電脳空間のAgentが異世界から来るそうですよ? (ガーネイル)
しおりを挟む
1.異世界
それではどうぞ。
今日の学校も終わり。少年は家に着き次第、仕事着に着替えた。下は黒のカーゴパンツ。上は英文が入っている白い長そでTシャツと上着としてワインレッドのパーカー。腰の部分にも同質の色違いで黒いパーカーを腰に巻いている。サテライトをズボンのポケットに入れる。
ちなみに、何の仕事かというとエージェントの仕事である。少年、湊大輝は国家情報防衛局に所在する組織「ARCANA監視部隊」通称ASTに所属している。
そもそもARCANAとは何か。それは人の意識だけが入り込める電脳空間の名称である。 元々は人類が望んでいた不死の世界として作られたらしい。何でも、サイバーテロにより実用化する前に計画が頓挫したらしい。既に消失したと思われていたARCANAが不完全ながらにネットワーク上に存在していた。戦場跡になったまま放置されていて無法地帯になっている。そこを監視するのが彼の仕事である。
エージェントになるには一つの条件があった。それは何者にも書き換えることのできない強い精神力の持ち主、精神の最後の防御壁である切り札=JOKERを持っていることである。JOKERは大アルカナ、タロットの78枚の内、22枚を構成する寓意画が描かれたカードが基礎になっている。
ちなみにサテライトとはエージェントになると組織から渡される情報端末のようなものだ。それにはARCANAへのアクセス権や戦闘時に必要な全てのカードやその中から持ち主が厳選した40枚のカードをデッキというものがデータとして納められている。デッキはユニット、インターセプト、トリガーの三種類で構成されていて、デッキの編成も端末一つで済ませることが出来る。また、データの検索やメッセージのやり取りが可能など携帯端末にもあるような機能も兼ね備えている。
大輝自身含め、今いるエージェントは8人。彼らエージェントは訓練と日々の調査に明け暮れていた。
「大くん、大くん、大くん!」
名前を呼びながらドタドタと階段を昇ってくる。扉を開けて入ってきたのはまるで少し露出が多く、西部開拓時代のような恰好をしている女の子。いささか、年頃の高校生には刺激が強い。だが、あれが彼女の仕事姿なので仕方がない。服の色は黒とパステルグリーンの二色。彼女の名前は鈴森まりね。幼馴染みで学校の先輩であり、エージェントとしても先輩である。仲が良いため、仕事の時は教育係兼相棒としてコンビを組み行動を共にしている。
「どうかしたんすか? というか、三回呼ばなくても聞こえています」
「わたしのところに手紙が二通きてたの。一通は大くんの分」
まりねのところに大輝宛ての手紙という意味が分からない事態が発生していた。直接自分のところに送ればいいものの回りくどいことをしている。まりねから手紙を受け取るが差出人の名前も住所も書かれていない。ただ受取先として自身の名前が書いてあるだけ。向こうも同じものだ。このまま訝しんでも何も変わらないのもまた事実だった。
「じゃあ、とりあえず開けてみません?」
「そうだね」
封を切り、中に入っている四つに折られた紙を広げる。その紙にはこう書かれていた。
『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試すことを望むのならば、己の家族、友人、財産、世界の全てを捨て、我らの〝箱庭″に来られたし』
「どういうことでしょう? この世界の全てを捨てて箱庭に来いってのは分かりますけど」
「そもそも、大くんに悩みなんてあるの?」
「何気に失礼なこと言いますね。というか、この世界からいなくなるわけには行きませんからね」
ただほんの一瞬、面白そうだと思った。
*****
「はぁぁぁ!?」
瞬きした瞬間。二人は上空4000メートルにいた。正に急転直下。下に広がるのは水。どれくらい高いのかは分からない。が、この高さだと着水時はコンクリートにぶつかるのと同じだろう。少し前に三人いるのが確認できた。五人が少しとはいえ確認したのは世界の果てを思わせる断崖絶壁。そして巨大な天幕に覆われた未知の都市。
五人の前に広がっていたのは嘘偽りなく異世界そのものだった。
「きゃあぁぁぁ! 大くん助けてー!」
少し離れた場所でまりねも同じく落下で悲鳴を上げ、助けを求められたところで現実に戻る。ポケットからサテライトを取りだし、デッキを展開する。ただこの時、普段なら展開されるはずのARCANAが機能しなかった。それを考えるのは後回しにする。全員を助けることが出来るような大型のユニット。
「来い! プラウドドラゴン!」
「グォォォ!」
プラウドドラゴン
緑属性
種族:ドラゴン
LV1 BP5000
データになっていた存在が実体を持ち現れる。それは全身が薄い緑で大きな翼を持ったドラゴン。主を背に乗せ、まりねの下へと飛んでいく。
「先輩!」
「ありがとう!」
まりねの手を掴み引き寄せたあと、プラウドドラゴンに下にいる三人と一匹を助ける指示を出す。その後、少し翼を畳み風の抵抗を少なくする。二人もそれに合わせ、しがみ付くようにして体勢を低くする。
追いつくとプラウドドラゴンは前の足をまるで手のように使い、包み込む。そして翼を広げ、ゆっくりと下降していく。
地面に飛び降りれる高さでホバリングを続け、先に降りてもらう。その後着地し、伏せてもらい、地面から降りる。
「ありがとうな。ゆっくり休んでくれ」
ドラゴンをデータへと戻す。三人は何やら話しているがそれを放置し、まりねとさっきの事案について話すのが先だ。
「まり先輩、さっき……」
「うん。デッキやユニットは機能したけどARCANAが機能しなかったよね。これは拙いかもしれないね。ARCANAが機能しないっていうことは不死性が失われたってことだから。今まで以上に注意しないといけないね」
「はい。より一層注意します」
「話しはひと段落ついたかしら?」
こちらに声をかけてきたのは髪の毛に大きなリボンを左右に一つずつ付けている少女。彼は短く、あぁ、と答え三人に向き合う。
「私は久遠飛鳥。あなたたちの名前を教えてくれるかしら?」
「……春日部耀」
「見た目通り、野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。用法、用量を守った上で適切な態度で接してくれ」
「湊大輝。特に言うことはない」
「わたしは鈴森まりね。大くんの先輩よ」
腕を組み、お嬢様然としている久遠飛鳥。
我関せずを貫き通そうとしている春日部耀。
ケラケラと笑う逆廻十六夜。
むすっとして不機嫌そうな湊大輝。
明らかに自分より背の高い大輝の頭を撫でている鈴森まりね。
その光景は傍から見ると混沌そのものだった。
(うわぁ、あのお二人以外完全に問題児ですね)
そんな状況を少し離れたところから見ている少女がいた。少女の名前は黒ウサギ。名前通り頭にはウサ耳が生えている。ミニスカートとガーターソックスという青少年には刺激が強すぎる格好している。その黒ウサギが五人を異世界へと招いた張本人。ただ、 どれも癖が強そうな五人に溜息を吐くしかなかった。
そんな混沌とした中、十六夜が苛立たしげに言う。
「で、何で状況説明する奴が誰も居ねぇんだよ。普通、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人がいるもんじゃねえのか?」
「そうね、何も説明がないと動けないもの」
「確かに、誰かしら居て説明してくれるのが普通だよな。」
「大くん、エージェントとしては合格だけどこの状況で落ち着きすぎているのも問題よ」
「……頭を撫でながら言うことじゃない」
(全くです!)
黒ウサギが言葉に出さず、五人にツッコミを入れる。彼女からするとこの場がもっとパニックになっていたら飛び出しやすかったのだが、どうもこの場が完全に落ち着いているせいで完全に飛び出すタイミングを失っていた。
これ以上不満が爆発する前に意を決して五人の前に赴こうとした瞬間、十六夜が溜息まじりに呟く。
「……そこで隠れている奴にでも聞き出すか」
物陰から出ようとした瞬間呟かれた言葉に反応し、恐る恐る出ていく。全員の視線が黒ウサギの元へと注がれる。
「なんだ、貴方も気付いていたの?」
「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ? そこの三人も気付いてたんだろ?」
「仕事柄そういうことには敏感なの。ね?」
「そうですけど、いい加減撫でるのをやめてください」
「しかたないなぁ」
「風上に立たれたら嫌でもわかる」
「面白いな、お前ら」
十人十色。各自様々な反応を示す。軽薄そうに笑う十六夜だが、目は全く笑っていない。何の説明もなくいきなり空中に投げ出された腹いせに三人は殺気をこめて黒ウサギを見る。大輝は相当フラストレーションが溜まっているのか、かなり不機嫌だ。一方のまりねは満足したようでニコニコしながら黒ウサギの方を見る。
まりね以外の視線に怯む黒ウサギ。
「や、やだなぁ四名方。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ? 古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便にお話を聞いてくれたら嬉しいのですヨ?」
「「「却下」」」
「いいよ」
「あえて断る。トリガーセット。狼ではないが、キャットレイを召喚。トリガー発動。青属性のキャットレイにスピードムーブの効果とBP+1000。行け、キャットレイ。」
キャットレイ
青属性
種族:獣
LV.1 基礎BP4000+1000
青みを帯びたプーマが黒ウサギへと襲い掛かる。そこから三十分間悲鳴を上げ続けるウサギと獲物を捕らえようとするプーマの追いかけっこが続いた。終了後、大輝はまりねから説教を受けていた。その後残り三人が黒ウサギの耳を掴み、その悲鳴が森中に響き渡る。全てが落ち着くのに小一時間ほどかかった。この場にいる問題児は十六夜、飛鳥、耀の三人だろうか。
「誰かさんが頭をずっと撫でてたから少し他で八つ当たりした、反省はしていない」
説教の方だが、大輝がその一点張りで全く反省の色をみせない為、まりねは説教を諦める。少し離れたところで黒ウサギが膝を着いていた。
「――あり得ない。あり得ないのですよ。話一つ聞いてもらうのに小一時間浪費するとは思いませんでした。学級崩壊とはきっとこの状況を言うのに違いないのデス」
「いいからさっさと進めろよ」
最後にこの場をひっかきまわした問題児が何もなかったかのように続きを促す。黒ウサギは半ば本気の涙を少し浮かべている。だが、ようやく話を聞いてもらえる環境を作り出すのに成功したのだ。
五人は丁度段差になっている川の岸辺付近に腰を下ろし、とりあえず話を聞くだけ聞くと言う程度に耳を傾ける。
黒ウサギは気を取り直し咳ばらいを一つして両手を広げる。
「それではいいですか、皆様方? 言いますよ? 定例文で言いますよ?」
「変に勿体ぶらなくていいから早く話を進めてください」
「うぅぅ。……、それではようこそ“箱庭”の世界へ! 我々は皆様方にギフトを与えられた者だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼンさせていただこうと思い、召喚いたしました!」
「ギフトゲーム?」
「そうです! 既に気付いていらっしゃるでしょうが、皆さまは普通の人間ではございません。その特異な力は様々な修羅神仏を含めた様々な存在から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその恩恵を用いて競い合うゲーム。この箱庭の世界はギフト保持者にオモシロオカシク生活してもらうため作られたステージなのでございますよ!」
箱庭の世界をアピールする黒ウサギ。その中で一つ気になることがあった大輝は挙手する。
「何で俺たちなんですか? あと六人、同じ力を持った人間がいるはずですが?」
そう。大輝が気になったのは自分とまりねの二人だけがこの場に呼ばれたのかということ。AST含め、同じ力を持っているのは複数存在している。つまり、二人でなくてもいいはずなのである。大樹たち以外の誰か、それか問題児三人のように一人だけでもよかったはず。だということにも関わらず何故自分たちだけだったのが気になった。
「それは黒ウサギも存じています。ですが、黒ウサギ的には御二人を誘うのが一番ベストだと判断しました。これは我々が話し合った結果です。他の方に比べて癖が強くないので問題は起きないとも判断したのでございます」
「……分かった」
「それでは話を続けますね。異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたり、数多ある『コミュニティ』に必ず属してもらいます。そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの“主催者”が提示した賞品を獲得できるというシンプルな仕組みになっております」
次に質問をしたのは耀。
「……“主催者”って誰?」
「様々ですね暇を持て余した修羅神仏が人を試す試練として開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために開催するグループもございます。全体的な特徴として前者の方が多いのですが“主催者”が修羅神仏であるため、凶悪かつ難解なもの多く命の危険もあるでしょう。しかし、その見返りは大きく、新たなギフトを手にすることも夢ではありません」
この世界においてギフトというのは力そのものを指し示している。そのため強力なギフトであればあるほどこの世界では重宝されるのである。
「しかし、後者に参加するためにはチップを用意する必要があります。参加者が敗退すれば全て“主催者”となるコミュニティに寄贈されます。チップにかけるのも様々です。金品、土地、利権。名誉、人間、命。そしてギフトを賭けあうことも可能です。ただし、ギフト同士を賭けたゲームに負けた場合、ご自身の才能がなくなるのであしからず」
黒ウサギが浮かべた笑顔は今までの愛嬌があるものと少し違い、黒い影を帯びている。挑発の色を混ぜたその笑顔に対し、挑戦的な声音で返したのは飛鳥。
「なら、最後に。ゲームそのものはどうやったら始められるのかしら?」
「コミュニティ同士を除けば、それぞれの期日内に登録していただければOKです! 商店街でもお店が小規模なゲームを開催することがあるのでよろしければご参加してみてください」
一通り説明を聞き終えた後、今まで黙っていたまりねが言葉を発する。
「つまり、ギフトゲームが箱庭の世界において法。いえ、法に近いものとして存在している。ということでいいかしら?」
さすがベテランエージェント。今までの話だけで箱庭に関するルールを理解したのだ。今まで何も話さなかったのは黒ウサギが話した内容を自分なりに整理してまとめていたからである。
その言葉に黒ウサギは驚きの表情を浮かべる。さっきまで大樹の頭を撫でていた時と違うその様子に驚きもあった。
実はASTでもこのコンビの相性はトップに昇る。最大の利点は力の大輝と知のまりねでバランスが取れていることだ。戦闘時のパワーは大輝が担当し、サポートなどでそれを補うのがまりねの仕事だった。
話しを戻してまりねの言葉は正解だ。法そのものと言って場合それは訂正がいる。だが、彼女は法に近いものと言った。黒ウサギとしてもこの短時間でそこまで見抜くとは思っていなかったのである。黒ウサギがその疑問を肯定で答える。
「鋭いですね。答えはYesです! 我々の世界でも当然強盗や窃盗は禁止です。金品による物々交換も存在します。ギフトを用いての犯罪はもっての外です。そんな不逞の輩は悉く処罰します」
犯罪行為を行ったら最期。言い訳や弁解の余地なしで処刑判決を言い下すような勢いが黒ウサギの言葉と共にあった。そのまま、しかし。と言葉を続ける。
「『ギフトゲーム』の本質は全く逆になります! 一方の勝者だけがすべてを手にするシステムとなっております。店頭の商品すら店側の提示したゲームをクリアすればタダで手にすることも可能だということですね」
それを聞いた飛鳥が野蛮と評する。黒ウサギはごもっとも。と返し肯定し、こう言った。
「しかし“主催者”は全て自己責任でゲームを開催しております。奪われるのが嫌な腰抜けは最初からゲームに参加しなければいいのでございます」
じゃあ、と手を挙げたのは一回も茶化すことなく静聴していた十六夜だった。説明が始まるまで浮かべていた軽薄そうな笑みはなりを潜めている。それに気付いた黒ウサギが構えるように静かに聞き返す。
「どういう質問です? ルールですか? それともゲームそのものでしょうか?」
「そんなことはどうでもいい。心底どうでもいいぜ。ここでどう問いただしてもやることは変わらないだろうからな。俺が聞きたいのはただ一つ。手紙に書いてあったことだ」
十六夜は一息置いてから言葉を発する。
「この世界は面白いのか?」
この場を沈黙が支配する。大輝とまりねを除いた三人にとってそれは最優先事項と言ってもおかしくない。
何故なら手紙にはこう記されていたからだ。
『友人、家族、財産、世界の全てを捨てて、箱庭の世界に来い』と。
ならばそれに見合う催しがあるのか否か。それが重要だった。
「――Yes。『ギフトゲーム』は人を超えた者のみが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは断言いたします」
黒ウサギがいい感じに締めた後、エージェント組が申し訳なさそうに手を上げる。
「結構いい雰囲気で締めたあとでごめん。ギフトの中には元の世界に帰れるものってある?」
「わたしたちはまだ向こうでやることがあるの」
「「「「へ?」」」」
俺は境ホラを書いていたはずなのになぜこっちを書いているのだろうか。実に不思議だ。
この作品を書くにあたり、COJをクロスさせてみました。皆さまはCOJをご存知でしょうか?
COJというのはコードオブジョーカーというデジタルカードゲームの略称です。SEGA様運営のもと、Aimeカードというものにデータを保存出来て基本プレイは無料。全国のプレイヤーとカードバトルをするものです。一ターンにつき制限時間があるので空き時間に自分が何をするかなど、時間の使い方が勝敗を分けます。詳しくは検索して見ていただけたらなぁと思います。
色々と不安定ですが、応援よろしくお願いします。
なお、文章量は基本、六千~九千文字くらいです
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
2.コミュニティ
現在、富士市にいます。明日は入社式なので少し面倒ですが、千葉のほうまで行ってきます。早く家に帰りたいですが我慢します。
それではお楽しみください。
元の世界に帰るためのギフトがあるのか否か。それが二人の知りたいことだった。黒ウサギの顔は少し、いやかなり青くなっている。全身濡れていたら水死体と判断されてもおかしくないくらいだ。黒ウサギはあわあわと焦りながら返答する。
「あるにはあると思うにのですが。あ、あの。御二人さまは……」
「そっか。あるなら探すし、無いなら仕方ない。作り出す。それでいいですよね、まり先輩?」
「そうね。でも、わたしは大くんと一緒ならどこでも大丈夫だよ」
黒ウサギはこの事態を重く考えていたのだが、二人はそうでもなかったらしい。だが、それでもまだ不安なのか落ち込んでいる。その証拠にウサ耳が両方ともへんにょりと外向きに折れている。それを見かねてなのか、大輝が言葉を投げかける。
「黒ウサギさん。俺たちを呼んだのは何かしらお願い、もしくは達成したいことがある。っていうことでいい?」
「は、はい。で、でも黒ウサギたちは……」
「なら、それを成すまで帰るわけにはいかない。向こうには六人いるし大丈夫だろうからな。ごめんな、不安にさせるようなこと言っちまって」
大輝が謝りながら黒ウサギの頭を撫でる。それが気持ちいいのか黒ウサギは沈んだ顔から一変してニコニコしている。徐々にピンクな甘い雰囲気を作り出していく。一方、それが面白くないのかまりねは面白くなさそうな顔をしている。そしてその光景をニマニマと見ているのが問題児三人。彼らにとってこれは最高のエサだ。十六夜はスマホでサイレントカメラを起動し、写真を撮っている。昼ドラに近付いているというか、下手したら修羅場一歩手前まで来ているような気がする。
(むぅ。わたし、まだ大くんに撫でてもらったことないのにぃ。いいなぁ、黒ウサギさん)
まりねの頬がまるでフグのようにプクっと膨らんでいる。そのうち爆発するんじゃないかと思えるくらいには膨張しているのだ。
はっきりと言うなら幼馴染みであり後輩である大樹に好意を持っている。だが、学校、仕事ともに先輩である。それに関してはどうしても素直になれず、先輩風を吹かせ誤魔化してしまうのである。でも恋する乙女の本音としては好きな人に甘えるなどの行為をしたいのである。
「…………い。……せ……い。ま……先……い。……まり先輩!」
「え?」
いつのまに撫でるのをやめたのか目の前には大輝が顔を覗き込むようにこちらを見ていた。思いのほか顔が近づいていたことに気付き、顔を赤くして少し距離を取る。彼としてはただ呼んでいただけなのにこの反応は少々傷ついたのか、少し悲しそうな表情をしている。
「いくらなんでもその反応酷くありません?」
「え、あの……。えと、大くんが悪いんだから!」
「えぇ……」
理不尽なことこの上なかった。距離を置いているまりねが小声で何か言っているがそれを聞き取ることが出来ない。
なら、一体どうすればよかったのか、と思わなくもない。が、気持ちを切り替えてもう一度声をかける。
「黒ウサギさんがもっと詳しい話をしたいから移動するって言ってましたので今から移動を始めるそうです」
「わ、分かったわ」
************
黒ウサギに連れられ歩くと外壁のようなものが視界に映った。壁はボロボロで所々はがれている。外壁がこの様だと中も少しひどいのではと思ってしまう。
「ジン坊ちゃーん。新しい方を連れてきましたよ!」
ジンと呼ばれる少年は明らかに子供だった。身長にあっていない大きいローブを着ている。控えめに言っても言わなくてもダボダボである身長は黒ウサギの胸の位置より低い。おそらく135あるかどうかだ。大機は少々訝しみながらジンを見ている。
「おかえり、黒ウサギ。そちらの三人が?」
「Yes! こちらの五名が……ってもうお二方は? 如何にも問題児って方と大人しそうな方がいたはずなのですが……」
「十六夜くんなら、『ちょっと世界の果てを見てくるぜ』とか言って駆け出したわ」
「何で止めてくれなかったんですか!」
「『止めてくれるなよ』と言われたもの」
ちょいちょい十六夜の真似と思われるものを挟んでくる飛鳥。ただ、最終的に目をそらしてはあまり意味がないのではなかろうか。
「どうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!」
「『黒ウサギには言うなよ』と言われたから」
「嘘です、絶対嘘です! 面倒くさかっただけでしょう、お二人さん!」
「あぁ……。それでは大輝さんは……」
「大くんなら大丈夫。勝手に帰ってくるから」
飛鳥と耀に続き、二人以上と言ってもいいほど全く当てにならないパートナーの言葉に絶望し、再び膝をつく黒ウサギ。また耳も思いっきり垂れ下がっている。出会ってからのこの短時間で二回目だ。それはそれとしてどうやら大輝も意外と問題児に分類されるようだ。ただ、まりねとしてはこれくらいいつものことなので全く重く考えていない。いつもの散歩くらいの認識だ。
「大変です! “世界の果て”にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣が」
「幻獣?」
一般的な幻獣の定義というのはグリフォンやキマイラ。最も有名なもので言えばドラゴンなどの現実には存在せず、言葉通り幻でのみ存在する獣の俗称である。だが、この世界では違う。この世界における幻獣の定義とは――。『ギフトを持った獣』である。
「特に“世界の果て”付近には強力なギフトをもったものが多く存在しています。出くわせば最期。とても人間では太刀打ちできません」
「あら、それは残念。彼はもうゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー? ……斬新?」
「冗談を言っている場合ではありません!」
ジンは事の重要性を必死に伝えようとする。だが、相変わらず二人は肩を竦めるだけで何の変化もない。
膝をついていた黒ウサギがぬらっと力なくゾンビのように立ちあがる。そして。
「ジン坊ちゃん。御三方の案内を先によろしいでしょうか? 黒ウサギは問題児お二人を捕まえに行きます。“箱庭の貴族”と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」
完全に立ち直った怒りのオーラを全身から噴出させ、黒髪を淡い緋色と髪色を変える。
勝手にいなくなる時点で問題児といえば、そうなのだが大輝は十六夜のように“世界の果て”に行ったわけではないのでまだほんの少しだけ情状酌量の余地があると思う。最も行ってないと言い切れるかどうかだったら答えはNoである。つまり、黒ウサギからするとそれは些細な問題でしかない。勝手にいなくなった時点で同罪なのである。
「すぐに戻ります。なので御三方は先に箱庭ライフをご満喫ください!」
黒ウサギが踏み込むと地面が沈む。そして弾丸のような速さで跳んでいく。ジンを含め、四人の視界から消えるまで全くと言っていいほど時間がかからなかった。その速さで発生した全てを巻き上げるような風から髪を庇いながら呟いた。
「……箱庭のウサギは随分速く跳べるのね」
「ウサギたちは箱庭の創始者の眷属ですから。様々なギフト以外にも権限も持ち合わせているので彼女なら余程のことがない限り大丈夫だと思います」
「そう。なら御言葉に甘えて先人に入っていましょう。貴方が案内してくれるのかしら?」
「はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩者ですがよろしくお願いします」
十一になったばかりだというが、それでも年齢の割に背が低い。それはまるでスラム街や環境上による貧困の中で過ごしている子供の様に。
まりねは三歳の頃から児童養護施設で育ってきた。今でも手伝いに行くことがある。それでもジンと同じ年齢で同じ身長の子は全くと言っていいほど見ない。だから何かしらの問題があるのはすぐに察することが出来た。
「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」
「春日部耀」
「わたしは鈴森まりね。よろしくね」
この場にいる者だけで自己紹介を終えた後、門をくぐり箱庭の中へと入っていく。
******
―――箱庭二一〇五三八〇外門・内壁。
ジンを先頭に四人と一匹は石造りになっている通路を歩いて行く。門の下を抜け天幕の下に出ると頭上から光が差し込む。眩しさに思わず目を閉じる。ゆっくり瞼を開けると欧州のような街並みが広がっていた。
『お、お嬢! 外から天幕の下に出たのにお天道様が見えとるで』
「……本当だ。外から見た時は箱庭の内側なんて見えなかったのに」
事実、彼らが上空4000メートル付近から落下している時は天幕で覆われていることしか確認できなかったため、街並みは全く見えていなかった。だというのにこの街から太陽が姿を現し、光もしっかりと入っている。何とも不可思議な光景に首を傾げる。それを見たジンが補足を入れる。
「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。あの天幕は太陽の光を直接浴びることの出来ない種族の為に設置されているんですから」
「ここには吸血鬼でもいるのかしら?」
そう言う飛鳥の声色には皮肉めいたものが混じっている。それに対し、はい。と短く返すジン。飛鳥は、そう。と何ともないように言うがその表情は何とも言えないような複雑そうなものだ。
何といってもここは異世界。初めに黒ウサギから説明の受けたギフトゲームも然り。今までの常識が必ずしも通用するとは限らないのである。それは社会の成り立ちから生態系を含めた全てのことに言えることだ。
「この箱庭では様々な種族が存在しています。それこそ神仏、悪魔、精霊、獣人、人間。この東区画は農耕地帯が多いので住人の気性は穏やかですけど。まだ、召喚されたばかりで落ち着かないでしょう。詳しいお話は軽くお食事をしながらでもどうですか?」
ジンの案内で近くにあったカフェテラスへと入り、入り口付近の空いている席に座る。間もなくして注文を取るためにお店の奥からオーダー票を持った猫耳の少女が素早く出てくる。身のこなしからベテランであることが窺える。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「ティーセットを四つと……」
『ネコマンマを!』
「はいはーい。ティーセット四つとネコマンマですね」
店員の言葉に耀を除く全員が首を傾げる。耀だけが信じられないものを見ているような顔をしている。そして確かめるように猫耳店員に問いかける。
「三毛猫の言葉、分かるの?」
「そりゃ、分かりますよー。私は猫族なんですから。お年のわりに随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスもさせてもらいますよー」
『ねーちゃんも可愛い猫耳に鉤尻尾やな。今度機会があったら甘噛みしに行くわ』
「やだもー。お客さんったらお上手なんだから」
そう言った後、猫耳店員は長い鉤尻尾を揺らしながら店内に戻っていく。全く会話の内容が分からない四人は置いてきぼりである。
後ろ姿をしっかりと見送った耀だけは嬉しそうに三毛猫を撫でている。
「……箱庭ってすごいね、三毛猫。私以外に話が分かる人がいたよ」
『来てよかったな、お嬢』
店員とのやり取りを黙って見ていたまりねが質問する。
「春日部さんって動物と会話できるの?」
「うん。生きているのなら誰でも出来る」
その言葉により深く興味を示したのは飛鳥だった。
「素敵ね、そこを飛び交っている野鳥でも可能なのかしら?」
「多分? 鳥で話したことあるのは雀と鷺、不如帰ぐらいだけど……ペンギンがいけたからだいじょ」
「「「ぺんぎん!?」」」
「う、うん。水族館で知り合った。あとイルカたちとも友達」
遮るように三人が声を上げる。
水族館で知り合ったと表すのもおかしいが実際、そこくらいしか見る機会はないだろう。空を自由に駆ける鳥ならまだしも基本的に極寒の地に生息している動物と話す機会があったなど露ほどにも思わなかった。ジンが、しかし。と言葉を紡ぐ。
「全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言語の壁はとても大きなものですから。一部の猫族やウサギのように神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意思疎通が可能です。ですが、幻獣たちは確立した一つの種です。同一種、もしくは相応のギフトがないと難しいというのが一般です。黒ウサギでも難しいと思うので」
「そう。春日部さんは素敵な力があるのね、羨ましいわ」
そ う言う飛鳥の声音と表情は今まで全く違い、陰を帯びていた。ジンは別としてまだ出会って間もない女性三人だが、耀はらしくないと思い、まりねは“箱庭”に来る前に色々とあったのだろうと思った。
どんな力を持っているのか気になった耀が問う。
「久遠さんは」
「私のことは飛鳥でいいわ。よろしくね、春日部さん」
「う、うん。飛鳥はどんな力を持っているの?」
「私? 私の力はまぁ酷いものよ。だって……」
飛鳥が自分の力について言おうとした時、上品ぶってはいるがあまり品のない声が横から割って入ってきた。
「おんやぁ、誰かと思えば東区画の最底辺コミュニティ“名無しの権兵衛”のリーダージン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」
割って入ってきた声の主は明らかに2メートルを超えている巨体にパッツパツのタキシードに身を包んでいる中々の変態紳士が立っていた。
その変態紳士は不覚にもジンにとって知った顔だった。出来ればこんなところで会いたくはなかっただろう。本当は無視したいのだろう。ジンはとても嫌そうな顔をしながら返事をする。
「僕らのコミュニティは“ノーネーム”です。“フォレス・ガロ”のガルド=ガスパー」
「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人材を呼んだらしいじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてなお、未練がましくコミュニティを存続させるなどできたものだ――そう思わないかい、お嬢様方」
ガルドという名のパツパツタキシード男は三人に愛想笑いをするが、突然入ってきた変態紳士に冷ややかな態度で返す。
「話を続ける前に、自分の名前を示すのが当たり前じゃないかしら?」
「おっと、これは失礼。私、箱庭上層部に陣取る“六百六十六の獣”の傘下である」
「烏合の衆の」
「コミュニティのリーダーをしている、って待てやゴラァ! 誰が烏合の衆だ小僧ォ!!」
さっきまで被っていた似非紳士の皮が剥がれ、本性が露わになる。怒鳴り声を上げながらジンに食ってかかる。人間の顔だったガルドの顔が今は獣のそれになっている。口は大きく裂け、肉食獣特有の鋭い牙と大きな瞳が怒りと共にジンへと向けられる。
「口を慎めや、小僧。紳士で通っている俺でも聞き逃せねぇ言葉はあるんだぜ?」
「森の守護者だった頃の貴方なら相応に礼儀で応えていました。ですが、今の貴方は二一〇五三八〇外門付近を荒らす獣にしか見えません」
「そう言う貴様は過去の栄華に縋る亡霊と同じだろうが。自分のコミュニティがどういう状況に置かれているのか理解しているのか?」
まさに一触即発。犬猿の仲といえる位仲が悪いことが窺える。このままだと言い争いが始まりそうだが、ここで仲裁に入り、二人にストップをかけたのは女性の中で最も最年長だと思われるまりねだった。
「まあまあ。二人が仲悪いのは分かったから、一回ストップ。続きをするなら後にしてね。それでジンくん。お姉さんとしては、ガルドさんが言っているコミュニティの置かれている現状について詳しく教えてもらいたいんだけどいいかな?」
「そ、それは……」
ジンはまりねの言葉に対し、即座に返すことが出来ず、少しずつ視線が下へと落ちていく。それでも、そのままジンを見ながら続ける。
「ジンくん、キミはコミュニティのリーダーなんだよね。なら、黒ウサギさんと同様、私たちにコミュニティがどういうものなのか説明する義務があるよ」
一方的ではなく、悪さをした子供に優しく注意するように、あくまでジンを諭すような感じで伝える。だが、ジンにとってそれはナイフのような鋭い切れ味を持っていた。
それを横から見ていたガルドは獣から人間の顔に戻す。そして含みのある笑顔を浮かべ、先ほどの妙に芝居がかった口調で話し出す。最も今更取り繕っても何の意味もなさない。
「レディの言う通りだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭のルールを教えるのは当然の義務。ですが、彼はそれをしたがらないでしょう。よろしければ、私がコミュニティの重要性とジン=ラッセル率いる“ノーネーム”のコミュニティを客観的にさせていただきます」
女性三人は一度ジンの方を見るが、俯いて黙り込んだままだ。
「ガルドさん、お願いできるかな」
ガルドは承りました。と言って静かに語りだす。コミュニティの概要、名前と旗印がなぜ必要なのか。それらを必要最低限の説明として述べた後、本題に入る。ジンのコミュニティが過去は東区画最大であったことから始まる。その途中途中でジンを攻撃するのだから面倒である。そして最大のコミュニティが潰れた大本の原因。――それは魔王と呼ばれる存在だった。
******
三人がガルドによる現状の説明を受けている時。大輝はキャットレイの同種であるキャットムルを隣に呼び、森の中を探索していた。森の中を歩いている最中、沢山の幻獣が一人と一匹を見つめている。人間の方はともかく、未知の生物がすぐそこにいるのだ。気にならないはずがない。
大輝はどうしたものかと頭を掻いていると物凄い地揺れに襲われた。収まると間もなくして水柱が上がる。収まってからキャットムルに跨る。
「行くぞ、キャットムル!」
このユニットの場合、原生地偵察を考慮して生まれた存在であるため、森林の中を駆け抜けるのは何一つとして不都合はない。これがキャットレイであれば少し速度を落とす必要があったかもしれない。何故なら後者は寒冷地のような環境下でも耐え抜ける術を持つユニットだからだ。
――そろそろか?
徐々に視界が開けていく。すると丁度視界に入ったのは巨大な白蛇を蹴り倒す十六夜の姿だった。
控えめに言ってもドン引きだった。何とも言えない苦虫を潰したような顔をしている。着地後、十六夜がさっき見た獣と似た生き物に乗っている主を呼ぶ。
「何だ、大輝も来てたのかよ」
「好きでここまで来た訳じゃねぇよ。誰かさんが派手にやってたみたいだからな」
「あ、大輝さんまで……ひっ!」
最初に襲い掛かってきた類似種であるため、髪が薄く緋色になっている黒ウサギが小さく悲鳴を上げて距離を取る。
「そんなに怯えなくてもいいだろうに。ありがとうな」
キャットムルの頭を撫でてから撤退させ、データに戻す。その後、二人に向き合う。
「大方、十六夜があの巨大な白蛇にギフトゲームを仕掛けてたってところだろ。で、何の話をしようっての?」
「それはな……。黒ウサギ、俺たちに何か隠してることあるだろ?」
――あぁ、そのことか。
大輝は内心で頷きながら事の成り行きを見守る。
黒ウサギは少し間をおいてから答える。
「箱庭の話ならお答えすると約束しましたし、ゲームのことも……」
「違うな。回りくどいのは嫌いだから直接的に聞くぜ? 黒ウサギ、どうして俺たちを呼び出す必要があったんだ?」
「それはさっきもお話しした通り、十六夜さんたちにオモシロオカシク……」
「本当にそうなのか? なら、何でこいつとウェスタンガールが帰るためのギフト云々であんなに焦ってたんだ? それだけの理由ならあの時、そこまで焦る必要はなかったはずだ。これはあくまで俺の勘なんだが、黒ウサギのコミュニティは弱小か、もしくは訳あって衰退したチームじゃないのか?」
黙って事の成り行きを見守っている大輝だが、まりねのことをウェスタンガールと評された時は何とも言えないような、何かを諦めたような表情をしていた。
それはそれとして置いておいて、黒ウサギ自身、十六夜のその指摘に対し何も返すことが出来なかった。どう返せばいいのか分からなかった。彼の言っていた勘というのは合っている。全くと言えるほど反論する余地がない。
「沈黙は是なり、だぜ。ほら、さっさと話せ。じゃないと、こいつとその相棒。後、お嬢様方はともかく、俺は他のコミュニティに行くぞ」
吐いた方が楽になるぞ? みたいな表情を浮かべながらつべこべ言わずに話せという雰囲気を醸し出す男二人。場所を移し、風通しのいいところに腰を下ろす。そして色々と考えを巡らせ諦めたのかポツポツと現状について話していく。ほとんどの内容はガルドが話すのと似た部分が多かった。
さらに告げられたのはノーネームにおいてギフトゲームに参加できるのはジンと黒ウサギのみ。それ以外の百人以上は全員十歳以下の子供。まさに崖っぷちの状態なのである。旗印や名前だけでなく、子の親でさえ魔王によって奪われた。それが今の状態である。
そんな話の中、『魔王』という単語が出てきた瞬間、恐ろしいほど問題児の目は輝いていた。今日一番の輝きをもっていただろう。
最後に黒ウサギが立ち上がり頭を下げて懇願する。どうか、コミュニティの再建を、旗と名を魔王から取り戻したい。だからそのための力を貸してほしい、と。
問題児であり、快楽主義者である彼がそれに参加しないわけがない。いいなそれ、面白そうだの一つ返事だった。沈黙を貫くのは大輝だった。
黒ウサギは黙って見つめて答えを待つ。
「……。あ、俺も言うの?」
考えていたわけではなく、自分が答える必要はないと思っていたらしい。あははと笑いながら後頭部を掻いている。何か色々と台無しだった。
「俺の答えは変わらない。さっきも言っただろう、達成するまでは帰らないって。ちゃんと最後まで協力する。ただ、これからこういう隠し事は無しでいこう。後腐れない方がいいからな」
二人から了承をもらえたことで気が緩んだのかヘナヘナとその場に座り込む。十六夜はいつも通りの挑戦的な笑みを浮かべ、大輝は微笑を浮かべて黒ウサギに手を差し伸べる。
「皆のところに戻ろう?」
「は、はい! ありがとうございます!」
手をとって立ち上がり、綺麗な笑顔を浮かべるのだった。
今回もツッコミどころ満載でしょうが楽しんでいただけましたでしょうか? あとCOJに興味を持ってくれた方はいらっしゃるでしょうか? いたら幸いです。押し付けるわけではありませんが、興味を持って下さった方は向き不向きがあるでしょうがやってみてください。
近い内に次回を投稿します。おやすみなさい、それではまた!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
3.早速喧嘩を売ってみました
前回に引き続きガルドの話です。
それではどうぞ。
三人が四人の元へ向かいだした頃。ガルドによるノーネームの現状説明が終わった。そして、ガルドが三人を勧誘する。
「単刀直入に言います。もしよろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティに来ませんか?」
「な、何を言い出すんですか! ガルド=ガスパー!?」
思いもよらない提案にジンは机を叩きながら抗議する。
しかし、ガルドは先ほどのような獰猛な瞳でそれに怯むことなく睨み返す。
「黙れ、テメェがさっさと新しく名と旗印を改めていれば最低限の人材は残っていたはずだろうが。我が儘でコミュニティを追い込みながら異世界から人材を呼び込んだ。何も知らない相手なら騙し通せるとでも思ったか? その結果黒ウサギと同じ苦労を背負わせるってんなら……こっちも同じ箱庭の住人として通さなきゃならねぇ仁義ってもんがあるぜ」
ガルドの獣のように鋭い眼光に怯む。しかし、それ以上に黙っていたことへの後ろめたさや申し訳なさで胸がいっぱいになる。
ただ、十一歳の子供がそうしてしまう程に黒ウサギたちがいるノーネームは崖っぷちに立たされているのだ。
「どうですか、レディ ?返事をすぐにとは言いません。一度彼らのコミュニティと私どものコミュニティを視察してから十分な検討を――」
「それなら結構よ。ジン君のコミュニティで間に合っているもの」
拒絶の言葉を放ったのは飛鳥だった。ジンとガルドの二人は何を言われたか分からない顔をしたまま発言者の顔を見る。
当の本人は何もなかったかのように紅茶を飲み干すと、笑顔で二人に話しかける。
「春日部さんと鈴森さんはどうかしら?」
「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだから」
「わたしもジンくんのコミュニティでいいかな。大くんと黒ウサギさんに手伝うって言ったからね」
さっき、黒ウサギに嫉妬していた人とは思えない発言である。
「なら、私が友達一号に立候補していいかしら? 私たち、正反対だけど上手くやっていけると思うの? 鈴森さんもどうかしら?」
「いいと思う。じゃ、わたしは二号で!」
自分から言い出したのはいいが、少々気恥ずかしいのか隣に座っていたまりねも一緒に巻き込む。
そんな様子を見ていた耀は少し考えてから、小さく笑い頷き返す。
「……うん。二人とも私の知っているタイプとは違うから大丈夫かも」
『よかったなぁ、お嬢』
人間だったらホロリと涙を流していそうなくらいしみじみと言う三毛猫。リーダー二人をそっちのけでわいわいと盛り上がる女性陣。姦しいとはまさにこのような状況のことを言うのだろう。
まるで提案をなかったかのように会話を続ける三人に顔をひきつらせ、それでもなお取り繕おうと大きく咳払いし、問いかける。
「失礼ですが、理由を伺っても?」
「あら、聞いていなかったのかしら? 春日部さんは友達を作るため、鈴森さんは相棒とそう決めていると言ったでしょ。――そして私、久遠飛鳥は裕福な家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払ってここに来たわ。今更、そんな環境いらないし、欲しくもないわ」
飛鳥の少し小バカにした態度が気に喰わなかったのか、ガルドの額の横には僅かに青筋が浮かんでいる。ただ、ジンと会話をしている時のように怒鳴り声を出さないのは自称紳士としての小さなプライドだろうか。
「お、お言葉ですが、レデ」
「黙りなさい」
ガチン! と音がしそうな勢いで口を閉じたガルド。その様子は余りにも不自然だった、いや、不自然すぎる。
何故なら、ガルド本人も口を開こうともがいているが、声すら出ないからだ。ガルドの口から僅かに聞こえるのは空気が抜けているようなひゅー、ひゅーとした音だけ。
そんなガルドを気にせず、飛鳥は言葉を続ける。
「まだ話は終わってないわ。貴方からはまだ聞かなければならないことがあるの。貴方はそこに座って、私の質問に答え続けなさい」
先ほどと同じように飛鳥が紡いだ言葉通りに動くガルド。今度は勢いよく地べたに座り込む。
完全にパニック状態に陥っていた。どういったカラクリなのか全く分からないが、手足の自由は奪われ、全く抵抗が出来ない。身じろぎ一つ許さないレベルでその場に拘束されたのだから。
騒がしいと思ったのか、先ほどオーダーを取りに来た猫耳店員が飛鳥たちに注意を促すが、その店員を制して言葉を続ける。
「店員さんも第三者として聞いていてほしいの。きっと面白いことが聞けるはずよ。……貴方はこの地域のコミュニティに“両者合意”でゲームに挑み、勝利したと言ったわ。だけど、さっき私が聞いたギフトゲームの内容と多少の差異があるの。……ジン君。コミュニティそのものをチップにゲームをすることは、よくあることなの?」
「や、やむおえない状況なら稀に。しかし、それはコミュニティの存続と同義になるのでレアケースになります」
飛鳥が確認の意味も込め、店員を見る。店員はそれに対し同意するようにコクコクと頷く。
「そうよね。だからこそ、コミュニティ同士の戦いに強制力の持った“主催者権限”を持つ者は魔王として恐れられる。それを持たない貴方がなぜ、そんな大勝負を続けることが出来たのか教えてくださる?」
彼女から放たれたその言葉にガルドは今すぐにでも口封じを実行する、という行為に及びたくなったが、それは出来ない。その意思に反してゆっくりと言葉を紡いでいく。
その光景を見て徐々に周りの客は異変を感じ始める。
あの、ガルド=ガスパーですら久遠飛鳥の言葉に逆らうことは出来ないのだ。
「強制させる方法はいくつかある。その中で最も簡単なのは相手のコミュニティにいる女子供を攫って脅迫すること。動じない所は後回しにして、徐々にコミュニティを大きくしてから、受けざるを得ない状況を作った」
「実にらしいやり方ね。だけどそんな脅迫紛いなことをして吸収した組織が従順に働いてくれるのかしら?」
「各コミュニティから数人ずつ子供を人質に取ってある」
その言葉に飛鳥は片眉がピクリと反応する。そういうことに無関心そうな耀でさえ嫌悪感を隠せないでいた。一番大きく反応し、忌避感を出しているのは、まりねである。彼女自身、幼い頃から児童養護施設で育ってきた。エージェントとして働いている今でも学校との合間を縫って手伝いに行くほど子供が好きなのだ。その時も当然大輝がいるのだが、この際それは置いておく。
彼女自身両親のことはぼんやりとしか覚えていない。それでも施設の人が親の代わりとしてしっかり育ててくれた。子供にとって親の存在とはとてつもなく大きいものなのだ。それを知っているからこそ、そんなことをするガルドが許せなかった。
「……ますます外道ね。それで、その子供たちは?」
「もう殺した」
ガルドが放ったその一言にこの場の空気が凍った。
ジン、店員、耀、飛鳥、まりね、近くにいた客。今この場にいる全員がその耳を疑い、一瞬思考を停止させた。
その間もガルドは一人語りを続ける。
「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声に頭がきて思わず殺した。それ以降は自重しようと思ったが、父が恋しい母が恋しいと喚くからイライラしてやっぱり殺した。それ以降、連れてきたガキは全員まとめてその日のうちに始末することにした。けど、身内にいるコミュニティの人間を殺せば亀裂が入る。だから証拠が残らないように」
「黙れ!」
「もう黙りなさい!」
もうこれ以上聞いていることなど出来なかった。まりねと飛鳥が声を荒げるのは全く同時のタイミング。飛鳥はまだ椅子に座り、多少の自制が効いていた。だが、子供が好きな彼女はそうはいかない。机を叩いて立ち上がり、ガルドを見下ろしていた。
飛鳥と耀の二人はもちろん、まだ出会って一時間経っていないジンでさえ、まりねの怒声に、その感情の揺れ動きに驚いていた。
二人からすると大輝を猫可愛がりする結構変わった格好のお姉さん。また、ジンも彼女のことは優しいお姉さん程度の認識。幼馴染みである大輝でさえ、ここまで激怒しているところを見た回数は片手で数える回数あるかどうかだろう。それくらい、鈴森まりねという人物は明るくて、優しい、おおらかな性格である。
「さすが、絵に描いたような外道とはそうそう出会えなくてよ。流石、人外魔境の箱庭といったところかしら? ねぇ、ジン君」
「彼のような悪党は箱庭でもそういません」
その後、飛鳥がジンに今の証言を元に箱庭の法で裁けるか聞くが、答えは難しいの一言。何故ならそれまで箱庭の外に出てしまえばそれまで。ガルドがいなくなった後の“フォレス・ガロ”は烏合の衆でしかないため、それこそ瓦解するのが目に見えている。
それだけでは腹の虫は収まらない。ただ、方法がなかった。
苛立たし気に指をパチンと鳴らす。すると、合図だったのか今までの拘束力が無くなり、体に自由が戻る。
小娘にいいようにされたガルド。当然彼のプライドがそれを許さなかった。
「この小娘がぁァァァァ!!」
テーブルを砕き、雄叫びと共に体が激変する。巨躯を包んでいたタキシードは弾け飛び、体毛も変化し、黒と黄色のストライプが浮かび上がってくる。
彼は人狼に似たギフトを所有していた。通称、ワータイガーと呼ばれる混在種である。
ガルドは怒りに身を任せ、その剛腕を振るう。
その瞬間、ガルドの眉間に銃が突き付けられていた。銃の持ち主はカウボーイの格好をしたカエル。一体どこから出てきたのか。その答えは簡単だった。今まりねを囲うように39枚のカードが並び、一枚だけ別にガルドの方を向いている。
彼女が呼び出したのは緑属性のユニット『ケロール・キッド』。二丁拳銃で巧みに戦う珍獣である。
そして、彼女の手にはもう一枚カードが握られている。そのカードがケロール・キッドの上に重ねる。行ったのは進化。カエルが電子変換され、体積を膨張させていく。そして、実体を伴って現れたのは紀元前において生態系の頂点に位置していたであろう存在。白亜紀末期において最大最強肉食の恐竜。Tレックスの形をしていた。
S・レックス
緑属性
種族:ドラゴン
LV1. BP8000
別の世界で生きていた太古の生物に後退っていくガルド。
少し暴走気味のまりねを止めたのは意外にも耀だった。
「やりすぎ……喧嘩はダメ」
ごめん。と謝りながらS・レックスを撤退させ、電子情報へと戻す。耀はガルドが暴れださないようにしっかりと抑え込む。
「貴方のような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ。――そこで提案なのだけれど、私たちと『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の“フォレス・ガロ”存続と私たち“ノーネーム”の誇りと魂を賭けて」
******
十六夜ら三人が合流して、早々黒ウサギが顔を青ぞめて絶叫にも近い悲鳴を上げる。
「えぇぇぇ! “フォレス・ガロ”とゲームする!? 何故そんな急展開な……」
「「ムシャクシャして腹が立ったから後先考えず喧嘩を売った。反省はしていない」」
「このおバカさまたち!」
まるで口裏を合わせたかのように一字一句同じ言い訳をした。それに激怒し、何処から取り出したのかハリセンを二人の頭にたたきつける。
プンプンと怒るのを十六夜が止めに入る。その後、“契約書類”を見せながらその説明を始める。
それが終わってから今までずっと下を向き、何もしゃべらないまりねに声をかける。
「まり先輩。ガルド何某と何かありましたよね。じゃないと、“契約書類”以前に発生すること自体おかしいですから」
黙って聞いている十六夜以外がそれに首を傾げる。どういう意味なのか理解できていないからだ。
まりねは普段、ストッパーのような役も担っている。危険なことを承知した上でおいそれとGOサインを出すわけがないのだ。でも、それは腰抜けだからとか、争いが苦手だからとか、そういう事ではない。死、という概念を深く理解しているからである。確かにARCANAという電脳空間においては意識だけで活動できるため、死ぬわけではない。ただ、死なないだけであり、それに近い状況にまでなら陥ることはある。つまり、そこまで陥れることも可能なのである。死なないと分かっていても、直前の恐怖を味わう、体験することが出来る。それはエージェントである者なら誰もが体験したことだ。
だからこそ、それすら知らない女の子二人を止めないことが不思議で仕方なかった。
「わたしは、ガルドさんが許せなかった。黒ウサギさんの説明で命を失うことがあることは理解したつもり。ただ、自分が甘いだけなのかもしれない。それでも、何もしていない子供の命を奪うことだけは許せなかった。大くんなら分かるでしょ?」
その言葉を聞いて理解した。ガルドはまりねの触れてはいけない部分に触れてしまったようである。この場にいる大輝以外が知らないこと。先程も説明したように彼女は三歳の頃から児童養護施設で育ってきた。引き取られてから義理の両親ができ、高校生となった今でもその施設の手伝いに行っている。だが、それは育ててくれた恩を返しているなど、そう言うことではない。知っている子でも、全く面識がなく知らない子でもいい。ただただ純粋に子供という存在が、子供と遊ぶのが、触れ合うという行為が好きなのだ。
想像でしかないが、優しい子、ムードメーカーのように明るく元気な子。色んな子がいて、皆が大きくなったらこんな大人になりたいと、夢を持っていただろう。両親から引き離されて不安があればそれだけで騒ぐし、泣きもする。
それをただ、五月蠅かったから子供を殺したと言われて平静を保てるだろうか。それだけで殺した人を許せると思うだろうか。
「分かりました。それなら思いっきりやっちゃってください」
「何でそうなるのですか!」
シリアスっぽいムードから一変。黒ウサギのハリセンを用いたツッコミにより、元の雰囲気に戻る。
「で、でも“フォレス・ガロ”相手なら十六夜さんと大輝さんがいれば……」
「俺は出ねぇぞ」
「十六夜と同じく」
「当たり前よ。貴方たちになんか参加させないわ」
フン、と鼻を鳴らし答える二人と何ら問題もないと言わんばかりに答える一人。黒ウサギはそんな三人に食ってかかる。
「だ、駄目ですよ。これからコミュニティの仲間なんですから協力しないと」
「そう言うことじゃねぇよ。この喧嘩はこいつらが売って、やつらが買った。俺が手を出すのは無粋ってもんだ」
「あら、よく分かってるじゃない」
「大輝さん……」
「黒ウサギ、俺たちが入ったら過剰戦力になるぞ」
「はい?」
大輝に助けを求め、見やるが大輝の意図が分からず首を傾げる。だが、その言葉は正しい。
「まり先輩は、俺より力は弱いかもしれないけど、上手な使い方を知っている。だから格上にとも対等に勝負できるし、実際勝利もしている。多分、女性三人の中で一番強いのは先輩だ」
その言葉にムッとしたのはそれなりにプライド高い飛鳥。だが、ガルドとの一連のやり取りを思い返すと少なからず思い当たる節はある。
不意打ちとはいえ、誰もが思った。あんな珍獣に何が出来るのかと。ガルドもその正体を知った瞬間、次の行動をとった。あれでは意味がない。もっと大きな力が必要だと。誰もがそう思い、怪力を発揮できる耀が出ようとしたがそれは必要なかった。何故ならカエルが現代的要素の含まれた恐竜に姿を変え、ガルドに威嚇していたからだ。
ユニットの中にも進化ユニットというものが存在する。それはユニットの上に該当する色の進化ユニットを置けばいいだけ。属性の縛りはあれど、種族の縛りはない。
一瞬の緊張の中、銃を持ったカエルで油断させる。だが、その後、地球という惑星に存在した太古の王者『レックス』を呼び出し、改めて流れをこちらに持ってくる 。だが、これは本来通用しない手だ。ユニットという存在を知らないからこそ通用したのである。
結果として、耀が止めに入るまで一時的とはいえ誰も身動き出来なかった。という事実がそこに残った。
耀が止めていなかったら血祭りになっていたのはガルドだ。そうなったら周りは捕食される様を見ることになっていただろう。その事実から納得するしかなかった。
その言葉に安心か、呆れか分からないが一息吐いた黒ウサギ。何とか自分なりに納得するしかなかった。
話しがひと段落したところで椅子から腰を上げ、隣に置いた水樹の苗を抱き上げる。一つ咳払いしてから全員に切りだした。
「そろそろ行きましょうか。本当は皆さんを歓迎するために素敵なお店をチェックしていたんですけれども、不慮の事故続きで本日はお流れになってしまったので、後日きちんと歓迎を――」
「無理しなくていいよ。コミュニティが崖っぷちなのはここにいる皆が理解しているだろうから」
三人を見て、それを理解しているか確認すると頷き返した。ジンも申し訳なさそうな顔をしている。黒ウサギはウサ耳まで赤くしながら頭を下げる。
「も、申し訳ございません。皆さんを騙すのは気が引けたのですが……黒ウサギ達も必死だったのです」
「気にしてないわ。そもそも、コミュニティの水準がどうこうなんて気にしてないもの。春日部さんはどう?」
「私も気にしていない。あ、……でも」
耀が何かを思い出しかのように呟くが言っていいのかを悩んでいる。ジンは身を乗り出し、それを問う。
それを迷いながら口にする。
「そ、そんな大したものじゃないよ。私は……三食お風呂付で寝床があればいいな、と思っただけだから」
そんな申し出はジンの表情を固めるのに十分すぎる威力を持っていた。
この箱庭の中で水は買うか、数km離れた大河から汲んでくるしかない。そんな苦労が必要な土地でお風呂というのは大変贅沢なことなのだ。
固まっている“ノーネーム”のリーダーを見て取り消そうとしたが、それよりも早く嬉々として黒ウサギが持っている水樹の苗を持ちあげながら訂正を入れる。
「それなら大丈夫です! 十六夜さんがこんなに大きな水樹の苗を手に入れてくましたので問題ありません! 水路を復活させられるので水を買う必要はありません!」
お風呂に入れることが分かり、安堵したのか女性陣三人は喜んでいる。
ジンは一度コミュニティに帰ることを提案するが、それを否定する。
「いえ、ジン坊ちゃんは先に先に帰っていてください。ギフトゲームが明日なら“サウザンドアイズ”に皆さんのギフト鑑定をお願いしないと。この水樹のこともあるので」
「“サウザンドアイズ”?」
「Yes! 特殊な瞳のギフトを持つ者たちの群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸い、この近くに支店がありますし」
反論も出なかった為、ジンを除き、六人で“サウザンドアイズ”に向かう。その間、五人は興味深そうに街並みを見ている。あっちを見てこっちを見てと随分せわしない。
運河の近くに立っていた木から舞っているピンク色の何かが視界に入る。
「桜……のようなものかしら? この世界は春なのね。私の世界では真夏だったけど」
「いや、まだ初夏だろ? だったらまだ気合のある桜があっても不思議じゃねぇだろ」
「私のところは秋だったよ」
「俺たちのところは秋に入る少し前だったな」
綺麗なくらい噛み合わない会話に全員が疑問符を浮かべる。それを見ていた黒ウサギが可笑しそう笑う。
「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など違ったところがあるはずです」
「へぇ。パラレルワールドってやつか?」
「近しいものですね。正しくは立体交差平行世界論というものですけれど……今からですと一日二日では終わらないのでまたの機会に」
目的地に近付いてきたのか黒ウサギが語るのをやめる。商店の旗は青い生地に向かい合う二人の女神像が描かれている。どうやらそれが“サウザンドアイズ”の旗らしい。
日が暮れ始めているからなのか割烹着を着た店員が看板を下げている。
黒ウサギが店員に滑りこみでストップを――。
「待っ」
「待ったなしですお客様。うちは時間外営業をやっていませんので」
……掛けあってすらもらえなかった。黒ウサギは悔しそうに店員を睨むが、全く気にしない。流石、超大手だけあって客のあしらい方というか、捌き方には大変慣れている。
「なんて商売っ気のない店なのかしら」
「ま、全くです、閉店時間五分前に客を締め出すなんて!」
「文句があるなら他所のお店へどうぞ、あなた方は今後一切の出入りを禁止します。出禁です」
「出禁!? これだけで出禁って御客様舐めすぎでございますよ!」
ピーチクパーチクと騒ぐ黒ウサギ。店員の彼女を見る目はまさに絶対零度。声に侮蔑を交えて返答する。
「なるほど。“箱庭の貴族”たるウサギのお客様を無下に扱うのは確かに失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティ名を教えていただけますか?」
その言葉に対し即座に返せる答えを持っていなかった黒ウサギは言葉に詰まる。代わりに十六夜が名前を答える。だが、それも意味を成さなかった。
「ふむ。だったらどこの『ノーネーム』か旗印を見せてもらってよろしいでしょうか?」
黒ウサギが、ガルドが語った名と旗印がないコミュニティのリスクというのはまさにこの状況を指していた。自分たちを証明するものがない。相手に信頼させるためのモノが存在しないのだ。
(ま、まずいです。“サウザンドアイズ”は“ノーネーム”このままだと本当に……)
大手と呼ばれ、力のあるところだからこそ客を選ぶのだ。信頼できるものだけを商売相手にする。リスクを負うような相手に商売はしない。
全員の視線が黒ウサギに集中する。心底悔しそうに小さな声で呟く。
「あの……、その……私達に旗印は……」
ありません。そう言おうとしたが黒ウサギの言葉は店内から爆走してきた和装の美少女ならぬ美幼女にタックルされ、クルクルとキリモミ回転しながら街頭の向こうにある浅い水路まで飛んで行った。
基本的に驚くことの少ない十六夜を含め、全員が目を丸くしている。ただ、店員だけは痛そうに頭を抱えていた。
「……おい、店員。この店にはドッキリサービスでもあるのか? んら、別バージョンで是非」
「ありません」
「何なら有料でも」
「やりません」
真剣な表情の十六夜と女性店員。両者共にマジだった。
一方、タックルをかました白髪の和装美幼女というと黒ウサギに抱き着き、豊満な胸に顔を埋め、擦り付けていた。
「し、白夜叉様!? どうしてこんな下層に!?」
「そろそろ黒ウサギが来る予感がしていたからに決まっておるだろうに! フフ、フホホフホホ! やっぱりウサギは触り心地が違うのう! ほれ、ここが良いか、ここが良いか!」
白夜叉と呼ばれた幼女の言動はむしろオヤジのそれだった。見た目にそぐわず、思っていたより残念な様子。とはいっても世の中にはニーズというものがある。そこがいい、という変わった者もいるだろう。
「白夜叉様! ちょっと離れてください!」
いつもでも頬ずりをやめない白夜叉を引きはがし、頭を掴んでお店の方へと投げる。飛んでいった先には十六夜が立っている。本来だったら、両手で受け止めるのだろうが、彼はこの場にいる問題児の一人。そんなことをするはずがなかった。
右足を振り抜き、耀の方へと蹴とばす。ノリがいいのか、彼女はそれに対し、同じように蹴り上げる。その光景はさながら、セパタクローでもやっているようにしか見えない。蹴っているものがボールだったらという話ではあるが。
白夜叉が次に飛んで行ったのは端末を操作している大輝。端末の操作に夢中で気付いていない。
まりねが声を掛けようとしたが遅かった。二人は頭から激突し、沈没する。
「だ、大くん!」
「やっべ!」
白夜叉のことはそっちのけで大輝の元へ向かう問題児たち。一足先に復活した白夜叉が声を荒げる。
「飛んできた初対面の美少女を蹴り飛ばすとは、おんしら何様だ!」
「十六夜様だぜ、以後よろしく和装ロリ」
「私は春日部耀。以下同文」
未だ、倒れている大輝のことを気にしつつ、飛鳥が白夜叉に声をかける。
「貴女はここのお店の人でいいのかしら?」
「おお、そうだとも。この“サウザンドアイズ”の幹部様で白夜叉様だよ。仕事の依頼ならおんしの年齢のわりに発育の良さそうな胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」
黒ウサギに抱き着いた時からそうだが、和装ロリの皮を被ったセクハラおやじと言われたら反論の余地なく同意されそうな発言である。というか、こんな人物が幹部にいるコミュニティ。……かなり不安である。だが、黒ウサギがここに連れてきたということは当てがここしかないのだろう。
「オーナー。それでは売り上げが伸びません。ボスが怒ります」
女性店員は冷静に釘を刺すが、本人は何のその。自分の欲が優先らしい。店員の注意は気にも留めていない。
白夜叉はいつの間にか復活している大輝を含め、十六夜たち五人を見回す。そしてニヤリと付きそうな笑顔を浮かべる。
「ふふん。お前たちが黒ウサギの新たな同士か。異世界の人間が私のところに来たと言うことは……ついに黒ウサギが私のペットに」
「なりません! 一体どんな起承転結があってそんなことになるんですか!」
黒ウサギが耳を逆立てて怒る。このままだと一向に話が進む気がしない。どこまで本気だったのか分からないが、白夜叉が店へと招く。
「まぁいい。話しは店で聞こう」
「よろしいのですか? 彼らは旗を持たない“ノーネーム”。規定では……」
「“ノーネーム”だと分かっていながら名を尋ねる性悪店員の詫びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」
女性店員としては規則を遵守しただけなのだ。気を悪くしても仕方ない。六人と一匹は女性店員に睨まれるような形でお店の中へと入っていった。
仕事が始まってから1ヵ月が近づこうとしているわけですが、夜勤は眠気との戦いが大変です。それでも頑張りますけどね。
それはそれとして、今回、COJ的要素が少し出てきました。次回はさらに多く出てくる予定です。ストックはありますが、そんなに数が多くありません。次回はいつになるか分かりませんが、なりべく速く投稿出来るよう頑張るので待っていてください。
いつからヒロインたちを強く出していこうかぁ…………。
それではまた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
4.ギフトゲーム
さぁ。それはそれとしまして今回は白夜叉とのギフトゲームです。どのような展開になるんでしょうかね。それではどうぞ
店内は外から見た限りでは考えられないほど広い。
「生憎と店は閉めてしまったのでな。私室で勘弁してくれ」
先ほど川に落ちたはずなのに既に着物が乾いているのはどういうことだろうか。誰もそれにつっこむことなく六人と一匹は白夜叉の後ろを付いて行く。和風の中庭を通過し縁側で足を止める。
障子を開けて招かれた部屋には香のようなものが焚かれている。個室というには少々広い和室に案内された。
白夜叉は上座に腰を下ろし一度伸びをしてから改めてこの場にいる全員を見渡す。
「それでは改めて、もう一度自己紹介をしておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている“サウザントアイズ”幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいておくれ」
「はいはい、お世話になっております本当に」
黒ウサギが投げやりな返事をするが、ここで一つ疑問が生まれたのか耀が小さく手を上げる。
「……外門ってなに?」
ここでその質問に答えるのは白夜叉ではなく、黒ウサギ。
「箱庭の階層を示す外門のことです。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者たちが住んでいるのです」
箱庭は上層から下層まで七つの階層で分けられている。それに伴い、それぞれの層を区切る門には数字が振られている。外壁から数えて一から七桁まで存在し、中心に近付いて行くほど桁が少なくなっている。それは同時に強大な力を持つことを表している。四桁の外門ということはそれなりに名のある修羅神仏が闊歩する人外魔境だ。
黒ウサギが描いた箱庭の図は外門によって幾重もの階層に別れている。
「……超巨大タマネギ?」
「いえ、超巨大なバームクーヘンではないかしら?」
「そうだな。どちらかと言えばバームクーヘンだ」
身も蓋もない三人の例えに肩を落とす黒ウサギ。大輝とまりねは黙って話の続きを待つ。白夜叉は哄笑を上げて三度ほど頷き、その例えに同調する。
「バームクーヘンか。なるほどいい例えじゃ。その例えなら今いるこの七桁外門はバームクーヘンの一番外側である薄い皮の部分にあたるな。更に踏み込んで説明するなら東西南北の四つに区切られており、ここは東側で外門のすぐ外は“世界の果て”と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティには所属しておらんが、強力なギフトを持ったもの達が数多く存在する。――その水樹の持ち主などな」
白夜叉は薄く笑いながら黒ウサギの隣に置かれている水樹の苗に視線を注ぐ。笑ってはいるが、目は笑っていない。
「して、誰がどのように勝ったのだ? 知恵比べか? 勇気を試したのか?」
白夜叉が抱いた疑問に答えたのも黒ウサギ。自分がやったわけではないが胸を張ってそれに応える。
「いえいえ、これは十六夜さんがここに来る前に蛇神様を素手で叩きのめしたのでございます」
全く思いもしない答えに白夜叉が驚愕の声を上げる。
「では、その小僧は神格持ちか?」
「いえ、それはありえません。一目見たら分かるはずです」
「む、それもそうか。しかし種族間の力で言うならドングリの背比べだぞ」
ここで言う神格というのは神そのものを指し示すものではなく、その種族の中で最高ランクの体に作り替えることを表すのだ。
蛇ならば蛇神、鬼なら鬼神。人間なら現人神、神童だ。神格の力はそれだけに留まらず、自身が持つ他のギフトを強化する。
これだけ強大な力なのだ。箱庭に存在する多くのコミュニティがこのギフトを手にすることを第一の目標としている。
だが、それだけ強大な力も持っているの為、なかなか入手できないのもまた事実だ。
「まぁ、アレに神格を与えたのはこの私だがな。もう何百年と昔のことだがな」
そう言いながら豪快に笑う白夜叉。それを聞いて目を光らせたのは十六夜。誰より強者を求めこの世界に来たのだ。食いつかないわけがない。
十六夜の反応に一番嫌そうな表情を浮かべたのは意外にも大輝だった。面倒事に巻き込まれるのと遭遇するのは別の話なのである。基本的に大輝は巻き込まれるのを嫌うのだ。
「へぇ。じゃあ、オマエはあの蛇より強いのか?」
「当然だ。私は東側の“階層支配者”だぞ。東側で四桁以下に存在するコミュニティでは並ぶものは存在せぬ最強の主催者だからの」
最強の主催者という言葉に十六夜は元より、耀・飛鳥も反応を示し、瞳を輝かせる。
ついに大輝は頭を抱える。すずねも溜息を吐く。異世界から来ている五人の中で力量の差を認識しているのはAgent組だ。これも仕事柄身に着けたものである。
(頼むから面倒事は勘弁してくれよ)
だが、そんな願いは届かない。
「ではつまり、貴女のゲームをクリアすれば私たちが東側最強のコミュニティということになるのかしら?」
「そういうことじゃろうなぁ」
「随分と景気のいい話だ。だが、探す手間が省けただけ良しとするか」
立ち上がり闘争心むき出しの視線を送る三人。その視線を受け止め、なお白夜叉は高らかに笑い声をあげる。黒ウサギが止めようとするが、それを白夜叉が止める。
「構わぬ。私も遊び相手には常に飢えているのでな。……しかし、ゲームをする前に確認することがある」
着物の裾から“サウザントアイズ”の旗印が入ったカードを取りだす。
「おんしらが望むのは“挑戦”か――それとも“決闘”か?」
そう言いながら今までとは別種で獰猛な笑みを浮かべる。そのままカードが光りだし、投げ出されたのはどこまでも続く雪原と凍り付いた湖畔。そして沈む様子を見せない太陽が存在する世界。
余りの異常さに言葉にすることが出来ない三人と似た感覚を知っている二人。そんな五人に今一度問いかける。
「私は“白き夜の魔王”――太陽と白夜の星霊・白夜叉。改めて問おう。おぬしらが望むのは“挑戦”か? それとも“決闘”か?」
白夜叉が浮かべた笑みは今までの笑みとは違い、物言わせぬ凄みがある。
そして彼女が言った星霊とは何か。それは惑星以上の星に存在する主精霊を指し、所謂悪魔などの様々な概念の中で最上級であり、ギフトを“与える”側に位置している。
「なるほどね、白夜であり、夜叉でもある。つまりここはあなたの在り方を表現している、ということで合ってるか?」
「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす私が持つゲーム盤の一つだ」
白夜とは一定の経緯に位置する地域で起こる体協が沈まない現象のことである。
ならば、夜叉とは何か。これはインド神話における鬼神の総称とされている。男女で呼ばれ方が違うが仮として男性のヤクシャという呼ばれ方で焦点を置こう。人を喰らう鬼神である一方、人々に恩恵をもたらす神霊だと考えられていた。その中で水との関係もあり、
「して、おんしらの返答は? “挑戦”ならば手慰み程度に遊んでやる。だが、“決闘”を望むなら話は別。魔王として命と誇りの限り闘おうではないか」
自信家である十六夜でさえ、即座に返事をすることが出来なかった。
彼女が如何なるギフトをどれほど所持しているのか想像は出来ない。しかし、勝ち目がないことだけは理解していた。いや、理解させられた。力の差は一目瞭然。敗北は免れない。それでも自分から売った喧嘩を引き下げるのはプライドが邪魔していた。
沈黙の後に十六夜が諦めたように笑い、両手を上げる。
「参った。やられたよ、白夜叉。今回は黙って試されてやるよ」
「ふむ、よかろう。他はどうする?」
「……えぇ、私も試されてあげてもいいわ」
「右に同じ」
二人は苦虫を噛み潰したような表情でそう返す。その奥にいる二人を白夜叉は逃さない。黙って見続ける。
「わたしも挑戦にしておこうかな。こういうのはあまり得意じゃないの」
そう言うまりねと沈黙を貫く大輝。やがて、ガシガシと頭を掻きながら口を開く。
「だから面倒になりそうで嫌だったんだ。お前ら、結果的に下がるなら最初から喧嘩売るなよ」
「あ?」
大輝の言葉にプライドの高いムッとする三人。まりねはあぁ、始まった……。と言いたげな顔をしているが、そんなことは関係ないと言わんばかりに白夜叉へと言葉を投げる。
「……俺は決闘を選ぶ。相性が悪いと瞬殺されるだろうが、まぁ何とかなるだろう、これも訓練の一環ってことで。それに試してみたいこともであるし丁度いいかな」
「ちょ、大輝さん!? 相手は元魔王ですよ! 今ならまだ間に合います、ですから」
「ごめん。それは無理だ。一応こっちからふっかけた喧嘩だ。全員挑戦じゃ示しがつかない。俺たちはいつもそうやってきたんだ。今回は俺がそうする。大丈夫なんとかなるって」
笑いながらそう言う大輝に何も言えなくなってしまう。
全員の意見が纏まったところで遥か遠く、山の向こう側から何かの鳴き声が聞こえる。鳥とも獣とも当てはまらない鳴き声。それに一番早く反応したのは耀だった。
「今の鳴き声は何? 今まで聞いたことがない」
「ふむ。あやつならおんしらを試すのにちょうどいいかもしれな」
山脈の向こう側からやってくるのは巨大な翼を広げ、体長5mはありそうな巨大な獣。
鷲の翼と獅子の体を持つ生き物を見て要は驚きの声を上げる。
飛んできたのは幻獣の中でドラゴンと同じぐらいネームバリューがあるグリフォンだった。
「あやつこそ、鳥の王にして獣の王。“力”“知恵”“勇気”の全てを兼ね備え、ギフトゲームを代表する獣だ」
グリフォンは彼女の側へと降り立ち、深く頭を下げ礼を示す。
「さて、肝心のゲームだがの。おんしら四人にはグリフォンと“力”“知恵”“勇気”のいずれかを示してもらう。決闘はその後じゃ」
白夜叉が虚空から“主催者権限”のみに許された羊皮紙を取りだし内容を記述する。
『ギフトゲーム名 “鷲獅子の手綱”
・プレイヤー一覧
逆廻 十六夜
久遠 飛鳥
春日部 耀
鈴森 まりね
・クリア条件 グリフォンの背に乗り湖畔を一周する。
・クリア方法 “力”“知恵”“勇気”のいずれかをグリフォンに認められる。
・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった時。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“サウザントアイズ”印』
一番最初に立候補したのは耀だった。ピシッという擬音が合いそうなほどきれいな挙手だった。彼女の熱い視線はグリフォンへのみ注がれている。その様子に飛鳥と十六夜は折れて一番手を譲る。三人は一言ずつエールを送り、送り出す。
耀が近づくとグリフォンは大きく翼を広げて威嚇する。そして周りの人間を巻き込まないようにするためか、少し離れたところまで進んでいく。耀もそれを後ろから追いかける。その間も翼はグッと広げている。
止まった後もグリフォンの体を見続ける。そして声をかける。グリフォンは体を一度震わせる。名乗った後一つ提案する。それは誇りをかけて背に乗ること。そして賭けるものは自分の命。
その条件の下でお互い合意。背にまたがり湖畔を一周する。山脈に差し掛かると更に速度を上げ振るい落としにかかる。ゴールまで残り数メートルというところで投げ出される。このままでは危ないがその心配はいらなかった。彼女は何もない宙を踏みしめ降りてくる。
これは彼女のギフトによるもの。彼女が持つギフトは心を通わせた他種族の力を使用できるというもの。その力の一端は一番最初に黒ウサギが風上に立っていることに気付いたのもその力によるものだ。
父が作ったという木彫りには複雑な幾何学模様が描かれ、それがいくつも枝分かれしている。それはまさに生命の目録と呼ばれるものだった。
四人の挑戦はクリア。そして大輝の決闘へと移行する。
『ギフトゲーム名 “白き魔王との決闘”
・プレイヤー一覧
湊 大輝
・“サウザントアイズ”ゲームマスター 白夜叉
・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒。
・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった時。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“サウザントアイズ”印』
「おんし、本当に決闘でよかったのか?」
「どうせならってやつだ。やれる限りはやってやるさ」
「面白いやつだ。よかろう、先手は譲ってやる。全力でかかってこい」
大輝はサテライトを起動しデッキを展開する。展開されたデッキが大輝の周りをゆっくりと回転している。白夜叉が興味深そうにそれを眺める。
大輝は三枚のカードを手に取る。
「二枚カードをセット。ユニット召喚!」
ブロックナイト
緑属性
種族:珍獣
LV1. BP1000
伏せたカードの内一枚は同じ緑属性のユニットカード。これはコスト軽減によりブロックナイトはノーコストで召喚できる。さらにブロックナイトの召喚時効果により緑属性のカードを一枚ドローする。更に伏せたトリガー『進化の系譜』が発動される。このトリガーは自身のユニット召喚時、進化ユニットを一枚引くというもの。
新たに手札に加えたカードはアプスーとアームズドラゴン。
「続けてユニット進化、更にユニット召喚!」
進化前 進化後
ブロックナイト → アームズドラゴン
緑属性
種族:珍獣 → ドラゴン
LV1.BP1000 → BP3000
アプスー
緑属性
種族:ドラゴン
LV1.BP7000
「アームズドラゴン召喚時、相手の力を1/2にする。続いてアプスーの効果。強制防御を与える」
「純血の龍さえ召喚するか。それにこれはッ!?」
バースト・カタストロフィという効果により力が半減する。
「アームズで攻撃! この時、BPは三倍となる!」
BP9000となったアームズドラゴンが白夜叉へと襲い掛かる。白夜叉は素手で攻撃を抑えこむ。
力は半減したはずだが、未だ力の差は歴然。そのままひっくり返される。
*************
戦闘を見ながら飛鳥に気になることがあったのか隣でまりねに尋ねる。
「ねぇ、鈴森さん。湊くんの周りに浮かんでいるものってガルドの時の貴女と同じものよね? あれは一体なんなのかしら?」
答えが気になるのかその場にいる全員がまりねに注目する。
「えぇ、そうよ。大くんの周り浮かんでいるのはデータ化されているカードよ。四十枚で一組のデッキというものが出来るわ。デッキはユニット、トリガー、インターセプトの三種類のカードでデッキが構成されるの。それを収めているのがこのサテライトっていう小型端末よ。これはデッキ以外にも全カードの情報やメールのやり取りや地図の表示等色んな機能が搭載されているの。この世界に来てから黒ウサギさんに言ったことを覚えているか分からないけど、あれはわたしを含めた8人しか持っていないわ。ワクワクしているところ悪いけど、ごめんね。耀ちゃん。残念ながらユニットは召喚者の言葉しか理解できないから生命の目録は通用しないと思う」
「…………残念」
耀は心底残念そうに呟く。その次に質問したのは黒ウサギだった。
「トリガーとインターセプトの違いは何でしょうか?」
「トリガーは条件を満たしたうえで強制的に発動するもの。インターセプトは任意なの。発動条件やタイミングは効果次第よ。あの緑色の竜、アームズドラゴンを召喚するために使用したのはトリガー。あのトリガーはユニット召喚時に進化ユニットをデッキから手札に入れる効果を持っているの」
************
「どうした、それだけか? そんなじゃ満足できんぞ!」
アプスーも破壊される。本来なら高BPとして扱われるユニットだ。が、星霊が相手ではまだ足りないようだ。
「まだまだ! 新しくユニットを三体召喚する」
白夜刀のカンナ
黄属性
種族:魔導士/盗賊
LV1.BP4000
赤誠の沖田
赤属性
種族:侍
LV1.BP5000
開眼のアヤメ
黄属性
種族:侍
LV1.BP5000
BPでは二体の龍には及ばない。だが、彼女らにはそれを補う能力を持つ。
「ほう、次は侍か。よかろう、楽しませよ!」
アヤメと白夜叉による近接戦が始まる。打ち合いが続く中、大輝はカンナへ攻撃の指示を出す。
LV1状態のカンナが持つ特殊能力。それは攻撃を当てるのが可能ということ。カンナの刃が白夜叉へと当たる。それにより、レベルが上がる。だがBPは変わらない。
「ほぅ、攻撃を当てるか。面白い!」
アヤメを倒し、目標をカンナへと変える。破壊されるのを防ぐため、沖田にブロックを命じる。
インターセプトをセットし、もう一度カンナに攻撃指示を与える。
「インターセプト発動!」
発動したインターセプトの名は光の福音。効果は次元干渉/コスト3。これはコスト3以上のユニットからはブロックされないというもの。ユニットではない白夜叉に通用するかは不明だ。だが、彼女の力からするとコスト5は必須。これは賭けである。
カンナが再び攻撃を仕掛ける。だが、何度も同じ手を喰らう白夜叉ではない。沖田を弾き飛ばし、カンナの攻撃を弾こうとするがそれは叶わなかった。カンナの体が蜃気楼のように消える。
「何と!」
ワンテンポ遅れて疾る刀。その刃は再び白夜叉へと届いた。そしてその瞬間、カンナのレベルは3へと上がる。それと同時に白夜叉の体の動きが鈍くなり、最終的にまるで拘束されたかのように動けなくなる。そしてカンナがLV3になったときに発動する能力『呪縛』。これは本来対象にしたユニットの行動権回復を封じるものだが、ここでは違う形で発揮されるらしい。
そしてどのユニットも必ずLV3になった時、『オーバークロック』というものが存在する。これは消費した行動権を回復し、もう一度行動できるようにするものだ。
大輝はもう一度攻撃を命じる。
「一体何が……」
「カンナ! もう一度攻撃。これで止めだ!」
カンナの刃が白夜叉へと届く寸前で大輝がストップをかける。
「これで俺の勝利だ。構わないだろ? ……手加減してくれたんだろう?」
「よかろう、おぬしの勝ちじゃ。手加減は……どうじゃろうな。分からんよ」
「次は手加減なしで勝てるようになってやるよ」
「その時を楽しみにしておこう」
大輝はキャットレイを二体召喚し、白夜叉と共に皆が待っているところへ戻る。召喚主である大輝が獣に乗ることは慣れているであろうが、白夜叉にとっては初めてだった。異世界の獣に乗り雪原を走ると言う体験をすることは。その証拠に彼女の目はまるで色々なものに興味を示す幼子のように輝いていた。
まりねはその様子をニコニコと笑顔を浮かべながら見ている。
データとはいえ獣。先ほど無理と言われたが、それでも意思を交わしたくてそわそわしている耀。
戦闘中から鋭い目つきで見ている十六夜。
やれやれと言いたげな飛鳥。
駆け寄って話をしたくても昼間のトラウマが蘇って行くに行けない黒ウサギ。
そんな四人の反応の違いは傍から見ているだけでも多少面白い。
二人が戻ってくるのに三分もかからなかった。
大輝が二頭を消してようやく黒ウサギが二人の元へ駆けだす。
「大輝さんも白夜叉さまも一体何を考えていらっしゃるんですか! お二人にお怪我がなかったからよかったものの大怪我でもしたらどうなさるおつもりですか! ……でも、大輝さんが白夜叉さまに勝てただけでも……どうかしました?」
「俺は勝ってない。先手を譲ってくれた上に本気を出されていたら瞬殺されたはずだ。あいつらを使役っていようと俺自身はただの人間なんだからな」
「それはそうですが……」
思っていたより厳しい面があることを知った黒ウサギだが、何て言葉を掛ければいいのか分からなかった。
この手の人間は他人が何を言っても自分の意思を曲げることはまずないと言っていい。
そして手加減という言葉を聞いて一番最初に喧嘩を売った問題児三人は悔しそうな表情を浮かべ歯噛みする。
まりねが仕方ないなぁと苦笑いしながら大輝に言う。
「大くん、前と同じだよ。君がエージェントになったばかり時と同じ。だから今よりずっと強くなればいいんだよ。大丈夫、大くんなら出来るよ。ずっと大くんを見てきたわたしが保証するから。自分を信じられないなら大くんを信じるわたしを信じて。ね?」
「……、分かった」
不承不承頷く大輝。
それを視ていた黒ウサギ。彼女は大輝が頷いたことよりもそうさせることが出来るだけの言葉を、積み重ねた過去を持っているまりねに対し、何故か嫉妬していた。そしてそんな自分に戸惑っていた。黒ウサギにとって大輝という存在は同じコミュニティの仲間でしかないはずなのだから。でも、やはりよく思わない自分がいるのも確かだった。それに答えを出せないのもまた事実である。一度深呼吸をして気持ちを切り替える。
「さて、白夜叉さま。約束通り報酬をもらいますからね!」
そして、黒ウサギは一度自分の感情を見ないふりをして、白夜叉に報酬を要求することにしたのだった。
というわけで決闘を選んだ大輝でした。まぁツッコミたいところはあるでしょうがそれは捨て置いてくれるとありがたいです。アンチ的な表現が少なからず出てしまいましたが、それなりに意図があるので見守っていてください。
戦闘描写が苦手だからもっとうまくなりたい。というのが一番です。オリジナルの展開も苦手なので発想力も欲しい。
今の自分には足りないものが多すぎるのでこれが精一杯です。これから上手くなれるはず。と思いながら書き続けますのでよりよくなっていくことを期待しながら待っていて下さると嬉しいです。でも、過度な期待はNGでお願いします。
それでは次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む