから大丈夫っと……隅っこに行って、オムツを変えて綺麗にして……。

 

 

 

「おいガキ。お前がメッセンジャーのロナンか?」

 

 

「はい?」

 

 

「きゃーう!」

 

 

 

 オムツを変えている最中に真上から聞こえてきた声。俺を見降ろしているのだろう。

 小さく上を見上げて―――――――すぐに顔を下げた。

 

 帽子を目深にかぶって、動揺しないようにオムツだけを整える。

 

 

 

 

「確かに俺がロナンですが……ああ少し待ってください。オムツ変えてる最中ですので」

 

 

「そうかよガキ。なら終わったらちょっと用があるから来い」

 

 

「……ウィッス」

 

 

 

 

 すっごく偉そうな人だ。

 知らない人だけど、とても強そうでいかつい顔をしている。正義の文字があるコートを羽織って、こちらを見下ろしている。

 それにリードは何故か泣くことなく笑っていた。お前は怖いもの知らずか!

 

 ……ゆっくりオムツ変えても仕方ないよなぁ。

 リードも風邪ひくかもだし、覚悟を決めるか。

 

 

 

「終わりました。それで、ただの雑用の俺に何の用です?」

 

 

「話なら奥でやる。ついて来い」

 

 

「……はい」

 

 

 

 あー……すっごく嫌な予感がするぅ……。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それはまさしく疾風怒濤



 誰なのか分かるだろうか?






 

 

 連れて来られた部屋は軍艦の中ではなく、海軍基地の一部屋。

 俺がよく行く場所なので覚えている。

 

 だがいつも誰か海兵の一人や二人いるはずなのに誰もいない。それはまさに緊迫感が漂っているのが分かった。

 

 

 

「……あの」

 

 

「アルメリア基地勤務の海兵から話は聞いた。どうやらお前は他の島からここまで来て、身寄りも何もないから働かせてくれと頼みに来たらしいな?」

 

 

「は、はい」

 

 

 まるで刑事と取り調べを受けている容疑者のようだ。

 ドジらないようにしないと。動揺したら駄目だ。表情を表に出したら駄目だ。

 

 

「帽子とバンダナを取れ。仮にも上官相手にその格好はいただけないだろう?」

 

 

「…………す、すいません」

 

 

 大丈夫。こいつはまだ俺がクローンだと分かっていない。クローンの赤ん坊を連れた犯罪者だとは思っていない。

 ふわふわの金髪が帽子とバンダナを外した瞬間に現れる。

 俺の顔をしっかりと見てくる。

 

 表情をじっくりと観察される。

 

 

 

「その赤ん坊の服……そうだな。腕を捲るだけでいい」

 

 

「そ、それは………」

 

 

「どうした。見せられないのかね?」

 

 

 い、いや大丈夫。片腕を見せればいい。

 軽く刺青が入ってない方を見せてやればいい。

 

 

 

「これでいいですか? あの……リードが風邪をひきますので……」

 

 

「あっぶー!」

 

 

「ま、まさか赤ん坊の身体を見たいからここに連れて来たとかないですよね? リードに……俺の大切な弟を奪い取ろうとか考えていませんよね?」

 

 

 

 静寂だ。上官は何も言わない。

 

 

 

「…………ふむ」

 

 

 

 

 表情がおかしくなってないだろうか。汗がしたたり落ちていないだろうか。

 この男を欺けるには、どうしたらいいのだろうか。

 俺の特徴は見られている。今の様子だと、リードの特徴を知っている。

 

 俺は浅はかだったんだろうか。

 簡単に逃げられるとか、思っていたんだろうか。

 

 いやまだ終わらない。まだやれる。

 ただドジらなければいいんだ。

 

 

 ドジったら駄目だドジったら駄目だドジったら―――――――。

 

 

 

「中将殿!」

 

 

「何だ騒がしいぞ!」

 

 

「す、すいません失礼します!」

 

 

 

 扉から慌ただしく入ってきた海兵に一度だけ緊迫した空気が緩和したように思えてホッと息を吐いた。

 ……そう言えばリードの奴、やけに静かにしてるけどどうしたんだろう。

 いや、俺の不安を感じ取っていつもの元気が出せないのかな。ちょっと頭を撫でておこう。

 

 

「だぶー!」

 

 

「うん、ちょっと大人しくしといてくれな」

 

 

「うみゃー!」

 

 

 

 頭を撫でたらもっと撫でろとせがんでくるリード。

 やっぱりいつも通りだったわ。

 

 いや、これからがきついのだろうか。

 とりあえずこのおっさんの傍に居てはいけないから、逃げよう。

 

 

「あの……なんか大変そうですし、俺帰りますね? ほら、まだメッセンジャーとしての仕事も残ってるでしょうし……」

 

 

「いや、終わるまで待っていてくれ」

 

 

 

 ああくそ!

 逃がさねえつもりかよこの野郎!!

 

 

 

 

「それで、どうしたんだ?」

 

 

「あの、それが……海軍本部からこれが送られてきまして……」

 

 

 

 海兵の一人があのおっさんに向かって何か一枚の紙を渡す。

 それを見たおっさんが、ニヤリと歪んだ笑みを見せてきた。

 

 

 

「ほうほう……これはどういうことかな、ロナン君?」

 

 

 

 それは、一枚の指名手配書だった。

 

 遠くに映っているため見えにくいが、見慣れた金髪とその少年の顔。

 優しげに抱いているのは、黒髪の赤ん坊。

 

 

 

【ONLY ALIVE 『“子連れ狼”ロナン』 懸賞金5500万ベリー】

 

 

 

 

「…………………………ああ」

 

 

 

 

 ――――――――もうとっくにドジってたぁぁぁぁ!!!!??

 

 

 

 

「さて、覚悟してもらおうか、子連れ狼よ!」

 

 

 

 こちらへ向けられるのは大きな殺気と鋭く光る剣。

 生け捕りにしろといってきてはいるが、ここでそれをするのは容易いだろう。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 

 どうにか打開する策を考えないと。敵は2人。

 あのおっさんと手配書を持ってきた海兵を相手しないと駄目だ。

 

 俺に戦う術はない。

 海軍を侮っていた俺が悪い。

 木を隠すのは森の中とか思って海軍に入ったのは浅はかだったけど、これで終わったら駄目だ!

 

 

「捕えろ!」

 

 

 

 伸びる手が、俺に向かって来た。

 

 

 その瞬間――――――だった。

 

 

 

「えっ!?」

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

 聞こえてくるのは悲鳴と轟音。

 地面が揺れ動くほどの、大きな破壊音が聞こえてくる。

 

 

 

「何だ急に、おい一体どうした!?」

 

 

 慌ただしくまた扉が開かれる。

 その瞬間を狙って、廊下の外へ出た。

 

 だが中将たちは俺の様子に気づかないほど慌てているようだった。

 

 

 

「中将殿! 敵です! 見知らぬ男女がアルメリア国家に奇襲! 国の中央部に位置する城に乗り込んで王族に危害を……!!」

 

 

「なんだと!? 兵たちはどうした!?」

 

 

「平和主義の国家という理由で戦いの仕方を忘れて―――――慌てております!」

 

 

「んなっっっ馬鹿者!!」

 

 

 

 廊下を駆けて駆けて、走り抜ける!

 

 聞こえてきた怒声が背後から聞こえるが、無視しよう。

 

 

 

「平和主義だからこそ、海兵も周囲と同じになるってな……!!」

 

 

 

 

 人がただの小さな子供にも悪意をぶちまけて攻撃するのと同じだ。

 周囲の空気に流されて、それが異様だと気付かずにいる。

 

 かつて俺をただの『ちにおちた■■■』だと攻撃してきたあの怖い人たちのように―――――――――

 

 

 

 

「あっぶー!!!」

 

 

「いっだっ!!? 急にアッパーすんじゃねえよリード!」

 

 

「あぶぶ!!」

 

 

 

 まったく。腹が減ってるわけじゃないのに何を怒ってんだこいつ……ってあれ?

 

 

 

 

「俺、さっき何て思ったんだっけ……」

 

 

 

 地面が揺れ動き、海兵たちが慌てて動き出している。

 それらの空気に呑まれたのだろうか。

 

 いや、今は考えるのを止めよう。

 とにかく逃げるのが先だ。

 逃げないと駄目だ。

 

 

 

 海軍基地から外に出るのは容易い。

 だがそこから何処か別の島に行かないといけない。

 そのためにはまず船を見つけないと……いや、船が動き出す前に海兵たちが調べるかもしれない。

 

 

 

「うわ……ひどいな……」

 

 

 

 外に出るとすべてが変わっていた。

 家が瓦礫に埋もれ、いろいろと爆発したような惨状が見える。

 でもそれ以上に背後から追って来るかもしれない海軍が怖い。

 

 

 どうにかして逃げないと……!!?

 

 

 

「ちょっ……ちょっとすいません! そこのお姉さんとお兄さん! これから別の島に向かうんですか!?」

 

 

「急に何よ?」

 

 

 

 大きな顔をしたお兄さんと、美人なお姉さんが俺達を見下ろす。

 奴らは大きな袋を抱えて、今にもどこかへ行きそうな雰囲気があった。

 

 というよりも、海兵から追われそうな海賊って感じがする。

 今の俺は海兵に追われる指名手配犯。ならばこそ、海賊に近づいて別の島へ行かないと……!!

 

 

 

「頼む、俺達を別の島まで送ってくれ!」

 

 

「んにーーー!!? 何言ってんだおめー!」

 

 

 大きな顔をした男は嫌そうな表情を浮かべている。

 だがしかし、女性は何故か目を輝かせていて―――――――。

 

 

 

 

「ねえあなた、私が……必要なの!?」

 

 

「う、うん!」

 

 

「あっぶー!」

 

 

 

 あれ、何か聞いたことあるような……デジャブか……?

 いやでもなんか頼んだら送ってくれるみたいな雰囲気あるし、勢いで頼もう! 行っちゃおう!

 

 

 

「そう、なら仕方ないわね! 送っていくわ!」

 

 

「おめー急に決めんじゃねえよ! 誰が乗せていくと思ってるだすやん!?」

 

 

「だって必要とされるんですもの!」

 

 

「その頼まれたら断れねえ性格なんとかしてくれ! 俺を巻き込むんじゃねーよ!」

 

 

 うぐぐ……なんか男の方は無理そうな雰囲気だな。

 でもここでチャンスを逃したら駄目だ。やらなきゃ……!

 

 

「た、頼む! 別の島に行くまでの間は雑用でもなんでもするからさ……俺が!」

 

 

「ニーン……」

 

 

 

 何度も頼んでいくと、男が急に何かを思いついたかのように笑った。

 

 

 

「その言葉、忘れるんじゃねえぞ」

 

 

「お、おう!」

 

 

「じゃあ行くわよ! 早く乗りなさい!」

 

 

「おう! ……ってはいぃ!?」

 

 

 

 乗れと言われた場所は男の背。

 どういうことなんだろうかと思いながら乗ると―――――男の髪が回って飛んだ。

 

 飛んだ!?

 

 

 

「あぶぶー!!!」

 

 

 

 船に乗るんじゃなくて、飛ぶのかよ!?

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドジったが、管理を怠ったお前らが悪い。

 

 

 

 必要以上の馴れ合いをするつもりはない。

 それはあっちも同じなんだろう。

 

 名前を聞くつもりはない。

 当然彼らがどこへ行こうとしているのかも聞くつもりはない。その方が良いと思う。

 

 ただ、利益が一致しただけだから一緒にいる……んだよな?

 

 

 

「あー……つまり?」

 

 

「お前を餌に釣るってことだすやん! そうすりゃあのこのこやって来た馬鹿ども相手に楽に強奪できんだ!」

 

 

「次の島までの駄賃よ。休憩も含めてのね」

 

 

「飛ぶのも疲れるんでなー」

 

 

「そうか……」

 

 

 

 やっぱり安全な道ってないのかな。

 いや、ないよなぁ。世の中は甘くないしなぁ。

 

 彼らが求めているのは金と財宝だ。

 手配書に俺が載ってるのはまだ知らないみたいだし、彼らも同じ海賊ならば賞金首を狙っての犯行とかはないと思う。思いたい。

 男の前歯に海賊マークみたいなのがあるし、たぶん大丈夫。

 

 でも海軍に追われるのはこれで確実になったんだから、いろいろと生き方を考えないといけないんだよな。

 もうドジらないように気を付けないと……無理か……。

 

 

 

「あぶー」

 

 

「……言っとくけど、俺達を餌に海賊を釣るのは構わない。宝もいらない。無事に次の島まで送ってくれたらそれでいいんだ。ただ言っとくけど、俺とリードの命の保障だけはしろよ? いやマジでしてくれよ頼むから!」

 

 

「ええそうね!―――――あなた、私を必要としているものね! ええ、任せて!」

 

 

 

 目をキラキラしている女に曖昧に頷いておく。

 男は微妙だが、この女だけは何とか信じられそうな気がする。

 

 いやでも男が女に向かって頼み込んで俺を放置しろとか言ったら終わりか?

 うーん、やっぱり微妙に止めておくか……。

 

 

 

「とにかく、俺がやるべきことはする。だから頼んだぞ」

 

 

「あぶぶー!」

 

 

 

 彼らに向かって何でもやると言った。

 俺たちを次の島まで送る条件として取引した結果だ。

 

 彼らが海賊であるのならば、その約束はなかったことになるかもしれない。

 不利になったら俺を囮にするだろう。それだけは、避けねえと……。

 

 

「簡易的なボートは用意してあるわ。その上で海賊たちに近づいて待ってなさい」

 

 

「んー。すぐ死ななきゃいいなー!」

 

 

「怖いこと言わないでくれ!」

 

 

「うみゃー!」

 

 

 俺達をミホークの船よりもすごく小さなボートに乗せて、空へと飛び上がる。

 このままどっかへ行かないでほしいと祈り、遠くの方で見えている海賊が気づくのを待つ。

 

 漂流者だと気付いて無視をするか、それとも俺達を攫おうとするか。

 死なないように頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って思ってた時期が俺にもあった……」

 

 

 

「だぶー」

 

 

 

 大きな船の人間は全滅。

 死んでねえと思うが、彼らが一撃を与えた時点で船から海へ落下していった。

 剣を振り下ろそうとしてきた敵の海賊に向けて、女の腕が急に拳銃みたいになって攻撃して船へと落とす。

 男が攻撃して、高笑いしながら船へと海賊たちを落とす。

 

 俺を人質にしようとした奴らもいたが、女がそいつらを撃って撃って撃ちまくって……気が付けば全てが終わってた。

 

 

 ――――――ああくそ、こいつら強いな!?

 いや、悪魔の実の能力者の時点で強いのは当然だったのか!?

 

 ってかぶっちゃけ餌としての俺っていらなくね?

 

 

 

「んーこいつらしけてんなー! 100万ベリーしかもってないだすやん!」

 

 

「ええそうね! これじゃあ若様の土産にもなりはしないわ!」

 

 

 

 若様という言葉が気になるが、聞かない方が良いんだろう。

 何となく、聞いちゃいけないような気もするし。

 

 船の上で海賊船に積んであった肉やら果物やらを食って休憩しながらも文句を言う2人に苦笑しておくだけに留める。

 100万ベリーなんて俺には到底稼げそうにないな。

 

 あっ、そういえば給料もらってねえや……ああ、二週間ただ働きしかしてなかったのか俺……。

 

 

 

「あぶぶぶー!」

 

 

「はいはい、ちょっと待ってろって」

 

 

 

 

 海賊船にあったキッチンで湯を沸かして、ミルクを作っておいたのでそれが冷めるまでの間待つ。

 いやマジでこういう時リュックの中にいろいろと準備しておいてよかったって思う。

 ほとんどが海軍宿舎の中だけど、次の島に着いたらすぐに買っておけば問題はないしな。

 

 あっ、でも金……うぐぐ……。

 

 

 ミルクをリードに飲ませて現実逃避。金欠問題もあるんだった。手配書に俺が載ってるし、どうしようかな。

 このままこいつらについて行って海賊になるのも……いやでも俺らが生き残る確率はゼロに近いか……。

 なんか凄く嫌な予感がするし、止めておこう。

 

 

 

 

「結局はあの国で奪ったもんしかねーなぁ」

 

 

「まあ、あれがあるんなら若様も喜ぶでしょうよ」

 

 

 

「……あの国で奪った?」

 

 

 

 

 もぐもぐと食べながら、首を傾ける。

 あの国で……というのは、アルメリア国家のことだろうか?

 何の話をしているんだろう。いや、聞かない方が良いよな。

 

 

 

「ごめん、なんでもない。俺は聞かないし、興味もない」

 

 

 

「どうだすなぁ。おめーは聞かねえほうが身の為……ああぁ!?」

 

 

「は?」

 

 

「え、どうしたのよ急に………ってちょっと、あなたっ!? その果物から手を離しなさい!!」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 何故こちらを見て驚いた顔をしているんだろうか。驚いたというより、焦った顔?

 

 急に凄く静かになったせいで、リードの笑い声しか聞こえねえんだけど。

 えっと、なんかやったか? やらかしたか?

 

 

 ただ食べてるだけ……うん?

 

 

 

 

「おめーそれ食うんじゃねえぞっっ!!!?」

 

 

「それは若様が希望してる悪魔の実!!!!」

 

 

「あぅー!」

 

 

「はいぃ!?」

 

 

 

 悪魔の実ってあれ?

 そういえば手にぐるぐる模様の変な果物持ってる……!!?

 

 あぶねー! 俺はまだ食ってねー!!

 よし、セーフ!!!

 

 

 

「きゃーぅ!!!」

 

 

「ちょっ――――――ぶっっ!!?」

 

 

 

 リードが大きく揺らいだ拍子に、派手にすっ転んで。手の中の果物が転がって。

 その先は、海の中……で……

 

 

 

「ああぁ―――――っっ!!?」

 

「何やってんだおめ―――――!!!!?」

 

 

 

「やっちまったぁぁ―――――っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頑固爺の思うこと

 

 

 

 

 

 

 とある海の彼方にて、悪魔の実を落としたロナン達の悲鳴が響いている頃――――――。

 

 

 

 

「うぉぉぉぁぁぁぁっ! 何としても捕まえんかー!!!」

 

 

「おだまり! 少しは静かにできないのかい!?」

 

 

「儂の曾孫ぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 

 軍艦にて響く鳴き声が複数あった。

 甲板にて涙ながらに怒声を上げる声に海兵たちが慌てているが、それらを静める老女がため息を吐いた。

 

 そもそも新世界ではなくグランドラインの序盤に来ているのは彼らの我儘が原因だ。

 もちろん仕事の為もあるが、公私混合でやらかしそうな爺共を止めるためにお守役として引き受けたのもため息を吐く原因でもあった。

 

 この爺共は先ほど送られてきた手配書一覧の中にあった例の少年と赤ん坊について文句を言っている。少年や赤ん坊にではなく、その周囲に対して。

 

 

 

「誰だ! 手配書に『生け捕りのみ』と記載した大馬鹿者は!! いや誰がやったのかは理解できるが……それにしても生け捕りにして何をするつもりか!!」

 

 

「まったくもってその通りじゃ! 赤ん坊を見ろ! 今から育て直せば立派な海兵に―――――」

 

 

「何を言うか煎餅爺っ! 赤ん坊を守っている少年こそ優秀だ! いや、写真を見る限りロナンは優秀で良い子だ。それに海軍から逃げきれているのが証拠だろう!」

 

 

「何じゃとおかき爺っ!」

 

 

「およしなさいダブル爺共。今の元帥が聞いたら青筋立ててキレること間違いなしだよ」

 

 

 

 否、それを含めて叫んでいる可能性も否定できないと老女―――――おつるがまた深い溜息を吐く。

 手配書に映し出されている少年と赤ん坊に対して様々な感情を向ける人間は少なからずいる。彼らは外見がまったく似ているのだ。年齢は違えども面影はある。

 

 手配書を出したのも一刻も早く捕まえるためだ。

 だが、それで海賊たちの目に留まり、興味を持って捕まえる奴らがいるかもしれない。

 ハイリスクハイリターンの可能性を考慮して、赤犬が指示を出したのだろう。あの赤犬が生け捕りのみの手配書を用意するとは思えないが。

 

 

 

「…………この子供たちは彼らとはまったくの別物なんだよ。それを分かってて言ってるのかい?」

 

 

 

 クローン体の噂は流れている。それに興味を持つ連中は多いだろう。

 いや、人間を一から作り上げることはもう不可能の領域ではない。だから海軍である程度の地位を持つ人間は少年たちがクローンであることを知っている。

 新たな生命を作り上げることだって、発想力が組み合わさった科学の力とその技術力さえあればドラゴンさえ作れる可能性をおつるは知ってるのだから。

 

 

 だがそれとこれとは話が別だ。

 

 彼らを作り上げた科学者の手配書を用意しても捕まらない事実への不安はあれど、それらを吹き飛ばすような爺共に冷めた目を向けるしかない。

 

 彼らはクローン体だ。

 爺共が愛してやまない子供の面影を持っているとしても、それは変わらない。

 ただ身体が似ているだけの他人に等しい。

 

 

 

 

「何を言うとるんじゃおつるちゃん」

 

 

 

 

 ―――――――それを、爺共は不機嫌な顔で文句を言う。

 

 

 

「クローン体であろうとも、細胞と血が全く同じということは、儂の曾孫も同然じゃ!」

 

 

「身体が同じだけ。血と細胞が同じだけ。それだけでも十分だ」

 

 

 

 

「……それで、以前味わった後悔を子供たちにぶつけるつもりなのかい?」

 

 

 

 

 鋭く睨むおつるは心配しているのだ。

 彼らが失ったものは大きい。それらを守ることはできなかった。

 

 曾孫という言葉を使う意味を彼らは理解しているのか。

 似ているという理由で守るつもりか。

 ……ただのクローンという理由だけでオリジナルとは違うロナン達をその代わりにでもする気なのかと。

 

 そう、おつるは怒っているのだ。

 

 

 

 

「ふむ、そういわれたら何も言い返せないな」

 

 

「そうじゃな。じゃが儂らの気持ちは変わらん」

 

 

 

 だが、爺共にも覚悟はあった。

 おつるの優しさと心配を察して、それ以上の覚悟で正面から向き合っているのだから。

 

 

「彼らもまた、多くの欲望によって生み出された被害者だ。手配書から捕えるのは協力しよう。だがその後は彼らがクローンでも危険人物の予兆がある人間兵器でもない、ただの一般人だと証明できればそれでいい。その後の平穏な暮らしは私が手配しよう」

 

 

「何を言うか。この子供らの優秀さは聞くだけでも分かるじゃろうに。海兵にすれば生涯安心して暮らせる。海賊には絶対にさせん! 幸せに暮らしてくれるというのなら、なんでもいいがな!」

 

 

「ああ、それは言うまでもない」

 

 

 

「おつるちゃんや、この子供らは代わりなどではない。儂らの我儘じゃ! それにな、クローンであったとしても、子供らをまったく同じに見ているわけではない! ただ血が似ている。見た目がそっくり。そんな子供らに情が湧くのも当たり前じゃろうて!」

 

 

「ロナンはロナンだ。『あやつ』自身として扱うつもりは全くない。ただそれだけだ」

 

 

「……つまり、愛しい子供たちに似ているだけであって、実際に血も繋がっているから家族として扱いたいということだね?」

 

 

 

「「その通り!!」」

 

 

 

 何ともまあ扱いにくい爺共だ。

 だが、情があるのは確かだろう。言いたいことは山ほどあるが、危害を加えるわけではないので良しとする。

 

 おつるもまた、彼らが被害者だと知ってはいる。知っているが手を出すような立場ではないのは確かだからだ。

 この爺共の方が自由に行動できる。手配書に載った子供を守る程度には勝手にやらかすだろう。その結果今の元帥からキレられようとも、あの頃の迷いも何もなく、覚悟が決まった爺はテコでも動かないだろうから。

 

 ――――――それを恨めしいとは思わないが。

 

 

「運が向くかは彼ら次第だ」

 

 

 

 この爺共が捕まえたら保護する! と叫ぶ程度には海軍は一枚岩ではない。

 だから、誰に捕まるかによって子供たちの未来は決まる。

 

 生け捕りのみにした輩がどう考えているのかもまだ確信したわけではないからこそ、おつるはこの先の不穏にため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾われ奪われ逃げられて

 

 

 

 

 

 海に落とした物がちゃぷんと揺れて、周りに波状が出来ながらもゆっくりと沈んで消えていく。それを唖然とした様子で眺める俺達。

 

 

 ――――――悪魔の実が海に消えていった光景を眺めていた男女だったが、一気に俺へと詰め寄ってきた。

 

 

 

「お前が落としたんだ! 取ってこい!」

 

 

「ええ、それぐらいの責任は取りなさい!!」

 

 

 

「うぐっ……」

 

 

 

 責任をとれという言葉に喉が詰まる。

 彼らはあの戦いからして悪魔の実の能力者だ。

 海に嫌われているから、海に落ちて沈んでいった実を拾うことは出来ない。

 

 だから俺が拾うしかない。拾うしかないのだが……。

 

 

 ―――――ちょうどその時、空を飛んでいるカモメが海から現れた化け物……いや、船よりも大きそうな海王類が顔を出して俺達よりも高い位置にいたはずのカモメに噛みついて来たのが見えた。

 当然カモメは食われ、海王類が海に消えた瞬間船が大きく揺れたのが分かる。

 

 

 

「あぶー!」

 

 

 

 そう言えばここってグランドライン前半の海。

 男女が俺に言った、その化け物がいるであろう海を、潜らないといけないという。

 

 

 

 

「ちょーっと落ち着け! 俺に責任取れとか言われても無理だし!」

 

 

「何が無理だってぇー! 落としたのはおめーじゃねえか!」

 

 

「いやだから落ち着こう。この海に落ちたものを取りに戻るのは分かってるし、俺も責任は取りたいって思ってる! だがしかし!! この海王類がたくさんいるであろう危険な海に飛び込んで悪魔の実を取ってくるという責任を俺が果たせるとお思いか!? この、ただのちっぽけな子供である、俺が!!」

 

 

「おめー言ってて悲しくならねえのかよ!!」

 

 

「うるせぇ! こちとら生まれてからずっとドジっ子なんだよ!」

 

 

「逆ギレすんなし!」

 

 

 

 ぜぇ、はぁ……よし、言ってやったぞ。

 それに彼らも納得してくれてはいる。

 

 

 

「じゃあ私達が海王類から守れるように上から援護するわ。命綱の縄でも付けて潜って……それで死にかけたら縄を引っ張れば大丈夫じゃないの?」

 

 

「そりゃあいい! 早速やるだすやん!」

 

 

 納得してくれてるわけじゃなかった。

 

 

「いやでも……おれ……」

 

 

「逃げんじゃねえ。お前が落としたんだからお前が拾え」

 

 

「ええそうよ。この赤ん坊は私達が預かるから、早く拾って帰って来なさい」

 

 

「あぶぶぅー」

 

 

 それってリードが人質になるフラグ……ああクソ。

 あっけなく俺の腕からひょいっと抱き上げられてはもうなすすべもない。

 

 

 

「まったく、ドジっ子だなんて誰かさんのようね……そう言えばあなた、よく似てるわね?」

 

 

 ジロジロと俺を見てくる女の方に何故か嫌な予感がしたので顔ごと視線を逸らしておく。

 

 ……もしかしてこいつら、俺のオリジナルを知ってる?

 いや気のせいだと思われてるみたいだから、ただ好奇心で見ているだけだろうか。

 

 ちょっと考えを変えよう。早く終わらせてこいつらから離れた方が良いかもしれない。

 即席だが渡される命綱を握りしめて、腰に巻きつけて幸運を祈る。

 

 

 

「あぶぶ!」

 

 

「……ちょっと待ってろよ。すぐに終わらせて帰って来るからな!」

 

 

 

 リードに向かって微笑みながらも頭を撫でてから、勢いでそのまま海へ飛び込んだ。

 海王類は……さっきのあのでかい奴はちょっと遠めの方を泳いでるな。

 

 鮫とかもいないみたいだし、早く終わらせよう。

 

 

 

「すぅ……はぁ……よし」

 

 

 

 すこしだけ潜って、悪魔の実が沈んだであろう場所を探す。

 ちょっと白めのぐるぐる模様をした悪魔の実だったから、覚えてる。

 

 薄暗い海の中。澄んではいるがいろいろと危険な海で小さな実を探す危険性にバクバクと心臓が鳴る。

 このまま死にたくはない。でもこのまま逃げれば男女が怒ってリードの命が危ないかもしれない。

 

 

 

「むぐ……?」

 

 

 

 あれ、なんか海の奥で提灯みたいな輝きを放つ船が見えるんだけど……沈んだ船?

 いやでも動いて―――――――

 

 

 

「ジャーッババババッ! よく見つけたなぁ。弟よ! これをお頭に届けるぞ! 悪魔の実は億ベリーもの価値を持つ者が多い。大儲けのチャンスだ!」

 

 

「おうともさ! いやー悪魔の実が落ちてくるだなんて幸運だったなー! さあ行こうぜ、売り払いによ! お頭たち、同胞たちがあそこで待ってるからなぁ!」

 

 

 

 

「んぐっ!!?」

 

 

 

 俺が見たことある実を手に持ってるのは――――魚人か?

 それでもって、船に積み上げている金銀財宝の他に置いたのは悪魔の実!?

 

 

 ぶはっ……っと海から浮上すると、俺を見降ろしていた男が命綱の縄を引っ張り上げてくる。

 

 

 

 

「どうしただすやん。悪魔の実は?」

 

 

「それが、深海に魚人がいてそいつらが持っていって……なんか、売っぱらうって言ってて!!」

 

 

「また厄介ごとかよ!」

 

 

 

 

 舌打ちをしている男と女が、慌てて荷物を持って動き出す。

 もちろん女がリードを抱き上げたままなので、慌てて俺も追いかけるが……。

 

 

 

「追いましょう。ほら、この船じゃなくてボートの方に乗りなさい! ……ああ、あなたは海の中を見て、魚人たちがどこへ行くのかを見てて!」

 

 

「んにーん……ここから売り払うってーとあそこっきゃねーがなー」

 

 

「万が一の為よ。分かってるでしょう!」

 

 

 

 ああもう! 俺のドジでどこまで騒ぎは大きくなるんだよ!!

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

囚われ売られ暗躍し

 

 

 ボートを引っ張り上げる形で男が空を飛んで追いかけ、俺が海の中を見てたまに進路を変えて進む。

 海王類が襲いかかってきたら女が応戦し、リードが笑ってはしゃいでいく。

 

 

 それらのあと―――――――追っていくとその先に島があった。

 あのアルメリア国家よりは小さいが、小島というとやっぱり大きい方の島。

 

 そこに俺が見たあの提灯のように輝いていた特徴ある船が浮上しているのが見える。

 つまりこの島に、あの魚人たちが乗り込んでいるということ。

 

 

 

「ニーン……やっぱりここだったか」

 

 

「知ってるのか?」

 

 

「ブラックマーケット……簡単に言えば、闇の市場よ。シャボンディとはまた違って……政府に見せられないものを高値で取引することのできる場所。悪魔の実が売られるのなら、奥の方で取引が行われるはず」

 

 

「若様はここらは興味なしだったからなー。ついでに何かしら貰っとこう」

 

 

「他にもいい土産があれば良いんだけれど……」

 

 

「あぶぶ」

 

 

 

 うん、もう勝つ気満々の言葉だな。

 こいつらなら勝てそうだなっていう妙な自信はあるけれど……それでも不安だ。主に俺達の安全について。

 

 とりあえず奥の大きな建物までやってきたが、このあとはすぐさま暴れるつもりなんだろうか。

 

 

 

「でも厄介なのよね。前半の海に位置する闇市場のくせに戦力は整ってる。確かこの市場って海楼石の壁を一部使用しているのよね? 悪魔の実だけを盗んで脱出しようにも……面倒そうね」

 

 

「ああ、そうだなー」

 

 

「もう面倒だから一気に爆発させて終わらせたいのだけれど、あの悪魔の実が吹き飛ぶことだけは避けないといけない。あれが手に入ったら全て壊してから残った宝を頂くのだけれど……」

 

 

「ニーン……」

 

 

 

 海楼石の壁が使われてるのか。それは駄目だな。

 それに悪魔の実がある意味建物を守る人質……いや、物質として捕まってるようなもんだから、それさえ手に入ればあとは大丈夫ってところか。

 そんなにも、この男女が言う―――――若様が希望する悪魔の実はすごいものなんだろうか。

 

 

 

「ってことで、あとは任せたぞ」

 

 

 

「………………ん?」

 

 

 

 ――――――不意に、男が俺の肩をポンッと叩く。

 それはもうにっこりと笑顔を浮かべて、こちらを見下ろしている。

 

 うわー……なんか素敵な笑顔。

 悪役がやりそうな凶悪な笑みだー。

 

 

 

「だぅー」

 

 

「ほら、赤ん坊は貴方が抱きかかえてなさい。私が抱いて戦っていると傷つけちゃうでしょうから」

 

 

「えっと……」

 

 

「大丈夫よ。反抗しなければなにもされないわ。すべてが終われば私が助けてあげる」

 

 

 

 リードを返され、反射的に抱きしめるが嫌な予感しかない。

 

 

 

「……今ここで助けてほしいって頼んだら?」

 

 

「あらっ―――――」

 

 

 

「止めるだすやん! それにこれはおめーの責任でもあるんだからな! 惑わせてねーで覚悟決めろクソガキ!」

 

 

 

 引き攣った笑みを浮かべ、男女を見上げる。

 だが男の方はもう決定事項とばかりに俺の背を押している。

 

 店の正面入り口の方まで押されてしまい、もう逃げる術もない。

 遠い目をしている俺を見下ろした店の門番が、男を見る。

 

 

 

 

「あ? 何だ貴様らは……」

 

 

「商品を届けに来たんだー。このガキと赤ん坊を商品として売ってくれー」

 

 

「何だと? 大した価値もなさそうなガキと赤ん坊だが」

 

 

 

 訝しげに見つめる門番がハッと我に返って何故か俺と赤ん坊をじっくりと見つめた。

 

 

 

「いや待て。いいだろう。こいつらを商品として扱ってやる」

 

 

「ええ、頼んだわよ。あと私達も店の中に入りたいんだけど……」

 

 

「ああ、こっちだ。お前は……おい!」

 

 

「ヘイ!」

 

 

 

 店の中から現れたのは、傷だらけの顔を隠さないいろいろと強そうな見た目をした男。

 手が異様に長いが……人間か?

 

 

「こいつらを商品待機場へ連れていけ!」

 

 

「わかりやした!」

 

 

 長い手を駆使して、俺達を捕まえてそのまま引っ張って奥まで連れて行かれる。

 抵抗していないからか、そこまで乱暴な手つきじゃない。いや、逃げようとしても逃げることができるはずもないただのガキだから侮っているのだろうか。

 

 

 

「……うわーい」

 

 

「あぶぶー」

 

 

 

 まあ何にしても、マジで早く終わらせて帰りたい。

 帰る家は、ないんだけどな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 連れて来られた部屋はすごく重苦しい雰囲気が漂う牢獄みたいな空間だった。

 俺以外にも人間はいる。奇妙な身体をしている人間もいるし、貴重そうな宝物やら何やらと物も置いてある。

 檻の中から商品たちによって盗まれたり壊されたりするんじゃないかと心配にならないのかと思ったが、それをするような空気はここにはない。

 ああ、当然だろうと思う。

 

 あるのは弱者が弄られるひりついた空気のみ。

 だからこそ、リードが傷つかないように必死にギュッと抱きしめている事しかできない自分に苛ついた。

 

 

 

「お前はここで待て。手錠してあるから逃げられるとでも思うなよ」

 

 

「あぶぶぶぶっ!」

 

 

「うるせえぞクソガキ。静かにしねえと痛い目遭わせるからな!」

 

 

「わ、分かった。赤ん坊は殴らないでくれ……ちゃんと静かにさせるから。俺から離さないでほしい。じゃないと泣き叫んじゃうから」

 

 

「……フン。もとより店長はそれを希望とのことだ。大人しくしとけよ」

 

 

「ああ」

 

 

 

 手錠だけの待遇にほっとした。他の奴等は……うん、首輪をされていたり口枷をされてたりと様々。

 檻の外から中を見張る気配はなし。

 

 ……よし。

 悪魔の実はどこかなっと……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

知らせて隠して懐かしく

 

 

 

 

 

 

 手錠付きで移動するのはかなり疲れる。

 それに一応檻の中に全てが収納されているといっても、外の見張りに見つからないようにするのはとても神経を使う。

 

 だが……なんだかやれそうな気がしてきた。

 何だろうか。以前にも似たようなことをやったような気がする。

 

 

「あぅー」

 

 

「……ちょっと待ってろ」

 

 

 

 まず見張りをどうにかして誘導しなければならない。

 それをやるのは俺の役目じゃないが。

 

 あーでも……

 それにしても、同じ商品だからこうも一緒にまとめてんのか。それか海楼石が使われてるのはここらへんの壁なのか?

 まあいいか。

 

 

 見つけた。宝の山に積まれた、あの見慣れた悪魔の実。

 俺の手のひらに収まるサイズだから微妙に悪魔の実だって分かりにくい。

 

 

 

 

「あぶぶぅ」

 

 

「さーって……」

 

 

 男が前もって渡してきたかけっぱなしの子電伝虫にトントントンと、三回ほど音を鳴らす。

 

 事前に音を鳴らすとか打ち合わせなんてしてないけれど、余計な言葉を言って外の連中にばれたくないのもある。

 

 でも、これで奴らは分かってくれるはず……分かって……

 

 

 ―――あれ、俺なんでそう思ったんだ?

 

 何でトントントンとやるだけで分かってくれるって思ったんだ?

 

 

 

 

「うみぅーー!」

 

 

 

 リードの声にハッと我に返った。

 ……いや、今は考えるのは止めよう。

 とにかく悪魔の実を持ってそのまま俺が会場へ行き売られるのを待つのみだ。

 

 会場へいけば、彼らはすべてを壊してくれる。

 手錠とかはまぁ……鍵を取りに戻れば良いとして、いつも持っていたリュックは店の奴らに捨てられたからなぁ。

 

 金目のもんが入ってねえから要らねえとか言いやがって……リードのオムツとか入ってたのに。

 

 なんか思い出したらイラついてきた。

 よし、その分の金はここから奪うか。俺のポケットは悪魔の実は入らないが、金のコインとかは入る。大量だとバレるから数枚入れてっと。

 

 あー……悪いことしてるけどこれは正当防衛だよな。よしそう考えよう。

 

 

 それで、悪魔の実はどうするべきかな。

 手の中の悪魔の実を見ながらも、思考を回す。

 

 

 

 

 

「おいガキ!そこで何をしている!?」

 

 

「っっ!!!?」

 

 

 

 ――――反射的に悪魔の実を口に含んで隠した。

 

 

 

「何か悪戯でもしてやがったのかクソガキ……いや、後で分かることだ。それよりも出番だぞ。さっさと行け!!」

 

 

 

 背中をバシッと叩かれて思わず飲み込みそうになった。

 でも必死に耐える。

 

 

 

「きゃうーー!!」

 

 

 

 ごめんリード。

 冷や汗だらだらな俺の顔を見て面白いと笑ってるみたいだけどそれどころじゃねぇんだ。

 

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ギャーッバババ!!いいか野郎共!今日は大量間違いなしだ!!飲むぞ!」

 

 

「「「「うぉぉぉぉっ!!!」」」」

 

 

 

 階下にいる魚人共に目を細める。

 おそらくあいつらが悪魔の実を持っていったんだろうと予測したからだ。

 

 あいつらは重点的に潰そうと決めた瞬間でもあった。

 

 

 

「ニーン……返事が来たみたいだぞ、ベビー5」

 

 

「返事?」

 

 

 

 少年に渡した子電伝虫と繋がる、灰色の子電伝虫。

 それに男はなんとも複雑そうな表情で見つめている。どうしたのかと見つめていると、数秒してからまた音が聞こえてきた。

 

 

 ―――トントントン。

 

 

 なんだか懐かしいような音。

 昔聞いていたような気がするもの。

 

 

 

「あいつ使い方知らねーって言ってたよなー?」

 

 

「……ええ、そう聞いたわ」

 

 

 

 少年が子電伝虫の使い方を知らないと言ってきたので仕方なくかけっぱなしであの子供の服の裏に隠したのだ。

 リュックなどの分かりやすい荷物は捨てられていたみたいだが、商品となる物をくまなく検査するよりも早めに売り払ってしまうのがその闇市場の特徴なんだろう。

 

 だから、声を出して「あったぞ」と言われると思っていた。

 どうせすべて破壊するつもりなんだし、悪魔の実を少年が持っているのなら、それ以外は倒せばいいのだと……何も気にしていなかった。

 

 

 三回の合図は、肯定の証。

 トントントンという音は、もうこの世にはいない男が電伝虫の先でやっていたもの。

 

 

 

 ただの偶然。

 音を鳴らしてあったと知らせただけのことだろう。

 

 そう思いたいのに、何故か違うと思える直感がある。

 そういえば見た目も似ているような気がする。メイクをして、あの特徴的な服を着たらきっと――――。

 

 

 

 

「あの子は一体……なんであの人にあんなにも似て……」

 

 

「考えても仕方ねえだすやん。問い詰めれば分かるぜ。どうせ悪魔の実を持ってのこのこやって来るんだからよぅ」

 

 

「……そうね、バッファローの言う通りだわ」

 

 

 

 複雑そうな顔をしている二人を含めて、まさにタイミング良く部屋が薄暗くなる。

 正面の会場から現れたのは、店の司会者であった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドジって騒がれ逃げていく




一部の舞台は整った。






 

 

 

 

 

 店の舞台上の横に移動し、手錠に鎖を繋いでそのままの状態で立たされる。

 司会役の人が俺と繋がった鎖を持ったまま、マイク片手に大きな声で叫んだ。

 

 

 

 

「レディースアーンドジェントルマーン!!! さあさあご来場の皆さま。お待たせいたしました! オークションを開始いたします!」

 

 

 

 

 その声に合わせて様々な歓喜の声が響き渡る。

 通常の状態だったら、その声と様々な趣向を合わせたライトアップに感嘆の声を出したかもしれない。

 

 

 

「……んぐ」

 

 

「あっぶー!」

 

 

 

 リードが笑うが、俺は笑えない状態だ。

 俺達が逃げ出さないように店側の人間が横に待機しているせいで口に隠した悪魔の実を出すことは難しい。

 

 悪魔の実って口に含んでも大丈夫なんだよな?

 確か、呑み込んだら駄目なんだよな?

 ……呑み込まないように気を付けておこう。大丈夫だ俺ならできる。

 

 ドジることが多くても、これぐらいなら簡単だ。

 

 

 

「さあ行け!」

 

 

 

「ぐっっ……!!?」

 

 

「だぅー!」

 

 

 

 手錠に繋がった鎖を引っ張られ、横にいる人間に背中を叩かれて反射的に飲み込みそうになってしまうが耐える。大丈夫。ちょっとヤバかったけどまだ大丈夫だ!

 

 でもいい加減口から出したい……!

 ああくそ、早く終わってくれ。

 

 

 

「さあさあ、まず最初に見せます商品はこちらの少年と赤子になります!」

 

 

 

 中央の位置に立たされ、司会者が話す。

 お客の中を確認してっと……よし、あの男女はいるな。

 

 あの男女も俺を見て、口をパクパクと動かしながら仕草で「悪魔の実は持ってるな?」と言っているように見えたので頷いておく。

 そうすると、男女が立ち上がって会場ごと破壊しようと動き出す。

 

 これで多分、彼らが動いてすべてを破壊してくれるだろう――――――。

 

 

 

「さあ、この少年と赤子が普通に見えますかな? 実はそうじゃないんですよー! なんとなんと、彼らは政府によってつい最近、手配書に載ったのです!!」

 

 

 

 男女の動きが止まった。

 止まらないでほしいのに、司会者の話に興味を持ってしまった。

 なんだろうか。何を言うつもりなんだろうか。

 

 

「手配書! 【ONLY ALIVE 『“子連れ狼”ロナン』 懸賞金5500万ベリー】となる人物!」

 

 

 あー……うぁー……。

 いや、でもあの男女は海賊のようなもの。

 何かしらの理由があって追われているということは分かっているはずだ。

 だから手配書とかあってもあまり興味ないはず。大丈夫……。

 

 

 

「何故少年と赤子に対して生け捕りのみにしたいのか!? 政府が生け捕りにしたい何かをこの少年と赤子が隠しているのだろうか! それに興味はないだろうか! それを我々はとある情報網によって極秘に入手することに成功したのだーっ!!」

 

 

 やめて。

 お願いマジでやめて。

 

 なんかヤバい。あの男女に知られるのはヤバい気がする。

 それだけは駄目だと思う衝動が込み上げてるんだ……だからやめて。止めてくれ!

 

 

 

「だがしかーし! この『商品』に関する情報は買わないと教えることは不可能! さあ100万ベリーからスタートだぁ! 我こそはという者は手を上げてくれーい!!」

 

 

 

 あ、ああ……良かった。

 クローン体とか知られなくて良かった。

 というか海軍の情報網ってもはや周知の事実って感じじゃないのか?

 一部口止めされてる?

 

 いやでも……鷹の目にはクローンに関しては喋ったしなぁ。七武海で少年と赤子を探せという命令が下ってるのは知ってるけど、それだけの可能性もある。鷹の目は必要以上のことは話してくれなかったし、情報によっては俺達の身の危険はもっと悪い方でやばいことになる。

 それに、この店の情報がどこまで裏に繋がっているのかが心配でならない。

 

 もしも……■■■に知られたら……。

 

 

 心臓がバクバクと言っている。

 

 思わずごくりと唾を呑み込んで……飲み……っ!!?

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 

 やべえドジった! やっちまった!!

 唾を呑み込むどころか悪魔の実も丸ごと飲んじまった!!?

 

 

 

 

「あぶー?」

 

 

「やばい……殺される……」

 

 

 

 

 身体に異常はない。だがしかし、あの悪魔の実は彼らが取り返そうとしている大事な物。

 俺がドジって食べてしまったと知られたら、絶対に殺されてしまう。

 だってここまで来ることになったのも俺のせいだし……最終的に俺がやらかしたと知られたら怒るだろうからなぁ。

 

 

 

「な、何だ貴様ら……!!?」

 

 

「おいやめ――――――ゴフッ!!?」

 

 

 

 司会者の話に興味が薄れたのか、それとも後で話を聞こうと思っているのか―――――男女が観客席から周囲へ向けていろいろと破壊している。

 

 それに対して騒ぐ魚人とか、店側の黒服の人間とかが戦いを挑んでは吹っ飛んでいるのが見える。

 

 

 

「……逃げよう」

 

 

「だうー」

 

 

 

 リードの頭を撫でて、これが夢だったら良かったのにと願う。

 まあ現実逃避しても遅いよなぁ。

 身体に異常は何もないし、あの悪魔の実が偽物で本物があの商品がたくさんあった場所にあれば良いと願おう。

 

 とりあえず鍵……っと、女に撃たれて吹っ飛ばされた司会者の胸ポケットにあるな。

 よし、これで手錠を外して逃げられる!

 

 

 

「おい待て貴様!」

 

 

「ちょっ!?」

 

 

「あぶぶ!」

 

 

 

 不意に背中を掴まれて思わず抵抗する。

 リードをギュッと抱きしめて、何度も身体を暴れさせていく……!

 

 くそっ。早く離せ!

 あの二人にバレる前に逃げないといけないんだよ!!

 

 

 

「離せ!」

 

 

 

「っ! ―――――っ!!?」

 

 

 

 男が急に俺の背中を離した。

 何故かよく分からないが、男が口をパクパクと魚のように開けているのに声が出ていない……?

 慌てたように男がどこかへ行ってしまう。

 ……あ、爆発に巻き込まれて吹っ飛んだな。でも悲鳴も何も聞こえなかったぞ。

 

 

「……なんだ。この懐かしさ」

 

 

 

 これってなんか……見たことある気がする。

 いや、気がするんじゃない。確かに俺は見たことがあるんだ。

 

 知ってる。

 この悪魔の実を、俺は知ってる。

 

 どう使えばいいのかを、俺は知ってる。

 

 

 

「あっぶー!」

 

 

「……ああ、そうだな。今はそんなことしてる場合じゃないな」

 

 

 

 両手を伸ばしたリードに合わせて赤子の手をギュッと握りしめて。

 ……よし、逃げよう。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「おいベビー5! あのガキと赤ん坊がいねえだすやん!!」

 

 

 

「え、何で!? まさか逃げたって言うの!?」

 

 

 

 いつの間にか消えている少年たちに戸惑いと怒りが込み上げる。

 もしかしたら悪魔の実を置いて逃げたという可能性もあったが、崩壊した建物をかきわけて探しても何もなかった。それはすなわち、持っていったということ。

 

 裏切ったんだとしたら、彼らを見つけて殺さないといけない。

 

 悪魔の実を盗んで逃げたんだ。それぐらいはしないと――――――。

 

 

 

 ――――――ぷるぷるぷる。

 

 突然なりだした電伝虫にビクリと肩が跳ねる。

 それはベビー5やバッファロー、どちらも同じく動きを止めてその電伝虫を見る。

 

 鳴り出したそれは、あのロナンという少年が持っているのと繋がっているからじゃない。

 それは、専用のもの。

 彼らにとって、親に等しい大切な人のもの。

 

 

 

「わ、若様……」

 

 

『……連絡がずっと途絶えていたが、悪魔の実はどうした?』

 

 

 

 聞こえてくるのは男の声。

 電伝虫の目も吊り上がり、その先で誰が話しているのかを理解したベビー5達は思わず頭を下げた。

 

 電伝虫は離すためもの。

 見ているわけじゃないが、それでもやりきれない気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

「すまねえ若様! 油断した! あのガキ……ロナンってガキに奪われちまった!」

 

 

『あぁ? ロナンだと?』

 

 

「あ、ああ……手配書の子連れ狼ロナンっていうガキが持っていって―――――」

 

 

『フッ……フッフッフッフッフ!』

 

 

「若様?」

 

 

 

 若様が所望する悪魔の実。それを奪え切れなかったことに関して説教はあれど、本気で許されないことはないと身内であるベビー5達は知っている。

 だが通常ならば、もう少し落胆の声を上げているはずだ。

 

 仕方ないとため息をあげて……それで、帰還するようにと命令が下されるだろうと予測していた。

 もちろん追って奪い返せと言われても彼らは対応する。何かしらの罰を受けることになっても受け入れる。

 

 ベビー5達は、そう思っていたのだ。

 

 

 

「わ、若様……どうする? ガキどもを殺して奪い返すか?」

 

 

『いや、殺さなくていい。むしろ適当に追いかけて遊んでやれ』

 

 

「遊ぶ……?」

 

 

『ああそうさ。どうせガキの手に落ちたというのなら、もうとっくに食べてるだろうな。あいつはかなりのドジだ。……むしろ都合が良い』

 

 

 

 フッフッフ、と上機嫌なまま笑う男にベビー5とバッファローはそれぞれ顔を見合わせて首を傾ける。

 あの子供たちのことを理解しているのだろうかと、特にベビー5は考えていた。

 ドジなのはしばらく一緒にいたから分かること。それを若様は調べて理解している? 一度あの子供たちと知り合ったことがある? それとも……

 

 だがしかし、それを聞くつもりは彼女たちにはない。

 遊べと言われたらその通りにするしかない。それだけだ。

 

 

 

『言っておくが、殺すなよ。奴は家出しやがったあのガキを連れ戻す良いカードになる』

 

 

「なら、適当に遊んだらそっちに連れて戻った方が良いかしら?」

 

 

『いいや、放置しろ。どうせ何もしなくても俺の手に戻ってくる。適当に遊んで、適当に帰って来い』

 

 

 

 笑う男に疑問は浮かぶが、ベビー5達は頷く。

 

 彼が何を考えていようとも―――――追いかけることは決定事項になっているのだから。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃亡者ロナン達の島めぐり
目的は決まらないままに


 

 

 

 

 

 

 数時間が経過したように思えるが、もしかしたら数分かもしれない。

 破壊音も爆発音も何も聞こえない。

 

 ……もう大丈夫か?

 いや、まだ隠れた方が良いかもしれない。

 

 

 

 

「あぶぶぶぶ!」

 

 

「わっ!? あー……ごめんリード。ミルクとか入ってるリュックは今ないんだ」

 

 

「あぶっ……ふぇぇ……」

 

 

「ああごめんって! すぐに買いに行くから……」

 

 

 

 うるうると涙を込み上げさせるリードに慌てる。こいつの食欲は凄いのは分かってんだ。この騒動の間に泣き叫ばなかったことが珍しいぐらいには、たくさん食べるからな……。

 ああ、リードに我慢させちゃってたのか俺……。

 

 裏路地の大量に積まれた木箱の一つから身体を出して伸びをする。ずっと同じ体勢で隠れていたから身体がバキバキだ。

 

 とにかく早くミルクを作らないと駄目だよな。

 金のコインを持ってるから、離乳食用のものも買えるかもしれないし、まずはそれらを購入してリードを満足させてからこれからどうするかを考えよう。

 

 ……たぶん、あの男女は俺達が島から出ていないのだと分かっているかもしれない。

 だからすぐに見つかる可能性が高い。

 

 見つかったら殺される。だから早く逃げないと。

 

 

「あうー!」

 

 

「ああ、分かってる。急がば回れってな……」

 

 

 

 とりあえず、店がある方を見てみよう。

 えっと……表通りの、ショッピング広場だっけ。そこへ向かえばいいかな。

 

 何も起こらないことを願おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、騒いだ後はこうなるよなー」

 

 

「あっぶー!!!!」

 

 

「ああごめんって! ほら、すぐに買うから……」

 

 

 

 町中全体が騒がしい。

 破壊音などは聞こえないが、人の話し声やら怒声やらでお祭り騒ぎだ。

 

 奥の闇市場が倒壊したとかでいろいろと野次馬しに向かっている奴等と、倒壊した中から財宝を探せと騒ぐ盗人どもがいるみたいだな。

 表通りの店。赤ん坊の物も売ってるようなお店の方は……ってか、店にも人がいないってどんだけなんだよ。

 なんか町全体の人間が中央のオークション会場に向かったような感じだ。

 

 町全体があの闇市場を知ってるのか?

 知っていて放置していたのか?

 

 ……それほどまでにもここらは治安が良くないってことなのかな。

 

 

 闇市場という名の大きなオークション会場が町の中心地で行われたぐらいだし、海軍がこの島を知っていても何もしないということはそれなりに理由があるかもしれない。

 

 まあ、あの2人が倒壊してもいいと思える程度のものだったんだ。

 だから無法地帯だとしてもあまり気にするほどの島じゃないに違いない。

 

 ―――――あいつにとっては、そうだろうな。

 

 

 

 

「……だから、あいつって誰だよ」

 

 

 

 頭を軽く振って気持ちを切り替える。

 

 店の中には誰もいないし……これは店を放棄してどっかヘ行った責任ってことで赤ん坊に必要な物は貰っていくとしよう。

 

 あーもう……盗んでもあまり気にしないとか本当に心がこの世界に染まってんのかな。

 あの悪魔の実を食べたせいだ。

 

 アレのせいで、変な気分になるだけだ。

 

 

 

「……ミルク用のお湯も作ろう。見つかっても逃げればいいだけの話だし」

 

 

「あうぅ!」

 

 

「ほーら泣くんじゃないぞー。すぐに作ってやるからなー」

 

 

「あっぶー!」

 

 

 

 店の奥は住宅も兼ねているのかいろいろと部屋があり、その中にはキッチンもあった。

 鍋に水を入れてお湯を作って、哺乳瓶にミルクを入れて残りは店の中にあった大きめのリュックの中へ……オムツとかも必要分以上の物を入れておいて、食料も……。

 

 ……うん、生きるためだ。仕方ないことなんだ。

 

 

 

「あぅー!!」

 

 

「……はいはい。もうちょっと待ってなー」

 

 

 

 温めた湯を哺乳瓶に移し、ミルクをひと肌温度に下がるまで待つ。

 その間に、片手で抱っこしているリードをあやしながらも―――――もう片方の手は外へ通じる扉の方へ。

 

 

 

「……サイレント」

 

 

 

 ああ、聞こえなくなった。

 町の音も何もかも聞こえない。俺の手から出てきた薄い膜があるから、そこを境目として壁になっているんだろう。

 防音壁として、能力が発動したということだろう。

 

 

「……俺は一体何を知ってるんだ?」

 

 

 なんだか懐かしい。

 悪魔の実を食べて出た能力だというのに、昔から使っているような感覚がする。

 

 どういう力なのかも分かる。

 どうやって使えばいいのかも分かる。その使い方のデメリットも分かるんだ。

 

 

 これは悪魔の実を食べたことによる知識なのか?

 なんか違うような……。

 

 

「ふぇぇぇぇっ!!」

 

 

「ああごめん! もう飲んでも大丈夫だから!」

 

 

 本格的に泣き始めたリードをあやしながらも、哺乳瓶を向けてゆっくりと飲ませる。

 いや、ゆっくりなんて速度じゃねえな。一気に減ってる……。

 

 

 

「ごめんな本当に。まだ赤ん坊で、何もできないのに……俺がちゃんと、守ってやるからな」

 

 

「あうー」

 

 

 ミルクを飲んでげっぷをさせ、ご機嫌となったリードの頭を撫でる。

 

 

 ……はやく、この島から去ろう。

 もうこの島は危険だ。手配書に載ってる俺のことを知られたし、あの2人が探してるだろうし。

 

 この島にも船はあるはずだ。

 能力を使ってでもいいから、船に忍び込んでやり過ごして……それで次の島に行こう。

 

 

 

「ん? なんか焦げ臭いような……」

 

 

 

 なんか黒煙が部屋の中に発生しているような……?

 

 ゆっくりと台所全体を見るために振り返る。

 そこはもう火事だった。

 

 というか、火を止めるのを忘れてた……!?

 

 

 

「またやっちまったぁぁ!!!」

 

 

 

 慌てて家から飛び出して逃げる。

 かけて駆けて―――――いろいろと叫びたい衝動を堪える。

 

 ……やっぱり無理! 叫ばなきゃやってらんねえ!!

 

 

 

「ああ畜生! 能力でドジが治ればいいのに!!」

 

 

 

 それが絶対に無理なのは分かってるけどさ!

 ああくそっ! この家の人、いろいろと本当にすいません!!

 

 反省もするし謝罪もするよ! 心の中でさ!!

 

 

 

「よし行くぞ。港の方へ!」

 

 

「だぁ!」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合縁奇縁は意図して起こらず

 

 

 

 

 

 サイレントを駆使して港に停泊していた普通そうな船にこっそり乗り込んだ先――――ちょっとした物置にて数泊したあと。

 

 その船が向かった次の島は、様々な良い匂いで溢れる場所だった。

 リードが一瞬暴れてお腹すいたと叫ぶほどの威力ある町。でも、俺達がいた闇市場のある島よりは活気があるし、子供たちだけで遊びに歩くぐらいには安全ということだろう。

 海賊が堂々と港に停泊しているような感じはないみたいだしな。

 

 ―――――でもまあ、それとこれとは話が別か。

 

 

 

「うーん。そうだなぁ……この金のコインは……換金するとなると30ベリーにも満たないなぁ」

 

 

「…………」

 

 

「あぅー」

 

 

 

 この町にある銀行。その中で一応それぞれ取引をしても顔が見えないような場所を選んだんだが……うん、やっぱり侮られてるよなぁ。

 あの闇市場でもってきた数枚の金コイン。それらはちゃんとした金になることは分かってる。

 

 この金は30ベリーもの価値しかないわけじゃない。というか、そんな小銭ぐらいのコインをあの闇市場で売られるわけないだろう。

 子供だからと格下に見られてるんだ。赤ん坊を連れてるのも原因の一つかもしれない。

 

 

 

「……あのさ、あまり人を見た目で判断するな。嘘をつくならこっちもいろいろと考えがあるんだ」

 

 

 

「っ―――――――!?」

 

 

 

 とっさに能力を発動させて、奴の声を奪う。

 急に声が出せなくなったことに慌てる男を……なるべく悪い顔をしてニヤリと笑ってやる。

 

 

 

「言っておくぞ。このままお兄さんを二度と喋れなくすることだって俺にはできる。何もかもを聞こえなくすることだってできる。そうなるともうここで働くことは出来なくなるなぁ。それでいいなら俺はこのまま去ろうと思うけどさ」

 

 

 わざと、目の前でパチンと指を鳴らす。

 能力を切って男を見た。

 もう俺が化け物に見えて仕方がないのだろう。

 

 男は恐怖で身体を震えさせ、ソファにではなく床に倒れる。

 

 

 

「ぜぇ……はぁ……あ、声が……できる……!?」

 

 

 

「これが最後のチャンスだ。なあ、あんたは今の状態でいるのと……音がなくなるの、どっちがいい?」

 

 

 

 にっこりと笑っただけで、男の顔が真っ青になる。

 それがトドメとなった。

 

 

 

「っっ!! す、すいませんでしたー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全部で合わせて三十万ベリーはなかなか良かったなー。もっと持ってくれば良かったかな」

 

 

「みゃー」

 

 

「子猫みたいな声出すなっての。……そう言えばお前って赤ん坊だけど成長はしてるんだよな?」

 

 

 

 ちゃんと座ることはできるし、離乳食だって食べられる。

 クローンは普通の人間とは違うから年齢がそのままってこともあり得るけれど……でも、ずっと一緒にいるから分かる。ちょっとずつでも成長はしてる。

 

 

 

「なあ、ロナンっていえるか?」

 

 

「あぅー」

 

 

「ローナーンー!」

 

 

「ろぅー!」

 

 

「ローじゃなくて、ロナンだって」

 

 

「ろまー」

 

 

 

 ニコニコと上機嫌に笑いながらもリードは俺に向かって話す。

 その様子に少し癒された。

 

 最近は殺伐としたことが多かったからなー。

 

 

 

「……まあ、こういう時間も大切だよな」

 

 

「ええそうね。赤ん坊が成長する瞬間って言うのはとても貴重な時間よね」

 

 

「ニーン……そういってもよー。俺達が知ってるあいつは元気良すぎの凶暴だったじゃねえか」

 

 

「それは血筋じゃない?」

 

 

「…………うん?」

 

 

 

 なんか聞き慣れた声が背後から聞こえてくるんですが。

 ……見たくない。すごく後ろを見たくない。

 

 

「ろなー」

 

 

「あら、あなたの名前を言ったわよロナン。良かったわね!」

 

 

 

 

 全然よくない! 

 いや良いことだとは思うけど!!?

 

 ギギッと……さびた人形のようにゆっくりと後ろを振り返る。

 そこにいるのはリードと同じく、にっこり笑顔の男女2人。

 

 俺がドジって悪魔の実を食べてしまい、逃げなければと思った人たちだった。

 

 

 

 

「……あはは」

 

 

 

 

 反射的に駆け出して――――――ああぁやっぱり追ってきますよねえ!!?

 

 

 

「止まるだすやん! 別に殺そうとか考えてねえよ!」

 

 

「ええそうよ。私達と遊びましょう!」

 

 

「どんな遊びだよ!? どうせ残虐無慈悲な怖いことすんだろこんちくしょう! あと悪魔の実はもう俺持ってないから! ドジって本当にごめんなさい!!」

 

 

 

「きゃーう!」

 

 

 

 町中を駆ける俺を追いかける2人。

 でも本気で追いかけてないような気がする。ただの子供に本気を出せば追いつかれるのは間違いないというのに、彼らは手加減して走って来てるんだ。

 

 ……つまり、俺の体力が尽きるのを待ってる?

 

 

 

「ドジって転ばないように。ドジって転ばないようにぃっっ!?」

 

 

 

「待てやゴルァ!」

 

 

「逃げんじゃねえぞオラァ!」

 

 

 

 目の前から人の集団が俺達の方向へ向けてやってきているのが見えて驚き、転びそうになった。

 追いかけてるのは俺じゃなくて……それより前を走る男を追いかけているのか?

 いや、考えてる暇はない。

 

 

 このまま足を止めることは出来ない。

 とにかく真正面じゃなくて別の方向……右の路地裏!

 

 って思ってたら追いかけられてる男も俺と同じ方向に逃げただと!?

 

 

 

「邪魔だクソガキ! そこをどけ!」

 

 

「ごめん無理! 俺だって追いかけられてんだよ!」

 

 

「あぶぶー」

 

 

 

 後ろを追いかけている人数が急増して物凄く緊迫感で肌がビリビリと痺れるような感覚に襲われる。

 このままでは追いつかれると思ったのか、何故か俺とリードごと腕で抱え込んだ男が本気を出して走り出す。

 

 助けてくれてる?

 

 

 

「合縁奇縁だ! てめえが誰なのか知ったこっちゃねえが、共に追いかけられる仲なんだし助けてやるよ! まあこの借りは高くつくから覚えとけよ!」

 

 

「え、いやなんでだよ!? あの集団は特に俺と関係ねえと思うんですが!?」

 

 

「降ろすぞクソガキ! 良いから黙ってろ!」

 

 

 

 ……ってか、お前誰だよ!?

 海賊じゃねえよな。海賊じゃねえと思っておくからな!!

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

美食の町 プッチ

 

 

 

 

 

「どうせ暇だ。チビのくせに何で追われてんのか話を聞いてやってもいいぜ」

 

 

「……こんなところで?」

 

 

「あぁ? 当たり前だろうが! 奴らがまた来たらどうする!? こちとらもう一文無しなんだぞ! 奴らに返せるもんなんて何もねえよ!」

 

 

「いや知るかっ!?」

 

 

「あぶー!」

 

 

 

 路地裏からさらに奥に繋がる地下。男が言うにはここは下水道らしい。

 嫌な臭いはしないが、薄暗くて一人でここに居たくないような場所だ。

 

 この男は何故かそこに俺たちを押し込んで、地上にいるであろう追っ手がいなくなるまで待つつもりらしい。

 

 まあ俺だけだとあの2人から逃げ切れる自信はなかったから、逃げるという意味ではこの人に会えてよかった。

 

 何かいろんな奴らに追われてたけど、有名人なのかな。手配書に載ってるとか?

 前世の知識でもあんまり見覚えが……ぼんやり覚えてる程度だから仕方ないけど。

 

 葉巻を咥えてそれに火をつける男が、こちらをじろりと見つめている。

 上が静かになるまで暇なんだろう。俺を追っていたあの2人は……撒いていない可能性があるけれど、そこまで本気で追いかけて来てなかったから、多分大丈夫だと信じたい。

 

 

 

「……なあ、名前聞いてもいいか? 俺は……まあ、チビでいいよ」

 

 

 

「ハンッ。自身を語らず他人に聞くような礼儀知らずの馬鹿に名乗る名はねえよ」

 

 

 

 

 男がつまらなさそうな顔で葉巻を吸って煙を吐く。

 なるべくリードにその空気を吸わせないように煙から遠ざけておきながらも苦笑する。

 

 まあそうだよなー。

 でも俺の名前は手配書に載ってるし、それを名乗ってこの目の前の男に気づかれて襲われるとかになるのも面倒だ。

 

 ロナンは俺の名前だから、今さら変えるつもりはねえし……。

 

 

 

 

「……ロシーって呼んでくれ。それとおじさん、さっきは助けてくれてありがとう」

 

 

「…………はぁ。おじさんじゃねえ、俺はパウリー。ただの船大工だ」

 

 

「だぅー」

 

 

 

 パウリーか。

 聞いたことあるような……ないような感じの名前だ。デジャブか?

 

 

 

「それで、てめえらは何で追いかけられてたんだ。見たところただのガキだろうが。保護者はどうした?」

 

 

「あー……保護者はいない。それと……あいつらに関してはさ、ちょーっと彼らの大事な物をドジって紛失しちゃってな……」

 

 

「だはははっ! なんだそれ。何やらかしたんだお前!」

 

 

 

 冗談だと思ってんのかこの野郎。

 葉巻を落とすほど笑いやがって……サイレント仕掛けて音を消してやろうか。

 

 ――――そういえば、いつの間にか上が静かになったな。

 彼らはもう、諦めたんだろうか。

 

 

 

「パウリーさん。どうせ出会ったのも何かの縁だし……ここから次の島までいく船ってないかな?」

 

 

「船だぁ?」

 

 

「ああうん。あいつらが来てるんなら……残念だけど、ここに留まってる必要はないだろうし」

 

 

「そうだな。俺もザンバイ共に用があっただけですぐ帰るつもりだった。……だがなチビ助、てめえはこの島が初めてなんだろ? それですぐ次の島に行くってのは、もったいねえと思わねえか。なぁ?」

 

 

 

 急に乱暴に頭を撫でてくるパウリーが俺のリュックを持って立ち上がる。

 

 

 

「ちょっ、それ俺の!」

 

 

「ああ、持ってやってるだけだ。ガキは黙って俺について来い」

 

 

「意味わかんねーよ!」

 

 

「ここは美食の町プッチ。美味い飯屋はたくさんあるが――――赤ん坊やガキも気に入るような場所は限られてるんでね。そこに連れてってやる」

 

 

 

「いや何で……」

 

 

 

 警戒するようなことじゃない。

 俺を誰なのか知らないのは態度で明らかだし、ただ追われた先で出会っただけの縁だというのによくわからないことを言う。

 

 いや、もしかしたら……これが追われた時に助けた借りを返せってことかな。

 俺らに飯を食べさせることが?

 それはあり得ないだろ。俺達に利益があってパウリーには何もないというのに。

 

 ……でも、本気でそう思っているような表情だ。

 また追いかけられたらこの人に助けてもらおう。

 俺の悪魔の実の力は音をかき消すだけで強くもなんともないしな。ドジって捕まったら目も当てられねえ。

 

 でもそんな俺の思惑を気にしちゃいないのだろう。

 俺を子ども扱いして、リードの頭も少し優しげに撫でてくる。

 

 

 

「次の島に行きたいんだろう。だが何処でも良いってんなら俺の故郷へ連れてってやる。出発するまで時間はかかるんでな、その間は俺と飯でも食いに行こうぜ」

 

 

「……パウリーさんって一文無しじゃねえの?」

 

 

「……………ツケでもいける店がある」

 

 

 

「………そっか、分かった」

 

 

 

 まあ、逃げるだけも疲れるよな。

 楽しむことも必要かな。

 

 

 

「ろなぁー」

 

 

「……うん、美味しいのあったらいいな」

 

 

「だぅー!」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドジは不意に起こるもの

 

 

 

 

「ここが美味い飯屋だ、ロシー」

 

 

「…………」

 

 

「あぶぶぶっ!!!」

 

 

「おいロシー! ……チビ助!!」

 

 

 

 

 近くで言われて気が付く。

 そういえば俺、ロナンの名前だと手配書と同じだからとっさに偽名を使ったんだったな。

 ロシーの名前でも反応しないと駄目だ。気を付けよう。

 

 

 

 

「……えっと、うん。リードが凄くはしゃいでるから美味しそうなのは分かるぜ。それに良い匂いもする」

 

 

「ふんっ、そりゃあそうだ。この飯屋は赤ん坊から老人。はたまた別種族の生き物も頬を思わず落とすと言える飯が出る! 何よりツケで払えるし最高の店だここは!!」

 

 

 

 ツケで支払える店を第一優先で選んだのかこの人は……。

 ご馳走になれるならぜひなりたいけどさ。

 金はあるけどこれから先やっていくなら凄く足りないし、他の人の好意に遠慮してたら生きていけないのが現状。

 

 ……それにこのパウリーさん、悪い人に見えないんだよなぁ。

 何でほとんど知り合いにも満たない出会ったばっかの俺達を甘やかしてくれるんだか。

 

 

 店の中に入って、パウリーさんが注文したものを待つ。

 ツケを溜めているのか、いろいろと店側のスタッフに話しかけられたり怒られたりとかなり騒がしい。まあすぐにそれらの騒動は終わってゆっくり待ってたが……。

 

 しばらくしていろんな料理が来るが、それらを差し出すパウリーさんに疑念は晴れない。

 もしも、俺の直感が正しくなくて罠で俺を捕まえるためだったら……いや、それだと最初に出会った時から仕組まれたことになる。あんな偶然はあり得ないから違う。

 

 

 

「食ってみろ。美味いぞ」

 

 

「……うん」

 

 

「だぶー!」

 

 

 美食の町と人々から称賛されるほどの料理だと納得できるほどの美味さが口から脳へ伝わっていく。思わずまた一口、二口と食事が進む。

 

 

「お客様。こちら赤子用のミルクとなります」

 

 

「あ、ああ……ありがとう……」

 

 

「みぅー!!!」

 

 

「分かってるって。ちょっと待て!」

 

 

 

 リードもお腹が空いているのだろう。

 ごくごくと勢いよくミルクを飲んでいくリードに苦笑する。まあ俺もさっきまで勢いよく食べまくってたから同じことか。

 生まれて初めて美味い食べ物を味わったと思う。

 

 ……これがもう二度と食べられなくなるかもしれない。

 そう思うと少し惜しくなるんだよな。

 

 

「……なあ、何で俺達に料理を奢ってくれたんだ?」

 

 

「あぁ?」

 

 

「金がないんだろう。なのに俺達に美食の町特有の美味さを知ってほしいからって……。パウリーさん、アンタが得することは何もないのに、何で俺達に優しくしてくれるんだ?」

 

 

「あぁ……まあ、そうだな……」

 

 

 

 パウリーが照れくさそうに葉巻に火をつけてそれを吸う。

 ゆっくりと煙を味わいながらも、どう俺に言おうか悩んでいるような顔をしているのが見える。

 

 やがてミルクを飲み終わったリードをげっぷさせて落ち着かせるまでの間、静かに彼が言葉を紡ぐのを待つ。

 

 

「……一言で言うならただの自己満足だ」

 

 

「自己……満足って?」

 

 

「ロシー。お前の抱いてる赤ん坊が……以前知り合った奴に似ているような気がした。そして美食の町の匂いに大騒ぎする腹ペコな赤ん坊と、何もかもを我慢してそうなガキに美味い料理を食わせてやりたいと思えた。それだけだ」

 

 

 

 うーんと。

 つまり、俺達に飯を奢ってくれたのは、すべてパウリーさんの善意でやったことだったってわけなのか。

 

 

 

 

「……なあ、リードに似てる奴って誰なんだ? そんなに似てるのか?」

 

 

「……赤ん坊が誰に似てるかは俺に区別つかねえよ。雰囲気と直感で判断しただけだ!」

 

 

「誰に?」

 

 

「以前いろいろと大暴れしてはあっという間に消えていった、麦わらの野郎に似てただけだ」

 

 

 

 麦わらと言われて驚く。

 

 麦わらの一味―――――その船長のルフィ。

 パウリーの言動から彼に会ったことがあるようだ。そうすると俺が感じたデジャブはたぶん、前世での知識をぼんやりと思い出した結果ってことなのかな。

 

 でも一番の重要な問題は誰が誰に似ているということ。

 俺はオリジナルがはっきりしてるから分かる。でもリードはまだ分かってない。黒髪と刺青が特徴的な子供というだけしか分からない。

 

 リードの顔を見るが……そのルフィに似てる……のだろうか?

 いや似てないような気がするんだけど……?

 

 ……そういえば麦わらってどんな顔してたっけ。

 えっと、直接会えば分かると思うけど……頬に傷があって、よく笑うゴム人間……これじゃあ分かりにくいか。

 

 

 

「おい、いいのか?」

 

 

「え?」

 

 

「せっかくの飯が冷めちまうぞ。ボーっとしてないで食ってその味に感動しやがれ」

 

 

「……うん」

 

 

 テーブルにはまだまだ料理がたくさん並んでいる。まるで満漢全席のように大量だ。

 大きめの皿に積まれた大量の肉と野菜。魚料理もあるし、米類にデザートだってある。

 

 

 

「……いただきます」

 

 

 もう一度両手を合わせてゆっくりと味を噛み締める。

 料理を食べながら、別のことを考える余裕なんてなかった。

 

 ただ、不安しかないんだ。

 

 答えはまだ出ていない。

 この先の目的も分からず、ただとにかく逃げ回るのみ。

 

 

 ……このままでいいのだろうか。

 海軍や海賊に見つからず、他の人たちにも手配書のロナンだと知られないようにして生きていく生活ができるだろうか。

 リードを守りながら逃げていくことはできるだろうか。

 

 

 ―――――なんか俺、不安になってるのかな。

 美味い料理を食べて気が抜けているのかもしれない。

 

 

 

「口に食べかすついてるわよ」

 

 

「んぐ……あ、ありがとう」

 

 

 

 白くて清潔あるハンカチで食べかすの肉を取ってくれる女に礼を言って―――――――

 

 

 

「…………………ん?」

 

 

「どうしたのよ、ロナン?」

 

 

「あぅー!」

 

 

「流石は美食の町! 美味い物が多いですやん!!」

 

 

 

 

 あれー。えー……

 何でこいつら平然と俺らのテーブル席に座ってんの!?

 

 

 

 

 

「あっ! てめえらあの路地裏にいたっっ!!? っておい待て女お前なんつーハレンチな服着てんだアホかっ!!?」

 

 

「はぁ? これぐらいの露出度は普通でしょう?」

 

 

「んなわけあるか! 頼むから普通の服着てくれハレンチな!!」

 

 

「なっ……あ、あなた……私が必要なの!?」

 

 

「はぁ? 何言ってんだ!?」

 

 

「分かったわ。あなたが望む通り、普通の服を着るわね!」

 

 

「いや待て、まず俺の話を聞けハレンチ女! 長ズボンを着るのは賛成だがな!!」

 

 

「分かったわ!」

 

 

 

 片方では女とパウリーがいろいろとちぐはぐな会話をしているのが見える。

 そしてもう片方は、肉を食ってる男が俺の腕の中にいる赤ん坊に見せつけながら笑う。

 

 

 

「うめーなこの肉。そう思わねえかチビ!」

 

 

「だぶぶー!!」

 

 

「ニーン。そうだなー。おめーまだ食えねえんだなー。こんなにうめえのに残念だなー!」

 

 

「みゃーー!!!!」

 

 

「お、落ち着けってリード。お前もうミルク飲んだばっかだろうが。あとお前も……あんまりリードに見せつけながら食べないでくれよ」

 

 

「んにー。面白かったからついなー」

 

 

 

 

 なんだこれ、カオスか?

 いや、シュールだなこの光景……。

 

 それに、美味い飯を食ってるだけの2人にあの時の恐怖心が湧かない。

 パウリーがいるからだろうか。それともパウリーと女がいまだに騒がしく会話をし、男が食べ物に夢中になっているからだろうか。

 

 

 

 

「……おいロシー! こいつらお前を追ってた奴だろ!? 一緒にいても大丈夫なのか!?」

 

 

「殺されそうになったら頼みますパウリーさん!」

 

 

「他人事かこの野郎!!」

 

 

 

 葉巻を口から落とすほどの怒声を上げたパウリー。

 その騒がしさに店のスタッフが嫌そうな顔をする。他の客もチラチラとこちらを見ているので、そろそろ騒ぐのを止めた方が良いかもしれない。

 

 殺し合いがマジで起きたら出禁になりそうだ。

 

 

 それで済めばいいんだけどさ。

 

 

 

 

「ちょっと待ちなさい。誰が殺すって言うのよ」

 

 

「はい?」

 

 

 

 男女が俺達の会話を聞いて首を傾けた。

 

 

「言ったじゃない。私達は殺さないわ。遊ぶだけよ」

 

 

「そう言っただすやん?」

 

 

「追いかけっこは楽しかったでしょう。次は何をしましょうか」

 

 

 

 えーちょっと待って!?

 何でそう言う話になってんの!?

 

 

 

 

「悪魔の実とかは……」

 

 

「もういいのよ」

 

 

「おう、目的はもう違うからなー」

 

 

 

 つまり、他の目的が出来たってこと?

 それとも、あいつが何か指示をし……だからあいつって誰だよ!

 ああくそ! 冷静にならなきゃ駄目だ俺!!

 

 ……落ち着け。こいつらが殺気立たないんなら、少しは逃亡生活も安心してできる可能性が高くなる。大丈夫だ。さっきのカオスな光景は平穏そのものだった。

 

 だから平気なはず……。

 

 

 

「ってかおめー聞きてえことあるんだがいいか?」

 

 

「はい?」

 

 

「そっちのあなたもよ」

 

 

「あ? 何だハレンチ女」

 

 

「あぅー」

 

 

 

 リードはともかく、俺とパウリーを見た男女が真剣な表情で言う。

 

 

 

「あなた今、ロシーって言わなかった? そう呼んでくれってロナンから言われたの?」

 

 

「あ、ああ。そうだが」

 

 

「……そう」

 

 

 

 

 あれ。待って。

 俺もしかしてドジった? またやっちまった?

 

 とっさに偽名的な意味でロシーって呼んでくれって言ったけどさ。

 手配書の名前を知られるわけにはいかないからそう名乗ったんだけど……あれ?

 

 

 

 

「おいロナン。おめー……『ロシナンテ』もしくは『コラソン』に聞き覚えはあるか? もしもあるなら、そいつとどんな関係だ」

 

 

 

「……………さ、さあ?」

 

 

 

 

 ――――――まさかの俺、ドジってたぁぁぁ!!!?

 

 

 ってかロシーってオリジナルのあだ名かよ!

 とっさに名乗っただけで俺知らねえよ畜生がっ!!

 あとコラソンってなんだよそれもオリジナルのあだ名なのか!!?

 

 

「ロナン?」

 

 

「おい、ロナン。さっさと答えろ」

 

 

 

 

 ……さて、どうしよう。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

すれ違いに勘違いのフレーバーを混ぜ込んで

 

 

「ええっと……俺のことについてはほら、たぶん知ってる人は知ってるだろうから、自分で情報を集めてくれないか? そ、そうすれば分かるはず……だから……」

 

 

「知ってる人って例えば?」

 

 

「……さ、さぁ」

 

 

 

 言い訳のようなたどたどしい言葉に、やはりと思える直感が働いたのをベビー5は感じていた。

 おそらく、彼はあの『コラさん』であってそうでないのだろう。

 

 バッファローも理解していた。彼の中にいる何かを。

 

 まだ確実とは言えない。

 けれど彼があのコラさんの何かなのは分かるから。

 

 若様が話してくれないのは、知らなくても問題はないと判断されているだけのこと。

 それはすなわち、『知りたいのなら好きにしろ』と遠回しに言ってくれているようなものだ。

 

 若様が自分たちに知らせたくないのなら調べるつもりはないが、そうじゃないのなら知りたい。

 若様が話した、ローの切り札となるこの少年を。

 

 

 見た目が少年だったとしても、中身があの時のままならば――――――――。

 

 

 

(ううん、そうじゃないのね)

 

 

 

 中身が同じなら私たちに近づくヘマはしないはず。

 いくら彼がドジだからって、私たちと一時でも行動して、決定的ともいえるあの悪魔の実を食べるようなことはないはず……。

 

 そんなことは……ない……はず?

 

 

 ベビー5は思わずバッファローの顔を見る。

 

 長年の幼馴染だ、何が言いたいのかすぐに理解してくれたと分かった。

 バッファローもまた、同じように考えていたのだから。

 

 

 ――――あのコラさんのドジは致命的なものが多い。

 それで、うっかり自分たちと接触して、やらかしているのならば。

 

 

 

「……ロナン、あなたにたくさん聞きたいことがあるわ」

 

 

「お、俺は……話すようなことなんて何もない」

 

 

「本当に?」

 

 

 じっとロナンの顔を見つめていると、彼は居心地悪く視線を顔ごと逸らす。

 その反応こそ、決定的なような気がした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 あーっっ!!

 

 コレマジでどう説明したらいいんだよ!?

 俺のオリジナルであるロシナンテ。そのクローンを作ろうとした海賊の仲間の可能性が高いよなこいつら!?

 『ロシナンテ』もしくは『コラソン』と言われてちょっとだけ聞き覚えある感じが身体の中からしたんだもの!

 

 さっきは反応できなかったけど、追及を受けているうちにじわじわとこいつらの言葉が本当だと分かってきた。ロシナンテが『コラソン』と呼ばれていると理解できた!

 

 どうしよう。どう説明したらいい?

 俺は捕まりたくない。このままこいつらと一緒に行くことは出来ない。

 俺がロシナンテのクローンだって知られたら……なんか大変なことになるんだって本能が警報を鳴らしてんだ。だから言えない。話せない。

 

 むしろ自分で調べて来いよ!

 そしたら俺が堂々と逃げてやるからさ!

 

 

 

 

「……あーっと。俺はいない方がいいか?」

 

 

「あぅー!」

 

 

 

 部外者であるパウリーさんが急に席を立とうとしたので慌てて首を何度も横に振る。

 それに苦笑し、吸っていた葉巻を灰皿に入れて――――――それでも立ち上がってくる。

 

 

 

 

「このままじゃ店の迷惑になる。会計に行ってくるから待ってろ」

 

 

「おっと待ったパウリーさん! どうせツケ払いなんだろ!? 俺からも説明しにいくから一緒に行くよ!」

 

 

「うるせー! ツケ払いとか格好悪いこと叫ぶな!」

 

 

「本当にツケ払いのくせによく言う……」

 

 

「あぁ? 置いてくぞクソガキ!」

 

 

「ごめんなさい一緒に行きます!」

 

 

 

 

 会計はこのテーブルから見えない位置にある場所――――――幸運にも出入り口に一番近いところにある。

 そこまで行って、パウリーさんがスタッフに話そうとした腕を引っ張って、彼の耳に口を近づけた。

 

 

 

 

「おいなんだよロシー……」

 

 

「パウリーさん、ここから逃げよう」

 

 

「あぁ?」

 

 

「会計なら迷惑料として彼らが払ってくれるよ。それよりも早くここから逃げよう!」

 

 

「……逃げ切れると思ってんのか?」

 

 

 

 

 ――――――あいつら、半端なく強いだろ。

 

 いつになく真剣な顔で言うパウリーさんは冗談を口にしているわけじゃない。

 店で話しているうちに彼らの戦闘力を感じ取って、逃げ切れるようには思えないと理解できたんだろう。

 

 でも、俺は……。

 

 

 

 

「たぶん……逃げても大丈夫、だと思う」

 

 

「根拠は?」

 

 

「なんとなく」

 

 

 

 彼らはまだ俺がロシナンテのクローンだと察しているわけじゃない。

 ただ疑問に感じ取っているだけだ。

 だから今のうちに逃げておく。

 

 その後追いつかれたとしても……まあ、なんとかする。

 でも今ならば逃げ切れるだろう。

 彼らなら、確実にロシナンテのクローンだと証拠がなければ動かない……と思いたい。

 

 なんか考えてるうちに無理な気がしてきたな……ああくそ!

 

 

 

 

「もういいから逃げようぜ! どうせお金ないんだろ!? 彼らにご馳走になってもらおう!」

 

 

「金がねぇわけじゃねえよこの野郎!」

 

 

「いやツッコむとこそっち!?」

 

 

「いや……ああ分かった。お前がそう言うならそうしよう。次の島に行こうとしたお前らを引き止めてここまで連れてきた責任があるしな」

 

 

 

 ようやく頷いてくれたパウリーさんが、店のスタッフにいろいろと口添えをしてから外へ出る。

 ここの金は払ってもらえてラッキーと思っているのだろうか。ちょっとだけ笑みを浮かべて葉巻を口に咥え、火をつけて煙を吸う。

 

 

 

「事情はいろいろとあるみてえだが……海列車は珍しい乗り物だ。それぐらいは堪能しろよクソガキ」

 

 

「まあ、なるべくそうするよ」

 

 

 

 とにかく今は彼らから離れていろいろと考えておきたいんだ。

 

 

 

 

 






 店から出て行く気配が3つ。
 それはもちろん、先程まで見知った人の気配だった。

 いや、ロナンがリュックを持ってパウリーと一緒に離れた時点でおかしいと思えた。
 そして想像通りに行動した彼らに小さく笑う。



「逃げられたなー」


「逃げられたわね」



 これで決定的になった。
 ロナンはロシナンテに繋がる何かを隠し持っている。
 血縁者か、隠し子か。
 ――――――それともロシナンテ本人が実は悪魔の実の何かによって子供に戻ったか。


 年齢を変えることができる悪魔の実は確かに存在する。
 だがしかし、それでもなお疑問に感じることはたくさんある。

 若様が所望していた『ナギナギの実』がアルメリア国家の宝物庫に隠していたのは確かだ。
 あのロシナンテが食べた悪魔の実もそれだというのは聞いた。
 生きながらえていたのなら、あのナギナギの実はないはず。

 だから生き残っていることはありえない。
 でもロナンとして興味がなかった頃よりも、わけありの子供をこの店でよく見れば、ロシナンテ本人のような懐かしい気配がしたということが疑問点だった。

 小さい子供なのに、コラさんみたいだった。


 ――――あのコラさんならば、何かしらドジってやらかしているのはあり得る。


 食べて能力者となったはずだったが、ドジって悪魔の実を身体から分離した結果があれとか。
 現実的じゃないのに何故かあり得ると思えてしまう。


 ――――――でも、確実な情報を得られなければならない。
 彼がロシナンテの何なのかを知らないといけない。


「調べるだすやん。どうせ闇市場でも得られる情報なんだ。すぐに分かる」


「ええそうね」


 情報を得て、ロシナンテのことを知ることが出来たなら……。
 その時は、彼といっぱい仲良くしてやろう。
 ローの目の前で彼を見せてドヤ顔で自慢してやろう。

 ローがファミリーから戻らない間に、自分たちは彼と仲良くなったんだぞって言って鼻で笑ってやろう。
 そうしたら、彼はまた戻って来るかもしれないから。
 ローが戻って来なくても、ロナンをファミリーの一員にして昔のように楽しくしたいから。


 若様だって、もう二度と裏切らないように何かしらの手を考えているはずだから。


 彼を殺すなと言った。
 自由にさせてやれと言った。

 それはなんとなく、あの時ロシナンテがローを連れて何処かへ行った半年間のように、不穏な何かを感じたのが原因かもしれない。

 不安だった。
 ロナンがファミリーの一員になったらすぐ裏切るかもしれないというのが。

 そうしないように、手を打たないといけない。



「……沢山たくさん、遊びましょう」



  ――――――それが、若様からのご命令ですもの。


 そういったベビー5に、バッファローも頷いた。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それはある意味フラグという




 ―――――夢を見る。

 ただ、助けたいと願った人がいた。
 咄嗟だった。ただやらなければと身体が動いた。

 それでどんな結果になろうとも後悔はない。

 生きろ。ただ悔いのないように、生きてくれ。
 そう願って、死んでいった男がいた。


 それが誰なのかは、彼は知らない。






 

 

 

 

 海列車のステーションは、前世で見た駅と似たような感じに見える。

 ただ違うのは、線路に海水があるということだろうか。

 ぼんやりと線路が浮かんでいるのが見えるが……もしかして海底に基盤となる柱で支えて作られてるのか? それとも線路がしっかりと浮かんでる……?

 

 

「あうー」

 

 

「凄いな。こんなの生まれて初めて見たな」

 

 

「なー?」

 

 

 

 そういえばリードも最近は言葉を少しだが話せるようになってきた……ような気がする。

 まあ、たまに「にゃー」とか猫みたいな声を出すこともあるけど。

 

 

 

「おーい、あまり線路を覗き込むと落っこちてあぶねーぞ」

 

 

「うわっ!!?」

 

 

 

「―――――って言ってる傍から落ちてんじゃねー!!!」

 

 

 

 うぐぐ……とっさにリードを庇って身体を無理やり横に捻ったから肩が痛い……。

 それに海水が身体について……なんか身体が怠い気がする……うぁー……。

 

 

 

「ったく! おら、手だけでも伸ばせ!」

 

 

「……はい」

 

 

 

 怠い身体を無理やり動かし、手を伸ばしてパウリーに引き上げてもらう。

 ホームに上がって、ゆっくりと息を吐く。

 

 

 

「……ごめん、ありがとうパウリーさん」

 

 

「いいや気にすんな。むしろ電車が来る直前に落ちてなくて良かったな」

 

 

「ゾッとするようなこと言うの止めてくれないか! それフラグって言うの!」

 

 

「ああん? 言っただけじゃねえか!」

 

 

「言うだけでもやめろ! 俺のドジを舐めるなよ! 下手したら致命傷だからな! ドジって海に落ちる可能性だってあるからな! その時は助けろよお願いします!!」

 

 

「上から目線で頼むんじゃねー!」

 

 

 

 でも助けてくれそうだから助かりますパウリーさん。本当にマジで頼みますパウリーさん!

 

 ああでも、ホームにいてようやく楽になった気がする。怠さも消えた感じかな。濡れてるのが気になるだけだな。

 あーでもあぶねー。マジで能力者に海はヤバいなこれ……。

 

 いや危なかった……。

 というか、ホームの端っこが濡れてるのが悪いんだ。まさかずるっと滑るとは思わなかったしな……。

 

 

 

 

「海は怖いな」

 

 

「うみゃー」

 

 

「うみゃーじゃなくて、海な」

 

 

「うーみゃー!」

 

 

「うーみゃーじゃねえよ可愛いこと言うなって」

 

 

「親馬鹿かロシー。いや兄馬鹿だな」

 

 

「うるせー」

 

 

 

 両手を伸ばして笑顔で「うみゃー」とか言ってくるこいつが悪い。

 向日葵みたいな笑顔を見てみろ。ずっと一緒にいてこいつの成長を実感してみろ。

 マジで親の気持ちになって泣けてくるんだからな。

 

 ――――――だから常々思う。

 ゆっくり成長して、ちゃんと大きくなるんだぞ。

 

 

 

「……そろそろ来たみたいだな」

 

 

「え?」

 

 

 

 パウリーが見ている方向へ顔を向けると、確かに線路の彼方から海列車らしきものが見えてくる。

 蒸気がもくもくと立ち上り、とても大きな音を鳴らしながらこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

 

 

 

 

「おら、俺の後ろに居ろ。絶対に線路から顔を出そうとするなよ。俺の前に立つのも駄目だ」

 

 

 

「……うぃっす」

 

 

「うー」

 

 

 

 先程言った言葉がフラグにならないようにしてくれているのだろう。

 葉巻の特徴的な匂いがするが、まあ文句はない。

 

 リードも列車の音に興奮して両手を上げて喜んでいるぐらいだ。

 

 

 

「行くぞ、ブルーステーションへ」

 

 

「……おう」

 

 

 次の島はどんなのだろうか。

 いろいろとあったせいでパウリーから話は聞いてないから、駅名であるブルーステーション。そしてウォーターセブンという島がどんなものなのか俺は知らない。

 ウォーターと聞くと水を連想するが……もしかして水が産地の国なんだろうか?

 

 

 とりあえず海水とはもうおさらばしたいな。

 線路に落ちただけで怠くなったんだ。能力者として落ちないよう気を付けないとな。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フラグというのは常に転がっている



 ―――――夢を見る。

 大好きだった人を目の前で失った夢を見る。
 後悔した。止められない弱い自分を憎んだ。

 だがそれでも世界は何も変わらない。

 強くならないと意味がない。
 そうしないと、守れないと気付く男がいた。

 その夢を、彼はただの夢だと錯覚していた。




 

 

 

 ウォーターセブンという島は、ほとんど海水が町に浸かっていて能力者の俺にとって凄く不便な町だった。

 といっても、陸地もあるし、水辺を渡るためのヤガラブルもいる。

 

 それになにより、寝食付きで働ける場所がある。

 まあ働けることができたのはパウリーの紹介があったからなんだけどさ。

 

 だからこそ、こうして平和に暮らしていける時間が何より大事だと思うんだ。

 

 

 

「ロシー! そろそろ買い出し行ってきてほしいわいな!」

 

 

「わかったー!」

 

 

 

 俺が働くモズとキウイの酒場から裏口に入り、ヤガラがある場所へ向かう。

 リードを抱っこひもで結んでいるのでいつもの買い出し用の鞄に金を入れてっと……。

 

 

 

「じゃあ頼んだぜ。ヤーくん」

 

 

「ニーッ!」

 

 

「にぅー!」

 

 

 

 ヤガラブルのヤーくんの荷台。

 その後ろ側はモズとキウイの発案によって作られたベビーチェアとなっているため、そこにリードを座らせる。

 ついでに前の荷台に鞄を置いて、落とさないようにしておく。

 

 ……ってか、なんかリードの奴いつもよりはしゃいでんな。

 ご機嫌なのはいいことだけど、なんかやったっけ?

 

 

 

 

「ろなー!」

 

 

「ハイハイ。ほら、大人しく座ってろよ。海にでも落ちたらっっ――――――んのっ!!?」

 

 

 

 

 不意にずるっと足が滑って陸地から水路へドボンと落ちる。

 息が苦しい……身体が……

 

 力がぬけるぅ……!

 

 

 

「ニーっ!」

 

 

「ぶはっ!?」

 

 

 

 ――――――何かに背中を引っ張られ、陸地へ戻される。

 何かと思ったら、ヤーくんが顔だけ水路に突っ込み、俺の背中の服を口に咥えて助けてくれたみたいだ。

 

 

 

「あ、ありがとうヤーくん……マジでいつもありがとう……」

 

 

「ニー」

 

 

 

 ヤーくんがやれやれとでもいうかのような顔で呆れている。

 まあヤーくんと買い出しとなるといつも落ちてたからな……さすがに救出するのも慣れるよな……。

 そんな俺のドジッぷりを見てモズとキウイが赤ん坊が水路に落ちないようにとベビーチェアを用意してくれたぐらいだから……はぁ。

 

 

 

「びちょー!」

 

 

「ああ、びっしょびしょだな……まあいつものことだし。そろそろ行くかな」

 

 

「いう!」

 

 

「いう。じゃなくて『行く』だろ?」

 

 

「いーきゅー!」

 

 

「……まあいっか。じゃあ頼むぞヤーくん、いつもの商店街へ!」

 

 

「ニー!」

 

 

 

 

 前へと動き出し、そのまま商店街へ進む。

 落ちないようにしながら……リードのはしゃぐ声に後ろを振り返りながらも。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「おいモズ! キウイ!」

 

 

 酒場から現れたのはいつもの常連客。

 昼間でも酒場は開店しているため、手を動かしながらも出入り口付近に現れた男――――パウリーを見る。

 

 

 

「なんだわいな」

 

 

「どうしたんだわいな?」

 

 

「おい! あのガキ……ロシーはどうした!?」

 

 

 店の中を遠慮なく隅々まで見てロシー……いや、ロナンを探すパウリーに2人は首を傾けた。

 

 

「ロシーなら買い出しに―――――――――」

 

 

「なんだと!? いつもの商店街かっ!?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 

 慌てている態度のパウリーに怪訝そうな顔を向ける2人。

 何かロシーがドジってやらかしたんだろうか?

 

 ロシーのドジはもはや呪いか何かと思えるほどに日常茶飯事で行われるものだ。

 客たちもそんなロシーのドジに慣れ、酒の肴として楽しむような珍客までいるほどに騒がしい少年。そしてよく腹減ったー! というかのように騒ぐ赤ん坊のリードもそこに追加されている。

 

 そんな少年たちを探しているパウリーに、モズたちは疑問しか浮かばない。

 

 

 

「一体どうしたんだわいな?」

 

 

「海軍が来てんだ! それもかなり厄介そうな奴らがな!」

 

 

「なっ……!?」

 

 

 

 モズとキウイは絶句した。

 そしてパウリーが慌てている理由を理解した。

 

 ロシーの本名『ロナン』は、手配書で珍しく生け捕りのみと記された人物。

 犯罪を犯したわけじゃない。だが何かしらわけありの少年と赤子に、かつて共に過ごした兄貴のように何も聞かずに傍に置いておくことを決めたのは何時だったか。

 

 パウリー達もロシーが手配書の人物だということは知っている。

 だからこそ、海軍は駄目だ。

 捕まってしまう恐れがあるから、危険だ。

 

 

 ロシーはそれを察して隠れるかもしれないが―――――あのドジさ加減でやらかす恐れがあった。

 それを彼らは心配していた。

 

 

 

「商店街っていったな!? 俺はそっちに向かうから……お前ら、あいつが帰ってきたら教えてくれ!」

 

 

「わ、分かったわいな!」

 

 

「そっちも……もしも見つけたら教えてほしいわいな!」

 

 

「ああ!」

 

 

 

 パウリーは駆けていく。

 商店街へ目指して、走る。

 

 

 

「無事でいてくれよ……!!」

 

 

 

 

 思わず呟いたパウリーの言葉。

 ―――――――世間ではそれを『フラグ』というのだが、パウリーは全く無自覚にフラグを立て、ただ無事を願って駆けていった。

 

 

 

 

 

 






 その海軍は、ある海賊たちとの戦いによって船を大破させていた。
 船大工はいるが、それはほぼ船としての原型がなくなっているんじゃないかと思えるほどの惨状。

 新しく船を作り上げた方が良いとのことで彼らはいた。


「何で儂のせいになるんじゃ……センゴクの奴め……」



 その男が目指す先は――――――――




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突発的な暴風雨に注意

 

 

 

 

「買い出しはっと……えっと、水水肉に、水水野菜……それと雑多なものか。とりあえず近場の……いや、商店街よりちょっと裏の雑貨屋にでもいくかな。おしぼりと割り箸と……まあいろいろと買うものあるし」

 

 

「ニー!」

 

 

 

 買い物リストを眺めてヤーくんに指示を出す。

 俺が歩けばたぶん水路に落ちるから、なるべくヤガラ移動で行ける範囲の店へ。

 水路でも買える店は多いし、そこら辺を重宝するんだが……。

 

 雑貨屋は大きい店だと陸地の方にあるんだよなー。しかも大きい方だと賑やかな商店街より裏の方。人があまり来ない場所にあるから不思議だ。

 それでちゃんと店としてやっていけるのは……たぶん、あそこが一番品ぞろえが良いからだろう。

 

 だから落ちる危険性と荷物が駄目になる可能性を考慮して先に買っておこう。

 

 

 

 着いた先の陸に入ってっと……っ!

 

 

 

 

「ニー」

 

 

「ご、ごめん。ありがとう……」

 

 

「ニィー!」

 

 

 

 またしても水路に落ちそうになった俺を助けるヤーくんに小さくため息をつく。

 

 ……ああまったく、俺のドジは何時になったら治るんだろうか。

 ドジを治す薬とかってあるのかな。そういうのあったら使いたい。

 

 

「……早く終わらせて店に帰ろう」

 

 

 落ちる危険性を避けるためにもそうしよう。

 

 陸地から水路に落ちないよう注意しながらも、ベビーチェアに固定し座っているリードの頭を撫で、ヤーくんの首元を触ってから雑貨屋の方へ行く。

 ヤーくんは頭がいいし、リードは……まあ、やんちゃだけど大丈夫。

 それにただ買って戻るだけだ。数時間もかからないだろう。

 

 

 

 

「……すぐ帰って来るから待っててくれ」

 

 

「ニー!」

 

 

「あうー!」

 

 

 

 元気のいい返事に笑いながらも、店の中へ入った。

 さて、ここで買う物はっと……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「なんじゃいなんじゃい! あれは儂のせいじゃないじゃろうに!」

 

 

 鼻息荒く陸地を闊歩する正義の文字入りコートを背に羽織る老人がいた。

 彼がやらかしたのは、海軍の軍艦を一部大破させてしまったということ。

 略奪を行う海賊を偶然発見し久々に戦っただけで大破した船に文句を言っているのだ。

 

 それによりいろいろと怒られ説教され、そしてふてくされて散歩をしている真っ最中。

 

 

 

「……うむ?」

 

 

 

 ―――――その散歩の先で見つけたのは、ヤガラの荷台に乗った一人の赤ん坊だった。

 

 あの黒髪。そして何より面影のある顔。

 それが誰なのかを、老人は見ただけで理解した。

 そしてその直感がちゃんと合っているのだと分かっていた。

 

 

 

「ふぇ……」

 

 

 

 見覚えのある赤ん坊が、老人を見た瞬間に瞳を潤ませる。

 

 いや、潤ませるというよりも嫌そうな顔をしていると言った方がいいかもしれない。

 

 

 

 

「ふぇぇぇ!!」

 

 

 

「なんじゃい。儂の顔を見て泣くとは……いや、まさか。覚えておるのか?」

 

 

 

 

 神妙な顔の老人に対して、赤ん坊は泣いている以外の反応を示さない。

 そして不幸にも赤ん坊の泣き声に気づくのは、慌てた様子のヤガラか、近づいてくる老人のみ。

 それ以外は誰もいない。

 

 商店街の裏に位置するこの場所だからこそ、助けとなる者はいなかった。

 

 

 

「やぁぁぁ!!」

 

 

「嫌とはなんじゃい! じいちゃんにその態度はいかんぞ!!」

 

 

「びぁぁぁっ!!」

 

 

 

「ニ、ニーっ!」

 

 

 ベビーチェアから固定されていたベルトを外し、勝手に赤ん坊を抱き上げる老人にヤガラのヤーは慌てる。

 その老人の腕に噛みついて赤ん坊を離せという態度で応戦する。

 

 ――――――だが、そんなヤガラの攻撃を攻撃と感じる老人ではない。

 

 

 

「なにすんじゃい!」

 

 

「ニッッ!!?」

 

 

 

 ヤガラの頭上にげんこつが降り注ぎ、その威力に耐えられるわけもなく気絶してしまった。

 あたりに残るのは異様な空気のみ。

 

 もう赤ん坊の泣き声しか響いていない。

 

 赤ん坊さえ、老人に抱き上げられるのを嫌がるかのように両手両足を伸ばして抵抗している。

 それを老人はあまり気にせず、ただひたすら歩き出した。

 

 

 

「ようやく見つけたんじゃ。海兵としてちゃんと育ててやるから覚悟せい!」

 

 

「うやぁぁ!」

 

 

 

 その老人――――――ガープに連れ去られた赤ん坊の泣き声は遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 ドサリ、と買ってきていた荷物を思わず落としてしまう。

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 あれ、ちょっと待ってくれ。

 俺がドジったわけじゃないよな?

 

 だっていつも通りだったはずだ。

 

 買い出しでリードが落ちないようにベビーチェアにいて、ヤーくんにそのお守りを任せてすぐに買って帰るつもりだった。

 いつものように、買って戻ったはずだ。

 

 

 なのに何でヤーくんが気絶してるんだ。

 何で、リードがいるはずのベビーチェアには誰もいないんだ?

 

 

 

 

「ヤ、ヤーくん起きろ! なぁ、何があったんだ!」

 

 

「ニッ……二ー……」

 

 

 

 

 大きなたんこぶがヤーくんの頭にあった。

 それはすなわち殴られた証拠。ヤーくんを襲って、誰かがリードを連れ去ったんだ。

 

 

 

「リード……っ」

 

 

 

 誰だ。こんなことをしたのは。人さらいか?

 いやでも、ただの人さらいがリードだけを狙うのだろうか?

 

 もしかしてこのウォーターセブンで、リードの価値を知る者がいるってことなのか……?

 

 

 

「連れ戻して、次の島に行かないと……」

 

 

 

 

 まずはリードだ。取り返さないと駄目だ。

 

 

 

「ニー……」

 

 

「ごめん。でも早く起きてくれっ!!」

 

 

 

 じゃないとリードがどっかヘ行っちまう!

 守れなくなるから、早く起きろ!

 

 

 

 

 

 







「おい貴様! 何故赤ん坊を連れて戻ってきた!? まさか攫ったのか!!?」

「この子供は儂の曾孫じゃ。連れてきて何が悪い!」

「それはどういう――――――」

「ああ、確かにあの写真の赤ん坊だね。お前さんを嫌がって泣いているようだが……」



「ふぇぇぇっ!!」



「いや待て! この赤子があのクローンの子だとするなら……まさか……おいガープ貴様、少年の方はどうした!?」

「知らん! 赤子しかおらんかったんでな! 連れてきた!」

「一言で説明するな貴様! 詳しく話せ!!」






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤ん坊リードには秘密がある

 

 

 

 

 

「――――――というわけじゃ」

 

 

 

「……なるほど。それならばおそらくあの少年……ロナンもいるだろう。……おい!」

 

 

「ハッ! ウォーターセブンにいるすべての海兵に伝達致しました!」

 

 

「よし! 私達も動こう……おい行くぞガープ!」

 

 

「何を言うておるんじゃ! 儂はここに残るぞ!」

 

 

「それなら安心をし。この子なら逃げ出さないよ。第一ベビーベッドから逃げ出すただの赤ん坊がどこにいるってんだい?」

 

 

「貴様ここにいて遊ぶつもりのようだがそうはさせん! ロナンが捕獲されるまで私達も動くぞ!」

 

 

「うぉぉぉっ! 離せおかき爺!!!」

 

 

 

 

 大きな声が遠ざかる音がする。

 ベッドに寝かされた状態で、機嫌悪く唸っていたリードが、ゆっくりと寝返りをうってうつ伏せになりながら伸びをした。

 

 

 

「うー!」

 

 

 ここにいては危険だと、彼は本能で理解していた。

 ずっと泣いていたというのに、いつも自分を抱き上げて頭を撫でてくれるロナンはいない。

 

 守ってくれる人はいない。ここにいても怖いことしか起きない。

 だから逃げないといけない。

 

 

 あの危険な爺共から、逃げないといけないと彼は本能で分かっていたのだ。

 

 

 

「あっぶー!!」

 

 

 

 ゆっくりとうつ伏せ状態から座り姿勢へ変えていき、ベビーベッドの柵を見上げる。あそこを出たらロナンに会える。

 そう、なんとなく分かっていたのだ。

 

 

「ろーぁー!」

 

 

 

 手を伸ばして、ぐっと身体を前のめりにする。

 どうすればいいのか分かるのに、どうしようもなく身体が動かない。

 

 考えて行動しているわけじゃない。

 ごく普通の赤ん坊だから、まだまだ理解してないことがたくさんある。

 

 だがしかし、ここからどうすればいいのかは本能でちゃんと理解していた。

 記憶の奥底に眠る何かがあった。

 夢で見たあの時の記憶のようにどうすればいいのか、ちゃんと理解していたのだ―――――。

 

 

「ろーぁー!」

 

 

 ロナンの所へ戻るために、リードは大きく前のめりに腕を上げていく。

 愛すべき父のような兄に会うために、柵に顔をぶつけるかもしれない勢いで大きく。

 

 

「ろなぁー!」

 

 

 リードは、その全身全霊でもって、一歩を踏み出した。

 柵に手を伸ばして、足に全体重をかけて―――――――

 

 

「うぁー!」

 

 

 生まれて初めてのつかまり立ちを、誰も見ていない間に成した。

 それはもう、ミルクを飲んだ後の満足感のようなものを感じていた。

 普通の人間が興奮しアドレナリンを出すような感覚に似たもの。やれると思ったことがようやくできたことに笑みを浮かべたのだ。

 

 

 

「……うぅ」

 

 

 だがしかし、この先が問題だった。

 ここから出てロナンの元へ帰りたい。だがどうやって戻ればいいのだろうか。

 部屋の扉は開放的に開いている。ただし、海兵たちは慌ただしく廊下を走っているのが見える程度で、この部屋へやってくる人間にロナンはいない。

 

 

 

「きゃぅ!」

 

 

 

 つかまり立ちから、ベビーベッドの柵を越えて逃げることなんてできない。そもそも超えることが不可能だ。

 ―――――――普通の赤ん坊にとっては。

 

 それにそのベビーベッドの下は赤ん坊にとって高く、下手をすれば怪我をしてしまう可能性だってあるのだから。

 

 センゴクたちが彼をベビーベッドに入れて外へ出たのもそれが原因だった。

 すぐに戻って来るからという考えもあっただろう。しばらくの間はそこにいて大人しくしているんだよとリードはおつるに言われ、頭を撫でられていたのだから。

 

 

 

「あぶー!」

 

 

 でも、それで簡単に諦めようとはしないのがリードであった。

 赤ん坊だからちゃんと考えず動こうとするのも要因だろう。

 

 

 一度疲れて座ってしまったが、もう一度頑張って彼は立とうとする。

 何度も何度も挑戦し―――――泣きそうになっても立ち上がろうと必死に努力していく。

 

 

「……ふぇ」

 

 

 ロナンに会いたいのに会えないことに彼は寂しさを感じていた。

 お腹がすいたのもあった。

 頭を撫でられず、ずっとここに寝かされているのもつらかった。

 

 

 

「ふぇぇぇ!」

 

 

 

 柵に手を伸ばして、そこから出たいと訴える。

 泣きながら早く自由になりたいと訴える。

 

 

 ――――――その声を聞いたのは、誰だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ったく、見てらんねー。代われ、―――――――』

 

 

 

 

 聞こえてきた声のあと、瞬きの最中に気がつけばベビーベッドの下にいた。

 それは一瞬のように感じた。実際はどうなのかはリードには分からない。

 見ていた海兵もおらず、何をどうやったのかは分からない。

 

 だが、それを理解する頭は赤ん坊のリードにはない。

 

 

 

 

『ほら、逃げんだろ?』

 

 

 

 ―――――頭の中から響く言葉だった。

 

 言葉そのものを理解するのではない。

 心に直接響くその意味に、彼は本能で理解していた。

 

 

 

「ろなー!」

 

 

 

 彼の元に会いに行く。

 そのために、リードは前へハイハイしながら進んでいく。

 

 

 

『泣き虫は嫌いなんだよ。でも泣くのが赤ん坊の仕事だからな。とっととあいつに会って甘えとけ、――――――』

 

 

 

「あー!」

 

 

 

 リードの周りには誰もいない。

 でも声は聞こえた。頭の中で直接響く声が聞こえた。

 

 誰なのか分からない声だけど、何故だか彼にはそれがよく分からない感情を思い起こさせた。

 

 

 後に成長したリード自身が分かることだが―――――その名は、『懐かしい』という感情だった。

 それが、始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

かつての幻聴と、知らない感情

 

 

 

 

 

「ニッー!」

 

 

「……あそこか」

 

 

 

 ヤーくんはある程度誰がやったのかを想定していたらしい。

 気絶していても、さすがはモズとキウイのヤガラ。

 ウォーターセブンのどんな場所でも連れて行ってくれるヤーくんだからこそ、できたこと。

 

 

 ヤーくんによって連れて来られた場所は海軍の軍艦。

 やはりというか、予想していた通りというか……。

 

 

 

「くそっ……俺の考えが甘かった……」

 

 

 

 手配書には、俺だけではなくリードも載っている。

 それの意味する答えを俺はちゃんと分かっていなかった。

 

 奴らはリードを保護という名の捕獲をしたんだ。

 手配書の生け捕りオンリーであるからこそ、酷い目にあっていないと願っているけれど……でもそうはいっていられない事態だよな。

 

 

 

「リードが連れていかれたらもう終わりだ」

 

 

 

 そうなったら、たぶん死ぬだろう。

 実験台にされながら死ぬか、そのまま死ぬかどっちか。

 

 リードを危険視し追いかける連中が海軍で、俺を何故か追いかけているのが海賊なのだから。

 

 買い物用の鞄をごそごそと探ってみる。

 よし……紙はあるし、ペンもある。

 

 

 

「ヤーくん、手紙をモズさんとキウイさんに渡してくれ」

 

 

「ニー?」

 

 

「ここでお別れだ」

 

 

「ニッ!?」

 

 

 ヤーくんは驚いた顔で俺を見つめている。手紙を受け取れないと必死に首を横に振っていて、こっちも寂しい気分になっちまう。

 

 でももう決めたことだ。

 買い物鞄もヤーくんの中にあるし……まあ、ちゃんと買い出しできなかったのは俺の責任だけど。

 俺が背負っているいつものリュックは店に置いてあるけれど、それを取りに行くような時間はない。リードを連れ戻したら、すぐに次の島に行かないと……。

 

 

 

「俺たちがこの島にいると海兵たちに知られた。だからモズさん達に迷惑をかけないようにしたいんだ」

 

 

「ニッ、二ー!」

 

 

「頼むよヤーくん。俺をちゃんと前へ進ませてくれ。お前が手紙を渡してくれないと……俺は後ろが気になっちまって思わずドジって海兵に見つかるかもしれないから」

 

 

「………ニー」

 

 

 

 俺の説得を聞いてくれたヤーくんが、悲しそうな顔をしながらも手紙をちゃんと口に咥えて荷台の中へ入れてくれた。

 手紙を渡すためにゆっくりと裏路地の水路を通って、モズさん達の店まで戻ろうとしてくれる。

 何度も俺の方を見てくれるから手を振ってさよならを口にして―――――――

 

 

 

 

 

(カーム)……」

 

 

 

 

 やるべきことは分かってるつもりだ。

 

 ただの軍艦相手ならば、隠れて探せばいい。

 海兵に見つかる危険性を避けながら行こう。

 

 ――――――なんとなく、このままどうすればいいのか分かっているつもりだから。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……大変ですおつる中将殿!」

 

 

 

「なんだい慌てて……?」

 

 

「それが……あの赤ん坊がどこかへ消えてしまいまして……!」

 

 

「なんじゃと!? ベビーベッドの中にいたはずじゃろ!?」

 

 

 あのベビーベッドは高さがある。

 ただの赤ん坊が逃げられるような代物ではない。

 

 つまり、その場所から赤ん坊が姿を消すということは――――――――。

 

 

 

「……ロナンが来ているということか」

 

 

「……ああ、そうだろうね」

 

 

 

 誰もがそう理解する。

 もうこの軍艦の中に入り込み、逃げ出したとされるロナンの姿を。

 

 センゴクの瞳に、元帥として活動していた時の燃えるような色が戻った。

 

 

 

「軍艦の出入り口を封鎖しろ! 絶対に外へ出すな! 見つけたら連絡。殺すなよ!」

 

 

「ハッ!!」

 

 

 

 海兵たちが指示に応じて行動を開始する。

 当然それらを見つめるだけで終わらせる気は、爺共である彼らにはない。

 

 

 

「行くぞガープ!」

 

 

「当然じゃあ! 待っとれよー儂の曾孫ぉぉ!!」

 

 

 

「はぁ……やれやれ、元気良すぎる爺共には困ったもんだよ……」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「どこだ。どこに居る!?」

 

 

「探せ! 必ずこの船の中にいるぞー!!」

 

 

 

「はぁ……はぁ……くそっ、何で俺がいるってばれてんだよ……いや、ドジってるわけじゃない。まだ見つかってない!」

 

 

 海兵たちから身を隠して前へ進む。

 

 隠れて忍び込んで。その後どう逃げればいいのか何故か分かる。

 それを疑問に思うのは後回しだ。

 

 とにかく今は捕まるよりは動ける状況の方が良い。

 

 

 

「右に……いや、左?」

 

 

 分かれ道で立ち止まり、どうすればいいのか考える。

 俺の傍に部屋へと通じる扉がある。

 廊下の先は左右に分かれており、そこから先はどうなっているのかは分からない。とにかく隅々まで探すしかない。

 

 能力が発動しているので俺が原因で音がすることはないから、とにかく考える。

 

 

 

 

「もっとよく探せ!」

 

 

「―――――っ!?」

 

 

 

 でも姿が見つかったらヤバいから、部屋の中へ入って隠れなきゃいけないよな!

 よし、扉を閉めて隠れてっと……。

 

 

 

「中将だけではない、センゴク大目付殿も探してくれている! 分かってるかその重要性を! 逃がしたらどうなるか分かっているなお前ら!」

 

 

「「「おぉー!!!」」」

 

 

 

 聞こえてきた声に、ふと身体が硬直した。

 

 

 

「……センゴクさん?」

 

 

 

 

 心臓がドクリと鳴ったのが聞こえた気がした。

 

 ――――――あれ、その名前ってすごく懐かしい……ような……?

 

 

 

 

「……気のせいだ」

 

 

 

 

 今は気にする状況じゃない。

 中将という言葉も聞こえたし、戦力的にも強い海兵がいるのは確かなんだから。

 

 

 

 

「早くリードを見つけて、逃げないと……」

 

 

 

 

 ――――――センゴクさん!

 

 ――――――おお、ロシナンテ。何かあったのか?

 

 ――――――見てください。これ!

 

 ――――――おっ、おおぉ!? な、なかなか個性的な……だが凄いな。流石だぞロシナンテ。

 

 ――――――えへへ……。

 

 

 

 

 幻聴が聞こえる。

 子供のような俺の声が、誰かと一緒にいる声が聞こえる。

 

 

 

「……やめろ。これはただの幻だ」

 

 

 

 頬を思いっきり叩いて目を覚まそうとする。

 とにかく今はリードの事だ。

 

 いろいろと考えるのは後だ!

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

かつてそう言った誰かがいた

 

 

 

 

 

 かけて駆けて、海兵たちが集団で立ち止まり警戒している先を見つけて隅に隠れて様子を窺う。

 ああいう場合の時の対処は……えっと、誘導をすればいいんだ。

 

 

 いったん後ろに下がって、すこし遠めの……俺と鉢合わせしないような部屋に入って能力を解除して、海軍基地に置いてあった物で火をつけてっと……。

 扉を開けて廊下に出てから能力を発動させ、すぐに先程いた場所へ戻る。

 

 隠れながらも先へ進んで、先程いた場所へ―――――

 

 

 

「おい! 書斎室で火事が発生した! 原因は謎だがガープさんに続いてこれ以上船が壊されるわけにはいかない! お前たちも手伝え! 消火するぞ!」

 

 

「ハッ!」

 

 

 ドタドタと海兵たちが慌ただしく駆けていく。

 そうして残るのは警戒なき誰もいない廊下のみ。俺が通っても大丈夫。周りを見てもトラップも何もないし、いける。

 

 

 

「そういえば、何で誘導って思いついて……」

 

 

 

 前にもやったような記憶があるのは何で……いやいや、考えるのは後でにしようって決めただろうがロナン。

 俺は俺の目的を達成して無事に逃げ出したらその時に考えよう。

 

 

 

「――――――ぁ」

 

 

 

「うん?」

 

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 頭痛の合間に聞こえる幻聴ではない。いつもの聞き慣れた声がする。

 

 

 

「ろなぁー!」

 

 

 

 やはり幻聴ではない。

 これは、いつものリードの声だ!

 

 

 

「リード……!」

 

 

 

 駆けていく先にリードがいる。

 その先にあいつがいるから……っ!

 

 

 

「おら、見つけたぞ!」

 

 

「あのロナンという子供はいないみたいだな……まさか赤ん坊だけで逃げ出したのか?」

 

 

「それはどうでもいい! とにかくガープさんの所へ……」

 

 

「やぁー!!」

 

 

 

 聞こえてきた声に思わず隠れる。

 ゆっくりと曲がり角の様子を見て、どうすればいいのかを計算する。

 

 

 海兵は2人。

 1人は抵抗しているリードを抱えて奥にいる。もう1人は手前。

 こちらには気づいていないが、子供の力で2人を相手にするのはきつい。

 

 

 だがそれでもやらないといけない。

 

 

 

「んぐっ……!」

 

 

「とにかく、赤ん坊はガープさんの――――――ぐはっ!?」

 

 

 

 

 こちらを見ていない手前の海兵の頭を思いっきり武器庫からとってきた細長いライフル銃でぶん殴る。

 殺すつもりはない。強打させるのに鈍器が必要だっただけのこと。

 

 だが、突然音が途絶えたことに疑問に思ったのか、もう一人の海兵がこちらへ向かって振り向く。

 

 その前に駆ける――――――。

 

 

 

「あ? おいどうした……なっ、貴様!?」

 

 

 

 

 こちらを見て警戒し、捕まえようとするがもう遅い!

 

 思いっきり振り下げたライフル銃が、そいつの目標めがけて攻撃へ移って……。

 

 

 

「サヨナラホームラン……ってな!」

 

 

「ぐぉぉっ!!?」

 

 

 

 思いっきり海兵の股間をライフル銃で強打させてやったら、男は涙目で悶絶し、そのままゆっくりと床に倒れて気絶した。

 ……まあ、男なら痛いのは分かるぜ。でもそうしないと倒れないと思ったから……ごめんな。

 

 

 ライフル銃を捨てて、リードの方を見た。

 

 

 

「ろなー!」

 

 

「良かった……リード、一人にさせてごめんな。すぐ脱出しような」

 

 

「あぃー!」

 

 

 

 男の腕から出てきたリードがこちらへ向かって勢いよくハイハイして近づいてくる。

 そんな上機嫌で笑顔のリードを抱き上げて……よし、このまま脱出すりゃあいい。

 

 

 

「さあ行くぞ。外へ出て……次の島へ!」

 

 

「ぼきぇーん!」

 

 

「はっ?……ああ、冒険な。……お前そんないろいろ喋れたっけ?」

 

 

「めちー!」

 

 

「次は腹減ったかよ。お前なぁ……いや、成長が早いことは喜ばしいことか」

 

 

 

 なんかまだ海軍の軍艦内だというのにいつも通りだ。

 

 ちょっとだけ笑って、その先の扉へ手をかけて――――――。

 

 

 

「ぬっ……お前は」

 

 

 

 はぁぁ!

 しまった、気を抜きすぎた!!

 

 やべえドジった。

 リードに会う前までは扉の先も警戒してたのに……!!

 

 

 

「ぐっ……」

 

 

「待て、少し話をさせてくれ!」

 

 

 

 逃げようとした俺を止める声が聞こえて――――――何故か身体が動かなくなる。

 どうしてだ。いつものように逃げればいいのに何で逃げない。逃げられない……?

 

 

「ろなー?」

 

 

「……ふむ、その赤ん坊はやはりお前に懐いているようだ。その子供の名前を聞いてもいいかな?」

 

 

「……知ってるはずだろ」

 

 

「お前の口から聞きたい。教えてくれないか?」

 

 

 

 

 何故だろうか。

 その言葉に頷いてしまう自分がいるのは。

 

 

 ……この人は、俺が知ってる人?

 いや違う。俺は知らない。

 でも知ってる人だ。

 

 頭痛がする。

 

 

 

 

「……リードっていうんだ」

 

 

「そうか。リードか……お前は、いやお前たちは海軍に保護される気はないのか? 私達に保護されるというのなら必ず処刑や実験などの処置は行わないと約束しよう。私達が保護者となって、君たちを平穏に育ててみせると約束する。海兵になることは必須だが……どうだ?」

 

 

「それは……」

 

 

「ロナン、私は君を―――――――」

 

 

 

 

 不意に近づいてきた海兵の男が、俺を捕まえるのではなく頭を撫でてくる。

 撫でられたことがあるような懐かしい感触。

 

 また会えたと何故か涙が……いや俺は……。

 

 

 

 

「俺は海兵にならない!」

 

 

「……何故」

 

 

 

 

 衝動のままに叫ぶ。

 リードを抱きしめたまま、心の奥底で響く言葉を口にする。

 

 何も考えず、その意味を知らずに声が出る。

 

 

 

 

「俺はもう海兵になれない。……だって、海兵を嫌った子供がいる。政府に関わる人間を心底嫌っている奴を知ってる。その子の為にも、俺は海兵にはならない! 死んでからも、そう心から決めてるんだ!」

 

 

「っ……ロナン、それはお前の感情では……」

 

 

「それに俺は、自分で平穏な場所を見つけるって決めてる! いくらあなたでも俺は……やりたいことだってあるんだ。それにリードがちゃんと育つまで……だからまだ、保護されるわけにはいかない!」

 

 

「お前は……」

 

 

「だからすいませんセンゴクさん! 俺はもう、あなたの傍には――――――」

 

 

 

 

「あっぶー!」

 

 

「痛っでぇぇ!!? 何すんだリード! ……って、俺……うん?」

 

 

 

 赤ん坊らしからぬ急なアッパーに顎が直撃して我に返る。

 俺は一体何を言ったんだろうか。

 

 男が呆然とこちらを見ている。

 いや……目に水が張って……?

 

 

 

「ロナンよ、これだけは答えてくれ」

 

 

「え?」

 

 

「お前は生きたいか?」

 

 

「っ……ああ、ちゃんと生きたい。リードと一緒に、生きてみたい!」

 

 

「あぅー!」

 

 

「そうか……」

 

 

 

 その言葉に、何故か男が俺に向かって背を向けた。

 背中から攻撃されるかもしれないと思わず、警戒もせずにただ背を向けてポケットからおかきを取り出して食べる。

 

 ええっと、どういうつもりで……。

 

 

 

「一度だけ、お前たちを見逃そう」

 

 

「うぇ!?」

 

 

「一度きりだ! それ以上は見つければ追いかけるし、強制的に保護もしよう……お前の我儘を聞くのは今回限りだ。良いなロナン、うまく逃げ出してみせろ」

 

 

 

 

 ――――――海兵が、手配書の俺相手にそんなことを言っていいのだろうか。

 いや、違う。男は何かを覚悟したような感じがする。

 

 でももうこれ以上は何も用はない。

 男の横を通り、扉を開けて、ただ逃げるために行くことを決意して――――――。

 

 

 

 

「生まれてきてくれて、ありがとう。ロナン」

 

 

「っ……こちらこそ、ごめんなさい。ありがとう」

 

 

 

 何故かそう、言いたくなった。

 

 

 

 

 

 







「なんじゃと!? 船から逃げ出す子供と赤子を見たじゃと!? ばっかもーん! そいつらがロナン達じゃ! すぐに捕まえろ!」


「は、ハッ!!」



「おやおや、うまく子供達に出し抜かれたようだね。まあ気を抜いて対応していたんだ。仕方が……ってどうしたんだいセンゴク。あんた泣いてるのかい!?」


「違う。泣いているのではない! ……ただ顔に水がかかっただけだ!」







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

早足で次へと駆けて

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

 船から脱出したのは奇跡だ。

 でも次はそうはいかないだろうから気を抜かないようにしないといけない。

 

 ってか、脱出には成功したっていうのに、何でこんなに海兵がたくさんいるんだよ!?

 

 

 

「ロナンだ。見つけたぞ捕まえろ!!」

 

 

「くそっ!」

 

 

「あぅー!」

 

 

 

 子供の体力なめんなよ! こちとらもう限界なんだぞ!

 町を駆けて、海列車まで行くのは本当につらいっての!

 

 背後にいる大量の海兵が、俺達を捕まえるために追ってくる。

 あーでも……こちらを捕まえる気ではいるが、傷つける気はないのだろう。

 拳銃などを向けて放つような気配はない。

 

 たぶん……あの人がいろいろと配慮して指示してくれたかもしれない。

 

 

 

 ――――って、うわっっ!!!?

 

 

 

 

「しまったぁぁ!?」

 

 

「きゃーぅ!」

 

 

 

 足がずるっと滑って、身体が水路へ落ちていく。

 もちろんいつものように助けてくれる誰かはいないまま、身体が落ちて――――。

 

 

 やばいやばい……このままだと……!!

 

 

 

「ニーっ!」

 

 

「うぇ……や、ヤーくん!?」

 

 

「ニー!」

 

 

 

 何故か落ちた先にヤーくんがいて、俺たちを荷台に入れたまま何処かへ向かう。

 

 

 

「ヤーくん! このまま海列車の方に向かってくれ!」

 

 

「ニーッ!」

 

 

 

 当然だと言うような頼もしい声に思わず笑う。

 後ろを振り返ってみて……ってやっぱり流石は海軍!?

 

 普通に陸地から追いかけてきてるのに、距離が全然遠ざからねえ……だと!?

 

 

 

「待てロナン! ―――――っ!?」

 

 

「うわっ、おいなんだこれは!?」

 

 

「誰の仕業だ!?」

 

 

 

 

 後ろの方にいた海兵達が何故か全員こけて、そのまま立ち上がれずにいる。

 どうしてなのかと思ったら……海兵達の足にロープが引っ掛かり、身体をそのロープでぐるぐる巻きにされているのが見えた。

 

 

 路地から出てきたのは、葉巻を加えたパウリーで……。

 

 

 

 

「あーあー。アンタら、橋を作ってる最中に飛び出してきちゃ駄目でしょうに」

 

 

「なっ、貴様の仕業か! 早くこの縄を解け!!」

 

 

「いやいや、俺のせいじゃなくて勝手に絡まったのが原因ですよ。ほら、邪魔だからさっさとどっかに行った」

 

 

「なら解かんかい!!」

 

 

 

 

 遠ざかる声。それと、こちらを一度も見ることなく海兵を足止めする音。

 

 あんな場所に橋を作る必要がないことを俺は知っている。

 ロープが偶然海兵達の足に引っ掛かるだなんてミスを、パウリーがするわけないのを知っている。

 

 

 

 

「……パウリーさんも、この事を知ってるんだな」

 

 

「ニーッ」

 

 

「手紙……モズさん達だけじゃなくて、あの人も読んだんだ」

 

 

「ニーッ!」

 

 

 

 あー……なんか、すごく恥ずかしい。

 でもそれ以上に嬉しい。

 

 やっぱりあの人優しいな。それと格好いいな。

 

 

 

「なあリード、またここに来ることが出来たらさ……パウリーさんにお礼しないといけないなぁ」

 

 

「あぃー!」

 

 

 

 両手を伸ばして返事をするリードの頭を撫でやった。

 

 

 

「ニーッ!」

 

 

「ああ。海列車の駅だな!」

 

 

 

 見えてきた海列車の駅――――――ブルーステーション。

 その駅には幸運にも海列車が止まっていた。

 

 まだ発車する気配もなく止まっており、ヤーくんの頭を撫でて陸地へと飛び移る。

 

 

 

 

「ありがとうヤーくん! また会えたら……その時は水水肉でも奢るからな!」

 

 

「ニーッ!」

 

 

「ばいー!」

 

 

「じゃあまたな、ヤーくん!」

 

 

「ンニー!!」

 

 

 

 首を大きく振っているヤーくんに、手を軽く振ってから、駅の中に入るために走り出す。

 あと少しで次の島へ行ける。

 

 

 海列車に乗って、次に――――――。

 

 

 

「待つんだわいな!」

 

 

「ロナン!忘れ物だわいな!」

 

 

「えっ? も、モズさんにキウイさん!?」

 

 

 

 海列車駅の近くで待ち伏せていたのだろうか。

 俺たちに近づいてきたモズさん達が、見覚えのあるリュックを渡してくる。

 

 

 

「今までのバイト代も入ってるわいな」

 

 

「オムツやミルク、軽い食料なんかもいっぱい入れたわいな!」

 

 

 

 

「「気をつけて行ってくるんだよ!!」」

 

 

 

 

 二人が声を揃えて俺に言い、身体を抱き締めてきた。

 リードが苦しそうに呻いているが、優しい苦しさだと思う。

 

 

 

 

「ありがとう二人とも……本当に、ありがとう!」

 

 

「ほら、海列車が出発しちゃうわいな!」

 

 

「うん!」

 

 

 

 汽笛と煙が海列車から立ち上る。

 動き出しそうな海列車の後方―――扉を閉めなくていい所へ乗り込み、モズさんとキウイさんを振り返った。

 

 

 

「またこの島に……絶対に立ち寄るから!」

 

 

「その時はちゃんと店に寄るんだわいな!」

 

 

「そしたらアイスバーグの奴に会わせてやるわいな! その頃にはもう秘書も決まってるから、たくさん話もできるわいな!」

 

 

「うん、分かった! ありがとう!」

 

 

 

 動く海列車から、手を伸ばして何度も左右に振っていく。

 彼女達の姿が見えなくなるまで、ずっと。

 

 

 

「また来ような、ウォーターセブンに」

 

 

「なー!」

 

 

 

 いや、絶対に来よう。

 リードが成長した姿を見せるためにも。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編IF第一弾 もしも彼らが~
番外編IF もしも知識があるのなら




すっごく遅いですが、お気に入り200件突破記念の番外編です!
『主人公が原作をちゃんと読んでいたら?』のお話です。

リクエストありがとうございます!







 

 

 

 

 あり得ないほど熟読したワンピースの世界。

 何でこの世界に来たのか。何で生まれ変わったのか。

 

 まあいろいろと言いたいことはたくさんある。

 ……ああ、たくさん文句を言いたいんだ。

 

 

 

「生まれた瞬間から超絶ハードモードじゃないですかやだー!」

 

 

 

 幸運なのは少年として逃げられるということか。でもこれ面倒だぞ。

 研究所から逃げ出す前に赤ん坊を拾って、その赤ん坊も見てすぐに誰なのか分かってしまって、いろいろとハードモードがベリーハードどころかムリゲーに突入しそうな勢いになってきてるんですが。

 いやマジで誰か助けて……東の海に行きたい……。

 

 

 

「あー……いや、東の海に行っても追いかけてきたら面倒だよなー」

 

 

 

 俺の見た目がオリジナルに直結するとなるとあの人しかいない。

 メイクしてあの黒い毛玉のコートを羽織って、それでもってハートのあの特徴的な帽子をかぶったらまるっきりドジっ子のロシナンテになるのは間違いなし。

 

 ねえ知ってる?

 記憶を持ってるから良いってことはないんだぜ畜生!!

 

 

 

「あうー!」

 

 

「……お前元気良いな。いやまあオリジナルがあれなら仕方ないか」

 

 

 

 船に乗ってきたはいいが、このまま海軍や海賊に近づくのだけは避けたい。できればこのまま世間から消息不明もしくは海難事故により死亡的な役割で消えていきたい。

 もちろん本当に死ぬつもりはないが、俺が彼のクローンならば厄介な奴がたくさんいる。

 とりあえず桃鳥野郎には会いたくないです。死亡フラグは彼に会ったら成立しそうだから絶対に顔を見たくない。

 

 

 

「……あと、ローにも会えないよな」

 

 

 

 恩人のクローンがいたと知って、それでどう反応するだろうか。

 嬉しい? 悲しい? それとも怒り?

 

 ……たぶん、あの変態科学者が依頼して俺を作れと言ったのはドフラミンゴの野郎だろう。

 そいつが作った俺を見て、彼はどう思うだろうかと予測がつく。

 

 クローンはつまり、見た目が似ているだけの他人だ。俺はそう思う。

 ロシナンテとしての記憶なんてないからこそそう思える。

 

 俺はただのロナン。リードだってそうだと思う……たぶん……。

 

 

 

「あうぅ!」

 

 

 

「……いや、お前は記憶があった方が喜ぶ奴も多そうだな」

 

 

 

 ついでに言うと海軍の攻略難易度が上がってるのはこいつのせいといえる。

 これからどうするべきなのか。

 

 

 

「……よし、とりあえずこのグランドラインから抜け出そう」

 

 

 

 グランドラインから抜け出すこと自体、いろんな意味で大変だろうと思う。

 でも物語はほとんどがグランドラインで起こっているんだ。

 だから事件に巻き込まれないためには、できれば俺も知ってる東の海に向かった方が良い。

 

 

 誰にも会わずに前へ進もう。そうすればきっと……。

 

 

 

 

「きゃーう!」

 

 

「……リードの為にも、生きないとな」

 

 

 

 でもドフラミンゴの手が迫ってきたらセンゴクさんの所へ行こう。

 海軍へ行くということはリードを差し出さないといけないことになるが……できればそうならないように頑張ろう。

 それにドフラミンゴに捕まるよりは海軍にいた方がマシだ。

 

 海軍に行ったとしても、リードをうまく別人だと思わせればなんとかなると思うし。

 

 

 

 

「よし行くぞリード!」

 

 

「あぶぶー!」

 

 

 

 リードが育ったら海賊になりたいとか言うんだろうか。

 まあそこらへんは成長してからのお楽しみだな。うん。

 

 よし、俺だけの力で頑張って海軍や海賊を欺いてやる!

 目指せ、最年少の旅人!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と思っていた時期が俺にもありましたー」

 

 

 

「何を言っている」

 

 

「ホロホロホロ! 頭でもぶつけておかしくなったんじゃねーのか?」

 

 

「その場合お前のせいだからな!」

 

 

「何だとこのチビ! またネガティブにさせてやろうか!?」

 

 

「スイマセンそれだけは勘弁を!!」

 

 

 

 鷹の目に乗せられた船。

 その中で先程のような絶望を味わうのはもう勘弁!

 

 ドジって船から落ちるのだけは避けたいんだ本当に!

 

 

 

 

「……それで、お前は何と言った」

 

 

「あ、ああ……俺達をアンタ等が帰るべき島に連れて行ってほしいんだ。俺ができることは何でもやる! 俺はあいつらに捕まるわけにはいかないから」

 

 

 

 

 このまま鷹の目にくっついていた方が良い。

 鷹の目の前にやって来たあの男――――ドフラミンゴに捕まらないために。

 

 というか、あの桃鳥野郎に見られたから俺を必ず手の内に入れてロー攻略の為に使うつもりなんだぜ!

 きっと俺を人質にして、そのままばっさりやるつもりなんだぜ分かるよ俺は! いやたぶんだけど!

 

 そんな俺の切羽詰まった心を読んだのだろうか。

 鷹の目が少しだけ呆れたように見てくる。

 

 

 

 

「居候が増えるのはまあいい。だがお前はそれでいいのか? 何も知らずに島の中に引き籠ることを選ぶと?」

 

 

「……それは、時間が教えてくれる」

 

 

 

 とりあえず二年後。

 ローとドフラミンゴの争いが終わればなんとか生き残ることができると思う。

 

 問題はリードだが、そこは成長した彼が決めることだと思う。

 俺はこいつを無事に育てる。そして生き残ってみせる!

 

 そんな覚悟を、鷹の目は小さくため息をついて返事してくれた。

 俺らの住む場所が決まった瞬間でもあった。

 

 よし、これでゆっくりできる!

 あの島にはゾロがいるはずだよな。どんな修行をやってるのか見てみようかな。

 

 

 

「ホロホロホロ! お前も来るなら立場は私の下だからな。料理や掃除はお前がやれよ!」

 

 

 

「あー……うん。ドジっても良いならやるよ」

 

 

 

 

 俺のドジを舐めるなよ。ぶっちゃけ『ヤバい』を通り越して『酷い』だからな!

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編IF 目覚めた先には外科医さん


はいまた遅いですが、お気に入り300件突破記念!

お話『研究所でロナンが覚醒したときに外科医と遭遇』を書きました。ロー視点です。

リクエストありがとうございました!







 

 

 

 

 今度奴に出会った時はすぐさま「死ね桃鳥野郎」と顔面をぶん殴りながら言おう。

 そう思えるほどに、彼は苛立っていた。

 

 

 

「ドフラミンゴの野郎……」

 

 

 

 苛立ちどころじゃない。

 舌打ちを盛大に鳴らすローの機嫌は最悪だった。

 

 

 ドフラミンゴが重要視する物があるという情報から、やって来た無法の研究所。

 あの男が脅して作らせたわけじゃなく、かのシーザー・クラウンのような協力者でもない人物に『依頼』という形で作らせた代物。

 

 それが、ローの地雷ともいえる、あるクローンの作成だった。

 

 

 研究所の科学者は逃亡しようとしたが、それを許すつもりはローにはなかった。

 死んだ人間と全く同じクローンを作り上げるその技術は世界が許しはしないだろう。

 

 それと同時に、あのドフラミンゴが彼を作り上げろと依頼したことの重大さも見逃せない要因だった。

 ―――――――彼を見逃せばまた作られてしまう。

 

 恩人ともいえる人を道具のように量産し、俺の目の前に立ちはだかるかもしれない存在になる。

 そんなクローンを作り上げる技術を壊さなければならない。

 

 あの科学者と同じく、目の前の彼もやらないといけない。

 ドフラミンゴを打倒するためには、彼はある意味足かせになってしまう。

 

 

 

「……あの、あなたは?」

 

 

「…………」

 

 

「こ、ここは……一体どこなんだ?」

 

 

 

 書類から察するに生まれたばかりであるはずだ。

 細胞は通常の人間と同じ。体調も良好。

 

 普通の人間の子供と同じ生き物。でも実際には違うクローン体。

 記憶を植え付けてあると書類には書かれていた。

 

 だが生まれたばかりだからか、彼は覚えていない。いや、思い出せていないのだろう。

 まだ彼は『彼』じゃない。

 

 だから今のうちに―――――――。

 

 

 

(……殺るか)

 

 

 

 ドフラミンゴを……ではない。

 目の前にいる少年を、殺す。

 

 

 まだ真っ白で何も覚えていないただの少年。

 恩人の、『ロシナンテ』としての色はなにもない。ただの人間の子供。

 

 それぐらいならやれる。

 やることの覚悟は、出来ている。

 

 

 それを少年は察したのか、冷や汗を流しながらも後退し、ローから逃げ出そうとする。

 

 

 

 

「でぇっっ!!?」

 

 

 

 ――――――と思った瞬間、急に転んで頭をぶつけて悶絶しやがった。

 

 

 

「ぐぅ……どぉわっっ!!?」

 

 

 

 悶絶した先には、書類の山やら本やらが積み上がっている机が置いてある。

 その机にまたも身体をぶつけ、降ってきた紙と本の山に押し潰されて目を回している。

 

 

 たんこぶ並びに打撲数か所。

 それぐらいで済んだのは、彼の身体が頑丈だからだろうか。

 

 

 

「……ははっ」

 

 

 

 ああ、そういうところはコラさんそっくりだ。

 

 真っ白じゃない。

 目覚めた時から彼のままだった。

 あの人の色が、残ってた。

 

 

 

「いでででで……」

 

 

 

 頭を押さえながら座り込むその少年に近づく。

 

 ハッとローに気づいた少年が、ずりずりと後ろへ逃げる。

 立つ余裕もないのだろう。座った状態でもなお、必死に逃げようとする。

 

 

 殺されるかもしれないと逃げる少年に向かって、『ROOM』と呟く。

 

 ローと少年の周りに薄い膜が覆われ、殺されるんじゃないかと考えているであろう少年が顔を青ざめた。

 生まれたばかりだというのに、そういう感情はとっくにあるらしい。

 人形じゃなくて良かったと思える。

 

 冷静さを失ったまま殺すところだった。

 また失うところだった。

 

 

 

「シャンブルズ」

 

 

「ひっ……って、うん?」

 

 

 

 ローが持っていた書類と少年の位置が変わる。

 優しく抱き上げて、その少年の頭に自分の帽子を乗せたローに彼はただ首を傾けていた。

 

 

 

「……なあ、俺をどうするつもりなんだ?」

 

 

「……さぁな」

 

 

「こ、殺さない?」

 

 

 

 帽子とあのふわふわの金髪のせいでローが彼の目を直接見ることはできないが、少年はまだ怯えていることははっきりと理解できた。

 まあ、殺そうとした相手の態度が急変すればそうなるか。

 

 

 ローは小さく息を吐く。

 このドジな少年を、これからどうするべきなのかを考える為にも――――――ー。

 

 

 

「お前はもう俺の物だ。あの野郎に渡すつもりはねえし、殺すつもりもねえ」

 

 

「物扱い……」

 

 

 何故かショックを受けている少年が帽子をより目深にかぶり、ローに抱き上げられることを受け入れた。

 それはすなわち、このまま一緒にいることを許容したも同じ。

 

 

(ハッ、ざまあみろ。あのピンク毛玉野郎)

 

 

 

 ドフラミンゴがコラさんのクローンを作ろうとした理由はきっと自分にある。

 自分のせいで、彼は生まれた。

 きっと裏切らせないために何かしら利用しようとしていただろう。

 その時の扱いは悲惨なものになったかもしれない。

 

 だがそのおかげで出会えた。

 

 

 

「……なあ、これからどこに行くんだ?」

 

 

「さぁな」

 

 

「またはぐらかすのかよ……」

 

 

 

 

 ふてくされる少年に思わず笑う。

 

 今度は絶対になくさない。

 足かせにさせない。

 

 記憶はなくてもいい。

 コラさんじゃないとしても、彼を守らないといけない。

 

 

 そのためならば――――――俺はきっと、なんでもやれそうな気がするから。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編IF ドジっ子は、赤ん坊を知らずに逃げた。


いつもの番外編IFです!
テーマ『ロナンがもしもリードである赤ん坊を気づかず、また起爆スイッチを押さずに逃げ出したら?』

リクエストありがとうございます!!!









 

 

 

 その日、全ての運命が決定付けられたともいえる。

 彼は何も気づかないまま、逃げ出した。ただ科学者を殴って気絶させて、混乱のままに逃げ出した。

 研究所の起爆スイッチも何も気づかず、ただその足で外へ駆けてしまった。

 

 

 それこそが、彼の最大のドジ。

 壊れた一つの歯車は、やがて全てを歪ませてしまう。

 

 

 

 

「それで、こんな失敗作を叩き起こして何をやってるかと思ったら……」

 

 

「やかましい! あれは貴様とは違い成功作の一つだぞ! それもかのドフラミンゴに渡す方のな!!」

 

 

「私のように制御装置でも付ければ良かったんだよ。変なところで気を抜くだなんて馬鹿だなー」

 

 

「なぁー?」

 

 

 

「ええい、黙れ!」

 

 

 

 女と赤ん坊が笑う。

 それを咎める男―――すなわち、科学者の方は、ただ己の失態に苛立ちを隠せないまま、盛大に舌打ちをする。

 

 

 

「いいかオルタナティブ。貴様には多く働いてもらうからな」

 

 

「その逃げた奴を追うために?」

 

 

「ああそうだとも! だが海軍に見つかるような真似はするな。貴様は戦闘能力だけは優秀だから廃棄処分を延長しているに過ぎないことも忘れるなよ!!」

 

 

「へいへい、わかりやしたぁー」

 

 

「やる気をだせオルタナティブ! これが失敗すれば、あのドフラミンゴに殺されるのは私だ。それすなわち貴様も同じことを忘れるなよ!!」

 

 

「アイアイサー」

 

 

「あっぶー」

 

 

 

 赤子はただ笑う。

 懐かしき気配を身に纏う少女―――オルタナティブを見て笑う。

 

 

 

「久々に海に出るだなんて不幸だ。あー……肉が食いたい……野菜の方がいいけど、身体が肉を欲してる……」

 

 

 

 オルタナティブは高性能かつ完璧なものを作り上げようとする科学者にとっては失敗作。

 全ての反対。男ではなく女。冒険を嫌い、命令には従うがじっとしていることの方が好きな、少し残虐な14歳の身体年齢をしている少女。

 クローンとも呼べず、記憶は植え付けてあるのに性質などは変わっている部分がある。

 

 だがしかし、その力はオリジナルに近い存在だった。

 

 

 オルタナティブのオリジナル―――その名を、麦わらのルフィと呼ぶ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 これマジでどういうことなんだろうか。

 普通に婆さん達の家でのんびりと買い出しに出かけていたはずだ。

 

 

 なのになーんで商店街の建物がいろいろと壊れてるんだよ!?

 あと鷹の目とかいるのなんで!?

 それにあいつ誰だよ!

 

 

 にやにやと笑っている……何故か麦わら帽子が似合いそうな女の子が、目に闘志を宿したまま鷹の目を見る。

 女の子と鷹の目が、戦ってる?

 

 

 

「ひっさびさに外に出て、私の後輩を追ってみるのもいいもんだ。面白いのに出会えたじゃねーか。なあ鷹の目!」

 

 

「なるほど、少々訳ありの娘か」

 

 

「げぇ……む、麦わらにそっくりな……女ぁ!?」

 

 

 

 あとあのピンク髪の宙に浮いてる女も誰ですか?

 というか何だこのシュールな光景……。

 

 

 鷹の目は剣を振り下ろす。それに瞬時に対応して、女の子が鷹の目に殴りかかる。

 だが鷹の目はそれに対応して――――ああくそ。素早すぎてよくわかんねえ。

 

 というか、あの女の子って……。

 

 

 

「もしかして、あいつも俺と同じでクローンなんかな……」

 

 

「……あっ」

 

 

「え?」

 

 

 

 こちらを振り向いた少女と目が合う。

 戦いをやめて、一気にこちらへ興味を移してる?

 何か嫌な予感が……。

 

 

 物陰に隠れる俺を見て、奴はニヤリと笑う。

 

 

 

「みーつけた! 鷹の目、戦いはまた今度な! 私は私なりの目的があるからさー!」

 

 

「えっ、ちょっっ!!?」

 

 

 

 やべえ、逃げないとっ!!

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

 

 その日、ロナンとオルタナティブの追いかけっこが始まった頃。

 科学者の男はベッドに寝転がる赤ん坊を抱き上げ、ある場所へ向かうために歩いていた。

 

 

 

「お前は私の成功作。だがな、その赤ん坊の姿のままではやれることもない」

 

 

 そう言いながら、男は赤ん坊をある機械の中へと移す。

 

 

 その機械はドーム型に出来ており、大の男一人が入れるほどの大きさをしていた。

 そのなかにちょこんと寝転がる赤ん坊を、ただ笑ってみている。

 

 

 

「赤子から育てれば人となる身体を無理やり成長させる行為だ。あのオルタナティブと同じく寿命は半減する。だが、絶大な戦力を手にすることになる」

 

 

 

 機械の扉を閉めて、科学者がスイッチを押す。

 

 

「どうせいくらでも作れるようになる。私は優秀だからな」

 

 

 機械が光り輝き、何かの液体が閉められたドーム型の機械の中に満たされる。

 赤ん坊の泣き声は聞こえない。ただ、機械の歯車の音がするだけだ。

 

 

 ―――やがて、その機械から扉が開かれる。

 そこにいたのは、全裸の男だった。

 

 

 

「いいか、お前はオルタナティブと同じくドフラミンゴの依頼されたクローンを連れ戻してもらうぞ、分かったな」

 

 

「……ああ、了解」

 

 

 少しだけダルそうな顔をした男は、あの赤ん坊の面影を残したクローンだった。

 

 

 

「さぁ、早く連れ戻せ。そしてお前の成功作としての優秀さを私に見せろ!!」

 

 

 

 研究所にて高笑いが響く。

 それが、全ての始まりだとでもいうかのように。

 

 

 壊れた歯車は、正しく戻ることはない。

 研究所が海軍に知られないまま。海賊にもそのクローンを知らぬまま。

 

 

 ―――ロナンに名付けられるはずだった『リード』という名ですらない男が敵になってしまったほどに、もう何も、変えられることはない。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編IF 逃げなかったら弄られた


いつもの番外編IFです!
テーマ『もしも二人とも逃げ出さなかったら?』


リクエスト? ありがとうございます!







 

 

 

 

 

 

 科学者は不満だった。

 一応身体や性格などのコピーには成功した。だがしかし、ある重要な欠点を抱えた状態では成功したとはいえない代物だと考えていたからだ。

 

 だがそれを説明したうえで依頼者である彼がそれで良いと頷くのなら、なにも言うことはない。

 

 

 

 

「記憶の植え付けに不備がある。全ての術式は完成したが、完璧なオリジナルのクローンとしてはまだ不完全だ。きっかけがなければちゃんと戻らないが……それでいいというのか?」

 

 

「フッフッフッ……つべこべ言わずに連れていけ、そのクローンの元までな」

 

 

「……ああ、こっちだ」

 

 

 

 連れてこられた部屋にて、その子供が座って本を読んでいる姿が見える。

 依頼者―――ドフラミンゴにとって見覚えがある少年。憎くて愛おしい弟にそっくりなクローンを。

 

 記憶に不備があるといったのは確かなようだ。

 そのクローンはドフラミンゴを見て目を見開いた。何か思い出すようなきっかけでもあったのだろうか。

 

 

 彼は本を落とし、彼を指差して息を吸う―――――――。

 

 

 

 

 

「もふもふピンクの変態が来たぁぁぁぁっっ!!?」

 

 

 

 

 ―――――――その日、研究所の中で奇声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 よく夢を見ることが多い。

 でもたぶん、それは実験の副作用なせいだと思う。

 

 科学者の変態野郎が何度か俺の頭に変な装置を取り付けてしばらくの間そのまま放置されることだってあるし、赤ん坊の面倒を見ろとか言っていろいろと雑用をやらされたり、実験台にされたりともはや慣れたもんだった。

 まあドジって爆発させたこともあったけど、それだって仕方ない事ばっかだったし。

 

 その後、引き取られた先では研究所よりも面倒なことが待っていた。

 

 

 だから、俺がピンクコートのおっさん……ドフィと呼べって言われたっけ。

 えっと、そいつに殺されそうになる悪夢をよく見ているけれど、多分それはドフィのせいだ。

 

 

 

 

「ベーッヘッヘッッ! それで不貞腐れてんのかぁ!?」

 

 

「モフモフコートぐれぇ良いじゃねえか!」

 

 

 

 ドフィの仲間であるおっさん組のテンション高い方の2人が笑いながら俺の頭を叩く。

 この野郎……俺の身長が縮んだら許さねえからな!

 

 

 

「ドフィと一緒は絶対に嫌だ!」

 

 

「だから黒コートにしてやってんだろー!」

 

 

「色が違うだけだろ! 変な化粧もされて困ってんだよ!」

 

 

 

 

 そう、悪夢を見る直接の原因はドフィが強制した俺のイメチェンである。

 ピエロのような化粧と、モフモフの黒コートなどなど……。

 

 悪夢では大人になった俺が着て拳銃で殺されていたが、今の俺は小さい身体にぴったりの黒くてモフモフのコートと、ハート模様の赤い帽子。そしてシャツとズボンである。

 

 これを子供に強制するとは……あいつはショタコンか変態か……。

 

 

 

「なあ、今度ドフィを起こしに行ってもいいか?」

 

 

「あー? 何するつもりだ?」

 

 

「悪戯。ドフィの顔を俺の化粧みたいに塗りたくってやるんだ……!!」

 

 

「べっへっへっー! そんなの無理だんねー!」

 

 

「んなわけあるか! やってみなけりゃあ分からん! だから俺はやる!」

 

 

「ウハハッ止めとけ止めとけ! お前みたいなドジっ子はな、ドフィに返り討ちに合うのが普通だろーよ!」

 

 

「うぐぐ……」

 

 

 

 くそっ。酒飲みながら馬鹿にしやがって!

 あー……でも、俺の手に負えないのは本当の事なんだよな。

 

 

 何故か俺が裏切るんじゃねーかって警戒されることも増えていたけれど、しばらくしたらただのドジっ子として処理されるようになったし……。

 それに、何故か半日ぐらいはドフィの膝の上に乗せられてしばらく昼寝とかさせられるし……。

 

 

 ―――――そう思っていたら、扉を開けて噂のドフィがやって来た。

 

 

 

 

「ロシー。こっちに来い」

 

 

 

「……んーっ」

 

 

 

 

 トレーボルとディアマンテから離れて、扉の先で待つドフィへ近づく。

 椅子から立ち上がって歩き出した俺に、わざと黒コートを背負わせたトレーボルには後で何かしらの悪戯でも仕掛けてやるか……。

 

 

 

「フッフッフ。城の生活に慣れてきたようだな」

 

 

「……まあ。あれだけいろいろと弄られたり笑われたらなぁ」

 

 

「フッ……そろそろ行くぞ、ロシー」

 

 

 

 急に俺を抱き上げてきたドフィに首を傾ける。

 朝どこかへ行くとかそういう話は聞いてない。というか、またショッピングにでも行くつもりか?

 また俺の黒コートとか買うのか?

 

 

 なんとなく遠い目になりながらも、ドフィのコートを握りしめる。

 

 

 

「……どこに行くんだ、ドフィ?」

 

 

「海軍本部の基地だ」

 

 

「えっ」

 

 

 

 いやちょっと待て。

 何で海賊のドフィが海軍本部に行くんだよ!?

 

 

 というかちょっと悪そうなデザインのサングラスを俺にかけんな!

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「マジで来ちゃった……」

 

 

「フッフッフ。あのガキは何処だ」

 

 

「ガキ?」

 

 

「会えばわかる」

 

 

 

 そう言いながらも俺を抱き上げたままのドフィがズンズンと海軍本部の中へ入って行く。

 というか、海兵さん達捕まえなくて……あーそうだ。こいつ七武海だっけ。

 

 海兵たちがジロジロと俺達を見つめているけれど、捕まえようとしないのはそのせいか。

 

 

 

「なあ、どこへ行くんだよ?」

 

 

「フッフッフ……」

 

 

「むっ……」

 

 

 

 笑うだけで何も言わないドフィに苛つき、あいつの頬を引っ張る。

 あーでもあんまり伸びねーなー。

 

 一度頭を叩かれたが、止めろとは言わないドフィに俺の気の済むまま頬を思いっきり引っ張ってやる。

 

 

「……コラさん」

 

 

「へ?」

 

 

 廊下の先にいたのは、モフモフの白い帽子をかぶった……いや、知らない……人だ。

 知らない……?

 

 

 

「あれ……うん……?」

 

 

「フッ! ロー、こいつが誰なのかお前は知らねえだろうな。こいつはロナン。ロシナンテの息子だ!」

 

 

「なっ……」

 

 

「はい?」

 

 

 

 あれー。ロシナンテって確か俺のオリジナルの名前じゃなかったっけ?

 何で息子扱いしてんのこの変態ピンク。

 というか、クローンって事実を知ってるくせに何で嘘をつく必要があるんだろうか。この人は、俺の……いや、俺のオリジナルの知り合いか?

 

 

 というか、何であの人衝撃を受けたような顔で身体をふらつかせてるんだ?

 

 

 

「そうか。そうか……ドフラミンゴ、お前には昔からそうだったが……返してもらうものがあるみたいだ」

 

 

 

「フッフッフ。こっちもそうだ、分かってんだろうな、ロー?」

 

 

 

 急に薄い膜がローと呼ばれた人を中心に円状に張り巡らされる。

 

 ドフィが指を鳴らして何故か戦闘態勢になり、その人を見つめて笑っている。

 笑っているというか、楽しんでる?

 

 でも戦おうとはしない。

 むにーっと俺がドフィの頬を引っ張ってるのが緊張の糸を切らしている原因か。

 それとも他に何か事情があるのか。

 

 

 

「止めんか貴様ら! ここは海軍基地じゃぞ! 海賊が好き勝手にするな!!」

 

 

 

 

 ああ、海軍基地にいるからか。

 とりあえずお前ら、俺をじっと見るのを止めてくれ。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編IF もしもリードのオリジナルが……



こういうIFが何故か書きたくなったので投稿しちゃいました。
リクエストはいつでも受け付けてますよー(こっそり)


テーマ『もしもリードのオリジナルが―――――じゃなくて、ローだったら』










 

 

 

 

 

 頭痛が酷くなるとはまさしくこういう時を言うんだろう。

 

 

「リード、俺こういうのは駄目だと思うんだ」

 

 

「やっ!」

 

 

 

 赤ん坊の頃は可愛らしかった。まあ大人しいというべきか。あんまり主張しないし、我儘を言うような子じゃなかったんだけどなぁ。

 俺によく懐いているから、離れたらすぐに泣いてしまうところもあった。

 多分俺のオリジナルは、リードのオリジナルと共にいたことがあったのだろう。

 

 リードのオリジナルが誰なのかすぐに分かってしまったし、そのせいでこの二年間に記憶の大半を思い出してしまった。

 

 

 リードが歩けるようになって、彼もまたオリジナルとしての記憶を大体知っている。

 それでも彼はちゃんと俺と同じようにクローンとして生きていこうと決めた……みたいなんだが……。

 

 

 

「俺はオリジナルじゃないんだぞ? こういう化粧とか帽子とか……していてもな?」

 

 

 

 何故か今日はリードがわがままを言ってきた。

 俺にオリジナルがしていた時の格好をしてほしいというのだ。

 

 とりあえず化粧とかモフモフコートとかは……まあ、リードが強請ってきたからつい買っちゃったけどさ……うーんそこらへんはドジったな……。

 俺はクローンであって、本物のオリジナルじゃない。だからそういう格好をしても、ロシナンテが戻ってくるわけじゃない。まあ見た目同じだから子供バージョンのロシナンテになると思うけどさ。

 それをちゃんとリードも分かってくれていると思っていたんだが……。

 

 どうしたものかと思っていたら、リードが目を潤ませて俺を見上げてきた。

 

 

 

「こらしゃ……ゆめみちゃ……」

 

 

「ああ、そういう……」

 

 

 

 たぶんオリジナルが見た記憶を思い出したのだろう。

 リードのオリジナルはローだから、俺が死んだ時の夢を見て、怖くなって会いたくなったとかかな。

 

 リードもまだ子供だし……はっきりと区別付けるのもつらいよな……。

 

 

 ――――――よし。

 

 

 

 

「ほら、ちょっと待ってろよリード……」

 

 

「う?」

 

 

 

 ささっと化粧を付けて、帽子とコートをやって、そして極めつけのタバコ―――に見立てた棒付きキャンディを咥えてっと。

 

 

 

「どうだー!」

 

 

 

「こらしゃん!」

 

 

 

 わぁっと久々に見る満面の笑みを浮かべて俺に抱きつくリードの頬を撫でる。

 ものすっごく嬉しそうだが、クローンのロナンとしての俺はちょっぴり複雑だ。まあリードが楽しそうならいいか。俺、コラさんじゃねえけど。

 

 

 

「こらさ、だっこ!」

 

 

「おう! ほら、おいで!」

 

 

 

 しゃがんだまま両手をリードに向かって伸ばしていると、小さい彼は小さくジャンプをして俺に飛びつく。

 そのまま抱き上げて、その柔らかい頬に俺のも擦り寄せた。

 リードの頬は常人よりちょっとだけ白い。それ以外は幼児と変わらないが……

 

 

「リード、クルクルするぞー!」

 

 

「こらしゃん! ドジるにゃよー!」

 

 

「ドジらねえよ!」

 

 

 

 クルクルと回って、リードが嬉しそうに笑う。

 そんな元気な声が何時までもあればいい。

 

 

 クローンだから……この先、珀鉛病になる可能性だって十分あるんだ。

 それが心配で、そうなったときは俺は――――――。

 

 

 

「こらさ……ううん、ろにゃん!」

 

 

「うん?」

 

 

「ありがと!」

 

 

「……ハハッ。こっちこそ、ありがとな」

 

 

 

 

 うん、リードの笑顔を見て元気出た。

 今いろいろと考えていても仕方ないよな。

 

 よし! やるべきことをやっていこうっと!!

 

 

 

「なあリード。化粧落としてもいいか―」

 

 

「やっ!」

 

 

「おいおい……俺はコラさんじゃねえぞ?」

 

 

「もうすこし!」

 

 

「あー仕方ねえなー」

 

 

 

 まあ、息子のような可愛い弟分の我儘くらい許容してやりますかね。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編IF 彼はクローンじゃないので



ここにきて番外編IFです。続きを期待してくださってる方申し訳ない!

テーマ『ロナン君は純粋にロシナンテとして生まれ変わりました』
記憶知識とかはいつも通りです。宜しくお願いします。






 

 

 

 

 

 オーケー。落ち着こうじゃないか。

 とりあえず死んだのは分かってる。あの時の一瞬の激痛と冷えた身体の全てを覚えてる。

 だからこれは生まれ変わりだ。……たぶん、物心がついたからとかそう言うのだろう。

 

 今の俺は三歳ぐらいか?

 まあ急にふっと「あ、俺死んだんだ」って思い出してこのロシナンテとしての人生を受け入れるだなんてそんなこと……うん、でも現実逃避しても意味ねえよなー。

 

 

 

「ロシー、何してるんだえ?」

 

 

「んー……」

 

 

 

 ―――――ああ、兄上が来た。

 でもその格好とか口調は止めた方が良いと思いますよ。

 それ以外は優しそうな眼とか凄く良い兄だっていうのは分かってるんだけどな。

 

 まあロシナンテとしてのぼんやりした記憶の中では、他の偉そうな人たちも同じようにやってるからなぁ。

 とりあえず「うっ……邪気眼が疼く!」とかいうような黒歴史にはならないと思うけどさ。

 

 

 

「眠いのかえ?」

 

 

「……うん」

 

 

 

 もう現実逃避しておきたいですね。

 ええマジで……。

 

 

 

「なら兄上が連れてってやるえ。ほら」

 

 

「うん。ありがと……兄上」

 

 

「フッフ……ロシーは甘えたがりだから仕方ないえ」

 

 

 

 兄上が両腕を伸ばした俺のことをしっかりと抱っこして―――――でもちょっとだけ足を引きずりながらも俺をベッドまで運んでくれる兄上にすがりついて現実逃避する。

 とりあえず成長しておっさんになっても兄上がこの口調だとなんか嫌だなぁ。

 なんかこう……サングラスとか付けて近寄りがたい感じで「~るえ」とかはちょっと……。

 

 よし、いろいろと甘えておこう。

 甘えたがりのロシーちゃんとして、兄上の口調を密かに変えてもらうよう頑張る。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 あれから数年が経った。でも生活は相変わらずだ。

 

 あと、俺の名前はどうやらドンキホーテ・ロシナンテというらしい。

 

 よく分からないけど、一般人よりは偉い貴族の家柄で、金はたくさんあるみたいだ。

 えっと……天竜人だっけ? そういうものらしい。

 

 

 でもあまり良い感じではない。

 父上の友人が偉そうに「この奴隷は五億で買った面白い玩具だえ!」とか強靭で残虐そうな顔つきをした巨体の男の背に乗って自慢するのは変だと思う。

 というか奴隷ってなんだよ。そういうのが当たり前の世界なの?

 あの巨体の男凄く目がイってるぞ。この世全てに絶望しているような死んだ目だったぞ。

 

 

 

「ロシー! 一緒に奴隷買いに行くぞ!」

 

 

 

 

 はーいやっぱり兄上もそういうこと言うよねー!

 口調を普通にしてもらっても、やっぱり周りを見てるとそうなるよねー!!?

 

 

 

「うーん……」

 

 

「……どうした、ロシー?」

 

 

 

 首を傾ける兄上に対して、軽くとぼけたふりをしておこう。

 ドジっ子ロシーちゃんは母上に似て天真爛漫なんですよー。ちょっと意図的な部分もあるけど……そうしないとこの世界やっていけねえから。

 

 

 

 

「兄上、俺ね……奴隷よりも物とかの方が良いな」

 

 

「……物?」

 

 

「うん、悪魔の実とか面白そう」

 

 

「……そうか、分かった。可愛い弟が望むなら買ってやるよ!」

 

 

「え、ほんとう? わーい! ありがとう兄上。だいすきー!」

 

 

「フッフッフ。ロシーは可愛いから仕方ないな」

 

 

 

 頭を撫でてくれる兄上にすり寄って抱きつく。

 とりあえずこれで奴隷回避。あと死亡フラグも……回避できたらいいなぁ。

 

 ―――――というかグランドラインがあるとか、俺達の家がレッドラインの上に位置する場所とか……。

 これ絶対ワンピースの世界だろ。

 俺あんまり読んでなかったから知らないけどさ……。

 

 天竜人って闇が深すぎて死亡フラグにしか思えないもん。

 普通に考えてワンピース世界での敵キャラとかそういうのになりそうだな。

 

 こんなことなら前世でしっかりと読んでおけばよかったぜ……。

 

 

 

 

「ドフィにロシー、ちょっと来なさい」

 

 

「うっ?」

 

 

 

 あれ、父上と母上?

 二人そろって俺達を呼ぶだなんて珍しいな……。

 

 兄上も首を傾けてとことこと彼らに近づいているぐらいだし……うーん?

 

 

 

「引っ越しをしよう。地上へ行くよ」

 

 

 

 

 ―――――――あっ、まずいこれ死亡フラグ。

 だって天竜人って地上では嫌われてるんでしょ?

 

 前に仕方なく奴隷市場みたいな場所に連れて来られた時に周りの人たちが膝をついて頭を下げてた異様な光景が広がってたからな。

 でも目つきだけは天竜人に対して憎しみを込めてるような感情が見え隠れしてたからな!

 

 

 

「待って父上、話し合おうよ!」

 

 

「もちろんだとも。家族で一緒に地上へ行くんだから……お互い納得していきたい」

 

 

 

 ああ父上マジで近所やら知り合いやらのクズな貴族たちとは違っていい人! 母上もいい人!

 兄上だって奴隷欲しいとか言ってるけど、あれただ周りに流されてるだけだからまだいいから! 俺がどうにか我儘言ったらすぐに止めてくれるし!

 なんなら「兄上きらい!」とか言えばすぐ再起不能になるし!

 

 

 

「ねぇっ、兄上! 地上へ行くならこっそり行ってみたくない?」

 

 

「こっそり?」

 

 

「どういうことかしら、ロシー?」

 

 

 母上と兄上が同時に首を傾ける。

 

 

 

「あのね、俺達の凄い家柄が地上に降りるって結構大騒ぎになると思うんだ」

 

 

「それが良いんじゃねえか!」

 

 

「うん、兄上ならそう言うと思った! でもね、それだったらさ……こっそり引っ越した先で身分を隠して生活して……っていうの、本で読んだことあるでしょ?」

 

 

「っ!」

 

 

 

 目を見開いている兄上は、おそらく以前読んだ本を思い出しているのだろう。

 実は凄い権力を持ってる主人公が身分を隠して生活し、様々な事件に対して裏で暗躍し活動するが、表は凡人を演じているギャップがとても良いダークヒーロー本を。

 

 母上もそれを読んだことがあるから、「面白そうね!」と子供のような純粋な笑みを浮かべて頷いている。父上はよく分かっていないみたいだが、家族がそう望むのならと受け入れてくれているようだ。

 あとは兄上だけだが……。

 

 

 

「兄上。俺と一緒にあの本の主人公みたいにいろいろと暗躍しよう!」

 

 

「っ! ……ああ、分かった! 可愛いロシーの頼みならやってやるよ!」

 

 

「やったー! ありがとう兄上!」

 

 

 

「じゃあ早速準備しようか」

 

 

「そうね。でもこっそりと……ね?」

 

 

 

「うん!」

 

 

 

 俺この家に生まれて本当に良かった。

 あの近所のクズな家族の息子だったら絶対に家出してたわ。

 

 とりあえず地上に降りることになったら……うん、この世界をいっぱい楽しんでやろうかな。

 

 

 

 

 






 ――――――だがしかし、ロシーは知らない。


 ドフラミンゴが考える暗躍がかなり間違った方向へシフトし、海賊になるということを。
 そして、地上に降り立った時から盛大な死亡フラグを撒き散らすことになるのだが……。



 今の彼は何も知らない。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三つ巴の小さな共闘戦
海列車の先の惨事


 

 

 

 

 

 一息つけたというのは、まさに今の状況を言うのだろう。

 最後部の扉を開けて列車の中へ入り、椅子へ座る。

 

 人はほとんどおらず……うん、リュックを隣の椅子に置いて、リードを座らせても良いと思えるぐらいには誰もいない。列車の後ろの方に座っているからか、それともあまり乗車する人はいなかったのか。

 まあそれはどうでもいいか。リードが椅子に座った先から外を眺めてとても楽しそうだし、落ちないように気を付けておこう。

 

 

「これからどうするべきか……いや、何をするべきなのかな……」

 

 

「うー?」

 

 

 あの時、あの人を見た瞬間に感じた強烈な懐かしさと悲しさはどういう意味なのか……今の俺にははっきりと分かる。

 不意に口にした言葉も全て――――――あれは、俺の言葉じゃない。

 

 だが、本心から口にした言葉だという自覚もあった。

 

 

 

「……クローンとして、記憶が目覚めてるってことか」

 

 

 

 鷹の目が言っていた言葉を思い出す。

 オリジナルとしての記憶が目覚めれば、クローンとしての俺が消えてしまうかもしれないという言葉を。

 

 ……でももう手遅れな気がするんだよな。

 それに、思い出しても大丈夫な予感もある。感情や記憶のせいで俺が俺じゃないような言葉を吐くときもあるけれど。

 

 でも、あの人……センゴクさんに会って思い出さないといけない感情に芽生えたんだ。

 何故か、そうしないといけない気がして……。

 

 

 

「……問題は思い出せるか否か。なんだよな」

 

 

「あーうー!」

 

 

 

「っておいリード。お前何やってんだよ?」

 

 

 

 置いておいたリュックの中を探っているリードに苦笑する。

 外の光景にはもう飽きたんだろうか。それとも腹が減ったのか?

 

 

 

「……あれ、なんだこれ」

 

 

「こりぇー」

 

 

 

 リードが手に持ってぶんぶん振り回していたのは、ウォーターセブンでよく見かけていた仮面。

 子供用の仮面で、顔を隠せるようなもの。

 

 ……なんか仮面の裏に手紙が張り付けてあるな?

 

 

 

「なになに……えっと、『仮面なら海軍に見つかっても顔を隠すことができるわいな!』……って、モズさんにキウイさん……」

 

 

 

 この怪しげな仮面で顔を隠しても、海軍に怪しまれるのは確実なんじゃないのかな。

 余計に怪しまれて仮面を剥ぎとられたらどうすればいいんだろうか。

 

 ……あーいや、好意は受け取っておきます。

 使える時が来るといいのだけれど。

 

 

 

「いや、ないよなー」

 

 

「なー?」

 

 

 

 リードが首を傾けて笑ったので、その頭を撫でておいた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 海列車が進む、次の島。

 春の女王の町セント・ポプラ。

 

 最近では、よく分からない歌舞伎の人やら石鹸人間やら動物の……キリンや狼などによって襲ってきた海賊の危機から救ってくれたとかいう話がある。その感謝も込めて祭りを開いているんだとか。

 

 それ以外にも―――――――祭りの中であるいろんな海の貴重な掘り出し物が売られるとかいう話もある。例えば空から降ってきた不思議な貝。能力者を封じることのできる石。それ以外にもあると言われる。

 

 俺が逃げた日は、その祭りが数日開催される最中だった。

 

 そのはずだった。

 

 

 

 

「……なんだこれ」

 

 

 

 

 海列車から降りて駅から見えた先には、爆発でもあったかのような惨状。

 地面が割れ、ぱっくりと外灯が真っ二つに切れ、家が所々破壊されている。

 海賊の奇襲でもあったのだろうか。

 

 町全体が何やらボロボロで、海兵たちがそこらに歩いているのが見えた。

 

 

 

「スモーカーさん! スモーカーさん、どこに居るんですかー!!」

 

 

 

「やべっ……」

 

 

 

 物陰に隠れて様子を窺う。

 剣を腰にさした女性だが、嫌な予感しかしないのはなぜだろうか。それにあの女性って見たことあるような気がするんだよなぁ。

 これは前世の記憶か、それともオリジナルとしての記憶なのか。

 

 ……最近どっちがどっちなのかぐっちゃぐちゃなんだよな。

 はっきり思い出せたなら分かると思うんだけど。

 

 

 

「……とりあえず、仮面の出番かな」

 

 

 

 すいませんモズさんにキウイさん。仮面が使う日は来ないとか言って……。

 顔を隠す必要が出たので使います。

 

 

 

「あぶー!」

 

 

「俺の顔が仮面で隠れて面白いか、リード?」

 

 

「あいー!」

 

 

 

 リードが手を伸ばして俺の仮面を触ってくる。

 まあそれは好きにさせておくとして……。

 

 

 

「とっとと次の島に行こう」

 

 

 

 海列車はしばらく出ないから船で行こう。

 どうせ海列車の次の島は美食の町プッチだし、あの俺達を追ってきていた男女がまだいる可能性だってある。

 

 能力を駆使すれば船の中で隠れることもできるだろうし……よし、そうしよう。

 裏路地を通って、海兵たちから隠れながらも船があると思える港を目指す。

 

 

 

「……あれ」

 

 

「うー?」

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

 

 青髪の女の人が腹から血を流して座っているのが見える。

 両手で袋を大事に抱えて――――――誰だあの人?

 

 

 

「海賊……いや、一般人か?」

 

 

 

 

 なんにしても、このままにしておくわけにはいかない。

 一応リュックの中には包帯とかもあるし……助けるか。

 

 

 

「リード、大人しくしとけよー」

 

 

「あぶー!」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼はとっくにドジってる

 

 

 

 

 

 腹の怪我に応急処置をしていく。

 血はかなり出ているが、深手ではないみたいだ。

 といっても、前世的な思考で見れば重傷なのは確かだろう。

 

 ……ああ、こういう時に限って記憶が混合してるって実感するな畜生。

 応急処置だって普通ならできないのに、どうすればいいのか分かるのだから。

 

 

 包帯を彼女の腹に巻き、目覚めるのを待つ。

 医者の所へ連れて行きたいが、彼女を支えて何処かへ行くことなんて俺にはできない。

 

 

 

 

「あぅー」

 

 

「リード。その人の持ち物に手を伸ばしちゃだめだ―――――どぉ!?」

 

 

 

「うだぁー!」

 

 

 

 派手に背中から転がり、壁に頭をぶつけて激痛で身体が震えるぅ……!

 いだだだだっ!

 

 頭に直撃はマジで痛い……ああくそ……!

 リードは笑ってるけど、こっちは泣けてくるんだからな。一日に何回か転がるけど、頭へ直接ダメージがいくのはかなり辛いんだからな!

 

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

「うぐぐっ……ん……?」

 

 

 

 瞼を震えさせ、うめき声を上げながらも目を開けてくれた女の人が、こちらを見た。

 

 

 

「だ、誰。海賊っ!?」

 

 

 

 あっ、やべ。

 もしかして海兵がいた時からずっと仮面かぶってるから変な奴だと思われたか!?

 

 こちらを警戒し、何故か片手を淡く光らせてきた女性に向かって何度も首を横に振る。

 

 

 

「ち、違う違う! お祭りだって聞いて……ほら、仮面付けていろいろと遊ぼうと思って! それで、お姉さんが腹から血を出して倒れてるのを見つけて応急処置だけど手当てして助けたんだ。俺は海賊なんかじゃないよ!」

 

 

「あぶー!」

 

 

 何でリードは微妙に不機嫌なんだよ!

 変に思われるからそこは笑っとけって!

 

 いや、そういうことは言えないから……とりあえずリードの頭を撫でて女性から一歩だけ下がる。

 

 

 俺達をじっと見つめている女性は何も言わない。

 仮面をずっとかぶったままでいる俺に対して、怪しいと思っているのだろうか。

 

 ―――――いや、どう考えても怪しいよな!

 いくらなんでも変な仮面かぶって応急手当てする少年って怪しさ満点だよな!

 

 ああドジった……って言えるのか?

 

 手配書を見られていたんなら俺を攻撃しようとするかもしれないし……でも、助けたことに悔いはないし……。

 

 

 そう思っているうちに、淡く光っていたはずの女性の片手が下げられる。

 こちらを見て小さくため息をついて、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「……悪かったわね坊や達。この島に海賊がいたからとっさにそう思ってしまって……それと、手当てしてくれてありがとう……うっ……」

 

 

「お姉さん、無理しない方が! ほら、医者に行った方が良いと思うぜ!」

 

 

 

 立ち上がった女性が怪我の痛みでふらつき、地面に片膝をついて荒く呼吸している。

 今は命に問題はないとしても、このまま出血し続けているといずれ死んでしまうだろう。

 

 無理やり立とうとして包帯の隙間から出血しているんだから相当な痛みのはずだ。

 

 

 

「大丈夫よ坊や。私には……私達にはやらないといけないことがある。奥にあるもう一つの……あれを手にするために、襲撃しないと……」

 

 

 

 だが女性は頑なだった。何かをぶつぶつと呟きながらも、必死に前へ進もうとしていた。

 倒れた時から持っていた袋を大事そうに抱えたまま、さらに路地裏の奥へ入ろうとする。

 

 何かの目的を持って、その信念を貫こうとする。

 

 

 

「あと一つです、先生。あと少しで……」

 

 

 

 何となく、邪魔しちゃいけないような気がした。

 それぐらい彼女の瞳はまっすぐで、それで死ぬのも本望というような感じがした。

 

 

 

「ろなー!」

 

 

「……応急処置はしてある。でも医者に行かず、どこかへ行こうとするのなら……その責任は彼女にある」

 

 

 

 俺を初めて見た瞬間に海賊と言って険しい表情を浮かべたぐらいだ。

 彼女は悪じゃない……と思う。

 

 路地裏の奥へ進み、彼女の姿が見えなくなるまで思わず見送ってしまったが……本当にこれで良かったんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ……ちょっといいか」

 

 

「え?」

 

 

 

 急に俺の背後から、少々声色の高い少年の声が聞こえた。

 幼い声だから海兵ではないはず。乱暴そうな声だから海賊の子供とかかもしれない。

 ……でも、なんかピリピリしたような声だ。

 

 

 それに聞いたことのあるような声がする。

 何となく、振り返っちゃいけない。でも振り返らないといけないような気が……。

 

 

 

「ここに女がいなかったか? 青髪をした女だ。俺はそいつを探してる」

 

 

 

「えっと、彼女が何か―――――――」

 

 

 

 

 振り返った先にいたのは、刀をこちらへ向けている子供だった。

 リード以上の刺青が、少年の半袖から覗く腕に描かれているのが見える。

 何度か徹夜したんじゃないかと思えるような隈。そして少し顔色が悪そうな白い肌。

 

 モフモフの帽子をかぶった少年に――――――見覚えがある……ような……。

 

 

 

 

「トラファルガーっ……ロー!!」

 

 

 

 

 路地裏の真上。

 煙を身体に纏いながら落ちてきた彼と同じ年齢ぐらいの少年が十手を手に持ったまま襲いかかってくる。

 それをモフモフ帽子の少年が、その幼い身体には似合わない長身の刀を自在に操って抵抗して火花が出て……。

 

 

 

「きゃーぅ!」

 

 

「いやいやいや。喜んでる場合じゃねーぞリード!」

 

 

 

 ってかなにこれ。なんだこれ!?

 

 なんかリードも変に喜んでるし!!?

 

 

 

 

「チッ、なかなかしぶといな白猟屋。おいお前ちょっと来い」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 腕を引っ張られ、何故か抵抗できずにそのままモフモフ帽子の少年の言うがまま連れて行かれる。

 というよりは、後ろにいる険しい顔をした少年から逃げる。

 片手を引っ張られて―――――――

 

 なんか……それも懐かしいような……?

 

 

 

「けむりゃーん! とりゃ……あぅ。とりゃおー!」

 

 

「誰がケムリンだクソガキ!」

 

 

「いや俺が言ったんじゃねーよ!!」

 

 

「その赤ん坊よく喋るようだな。健康そのものだ」

 

 

「お、おう……ありがとな」

 

 

「何逃げながら照れてやがるクソガキどもがっっ!!」

 

 

「ハッ、今はお前もクソガキだろうが白猟屋。ここで戦うのはお互いの為にならないと分かっているはずだ」

 

 

「ハンデはいらねえか? あぁ?」

 

 

 

 えー。マジでなにこれ……?

 

 ってか2人とも、喧嘩しながら逃げたり追いかけたりするのやめようぜ……。

 どっかで足を躓けて転んでも知らないからな! 俺が!!

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮面に隠すその子供

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――海兵は嫌いか?

 

 

 ―――――――政府に関わる奴は吐き気がする!!

 

 

 

 

 

 幻聴だというのは分かっている。だが懐かしいと思える声が聞こえる。

 頭も痛いし、何が何だかよく分からない感覚もする。

 

 何故だが急に口に何かを咥えたくなる衝動に襲われる。

 俺の手を引っ張ってどこかへ行こうとするモフモフ帽子をかぶった少年に、無性に抱きつきたくなる。

 

 でもそんなことをして何になる。

 俺は知らない。トラファルガー・ローだなんて七武海で海賊な男のことを、俺は知らない。

 

 

 ……でも、この子供のことを知ってると心が叫んでいる。

 

 

 

 

「おい白猟屋。ここで争っても何の意味もねえ。子供の体力も限られてるんでな――――――俺は七武海だ。海兵と争うような立場じゃねえことぐらいお前にも分かってるんだろう」

 

 

「…………チッ、そういうところが気に食わねえ」

 

 

「フッ」

 

 

 

 仕方がない、渋々降ろしてやるか。

 そう言っているような態度で後ろから追いかけてきていた煙まみれの少年が立ち止まる。

 

 

 そしてモフモフ帽子をかぶった少年も急に立ち止ま―――――――ちょっっっ!!?

 

 

 

 

 

「ごっふっっ!!?」

 

 

「びゃー!」

 

 

 

 

 足が絡まりモフモフ帽子の少年よりも前に何度も転がりながら出て、その正面の壁に顔面をぶつけて止まった。

 顔面というか、仮面越しにぶつかったので余計に痛い。

 

 咄嗟に両手でリードの頭や身体を守るように抱きしめてたから……大丈夫……だよな?

 

 うぐぐ……。

 

 

 

 

「いでででっ……」

 

 

「何やってんだお前」

 

 

「う……うるせー……」

 

 

「うるしゃー!」

 

 

 

 急に立ち止まるような軽快な動きをドジな俺が出来るわけもない。

 モフモフ帽子の少年が呆れたような目で俺を見ており、煙の少年が小さくため息をつく。

 

 そんな気まずい空気に、何とも言えないまま立ち上がって彼らの傍へ寄っていった。

 

 

 

 

「……ロー。このガキは誰だ。仲間か?」

 

 

「違う、あの青髪の女の居所を知るガキだ」

 

 

 

 

 そう言って、二人の目が俺を直視する。

 殺気はないけれど……嫌な感じだ。

 

 煙の少年……たぶん先程の……モフモフ帽子少年との会話で海兵だというようなことを言っていたから、多分彼は海兵だろう。

 だから俺に十手を向けて、怖い目つきで睨みつけてくる。

 

 

 

 

「おいガキ、てめえ何で仮面をかぶってる」

 

 

「えっ」

 

 

「何か顔を隠す理由でもあるのか?」

 

 

 

 まあ、普通はそう思うだろう。

 このまま怪しまれるぐらいなら、仮面を取っても良いかもしれない。

 

 でもそれは駄目だと本能が訴えかける。あのモフモフ帽子の少年に……。

 ――――――ローに、顔を見られてはならないという思いがあるのだから。

 

 

 

「仮面は……顔を見られたいという訳じゃない。こっちにも事情はあるんだ。えっと白猟……?」

 

 

「けむりゃーん!」

 

 

「ああ、ケムリンだっけ?」

 

 

 

 リードの言葉に頷いた俺を見て、ケムリンな少年が額に青筋を立ててキレやがった。

 

 

 

「誰がケムリンだこのクソガキ!! 上等だ……無理やりその仮面を引き剥がすぞ!」

 

 

「んなことしたら青髪の女が何処に向かったのか言わないからな!!」

 

 

 

 なのでやめてください!!

 俺は弱いんですぐに仮面を引き剥がされちゃうから!!

 

 

 

「……おい白猟屋、余計なことをして手間取らせるな。あの女が永久にこの島にいるとは限らねぇんだ」

 

 

「……チッ」

 

 

 

 ようやく殺気がなくなるが、それ以上にこちらを追求するような目が向けられる。

 

 

 

「とりあえず、どういうことなのか話を聞いても?」

 

 

「……そしたら話すか?」

 

 

「まあ……」

 

 

 

 

 治療した彼女に危害を加えそうな雰囲気のある2人にそのまま話せるわけはない。

 まあ、俺も確実な情報を知る訳じゃないからな……。

 

 ただなんとなく、モフモフ帽子の少年を放っておけるような気はしないだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 詳しい事情は話すつもりはないらしい。

 だが、ある程度のことは教えてくれた。女性が海賊と同じく敵であるということ。

 彼らが海兵と七武海であるということ。

 

 そして女性が何をやったのかを――――――。

 

 

 

「ええっと……つまり、あの女性はモドモドの実を食べた能力者で、こちらに歯向かってきたから戦って?」

 

 

「海軍の物となるはずのエターナルポースを奪って逃げたんだ」

 

 

「そのエターナルポースって?」

 

 

「…………」

 

 

「ああ、言えないのな……まあとにかく、その能力者の力のせいで子供にされたと?」

 

 

 

 否定も何もなかったので、とりあえず頷いた。

 

 

 

「えっと、1回触られたら12年……で、今はケムリンが10歳と、えっと……」

 

 

 

「とりゃおー!」

 

 

 

「ああ、トラ男が12歳か」

 

 

 

「おい誰がトラ男だ」

 

 

 

 

 ごめん。でもローって面と向かって言うのは、何か……うん……。

 でもため息ひとつで許してくれるのはありがたい。良い子に育ったな!

 

 いや、良い子とかじゃねえだろ。

 ああもう。これは俺の言葉じゃねえな……。

 

 

 

「あーっと……身体や精神年齢はどっちも俺より年上なんだな……」

 

 

「ああ? てめえ何歳だ」

 

 

「えーっと……8歳くらいっ?―――いだっ!?」

 

 

「てめえは13歳くらいだろ」

 

 

「いやいやいや……」

 

 

 

 いくら身長が大きくても頭殴ることないだろ!?

 

 だいたいそのぐらいの年齢だって大体でわかるし!!

 たぶんオリジナルの記憶の感覚で言うと8歳なんだよ! お前らよりちょっとでけえけどさ!

 

 

 

 

「とにかくとっとと話せ」

 

 

「ああうん、えっと女性は奥の方の……もう一つの……たぶん、エターナルポースを手に入れるために向かうみたいなことを言ってたよ」

 

 

「奥の方にあるエターナルポースか……なら、あそこか。……あの女、いったい何を狙ってやがる……」

 

 

 

 舌打ちをしたケムリンが、何かを考えるような顔をして遠くの方を見る。

 何を考えているのだろうか。

 

 身体は子供のくせに葉巻を吸って、難しそうな表情をしているのが凄く違和感がある。

 

 

 

「白猟屋、確かエターナルポースは複数管理された場所があるんだろう」

 

 

「あ? てめえらを連れていくつもりはねえよ。俺があの女をどうにかする。それで能力を解除してもらえばいいだろ。ロー、てめえはそこで大人しくしとくんだな」

 

 

「ほぉ? 言うじゃねえか白猟屋……あいにくだが、こっちにもエターナルポースに用があるんでな。海兵が管理するものじゃなく、正規で取引できる代物だ。あの女全部持っていきやがった……」

 

 

「だから手を出したのか……なるほどな。ならエターナルポースはそっちが追え。俺は女を追う」

 

 

 

 そう言ったケムリンが急に煙となって宙へ浮き、天井を伝って行ってしまった。

 そしてローも奥の方へ歩き出して――――――って。

 

 

「ちょっと待ってくれ、トラ男!」

 

 

「あぁ?」

 

 

「俺も一緒にいきたい」

 

 

 

「何言ってんだ……てめえなんか来ても―――――」

 

 

「足手まといになるなら置いていってくれ。囮に使ってくれても構わない。ただ、一緒に行きたい」

 

 

 

 何故かこの少年と離れたらいけない気がした。

 だからついていく。

 

 ついて行かないといけない気がしたから。

 

 

 

「あぅー?」

 

 

 ごめんリード。お前を危険に晒すかもしれない。

 でも絶対に守るから。

 だからローの傍に行かせてくれ。

 

 

 ローはただ無表情で俺を見つめている。

 仮面越しにじっと俺の考えを読みとろうとしているかのようだ。

 

 

 

「……妙な真似はするなよ」

 

 

「ああ!」

 

 

 

 

 良かった。一緒に行くことが出来て……。

 

 

 

「おいそこは穴だ」

 

 

「どぉっっ!!?」

 

 

「きゃーぅ!!」

 

 

「はぁ……」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 奥の方というのは、以前別の島で見たことのある闇市場と似たような建物の中にある金庫だった。

 騒がしい音が聞こえるが―――――たぶんあの女性か、それかケムリンが戦っているに違いない。

 

 その隙に中へ侵入し、ローが狙うエターナルポースを見つけるために探す。

 だが金庫は何故か開きっぱなしで、エターナルポースも乱雑に積み上げられた状態で置かれていた。

 

 もしかしたら女性がもう侵入して何かを持っていったかもしれない。

 

 

 

「くそっ……1つの島を示すエターナルポースは複数あるみたいだが、肝心のがねえ……まさかあの女がもう持ってったのか?」

 

 

「なあトラ男、俺も一緒に探すよ。どれを探してるんだ?」

 

 

「ドレスローザだ。だがどこに……」

 

 

「えっ」

 

 

 

 ドレスローザという名前を知っている。

 俺は知ってる。

 

 

 

 

 ――――――――この筒一つで……はるか遠い国……『ドレスローザ』という王国を救えるんだ。

 

 

 ――――――――届け終えたら……すぐにこの島を出よう。

 

 

 

 

 覚えてる。知っている。

 俺が救えなかった島の名前を知っている。

 

 誰が何をしているのかを、知っている。

 

 

 

「ろなー?」

 

 

 リードの声が遠くで聞こえる。

 手を伸ばし、俺の顎を触って問いかけるような声が聞こえる。

 

 でもそれが理解できても身体が反応しない。

 ただぐるぐると幻聴が聞こえてくるんだ。

 

 ローは何を考えてる?

 ドレスローザで何をするつもりなんだ?

 

 ……いや、考えるべきは一つしかない。

 

 抱き上げているリードを床に座らせた。

 傷つかないように壁沿いに座らせてから、ローを見る。

 

 

 

 

「おいロー。お前そのドレスローザで何をするつもりだ」

 

 

「あ?」

 

 

「あそこには……もう、ドフラミンゴがいるはずだろう。あそこに行って、何をするつもりなんだ」

 

 

 

「……てめえには関係ないだろう」

 

 

「うるせえよクソガキ!!」

 

 

「っ!」

 

 

 

 

 ムカついた。苛ついた。

 だから奴の胸ぐらをつかんで、仮面越しに睨みつける。

 

 この子供は―――――またドフラミンゴに会ってどうするつもりなんだ。

 死ぬ気なのかこのガキは……!!

 

 

 

「ドレスローザに行こうとするな! お前が行って何になる! お前が行く理由なんてないはずだろ!!」

 

 

「うるせえ。手を離せ!」

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 胸ぐらを掴む俺の腹を蹴り、そのまま向こう側の壁に吹き飛ばされる。

 急な激痛と衝撃に視界が明滅する。

 

 子供だというのに強い脚力だ。

 いや、鍛えられたからか。

 それとも元気になったから強くなったのか……!

 

 でも関係ない。

 腹を押さえて再び立ち上がる。俺を睨みつけるローと、向かい合う。

 

 

 

「俺はお前を助けたい! その一心で動いたはずだ!」

 

 

「何を……」

 

 

「復讐してくれだなんて考えてなかった! ただ生きてくれたらそれで……なあロー、お前は……お前が、救われた命を無駄にするなよ!!」

 

 

 

 蹴られた衝撃で身体がふらつき、そのせいで剥がれた仮面がころりと地面に落ちた。

 

 

「はっ……」

 

 

 ローが声なき何かの名前を、唖然とした顔で口にする。

 

 だが我に返り表情を変えて―――――。

 

 

「ROOM」

 

 

 

 薄い膜が俺達を覆いつくし、ローがこちらへ向けて刀を二度、突き刺すような動きを見せる。

 

 ドクリと―――――何かが飛び出したような音が聞こえた。

 何かの衝撃が身体を襲ってきた。

 

 

 

「シャンブルズ」

 

 

「えっ」

 

 

 

 視界が急に狭まる。

 いや違う、ローを直接見ている視界が違う。

 

 ローを、見上げている……!?

 

 

 

「すべて終わったら、元に戻す。だからそのままここにいろ」

 

 

 

 つらそうな表情で、ローが言う。

 慌てて手を伸ばそうとして――――――それが出来ない自分がいることに気づいた。

 

 

 

 

「その顔で、その表情で……二度と同じ言葉を吐くな」

 

 

 

 

 金庫から出ていくローを追うことができない。

 歩くこともままならない。

 

 というか、俺がいるんですけど。

 なんか俺の身体がが壁際で寝転がっているんですけど……?

 

 ローを追いかけようとして……でもそれができない身体に、目を見開いた。

 

 

 

 

「あぅぅぅぅぅっっ!!!!???」

 

 

 

 

 ―――――――リードが俺で、俺がリードになってるぅぅぅ!!!!???

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二年後へのそれぞれの思惑

 

 

 

 

 

 アインという女は海兵の一人であった。そう彼―――――スモーカーは知っていた。

 だがしかし、海軍を裏切り敵に回そうとする目的をスモーカーは疑念に感じている。

 

 海賊になろうというつもりで動いているようには見られない。

 ただ偶然いただけのトラファルガー・ローに対して敵対的な行動をしたということ。それまではこちらに目もくれず……捕まえようとした意思を感じ取り能力を使った以外は何もなかった。

 

 それが解せない。

 海賊を許さない気持ちはあるらしいが、海軍を裏切るような気持ちは感じられない。

 ……いや違う、ただ今は興味がないだけか。

 

 

(聞けば分かるが……)

 

 

 手に入れた2つのエターナルポース。

 そこから導き出される島の特徴、その共通点は分かる。

 

 残りの1つもそうなのだろう。

 だが、手に入れて何になる。……何を企んでいる。

 

 

「アイン、海軍を裏切ってまでてめえは何をするつもりだ!」

 

 

 

 いつもならば煙で捕えて離さないようにする。

 だが女の能力は触っただけで発動する厄介なものだ。あと一回触れば存在ごと消滅する。

 

 だからスモーカーは触られないような位置に立ち、アインを十手で壁に押し付けたまま睨みつける。

 海楼石入りの十手のせいで身動きが取れない彼女が、苦しそうに表情を変えながらも口を開いた。

 

 

「……あなたには、関係のないことだ」

 

 

「あぁ?」

 

 

「……は……あの海賊が……あいつが七武海加盟をすることに反対をしている。それでも押し切るのなら……だから私はここにいる」

 

 

「何言ってやがる」

 

 

「……いいえ、気にしないで。貴方には関係のないことよ」

 

 

 

 何を言っているのかは分からない。

 だが彼女はエターナルポースが入った袋を抱えて離さない。

 

 おそらく共通点のある島が記された3つのエターナルポースがあるだろう。

 いや、それ以上の物を奪っているかもしれない。

 

 

 

「てめえが何の目的で動いているのかは後で聞こう……だがな、これは海軍への反逆行為だ。分かってんだろうな、アイン!」

 

 

「ええ……覚悟は出来てるわ」

 

 

「ハッ、そうかよ」

 

 

 

 その瞳に迷いがあるように見えたが――――――スモーカーは何も言うつもりはなかった。

 

 

 

「このまま迷惑をかけるつもりなら、私は……!」

 

 

 

 指摘することができなかったのは、アインの手に大量の爆弾があったこと。そしてそれらが放たれたせいもあったからだった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 仮面の奥に隠された素顔に心臓が酷く鳴り響いたのはなぜだったのか。

 あのガキが一般人じゃないのは分かっていた。

 素顔を隠し、名前さえも言わず、こちらの物騒な事情を知っていて共に行動しようとするその度胸の全てが普通ではないと分かる。

 

 

 

「……クソッ」

 

 

 

 いつもの自分らしくない心境に苛立ちを隠さず舌打ちをする。

 仲間たちを海列車の先の―――――美食の町へ置いてきたのだ。これは復讐の為に始めること。仲間の彼らにもやってもらいたいことはあるが、これだけは譲ることのできないもの。

 一人でやろうと決心したからここにいる。

 

 だからこそ、無意識ながらもやってしまった己の行動に嫌な激情が込み上げる。

 一人でやろうと決めたというのに―――――共に行動しようと思えたのは何故だったか。

 

 囮に使おうと思って行動したのかと言われたら否と答える自分がいる。

 何かに利用するにもあのドジさではやっていけないだろうと思える自分が……。

 

 

 

(ああ、そうか……)

 

 

 

 素顔だけじゃない。

 その行動。その性格も似ている。

 

 綺麗とは言えないが、絶対に失ってはいけない昔を思い出す。

 あの日からこの復讐を決めていた。

 

 

 他の奴等を利用して、ドフラミンゴを陥れる。

 自分の手でやるのではないが、危険な道を通るのは確実。自分が囮になることだって必要とあればやる。

 心臓を取り出して餌にしてやることも考えてる。

 

 それぐらいの覚悟でもって奴に挑むための―――――これはいわば準備だ。

 

 いつかの未来においてドフラミンゴを倒すための準備。

 そのためにドレスローザへのエターナルポースが必要となる。

 

 

 ――――――だから嫌だった。

 あの泣きそうな表情で、『救われた命を無駄にするな』と言われることの意味を。

 命を無駄にするなと言われて思わず「アンタが言うな」と怒鳴りたいほどに似ているその容姿を。

 完全に他人だと否定できない自分の動揺と困惑に苛立ちが募る。

 

 

「……もう決めたことだ」

 

 

 

 ああそうだ。

 もう決めたことだ。

 

 

 あの日からすべての覚悟は出来ている。

 そのために今を生きている。

 

 ただ、あの少年が誰なのかは知らないといけない。

 そのための覚悟を作らないといけない。

 

 彼があの人とどういう繋がりがあるのかを知る―――――その覚悟がまだ出来ていない自分にまた苛立ちを込めて舌打ちをした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「どりょぉぉっ!!?」

 

 

 

 

 

 どうなってんだこれ!!?

 いやいやいや、赤ん坊の身体だよな。遠くの方に俺の身体があるからこれってリードの身体だよな!?

 

 マジでどうしてこうなってんの!?

 

 

 いや、でもこのままじゃいけないのは確かだ。

 ローを追わないといけない。

 

 ああでも赤ん坊の身体だから、ふらふらして……。

 うぐぐ……立てねえ……!!

 

 

 

 

「あちょ、ちょっりょぉぉ!!」

 

 

 

 

 あとちょっと。あと少し!

 壁沿いに、生まれたての小鹿並みに足をプルプルさせながらも頑張って立ち上がって――――――んぐっ!?

 

 

 

 

「いぢゃ……うぐ……」

 

 

 

 

 ドジは精神から来ているのだろうか。

 立ち上がれたと思いきや背中から転んで、頭を打って痛みに身体を震えさせる。

 

 赤ん坊だから涙腺が弱いのか……涙が込み上げてきて止まらん……。

 ああくそ……うぐぐぐ……!!

 

 

 

 

「ふぇぇぇ……こりぇ、りょーにょびゃきゃぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 ローの馬鹿やろうがぁぁ!!

 絶対に許さないぞ。……いや、説教したら許してやるけど!

 

 でもってあのクソガキにげんこつしてやる!!

 

 

 

 

「りーりょぉ!」

 

 

 

「あー!」

 

 

 

 

 リードは普通に寝そべったまま俺を見つめて笑いかけている。

 

 うわー。

 俺の身体で赤ん坊の精神はちょっとキツい部分があるような気がするんですがぁ……。

 

 ―――――――って、なんだ?

 

 

 

 

 

「ふぉぉぉぉぉっ!!!?」

 

 

 

 

 

 身体が揺れる。いや違う。

 建物全体が揺れている!?

 

 え、何で、天井がヒビ入ってるし……ちょっ。待って待って!

 

 

 

 

「しにゅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 

 

 

 俺今赤ん坊! 動ける身体はリードが入ってるから!!

 いやマジ無理だから! 俺にできることはほとんどないから!!

 

 

 ちょっとローくん。帰って来てくれよぉぉぉぉぉっっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――ったく、仕方ねえな」

 

 

 

「ふぇ?」

 

 

 

 

 聞こえてきた声と、ふわりと誰かの腕に包まれる感触に驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いつか、彼が思い出したその時に

 

 

 

 

 

 本当は何もするつもりはなかった。

 傍観して、彼らがどう生きるのかを見届けるだけで良かった。

 

 この魂、この精神。俺の記憶が成長するにつれて消えてしまっても構わないと思っていた。

 ……あいつがそれを知った時、悲しむかもしれないが。

 

 だが、もう終わったことだ。

 今さら表に出ても仕方ないと思っていた。

 それでよかった。

 

 ―――――ああ、それで良かったんだが。

 

 

 

「りーりょ?」

 

 

 

 舌っ足らずに話しかけるきょとんとした顔のロナンに呆れてため息が出る。

 こいつを助けたいという感情と、ロナンの無鉄砲な行動のせいでこうなった。だから己の身体であろうともつい乱暴に扱ってしまうのは仕方ないことだろう。

 

 

 

「あぅ……にゃに……!?」

 

 

 

「良いから行くぞ。あの白い帽子のガキんところに行くんだろ」

 

 

「ふぁ……りーりょ?」

 

 

「うるせー」

 

 

 

 どうせ中身赤ん坊が喋れることに驚いてるってところなんだろ。

 でもこいつに話しても意味はない。

 

 彼らの話は聞いていた。ロナンはあの白い帽子のガキを追いかけようとしていたんだ。

 目覚めた時からずっと守ろうとした赤ん坊ではなく、あのガキを選ぼうとしているように見えた。

 

 

 だから……いや、気にすることはない。

 こいつがどう選んだかによって、俺自身がその時の対応を変えるだけだ。

 

 

 

「りーりょ!」

 

 

「あぁ?」

 

 

 米俵を運ぶように肩に乗せている赤ん坊姿のロナンが何かを言う。

 焦った様子はない。よくドジって転がったり穴に落ちたり海に落ちたりを繰り返してるから、こういう不安定な抱き上げでも動揺はしていないみたいだが……。

 

 

 

「りーりょ、あーりゃとにゃ!」

 

 

「……馬鹿、言えてねえよ」

 

 

 

 ―――――ありがとな。

 そう言った顔はあまりにも素直なものだった。

 

 こちらに対して何も聞かずに、ただ普通に対応している。

 ただ俺を味方だと信じ切っている。疑わずに真っ直ぐに助けてくれると信じて言う。

 

 その言葉に少しだけ……不機嫌だった心が和らぐ。

 

 

 

 

 

「……俺はリードじゃねえよ」

 

 

「はう?」

 

 

 

「……あいつは今眠ってる。俺はただ、代わってもらっただけだ」

 

 

 

「ふぇ?」

 

 

 

 考え事をしているのだろう。

 俺が言った言葉をちゃんと考えて、そして答えを決めようとしている。

 

 俺が誰なのかを知って―――――どう対応しようか、考えているように思う。

 

 

 

 

「……んーじゃ、おみゃえは?」

 

 

 

 ほらきた。

 

 

 

「俺は……そうだな、誰でもないし何でもない。ただの記憶の残骸。お前が言うリードとは違う……ただのコピーだ」

 

 

 

 

 あのクソ科学者がやりやがった失態は、俺にとってはありがたいものだった。

 

 あいつが俺の代わりに主導権を握ってくれているから、俺は安心して見ていられる。

 ロナンが……いや、あの白い帽子のガキに会うまでは安心して見ていられた。

 

 記憶があっても良いことなんて何もない。

 

 オリジナルは死んだ。俺は記憶を持つコピーに過ぎない。

 クローンと言えどもこんな記憶は必要ない。

 もうとっくに終わったことを繰り返されても仕方ないんだ。

 あの時のオリジナルは悔いなく終わった。だからもういい。もう、この記憶は必要ない。

 

 

 それはロナンもあいつも……まだ完ぺきに思い出してないみたいだからなんとも言えないが。

 

 

 

 

「ちぎゃうだりょ!」

 

 

「はぁ?」

 

 

 

 

 ――――違うだろ! と、ロナンは言う。

 舌っ足らずだからただ聞くだけならば分かりにくいが、何を言っているのかは分かった。

 

 

 

 

「おみゃえは、おれにょ……あう……おれにょだいじにゃおとうと……りゃ! りーりょ、じゃにゃくても! りーりょでみょ!」

 

 

「…………ハッ、あの白いガキはどうしたよ」

 

 

「あいちゅは、とみぇにゃいといけにゃいのら!」

 

 

「……言えてねえぞ全然」

 

 

「うー!」

 

 

 

 リードじゃなくても、リードでも……大事な弟だと言う言葉。

 白いガキは、止めなくちゃいけないと言うこいつの感情の込められたもの。

 

 それは――――――いや、まだ信じられる事じゃない。

 ロナンはまだ、自分自身が何なのかを分かっていない。だから信じきれない。

 信じるにはまだ早い。

 

 

 だが…………。

 

 

 

 

「……お前が名づけた……リードという名のクローンが作られたのは、あの科学者が戦場で血を使った細胞複製のものだった」

 

 

 

「うー?」

 

 

 

「あー……あんま俺も知らねーが……とにかく、戦場で落ちた血を利用してクローンを作り出したのは本当の事だ。だがそこに複数の血が入り込んだことに奴は気づかなかったみたいでな……」

 

 

 

 

 

 ―――――だから俺は見守ることを選んだ。

 記憶のないあいつがどう選ぶのかを、俺はただ見ているだけで良かった。

 

 見た目は同じだが、中身が違えばまた雰囲気も変わる。

 別人だと思う奴もいるだろう。

 

 赤ん坊のふりは俺にはできないから、あいつに任せていた。

 あいつはある意味被害者だから、そのまま健やかに育って欲しいと願った。

 

 そのまま見守っていればよかった。

 

 

 

 

「俺がこうやって表に出て動くことは……あまり、なくなるだろうな」

 

 

 

「ふぇ?」

 

 

 

「いや、それはどうでもいい。お前はただあいつを守れよ」

 

 

 

「……あいちゅ」

 

 

 

 気になったのだろう。

 たぶん、俺の今までの言動を聞いて―――――今まで一緒にいたリードと呼ばれた赤ん坊の方だと分かったはずだ。

 

 米俵抱きから、真正面で抱きしめてその顔を見る。

 ロナンはただ、きょとんとした顔で俺を見上げていた。

 

 

 

 

「なっ、あいちゅって?」

 

 

 

 

 

 首を傾けてまた問いかけてくる言葉に、俺はただ小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

「……俺の弟だ。今俺の中で眠っている……いつものリードだよ。お前がどう決めて動くのかは……まだ分からねえが、とにかく、弟を裏切るような真似はしないでくれ。頼むぜ」

 

 

 

「あぅ! もちろんりゃ!」

 

 

 

 

 へたくそな笑顔で言うが――――――それが真実かはまだわかんねえ。

 

 こいつは信じられるが……いや、まあいい。

 とにかく、ロナンはロナンの問題をさっさと解決しちまえばいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロナンの身体だからドジったのだろうか

 

 

 

 

 爆発が広範囲に広がるとは思いもよらず、どこかへと去っていったアインにスモーカーは舌打ちをする。

 

 

 

「クソッ……アインの野郎どこに行きやがった……!」

 

 

 

 エターナルポースが盗られたのは確実だ。だがまだこの建物のどこかにいる。

 騒ぎが広がっている事と、あの女が外に出たらすぐ気配で分かる。

 

 海兵たちも町中を警戒しうろついているこの島で、アインが逃げ切れることはないと……そう、確信したいものだったが。

 

 

(唯一の幸運は、アインが能力を解除したことか……)

 

 

 あの爆発のショックか、それとも逃げるためにスモーカーを数秒足止めするためなのか。爆発と黒煙の中、追いかけようとしたスモーカーが身体中に違和感を感じて追えなくなったのは事実。

 だが、子供の姿から元に戻ったことで存分に戦いやすくなっているのもある。

 

 

「どこにいようが逃げられねえぞ……アイン!」

 

 

 あの女が海軍を裏切ろうとしているのは事実。

 そして3つのエターナルポース……共通点として、『エンドポイント』が記されたものを持った彼女が何をしようとしているのかを、スモーカーは懸念していた。

 

 

 電伝虫でたしぎに連絡を取るべきか―――――――そうスモーカーが考えた直後だった。

 

 

 

 

「おい、白猟屋」

 

 

 

「……なんだ、トラファルガー・ロー。ずいぶんと険しい表情だが、目当てのモノは見つかったのか?」

 

 

 

 廊下の先にいたローは、いつもとは違う余裕のなさそうな表情でスモーカーを睨みつけている。

 攻撃しようとしているわけじゃない。

 

 ただ、何か想定外のことが起きて苛立っているような表情だった。

 

 

 

 

「そうだが。それはどうでもいい。……それよりも聞きたいことがある」

 

 

「あ?」

 

 

「オリジナルとなった人間をベースにした兵器『パシフィスタ』。その技術を応用した……クローン技術は海軍で使っているのか? それか、クローン技術が外に流出した可能性はないのか?」

 

 

「……てめえ、何が言いたい」

 

 

 

 スモーカーは知っている。

 確かにそういったクローン技術はある。

 

 最近、極秘に研究していた島の研究所が炎上し―――――――そして、あるクローン体が逃げ出したことも知っている。

 それを言うつもりはないが、ローはスモーカーの態度で察したのだろう。小さく鼻で笑って、自嘲のような笑みを浮かべた。

 

 

 

「ああそうか。なら仕方ねえな……」

 

 

 

「……フンっ」

 

 

 

 スモーカーもローの態度で察してしまった。

 あのいかにも怪しい仮面をつけた少年と、どこか見覚えのある赤ん坊。

 彼らが手配書に出ていた逃げ出したクローン体なのだろうと。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 あー……ったく。

 クローンとして生まれた時から覚悟していたことだ。

 こいつがリードじゃないというが、俺から見れば大事に守るべき存在に違いはない。

 

 ……まあ、今の段階で守られてるのは俺だけどさ。

 

 

 でもどっちもリードだと思う。記憶の残骸だとかコピーとか……そう言うのは関係ない。

 だってそうだろう。ずっと一緒にいるのはリードだ。表も裏も関係ない。リードそのものを俺は守っていこうと決めたのだから。

 

 

 

「むー……」

 

 

 

 

 

 

 

 だっこされたまま考える。

 この先こいつは何を考えているのか分からない部分もある。

 表に出る気はないとかも言ってるぐらいだしな。

 

 

 でも信用はできる。

 なんというか、簡単に言えば素直じゃない方の兄のリードと、素直で純粋な弟のリードがいると思えばいいんだろうな。

 

 

 ただ、ローのような無茶をしないのなら……俺は―――――――――。

 

 

 

 

 

「……あーしくった」

 

 

 

 

 これ以上の爆発を危惧してなのかは分からねえけど、素直じゃない方のリードが庭に出た瞬間にどこか空を見上げて嫌そうな顔をする。

 

 

 

 

「りーりょ?」

 

 

 

 どうしたんだろうかと思った。

 何か忘れ物でもしたんだろうかと……。

 

 

 

「もう無理だな。……仕方ねえ」

 

 

「う?」

 

 

「いいか。俺は入れ替わった衝撃で一時的に思い出したリード……いや、エースだと認識しとけよ。兄の方とか変なこと言うんじゃねえぞ」

 

 

 

 エースとは、この素直じゃない兄のリードの事だろうか。

 というか……それって、オリジナルとしての名前だよな?

 

 何で急にそんなことを……。

 

 

 

「にゃんのこちょ?」

 

 

「何のことも……いや、来る―――――」

 

 

「ふぇ?」

 

 

 

 不意に空から大きな影が俺達を覆いつくす。

 

 ――――――素直じゃないリードが見上げた空の先で何かがこちらへ向かって来るのが見えた。

 大きな飛行物体が、俺達を認識して目の前の地面にまで落ちてくる。

 

 

 

「久しぶりねロナン。元気にしてた?」

 

 

「ニーン……おめーその格好どうしたんだ? ボロボロじゃねえか。それにこの建物もぼっろぼろだなー!」

 

 

 

 

「あぁぁ……」

 

 

 

 今なら分かる。

 ローと会った時の衝撃のせいだろうか。オリジナルの記憶が鮮明に蘇る。

 

 こいつらが誰なのか、分かってしまう。

 

 

 ――――――――――ベビー5とバッファローが何でここにいるんだよ!!?

 

 

 

「ニーン……?」

 

 

「どうしたのよ。なんかリードの方が慌てて……ロナン、あなたイメチェンでもしたの?」

 

 

「いや違う。ちょっと入れ替わっただけだ。アンタ等……俺らの正体を知ってるんだろう?」

 

 

「……どういうことよ」

 

 

 

 うわぁぁぁ駄目だって素直じゃない方のリード……いや、エース!

 話したらやばい――――――。

 

 

 

「俺は入れ替わった衝撃で一時的にだが思い出したリードだ。んで、こっちがロナン……」

 

 

「記憶はともかく、入れ替わったって……」

 

 

「なんだーロナン? おめーまたドジってやらかしたのか?」

 

 

「ちぎゃう!!」

 

 

 

 俺が全否定するとベビー5とバッファローが何故か生ぬるい目でこちらを見つめる。

 おいなんだその目。懐かしそうとかそういうのじゃねえな。

 

 

「なにかあったの?」

 

 

「あーっと……なんだ、トラ男が能力を使って一時的に俺達の精神を入れ替えただけだ」

 

 

「トラ男?」

 

 

「りーりょ! しょれは―――――」

 

 

「トラファルガー・ローって言ったっけな……そいつにやられただけだ」

 

 

 

 瞬間、彼女たちの表情が変わる。

 素直じゃない方のリードが思わず一歩後ろへ引いて警戒をしてしまうほどの殺気。こちらへ向けられていないのが分かっているから後ろへ下がっただけの、酷いもの。

 

 

 

「ニーン……あいつ来てんだな」

 

 

「ロナン―――――いえ、今はあなたがリードね。ローの所まで連れてってくれない?」

 

 

 

「あ? まあ、奴に会う必要があるから良いが……」

 

 

 

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁっっ…………」

 

 

 

 ローぉぉぉぉぉっ!!

 ごめん俺は赤ん坊だから止められないんだ!!!!

 だから逃げてくれ!!

 

 今すぐに!!!

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

言葉が二重に聞こえるのはなぜだろう




救えた子供と、救えなかった子供。







 

 

 

 

 

 建物の中にいるのは海兵と……たぶん青髪の女性の仲間かな。

 それと野次馬しにきた人間か、混乱に乗じて盗もうとしている海賊たちか。

 

 そいつらが俺達に向かって襲いかかってくることが何度かあったが……まあ、それは全て退けられた。

 

 

 主に何故かこの島の――――俺達の元まで来やがった2人のおかげで。

 

 

 

 

「ってかおめー、記憶あるんだな。赤ん坊だから分かんなかったぞ」

 

 

「……ああ、これは一時的なものだ。ショックでオリジナルとして『完全』になれただけ。さっきも言っただろ。元の身体に戻りゃあ記憶も消えるってな。というよりも、だ――――――」

 

 

 

 訝しげな表情を浮かべる素直じゃない方の兄のリード……いや、エースが二人を見た。

 2人はそれぞれこちらに対しての警戒は……まあ多少はあるけれど、敵対はせずに歩いている。

 

 そんな彼らに対して、エースは思うところがあるようだ。

 

 

 

「何でてめえらここにいやがる。美食の町にいたはずだろ?」

 

 

「あうっ! しょれ、おりぇもきにぃにゃった!」

 

 

 

 ああそれ、俺も気になってたんだ!

 マジで運が悪いような出会いだったような……。

 

 いや、俺達がここにいることを知っているかのような再会だったしな。

 つまり俺達の居場所を知っていたってことなのだろうか。

 

 それを問いかけると、ベビー5がタバコを吸いながらも言う。

 

 

 

「ああそれはね。私達も情報を集めていろいろと動いていたのよ」

 

 

「主におめーの事だけどな、ロナン?」

 

 

「あぅ……」

 

 

 

 

 バッファローが大きな手で俺の頭をぐりぐりとしてくる。

 赤ん坊だから抵抗する暇もなくぐるぐるとされながらも、いろんな意味で遠い目になる。

 

 さっきエースも感づいてたみたいなこと言ってたけど、やっぱりこいつら俺たちがクローンだってことを知ったのか。

 あー……まあ、そうだよなー。じゃなければあんな生ぬるいような目しないよなー。

 

 ―――――それでも、俺達に対して敵対をするような意思は見られない。

 むしろローに対して何かしら思うことはあるような感じだ。

 

 

 

「あの闇市場が得ていた情報を――――私達が集めるのに特に苦労はなかったわ。若様も許可してくれたし……」

 

 

「リード、おめーがあの火拳のエースのクローン体だってことも……ロナンのオリジナルがあの人だってこともわかってんだよ」

 

 

「そうかい…………」

 

 

 

 エースは少しだけ嫌そうな顔を浮かべて遠くを見つめていた。

 オリジナルについて言われるのが嫌なのだろうか。

 いやでも、さっき自分が一時的に思い出した方のエースだっていうことを言ってたもんな。だからエースと呼ばれることについてはあまり気にしてなかったはずだ。

 

 クローンと呼ばれるのが嫌なんじゃ……ってうん?

 

 

 

「ちょっと、ずっと立ち止まってるけどどうしたのよ?」

 

 

 

 訝しげにベビー5が問いかける。

 襲いかかってくる奴らはいない。

 

 だから、バッファローも真っ直ぐエースの方を見て―――――――。

 

 

 

「ぐぉーっっ」

 

 

 

 大きな鼻ちょうちん?

 それと、いびき?

 

 おい待て待て。まさかこいつ……。

 

 

 

「って寝てるだすやん!? しかも直立に!!? おい起きろ!!」

 

 

「ハッ、いけねえ。寝てた!」

 

 

「こんな状況でよく寝られるわね!?」

 

 

「あぶー!?」

 

 

 

 それぞれが驚愕した顔をしている間にも、我が道を行くエースがバッファローたちを見た。

 

 

 

「で、俺達がここにいるって何でわかったんだ?」

 

 

「話を続けるのかよ!? おめーすげーな!!?」

 

 

 

「いいから俺の質問に答えろ」

 

 

 

 ギロリと睨んだエースに対して頷いたのはベビー5だった。

 

 

 

「海列車で行ける島は3つ。手配書に載ってるロナンが乗船するにしてもいろいろと手間がかかるし……それに、島にやって来た船はほぼ海軍のモノばかり。海賊船はほとんど海軍にやられたわ。大目付やおつる中将の乗ってる船にね」

 

 

「しぇんごくしゃん……」

 

 

 

 センゴクさん達は、まだあのウォーターセブンにいるのだろうか。

 オリジナルとしての記憶が蘇る。まだまだぼんやりとした部分が多くあるが、それでもセンゴクさんが大事だっていうのは分かる。

 会いたいという気持ちだってまた出てきて……。

 

 いやでも……うん、俺はやるべきことがあるから会うのは駄目だ。

 

 

 

 

「それで、美食の町から海列車で別の島――――ウォーターセブンへ出たのは私達も知ってるわ。そしてその島に大目付の船があったのも知ってるし、彼らが『子連れ狼ロナン』を捕まえようとしていたのも知っていた。そして出る船はないなら……」

 

 

「ああ、それでこの島にいるって分かったのか」

 

 

「にゃるほりょ……」

 

 

 

 

 つまり自動的に選択の余地はないまま、この島にいると分かって俺達を探しに来たのか。

 

 

 

 

「あのトラ男はともかく……お前らの目的はなんだ。何故俺達を探した? クローン体だからか?」

 

 

「何言ってんだおめー」

 

 

「あ?」

 

 

「う?」

 

 

 

 首を傾けた俺達に対して、バッファローとベビー5は面白そうなものを見たというような笑みを浮かべた。

 

 

 

「あの美食の町でも言ったでしょう。遊びましょうって」

 

 

「俺達はおめーらと仲良くなりてーだけなんだ。だから、遊ぼうぜ」

 

 

「追いかけっこでもなんでも。もちろん私が必要なら、なんでもやるわ!」

 

 

 

 微妙に頬を赤く染めたベビー5は良いとして……うん、その言葉は何となく今なら信じられるような気がする。

 

 

 

「あぅ……」

 

 

 

 そうか、こいつらもローと同じで子供だったな。

 オリジナルの記憶で思い浮かぶのは、楽しそうな表情をした小さな子供達。

 彼らもまた、ローと同じだ。

 

 ロシナンテの行動によってはローと同じくドフラミンゴの手から救えたかもしれない子供達。

 成長して大人になっても……いや、これは俺の感情じゃない。

 

 

 

 

「ああでも、そうね……」

 

 

「ああそうだなー」

 

 

 

 幼馴染であろう2人が、それぞれ顔を見合わせてにんまりと笑う。

 

 

 

「ローとは別の意味で遊びたいわね」

 

 

「そうだなー。おめー何やってんだっていろいろと言わなきゃいけねーこともあるもんなー」

 

 

 

 …………うん。

 なんかもう、何も言えない。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終了のアナウンスが脳内で鳴り響く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――地獄を見た。

 深淵の果ての地獄を見た。

 

 

 化け物やモンスターを怖いと言う人間が多いが、地獄を引き起こすのは決まって人間が(おこな)ってきた。

 

 

 燃え盛る嫌悪を伴った炎を引き起こしたのは誰だ。

 憎しみと悲しみ。そしてすべての悪意を向けるのは誰だ。

 

 誰が何をしたというのだ。

 俺は何もしていない。何もすることが出来なかったのだから。

 

 憎しみの連鎖に巻き込まれた人間が、結局また他の人間を憎んで殺す。

 その果てを見てしまった。欲望の先の業火を見た。

 

 憎しみは憎しみを呼び起こす。

 誰かが止めようと思わない限り、憎しみの連鎖は止まることはない。

 地獄が終わる気配は見えない。

 

 ああそうだ、誰かが止めないと――――――――。

 

 

 結局、一番怖いのは人間だ。

 

 

 

 

 

「……ロナン。おい、ロナン」

 

 

「っ」

 

 

 

 何かぼんやりとしていた気がする。

 いや違うな。何かを見ていた?

 ノイズと切り離された光景が映し出されては消えていった。

 

 まるで夢のような光景だったけど……あれは………。

 

 

 

「ボーっとすんなよ。そろそろだぞ」

 

 

「うっ……わかっりゃ!」

 

 

 

 ため息をついたエースに頷いておく。

 考えるのは全て終えてからにしよう。うん、そうしておいた方が良い。

 抱きしめられたまま、その胸元の服にしがみついて絶対に離さないようにする。

 

 エースはドジじゃないから急に転んだり爆弾か何かで崩壊しかけた建物の穴に落ちることはない。

 とりあえずしっかりと掴んでおけば大丈夫だろう。まあ……ローが俺達を元に戻した後の方が問題だよな。

 

 廊下の先――――――閉ざされた扉の先に騒ぎ声が聞こえる。

 争っているような声と、大きな複数の悲鳴。

 

 

 

「ローの声は聞こえないけれど……まあいいわ。ほらあなた達は後ろに下がってなさい」

 

 

「ニーン……怪我したくなきゃな!」

 

 

 

 ガシャコンっと、腕やら身体やらを能力で変化させたベビー5達が悪そうな笑みを浮かべている。

 いやお前ら……まさかとは思うが……。

 

 

 

「ロー!!!」

 

 

「いるんだろ、ロー! おめーとっとと若様の元まで帰ってきやがれー!!」

 

 

 

「はッ!? 何でてめえらがここに……っ!!?」

 

 

「あぁ? ロー! てめえの知り合いか!?」

 

 

「おいまた増えやがったぞ! どうすんだよ!?」

 

 

「と、とにかく戦って宝を手に入れるしかねえだろ!!」

 

 

 

 扉を吹っ飛ばす勢いで飛び込んできた男女にそれぞれが驚愕した表情を浮かべる。

 ケムリンもいるし、ローだっている。子供の身体じゃなくて普通の成長した姿になっていた。うん、元気に成長していて、でもなんか悪人みたいな風貌になってて嬉しいような悲しいような……。

 あとよく分からない海賊風味の人たちが複数いるな。

 

 まあ想定してたけど! 驚くことぐらいは分かってたことだけどさ!!

 いやそれよりも、ベビー5達は何でローに対してだけ武器を構えて攻撃しようとしてるんだよ!?

 

 

 

「まちぇっ!」

 

 

「駄目だ、暴れんな」

 

 

「うーっ!!」

 

 

 

 

 でも行かないと! あいつらの喧嘩を止めてやらないと!!

 

 俺をしっかりと抱くエースに不満の意味を込めて顔を見上げた。

 だがエースは真剣な表情で扉が吹っ飛んでない方に身体を隠して座り込み、奴らの喧騒を眺めている。

 

 

 

 

「俺の存在をあいつらに知られるわけにはいかねえ。特にあの海兵には」

 

 

「うっ……けむりゃんのこちょ?」

 

 

「ああそうだ。あいつは特にな」

 

 

「にゃんで?」

 

 

「……記憶の中で、奴を見たことがある」

 

 

 

 エースはいろいろと変な顔をしていた。

 懐かしそうに少しだけ笑ったかと思いきや、嫌悪にも似た表情を浮かべる。

 

 やがて首を左右に振って……何もかもを振り切って俺に向かってと言うよりは、独り言のように話す。

 

 

 

「俺にとっても弟にとっても……記憶があると知られたら面倒なのは確かだな……」

 

 

「あぅ……」

 

 

 

 あーっと……確か弟の……リードの方はあのケムリンを見ただけでにっこりと上機嫌に笑ってたよな。

 それでもって「けむりゃん」としきりに話しかけていた。

 

 それは完璧に思い出してはないとしても……ある程度ケムリンと関わった記憶があると言うことではないか。

 だからリードは知っている。そしてエースも彼を知っている。

 オリジナルとして、彼が誰なのかを知っているから、知られたくはないと言う。

 

 でもこのまま放置しているのも嫌なんだよな……!

 

 

 

「おりぇを、おろしぇ!」

 

 

「はぁ? 降ろせってお前……どうするつもりだよ」

 

 

「ろーにょもちょまで、いきゅ!」

 

 

 

「ローの元まで行く……あのケムリンじゃねえほうの男か……」

 

 

 

 隠れながらも扉の先を見たのだろう。

 いつの間にやら騒ぎに決着がつきそうな勢いになってきている。

 

 あのよく分からない海賊風の複数の男たちが身体をバラバラにされたり煙で吹っ飛ばされたり拳銃で撃たれたりと見事に倒れているのが見える。

 そして、ローとケムリンがそれぞれ単独で助け合うこともなくベビー5達と対立する形で動き、戦い合っている。

 

 それを止めたいと思った。身体が反応するんだ。

 彼らが戦う必要はないって。止めないといけないって……!!

 

 

 

「落ち着けよ、ロナン」

 

 

「うぎゅっ!?」

 

 

 

 抱え込むと言うよりは握りつぶされるぐらいぎゅっとされて内臓が飛び出そうになる。

 ってかなんだよ急に……!!

 

 

 

「今、お前の身体は赤ん坊だろ」

 

 

「しっちぇる!」

 

 

「なら赤ん坊のお前が行っても意味はねえってこと分かってるよな。むしろ行っても無駄だ、諦めろ」

 

 

「しょ……そんにゃこちょ……」

 

 

「んなことねえってか?」

 

 

 

 ――――――ハッ、と自嘲したような顔で笑うエースに言葉を失った。

 

 

 

 

「いいか、身勝手な行動をすれば失うものだってあるかもしれねえんだ。ちゃんと考えろよ、弱いまま何ができるか考えろ。抱き上げたまま落とせば怪我を負うお前に何ができる?」

 

 

「しょんにゃの……」

 

 

「何もできねえだろうが馬鹿」

 

 

 

 くそっ……言い返せねえ……。なんか妙に説得力のある声で言うんだよな、エースは……。

 もしかしたら経験から言っていることかもしれない。

 オリジナルの記憶を所持しているから、そう言えるのだろう。

 

 でも、それでも……!

 

 

 

「おりぇは、もうみちゃままでいちゃくない! うごきゃないといけないこともありゅ!」

 

 

 

 

 見たまま動かず、助ける命が助からないままでいたくはない。

 行動を起こせば救える命だってあるんだ。行動したから救えた男がいるんだ。

 

 だから俺は……!!

 

 

 

「まあ、もう遅いがな」

 

 

「う?」

 

 

 

 よく見るとなんかいろいろと壮絶だった。

 いや、廊下の窓際の壁が半分吹っ飛んでて凄いことになってる!?

 

 ってか……え、何が起きてんの?

 

 

 

「大佐! ……ああっ、ここにいたのですか!?」

 

 

「たしぎ! 島に包囲網を設置しとけ!」

 

 

「え!?」

 

 

「エターナルポースを強奪した女が逃走した。アインだ! 分かってんだろうな!?」

 

 

「っ……はい! すぐに!」

 

 

 

「ニーン……他の海兵共が来たか……」

 

 

 

 わらわらと集まってくる海兵にベビー5達が微妙な表情を浮かべる。

 彼らが七武海のドフラミンゴの仲間だとしても……それでも、面倒なのは確かだろう。

 

 一応事態が収拾したようで良かった。俺が行かなくても良かったことにエースはよく分からない表情を浮かべてるけど、まあよかった。

 

 でもローは楽しそうだな。

 

 

 

「…………これ以上ここにいても意味はねえ。とっととあの国に帰れ」

 

 

 

「っ―――――ロー! 逃げんじゃねえだすやん!!」

 

 

「チッ……てめえらといると面倒事しか起きねえ……」

 

 

「聞きなさいロー! 貴方が七武海に入った以上……いつか、若様が動くわ。その意味をあなた、分かってるんでしょうね!?」

 

 

「……ふん」

 

 

 

 窓から出て行こうとするローに慌てて扉の隅から顔を出して――――――。

 

 

 

「ろー!!」

 

 

 

「っ……チッ!」

 

 

 

「ちょっと待ちなさい、ロー!!」

 

 

「待つだすやん、ロー!」

 

 

 

 

 本日一番の舌打ちをかました後、彼が手をくるっと回すのが見えた。

 その後急に視界がひっくり返って頭から倒れる。

 

 

 

「あれ……?」

 

 

 

 元に戻ったと気付いた時には、もうローはいなかった。

 というよりは、逃げられたと言った方が良いのだろうか。

 ローを追って二人も窓から飛び出して行くのがひっくり返った視界から見えた。

 

 

 

「おいあれ、子連れ狼ロナンじゃねえか!」

 

 

「捕えろ! 殺すんじゃないぞ、生け捕りだ!!」

 

 

 

 

 もういろんな意味で手遅れかもしれないと気付いたのは、海兵たちが俺と再び赤ん坊となったエース……いや、リードかな。そんな俺達を取り囲んだあとだった。

 

 

「子連れ狼ロナン……てめえだったとはな、仮面のガキ」

 

 

「あはは……お、お手柔らかに」

 

 

「ふんっ」

 

 

 

 ケムリンがこちらへ近づいてきて、力が抜けてしまう海楼石の手錠をはめ込んでくる。

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

 ちょっとすいません!

 ベビー5さん達来てくれませんかね!!?

 

 

 いや無理なの分かってんだけどな畜生!!!!

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

何かあったらしいが、彼らは知らない。

 

 

 

 

 一応手配書を用意されたのだから、手錠で繋がれたまま囚人としてどこかへ送られるのが普通だろうと思っていた。

 いや、船まで行くルートではそうだったんだ。前に手錠を付けられて、身体が重苦しくなって歩くのも大変だったし、逃げられるかどうか考えて目の前のケムリンに睨まれたぐらいだし。

 

 まあ一度ドジって転んでうっかり俺を監視する役目を担った見知らぬ海兵のズボンをずり下げてパンツを公衆にさらしてしまった事件もあったが、それだけだ。

 

 

 

 

「……俺達をどこに連れて行く気なんだ。牢屋じゃないのか?」

 

 

「あうー?」

 

 

 

 そんな質問にケムリンはただ舌打ちだけを返した。

 普通ならもっと凶悪そうな顔をして「ああそうだ」とか言いそうな気がするんだが……何かあったのだろうか。

 船に入った瞬間、一人の海兵に呼び止められてからずっとこうだ。何かが伝えられた瞬間、男は不機嫌な顔になった。

 そして、何故か俺の手錠が外された。いやマジでそれの意味が分からん。

 

 

 そういえばさっき女の人のポケットから電伝虫が鳴っていたような気がするが、あれは一体……。

 

 

 

「ここでいい、おい。人払いしとけ」

 

 

「ハッ!」

 

 

「ス、スモーカーさん! 私も一緒に――――――」

 

 

「いや、たしぎはアイン捜索に向かっとけ。……まあ、お上の反応を見る限りすぐに打ち切られるかもしれねえが……」

 

 

「は、はい! 分かりました!」

 

 

 

 殺風景の部屋の中。一応は海軍の船だが―――――書斎というべきなのだろうか。本はあまり見当たらないが、備え付けのような2つのソファの間にテーブルが置いてある。

 そのソファにどっかりと座ったケムリンが、こちらをじろっと睨みつけた。

 

 

 

「お前は何故ここにいるのか、分かってんのか」

 

 

「いいや……全然……というか、手錠を外された意味も分かんねえし」

 

 

 

 首を傾けて率直にどうしてなのかと問いかける。

 するとケムリンは葉巻を深く吸って難しい顔をした。

 

 難しいと言うよりは、物凄く苛立ってるような感じか?

 ドフラミンゴもそんな感じだったような気がする……。

 

 

 

「えーっと、ケムリン?」

 

 

「けむりゃん!」

 

 

「チッ……全くもって意味が分からねえな」

 

 

「はい?」

 

 

「……てめえらはどういう立場なのか分かっててここに居んのか。あぁ?」

 

 

 

 いやずっと前から思ってたけど、何で喧嘩売るような態度で言ってくるんだ?

 その辺の海賊だって言われても仕方ないぞ。まあ海軍にはいろんな奴がいるから分かってるけどさ……。

 

 

 

「俺達の事なら分かる。俺達はクローンなんだろう? だから、捕まったらどんなことをされるのかも分かってる」

 

 

「……お前らが世界にどんな影響を与えるのか分かってて言ってんのか」

 

 

「はい?」

 

 

「クローンはコピーだ。本人が生き返ったわけでもねえ。だが、本物とほぼ同等の存在なんだよ。その意味を、てめえらは分かってんのか?」

 

 

「………うん?」

 

 

 

 どういうことなのか聞こうとした――――――瞬間だった。

 

 

 

 

「准将殿、失礼します!」

 

 

「チッ……」

 

 

 

 ケムリンの苛立った舌打ちがかき消されてしまうほど、扉の先から数人の海兵がやってくる。

 その中央にいるのが……。

 

 あぁ……。

 

 

 

 

「スモーカー准将。今回の子連れ狼の連行、およびアインへの情報の件で本部はG-5への移動を許可している。俺はお前たちを歓迎しよう」

 

 

「……そうか。ところで、頬にハンバーグが付いてるぞ」

 

 

「むっ……食べ残しだ、気が付かなかった」

 

 

 

 もぐもぐと頬についたハンバーグを食べ、こちらを見つめる。

 他の海兵たちがいるからか、真面目そうな海兵を演じているように思える。

 

 記憶の底にある、彼にぶん殴られて殺されかかった記憶が背筋を凍らせる。

 怖い、逃げたい。でも無理……!!

 

 

 

「子連れ狼ロナン、および赤ん坊リード。お前たちは一時的にこちらの預かりとなる……それまでは、分かっているだろうな」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

「うっー!!」

 

 

 

 記憶がなくてもわかるぞ。

 このまま抵抗したら即座に殺されるんだろうなって。

 

 嫌な顔をして暴れ出しそうなリードを抑え込みつつ、項垂れた。

 ベビー5やバッファローと違って逃がしてくれなさそうだ。

 

 いや、逃がしてくれないんだろうな……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『鶏が先か、卵が先か』の違いに意味なんてないだろう?

 

 

 

 

 軍艦の牢屋というのはあまりにも手狭である。

 そう思っていたんだが……。

 

 

 

 

「何で俺、普通の部屋にいるんだ……?」

 

 

 

「きゃふー」

 

 

 

 牢屋にいるわけじゃない。普通の部屋に通されて何故かその部屋の中では自由に動くことができる。手錠も何もない。

 普通の人と同じように、ベッドにも寝ることができるし食事だってできる。食事なんかは海兵が持ってきてくれるため部屋の中限定だけど……。

 リードのためなのかオムツやミルクも用意してくれるから、このまま暮らすことも出来ると思える。

 

 でも何で手配書付きの俺にここまでの待遇を……。

 

 

 

「ごっふっっ!!」

 

 

「きゃーう!」

 

 

「おいまたか!? また転んだなロナン! だから言ってるだろう。ボーッとしたまま、むやみやたらと歩くんじゃない!」

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 

 ただ、監視員として俺を見張るため、一般の海兵が部屋の中にいるのは仕方ないと諦めよう。

 まあ交代で勤務する監視員役の海兵の目が、最初は警戒していたはずだというのに最近は残念そうな目に変わってるのだけは解せないが……。

 

 

 

「赤ん坊を抱いていて転ぶだなんて危なっかしいドジを何度すりゃあ気がすむんだ。リードの頑丈さと幸運に感謝するんだな!」

 

 

「いや不可抗力! 俺もわざとドジってるわけじゃない!」

 

 

「やかましい! 擦り傷作りまくってる時点でそれぐらいわかるわ!! とにかく怪我の手当てするぞ」

 

 

「しゅるぞー!」

 

 

 

 赤ん坊をいつの間にか設置されてたベビーベッドに寝かせて、俺はそのまま椅子に座らされて怪我の手当てをされる。

 床で擦って血が出て赤くなった膝小僧に消毒と絆創膏をされるがままにおとなしくしていた。

 

 

 

「おい」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

「うぉっ!? う、ヴェルゴ中将殿! いつからここに……!?」

 

 

 

 ビビったぁぁ!?

 気配なく来やがってびっくりさせんじゃねえよ!

 

 

 

「絆創膏を貼っている最中だ。また転んだのか、ロナン」

 

 

 

 こちらを見下ろすヴェルゴの表情はよく分からない。

 ただ、あまり関わり合いになりたくないということだけ思えた。

 

 

 

「……いつものドジだ。気にするな」

 

 

「ふん、クソガキが。年上には敬語だろうが」

 

 

「…………」

 

 

 

 気まずい空気に視線をそらす。そのせいでヴェルゴも誰も喋らなくなってしまった。

 ただ聞こえてくるのは、なにも分からないリードの声や、部屋の外のざわめきぐらいか。

 

 

 

「あ、あの……中将殿?」

 

 

「お前は下がれ。ロナンには現状を話しておく必要がある」

 

 

「は、はい!」

 

 

 

 ああ……最近は慣れたはずの監視員の人が扉を閉めてどっかへ行ってしまう。

 

 部屋の中に残されたのは緊張感が漂う静寂。

 椅子に座らされている体勢のまま、ヴェルゴを見上げて睨み付ける。

 

 彼は立ち上がった状態のまま口を開いた。

 

 

 

「ナギナギの実」

 

 

「っ……え?」

 

 

「お前は周りを静かにすることができる能力者だろう。部屋の周りにやれ」

 

 

「……な…んで俺がアンタに従わなくちゃならないんだ」

 

 

「無理矢理が御好みか、クソガキ」

 

 

 

 拳が黒くなったのを見て、このまま抵抗しても意味はないと知る。

 第一俺はただの子供だ。リードにまで危害が及ぶとも限らない状況にしておける訳もない。

 

 

 

「……サイレント」

 

 

 

 部屋の周りに薄いドームを展開する。

 一応、リードが腹を空かして泣くとも限らねえため、部屋の限界ギリギリまで能力で覆いつくしておく。

 

 

 

「これでいいか?」

 

 

 

 

「――――ああ、充分だ」

 

 

 

 

 聞こえてきた声に、身体が固まった。

 ヴェルゴの声じゃない。どこかで聞いたことのある男の声。

 

 

 ああそうだ、これは……。

 

 

 

「……ドフィ」

 

 

「フッフ。思い出したみてえだな」

 

 

 

 ヴェルゴがポケットから取り出した電伝虫から聞こえる声はとても上機嫌であった。

 

 

 

「ロシー、最初に会った時のことを覚えてるか?」

 

 

「……俺はロナンだ。それに最初に会った時の事なんて忘れた」

 

 

「フッフッフ……嘘だな。ロシー、俺は昨日の事のように覚えてるぞ。騒いでいた連中にドジって転んで……ああ、馬鹿みてえに死にかけてやがったな、てめえは」

 

 

 いやまあ確かにあの時はピンクなモフモフを着けたおっさんが助けてくれたけどなんかこっちに襲いかかって来そうだなって思って逃げたのは覚えてるけど!

 

 

 

「っ……だから俺はロナンだって―――――」

 

 

「クローンだから違うと言いたいのか」

 

 

「はっ……」

 

 

「俺との記憶を思い出してるんだろう。ヴェルゴも知ってるな? ならその記憶は誰のもんだ」

 

 

「……オリジナルの記憶だ」

 

 

 

「フッ。オリジナル? 俺も知らねえてめえの生涯全ての記憶を持って、オリジナルか」

 

 

 

 フーッフッフッフッフ、と笑うドフラミンゴに息を呑む。

 空気が呑まれているというのだろうか。完全に会話の主導権は向こうにあった。

 

 

 

「クローンとは違う。てめえはあの死んだ時間を引き継いだロシーそのものだ」

 

 

「だから俺は、ロシナンテじゃない! オリジナルの記憶を引き継いだクローンだ!」

 

 

「クローンならロシーとしての記憶があるわけねえ。細胞や性質が同じでも、全てそのままというわけじゃねえ。死んだその時のまますべてを引き継いだ。ロシー、我が最愛の弟。お前はロシナンテだ」

 

 

 

 まるで洗脳されているかのようだった。

 圧倒的に真実を言っているかのように、こちらに向けて甘い囁きを溢していく。

 お前はロシナンテだと、それが真実だとでも言うかのように。

 

 

 

「だから……そんなの、違うって……」

 

 

「いいや、俺がそうだと言えばそうなるんだ。そこのガキだってそうだぜロシー」

 

 

「は?」

 

 

「リードっつったか? 奴の本当の名はポートガス・D・エース。ガキの正体を知った海軍が絶対に殺さなければと追っていた、本来は生まれちゃならねえ赤ん坊だ」

 

 

「っ――――この世に生まれちゃならねえ赤ん坊なんていない!!」

 

 

「フッフッ! ああそうだ。俺もそう思うさ」

 

 

 

 まるで冗談を言い合っているかのように笑ってくるドフィに気分が落ちていく。

 これだからこいつと話すのは怖い。このままあっけなく殺されそうで怖い。ヴェルゴが何も言わずただ電伝虫を持ったまま立っている姿も異様で、ビリビリと緊張感が肌に突き刺さる。

 

 

 

「赤ん坊を使えば、白ひげの残党をぶちのめす人質代わりになる。それだけじゃねえ、エース再来としてまた世間が騒ぐだろうな。こいつもまた死んだ記憶を引き継いだ人間だ」

 

 

「……そんなの、違う。俺はロナンで、リードもただのリードだろうが」

 

 

「強情だなロシー。まあいい、おいヴェルゴ」

 

 

「ああ、聞いている」

 

 

「フッ……ロシー。また会おう」

 

 

 

 ――――ガチャリ、と急に電伝虫を切られる。

 ドフラミンゴの声が聞こえなくなってようやく息が吐けた。でもまだ目の前にヴェルゴがいる時点で緊張が解かれることはないが……。

 

 

 

 

「お前らの手配書は撤廃された」

 

 

「は?」

 

 

「捕まった時点で保護観察となったんだ。だから囚人として扱うことはない。それだけお前たちの存在は重要視されてるってことだ。ドフィの言うようにな」

 

 

「……ヴェルゴ、つまり俺達は……えっと、解剖とかされるってことか?」

 

 

「…………俺からの話は以上だ」

 

 

 

 俺が聞きたいことについては何も説明をせず、普通にサイレントのドームを抜けて部屋の外へ出て行ったヴェルゴに呆然とした。

 海軍の保護観察。それってどういうことだ。

 センゴクさんが何かやってくれたのか? それとも、ドフィの力で何かを……。

 

 

 

「めちー!!!」

 

 

「うぉっ!? ……ああ、リード。腹減ったのか」

 

 

 

 とりあえず能力を解こう。それで泣きそうなリードの為にミルクか離乳食を……。

 

 

 

「ははっ……ああ、ちくしょう」

 

 

 

 恐怖で手が震えてやがる。虚しい気持ちでテンションがガタ落ちする。

 ただ話しただけなのに……何でこんなに……。

 

 

 

「ロー……」

 

 

 

 あの時一瞬だけ見えたローの目に、傷ついた何かが見えたのは気のせいだっただろうか。

 あいつあんなに大きくなったんだな。病気も治って元気で本当に良かった。

 

 

「ろなー! めちー!」

 

 

「ああ、はいはい」

 

 

 

 首を振ってこの妙な気持ちを消してしまう。

 とにかく現状は最悪だ。どうにかしておかないと……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

保護観察対象な彼らの日々
長いようで短い半年


 

 

 

 

 

「ロナンくん、鳩の模様がある書類を持ってきてくれませんか?」

 

 

「うん、分かったよたしぎさん」

 

 

 

 

 どこにどの模様が描かれた書類があるのかを知っているため、スタスタと慣れた足取りで棚の方へ向かって歩き、書類を引っ張り出してたしぎさんの元へ持っていく。

 ついでにコーヒー……は、駄目だ。紙がある場所でコーヒーをドジってひっくり返したら面倒なことになる。

 

 

 

「どわっ!?」

 

 

「なっ!? ロナン君大丈夫ですか!?」

 

 

「へ、へいき……」

 

 

 

 ドジらねえと思ったらこれだ。

 紙を全てひっくり返したせいで頭やら周囲やらに広がる書類に遠い目になった。

 

 でもたしぎさんは怒ることもなく、ただ小さくため息をついて「仕方ないですね」と苦笑してこちらに近づいて書類を集めてくれる。

 そういうところはあのケムリン……スモーカー中将と全然違うな。あの人これやったらとりあえず拳骨してくるから。

 ヴェルゴは――――――うん、思い出したくないな。

 

 

 

 

「よそ見や考え事をするときは歩き出す前にと何度も言ったはずでしょう。ただでさえあなたは転ぶ頻度が多いのですから……特に注意して見て歩かないと駄目ですよ」

 

 

「……たしぎさん、それ俺じゃなくてただの椅子」

 

 

 

 眼鏡かけてないせいだろうけれど、何で書類はちゃんと集められるのに俺の姿を見間違うのだろうか。

 いや、俺も気が付いたらドジるから同じようなもんか。

 

 指摘したらたしぎさんの頬がかーっと赤くなっていくけど……。

 

 

 

 

「っ――――――と、とにかく! 早く書類を終わらせて昼食にしましょう!」

 

 

「ハハハっ……」

 

 

「返事は!?」

 

 

「はーい」

 

 

 

 書類を机の上に並べて、俺ができる必要な分だけ書き記していく。

 それを確認したたしぎさんが判子を押して山となった書類の上に置いていく作業をし、また彼女も別の書類に文字を書き記していく。

 

 

「G-5の海兵の中に事務が出来る人がほとんどいないのが現状ですからね……ロナン君、あなたがいて本当に良かったですよ」

 

 

「ハハハっ……まあ、それぐらいしか俺にはやることないからさ」

 

 

 

 本当は海軍本部に直接行くことになるはずだったらしい。

 だが何やら上が揉めに揉めている状況のようで、本部で海兵として育てるよりもとっとと殺した方が良い派と、きちんと育てて立派な海兵にしてやったほうがいい派が分かれて議題としてあげられている。

 

 俺達を作り上げた科学者もまだ見つかっていないという状況。

 だから、最初に保護したスモーカーとヴェルゴの元へ一時的に新世界のG-5に行くことになるのは必然だった……ということみたいだ。

 

 

 

「保護観察って何時になったら解かれるんだろう。というか解かれたらどうなるんだろう……」

 

 

「大丈夫ですよロナン君。あなたは確かに手配書に載ったことがありますが……あなたはマッドサイエンティストの被害者。ロナン君は危険じゃないと……この半年間一緒にいた私達はちゃんと分かってます。リード君はともかく」

 

 

「ハハッ……ありがとう、たしぎさん」

 

 

「いいえ、どういたしまして」

 

 

 

 半年間。本当に長いようで短い日々だった。いやまだ続いてるけどさ……。

 とりあえずリードが順調に育つまではこのままでいいかなって思うんだよなー。

 

 半年過ぎたことによって、リードはもう1歳2ヶ月ぐらい経っているため、順調に育ってきて今やG-5の海賊みたいな風貌をした海兵たちに突撃してやんちゃしているぐらい元気だ。

 

 ドフィからの連絡もなく、ヴェルゴは揉めている上からの指示とドフィの指示に従って俺を放置しているみたいで……うん。

 嵐の前触れみたいな平穏がすごく怖いって感じる。特にリードを海兵にしてやれと賛成派筆頭が怖い。筆頭のあのお爺ちゃんには会ってないけど、ヴェルゴがやたらと疲れた顔で本部から帰ってきたあの姿を見る限りすごく怖い。

 

 

 

「失礼するぜ大佐ちゃん! お茶持ってきた!」

 

 

「ああ、ありがとうございます」

 

 

「しししっ!」

 

 

 

 

 書類を書いている俺達に向けてきたのはちょっと顔に傷のついた怖そうな風貌の海兵のおっさんと、その足元でにっこりと笑うリード。

 

 

 

 

「ろなーん!」

 

 

「はいはい。どうしたんだリード」

 

 

 

 トテトテと小さな足を元気いっぱいに動かしてこちらへ近づいてきたリードに、慌てて椅子から降りて書類から離れて両手を広げる。

 これでまた転がって書類をぶちまけたら仕事が長引く。とりあえず気を付けねえと……。

 

 両腕を広げて待っていたからか、リードは俺の腕の中に勢いをつけて抱きついてきた。

 

 

 

「ろなん! きょうけむりんとひつじかってきた!」

 

 

「……買ってきた? いや、狩ってきたのか?」

 

 

「おう! ふわふわもふもふのあふろだった! ぶるっくよりもおおきかったぞ!」

 

 

 

 ブルックってやつが誰なのかは知らないけれど、たぶん記憶の中で引っかかってる名前が無意識の中に出てきたんだろう。

 上機嫌なその頭を撫でて抱き上げる。ちょっと重くなったなこいつ……いや、タコ焼きの匂いがリードからほんのりとするから誰かに奢ってもらったな?

 

 

 

「ひつじな! しゅっげーよわかったんだ! おれでもたおせたはずだぞ!」

 

 

「そっかー。羊じゃなくて羊に似た海賊団かー。でもお前に倒せるかなー……じゃねえ! 危ないことしなかったかリード!? 怪我はねえか!?」

 

 

「だいじょーぶ! おれはつよい!」

 

 

「いや1歳児が何言ってんだよ!」

 

 

 

 とりあえず怪我はねえみたいだな。安堵して、苦笑してもう一度頭を撫でる。

 頭を撫でると「もっとー!」というかのようにぐりぐりと手に押し付けてくるのが可愛らしい。

 

 1歳のくせにやたらとはっきりと喋るのと、ちゃんとこちらを理解して話す知能はたぶんクローンとして……うん、本来のオリジナルとしての記憶から成り立っているんだと思うな。運動神経も良いし、スモーカーの肩に飛び乗ろうとしてよく失敗してるのは見たことがある。

 

 こういうのをドフィが言うようにクローンじゃなく、引き継いだとかそういうのじゃないと思いたい。

 エースに会ったことはあるけれど、あいつの弟ってルフィだし、死んでねえし……。

 

 

 ――――――そう思っていた時、リードの腹から急に『ぐぎゅるるるるるっ!』という派手な腹の音が鳴り響いた。

 

 

 

「ろなん! はらへった!」

 

 

「あ、じゃああとは私がやっておきますのでロナン君たちは食堂の方へ行ってて構いませんよ」

 

 

「大佐ちゃんの手伝いは俺がするぜ!」

 

 

「ええ、ですが真剣に! ちゃんと読めるような文字で書いてくださいよ!!」

 

 

「お、おう……」

 

 

 彼女たちのやり取りに苦笑しながらも、抱き上げたリードを連れて扉の方まで行く。

 

 

 

「分かりました。じゃあ昼休憩貰いますね」

 

 

「ええ」

 

 

「またなーメガネ!」

 

 

 

 

 ぶんぶんと手を振るリードに渋い表情で引き攣った顔をするたしぎ大佐の顔が見えたが……気にしないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観察経過記録

 

 

 

 

 

 ヴェルゴ中将から下された指令には、ある観察記録を記す必要があった。

 彼らが将来的に――――特にリードの危険性を確認するために観察し、状況をすべて報告する。

 彼らに気づかれることなく全てを記せとそう命令を下されたのだ。

 

 

 

 

 

 

状況記録

観察状況:海軍基地食堂

観察対象:ロナン、リード

 

 「にくをくいたい!」と何度も我が儘を言うリードに向かって「肉を食べすぎたらお前が肉になるんだぞ! そしたら俺たちの腹の中に収まることになるんだからな!」とロナンがわざと大袈裟に言っていたのを観察。

 ショックを受けたリードが涙を浮かべており、食べられる様子を想像したのか「おれってうまいの?」と何故か涎を垂らしていた。流石にロナンが呆れて「んなわけあるか馬鹿!」頭を乱暴に撫でていた。

 

 

 

 

 

状況記録

観察状況:商店街

観察対象:リード

 

 いつもスモーカー中将の身体をよじ登り、肩に乗ろうとして失敗しているリードだったが、今回は高い場所から下に落ちて肩に乗ろうとしていた様子を確認。

 屋根から「けむりーん! そこうごくなよー!」と子供の声が聞こえ、落下してきたリードにスモーカー中将は慌てて手を伸ばして子供をキャッチし、そのまま説教という流れになっていた。

 死にかけたことを知らないリードが説教についてよく分からないまま思わず泣きつつ憤慨しつつ「けむりんなんてしらん!」と叫びながらも中将の肩によじ登っていたのはなんだか微笑ましかったとの報告。

 

 

 

 

状況記録

観察状況:注意喚起

観察対象:ロナン、リード

 

 成長するにつれてドジが酷くなっているという予想を受け、周りに注意喚起を要請。廊下にて転んだあとそのまま扉に激突し、近くにいた海兵が巻き込まれて怪我をしたとの観察記録を報告。

 また、スモーカー中将が吸っている葉巻をじっと眺めて「たばこっていいよな……」と呟いていたのを確認。ですので彼にたばこを与えないでください。火元不注意による火事が発生するかもしれません。というか子供ですのでたばこは良いぞと言いながらお勧めするのは止めてください! 皆さんに言っているのですよ!

 また、ヴェルゴ中将の頬にある食べ残しをリードに与えないでください。他の海兵も我儘を聞いておやつを与えないように。彼は食事の時点で一歳児よりも食べてます。大食らいな子供にこれ以上の食べ物は健康によろしくないです。

 

 

 

 

 

状況記録【解決未定】

観察状況:食堂

観察対象:リード

 

 「ろなん! きょうな、ゆめでな! さーじのめし、くってた! うまそうだった!」とロナンに向かって話していたのを確認。ロナンは微妙な表情で彼の頭を撫でていました。

 ただ、報告者の話によるとリードの舌っ足らずのせいで『さーじ』という名前が、サッチなのかサンジなのか微妙とのこと。どっちにも聞こえてきたと証言がありました。

 ただ、どうやら食堂のスタッフが一人婚約し退職したとのことで彼女の名前が『サージェ』だったので、彼女の名前を言っていたのではないかという報告も上がっています。

 ロナンに聞いてみましたが、曖昧に誤魔化されてしまい、確認は未だに取れていません。

 

 

 

 

 

 

状況記録

観察状況:プレゼント報告

観察対象:ロナン、リード

 

 ヴェルゴ中将が気まぐれにリードに向けて贈った目つきの鋭いゴマフアザラシのぬいぐるみを、リードではなくロナンが気に入っている様子でした。リードが抱きついてこない時はよく抱きしめていることがあります。

 ただそのぬいぐるみについていた『おしゃべり機能』を発見し、ビビって手放しリードの玩具兼サンドバックになってます。

 報告書に記載するような内容じゃないですが、ヴェルゴ中将が何故あのゴマフアザラシのぬいぐるみに「フッフッフ」という低い男の声がランダムで発生するようなものを買ったのか不思議でなりません。ただ、ヴェルゴ中将の希望通り映像伝電虫にロナンが初めてお喋り機能を目にして驚いた映像を撮って提出しました。確認をお願いします。

 それとロナンが驚いた時にとっさに叫んだあの七武海の名前―――――――

 

 

 

 

 

状況記録

観察状況:麦わら帽子

観察対象:リード

 前回の報告書がいつの間にか紛失騒ぎになっていたようなので、徹底管理をするようにとヴェルゴ中将から指示がありました。最初の指令の時からすべての海兵に向けて指示をしましたが、あまり効かなかったようですね。こちらでもう一度徹底するよう呼びかけます。

 

 では今回の状況記録ですが、リードが商店街で麦わら帽子が売り出されている店を発見し、その場に立ち尽くしてじっと黙って見つめている報告がありました。

 スモーカー中将がその場におり、「欲しいのか?」と呼びかけましたが、リードはしばらく口を開こうとしませんでした。やがてスモーカー中将の方に向き直って首を振って「これはおれにひつようねえ! りーどのおとうとだからな!」と叫んでいたとのこと。自らの名前を叫び、弟と言った内容については幼いため一人称として自分の名前を呼んだ可能性があります。おそらく自分はロナンの弟だと言いたかったんでしょう。詳細は追って報告します。

 

 

 

 

 

状況記録

観察状況:ソファ

観察対象:ロナン

 

 ロナンが本を読もうとしている体勢で微睡んでいるのを発見。何度もソファからずり落ちそうになっては「ハッ!」と目を見開いて本を読み、また眠りそうになるという状況を何度も目撃しています。まるで寝そうで寝ない猫のようだと報告者が証言しています。

 その後、「ローがゴマフアザラシにっ!?」という叫び声で目を覚ましたようです。何故七武海のトラファルガー・ローの名前を出したのかはよく分かっていませんが、本人も「何の夢を見たのか忘れた」と証言しているので、あまり重要ではないと思われます。

 最終的にはリードに思いっきり抱きつかれた衝撃でソファから転げ落ちたことにより眠気は吹っ飛んだようです。

 

 

 

 

 

 現状の報告は以上となります。

 何か状況に進展、あるいは報告すべき事態があれば報告書にまとめた後、ヴェルゴ中将に提出いたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観察記録(秘匿書類)

 

 

 

【G-5支部■■■■書】

 実験対象 ロナン、リード

 

 

 彼らには運動に不自由しない程度に海軍基地内の一般人と同等の自由権を与えてください。ただし実験対象および閲覧権限のない海兵には彼らへの制限について察せられることのないように。

 適切な寝具、風呂、医療施設は海兵と同じくいつでも使用できるようにしてください。食べ物は海兵と同等のもので構いませんが、それ以上を要求するのなら観察と報告を。おやつに関しては何でも構いません。

 好物などの調査も報告に入っています。オリジナルとの比較を行うため、特に対象者ロナンによる観察と報告を必ず行うように。

 

 外出許可は主に取れるようにしてください。ただし単独での移動は禁止します。

 大佐以上の海兵を監視役として行動を共にするように徹底してください。

 

 玩具は基本的に許可しますが、武器は却下します。

 ですが実験対象からの玩具の要求に関しては報告してください。

 海兵からのプレゼントは報告しなくていいです。

 

 

 対象者ロナンにおける海兵の手伝い要求は許可します。ただし対象者ロナンのドジはオリジナル生来のものですので、基本的に大事故に発展するような手伝いはさせないように徹底を。もちろん海兵しか入ることのできない部屋の入出は禁止しています。ですが手伝いについては海兵が常に監視できる状況ならば一時的に許可します。

 

 

 

【手伝い禁止事項一覧】

 キッチン、訓練場、重要書類保管庫、商店街、海―――――――

 また新しく禁止事項に記載をすることを許可します。対象者ロナン自身が傷つくようなこと、および事故や事件、災害を発生させないよう気を付けてください。

 

 

 オリジナルの記憶保持についての詳細を報告してください。彼らの記憶がどの程度あるのかを知る必要があります。

 記憶については積極的に調査する必要はありません。意図的に記憶を思い出させようとするような行為は避けてください。

 ただ何気ない言葉の中にオリジナルの記憶が隠されている可能性があります。

 対象者ロナンとオリジナルである■■■■■の言動と記憶比較を行ってください。対象者リードについては睡眠による夢の報告と言動に注意をお願いします。

 

 

 睡眠によってどのような夢を見たのかを調査してください。

 彼らの夢が記憶の一部であることが対象者ロナンの証言から明らかになっています。一部分でもどのような夢を見ているのかを確認し、現実ではないと証言してください。

 閲覧権限のない海兵には観察と調査を兼ねていると説明し、報告をするように。夢でしかないような有り得ない記録でも構いません。報告は徹底してください。

 

 

 なお、対象者ロナンにおけるオリジナルの記憶保持は重度を越しています。最終的な■■段階にはまだ達成していないことが明らかになっていますが、必要であればDr.ベガパンクへの依頼を許可します。

 記憶をこれ以上思い出させないよう一般海兵にも注意を促してください。ただし彼らには詳細を知る必要がありません。記憶の混濁についてははっきりと注意をし、対象者ロナンの自己の確立を行うように。

 また、対象者ロナンの海軍本部への移動は申請中です。海軍本部におけるオリジナルの記憶が多くあるため、■■段階に達成する可能性があると考え現在Dr.ベガパンクによる調査が行われています。自己喪失に至らぬよう注意してください。

 

 

 対象者リードに関しては記憶保持の経度がまだ未調査です。

 リードについては脱走の恐れがあるため、記憶がなくても管理を徹底してください。なお脱走する場合は五体満足でなくても構わないので必ず捕獲をしてください。

 

 対象者ロナンが単独で脱走しても追わなくて構いません。捕獲も出来る範囲で構いません。

 ですが対象者リードを抱えての脱走であれば捕獲を徹底してください。ただし対象者ロナンの殺害行為は基本的に認められていません。

 

 

 

【対象者リードにおける報告書】

 

 オリジナルの記憶と差異が出ていることが一部明らかになっています。麦わら帽子をじっと見つめている。手配書の中の麦わらの一味を懐かしそうに見つめていると報告がありました。

 実験段階によっては白ひげへの興味があるかどうか確かめるように。ただし対象者リードの自己喪失になるようであれば即座に中止してください。調査は確実に行わなくて結構です。

 

 

 

 今までに報告された資料をまとめておいてください。

 なお、閲覧権限はG-5支部基地長ヴェルゴ中将にあります。

 

 基地に所属するスモーカー中将の閲覧権限は許可申請中です。

 許可が下り次第ヴェルゴ中将から指示を出します。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドジはフラグを立て続ける

 

 

 

 

 

「これはもう立派な成長期ですね」

 

 

「やっぱり……」

 

 

 服がピッタリフィットしている現状に俺とたしぎさんはため息をついた。

 ピッタリフィットっていっても良い方じゃないぞ。普通にピチピチで全身タイツなんじゃないかってぐらいギリギリなんだからな!

 

 

 

「最近は妙にズボンの丈が短いと思っていましたが……短いと感じていたなら早く教えてくださいよ」

 

 

「うぐっ……でも、この前ドジって燃やしたばっかだから……」

 

 

 一応今までの服は着れてはいた。なんせリードが抱きついて服をいろんな方向から何度も引っ張ってくるため、物理的に伸びたと言っても過言じゃないからだ。

 まあそれが原因じゃないとしても、大きめの服を買っていたから、一応丈が合ってなくても着れたんだ。

 

 ドジってしまったのが原因というか……。

 あれもうドジどころか呪いの域なんじゃねえかって思えてきたんだよなぁ。

 

 洗濯に出していた服をたたんで部屋に仕舞おうとしてそのままうっかり転んで棚ごとひっくり返るし、転んだ先が何故か窓の外で2階から落ちて死にかけたかと思いきやそこで下にいたはずの海兵さんたちを巻き込んじまって気絶して……。

 そんで、気がついたら服が全部燃えてたんだぞ。棚が炎上してたんだぞ。その時に俺が着ていた服もボロボロになったんだぞ。

 

 火元なんてなかったはずなのにどんな連鎖でああなったんだよ!?

 

 遠い目をしている俺に何か思うことがあったのか、たしぎさんがこちらをまっすぐ見つめてくる。

 

 

 

「……今度からは訓練場へ一緒に行きましょう。あなたは受け身の練習をした方がいいです。そうでないといつか死にますよ」

 

 

「ハイ」

 

 

 

 たしぎさんの目が笑ってなかったので何度も頷く。

 でもマジでどうしようかな……。

 

 騒動のせいでしばらくダボダボの海兵の大人サイズの服を着ていた。

 だが裾を何度も踏んでは転ぶ俺に呆れたのかスモーカー中将がたしぎさんに命令をして買わせた服によって解決……とはいかなかった。

 

 服を買ってくれたのはたしぎさんだが、彼女は大きめのを買ってこなかった。

 だから現状、ピッタリサイズの服を着ているという状況である。

 

 

 ズボンさえ大丈夫なら上は着れなくても問題は……いや、たしぎさんはそれが駄目だと言うのか。

 

 

 

「ロナン君、あなたちゃんとご飯食べてますよね?」

 

 

「食べてるって。リード並みじゃねえけどさ」

 

 

「それにしてはウエストが……」

 

 

「横にじゃなくて縦に伸びてるから。それにピッタリなのは変わらないよ。たぶん座ったら酷いことになると思う」

 

 

「ああ……」

 

 

 

 なんとなく言い訳じみたことを言っているとたしぎさんはまたため息をついた。

 服も経費にかかるのは知ってるし、全部燃やしちまったから金かかるよなぁ……ううむ……。

 

 

 

「ろなー!」

 

 

「うぉっ!?」

 

 

 

 ―――――ビッリィィィィ!!!

 

 部屋からこちらに来て抱きついてきたリードの勢いに転びそうになったため力を入れたせいで、何処からか派手な音が鳴り響いて……!?

 

 

 

「うぉぁぁぁぁっ!!? 最後の1枚がぁ!!?」

 

 

「ししし! はーとぱんつがまるみえだ!! ろなん、かっこわりい!!」

 

 

「っ……うるせえぞリードめ! お前にはこうしてやる!」

 

 

「ぎゃーやめろー!」

 

 

 

 止めろと言ってる割には楽しそうなリードが身体中をくすぐろうとする俺の手から逃れようと身を捩る。

 

 

 

「はいはい! 遊ぶのはそこまでですよ!」

 

 

「なんだよめがねー。いまいいとこなんだぞー」

 

 

「良いところじゃないでしょう! 服がまた破けて……いえ、それにリードの服も新しくした方が良さそうですね」

 

 

 ぶぅ、と遊びが唐突に終わったことに不機嫌になり膨れた顔をして俺に抱き上げられているリードをじろじろと見ながら言うたしぎさんに曖昧に頷く。

 

 

 

「まあリードのは成長期じゃなくて外で派手に遊んで来るのが原因な気もするけど……」

 

 

「どちらも必要なのは変わらないということですね。……よし、買いに行きましょう」

 

 

「商店街に?」

 

 

「ええ。ちゃんとサイズを確認して買った方が良いですからね。私が一緒に――――」

 

 

「その必要はない。おれが行こう」

 

 

 聞こえてきた声に、身体が固まった。

 ヴェルゴの声が背後から聞こえる。いつもは遠目にしか見ないように、遭遇しないように心構えしていたはずの男の声が近くで聞こえてくる。

 

 

「ヴェルゴ中将! あの、商店街まで買い物に……良いのでしょうか?」

 

 

「子供たちの海難事故も最近増えてきているからな。それの注意喚起のついでにやっておこう」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 全然ありがとうございますじゃねぇから!?

 いやたしぎさんの前でそんなこと言ったら後で面倒になるけど!!?

 

 抱き上げているため、俺の態度の変化に気づいたのだろう。リードが俺の頬に手を当ててきた。

 

 

 

「あんしんしろよ、ろなん。おれがまもるからな!」

 

 

「あーうん……そうだねー」

 

 

「ふっ、微笑ましいものだな」

 

 

「むっ、ばかにすんなよ!」

 

 

 

 たしぎさんから見れば楽しそうな光景なんだろう。

 小さく笑った彼女から顔を逸らした。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あの焼き鳥は後ほど野良犬が食べたらしい

 

 

 

 

 

 

 破れてしまったズボンと、もはや着れることのないシャツ。

 とりあえずパンツ一丁で外を歩くのは辛いので海軍の制服を上下揃えて着ることになった。

 ダボダボだが、裾を何重にもめくって、ベルトでズボンのウェストを締めれば完璧だ。首どころか片方の肩までゆるく露出してしまうのは仕方ないと諦めよう。

 パンツ一丁よりマシだ。

 

 

 

「この奥だ。離れるな」

 

 

 

「分かってる……」

 

 

 

 

 海軍基地から遠くの方にある町。

 その商店街を歩く俺達だが、いつもなら前を歩くはずのリードが俺の傍から離れようとしないのでピリッとした緊張感が肌に突き刺さってくるように感じた。

 

 隣を見上げて見れば、珍しく食べ残しが頬についていないヴェルゴがただ前を見て歩いているだけ。サングラスを付けているせいで何を考えて行動しているのか分かりはしないが……。

 

 

 

「……で、俺に何か話でもあるのか?」

 

 

「いや、ただの気紛れだ」

 

 

「……ゴマフアザラシをプレゼントした時のような?」

 

 

「そうだな」

 

 

 

 あの一件の時のような気まぐれなら問題はない……かな?

 いやでもあの一件はある意味心臓に悪い事件だった。

 

 一週間だぞ。ヴェルゴからのプレゼントだったから警戒したけどローに似てる感じがしてそのまま放置するのも何か嫌だったし、ぬいぐるみの感触もふわふわで気持ち良かったから抱き枕にしてたんだ。

 まさか昼間に「フッフッフ」とか聞き慣れた声が聞こえると思ったら俺の抱きしめてるアザラシのぬいぐるみからするとか思わねえから! そのせいで派手に転んで怪我したんだからな!

 あの時マジ兄上許さねえとか思った。あの人何でこんな面倒な悪戯仕掛けたんだか……。

 

 小さくため息をついたら、きょとんとした顔をしながらリードがこちらを見上げてきた。

 

 

 

「だいじょーぶか、ろなん?」

 

 

「おう、大丈夫だぞリード。ほら、心配すんなって」

 

 

 

 

 抱き上げた状態のまま頭をぐりぐりと撫でてやると俺の首筋にすり寄ってくる。

 そうして「しししっ!」と笑ったあと、いつものように先に進みたいと抱き上げていたリードを降ろして自由にさせてやった。

 ぶらぶらと先へ進んでいくリードの姿が見えなくなりそうになったらヴェルゴが連れて戻って来るのでまあ安心だ。

 

 ……ってか、やっぱり気を使ってたんだな。リードのくせに静かすぎると思ったんだ。

 

 でも今は大丈夫だろう。そう、今なら。

 敵だと認識してないなら……たぶん。

 

 

 

「この店だ。行くぞ」

 

 

「……おーう」

 

 

 

 とりあえず先へ進んでそのままレストランがある場所へ突っ走りそうなリードを止めようかな。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 服一式を買い揃え、それ以外にも着替えとか破いた時用とかいろいろと買ってくれた。いや、経費で買ったと言えるか。

 だがデザインは適当に。成長期はまだ続くだろうから――――――というか、オリジナル程度には大きくなりそうな気がするからなるべく大きめのを選んで買ったため、時間はあまりかからなかった。

 

 俺から見ればそう思えたが、どうやらリードはそうじゃないみたいだ。

 

 

 

「はらへったー! ろなん、あっちでうまそうなにおいがするぞ!」

 

 

「こら先行くんじゃねえ! 待てっての、リード!」

 

 

 

 早足で向かった先は焼き鳥を販売する店。ジューシーな油が焼けた良い匂いと同時にリードが涎を豪快にすするような音が聞こえてくる。

 

 

 

「リード」

 

 

「なんだよさんぐらす」

 

 

「買ってやるから静かにしていろ。遠くに行くなよ」

 

 

「ほんとうか!? おまえいいやつだなー!」

 

 

 

 目をキラキラと輝かせて涎を再び手で拭いたリードに引き攣った笑みを浮かべた。

 ヴェルゴが良い奴……いやまあ……うん。ドフィに関しては良い奴になるのかな。忠実に命令に従って動いているわけだし……。

 

 

 

 ヴェルゴと共に焼き鳥屋の前に駆けていったリードを見守る。ヴェルゴが通常よりも長めの焼き鳥を4本ほど買って、そのうち2本をリードに渡してこちらへ戻ってきた。

 その前に焼き鳥の店長に余分に金を渡していたが……ああ、リードが食い足りなくなっておかわりする分か。

 

 スタスタと長い脚を動かして近づいてきたヴェルゴが、こちらを見下ろして言う。

 

 

 

 

「お前の分だ」

 

 

 

 ヴェルゴが渡してきたのは、残り2本のうち1本の焼き鳥。

 美味しそうな匂いがするそれを突き出されたことに困惑しつつも、恐る恐る手に取った。

 

 

 

「お、おう……ありがとう」

 

 

「熱いぞ。ドジるなよ」

 

 

「ごっふっ!?」

 

 

「言った傍から何やってるんだお前は」

 

 

 

 呆れたような顔で言うけどさぁ。これでも俺はかなり気を付けてる方なんだぞ。

 

 仕方ないだろ!?

 もう俺のドジは呪いの域なんだからな!!

 

 

 

「……ロナン。いや、ロシナンテ」

 

 

「うん?」

 

 

「ドフィから伝言だ」

 

 

「っ……」

 

 

「せっかく買ったんだ。ドジって焼き鳥を落とすなよ」

 

 

「わ、分かってる……」

 

 

 

 慌てて焼き鳥をギュッと握りしめ。食べるふりをしてヴェルゴを見上げた。

 ってか、気まぐれで一緒に来たわけじゃなかったのか……。

 

 ヴェルゴはただいつも通りの口調で、口を開いて話す。

 

 

 

 

「“世界政府でさえ現状維持を望もうとするほどの改良を施した。それがどういうものか、知りたいと思わないか?”」

 

 

「え?」

 

 

「“帰って来い”……それがドフィからの伝言だ。お前だけが逃げるというのなら手は出さん。前と同じように裏切るのなら殺すがな」

 

 

 

「…………リードは? あいつは普通に……自由に生きていくことは出来るか?」

 

 

 

「自分の事よりも幼子を心配するのか」

 

 

 

「当たり前だろ! そんなの―――――」

 

 

 

「だからお前は自滅したんだ」

 

 

 

 冷ややかな言葉に肩が震える。

 何となく、言っている意味は分かってる。ローを救うために動いたから今までの苦労が全て水の泡になった。でもそれで後悔はなかった。

 でもまたやらかすつもりかとヴェルゴが忠告してるんだろう。

 

 

 

 

「リードは海軍が最も危険視する子供だ。そう簡単に自由になれるとは思えないがな」

 

 

 

「……分かってるよ。それぐらい」

 

 

 

 小さくため息をついて焼き鳥を食らう。

 すっかり冷えたそれは美味く感じなかった。

 

 

 

「……いずれにしろ、お前だけ明日海軍本部へ行くことになったんだ。別れの挨拶ぐらいは済ませておけ」

 

 

「はい?」

 

 

 

 どういう意味だろうかと目をパチパチと瞬きしながらヴェルゴを見上げる。

 あいつはいつも通り澄ました顔をして、焼き鳥をまた注文して食べまくるリードを見ていた。

 

 なんか急なことを言われたような気がするんだが……。

 

 

 

「えっと……なあ、誰が行くって?」

 

 

「お前だ。ロシナンテ」

 

 

「……別れの挨拶って、誰に?」

 

 

「リード……あのガキにだ。あいつはこのG-5に残ることになった」

 

 

 

 

 もはや決定事項だと言うかのような言葉に、思わず食べ途中だった焼き鳥を手から落としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行きたくないけど、そうはいかない

 

 

 

 

 

 

 

「いくなぁぁぁ!!」

 

 

「大丈夫だから。ほら、良い子にして待っててくれよぉ」

 

 

「やぁぁぁぁっっ!!!」

 

 

「なあ、リードも一緒に行くことは――――――」

 

 

「却下だ」

 

 

 

 現在時刻は早朝。海賊などに巻き込まれず早めに海軍本部へ行くとのことで太陽が昇る直前を選んだんだが、それはある意味失敗だったかもしれない。

 寝起きのリードはいつもならふらふらしながらもまた二度寝ぐらいはするはずだ。

 

 でも今は違う。

 普通に俺との別れを悲しんで大号泣し、周りの海賊よりも海賊みたいな海兵のおっさんたちが思わず涙してしまうほど嫌がって俺の脚に引っ付いて離れようとしない。

 

 

 

「大丈夫だってリード。すぐに帰って来るから……」

 

 

「だめだ! ろなんぜってーどじるだろ!」

 

 

「いくらなんでも帰れなくなるようなドジはしねえよ!」

 

 

「うそだ!」

 

 

「嘘……じゃない!」

 

 

 

 訝しげな目で俺をじろっと見つめるリードから顔ごと逸らして口笛を吹く。それに騙されるような頭をしているわけはなく、さらにギュッと抱きついてきて、絶対に離さないという意思を感じられた。

 それほどまでにも一緒にいたいというのは分かる。凄く嬉しい気持ちが込み上げてくるのも分かるんだけどさ……。

 

 

 

「リード。お前はここで留守番だ。俺も共に行き、必ず戻って来るから心配するな。あいつもそこまでドジらねえよ」

 

 

「……ぶぅ」

 

 

 

 なんというか……「んなわけねえだろ。だから余計心配なんだ!」というような目でヴェルゴを睨みつけるが、他の海兵がいるからか乱暴にリードの頭を撫でるだけに留めた。

 本当は無理やり離してとっとと連れていきたいのかもしれない。でもそれをすれば海兵たちに不審に思われる。優しいヴェルゴ中将も大変そうだよな……。

 まあ、俺は何も言うつもりはねえし、同情も何もないけれど。

 

 そう思っていると、俺達の傍へ寄ってきたたしぎさんがリードの手をギュッと握りしめて優しく俺の脚から離していく。

 

 

 

「ロナン君の身体の調子を調べるのが目的で海軍本部へ行くことになっただけですからね。用事が終わればすぐに帰って来れますよ」

 

 

「……ほんとうだな? ぜったいにかえってくるよな?」

 

 

「ええ、もちろん!」

 

 

 

 舌っ足らずだが真剣な顔をするリードと、綺麗な笑みを浮かべるたしぎさんにほのぼのとした空気を感じる。

 なんというか凄く平和だ。海兵たちが小さな声で話す「大佐ちゃん可愛い」とか、「リードのクソガキいいなー。大佐ちゃんの笑顔を直視出来て」とかいうのが聞こえたけどまあスルーで良いだろう。

 

 ヴェルゴをチラッと見たが、奴はただスモーカーさんにこの場を任せるというような話をしていた。

 

 

 

「いいか! ぜったいにすぐもどってこいよ!」

 

 

「……ああ、分かってる。すぐ終わらせて帰って来るから待ってろよ」

 

 

 

 あの時のように二度と会えない状況にはしない。

 これは覚悟だ。同じことは繰り返さない。

 

 でもそれを伝えればリードはまた余計に心配して俺から離れようとしないだろう。

 だから話題を逸らさねえと……よし。

 

 

 

「……最近海難事故が多いから、海に行くときは絶対に一人で行動するんじゃねえぞ!!」

 

 

「おう! ろなんもどじってうみからおちるなよー!」

 

 

「うるせえ! 俺はドジって海に落ちたことは………………じゃあなリード! またあとでなー!」

 

 

「はぐらかすな!!」

 

 

 

 いやはぐらかしてはいない。ただ何となく自信満々な声で言ったら後でフラグになって海に落ちそうな気がするから止めただけだ。それを言うつもりはないけれど。

 

 船の中へ入って行き、すぐに出発となった俺達へ向けて、小さな足でトコトコと走ってくるリードに手を振ってまたすぐに帰って来るとお別れを言う。

 

 

 

「リード! 絶対にスモーカーさん達の言うこと聞くんだぞ! あと拾い食いはすんなよ!」

 

 

「おー!!」

 

 

 

 

「あと腹は出して寝るな! おねしょするから寝る前に飲み物は控えろ! 深夜に何か食おうとするな! 特に地面に生えてるような野生のキノコは食べるなよ、絶対に!!」

 

 

「お前はリードの母親か」

 

 

「うるせえよヴェルゴ……じゃあな、リード!! 風邪ひくなよー!!」

 

 

 

 

 両手を広げて、島が見えなくなるまでずっと甲板に立っていた。

 俺が逃げるんじゃないかってヴェルゴが傍にいたけれど、それを気にする暇がないほど俺に向かってぶんぶんと手を振るリードを見送った。

 

 その無事な姿を目に収めて――――――――昨夜の出来事を思い出す。

 ヴェルゴが監視に付き、リードと一緒に服を買って話をして……俺が海軍本部入りになってからの夜の数時間の出来事が夢であればと思いたい。思いたかった。

 

 ああいやだ。リードと一緒にたしぎさんたちの仕事を手伝いたかった。

 海軍本部入りなんて……いや、センゴクさんに会えるなら良いけどさ。もう無理なんだろう。

 

 

 海軍本部から来た海兵たちはもう仕事を進めている。

 G-5の見知った顔はヴェルゴしかいない。

 

 何も知らない海兵たちが助かる確率は、この新世界の海では低いだろう。

 もちろんそれは俺もだけれど……。

 

 

 

「……で、どうするんだよこれから」

 

 

「気にするな」

 

 

「気にするよ。どうせお前らはこの軍艦を沈めるつもりなんだろ?」

 

 

 

 俺の言葉にヴェルゴは何も言わなかった。

 それはすなわち、沈黙は肯定ということになる。

 

 

 

「余計な手出しはするな。すればお前を半殺しにして、その後にリードを殺す」

 

 

「……うっせえ」

 

 

 

 どこまでが本当の海軍で、どこまでがドフィの策略なんだろうか。

 それを考えるだけで吐き気がする。

 

 

 センゴクさんに知らせたいけれど、彼は元帥じゃない。

 俺が知る伝電虫に話しても、もう彼は出ないだろう。

 

 

 

「……どうか何も起こらず、無事でいてくれ」

 

 

 

 どうせ叶わないことだと分かっていても、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幼心は無知で満ちている

 

 

 

 リードはこのところ毎日ロナンがいつもいた場所にいる。時に座り、時に立って。ずっとその場所から離れようとはしない。

 

 そこはある意味たしぎが事務室として使用している場所。

 ロナンが書類を手伝っていた机に顎を乗せ、椅子に立ったままつまらなさそうにたしぎを見る。

 

 

 

「なあなあ、ろなんはあしたかえってくるか?」

 

 

「それはちょっと無理ね。でも用事が終わったら帰って来るから」

 

 

「ようじって?」

 

 

「昨日も言ったじゃない。身体をちゃんと調べて、悪い部分を除去するのよ」

 

 

「むぅ……ろなんにわるいぶぶんなんてないぞ!」

 

 

「あったらの話だクソガキ! 大佐ちゃんを困らせんな! おらガキはどっかで遊んでろ!」

 

 

「こら、子供に乱暴は駄目ですよ!」

 

 

「つまみ出すだけですってば大佐ちゃん!」

 

 

 

 お茶を出しに来た海兵に首根っこを掴まれてそのまま廊下へ放り出される。

 そのまま扉を閉められてしまっては、幼いリードが開けるのは難しい。

 

 

 

「……つまんねえ」

 

 

 

 ロナンがいないことがつまらない。

 他の大人たちは忙しく、リードに構うたしぎもやることがあってあまり遊べない。外出も最近では制限されるし、ロナンに会えないしでリードは物凄く不機嫌であった。

 

 

 

「……ぶぅ」

 

 

 

 窓から外へ出て何処かへ行くことが出来たらいい。自分の心の中ではそれができると思っていた。思い込んでいた。

 ――――――何故か、できるはずのことができない。

 

 

 窓をよじ登ることさえ困難な幼い身体にリードは苛ついていた。自分ならできるはずのことができないと思っていた。まるで夢の中で出来たことが現実で出来ないような感覚。

 

 幼いからこそ分からないリードの苛ついた心は、ロナンに会えないせいだと思い込む。

 

 それが当たり前なんだとリードは思っている。

 

 

 

 

「……なあなあ、ろなんはいつかえってくるんだ?」

 

 

 

 廊下の先――――――身体全体を映し出す鏡越しに話すのは自分じゃない。

 それが普通じゃないことを、リードは分かっていなかった。

 

 

 

 

「なあおきろ! ねるなよ!!」

 

 

 

 

 鏡越しにリード自身の表情が変化する。

 それはすなわち、兄が起きたことの証だった。

 

 リードが表情を変えたんじゃない。己の表情さえも変わっていることにリードは気づかない

 

 

 

 

「おまえはおれのにいちゃんなんだろ? ならおしえてくれよ!」

 

 

 

『……さあな』

 

 

 

 自分の口から出てきた声が、己の兄から発せられたものであることをリードは理解している。

 

 

 

「このままここにいてもつまらねえんだ! ずーっとおんなじことのくりかえしだ! おれはろなんにあいたい! それにぼうけんがしてえ!」

 

 

 

『却下だ』

 

 

「けちっ! なんでだよ!」

 

 

 

『それは自分自身が分かってる事だろうが』

 

 

 

 鏡越しに自分の表情が少しだけ怒りと苛立ちの込められたものになる。いかにも億劫そうに、片眉を引き上げて。怒りと苛立ちがメインのようだが、それ以外にも様々な感情を押し込んで複雑で疲れたような表情をこちらへ向ける。

 己の瞳の奥で、その中に眠る兄の気配を感じ取る。

 

 

 

『リード。お前はただのガキだ。よわっちいガキが冒険だのなんだのできるわけねえだろうが』

 

 

「おれならできる!」

 

 

『できねえよ舌っ足らずのクソガキ。お前はロナンに守られてばかりの赤子も同然だろ。そんな弱いままで、一人でどうにかできると思うなよ』

 

 

「むぅ。なんだよ! にいちゃんもおれのことじゃまだっておもってんのか! どっかいけっていうのかよ!」

 

 

『あのなぁ。どっかに行けとか、邪魔みたいなこと言ってるわけじゃねえだろ。良いかリード、弱いままで自由に過ごせると思うなよ。海軍から外に出れない時点でお前は弱いクソガキだ』

 

 

「うぅ」

 

 

『弱いガキは弱いまま、誰かに守られて過ごせばいい。弱い奴が馬鹿をやれば死ぬのも早いからな』

 

 

 

 

 言い返せず、リードは口をもごもごとさせる。

 確かにそうだった。リードにとってはここから脱出することさえ不可能だった。

 夢の中では自由に冒険できても、現実は不可能。

 

 一歳の幼い身体では、トコトコと可愛らしく歩くことしかできず、また危ないことをしてもすぐに大人たちが止めてくる。

 ―――――――――守られることが当然なんだと、兄が言う。

 

 

 

 

「うぐぐっ……にいちゃんのばかー! けちー!!」

 

 

 

 

 鏡から後ろを向いて走っていくリード。

 己を映し出す鏡が見えなくなったことで兄の声は何も聞こえなくなった。

 

 ただ疲れたような小さいため息は聞こえたが……それはきっと自分のものだと思い込んだ。

 

 

 

 

 

「なんだよ。にいちゃんもめがねも……けむりんだってあそんでくれねーし……」

 

 

 

 廊下をとぼとぼと歩くリード。ただ彼はロナンに会いたかった。ある意味親同然の彼に会って、いろいろと遊びたかった。

 

 

 

「うみにでたらあえるかな」

 

 

 

 いっそ脱走した方が良いかもしれない。

 

 そう物騒なことを考えた直前――――――――。

 

 

 

「あ? あの軍艦が沈んで行方不明だぁ? おいどういうことだ、何があった!?」

 

 

「……う?」

 

 

 

 スモーカーの声に、不意に立ち止まる。

 何故かそれを聞かないといけない気がしたから。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パンクハザードで麦わら一味とローと……
原作への始まりと共に




お久しぶりです。本当にお久しぶりです。きっとこの小説を忘れてる人が多いかと思うけど。

久々にワンピース熱が来たので続きを書きに来ました。マイブームが変わるまでの間はよろしくお願いします。
というわけで原作編スタートです。






 

 

 

 

 

 

 海難事故により船が沈没。何とかヴェルゴを救出することに成功したが、それ以外は全員行方不明。このグランドライン──それも新世界で船が沈むとなると、生きている可能性はゼロに等しい。

 

 センゴクの指示により半年以上もの間捜索を続けたが、彼以外は全員死んでいるだろうと諦めきっていたのだ。

 

 その後からだったか、リードの様子が少しだけおかしくなったのは。

 

 たしぎはリードを慰めたが、リードは幼児らしからぬジト目で不機嫌なままだった。ある日「ロナンは死んじまったんだよ!」と心無いことを言う海兵と喧嘩して幼子のくせに一発ぶん殴ったのは誰もが目を見張ったが……。

 

 その事件によって皆が理解した。こいつはもう、ただの幼子ではなくなっているのだと。

 

 

「リードはどうした」

 

「ここ最近は部屋に引きこもってばかりです。ご飯はちゃんと食べているので心配はありませんが」

 

「フン、やはりオリジナルとは違うか」

 

「あの、スモーカーさん。リードを見る限り彼は────」

 

「ああ、明らかにあの麦わらだろうな。見た目は兄にそっくりだが」

 

「あの子は、ロナンを失ったことが原因でオリジナルとしての記憶が戻ってしまったんでしょうか。だからあんなに敵意をむき出しで……」

 

 

 兄を失わせた行為。

 それは、かの麦わらのルフィが頂上戦争でエースを失った時と酷似している。

 もしかしたらそのショックで記憶が戻ってしまい、海軍に保護されている状況が嫌なのではないかと。警戒しているのは、スモーカーたちを敵と認識しているからかと。

 

 

「たしぎの言う通り、記憶が戻ってる可能性は高い。何を企んでるのかは知らねえがな……」

 

 

 物凄くショックを受けた様子のセンゴクとは違い、ガープ中将が騒がしく「リードを寄越せ。ワシに預けんかい!」と要求してくるのでもう仕方がないとヴェルゴが保護観察を終わらせ、そちらへ移送する手立てになっていた。

 記憶が戻ってるのは確かだ。オリジナルに近いガープに会うのはその記憶をより鮮明に思い出させ完全なものにしてしまうのではないかと上から危惧されていたが、あいつはエースではなく麦わらのルフィ。確かに危険人物だがエースよりはマシ、というレベルへ落とされた。

 

 それに、オリジナルに会わせるわけにはいかない。

 だから新世界からより安全で絶対に遭遇することが難しい海軍本部へリードを行かせると決めたのだ。

 

 

「あれから二年か……」

 

「はい。シャボンディ諸島の通達により、海賊たちが魚人島へ入ったとの連絡がありました」

 

「ああ、麦わらもそこにいる」

 

「はい」

 

「……船を出せ! 俺達は奴らと会うまでここへ戻ることはねえ。そのための準備をしろ!!」

 

「はい、スモーカーさん!」

 

 

 ここから始まるのだと、彼らは気合いを入れる。

 

 

 

「いいか、大人しくしてろよクソガキ」

 

「……」

 

 

 

 ジト目でスモーカーを睨むリードを第五支部に待機している海兵へ預けて、グランドラインへ。

 海の上で続々と海賊がやってくるのでそいつらを捕らえつつ、次に向かうのは海賊麦わらのルフィがいる島──へ向かう途中、だった。

 

 慌ただしい声。

 奇妙な悲鳴と共に駆けてくる海兵の男。

 

 

「スモやん!」

 

「うるせえ! 急に何だ!」

 

「リードのクソガキが船に侵入してました!!!」

 

「うるしぇーはなせ! おれはろなんにあうんだ!!」

 

「は────っ!?」

 

 

 猫をひょいっと掴むように持ち上げられつつ、抵抗を続ける小さな子供。

 日付があっているならちょうど明日、海軍本部へ引き取られるはずだった。

 

 

 

「ス、スモーカーさんどうしますか!? 子供をここに放置するのは難しいですし……しかも麦わらのルフィと遭遇するかもしれない状況なのに」

 

「……いや、仕方ねえ。このまま先を行くぞ! パンクハザードだ!!」

 

 

 

 きっと、全てが終わった後ガープに文句を言われるだろう。それにこのリードが大人しくしているはずがない。絶対に騒動を引き起こすだろう。

 

 そんな未来を想像し、スモーカーは深い溜息を吐いたのだった。

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「リード、あいつ大丈夫かな……」

 

「フッフッ。半年以上も経つのに心配してるのか? 心優しいことだなロシー」

 

「うるせえ桃鳥変態馬鹿。あと俺はロナンだ!」

 

「フッフッフッ……」

 

「あっ! 糸で俺を操るな馬鹿―!」

 

「フッフッフッフ……」

 

「うわーんごめんなさい許してあにうえ―!!」

 

「それでいいんだロシー。ロシナンテ。憎たらしいほど馬鹿で愛しい弟よ」

 

 

 ああもうこいつやだ!

 海難事故と偽っていろんな人たち殺されたの見てるの辛かったのに。城に連れてこられたと思ったら急にオリジナルがやってた服装に着替えさせられるし、メイクされるし!!

 周りにいる奴ら全員「懐かしい」「また裏切ったら殺す」「ドジで死にそうね」とかなんとか囁いてくるし!!

 

 

「ロシー。お前はローに会いたくないのか?」

 

「あ、いた……くても、会うつもりはない!」

 

「フッ、そうか」

 

 

 リードの事が心配だ。あいつちゃんとご飯食べてるかな。

 俺死んだことになってるけど、大丈夫かな。ショック受けてないと良いけど……。

 

 いつか絶対にここから脱出してやるんだ。逃げた後は、リードが大丈夫か見てから、もしも俺がいなくても平気そうだったら離れるか。

 俺の我儘でずっと一緒に居たけれど、リードはあのガープ中将と一緒に居た方が良いかもしれないし。センゴクさんと同じで、孫だーってなんかいろいろ言ってたみたいだし。

 

 

 大事にしてくれる家族がいるなら、そっちにいた方が良い。

 俺よりはマシだろう。絶対に。

 

 

「ドフィ、俺がここにいたって仕方ないだろ! もう行くからな!!」

 

「待て。急に歩くな転ぶぞ」

 

 

「でぇっっ!!?」

 

「フッフッ」

 

「ッ~~! 笑うな馬鹿!!」

 

 

 すっ転んだせいで頭を打って悶絶しているのに静かに笑うドフィが許せなくて涙目で睨みつけた。

 それでも奴は楽しそうに笑う。きっと俺の行動は酒の肴にピッタリなんだろう。ディアマンテが俺を見て「酒が上手い」とか言いやがったことあるし。

 

 リードに会いたい。無事かどうかだけでも見たい。たしぎ大佐ならきっと悪い扱いはしないと思うから大丈夫だろうけど。

 

 ローは……きっと、俺を見ても苦しいだけだと思うから、会うつもりはない。

 オリジナルが死んだあと、普通に生きてほしかった。あのまま幸せになってくれたらよかったのに。もう無理だよなぁローが何か企んでるって言うのは分かったけど、ドフィに近づかなくてもよかったのに。七武海なんかにならなくても、よかったのに。

 

 

 不意に、プルプルプルと変な音が聞こえてくる。

 ドフィが持つ電伝虫からだった。

 

 

「俺だ」

 

「────トラファルガー・ローが接触しました」

 

 

 何も考えられなくなったのは、その大切な名前を聞いたせいか。

 それともドフィの殺意を浴びたせいなのか。

 

 何も起きないでほしい。

 どうか、生きていてくれればそれでいいのに。

 

 

 でもきっと、もう無理だ。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リードがいる時点でそれは詰み

 

 

 

 パンクハザードへ向けて航海の最中。

 海兵たちが慌てているのは保護対象かつ海軍本部中将たるガープが何度も何度も「寄越せ!」と要求する子供を危険な場所へ連れて行くことでどんな処罰が下されるのかということ。

 

 しかし、それは麦わらを知らない一般的な────と言っても、普通の海兵よりは海賊みたいな雰囲気がある問題児たちだが、彼らにとってみれば、リードが船に潜り込んだことで危惧するのはガープ中将のみ。

 

 スモーカーとたしぎは違う。

 麦わらのルフィを知っている彼らは、リードの中身がルフィと同じであると分かっているためか、彼がここへ来ることの重大な問題を理解していた。

 

 麦わらのルフィとリードを会わせてはいけない。どんなに目の前でスモーカーを睨みつけていても、リードの我儘なんて聞いてやる義理はない。

 

 中身がエースではないことだけが海軍本部にとってまだマシであっても、ルフィとして完全に思い出してしまったなら。もしも、自分たちを敵だと判断したなら。

 このトラブルメーカーはどんな台風を背負ってこちらへ襲い掛かってくるのか。

 

 危険度で言えばガープ中将と同じ……いや、それ以上かもしれない。

 だからスモーカーたちはリードを部屋へ閉じ込めようとする。

 

 これから戦闘が起きるかもしれないというのに、リードをこのまま放置するわけにはいかないと。

 それをリードは全身を使って抵抗していた。扉の中へ放り投げようとする手にしがみつき、振り回されようとも絶対に離さない程度には。

 

 

「抵抗すんじゃねえ! いいか、お前はここから外へ出るな!」

 

「いやだ!」

 

「嫌じゃねえんだよクソガキ! スモやんのいうことちゃんと聞け!」

 

「やだー! だってろなん、どっかでまいごになってるから! おれがさがしゅの!」

 

「舌っ足らずのクソガキが何言ってんだ!! それにロナンは──」

 

「まいごになってりゅだけだもん!」

 

 

 むぅぅ、と頬を膨らませて。

 エースに似た顔で、ルフィのような仕草をする奇妙な幼子。

 

 推定二歳児とは思えない言語能力。腕を絶対に振りほどかない馬鹿力かと思える身体能力。

 これは危うい。明らかに何かを思い出している。

 

 

「うわっ! にゃにすんだけむりん!」

 

 

 スモーカーはこのまま放置するわけにはいかないと、能力を使い白煙になってリードを部屋へ振りほどき、そのまま室内へ閉じ込めた。

 

 放り投げられたことで顔を強打し、転げまわったリードは痛みに悶絶しているのか。それとも泣いているのか。

 部屋の中から扉を叩く音。かすかに聞こえる涙声。

 

 

「ここからだしぇー! そとにだしぇ!! けむりん!!!」

 

「やかましい、そこで大人しくしてろ!」

 

「す、スモーカーさん。いくら何でもリード君が可哀そうでは……」

 

「現実を見ろたしぎ。奴がただの幼子だと思うか?」

 

「それは……」

 

 

 スモーカーはたしぎ達へ向けて冷たく言い放つ。

 

 

 

 

「二歳児のガキだと思うな。同情なんてするんじゃねえ。例えリードがイカれた科学者の被害者だとしても──その性根は海賊のままなんだよ」

 

 

 

 最近のリードは不機嫌そのもので子供っぽい部分があったけれど、ロナンと一緒に居た頃は本当に無邪気に笑っていた。

 よく腹を空かせては「めし!」といったり、「ぼうけんするんだ!」とどこかへ行こうとしたり。

 

 わずかな時間しか接触していなかったとしても、麦わらのルフィを思わせるその雰囲気、言動に時々背筋が凍るような瞬間があった。

 

 この子供が完全に思い出してしまったら、きっと大変なことになるだろう。

 

 幼子を保護するというのは、リードと敵対しないための行動。

 性根は海賊たる麦わらのルフィそのものだが、まだリードは手遅れではない。

 

 思い出させない行動こそ、リードのためになるのだとスモーカーは遠回しに言うのだ。

 

 

「だしぇー! おれはろなんをみつけるんだー!」

 

「いい加減にしろ! ロナンは死んだ!!」

 

 

「っ────しんでにゃい!!! おれはみてねえもん!!!」

 

 

 

 リードの声が響く。

 グスグスと泣いていて、でも絶対に外へ出ることを諦めないと扉をずっと叩いてる。

 

 

 

「ろなんはしんでにゃいもん!!! おれは、みてにゃいもん!!!」

 

 

 

 その慟哭に、たしぎは息を呑んだ。

 スモーカーですら何も言えずに、ただ深く溜息を吐くほどのもの。

 

 これはきっと同情ではない。

 ただ二人は思い至ったのだ。

 

 きっとリードが絶対に死んでないというのは、諦めきれないのは。

 あの頂上決戦でエースが死んでしまったのを目の前で見たルフィの記憶があるせいか。

 

 誰かのトラウマを引き継いだクローンは、そのトラウマをも心に刻む。

 

 

「ろなんはどじってまいごになってる! だかりゃ、おれがさがすんだ!」

 

 

 舌っ足らずで心から叫ぶ。

 涙を流してもなお、顔を背けない。泣き虫でいてもロナンだけは絶対に見つけるんだと。

 

 まるで、エースを失ったことと同じ経験はしたくないと言うように。それとは全く違うというかのように。

 ロナンは絶対に死んでないと諦めきれていない。死体があるまでは絶対に探すと意気込む、現実を見れてない子供だった。

 

 そう、思えてしまったのだ、たしぎは。

 何も知らない他の海兵たちも、リードが何かを抱えているのを理解し、何かを言いたそうにスモーカーを見た。

 

 スモーカーは彼女らの心境を察して、仕方がないと眉を顰めただけだったが。

 

 

「……スモーカーさん」

 

「この件が終わったらすぐ奴をガープ中将の元へ届ける。それだけだ」

 

「…………はい」

 

「スモやん」

 

「うるせえ。てめえらはしっかり仕事してろ」

 

 

 何も理解しきれていない一般海兵であろうとも、リードの叫びには思うことがあったらしい。

 なんせ一年ほどずっと一緒に居たのだ。ロナンと馬鹿をやっているあの子供。ロナンが死んだという報告に意気消沈し、部屋に閉じこもった哀れなリードのことを。

 

 しかしそれら全ての声をスモーカーは跳ねのける。

 ガープ中将の元へやればなんとかなる。そう信じるしかない。ここに居てもリードをきちんと保護し、見てやることはできない。真っ当に育てるなら中将の方が一番いい。

 

 唯一の問題はこの現状。

 これから先やらなくてはならないのは麦わらの一味を逮捕すること。

 そしてこのパンクハザードで何が起きているのかを確かめなくてはならないなと、スモーカーは考える。

 

 パンクハザードに近づいた瞬間感じたのは冷気だった。

 かつてパンクハザードは元大将たる青キジと、現元帥たる赤犬の衝突によりできた二つの気候がぶつかる島。

 スモーカーたちが進んでいる先は、青キジの能力のせいか冬の気候となった場所。

 

 氷山の道しか行く方法はなく、出入り口は閉ざされ前へ進むこと以外はない。

 奥へ進む道でさえ、大砲を撃って発見したのだ。

 

 明らかに何かを隠している。

 

 

「人為的に動かしてるのか、それとも……」

 

 

 氷が不自然に動く。

 誰も来させないように。

 

 毒ガスすら何かの役割を担っているようにもスモーカーは感じた。

 

 幸いリードを部屋に閉じ込める前にガスマスクだけは付けさせておいたが。

 部屋の中で勝手に外したとしても、多少は問題ないはずだ。苦しいと思ったならすぐマスクを付けるだろう。

 

 相変わらず扉を叩く音は止まらないが、出入り口は塞ぎ幼子の力では出られないようにしている。

 リードは叫んでいた。ここから出せとスモーカーを呼んでいた。

 

 しかしそれらを無視してスモーカーは前を見据える。中身が麦わらだとしても、あの体では何もできないだろうと。

 

 だからまあ、大丈夫だろうかと────楽観的に思っていたのだと知ったのは、全てが終わった後。

 

 

 トラブルとはいつも突然やってくる。

 船を降りてきた先にあった門で出てきたのはトラファルガー・ロー。

 何故ここにいるのか尋問していれば、その後ろから薄着でやってきた麦わらの一味と様々なサイズの子供達が出てきたのだ。

 

 

 

「七武海が余計な真似を……っ!!」

 

 

 

 ここから情報を持ち出させないためなのか、トラファルガー・ローの能力で逃げ道が塞がれた。

 

 軍艦が宙に浮き、逆さまのまま真っ二つに割れてしまった光景。

 その中から飛び出してきた、一人の幼子。

 

 

「でられたー!!!!」

 

「クソっ!」

 

 

 割れた軍艦の船首。その上によじ登ったリードは両腕を空へ上げて、喜びを胸に大きく叫ぶ。その姿はまさしく麦わらのルフィそのものだった。

 

 

 

「あいつ……あのガキがいるってことは……」

 

 

 

 ローが奴を見た。このままでは最悪なことになるかもしれないと、スモーカーは察する。

 

 舌打ちをして、まずリードを捕獲しなくてはと即座に動いた。

 今は麦わらの一味がいない。あの奇妙なサイズの子供達と共に騒がしく逃げていったからだ。

 

 しかしリードと接触したらどうなるのか分からない。

 それだけが、スモーカーにとっての危機感だった。

 

 

 

「げぇ、けむりん!!」

 

「逃げるんじゃねえクソガキ!」

 

「やだ!」

 

「よそ見してていいのか、海軍」

 

 

「────っ!」

 

 

 いつの間にか、目の前にいたはずのリードが小石に変化していた。

 違う。小石とリードが入れ替わったのだ。

 

 ローの方を見れば、奴の腕にリードの姿があった。

 

 

 

「そいつを離せ、リードはお前が持っていいもんじゃねえんだよ!!」

 

「それはお互い様だろ」

 

「むぅ、おれはものじゃねえぞ! あとはらへった!! なんかめしくいたい!!」

 

「空気読めクソガキ!!!」

 

 

 海兵たちと海賊。そして幼子が一人。

 リードを取り合うかのように、彼らは対立していた。

 

 なんせ、彼らが仲良く手を取り合うことなど出来るわけもなかったのだから。

 

 

 

 

 

 




あとがき
感想いっぱいありがとうございます。もうほんと、私が書くやる気の原材料になります。凄い嬉しいです!
しかし、返信しようかと思いましたが、流石に数年前の感想を返信するわけもいかず。それを無視して昨日から書いてくださった感想の返信をしてしまうのもいかがなものかと悩み、お返事を書くのはやめる方針にしました。ご了承ください。
というわけでちゃんと感想読んでます。本当に嬉しいです、ありがとうございます!!

あとついでに言うとしばらくロナンは出番なしです。リードメイン回ですよろしくお願いします。まあロナン君、裏ではいろいろ動いてますがね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドフラミンゴが何も考えずロナンを手放すと思うか?(そんなわけない)

 

 

 

 ローが捕まえたリードをスモーカーが奪還することは出来なかった。

 なんせ戦っている最中にやってきたパンクハザードに住んでいる元海賊の一人────その男の大きな背中に座る形で近くに来た麦わらの一味数人。その中のルフィへ投げ渡されたからだ。

 

 話したいことがあるから、後で合流しようとローは言っていた。

 命の恩人だからか、ルフィは簡単に頷く。

 

 しかし投げ渡されたリードはそうじゃない。

 

 

 

「おみゃーらはなしぇ! おれはろなんをさがしにいくんだ!」

 

「こいつってなんか……」

「ああ、似てるな」

「誰だお前?」

 

「おれはりーど! ……よくみればおまえらしってるぞ! うそっぷとろびんとぞろだ! あとおれだ!」

 

「あら、驚いたわ」

「ひぃぃ!? お前なんで俺の名前知ってんだよぉー!?」

「おい、こいつ今ルフィを見て俺って言わなかったか?」

「言ってたな」

 

 ゾロとウソップが顔を見合わせる。ルフィは珍しく真剣な顔でその幼子を見ていた。

 

 

「……お前、エースを知ってるか?」

 

「えーすじゃない、おれはりーど! えーすじゃない。かんけいにゃい。ただのりーどだ!」

 

 

 そう言われてもリードの面影はエースに似ている。そっくりすぎてリードの言葉が信じ切れない。

 しかし、いろいろ思うことがあったようだけれど、ルフィはその印象をかみ砕いたらしい。

 

 笑って「そうか!」と言ってリードの頭を撫でたのだ。

 

 

「なあ、ろなんをみにゃかったか?」

 

「ロナンって誰だ?」

 

「ろなんはおれの……おれの、なんだろ?」

 

「いや分からねーのかよ!」

 

「んん? にいちゃんでもねえし、とうちゃんじゃねえもん……じいちゃんはやだ……」

 

 

 首を傾けた瞬間、その身体もコロンと転がる。

 クスクスと微笑ましそうに見ていたロビンが能力で手を咲かせてリードが落ちないよう支えた。

 

 

「あのトラファルガー・ロー……トラ男君に詳しい話を聞いた方が良いわね。この子まるでルフィにそっくりよ」

 

「お、おお。俺もそう思う!」

 

「そうか?」

 

「そうかぁー?」

 

「二人して同じこと言ってんじゃねえ」

 

 

 ゾロたちが呆れたように笑う。

 幼子の容姿とその中身。そして言動がいささか不気味だが────まあ、何とかなるだろう。そういう判断を下したのだった。

 

 どんな騒動であろうともルフィなら仕方がない。そう思う程度には彼らは訓練されているから。

 

 

 

 そうして、一味が合流した先ではカオスが待ち構えていたらしい。

 トラファルガー・ローの能力のせいか、ルフィとゾロ、ロビン、ウソップ以外の仲間の精神が入れ替わっていたのだ。

 そのせいでナミの身体に入ったサンジが興奮するわ、フランキーの身体に入ったナミが号泣しているわと面白い事態になっている。

 

 そうしてお互い顔を見合わせて笑うルフィとリードに、ナミ(身体がフランキー)は気づく。

 

 

 

「ちょっとルフィ! 何よその子供!」

 

「こいつはリード。友達になったんだ!」

 

「にしし!」

 

「こっちはそれどころじゃないのに! あーもう!!」

 

「フランキーナミおもしれえな」

 

「おもちれ―な、おれ!」

 

「おう!」

 

 

「呑気に笑ってる場合か!」

 

 

 げんこつがルフィに襲い掛かり気絶する。それにリードが泣きながら「だいじょーぶかおれー!」と叫んでいた。

 一応の現状説明。子供達のこと。ローの事。そしてスモーカーたちの事を話す。

 

 

「……それで、お前は誰だ?」

 

「おれはりーど! るふぃじゃなくて、えーすでもにゃい。りーどだ!」

 

 

 それだけしか言わないリードに、彼らはその問題を隅に置くことにした。

 どうせ幼子だし、今はこの幼子を気にしている暇はない。

 

 やるべきことはいっぱいあった。ローですら、ドフラミンゴ打倒のもと、この工場をぶっ潰すという目的を優先することにしたのだ。

 合流した後は「後で話すから先にやるべきことをやれ」と、それだけを麦わらの一味に伝える。

 

 なんせリードが現れたのは本当に偶然だったのだから。

 

 リードはロナンを探すという目標を胸にルフィと一緒に行動することにした。背中にしがみつき、一緒に寒空を駆けた。

 まるで仲のいい親子みたいな光景だったが、それを誰も口にしない。

 

 ローの目的はシーザーを誘拐すること。それを麦わらに頼んだ。

 しかし計画は失敗し、捕まってしまった。

 その中には海軍たるスモーカーとたしぎも含まれていた。まあ彼らはローによって精神を入れ替えられていたせいで捕まったようなものだが。

 

 檻の中で楽しそうに彼らを見るシーザーは笑う。

 そうして、ルフィ―と一緒に居るせいで共に捕まったリードの方を見た。

 

 

「海軍本部に送られるはずだったクローンもいるのか。シュロロロロ」

 

「クローン?」

 

 

 檻に捕まるロビンが疑問を口にする。

 捕まっている麦わらの一味数人がリードを見た。ローは何も言わずシーザーを睨み続ける。スモーカーは何も言わずに、たしぎは複雑そうな顔で。

 

 

「シュロロロロ! なんだてめえらまだ知らねえのか! こいつは戦場に落ちた血を使い、火拳のエースを再現したクローン。このシーザー様よりは下だが、珍しくいいものを作った変態科学者の失敗作だ!」

 

「こいつはエースじゃない!」

 

「そうだぞ! おれはにいちゃんじゃない!」

 

「言っただろ失敗作だと。見た目はともかく中身は麦わら。くだらない贋作だ。シュロロロロ!」

 

 

 その言葉にぶちギレたのは誰だったのか。

 

 

「こいつはリードだ。贋作でもクローンでもない。俺の友達のリードだ!!!」

 

 

 ルフィが怒鳴る。

 空気がビリビリと揺れるぐらい、リードの事を案じて、シーザーを睨みつけた。

 

 

 しかし檻の中にいるから怖くはないのか、苛立ったような顔をしつつ言うのだ。

 

 

「失敗作なんざどうでもいい。そうだろう、トラファルガー・ロー?」

 

「……」

 

「ドフラミンゴから伝言だぜ。『ロシナンテはヴェルゴにあず────』」

 

「ろにゃん!」

 

「あぁ?」

 

 

 シーザーが言おうとした声を遮るように、リードが叫んだ。

 

 

「ろなんはいるんだな! いきてるんだ!」

 

「うるせえぞクソガキ!」

 

 

 怒鳴られたって気にしない。

 リードはただ身体を震わせて歓喜に胸がいっぱいだった。

 

 

(にいちゃん! ろなんにあいたい!)

 

 

 

 ────今の弱い俺じゃ何もできない、だから手伝ってくれと。そう心の中で叫びながらも。

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしました。次からロナン視点入ります。しばらく出番なしといったなアレは嘘だ。原作沿いで書くの難しいね(フラグ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

兄は空気を読まず、弟は兄の考えが分からず

 

 

 気がついたら俺はヴェルゴに連れられパンクハザードについていた。

 なんで今更俺をローのもとへ連れていくのか。ローは俺をちゃんとロナンだと理解している。俺はただの別人だと分かっていると思っていたのに。

 

 頭が痛い。

 身体中が痛い。

 

 きっとそれ以上に、心が痛い。

 

 

「……ロー!」

 

 

 なんでこうなったんだろう。

 俺がいるせいだろうか。いや、絶対に俺のせいだ。

 

 心臓を取り上げられたローを苦しませるヴェルゴに、何とかしなくてはと抵抗した。そのときの俺はヴェルゴに小脇に抱えられた状態だったから。

 

 だがヴェルゴは俺を床へ放り出し、足蹴りして壁に叩きつけてきたのだ。

 

 手加減はしたのか、腹に激痛が走ったが死ぬほどのものじゃない。

 しかし、ローは壁へと吹き飛ぶ俺をしっかりと見ていた。思わず手を伸ばそうとしていた。

 それはきっと、ドフィが俺にやらかしたこの服装とメイクのせいだろう。まるでローが小さい頃に出会った時の、オリジナルたるロシナンテのような格好。

 そんな俺が、ヴェルゴにぶっ飛ばされてるのを無視できなかったのか。

 

 ヴェルゴ相手によそ見なんてやったら駄目なのに!

 

 案の定、ローはヴェルゴにボコボコにされていた。後からやってきたスモーカーも同じく、俺を気にして攻撃に集中できないでいたのだ。

 俺のせいかと離れようとしたけれど、ヴェルゴがそれを許さず一定の距離から離れようとした俺に攻撃を仕掛けては壁や床にぶつける。放り出す。

 

 ローやスモーカーにとっての、人質。

 

 俺なんて気にしなくてもいいのに。

 

 

「もう止めろ! ローに手出しするな、スモーカーにも攻撃するなよ、ヴェルゴ!!」

 

「命令するな、ロシナンテ」

 

 

 ヴェルゴの言葉に反応したのは、身体中をボロボロにしながらも気丈に振る舞うローだった。

 

 

「っ────こいつはコラさんじゃねえ、ロナンだ!!」

 

「フッフッフッ……本当に別人だと思っているのか、ロー?」

 

「チッ……やっぱり聞いてやがったか」

 

 

 ローとスモーカーは肩で息をしながらも、隙を伺っている。

 それに対しヴェルゴは電伝虫を置いて、周囲に聞かせるようにその場に立っていた。

 

 そこに隙は無いように感じる。

 

 

「シーザーとは全く違う研究者だが、優秀な奴だった。生命に関する情報。その記憶と性質。それさえ引き継ぐことが出来るならあとは体を入れ替えるだけでいい。老いた身体を捨てて、新しい身体へ引き継ぐ。不老不死のようなことも出来るのだとな」

 

「なっ」

 

「ロー。俺の愛しいロシナンテは……そこにいるコラソンは、本当に別人だと思うか?」

 

 

 楽しそうに問いかけてきたその声に、ローは身体を震えさせていた。

 動揺しきっていたのだ。

 

 見た目がそっくりだからか。それとも……。

 

 

「ガハッ!」

 

 

 不意にヴェルゴが銃を取り出し俺を三発撃ちつけた。その後に俺を蹴りつける。

 それは過去、幼いローが見たトラウマの一片。俺にとっても消してしまいたい過去の一つ。

 

 衝動的にだろうか。痛みで転がる俺を能力で入れ替え抱きしめてくるロー。その温かさに何故か涙が込み上げてきた。

 

 

 

「っ──こいつは関係ねえはずだ。ロナンはコラさんじゃねえ。ただのロナンだ!!」

 

「ロシナンテの記憶を持って生まれたこいつが、別人だと言いてえのか?」

 

「なっ……」

 

「そいつに聞いてみろ。コラソンであった頃の事を細かく答えてくれるぞ。お前と旅をしていた時の事もちゃーんとな……フッフッフッ……」

 

 

 

 絶望に染まったような色を、ローが浮かべていた。

 それを否定したいけれど、ドレスローザで監禁されていた時にドフィに言われた言葉が思い出される。

 

 洗脳のように、俺をロシーと呼ぶ。

 ローと一緒に居た頃のオリジナルの記憶が、俺をロナンではなくロシナンテとして刻んでくる。

 

 それらのせいで、ローに希望を与えきれない。

 

 

 

「そこにいるロシーが死んでも、また別の全く新しいロシーを作れば問題ねえ」

 

 

 

 ドフィをこんなにも怖いと感じてしまうのは、何故なんだろう。

 

 

 

「もはや技術は完成へ向かっている。ロシーが死んでもまた生まれ変わらせる。生き返らせる。何度でも何度でも。俺の知っている愛しくて憎たらしいロシナンテは、ロシーはもう二度と死ぬことがない。分かるか、ロー?」

 

 

 

 酷く吐き気のする愛情。

 どす黒い感情をぶつけられて、俺は言葉を失った。

 

 

 ローも俺と同じく唖然としていた。目を見開いて、唇を震わせていた。

 もしかしたら無関係であるはずだが聞く羽目になったスモーカーも同じかもしれない。

 

 

 

「ヴェルゴ。ローに絶望を叩きつけろ。ロシーを殺せ」

 

「ああ」

 

 

「っ────ぐあっ!」

 

 

 どうにかしようと動くが、その前にヴェルゴが手に持っていたローの心臓を握り抵抗をさせずに俺を引き剥がした。

 

 スモーカーが阻もうとして吹き飛ばす。俺をひったくろうとしたが、先ほどまでの怪我のせいで無理やり奪い取ることは出来なかった。

 それを他人事のように見ている俺がいた。

 

 ドフラミンゴ相手に、捕まってしまったらもうどうしようもないと諦めている俺がいたから。

 

 

 

 目の前に落とされる覇気の込められた拳。

 

 

 

 

「コラさ────っ!!!!」

 

 

 

 

 手を伸ばしてくるローに、大丈夫だとへたくそに笑いかけ────。

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 キレそうだった。

 何故なのかと言えば、リードのこと。

 

 無邪気に頼んでくるリードの声を無視しきれない俺自身に怒りが込み上げるからだ。

 

 

(にいちゃん!)

 

(にいちゃん、おねがいだ!)

 

(おれだけじゃなんもできねえ!)

 

 

 一応ルフィたちに俺の存在が知られないようにと隠す程度の気配りは出来ているようだったが。まあ偶然かもしれないな。ルフィと全く同じリードなら隠しごとは難しい。

 

 ああそうだ。ぴーぴーと泣き喚く癖に、うるせえぐらいに親代わりのロナンを求めているこいつにどう応えてやればいいのか考えてしまう。弟を守るのは兄の役目でもあるから。

 リードにとっては、ロナンはとても大切な存在。ルフィがエースを大事な兄弟だと思っているように。

 

 ロナンが死んでいないと断言するのは、おそらくオリジナルとして刻まれた記憶のせいだろう。

 

 ルフィに似たリードとは違い、俺はエースとしての記憶を持っている。

 でもそれは己の中にあるただの紛い物の記憶だ。本物のエースは死んで、俺はそれを引き継いで生まれただけの贋作なんだから。

 ルフィに似た弟たるリードも同じだが、こいつはちゃんとルフィとしてではなくリードとして生きる道を決めている。だから俺は、表に出るつもりはない。

 

 ……否、出るつもりはなかったのだ。ほんの数分前までは。

 

 

(にいちゃん!)

 

 

 弟がここまでロナンに固執するのだって、ルフィとしての記憶のせい。

 トラウマとなったエースの死。ルフィはそれを克服したようだったけれど、まだ二歳である未熟なリードはそうじゃない。

 ぼんやりとしか覚えていない。無意識ながらの恐怖であろうとも、それはエースの記憶を受け継ぐ俺に罪悪感を与えた。

 ロナンをエース代わりに依存しているかと思えば違う。しかし、エースと似たような感じで失いたくないというだけだろう。

 

 リードだって被害者だ。

 ちゃんと自我を持ってリードとして生きようと思っていても、ルフィの記憶がある限りオリジナルとクローンとの違いに苦しめられる。

 

 ロナンも影では悩んでいたようだった。

 

 エースの記憶を受け継いだ俺は、表に出ない方が良い。生まれてこない方が良い。

 ────オリジナルは後悔なく死んだのだ。俺はただの名前のない亡霊。その記憶と感情を貰っただけのリードの裏の人格。

 

 リードは俺を兄として受け入れてはいるが、成長した後はどう思うのか分からない。嫌悪感を浮かべて、俺という存在を拒否するかもしれない。

 まあその頃には俺は深い眠りについて、いつかこの人格ごと消えているかもしれないが……。

 

 

 そう、思っていた時だ。

 

 ただひたすら突っ走っていた。

 ルフィたちと逸れ、子供たちとも別方向へ走る。シーザーが作成し毒霧となった白煙を避け続けられるのは運がいいのか悪いのか。

 

 きっとこっちにロナンがいる。無意識に見聞色の覇気を使っていたかもしれない。なんせこいつはクローンだ。幼子であっても、その身体は細胞ごと改造されまくっている。

 ……でなければ、かつて赤ん坊の頃に海軍の軍艦にあったベビーベッドから飛び降りることなんて出来やしない。

 

 リードは何も覚えていないようだったが、俺は覚えている。

 

 俺とリードが入れ替わった後のあの跳躍。

 赤ん坊の身体能力にあるまじきもの。確実に怪我をする高さから落ちても無傷で生還なんて出来るわけがなかっただろう。

 

 

(にいちゃん、ろなんだ!)

 

 

 必死に語り掛けてくるその声にふと意識を浮上させた。

 そこにあったのは、重傷の男が二人。

 

 

「あっ」

 

 

 覇気によって黒く染まった拳を向けられた、ロナンがいた。

 その殺意はロナンを殺す。そうはっきり理解した。リードでさえ、理解してしまった。

 

 

 

「あっ────あああああああ!!」

 

 

 

 

 脳裏に浮かぶその衝動に巻き込まれた。

 リードはルフィの記憶を思い出す。その嫌な光景を頭に刻む。

 エースが死んだ時の光景に似た、死にかけたロナン。

 

 

 いたいくるしいこんなのいやだしなないで。

 しんでほしくない。しなないで。いきてくれよ!

 

 

 そんな声が頭のなかで響いた。

 

 リードは気を失った。

 かつてのトラウマに心が揺さぶられ、未熟な精神は耐え切れなかったのだと理解した。

 

 それぐらい酷い記憶を植え付けた科学者と、リードにトラウマを作り上げた根本たるオリジナルのエース。そして何も出来ず見るだけだった俺自身に怒りを向けた。

 

 

 

 

「……クソっ」

 

 

 

 

 

 俺はもう二度と、表に出る気なんてなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その怒りは天井知らず



またもお久しぶりです。
久々に書くのでリハビリみたいな感じで短めです。
今日(投稿時間として見れば昨日)感想を頂き、それを見てふと作品を読み直したらまた書きたいと思ったので続き書きました。

続編を書くきっかけにもなりますし、やる気に繋がりますので、よければ感想とかいっぱい下さい。もちろん高評価でもいいんですよ!!(強欲)



 

 

 

 

 

「グッ────覇王色の覇気か……!?」

 

 

 

 それはまるで炎を浴びているかのような覇気が、周囲にまき散らされた。

 しかしそのおかげでロナンが殺されることはなかった。

 

 ローが目を見開き、スモーカーが苦しそうな顔をした。

 ヴェルゴは倒れそうになる己を律して、何が起きたのか状況を理解するため周りを見る。

 

 ヴェルゴが殺そうとしたロナンはいつの間にか遠くの方に移動していた。否、誰かに引っ張られ移動されたのだろう。

 あの異様な覇王色の覇気が目くらましのように使われたことによって。

 

 その元凶は────誰よりも小さな体をしているはずの、リードだった。

 

 なぜあのガキがここにいるのか。

 本当にリードがやったのかと、誰もが困惑する。

 

 もちろんそれは誰よりもリードを大切に思うロナンすら同じようだった。

 そうヴェルゴは彼の表情から察する。

 

 ロナンは唇を震わせ、リードを見た。

 まるで亡霊を見ているかのような表情だった。

 

 

「なんで……」

 

「うるせえ。何も言うな。てめえらにはもう二度と会いたくなかったんだよ」

 

 

 まだ二歳のはずのリードが、麦わらのルフィより凶悪な顔をして、不機嫌そうに唾を吐いた。

 態度も悪く、異様に殺気立っている。

 

 ロナンが何かを察して口を閉ざした。

 その顔を見たヴェルゴはまだ、理解できていなかった。なんせ麦わらのルフィをよく知るのは、この場にいるスモーカーとロナン。そして短期間だがある程度の性格を知ったローぐらいだろう。

 

 だからヴェルゴは麦わらのルフィとしての中身────身体とはまた違う、ルフィとしてのオリジナルの記憶を完全に取り戻したクローン体として、彼を見たのだ。

 

 しかしそれを電伝虫にて話を聞くドフラミンゴは分かっていない。

 訝しげな声が辺りに響く。

 

 

「おい、どうした」

 

「すまないドフィ。新手の敵だ……それも、面倒なガキがな」

 

「……早めに済ませろ」

 

「ああ」

 

 

 

 ヴェルゴはドフラミンゴに言われた通り、まだ二歳程度の子供相手に本気で戦うことを心に決める。

 そうしないと危険だと思えたからだった。

 

 先ほどの覇王色の覇気もそうだが、二歳児がしていいような目ではない。

 

 何かに怒っているようだった。

 絶望したような目。

 不機嫌な表情はゴロツキより凶悪なもの。

 

 クローンではない純粋な二歳児だったら泣き叫ぶほどの顔をしていた。

 

 

「リードの────」

 

「いくらロナンでも変なこと言いやがったらぶっ飛ばすぞ」

 

「アッハイ。ええと……久しぶりに会ったけど、身体は大丈夫か? 不調はないか?」

 

「旅から帰ったばかりの家族を心配するような感じで言うんじゃねえ。邪魔だからどっか行ってろ」

 

「はい……」

 

 

 二歳児に命令されてそれに従うロナンに、ローが何ともいえない表情をする。

 

 しかし状況が読めず、行動しにくいようだ。

 ヴェルゴは二歳児も注視していたが、周りにいる奴らの事も警戒していた。

 

 リードであれば身体が鍛えられてないのもあってぶっ飛ばすことは容易だろう。そう考え瞬時に行動に移す。

 

 彼が実行すれば防ぐ術はなし。

 数秒後にリードは地に伏せヴェルゴの手によって死ぬはずだった────そう、彼は思いこんでいた。

 

 

「ガハッ!?」

 

「悪いが、俺はあのクソ野郎に『唯一の最高傑作』として作られてんだよ。これでもまだ本気じゃねえんでな。……ガキだからってなめてんじゃねーぞ」

 

 

 その言葉に戸惑ったのは誰だったか。

 ヴェルゴは困惑する。ローやスモーカーですら異様な事態に身体が動けないほどである。

 

 ルフィ並み、いやそれ以上の力でもって物理的にぶん殴ってきたリードの攻撃は、ヴェルゴを部屋の端から端までぶっ飛ばすほどの威力をしていた。

 

 痛みもあった。覇気を使いこなしているのも理解できた。

 今まで交流してきたあのリードが、何故こんなにも動ける。

 何故、自分より強いと思えてしまうのか。

 

 ヴェルゴは血反吐を吐きながらも奴を睨みつけた。そうして感情のままに怒鳴り上げる。

 

 

「お前は一体何なんだ……!?」

 

「ただの亡霊もどきなクローンで、あのクソ野郎な科学者にとっての人間兵器に決まってんだろうが」

 

「ぐぁッ!?」

 

 

 攻撃を当てられると理解し両腕で庇おうとしたが、それより先に奴は動く。

 腹をぶん殴った威力は、巨大な弾丸が放たれたかのようだった。自分より圧倒的に小さくか弱そうな幼児の手だというのに。

 

 

「悪いが、ロナンを助けてくれって願いだけは叶えてやらねーとまた起こされるんでな。ぶっ飛ばさせてもらうぞ」

 

「き、さま……!!」

 

 

 二歳児に叩きのめされる屈強な男、という光景にローは過去のトラウマがぶち壊される気配を感じた。

 手持ち無沙汰だったのかロナンが近づいてきて、怪我を確かめているのが見えたので思わず彼を腕の中に閉じ込めた。

 

 そんなローの様子すら、ヴェルゴは見ることができない。

 何が起きているのか分からないのだ。

 

 奴は失敗作じゃなかったのか。

 いや、世界政府は彼を危険視している。しかしそれは、ドフラミンゴが言っていた『何度も記憶と経験を引き継ぎ新しく作り直せる』という疑似的な不老不死のことをいうのではないのか。

 

 そう情報に載っていたはずなのに、何かが違う。

 危険に分類されるレベルが違う────そう、ヴェルゴは思ってしまった。

 

 ヴェルゴに攻撃する威力は大人並み。

 覇気すらも使いこなし、身体が小さくともそれを活かし素早く動く。

 

 

「あー、目が覚めたみたいだ。────寝る」

 

「はっ?」

 

 

 

 しかし突然、矛盾した言葉を放ったリードがぶっ倒れたことによって、状況が一変した。

 

 倒れたリードがすぐさま起き上がる。

 そうして警戒し攻撃態勢となったローの近くにいたロナンを見て笑ったのだ。

 

 

「ほらやっぱりな! にいちゃんがたすけてくれた!」

 

 

 ニシシと笑ったリードに、ロナンは引き攣った笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去のトラウマは塗り潰してこそ

 

 

 

 

 

 リードの中にいた────以前エースと名乗った彼が眠りについたのだろう。

 トコトコと小さな足を動かして俺に近づき、両腕をこちらに伸ばして抱っこを要求するリードの頭を撫でてやった。

 

 

「ろにゃん! にしし。げんきそうだな、ちんぱいしたんだぞー!」

 

「それを言うなら心配、な。……それにしても重くなったな」

 

「しっしっし! おれもせいちょーしたんだ!」

 

 

 久しぶりに会ったリードを抱き上げると、その重さは以前と比べて大きくなったと実感できるものだった。

 抱き上げると上機嫌になりながら俺の胸元にぎゅっと顔をすり寄せるリード。猫のような動きは赤ん坊の頃と変わらない。

 

 それに少しだけ涙を流し、鼻水が出るとリードがギョッとして「きたねえ!」と顎を軽く殴ってきた。その痛みのせいで余計に涙が出ているだけだろう。絶対そうだ。

 

 傍にいたローは何故か生暖かい目でこちらを見下ろしているのが見えた。

 

 

「フッフッフ、何だ、もう勝った気でいるのか?」

 

 

 聞こえてきた声にビクリと肩を震わせる。

 リードが嫌そうな顔をして俺の服を掴む。もう絶対に離さないというような仕草に俺もリードをギュッと抱きしめた。

 

 そうしていると不意に俺たちごと抱き上げたローがスモーカーの方へと下がらせる。

 

 スモーカーは傷だらけだった。しかし意識はあったが、俺達が降ろされたことでローの方を見て、何とか倒れていた状態から座るように姿勢を変えて、俺達をその背中へ隠す。

 起き上がれないのはきっと、リードが暴れる前にローの心臓を取り返そうとして無理したのが原因だろう。

 

 

「ドフラミンゴこそどうなんだ。俺達から勝った気でいるのか?」

 

 

 ローがドヤ顔でそう言い放った。

 眉をしかめたヴェルゴの方を見て、ローは帽子をかぶり直す。

 

 

「ヴェルゴはもう終わりだ。お前は最も重要な部下を失う。シーザーは麦わら屋が仕留める────つまり、『SAD』もすべて失う」

 

 

 そうして、こちらをチラリと見た。

 

 

「大事な物は全て失う。この最悪を予測できなかったのはお前の過信だ……!! いつものように高笑いしながら次の手でも考えてろ!!」

 

「……ロー」

 

 

 オリジナルの記憶と感情を持っているせいだろうか。

 ローがドフラミンゴを敵に回すこと。そしてこれから先、ぶつかることが悲しくなった。

 

 だいぶ前に会った時だってそうだ。

 ドフラミンゴの所にいた時に、連絡がきて────その時にだって、俺はきっとずっと悲しんでいた。

 

 せっかく生き延びたのだから、そのまま平和な村にでもいて幸せに暮らしてほしかった。

 入れ墨なんかして、痛い思いをたくさんしてまでドフラミンゴに復讐をと誓わなくても良かったのに。

 

 そう思う気持ちはきっとロシナンテのもの。

 

 ぶちギレたヴェルゴ相手に建物ごと切ったローは本気で決別を選んだ。

 ぶつ切りにされたヴェルゴに背を向けて、スモーカーの後ろにいた俺をリードごと抱き上げて、そうして笑う。

 

 

 

「トラウマは乗り越えてこそ────もうお前の計画通りに事は進ませねえ。歯車はもう壊れた。俺はもう間違えない。大事なモノも失わない。引き返しはしない!」

 

「……っ!」

 

 

 

 宣言し終えたというべきか、小さく息を吐いたローがスモーカーの方へ近づく。

 

 

 

「いつまでそこで倒れている気だ、スモーカー」

 

「喧しい」

 

 

「なあろなんー。はらへった。なんかめしくいたい!」

 

「リードは元気そうだな……」

 

「にしし!」

 

 

 リードの声に緊張感が緩んだようで、スモーカーは溜息を吐きながら立ち上がる。

 そうしてローの後ろをついて歩く。

 

 リードの方をチラリと見たが、何も言わずにいるだけ。そんなスモーカーにリードは「へんなけむりゃんだなー」と呟いただけ。

 

 ローに抱き上げられた俺は、自分の腕の中で大きな腹の音を立てつつ「はらへったー!」と叫ぶリードを慰め頭を撫でることぐらいしかできない。

 身体を細かく切られ動くことすら出来なくなったヴェルゴにも、ドフラミンゴが聞いているであろう電伝虫にも────ただ見ていることしかできない。

 

 スモーカーに捕まってG5で様々なことがあった。

 いろんなことを経験した。ドフラミンゴに遊ばれた記憶は苦い思い出だけれども……それでも、ヴェルゴがこちらを気にしていたのはきっとドフラミンゴの命令に従っていただけだとは思うけれど。

 

 

 

「……ずっと前に、アザラシのぬいぐるみをプレゼントしてくれてありがとう。あの声は余計だったし、いろいろあったけど……さようなら、ヴェルゴ」

 

「……クソガキが」

 

 

 ヴェルゴはそれ以上何も言わなかった。電伝虫からもドフラミンゴの声は聞こえない。

 

 きっともう二度と会うことはないだろう。

 俺の声を聞いていたローは「アザラシ……?」と小さく首を傾けたが、すぐに前を向いて思考を切り替えていた。

 

 

「……それで、これからどうするんだ?」

 

 

 俺が問いかけると、ローは素直に答えてくれた。

 

 

「まずは脱出するために必要な物────トロッコを手に入れる」

 

「にく!」

 

「シーザーを捕まえて脱出した後だ!」

 

 

 

 

 




リハビリも兼ねてるのでいつもとは違い展開が遅いですし話も短いです。申し訳ないです。出来ればパンクハザード編までは終わらせて次に進ませたいですが、やる気次第なので……。頑張りますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。