雄英で保健医(見習い)やってます (メロンパン派閥)
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師匠と弟子
リカバリーガール──師匠に拾われたのは、9歳の時だった。
赤ん坊のころに親に捨てられたらしい俺は、孤児院で育った。
親がいなくても、友達がいた。職員の人がいた。それでよかったのだ。個性が目覚めるまでは。
俺の楽しかった日々は4歳で終わりを告げた。
初めは確か、食器を壊してしまったのだ。食事中に落としてしまった食器を、俺はただ「元に戻したい」と思った。気づけば食器は元どおりになっていて、周りは恐怖の目でこちらを見ていた。
「時を操作する」個性──そういえば世界を掌握できそうだが、実際は大したことはできない。それでも周囲は怖がった。個性は成長していくものだから、いつかとんでもないことをされるのでは、そう思っていたのかもしれない。
そんな噂を聞きつけてか、孤児院の職員が俺を追い出したかったのか、師匠が俺の元へやってきた。寒い冬の日のことだった。
東京中に雪が降ったその日、俺は孤児院の庭で一人で座りこんでいた。周囲と出来るだけ遠い場所にいたかったのだ。
はらはらと雪が降る。体も心も、冷え切っていた。
「あんたは人を救える優しい個性を持ってるんだね」
そういって隣に座り込んだ師匠の姿を、かけてくれた言葉を、俺は忘れることができない。
個性は体の一部、そう言われている中で、俺の個性は怖がられてばかりだった。初めてだったのだ、優しい個性と言われたことは。
師匠は俺を引き取って、個性の使い方を教えてくれた。段々と人とまともに話せるようになって、毎日が楽しかった。
右手で時間を進め、左手で時間を戻す。両手を使えば対象の時間を止められる––便利そうだが中々癖の強い個性だ。
まず触れていないと時間を操作することはできない。更に何の時間をどれくらい操作するか、を意識していないと失敗し、大変な事故になる。
時間を進める分には体に負担はほとんどないが、時間を戻すのは相当辛い。そして、時間を操作する対象に生命が伴っているかどうか。それも俺自身の負担に関わってくる。
恐らく、時間を戻すということは自然の摂理に反しているからなのだろう。それを捻じ曲げるとなると、負担が大きいのも頷ける。
一箇所の時間を大体30分戻すと、俺自身の身体の年齢が1年分戻る。分かりやすく言えば小さくなるわけだ。
1時間経てば1年分元に戻るが、時間を戻す規模が大きければ大きいほど大幅に体に影響が出る。
それを俺は「人を治すための力」として教えられた。傷ついた人の怪我を無かったことにする。そのために使った。
初めはそれだけで良かった。それをヒーローとして、人を救けるために使いたいと思ったのは中学の時だ。
雄英での養護教諭としての仕事以外にも多くの活動をしている師匠の負担を減らしたくて、プロヒーローになって雄英に勤め、彼女の手助けをする。それが目標だったからだ。
師匠に初めてそう言った時、彼女は少しぶっきらぼうに言った。
「全く……あんたは仕方のない子だね」
いい、とは一言も言われなかったが、認めてくれたと思った。これは俺を救ってくれた彼女への親孝行のつもりで、それを察してくれたのかもしれない。
無事、雄英高校ヒーロー科に受かってからはあっという間だった。
多くの個性的な同級生と出会って、親睦を深め、切磋琢磨した。いろんな意味で忘れられない三年間だった。
その中でかけがえのない友人にも出会い、プロヒーローの資格を取った。それから養護教諭としての資格も取り、サイドキックとして事務所に五年間所属し、教師見習いとして雄英に赴任してから三年が経つ。
師匠との仕事の日々は思った以上に大変で、保健室の先生としての仕事も、ヒーロー科の先生としての仕事も舞い込んできててんやわんやだった。
人を治すだけでなく、教える日々。基本的に授業のサポートしか受け持っていないものの、生徒に頼られるというのは新鮮で、難しいことだった。
そして雄英赴任四年目の今年、初めて新一年生の副担任を担当することになった。
これは、保健室の先生である俺が生徒たちを立派なプロヒーローにするために奮闘する、そんな物語だ。
のんびり自己満更新
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仕事だらけの入学試験
入学試験、それは一年の中でも特に仕事が多い日。
入学試験付近の教師の仕事を考えてみてほしい。まず試験日までに試験問題の作成に会場準備がある。問題にミスなんてあれば大変なことだから、問題用紙も解答用紙も何回もチェックをする。
俺はまだまだひよっこなので特殊な仕事はやらないが、その分普段の仕事の負担が増える。全員平等に仕事漬けなのだ。
当日は筆記試験の監督をしなければならないし、実技試験では怪我をした子の治療がある。いわゆる出張保健室というやつだ。雄英の実技試験はヒーロー科のトップ校としてそれ相応にレベルが高い。大小問わず怪我は多い。
そして試験が終われば採点地獄である。採点ミスがないか何回も確認していく作業は終わりが見えない戦いのようなものだ。
一介の保健室の先生である俺は、その入学試験当日。実技試験を間近にして教員が待機するモニタールームへとやってきていた。
実技試験が終われば、7箇所にも渡る会場を師匠と分担して回ってけが人の治療をする予定だ。それまでの間は、試験中に重大な怪我が発生しないかここで確認するのが仕事だった。
モニタールームでは、ヒーロー科の教員たちが今か今かと試験の開始を待ち構えていた。新入生候補たちのポテンシャルを初めて目にするのがこの実技試験。毎年様々なイベントが起こり、教員にとっても待ち遠しいものだ。
「それじゃあそろそろ始めようか」
根津校長の指示で会場にいるプレゼントマイクが開始の準備をする。
試験のスタートは突然。まずはここの反応速度からふるいをかけていく。
「ハイスタートー!」
モニター越しに受験生を見る。突然のスタートの合図に、まだ何が起こっているのか分かっていないようだ。走り出す生徒は少なく、多くはあたりを見渡している。
「毎年ここから差がつきますね」
「ですねー。ここで抜けた子は大体いい成績ですから」
年齢としては同じだが、雄英教師としては先輩の13号とまったり試験を眺める。俺たちはどちらも災害救助メインのヒーローだから付き合いは長い。同じ現場で活動することも多いからか、同僚の中では親交が深い。
「どうしたぁ!? 実戦じゃカウントなんざねぇんだよ! 走れ走れぇ!」
プレゼントマイクにそこまで言われてようやく走り出す受験生たち。果たして今年はどうなるのか、この生徒たちのうちの一部が教え子になると思うと胸が膨らむ。
「いやぁ、今年も始まりましたね!」
「どんな子たちがいるのか、楽しみだな」
教師たちはモニターを見ながら、口々に感想を言い始める。
受験生達は各々個性を使って仮想敵に向かっていくが、中には逃げ回っているだけの子や、いきなりリタイアする子もいた。
ぱっと見目立つのは、爆破と思われる個性を使っている子、植物のツルを操っている少女あたりだろうか。見た目が派手で目を奪われる。
「あれ、オールマイトさん、どうしたんですか?」
ふと横を見ると、ナンバーワンヒーローのオールマイトがモニターを見ながら不安そうな顔をしている。彼は今年から雄英高校に赴任するので、こうして試験を見守っているというわけだ。
「あ、いやね……ちょっと心配になっちゃって」
「あぁ、結構怪我する人も多いですからね。ヒーローとしては助けに行きたくなっちゃいますよね」
「うーん……まぁそういうことだね!」
グッ、とオールマイトがサムズアップする。彼は根っからのヒーロー気質だから、逃げ惑う受験生たちを助けたくなってしまうのだろう。
倍率の高いヒーロー科、もちろん多くの受験生が不合格になる。毎年怪我をする受験生の対応が大変なのだ。
雄英がそんな試験を行えるのも俺の師匠のおかげである。彼女の個性がなければ、雄英は今頃クレームで潰れている。
俺の個性は治せる範囲に限りがあるし、このように大量の人がいる時には使いすぎるとどんどん子どもになってしまう。やはり師匠は偉大だ。
「お、あの子、体の硬度を上げる個性ですかね?」
「恐らく。個性もそうだけど、身体能力が高いね!」
黒髪の少年がバッタバタと敵を破壊していく。ふとした瞬間に周りのサポートをしていたりするから、救出ポイントも期待できそうだ。
行動不能にした敵に応じて敵ポイント、いかにヒーローらしい行動をしたかという救出ポイント。実技試験はこの二つで得点がつけられる。
ヒーローの素質というのは、単純に戦闘力のみで測れるものではない。そのための救出ポイントだ。
「あと6分2秒!」
そんなことを言っているうちに、着々と試験終了は近づいていく。少しずつ仮想敵の数も減っていき、受験生たちには焦りが見られた。
何ポイント取れば合格圏内なのか、彼らにはわからない。時間の許す限り戦わなければいけないのだ。
「この入試は敵の総数も配置も伝えていない…限られた時間と広大な敷地……そこからあぶり出されるのさ」
根津校長が口角を上げながら語り始める。
「状況をいち早く把握するための情報力、遅れて登場じゃ話にならない機動力、どんな状況でも冷静でいられるかの判断力、そして純然たる戦闘力…市井の平和を守るための基礎能力がP数という形でね」
教員だから知っているものの、改めて語る校長の言葉に雄英の厳しさを感じさせられる。
中学生でこれだけのことを要求されて応えられる人は中々いない。だからこそ、雄英は日本一と呼ばれるのだろうけれど。
「今年はなかなか豊作じゃない?」
「いやーまだわからんよ。真価が問われるのはこれからさ!」
ポチ、と音を立てて、モニタールームにある「YARUKI SWITCH」が押される。お邪魔ギミックである0ポイント敵の登場だ。
「圧倒的脅威、それを目の前にした人間の行動は正直さ……メリットは一切ない。だからこそ色濃く浮かび上がる時がある」
受験生は逃げの一択だ。あまりにも大きく、凶悪だ。本能的に投げることを選択するし、無論、この敵を倒したとしても敵ポイントは0ポイント。
しかし、それでも立ち向かってしまう人間がいる。誰かを救けるために。
モニターに、0ポイント敵に立ち向かう少年が映し出される。彼は勢いよく飛び上がった。
「ヒーローの大前提、自己犠牲の精神ってやつが!」
少年は大きく拳を引き、0ポイント敵に思いっきり叩きつけた。物凄い勢いで飛ばされた敵は動きを止めた。規格外だ。思わず声が漏れる。俺が教師になってからこんなことをした子を見たことがない。
今まで目立っていなかったが、とてつもないパワーの持ち主。誰かを救けるために動いてしまう精神。少年の姿にオールマイトの面影が重なった。
「あれ……あの子、落ちてる?」
「うわ、ほんとだ」
モニターの中の彼は勢いよく落下していた。このままじゃ命に関わるかもしれない。どうにかして落下を防げればいいが、どちらにせよ怪我は免れないだろう。
「師匠! 先にB会場に行ってきます!」
「わかったよ、対応できなさそうなら連絡しなさい」
師匠に声をかけて彼のいる会場まで急ぐ。道中試験終了の合図が響いた。
会場に着いてすぐ、先ほどの倒れた男の子が目に入る。急いで駆け寄りながら周囲の受験生に声をかけた。
「怪我をした子はこちらに来てくださいー! 些細な怪我でも大丈夫ですよー!」
倒れた彼を見ると、腕も脚もバッキバキに折れている。恐らく大きく飛んだ時、そして0ポイント敵に拳を叩き込んだ時。その時にこうなったのだろう。
それにしてもこの状態で手足以外に目立った怪我なく着地できるとは何があったのだろうか。
(個性が馴染んでないみたいだ……不思議な子だな)
「君ー、大丈夫かなー? 意識はないけど治しちゃおうか」
俺の個性は時間が経てば経つほど自分の身にふりかかるデメリットが大きくなる。早めに治療を済ませてしまいたいのが理想だ。
左手で彼の腕と脚にそれぞれ触り、時間を巻き戻す。おそらく5分で事足りる。
個性を使い終わると、彼の身体は怪我をする前の状態に戻っていた。これが俺の個性だ。
「あの個性、なんなんだ……?」
「彼はリカバリーガールと並ぶ雄英の養護教諭。時間を操作する個性の応用で怪我を治しているのさ」
あまり有名ではない俺だが、受験生の中にも俺のことを知ってくれている人がいると思うと少し嬉しい。
そんな言葉を耳に挟みつつ、怪我をした受験生達を一人ずつ診ていく。
「それじゃあ怪我を見ていきますねー!」
軽い怪我には普通の処置をし、重めの怪我は怪我をした部位の時間を巻き戻して治療していく。師匠とは別会場の担当だから、できうる限りの治療は俺がしなければいけない。
「この怪我、いつくらいにした?」
「10分前くらいですかね…」
「りょーかい、それじゃあ治すねー」
「……治った」
そりゃそういう個性ですからね。と思いながら治療を続ける。
「あれ、そこの子大丈夫? すっごい吐いてるけど」
「うぅ……大丈夫です……」
「うーん……しょうがない、筆記に響いたら可哀想だし」
壊れた敵の上で吐き散らかしている女の子に声をかける。顔が死んでいて見ていられない。
この後には筆記試験も残っているのだ。気分が悪くて本調子が出ないなんてことにはなって欲しくない。
「これ、いつ何して酔っちゃった?」
「10分くらい前に……浮いて……」
「浮いて……? まぁわかった。じゃあ戻すねー」
酔いを訴える器官の時間を10分戻す。これで吐き気はなくなるはずだ。
「うぇ……? スッキリしました! ありがとうございます!」
「いえいえー、筆記頑張ってねー」
(結構若返ってきたな……)
右手につけている腕時計型の機械を見る。雄英のサポート科に作ってもらったこれは、体の状態から今の身体年齢を表示してくれる便利機械なのだ。
(19歳……あとが心配だな)
まだ身長に影響が出る年齢ではないが、そろそろ身長が縮んで白衣がだぼだぼになってくるかもしれない。
仕事に支障が出なければいいのだけれども、子どもサイズになるのはできるだけ避けたい。
「もういないかなー? 何かあればいつでも教師に声をかけてくださいね!」
確認してから次の会場へ向かう。あと2会場。急がないとミニサイズになってしまう。
–––––
「それじゃ、筆記試験を始めますよー」
(子どもが入ってきた……?)
(え、白衣だぼだぼ……)
(なんで子ども?)
おいお前ら、俺が入ってきた途端に物凄い凝視してくるんじゃないよ。仕方ないだろ個性柄なんだから。
あれから2会場を回って受験生の怪我を治したあと、俺は8歳まで戻ってしまった。それから3時間経って11歳が今の身体年齢だ。
「見た目は子どもですが、雄英の教師なので安心してください。試験中に段々大きくなるので気にしないように」
(((いや気になるわ)))
生徒の心の声を想像しつつ、注意事項を説明して問題用紙を配る。試験開始の合図とともにものすごい勢いで問題を解く中学生たちを眺めていた。あまり言ってはいけないのだろうが、割と退屈だったりする。
不正がないか確認しながら、試験会場を見渡す。俺が受け持っている教室には実技試験で目立った活躍をしていた子は見当たらなかった。
五教科を問題なく無事に終え、受験生がクタクタになっている時には俺は17歳に戻っていた。若干見た目が若くなっているだけで、体格は28歳の今と変わらない。
「はい、お疲れ様でしたー。結果が届くまでドキドキワクワクして待っててくださいねー」
受験生を帰して職員室に向かう。俺やオールマイトのように実技試験の採点に参加しない教師は、先に筆記試験の採点を始めるのだ。
「オールマイトさん、お疲れ様です!」
「時任くん、お疲れ様! だいぶ年齢も戻ったね」
「あはは、昼は小学生でしたからね」
トゥルーフォームと呼ばれるガリガリの姿のオールマイトは、未だに慣れるものではない。けれどみなが憧れたヒーローであるこの人は、どんな姿でも瞳にあの凛々しさが秘められているように思えた。
たとえ活動限界があっても、ヒーローとしての本質は変わらない。やはり彼はNo.1ヒーローだ。
「いやー、これから採点地獄ですよ。オールマイトさん、覚悟しといたほうがいいです」
「そ、そんなにきついものなのかい……? 私は教師としてはからっきしだから……」
「大丈夫です! 俺たちは記号問題の採点と点数の確認だけでいいですから!」
俺はただの保健室の先生で、オールマイトは専門科目の教員免許は持っていない。時短のために簡単な採点を手伝うだけであって、俺たちはかなり楽な方なのだ。
「でも、何回も見直してもらうので! 今夜は長いですよ!」
「そ、そっか……」
ここから始まるのは地獄の時間だ。採点ミスを出さないようにひたすら確認し続け、期日までに間に合わせるために睡眠時間を削る。法律的にギリギリのラインを攻めていくのが教育業界の常だ。
さぁ、今年も戦いの始まりである。
エナジードリンクの缶をぐいっと飲み込んで、俺は解答用紙の山に向かった。
とても誤字が多いので、誤字報告してくださる方に事前に感謝を申し上げます…!
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副担任、テストを見守る
入学式当日、待ちに待った新入生がやってくることに、俺の心は浮き足立っていた。
受け持つA組の生徒たちの名簿は暗記済み。名前から個性までしっかり把握してある。抜かりはない。
朝の職員室でデスクに座り、俺の直属の上司である相澤先生と軽い打ち合わせをする。
「……時任、1-Aは入学式は不参加だ」
「了解です、相澤先生。早速何かやるんですね?」
「グラウンドで個性把握テストでもやろうかと」
「わかりました、お手伝いさせてもらいますね」
流石相澤先生、初日から合理的なことをしていくようだ。
入学式に不参加なんてそうそうあることではないが、雄英ならありうる。生徒については全て教師に一任されているからだ。それにしても相澤先生くらいしかこんなことはやらないが。
俺はヒーローとしてはあまり有名ではない。ヒーローネームそのものよりも、世間的には"リカバリーガールの弟子"という覚え方をされている……はずだ。自信はない。
メディア露出はほとんどないし、対ヴィランが専門のヒーローではないためやはり知名度はない。俺の専門は災害救助だが、個性柄様々な現場のサポートにも行くため同業者とは幅広い繋がりがある。
師匠のように医師免許は持っていないけれども、個性を使った治療はプロヒーローの資格に基づいて許可されている。手術なんかはできないが、現場でプロヒーローの治療をすることは少なくない。
1-A副担任となった今年は、午前中は保健室で書類仕事をし、午後はA組のヒーロー科専門科目の補助、放課後は保健室にいたりいなかったりと、1日のスケジュールがぎっしり詰まっていた。
入学式である今日はA組につきっきりになれ、相澤先生による個性把握テストも見ることができるというわけである。
「いきなり個性把握テストなんて、みんなびっくりしちゃうんじゃないですかね。反応が楽しみだなぁ」
「雄英高校ヒーロー科に入った以上、怠けてる時間はない。時間は有効的に活用すべき、ってことを分かってもらわないとな」
「ふふ、みんなが立派なヒーローになるための第一歩ですね」
相澤先生はとにかく合理的なことを好む。厳しいが生徒の実力は伸びるし、なんだかんだいって優しいところもあるいい先生だ。生徒にそこが伝わればいいなぁ、と思う。
(でも、最初に見たらびっくりするよなぁ)
ボサボサの髪に伸びきった髭、見慣れた今となっては愛嬌さえあるが、初対面では本当に先生なのかと驚いてしまうだろう。
「先生、髭とか剃りません?」
「……合理的じゃないな」
「むむ、生徒からの受けを良くしようと思ってですね……」
「そういうのはお前の担当だ。俺はアイツらを甘やかすつもりはないからな」
「俺だって甘やかしませんよー、なんたって雄英ですからね」
雄英は日本のヒーロー科の最高峰だ。無駄に厳しくするつもりはないが、彼らが伸びるように最大限しごく。それが仕事である。
教師生活の中で初めての生徒たちだからと言って甘やかすつもりは毛頭ない。
「そろそろ行くぞ」
「初日くらいは寝袋やめません……?」
「……合理的じゃないな」
結局寝袋に入ったままの相澤先生に促されて職員室を出る。写真や名簿、入学試験の時の様子は確認しているが、実際に生徒たちを見るのはほとんど初めてだ。
手脚ををバッキバキに折っていた緑谷くんと、思いっきり吐いていた麗日さん。この二人は怪我の治療で会ったことがある。緑谷くんは気を失っていたから覚えていないだろうけど。
もぞもぞと廊下を移動する相澤先生についていく。すれ違う生徒がギョッとしているから、正直やめたほうがいいのではないかと思う。が、相澤先生はそんな周囲に構うことなく進み続けた。
しばらく進むと、1-Aが近づいてきた。中からはガヤガヤと楽しそうな声が聞こえてくる。
これは相澤先生が一言言いそうだなぁ……と思ってると、相澤先生は寝袋のままクラスの入り口へと移動して言った。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」
相澤先生の気怠るげな声に、教室中が静まり返る。そしてゼリー飲料を一瞬で飲み干しながら言った。
「ここは……ヒーロー科だぞ」
言っていることはもっともなのだけど、どうやってゼリー飲料を飲みながら発声しているのか、気になって仕方がない。相澤先生とは俺がサイドキックだった時代からの付き合いだが、未だに分からないところだらけだった。
寝袋からもぞもぞと出ながら教室に入る相澤先生に続く。
生徒は目を丸くさせながら驚いていた。そりゃ驚くよね、と思いながら教室の端に立つ。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
手前にいた緑谷くんが「この人もプロヒーロー……?」と呟く。相澤先生は露出を嫌う人だから、見た目だけでは分からないかもしれない。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
「あ、副担任の時任秀です。よろしくお願いします」
生徒たちに向けて軽くお辞儀をすると、みな相澤先生が担任だという事実に驚いているようだった。先生らしくないからかな。だから髭剃ろうって言ったのに。
「早速だが、体操服着てグラウンド出ろ」
相澤先生が寝袋から体操服を取り出すと、すぐに教室を出ていってしまった。
「みんなの分は机に掛かってるから、それを着てくださいねー」
俺もグラウンドに向かおうと踵を返したその時、女子がどこで着替えれば、と話しているのが耳に入った。
「更衣室の場所は分かるかな? 女子は更衣室で着替えてもらって、男子はここでも更衣室でも大丈夫。更衣室の鍵だけは注意してねー」
クラスに一声かけ、それじゃ、と混乱している教室から出る。生徒たちは「入学式は!?」とか「朝からいきなり体操服!?」とか、いきなりの急展開に戸惑っていた。
「あ、あのっ! 更衣室の場所を案内してもらってもいいですか!」
「あれ、やっぱりまだわかんないか。いいよー、雄英は広いもんね」
勢いよく立ち上がった麗日さんに声をかけられ、A組女子たちを更衣室へと案内する。目的地までの道はそれなりに長く、沈黙は精神にくる。俺は少しでも生徒たちの緊張をほぐそうと声をかけた。
「えーと、芦戸さんに蛙吹さんに麗日さん、耳郎さんに葉隠さん、八百万さんだったかな?」
「ケロ、私たち初対面だから、まだ名前が分からないの。私は蛙吹で合っているわ」
「私も、麗日です!」
そういえば彼女たちは今日会ったばかりで自己紹介もしていないから、お互いの名前は分からないだろう。
彼女たちを見てみると、もう覚えてるんだ…!みたいな顔をしていたから、全員間違ってはいないみたいだった。
「あの、入学式ってどうなるんですか?」
「うーん……ここは自由な校風が売りだからね。担任によっては出ないこともあるよ。流石に体操服を着て入学式はやらないんじゃないかな?」
本当は個性把握テストをやる、と知っているが、まだ相澤先生が発表していないので秘密にしておく。
やはり生徒としては入学式に出たいのだろうか。
A組女子たちは、歩きながら後ろで自己紹介をし合っている。まだ初々しくて微笑ましい。
「ついた、ここが女子更衣室ね。戸締りには注意すること! それじゃあグラウンドでね」
無事に女子更衣室を案内するというミッションを終えた後、そのままグラウンドに向かう。
グラウンドで一人佇んでいる相澤先生に近づいて、声をかけた。
「まずはお手並み拝見、ってとこですね」
「個性把握テスト、その名の通り自らの個性についてよく知り、弱点を掴んでもらわないといけない。今日この時からヒーローになるための道は始まってる」
やはりこの人は先生に向いている。ヒーローになるためのプロセスをよく理解していると思った。
相澤先生とテストについて話していると、少しずつ生徒が集まってくる。A組の20人が全員揃ったところで、相澤先生が口を開いた。
「……よし、これから個性把握テストを行う」
「「個性把握テスト!?」」
グラウンドに集まった生徒たちは、相澤先生の突然の発言にざわめく。
「やっぱり入学式、やらないんだ…」
麗日さんが俯いて言う。
それに対し、相澤先生はそっぽを向いて言い切った。
「そんな悠長な時間は無い」
これが雄英のヒーロー科だ。自由な校風を売りにしている雄英のカリキュラムは常軌を逸している。
だからこそ、最高峰と呼ばれるのだ。
「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。中学の頃からやってるだろ? 個性禁止の体力テスト……合理的じゃない。爆豪、中学の時、ソフトボール投げ何mだった?」
入試実技1位の爆豪くんは「67m」と答える。
相澤先生はそれを聞くと、爆豪くんにボールを投げ渡した。
「じゃあ個性を使ってやってみろ。円からでなきゃ何しても良い。早よ。思いっきりな」
爆豪くんは腕の回してから大きく振りかぶり「死ねぇ!!」と叫びながら思いっきりボールを投げた。爆豪くんがボールを手放した瞬間、周囲に大きな爆発音が響く。爆煙とともに、物凄いスピードでボールは見えなくなった。しばらくすると、相澤先生の持っていた端末に705mと表示された。
(なるほど、爆風を利用したわけだ)
爆豪くん、実技入試の様子も見ていたが、自分の個性の使い方をよく理解している。荒そうに見えてかなり繊細な知識を持っているのだろう。
「まずは自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
相澤先生が物凄くためになることを言っているが、生徒たちは派手に個性を使えることに盛り上がっていた。
「なんだこれ、すげー面白そう!」
「705mってマジかよ!」
「個性思いっきり使えるんだ!流石はヒーロー科!」
生徒たちの浮かれた言葉を聞いたからか、相澤先生の纏う空気が急に変わった。
「……面白そう……か。ヒーローになる三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?……よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
相澤先生の言葉に、空気が凍る。除籍処分という言葉を理解した生徒たちは悲鳴をあげていた。
「生徒の如何は教師の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」
相澤先生がニヤリと笑った。生徒たちの反論には耳を貸さず、理不尽を貫き通す。
よくよく考えてみれば冗談だ、と思えるが、相澤先生はやるときはやる男。ヒーローの素質がないと見極めた瞬間に本当に除籍する人だ。
「そういう理不尽を覆していくのがヒーロー。プルスウルトラさ。全力で乗り越えて来い。さあ、本番だ」
生徒たちがテストの準備をしている中、相澤先生に声をかけられる。
「時任、緑谷が怪我したとしても、すぐ治すなよ」
「分かりました。バンバン怪我されたらたまったもんじゃないですからね」
入学試験の様子を見るに、緑谷くんはまだ個性を制御できていない。見たところ超パワーを引き出す増強型だが、今の段階では一度でも個性を使うと大怪我をしてしまうだろう。自傷覚悟の全力をここで使われても意味がないのだ。
それに養護教諭的な観点からいうと、しょっちゅうあんなに体をボロボロにされてしまうとかなり困る。師匠の個性で治療を重ねていったとしても、いつか綻びが出る可能性がある。
一方俺の個性では治せる時間に限りがある。およそ10時間、それが今巻き戻せる限界の時間だ。それ以上戻すと俺が赤ん坊を通り越して死ぬ危険性がある。
それぞれに利点があり、欠点がある。師匠と俺の個性はそんな関係性だ。
準備が整い、個性把握テストが始まった。
まずは50m走、エンジンの個性を持つ飯田くんはもちろん、他の子たちも中々の好記録を出していた。
蛙水さんや青山くんは個性をうまく使っていたし、芦戸さんはそもそもの身体能力が高い。
尾白くんの尻尾の使い方も凄かった。ぱっと見冴えない個性だが、かなり鍛えているのだろう。うまく活用できていた。
次に握力、個性をフル活用していた障子くんに、八百万さんが特にいい結果を出していたと思う。彼女が万力を生み出したときは正直唖然とするしかなかった。彼女の豊富な知識がこれを可能にしてるんだろう。
立ち幅跳びに、峰田くんが面白かった反復横跳びを終え、ボール投げでは麗日さんが無限の記録を出してクラスが沸き立っていた。
そして緑谷くんの番が来た。彼は未だに個性を使っていない。長座体前屈に上体起こし、持久走と、彼の個性を有効活用できない種目しか残っていない今、個性を使うとしたら、ここだ。
緑谷くんがボールを手に取り、思いっきり助走をつけ、力一杯投げた。しかしボールは緩やかに放物線を描いて落ちる。46mという振るわない結果に、緑谷くんは困惑して言った。
「な……! 今確かに使おうって……」
相澤先生は髪を掻き上げ、彼の姿を見つめている。
「個性を消した。つくづくあの入試は合理性に欠くよ…お前のような奴も入学できてしまう」
個性を消したという発言に、緑谷くんはハッと考え込む。
「消した……!あのゴーグル……そうか!視ただけで人の個性を抹消する個性!抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!」
お、緑谷くん知ってる? 彼は相当なヒーローマニアだな。
相澤先生は更に続ける。
「見たとこ……個性を制御できないんだろ? また行動不能になって誰かに救けてもらうつもりだったか?」
「そ、そんなつもりじゃ……!」
「どういうつもりでも、周りはそうせざるを得なくなるって話だ」
相澤先生が首元のマフラーで緑谷くんをグッと引っ張る。
「昔暑苦しいヒーローが、大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を作った。同じ蛮勇でも……おまえのは一人を救けて木偶の坊になるだけ。緑谷出久。お前の力じゃヒーローにはなれないよ」
厳しい言葉、けれどもそれが相澤先生なりの優しさだ。
ここでダメなら、彼はヒーローに向いていない。どんな力を持っていても使いこなせなければ意味がないのだ。
相澤先生は再び緑谷くんにボールを渡した。2回目だ。
緑谷くんはどこか覚悟を決めた様子で振りかぶる。
見守る生徒たちの心配をよそに、彼の投げたボールは大きな放物線を描いた。
「すっげぇ! めちゃくちゃ飛んでるよ!」
「爆豪と同じくらい飛んでないか?」
クラスメイトが騒ぎ立てていると、相澤先生のモニターに結果が表示される。結果は700m越えだ。
「まだ……動けます!」
緑谷くんは手を抑えながら言った。相澤先生は驚きながら、不敵に笑っている。
(指先にだけ力を集中させたのか。まだまだ制御できてないにしろ……まずは一歩って感じかな)
この土壇場でそれを考え、実行する力。中々彼もやるじゃないかと思わされた。
「やっとヒーローらしい記録出したよー!」
「指が腫れ上がっているぞ……」
生徒たちが感想を言っている中、ただ一人爆豪くんだけがものすごい顔をしている。
怒り、失望、不安、いろんなものを混ぜ込んだような表情だ。
「どーいうことだこらワケを言えデクてめぇ!!」
爆豪くんが勢いよく緑谷くんに向けて走り出す。相澤先生が個性を使って彼を捕縛しようとしたのを確認して、俺は彼の元へと向かった。
「ぐっ……! なんだこの布、固っ…!」
唸る彼の体を両手で触る。あれだけ抵抗していたのが嘘のように、彼の体はピタッと止まった。
「相澤先生、もう大丈夫です」
「うい……炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器だ。何度も個性使わすなよ……って、これ爆豪に聞こえてんのか?」
「五感は働いてますし、脳も動いてるので聞こえてますよ」
「……ならいい」
爆豪くんに両手で触れたまま、抱えて緑谷くんから離れた位置に移す。意外と軽いな。
「なっ……!? 何しやがった!」
「ちょーっと体の時間を止めてただけだよ」
「は……?」
右手で時間を進め、左手で戻す。両手で触れば時間を止められる。そんな俺の個性を使ったのだ。
相澤先生のように捕縛武器を使おうにも手がふさがってしまうため、近接戦闘においては武器を使うことはない。増強型個性でもないから、どちらかといえば戦闘は不向きだ。
他に仲間がいる前提で輝く個性だと思っている。一人ではなかなか活躍できないんだよね。
それでも、誰かの助けがあればこうして問答無用での拘束ができる。全てのプロヒーローが戦闘向きというわけではない。こんな活動の仕方もあるのだ。
緑谷くんから離された爆豪くんはそれからずっと、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
–––––
「んじゃ、パパっと結果発表」
無事に個性把握テストが終わって相澤先生が結果を発表しようとすると、生徒たちの間に緊張が走る。
「口頭で説明するのは時間の無駄なので、一斉開示する。空間投影するから自分の順位を確認しておけ」
先生の持つ端末から順位表が投影される。みんな食い入るように見つめていた。
「ちなみに除籍はウソな」
相澤先生がそう言うと、みんな固まり、信じられないと叫び始めた。
まさか先生にウソをつかれるとは思っていなかったのだろう。真面目そうな飯田くんはすごい反応だし、緑谷くんに至っては作画が変わっている。
「君らの最大限を引きだす、合理的虚偽」
八百万さんは「そんなの考えてみればわかる」と言っていたが、あのときの相澤先生は間違いなく本気で緑谷くんを見込み0と処分しようとしていた。
相澤先生、恐るべし男である。
「それじゃ、教室戻ってカリキュラムとか確認しとけ」
「あ、後でこの個性把握テストを踏まえた課題を出すから、みんな覚えといてね!」
「うえー! 初日から課題かよー!」
「……一言くらい言って欲しかったんだが」
「へへ、すみません。出す分にはいいかなって思って」
個性把握テストを踏まえ、自分の個性についてレポートを書く。シンプルだけど骨のある課題だと思う。
相澤先生にチクリと言われるが、相澤先生も必要性は分かってくれていたため、好きにやれ、と任せてくれた。
俺としても今の個性把握テストを見て、思うところはたくさんある。彼らにできるだけそれを、うまく認識してほしいと思うのだ。
言うのは簡単だ。大事なのは自分で気がつくこと。そうしてようやく一つ上の段階へ進めるのだと思う。
1年生の面倒を見るのは初めての経験で、初々しい彼らをどこまで導けるのかは分からない。相澤先生と一緒に、A組の生徒たちが立派なヒーローになれるように、努力していこう。
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先生らしく
「緑谷くんー? 個性を使う度にこんなに怪我されちゃうと、こっちも困っちゃうんだけどなー?」
個性把握テスト後、保健室まで緑谷くんを連れていきながら釘を刺す。
機転をきかせて指先だけで個性を発動させた彼は、指をパンパンに腫れあがらせていた。
「す、すみません……まだ調整できなくて」
「あそこで指先だけ、っていう発想が出たのはよかったけどなー。体育祭も近いし、時間の余裕はないからね」
「体育祭! そうだ、あと3週間後ぐらいなんだ……」
緑谷くんはいまのままじゃ、どういう競技にしろ早々に腕や指をバッキバキにして上手く活躍できないだろう。
少なくとも、個性を発動するだけで怪我をするという状況は変えなければならない。
「君の今後の人生もかかってる最大のチャンスなんだから、一緒に頑張ろうね。俺も一応副担任だし」
「時任先生……! あの、気になってたんですけど、先生って災害現場や事故現場での人命救助を専門に活躍してる、時間ヒーロー タイムクロッカーですよね……!」
「うわぁ、よくご存知で……」
時間ヒーロー タイムクロッカー。それが俺のヒーローネームだ。特にヒーローネームが思いつかなかった高校時代、周りのクラスメイトたちに勝手に決められたのがこの名前、絶妙なダサさがあると思っているのだが、何だかんだ気に入ってたりはする。
俺は派手な戦闘はしないし、地道な人命救助が主だから知名度は低い。それなのに知っている、ということは、やはり緑谷くんはかなりのヒーローマニアなのだろう。相澤先生のことも知っていたし。
「先生の個性はリカバリーガールとは違うけど、時間さえ間に合えばどんな怪我でも治すことができる……先生のおかげで救われた命は数知れず、もちろん知ってますよ!」
「褒めてもなんにも出ないよー? でも、ありがとね」
メディアに取り上げられることが少ない俺としては、こうして知っていてくれる存在がいるのは素直に嬉しい。
「あ、保健室に行ったらうちの師匠……リカバリーガールからお説教されるだろうから、覚悟しといてね」
「うえっ、やっぱりこんな怪我、怒られちゃいますよね……」
「俺の個性なら怪我を無かったことにできるけど、師匠の個性で治そうとすれば相当体力も使う。授業の度に骨折、なんて話になったら、途中から治せなくなるよ。君が死ぬ」
「し、死ぬ…っ!?」
「師匠と俺は同じ養護教諭だけど、対応できる怪我の範囲はかなり違う。俺は1日前の骨折はもう治せない。師匠は治せるけど患者の体力を使う。万能な個性はないってことだね」
自己治癒力を高める師匠の個性と、時間を巻き戻して怪我そのものを無かったことにする俺の個性。全く違うものだ。
もし1日前の怪我を戻せ、となれば、48歳若返ることになる。そうなれば問答無用で俺が死んでしまう。試したことはないからわからないけども。
「あの、先生は普段から時間を戻して怪我を治してるって聞いたことがあるんですけど、なんで時間を進めての治療はしないんですか? リカバリーガールと似たような治し方が出来そうですけど」
緑谷くんがそっとこちらを伺いながら尋ねる。
確かに俺の個性でも時間を進めて怪我を治すことは可能だが、それをしない理由があった。
「えっとさ、時間を進めるってことはさ、簡単に言えば寿命を削るってことなんだ」
「それって、10時間で治る怪我を一瞬で治しても、実際は10時間かかったのと同じだってことですか?」
その通りだ。体の年齢は進めた分だけ老いる。命を削っているに等しい。
思った以上に彼の理解が早いことに驚きながら続ける。
「そういうことかな。怪我が治っても寿命が縮んじゃ困るでしょ? だから俺は戻して治す……それに、もう一つ理由があるんだよね」
それは俺の個性のデメリット、"時間酔い"に関わるものだ。
「もう一つ、ですか?」
「そう、命のある生物の時間を進めると酔うんだよね。俺は"時間酔い"って呼んでるんだけど…時間を戻すと俺の身体も縮んで、生物の時間を進めると酔う。怪我をした瞬間に時間を戻せばデメリットはほとんどないけど、時間を進めて治すのは嘔吐必須って感じなんだ」
「それでも、無生物ならある程度時間を進められるのは強みですね…! 先生の個性って使い道が多そうで、想像すると楽しくなるんです!」
緑谷くんがキラキラした瞳で話す。どうやら個性の考察をするのが好きみたいだ。
そんな話をしているうちに、保健室へとたどり着く。
「さ、保健室に入って。まず師匠に診てもらってから、俺が治すか、師匠が治すか決める。君はうちの常連になりそうだから特例ね」
「は、はい……」
保健室に緑谷くんを突っ込んで、俺も後から続く。入学式も終わった頃合いなので、師匠は保健室でお茶を飲んでいた。
師匠は緑谷くんを見ると、湯呑みを置いて話し始めた。
「おや、あんたは入試の時の子じゃあないか。またこんな怪我をして……やはり個性と身体が馴染んでいないんだね」
モニター越しに彼の勇姿を見ていた師匠は言う。緑谷くんの怪我を一瞥した師匠はすぐに彼の怪我の原因が分かったようだった。
「使うと問答無用で骨折、みたいになっちゃって……」
「慣れるまでは個性を使う度にこの状態になると思われます。しばらくは俺が戻した方が体の負担がないと思いますが……」
師匠の個性は、患者の自己治癒能力を高める能力だ。怪我を治すときに体力も使うし、乱用はできない。
緑谷くんの場合はまだまだ怪我をすることが予想されるから、俺が戻した方がいい、と思う。
「確かにあんたが治した方がいいだろうが……自身にノーリスクで治してもらえるからって、遠慮なく怪我をされちゃあ困るからね。あんたの場合は怪我をしないよう個性の訓練をするところからじゃないかい」
まったく、常連になるのはやめてもらいたいんだけどねぇ。と師匠がぼやく。
緑谷くんは慌てて口を開いた。
「め、めちゃくちゃ痛いし今すぐにでも使いこなしたいんです! でも感覚が掴めなくて、しばらくはお世話になるかと…」
「……時任。それならあんた、この子の個性訓練に付き合ってやりな」
「俺、ですか?」
どうやら、彼が怪我をする度に個性使用前の体に戻し、短期間で個性を鍛え上げられるようにするらしい。
そうすれば結果的に個性が馴染んで怪我が減る。それを狙っているのだろう。うまくいくかは分からないが。
個性に慣れるための一番の手段は使うことだ。しかし彼の場合はそこに怪我がつきまとう。確かに俺が付き合って訓練した方がいいだろう。
怪我をしないための訓練で怪我を重ねるなんて本末転倒だ。
「分かりました。保健室は空けられないので、師匠が保健室に滞在できる放課後あたりにでも。それでいいかな? 緑谷くん」
「え、うええ! 本当に先生が直々に指導してくれるんですか!」
「俺は戦闘向きじゃないから、指導っていうよりお手伝いだけど……それでもよければ」
「いやいやいや! ありがたいを通り越して崇めたいです…!」
「えーと、やるってことかな? じゃあやる日は事前に連絡するから、準備しといてね。早速今日からどう?」
「大丈夫です! よろしくお願いします!」
緑谷くんとの特訓の予定が立ったところで、師匠が思い出したかのように言った。
「ともかく、あんたの怪我を治してやらないとね」
先ほどの話の流れもあり、彼の治療は基本的に俺が担うことになった。緑谷くんの体力のことも考えて、だ。
緑谷くんを椅子に座らせ、軽く怪我の状態を確認する。
「はい、それじゃあ治すよー」
左手で緑谷くんの指に触れる。戻すのは大体1時間半だ。3歳分若返るが、そこは気にしない。
「うわ……本当に治った」
「入学試験でも君のことは治してるんだよねー」
「あ、あの時も! 気絶してたから覚えてなくて…ありがとうございます!」
なんだか彼とは長い付き合いになりそうだ。放課後の予定を今一度確認した後、緑谷くんは教室に向かった。
二人して後ろ姿を見守っていると、師匠が口を開く。
「……体育祭までだよ、つきっきりになるのは。それまでにある程度まで仕上げてやりなさい」
「……分かりました」
ただただ治してあげることが彼の成長に繋がるわけではないのだ。
師匠も俺も、それを分かっている。だからそそ、条件付きでのトレーニングだ。
彼の個性そのものを伸ばすことに関しては、相澤先生やオールマイトに相談してみればいいだろう。緑谷くんの個性はどこかオールマイトに似ているところがある。きっとあの人ならいいトレーニング方法がわかるだろう。
師匠と別れ、俺も教室へと向かう。そろそろみんな着替え終わって教室に戻っている頃合いだろう。
ホームルームを始める前に、俺からカリキュラムなどの説明を行う必要があるのだ。本来は相澤先生の仕事だが、全て俺に投げられた。
更に俺から特別なプレゼントがある。入学初日から個性把握テストを受けたA組面々、ただ受けただけで立ち止まっていられちゃあ困る。ということで、一歩先へ進んでもらうために、課題をやってもらう予定だ。
1-Aと大きく書かれた扉を開け、中に入る。教室内は先ほどの個性把握テストの結果やら何やらで盛り上がりを見せていた。
「みんなー、個性把握テストお疲れ様!」
俺の姿を確認した生徒たちはそそくさと席に座り、お疲れ様です、と口々に応えた。
「相澤先生が来て帰りのホームルームを始める前に、今年のカリキュラムの説明や課題の説明、他に何かあれば質疑応答も受け付けます。相澤先生は自分で考えろタイプだから、場合によっちゃ俺に聞いた方がいいよー」
「先生! 早速質問よろしいでしょうか!」
「えーと、飯田くんだったよね。いいよー」
「先程より幾分か若く見えるのですが、何があったのでしょうか!」
「えっ、そこ?」
いきなり飛び出した「さっきより若くなってない?」という質問に、思わず軽いリアクションを返してしまう。
彼は天然なのか……? 生真面目そうだけど、真面目が一周回っているのかもしれない。
「あ、それ私も気になってました!」
「さっきまでは20代前半、って見た目してたけど、今は10代後半って見た目してるよね」
まだ身体年齢は20代前半なんだけど……と思いながら、質問に答える。それにしてもみんな観察眼に優れている。
「さっき個性で緑谷くんの怪我を治したから、3歳若いです」
「「なんだそれ!」」
説明が簡素すぎたようで、生徒からツッコミを受ける。俺の個性について知らなければ意味がわからないだろう。
「あーとね、時間ヒーロー タイムクロッカーって言えば知ってる人いないかな? あんまり有名じゃないんだけど」
「俺、名前だけ知ってます」
「ケロ、確か人命救助を主にしたヒーローよね」
尾白くん、蛙吹さんと、他数人は知っているようだった。嬉しいな。
「それが俺なんだけど、名前の通り時間を操る個性を持ってるんだよね。物の時間を戻すと、戻した時間に応じて俺の体が若返っちゃうわけでありまして。段々元に戻るんだけどね」
「なるほど……! 緑谷君の怪我を治した反動のようなものなのですね! わかりました、ありがとうございます!」
「はいはーい! 私も質問いいですかー!」
機敏な動きで飯田くんが座ると、透明人間の葉隠さんがぴょんぴょん飛び跳ねながら声をかけてくる。制服が動いているのは中々面白い光景だ。
「どうぞー、葉隠さん」
「先生の自己紹介、お願いします!」
「いいねそれー! 俺も気になるー!」
「先生彼女はー? 彼女いるのー?」
雄英についての質問じゃなく俺に対する質問が来ることに戸惑いつつ、学生らしさに思わず笑みがこぼれた
何を言えばいいのかわからないけど……ざっくりしたプロフィールでいいだろう。
「んじゃー改めまして。雄英高校の保健室の先生、兼1-Aの副担任をやらせていただきます。時任秀です。見ての通り男で、この白衣がヒーローコスチュームだったりします」
俺のコスチュームは非常に簡素だ。個性による体格の変化に対応できるインナーに、特殊な繊維を織り込んだ白衣。そして身体年齢を計測する腕の装置。フル装備となるともう少し増えるのだが、基本はこのスタイルである。
「養護教諭の資格を取ってから五年間サイドキックとして働いた後、三年前にここの先生になりました。基本的に災害での人命救助が主で、武闘派のヒーローじゃないんだ」
ヴィランと戦うことがないわけではない。俺の「時間操作」の個性が有用視される現場に呼ばれることもあるのだが、基本は災害救助や戦闘のサポートである。適材適所というわけだ。
「授業としては、君たちの午後のヒーロー学系統のサポートしか受け持ってないです。基本的に職員室か保健室にいるので、用があったら探してください!好きな食べ物は甘い物、かな。彼女は秘密です」
そこは教えろよー! とか、峰田くんの声にならない悲鳴が聞こえたりするが、総スルー。こういうのは秘密って言っておけばなんとかなるのだ。
「あのー、そろそろ本格的な説明に入っていいかな?」
みんなが渋々頷いたところで、カリキュラムや行事についての説明をしていく。雄英は午前は一般科目。午後はヒーローを目指す上での特別科目だ。実技もたくさん盛り込まれる。
目新しい行事は3週間後の体育祭、その後の中間試験。成績が悪いと大変なことになる、と脅しをかけておいた。
「と、大体こんなもんかな。各教科については初回授業でガイダンスがあると思います。それじゃあ入学後初めての課題! 説明するからよーく聞いといてね!」
個性把握テストが終わったタイミングでも言った、自分の個性を見つめ直す課題だ。
「B5のレポート用紙に、個性把握テストを踏まえて自分が感じ取った"個性の強み"や"弱み"に"現状の課題"なんかをまとめてきてください。枚数は指定しないけど、たくさん書けばいいってわけじゃあないからね!」
「シンプルだけれど奥が深い課題……これが雄英か」
「俺こういうの考えるの苦手なんだよなぁ」
「明日から一週間以内に提出してね。だんだん忙しくなるから、早めにやることをおすすめします」
そういうと、各々早速先ほどのテストの様子を思い返して反省し始めていた。それが大事なのだ。次に生かしていってほしい。
「個性は自分の身体の一部、そう言われているのはみんな知ってると思います。個性について理解を深めることは、自分の弱点を知ることでもある。ヒーローを目指す上で欠かせないこと! 初日から大変だと思うけど、かっこいいヒーローになるために頑張りましょう!」
生徒たちの顔が変わる。プロヒーローを目指す真剣な顔つきだ。こうして本気の彼らを、できるだけ高みに連れて行ってあげたい。
その時、教室のドアが開いた。
「帰りのホームルーム始めるぞー」
「相澤先生! 今ちょうど終わりました!」
「分かった、プリントの配布手伝ってくれ」
いいタイミングで教室に入ってきた相澤先生とホームルームを進める。
初めて受け持ったヒーローの卵たちはまだまだ幼いけれど、必死に成長しようとしている。
A組の生徒たちが立派なヒーローになるその日が楽しみだ、心からそう思えた。
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英雄と副担任、戦わされる
「あの、時任くん…この通りだ! 今日も通勤時間に活動限界ギリギリまで働いてしまって……あの…できれば……」
「……オールマイトさん、何回目ですか? これ」
「えぇっと……今年度に入ってから…3回目……です」
「そうです。分かってるんですね」
はぁ、とため息をつきながらオールマイトを見る。
懲りずに毎日通勤時間に人救けをしている彼は、自分の身体の限界ギリギリまで活動していた。
保健室にやってきて、4時間分巻き戻してほしいとお願いしてくるオールマイトに対し、俺は師匠にどうすればいいか助けを求めた。
「師匠、今日はどうしますか?」
「懲りないバカは放っておけばいいさね」
「そ、そんなぁ! トゥルーフォームで授業に出るわけには…!」
「……あんたも懲りないね」
明日はないからね、と師匠が言うと、オールマイトが血を吐きながら大きく土下座をした。
貧血にならないか心配である、まったく。
「4時間巻き戻すと、俺は8歳も若返っちゃうんですよ! 不便なんですからねー」
「ありがとう時任くん! 君がいなければ私は生徒からの信頼を失っているところだった…」
「いーえ。緑谷くんの面倒も見てもらってますし」
大げさな感謝を示してくるオールマイトに触れ、4時間分身体の時間を戻す。
見た目に変化はないが、これで今日の活動限界はリセットされているはずだ。
「ふぅ、朝から生徒に言われちゃうなぁ」
「まだ身長は縮んでないから、いいんじゃないのかね」
「見た目に出るんですよ…威厳が…」
ただでさえない威厳がもっと無くなってしまう。親しみ深く思ってもらえるのはいいことだが、舐められるのはダメなのだ。
「それじゃ、教室行ってきますね」
「今日も頑張ってくるんだよ」
師匠に手を振って、保健室を出る。今日の午後はオールマイトが行うヒーロー基礎学で、戦闘訓練が行われる予定だ。
生徒のコスチュームの最終確認に、演習場とモニタールームの許可が取れているか確認するなど、やらなければいけないことは多い。オールマイトはまだ不慣れなので俺が代わりにやっているのだ。
やることの多さにため息をついていると、見慣れたA組の看板が見えてくる。まだ相澤先生は来ていないだろうが、緑谷くんに用事があるため早めにくる必要があった。
「おはようございまーす」
「時任先生! おはようございます!」
「あはは、飯田くん朝からいい動きしてるね」
飯田くんの手の動きは不思議で、面白い。思わず口角が上がった。
次々と挨拶してくれる生徒たちと軽く話しながら、窓際の緑谷くんのもとに向かう。
「お、耳郎さん昨日と髪型変えた?」
「分かります? そういう先生も朝から若々しいっすね。今は6歳くらい戻ってますか?」
「8歳若返ってまーす」
「お、結構惜しい」
生徒たちは入学翌日にも関わらず、フレンドリーに接してくれている。
この調子だと小学生くらいの身体年齢になった時、ものすごく弄られそうだ。仲良くしてくれるのはありがたいのだけど。
「緑谷くん、おはよう」
「時任先生! おはようございます!」
緑谷くんとは昨日いきなり、放課後に個性のトレーニングを行った。
オールマイトの考えたトレーニングを、俺がサポートしながら行う。怪我をした瞬間に時間を戻せば、俺の体にもほとんど負担はない。
個性の使用に関する具体的なアドバイスは俺にはできなかった。正直あそこまでパワーのある増強型個性はオールマイトくらいしか持っていない。俺にできるのは治すことだけだ。
緑谷くんの怪我の状態も、最初はバッキバキにも程があったが、少しずつ自分の中で出力の調整ができるようになっていて怪我の程度が少しだけマシになっている……ような気がする。まだ1日目だから、劇的な進化はない。
彼は個性を腕や指など一部にしか使っていない、というよりは使えないのだが、オールマイトの提案で、ほんの少しずつ体全体に纏わせることも練習している。どうやら「フルカウル」と名付けたらしいが、首尾はよくない。といっても初日だからまだまだこれからである。
しかし治るとは言っても、自分から激痛に飛び込むのはものすごい勇気だ。彼は中々いいメンタルをしていた。
「今日の放課後は無しって言ってたけど師匠の出張が無くなったから特訓できることになったよ。どうしよっか、やる?」
「やります! 体育館γですか?」
「そのつもり。変わったらまた連絡するね」
それじゃ…と教室の隅に移動しようとすると、瀬呂くんが緑谷くんに声をかけた。
「おい緑谷! お前時任先生に面倒見てもらってんのか? 羨ましいな!」
「放課後に訓練にお付き合い頂いているなんて、とてもいい経験ですわね」
「だからデクくん昨日の放課後残ってたんだ! 教えてくれればよかったのにー」
「あ、別に隠してたわけじゃなくて……言うタイミングがなかったというか」
盛り上がる生徒たちに、申し訳なさそうな顔をする緑谷くん。真面目そうな彼のことだから、自分一人が目をかけてもらっているようで罪悪感があるのだろう。
どうにかフォローを、と口を開く。
「あー、もし良ければみんなの分も手伝うけど…」
「ほ、本当ですか!」
「プロヒーローに課外授業なんて、めっちゃ贅沢!」
せっかくだから、とみんなにも声をかけると、概ね好意的な反応だ。
結局爆豪くんと轟くん以外は来れる時に来る、という形で落ち着いた。
まだこの二人には、プロヒーローとしての実力を認められていないのかな、と思う。保健室の先生だし、見るからに俺は強そうではない。彼らはどちらかというとツンケンしているタイプだからな。仕方ない。
「……ホームルーム始めるぞ」
のそっと寝袋の相澤先生が入ってきてホームルームを始める。俺は話を切り上げて、そそくさと前に移動した。
軽々しく手伝う、と言ってしまったものの、18人の面倒を見るのは中々大変かもしれない。後で相澤先生に相談しよう。
(それよりまず、今日の午後だ…)
オールマイトとの戦闘訓練を思い出し、ため息をつく。
昨日打ち合わせた授業内容は、屋内での対人戦闘訓練だ。ヒーロー側とヴィラン側に分かれ、核を模したハリボテを使った駆け引きを行ってもらう。
(あ、クジ使うって言ってたな……あとは何だ、小型無線と見取り図か)
教師って忙しい。4年目にして改めて実感するものがある。
去年まではたまに実技のお手伝い、保健室での仕事くらいしか無かった。それなのに今年は目が回りそうだ。
–––––
ホームルーム、保健室での書類仕事、午後の実技の準備。それぞれ終わらせた後、俺は職員室で相澤先生と向かい合っていた。
「うえ、相澤先生またゼリー飲料なんですか?」
「……食事に時間がかかるのは合理的じゃない」
「ヒーローにとって体は資本なんですー。しっかりご飯は食べてください」
相澤先生は今日もゼリー飲料。髪もヒゲも大変なことになってるし、そろそろまともな格好をして欲しいものである。
俺は師匠直伝のレシピをフル活用したお弁当である。栄養バランスはもちろんバッチリ。
このくらいは養護教諭として当然である。
「それはそうと相澤先生、俺って緑谷くんのお手伝いをすることになったじゃないですか」
「……そうだな」
「他の子たちのお手伝いもすることになっちゃって……どうすればいいと思いますか?」
「そうだな……各々にあったトレーニングをしつつ、お前がタイマンで戦闘訓練。これでどうだ?」
「いーやいやいや、俺って戦闘は得意じゃないんですって」
「……タイマンならいけるだろ?」
何言ってんだ、とでも言いたげな目をした相澤先生を軽く睨む。俺はあくまで人命救助メインのヒーローなんですけど。
「否定はしませんけど、俺のやり方でタイマンしても、みんなの力になりませんって」
「まぁ、タイマンで勝てるやつはそうそういないだろうな」
「そういう相澤先生は俺の天敵ですからねー? 俺、相澤先生に勝てるビジョンが見えませんもん」
俺の戦い方は、個性を使った反則技のようなものだ。個性を消してくる相澤先生は天敵としかいいようがない。
「それは置いておいてだな……それでも、"両手"を使わなければ生徒たちといい組み手はできると思うぞ」
「……確かに。それならそういうのもありなのかなぁ」
両手を使う、つまり、両手で相手に触れて時間を完全に止めることだ。
それさえ無ければ、俺は移動が素早いだけの並の戦闘能力の持ち主である。
「…ま、とりあえずやってみろ」
「手詰まりになったらまた相談しますからねー」
担任である相澤先生はとにかく忙しいが、いざとなったら巻き込まれてもらおう。
今後予定されている林間合宿はとにかく一日中個性を使い限界を超えることが目的だが、放課後特訓は違う。普段の授業を行いつつピンポイントで彼らを伸ばしていかなければならない。
授業のカリキュラムの内容も考えながら決めていかなければならないだろう。
「あ、そういや個性把握テスト後の課題、全員分採点終わりました。先生からもお願いします」
「……了解」
個性把握テストの後に出した課題は、みんなすぐに提出してきた。流石ヒーロー科。みんな真面目である。
内容はかなり綿密で、みんな考えたんだなぁ、と思わずしみじみさせられた。
特に葉隠さん、峰田くん、上鳴くんあたりは、結果が振るわなかっただけにいい反省をしていた。彼らの個性はあのテストには不向きだったけれど、今後に期待だ。
「今日の戦闘訓練が終わったら、また同じタイプの課題を出すつもりです。先生はVで確認しますよね?」
「そのつもりだ。そっちの課題も集まったら回してくれ」
「了解です。それじゃそろそろ行ってきますね!」
相澤先生と別れ、デスクに座っているオールマイトの元へ向かう。
今朝活動限界は戻したが、中々疲れているようだった。
「オールマイトさん、そろそろ行きませんか?」
「お、そうだね!」
話しかけた途端にマッスルフォームに変わった。改めてその変貌ぶりに驚く。
「そうそう時任くん! せっかく戦闘訓練をやるんだ。我々教師がデモンストレーションをやる、というのはどうだろうか!」
「俺のこと、ミンチにでもするつもりですかー? オールマイトさんとタイマンなんて嫌ですよ」
「うーん、名案だと思ったんだけどなぁ…」
いくら怪我で力が衰えているからと言っても、彼はナンバーワンヒーローだ。俺が戦ったら一瞬でミンチの出来上がりである。
条件によってはある程度張り合えるだろうが、ガチのタイマンは本当にダメだ。
「そもそもオールマイトさん、俺に活動限界誤魔化してもらってるんですからね? その体で俺をボコボコにしようだなんてひどいですよ」
「うぐっ! それは……正論なのだが……」
「はい、ってことで今回は無しで!」
オールマイトは泣き崩れていた。そんなに戦いたかったのか。
やっと職員室を出てA組に向かう。オールマイトはしょんぼりしているが無視だ、無視。
さぁ、みんなお楽しみの戦闘訓練、始まりだ。
–––––
「わーたーしーがー! 普通にドアから来た!!」
「俺もいまーす」
「オールマイトだ…!すげぇや、本当に先生やってるんだな…!」
「銀時代のコスチュームだ…!画風違いすぎて鳥肌が…」
オールマイトが銀時代のコスチュームで高らかに笑いながら教室に入る。
生オールマイトに有名なコスチューム、みな興奮していた。
午後に行われる実技的な授業の中でも最も単位数が多い授業、ヒーロー基礎学。初回はオールマイトと俺の担当だ。
「早速だが今日はコレ! 戦闘訓練!」
"BATTLE"と書かれたプレートを掲げながら、オールマイトは力強く宣言する。
入学早々実践的な訓練を行えることに生徒たちは沸き立っていた。
相澤先生の時とはみんなの反応が大違いだ。オールマイトだからな、仕方ない。
「そしてそいつに伴って…こちら!」
オールマイトが手元のリモコンを操作すると、ハイテクなロッカーが壁から出てくる。中には生徒たちが入学前に提出した"個性届け"と要望に従って作られたコスチュームが入っていた。
「うおおおお! コスチューム!」
生徒たちはみな自分の憧れが詰まったコスチュームに心を躍らせている。
自分が初めてコスチュームをもらったときのことを思い出す、懐かしいものだ。
「着替えたら順次グラウンドβに集まるんだ!」
生徒たちにコスチュームを渡し、オールマイトとグラウンドβで待機する。少し経つと、続々とコスチュームを身にまとった生徒たちが現れた。
「お、上鳴くんはいい感じにチャラいね。見た目重視?」
「へへ、あんましっかりコスチュームの要望書かなくて、機能面は全然なんすけど……今日の訓練終わったら、考えて改良していきます!」
「偉い偉い、まずは今日頑張ろうね」
生徒たちのコスチュームは様々なタイプが存在していた。まさにヒーローらしいコスチュームの子から、私服に近いシンプルなものまで多岐にわたる。
緑谷くんのものなんか、完全にオールマイトリスペクトだった。好きなんだな、オールマイト。
(まだまだ性能的に微妙な子も多いけど……一発目だしね。改良していけばいいか)
「始めようか! 有精卵ども!」
全員揃ったことを確認したオールマイトは、高らかに宣言する。
戦闘訓練の概要はこうだ。五階建てのビルに、二人組のヴィランが核を持って立てこもった。彼らはヒーローを捕縛するか、15分間核を守りきれば勝利である。
同じく二人組のヒーローは、15分以内にヴィランを捕縛するか、核に触れれば勝利、となる。
捕縛には確保テープが使われて、それを巻きつければ行動不能にできる。戦闘訓練とは言っても、ハリボテを使っていたり確保テープがあったりなど実戦より甘い部分も多い。
(個性について知ることもそうだけど、今回の目的はヴィランについて知ること……みんな、大丈夫かな?)
オールマイトに大量の質問をしている生徒たちを見て、少し不安に思う。この訓練の本質を理解してくれないと、中々甘い訓練になってしまう。
「……オールマイトさん。やっぱりデモンストレーション、しましょうか」
「おおっ!? 本当かい! 是非やろうじゃないか!」
正直あまり乗り気ではないが、生徒たちがあまり状況を理解していない今、いきなり訓練を行ってもいい結果は得られないだろう。
先生としての苦渋の決断というやつである。
「俺にもちゃんと考えがあって言ってるんですからねー? そこんとこ、よろしくお願いしますよ」
「もちろんさっ! いやぁ、時任くんと戦えるなんて嬉しいなぁ。気になってたんだよね、君の個性」
「……オールマイトさんに気にかけてもらうような戦闘向きの個性じゃないですよ」
まったく、何を期待してるんだか。
「それじゃあみんなー、今から俺とオールマイトさんとでお手本を見せます。意識してほしいポイントは2つ!」
指を立てながら大げさに言う。
「1つ! ヒーロー側にいかにたくさんの制約があるか!」
ヒーローは守るための職業だ。街への被害、建物の被害を意識するのはもちろんのこと、ヴィランをむやみやたらに痛めつけてはいけない。
「2つ! ヴィラン側の目的、それに伴った思考回路!」
ヴィランとは"なんでもあり"な存在だ。どんな下劣な手段を取ってもいいし、目的を達成するためには何をしてもおかしくないのだ。
「これらが理解できれば、きっといい訓練にできるよ。それじゃあオールマイトさん。どっちがどっちやります?」
「ううん……ヒーローとしての後輩に、ヴィラン側を譲ろうじゃないか!」
「了解でーす。音声は垂れ流しにしておきます?」
「そうしておこう、解説を交えながらやろうじゃないか」
生徒をモニタールームに連れていってから、建物内にスタンバイする。
俺はヴィラン側、どんな姑息な手段を取ってもいい。完全にヴィラン側の方が有利だ。オールマイトはそこを踏まえて俺に譲ってくれたのだろう。
「みんなー、今から5分間、俺はヴィランとしてヒーローの迎撃準備をするよー」
モニタールームに連絡をして、核の場所を次々に移動させる。5階の部屋を一つ一つ回った後、最終的に5階中央に核を置いた。
「なぁ、時任先生は何してんのかな…?」
「……想像もつきませんわ。ただ無闇矢鱈に核を移動させているようにしか……」
モニタールームの反応が聞こえてくる。今の行動の理由は俺の個性をしっかり理解していないと想像つかないだろう。
実はこの行動が、後々に響いてくるのだ。
その後は2階から順番にオールマイトが通りそうな床の時間を崩壊ギリギリまで進めておく。大きな衝撃があっても崩れるし、踏んでも崩れる。微妙なラインだ。床は無生物だから、時間を進める分にはほとんど負担はない。
各所にこの罠を仕掛け5階に待機していると、オールマイトから開始の合図が聞こえてくる。
彼はシンプルな増強型個性。しらみつぶしに1階から探索するしかないだろう。
「モニタールームのみんなー、聞こえるかな?」
聞こえまーすという反応を聞いて、俺は少しずつ解説を始める。
「ヒーロー側は核の場所がわからないから、索敵型の個性がない限りしらみつぶしに探索するしかない。だからオールマイトさんは俺のいる5階にはしばらく来ない、と予想されるんだ。実際は俺にはわからないけどね」
この訓練でヒーロー側が圧倒的不利なことを説明していると、階下から「うおっ!?」という声が聞こえてくる。罠に落ちたようだ。
「こうやってヴィラン側は、罠でもなんでも用意しているのが当たり前。敵の陣地に踏み込むということはそういうことだから、警戒は怠らないようにね!」
話しながら次々とオールマイトの叫び声が聞こえてくる。落とし穴の位置はぱっと見わからない。落ちては上がっての繰り返しだ。
「オールマイトさんは"戦う"という土俵では物凄く強い。けれど一人きりでこういった状況だと追い込まれてしまう。何故だかわかるかな?」
「はい! 時任先生!」
「えーと、その声は八百万さんかな?」
「そうですわ。……こういう状況では核に下手な刺激を与えられません。オールマイト先生の持つパワーを放てば建物にも核にも影響が出る……迂闊に個性も使えませんわ」
「そういうこと! 核に刺激を与えたら最悪だからね。索敵能力のない増強型個性は、ただただ翻弄されるだけになることが多い。でもタイマンに持ち込まれたら大変なことになっちゃうから、ヴィランとしても胡座をかいてはいられないんだよね」
そんなことを話しているうちに、オールマイトの声が近づいてきている。5階には罠は仕掛けていない。ここに来られたら戦うしかないのだ。
「と、時任くん……随分苦労させてくれたじゃないか」
「落とし穴地獄、大変でしたよね! ……それじゃ、やりますか?」
残り5分、オールマイトと相対する。
耳元からは「タイマンはヤベぇよ、時任先生も流石に敵わねぇって」「大丈夫かな…」という声が聞こえてくる。
ここは屋内、彼のパワーはフルに使えない。そこが俺が勝つためのミソだ。
俺の真後ろには核があり、オールマイトとは一直線上に並んでいた。
「核は渡してもらおうか!」
勢いよくオールマイトが突っ込んでくる。俺を無力化して核に触る算段だろう。
「突っ込んでくるなら、逃げるまでです」
「んなっ…!?」
左手で核に触れ「核の場所」の時間軸を操作する。事前に5階の全部屋に核を移動させていたのは、こうしてテレポートもどきをさせるつもりだったからだ。
俺の個性では物の状態だけじゃなく、物の座標の時間軸も操作することができる。「五分前の場所」に移動させようと座標の時間を戻せば、擬似テレポートが可能というわけだ。
これはあくまでも、俺がいつどこに核を移動させていたが覚えているから何とかできることで、いつでもできるわけじゃない。かなり頭を使う。
それに加えて移動先に何もないのを確認していないと、物の座標が被って大変なことになる。もしも人なんかいた時には死の危険があるのだ。今までそれをやらかしたことはないが。
一瞬で消えた核に戸惑ったのかオールマイトは一瞬動きを止めたが、そのままこちらへ突っ込んでくる。俺を確保する算段だろうか。
「屋内なら、認識できないほどの速さじゃあないですね」
「そりゃ避けるよね…!」
オールマイトの拳をいなす。本来は拳圧で暴風が起こるその拳も、屋内で建物に大きな傷をつけられないという状況では弱体化している。それでも直撃したらヤバいということに変わりはないのだが。
体勢が整っていないオールマイトに向けて確保テープを伸ばす。当然のように避けられるが、その隙に部屋から脱出する。
「ちょ、待つんだ!」
廊下にまきびしをばら撒いた後、核を移動させた方へと向かう。オールマイトが部屋を出てまきびしに気づいたその瞬間、一瞬の隙にくないを投げつけた。
「うおっ! 本当に容赦ないなぁ!」
「ヴィラン役ですから、ねっ!」
続けて2本、3本とくないを投げつける。ことごとく避けられるがそれも想定内だ。
(本来なら両手で触りに行きたいけど……あの反応速度は異常だ。一瞬で迎撃される)
俺には裏技のような移動方法があるが、それを使用してもまだ迎撃されかねないオールマイトの反射神経、恐るべしだ。
両手で触れてさえしまえば動きを止められてこちらの勝ちだが、それを狙うにはリスクが大きすぎる。ここは逃げ一択。
「いつまで逃げてるつもりかなっ!」
「時間切れになるまでですけど!」
一直線の廊下上、逃げようとした俺に向けて、オールマイトが渾身の一撃を入れようとしてくる。
「いいんですか? このすぐ近くに核がありますけど!」
「くっ…!? ほんと君、ヒーローらしくないよねっ!」
「今はヴィラン役って言ってますよね!」
そう、俺を本気で無力化しようとすると、その拳は周囲にも影響を及ぼす。近くに核があると言われてしまえば彼はそれを打てない。核に刺激を与えたら大変なことになるからだ。
「本当か嘘かは知らないけど…それなら核を探すまで!」
オールマイトがそう言って突っ込んだ部屋は、不運なことに先ほど核を移動させた部屋だ。
(やっば…!)
「ははは! 時任くん、詰めが甘いんじゃないのかなぁ!」
煽ってくるオールマイトを無視し、右手で自分に触れる。今からやるのは、自分の行動の結果を早送りすることだ。
頭の中で思い浮かんだ移動ルートに向けて体を動かす。大体何秒でたどり着くかを計算して、その分だけ「移動の時間を進める」
これで計算さえ合っていれば望み通りの場所へ移動できる。移動先に物があると悲惨なことになるが、それは事前に確認済み。
事前に空間の状況を把握していて、ある程度の計算を脳内でできる時にしか移動できないという制約はあるものの、それさえできればかなり強力な移動方法だと思っている。ほぼ瞬間移動だからね。
それでも自分を移動させるというのは難しく、何よりデメリットがある。進める時間は大したことがないから多用しなければあまり酔わないが、積極的に使うものではない。
今はオールマイトが核からある程度離れていて考える時間があったからこそ試すことができた。特別なものなのだ。
オールマイトを越えて核の真横へと擬似テレポートをする。無事に成功だ。
「んなっ…! どうやって移動してるんだよ!」
「敵に教えるわけないでしょうが!」
そのまま核に触れてまた転移させる。何分か戻せば問題ないはずだ。
核を移動させ一安心、と思いきや、俺の眼前に確保テープが迫っていた。オールマイトが核へ触れることから目的を切り替えたということに今更ながら気づく。
(うわ、終わった)
迫り来る確保テープをなんとか避けようと体をひねった瞬間、耳元から「15分経ちました!」との声が聞こえた。
「うは……負けるかと思いました」
「んんん!! 後少しだったのに!」
悔しがるオールマイトに対し、ホッと胸をなでおろす。有利だと言っていたヴィラン側で負けるわけにはいかない。
正直あと少しで負けるところだった。危ない危ない。
息も絶え絶え、の状況で、生徒たちの待つモニタールームへと帰る。オールマイトからは「あれどうやったの!?」とか「あそこの移動は反則!」とか色々文句を言われるが、全て受け流した。
「先生たちー! お疲れ様でしたー!」
「プロってすげぇな! 間近で見れて感動だよ!」
「時任先生の個性は時間操作だから……瞬間移動して見えたのは自分の時間をいじった? いやそれにしても物の状態じゃなくて座標の時間操作までできるのか……? それなら一瞬で回り込んで触れてしまえば相手を無効化できるのでは……戦闘しているところは初めて見たけどタイマンならかなり強いんじゃ……」
「緑谷ちゃん、怖いわ」
明るく迎えてくれる生徒たち、そして緑谷くんはブツブツ考察をしていて、蛙水さんに止められている。
「いやー! 負けてしまったよ!」
「屋内であったこと、俺がヴィランでかなり有利だったこと、基本的に妨害と逃げに徹していたこと、それを踏まえてギリギリ15分粘れたというだけで、かなり厳しかったですね」
「あと3秒あれば勝ててたんだけどなー!」
「そうですねー、ほんとギリギリでした」
それから軽く戦闘に補足を加えながら、ポイントを再び説明していく。
シチュエーションを理解すること、これがこの訓練の最も大事なところだ。それを分かってもらえたなら頑張った甲斐がある。
それから行われた生徒たちの戦闘訓練はとてもいいものとなった––と言いたいところだったが、初戦から建物は大損害。核の扱いもぞんざいと、大変な試合になった。特に初戦は爆豪くんと緑谷くんの因縁も関係しているのかもしれないが、デモンストレーションの意味は…と気が遠くなった。
訓練だからね、上手くいかないよね……と思いつつ、多少複雑な気持ちが拭えなかった。今日も緑谷くんの腕はバッキバキになった。
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副担任、放課後も働く
「それじゃ、放課後特訓始めようか!」
戦闘訓練の翌日、相澤先生の協力の元、第1回のA組放課後特訓が開催された。
当初は参加しないと言っていた轟くんと爆豪くんも結局は参加。総勢20名のトレーニングをすることになったのだ。
昨日の戦闘訓練で、彼ら二人にも実力を認めてもらえたのかもしれない。分からないけども、教えを請うてくれるというのは素直に嬉しいことだ。
「……基本は各々の弱点を強化するための訓練になる。それに加え、俺か時任との一対一の手合わせを行っていく」
「弱点強化のためのトレーニングは、個性把握テストと戦闘訓練の後に出してもらった課題を元に、俺たちと相談しながら内容を決めていくよー。一人一人回ってくから、ストレッチとか基礎トレしながら待っててね!」
相澤先生も忙しい中、俺一人じゃ面倒見切れません…!という泣き言を聞いて、参加できるときは手伝ってくれることになった。なんだかんだ言ってものすごく優しい人なのだ。
相澤先生と分担して、基礎的なトレーニングを行っている生徒たちの元へ向かう。まずは一人一人面談からだ。
俺がまず向かったのは轟くんである。彼は少々難敵な気がしたので、早めに潰そうという魂胆である。
「……よろしくお願いします」
「よろしくー、んじゃまずは提出してくれた課題についてからね!」
事前に提出されていた2種類の課題を返却する。一つは個性把握テストの後に出した「自分の個性の理解」のための課題。もう一つは戦闘訓練後に出した「屋内対人戦闘を想定した今後必要なトレーニングの考案」だ。
後者に関しては、轟くんのようにほぼ完封で戦闘訓練を終えた人もいたが、今回はあくまでも訓練であり現状からレベルを発展させる必要がある、ということで等しく全員に課している。
訓練で出来たからOKではないのだ。もっと高みを目指してもらわないといけない。
「個性の制御の甘さ、個性頼りな部分の認識、屋内での戦闘を踏まえた実戦向けの作戦、それを行うためのトレーニング……書いてある内容はすごくいいよ。しっかり自分の限界を理解できてるし、次につながる反省ができてる」
「……うす」
「ただ、ね? あくまでも片側については、って注釈がつくんだ」
轟くんの個性は半冷半燃。しかし彼は未だに氷の個性しか使っていなかった。
片側、という言葉を聞いて、彼の顔が険しくなる。
「……俺はどんなことがあっても、左を戦闘に使いません」
「うん、轟くんに使いたくない理由がある、ってことは想像できる。俺から無理に戦闘に使えっていうつもりはないよ」
「……ありがとうございます」
彼の抱えているものは、そう簡単に取り除けるものじゃあない。そして俺が簡単に口を出せるものでもない。
教師という立場は難しい。押し付けることは簡単だ。けれどそれが本当に生徒のためになるのか、それが大切なのだ。
きっとこれは、彼と同じ立場から真っ向にぶつかってくれる人がいないと始まらないのだろう。そして、そこから彼が悩んで悩み尽くして、ようやく少しずつ変化が訪れる問題なのだと思う。
「でもさ、轟くんの氷の個性、使えば使うほどデメリットがあるよね。違うかな?」
「その通り、です」
「見てれば分かるよ。戦闘訓練で建物ごと凍らせた君の体には霜が降ってた」
「……それでも、俺は左側は」
「うん、戦闘に使いたくないんだよね。今はその気持ちを尊重したい」
彼のこわばっていた顔が少しだけ緩んだような気がした。
しかし教師として、これだけでは終わらない。
「でもね、ヒーローを目指して訓練する上で、左側を触れないわけにはいかない。特に戦闘外では左側を使うことは多々あるよね?」
「…はい、解凍する時にはよく」
俺から提案するのは、あくまでも発想の転換。説教じみた真似も教師としての押し付けもしない、いや、できないのだ。
「屁理屈に思えるかもしれないけど、炎で攻撃はしなくていい。それでも、左側を自分の体温調節や細かい技術には使えるようにしない?」
轟くんの顔が曇る。左を使うということは、やはり彼にとって大きな壁なのだろう。
それでも、と俺は続けた。
「氷を使うとき以外、極論を言えば回避するときも移動するときも、自分の体を温めることができれば……氷の個性がもっと生きる。俺はそう思うんだ」
轟くんは少し考え込んで、口を開く。
「……分かりました。攻撃に使わないなら今までとは変わらない…あくまでも母さんからもらった氷の個性をフル活用するためっすからね」
これなら左を使う、には該当しないという結論を出したのか、轟くんが最低限のラインを認めてくれた。が、その表情は浮かない。
それなら、と、轟くんとトレーニング内容を話し合う。
目的はいついかなるときも常に微弱な炎を発動させて自分の体温を調節できるようにすることだ。極論氷を使いながらでも、走り回りながらでも左を使えるようにしてもらう。
そのために左に慣れること、個性を使いながら激しい運動を行うことにして、一旦轟くんとの面談を終わりにした。他の子も詰まってるからね。
合間に腕をバッキバキにした緑谷くんの治療を挟みつつ、次に俺が向かったのは尾白くんのところだ。体を動かしている尾白くんに声をかけ、面談スタートである。
「まずはこれが提出してくれた課題! 尾白くんもなかなかいい感じだったよ。採点してて楽しかった!」
「俺、そんな褒められるレポート書けてましたか…?」
「書けてた書けてた! 尾白くんは真面目そうだし、昔から反省と練習を繰り返せてたんだと思うよ」
尾白くんが分かりやすく照れ始めたところでトレーニング内容を検討し始める。
「尾白くんの個性はシンプル、だけど強い。書いてくれた通り、とにかく尻尾を使ってできることを増やすのが最善手。尻尾の強度を上げたり、組手を繰り返して更に自由な動きを出来るようにしたり……ま、こんな感じだよね」
「そう、ですよね。俺もそう思います」
「本当はね、放課後特訓では思考力や発想力の転換をしていきたいんだ。あんまり筋トレみたいなことはしたくないんだけど……尾白くんの場合はこれが最善手だから……」
「えっと、どういうことですか?」
言い訳じみたことを言いながら遠い目をする俺に、おずおずと尾白くんが尋ねた。
「あ、ごめんね。尾白くんがやるべきトレーニングは、立ち回りを強化するための組手と、尻尾の強度を上げるための反復トレーニングかな」
特に硬いものを殴っていきたいよね、と呟くと、尾白くんがえっ、と声を上げた。
そんな彼にわざとらしくニコッと笑みを浮かべると、そのまま遠くにいる切島くんを呼び寄せた。
「うっす! 時任先生、どうかしましたか?」
「ういうい、君もとりあえず座りたまえよ」
尾白くんはこの時点で察してしまったのか、複雑そうな顔を浮かべている。
一方切島くんはなぜ呼ばれたのかわかっていないようだ。
「はいこれ、出してくれた課題ねー。内容も良し!あとでコメント見てくれるとタメになるかな、と思うよー」
「あざーっす!」
「それでなんだけど、切島くんの課題は個性の持続時間と硬度、っていうのは理解してると思う。だからそれを改善するために、尾白くんに尻尾で殴られ続けよう!」
やっぱり…と引きつった笑みを浮かべる尾白くんに、理解して爆笑し始める切島くん。面白い光景だ。
切島くんは硬度を上げるために、尾白くんの猛攻に耐え続ける。できるだけ硬く、できるだけ長くだ。
尾白くんの尻尾での攻撃はかなり威力があるから、お互い効率よく訓練できるだろう。
「切島くんは立ち回りの中で部分部分を硬化していく必要もあるから、それも尾白くんとの組手で鍛えていこう。反復トレーニングと組手をスケジューリングしてやってこうね」
「うっす!」
もう少し具体的に手順を詰めた後、二人は向かい合って反復トレーニングを始めた。
早速硬化した切島くんをひたすら尻尾で殴打し始めた尾白くんを見て、よしよし、と満足しながら次へ向かう。いい感じだ。
弱点を考えれば考えるほど多くの問題が見つかるが、一気に潰すことはできない。一つ一つ向き合っていってほしい、と俺は思う。
それから耳郎さん、芦戸さん、峰田くんなどと面談をし、相澤先生と合わせて20人の面談を終える。今は生徒たちそれぞれが組まれたトレーニングに励んでいた。
ここからは一人一人生徒と組手をして、肉体的にしごいていく。
「んじゃ、そろそろ組手しますか?」
「そうだな。俺は一人一人回りながらアドバイスしていくから、時任は中央で組手だ。誰から行くか?」
「そうですね……上鳴くんにします。身体能力面の課題が大きいので」
相澤先生が生徒たちの元へ向かうと共に、俺は上鳴くんを呼び寄せる。
彼は既にサポートアイテムの開発を決めている。詳しくはサポート科頼りな部分が大きいが、どうやら遠距離から電撃を飛ばせるようにしたいらしい。うまくいけば彼の個性だけでは出来ない、痒いところをピンポイントで抑えられるだろう。
トレーニングとしては、体ができるだけ電気に耐えられるように特訓すること、そして必要な出力を必要な時間だけ放出する細かな調整をすることが決まっていた。
後者はつまり、相手を行動不能にするのに最低限の出力と時間を身につける、ということである。電力の使いすぎは良くないからね。
「時任せんせー! いきなり俺ですか!」
「いきなり君でーす。とりあえず最初は生身である程度戦えるように仕込んでくよー」
「うへぇ……めっちゃ厳しそう…」
上鳴くんはA組の中でもダントツに個性頼みの戦い方をする。トレーニングでは個性を鍛えているから、俺との組手では肉弾戦だ。
個性が無くてもある程度戦えるようにしないと、上鳴くんのような対策されやすい個性は苦労してしまう。
「んじゃ、しばらく避けるから俺にタッチしてみて。上鳴くんに隙ができたら投げ飛ばすから」
「え、いいんすか…?」
それじゃ、と勢いよく向かってくる上鳴くんを、個性も何も使わずにひたすら避けていく。
彼の身体能力のレベルなら、まだ個性を使わずに避けることができる。
「ほら、動作が大きいよー」
「スイスイ避けすぎっすよ…!」
「切り返しが弱い。足腰鍛えなよ」
左右に揺さぶるとすぐに置いていかれる。根本的な身体能力不足だ。
そのまま2.3分ただ避け続けると、上鳴くんが息も絶え絶え、といった感じになってきた。
「ほれほれ、こっちだよ」
「はぁ……まじで、先生、やべぇって…」
「そんなにダラダラしてたら逃げられちゃうよ? こんな風に」
上鳴くんがふらついている間に、右手で体に触れて擬似テレポートする。一気に距離が離れ、上鳴くんが目を剥いていた。
「せんせ…それ、反則……」
「反則じゃないでーす。そろそろ俺も攻めちゃうよ?」
それでもまだこちらへ向かってくる上鳴くんに対し、今度は背後に擬似テレポート。一気に背後を取って、思いっきり上鳴くんを投げ飛ばした。
「か、はっ…!」
「ナイスファイトだ上鳴くん。でも徹底的に身体は鍛えた方がいいよ」
倒れ伏す上鳴くんを肩を軽く叩き、ゆっくりと起こす。
「5分くらい端っこで休憩してていいよ。そしたら個性の特訓に移ってねー」
「り、りょーかいっす……」
こうした疲労なんかは俺の個性でどうにかすることはできない。巻き戻してしまえば体を鍛えた事実すらなかったことにしてしまうからだ。
上鳴くんを休ませて、次の相手へと移った。
上鳴くんの後に、瀬呂くん、障子くん、砂藤くんの順で組手をし、全員を綺麗に投げ飛ばした頃合いで解散の時間となった。
瀬呂くんは間合いを詰められた時が弱く、やはり個性頼りだ。障子くんはパワーにも索敵能力にも優れるがとっさの判断力や詰めが甘い。砂藤くんは力でごり押しの上、持久力がない。みんなまだまだだが、いいガッツを見せてくれた。
当初の訓練の目的だった緑谷くんを治療した回数は28回だった。相変わらずバッキバキで前途多難である。それでもやはり怪我の程度は軽くなっていて、彼の中で出力の感覚が掴めそうだと話していた。
個性を全身に纏わせながら動くことも出来るようになってきている。まだ数秒しか持たないが、いい傾向だ。
生徒たちが地に伏している中、相澤先生にコメントを求める。
「相澤先生、何か一言ありますか?」
「……ヒーローを目指す上で、反省とトレーニングの反復は欠かせない。けど最も大事なのは、体だ。オーバーワークにはならないようにしてるが、飯を食ってしっかり寝ろ。湯船にもしっかり入れ。休息も大事だぞ」
相変わらず相澤先生の言葉は重い。生徒たちもヘトヘトになりながら、真剣な目で聞いていた。
けど、それなら相澤先生もゼリー飲料をやめてほしい。体が大事って自分でも言ったでしょ。
「んじゃあみんな、勉強との両立も大変だけど、ゆっくり休んでね! 質の良い睡眠を!」
「……しばらく帰れなさそうだな」
「あはは、ですね」
みな中々立ち上がれず、結局挨拶をしてからしばらく経ってから解散となった。
相澤先生のおかげもあって、かなりスムーズに訓練が出来た。良い手応えだ。
「ふー! 次回は先生が組手担当してくださいよ?」
「……考えておく」
まだ1年生のひよっこが相手だと言っても普通に疲れた。早く帰りたい。
「A組のみんな、これからの成長が楽しみですね!」
「……まだまだだがな」
それって楽しみってことですよね、というツッコミはせずに、そのまま職員室へと歩いていく。
授業だけでなく放課後もこうして特訓に励むことは、生徒たちにとってかなりの負担だろう。それでもヒーローを目指す彼らがやりたいといったことを、できるだけ叶えてやりたい、そう思う。
それはきっと相澤先生もなのだ、と考えながら、職員室の扉を開けた。
きっと時任くんが何を言っても、轟くんは左を使わないのだろうなぁと。
こればかりは緑谷くんの力がないと厳しいのだと思います。
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胸に巣食う不安
教師と言えども休みはある。月曜から土曜の間に1日だけ、名目上の研修日が用意されていた。
実際教員は激務のため、自主的に出勤する先輩方は多い。俺も大体の日は仕事をしているが、今日に限っては旧友と会う約束をしていて、東京都保須市へとやってきていた。
約束の相手はノーマルヒーロー マニュアル。雄英時代の同級生であり、入学当初の人付き合いが苦手だった俺にも根気強く接してくれたいい友人だ。
俺のヒーローネームを考えてくれた友人たちの一人でもあり、高校卒業後もちょくちょく会っていた。今日は久しぶりにお互いの近況報告をしようというわけである。
待ち合わせ場所のカフェでのんびりと待っていると、マニュアル––水島がやってくる。ノーマルヒーローという名の通り私服も随分平凡で、完全に街の人に紛れている。
「時任。待たせたね」
「久しぶり、水島。元気だった?」
水島はどの職務も平均的に行えるヒーローで、知名度はそこまで高くはないが自分で事務所を構えているほどの力の持ち主だ。
俺は教職の道に進んだため事務所独立はしていないが、サイドキックから独立して活動している人は同級生の中でも少ない。地味に出世株の一人だ。
「最近は事務所の調子はどうなの? 経営安定してきたって言ってたけど」
「保須は今は落ち着いてて、パトロールと依頼待ちが多いかな。地域の信頼が得られてきたのか、堅実に色々できてる感じ」
「頑張ってるじゃん! このまま保須も平和なままがいいね」
平和なままがいい、そう言わざるをえないのは、噂のヒーロー殺しの存在ゆえだ。
巷を騒がせているヒーロー殺し、ステイン。各地で複数人のヒーローを殺害している。彼の現れた地域ではヒーローの意識が高まり犯罪率そのものは減少しているが、市民にとっては不安になるだろう。
まだ保須には来ていないものの、いつやって来てもおかしくはない。
「そうだなぁ…もしヒーロー殺しが保須に来たらパトロールを増やしていくしかないね。ヒーローが見守ってるっていう安心感がないと」
「水島のそういうとこ、カッコいいよねー。名前の通りマニュアルって感じ。居住地域にいて欲しいもん」
「そういうヒーローを目指してるから」
注文したケーキセットをつまむ。水島オススメのこのカフェは、安くて美味しいケーキで有名だ。
俺はチョコケーキ、水島はショートケーキ。水島はこういうところでもスタンダードなものを食べるのが面白い。
「んで、そっちはどうなの? 今年から副担持ってるって言ってたけど」
「労働基準法に違反してるんじゃないかってくらい忙しい」
「うわ、そこまで?」
もちろん雄英は労働基準法を守っているのだが、生徒のためになることをやろうとすればするほど時間が足りなくなる。サービス精神の問題だ。
「ほら、オールマイトさんが教職ついたでしょ? サポートもあるし、保健室業務もあるし……放課後も生徒の手伝い始めちゃってさ、自分で自分の首絞めてる感じ」
「激務だなぁ。でも結構楽しんでるでしょ?」
「……ばれた?」
自分で志しただけあって、やはり教員の仕事は楽しい。生徒たちが育っていく姿を見るのは俺たちの特権だと思う。
もちろん忙しいは忙しいが、今日みたいな休日もある。全体的に楽しい日々を送っていると言えた。
「時任は奉仕精神の塊みたいなところあるからさ、そういうの好きかなって」
「よくお分かりで…」
「死ななきゃいいと思うよ。でも死ぬほどの自己犠牲は認められません。友人からのストップ」
「いやいやいや、教員やってて死ぬようなことってほぼないから」
「どうだかな…時任のことだから、いつかポックリ死んでそうなんだよ」
水島の中で俺はどんな存在になっているのだろうか。慈愛の保健室の先生とはいってもそこまで酷くはない。ある程度はわきまえているつもりだ。
「んじゃあさ、俺が死にそうになったら助けに来てよ。マニュアルさん」
「無理でしょ。距離的に」
「ふふ、期待してる」
なんだそりゃ、と言った水島を軽く殴って、追加でケーキを注文する。なんだか全種類制覇してやりたい気分だ。
そのまま仕事の話を続けるが、お互い守秘義務があるので詳しいことは話せない。それでも友人と気軽に話ができるのは楽しかった。
「水島も今度うちの生徒たち、指名するでしょ? 体育祭はA組をしーっかり見といてよね! 俺が鍛え上げてるから」
「仕事しながら見とくよ。他の学年もあるからわかんないけどね」
「もちろん3年生も注目だけど……1年は個性的な生徒が目白押しって感じ。かなり優秀な学年だよ」
「そこまで言われると気になってくるな。そしたら1年ステージに注目しとく」
「ほんと見ないと…って、ごめん。ちょっと出るね」
突然スマホが着信を告げる。相澤先生からだ。水島に断りを入れて電話に出る。
「時任です。どうされましたか?」
『校内にマスコミが侵入した。ヴィランの手引きがあった可能性が高い。放課後に緊急会議をやるから来い』
「ちょ、それ本当ですか!? 分かりました。今から向かいます」
『急がなくていいから会議には間に合わせろ。それじゃあ』
電話が切れた。マスコミの侵入? 雄英のセキュリティをたかがマスコミが破れるわけがない。だからこそのヴィランの手引き…? いや、この時期にヴィランが雄英にちょっかいをかけてくる意味があるのか?
「…い……おい、時任! 大丈夫?」
「あ、っと、ごめん。学校で問題あって…ちょっと向かってくる。ごめんね、途中で切り上げちゃって」
考え込んでいると、水島に肩を揺すられる。
「大丈夫だよ。かなり話せたし……俺としては時任が無理しすぎないかが心配」
「もしもの時は助けに来てね、ヒーローさん」
「はいはい、早く行ってきなよ」
財布から多めにお金を取りだして、机の上に置く。迷惑料も込みだ。
せっかく休日に会えたのに、申し訳ない。
水島と別れを告げて学校へと向かう。詳しいことはよくわからないが、とても嫌な予感がした。
–––––
「それじゃあ、マスコミ侵入の件についての緊急会議を始めるよ。相澤くん、報告を頼んだ」
根津校長の合図で会議が始まった。先生方の顔はみな厳しい。
相澤先生は重々しく口を開いて報告を始めた。
「この2.3日、マスコミが詰めかけていたことは周知の通りだと思います。事の始まりは昼休み。突如セキュリティ3が突破され、報道陣が侵入してきました。俺とマイクの方で対応をし、警察を呼んで撤退させました。以上です」
セキュリティ3の突破は民間人にできるものではない。確実に悪意ある第三者の関与があったとしか思えなかった。
「ありがとう、相澤くん。みんなも察している通り、これはマスコミを唆した者がいるか、悪意をもった者の宣戦布告の可能性が高い」
根津校長は話を続ける。周りの先生方は深刻そうな顔をして聞いていた。
ここでミッドナイトが手を挙げる。質問があるようだった。
「根津校長、セキュリティが突破された時の防犯カメラの映像は残っていませんか?」
「完全に破壊されていたよ。用意周到な犯行だね」
「なるほど…ありがとうございます」
防犯カメラの破壊をするなんてただのマスコミには行えない事だ。ますますヴィランの関与が浮上してくる。
「校内にも今のところ異常は見つかっていない……けれど、念のための警戒態勢は敷くべきだ」
それから、根津校長の指揮の下で、生徒に危害が出ないように厳重警備を行うことが決まった。
特に実技訓練がある時には複数の教員がつくことになり、できる限り生徒たちを教員の監視下におくことになった。
もちろん、教員側の負担も大きいので、状況を見て警戒レベルは下げていく。教員側のパフォーマンスが低下することは避けたいことだった。
先生方によってこれからの教員の配置が決まっていく。俺は元からA組につきっきりなので、特に変更はなかった。
会議が終わり、職員室のデスクに戻る。先の見えない不安が胸の中に巣食っていて思わずため息を吐く。
せっかく水島と糖分を補給したのに、全て飛んでいってしまった気がする。
「……時任。お前が不安そうな顔をしてたら生徒まで不安になる。シャンとしてろ」
相澤先生が声をかけてくれる。不安な様子がにじみ出ていたのだろうか。
でも、確かにそうだ。俺は生徒を守る立場の人間。こんな姿は生徒に見せられない。
生徒たちの安全のために、俺たちが頑張らないといけないのだ。
「…はい。しっかりします」
「A組に関して言えば、特に演習の規模がでかいのが次の救助訓練。USJは広大だから、俺も補助に入る。13号とオールマイトとお前、4人体制だ」
USJ、嘘の災害や事故ルーム。演習場の中でも特に校舎から離れており、その規模も大きい。
今度はそこで救助訓練をすることが決まっていた。
「校内から特に距離が離れてるので有事の際に他の先生は向かいづらいですね……警戒しておかないと」
「来ると決まったわけじゃないが、常に気は張ってろよ」
「何もないといいんですけどね…」
何もないことを願いながらも、確実に何かある、そう思わざるを得ない不安感が、頭から離れなかった。
何か甘いものが食べたくなって職員室を出る。こういう時は糖分を摂取するべきだ。
食堂に向かう道中にA組の教室が目に入った。誰か残っているかな…? と覗いてみれば、ほとんどの生徒が教室に残って実技授業の反省会をしていた。
「おーっ! 時任先生、今日お休みじゃなかったんすか!」
「今日は特訓がないから、みんなで反省会してたんですよ! 先生も入って入って!」
グイッと腕を取られて教室へと入る。みんな実技訓練の度に出している課題の束を手にとって、次にどうしていくべきか考えていた。
ただただ不安に思っていた自分がバカらしくなる。この子たちは明日に向かって一生懸命に走っていた。俺が足を止めてなんかいられない。
「どれどれー? 今は何の話してるの?」
「今まで返却してもらった課題を元に、自主トレのプランニングをしておりますの」
「一人じゃないから行き詰っても相談できるし、緑谷とかヤオモモの話がめっちゃ参考になるんだ!」
「あ、芦戸さん…! 参考になってたら嬉しいな」
まだ入学して一週間足らず。ヒーローの卵である彼らは、その殻を破って雛になろうともがいている。
「よーし、俺も相談のっちゃうぞー! かかってこーい!」
どんな悪意が向かってこようとも、この子たちを守る。立派なヒーローに育て上げてみせる。
そのために、俺自身が倒れようとも。
USJ編は雰囲気が暗いので、ぜひ皆さんの推しを眺めながらご覧ください。
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USJ、悪意との対峙
多くの不安もある中、救助訓練の日がやってきた。
校舎からバスで移動して、USJへと向かう。広大な敷地の中に様々な擬似災害エリアが存在する救助訓練のための演習場だ。
今回は13号、相澤先生、そして俺の三人で授業を担当する。本来ならばオールマイトもいたはずなのだが、午前中に出動要請があったとかで活動限界を迎えてしまったのだ。
本来ならば俺の個性でリセットをしたかったのだが、任務を終えたオールマイトと会えた時間がかなり遅かったためにそれも出来なかった。俺が行動不能になってしまう。
オールマイトは仮眠室で待機していて、最後に少しだけ顔を出すと言っていたがどうなることやら。
USJに到着しバスを降りると、13号が大きく手を広げて待っていた。
「皆さん待っていましたよ」
「わぁ〜! 私好きなの13号!」
「すっげぇ! USJかよ!」
思い思いの反応をしている生徒たちを集めると、13号は彼らに訓練を行うにあたっての注意事項を話し始めた。
個性を使う上での危険性、それを救けるために使うヒーローという職について話をしていく。力を持つものとしては常に忘れてはいけないことだ。
「君たちの力は人を傷つけるためにあるものではない。救けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」
「ブラボー! ブラーボー!!」
「素敵ー!」
13号の締めの言葉に対し生徒たちが歓声をあげる。彼らの心によく響いたようだ。全員が全員、対凶悪ヴィランを専門とするヒーローになるわけではない。そんな中、13号の話は全員に共通するところがあったのだろう。
何だか微笑ましくて笑っていると、隣の相澤先生に小突かれた。単純に痛い。
「よーし、それじゃあ…」
さっそく演習に入ろうとしたその時、空気が揺れた。
直感的に大広場へ目を向けると、黒いモヤのようなものが蠢いている。隣の相澤先生もそれに気づく。段々とモヤは大きくなり、中から手を貼り付けた異形の顔が出てくる。
これは敵だ。本能が警鐘を揺らす。
「総員ひとかたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ! 時任、迎撃するぞ!」
「わかりました!」
素早い相澤の指示に従い戦闘態勢に入る。生徒たちは未だに状況を把握できておらず、戸惑っていた。
「これは訓練じゃない! 正真正銘本物のヴィランだ!」
次々とモヤから現れる敵にようやく状況を理解したのか、生徒たちの顔つきが変わる。
「せんせー! 俺たちも戦える!」
「バカ言うな! 危険な目に合わせられるか! 13号、避難開始だ! 学校に連絡試せ!」
「妨害されてる可能性もある。上鳴くんも個性で連絡してみて!」
加勢して戦おうとする生徒たちを諌める。彼らを危険な目に合わすわけにはいかない。それにいくらヴィランがいようと、相澤先生は強い。大丈夫だ。
かたまって移動する生徒たちを庇うようにして敵の眼前に立つ。彼らに傷はつけさせない。
「先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが…」
「どこだよ…? せっかく大勢引き連れてきたのにさぁ」
声から滲み出る悪意に思わず身震いをする。狙いはオールマイトのようだった。
「子どもを殺せばくるのかなぁ?」
「んなことさせる訳ないだろうが。いくぞ時任。13号、任せた」
「了解、サポートします」
俺という存在が戦闘で真価を発揮するのは、誰かのサポートを行う時だ。
相澤先生のような多人数を相手取れる力の持ち主なら尚更、俺が死角を潰すことで隙を無くすことができる。
「射撃隊行くぞ!」
「……っ!? 個性が発動しない!」
「馬鹿野郎! あいつは見ただけで個性を消すっつうイレイザーヘッドだ!」
個性を消しながら捕縛武器で敵を行動不能に追い込んでいく相澤先生。ゴーグルで目元を隠しているため、いつ誰が個性を消されているか分からない。そのシチュエーションは敵の連携を遅らせ、戦場を相澤先生の独壇場にしていた。
一方俺は個性を消すことのできない異形型の、見るからに力が強そうな敵に絞って対応する。相澤先生も対策はしているが、どちらかといえば不得手な相手だ。
「異形型のも消せるのかよ!」
「いや……消せない。それより後ろに注意したらどうだ」
「か、はっ…!」
「周りはしっかり見た方がいいよー」
擬似テレポートで背後に移動し、両手で触れる。完全に動きが止まった敵を投げ飛ばし他の敵へと当てて巻き込んで行く。
相澤先生の懐に入り込もうとする敵がいれば、すぐさま飛んで投げ飛ばす。俺は多人数を相手に取るのは得意でないから相澤先生が要だ。
雄英に入る前から、相澤先生とはタッグを組んで仕事をした経験がある。個性の相性も悪くはなく、二人での戦闘には自信があった。
少しずつ、されど堅実に敵を減らして行く。
十数分経ってチンピラたちが少なくなってきた時、親玉らしき手を付けたヴィランがつぶやいた。
「嫌だなぁ、プロヒーロー。有象無象じゃ歯が立たない」
当然だ、雄英の教師陣を舐めないでいただきたい。しかしこのヴィラン、自分から全く動こうとしないのが不気味だ。何を考えているのかがピンとこない。
「相澤先生!」
「ありがと、なっ!」
タイミングを見計らって相澤先生と接触し、目の状態を戻す。相澤先生はドライアイだから個性のインターバルがある。それをリセットしたわけだ。
「はぁ…? せっかくインターバルがあると思ったのにさぁ、治すとかチートだろ」
「チートもクソもないだろ…っ!」
「……お前、邪魔だなぁ」
ヴィランの声が聞こえた、そう思った瞬間、背中に激痛が走る。皮膚が剥がれていくような、いや、体が少しずつ崩れていくような痛み。
「時任!」
「く、そっ…!」
反射的に前方へテレポートする。振り返ると手を付けたヴィランがにたにた笑っていた。
「タイムクロッカー、だったかな…? 個性は強いけど、身体能力はそこまで高くない」
見抜かれている、この少しの時間で。
周囲を警戒しながら自分の体に触れ、時を巻き戻す。ただでさえ戻すのは負担が大きいのに、自分の体を戻すのは比べ物にならないほどデメリットが大きい。腕のモニターを一瞥すると、6年分若返っていた。
「自分の怪我まで治せるのか…でも、それって限界があるんだろ?」
(そこまで知られてるのか…!)
自分の能力の限界を知られていることに恐怖を覚える。こいつの視線は今は俺にある。相澤先生は残った敵を処理していて手が離せない。
本命はこいつだ。何が何でも、俺がやるしかない。
「なぁ、お前戦闘は苦手なんだろ?」
濁った声が脳に響く。敵が少しずつにじり寄って来る。
「治せば治すほど、自分の体に負担があるんだろぉ?」
聞くな。俺から触れば動きを止められる。
「相手に直接触れないと、攻撃できないだろ?」
反応するな。こいつを拘束することだけを考えろ。
「それでも生徒を守るために立ち向かってきたんだろ?」
耳障りな声が反響する。思考がうまくまとまらない。
「うるさい…っ! 何が言いたいんだ!」
「え? それはさぁ…」
「時任! 上だ!」
「本命は俺じゃないってこと」
その瞬間、視界が赤に染まった。
–––––
「上鳴さん! 小規模な放電で敵の処理を! 耳郎さんは心音で妨害しながら敵の無力化を致しましょう!」
「了解、武器作って!」
「っしゃあ! 行くぞ!」
モヤのような敵––黒霧に山岳地帯へ飛ばされた八百万、耳郎、上鳴の3人は、日頃の特訓で学んだことをフル活用してヴィランと戦おうとしていた。
(上鳴さんの放電はリスクがある……もしまだ敵が潜んでいた場合、アホになられては困りますわ)
八百万は思考を働かせ続ける。耳郎と自身に武器を作り出しながらも、この場を切り抜ける最良の策を探そうとしていた。
自身らの周りを大きく取り囲むように数多くの敵が迫ってくる。上鳴がフェイントを聞かせて敵に接触し、必要最低限の帯電で敵を昏倒させる。
「どうだ! 時任ちゃんに扱かれた俺は強いぞ!」
「うっさい人間スタンガン! とっとと全滅させるよ!」
武器を持ったヴィランに近寄ることは危険だったが、ここ1週間ほど扱かれた近接戦闘の経験がプラスに作用していた。一気に大勢を倒すことはできないものの、着実に数を減らしていく。
耳郎もそれは同様だった。心音を敵にぶちかまして行動を阻害しながら、テンポよく鉄パイプの一撃を見舞わせていく。
「お二人とも! しゃがんでください!」
八百万の一声とともに、周囲に大きな捕獲ネットが放たれた。まだ立っていた敵の多くがネットに行動を阻害され、戸惑っている。
「くそっ! 抜けられねぇ…!」
「ヤオモモナイス! いくよ上鳴!」
「おうよ!」
動けない敵に追い打ちをかける。あれだけの数的不利を覆し、戦況は有利に傾いていた。
(百、油断はダメ…ここで作り出すべきは……)
いくら波に乗れていても、油断はしない。いつ戦局が変わるかはわからないと言ったのは、彼らの担任教師だった。
「耳郎さん! 上鳴さんに攻勢を任せて、周囲の様子を探ってください!」
「隠れてる敵がいないかってことね…了解!」
耳郎に索敵を頼んだ後に、八百万は創造を始める。創り出すのは、どんな敵が潜んでいたとしても、先手の有利を取るための道具だ。
「ちょっと規模大きめの放電行くぞ! もうちょい離れてろ!」
上鳴が残っている敵を誘導し、二人に危害が加わらない範囲で放電をする。出力の調整がうまくいくようになって、こうして長期戦をしても簡単にはアホにならないように成長していた。
「っし! ミッションコンプリートだぜ!」
「いや、まだ! 地中に何かいる…人だ!」
耳郎のイヤホンジャックが地中の音を確認する。恐らく人、そして敵の可能性が非常に高く、3人は依然として警戒態勢のままだ。
「お二人とも、これをかけてください!」
八百万が二人に手渡したのは遮光性のサングラスだ。三人してそれをかけると、八百万は耳郎に「地中に心音を流し込め」と指示を出す。
耳郎が指示通りに何かの潜む地中に心音を流す。すると心音に耐えきれなくなったのか地面から大男が這いずり出てきた。
「おいお前ら! 大人を舐めるなよ!」
八百万はそれに全く耳を貸さず、創りだした閃光弾を投げつけた。地中に長くいたその目に閃光弾は厳しいだろう。
突然の光に大男は目を抑えてのたうちまわる。
「叩くならいま、ですわ!」
八百万の言葉を皮切りに、三人で大男をタコ殴りにする。八百万の生み出したロープで全員を拘束し、改めて耳郎によって周囲の安全が確認された。
「うっし! 完全勝利!」
「日々の教えが役に立ちましたわね…」
「チンピラもどきで助かったよね」
三人して口々に感想を述べる。初めてのヴィランとの戦闘を無事に終え、どこかホッとした空気が流れていた。自分たちが今までやってきたことは無駄じゃない、ヴィラン相手にも戦える、そんな雰囲気だ。
「あ、上鳴。もしかしたら今なら通信できるんじゃない?」
「うぇ、確かにいけるかも。試してみるわ」
「私は双眼鏡で他のエリアを確認してみますわ」
上鳴が学校との連絡を試すと、ミッドナイトと繋がった。上手く連絡できたことに動揺しつつ、急いで今の状況を伝える。言葉がしっかりまとまらないものの、ミッドナイトはそれを把握して、すぐに駆けつけると約束してくれた。
「……っ!? ま、待ってください上鳴さん!」
双眼鏡で周囲を見渡していた八百万が悲鳴に似た声をあげた。
「ヤオモモ、どうしたん?」
「先生が…! 時任先生が! 血だらけで倒れてますの!」
「み、ミッドナイト先生! 今の聞こえました? 時任先生がやばいみたいっす!」
『落ち着いて! 既に超特急で向かってる! ゆっくり状況を報告して!』
双眼鏡から見えた大広間の景色、倒れ伏す多くのヴィラン達、顔に手のついたヴィランが笑っていて、脳みその出た気味の悪いヴィランが時任を地面に押し付けている。
時任の白衣は真っ赤に染まっていて、個性を使った影響か、その姿はいつもより小さく見えた。
相澤は周囲のヴィランに囲まれて時任を助けに行けない様子だった。
『時任くんが…? 絶対にそこには近づかないで! 危険だわ!』
戦闘がメインではないとはいえ、仮にもプロヒーローである時任。にもかかわらず時任が危険な状況になっていることに、ミッドナイトはヴィランの中にかなりの手練れがいることを認識する。
「時任せんせ……嘘でしょ?」
「もう…もうやめてっ!」
動かない時任は執拗に嬲られ続けている。徹底的に痛めつけようとしているらしく、もはやそこに命が残っているのかすら怪しい状態だった。
あまりの惨さに八百万が悲鳴をあげる。上鳴は勢いよく八百万から双眼鏡を奪ってその様子を確かめようとした。
「なんで……なんで先生がこんな目に合わなきゃいけないんだよ!」
その瞳に映ったのは圧倒的な理不尽だった。
–––––
「くそっ…! もうやめろ! これ以上時任を…っ!」
あまりの惨状に相澤が叫ぶ。残りわずかとなったヴィラン達であったが、そのわずかが相澤の邪魔をする。
今すぐ助けに行きたいのに、行くことができない。ヒーローとしての矜持をへし折られたような気がした。
「やだね。アイツがいると回復されてクリアできないんだ……敵の回復役は最初に、そして徹底的に潰すだろ? そういうことだよ」
至極当然、と言った風にヴィランが告げる。目の前の状況をなんとも思っていないようであった。
相澤が残ったヴィランを拘束して時任の元へ向かう。そこに勢いよく手のついたヴィランが飛び込んできて、相澤に手を向けた。
(クソ…っ!インターバルが…!)
時任によるリカバリーが受けられない今、酷使された相澤の目は悲鳴を上げている。個性を消そうにもインターバルが邪魔をする。
肘で受け止めるものの敵の手に触れた途端肘が崩れていく。分かってはいたが、体験したことのない激痛だった。
ヴィランの腹部を蹴り飛ばし距離を取る。自分の肘のことなど構っていられない。目の前で時任の命が消えかけているのだ。
「そうやって人のことばっか気にしてるから痛い目に合うんだよ。やれ、脳無」
時任を助けようと動いた相澤へとターゲットを変えた怪人––脳無は、ほぼ無防備になっていた相澤の腹部に一発重い拳をぶちこんだ。
いきなり向けられた拳に対応できなかった相澤はそのまま吹っ飛び、水難ゾーンで敵を倒しこちらまできていた緑谷、蛙吹、峰田のところへ落下する。
「相澤先生!」
「みみみみみどりやぁ! 早く逃げなきゃ! おいらたち殺されちゃうよ!」
「でも時任先生がっ…!」
その時だった。黒いモヤのヴィラン––黒霧が現れて言った。
「13号はやったのか」
「いえ…散らし損ねた生徒たちが思いの外強く、誰も行動不能にできませんでした」
「はぁ?」
「1名に逃げられた上にジャミング持ちがやられたようで、既に教師たちがこちらへ向かっているとのことです」
「黒霧……お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ」
13号率いる生徒たちは黒霧を防戦一方に追い込み、委員長たる飯田が外部へと脱出し応援を呼びに行っていた。
「緑谷…っ! 早く、ここから逃げろ…」
一瞬気を失っていた相澤が息を切らしながら告げる。緑谷たち三人がここにいても、危険な目に合うだけだ。
「先生っ! でも…」
未だ倒れ伏す時任から目が離せない。ピクリとも動かないその様子を見て、嫌な予感が募る。
ヴィランたちは攻勢をやめ、ブツブツと話し込んでいた。
「流石に何十人のプロ相手じゃ敵わない……ゲームオーバーだ。回復役はもう動けなくしてあるし…十分でしょ。帰ろっか」
「帰る…? これだけのことをしておいて?」
釈変したヴィラン––死柄木の様子に、緑谷は得体の知れない気持ち悪さを感じた。
ここで退く意味が感じられず、ただただ恐怖を覚える。
「あ、そうだ。まだコイツ生きてるかもしんないし……トドメ刺しとくか」
「や、やめろぉおおおお!!!!」
その場を見ていた緑谷が声をあげたその瞬間、轟音が響いた。
「もう大丈夫……私が来た!」
扉を蹴飛ばしてやってきたオールマイトの顔に、笑みは浮かんでいなかった。
それはオールマイトの活動限界を知る相澤、緑谷も同じであった。
「……コンティニューだ」
オールマイトとは対照的に、死柄木がニタっと笑う。
「待ったよヒーロー、社会のゴミめ」
超スピードでやってきたオールマイトが倒れ伏す時任をそっと抱き上げる。そのまま相澤、緑谷、蛙吹、峰田をも回収して安全な場所へと移動させると、無理やり笑顔を作り出して言った。
「時任くんと相澤くんを頼む。時任くんは今すぐリカバリーガールに見せないと危ない」
(すまない…後輩たち…)
オールマイトは後悔を抱えて脳無の元へと飛んだ。生徒を守るために身を呈して戦った後輩たちのためにも、勝たなければならない。
意識を失っている時任と相澤を受け取った三人は、13号たちのいる出入り口を目指す。
先ほどは意識があった相澤も、再び気を失って目を閉じていた。
「……ぅ、あ」
「時任先生!」
血だらけの時任が薄く目を開ける。口を半開きにして、掠れた声でしきりに何かを言う。
「…ぅ、え……あ…ぇ」
「ちょっと待て! 時任せんせ、何か言おうとしてないか?」
「……て…手、を」
何回も時任と治療を受けている緑谷が言いたいことを察する。手を体に乗せろと、そう言っているのだ。
緑谷はそっと時任の手を体に触れさせる。すると一瞬で時任の傷が癒え、同時に体が小学生程度の大きさまで縮んだ。
「けほっ……ごめん、三人とも。ありがと」
途切れ途切れになりながら時任が口を開く。
表面上の傷は消えていても、血に染まった白衣が先ほどまでの惨状を思い出させる。
「時任先生! もうお願いだから無理をしないで」
「そうだぞ! 先生は死にかけてたんだからな」
(血が、足りない)
体の傷は癒えても、失った血は戻ってこない。先ほど大量の血だまりを作った時任は、失血死の危険を抱えていた。
それでも時任は体を動かす。隣に倒れる相澤に触れると、相澤が怪我をする前の状態まで時間を戻した。
「先生! もうこれ以上はやめてください!」
緑谷が叫ぶ。蛙水と峰田はその瞳に涙を浮かべていた。
「……ねぇ、今から言うこと、よく聞いて?」
時任がゆっくりと口を動かす。
「今、血が足りない、から師匠に輸血を」
「分かりましたから! 寝ててください!」
「聞いて。今からオールマイトのところに行く。その結果俺はどうなるかわからない、けど……やらなきゃいけないことが、あるんだ」
活動時間を超えてなお戦っているオールマイト。平和の象徴にここで倒れられてはいけない。彼の活動限界をどうにかしてリセットしなければならなかった。
彼は今ギリギリの状態で戦っている。あの脳無というのは対オールマイト用に作られたものだ、と言っていた。
緑谷は時任のやろうとしていることに当たりがついた。緑谷は何せ何十回も時任の個性を使われているのだ。そして、オールマイトの活動限界についてもよく知っていた。
だからこそ、緑谷にはその危険性が分かった。
時任の右手のサポートアイテムを確認する。そこには7歳と表示されていて、彼の身体年齢を表していた。
(オールマイトの活動限界を戻したら、7歳分はとっくに越える……そしたら時任先生は死んじゃうかもしれない)
時任の考えもわかった。けれどその結果この人が死んでしまうのは、絶対にダメだと思ったのだ。
「ダメです! そんなことしたら、先生…先生…っ!」
ボロボロと涙を流す緑谷に、時任は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「俺もわかんないんだ、どうなるのか。でもオールマイトさんに触れてから、すぐに俺を回収して輸血してほしい……頼めるかな」
それは緑谷にとって、師匠を救うために時任を殺せと迫っているようなものだった。あまりにも残酷な選択だ。
「お願い……オールマイトを、救けたいんだ」
否と言うことは、できなかった。
「梅雨ちゃん…峰田くん…ごめん。相澤先生のこと、頼んだ」
「うえっ!? おい緑谷! 時任先生のことどうするつもりなんだよ!」
(ごめんなさい……ごめんなさい、時任先生)
彼との特訓で身につけた、フルカウル。身体中にワンフォーオールを纏わせて、全速力で走る。不完全なそれに体は軋む。けれど早く、一秒でも早く彼の思いを届けなければならない。
だから彼は走る。オールマイトの元へ彼を連れて行くために。
オールマイトは脳無と激しい戦いをしている。物凄い威力の殴り合いだった。
側から見れば拮抗していたと思われた殴り合いも、黒霧の介入によってオールマイトが一気に不利になる。黒霧のワープゲートに体を拘束されたオールマイトは死の危機に晒されていた。
(まずい…! どうにかして抜け出さなければ)
黒霧がまさにワープゲートをとじ、オールマイトの体を切断しようとした瞬間。爆音が響いた。
「邪魔だぁ!」
(かっちゃん…!)
ヒーローのようなタイミングで現れた幼馴染に緑谷は心の中で歓声をあげた。
そこに追い打ちをかけるように轟の氷結が打ち込まれ、脳無を凍らせる。
「スカしてんじゃねぇぞ! モヤモブがぁ!」
「平和の象徴はてめぇらごときに殺れねぇよ」
爆豪、轟、そして切島の助けによってオールマイトが拘束から抜け出す。
その隙に勢いよくオールマイトに近づいた緑谷は、時任の手をオールマイトに触れさせる。
「……オールマイトさん、生徒たちを、頼みます」
「…待て! 時任くん! それはダメだ!」
オールマイトの制止をも振り切り、時任はオールマイトの時間を戻す。自らの限界をも超えて時間に触れた時任は笑みを浮かべ、そのまま意識を失った。
オールマイトの活動限界はリセットされた。なのに時任の体は全く縮んでいない。その事実にオールマイトは震えた。
「緑谷くん!轟くんたちも! 私はもう大丈夫だ。お願いだから一刻も早く時任くんを!」
「……何かあったのか?」
「何かじゃない! 今一番死に近いのは時任くんだ! どうにかしてリカバリーガールの元へ!」
敵を牽制しながらオールマイトは叫ぶ。
「ケッ、俺は戦うぜ。こいつらぶちのめしてやらねぇと気がすまねぇ」
「何のために彼らが戦ったと思ってるんだ! 君たちを守るためだ! それを無駄にするんじゃない!」
オールマイトが脳無を睨みつけながら叫んだ。
「かっちゃん! お願いだ、本当に時任先生が危ないんだ! それにオールマイトはもう大丈夫、足手まといになるかもしれない!」
「……ケッ、仕方ねぇなぁ!」
爆豪と緑谷が周囲を警戒しながら、轟と切島が時任を運ぶ。
活動限界のことは知らない爆豪らであったが、時任によってオールマイトの体の状態が良くなったことだけはわかる。今のオールマイトなら先ほどのように追い詰められることはないだろう。
それに、彼にとって生徒を守りながら戦うのはより負担になるかもしれない。
生徒四人がしっかりと時任を連れて行ったことを確認して、オールマイトは改めて脳無と対峙した。
(時任くん…本当にあの子は)
自らの対策として作られた脳無と対峙するオールマイト。相性は最悪だ。けれども負けられない理由がある。
生憎と体の調子は万全だった。全盛期にはもちろん劣るものの、活動限界自体は完璧にリセットされている。
パワー対パワー、力と力が凄まじい勢いでぶつかり合う。
ショック吸収、それを超えるショックを与える連打攻撃。オールマイトは行き場のない怒りを脳無にぶつける。
脳無に殴られる場所よりも、体の内にある心の方が痛むように思えた。その痛みすらも拳の力に変えて、オールマイトは脳無を殴り続ける。
「PlusUltra!!!!」
渾身のスマッシュとともに脳無が吹き飛んでUSJの屋上を突き抜ける。その人間離れした力に、死柄木は震えた声で言った。
「この、チートが!」
死柄木は首をかきむしりながら続ける。
「全然弱ってないじゃないか……あいつ、俺に嘘を教えたのか!?」
死柄木が声をあげたその時、弾丸が死柄木の肩を正確に貫く。
ヒーロー科の教員たちがやってきたのだ。それを見た死柄木は撤退を選択する。
「くそっ…!ゲームオーバーだ。帰るか、黒霧」
「逃がすわけないだろうが!」
オールマイトが死柄木に殴りかかり、モヤを広げた黒霧を13号が吸い込もうとする。
しかしオールマイトの拳が死柄木に届く直前、無情にもワープゲートは閉じた
「クソっ……クソ!」
時任の治療がなければ、確かにオールマイトは危なかった。敗北していた可能性が高いし、どんな結果に終わっても活動限界はかなり短くなっていたはずだ。
それでも、それでも悔やむことをやめられない。
後輩たちをあれだけ傷つけて、生徒たちをあれだけ苦しめた敵を取り逃がす。それが何よりも苦しかった。
ヴィラン連合による雄英高校USJ襲撃事件。生徒 数名軽傷。教員 意識不明1名。
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自己犠牲の果てに
「ってぇ…両腕両脚撃たれた…完敗だ」
寂れたバーに黒霧のワープゲートが繋がり、死柄木が倒れ込んだ。
撤退間際に撃たれた手足から血が流れている。
「脳無もやられた…手下どもは瞬殺……生徒は想像以上に強かった…それに、タイムクロッカー。アイツのせいだ…」
散々時任を痛めつけたつもりだったのに、最終的にオールマイトの回復までされた。許せない、ラスボスを倒す間際に全快されたようなものだ。
「オールマイトもイレイザーヘッドも、アイツのせいで回復した。チートだろほんと……」
死柄木が恨み言を言うと、バーの中にあるモニターが光って音声が流れ始めた。
「今回は残念だったね、死柄木弔」
「聞いてないぞ先生……タイムクロッカーがあんなに邪魔だなんて」
「僕にも想定外だったんだ。今回は見通しが甘かったね」
「うむ…舐めすぎたな。敵連合なんちうチープな団体名でよかったわい」
"先生"の声がバーに響く。
「それにしても、あれ。生きてるのかなぁ……生きてたら、欲しいなぁ」
子どもがおもちゃを欲しがるような調子で言う。
悪意は止まらない。今回の雄英襲撃は序章に過ぎないのだ。
"先生"は考える。あの個性、奪うにも使い勝手が悪い。誰かに与えるにも使いこなせないだろう。
あのヒーローが持っているからこそ魅力的な個性なのだ。欲しい、欲しい。例えどんなに反抗されようともいくらでも洗脳できる。手中においてしまえばこちらのものだ。
あれさえあれば、5年前のことを無かったことにできる。本人の身に何が降りかかろうともあの個性なら"戻すことができる"のだ。
(欲しいなぁ……欲しい)
「死柄木弔……タイムクロッカー、僕のために回収してきてくれないかい? もちろん、準備が整ってからでいいんだ……」
社会の影で育まれた小さな悪意は、少しずつ闇を蓄えて大きく育つ。
このままでは終われない。物語はまだ始まったばかりなのだから。
–––––
「16.17.18…軽い怪我を負っている子はいるけど、生徒は全員無事、か」
ヴィラン連合の撤退したUSJにて、警察が生徒たちの無事を確認している。
生徒たちは戦いを乗り越えたものの、その表情は浮かない。
その惨状を見た生徒も、見ていない生徒も。脳無という怪人にボロボロにされた時任のことを考えていた。
「ねぇ、俺さ。時任先生のこと、見てないんだけど…何があったのかな」
一人で火災エリアで戦っていた尾白が周囲に尋ねた。聞かないほうがいいのかもしれない、と思いながらも、聞かずにはいられなかった。
黒霧によって転移させられなかった麗日を始めとする生徒たちや、水難、山岳エリアに飛ばされた6人は、ただただ嬲られ続けた時任の姿を思い出す。
折られ支えを失い垂れ下がった腕、血に塗れた顔、個性の使用により小さくなった体に、ダボついて真っ赤に染まった白衣。
あまりの惨さに麗日は地面にしゃがみこみ、目元を抑えて嗚咽を漏らす。それを支える芦戸の目も涙に濡れていた。
上鳴は行き場のない感情を抑えきれずに声を荒げた。
「おかしいだろ…っ! なんで、なんで先生があんな目に…っ!」
「……上鳴っ!」
瀬呂に宥められるものの、上鳴の感情は止まらない。
「あんなに、優しい人なのに…! 俺たちは何もできなかった、ただ見てることしかできなかったんだ…!」
ヒーローの卵たちは自らの力不足を嘆く。もっと力があれば、あの状況を変えうる何かが出来れば、と後悔は止まらなかった。
「時任先生、目をつけられてたんだ。回復役は真っ先に潰すとか、言ってて」
緑谷が声を震わせながら言った。
彼は時任と彼の個性について話したことがあった。度重なる治療の中で様々な質問をしていたのだ。
救う個性だと、誰かのためにある個性だと言っていた時任の笑顔を思い出す。
その個性が理由であんな目に合わされるなんて、到底許せることではなかった。
「相澤先生の個性のクールタイムも無くせて、怪我をしたとしても一瞬で治せる……だから、真っ先に狙われて、あんな風に」
「……脳無と呼ばれていたヴィランが、時任先生を集中的に攻撃したの。不意を突かれて逃げられなくて、誰も助けに行けなくて…」
「…生きてるかどうかすら分からなかったんだ。でもオールマイトが助けに来てくれた時は生きてた。なんとか自分で怪我を戻してたけど、体はものすごく小さくなってたし、血が足りないって言ってた。それで、それで……」
「……おい、緑谷。なんであの時時任先生のこと連れてったんだよ。死にかけてたのに!」
時任をオールマイトの元へ連れていった緑谷に対して、峰田が声を荒げた。
それに対して緑谷も反論する。彼だって時任の命を捨てるような真似を進んでしたかったわけではない。まだ15歳の少年には酷な選択だったのだ。
「君だって先生が言ってたこと、聞いてただろ!」
「聞いてたけど意味わかんねぇよ! 俺には理解できなかった…でもそれで時任先生が死んじゃったら、ダメだろうがよ…!」
「……峰田ちゃん。落ち着いて。時任先生にも何か考えがあったのよ……じゃなきゃあんなことはしないわ」
峰田を蛙水が宥める。蛙吹も峰田と同様に、緑谷と時任の会話を理解できていなかった。しかしそれでも、時任が考えて緑谷に頼んだということだけはわかっていた。
「轟、爆豪、切島。お前らは時任先生のこと運んだんだろ? 何があったのかわかんねぇのか?」
争い始める緑谷と峰田の話が分からず、瀬呂が爆豪たちに尋ねる。
「わからねぇ……オールマイトに治療してたんだと思う。でもオールマイトは焦ってた」
轟が口を開くが、不明瞭な答えに更に謎が深まる。
それを見かねて爆豪が言った。
「……個性の反動が無かったんだよ」
「それってどういうことだ?」
爆豪はそれに対しキレることもなく、静かに続ける。
「時間を戻せば体に負担があるって言ってただろ。でもあの時だけは、体が小さくなってなかった」
「よく見てたなお前……でも、それの何がアレなんだ? デメリットが無かったっていいことなんじゃ」
「違いますわ……おそらく、体の限界を超えて時間を戻したんですの…」
「デメリットが無かったんじゃなくて、デメリットが体の限界を超えたかもしれない、ってこと…?」
恐らく、と八百万が言う。爆豪もそう考えているようだった。
時任の持つデメリットは、自分の身体年齢がどんどん若くなること。本人も赤ん坊にまではなったことがないと言っていた。
その限界を超える、と言うと、死の可能性が頭の中に浮かんでくる。命の灯火が消えたために若返らなかったのではないか? その考えが捨てきれなかった。
「……俺たちが運んだ時、意識は失ってたけど死んではなかった、と思う。心臓は間違いなく動いてた」
轟が静かに口を開く。その言葉に少し安心しつつも、依然として心配な気持ちは変わらなかった。
「君たち! 一旦教室で待機していてくれ!」
「あの、刑事さん…時任先生はどうなっているの?」
教室へ誘導するためにやってきた刑事に、蛙吹が尋ねた。
「……分からないんだ。怪我は自力で直していたし輸血もした。心臓も動いている。けどいつまで経っても体が大きくならないし、意識が戻らないんだ」
いつ目覚めるのかは分からない、そう刑事は言った。
相澤、オールマイト、13号の無事。生徒たちにも目立った怪我はない。その事実は確かに喜ぶべきことだった。
それでも、自分たちを支えてくれていた副担任の状況を考えてしまうと、後悔しか感じられなかった。
–––––
その日の午後は事情聴取を受けて帰宅、翌日は臨時休校になった。
休みと言っても気分は晴れない。A組の生徒たちは重い気持ちのまま鍛錬に励んだ。もう目の前で大切な人たちが傷つく姿は見たくなかった。
そして翌日、学校が再開した。
「皆ー! 朝のホームルームが始まるー! 席につけー!」
「ついてるよ。ついてねーのおめーだけだ」
朝から絶好調の飯田に瀬呂が突っ込む。1日休みを挟んで、A組にはいつもの空気が戻りつつあった。
ガラ、と音を立てて教室のドアが開く、
「お早う」
「相澤先生! 元気そうで良かった!」
脳無から重い一発をくらい意識を失っていた相澤だったが、時任が勝手に治療を施したおかげで怪我は完治。すぐに意識を取り戻して教職に復帰していた。
相澤の普段通りの様子に喜ぶ生徒たちだが、普段なら彼の後ろについているはずの時任の不在に肩を落とす。
「生憎と体調は万全だよ…ホームルームの前に、時任のことを伝えておこうと思う」
自らを顧みずに相澤の怪我を治した時任のことを考え、相澤は生憎と表現した。
気になっていた時任の話が出てきて、生徒たちが息を飲む。
「未だに意識不明で入院中だ。身体年齢も戻ってないらしい。しばらくは休職扱いになる。見舞いに行きたいやつは声をかけろ」
意識不明、入院中。重い現状に生徒たちは顔を暗くする。
しかし相澤から見舞いという単語が出た瞬間に誰からともなく「行こう!」と言い始めた。
「今週の日曜! 絶対みんなで行こう!」
「ったりまえだろ!」
「……騒がしくするなよ」
相澤からチクリと釘を刺されるが、生徒たちは見舞い品に何を買うかで騒いでいる。
ひとつため息をつくと、ホームルームの話へと切り替えた。
「……戦いはまだ終わってねぇぞ」
戦い、という言葉にクラスの空気が変わった。
「雄英体育祭が迫ってる!」
「「クソ学校っぽいの来たぁああ!」」
「待って待って! 敵に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか⁉︎」
体育祭に心を躍らせるものの、先日の事件のこともあり不安な気持ちもある。
相澤はそんな生徒の声にこう返した。
「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す…って考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだ。何より雄英の体育祭は……最大のチャンス。敵ごときで中止していい催しじゃねぇ」
「いや、そこは中止しよう?」
峰田が困惑した顔で言う。いくらなんでも体育の祭りなのだ。危険を冒してまでやるものではない。
「えっ…? 峰田くん、雄英の体育祭見たことないの?」
「あるに決まってんだろ。いやそういうことじゃなくてよー…」
「雄英体育祭は日本のビッグイベントの一つ。多くのヒーロー事務所がスカウト目的で観ているぞ」
そう、体育祭はヒーロー志望にとっての最大のチャンス。名のあるヒーロー事務所に入れれば経験値も話題性も高くなるし、年に1度、計3回しかない体育祭はとても重要なのだ。
プロに見込まれるチャンス、捨てるわけにはいかない。
「開催は2週間後だ。時任と俺で見ていたトレーニングは一旦中断するが、いつでも相談には乗る。個々で体育祭に向けて準備しろ。……それで、だ」
相澤が少しもったいぶって話を続ける。
「本人が意識不明の状態で拝借するのはちょっとアレなんだが……時任がお前らのトレーニングや授業を見ながら、毎日課題や進捗をまとめ続けたノートがある。俺の独断でそれを渡すから、時任に教えてもらってると思いながら頑張れ」
相澤が寝袋から大量のノートを取り出す。生徒20人分しっかりあるそれは、時任が日頃から生徒たちについてまとめ続け、これからのプランニングをしていたものだった。
相澤は一人一人にノートを手渡す。緑谷がクラスメイトの個性をまとめているものとはまた違った切り口で書かれているそれは、ただ反省点が書かれているだけではなかった。
訓練で見せていた良かった点、少しずつ成長している点、次会った時に褒めてあげたいと思ったことが書かれていたり、とにかく先生から生徒への愛情に詰まったものだった。
「あいつもよくやるよ……初めての副担任で、嬉しがってた。毎日お前らのことを考えてた」
相澤の言葉に、女子や涙腺の緩い緑谷などが嗚咽を漏らし始める。
爆豪は苛立たしげに窓の外を見つめ、轟は静かに視線を下げた。
(時任…こいつらは、強くなるぞ)
誰もが決意を固めていた。誰かを救けられるプロヒーローになる。そのために、体育祭で全力を尽くすことを。
–––––
「……ほんとバカだよ、お前」
真っ白な病室の中、ひたすら眠り続ける時任。水島はその頬をそっと撫でながら呟いた。
時任が入院してから1週間半が経つ。彼の周りには生徒からの大きな見舞い花とクマのぬいぐるみ、そして寄せ書きが置かれていた。
『時任先生、大好きです。早く良くなりますように』
『戻ってきたらただいまって言ってください。俺たちみんなでおかえりって言いたいです』
『守ってくれてありがとうございます。俺たちもっと強くなります』
生徒たちのメッセージを彼はまだ見ていない。いや、見ることはできない。
彼の体は依然として小学生ほどの大きさのままだった。怪我は治っているはずなのに、彼の意識は戻らない。
先日会ったときはあれだけ元気そうだったのに、誰かを救けるために自分を犠牲にしてしまった友人。同じヒーローとしては、ヒーローの鑑だと思いながらも、その自分を捨てるような行動を許せない友人としての自分がいた。
死ぬような真似はするなと言ったのに、笑ってそんなことはしないと言ったのに、こうして長い間眠りについている。本当にバカだ。見守る周りの身にもなってほしい。
生徒からあれだけ愛されているのなら、ありがとうと言われるのなら。俺だけはふざけるなと怒ってやろう。自分を大切にしろと言ってやろう。
だから、だから。
「早く、起きろよ…っ!」
思わず涙が溢れ、眠る時任の顔へと落ちる。
拭うものを持ってこなければ、と水島が席を立った。
その時、眠り続けていた時任の瞳がうっすらと開く。
水島はまだ、それに気づいていなかった。
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心操人使、子どもと出会う
感想やお気に入り登録など、とても嬉しく思っています。ありがとうございます。
校舎裏、木々に囲まれて人気の少ないその場所は、心操人使のお気に入りの場所だった。
木陰をつくる大きな木の幹にもたれかかる。
陽射しが木の葉によって遮られほどよい気温を感じられる。爽やかな風が木々を揺らし、葉が擦れる音が心地いい。
人付き合いを避けるとまではいかないが、そういった類のものがあまり得意でない心操にとって、ここは考え事に最適なスポットである。
(欲を言えば、猫がいればいい)
心操の好きな猫がいればもっといい空間になったのだが、マスコミの侵入を許さない雄英が野良猫を侵入させるはずもない。
体育祭まであと3日。ヒーロー科のA組に宣戦布告もした。どんな競技が来ても対応できるように作戦も立てている。しかしそれでも、心の中で「もっとやらなければ」と囁く声が聞こえた。
臨時休校になった翌日に宣戦布告に行ったA組は、ただただ真剣だった。慢心もせず努力し続け、懸命にヒーローを目指している。
ヒーローに憧れた。どうしようもなく憧れてしまった。
洗脳という個性はヴィラン向きだと、ずっと言われ続けて来た。そう言われるのもわかる。人が持っているのを見たら、まず悪用することを考えてしまう。
それでも憧れたのはヒーローだった。誰かを救けるヒーローになりたかった。
俺のようにヒーロー科に落ちた人間がいることを、普通科からヒーロー科に編入できる可能性があることを知らしめてやりたいだけだったのだ。1年A組はヴィランを迎え撃って注目されていて、その分調子に乗っていると思っていた。
(……でも、違った)
あんな姿を見てしまったら、どうすればいいかわからなくなる。個性が戦闘向きでないからと言って体も鍛えない自分が、浅ましくて仕方がない。
ヒーローになりたい。周囲が何を言おうとも、ヒーローを目指す気持ちは変わらなかった。
疲れ気味の目元を抑える。考えれば考えるほど、何をすればいいのかわからなくなる。
「……どうすりゃいいんだよ」
「……どうしたの?」
思わず口からこぼれた言葉を、誰かが拾う。
誰もいないはずなのに、と顔を上げると、小学生くらいの見た目の少年が立っていた。大きなクマのぬいぐるみを抱えるその姿は愛らしい。
目の前にいきなり子どもが現れた衝撃はかなり大きいもので、心操の頭の中は半ばパニックに陥っていた。
「……お前、小学生か?」
やっとのことで言葉をひねり出す。自分でもしょうもないことだと思ったが、心操にはこれが限界だった。
「……うん、7歳」
「誰に連れて来てもらったんだ?」
大方関係者の子どもだろうと当たりを付けて尋ねる。流石に一人で雄英に侵入してきたとは考えられない。
「マニュアルおにーちゃん。知ってる? プロヒーローなんだって」
「マニュアル……あぁ、ノーマルヒーローか。家族じゃないのか?」
「ちがうよ」
家族、という言葉に顔を暗くする少年に、心操は地雷を踏んだか? と1人焦る。
少年は一度クマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめると、あどけない表情を見せて言った。
「あのね、マニュアルおにーちゃんがおひげのおじさんと話してて、たいくつだったの」
雄英教師にヒゲが生えている人は多いから、誰だか検討がつかない。なるほど、こいつは勝手に逃げ出してきたお転婆なのか。それにしてはよく騒ぎにならずここまで来たものだ。
「……お前、名前は?」
「しゅう。秀でるって書くの。おにーさんは?」
「……人使、かな」
普段下の名前を言うことはほとんどないのに思わず言ってしまった。子どもは強いな、そう思わされる。
「じゃあ、人使おにーちゃんだね!」
人使、おにーちゃん。その言葉の暴力に心操は顔を抑える。子どもとは無垢で純粋なゆえに、信じられないような強打を放ってくることがある。今の言葉は心操の心にクリーンヒットした。
少年––秀が心操の正面に座り込む。このくまさん、えいたくんって言うんだ。そんなことを言う姿はやはりかわいらしい。子どもは罪な生き物だ。
「人使おにーちゃん、元気なさそうだった。大丈夫?」
秀を見ていて半ば忘れかけていた考え事が、胸の内から湧き上がってくる。心操の表情が暗くなったのを見て、秀がクマの人形を差し出してくる。
「えいたくん、もふもふでかわいいよ?」
無垢な言葉が心操の心を殴りつける。お前の方がかわいいよ、と叫びたくなる気持ちを抑えて、くまを少し触らせてもらう。
「……ヒーローになりたいんだ。でも、今のままじゃなれない」
「……なにかあったの?」
「色々あったさ。俺の個性がヴィラン向きだったり、ヒーロー科の入試に落ちたり、それでも俺は諦められなかったり……俺の個性、洗脳なんだよ。ヒーローの個性じゃねぇよな」
ヒーロー科の面々はたゆまぬ努力をしていて、自分は普通科で変わらぬ日々を過ごしていた。個性があって頭は回っても、日々肉体を鍛えることもない。
考えれば考えるほど、自分が醜く思えてきた。
「……そんなことない、だって人使おにーちゃんはやさしいもん」
「……優しくなんかねぇよ」
「ぼくのお話、聞いてくれた。近くに行ってもおこらなかった。それに、目がやさしいもん」
こんな隈だらけの不健康そうな目を優しいなんて、この子はどうかしてる。
だけど、ばかげたその言葉がとても嬉しくて、心操は秀を引き寄せて頭を撫でた。
さらさらで、ふわふわ。子どもらしい柔らかい髪は触っていて気持ちがいい。
「お前も、優しいんだな」
「……へへ、うれしい。人使おにーちゃん、お師匠さまと一緒だ」
「お師匠さまがいるのか?」
「うん。ぼくのこと、拾ってくれたの。優しいねって言ってくれた」
本当に幸せそうに話す秀を見ると、この子はお師匠様が大好きなんだな、と伝わってくる。
それにしてもさっきから話が不穏だ。拾われただの、近くにいけないだの、話を聞いてくれないだの、この子は特殊な境遇にいたのかもしれない。
「ぼくもね、こわい個性だ、って言われてたの。でも、お師匠さまがやさしい個性だって言ってくれて、教えてくれた。どんな個性もつかいよう、ってね!」
「……俺の個性も、優しくなれるかな」
「なれる! だって、人使おにーちゃんはやさしいもん!」
子どもは無垢だ。だからこそ大人がくれない欲しい言葉をかけてくれる。
「……俺、頑張るよ」
「うん! ぼくもがんばる!」
そろそろこの子を返してやらないといけない。マニュアルも先生もこの子のことを探しているだろう。
「…よし、マニュアルさん、探そうか」
「えー、マニュアルおにーちゃん。話がへいきんてきなんだよね」
ノーマルヒーローの話は普通すぎてつまらないらしい。随分辛辣な評価だ。
秀を抱き上げて校舎へと向かう。職員室あたりにいけば大丈夫だろうか。
「……最後に、写真撮っていいか?」
「いいよ?」
片手で秀を抱いて、スマホを構える。
夕陽でオレンジ色に染まった校舎裏、ヒーローを目指す青年と、くまを抱きかかえた少年。写真の中の2人は、とても楽しそうに笑っていた。
–––––
「……まさか普通科のやつに保護されるとはな」
「逃げ足がすごかったですね…」
職員室、相澤は膝の上に眠る秀を乗せながら、プロヒーローのマニュアルと話していた。
心操に連れてこられた時は既に眠りの世界に入っていて、起こすことも出来ずにただ寝かせている。
相澤としてはおひげのおじさんと呼ばれたことが若干不満で、ひげを剃っておにーちゃんと呼ばせてやりたい気持ちがあった。しかし不合理ゆえに、それが実行されることはないだろう。
「んで、さっきの説明の続きしてもらってもいいか?」
「はい。今日の午前病院で目を覚ましまして、検査の結果記憶の混濁のようなものだということです。しかし今までのことを覚えていないわけではなく、むしろ別人格が代行しているような感じですね」
「別人格、代行…? どんな話になってんだ」
秀、フルネームは時任秀──先日のUSJ襲撃事件で意識不明になった雄英教師である。
1週間半経った今日ようやく目を覚ましたものの、全快とは程遠い現状であった。
「見ての通り幼い精神になっていますが、時任が幼い頃の様子とはまた違うようで。彼だけど彼じゃない……そんな人格が出ているそうです」
「今日に至るまでの記憶はあるんだな?」
「知識としては、ですが。特にここ数年の記憶は知っているだけで、自分が経験したものという実感は薄いようです」
「……なるほど、肉体の次は精神か。厄介な対価だな」
時任の個性で時間を戻すと、身体年齢が若返る。しかし今回新たにわかったのは、肉体の限界を超えると精神の方に影響が出るということだ。
現在時任の人格は"眠っている"らしい。今は身体年齢に見合った子どもの人格が表面に出ていた。
ただそれも時任の子ども時代とは違うという厄介な状態である。
「本人曰く、明後日くらいには"俺"に戻ると思う。と言ってましたね。恐らく明後日には精神のデメリットの時間が終わるのだと思います」
「そこから一日経って、体育祭当日に身体も戻る感じか……ま、ちょうどいい頃合いだな」
自分の命を賭してまで治療をしたこの後輩は後で説教してやらないといけないが、個性により命を失うことはないというのは朗報だ。
未来永劫そこまで治療させる予定はないが、知らないよりは知っていた方が安心できる。
今の時任は小さく無邪気で、ただどこか心の傷を感じさせる様子だった。
彼が幼い頃の話は少しだけ本人から聞いている。随分と壮絶な人生で、そんな彼がここまでの好青年になったことは驚くべきことだった。それほど彼の傷は深いはずだ。
今も見えないだけで、奥底には生々しい傷が残っているのだろうか。
人の心は不合理だ。体と違って完璧に治すことはできない。
すやすやと眠る時任を見つめる。早く戻れよ、と思いながら水島との話を済ませ、迎えに来たリカバリーガールに彼を託した。
時任が目覚めたことは、A組の生徒たちにはまだ知らせていない。いつ知らせるか、どうせなら体育祭当日まで秘密にしておいてもいいだろうか。
今のこの姿を生徒たちに見せたらきっと複雑な気持ちになるのだろう。可愛らしい反面、傷ついたあの姿を思い出してしまうに違いない。
それでも、目を覚ましたことは生徒たちにとっても朗報なのだ。
生徒たちに言うべきか、言わないべきか。思い悩みながら相澤は明日の授業の準備を始めた。
くまのぬいぐるみはA組の生徒がくれたのでえいたくんです。
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目覚め、そして体育祭
今回はそんなお話です。
長い、長い夢を見ていた。
孤児院にいた時のこと。師匠に拾われた時のこと。師匠と過ごした日々のこと。雄英で学んだ時のこと。サイドキックとして活動した時のこと。教師になった日のこと。初めてA組の生徒たちと出会った時のこと。
一つ一つに過去をなぞりながら、記憶の海を揺蕩う。
覚えている。赤く染まった視界も、涙の浮かんだその瞳も、全て。
記憶は泡のように次々と浮かび上がってきて、溶けていく。
「まだ、ねむってていいんだよ」
幼い自分の声が聞こえた。遠い昔に捨ててきてしまったあどけない自分だ。
"俺"が眠っていても、その間のことは全て見えていた。涙を流す旧友の姿も、迷い悩んでいた生徒の姿も。
(俺、こんな7歳じゃなかったんだけどなぁ)
7歳といえば、まだ独りきりだった。師匠とは出会っていなかったし、自分の半身ともいえる"個性"が本当に嫌いだった。
きっとあの時、優しさが欲しかった。優しさをもらえば自らも優しくなれるような気がしていた。
「もう少しだよ、まっててね」
声が聞こえる。柔らかい声が頭の中に反響して、どこかふわふわした気持ちになっていく。
少しずつ何かを取り戻しているような気がした。
ゆっくりと記憶が進み、今に近づいていく度に世界に光が差し込む。
「ばいばい、もう来ちゃだめだよ」
代わりになってくれた、存在しなかった自分が言った。
(さよなら、自分)
もう、起きなければいけない時間だ。
–––––
「……おはようございます、師匠」
「おはようじゃないよ、この馬鹿弟子が」
目が覚めて最初に見えたのは、見慣れた師匠の顔だった。
スパンと音を立てて頭を叩かれる。頭よりも心が痛い。愛のムチというやつだ。
「……ずっと寝てた気がします」
「1週間半意識不明、その後3日幼児退行、そして丸1日寝込む。随分と長いお休みだったね、まったく」
「うぇ、そんなに長かったんですか」
幼児退行、と言われると語弊がある気がする。アレは別人格のようなものだ。俺であるが俺ではない。よくわからないけど、7歳の頃の自分ではないのだ。
別人格、いわゆる"ぼく"だった時の記憶はある。ひたすら無邪気に行動していたその記憶は、今となっては黒歴史になりかねない恥ずかしさだ。
水島、相澤先生と接したこともそうなのだが、普通科の心操くんとのやり取りが一番恥ずかしかった。彼と顔を合わせられる自信がない。
「本当にあんたは…もう体育祭は始まってるよ」
師匠が呆れたように言う。体育祭当日であることは知っていたが、もうそんな時間だとは気づいていなかった。
「嘘でしょ…! どこまで行きました!」
「第1種目の障害物競走がもうじき終わるさね」
「い、行ってきます!」
急いで飛び出そうとする俺を師匠が制止する。
「待ちなさい。点滴は打ってるけど、ゆっくり食事も取るんだよ。体力は戻ってないんだから無理はしないこと。わかったかい?」
「…分かりました。ありがとうございます、師匠」
「……早く行ってきな」
寝かされていた出張保健室の扉を開けて、グラウンドの教員席へと向かう。
ふと自分の服装を確認すると、しっかり普段のコスチューム姿、すなわち白衣姿だった。
白衣のインナーは身体年齢に合わせて伸縮性する仕様だから、これを着ていないと身体が大きくなった時に服が破れてしまう。おそらく誰かがそれを考慮してくれていたのだろう。
目覚めていた3日間も、A組の生徒たちには会っていない。相澤先生もまだ目覚めたことを知らせていないと言っていた。
早く会いたい気持ちが募るが、競技中だ。集中を切らさないように昼あたりに会いに行こう。
(多分もう個性も使える、デメリットは完全に消化した感じかな…)
最後に丸一日寝込んだタイミングが、"ぼく"から"俺"へと切り替わった時であり、身体年齢が進んだ時なのだろう。体力はかなり落ちているが、個性の感覚的には全快していた。
建物内を駆け巡り、グラウンドへと出る。教員席にはオールマイトや13号を始めとする教員たちが控えていた。
「と、時任くん! もう大丈夫なのかい!」
「個性のデメリットは終わりました。2週間寝込んでたので体力面はキツイんですけど…」
「君、後でお説教だからね?」
「……体育祭が終わってからでお願いします」
オールマイトに釘を刺される。他の先生方にもお褒めの言葉とお小言をいただきながら、オールマイトの隣に座った。
グラウンドでは障害物競走の最後尾の生徒たちがゴールを迎えていた。ヒーロー科の子たちはとっくにゴールしたらしい。
「オールマイトさん、A組のみんなはどんな感じでした?」
「そろそろ順位がまとめられるけど…凄かったよ。みんな」
「ほんとですか! いやー、嬉しいなー」
「みんな君のノートを見て必死に特訓してたからね!」
「……え?」
俺が書いているノート、それは一つしかない。20人それぞれの日々の様子などを書き連ねたものである。彼らの指導に役に立つようありとあらゆることを書いていたが、それを生徒に見せたことはない。
「……あっ! これ言っちゃダメなやつか!」
「ちょ、どういうことですか!」
オールマイトがいっけね! と口を抑える。
彼を揺さぶりながら無理やり話を聞き出すと、どうやら俺が倒れた直後、相澤先生が独断で生徒たちにノートを渡したらしい。
「……めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
「ははは! 役に立っていたようだし、良かったんじゃないかな?」
「そういう問題じゃないんですよー!」
感覚としては秘密の日記を親に見られたようなものである。見られていい悪いではなく、羞恥心の問題なのだ。
「まぁまぁ、ほら、もう結果が発表されるよ」
「……相澤先生、絶対に許さない」
俺自身も相澤先生を「おひげのおじさん」呼ばわりしているので、おあいこかもしれないが。
主審のミッドナイトの合図とともに、モニターに続々と結果が発表される。
まず1位2位3位をA組が独占、緑谷轟爆豪の順だ。正直轟くんか爆豪くんが1位だと思っていたのだが、緑谷くんもこの2週間で更なる成長をしたのだろう。
「緑谷くん、大躍進じゃないですか?」
「あぁ。フルカウルをある程度使いこなせるようになって機動力が抜群だったね。それに地雷を使った妨害が見事だった」
「なるほど、彼は判断力に優れてますからね…。轟くんと爆豪くんがこの位置にいるのは、まぁ順当でしょうね」
どうやら緑谷くんは特訓していたフルカウルの成果もあり、序盤からトップ争いをしていたらしい。轟くん、爆豪くんと膠着状態になりながらも、地雷エリアで1人飛び抜けたとか。
4位以下、途中にB組の実力者を挟み込みつつ、A組は全員30位以内に入ることに成功している。
障害物競走に不向きな個性の上鳴くんや葉隠さん、青山くんあたりは心配だったが、彼らも無事に中位に入り込んでいた。
上位に食い込んでいたのは、個性を使った機動力に優れている飯田くんに瀬呂くん、尾白くんだ。そこから少し順位を落として常闇くん、蛙吹さん。そして身体能力で挑んだ切島、砂藤、障子、芦戸らが続いている。
オールマイトによると、仮想敵エリアをA組面々がハイスピードで通過。その後も思考力と判断力に優れたA組優位でレースが進んだらしい。
(おそらく経験の差、B組より場数を踏んでる分、行動が早い)
特訓を通じて個性の活用力や地の身体能力を鍛えていたことも功を奏していたのだろう。様々なシーンで個性を使って障害物を超えていたらしい。
そして普通科の心操くん。ヒーロー向きの個性ではないと言っていた彼だったが、上位42人の中に入っており二回戦進出を決めている。
先日少し話した身としては、無事に通過していて嬉しい気持ちがある。
個人的には全員のレースを細かくチェックしたいところだが、それは後々。オールマイトによると全員が見せ場を作ってゴールしたらしいから、後で楽しみに見させてもらおう。
そして第2種目、騎馬戦だ。1年生の中でも限られた42人のみが進めるこのステージから、指名に向けたプロヒーローによる観戦も盛り上がってくる。
42人それぞれがポイントを割り振られ、2〜4人の組で騎馬を作って合計のポイント数を騎馬の持ち点とするこの競技。
他者と協力し、個性を組み合わせて戦わないと勝利への道は開けない。その中で自分の存在をアピールする必要がある。
「ほんと、ヒーロー社会の縮図みたいな競技ですよね」
「試されるのは戦闘力だけじゃない、ってわけだね…」
各々に割り振られるポイントは、42位から5ポイント、10ポイント、と言った形で5ポイントずつ増えていく。
そして1位の緑谷くんにのみ1000万点。上位ほど狙われる下克上方式というわけだ。
騎馬の組み合わせもそうだが、ここでは作戦が最も重要になってくる。誰がいつどう仕掛けてくるか…その戦局が読めた騎馬が勝つだろう。
(ま、緑谷くんはちょっとキツイだろうな…)
1000万点のハチマキを保持していれば確実に1位通過が決まる。それゆえにほぼ全員に狙われることになるだろう。
15分間のチーム決めタイムが始まる。勝負はここから始まっていた。
–––––
騎馬戦のチーム決め開始直後、心操人使はチームを作るべく、ある人物に声をかけていた。
「……そこのお前、ちょっといいか」
「ん? どうしたの?」
「……俺に作戦がある。普通科で信用ならないかもしれないが、話を聞いてくれ」
第2種目が騎馬戦だと発表されたとき、心操はまず「洗脳」を使って騎馬を組むことを考えた。
けれど、いくらヒーロー科編入のために上を目指すからと言っても、それをやるのは違うと感じた。
(優しい個性になれるって、言われたんだ)
朗らかな笑顔を浮かべる少年の姿を思い出す。騎馬戦はチームプレイだ。チームメイトを洗脳するのは違う。協力してくれる相手を探すべきなのだ。
心操には作戦がある。それを実行できる個性の持ち主は障害物競走の時に見つけていた。
その個性の持ち主––尾白猿夫は言った。
「んー、とりあえず話だけでも聞かせてもらおうかな」
「……ありがとう。俺の個性は"洗脳"だ。俺の問いかけに答えた人物を洗脳できる。衝撃で解除はされるが、一瞬隙を突くことはできる」
「…なるほど。君の個性を使えば、少しの間だけでも騎馬の動きを止められる。2回目は通じないかもしれないけど、使うタイミングによってはポイントを奪い取れる…」
尾白は一瞬で言いたいことを理解する。序盤からガンガン攻めていくタイプではないが、確実にポイントを奪い取る方針のようだ。
「そういうことだ。お前の個性は機動力があって汎用性が高い。とっさの回避もできる。他に遠距離攻撃の手段があるやつがいれば、万能な騎馬が作れる……そう思ったんだ」
「君の個性の弱点までバラしちゃったけど、俺がもし断ったらどうするの?」
尾白が笑いながら言う。心操はそれを考えておらず、顔を強張らせる。
ただ信用を得たかったのだ。騎馬戦を一緒に闘うためには、信用が必要だと思った。だから弱点まで話してしまったのである。
「はは、すごい顔してるよ……いいよ。乗ってあげる。俺は尾白猿夫。君は?」
「……心操人使だ。ありがとう」
尾白が手を差し出し、心操もそれに応える。
「それなら他に、うってつけの人材がいるんだ。一緒に誘いに行こう」
「…おう」
尾白はお人好しだ。心操はそう思う。断られたら、なんて言っていたが、俺には個性という最終手段がある。それなのにそれを全く気にしないでいた。
(……バカなやつ)
だけれども、本当にいいやつなのだと、そう思った。
–––––
「15分経ったわ。それじゃあいよいよ始めるわよ」
ミッドナイトの合図により、放送席のプレゼントマイクが実況を始める。
「さぁ起きろイレイザー! 15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに12組の騎馬が並び立った!」
「……なかなか面白ぇ組が揃ったな」
「麗日さん! 発目さん! 常闇くん! よろしく!」
「っはい!」
「フフフ!」
「あぁ…」
緑谷チームは、発目のサポートアイテムに麗日の個性を組み合わせ、そこに常闇を加え。
「……これが最強の布陣だ。行くぞ」
轟チームは飯田で機動力を確保し、そこに八百万と上鳴を組み合わせ。
「狙うはただ一つ! 1000万ポイントだぁ!」
爆豪チームは爆豪の爆破に耐えうる切島に、汎用性の瀬呂。轟対策に芦戸を投入し。
「……二人とも、よろしく頼んだ」
「心操、蛙吹。頑張ろうね」
「ケロ、作戦勝ちを狙いましょう」
蛙水を騎手にしている蛙吹チームは、心操と尾白の3人で、巧みに練られた作戦を携えて。
「よっしゃあ! 障子艦隊、行くぞぉ!」
「僕の作戦は完璧さ…!」
「……作戦が良かったからあんたらと組んだけど、なんか後悔してるわ……」
「……俺もだ」
峰田チームは障子が峰田、青山、耳郎を覆い、更には一発逆転の作戦を考えて。
「よーし! 3人だけど頑張っちゃうぞ!」
「お、おう」
葉隠チームは、葉隠に照れる砂藤、口田を騎馬にして。
「3! 2! 1! スタート!」
今、波乱の騎馬戦が幕を開けた。
前話の突然の心操回は、このフラグだったのであった!
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成長、激闘の騎馬戦
三人称だったり時任の一人称だったり変わります。三人称でもコロコロメインとなる騎馬が変わるので、分かりづらいと思いますが許してください。
第2種目、騎馬戦。それは実質1000万ポイント––緑谷チームのポイントの争奪戦だ。
開始直後から狙いに行くか、終盤に掠めに行くか。1位通過を狙う各チームは選択を迫られる。
「3! 2! 1! スタート!」
プレゼントマイクのカウントダウンで戦いが幕を開ける。初動で1000万ポイントを狙いに行ったのは鉄哲チームのみだった。
各地では他の上位チーム–––轟、爆豪チームが標的になっている。
「いきなりの襲来とはな……まずは1組だ。選択しろ! 緑谷」
「もちろん逃げの一択……って何これ!」
緑谷チームが戦いを避けようとした時、鉄哲チームの骨抜の個性により地面が柔らかくぬかるみ、足が沈んでいく。
「麗日さん! 発目さん! 顔避けて!」
足を取られた緑谷チームは、サポート科の発目のアイテムで空中に退避。鉄哲チームから逃走する。
「飛んだ⁉︎ サポート科のか! 塩崎!」
鉄哲の合図で塩崎が頭のツルを伸ばす。ハチマキを奪おうとするも、それは黒影に妨害された。
「黒影、常に俺たちの死角を見張れ。任せたぞ」
「アイヨ!」
逃げ続ける緑谷たちは常闇の個性を使って死角を潰し、鉄壁を作り出している。
意地でも1000万ポイントを取られないように、ひたすら逃げるようだ。
「着地するよ!」
緑谷の掛け声でアイテムのスイッチを切り、周囲に騎馬のいないエリアに着地。それを鉄哲チームは諦めずに追いかけていた。
フィールドの一部で鉄哲チームと緑谷チームの追走劇が始まっている中、葉隠チームは影を薄くして戦場を観察していた。
「1000万が取れたとしても、保持するのが難しい……狙うなら後だね!」
「おうよ! とりあえず背後だけは取られねぇように掠めに行こうぜ」
葉隠は自チームのポイントを守りながら、各所の戦いに割り込むことを選択する。
彼らの騎馬は周りを妨害する個性持ちがいない。葉隠はその透明さゆえにリーチを読ませないという隠密性があるが、騎馬となっている砂藤、口田は屈強な男止まりだ。小細工は中々難しい。
「轟がB組騎馬と交戦中! 行くか?」
「ダメだよ! すぐに轟たちがポイントを取る、そしたら狙われるだけ!」
「なら……あそこ! B組のやつらが小競り合いしてる!」
彼らが選んだのは拳藤チームと小大チームの小競り合いだ。お互い牽制し合っていて、かなりの隙が見て取れる。
「唯! 同じクラスだからって容赦しないからな!」
「……ん」
拳藤が個性の「大拳」で風を起こし小大チームの体勢を崩す。
しかし小大チームの騎馬をつとめる凡戸が凝固性の粘液を出し、拳藤たちの足元を固めようとかかる。
拳藤たちはそれを後ろに引いて回避、小大たちが追い打ちをかけようと迫る。
『小大! ハチマキ取られてるぞ!』
「えっへへー! 隙あり!」
小大たちが背後を確認していなかったその隙に、葉隠チームがハチマキを奪い取る。個性「コミック」の吹出が個性でそれを伝えるものの、砂藤と口田のフィジカルで彼らは既に逃げ去っていた。
『二人とも! もう失うものはない、拳藤たちを攻めるぞ!』
「……ん!」
『逃がさないぞ! 拳藤!』
「……私らは、逃げる!」
所有ポイント0の小大たちとやりあってもメリットはない。ここは逃げ一択だ。
しかし小大チームは凡戸の個性で妨害し、拳藤チームを追いかける。
緑谷チームと鉄哲チームの他に、ここでも追走劇が始まっていた。
「よし、思った以上に上手くいった! あとは逃げて1000万を掠める!」
「周囲の偵察だけは怠るなよ! 口田も何かあったら合図しろ!」
一方小大チームのポイントを掠め取り、中位に食い込んだ葉隠チーム。砂藤の言葉に口田が勢いよく頷き、偵察しながらフィールドの端を移動していく。
その時、上方から葉隠を呼ぶ声が聞こえた。
「葉隠!」
「うえっ⁉︎」
葉隠が反射的にそれに応えた瞬間、葉隠の思考が靄がかる。
敵がいたのは地上ではなく空中だった。葉隠たちの頭上にいたのは蛙水チーム。尾白の尻尾を使って遠距離から一気に詰め寄ってきたのだ。
「……動くな」
「蛙水! 行くよ!」
「ケロッ!」
心操の個性で葉隠を洗脳し、命令で一瞬動きを止める。砂藤も口田も心操の個性は知らないから、衝撃を与えて解除することもできない。
「ちょ⁉︎ 葉隠!」
砂藤と口田が焦って移動するも、蛙水の舌で器用に2本のハチマキが奪われる。移動、拘束、奪取が完璧に揃った策だった。
「ごめんね葉隠さんたち! 恨みっこなし、だよ!」
「……蛙吹さん、ナイスだ」
尾白はそう言うと、一気に尻尾で後方に退く。ハチマキの数は3本あるものの、得点としては4位に残れるか分からない。まだ攻める必要性があった。
「おい葉隠! 葉隠!」
砂藤と口田が必死に葉隠を揺さぶる。そのうちの何かが洗脳が解ける衝撃になったのか、葉隠がハッと目を覚ます。
「え……? 私今、何してた…?」
「多分相手の個性だ! 意識を奪うとかそういう系だと思う!」
「せっかく奪ったのに、ごめん……でももう失うものはない! 全力で攻めるぞぉー!」
「お、おう…」
葉隠チーム、現在0ポイント。しかしまだ諦めてはいない。ここから全力で不意打ちを狙いに行くのだ。
–––––
騎馬戦開始直後、峰田チーム。
障子が青山、耳郎、峰田をすっぽりと覆うようにして騎馬を作った彼らは、 戦場の様子を分析していた。
「青山の一発逆転の策はラストに使うとして……今は峰田が妨害、ウチがハチマキを取る、青山は後方の警戒、って感じかな」
「……そうだな。最初に狙うなら轟か爆豪あたりか?」
「待て、周囲を巻き込む大攻撃を仕掛けそうなのは轟チームだろ? 上鳴に轟なんてヤベェじゃん。狙うなら爆豪だろ」
峰田チームは比較的ハチマキを取られづらい騎馬であるため、じっくりとフィールドを見渡しながら狙い目を決めていく。
「爆豪くんなら、絶対に緑谷くんの1000万を狙いに行かないかい? その隙に爆豪くんのハチマキを奪えればいいと思うな…☆」
「それ、採用」
上位チームとタイマンを張ってポイントを奪いにいくのは中々難しい。やはり狙うべくは横取りである。
「……待て、前半はフィールドを回って奪えるところから奪いに行ってもいいんじゃないのか」
「緑谷チームは逃げ、爆豪と轟は他のとことやり合ってる……そこを横取りはキツイ。そうしよっか」
障子がフィールドを走り、手頃な場所にいたB組騎馬に目をつける。
「先手必勝!」
こちらに気づいていないB組騎馬に対し、峰田が妨害のもぎもぎを投げつける。それが終わった瞬間、耳郎がイヤホンジャックで敵のハチマキを奪い取った。
「名前も知らないけど、ゴチになります!」
「うわっ、何だよこれ! 動かねぇ!」
『峰田チーム! 圧倒的体格差を利用しもはや戦車だぜ!』
ポイントを奪取し、障子はすぐに逃げに入る。耳郎と峰田もにんまりである。
青山は障子の複製された目とともに背後の警戒を続けている。彼が活躍するのは、もう少し先。
そして轟チーム、開始早々1組の騎馬からハチマキを奪い取った彼らは、早速ある問題に頭を悩ませていた。
「A組のやつらが全く近寄ってこねぇ…」
「B組の方々も交戦中ですわ…」
そう、ダントツで警戒されていたのだ。
A組面々は、上鳴轟八百万という組み合わせの時点で「放電からの氷結」で確実に足止めをしようという魂胆を見抜いていたらしく、近くにいたら巻き込まれると全く近寄ってこない。
B組はそこまで考えていないが、他と交戦中で近くには誰もいなかった。
「どうする? 轟くん。緑谷くんをもう狙いに行くか?」
「……いや、まだだ。他に邪魔されないような環境を作れねぇ」
「それなら戦闘に割り込むしかねぇよ! そこら辺行くぞ!」
彼らが目をつけたのは逃げる拳藤チームに追う小大チーム。小大チームは0ポイントなものの、まとめて行動不能にして損はない。
『凡戸! 撃て!』
「あぁもう! しつこいなぁ!」
「……これなら氷結だけでいける」
拳藤チームも小大チームもお互いに夢中で周りが見えていない。この状況なら確実に氷結が決まる。
轟が足元から地面を凍らせて、2チームの動きを封じる。
「っ嘘! マジかよ!」
『これはしてやられたな!』
「……頂いてくぞ、ポイント」
轟チームが3本目のハチマキを手にした。ポイントも上々で、取られることさえ無ければ決勝進出は間違いない。
(けど、狙うは1000万だ)
目標は決勝進出ではない、1位通過なのだ。
–––––
「7分経過した現在のランクを見てみよう!」
プレゼントマイクの実況で、モニターに途中経過が表示される。1位から順に緑谷チーム、轟チーム、物間チームと続き、4位に蛙吹チーム、鉄哲チーム、峰田チームと続いていた。
「ちょ、待てよこれ……爆豪チーム、0ポイントじゃねぇか!」
A組の子がいる騎馬は爆豪チームと葉隠チームが0ポイント、他は今言った通りで、4位までに3チーム入っていた。
「B組の騎馬は物間、鉄哲チーム以外0ポイントだぞ……! 頑張れB組!」
(しかし物間くん、やらかしたな)
爆豪くんは先ほど、物間くんに不意を突かれてハチマキを奪われていた。
しかしその時に要らない挑発をしてしまったようで、爆豪くんを完全にブチギレさせている。怒った爆豪は相当しつこいから、彼は0ポイントになるまで追い回されるだろう。
それにしても、A組は全体的に調子がいい。1000万を死守している緑谷チームはもちろんのこと、2本のハチマキを奪った轟チーム。ハチマキを奪った葉隠チームから2本丸ごと掠め取った蛙吹チーム。そして障子チーム。
先ほどハチマキを奪われた葉隠チームは残念だったが、まだ挽回のチャンスはある。ここからどうして行くかだろう。
「オールマイトさん、蛙吹チームの作戦、どう思います?」
「完全に初見殺しだね。3人騎馬だけどバランスがいいし、あれはかなり対応が難しいね」
蛙吹さん、尾白くん、心操くんで組まれた蛙水チームは、人数は少ないもののとにかくチームワークがいい。
尾白くんの機動力を生かして一気に近づくと、心操くんが騎手に声をかけて洗脳。動きを止めて騎手が無抵抗になった状態で蛙吹さんがハチマキを掠めとる。いい作戦だ。
いくら騎馬が動いていても、騎手が抵抗しなければハチマキは動く的のようなものだ。蛙吹さんも奪いやすいだろう。
「私としては障子チームが気になるな。青山少年の働きが見受けられないのが気がかりだが…」
「あそこも凄いですよねー、峰田くんの妨害がうまく機能してるし、耳郎さんのイヤホンジャックの利便性がいいですから」
「障子少年のおかげでガードが固いのがまた強みだね。青山少年は後方の見張りかな?」
オールマイトと騎馬について盛り上がっているうちに、フィールドの様相が大分変わっていた。
爆豪チームは物間チームと相対している。ハチマキも1本奪還していて、もう1本奪われるのも時間の問題だろう。
フィールドの端では轟チームが氷壁を作り、緑谷チームとタイマンの状況を作り出していた。緑谷チームはその状況でも何とか逃げ回っている。緑谷くんの分析力と判断力、常闇くんの個性が上手く作用していた。
小大チーム、拳藤チームは凍らされて動くことができず、0ポイントのままもがいている。他のB組0ポイント騎馬、角取チームと鱗チームが峰田チームを取り囲み、何とかハチマキを取ろうとしていた。
しかし峰田くんのもぎもぎの妨害でなかなかうまくいっていない。
そして蛙吹チームは鉄哲チームに攻め込まれ逃げ回っている。骨抜くんと塩崎さんの個性に翻弄されつつも、何とか距離を取ってハチマキを死守していた。
「あそこ、大丈夫ですかね? いくら尾白くんの機動力が優れていても、骨抜くんと塩崎さんの組み合わせは相性最悪じゃないですか?」
「むむむ……鍵を握るのは心操少年だろうね。一人だけ個性が分からないという強みがある」
体育祭も残り5分、終わりが近づいていた。
(俺のいない間の成長、見せてよね)
できれば決勝という大きな舞台で。
–––––
「どうする! 囲まれて中々動けない、他にハチマキ取らないと決勝は厳しい!」
「……そろそろあの作戦に出るとするか?」
「ノンノン! あれはタイミングが重要さ。大事なのは周りのチームの動き、今はその時じゃないね」
「あれが成功すればオイラたちは決勝進出間違いなし……今はこのまま凌ごうぜ!」
峰田チームが2組の騎馬からの攻勢を防いでいる時、蛙吹チームもまた鉄哲チームからの攻撃に耐えていた。
「二人とも、近づかれたらツルの本数が多くて凌ぎきれないわ」
「後退してるんだけど、このままだと追いつかれる…っ!」
「……俺に任せろ。あと少し耐えてくれ」
心操は相手を観察する。鉄哲はすぐに反応してくれそうだが、他3人はそう簡単ではないだろう。洗脳するためには確実に返事をしてくれるようなことを言わなければならない。
「おいお前ら! ハチマキ取られてるぞ!」
「なんだと!」
「なんですって!」
「マジで⁉︎」
「嘘だろ!」
「お前ら全員、止まれ」
不幸にも心操の嘘に全員反応してしまった鉄哲チームは、完全にその動きを止めた。
「ナイスよ、心操ちゃん」
蛙水がハチマキを取ろうと舌を伸ばす。しかし舌がハチマキに届く寸前、そのハチマキは姿を消した。
「んなっ…! 葉隠たちか!」
「へっへっへー! いっただきー!」
「口田! 逃げるぞ!」
心操の手柄を完全に横取りした葉隠チームは、そのまま勢いよく逃げ出した。
追おうにも鉄哲チームの真後ろを逃げられたため、接触し洗脳が解けることを避けるために迂回しなければならない。
「二人とも、大丈夫! あと少し時間はある!」
「そうね、あと少し。頑張りましょう」
「……あぁ、行くぞ」
ギリギリ4位に滑り込んでいるものの、まだ油断できない。できるだけ多くの得点を取って、決勝を目指す。
「緑谷と轟はあの氷の中だ。爆豪と物間がやり合ってて、他に得点を持ってるのは峰田と葉隠。どこを狙う?」
「タイミングが合えば氷壁の中も狙える! 攻めよう、1位狙いだ!」
心操チームが氷壁の中の2チームの元へ向かい、残すは1分程度。
氷壁の中では飯田のレシプロバーストで轟チームが1000万ポイントを奪い取り、緑谷チームが急転直下の0ポイント。最大のピンチに追い込まれていた。
そして爆豪チームは物間からポイントを奪い取り、2位に浮上。
葉隠チームは峰田チームの元へとやって来ていた。
「峰田くーん! ハチマキもらいに来たよー!」
「青山! 葉隠も来た! 3組は流石に厳しい!」
「もう少しだよ! あと10秒……タイミングは彼が飛んだ時だ!」
「オイラはお前を信じるからな! 合図は頼んだぞ!」
「峰田! 葉隠チームにもぎもぎ! どうせならハチマキ取ってやるよ!」
峰田チームはタイミングを伺う。一気に上位に躍り出るために、あと少しだけ時間が必要だった。
「デクくん、取りに行こう!」
「……あぁ! 」
緑谷チームは起死回生を狙って、轟チームに最後の猛攻を仕掛けに。
「次! デクと轟んとこだ!」
物間を完全に打ち負かした爆豪チームも、氷壁の中の2チームの元へ。
「そろそろ時間だ! カウントダウンいくぜ、エヴィバディセイヘイ! 10!」
プレゼントマイクによるカウントダウンが始まっても、生徒たちはまだ足掻く。
「爆豪くんが飛ぶ! ……3人とも、飛ぶよ☆」
「……了解!」
「9! 8!」
「蛙吹! お前に託した!」
「ケロ、任せておいて」
「うし! 飛ぶよ!」
「7! 6! 5!」
「上鳴! 放電!」
「うぇ、うぇ〜い」
「今ですの!?」
「4! 3! 2!」
「黒影!」
「アイヨ!」
「1! タイムアップ!」
ラスト10秒で順位が大入れ替わりした波乱の騎馬戦が、終わった。
–––––
「早速上位4チーム見てみようか!」
騎馬戦が終わった。が、ラスト10秒の展開が混戦過ぎて状況が理解できていない。
峰田チームは飛んでいて、蛙吹チームは不意をついて、緑谷チームは特攻をしかけて……ダメだ、情報が多過ぎてわからない。
「1位! …あら? これ不具合じゃないよね?」
「……何言ってんだマイク」
「いやだってこれ……1位! 蛙吹チーム!」
「えっ」
「マジで?」
思わず隣のオールマイトと顔を見合わせる。客席も数秒ポカーンとした後、大歓声をあげた。
「はぁ⁉︎ 今の展開で1位取ったって何があったんだよ! すげぇな!」
「しかも3人だぜあいつら…どうなってんだよ!」
グラウンドの轟チームを見ると呆然としていた。気づかぬうちに1000万ポイントを取られていたらそうなるだろう。
一方取った側の蛙吹チームの3人も呆然としている。自分たちが取ったのが1000万だと思っていなかったのかもしれない。
事実に追いつかず、まだ喜びというより驚きの方が強いようだ。
「2位! ってマジかよ! 峰田チーム!」
「えっ?」
「マジで?」
オールマイトと再び同じやり取りをする。怒涛の展開すぎて理解ができない。
峰田チームの4人は狂喜乱舞だ。障子くんでさえ喜びを前面に出していた。
「3位! 轟チーム! そして4位! 緑谷チーム!」
俺の目がおかしくなければ、ラスト10秒までは轟チームと爆豪チームが1位2位だったはずなのだ。
それがラスト10秒でこれである。たかが10秒、されど10秒ということか。
緑谷チームもなんとか決勝に進出できたことに喜んでいた。緑谷くんの目から滝のように涙が出ている。脱水症状が心配だ。
一方最後の最後で決勝進出圏外になった爆豪くんはもはや怒り狂って凄いことになっている。誰か止めてあげた方がいいんじゃないか。
上位が発表されてからすぐに、5位以下も表示される。そこには驚きの結果が出ていた。
5位以下全てが0ポイントなのだ。爆豪チームは? 葉隠チームは? といった状況である。
「……分からないやつも多いと思うから、解説を入れるぞ」
そこから相澤先生によって説明されたことには、こうだ。
まずは緑谷チームが轟チームから1本だけハチマキを奪い取った。常闇くんの黒影が終了間際に頭のハチマキを奪うことに成功したのだ。こうして緑谷チームはギリギリ上位4チームに食い込んだわけだ。
次に蛙吹チーム。ラスト10秒、緑谷チームと轟チームが競り合っている間に、蛙吹チームは氷壁を超え轟チームの真後ろに陣取る。そしてハチマキを1本掠め取った。これがなんと1000万ポイントだったわけである。
そして峰田チーム。峰田くんのもぎもぎと耳郎さんのイヤホンジャックで葉隠チームのポイントをかっさらった直後、障子くんが飛び上がった。
それに合わせ、青山くんがビームを噴射。ものすごい勢いで空中を移動した峰田チームは、緑谷轟の2チームを狙って飛び上がった爆豪チームのハチマキを2本まとめて奪い取ったわけである。
正確にハチマキを掠め取った耳郎さんのイヤホンジャックも流石だが、青山くんのビームをそこで持ち出した考え方が凄い。作戦勝ちのチームだと言ってもいい。
最後に轟チームは、残った1本のハチマキで緑谷チームの得点に勝ち、3位。なんとも納得いかない結果だろう。
「い、いやぁ、ちょっとまさか、って感じですね」
「私も驚きだよ……」
オールマイトと二人してただ驚くことしかできない。周りの先生方も目を丸くして見ていた。
体育祭第2種目、騎馬戦
第1位 蛙水 尾白 心操
第2位 峰田 耳郎 青山 障子
第3位 轟 八百万 上鳴 飯田
第4位 緑谷 麗日 常闇 発目
以上15名、そして繰り上がりで爆豪チームから爆豪くんが決勝進出となった。
あの…ほらさ、A組が強くなったからさ…はい。
B組だと泡瀬くんが好きです。
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試合後、再会の時
「ま、負けた…」
「悔しい…何が起こったんだ…?」
騎馬戦終了後、グラウンドではA組の面々が集まって食堂へと向かっていた。
惜しくもラストで0ポイントとなった切島、瀬呂が唖然とした表情で呟く。
「……すまなかったな、隙をついて奪わせてもらった」
「ずっとタイミングを伺ってたんだよね。爆豪が単独で飛び上がった瞬間に奪おうとしてて」
爆豪チームのハチマキを奪った障子、耳郎が若干申し訳なさげに言う。一方青山と峰田はドヤ顔で踏ん反り返っていた。
青山のビームを利用した大移動は会場中の意表をついた。それだけに彼らも誇らしげだ。
「悔しいけど流石だお前ら! 同じ仲間として誇らしいぜ!」
「切島…お前も漢らしかったぞ」
切島と障子が力強く握手を交わす。
「お茶子ちゃん。お互い決勝に進めてよかったわね」
「私らはデクくんと常闇くんのおかげっていうか…梅雨ちゃん達も凄かったよ! こうバッときてぴゅーん! って感じだった!」
「一緒に騎馬を組んでくれた2人が凄かったのよ。とっても楽しかったわ」
ギリギリで決勝進出を決めた麗日も、大逆転の1位を取った蛙水も随分と嬉しそうだ。
A組のほとんどが決勝に進めたこともその嬉しさの理由だろう。
「梅雨ちゃんとこにいた普通科の男の子、あの子が作戦考えてくれたの?」
「そうね。彼と尾白ちゃんが私を誘いにきてくれたの」
「いやー、こないだ宣戦布告しにきただけあって凄いや! 1位取っちゃうんだもん!」
麗日が心操のことを褒めると、それを聞いていた尾白が嬉しそうに声をかけてくる。
「前に宣戦布告しにきた時はちょっと怖かったけどさ、めちゃくちゃいいやつだったよ」
「そうね、心操ちゃんともお友だちになりたいわ」
峰田チームにギリギリでポイントを取られた葉隠と芦戸が悔しがっていると、同じく決勝に進めなかった砂藤が声をかける。
「あー! めっちゃ悔しい! 最後耳郎ちゃんに取られてさえなければ緑谷くんたちに勝てたのに!」
「私らも耳郎に取られたクチだー。気づいて防げればよかったんだけど」
「悔しいけどさ、クラスの仲間たちが決勝行くってのは嬉しいもんだよな」
2人は砂藤の言葉に大きく頷いていた。それは隣にいる口田も同じだ。
決勝には進めなかったものの、ラストギリギリまで活躍はできた。それはそれでアピールになる。あとは指名がくるのを祈るばかりだ。
「決勝に行けるのは嬉しいのですが…とても複雑な気持ちですわ」
「あぁ、まさかあそこで1000万を取られるとはな…」
「それにしても飯田くん! あんな超必持ってたのズルいや!」
3位に甘んじたことを嘆く八百万と飯田に対し、麗日が声をかける。
「ズルとは何だ! あれはただの誤った使用法だ! ……どうにも緑谷くんとは張り合いたくてな」
「男のアレだな〜っていうか、そのデクくんは?」
辺りを見渡すも、その姿は見当たらない。
「ついでに轟さんと爆豪さんも見当たりませんわね」
「……どこ行っちゃったんだろ?」
緑谷たち3人を除いたA組面々は、グラウンド脇の通路を通って食堂へと向かう。
ちょうど控え室前を通り過ぎるタイミングで勢いよくドアが開き、中から人影が現れた。
「騎馬戦お疲れ様ー!」
現れたのは時任だ。騎馬戦が終わってすぐ、A組面々に会うためにここまでやって来ていたのだ。
「いやー、みんな凄かったよー! 決勝いけなかった子も凄かった! すごい成長してた……って、みんなどうしたの?」
時任がみなに声をかけるものの、誰一人として反応しない。目を見開き大きく口を開け、固まっている。
誰も何も言わない異様な状態に時任も口をつぐむ。
十数秒静寂が続いた後に、先頭にいた峰田が声をあげる。
「と、時任先生…?」
「……そうだよー?」
「ほ、ほほ本物?」
「やだなー、どう見たって本物でしょー」
その言葉に生徒たちが目に涙を浮かべさせ、勢いよく突進してくる。
「せんせぇえええ!!」
「時任ちゃあああん!」
「生きててよかった……!」
「ちょ、ま、あの俺体力が、うえっ」
17人の高校生たちにもみくちゃにされ、潰れていく時任。生徒たちはそれでも変わらずに泣きながら時任を潰しにかかる。
「何で意識戻ったの教えてくれなかったんすかー!」
「私たち、心配だったのに……!」
「さっき起きたんだよ。騎馬戦始まる前に」
「……何はともあれ、生きててよかったわ。時任先生」
「……ふふ、みんなありがとね」
生徒たち一人一人の頭を撫でていく。心配かけてごめん、と、ありがとうの意味を込めて。
「……せんせー、俺たち、まだ言われてないことがあるんすけど」
泣きはらした上鳴が照れくさそうに言う。
周りの生徒たちも追従するように頷いていた。
「…え? 何かあったっけ?」
「んもー! 寄せ書きに書いたじゃないですか!」
分からないと言う時任に対し、葉隠が大きな動作をつけて言う。
寄せ書き、という言葉で思い出したようで、時任は顔を赤く染めた。
「…もしかしてあれ? 言わないとダメかなぁ…」
「……俺たちはその言葉をかけて欲しいのだが」
クールであまりそういうことを言わない常闇の言葉に、時任はどこか覚悟を決めた様子だ。
一呼吸置いて口を開く。
「……みんな、ただいま」
おかえりなさい、その言葉を皮切りに生徒たちは再び時任へと押し寄せる。
今度は誰も泣いていない、とびきりの笑顔で。
–––––
「先生! 俺はどうでしたか!」
「飯田くんはそうだなぁ、先頭で牽制の役目を果たせてて良かったよ。あとあの超加速! あのタイミングを選んだのは英断だったねー」
「くっ…! 時任先生に直に褒められるとは……ノートの何倍も嬉しい!」
あれからA組のみんなに食堂へと連れてこられた俺は、一緒にごはんを食べながら騎馬戦の講評をさせられていた。
「はいあのノートの話題は禁止!」
「何でですか! とても嬉しかったんですよ!」
「そうですよー! あのおかげで自主練頑張れたんです!」
早速あのノートの話題を出されて思わず顏が熱くなる。あれは俺の指導用のもので、生徒に見られることは想定していなかった。
忘れかけていた羞恥心がぶり返す。
「俺だって恥ずかしいんですー、あとで回収するからね!」
「……写メ撮っとこ」
「それは反則だって…」
散々見られて今更、と思うかもしれないが、単純に恥ずかしいのだ。自分だけが見るものだからとあれこれ書いていたのにそれを見られてしまったらどうしようもない。先生としての威厳が着々と無くなっていくような気がした。
「時任せんせー! オイラのことも褒めろよ!」
「峰田くんはー、もぎもぎの投げる位置が絶妙だったね。単純に当てるだけじゃなくて、追い込むようにして敵のルートを狭めてたのが良かったかな」
「くっ、オイラが女だったら時任先生に惚れてたぜ……」
「あ、ありがとう?」
峰田くんに一応の感謝の意を述べつつ、うどんをすする。子どもだった3日間もご飯は食べていたが、消化器官に負担をかけないように消化にいいものを食べるようにしていた。しばらくはこの生活が続くだろう。
「先生、俺たちもコメントもらいたいんですけど…いいっすか?」
砂藤くんと口田くんが恥ずかしそうに近寄ってくる。体の大きな二人が縮こまって尋ねてくる姿は微笑ましくて、にやけそうになる口角を抑えながら答えた。
「もちろん! 2人とも個性が有効に使えない中で、葉隠さんが捕捉されにくいルートを移動してたり、逃げる時に隙が少なかったり、いい動きしてたよ!」
「せ、先生…! 口田、決勝は行けなかったけど良かったなぁ!」
口田くんが勢いよく頷いている。俺の言葉でそう思ってもらえるなんて嬉しい限りだ。
A組からは葉隠チームの3人、爆豪チームの切島くん、瀬呂くん、芦戸さんが決勝に進めなかった。それでも14人が決勝進出とはかなりの好成績だ。
B組は残念ながら決勝進出者はおらず、騎馬戦終了直後、ブラドキングが全速力で生徒たちの元へ向かっていた。彼は熱い人だからすぐに言葉をかけてあげたかったのだろう。
雄英高校体育祭で上に行くには様々な要素が絡む。単純な戦闘力のみで勝負がつくわけではないこの体育祭で、B組は実力的に劣っていたわけではない。A組生徒たちの運が良かったことは大きい。
ただ、努力していない人が上に行くことはできないから、A組のみんなが必死に頑張ってきたことがこうして結果に出たのだろう、とも思う。結果が全てではないが、努力をしないと結果は出ないのだ。
今はA組のみんなをとにかく褒めてあげたい気分だった。
「切島くん、爆豪くんって大丈夫だった?」
「あぁ、騎馬戦が終わった時はやばかったっすけど…アイツなりに悔しくて、反省してるみたいっす」
「そっか……後で会えたらいいなぁ」
本来16人が決勝に進出するところが、上位4チームが15人だったので、ラストギリギリまで上位に食い込んでいた爆豪チームから1人決勝に進出することになった。そのため爆豪くんは決勝には出られるのだが、本人としては複雑だろう。
天才型と言われる彼だが、人一倍努力している。努力なしにあそこまでの力を発揮することはできない。
努力を積み重ねてきたからこそ、悔しさもひとしおなのだ。
彼に声をかけてあげたかった。けれどそれは酷く難しいことのように感じる。人から、特に立場の違う教師からの言葉は強烈なトゲにもなりうるからだ。
自己満足のような形で彼に言葉をかけることだけはしてはいけない。
爆豪くんを始めとする三人にはまだ会えていないから、顔を見るだけでもしたいのだけれど。
考え事をしているうちに食事をとり終わったのか、蛙吹さんと尾白くんが近寄って来て言った。
「時任先生、心操ちゃんと知り合いだったのね」
「んぐっ!」
「……知ってるんですね」
蛙吹さんの口から心操くんのことが出てきて、うどんを喉に詰まらせそうになる。あからさまな反応に、尾白くんに呆れたような顔で見つめられた。
「アイツ、時任先生に会いたいって言ってましたよ。理由はよくわかりませんけど、すっとぼけるようなら"写真"って伝えるようにって言われました」
「何のことだろうなー」
「白々しいわ、時任先生」
2人の口ぶりからすると心操くんはあの少年が俺だということに気づいていそうだ。というか確実に気づいているのだろう。でなければ俺が秘匿したい小さい姿の写真を口に出すはずがない。
この姿で彼にまともに会える気はしなかった。もちろん羞恥心ゆえだ。
「時任先生のこと、恩人って言ってました」
「本当に嬉しそうに話していたのよ、心操ちゃん」
「……うー、後で探してみる」
そんなことを言われたら、行かないわけにはいかないじゃないか。
うどんを完食し、手を合わせる。決勝に行く子も行かない子もいるので、この後も楽しんでね、と声をかけて席を立った。
(さて、心操くんはどこかな)
何となく彼のいる場所のアテはついていた。
あの時は小さい姿だったけれど、今度はこの姿で、会いにいく。
–––––
「……クソッ!」
行き場のない怒りを拳に乗せて、爆豪は人気のない通路の壁を殴った。
ピリピリと痛む拳が、少しだけ頭を冷やしてくれるような気がした。
障害物競走で負けた。騎馬戦でも負けた。本来なら決勝トーナメントに進めない順位まで下がり、お情けのような形で次へと進んだ自分に嫌気がさす。馬鹿らしい、悔しい、様々な感情が混ざり合ってただただ叫びたかった。
俺は、俺は。
USJ襲撃事件から、ずっと考えていた。強さとは何か。ヒーローとは何か、と。
自己を投げ打ってまで爆豪たちを救けた副担任は強かった。それは戦闘能力というよりも、心の強さだ。そこを含めてヒーローとしての強さなのだと思った。
爆豪が求めているのは圧倒的な強さだ。強さがなければ誰も救けることはできない。ただただ力を求めていた。
副担任は彼にないものを持っている。そしてそれはオールマイトも、大嫌いな幼馴染も持っているものだ。
気持ち悪りぃ。一人ぼやく。
自分を犠牲にしてまで他者を救ける。憧れ続けたオールマイトのようなそんな男。他のクラスメイトのように慕ってはいないが、憎からず認めていた。
アイツらにあって、俺にないもの。
それが俺の強さであり、弱さなのだろう。
中途半端にそれを理解してしまった今の自分が酷く弱く感じて、もう一度壁を殴った。弱さ、大嫌いなものだった。
「……どうしろってんだよ、クソ」
強くなりたい。誰よりも強く。負けたくない。相手がオールマイトでさえ。
けれど俺には必要なのか、アイツらのような何かが。
『常に一番であろうとする爆豪くんは、すごく強い。
彼はもっともっと強くなる。だからそれを支えたい』
副担任の残したノートの言葉が脳裏をよぎった。
あぁそうだ、俺は、一番になるんだ。
だから止まれない。止まるわけにはいかない。誰に何を言われようと、これからも高みを目指す。
そのために今は、勝つしかない。俺は俺であり続ける。
彼らが持っているものは何と名付ければいいのだろう。自己犠牲の精神? 折れない心? 優しさ? どれもしっくり来ない。
分からないけれど、今はそれでいい。
俺はアイツらとは違う。だから強くて、弱い。
No.1ヒーローになるために、俺はもっと高いところは行く。
まずは決勝トーナメント、繰り上がり上等だ。一位になれば何の問題もない。堂々と戦って、堂々と勝つ。
そうして高みを目指していけば、いつか。
少年は一人、決意を新たに歩み続ける。
────
体育祭 最終種目 決勝トーナメント
第1試合 緑谷VS心操
第2試合 青山VS轟
第3試合 尾白VS八百万
第4試合 飯田VS発目
第5試合 蛙吹VS耳郎
第6試合 上鳴VS峰田
第7試合 常闇VS障子
第8試合 麗日VS爆豪
決勝トーナメントを超ザックリダイジェストにしてしまいたいですね
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似た者同士の二人
きっと彼らは、似た者同士。
決勝トーナメント発表後、午後のレクリエーション競技が行われる。トーナメント出場者はレクリエーションに参加しなくてもよく、好きなことをして次へと備えていた。
(レクリエーションに心操くんはいない、と)
薄々分かってはいたが、彼はグラウンドのどこにもいない。きっと人のいない何処かで精神を落ち着けているのだろう。
きっといるならあの場所だ、俺と心操くんが初めて会った校舎裏。彼はあそこが随分と気に入っているようだったから。
人気のない校舎を通り過ぎ、校舎裏へと向かう。道中で缶のオレンジジュースを2本買った。決勝トーナメント進出祝いというやつだ。
校舎の角を曲がると、景色の中に見覚えのある紫色が映り込む。真相くんはあの日と同じ場所に座り込んで木々を眺めていた。
「最終種目進出、おめでとう」
「……ありがとうございます、時任先生」
足音でこちらに気づいた心操くんにジュースの缶を渡し、隣に座る。
寄りかかった校舎の壁は冷んやりとしていて、心地いい。
「どこから話せばいいかなぁ」
プルタブを開け、ジュースを喉に流し込む。
「……何も言わなくていいんです。ただあんたに感謝してる、それだけです」
「…そっか。俺のことは相澤先生から聞いたの?」
「あんたを連れて行った時に。あんたは寝てたんで聞いてなかったと思いますけど」
そういえば、彼に職員室へ連れていかれた途中で夢の世界は旅立ってしまったな、と思い出す。
小さかった俺が先生であることも、特殊な状況にいたことも。彼は全て聞いたのだろう。
「ごめんね。あの時の俺に会えなくて」
「変わりませんよ。そりゃ年は違うけど……中身は一緒です。それに写真、大切にしてるんで」
俺は彼に何か言葉をかけにきたかったはずなのに、逆に彼に励まされているような気がした。
あの時無邪気に撮った写真を思い出し顔が熱くなるが、それが彼にとって大切なものになってくれていたら俺も嬉しい。そう思えた。
「それは、嬉しいなぁ」
「……俺も、会えて嬉しいです。あなたのおかげで前に進めた」
「俺もきっとそうなんだ。心操くんがちっちゃい俺にしてくれたことは、本当に嬉しいことだったから」
あの時の俺は、今まで生きてきた全てをごちゃまぜにして詰め込んだようなものだった。7歳の精神に過去のトラウマも、今の希望も全て混ぜ込んでいた、歪な形をしていた。
そのときの俺にとって、心操くんは随分と自分にかぶって見えたのだろう。表面的なものではなくて、心の奥底の何かが。
だから声をかけてしまった。だから嬉しかった。傷の舐め合いみたいだけれど、それでよかった。
「あんたの話を聞いた時、優しいを通り越してバカだと思いました」
「あはは…あんな寝込んじゃ仕方ないよね」
「でも、間違いなくあんたはヒーローだった」
心操くんがジュースを一気に飲み干した。缶を地面に置いて、こちらを見てくる。
「俺もあんたみたいになります。優しいヒーローになりますから」
「……俺みたいに怪我しちゃダメだよ?」
彼の言葉が嬉しい反面、心配な気持ちも募る。俺はとてもじゃないがヒーローとしてお手本になる姿ではない。
彼は俺の言葉を聞くと、少しだけ笑みを浮かべた。
「ずっとヒーローに憧れてました。何があってもその憧れは消せなかった」
「……うん」
「迷ったんです、A組を見た時に。こういうやつらがヒーローになるんだって。俺にはなれないんじゃないかって思った」
心操くんが一息ついて、さらに続ける。
「そんな時俺を導いてくれたのはあんただった。それが全てです」
「心操くんは、優しいね」
立派なヒーローになれるよ、そんな言葉はかけられなかった。
一緒に立派なヒーローになろう。少し遅れてしまっても、必ず。
少しずつ第1試合が近づいてくる。ヒーローに焦がれた少年たちの戦いだ。
2人の思いをこの身に感じているだけに、俺にはただただ祈るしかできなかった。
–––––
「心操の個性、かぁ。悪いけど俺からは言えないな」
「私も言えないわ。どちらかに肩入れするなんて出来そうもないの」
「そ、そうだよね…ありがとう!」
決勝トーナメント開始前、緑谷は対戦相手の情報を集めようとしていた。
心操と騎馬を組んでいた蛙吹、尾白は口をつぐむ。どちらもいい人間だと知っているからこそ、軽々しく個性については言えない。
「俺からは言えないけど…葉隠さんたちとは騎馬戦でやり合ったからわかることがあるかも。ごめんね、これくらいしか協力できなくて」
「いや、いいんだ。尾白くんたちの気持ちもわかるし…」
決勝トーナメント頑張ろうね、と声をかけてその場を離れる。緑谷は障害物競走でも騎馬戦でも彼の姿は見ていない。彼がどういった戦い方をするのか、全く予想がつかなかった。
(葉隠さんチームは、砂藤くんと口田くんか)
決勝トーナメントに進出できなかった彼らはレクリエーション競技に参加している。彼らがいるであろうグラウンドに行くと、ちょうど競技が終わった葉隠を見つけることができた。
「あ、葉隠さん! ちょっと話いいかな?」
「緑谷だー! どうしたのー?」
チアガール姿で飛び跳ねる葉隠に顔を赤くしながら、緑谷は心操のことをたずねる。
「葉隠さん、騎馬戦の時に心操くんと対峙したと思うんだ。彼の個性について何か情報はないかな、って…」
「あー、参考になるかわかんないんだけど、気づいたらボーっとしてたんだ」
「意識を奪われた、みたいな?」
葉隠の不明瞭な答えに緑谷は首をかしげる。
「騎馬戦の途中で、葉隠! って呼ばれたのは覚えてるんだー。気づけばぼんやりしてて、ハチマキも取られてた」
「名前を呼ばれた…? 名前を呼ぶことが発動条件なのかな」
「それはわかんないやー。砂藤と口田がめっちゃ揺さぶってくれたみたいで、意識が戻った感じ。時間で解けたのかそれで解けたのかはわかんないけどね!」
「何かしらのトリガーで人の意識を奪い行動不能にする個性なのか…? 名前を呼ぶことなのか、名前を呼んで反応することなのかはわからないけど無条件で意識を奪うことはできないみたいだ。永続的に続くものでもなさそうだし、葉隠さんのいう通り案外簡単に解除される可能性はある…だけど1対1という状況下で個性をかけられたら解除できるか……意識を奪われて投げられたら終わりだ。いやでも揺さぶられて意識が覚醒したなら投げることも同じか…?」
「み、緑谷、大丈夫ー?」
心操の個性についての情報を手にした緑谷はブツブツと個性の考察を始める。葉隠はそれに引きつつも、更に続けた。
「確か名前を呼ばれて、反射的に返事しちゃったんだ。個性にかかったのは私だけだったから、そこに何かはあると思うよー!」
「あ、ありがとう! 葉隠さん!」
「私らも決勝行けなくて悔しいからさ、応援してるよ!」
それじゃ次の競技があるから、と駆け出す葉隠を見送って緑谷は考察を続けた。
(名前を呼ぶ……反応する……意識がぼんやりとして……揺さぶられて戻った)
これだけの情報を得ても、個性の全貌が見えてこない。心操の個性の可能性を考えれば考えるほど勝ち筋が見えなくなる。
それでも、プロヒーローになったら知らない個性のヴィランと戦うことはザラだ。そんな状況でどう戦っていくかが大事なのだ。
(負けない、勝って期待に応えるんだ)
未来の平和を担うものとしての決意を固めて、緑谷は戦いに挑む。
–––––
『1回戦! 成績の割になんだその顔! ヒーロー科緑谷出久! 対 騎馬戦ではまさかの1位! 普通科心操人使!』
プレゼントマイクの選手紹介が始まり、緑谷と心操がステージに向かい合う。
2人の覚悟を決めた表情に、出張保健室にいる時任もまた、真剣な顔をしていた。
どちらも応援したい、負けて欲しくない。そんな複雑な感情が胸に渦巻く。
(心操くんの個性は初見殺し……緑谷くんは対応できるかな)
個性がかかれば心操の勝利、かからなければ緑谷の勝利。わかりやすい図式だ。
心操は肉弾戦では緑谷には敵わない。入学当初の個性が馴染んでいない状態でも怪しいのに、少しずつ個性を使いこなしてきている今は尚更のことだ。
緑谷も個性について情報は集めているだろうが、尾白と蛙吹が簡単に漏らすようには思えない。彼らは真面目で義理堅い人間だ。
「緑谷出久、あの子は成長したね」
「師匠から見てもそう思いますか?」
「初めは体育祭までに芽が出なかったら諦めさせるつもりだったのにね。あんたも先生らしいことが出来たじゃないか」
珍しくリカバリーガールに褒められ照れる時任。元々はリカバリーガールの勧めで彼の稽古をつけ始め、それがA組全体に広がったのだった。
時任自身は1週間ほどしか彼の稽古をつけていないが、時任のノートや、オールマイトのアドバイスによって彼は劇的に成長していた。
時任の治療によって個性の調節が進歩がしたことが功を奏したのだろう。一度掴んだ感覚を、彼はオールマイトとの鍛錬で自身の物にしていた。
「ただ、かなり気負ってるところがあるね。期待に応えようとしているのか何なのか……無理はさせるんじゃないよ」
「気をつけて見てみます。緑谷くんって何かに焦ってるような気がするんですよね…」
「……変なプレッシャーをかけるバカがいるからね」
あんたのことじゃあないよ、と注釈を入れるリカバリーガールの目はどこか影を落としていた。
『そんじゃ早速始めよか!』
(挑発するようなことを、言える気がしない)
心操は勝つためにはなりふり構わず相手の気に触ることを言うつもりだった。この間までは。
優しいヒーローになると決意した。そのために勝つ。自分が納得できる言葉で、相手に反応させる。
「なぁ緑谷出久。俺はあんたが羨ましいよ」
(なんだ…? 何を言い始めてるんだ…?)
スタートを間近に控えて語り出す心操に怯える緑谷。葉隠から聞いた情報で名前を呼ばれたらまずいのではと考えていたが、特に変化は訪れない。
『レディィィィィイ』
「どんな気持ちだ? 恵まれた個性で。ヒーロー向きの個性を持っててさ」
(彼の……彼の個性がわからないっ!)
不安な気持ちが募る中、速攻を決めることを決意する緑谷。一刻も早く勝負を終わらせたかった。
『スタート!!』
「俺なんて生まれた時点で遅れてるんだよ!」
「そんなこと…っ!」
プレゼントマイクの開始の合図とともに、緑谷が勢いよく心操へと殴りかかる。しかし心操の叫びに思わず声が漏れた途端、意識がぼんやりとまとまらなくなる。
スタートラインで遅れていた、そう叫ぶ心操のことが他人事のように思えなかったのだ。彼を救けたいと、身勝手ながら思ってしまった。自身は無個性で、ヒーローになれる立ち位置にいなかったから。
「俺の、勝ちだ」
(身体が、動かない…!)
「緑谷…!」
「緑谷ちゃん…心操ちゃん…」
個性にかけられて動きを止めた緑谷を、尾白と蛙吹が辛そうな目で見ている。大事なクラスメイト、共に戦った仲間、どちらも負けて欲しくなかった。
『おいおいどうした大事な緒戦だ! 盛り上げてくれよ⁉︎ 緑谷開始早々、完全停止!』
プレゼントマイクの実況に、麗日たちクラスメイトは不安そうに緑谷を眺める。緑谷はピクリとも動かず、完全にその動きを止めていた。
「デクくん…」
「あー! あの情報だけじゃ避けられないかぁ…」
「葉隠はアイツの個性、知ってんのか?」
悔しそうに話す葉隠に峰田が声をかける。
「いや、個性を使われただけで詳しくはわかんないんだー」
「……何にせよ、緑谷を一瞬で無力化するとは強力な個性だな」
A組生徒達の席で試合を見ている常闇が呟く。
ステージで動かず固まる緑谷に、心操は語り続けた。
「俺はヒーローみたいな御誂え向きの個性は持ってない。けど、この『優しい個性』でヒーローになる。絶対に、だ」
(解くには、振動? 衝撃…? だめだ、考えが、まとまらない)
緑谷は必死に考えるも、個性の影響もあって考えがまとまらない。
「悪いな、緑谷。振り返ってそのまま場外まで歩いていけ」
心操の言葉に、緑谷の体は成すすべもなく従う。
ゆっくりと、けれど着実に緑谷は場外へと歩いていく。
(ダメだ、止まらない…!)
「俺のために、負けてくれ」
その瞬間、緑谷の視界に何かが映った。
オールマイトの待つステージ裏、その暗闇に光る9人の目。受け継がれてきた力の名残が、彼の体を動かす。
(何っっっっだこれ!)
わずかな個性の情報から、緑谷はこの状況の打開策を導き出す。
(衝撃を……っ! 動いた!)
久しくしていなかった個性の暴発で体に衝撃を与え、緑谷は洗脳を解く。
(当たった…! 衝撃で解除される!)
「何だよそれっ! おかしいだろ」
心操が焦る中、緑谷は口を押さえながらゆっくりと振り返る。さっき見た景色のことが頭から離れない。
『緑谷! とどまったああ!』
「緑谷くん…! 2人とも、最後まで…!」
時任はモニター越しに固唾を飲んで見守っている。
緑谷の起死回生にクラスメイト達は沸き立っていた。
「どういうことだよ…何とか言えよっ!」
心操が口を開かせようとするものの、緑谷は何も返さない。強い意志の秘められた瞳で心操を見つめている。
「指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ!」
(僕もソレ、昔思ってた)
「恵まれた人間にはわかんねぇよなぁ!」
(僕は、恵まれた)
「俺だってそんな風に!」
(人に、恵まれた!)
緑谷が勢いよく心操へと飛び込んでくる。そのまま彼を吹き飛ばす最低限の威力で、鳩尾に一撃を入れた。
「か、はっ…っ!」
成すすべもなく場外へと飛ばされる心操に、主審のミッドナイトは判定を告げる。
「心操くん場外! 緑谷くん、2回戦進出!」
会場に歓声が響き渡る。
今ここで、ヒーローに憧れた少年たちの、一つの戦いが終わった。
ヒロアカ3期始まりましたね。A組みんなかわいくて辛いです。ちなみに尾白くんを推してます。
今回は似た者同士2組でお送りしました。
次回、多分トーナメントを順当に…やると…思います…
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歩みを止めないように
物語の調整を入れさせていただきました。詳しくはあとがきに記載しております。
緑谷くんと心操くんの第1試合の後も、着々と対戦は進んでいった。
まずは第2試合、抜群の戦闘能力を持つ轟くんと、意外性で勝ち残ってきた青山くんの対戦カードだ。
師匠に「何かあったら呼ぶから、あんたは近くで見てきなさい」と出張保健室を追い出された俺は、教員席でオールマイトとステージを眺めていた。
「轟少年相手かぁ…少しくじ運が悪いかな」
「青山くんの戦闘能力自体、高くなってきてはいるんですけどね。彼の個性の扱いづらい状況の中、同世代で圧倒的とも言える轟くんが相手となると…中々厳しいでしょうね」
正直轟くんは、戦闘センスで言えばそこらのプロヒーローに並ぶ、もしくは超えるレベルで優れている。オールマイトや相澤先生ならともかく、俺のようなヒーローでは瞬殺されかねない。
そこを補うとすれば、ヒーローとしての経験だ。例えば俺ならば場数の力で何とか立ち回れる……はず。しかし青山くんはまだヒーローの卵。ここで打開策を生むのは難しいかもしれない。
(…いや、先生が信じなきゃ、誰が信じるんだ)
青山くんは青山くんなりに努力してきたはずだ。2人とも可愛い生徒。勝負が始まる前から決めつけてどうする。
それに彼はここまで、周りが予想だにしないような方法で戦ってきた。
「……青山くんならきっと、みんなを圧倒する何かを見せてくれますよ」
「彼の言うキラメキ、ってやつかな? 楽しみだね!」
オールマイトが楽しそうに笑う。彼にとっても青山くんは可愛い教え子だ。たとえどんなに不利な状況だろうとも、その可能性に期待してしまうのだろう。
『さぁー2回戦! 先が読めないキラメキボーイ! ヒーロー科青山優雅! 対 優秀過ぎてなんなんだ君! 同じくヒーロー科轟焦凍!』
ステージで向かい合う2人。青山くんはお腹を抑え、どこか緊張した様子だ。
「…オールマイトさん、轟くんの様子、どこかおかしくないですか?」
「むむ? あまりよく見えないが…精神統一してるんじゃないかな」
「そう、ですかね…」
轟くんは集中している時と少し違う、尖った雰囲気を醸し出しているような気がした。
プレゼントマイクが大きく息を吸い込む。轟くんが狙うとすれば、短期決戦。勝負は一瞬で着く可能性が高い。
『レディィィィイスタート!!!』
「…悪ぃな」
一瞬。まさしくそれは一瞬だった。
開始の合図と共に、ステージに巨大な氷柱が現れた。それは轟くんの個性による氷結の「最大火力」だろう。
スタジアム全体が冷気に覆われる。それほど物凄い力だった。
あっという間に決着がついた、スタジアムにいる多くがそう思っていた。
「緊! 急! 回! 避!」
青山くんは凍らされてなんかいない。多くの観客は巨大な氷に目を奪われていたけれど、青山くんは「飛んで」いた。
『おおっとぉ! 勝負はついたと思いきや! 氷結攻撃を避けた青山ァ! まさかの空中退避!』
「…チッ!」
「僕だって成長してるのさ!」
おそらく氷結攻撃を読んでいた青山くんは、開始直後後ろを向いてレーザーを噴射。轟くんの方向へ飛ぶことで氷結の範囲外に逃れたのだ。
「轟くん側に回避することで、どんな威力の氷結が来たとしても逃れることができる…」
「相手側に詰め寄ることで攻撃の起点にもなる。いい選択じゃないか!」
轟くんの背後に着地した青山くんがレーザーを放つ。鈍い動きで回避した轟くんに対し、青山くんは時折お腹を抑えながらも笑顔を浮かべて追い込んでいった。
轟くんは氷結のデメリットに苦しめられている。彼としては一撃で決めるつもりだったのだろうが、回避されたことで身体にかなりの霜が降り、思うように身体が動かないようだ。
青山くんが間隔を空けてレーザーを放つ。轟くんはそれを避けながら、少しずつ距離を詰めていった。
左を使えば簡単に勝利をつかめる中で、彼は意地でも右しか使わなかった。
(くそ…っ、アイツの前で左は…!)
放課後の特訓で、「左を攻撃に使用しない」ことについて轟くんと話したことがある。相手への直接攻撃でなければ、身体を温めるだけならばいいのではないかと。
その時は頷いていた彼だったが、やはりそう簡単に「左を使う」ことはできないようだった。
それはきっと、彼がまだ囚われ続けているからなのだろう。
彼がどんな信念を持っているのか、そして何に囚われているのか、俺には分からない。
ただ、左を使わずに苦しい表情を浮かべる轟くんを見ていると、どこか胸が締め付けられるような気がした。
–––––
「…なかなか面白い子たちが揃ってるなぁ」
雄英体育祭は国民的イベントであり、もちろんテレビ中継をされる。水島はそれを利用して、事務所から1年ステージの様子を見ていた。
事務所を構えるプロヒーローにとって、この体育祭は生徒たちのスカウトのための重要な場だ。仕事の都合で会場に向かえない者も、テレビ中継やその後の配信で、指名する生徒を選ぶ。
「あれ、もう第4試合ですか?」
「ちょうど今終わったところだよ。これから第5試合」
お茶を持ってきてくれた事務員に対し、水島は礼を述べつつ言った。
「第2試合ってどうなったんですか? 私、イケメンがおっきい氷を出したとこまでしか見てないんですよ」
「あれは氷を出したわけじゃなくて……まぁいいや。あの後は轟くんが青山くんを凍らせて行動不能にしたよ」
この事務員は仕事はできるが、少し雑なところがある。おそらく轟の個性についても理解はしているが、適当に話しているだけだろう。
そう踏んで水島は第2試合のあらましを説明する。
「なるほどー。やっぱりイケメンはそう簡単には負けませんね!」
「顔は関係ないと思うけどなぁ…青山くんも善戦したんだけど、決め手がなくてズルズル追い込まれちゃった感じかな」
初手を回避したり、動きの鈍い轟をレーザーで追い込んだりと奮闘したものの、青山には轟を行動不能、もしくは場外に追い込む手段がなかった。それが勝敗の大きな理由だろう。
「瞬殺されちゃうんじゃないかと思ってたんですけど、そんなことありませんでしたね」
「ここまで残った生徒だからね。それ相応の力はあるんだと思う」
水島はそういうと、湯呑みを両手で持ってゆっくりと傾けた。
ほっ、と一息ついて、更に続ける。
「それに、アイツの教え子たちだからね」
嬉しそうに語る時任の姿を思い出し、水島は穏やかに微笑んだ。
「あぁ、タイムクロッカーさんの教え子なんですっけ」
「そうだよ。次の第3試合の2人もそうだった」
第3試合、尾白と八百万の一戦だ。
轟の消耗により長引いた第2試合とは違い、こちらはあっという間に決着がついた。
開始早々発煙弾で目くらましをした八百万は、尾白から身を隠しながら時間をかけて武器を創造。いざ攻勢を仕掛けようとしたが、近接戦においては群を抜いて優れている尾白に翻弄される。
担任である相澤の捕縛武器を真似て創造し、尾白の行動不能へと路線を切り替えたものの、手足に加え尻尾も有する尾白の手数の多さに場外へと追い込まれた。
八百万が先手を取ったのは良かったが、尾白相手に近接戦に挑むというのがミスだったかもしれない。ただ八百万の個性の有用性はしっかりアピールできていたし、尾白には敵わないものの戦闘スキルもうかがわせた。いい試合だったといえる。
「なんだかA組だらけですね。他のクラスの子はいないんですか?」
水島は第4試合のダイジェストが流れるテレビ画面を見やって言った。そこには生き生きとした姿の発目と、翻弄される飯田の姿が映っている。
「今終わった第4試合にサポート科の子がいたかな。プレゼンタイムみたいな感じだったけど」
発目作のサポートアイテムの売り込み、まさにそんな10分間だった。きっと飯田はうまく乗せられたのだろう。そんな真面目そうな彼に、水島はどことなく親近感を覚えていた。
事務員が間延びした相槌を打っていると、事務所内に着信音が鳴り響いた。
「出てきますね!」
「よろしく頼むよ」
サッと事務員が電話を取る。水島はもらったお茶を静かに飲んで、ステージに向かい合う生徒の姿を見ていた。
(お、次は女子対決か)
蛙吹と耳郎。共に中距離攻撃の手段を持つ女子同士の対戦カードだ。
水島がプレゼントマイクの実況を聞きながら結果予想をしていると、電話を取っていたはずの事務員が突然声を張り上げた。
「マニュアルさん! インゲニウムが!」
平和だった保須に、何かが起ころうとしていた。
–––––
勝者がいるということは、敗者がいるということだ。
そんな当たり前のことは、誰もが知っている。
世の中には努力で覆せないことがある。
そんな当たり前のことも、誰もが知っている。
わかっているのだ。痛いほど、わかっている。
努力してこなかったわけじゃない、むしろ過程だけ見れば褒められてしかるべきなのだと思う。けれど、欲しているのはそんな言葉ではなかった。
ヒーローを目指している。あの姿に、精神に、力に、生き方に憧れた。
雄英体育祭という場はその通過点に過ぎない。ここで「敗者」になったとしても、人生の敗者になるわけではない。
才能に負けたのかもしれない。自身を上回る努力に負けたのかもしれない。それとも運なのか、相性なのか、自らの努力を傷つけないような理由は大量に出てくる。
(そんなもの、いらない)
心を守る後付けの理由なんて要らない。今ここに必要なのは自らの信念だけ。
自分の原点を思い出すように、そっと胸に手を当てた。そこにある大切なものを感じ取る。
アスファルトから腰を上げる。風が一際強く吹いて木々を揺らす。葉擦れの音が周囲に響く。
さらなる高みを目指す決意を胸に、次の一歩を踏み出した。
「……悔しい、なぁ」
それでも負けるということは悔しくて、思わず唇から声が漏れる。声は風と木々に吸い込まれ、誰にも届かないまま消えた。
勝者になれるのは一握りの人間だ。この雄英体育祭においての勝者は、たった一人。
数多の敗者の中で、その悔恨の言葉を漏らしたのは、果たして。
物語全体の調整について
・保健医というワードを「保健室の先生」や「養護教諭」に差し替えました。タイトルは変更なしです。創作でよく使われる保健医という言葉ですが、現実にないということで気になる方もいるだろうということで(というか私も言われたら気になっちゃいました) 差し替えさせていただきました。
・時任先生の「英語も教えている」という設定を無くしました。ヒロアカ世界での教員免許の扱いはよくわかっていませんが、設定の盛りすぎは時任先生の年齢不詳感を醸し出すためザックリカットです。彼は一介の保健室の先生だぜ!
・時任先生に「サイドキックを5年やっていた」経歴がつきました。
雄英卒業→2年間夜間で教員免許取得を目指しながら、養護教諭の傍らで地方を回るリカバリーガールの手伝い→5年間サイドキックとして活動(この間の話は閑話で書かせていただきます)→雄英に就職(3年目)
ということで、水島くんと同じく28歳になるかと思われます。
・時任先生の個性に「生物の時間を進めると酔う」というデメリットが追加されました。
建造物や道路、石など→時間を進めても大丈夫
植物や動物、人など→時間を進めると酔う
人の座標の時間軸操作(作中での擬似瞬間移動)→酔うが、操作する時間が短い+訓練で耐えられる時間が増える→ある程度は使える(無限ではない)
ということで、全く使う予定はなかったものの「老い」なんかの力は使えなくなりました。
ここらへんの調整に従って、色々と描写が変わっています。が、話の流れは変わっていませんので読み返す必要はございません。お時間があれば読んでいただけると…くらいです。
頂いたご意見は出来るだけ大切にしたく、自分が納得いく形で調整させていただきました。
感想やお気に入り登録、とても嬉しく思っています。これからものんびりと見守っていていただけると嬉しいです!
次回以降も不定期となりますが、月一は必ず、しっかり更新させていただきます。ありがとうございます!
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