廃棄王女と天才従者 (藹華)
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過去編
プロフィール


はい、藹華(あいか)です。

ロクでなし魔術講師と禁忌教典の大天使ルミア様が好きすぎて書いてしまいました。ヒロインは王道の大天使ルミア様でいきたいと思います。(異論は認める)

この1話目はプロフィールでいきたいと思います

因みに2話目は、原作開始5年前から始めます

 

 

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主人公

アルス=フィデス

 

ルミアがエルミアナ王女であった時の従者、簡単に言うとアリシア七世に対するゼーロスみたいな感じ、魔術だけに限らず剣術や弓術といった、あらゆる武術に精通しておりほぼほぼどんな得物でも結構戦える、エルミアナ王女やアリシア七世などに黙っているが彼も異能者である。何故彼が天才かというと、6歳で固有魔術を作り出したからである。彼の魔術特性は「万物の複製・投影」であるが為に衛宮のように剣だけめっちゃ得意という事はなく、銃や槍なども剣と同じで簡単に複製・投影できる。(fateのパクリで申し訳ない、思いつかなかったんだ)

 

因みにアルスは、エルミアナ王女が追放される2年前にエルミアナ王女が異能者だと知り彼女がもし追放されたらフィーベル家にいれてもらうように根回しをした後、突然失踪し行方不明となった後は、シオンとイルシアに救われ同じ暗殺者としてエルミアナ王女の動向を探っていった。暗殺者の時のコードネームは<無銘>である。突然失踪したことに関しては申し訳なく思っており失踪した理由に関しては自分が異能者であるとバレ処刑を免れるため。

 

 

大天使ルミア=ティンジェル

 

元アルザーノ帝国第二王女であり、本名はエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノその人である。自分が触れている相手の魔力や魔術を自分の意思で何十倍にもできる異能「感応増幅者」である、異能者であるがゆえに王家の威信に影響を与えかねない存在となったため、表向きは流行り病で死亡したという形で野に放たれフィーベル家に住まわせてもらっている。システィーナと間違われ誘拐された際には特務分室時代のグレンと<無銘>によって救われている。アルスが突然いなくなった事に対して怒っていると同時に悲しんでいる。

 

 

アリシア七世

 

アルザーノ帝国女王。エルミアナの母親であり、国の為にエルミアナを追放したことに対して負い目を持っている。エルミアナを追放したが、それでも幸せに生きてほしいという事で<無銘>にエルミアナの護衛を依頼する。

 

ゼーロス=ドラグハート

 

王室親衛隊総隊長の男で40年前の奉神戦争を生き抜いた猛者で、アルスに剣の才能があると最初に見抜いた人物でもある。

 

シオン=レイフォード

 

「project:Revive Life」を成功させた天才錬金術師であり、計画の為に数多の犠牲を払ったことを悔いておりその罪滅ぼしもかねてアルスを居候させた。

 

イルシア=レイフォード

 

シオンの妹で天の智慧研究会では始末屋として働いていたが、その途中でアルスが倒れているところを見つけ救った。

 

 

 



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アルスの異能と決断

すいません、文才はないのでお見苦しいかもしれません。


 アルザーノ帝国は北セルフォード大陸の北西端に位置する帝政国家であると同時に魔導大国として知られる。

 

 そしてアルスは今鍛錬の最中である。

 

「フッ………ハッ……ハッ…」

 

 そしてアルスの鍛錬の様子を見るのがエルミアナは好きだった、いつもまっすぐで迷いのない剣が好きだったのだ。

 

「そんなに見ていて楽しいものではないと思いますが・・・」

 

 鍛錬に集中できないのかアルスがエルミアナにそう言う

 

「そんなことないよ、アルス君の鍛錬してる姿わたしは好きだよ?」

 

 美しいドレスを着こなしエルミアナはアルスに答えるのだが、アルスはそれに納得できないというような顔で鍛錬に戻るのだ。そしてエルミアナはなぜ納得できない顔をするのかよくわからなかった。

 

 そしてその光景を城から見ているのは豪奢なドレスを着こなし、万人を虜にするような美貌の持ち主であるアリシア七世とメイド服で待機しているエレノアそして、いかにも強そうな雰囲気を纏うゼーロスである。そして彼女らもアルスの剣を見て感嘆していた

 

「彼の剣技はいつ見ても美しいですね」

 

「ええ、彼の剣には迷いがないのもあってとても綺麗ですね」

 

 アリシアとエレノアは彼の剣技をそう評価しているし、事実いつまで見ても飽きないと思っているほどには綺麗なのだ

 

「ゼーロス様は師匠としてどう思われますか?」

 

 エレノアはゼーロスに問う。アリシア七世も気になっているようでゼーロスを見ている。

 

「アルスの剣は私から見ても綺麗です、そしてそれと同時に彼の才能を嫌でも理解させられます。」

 

 ゼーロスはアルスに剣を教えた人物である、最初は教える気は無かったのだが彼の固有魔術の関係上ゼーロスが適任となったのである。

 

 剣を初めて教えた時、ゼーロスは彼のその技量に驚かされたのである。普通に考えて初めて剣を握った人間はまともに剣を振れるはずがない、もし仮に振れたとしてもゼーロスほどの猛者に一太刀も与えられるはずがない。そう誰もが予想する、だがアルスはゼーロスの剣を叩き斬っていたのだ。

 

アリシアはゼーロスが思いを馳せていることに気づいて問う。

 

「やはり嫉妬しますか?ゼーロス」

 

「・・・はい、同じ剣士として彼の才能はとても羨ましいものです。ですがそれ以上に私は嬉しいのです」

 

「嬉しい…ですか?」

 

「はい、彼は私より剣の才能があります、そしてその剣をエルミアナ王女の為に振るっている…私と同じように」

 

 ゼーロスはその顔に似合わず微笑みながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、アルスはエルミアナとかくれんぼをしていた。

 

「いーち、にー、さーん・・・きゅー、じゅう・・・ッ!?」

 

 そして目を開けふと気づいてしまった、自分の目がおかしい事に・・・そう、いつもなら木の裏を手当たり次第に探っていくのだが、今はエルミアナの居場所がすぐに分かってしまったのだ。何故なら、エルミアナの通った所に薄い線が残っているからだ。そしてこれが異能で、それも魔眼であることに気づいた否、気付いてしまったのだ。

 

 アルザーノ帝国では異能者は悪魔の生まれ変わりとされており迫害され、もし王族または、その関係者に生まれてしまった場合処刑されるのは想像に難くない。その恐怖からアルスの額にはびっしりと汗をかいており、顔は青ざめている。そしてその異常に顔色が悪いことに気づいたメイドが慌てて休ませたのであった。

 

「んっ・・・ここは」

 

「やっと起きたー」

 

 アルスは翌日の昼過ぎに目が覚め自分の異能がなんなのか確かめるためエルミアナを見ると、予想外のことが頭に入ってきて驚愕した。エルミアナを見た瞬間、色々な情報が頭の中に入ってきたのだ。つまりこの魔眼は見たもの全ての真実を暴く魔眼であると確信した。

 

 それと同時にエルミアナが異能者であると知ったアルスは急いでアリシア七世と二人きりで話をしようとしたがゼーロス達に一瞥されたので諦めかけたところにアリシア七世が助けてくれた

 

「ゼーロス、構いません。彼と2人きりで話をさせてください。」

 

「ありがとうございます、王女殿下。」

 

 きちんと礼をし、2人きりになれたのでアルスは思い切ってアリシア七世に問うたのだ。

 

「王女殿下、失礼を承知でお聞きしたいことがあります。」

 

「なんでしょうか?」

 

 アルスの顔はとても真剣で、アリシア七世も真剣な顔になる。

 

「もし・・・もしも、エルミアナ王女が異能者ならばどうしますか?」

 

 少し冷や汗をかきながら問う、少ししてからアリシア七世は口を開けた。

 

「もし、本当に異能者であるのならば、王位継承権を剥奪し追放もしくは処刑でしょうね。」

 

 アリシア七世の意見を聞き彼は少し考えた後、笑顔になり

 

「質問に答えていただきありがとうございました。」

 

「この質問になにか意味はあったのですか?」

 

 アリシア七世はとても真剣な表情だが、アルスは

 

「いえ、本当にただの疑問ですよ。異能者は迫害されます、王家ならどうなのか聞いてみたかっただけです。」

 

意味深な顔で笑いながら答えた後、真剣な表情に戻りお願いをしてきた。

 

「それと、少しの間外出の許可を出していただきたいのですが・・・」

 

「なぜですか?」

 

アリシア七世は疑問に思った、なぜこの時期に外出許可を求めるのかわからなかったからである。

 

「2か月後はエルミアナ王女の誕生日です、今の時期から下見をして必要なら買っておきたいのです。」

 

「なるほど、わかりました。許可しましょう。」

 

 そう言った途端、アルスの顔が真剣な顔から満面の笑みに変わった。

 

「あと、エルミアナ王女にはこのこと秘密にしてもらってもよろしいでしょうか?サプライズにしたいので。」

 

「ふふっ、わかっていますよ。」

 

 アリシア七世は微笑みながらそう言った。

 

  そして、その翌日アルスは土下座をしていた・・・・・



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アルスのムーンサルトジャンピング土下座と覚悟

はい、サブタイトルのおふざけ感は許してください。土下座と言われたらこれしか思いつかなかったんや・・・


 アルスは今、絶賛土下座中である。だが、土下座された側は難しい顔をしながら先ほど、この少年が言ったことについて考えていた。

 

 そしてその会話は少し時間を遡る

 

「あなたが、レドルフ=フィーベルさんですか?」

 

 アルスは問うと

 

「いや、私はレナード=フィーベルだよ。親父になにか用かな?」

 

 出てきてくれたのは、レドルフ=フィーベルの息子であるレナードさんだった。正直どうしようか迷った、本人以外が出てくるという可能性を失念していた・・・

 

「レドルフ=フィーベルさんとお話しがしたいんです。できれば、2人きりで。」

 

 正直出会ってすぐの人に2人きりで話がしたいと言われても無理だろう。なので答えは当然・・・

 

「どういう要件かな?」

 

 こうなる訳で・・・だからこそアルスは最終手段を使った。

 

「お願いします!お願いします!」

 

 真剣に頭を下げながら懇願し、レナードさんが断ろうとしたそのタイミングで土下座をかましてきたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そこまでされると、レナードさんも断りづらくしばらく考えた後、諦めてレドルフさんのところに案内することにした。

 

 そして、アルスはレドルフさんの部屋の前に着き、手短にありがとうございますと言い部屋に入っていった。するとそこには綺麗な銀髪の女の子がいた。

 

「あなたは誰!」

 

 大声を上げて警戒心をあらわにしてくる女の子に少し戸惑いながらアルスはこう答えた。

 

「・・・僕はアルス、君のおじいさんと同じメルガリアンで、少し君のおじいさんと話をさせてくれないかい?」

 

 とっさに嘘をつき、どうだと様子をうかがうと彼女は上機嫌になり部屋を出て行った。

 

「初めまして、レドルフ=フィーベルさん。僕はアルス=フィデスです。今日は少しお願いをきいてもらいたくて尋ねました。」

 

 レドルフさんは魔術師の中では結構有名でメルガリウスの天空城の謎解きに固執しなければ、もっと世界に名を残せた人だろうと言われている。

 

「その願いとやらを言ってみてごらん?」

 

 まるで本当の孫のように優しく接してくれるレドルフさんに感謝しながら、アルスは語り始めた。

 

「時間がないので手短に話します。エルミアナ王女は異能者です。」

 

「本当に唐突じゃのう・・・」

 

 若干困惑顔のレドルフさんであるが、アルスはそれを気にせずつづけた。

 

「近いうちに、エルミアナ王女は自分が異能者だと知り、そして知られるでしょう。そしたら処刑か追放の二択です・・・なので、処刑だった場合この話は忘れてください。でも、もし追放だった場合は引き取ってもらえませんか?」

 

 さすがのレドルフさんも、これにはびっくりしたようで少しむせていた。だがアルスの真剣な表情を見て問う。

 

「君にとってエルミアナ王女はなんなのか聞いてもいいかね?」

 

「僕にとってエルミアナ王女は・・・・・・・です」

 

 その答えを聞いたレドルフさんは微笑みながら

 

「・・・いいじゃろう、居候できるようににしてあげよう。」

 

「ありがとう・・・ございますッ」

 

 その答えを聞いてアルスは泣きながらお礼を言い続けレドルフはそれを慰めているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、レドルフさんとの約束もとりつけたアルスはエルミアナの誕生日プレゼントを買う為に街に来ていた。

 

「うーん、ここにもないな~」

 

 買うものは決まっているのだがしっくりくるデザインのものがなく、何十軒という店を回っている。また後日見つけに来ようかなと、そろそろ真剣に悩み始めた時である。目の前にエルミアナに合いそうな誕生日プレゼントを見つけることができたので買おうと思ったのだが、今持っているお金では少し足りないのだ。

  

「どうしようか・・・一回戻ってお金取ってくるのもありだけど、その間に買われてたら嫌だな。」

 

 今買えないなら予約しようと思い、店員に話しかける。

 

「すいません、これ予約できますか?」

 

 店員はこちらを見て言った

 

「構いませんよ。」

 

 店員はにこやかな表情でそう言ってくれた。

 

「今日の夜にお金を持ってまた来ます。」

 

「はい、おまちしております。」

 

 

 

 

 

 その後、城に戻りお金を持ってきて無事に誕生日プレゼントを買うことができた。しかし、誕生日プレゼントを買った後、1つ疑問が湧いたエルミアナが異能者とバレて追放されたら自分はどうなるのかと・・・答えは簡単「処刑される」だろう。アリシア七世王女殿下にあんな質問をしてしまったのだ、アルスは自分が異能者であることがバレるか、異能者であるエルミアナを守り国家反逆罪に問われて処刑待ったなしであることに気づいたのだ。

 

 

 そして処刑を回避するために考えた結果、エルミアナの誕生日会が終わった後失踪すること。これが最善だと判断したのである。エルミアナを1人にするのは心苦しいし、もし追放されるにしても辛いことくらい予想できる。しかし、これが最善なのだ。これ以上のもの求めるとなるとアルスかエルミアナのどちらかが死ぬことになるからだ。アルスはエルミアナの為に死ぬことも厭わないが、それで、エルミアナが泣くのなら本末転倒である。

 

 

 

 

 それから2ヶ月後、今日がエルミアナの誕生日である。

 

 アルスは誕生会が終わってから、エルミアナと2人きりで話がしたいと庭に出る。

 

「アルス君どうしたの?今日なんか変だよ?」

 

 そう、アルスは今日できる限りエルミアナと話さずに過ごした。うっかりぼろを出さない為だ。

 

「・・・そうですかね?まあ、それよりも僕から誕生日プレゼントがあるんです。」

 

 一瞬表情が曇ったがすぐにいつもの笑顔になったのでエルミアナは気づけなかった。それだけじゃなく、誕生日プレゼントという言葉に引かれて気にしなくなったのもあるだろう。

 

「これが、僕からの誕生日プレゼントです。」

 

 満面の笑みで、綺麗にラッピングされた箱を手渡すと。エルミアナも満面の笑みでそれを受け取り

 

「・・・これ、開けてもいい?」

 

「はい!」

 

「これは・・・」

 

「ロケットです、エルミアナ王女に似合うと思ったので。」

 

「ありがとうッ・・・アルス君!」

 

 泣きながら感謝してくれるエルミアナに少し照れながら

 

「どういたしまして。」

 

「ねえ・・・つけてくれないかな?」

 

「はい・・・」

 

 この笑顔も今日で最後か・・・と思うと寂しいし辛いでも、もう後には引けないのだ。そう覚悟決めて

 

「できましたよ。」

 

「どう?似合う?」

 

「はい・・・とても」

 

「今日は本当にありがとう、アルス君のプレゼントずっと大切にするからね。」

 

「はい・・・ありがとうございます。」

                            

 そしてエルミアナ王女は自室に戻ったのである、これがアルスと最後の会話であると知らずに。一方、アルスは旅の支度をしていた。誰にもバレずに失踪しなければならないので夜中しかタイミングがないのである。そしてみんなが寝静まったこの時間にアルスはエルミアナの自室に忍び込み

 

「エルミアナ王女・・・これから頑張ってください。僕も頑張りますから。」

 

 そう一方的に言ってアルスは失踪したのである。

 

 そして翌日、アルスがいない事に気づいたメイドたちがアリシア七世に相談し王宮をくまなく探したがそれらしい痕跡すら見つけられず行方不明となったのである。そして、エルミアナは起きてすぐにアルスがいなくなったことをアリシア七世に伝えられた。

  

  大切な人がいなくなるのは10歳にも満たない少女を泣かせるには十分すぎた。

 




レドルフさん優しすぎて泣きそう、エルミアナ王女は結構泣かせます。


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アルスは暗殺者となる

初めての戦闘を書きたいと思ったのだが入らなかったでござる

あと、この話からは、アリシア七世のことをアリスと書くことにしますご了承ください。

「」は会話 ()は心の中の声です。


 アルスが失踪して2ヶ月が過ぎようとしていた頃、エルミアナは泣きながら片時もロケットを手放さず、ずっと握りしめていた。それを見ていたアリスは悲しげにエルミアナを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 一方その頃、アルスはというと・・・

 

「ここは・・・」

 

 知らない天井を見て、そう呟くのだった。なぜアルスは知らない場所で寝ているのかというと時は遡り1日前のことである。

 

 

 

 いつも通り暗殺し終わったイルシアは倒れている人を見つけた。その人の脈を計ったところ生きていたので殺そうとしたのだが、そのタイミングでシオンに止められたのだった。

 

「イルシア!・・・やめるんだ・・・」

 

「兄さん・・・どうして?」

 

 いつもなら殺すはずなのに今回はなぜか止めたのである。だからこそイルシアは困惑しているのだ。

 

「僕は、あまり傷つく人を見たくない・・・だから殺すのは命令が来た時だけだ」

 

 少し強い言い方だったが、イルシアにとってはシオンの気持ちが嫌というほど理解できるからこそ従った。

 

「君、大丈夫かい?」

 

 シオンは倒れている少年に聞く。すると少年は苦しそうに

 

「おなか・・・減った・・・」

 

 と答えたので急いで連れ帰りご飯を食べさせるとすぐ寝てしまったので空いてる部屋に運んだのである。

 

「目・・・覚めたんだ・・・」

 

「えっと・・・その、助けてくれてありがとう。」

 

「別にいいよ、私も兄さんも人が死んでいくのを見るのはこりごりだからさ。」

 

 イルシアの言葉を聞いてアルスは、ふと疑問に思ったことを聞いた。

 

「死んでいくのを見たことがあるの?」

 

 イルシアは少し悲しい顔をしながら

 

「ええ・・・それも数人や数十人じゃ収まらないほどにね。」

 

「もしかして、君は暗殺者なのかい?」

 

「まあ、そんな感じよ・・・どう?暗殺者だからって怖くなった?」

 

 アルスは覚悟を決めた表情でイルシアを見て言った。

 

「・・・いや、僕も暗殺者にしてほしいんだ。」

 

「ッ!?・・・君、どういうことかわかってるの?・・・暗殺者っていうのは善悪関係なく依頼されれば人を殺すんだよ!?」

 

「大丈夫・・・覚悟はできてるから・・・」

 

 イルシアはその表情からアルスが止まらないと悟った。

 

「イルシア」 

 

「えっ?」

 

「私の名前、イルシア=レイフォード。暗殺の仕方を教えるのに名前がわからなかったら教えにくいじゃない。」

 

「あぁ、ごめん。僕の名前はアルス=フィデス。」

 

「ところで、アルスは住むところはあるの?」

 

「・・・・・・ない。」

 

そしてこの日からアルスは暗殺者として活動しつつエルミアナの動向を探っていこうと決めた矢先にこれである。

 

「もし、よかったらここに住んでもいいよ・・・兄さんもそう言ってたし。」

 

「・・・すいません、これから色々お世話になります・・・」

 

「ふふっ」

 

「どうしたの?」

 

「なんでもなーい。」

 

 同世代のお友達のようなものを初めて体験したイルシアはとても上機嫌だった。それからアルスは自身の固有魔術を活かしながら暗殺者として色々な人を屠っていった。そして彼が暗殺者になって1年経つ頃には彼には1つの名前が付けられていた。

 

                       

                                                  その名は<無銘>と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、暗殺者となってそろそろ2年目となった頃、1つの情報が入ったのだ。それは、エルミアナ王女の流行り病での死亡である。処刑ではない場合は追放だと確信していたアルスはイルシア達に切り出した

 

「すいません、少しの間フェジテに戻ります。」

 

 いきなり切り出した話にイルシアとシオンは付いていけず

 

「いきなりどうしたんだい?」

 

 と聞いた。すると彼は覚悟を決めたように

 

「このときを、待っていたんです。」

 

「どういうこと?」

 

 そして彼は語り始めたのだ、シオンやシオンと会う前つまり、2年前のことを

 

「・・・ということをしてきたんです。」

 

 語り終わったあと、シオン達をチラッっと見たら笑顔で

 

「そういうことなら、行ってくるといい。僕たちはいつまでもここにいるから。」

 

「そうよ、いつでもいいから帰ってきてね!」

 

 シオンやイルシアは笑顔で送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスは無事フェジテへと到着し、セルフイリュージョンを使いフィーベル家へと向かっていた

 

「ここに来るのも2年ぶり・・・・かな。」

 

 とぼやきながら向かっているとフィーベル家が見えてきた。すると、ちょうど金髪の少女が裸足で飛び出していったのを見ていると銀髪の少女が訪ねてきた。

 

「うちに、何かようですか?」

 

 少し警戒心を持たれながら聞かれたので、

 

「レドルフ=フィーベルさんは、ご在宅ですか?」

 

 とにこやかに聞く。そうすると目の前にいる少女はいきなり涙を流し始めた。

 

「えっと・・・どうかされましたか?」

 

「おじいさまは、昨年亡くなったわ・・・おじいさまに何かようがあったの?」

 

 その衝撃の真実にマジかと内心驚愕しつつ、質問に答えた

 

「2年前に、私はあなたのおじいさまと約束をしていたのですよ・・・」

 

「そう・・・・ッ!それより金髪の子がどこに行ったか知りませんか?」

 

 思い出したのだろう、銀髪の子が聞いてきた。

 

「それなら、あちらに行かれましたよ?」

 

「ありがとうございます!失礼します!」

 

 お礼をした後、足早に去っていったシスティーナを見ながら

 

「・・・悪いことをしてしまいましたね。」

 

 そうアルスが言った方向は金髪の子が行った方向とは逆なのである。

 

「さて、僕も探しに行きましょうかね。」

 

 そう言いながら魔眼を使う。そのすぐ後に、視界に入ったのは金色の線・・・つまりエルミアナの行った先である。そして、結構歩いて丘で1人うずくまって泣いている金髪の少女を見つけた。

 

「・・・システィーナさんが探していましたよ?」

 

 少し距離を開けたところに座り彼は、自分を気にかけてくる銀髪の少女が探していると伝えてくれた。

 

「あなたは・・・誰・・・ですか?」

 

 彼は少し迷った、本名を言ってしまえば自分の存在がバレてしまうのだ。なので、彼は少し考えた後にこう言った

 

「僕かい?僕はしがない旅人ですよ・・・君の名前は?」

 

 自分の名前を言った後、逆に彼は少女に名前を聞いた。

 

「ルミア。ルミア=ティンジェル。」

 

「ルミア・・・いい名前ですね・・・システィーナから少し君のことについて教えてもらいました、家の都合で追放されたそうですね。」

 

 そう言った直後、ルミアは身体を強張らせる。

 

「・・・だったら何だっていうんですか!、あなた達には何も関係ないじゃないですか!!!」

 

 ルミアがこんな大きな声を出すことを予想してなかったアルスは驚きながら

 

「ええ、直接的にはなにも関係ありませんね・・・でもねルミア、あなたは自分を気にかけてくれる人をなぜ拒絶するのですか?」

 

「・・・それは・・・」

 

「もしかして自分が心を開いた相手が亡くなったり、いなくなったりしたのですか?」

 

「ッ!?・・・どうしてわかったんですか?」

 

「・・・それくらいの検討はつきますよ。」

 

 と格好つけてる反面、内心では

 

(やっぱり僕のせいか~)

 

 このように申し訳ないと思っているのである。そう内面で思っているとルミアは話してくれた

 

「もし、システィーナを受け入れて、またいなくなられたらって思うと怖いんです・・・」

 

「確かに、それは辛いでしょうね。でも、大切なのはその怖い思いを忘れない事です。」

 

「えっ?」

 

 こういう言葉が来るとは思わなかったのだろう、ルミアは素で驚いてしまった。

 

「少なくともシスティーナは君に対して友達以上の関係を築いていきたいと思っているようですし、それを拒絶するのは君がシスティーナに対して拒絶される怖さを与えてしまっているのでは?」

 

「それは・・・・・」

 

 これには流石のルミアといえども反論できなかった。

 

「まあ、半ば説教みたいになってしまいましたが・・・そうですね、せめて、自分を助けてくれている恩人くらいは受け入れてみてはどうでしょうか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「別に今すぐやれとは言いません。心に余裕ができてからでも構いません、きっとフィーベル家の方々はあなたを受け入れてくれるはずですよ。」

 

 そう言った後、アルスは手短に「それでは」と言って去っていった。そしてルミアはその後ろ姿をアルスと重ねてしまった。




はい、いつも通りの駄文で誠に申し訳ない。大天使ルミア様がかわいすぎて見切り発車で始めてしまったこの作品ですが、これからもよろしくお願いします。

あと、名前が単純なのは申し訳ない。3秒で思いついてしまったんだ!

次回は、明日出すかもしれませんし、もしかしたら今日の深夜に出すかもしれません。


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アルスの戦闘能力

はい、今回はアルス君の初めての戦闘描写を入れます。拙いですがよろしくお願いします。


 アルスはルミアに説教をしたことと失踪したことに対して少し後悔しながら、宿に向かっていたのである。

 

「・・・・・・・・なんか音が聞こえる。」

 

 生まれつきアルスの五感はいい、だからこそ爆発音が聞こえる方に遠見の魔術を使ったのだが驚くべきことに、そこには、ルミアはがいたのである。

 

「ッ!?・・・・」

 

 何故・・・という疑問は湧かない、天の智慧研究会ならばルミアがエルミアナ王女であることくらい調べるのは容易いだろう。

 

「・・・・ルミアが危険なら行くしかないよな」

 

 そして彼は赤いマントにフードを被り認識阻害の魔術をかけ、宿の窓から民家の屋根へと飛び移る。森に着いたと同時に魔眼を使いルミアの居場所を探るとすぐ近くにいたので、すぐに、捕まえここから離脱しようとした時に

 

「ッ!?あなたも私を殺しに来たの!?」

 

 いきなり大声を出してきたので口を抑え、自分もなるべく小さい声で喋る。

 

「大丈夫だ、僕は君の味方だ。」

 

「嘘だ!誰もッ!?」

 

 ルミアは声を遮らざるおえなかった。なぜなら、誰かが目の前にいる赤マントの男を撃ったのだ

 

「ッ!?いや、イヤァァァ」

 

「今のは牽制だ、次は殺す。」

 

 撃ったのは帝国軍の特務分室執行官ナンバー0<愚者>のグレン=レーダスだったのである。

 

「いきなり、撃つなよ。危ないだろ。」

 

「赤マントに顔の見えない男・・・・お前が<無銘>だな。」

 

 <無銘>と言った瞬間驚いた気配が伝わった。

 

「僕はそんな名前で呼ばれていたのか・・・」

 

「・・・知らなかったのかよ。」

 

 これには流石のグレンも呆れる。自分がどんな風に呼ばれるか暗殺者な知っていて当然だからだ。だが一転して無銘の雰囲気ががらっと変わる。

 

「その恰好、帝国軍の特務分室だな?」

 

「・・・そうだと言ったら?」

 

「・・・この娘を頼む・・・」

 

 そう言ってルミアを抱きかかえながら無銘はグレンに渡す。だがグレンはわからないのだ、暗殺者であるはずの無銘はなぜこの娘を自分に託すのか。

 

「・・・どうして、この娘を助ける?」

 

 これには少し驚いた、どう答えようか迷ったのだ。真実を伝えてしまえば、ルミアに自分がアルスであるとバレるので却下。なので、ここは適当に

 

「人を助けるのに理由が必要か?」

 

「・・・暗殺者がいうセリフじゃねえな・・・」

 

 そう言われればそうだとアルスは遅まきながら知った。

 

「まあ、あんたより僕のほうがこいつらに対して有利だからその娘を預けるんだ。」

 

「・・・・お前、暗殺者向いてねえよ。」

 

 グレンはそう言うとすぐさま回れ右して去っていった。

 

「行ったか・・・これで、思う存分戦える!」

 

 そう言った途端何十人、もしかしたら何百人といるかもしれない外道魔術師達が出てきた。

 

「アア?なんでこんなところに人がいんだァ?」

 

「お頭、こいつも殺ってしまいましょうぜ」

 

「そうだな、てめえらこいつを殺せ」

 

 そう言った途端外道魔術師達をとてつもない殺気が襲った。

 

「黙れよ、外道どもが・・・お前ら全員生きて帰れると思うなよ?」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 下っ端はビビッている中大将らしき奴が出てきて無銘に言った。

 

「これだけの人数相手に、何ができるっていうんだ?アアン?」

 

 無銘はため息をついた後、両手握りしめを詠唱した。

 

 

「投影開始」

 

 そこに出てきたの1つの黄金に輝く剣、そして、それは聖剣と呼ぶに相応しい形と色をしていた。外道魔術師全員が同じ感想を抱いた瞬間無銘は動いた。

 

「ハッ」

 

 1歩踏み込んだと同時に、まさに神速と呼ぶべき速さで大将の男を一瞬にして殺してみせたのである。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

 そのことに動揺した外道魔術師達は気付かない、自分たちの上に無数の剣が投影されていることに・・・

 

「お前ら全員、ここで屍を晒していけ・・・」

 

 そう言って、無銘は左手を上にあげ振り下ろす、それと連動するかのよう無数の剣たちは外道魔術師達に刺さり殺していった。たった1つの詠唱、1節にも満たないかもしれない詠唱だがそれでも外道魔術師達を一掃するには十分すぎたのである。

 

「さて、これで終わりだな・・・」

 

 と言い、彼は宿に帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、グレンの方はルミアを抱えながら森から抜け出す為に別の外道魔術師達に追われていたのだがルミアの泣き声によって位置がバレバレなのである、これではいづれ追いつかれるので仕方なくグレンはルミアに対してこう言った。

 

「頼む、敵の大半は無銘が引き受けてくれたが、まだ敵は残ってる。お前がそんな調子じゃとても切り抜けられない。俺のことをいくら怖がっても構わない。だがもし、泣き止んでくれるなら・・・俺はお前に味方してやる。世界中が敵に回っても、お前を嫌っても俺だけは絶対お前に味方してやる。だから頼む・・・泣くな」

 

 そう言った途端ルミアは泣き止み無事救出されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 救出された翌日、グレンはイヴに呼び出されていた。

 

「グレン、率直に聞くわ。昨日エルミアナ王女救出の時無銘と会ったの?」

 

「・・・・ああ。」

 

 イヴの質問にグレンはぶっきらぼうに答える。

 

「・・・・・そう。」

 

 グレンはこのことをアリシア七世にも報告しており、イグナイト家の人間なら知ってて当然とわかっていたので別に驚きはしない。

 

「彼を特務分室に引き込むわ。」

 

「はあ!?」

 

 さすがに予想外だった。

 

「彼は貴重な戦力になるわ、彼が殺した天の智慧研究会のほぼ全てが第2団<地位>の外道魔術師よ。」

 

 これにも絶句した。天の智慧研究会の第二団<地位>とは外道ではあるが、結構な強者揃いなのだ。だが、グレンはふと疑問に思った。

 

「どうやって、無銘の場所を特定する気だ?」

 

「王女殿下に呼んでもらうのよ。」

 

「なっ・・・」

 

 これには、誰もが驚くだろう。なにしろ1国の女王が暗殺者を呼び出すのだから。無謀だとも思ったが、グレンはイヴを止める術を持っていないので、しぶしぶ従ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、アルスが宿を出ようと思ったら出王室親衛隊と宮廷魔導師団が出口で待ち伏せしていたのである。どうやって足がついたのかは、知らなくてもいいことだ。なぜなら、国が調べようと思えば簡単に場所くらいバレる。

 

「・・・・・・・・・・・なにこれ。」

 

 アルスは絶句していた。場所がわかっているなら手紙を置いていくなり方法はあるはずなのだ。

 

「場所がバレてるなら、仕方ないし。出るか・・・・・ッ!」

 

 いやいやながら出た瞬間、屋上から<ライトニング・ピアス>が放たれてきたのだ。

 

「っととと、あぶねえ・・・」

 

 その<ライトニング・ピアス>を軽々と避け彼の前にいたのは、王室親衛隊であった。

 

「貴様、無銘だな?・・・王宮までご同行願う。」

 

「・・・・・・・・・・・えっ?」

 

 都市伝説レベルの暗殺者だと昨日分かったので、バレたら即刻処刑だと思っていたので素っ頓狂な声を上げてしまうアルス。しかし、ここで暴れたら処刑になりかねないので大人しく王宮の馬車に乗った。

 

 

 

 

 

そして、王宮についたイヴが見たのは、赤いマントにフードを深く被り顔が分からない無銘とその無銘に頭を下げているアリシア七世王女殿下であった。

 

 

 

 

 

 




この作品ばっかりで課題やってない!不味いですよ!


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アルス久しぶりの王宮

イヴの口調これであってる?

そういえば、アルスの特徴を紹介してなかったので、ここで軽く紹介しておきます。

アルス=フィデスの時は、綺麗なスカイブルーの髪色で、顔はそれなりに整ってるゾ。
想像しにくい人は暁古城で検索検索ぅ

アレス=クレーゼの時は、綺麗な赤髪で顔はイケメンだゾ
想像しにくい人は赤髪の白雪姫で検索してくだせえ

それではお楽しみください。


 イヴが見たのは無銘と無銘に頭を下げるアリシア七世王女殿下であった。なぜ王女が頭を下げているのかそれは、イヴが王宮に来る少し前のことである。

 

 

 

 

 

 

 王室親衛隊に連行されていた無銘は王女の一室に案内された・・・少し待っていると小走りできたのか、少し息を切らしているアリシア七世がいたのである。

 

「・・・・で、僕をこうして連行した理由をお聞かせ願いたい。」

 

 久しぶり会ったアリシアは前と変わらず美しく、少し2年前のことを思い出しながら切り出した

 

「先日、外道魔術師達に襲われていたエルミアナを助けていただいたそうですね・・・あの娘の母親として感謝します。」

 

「なるほど、先日外道魔術師達に誘拐されていた金髪の娘は亡くなったエルミアナ王女でしたか・・・」

 

 あたかも、今気づいたという風に話す無銘。

 

「えぇ、あの娘は異能者です。あのままでは王家の威信に関わるので追放しなければならなかった・・・私は母親失格なのでしょう、国のためとはいえ娘を追放したのですから・・・ですが、1人の母親としてあの娘には幸せに生きて欲しいのです。」

 

「・・・・・例え、エルミアナ王女から感謝されなくても?」

 

「はい・・・」

 

 アリシアの顔は悲しそうであり、苦しそうでもあった・・・

 

「・・・つまり、ここに呼び出したのは僕にエルミアナ王女を守ってほしい・・・と?」

 

「グレンから聞きました、あなたはエルミアナを助ける際人を助けるのに理由はいらない・・・と。」

 

 確かに言ったが、無銘は別に無償で人を助ける訳ではない。あれは、助ける対象がルミアだったからに他ならない。

 

「・・・・・わかりました。その依頼お受けます・・・ですが、1つ条件があります。」

 

「はい、なんでしょうか。」

 

 依頼を受けるといった瞬間アリシアは笑顔に変わり、その条件とやらも自分にできることならなんでもするつもりだった。だが無銘の条件はアリシアにとってあまりに意外なことだった。

 

「これからも、エルミアナ王女を愛してあげてください・・・あの娘は、異能者であるというだけで普通の子なら与えられる親の愛というものを十分に与えられなかったんです・・・だから、あなたがこれからもエルミアナ王女を愛し続けるならばその依頼をお受けします。」

 

 その言葉を聞いてアリシアは泣いていた・・・それに気づいた無銘は、慌てて

 

「え、あっ僕なにかしました!?・・・すいません、他人である僕が言う事じゃないですね・・・」

 

 最初こそ慌てていたが、次第に冷静になり出過ぎたことを言ったという自覚ができたのだろう。すぐに謝罪した。

 

「いえ・・・まさか、暗殺者に諭されるとは思ってもみませんでした。ですが、そうですねあなたの言う通りです・・・国の為に私はあの娘を捨てた、私はどうすればよかったのでしょうか・・・」

 

「ふつう、それを暗殺者に聞きますかねぇ・・・ただ、人間というのは間違い傷つく生き物です。そして傷つけたら謝る、これは常識でしょう?」

 

「ッ!・・・ふふっ。あなたは不思議な人ですね・・・そうですね、では、エルミアナの事よろしくお願いしますね。」

 

「いや、僕みたいな暗殺者に女王陛下が頭下げちゃいけませんって!」

 

 そしてアリシアが頭を下げているタイミングでイヴ達宮廷魔導師団が入ってきたのだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「・・・・・・・」」」」 

 

「あ・・・・」

 

 この場所だけ時間が止まったように誰も、動かなかった。アルベルトは左手を構え、グレンは<愚者の世界>を発動しようとしていたのだが、止めたのはアリシアだった。

 

「やめなさい、この方は敵ではありません。」

 

「失礼ながら、なぜ女王陛下が頭を下げていたのでしょうか?」

 

 流石に王女の言葉なので無視できずに2人とも手を降ろす。そんな中イヴはなぜアリシアが頭を下げていたのかを問う。

 

 イヴの疑問はもっともだ、宮廷魔導師団の全員が気になっていたことだった。

 

「お願いするときは、頭を下げる。常識でしょう?」

 

 アリシアは悪びれもせず、そう言った。

 

「お願い、とは?」

 

「彼にエルミアナの護衛を頼みました。」

 

 その言葉にアリシアと無銘以外の時間が止まった。

 

「そう・・・ですか。」

 

 イヴが少し残念がるのも無理はない、彼女らは無銘を宮廷魔導師団に入れようと来たのにアリシアに先回りされては何も言えないからである。だがイヴはここで諦めなかった。彼女は優秀な駒さえ手に入ればそれでいいのだ。

 

「あなたが無銘ね・・・ところであなた宮廷魔導師団の特務分室に入る気はないかしら?・・・そうねえ、もし入るなら執行官ナンバー20<審判>というのが妥当かしら。」

 

 今日何度目かもわからない驚愕がこの部屋を支配する。

 

「・・・いや、折角だが断らせてもらおう。」

 

「なぜか、聞いてもいいかしら?」

 

 アリシアの前なので迂闊に脅迫もできないイヴが無銘に問う。対して無銘は緊張の欠片もない。

 

「先ほど、王女殿下から直々の依頼がきてね・・・1度それを受けてしまった以上断るのはしのびないのでね・・・要件がそれだけなら僕は帰らせてもらおう。」

 

 そう言って無銘は窓から消えていったと同時に、もう無銘を特務分室に入れる手段がなくなったことにイヴは不機嫌になる。

 

「女王陛下、私たちもこれで失礼いたします。」

 

 そう言って、イヴはイライラを隠しながら足早に去っていった。

 

「アルス・・・あなたの失踪とエルミアナの異能は関係しているのでしょうか・・・」

 

 アリシアは1人空に向かって呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 女王陛下から依頼を受けて1年半が経とうとしていた頃、アルスはルミアを監視しながら新たな固有魔術を模索していた。今使っている固有魔術は<無限の剣製>である。何故剣製なのかって?最初に投影できたのが剣だからだよ。まあ、それは置いておいてだ。今の自分は遠距離戦をあまり得意としていない事に気づいたのだ。別に遠距離戦ができない訳じゃない、事実剣を投影して射出すれば遠距離戦でも少しは戦える。だが、遠距離戦で有利なのは銃だなとなり試しているのだが・・・何故かこの<無限の剣製>は遠距離武器の投影には滅法弱いのである。だから遠距離武器専用の固有魔術を編み出したのだが、形だけで弾がないのである。・・・これが悩みの種であった。

 

「う~ん、何がいけないんだろう・・・」

 

 そう呟いても帰ってくる声は無い

 

「気分転換にどっか行くか。」

 

 護衛の任務はいいのか?となるが大丈夫である。フィーベル家にいる限り安全だからである・・・そしてアルスが向かったのは3年前エルミアナのロケットを買った場所であった。そこでアルスは職人の声を聴いたのである。

 

「よいか?どれだけ外見通りの形を保ったところで中身が伴っていなければそれは粗悪品じゃ・・・」

 

「ッ・・・・・そうか・・・そういうことだったのか。」

 

 この言葉で気づいたのである。アルスは剣の中身は見たことがあっても銃の中身は見たことがないのである。銃の中身を見るために、無銘の姿になり闇市にいくのであった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できた!」

 

 そして銃を一丁入手して分解して構造を理解し、3日3晩かけてようやく完成させたのが新しい固有魔術であった。




イルシアとの永遠のお別れシーンは書いた方が良いですかね?個人的に早く魔術競技祭まで書きたいのですが・・・番外編あたりで書いた方がいいですかね?


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テロリスト襲撃編
アルス魔術学院に通う


ren瀟洒中様 マサヒロ様 鍛冶様 ほりぴー様 クロンSEED様 ROCKON_Air様 リンネ・オルタ様 緋炉様 クリアウィング様 薬袋水瀬様 斬刃様 サキザキ様 Yasumasa様 ラグナ インフィニティ様 じぇろにも〜様 ネギ様 craftman様 読店様 上位者様 閑人様 カンナちゃん、マジやばくね様 アクション大好きっ子様 ゆっくり様 笑い神輿様 坂透様 カキヨミ様 社蓄もどき様 バーサーカーグーノ様 ジム009様 Rain_C様 脇役様C テュール様 ポポポンのポン様 あきさめ前線様ククロロ様 
                        
お気に入り登録ありがとうございます。非公開ながらお気に入りしてくださっている3名もありがとうございます。

そして今回から書き方を三人称視点から主人公と稀にヒロインの一人称視点でやってみたいと思います。

これからも、廃棄王女と天才従者をよろしくお願いいたします。


 アルザーノ帝国は北セルフォード大陸北西端に位置する帝政国家で、この国にはフェジテと呼ばれる帝国の南部のヨークシャー地方に存在する都市があり、その都市は帝国魔術学院と共に発展してきた大陸有数の学究都市である。

 

 そしてそのフェジテにあるアルザーノ帝国魔術学院は400年前にアリシア3世によって創立された国営魔術師育成専門学校である。国内にある魔術学院の中でも最高峰の魔術を学べる学校である。

 

 そして、今学院では全校生徒と教師での交流会なるものが開かれていた。

 

「よう、ここの席に座ってるってことはあんたも2組か?」

 

 随分と大柄な人だな・・・と思いつつ

 

「ああ、そういう君も2組かい?」

 

 と答えた

 

「俺はカッシュ、カッシュ=ウィンガーよろしくな。」

 

「僕はアレス=クレーゼ、こちらこそよろしく。」

 

 交流会で仲良くなれたことを嬉しく思っていると、女の子みたいな男子が話に入ってきた名前はセシル=クレイトンと言うらしい。早速2人と友人になれた訳だが、ここでカッシュが

 

「あそこにいる女の子たち可愛くね?」

 

 と言い出し

 

「「そうだね」」

 

 とセシルと一緒に返したら

 

「ナンパしに行くか!」

 

 と言い僕とセシルの腕をひっぱり輪の中に連行されたのだ。

 

「そこの可愛子ちゃんたち、俺たちと話さない?」

 

 そして着いて早々ナンパ師みたいなことを言うのだ。女子達はテンションについていけなかったようなのでこちらに助けてという視線を向けてくる。なので仕方なく

 

「僕はアレス=クレーゼでこっちが友達のセシル、よろしく。」

 

「セシル=クレイトンです、よろしく。」

 

「俺はカッシュ=ウィンガーだ、よろしくなみんな。」

 

「え、ええこちらこそよろしくですわ、私はウェンディ=ナーブレスですわ。」

 

「私はテレサ=レイディです、よろしくお願いしますわ。」

 

「わ、私は・・・リン=ティティス・・・です。よ、よろしく・・・」

 

「私はシスティーナ=フィーベルよ、そしてこっちがルミアよ。よろしく。」

 

 貴族の令嬢っぽい人がウェンディ、おっとりした雰囲気の人がテレサ、メガネの娘がリンで銀髪の人がシスティーナ、最後は言わずもがな金髪の天使である。そしてこの後、カイやロッドが参加して総勢10人で他愛ない会話をして解散となった。

 

「じゃあな~アレス!」

 

「じゃあね!アレス君」

 

「うん、また明日。」

 

 帰り道が途中まで一緒なカッシュとセシルに別れを告げ家に帰る。そして予想以上に疲れが溜まっていたのだろうベットに入ってすぐに寝てしまった。

 

 学院での勉強はある意味新鮮だった、誰かと一緒に相談しながら勉強なんてしたこと無かったし、わからない所を教えあう感覚も新鮮だった。初めてのテストでは雑学はそれなりなのだが、実技に関しては錬金術以外全然ダメだった・・・ギイブル君やウェンディさん達に色々教えてもらい、ぎりぎり進級できたのである。本当に感謝しているのだが、ギイブル君は錬金術の実験の時はすごく睨んでくるので結構怖い。

 

 そして2年になって少し経ったある日、2組の担当講師であるヒューイ先生が家の都合とかで退職したのだ。そして非常勤講師も見つからず自習になっていたのだが、僕はいつも通り成績上位者に実技のコツを教えてもらっていた。

 

「ここは・・・こうすればいいだろう?」

 

「あ、ほんとだ。ギイブル君ありがと。」

 

「だから君はなんど同じことを言えば良いんだ!・・・・」

 

「え?あっほんとだ。ごめんね。」

 

 こんな感じでいつも怒られてます。はい

 

「全く・・・」

 

「あはは・・・面目ない。」

 

 固有魔術こそ、習得しているもののこの固有魔術はこの魔術特性さえなんとかできれば、誰だってできる。

 

そしてヒューイ先生がいなくなって1ヶ月経った日に非常勤講師が来ることとなり、アルフォネア教授曰く優秀な人らしいのだが現在進行形で遅刻している。

 

 

 魔術師は自分が魔術師であることに誇りを持っており、その誇りを汚さない為にも遅刻や無断欠席などありえないのだ。だからこそシスティーナは現在進行形で遅刻している講師に対して怒りが抑えられなかった。

 

「遅い!もうとっくに授業時間過ぎてるのに、来ないじゃない!!!」

 

 システィーナは魔術師としての誇りだけでなく、今は亡きおじいさまとの約束を叶えるため魔術に対する熱意は人一倍なのである。まあその熱意が強すぎて講師達からは『講師泣かせのシスティーナ』生徒達からは『真銀(ミスリル)の妖精」などと呼ばれているのだが。

 

「まあまあ落ち着こうよ、もしかしたら何か理由があるのかもしれないし・・・・」

 

 

そしてそんな彼女を宥めるのが、彼女の隣に座る金髪の少女”ルミア=ティンジェルである”

 

 だがシスティーナルミアへ向き直り

 

「ルミアは甘すぎなのよ!真に優秀な人なら不測の事態にも対応できなきゃダメなのよ!」

 

「そうかな・・・・」

 

システィーナがここまで恐ろしく高いハードルを求めるのには、前任のヒューイ先生がお気に入りだったことと、非常勤講師のことを大陸最高峰の魔術師であるセリカ=アルフォネアが太鼓判を押したからだ。                                  

 

 システィーナが文句を言っていると教室のドアが開き入ってきたのは全身ずぶ濡れで皺だらけのシャツ、目が死んでいる男性で左手に嵌めている手袋と抱えてる教本がなければこの男が講師であるとは思いもしないだろう。

 

 「やっと来たわね!非常勤講師。最初の授業から送れるなんて・・・どんな神経して・・・」

 

 システィーナは入ってきた男に驚き言葉を失う。なぜならその男は今朝ルミアにセクハラ紛いのことをした男だからだ。

 

「あ、貴方は──!?」

 

「違います、人違いです。」

 

「そんな訳ないでしょ!?あなたみたいな人いてたまるもんですか!」

 

「いいえ、人違いですぅ。」

 

 あくまで、他人のフリをする男にシスティーナは怒りを隠しきれていない。そしてそれを知ってか知らずか、男は黒板に自分の名前を書いた。名前はグレン=レーダスというらしい、まあ知っているのだが・・・自己紹介をシスティーナがばっさりカットし、グレン先生は黒板に『自習』と書いて寝ていた。そして案の定システィーナが突貫していくその様子を見て、笑うものと呆れるものがいた。その後もグレンは態度を改めることなく、次の錬金術実験で女子更衣室を除き集団リンチされたとか・・・そして数日後システィーナとグレンは言い合っているのだが最早いつものことなのでルミアも止めることはしなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 システィーナとグレンが言い合ってる時もルミアはアレスに座学を教えていた。アレスが座学でそれなりの得点をだせたのは大天使ルミア様のお陰である。

 

「ティンジェルさん、本当にありがとう。」

 

「ううん、別にいいよ。私も好きでやってることだから。」

 

「ティンジェルさんのおか「いい加減にしてくださいッッ!」

 

 アレスがお礼を言おうとしたタイミングでシスティーナの堪忍袋の緒が切れたようだ。

 

「だから、いい加減にやってるだろ?」

 

「子供みたいな屁理屈こねないで!!!」

 

 そしていつものようにすぐ終わるだろうと思ってた全員が驚かされた。システィーナが手袋をグレン先生に投げつけたのだ。左の手袋を相手に投げることは魔術決闘の申し込みを意味しその手袋を相手が拾えば決闘成立である。グレン先生はその手袋を拾い『ショック・ボルト』のみでの決闘で勝負をつけようと提案したのだが。本人は3節詠唱しかできず、1節詠唱ができるシスティーナの相手ではない。アレスはその決闘は見なかったが聞いたところやはりグレン先生の大敗だったようだ。そこからのグレン先生の評判の落ち方はすご過ぎた。

 

 

 いつも通り自習をやっていた時にリンがグレン先生にルーン語の翻訳を教えてくれと頼んだのだが、そこでシスティーナが口をはさんだ。

 

「無駄よ、リン。その男には魔術の偉大さも崇高さも理解してないんだから、その男に教えてもらう事なんて何もないわ。」

 

 いつもなら聞き流すようなことをグレン先生は噛みついたのである

 

「魔術って、そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 この一言で教室が静まり返った。




 これ書き終わる頃にはお気に入りの数が41名もいてびっくりしました。通算UAも2500いきそうですし、本当にありがとうございます。それと前書きで紹介されなかった方は次回の前書きで紹介したいと思います。

気が向いたら今日もう一本だそうかなと思います。


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アルスの魔術観

 これを書き始めた時、お気に入りの数が50人超えてて大変驚かされました。
ゆい様 赤紫セイバー様 瀬笈葉様 綾瀬絵里様 高紀様 二次元命様 蒼風 啓夜様 xtreme様 スティッチ乙様 tanke様 すずめの枕様

新たにお気に入りしてくださった方々、そして以前からお気に入りせてくださっている方もありがとうございます。

アルス(アレス)君は、ばれないようにする為に男子は君付けで女子はさん付けで呼んでいる。だがリンには呼び捨てにして欲しいと言われたので呼び捨てで呼んでいます。


「魔術って、そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 そう言ったのは、非常勤講師であるグレン先生だった。その一言から口論は始まった・・・フィーベルさん曰く、魔術とは世界の真理を追究する学問だと。対して、グレン先生は他者に還元できないのならそれは趣味であると・・・それに反論しようとしたフィーベルさんにグレン先生は優しく

 

「嘘だよ、魔術はちゃんと役に立っているさ・・・人殺しにな!!!」

 

 そう言った途端グレン先生の顔が歪み、フィーベルさんはそれに反論するがグレンに圧倒的なまでに言い負かされていた。それでも、フィーベルさんにも譲れないものがある。魔術を趣味だの言われることはまだ我慢できる・・・だが、自分の大切な魔術を外道と貶めることだけは許せなかった。だが、口論では流石にグレン先生の方が1枚上手だったようでフィーベルさんはグレン先生をビンタすることしかできなかった・・・

 

「なんで・・・なんで、そんな酷いことばかり言うの?・・・あなたなんて大嫌い!!!」

 

 そう言って教室を出て行ったフィーベルさんに対しグレン先生は苦虫を噛み潰したような顔をしながら出て行った。まるで時が止まったかのように誰も一言も発しない中動いたのはアレスだった。

 

「リン・・・フィーベルさん達の事は君が悪いわけじゃない。」

 

 アレスはリンに対してそう言った。だがリンは、動かずアレスに聞いた。

 

「アレス君も・・・魔術は人殺しのものだと・・・思う?」

 

 すると、アレスは少し考えたあと、別に・・・と普通に答えた。この回答はクラスの全員が予想外だったのだろう・・・皆、アレスの続く言葉を待っている。

 

「別に、魔術の価値観なんて人それぞれでいいと思うけど・・・グレン先生は人殺しと考えていて、フィーベルさんは世界の真理を追究するものだと思っている。そして僕が魔術がを習うのは、趣味だし・・・」

 

 趣味と言った途端クラスがざわついた、そんなにおかしい回答だったのだろうか・・・

 

「まあ、とりあえず魔術の価値観なんて人それぞれでいいんだよ。事実三者三様の答えだし・・・そんなに気にしなくてもいいと思うよ。」

 

 だが、リンはそう言った途端クスクスと笑い始めた。

 

「えっと・・・なにか変なこと言った?」

 

「いや・・・アレス君らしいなって思って・・・」

 

「そ、そうかな?まあいいや、それよりここを教えてほしいんだけど・・・」

 

 不自然な感じで話を変えたアレスだが、結局グレン先生は結局最後の授業まで顔を出さなかった。放課後になり、影から護衛しようと思い帰ろうとした時ティンジェルさんが僕の手を掴んで

 

「方陣構築の復習手伝ってくれないかな?」

 

 と言ってきたのだが護衛としては近すぎず遠すぎずの距離が一番良いのだが。ティンジェルさんに頼まれるといつも断れないのである。

 

「うん、僕でよければいいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって実験室なのだが・・・ティンジェルさんは実験室のカギを盗んでくるやんちゃさんだったのだ。

 

「皆には内緒だよ?」

 

 と言いウインクしてくるティンジェルさんにハートを撃ち抜かれつつ、魔力円環陣を組んでいたのだがどうにも起動しないらしく教科書と照らし合わせてみると、どうやら水銀が足りてないという事に気づいたので教えようとしたのだが・・・

 

「ティンジェルさん、それ水g「おーい実験室の個人使用は禁止だぞ?」

 

 なんとグレン先生が入ってきたのである。ティンジェルさんはそれに驚きながら

 

「すいません、すぐ片付けますから。」

 

 と言い片付けようとするのだが、意外なことに止めたのはグレン先生であった。

 

「いいよ、最後までやっちまいな」

 

「でも、うまくいかなくて・・・」

 

 しょんぼりしながら答えるティンジェルさんに対しグレンは

 

「バーカ、水銀が足りてねえだけだ」

 

 と言い迷いのない動作で水銀を足していく。そしてやがて方陣が出来たのだろう、グレン先生が魔術起動を促しティンジェルさんは魔術を起動した。

 

「≪廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ≫」 

 

 そう呪文を唱えた途端、ただの実験室が神秘的な光景に変わり思わず

 

「綺麗・・・」

 

 と呟いてしまった。その後はティンジェルさんとグレン先生と一緒に帰っていたのだが途中でグレン先生が僕たちに

 

「なんで、お前らって魔術にそんなに必死なんだ?魔術ごときにマジになりすぎだろ。」

 

 と聞いてきたので、僕は思わず言ってしまった。

 

「守りたい人がいるんです・・・」

 

「は?・・・」

 

 いきなりそう言われたら誰でもそんな反応になるよなと思いつつ

 

「冗談ですよ・・・そんなマジ顔で引かないでください。」

 

 誤魔化したのである。

 

「いや、冗談にしちゃ重い話だなと思ってな。」

 

「重い話でもすれば、グレン先生がまじめに授業やってくれるかな~とか思っただけですよ。」

 

 そう言った途端グレン先生はいつもの顔に戻り

 

「はっ、ねーよ。」

 

「ですよね・・・」

 

 少し期待したのだがやはり駄目であった。

 

「もっかい聞くぞ?、なんでそんなに必死に魔術を習う?」

 

「魔術師になれれば将来の給料が安定するからです。」

 

 と真剣な顔で言うと、グレン先生は興味なさそうにほーんとだけ言って今度はルミアに話を振った。するとルミアは真剣な表情になり話し始めた。

 

「恩返ししたい人たちがいるんです・・・」

 

「なんだそりゃ?」

 

「3年前、私が家の都合で追放されてシスティの家に居候し始めた頃、悪い魔術師達に捕まって殺されそうになったことがあるんです・・・その時の私は大切な人を失ったのと追放されたことも相まってすごく不安定で、どうして私ばっかりって思っていたんですけど怯えて泣くことしかできなかった私を助けてくれた人たちがいたんです・・・そして私はその人たちを見て思ったんです、今度は私があの人たちを救う番だって・・・人が魔術で道を踏み外したりしないようにって、そうしていけばいつかあの暗闇の中で泣くことしかできなかった私を助けてくれた人たちにお礼を言える日がくるんじゃないかって・・・そう思ったんです。」

 

するとグレン先生が

 

「見かけによらずハードな人生送ってんだな」

 

 と言った後、会話らしい会話もなく帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大喧嘩した翌日、予想外なことを目にしていた。グレン先生がフィーベルさんに頭を下げていたのである。

 

「昨日は・・・その・・・すまなかった。俺は魔術が大嫌いだが・・・その・・・昨日は言い過ぎたっつうか・・・まあ、そのすまなかった。」

 

 そう言ってグレンはもう一度頭を下げる。そしてさらに予想外なのは

 

「それじゃ授業を始める」

 

 と言ったことだ、内心(まじか・・・)と驚愕しつつ授業を見ていると・・・早速教科書を窓を開け投げ捨てた。そしてそれを見た生徒たちはいつもの奇行に自習の準備を始めたのだが・・・グレンが口を開いた。

 

「あ~、授業を始める前に言っておくことがある」

 

 と言い出したので聞いてみると

 

「お前らってほんと馬鹿だよな」

 

 いきなり暴言を吐いてきたのである。勿論生徒からは反論を受けるのだが、グレン先生はそれを遮り

 

「この11日間、お前らの授業態度を見てて分かったよ。お前らって魔術のこと、なんにもわかってねえんだな。分かってるなら呪文の共通語の翻訳の仕方なんて間抜けな質問する筈ないし、魔術式の書き取りをやるなんてアホなことする訳ないもんな。」

 

 そういうと誰かが

 

「【ショック・ボルト】程度の1節詠唱もできない三流魔術師に言われたくないね」

 

 というが、グレン先生はどこか吹く風であり・・・そんな煽りを気にも留めず

 

「それを言われると耳が痛い、俺は男に生まれながら魔術操作と略式詠唱のセンスが無くてね・・・だが、誰か知らんが【ショック・ボルト】『程度』とか言ったか?やっぱ馬鹿だわお前ら。ははは・・・自分で証明してやんの。」

 

 ひとしきり笑った後、グレン先生は【ショック・ボルト】について話し始めた。

 

 

「まぁ、いい。じゃ、今日はその件の【ショック・ボルト】について話そうか。お前らのレベルなら、これでちょうどいいだろ」

 

「今さら、【ショック・ボルト】なんて初等呪文を説明されても……」

 

「やれやれ、僕達は【ショック・ボルト】なんてとっくの昔に極めているんですが?」

 

「はいはーい、これが、黒魔【ショック・ボルト】の呪文書でーす。ご覧下さい、なんか思春期の恥ずかしい詩みたいな文章や、数式や幾何学図形がルーン語でみっしり書いてありますねー、これ魔術式って言います。」

 

 生徒の言葉を無視しグレン先生は話している。

 

「基本的な詠唱は≪雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ≫・・・知っての通り魔力を操るセンスに長けた奴なら≪雷精の紫電よ≫の1節でも詠唱可能・・・じゃあ問題な」

 

 問題だと言い、黒板に書いたのは≪雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ≫

 

「3節の呪文が4節になると何が起こると思う?」

 

 何分か待っていても誰も分からないのである。それに気づいたグレン先生は

 

「これはひどい、全滅か?」

 

「その呪文はまともに起動しませんよ、必ずなんらかの形で失敗しますね。」

 

 「必ずなんらかの形で失敗します、だってよ!?ぷぎゃーははははははっ!」

 

「な─────」

 

「あのなぁ、あえて完成された呪文を違えてんだから失敗するのは当たり前だろ!?俺が聞いてんのは、その失敗がどういう形で現れるのかって話だよ?」

 

 ギイブル君まさかの撃沈、しかもうざいくらい煽ってくるので生徒のストレスはマッハである。

 

「何が起きるかなんてわかるわけありませんわ!結果はランダムです!」

 

 ウィンディさんも負けじと言い返すが・・・

 

 

「ラ ン ダ ム!?お、お前、このクソ簡単な術式捕まえて、ここまで詳細な条件を与えられておいて、ランダム!?お前ら、この術究めたんじゃないの!?俺の腹の皮をよじり殺す気かぎゃはははははははははっ!やめて苦しい助けてママ!」

 

 返ってきたのは、先ほどよりもイライラする煽りだった。そして笑い終わった後グレン先生は真面目な表情に変わり

 

「もういい。答えは右に曲がる・・だ」

 

 グレン先生が4節で詠唱した【ショック・ボルト】は本当に右に曲がった。そこからのグレン先生の授業は圧巻だった。5節にすれば射程が落ち、一部を消すと出力が大幅に落ちる。当然これを教えたグレン先生はドヤ顔で

 

「ま、極めたっつうならこれくらいできないとな。」

 

 と言った。うざい・・・とてもうざいが正論なので言い返すことができないのである。そこでグレン先生は聞いた

 

「そもそもさ。お前ら、なんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議な現象が起こるかわかってんの?だって、常識で考えておかしいだろ?」

 

「そ、それは、術式が世界の法則に干渉して────」

 

 誰かが言った言葉をグレン先生は即座に拾い。

 

「とか言うんだろ?わかってる。じゃ、魔術式ってなんだ?式ってのは人が理解できる、人が作った言葉や数式の羅列なんだぜ?魔術式が仮に世界の法則に干渉するとして、なんでそんなものが世界の法則に干渉できるんだ?おまけになんでそれを覚えなきゃいけないんだ?で、魔術式みたいな一見なんの関係もない呪文を唱えただけで魔術が起動するのはなんでだ?おかしいと思ったことはねーのか?ま、ねーんだろうな。それがこの世界の当たり前だからな」

 

 グレン先生の授業は為になるし、素晴らしいと思う。今までの授業とは根本的に違う・・・だが、煽るのだけはやめていただきたい。隣のギイブル君が非常に怖い・・・

 

「つーわけで、今日、俺はお前らに、【ショック・ボルト】の呪文を教材にした術式構造と呪文のド基礎を教えてやるよ。ま、興味ないやつは寝てな」

 

 しかし、この授業を寝る者は1人もいないだろう・・・なぜなら、魔術師なら自分の知らないことは積極的に取り入れていくのが普通だからだ。

 

 

 

 そこからのグレン先生の評価はうなぎのぼりである。だからこそ、誰も予想しないだろう・・・学院にテロリストの手が迫っていることに・・・




ショックボルトのくだりはほぼそのままなんですけど、一応入れました。

あとこの話だけ、なぜか4746字もいってしまった・・・駄文が多くてすまない・・・

あとお気に入りが53・・・ありがたき幸せです。これからも廃棄王女と天才従者をよろしくお願いします。

あと、専門用語が多すぎて流石に疲れた・・・


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魔術師殺しのグレンと無銘

 お気に入り登録してくださっている方々、誠にありがとうございます。

そして、ルーキーランキングで27位になっていて結構びっくりしました。それもこれも、皆さんが応援してくれるお陰です。

 では、どうぞ。


今日から5日間、アルザーノ帝国魔術学院は休校となる。理由としては、学院の講師や教授は帝都で開催される魔術学会に参加するためである。

 

 しかし、1ヶ月前に退職した前任のヒューイ先生によって授業に遅れがでている2組はこの5日間も授業がある。そして2組以外が休校にも関わらず、教室は満席であり後ろには立っている生徒さえいる。その理由としてはグレン先生の授業を受けたいためである。だが授業が開始されているにも関わらず、グレン先生が来る気配がなく。フィーベルさんは少し怒っていた。

 

「遅い!・・・遅すぎるわ!最近真面目にやってると思ったら、すぐこれよ!」

 

 時計をみながらフィーベルさんは怒っている。フィーベルさんもグレン先生の授業を聞いて評価を改めているようだ。

 

「でも、珍しいよね。ここ最近は遅刻しないように頑張っていたのに・・・」

 

「まさか、今日が休校だと勘違いしてるんじゃないでしょうね?」

 

「あはは・・・いくらなんでもそれはない・・・よね?」

 

 フィーベルさんを宥めるティンジェルさんでも断言はできなかったようだ。

 

「あいつが来たらガツンと言ってやらないと・・・」

 

 フィーベルさんもなんだかんだ、グレン先生に好意らしきものを抱いてることがバレバレなのであるが本人は自覚していない為にティンジェルさんもどう返していいか分からないご様子。そこから少し経った後教室の扉が開き、フィーベルさんは説教しようと席を立つが入ってきたのはチンピラ風の男とダークコートを着ている男でクラス内の全員が硬直しているのを見て、チンピラ風の男が口を開いた。

 

「おーおー皆さん勉強熱心なことで、応援してるぞ若人諸君!」

 

 開口一番ふざけたことを言うチンピラ風の男に教室内がざわめき・・・それにイライラしたのかチンピラ風の男は

 

「≪ズドン≫」

 

 と言い魔術が起動した。そしてそれは壁にぶつかり、壁が少し壊れている。魔術学院の壁とは学生用魔術によって壊れないようにする為、それなりに丈夫なはずなのだが・・・その壁が少し欠けているのだ。

 

「・・・ら、【ライトニング・ピアス】!?」

 

「お?学生はまだ知らないはずなんだけどねぇ、君勉強熱心だね。そ、今のは軍用魔術の【ライトニング・ピアス】・・・さーて静かになったところで自己紹介しようか、俺らは俗に言うテロリストでーす。そして君たちは人質ね、逆らってもいいけど容赦なくぶち殺すから覚悟してね?」

 

 笑顔で言うテロリストだが、学生がそんなことを言われれば当然パニックになる訳で・・・

 

「うるせえよ、ガキども。殺すぞ」

 

 そう言って詠唱し天井に向かって放つと天井に穴が開いた。それを見てしまえば恐怖でなにも発せなくなる為、効果は絶大だろう。

 

「よしよし魔術学院の生徒たちはいい子たちばかりだな~ついでに聞きたいんだけどさ、こん中にルミアちゃんって娘いるかな?いたら返事して?・・・しゃーない、ルミアちゃんって娘が出てくるまで殺すか。」

 

 あっさりと言った男に対し、ティンジェルさんは覚悟を決めて名乗りをあげた。そこからティンジェルさんはダークコートの男に、フィーベルさんはチンピラ風の男に連れ出され生徒たちは全員【スペル・シール】をかけられ教室に閉じ込められてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィーベルさんとティンジェルさんが連れていかれた・・・か。」

 

 そんな中アレスはトイレにいた。この男、昨日徹夜してしまったせいでトイレで吐いていたのである。だが、少し休めたお陰か調子はそれなりによくなった。だが依然、危機的状況に変わりない。

 

「どうすっかな~ルミアは助けるけど・・・フィーベルさんも一緒にってなると結構つらいな・・・ッ!」

 

 そう呟いて考えていたのだが、いきなりの大爆発が起きたのである。

 

「悩んでる暇はないよな・・・」

 

 そう言って取り出すのは圧縮された赤い外套である。この外套には条件起動式の魔術がかけられており、ある言葉を言わなければ外套として機能することはない。

 

「≪我が名は無銘・我は贋作者なり≫」

 

 その2節で外套となり、その外套を身に纏えば認識阻害の魔術も同時にかかる。フィーベルさんには申し訳ないが護衛の任務上ルミアが最優先である。

 

「よし、行くか!」

 

 そう意気込んで出たのだが・・・なにこれ・・・グレン先生が倒れてフィーベルさんが泣いている絵面であった。近くには男も倒れており、脈が無い為死んでいるのは明らかである。そして今気づいたのだろうフィーベルさんが

 

「あなたは誰!・・・あなたもテロリストなの?」

 

 左手を構えながらそう言ってくるフィーベルさん・・・だが、生憎とここで時間をくうわけにはいかないので、無視して学院内を探し回っていると・・・ゴーレムが大量に配置されている場所があった。

 

「・・・それにしても多いな・・・仕方ない投影開始(トレース・オン)・・・偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!!!」

 

「ふぅ・・・それにしても、ここは・・・転送方陣のある場所・・・だったか。」

 

ゴーレムを纏めて吹き飛ばし、その転送方陣がある場所へ入るとそこにはすごい光景があった。ヒューイ先生と方陣の中に閉じ込められているルミアがいた。

 

「おや・・・あなたはどちら様でしょうか?」

 

 真剣な表情で聞いてくるヒューイ先生・・・だが生憎と正体をバラす馬鹿はいない。

 

「いや、なにしがない暗殺者さ。」

 

 その会話で顔を上にあげたルミアがこちらを見る。

 

「あ、あなたはあの時の・・・」

 

「おや?ルミアさんの知り合いでしたか・・・ですが、どうしますか?これは白魔儀【サクリファイス】です。あなたにこれを解くことができますか?」

 

「・・・いや、これは僕じゃ解呪できないだろうね・・・」

 

「では、あなただけでも地下の迷宮(ダンジョン)へ行くことをおすすめします。そこであれば爆発から逃れることもできるでしょう。」

 

「・・・何言ってるんだ?解けないなら壊すなりやり方はあるでしょ?」

 

「それを対策していないと思いますか?」

 

「なるほど障壁があるのか・・・でも、無意味だよ」

 

「なにを・・・言って・・・」

 

「まあ見とけって、≪投影開始(トレース・オン)≫」

 

 そう言って出てきたのは1つの歪な形をした短剣であった。

 

「それは・・・一体なんでしょう?」

 

「これは、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)と言って、あらゆる魔術を初期化するという特性を持つ短剣だよ。」

 

 そう言って無銘は短剣を【サクリファイス】に刺した・・・と同時に術式は消え去った。

 

「僕の負け・・・ですか・・・私はなにを間違えたのでしょう・・・」

 

「人とは間違え傷つく生き物である、この言葉をどう受け止めるかはあなた次第だ。」

 

 そう言ってヒューイ先生を気絶させ、ルミアへ向き直り

 

「大丈夫かい?」

 

「え・・・あ、はい大丈夫です。それよりどうしてあなたがここにいるんですか?」

 

「・・・誰かとは言わないが君の護衛を依頼されていてね。君を助けるのが僕の仕事なのさ。」

 

「助けていただいてありがとうございます。それと・・・3年前は疑ってしまってごめんなさい。」

 

 恐らく、3年前助けに行ったとき味方だと信じなかったことを言っているのだろう理解した所で気づいた否、気付けてしまった。無銘としてはこのまま別れた方が得策だろう、しかしアルスとしてはルミアのこの辛そうな顔を見ているのが我慢できなかった、例えアルスとバレてでもルミアの泣く姿だけは見たくなかった。だからそっと抱きしめたのだ。

 

「ッ!・・・なに・・・を」

 

「君は頑張ったさ。君は確かに同世代の人たちより胆力も精神力も優れているだろう。だがそれでも君は1人の女の子だ・・・辛くない筈がない。」

 

「・・・うっ・・・」

 

「ここには、誰にもいないし・・・今ぐらいは胸を貸すよ。」

 

 そしてルミアが泣き止むまで胸を貸していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして泣き止んで転送塔からでようとしたところにグレン先生が来た。

 

「テメールミアから離れやがれ!」

 

「グレン先sッ!」

 

 グレン先生と言おうとしたのを止め、話し始める。恐らくグレン先生は無銘がルミアの護衛を女王殿下直々に頼まれたことを忘れているのだろう・・・

 

「グレン=レーダス、この娘を頼む。」

 

 あの時と同じようにグレン先生にルミアを任せ、去ろうとするとルミアが

 

「助けてくれて本当にありがとうございました。ずっとあの時のお礼が言いたかったんです・・・あなたが助けてくれたから、私は今も前を向いて生きてい行けます。」

 

 頭を下げお礼をしてくれたのである。

 

「お礼を言うなら、そっちのグレン=レーダスに言うといい3年前君を救ったのは彼だし・・・今回もグレンがテロリストを2人やってくれなければ僕は間に合わなかったかもしれないからね。」

 

 そう言って無銘は消えた。

 

 こうして事件は終息した。

 

 

 

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件。

 

 一人の非常勤講師の活躍により未遂に終わったこの事件は、関わった組織や諸々の事情を考慮して内々に処理された。学院の破壊痕なども魔術実験の暴発として片をつけられ、公式にも事件の存在は隠蔽された。

 

 

 

 

 「今回はグレン先生に感謝しないとな・・・」

 

 学院の屋上にアルスは1人でおり、そう呟いた。事実アルスはテロリストと戦わなかったから力を温存できたし、万全の状態でルミアの元に行くことができたのである。

 

「グレン先生・・・やっぱりあんたは(こっち)より(そっち)の方が性に合ってますよ。」




破戒すべき全ての符か術式解体かで迷ったんだけど、術式解体を使うってなるとアルス君の魔術特性を『万物の分解・再生』にしないといけなくなるので没にしました・・・

1話で終わらせてしまった・・・本当にすまない。魔術競技際を早く書きたいんだ!


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テロリスト事件の後日談

 はい、お気に入りしてくれた方が60名を超えてすごく嬉しい限りです。皆さま本当にありがとうございます。今回はタイトルの通りテロリスト事件の後日談です。


 アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件終息後・・・システィーナとグレンは帝国上層部からルミアの素性が明かされた。ルミアが異能者であること、その異能のせいで王宮から追放された王女であることを知らされた。

 

 かといって、それでシスティーナの態度が変わったかといえばそんなことはなく。以前と同じように姉妹同然の親友として一緒に居てくれている。ルミアにとってそれは言葉では表せないくらい嬉しかった。

 

 今ルミアとシスティーナは家で絶賛料理の練習中である。システィーナはグレンに恩返しをする為料理を習っているのだが・・・やはり慣れていないせいで両手の指は絆創膏だらけである。それはルミアも同じであり、不器用と自覚しているだけに心なしかシスティーナより絆創膏の数が多い。

 

「それにしても、ルミアまで料理教えてほしいなんて言うとは思わなかったわ・・・」

 

「そ、そうかな・・・」

 

「で、誰に渡すの?やっぱりグレン先生?」

 

 システィーナは恋敵がいると思っているのだろう。

 

「うーん、グレン先生もそうなんだけどもう一人いるんだ。」

 

「え!?・・・ルミアまさか好きな人でもできたの?」

 

「ち、違うよ!?・・・でももう一人の人は名前も知らないんだけどね・・・」

 

 ルミアは顔を赤面させながら答えた、それと同時にその答えを聞いたシスティーナは首を傾げた。

 

「名前も知らない人にあげるの?」

 

「うん、恩人だもん!」

 

 満面の笑みで答えたルミアにシスティーナも微笑む。

 

「そっか」

 

 そう言った直後、ルミアの作ったサンドイッチが崩れたのだ。

 

「ああ!」

 

「上手くいってたのに残念だったわね・・・」

 

 システィママがそう言うがルミアはめげずに

 

「もう1回やってもいいですか?」

 

 と聞き、システィママが

 

「ええ、勿論よ。」

 

 と答え、システィーナも負けじと頑張っていたのだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 アレスは今テロリスト事件の際学院にいたほぼ全員から可愛そうな子を見る目で見られていた。なぜそうなったかというと時は少し前に遡る。

 

「おい、アレスお前ってさテロリスト事件の時なにしてたんだ?」

 

 カッシュにそう聞かれ、アルスは少し恥ずかしそうにしながら

 

「気分が優れなくて、トイレで吐いてたんだけど・・・テロリストに見つかってトイレで【スペル・シール】で縛られてた。」

 

 と答えたのだが、カッシュに滅茶苦茶笑われた。そして今に至るというわけなのだが、カッシュ・・・帰る時背後に気を付けろよ・・・と心の中で脅しているのであった。




後日談と意気込んで書いたはいいものの。料理の風景を描くくらいしか思いつきませんでした。まあ30分で書いたものなので許してください、お願いしますなんでもしますから(何でもするとは言ってない)


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魔術競技祭編
アルスの魔術競技祭


 はい、今回から魔術競技祭です。それとお気に入り登録誠にありがとうございます。誤字脱字又は、こうした方がいいなどなど意見や感想待っていますので是非。

 では、どうぞ


 今セリカは怒っている・・・相当怒っている。今その原因となった人物と会ったら【イクスティンクション・レイ】を撃つくらいには怒っている。そしてこの場には、ルミアとシスティーナそしてグレンに学院長とセリカがいるのだが、学院長は冷や汗をかきまくりでグレンとシスティーナは震えルミアは申し訳なさそうにしている。

 

「おいグレン!その無銘とやらをここに連れてこい!」

 

「い、いやいやあいつの居場所とか俺知らないし。」

 

「じゃあ探して来い!」

 

「てか、なんで俺がこんなとばっちり受けないといけないんだよ・・・」

 

 セリカが怒っている理由としては、相当な技術と金がかかる転送方陣が無銘のせいで痕跡すら残さず壊されているせいである。確かに、生徒を守ってくれたことには感謝しているがそれとこれとは別である・・・

 

「そいつ今度会ったら【イクスティンクション・レイ】の刑にしてやる!」

 

 セリカが覚悟を決めた瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルザーノ帝国魔術学院に魔術競技祭の季節がやってきた。

 

 

魔術競技祭とは、その名の通り魔術を使い競い合う祭りである。公の場で魔術が禁じられている帝国において、魔術の競い合いが認められる競技祭観戦は人気のある娯楽である。そして魔術競技際とは教師陣を始め生徒達もやる気を出してはいるのだが、最近では成績上位者だけで固められており、いつしかお祭りとは名ばかりのものになってしまっていた。フィーベルさんは、おじいさまから聞いていたような楽しい祭りでないことに不満を持っており皆に全員で出ようと言うが・・・言われた側の表情は芳しくない。その理由は実に単純であり、成績上位者に負けるだけだからである。それだけでなく今年はアルザーノ帝国女王アリシア七世王女殿下も来賓としていらっしゃることもあるだろう。

 

「萎縮しちゃうのも分かるけど、みんな思い切ってでてみようよ。」

 

 ティンジェルさんが説得しようとするが、みんなは目を逸らす。

 

「アレス君も出てみない?」

 

「えっと・・・今回は遠慮しておこうかな・・・」

 

 ティンジェルさんにそう聞かれるが丁寧に断る。護衛というのもあるのだが学生用魔術も平凡な僕が行ったところで勝ちは拾えないからである。

 

「そんな遠慮しないでさ、思い切ってやってみるもありだと思うんだよね。」

 

 断ろうとしたタイミングで入ってきたのはなぜかテンションの高いグレン先生だった。昨日はお前らで好きにしていいと言っていたグレン先生だがいきなり掌を返し優勝を狙うと宣言し、しかも生徒を使い回さず最低でも1人1競技に参加させている。各々の得意な魔術を理解しそれにあった競技を当てていく・・・だが、そうなると必然的に僕も入る訳で・・・

 

「ん?『乱闘戦』?じゃあこいつはアレスだな。」

 

「は?」

 

 思わぬ采配に思わず声を出してしまった。『乱闘戦』とはその名の通り乱闘であり、『決闘戦』との違いは1対1ではなく各クラスから1人ずつ計10名でのバトルロワイヤルであることだ。この種目は得点は高いが故に成績上位者の中でもトップが出てくる競技でもある・・・そんな過酷な競技に平凡な自分が選ばれるとは思ってもみなかった。

 

「なんだ?不満なのか?っつてもこの競技は魔術をどう防ぐかよりどういなすかが重要になってくる。このクラスで一番身体能力のある奴・・・つまりお前だ。」

 

 そう言われると断れない。この空気で断ったら確実に浮いてしまうから・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって中庭である。魔術競技際の授業は3時間でありその後は練習となるのだが、アレスはため息をは吐き寝ようとしていた・・・寝不足というのもあるのだが自分が過酷な競技に参加すると決まったことが更にふて寝を促進させていた。

 

「あ!やっぱりサボってる!」

 

「え・・・」

 

「サボるのは感心しないなあ。」

 

「いや、これはサボってるんじゃなくて少し休憩していただけで・・・」

 

 そうとっさに嘘をつくが・・・

 

「嘘だよね、さっきからずっとそこに座ってたの見たもん。」

 

 バレていた・・・だが、アルスにも言い分はある・・・この『乱闘戦』他クラスの出場者は競技に出ない人と練習すればいいのだが2組は全員参加の為練習相手がいないのである。それを理解してくれたのかティンジェルさんは

 

「わたしが練習相手になろうか?」

 

 そう言ってきたのだが『乱闘戦』とはバトルロワイヤルなので1対1でやっても余り効果があるとは言えない。

 

「申し出はありがたいんですけど・・・」

 

 と断ろうとしたタイミングでカッシュと他クラスの生徒が言い合いになっていたので、ティンジェルさんはちょっと行ってくるねとだけ言って行ってしまった。ここで1人孤立するのも目立つので後に続いたのだが着く頃にはグレン先生とハ、ハー・・・別の先生と言い合っていた。

 

「そもそもだ、全員で勝ちを取ると言いながらそこの生徒は堂々とサボっていただろう! 成績も大して良くない、やる気の欠ける生徒に我が一組の生徒が負けるはずがない!」

 

 と僕に指を指してきたのだが、練習相手がいないんだよ仕方ないだろと思いつつ周りをみるとティンジェルさんが悔し顔をしながら拳を握りしめていた。正直そんな顔をされれば挽回しない訳にはいかず・・・

 

「ハー・・・先生、1組で『乱闘戦』に出る人は誰です?」

 

「なんだ?まあいいクライス!」

 

「はい!」

 

 クライスと呼ばれた生徒はアルスの前に出てくるのだが・・・僕は決めた。

 

「んー『乱闘戦』では一番最初に脱落させるから気を付けてね・・・クライス君。」

 

 そう言って、クライス君にデコピンをかます。当のクライス君は痛そうにしながら

 

「ふん・・・返り討ちにしてやる。」

 

 とだけ言って1組と共に去っていった。一通り終わりティンジェルさんを見て微笑むとニコニコと微笑み返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私がみんなの練習している姿を見ていると、1人木陰でサボっているアレス君を見つけた。そしてみんなが一致団結してる中1人サボっているというのはどうしても目立っていた・・・なので声をかけてみることにした。

 

「あ!やっぱりサボってる!」

 

 そう言った瞬間アレス君は飛び起き

 

「え・・・」

 

 と素っ頓狂な声をだしたので少し笑いそうになったのを堪えて

 

「サボるのは感心しないなあ。」

 

 と言うとアレス君は目を泳がせながら・・・

 

「いや、これはサボってるんじゃなくて少し休憩していただけで・・・」

 

 と言ってきた。嘘をつくのが下手すぎると思いながら追い打ちをかける。

 

「嘘だよね、さっきからずっとそこに座ってたの見たもん。」

 

 というと困惑顔になった。なぜそこで困惑顔になるんだろうと思い少し考えていると練習相手がいないことに気づいたので

 

「わたしが練習相手になろうか?」

 

 そういうと、アレス君は驚いた表情になったがすぐに

 

「申し出はありがたいんだけど・・・」

 

 恐らく断ろうとしたのだろう。でも私の目はカッシュ君と1組の生徒が言い合いをしてるところを映したのでアレス君に

 

「ちょっと行ってくるね。」

 

 とそう言ってカッシュ君たちのところに行ったのだが、カッシュ君と1組の生徒の言い合いだったはずがいつの間にかグレン先生とハーレイ先生の言い合いに変わっていた。そうするとハーレイ先生がアレス君を指さしながら

 

「そもそもだ、全員で勝ちを取ると言いながらそこの生徒は堂々とサボっていただろう! 成績も大して良くない、やる気の欠ける生徒に我が一組の生徒が負けるはずがない!」

 

 そう言ったのを聞いて少し悔しかった。アレス君はみんなを気遣って練習相手を探さず1人でいたのにそれを知らずに言ったハーレイ先生の言葉がどうしても悔しかった・・・そしたらアレス君は1組の『乱闘戦』に出場する生徒を見て

 

 

 「んー『乱闘戦』では一番最初に脱落させるから気を付けてね・・・クライス君。」

 

 と、そう言ってデコピンしていた。1組の生徒が去ったのを見てアレス君はこっちを向いて微笑んでくれたのでつられて私も微笑み返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はさっき言ったことを猛烈に反省している。あんなに格好つけて言う必要はなかったじゃないか・・・まあやってしまったことだしもういいや・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は過ぎ魔術競技祭当日となり、今は飛行競争があってる最中である。そして意外なことにカイ君とロッド君ペアは3位である。これはグレン先生も予想外だったようで

 

「うそーん」

 

 と呟いた直後、フィーベルさんが近寄り

 

「先生!なにか秘策でもあったんですか?」

 

 と期待に胸を膨らませながら聞いており、グレン先生は冷や汗をかきながら

 

「ま、まあな。今回の飛行競争はスピードよりペース配分が重要になってくる・・・それを俺がかるーく計算してやっただけよ」

 

 そう言うと2組の生徒たちは全員はしゃぎまくりで

 

「グレン先生がいれば本当に勝てるかもしれねえ。」

 

 などとカッシュ君はほざいている・・・

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその後はセシル君が4位以内を確定させたり、ウィンディさんが1位を取ったりしてなんやかんや午前中最後の競技『精神防御』の種目であるのだが流石のティンジェルさんも緊張しているの所々震えている。そんな姿を見たのがいけなかったのだろう・・・そんな姿を見てしまえば励ます以外の選択肢が消え去ってしまう。

 

「ティンジェルさんも緊張してる?」

 

「うん・・・ちょっとね・・・私以外の選手は男の子ばかりだし、去年も凄かったから・・・」

 

 『精神防御』とは競技の中で2番目に過酷だと言われている・・・因みに1位は『乱闘戦』である。

 

「まあ、そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな?グレン先生もお祭りって言ってたし」

 

「うん、そうなんだけど・・・」

 

 多分アリシアさんの影響もあるんだろうなぁ・・・と思いつつ

 

「まあ、気負う必要はないよ?みんなずっと頑張ってきたんだし、ティンジェルさんもそうでしょ?仮に負けても僕が『乱闘戦』で取り返すから安心してよ。」

 

「うん、大分楽になったかな。ありがとね」

 

「ただ、無理はしないでね。」

 

「うん、じゃあ行ってくるね。」

 

 そう言ってティンジェルさんは小走りで競技場へと向かった。

 

 

 その後、ティンジェルさんは昨年の覇者であるジャイル君を抑えて1位を手にしたのであった。競技場から戻ってきたティンジェルさんはクラスのみんなに囲まれながら陽だまりのように笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の競技がすべて終わり生徒は昼食に入るのだが金欠講師であるグレン先生は当然昼飯の余裕などなく、ルミアがとある女の子の代わりに届けたものでお腹を満たしていた。

 

「それはルミアの弁当か?」

 

 食べ終わったグレンはルミアが持っているバスケットを見ながら聞いてきた。

 

「これは、ある人に作ってきたんですけど・・・多分その人は受け取ってくれないと思うんです。」

 

 少し残念そうにいうルミアを見てグレンが

 

「男か?」

 

 と聞きルミアは顔を赤くしながら、

 

「ち、違いますからね!?」

 

 ここまで赤くなりながら言うと最早肯定しているのと同じである。

 

「まあいいや、そろそろ戻るか」

 

「そうですね」

 

 と言ったときとある女性がグレンたちに声をかけていた。グレンは最初ぶっきらぼうに答えたのだが、相手がアリシア七世だと知った途端態度を一変してひれ伏していた・・・そこから一言二言会話をしたあと、アリシア七世はルミアへと向き母親のように話しかけたのだがルミアはそれを拒絶して足早に去っていった。その姿を見たアリシア七世は

 

「やっぱり、認めてくれませんよね・・・今更母親だなんて・・・」

 

 と言って来賓席に帰ろうとしていたのを止めたのは無銘だった。

 

「そう卑下しないでください。王女殿下」

 

「無銘さん・・・ですか・・・3年ぶりですね。」

 

 こうして顔を合わせるのは実に3年ぶりである。

 

「それより、このまま諦めるんですか?エル・・・ルミアさんのこと」

 

「どうなのでしょう・・・不思議ですね、自分の事なのに・・・」

 

「ふぅ・・・僕からってのもなんですけど諦めないでください。」

 

 こんなことを言われるとは予想外だったのだろう驚いた顔をしているアリシアさんに対し無銘は続ける

 

「この1年間ルミアさんの護衛をして分かったことがあります。別にルミアさんはあなたが嫌いなわけじゃない・・・ただ恐れているだけなのでしょう、またあなたに拒絶されることをね・・・この競技祭が終わった後にでもお互いに腹を割って話し合ったらどうです?」

 

「そう・・・ですね。考えておきます・・・」

 

 そう言ってアリシアさんと別れたのだが・・・無銘の・・・いやアルスの魔眼はアリシアさんのネックレスが呪殺具であること、そしてメイドであるエレノアシャーレットが天の智慧研究会であることを看破していたのだが何もすることができないのである。アリシアさんとルミアを救う為にはグレンの協力が不可欠なのである。

 

「はぁ、なんで次から次へと厄介ごとばかり起こるんですかねえ・・・」

 

 そう言って無銘は誰もいない並木道から消え、ルミアを守るために動き出すのであった。

 




驚異の5163文字である・・・素直に驚いた2時間足らずでここまで書けてしまった・・・1話でここまで書いたら2、3話で書き終わりそう・・・(小並感)


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アルスアーチャー参上!!!

 魔術競技祭が2、3話で終わってもいいですかね・・・手が勝手に書いちゃうんですけど・・・

 あとお気に入り登録96名様もいて圧倒的感謝でございます。


 魔術競技祭も午後の部が始まっている中ルミアはまだ戻ってきておらず、フィーベルさんが相談しグレン先生もどこかへ行ってしまった。それにより2組の士気はは下がっており目に見えて失速しているのであった。

 

 

 

 

 

 

 今ティンジェルさんを護衛している訳だが事件はその時起きてしまった。突如として現れた王室親衛隊はティンジェルさんを女王陛下暗殺を企てたと一方的に突き付け処刑しようとしたのである。だがグレン先生は元特務分室なだけあって一瞬の隙をついて衛兵をあらかた片付けとりあえず逃げ易い市街へと屋根を走っているので合流したのだが・・・

 

「なっ!?お前どうしてここにいやがる!」

 

 グレンは滅茶苦茶焦っていた。ルミアを助けた時に一度会っているのだが少なくとも一筋縄でいかない相手ということくらい測れるつもりである。グレンの固有魔術【愚者の世界】は対魔術師には効果抜群だが、近距離戦で実力を発揮できる無銘やとある少女には相性最悪である。

 

「仕事だよ・・・グレン=レーダス」

 

「仕事・・・だと?」

 

 グレンは更に焦る・・・無銘がエルミアナの護衛をアリシア七世王女直々に任されていることを思い出したのだろう。

 

「・・・一つ聞く、お前は味方か?それとも敵か?」

 

 グレンは警戒心を露わにしながら聞いてくる。だが今回の事件はグレンの固有魔術が必要になるので素直に答えようと思う

 

「僕は女王からルミア=ティンジェルを処刑しろなんて依頼は受けてないし護衛を頼まれている身だ」

 

 その言葉を聞いた途端グレンはため息をつき

 

「驚かすなよ・・・」

 

「グレン、ルミアは任せる・・・僕は追手の衛兵を少し倒してくる」

 

「は?ちょっと待て・・・もう行きやがった・・・」

 

「先生はあの方と知り合いなんですか?」

 

 グレンはぼやき、ルミアは疑問を露わにする。

 

「俺が軍属だった頃に2回くらい会ったことのある奴だよ」

 

「・・・あの人の名前って知ってますか?」

 

「あいつの名前を知ってる奴なんていねえよ・・・だがあいつのコードネームはしってる。」

 

「教えてください!」

 

「お、おう・・・あいつのコードネームは無銘・・・生憎とその名前をつけたのは天の智慧研究会だがな・・・」

 

「どうして・・・天の智慧研究会が・・・名前を・・・」

 

「やつらが言うには無銘が戦った後には必ず銘の無い剣が数十数百場合によっては数千という数残っているから・・・だそうだ」

 

「そう・・・ですか・・・」

 

 そんな感じの会話をしながら、市街地に逃げたのであった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方無銘の方はというと・・・

 

「クソッ!敵はどこにいる!」

 

 王室親衛隊の面々は手も足も出せずにいた・・・

 

 

 無銘が使っていたのは弓であり、それには即効性のある麻痺薬が塗られており当たったものは例外なく倒れていた。ある時は上から、ある時は背後から一度も目視すらできずただ蹂躙されていたのである・・・

 

 

 

そして半数の衛兵が倒れたところで無銘はグレンたちと合流しに向かった。

 

「ここにいたか・・・随分探したんだぜ?」

 

 もちろん、嘘である。魔眼で居場所はすぐに分かった。

 

「っつう割に随分早かったな・・・で、敵は?」

 

「半分は片付けた・・・がこのままじゃジリ貧だよなあ」

 

 ルミアは泣きそうな顔で切り出した。

 

「先生、やっぱり私は投降します。このままだと先生や無銘さんまで罪人として殺されてしまいます。だから・・・」

 

 だが、当のグレンはそう一瞥し、無銘は完全無視である。

 

「あー、はいはい。自己犠牲はいいから。お前を見捨てるとかあり得ないから。大人しく助けられてくれ」

 

「どうして・・・」

 

 グレンはため息を吐くと小さな声で

 

「約束・・・だからな・・・」

 

「え?」

 

「それより、マジでどうしよ・・・ッ!」

 

 考えはじめようとした時、グレン達・・・正確にはグレンに強烈な殺気が向けられグレンは反応した。それはグレンにとっては顔見知りであり・・・無銘にとって命の恩人であった人物でもある・・・

 

「リィエル!?それにアルベルトまで!?」

 

「ッ!?・・・・・」

 

 無銘は動けなかった・・・イルシア=レイフォードと髪色こそ違えど全く同じ顔であるリィエル=レイフォードを見ていると、動けなかったのである・・・




 はい、今回はこれくらいで終わらないとまた5000文字とかいきそうなんでこれで終わります。物足りないと思った方我慢してください・・・僕もです・・・


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アルスの投影

 お気に入りの数が100を超えていて眼球が飛び出るかと思いました。誠にありがとうございます。活動報告の方でアンケート?をとっておりますのでじゃんじゃん投票お願いします。


リィエルを見てずっと固まっていた無銘に対しルミアは心配そうな顔で

 

「大丈夫ですか?」

 

 と聞いたのだが無銘は聞こえてないのか微動だにしない・・・しばらくして硬直から解けたのか

 

「・・・それで、どうするんだ?」

 

 と聞いたのである。

 

「セリカは、俺だけがこの状況を打破できるって言ってたけど・・・」

 

「グレンだけが・・・この状況を・・・」

 

 アルベルトとグレンは悩み、リィエルは相変わらず無表情な顔で切り出した。

 

「考えても始まらない、私がこの状況を打破する作戦を考えた。まず私が敵に正面から突っ込む、次に無銘が敵に正面から突っ込むそしてグレンが敵に正面から突っ込む最後にアルベルトが敵に正面から突っ込む・・・これで完璧」

 

 本人は少し決め顔だが、グレンは

 

「お前はその脳筋思考をなんとかしろ!このおバカ!」

 

 とリィエルの頭をグリグリしている。

 

「このメンツの中でグレンだけができるものって言ったら魔術起動の完全封殺くらいじゃね?」

 

 と言ってあげる。まだピンとこないようだ・・・追い打ちをしよう。

 

「陛下がこんなことをする訳がない・・・魔術起動の完全封殺・・・」

 

 するとようやく気付いたのか顔を上げ

 

「呪殺具で陛下を人質にしてるってことか!」

 

「それだと、納得がいく」

 

「ったくセリカの奴め、もっとマシなヒントをよこせってんだ」

 

 グレンは愚痴った後、作戦を考えたのだが無銘は

 

「僕は最後に手助けをしよう、そっちの方がやりやすいだろう」

 

 と言ってどこかへ行ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって競技会場・・・そして2組の生徒たちの顔は芳しくない。その理由としては、今まで士気を高めていたグレン先生の不在が響いてるのである。だがそこにやってきたのはアルベルトとリィエルである。

 

 

 だが普通に考えて初めてあった人に監督が務まるだろうか・・・そんな不安もあり2組の生徒は困惑顔である。だがシスティーナの前にリィエルが行き

 

「お願い。信じて」

 

 と言った途端システィーナは覚悟を決めた表情をして

 

「大丈夫よ、今までやってきたことをやるだけなんだから監督が代わっても関係ないわ。」

 

「それは、そうだけど」

 

「でも、先生がいないとやっぱり・・・」

 

 それでもやはり不安は拭えないのか弱気だ・・・それを見越していたと言わんばかりにシスティーナは

 

「いいの? このまま負けたらアイツ、教卓の上に立ってここぞとばかりに爆笑しながら俺がいないとダメダメなんだなぁ、とか煽ってくるわよ・・・」

 

 それを聞いた途端2組の顔が不安や困惑ではなく、イライラしてる顔に変わった。みんな想像したんだな・・・

 

「いいそう・・・」

 

「うざいですわ、とてつもなくうざいですわ」

 

「あのバカ講師にそんなこと言われるのだけは断じて我慢ならないね」

 

 と続き、2組の心は『絶対勝つ!』と一致団結したのである。

 

「ああ!やってやる、やってやるよ!」

 

 というカッシュの叫びにみんなは

 

「「「「「おおー」」」」」

 

 となり、そこからまた2組の快進撃が始まった。

 

 『変身』から始まり『決闘戦』まで来た。現在2位であり、1位の1組との点差を考えると『決闘戦』と『乱闘戦』両方1位だとしても1組が両方2位だった場合僅差で2組は負けてしまうのだ。つまり優勝するには『乱闘戦』で1組を蹴落とす必要が出てくるわけで・・・今は『決闘戦』でギイブル君が戦ってるのにみんなが僕を応援してくれるのである。その応援は素直にうれしいのだが今は『決闘戦』を応援しろよと思う。

 

 

 

 そして最後はフィーベルさんが改変呪文を使い勝利をおさめた。

 

 

 

 そろそろ『乱闘戦』である・・・僕以外の全員成績上位者の中でもトップを争っている人たちなのだがやはり気落ちしてしまう・・・するとリィエルに変身しているルミアが近づいてきた。

 

「お願い・・・優勝して」

 

 まっすぐに僕を見据え覚悟を決めた声でそういうルミア・・・昔から、その目には弱いんだよなあと思いつつ。

 

「まあやるだけやってみるよ」

 

とだけ言って競技会場に行ったのだが・・・今僕は猛烈に顔色が悪いだろう・・・だって他クラスの選手が全員殺気を込めて睨んでくるんだもん・・・これを見て確信した。他クラスの選手全員で手を組んでいると・・・そして少し悩んでいると、審判役の人が真ん中に立ち

 

「はじめ!」

 

 と言った途端僕に

 

「「「「「「「「「雷精の紫電よ」」」」」」」」」

 

 と言って魔術を放ってきた・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時アルベルトに化けているグレンは他クラスの生徒が目配りをしているのを見て呟いていた。

 

「まさか・・・手を組んでるのか!?」

 

 その言葉に2組の生徒全員が反応した。

 

「そこまでして勝ちたいのか!」

 

「うそ・・・」

 

「アレス君・・・」

 

 カッシュにシスティーナ、リンの順番に呟く。

 

「はじめ!」

 

 と声がかかった瞬間予想できた展開になった。他クラスの選手が全員アレスに向かって【ショック・ボルト】を撃っていたのである。

 

 

 

 

 

 

 みんなが(終わったな・・・)と思っている中、予想外のことが起きた。審判の人が

 

「1組脱落!」

 

 と言ったのを聞いてみんなが目を向けると・・・手を銃の形にしたアレスが1組の選手の背後に立っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱりみんな、僕に向かって魔術を撃ってくるよね・・・と思いつつ仕方なく投影魔術を使う・・・まずは【ショック・ボルト】を防ぐために

 

「《熾天覆う七つの円環(ローアイアス)》」

 

 と1節で呪文を唱え魔術をすべて防ぐ。そして防ぎきると周りは砂埃だらけであるので1組の生徒の背後まで行き

 

「《雷精よ》」

 

 と1節を更に短くした呪文でクライス君を倒す。

 

 

 

 それを見た他選手たちは、僕に魔術を撃ち続けている。だが僕はそれを避け続けている、理由としてはクライス君をやるまでの作戦しか立てていなかったので考えてるのと、同じことをするには視界を隠す必要があり砂埃もない今の状況では無理である。それならば他選手のマナを使わせてマナ欠乏症にさせて倒す方が確実だからである。

 

「2組のアレス君!すごい!1組のクライス君を倒してから、ずっと避け続けている!」

 

 そんな実況を耳にしていたのだが、マナ欠乏症という呆気ない終わり方でいいのだろうか?という考えが頭をよぎり・・・他クラスからやっかみを受けそうだなと結論付け倒すことにした。

 

 

 

 

 クライス君を倒した後、少しの間避け続け反撃をした。

 

「《雷精よ》」

 

 と魔術を発動させると同時に魔石を砕き同一の魔術を起動させる・・・疑似二反響唱(ダブル・キャスト)を使い2人脱落させ残り6人・・・だが疑似二反響唱(ダブル・キャスト)のお陰で萎縮しており、倒すのは簡単だった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの猛攻で傷ついていないアレスに驚愕を隠せないグレンは更に驚かされる。

 

二反響唱(ダブル・キャスト)だと!?」

 

「「「「え!?」」」」

 

 魔術師であるなら言葉くらいは知っており、相当な高等技術だったはずだ。だが優勝という言葉にみんなが騒いでいた・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして魔術競技祭は2組の優勝で幕を閉じようとしていた。




分けます、分けないと書き過ぎちゃうから・・・


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投影魔術の真髄

 お気に入り120人いぇーーーーーーい!・・・はい誠にありがとうございます。何も考えず始めたこの作品ですが色々な人に見てもらて本当にうれしい限りでございます。


今、魔術競技祭の閉会式が行われようとしていた・・・一部の人にとっては今後の命運を左右する事態があるとも知らずに。

 

「それでは、見事優勝した2組の教師と代表選手は前へ!」

 

 司会進行役の人間が言うと女王陛下の前に出てきたのはアルベルトとリィエルであった。他クラスの教師や生徒も困惑し、アリシアは2人を知ってるだけに戸惑いを隠せなかった。

 

 

 教師と代表選手ではなく全くの部外者がきたことに妙な空気が流れるが、すぐにアルベルトとリィエルの姿が歪む。そしてそこに立っていたのはニヤニヤしてるグレンと真剣な顔でアリシアを見ているルミアだった。

 

「なっ!? どういうことだ、ルミア殿は今、魔術講師と町中にいるはずでは!?」

 

 王室親衛隊の報告ではグレンとルミアは未だに逃走中であるはずなのだが、事実目の前にグレンとルミアがいるのでゼーロスも驚きを隠せない。唯一セリカだけがその事態を把握していたのか不敵に笑っている。

 

「どういうことも何もねーよ、おっさん。いい加減、この胸糞悪い茶番に終止符を打とうぜ。っと、その前にだ。セリカ、頼む!」

 

 グレンがそういうとセリカが魔術を起動し結界ができるのだが、そこに1人猛スピードで突っ込む者がいた・・・無銘である。

 

 衛士を阻む結界を作ったセリカを睨み吠える。

 

「此の期に及んで裏切るのか、貴様!?」

 

「・・・・・・・・」

 

 セリカは無言を貫く。無銘がゼーロスの前に立ち、グレンはアリシアの前に立つとアリシアは

 

「私はこの国にはなくてはならない存在であり、王女である私がそのような娘を産んでしまった・・・その過ち悔やむに悔やみきれません。ゼーロスその娘をルミア=ティンジェルを討ち果たしなさい!」

 

 ルミアは固まりグレンは真剣な表情になり、アリシアを観察した・・・するといつもの陛下とは違う部分を見つけたのである。

 

「僭越ながら陛下、その首飾りよくお似合いですね。」

 

 グレンがそう言うと、ゼーロスとセリカが反応しアリシアは

 

「ええ、そうでしょう?私の『一番のお気に入り』です。」

 

 『一番のお気に入り』という部分だけ強調して言ったアリシアにグレンは確信を得た。そして次に言葉を発したのはぎりぎりで断絶結界に入った無銘であった。

 

「グレン、お前は陛下の元へ走って行け」

 

 それを聞いたグレンは驚きながら

 

「は?流石にゼーロスのおっさんの攻撃を掻い潜りながらは無理だぞ」

 

 そう言うが、無銘は

 

「大丈夫、ゼーロスは僕が抑える」

 

 グレンは一瞬驚くが実際これしか選択肢がないので仕方なく了承した

 

「そんな趣味の悪いネックレスはさっさと外しましょう。お手伝いしますよ」

 

 

 

「貴様……! 何を巫山戯たことを!? 余計な真似はするな、魔術講師!」

 

 

 

「うっせえよ。黙って見とけ、おっさん。今、全部まるっと解決してやるからよ……」

 

 

 

 グレンが懐に忍ばせた魔導器であるタロットカードに手を伸ばす。固有魔術オリジナル【愚者の世界】さえ発動させてしまえばこちらの勝ちだ。

 

 

 

 だが頭が固く女王陛下を守らんと躍起になっているゼーロスの目には、グレンが女王陛下を害そうとする敵にしか見えていなかった。

 

 妙な動きをするグレンを制さんと両手に一振りずつの細剣レイピアを握り、神速の踏み込みで斬り掛かる。常人には残像すら捉えられない速度だ。

 

 

 しかし、無銘がゼーロスとグレンの間に入りゼーロスの剣を陰陽二振りの双剣である『干将・莫耶』で真っ向から受け止める。2つの意味でゼーロスは驚く。1つ目は自分の剣がこんなにあっさりと止められるとは思ってなかったから、もう1つは無銘が『干将・莫耶』を持っていることにある・・・これは幼い頃アルス愛読書の主人公にしてアルスが初めて憧れた英雄が持っていたとされる武器をイメージして作ったものなのでアルス以外の人間には作れないのである。

 

「その剣・・・貴様まさか!?」

 

 そう言った瞬間ゼーロスは断絶結界の端まで押し返される。その理由は予想外の剣に驚かされたことによって一瞬力が緩み均衡が崩れ力負けしたからである。だが今は無銘の正体などよりアリシアの命の方が大切という事と無銘の相手をしていたらグレンのところに間に合わない気づいたのだろう・・・出てきた言葉は懇願だった。

 

「頼むッ! ことが終われば、わしが全ての責任を負って自害する! わしが陛下に仇をなした反逆者としての汚名の下に果てよう! だが、陛下は! 陛下だけは我々がお守りしなければならぬのだ! その為にもルミア殿をッ!」

 

「・・・ゼーロスさん、僕がそれを聞かない・・・いや聞けないと分かっている筈だ・・・それに・・・もう解決したしね」

 

「何を言って・・・陛下!なにを!」

 

 慌てるゼーロスに対して呪殺具を取ったアリシアは

 

「大丈夫ですよゼーロス、もう全て解決しました。」

 

「な・・・・・・」

 

 言葉を失うゼーロスだが冷静になったのかグレンに質問した。

 

「なぜ、呪いが発動しなかった?」

 

 その言葉を待っていたとばかりにドヤ顔で愚者のタロットカードを取り出す。それを見てゼーロスは

 

「愚者のアルカナ!?そうか貴殿があの魔術師殺しの・・・」

 

「さてね・・・」

 

 ゼーロスの言葉にグレンは誤魔化す。だが興味を失ったのかすぐに無銘を見る。

 

「貴殿のその剣、どこで手に入れた?」

 

 ゼーロスは無銘を見据え無銘は

 

「あなたに答える義理はない・・・それと今回本来の依頼にはない王女救出までやったんだ。なにか褒美が出てもいいんじゃないですか?」

 

 ゼーロスは納得がいった

 

「陛下を守った代わりに正体をバラすな・・・ということか」

 

「まあ、そんなところさ。さて女王陛下そろそろ本音をだしてみては?」

 

「ッ!・・・私にそんなことをする資格があるのでしょうか・・・」

 

 無銘は意気地のないアリシアに追い打ちをかける。

 

「契約の内容覚えてますか?女王陛下?」

 

「え?」

 

 そう疑問を持つのも不思議ではないだろう・・・なぜここで契約の話がでてくるなんて普通ではありえないからだ。

 

「僕はあなたの娘であるエルミアナ王女を守り、あなたはエルミアナ王女を愛し続ける・・・そういう契約でしょ?」

 

 その言葉を言った途端アリシアさんはルミアの方へ走り抱きしめ

 

「ごめんなさい・・・エルミアナ・・・またあなたを傷つけてしまって・・・」

 

「おかあ・・・さん・・・」

 

 こうして魔術競技祭と閉会式も無事終わったのであった。




 ルミアちゃん可愛いよね嫁にしたい


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魔術競技祭の後日談

 後日談だゾ


魔術競技祭閉会式で起こった騒動は、国を統べるアリシア七世の卓越した演説によって無事収まった。

 

 グレンはこの功績を称えられ銀鷹剣付三等勲章を与えられることとなった。それは無銘にも与えられる筈だったのだがセリカが結界を解いた途端目にも止まらない速さで消えたのである。

 

「ったく俺らは被害者だっつーの・・・しかも、また後日召喚?めんどくせえなあ、もう」

 

 そう愚痴を言うグレンにルミアは苦笑いをしながら

 

「仕方ないですよ。私たちが事件の中心人物であることに変わりないんですもの。」

 

「まあ、そうなんだがなあ・・・」

 

「でも、なんか丸く収まりそうで良かったじゃないですか」

 

「・・・そうだな、なんだかんだ被害はなかったわけだしな」

 

 その後、他愛ない会話をしながらグレンとルミアは目的のお店に着き中を見るとそこに広がっていたのは高級ワインと2組の生徒が酔っている地獄絵図だった・・・グレンは絶望し、ルミアはカウンターでワインではなくジュースを飲んでるアレスを見つけたので向かった。

 

「アレス君、隣良い?」

 

「構わないよ」

 

 了承を得てルミアはアレスの隣に座り口を開く

 

「アレス君はワイン飲まないの?」

 

「いや・・・グレン先生の奢りでも限度ってものがあるしょ・・・」

 

 少し呆れながらアレスはシスティーナ達を見て、ルミアは苦笑いしながらバスケットを撫でる・・・それを見たアレスは

 

「そのバスケット・・・どうしたの?」

 

「あ~えっとね・・・」

 

 ルミアはなぜか歯切れが悪く・・・やがて覚悟を決めたのか切り出した。

 

「これはね、ある人に食べてもらおうと思って作ってきたんだけど・・・結局渡せなかったんだよね・・・」

 

 そう言ってルミアは少し残念そうな顔をする。

 

「へえ、ティンジェルさん好きな人でもいるの?」

 

 少し疑問だったので聞いたのだが返答が

 

「ふぇ!?ち、違うからね!?あの人は別に好きとかじゃなくて・・・その・・・」

 

 赤面しながら否定してくるのだが・・・ぶっちゃけ嘘が下手である。

 

「そ、それよりアレス君・・・これ受け取ってくれない?」

 

 話を逸らし赤面しながらバスケットを渡してくる。

 

「え?でもこれ好きn・・・ある人に渡すためのものじゃないの?」

 

 好きな人と言おうとしたら赤面+涙目+少し睨まれたので言い直した・・・すごく・・・可愛かったです・・・

 

「そうなんだけど・・・今日中に食べないと勿体ないからね・・・やっぱり嫌かな?」

 

「全然嫌じゃないよ、むしろこっちが感謝したいくらいだ」

 

 そう言ってバスケットを受け取り中身を見るとサンドイッチが入っていた

 

「私、不器用だからあんまり見た目は良くないけど味は大丈夫だと思うよ」

 

 見た目は良くないと謙遜しているが普通に綺麗に並べられている

 

「そうかな?見た目も結構いいと思うけど」

 

「ふふ、ありがとう。」

 

 感謝され少し気恥ずかしくなりサンドイッチを食べる

 

「どう?」

 

 ルミアは心配そうに顔を窺ってくるが

 

「美味しい」

 

 そう言って食べるアレスにルミアは微笑みながら

 

「本当?そう言ってくれたなら作った甲斐があったよ・・・サンドイッチ受け取ってくれてありがと」

 

 そう言ってルミアはシスティーナのところへと行った。この店に来た時より更に酔ってるシスティーナを止める為だろう

 

「ティンジェルさんに好きな人・・・ね」

 

 誰にも聞こえないくらいの声量で独り言を呟いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃王宮では無銘の正体についてアリシアとゼーロスは話していた。

 

「ゼーロス、無銘さんの正体は誰なのでしょうか?」

 

 アリシアはいつになく真剣な表情でゼーロスに問うが

 

「すいません陛下・・・私の口からは言えません・・・」

 

 ゼーロスは申し訳なさそうに頭を下げながら言う。

 

「そうですか・・・」

 

「陛下に隠し事など言語道断ではあります・・・しかし、彼は陛下の命を救ってくれた恩人でもございます。その恩人との約束を無下にすることはできません・・・」

 

「・・・・・・・」

 

 ゼーロスの言葉にアリシアは予想の内で無言を貫く・・・

 

「ですが、私は陛下に忠誠を誓った身・・・ヒント程度ならば大丈夫でしょう」

 

「ヒント・・・ですか?」

 

 ゼーロスのその言葉にアリシアは戸惑う・・・ゼーロスは陛下一筋であり、陛下の命を救ってくれた恩人との約束を無下にすることはない・・・そう、ない筈なのにその約束を少し破る行為をしようとしている。

 

「どういう風の吹き回しですか?ゼーロス・・・あなたのような人がそのような行為に及ぶなど」

 

 アリシアが疑うのも無理はない・・・本来のゼーロスであれば絶対に言わない。例えアリシアの命令であったとしても・・・

 

「いえ、そのくらいはしても大丈夫ですよ」

 

 確信に満ちた声で言うゼーロスにアリシアは戸惑いを隠せない

 

「・・・それで、そのヒントとは何なのですか?」

 

「私たちと魔術師は全員知っている人物ですよ・・・なにせ一時期有名になりましたからね・・・さてヒントはここまでです。それではこれで」

 

 ヒントを言った後すぐにアリシアの一室から去ったゼーロスに目も向けずアリシアは考える。

 

「私たちと魔術師が全員知っている・・・?」

 

 アリシアには心当たりがありすぎる・・・帝国を統べる王女として有名な魔術師はほぼ知っているからである。

 

 そしてヒントを言ったゼーロスは自分が1人になったことを確認すると

 

「これくらいのことは許してくれるだろう?それくらいの義理ははたしている筈だ、アルス・・・」

 

 そう呟くのであった・・・




 はい、後日談と遂にアルス君の正体がバレましたねぇ・・・現状知っているのはゼーロスさんだけなので大丈夫・・・だと思います。ゼーロスさんがもう少し弱ければ剣ではなく銃で戦ってバレないように立ち回るつもりだったのですが・・・ゼーロスさんは伊達に王室親衛隊の総隊長ではないという事で勘弁していただきたい。


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遠征学修編
アルスの大切な人と再会


 ここで少しだけイルシアとアルスの物語をやって白金魔導研究所編をやります。
 つまり最初のところは原作二年前なのです。

お気に入り登録が143人まで増えておりびっくりしております。誠にありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。


アルスは夢を見る・・・それは悪夢なのか、そうでないのかすら分からない・・・なぜならアルスにとってその夢はイルシアを覚えていられる唯一の繋がりであり、同時に大切な人がいなくなっていくものだから・・・だがこの夢は最近見なくなっていたのが今日は見てしまった。理由は簡単だリィエルを見てしまったからだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスは依頼で長期間フィジテに留まるという事をイルシア達に伝えに行く為イテリア地方へと向かっていた・・・だが、イルシア達が住んでいる筈の部屋に人の気配はなかった・・・アルスは探し回った、イテリア中を探し回り見つけたのは雪の中で倒れている赤髪の少女・・・イルシアであるのだが、アルスはそこに近寄り抱きかかえ

 

「イルシア!イルシア!」

 

「・・・・ご・・・めんね?・・・・やく・・・そく・・・守れ・・・なかった・・・」

 

 約束・・・それはアルスがフェジテに行く前にしたことで、アルスはイルシアの元に必ず帰ってくること・・・そしてイルシア達はアルスが帰ってきた時に3人で暮らした家で出迎えることだった・・・その言葉を聞いてアルスはいつも涙を流す。自分の命よりも約束を優先しようとするイルシアに呆れると同時にありがたいとも思う。

 

「ごめん・・・僕がもう少し早く・・・帰ってきてたらッ!」

 

 そう言った途端イルシアはアルスの頬を撫でる

 

「自分を・・・責めないで?・・・」

 

「でもッ!これじゃ僕が僕を許せないよ・・・」

 

 泣きながら訴えるアルスにイルシアは微笑みながら

 

「・・・じゃあ・・・私たちの・・・研究室にいる・・・あの娘を・・・守ってあげて?・・・自分が・・・許せない・・・なら・・・あの娘を守って・・・あげて・・・」

 

「あの娘?」

 

「『Re=L計画』・・・あの娘には・・・なんの罪もないの・・・だから・・・彼女が困ったときや苦しいときは・・・助けてあげて・・・!」

 

 アルスはイルシアがそろそろ旅立つことを直感で理解していた・・・だから泣きながら微笑んでいた。

 

「分かった。その娘を守るし助けるよ・・・だから・・・もう・・・眠っていいよ?」

 

「・・・あり・・・がと・・・」

 

 そう言って微笑みながらイルシアは目を閉じ・・・永遠の眠りについた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスはイルシアを抱きかかえながら研究所に向かったのだが・・・そこに『Re=L計画』の成功例である娘はおらず・・・居たのは血を流しながら、恐らく死んでいるであろうシオンだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスはイルシアとシオンを抱えながら・・・海にいた・・・イルシアはともかくシオンは名の知れた錬金術師である為墓を作ることができない・・・かと言ってイルシアとシオンが別々なのは憚られる、だから海へ流そうとしていた。

 

「・・・シオン・・・僕はあなたに救ってもらい感謝しています・・・こんな僕を助けてくれた事、そして帰る居場所まで与えてくれた事・・・」

 

「イルシア・・・君にも感謝してるんだよ?・・・言葉に出したことはないけど・・・君が居てくれて僕がどれほど救われたか、君にわかるかい?・・・」

 

 返事はない・・・だがアルスは確かに感じ取っていた・・・イルシアやシオンと暮らしたのは2年・・・たった2年だったが、それでも言葉にしなくても通じ合えるくらいには親睦を深めたつもりだ。

 

「・・・今までありがとうございました・・・2人とも・・・天国で仲良く暮らしてね・・・」

 

(もし、イルシアがこれを聞いてたら私たちが逝くのは天国じゃなくて地獄よとかいいそうだなあ)と思いつつ、アルスはその言葉を最後にイルシアとシオンを海へ流し・・・これから自分が守り助けるのはエルミアナとリィエルだと覚悟を決めフェジテへ帰って行った・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・随分懐かしい夢を見たな・・・」

 

 そして目を擦ると涙が溜まっていることが分かり・・・少しの間アルスは茫然と立ち尽くしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室は先ほどまでもの凄い熱気に包まれていた。その理由は転入してくる子がかわいい女の子だからであるのだが・・・その女の子は教室を見回したあと、アレスの元に小走りで行き・・・

 

「私は・・・あなたと会ったことがある・・・」

 

 と言い出したのである・・・転入してくる美少女がいきなりアレスにそんなことを言えば教室内は殺意に溢れるのは当然であり・・・アレスには滅茶苦茶殺気が当てられていた・・・だが本人は、ずっと固まっており殺意にすら気づいていないようだ。

 

 

 

 

 

 

 一方ルミアはリィエルがアレスに

 

「私は・・・あなたと会ったことがある・・・」

 

 と言った途端目に光が無くなり・・・

 

「アレス君・・・どういうこと・・・」

 

 と言いながらアルスを抓り教室は凍り付いた・・・それはそうだろう・・・美少女転入生のリィエルはいきなり学院において付き合いたいランキング毎年1位のルミアが嫉妬しているのだから・・・

 

 

 

 

 

 

 アレスもまた硬直していた・・・リィエルとは直接会ったことは無い筈なのに、何故この娘はそんなことを言うのだろうと不思議に思っていた・・・のだが、いきなり横腹を抓られて意識を戻されたと同時に自分に当てられる殺気に気づき冷や汗をかいていた・・・

 

「ちょ、ちょっとティンジェルさん痛い!痛いから!僕何かした!?」

 

 そこから少しの間抓られてやっと離されたと同時にルミアは

 

「それで・・・アレス君どういうこと?」

 

 まだ痛みが取れない中アルスは答えた

 

「いや、僕に聞かれても・・・」

 

「「「「「「は?(え?)」」」」」

 

 それはそうだろう・・・リィエルは会ったことがあると主張し、アレスは知らないと主張する。そこでアレスは

 

「君、もしかしてイテリア地方から来た?」

 

「多分そう」

 

「なら、すれ違ってるかもしれないね。僕もこの学院に入る前まではイテリア地方にいたから」

 

「そう・・・」

 

 そう言うと、リィエルは興味を失ったかのようにグレンの方へと向かった・・・

 

 リィエルが自己紹介をして、ウィンディがリィエルへ

 

「イテリアから来たと仰いましたが、貴女のご家族はどうされているんですの?」

 

「!」

 

「家族?」

 

 ウィンディの質問にグレンが目を開きリィエルは眉を少し上げながら

 

「兄が・・・いた・・・けど」

 

 そうリィエルが答えた時グレンが

 

「すまん、こいつには身寄りがない。それで察してくれねえか?」

 

「え?でも、確かに『いる』ではなく『いた』と・・・すいません、そんなつもりはありませんの」

 

「ん、大丈夫問題ない」

 

 そう言って次の質問である。

 

「グレン先生とリィエルちゃんってどういう関係なんですか?」

 

 この質問に対しリィエルが

 

「グレンは私のすべて、私はグレンの為に生きると決めた。」

 

 そう言った途端教室では男子と女子で感想が違った。

 

 

 男子は

 

「もう失恋だあああああああああああーーー(号泣)」

 

「ちくしょう、先生よう・・・表出ろやぁああああーーーッ!?(号泣)」

 

「夜道、背中に気をつけろやぁあああああーーーッ!?(号泣)」

 

 と泣きながらグレンに脅迫などやっており、

 

 女子は

 

「きゃあああーーーーッ!大胆~!情熱的~!」

 

「生徒と教師の禁断の恋よ~!」

 

 と騒いでいたのだが・・・ここに例外が4人いる。1人目はリィエル、何もわかってない。2人目はシスティーナ、無意識のうちに嫉妬している。3人目はルミア、周りには苦笑いしながらアレスを抓っている。4人目はアレス、ルミアに抓られながらリィエルに悲しい目を向けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は実技で【ショックボルト】を使い、遠くの的に6発中何発あてれるかやっているのだが・・・システィーナやギイブルは全弾命中で、ウィンディは1発放つ寸前にくしゃみをして1発外した。逆にカッシュやリンは1発も命中しなかった。リンは撃つ際に目を瞑ってしまうから当たらないのだが、カッシュは自力で当たらないのである。僕もできる限り頑張っているのだが6発中2発という成績である。

 

 

 次はリィエルの番であり今のところ6発中5発外しており、グレンから注意されいる。だが当の本人は

 

「《万象に希う・我が腕手に・剛毅なる刃を》」

 

「ちょ、リィエル待てッ!」

 

 グレンの静止も聞かずリィエルは錬金術で作った剣をぶん投げて

 

「ん、6分の6」

 

 と本人は満足気だが生徒は引き気味である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、リィエルは孤立していたのだが・・・それを救ったのは大天使ルミア様であった

 

「リィエル、ご飯食べに行かない?」

 

「ん、私は3日間何も食べなくても平気」

 

「えっ!?ちゃんと食べないとお仕事に差し支えるでしょ?」

 

「一理ある・・・」

 

 そう言って食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リィエルは、イチゴタルトを大量に食べておりその顔はとても可愛らしかったのだがやはりみんな萎縮している・・・そんな中話しかけたのはカッシュだった。

 

「やあ、カワイコちゃん方!俺も一緒にたべていい?」

 

 カッシュのその言葉を筆頭にウィンディやリンもやってきた。カッシュのお陰で皆が来てくれたと言っても過言ではないのでルミアは素直に感謝する。

 

「ありがとね、カッシュ君」

 

「いいってことさ・・・お礼は今度デートでも」

 

「あっ、それはダメ。ごめんね、カッシュ君」

 

「っつても俺も背中を押された口なんだけどな」

 

「え?誰に?」

 

 カッシュの背中を押した人物とはリィエルを気にかけているのだろう。無性にそれが気になった。

 

「アレスだよ・・・あの野郎『僕は日直だからできないけど、リィエルさんのこと気にかけたらティンジェルさんとお近づきになれるかもよ?』って言ってきやがったんだよ」

 

「・・・・・」

 

 ルミアは一瞬目の光を無くし

 

「そっか・・・教えてくれてありがと」

 

 そう言って放課後必ず抓ると決めたルミアであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、アレスは

 

「なんか嫌な予感がする」

 

 と呟いていたのだった・・・




 ほら、ドМのみんなご褒美の時間だったろ?すいません・・・ヤンデレというか嫉妬ルミア様でしたね・・・


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アルス サイネリア島へ行く

 こんな願望と欲望の塊である作品にお気に入りが184もついて本当に驚いております。

 あと、みなさんFGOで2部が始まりましたね。僕はアナスタシアが3万円で出ず少し焦っております・・・


今は実技の時にリィエルが使った錬金術をみんな一緒に教えて貰っていた。

 

「で・・・こうなって・・・ここの元素配列式をマルキオス演算展開して・・・こう・・・で、こうやって算出した火素(フラメア)水素(アクエス)土素(ソイレ)気素(エアル)霊素(エテリオ)根源素(オリジン)属性値の各戻り値を・・・こっちに・・・こんな感じで根源素(オリジン)を再配列していって・・・物質を再構築・・・」

 

 このようにリィエルに教えて貰っているのだが、錬金術に自信のある僕は結構辛い・・・特にギイブル君なんかは僕をライバル視してたけど、恐らくリィエルの方が脅威だと認識しただろう。

 

 リィエルは説明と同時に魔方陣も構築してくれたので、その魔方陣を魔眼を使って見るがどうやら魔術言語ルーンのバグを利用しており、とても凄いのだが・・・同時に1歩間違えば廃人確定である。僕はリィエルの説明だけじゃ分からなかったので魔眼を使ったが、フィーベルさんは自力で理解したのだろう・・・リィエルにその事を教えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、なんやかんやあり・・・2組一行は白金魔導研究所のあるサイネリア島へ行く為の船へ向かっていた。

 

 

 

 

 

 今は馬車でグレン先生、フィーベルさん、レイフォードさん、ティンジェルさん、そして僕がいる。僕は元々男子の馬車に行く筈だったのだが、男子達に殺意を向けられ逃げてきたのである・・・

 

「なんで、あんたもいるのよ・・・」

 

「・・・男子に殺気で追い返されました・・・」

 

「・・・なんか、ごめん・・・」

 

 フィーベルさんとそんな会話をした後、馬車での移動はそれなりに時間がかかるので僕は寝たのだが夢を見ていた・・・それは現実に起こったことかもしれないこと、あの時のイルシアがどういう経緯で殺されたのか僕は知らない・・・だからこの夢は想像だ・・・だがこの夢は例え想像であっても苦しく辛いものであり、そんな夢を見れば魘されるのは当然であった。

 

「うっ・・・あ、あああああああああああああ!」

 

 そんな魘され声を聴いてリィエル以外の全員が飛び起き

 

「ちょっと、いきなりどうしたのよ!」

 

「アレス君!?アレス君大丈夫!?」

 

 そう言ってルミアが手を握りグレンが御者席から慌てて荷台の方へ来て

 

「おい!アレス!しっかりしろ!」

 

 そう言った途端、アレスは目を開け焦点の合っていない瞳をグレン先生へ向け

 

「・・・先生?・・・」

 

 と言ったので、皆は一先ず安心しなぜそんなに魘されていたのかを問うと

 

「・・・悪夢を見てました・・・内容は・・・言いたくありません・・・」

 

 そう言って、それ以降馬車での会話はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、今は船でサイネリア島へ向かっているのだが・・・酔ってる・・・気持ち悪い・・・・医務室で濡れたタオルを借り船のベンチで横になっていた。グレン先生のように吐いたりはしないが、その分気持ち悪い・・・

 

 

 結構楽になったのでタオルを取りベンチに座りなおすと隣にティンジェルさんがいた。気づかなかった・・・

 

「顔色悪いけど大丈夫?」

 

「・・・心配してくれてありがとう、でもタオルのお陰で結構楽になったよ」

 

 馬車での一件があるので少し気まずい

 

「そっか・・・」

 

 それ以降気まずさのせいで酔いが酷くなりティンジェルさんに看病して貰ったのは言うまでもない・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイネリア島へ着きホテルに荷物を置きに行こうとしたらグレン先生に呼び出され先生の部屋へと来ていた

 

「お前、俺と同じ部屋な」

 

「・・・え?・・・なんでですか?」

 

 そう聞き返すのも無理はないと思う。本来部屋を変えるなんてしちゃダメだからである。

 

「お前、男どもの殺気受けながら寝れんの?」

 

「・・・・無理ですね・・・」

 

 そう言って同じ部屋に泊まることとなった。そして案の定夢を見た・・・だが魘されることはなく先生より早く起き顔を洗って少し暇つぶしをして自由時間となった。

 

 

 

 

 

 

 

 サイネリア島は年中を気温が暖かくどんな季節でも海で遊ぶことができる。そうなれば水着に着替えるのは当然であり例外はギイブル君と先生くらいだ。僕は水着で上にパーカーを羽織ってる。

 

「お前ら泳ぎに行かねえの?」

 

 と聞いてきた、それに対してギイブル君は

 

「僕たちは遊びに来た訳じゃないんですよ」

 

 と言い、僕は

 

「泳げないんですよ察してください・・・」

 

「なんかスマン」

 

 と言ってきた・・・本当は泳げない訳ではない。ただどうしても泳ぐ気になれなかったのと護衛もあるので監視しておかなければならないからだ。そんな感じで自由時間はずっと眺めていた。

 

 

 

 そして、夜グレン先生について来いと言われついて来たら男子が女子のホテルに忍び込もうとしていた・・・正直に言おう水着じゃ満足出来なかったんですかねえ・・・生徒とグレン先生はお互いに魔術合戦をし僕はそれを眺めているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方女子は

 

「あいつらって本当にバカばっかりよね・・・」

 

 システィーナは呆れており

 

「でも、グレン楽しそう」

 

 リィエルはそう呟き

 

「あはは・・・」

 

 ルミアは苦笑いをしていた。そこへウィンディが

 

「さぁ、ルミア白状するのです!」

 

 と言ってきたのだが、ルミアもシスティーナも困惑顔だ。

 

「えーと、何を?」

 

 ルミアはそう聞き

 

「誤魔化しても無駄ですわ!アレスの事ですわよ!」

 

 ウィンディがそういうと、ルミアの顔は真っ赤になり

 

「あ、アレス君とはそんな関係じゃないよ!」

 

「隠しても無駄ですわよ、ネタは上がってるんですの!」

 

 いつものルミアなら躱せただろう・・・だがルミア自身、何故自分がアレスを気にかけこんなになるのか分からなかった。

 

「ウィンディ、ルミアが困ってるでしょ?」

 

「甘い!甘いですわよシスティーナ!アレスは魔術競技祭の『乱闘戦』を制したこともあって今密かに人気があるのですわ!」

 

 アレスは一見目立たない顔立ちではあるが、よく見るとそれなりにイケメンである・・・と、そこでルミアは切り出した。

 

「私もよく分かんないんだけど・・・なんか気になるっていうか・・・アレス君を見てると、ある人みたいにどこかへ消えちゃいそうな気がして・・・」

 

「「「・・・・・・・」」」

 

 意外と重い話に流石の皆も困惑気味だったのでルミアは

 

「ごめん、よくわかんないや」

 

 そう言った後、幾分か軽くなった空気で他愛ない会話をしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレスはグレン先生と男子どもを放置してホテルにいた

 

「そろそろこの異能とも向き合わないとな・・・」

 

 そう言って寝たのであった。




 さてさて、アルス君の異能についてはちょっと特殊でございます。FGOアナスタシア様が5万円で出てくださりました・・・


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リィエルの拒絶

 はい、課題が溜まりに溜まって更新ペースが落ちてきている藹華でございます。

 一日に一本は出すから許して下せえ・・・あとお気に入り196名様ありがとうございます。

 あと、イルシアはアレスの姿では会ったことが無いのでリィエルがアレスと「会ったことがある」と言ったのは直感です。



それではどうぞ。


今日は白金魔導研究所へ行くこととなっており、みんなで向かっているのだが結構な山奥に研究所があるので結構辛くほぼ全員息が上がっている。例外はグレンとリィエルに僕、意外なことにシスティーナは他の面々に比べて結構マシである。

 

「システィは強いね・・・私はもうクタクタだよ・・・」

 

「やっぱり連日のアレのお陰かしら・・・」

 

「?・・・アレ?」

 

「ううん、なんでもない。」

 

 システィーナはボロを出すが隠しているご様子・・・そんな風にクラスを後ろから見ていたらいつの間にかルミアが隣に来て

 

「アレス君も全然息が上がってないね・・・私は結構きつくて・・・」

 

 ルミアは言葉を発することすら辛い筈なのだが、それでも気遣ってくれる辺り・・・やはり天使であった。

 

「まあ、それなりに身体は鍛えてるし・・・それより荷物持とうか?」

 

「え!?いや、アレス君に迷惑じゃ・・・」

 

 ルミアはやはり天使である・・・そんな御方の疲労を少しでも和らげたいと思うのは男の性である

 

「僕はまだ余裕があるし、魔術競技祭の時のバスケットのお礼もしたいしね」

 

 そう言った途端ルミアは微笑みながら

 

「ありがとう」

 

 と言って僕に荷物を渡してきたので受け取る。ルミアは少し身軽になったのかシスティーナの所へ向かった。

 

「はぁ・・・はぁ・・・あっ!」

 

 リンが躓きコケそうになるのをなんとか受け止める

 

「ご、ごめんね?」

 

「いいけど・・・大丈夫?荷物持とうか?」

 

「あ・・・あり・・・がとう・・・アレス君は平気なの?」

 

 リンは少しマシになったのかそう聞いてくる

 

「まあね、身体は鍛えてるから」

 

 その後、会話をしていたのだが目を見張る光景を目にしたのだ・・・

 

 

 

 

 

 リィエルが石に躓き転倒はしなかったが態勢を崩し、ルミアが心配して差し伸べた手をはたいていた。

 

「触らないで」

 

 冷たくそう言い放つリィエル、そこにシスティーナが

 

「何があったか知らないけど、今のは酷くない?ルミアはあなたの事を心配して・・・」

 

 その続きが言われることはなかった。僕が右手で制してたからである。

 

「ちょっと!アレス!何すんのよ!」

 

 システィーナは騒ぐが僕は無視しながらリィエルに近づいていった・・・その光景は流石のグレンも予想外だったようで目を見開いている。

 

「・・・一緒に行こうか」

 

 そう言って手を握る。リィエルは手を放そうとするが身体強化もしていないリィエルが男である僕の手を振り解けるはずがなく・・・手を握りながら走って行った。

 

「・・・なんだ今の?」

 

「・・・さあ?」

 

 生徒たちは困惑気味である・・・システィーナは追いかけようとしたのだがルミアに止められた。

 

「ルミア?」

 

「なにがあったか分からないけど、今はアレス君に任せようよ」

 

「貴女がそう言うなら・・・」

 

 システィーナは納得してない表情で渋々従う・・・

 

「やっぱり嫌だったかな・・・?」

 

「・・・・・・・」

 

「リィエルは・・・私たちと住んでる世界が違うのに・・・私は勝手にあの子を振り回して・・・本当は嫌だったのに、今まで無理して付き合ってくれてただけなのかな?私・・・お節介だったかな?」

 

 悲しげにそう言うルミアだが、そこにやってきたのはグレンだ

 

「そんなことねーよ」

 

「先生・・・」

 

「礼を言わせてくれ、社交性・協調性皆無のリィエルに付き合ってくれたな。・・・ありがとな」

 

 ルミアは何か言いたげだがグレンは続ける

 

「同時に謝らせてくれ。実は昨晩、俺が余計なことを言ったせいであいつを不安定にさせちまった・・・スマン。」

 

 途端システィーナが怒るが、グレンのいつものような屁理屈が来ず困惑する。そして間を空けグレンが話始める

 

「あいつはさ、子供なんだよ・・・見た目はお前たちと同じくらいだが、心は子供なんだ。そうならざる特殊な生い立ちなんだ・・・」

 

 グレンはそう言いシスティーナが何かを言おうとするがそれに先んじてルミアが

 

「詳しいことは聞かない方が良いんですよね?」

 

「察しが良くて助かる。あいつに良くしてくれたお前たちに嘘はつきたくないからな」

 

 そして、グレンは

 

「あいつに愛想を尽かさないで欲しい・・・難しいかもしれんが・・・」

 

 その言葉に対しルミアもシスティーナも大丈夫ですと言い・・・グレンは

 

「それにしても、アレスの野郎いつの間にリィエルと仲良くなったんだ?さっきも手繋いでどっか行ったし・・・」

 

 そう呟きながらリィエルが編入した時の頃を思い出していた・・・リィエルは気合と直感に関しては、特務分室でもトップクラスだった。そんなリィエルがアレスに『会ったことがある』と言ったのだ・・・(アレスには何かがある)と思うグレンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、アルスとリィエルはクラスから大分離れたところで足を止めた。

 

「離してッ!」

 

 リィエルがそう言った途端、手が離される。

 

「あなたは一体なんなの!」

 

 リィエルは叫ぶ、この叫びはリィエルが編入した頃からあったモヤモヤだ・・・何故かアレスを見るとモヤモヤして涙が出そうになる。

 

「・・・リィエルさんは、フィーベルさんやティンジェルさんと一緒に生活してどう思った?」

 

「・・・なに・・・言って・・・」

 

 リィエルは僕の質問の意味を理解できない・・・理解したくないという雰囲気なのだが僕は続ける

 

「グレン先生がバカやって、フィーベルさんがそれを怒ってティンジェルさんは苦笑いしてる・・・この生活をどう思う?」

 

「・・・・・・・・」

 

「僕はね、今の生活が楽しいんだよ・・・・君も楽しいんじゃない?」

 

「・・・わかん・・・ない・・・私にはわかんない!」

 

 そう叫ぶリィエルの手をそっと握り

 

「・・・もし、楽しいと感じたなら・・・それは、君の・・・だよ」

 

「私の・・・」

 

 (これくらい教えてあげれば大丈夫かな・・・)

 

「・・・そろそろ行こっか」

 

 そう言って手を握りリィエルと2組に合流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、たったこれだけの事でリィエルがすぐに謝るとは思っていない・・・ただ、もしリィエルが罪を犯しそうになった時・・・あるいは犯してしまった時この言葉はリィエルの心を苛むだろう・・・だが、こうでもしなければリィエルは一生自分の考え方に疑問を持たない。それはつまりグレンが生き甲斐であるという事だ・・・だが、それはイルシアが望んだ生活とは違う・・・例えリィエル自身がそうしたいと望んでもグレンだけに依存するのはダメなのだ、だからあの言葉はグレン以外の道・・・グレン以外にも頼れる人はいる・・・依存せず自分の意思で決める道を示すこと・・・それがイルシアとの約束であり僕のなすべき事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして僕たちが着いた少し後にグレン達はやってきた。荷物を返した直後バークスさんという方が出てきた。そして白金魔導研究所へ案内してくれたのだが、こちらをちらちらと窺ってきてはルミアを見て邪悪な笑みを浮かべるのだ。それを気づいてるのだろうルミアの顔色は優れているようには見えない。

 

「ティンジェルさん大丈夫?顔色が悪いよ?」

 

 そう聞くとティンジェルさんは笑顔で

 

「大丈夫だよ?」

 

 と言っているが無理をしている感が隠せていない・・・どうしたものか・・・ここは先生に任せるとしよう。

 

「グレン先生、ティンジェルさんの顔色が余り優れてないようなんですけど・・・」

 

 そう言うとグレンは

 

「サンキュー」

 

 とだけ言ってルミアの方へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 それからしばらく経ちルミア達の方へ戻ると、なにやらバークスさんと話しているようだ・・・だがそれを聞いて驚いた。内容は『Project:Revive Life』それは死者蘇生の魔術・・・それは稀代の錬金術師であるシオンによって完成された・・・だが実際はシオンの固有魔術であり他の者には使えない魔術でもある。その後はグレンが不自然なタイミングで話に入って行ったりと多々あったが・・・・白金魔導研究所での見学は無事幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、見学も終わりグレンはそろそろいつものリィエルに戻らなければ任務に支障がでると思い踏み込む。

 

「おい!リィエルいい加減にしろよ!いつまでそうやって拗ねて・・・」

 

 グレンが言い続けられなかったのはリィエルが泣いていたからだ。

 

 

 

 リィエルが泣いていたのは理由がある。リィエルは2組と合流してからずっとアレスの言葉をずっと考えていた・・・自分でもなぜこんなにアレスを特別視するのか分からない。でも、なぜか放っておけない・・・これだけは考えないといけないという使命感に駆られて考えていると涙が出てきたのである・・・だがその思考もグレンの怒声で消え去ってしまった。

 

「・・・うるさいッ!」

 

 そう言って走り去ったリィエルをグレンは追いかけようとするがルミアの護衛がいない以上動きたくても動けない。だが、ルミアは

 

「先生、行ってあげてください・・・私たちが行っても逆効果でしょうから・・・」

 

「・・・すまんな」

 

 と言ってグレンはリィエルを追いかけて行った・・・

 

 

 これから起こる悲劇も知らずに・・・




 僕はね、リィエルはそこそこだけどイルシアはルミアの次に好きだからリィエルも救うゾ


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アルスの怒り

 お気に入りが206名・・・ありがとうございます。

 今回はリィエル戦だぞ


アルスは今カッシュ達と共に飯を食いに来ていたのだが・・・どうやらルミアとシスティーナ、そしてリィエルにグレンもいない。嫌な予感がするのでカッシュに

 

「忘れ物取ってくるから、先食べてて」

 

「おう、早く取って来いよ」

 

 そう言って走って宿へ戻ったのだが・・・宿から聞こえたのは凄い破壊音だった。

 

「ッ!なんだ!?」

 

 これ程の破壊はリィエルの大剣か【イクスティンクション・レイ】くらいのものだろう・・・宿のベランダが壊されているので急いでマントを着る

 

「《我が名は無銘・我は贋作者なり》」

 

 そして、すぐに【グラビティ・コントロール】を起動する

 

「《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》」

 

 そうして部屋に入ってみれば・・・血の付いた大剣を持ってるリィエルと気絶しているルミア、そして勇気が足りないのだろう座り込んでいるシスティーナがいた。

 

「リィエル・・・お前はルミア=ティンジェルの護衛として学院に来たんじゃなかったか?」

 

「・・・・・・・」

 

 リィエルは無言を貫き、それ以上近づくなという意思表示なのか殺気を当ててくる。

 

「・・・はぁ・・・その剣についてる血は誰のだ?」

 

「グレン・・・私が斬った・・・」

 

 動揺を禁じ得ない・・・なぜグレンを拠り所としていたリィエルがグレンを斬るのだろうか・・・だが今はルミアの身が最優先だ。

 

「そっか・・・どうだった?今まで大切だった人を斬った感想は」

 

「ッ!?・・・・・」

 

 無銘はリィエルにそう言うとリィエルは目を見開き剣を下げる

 

「わた・・・しは・・・兄さん・・・のため・・・に・・・」

 

 その言葉を聞き今度は無銘が目を見開く・・・リィエルに・・・それはつまりイルシアの兄シオンの事だろう・・・

 

「兄の為に裏切ると?今まで自分が積み上げたものを・・・ルミアやグレンを捨てて?」

 

「ッ!・・・う、うるさい!」

 

 そう言ってリィエルは大剣を振り回してくるが、いつもより速度も威力もない。こんなもの剣で受け流す必要すらない・・・避けるだけで十分だ。

 

「私は!兄さんの為に・・・戦う!」

 

 説得に失敗した・・・なら実力行使に移る!

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 魔術を使い武器を投影する。投影したのは干将・莫耶・・・だが戦意も戻っているリィエルはすぐさま突撃してきた。

 

「チッ!・・・」

 

 双剣で受け止めるがリィエルのパワーに耐えきれるはずもなく、粉々に砕け散った。だがそんな事は想定済みだ・・・だからこそリィエルの上に剣を投影しており

 

「《弾けろ》」

 

 その一言で上に投影されていた剣は爆発し、リィエルを吹き飛ばす。吹っ飛んできたリィエルを森の方へ蹴り飛ばし、自らもそこに突貫していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人残されたシスティーナは座り込みながら

 

「・・・なんなのよ・・・」

 

 と呟きながら泣いていた。自覚していないとはいえ好きだったグレンをリィエルが殺したと言ったのだ・・・だがそこに1人の青年が現れルミアを攫って行こうとしているのをシスティーナは見ていた・・・だが、精神的にまだ未熟なシスティーナは止めることができなかった・・・自分が殺される恐怖に打ち勝つことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方無銘はリィエルが囮であることを遅まきながら理解した・・・視界の端にルミアらしき人物を抱えた男を捉えて、これ以上リィエルに時間は割けないと覚悟を決めた。

 

「リィエル・・・お前に人としての心があるのか?」

 

 大剣同士でせめぎ合いながら無銘はリィエルに問う

 

「なに・・・言って・・・」

 

 それは白金魔導研究所へ行くときにアレスが言った呪いの言葉『君の人としての心だよ』アレスはそう言った・・・だが、この無銘は今リィエルに向かってその心があるのかと聞いてきた。ただでさえ、アレスという人間に揺さぶられたこの感情が更に揺さぶられる。

 

「答えろよ!リィエル=レイフォード!お前は人が当たり前に持ってる筈の心が備わってんのか?」

 

「ッ!?・・・・・・」

 

 そう言った途端リィエルの剣が軽くなるので押し倒す。

 

「私は・・・兄さんの為に戦うと決めた!だからッ!」

 

 その言葉は最後まで紡がれなかった。それは無銘がデコピンをしたからだ

 

「・・・じゃあ、なんでお前は泣いてるんだ?」

 

 どんな言葉に出さえ優しさどころか、殺気を乗っけて話していた無銘が優しい声でリィエルに指摘する。

 

「・・・なんで・・・涙、なんか・・・」

 

「・・・無くしたくなかったんだろ?グレンやシスティーナそれにルミアのいる日常が・・・」

 

「・・・そう・・・それで・・・泣いて・・・」

 

 改心したのか剣を落とし泣きついてくるリィエル・・・その小さな背中に手を置く無銘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き終わり無銘はルミアの救出に動こうとするがリィエルに遮られた。

 

「・・・ルミアを助けに行くなら、連れて行って。」

 

 覚悟を決めた表情でそういうリィエルに無銘は笑いながら・・・

 

「わかった。けど、勝手に突っ込むのは禁止な」

 

「わかった・・・」

 

 本当の意味で理解したのだろう・・・リィエルは大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃ルミアは拘束され、肌にはルーン語が刻まれており制服は前が破かれており綺麗な胸が露出している。だがルミアは希望を捨てない。

 

 

 正直バークスはルミアのその希望を失わない目が気に食わなかった。自分は偉大な魔術師と信じて疑わないバークスだがその実験を前にして、希望を・・・バークスから言わせれば不躾で生意気な視線を向けるなど到底許せるものではない・・・暴力で屈服させたいのだが今はエレノアがいる。

 

 

 だがルミアにはそんな余裕はなく、正直限界の一歩手前であった・・・

 

「リィ・・・エル・・・」

 

 グレン先生を刺し、ルミア自身を攫う原因になった人物だが・・・そこにはグレン先生が隠している秘密が関係しているのだろう・・・

 

「グレン・・・先生・・・」

 

 リィエルに刺し殺されたらしいが、なんとか生きていてほしい・・・そして生きていると信じたい

 

「アレス・・・君・・・」

 

 最近自分でも分からない程に嫉妬してしまう人物であり、なぜかリィエルと仲が良い・・・

 

「無銘・・・さん・・・」

 

 お母さんから、私を守るよう依頼された人で謎が多い暗殺者・・・

 

 そして恐らく自分にとって1番大切で・・・ルミアに自覚はないがアレスに対して嫉妬深くなってしまった原因でもある人物

 

「アルス君・・・」

 

 その名前を聞いた途端バークスやエレノアが眉を上げる・・・

 

「「アルス?・・・その名、どこかで・・・」」

 

 そう言って考えこむが破壊音が聞こえたので慌てて顔を上げると・・・そこにはリィエルと無銘がいた。

 

「おやおや、リィエル様を寝返らせるとは手癖がよろしくないのではなくて?」

 

「生憎とやられたらやり返す性分なもんでね」

 

 無銘とエレノアの間には火花が散っておりリィエルはじっとルミアを見据え口パクではあるが『ごめん』と呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 バークスやエレノアの後ろで何やらモニターを弄っている人物がおり・・・僕はそいつを知っている。2年前イルシアとシオンを殺し、1人逃亡した男・・・ライネル=レイヤー

 

「やあ、後ろでモニターを弄っている青髪の人・・・あんたがライネル=レイヤーかい?」

 

「ッ!?・・・違う!僕はリィエルの兄だ!」

 

 一瞬目を見張ったが、すぐに言い返してくる・・・

 

「・・・ふぅん、リィエルの兄の真似事してるならあんた向いてないよ」

 

「なに!?真似事ではなく真実だ!・・・さあリィエル・・・僕を助けてくれ」

 

 嘘を言ったところで魔眼が真実を映してくれる為、別にまあどうでもいい。

 

「まあいいさ、ルミアは返してもらうよ・・・リィエル、君は前衛を頼む」

 

「わかった」

 

 そう言ってリィエルは剣を作り僕は弓を投影する。

 

「ふん!ならば儂の最高傑作が相手をしてやろう」

 

 そう言った途端バークスが指を鳴らす・・・そうすると上から巨大な合成魔獣(キメラ)が現れた。

 

「この宝石獣は三属の攻性呪文(アサルトスペル)が効かない、傷つけたいのならば真銀(ミスリル)や日緋色金でも持ってくるのだな!ふははははは」

 

 バークスは高笑いしているようだが、正直魔眼を使う手間を省いてくれてありがとうと言いたい・・・そう思いつつ弓を消して新たな武器を投影する

 

「ご指摘どうも・・・じゃあ持ってくるよ《投影開始(トレース・オン)》」

 

 そう言って投影されたのは『妖刀』や『魔剣』、『聖剣』と謳われた武器だった

 

「ば、馬鹿な・・・ミスリルと日緋色金の剣を創った・・・だと!?」

 

 そして、その24本の剣を一斉に宝石獣に刺すと宝石獣はうめき声を上げながら消滅した。

 

「さて、最高傑作は随分あっさり消えちゃったけど?」

 

「ふっ、だが儂には貴様らには想像もつかぬ神秘の産物がある」

 

 そう言って取り出した注射器を自分の首に刺す・・・魔眼で解析したがどうやら異能者から抽出し自分にも使えるようにする為の麻薬(ドラッグ)らしい・・・

 

 

 リィエルとここにくるまで色々な異能者が脳髄だけにされたり四肢を無くしていたりしていた・・・それだけでもバークスを許す気はないのだが、無銘の魔眼は一瞬だけ未来を見せた・・・それはIF(もしも)の世界の未来・・・もし誰もルミアを助けに来なかった場合の世界ではルミアは脳髄だけにされてしまう・・・それだけは・・・それだけは許せない・・・絶対に・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リィエルは直感でわかった・・・無銘が本気で怒っていることに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 リィエル以外の全員も気付いた・・・無銘が本気で怒り殺気を隠そうとしていないことに・・・全員が汗を異常なほどかき顔が青ざめている。

「行くぞ、リィエル」

 

「ん、分かった」

 

 

 

 そこからは無銘たちが有利だった。バークスは異能を取り込み周りが見えておらずエレノアでさえ呆れている・・・対して無銘は遠距離からの弓が的確でリィエルがピンチになった時必ずエレノア達にとって嫌なところを狙撃される。エレノアならば術者である本体を、バークスならばルミアの異能を無理矢理行使させている術式だったり・・・それを管理しているモニターだったりを狙撃され上手く離されてしまう・・・それに何より無銘には手札が多すぎるのだ・・・弓を使っていたので近距離に行こうとも剣で迎撃され、リィエルを力ずくで殺そうとすれば槍を瞬時に投影し投げてくる・・・そんな戦法を取られている為にエレノア達は何もできずにいた。

 

「くっ!小癪な!」

 

 そう言ってバークスは発火の異能を行使するが無銘は《熾天覆う七つの円環(ローアイアス)》によって簡単に防がれしまう。

 

「儂が、この偉大なるバークス=ブラウモンが戦闘犬ごときにッ!今度はなんだ!」

 

「これは・・・《星》のアルベルト様に《愚者》のグレン=レーダス様ですか・・・」

 

 エレノアは撤退を考え始めただろう・・・

 

「貴様時間稼ぎをしていたのか!」

 

「時間稼ぎも立派な戦術だ」

 

 淡々と答える無銘にバークスは苛立ちを隠せない。

 

「リィエル下がれ!」

 

 そう言った途端リィエルは下がり、バークスとエレノアは警戒する。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 そう言って出てきたのは新たな弓と剣なのだが・・・剣が引き締まり矢の形になったのだ。

 

「これで、跡形もなく消し去ってやる・・・《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》」

 

 そう言って放った矢はバークスに当たりもの凄い爆風を生み出した・・・少しして爆風も収まりバークスがいた場所を見てみると血すら残さず完全に消し去っていた・・・

 

「・・・これは・・・」

 

 エレノアも絶句せざるおえない、確かに再生能力を持つ相手を倒すなら一撃で消し飛ばすのは定石だろう・・・だが知っていると出来るでは訳が違う。それに彼はたった1節詠唱でここまでの威力を出したのだ・・・もし彼の奥の手が披露されれば如何にエレノアと言えども消し飛ばされるだろう・・・

 

「私はこの辺で失礼させていただきますわ」

 

 そう言って消えたエレノアを見ずに無銘はルミアの方へ向かって行く。そして、鎖を剣で切断し落ちてくるルミアを片手で支える・・・

 

「遅くなって・・・すまない・・・」

 

 無銘はルミアに聞こえない程小さい声で呟いた・・・

 

「え?」

 

 聞き返そうとしたがグレンとアルベルトが入ってきたことでできなかった。

 

「ルミア!?大丈夫か!?」

 

 グレンがそう聞きルミアは

 

「は、はい・・・」

 

 そう答える。これでめでたしと行きたかったがそうはいかない・・・ここまで大人しかったライネルが語りだした・・・リィエルについて・・・シオンについて・・・そしてイルシアについて・・・そしてシオンという言葉に過剰に反応するリィエルをルミアへ渡す。

 

 そしてライネルは続けた・・・

 

「最初にそこのガラクタに会った時、掌握するのに時間がかかったのは意外だったよ」

 

 そう言うとグレンはライネルを睨みながら

 

「ガラクタだと?・・・お前、ちょっと黙れよ」

 

 だが、ライネルは続ける

 

「リィエル、君は大切な『妹』だったよ・・・でも・・・もういらないや、だってこの娘達がいるからね!」

 

 そう言って現れたのはリィエルと同じ顔を持った少女たちが3人もいた。

 

 

 これさえ、この人形たちがいれば勝てると踏んだのだろうライネルは笑っていた。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 無銘が呪文を唱え、投影したのは・・・とある暗殺者が使っていたただの大剣だ

 

 呪文を唱えた無銘の方をみなが見るがそこに無銘はおらず・・・視線を戻すとリィエルのコピーが死んでいた・・・

 

「な、な・・・・・・・」

 

 ライネルの後ろで足音がしたのでライネルは慌てて振り返る・・・

 

「お前は・・・一体・・・なんなんだ・・・」

 

「正直頭にきてんだよ・・・リィエルをガラクタだの、イルシアやシオンを殺しただの・・・好き勝手に言いやがって・・・どれだけ・・・どれだけイルシアとシオンを侮辱する気だ!」

 

 そう言ってライネルを柄で殴る。

 

 ライネルは鼻血を出しながら無銘を見据えなにかを言おうとするが・・・その言葉が言われることはなかった・・・無銘がライネルを殺したからだ。

 

「お前が逝くのは地獄だ・・・そこで罪を贖え」

 

 無銘はそう言って剣をライネルから抜きすぐに叩き折る。

 

 

 

 

 

 

 

 一方リィエルはルミアへ謝っていた

 

「ルミア、ごめん・・・私、ルミアやシスティーナに酷いことをした・・・」

 

「リィエル・・・」

 

 その姿はとても悲しげであり、反省していることがすぐに分かる。

 

「・・・多分、怖いよね、わたしのこと」

 

「えっ!?」

 

「大丈夫。わたし、2度とルミア達の前に姿を見せないから」

 

「ちょっと、リィエル!?」

 

「ルミアとシスティーナに会えないのは・・・うん、すごく寂しいけど・・・みんな会えなくなると・・・また、なんのために生きたらいいのかわからなくなるけど・・・でも、わたしなりに・・・探してみるから・・・」

 

「3人で見た、あの夜の海・・・すごく綺麗だった・・・また見たかったけど・・・ばいばい、ルミア」

 

 そう言って走って行くリィエルにアルスの姿を重ねてしまう・・・ここで、止めなければリィエルもアルスの様にどこかへ消えてしまう気がした・・・だからルミアも走って追いかけるが運動が苦手な為リィエルに追いつけるはずがないのだが、先にリィエルの目の前に阻むようにして刺さっているデカい剣がリィエルの進行を止めルミアも追いつけた・・・

 

「私は、リィエルに居てほしいって思うよ」

 

「でも・・・わたしは・・・ルミアたちの近くにいない方が・・・いい・・・から・・・」

 

「私はリィエルみたいに居なくなった人を知ってる・・・その人は私の異能の為に失踪したんだって・・・でもね、私はそばにいてほしかった・・・それはリィエルも同じなんだよ?リィエルにもいてほしいよ」

 

「・・・私がいてもいいの?・・・」

 

「私がこうしてるのが答えじゃない?」

 

「・・・う・・・うぅ・・・る、ルミア・・・ルミアぁ・・・ひっく・・・」

 

 リィエルは泣き、ルミアが慰め・・・そんな光景を見ながらグレンとアルベルトと無銘は見ていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リィエルが泣き止み、帰ることになったのでグレンは聞きたかったことを聞く

 

「おい、無銘・・・なんでお前がイルシアやシオンのことを知ってるんだ?」

 

 それはアルベルトも疑問に思っていたのだろうこちらに耳を傾けている。

 

「イルシアとシオンは僕の命の恩人だからね・・・」

 

「命の恩人・・・?」

 

「とある事情で道端で倒れていた僕を助けてくれたのさ・・・これ以上は無し、僕の素性にも関係してくるからね」

 

 そう言って無銘は去って行き、無事今回の事件も解決した・・・




 6575文字・・・結構書いてしまった・・・2話に分けてもよかったんですけど書き終わった後に気づいたので正直疲れてました・・・


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研修旅行の後日談

 ほら、今回は嫉妬ルミア様を出すからドМの皆さまティッシュの貯蔵は十分か!?


事件の翌日、グレン達はボロボロになって帰ってきた・・・・僕?あの後すぐ宿で寝たに決まってんだろ。だが思った以上に疲れが溜まっていたのか起きたのは昼過ぎだった・・・しおりを見ると今は自由時間なので水着とパーカーを着てビーチまで行く。するとそこにはいつものように笑い合ってるルミアとシスティーナ、そして頬が少し赤いがリィエルも一緒に笑っていた。そして木陰に入りそれを眺めているとグレンが

 

「よっ起きたか寝坊助」

 

「(あんたのせいで疲れてんだよ!)・・・意外と疲れてたみたいで、遅れてすいません・・・」

 

「お前に1つ聞きたいことがある」

 

「なんですか?」

 

「リィエルかイルシアとどこかで会ってないか?」

 

 直球できたなこの人・・・それよりどうやって誤魔化そうか・・・

 

「・・・会ったことはあるかもしれませんけど、多分すれ違っただけじゃないですかね。だってリィエルさんみたいな人と話したことがあるならインパクト強すぎて忘れられなさそうですし・・・イルシアさんって子には心当たりないですねえ、親戚か何かで?」

 

「いんや、知らないならいいんだ」

 

 そう言ってグレンと一緒にルミア達を見ていたのだが、リィエルがこちらに向かってくる。それに僕やグレン含め2組全員が驚いており、何を言うかと耳を澄ませていた

 

「アレス・・・ありがとう、そしてごめん・・・」

 

 感謝と謝罪をされがよく分からん・・・感謝されることはしたかもしれんが、謝罪されるようなことは何もしてない筈だぞ!

 

「・・・えーと、なにが?」

 

「昨日わたしの手を握りながら・・・言ってくれた事嬉しかった・・・だからありがとう・・・そして言ってくれた意味が理解できてなかった・・・ごめん・・・」

 

「「「「「「「「「「え?(は?)」」」」」」」」」

 

 2組のほとんどが驚愕する中グレンは

 

「お?お前らいつの間にそんな仲になったんだ?」

 

 と聞き、システィーナが

 

「あんた、何言ったのよ!?」

 

 と聞き・・・ルミアは

 

「アレス君?どういう事かな?」

 

 微笑みながら僕の横腹を抓りに抓った・・・これでもかというくらいに抓った。最早痛みではなくご褒美になりそうなのでやめて頂きたい・・・あと目から光が失われるのなんとかならないんですかねえ!?

 

 だがそんな思考もルミアのダブル抓りによって現実へ戻され・・・

 

「あ、ちょ待って!痛い!痛いって!なんかわかんないけどごめんなさい!謝るから許してティンジェルさーーーーーーん!」

 

 そう言いつつ離されたのは10分後

 

「それで?どういうことなの?」

 

 ルミアを筆頭に囲まれており脱出もできないこの状況・・・どうするべきか・・・僕一人なら嘘をつくのは簡単だ、だがリィエルがバラしてしまえば僕が終わってしまう・・・あれ?これ詰んでね?

 

「えーとですね・・・リィエルさんとは決してティンジェルさん達が疑っているような関係ではなくて皆さんと同じように普通の友達でございます・・・」

 

「じゃあリィエルの手を握っていたことについては?」

 

 恐らく今・・・僕はもの凄く青ざめているだろう

 

「あ、いえ・・・それに関しては弁明のしようもないです・・・はい・・・」

 

「ふぅ~ん」

 

 ルミアが不機嫌になってしまった・・・それに呼応するように男どもの殺気が強くなっている。突然カッシュが肩を叩いてくれたので助けてくれるのかと思ったのだが

 

「アレス、今日俺らの部屋に来い・・・話がある・・・」

 

 ・・・\(^o^)/オワタ・・・わたくしの人生終わったしまいましたねえ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 など、そんな茶番もあり・・・僕はルミアに呼び出され森へ向かっていた・・・

 

「それで、どうしたの?ティンジェルさんこんなところに呼び出して」

 

「うん、単刀直入に聞くね?アレス君ってさ無銘さんじゃないかな?」

 

 は?なんでそう思ったの!?女の勘!?もし、そうだったら勘良すぎだろ!?

 

「・・・僕は無銘さんじゃないけど・・・そう思いたいなら思えばいいさ・・・」

 

 事実無銘なのはアルスであってアレスではない・・・

 

「そうじゃなくて、はっきりさせたいの!・・・アレス君は無銘さんなの?それとも違う?」

 

 ルミアの表情はいつも以上に真剣だ・・・事実アレスは無銘でありアルスでもある・・・だが今はそれをルミアに伝えるタイミングじゃない・・・

 

「違う」

 

 淡々とそう伝える

 

「そっか、変なこと聞いてごめんね?」

 

「僕からも質問良いかな?」

 

「え?うん、いいよ」

 

 少し驚いてる様子のルミア・・・僕が質問するのってそんなに変かな?・・・と思いつつ僕は質問する。

 

「ティンジェルさんって何者なの?」

 

「ッ!?」

 

「学院にテロリストが入ってきたときも魔術競技祭の時も・・・そして今回も、ティンジェルさん狙われ過ぎじゃない?」

 

 正直言い過ぎてる自覚はある・・・だが元々ティンジェルさんとそれなりの仲を保ちつつ護衛をする方が良かったのだが、それなりの範疇を超えていたようなので一度離れようと思ったのだ

 

「それは・・・ごめん、言えない」

 

「そっか・・・じゃあ僕は行くね」

 

 それだけ言ってルミアと別れカッシュ達と地獄のババ抜きをし負けたらルミアへ告白するということなのだが・・・負けてから言われた・・・さっき関係を悪くしたばかりだ、なのでこれをする訳にはいかない

 

「ごめん、カッシュ実は今僕とティンジェルさんは喧嘩中だから・・・」

 

 と言った途端カッシュが

 

「はあ?どうしてだよ」

 

 と聞いてくるが答える訳にはいかないので

 

「ごめん・・・それは言えない・・・もう部屋に戻るね」

 

 そう言って部屋に戻るがグレンはいないようなので、少し悩みを口に出そう。

 

「ルミアの勘は鋭すぎるから、一度距離を取ってみたが・・・やっぱり来るものがあるな・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方ルミアはアレスが去ってからも、立ち尽くしていた・・・そうしているとシスティーナとリィエルが来たのだがルミアが辛そうな顔をしていることにリィエルもシスティーナも気付いて

 

「ルミア!?どうしたの!?」

 

 そう聞かれルミアは全てを話した・・・無銘がアレスだと思いそれを伝えてしまったこと・・・自分が何者か聞かれアレスが態度を変えることを恐れるあまり真実を言えなかったこと・・・自分よりも親しいリィエルなら知ってるのではないかと思いルミアは問う

 

「リィエル、無銘さんの正体知らない?」

 

「ん、知ってる・・・けど、アレスじゃない・・・」

 

「そっか・・・」

 

 ルミアは素直に悪いことをしたなぁ・・・と思ってしまう、自分の勘だけでアレスを暗殺者と同じにしたのだ。

 

「今度、謝らないとね」

 

「うん、そうすべき」

 

「そうね」

 

 ルミアの言葉にリィエルとシスティーナは同意するが、彼女たちは知らない・・・これから先アレスに謝る機会はしばらく訪れないことを・・・




 はい、今回の後日談でルミアとアレスを少しだけ溝を作っておきたかったので無理矢理感が否めませんがご了承ください。


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天使の塵編
アルスの正義


 はい・・・学校生活が始まってしまいました。更新ペースは落ちると思います。申し訳ありません。



 そして今回からシスティ結婚編ですよ。この編から結構シリアスに変わります


修学旅行の事件も無事終わったのだが、アレスは修学旅行以来魔術学院に登校していない。そのため色々な噂が流れている・・・退学・不登校・死亡・・・など、だがその噂はルミアの心を痛めつけていた・・・

 

 

 蘇るのは修学旅行の時の記憶・・・自分の願望や勘で勝手にアレス君を暗殺者である無銘さんと一緒にしてしまった。アレス君は無銘さんについて何も知らない・・・アレス君にとっては都市伝説の暗殺者である無銘さんと一緒にされるのは精神的に辛いものがあるだろう。

 

「あーアレスについてだが、アレスは今休学中だ」

 

「「「えっ?」」」

 

「理由はイテリア地方にいる両親のお見舞い・・・だそうだ、一週間もすれば帰ってくるんだと」

 

「そう・・・ですか・・・」

 

 思い返せば私はアレス君のことを何も知らなかった・・・いや、今も知らない。知っているのはアレス=クレーゼという名前と性格くらいだ。1年以上も同じクラスにいたのに・・・自分が情けなくなってしまう。たったこれだけの事しかアレス君を知らないのに勝手に決めつけて傷つけてしまった・・・そう思うと嫌で嫌で堪らなくなる・・・

 

「ルミア・・・ルミア!」

 

 そう自分の名前を呼ばれて意識が現実に戻ってきた

 

「ッ!・・・ごめん、システィボーっとしてた・・・」

 

「ルミア・・・顔色悪い、病気?」

 

「ううん、なんでもない。なんでもないよ」

 

 そう返すが自分でも本調子じゃないってわかってる・・・調子を戻そうとも思っている・・・でも、なぜかアレス君のことが頭から離れない・・・

 

「ッ!・・・リィエル・・・」

 

 そう考えていた時、リィエルに痛いほど手を握られた。

 

「アレスは大丈夫。優しい・・・だから、謝れば許してくれる」

 

 それは、修学旅行の時ルミアがリィエルに言った言葉だ・・・まさか、同じ言葉を返されるとは思ってなかった。

 

「ありがとうリィエル・・・そうだよね、アレス君は優しいから謝ったら許してくれるよね」

 

「うん」

 

 リィエルの言葉のおかげで少し調子が戻ってきた。

 

「早く、帰ってきてね・・・アレス君・・・」

 

 ルミアは覚悟を決めた表情でそう呟いたのだった・・・

 

 

 

 

 

 だが、この時の彼らはまだ何も知らない・・・アレスに隠された秘密とこの1週間で起こる出来事について・・・

 

 

 

 

 

 

 

少し昔話をしよう・・・アルスはルミアが・・・いやエルミアナが好きだった。6歳で固有魔術を作り出した天才だの剣の才能があるだの・・・皆が見るのはいつもアルスではなくアルスの才能だった・・・でも、エルミアナは違った。エルミアナだけは、アルスの才能ではなくアルスを見てくれたから・・・初めてアルスを見てくれた、その事実が堪らなく嬉しかった・・・だから、苦しむ人を救いたいと思ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 アルスは、《女帝》と《愚者》の関係が好きだった・・・それは自分達と似ていたから。アルスと《愚者》は似ている、アルスは自身の才能に《愚者》は自分の憧れに絶望してエルミアナと《女帝》はアルスと《愚者》が1番してほしい事をしてくれる・・・そんな関係が好きだった・・・だから壊したくなかった、壊れて欲しくなかった。《愚者》と《女帝》には幸せになって欲しかった・・・でも、そんな願いすら・・・叶うことはなかった・・・天使の塵(エンジェル・ダスト)のせいで・・・

 

 

 

 

 

 

 

 【天使の塵(エンジェル・ダスト)】・・・それは被投与者の思考と感情を完全に掌握し筋力の自己制限機能を外すことで死霊術よりはるかに簡単に無敵の兵士を生み出すことが可能な魔薬・・・1年前に元帝国宮廷魔導師団特務分室の執行官ナンバー11《正義》のジャティス=ロウファンが使い、《女帝》を殺し《愚者》を絶望させた魔薬である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスは今路地裏で亡くなっている人を火葬していた・・・これらは天使の塵(エンジェル・ダスト)の感染者であり、アルスがたった今殺した人達でもある。

 

「・・・220・・・か」

 

 この数字はアルスが人殺しをした回数だ・・・

 

 

 さてここで問題だ、15年しか生きていない子供が220人もの人を殺している。これで精神は摩耗するか、しないか・・・答えは当然摩耗する・・・それはアルスも例外ではなく最近では【マインド・アップ】を使わなければ碌に戦えない・・・今のところ幻覚や幻聴などは無いが、近いうちに出てくるだろう。そうなってしまえばしばらくは入院・・・もしくは死のトラウマを克服できずに一生戦えなくなることだってありえるのだ・・・

 

「・・・もう、隠す余裕も無くなってきた・・・」

 

 そう言って崩れ落ちる赤い外套・・・それは天使の塵(エンジェル・ダスト)の感染者によりズタズタに引き裂かれ、もう外套として使うことは出来ない。

 

「でも、たとえ・・・この姿がバレようともルミアを守る・・・それだけが僕の成すべきことなんだから・・・」

 

 ロケットを握り締めアルスは走って行く・・・この時、アルスは既に気付いていたのかもしれない。このロケットだけが唯一アルスをアルスたらしめていることに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスの異能である魔眼ははっきり言って異常だった・・・ものの全てを見抜く《看破の魔眼》ものの死を見る《直死の魔眼》などの色々な魔眼が組み合わさっている。旅行の際にはif(もしも)の世界の未来まで見えてしまった。それだけでなく、アルスが精神を摩耗していたのには人殺し以外に魔眼の影響もある。それは過去視・・・もう起こってしまったものを見せられる・・・そして未来視・・・これから起こるかもしれないものを見せられる・・・その中には当然ハッピーエンドもあるだろう・・・しかし、人の人生とはハッピーエンドよりもバッドエンドの方が多いのだ。だからこそ、アルスは摩耗し傷つき苦しんでいる・・・だが、止まらない。理由は簡単だ・・・ルミアのあの笑顔を見たいから・・・あの陽だまりのような美しい最高の笑顔を・・・その為にアルスは戦っているし、これからも戦える。




 まあ、多分この編から好き嫌い別れると思います・・・僕は主人公が弱ってヒロインが助ける王道が好きなのでこうします。


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システィの婚約者とルミアの懸念

 学校が始まって1週間に1話投稿できたらいいな~くらいの気持ちだったのですが、意外となんとかなってます。これからも、出来るだけ毎日投稿するつもりなのでよろしくお願い致します。

 お気に入り285名・・・本当にありがとうございます。


 校庭でグレンはリィエルと2人でいた

 

「・・・どうしても、お前の力が必要なんだ・・・」

 

「・・・・・・」

 

 グレンの言葉にリィエルは眠たげな無表情である

 

「許されないことだってわかってる・・・お前を巻き込んでしまうことも分かってる。だが、人の命がかかってるんだ・・・ッ!」

 

「・・・・・・・・」

 

 リィエルは相変わらず無表情

 

「頼む、リィエル!俺に力を・・・お前の力を貸してくれッ!」

 

 グレンがそう言ってリィエルが

 

「大丈夫、私はグレンの剣。グレンの為にこの力を使うと決めた」

 

 そう言ってリィエルは拳大の石を拾って魔術を使う・・・すると次第に石が黄金色の光を眩く放ち始める・・・のだが、そんな思惑は1人の生徒によって壊される

 

「《何考えてるのよ・この・お馬鹿》―――――ッ!?」

 

 グレンの思惑を察知した生徒――――それはシスティーナだ。

 

 システィーナは叫び声で即興改変された黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文がグレンを吹き飛ばす

 

「キャアアアアアアアアアアアアアア」

 

 まるで、女の子のような悲鳴をあげるグレン先生だがすぐに池の中へと墜落し盛大な水柱が上がる。

 

「や、やるな白猫・・・最近のお前の呪文改変力はマジですげえな・・・先生は嬉しいぞ・・・」

 

 グレンから褒められシスティーナは顔を赤くしながら

 

「・・・そ、それは・・・その、先生の教え方がいいから・・・じゃなくて!」

 

 そう言ってシスティーナは説教を始める

 

「リィエルに金を錬成させて、一体、何を企んでいるんですか!?」

 

 システィーナはリィエルの掌に乗っている金を指さしながらグレンに問う・・・対してグレンは

 

「売るんだよ!」

 

 真顔で・・・なんなら授業をやる時より真剣な顔で答える

 

「だから、それは犯罪ですって!?リィエルを巻き込まないでください!」

 

「うっさいやかましい!リィエル(こいつ)の暴走のせいで、俺の給料はカットされまくり!このままだと餓死は確定ッ!背に腹は代えられないんじゃあああああああッ!」

 

 そう言ってグレンはリィエルの掌にある金を摘み取り全力でシスティーナから逃げていたのだが・・・必死に逃げていたため横から来た馬車に気付かず、グレンは尻餅をつくことで大惨事を回避した。

 

 

 システィーナは馬車の御者に謝っているが・・・御者の人は応じず、馬車から降り

 

「・・・この学院に着いて早々、真っ先にあなたに会えるなんてね・・・システィーナ・・・」

 

「あ、貴方はレオス!?」

 

 どうやら、レオスとシスティーナは知り合いのようで

 

「・・・そもそも、あんた誰?」

 

 グレンは礼儀もなく聞くが、レオスは礼儀正しく

 

「私ですか?・・・私はレオス、レオス=クライトス。この度、魔術学院に招かれた特別講師・・・そしてシスティーナの婚約者(フィアンセ)です」

 

「「「えええええええええええええええええ!?」」」

 

 こうなるのも無理はない・・・なにせシスティーナ=フィーベルと言えば『真銀(ミスリル)の妖精』や『お付き合いしたくない美少女』など言われており・・・男からの人気は無いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオスの授業は圧巻の一言に尽きた・・・グレン曰く軍の半分以上の奴らが理解していない物理作用力(マテリアル・フォース)理論を学生にも理解できるように教える程に・・・そして察しの良い奴らなら、この理論を聞いただけで殺傷能力のない黒魔【ショック・ボルト】で人を殺せることを理解してしまった筈だ・・・

 

「やっぱり、先生はこういう授業、あまり認めたくありませんか?」

 

「・・・・・・・」

 

 グレンは反応しない、そしてルミアは続ける

 

「先生は常日頃、力の意味と使い方をよく考えろ、力に使われるな、と口を酸っぱくして仰ってますけど・・・今はなんとなく意味が分かる気がします」

 

 ルミアがそう言うとグレンは白状するように呟いた

 

「・・・正直、物理作用力(マテリアル・フォース)理論に関して言えばこのクラスで教えてもいいのはアレスだけだ」

 

「どうして・・・アレス君が?」

 

「あいつはこのクラスの中で1番力の意味と使い方を熟知してるからな・・・」

 

 アレスはグレンが今まで感じてきたどの人間にも似ていない。最初に違和感を感じたのはグレンが非常勤講師だった頃、システィーナに対して魔術は人殺しと言った時アレスは全く動じなった・・・今思い返してみればアレスには不自然な部分が少なからずあった筈なのだ・・・なのに見落としていた

 

「あいつには、信念がある・・・ルミア、お前に負けない程に強い信念が・・・」

 

 その続きを言おうとしたタイミングでシスティーナとレオスが話していた。

 

「私の講義はどうでしたか?貴女の忌憚ない意見が聞きたいですね」

 

「え?その・・・素晴らしい講義だったわ。正直文句のつけようがないくらい・・・」

 

「それは良かった・・・あなたは『講師泣かせ』として有名ですからね」

 

 その後、レオスとシスティーナは2人ででこかへ行ったのだが・・・

 

「先生・・・一つお願いがあるんです。その・・・大変申し訳ない事なんですが・・・」

 

「ん?なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんで俺が他人の恋路を覗き見せにゃならんのだ・・・」

 

「ご、ごめんなさい、変なことを頼んでしまって・・・でも、先生についてきてほしくて・・・」

 

「なあ、ルミア・・・お前何がそんなに不安なんだ?確かに俺個人的には気に食わんが・・・レオスはそれなりに信頼できる男だと思うぞ?俺はそう・・・」

 

「嫌な、予感がするんです・・・」

 

 グレンは押し黙った・・・そしてルミアは続ける

 

「レオス先生が人格者だという事はわかってます・・・でも、バークスさんと同じ感じがするんです・・・」

 

「まあいいや、こんな面白そうなイベント見逃してられっかよ。へっへへへへ・・・」

 

 グレンは下衆な笑いを浮かべる・・・

 

 

 

 そしてその後は色々とあった・・・レオスがシスティーナに結婚を申し込みシスティーナは断ったり、グレンがレオスに決闘を申し込んだり・・・と、そして決闘の内容はクラス対抗魔導兵団戦で勝った方がシスティーナの婚約者となる。決闘は明後日であり、今日は作戦を立てていたのだが・・・決闘当日グレン陣営にイレギュラーが起きた・・・アレスが来たのである。

 

 だが、流石グレン先生アレスが来ることも予想していたらしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が休んでいる間に、グレンが決闘を挑み魔導兵団戦で勝てばシスティーナと結婚し逆玉ができるので手伝ってほしいとのこと・・・だが、グレンの事だ・・・どうせシスティーナを助ける為なんだろうなあと思いつつ魔導兵団戦が始まった。

 

 僕とリィエルは丘にいる・・・理由は相手に丘を占拠させないこととリィエルはこの魔導兵団戦での攻撃力は皆無だからである。そしてお目付け役として僕な訳だ・・・僕らは相手クラスの魔術を避け続けている。反撃は一切せずただ避け続けていると相手クラスは撤退して行った・・・休憩できると思った矢先に

 

「・・・これが終わったら、ルミアと話して・・・私にはよくわからないけど・・・」

 

「・・・・・・・・」

 

 リィエルが切り出したその言葉に固まってしまった・・・

 

「ルミア、笑わなくなった・・・無理してる・・・」

 

「・・・うん、わかった・・・これが終わったらティンジェルさんと話すよ・・・」

 

「ん」

 

 リィエルとそんな会話をしていると魔導兵団戦は終わり、結果は引き分け・・・つまりシスティーナはどちらとも結婚しない。それは実質グレンの勝利であった・・・だが、レオス先生の様子がおかしい・・・みんなの話では好青年で爽やかだと言っていたが・・・今はその爽やかさの欠片もない・・・そんなレオス先生はグレン先生に決闘を申し込んだ。グレン先生はそれを受けようとするが、システィーナが割り込み

 

「もういい加減にして!黙っていれば2人とも勝手に、私は物じゃない!」

 

 と叫ぶ。レオスは謝るがグレンは・・・

 

「・・・今度は一対一の決闘戦だ。レオス」

 

 システィーナの意見を無視した。僕以外のここにいる人は分からないだろう・・・なぜ、グレンはそこまで逆玉に拘るのか・・・僕だって経験しなければ分からなかっただろう・・・大切な人を守る為に・・・いや大切な人を守りたいからこそ、大切な人には何も言わず自分だけで解決しようとする。僕はそれを否定できないし、する気もない・・・僕がグレンの立場なら同じことをしただろうから・・・

 

「嫌いよ!貴方なんか・・・」

 

 システィーナはグレンをビンタして冷たく言い放ち帰還用の馬車に乗った、そしてルミアとリィエルも続く・・・

 

「撤収だ!お前ら」

 

 グレンはそう言い皆は帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 システィーナは本気で怒っていた・・・逆玉と散々言われているだけじゃない・・・システィーナは自覚していないだけでグレンの事が好きなのだ。だから余計に腹が立ってしまう・・・

 

「本当に逆玉の輿が目的だったの?私の事をそんな風にしか見てくれていなかったの・・・?」

 

 そう呟くとルミアがシスティーナの手を握ってきた

 

「だめだよ、システィ。そんなこと言っちゃ・・・」

 

「でも、あいつ!いつも逆玉、逆玉って・・・」

 

「ちゃんと先生と話そうよ・・・だってシスティ先生が逆玉って言う度に、怒ってばかりで先生の真意に触れようとしなかったじゃない?・・・確かに、今回の先生はふざけすぎてると思う。でも先生は意味のないことはしない・・・それはシスティも分かってるんじゃない?」

 

 システィーナはルミアに言われて気が付いた・・・そうだ・・・嫌だ嫌だと言いつつも2人の男に自分を奪い合う・・・そんな乙女心に少し浮かれていたのかもしれない・・・だから、グレンの真意に気付こうともしなかった・・・

 

「だから、きちんと先生と話そう?・・・私は、システィとグレン先生がいつものようにしてないのは・・・嫌だな・・・いつものように仲良しな方が、私はいい」

 

「・・・フェジテに戻ったら先生と話してみる・・・」

 

「うん、それがいいよ」

 

 そう言って2人とも笑顔になったのだが・・・リィエルが

 

「ルミアも」

 

 と言い出したのだ・・・いきなり言われたルミアは何のことかわからなかった。

 

「ルミアも・・・アレスと話す・・・べき」

 

 まさか、それを言われるとは思ってなかったのか・・・ルミアは困惑と悲しげな表情である。

 

「ルミア無理してる・・・わたしはいつものルミアに戻って欲しい・・・だから、アレスと話すべき」

 

「・・・そう、だね・・・話さないと何も始まらないよね・・・ありがとう、リィエル私も話してみるね」

 

「ん」

 

 そうしてリィエルは満足気な表情で寝て、ルミアとシスティーナは覚悟を決めた表情をしていた。




 いや、もう本当にルミア様が尊い・・・あと11巻の表紙のイヴエロくないっすか?僕はエロいと思います。


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アルスの本音

 アルスの本音だゾ


 グレンは今校舎の屋上にいた・・・グレン自身分かっている。自分がシスティーナ=フィーベルという少女に対してどれほど酷いことをしているのか・・・

 

「・・・ま、これで良かったんだろ・・・な?セラ・・・」

 

「よくないわよ」

 

 独り言だったはずがいつの間にか横にいたシスティーナに言葉を返される

 

「私に悪いと思いながら、あの騒ぎを起こしたのはなぜ?それにセラって誰?」

 

「・・・・・・・」

 

 システィーナの質問にグレンは苦虫を噛み潰したような表情のまま何も話さない・・・

 

「そろそろ話してくれませんか?・・・どうしてレオスに決闘を仕掛けたのか・・・ふざけたことばかり言ってた理由・・・流石に私は知る権利あると思うんですけど・・・」

 

 システィーナがド正論を言ったところで、グレンは話し始めた・・・自分が『正義の魔法使い』に憧れていたこと・・・宮廷魔導師団に引き抜かれたこと・・・セラが好きだったこと・・・セラを殺してしまったこと・・・そしてシスティーナとセラが似ていることを・・・

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃アレスは、見晴らしのいい丘に座っていた・・・

 

「・・・・・・」

 

 ただ無言で夜景を眺めていた・・・すると後ろから足音が聞こえ見てみるとルミアがそこにいた

 

「・・・どうしたの?ティンジェルさんこんな時間にこんな所で・・・」

 

「アレス君に謝りたくて・・・」

 

 そんなことの為に・・・こんな夜遅くまで僕を探していたのか・・・と少し呆れつつ

 

「そっか・・・」

 

「あの時、アレス君を暗殺者と一緒にしてしまってごめんなさい」

 

 いつも以上に真剣な表情で謝ってくれたルミア・・・

 

「謝るのは僕の方だよ・・・」

 

「えっ?」

 

「あの時、デリカシーのない事聞いちゃったから・・・ティンジェルさんだって辛い筈なのに、追い打ちをかけちゃった・・・ごめん」

 

 ルミアは驚いた顔をしていた。恐らく僕が謝るとは思ってなかったんだろう・・・

 

「アレス君・・・私はね、身分を偽ってこの学院に入ったんだ・・・」

 

 ルミアは自分の事を語りだした・・・

 

「私の本当の名前はエルミアナ、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ・・・表向きは流行り病で死んだことになってるけど、王族で異能を持ってるから追放されたの・・・」

 

「・・・そっか・・・」

 

 ルミアの真実に対して驚かない僕

 

「驚かないんだね・・・」

 

「・・・内心、凄く驚いてるよ・・・でも、ティンジェルさんはティンジェルさんだから」

 

「ッ!・・・ありがとう」

 

 そう言って笑ってくれるルミア・・・そうだ・・・僕はこの為に戦ってるんだ・・・

 

「さ、そろそろ帰ろフィーベルさんたちが待ってるんじゃない?」

 

「あ、でも1つ聞かせて欲しいの!」

 

「なにかな?」

 

「アレス君の信念って何かな?」

 

「ッ!?・・・どうして、そんなことを聞くの?」

 

 正直、ルミアから信念という言葉が出てきた時驚いた・・・そうだ・・・思い返せばルミアはいつもそうだった・・・人が隠していることを察知する・・・

 

「グレン先生が言ってたの・・・アレス君には私と同じくらい強い信念があるって・・・」

 

「・・・僕のは信念・・・というか、願い・・・かな・・・」

 

「願い・・・?」

 

「僕はある人を守りたい・・・その為に魔術を習うし、魔術を人殺しの道具として使うことも厭わない・・・」

 

 これは僕の本質・・・

 

「・・・ある人って?」

 

「・・・それは言えない・・・でも、その人は僕にとって1番大切で・・・絶望してた僕を救ってくれた人なんだ・・・」

 

「そっか・・・」

 

 ルミアの顔は悲しげだ・・・これ以上はマズイ・・・ボロを出してしまいそうだ・・・

 

「さて、帰ろっか・・・送っていくよ」

 

「ありがと、でも大丈夫だよ。ここから近いから・・・」

 

 そう言ってルミアは走って行った・・・

 

「・・・ごめん、エルミアナ・・・」

 

 アレスはそう呟いて家に帰って行った・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルミアは家に帰り泣いていた・・・アレスの大切な人・・・それが女性であることはニュアンス的に理解した・・・そしてその女性は凄く魅力的な女性なのだろう・・・ルミアはアレスに好意を持っていた・・・アレスから大切な人がいると言われ途端理解できた。ルミアはアレスに消えて欲しくなかった・・・アルスの様に・・・ルミアが好意を抱いた男性は2人だが・・・2人ともどこかへ行ってしまっていた・・・アルスは5年前に失踪し、アレスには大切な人がおり自分が介入する余地はないだろう・・・でも、これでいい。私のせいでアレス君が巻き込まれるのは嫌だから・・・

 

 

 

 それは、システィーナも同様だった・・・システィーナも家に帰って泣いていた・・・レオスにルミアとリィエルの身分をバラされたくなければ自分と結婚しろと・・・メルガリウスの天空城など諦めてレオスの妻として生きろと・・・でも、これでいい・・・システィーナはレドルフですら解けなかったメルガリウスの天空城の謎を諦めることが・・・できるのだから・・・

 

 

 ルミアもシスティーナも自分を納得させる為の建前を考えたのであった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日・・・クラスが驚愕する事件が3つあった・・・

 

 1つ目は、システィーナのレオスとの結婚

 

 2つ目は、グレンの失踪

 

 3つ目は、アレスの置手紙と謎の置手紙

 

 

 アレスの置手紙には『親の容体が一変したのでイテリアへ戻ります』と書いてあり、差出人不明の置手紙には『《正義》の思惑と《愚者》の怒り・・・《無銘》の本気』という一部の人以外意味の分からないことが書いてあった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方アルスやグレンは

 

 

 

 アルスは図書館で剣や銃・・・ありとあらゆる武器を本で見ていた・・・そう見ることさえできれば複製し貯蔵するから・・・

 

 

 

 

 グレンは闇市に行き《ペネトレイター》を作成する為の部品をなけなしの金を使って買い・・・《ペネトレイター》を作成していた

 

 

 

 

 そうして、3日後・・・結婚式が行われていた・・・




 今回は短めだゾ、理由は単純に課題が多いんや・・・許してください・・・


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アルスの本気

 アルスの本気ゾ・・・わかる人は分かるであろう。

 お気に入り登録300人突破ありがとうございます。


結婚式場の新婦控室では・・・

 

「ねぇ、システィ。いいの?これで本当にこれでいいの?」

 

「いいの。心配しないで、ルミア。私は貴方たちの為なら・・・」

 

 最後の方は聞き取れなかったが、システィーナは今にも泣きそうな顔で無理に笑っている・・・

 

「もうすぐ、式が始まるから参列席に行ってて・・・親友の一生に一度の晴れ舞台を見届けてよ!」

 

 そう言って誤魔化すように言うシスティーナ・・・だが、これはグレン先生が解決するしか方法はない。ルミアはそう考えている・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオスとシスティーナは司祭の言葉と共に結婚式を着々と進めていた・・・

 

「レオス=クライトス・・・その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 レオスは即答した。

 

「システィーナ=フィーベル・・・その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「・・・・誓います」

 

 システィーナは少しの間を空けて答え、司祭が締めの祝詞に入ったその時だった・・・

 

「異議ありッ!」

 

 突如上がった大音声、そんなことすればこの式場にいる全員がそちらを振り向く

 

「レオス!お前ごときに白猫は渡さねえよ!」

 

 そう言ってグレンはシスティーナの方へ煙幕を投げシスティーナをお姫様抱っこしながら

 

「リィエル!ルミアを頼むぞ!」

 

 それだけ言った後グレンの姿はどこにもなかった・・・だが先生の代わりに式場には天使の塵(エンジェル・ダスト)の感染者が続々と現れた。その数は軽く20は超えるだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ・・・あれ・・・」

 

 誰かが絶望に満ちた表情で呟く

 

「とりあえず奥まで下がるぞ!」

 

 カッシュがそう言って皆は下がるが、当然感染者たちも追ってくる。だがそれを食い止めてるのはリィエルだ・・・

 

「《万象に希う・我が腕手に・剛毅なる刃を》」

 

 剣を高速錬成し天使の塵(エンジェル・ダスト)の感染者を殺さず追い払っている・・・だがリィエル一人では皆を守ることができず・・・

 

「ッ!・・・」

 

 リンの方へ向かって飛んで行った感染者だったが・・・その手がリンに触れられることはなかった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスは急いでいた・・・グレンがシスティーナを攫いジャティスと戦うことは視えていた・・・だが、式場に感染者がくることは視えていなかったのだ・・・ルミアに使い魔を放っていたから気付けたのだ。

 

 着いてみれば、リンに感染者が3人程集まっていた・・・

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 投影したのは剣・・・3振りの剣をリンの方へ向かっている感染者に向かって射出し、その剣は感染者の心臓に突き刺さり・・・そのまま壁へと縫い付けられた。

 

 

 

 

 

 

 ルミアは驚いた・・・リンを殺そうとした感染者が壁に縫い付けられているのだから・・・

 

「剣・・・無銘さん!」

 

 剣を見た瞬間に無銘だと思ったのだが・・・煙ごしで見た無銘らしき人物はフードを被っていなかった・・・煙が晴れたと同時にルミアは目を見開き驚愕していた

 

「え・・・でも、だって・・・どうして・・・」

 

 ルミアはただ思ったことを口にしていた・・・なぜなら、そこには5年前に自分の前から去り行方不明となったアルスがいたのだから・・・

 

 

 

 

 

 

 アルスはリンを助けた後、ルミアの方へと向かいルミアの頭に手を置き撫でた・・・

 

「きゃっ!?」

 

「「「「は?」」」

 

 突然撫でられたルミアは悲鳴に似た声を出し、その光景を見た生徒たちは素っ頓狂な声を出した・・・だがアルスにとってそんなのは些事だ。

 

「君は僕が守る・・・」

 

 ルミアにだけ聞こえるような小さな声で言った後アルスはルミアの頭から手を離し感染者たちの方へ歩いて行った・・・

 

 

 

 ルミアは撫でられた後、感染者に向かって歩き出すアルスに対して

 

「ッ!・・・待って!」

 

 そう言いながら手を伸ばすが届かなかった・・・ルミアは、その後ろ姿を追おうとするがリィエルに止められる

 

「ルミア、これ以上はダメ」

 

 リィエルはそう言いながら剣を構えている・・・感染者が壁をジャンプしながら来ていたのだ・・・だがリィエルは動かなくてよかった。壁を伝って来ていた感染者たちはアルスの投影された武器によって撃ち落とされていたから・・・

 

「すげぇ・・・」

 

 誰かが言ったと同時に感染者達が全員走ってこちらに向かってきたのである。だがアルスは冷静な顔で

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 と呪文を唱えると、アルスの上と左右にあらゆる武器が投影されたのである。

 

「――――――全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)

 

 アルスがそう言った途端投影された武器が次々と感染者に向かって射出され・・・戦いはすぐに終わった・・・いや、これは戦いではなく蹂躙だった。アルスの投影は1対多数で有利になれるものだからだ。

 

「まさか、もう終わっていたとはな・・・」

 

「しかし、なんじゃ?このおびただしい量の武器は・・・」

 

「これを一体誰が・・・」

 

 アルスが感染者を片付けた後、帝国宮廷魔導師団特務分室所属の3名が来た

 

 執行官ナンバー17《星》のアルベルト

 

 執行官ナンバー9《隠者》のバーナード

 

 執行官ナンバー5《法皇》のクリストフ

 

 アルスはそのメンバーを見据え・・・

 

「アルベルト・・・生徒たちを頼む、僕はグレンを助けに行かないと」

 

 そう言って駆け出そうとするアルスをアルベルトは止めた

 

「待て、貴様は何者だ?」

 

「・・・無銘・・・訳合って素顔を晒している」

 

「「「ッ!」」」

 

 アルスの簡潔な答えに特務分室メンバーや生徒たちは息を飲んだ・・・無銘の活動期間はおよそ5年間だが今まで一度たりとも姿を晒したことなどなかったのだ・・・そんな奴があっさり素顔を晒したとなれば警戒するのも無理はない。だがアルスは答えた後すぐにどこかへ消えた為、追究することは叶わなかった・・・

 

 

 

 

 

 

 アルスはグレンとシスティーナの状態を知覚していた・・・グレンは動ける状態ではあるものの戦うのは難しい、システィーナはマナ欠乏症で動くことすらできないだろう・・・

 

「ルミアには叶わないな・・・」

 

 そう呟く理由は式場の時ルミアを撫でてしまったことだ・・・アルスはルミア達が襲撃されていると分かった時点でグレン達の救出を諦めていた、グレンとジャティスでは実力差がありアルスがグレンの元へ行くときには既に決着していると思ったからだ・・・だが、ルミアの顔を見て行かないという選択肢が消えた。ルミアの顔は今にも泣きそうだった・・・その泣きそうな顔をやめて欲しくて撫でた・・・だが、その顔も納得はできる。ルミアにとってグレンやシスティーナは大切な人たちなのだ。そしてルミアが求めるのなら僕はそれに応える。

 

「頼むから、間に合ってくれよッ!」

 

 そう言ってアルスは走るスピードを上げた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレンはジャティスの狂言を聞いていた・・・

 

「僕の正義は君の正義を上回った!やはり、僕には禁忌教典(アカシックレコード)を手にする資格がある!」

 

「・・・白猫には手を、出すんじゃねえッ!」

 

「あぁ、その娘の心は折れかけている。それに君からの頼みだ約束しよう」

 

「あんがとよ、地獄へ落ちろ」

 

「あの世で・・・セラによろしく伝えてくれ」

 

 そう言ってジャティスは人工精霊(タルパ)に銃の引き金を引かせようとする為指を鳴らした・・・鳴らしたのだが銃が一向に撃たれない・・・その時、後ろから足音がした・・・ジャティスは後ろを振り返る・・・すると、そこにはが弓を番えた少年がいたのである。

 

「なんだお前は!」

 

 成就の瞬間を邪魔され怒鳴るジャティスだが、少年は冷静に

 

「・・・アルス、アルス=フィデス・・・それとあんたにグレンは殺させねえよ」

 

「お前も僕の成就の邪魔をするのか!」

 

 ジャスティスは怒鳴るが、少年は淡々と話し始めた。

 

「・・・グレンとシスティーナの帰りを待ってる奴らがいるんだ・・・だから殺させるわけにはないかない」

 

 最初は淡々と話していたが、最後は確固たる意志が秘められているのが分かった。ジャティスが疑似霊素粒子(バラエテリオン)粉末(パウダー)で自分を酔わせている最中にアルスは口を開いた

 

「グレン、システィーナを連れて式場へ戻れ。そこにはアルベルト達がいるはずだ」

 

「・・・お前はどうすんだよ・・・」

 

「・・・ま、なんとかするさ・・・」

 

 システィーナはマナ欠乏症のせいで気絶していたのでグレンはお姫様抱っこしてアルスを見据える・・・するとアルスは

 

「・・・ルミアに翌日王宮で待ってるって伝えて貰えると助かる」

 

「は?ッ!」

 

 グレンがその意味を聞く前にアルスは時間差起動(ディレイ・ブースト)しておいた【ゲイル・ブロウ】でグレンを軽く吹き飛ばす。

 

「君が来ることは知らなかった!」

 

 ジャティスは【ユースティアの天秤】という未来予測の固有魔術を編み出しているが、どうやらその予知ではアルスは来なかったらしい

 

「―――――体は剣で出来ている―――――」

 

 アルスは詠唱を開始した、ジャティスは強いからこれ(・・)を使わないといけない

 

「―――――血潮は鉄で、心は硝子―――――」

 

 アルスは想像する・・・そこには2つの未来があった。アルスが死ぬ未来とジャティスを撃退する未来

 

「―――――幾たびの戦場を越えて不敗―――――」

 

 アルスは想像する・・・自分がアルスとしてルミアと魔術学院に通えたならどうなっただろう・・・

 

「―――――たった一度の敗走もなく―――――」

 

 アルスの心はイルシアとシオンを看取ったときのことを思い出していた・・・

 

「―――――たった一度の勝利もなし―――――」

 

 アルス目を閉じると鮮明に思い出す・・・雪の中1人倒れている少女・・・

 

「―――――遺子はまた独り―――――」

 

 アルスの理想はルミアがもう泣かなくてもいい世界・・・

 

「―――――剣の丘で細氷を砕く―――――」

 

 アルスの魔眼はそんな未来は来ないと鮮明に結果を見せてくる・・・

 

「―――――けれど、この生涯はいまだ果てず―――――」

 

 今だから、白状しよう・・・

 

「―――――偽りの体は―――――」

 

 アルスはルミアを・・・

 

「――――それでも―――――」

 

 ルミアを笑わせ喜ばせてくれた・・・そんな2組の生徒が

 

「―――――剣で出来ていた――――!!」

 

 好きだったのだ・・・!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは・・・どこだ・・・」

 

 そこは、ジャティスが今まで戦っていた住宅街ではなく・・・吹雪吹き荒れる闇夜の雪原だった・・・

 

「・・・君はまさか転移魔術が使えるのか!?」

 

 ジャティスはそう聞くが・・・内心分かっているのだろう・・・これは転移魔術などではいことを・・・

 

「・・・転移魔術?これはそんなものじゃない・・・」

 

 アルスはジャティスに真実を教える・・・

 

「空想と現実・・・内と外を入れ替え現実世界を心の在り方で塗りつぶす・・・魔術の最奥・・・固有結界・・・お前にはこの世界がどう見える?無限に剣を内包する世界・・・俺にはこの剣全てが墓標に見えるよ」

 

 アルスは説明し同時に質問もする

 

「有り得ない!お前、自分がなにをしているのか分かっているのか!?・・・疑似霊素粒子(バラエテリオン)粉末(パウダー)も無しに・・・いや、粉末(パウダー)を使ってもできないはずだ!」

 

 ジャティスは驚きと怒りのあまり質問には答えず、この魔術は不可能だと断定するが・・・

 

「だから言った・・・魔術の最奥だと・・・魔法に最も近い魔術・・・そんな代物が誰にでも出来る筈ないだろう・・・」

 

 アルスは答える・・・魔術の到達点でもある固有結界が誰にでもできて筈がないと・・・

 

「ジャティス・・・おしゃべりはもう終わりだ・・・あんたが相手をするのは文字通り無限の剣・・・剣戟の極致だ・・・ッ!」

 

 そう言って剣を抜き走ってくるアルスをジャティスは人工精霊(タルパ)で迎え撃つが・・・この世界に存在する剣が人工精霊(タルパ)に向かってくるので迎え撃とうとしても意味はなく・・・決着は早かった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスが【無限の剣製】を発動した時、フェジテにいる魔術師達は異常なほどに強い世界法則の変動を感じた・・・

 

「「「ッ!」」」

 

 式場で生徒たちを避難誘導していた魔術師であるアルベルトとバーナード、クリストフも感じ手を止めた・・・

 

「・・・僕、こんなに強い魔力の波動は初めてです・・・」

 

「・・・いや、儂も初めてじゃよ・・・」

 

「・・・クリストフ、翁手を休めるな」

 

 アルベルトは一瞬だけ手を休めすぐに避難誘導を再開していた・・・

 

 

 

 

 

 

 当然、グレンも魔力の波動と世界法則の変動を感じ

 

「ッ!・・・こんなに強い魔力の波動とかセリカ並みかよ!」

 

 そんなことを言いつつ式場に向かう足を止めないグレンであった・・・

 

 

 

 

 

 結果から言おう・・・アルスはジャティスを殺さなかった。ジャティスの右腕を一本取った後、魔力切れで固有結界が崩れたのだ。だがジャティスは

 

「君の力に免じて・・・今回は見逃してあげるよ」

 

 そう言って逃げて行き、アルスは

 

「見逃したのは僕の方なんだけどなあ・・・」

 

 この言葉は事実だ、アルスが【無限の剣製】を使い本気をだしていたのなら未来予知をしていた所で意味などない・・・未来予知をしようとも避けれないほど周りに剣を出せばジャティスを殺せていた・・・だが、アルスの心は摩耗しておりあと一回でも人を殺せば確実におかしくなると自覚していたので殺さなかっただけだ・・・

 

 そう言ってアルスはマナ欠乏症ながらも式場の方へ歩いて行ったのだった・・・




 次回、ルミアちゃんとのイチャラブお楽しみに!(多分)


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結婚騒動の後日談

 ほら、みんな大好き後日談だゾ。

あと意外と知らなさそうなので説明しておきます。

 アルス君は、ルミアの従者でスカイブルーの髪を持つイケメンです。

 アレス君はアルス君がバレない為に【セルフ・イリュージョン】で変化した姿で赤髪のいたって普通の男の子だゾ


アルスは結婚式場へと向かっていた。アルベルト達にジャティスは撃退したと伝える為なのだが・・・式場が目の前の所で限界が来てしまった。もう視界も不十分で一歩も動けず倒れてしまった・・・

 

 

 ルミアはグレンが式場へと戻ってすぐに伝言を聞いた

 

「ルミア、青い髪の奴からの伝言だ。『明日王宮で待ってる』だってよ」

 

「ッ!・・・ありがとうございます・・・」

 

 ルミアは青い髪の奴で誰なのか察し、今から王宮に行く準備をする為支度をしようと思い外に出てみれば・・・

 

「アルス君ッ!」

 

 アルスが倒れていたのだ・・・うつ伏せで倒れていたので仰向けにしてあげると、息は荒く顔色も悪かった。

 

「《天使の施しあれ》」

 

 白魔【ライフ・アップ】を唱えると少し顔色が良くなった。それを確認するとルミアはアルスが起きるまで膝枕をしているのだった・・・

 

 

 

 

 

 アルスが目覚めると目の前にはルミアの顔があった・・・

 

「・・・わあ!?」

 

 アルスは素っ頓狂な声を上げすぐに頭をあげようとするが、身体に力が入らず寝たままになっている・・・ルミアはアルスの声を聴いて笑うでもなくただ見つめている。

 

「・・・えっと・・・どうかしましたかね・・・」

 

 アルスは試しにそう聞いてみるが、ルミアは真顔で

 

「・・・分かってるくせに・・・」

 

 第三者の視点から言わせてもらおう・・・この空間は既にルミアとアルス2人だけの空間だ・・・この場にいる全員(システィーナは気絶してる)がルミアとアルスの会話を聞いている

 

「・・・この5年間いっぱいやらかしたから、心当たりがありすぎて逆にわからないや・・・」

 

 少し茶化し気味に答えるアルスだが、ルミアは一向に笑わず・・・逆に泣きかけている

 

「・・・アルス君が、いなくなって・・・私がどんなに悲しんだかわかる!?」

 

 ルミアは泣きながら怒鳴り気味に質問する。今度はアルスが真顔になり

 

「・・・何も言わずにいなくなったのは悪かったと思ってるよ・・・」

 

「なら!どうしていなくなったのか答えてよ!」

 

 アルスはバツが悪そうにルミアを見据え、逆にルミアは泣きながらアルスを見つめている。

 

「・・・それは・・・」

 

「どうして5年前に居なくなって、暗殺者になったのか・・・答えてよ・・・」

 

 アルスはルミアから目を逸らし、ルミアにも勢いが無くなってきた・・・ここまで言えたのは5年間の悲しみや嘆きが溜まっていたからだ。

 

「・・・ルミアには知る権利がある・・・いや、ルミアは知るべき・・・なのかもね・・・」

 

 アルスは独り言のように呟くと、ルミアは顔を上げ泣きながらアルスを見る。

 

「・・・全部を教えるわけにはいかない・・・けど、いなくなった理由は言うよ」

 

「うん、今はそれだけで十分だよ・・・」

 

「まあ、考えれば簡単に想像がつくんだけどね・・・」

 

「え?どういう事?」

 

「僕が失踪した理由、それは僕が異能者だからだよ・・・」

 

 観念したような・・・言いたくなかったようなそんな雰囲気を出しながら答えるアルスにルミアは

 

「どんな・・・異能なの?」

 

 アルスの異能について聞くがアルスは首を横に振る。教えてはくれないという事だ・・・正確には教えてくれないのではなくアルスにも分からないのだ・・・魔眼ということは分かっている。だがどんな魔眼かと聞かれれば回答できなかったからだ。

 

 アルスは身体に力が入るようになったのかルミアの膝枕から頭を上げ、立ち上がる。ルミアも立とうとするが、長時間膝枕をしていた為立ち上がれなかった。アルスはルミアに手を差し出し、ルミアはその手を握り立ち上がりアルスを抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

「「・・・・・・・・」」

 

「ヒュー、嬢ちゃんも中々やるのう」

 

「は?」

 

 突然抱きしめられ変な声を上げるアルス、アルベルトは無言を貫きクリストフは顔を真っ赤にして慌てて目を隠す。バーナードは素直に称賛し、グレンは困惑顔だ。

 

 ルミアはアルスを抱きしめ

 

「アルス君が無事でよかった・・・怖かったの・・・」

 

「・・・・・・・」

 

 それはルミアが胸の内に秘めていた思いだろう・・・

 

「怖かった・・・アルス君が死んじゃったんじゃないかって・・・」

 

「・・・・・・・」

 

「アルス君が無事で・・・本当に、本当に良かったよ・・・」

 

 そう言ってルミアは泣きながらアルスを更に強く抱きしめる・・・アルスもそれに呼応するように抱きしめ・・・

 

「大丈夫・・・僕はここにいる」

 

 そう言って、更にルミアを泣かせたのはここだけの話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、アルスは王宮におり、この場にはアルス、ルミア、ゼーロス、アリシア7世、グレンがいた。

 

「それで?アルス、なにか弁明は?」

 

 アリシアの威圧感がアルスを襲う!

 

「失踪したのは悪かったと思ってます・・・でも、僕は死にたくないので・・・」

 

「・・・異能・・・ですか。では5年前あなたが私に尋ねたことにあなたの異能は関係していますか?」

 

 アリシアはアルベルト達から報告を受けていた・・・アルスが生きていたこと、アルスが異能者であることを・・・

 

「「「5年前・・・?」」」

 

 アルスとアリシア以外は困惑顔だ・・・それもそうだろう、ルミアの異能がバレたのは3年前に対しアルスがルミアの異能に気付いたのは5年前・・・普通に考えて辻褄が合っていないのだ。

 

「答えませんか?あなたが『もしも、エルミアナ王女が異能者ならばどうしますか?』と聞いた質問ですよ」

 

「・・・・・・・」

 

 アルスはあくまで無言を貫く・・・そして、無言であるならばアリシアは追い打ちをする

 

「これは、私の勘ですが。あなたは異能は解析系の異能ではありませんか?」

 

 アルスのポーカーフェイスが崩れる・・・アルスの駆け引きもアリシアが相手では分が悪いようだ・・・

 

「・・・はあ、僕の負けです・・・アリシアさんの言う通り、僕の異能は解析系の『魔眼』ですよ」

 

 アルスはそう言って魔眼を起動し目を見せる。アルスの瞳は七色が万華鏡の如く混同していた。

 

「真実のようだな・・・」

 

 『魔眼』とは起動すれば瞳の色が変わると言われており、その色は能力により様々なのか・・・その人物によって様々なのかは今のことろ不明だ。

 

 アルスは解析系の『魔眼』だと言ったが・・・間違いではない・・・だがこの『魔眼』が解析系だけでないことをアルスは知っている・・・

 

「アルス、5年前あなたが失踪した理由は自分の命を守る為なのですね?」

 

「はい」

 

 アリシアは問う・・・異能者・・・それも『魔眼』保持者が王宮の中にいるとなるとルミアの異能と同じかそれ以上に威信を揺るがしかねない・・・

 

 『魔眼』は普通の異能者よりも迫害が更に酷いのだ。他の異能はあくまで攻撃であったり防御であったり支援であった・・・だが『魔眼』は、臓器に悪魔の力が宿っているとされている為により上位の悪魔の生まれ変わりとして恐れられると同時に迫害されている

 

 

 この会合で決まったのは、アルスはこれからもルミアの護衛を続けることとアルスの新たな戸籍の偽造だ。

 

 

 

 アルスはルミアと共に王宮の庭で散歩をしていた・・・

 

「この庭に来るのも久しぶりだよ・・・」

 

 アルスは懐かしみながら口を開く、ルミアは

 

「5年前となにも変わってないでしょ?アルス君がいつ帰って来てもいいようにそのままにしてたんだよ?」

 

「それは、申し訳ない・・・ところで、ルミア・・・僕になにか話があるんじゃないかい?」

 

 すべてを見透かしたように言うアルスにルミアは

 

「アルス君は、どうして私を助けてくれるの?」

 

 それはルミアの小さい頃・・・アルスがルミアを守る傍付きになった時から疑問に思っていたことだ。

 

「・・・僕は小さい頃魔術の天才と呼ばれていた・・・理由は魔術を碌に習っていない子供が固有魔術を作ってしまったから・・・そのせいかな、皆の見る目は変わっていった・・・皆が見ていたのは僕じゃなくて僕の才能・・・でも君は、君だけは僕を見てくれたから・・・君は自覚していないのかもしれないけど、僕はあの時の君の目に救われた・・・だから、君を守るし助けるよ」

 

 確固たる意志を持つ声でアルスは宣言しルミアの手を握りながら

 

「・・・それに、君は大切な人だからね・・・」

 

「えっ!?」

 

 アルスはそう言って、ルミアは赤面していたのだった・・・




 こんな感じでよろしいですかね・・・それと次回の投稿日は恐らく今週の土曜か日曜になると思います


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タウムの天文神殿編
アルス、タウムの天文神殿へ向かう


 はい、ジャティス=ロウファンの事をジャスティス=ロウファンと勘違いしておりました・・・指摘されるまで全然気づきませんでした・・・誠に申し訳ございません

 お気に入り登録誠にありがとうございます。432名もの方にお気に入り登録して頂いて嬉しい限りです・・・

 これからも『廃棄王女と天才従者』をよろしくお願いします


結婚騒動が終わり、アレスも看病(大嘘)を終わらせて帰ってきた・・・帰ってきたのだ・・・だが、グレンはいきなり

 

「ふっおはよう諸君・・・この遺跡調査に特別にお前らを連れて行きたいと思う」

 

 颯爽と現れ告げるグレンにギイブルが

 

「先生、ご自分の噂知ってますか?魔術研究の定期論文を書いてなかった先生は遺跡調査を行うことで免職(クビ)を逃れようとしてるという噂」

 

「な、ナンノコトカボクニハサパーリ!?・・・どうか、この哀れでゴミくずな俺に力を貸してください、お願いします―――ッ!」

 

 最初は誤魔化そうとしたが無理だと断念したようで鮮やかな土下座をして協力をせびってきたのである。

 

 そう土下座されれば断ることも出来ず

 

・ルミア

 

・リィエル

 

・ギイブル

 

・カッシュ

 

・セシル

 

・テレサ

 

・ウェンディ

 

・リン

 

 と決まっていき・・・

 

「ああ、最後にこいつだけは頭を下げてでも同行を頼みたい奴がいるんだよ」

 

「アレス・・・お前には同行を頼みたい」

 

 そうして、アレスが選ばれたのであった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレス・・・お前には同行を頼みたい」

 

 グレンにそう言われたのだが・・・いやちょっと待って、なんで僕がいかないといけないんですかね・・・

 

「どうして僕が?」

 

 1度理由を聞こう・・・そして断る・・・これがベストだ・・・我ながら完璧すぎて辛い

 

「お前の身体能力と判断力を見込んで前衛として使えるようにしておきたい。正直このクラスでお前ほどの身体能力を持ってる奴はリィエルだけだ、だがリィエル1人に前衛をやらせる訳にもいかないからな」

 

 あ、これ断る選択肢無いパターンだ・・・ルミアにウインクされたからには行こう・・・乗るしかない、このビックウェーブに!

 

「そういう理由なら是非・・・ただ」

 

「ただ?」

 

「遺跡調査終わったら飯の1つでも奢ってくださいね」

 

「ああ・・・まあ気が向いたらな・・・」

 

 そんな感じで適当な会話をしているとルミアが近寄って来て・・・

 

「システィも行かせてあげたいんだけど、どうしたらいいかな?」

 

 耳元で囁いてくれた・・・やばい・・・耳が孕みそう・・・

 

「・・・先生、フィーベルさんって魔導考古学について詳しいと思うんで連れて行ったらどうですか?」

 

 恐らく僕の後ろでルミアが手話(魔術師の必須技能の1つ)をしてくれているのだろう、グレン先生の顔が察した顔になった

 

「は?白猫は連れてくに決まってるだろ・・・むしろ行かなかったら単位落とす」

 

悪顔になっていくグレンとは裏腹にルミアとアレスは微笑みあっていた・・・すると

 

「た、単位を引き合いにだされたら仕方ありませんね!今回だけですからね!?」

 

 顔を赤くしながら言うシスティーナに対しルミアとアレス以外の2組は全員

 

「「「(システィーナってめんどくせえ)」」」

 

 と悲しいことに一致してしまった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じで今はタウムの天文神殿という遺跡に向かうために馬車に乗っている

 

「あらあら?ロイヤルストレートフラッシュがでてきますね」

 

「ふっざけんなああああああああああ!?」

 

 今回の馬車は一階席と二階席があり、一階の方ではグレンやギイブル達がテレサにポーカーでボコボコにされていた。なんとテレサは天性の豪運の持ち主でイカサマをしているグレンを普通に倒している。

 

 二階ではシスティーナが魔術と魔法の違いについて熱弁して皆を困らせていた。アレスも二階席にいるが、角で剣を磨いている・・・何故剣を磨いてるのか、それは結婚騒動の翌日にまで遡る・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、アリシアさん何の用ですか?」

 

 アルスはルミア達が帰った後密かにアリシアに呼ばれていた

 

「あなたにはこれからもエルミアナを守って貰わなければならないので・・・」

 

 そう言って取り出されたのは剣・・・

 

「・・・これは?」

 

「遺跡から発掘された魔法遺物(アーティファクト)です」

 

「は?」

 

 アルスの反応も無理はない、魔法遺物(アーティファクト)とは近代魔術ですら理解の及ばない物であると同時にとても貴重な物だ。そんな物は女王の権限を持っていたとしても簡単には持ち出せない・・・つまり・・・

 

「ゼーロスも賛成でしたよ?」

 

 基本的に魔法遺物(アーティファクト)とは宝物庫に保管されており、そこを警備してるのは王室親衛隊だ。ゼーロスなら誰にも気づかれることなく持ち出せるだろう・・・

 

「不安そうな顔ですね・・・ですが、大丈夫ですよ。この剣には魔術的機能が備わってないのです」

 

「魔術的機能が備わっていない・・・ですか・・・」

 

 魔法遺物(アーティファクト)は基本的に魔術的機能が備わってる、もしくは今の時代では存在しない材料で作られているのだ。だがこの剣は真銀(ミスリル)に金色の着色料を付けた物にしか見えないのである。それにアリシアの言葉を重ねると・・・ただの真銀(ミスリル)の剣になってしまう・・・つまり、魔法遺物(アーティファクト)としては価値が無いという事になる。

 

「・・・分かりました」

 

 正直、アルスの魔術を使えば剣など無限に投影できる・・・だが、折角の御厚意なので貰うことにしたのだ・・・魔眼を使って解析することもなく・・・

 

 グレンに前衛として使える武器を持って来いよ~とか言われていたので丁度よかったのもある。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを思い出しながら、剣を磨き終わると森の中へ入っていたので皆が不審に思い一階席に降りると魔獣がいたのである・・・この魔獣は【シャドウ・ウルフ】という魔獣で、鋭い牙と爪だけでなく『恐怖探知』という能力を持っており、この魔獣を怖がれば怖がるほど襲い掛かってくるのだ。

 

 こういう時リィエルが出て来るはずなのだがどうやら寝ているご様子・・・そして、この馬車にいる中で一番怖がるのはリン・・・魔獣はリンめがけて走ってくるが、リンは腰が抜けて立てない・・・アレスも助けてあげたいがこの距離ではリンを巻き込む可能性があるので迂闊には剣を振れない・・・

 

「・・・ッ!ハッ!」

 

 アレスは自分の左腕に魔獣を噛みつかせ、剣で魔獣を一刺し次の敵を待っていると・・・どうやら御者に化けていたセリカが残りを片付けてくれていた。

 

「ふう・・・」

 

 そうやって安心しているアレスにルミアが慌ててきて

 

「アレス君の左腕早く治療しないと!」

 

 そう言われてアレスは気付いた、自身の左腕からもの凄い量の血が出ていることに・・・ルミアに寝かされ法医呪文(ヒーラースペル)をかけられるアレスをよそに・・・

 

「おい、セリカ!生徒が怪我しちまったじゃねえか!」

 

 セリカを責めるグレンだが、セリカは

 

「い、いや~この辺は魔獣が少なかったからと油断してだな~・・・すまん・・・」

 

 誤魔化そうとするがグレンの真剣な目を見て素直に謝るセリカ

 

「おい、アレス大丈夫か?」

 

 グレンはセリカの謝罪を聞いた後寝かされているアレスに向かって聞く

 

「貧血なだけだから大丈夫だと思います・・・」

 

 力のない声で言うアレスだが・・・グレンが言葉を返す前に寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔獣騒動も終わり結構な時間が経ち、タウムの天文神殿に着いた。するとグレンが

 

「遺跡調査は明日からな、今日はここで野営だ。男共は天幕(テント)張れ。リンとテレサは夕食の準備。セリカは、念のため守護結界の敷設を頼む。白猫とウィンディはセリカの補佐・・・んでルミアは馬とあいつ(アレス)の世話、リィエルはこの付近に魔獣がいないかの警戒といたら倒せ・・・んで俺は寝る」

 

 リーダーシップを発揮するが、当の本人は寝ようとしており・・・システィーナが

 

「《アンタも・何か・働きなさいよ》―――――――ッ!?」

 

「ぎゃあああああああああああああああああ――――――――ッ!?」

 

 システィーナの即興改変された【ゲイル・ブロウ】がグレンを襲う・・・なんてこともあったりしたのであった・・・




 アリシアさんに剣を貰わないとこの物語でアレス君死んじゃうから・・・剣貰ったのは許して


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アルスと異形の少女

 前書きはなしで!


アレスはみんながご飯を食べる直前で起きてきた

 

「お、起きてきたな…チッ」

 

 グレンは起きてきたことに安心すると同時に舌打ちをする。理由は単純アレスの飯を食べようとしていたからだ。 

 

「迷惑かけてすいません」

 

 そう言いながらシチューを右手で受け取る

 

「ティンジェルさん包帯ありがとね」

 

 アレスはルミアの隣に座りながらお礼を述べる。

 

「どういたしまして」

 

 ルミアは微笑みながら簡潔に答える。

 

「――――熱ッ!」

 

 この野営地ではテーブルも無い為必然的に手で持って食べるのだが、アレスは左腕を怪我しているので持ち続けることも厳しいようでシチューが垂れてしまったのである。

 

 何度か試してみるが上手く食べれる方法が見つからなかった為アレスは皿を地面に置きスプーンですくって食べようとすると

 

「アレス君、行儀が悪いよ」

 

 ルミアに窘められたのだ。

 

 だが、アレスにも言い分はある。正直持ったまま食べると左腕が怪我のだけでなく火傷にもなってしまうのだ。

 

「いや、でもこうしないと食べれないから…」

 

 アレスの言い分にルミアは納得した表情をした後、アレスのシチューを取った

 

「え!?ちょっ―――――ッ!?」

 

 アレスが『返して』と言おうとしたらシチューを口の中に突っ込まれたのだ

 

「これなら食べれるでしょ?」

 

 ルミアは少し赤面しつつ微笑みながら言った

 

「―――――あ、ありがとう……」

 

 アレスも少し絶句した後、恥ずかしいのか顔を少し赤くしながらシチューを頬張っていたのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今はアレス達は遺跡の中で狂霊と戦っていた

 

「フッ……ハッ……ッ!」

 

 アレスは前からリィエルは後ろから来る狂霊を相手に魔力を付呪(エンチャント)した剣で戦っているのだが、結構大勢で押し寄せてくるのでアレスが前をリィエルが後ろを倒しつつシスティーナやギイブルなどの後衛が黒魔【マジック・バレット】で援護するという形になっている

 

「アレス!お前はリィエルの援護に行ってやれ!」

 

 グレンはアレスに対して指示するが、アレスは耳を貸さずずっとそこで構えながら待っている。アレスは魔眼を起動し狂霊がさっきよりも大量に来ていることを視ていたが、グレン達からはアレスの後ろ姿しか分からない為に何故剣を構えているのか分からなかった。

 

「おい!アレス……ッ!?」

 

 グレンはもう一回言おうとしたが前からくる夥しい量の狂霊を見て息を飲んだが、セリカが

 

「アレス!下がれ!」

 

 アレスはその指示に従い下がると、セリカが指を鳴らす―――――――すると、セリカの周囲に【マジック・バレット】が展開されており一瞬で終わってしまったのである。

 

「す、すげえ……」

 

「さ、参考にもならねえ……」

 

「つくづく、規格外だわ……この人……」

 

 そんな感じの戦闘や会話を少ししているとナビゲートを務めているルミアが

 

「そこを左に行くと調査対象の第一祭儀場があるはずです」

 

 と報告をしてくれたので

 

「ま、何もねーとは思うが……一応俺が先に安全を確保してくる。お前らはここで待ってろ……っとアレスは付いて来い、今回はお前の訓練も兼ねてるんだからな」

 

 そう言われ、グレンと一緒に第一祭儀場へと入ろうとするアレスだったが

 

「あ、あの……お気をつけて…」

 

 妙に心配してくるルミアにグレンは力強く頷きアレスは

 

「うん」

 

 と、一言だけ言って行ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一祭儀場へ足を踏み入れたアレス達だったが、そこには異形の少女がいた。

 

「……久しぶりね、グレン……」

 

 そう言ってくる少女にアレスは

 

「グレン先生の知り合いですか?」

 

 と聞くがグレンは冷や汗をかきながら

 

「んなわけねえだろ!?こんなところに知り合いなんぞいるか!?」

 

 と全力否定してきた。すると少女は

 

「……いえ、この場合は初めまして(・・・・・)……と言うべきかしら……」

 

 と言ってきたのだが、グレンは少女が言い終わった瞬間銃を構え撃とうとするがその少女はいなかったのである。

 

「はぁー……はぁー……馬鹿な……」

 

「おーい、グレン。どうしたー?何かあったのかー?」

 

 そう言って近づいてくるセリカにグレンはひそひそ話で、さっき起こったことをありのまま話した。だがセリカは探知系の魔術を使っており、この部屋には誰もいなかったとグレンを一瞥する。しかし、グレンはアレスの存在を思い出したのである。アレスもグレンと同じように少女を見たのだ

 

「おい、アレスからもなんとか言ってや……れ……どこ行った?」

 

 アレスに証言して貰おうと思ったのだがアレスがいなくなっていた。グレンの顔が更に青ざめていくがセリカが

 

「グレン、アレスならそこにいるぞ……」

 

 呆れながら指を指す方を見ると、アレスはどうやら少女の事を気にも留めず探索していた。グレンは

 

「よしお前ら!早速この部屋を調査するぞ!」

 

 そんな感じで調査を進めていったのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遺跡の調査開始から2日が経った日の夜、アレスは誰にも言わず1人で遺跡の第一祭儀場へ向かっていた。

 

「出てきてよ、居るんでしょ?」

 

 アレスはそう言って誰もいない筈の壁を見つめていると

 

「どうして私の居場所が分かったの?」

 

 異形の少女が現れアレスに聞く

 

「僕には魔眼があって……ね……ッ!?」

 

 アレスの顔が青くなるのと同時に頭を押さえながら座り込んだ。理由は魔眼によって少女の情報が頭の中に入り込んでくるのだが、その情報量が多すぎてアレスの頭に入りきらないのだ。

 

「私を解析しようと思っても……ッ!?あなたのその目……」

 

 今度は少女は驚きながらアレスの目について言ってきた

 

「この…目がなに…?」

 

 アレスは頭を押さえながら少女に問う、少女は納得したように

 

「あなたのその目、私に使わない方がいいわよ」

 

 それだけ言ってアレスの前から去って行ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遺跡の調査開始から3日経過した

 

 調査自体は順調なのだが、遺跡調査の原因になった論文では『時空間転移魔術』という魔術を制御する為の中枢があるはずなのだが見つかる気配すらない。

 

 そのことに参ったのかグレンシチューを受け取りながら呟く

 

「確かに『時空間転移魔術』は夢のある話だと思うが……流石になあ……」

 

 システィーナは、グレンが発した言葉を受けシチューを奪いお盆ごとルミアに渡し

 

「こら!何を気の抜けたことを言ってるんですか!?」

 

 そう言ってるとルミアは

 

「え……あっ……リィエル!?それはシスティと先生の分だよ―――ッ!?」

 

 リィエルはルミアが言っている言葉に耳を貸さず食べようとするがアレスに止められた。

 

「あっ……」

 

 物欲しげな声で言うリィエルにアレスは

 

「僕のをあげるから、これで我慢して」

 

 そう言って、一口も手を付けていないご飯をリィエルにあげるアレスだがルミア達はアレスを心配していた。アレスは今朝からあまり食べず、食事のほとんどをリィエルにあげていた。

 

「おい、アレスお前食べないと倒れるぞ?」

 

 グレンは心配そうに言うがアレスは

 

「食欲がないもんで……風呂貰います」

 

 力なく笑いながら、グレンに返しお風呂場へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレスが風呂場に着き湯船に浸かりしばらくすると

 

「ふぅ……名無し(ナムルス)……ね……」

 

 そんなことを呟いていた。名無し(ナムルス)とは、あの少女を魔眼で視た時一番最初に入ってきた情報だ。というより、アレスは魔眼を起動した際に莫大な情報に頭が付いていけなかった為少女の名前しか情報を受け取れなかったのだ。

 

「しばらく、魔眼は控えた方がいいよね……」

 

 アレスはそう呟くと、風呂場のドアが開き誰かが入ってきたのだ。

 

「グレン先生かな……?」

 

 アレスは普通にグレンだと思ったのだが、足音が軽いのである。まるで女の子のように・・・アレスはその足音の主を見る為に岩陰から覗いてみると、目の前にタオルを巻いたルミアが居たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレスが風呂場へ言った後、グレンはルミアとシスティーナそれにセリカとリィエルを天幕(テント)へ呼び音声遮断の魔術を起動して話し出す

 

「今朝からアレスの様子がおかしい訳なんだが……どうしたもんかねえ……」

 

 グレンは一応ここにいるメンバー以外の全員にそれとなく聞いてみたものの、アレスがおかしくなるようなことは何もなかった。そして最後の可能性として残ってるのがこの5人である。

 

 リィエルは理解していない模様

 

「でも、昨日のご飯の時は普通だったし」

 

 システィーナも心当たりがない。

 

「ん~魔獣の事なら初日だしな~」

 

 セリカも心当たりがない。

 

「だよなあ」

 

 グレンも心当たりがないようだ。

 

「………」

 

 リィエルは何も分かっておらず

 

 ルミアは悲しげな表情のまま喋らない。すると、グレンが爆弾発言をしてきた

 

「ルミアはアレスの事が好きなのか?」

 

「「は?」」

 

 システィーナとセリカが困惑するのも無理はない。こんな状況で好きかどうかなんて普通は聞かないからだ。

 

「えっと……」

 

 ルミアは赤面しながら答えるか迷っている

 

「これは俺の勘だが、アレス(あいつ)ルミア(お前)のこと好きだぞ?」

 

「「「え?」」」

 

 リィエル以外の全員が驚いた。アレスの学院での立ち位置はルミアに似ているのだ。誰とでも仲良くするが、どうしても最後の一線が越えられないのである

 

 グレンは先程ルミアに『ルミアはアレスの事が好きなのか?』と聞いたがグレンはその答えを知っている。ルミアは誰にでも仲良く、そして優しくするが食事の際アレスにやったことは誰にでもはやらないと確信している。

 

「多分アレスを元の調子に戻せるのはルミアだけだ」

 

「私、だけが……」

 

 ルミアが赤面しながらも覚悟を決め始め、グレンは追い打ちをかける

 

「アレスの身体能力はリィエル並みだ、今のうちに鍛えておけばいざという時に使える」

 

 正直、追い打ちになってるかは微妙なところだがルミアは覚悟を決めて

 

「私、アレス君と2人きりで話してきます」

 

 そう言って天幕(テント)から出ていきルミアは着替えを持ってお風呂場へ行っていた。ルミア自身恥ずかしいが、アレスと2人きりで話すにはここしか無いのだ。

 

 

 その後、ルミアとアレスはお風呂場で2人きりという展開へ発展していくのであった・・・




 アレス君が羨ましすぎて辛いンゴ


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アルスの心とルミアの癒し

 アルス君の摩耗した心をルミア様が全力で癒しに行きます。あ、この回ではアルス君ってバレないですからね!?


アレスは今風呂場でルミアとお互いに背を預けていた

 

「あのさ、なんでこんなことしてきたの?」

 

 アレスは思ったことを口にする。

 

「だって、こうでもしないとアレス君逃げちゃうでしょ?」

 

 ルミアが言ったことは事実だ。アレスはルミアが2人きりになろうとした所でカッシュ辺りを使って逃げる、だがこの風呂場ではカッシュはいないし呼んだところでアレスが殺されるのは必至・・・ルミアの方が一枚上手だったのだ

 

「それで?風呂場に突撃してきてまで何の用?」

 

「アレス君はさ、なんでそんなに一人で抱え込むの?」

 

「ッ!?」

 

 アレスが驚くのも無理はない。アレスの時だけじゃない、アルスの時も無銘の時も一貫して悩みを打ち明けない―――――――それがアレスだからだ。それ以前にアレスは自分に悩みがあることを決して他人に悟らせない程に隠し方が上手い筈なのにルミアはそれを看破してきたのである。

 

「アレス君がどんな悩みを持っていて、どうしてその悩みを1人で抱え込むのかは私にはわからない……でも抱え込み続けるのは辛いことを私は知ってる、だから相談してほしい」

 

 ルミアのこの言葉は経験談なのだろう。アレスはそれを理解してなお

 

 突き放す。アレスはルミアをとことん突き放す。

 

「ティンジェルさんじゃ僕の悩みを理解できないからいいよ」

 

 そもそも、アルスがアレスとして学院生を演じている理由はルミアの護衛を素早く出来るだけでなくルミアという人間を知る為でもある。そしてアレスなりの答えとしてはルミアは押せないタイプの人間だ。『アレスがルミアを拒絶すればルミアは追究することはない』と、アレスは予想していたのだ

 

 結果から言うとその予想は外れた

 

「手、放してよ」

 

 拒絶し、風呂から上がろうとしたアレスをルミアは手を痛いほどに握りながら止める

 

「まだ、話は終わってないよ」

 

 ルミアの目は真剣であり、何物にも負けない覚悟がそこにはあった。

 

「ッ!?する話なんてない」

 

 ルミアの予想外の反応にアレスは驚きながら答える。これこそがルミアの狙いだと知らずに

 

「やっと、素が出てきたね」

 

「ッ!?」

 

 アレスは子供のころからいつも自分を律し制してきた。アレスはいつも自分を下にしてきたのだ、それこそルミア以上に

 

「それだけじゃない、さっきの言葉アレス君は私を遠ざけようとしてるけどそれは私の為なんだよね」

 

「な!?」

 

 ルミアに見抜かれたアレスは更に驚かされる

 

「アレス君はいつも自分より他人を守ろうとする。リンの時もそして今も」

 

 ルミアが言ってるのはリンを魔獣から守ったときのことだろう

 

「そ、それは…」

 

「さっきも言ったけど、アレス君が悩んでるものは私にはわからないよ、でもアレス君の背負ってるもの半分でも少しでもいい一緒に背負わせてよ…」

 

 ルミアは覚悟を決めた目をしているが同時に悲しげな表情でもある。だが、アレスはルミアを一切見ない。今ルミアの顔を見てしまえば拒絶していることが無駄になってしまうからだ。

 

「……」

 

 アレスは無言を貫く、これ以上は話さないという意思だろう。だがルミアには最終奥義があった

 

「ッ!?」

 

 ルミアはアレスの背中越しに抱き着いたのだ。

 

「アレス君…」

 

「るっルミア!?」

 

「…ごめんね、こんなに傷ついてるのに気づけなくて…」

 

「…」

 

 アレスは無言を貫いているが内心は心が揺らいでいた

 

「私ね、アレス君のこ…と…が…」

 

 その続きは言われなかった。ルミアがのぼせてしまったのだ

 

「…確かに、ルミアに背負ってもらえたならどんなに楽だっただろ…」

 

 そう呟きルミアにタオルを被せてお姫様抱っこしながらグレンの所へ向かう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 システィーナ達は

 

「ルミア遅いわね」

 

 システィーナがそう呟くとルミアは裸にタオルを巻かれている状態でアレスに運ばれてきた。

 

「ルミア!?ルミアになにしたのよ!?」

 

「のぼせただけだよ……グレン先生少しいいですか?」

 

 システィーナに答えた後有無を言わせぬ威圧感でグレンと2人きりになるアレス

 

「どうして、ティンジェルさんにあんな入れ知恵をしたんですか?」

 

 アレスは少し威圧感を放ちながらグレンに問うグレンは飄々としながら答える

 

「お前、ルミアのこと好きだろ?教師として後押ししてやっただけだ」

 

 グレンは答えるがアレスはグレンを睨み続ける。するとグレンが降参という風に口を開けた

 

「ルミアはとある事情で狙われ続けている。こういう言い方しちゃなんだが、いつ死ぬかも分かんねえんだ。」

 

「ティンジェルさんから聞きました。エルミアナ王女なんでしょ?」

 

「知ってたのか……あと、付け加えて言っとくが俺はルミアに入れ知恵なんてしてねえからな?」

 

「全てティンジェルさんの意思だと?」

 

「そうだ、そしてお前はそこまでしたルミアに答える義務がある」

 

 グレンの言葉にアレスは覚悟を決めた表情をし

 

「少し、1人にさせてください」

 

 そう言って去るアレスにグレンは

 

「信念が強すぎるのも意外と厄介だな…めんどくせえ」

 

 と呟いてシスティーナ達の方へ戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中へ行き1人になったアレスは

 

「…ルミアの気持ちに答える…か…」

 

 ロケットを握り締めながら呟いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ルミアは結局アレスに自分の気持ちを伝えられなかったが、アレスがいつも通りに戻っていたことにルミア達は微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遺跡調査6日目なのだが、ここで事件が起きた。システィーナが天象儀(プラネタリウム)を弄ると謎の扉が現れ、セリカがその扉へ入ると扉が消えてしまったのだ。

 

 その日の夜グレンは1人でセリカを救出しに行こうとするが、カッシュ達に諭され

 

・グレン

 

・ルミア

 

・システィーナ

 

・リィエル

 

 でセリカを救出に行くことにし、天象儀場(プラネタリウム)に行くと1人佇むアレスがいた。

 

「アルフォネア教授を助けに行くんですか?」

 

 そう聞くアレスにグレンが一歩前に出て

 

「ああ、お前は天幕(テント)に戻れ」

 

 アレスに指示するが、アレスは聞かず立ち止まっている。グレンとしてはセリカが心配なので苛立ち始めるが止めたのは意外にもリィエルだった

 

「アレスも来て」

 

 リィエルのこの言葉に、アレス以外の全員が目を見開く

 

「おーけー」

 

 アレスは答えると、天象儀(プラネタリウム)に何かしたのだろう。謎の扉が出現したのだ。

 

「「「な!?」」」

 

 グレンはシスティーナ達に聞いていた、この、謎の扉はルミアの異能の恩恵が無ければセリカですら起動できない筈なのだ。なのにアレスは今起動させた、まるで知っていたかのように・・・何故という疑問が湧いてくるが

 

「そんなことよりアルフォネア教授が優先でしょ?」

 

 と、アレスに叱責されたことによって本来の目的を思い出し結局5人で謎の扉へ入っていく。

 

 

 その場所はアルザーノ帝国魔術学院地下にある古代遺跡の89階層だった。




アレス君少し癒されましたね。素晴らしく羨ましい限りでございます


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アレスの告白と死闘

 お気に入り登録477名誠にありがとうございます。それと感想や応援も励みになっております。

 では、どうぞ


アレス達が着いたのはアルザーノ帝国魔術学院地下にある古代遺跡の89階だが

 

「憎イ!憎イ!憎イィィィィィィィィィ──────ッ!?」

 

 そう叫びながら現れたのは、左腕が無く昔に死んでいる筈の女性だった。

 

 その女性の髪にグレンは首を絞められ、リィエルは壁から生えた無数の手によって押さえ付けられていた。

 

「先生ッ!?リィエルッ!?《光在れ・穢れを祓い──》」

 

 システィーナは祓魔の浄化呪文を唱えようとするが、システィーナの足元には無数のミイラの手がありシスティーナは捕まれる

 

「キャアアアアアアアアアアア──────ッ!?」

 

 死者に捕まれるという生理的嫌悪感がシスティーナの呪文を中断してしまった。だが

 

「《光在れ・穢れを祓い給え・清め給え》」

 

 ルミアが白魔【ピュアリファイ・ライト】を唱えると

 

「《送り火よ・彼等を黄泉に導け・その旅路を照らし賜え》」

 

 今度はアレスが剣でミイラ達を倒しながら白魔【セイント・ファイア】を完成させ、グレン達に巻き付いてるミイラ達を浄化させた。

 

「白魔【セイント・ファイア】…アレス、お前高位司祭が使えるような高等浄化魔術使えたのか」

 

「……」

 

 アレスは答えず歩き始める

 

 その後、何度かミイラ達と戦っているとグレン達はセリカを見つけた。

 

 グレンとセリカが話していると、セリカはグレン達の予想の付かないことを言った

 

「ここはな、アルザーノ帝国魔術学院の地下迷宮なんだよ!」

 

「「「は?」」」

 

 アレスとリィエル以外が驚きの声をあげる。それはそうだろう、何故なら先ほどまでグレン達がいたのはタウムの天文神殿だったはずだ。それが、アルザーノ帝国魔術学院の地下迷宮に繋がっているのだから。因みにアレスは魔眼でこの未来を予知できており、リィエルは首をかしげている。

 

 その後、セリカはこのまま進み続けると言って聞かずグレン達を置いて走りながら次の階層に続くであろう門に【イクスティンクション・レイ】を放つが、迷宮には霊素皮膜処理(エテリオ・コーティング)という古代魔術(エインシャント)が施されているため魔術的にも物理的にも破壊は不可能である。正確に言うのならアルスは霊素皮膜処理(エテリオ・コーティング)を消し去ることができるのだがしない。何故ならこの門から異常な雰囲気が出ているからだ。

 

 アレスが冷や汗を流していると、ルミアが

 

「アレス君大丈夫?顔色が悪いよ?」

 

 心配してくれている、アレスは

 

「なにか、来る」

 

 そう呟くと全員が門を見る。すると

 

『愚者や門番がこの門、潜る事、能わず。地の民と天人のみが能う──────汝等に資格なし』

 

 と言って現れたのは緋色のローブに全身を包んでいる謎の存在であった。

 

「ひ……ッ!?」

 

「先生ッ!あの人ッ!……」

 

 システィーナや胆力のあるルミアでさえ青ざめた顔をしていた。リィエルは警戒心むき出しで剣を構えているが、剣先が僅かに震えている。

 

 だが、この状況でセリカは

 

「やっと、話が分かりそうなやつが来たな。おい、そこのお前。この門の開け方を知ってるか?知ってるなら教えろ。じゃないと消し飛ばすぞ」

 

 セリカの冗談にも取れない発言を聞き魔人はセリカを認識する。認識した瞬間雰囲気が緩まり

 

『おお!ついに戻られたか(セリカ)よ!我が主に相応しき御方よ』

 

「は?」

 

 予想外の発言に呆気にとられるセリカ

 

『だが、かつての貴女からは想像もつかない程のその凋落ぶり……今の貴女に、この門を潜る資格なし……故に、お引き取り願おう……」

 

 まるで、セリカという人物を全て知ってるかのようなその口ぶりにセリカは

 

「お前!私の事を知ってるのか!?」

 

 期待するが、魔人は興味を失ったかのように

 

『去れ。今の汝に、用無し』

 

 言葉を返すとアレス達に向かって剣を突き出し

 

『愚者の民よ。この聖域に足を踏み入れて、生きて帰れるとは思わぬ事だ……汝等は只、我が双刀の錆と為れ。亡者と化し、この《嘆きの塔》を永久に彷徨うがいい』

 

 明確なる敵意と殺気がアレス達に襲い掛かるが、セリカは無視されたことに苛立ち

 

「《くたばれ》」

 

 即興改変された黒魔【プロミネンス・ピラー】だが、魔人は左手に持つ魔刀がセリカの魔術を切り裂き、かき消したのだ。

 

『まるで、児戯』

 

『そのような愚者の牙に頼むとは────なんという惰弱。汝が誇る王者の剣はどうした?かつての汝は既に死んだか?』

 

 魔術を知らない人から見れば、ただ魔術を打ち消した。それだけだ、だが魔術師の場合は全然違う。セリカが扱った黒魔【プロミネンス・ピラー】だが、この魔術はB級の軍用魔術であり【トライバニッシュ】で打ち消せる魔術とはC級までなのである。つまり、この魔人は近代魔術(モダン)では理解不能なことをやってのけたのだ。

 

 セリカは遠距離での戦いをやめ、真銀(ミスリル)の剣を抜く、すると魔人は

 

『借り物の技と剣で粋がるか……恥を知れ』

 

 だが、セリカは怒りで頭がいっぱいなのか真銀(ミスリル)の剣を使い魔人を倒そうとするが魔人は左手に持つ魔刀受け止めた。一見すると何の変化もない、だがセリカだけは感じ取っていた

 

「な……んで、私の術が解呪されて……お前!なにをした!」

 

『我が左の赤き魔刀・魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)……そのような小賢しい児戯は我に通じぬ……」

 

 魔人は続けて

 

『我は、その剣の真なる主に敬意を表する。今の一合で理解した。その剣の主は……今は亡き、見知らぬ愚者の子よ……人の身で、よくぞその領域まで練り上げた……』

 

 セリカ達が絶句している中魔人は更に続ける

 

『天位の御座にある我といえど、その剣に宿る技には畏敬を抱かずには居られぬ…其が故に、その冒涜が許せぬ、(セリカ)よ……ッ!汝はどこまで堕ちた?我は汝に対する失望と憤怒を押さえきれぬ……ッ!」

 

 怒りの雰囲気を出す魔人にセリカは【プラズマ・カノン】を唱えるが

 

『やはり、児戯』

 

 そう言って魔人はセリカの後ろへ回り右手の魔刀を掠る。次の瞬間セリカの全身から魂が抜け落ちるような感覚が襲った

 

『……我が右の魔刀・魂喰らい(ソ・ルート)……我が刃に触れた貴様はもう終わりだ……今の汝に我が主たる資格なし……神妙に逝ね』

 

「……いや……だ……死にたく……ない……ッ!?」

 

 セリカは力を込めて言うが、魔人は右手に持つ魔刀でセリカの首を斬ろうとするが・・・

 

『ぬ───ッ!?」

 

 魔人の持つ魔刀とセリカの首の間に黄金の剣があり、斬ろうにも斬れないのだ。

 

『次は汝────ッ!?」

 

 魔人が何かを言おうとしたタイミングで魔人の首から上が斬られたのだ。アレスは魔人の首を斬った後、すぐにセリカを抱えグレンに渡す。帰ろうとするグレンだったが、先ほどの敵意と殺意がグレン達を襲った。

 

『見事なりッ!我を殺した汝の剣……我は畏怖を抱かずにはいられぬ』

 

 自分が一度殺されたというのに歓喜に満ちている魔人にアレスは無表情のまま見据える。

 

「グレン先生、アルフォネア教授を連れて逃げれます?」

 

 アレスは少し笑いながら、グレンに問う。

 

「なッ!?お前1人で残る気かよ!」

 

「それしかないでしょう。この状況で殿を務められるのは僕だけなんですから」

 

 グレンの言葉に『何を当たり前のことを』と言いたげな顔で答えるアレス。

 

「アレス君ッ!?」

 

 そんなアレスに悲鳴に似た声をあげるルミア

 

「……グレン先生、ティンジェルさん達を連れて行ってください」

 

 アレスはルミアを無視して葛藤するグレンに告げる

 

「皆で死ぬか、1人を残して他の皆をを救うか……先生ならどっちがいいか言わずとも分かるでしょう?」

 

 アレスは懇願の目でグレンを見ていた。その目を見てグレンも覚悟を決めた。

 

「───ッ!?分かった……だが、お前も生きて帰って来いよ」

 

 そう言ってグレンは、セリカを抱きかかえシスティーナはルミアがアレスの所へ行かないように身体強化を施し手を握っている。

 

 そうして、グレン達が走ろうとしたタイミングを見計らったアレスはルミアに

 

「……好きだよ……エルミアナ……」

 

 と、告白したのであった。




 アレス君、告白しちゃいましたね~甘々すぎてブラックコーヒーが進む進む。因みに最後のセリフは、リゼロの最終回のセリフをパk・・・ゲフンゲフン、リスペクトさせていただきました。


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アルスvs魔人

 


「……好きだよ……エルミアナ……」

 

 アレスがそう言うとルミアは振り返りながら泣いていた。だが、アレスにルミアを見る余裕はない。アレスが相手をするのは魔術を消す刀と掠っただけで動けなくなる刀を持ち身体能力がリィエル以上という最強最悪の相手である。

 

 魔人の持つ刀は魔術によってその能力を受けている訳ではなく、その剣に付いている特性なので破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)でも無効化ができない。そうなると必然的にアレスの戦い方は元々持っていた剣とセリカが落とした真銀(ミスリル)の剣の二刀流だ。

 

 アレスと魔人は身体能力も剣技もそれほど差がある訳ではない、だがアレスには魔人にあるような戦闘経験が圧倒的に足りないのである。だからこそ、アレスは戦うだけでなく何かを使ってでも時間を稼がなければならなかった。

 

「待っていてくれてありがとう」

 

『構わぬ……汝を殺した後に、あの者達も殺すのだから』

 

 時間稼ぎをされていると分かっていて応じる魔人、だがアレスの予想外の一言に魔人雰の囲気が一変する

 

「流石は『魔煌刃将アール=カーン』……器がお広いようで」

 

 『魔煌刃将アール=カーン』とは、魔導考古学者であると同時に童話作家であるロラン=エルトリアの代表作『メルガリウスの魔法使い』という絵本に出てくる主人公の敵だ。

 

 特徴として『魔煌刃将アール=カーン』は、邪神が課した十三の試練を乗り越えることで手に入れた十三の命と二振りの魔刀である。だが、冒険の中で七個の命を失っているので残りは六つ。そして先ほどアレスが首を落としたので残りは五つだ。

 

『ほう?我が名を知っているとはな……』

 

 名前を看破したアレスに魔人は感嘆の声を漏らす

 

「あんたの事は大体知ってるよ。その二振りの魔刀……それは『夜天の乙女』から授かった物で、右手に魂喰らい(ソ・ルート)左手に魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)を持たなければ効果は発動しない……そうでしょ?」

 

 アレスは『カーン・サイクル』と呼ばれる叙事詩を思い出しながら魔人に問う

 

『我が魔刀を知っているとは驚いた……しかし……』

 

 魔人が続けようとしたタイミングでアレスは再度問う

 

「それだけじゃない、あんたの命……残り五つだろ?それなら僕だけでも何とかできそうだしね」

 

 少し笑みを浮かべるアレスに魔人は濃密な死の気配を出しながらアレスを睨む

 

『良いだろう。我が真なる主すら知らぬ秘中を、汝がいかに知ったかは与り知らぬが……精々足掻け、愚者の民よ。汝の力の全てを以て、我を、見事五度殺してみせよ』

 

「……フッ」

 

『何がおかしい?』

 

 アレスが突然笑い出したことに疑問を抱く魔人

 

「いや、なに『魔将星』の御方にそんなことを言われるとは思ってなくてね……」

 

 アレスは皮肉気にそう言って魔人の元へ走り出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まってッ!止まってよシスティッ!」

 

 何度かも分からないルミアの叫びにシスティーナは心を痛めながら走り続ける。

 

 そして数分走るとグレンは走るのを止めセリカを降ろす。よく見るとセリカは目を少しだけ開けていた。

 

「私はエーテル体を著しく喰われてしまった……みたいだ……」

 

 セリカは自嘲気味に続ける

 

「グレン……あの魔人はどうした?」

 

 セリカの一言で場が凍る。するとセリカは周りを見回し

 

「1人足りない……か……」

 

 これだけで理解したセリカにルミアが泣き出す

 

「アレス……君……どうして……いつも一人で決めて……うぅ……」

 

 大粒の涙を零しながら、アレスの名を呼ぶルミアを慰められる者はこの中にはいない。

 

『いつまでも泣いてどうするの?』

 

 そう言って現れたのは名無し(ナムルス)

 

「「「な!?」」」

 

 その名無し(ナムルス)にルミア以外は驚き、ルミアは名無し(ナムルス)を見上げていた。

 

『彼はあなた達に生きて欲しいから逃がしたのよ……その意思を無駄にする気?』

 

 淡々と真実を告げる名無し(ナムルス)にルミアが

 

「貴女にアレス君の何が分かるっていうんですかッ!」

 

『少なくとも貴女よりは知ってるわよ……直接聞いたもの』

 

「え……?」

 

 それは、アレスがルミアに隠していたものであり、ルミアがアレスの意思を尊重し聞かなかったものでもある。

 

 何故名無し(ナムルス)という異形の少女がアレスを知っているのか、それはグレン達がセリカを助けに行くか話している最中の出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名無し(ナムルス)……少し頼みがある」

 

 アレスは何もない壁に向かって話しかける。

 

「もし、僕とルミアが離れたらルミアを安全な場所へ連れて行ってあげて欲しい」

 

 返事は無く、アレスはそのまま壁に向かって話し続ける

 

「ルミアの精神性が気に入らないのは分かっているつもりだ……でも、頼む……」

 

 アレスは壁に向かって頭を下げる

 

「セリカを助けるついででも構わない。ルミアを案内してあげてくれ」

 

 すると、壁から少女が現れたのだ。

 

『対価は?』

 

「セリカを守ることだ」

 

「僕はルミアとセリカを守る、その代わりに君はルミアとセリカを助けてあげて欲しい」

 

『私もあなたもお人よし過ぎるわね……でも、1つ聞かせてあなたにとってルミアって何なの?」

 

 名無し(ナムルス)がアレスに問う理由、それはアレスの覚悟と真意を聞くためだ。

 

「ルミアにはいつも助けられてばかりなんだよ……でも、僕は助けられてばかりじゃ嫌なんだ。僕はルミアを助けたい、その為に身に着けた力なんだから……」

 

 アレスは悲しげな表情なのだが、覚悟を決めた目をしていた。

 

『そう……』

 

 名無し(ナムルス)はそう言って微笑みながら消えて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレスは魔人と戦っていた。

 

 アレスは自身の剣とセリカの真銀(ミスリル)の剣で魔人の二振りの魔刀を受け止める

 

『よく耐える』

 

 アレスと魔人が戦い始めて数分が経っているが、アレスは未だに一回も殺していない。アレスは防御に専念しており、一切攻撃をしていないからだ。

 

『攻撃しなくては勝てぬぞ?』

 

 魔人の言葉にアレスは耳を貸さない。そしてアレスは目を閉じた。

 

 魔人は話す意思が無くなったのか魂喰らい(ソ・ルート)を振るってくる。だが、アレスはこの瞬間を待っていたのだ。

 

 魔人はアレスの身体能力を警戒して魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)で攻撃し、魂喰らい(ソ・ルート)で防御をしていた。そのせいでアレスは防戦一方になっていたのだ。だがこのタイミングで魔人は右手の魔刀で攻撃してくれた。

 

 アレスは、魔人の攻撃を躱しカウンターを叩きこもうとするが魔人は左の魔刀で受け止めようとする。すると、剣が寸前で消えたのだ。次の瞬間魔人の胸と腹がアレスの剣によって貫かれていた。

 

「あと……四つ……」

 

 アレスはそう言って剣を構えなおす

 

『愚者の民にここまで驚かされるとは思っていなかった……』

 

 魔人はそう言いながらアレスを見据え

 

『汝は我が見た中で最強の愚者の民なりッ!』

 

 歓喜の声をあげる魔人とは逆にアレスは

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 険しい表情のまま息を切らしていた。先程行ったカウンター技は敵の攻撃のみに意識を集中させる技の為に疲労が他の技より出てしまうのだ。

 

『ここまでか……我は汝の剣に敬意を表し、一撃で仕留めよう……』

 

 アレスは動かずぶつぶつと呟いていた。

 

「《────────────》」

 

 魔人は右の魔刀をアレスの心臓まで持ってくると…

 

『なにッ!?』

 

 魔人は心臓を撃たれた(・・・・)のである。

 

 アレスが使った魔術は【認識顕現(リアライズ)】という銃専用の投影魔術である。アレスは魔人の10メートルほど後ろの空間に銃を投影し発射させたのだ。

 

『爆裂と浮遊系の魔術の類か……汝ほどの剣士が愚者の牙を頼るとはな……」

 

 魔人は少し失望したような雰囲気でアレスに言うが、アレスは自身の剣を鞘に納め

 

「《認識顕現(リアライズ)》」

 

 その呪文と共にアレスの左手にはリボルバー、右手に真銀(ミスリル)の剣という異様な組み合わせが出来上がった。

 

「生憎と僕は剣士じゃない……僕は1つを極めるより、多くを修める道を選んだ半端者だからね」

 

 アレスは銃と剣を構えながら魔人に答える

 

「それに……僕はまだ死ねないッ!」

 

 そう言ってアレスは魔人に撃ったが、当然魔術で作った弾なので左の魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)で無力化された。

 

『やはり児戯』

 

 だが、アレスはこれも視えていた。制服の下に携帯していた弾を込め、そして撃つ

 

『なにッ!?」

 

 魔人の二度目の驚愕である。最初に撃った弾は魔術で作った弾丸だが、次の弾丸は魔術によって作られていない本物の銃弾だ。銃弾が刀に当たれば斬れることもあるだろうが大抵は弾道がズレる。そうしてズレたことにより、魔人の頭に一発入ったのだ。

 

 再び復活した魔人が

 

『名も知らぬ愚者の民よ……汝は何のために剣を振るう?』

 

 いきなりそう聞いてきたのである。魔人はアレスの剣を計りかねていた。アレスは確かに強いが戦闘経験の差によって勝つのは魔人の筈なのだ、なのに有利なのはアレス。だからこそ、魔人は問う

 

「……大切な人を守る為に……そして無くさない為に」

 

 魔人はアレスを自分の最大の敵だと認め、ゼーロスが比にならないくらいの速度でアレスの前に来た

 

「ッ!?」

 

 アレスが反応できたのは、未来を視ていたのと本能だった。魔人の初速はアレスの未来視を以てしても驚愕を隠せないものだったのだ。

 

『ほう?今の止めるか』

 

 魔人は素直に称賛する。あんなの反応できる奴なんて世界広しといえど片手の指があれば足りるものなので、当たり前だろう。だが、アレスに返事をするだけの余力はない。

 

 アレスと魔人の差は歴然だった。今まで互角に戦えていたのは魔人の手加減があったからだ。

 

「あの状態で手加減してたのかよッ!?」

 

 アレスがそう言うのも無理はない。アレスはずっと全力で戦っていたのだ。体力も集中力も限界に来つつある。

 

 すると

 

「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吼え狂え》」

 

 黒魔【ブレイズ・バースト】がアレスの後方から放たれた。

 

『児戯』

 

 魔人はそう言って【ブレイズ・バースト】を消し去る

 

「待たせたな!アレス!」

 

 グレンがサムズアップしながらにやけている。

 

「ッ!?なんで戻ってきたんですか!」

 

 アレスはグレン達を目視すると怒鳴るように言う

 

「生徒を置いていく教師がいる訳ねえだろ」

 

「ん、あとは私たちに任せて」

 

 アレスの言葉にグレンとリィエルが言葉を返す。

 

「アレス!その魔人は不死身じゃないわ!そいつの命はあと5つよ!」

 

 システィーナがグレンの援護に入るがアレスはそんなの知っている。アレスがグレン達を逃した理由は、グレン達を巻き込みたくなかったのだ。

 

「二つだ……」

 

「「は?(へ?)」」

 

 アレスが突然口にした言葉に困惑するグレンとシスティーナ 

 

「魔人のストックは残り二つだ……」

 

 そう言いつつ安堵したせいで、緊張が緩まり倒れるアレスをグレンが抱える

 

「前からすげえ奴だとは思ってたけど、まさかここまでとはな……」

 

 そう言って、アレスをルミアの元へ連れていき

 

「アレスの事頼んだぞ、ルミア」

 

 グレンに言われたルミアは少し泣きながら

 

「はい!」

 

 と言ったのであった。




こういう王道僕大好き


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グレン達vs魔人

 気づいたことがあるんですよ、9巻を書くの難しい


グレンはアレスをルミアの元まで運び魔人と対峙していた。

 

「よし、行くぞッ!リィエルッ!システィーナッ!ルミアッ!」

 

「ん。任せて」

 

「援護するわよ!」

 

「うん!」

 

 グレンの掛け声でルミアとシスティーナは左手を構える。

 

『来い…』

 

 魔人はそう応じ剣を構え腰を低くした。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおお──────ッ!」

 

「いいいいいいやあああああああ──────ッ!」

 

 

 そんな魔人にグレンは右側からリィエルが左側から攻めていた。理由はグレンは近接武器を持っておらず、ルミアの『感応増幅能力』によって予め拳を強化しておいたのだが魔人の左手にある魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)に触れられれば魔術が解呪(ディスペル)されグレンは瞬く間にミンチにされてしまうからだ。その点リィエルは【ボディ・アップ】こそ使っているが、アレスが気を失った際に落としたセリカの真銀(ミスリル)の剣を使っており体に直接魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)が当たらないよう注意すれば大丈夫なのである。

 

 それでよかったのだが、グレンに蹴りを入れリィエルを刀の柄で殴り飛ばしていた。

 

 そう。グレンとリィエルは魔人の魔刀を意識し過ぎていたせいで、それ以外がノーマークだったのである。

 

 システィーナはグレン達の援護の為にルミアの『感応増幅能力』を受けた【フィジカル・ブースト】改変させ筋力や体力を切り捨てその分を動体視力と反射速度のみを高めている。

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》───《穿て(ツヴァイ)》ッ!《穿て(ドライ)》ッ!」

 

 このように、システィーナはルミアの『感応増幅能力』を受け威力が格段に向上した魔術を用いてグレン達の援護をしていた。

 

『いと。小賢し!』

 

 魔人は黒魔【ライトニング・ピアス】の一発目を躱し、二、三発目を左手の刀で打ち消す。

 

「先生ッ!リィエルッ!《慈悲の天使よ・遠き彼の地に・汝の威光を》」

 

 そして、グレンとリィエルから離れたタイミングでルミアが白魔【ライフ・ウェイブ】を起動して傷を癒すという戦法だ。

 

 白魔【ライフ・ウェイブ】とは遠近両用の治癒魔術で、高等法医(ヒーラー)呪文(スペル)である。

 

「……悪ぃ、助かった」

 

「ん、いける」

 

 そう言ってグレンとリィエルが立ち上がる。

 

 だが、グレンの中には焦りが出ていた。グレンとリィエルの猛攻を受けて軽くあしらわれる程には身体能力などの差があるのだ。アレスが4回も殺してくれているのであと2回殺すだけで良い筈なのだが、いかんせんそれが難しすぎるのだ。

 

 そんなことを思っていたグレンにシスティーナが

 

「先生ッ!」

 

 と呼び、グレンが意識を戻すと右手の魔刀がグレンの目の前にまで来ており

 

「《大いなる風よ・散弾となりて・打ち据えよ》」

 

 即興改変された黒魔【ゲイル・ブロウ】は魔人ではなく魔人の周りを激しく撃つが霊素皮膜処理(エテリオ・コーティング)がある為壊れない。だがそれがシスティーナの狙いだった。どんなに壊れないと言っても土煙が起こることを利用し、グレンを守って見せた。

 

 それで、グレンは思いついたのだろう。

 

「やれ!リィエル!」

 

 そう叫ぶと、リィエルが

 

「んっ!」

 

 一瞬でグレンのやりたいことを理解したリィエルが、グレンと残像ができる勢いで場所をスイッチする。

 

 そして、グレンはリィエルがいた場所に着くと銃を抜き

 

「……まずは1つ」

 

 そう言って、トリプルショットを披露して見せた。トリプルショット───右手の親指、左手の親指、左手の小指によって瞬時に3回弾かれた撃鉄が、ほぼ同時のタイミングで銃口から弾を吐き出させるという技巧である。

 

『な、に……』

 

 その銃弾は魔人に向けてではなく、魔人の持つ魔刀に正確無比に放たれる。すると、普通の三倍の物理衝撃によって右手の刀が飛んでいった。

 

 当然、魔人は拾いに行く──だが、そこにはリィエルがおり

 

「いいいいいやああああああああ──────ッ!」

 

 そして、残りの魔人の命は1つとなるがグレンは心底憎たらしい顔になり

 

「どうした?あと1つだぜ?」

 

『……良かろう、汝等を我が障害と認める』

 

 そう言ってアレスと戦っていた時の様な殺気と敵意に変わる

 

 この時、グレン達は忘れていた。『魔煌刃将アール=カーン』とは、窮地に立たされれば立たされる程強くなる。

 

 伝承に曰く『彼の者に、夜天の乙女の加護あり』『彼の者の窮地に、運命の御手が彼の者を護るだろう』

 

 だが、『魔煌刃将アール=カーン』とは不死身でもなければ無敵でもない。事実、『魔煌刃将アール=カーン』を倒した者は2人存在する。

 

 1人は当然『魔煌刃将アール=カーン』の主である魔王。もう1人は『メルガリウスの魔法使い』に出てくる主人公である。だが、逆を言えば主人公や魔王の様に『魔煌刃将アール=カーン』を超える運命の持ち主でなければ打倒できないという事でもある。

 

 そして、本気を出した『魔煌刃将アール=カーン』を相手にグレン達が拮抗できるはずもなく──────

 

 グレンとリィエルは倒されており、システィーナはマナ欠乏症で顔色が優れない、ルミアはマナ欠乏症だけでなく異能を行使し続けるという無茶をしたのもありシスティーナ以上に顔色が悪い

 

『我をここまで追い詰めた褒美だ……受け取れ■■■■ッ!」

 

 魔人が理解不能な言葉らしきものを言うと頭上に太陽の如き炎が現れ、システィーナやルミアを燃やし尽くそうとしていた。

 

 グレン達は倒れてはいるが気は失っていない。だから

 

「くっ逃げろ!」

 

「ルミア!システィーナ!」

 

 グレンとリィエルはそう言うが、マナ欠乏症であるルミアとシスティーナに逃げる余裕も避ける余裕も無い。

 

 グレンとリィエルはルミアとシスティーナが焼き尽くされる瞬間を見たく無かった為目を閉じていた。

 

 熱風が来た。

 

『な────────ッ!?』

 

 グレンとリィエルが目を開け魔人を見ると魔人は驚愕しており、魔人の視線の先を見ると──────

 

 アレスがルミアとシスティーナを守るように剣を構えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレスは気を失い、気付くと自身の心象世界にいた。だが、以前ジャティスに使った時のような『無数の剣の突き立った、月も星も見えない吹雪の舞う闇夜の雪原』ではなく『無数の剣が突き刺さった、何も遮るものが無い果てなき荒野』だった。

 

「ここは……」

 

 アレスは、何度か固有結界を使ったことはあるが『荒野』になることは無かった。

 

『ここは、今の貴方の心の中よ』

 

「今の……僕の……」

 

 その声を聞いたアレスは声の主の方へ向くと、そこには黒いナニかに覆われている人がいる。

 

「君は……一体……」

 

 そう聞くが黒い人物は

 

『そんな事を聞いてる場合じゃないでしょ?』

 

 と言って自身の後ろを指さす。そこに映っていたのは魔人がルミア達に向かって魔術を放とうとしているところだった。

 

「ここから出してくれ、ルミアを助けに行かないと……ッ!」

 

 アレスは言うが黒い人物は

 

『貴方の心が壊れるとしても?』

 

 黒い人物はアレスの事を見透かしているかのように淡々と告げる。

 

『貴方自身気付いていた筈……ジャティスを逃したのも心を護るためだったでしょ?』

 

 アレスの心は【天使の塵(エンジェルダスト)】事件の頃から摩耗し傷ついていた。ジャティスを殺さなかった理由にしても、一度でも殺してしまえば自分の心が壊れてしまうことを理解していたからだ。

 

『貴方が魔人を4回殺せたことだって、ルミアが少し癒してくれたからに他ならない』

 

 ルミアが温泉に突撃し、アレスは少しだけ自分の気持ちを吐露した。それによって、少しだけ癒されたのだ。

 

『でも、その行為だって所詮焼け石に水。根本的な解決になってない以上、こうなる事は分かっていた筈よ』

 

 黒い人物が言っていることは全てが真実で、全てが正論だ。

 

『もうやめよう……貴方は自分を犠牲にし過ぎた』

 

 黒い人物はアレスの人間性を知っている。自分を常に律してきたこと。自分を殺し続けていたこと。

 

 アレスは少し笑いながら。

 

「ごめん……それでも行かなきゃ」

 

『……どうして……そこまで……』

 

「失いたくないんだよ……ルミアとルミアを笑顔にしてくれたあの場所を」

 

 アレスは覚悟を決め、黒い人物と目を合わせる。

 

『……止まらないのね?』

 

「うん」

 

『……この世界でもっとも異端な存在である貴方に、この世界でもっとも穢れた存在たる私から、祝福を』

 

 そう言って虚空に何かを描き、アレスの左手に持っている黄金の剣に触れる──────すると、黄金の剣はルミアの異能を受けた時のような輝きを持ち始める。

 

 それと同時にアレスはその黒い人物が誰なのか分かった。

 

「ありがとう……僕の偽物を演じてくれた名無し(ナムルス)……」

 

 名無し(ナムルス)はアレスを止める為に口調まで変えたのだが、アレスは止まらなかった。

 

『……ルミアを頼むわ……』

 

「任せてよ」

 

 そう言って世界が真っ白に染まっていき──────

 

 アレスは現実で目覚め、すぐに起き上がり走りながら剣を抜く。そしてルミア達の前にまで迫っている太陽の如き炎を切り払う。

 

『な────────ッ!?』

 

 魔人の驚愕を無視し、アレスはルミアを見て

 

「ごめん……遅くなった」

 

 と言うと、ルミアは

 

「アレス……君」

 

 と言い、システィーナが

 

「嘘……」

 

 と呟いていた。システィーナが驚くのも無理はない。それは、魔人の魔術を切り払ったことだ。

 

 魔人の魔術とは当然【トライ・バニッシュ】など出来ないし、切り払えるほど小さな炎でも無かったのだ。それを切り払ったという事は、拡散する筈の炎を切り刻んだということだ。

 

『貴様……何をしたッ!」

 

「炎を斬っただけさ……」

 

 そう言ってアレスの姿が霞む。

 

『くっ!……』

 

 魔人の正面に一瞬で来たアレスは剣を振るうと魔人を遥か後方へ吹き飛ばす。

 

 アレスと魔人は互角ではない。先程は魔人が驚愕している際に吹き飛ばしたので不意打ちのようなものだ。当然アレス対魔人の1vs1であるなら、アレスに勝ち目はない。それを拮抗にできている理由は

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》」

 

 グレンが援護に回ったことで、システィーナよりも正確な援護射撃を貰えるからである。

 

『……まさか……愚者の牙がこれほどのことを為せるとはな……』

 

 だが、グレンの魔力容量(キャパシティ)はシスティーナのように多くなくすぐにマナ欠乏症となってしまう。グレンの援護は最低限の物だ。

 

 アレスの狙いとは魔人を殺すことじゃない。

 

「……きた」

 

 そう言ってアレスは凄い速さで後ろへ下がる。

 

『なに?……ッ!?』

 

 魔人の心臓にはリィエルの傍らに落ちていた筈の真銀(ミスリル)の剣が刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 セリカはアレスが魔人を吹き飛ばした直後に目覚めていた。

 

「私も……やるべきことをやらねば……」

 

 そう言って、セリカは時計を取り出すが止めたのは名無し(ナムルス)だった。

 

『待ちなさい、セリカ』

 

「グレン達がピンチの真っ最中なんだ……心穏やかにはいられないんだが?」

 

『今は待ちなさい。すぐにチャンスが来るわ』

 

 名無し(ナムルス)はそう言うと同時に虚空に何かを描く

 

『それと、世界でもっとも呪われし存在たる貴女に、世界でもっとも穢れた存在たる私から、祝福を』

 

 その言葉を紡ぎ、セリカの胸に手を当てる。

 

「ありがとう……私はお前と初対面の筈なのに、初めての感じがしない。どこかで会ったことがあるか?」

 

『いずれ分かるわ……今よ!』

 

 名無し(ナムルス)そう言うとセリカが時計を取り出す。その時計はただの時計ではなく、『ラ=ティリカの時計』と呼ばれるものだった。

 

「─────固有魔術(オリジナル)【私の世界】─────起動!」

 

 そう言うと魔人含めたセリカ以外の人物の時間が静止した。まるで、世界が石化したかのように

 

「……(フェンフ)

 

 セリカはテラスから飛び降りる

 

「……(フィア)

 

 セリカはシスティーナとルミアの横を駆け抜ける

 

「……(ドライ)

 

 セリカはリィエルの傍らに落ちている真銀(ミスリル)の剣を拾い上げる

 

「……(ツヴァイ)

 

 セリカはグレンの横を通り過ぎ

 

「……(アインツ)

 

 セリカは魔人の前に剣を向けて

 

「……(ヌル)ッ!」

 

 セリカは真銀(ミスリル)の剣を魔人の心臓へ突き刺した。

 

 魔人を刺したセリカはとても辛そうで、でもとても嬉しそうな顔だった。

 

『……まさか、我が下されるとは……』

 

 魔人は黒い煙を出しながら告げる

 

『この身は本体の影に過ぎぬとはいえ……愚者の牙に掛かることになろうとは……』

 

 そう言いながらも魔人は嬉しそうで

 

『見事だったぞ、愚者の民草よ!よくぞ我を殺しきった……ッ!我は汝等に最大限の敬意を送ろうッ!』

 

 消滅しかかっている魔人は

 

『いずれ、また剣を交えようぞ!強き愚者の子らよ!貴き《門》の向こうにて、我は汝等を待つ……さらばッ!』

 

 そう言って魔人は消えた。魔人の象徴の魔刀と共に。

 

「……終わった……のか……?」

 

「……っぽいな……」

 

 グレンの呟きにセリカが弱々しく応え、倒れる

 

 倒れたセリカをグレンが支え

 

「セリカッ!?」

 

「はは……大丈夫……死にはしないさ……」

 

 グレンの声にセリカは答え、そして続ける

 

「……ただ……なんだ……少し疲れた……」

 

 そうして幼い子供のように、幸せそうな顔で寝息を立てるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレスは、魔人が話し終わった直後に壁を背に座り込んだ。

 

「……終わったか……」

 

 誰にも聞こえない程の声で呟くアレスを他所にルミアは走ってくる。マナ欠乏症と異能を行使したことにより、自分も辛い筈なのに走ってアレスの方へ向かってきた。

 

「アレス君ッ!大丈夫なの?」

 

 慌ててそう聞いてくるルミアにアレスは

 

「ああ、大丈夫だよ……」

 

 微笑みながらルミアへ顔を向けるアレスにルミアは泣きながら抱き着き

 

「無事でよかったよぉ……」

 

 そう言ってアレスはルミアに胸を貸し、ルミアの背中に手を当て

 

「うん、そうだね……」

 

 と囁くのであった。




 すいません。自分の納得できるような物にならず二回ほど書き直した結果こんなに遅れてしまいました。


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タウム天文神殿の後日談

 9巻以前に7巻がまだ決まってなかった


魔人を辛うじて倒したアレス達は、名無し(ナムルス)に案内してもらいモノリスまで着くとルミアの異能を受けたグレンがモノリスを操作すると門が出てきた。リィエル、システィーナ、ルミアが門を潜りアレスが潜ろうとすると名無し(ナムルス)

 

『待って、話があるわ』

 

「「話?」」

 

 グレンとアレスは同時に口にする。

 

『……近い将来……貴方たちはもう一度だけセリカと共にタウム天文神殿を訪れることになる……』

 

 グレンは何か言いたげだが、名無し(ナムルス)は続ける

 

『……そして、その後……貴方たちは大きな選択を迫られるわ。貴方たちは、貴方たちにとって掛け替えのないもの達を天秤にかけなければならない……』

 

「……預言者か何かか、てめえは」

 

 ため息をつきながらグレンが言う

 

名無し(ナムルス)。俺はなんだかんだ、お前には感謝している。正体は謎だし、ルミアそっくりのくせに、クソ生意気でいけ好かないし、たまに口を開いたかと思えば、何か思わせぶりな意味不明なことばっかだし……腹立つけど……それでも、お前は俺達を助けてくれた……そこには感謝している……」

 

 グレンは続ける

 

「だがな、そろそろいい加減にしてくれよ……変なこと言って人煙に巻くのは……」

 

 だが、そんなグレンの言葉を名無し(ナムルス)は無視して

 

『もし、そんな運命を回避したいのなら……彼女に思い出させないで(・・・・・・・・・・・)

 

 一方的に告げ消えて行った。

 

「……彼女……」

 

 アレスは呟く。

 

「セリカか……あるいは……」

 

 アレスの呟きに反応したグレンも呟く。呟いた後、グレンはセリカを背負いながら門を潜った。

 

「……地の民の都…か……」

 

 そう呟いて、アレスも門を潜ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレス達は馬車に乗って、フェジテへと帰っていた。

 

 周りは既に日が沈み夕日の中、システィーナとルミアは話していた。

 

「……大冒険だったね……」

 

「うん……本当に……一時はどうなるかと思ったわ……」

 

 窓際の席で向かい合うルミアとシスティーナ

 

「でも、よかった……皆、無事で」

 

「……遺跡探索ができたのはすごくいい経験になったけど……うぅ……ああいうのはもう二度とごめんだわ……もっと安全な遺跡探索をしたい……」

 

 そう言いながらシスティーナは自身の膝を枕にして寝ているリィエルの頭を撫でる。

 

 だが、システィーナは先程から御者台を気にしていた。

 

「どうしたの?システィ……ひょっとして……ヤキモチ?」

 

 ルミアが含むように笑いながら指摘すると

 

「──────んなッ!?」

 

 システィーナが反応する

 

「だっ!誰が誰に対して、お餅を焼いてるっていうのよ!?私はただ──────」

 

 慌てながら捲し立てるシスティーナ

 

「うんうん。システィの気持ちは、よーくわかるけど……今は2人きりにしておいてあげよう?……ね?……」

 

「だ、だから違うって言ってるのに……」

 

 システィーナはそう言うとリィエルが少し起きた

 

「…………ん…………」

 

 システィーナはリィエルが起きると悪顔になり

 

「リィエル、今はルミアとアレスの2人きりにしましょ?」

 

 そう言ってルミアから離れて行くが、ルミアは顔を真っ赤にしながら

 

「システィ!?」

 

 と呼ぶ。システィーナが離れた理由は、ルミアの膝を使っているアレスだ。

 

 アレスは馬車に乗るなりすぐに寝た。理由は簡単で、本来今日帰る準備をして翌日帰るという計画に変える筈だったのだが、アレスが夜中に1人で色々と片付けてくれたのだ。本来、この馬車にいる全員で一時間ほどかかるものを疲れ切ったアレスが一人で片付けたのだから碌に寝れていないだろう。

 

 もちろん、ルミアはシスティーナと御者席にいるグレンとセリカ以外の全員が寝たタイミングでアレスを膝へ乗せた。ルミア自身、何度か経験があるのだが自分と話した男子は他の男子の殺気によって顔色が悪くなる。疲れて寝ているアレスにそれはかわいそうという判断だ。

 

「……ふふっ……ありがとね……」

 

 ルミアは微笑みながらアレスに感謝を述べるが、アレスは寝ているので返事は帰ってこない。

 

「……ルミ……ア……」

 

 アレスは寝言でそう呟くと、ルミアは顔を更に赤くし

 

「……可愛いなあ……」

 

 そう言って、アレスの頬を突っついたルミアなのであった。

 

 

 その後、皆が起きた時にアレスはまだルミアの膝枕だったので殺気をぶつけられたのは当たり前である。




 もっとルミアちゃんとイチャイチャさせたい


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社交舞踏会編
アレスの社交舞踏会


 今日10巻を読み終わったんですけど、ぶっちゃけ9巻カットして10巻でアレス君登場みたいな感じでも良い気がしてきた。


それは、何年前だっただろうか……アルスとエルミアナがまだ小さかった頃の話

 

「うわあ……」

 

 エルミアナは華やかな雰囲気に圧倒されながらも、エルミアナはうれしそうだった

 

 アリシアはそんなエルミアナを見て微笑みながら

 

「ふふっ驚いた?エルミアナ。『社交舞踏会』っていうの」

 

 そう言う。中央で踊る人たちを懐かしむような目で見ている。

 

「それじゃあ、少し会場を見て回りましょうか」

 

 エルミアナはアリシアと手を繋いで見て回る。

 

 そして、少しすると

 

「す……凄い……綺麗……なんて素敵なんだろう……」

 

 エルミアナは呟く。エルミアナが見ているのは1組のカップルだが、そのカップルの女性が身に着けているドレスだ。

 

 そんなエルミアナに気付いたアリシアが

 

「……ふふ、あのドレスが気に入りましたか?エルミアナ」

 

 だが、エルミアナはドレスに魂が吸い込まれたかのように流し聞きだ。

 

「貴女が心を奪われるのも無理はありません。あのドレスは『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』……」

 

「ろーべでらふぇ……?」

 

「ええ。あのドレスを着れるのは毎年開催されるダンス・コンペで優勝したカップルの女性が、一夜だけ着用を許された魔法のドレス……今年一番の淑女(レディ)の証なのです」

 

 アリシアは続けて

 

「実を言いますとね。私もあのドレスを着たことがあるんですよ?……私がこの学院に通う生徒だった頃にね……」

 

 そのことにエルミアナは驚愕し

 

「えっ?そうなの?お母さんも!?」

 

「ええ。貴方のお父さん……貴方が物心つく前に亡くなったあの人とコンペに参加して……優勝して……その権利を得たの。懐かしいわ」

 

「……いいなあ。私もあのドレス着たいよ、お母さん……」

 

 エルミアナがそう言うとアリシアは

 

「ふふ、とても似合うと思うわ……ね?アルス」

 

 アリシアは『社交舞踏会』の会場に入ってから、一言も話さず、ずっとエルミアナの後ろで警護をするアルスに聞く

 

「……そうですね……とてもお似合いになるかと……」

 

 アルスは、アリシアに聞かれ少し微笑みながら答える。

 

「でしたら、エルミアナも将来、この学院に通ってみますか?」

 

 アリシアはエルミアナの頭を撫でながら聞く

 

「はい!私も、あの子やお母さんみたいに、ろーべでらふぇ着たいです!」

 

「ふふ、そう。なら貴女がもうちょっと大人になって……もっともっとダンスが上手くなって……貴方の手を取るに相応しい、素敵な殿方は……もういましたね……」

 

 最初はエルミアナを喜ばせるために言っていたが、途中からアルスをからかうように言うアリシア

 

エルミアナはアリシアの視線を追うとアルスを見つけ

 

「はい!私のパートナーはアルス君です!」

 

 満面の笑みで言うエルミアナにアルスは耳まで赤くし、アリシアに耳元で

 

「……良かったですね、アルス」

 

 と囁かれ、更に赤くした。

 

 だが、エルミアナは疑問を口にした

 

「でも、お母さん。なんで、素敵な殿方が必要なの……?」

 

「ふふ、実はね、エルミアナ。……あのドレスにはこんな謂れがあるんです……」

 

 ──────それはね……あのドレスを着て、一緒に踊った男女は──────将来、幸せに結ばれるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリシアの言葉を思い出しながら、アレスは『社交舞踏会』の準備を手伝っていた。

 

 アレスは学院の生徒会長であるリゼに頼まれたので、仕方なく準備を手伝っているのだ。

 

 そう、本来なら手伝うだけでいいのだが──────

 

「あ、あのアレスさん……わ、私とダンス・コンペに出てくれませんか?」

 

 何故か、アレスはダンス・コンペに誘われるのである。

 

 去年は一度も誘われず、カッシュ達とご飯を食べたり話したりしていたのだが……何故か今年はこれで6回目の誘いである。

 

「ごめんなさい……僕、ダンスが踊れなくて……すいません、折角誘ってくださったのに……」

 

 そう言って毎回断っている。

 

 アレスは、去年はコンペと関係のないダンスでリンに誘われて一回踊った程度だし、結構辛かったので踊る気は無かった。

 

 ここで、アレスは気付かなかった。アレスと同じく『社交舞踏会』の準備を手伝ってるルミアが頬を少し膨らませていることに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルミアはシスティーナが『社交舞踏会』の準備をするという事で手伝っていた。作業をしているとアレスを見つけたので声を掛けようとしたが、他の女子生徒がアレスに話しかけていた。その生徒は同性のルミアでも綺麗な人だと思うくらいには美人だった。

 

 アレスと女子生徒の会話に耳を澄ませようとすると

 

「私とダンス・コンペに出なさいなッ!」

 

 力強く、隠そうともしない声で言う女子生徒にアレスは困惑しながら

 

「ごめんなさい……僕、ダンスが踊れなくて……すいません、折角誘ってくださったのに……」

 

 女子生徒は心底残念そうに

 

「そう……ですか……それならば仕方ありませんわね……」

 

 そう言って去って行った。

 

 そこへ来たシスティーナが

 

「どうしたの?ルミア……」

 

 と言ってきたので

 

「な、なんでもないよ……」

 

 と、慌てて返すルミアだったが、少し頬を膨らませている。

 

 それに気づいたシスティーナは悪戯っぽく笑いながら

 

「ルミア、アレスと一緒にコンペに参加したらどう?」

 

 と言ってきたが

 

「アレス君、踊れないから参加しないみたいだよ?」

 

 ルミアは、顔も赤くならならずに淡々と答えた。

 

「へ?」

 

 ルミアのその言葉にシスティーナが間抜けな声を出す。

 

「嘘よ」

 

 システィーナが続けて言った

 

「え!?」

 

 今度はルミアが驚きの声をあげる。なぜ、システィーナがアレスが踊れないという事が嘘だと知っているのだろうか。という疑問があるからだ。

 

「だって、あいつ去年コンペとは関係ない踊りでリンと踊ってる所、私見たわよ?」

 

 システィーナ曰く、アレスの踊りは結構上手いとのこと。

 

 そんな会話をしながらも、ルミアはアレスを誘う6人目の女子生徒を目視していた。

 

 「(コンペ……アレス君と踊ってみたいなあ……)」

 

 ルミアがそう思い、誘おうと決意したタイミングでグレンが来て

 

「……ちょいと、話があるんだが……」

 

 そう言って、ルミアへ近づくグレンにルミアは後ずさり壁にまで追い込まれると

 

 壁ドンをされたのである。

 

「なあ、ルミア。今度の『社交舞踏会』ダンス・コンペで……俺と踊れ」

 

「「えっ!?」」

 

 グレンの言ってきたことに驚きを隠せないルミアとシスティーナ

 

「お前さんが数多の男子どもから次々とダンスパートナーに誘われているのは知ってる……が、そいつらの誰にもお前は渡さねえ。お前をエスコートするのは俺だ」

 

 そのグレンを見た男子は騒ぎ始める。そしてアレスはというと

 

 グレンがルミアに壁ドンをした辺りから微笑えみ目を離した。

 

 アレスは、ルミアが好きだ。でも、アレスはルミアを束縛したいわけではない。

 

 アレスは、ルミアがしたいこと、やりたいことを全力で応援するだけなので別に誰と踊ろうが喜ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この調子でいくならルミアはグレンと踊ることになる。

 

「お前さんが数多の男子どもから次々とダンスパートナーに誘われているのは知ってる……が、そいつらの誰にもお前は渡さねえ。お前をエスコートするのは俺だ」

 

 ルミアにも譲れないことがあった。

 

「ごめんなさい……先生、私どうしても踊りたい人がいるんです……」

 

 ルミアは覚悟を持った目で手を胸に当てながら、グレンの壁ドンを躱してアレスへと向かう。

 

 アレスは目を離していた為、ルミアがこちらに来ることに気付かなかった。

 

「……今年の『社交舞踏会』……私と踊ってくれないかな……?」

 

 アレスはルミアの声が間近で聞こえたので顔を上げると、目の前に手を差し出しながら頬を染めたルミアがいたのである。

 

「「「えええええええええッ!?」」」

 

 システィーナ以外の全生徒(アレスとグレンも含む)が驚きの声を上げる。

 

「……私じゃ……嫌かな……?」

 

 ルミアは赤面しながら聞く

 

「……え、えっと……」

 

 アレスが困惑していると、システィーナが来て

 

「良かったじゃない!アレス。ルミアから誘われるなんて有り得ないのよ?」

 

 ルミアの援護をしている。

 

「……僕で良いの……?」

 

 アレスは正直疑問だった。グレンに壁ドンされたとき、ルミアは満更でもない表情だった筈なのだ。なのに、何故グレンからの誘いを断ってまでこちらに来たのだろうと

 

「うん……アレス君だから良いんだよ……」

 

 赤面しながらではあるものの、それでも穏やかな笑みを浮かべるルミアにアレスは断り切れず

 

「……僕はダンスがあんまり上手くないから、妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)を着せられないかもしれないけど……それでもいいなら……」

 

 そう言ってアレスはルミアの手を取った。

 

 

 そうして、アレスがルミアとダンスパートナーになったという噂が学院中に流されアレスはもの凄い量の殺気に青ざめているのであった……




 この巻で、アレス君と誰を踊らせるか迷った。ルミアとグレンを踊らせて、アレスは援護という形でもよかったし、アレスとシスティで踊らせて、ルミアの嫉妬を書くのも良かったけど……やっぱ、ルミアちゃんはアレス君とかなあって思ってこっちにしました。


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アレスの疲労と踊り

 学校から帰って、この小説を書こうと思ったらお気に入りが533もいてくださりお茶を吹きそうになりました。誠にありがとうございます。


アレスはルミアとダンス・コンペに参加することが決まり結構な被害に遭っていた

 

「ルミアさんが、お前みたいな奴にダンス・コンペの誘いなんてするものか!」

 

 アレスは、朝から男子生徒に同じようなことを言われ続けていた。

 

「……えぇ……」

 

 この反応も無理はない。アレスが朝から言われ続けていることに気付き、ルミアが皆に説得したりもしたのだが、一向に減らなかった。

 

 正直に言おう、アレスは疲れているのだ。

 

「成績も中の下、容姿も普通……そんなお前がルミアさんとダンス・コンペだと?僕の方が適任だ!」

 

 この男子生徒は三年次生で、有力貴族の長男坊だ。

 

「いや、あの僕に言われても……」

 

 アレスは、この手の生徒が来ると毎回こう返している。アレスに悪口や自慢を言うより、ルミアに少しでもアプローチした方が良いと思っているからだ。

 

「僕はジャルジェ家の次期当主として、君にルミアさんを渡す訳にはいかない!」

 

「あれ?……関係なくね?……あっ……」

 

 アレスは、思ったことを口にしてしまった。疲れによって気が緩んでいたのかもしれない。

 

「……僕は君に決闘を申し込むッ!」

 

 男子生徒──────カストル=シャルジェは、左手の手袋をアレスの顔に投げつけた。決闘の申し込みである。

 

 アルザーノ帝国魔術学院の生徒、教師は余程の事が無い限り決闘などしない。グレンが来てから、決闘の数は増えてしまっているが……それでも、決闘をやる人物はほとんどいない。

 

「………」

 

 アレスが自身に当たり、落ちた手袋を無言で見つめていると

 

「僕が勝てば、ダンス・コンペで僕が君の代わりにルミアさんと出場する」

 

 そして、決闘に気付いた生徒や教師はそれを見ている。

 

 男子生徒達はカストルに共感しているが、同時に哀れな目で見ている。

 

 カストルは三年次生で、アレスは二年次生だが、アレスは魔術競技祭の『乱闘戦』を制している程の魔術師だ。そんな人に決闘を申し込むのは学年が上であっても憚られるのだ。

 

 逆に女子生徒達は、アレスに可哀想な子を見る目で見ている。

 

 カストルは、三年次生の中でも特に優秀なのだ。いくら『乱闘戦』を制したアレスといえど勝てる筈がない。そう思っているのだ。

 

「……分かりました。その決闘受けます」

 

 アレスが決闘を承諾した。

 

「アレス、君は『乱闘戦』を制したそうではないか……そんな君が僕に本気を出すのかい?」

 

 カストルは、悪顔になりながらアレスを不利な条件へと追い込んでいく。

 

 だが……

 

「当り前じゃないですか……好きな人とダンス・コンペに出る機会を逃すほど、僕は馬鹿じゃないです」

 

 アレスはその条件を受け入れなかった。

 

 アレスはプライドなど持っていない。アレスは、自身の尊厳やプライドなどは不要だと切り捨てたからだ。

 

「なっ……」

 

 カストルは、アレスが不利な条件を受け入れると踏んでこの決闘を申し込んだが、受け入れられなかった。

 

「僕が勝てば……そうですね、家名を捨ててもらいます」

 

「「「なっ!?」」」

 

 その場にいた全ての人物が驚きの声を上げる。ルミアと家名、対価が全く釣り合っていない。だが、アレスからすれば、対価を家名だけにしてあげたという手加減の意思表示だ。

 

「い、家を捨てろと言うのか!?たかが、ダンス・コンペのパートナーだぞッ!?」

 

 カストルは額に汗をかき、アレスは逆に冷静だった。

 

「ティンジェルさんと踊りたいってことは妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)の言い伝え目的でしょう?」

 

 ルミアを狙う男子生徒全員、これが目的だ。言い伝えでいけば、ルミアに妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)を着せることが出来れば、将来の伴侶には困らないからだ。

 

 それに、ルミアのルックスを持ってすれば、ダンスを少し上手くなるだけで優勝間違いなしだろう。事実上の結婚だ。

 

「……別に、貴方が勝てばいいだけの話ですし」

 

 確かに、カストルがアレスに勝てばルミアを手に入れるだけでなく、家名も捨てなくていい……だが、リスクが高すぎる。

 

 カストルが何かを言おうとしたタイミングで割り込んでくる人物がいた。

 

「おーい、アレスちょっと話がある。ついて来い」

 

 グレンは、そう言いながらアレスの服を引っ張り引きずっていく。

 

 こうして、決闘は有耶無耶となった。

 

 そして、こんな騒ぎを起こせばアレスとルミアが付き合っている疑惑が出るのも当然であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレンに引っ張られて、屋上まで連行された。

 

「それで、話って何ですか?」

 

 アレスは、屋上の柵に背中を預けながらグレンの目的を聞いた。

 

「……『社交舞踏会』についてだ……」

 

「……先生もティンジェルさんを譲れと?」

 

 アレスは少しめんどくさそうに聞く。

 

「……ああ……」

 

 グレンは申し訳なさそうに、答える。

 

「……先生の事だ。また天の智慧研究会あたりでしょう?」

 

 アレスは、グレンを見透かして言うが

 

「……すまん、答えられねえ……だが、ルミアは必ず守る」

 

 グレンは真剣な表情だ

 

「先生……僕は、ティンジェルさんの意思を尊重してあげたいんです」

 

 グレンと同じように真剣に答えるアレス

 

「はあ……お前ならそう言うと思ったよ……」

 

 グレンは、呆れた表情で続ける。

 

「これは、国家最高機密(トップシークレット)だから他言無用な……」

 

 グレンは、本来部外者であるアレスに話してはいけないことを話始めた。『天の智慧研究会がルミアを殺そうとしていること』『帝国政府が社交舞踏会を釣り堀にルミアを撒き餌にしていること』

 

「……という訳だ」

 

 正直に言おう、アレスは拳を握り締め過ぎて血が出るくらいには怒ってる。

 

「……お、おい?」

 

 アレスから怒気が漏れ出ていることに気付いたグレン

 

「……ふぅ、情報ありがとうございます」

 

 アレスは、一息で先程の怒りを鎮めていた。

 

 一瞬で怒りを鎮めてみせたアレスに驚愕を隠せないグレン

 

「僕はティンジェルさんとダンスの練習しにいかないといけないので、これで」

 

「俺も行くわ」

 

 アレスは屋上から去ろうとしたが、グレンも同行する。

 

「先生もコンペ・ダンス出るんですか?」

 

「おう!優勝したら金一封だぞ!?出るしかないだろ!」

 

 笑顔で訴えるグレンにアレスは苦笑いしながら

 

「相手は誰を選ぶんですか?」

 

「迷いどころだな~テレサか白猫辺りだろうな」

 

「フィーベルさんは、まだパートナーを見つけられなさそうなんで良いんじゃないですか?」

 

 そんな感じの他愛のない会話をしながら練習場所である中庭へ着いたアレスとグレンだが、ちょうど、システィーナとルミアがいた。

 

「やっと来たわね、アレスあんた今回の『社交舞踏会』のダンスはシルフ・ワルツの一番からよ」

 

 シルフ・ワルツという言葉に眉をあげるアレス

 

「どうかしたの?」

 

 ルミアは心配そうな顔でアレスを覗いている

 

「……いや、なんでもないよ……」

 

 そう言いながらも、アレスの目はどこか遠くを見ていた。

 

「アレスはシルフ・ワルツ初めてだから……」

 

 システィーナはアレスがシルフ・ワルツを知らないと思っている。アレスは偽名で、貴族のような名前でもない。

 

シルフ・ワルツとは『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』と呼ばれる民族の踊りを貴族用に改変された踊りだ。つまり、元王宮の人間であるアレスは知っている。

 

 だが、ここで『知ってる』と言っても怪しまれるだけなので言わないが

 

「お?シルフ・ワルツか。懐かしいな」

 

 いつの間にか、ドリンクを取りに行っていたグレンが戻って来て早々に言う。

 

 そして、グレンはアレスを見てニヤリと笑い

 

「ったく、しょうがねえなあ。シルフ・ワルツを知らないアレス君にこのグレン=レーダス大先生様が特別にご教授してやるよ」

 

 煽ってくるグレンだが、アレスは苦笑いしながらも

 

「お願いします」

 

 と言った。

 

 すると

 

「分かってるの?シルフ・ワルツよ?あのノーブル・ワルツやファスト・ステップより難しい……」

 

 システィーナがグレンに注意をするが

 

「くっくっく……今回ばかりは、小生意気なお前の鼻を明かせてやれそうだなってな」

 

 システィーナの注意を遮って、自信満々に言うグレン

 

「じゃあ、その実力のほど見せて貰おうかしら?」

 

「いいぜ?」

 

 グレンは笑いながらシスティーナと中庭の中央へ行く。

 

 アレスとルミアは中庭の一角から蓄音機を操作し『交響曲シルフィード第一番』を流す。

 

 そこからはまさに圧巻だった。グレンの踊りは荒々しく、貴族のような美しさを持っていなかった。だが、それでも惹きつけられる魅力があった。

 

 戻ってきたグレンと肩で息をしているシスティーナ

 

「んじゃ、さっき俺がやったみたいにやってみろ」

 

 グレンはニヤケながら、アレスとルミアに言う

 

 アレスはルミアの手を取り、中央まで移動する。

 

「……じゃあ、いくよ?」

 

 ルミアにそう言って、システィーナにサインを出す。

 

 すると、『交響曲シルフィード第一番』が流れてくる。

 

「「なっ!?」」

 

 グレンとシスティーナは驚く

 

 グレンはやってみろと言ったが、悪ふざけのつもりだったのだ。それがどうだろう。ルミアは息を切らしながらも必死についていき、アレスはグレンの踊りを思い出しながらほぼ完璧に再現していた。

 

 アレスは良かったのだが、ルミアは運動が苦手と自称するだけあって辛そうである。

 

「ちょ……アレス君……待っ……」

 

 ルミアのその言葉で我に返ったアレスは、踊りをやめ

 

「あ、ごめん。グレン先生の踊りを思い返すだけで頭いっぱいだった……」

 

 申し訳なさそうに言うアレスに

 

「ハア……ハア……ハア……ううん、こっちこそごめんね?全然ついていけなくて……」

 

 息を整えるルミアだが、額は汗が滲み出ている。

 

 アレスはルミアの肩を支えながらベンチへ案内する

 

「飲み物取ってくるから、ここに座ってて」

 

 そう言って、学院の中へ走って行くアレス

 

「アレスの野郎、絶対シルフ・ワルツ知ってただろ……」

 

 ルミアへ近寄りながら呟くグレン

 

「ダンスが上手いのは知ってたけど……こんなに上手いなんて……」

 

 システィーナもルミアの横に座りながら呟く

 

 アレスはシルフ・ワルツを知ってるが、踊った事なんてなかった。正真正銘、グレンの見よう見まねであった。

 

「アレス君、多分ですけど見よう見まねですよ?」

 

 ルミアはようやく息が整ったのか、グレンとシスティーナに言う

 

「「は?」」

 

 そのルミアの言葉に驚くグレンとシスティーナ

 

 シルフ・ワルツは、結構難しいのだ。そんなものを見よう見まねで再現するなど普通はありえない。

 

「だって、踊ってる最中にグレン先生の動きを呟いてましたし」

 

 アレスは、ルミアと踊っている最中に

 

「型破りなカウントにシャッセ……緩急差の激しいクイックステップ……私が聞き取れたのはこれだけですけど、他にも結構言ってましたよ」

 

 本当にグレンの踊りを言葉にしながら実践していたのだ。

 

「マジで見よう見まねでやっちまうとは……俺の苦労って一体……」

 

 アレスが飲み物を持って戻ってくるまで、その会話は続いたのだった。




 因みにアレス君は、王宮にいた頃は全くダンスを踊りませんでした。護衛が任務なので踊る時間は無い感じです。


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アレスとイヴの邂逅

 10巻のアイデアが湧き出てき過ぎて7巻の大まかな内容を少し忘れてしまった……


グレンとアレスはフェジテ南地区郊外に存在する倉庫街へ足を運んでいた。

 

 その理由は、アレスがグレンに頼み込んだからだ。

 

 アレスが、ルミアを護るための情報が少しでも欲しいのだ。

 

「お?来たなグレ坊……と誰じゃ?」

 

 グレンと一緒に入ってきた少年を見て《隠者》のバーナードは聞く

 

「ああ、こいつはアレス=クレーゼ……ルミアの恋人だ」

 

 グレンは余計な詮索をされない為に嘘を付く

 

「……分かってるの!?これは国家最高機密(トップシークレット)なのよ!?たかが恋人に教えていい情報じゃないのよ!?」

 

 イヴがグレンに向かってくるが、その前に立ったのはアレスだ。

 

「……ティンジェルさんが社交舞踏会で暗殺されるって本当なんですか?……」

 

 アレスは、真剣な表情でイヴに問う

 

国家最高機密(トップシークレット)なのよ……言える訳ないじゃない!」

 

 イヴはグレンがこの人物を連れてくると思っていなかったので自身の計画が崩れると心配している。

 

「大丈夫だ、こいつは近距離戦においてはリィエル並みに使える」

 

 グレンがアレスの頭に手を乗せながらイヴに言う

 

「ッ!?……へぇ……なら、今回だけは特別に許可するわ」

 

 リィエル並みに使えると言った瞬間目の色を変えたイヴを見据えるアレス

 

「それじゃあ、今回の任務について説明するわ」

 

 そして、アレスはその任務と敵について聞いた。

 

「任務は王女の暗殺を企てた敵組織のを生け捕りにすることよ──────敵は天の智慧研究会第二団(アデプタス)地位(オーダー)》が1名と第一団(ポータルス)(オーダー)》が3名の総勢4名……対して私たち7名で十二分に対処可能な数よ」

 

 イヴは断言する

 

「……間違いはねえのか」

 

 グレンはやはり不安なのか、イヴに聞く

 

「今まで私の情報が間違いだったことが一度でもあったかしら?」

 

 イヴは少し笑いながらグレンに言葉を返す

 

「…………」

 

 グレンは言い返せなくなったのか、無言になった。

 

「ちなみに、第二団(アデプタス)地位(オーダー)》の人物の2つ名と名前は判明しているわ……皆もきっとよくご存じだと思うけど…… 《魔の右手》のザイード、それが今回の敵」

 

 《魔の右手》のザイード──────暗殺に特化した外道魔術師であり、これまでパーティーや演説会など大勢の人がいるにも拘らず誰にも気付かないうちに標的(ターゲット)を仕留めてきたのだ。

 

「でも、今回は大丈夫。なぜなら私がいるから」

 

 そう言うイヴの手には炎が宿っていた。

 

眷属秘呪(シークレット)【イーラの炎】。一定領域の人間の負の感情───特に、殺意・悪意を炎の揺らめきとして視覚化し、察知・特定する索敵魔術。誰かを害するとき、殺意・悪意を抱かずしてそれを実行に移せる人間はこの世に存在しないわ。どんなに機械のように完成され、殺気を抑えることに長けた暗殺者も、いざその一呼吸前、必ず殺気が漏れる……私の炎はそれを決して見逃さない。人の感情も所詮、生体内化学反応の産物と見るならば……それは熱を支配する私の領域だから」

 

 イヴは得意げに語っているが、要は殺気さえ出ていればイヴは犯人を特定できるという事だ。

 

「この術を私の眷属秘呪(シークレット)【第七園】と多重起動(マルチ・タスク)して、予め会場に仕掛けるわ。今回の仕掛け人が王女を暗殺しようと、王女に対し悪意を抱いた瞬間、私の炎がその仕掛人を瞬時に、確実に、仕留める……殺さずにね」

 

 イヴは言うが、アレスは内心怒りに燃えている。アレスはイヴとよく似た人間を知っている。自身の手柄の為なら仲間を平気で見殺し、駒としか見ない人物を1人だけ知っている。

 

 それだけじゃない。イヴにはこの作戦が無理であることを魔眼によってアレスは知っている。アレスは周囲の目が合っても魔眼がバレずに使えるようにコンタクトを改良したものを付けている。

 

「……貴女には無理だよ、イグナイトさん。貴女に《魔の右手》は捕らえることは出来ない……」

 

 アレスの言葉は倉庫内にやけに響いた。

 

「ふうん……言ってくれるじゃない。そう言えるだけの根拠があるのよね?」

 

 イヴはアレスを睨みながら挑発する

 

「……手柄欲しさに仲間を見捨てるような心の弱い貴女に《魔の右手》を出し抜けない……そういう意味ですよ」

 

 アレスとイヴは互いを睨みあっている

 

「……知ったような口を利かないでくれる?これでも私は忙しいから、犬に構っている時間は無いのよ?」

 

 イヴは少し冷静になりながらも答える。

 

 だが、イヴだけでなくこの場に居る全ての人物はアレスの次の言葉に背筋を凍らせることになる。

 

「……流石セラ=シルヴァースを見殺しにしただけはある。説得力が違うよ」

 

「「「ッ!?」」」

 

 アレスの言葉には重みがあった。

 

「……なん…で、あなたが…セラ…の…こと……」

 

 イヴは動揺しながら、必死に言葉を紡いでいる。

 

「……想像に任せるよ」

 

 それだけ言って、アレスは倉庫から去って行った。

 

「……怒りに任せて言っちゃった……」

 

 アレスは後悔しているのである。イヴに対して言った言葉はただの八つ当たりだ。イヴがどうしてあのような性格になってしまったのかアレスは知っている。イヴに言うのはお門違いなのは知っている、でもアレスは止まれなかったのである。

 

「……正体バレそうで怖いなあ……」

 

 そう言って家に帰って行ったアレスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、日は過ぎ社交舞踏会の当日

 

 アレスはパーティー礼装用の燕尾服を着てルミアを待っている。

 

「アレス君、お待たせ」

 

 ルミアの声を聞き振り向くと、そこにはそれなりに華やかで、基調としている淡い桃色ドレスを着たルミアが居た。

 

「ッ!……」

 

 アレスは王宮での事を嫌でも思い出すだろう。ルミアはルミアとアレスがまだ王宮で生活していた時のお気に入りであるピンクのドレスに近いものを着ているのだから。

 

 アレスが目を閉じればいつでも思い出せる。王宮にいた頃のルミアと今の姿は差異はあれど似ている。

 

 (なんか……5年前に戻ったみたい……)

 

 目を閉じながらそう思っていた。

 

「……それじゃ、会場に行こうか」

 

 ルミアをエスコートしながら会場へ向かうと着いて早々カッシュに話しかけられた。

 

「よう!アレス!」

 

 カッシュは笑いながらアレスの名を呼ぶ

 

「聞いたぜ?お前、ルミアと一緒にダンス・コンペに参加するんだってな?学院の野郎どもの『夜、背後から刺すべき男リスト』でぶっちぎりの1位だぜ?」

 

 アレスは驚きの顔をする

 

「ちょっと待って!?それ僕が作ったリストなんだけど!?」

 

 なんと『夜、背後から刺すべき男リスト』はアレスが作ったリストなのだ。

 

 このリストは、アレスが子ども心を失っていない証でもある。最初はルミアに告白した男子を片っ端から載っけていたのだ。ルミアを取られたくないという一心で作った、ただの嫉妬心の塊である。

 

「え?そうなの?」

 

 カッシュは今知ったという顔をしている。そもそも名前も書いていない紙に『夜、背後から刺すべき男リスト』と順位が書いてあるだけでアレスだとバレたらそれはそれで怖いのだが。

 

「……リスト製作者が1位とか……」

 

 なんとも情けない話である。

 

 少しいじけていると

 

『それでは、お集まりになられた紳士淑女の皆さま。どうか今宵は楽しい一時を……』

 

 そのリゼの言葉によって社交舞踏会が開催された。

 

 そして、アレスとしてはルミアを1人にする訳にいかないので、万が一にもダンスに誘われないように気配を出来るだけ断っていた。

 

 だが、やはりルミアの美貌によってパートナーであるアレスにも視線が集まってしまう。

 

 しかし、そこにルミアに勝るとも劣らない美貌の持ち主が会場に入ってきた。──────アリシア七世王女殿下である。

 

 アリシアはルミアやアレス以外にはバレないように自然な感じでこちらへ視線を送ってくる。

 

「……良かったね」

 

 自然とアレスの口からそんな言葉が出てきた。

 

「うん……」

 

 ルミアは続けて

 

「私、今日が楽しみだったの……この学院の社交舞踏会で妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)を目指して、素敵な誰かと踊ることが、子どものころからの私の夢で……」

 

「知ってる」

 

「え?」

 

 ルミアの呟きにアレスはつい言葉を返してしまった。

 

「え、いや、ええと元王女ならこの社交舞踏会にも出席したことがあるだろうし……それに、ほら!妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)を着るのは女性全員の憧れでしょ!?」

 

 慌てて誤魔化すアレスにルミアは首をかしげながらも続ける。

 

「……でも、私、普通じゃないから……普通じゃない私と親しくなっちゃったら、きっといつか不幸になるから……どうしても、あのジンクスが怖くて……」

 

 それは、ルミアの本音だ。タウム天文神殿ではアレスがルミアに救われた……今度はアレスがルミアを救う番だ。

 

「そんなことないよ……ティンジェルさんは普通の女の子だよ……それに、約束する。ティンジェルさんを不幸になんてさせないよ」

 

 これは、アレスの本心だ。自分が異能者という事もあるのだろうが、アレスは異能者が悪魔の生まれ変わりだと言うつもりはない。

 

「ふふ、ありがとう」

 

 そう言って、笑うルミアだがアレスは我慢している笑いだと魔眼を使うまでもなく分かっていた。

 

「……じゃあ、行こうか」

 

 そう言って、コンペの会場へ行くときアレスはルミアの手を握り続けていた。

 

 アレス&ルミア、グレン&システィーナなど様々なカップルが精一杯踊り

 

 予選突破できたカップルは喜び、敗退したカップルも称賛を送りみんなが笑顔であった。

 

 

 

 

 みんなが笑い、その中にルミアがいることに感謝をして、アレス…いやアルス(・・・)は少しだけルミアをグレンに任せ会場を後にしていたのだった




 アルス君を宮廷魔導師団の特務分室にいれようか結構迷いました。ただ、ちょっとルミアの嫉妬シーンを書きたいのもあるので、イヴさんをヒロイン路線に入れようかなとも思ってます。


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アルスの忠告とダンス・コンペの勝者

 イヴさんをヒロイン候補にした途端お気に入り登録者が増えて結構驚きました。


「《解呪(キャンセル)》……行くか」

 

アルスは、ルミアをグレンに預けたあと一度トイレで【セルフ・イリュージョン】を解除し気配を完全に消しながらイヴの元へと向かって行った。

 

「初めまして、帝国宮廷魔導師団特務分室執行官ナンバー1《魔術師》のイヴ=イグナイトさん」

 

「ッ!?誰ッ!?」

 

 イヴは突然話しかけられたので、警戒しながら少年に問う。

 

「アルベルトさん達から聞きませんでした?《無銘》ですよ」

 

 自分を《無銘》と名乗る少年を見る

 

「……それで?自称《無銘》さんが私に何の用かしら?」

 

 イヴはアルスを《無銘》だと信じていない

 

「……忠告ですよ」

 

「忠告?」

 

 アルスの言葉にイヴは疑問を露わにする。

 

「私に忠告なんて必要ないわ、これ以上用が無いのならさっさとどこかへ行ってもらえる?」

 

「……任務を失敗するのは構わない……でも、敵に利用はされないでくれよ?」

 

 そう言ってアルスは去って行った。

 

「私が……敵に利用される?……私はイヴ=イグナイトよ……私を利用するなんて出来る筈がないわ……」

 

 そう呟き、ルミアの監視に戻るイヴ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり止めれなかったか……」

 

 アルスはトイレで呟いていた。アルスはイヴの境遇を知っていると同時にイヴがどんなに戦果を上げた所でそれが報われないことも知っている。

 

 アゼル=ル=イグナイト──────帝国王家の分家筋にあたる三大公爵家の1つであるイグナイト家の現当主であり、前《紅焰公(ロード・スカーレット)》。アルスとアゼルは面識があり、皮肉なことだがアルスが固有魔術を作るきっかけとなった人物でもある。それだけでなく、アゼルはイヴを恐怖によって支配しており今のイヴ=イグナイトを作っているのはアゼルの影響を多大に受けたからだろう。

 

 アルスはそんなイヴに同情していたのかもしれない。だから、救おうとしても器用ではないアルスではイヴを救えなかった。この一件でイヴはアゼルにまた一つトラウマを植え付けられるだろう。

 

「《刮目せよ・我が幻想の戯曲・演者は我なり》」

 

 【セルフ・イリュージョン】の呪文を唱え、アレスとなりルミアの元へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 アルスとルミアは合計三回のダンス・コンペ予選が終わり、グレン達と合流した。

 

「ふふん!どう?ルミア、私たちも中々やるでしょ?」

 

 システィーナがルミアに対抗心を燃やす

 

「ふふっ、お互い頑張ろうね」

 

 ルミアは微笑みながらもエールを送る。

 

 ルミアとシスティーナは対抗心は合ってもいい雰囲気だ。

 

 だが、グレンとアレスはいい雰囲気とは言えない

 

「あっれぇーアレス~ひょっとしてビビってるぅ?これは今年の『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』は俺達のものかなぁ~」

 

 いつにも増して煽るグレンだが、その理由は採点にある。アレスとルミアは精一杯踊っているが、グレンとシスティーナの方が得点が高いのだ。

 

「(大人げねえ……)……まあ、これから本気出すんで……」

 

 そう言ってアレスは本選に出場しながら、他のカップルの踊りをずっと見ていた。

 

 

 そうして、準決勝が終わり残ったのは

 

 アレスとルミアのカップルとグレンとシスティーナのカップルだった。

 

「やったね!アレス君」

 

「うん……分かってたけど、相手はグレン先生とフィーベルさん……キツイなあ」

 

 そんな会話をしていると、グレンとシスティーナが来た

 

「どうやら、ルミア達とは決勝戦で雌雄を決することになりそうね!」

 

「あれれぇ~?アレス~?本気出すんじゃなかったのぉ?」

 

 闘志を燃やすシスティーナとアレスを滅茶苦茶煽るグレン

 

「ルミアも『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』を目指して、一生懸命頑張ってきたんでしょうけど……でも、ここまで来たからには手加減はしないわよ?私、全力で優勝を狙うんだから!」

 

「うん。分かってるよ、システィ。私だって負けないよ?『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』を着て素敵な殿方と踊るのが、私の子供の頃からの夢だったんだもの!」

 

「素敵な殿方ねえ……?」

 

「システィこそ、遠慮しないで本気で来てね?じゃないと……『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』は私が貰っちゃうよ?」

 

「いいわ!そこまで言うなら、正々堂々戦いましょう!どっちが勝っても恨みっこなしよ!?」

 

「うん!もちろん!」

 

 熱い火花を散らし合うルミアとシスティーナであった

 

「グレン先生、フィーベルさん……悪いけど勝つのは僕たちだよ」

 

 グレンの煽りを完全無視していたアレスが笑みを浮かべながら宣言し、ルミアと一緒に会場へ向かって行った。

 

 

 

 ルミアとアレスは会場の中央に立つ

 

 すると

 

「アレス君……ありがとね」

 

 ルミアは突然感謝の言葉を述べてきた。

 

「アレス君のおかげで……今夜はとても楽しい社交舞踏会になったから……」

 

「………」

 

 アレスは、ルミアの透き通った穏やかな表情を見ながら無言を貫く。

 

「これで、勝っても負けても……私、後悔しないよ。今夜のことは……きっと、私の一生の宝物だから……」

 

 ルミアはどこまで嬉しそうに続ける

 

「私……今夜だけは、精一杯、本気で、頑張るから……」

 

 どこまでも嬉しそうに……まるで、悲しいことなど1つもないように……

 

「アレス君……お願い。この一時だけ、私と一緒に、私たちの出せる全てを……観客の皆さんに……審査員の方々に……全てを余すことなくみせてあげよう?」

 

 この表情が、アレスはあまり好きでは無かった。希う(こいねがう)ような表情の裏に悲しそうな切なげな表情を隠す。こういう時ルミアは碌なことを考えていないのだ。

 

「……なんで、これが最後みたいに言うのさ……」

 

「え?」

 

 アレスの呟きにルミアは首をかしげる。ルミアはそんなつもりで言ったわけではないのかもしれない、けれど、アレスからしてみれば諦めの言葉も同然だった。

 

「……僕はティンジェルさんにいなくなってほしくない……もし、いなくなるなら、僕も付いていくからね……」

 

「……それは……」

 

 アレスの宣言は、ルミアにとって予想のつかない言葉だった。ルミアは自分と一緒に居れば傷つくと分かっているから今夜限りでアレスに対する気持ちを諦めるつもりだったのだ。でも、アレスはルミアと一緒に居れば傷つくと分かった上で付いていくと言っている。

 

「……それに、今回のダンス・コンペ……ティンジェルさんに『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』を着せるから……」

 

 ルミアが何か言葉を返そうとしたタイミングで、指揮者が指揮棒を振り上げ、ダンス・コンペ最後の演奏が始まった。

 

 交響曲シルフィード第六番。それに合わせて始まるダンスはシルフ・ワルツの六番

 

 アレスとルミアは一礼し。

 

 グレンとシスティーナも一礼する。

 

 お互いがお互いの手を優しく握り……静かに踊り始める。

 

 グレンとアレスは踊り方が似ている──────これは、両者の踊りを見た人物全員が思ったことだ。

 

「「「ッ!?」」」 

 

 しかし、この決勝である一つの変化が起きた。それはアレスの踊り方が急変したのだ。

 

 ステップの踏み方やシャッセの刻み方が今までとは別物なのだ。今までは熱っぽく激しくて視線を惹きつけるような踊りはずなのに、今はそれを忘れさせるくらいに静かに穏やかに見た者すべてを魅了するかのように踊っている。

 

 アレスのこの踊り方は、セシルとテレサがやっていたものだ。この踊り方は見れば魅了されるが、人数が多かった予選の時点では見られない……だが、この決勝においては嫌でも目立つのでこの踊り方はグレンとシスティーナのカップルに対抗できる踊りなのだ。

 

 

 こうして、決勝は終わり

 

「はぁ……はぁ……はぁ」

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 ルミアとシスティーナは最後の踊りに全部を出し尽くしたので、息が荒い。

 

 審査員たちは難しい顔をしながらも決めていき──────結果は、僅差でアレスルミアのカップルが勝利を収めていたのであった。

 

 

 

 だが、アレスと《魔の右手》のザイード以外は知らない──────『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』こそが、ルミアの死に装束であることを……




 恐らく近日中に番外編でアルス君の固有魔術についてやります。まあ少しだけ書いておこうかなあと思って、アゼル爺が絡んでいることを書きました。


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ルミアの涙とアレスの癒し

 どうでもいいけど、『ひぐらしのなく頃に』の前原圭一のキャラソンでいつもこの小説書いてます。


 今は優勝したルミアが『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』へと色直しをするということで待っている。

 

「やったぜ!俺はずっと、ルミアの『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』姿が見たかった!」

 

「ちくしょう!俺はシスティーナのが見たかったのにぃ!」

 

「リィエルちゃん派の僕が通りますよ~」

 

「むぅ……ら、来年こそは……この高貴な青い血たる私が……ッ!」

 

 みんながそれぞれ違うことを言っていると

 

「アレス!アレス!来たぜ!?うわぁ、マジかよ、予想以上だなぁ……ッ!!」

 

 疲れていたのか誰とも話さずただ飲み物を飲んでいたアレスにカッシュが服の袖を引っ張るので、人混みの中心まで行ってみると

 

 すっかり『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』姿となったルミアがグレンのエスコートで、その可憐な姿を現していた。

 

「……アレス君……お待たせ……」

 

 ルミアの『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』姿は本当の天使のようだった。

 

 広がるスカートの裾はまるで天使の羽衣のようで。

 

 翻る腕のフロートはまるで妖精の羽のようで。

 

 ドレスを飾る保積の装飾は夜天に輝く満天の星。

 

 ドレスを彩るその刺繍は煌びやかな銀細工。

 

 その一身にシャンデリアの眩い光を煌々と浴び、神秘的に輝いていて。

 

 ルミアという原石が持つ美を、極限まで研磨しきり、昇華させるその衣装。

 

 そのあまりの幻想的な美しさはこの会場にいるほぼ全ての人を魅了した。

 

「……そ、その……アレス君……どうかな……?似合ってるかな……?」

 

 ルミアは頬を染めながらアレスに上目遣いで聞いてくる

 

「……うん、すごく似合ってる……本当の天使みたいだよ」

 

 お世辞でもなんでもない。自分の思ったことをそのまま伝えるアレス

 

「それじゃ……アレス君……今夜、最後のエスコート……お願いしてもいいかな?」

 

 ルミアはアレスの言葉に満足して、本当に嬉しそうに……幸せそうに……笑いながらアレスに手を差し出した。

 

「…………」

 

 アレスはルミアが差し出した手を少し時間を空けて取った。

 

 この時のアレスの心情を知る人物はいない。アレスはルミアの幸せそうな顔とは裏腹に強烈な殺意を持っていたのだから……

 

 

 

 アレスとルミアは中央の舞台へと向かう。

 

 社交舞踏会伝統の演目──────『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』を勝ち取ったカップルによる、フィナーレ・ダンスの披露が始ろうとして───

 

「《光あれ》」

 

 アレスのいきなりの【フラッシュ・ライト】に全ての人が驚くと同時に目が潰される

 

「《我・秘めたる力を・解放せん》」

 

 その呪文によって起動された【フィジカル・ブースト】でアレスは元々高かった身体能力が爆発的に上がる。

 

 アレスは強化された身体能力を使ってルミアをお姫様抱っこしながら

 

「ごめんね、ティンジェルさん……フィナーレ・ダンス……したかったよね……」

 

 そんなことを言って出口へ向かうアレス

 

 そこにはシスティーナとグレン、イヴ以外の特務分室のメンバーがいた。

 

「ルミア!?どうしてここにッ!?」

 

 システィーナの疑問を露わにする

 

「…………」

 

 ルミアは答えず、ただアレスを見つめている

 

 その視線に気づいたアルベルトとグレン

 

 アルベルトは即座に左手を構え、グレンは左手をポケットの中へ入れる。

 

 アルベルトとグレンはアレスという人物を警戒したのだ。元々、アレスは怪しかった。並外れた身体能力に判断力、ルミアが巻き込まれる事件に一度も居合わせなかったことも含めて。

 

「おい!アレス!この際だから聞くぞ……お前何者だ?」

 

 警戒心をむき出しにしながらグレンはアレスに問う

 

「…………」

 

 アレスはグレンを無視しながらグレンとアルベルトを見据える

 

「前々から怪しいとは思ってたんだよ……お前も、天の智慧研究会の仲間なのか……?」

 

 グレンは無視するアレスに恐る恐る聞く

 

「違いますよ……あれを見てください」

 

 そう言って、アレスは会場を見ると──────会場にいる全員がルミアという今回の社交舞踏会のメインが抜けたにも拘らず、ダンスを続けているのだ。

 

「……白猫の推測通りってわけか……」

 

「ああ、そのようだな……」

 

 グレンとアルベルトの言ったことに今度はアレスが疑問を口にする

 

「フィーベルさんの推測……?」

 

「──────ということだ」

 

 アルベルトはシスティーナが推測したものをありのまま伝えた。

 

・今年の社交舞踏会の楽曲である『シルフィード』が魔曲であること。

 

・その魔曲は人の深層意識を支配するものであること。

 

・その魔曲は深層意識を支配するため魔術制御ができないこと。

 

・そして、その魔曲は魔法遺物(アーティファクト)によって起動されているので近代魔術(モダン)では解析できないこと。

 

「……ぐすっ……ひっく……うぅ……」

 

 システィーナの推測を聞いたルミアは声を押し殺しながら泣いている。

 

「な、泣くなよ……」

 

「ルミア……」

 

 珍しいルミアの姿にグレンもシスティーナもおろおろするしかない

 

「私、本当は分かっていたんです……先生が強引に私を誘ったとき、何か隠し事をしてるって……社交舞踏会の裏で……私達のために……何かを為そうとしているんだって……」

 

 ルミアの告解に皆が硬直していた

 

「でも……私、先生達に甘えてしまったんです……気付かないふりをしていたんです……先生達なら、きっといつものようになんとかしてくれるだろうって……先生が私に何も打ち明けないなら、きっと大丈夫、私が口を挟む問題じゃない、それで良いんだって……」

 

 ルミアは濡れた瞳でグレンを見上げる

 

「ずっと……ずっと、楽しみだったんです……ッ!アレス君を誘えて……一緒に踊れる、今日という日が楽しみだったんです……ッ!子供の頃からの憧れた夢が……どうしても諦められなかった……ッ!何かあるのかもしれないけど先生達ならきっとなんとかしてくれるって……そう思いたかった……ッ!」

 

 ルミアは嗚咽しながら告解を続ける

 

「私は……廃嫡された王女です……いつ、この国から切り捨てられてもおかしくありません……いつ、敵の組織に殺されてもおかしくありません……だから……いつかやってくるその時、後悔しないように……ああ、短かったけど素敵な人生だったなって、笑えるように……ただ思い出が欲しかった……アレス君と、先生と、システィと、リィエルと……クラスの皆と……心の中で輝く宝物のような思い出が欲しかった……」

 

 ルミアの悲痛な独白に、この場の誰もが言葉を失うしかなかった。

 

「でも……私はそれすら望んではいけなかったんです……やっぱり私は……生まれてくるべきではなかったんです……ッ!」

 

 独白を続けようとしたルミアを止めたのはアレスだった。

 

「……ティンジェルさんが一人で悩んでいたのは分かった……でも、自分は生まれない方がよかったなんて言わないでよ……」

 

「………ッ!?」

 

「……ティンジェルさんの境遇は聞いたし、その辛さは僕なんかに推し量れるものじゃない……でも、お願いだから……どんなに辛いことがあっても自分を貶めないでよ……」

 

 アレスはルミアに懇願する。

 

「……ティンジェルさんは普段から無理して背負い過ぎなんだよ……それにさ、ティンジェルさん僕に言ったよね、背負い過ぎるのは辛いって……なら、ティンジェルさんの背負ってるものを半分でも少しでもいいからさ一緒に背負わせてよ……」

 

 ルミアが温泉でアレスに言った言葉を今度はアレスがルミアに返した。

 

「あ、アレス……君……う、うぅ……うわぁああああああああああん……」

 

 ルミアはアレスに抱きつき、幼子のように泣いた。

 

 アレスはそんなルミアの頭を優しく撫でているのであった……

 

 

一方、特務分室の人たちは……

 

「つか、美少女にあんなふうに泣きつかれるとか、マジ羨まし過ぎるんじゃけど?撃っていいかの?なぁ?あやつ撃っていいかの?」

 

 バーナードがルミアに抱きつかれているアレスに向かって銃を向けながら言う

 

「バーナードさん……空気読みましょうよ……」

 

 そんなバーナードを、苦笑いで宥めるクリストフであった。

 

 

「アレス君ありがとう……もう大丈夫だよ」

 

 ルミアは泣き止んで、すっきりしたように微笑む。

 

 ルミアの微笑みを見て満足そうに笑うアレス

 

「……先生、手伝ってくれませんか?……僕だけじゃティンジェルさんを護れないから……」

 

 アレスはグレンに頭を下げる。

 

「先生、私からもお願いします……」

 

 ルミアも一緒に頭を下げる

 

「……これが終わったら、お前の正体聞かせてもらうからな……さぁてお前ら。いっちょ、やってやろうぜ!我らが姫君はハッピーエンドがお望みだとよ?支配された連中を1人も傷つけることなく、ザイードを討つ」

 

 グレンは発破をかける

 

「かぁ~~!可愛い子女の子の前だとすぐこれじゃ!現金なやつ!」

 

「ははは、簡単に言ってくれますね、先輩。わかってるんですか?僕らはすでに敵の術中ですよ?一体、どうやって?」

 

 だが、バーナードとクリストフも、答えは分かっていると言わんばかりの顔だ。

 

「決まってるだろ?おあつらえ向きに、敵はどっかの誰かさんと似たような戦法なんだ……なら、やることなんて決まってるさ」

 

 そう言ってグレンはアルベルトを見る。

 

「おい、やるぞ?アルベルト」

 

「是非もない」

 

 不思議なやり取りを始めるグレンとアルベルト

 

 聞いていると、この会話の内容が作戦であることが分かった。

 

・フェジテ南東のグレンデル時計塔の上からアルベルトがシスティーナを連れて何かしらすること。

 

・グレンやアレス達は北の迷いの森にあるアウストラス山の南側の斜面まで《魔の右手》のザイードをおびき寄せること。

 

 グレンはシスティーナに何か助言をしようとしたが、そのタイミングで傀儡達に位置がバレてしまったので不完全な助言となってしまった。

 

 

 

 フェジテでは、アレス達+特務分室vs《魔の右手》ザイード+傀儡達による戦闘が始まろうとしていた……




 ひぐらしのなく頃にの『you』という曲おすすめです。個人的には喜多村英梨さんが歌う『you』が一番好きです。


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アレスの魔弾

 お気に入り登録593名ありがとうございます。

 ふと疑問に思ったんですけど、皆さんってルミアとイヴどちらが好きなんですかね?
 
 では、どうぞ


リィエル、グレン、バーナード、クリストフの四人が、ルミアを護るように四方を固め、学院内の道を、北へ北へと駆けていく。

 

 時折、ザイードに操られた人間たちが現れては、獣のごとき俊敏な動作で、襲い掛かってくる。

 

「はぁああああああ──────ッ!」

 

 グレンが駆け抜けるままに、掴みかかってくる生徒の腕を取り足を払って転がし

 

「ほいほいっと。すまんのう、若人諸君」

 

 バーナードが瞬歩で生徒の背後を取り、軽い手刀を首に打ち込み意識を刈り取る。

 

「邪魔」

 

 リィエルは、ザイードの《魔曲》により剣が作成できないので生徒を片手で突き飛ばす。

 

「ザイードがこちらに気付きました!追ってきます!」

 

 クリストフは社交舞踏会が始まる前から学院敷地内を効果領域に指定しておいた索敵結界に注力し、敵の様子を窺っている。

 

 ほとんどの魔術を封じられている為、予め学院敷地内に起動してあったクリストフの索敵結界がアレス達の生命線である。

 

「そうか!アルベルトと白猫は!?」

 

 グレンは正面から殴りかかってきた生徒を躱しながら問う。

 

「敵の狙いはあくまで王女だけのようです。アルベルトさん達はノーマーク。2人は今、何の問題もなく、学院敷地内を脱出しました!」

 

「そっか!んでアレスの方はどうだ!?」

 

 グレンがこんなことを聞く理由は

 

 アレスはグレン達が逃げる際にルミアをグレンに任せ

 

「……少しだけ時間を稼いでください」

 

 それだけ言って、どこかへ行ってしまった。

 

「大丈夫です!既に学院敷地内を脱出済みです!」

 

 クリストフの返答にグレンは安堵する。

 

 グレンはふと思う。

 

 アレス=クレーゼ─────今にして思えば彼はこうなることを予知していたのかもしれない。

 

 《魔の右手》ザイードが使う『魔曲』についても彼は一度も驚かなかった。

 

 まるで全てを見抜いているかのように

 

 彼がもし全てを知っているのであれば、会場内の何ヶ所かある出口の中からフィナーレ・ダンスを踊る場所から一番近い出口ではなく、グレン達がいる出口に出てきたことにも納得できるのだ。 

 

「……マジで頼むぜ……アレス……」

 

 もしアレスが未来を予知できるのであればこの状況で別々に分かれた意味がある筈なのだ。

 

 アレスが裏切る可能性はないわけではないが、限りなく低い。アレスにとってルミアは護るべき対象なので見捨てることはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、アレスは学院敷地外にいた。

 

「《解呪(キャンセル)》」

 

 【セルフ・イリュージョン】を解除したのは魔力の節約とザイード達にアレスとしての姿を見られない為だ。

 

 武器が無いのは辛いので武器を投影する

 

 「《認識顕現(リアライズ)》」

 

 その呪文と共に出てきたのは1丁の銃と6発の弾丸だった。銃である理由は、《魔の右手》ザイードが普通の魔術を使るかもしれないことを警戒してるからである。もし、剣で接敵している時に【ライトニング・ピアス】でも撃たれようものなら流石のアレスでも負傷を免れないからだ。

 

 そんな事を思いながらアレスは、イヴと接触した際に使っていた通信魔術の魔術式を思い出しながら通信魔術を起動する。

 

『こちら《無銘》……《星》さん聞こえてますか?』 

 

『……何の用だ……』

 

『今からザイードに支配された《魔術師》を助けに行く……それを伝えたかっただけです』

 

 それを伝えると通信をやめアルスは2つの魔石を左右のポケットに入れてイヴ達がいる北の迷いの森へ向かって行った。

 

 

 

 

 無事、イヴの所へ着いたのだが……そこにはザイードに操られたイヴと天の智慧研究会のグレイシアとゼトがいた。

 

「うふふっ♪どちら様かしら?」

 

 《冬の女王》グレイシア=イシーズはアルスに問う

 

「僕はアルス……君の後ろにいる赤髪のイヴさんを返しては貰えないかな?」

 

 アルスは一応聞いてみる

 

「うふふっ♪正直なのは嫌いじゃないわ♪でもダーメ☆」

 

 グレイシアに拒否され

 

「……力ずくで返してもらうしかないか……」

 

 アルスはそう言って右手に持つ銃を構える。

 

「ふはははははははは─────ッ!力ずくだと?そのような物を使って我々を倒すのか?」

 

 《咆哮》ゼト=ルードはアルスの持つ銃を見て笑いながら疑問をぶつける

 

「…………」

 

 アルスは何も言わずに、グレイシアの後ろにいるイヴの元へ向かうが、既にグレイシアの魔術で辺り一帯は絶対零度の空間であった。

 

「……ッ!?」

 

 アルスは驚くと同時に自身の左ポケットに入っている魔石を砕く。

 

 魔石を砕くとアルスの左手には歪な短剣があり、その短剣を絶対零度の空間に落とす

 

「なっ──────────☆」

 

「なっ!?」

 

 グレイシアとゼトは驚愕した。それもそうだろう。グレイシアの『死の冬の刻印』を使って起動している筈の周囲50メトラの絶対零度空間が何故か無力化されたのだから。

 

 グレイシアとゼトが驚愕したタイミングでアルスはイヴの背後に回り手刀を打ち気絶させ抱えながらすぐにどこかへ消えて行った。

 

「……何者なのだ……あやつは……」

 

 ゼトは驚愕しながらアルスが逃げた方向へ目を向けていた。

 

「…………」

 

 グレイシアに至っては言葉も発せていない。

 

 一方、イヴを救出したアルスは

 

 イヴを会場のベンチへと寝かせ、今度は右手の魔石を割るとアレスの姿になった。

 

 アルスが左右のポケットに入れていた魔石の正体は左の魔石には《破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)》を投影する為の魔術を入れており、右の魔石には【セルフ・イリュージョン】の魔術が入っていた。

 

 この2つの魔石には術式自体が入っており、あとは魔術起動(スタートアップ)識域解放(オープン)するだけなので深層意識を変革された所で意味が無いのだ。

 

 そして、あくまでも《破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)》を投影する為の『術式』であって本体ではないので魔石に封じ込められるのだ。

 

「よし、行くか……」

 

 誰もいないが掛け声をかけてルミアの元へ向かうアレスであった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「はぁ……はぁ……大丈夫か?」

 

 グレンはルミアに聞くが、ルミアに返答するだけの体力が無い。そんなルミアを絶望させるのはこの山の斜面だ。これだけ疲れ切って、更にこんな斜面を走り切るなんてルミアには無理だ。

 

 そんな絶望から立ち止まってしまうルミア。

 

 《魔の右手》ザイードは立ち止まった標的(ルミア)を逃がすほど馬鹿ではない。

 

 ルミアの背後にザイードの傀儡達が来るが銃声が3発、ルミアと傀儡達の間に銃弾が撃ち込まれ、銃声のした方を見ると銃を持ったアレスがいた。

 

「……アレス君!」

 

 ルミアは息を切らしながらアレスの名を呼ぶ。

 

「お待たせ」

 

 そう言ってアレスはルミアの手を取り

 

「グレン先生こっちです!」

 

 ザイードの誘導を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 アレス達は誘導に成功した。ここは、迷いの森の中にある山の一角。

 

 そこは、岩肌が露出して、木に覆われていない、開かれた場所があった。

 

 アレス達はそのど真ん中に追い詰められているような形になっている。

 

「よくぞ、ここまで粘った。だが……ここまでのようだな……」

 

「くそっ!」

 

 アレスはそう言って近づいてくる傀儡達の足元に2発撃つが一瞬止まるだけ、所詮焼け石に水であった。

 

「ったくよぉ……お前ら、天の智慧研究会……毎度毎度、ほんっとうにロクでもないよなぁ……ッ!マジでいい加減にしろよ、キレんぞ、こら!?」

 

「くくく……減らず口もそこまでだ……ッ!」

 

「ちぃ……」

 

 グレンとアレスは右後ろに下がる。

 

「さぁ、パーティーはフィナーレだ……グレン=レーダス。アレス=クレーゼ。そしてエルミアナ王女」

 

「あ、アレス君……先生……ッ!?」

 

 ザイードの周囲に侍る楽奏弾が、楽器を構え

 

 ルミアは不安げにアレスの後ろ袖を掴み

 

「大丈夫だよ、ティンジェルさん」

 

 アレスそう言ってルミアを撫でる。

 

「さぁて、ザイードさんよぉ……アンタはきっと自身の優位を微塵も疑っちゃいないんだろうが……1つ、忘れちゃいねえか?俺らのうしろにはなぁ─────」

 

「─────最っ低にいけ好かねえが─────」

 

「さぁ、奴らを殺せ─────ッ!」」

 

 グレンの呟きを無視し、ザイードが指揮棒を振り上げた途端

 

「─────最っ高に頼もしい『鷹の目』があるってことをな!─────」

 

 

 

 

 

 

 グレンが呟いている最中、アルベルトは黒魔【ライトニング・ピアス】を改変し固有魔術(オリジナル)レベルにまで昇華した超・長距離狙撃用攻性呪文(アサルトスペル)の黒魔改【ホークアイ・ピアス】の呪文を唱えていた。

 

「《万里見晴るかす気高き雷帝よ・其の左腕に携えし天翔ける雷槍以て・遥か彼方の仇を刺し射貫け》」

 

 時計塔の天辺から発せられた雷閃は─────闇夜を鋭く、真っ直ぐ切り裂いた。

 

 流星のように翔け流される一条の閃光。

 

 その雷槍はザイードが頭上に振り上げた指揮棒を─────根元から、撃ち抜いていた。

 

「な──────────ッ!?」

 

 ザイードは一瞬硬直するが

 

「……私の負けか……」

 

 と素直に負けを認めると同時に

 

「……ふふふ、あははははははははは───────ッ!今回は上手く乗り切れたが、次も同じように行くとは思わぬことだ。エルミアナ王女、貴女はここにいるべき……否、いていい存在ではないッ!貴女がいる限り私達天の智慧研究会は何度でもこのような行為を行うでしょう。それが嫌ならば我々と共に───────ッ!?」

 

 ザイードはルミアに対して脅しともとれる発言をした直後、アレスからの強烈な殺気に黙らざるおえなかった。

 

 アレスは、銃に1発の弾丸を装填していた。

 

「《その肉体(世界)破滅を終焉を(終わりを)・────》」

 

 その呪文はアルスが作成した魔弾(・・)の力を開放する為のもの。

 

「《────・銃弾よ駆け抜けろ・────》」

 

 アルスが作り後悔した魔弾(もの)

 

「《────・我が身体(世界)を糧として・────》」

 

 アルスが最も使いたくもない魔弾(もの)

 

「《────・汝の肉体(世界)を狂わせ給え・────》」

 

 アルスが忌避し、これからも忌避し続けられると思われていた魔弾(もの)

 

 この魔弾はアレスではなくアルスが一生見たくもなかった魔弾(もの)であり、アルスの望む力とはかけ離れてしまったものだ。

 

魔術起動完了(セット)

 

 その言葉と同時に膨大な量の魔術式が銃へと吸い込まれてく。その魔弾の名前は───────

 

「終わりだ───固有魔術(オリジナル)破滅への道(レイズ・デモリッション)】」




 基本的にこの作品でのアルスの固有魔術の詠唱は世界という言葉を入れようと思います。理由としては心象世界を具現化する魔術を持ってるからです。

 次回は後日談です。


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魔弾の代償と後日談

 


「終わりだ───固有魔術(オリジナル)破滅への道(レイズ・デモリッション)】」

 

 アレスの銃によって放たれた魔弾がザイードの身体に吸い寄せられるように撃ち込まれる。

 

 その姿は、天使を守護する儚い死神のようだった。

 

「うっ!……尋問のつもりか……私は大導師様に誓った身……ッ!?」

 

 ザイードは天の智慧研究会の大導師に誓って尋問には屈しないという意思表示をしようとしたが、その前にザイードは血を吐いた。

 

 アレスはルミアの目を塞いだ。

 

 そして間もなく

 

「うぁああああああああああああああああ───ッ!?なんだッ!これはッ!」

 

 ザイードは血を吐きながら叫ぶ。

 

 この魔弾は失血死させるものではない。

 

「ッ!?身体が……ッ!?」

 

 ザイードの身体が何故か破裂したことにグレンは驚愕する。

 

「われ……ら……が……」

 

 これがザイードの最後の言葉だった。

 

「「「ッ!?」」」

 

 そこへアルベルトとシスティーナ以外の特務分室が戻ってきた。

 

 特務分室のメンバーがザイードの姿に息を飲むと同時に、アレスはルミアを開放する。

 

「アンタに撃ち込んだ魔弾は、本来は世界を引っ繰り返すモノを弾丸にして放ち、着弾した相手の体内で世界が構築・暴走し、その影響で相手を殺す魔弾……」

 

 アレスはこの魔弾について嘘の説明した。

 

 この魔弾の本来の力は、『本来は世界を引っ繰り返すモノを弾丸にして放ち、着弾した相手の体内で固有結界が構築・暴走し、無数の剣が体内から串刺しにする(・・・・・・・・・・・・・・・)魔弾』である。

 

「世界を構築!?」

 

 クリストフは驚き

 

「そりゃすごいわい」

 

 バーナードが素直は称賛した

 

「ん、なんかすごい……んだよね?」

 

 リィエルはよく分かっておらず

 

 そこへアルベルトとシスティーナが到着した。

 

「アレス=クレーゼ……今回の件、王女を守ってくれたことには感謝する……だが、少なくとも貴様が何者か分かるまでは俺が信用することは無い」

 

 アルベルトは鷹のような鋭い目つきでアレスを見据えながら言うが、アレスは何も言わずただ俯いているだけ。

 

 だが、ルミアの目にはアレスの異常な姿が映った。アレスの顔色は悪く、息遣いも荒い、立っているだけでも辛そうなのだ。当然アレスは倒れた。

 

「アレス君ッ!」

 

 ルミアは倒れたアレスの元へ行く。

 

「……使いたく……なかった……ッ!これだけは……ッ!使いたくなかったんだ……ッ!」

 

 アレスは上半身を起こし泣きながら告白し始めた。

 

「もう二度と使わない……つもりだったんだ……ッ!でもッ!これしか……思いつかなかった……ッ!」

 

 アレスの銃を握っている手は震えている。

 

 アルスがこの魔弾を作ったのは約半年前、ルミアを効率よく護るために作ったつもりだった。

 

 そもそも、この魔弾のコンセプトは敵を素早く無力化する為に敵の体内に固有結界を作り内臓を少し破壊すれば効力を失うというもののはずだったのだ。

 

 この魔弾の効果が失われるのは着弾してから10秒後。だが、撃たれた人間はその10秒で破裂してしまうのだ。

 

「これは誰かを護るために作ったものじゃない……ッ!」

 

 これを思いついた時は、もう誰も殺さなくて済むと思った。でも、それは間違いだった。固有結界が暴走すれば10秒も掛からずに人は死ぬのだから。

 

 この魔弾を初めて撃った相手は魔獣だった。だが、撃ってすぐに魔獣の身体が破裂したのを見て直感した。『これは使ってはいけなもの』だと。

 

「僕は……人殺しだ……ッ!」

 

 アレスは白状するように呟く。

 

 【無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)】や【銃の世界(アウター・アルケミック)】は多少の差異はあれど、『エルミアナ』を護るというアレスなりの正義によって作られた魔術だ。

 

 だが、【破滅への道(レイズ・デモリッション)】は違う。これは『敵を無力化するため』ではなく『相手を殺すため』に作られた魔弾なのだ。最初からそんな思いを持って作ったわけでは無い、でも結果的にそう作られてしまったのだ。

 

「「アレス……」」

 

 システィーナとグレンは言葉を失う。アレスがどんな境遇で生きてきたのかは知らないが、アレスにはアレスなりの葛藤があったのだ。

 

「「「…………」」」

 

 アルベルト達も言葉を失っていた。今のアレスは帝国軍の特務分室にいた頃の心が摩耗していたグレンに似ているから。

 

 そんな中動いたのはルミアだ。

 

「大丈夫だよ!」

 

 ルミアはそう言って震えているアレスの手ごと抱きしめる

 

「大丈夫だから!……アレス君のおかげなんだよ!?……アレス君のおかげで支配されていた人たちも私たちも助かったんだよ!?……アレス君が皆を救ってくれたんだよ……?」

 

 ルミアはアレスに慈しむように赦すように優しく囁く  

 

「……うああああああああああ─────────ッ!」

 

 その言葉でアレスはルミアに泣きついた。

 

「大丈夫、私がずっと……ずっと傍にいるから……」

 

 グレン達はその光景を微笑みながら眺めていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時は《魔の右手》ザイードにより社交舞踏会のメインイベントであるフィナーレ・ダンスは台無しとなったが、社交舞踏会はフィナーレ・ダンスを踊らなければ締まらないということによりアレスとルミアのカップルは踊ることとなった。

 

 

 

 

 今は、フィナーレ・ダンスを踊っている最中である。

 

 アレスは泣きまくったせいで目が赤く少し腫れているが、ルミアはアレスを見て微笑む

 

「ありがとう、アレス君。私、アレス君と出会えて本当に良かったよ。色々あったけど……今夜のことはきっと、私の一生の宝物だよ……」

 

「…………」

 

 ルミアは満面の笑みでそう言うが、アレスからしてみれば心外だ。

 

 アレスが、ルミアの元とは言え最も近かった自分がこの程度の笑みで悩みに気付けないと思われていることが心外だった。

 

「ティンジェルさんは、ここにいていいんだよ……」

 

「え?」

 

 アレス言った一言にルミアは一瞬驚く

 

「ティンジェル……ううん、ルミア……君はここにいていい……言ったでしょ?君を不幸にはさせないって……」

 

 その言葉と同時にアレスはルミアを抱きしめ、フィナーレ・ダンスは終了した。

 

 この時、アレス以外の誰も気付かなかった。

 

 ルミアはアレスに抱かれる形で静かに嗚咽していたことを……

 

 

 

 

 

 

 

 社交舞踏会も無事終了した。

 

 ルミアをフィーベル家まで送っていった後、家に帰るとアレスの家の前で待つ1人の女性がいた。

 

 イヴである。

 

「……何の用ですか?イグナイトさん?」

 

 アレスは、イヴに問う

 

「《無銘》ってあなたでしょ」

 

 泣いてきたのだろう、目が赤く腫れている状態のイヴがアレスに聞く

 

「……どうやって知ったのかは分かりませんが……そうですよ」

 

 アルスは、真実を告げる。

 

 何故、真実を告げたのかそれを知る者はいない。これは未来を視るアルスだけが出来ることだから。

 

「……あなたの正体をバラされたくなければ特務分室に入りなさい」

 

 イヴはアルスの正体を条件に特務分室へ招待する。

 

「……条件がある……」

 

「何かしら?」

 

 イヴはアルスを手に入れられるという事で上機嫌だ。

 

「僕のナンバーについてだ……貴女は前に言ったね、執行官ナンバー20《審判》だと……僕が欲しいナンバーは21《世界》だ」

 

 イヴもこれには唖然とした。

 

 特務分室のメンバーにはナンバーが当てられるのだが、その中でも《魔術師》と《世界》は特別なのだ。

 

 《魔術師》は代々イグナイト家が管理し、特務分室の室長となる。

 

 《世界》は、最強の人物に当てられるものだ。そして《世界》は約15年前のセリカ=アルフォネア以来埋まっていない。

 

 別に《世界》は魔術で最強である必要はない。個々の能力の中で最も強い人物を当代の《魔術師》が決めればそうなるのだ。

 

「……どうする?」

 

 アルスのニヤケ顔を見て焼きが回ったイヴは

 

「いいわ……そのナンバーをあなたにあげる……ただし、誰よりも戦果を上げなさい。《世界》のナンバーとは最強の特務分室の証よ」

 

「……わかった」

 

「……私は行くわ、また会いましょう。執行官ナンバー21《世界》のアルス=フィデス」

 

 イヴはアルスにナンバーを授け、去って行った。




アルス君は特務分室に入れます。あと8巻はカットでも良いですかね?ぶっちゃけアレ、アレス君がいると書きにくくてしょうがない。



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短期留学編
聖リリィ魔術女学院


 投稿が遅くなったことに関しては聞くんじゃない!

 ただ、すまないとは思っている……

 12巻を書くためには8巻を書かなきゃならんのだよ!


 それは───まさに、青天の霹靂であった。

 

───────────────────────

 

~緊急通知~ アルザーノ帝国魔術学院 学院教育委員会

 

以下、一に該当する者を、二の通りの処分とすることを決定し、ここに通知する。

 

一.対象者:リィエル=レイフォード

 

二.処分内容:落第退学(・・・・)(今年度前期の終了時点で上記の処分とす)

 

三.処分理由:生徒に要求する一定水準の学力非保持、故の在籍資格失効

 

                       以上

 

───────────────────────

 

「ど、ど、ど、どぉいうことっすか、学院長ぉおおおおおお────ッ!?」

 

 掲示板でそんな通達を発見するや否や、グレンは猛烈な勢いで学院長室に駆け込み、執務室のリック学院長へ、机越しに身を乗り出すように詰め寄っていた。

 

「まぁ、そろそろ君が来る頃じゃとは思っていたよ……」

 

 慌てふためくグレンを、学院長は落ち着いた物腰で迎える。

 

「確かに、こいつはマジモンのバカですよ!?今のところ、成績、ボロクソですし!」

 

「むぅ……バカって言うほうがバカ」

 

 リィエルはグレンに後ろ襟首を摑まれぶら下げられながら、不服そうに言う。

 

 帝国政府によって公的に運営される魔術学院は富国強兵、基本的に実力至上主義だ。能力と意欲ある者は優遇するが、無能者、意欲なき者には厳しい。

 

 よって、学業成績が著しく悪い生徒に対しては、学院教育委員会が『落第退学』という強制的に学院在籍資格を剥奪し、退学させる処分を下すことがあるのだが……

 

「一番成績に響く前期期末試験がまだだったんっすよ!?その結果すら待たず、指導も補習も追試も留年もすっ飛ばして、いきなり退学なんて、絶対おかしいっすよ!?」

 

 グレンの言う通り、このタイミングでリィエルが落第退学させられるなんて、本来ありえないことなのである。

 

「そうですよっ!絶対に何かの間違いに決まっていますっ!」

 

「お願いします、学院長……どうか、もう一度よく確認してください」

 

 グレンについてきたシスティーナとルミアは頭を下げながら嘆願し、ルミアに強制連行されたアレスも何故か頭を下げさせられる。

 

 そして、学院長は真実を話し始めた。

 

・リィエルがルミアの護衛につく際、国軍省の強引なやり方を面白く思わない連中がいること。

 

・その連中が学院内から国軍省の息がかかっているリィエルの排除に動いたこと。

 

 そして、最大の原因はリィエルの普段の行動だ。

 

 リィエルは様々な要因から精神的に幼いせいで、一見、素行不良と見て取られる行動も多いのだ。そこに加えて平時の成績不振……リィエルの行動は反国軍省派連中に攻撃の口実を与えてしまったのだ。

 

「くそ……そういうことか……」

 

 グレンは悔しげに歯がみする。

 

「……学院長……なんとかならないんですか?」

 

 真剣な表情で、学院長へと迫るグレン。

 

 そんなグレンのただならない様子を、ぼ~っと見ていたリィエルが、ようやく自分が何かとんでもないことに巻き込まれた……ということに薄々気付き始める。

 

「……ねぇ、ルミア。システィーナ。アレス。ラクダイタイガクって何?……おいしいの?」

 

「それは……その……」

 

「……えっと……」

 

「簡単に言えば、リィエルさんはこれからグレン先生達と一緒に学院で生活できないってことだよ」

 

「ちょっと、アレス!」

 

「……え?」

 

 アレスの言葉に、リィエルは眠たげな無表情を、はっきりと動揺の色に染める。システィーナは、馬鹿正直に言ったアレスを咎めるように言う。

 

「それって……グレンやルミアやシスティーナ……アレス達と……わたし、もう一緒にいられないってこと……?なんで……?そんなのやだ……」

 

 あの感情の起伏に乏しいリィエルが、この時ばかりは……今にも泣きだしそうであった。

 

「さっきからそう言ってる。今回の一件は自分の行動が悪かったって反省できるいい機会じゃないか?」

 

「アレス君!」

 

 黙ってられずルミアもアレスを咎めるように呼ぶが、アレスは微動だにしない。

 

 アレス自身、リィエルに対しての言い方が悪いことを自覚している。だが、散々甘やかした結果がこれだ。

 

「……お願いします、学院長ッ!」

 

 アレスのそんな心を知っているのか、グレンが頭を下げる。

 

 だが、学院長はそんな鬼気迫るようなグレンを前に……にやりと笑っていた。

 

「しかし、毎回つくづく思うのじゃが……君は本当に悪運が強いのう、グレン君」

 

「えっ!?」

 

「実はな……ちょうど、リィエルちゃんに、名指しで短期留学のオファーが来ているのじゃよ……聖リリィ魔術女学院からのう」

 

「……なんでンなとこから、いきなり短期留学のオファーが……?いや!今はンなことどうでもいい!リィエルに短期留学のオファーが来たってのは間違いないんすか!?」

 

「うむ。今回、反国軍省派のリィエルちゃんに対する攻撃点は、成績不振による学院在籍資格への疑問、その一点じゃ。つまり、それを覆してやればいい」

 

「そうっすね!他校への留学ってのは、総合成績評価に大きく加点される立派な『実績』だ!リィエルが短期留学を無事に成功させれば……誰も文句は言えねえ!」

 

 そして、グレンは顔をほころばせて、リィエルに振り返る。

 

「よかったな、リィエル!希望が見えて来たぜ!?お前、聖リリィ魔術女学院も、短期留学しろっ!いいなっ!?」

 

 すると、リィエルはきょとんとした表情で……

 

「……ねぇ、ルミア。システィーナ。アレス。タンキリューガクって何?……おいしいの?」

 

「まぁ……美味い話なのは間違いないんじゃない?……裏がありそうだけど……」

 

「おいしいなら欲しい」

 

「アレス、茶化さないで!」

 

「……落ち着いて聞いてね?リィエル。短期留学っていうのは……簡単に言うと、一時的に余所の学校に通うことなの……」

 

「……え?」

 

 ルミアの言葉に、リィエルは眠たげな無表情を、はっきりと動揺の色に染める。

 

「……別の……学校……?この学院じゃなくて……?」

 

「あっ!でも大丈夫よ、リィエル!ずっと余所の学校に行きっぱなしっていうわけじゃないわ!多分……2週間か3週間くらい?ちゃんと帰ってこれるから!リィエルが留学先で、きちんとお勉強すれば……」

 

 狼狽えの色を見せるリィエルに、システィーナが慌てて弁解するが……

 

「やだ」

 

 リィエルの口をついて出た言葉は、強い拒絶であった。

 

「……わたし、リューガク?……したくない」

 

 リィエルの表情は無表情だが、その眉間には微かにしわが寄っている。常に能面なリィエルから察するに……相当、嫌なようだ。

 

「あ、あのなぁ、リィエル……お前、状況わかってんのか!?」

 

 グレンが呆れたように、リィエルに問い詰める。

 

「このままじゃ、お前、この学院を辞めさせられるんだぞ!?ルミア達と一緒にいられなくなるんだぞ!?そんなの嫌だろ?」

 

「ん。やだ」

 

「だったら、ここは大人しく、短期留学をだな……」

 

「……それも、やだ……」

 

 リィエルは拳を握り固め、微かに震わせながら、暗く俯いてしまう。

 

「おい、お前、いい加減にしろよ?あれもやだ、これもやだは通らねえんだよ!」

 

 駄々っ子なリィエルに、グレンが微かに苛立ったように叱責する。

 

「……うるさい……いやだ……いや……いや……ッ!」

 

 リィエルが全身をぶるぶると震わせって言って……

 

「お、おい……リィエル……?」

 

「タイガク?も……リューガク?も……わたし、どっちもいやだ……いやなの……」

 

 そして───

 

「絶対、やだ!グレンのバカ!大嫌い!」

 

 癇癪を起したリィエルが、そう叫んで、学院長室から飛び出しっていってしまう。

 

「お、おい!?リィエル!待て!」

 

 追いかけようとするグレンの肩をアレスが叩いた。

 

「なんだよ?早く追いかけねえとリィエルが───」

 

「校内のチャペルにいるはずなので迎えに行ってあげてください」

 

 アレスはそれだけ言って、校長室から出て行った。

 

「……チャペル……?なんでンなとこにリィエルが……?あ、学院長!短期留学の件は前向きに検討させていただきますっ!白猫!ルミア!リィエルを追うぞッ!」

 

 

 ◆

 

 

 グレンはアレスの言葉に従い、チャペルへと来ていた。

 

「……リィエルは……いないっぽいか……って、なんでお前が!?」

 

 驚愕するグレンの視線には司祭がいる。

 

「久しぶり……という程でもないな。先の社交舞踏会以来か。さて……」

 

 アルベルトが咎めるような視線でグレンを見据える。

 

「事情は聞いている。少し待ってろ」

 

 アルベルトがチャペルの奥へ向かい、講壇の裏側から何かを引っ張り出す。

 

「「えええええ───っ!?」」

 

 途端、目を丸くして驚くシスティーナとルミア。

 

「ん───っ!んん~~っ!」

 

 その正体はリィエルだった。

 

 アルベルトの黒魔儀【リストリクション】に、完全に捕まったようだ。

 

「それでは、皆で話をしよう。無論、リィエルの今後について、だ」

 

「……リィエルが落第退学を回避するには、聖リリィ魔術女学院のオファーを受けて、短期留学で実績を上げるしかなんだよな……やっぱ……」

 

「そういうことになるな」

 

「……おい、話は聞いたか?リィエル。覚悟を決めろ」

 

「……やっぱり、いやだ……行きたくない」

 

 リィエルは、ルミアとシスティーナの後ろに隠れながら泣きそうな表情で言う。

 

「わからんやつだなぁー……何度も言ってるだろ?このままじゃお前……」

 

「少しは察してやれ、グレン」

 

 意外にも、このタイミングでリィエルの肩を持ったのはアルベルトであった。

 

「はぁ?何言ってんだ、お前」

 

「リィエルに短期留学させるのは、確かに酷な話だと言っている……お前だって知っているはずだ、リィエルは……見た目以上に”幼い”のだぞ?」

 

「ッ!?」

 

「リィエル。お前が短期留学を拒む理由をきちんと言え。……皆に分かるようにな」

 

「……わ、わたし……は……グレンや、ルミアや、システィーナと離れたくない……1人になるのが……怖い……だ、だから……」

 

 ここでグレンはアルベルトの言わんとしていることを理解した。

 

 かつて、自分の拠り所を、亡き兄に重ねたグレンに『依存』していたリィエル。『遠征学修』の一件で、リィエルは確かに精神的な成長を果たし、自分の生きるべき道を探そうと決意し、おっかなびっくり前に一歩踏み出した。

 

 だが────それだけで、どうして『もう、リィエルは大丈夫』……などと勘違いしてしまったのか。そんな決意をしたところで、依存心や精神的幼さは急に消えたりしないというのに……

 

「……悪かったな、リィエル。お前の意見も聞かずに、無理強いしようとして」

 

「ん……」

 

「だが、どうする……?実際問題として、短期留学をしねーと、本当に落第退学になっちまうぞ……?うーん……」

 

「あの、先生……私に考えがあるんですけど……」

 

 ルミアがおずおずと進言する。

 

「なんだ?」

 

「その……私とシスティも、リィエルと一緒に、聖リリィ魔術女学院へ短期留学する……というのはどうでしょうか?」

 

「あっ!それはいい考えね!それならリィエルも安心できるんじゃない?」

 

「リィエルは私の護衛なんだし……だったら、私も一緒に行った方がいいかなって」

 

「……可能なのか?そんなことが……」

 

「可能だ」

 

 グレンの疑問にアルベルトが即答する。

 

「良かったな!ルミアとシスティーナも一緒だぞ?これなら大丈夫だろ?」

 

 だが……

 

「……グレンは?グレンは来ないの?」

 

 リィエルの表情はまだどこか暗い。

 

「わたし……グレンも一緒じゃないとやだ……」

 

「……俺?……いや、流石に、俺は無理だろ……」

 

 縋るような上目遣いのリィエルに、グレンが渋い顔をする。

 

「だって……聖リリィ魔術女学院って、男子禁制の女子校だぞ?男は敷地内にすら入れないってわけ。こればっかりは工作とかで、どうこうなるもんじゃねぇし……」

 

「いや。グレン、お前もアルザーノ帝国魔術学院から派遣された臨時講師として、リィエルに同行して貰う」

 

 不意に、アルベルトが訳のわからないことを言い始めた。

 

「はぁ!?お前、何言ってんだ!?無理に決まってんだろ!?俺、男だぞ!?」

 

「案ずるな、既に手は打ってある───」

 

 アルベルトがそんなことを言った───その時である。

 

 ちゅどぉおおおおおおおおんっ!

 

 チャペルの壁が突如、外側から魔術によって爆破され───

 

「や!呼ばれて、飛び出てジャジャジャジャーンッ!」

 

 壁に開いた大穴の向こう側に、真夏の太陽のような笑みを浮かべた女がいた。

 

「セリカッ!?」

 

 最近学院に復帰した魔術教授───セリカ=アルフォネアがそこにいた。

 

「お前、復帰早々何やってんだよ!?」

 

「話は聞いたぞ!まぁ、私に任せな!」

 

 セリカは大股でグレンへ向かって歩いていく。

 

 そして、セリカは豊満なる胸の谷間から取り出した小瓶に口をつけ、その中身を口内に含み───いきなりグレンを両手で抱きしめて拘束し───

 

 少し踵を浮かせて背伸びをして、グレンへと顔を近づけ───

 

 ずっきゅうううううううんっ!

 

 そんな空耳と共に、セリカはグレンへ何の躊躇いもなく、接吻していた。

 

「な、な、な、な、なぁああああああ───ッ!?」

 

 途端、システィーナが顔を真っ赤に火照らせて、素っ頓狂な声を上げる。

 

「き、き、キス!?キスだなんて!?ずる───不潔ですッ!いきなり何やってるんですか、アルフォネア教授~~ッ!あわ、あわわわわわわわわ───」

 

「~~~~~~~ッ!?(うわぁ……)」

 

 ルミアも顔を真っ赤にして、両の掌で顔を覆い、その指の隙間から濃厚に唇を重ね合う2人を、穴が開くほどしっかりと凝視していた。

 

「て、テメェ、いきなり何しやがる!?今、俺に一体、何を飲ませた!?」

 

「大丈夫、大丈夫!痛くないからな~?《陰陽の理は我に在り・万物の創造主に弓引きて・其の躰を造り替えん》───ッ!」

 

 セリカがその呪文を唱えた途端、グレンの全身から煙が立ち上がり始め……その身体のあちこちからメキメキと妙な音が響き始める。

 

 グレンの姿は立ち上る煙にすっかり覆われて見えなくなった。

 

 少しして煙も晴れて、現れたグレンの姿にシスティーナとルミアもリィエルでさえも目を瞬かせて唖然としていた。

 

 そう、グレンが女体化していたのである。

 

「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああ───っ!?オパーイッ!?」

 

 グレンの胸にある2つの丘陵はルミアに負けず劣らずの大きさである。

 

 その胸を揉みながらグレンは叫んでいた。

 

「協力、感謝する。元特務分室の執行官ナンバー21《世界》のアルフォネア女史」

 

「テメェの差し金かッ!?」

 

「吠えるな。元より、上の作戦通りだ。……それと、例のアレスとやらはどこにいる?」

 

「なんでアレスが……?」

 

「忘れたのか?社交舞踏会のときの奴の魔弾を……上はあれを脅威と認識し、その監督を元・王女であるルミア=ティンジェルに一任した。よって、今回の短期留学にはアレス=クレーゼにも同行させる」

 

「なんでルミアに一任すんだよ!?」

 

「奴の狙いは分からんが、目的ははっきりしている。ルミア=ティンジェルの護衛……ならば、護衛対象に手綱を握らせた方がいいという上の判断だ」

 

 アレスに関して言えばすれ違いなのだが、今のグレンやアルベルト達は知る由もない。

 

 アレスが特務分室に入っていることを知っているのはイヴだけだ。だが、イヴはその多忙さ故にまだ報告ができていない。

 

 そんな些細なすれ違いで、またアレスは事件に巻き込まれていくのだった……




途中からアレス君が空気だった件に付いて……


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女体化アレス

 『ルミアは可愛い』この単語テストに出るから魂に刻み込めよ~


「聖リリィ魔術女学院への留学する期間までにアレス=クレーゼを女性にし、同行させること……これが軍から元・王女達に与えられた命令だ」

 

「……アレス君を……女の子に……」

 

「……無理よ……」

 

 軍上層部からの命令にルミアは困惑し、システィーナは半ば絶望している。

 

「アルベルトさんだって知ってますよね?先生に鍛えてもらった今だからわかるんですけど、全く隙が無いんです」

 

「無論、知っている」

 

「なら、無茶ってわかりますよね!?なんで、そんな命令受けちゃったんですか!?」

 

「そのための王女だ。アレス=クレーゼは王女からの頼みは断れない……少なくとも俺と軍上層部はそう認識した」

 

「それは……」

 

「フィーベル、お前の言いたいことはわかる。王女を利用するという軍上層部は屑で、それに従う俺も屑だ……否定はしない。だが、今、アレス=クレーゼという男は帝国にとって最大級の危険分子だ。そんな男をおいそれと野放しにするほど、帝国に余裕があるわけじゃない」

 

「……………」

 

「疑わしきは罰せよってことか……ま、俺だけ女になるってのも不公平だし、あいつも女にするか」

 

 憎たらしい笑みを浮かべながらグレンは言う。

 

「でも、ルミアがお願いしても馬鹿正直に言ったら流石にダメだろうし……どうすっかな~」

 

「飲み物とかに入れちゃうのはどうですか?」

 

「あいつが飲み物を飲んだとこ見たことあるか?」

 

「……ないですね」

 

「私が呼び出すってのはどうだ?」

 

「どうやって呼び出すんだ?」

 

「んー……タウム天文神殿のお礼ってのは?」

 

「おお!その手があったか!……だが、どうやって女にするんだ?」

 

「その辺は任せとけ」

 

「……なんか勝手に決まっていってるなぁ……」

 

 こうしてアレス=クレーゼ女体化事件が幕を開けた……

 

 

 ◆

 

 

 グレンの栄養失調(偽造)により自習となった授業終了直前、本来開かないはずの教室の扉が開いた。

 

「アレス=クレーゼはいるか?」

 

 セリカである。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「いやなに、タウム天文神殿の件のお礼がまだだと思ってな……今日の放課後時間はあるか?」

 

「いえ、お礼なんてそんな……僕は足止めしかできませんでしたし……」

 

「その足止めのお陰で私達は救われた、フィーベル達もどうだ?」

 

「あ、はい、是非、お願いします」

 

「御迷惑でなければ……」

 

「ん」

 

 システィーナ達は困惑しながらも承諾した。

 

「フィーベル達は行くようだが……お前はどうする?」

 

「……じゃあ、少しだけ……」

 

「なら、放課後フィーベル達と一緒に私の家まで来い」

 

 それだけ言って、セリカは出て行った。

 

 

 ◆

 

 

 授業も終わり、アレス達はセリカの家に向かった。

 

「お、来たな?遠慮せずに上がってくれ」

 

「「「お、お邪魔します……」」」

 

 セリカの家はまさに大豪邸と言うに相応しいものだった。その証拠にシスティーナも1度来ているはずのルミアも圧倒されている。

 

「あの、グレン先生は……?」

 

「多分、部屋じゃないか?」

 

「呼んできましょうか?」

 

「後で私が呼んでくるさ」

 

 そして、少し雑談していると目的の場所に着いた。

 

 そこには、様々な料理が並べてあった。だが、どの料理も例外なく美味しそうである。

 

「これ全部、アルフォネア教授が……?」

 

「ああ、ま、お礼だしな」

 

「……すごいね」

 

「ほんとね……」

 

「今回はお礼兼祝賀会って感じだ、遠慮なく食べてくれ!」

 

 セリカがそう言うので、システィーナ達の例に漏れずアレスも料理を食べようとすると───

 

 アレスの胴と足がリング形法陣で拘束された。

 

「えっ……」

 

 今のアレスの顔は困惑と驚愕に染まっている。

 

 そして、アレスがシスティーナとルミアを見ると───

 

「……騙してごめんなさい……」

 

「その……ごめんね?」

 

 どうやら知っていたようだ。

 

「……それで、僕をどうするんですか?」

 

「お前を女にして、聖リリィ魔術女学院の短期留学生にしたいのさ」

 

「……………」

 

 セリカの言葉にアレスは絶句した。

 

「……嘘……だよね……?」

 

 ルミアとシスティーナに縋るような視線を向けるが。

 

「「……………」」

 

 目を逸らされた。

 

「今、お前には2つの選択肢がある……1つ目は自分でこの薬を飲んで、女になること。2つ目は、私に強制的に飲まされること……なんなら、接吻でもいいぞ?一応感謝はしているからな」

 

「マジすか?」

 

 『接吻』という単語がセリカから出たと途端、アレスの顔が真剣そのものになった。

 

「「アルフォネア教授!?」」

 

 接吻という言葉にシスティーナは困惑しルミアは焦る。

 

「さあ、選べ」

 

「選ぶまでもありません、最初から決まっています……接吻でお願いします」

 

「「「え!?」」」

 

 アレスのこの返答にセリカですら驚愕の顔をしている。

 

 アレスは別にルミア以外で性欲が湧かないとか興味がないとかではないのだ。人並みの性欲はあるし、セリカのような美人と接吻なんてご褒美なので受け取る以外の選択肢はない。

 

「……ま、マジで……?」

 

 セリカはアレスなら普通に飲むと思っていたので予想が外れて慌てている。

 

「マジです」

 

「……………」

 

 セリカは胸から出した小瓶とアレスを交互に見ている。

 

「アルフォネア教授……もしかして、恥ずかしいんですか?」

 

「ああ、いや、そういうことじゃなくてな……」

 

 セリカがチラっと見た先にはドス黒いオーラを放ったルミアがいる。

 

「……………」

 

 そのオーラに気付いたアレスは言葉を失った。

 

「アルフォネア教授、その小瓶くださいませんか?」

 

「あ、うん……」

 

 ルミアはその小瓶を受け取り自分の口に含んだ。

 

「て、ティンジェル……さん……?」

 

 アレスはもの凄い悪寒に身を震わせる。

 

 自身の名を呼んだアレスにルミアは笑顔で応える。

 

 胴と足を拘束されているアレスにルミアはゆっくりと近づいていく。

 

 近づいて。近づいて。息が当たりそうな距離まで近づいて、アレスの顔を両手で包み込んで───

 

 ずっきゅうううううううううううううううんっ!

 

 本日2度目の空耳と共に、ルミアはアレスへ何の躊躇いもなく、接吻していた。

 

「な、な、な、な、なぁああああああああ───ッ!?」

 

 本日2度目の接吻見物にシスティーナが顔を真っ赤に火照らせて、素っ頓狂な声を上げる。

 

「き、き、キス!?キスだなんて!?ルミア、私達まだ学生で───あわ、あわわわわわわわわわわ───」

 

「……私とグレンってこんな感じでキスしていたのか……」

 

 セリカは冷静にルミアとアレスの接吻を自分とグレンの接吻と比較していた。

 

「───っぷはッ!?ゲホッ!?」

 

 我に返ったアレスが首をぶんぶん回して、ルミアの拘束を振り解いた。

 

「アルフォネア教授」

 

「お、おう。《陰陽の理は我に在り・万物の創造主に弓引きて・其の躰を造り替えん》───ッ!」

 

 セリカがその呪文を唱えると、グレンのときのように全身から煙が立ち始める。

 

 少しして、アレスを包む煙はゆっくりと晴れていく。

 

「……なに、これ……」

 

 煙が晴れると、アレスはシスティーナと同じくらい長い髪を弄っていた。

 

 アレスの女姿は、凄かった。

 

 身長はルミア達と大差ない、胸もルミアのように大きくはないが、それなりに大きい。だが、アレスが1番気になっているのは急激に伸びた髪だ。

 

 腰にまで届く後ろ髪……まず男では体験しない。それに、セリカの【セルフ・ポリモルフ】のせいで【セルフ・イリュージョン】も解除されているので、髪色も透き通るような水色に戻っている。

 

「……綺麗……」

 

 システィーナは思わずそう呟いていた。

 

 女になったアレスの肌は同性のシスティーナ達からしても綺麗で、その白い柔肌を透き通るような水色の髪が際立たせ、更にシャンデリアがアレスを輝かせている。

 

 この場の全てがアレスの味方とでもいうように、アレスの美はその場を支配していた。

 

「グレン、出てきていいぞ」

 

 一足先に我に戻ったセリカが言うと、グレンがドアから出てきた。

 

「……え、お前、アレス……?」

 

「そうですよ……?」

 

「うっそだろ!?なんで、お前そんな綺麗なんだよ!?」

 

「知らないですよ、皆に騙されて勝手に女にされて……挙句の果てに女性になったこの姿に文句ですか?僕だってなりたくてなったわけじゃないんですよ!」

 

「お、おう……すまん」

 

「はぁ……」

 

「……ほ、本当に、ごめんね?」

 

 アレスががっかりしているとルミアが謝ってきた。

 

「謝るなら最初からしないでほしかったな……」

 

 この時ばかりは、流石のアレスといえどルミアを咎めるように言った。

 

「それで?これで用事は終わりですか?」

 

「まあ、そうだな」

 

「じゃあご飯食べていいですかね……?お腹減っちゃって……」

 

「食後にすれば良かったか……?」

 

「そもそも、この飲み物に入れておけば良かったと思うんですけどね」

 

「食事中は飲まないんじゃなかったか?」

 

「学院では飲み物を買わないだけです、飲み物を買うお金があるほど裕福じゃないですし……」

 

「そうだったのか……」

 

「ま、こっちはこっちで役得だったんで良いですけどね」

 

 アレスはルミアを見て呟いた。

 

「まあ無事、アレスも女にできたわけだし祝杯するぞー!」

 

「「「おー!」」」

 

 こうして、アレス女体化成功とタウム天文神殿攻略の祝杯が始まった。

 

 

 ◆

 

 

 グレンとアレスが女体化するという珍事から、ややあって。

 

 リィエル、ルミア、システィーナ、そしてアレスの聖リリィ魔術女学院への短期留学は決定した。

 

 グレンも臨時の女性講師として、聖リリィ魔術女学院へ派遣される運びとなった。

 

 グレンが抜けたクラスの担任講師は、一時的にセリカが代理を務めることになり……

 

 グレン達は早速、アルザーノ帝国魔術学院のあるフェジテを発つこととなった。

 

 馬車で揺られながら、アレスはチラっとグレンを見る。

 

 グレンの姿はいつも通りだ。クラバットをだらしなく着崩し、講師用のローブを両肩に引っ掛ける……といったものだ。女体化の影響で長く伸びてしまった髪こそ適当なひもで、ポニーテールに括ってあるものの、服装自体はいつものグレンと変わらない。

 

 対してアレスは、修道服にも似た華やかなワンピースに、ベレー帽……聖リリィ魔術女学院の制服姿だ。髪も元々男であるアレスからすればグレンのように括りたいのだが、ルミアに『折角、綺麗な髪なんだから結んだら勿体ないよ!』と言われ、括ることすら許されなかった。

 

「……お前も大変だな……」

 

「お互い、頑張りましょう……」

 

 グレンとアレスは力のない声で、聖リリィ魔術女学院への留学期間を生き残ることを決意した。

 

 

 ◆

 

 

 帝都オルランドのライツェル・クルス鉄道駅にアレス達は、鉄道列車の切符を5人分購入した。

 

「ふ、不思議ねえ……魔術もなしに、こんな鉄の塊が地を走るなんて……」

 

「うん、魔術の恩恵を受けられない人達の英知の結晶だよね……人は魔術に頼らずとも、ここまで出来るんだって……すごいね……」

 

「へぇー……」

 

「あー、うっせぇー……誰だ、ンなもん発明しくさったアホは……近所迷惑だろ……コンチクショウ……」

 

 システィーナとルミアは感嘆し、アレスは適当に流し、グレンは不満を言っていた。

 

 その後はリィエルが迷子になったり、エルザという聖リリィ魔術女学院の生徒に案内して貰ったりと色々あった。

 

 列車に乗り、自己紹介が始まった。

 

「私、エルザと申します。見ての通り聖リリィ魔術女学院の生徒です。ええと……リィエルさん?この子が道に迷っていたみたいなので、ここへ案内したんです」

 

「そうなんだ……ありがとう、エルザさん」

 

 丁寧なエルザに、システィーナが微笑んだ。

 

「私はシスティーナ。こちらの子がルミアよ」

 

「はじめまして、エルザさん」

 

「ええと、そちらの方は……?」

 

 エルザの視線の先には女体化したアレスがいる。

 

 残念ながら、アレスの女としての名前は誰も知らない。皆、いい名前が浮かばず当日列車の中で決めればいいと思っていたのだ。

 

「アナスタシア……アナスタシア=フォールンです。よろしく……」

 

 こうして、アレスの女verの名前がアナスタシアと決まった瞬間であった……




 名前に関してはルミアの名前の元がangel=天使なんですよ、なので、アレス君はfalln angel=堕天使の最初のfallnを使いました。

 悲しいことに作者はネーミングセンスが皆無でして……誠に申し訳ない。


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アナスタシアの魅力

 言ってませんでしたけど、時系列的に【メギドの火】よりも前なので皆アレスがアルスとは知りません。





アレs……アナスタシアが自己紹介した後すぐに、グレンも合流した。

 

「なんか……どうやら、うちのリィエルが随分と世話になっちまったみてぇだな」

 

 歩きながら、グレン達とエルザは互いの自己紹介や身の上話などで盛り上がっている。

 

「あんがとな、エルザ」

 

「いえいえ、困ったときはお互い様です。ええと……レーン先生でしたよね?リィエルさん、落第退学を回避するために、遠路はるばる留学だなんて大変ですね……」

 

「ほぼ自業自得だがな」

 

 エルザがグレンを『レーン』と呼ぶ。女となったグレンの対外的な名前は、グレンが1秒で考えた『レーン=グレダス』なのだ。無論、グレンが提案した瞬間、それでいいのかと、その場の誰もが総ツッコミしたのは言うまでもない。

 

「あれ?……でも、リィエルさん、先ほどまで貴女のことを『グレン』と……」

 

「え!? あ、それ、ただのニックネームだから、気にスンナ!(このアホ!)」

 

 ぐりぐりぐり……

 

「……痛い」

 

 そんな温い談笑を交わしつつ、グレン達は列車内をさまよう。

 

 車両は基本的に、コンパートメントタイプ……1つの車両が複数の個室に区切られており、列車の進行方向に向かって左側に個室が並び、右側に通路がある……そんな構造である。

 

 流石にこれから到着までの数時間、揃って立ちっぱなしはきつい。 

 

 グレン達は席を探して、さらに、前方車両へ……

 

 すると。

 

「お、……おお!これは……ッ!?」

 

 やがて、これまでのコンパートメントタイプ車両から一変して、車両全体が1つの空間となっている開放的なオープンサロンタイプ車両に遭遇した。

 

 特筆すべきは、通常、オープンサロンタイプ車両は、中央の通路を挟んで左右に座席が配置されるものだが……

 

「座席が車両の左側にしかないとか、初めて見たぜ……これがブルジョワ……」

 

 車両の右側は完全にがら空きであり、客車内はとても広々としている。そして、広く開いた右側の空間は、カフェテーブルや調度品などがあり、行き交うお嬢様達のちょっとした社交場と化しているのであった。

 

「さっすが、お嬢様の列車だな……こんな贅沢な車両の使い方してんの他にねーよ」

 

 広い上に、幸い席にも十分な余裕があるようだ。

 

 というか、どうしてこんな車両がありながら、どうして皆、あの狭苦しいコンパートメントタイプの車両にすし詰めになっていたのか、理解に苦しむ。

 

「まぁ、いいや! よっし、お前ら!どっかそこら辺の一角に、適当に座ろうぜ」

 

 グレンが喜々として、一同をそう促す。

 

 アレスは肉体的疲労なのか、精神的疲労なのかグレンが言った途端近場の席に座って寝てしまった。

 

「あ……その、グレ……ええと……レーン先生……」

 

 エルザが申し訳なさそうに、おずおずとグレンへ話しかけていた。

 

「この車両はその……私達は使えないんです……すみません……」

 

「……へ?そりゃ一体、どういう……?」

 

 エルザの妙な台詞に、グレンが間抜けな声を上げた……その時である。

 

「お待ちなさい、そこの方々!」

 

「ん?」

 

 グレン達の周囲を、少女達の集団が取り囲んでいた。

 

 全員、聖リリィ魔術女学院の制服に折り目正しくきっちりと身を包んでおり、良家出身者特有の堅苦しく居丈高なオーラを全身から放っている。

 

 その集団の先頭には、一際高貴なお嬢様オーラを放つ美少女が佇んでいた。豪奢な金髪を縦ロールにし、いかにも高級品っぽい煌びやかな細剣(レイピア)をその細腰に佩いている。

 

 そんなやけに目立つ縦ロールお嬢様が、取り巻きの女子生徒集団を引き連れながら、しずしずとグレン達の前に歩み寄ってきた。。

 

「な、なんだぁ……?」

 

「見かけない顔ですわね、貴女達。黒百合会の方々……でもなさそうですが」

 

 縦ロールお嬢様が、値踏みするようにグレン達を流し見る。

 

「なんだか、立ち振る舞いに、うちの学院に相応しくない田舎臭さが滲み出ていますが……まぁ、今は不問ににして差し上げましょう」

 

 髪をふわさと掻き上げる縦ロールお嬢様。

 

 仄かに漂う香水の香りは、無粋なグレンでも1嗅ぎでわかる高級品だ。

 

「それよりも、貴女達……今、そこの席に入ろうとしていたみたいですが……この車両がわたくし達、白百合会のものだと知ってのことでしょうか?」

 

「……はい? 白百合?」

 

 思わず間の抜けた声を上げてしまうグレン。

 

「いや……この車両って自由席じゃなかったっけ? 指定席だったか……?」

 

 グレンは手元の切符で、自由席車両を確認する。だが、間違いは見当たらない。

 

「うーん……やっぱ、俺達、別に間違っちゃいねえぞ?」

 

「……『俺』……?貴女、なんだか殿方みたいな言葉遣いですのね……下品な」

 

 表情に微かな嫌悪を滲ませ、縦ロールお嬢様が言葉を続け……

 

「それはともかく。自由席だろうが、指定席だろうが、そんなものは関係ありませんわ」

 

 胸を反らして高圧的にそう宣言していた。

 

「ここの車両は、わたくし達のものです。勝手に居座ろうなどとはこのわたくしが許しませんわ。即刻、この車両から立ち去りなさい。ルールは守るべきものです」

 

「いーやいやいや、待て待て待て!ルール破ってんのはどっちだ!?」

 

 流石にぎょっとして、グレンが反論する。

 

「いっくらお嬢様っつっても、この鉄道車両は一応、公共機関だろ!?だったら切符さえ買えば、自由席は誰だって自由に座っていいに決まってんだろ!?」

 

「はぁ……居るんですのよね……伝統と規律を蔑ろにし、自分だけのルールを押し通そうとする無粋で下劣な輩が……」

 

「どっちが自分ルールだ!?いい加減にしろや、てめぇ!?」

 

 呆れたようにため息を吐く縦ロールお嬢様に、グレンが至極真っ当に突っ込むと。

 

「貴女ッ!どこの馬の骨か知りませんけど、フランシーヌ様になんて言葉遣いを!?」

 

「お下がりくださいませ、フランシーヌ様!私達がこの不埒な輩を、しっかりと教育しておきますがゆえに!」

 

 取り巻きの少女達が、グレン達を取り押さえようと、じりじりと動き始める。まるでフランシーヌという少女のためならば、命をも投げださんばかりの鬼気迫る表情だ。

 

「な……なあにこれ……?」

 

 少女達の、なんとも形容しがたい異様な雰囲気にグレンが気圧されていると……

 

「はっ! 相変わらずダセェことしてんなぁ! 白百合会の連中はよぉ!」

 

 そこに新たな少女達の集団が現れた。

 

 いかにも高貴で折り目正しい縦ロールお嬢様の集団とは違い、新たな集団を構成する少女達は、何というか……微妙に制服を着崩し、流行のアクセサリーなどで身を飾り、髪などを染め、どこか垢抜けた……というか、チャラい雰囲気が漂っている。

 

 その新たな集団のリーダー格らしい先頭の少女は、腰まで届く黒髪と、鋭い切れ長の瞳が特徴的な、随分と男前な美少女だ。鋲付き手袋を嵌めた両手を腰に当て、皮肉で不敵な笑いを浮かべ、縦ロールお嬢様の集団を睥睨していた。

 

「コレット! 黒百合会の貴女達がどうしてここに!? この車両はわたくし達の───」

 

「はっ! 知らねえな、フランシーヌ! てめぇらが勝手に決めたルールなんざな!」

 

 フランシーヌと呼ばれた縦ロールお嬢様と、コレットと呼ばれた黒髪不良娘お嬢様が、まるで親の仇でもみつけたかのような形相で、にらみ合い、火花を散らし合う。

 

「それによぉ、アタシ達が言わなくてもそこにいる奴はお前達の車両でぐっすりと寝てるしな」

 

「なっ───」

 

 コレットの一言により、フランシーヌはコレットの視線の先にある座席を確認する。

 

 そこには、2人の少女がいた。

 

 水色の髪の少女は寝ており、もう1人の金髪少女は寝ている少女を起こそうか迷っていた。

 

「「……………」」

 

 ルミアとフランシーヌの間に沈黙が走る。

 

「……な……な……」

 

「あ、えっと……ごめんなさい、すぐ起こしますから───」

 

「可愛いぃいいいい!」

 

 フランシーヌはそう言うと、寝ているアレスを引っ張って抱きしめる。

 

「なんて可愛らしい御人なの!?」

 

 そして、突然抱きしめられたりしたらアレスも当然起きるわけで……

 

「……え……なに、これ……」

 

「しゃ、喋ったぁああああああっ!」

 

 そう言って、抱きしめる力を強くする。

 

「い、痛い……」

 

「あ、ごめんなさいですわ。それよりも、貴女お名前は?」

 

「えっと、アナスタシアですけど……」

 

「アナスタシアさんというのね? わたくしとお友達にならない?」

 

「はあ……別に構いませんけど……」

 

 フランシーヌの興奮具合に困惑しながらアレスは承諾する。

 

「おい! フランシーヌ! お前、随分とそいつを気に入ったみたいだな!」

 

 コレットはフランシーヌに対して嫌味を言うが……

 

「ねえ、アナスタシアさん、紅茶はお好き? 実は先日良いのが手に入りましたの」

 

「………………」

 

「それとも、こちらの菓子の方がお好みかしら?」

 

「おい! 無視するな、フランシーヌ!」

 

「悪いですけど、わたくしはアナスタシアさんとお話を楽しんでいますの、邪魔をしないでいただけます?」

 

「なっ!?」

 

 フランシーヌがそう言うと、今度はコレットがアレスを見る。

 

「……確かに可愛いとは思うけどよ、そんなに気に入ったのか?」

 

「ふん! 所詮黒百合会の方々にはこの子の魅力はわかりませんわ!」

 

「確かにアタシ等にはわかんねぇけどよ……フランシーヌが気に入ったからには奪いたくなってくるよな」

 

「……今までわたくし達は貴女達黒百合会の行動を大目に見てきたつもりです。ですが、流石にアナスタシアさんを奪うことだけは容赦しません! 今、この場で、このわたくし自ら貴女を処断いたします!」

 

「ほう? やんのか? こら。……いいぜ? ここで決着つけるかぁ……?」

 

 この2人の言葉にそれぞれの派閥のメンバーが戦闘態勢へと移行する。

 

「……え、ここでやるんですか……?」

 

「アナスタシアさんは下がっていてください、粗相で野蛮な黒百合会の者達には指一本ふれさせませんので」

 

「アナスタシアとか言ったか? お前、うちに来ないか? そこにいるフランシーヌは規律と伝統を守ることしか頭にない女だぜ?」

 

「……えっと……」

 

 2大派閥のリーダー2人から迫られ、決断を渋っていると、他のメンバーが戦い始めた。

 

 それからリーダー2人も戦い始め、白百合会vs黒百合会の戦いが今、始まった。

 

「……どうしてこうなった……」

 

 アレスはこの戦いの中心となっていることに頭を痛めた。

 

 すると。

 

「どうも」

 

 どこか、気の抜けた声が、アレス達に投げかけられる。

 

 いつの間にか、アレスの傍らに少女が立っていた。長い灰色の髪をお下げにした、無表情の美少女だ。やはり、聖リリィ魔術所が学院の制服に身を包んでいる。

 

「ど、どうも」

 

「いや、私、不本意ながら、あの縦ロールなフランシーヌお嬢様付きの侍女をやっております、ジニーとお申します。以後お見知りおきを」

 

 無表情なその顔はリィエルを彷彿とさせる。しかし、雰囲気はリィエルとはまるっきり違う。

 

 リィエルとはまた違ったタイプの不思議ちゃんだ。

 

「えーと、貴女達、留学生と臨時講師の方でしたっけ?」

 

「そ、そうですけど……」

 

「いや、すみませんね。初めての方はさぞかし面食らったでしょう」

 

 やれやれ、とばかりに肩を竦めるジニー(無表情)。

 

「はぁ……うちのガッコの世間知らずなバカお嬢と、なんちゃってファッション不良娘はとんだご迷惑をおかけしました。実はですね……ああやって、白百合会(笑)とか、黒百合会(笑)とか、女子グループ同士で、ずぅ~~っとアホな小競り合いやってるのが、うちの学校の伝統でして……派閥抗争(爆笑)っていう構造に酔っ払ってるっていうか」

 

「は、はぁ……?」

 

「……笑えますよね? 所詮、大人達に守られたあんな狭っ苦しいコミュニティの中で、何を支配者気取りで偉そうに粋がっちゃってんだか……ぷっ、思春期乙」

 

 淡々とした毒舌とは裏腹に、ジニーの言葉にはまったく感情が乗っていなかった。

 

「さて……私達、これから黒百合会の連中と一悶着ありそうですが……貴女達、巻き込まれたくなかったら、後方車両の方に行くといいですよ。そこなら派閥フリーですから」

 

「そ、そうなんですね……ご丁寧にありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらこそうちのバカお嬢が───」

 

「ちょっと、ジニーッ! 何やっているのです!?いつものようにわたくしのフォローを頼みますわッ!」

 

 フランシーヌがそんなキンキンな声を、ジニーに投げかけた瞬間。

 

「はっ! 只今、参りますっ! お嬢様!」

 

 唐突に別人のように豹変したジニーがフランシーヌの側に一瞬で駆け寄る。

 

 それを見ていた、グレン達は───

 

「「早く逃げよう(ましょう)」」

 

 と言って、後方車両に向かって行ったのであった。




改めて見ると、ジニーちゃん可愛い


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モテることはいいことばかりじゃない……

 最近友人にロクアカで誰が好き?と聞いたら、『フィリアナ=フィーベル』と答えたので、人妻好きなのか?と思ってしまった藹華です。

 友人よ、すまない!


お嬢様グループ同士の抗争という謎のカオスから、這々の体で逃げ出したアレス達。

 

 ジニーのアドバイス通り、後方車両の方へ延々と席を探して進んでいく。

 

 そして、ようやく個室席の1つを確保できたグレン達が腰を落ち着け、一息吐いた。

 

 帝都から聖リリィ魔術女学院まで数時間の旅だ。

 

 昼前に帝都を発ったので、夕方頃、聖リリィ魔術女学院に到着する予定である。

 

 システィーナもルミアも当初こそ、エルザとの会話に華を咲かせていたものの、なにぶん彼女達にはフェジテからの長旅の疲れがある。

 

 そして、いかにも眠気を誘う、列車の心地よい揺れ。

 

 次第に、システィーナもルミアも口数少なくなっていき……

 

「すー……すー……」

 

「……んん……ん……」

 

 やがて、いつの間にか、2人は寝入ってしまっていた。

 

「ぐがー……ぐがー……ぐがー……」

 

 グレンもやかましいイビキを立てながら、速攻で眠りこけており……

 

「……ん……すー……」

 

「……ん……んぅ……」

 

 エルザとリィエルは他の3人より長く起きていたが、それでも話疲れたのか寝てしまっていた。

 

 この場で起きているのはアレスただ1人。

 

 アレスの方にはルミアの頭が乗っており、寝づらいというのも理由の一端だったりする。

 

 流石に少し暇なので持ってきた本を読もうとしたその時……

 

「アルス、君……ん……」

 

 ルミアは1人の少年の名を呟いた。

 

 きっと寝言で、無意識にでてしまった名前なのだろう。

 

 そして同時に、その名前はアレスを焦燥させるのに十分な効力を持っていた。

 

 思い返せば、アルスとしてルミアと会ったのは【天使の塵】の一件が最後だ。それも1日にも満たない時間だった。

 

 その名前を呼んだ理由、それはルミアだけが知っていることだ。アレスには想像することしかできない。

 

 寂しかったのか、辛かったのか、それとも悲しかったのか……もしかすれば、嫌気がさしたのかもしれない。

 

「……考えても仕方ない、か……」

 

 そこまで考えて、アレスはその考えを放棄し読書に集中したのであった。

 

 

 ◆

 

 

 そして、時間は飛ぶように流れ……

 

 やがて、アレス達を乗せた鉄道列車は、森を()ぎり、峠を越え、湖を迂回し……聖リリィ魔術女学院へと到着していた。

 

 聖リリィ魔術女学院は、湖水地方リリタニアに設置された私立の全寮制魔術学院だ。

 

 四方を山や森、湖に囲まれているという外界から隔絶された立地、そして男子禁制と言う制度は、変な虫を嫁入り前の娘につかせず、安心して預けることができる天然の箱庭として、主に上流階級の子女御用達の魔術学院である。

 

 グレン達にとっては、見知らぬ土地、新たなる場所。

 

 アレスとグレンにとっては、本来拝むことすらできない聖域であり、楽園である。

 

 明日から、聖リリィ魔術女学院で過ごす日々が、始まるのである───

 

 

 ◆

 

 

 まず思い起こすは、赤───

 

 赤く燃え上がる我が家、赤く血華、赤く染まる最愛の人達。

 

 そして───何より鮮烈に我が目を灼く、あの赤い髪。

 

 いつものように、私は夢を見る───熱く爛れる炎の夢を。

 

 私という存在と魂を、今も尚、赤く、紅く、朱く焼き焦がし続ける幻夢の炎。

 

 そう、私には『炎の記憶』がある───

 

 

「嫌ぁああああああああああああ───ッ! お父さぁあああああああん!?」

 

 そこは、全てが赤く、紅く───熱かった。

 

 燃え盛る炎、焼け落ちる我が家、血だまりの中に沈む父と母の姿。

 

 最早、骸と成り果てた両親の身体に取りすがりながら、幼い私は無力に泣き叫ぶ。

 

「貴女……ッ! よくも……よくもお父さんを……ッ!? お母さんを……ッ!?」

 

 涙に濡れた瞳で見上げれば、そこには1人の少女が佇んでいる。

 

 滾る紅焔を背に、盛る炎のような赤い髪を棚引かせたその少女の手には───今、思い返しても尚、夢や冗談と思えるほど長大な剣があった。

 

「わ、私は貴女を許さない……許さないんだから……ッ! 絶対に……ッ!」

 

 私は恐怖と混乱、憤怒と憎悪に身を焼き焦がしながら、その少女に吠えかかり……

 

 倒れ伏す父の手にあった東方の剣……『打刀(うちがたな)』を手に取り、立ち上がる。

 

 私は過呼吸を繰り返しながら、震える刀の切っ先を、その少女へと向け……

 

「………………」

 

 それを見てとったその少女は、無言で、私に向かって大剣を構えた。

 

 目撃者は、消す───言葉はなくとも、その悲しげで辛そうな瞳に宿る強制された意思。

 

 私が生まれて初めて実感した死の予感。

 

 だが、私は、無様に震え上がる心に、全身全霊をもって鞭をうち───

 

「───ぅ───ぅぁああああああああああああああああああああああ───ッ!」

 

 裏返った奇声を上げて、私はその少女へと斬りかかった。

 

 日頃、父につけて貰っていた稽古の賜物だろう。これほどの極限状態に於いて尚、気剣体を一致させることができたのは、我ながら称賛に値する。

 

 今の私が為せる最高の斬撃が、眼前の少女に向かって、銀月を描いて───

 

 カァンッ!

 

「───ッ!?」

 

 ───飛ぶも虚しく、少女が無造作に振るった大剣に弾き飛ばされる。

 

 その衝撃で、私の手を離れ、何処かへと飛んで行ってしまう刀。

 

 今の刃と刃が触れたほんの一瞬───それだけで、私は理解してしまった。

 

 彼我の実力差を。互いがその剣に積み上げてきたものの重みの差を。

 

 思えば、病を患って衰えていたとはいえ、歴戦の軍人だった父すら、この赤い髪の少女は破ったのだ。今の未熟な私がひっくり返っても勝てるわけがない。

 

「ひ、ひぃ……ッ!?」

 

 たちまち戦意喪失した私は、無様にその場で尻餅をつき、必死に後ずさる。

 

「い……嫌っ……こ、来ないで……来ないで……お願い、命だけは……」

 

 最早、両親を殺された憤怒も憎悪も忘れ、私はただ必死に、惨めに命乞いをす。

 

 だが、その赤い髪の少女は、私へ淡々と歩み寄り……私のすぐ眼前で立ち止まる。

 

 そして、両手で軽々とその大剣を、私に向かって振り上げる。

 

「あ、……ああ……ぁあああ……ッ!?」

 

 全てが深紅に染まる世界で───熱く、赤く焼け焦げる世界で───

 

 その赤い髪の少女は、私の脳天目がけ、その致命的な鉄塊を振り下ろす。

 

 ぶんっ! 空気を引き裂く鈍い音。

 

 そして、私の脳天に当たる直前私の頭上で。

 

 カァンッ! 剣と剣がぶつかった音。

 

 私はその音を聞いて、誰かが助けに来てくれたと思い頭をあげた。

 

 そこには、赤い髪の少女が驚愕に顔を染め、青い髪の少年が少女の振り下ろす大剣を白と黒の双剣で受け止めていた。

 

 たった一合、その一合だけで、赤髪の少女は剣を下ろし青髪の少年と何やら話した。当時は少年と少女の会話の内容を鮮明に覚えていたが、今はもう少年が少女の仲間だったという大雑把な内容しか覚えていない。

 

 その青い髪の少年は私と同年代か年下、その少年には赤髪の少女を止めることができたのに私や父では止めれなかった。

 

 自分の大切な父と母を殺した奴の仲間に助けられた……そんな事実が嫌で嫌で堪らなくて……

 

「ぁあああああああああああああああああああああああああああ───」

 

 その叫びに呼応するように、私の赤い世界が割れた。

 

 

「───はぁッ!?」

 

 私はいつものように、毛布を跳ね飛ばすように目覚めていた。

 

「はぁー……ッ! はぁー……ッ! はぁー……ッ! はぁー……ッ!」

 

 ここは、聖リリィ魔術女学院生寮にある、私の部屋。

 

 今日から再び学院に通うため、昨日、またこの息詰まる忌々しい場所へと戻ったのだ。

 

 私は、そんな部屋に備え付けの簡素なベッドの上にいる。

 

 全身、汗びっしょりで酷く不快な気分。

 

 吐息はそれこそ炎のように熱く、心臓は今にも破裂しそうなほど暴れていた。

 

「……また……あの夢……」

 

 早朝から陰鬱な気分は禁じ得なかった。

 

 一体、私はいつになったら、あの『炎の記憶』から解放されるのだろう?

 

 全てを失ったあの日以来、私はずっとそんな葛藤に悩まされ続けてきた。

 

「でも……もうすぐ終わる……ううん、終わらせる……」

 

 そう。終わらせるのだ。

 

 私はこの手で、過去に……あの忌まわしき『炎の記憶』に決着をつける。

 

 そのために、もう二度と関わりたくないあの女(・・・・・・・・・・・・・)の提案を呑んだのだ。

 

 私は、この手で全てに決着をつける。あの無様な過去を、弱き日の私を、敵に救われた恥ずべき事実を、清算する。

 

 それで、ようやく……私は、私の人生を新たにスタートできるのだ───

 

 

 ◆

 

 

 聖リリィ魔術女学院に到着したグレン達は、とりあえず図書の予定通り、駅前に用意されていた来賓客用の寄宿舎で一夜を明かすこととなった。

 

 そして───次の日の早朝

 

 本日から登校のため、寄宿舎を出て、学生敷地内を歩き始めると……

 

「うわぁ……」

 

 眼前に広がる光景に、ルミアが目を丸くしていた。

 

 昨日は暗くてよくわからなかったが、学院敷地内……特に鉄道駅前周辺から、聖リリィ魔術女学院本館校舎へと続く大通りにかけて、なんと、書店に飲食店、花屋、オープンカフェにヘアーサロンなど、学生に必要な様々な店が優雅に並んでいたのだ。

 

 無論、店員は全員女性だ。

 

 綺麗に舗装された道路、立ち並ぶ鋭角屋根の建物、店の軒先に下がる看板の意匠、路傍に咲き誇る色とりどりの花、道路に並ぶ街路灯の意匠……どれ1つとっても非常に洗練されたおしゃれなものであり、想像以上に華やかな光景がそこには広がっていた。

 

「すごいね……学院の敷地内にこんな街があるんだ……」

 

「……びっくりした」

 

 この時ばかりはリィエルも、物珍しそうに周囲をきょろきょろしている。

 

「規模は小さいみたいだけど、お洒落で素敵な街並みよね? 雰囲気がすごくいいわ。……うーん、私もこんな学校に通ってみたいなぁ……」

 

 すっかり上機嫌なシスティーナが、楽しそうにそんなことを言うが……

 

「……先生、ここ……」

 

「ああ……息が詰まりそうだぜ。帰りてー」

 

「すぐこれなんだから……まぁ、この雰囲気は確かに先生やアレスには似合わないですけど」

 

 野暮な物言いで水を差すグレンとアレスに、システィーナがため息を吐くが……

 

「バカ、そんなんじゃねえよ。お前、気付かなかったのか?」

 

 グレンが頭の後ろで手を組み、苦い表情で応じる。

 

「この学院……周囲は深い森に、湖、山……鉄道列車なしに脱出はほぼ不可能……ここは外界から完全に隔離された陸の孤島なんだよ」

 

「!」

 

 システィーナやルミアが思わずはっとする。

 

「……辺境の地に作られた全寮制のお嬢様学校。世俗の穢れを病的なまでに排除した、無菌培養の温室世界。……こんなのただの鳥かごだろ。こんなお洒落さを演出されても、俺には中の小鳥さん達へのご機嫌取りにしか見えんぞ」

 

 システィーナやルミアは昨日の列車の中の光景を思い出す。

 

 帝都から聖リリィ魔術女学院へ向かう列車は、大勢の生徒達で溢れていた。

 

 つまり……それだけ、生徒達が学院の外へ出ていたということだ。皆、この学院から出たかったのだ。たいした長さの休暇でもなかったというのに。

 

「昨日の白百合会とか黒百合会とかがある理由がわかる気がするな……」

 

 アレスの言葉にグレンが力強く頷く。

 

「「…………………」」

 

 どう返していいかわからず、システィーナやルミアは押し黙ってしまう。

 

 

 ◆

 

 

 聖リリィ魔術女学院校舎にやってきたグレン達は、早速、学院長室へと通される。

 

「ようこそ、遠路はるばる我が校においで下さいました、皆さん」

 

 学院長室でグレン達を迎えたのは、年の頃、40前後の、人の良さそうな女性だった。聖リリィ魔術女学院の学院長マリアンヌである。

 

「帝国が世界に誇る魔術の学び舎と名高きアルザーノ帝国魔術学院……そのような所から優秀な生徒や、高名な講師の方々を、この度、我が校にお招きできて大変光栄ですわ」

 

 にっこりと、嬉しそうに笑って挨拶するマリアンヌ。

 

「なにせ、我が校はこのような閉鎖的な空間に在ります。余所の学生や講師の方々が、この学院に新しい風を吹き込んでくれること、期待してますわ」

 

「まー、あんま期待されても困るんだが……まぁ、それよりも……」

 

 グレンは探りを入れるように言った。

 

「なんで、うちのリィエルに短期留学のオファーなんざ、出したんだ?」

 

「はて……なぜ? とは」

 

 不思議そうに、マリアンヌが小首を傾げる。

 

「ええと……今回、我が校はオファーを出して余所の魔術学院から、短期留学生を特別に受け入れることになったのですが……その際、我が校の本部事務局教育支援部の事前調査によれば、リィエルさんは、我が校に受け入れるに相応しい優秀な生徒だと聞き及んでいたので……何か問題でもあるのでしょうか?」

 

「…………………」

 

 惨憺たる学業成績に、日々の器物破損。リィエルがこんなお高く止まったお嬢様学校に相応しくない人物であろうことは、ちょっと調べたらわかるはずだ。

 

 それが単なる書類処理関連のミスか……素行調査の虚偽報告なのか、グレンにはそれを確かめるすべはない。

 

 短期留学にルミアではなく、リィエルを指名する辺り天の智慧研究会絡みの案件であることくらいしかわかならない。

 

 その後はマリアンヌから色々なことを教えてもらった。

 

 グレンの受け持つクラスに白百合会と黒百合会の2大トップがいること。

 

 その『派閥』の力は学院運営方針にすら口出しができるほどに強いこと。

 

 etc……

 

 アルザーノ帝国魔術学院にも帝国有数の貴族はいるので、少し授業のボイコットをする程度だと思っていたグレンは、後に後悔することになった……

 

 

 ◆

 

 

「……なるほど……これは誤算だった……」

 

 ……早速、始まったグレンの最初の授業にて。

 

 黒板の前で粛々と教鞭を執りながら、グレンは内心、頭を抱えて呻いていた。

 

 聖リリィ魔術女学院は3つの学年と、花・月・雪・星・空の5クラスで構成されている。

 

 グレンが臨時担任を引き受けることになった2年次生月組へとやってきたのだが───

 

「えーと、俺の名はレーン=グレダス。今日からお前らの勉強を短期ではあるが見ることになった臨時講師だ。よろしくな!」

 

「システィーナ=フィーベル。アルザーノ帝国魔術学院からやってきました」

 

「ルミア=ティンジェルです。短い間ですが、皆さん、どうかよろしくお願いしますね」

 

「……リィエル=レイフォード」

 

「アナスタシア=フォールンです。えーと、よろしくお願いします」

 

 生徒達の前で、グレン達がそんな定番の自己紹介をするも……

 

「あ、あるぇー……?」

 

 先程から聞こえるのは、アレスの悲鳴と白百合会メンバーと黒百合会メンバーでのアレス争奪戦の魔術詠唱の音だけである。

 

 新しい仲間、新しい教師がやって来て、普通ならばそれなりに盛り上がるはずの場面だというのに、1人の悲鳴と魔術詠唱というなんとも悲惨な結果である。

 

 

「……それで、この1節の呪文が、ここに入ることによって、件の心理法則に従い、魔術式の……ここだ、この部分を増幅(エンハンス)して物理作用力(マテリアル・フォース)が……」

 

 そして、どこか悲しい空気の中、始まったグレンの授業。

 

 聖リリィ魔術女学院のカリキュラムに従い、グレンは黒板上にチョークで呪文と魔術式を書き連ねながら、懇切丁寧に、呪文の構造解説を行っていく。

 

 いつも通り、魔術の初心者なら容易に理解できるように、魔術の上級車ならより理解が深まるように……流石はグレンの首をいつも皮1枚で繋いでいる素晴らしい授業だ。

 

「……つまり……より強い意味を持つ言葉を……接頭語に……付け加えれば……」

 

 だが、チョークを走らせる手はやがて止まり、グレンは全身をぶるぶると震わせ……

 

「って、お前らっ! ちょっとは人の話を聞けぇえええええええええええええ───ッ!?」

 

 そう言って、グレンはアレス目がけてチョークをぶん投げる。

 

 そして、クラスのほぼ全員にもみくちゃにされているアレスには避けるだけの余裕がなく……

 

「へぶしっ!?」

 

 丁度おでこに直撃し……アレスは後に『これほどの修羅場は経験しないだろう』と吹聴して回ったとさ……




友人がフィリアナを好きな理由

『人妻ってよくね?』

僕の謝罪を返せ友人。

あと、FGO第2部の2章来ましたね。ナポレオンはアーチャーなので引きませんが、ワルキューレちゃんは3人の声優が担当しているということで頑張って引きますよぉ!


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アナスタシアの決闘

 からかい上手の高木さんのopいいっすよ、おすすめです


グレンの投げたチョークがアレスに直撃した直後……

 

「アナスタシアさん!?」

 

 フランシーヌの声が響く。

 

「せ、先生! わたくしの友人に対してなんてことを!?」

 

「お前ら全員うるせぇええええええええええええ───っ!」

 

グレンはそう言って、フランシーヌ達が取り囲むティーセットや茶菓子3段トレイを派手に吹き飛ばし───

 

 続いて、コレット達の手にある雑誌やトランプなどの遊具を、神速で駆け抜けながら、残像が踊るような挙動でひったくりまくって回収し───

 

 水が流れるような動作で、窓の外へと放り捨てていた。

 

 放物線を描いて飛んでいく『授業中に相応しくない物品』の数々……

 

「ふぅい~~、きぃ~~もてぃいいい~~~~ッ!」

 

 グレンは額の汗を拭いながら、何かをやり遂げたような、とても良い笑顔だった。

 

「!?!?!?!?!?」

 

「……すげぇ。やりやがりました……」

 

 目を白黒させるエルザに、唖然として呟くジニー……

 

「「「……………………」」」

 

 流石に、教室中の全ての生徒が、この事態には呆然とするしかなく……

 

「授業中は静かにね☆」

 

 グレンは再び教壇に立ち、笑顔で生徒達へと振り返って、サムズアップであった。

 

「……まぁ、分かってた。……だって、アルフォネア教授の弟子だもんね」

 

「あ、あはは……」

 

 頭を抱えて突っ伏すシスティーナに、苦笑いしながら気絶しているアレスを膝枕するルミアである。

 

「あ、あ、貴女っ!? これは一体、どどど、どういうつもりですの!?」

 

「おい、てめぇ。先生よぉ……これ、どう落とし前つけるつもりだ、ああ、こらぁ?」

 

 そして案の定、フランシーヌとコレットが肩を怒らせ、殺気立つ取り巻きを引き連れ、グレンに迫るが……

 

「えー、つまり、この構文を分数整理するとだな、呪文の各基礎属性値の変動は……」

 

 それをガン無視で授業を再開しているグレンの図。

 

「人の話を聞きなさいぃいいいいいいいい───っ!?」

 

「人の話を聞けぇえええええええええええ───っ!?」

 

 やはり、人を煽ることに関しては、世間知らずなお嬢様連中より、グレンの方が何枚も上手のようであった。

 

「まったく……アルザーノ帝国魔術学院からやってきた臨時講師か何か知りませんが……どうやら貴女には、教育が必要なようですわね!」

 

「おい、先生よぉ? 教えてやろうかぁ? 誰がこの学院の支配者なのかをなぁ? 余所モンがあんまりデカイ顔してんじゃねえぞ? ……ああ?」

 

 世間知らずなお嬢様であるがゆえに、煽り耐性のないフランシーヌとコレット。

 

 コレットが鋲付き手袋を嵌めた手でグレンを強引に振り向かせて、その胸倉を摑み上げ……フランシーヌが抜き放った細剣(レイピア)をグレンの首筋に当てた。

 

 たちまち一触即発の緊張が、クラス中を支配していく───

 

 

 ……そんなクラスの雰囲気に、敏感に反応する者が2人いた。

 

 リィエルとアレスである。

 

 アレスはルミアの太腿を堪能する余裕もなくガバっと起きた。

 

 そして、リィエルはというと───

 

「《万象に希う・我が腕に・剛毅なるやいb───》」

 

「ストップ!」

 

 起きたてのアレスがリィエルの【隠す爪(ハイドウン・クロウ)】を止める。

 

「……なんで?」

 

「皆本当はぐれn……レーン先生のこと大好きなんだ」

 

「ほんと……? そうは見えないけど」

 

「これはツンデレってやつだよ、よくフィーベルさんが使うやつ」

 

「……なるほど、よく分かった……私が全員倒せばいい、そういうこと?」

 

「……エルザさんも何か言ってあげて……」

 

 アレスがそう言うと、エルザはリィエルの手を握って。

 

「もう少しレーン先生を信じてみない?」

 

「!」

 

「私はまだ、先生とほんの少ししか付き合いがないけど……なんとなく先生が凄い人だって、私にも分かるよ。きっと先生には何か考えがあるんじゃないかな……?」

 

「…………………」

 

「今、問題を起こしたら、リィエル、きっとこの学院を追い出されちゃうよ? そうなったらレーン先生はきっと悲しむだろうし、それに……」

 

 エルザはリィエルを真っ直ぐ見つめ、微笑みながら言った。

 

「……せっかく、こうして貴女と出会えて、同じクラスにもなれたのに……いい友達になれるかもって思ったのに……私は、やだな、そんなの……」

 

「……ん。わかった。エルザの言うとおりにする。……グレンを信じる」

 

 そう言って、エルザとリィエルは勉強に戻った。

 

「……嘘と方便だけ(・・)じゃ、リィエルさんは動かせないわな……」

 

 その姿を見て、アレスは微笑みながらグレンの方へと視線を向ける。

 

 

 ◆

 

 

「大体、アルザーノ帝国魔術学院ってアレだろ? 軟弱ガリ勉ヤロー共が群れ集まってるド田舎学校だろ? そんなトコの講師に教えてもらうことなんかねえんだよ!」

 

「同感ですわ。わたくし達は貴族、高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)として弱き民を守る確かな『力』は必要なのです。そして『魔術』はこの世界でもっとも強く偉大なる『力』……つまり、高貴なるわたくし達にこそ『魔術師』という翠香なる肩書が相応しいのですが……」

 

 コレットとフランシーヌが、口々に嘲弄の言葉をグレンへと投げつける。

 

「要はアンタら、アルザーノ帝国魔術学院でやってる『魔術』ってのは、卓上のママゴトなんだろ? 実践的じゃねーんだよ。屁の役にも立たねえ」

 

「わたくし達に必要なのは『力』、そして『力』ある『魔術師』になるため、より洗練された授業なのですわ。ご理解いただけたら、邪魔しないで頂きたいものですわね」

 

 対するグレンは無言。言わせたい放題だった。

 

「そもそもレーン先生。貴女、なんなのですか? そのまるで殿方のような服装と言葉遣い……それだけで、この格式高い学院の講師には相応しくない証左ですわ!」

 

「おまけにあのイモ臭ぇ4人組……アルザーノなんちゃらってのは、あんなのしか居ないわけ? もう雰囲気がね、根暗っぽいっつーか、庶民臭ぇっつーか、イケてねえ。ド田舎でベンキョーばっかやってるとああなんのかねぇ? あー、やだやだ……」

 

 そんなフランシーヌとコレットの言葉に同意するように、取り巻き達も、グレンやシスティーナ達を遠巻きに眺めて、くすくすと小馬鹿にするように笑い始める始末である。

 

「こ、この人達……ッ! いい加減に……あっ……」

 

 我慢できなくなったシスティーナが立ち上がった……その時、見えてしまった。

 

 圧倒的な殺意を目に込めたアレスを───

 

 アレスはその顔を俯かせ、長い髪によって目を隠しながらフランシーヌとコレットの元へ歩いていく。

 

「……アナスタシア、さん……?」

 

 フランシーヌの手がアレスの顔に届く直前

 

 スパァン!

 

 その音の正体は、フランシーヌの手をアレスが引っ叩いた音だ。

 

「え……?」

 

 アレスは自身の持つ片手剣を抜きながら告げた。

 

「3対1だ……ティンジェルさんを馬鹿にした罪は重いよ? お2人さん」

 

「「「は?」」」

 

「貴女達は魔術でも格闘術でも文字通り何でもあり、対して私はこの剣1本で戦う。簡単なルールでしょ?」

 

「……いくら、アナスタシアさんでもこれ以上は見逃せませんわよ?」

 

「別にいいよ、君はそれだけのことをした」

 

「……わたくしとコレット、最後の1人は誰でも良いのかしら?」

 

「うん、ジニーさんでもいいし君達がバカにしたフィーベルさんでも構わない……誰が出てきても負けないから」

 

「言ってくれるなぁ? じゃあ、アンタが負けたら学院を去れよ?」

 

「うん、いいよ? じゃあ、君達が負けたら土下座してくれる?」

 

「「なっ!?」」

 

「『わたし達の負けです、アルザーノ帝国魔術学院を代表するルミア=ティンジェルさんに対する非礼をお詫びします』ってさ」

 

「嫌ですわ! 何故貴族であるわたくし達がそのようなことを!?」

 

「人を傷つけたら謝る。これ、世間一般の常識だよ?」

 

「なぜ、わたくしがそのような弱き民の常識を───」

 

「君達が負けなければそれでいい話だ」

 

 アレスが言ったことは真実だ。土下座が嫌ならば、負けなければいい。要はそれだけなのだ。

 

「……ジニー」

 

「はっ!」

 

「もう遅ぇからなぁ? アンタが3対1でいいって言ったんだ、今から取り消しはなしだぜ?」

 

「御託はいい、早くやろう」

 

 アレスがそう言うと───

 

「あーはいはい、ストップストップ」

 

「……何ですか?」

 

 グレンの制止にアレスが苛立ったように問う。

 

「次の授業は丁度『魔導戦教練』だ、そこですんぞ」

 

「……わかりました」

 

 渋々承諾したアレスであった。

 

 

 ◆

 

 

 そして、『魔導戦教練』の時間。

 

 フランシーヌ、コレット、ジニーの前に立つのはアレス唯一人。

 

「では、ルールの確認ですわ」

 

 そして、フランシーヌが不敵な笑みを浮かべて、アレスに言った。

 

「こちら側のチームがわたくし、コレット、ジニーの3人……そして、そちら側がアナスタシアさん1人……方式は非殺傷呪文によるサブスト。模擬剣や徒手空拳による近接格闘戦もありとしますわ。降参、気絶、場外退場、もしくは致死判定をもって、その術者を脱落とする……よろしいでしょうか?」

 

「うん」

 

「あと、もう1つ。……この勝負、たとえ非殺傷の呪文でも……炎熱系の呪文だけは使用禁止でお願いしますわ」

 

「うん」

 

「先生もよろしいですね?」

 

「あー、まあそれでもいいんだが……このままじゃ一方的過ぎるしハンデやるよ。……おい、アナスタシア。お前剣なしな?」

 

「「「「は?」」」」

 

 これにはアレスも驚いた。

 

「いや、だってお前が剣持つと一方的になっちゃうし……これくらいのハンデないと相手が可哀想じゃん?」

 

「……武術は?」

 

「制限なし、ただし致死性のないやつだけな」

 

「それなら……まぁ……」

 

「……アタシら、めちゃくちゃ舐められてるなぁ」

 

「……ええ、そのようですわね」

 

「って、それよりもなんで、このアタシが、白百合の連中と組まなきゃならないんだよ?」

 

「仕方ありませんわ。彼女の……アナスタシアさんの御指名ですもの」

 

「……チームワークの不和でも狙ってねえかぁ?」

 

「うん? いや、違うよ?」

 

 アレスが心外とばかりに首を横に振る。

 

「フランシーヌさんにコレットさん、この2人がこの学院でのトップだと思ったからだよ。ちなみにあとの1人はどうでもよかったんだよね」

 

「「は?」」

 

「だって、その1人が埋まったところで学生である以上勝ちの可能性が十分にあるし……だからアルザーノ帝国魔術学院で1番強いフィーベルさんでもいいって言ったじゃん」

 

 アレスが何気にシスティーナの心を抉る。

 

「……なんか、私まで侮辱されてる気分」

 

「大丈夫? システィ」

 

 そして───

 

「んじゃ、開始!」

 

 グレンの掛け声で決闘が始まった。

 

 だが、両者動かない。すると……

 

「まずは先陣を切りなさい、ジニーッ!」

 

「はっ! 援護よろしくお願いします、お嬢様!」

 

 フランシーヌの指示が飛び、ジニーが、たたっ! と疾く軽やかに地を駆ける。

 

 ジニーとアレス。彼我の距離、約数間。3足。

 

「凄い! あのジニーっていう子、きっと近接格闘戦は相当な腕前だわ!」

 

「うん、綺麗な動きだね……」

 

 ジニーが披露した見事な体術に、観客のシスティーナとルミアが目を丸くする。

 

「……でも、アレス君の方が綺麗だよ?」

 

 ルミアの言葉でシスティーナがアレスと対面するジニーを見る。

 

 すると、何やら話しているようだ。

 

「何か、色々とすみませんね、アナスタシアさん」

 

 アレスと対峙したジニーが淡々と言った。

 

「すんごい気は進みませんけど……うちのバカお嬢の命令ですので、手加減しません」

 

「………………」

 

「実は私、東方の『シノビ』の技を代々伝える里の出身でして……」

 

 ジニーは軽やかにステップを踏みながら、無機質となったアレスの表情を窺っていく……

 

「一族内ではまだ若輩とはいえ、技量に関しては、私もかなりの使い手だと自負……」

 

 アレスの構えは自然体、傍から見れば隙そのものなのだが……

 

「……あ。無理」

 

 それなりの使い手であるがゆえに、対峙することで彼我の隔絶した実力差を瞬時に察してしまったジニーは、額に脂汗を浮かべ、半眼で呻くこととなった。

 

「あの……アナスタシアさん……貴女、一体、何者なんです?」

 

「別に? ただの魔術学生ですが? 因みに、アルザーノ帝国魔術学院では、私より何倍も強い人がいっぱいいますよ?」

 

「……嘘でしょ……?」

 

 アレスのさりげない嘘にジニーの背筋は凍る。

 

 アレスのような化け物より強い人達がアルザーノ帝国魔術学院にいるということが信じられないのだ。

 

 その事実に、能面のジニーが珍しく動揺を色濃く浮かべていると……

 

「何をやっているのです、ジニーッ!とっとと仕掛けなさいなっ!」

 

「……なるほど。レーン先生が貴女に剣を使うなと仰っていましたが……実にありがたいですね。それでは……少しばかり胸を貸して頂きましょうか」

 

「……胸はちょっと遠慮してほしいな……」

 

 こうして、ジニー、フランシーヌ、コレットvsアナスタシアという美女対美小女の戦いが幕を開けた。




 cv高橋李依の愛唄も良いですし、小さな恋のうたもいいですね。まあ、個人的に鹿乃さんのivyが1番好きなんですけどね


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決闘の結果

 やっと12巻買えましたよ、ええ。まだ内容も見てないんですけどね。

 


「……胸はちょっと遠慮してほしいな……」

 

 次の瞬間。

 

 シュバッ! 残像する速度と挙動、超前傾姿勢でジニーが滑空するように突進。

 

 アレスの足元を鋭く切り払うと見せて、不意にその姿が霞と消える。

 

「はぁあああああああ───っ!」

 

 その刹那、消えたジニーは上下逆さまの体勢で、アレス頭上の空間にいた。

 

 天高く跳躍してからの、地に落ちる稲妻のような奇襲。

 

 学生とは思えない卓越した身体能力と体術に、その場の誰もが目を見張る。

 

 だが、しなる鞭のように繰り出されたジニーの日2本の短剣、交差する銀光2閃は───

 

「………………」

 

 ふらり、と。見向きもせずに身体を揺らすアレスに掠りもしない。

 

「くっ───」

 

 攻撃を空振ったジニーは、空中で即座に身を捻って回転し、着地と同時に、左手を軸にした旋風のような下段回し蹴りを放つ───

 

 ───が、すでにアレスは、間合いの外にいる。

 

 ジニーは空振りした蹴りの勢いすら利用して、再び体勢を立て直し、その場から素早く飛び離れ、短剣を構え直す。

 

 ジニーの一連の動作は流れるようで、学生離れした見事な体術ではあったが……

 

「……はは、貴女が剣での攻撃を封印されてるのが、こんなにありがたいとは……」

 

 能面を苦々しげに、悔しげに歪めるしかないジニー。

 

「……アナスタシアさん……つかぬ事をお聞きしますが、貴女の本職ってなんです?」

 

「……色々修めたから特に拘りはないかな」

 

「……ちなみにどの程度修めました?」

 

「剣術、槍術、弓術、射撃術、近接格闘術……ざっとこのくらいかな」

 

「うへぇ……今の一合い、実戦なら何回、私の首を跳ね飛ばせました?」

 

「正確にはわからないけど、多分2回か3回かな」

 

「やれやれ。少しは貴女に本気を出させることができればいいのですが……はっ!」

 

 そして、ジニーが再びアレスへと攻めかかっていく───だが……

 

「いや、もう大丈夫」

 

 次の瞬間。

 

 ジニーの間合いの僅か外にいたはずのアレスがジニーの目の前にいた。

 

「ぐは───っ!?」

 

 そして、ジニーがアレスの姿を知覚したと同時にジニーの腹部に強烈な打撃が打ち込まれた。

 

「がはっ、ごほっ、ごほっ……い、いつの間に……」

 

 ジニーはそう言って、気を失った。

 

「……う、嘘……」

 

「じ、ジニーは、近接格闘戦だけならコレット姐さんにも匹敵するのに……」

 

 この意外な展開に、外野の女子生徒達は唖然としており……

 

「……も、もう驚かねえぞ……」

 

 グレンはアレスのその速度に目を見開きながら言い。

 

「……うん、なんとなく分かってた……」

 

 システィーナは思っていた通りの光景に頭を抱えた。

 

「くぅ……」

 

 ぎりぎりと腰の細剣(レイピア)の柄を握りしめ、忌々しそうに呻くフランシーヌ。

 

 ジニーが敵陣深く切り込んで撹乱し、フランシーヌが遠くから魔術で決める……それがフランシーヌの想定していた勝ち筋だが、アレスに思惑を破られた状態だ。

 

「これは、かなりやべえな……」

 

 コレットが鋲付き手袋を嵌めた両手を合わせながら、深刻そうに呟く。

 

「ええ、ジニーをここまで一方的に倒すなんて……」

 

「……どうする? 正直、2vs1でも勝てる気がしねえんだけど?」

 

「……アナスタシアさんは武術しか使えない……なら、遠距離魔術を使えば───」

 

「させると思う?」

 

 アレスの声が聞こえたその時には、アレスはもう2人の目の前にいた。

 

 フランシーヌとコレット、この2人は作戦会議をしながらもアレスを常に見ていた。一挙一動全てに全神経を注いで見ていた……しかし、アレスの速さの方が上だった。

 

「「───っ!?」」

 

 フランシーヌとコレットは息を呑む。

 

「……どうします? 降参か、それとも……」

 

 尻餅をついているフランシーヌとコレットをアレスは見下しながら問う。

 

「「くっ……」」

 

 フランシーヌとコレットは歯をくいしばりながら俯いている。

 

「はーい、そこまでー」

 

 ぱんぱん、と手を打ち鳴らして、グレンは試合の終了を告げていた。

 

「ま、文句なしに、俺達サイドの勝ちだな!」

 

「うぅ……そんな……このわたくしともあろう者が……」

 

「く、くそっ……嘘だろ……たった1人に……魔術すら唱えられなかった……」

 

 そう。フランシーヌ、コレット、ジニーのチームは魔術の使用が許可されているのだ。

 

 しかし、今回戦い方やジニーを圧倒したという驚愕の事実にフランシーヌやコレットは魔術を唱えるという思考を完全になくしていた。

 

 今回の決闘は、戦術や戦闘能力以外の心理戦でもフランシーヌやコレットは負けていた。終始、アレスに先手を譲り過ぎた故の敗北、完敗だ。

 

 そして……

 

「嘘、そんな……フランシーヌさんが……あんなにあっさり……?」

 

「こ、コレット姐さんが……手も足も出ないなんて……」

 

 ざわざわざわ……そんな驚天動地な試合結果を目の当たりにした女子生徒達は、皆一様に色濃い動揺を浮かべて、互いに顔を見合わせていた。

 

「……さて、敗北の条件覚えてます?」

 

「「………………」」

 

「……土下座っすね!」

 

「……本来なら土下座させたいんだけど……今回はいいよ」

 

「「へ?」」

 

「土下座も謝罪もなし! ただその代わり、レーン先生の授業を真面目に聞くこと……いい?」

 

「「は、はいぃいいいいいい───ッ!?」」

 

 フランシーヌもコレットも必要以上にアレスに対して縮こまっている。

 

「それじゃ、反省会でもしよっか」

 

「「はい……」」

 

 フランシーヌとコレットは完全に委縮している。今ならば『はい』以外の選択肢はないかもしれない。

 

 その後は、グレン指導の下フランシーヌとコレット、気絶から回復したジニーはこってり絞られた。

 

「お前ら、貴族の義務だか力だか知らんが、いっちょまえにご大層な御託並べ立てたところで、単なるチンピラと一緒なんだよ。魔術という普通よりちょっと強い武器を与えられて、いい気になってるだけの『魔術使い』のチンピラ。今回の決闘なんてのもいい例だ。あいつは武術、対してお前らは魔術を使えた。御託を並べているだけのお前らじゃ本当に大切なときにその力を行使できねぇ。そこに『魔術使い』を『魔術師』たらしめる『知恵』がどこにもありゃしねえ」

 

「……うっ……」

 

「あまつさえ、『魔術』の力を持つ自分達を妙に特別視して、自分が見えなくなってて……『魔術』を『使う』どころか、『魔術』に『使われてる』んだよ。確かに、ウチのガッコにゃ、お勉強ばっかのモヤシっ子は多いがな……少なくとも、俺が教えている連中は、お前らと違って、正しく『魔術師』だぜ?」

 

 自分達の中でカリスマ的存在であり、もっとも強かったフランシーヌとコレット。

 

 彼女ら2人が、グレンが教えていた生徒であるアレスに手も足も出なかった……その事実に、女子生徒達はすっかり自信を失って消沈し、俯いてしまっていた。

 

「……さて。お前らは言ったな? 俺に教わることなんか何もねえって」

 

 頃合いだな……と、グレンがほくそ笑みながら言葉を続ける。

 

「断言してやる。俺ならお前達を『魔術師』にしてやれる」

 

 すると、俯いていた生徒達が、はっと顔を上げて、グレンを注視する。

 

「俺がこっちにいられるのは短い期間だけだが……その間でも『魔術師』のなんたるかくらいは教えてやれる」

 

「せ、先生……」

 

「ま、興味がないやつは、別に俺の授業に参加しなくていい。ただ、俺の邪魔だけはすんな。お茶会や喧嘩やゲームがしたいなら教室じゃなくて余所でやれ。別に止めはしねえよ、勝手にしろ。だが……」

 

 グレンはにやりと笑い、堂々と宣言した。

 

「少しでも俺の話を聞いてみたいと思った奴は歓迎するぜ? 本当の魔術ってやつを教えてやるさ」

 

 そんなグレンの無駄に尊大で男前な物言いに。

 

 ざわざわざわ……女子生徒達がグレンを見る目の色を変え、ざわめいていく。

 

「な、なんていう御方……あんな不遜な態度だったわたくし達を許して……?」

 

「デカ過ぎる……今までの先公は皆、アタシ達に迎合しようと媚びを売るか、押さえつけようと高圧的になるか、卑屈になって無視するか……そんなんばっかだったのに……」

 

「こんな御方……初めてですわ……」

 

 出会った当初の、侮蔑に満ちていた目は何処へやら。

 

「「「せ、先生……」」」

 

 今や、クラス全員が、すっかりグレンに対する心酔の眼差しとなっていた。

 

「チョロいなぁー……流石、世間知らずの箱入りお嬢様ども……」

 

「本当だよね」

 

「その口ぶり……もしかして狙ってたっすか?」

 

「……鬱陶しかったのが4割、面倒だったのが4割、疲れるのが2割だったし多少はね?」

 

「なんすか、その未来予知は……」

 

 ジニーはアレスの未来予知めいた思考に呆れ、アレスは失笑するしかなかった。

 

「すごい……先生、あっという間に、このクラスの生徒達の心を摑んだね!」

 

 そんな様子を見守っていたルミアが、まるで自分のことのように嬉しそうに言った。

 

「まさか、先生は最初からこの展開を狙って……? だ、だとしたら……」

 

 システィーナがグレンへ、尊敬するような眼差しを向けるが……

 

 当のグレンは、緩んだ顔で、にへらにへらと厭らしく笑っており……

 

「ううん……あれは絶対、ロクでもないことを考えている顔だわ」

 

 システィーナの眼差しは一瞬で冷め、ゴミ捨て場の生ごみを見る目となるのであった。

 

 その後は、フランシーヌ率いる『白百合会』とコレット率いる『黒百合会』の両方から専属の講師にならないかと迫られたり、皆仲良くシスティーナの【ゲイル・ブロウ】で制裁されたり、グレンとの昼食を掛けてシスティーナとルミアvsフランシーヌとコレットでの負けられない戦いもあった。

 

 

 ◆

 

 

 大勢の人々で賑わう、聖リリィ魔術女学院の食堂にて。

 

 システィーナにコレット、フランシーヌにジニーを筆頭に、大勢の女子達がグレンを取り囲んで、わいのわいのと賑わっていた。

 

「おほほ……最初から、こうしてレーン先生を囲んで、皆さんで一緒に食べればよい話でしたわ」と、フランシーヌ。

 

「あっはっは! しゃーねぇなぁ! 今日はそれで勘弁してやるよ!」と、コレット。

 

「そうよね! やっぱり皆で食べると美味しいもんね!」と、システィーナ。

 

 ……全員、目が全然笑っていない。

 

 ばちばち、と互いに互いを視線で火花を散らしてけん制し合っている状態だ。

 

「……わーい、夢に描いたハーレムだぁー……全っ然、嬉しくねえ……」

 

 何かもう食べる前からお腹一杯で、頭を抱えるしかないグレンであった。

 

「……胃が痛ぇ……白猫まで一緒になってなんなんだ……? こういう時に限って、ルミアもアナスタシアもいねえし……」

 

「人気者な先生には大変ですね」(棒)

 

「完全に他人ごとだな、おい」

 

「完全に他人ごとですから」

 

 恨めしそうなグレンに対し、ジニーはどこまでも素っ気ない。

 

「因みに、アナスタシアさんとルミアさんならそこにいますよ」

 

 ジニーの視線の先では、ルミアとアレスが仲良さそうに”平和”に食事している

 

「……あいつ……っ! こうなると分かって……ッ! マジで許さねえ」

 

 グレンはようやく、アレスがフランシーヌ達相手に決闘した理由を理解した。

 

 

 場所は変わって、アレスとルミアの席。

 

「……なんか、グレン先生に睨まれてる……」

 

「あ、あはは……アレス君のせいでフランシーヌさんやコレットさん達に追いかけまわされてるからね~」

 

「それって、僕のせいなの!? グレン先生が勝手に格好つけて好感度上げたせいじゃ───」

 

「アレス君が決闘挑まなかったら、もしかしたらグレン先生は平和に過ごせたかもしれないじゃない?」

 

「………あの人金欠だし、次のご飯代でも上げたら許してくれるかな……?」

 

「ふふ、グレン先生は優しいから許してくれるんじゃないかな?」

 

「そう願うよ……」




12巻の内容を書くつもりではいるんですけど、1つこの場で注意しておきます。

 あの『オリジナル編』はIF作品としてお考え下さい。あくまで、あれは11巻が終わったときにアルス君がこれ以上ルミアが傷つく姿を見るのは我慢できないと思った結果、我武者羅に走って行った感じの内容なので……紛らわしいようであるならば消します。


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頑張りとお風呂

 FGOさん、スカサハ=スカディの復刻……まだですか?(叶わない希望)


そんなこんなで。

 

 開始当初こそ波乱万丈で、暗雲立ちこめていているように思われた留学生活。

 

 クラスの派閥抗争が落ち着いてからは、何もかもが順調であった。

 

 

 ……とある休み時間の中庭。

 

 周囲を植林に囲まれた、芝生の真ん中にて。

 

「ふ───ッ!」

 

 ジニーが霞むように振るった、2刀の高速斬撃を───

 

「いいいやぁああああ───ッ!」

 

 リィエルの振り上げた大剣が、真っ向から弾き返す。

 

「う、く───ッ!?」

 

 その重く鋭い衝撃に、ジニーの身体が泳ぎ、その手から短剣がはじき飛ばされ───

 

 刹那、跳ね返る雷火のように旋回する大剣。

 

 その刃を、喉元にぴたりと突きつけられ、堪らずジニーが両手を上げる。

 

「参りました。……流石、リィエル。強いですね」

 

「ん」

 

 リィエルが大剣を引くと、その大剣は魔力の粒子となって解け、虚空に霧散した。

 

「なるほど……アナスタシアさんがリィエルと戦った方がいいと言ってた理由が分かった気がします。そのおかげで大分、課題が見えてきました。私は、私が思っていた以上に、変な所で意地を張って引かないから、貴女にはわかりやすいのですね?」

 

「ん。ジニーの次の一手、なんとなく、わかる」

 

「ふふ……貴女はお爺様と同じ事を言うのですね。それはともかく、今日もお手合わせありがとうございました」

 

「……ん。いつでも相手になる」

 

 リィエルは、どこか満足そうに去って行くジニーを見送る。

 

「うん、やっぱり何度見ても、リィエルって、凄いなあ」

 

 リィエルとジニーの手合わせを、はらはらしながら見守っていたエルザが、熱っぽい尊敬の眼差しを、眼鏡越しにリィエルへと向けていた。

 

「憧れちゃうな……ねぇ、どうして、そんなに強いの?」

 

「よくわからない。わたしの技は……わたしのものじゃないから」

 

「……それってどういう……?」

 

 リィエルの不思議な言い回しに、小首を傾げるエルザ。

 

「言えない……というより、なんて言ったらいいのか、よくわからない」

 

 微かに困ったように俯くリィエル。

 

「でも……この技は、わたしにとって大事なもの……この技を振るっている時は、死んだシオン兄さんとイルシアの存在を近くに感じていられるし……何より……グレンやルミア、システィーナ……わたしの大好きな人達を守れる」

 

「イルシア……? ん……そう、なんだ……大切な技なんだね……」

 

 深くは踏み込まず、エルザが穏やかに微笑む。

 

「守るために剣を振るう……か。それが貴女の強さの秘密なのかもね。いいな……私も貴女のように強かったら……」

 

「大丈夫。エルザもわたしが……」

 

 と、リィエルが何かを言いかけた、その時だ。

 

「「「先生ぇええええええええ───っ♥」」」

 

「ぎゃ──────ッ!?」

 

 また、学院のどこかで、グレン達の悲鳴が聞こえてくる……

 

「……ん。そろそろ、戻ろう、エルザ。……また、勉強教えて?」

 

「うん」

 

 そうして、2人は寄り添って歩き出した。

 

 

 ◆

 

 

「……今回の短期留学は中々いいのかな?」

 

 アレスは屋上で、リィエルとエルザが寄り添って歩く光景を見ながら呟いた。

 

 因みに、ルミアはグレンを追いかけるフランシーヌとコレット達を追いかけるシスティーナを援護している。

 

「……今回の短期留学、狙いはリィエルだとして……理由は、やっぱり……Project(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ)Life(ライフ)かな……?」

 

 アレスは警戒を怠らない。だが、それにだって限度はある。

 

 最近は本当に油断ならないことが起き過ぎて疲れている。本音を言えば休みたい、だが何が起こるか分からないこの状況で警戒を怠るというのは悪手だ。

 

「って、なんで僕がリィエルのことまで心配しきゃいけないんだ……子守はグレン先生の仕事だろ……でも、イルシアとの約束も……」

 

 アレスの睡眠時間は、この短期留学が決まってから驚く程減った。

 

 今までは、普通の人と同じくらい寝れていたのに、最近では3時間ほどとなっている。

 

 思考能力は最低と言っても過言ではない。

 

「……とりあえず、一回寝よう。寝てから考えればいいや、お相手側もそう簡単にリィエルに手は出せないはずだし」

 

 今日の夜はしっかりと眠ろうと誓ったアレスであった。

 

 

 ◆

 

 

 聖リリィ魔術女学院で過ごす日々は、まるで激流のように流れていった。

 

 グレンは連日のように、フランシーヌとコレットを中心とした、担当クラスの女子生徒達が巻き起こす衝動に振り回されている。そこになぜかシスティーナまで加わるものだから、始末に負えない。

 

 そんな騒ぎを余所に、リィエルはエルザと交流を深めていった。

 

 きっと波長が合ったのだろう。色んな意味で、リィエルに構う暇のないグレンを、システィーナ、ルミアの代わりに、リィエルとエルザが共に過ごす時間は増えていく。

 

「……みんな、頑張ってるから、わたしも勉強、頑張る」

 

 リィエルはリィエルで留学を成功させようと、いつになく熱心に勉強に励み、エルザに教えを請い……そして、エルザは常に穏やかな表情でそれに応えた。

 

 そんな日々が、続いていく……

 

 

 ◆

 

 

 そして、すっかり日も沈み、冷たい冷気と静寂が外の世界を支配する真夜中。

 

 聖リリィ魔術女学院の敷地内にある、貴族屋敷のような生徒・教職員共同寮の1つ。

 

 高級な大理石をふんだんに使った、広々とした空間にて───

 

「はぁ~~この身体はどうにも肩がこってあかんな……」

 

 視界を真っ白に覆う湯煙の中、グレンはその女の身体を、熱い湯が張られた泳げそうなほど広い湯船に沈め、ぐったりとだらけていた。

 

「ふっ……説明しよう! 今の時間帯は教職員の使用時間! そして、俺が仮住まいしているこの共同寮には、俺以外の教職員はいねえ……つまり、この浴場でのこの時間は、俺が唯一、1人自由になれるプライベートタイムなわけで……」

 

 グレンが誰へともなく独り言を言っていた……その時である。

 

 浴場の外の脱衣所に、ぞろぞろと大勢の人の気配がやってくる。

 

「先生~~ッ! 今、お風呂に入ってらっしゃると聞きましたわっ! わたくし達もご一緒させてくださいなっ!」

 

「先生っ! アタシ達が背中流してやるぜっ!」

 

 フランシーヌやコレット……月組の女子生徒達の声や喧噪が聞こえてくる。

 

「ですよねー? ……まぁ、わかってた。もう好きにしろよ……」

 

 読めていた展開に、グレンが諦めていたようにため息を吐く。

 

 

 そんないつも通りの光景とは別にアルスは───

 

 割り振られた個室のお風呂に浸かっていた。

 

 グレンの使う大浴場のように広くはないが、誰かが邪魔する可能性がないので考え事をするには一番適した場所とも言える。

 

「時間を気にせず、ゆっくり入れる風呂は久しぶりな気がする」

 

 湯船に浸かりながら、アルスはそんなことを呟く。

 

 今までのアルスは風呂も睡眠も必要最低限しかしなかった。しかし、偶にはこういうのもいいかもなと思った。

 

 

 そして、アルスがお風呂に入ってるのと同時刻───

 

 リィエルはテーブルの上に教科書やノートを広げ、1人黙々と勉強していた。

 

 羽根ペンのインクが紙の上を滑る音だけが、この静寂の空間に響いている。

 

 やがて一段落ついたのか、リィエルが羽根ペンを、ふと、ペン置きに刺して。

 

 ん~~っと、可愛く伸びをすると。

 

 がちゃり……控えめに談話室の扉が開かれる。

 

「リィエル……まだ起きていたんだ。頑張ってるね」

 

 ひょこ、と。開いた扉の隙間から顔を出したのは、眼鏡の少女エルザであった。

 

「ん。エルザのおかげで、大分、わかるようになってきた」

 

「それはよかった……でも、もう夜も遅いよ? 早く寝ないと明日に響いちゃうよ?」

 

「……ん。でも……もう少し、頑張らないと……」

 

 そう言って、リィエルは再び羽根ペンを手に取り、勉強を再開する。

 

「ふふ……リィエルは最近、ずっとそうやって、夜遅くまで頑張ってるね」

 

 エルザは軽く微笑むと、リィエルの側に歩み寄り、持ってきたタオルケットを、リィエルの肩にかけてあげる。

 

 特殊な霊脈(レイ・ライン)と気候区にある関係で、アルザーノ帝国の夜は年中冷え込むのだ。

 

「どうして、そこまで頑張れるの?」

 

「わたし……グレン達と一緒にいたい……だから、頑張る」

 

 教科書の文面から目を離さず、リィエルが応じる。

 

 その目は相変わらずいつものように眠たげではあるが……今は教科書の知識を、自分なりに咀嚼して理解しよう、という明確な意思の光だけが存在した。

 

「グレン達は優しいから……多分、わたしが立ち止まってても……多分、わたしと一緒に居てくれる……今までずっとそうだった……でも、このままじゃ駄目な気がする」

 

「…………………」

 

「グレン達は……うん、うまく言えないけど……ずっと、前に向かって歩いてるんだと思う……だから、わたしがグレンと一緒にいたいなら……その……わたしも一緒に歩いていかないと……ぶら下がるだけじゃだめ……そんな感じ……?」

 

 しばらくの間……そのまま2人の間に沈黙が流れる。

 

 リィエルはじっくりと教科書に目を通しながら、時折、ノートに文字を書き連ね……エルザはそんなリィエルの様子を見守っている。

 

 やがて。

 

「そう……リィエル……貴女も前に……未来に向かっているんだね……私と違って」

 

「……エルザ?」

 

 小首を傾げるリィエルに、エルザが不思議な微笑みを返し、言った。

 

「ねぇ、リィエル。私も貴女に付き合わせてくれないかな? もし、貴女さえいいのなら……私も貴女の勉強を手伝ってあげたい……」

 

「いいの……? なんで……?」

 

「なんだか……貴女を応援してあげたいの……ダメ?」

 

「全然、だめじゃない。ありがと」

 

 リィエルもエルザに振り向き、微かに口元を笑みの形に緩めていた。

 

「ん。さっそく、ここ教えて。……ここ、よくわかんない……」

 

「ええと……どれかな……?」




 2つ同時に章を進めるって結構大変ですね、これからも息抜き程度にやっていくのでよろしくお願いします


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炎の記憶

前回の投稿から2ヶ月も待たせてしまってすいません許してください何でもしますから(何でもするとは言ってない)


 そして───

 

 留学も、あっという間に14日目。

 

 グレンは前日の授業で行った筆記試験の結果を、月組の生徒達へ返却していた。

 

「お、アタシ、結構、成績上がってるじゃん!」

 

「わたくしも、前回と比較して、かなり伸びていますわ……」

 

 グレンの指導の下、順調に成績を伸ばした生徒達が喜びに沸き立つ中。

 

 答案用紙を受け取るや否や、リィエルが、トコトコとグレンのもとにやってくる。

 

「……ほめて、グレン」

 

 答案をグレンの前に掲げるリィエル。

 

 その点数は100点満点中の65点。お世辞にも好成績……とは言い難いし、これがどこまで持続するのかはわからないが……今までのリィエルからすれば、格段の進歩だ。

 

「……よくやったな」

 

 わしわし、とグレンがリィエルの頭を撫でる。

 

「ん……」

 

 気持ちよさそうに、目を細めるリィエル。

 

「ねぇ、グレン……わたし、頑張った」

 

「ああ……わかるさ」

 

「エルザのおかげ」

 

「そうだな……あんがとな、エルザ」

 

 グレンが席に腰掛けて微笑ましそうにリィエルを見つめるエルザを見やる。

 

「いえ、そんな……私は頑張るリィエルのお手伝いをしただけですから」

 

「いや、お前がいなけりゃコイツはこんなに頑張れなかっただろうよ。俺がいくら指導してもここまで伸びたことねーのに……ははっ、教師の自信、なくなっちまうなぁ」

 

 グレンがそんな風に、肩を竦めておどけてみせるが。

 

「違いますよ、レーン先生」

 

 穏やかな笑みを浮かべて、エルザが答えた。

 

「リィエルは、今まで勉強に本気になれなかっただけみたいです。でも、今回は皆さんと対等にあろうと、自分の居場所を守ろうと必死だった……それだけですよ」

 

「そうか……あのリィエルがねぇ……」

 

 ほめて、ほめて、と。

 

 眠そうながら、どこか得意げにシスティーナやルミアへ答案を見せているリィエル。

 

 そんな微笑ましいリィエルの姿を目で追いながら、グレンは教壇に立ち、手を叩き、注目を集める。

 

「今日の授業はもう終わりにすっか。知っての通り、白猫にルミア、リィエル、アレ……アナスタシアがお前らと一緒にいられる時間も後、わずかだ。まぁ、くっせぇ言い方になるが、思い出作りだ。残りの時間は、クラス全員でマグス・バレー大会とでもするか」

 

「おおおおおおっ! さっすが、先生っ! 話が分かるな──────ッ!」

 

「結構なことですわ! 黒百合の皆さんをぼこぼこにして差し上げましょう!」

 

「おい、お前ら! 白百合の連中なんかに絶対負けんじゃねーぞっ!?」

 

「……どうして、お前らはその2派で対決することが前提なんだ……まぁ、いいや」

 

 エルザやリィエル、月組の全員が楽しそうに笑ってる姿を見て、今回の留学は全てが大成功───

 

 この時のグレンは、それを固く信じて疑わなかったのである。

 

 

 ◆

 

 

 ……………。

 

 …………その夜。

 

(……本当に正しいのだろうか? 私は……)

 

 学生寮の、薄暗く何もない、殺風景な自室にて

 

 その少女はベットに腰掛け、己が瞳を刀の刃に映し、1人自問していた。

 

(あの子は……本当に、私の『炎の記憶』の中に住むあの悪鬼なの? あれじゃまるで……皆に追いつこうと、皆と一緒に在ろうと、ただ一生懸命頑張っているだけの……)

 

 ぶんぶんと頭を振るい、少女はそんな甘い考えを無理矢理に追い出そうとする。

 

「……ううん、違う、私。思い出しなさい、あの日の屈辱を……憎しみを……ッ!」

 

 そうだ、私はあの子を倒さねばならない。私は今まで、そのためだけに生きてきた。

 

 そうだ、あの子は所詮、凶悪な犯罪者。そして───父の仇だ。

 

 倒さねばならない。絶対に倒さねばならない。報いを、法の裁きを、受けさせる。

 

 あの子に打ち克って───ようやく、私の人生は始まるのだ。

 

 だが、思い出せば思い出すほど、記憶の中のあの少女と、あの子が重ならない───

 

 いや、そもそも。

 

 あの子が本当にあの少女だったと仮定して……なぜ、あの少年(・・・・)と一緒じゃない?

 

 ここが女学院で男子禁制だということはわかる……けれど、それにだって抜け道はある。今回のグレンがいい例だ。

 

「……………………」

 

 少女の疑問にも、問いかけにも、己が瞳を映す刀は応えてはくれない。

 

 刃の中の瞳には、迷いと困惑、そして疑念の色に揺れている。

 

 少女がそんな風に悶々としていた……その時だ。

 

「……まさか、とは思うけど」

 

 そんな少女へ、真夜中の来訪者───学院長マリアンヌが嘲弄するように、言った。

 

「貴女、彼女と接していくうちに、彼女にほだされたのではありませんよね? それは困るわ……だって、私には貴女しか頼れる子が……」

 

「……冗談言わないでください」

 

 少女がぼそりと言った───その瞬間。

 

 思わず息を呑むマリアンヌ。

 

 少女の刀の切っ先が、気付かぬうちに、己が喉元に突きつけられていたのだ。

 

「彼女には、あくまで上っ面の信頼を築くために近づいただけです」

 

 切っ先をマリアンヌへと向ける少女が苛立ったように呟き、その凛と珠散る刃の如き瞳でマリアンヌを突き刺す。

 

「今の今まで、ずっと彼女の側で、彼女の身体の動きを、呼吸をよんでいました。彼女の実力は……見切りました。確かに彼女は強敵ですが……私なら勝てます」

 

 鋭い瞳でマリアンヌを射貫いたまま、少女はそう宣言する。

 

「……ほ、他に警戒すべき子はいるかしら?」

 

「……システィーナ=フィーベル、ルミア=ティンジェル、彼女たちは警戒する必要もありません……ですが……」

 

 少女は言いよどみ、覚悟を決めたように切り出した。

 

「アナスタシア=フォールン……彼女一定の警戒をすべきです」

 

「……理由を聞かせてもらっても?」

 

「彼女は、この学院に来てから常に周囲を観察していました……これだけでは足りませんか?」

 

「いえ、貴女がそう言うのならそうなのでしょうね」

 

「では……」

 

「ええ、彼女にも監視を付けます。今はこれで十分でしょう」

 

「予定通り、明日、仕掛けます。貴女も手筈通りにお願いします」

 

「……ふ、ふふっ……流石、あの人の娘ね。期待してるわよ……エルザ(・・・)

 

 そんな、動揺を押し殺すようなマリアンヌの言葉に。

 

 少女は、刀を鮮やかな手つきで鞘に納め……

 

 ポケットから眼鏡を取り出し……それを目元にかけた。

 

「覚悟してください、リィエル……いえ、イルシア(・・・・)=レイフォード……」

 

 そう呟く、エルザの言葉は。目は。

 

 思わず背筋が凍り付いてしまうほど、ぞっと冷たかった。

 

 そして、そのエルザを見るマリアンヌの腰には、一振りの古びた剣があった。

 

 その剣の鍔には───古代文字でこう刻まれている。

 

 

 ──────『(フアレム)』、と。

 

 

 ◆

 

 

 短期留学も15日目。ついに最終日。

 

 すっかり日も沈んだ夜。聖リリィ魔術女学院敷地内にある、学生街。

 

 その一角に構えられたオープンカフェにて。

 

「「「カンパーイ」」」

 

 飲み物が入ったカップを掲げる少女達の姦しい声が響いていた。

 

 表通りに面した屋外テーブルを借り切って、グレンが担当した2年次生月組の生徒達がそこに集い、グレン達の送別パーティーを行っていたのだ。

 

「なんつーか……あっという間だったなぁ……」

 

 主賓席の一角に腰を据えたグレンが、テーブルに肘をついて頬杖をつき、感慨深げにエビのフリッターを摘まんでいる。

 

「ふふ、リィエルの短期留学が成功して……本当に良かったですね」

 

「先日、俺達の学院へ、リィエルの課外単位取得証明書を速達で送ったんだが、その結果が早速、セリカから通信魔術で帰ってきたぞ。リィエルの落第退学は取り消しだと」

 

「そうなんですか!? 良かった!」

 

「セリカのやつ……面子を潰された反国軍省派の連中の悔しそうな間抜け面に、それはそれは、大層笑いしたそうな」

 

 容易に思い浮かぶその光景に、システィーナはジト目の呆れ顔、ルミアは苦笑いだ。

 

「ところで……そのリィエルはどこ行ったんだ?」

 

 ふとグレンが周囲を見渡す。

 

 この送別パーティーの主賓の1人であるリィエルの姿が見あたらないのだ。

 

「あれ……? そういえば……少し前までそこの席にいたのに……」

 

 ルミアもきょとんとして、リィエルの姿を探す。

 

「リィエルなら、少し前に、エルザさんと一緒に、散歩に行ったわよ?」

 

 すると、システィーナが、そんな風に口を挟んだ。

 

「エルザと一緒に?」

 

「ええ。……まぁ、リィエルはこの学院の人たちの中では、特にエルザさんと仲良かったしね。帰る最後の夜、2人で積もる話でもあるんじゃないかしら?」

 

「……確かにな」

 

 グレンがそう言って、また周囲を見渡そうとすると、顔が真っ青なアナスタシアがいた。

 

「おい、大丈夫か? すっげぇ顔色悪いぞ? 酔ったか?」

 

 馬鹿にするように言うグレン。

 

「……先生バカなんですか!?」

 

 アナスタシアは、小声で叫ぶという器用なことをやっている。

 

「いきなりバカとか酷くね……?」

 

「今日は留学最終日で、僕達の気が一番抜ける瞬間なんですよ!? リィエルさんを狙うなら今が一番のチャンスじゃないですか!」

 

「「「っ!?」」」

 

 アナスタシアの言葉を聞いた、グレン、システィーナ、ルミアの顔が驚愕の表情に変わる。

 

「今、このタイミングで、リィエルさんがエルザさんと一緒に抜け出したっていう事実が物語ってる……とにかく探しに行きましょう!」

 

 そうして、2年次生月組計41名での捜索が始まった。

 

 

 ◆

 

 

 ───一方、その頃。

 

「ふふっ……リィエルったら、ライツェル・クルス鉄道構内で、出会い頭にいきなり私に斬りかかってきたんだよ? あの時、私、びっくりしちゃった」

 

「う……、それは……その……うん……あの時は……」

 

「……あの時は?」

 

「ええと……なんか、うまく言えないんだけど……エルザが、怖かった(・・・・)……から」

 

「え? 怖かった? ……私が?」

 

「ん……あの時、わたしは……うん……そう、エルザが怖かった……背後から、恐ろしい敵が忍び寄ってきたのかと……そう思って……」

 

「…………………」

 

 エルザの無言にリィエルが弁解しようとした、その瞬間。

 

「……流石だね。リィエル」

 

 ぼそり、と。

 

 エルザがそんなことを呟き……すっと、音もなくベンチから立ち上がる。

 

「あの一瞬でわかるんだ……貴女は本当の天才なんだね」

 

「エルザ?」

 

 リィエルの見ている前で、エルザはそのまま数歩前に進み……足を止める。

 

 辺りは暗く、背を向けるエルザの表情は当然見えない。

 

「その剣才……少し、妬けちゃうな……」

 

「ええと……エルザ……? どうしたの……?」

 

「あはは……ごめんね、そろそろ本題に入ろうね」

 

 不意にエルザが振り返り、にこりとリィエルに笑いかけ話を再開した。

 

「……ねぇ、リィエル。聞いて。……私にはね……『炎の記憶』があるの」

 

「エルザ……?」

 

「こうして目を閉じれば……今でも思い出せる。父が殺された日のこと───私が全てを失った日のこと───そう、まるで昨日のように」

 

 そんなことを呟きながら……エルザが、ゆっくりと目元の眼鏡に手をかけ……

 

 その眼鏡を……外した……その瞬間。

 

「───ッ!?」

 

 不意に、リィエルの全身を全方位から斬りつけるように襲った、鋭利な殺気と威圧感。

 

 リィエルは咄嗟にベンチから立ち上がり、同時に大剣を錬成して、低く身構えた。

 

「え、えるざ……? ううん……あなた……一体、誰……?」

 

 驚愕と動揺に打ち震えるリィエル。

 

 一方、眼鏡を外して裸眼になった少女が、リィエルへ薄らと嗤いかける。

 

 外した眼鏡から、そっとその手を離す。

 

 支えを失った眼鏡が重力に従って、自由落下を始め……ゆっくりと……

 

 眼鏡が地を叩く───その刹那。

 

 不意にエルザの姿が、風切り音と共に霞と消えた。

 

「───ッ!?」

 

 直感が鳴らす警鐘のまま、リィエルが咄嗟にベンチから横っ飛びに離れると同時に。

 

 ざぎぃんッ! そのベンチが、突如、斜めに両断されて───

 

 ずざぁ───ッ! リィエルが足の裏で地面を削りつつ振り返る。

 

「な……」

 

 見れば、鮮やかに両断されたベンチの前には、エルザがいる。

 

 その右手には───

 

「え……? か、刀……?」

 

 いつの間にか、一振りの美しい『刀』が握られていた。

 

「……流石。やはり、この程度の攻撃では、不意討ちでも通りませんか」

 

 エルザは流れるような手つきで刃を払い、軽やかに刀を左手の鞘に納める。

 

 そして、エルザは語り始めた……自分の記憶の奥底に染みついた『炎の記憶』を……

 

「私には、父が居ました。東方の異邦人でありながら、この国に居場所を与えてくれた王女殿下こそ我が主君、アルザーノ帝国こそ我が祖国として、剣を振るった立派な軍人でした。この国で妻を娶り、この国のために生き、この国に骨を埋めると決めた……そんな人でした」

 

 訥々と語られるエルザの話。

 

「灰の病を患い、日に日に衰えていきながらも、この国のために闘い続けた父、私はそんな父を誰よりも尊敬していて……私はそんな父の重責を背負ってあげたくて……将来、軍人となることを、幼い頃から心に決めていたのです」

 

「…………………」

 

「父曰く、幸い、私には父をも大きく超える剣才があったそうです。私は嬉しかった。父を目指し、父を超えようと、毎日、必死に剣の稽古に励みました。父共に過ごす鍛錬の日々は……厳しくもあったけど、やっぱり楽しかったんだと思います。ですが……」

 

 不意に、エルザがリィエルを昏く憎悪に燃えた目で睨む。

 

「今から、2年と少し前。私の家に暗殺者がやってきました。この国に巣食うとある邪悪な魔術結社……それに多大なる被害を与え続けた父に対する復讐だったのでしょう。その暗殺者はその日、優しかった私の母を殺し、病で特に調子が悪かった私の父をも殺しました。我が家を鮮血で赤く染め上げ、我が家を紅蓮の炎包み上げたんです……」

 

「!?」

 

「……顔色が変わりましたね。やっと思い出しましたか?その暗殺者の名は……イルシア。イルシア=レイフォード。……そう、貴女ですよ、リィエル」

 

「ち、違う……わたしじゃ……ううん……でも、イルシアは、わたしでもあって……」

 

「私は貴女を許せない」

 

 リィエルの言葉をエルザは聞かず、断罪するように言い捨てる。

 

「目や髪の色を変え、名前を変え、過去を捨て……どういう経緯か知りませんか、貴女は帝国軍にいる。かつて、あんなに立派な帝国軍だった父を殺した貴女が! 父の誇りだった、私の憧れだった、帝国軍にいる! 許せるわけ……ないじゃないですかッ!」

 

「あ、ぅ……あぁ……」

 

「私は貴女を絶対に許さない……父の技で……鍛え抜いた私の技で……貴女を倒す! あの日以来、狂ってしまった私の人生を取り戻す! 貴女を倒すことで、私はやっと自分の人生を歩めるのッ! さぁ、手合わせ願いましょうかッ! イルシアッ!」

 

 そう言って、刀を鞘に納めたまま、リィエルに向かって踏み込む。

 

 波間に揺蕩う木の葉のようでありながら、天空を翔る燕の如く速い、その足運び。

 

 神速の踏み込みから、エルザの右手が霞み動き───合わせて胴が鋭く横回転。

 

 その回転力は、鞭のようなしなやかさに変換されながら、腕を伝い、剣を伝い───

 

「はぁああああああああああああ───ッ!」

 

 ───抜刀。

 

 虚空に翻る横一文字、一閃───リィエルの視界を右から左へ灼き払う白の閃光。

 

 と、同時に。 

 

 きん! 既に鞘へ収まっている刀。

 

 ───そして、その音が発せられた瞬間……リィエルの下腹部に尋常ではない痛みが生じた。

 

 後ろに下がっていながら受けた攻撃のせいで、リィエルは派手に転倒した。

 

「う、うぅ……あ……」

 

 その痛みに、頑丈なリィエルも顔を顰め……少しして、糸の切れた人形のように、倒れ伏すのであった。

 

 エルザのことを信用していたから……信用したかったからこそ受けてしまった一撃、ただその一撃はミスで済まされる程浅いものではない。

 

 これが、リィエルの敗因だ。たった1つの過ちはリィエル自身を傷つけた。

 

「……自業自得、ですね。たとえ、貴女が私を友達だと思っていても……私は貴女を友達だと思ったことは、一度だってない!」

 

 倒れ伏すリィエルに、エルザは容赦なく……それでいて、泣きそうな顔で叫ぶように言った。

 

 まだ、生き残る可能性のあるリィエルの心臓に刀を刺そうとしたその瞬間、エルザの刀がものすごい勢いでエルザの手から弾き飛ばされた。

 

「え……?」

 

 弾き飛ばされたエルザすら、一瞬刀が自分の手からなくなったことに気付けなかった。

 

「リィエル!」

 

 そこにいたのは、一振りの片手剣を持つアナスタシアと2刀を構えるジニーの姿があった。

 

「……どうしてここが……っ!? まさか、付けていたのですか……?」

 

「まさか、それならとっくに止めてましたよ。ここが分かった理由に関しては、学院をしらみつぶしに探し回ったからとしか答えられませんけど」

 

「…………………」

 

「ジニーさん、リィエルさんのことお願いできますか?」

 

「それが適任でしょうね」

 

「……私がそれをさせると思いますか?」

 

「逆にできないと思ってるのですか? 2対1のこの状況で?」

 

 エルザの言葉にアナスタシアは食って掛かる。

 

「あら、2対1じゃないわよ?」

 

 嘲笑うように優雅に歩いてきたのは、聖リリィ魔術女学院長マリアンヌだった。




あぁ~受験勉強の音ォオン↑


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マリアンヌの思惑

昨日が僕の誕生日だったので、昨日のうちに投稿したかったんですけど、すいません間に合いませんでした。


「あら、2対1じゃないわよ?」

 

 嘲笑いながら優雅な足運びで歩いてきたのは、聖リリィ魔術女学院長マリアンヌだった。

 

「……手を組んでたのか……」

 

 アナスタシアは、最悪だと頭を抑えている。

 

「手を組む? 冗談はやめてくださるかしら?」

 

 マリアンヌはアナスタシアの言葉を否定した。

 

「…………………」

 

 流石にその返しを予想していなかったアナスタシアは言葉を失う。

 

「彼女……エルザとは手を組んでいたのではありません。ただ、利用させてもらっただけですわよ」

 

「……利用、だと……?」

 

「ええ。リィエル=レイフォードは強いもの、だから利用させてもらったのよ?」

 

 ふふふ、と優雅に笑うマリアンヌ。エルザは膝から崩れ落ちて、手をプルプルと震えさせている。

 

「リィエルってことは、やっぱりProject(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ)Life(ライフ)ですか?」

 

 アナスタシアのその言葉を聞いて、マリアンヌから笑顔が消えた。

 

「……リィエル=レイフォードを知っているその口ぶり……やはり、貴女を警戒しておいて正解でしたわ」

 

 マリアンヌのその言葉と同時に周囲の草むらから出てきた女子生徒達が、アナスタシアやジニー、エルザに向けて細剣(レイピア)や魔術を構えていた。

 

「これは……」

 

 ジニーがやばいと顔を青くして。

 

「拙いな……」

 

 アナスタシアは冷静に分析をしていた。

 

 敵の数は総勢13名。中にはコレットやフランシーヌのような強者も混じっている。固有魔術(オリジナル)を使えば、勝つことはそう難しいことじゃない。だが、この場にはジニーやエルザがいる。

 

 まずは時間を稼ごうと頭の中で結論付けるアナスタシア。

 

「なぜ、マリアンヌの味方をするのですか?」

 

 自分達を囲んでいる女子生徒達に疑問をぶつける。

 

「彼女達は自ら望んで、私に協力しているのよ?」

 

 動揺するアナスタシア達を、マリアンヌがどこまでも嘲笑う。

 

「私に協力してくれたら、蒼天十字団(ヘヴンズ・クロイツ)の構成員に加われるように口を利いてあげる───皆、それであっさり転がったわ」

 

 蒼天十字団(ヘヴンズ・クロイツ)───その言葉を聞いた瞬間、この場の時間が止まった。

 

 この場で一番早く我に返ったのは、アナスタシアでもジニーでもなくエルザだった。

 

「この……人でなし……ッ!」

 

 そう言って、エルザはリィエルにやったように神速でその刀を振るおうとする───だが、それより先にマリアンヌが腰に吊っていた古剣を、左の逆手で、ほんの少し鞘から引き抜くと。

 

 ぼっ! 不意に、エルザの周囲に燃え上がった、いくつかの小さな炎───

 

「あ……」

 

 火勢は強くない。エルザの肌を焦がすわけでもなく、ただ、焚き火のようにエルザの周囲を取り囲むように、炎は燃えているだけ。

 

 ただ、それだけ。それだけだが───

 

「あ、……あ、あ……」

 

 エルザはみるみるうちに、青ざめ、全身を瘧のように振るわせて───

 

 がしゃり、と刀を取り落とし……

 

「ぁあああああああああああああああああ───ッ!?」

 

 頭を抱えて蹲り、金切り声と共に悲鳴を上げていた。

 

「あっはははははははははははっ! 残念だったわねぇ、エルザッ! そう、貴女は強いわ、この場の誰もが敵わないでしょうね! でも、貴女には致命的な弱点があるッ!?」

 

「嫌ぁああああああああ───ッ!? 嫌だ、嫌だ、助け、助けてぇえええ───ッ!?」

 

「そう! 貴女は致命的な心的外傷(トラウマ)を抱えているわ! 貴女は、炎、赤、血───『炎の記憶』を連想させるものが、まるで駄目! それらを直視すると、クソガキのように取り乱し、まったく使い物にならなくなるッ!」

 

「ああああああ───ッ!? 嫌ぁっ!? 熱い、熱いッ!? 血が……赤がぁッ!?」

 

「うるさいわね、いつまで叫いているのさ!」

 

 しびれをきらしたように、マリアンヌがエルザの刀を拾ってエルザを殺そうと振りかぶり───

 

「さようなら、エルザ。貴女の剣技は使えるけれど、その『血の記憶』のせいで魅力は半減どころか激減よ。……いらないわ」

 

 そう言って、マリアンヌは刀を蹲っているエルザの心臓めがけて突き刺そうとするが───

 

 カキィンッ! 剣と剣がぶつかる音がした。

 

「なっ……! 貴女……ッ!」

 

 マリアンヌが自分の刀を受け止めている少女を睨む。

 

 その声を聞いて、エルザもまた顔を上げて───

 

「あっ……」

 

 エルザは無意識に声を漏らしていた。

 

 なぜなら、その光景は『炎の記憶』の中にある唯一の希望と同じ光景だったから。

 

 自分を殺さんと振り抜かれたマリアンヌの刀を青髪の少女(・・・・・)が受け止めてくれている。

 

 その姿は、イルシアの大剣を受け止めた青髪の少年(・・・・・)にとてもよく酷似していた。

 

「ジニーさん! 先生達を呼びに行って!」

 

 マリアンヌの刀を受け止めながら、アナスタシアはこの場で唯一自由なジニーに呼びかけ、ジニーはそれに応えるように走り去っていった。

 

「っ! 貴女のせいで私の計画はめちゃくちゃよ……? どうしてくれるのかしら?」

 

 マリアンヌは刀に力を込めながら訴える。

 

「さぁね……ただ、エルザさんやリィエルは殺させないとだけ言っておくよ!」

 

 そう言って、アナスタシアはマリアンヌを蹴飛ばす。

 

 アナスタシアが体勢を立て直すと、案の定そこは女子生徒達に囲まれていた。

 

 エルザを守りながら、女子生徒達に運ばれつつあるリィエルを助けることなどできはしない。

 

「《我・時の頸木より・解放されたし》」

 

 アナスタシアは黒魔【タイム・アクセラレイト】を起動し、一瞬で女子生徒達の包囲網を抜けマリアンヌの下へ到着する。

 

 【タイム・アクセラレイト】は、自身に流れる時間を加速させることによって、一定時間爆発的に加速することができる。しかし、術の効果が切れると同時に加速した分、減速してしまうデメリットがあるので使用者はあまりいない。

 

 それはつまり、敵も虚を突かれ反応が遅れるわけで───

 

「な……っ!?」

 

 気付いたときには自身の目の前にいるアナスタシアに驚愕するマリアンヌ。だが、それでも【タイム・アクセラレイト】のデメリットを一瞬で思い出したのか勝ち誇ったような顔をする。

 

 アナスタシアの背後には既に武器を振りかぶっている女子生徒達がいる。しかし、アナスタシアは致命傷以外の攻撃を全て無視しながら呪文を紡いだ。

 

「《紅蓮の炎獅子よ・地を疾く駆けよ・天に舞って踊れ》」

 

 黒魔【ブレイズ・バースト】を改変し、炎版【プラズマ・フィールド】を発動する。

 

 黒魔改【ブレイズ・フィールド】───周囲に炎熱のフィールドを展開する無差別広域殲滅型の攻性呪文(アサルト・スペル)だ。この【ブレイズ・フィールド】の特徴は、【プラズマ・フィールド】よりも威力は高く範囲も広い、しかし貫通や感電といったものがないために殺傷性は低いといった点である。

 

 つまり、敵を殺さず無力化するために編み出した改変呪文だ。外傷が目立つ分、女性にとっては地獄かもしれない魔術である。

 

 ここにマリアンヌがいなければ、この魔術でリィエルは奪還できていただろう。しかし、マリアンヌはアナスタシアの呪文の完成と同じタイミングで古剣を抜き軽く振った。

 

 その瞬間───範囲攻撃である【ブレイズ・フィールド】が周りに広がる前に、マリアンヌの剣から放たれた炎が打ち消した。

 

「っ!?」

 

 【ブレイズ・フィールド】を打ち消した炎に驚愕するアナスタシアに追い打ちをかけるように、マリアンヌは炎を出し続ける。

 

 この1回の攻防で、リィエル奪還を不可能だと理解したアナスタシアはエルザの下まで戻り抱きかかえて消えるように走って行った。

 

 

 ◆

 

 

「ったく、あいつら、どこ行ったんだよ……?」

 

 一通り聖リリィ魔術女学院敷地内を回って、元の送別会場のオープンカフェに戻ってきたグレンがため息を吐いていた。

 

「多分、リィエルとエルザさん、一緒に居るはずなんだけど……」

 

 グレンの隣に佇むルミアも心配そうだ。

 

「あー、駄目だ駄目だ、見つからねえなぁ……」

 

「寮や校舎の方には居ませんでしたわ」

 

 そうこうしているうちに、コレットやフランシーヌら月組の生徒達も戻ってくる。

 

「おう、お前ら、悪いな」

 

「いいってことよ、先生。今日で最後だからな」

 

「短い間とはいえ、共に日々を過ごした仲間ですしね」

 

 コレットとフランシーヌが笑う。

 

 つい2週間前、あれほど激しく争い合っていた間柄が嘘のようだ。

 

 無論、未だ両派閥間で子供のじゃれ合いみたいな喧嘩はあるが……派閥同士の軋轢は、徐々に緩和しつつあるようであった。

 

 そんなことを考えていると───

 

 がたんっ! がっしゃあああああんっ!

 

 突如のたけましい物音に、その場の一同がその物音がした方向へ一斉に振り返る。

 

 隅の屋外テーブルを、倒れた勢いで派手にひっくり返したその少女は───

 

「ジニーッ!?」

 

 なんとも派手な登場に皆が困惑していると。

 

「なんで、そんな戻り方してんだよ!? それ俺の給料から引かれないよね!?」

 

 リィエルのせいで給料が引かれることを極端に怖がるグレンを無視して、ジニーは告げた。

 

「先生へ早急にお伝えしなければならないことが……実は……」

 

 ジニーが衝撃の事実を語る。

 

 ………………………。

 

 …………。

 

「マリアンヌ学院長と……エルザが……リィエルを……? 嘘……」

 

「この学院の一部の女子生徒達まで……? くそ……マジかよ」

 

 ジニーが持ち帰った情報に、システィーナとグレンは絶句するしかない。

 

「魔導省の極秘魔術研究機関、蒼天十字団(ヘヴンズ・クロイツ)……軍属時代、俺も噂程度にゃ聞いたことあったが……マジ話だったとはな……ッ!?」

 

 ジニーの話で全てを察したグレンが、拳を握り固める。

 

「先生……リィエルさん達を助けるなら、急いでくだ───」

 

 どぉおおおおおおんっ! 先程のジニーを超える程のたけましい音にやはりまた一同が一斉に振り返る。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 そこには、意識を失っているエルザを抱きかかえるアナスタシアが、剣を杖替わりにしながら立とうとしていた。

 

 アナスタシアは全身切り傷だらけで、ぼろぼろに疲弊しきっていた。

 

「お前、何があった!?」

 

「はぁ……はぁ……すいません、相手がリィエルを守ることすら許してくれなかったんで、エルザさんだけでもと思って連れてきました」

 

 息を整えながら、要点だけを説明した。

 

「そのリィエルはどうした……?」

 

「……マリアンヌ達に連れられて、列車に……」

 

 その言葉を聞いて、グレンは少し考え込み口を開いた。

 

「……白猫。お前、『疾風脚(シュトロム)』で、先行する列車を追いかけて俺を運べるか?」

 

「ご、ごめんなさい……『疾風脚(シュトロム)』の制御は……まだ……せめて、私と同じくらいの女子なら……」

 

「……白猫。お前、アナスタシアを連れて先に行ってろ」

 

「わ、わかりました」

 

 震える声でシスティーナは頷き、剣を鞘に納めたアナスタシアを抱きかかえながら飛んで行った。

 

「さて、問題は俺達の方なんだが……」

 

「それに関してなんだが……まだ、手はあるぜ……」

 

「ええ、そうですわね。わたくし達、全員が力を合わせれば……あるいは」

 

 コレットとフランシーヌが手を上げて提案するように言った。

 

「お前ら……? 一体、何を言って……?」

 

 訝しむグレンに……

 

「決まってんだろ? 私達の仲間を、ここにいる私達全員で助けるって言ってんだよ!」

 

「『白百合会』の皆さん、もちろん、協力してくれますわよね!?」

 

「『黒百合会』の皆! このまま、あいつをみすてるわけねえよな!?」

 

 そんなフランシーヌとコレットの煽りに……

 

「「「「もちろんですわっ!」」」」

 

 その場に集う月組の生徒達全員が、一斉に声を張り上げる。

 

 最早、『白百合会』も『黒百合会』も関係ない。同じクラスの仲間を助ける……そのただ1つの目的の下に、一致団結するのであった。

 

「お、お前ら……」

 

 共に、手を取り合って沸き立つ少女たちを前に、呆気にとられるグレンに。

 

「さぁ、先生!」

 

「一緒に、リィエルを助けてやろうぜ!」

 

 フランシーヌとコレットが、力強く微笑みながら、手を差し伸べる。

 

 

 ───長い夜が───始まろうとしていた。

 

 

 ◆

 

 

 システィーナは『疾風脚(シュトロム)』を使ってアナスタシアを抱えながら飛んでいた。

 

「アレス! 本当にいいのっ!?」

 

 この場に聖リリィ魔術女学院の生徒はいない。故にシスティーナはアレスと呼んでいる。

 

 それよりも問題なのは、システィーナが列車の遥か上空からアナスタシアを落とそうとしていることだ。

 

「大丈夫、だと思う。それよりも、僕が降りたらすぐにグレン先生のところに戻ってね」

 

「それは分かったけど……本当に? 本当にいいのね?」

 

「うん、いつでもいいよ」

 

 アナスタシアのその言葉を聞いて、システィーナは迷いを断ち切ったとばかりに勢いよく落とした。

 

 一方、落とされたアナスタシアは。

 

「《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》」

 

 【グラビティ・コントロール】を使うことで、今までの落下速度が嘘のように遅くなる。

 

 そうして、無事列車に着地できたアナスタシアは列車後方にいる見張りの女子生徒を気絶させ、侵入した。

 

 それは、アナスタシアが黒魔【セルフ・トランスパレント】と【ノイズ・カット】を使い相手を無力化せずに忍び足で列車を攻略しているときだった───

 

 どぉおおおおおおおおんッ!

 

 後方から響いてきた衝撃音に、前方にいたはずの女子生徒達が続々と集まってくる。

 

 しかし、集まってきたはずの女子生徒達は後方から堂々と侵入してきた人物たちに蹴散らされていった。

 

 戦闘中、「リィエルを返せ!」と声が聞こえている。

 

 エルザやコレット、フランシーヌ、システィーナの声も聞こえるので、正面突破でも負けることはないだろう。

 

 ならば、今のアナスタシアが為すべきことは───

 

「リィエルを助けること……」

 

 アナスタシアはそう小さく呟いて、リィエルの下まで走って行った。

 

 

 ◆

 

 

 列車内に侵入したグレン達と、それを迎撃する女子生徒達が、列車内で激突していた。

 

「やぁああああああああ───ッ!」

 

 ここは通さぬと、女子生徒の1人が細剣(レイピア)を構えて、グレンに突撃してくる。

 

「ふ───ッ!」

 

 グレンが軽やかに体を捌き、細剣(レイピア)で猛然と突きかかってきた女子生徒をかわす。

 

 すれ違いざま、その女子生徒の首筋に手刀を入れ、意識を刈り取る。

 

 間髪入れず、1人突出したグレンを狙って、車両の奥で隊列を組んだ女子生徒達が一斉に呪文を唱えた。

 

「《雷精の紫電よ》───ッ!」

 

「《白き冬の嵐よ》───ッ!」

 

「《大いなる風よ》───ッ!」

 

 雷閃が、凍てつく波動が、殴りつける突風が、グレンに激しく殺到するが───

 

「《光輝く護りの障壁よ》!」

 

 読んでいたとばかりに、システィーナがグレンの眼前へ展開した光の魔力障壁───【フォース・シールド】がそれらを全て遮断する。

 

 

 ◆

 

 

 後方車両の方で、グレン達の戦いが激化する、その一方───

 

 中央のとある車両にて。

 

「リィエル、起きて」

 

 その言葉でリィエルは目覚める。

 

「アレ……ス……?」

 

「そうだよ、それより起きれるかい?」

 

「ん、平気」

 

 その言葉と同時に、リィエルを縛っている【スペル・シール】が千切られた。

 

 しかし、リィエルの表情は優れない。

 

「エルザが心配?」

 

「……エルザは、無事……?」

 

「うん、そしてリィエルを救うためにこの戦いに参戦してるよ」

 

「───っ!?」

 

「お節介かもって思ったんだけどさ、それでもルミアなら放っておかないから」

 

「ん、ルミアならきっとそうする……でも、意外……」

 

「何が?」

 

「アレスは、私を助けないと思ってた。だから……意外」

 

 その言葉を聞いたアナスタシアは、どうだろうと呟いて少し考える。

 

 もし囚われていたのがフランシーヌやコレットだったら? あるいは、エルザだったら? イルシアとの約束がなかったら? そう考えたとき、既に答えは出ている。

 

 昔のアルス(・・・・・)は助けないだろう。どこにメリットがある? と、そう無慈悲に告げるだろう。

 

 でも、今は違う。今のアルス(・・・・・)は助ける。ルミアを笑顔にできるなら喜んで、と……葛藤も躊躇もなく、穏やかな笑顔で人助けをするだろう。

 

 昔は無知だった、昔はルミアが生きていればそれでいい……ずっと、そう信じて疑わなかった。でも、あの日ルミアの笑顔が曇ってしまったあの時……後悔が生まれた。

 

 自分はルミアの笑顔に救われたのに、その笑顔を守れなくてどうする……と。ならば取り戻して護ろう。あの日、ルミアが失くしてしまったものを取り戻し、2度と失わないように護る。

 

 それだけが、不器用な自分が表せる最大の感謝の気持ちだから───

 

 

 ◆

 

 

 列車の戦いは更に過熱していく───

 

 闘争の狂奔は、最早、留まるところを知らないようだ。

 

「フランシーヌッ! コレットォオオオオオオオ───ッ!」

 

 女子生徒達が怨嗟の声を上げながら、フランシーヌとコレットへ立ち向かっていく。

 

「ははっ! 甘いぜッ!」

 

 迫り来る3人、3本の細剣(レイピア)を、コレットは巧みな拳捌きで叩き落とす。

 

 そのまま、蹴りを入れ、肘で殴り倒し、拳から漲る凍気で薙ぎ払い───

 

「《雷精のし───》」

 

 突出したコレットを狙って、後方で待機していた女子生徒達が、一斉にコレットへ攻性呪文(アサルト・スペル)を撃ち込もうとするが───

 

「《虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮》───ッ!」

 

 前衛のコレットを盾に、先読みで唱えていたフランシーヌの呪文が一瞬、速く完成。

 

 圧縮空気弾が敵陣へと弧を描いて飛来し───当然、コレットはすでに下がっており───

 

 ずん!

 

「きゃああああああああああ───ッ!?」

 

「うあああああああああああ───ッ!?」

 

 音波衝撃と空気振動で、群れ固まっていた女子生徒達が吹き飛ばされ───

 

 その衝撃で、車両全体が揺れて震えた。

 

「くっ……この人達……ッ!?」

 

 ここはちょうど、列車の左半分が個室席で埋まっている車両だ。戦闘は狭い廊下で行わなければならないわけで、ここでは数の有利が生かせない。

 

「フランシーヌッ! コレットッ! なぜ、私達の邪魔をするのですッ!」

 

 マリアンヌ側についた女子生徒達の1人───シーダが叫んだ。

 

「ああッ!? 邪魔するに決まってんだろ!? 《雷精の紫電よ》───ッ!」

 

「仲間を浚われて、黙って見ていられるわけありませんわ! 《大いなる風よ》───ッ!」

 

「くっ!?」

 

 シーダは個室席内に身を隠し、飛来してくる呪文をやり過ごす。

 

「リィエルなんて、どうせ貴女達にとっては縁の薄い人物でしょう!? 考え直しなさいッ! それよりも───貴女達も私達の仲間になりなさいッ!」

 

 呪文の応酬を続けながら、シーダが叫ぶ。

 

「私達と共に、行きましょう!蒼天十字団(ヘヴンズ・クロイツ)にッ!」

 

「はっ───ッ!? 馬鹿も休み休み言え───」

 

「だって、貴女達も本当は、息が詰まっていたのでしょう!?」

 

 シーダの叫びに、一瞬、コレットとフランシーヌの動きが硬直する。

 

「貴女達だって本当は苦しかった! 家に縛られ、学校に縛られ、自由は、自分の意思は何1つない! こんな状況、破壊したかった! 何か自分は他者と違うと縋るものが欲しかった───だから、あんな『派閥』で粋がっていた! そうでしょう!?」

 

 なさに、シーダのその指摘は───図星だった。

 

 それを好機とみたシーダがより一層、熱心に説得にかかる。

 

「だから、私達と一緒に行きましょう! 蒼天十字団(ヘヴンズ・クロイツ)にッ! それで、貴女達が心底望んだすべてが、簡単に手に入るんですよ!? 苦しみが解決するんですよ!?」

 

 沈黙。戦いの最中、ほんの一時、生まれた静寂。

 

 だが……

 

「お断りだ」

 

「お断りですわ」

 

 コレットとフランシーヌは同時に、そう力強く答えていた。

 

「な、なぜ───?」

 

「ああ、いや、確かに魅力的だ……実は、すげぇ行ってみたいわ、正直」

 

「政府の秘密機関の研究員……もしくは、諜報員……なるほど確かに。家に縛られず、自由に、他の何者でもない、何かになれる……正直、とても心が揺れますわね」

 

「はは、やべぇな……ついちょっと前のアタシらだったら、のこのこついていったかも」

 

「ええ、本当に……」

 

「だ、だったら、素直に、私達と一緒に───」

 

「でも、駄目なんだよ、それじゃ!」

 

 コレット達から帰ってくるのはやはり、拒絶だった。

 

「同じなんだよ、結局! それは自分の力で摑んだもんじゃねえ!」

 

「今と状況は何1つ変わっていないのです! しがらみのままに、何の目的もなく、学院に在籍し、さも自分達は特別であろうと思い込もうとしていた今までの状況と、何1つ変わっていませんわ! 鳥かごの形が多少変わっただけですわ!」

 

「で、でも! だったら、どうすれば!? どうすればいいんです!? このままじゃ、私達の未来に希望は何1つないじゃないですかぁッ!?」

 

 結局、マリアンヌについた生徒達も……薄々わかってはいたのだろう。

 

 それは違うと。自分達の選択は絶対に間違っているのだと。

 

 でも、それしか、そうするしか、彼女達には思いつかなかっただけなのだ───

 

「私は嫌だ! こんな人生、嫌なんです!? どうすれば───ッ!?」

 

「確かにな。私達は詰んでるよな……経済的に超恵まれている代わりに、自由がとてつもなく制限されている」

 

「それを、世間知らずのお嬢様の甘えだと言われれば、それまでなのですが……」

 

「でも、レーン先生が言ってたよ。魔術師ってのは結局、どこまでいっても、自分の願望のために、世界の理すら曲げる傲慢で罪深い人種なんだ……と」

 

「だが、それゆえに、誰よりも自由でもある……」

 

 2人に対峙する女子生徒達は、なぜかそんな2人の言葉に耳を傾けている。

 

 無視できない。まるでそれが救い主の言葉であるかのように。

 

「それに、お前らは訴えたのか?」

 

 コレットのその言葉に、女子生徒達の息が詰まる。

 

「自分達の親に、私は自分の好きな人と結婚したい! って……この中の誰でもいい、訴えたことのある奴が1人でもいるか?」

 

 誰も訴えるはずがない。それが自分達の人生だと諦めていたのだから。

 

「そんなこともしてねぇ連中が、自由なんて語ってんじゃねえ!」

 

 そう言って、コレットはすっかり意気消沈した女子生徒達を倒していった。

 

 この戦いの結末は如何に。




てか、いつの間にかロクアカ13巻発売されてるし! 全然気づかなかったわ!

受験勉強も一段落ついたし、明日買いに行こう


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トラウマと克服

始皇帝は当たったんですけどねえ……ブラダマンテちゃん欲しかった……


機関車のすぐ後ろにつくオープンサロン車両の、第一号車内にて。

 

「くっ……使えない子達……流石は所詮、世間知らずのお嬢様ね!」

 

 マリアンヌが、遠見の魔術で観察する後方車両の戦況に歯がみする。

 

 その千里眼が見る敵は、フランシーヌとコレットの2人。たった2人に、マリアンヌが選りすぐりで選んだ将来有望だったはずの生徒達が、片端から倒されていっている。

 

「何よ、この子達……明らかに今までと違う……」

 

 フランシーヌとコレットの戦い方は、単純な技量そのものは以前と変わっていない。

 

 だが、その力の振るい方に明らかな変化がある。以前のように、ただ闇雲に、己を誇るように力を振るうのではない。目的を達成するため、己が切るべき手持ちのカードの内容を吟味し、的確に行使・通用する確かな知恵が根底にある。

 

 記憶によれば、聖リリィ魔術女学院では、貴族の教養としての『力』を教授できる教師は多くいるが、その『使い方』と『知恵』を教授できる教師はいなかったはずなのに。

 

「それに、リィエル=レイフォード……一体、どこへ消えたの?」

 

 嫌な予感を覚えて、リィエルを押し込めた車両を遠見の魔術で覗けば、なんとリィエルの姿がない。魔術で牢獄と化したはずの個室席内に、もの凄い力で引きちぎられた縄と、もの凄い力で蹴破られた扉があるだけだ。

 

 こんなアホみたいな真似が出来るのは……リィエル=レイフォードしかいない。

 

 もともとあの個室席は、最初から魔術的な牢獄として作られてたわけではないので、魔術でかけた鍵や強化した扉には、その強度に限度があるのは分かっていたが……まさか、こうもあっさり破るとは……リィエルという少女の底力を見誤っていた。

 

「くっ……リィエル=レイフォードが車内のどこかに隠れているのは間違いないはず……探して、この私が取り押さえれば……」

 

 だが、列車内のどこにもリィエルの姿はない。

 

 遠見の魔術でいくら探しても見つからない。一体、どこへ消えたというのか。

 

 そうしている間にも、後方の戦いの喧噪は、徐々にこの場所へ近付いているようだ。

 

「なぜ……どうして何もかも上手くいかないの!? どこで狂った……ッ!? 一体、誰のせいでこうなった? 一体、誰の───ッ!?」

 

 と、マリアンヌが苛立ち交じりに歯がみしていた……その時である。

 

 ガッシャアアアアンッ! 

 

 突然、車両後方の窓ガラスが外からぶち破られ、車両内に何者かが飛び込んでくる。

 

 その何者かを目の当たりにして───マリアンヌが唇を震わせ、叫んだ。

 

「そうよ、わかった……ッ! 貴方よ……ッ! きっと貴方がいたから……ッ!」

 

 実は、マリアンヌは───その人物の正体を知っていた。

 

 アルザーノ帝国魔術学院から軍の手引きで、明らかにリィエルのお目付け役として赴任してくることになった臨時講師の正体を。その調べはついていたのだ。

 

 だが、所詮三流魔術師、ロクでなし魔術講師───自分の計画に支障なし。

 

 あまり強引に突っぱねても怪しまれるし、上層部の軋轢を煽る結果になる───そう判断し、ゆえに黙認。

 

 今、思えば───あの男がやってくることこそを、全力で阻止すべきだったのだ。

 

 それが、今回の計画でマリアンヌが犯した最大のミスであった。

 

「全部、貴方のせいよッ! グレン=レーダスぅうううううううううう───ッ!」

 

「はははっ! 馬鹿騒ぎは仕舞にしようぜッ! ババア───ッ!?」

 

車両内に降り立ち、対峙したグレンへ───マリアンヌが絶叫するのであった。

 

 ───この学院に新しい風を吹き込んでくれること、期待しますわ───

 

 過去の自分の台詞が、この現状の自分に対する強烈な皮肉だった。

 

「まったく! フランシーヌとコレットをおとりに、自分達は列車の屋根伝いに移動して、黒幕を叩く……相変わらず無茶苦茶なんだからッ!」

 

 ひゅごおっ! 風を纏い、エルザを抱きかかえたまま割れた窓から車両内に飛び込んできたシスティーナ。

 

 グレンの背後に降り立ち、呆れたように叫ぶ。

 

「別にいいだろ? おかげで、同じく屋根伝いに移動していたリィエル達とも合流できたんだし……」

 

「……ん」

 

 さらに2つの影が、巧みな体術を駆使し、窓から車両内に飛び込んでくる。

 

 リィエルとアナスタシアだ。システィーナの解呪(ディスペル)魔術によって、リィエルの魔術封印は解かれている。

 

 リィエルは大剣を錬成し、アレスは剣を鞘から抜いていた。

 

 合流後、ここまでの道中の情報交換で、すでにエルザとグレン達は和解済みだ。

 

 後は協力して、黒幕を打倒するだけ───

 

 1つの目的の下、、5人が、憤怒と驚愕に震えるマリアンヌへと身構えるのであった。

 

「……4対1だぜ? 流石に勝てると思わねえだろ? さっさと投降しろよ」

 

 グレンが勝ち誇ったようにそう宣言する。

 

 だが……

 

「ふ、ふふふ……」

 

 観念するでもなく、マリアンヌは不気味な笑いを零すだけだ。

 

「何がおかしいんだよ?」

 

「いえ……まさか、やれやれ……本当に、こういう事態になるなんてね……」

 

 すると、マリアンヌは腰に吊ってあった剣を、そっと抜いた。

 

 古風な意匠の長剣であった。

 

「いざという時、エルザへの牽制になるかと思って、持ってきたんだけど……本当に大正解だったわねッ!」

 

 その剣を頭に掲げた───その瞬間。

 

 轟ッ! 剣から炎が噴き上がり、マリアンヌの周囲を渦巻いた。

 

 明らかに只の炎ではない。圧倒的な火勢が放つ強烈な熱風が、十数メトラほどの距離を開けてなお、グレン達の肌を熱く痺れさせる───

 

「熱ッ!? な、なんだそりゃ!?」

 

 グレンが驚愕に目を見開く。

 

「今の炎、魔術を起動している気配がなかったぞ……ッ!? 元々そういう機能を有している魔導器───いや、違ぇ! どっちみち魔導器を起動させた気配もなかった!」

 

 そもそも、そんなものの起動を、この近接格闘戦力がヤケクソ気味に充実した状況で、固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】を持つグレンが見逃すはずもない。

 

 グレンがマリアンヌの操る謎の炎に、戸惑っていると……

 

「まさか、その剣は……魔法遺産(アーティファクト)───炎の剣(フレイ・ヴード)!?」

 

 その造形と特徴から、それに思い至ったシスティーナが驚愕する。

 

「『メルガリウスの魔法使い』に登場する魔将星が一翼、炎魔帝将ヴィーア=ドォル……彼が振るったという『百の炎』の1つ、炎の剣(フレイ・ヴード)……ッ! どうしてそんなものが、こんなところに……ッ!?」

 

「あらあら……どうやら古代文明マニアの方がいてくれたようで説明が省けたわねぇ……まぁ、大体、その通りよ。この剣は炎を操る魔法遺産(アーティファクト)───」

 

 マリアンヌが嗤う。

 

「私ね、蒼天十字団(ヘヴンズ・クロイツ)の『Project(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ)Life(ライフ)』研究では、経験記憶・戦闘技術の復元・継承に関する術式の研究をやっていてね……その一貫として、古代の英雄の戦闘技術なども現代に再現できないか……? みたいなこともやっていたわけ」

 

「まさか───白魔儀【ロード・エクスペリエンス】の応用かッ!?」

 

 この世界には物品に眠る、記憶情報を再現・憑依させる儀式魔術がある。

 

「ええ、そうよ? 確かにセリカ=アルフォネアのように、過去の英雄の戦闘技術を、ほぼ完璧に再現する……なんてことは出来ないし。アルス=フィデスとかいうエルミアナ王女の側近だった人物は固有魔術(オリジナル)そのものに、その術式を組み込むことで自身が魔力で複製した武器から原典の記憶すらも読み取ることが出来たらしいけど、そんなこと私には出来ない。けど、私はこの炎の剣(フレイ・ヴード)から、不完全ながらも半永久的に戦闘技術を、この身に憑依させることくらいには成功したわ」

 

「な……ッ!?」

 

「この炎の剣(フレイ・ヴード)……魔将星が振るったー、なんてのは、所詮、ロラン=エルトリアの御伽噺に過ぎないでしょうけど、これだけの魔剣……古代では、きっと名のある戦士に振るわれたに違いない……そう思わない? ええ、アタリよ?」

 

 不意に、マリアンヌの姿が霞み消え───

 

「───ッ!? 危ない、皆、下がって!」

 

 リィエルが反応、前に飛び出して───

 

 がぎぃいいいいんっ! 刹那、響き合う壮絶なる金属音、噛み合った刃と刃。

 

 グレン達の目前で、リィエルとマリアンヌが剣と剣を交差させて、組み合って───

 

 次の瞬間、マリアンヌの剣から炎が噴き出した。

 

「───ッ!?」

 

 至近距離で噴き出した炎が、圧倒的火勢でリィエルを飲み込まんと───

 

「リィエル、前に出過ぎ」

 

 アナスタシアがリィエルの手を引いて、リィエルを飲み込まんとしていた炎を紙一重で回避する。

 

「野郎ッ!?」

 

 グレンが背中に隠していた拳銃を抜いた。

 

 抜き手も霞む早撃ち───3度のファニングで3発発砲。

 

 だが、マリアンヌは神速で跳び下がりながら、飛来する弾丸を華麗に剣で回し受け───

 

「ふふ、どうかし───っ!?」

 

 マリアンヌが嘲笑おうとしたときには、目の前にアナスタシアがいるのだ。

 

 マリアンヌの着地の瞬間を狙って、アナスタシアは剣を振るう───

 

 だが、アナスタシアの剣は簡単に防がれた。

 

「残念……少しヒヤっとしたけれど、それでも私が憑依させてるのは古代の戦士よ? その程度の奇襲で倒せるなんて……随分と甘く見られたものね」

 

 その言葉と同時に、マリアンヌの全身が激しい炎を纏い───炎を弧状に放つ。

 

 その炎は生き物のように、たちまち天井を、壁を燃え広がり───

 

 グレン達の退路を完全に断っていた。

 

「……もう逃がさないわよぉ……? 貴方達、全員、程良くトーストして、実験サンプルにしてあげるんだから……」

 

 全てが燃え盛る炎の世界の中で、グレンが戦慄と共に全身冷や汗をかく。

 

 そして───

 

「はぁ……はぁ……はっ、あ……ッ!? うっ……あぁ……」

 

「エルザ!?」

 

 酷い脂汗を浮かべて青ざめたエルザが、その場で力なく蹲っていた。

 

 マリアンヌの行使した炎の力に、心的外傷(トラウマ)が再発したらしい。

 

「おいおい……さっき、ちらっと話には聞いてたけど、ここまで酷いのか……?」

 

 豹変したエルザの様子に、システィーナとグレンはただ驚愕するしかない。

 

「となると、俺達4人でやるしかねえか……行くぞ、お前ら!」

 

「は、はいっ!」

 

「ん」

 

「わかりました」

 

 そして、グレン達がマリアンヌに立ち向かうために、1歩前に出る。

 

「り、リィエル……アナスタシアさんまで……」

 

 床で過呼吸にあえぐエルザが、戦いに向かうリィエルとアナスタシアの背中に言葉をかける。

 

「……その……ごめん……ね……私……やっぱり、足手まといで……」

 

「大丈夫。問題ない」

 

 素っ気ないが、力強い返答が返ってくる。

 

「エルザは私達が守るから」

 

「……り、リィエル……」

 

 そして───震えるエルザが見守る中、最後の戦いが始まった。

 

 

 ◆

 

 

「あっははははははははははっ! あっはははははははははは───ッ!」

 

 列車内に響き渡るマリアンヌの哄笑。

 

 狂気のままに剣を振るえば、その剣先から超高熱の紅蓮の炎が噴き出し、うねりを上げて周囲をのたうち回る───

 

「《光り輝く護りの障壁よ》───ッ!」

 

 システィーナが黒魔【フォース・シールド】を、一行の眼前に展開する。

 

 光の魔力障壁は、グレン達に迫る炎を遮断するが───

 

「あちちちちち!? あちちちち!? 熱い!? 熱いって!?」

 

 遮断して尚、その熱気はグレン達を焦がす。

 

「おい、白猫!? 熱、遮断しきれてねえぞ、もっと出力を上げろっての! サボんな!」

 

「これが限界よッ!」

 

 グレンの避難に、システィーナが悲鳴を上げる。

 

「あの魔法遺産(アーティファクト)の剣の出力がおかしいのっ! 私のせいじゃないわッ!」

 

「ちぃッ!? しぁねえなぁ!?」

 

 グレンが拳を握り固めて、矢継ぎ早に呪文を唱えた。

 

「《守人よ・遍く弎の災禍より・我を護り給え》ッ!」

 

 黒魔【トライ・レジスト】。対象に、炎熱、冷気、電撃の三属性エネルギーへの耐性を付与(エンチャント)する、対抗呪文(カウンター・スペル)だ。

 

 グレンはそれを自らにかけ───

 

「白猫、援護しろッ!」

 

「《大気の壁よ・二重となりて・我らを守れ》───ッ!」

 

 さらに、システィーナが唱えた、黒魔改【ダブル・スクリーン】───二重の空気障壁を纏って、マリアンヌへと一気に突進する。

 

 座標指定魔術である【フォース・シールド】と違い、【エア・スクリーン】やその改変である【ダブル・スクリーン】は対象指定魔術だ。

 

 呪文の効力を身に纏ったまま、移動することが可能。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおお───ッ!」

 

 渦巻く炎の海を左右にかき分け、グレンがマリアンヌの懐へと飛び込み───

 

 走力を乗せ、鋭い右ストレートを繰り出す。

 

 が。

 

「あはははははっ!?」

 

「な───」

 

 マリアンヌに体を捌かれ、あっさりと躱される。

 

 泳いだグレンの無防備な身体へ───マリアンヌが返し刀、一閃───

 

 その壮絶な焔刃は、【ダブル・スクリーン】の空気障壁すら切り裂いて───

 

「グレンッ!」

 

 ───間一髪。グレンが両断されようとしていたまさにその時、同じく飛び込んできたリィエルが間に合い、大剣でマリアンヌの剣を受け止める。

 

「いいいいいいいやぁあああああああああ───」

 

 そのまま、強引にマリアンヌを押し返そうとするが───

 

 轟ッ! マリアンヌの剣から再び紅蓮の炎が噴き出し、のたうち暴れ始める。

 

「くぅ───ッ!?」

 

 一応、リィエルも自前の黒魔【トライ・レジスト】で炎熱耐性を得てはいるが、こうも至近距離で灼熱炎に炙られては流石にきついだろう。

 

「た、《大気の壁よ》───」

 

 システィーナが咄嗟に、リィエルへ【エア・スクリーン】を張らなかったら、重度の熱傷に陥っていただろう。

 

 だが、その空気障壁も───

 

「しぃ───ッ!」

 

 マリアンヌの壮絶な斬撃が、即座に切り裂いて、霧散させてしまう。

 

「あっはははははぁ……燃えろぉ……ッ!? 燃えてしまえぇえええええ……ッ!」

 

 後衛であるシスティーナ達の下まで下がったグレン達にマリアンヌは更なる追い打ちをかける。

 

 それだけでなく、燃え広がる炎が先頭の機関車両に引火したせいで、機関部が暴走を始め、先ほどから列車の速度がどんどん上がり始めている。

 

 このまま、列車の速度が上がり続ければ、いずれ最悪の事故が発生してしまうことは想像に難くない。

 

 そうなれば、この列車に乗っている全員が───死ぬ。

 

 

 

 

(熱い……怖い……怖いよ……お父さん……助け……て……)

 

 エルザは、車両の隅で、刀を抱きながら、ぶるぶると震えていた。

 

(私にだって……戦う力はある……だから、今はみんなと一緒に戦わないと……)

 

 理屈では、理性ではわかる。わかっているのだ。

 

 だが───駄目だった。『炎の記憶』がエルザを嘲笑い続ける。

 

 こうも、炎が燃え上がっている状況では、どうしても恐怖で身体が動かない。

 

 手足が震え、力が抜け、目眩と吐き気と動悸と過呼吸が収まらない───

 

 世界がぐにゃぐにゃと赤く歪み、最早、まともに立ち上がることすら出来ない───

 

 そんな時だった。

 

 度重なるマリアンヌの炎の猛撃に、ついにシスティーナの張る【フォース・シールド】の一部が破壊され、穴が開いた。

 

 隙間から、圧倒的な炎の奔流が【フォース・シールド】内部になだれ込み───

 

 ───その炎の向かう先に、エルザがいた。

 

「あ……、……あ、ああ……ぁあああ……ッ!?」

 

 炎がエルザを飲み込まんとした───まさにその時。

 

 自分の身体を盾にして、エルザを守ろうとした者がいた。

 

 アナスタシアだ。

 

 燃えたぎる炎は、一瞬でアナスタシアを包み込む。

 

「《光輝く護りの障壁よ》───ッ!」

 

 その刹那、システィーナが障壁を張り直す。

 

 炎が遮断され、発生源を断たれた炎は霧散する。

 

「……あ、アナスタシア……さん……?」

 

「……大丈夫? エルザさん」

 

 心配そうな声を上げるエルザに、アナスタシアは逆に声をかける。

 

 【トライ・レジスト】を付呪(エンチャント)していたとはいえ、エルザを庇ったアナスタシアはかなりのダメージを負っていた。

 

 綺麗なスカイブルーの髪は少し燃え尽き、身体もかなりの熱傷に陥っている。

 

 どう見ても、エルザより重傷だ。

 

 だというのに───

 

「無事でよかった」

 

 アナスタシアはそれを全く意に介さず、マリアンヌの方へ向き直る。

 

 見れば、グレン達は既にマリアンヌと近接戦をしていた。

 

「ど、どうして……こんな、役立たずの私なんかのために……」

 

「リィエルが守るって言っちゃったから……」

 

 エルザは思う。本当に、何から何まであの少年(・・・・)に似ている……と。

 

 もし……もし本当に、この場にあの少年がいたら……きっと、同じことを言う気がする。

 

 そんな事を考えていると、不意にアナスタシアはエルザの前からすっとよける。

 

 そして、エルザの視界に映ったのは、迫り来る炎の激流を、グレンは眼前で両腕を交差させ、ひたすらに耐えて。システィーナが何度も何度も【フォース・シールド】や【ダブル・スクリーン】を張り直して、必死に耐えている姿。

 

 エルザはそんな紅蓮の光景を、恐怖に震えながら、呆然と眺めている。

 

 その光景は、まさしくエルザの中にある『炎の記憶』の焼き直しであった。

 

 何を思って、アナスタシアがこの光景を見せたのかエルザには分からない。

 

「アナスタシアさん……もしかして貴女は、あの時……私を助けてくれた少年(ひと)!?」

 

 エルザは辿り着いた1つの仮定をアナスタシアに問う。

 

「…………………」

 

 アナスタシアは答えない。ただ、エルザに微笑むだけだ。だが、エルザは確信した。この人は、『炎の記憶』の中で唯一の救いだった人だと。

 

「……貴女は酷い人です……私に、そんな酷なことをさせるのですね……」

 

 今すぐにでも解決できる力を持っているのに、わざわざ『炎の記憶』の心的外傷(トラウマ)を持つエルザに解決させようとしている。

 

「イルシアが君に心的外傷(トラウマ)を植え付けたなら、それを克服させるのは()の役目だから」

 

「……私はそんな強い人間じゃない……私に、炎の記憶(これ)を克服するだけの力なんてないんです……」

 

 エルザは否定する、自分は一生『炎の記憶』を克服できないと。それほど強い人間じゃないと。

 

「別に強くなくたっていい」

 

「え……?」

 

「君のお父さんは君に、強い人間であれと教えたかい?」

 

 エルザはその質問に首を横に振って否定する。

 

「どんなに弱くても、人を守るために……人を活かすために剣を振るえって、そう言うと思います」

 

「じゃあ、今の君は君のお父さんにどう映る?」

 

「……ッ!」

 

「その言葉を直接受けた君より、先生達の方がその言葉を行動に移してると思うけどな」

 

 エルザは、グレン達を見る。そこには、エルザを守ろうとする意志が見える。エルザにだけは炎を近づけさせないと、その想いが伝わってくる。

 

 その光景を見て、エルザは───

 

「私は───ッ!」

 

 震える身体を堪え、ぎゅうと刀の鞘を強く握りしめる。

 

 燃え上がる炎の恐怖に焦げる思考の中───エルザは必死に考える。

 

 己の為すべきことを───

 

………………。

 

 ………………………。

 

 ……そうだ。このままでいいはずがない。

 

(……私はただでさえ、復讐に身を焦がし───私利私欲のために父の技を振るい───父の顔に……誇り高き剣に……泥を塗ったというのに───ッ!?)

 

 これ以上、何もせずに、怯えて、震えて、泣いて───

 

「これ以上……ッ! 父の名を……技を……穢して……たまるかぁあああああ───ッ!」

 

 エルザは吠える。

 

 炎の記憶に抗い、涙を流しながら、吠えて、立ち上がった。

 

「「エルザ!?」」

 

 気付いたリィエルやグレンが叫ぶが、知らない。

 

 未だ震えが止まらない膝も、手も、全身も知らない。

 

 立ち向かうことを決意した反動で、かつてない恐怖が心臓を握りつぶすが、知らない。

 

 それに───

 

 自分の心的外傷(トラウマ)を克服できるまたとない機会を貰ったのだ。

 

「この……ッ!」

 

 エルザは震える右手で刀を抜き……その抜けば珠散る氷の刃を……

 

 左手で強く握りしめていた。

 

「みなさん……後、一手が足りないんですよね……?」

 

「ああ……そうだが……?」

 

「なら……私が、活路を……切り開きます……」

 

 エルザは過呼吸にこそなっていないが、戦えるほど顔色がいいわけでもない。

 

 そんなエルザを見てグレンも、システィーナも、リィエルも、目を丸くする。

 

「……自分の状態は……自分が一番わかってます……だけど……っ!」

 

 絶句しているグレン達が何を考えてるのかわかったのだろう、エルザが先回りで言う。

 

「……それでも……ッ! わ、私が……やらなくちゃ、いけないんです……ッ!」 

 

「…………………ッ!?」

 

「お願い……しますッ! 信じてください……ッ!」

 

 エルザが頼み込んでいる間にも、マリアンヌの操る炎は迫る。

 

 それを間一髪で防いでるのはシスティーナだ。だが、限界は近い。

 

 暴走する列車も、今にも脱線しそうな勢い。

 

 ゆえに───悩んでる時間は……ない。

 

「……やれるのか? エルザ」

 

「……やります……絶対に……」

 

 真っ青に青ざめながら、滝のように脂汗を流しながら。

 

 それでも、エルザは、はっきりそう告げた。

 

「どうか……先生達は、今までのように……戦ってください……『機』さえあれば……足りない最後の一手を……私が、必ず……埋めますから……」

 

「グレン……エルザを信じてあげて。わたしはエルザを信じる」

 

 ほんの僅かの一時、グレンがエルザの目を見つめて逡巡し───

 

「……オッケー。わかったぜ」

 

「せ、先生……」

 

「さぁ、行くぜ! 最後の一合いだッ! これで決めるぞッ!」

 

 グレンとリィエルは、最後の突撃を、敢行するのであった───

 

 

 ◆

 

 

 エルザの眼前では、先程までと同じような戦いが繰り広げられていた。

 

 グレンとリィエルが押し寄せるマリアンヌの炎に立ち向かっている。

 

 そんな光景を前に、エルザが最初に感じたのは、やはり、ただただ後悔であった。

 

「あ……ぁ……ああぁ……ッ!?」

 

 ああ、赤い。全てが赤い。全てが赤く、熱く燃え上がる炎の世界。

 

 ずっと自分を苛み続けた『炎の記憶』と、全てが重なる。

 

 ただ1つ違うとすれば───震える手を支えてくれる人がいること。

 

「アナスタシア……さん……」

 

「大丈夫、君は1人じゃない」

 

 手を支えてくれる、ただそれだけ。それだけなのに……自然と、震えが収まっていく。

 

「……ありがとう……アルス(・・・)さん」

 

 『炎の記憶』の中で、イルシアが青髪の少年を呼びかけた名前だ。

 

 ようやく思い出した名前を告げると、アナスタシアはエルザの前に立ち───

 

「《光輝く護りの障壁よ》」

 

 エルザが精神統一するための時間を稼ぐ。

 

 一方、エルザは目を閉じ、この精神的、肉体的極限状態で、1つ1つ思い出していく。

 

 父の技を。

 

(……春風一刀流……奥義……)

 

 今はそれだけを実践する、機械となる───

 

(……直立不動から、左足を半歩退くべし───腰を柔らかく落とし、身体は脱力───刀の鞘は左手の小指と薬指で軽く握り、他は添えるだけにすべし───)

 

 ゆっくりと……ゆっくりと……思い出しながら……

 

(鍔が額に来るよう、刀を掲げよ。刀の重みと重の引理さえ、我が友とせよ……)

 

 ここまで、慎重に、念入りに構えを作り……

 

 エルザはその動きを止めた。

 

 そして、静かに……再び、目を開ける───

 

 途端、エルザの網膜を強烈に焦がす、赤色の世界───

 

 エルザの恐怖の具現。

 

「あっはははははははは───ッ! 死ねぇえええええええええ───ッ!?」

 

 そして、仇敵マリアンヌの姿がそこにはある。

 

 準備は整った。

 

 

 ◆

 

 

「ええいッ! くそ───」

 

「ぐぅううううううう───ッ!?」

 

 あと少し。

 

 あと少しで───マリアンヌに届く。届くというのに───

 

「あっひゃはははははははははっ! ひゃははははっははははは───ッ!」

 

 【トライ・レジスト】や【ダブル・スクリーン】を起動してなんとか、グレンとリィエルはその圧倒的な炎に抗えているが、それでも猛烈な火勢の熱波により物理的に前に進めないのだ。

 

 これでは、魔力を無理に消費するだけ。

 

「くぅ……ダメだ、リィエル……下がれ……ッ!」

 

 グレンがリィエルに撤退を指示する。

 

 しかし───

 

「やだ! 下がらないっ!」

 

 リィエルはグレンの指示を突っぱねた。

 

「エルザがなんとかしてくれるって言った! わたしはエルザを信じる!」

 

「へっ……ったく……白猫! きついのはわかってるが───俺達への防御、もっと出力を上げてくれッ!頼むッ!」

 

「今だって限界だけど───わかったわッ! 残りの魔力を全部───」

 

 システィーナが限界を超えて、魔力を開放する。

 

 そして───

 

(……信じてくれて……ありがとう、リィエル……みなさん……)

 

 機は熟した。

 

 その瞬間。

 

 エルザは呼吸を───

 

 ───一息に、吐いた。

 

「はぁああああああああああああああ───ッ!」

 

 刹那、裂帛の気合と共に、エルザの四肢が爆ぜるように動いた。

 

 左足で一歩踏み込む神速の推進力、腰骨の超速横回転、それらのベクトルの違う力をまとめ上げ、右腕へと伝える背骨のしなり。

 

 頭上に掲げる刀の鯉口を切る。刃を鞘に滑らせる。

 

 抜きざまに、右腕に伝えた力を使い、重力に従って、刀を真っ直ぐ、撃ち下ろす───

 

 それはまさに絶技だった。

 

 『打刀』と呼ばれる、剃刀のように薄く鋭い刀剣だからこそ為せる剣技。

 

 様々な体術・術理を尽くして、全身を余すことなく利用してひねり出した、常軌を逸した『力』と『速度』。それらを物理的に全く減衰させることなく刀に乗せ、魔力で増幅(エンハンス)することで───その常軌を逸した鋭利なる斬撃は、空気を引き裂き、真空を生み出し、刀の間合いの外───遠間を切り裂く風の刃と為るいう。

 

 剣の間合いを超える斬撃。通常の剣理にあり得ぬ、絶技。

 

 東方剣術が一派、春風一刀流奥義───『神風』。ここに開帳す。

 

 エルザが、刀を振り下ろしたその刹那───

 

 ひゅぱッ!

 

 空気が───鳴った。

 

 不意に、グレン達を飲み込まんとしていた炎の津波が左右に、ばっ! と割れ───

 

「あ、がぁあああああああ───ッ!?」

 

 風の刃が、遥か遠い間合いにあるマリアンヌの半身を斬り裂いていた。

 

 巻き起こる血風。

 

 一目見ただけでわかる。マリアンヌは……絶命した。

 

 エルザの一太刀が、マリアンヌに届いた証であった。




ブラダマンテ欲しいのォオオオオオオオオ


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短期留学の後日談

今年最後の投稿に……なれたらいいなあ(遠い目)


 こうして、不意にリィエルを襲った一連の騒動が幕を閉じた。

 

 マリアンヌはエルザの神風によって死亡。彼女に従った生徒達には、マリアンヌから思考を極端にしてしまう洗脳魔術を使われたような痕跡もあり、多少の情状酌量の余地が認められ、一時的な停学・謹慎処分となるに留まった。

 

 だが、今回、マリアンヌに与していた女子生徒達が抱えていた心の問題は紛れもなく事実であり、それを誘因させる閉塞感が覆う校風も、今回の件で問題視されることになる。よって、中央から新たな学院長が派遣就任し、その閉鎖性の高い校風の改善取り組むことも決定。全ては丸く収まる運びとなった。

 

 無論、釈然としない部分もあった。マリアンヌが口にした『蒼天十字団(ヘヴンズ・クロイツ)』について。

 

 事件後、国軍省が厳しく追及・糾弾するも、魔導省のトップクラス高官達は、マリアンヌと『蒼天十字団(ヘヴンズ・クロイツ)』の存在を完全に否定。帝国宮廷魔導士団が、血眼になって『蒼天十字団(ヘヴンズ・クロイツ)』の痕跡を探したが、結局、空振りに終わる。死亡してしまったマリアンヌからは、情報を得ることは不可能。

 

 結局、マリアンヌの言が真実だったのか、あるいはただの虚言だったのか───

 

 真実は闇の中へと葬られることになった。

 

 だが、いずれにせよ、事の発端がリィエルの無理矢理すぎる『落第退学』処分だったことは厳然たる事実であり、反国軍省派のアルザーノ帝国魔術学院内における発言力は、大きく減衰。リィエルが短期留学を成功させたことにより、『落第退学』の口実も消滅。

 

 ルミア直近の護衛は、引き続き、リィエルが担当する運びとなった。

 

 そして───

 

 

 ◆

 

 

 ある晴れた空の下。

 

 聖リリィ魔術女学院敷地内の鉄道列車駅構内にて。

 

 がしゃんがしゃんと機関音を立て、煙突から煙を上げながら、ゆっくりと新しい蒸気機関車が駅構内に入ってくる。途端、辺りを微かな石炭の煙の臭いが漂い始める。

 

 そして、そんな列車の昇降口の前に……人だかりができていた。

 

 グレン達と、2年次生月組の生徒達の面々である。

 

 本日は、ついにグレン達が、アルザーノ帝国魔術学院へと帰還する日。

 

 月組の生徒達は全員総出で、その見送りに来ていたのであった。

 

「うう……レーン先生……とうとうお別れですね……」

 

「お疲れ様です。短い間でしたが、今まで大変お世話になりました」

 

「なぁ、先生。その……なんつーか……あたし、アンタと会えてよかったよ」

 

 フランシーヌ、ジニー、コレットが、クラスの女子生徒達を代表して、代わる代わるグレンへ握手を求め、別れの挨拶を口にしていく。

 

「システィーナとルミアもな。……アンタらとやり合うの、ケッコー、楽しかったぜ?」

 

「こちらこそ……って言っていいのかしら?」

 

「あはは……うん、私達も素敵な思い出が出来たよ。ありがとう」

 

 システィーナもルミアも朗らかに笑っている。

 

 ごくごく短い間ではあったが……彼女達の間には確かに友情があった。

 

「確かに、貴女達とはよく喧嘩したけど……こうしていざお別れとなるとなんだか、寂しいものね……」

 

「そうですわね……」

 

 システィーナがしみじみと言い、フランシーヌが頷く。

 

 すると、コレットがこんなことを言い始めたのだ。

 

「なぁ、システィーナにルミア。いつか私も、お前らの学校……アルザーノ帝国魔術学院へ留学してもいいかな?」

 

「!」

 

「なんつーか……興味が出てきたんだよ。レーン先生やお前らが、普段過ごしている学校がどんなところなのか……見てみたいんだ」

 

「おーっほっほっほっほ! コレットにしては名案ですわねッ! そうですね、その時はわたくしと、ジニーも一緒させていただきますわっ!」

 

「うへぇ……面倒臭いなぁ……」

 

 コレットの名案に、フランシーヌが高飛車に笑い、ジニー無表情でぼやく。

 

「あははっ! それいいわね!」

 

「うん、その時は皆で歓迎するね!」

 

 システィーナもルミアも、楽しそうに笑うが……

 

「それに……ほら、あれだ……」(照れ)

 

 コレットが、グレンの左腕に組み付き……

 

「そちらの学院へ行けば……その……また、レーン先生とも会えますし……?」(赤面)

 

 フランシーヌが右腕に組み付き……

 

「その……いつになるのか、正直わかんねーけどさ、先生……」

 

「どうか、待っててくださいまし……」

 

「お、おう……」

 

 2人に熱っぽく迫られるグレンは、脂汗を垂らしながら頬を引きつらせるしかない。

 

「あははっ! やっぱ、来なくていいかも!」

 

「うん、その時は皆で塩を撒くね!」

 

 ……なんというか……システィーナとルミアの楽しそうな笑顔が、とても怖いのだ。

 

「はぁ……貴女達、ほんっとうに、最後までブレませんね……」

 

 我関せずなジニーも、呆れ顔で肩を竦めていた。

 

「と、と、とにかくだっ!」

 

 このままだと、何かが致命的に危ないので、グレンは2人を振りほどく。

 

「お前ら、今回の一件、本当に世話になったな! 礼を言うぜ!」

 

「ん……みんな、ありがとう……」

 

 グレンの背後に隠れるように佇むリィエルも、ぼそりとお礼を呟く。

 

「なんかよくわからないけど……みんなのおかげで、退学にならないでいいみたい」

 

 本当は喜ばしい、喜ばしいことなのだが……リィエルの顔は少し不機嫌そうに頬を膨らませている。

 

 その理由はとても簡単で、この場にとある2名がいないのだ。

 

 お察しの通り、アナスタシアとエルザである。

 

 その頃、2人は駅構内の人目に付かない場所で───

 

 

 ◆

 

 

「それで、話って?」

 

 アナスタシアはエルザと向かい合う形で話していた。

 

「まずは、本当の姿になっていただけませんか? その、女性の姿だと少し、話辛くて……」

 

 エルザにそう言われ、アナスタシアは【セルフ・イリュージョン】で女体化している姿を変える。

 

「これでいいかな?」

 

「はい……」

 

 今のアナスタシアの姿はアルスそのものだ。

 

「あの時……私の命を助けてくれたこと……今でも感謝しています、本当にありがとうございました」

 

「お礼を言われることじゃない……結局、君のお父さんやお母さんを救うことはできなかったし……」

 

「それでもです……それに、それだけじゃありません。今回だって……私を助けてくれました、あの時のように……」

 

「…………………」

 

「私にとって本当に大切なものを教えてくれた、父の教えを思い出させてくれた……そんな貴方は本当の意味で命の恩人なんです」

 

 エルザはぽろぽろと涙を流しながら、腰を曲げ感謝を伝える。

 

「……それは違うよ」

 

「……?」

 

 エルザの感謝の言葉を否定したアルスにエルザは首を傾げる。

 

「僕は君のお父さんから貰った恩を、君に返しただけだよ」

 

「父を知ってるんですか!?」

 

「……前に一度だけ会って、少し剣を教えてもらったことがある」

 

「貴方は……軍人ですか……?」

 

「さあね……ただ、君のお父さんには借りがあった。僕はそれを返しただけ……それでいいじゃないか」

 

「……そう、ですね……その方がいいのかもしれません」

 

 エルザはアルスの言葉の意味が分かった。これ以上の詮索は止せと、その真意を正しく理解した。

 

「さ、行こうか。先生達の待つ場所へ」

 

 そう言って、アルスは【セルフ・イリュージョン】を解呪しエルザへ手を差し伸べる。

 

「ふふっ……はい……」

 

 エルザは微笑み、差し伸べられた手に自身の手を添える。

 

 

 ◆

 

 

「むむむ……嫌な予感がする……」

 

 同時刻、手を顎に当て難しい顔をするルミアがいたとかいなかったとか……




短いけど許して……短期留学の後日談とか本当に何も思いつかないの!許して!



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メギドの火編
《世界》のアレス=クレーゼの初陣


 前話の後書きで9巻カットでいいですかね?と聞いたんですけど、間違えました。8巻です。


フェジテが夜になった頃アレスはイヴに呼ばれた倉庫へ出向いた。

 

アレス=クレーゼは今、特務分室のメンバーに挨拶をしている。

 

「この度、帝国宮廷魔導師団特務分室執行官ナンバー21《世界》となりました。アレス=クレーゼです、よろしくお願いします」

 

 アレスは挨拶をするが、全てのメンバーが唖然としている。

 

「……正気か?……こいつが《世界》だと……?」

 

 アルベルトはイヴに言うが

 

「大丈夫よ、この駒は使えるわ……近接戦闘では《戦車》や《隠者》にも引けを取らないし、《星》程ではないけれど遠距離にも対応している……あなたなら分かるでしょう?こんなに使える駒を見捨てる程私は馬鹿じゃない」

 

 イヴのその言葉に誰もが言葉を失う。

 

 リィエルは、特務分室のエースと言われる程には強く。

 

 バーナードは、40年前の奉神戦争で生き残ったほどの猛者。

 

 アルベルトは、帝国随一の狙撃手という異名を持っていながら近接戦闘にも長けており二反響唱(ダブル・キャスト)時間差起動(ディレイ・ブート)などの高等技術すら可能という化け物じみた人物である。

 

 そんな人物と引けを取らないと言わしめるアレスに皆動揺を隠せない。そもそも特務分室のメンバーとは、全てが優れいる必要は無くどちらかと言えば『何かに特化した』人物の方が多いのだ。

 

 『何かに特化した人物』それは、グレンやリィエルなどが当てはまる。グレンは魔術起動の完全封殺に特化した人物であり、リィエルは高速武器錬成に特化した人物だ。

 

 『万能型の人物』それは、イヴとアルベルトが当てはまる。イヴはイグナイト家の眷属秘呪(シークレット)を使うが、基本的にどの魔術も一級と称される程には扱える。アルベルトは先程と同じように、遠距離で最強と言われながらも近接戦闘にも長けている。

 

 特務分室のメンバー全員が『万能型の人物』の類にアレスを当てはめただろうが、ここにいる全ての人物はアレスを見誤っていた。

 

 アレスは『何かに特化した人物』だ。では、何に特化したのか──────それは『複製』だ。アレスはルミアの従者として生きてきた時と《無名》という名で暗殺者として生きてきた時がある。そんな人生の中で使えそうな物や技術は全て複製・再現し、少し改造したり組み合わせたりすることで、初めて特務分室のメンバーと同じ土俵に立てるのだ。

 

「他に何か質問はあるかしら?」

 

 イヴはメンバーに聞くが誰も言葉を発さない。

 

「それじゃ《世界》あなたにはこれまで通り王女の護衛についてもらうわ」

 

「了解した。では、僕はもう行く」

 

 そう言ってアレスは疾風脚(シュトロム)で去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレスは紹介が終わるまで倉庫にいるつもりだったのだが、予定が変わった。ルミアの監視の為フィーベル邸に待機させていた使い魔が無くなったのだ。必然的に敵はフィーベル邸の防御結界を突破できるほどの強者ということになる。

 

「……間に合わないか……」

 

 魔眼でこの先の未来を視るが、自分が到着したのはルミアが連れ去られた直後だった。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 この呪文で投影されたのは弓と3つの矢

 

「《赤原猟犬(フルンディング)》!」

 

 3つの矢を同時に放つが、フィーベル家を襲撃できるほどの手練れであるのならば稼げて数秒。だが、その数秒あれば疾風脚(シュトロム)でフィーベル家へ着ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルミアはフィーベル邸を襲撃したジャティス=ロウファンと話していた。

 

「……僕に協力しろ、ルミア=ティンジェル……僕が正義を執行するために……そして……今、未曽有の危機に陥っているこのフェジテを救うために……ッ!人工精霊(タルパ)ッ!」

 

 話し終わる前にジャティスを三本の矢が襲った。

 

 ジャティスは人工精霊(タルパ)で咄嗟に防ぐが、その煙の先にはアレスがいた。

 

「……つくづく君には驚かされるよ……これは読めなかった(・・・・・・)……それに、その制服……なるほど宮廷魔導師団に入ったのか……」

 

 ジャティスは感心したように告げる

 

「……宮廷魔導師団……アレス君が……」

 

 ルミアはジャティスの呟きに驚愕し

 

「アンタはフェジテを救うと言ったな……乗るよ、その作戦」

 

 アレスの発言にジャティスは

 

「くはは……はっはっは……あっはははははははははははは──────ッ!」 

 

 ジャティスの嗤いにルミアはさらに驚く。

 

「まさか、君がこの提案に乗ってくるとは思わなかったよ……やはり、君だけは読めない(・・・・)ね」

 

 ジャティスは先程から意味の分からない発言をする

 

「……その代わり、ルミアは攫わせないよ」

 

「構わないよ、君が僕の代わりをしてくれると言うのならルミア=ティンジェルは君にこそ必要だからね……」

 

 断固たる意志を持つアレスとは裏腹にジャティスは意味あり気な発言をしながら通信魔術を使うための魔道具を渡す。

 

「そう言えば聞いていなかったね……君にとっての正義とは何かな?」

 

 ジャティスの言葉にフィーベル邸を出ようとしていた、アレスの動きが止まる。

 

「……僕は別にグレン先生のように『正義の魔法使い』に憧れた訳じゃないし、貴方のように悪を根絶やしにするなんて立派な正義を持ってるわけじゃない……ただ……」

 

 正義にもいろいろな種類がある。

 

 グレン=レーダスの正義は苦しむ人々を助けること。

 

 ジャティス=ロウファンの正義は悪を全て排除すること。

 

 そのどちらも正義だ。

 

「……ただ……僕はルミアを守ること……それが僕にとって正義……」

 

 観念したように、それでいて少し嬉しそうに言うアレスとは逆にジャティスは

 

「……たった1人の為に動くことが正義だと……?」

 

 アレスを不思議そうに見ながらジャティスは問う。

 

「……うん、僕は1人の為に全てを捨てる……言わなくていいよ……これが他の人からすれば『悪』だということくらい分かってる……」

 

 恐らく、グレンにとってアレスやジャティスのような人物は相容れない存在だろう。

 

 グレンは、人々の助けを求める声を聞くと助けずにはいられない。

 

 ジャティスは、自分という正義のためには人々が死ぬのは必要経費だと確信している。

 

 アレスは、ルミアという存在を護るためならあらゆる存在を捨てる。

 

 そんなことを思いながらアレスはフィーベル邸を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アレス君って何者なの?」

 

 フィーベル邸を出てすぐにルミアは質問した

 

「……すぐに分かるさ……」

 

 アレスは曖昧に答える。

 

『まず、1つ目の試練だ……フェジテ行政庁市庁舎の中にある『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』を解呪(ディスペル)してくれ』

 

 ジャティスからの指示が来たのでアレスはルミアを抱えながらフェジテ行政庁市庁舎へと向かって行った。

 

 フェジテ行政庁市庁舎の中へと入り、認識操作と異界化の術を駆使してあったがアレスの1分にも満たない解呪(ディスペル)によりあっさりと突破する。

 

 今のアレスは魔眼を常時起動しているため、解呪(ディスペル)する際に必要な知識が全て頭に入ってくるのだ。今のアレスは常にルミアの異能を受けた【ファンクション・アナライズ】を使っている状態と同義だ。

 

 階段の突き当りにある小部屋にアレスとルミアが着くと床に禍々しい造形の法陣が敷設されていた。

 

「……なに……これ……」

 

 ルミアは禍々しい法陣を見て驚愕する。

 

 アレスはルミアのそんな姿を見ながら、解呪(ディスペル)を始める。

 

「ルミア、僕に異能を行使してくれないかい?」

 

 アレスがそう言うとルミアは自身の手をアレスの背中に当てる。

 

「《終えよ天鎖・静寂の基底・理の頸木は此処に開放すべし》」

 

 ルミアの異能を受け黒魔【イレイズ】を使って解呪(ディスペル)した。

 

「……ねぇアレス君……これは一体……」

 

 ルミアは解呪(ディスペル)された法陣を見ながらアレスに問う。

 

「……聞いたことがあるかは知らないけどProject:Frame of Megiddo(プロジェクト・フレイム・オブ・メギド)……通称【メギドの火】と呼ばれる魔術を行使する為に必要な魔力を流すための法陣だよ」

 

 Project:Frame of Megiddo(プロジェクト・フレイム・オブ・メギド)──────正式名称で錬金【連鎖分裂核熱式(アトミック・フレア)】と呼ばれる禁呪であり、A級攻性呪文(アサルト・スペル)を超えたS級の攻性呪文(アサルト・スペル)である。

 

「……ジャティスがフェジテを救うと言っていた理由はこれだよ……こんなものをフェジテに放たれれば間違いなく滅ぶだろね」

 

「……そんな……ッ!?」

 

 アレスの言葉にルミアは後ずさり誰かにぶつかった──────アレスによって解呪(ディスペル)された法陣を作った人物セイン=ファランドがそこにいた。




ルミアとジャティスの2人きりにはさせないです。


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ジャティスの思惑とクラスの疑問

 みなさんはFGOのApocryphaイベント誰を周回していますか?僕は攻撃型のキャスターが水着ネロしかいないのでジャックちゃんとセミラミスの周回で中々苦戦しております。イリヤ欲しかったんですけどねえ……

 では、どうぞ


「……馬鹿なッ!?……私の法陣が……『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』が解呪(ディスペル)されているだとぉッ!?……貴様ら!どうやって解呪(ディスペル)したッ!」

 

 セイン=ファランドは驚愕していた。『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』とは法陣儀式魔術の天才であるセインが構築し、無数のプロテクト術式が組み込まれていた。

 

 1日や2日で解呪(ディスペル)するのは不可能なのだ。『なにか特別な力を使わない限り(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……生憎と【Project:Frame of Megiddo(プロジェクト・フレイム・オブ・メギド)】を起動させる訳にはいかないんだ……」

 

 アレスはその言葉と同時に消え、セインの背後に回り手刀を打っていた。

 

『なぜその男を殺さないんだい?』

 

 セインを気絶させるとジャティスが通信してきた

 

「……アンタの試練とやらに殺しは含まれてなかったと思うんだが……?」

 

 アレスは心底不思議そうな顔をしながらジャティスに聞く

 

『だが、そいつは天の智慧研究会のメンバーだ。ルミア=ティンジェルを殺そうとしてる急進派のね』

 

「残念だけど、関係ないんだ。ルミアを『殺害』するのも『確保』するのも変わらない……どっちも結果は同じだからね」

 

 『急進派』はルミアの殺害を目的とし、『現状肯定派』はルミアの確保を目的としているが、捕まればどのみちルミアは死ぬ。魔術競技祭のときにエレノアはルミアを殺害しようとした、結局ルミアの遺体を回収できればそれでいいのだ。

 

「それより、次の試練はなにかな?」

 

『おっと忘れるところだった……次はフェジテ行政庁市庁舎を破壊し、フェジテ警邏庁警備官、ユアン=ベリス警邏正から第二の『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』を聞き出し解呪(ディスペル)してくれ』

 

「……破壊系の魔術なんて持っていないんだが……」

 

 アレスは訴えるが

 

『魔術で出来ないのであれば弓ですればいいじゃないか』

 

 ジャティスにはバレていた。

 

「……了解」

 

 アレスは通信を切りため息をつく。

 

「……アレス君……もうやめよう?……あの人の言うことなんて聞かなくても……」

 

 ルミアはアレスを説得しようと試みるが

 

「……あ~まぁそうなんだけど……」

 

 曖昧に言葉を濁すアレスは続けて

 

「……僕とルミアが逃げれば、少なくともフェジテにいる全ての人が死ぬよ……?」

 

 アレスの言葉ルミアは固まる。

 

「ルミアも気付いてるでしょ?自分の異能がただの『感応増幅』じゃないことくらい……」

 

 その言葉は事実だ。タウム天文神殿に行ったときに自分の異能を行使した状態で【ファンクション・アナライズ】を使うと今まで読み解けなかった術式すら読み解けるようになる。通常の『感応増幅』は魔力を増幅させるだけであって、決して桁外れの魔術演算処理能力を与えること(・・・・・・・・・・・・・・)ではない。

 

「……詳しくは僕も知らないけれど、ルミアの異能は感応増幅とは全く別の物だと思う。それを天の智慧研究会が狙うのなら……帝国だけでなく世界そのものを崩壊させてしまうくらいに危険なモノなのかもしれない……」

 

 『メルガリウスの魔法使い』を描き聖エリサレス教会によって火刑に処されたロラン=エルトリアの最後の言葉は『教典は万物の叡智を司り、創造し、掌握する。故に、それは人類を破滅へと向かわせることとなるだろう────』だった。もしロラン=エルトリアの教典が禁忌教典(アカシックレコード)を指す場合、人類を破滅に追いやるのは禁忌教典(アカシックレコード)とルミアの異能だからだ。

 

 アレスはそんな考えを破棄する

 

「……フェジテを救うには、皆を救うにはルミアの力が必要なんだ……だから、その力を貸してくれ」

 

 今はルミアの力が必要なのだ。アレスは別に逃げ出すことも構わないが、それで悲しむのはルミアだろう。

 

「……うん、分かった」

 

 ルミアは微笑む。

 

「……じゃあ行こうか」

 

 そう言ってアレスはセインを裏路地へ放り投げ、ルミアを抱えてフェジテ行政庁市庁舎から少し離れたビルへ向かった。

 

 アレスは無詠唱で矢を投影し、弓に番える。

 

「《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》」

 

 アレスは《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》を上に向けて放つ、着弾地点はもちろんフェジテ行政庁市庁舎だ。

 

 次の目的地はフェジテ警邏庁なのだが、そこへ向かう途中変なものを見つけた。

 

 見つけたものは号外新聞なのだが、変なことが書いてあった。

 

「……犯行声明文……?」

 

 その犯行声明文には『帝国政府に告ぐ。ルミア=ティンジェルの身柄は、この私、アレス=クレーゼが頂かったり。彼女の素性が公にされることを是とせぬならば、提示した身代金を指定した日時までに用意されたし。この度の市庁舎の爆破は、帝国と敵対すという、私の威厳たる覚悟を示すものである』と書いてある。

 

「……あいつ……」

 

 アレスはそんなことを言っていないので、必然的にジャティスということになる。

 

「いたぞッ!……あいつがアレス=クレーゼだッ!」

 

「……ジャティス……この状況で『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』を聞き出せとか……ッ!」

 

 警備官に見つかりルミアを抱えながらユアンの元までどう行こうか迷っていると逃げ道を警備官に塞がれたのだ。

 

「……暗示か……」

 

 アレスはこの警備官たちが暗示を受けていること看破した。それはそうだ。どんなに優秀な指揮官であろうとも指示と行動には多少なりともタイムラグがある。これは伝達速度の限界と埋めきれないタイムラグがある筈なのに、この警備官たちにはそのタイムラグがない。

 

「……暗示……?」

 

 ルミアはアレスに聞く

 

「……ジャティスが言っていたユアンという人物は暗示に長けた人物ということさ」

 

 アレスはルミアに簡単な説明をしながら

 

(……これ国家反逆罪とかならないよね?そんなことなったらこの5年間の苦労が全部水の泡なんだけど……)

 

 内心、結構ビビッているのである。

 

「《我・秘めたる力を・解放せん》」

 

 【フィジカル・ブースト】を使って警備官を真正面から突破するアレスだが、そこに通信魔術の反応が来た。

 

『まだ『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』の場所を聞き出せていないのかい?』

 

 ジャティスは煽るように聞いてくるが

 

「アンタが聞き出すまで囮をしていたんだから感謝して欲しいんだが……」

 

 ジャティスがアレスの名前を使って時点で囮役だと薄々勘付いてはいたが、この通信で確信した。

 

『では、感謝の気持ちとして『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』の場所を教えてあげるよ。場所はリントン記念公園の東側の藪の中だ』

 

 アレスが警備官の相手をしている間、ジャティスはユアンを尋問したのだろう。

 

「ありがとな……」

 

 アレスはジャティスに感謝を述べる。

 

『……君はルミア=ティンジェルのことになると人が変わるね……』

 

 ジャティスはアレスを見透かしたように言う

 

「……そうかもしれないね……」

 

 そう言って通信魔術を切る

 

 その時、抱きかかえているルミアは何かを言いたげだったが何も口にすることは無かった。ルミアは直感したのだろう、今聞いたところでアレスが答えることは無い。アレスは自分が何者なのかすぐに分かると言っていた、その時に聞くしかないのだ。

 

 無事、リントン記念公園の藪の中にあった『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』を見つけ、ルミアの異能を借り解呪(ディスペル)する。

 

「《終えよ天鎖・静寂の基底・理の頚木は此処に解放すべし》」

 

 二つ目の『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』も解呪(ディスペル)すると異質な魔力を感じ振り返る。

 

「どうしたの?」

 

 アレスの顔は焦っている顔だったのかルミアが心配そうに聞いてくる。

 

「……ジャティス……お前、グレンとシスティーナを巻き込んだな?」

 

 通信魔術を起動しジャティスへ怒気を孕ませながらアレスは言う

 

『まさかもう気付かれるとは……これも読めなかった(・・・・・・)

 

 アレスが気付けた理由は2つの疾風脚(シュトロム)の魔力波動と1つの異質な魔力、ルーン語ではなくもっと『原初の音』に近い竜言語魔術(ドラグイッシュ)や天使言語に近い魔力の波動だ。

 

 疾風脚(シュトロム)はシスティーナと敵の1人、そして異質な魔力の持ち主と戦っているのはグレンだ。

 

 これはアレスの誤算、そもそもジャティスがグレンを巻き込まないことなど無かった。そしてジャティスの策略によって暗黒面に行きそうになったグレンを止めるシスティーナも巻き込まれに行くという形になる。

 

『助けに行きたいのなら行ってもいいんだよ?次の試練までどう過ごすかは君の自由だ』

 

 それだけ言ってジャティスは通信を切る。

 

「……イヴを信じるか……」

 

「えっ?……ッ!?」

 

 アレスの言葉にルミアは首を傾げるが、凄い風圧がルミアを襲った。

 

 アレスは疾風脚(シュトロム)を使ってグレンを助けに行くと決めた、イヴがシスティーナを救いに行くことを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方アルザーノ帝国魔術学院の2組では

 

「はぁ!?アレスがルミアを攫って市庁舎の爆破をした!?」

 

 カッシュが疑問を露わにする。

 

「少なくとも警備員はそう言っていたし、号外にも載っている」

 

 ギイブルは淡々と告げる。

 

「それに昨晩未明、システィーナの家を何者かが襲撃したらしい。リィエルは意識不明の重体……ルミアとシスティーナの2人は事件後行方不明、そして……フィーベル邸襲撃の直後、アルフォネア教授の家も、何者かによって跡形もなく爆破されたそうだ」

 

 ギイブルは続ける

 

「僕らの周りで起きるこの手の事件……先生が僕達のクラスに赴任して以来、多過ぎる(・・・・)。偶然、運が悪かった、それで片付けられてるレベルを、もうとっくに過ぎている」

 

 ギイブルのこの発言は今このクラスにいる者の全ての代弁であった。

 

「そして、今までの経験則で言えば、先生はどちらかというと『巻き込まれる』形で事件に関わっていた。学院爆破テロ未遂事件……王女陛下暗殺未遂事件……遠征学修先での事件……確かに先生の動きが派手で目立つけど……あくまで、先生は事件に『巻き込まれ』、それに『対処していた』だけなのは明白だ……逆にアレスは先生の派手さに隠れて事件に『巻き込まれに行っていた』」

 

 ギイブルの発言に口を開いたのはセシルだった。

 

「先生は分かったけどどうしてアレス君が?」

 

 セシルの発言にギイブルは眼鏡を上げながら言う

 

「さっき言った事件の中で彼の姿を見た人がこの場にいるかい?いるはずがない、なぜなら彼は事件に『巻き込まれに行っていた』のだから」

 

「……確かに、学院爆破のときはトイレにいたとか言ってたし……魔術競技祭のときは閉会式に参加してなかった……遠征学修のときは忘れ物をしたって言って……」

 

 ギイブルの発言にカッシュが思い当たることを述べる。

 

「そして、この事件の中心にいたのは誰だ?……別に僕が指摘するまでもない。普通に考えれば……常にそれらの事件の中心に居た人物がいるじゃないか」

 

 それは……誰もが心の底で思いながら、触れまいとしていたことであった。

 

「……ルミア=ティンジェル。……彼女は一体、なんなんだ?」

 

 最早、目を瞑っていられる時期は、とっくに過ぎていたのかもしれない。




 アレス君の口調がちょっとおかしいというか丁寧じゃなくなったのはそれだけ余裕がないと思って下さい。

 あと、クロエ強くないですか?モードレッドワンパン出来る☆4ってクロエくらいなんじゃないですかね


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2人の正義と1人の不義

 この題名は見方次第で誰にでもなります。


アレスは疾風脚(シュトロム)を使ってグレンの元に向かっていた。

 

「システィを見捨てるの!?」

 

 疾風脚(シュトロム)を使ってすぐにルミアはアレスに聞く

 

「見捨てるわけじゃない……システィーナは別の人が助けに行くから大丈夫さ」

 

「……でも……」

 

 ルミアはシスティーナのことが心配で堪らないのだろう、暗い表情をしている。

 

「システィーナは優秀だ、防御に徹すればそうそう負けることはない。対してグレンは?お世辞にも魔術師として優秀とは言えない。そんなグレンが相手をしているのはシスティーナの相手より数百倍は強い……」

 

 アレスの鬼気迫った顔にルミアも黙るしかない。

 

 それ以降、アレスとルミアに会話はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレンが相手をしているのは、アルザーノ帝国魔術学院テロ事件の際にグレンが倒したはずのレイク=フォーエンハイムだ。

 

 前に戦ったレイクとは何もかもが違う。前のレイクは確かに強かった──────だが、あくまで人間の領域の範疇だった。

 

 対して今のレイクはどうだろうか、漲る異質な魔力と存在感──────明らかに人としての領分を、遥かに超えているのだ。

 

 レイクがここまで強くなった理由はフォーエンハイム家が代々研究してきた竜化の呪い(ドラゴナイズド)と呼ばれる呪いを解除してきたからだ。

 

 竜化の呪い(ドラゴナイズド)──────それはフォーエンハイム家が伝統的にドラゴンの研究を行った成果だ。フォーエンハイム家は禁断の秘儀によってその血筋に、とある古き竜の血を入れることに成功し、人知を超えた竜の力を得た。

 

 だが、そんな強大な力には代償が付き物だ。竜化の呪い(ドラゴナイズド)の代償は竜の力を得る代わりに、いずれ人としての姿と理性を失い、身も心も暴虐の竜と成り果てる────そんな代償。

 

 勿論、【竜封鎖印式】という魔術で竜化の呪い(ドラゴナイズド)を封印していたのだが、グレンを相手にすることを知ったレイクは迷うことなく封印を解いてきたのだ。

 

「《──────■■■■》!」

 

 人が聞いたところでこれはただの竜の雄叫びなのだが、これはれっきとした呪文である。その正体は、大自然へと直接語りかける古き竜の言葉──────竜言語魔術(ドラグイッシュ)だ。

 

「《──────■■■》!」

 

 嵐も風も稲妻も止んだ直後周囲の倉庫街が焔を上げて燃え盛る。

 

「……今度は山火事かよ、コンチクショウ!?」

 

 そう言いながらグレンは左のポケットから愚者のアルカナを取り出す。

 

「……やはり、そう来るか」

 

 レイクは忌々しそうにグレンを見る。

 

 グレンの固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】はあらゆる魔術起動を封殺することが出来る。深層意識へと直接語りかけるルーン語と違い竜言語魔術(ドラグイッシュ)は大自然に語りかけるものだが、魔術であることには変わらない。

 

 そして、魔術であるならばグレンの【愚者の世界】で完全封殺できる。

 

「へっ!何が竜言語だ、馬鹿野郎!こっからは肉体言語で片をつけてやるよッ!」

 

 グレンがこんなことを言っている間に、レイクは剣を抜く。

 

「良いだろう。……手合わせ願おうか」

 

 レイクの剣は、真銀(ミスリル)日緋色金(オリハルコン)にも並ぶと称される、古き竜の鱗─────竜麟の剣だ。

 

「……って、うっそぴょーん」

 

 レイクの竜化の呪い(ドラゴナイズド)はなにも竜言語魔術(ドラグイッシュ)を扱えるようにするだけではない。竜の身体能力を一部だけではあるが再現が可能になる。

 

 グレンはそれが分かっているからこそ殴るふりをして躱し、銃を撃つ。

 

 だが、レイクは銃を目視することなく躱す。

 

「今さら、そんな豆鉄砲が一体、何になる?」

 

「へっ……今、かわしたなぁ?見たぜ?」

 

 ニヤケながらグレンは言う

 

「全身のお肌が竜麟並みに無敵なレイクさんよ?今、なんでその豆鉄砲をかわした?」

 

「…………」

 

「知ってるぜ?テメェにもあるんだろ?万物の頂点に立つ最強魔獣ドラゴンの唯一の泣き所─────『逆鱗』がよッ!死角からの攻撃に、テメェは万が一のそれを恐れた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレスは疾風脚(シュトロム)を使いながら汗を滲ませている。

 

「《彼方は此方へ・怜悧なる我が眼は・万里は見晴るかす》」

 

 疾風脚(シュトロム)を続けながら黒魔【アキュレイト・スコープ】を起動すると、そこには銃を構えているグレンと咆哮するレイクであった。

 

「……《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》!」

 

 アレスはアリシアに貰った黄金の剣を【グラビティ・コントロール】を使ってレイクに向かって投擲する。

 

 

 

 

 

 グレンはレイクが【Project: Revive Life(プロジェクト・リヴァイブ・ライフ)】によって生き返ったことを看破した。だが、そうなると1つおかしなことが起こる。

 

 レイク=フォーエンハイム─────彼の肉体と魂は代替品なのだ。それなのに竜化の呪い(ドラゴナイズド)は残ってる。ならば残り1つの精神に竜化の呪い(ドラゴナイズド)はあることになる。竜化の呪い(ドラゴナイズド)とは、言わばその精神《コード》に書き加えられた情報(ウイルス)。そこまで見抜いたグレンは

 

「来な。どちらが速ぇか……勝負だ」

 

 グレンは銃を構え、『愚者のアルカナ』を咥えながら言う。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 全てを察したレイクは咆哮をし、神速で突進しようとするが─────

 

「ぐぅあああああああああッ!?」

 

「ッ!?」

 

 レイクはどこからともなく現れた黄金の剣に片目を潰されたのだ。

 

 そして、このチャンスを無駄にするほどグレンは馬鹿じゃない。

 

 グレンは『魔銃ペネトレイター』を使い目を潰されもがいているレイクの心臓を撃ったのだ。

 

 それも、ただの射撃ではなく三連速射(トリプルショット)

 

 ここに勝負は決した。

 

「貴様の勝ちだ……グレン=レーダス……白魔【マインド・アップ】……精神力強化の術を付呪(エンチャント)した弾丸か……」

 

 グレンの心臓部分には小さな穴が空いている。

 

「……それを撃ち込み……俺の精神強度を上げるとはな……」

 

「ああ……精神に根ざす呪いなら、精神力を強化すれば呪いは弱まる……てめぇ自慢の竜麟の肌も柔くなる……簡単な理屈だろ?」

 

「……戯けが……」

 

 グレンは簡単と言うが、そんなことはない。

 

「それを為せるのは、この世界で貴様だけだ」

 

「どーも」

 

 グレンに掛け値なしの称賛を送りレイクは続ける。

 

「……『イヴ・カイズルの玉薬』を持って来い、グレン=レーダス……」

 

「─────ッ!?」

 

「宮廷魔導師団特務分室、執行官ナンバー0《愚者》……彼の者を語るならば……固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】はもちろん、『イヴ・カイズルの玉薬』こそ……外すことのできない……貴様の切り札(ラスト・カード)だったはず……」

 

 『イヴ・カイズルの玉薬』という言葉を聞いた途端、グレンの顔が険しくなる。

 

「……はっきり言おう……貴様は強い、グレン=レーダス」

 

「はっ……三流魔術師、捕まえて何言ってやがる」

 

「……身体能力では私が勝っていた。魔力容量(キャパシティ)では私が勝っていた。魔術の技量も私が勝っていた。私が魔術師として貴様に劣る部分は何一つなく、貴様が魔術師として私に勝る部分など、何一つない。だが─────それでも貴様は、私に勝った」

 

「…………」

 

「これを……『強者』と呼ばずして何と言う?」

 

 グレンは苦しそうな複雑な表情で無言を貫いている。

 

「『イヴ・カイズルの玉薬』を持って来い、グレン=レーダス。本気を出せ。」

 

 それを言うとレイクは膝を折って倒れ絶命した。

 

「……白猫はッ!?」

 

「大丈夫ですよ、グレン先生(・・)

 

 システィーナに通信をしようとしたグレンを止めたのはルミアを抱えているアレスだった。

 

「システィーナはマナ欠乏症で倒れたけれどイヴが助けてくれたんですよ」

 

「……イヴが……助けただとッ!?」

 

 グレンは今までシスティーナを心配するあまりアレスの服を気にしていなかった。

 

「……なんでお前が特務分室の制服を着ていやがるッ!」

 

 アレス着ている服、それは今グレンが着ているものと同じ特務分室の制服だった。

 

「……僕も特務分室の一員になったんですよ」

 

「ッ!?」

 

 アレスには並外れた身体能力に判断力、反応速度など一流の剣士や魔闘術にも引けを取らない程にはある。だが、それらはあくまで魔術が介入していないただの身体機能だ。特務分室に入るには何かに特化した魔術、もしくは幅広く魔術を使えるかのどちらかでなければならない。

 

 グレンが見たのは社交舞踏会のときにアレスが【破滅への道(レイズ・デモリッション)】と呼んでいた複雑怪奇な固有魔術(オリジナル)のみ。

 

「……俺のクラスから就職者が出るのはもう少し先だと思ってたんだがなぁ……」

 

 グレンは少し笑いながら言う

 

「……僕も就職する気はなかったんですけどねぇ……」

 

 ルミアを降ろしながらアレスは呟く。

 

「……んで、なんでこんなことをしてるんだ?」

 

 グレンは少し低くなった声でアレスに聞く

 

「……フェジテを救うためですよ……」

 

「フェジテを救うだと……?」

 

「……信じられないかもしれませんけど、フェジテは滅びの危機に瀕しているんですよ」

 

「アレスの言う通りさッ!」

 

 ジャティスはアレスの言葉に便乗する形で現れた。

 

「ッ!?……ジャティスゥウウウウウウウウ─────ッ!」

 

 ボロボロの身体に鞭を入れたグレンは殴り掛かるが、ジャティスは簡単に躱し屋上に着地する。

 

「せ、先生!?」

 

「……グレン、フェジテは今滅びの危機に瀕している……これは事実なんだ。着いて来てくれ、見せたいものがあるんだ」

 

 ジャティスはそう言って歩き始めるが、グレンは着いて行く気は無いようだ

 

「ごめんなさい、先生……今はあの人の求めに応じてあげてください……今、フェジテは本当に未曽有の危機に陥っているんです……」

 

 ルミアがグレンを説得してグレンは足を動かした。因みにアレスは、ジャティスの後ろを着いて行っている。

 

 フェジテ南地区の地下に広がる迷路のように入り組んだ下水道路を歩いている。

 

「……なぁ、ルミア。アレスについてどこまで知ってる?」

 

 ジャティス達には聞こえない程の小声でグレンはルミアに聞くが、ルミアは首を横に振る。

 

「……すぐに分かるということしか聞けませんでした……」

 

「……そうか」

 

 こればかりは仕方ない。アレスの正体を知っている者など、この世界に3人といないのだから。

 

 ジャティスは商館の表玄関へと向かうと

 

「……おい」

 

「ふっ……流石に血の匂いには鋭いね」

 

「……見るな」

 

 グレンはルミアの視界を塞ごうとするが

 

「大丈夫です」

 

 ルミアは気丈にも、グレンの隣に並ぶ。

 

 商館の中に入ると、それは酷い有様であった。死体、死体、死体の山。

 

「……テメェの仕業か?」

 

「ああ、そうさ!……おっと勘違いしないでくれよ?こいつらは全員、天の智慧研究会……死んで当然の人間さ。まぁ、中には関係のない人もいたようだけど……大いなる『正義』の前には必要経費だ。神はきっと彼らの御霊を御傍に置いてくださるよ……」

 

「……ッ!」

 

 ジャティスの冷酷で利己的な発言に息を飲むグレン。

 

 そんなグレンを知ってか知らずかジャティスは歩くスピードを上げて、階段を下りる。

 

 階段を下りきると扉が現れ、何の迷いもない動作でジャティスは開ける。

 

「……なんじゃ、こりゃ?」

 

 床には、巨大な魔術法陣があった。

 

「アレス、君の出番だ。始めてくれ」

 

 ジャティスのその言葉にアレスとルミアが前に出る。

 

「お、おい……?一体、何を……?」

 

「今から、解呪(ディスペル)してもらうんだよ」

 

解呪(ディスペル)?今から?……」

 

 グレンは疑問を持ちつつアレスとルミアを見るとルミアの身体が、突如、眩い黄金の光に包まれた。ルミアが異能を全力で解放したのだ。そしてルミアはアレスに寄り添うように触れると、アレスの身体も黄金の光に包まれる。

 

「《終えよ天鎖・静寂の基底・理の頚木は此処に解放すべし》!」

 

 グレンは解呪(ディスペル)された法陣をと見ていた。

 

「……馬鹿な……ッ!?……これは……Project:Frame of Megiddo(プロジェクト・フレイム・オブ・メギド)……【メギドの火】だと……ッ!?」

 

「……ッ!?」

 

 グレンの言葉にルミアは落胆する。アレスの言葉が本当だったのだ。別に疑っていたわけではない、ただ信じたくなかった、嘘であってほしかったのだ。フェジテが滅びに瀕していることが嘘であってほしかった……杞憂であってほしかったのだ。だが、このグレンの言葉で嫌でも事実だということが分かってしまった。

 

 アレスはルミアの悲しそうな横顔を見て、拳を握り締めていたのであった。




 ちゃんとレイクの目に刺さった剣は回収してますからね?


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アレスの固有魔術の正体

 この作品って、原作で行くと今9巻をやっているんですよね。飽き性の僕がここまでできたのは応援してくださっている皆さまのおかげです。

 本当にありがとうございます。


「まったく、未完成で研究が凍結された代物だったはずなのに、どこから技術提供を受けたんだろうね……?まさか、連中が【メギドの火】なんて持ち出してくるなんて……くっくっく……その出所は余程、邪悪な組織に違いない……」

 

「出所はどうでもいいッ!つまり『急進派』の連中は────ルミアを殺すため、このフェジテを丸ごと吹き飛ばそうってことなのかよッッッ!?究極の自爆テロでッ!?」

 

 グレンの指摘にジャティスは薄ら寒く笑いながら言った。

 

「当然──────そんなことは、この正義の代行者たる僕が許さない」

 

 ジャティスは続ける。

 

「グレン、『Project(プロジェクト)Frame(フレイム)of(オブ)Megiddo(メギド)』について、説明しよう。現在の【メギドの火】の起動には、潤沢なマナが流れる霊脈(レイ・ライン)と『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』と『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』の2種類の魔術式が必要だ」

 

「潤沢なマナが流れる霊脈(レイ・ライン)を有する霊地……つまり、フェジテか?」

 

「その通り。そして『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』とは、土地の霊脈(レイ・ライン)霊点(レイ・スポット)に直結接続させ、その霊脈(レイ・ライン)に流れる外界マナを臨界点まで励起活性化……土地に張り巡っている霊脈(レイ・ライン)を通して、その『臨界励起マナ』を『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』へと送る術式だ」

 

「つまり……そいつだな」

 

 グレンはアレスとルミアの足元にある魔術法陣に目を向ける。

 

「ああ……この『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』は、中央区、西区、そしてここ南区の3ヶ所に敷設され、すでに全開稼働していた。アレスにはルミアの『感応増幅者』を使って、その3ヶ所の『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』を解呪(ディスペル)してもらっていたのさ……グレン、君が敵の目を引き付けているうちにね」

 

「ちっ……」

 

 グレンはジャティスにあからさまな舌打ちをする。

 

「さて、僕は連中の計画を摑み、それを防ぐため、アレスに協力してもらったんだけど……何せ初動が遅れてね。3ヶ所の『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』を解呪(ディスペル)してもらったんだが、もうすでにかなりの量の『臨界励起マナ』が、霊脈(レイ・ライン)を通して『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』へと供給されてしまったんだ……このままでは、やはり【メギドの火】の起動は……フェジテの滅びは避けられない……尽力はしたんだがね……」

 

「ふん……本来なら帝国宮廷魔導師団が総出で当たらなきゃならん案件だ……てめぇとアレスの2人で、ここまでやったことだけは褒めてやるよ」

 

 グレンはジャティスを睨みながら問う。

 

「……で?その最後……『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』は、フェジテのどこに敷設されているんだ?それさえ解呪(ディスペル)しちまえば【メギドの火】の起動は防げる……そうだろう?」

 

「ああ、その場所とは────「アルザーノ帝国魔術学院」

 

 ジャティスの言葉を遮るようにアレスは言った。

 

「「────ッ!?」」

 

 アレスの言葉にジャティスは薄ら笑い、ルミアとグレンは息を飲む。

 

「……これも読めなかった(・・・・・・)……まあいい。アレスの言う通りさ……密かに学院に仕掛けられた『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』は、すでに『初期起動(プレ・ブート)』を終えており……あとは『2次起動(セミ・ブート)』……そして『最終起動(ファイナル・ブート)』の時を待つのみだ……僕の計算によると、その時限は本日の日没─────この時、フェジテは滅びる」

 

「…………ッ!?」

 

「グレン……今、この時に限り、僕達の利害は一致しているはず……ここは1つ、しばらくの間、共同戦線と洒落込まないかい?共にこのフェジテを救おうじゃないか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、アルザーノ帝国魔術学院では校舎を揺らす激震と硝子が砕けるような壮絶な音がした。

 

「……ば、馬鹿な……嘘だろ……ッ!?」

 

 ただ1人、この事態の真相を正しく認識していたギイブルがうろたえている。

 

「な、何が起きたというんですの!?ギイブル!」

 

 真っ青になったウィンディの問いにギイブルが応じる。

 

「……この学院を守る結界が……破壊された」

 

「え?」

 

「設定を誤魔化したとか、術式に介入して無効化したとかじゃない。強引に、力ずくで、破壊されたんだ……ッ!嘘だろ……そんなこと人間にできるわけが……ッ!?」

 

「あ、あいつは……誰だ!?」

 

 教室の窓から外を見ていたロッドが素っ頓狂な声を上げ、皆が見るとそこには妙な男がいた。

 

 白鎧とローブを組み合わせたような衣装を纏い、右手に槍、左手には十字架の印章が入った白き大盾。妙に前時代的な……時代錯誤感のする男だ。現れた巨大魔術法陣の中心に王のように立つ男だった。

 

 そして、この男の前にはハーレイやツェスト男爵を筆頭とした、アルザーノ帝国魔術学院の講師・教授陣がいた。

 

「貴様ぁッ!?この神聖なる学舎で、一体、何をやっているのだッ!?」

 

「流石にそれは看過できんのう、どこの誰やも知らぬ君……」

 

「今、貴様が起動したその魔術が何なのか、理解しているのか!?」

 

「……当然。これは【メギドの火】─────すべてに等しく滅びと安寧をもたらす術だ」

 

 ハーレイの問いに男は答える。

 

「馬鹿な……ッ!?そんな大掛かりな儀式魔術を、我々の目を掻い潜って、いつの間に仕掛けた─────ッ!?」

 

「恥じなくてもよい。これは元からここに敷設されていたものだ」

 

「なん……だと……」

 

 驚愕するハーレイ達の前で男は真実を告げる。

 

「さて、世界最高峰の学舎に集う誉れ高き賢者諸君……この学院の創設者……アリシア三世はご存知かな?」

 

「と、当然だッ!400年前、アリシア三世王女殿下が、帝国の未来のためにと、この学院を創設したからこそ、我々は日々、魔術の研鑽に─────」

 

「そのアリシア三世こそが【メギドの火】の開発計画─────『project(プロジェクト)frame(フレイム) of(オブ) megiddo(メギド)』を打ち立てたのだよ……このフェジテを完全に地図から消すためにな」

 

「……は?」

 

 男の予想外の発言に絶句する教授と講師達

 

「もっとも。当時の魔導技術不足から『project(プロジェクト)frame(フレイム) of(オブ) megiddo(メギド)』は頓挫したが……ここに敷設された『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』は残った。私はそれを利用しただけのこと……」

 

「バカな……そんなことが……崇高なる王家の者がそのようなことを……ッ!?」

 

 この男の言うことを信じる者などいない……はずだった。それはこの【メギドの火】を打ち立てた人物にある。

 

 アリシア三世─────”何かとてつもない脅威が空からやってくる”『遥か遠き後世、聖なる王の血より生まれ落ちる悪魔の化身が国に災いをもたらす』などの予言をした人物であり、原因不明の病に冒され発狂していた……といった曰く付きの人物だ。

 

 アルザーノ魔術学院の聡明なる創設者である、アリシア三世はとても不吉な噂の絶えない人物なのだ。

 

「この魔術法陣を起動させるわけにはいかん!拘束させてもらうよ!」

 

 いち早く、我に返ったツェスト男爵が呪文を唱えようとすると

 

「させぬッ!」

 

 男が槍の石突で地面を突くと、衝撃が学院を襲った。

 

 男を中心に巻き起こる壮絶な衝撃波が、地を這って同心円状に放射されたのだ。

 

「「「ぎゃあああああああああ─────っ!?」」」

 

 その衝撃波に対応できなかった者が吹き飛ばされていった。

 

「全ては大いなる天の智慧のため─────偉大なる大導師様のためッ!我が悲願、妨げる者は何人たりとも容赦はせぬッ!心せよッ!」

 

 圧倒的存在感を放ちながら男は続ける。

 

「我は天の智慧研究会・第三団≪天位≫(ヘヴンズ・オーダー)ッ!《鋼の聖騎士》ラザール!このフェジテを神の火以て焼く者なりッ!それを拒みたくば─────この我を越えていくがいい!」

 

「くっ……魔術なしでこの威力……なんていうやつだ……ッ!?」

 

「やれやれ、とんでもない化け物がやってきたようだのう……ッ!?」

 

 先程の衝撃波を黒魔【フォース・シールド】で防いだ、ハーレイとツェスト男爵は呻く。

 

「まずいぞ、ハーレイ君。……《鋼の聖騎士》ラザールと言ったかね……200年前の六英雄との関係はまったくもって不明だが……いずれにせよ、どうやら彼奴は、今は小さく燻る種火に過ぎぬ【メギドの火】を守る門番ということらしい……」

 

「ええ、そうでしょうね。やつをなんとかしない限り、解呪(ディスペル)どころの騒ぎではない」

 

 左手をラザールに向けながらハーレイは言う。

 

「……やるのか?ハーレイ君」

 

 ツェスト男爵は真剣な表情で問う。

 

「君も聞いただろう?信じがたい話だが、彼奴は天の智慧研究会……しかも、都市伝説とされていた幻の最高位階、第三団≪天位≫(ヘヴンズ・オーダー)だぞ?……見たまえ」

 

 ツェスト男爵の視線の先には先程の衝撃波によって戦闘不能となった講師・教授達だ。

 

「ただの一撃でこれだよ。世界最高峰の学舎に集う腕利きの魔術師達が為すすべもなく……しかも、あろうことに、魔術もなしにね」

 

 ツェスト男爵は痛ましそうにステッキを振りかざす。

 

「とりあえず、彼らは学院の医務室送っておこうか……セシリア先生には悪いがね」

 

 その言葉と同時に戦闘不能だった者が幻のように消える。短距離転送魔術─────さりげなく超絶技巧を披露するツェスト男爵が、それを誇るまでもなく続ける。

 

「恐らく、退くという選択肢が正しいのでしょうね。魔術師は騎士ではない……だが、この学院は魔術研究者としての私の全てなのです。私は私の物が、私以外の何者かに好き勝手されることが我慢ならない」

 

 その言葉を聞いたツェスト男爵も

 

「いいだろう!私も別にこの学院の男子生徒など、どうなっても構わんが、可愛い可愛い女子生徒達が吹き飛ばされるのは我慢ならんッ!当世に名高き第六階梯(セーデ)の力、存分に味わってもらおうか!」

 

 欲望を曝け出したような発言に感化されたように、まだ無事な講師・教授は呪文を唱え始める。

 

「……見せてもらおう。この国でもっとも賢き者達の力を」

 

 ラザールは盾を構えながら言うと

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 声が上から聞こえ、講師・教授は詠唱を止め、ラザールは足を止めた。

 

 上から声が聞こえたから止まったわけでは無い。ラザールを中心とした半径5メトラに数十個の剣が現れたからだ。

 

「なにッ!?」

 

 ラザールが言葉を発すると同時に、空間に投影された剣は一斉にラザールに射出された。

 

 

 

 

 

 

 その頃2組は

 

「おい!上!」

 

 カッシュの指摘に全員が上を見ると、そこには不思議な服を着たアレスが赤髪の女性を抱きかかえながら急降下していた。

 

「「「アレス!?」」」

 

 その場にいる全員が『やばい』と思った。すごい勢いで降下してきているのだから。

 

 着地すると煙こそ出たがアレスはピンピンしていた。

 

 

 

 

 

「……貴様、何者だ」

 

 アレスを見たラザールの第一声はそれだった。

 

「……ただのしがない学生さ」

 

アレスは赤髪の女性を下ろしながら答える。

 

「……では、質問を変えよう。その魔術はなんだ」

 

 ラザールの疑問はもっともだ。魔術師は元素と物質を扱う『魔術』を『錬金術』と呼ぶ。

 

 『錬金術』─────それは、元素と物質を操りそこに『あったもの』の元素配列を変え別の物とする。例外としては人工精霊(タルパ)だ。だが、アレスがしたことはなんだ?空間に剣を生成した。普通に考えて有り得ない。

 

 『錬金術』で説明するのなら、アレスは『剣』という物体を空気中にある『元素と物質』だけで創ったことになるのだ。

 

「……アンタに僕の『魔術特性(パーソナリティー)』を教えてあげるよ……僕の『魔術特性(パーソナリティー)』は【万物の複製・投影】だ」

 

「「「ッ!?」」」

 

 白状するように呟くアレスとは裏腹に講師・教授は息を飲む。『魔術特性(パーソナリティー)』とは良くも悪くも、その人の使う魔術に影響を与える。アレスの【万物の複製・投影】は嫌われる『魔術特性(パーソナリティー)』だ。

 

 魔術とは、魔術師とは、常に『なにか』新しいものを探し、『なにか』を新しく見つけ出す者達なのだ。アレスの『魔術特性(パーソナリティー)』である【万物の複製・投影】とは魔術師として対極に位置するものだった。

 

 アレスはこの『魔術特性(パーソナリティー)』のせいで、1度その魔術を視なければ(・・・・・)黒魔【ショック・ボルト】を起動することさえできないのだ。簡単に言うのならアレスに魔術師としての才能はない、それこそグレン以上に。

 

「……魔術師としては使えない『魔術特性(パーソナリティー)』だよ、僕には魔術師としての才能はない……でもね……こんな『魔術特性(パーソナリティー)』でも大切な人を守るくらいのことは出来るッ!」

 

「……貴様ッ!まさかッ!?」

 

 ラザールは答えにたどり着いたのだろう。

 

 アレスの掌の中は青く輝いていた。

 

「辿りついた答えは─────武器も魔術すらも複製・投影する。【万物の複製・投影】という『魔術特性(パーソナリティー)』を利用し、相手の扱う魔術や得物を視て、それら全てを自分も使えるようにする。彼我にどれほど差があっても、自分を相手と同じ領域まで高める、そんな術」

 

 アレスの声を答えを聞いた講師・教授達は、このような状況でなければ鼻で笑っただろう。だが今、この状況で、魔術師として無価値だと思われていた『魔術特性(パーソナリティー)』を用いて、強大な敵に立ち向かうその姿は紛れもなく英雄(・・)であった。




イヴをどうするか迷ったけど、攫っちゃったぜ


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悪と悪

 タイトルに関してはアレス君は自称『悪』とラザールはフェジテを滅ぼす『悪』ということですね。


 アレスが何故イヴを連れて魔術学院に来たのか……それは少し時間を遡る。

 

 

 

 

 

件の地下室から抜け出し、馬車で急ぎ魔術学院へ向かうことになったグレンだがアレスは馬車に乗らなかった。

 

「アレス、馬車に乗れ急ぐぞ」

 

 グレンはアレスに言うが

 

「……グレン先生……ルミアを任せていいですか?」

 

「……なにかあったのか?」

 

 グレンはアレスが未来を予知できることにある程度勘付いている。

 

「……敵がもう学院に来ています」

 

「「ッ!?」」

 

 アレスの言葉にグレンとルミアは驚く。

 

「……俺達が行くまで死ぬんじゃねえぞ?」

 

 真剣な表情で言うグレン。

 

「……先生……『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を解呪(ディスペル)するか、起動するかの判断は任せます」

 

「はぁ!?」

 

 アレスの言葉にグレンは驚愕する。当たり前だ。『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』に『臨界励起マナ』を送らないために『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』を解呪(ディスペル)してきたのに、『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を起動するかどうかはグレンに任せると言ったのだ。

 

 だが、アレスはグレンが疑問を言う前に疾風脚(シュトロム)で行ってしまった。

 

疾風脚(シュトロム)まで使えんのかよ……」

 

 そんなグレンの呟きは空へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレスが疾風脚(シュトロム)を使って魔術学院へ向かっていると、赤髪の女性──イヴがビルの屋上で待機していた。

 

「アレス、私と協力して《正義》を討つわよ」

 

 イヴはアレスに向かって言った。

 

「……………」

 

 対して、アレスは無言でイヴを見る。

 

「……なによ、犬が私に逆らう気ッ!?」

 

 アレスの目が気に入らなかったのかイヴはアレスに怒鳴る。

 

「……また……アゼルの命令……?」

 

 アレスの言葉にイヴは声も出せない程に驚愕する。

 

「……もう……やめないか?自分を……仲間を犠牲にするのは……」

 

 アレスはイヴを説得しようとする。

 

「ッ!?……貴方に私の何が分かるって言うのよッ!……私はイグナイト家なの!私は誰よりも優秀なんだから!?」

 

 アレスはいつの間にか右手に握っていた歪な短剣でイヴを刺した。

 

「……そんな建前を聞いてるんじゃない……イヴ=イグナイトではなく、ただの魔術師としてのイヴはどうしたいんだ?」

 

 アレスが破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)をイヴに刺した理由は、イヴがイヴ自身にかけている暗示を無効化するためだ。

 

 この暗示は『イグナイト家の名誉を守る』ことにのみを行動目的にするように設定されている。もちろん、イヴはかけたくてかけているわけではない。イヴの実父である、アゼル=ル=イグナイトの押し付けによるものだった。

 

 この暗示のせいでイヴは、自分のやりたいことを口にすることさえ出来ない。だが、もうその縛りは無い。アレスの破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)のおかげで暗示が無効化されたからだ。

 

「……助け……たい……」

 

「……誰を?」

 

「……弱ってる人……苦しんでる人を助けたい……」

 

 イヴは泣きながらアレスに心の内を吐露していた。

 

 イヴ自身分からなかった。何故、自分がこんな簡単に心の内を吐露してしまうのか。

 

「……これは僕もナンバー剥奪処分かなぁ……」

 

 アレスはイヴにすら聞こえない位の声量で呟いて、イヴをお姫様抱っこした。

 

「きゃ!?」

 

 イヴの悲鳴に似た声をアレスは無視し

 

「ごめん、急がないとマズイ……」

 

 手短に謝罪し全力の疾風脚(シュトロム)で魔術学院へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事、学院の屋上へと着いたアレス。だがそこには、白鎧の男を中心に魔術法陣があり、教師陣は男と魔術法陣を止めようとしたのだろうが半数以上が戦闘不能となっていた。

 

「イヴ、貴女は支援を頼む」

 

「なっ!?私だって戦えるわ!」

 

「知ってる、でも本当の敵はラザールじゃない……その魔力はできるだけ残しておいて欲しい」

 

「……わかったわ」

 

 アレスの言葉には不思議と説得力があったので、イヴは渋々承諾する。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 その返事を聞いてアレスは魔術を起動し、ラザールの周りに剣を投影していた。

 

 その剣を全てラザールに向けて射出する。

 

「なにッ!?」

 

 ラザールが驚愕したのが伝わってくるが、そんなことはどうでもいい。

 

 今のは単なる時間稼ぎ。敵が倒せるのならそれでいいし、倒せなくても砂埃によって時間は稼げる。

 

 

 

 

 

 

 

 アレスと別れたグレン達は馬車でアルザーノ帝国魔術学院へと向かっていた。

 

「……さて、いよいよ始まったようね……」

 

 ジャティスは人工精霊(タルパ)で作成した馬を操りながら呟く。

 

 そして、その馬車の向かう先───アルザーノ帝国魔術学院の上空は、大地から立ち上る幾条もの紅の閃光によって、紅蓮に染まっていた。

 

 破滅の序曲───【メギドの火】の『2次起動(セミ・ブート)』が、ついに始まったのだ。

 

「ちぃ───ッ!だったら、とりあえず、急ぎやがれッ!」

 

「ははは、焦るなよ、グレン……」

 

 ジャティスはそう言うと、軽やかに手綱を引く。

 

 すると、人工精霊(タルパ)の馬車が、全く減速せず、直角に曲がって右折する。

 

「どぉおおおわぁああああああああ──────ッ!?」

 

 グレンは何度も馬車から落ちそうになる。

 

「……もう一度聞くが、もっと急いだ方がいいかい?」

 

「安 全 運 転 で お 願 い し ま す……ッ!」

 

 グレンは忌々しそうに見ながら答えるのだった。

 

 

 

 

 

「馬鹿なのかッ!?貴様ッ!?」

 

 アレスの魔術師としての答えを聞いたラザールは怒鳴るように言う。

 

「……どういう意味かな?」

 

 アレスはラザールにその言葉の意味を問う。

 

「我は魔術師ではないが、魔術師とは礼儀と誇りを重んじることくらい知っている……だが、貴様のその魔術は誇りを穢すものだろう!」

 

「……そんな誇りは当の昔に捨てたよ」 

 

 アレスは懐かしむように言う。

 

「誇りを捨てただとッ!?ふざけるなッ!貴様のような者が我等の計画を阻む……それこそ、我等が偉大なる大導師様に対する侮辱に他ならんッ!」

 

 アレスの言葉にラザールの怒りゲージは止まることを知らないだろう。

 

 それほどまでに、ラザールにとってアレスの発言は到底無視できないものだった。

 

 ラザールは200年前の魔導大戦で神への信仰を失ったが、世界を救った6人の英雄の内の1人であるという自負も誇りもあるのだ。

 

 誇りが無い者など偉大なる大導師様の計画に参加・邪魔をする権利すらない、ラザールはそう思っている。

 

「……そうか」

 

 アレスはそんなくだらない矜持に興味などない。

 

 その回答がラザールの逆鱗に触れたのか

 

「ふんッ!ルミア=ティンジェルなどという小娘に安い忠義を尽くす貴様には分からぬだろうがなッ!」

 

 この時、ラザールは言ってはいけないことを言った。

 

「……お前……面白いこと言うな……僕がルミアに対して安い忠義か……」

 

 アレスの雰囲気はこの場に集う全ての人物の時間が止めるくらいには不気味だった。

 

「何言ってんだよ耄碌ジジイ……逆に僕は、お前のような安い忠義を見たことがない」

 

「……なに?」

 

 声を絞り出してラザールは言う。

 

 アレスの思う真の忠義とは、自分の名誉も誇りすら大切な人物のために捨てられることだ。だが、ラザールは自分の誇りを捨てられていない。

 

「お前みたいな屑共が尊敬している大導師とやらは偉大なんだろう……だがな、ルミアはいつでも寄り添ってくれる……弱者も強者も関係なく全てを優しく包み込む……」

 

 アレスは怒気を孕ませながら言う。

 

「僕は偉大で先を行く大導師より、先を行かずにいつでも寄り添ってくれるルミアの方がよほど忠義を尽くすべき相手だと思うね」

 

 お互いが我慢の限界だった。己の信じる者を侮辱され、己の全てをかけるに値する人物を侮辱したのだ。

 

 アレスは剣を構え、突貫する。

 

 ラザールは、アレスの剣を受けるために盾を構えた。

 

 そして、アレスの剣とラザールの盾が衝突すると──────文字通りの爆風が巻き起こった。

 

「「「《光の障壁よ》!!!」」」

 

 この場に集う魔術師は全員【フォース・シールド】で防ぐ。

 

「くっ!……その剣、真銀(ミスリル)か!」

 

「…………」

 

 対するアレスは無言。もう、話すことはないと雰囲気が訴えている。

 

「ちっ……」

 

 ラザールは忌々しそうにアレスの持つ黄金と蒼銀の二振りの剣を見る。二刀流───ではないだろう。アレスがほぼ無限に剣を複製できるのであれば、それは二刀流ではなく多刀流だ。

 

 アレスはラザールにペースを渡さなかった。

 

「……ぬぅううううううう……」

 

 アレスはずっと、自身の力の限りを尽くしてラザールを盾ごと押さえ付けていた。

 

「《蒼銀の氷精よ・冬の円舞曲(ワルツ)を奏で・静寂を捧げよ》」

 

 アレスが剣を離したと思うと、イヴの魔術によってラザールは更に追い詰められる。

 

 そこから、ラザールは防戦一方だった。




 アレス君の口調がおかしくなってしまった……嫌なら言ってください。修正します。


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ルールブレイカー万能すぎじゃね?

 タイトルはですね~ふざけてるわけではないんですよ。

 神鉄って超魔法文明によって作られた『魔法金属』なんですよね……言いたいこと……分かりましたか?


アレスは二振りの剣を以てラザールを追い詰めていた。

 

「ふっ!」

 

「くっ!」

 

 アレスは剣を巧みに扱い、ラザールに態勢を立て直す隙を与えない。

 

「《吠えよ炎獅子》」

 

「……ぬぅうううううううう……」

 

 アレスの厄介な点は、剣だけで押し切れないと分かったらすぐに軍用魔術を至近距離で放ってくるのだ。

 

 本来、ラザールの持つ日緋色金(オリハルコン)製の武装、通称『力天使の盾』は、あらゆる物理的・魔術的エネルギーを吸収し100%の効率で光へと変換・拡散するという魔力場を展開するという加護があるのだ。

 

 この加護を持つラザールを突破するためには、魔力遮断物質である真銀(ミスリル)で攻撃し尚且つラザール以上の手練れである必要がある。

 

 この2つが揃うことは奇跡と言っても過言ではない。ラザール以上の手練───それはつまり、人間の規格を大きく外れて強い人物より更に強い者……それ自体が奇跡的な確率なのだが、仮に現れたとしても魔力遮断物質である真銀(ミスリル)はそもそも産出量が少なく、また扱いが難しいので加工できる職人も少ないのだ。

 

 上記の理由から、本来ラザールを倒せる者など同じ六英雄の《剣の姫》エリエーテ=ヘイヴンだけだ。可能性を言えば、セリカがエリエーテの遺品たる真銀(ミスリル)の剣に白魔【ロード・エクスペリエンス】を使えば倒せる可能性はある。

 

 アレスの軍用魔術が通る理由は、真銀(ミスリル)で攻撃すれば一瞬だけエネルギー還元力場は崩れ魔術での攻撃も可能になるからであった。

 

「……このッ!」

 

 ラザールはそう言うと、今まで使わなかった槍を使い始めたのだ。

 

「ッ!」

 

 アレスはその不自然な動きに違和感を感じ後退する。

 

「……貴様はここで排除すべき敵だと認識した」

 

 その言葉と同時に、槍から絶大な法力で作り上げたかのように巨大な光の槍があらわれたのだ。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

「”真に、かくあれかし(ファー・ラン)”」

 

 アレスとラザールの言葉は同時で、2人が言葉を発した直後すごい爆風が魔術師を襲った。

 

 

 

 

 

 2組の教室では、アレスとラザールの戦いを窓越しで見ていた。

 

「す、すげえ……アレス、あの鎧の奴と互角に戦ってる」

 

 誰かがそう言うと、巨大な光の槍が形成された。

 

「「「ッ!?」」」

 

 クラス全員が息を飲んだ。

 

 みんなは直感したのだ。こんなものを喰らえばアレスだけでなく自分たちも死んでしまうと。

 

 みんなは目を閉じたが、いつまで経っても痛みはなく目を開けて見てみればアレスは再びラザールと戦っていた。

 

「あ、あれ?」

 

「……なに、が……」

 

「……起こったんですの……?」

 

 みんなは驚愕の声を上げる。なぜ光の槍は自分たちを貫かず、いつの間にか消失しているのだろうと……

 

 

 

 

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アレスには光の槍を解析し、それに応じた武器を投影するだけの時間がなかった。

 

 そんなアレスが投影したのは、目の前にいるラザールが使っている『力天使の盾』だった。

 

 光の槍は真正面からアレスを貫こうと迫るが、アレスは『力天使の盾』によって光の槍を受け止めてみせた。

 

「「「ッ!?」」」

 

 魔術師は驚愕し、ラザールに至っては自分の『力天使の盾』が取られたのではないかと何度も見比べていた。

 

「……別に驚くことじゃない……」

 

 アレスは盾を投げ捨てながら言う。

 

「……言ったろ?自分を相手と同じ領域まで高めるって」

 

「我の武器を複製したとでも言うのかッ!?」

 

 ラザールも魔術師達も信じられなかった。アレスと同系統の『魔術特性(パーソナリティー)』の者は珍しいがいることにはいるのだ。そういった魔術特性(パーソナリティ―)を持つ者は、構造を全て理解しなければ魔術も武器も複製などできないはずだ。

 

 ましてや、その場で解析系の魔術も無しに構造を理解し複製するなど不可能だ。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アレスのその呪文に呼応するように複製されたのはラザールの持つ槍───《聖槍ロタリキア》だった。

 

「バカなッ!?」

 

 ラザールは目の前の光景に驚愕を隠せない。

 

「”偽・真に、かくあれかし(ファー・ランⅡ)”」

 

 アレスのその言葉でラザールが先程放ったような光の槍が形成され、ラザールを貫こうと迫る。

 

「─────────ッ!?」

 

 だが、ラザールにも『力天使の盾』があり、それを使って受け止めた。

 

「《……─────・いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・遥かな虚無の果てに》─────ッ!」

 

 唐突に【イクスティンクション・レイ】の呪文が聞こえた。

 

「─────な!?【イクスティンクション・レイ】だと!?」

 

 ラザールは咄嗟にそれに向かって盾を構える。

 

 だが、ラザールの盾は神殺しの術式である【イクスティンクション・レイ】すらも防いでみせた。

 

「げ!?防いじまうのかよ!?ま、マジかよ……」

 

グレンは続けて

 

「ま、まぁいいや……馬鹿騒ぎは───終いにしようぜ?」

 

 ラザールに銃を向けながら言った。

 

 

「グレン=レーダス!?」

 

「グレン君!?」

 

 ハーレイとツェストは驚く。

 

「「「グレン先生!?」」」

 

「ルミアまで……!?」

 

 学院の生徒達も目を剝く。

 

「ちっ……これが【メギドの火】の『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』ってやつか……」

 

 グレンは呟く。

 

「どうやら事情は知ってるようだな!?ならば、話は早い!あの男の持つ盾は特別製で私たちの攻撃が通らんッ!」

 

「そうみたいっすね……俺の【イクスティンクション・レイ】すらも……」

 

「アレス=クレーゼがあの男を引き付けているうちに『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を解呪(ディスペル)しろッ!」

 

 グレンはハーレイの言葉を聞きアレスを見ると、ラザールの盾を封じ込めながら槍を捌くという人間離れしたことをやってのけている。

 

「……アレス君……」

 

 グレンの隣にいるルミアは心配そうにアレスの名を言う。

 

「……うぉおおおおおおお────ッ!」

 

 すると、ラザールは槍を突き立てながら叫ぶ。

 

 ラザールのその掛け声に応じるかのように槍は輝きを増し、光の槍を形成する。

 

 先程の光の槍と違うのは、真正面からではなく上から押し潰すように向かってくるということであり、巨大な光の槍であるため『力天使の盾』では完全には防ぎきれない。

 

「《熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)》」

 

 それは、アレスが知る限り最も強固な盾だった。しかし、アレスには魔力があまりなかった。それはそうだろう、今日の朝から疾風脚(シュトロム)を使い続け何度も投影をした。逆にここまで奮闘していられることがおかしいのだ。

 

 校舎全体を守るように展開された花弁が3枚あり、上を守る盾と上から貫く光の槍が激突した。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお────ッ!」

 

「はぁああああああああああああああああああ────ッ!」

 

 ラザールとアレスの雄叫びは、槍と盾の持つ力を高めていく。

 

「「「…………」」」

 

 その光景に誰もが言葉を発せない。その場では文字通り、最強の矛と最強の盾がぶつかり合っていた。

 

「ああああああああああああああああああ────ッ!」

 

 アレスの叫びに呼応するかのように花弁は輝き爆発した。

 

「……見事……我の『法力剣(フォース・セイバー)』を2度も防ぐとは……」

 

 ラザールはアレスに向かって初めての称賛を送った。ここまで来ればラザールも称賛を送らざるおえない。

 

 『聖剣』シリーズの最高傑作とされる『聖槍ロタリキア』の『法力剣(フォース・セイバー)』とは邪神の眷属すら殺せる程の力を持っている。アレスはそれを2度も防いでいるのだから

 

 煙も晴れラザールの視界に映ったアレスは満身創痍だった。肌の色は青白く、右腕を潰され立つことすら辛い状態だった。

 

「……《天使の施しあれ》」

 

 白魔【ライフ・アップ】を使い右腕をぎりぎり使えるくらいの状態まで治癒する。そうして使えるようになった右腕で魔石を砕いて魔力を少し回復する。

 

「まだ戦うか……貴様では我に勝ち目など無いぞ?」

 

「……グレン先生……早く……『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を……ッ!」

 

 そこから先の言葉はラザールの攻撃により紡がれることはなかった。

 

 その言葉を聞いてグレンはルミアを連れて『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』の解呪(ディスペル)を始めようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレンは『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を見て

 

「ラッキーだな……全っ然大したことねぇ……俺の腕と残存魔力で、充分解呪(ディスペル)が可能だ!」

 

 グレンはニヤケながら言う。

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「ああ。絶対、お前の『異能」を使うことになるだろうって踏んでたからよ……ほら、皆が校舎から俺達のことを見てるだろ?いざ、事に及ぶ時、幻術でお前の姿を隠さなきゃなって、思っててさ……」

 

 この国────アルザーノ帝国では何故か『異能者』に対する偏見と迫害が強い。

 

 ルミアがこの場で異能を使ったことが皆にバレればルミアの居場所はなくなるだろう。

 

「《原初の力よ・我が血潮に通いて・道を為せ》!」

 

 黒魔【ブラッド・キャタライズ】を使って解呪(ディスペル)しようとするが、指を止める。

 

 グレンは感じ取ったのだ──────都合が良すぎることに。

 

 『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』はルミアの『感応増幅』が無ければ解呪(ディスペル)できないのに、何故『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』の解呪(ディスペル)にルミアの『感応増幅』が必要ないのか……

 

 おかしい。これだけは、絶対におかしい。

 

 あまりにも機能が高度で複雑な術式は、そのデリケートさゆえに解呪(ディスペル)が容易いことは多い。だが、そう言う場合は後付けで何重にもプロテクトをして然るべきだ。

 

 そして、アレスのあの言葉─────「『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を解呪(ディスペル)するか、起動するかの判断は任せます」

 

 グレンが苦悩していると

 

「先生……どうか、先生の思うままになさってください」

 

「る、ルミア……お前……?」

 

 ルミアはどこまでも穏やかだった。

 

「はっきり言って、俺の予感に確証はない……俺はただ、お前から居場所を奪ってしまうだけかもしれないんだぞ……?」

 

「……それは、先生が皆を助けようと、必死になった結果ですから」

 

「……ルミア……」

 

「……どうか、私の『異能』をお使いください、先生……」

 

 ルミアの身体から黄金の光が出てきた。

 

 

 

 

 

 2組の生徒は驚いていた。

 

「な、なんだ!?ルミアが……光って……ッ!?」

 

「あれは一体なんなんだ!?どういう現象なんだ!?」

 

 

 

 グレンはルミアの『異能』を受け魔術を起動する。

 

「《賢者の瞳よ・万の理を見定めよ・我が前にその大いなる智慧を示せ》─────ッ!」

 

 グレンは【ファンクション・アナライズ】を起動し、『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を解析する。

 

「……答え……見つかりましたか……?」

 

 グレンに寄り添うルミアは静かに問う。

 

「……ああ。見つけた……俺はこいつを解呪(ディスペル)せずに起動(・・)しようと思う」

 

 

 

 

 一方、起動するというグレンの言葉を聞いたアレスは微笑んでいた。

 

『……どうするの?ここにいる人達はパニックになると思うけど?』

 

 イヴは通信魔術を使ってアレスに問う。

 

『……僕が全ての責任を取るさ……ジャティスに協力したのも僕が最初だしね……』

 

 通信魔術で返すアレス。

 

「な、な、な、あの男、何をやっているのだぁあああああああああああ─────ッ!?」

 

「……グレン君……ッ!?」

 

 ハーレイもツェスト男も慌て始める。

 

「……大丈夫です」

 

 慌てふためく皆を止めたのは穏やかな口調のアレスだった。

 

「……帝国宮廷魔導師団所属の僕が全ての責任を取ります」

 

 アレスは自分が帝国宮廷魔導師団所属であることを暴露し、落ち着かせる。

 

 そんなアレスを狙って、ラザールは槍を振るう。アレスはその行動に間に合わず、受け身を取るが衝撃が来ることはなかった。

 

「……間に合ったな……」

 

 真銀(ミスリル)の剣を担いだセリカがラザールと対峙していた。

 

「いいいいいいいいいいいいやぁあああああああああああああ────ッ!」

 

 その隙にリィエルがラザールを吹き飛ばす。

 

「……セリカァッ!そこをどけいッ!」

 

 セリカを襲撃したラザールだが、セリカが生きていることに対して何も問わずに告げる。

 

「退くかよ、アホ……灸を据えてやる、ガキ」

 

 200年生きているラザールに400年以上生きているセリカは告げる。

 

 

 

 グレンは

 

「……間に合えッ!……間に合えよぉおおおおおおおおお────ッ!」

 

 そう言って『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』を起動すると、洪水のようなマナが『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』から大気中へと拡散する。

 

「……先生……これは……」

 

「この魔術法陣に各『マナ活性供給式(ブーストサプライヤー)』から供給された『臨界活性マナ』……それがこの魔術法陣を『起動』することによって解放され、大気に戻っていってるんだ……」

 

「でも……これは【メギドの火】を起動する『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』なのでは……?」

 

 グレンはルミアの疑問を説明した。

 

 『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』はただの『マナ堰堤式(ダム)』だったこと。

 

 これを解呪(ディスペル)すれば、ラザールの元に膨大な量のマナが送られていたこと。

 

「……ということは全員騙されていたんですか!?私も先生もアレス君もジャティスさんも……皆が黒幕に騙されていたってことですか……?」

 

「……いや」

 

 ルミアの予想をグレンは半分否定した。

 

「今思えば……アレスとジャティスは気付いていたんじゃねえか?」

 

「え?」

 

「その証拠にあいつは、『核熱点火式(イグニッション・プラグ)』の解呪(ディスペル)を最後に回しやがった。本当に止めたいなら、最初にここを解呪(ディスペル)するはずだろ?ここが、『マナ堰堤式(ダム)』だと知らなきゃできない立ち回りだ……アレスはそこまで視えていた(・・・・・)んだと思う……その上で、ジャティスの掌の上で踊っていただけだ」

 

「……どうして……」

 

「お前を守りたかったんだろ……つか、それ以外の理由だと納得できねえ……」

 

「……私の……ために……」

 

 

 

 

 

 アレスは

 

時間切れ(タイムリミット)……か……」

 

 そう呟くと

 

「……やってくれたな……ッ!?」

 

 ラザールは憤怒に身を焦がしがながら言う

 

「足りん!あれほどマナが失われてしまっていては、完全に足りぬ……ッ!」

 

 ラザールはグレンを舐めていたことを後悔しながら続ける。

 

「……致し方あるまい。世辞にも完璧とは言い難い状況ではあるが……最早、こちらも後には引けぬ……このままだと、彼の力の復活は、凡そ不完全な形となるが……ッ!」

 

 ラザールは懐からカギを取り出す。

 

「我は────天の智慧研究会、第三団≪天位≫(ヘヴンズ・オーダー)、《鋼の聖騎士》ラザール……今こそ我は、汝が『内なる声』に耳を傾けよう……ッ!」

 

 そう言って、カギを自分の胸に差し込むと、『マナ堰堤式(ダム)』に残っていた魔力が全てラザールを包み込む。

 

 膨大な闇となった魔力がラザールを包み込み闇が晴れると、そこにいたのは1人の魔人だった。

 

「……ら、ラザール……?」

 

『私は最早、ラザールではない……私は魔将星。《鉄騎剛将》アセロ=イエロ、だ』

 

 アセロ=イエロであることを証明するかのように上空には《炎の船》が現れている。

 

 

 

 

 

 《炎の船》を見て絶望するグレンの所に現れたのは名無し(ナムルス)だった。

 

『……グレン、これは試練よ』

 

『貴方は、これから起きる災厄を、生き延びなければならない────』

 

『未来と────そして過去のために』

 

 名無し(ナムルス)はその言葉を言うと退廃的な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「……視なきゃいけないのかな(・・・・・・・・・・・)……全てを……」

 

 そんなアレスの呟きは虚空の彼方へと消えていった。




書いてて気づいた……イヴ要素少なッ!


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炎の船編
異能者と2組の生徒


 お気に入り647名ありがとうございます。感想63投票21など、こんな欲望と願望だけの作品をここまで評価していただき誠にありがとうございます。


アセロ=イエロは告げる。

 

『ルミア=ティンジェル……貴女に恨みは無いが、死んでいただく』

 

 それは死の宣告だった。

 

『確かに今世の『双生児(タウム)の器』は確かに『空の巫女』に最も近い存在だろう……だが、それでもまだ不十分なのだ……私の信仰には、もっと完璧なる『空の巫女』が必要なのだ……』

 

「『双生児(タウム)の器』……?『空の巫女』……?それは一体……?」

 

『次の貴女。次の次の貴女。次の次の次の貴女。『空の巫女』が完全なる存在となるまで繰り返させてもらう……我らが今まで、そうしてきたように』

 

 魔人の言葉は何一つ理解出来ない。

 

『偽りの巫女よ。その命、捧げよ……我が、大いなる主のために!』

 

 その言葉と同時に魔人から強烈な殺気が出てきた。

 

「……ぅ、ぁ……」

 

 ルミアはその強烈な殺気に言葉も発せない。

 

『……邪魔をするか……アレス=クレーゼ……』

 

 ルミアを庇うようにして立つアレスに殺気が向けられる。

 

「……悪いね……ルミアを殺させるわけにはいかないんだ」

 

 アレスはアセロ=イエロの殺気に真っ向から立ち向かう。

 

『そのような身体で我に立ち向かうか……実に愚かなことだ……』

 

「……それはアンタもだろ?」

 

 アレスの指摘にアセロ=イエロは軽く睨む。

 

「アンタだって不完全な状態だろ……その証拠に両手の先端だけ神鉄(アダマンタイト)を顕現できていない」

 

 その言葉で全ての人物がアセロ=イエロの指を見る、身体のほとんどが黒光りの鎧を着ているのに指だけは人と同じ色をしている。

 

『……貴様と同じ眼を持った者を知っている』

 

 アセロ=イエロは語り始めた。

 

『奴は間違いなく我より強かった……だが、くだらぬ愛で己の命と引き換えに1人の女性を助けた』

 

 アセロ=イエロの話した内容は『メルガリウスの魔法使い』には載っていない話だ。

 

『貴様があの男と同じ眼で我を視るならば、我の前に貴様が立つのは必然であったな!』

 

 忌々しそうだが、同時に楽しそうに言うアセロ=イエロ

 

「……僕も貴方も万全の状態とは言い難い……ここは一度手打ちにしないか?」

 

 アレスの目的は休息を取ることなのだが、この魔人がいては休息など夢のまた夢だ。

 

『ならぬ……我らが大導師様のためにも、今は貴様との戦いよりルミア=ティンジェルを殺さねばならぬ』

 

 これが本当にアセロ=イエロだけならば、ここで引いてくれたのかもしれない。だが、このアセロ=イエロはラザールと融合した形なのだ。当然、ラザールの意思を持っている。

 

 今にも動き出そうとするアセロ=イエロを止めたのは意外にも名無し(ナムルス)だった。

 

『待ちなさい。アセロ=イエロ』

 

『む。貴女は……まさか……ッ!?』

 

『”名無し(ナムルス)”よ。今世ではそう名乗っているわ』

 

 名無し(ナムルス)は疲れたような表情でアセロ=イエロと話す。

 

「……何者だ?ルミア=ティンジェルと瓜二つのようだが?」

 

「知らん。だが、敵じゃない」

 

 いつの間にか来ていたアルベルトの問いにグレンは答える。

 

『それよりも話があるわ、ラザール。……今は退きなさい』

 

『今は退けだと?愚かな。交渉とは対等の者同士が行うものだぞ?』

 

 魔人は名無し(ナムルス)に向かって威圧感と殺意を浴びせるが

 

舐めないで(・・・・・)坊や(・・)

 

 名無し(ナムルス)は特濃な闇を孕ませた声で言った。

 

『たかが魔将星如きが……あの子(・・・)から貰った紛い物の力で……たかが人間をやめた程度で粋がらないことね……この私に対して』

 

 名無し(ナムルス)の、この世全てを呪うように歪んだ声色がこの場に集う全ての人物の思考を停止させた。

 

 そして、名無し(ナムルス)は白い手を差し出す。すると、その手から黄金の輝きがあらわれ、全ての人物の目を灼いた。

 

『《黄金の鍵》だと!?馬鹿な……貴女にまだ、そんな力が残っていたのか!?』

 

 名無し(ナムルス)の手には、確かに《黄金の鍵》が握られていた。

 

『身体を失い、かつての力をほとんど失った私だけど……今の貴方程度を刺し違える力くらいはあるわ……私という存在概念の完全消滅を覚悟すればね……』

 

『………………』

 

『今は退きなさい、ラザール。貴方の力が完全安定したその時に、改めてルミアを殺せばいい。貴方にとっては、今、私とやり合うより、その方が確実だと思うけど?』

 

 名無し(ナムルス)の言葉でこの場の空気が重くなる。

 

『……いいだろう。今は大人しく退こう』

 

 魔人はそう呟いた。

 

『《■■■■・■・■■■■……》』

 

 得体の知れない言語を呟くと《炎の船》から光が降りてきて、魔人を包み込む。

 

『……さらばだ、愚者の民草よ。精々、残り少ない生を謳歌すればいい……』

 

 光に包まれた魔人は《炎の船》へと吸い込まれていった。

 

「……とりあえず、皆の怪我の手当てを……」

 

 しばらく、放心して正気に戻ったグレンがそう呟くと同時に

 

『……貴女、ふざけないで』

 

 名無し(ナムルス)の底冷えするような言葉が響き渡った。

 

 グレン達が見てみれば、ルミアと名無し(ナムルス)は向かい合っていた。

 

「……で、でも……もう……私が犠牲になるしか……」

 

『ふん!自分を犠牲にしても、他人を守りたい……人の幸せのためなら、じぶんはどうなってもいい……相変わらず、たいした聖女様だこと!』

 

「やめろ……”名無し(ナムルス)”」

 

 怒鳴りつける名無し(ナムルス)を止めたのはアレスだった。

 

『……ふん!』

 

 アレスの言葉に名無し(ナムルス)は嫌々ながらも従い姿を消した。

 

「……はぁ……」

 

 アレスはため息をつくと

 

「アレス!貴方の右腕治療しないと!」

 

 イヴが駆けつけ治癒魔術を唱える。いつもなら、ルミアがしそうな行為だがルミアは茫然と立ち尽くすだけだった。

 

「ありがとう……実はもう魔力が残ってなくて……」

 

 治癒が終わり、戻った右腕を見ながらアレスは呟く。

 

「……アレス……貴方、どこまで知ってるの……?」

 

「……すぐに分かるさ」

 

 イヴの質問に手短に答えるアレスの視線は2組の教室だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 システィーナも合流し場所は変わって、2組の教室。グレン、ルミア、アレスの順番で並んでいる。因みにイヴは、教室のドアで腕を組みながらもたれかかっている。

 

「……話して……くれるよな……」

 

「もうそろそろ……わたくし達も知るべき頃だと思うんですの」

 

 カッシュやウェンディはアレス達に向かって言う。

 

「先生たちは……何者なんですか?」

 

 恐る恐る呟かれた問いにグレンは答え始めた。

 

 自分が元・帝国軍の魔導士だったこと。

 

 セリカの斡旋で魔術学院の講師になったこと。

 

「……と、いうことはリィエルも……?」

 

「ああ、そうだ」

 

「こいつは、俺が元所属していた部隊のメンバーでな。ルミアを護衛するため、この学院に編入生として派遣されたんだ」

 

 グレンはこれを言った後、言葉に詰まる。

 

 ルミアについてどう言おうか迷っているのだ。

 

「……ルミアは……そうだな……なんつーのか……」

 

「先生。……私から話します……それが私の義務だと思うから」

 

 ルミアは自分の全てを語りだした。

 

 自分が帝国王家の人間であり、元・王位継承権第二位の王女であるエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノであったこと。

 

 自分が生まれながらの『異能者』であること。

 

 そんな自分の『異能』を天の智慧研究会が狙っていること。

 

 グレンが来てから起こった様々な事件も自分が原因だったこと。

 

 そして、今回の【メギドの火】の事件も……自分という存在がフェジテを滅ぼそうとしていること。

 

「……これで全部、かな……」

 

 ルミアが語り終えると、皆の視線はアレスに向けられた。

 

「……僕も、グレン先生と同じ帝国軍の宮廷魔導師団所属の魔導士だ」

 

 それなら納得という風になりかけた空気を壊したのはイヴだった。

 

「それが貴方の全て?それとも私から言った方がいいの?」

 

 イヴはアレスに向かって言う。

 

 そして、その発言で2組の生徒の目はアレスへと戻る。

 

「……《解除》」

 

 その言葉を言った後、アレスの身体に掛けられていた黒魔【セルフ・イリュージョン】が解呪(ディスペル)された。

 

「「「ッ!?」」」

 

 【セルフ・イリュージョン】が解呪(ディスペル)され、アレスの本当の姿を見て息を飲んだのはグレン、ルミア、そしてシスティーナの3名だった。

 

「……僕の本当の名前はアルス、アルス=フィデス……」

 

 観念したように本当のことを言うアルス。

 

「アルスだって!?」

 

 アルスの名前を聞いて驚いたのはギイブルだった。

 

「知ってんのか?ギイブル」

 

「アルス=フィデス……若干6歳にして固有魔術(オリジナル)を作った天才魔術師……そして、エルミアナ王女の元側近……5年前に行方不明になったはずだけど……」

 

 ギイブルの説明にクラスの生徒が驚く。

 

「……皆を騙してごめん……」

 

 深々と頭を下げるアルス。

 

「……アルス……なの……?本当に?」

 

 システィーナはアルスに向かって問う。

 

 誰もが疑問に思う。何故、システィーナは面識があるのだろうと。だが、アルスの次の発言で驚くことになる。

 

「5年ぶり……かな……」

 

 それは、アルスが失踪した時期と被るのだ。

 

「システィーナはアルスと面識あるので?」

 

 ウェンディは質問をぶつける。

 

 アルスは淡々と答え始めた。

 

 自分もルミアと同じ『異能者』で特に偏見の強い『魔眼』あること。

 

 その『魔眼』でルミアが『異能者』だと気付けたこと。

 

 システィーナのお爺様である、レドルフ=フィーベルにルミアを保護してもらうように頼んだこと。

 

 ルミアの保護を頼んだ後、失踪したこと。

 

 アルスの過去を聞いて、誰もが言葉を失った。

 

 自分たちと同じ年齢とは思えないほど達観していたのは、壮絶な過去があったからなのだと理解したのだ。

 

 アルスは頭を下げながら続ける。

 

「僕は君たちを騙した……僕はどんな罰でも受け入れる……でも、ルミアとはこれからも友達でいてあげてほしい……」

 

 アルスは頭を下げているため、生徒たちの顔がどうなのか分からない。

 

「今のルミアにとって本当に必要なのは大切な友達で、それは僕には出来ないことだから……」

 

 アルスの懇願にこの教室にいる全ての人物が困惑した。だが、一番困惑したのはルミアだろう。

 

 その中で一番早く我に返ったのはカッシュだ。

 

「……ったく……俺らも舐められたもんだぜ……」

 

 カッシュはそう言って、アルスの前まで行くとチョップをした。

 

 チョップされたアルスは痛そうに頭を抑えながら、カッシュを見る。

 

「この学院の天使様と友達をやめる奴なんてこのクラスにはいねえよ」

 

 堂々と言うカッシュにアルスは困惑を隠せない。

 

「なあ!お前ら!」

 

 カッシュが皆に向けて言うと

 

「むしろ禁忌の力を持った薄幸の美少女とか、僕にとってはご褒美です、ハァ、ハァ……」

 

 最初に言葉を発したのはルーゼル。このタイミングとこの場所でなければアルスは恐らくミンチにしていただろうと思う。

 

「わたくし達、ずっと一緒に居たのですわよ?たとえ、ルミアにどんな秘密があったって、ルミアと友達をやめるなんて、思うはずありませんわ!」

 

「……てか、友達より恋人になりてぇ……」

 

「諦めなよ、ビックス……叶わぬ恋だよ……」

 

「……つか、元・王女様なのか……どうりで……」

 

 アルスの予想を超えて、2組の生徒はルミアを受け入れてくれた。

 

「ルミアだけじゃねえ、お前も俺達の仲間だぜ?」

 

 アルスの前に立つカッシュは笑いながら言う。

 

「え?」

 

 アルスは驚く。自分はルミアと違って『魔眼』だ。そんな自分すら受け入れてくれるとは思っていなかった。

 

「確かにお前はずっと俺達を騙してたのかもしれねえけど、それでもお前は俺達のために戦ってくれたからな」

 

「アレス!俺達のために戦ってくれてありがとな!」

 

「戦ってる姿、格好良かったぜ!」

 

「今度戦い方教えてくれよ!」

 

 カイもロッドもアルフもアルスを受け入れてくれた。

 

「今回ばかりは助かりましたわ」

 

「助けていただいてありがとうございます」

 

「……1人で抱え込んで……つ、辛かったよね……」

 

 ウェンディもテレサもリンもアルスを受け入れる。

 

 アルスは思う

 

(ああ……そうか……君はもう一人じゃなかったんだな……ルミア……)

 

 アルスはルミアに目を向けると泣いているところを皆に励まされていた。

 

(……少しは頑張ったし……罰は当たらないよな……)

 

 アルスはこの光景を見て、そんなことを思う。自分がこんな暖かな輪の中にいてもいい、そんな事実が堪らなく嬉しかった。

 

 アルスは『少しは頑張った』と言うが、少しどころか自分の心も命さえも犠牲にした、正真正銘、命がけのがんばりであった。

 

「それより、今から皆で飯、食いに行こうぜ!?腹減ったよ!」

 

「確か、今、学食で炊き出しやってるんだよな!?」

 

「腹が減っては戦はできぬ……事態を打破するいい考えが思い浮かぶかもしれませんしね」

 

 そう言って、2組の生徒はルミアとアルスを囲んで食堂へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってか、なんでお前がいんだよ!?」

 

「なっ!?私がいたら悪いの!?」

 

 グレンとイヴは教室で喧嘩を始めた。

 

「……アルスに連れてこられたのか?」

 

「……ええ」

 

「……まったく……どこまで視えてんのかねえ(・・・・・・・・)……」

 

 グレンは呟いていた。

 

 

 

 

 

「……監視者(アルス=フィデス)……」

 

 世界のどこか……もしかすれば、この世ではないのかもしれない場所で誰かがそう呟くのだった。




 2話続けて5000文字超えるとかちょっとハイペースすぎるかもしれない。


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投影はチートはっきり分かんだね

昨日更新しようと思ったのですが、学校に小説を忘れてしまったので書くことができませんでした……誠に申し訳ございません。

 それと、お気に入り登録700人ありがとうございます。

 もう少しで終わってしまうこの作品ですが、完結するまで応援のほどよろしくお願いします。


様々な作業と準備を終えて、対《炎の船》緊急対策会議が行われていた。

 

「魔術的解析の結果、あの《炎の船》は『同位相異次元空間にある船をマナで同次元空間に物質化(マテリアライズ)したもの』だと判明しました。そして、船を物質化(マテリアライズ)するマナの出所が、件の魔人であるとも」

 

「……つまり?」

 

「魔人を倒せば《炎の船》は存在を保てず、元の同位相異次元へと帰還します」

 

 だが、この場に集う全ての人物は知っていた。

 

 《炎の船》に搭載されている圧倒的な敵の戦力と防衛本能。

 

 それを突破した果てに待ち受ける、魔人という最強の敵。

 

 重くなる雰囲気の中で口を開いたのはセリカだった。

 

「……船に乗り込むことはできるぞ」

 

「私なら……敵が放つ有象無象の空戦力を突破できる。ついでに、何人かをあの船に連れて行くこともな……だが、コレ、準備に時間がかる……そうだな……急いでも……明日正午くらいまでかかる」

 

「「「駄目じゃん!?」」」

 

「……セリカさん……直球で聞いた方がいいと思うんですけど……」

 

 皆がセリカに突っ込んでる間に、セリカの意図を把握したアルスは静かに突っ込んでいた。

 

「一発くらい何とかならないかなぁ?なんとかできれば、私があのクソ魔人を倒す戦力を、あの船まで連れていってやれるんだけどなぁー?なぁー、ハーレイ?なぁー?お前、アレ、何とかする手段、何か知らないかなぁー?なぁー、ハーレイ?」

 

 この言葉を聞いたハーレイは

 

「【メギドの火】は……条件付きではあるが……恐らく防げる」

 

「「「何だと!?」」」

 

 【メギドの火】を防げると言ったハーレイに皆は期待を向ける。

 

「それは?」

 

 クリストフの質問にハーレイは直接答えず、アルスの方を向いた。

 

「……『力天使の盾』の術式構造をどうやって解析したのかは知らぬが、貴様は確かに複製をしていた。その『力天使の盾』の術式構造を私にも教えろ……教えてくれるのであれば私が上空にそれを結界化してフェジテを守る盾を形成する」

 

「……ですが、その結界を制御できる人がいなければ盾を複製したところで意味なんてありませんよ?」

 

「そこの若造……確か、クリストフ=フラウルと言ったな?フラウル家と言えば……結界魔術の世界的大家だ……協力してくれるな?」

 

「そういうことなら、是非、協力させてください」

 

 【メギドの火】を防ぐ盾を元に結界をハーレイが形成し、その盾をクリストフが制御する。その盾の情報をアルスが教えれば、【メギドの火】を耐えられるのだ。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスが魔術を起動し、掌に青い光が現れ盾を形成していく。

 

「「「…………」」」

 

 その光景を見て、誰もが絶句する。

 

 知っていってもやはり絶句する。

 

「……って貴様何をしているッ!?」

 

 ハーレイが叫んだ理由は、アルスが投影した盾を黄金の剣で半分に斬ろうとしていたからだ。

 

「え?このままで術式を解析できるんですか?」

 

 『力天使の盾』は魔術的エネルギーを100%で吸収するので、【ファンクション・アナライズ】も意味を為さない。

 

 だが、半分に斬れば単純に考えて50%まで落とせるはずだ。

 

「……日緋色金(オリハルコン)製の武装をこうもあっさり作るとは……魔術って恐ろしい……」

 

 ツェスト男爵はふざけたように言う。

 

 アルスは半分に斬った盾を両方ハーレイに渡す。

 

「おお、希望が見えてきた……」

 

「だ、だが、まだ問題は山積みだぞ!?《炎の船》の歪曲空間はどうする!?」

 

「話を聞けば、解呪(ディスペル)は不可能で……」

 

『《炎の船》の歪曲空間?バカバカしい。あんなもの簡単に突破できるわ』

 

 疲れ切ったような声で言う名無し(ナムルス)

 

 そして、名無し(ナムルス)に説明を求めようとするが

 

『《炎の船》の歪曲空間は突破可能……今の貴方たちに必要な情報はこれで十分でしょう?』

 

 と言って、だんまりモードになってしまった。

 

 その後、魔人を倒す手段を考えた結果、グレンだけが魔人を倒せることが判明し緊急会議は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊急会議の後、グレンとシスティーナは『イヴ・カイズルの玉薬』を作成する為の材料を取りにアルザーノ帝国魔術学院の地下迷宮へと足を運んでいた。

 

「システィ、先生、どうかお気をつけて……」

 

「ああ」

 

 グレンは手短に答えると

 

「……あの……先生……本当に大丈夫ですか?」

 

「ふっ……まったく、心配症だなぁ、お前は。言ったろう?準備は万端!白猫もいるし、この俺がこの地下迷宮に後れを取ることなど──────」

 

「昨日の会議で、先生が『イヴ・カイズルの玉薬』を使うことが決まってから……先生の顔色がずっと優れないようでしたが……」

 

「……バカ……心配すんな」

 

 ルミアの心配に、グレンは答えシスティーナと共に地下迷宮へと入っていった。

 

 本来なら、アルスも連れていこうと思ったのだが、先の戦いでマナ欠乏症寸前までいったアルスの膨大な魔力を回復させる方が先決となりお見送りをしている。

 

 

 

 

 

 

 アルスとルミアとリィエルは次なる行動を取るべく校舎内の廊下を歩いていた。

 

「……ルミア……あいつがあの……あいつのせいで……」

 

「何が天使様よ……疫病神じゃない……」

 

「ちっ……あいつさえいなければ……」

 

 見渡せば、ルミアとすれ違う度に周りの生徒は声を潜めながら何かを言っていた。

 

 ルミアをよく知り、理解してくれた人たちの中にルミアを責める者など1人もいなかった。冷静に、ルミアがどれほど辛い経験をしているかを理解しようとし、ただの被害者であることを言わずとも分かってくれた。

 

 だが、全ての人がそうじゃない。ルミアの素性を知ってなおルミアを責める者はいる。人間誰しもが強く、気高くあれるわけじゃない。

 

「おい!ルミア=ティンジェル!ちょっと待てよッ!」

 

 誰かがルミアの前に立ちはだかり、リィエルは倒そうとするがアルスに止められた。

 

「あなたたちは……」

 

 ルミアの前に立ちはだかった人物はハーレイのクラスに所属しているクライス=アインツとエナ=ウーノだった。

 

「お前……どうして、この学院から出ていかなかったんだよ?」

 

「異能者だか、天の智慧研究会に狙われているんだか知りませんけど……だったらせめて皆に迷惑をかける前に、ここから消えるべきじゃなかったの?」

 

 この光景を見ていた人たちは『もっとやれ!』『そうだそうだ』などの感情をもっていることだろう。

 

「お前のせいだぞ……ッ!どうしてくれるんだよ!?学院から下された緊急待機令のせいで、俺達はもう、この学院から逃げることも出来ないじゃないかッ!?」

 

「そうよ……ッ!貴女が居たから……貴女のせいで、私達は……ッ!?」

 

 そんな激情にルミアは謝るしかできなかった。

 

「……ごめんなさい……」

 

 クライスはそれがイラついたのかルミアの胸ぐらを掴もうとするが、アルスに止められた。

 

「なんだよッ!お前もルミア=ティンジェルの味方をすんのかッ!?」

 

 アルスに止められ、矛先をアルスに向けるクライス。

 

「……ルミアを責めるのはお門違いだよ」

 

「「「はぁ!?」」」

 

 アルスの発言にルミアを含めたみんなが困惑していた。

 

「そもそもこんな事になったのは全部僕のせいだ……だから、ルミアを責めるのはお門違い」

 

「ッ!……お前のせいかよッ!」

 

「ッ!?クライス君、やめてッ!?」

 

 アルスの胸ぐらを掴み、顔を殴るクライス。

 

「俺達が死んだらどうしてくれんだよ!?」

 

 殴りながら質問するクライス。

 

「ッ!……どうしようもないさ……僕は君達が死んだことを謝罪することしか出来ない……」

 

「ッ!?」

 

 信念に似たなにかを感じたクライスはアルスから離れる。

 

「……ごめん……」

 

 頭を下げるアルスを見て、クライスは

 

「謝って済むと思ってるのかよ!?お前のせいで俺達は今にも死にそうなんだぞ!?」

 

「……ごめん……でも、謝ることしかできないから……」

 

 この状況を東方のことわざで表すなら『時すでに遅し』だろう。

 

 今になって責めたって既に手遅れなのだ。

 

「……君達が僕を責めるのも、怒りの矛先がこちらにしかないことも理解しているつもりだ……殴って満足するならいくらでも喜んでサンドバックになるよ」

 

「ッ!?」

 

 『アルスはルミアを守るために自分を犠牲にする』そういう人物だとルミアは知っていた。でも、何故かいつも止めれないのだ。

 

 5年前の失踪の時も天使の塵(エンジェルダスト)の時も、そして今も……兆候はあった、止められることだってできた。でも、ルミアの身体が動かない。

 

「……チッ!」

 

 そう舌打ちをして、クライスもエナも去っていった。

 

「……ごめんね……アルス君……」

 

 自分のせいで殴られたことに謝罪するルミア。

 

「謝らなくていいよ、僕がやりたくてやってることだから」

 

 アルスは謝罪するルミアに微笑みながら言う。

 

 だが、ルミアの顔は晴れない。それほど、負い目を感じているのだろう。

 

「痛ッ!?」

 

 ルミアの頭が軽い衝撃に襲われた。正体はアルスの軽いチョップ。

 

「いつから、そんなネガティブになったのさ……昔はもっと笑ってたのに」

 

 『昔』という単語を聞いて、ルミアの顔が赤くなる。

 

 ルミアの側近だったアルスは、ルミアの恥ずかしい話をいくつか持っているのだ。

 

「~~~~~ッ!?」

 

 ルミアはポンポンアルスの肩を叩く。

 

 アルスはルミアの息抜きをしてあげていた。

 

 このままいけば、ルミアは遠くないうちにアルスと同じように精神が摩耗する。そんな予感があったのだ。

 

 少しの間でも、自分を責めることを忘れさせてあげることでルミアを支えていたのだ。

 

「あれは、確か8歳の時だったかなぁ~?」

 

「ッ!」

 

 ルミアは顔をトマトのように真っ赤にしてアルスの横腹を抓る。

 

「痛い!?ごめんなさい!もう言わないから!いや、マジで勘弁してください!あああああああああああ──────ッ!」

 

 これが、可愛い女の子に意地悪した者の末路である。

 

 

 

 

 

 

『……ほんと、あの人(・・・)にそっくり……』

 

 ルミアとアルスの微笑ましい光景を見ながら名無し(ナムルス)は誰にも聞かれることなく呟いていたのだった。




 あのですね、この章って原作でいくと10巻なんですよ。原作読破推奨しときます。

 今までは、原作を読んでない人のためにも最低限の解説はしてきたんですけど、10巻は流石に多すぎるのとテンポが悪くなるので、原作10巻読んでおくのを推奨しておきます。出来る限り、合わせるつもりではいるんですけど……自分の駄文では出来る保証がないので……


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魔眼を持った者の使命

 2組の生徒はアレス呼びが定着しているのでアルスの姿でもアレスと呼びます。


その後、ルミアはアルスとリィエルと別れた。

 

 リィエルは訓練すると言い、アルスはバーナードに呼ばれたからだ。

 

 

 

 

 

 

 2組の教室ではアルスとバーナードが生徒たちに《炎の船》を攻略するために協力を頼んでいた。

 

「あ、アレス……それマジ!?」

 

 アルスの説明に叫ぶカッシュ。

 

「……ああ。明日の《炎の船》攻略戦には……グレン=レーダス、システィーナ=フィーベル、ルミア=ティンジェル、リィエル=レイフォード、セリカ=アルフォネア……以上5名が魔人討伐隊として、《炎の船》に攻め込むことになったからね」

 

「《炎の船》に攻め込む切り札を持つセリカちゃん、船内の歪曲空間を破れる能力を持つルミアちゃん、船内の敵戦力の露払いをするリィエルちゃん、現状、あの魔人に唯一有効な攻撃手段を持つグレ坊、そして、グレ坊の補佐を務め、魔導考古学にも長けた白猫ちゃん……主に戦力配分の方面から散々検討した結果、これがベストだと決まったのじゃよ」

 

 アルスの説明を更に詳しく説明するバーナード。

 

「……戦力配分?」

 

「うむ、実は今、この学院の魔術講師ハーレイ殿と帝国宮廷魔導師団のクリ坊……おっと、クリストフ=フラウルを中心に、動ける魔術師達が総出で、フェジテ上空に【メギドの火】を防ぐ防壁結界を、突貫工事で構築しておる」

 

「マジっすかッ!?」

 

「は、ハーレイ先生って、実は凄かったんだなあ……」

 

「でも、一度【メギドの火】を防げば、敵は必ずその防壁結界を破壊するために、《炎の船》内に存在する戦力を、結界の基点であるこの魔術学院へと送り込んでくるだろう。その隙に、グレン先生達が手薄になった《炎の船》へと攻め込んで、魔人を倒す……簡潔にまとめると、こういう手筈なんだよ」

 

「つまり……守りもあるから、攻めに出せる戦力も限られてるってことっすか?」

 

「察しが良くて助かるわい。わし達は、何としてもグレ坊が魔人をブッ倒すまで、この学院を守り、防壁結界を維持する必要がある。防壁結界が崩れた瞬間が、ゲームオーバーじゃ。……じゃが、あまりにも人手が足りん」

 

「結界の維持要員、敵戦力の迎撃要員、負傷者の救援活動要員……人手はいくらあっても足りない。どうか、みんなの力を貸して欲しい。曲りなりにも、みんなは王女陛下に忠誠を誓う魔術師として、有事の際に備え、日頃の授業カリキュラムで戦闘訓練を受けているでしょう?決して、不可能ではないはずだよ」

 

 アルスとバーナードの言葉に、得も言われぬ沈黙が教室を包む。

 

「当然、戦闘の矢面に立つのは僕やバーナードさんみたいな帝国宮廷魔導師団とこの学院の教師陣……生徒である君たちの役割はあくまで補佐と援護……でも、戦いの場に駆り出される以上、死傷者が出る可能性は充分にある……言葉を濁さずにはっきり言うなら、相当危険なんだよ。でも、みんなが力を貸してくれるなら、その分だけフェジテを破滅から救える可能性は上がる……A級緊急特令を、イヴ=イグナイト百騎長権限で発令して『命令』することも不可能じゃないけれど……正直、僕たちはそれを良しとはしない。あくまで、みんなの意思を尊重する」

 

「「「…………」」」

 

「無論、みんなが自分から立たなくても構わないよ?僕やバーナードさんは1人きりになっても、帝国宮廷魔導師として、みんなを最後まで守って戦うことを約束するし、このフェジテから逃げたいと言うのなら今すぐ逃がすことも出来る」

 

 アルスのこの発言に教室がざわつき始め、バーナードはアルスを見て少し驚いている。

 

 緊急対策会議で、クリストフが報告したことの中にはフェジテ全土を覆うほどの解呪(ディスペル)不可能な断絶結界がある。だから、魔術学院の生徒たちは待機命令を守っているのだ。

 

 だが、恐らくアルスが断絶結界を破ったところで逃げれるのは10人いるかいないかだろう。フェジテという広大な土地を抜け出すには馬車以上に速い乗り物……もしくは、魔術が必要となり、逃げだせるのは必然的に疾風脚(シュトロム)を会得している者だけとなるのだ。

 

「……お、俺は……やるぜ……」

 

 みんなが押し黙っている中、決意に満ちた声を発したのはカッシュだった。

 

「お、おい、カッシュ……ッ!?」

 

「マジかよ……ッ!?危険だぞ……ッ!?」

 

 カッシュの発言にロッドとカイが心配そうな目を向ける。

 

「だって、このまま何もしなかったら……負けたら……フェジテが滅びちまうんだろ?だったら、もうやるしかねえじゃねえか!俺達にできることを!」

 

 カッシュの訴えに周囲の生徒達も押し黙るしかない。

 

「それに……先生達は、あの空の船に乗り込んで、あのクソ強そうな魔人と命がけで戦って……アレス達はこの学院に攻め込んでくる敵と命がけで戦うんだろ、俺達のために!?なのに、先生やアレス達だけに全てを任せて、俺達は安全な場所でただ震えて待ってるだけなんて、そんなダセェ真似できるかよッ!」

 

「癪だけど……まったく、同感だね」

 

 カッシュの訴えが効いたのかギイブルも発言した。

 

「ここで何もせず、先生達だけに任せたら、全てが終わった時、あのロクでなしにどんな恩着せがましい顔されるか……ごめんだね、そんな屈辱」

 

「う、うぅ……怖い……ですわ……でも……ッ!」

 

 ウェンディも震えながら立ち上がる。

 

「でも……弱き民を守って戦うが貴族の務め……わ、わたくしだって……ッ!」

 

「大丈夫よ、ウェンディ……貴女だけに怖い思いはさせないわ。私がついてるから……」

 

 震えるウェンディを励ますように立ち上がるテレサ

 

「そうだ……俺達は今まで、先生やアレスに守られてるばかりだった……」

 

「今回くらい、俺達も何かしないと……ッ!」

 

 カイもロッドも。

 

「わ、私……戦うのは苦手だけど……でも、みんなの怪我の手当てとかなら……」

 

 引っ込み思案で臆病なリンすらも。

 

 学院を襲ったこの前代未聞の苦難を前に、誰も彼もが、自らの意思で自分に出来ることをしようと沸き立っていく。

 

「勇気ある決断をしてくれたお前さん達に……わしは敬意を表する」

 

「……みんな……本当にありがとう……」

 

 バーナードとアルスはそんな生徒たちに尊い何かを見据えていた。

 

「今から、わしがお主らに戦術を指南する。一見、絶望だが存外、地の利はこちらにあり、守るには容易い。それを利用し、わしの言うとおりに戦えば、死傷率は極限まで下がる筈だ……どうかついてきて欲しい」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

「それでは、僕はこれで」

 

 そう言って、アルスは教室から出て行く。すると、そこには目を閉じて手を胸に置き、恐らく覚悟を決めているルミアがそこにいた。

 

「…………」

 

 アルスは何も言わずに、去って行った。

 

 今、アルスがルミアに何かを言ったところでルミアは聞かないだろう。ならば、今アルスがすべきことは1人にしてあげることだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……教えてくれないか?僕の『異能』について……」

 

 アルスは人目に付かない場所で誰もいない場所に座りながら呟いた。

 

『……後悔することになるわ……知らないことが自分を救うことだってあるのよ……』

 

 名無し(ナムルス)は姿を現し、アルスに言う。

 

「……これは、僕の勘だけど……僕は本来、この世にいない存在(・・・・・・・・・)なんじゃないかな?」

 

 アルスの勘を聞き驚愕の顔をする名無し(ナムルス)

 

「……未来視を以てしても、ルミア絡みの事件を未然に防げなかった理由……それは、この未来視の中に僕という存在が無かったから」

 

 アルスの『魔眼』は未来視や過去視、直死といった様々な魔眼が複合したような代物だ。

 

 だが、アルスの未来視においてアルスという存在はいない。何故、未来を伝えないのか……結末を教えないのか……それは、アルスの未来視にその結果が載っていないために時間矛盾(タイムパラドックス)が起きてしまう可能性があるからだ。

 

『……本当に後悔するわよ?……前の監視者(あなた)は、これを知り絶望して自殺したわ……あなたはあの人(・・・)じゃないの……』

 

「それでも……人を救うなら自分の命を犠牲にしなければならない……等価交換だよ」

 

 微笑むアルスに名無し(ナムルス)は触れない身体で平手打ちをする。

 

『……バカ……』

 

「……ごめんね」

 

『……貴方の力の名前については私も知らない……あの人(・・・)が頑なに教えてくれなかったから……あの人(・・・)が言うには、貴方はね”世界を視る存在”なの』

 

 名無し(ナムルス)は続ける。

 

『貴方は世界の全てを視て、全てを監視し、”世界を守らなければならない”』

 

「……世界を……守る……」

 

『本来、貴方は人の味方をしてはいけない……それが悪であっても善であっても……なぜなら、世界を壊すのは人間だからよ』

 

 名無し(ナムルス)はこれだけ言うと、消えそうになる。

 

『私が知ってるのはこれだけ……あとは、あなたが自力で探すしかないわ』

 

 そう言って消えていった。

 

 

 

 

 アルスは普通の監視者(オブサーバー)ではない。”世界を視る存在”それはあくまで監視するだけだ。だが、名無し(ナムルス)は言った。”世界を守らなければならない”と。

 

 ”世界を視る”のは監視者(オブサーバー)の役割であり、”世界を守る”のは守護者(ガーディアン)の役割だ。

 

 つまり、アルスという人間は世界を監視する監視者(オブサーバー)であると同時に世界を守る守護者(ガーディアン)でもあるということだ。

 

 だが、アルスにとってそんなものは関係ない。自分の役目、役割などどうでもいいことだ。アルスはルミアとその周りを守る、アルスの本当の使命とは真逆だがそれでいいのだ。アルスは”人間”なのだから……




 自分がこの作品を書き始めてから今日で43日ですね、結構あっという間だった気がします。改めて見ると春休みだった頃の僕って一日に2~3話投稿していて暇人だったんだなあ……と思ってしまいます。

 前の話でそろそろ終わるって言ったんですけどIFルートとか書いた方がいいですか?アルス君闇堕ちルートだったり、イヴさんガチヒロインルートだったり、セラさん生存ルートだったり……etc

 その辺は言ってくださると嬉しいです。


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世界に愛された少年

『魔眼』とあの人(・・・)について少しだけ語ろうと思う。

 

 アルスの『魔眼』の未来視にアルスが載らない理由について

 

 それは、その『魔眼』を使う者の使命に反するからだ。”世界を視る者”とは、世界がどれほど危機に陥っても介入することは許されない。アルスの視ていたモノは並行世界(パラレルワールド)の未来だったのだ。世界がアルスを介入させないために。

 

 監視者(オブサーバー)とは、世界の危機を視認し世界に教えるだけなので戦闘能力など無い。そして、『魔眼』を持った者が文字通り世界の全てを見通せるので1世代に1人いれば十分なのである。

 

 守護者(ガーディアン)とは、これからも世界を存続させるためにその原因を排除できるだけの力を持つ者のことであり、人の身でありながら神すら倒せる者だっている。200年前ならともかく、現代では世界の脅威もないので1世代に1人である。

 

 つまり、アルス=フィデスという少年は監視者(オブサーバー)でありながら守護者(ガーディアン)でもあるという、ある一種の異常(イレギュラー)である。世界に干渉することは許されないが世界を守らなければならないという矛盾をその身に宿した異常(イレギュラー)中の異常(イレギュラー)

 

 

 

 ここからは、名無し(ナムルス)という少女があの人(・・・)と呼ぶ人物しか知らない話……

 

 少年は夢を見る……それは、『魔都メルガリウス』で『正義の魔法使い』と『魔将星』の一大決戦が行われる5年前。

 

 その夢では、どんな攻撃も効かない鎧の男と白髪の少女が戦っていた。だが、白髪の少女は自分の力をあまり使いたくないようで段々と劣勢になっていき、ついには殺されてしまった。

 

 今まで、このような夢はたくさん視た。命なぞどうでもよくなるくらい視て、視つくした。少年が生まれて15年経つがほとんど毎日のように人が殺される夢を視ている。最近では、その夢も割り切り視ては忘れるを繰り返していた。だとというのに、その少女のことだけはどうしても忘れることが出来なかった。

 

 それから毎日、その少女が殺される夢を視た。少年は初めて殺させたくないと思った。だが、無力な自分に何ができるのだろうか……

 

 少年は知っている。この眼を持つ者は如何なる理由があろうとも世界に干渉することは許されず『眼』以外の力を持つこと自体が世界からの『修正力』により消し去られる……それでも、止めたかった。今にも泣きそうな顔で力を使おうか迷って、その迷いで殺される少女を……助けたかった……救いたかった……

 

 少年は自分にはただ”視届ける”ことしかできないことを理解している。自分が行ったところで殺されることは目に見えて明らかだったからだ。

 

 少年は願った……この少女を救えるだけの力が欲しいと……この鎧の男を倒せるだけの力が欲しいと……

 

 その願いが叶えられないことを知っていても願わずにはいられなかった。それは一切の穢れ無き純粋な願いだった。1人の少年が1人の少女に『生きていて欲しい』という願いに何の穢れがあるというのか。

 

 世界は少年の眼を通して全ての事情を知っていた。今までは少年も先代も今までの監視者(オブサーバー)も世界に介入することはなかった。正確に言うならこの未来を視て、それを考えられないほどの絶望を知っただけ。

 

 だが、少年はどうだろう。全てを知って、この絶望を知って、少女に『生きていて欲しい』という、世界から見ればちっぽけで人から見れば最も尊い願いを世界に願った。それでも、世界は力を与えない。代わりに少年に世界からの『修正力』という枷を無くした。これは魔術ではなく魔法(・・)。世界が少年の純粋な願いを叶えた結果だった。

 

 これは、世界の気まぐれなどではなく対価(・・)だった。何代も契約を守ってくれた監視者(オブサーバー)に対する対価が少年の力を縛っていた枷を解き放つモノ。これを聞けば先代達は激怒するかもしれない、けれど、世界はその少年の絶望の中にある希望を見たのだ。

 

 そうして少年が得た力は魔術。少年の魔術特性は【世界の構築・分解】というアルス達が生きている時代では有り得ないような魔術特性であり、世界に愛され唯一世界から願いを叶えられた少年にピッタリの魔術特性だった。

 

 全てを知り、絶望を知っても尚、希望を失わない少年……そんな少年の根底にあったモノはたった1人の儚い少女を助けたいという純粋な願いだった……

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日、東西南北の魔術学院校舎の屋上や中庭、その周辺に。

 

 今日のフェジテ防衛線に参加する大勢の生徒達と学院教師陣が整然と整列している。

 

 生徒達は全員、学院の倉庫から蔵出しされたマントコート状の『魔導士のローブ』と細剣(レイピア)のような『魔導士の杖』を装備している。

 

 魔術学院の北館では 

 

 教師陣の中にアルザーノ帝国魔術学院きっての変態マスター、オーウェル=シュウザー魔導工学教授がおり、その後ろには魔導人形である『グレンロボ』がいた。

 

『馬鹿騒ギハ、終イニシヨーゼ』

 

「うわぁ……しゃべったぁ……」

 

『俺ノ生徒ニ手ェ出シテンジャネーヨ』

 

「グレン先生、怒るぞ、これ……」

 

 カッシュやギイブルを筆頭に、その場にいた者達全てがドン引きであった。

 

 オーウェル=シュウザー。若手ではハーレイに匹敵する天才だが、どうにもその才能を費やす方向が間違っているのだ。その証拠に自動永久機関なども作成しているが、『このようなもの、本当の研究の片手間に作った試作品だ』などと言い自分ではその凄さをまるで理解していないのだ。

 

 

 

 

 

 西館では珍しい生徒がいた。

 

 ジャイル=ウルファートである。

 

 生徒会長であるリゼも少し驚いているのか

 

「……貴方まで参戦してくれるとは思いませんでした。ジャイル君」

 

「二組のルミア=ティンジェルには魔術競技祭での借りがあるからな。返すだけだ」

 

 ぶっきらぼうにリゼへ返す。

 

「ジャイルさん……やはり、噂ほど悪い人物ではなさそうですね」

 

「ったく、女ってのは、いちいちピーチクパーチクうるせぇ……少し黙ってろ」

 

「ふふ……ここの担当は、皆、くせが強いですね」

 

 リゼの視線の先にはハーレイがいる。しかし、リゼは知らない。貴女もくせが強いことにね!!!

 

 

 

 

 学院校舎南館では

 

「う、うぅ……緊張……してきましたわ……や、やっぱり止めた方が良かったのかも」

 

「大丈夫よ、ウェンディ」

 

 震えるウェンディを支えるテレサ。

 

「システィーナやギイブルの陰に隠れてますけど、本当は貴女だって強いんですよ?この屋上迎撃組に選ばれているのがその証拠です」

 

 今回の作戦において、屋上の迎撃組は、アルスやアルベルトが実際に実力を確認して、『実戦で使い物になる』と判断された生徒達のみなのだ。

 

「貴女は要所でドジさえしなければ、いつでも主席を狙える実力なんですよ?ドジさえしなければ」

 

「う、うるさいですわねっ!ドジを強調しないでくださいまし!」

 

「私がウェンディの傍にずっとついていますから。だから……この戦いを一緒に生き残りしょう?ね?」

 

「……当然……ですわ」

 

 微笑むテレサに、ウェンディは力強く頷いた。

 

「……それにしても……」

 

 ウェンディの視線の先にはイヴが居た。

 

 イヴは休む間もなく生徒や教師陣に指示を出し続けている。

 

「……特務分室の方々はすごいですわ……」

 

「流石、特務分室の室長……でしょうか……」

 

「ええっ!?あの方が室長ですって!?室長って、バーナードさんかアルベルトさんじゃありませんでしたの!?」

 

 ウェンディが驚いた理由はイヴが若すぎたことにある。帝国宮廷魔導師団の右翼とも言える特務分室の室長がグレンと同い年くらいの女性だとは思っていなかったのだろう。

 

 

 

 そして、学院中庭では

 

「総員、配置はどうじゃ?……うむ、そうか……引き続き頼むぞい」

 

 通信の魔導器を使って東西南北各校舎の前線指揮官達に指示を飛ばすバーナード。

 

 今回のフェジテ防衛線では、バーナードが総指揮官を務めろとイヴが直接命令したのだ。

 

 そして、バーナードのすぐ近くにはクリストフが片膝を地につけて瞑想していた。

 

 中庭の中心に広がるのは、青い光線が複雑に絡み合って構築された魔術法陣だった。アリシア三世が学院に敷設した『マナ堰堤式(ダム)』をベースに、学院の講師や教授、博士生達が突貫工事で改造して作り上げたのが、この青い結界魔術法陣────【ルシエルの聖域】。

 

「東西南北の校舎を破壊されるほど、供給魔力量は減る……維持役の生徒達が持ちこたえきれず、地下の避難区画へ退避してしまっても同じ……そうじゃったな?」

 

「ええ。僕はこの校舎の破壊状況と生徒さん達の撤退状況を合わせて、これを『結界維持率』と暫定的に呼ぶことにしました。この『結界維持率』が40%を切ったら……もう【メギドの火】を防ぐことは叶わないでしょう」

 

「それまでに、突入組が件の魔人を撃破しなければならない……じゃな?はぁ~、へヴィじゃのう、まったく……グレ坊、マジで頼むぞ、おい……」

 

「大丈夫ですよ。……先輩は土壇場の勝負にすごく強いんです。……というか、土壇場にならないとあまり強くないんですけどね」

 

 バーナードはため息交じりに言って、クリストフは信頼に満ちた表情で言った。

 

 

 

 アルスはイヴと同じ南館で弓に矢を番えながら【メギドの火】を待っていた。

 

 アルスが弓を撃たない理由は、【ルシエルの聖域】を破壊しにくる敵戦力が《炎の船》から出てきた直後に削るためだ。

 

 アルスが待っていると、《炎の船》から光が溢れ出てきた。

 

 

 

 《炎の船》内部ではアセロ=イエロが【メギドの火】を起動し

 

『……終わったな。……やはり、人間とは呆気ないものだ』

 

 【メギドの火】の圧倒的な火力が上空にある《炎の船》を上下に揺らす。

 

「……さぁこれが始まりの狼煙だ。我らが偉大なる大導師様のため……私の真なる主のため。これから新たな戦いが幕を開けるのだ……この無敵の《炎の船》を存分に使用した、一方的な蹂躙だがな……』

 

 煙が晴れ、空間に投射されている映像を見ると

 

「……なん……だと……?』

 

 魔人は、その映像が写す予想だにしなかった光景に、忘我するしかない。

 

 フェジテがあった筈の場所には、焼け焦げた無限の焦土が広がっている筈なのに。

 

 映像の中のフェジテは────健在。

 

 無傷。

 

 

 

 

「ほっ……」

 

 結界のメイン制御担当のクリストフは安堵の息を漏らす。

 

「ふん……当然の結果だ」

 

 ハーレイは自信満々にそう言った。

 

 

 

 

『馬鹿な……ッ!?』

 

 魔人は驚愕と驚嘆に身を震わせながら続ける。

 

『【メギドの火】なのだぞ!?全てを滅ぼす悪夢の火なのだぞ!?なぜだ!?なぜ、無事でいられる!?そんな筈は……ッ!?くっ……ッ!?」

 

 魔人はぎょうくざにあるモノリスを操作して、解析魔術を眼下のフェジテへ飛ばす。

 

『こ、これは《力天使の盾》と同じ……アレス=クレーゼ……ッ!?貴様はまた邪魔をするか……ッ!?』

 

 解析結果をよく見ると

 

『だ、だが……ふむ……成る程……やはり、所詮は劣化レプリカか……』

 

 徐々に落ち着きを取り戻す魔人。

 

『あの学院の4つの校舎に張り巡らせた術式で結界を維持しているのか……そして、この劣化力場に物理干渉作用はない……つまり、実体物は通り抜けられるということ……』

 

『……ならば、あの4つの校舎を打ちこわし、魔力場を無効化してから再び【メギドの火】を落とす────それまでだ』

 

 そう言って、魔人はモノリスを操作し《炎の船》内部にある戦力が投下された瞬間に《炎の船》は攻撃を受けた。

 

『おのれぇ……アレス=クレーゼェエエエエエエエエエッ!?」

 

 魔人の見ている映像には、弓を直し剣を構えているアルスがいた。

 

 アルスの弓によって《炎の船》に搭載されている戦力の約25%が空間ごと削り取られたのだ。

 

 

 

 

「……きた……」

 

「?」

 

 アルスの突然の言葉にイヴが首を傾げていると

 

「《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》」

 

 その言葉と同時に《炎の船》に向けて弓を放つ。すると、【メギドの火】ほどではないが、それなりの爆風がイヴ達を襲った。

 

 

 

 

 

「……始まったな」

 

 そう言うグレンの視線の先には空間が削り取られた《炎の船》だった。

 

「……本当に大丈夫なのか?生徒達(あいつら)で持ちこたえられるのか?」

 

『大丈夫よ。何度も言ったでしょう?元々《炎の船》は、愚者の国……魔術を知らない普通の人間の国々を、制圧するための兵器なの。対地攻撃は【メギドの火】が全てと言ってもいいくらいよ。申し訳程度に搭載している地上制圧兵力なんて数こそあれど、質は大したものじゃないわ。貴方達が地下迷宮と呼ぶ《嘆きの塔》に配備されている守護者(ガーディアン)の方が、よっぽど危険よ』

 

「な、なら、いいんだがよ……」

 

「それよりも集中しなさい。……貴方達の出番よ』

 

 グレンが振り返ると、セリカが山の斜面に描いた魔術法陣の中で印を結んで座禅をし、静かに瞑想していた。

 

「おい、セリカ。準備は良いのか?」

 

「……ああ、ぎりぎりだったが……なんとかいける」

 

「始めてくれ」

 

「いいだろう……」

 

 そう呟いて、セリカは呪文を唱え始める。

 

 セリカの身体が輝き、グレン達が目を開けるとそこにはセリカではなく竜がいた。

 

(これが、これこそが────ドラゴン。森羅万象の頂点に極まった王者。神話が、伝説が、今、此処に、自分たちの前に顕現したのだ────)

 

 グレンが頭の中で詩的(ポエミー)になっていると、グレンの頭の中を覗いたセリカが

 

『────って、そんな大したもんじゃないぞ?私』

 

 テレパシーでセリカの声がグレンの頭の中を走る。

 

「うっせ、人の脳内を覗くな、少しは浸らせろ。ドラゴンだぞ、ドラゴン。わくわくしねえ男の子はいねーよ」

 

 グレンが金色のドラゴンを見上げると、不思議と愛嬌のある深紅の目でグレンを見つめ返した。

 

 そして、グレン達がドラゴンに乗ると名無し(ナムルス)

 

『グレン!』

 

 グレンを呼び止めて言った。

 

『……ルミアをお願いね』

 

「……なんだか、よくわからんけど……任せとけ」

 

 そう言って、グレン達は《炎の船》へと飛んでいった。



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弓強ェエエエエエエエエエ

ルミアとのデート書きたい……どのくらい書きたいかっていうと10000字超えるくらい書きたい。


 少年の最期は少年にとっては願いが成就された瞬間であり、少女にとっては少年を殺してしまった瞬間だった。

 

 少年は少女を守るために庇って死んだ。これがお伽話であるなら、『かっこいい』や『素敵~』とかになるのだろう。だが、少女がそれを聞けば憤るに違いない。自分の力を躊躇った(・・・・)せいで少年は死んだのだから。対照的に少年は死ぬ寸前まで笑顔だった。

 

『なんで……なんで……笑ってるのよ……?』

 

 少女は死にかけている少年に涙を流しながら聞く。

 

『なんでって……嬉しいからだよ……?』

 

 少年は泣いてる少女を見て不思議に思った。なぜ、泣くのだろうと。この少年少女が生きている時代において『魔都メルガリウス』で死ぬ者など珍しくないのだ。

 

『……君を救えて僕は満足してる……これ以上望む物なんてない……』

 

 少年はどこまでも穏やかな笑みを浮かべながら少女に言う。

 

 少女は理解できなかった。少年は何と言った?『私を救えて満足』だと言ったのか?私を救うために自分を犠牲にしたとでも言うのか?

 

『……理解できないかな?……ふふ、そうだろうね……多分、この世界で僕だけしか理解できないことだと思うよ』

 

 少年は少女の考えなど分かるとでも言いたげだった。

 

 少女は絶句せざるおえない。自分が死に瀕しているのに、今まで見てきた中で最高の笑顔をしているのだから。

 

『……私のために……なんで……』

 

 少女は問う。

 

『……それはダメ……男のちっぽけなプライドだからね……』

 

 少年は教えない。少女を救う理由を知っている者なんて自分だけでいいのだ。

 

『……悪いとは思ってるよ……』

 

 少年は笑顔で謝罪した。

 

 少年の顔に反省の色はない。恐らく、これと同じことが100回起こったとしても100回とも少女を救うために自分を犠牲にするだろう。

 

『あなたは……ッ!』

 

 少女も我慢の限界だった。この少年は身勝手過ぎたのだ。

 

 突然、少年は現れ『一緒に戦わせて』と言って仲間になった。一言で言うなら少年は強かった。そんな少年に少女も信頼を置いていたし、仲間以上の関係になるのも時間の問題だった。

 

 少年の戦い方はどんな手を使ってでも敵を倒すという戦い方だが、ある強い信念の下に戦っているという気迫が伝わってきた。だが、蓋を開けてみればどうだろうか……今ならば少女でも理解できる。この少年は『少女を救う』という信念によってここまで強くなったのだ。

 

 少女と少女の仲間は多少の差異はあれど、みんなが『世界を救う』という想いと信念を持って強くなっていった。

 

 そんな少女の仲間になった少年は『少女を助ける』という当人である少女からしても、くだらない願いと信念でここまでの高みに達したのだ。

 

『人を救うなら自分の命を犠牲にしなければならない……等価交換さ』

 

『……バカじゃないの……?私より強いくせに……私より世界にとって必要なくせに……私を救うために自分を犠牲にするなんて……』

 

 言葉では少年を罵倒するが、少女は内心嬉しかった。

 

 1人の男が1人の女を救うために命をかける。そんなドラマチックな展開が少し嬉しかったのだ。

 

『そう、かな?……でも、勝ったよ……ルミア(・・・)……』

 

 少年は失われていく意識の中でその言葉を呟いた。

 

 少女を守るために、戦いに負けた少年の勝利宣告。だが、戦いには負けても『少女を守る』という目的は果たし、紛れもない勝利を得た。

 

 その言葉は善悪を超越した『たった1つ』を貫き続けた『男』が得た『勝利』の言葉であり、少女だけが聞いた少年の遺言であった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 グレン達は金色のドラゴンに乗り遥か上空にある《炎の船》へと向かっていた。

 

 だが、当然《炎の船》にも対空砲火があり

 

「先生ッ!来ますッ!」

 

 システィーナの視線の先を見ると、熱線砲撃が来ておりドラゴンの回避も防御も間に合わない。

 

 本来ならここで落とされていただろう。だが、熱線砲撃とグレンの隙間に花弁のような盾がぎりぎり防いでいた。

 

「セリカッ!」

 

 このチャンスを逃せないグレンはセリカに呼びかける。

 

『ああ!』

 

 セリカが避けると同時に盾は消滅した。

 

『ちっ……思ったより威力あるぞ、アレ……まるで小規模な【メギドの火】だな……一撃でも貰ったら落とされるぞ』

 

 グレンの脳内にセリカの声が入ってくる。

 

「な、なんですとぉ!?」

 

 グレンはセリカのテレパシーに素っ頓狂な声を上げる。

 

「グレン、うるさい。システィーナを見習って。すごく静か」

 

「う、うーん……大きな星が……見える……むにゃ……」

 

「そいつ気絶してるだけだろ!?っていうか、起きろ、白猫ォオオオオオオ───ッ!?」

 

「し、システィ、しっかり!?」

 

 セリカドラゴンの上がてんやわんやしていると《炎の船》から対空ゴーレムが姿を現した。

 

「くそっ……囲まれた……ッ!やるしかねえか……ッ!」

 

『カ──────ッ!』

 

 セリカドラゴンは炎の吐息(ブレス)を放ち

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》───ッ!」

 

 目を覚ましたシスティーナが黒魔【ライトニング・ピアス】を放ち

 

「《白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆()け抜けよ》───ッ!」

 

 グレンの黒魔【アイス・ブリザード】を放つ。

 

 リィエルは雲から錬成した大剣をゴーレムに投げつけるが、それでも限界がある。

 

 リィエルとシスティーナはいざとなれば、なんとかなるが、魔術師として三流なグレン全ての魔術が三節詠唱なのだ。つまり、穴はグレンから広がる。

 

 そもそも、グレンの戦闘は魔術を封じて近接格闘による戦闘を得意としているため遠距離戦は苦手なのだ。

 

 だが、ここでも予想外の事態が起こった。下から放たれた赤いナニかがグレンの穴を確実に埋めていった。

 

 落ちていくゴーレムを見ると、そこには赤い矢が刺さっていた。

 

「矢だとッ!?」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アルスは《炎の船》の戦力の25%を削った後、地上は生徒達だけでもなんとかなると理解し剣を捨て魔眼を起動した。

 

 アルスの魔眼が写した光景は熱線砲撃にグレンが撃ち落とされそうになる未来。

 

「《熾天覆う七つの円環(ローアイアス)》」

 

 敵の熱線砲撃は威力が未知数なので全力で展開する。防げたことを確認すると同時に対空用のゴーレムが出ていたのを確認したので弓を投影した。

 

「《赤原猟犬(フルンディング)》」

 

 同時に8本の矢を番え、あの場で一番不利なグレンの相手をしているゴーレムに向かって矢を放つ。そんなアルスの隣には黒魔【アキュレイト・スコープ】で上空を見ているイヴが居た。

 

「……貴方……アルベルトじゃないの……?」

 

 イヴのその発言にアルスは苦笑しながら

 

「アルベルトさんは弓なんて使わないでしょ」

 

「それもそうね」

 

 と軽い冗談を言い合っていた。逆に言えば、今はこんな冗談を言い合えるだけの余裕があるということだ。アルスが25%を削ったとはいえ、今持ち堪えているのは生徒と教師陣の頑張りのおかげである。

 

 アルスが《炎の船》を視ていると熱線砲撃がグレン達を襲っていた。当たりはしないが、威力故に強引に突破することも出来ないようだった。

 

「イヴさん、通信魔導器借りていい?」

 

「?構わないけど……」

 

 アルスの突然の発言に首を傾げながらイヴはアルスに通信魔導器を渡す。

 

「……アルベルトさん、《炎の船》の脇にある砲門潰しますよ」

 

 アルスが魔導器に向かって言うと

 

『……出来るのか?』

 

 アルベルトは『お前にそれだけの技量があるのか?』という意味で聞いたのだろう。

 

「その言葉そっくり返してもいいですか?」

 

『ふん!誰に言っている』

 

 そんな軽口を叩きながらアルスは剣を投影する。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 投影されたのは剣だが、すぐに形を変え矢のような形となった。

 

「《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》」

 

 アルスの放った矢は《炎の船》の脇の砲門が開いたタイミングで突き刺り、爆発した。

 

 

 

 

 

 アルベルトは学院で最も高い建造物である転送塔の屋上にとある集団の指揮官としてそこにいた。

 

 その集団にはグレンのクラスの男子生徒であるセシルや、2年次生ではシスティーナに並ぶ成績を誇る1組のハインケルを始めとする、厳しい選抜で選ばれた十数名──援護狙撃部隊がいた。

 

 アルベルトは奇妙な杖を構えながら通信魔導器の声に反応する。

 

『……アルベルトさん、《炎の船》の脇にある砲門潰しますよ』

 

 これは、イヴの部隊にいるアルスからの通信だ。イヴはアルスのことを信用しているがアルベルトはあまり信用していない。強さではなく、何故か信用できないのだ。アルスからは名無し(ナムルス)に似たものを感じたのだ。

 

「……出来るのか?」

 

 アルベルトは『この男なら出来る』という直感があったが聞いてみた。

 

『その言葉そっくり返してもいいですか?』

 

 アルスはアルベルトを煽るように言ってくる。

 

 帝国一の狙撃手であるアルベルトにそのようなことを聞くのはグレン(バカ)だけだと思っていたが、アルスもグレンの生徒だということだ。

 

「ふん!誰に言っている」

 

 アルベルトは通信魔導器を切ると杖を小銃のように構え、黒魔【ライトニング・ピアス】を起動した。

 

「報告。……早くしろ」

 

「あ、は、はいっ!」

 

 アルベルトの淡々とした促しにセシルは慌てて遠見の魔術に意識を戻し

 

「め、命中。左端の砲……と、右隣の砲も大破してます!」

 

 セシルの報告にアルベルトは誰にも気付かれないくらいの微小な笑みを浮かべていた。

 

「口先だけではないか……」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 イヴは驚愕を越えて呆れていた。遠見の魔術で《炎の船》を見ているが、アルスの矢もアルベルトの魔術も着弾している。

 

 これはイヴの予想だが、アルスの弓術はアルベルトの狙撃魔術より上だった。アルベルトの人間離れした魔術制御は理解できないほどに卓越している。だが、アルスの弓矢はアルベルト以上に理解できない。矢は魔術と違い重力の影響を受けるのだ。そんな影響力を受けながら遥か上空に存在する《炎の船》の砲門へ当てるなど、その弓を放てるだけの筋力といい命中精度といい、理解不能なのでもう考えるのをやめた。

 

「……あなた……本当に人間……?どうやったら、あんな上空にある《炎の船》の砲門に当てられるのよ……」

 

 イヴは呆れながらアルスに問う。

 

「然るべき時、然るべき座標、然るべき速度、必要なのはただそれだけ」

 

 アルスは淡々と答えるが、悲しいかな……普通の人間にはアルスの答えを実行できない。

 

 そんなことをイヴが思っていることを知らずに、アルスはアルベルト共に次々と砲門を壊していった。

 

 そして何より、アルベルトもアルスも互いのレベルが高くお互いに意識し合うことでより精度が高まっているのだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「何、あれ……?」

 

 セリカドラゴンの背で風に嬲られながら、システィーナは呆然としていた。

 

 地上から、昇ってくる蒼い雷閃と蒼い一矢が《炎の船》の砲門の悉くが片端から潰されていく。

 

 このような芸当が出来るのはアルベルトと誰なのだろうか。それも、魔術ではなく弓矢で砲門を潰していく辺り異質な人間だとシスティーナが思っていると。

 

「アルス……すごい……」

 

 リィエルの呟きにシスティーナとグレンは驚く。

 

「えっ!?これやってるのアルスなの!?」

 

「ま、まじかよ……」

 

「ん。多分そう……勘だけど」

 

 リィエルの勘は基本的に当たっているので間違いないだろう。

 

 ルミアだけは、黙って自分の胸元にあるロケットを握り締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……あとは全部任せたいんだけどなぁ……」

 

 アルスの呟きをイヴは聞いていたが、いつも通りの教えてくれないやつだと分かったのか生徒達への指示出しを続行した。




 やばいね。課題終わらないね


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見据えているのは遥か先

 想像してて思ったけど、なんかアルス君チートじゃね?

 ま、まぁセリカさんみたいに時間止めれないですし……

 天使様みたいに魔法を使えるようにはできないですし……

 アルベルトさんみたいな魔力制御もできないですし……

 でも今思えば、ロクアカの世界ってチート多くね?


アルベルトとアルスが《炎の船》の熱線砲撃を潰してくれたおかげでグレン達は簡単に侵入することが出来た。

 

「……ありがとうな、セリカ……随分とお前に負担かけちまった……」

 

 グレンは申し訳なさそうにセリカドラゴンを見る。セリカドラゴンはゴーレムの群れを強引に突破してせいで、もうボロボロであった。

 

「お前はここで休んでろ……何、すぐに帰ってくるさ。帰りもアッシー頼むぜ?」

 

『……ああ、行ってこい。……私は少し、休む』

 

 セリカはそう言って巨大な巨躯を丸めて休眠状態へと移行した。

 

「ようしっ!行くぞ、お前らッ!」

 

「は、はいっ!」

 

「ん」

 

 グレンを先頭、リィエルを殿に一行は遥か先の構造物を目指し、駆け出すのであった。

 

 

 グレン一行が少し進むと

 

「ここだな?」

 

 気付けば、グレン達はいつの間にか、奇妙な空間の中にあった。

 

 以前、タウム天文神殿で通った《星の回廊》と雰囲気が似ている。

 

「あ、明らかに空間が歪んでる……下手すると私達、一生ここから出られないかも」

 

 システィーナが戦々恐々としながら呟く。

 

「ルミア。お前は……本当に、これをなんとか出来るのか?」

 

 グレンがそう聞くと、ルミアはしずしずと前に出てきた。

 

 そして、ルミアは1つ深呼吸をして……

 

「はい」

 

 とだけ答えた。

 

「本当に!?この空間、明らかに私達の時代の魔術でどうこうできるような代物じゃないわ!いくら貴女の異能のアシストがあったとしても─────」

 

「大丈夫だよ、システィ」

 

 ルミアは安心させるように、くすりと笑って。

 

「《門より生まれ出づりて・空より来たりし我・第一の鎖を引き千切らん》……」

 

 ルミアは不思議な響きを持った呪文を唱えた。

 

 その時だった。

 

「─────ッ!?」

 

 祈るように組んだルミアの両手が銀色に輝き始めて─────

 

 暗い空間をまるで月のように煌々と照らし始めて─────

 

 

 

 

 

そして─────その時、不意にルミアの脳裏に蘇るは、先日の夜の記憶─────

 

 

 自分の命を、皆のために捧げる覚悟は決まったか?

 

 ルミアに、そう覚悟を語るナムルスに……

 

「はい」

 

 ルミアが迷いなく、そう答えた……次の瞬間だった。

 

 差し出されたナムルスの手が、ルミアの頬を張るように横薙ぎに動いたのだ。

 

 ナムルスには実態がない。当然、その手はルミアをすり抜けただけ。

 

「……ナムルス……さん?」

 

 意外なナムルスの行動に、ルミアはただ驚きを隠せなかった。

 

『─────馬鹿』

 

 ナムルスの目は静かに怒っていた。

 

『どうして……貴女達はいつもそう(・・・・・)なのよッ!?言ったでしょう!?私は、貴女達のそういうところが大嫌いなんだって!』

 

「ごめんなさい……私には、貴女が何に憤っているのか、わかりません……」

 

『ああ、そうよねッ!貴女にはきっとわからないわッ!くっ……やっぱり、あの子(・・・)にはこのまま静かに眠らせておくべきか……今世の依り代がこれじゃ……でも……』

 

 ナムルスはしばらく葛藤し、覚悟を決めた表情でルミアを見る。

 

『……ルミア。私達について説明するわ。私達はね、”人に与える存在”なの』

 

「……与える存在?」

 

『ええ、そうよ。心当たりあるでしょう?』

 

『深く考えなくていいわ。鳥が空を飛ぶように、魚が海を泳ぐように、私達はそういう存在なのだから』

 

「…………」

 

『私達に”与えられた者”は、一時的に人間の限界を大きく超えた、桁外れの魔術演算処理能力を得ることが出来るわ。この《王者の法(アルス・マグナ)》と呼ばれる力は、人の使われていない脳領域と霊絡(パス)を強引に拡張覚醒させることで─────ああもう、説明が面倒ね。つまり、人間を魔導演算器に喩えるなら、現代の魔導演算器を百世代くらい先の未来式魔導器へと、一時的に無理矢理アップグレードするようなものと思えばいいわ。でも、その未来式演算器はそもそも人間の規格を大きく逸脱したもの。ゆえに人間にはそれが何なのか、何をやっているのか、理解、知覚すらできないわ。アップグレードに合わせて強引に開かれた霊絡が”魔力が増幅している”と感じさせるだけ。貴女の能力が、カンノーゾーフク?だっけ?……卑猥ね。まぁ、いいわ、それとよく間違えられるのは、その辺りが原因じゃないかしら?』

 

「……どうして、貴女がそんなことを知って……?」

 

 ルミアはナムルスに疑問をぶつけるが無視される

 

『でも、貴女の《王者の法(アルス・マグナ)》を使っても、人間は《炎の船》に張られた歪曲空間を突破することは出来ない。なぜなら、アレはただの空間操作じゃない。アレに干渉する術式そのものが、今の人間の魔術の想定にないから。錠前で固く閉ざされた重い扉……いくら押し開けるパワーがあっても、肝心要の鍵そのものがなければ開けられないでしょ?アレは近代魔術(モダン)でも、古代魔術(エィンシャント)でもない……もっと旧い力なの』

 

「なら、どうすれば……?」

 

『……貴女の真の力よ。そもそも王者の法(アルス・マグナ)なんて、貴女の真の力を、とある人物に与え、扱えるようにするためだけの、オマケみたいな能力だから』

 

 そう言って、ナムルスはルミアに手を差し出し、ルミアの胸の中にゆっくりと入っていく。

 

「な、ナムルスさん……ッ!?」

 

『貴女の真の力……それは”鍵”よ』

 

「……鍵?」

 

『そう。貴女はその”鍵”そのものだと言ってもいい……』

 

 そう言うと、ルミアの胸が突然、輝き始める。

 

 目も眩みそうな、圧倒的な白の銀に、夜が切り裂かれていく。

 

『一つ。……貴女が、貴女自身でもあるその”鍵”を、心から”与えたい”と思える人が……いずれ貴女の前に姿を現すかもしれない。……いい?絶対にその人に与えては駄目(・・・・・・・・・・)よ。貴女が貴女自身の意思と覚悟をもって、その”鍵”を使うの……ッ!』

 

「な、ナムルスさん……?」

 

『……最悪の結末を逃れたいんだったら、その”鍵”を使いなさいッ!』

 

 ナムルスは悲しそうな顔でルミアの中から何かを引きずり出し始める─────徐々に……徐々に……

 

『そして、もう一つ。……どうか忘れないで。その”鍵”は魔術より、もっと旧い力……魔術が、人の純粋なる願いを叶えるだけだった頃の……『原初の力』。魔術のように理性と理屈で操るものじゃない……願いと本能で操る魔法よ。だから─────』

 

 それ(・・)がルミアから引きずり出されるごとに、銀色の輝きは強くなっていき─────

 

 そして─────

 

 

 

 

「─────《銀の鍵》よッ!私の願いと求めに答えてッ!」

 

 ルミアはグレン達の前で白銀の輝きを放つ一本の”鍵”を掲げていた。

 

「なんだありゃ!?」

 

 その”鍵”はこころなしか、ナムルスが先日見せた《黄金の鍵》と瓜二つである。

 

 そして、ルミアが《銀の鍵》を何かに差し込み……くるりと回す。

 

 すると、一瞬で周囲の宇宙空間に無数の亀裂が走り─────次の瞬間、空間が亀裂に沿って、バラバラに砕け散った。

 

「─────ッ!?」

 

 気付けば、そこは普通の通路になっていた。

 

「な、何、今の……魔術……?ううん、魔術じゃ説明のつかない現象だったわ……」

 

 唖然と夢心地で呆けるシスティーナ。

 

「《銀の鍵》。ナムルスさんが、1日だけ、私がこの力を使えるようにしてくれました」

 

「…………」

 

「ナムルスさんが言うには……この《銀の鍵》は、私の真の力であり、私自身でもある力だそうです。今はそれ以上のことはわかりません……」

 

 グレンはある人物にこれを聞かせるために通信魔導器を起動した。

 

「この《銀の鍵》には”空間を支配し、操る力”があります。この力の使い方は……不思議ですね……私、なんとなくわかるんです。まるで、もう随分と長い間、私はこの力と共にあった……そんな気がするんです」

 

「……ルミア?」

 

「……私は、この力を使って戦います。こんな私を受け入れてくれた、先生達を……学院の皆を……アルス君を守るために!この命に代えても!」

 

「やめて!」

 

 ルミアはそう言って通路の奥からきていたゴーレムを倒そうとして、リィエルに止められた。

 

「リィエル?」

 

「……アルス……言ってた。ルミアの力、すごくよくないものだって……その時は何言ってるかわからなかったけど、今なら分かる。ルミア、お願い……もっと、自分を大切にして?」

 

「…………」

 

 ルミアは無言だが驚きの雰囲気が伝わってきていた。そして、グレンは内心めちゃくちゃ後悔している。アルスともっと作戦を練っておくべきだった。アルスは魔力を回復するために結構な時間を睡眠に費やしていたが、叩き起こしてでも聞いておくべきだと遅まきながら気付いた。

 

「わたしがやる」

 

 リィエルは敵の数が多いにも関わらず、真正面から突っ込み、斬りこんでいた。

 

 リィエルの小さな背中からは、ルミアに”鍵”を絶対にこれ以上、使わせないという覚悟が伝わってきた。

 

「行くぞ、白猫。……リィエルの援護だ」

 

 グレンもリィエルの援護へ向かった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アルスはゴーレムと戦っていた。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 出来るだけ大きな剣を空間に投影し、ゴーレムに射出することで質量と物量に物を言わせた強引な戦い方で倒している。

 

「もう!本当に《しつこい》!」

 

 イヴは【第七圏】を使って生徒達の穴を埋めている。

 

 敵ゴーレムを倒していると、通信魔導器に着信がきた。

 

 ゴーレムをあらかた片付けて通信魔導器を見に当てると、聞こえたのは《銀の鍵》について話すルミアだった。

 

『……アルス……言ってた。ルミアの力、すごくよくないものだって……その時は何言ってるかわからなかったけど、今なら分かる。ルミア、お願い……もっと、自分を大切にして?』

 

「(リィエル……僕のことは言わなくていいんだよ!……)イヴさん、グレン先生達《炎の船》に入れたみたいです」

 

 イヴに一応の報告をして、前線へ戻る。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 フェジテ防衛戦前日にリィエルはアルスに呼ばれて、皆が寝静まった夜に中庭に来ていた。

 

「お、来たね」

 

「ん……それで何?」

 

「明日のフェジテ防衛戦で、多分ルミアはすごい力を使うと思うんだよ……その力をあまり使わせないでくれ」

 

「?……なにかわるいことなの?」

 

 リィエルはアルスの雰囲気を察して眠そうな表情から真剣な表情に変わる。

 

「……ルミアの力は……やがて、ルミアを壊す。それを避けたいんだ」

 

「ん、ルミアは私が守る」

 

「ありがとね」

 

「ん」

 

 アルスとリィエルの会話はそれだけだが、リィエルはアルスの言いたいことを理解できていた。

 

 リィエルは去って行ったが、アルスはしばらく中庭のベンチで座っていた。

 

 リィエルが去って10分くらいすると、アルスの隣に誰かが座った。

 

「……こんな時間にどうしたんですか?明日はフェジテ防衛戦なんだから早めに寝ないと持ちませんよ?」

 

 意外なことにアルスの隣に座ったのはイヴである。

 

「あなたに言われたくないわ……それで、いつになった教えてくれるのかしら?」

 

 イヴが聞きたいのは、どこまで視えてるのかについてだ。

 

「……今はなにも視ていません。リィエルの助言だって保険みたいなものですし……」

 

「……なんで視ないのよ」

 

「気分のいい物じゃないからです」

 

 アルスの言う通り、視ていて気分がいいものとは言えない。アルスの未来視とは、並行世界(パラレルワールド)の未来を視るので、ルミアの死ぬ姿やフェジテが破壊される未来も視えてしまうのだ。

 

 上記の理由からアルスはあまり未来視を使わない。

 

「……イヴさん、僕はもしかしたらフェジテ防衛戦のときいなくなるかもしれませんが1人で大丈夫ですか?」

 

「……誰に向かって言ってるの?……私はイヴ=イグナイトよ?それくらい問題ないわ」

 

「……これが終わったら……貴女のことも助けますよ」

 

 アルスのこの言葉はイヴには届かなかった。それほど小声で言ったのだ。

 

「さーて、明日も早いですしもう寝ましょう」

 

 アルスはそう言って、去って行った。

 

「……本当に……助けてくれるのかしら……」

 

 イヴには聞こえていたようだ。アルスは聞こえてないと思っているが、聞こえていたのだ。

 

 そして、イヴの顔は赤い。それはもう恋をする乙女のように。




イヴ)ちょっと藹華!恋する乙女のようにって何よ!私まだ19なんだけど!
藹華)……19はもう青春終わってるんじゃ……
イヴ)《しね》!!!

 圧倒的【ブレイズ・バースト】が藹華を襲う!!!

アルス)…………
ルミア)……アルス君、顔色悪いよ?どうしたの?
アルス)……抓るのやめてもらえません?
ルミア)……え~だって、夜中に女性を口説く人にはお説教が必要でしょ?
アルス)……はい……


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最強の盾

 前話で侵食されているとか書いてましたが、やめます。アルス君はアルス君のままでいて欲しいってのもありますが、この後の展開を考えた結果できないことはないんですけど結構ごり押しになってしまうんです。

 やっぱりみなさんもアルス君のままルミア大天使様とくっついて欲しいでしょ?少なくとも僕はそうなって欲しい。

 行き当たりばったりって怖いですね……身をもって知りました……


 グレン達は《炎の船》の中にいるゴーレムと戦っていた。

 

 いくらリィエルがいても所詮は多勢に無勢。押され始める、リィエルが下がると代わりに出たのはグレンではなくルミアだった。

 

 ルミアは《銀の鍵》を振るい何かに刺して回す。すると、空間を削り取られたようにゴーレムだけがいなくなっていた。

 

「……彼らを異次元へと追放しました。ああいう単体の非生物は、強い力を持っていても存在が小さく、世界との縁が弱いので送りやすいんです」

 

「……ルミア……お前……?」

 

「段々……思い出してきました。ううん……私の中の誰かが教えてくれる(・・・・・・・・・・・・・)んです……この”鍵”の使い方を……」

 

 ルミアは愛おしそうに《銀の鍵》に触れながら続ける。

 

「……私、嬉しいんです。今までは、アルス君や先生、システィ、リィエルに……守られているばかりだった……でも、私にはこんな力があった……この力で、アルス君達や皆を守るために戦える……それが、とても嬉しいんです……」

 

 グレンはそんなルミアの姿に、底知れない危うさを覚えた。

 

「行きましょう、先生。……私も戦います。そして、皆を守ります。この命に代えても……それが、私の使命なんです」

 

 グレンは気付いた。グレンは《銀の鍵》に恐れているわけでは無い。聖女とまで称されるルミアが振るうのだ、間違った使い方などするはずもない。

 

 グレンが恐れているのは───ルミア自身だ。

 

 ルミアの歪み。他者のために、自分の順位が極端に下がってしまう───それが今、悪い意味で浮き彫りになってしまっている。今のルミアは赤貧聖者の無償の奉仕だ。そんなもの狂人と一緒で本来、あってはならない。

 

「ルミア……《銀の鍵》はもう使うな」

 

「えっ?」

 

「リィエルがさっき言ったとおりだ。俺達がなんとかしてやる。もっと、俺達を頼れ、信頼しろ。お前だけが、そんな人外の力を背負うべきじゃねえ……」

 

 だが。

 

「でも、それじゃ駄目なんです」

 

 いつもの素直なルミアはどこへやら。

 

「……私が……皆を助けないといけないんです。そのためなら、私は───」

 

「お前……」

 

 グレンはやっと気付けた。アルスがルミアのこの力を知って止めなかった理由。下手に止めればルミアは暴走して、際限なく《銀の鍵》を使い続けるだろう。アルスはそれを避けるために言わなかったのだ。

 

「せ、先生……時間が……」

 

「わかってる。行くぞ……」

 

 

 グレン達はアセロ=イエロのいる場所へと急いでいると、突然システィーナが口を開いた。

 

「せ、先生っ!気をつけてくださいっ!」

 

「どうした!?」

 

「すみませんっ!今、思い出しました!《鉄騎剛将》アセロ=イエロは、《炎の船》内部の空間を自由に操ることが出来るんです!」

 

「なんだと?」

 

「正義の魔法使いとの戦いでは、それを利用して、《炎の船》に乗り込んだ正義の魔法使いと、彼の仲間達を、別々の空間に分断していました!ひょっとしたら、私達にもそれを仕掛けてくるかもしれませんっ!私達、もっと集まって行動を───」

 

 その時、グレン達は気付いてしまった。この場にある人物がいない。

 

「……ルミアのやつ……どこ行った?」

 

 いつの間にか。本当にいつの間にか、ルミアはいなくなっていた。ほんのさっきまで、その足音と息遣いが聞こえていたのに。

 

 

 

 

 

 

 ルミアはどことも知らない空間を歩いているが、不思議と恐怖は無かった。

 

 皆を助けるためにきたルミアにとって、自分を呼び寄せられるのは好都合だからだ。

 

 そして、大きな門を迷いなく潜った。

 

『……ようこそ、ルミア=ティンジェル』

 

 声のする方を見ると、無数のモノリスに囲まれ玉座に座っているアセロ=イエロがそこにはいた。

 

『流石に驚いたぞ。まさか……貴女が《銀の鍵》に目覚めていたとは……』

 

 ルミアはその魔人に向かって、迷いなく足を進める。

 

『成る程。……現状維持派の連中が、今の貴女で完成だ、充分だ、と大騒ぎする筈だ……まさか、貴女がその域まで完成されていたとは……な』

 

 魔人は肩を震えさせながら言う。

 

『だが、私に言わせれば、未だ不十分。偉大なる大導師様のため……そして、我が主のために……私にはもっと、完全なる貴女が必要なのだ』

 

「ごめんなさい。貴方達の都合は……知りません」

 

 ルミアは真っ直ぐと魔人を見据えた。

 

「私は貴方を倒します。フェジテのために……皆のために。……この命に代えても」

 

『成る程。やはり、貴女はあの方にそっくりだ……これは私ではなく、アセロ=イエロの記憶ではあるがな』

 

「……?」

 

 魔人はゆっくりと立ち上がり……ルミアの前に立った。

 

『聞こう。戦い方はわかるか?……その力の使い方は?』

 

「……分かります」

 

 ルミアには恐れも恐怖も虚勢も無い。さも、それが当然であるかのように答えた。

 

「貴方こそ、心してください。今の私は多分……システィよりも、リィエルよりも、先生よりも……そして、アルス君よりも……強いです」

 

『……くくく……ふははははははははははは……ナムルスは貴女にそんなことも教えなかったのか……』

 

 楽しそうに、嘲笑うように魔人は肩を震わせながら言う。

 

『貴女がアルスより強いなど有り得ぬよ……あの方ですら倒せなかったあの男が不完全な貴女に倒せる筈がないだろう……まぁいい、ここであの男の話をする気はない』

 

 魔人は雰囲気を一変させ、闇の霊気(オーラ)を纏いながら宣言した。

 

『ルミア=ティンジェル。我が悲願のため───その命、貰い受けるッ!』

 

「アセロ=イエロ。私が愛する人達のために───私が貴方を滅ぼします!この私の命に代えてもッ!」

 

 

 

 

 

 ルミアと魔人の戦い、それは人知を超えた戦いだった。

 

 結果だけを言おう。

 

 ──────ルミアは負けた。

 

 ルミアの未来、存在をかけたのに、魔人には届かなかった。禁忌の力である《銀の鍵》を使って、ナムルスと同じような異形の翼を生やし、ルミアという存在、文字通り全てをかけても魔人には届かなかったのだ。

 

「……私は……アルス君みたいに……出来なかった……」

 

 ルミアはアルスのように、大切な人を守ることが出来なかった。

 

 ルミアは心の中で謝っていた。自分にもアルスと同じような器用さがあればと……自分もアルスのように聡明であればと……

 

 5年前、ルミアを守るために1人で全ての根回しを行い、上手く立ち回ったアルス。ルミアは上手く立ち回れなかった。アルスのように明確な勝ちでなくとも、自分を犠牲にした『引き分け』ならばそれで良かったのだ。だが、そんな『引き分け』すらも出来なかった。

 

 

 

 

 

 魔人はルミアを拘束したままモノリスを操作した。

 

 すると、魔術学院の校舎をゆうに超えるゴーレムが投下された。

 

 バーナードもツェスト男爵も応戦するが、まるで意に介していない。それほどまでに硬いのだ。

 

 そのゴーレムは校舎を壊し、壊し尽す。校舎内に存在する結界維持班も次々と撤退を始めた。

 

「……結界維持率51%……43%……くっ……39%……無念です」

 

 結界維持班が撤退したことにより、極端に結界維持率が下がったのだ。

 

 そして、この時【メギドの火】を防げる限界ラインである、40%を切ってしまったのだ。

 

(最初は甘い攻めで、希望を見せ……限界が近づいた時に、本命の攻めで突き崩す……敵も底意地が悪い)

 

「終わりましたね……これからは……」

 

 1人でも多く地下区画に退避させ、恐らく、程なくして来るであろう【メギドの火】に対する生存率を、雀の涙ほど上げる作業だけだ。

 

 クリストフは、もう保つ必要のない【ルシエルの聖域】の解呪(ディスペル)を始めて───

 

 

 

 

 

「あ、あぁ……そん……な……そんなぁ」

 

 磔にされたルミアは涙を流しながら、頭上に投射される学院崩壊の光景を見上げるしかなかった。

 

『フハハハハハハハハハハ───ッ!?どうだ、理解したか!?人間の無力さが!大いなる力の前に、人間のような塵芥は翻弄されるしかないのだ!だから───私はあの時、絶望し、人であることをやめたのだッ!』

 

 そして、魔人はモノリスを操作する。すると、《炎の船》全体が揺れた。

 

『あの忌々しい【ルシエルの聖域】は、すでに力を失った。最早【メギドの火】を阻むものはない。ゆえに【メギドの火】をもって、フェジテを灰燼に帰してやるのだ』

 

「やめてぇええええええええええ───ッ!?」

 

『ふん……偽りの天使め。貴女はそこで己の無力さをかみしめているが良い。そして、祈ることだな。次に生を享けるときは……今のような出来損ないの身ではなく、完全なる存在として生まれることを』

 

「い、嫌ぁああああああああ───ッ!」

 

 ルミアの自壊寸前のような叫びが響き渡る。

 

 《炎の船》が光った。紅く、赤く、光った。

 

『見よ!あの儚き無力さ塵芥ッ!あれが人間なのだぁああああああああ───ッ!」

 

 そこには、フェジテ全土が燃え尽きた光景が映っている──────はずだった。

 

『ば、馬鹿なぁあああああああああああああああ───ッ!』

 

「……アル、ス……君……?」

 

 ルミアは、フェジテの光景を見たくなくて瞳を閉じていたが、魔人の叫びを聞いて投射されている映像を見ると───そこには、1つの盾を構えたアルスが空中で【メギドの火】を受け止めていた。

 

『馬鹿な!?そのような小さな盾で【メギドの火】を防げるものかッ!』

 

 魔人は【メギドの火】を小さな盾で受け止めたアルスを忌々しそうに睨みながら叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 アルスはルミアがあの魔人に誘導され、負けるタイミングまで正確に視ていた。

 

 だが、アルスは《炎の船》に行くための魔術を持っていない。ルミアのいる場所は、恐らく、転送法陣ですらいけない場所だろう。

 

 ルミアを助けに行きたくても行けない。だが、アルスは不思議と冷静だった。ルミアが今にも自壊しそうだと分かっていながら、何故か冷静でいられたのだ。

 

 そんな感情を持っていると、巨大なゴーレムが落ちてきた。校舎を超えるほどの巨大なゴーレムだが、アルスは自然と魔術を唱えていた。

 

「《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》」

 

 黒魔【グラビティ・コントロール】を使い、ゴーレムを越えて【ルシエルの聖域】の外まで来て別の呪文を唱えた。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 投影したのは盾。

 

 盾を投影したと同時に《炎の船》が、紅く、赤く、光った。

 

 だが、この距離なら先に盾を投影しているアルスの方が速い。

 

「《雪原囲みし小世界(アンリミテッド・コスモス)》!」

 

 アルスがその呪文を唱えると、アルスを中心として極小の世界が展開された。

 

 その世界は、全ての人とゴーレムすらも巻き込んだ───

 

「ッ!?……なんじゃ……これは……」

 

「……これは……1つの……世界……」

 

「この世界が……アルスの経験……」

 

 バーナードもクリストフも、イヴでさえも驚愕を隠せない。

 

 驚愕に浸っているイヴ達を【メギドの火】が襲う……かに思われたが、アルスを中心に展開された世界が【メギドの火】を飲み込んでいる。

 

 本来なら、数十数百という人数で儀式魔術を展開しないといけない。だが、確かにアルスはたった1人で【メギドの火】を受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ルミアは先程とは別に理由で泣いていた。アルスはいつもルミアを優先するが、今回はルミアの大切な皆を優先してくれたのだ。

 

「ありがとう……ッ!アルス君……」

 

 聞こえないと分かっていても、言わずにはいられなかった。

 

 自分のせいで危険に晒してしまった皆を助けてくれたのだから。

 

 ルミアはやっと覚悟を決めれた。さっきよりも輝きを増した《銀の鍵》を振るおうとして──────優しい手に止められた……ルミアをずっと守り、ルミアがずっと守られてきた手。

 

「……そんな力を使っちゃ駄目……」

 

『なっ!?貴様どうやってここに!?」

 

 魔人の疑問を無視し、いつの間にかルミアの背後にいたアルスは続ける。

 

「もう、君はそんな力を使わなくていい……!」

 

 ルミアの持つ《銀の鍵》に予め投影していた魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)を突き刺す。

 

 魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)に刺された《銀の鍵》は粉々に砕け散る。

 

「《御霊の恵みたる蒼き乙女・汝の黒き楔を裂き・あるべき場所へ帰れ》」

 

 アルスは誰も知らない転移魔術を使った。すると、ルミアの身体は光り瞬く間に消えた。

 

 それはアルスを転移させる魔術ではなくルミアを転移させるための魔術だった。 

 

『……逃がしたか……』

 

 アルスが魔術を起動している間に魔人が攻撃しなかった理由は、アルスは魔術を起動していたが意識は全て魔人に向けられていた。攻撃しようものなら、魔人は殺されていた。魔人は神鉄(アダマンタイト)で出来ているため、絶対に斬られることはない。ないはずなのだが、一瞬だけ殺される未来(ビジョン)が視えたのだ。

 

「……ルミアを殺させるわけにはいかない……だからまぁ悪人同士、一緒に地獄に落ちてくれ」

 

 アルスはどこまでも穏やかで、どこまでも清々しい笑みを浮かべていた。




 マジで申し訳ない。この章、めちゃくちゃ長いね……皆も早く、デートの話見たいでしょ?僕も書きたい。


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《鉄騎剛将》vs魔術師

体育大会の練習辛い……特に組体操……手に石がめり込むの痛い……


アルスは【メギドの火】を防いだ後、ルミアの元へと向かった。

 

 それは魔術ではなく魔法。アルスには不思議と予感があった。別に未来視で視えたわけでも、ナムルスに教えて貰っていたわけでもない。ただこの1回だけなら、片道だけなら転移魔法を使える。そんな予感があった。

 

 結果からすれば、それは合っていた。だが、そこにいたのはルミアではなかった……いや、正確に言うならルミアではある。だが、ルミアにはナムルスにあったような異形の翼と虚ろな瞳をしていた。ルミアに付いている異形の翼は闇の刃によって磔にされ、碌に動くことも出来ない。

 

 ルミアが磔にされているのに、アルスは怒れなかった。不思議な感情。強いて言うなら、それは感謝だった。『ルミアに本当の望みを気付かせてくれてありがとう』そんな感謝の言葉がアルスの頭にはある。

 

 そして、ルミアをこんな姿にするまで戦わせてしまった自分に吐き気がする。

 

 アルスの心には自分に対する嫌悪と魔人への感謝のみであり、敵意はあれど殺意はなかった。だが、魔人はルミアへの殺意を抑えない。それどころか、さっきより強烈な殺気が襲っている。

 

 魔人は殺気を、アルスは殺気とは真逆である和気を放っている。

 

「《御霊の恵みたる蒼き乙女・汝の黒き楔を裂き・あるべき場所へ帰れ》」

 

 ルミアの身体が光始める。

 

『……逃がしたか……』

 

「……ルミアを殺させるわけにはいかない……だからまぁ悪人同士、一緒に地獄に落ちてくれ」

 

 ルミアを転移させたあと、程なくしてアルスと魔人の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 ルミアは驚愕した。自分の願いにこたえてくれた《銀の鍵》を振るおうとして、その場にいないはずのアルスに止められたから。

 

 だが、ルミアのそんな疑問も知らずにアルスは呪文を唱え始める。

 

「《御霊の恵みたる蒼き乙女・汝の黒き楔を裂き・あるべき場所へ帰れ》」

 

 その呪文を唱えた途端、アルスではなくルミアの身体が光始め、すぐに消えた。

 

 転移されたルミアは知らない通路に座り込んでいた。

 

「……ここ、は……」

 

「ルミア……なの?」

 

 突然、システィーナの声が聞こえてルミアは振り返ると、そこにはグレン達がいた。

 

 少しの間、唖然としていると『バキン』と何かが壊れる音がルミアの胸元からした。

 

 ルミアが胸元から何かを出すと、そこにはひび割れたロケットがあった。ルミアですら、何故ひび割れたのか分からなかった。

 

「……条件起動式の魔術だな」

 

 グレンがそう言った。そして、ルミアの脳裏に浮かぶのは魔術競技祭のときにアリシア七世にかけられた呪殺具。ならば、ひび割れたロケットがどうなるか……答えはもちろん、砕け散る。

 

 ルミアは砕け散ったロケットを見て、気付けた。ルミアが禁忌の力を使っても、ルミアの中にいた人物に飲まれなかったのはこのロケットがルミアを支えてくれていたからだ。

 

 それに気付いたルミアは目頭が熱くなる。だが、ルミアは涙を零す前に泣き止んだ。ロケットを見て理解できたのだ、今、ルミアの為すべき……ルミアしかできない事が。

 

 ルミアにしかできない事、それはグレン達を自分がさっきまでいた場所に案内することだ。それは、《銀の鍵》に目覚めたルミアにしかできない。アルスのいる次元に行くためには、ルミアの《銀の鍵》が無ければ行けない。

 

 疑問はある、アルスがこのロケットにいつ条件起動式の魔術を組み込んだのか、どうやってルミアの元まで来たのか……だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

 人の規格を大きく超えた《銀の鍵》を使って、少しの間しか接戦を演じれなかったのだ。いくらアルスといえども、そう長くは持たないだろう。

 

「……先生、急ぎましょう」

 

 ルミアは覚悟を決め、グレンにそう言った。

 

「おう!」

 

 いつも通りに戻ったルミアにグレン達は内心喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 アルスと魔人の戦いは、開始からずっとアルスが押されていた。

 

『どうした!この程度かッ!』

 

 魔人はそう言うと同時に手を振るう。

 

「…………」

 

 対するアルスは無言で剣を爆破させ魔人を吹き飛ばす。今のアルスに言葉を返すだけの余裕は無く、ただ魔人の動きに全神経を注ぎ込んでいた。魔人の攻撃が当たればアルスは死ぬか、戦闘不能にまで陥るだろう。対して、アルスの攻撃は魔人の身体に傷一つ付けられず、逆に剣が折れてしまう。

 

 アルスがここまで粘れた理由は、魔人の身体は確かに硬いだけ(・・)だからだ。いくら身体が硬くても、吹き荒れる暴風と爆風にさらされるによって身体は吹き飛ばされる。

 

 アルスと魔人の1vs1になった時点で、アルスの魔眼はほとんどが意味を為さなくなっている。アルスの魔眼は他の魔眼に比べたら強力だろう。だが、それでも所詮は魔眼。解析系のモノがほとんどである魔眼は基本的に攻撃に転用することは出来ない。

 

 

「……ッ!いいのがあるじゃん」

 

 剣を捨て、魔力を高めるアルス。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスが投影したのは魔人の左手(・・・・・)、ただ予想以上に魔力を吸い取られたのか疲れている表情のアルス。

 

『ッ!?我の左手を複製しただとッ!?』

 

 投影した魔人の左手を変形させ、剣の形にする。

 

 この剣ならば、魔人の振るう手刀にも耐えられる。

 

 だが、魔人の攻撃手段は神鉄(アダマンタイト)による手刀だけではない。魔人は霊気(オーラ)を、闇の刃を形成し射出される。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスの投影した剣と魔人の闇の刃がぶつかり、剣が爆発して闇の刃も巻き込まれる形で消え去る。

 

『くぅッ!小癪なッ!』

 

 そう言って、魔人は突貫してくる。だが、先程とは違いアルスの手には神鉄(アダマンタイト)の剣があり、その剣で魔人の手刀を受け止める。

 

「どうだい?……ご自慢の神鉄(アダマンタイト)を複製された気分は!」

 

 アルスは憎たらしい笑みを浮かべながら魔人に問う。

 

『貴様ァアアアアアアアアアアアアアア───ッ!』

 

 魔人の手刀が怒りに任せて振るわれ始める。

 

 ただ、怒りに任せて振るわれた手刀に当たるほどアルスは弱くない。避けて、受け止めて、あるいは魔人の目の前に剣を投影し、すぐさま爆発させて吹き飛ばす。

 

 アルスは微笑みながら天井を見る。魔人はつられてそこを見ると、空間が歪んでいた。

 

『なんだッ!?』

 

 警戒の表れなのか闇の刃を、歪んだ空間に射出するが、アルスの投影された剣によって防がれる。

 

 やがて、その歪んだ空間から現れたのは

 

「アルスぅうううううううううう───ッ!?」

 

 グレンの声が聞こえ、アルスは安堵の息を漏らす。

 

 グレンの後ろに続くように、ルミア、システィーナ、リィエルが来る。

 

「……遅れて、ごめん」

 

「本当に、無茶ばかりするんだから!」

 

「ん!後は、わたし達に任せてッ!」

 

 ルミアがアルスのいる空間に来たことで、ルミアの異能がアルスにも恩恵を与える。

 

 ルミアの異能を受け取ったアルスはルミアと一緒に後方でサポートをしている。アルスの残り魔力的にも戦法的にも前衛が適任なのだが、アルスにはアルスのやるべきことがある。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 まず、最初に1つの槍を投影する。素材は神鉄(アダマンタイト)に比べればゴミ同然である青銅とトネリコの槍だ。

 

 槍を投影したアルスは、その槍を地面に置き別の魔術を起動する。

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》───《踊れ》」

 

 アルスが黒魔【ライトニング・ピアス】の呪文を唱えた。その後、《踊れ》と1つの詠唱を追加しただけで合計5つの【ライトニング・ピアス】が起動された。

 

『無駄だァ!』

 

 魔人は【ライトニング・ピアス】を神鉄(アダマンタイト)の鎧で受け止め、闇の刃を前衛のグレンとリィエルに放つ。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスが投影した剣が闇の刃を相殺する。

 

 それを合図にグレンが銃を頭上に掲げ、とある呪文を唱えながら、親指でかちりと撃鉄を引いた。

 

「《0の専心(セット)》……」

 

 グレンは魔力を高めながら魔人へ告げる。

 

「テメェはさぞかし、自分の思惑を外されまくって、憤ってるみてーだが……ふざけんなよ?怒ってるのは、俺の方なんだぜ?」

 

 グレンの威圧感がこの空間を支配する。それと同時にアルスはこの空間に大量の剣を生成する。

 

『無駄だッ!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄───ッ!?』

 

 魔人はグレンを先に倒そうとして突撃する。だが、アルスの持つ神鉄(アダマンタイト)の剣によって防がれ、アルスの後ろから現れたグレンが銃の引き金を引き

 

「終わりだ───固有魔術(オリジナル)愚者の(ぺネト)──────」

 

 それを見ていた者たちは気付いた。それは、童話『メルガリウスの魔法使い』の1シーン───

 

 ───ああ、もう誰も、かの神鉄の魔人を止められない。

 

 ───誰もが絶望した時、彼の者に立ち向かったのは、正義の魔法使いの弟子でした。

 

 ───彼は、小さな棒(・・・・)で、魔人の胸を突きました。

 

 ───すると、不思議なことに……魔人は倒れて死んでしまいました。

 

 ───魔人の遺言は『……これを狙ったな……最弱の男(少年)よ……』

 

「──────一刺し(レイター)】ァアアアアアアアアアア───ッ!?」

 

 グレンの【愚者の一刺し(ペネトレイター)】は、『イヴ・カイズルの玉薬』にグレンの魔術特性(パーソナリティー)を乗せて放つことで、”あらゆる物理エネルギー変化が停止”し、同時に、”あらゆる霊的要素に破滅の停滞”をもたらす。

 

 【愚者の一刺し(ペネトレイター)】は、物理エネルギーが変化しないためあらゆる物質を素通りし、霊体だけをズタズタに引き裂く。

 

 つまり、魔人の鎧がいくら強固で無敵だろうが、この弾丸には関係ない。

 

 これで、魔人は倒した──────はずだった。

 

『……貴様の攻撃は予想外だった……まさか、霊体だけを攻撃できる者がこの愚者の国にいようとは……』

 

 魔人の霊体は確かに引き裂いたはずだ。だが、何故生きているのか。

 

『我が生きているのが不思議か?なに……簡単なことだ、我自身の霊魂の大部分をえぐり取り、《炎の船》に送っていたマナを回収し、霊魂を補填しただけのこと』

 

 簡単なことなはずがない。自分の霊魂の大部分をえぐり取るなんて、到底出来ることではない。

 

『……だが、貴様は誇っていい。もし、我の判断があと数秒でも遅れていたら我は滅びていただろう』

 

 魔人は素直に称賛しながら言う。

 

 だが、グレン達は絶望している。もう『イヴ・カイズルの玉薬』は無く、魔人を倒す手段が完全に失われたのだから。

 

「……僕達の勝ちですよ……」

 

 空間に剣を投影し続けているアルスが告げる。

 

『なに?』

 

 アルスの発言に魔人も疑問を隠せない。

 

 だが、魔人はアルスの魔術特性(パーソナリティー)を思い出したのだろう。

 

『貴様が先程の弾を使っても変わらぬよ、至近距離でしか効果を発揮できないのなら近寄らなければいいだけのことなのだから』

 

 魔人はアルスが『イヴ・カイズルの玉薬』を複製すると思ったのだ。

 

 そんな魔人にアルスは勝ち誇った笑みを浮かべながら、最初に投影した槍を持つ。

 

「……ここからは真剣勝負だ。ルミアの異能も僕の魔術も、アンタの神鉄(アダマンタイト)も関係ない……」

 

 そう言ってアルスは槍を宙に投げ槍の先端が地面に着いた瞬間、槍を基点として空間そのものを切り取る形で、特殊な空間が形成された。

 

 周りを見れば、グレンも、システィーナも、ルミアも、リィエルも静止している。

 

「この空間では、幸運が介入する余地は無く、時間も静止している。万が一の『まぐれ』すらも起こり得ない。無論、この空間では武器の使用はありだが、アンタに武器はねえ。唯一あった、その神鉄(アダマンタイト)の鎧も所詮は鎧……武器の持ち込みはありだが、防具は駄目だ」

 

 魔人は理解した。ここは正真正銘、己の培った武技と実力のみで相手を打ち倒す『公平無私の一騎打ち』だ。

 

 そして、アルスが言った通り、魔人の鎧は鎧として機能していない。

 

 対して、アルスには神鉄(アダマンタイト)の剣だけでなく、空間に投影された無数の剣。

 

「……今回のこと、少なからず感謝しているよ。ルミアが自分の本当の気持ちに気付けるきっかけになったからね……でも、アンタは決して越えてはならない一線を越えた」

 

 アルスは怒気を含ませて言ってるわけでは無い。だが、魔人は背筋を凍らされた。

 

「剣を取れよ……アセロ=イエロ」

 

 剣を取る時間くらい待つとアルスは告げる。

 

『……馬鹿な……魔将星たる我が……このような愚者の民に脅かされるだとッ!?』

 

 魔人は自我崩壊を始めた。人を捨て強大な力を手に入れたのに、人の身でありながら、その自分を越えていく者を許せなかったのだろう。

 

「ルミアの……みんなの為に……もう……終わらせよう……」

 

 アルスはそう言って、剣を持って神速で突貫する。

 

『舐めるなッ!矮小なる人間風情がァッ!』

 

 魔人もアルスの速度を捉えて突貫する。

 

 だが、武器も取らず鎧も無くなった魔人はアルスに心臓を貫かれていた。

 

「……さよなら……アセロ=イエロ……」

 

 アルスのその言葉で特殊な空間も解除され、アセロ=イエロは黒い粒子となって消えた。




 評価してくださるのは大変嬉しいのですが、低評価してくださっている方々は全員理由が書かれてないんですよね……一体どうすればいいのやら……


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《炎の船》の後日談

 IF作品どうしようかなって迷ってる藹華です。

 一応、イヴヒロインルートは書きます。個人的にアルス君オルタを書きたいので、イヴヒロインルートが書き終わってからorイヴヒロインルートとアルス君オルタルート合体させるかもしれないです。

 11巻の模範クラス許さない。大天使ルミア様のことを金髪巨乳ちゃんとか……口の利き方がなってないと思うんですよぉ


グレン達はその光景が信じられなかった。

 

 グレンの固有魔術(オリジナル)である【愚者の一刺し(ペネトレイター)】を以てしても倒せなかった魔人が、いつの間にか黒い粒子となって消えているのだから。

 

「……なに、が……」

 

 システィーナもこんな言葉しか発せない。

 

「……?」

 

 リィエルはいつも通り。

 

 だが、そんなグレン達に考える時間は無い。

 

 《鉄騎剛将》アセロ=イエロが倒されたことにより、《炎の船》をこの次元に保てなくなったのだ。

 

 《炎の船》の崩壊速度が異常なほどに速く、システィーナやルミアのペースでは間に合わないと悟ったグレンとアルスはお姫様抱っこをして【フィジカル・ブースト】を自壊寸前まで使い、なんとかセリカドラゴンまでたどり着けた。

 

 グレン達がセリカドラゴンが飛び立つと、セリカが

 

『おい、グレン。なんでアルスがここにいるんだ?』

 

 テレパシーでグレンに聞いた。

 

「知らん!後で聞く!」

 

 グレンもアルスがどうやってここに来たのかは知らない。

 

 ルミアはアルスを見ていた。何も言わず、ただ見つめている。

 

 顔を紅く染めながら、ただ見つめているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 少しの間、セリカドラゴンの上で風に揺られていると学院が見え始め、それは次第に大きくなっていく。

 

「グレン先生ぇえええええええ───ッ!」

 

「ルミアぁあああああああああ───ッ!」

 

「システィーナぁああああああ───ッ!」

 

「リィエルぅうううううううう───ッ!」

 

 窓や屋上、中庭などのあらゆる場所から顔を出しグレン達の名前を呼ぶ生徒達がいた。

 

 グレン達がその光景に微笑んでいると、セリカドラゴンが翼を羽ばたかせ中庭に着陸する。

 

「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおお───ッ!」」」

 

 グレン達はその背中から飛び降りる。

 

「なんでアレスがいるんだ?」

 

 カッシュの疑問はアルス以外の全ての人物の疑問だった。アルスが【メギドの火】を1人で防いだことはグレン達以外の全員が知っている。だが、そこからどうやって《炎の船》へと行ったのか。

 

「転移魔術」

 

 流石にグレン達や宮廷魔導師団の人には通用しないが、生徒達はこれで納得できるだろう。

 

「しっかし、本当によくやったな、グレン。褒めてやろう」

 

 グレンの背後からセリカの声がした。

 

「なんだよ、セリカ。お前、もう元の姿に戻ったのか……って───」

 

「いやぁ、私は信じていたぞ?お前は、やれば出来る子……」

 

「───服を着ろォオオオオオオオオオオオオオ───ッ!?」

 

「……んー?あ、忘れてた」

 

 美の女神のように超然と整う妖艶な裸体を、惜しみなく衆目に晒すセリカ。

 

 男子の中には鼻血を出す者もおり、本当に極一部ではあるが、血涙している者までいる。

 

 アルスはというと、ルミアに眼を隠されており見ることは叶わなかった。

 

 見たかったと思う反面、見れば抓りが待っていると思うと震えが止まらない。

 

 少しして、目隠しを外したルミア達はカッシュ達による『ドキッ!【フィジカル・ブースト】を用いたグレン先生胴上げ大会』を行っていた。

 

 アルスはこの隙にイヴの元へと向かう。

 

「……なによ」

 

「ありがとうございます……皆を守ってくれて」

 

「なっ……?」

 

「イヴさんがいなければ、少なくない被害が出ていました……だから、感謝を……」

 

「ふ、ふん……別に……?そんな大したことじゃないし……」

 

「ふふ……素直じゃないですね」

 

 アルスの最後の言葉がイヴの額に怒りマークを作る。

 

「誰が素直じゃないのよ、この変態!」

 

「へん……たい……」

 

 イヴの言葉にアルスは少し絶望した。

 

「さっき、セリカ=アルフォネアの裸体を見ようとしてたじゃない!この変態!」

 

 イヴのその言葉に今度はアルスが怒る番だった。

 

「な、なんですとぉ!?この僕が変態!?言ってくれるじゃないか、この行き遅れ!」

 

「誰が行き遅れよ!?私、まだ19なんだけど!?」

 

「いいや、断言するね。イヴさんは絶対売れ残る!魔眼を使って視た結果──────」

 

「《死ね》!!!」

 

「ああああああああああああああ──────ッ!?」

 

 アルスの言葉はイヴの即興改変された【ショック・ボルト】によって遮られた。

 

「ふん!知らない!」

 

 イヴはそう言って、歩いて行った。

 

 グレンと特務分室のメンバーはアルベルト含め、信じられないものを見るように目を見開いていた。

 

「……イヴちゃんにも青春がきたようじゃのう……」

 

「……バーナードさん……それ、イヴさんの前で言わないでくださいね……?」

 

「……あの女に男とはな」

 

 バーナードは微笑みながら言って、クリストフは冷や汗をかき、アルベルトは素直な感想を言っていた。

 

「……嘘……だろ……ッ!あのイヴだぞ……?あいつ、さては偽物だな!」

 

 グレンは昔と噛み合わないイヴの姿にそんなことを呟いていた。

 

 ルミアはというと

 

(ま、負けませんからね……むむむむむ……)

 

 イヴに対抗心を燃やしていたのであった。

 

 ルミアが対抗心を燃やしていると、ルミアの隣にいるシスティーナが口を開いた。

 

「ルミア……貴女、やっぱりアルスのこと……」

 

「うん……私、もう少し自分の気持ちに素直になることにしたんだ……だから……やっぱり、アルス君のこと……諦めたくない……」

 

 ルミアの宣言にシスティーナは微笑む。

 

「ふふっ……同じような人を好きになったね、私達」

 

「な、な、な……そ、それって、どういう……ッ!?」

 

「うん?それは、システィの好きな人のこと?それとも、システィの好きな人を私が知ってること?」

 

「…………」

 

「システィは分かり易いから、すぐに分かったよ」

 

 真っ赤になるシスティーナをいじるルミア。

 

「……?ルミア、アルスと子供作るの?」

 

 リィエルの発言にルミアだけでなく、その場にいた全員が凍りついた。

 

「アレスの野郎……夜道気を付けろやコラァアアアアアアアアア───ッ!」

 

「俺達の天使を奪った悪魔がァアアアアアアアアアアアアアア───ッ!」

 

「ルミア君ッ!君に子供は、まだ早いのではないのかねッ!?」

 

 ちゃっかりツェスト男爵も混ざる。

 

 リィエルの発言に女性陣は顔を紅くしている。

 

「……ルミアさんは、大人ですね……」

 

「……流石のわたくしでも、そこまでいく勇気は出ませんわ……」

 

「……ルミア……流石に段階を飛ばし過ぎじゃ……」

 

 システィーナすらルミアの味方になってくれなかった。

 

「……ち、違うよ!?システィもふざけないでよ!?」

 

 ルミアは顔を赤らめながら弁明している。ことの発端であるリィエルは首を傾げながらグレンに説教されていた。

 

「こら!リィエル!本当のことでも言って良いことと悪いことがあるんだぞ!」

 

「先生ッ!?」

 

「……つまり、アルスが悪い……そういうこと?」

 

 リィエルは何も分かっていなかった。

 

 

 

 

 アルスが目覚めた時には、ルミアが顔を紅く染めながら皆に弁明しているという謎の空間が出来上がっていた。

 

 

 

 

 

 フェジテ最悪の3日間から数日後、アルスは私服姿で噴水の前にいた。

 

 時刻は10時前。

 

「アルスくーん、お待たせー」

 

 ルミアの声のする方へ振り返ると、そこには白いワンピース姿の天使(ルミア)がいた。

 

 アルスは今、ルミアと買い物に行くための待ち合わせをしていたのだ。

 

 なぜ、買い物なのかというと時は昨日に遡る。

 

 

 

 

 

 フェジテ最悪の3日間での被害は甚大で、修理や負傷者の治療などが山積みになっている。

 

 アルスは、とりあえず校舎の修理とご飯の配給などを行っていた。

 

 地味にこの男、料理が上手いのである。

 

「アルス君、お疲れ」

 

 配給も終わり、ベンチに座るとルミアがお水をくれた。

 

「ありがと」

 

「それにしても、アルス君が料理得意なんて知らなかったよ」

 

「まぁ、色々あったからね……」

 

 アルスの脳裏に浮かぶのはイルシア。アルスはイルシアの料理が壊滅的過ぎるのと、居候させてもらっていた身なので料理を覚えたのだ。

 

「ねえ……一緒に買い物に行かない?」

 

「……買い物?女性だけじゃ行き辛い場所なの?」

 

「ううん、アルス君と買い物なんてしたことなかったからやってみたいと思って」

 

「そういえば、王宮にいた頃は大体なんでもあったから買い物する必要がなかったしね……」

 

「うん、だから一緒に行かない?」

 

「構わないよ」

 

 そうやって、ルミアは買い物(デート)の約束を取り付けたのであった。

 

 

 

 

「アルス君、こういうのはどうかな?」

 

 ルミアは今、服を試着している。その服はピンクのミニスカートに白のシャツという、なんとも魅力的な服装だ。

 

「……ルミアって結構大胆だね……」

 

 しかし、アルスの感想はこれ。可愛いでもなく、似合ってるでもない。『大胆』という言葉の使いどころをこれほど間違ってる者がかつていただろうか。

 

「……わ、私だって恥ずかしいんだからね?」

 

 アルスの感想にルミアは顔を赤くしながら訴える。

 

「……恥ずかしいなら別の服を着れば……」

 

「女の子には恥ずかしい思いをしてでも着なきゃいけない時があるの」

 

「……そういうものなの?」

 

「そういうものだよ」

 

「そうなのか……」

 

 こんな漫才のような会話をしながらも、アルスとルミアの2人は楽しい時間を過ごした。

 

「もうお昼だし、ご飯にしようか。何か食べたいものとかある?」

 

「最近出たカフェがおいしいらしいよ」

 

「じゃあ、そのカフェに行こうか」

 

「うん!」

 

 そして、ルミアはパスタを頼みアルスはサンドイッチを頼んだ。

 

「っ!……確かに、これはおいしい」

 

「こっちのパスタも美味しいけど、サンドイッチも美味しそう……一口交換しない?」

 

「いいよ」

 

 ルミアの提案にアルスは二つ返事で承諾し、ルミアは自分の使ったフォークにパスタを巻いてアルスにあげる。

 

「……これは……」

 

「ふふ、恥ずかしいね」

 

 ルミアは顔を赤くしながら、フォークをアルスに差し出している。

 

「はい、あーん」

 

「…………」

 

 意外とノリノリのルミアに少し置いてきぼりにされてる感が否めないが、パスタは美味しそうなので頂く。

 

「パスタも美味しい……」

 

 すると、アルスは内心悪顔になった。

 

「はい、あーん」

 

「ふぇ!?」

 

 アルスに反撃されるとは思っていなかったルミアは素っ頓狂な声を出す。

 

「ほら、どうしたの?サンドイッチいらないの?」

 

 少し微笑みながら言うアルスにルミアは気付いた。からかわれていることに。

 

「……うぅ、恥ずかしかった……」

 

 サンドイッチを『あーん』してもらったルミアは呟く。

 

「まぁ、ルミアからやり始めたんだけどね」

 

「そう言われると何も言い返せないよ……」

 

 食後のコーヒーを飲みながらアルスは正論を言い、ルミアはアルスの正論にぐうの音もでない。

 

「アルス君、まだ時間大丈夫?」

 

「?大丈夫だけど……」

 

「着いて来てほしい場所があるんだ」

 

「それはいいけど、どこに?」

 

「それは、着いてからのお楽しみ」

 

 悪戯っぽく微笑むルミア。

 

 

 

 ルミアに連れられてきた場所はフィーベル邸のバルコニーだった。

 

「……僕上がって大丈夫なの……?」

 

「今日はシスティもご両親もいないから大丈夫だよ」

 

「そ、そうなんだ」

 

 ルミアは分かっていない。フィーベル邸にアルスがいることが重要なのではなくて、ルミアの部屋からテラスに行くという行動がまずいのだ。

 

 アルスも多少大人びているとはいえ、それでも年頃の男の子だ。ルミアの部屋に行くことは抵抗がある。

 

「?……どうかした?」

 

 ルミアは気付かない。

 

「……いや、なんでもないよ」

 

 アルスが覚悟を決めてルミアの部屋に入ると、そこにはちゃんと整理された部屋があった。

 

 アルスは安堵の息を吐いた。

 

「私の部屋、そこまで汚いと思ってたの?」

 

 アルスが安堵の息を吐いたことに気付いたルミアが少し頬を膨らませながら言う。

 

「いや、ルミアの部屋に入るってことに緊張しちゃって……」

 

 学院の大天使様の部屋に入ってることがバレたらカッシュ辺りに殺されそうだが、これはこれで違う意味で心臓の鼓動が速くなる。

 

「別に緊張することじゃないでしょ?王宮にいた頃は私の部屋で遊んだりしてたし」

 

「(ルミア……鈍感過ぎだよ……)まぁ、あれから僕達も成長したしね?」

 

 アルスが言った言葉でルミアは気付き、少しだけ頬を赤く染める。

 

「……えっち」

 

 年頃の男女が部屋で2人きりという意味を理解したルミアは言う。

 

「……ごめんなさい」

 

 アルスは謝るしかない。気付かせなければ良かったと後悔している。

 

「それよりも、見てよ。この景色」

 

 ルミアに言われてアルスはバルコニーに向かった。

 

「……っ!」

 

 フィーベル邸のバルコニーから見た景色は確かに絶景だった。

 

 バルコニーから見える夕焼けは美しく、その夕焼けを反射する天空城は幻想的だった。

 

「どう?すごいでしょ?」

 

「うん、これは絶景だね」

 

「喜んでもらえて良かった」

 

 ルミアは嬉しそうに微笑む。

 

「……………」

 

「……………」

 

 アルスとルミアは無言だが、特に気まずさは無い。

 

 この2人は、無言の空間すら心地よさそうにしている。

 

「……ねぇアルス君……私ね、アルス君のことが好き……」

 

「……………」

 

「ずっと、私を助けてくれていたアルス君が好きなの」

 

「……僕は身勝手で卑怯者だ」

 

「それは、アルス君が誰かを救おうとした結果だよ」

 

「……僕は君を見捨てた」

 

「それは違うよ。アルス君はアルス君自身と私を救う最善を選んだだけ」

 

「……僕はきっと、これからも気付かないうちに君を傷つけてしまう……」

 

「それでもだよ。それでも……ううん、そんなアルス君だから私は好きになったの」

 

「……………」

 

 アルスは悩む。『これでいいのか?』とアルスはルミアが好きだし、付き合っていいのであれば付き合いたいという想いもある。

 

「今、決めなくてもいいよ?アルス君の気持ちの整理がついてから、答えてくれれば」

 

 ルミアの想いを聞いた。

 

 アルスの脳裏に蘇るのは色々な人の想い。

 

『俺の生徒に手ェ出してんじゃねぇええええええ!』

 

『ルミア達は私の大切な人よ……でも、それはグレン(あなた)もそう!だから、私達の傍にいてよ!どこへも行かないで!』

 

『私は……皆を守りたい……だから戦う』

 

『関係ないね。だって、私は……グレン(あいつ)の家族だから』

 

『……弱ってる人……苦しんでる人を助けたい……』

 

『1人の母親として、あの娘には幸せに生きて欲しいのです』

 

 アルスの耳には言葉が聞こえた。

 

『貴方は自分を律し過ぎた……今くらいは、自分の気持ちに正直になっていいんじゃない?』

 

「(みんな、こんな気持ちだったんだろうか……)実はね、僕もルミアが好きなんだ」

 

「……っ!」

 

「……僕でいいのかなって……でも……僕は人殺しだから、ルミアの傍にいちゃいけないんじゃないかって……」

 

 タウム天文神殿の時には言えず、聞けなかった心境。

 

「大丈夫だよ……私も学院のみんなも受け入れてくれる……こんな私を受け入れてくれたんだから」

 

 少し自虐にも聞こえるが、中々に説得力があった。

 

「……やっぱり、ルミアには敵わないな……」

 

 その言葉は告白の答え。

 

「うん!これからも負けないからね!」

 

「……頼りがいがありそうだね」

 

 ルミアは知らなかった。ルミアの部屋の入口に2つの影があることに。

 

「……それで、盗み見の気分はどうですか?グレン先生とシスティーナさん」

 

 アルスは振り向いて言う。

 

「やべっ!」

 

「ちょ!?先生ッ!?」

 

 グレンは逃げ、システィーナも追おうとするが

 

「《逃がさないよ》」

 

 即興改変された投影魔術がグレンの逃げ道を塞ぐ。

 

「先生、僕とルミアの買い物をずっと監視して何をする気だったんです?」

 

 アルスは笑顔だが目が笑っていない。なんなら、右手には青い光が剣を形成しており、いつでも殺せそうな状況。

 

「す、すいませんでしたぁああああああああ───ッ!?」

 

 グレンは土下座する。

 

「……それで、システィーナさんは?」

 

 アルスの視線はシスティーナへと向いた。

 

「あ、えっと……」

 

「あ~確か、システィーナさんの部屋にある山羊革装丁のベルト付きの手記帳が~」

 

「分かった!言うから!それはやめてぇえええええええ───ッ!?」

 

「「山羊革装丁のベルト付きの手記帳?」」

 

 ルミアとグレンは何のことだかよく分からない。

 

「……俺は先生として、お前らが不純性交遊をしていないかと心配で───」

 

「本音は?」

 

「アルスを弄るネタが増えてラッキー。あっ……」

 

 素早くグレンの背後に回り全力の手刀を放つアルス。全力でやったためグレンといえども気絶した。

 

「……わ、私はアルスとルミアのデートを盗み見する先生の監督を───」

 

「本音は?」

 

 グレンと同じ言葉だが、手刀を見せつけシスティーナは青ざめる。

 

「……アルスとルミアのデートが気になって、つけてたらグレン先生と会って一緒に……」

 

「なるほど……ってヤバッ!?」

 

 アルスは独り言を言ってバルコニーから去って行った。

 

「?アルス君どうしちゃったんだろ?」

 

 ルミアがそう呟くと

 

「システィーナ~ルミア~我が愛しの娘たちよ~」

 

 全力でフィーベル家の階段を上がってきたのは、レナード=フィーベルだった。

 

 だが、階段を上がって見たのは2人の娘と気絶している1人の男だった。

 

「……あ、あの……お、お父様……?これには深い事情が……」

 

「そ、そうなんです」

 

 システィーナとルミアがそう言うが

 

「フィリアナ~ッ!この家に不届き者が来た──────」

 

 グレンを本気で殺そうとしたレナードを背後から絞め落とすフィリアナ=フィーベル。

 

「あら?そこに落ちてるのは何かしら?」

 

 レナードを手放し、ルミアの近くに落ちている物に目を向けるフィリアナ。

 

 フィリアナの言葉を聞いて、ルミアは自分の横に落ちている物を拾う。

 

 何の変哲もないロケットだ。だが、中を見てみると。

 

「これは……」

 

 システィーナもフィリアナもロケットの中身を覗く。

 

「幼い頃のルミア……?」

 

 そのロケットの中には幼い頃のルミアとアルスの写真が入っていた。

 

 ルミアの顔はロケットを見て微笑む。

 

 アルスはルミアと買い物の最中に買ったのだ。《炎の船》で壊してしまった、ルミアの大切なロケットの代わりに新しいロケットをプレゼントした。これは、ルミアの予想だがグレン達がいなければ渡していたんだと思う。

 

 ルミアはアルスの評価を改めた。ルミアは今まで器用な人だと思っていたが、たまに不器用なところもあるのだ。

 

「良かったわね、ルミア」

 

「うん」

 

 システィーナの言葉にルミアは陽だまりのような笑顔で応じるのであった。

 

 

 

 

 

「……やっぱり、ロケットは直接渡すべきだったか……?でも、あのまま行けば確実にレナードさんに殺されてたし……」

 

 アルスは路地裏で1人呟いた。

 

 

 

 

 

 気絶させられたグレンは目覚めて、システィーナの手作りご飯を食べたのはここだけのお話。




驚異の7382文字。10000字には届かなかったけれど、まぁ個人的に満足してます。


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アルザーノ帝国魔術裏学院編
マキシム=ティラーノ


 模範クラス、個人的に嫌い。


フェジテ最悪の3日間───後にそう呼ばれる大事変が幕を下ろしてから、1週間が過ぎた。

 

 

 

 今、アルス達は緊急全校集会の会場である学院アリーナで整列していた。

 

「でも、このタイミングで集会だなんて……本当に唐突よね?」

 

「そうだよね。今、前期末試験中なのに……何をやるんだろうね?……アルス君はどう思う?」

 

「さぁ?」

 

「ねぇ、ルミア、システィーナ。……まだじっとしてなきゃいけないの?」

 

 不満そうなリィエルは呟く。

 

「ここ、つまんない。わたし……もう戻りたい」

 

「あ、あはは……頑張って、リィエル。後で苺タルト買ってあげるから」

 

 ぶーたれるリィエルを宥めるルミア。

 

 アルスが周りを見てみれば、カッシュ達もこの集会に疑問を抱いている。

 

「マジで今日の集会、何やるんだろうな!?」

 

「う、うん……何か重大な発表があるって……気になるよね……」

 

「ひょっとして、前期末試験中止とか!?あんな事件もあったばっかだしな!?」

 

「ふん、そんなわけないだろ」

 

「まったくもう……カッシュさんたら、嘆かわしい限りですわ」

 

 アルスも真剣に考え始めようしたときに、ルミアがアルスの横腹を突いてきた。

 

「どうしたの?」

 

「うーん、気にし過ぎなのかもしれないけど……その……ちょっと見て?」

 

 ルミアが指をさしたところを見ると、他の講師と一緒に並んでいるグレンだった。

 

「グレン先生のことだけど……なんか、先生の様子……おかしくない……かな?」

 

 ルミアの言葉に返事は無い。ルミアは不思議なってアルスを見ると、肩を震わせながら笑っていた。

 

「アルス君、どうしたの?」

 

「いや……別に……」

 

 肩を震わせながら答えるアルスにルミアは

 

「?」

 

 首を傾げるしかなかった。

 

「それより、そろそろ始まるみたいだよ」

 

 アルスの言葉でルミアの視線は講壇へと向けられた。

 

 そして、講壇に立った人物を見て生徒達は騒ぎ始める。

 

 このような集会で最初に挨拶をするのは学院長───つまり、リック=ウォーケンだ。

 

 だが、今講壇に立っているのは生徒だけではなく講師すら知らない人物だった。

 

「諸君、静粛にしたまえ」

 

 壇上に立った男は口を開く。

 

「唐突だが───諸君の学院長リック=ウォーケンは昨日、更送処分となった」

 

 一瞬で静寂が訪れた。

 

「本日から、このマキシム=ティラーノがこの学院の学院長である。皆、心するように」

 

 どれほどの時間、静寂が会場を包んだだろう。正気に戻った生徒達は

 

「はぁああああああああああああ───ッ!?なんだそれ!?聞いてないぞ!?」

 

「う、嘘だろ!?どうして、いきなりリック学院長が───っ!?」

 

 そんな大騒ぎする生徒達を、新学院長であるマキシムは鬱陶しそうに眺めて口を開く。

 

「黙りたまえッッッ!」

 

 たった一喝で会場を黙らせる。

 

「君達に一言、言おう。よいかね?先の騒動で、かつてアリシア三世王女殿下が創立したこの誇り高き学院を、これほどまでに損壊させてしまったのは……ひとえに、諸君が根本的に無能なせいなのだ。今のこの有様は、諸君の怠惰と惰弱さが招いたのだよ」

 

 マキシムの言葉にアルスは拳を握り締める。

 

 フェジテ最悪の3日間の被害は確かに大きかった。アリシア三世が創立した誇り高きアルザーノ帝国魔術学院に甚大な被害をもたらしたことも事実だ。だが、アルスも生徒達も講師達も宮廷魔導士団も自分達にできる精一杯のことをした。見もしなかったマキシムが言っていい言葉ではないのだ。

 

「この私が学院長を務めていれば、あんな下賤なテロリスト共に、こうもいいようにやられることなどなかっただろうに……まぁ、過ぎたことを言っても仕方ないがね」

 

 マキシムは蔑むように一瞥する。

 

「さて、繰り返すが、この度、私が新たな学院長に就任する運びとなった。はっきり言って、この学院は旧態依然とし、今の時代のニーズに沿っていない。この私が学院長に就任したからには、この化石のような学院体制を徹底的に改革するつもりである」

 

 マキシムの顔には絶対の自信がある。何が起きても自分なら大丈夫だと思っている。

 

「諸君のごとき未熟者に、自主性も魔術師としての知恵も必要ない。諸君らに必要なのは、有事の際、国に貢献できる確かな”戦う力”……魔術師の本質なのだよ。たかが学生の分際で、それ以外を追究するなど無駄で無意味。ゆえに、効率良く確実に魔術師としての力を育める……そんな理想の学院へと改革することを、私は諸君に約束しよう。まずは───」

 

 自然理学、魔術史学、魔導地質学、占星術学、数秘術、魔術法学、魔導考古学……等々、魔術師としての武力に直結しない、多くの授業や研究が『仕分け対象』となった。

 

 逆に、武力に直結する魔導戦術論や魔術戦教練などは、そのカリキュラムを大幅強化。

 

 そして、極めつけは、マキシムの私塾の教え子達を『模範クラス』として、編入させ特権身分とし、学院の生徒達は、この『模範クラス』を目指すべき目標かつ規範とし、全面的に服従することが強要された。

 

 当然、そんなことに従いたくない生徒達は叫び、生徒会長であるリゼ=フィルマーも抗議をしたが理事会が全面的にマキシムの味方ということを理解して引き下がった。

 

 アルスは抗議するわけでも叫ぶわけでもなく、ただ壇上に向かっていた。

 

「む?君が音に聞くアルス=フィデスだな?」

 

 壇上に上がったアルスにマキシムは聞く。

 

「……………」

 

「これでも、私は君のことを買っているんだよ……フェジテ最悪の3日間において、君は他の誰よりも貢献した」

 

 マキシムが言っていることは事実だ。アルスがいなければフェジテは無くなっていたし、アルスがいなければ魔人を倒すことも叶わなかった。

 

「だからこそ、君ならば私の改革に賛成してくれると確信している……それだけでなく、君を『模範クラス』に加えよう」

 

 マキシムは果実で誘惑しようとしている。これには生徒達も苦い顔をする。

 

 誰だって、自分が一番だ。自分が生徒達を服従する側でなく、させる側になるということは、それだけで大きなアドバンテージだ。

 

 だが、この生徒達の中に全く心配していないクラスが1つだけある。2組のクラスは、アルスがそんな裏切りをしないと知っているからだ。

 

 アルスにとって『模範クラス』への加入は果実などではなく、ただの毒物だ。

 

「いらないよ、そんなの。それに、僕が一番の貢献人?それは違う。この学院にいる全員が自分にできる精一杯をやったから、フェジテ最悪の3日間で僕達は生き残れたんだ」

 

「ふん!いくら未熟者とはいえ、魔術師であるなば己の出来る精一杯などやって当然だ!」

 

 ここで、いくらアルスが言ったところでマキシムは退かないだろう。だが、アルスにも退けないことがある。

 

「貴様も私の改革に反対するとはな……ならば、貴様は退学だ」

 

 マキシム直々の退学宣言。これには、この場にいる全ての人物が息を飲んだ。

 

「誰がアンタみたいなやつの言うことを聞くかよ」

 

 アルスは、マキシムの言うことなど聞く必要もないと一瞥する。

 

「な……」

 

 マキシムは絶句せざるおえない。生徒達から認められないとはいえ、仮にも学院長だ。

 

 だが、アルスは左手にある手袋をマキシムに投げつける。

 

「「「!?」」」

 

 生徒も講師も生徒会長であるリゼでさえも目を見張った。

 

 左手の手袋を投げつける。つまり、魔術決闘の申し込みだ。

 

「くっ……決闘だとぉ……ッ!?」

 

「……受けろよ、ハゲ……アンタが信じている、その改革とやらを全部叩き折ってやる」

 

「わ、分かっているのかね!?いくら君が1人で反発したところで無駄なのだぞ……ッ!?」

 

 マキシム対学院関係者全員という状況にマキシムといえども怯む。

 

「言っておくが、私の後ろ盾がこの学院の理事会を完全に牛耳っているのだ!私がこの学院の全権を握っているのだよ!?いくら君が……」

 

 マキシムがごちゃごちゃ言ってくるが、アルスはキレて、マキシムのかつらを取った。

 

「……アンタが学院の全権を握っているのは分かった……だが、そんなことはどうでもいい」

 

 マキシムのかつらをポイっと捨ててアルスは言う。

 

「なん……だと……!?」

 

 アルスの発言に流石のマキシムも怯える。

 

「皆が命をかけて守ったこの場所を、余所者であるアンタに好き勝手させる訳にはいかない」

 

 アルスの発言をマキシムはあまり聞いていない。

 

 今、マキシムの頭にあるのは決闘だ。

 

 マキシムが見た中でアルスとシスティーナはずば抜けている。マキシムとアルスの1対1なら勝てないだろうが、マキシムが育てた『模範クラス』のメンバーならば叩き潰せる。

 

 マキシムはそう結論付けて

 

「いいだろう……そこまで言うのなら学院の行く末、決闘で決めようではないかッ!」

 

「……それで?」

 

「学院の行く末を決めるのであれば……私の『模範クラス』と君を含めた2組で『生存戦』の決闘勝負だッ!」

 

「……………」

 

「日時は、後から文句を言われても面倒だ。今、行われている前期末試験が終わる2週間後としよう。万が一にもありえないが、もし、その生存戦で、2組が勝てば、君の無礼も私の改革も取り下げよう」

 

「場所は?」

 

「ここで少々話は変わるが、まぁ聞きたまえ。実は……この私は、今回の改革の一環として、この魔術学院に存在する『裏学院』を開放するつもりなのだよ」

 

「……………」

 

「裏学院さえ開放すれば、この学院はさらなる莫大な区画を拡張することが可能。生徒数や講師の増員・増強、新たなる研究室や実験施設の増設……裏学院の開放が、この学院にもたらす利益と発展は計り知れないのだよ」

 

 無言のアルスにマキシムはニヤリと笑った。

 

「君も信じられんかね?裏学院の鍵があるはずがないと……だが、見つかったのだよ、その『鍵』が」

 

 マキシムは懐から、一冊の古ぼけた手記を取り出して、胸を張った。

 

「これは私が先日入手した『アリシア三世の手記』……そう、アリシア三世の失われた24冊目の手記なのだッ!この手記こそが裏学院への『鍵』だったのだよ!」

 

 アルスは相変わらずの無表情でマキシムを見ている。

 

「驚いただろう?帝国大図書館が莫大な賞金すらかけている稀覯本を私が持っていることにッ!」

 

「別に……場所は裏学院でいいんだな?」

 

 マキシムの持っている『アリシア三世の手記』に目もくれず、話を戻したアルス。

 

「くっ……そうだ……しかし、君達が負けるのであれば……それは私の教育方針と指導が”正しい”ことの証明に他ならない。その時には当然、私の学院改革は推進……そして、そんな私を侮辱した君には、その責任を取って退学届と土下座をしてもらおうか」

 

 マキシムの発言に今まで浮ついていた会場の雰囲気が一気に凍る。

 

「いいですよ……ね、先生?」

 

 アルスが後ろを向くと、グレン(人形)をこそっと持って行こうとしたグレンがいた。

 

 グレンはアルスに呼ばれた瞬間グレン(人形)を捨てて

 

「おう!」

 

 と言ったのである。

 

「「「ぉおおおおおおおおおおおおお───ッ!?」」」

 

 全ての生徒達がアルスとグレンに歓声を送る。

 

「アルス達……マジかよ?本当にいいのか?俺達に任せてくれるのか……?」

 

「僕達のために……?」

 

 カッシュもセシルも。

 

「ええ、なんとなく……そんな気はしてたんですの……」

 

「そうですね。私達がやめてくいださいと言っても、あの方々はきっと私達のために……」

 

「くそっ……あのバカ講師とアホはまた格好つけて……ッ!」

 

 ウェンディも、テレサも、ギイブルも。

 

 学院を守るために、自分のプライドと学院生活をかけたアルスとそれを援護したグレンを神妙に見つめていた。

 

「あの2人……また私達のために、自分の身を切って……本当にバカなんだから……どうしてなのよ……?どうして、あの2人はいつも……」

 

「駄目だよ、システィ……アルス君と先生は、私達のために立ってくれたの……もう、私達にできることはアルス君達を信じて、この戦いに勝つことしかないんだよ……」

 

「ん、私達……負けない。わたしにはよくわからないけど」

 

 システィーナはグレンを、ルミアはアルスを見ながら感極まったように、それぞれの後ろ姿を見つめ……決意を新たにするしかなかった。

 

 

 

 そんな風に沸き立つ会場の一角、壇上の反対側の壁付近に。

 

「……ふん。相変わらずバカな男」

 

 1人の娘が腕組をして壁に背を預け、ぼそりと呟いた。

 

 学院の女性用講師服を身に纏った、二十歳前後の娘だ。燃える紅炎のような髪と凍り付くような美貌を持つその娘は、呆れたような、だが同時に期待するような目で、アルスを眺めていた。

 

「さて……この学院で、貴方は私に何を見せてくれるのかしら?アルス」

 

 そう言い残して。

 

 その娘は、くるりと踵を返し、沸き立つ会場を後にした。




 ほら、皆大好きイヴさん講師の巻だぞ


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イヴを救うために

 これ!これがしたかったの!


フェジテから北へ、駅馬車で4日、早馬で2日ほどの距離にアルザーノ帝国の首都である帝都オルランドはある。

 

 その帝都の中央には、王女の居城であり、アルスとルミアが住んでいた、フェルドラド宮殿が存在する。

 

 今、その宮殿の一室で、帝国の事実上の最高決定機関たる『円卓会』の会議が行われていた。

 

 その『円卓会』は事実上、イグナイト家現当主である、アゼル=ル=イグナイトの独壇場となっている。

 

 『円卓会』の半数はアゼル率いる『武闘派』に与している、これが平時であればアリシア七世の卓越した手腕で押さえ込むことが出来る。だが、今の王女はレザリア王国との外交調整と根回しに忙殺されているのだ。

 

「あっははははははははは────っ!いやぁ、流石だなぁ、イグナイト卿!見事な手腕だ。そりゃこの状況じゃ、アリシアちゃんも、お前さんの案を無視できんだろうさ」

 

「ルチアーノ卿。女王陛下の御前ぞ。口を慎め」

 

「おっと、失敬失敬。何せ、一応貴族の肩書を貰っちゃいるが、基本ウチはヤクザもんでねぇ、育ちが悪い。多少の無礼は許してくれや、エドワルド卿よ」

 

 ルチアーノ卿は続ける。

 

「さて、イグナイト卿よ。お前さん、最近、随分とお手柄続きよなぁ?先のフェジテ最悪の3日間……その時、お前さんはフェジテそっちのけで自ら軍を動かし、天の智慧研究会『急進派』に繋がっていた円卓会メンバー……三大公爵家の一角、アンドリュー=ル=バートレイ公爵を、その証拠引っつかんで捕らえたよなぁ?」

 

 イグナイト卿は押し黙る。

 

「勢い余ってバートレイ卿はブッ殺しちまったが、さすが、前《紅焔公(ロード・スカーレット)》にて、現帝国軍の大元帥様……今や、アンタは帝国の大英雄だ」

 

「……………」

 

「どーも都合、良すぎねえか?お爺ちゃん、そう思うんだが?」

 

「なぜだ?なぜ、お前さんはバートレイ卿と天の智慧研究会の繋がりを看破できた?しかもフェジテ最悪の3日間……帝国政府としても、先の事件に不安を抱く国民の士気高揚のため、お前さんの英雄的功績を大がかりに公表せざるおえない、あまりにも最高すぎる、デキすぎたタイミングで、バートレイ卿を捉えることができた?」

 

 会場が静まり返った。

 

「なぁ、イグナイト卿よ……おいちゃんさぁ、ボケかけた足りない頭で必死に考えたんだけどよぉ?……もし、万が一、帝国(うち)王国(れんちゅう)が戦争うっちゃらかすとして……誰が一番得するかねぇ?」

 

「……………」

 

「あーらあら一見、誰も得しなさそうだが……そういえば、イグナイト公爵家ってよぉ……帝国王家の遠縁……いわば、分家筋ってやつだよなぁ?」

 

 会場にいる王女とイグナイト卿以外に困惑が走る。

 

「なぁ、イグナイト卿……お前さん、何か妙な野心を抱いちゃ……」

 

「お止めなさい、ルチアーノ卿」

 

「やめなさいよ、ルチアーノ卿」

 

 2人の待ったがかかった。1人はアリシア七世。1人はこの円卓会に似合わない若い男の声。

 

 その声は、この場の誰もが聞いたことのある声で……

 

「ルチアーノ卿、敵を追い詰める時はじっくりじゃなくて、一気に畳みかけるんですよ」

 

「お?こりゃ、おいちゃんも一杯食わされたわぁ」

 

 アリシア七世を含めて、ルチアーノ卿以外はその声の主を探している。

 

 すると、円卓会のド真中に、1人の少年が現れた。

 

「「「アルス!?」」」

 

「陛下お久しぶりでございます。相も変わらず、美しいことで……」

 

「そのようなお世辞はいりません。早く要件をいいなさい、アルス。このような場に無断で来るなど、言語道断です」

 

 アルスに対しても厳しく言うアリシア。

 

「これは、手厳しい……んじゃ、まぁ要件を言いましょう。イグナイト卿……貴方、イヴさんを恐怖で支配しているでしょ?あの時(・・・)みたいに」

 

「……………」

 

「無視ですか?……うーん、なら蒼天十字団(ヘヴンス・クロイツ)を接収した件のことを話しましょうか」

 

 その話題を出した途端、円卓会全員の顔が強張る。

 

「どういうことだ、イグナイト卿!?蒼天十字団(ヘヴンス・クロイツ)を接収しただと!?」

 

 アリシアですら驚愕の表情をしている。

 

「……そのようなデマを言って、私を蹴落とそうとしているのか?アルス……貴様は昔から(・・・)、私のことを毛嫌いしているからな」

 

「御自分のなさったことを振り返ってみてはどうでしょうか?」

 

 厳格な顔をしているイグナイト卿と反対にアルスは笑いながら言う。

 

「ならば、証拠があるのか?私が蒼天十字団(ヘヴンス・クロイツ)を接収した証拠が────」

 

「その手に握ってる鍵を出せよ」

 

 アルスの口調と雰囲気がガラリと変わった。嫌な相手でも敬語を使うアルスが初めて命令口調で話したのだ。

 

「出せよ、イグナイト。その手に握られている赤い鍵(・・・)を……」

 

「……………」

 

「出せないのか?そりゃそうだろうな、その鍵は天の智慧研究会第三団≪天位≫(ヘヴンズ・オーダー)である《鋼の聖騎士》ラザールが持っていたものと同じものだもんな」

 

 アルスの核心を突いた言葉に円卓会の全員が絶句した。

 

「……………」

 

 イグナイト卿が口を開いたタイミングで、アルスはイグナイト卿が蒼天十字団(ヘヴンス・クロイツ)を接収した証拠である密約書などをバラ撒いた。

 

「……これは……」

 

「言い逃れもできんのう……」

 

「あっははははははははは────っ!アルスは流石じゃなあ、おいちゃんじゃ真似できんよ」

 

「イグナイト卿……これは、どういうことでしょうか?」

 

 全ての人物が一斉にイグナイト卿に目を向ける。

 

「……致し方ない……」

 

 イグナイト卿がそう言った途端、円卓会の会場を炎が包んだ。

 

「……事実を知ってしまった貴様らを生かす訳にはいかん」

 

 イグナイトは【第七圏】を使っていたのだ。

 

 死ぬ。誰もがそう思った。近距離戦においてイグナイト家は最強と呼ばれる所以は、そのイグナイト家が代々継承してきた眷属秘呪(シークレット)にある。眷属秘呪(シークレット)【第七圏】は『5工程(クイント・アクション)』を全て省略できるために近距離魔術戦では最強なのだ。

 

 だが、炎はすぐに消えた。よく見れば、地面に歪な短剣が刺さっている。

 

「なにッ!?」

 

「ほら、こうなった(・・・・・)

 

「なにをしたッ!?」

 

「ま、大人しくお縄についてくれ」

 

 その言葉と同時にアゼルは気絶した。

 

「……アルス……これは一体……?」

 

「イヴ=イグナ……ディストーレさんを助けるついでにイグナイト家を失脚させようと思いまして」

 

「……なるほどのぉ、イヴちゃんをイグナイト家に戻すではなく、助けるために失脚させたわけか」

 

「まぁ個人的な恨みも無くはないですけど……取り敢えず、僕はもう行きます」

 

 アリシア達にいい情報を送るでもなく、ただイヴを助けるために来たアルスに質問できる者などこの場にはいなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そんなことを思い出しながらアルスは中庭を歩く。

 

 あの時のことはやり過ぎたと思わないでもないが、幼少期の頃の鬱憤も晴らさせてもらった。

 

 イグナイト家の失脚についてはまだ知らされていない。バートレイ家とイグナイト家の2つの公爵家がこの短期間で潰されたなど、報道してしまえば帝国は混乱するだろう。

 

「……いや、やっぱりやり過ぎたかもしれない……」

 

 この男、ウジウジするタイプである。

 

「何をやりすぎたのよ……?」

 

 悩んでいるアルスに声をかけたのはイヴだ。

 

「うわっ!?」

 

 突然のイヴにアルスは驚く。

 

「な、なんでいるんですか……?」

 

 イヴはイグナイト家から勘当されただけであり、別に軍から抜けたわけではない。そんなイヴがなぜ、講師の制服を着ているのか。

 

「私は特務分室の室長を解任され、ナンバーを剥奪されたわ。先の事件で、1人で独断専行した責任を取ってね」

 

「……………」

 

「ついでに、イグナイト家からも勘当されたわ。今の私は……講師のイヴよ」

 

「マキシムが言ってた、帝国軍からの戦術訓練教官って……」

 

「私よ」

 

「えぇええええええええええええ────っ!?」

 

「……本当に……馬鹿みたい……」

 

「……やっぱり、僕のせいだよね」

 

「それは違うわ……どうせ、結末は同じだっただろうし……」

 

「……………」

 

「……覚悟は……してたのよ……でも……でもね……こんなにあっさり……」

 

「……イヴさん?」

 

「……私……父上に認めてもらいたくて……一族に認めてもらいたくて……そのために……ずっと……ずっと……イグナイトのために……」

 

 イヴの表情は誰かに似ていた。この世界から消えてしまいそうな、そんな顔をアルスは知っている。

 

「そのために……セラも……たった1人の友達すらも……犠牲にして……それなのに……それなのにぃ……ッ!それ……な……のに……ッ!」

 

 イヴは顔を手で覆って俯く。

 

「わ、私は……今まで……本当に、一体……なんの……ために……ッ!?」

 

 アルスはイヴを抱き寄せる。アルスは自分が不器用と知っている。アルスは人を慰める方法をあまり知らないのだ。

 

 だから、抱き寄せた。安心させるために。

 

「……………」

 

 アルスは何も言わない。今のイヴに必要なのは言葉ではなく、感情をぶつける相手だからだ。

 

「~~~~~~~~~~~~~ッ!」

 

 イヴは1人で強くあることに慣れすぎて、誰かを頼るのが途轍もなく下手なのだ。

 

 だから、その感情を発露できる相手が自分の感情を誰よりも知っているアルスだっただけ。

 

 イヴはアルスの胸の中で泣いた。子供のように、涙を流し続けていた。

 

 アルスは自分の胸で泣いているイヴの頭を撫で続けるのであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ルミアとシスティーナ、リィエル、グレンは茂みの中からアルスとイヴを見ていた。

 

「……面倒臭ぇ女」

 

「あれ、イヴ……?」

 

「……る、ルミア……?」

 

「……………」

 

 グレンとリィエルは率直な感想を言って、システィーナは隣のルミアを心配そうに見て、ルミアはアルスとイヴの姿を見て瞳から光が消えていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 イヴは泣き止み、アルスはイヴの涙によって濡れた制服を見ていた。

 

「……イヴさん……涙はともかく、化粧までつけるのはやめて……」

 

「な、泣いてないわよっ!」

 

 そんな会話をしていると……

 

「お前は誰だ!?絶対にイヴじゃねえ!?」

 

 茂みの中からグレンはが飛び出してきた。

 

「……どういう意味よ」

 

 イヴはグレンに見られて顔を赤くしながら問う。

 

「俺の知ってるお前は、そんな風に誰かを頼ったりなんかしねえ!テメェ、さてはイヴの偽物だなっ!」

 

「……貴方、この私をなんだと思ってるの?」

 

「血も涙もない、ドS丸出し冷血行き遅れヒス女」

 

「こ、この……ッ!」

 

「グレン先生、ドSと行き遅れは合ってるかもしれませんけど、ヒス女は流石に……」

 

「《死ね》!!!」

 

「「ぎゃあああああああああああああああ────ッ!?」」

 

 アルスとグレンはイヴの魔術によって吹き飛ばされるのであった。




 イヴを救うにはイグナイトを蹴落とすかアゼルを個人的に脅して、イヴとの関係を断つか迷ったんですけど、個人的にあまり好きじゃないので蹴落としました。


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イヴ=ディストーレ

 この章に欲望全てを曝け出して強制イヴルートになりそうで怖い藹華です。

 これでも結構自制してるのよ?

 お気に入り731名ありがとうございます。やっぱり、自分の作品が評価されるというのは嬉しいですね。本当にありがとうございます。


「と、いうわけでだ、お前ら」

 

 2組の教室でグレンはイヴを連れて生徒達に向けて話す。

 

「来期からこの学院で開催される『軍事教練』の戦術教官講師として、帝国軍より出向した、イヴだ」

 

「帝国軍、宮廷魔導士団第八魔導兵団所属、イヴ=ディストーレ従騎士長よ。来期から『軍事教練』の指導を担当させて頂くわ。どうかよろしく────」

 

「「「うぉおおおおおおおおおおおお────っ!」」」

 

 クラスの男子が歓声が上がる。

 

「い、一体何よ!?何事!?」

 

 大騒ぎされる理由が分からないイヴは目を瞬かせて戦く。

 

「うっひょぉおおおお────っ!戦術教官って聞いたから、どんなゴリラな鬼教官が来るかと身構えていたら、滅茶苦茶美人じゃねーかぁああああああああ────っ!?」

 

「なんか、あの物憂げでアンニュイな雰囲気と表情がいいよなぁ────っ!?」

 

「ああ、酸いも甘いも嚙み分けた、大人の女性って感じだ……」

 

「いや、待て、皆!美人でも、軍人で教官なんだぞ!?滅茶苦茶厳しい人かも……」

 

「訓練では、酷い罵倒をされたり、血反吐が出るまでしごかれたりして────」

 

「「「それならそれで、興奮するから良しっ!」」」

 

 みんな、《炎の船》の印象が強すぎてイヴのことを覚えてないようだ。

 

「……グレン……このクラス……」

 

「諦めろ。……いつもこんなんだ」

 

「アンタが言うな……」

 

 無表情になるイヴと溜息交じりにぼやくグレンに、突っ込むアルス。

 

「ちょっと、男子っ!イヴさんに変な目を向けるのはやめてくださいましっ!」

 

「そうですよ!イヴさんは私達の大恩人なのですから!」

 

 騒ぎまくる男子を窘めるようにウェンディとテレサが立ち上がる。

 

「先の戦いでは、最後の攻防に出現したゴーレム巨人を前に、その巨人の攻撃からわたくし達生徒を守るため、最後まで危険な最前線に残って、ご自身の身が傷つくことも厭わず戦った、勇敢な御方なのですわよ!?」

 

「ええ、私達がこうして五体満足で無事にいられるのも、イヴさんのおかげなんです。彼女こそ帝国軍人の鏡です」

 

 すると。

 

「そうか!どこかで見覚えがある人だと思っていたら、あの時の人か!」

 

「そ、そういえば、私も、あの時はイヴさんに助けられて……」

 

「部隊は違ったけど……そういえば、イヴさん、ボロボロになりながらも戦ってたよな……俺達のために……」

 

 イヴへの視線が尊敬の視線になっていく。

 

「な、ななな……何よ、その目は?」

 

 居心地が悪そうなイヴ。

 

「ふ、ふんっ!私に助けられた?勘違いしないことね」

 

 ほんの少し照れながらイヴは続ける。

 

「あの時の私には、それが一番のやるべきことだっただけよ。どうせ、私なんか────」

 

 ────アルスがいなければ何もできなかった。と言おうとしたイヴより先に。

 

「おぉ……しかも、誇らず、恩に着せず、なんて奥ゆかしい人なんだ……ッ!」

 

「こ、これが真の帝国軍人」

 

「やべぇ、惚れそう……」

 

 生徒達の色眼鏡は外れなかった。

 

「……絶対にイヴじゃねえ……」

 

 グレンはそんなイヴを見て呟く。

 

「あんなイヴさんもいいじゃないですか、美人でツンデレだけど、そのツンデレが空回りするおっちょこちょいさんみたいで……あれ?2人目……」

 

 アルスの脳裏に浮かぶのは、とある銀髪の少女。

 

「2人目……?」

 

「それよりも見てくださいよ、先生。あのイヴさんの顔……滅茶苦茶プルプルしてますよ……ぷっ……」 

 

 アルスは肩を震わせながらグレンに言う。

 

「……ほ、本題に入るわよ」

 

 イヴは赤くなった顔を隠し、プルプル震えながら話を変える。

 

「……はっきり言うわ。今の貴方達じゃ、模範クラスには、絶対に勝てない」

 

「「「────ッ!?」」」

 

「こうして、貴方達の顔を見ればわかるわ。明らかに勝機のない戦いを前にしているのに、今の貴方達にはいまいち緊張感が無い。大変なことに巻き込まれたけど、心の底では、きっとなんとかなるって、楽観している。……違う?」

 

 イヴは突き放すように言う。反対にアルスはイヴを滅茶苦茶笑っている。

 

「先の戦いを生き残ったっていう自負から?それとも、自分達には頼れるグレン先生やアルスがいるっていう安心感から?断言するわ、貴方達は自惚れている」

 

 アルスの笑いとは逆に、生徒達は静まり返っている。

 

「だから、私がここにいるのよ」

 

 イヴは髪をつんとかき上げ、淡々と告げた。

 

「生存戦の開始は、全ての前期末試験が終わる二週間後。グレン達はその間に貴方達を徹底的に鍛えるつもりだった。でも、グレンとアルスで貴方達全員の面倒を見るのは無理よ。だから、私が教官として、力を貸してあげるの。精々感謝することね」

 

「「「……………」」」

 

「貴方達には今日から、この学院で泊まり込みの強化合宿に参加してもらうわ。これから寝る間も惜しんで、死ぬ気で私の特訓を受ければ、まぁ、あるいは……」

 

 ────ああ、でも。別に嫌ならいいんだけど?

 

 イヴがそう投げやりに締めくくろうとすると。

 

「よ、よろしくお願いしますッ!イヴさんっ!」

 

 カッシュが立ち上がり、頭を下げる。

 

「た、確かに俺達、この勝負、少し甘く考えてたとこあるっす……で、でも……あのマキシムの野郎に、この学院を好き勝手されるのは我慢できねえし……ッ!」

 

「それに、俺達、まだ、グレン先生やアルスには色々なことを教わりたいんです!」

 

「どんなことでもしますから……イヴさん、どうか僕達を鍛えてください!」

 

 生徒が次々と立ち上がり、イヴに頭を下げていく。

 

「……本当に、なんなの?この子達……」

 

「勝たせてやりたくなるだろう?」

 

「……知らないわよ。……まぁ、随分と物好きな連中だとは思うけど」

 

「確かに、イヴさんに鍛えてもらうとか物好きですよね~」

 

「こ、この……ッ!」

 

「まぁ、それはともかく……あんがとな」

 

 グレンの感謝の言葉にイヴは懐疑そうな顔を向ける。

 

「……どういうこと?貴方が私にお礼を言うなんて」

 

「いや……俺一人じゃ厳しいってのは、事実だったんだ」

 

「「……………」」

 

「どういう風の吹き回しか知らんが、お前が特訓に力を貸してくれるっていうのなら、少しは可能性が出てくる。……だから、まぁ一応……あんがとな」

 

「ふん、勘違いしないでよね」

 

 イヴは鼻を鳴らして、尊大に言った。

 

「私は別に貴方のために、この特訓に付き合ってあげるわけじゃないから。私は私の目的のために動いてるだけだから。私は今だって、貴方のことが大嫌いなんだから」

 

「な……ッ!?ンなのわかってるよ!こっちだってお前のこと大嫌いだからな!?言っておくが、お前のこと、何一つ許してねーからな!?」

 

「そう。それで結構よ。なれ合ってるなんて思われたくないから。お互いの立場を再確認させてもらっただけ」

 

「ンだとぉ!?」

 

 グレンとイヴの会話で生徒達は呆気にとられ、アルスは先程以上に肩を震わせていた。

 

「ったく、軍属時代から相変わらず可愛くねぇ女だな!だから、行き遅れるんだよ!」

 

「はぁ!?余計なお世話よ!?ていうか、私、まだ19だし!?」

 

「いーや、アルスに断言されてただろう。俺も同意見だ。お前は絶対、売れ残るね!顔は良くても性格ブスだし!」

 

「なっ……」

 

 イヴは肩を震わせているアルスを睨みつける。

 

「~~~~ッ!?そ、そういう貴方だって、絶対、お嫁にきてくれる奇特な人なんていないでしょうね!顔はそこそこだけど、根っからのぐーたらの駄目人間だし!」

 

 イヴは視線をグレンへ戻し言う。

 

「はいはい、嫌よ嫌よも好きの内ってね……イチャイチャするなら、自分たちの家でやってください」

 

 ニコニコしながら言うアルスにイヴとグレンは

 

「はぁ!?俺とイヴ(こいつ)が好き同士ってか!?テメェ薄気味わりぃこと言ってんじゃねえよ!?」

 

「癪だけど同感よ!私がこんな社会のゴミみたいな人間を好きになるわけないでしょう!?……少しは考えてからものを言いなさい。この変態!」

 

「……また……へんたいって……」

 

 ニコニコした顔から一瞬で絶望した表情に変わるアルス。

 

「ぎゃははははははははははは────っ!アルスが変態だって!ぎゃはははははははは────っ!助けてママ、お腹よじれる!」

 

 グレンは滅茶苦茶爆笑している。

 

「こんの、行き遅れがぁああああああああああああ────ッ!」

 

 アルスは普通に怒り。

 

「誰が行き遅れよッ!」

 

 イヴは顔を赤くしながら、アルスと口喧嘩をしていた。

 

 そんな中、ルミアは

 

「あ、あははは……なんか、手強いライバルが出現したのかも……」

 

「………………」

 

 ルミアは素直にライバルだと認めた。 

 

 システィーナはイヴとグレンが実は付き合ってないかと疑心暗鬼になっている。

 

「……システィーナとルミア……なんか変」

 

 リィエルだけが不思議そうに首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、生徒達は学院が保有する宿泊棟に荷物を置いて魔術競技場へと赴いた。

 

「まず、これから、貴方達の魔術師としての武力の程を、再確認させてもらうわ」

 

 二列に整列する生徒にイヴは宣言した。

 

「ルールは……そうね、サブストの1対1決闘方式でいいわ。別に勝ち負けなんて気にしなくていいから、自由に戦いなさい」

 

 イヴが適当な組み合わせを指名し、1対1の魔術戦を開始した。

 

「あの子達、とてもいい線いってるわね」

 

 イヴの視線の先にいるのは……ギイブル、カッシュ、ウェンディ。先程から、多くの勝ち星を拾っている生徒だ。

 

「それに、あの元・王女……ルミア。随分と度胸あるわね。本当に素人?」

 

 先程の3人に比べれば、勝ち星は少ないが……呪文が顔を掠めようが、身体に当たろうが、全く怯まず動揺も無い。

 

「1対1の戦いには向かないけど、あの肝の据わり方……そうね3人1組(スリーマンセル)1戦術単位(ワンユニット)なら、支援後衛で開花するタイプでしょうね。……軍でも得がたい人材だわ」

 

「だろうな」

 

 次に目をつけたのはリィエルだ。

 

 リィエルは1対1の魔術戦でありながら、ひたすら相手の呪文を躱し続けている。

 

「……そろそろ、なんとかしてあげる時期じゃない?軍時代からそう思ってたけど」

 

「……だよな。軍時代は俺とアルベルトが魔術戦を補佐してたから、まったく必要なかったけどな。それで戦果もトップクラスだったし」

 

「それに、下手に覚えさせたら、なんだか今より弱くなりそうで怖いしね……」

 

 次はシスティーナ。

 

「《大いなる風よ》────っ!」

 

「うわぁあああああああああああ────っ!」

 

 10戦以上闘っても未だ負けなし。負ける気配もなし。

 

 2名を除けば、クラスの中では最強の少女。

 

「システィーナ=フィーベル。軍属のリィエルを除けば、本当に別格ね。もともとの才能に努力も備わってる。実戦経験も豊富……もう、学生のレベルじゃないわ」

 

「彼女……もしかして、貴方がマンツーマンで教えてる?立ち回り方が、凄く貴方っぽいんだけど……」

 

「ああ……俺が教えた」

 

「貴方も分かってるでしょう?彼女……そろそろ頭打ちよ」

 

「!」

 

「貴方に教わっている限り、これ以上の発展はないわ」

 

 そう言って、イヴが最後に見たのはアルス。

 

「《雷精の紫電よ》────っ!」

 

「……………」

 

 アルスはリィエルとは違い、避け続けている訳ではない。相手の呪文をひたすら斬っている。

 

 今は【ショック・ボルト】を斬ったが、先程は【ゲイル・ブロウ】すら斬った。

 

「アルスぅううううう────っ!」

 

 魔術を起動したカイはアルスを恨めしそうに見ながら叫ぶ。さっきから、放つ魔術が全て斬られているのだ。魔力も尽きかけているし、疲れているのだろう。

 

「……馬鹿じゃないの?」

 

「……ありゃ馬鹿だ」

 

 イヴとグレンの評価はこれ。魔術には基本的に対抗呪文(カウンター・スペル)がある。学生用の魔術であるのなら尚更。だというのに、アルスは斬って、斬って、斬りまくっていた。

 

 リィエルのように出来ないというわけではなく、しないのだから余計に質が悪い。

 

 そんな様子を見ていると。

 

「ちぃ~~~っす」

 

 この場に軽薄な挨拶が響き渡った。

 

 学院の制服に身を包んだ生徒達がいた。見覚えがないことから模範クラスであることが分かる。

 

「いやぁ、グレン先生とアルス君だ……だっけ?どうやら先生のクラス、2週間後の生存戦に向けて、早速、練習頑張ってるみたいっすね?」

 

 集団の先頭にいるザックが言う。

 

 グレンが適当にスルーしていると。

 

「なぁ、先生。少し提案があるんですけど……練習、手伝ってあげましょっか?」

 

「……ん?どういう意味だ?」

 

「そのまんまの意味っすよ。連中をいっちょ揉んであげようかと思いまして。ほら、俺達って模範クラスっしょ?先生のクラスの模範になってやろうかなって」

 

 グレンが目を鋭くすると。

 

「初めまして、グレン先生。私、メイベル=クロイツェルと申します」

 

 模範クラスの最後尾にいたメガの少女が話始める。

 

「私達との実力差が明確に分かれば、あの子達も『裏学院』での生存戦で、私達に挑もうっていう気がなくなるんじゃないかと。先生が決闘を取り下げて、生存戦が流れてくれるんじゃないかと。だから、私が皆に提案して、こうして連れてきたんです」

 

 メイベルのその言葉にグレンは断ろうとするが。

 

「いいわよ。受けて立つわ」

 

 イヴが受けてしまった。どう考えても勝ち目のない勝負を受けたのだ。

 

 

 

 

 

 ちなみに、アルスは

 

「リィエル、【ショック・ボルト】っていうのはな、護身用の魔術……オーケー?」

 

「ん、私にはよく分からないけど。分かった」

 

「うん、それは分かってないね。この生存戦において、君の錬金術禁止されてるから【ショック・ボルト】とかの基本三属性くらいは覚えような?」

 

「……………」

 

「なんだ、その不服そうな目は」

 

「……なんか、あっち騒がしい」

 

「こら、話を逸らさない。いいか?リィエル、君がどれか1つでも魔術を覚えなければ足手まといなの」

 

「足手まとい……?私が……?」

 

「そう、足手まといにはなりたくないでしょう?だから、最低でも1つは覚えような」

 

「ん、覚える」

 

 そんな感じで模範クラスの存在にすら気付かないのであった。




 


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イヴ行き遅れ説

 アルス君というより僕がキレて、結果アルス君暴走しそう(小並感)

 あと、アルス君は未来視を封印してます。魔術による封印とかではなく、ただ使わないようにしているだけですけど。

 封印しないと簡単に終わっちゃうんだよぉ!


2組の生徒と模範クラスの生徒が戦うことになり、アルスはルミアと共にギイブルvsザックの勝負を見ている。

 

「ふん……よろしく」

 

「ふぁ……」

 

 ザックはギイブルのことを敵とすら認識していない。

 

 2組の生徒達は

 

「ギイブル────っ!頑張れ────っ!」

 

「お前なら、いけるっ!勝てるぞ────ッ!」

 

 ギイブルを応援しているが、模範クラスの生徒は。

 

「なぁ、あっちのツインテールの子、すっげぇ可愛くね?マジパなくね?」

 

「いや、俺はあの銀髪ちゃんがいい!あいつ、絶対チョロいわ!ちょっと押せば、すぐ喰えるタイプだわ!」

 

「お前ら、あの金髪巨乳ちゃんが目に入らないなんて、男としておかしいだろ!?」

 

「俺はあの青髪かなー?しかし、このクラス、どの娘もクオリティ高すぎだろ……」

 

 模範クラスの生徒がルミアの事を金髪巨乳と言った途端、アルスの背後にルミアは隠れた。

 

 そして、ギイブルとザックの戦いはギイブルのボロ負け。

 

 その後に出たロッドやカッシュも負け続け、システィーナすらも負けた。

 

 2組の生徒が負け続け、模範クラスからは嘲笑が上がる。

 

「……両クラス、21人目の選手。前へ」

 

 そう言って、出てきたのはどこか冷めた雰囲気のメイベルとメイベル以上に冷めているアルスだった。

 

 模範クラスは20名、2組の生徒は21名なので、必然的にメイベルが2戦連続で戦う。

 

「くそっ……頼むアルス……お前だけでも勝ってくれ……ッ!」

 

「俺達の敵を取ってくれ……ッ!」

 

 祈るように2組の生徒はアルスを見つめている。

 

「おーい、メイベルぅー、そいつ男だから苛めちゃっていいよぉー」

 

 アルスはそんなことを聞き流しながら。

 

「……………」

 

 ただ、無言でメイベルを見据えている。

 

「……なんでしょうか?」

 

 アルスの冷めた目を見て、メイベルが問う。

 

「別に?どうやって倒そうか考えてただけ」

 

「この学院では、勇気と蛮勇を履き違えるような教育をしているのですか?」

 

「そっちこそ、マキシム魔導塾では無謀な戦いをするようなことを教わったの?」

 

 アルスの煽りに模範クラスの頭には怒りマークがつく。

 

「たかだか、カードの切り方を教わった程度でそんなに調子に乗るなんて……同じ魔術師……魔術を習う者として恥ずかしいわ」

 

 自分が生粋の魔術師ではないことを理解しているアルスは言い直す。

 

「言ってくれますね。ならば、カードの切り方すら習っていない貴方達はなんなのですか?」

 

「魔術使いでしょ、それ以外になんだと思ってるの?それに、この学院では最初にカードを増やすことを始めるからね」

 

「魔術師に必要なのはカードの切り方です」

 

「手持ちのカードも増やさずに切り方を覚えたところで大した力にはならないよ」

 

 アルスとメイベルの煽りはヒートアップする。

 

「ですが、こうして私達模範クラスが貴方達2組に勝っています。つまり、増やすより切る方が重要だと証明しています」

 

「別に切ることが重要じゃないなんて言ってないし……それに、アンタ心にもないこと(・・・・・・・)言い過ぎ」

 

「ッ!?」

 

 そして─────

 

「……始め」

 

 イヴがそう宣言した瞬間。

 

「《大いなる風よ》ッ!」

 

 メイベルは黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文を叫び、アルスは魔術競技場に落ちている石で【ゲイル・ブロウ】を斬った(・・・)

 

「「「なっ!?」」」

 

 アルス以外の全員が驚きの声を上げる。カイとの戦いでも魔術を斬っていたが、あくまで剣で斬っていた。だが、今、この瞬間アルスは石で魔術を斬るということをやってのけた。

 

「うっそー……」

 

「……これは……」

 

 グレンもイヴも流石に困惑している。

 

「《雷精の紫電よ》ッ!─────《さらに》─────《さらに》」

 

 メイベルは黒魔【ショック・ボルト】を3連唱(ラピッド・ファイア)するが。

 

「……ふっ」

 

 アルスは一呼吸で全てを薙ぎ払った。もちろん、石で。

 

「……くっ……《虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮》」

 

 メイベルはアルスの圧倒的な技術に必死に食らいついていた。

 

「《光の障壁よ》」

 

 アルスは初めて呪文を詠唱した。メイベルの【スタン・ボール】を【フォース・シールド】で受け止める。

 

 アルスは【フォース・シールド】を起動しながら口を開いた。

 

「……その程度……?」

 

 その言葉は呆れの感情を含んでいた。

 

「これが全力なら、もう終わらせていい?」

 

 アルスは冷めた目をさらに冷ます。

 

「ッ!?」

 

 そして、メイベル達が知覚した時には、既にメイベルに【ショック・ボルト】が放たれていた。

 

 知覚するのが遅すぎたメイベルにアルスの【ショック・ボルト】は直撃した。

 

「め、メイベルが負けた!?」

 

「う、嘘だろ!?」

 

 模範クラスは困惑し。

 

「うぉおおおおおおお─────っ!」

 

「流石だぜ、アルス」

 

 2組の生徒は歓喜に包まれた。

 

 少しすると模範クラスの全員がアルスに向けて左手を構える。

 

「メイベルの仇ぃ!」

 

「お前は少し強いみたいだからな」

 

 そして、魔力を高めていく。

 

「……無駄なのに……」

 

 アルスはそう言って、模範クラスの生徒を片っ端から倒していった。

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、そこには模範クラスの死屍累々があった。

 

「……残念だったな、若人諸君」

 

 普段のアルスの言動と一致していないのは、模範クラスの生徒がルミアに対して『金髪巨乳』と言ったことに怒っているからだ。

 

「……石と【ショック・ボルト】だけで勝ちやがった……」

 

「……これは、真似しちゃダメよ……」

 

 グレンは驚愕し、イヴは生徒達に目指してはいけないと釘を刺した。

 

「……こんなん真似できるかよ……」

 

「無理……じゃないかな……」

 

「……流石アルス……」

 

「俺達にできない事を平然とやってのける……そこに痺れる憧れるぅ」

 

 生徒達はアルスの強さを再認識した。

 

「それで、貴方達は連中とやり合って、どう感じた?」

 

「……正直……勝てる気がしねっす……」

 

「技量が違い過ぎる……あれが、マキシム魔導塾なのか……」

 

「ああ、くそ……無謀だったのかなぁ……あんなやつらと勝負するなんて……」

 

「私達は……この学院は一体……どうなるんですの……?」

 

「アルス君……ごめんなさい……僕達の技量じゃ、とても……」

 

 生徒達は悔しさと不安を口にする。

 

「あら、そう?おかしいわね」

 

 イヴは髪をかき上げながら言った。

 

「私の目には、連中と貴方達の間に、魔術の技量にそれほど差があるようには、とても見えなかったんだけど?」

 

「……えっ?」

 

 イヴの指摘に生徒達は目を丸くする。

 

「技術に差があるようには見えなかったって……貴女、どこに目がついてるんです?」

 

 ギイブルがイヴへ噛みつく。

 

「どう考えても、僕達、ボロ負けだったでしょう?」

 

「はぁ……貴方達は、その派手な負け方に囚われすぎよ」

 

 イヴが生徒達を流し見る。

 

「思い返しなさい、どうして負けたか。魔術そのものの技量で劣っていたから、貴方達は負けたの?本当にそう?」

 

「……………」

 

「アルスも言っていたでしょう?マキシム魔導塾の連中はカードの切り方だけ(・・)を教わった連中なのよ。対して、貴方達は手持ちのカードを増やし続けていただけ……手持ちのカードを増やしただけ(・・)の貴方達とカードの切り方だけ(・・)を知ってる連中、だから貴方達は負けて当然なのよ」

 

「……………」

 

「それと、この目で見て確信した。はっきり言うわ。連中の強さはもう頭打ち(・・・)よ。マキシムに師事している限り、あれ以上は伸びない。どうやら連中は評判倒れだったようね」

 

「えっ?」

 

「逆に。貴方達は伸びるわ。あんな連中、目じゃないくらいにね」

 

 生徒達は困惑する。

 

「とりあえず、メイベルだけは別格だから置いておくわ。アレはシスティーナとアルス以外が相手をしたらダメよ。で、他の連中なんだけど……彼らは本当に戦闘訓練だけ(・・)しかやってないわ。彼らは魔術そのものに関しては、本当に脆弱な土台しか持っていなかった。あの土台じゃその上に積めるものは今のが限界よ。でも、貴方達は違うわ」

 

 イヴは懐から書類───グレンの授業とカリキュラム表と成績表だ。

 

「貴方達には、連中と違って、すでに非常にしっかりとした土台がある。グレンが作ってくれた。非常に強固で大きな土台がね。つまり、幅広い魔術の教養、地力、基礎……これだけの土台があれば、その上にはいっくらでもモノが積める」

 

「……………」

 

「……貴方達、グレンに感謝することね。魔術師って、土台に物積む作業は比較的、簡単なんだけど、土台を作るのは本当に時間がかかるの。おまけに土台作りの最中はまったく伸びた気にならないから、継続的に行うのは、非常に苦痛を伴う困難な作業。まぁ、今までは教師がグレン1人だけだったから、貴方達の魔術師としての土台作りだけで手一杯で、それ以外のことには、なかなか手が回らなかったみたいだけど」

 

「……………」

 

「そうね。これから生存戦で連中と競い合うことを念頭に置いて……土台の上にモノを積む訓練を、みっちりつけてあげるわ。グレン1人じゃ手が届かないところを、私がやってあげる。すでに土台はできてるんだもの。2週間で見違えるほど伸びるでしょ」

 

「……………」

 

「まぁ、余所者の頼りない左遷軍人に出しゃばられたくないっていうんなら、別に……」

 

 ふて腐れたように、イヴがそっぽ向いて締めくくると。

 

「「「よ、よろしくお願いしますッ!」」」

 

 生徒達は一斉に頭を下げた。

 

「な……ッ!?」

 

 イヴは目を白黒させる。

 

「イヴさんっ!いや、イヴ先生っ!俺達を鍛えてくださいっ!」

 

「グレン先生に、イヴ先生が加わってくれれば、百人力ですっ!」

 

「僕達、このまま負けっぱなしじゃ終われないんですっ!」

 

 イヴは次々と生徒達に詰め寄られた。

 

「ああもう、わかった!わかったから!?そう興奮しないでよ、鬱陶しいっ!」

 

 そんな様子をシスティーナは遠目で眺めていると、徐々に復活の力を貰ったのか、敗北に打ちひしがれたシスティーナの力が戻っていく。

 

「アルスやイヴさんって……やっぱり、凄い人だったんだ……」

 

「システィ?もう大丈夫なの?」

 

「……ごめんね、心配かけて」

 

 システィーナは立ち上がる。

 

「そうよ、私なんてまだまだだったのよ……まだ、アルスやイヴさん達には遠く及ばない……もっともっと、頑張らなきゃ!たった一度の敗北くらいで……ッ!」

 

「あ、アルス君を目標にするのは……やめた方が……」

 

「ん。アルスの真似、わたしも無理」

 

 リィエルですらできないと言わしめたアルスの技量。

 

「も、目標なんてしないし……それに、私じゃ無理よ、あんな出鱈目なこと……でも、せめて自分に奪える技術は奪っておきたい」

 

「ふふっ……システィは、やっぱりそうじゃなきゃ」

 

「なんだか、らしくなった」

 

 こうして、お開きとなった。

 

 イヴは意気揚々と合宿所へ戻っていく生徒達の背中を眺めていた。

 

「よう」

 

 そんなイヴにグレンが声をかける。

 

「何よ?俺の可愛い生徒達に余計なことすんなって、文句でも言いに来たわけ?」

 

「……アホ。違ぇよ」

 

 グレンは舌打ちさながら続ける。

 

「教育方針に関して言えば……まったくお前の言う通りだったんだよ。あいつらは俺が思った以上に優秀でな……そろそろ俺1人だけじゃ限界だった。上手くやりゃ、もっと伸びるのに……って、最近、申し訳ねえなって思ってたんだよ」

 

「……そう」

 

「だから、なんだ……お前が力を貸してくれるってんなら……その、なんだ……すげぇ助かる……まぁ……一応、あくまで一応、礼を言っておくわ……あんがとな」

 

「ふん……」

 

「しかし、なんだ……」

 

 グレンは続ける。

 

「……お前、本当に、あのイヴか?」

 

「は?どういう意味よ?」

 

「いや……さっきから俺の知っているイヴとお前が、まったく重ならないんだが」

 

「……あ?何それ?」

 

 イヴのこめかみに青筋が立つ。

 

「いや、だって、おかしいだろ!?イヴ=イグナイトって女は、もっと冷血で、嫌なヤツで、鼻持ちならなくて、嫌なヤツで、行き遅れで、嫌なやつで、人を駒のようにしか思ってなくて、嫌なやつで、顔を突き合わせる度に嫌み言って、嫌なやつで、えーと……とにかく、とてつもなく嫌なやつだったはずだっ!」

 

 グレンがイヴの鼻先に指を突きつける。

 

「なのに、何故だッ!?なんで、いきなり面倒見の良い、”皆のお姉様”みたいになってんだよ!?おかしいじゃねーかッ!?しかも、俺の事を認めるだと!?馬鹿なッ!?ありえねーだろっ!?」

 

「な……な……なぁ……ッ!?」

 

 イヴの方がプルプルと震える。

 

「さては!?お前、イヴのニセモノだな!?乗っ取られたか!?それとも着ぐるみか複製人形(コピー・ドール)か何かか!?ええい、チャックはどこだ!?スイッチはどこだ!?正体を現せッ!?」

 

 グレンがわりと本気で何かを看破しようとイヴの妖艶な身体をまさぐり始める。

 

「《死ね》ッッッ!」

 

 イヴは爆炎がグレン……と、何故かアルスを包み込む。

 

「「ぎゃああああああああああああああああ─────ッ!?」」

 

 完全に風評被害のアルス。いかに温和なアルスといえども怒る。

 

「何すんだよ!?」

 

「ちょっと、魔術制御をミスっただけでしょ!?……というか、そこにいるのが悪い!」

 

「なんだ、その暴論!?」

 

「とりあえず、どっか行きなさいよ!私はこの男をぶっ飛ばす」

 

 アルスとイヴがそんなことを言い合っていると。

 

「ぐぼはぁっ!?てっ、てめ、何しやがる!?」

 

「貴方ね、本当に私のことを一体、なんだと思ってるわけ!?」

 

「はぁ!?お前、今までの我が身振り返って見ろ、コラ!別人だぞ、マジで!」

 

「何よ、うるさいわねッ!このデリカシー死滅男ッ!」

 

「なんだと、この冷血ヒス女ッ!」

 

「冷血ヒス女……ぷっ……」

 

「本っ当に、軍時代から気にくわない男ね、貴方はッッッ!……あと、笑うな!このムッツリスケベ!」

 

「そりゃ、こっちのセリフだっつーのッッッ!」

 

「ムッツリ……スケベ……だと………ッ!……表出ろや、この行き遅れ女ァアアアアアアアアアアアアア─────ッ!」

 

 至近距離で言い合う3人。

 

「誰が行き遅れよッッッ!……少しは貴方達のこと、認めたのに!?やっぱり最低男とスケベ男だわ!」

 

「はっ!ちょっと、お前を見直してやったらすぐこれだ、この行き遅れ女め!」

 

「冷血ヒス女で行き遅れとか、もう救えねえなあ」

 

「こ、このッ!」

 

 2対1というこの状況では、流石のイヴも劣勢となった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、2組生徒達はイヴにしごかれていた。

 

 40対1なのに、イヴに汗1つかかせることができなかった。

 

 グレンとアルスは映像を生徒達と一緒に見る。

 

「……これは酷い」

 

 グレンの第一声はこれだ。

 

 生徒達は顔を真っ赤にして悶えている。

 

 ……別に負けるのはいいのだ。元々、実力差がありすぎるのだから。問題は、訓練中は気付けなかった、立ち回りの拙さや罠の引っかかり過ぎに身悶えしていたのだ。

 

「うわぁ……今の俺、なにやってんだ……意味ねーだろ、その呪文……」

 

「……今の僕……全然、イヴ先生の動き見てなかったなぁ……」

 

「ちょ、俺!?なんで、そこで【ゲイル・ブロウ】撃っちゃうんだよ!?どこをどう考えても、それイヴ先生の誘いだろう!?」

 

「うあああぁ、俺、ヤケクソになってる……恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……」

 

 グレンは映像動画の再生を頻繁に止める。

 

「ギイブル。お前は連唱(ラピッド・ファイア)後の判断がいつも遅ぇ。そのせいで余計な攻撃をくらってる」

 

「カッシュ……お前は、やっぱ突っ込み過ぎだな……」

 

「……リン。お前が戦い苦手なのはよくわかるから無茶は言わねえ。だが、せめて、もう少し目を開けてられるようにな」

 

 グレンが生徒1人1人に細かく指摘する。

 

「う……私も疲れてくると、想像以上に杜撰な立ち回りになってるわね……」

 

「私は、単純に呪文の詠唱が遅いかな。もっと早く唱えないと……」

 

 イヴやグレンですら、もう一つの問題点に気付いていない。

 

「もっと、別の呪文を使った方がいいよ?」

 

 これは、全てを取り入れて、全てを利用してきたアルスだから初日で気付けたことだ。

 

「と、言うと?」

 

「みんな、基本3属性と【ゲイル・ブロウ】くらいしか使ってないけど【スリープ・サウンド】とか【セルフ・トランスパレント】とか使ってみな?意外と生存戦とかだと役に立つから」

 

「な、なるほど……」

 

「【セルフ・トランスパレント】は直接戦闘の呪文じゃないけど、姿を消すだけでそれを探るのに少なくない集中力を使う。それだけでも、イヴさんにとってはウザいはずだ」

 

 そう言うと、半分以上の生徒がやってみようという顔になる。

 

「まさか、全員で使うなよ?姿を消す呪文ってのは、大人数いる中で少数を消すから意味があるんだ。学生相手なら1対多数でも使えるけど、イヴさん相手じゃ無理だから」

 

 釘をさしておくことにした。




 6680文字とはたまげたなぁ……次話か次の次くらいで終わるかもしれない……


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イヴvsルミア

 今回少なめなのは勘弁してください。体育大会の疲れが取れないんですぅ。

 月曜日に体育大会ってなんだよ……

 今回少ない分、明日はそれなりに多くする予定なので許してください……


強化合宿も10日が過ぎ、成長した2組の生徒は初日の頃の映像を見た。

 

「……な、なんだこれ……?」

 

「う、嘘だろ……?」

 

「こ、これ……本当に俺達か……ッ!?」

 

 生徒達は、全員が唖然としていた。イヴにボコボコにされるのは変わらないが、その内容と練度の違いは一目瞭然だ。

 

「別に驚くことじゃないわ。貴方達くらいの土台があれば、元々このくらいの立ち回りができて、当然なのよ」

 

 自分達の急激な変化に驚きを隠せない生徒達にイヴは淡々と言う。

 

「ただ、それを使いこなす訓練が圧倒的に不足していた、宝の持ち腐れだっただけ」

 

「ほ、ほへー……」

 

「もちろん、このまま、どこまでも伸び続けるってわけじゃないわ」

 

 イヴは警告する。

 

「今の土台に積めるものには限りがあるってことを忘れないこと。貴方達のこの成長は、グレンが今まで作ってくれた土台があればこそよ。これからも魔術師として成長したかったら、その土台を地道に作っていくことをゆめ忘れないように。慢心せず、グレンの教えをよく聞きなさい。……いいわね?」

 

「「「はいっ!イヴ先生っ!」」」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 イヴは今、大浴場にいた。

 

「……ふぅ」

 

 イヴは汗を流し、湯船に身を沈めて、深く息を吐く。

 

(……あの時から身体が軽い……)

 

 イヴの脳裏に浮かぶのは、ジャティスを待ち伏せしていたときだ。あの時、アルスの持っている歪な短剣を刺されてからイヴの身体は絶好調だ。

 

 そんなことを思っていると、複数の人物が湯船に入ってきた。

 

「やっぱり、お風呂の時間が楽しみなのよねーっ!」

 

「あはは、そうだね」

 

「ん」

 

 システィーナ、ルミア、リィエルを先頭に……

 

「あら、イヴさん、先に入っていらっしゃいましたの?」

 

「うふふ、ご一緒させてくださいね」

 

「あ……その……お邪魔します……」

 

 ウェンディ、テレサ、リンら、2組の生徒達が続々と入ってきた。

 

「ねぇねぇ、イヴさんって、本当に帝国軍の軍人さんなんですか!?」

 

「うんっ!信じられないくらい、お肌綺麗ですよね!?ああん、素敵!」

 

「その、焔みたいに鮮やかな赤い御髪も素敵!綺麗~っ!」

 

「ねぇねぇ、何か、お手入れのコツみたいなものあるんですかぁ!?」

 

 イヴは女子生徒達に囲まれる。

 

「コツというか……まぁ、ナルミオイルを取り寄せて、ちょっとだけ……」

 

「きゃ───っ!ナルミオイルですって!?」

 

「セレブだわ~~っ!」

 

「イヴさん、さっすが───っ!」

 

 その後は、イヴの初陣について話したり、何か爆発音がしたりと色々あった。

 

 少しすると。

 

「あの……イヴさん?」

 

「あはは……お隣いいですか?」

 

「ん、イヴ。一緒に入ろ?」

 

「……別にいいけど」

 

(リィエルとシスティーナはグレンに懐いていて、エルミアナ王女はアルスに懐いてるって感じね……リィエルは軍時代からで、エルミアナ王女は8年前くらいからかしら……)

 

 イヴは3人組を流し見る。

 

「あ、あはは、お湯が気持ちいいですよね、イヴさん」

 

「そうですよね、とってもいい湯加減ですね、イヴさん」

 

「ん」

 

 システィーナ、リィエル、ルミア……どれだけ控えめに見ても、トップレベルの美少女達だ。リィエルは仕方ないとして。ルミアとアルスは元々、主と従者の関係だったので納得できる。だが、システィーナがグレンに懐く理由がさっぱり分からない。

 

「あ、あのぉ……イヴさんって、グレン先生と本当はどういう関係なんですか……?」

 

 システィーナが恐る恐るそんなことを聞いてくる。

 

「以前、帝国軍で、グレン先生の上司だった……とは聞いていたんですが……べべべ、別に他意はないんです、他意は!ただ、ほ、ほら、先生ったら、本当に美人に弱いから!グレン先生がイヴさんに何か失礼なことをしないようにですねーッ!?」

 

 システィーナが慌てながら言うと、口を開いたのはイヴではなくルミアだった。

 

「イヴさんって、グレン先生やアルス君と仲が良いっていうか……気安い関係に見えて、気になってしまって……」

 

 ここでも、口を開いたのはイヴではなくリィエルだった。

 

「ねぇ……イヴって、グレンとアルス、どっちか好きもぐぅっ?」

 

 ストレートすぎるリィエルの両肩をシスティーナとルミアが左右から掴んで引き下げ、顔下半分を湯に沈めた。

 

「り、リィエルったら!?も、もう何言ってるの!?」

 

「あ、あはは、イヴさん、違うんです、そんなつもりは決して……」

 

(……グレンとは腐れ縁なだけ……でも、どうしてアルスに構ってしまうのかしら……)

 

 イヴは冴えた頭で考えると、1つの結論に思い至った。

 

「安心なさい。私とグレンには何もないわ。……グレンには……ね……?」

 

 イヴはルミアに対して、意味ありげな笑みを浮かべて大浴場から出て行った。

 

「……グレン先生にはって……ぇえええええええええええ───ッ!?」

 

 システィーナは驚き。

 

「……イヴさん……やっぱり、アルス君のことが……」

 

 ルミアは自分の予感が当たっていたことに少し残念そうにし。

 

「ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく……(システィーナ、ルミア。……そろそろ苦しい)」

 

 リィエルは未だお湯の中に、顔の下半分を沈められていた。

 

 

 ◆

 

 

「……まぁ、今の私にそれを伝える資格はない……か……」

 

 風呂から上がって、着替えたイヴが通路を歩きながら考える。

 

 通路を歩いていると。

 

「リンは防御に徹してもらうとして……カッシュは脳筋癖をもう少し治せばいけるだろう……問題はリィエルとルミアだな」

 

「ルミアは白魔術は得意ですけど、黒魔術はあまり得意というわけでもないですし……」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

「精神作用系の魔術との相性は良さげなんで、【スリープ・サウンド】の使い方とタイミングを教えればいけるんじゃないですか?」

 

「とりあえず、それでいってみるかぁ……」

 

「リィエルに関しては、持ち前の身体能力を活かして、近距離で【ショック・ボルト】とか【ファイア・ウォール】とかしかないと思うんですけど……」

 

「……否定できねぇ」

 

「と、とりあえず、これでいってみましょう。まだ時間はありますし、もう少しだけなら調整に時間もかけれますしね」

 

「ま、それが妥当だな」

 

 グレンとアルスの声が聞こえた。生徒1人1人の問題点や得意魔術を全て考慮して、作戦を立てているのだ。

 

「ふん……」

 

 鼻を鳴らしたイヴは何を思ったのか、給湯室へと入っていくのであった。



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アルスとイヴとグレンと……

 一応言っておくと、IF作品ではないこの章では、ヒロインはルミアです。イヴのヒロイン力が圧倒的過ぎて、忘れないようにね!


 こん。こん。こん。3回のノックが、グレンの部屋に響き渡る。

 

「私よ。入っていいかしら?」

 

「……ああ、勝手にしろよ」

 

 グレンが投げやりに返事を返すと、イヴは部屋の中に入ってくる。

 

 元々学院の宿泊施設の一室なので、必要最低限のものしかない、殺風景な部屋だったのだが────今は酷い有様だ。

 

 床には足の踏み場がないほど本や紙束が散らばり、今、アルスとグレンが話し合いながら向かってる机も、本や論文が山ほど積まれている。

 

 その頭上には、再生機が光の魔術で投射する映像窓がいくつも浮かんでいた。

 

「……まだやってたの?」

 

 イヴは音もなく歩み寄りながら問う。

 

「……………」

 

 グレンは無言。

 

 そんなグレンを見かねてアルスが口を開く。

 

「……まぁ、僕達に出来るのはこれくらいですから」

 

 アルスは答える。

 

 その答えを聞いて、イヴは机を覗き込む。

 

 グレンとアルスは2組の生徒1人1人が抱える課題やこれからの訓練方針を、一心不乱に紙へと書き連ねていた。

 

 生徒達の急成長は、イヴの存在がとても大きいが……日々成長し、変化する生徒達に合わせて、グレンとアルスが細かく課題を洗い出し、訓練方針を調整していたのも大きい。

 

 ただ、その重労働のせいでアルスとグレンの全身には、隠しきれぬ色濃い疲労が滲んでいた。

 

 特に、アルスは魔眼を併用しながら作業をしているため、心なしかグレンより疲労が滲みでている。

 

「はぁ……貴方達、最近、ちゃんと睡眠取ってるの?」

 

 イヴは呆れたように言う。

 

「ああ?」

 

 グレンはそんなイヴに見向きもせず、羽ペンをインク壺につけ、紙に文字を連ねる。

 

「少しは鏡、見なさいよ。……酷いくま。見られたもんじゃないわ」

 

「うっせえな。放っとけよ」

 

 グレンは欠伸交じりに言う。

 

「この程度がなんだってんだよ。生徒達の負担が一番大きいんだぞ?諸悪の根源な俺達がこの程度、やってやんねえでどうすんだよ」

 

「……ふん、案外、熱血なのね」

 

「はっ……そりゃ、こっちの台詞(セリフ)だ」

 

「グレン先生、休憩いいですよ。あとは、これだけなので僕がやります」

 

 アルスのその言葉でグレンは背もたれに身体を預け、天井を見る。

 

「お前もまぁ、よく毎日変わる俺の訓練方針の指示……しかも40人全員分に、文句の1つもなく対応できるな?まぁ、おかげであいつら、タケノコみてーに伸びてるが」

 

 教養を身につけさせることはできても、課題や訓練方針は立てることができても、アルスとグレンは所詮魔術師としては三流であり、邪道だ。

 

 イヴのように正統派に伸ばすような効果的稽古など、つけてやれるはずもない。

 

「……一応、礼を言っておく。あんがとな。お前がいて良かった」

 

「別に。今の私の仕事だし」

 

「ふん……まぁ、流石は帝国軍に名高き《紅焔公(ロード・スカーレット)》様ってとこか?お前、軍人より教師の方が向いてんじゃねーか?」

 

(アンタが言うな……)

 

 アルスの内心はこれ。

 

「……うるさいわね。放っておきなさいよ」

 

 イヴはふて腐れたように突っぱねる。

 

 グレンは、積み上げられた書類をイヴに差し出す。

 

「ほらよ。明日からの連中の課題と教育方針だ……これを後で読んでおいてく……」

 

「ふうん?どれどれ?」

 

 何故か途中で言葉を詰まらせるグレンを余所に、イヴは書類を斜め読みしていく。

 

「はぁ……貴方達、よく見てるわね。よくもまぁ、こんな細かいとこに気付くこと。なるほど……確かに言われてみれば……あの子達には、こんな弱点もある……」

 

「……………」

 

「ええ、いいわ。明日から、この子達の訓練はこの点を意識して……」

 

「……………」

 

「……って、何よ?珍しく褒めてやってんのに、さっきから黙って」

 

 イヴはグレンの呆れたような視線に気付いて問う。

 

「イヴさんの妖艶な身体を見て欲情してるんですよ」

 

 イヴはアルスの言葉に自分の身体を見る。

 

 すると、風呂上がりのイヴの姿は、胸元の大きく開いた薄いシャツ姿だ。先程まで暑かった為、ローブは肩に羽織るだけ。

 

「~~~ッ!?」

 

「ちょ!?馬鹿!誰がこんな女なんかにッ!?」

 

 イヴは顔を真っ赤にし、グレンは慌てながら弁明をする。

 

 少しして落ち着いたグレンが口を開く。

 

「……んで、お前は何しに来たんだ?」

 

 グレンはイヴに問う。

 

「疲れているだろう貴方達に紅茶を淹れてきてあげたのよ」

 

「……紅茶?」

 

 イヴがグレンとアルスの横にティーカップを置く。

 

「……お、お前が、俺に、紅茶だと……?」

 

「ったく、そんなあからさまに警戒しなくてもいいでしょう?……毒なんて入ってないわよ失礼ね」

 

「イヴさん、ありがとうございます」

 

 グレンは警戒し、イヴはそれを注意し、アルスは普通に感謝していた。

 

「命令よ。一息いれなさい。……今の貴方、本当に酷い顔してるわ」

 

「命令って……今のお前の軍階、俺の軍時代の軍階より下じゃねーか……まぁ、俺は退役しちまってるけどよ……」

 

「うるさい。黙れ」

 

 グレンもアルスもイヴも、ほぼ同時に紅茶を飲む。

 

「私が淹れた紅茶。……どうなのよ?感想くらい言いなさいよ」

 

「クッソ不味い」

 

「そうですかね?僕は普通にいけますけど」

 

 グレンは迷わず答え、アルスはイルシアという壊滅料理の天才がいたため、これくらいの不味さはむしろ美味しいのだ。

 

「アルス……お前疲れ過ぎて、ついに味覚が逝ったか……」

 

「……本当のこと言ってるだけなんですけど……」

 

「……………」

 

 グレンとアルスの会話をイヴは黙って聞く。

 

「渋くて苦くて酷ぇ味だ。一体、何をどうしたらこんなに不味く淹れられんだ?何か紅茶に恨みでもあんのか?ったく……相変わらず、紅茶はド下手なんだな」

 

「ふん……放っておきなさい」

 

 イヴも自覚はあるらしい。

 

 ちなみに、料理はイヴの趣味の1つなのだが、なぜかイヴは究極のメシマズであった。

 

「ったく……お前も少しはセラのやつを見習えよ。あいつは……」

 

 グレンは言ってから後悔した。完全に地雷なのだ。

 

「そうね……あの子が淹れてくれた紅茶は……とても美味しかった……」

 

 イヴはボソリと呟く。

 

「……確かに、セラさんの料理はおいしかったですよね……」

 

 次に口を開いたアルスが遠い目をしながら言う。

 

「なぁ……イヴ。お前……なんで、あの時、セラを見捨てたんだ?」

 

 やがて、グレンが意を決したように問う。

 

 その言葉を聞いて、3人の脳裏によぎるのは2年前の事件。

 

 特務分室が《女帝》セラ=シルヴァースを永遠に喪った……あの運命の日。

 

 イヴの判断で、アルベルトの援護が遅れ……結果、セラが死んでしまった、あの事件。

 

「セラが逝ったばかりの頃は……正直、俺も頭に血が上っててな。お前のせいだなんだと口汚く罵るばかりだったが……まぁ、最近、色々あって、ようやく頭も冷えたよ。あの時の事件に、冷静に向き合えるようになった……と思う」

 

「……………」

 

「で、冷静になるとな……やっぱり、どう考えても、あの時のお前の判断……腑に落ちねーんだよ」

 

「……………」

 

「お前は確かに冷酷な効率厨の手柄キチで、俺達を駒のように扱ってコキ使う嫌なやつだが……いくらなんでも、あんな”捨て駒”をやるようなヤツじゃなかったはずだ。社交舞踏会の一件もそうだが、一見”捨て駒”をやっているように見えても、ギリギリの一線でフォローはしている……そういう立ち回りをするやつだったはずだ」

 

「……………」

 

 イヴは無言。目を細め、ひたすら無言を貫く。

 

「それに……お前はあんなにセラと仲良かったじゃねーか。いやまぁ、セラのやつが一方的にお前に絡むだけだったような気もするが……性格ブスで友達いねえお前の、唯一の友人だったじゃねーか。なのに、なんでだ……?」

 

「……………」

 

「一体、あの時……お前に何があった?」

 

 無言を貫くイヴにグレンは問い詰める。

 

何もないわよ(・・・・・・)。……そう、何もない」

 

「……………」

 

「私は、戦果欲しさに、あの子(セラ)を切り捨てた。……それだけ」

 

 今度はグレンが目を細め、無言となる。

 

「ふん……今さら何も言い訳しないわ。そうよ?あの時、あの子を切り捨てる決断をしたのは私、あの子を殺したのは私よ?私はあの決断から逃げも隠れもしないわ。恨みたければ恨みなさい、好きなだけね」

 

 イヴが乾いた冷酷な笑いを浮かべている。

 

「……そうかよ。なら、もう何も聞かねえよ」

 

 冷え切ったグレンの言葉が、イヴを殴りつける。

 

 アルスは気まずい雰囲気を目を逸らさず、ずっと見ていた。

 

「……邪魔したわね」

 

 イヴはティーカップを放置したまま、逃げるように部屋から出ていこうと立ち上がる。

 

「ああ……俺からは、もう何も聞かねえ……だから、いつか話せよ。お前からな」

 

「……なっ!?」

 

 この瞬間、グレンとイヴの互いが歩み寄るために必要な何かが、雪解けした……

 

「な、なんのことだか……ッ!?」

 

 イヴは部屋を出ようとする。

 

「……それじゃ、僕も風呂行ってきます」

 

 アルスもそう言って、部屋から出ていこうとすると。

 

「きゃ!?」

 

 動揺していたせいか、イヴは床に積み上げていた本に蹴躓いてしまう。

 

 ぐらりと傾ぐイヴの身体────

 

「イヴさん!?」

 

 その後ろにいたアルスは慌てて手を伸ばして────

 

「痛たたた……」

 

 イヴは思わず呟くが、言うほど痛くないことに気付く。

 

「……………」

 

「あ」

 

 イヴは、床に仰向けになったアルスに馬乗りになって、組み敷いていた。

 

「あ、そ、その……わ、悪かったわね……私としたことが……」

 

 イヴは咄嗟に謝るが、アルスはイヴを見ようとしない。

 

「……………?」

 

 イヴはそんなアルスに首を傾げる。

 

「……イヴ……自分の姿を見ろ」

 

 イヴが首を傾げていると、グレンが指摘した。

 

 そして、イヴが自分の姿を改めて見下ろす。

 

 肩に羽織っていただけのローブはずり落ち、シャツの胸部は大きく開き、イヴのしなやかなおみ足は露わになり、豊かな胸元、黒いレースの下着が見えている。

 

 ────これは、どこからどう見てもイヴがアルスを襲っているように見える。

 

「な、な、な、な────」

 

 イヴが初心の少女のように真っ赤になり石像のように硬直する。

 

 イヴが硬直していると、アルスの顔色がどんどん青くなっていく。

 

「イヴさん!早くどいて!?」

 

 アルスの慌てふためく姿は珍しい。グレンがそう思っていると、廊下に3つの気配を感じた。

 

「あ」

 

 グレンは察した。この気配はいつもの3人組のモノだ。

 

「先生────っ!夜遅くまで、お疲れ様っ!お夜食作ってきまし────」

 

「アルス君の分もあるよ、私達、3人で作っ────」

 

「ん。食べて……ん?」

 

 アルスにとっては最悪のタイミングでルミア、システィーナ、リィエルが入室してきたのである。

 

「「「「「……………」」」」」

 

 アルス、イヴ、ルミア、グレン、システィーナの間に、圧倒的な沈黙が訪れる。

 

「アルスとイヴ……何やってるの?……格闘術の組み手?」

 

 唯一、状況を分かっていないリィエルの呟きを皮切りに。

 

「い、イヴさぁあああああああああああん!?あ、あ、貴方、一体、何をぉ────ッ!?」

 

「うわぁ……そ、そんな風に押し倒しにいっちゃうものなんだ……うわぁ……」

 

 システィーナは、イヴがアルスを押し倒している光景に驚愕し。

 

 ルミアは、真っ赤になった顔を両手で覆うものの、指の隙間からしっかりと、様子を見ている。

 

「ななな、なんて大胆なッ!?こ、これが大人!?これが大人の女性の攻め方なの……ッ!?……駄目ですってッ!?ここが学校で────」

 

「イヴさん……本当に、アルス君のことを……」

 

 システィーナとルミアは混乱に陥った。

 

「~~~~~~~ッ!?」

 

 イヴは真っ赤になった顔を両手で覆って、悶絶している。

 

「……………」

 

 アルスは、自分の予想していた展開と違うことに驚いてそれどころではない。

 

「リィエル……これが大人の女性だ」

 

「大人の女性……?……それは美味しいの?」 

 

 

 ◆

 

 

 その後、なんとか誤解を解いた。

 

 せっかくだから、皆で夜食会をしよう、という流れになった。

 

 サンドイッチの入ったバスケットを、皆で囲みつつ、和気藹々と夜食をとる一同であったが……

 

「……なんなのよ、この配置」

 

 イヴの左右には、ルミアとシスティーナ。因みに、アルスの隣はリィエルとルミア。グレンの隣はシスティーナとリィエル。

 

 システィーナはグレンを誘惑させないために警戒したのだ。

 

「え?と、特に意味はありませんよ?」

 

「あはは……意味はない……と思います」

 

 システィーナはグレンを取られないように警戒し、ルミアはアルス争奪戦の警戒をした。

 

「……あのね。貴女達、まだ何か誤解しているみたいだけど……」

 

 イヴが少し赤みがかった顔で弁明しようとしても……

 

「こ、これは!あの……そ、そうですっ!これはですね!節操のないアルスとグレン先生が、イヴさんみたいな魅力的な女性に襲いかからないように守っているだけでして────」

 

「白猫……お前、俺のこと、何だと思ってんの?」

 

「……………」

 

 グレンはシスティーナの発言に疑問を抱き、アルスは言っても無駄だと理解しているので無言でサンドイッチを食べている。

 

「……アルス君もやっぱり、イヴさんみたいな大人の女性の方が……」

 

 ルミアはボソッと呟き。

 

「……………」

 

 アルスはただ無言でサンドイッチを頬張る。

 

(……大人の女性も何も、イヴさんは行き遅れただけで……)

 

「痛いッ!?」

 

 イヴに対してとても失礼なことを考えていると、イヴからチョップを喰らった。

 

「……なんか、今失礼なことを考えられてる気がしたの」

 

 的を射た発言にアルスは冷や汗をかいているのであった。




 イヴさん……ヒロインやんけ……


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アルザーノ帝国魔術裏学院

誤字報告でウェンディ=ナーブレスのことをウィンディと書いていることを知って、驚きました。

 誤字報告をしてくださった、ゆっくり龍神様ありがとうございます。

 では、どうぞ。


アルスとグレン、ルミア、イヴ、システィ―ナ、リィエルで夜食会をしていると。

 

「……ん?なんだこれ?」

 

 グレンはそれに気づいた。足元に散らばっている様々な書類や資料の中……奇妙なメモ書きが1枚紛れ込んでいたのだ。

 

 拾い上げ、ランプの火にかざして見る。

 

 非常に読みづらい文章だ。

 

 半分くらい判別不能な文章から、辛うじて読める部分を拾うと────

 

 ────『裏学院』は罠。×××××××だ。足を踏み入れ××××××。 

 

 ────火を使うな。×にされて、××にされる。絶対に、火を使うな。

 

 ────アリシア三世に、気を付けろ。彼女の正体は×××××。

 

「ッ!?」

 

「……なんだこりゃ?」

 

 アルスはグレンの持つ紙を見て絶句し、グレンは背筋がぞくりと冷えるのを感じた。

 

 誰かの悪戯にしては、何かがおかしい。 

 

紙はどこにでもあるものだし、インクも市販のものだろう。言葉も一般的な共通語だ。だが、このメモには……ただの悪戯にしては決して感じられない、何か真に迫った必死さが血のように滲んでいる。

このメモで気になる単語と言えば……やはり『裏学院』、そして『アリシア三世』の2つだ。

 

『裏学院』は、学院が打ち立てた正式なプロジェクトだ。安心していい……はずだ。

 

 問題なのは『アリシア三世』の方だ。才媛揃いの王女の中でも最も優れた王女と言われている。だが、同時に曰くの多い人物なのだ。『何かとてつもない脅威が空からやってくる』『遥か遠き後世、聖なる王の血より生まれ落ちる悪魔の化身が国に災いをもたらす』などの予言をしている。

 

 『アリシア三世』は【メギドの火】の劣化魔術である【Project(プロジェクト)|Frame(フレイム) of(オブ) Megiddo(メギド)】を最初に打ち立て、ラザールの言葉を借りればフェジテを消すための『マナ堰堤式』をルザーノ帝国魔術学院に敷設した人物だ。

 

 グレンはそれを知ってるからこそ、このメモを無視できなかった。

 

 『アリシア三世』が関わっているからこそ、『裏学院』も怪しくなってしまう。

 

「……おい、イヴ」

 

 グレンは、システィーナ達と談笑していたイヴの鼻先に件のメモを突きつけた。

 

「……何それ?」

 

「お前に、1つ相談があるんだが……」

 

 グレンはイヴへ相談を持ち掛け、その日の夜食会はお開きとなった。

 

  

 

 風呂へと向かうアルス。 

 

「ねぇアルス君」 

 

 アルスを止めたのはルミアだ。

 

「……顔色が悪いけど……大丈夫?」

 

「……あぁ、うん。何でもない……」 

 

 ルミアの心配にアルスは煮え切らない答えで応じる。 

 

「何かあったの?」 

 

「……何かあったっていうか……何かが起こりそうというか……」 

 

 ルミアは首を傾げるしかない。 

 

「……とりあえず、裏学院で炎熱系の魔術は使わないで欲しい」 

 

 アルスの唐突の言葉にルミアは一瞬戸惑うが、アルスを信頼しているのだろう。すぐに頷いた。 

 

 その後、アルスはルミアと別れ1人で大浴場へと向かう。

 

「……Aの奥義書……裁断の刑……裏学院に足を踏み入れてはならない……か」

 

 アルスは湯船に浸かりながら呟く。

 

 アルスの魔眼はグレン達のような普通の人間には解析できないような文字ですら解析した。

 

 アルスの頭に残るのは『Aの奥義書』と『裁断の刑』だ。アリシア三世の正体がAの奥義書とはどういうことなのか。

 

「……Aの奥義書がアリシア三世なら、裁断の刑とやらに処して自分を復活させようとしてるのか?」

 

 アルスは思考を巡らせるが、情報が足りなさすぎる。せめて、Aの奥義書についてが分かれば可能性は出てくる。

 

 

「……もし……もしも、マキシムの持ってる手記がAの奥義書だったら……?いや、ないな」

 

 

 アルスは否定する。マキシムは馬鹿だが、それでも学院を卒業したほどの魔術師だ。ちゃんとした証拠があるからアリシア三世の24番目の手記と言ったのだろう。

 

 

「考えても仕方ないし……もう上がろ」

 

 この時のアルスは知らない。アルスの呟いた案が正解の一端だったことに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強化合宿の日々は、瞬く間に過ぎ去った。

 

 

 

 ────ついに、生存戦の日だ。

 

 

 

 

 

 

 2年次生の2組と模範クラスの計80名が中庭に集まっていた。 

 

 生存戦の審判を務めるイヴも当然いる。 

 

「やるだけのことはやったぜ……」 

 

「ええ、後は全力を尽くすだけですわ」 

 

 2組の生徒は緊張と闘志を胸に秘め。 

 

「あー、面倒臭ぇえな。マジでやんのか?勝負見えてるだろ、こんなの……」

 

「いいよいいよ、適当に遊んでやろうぜ?」

 

 模範クラスの連中はアルスにボコボコにされたというのに慢心と怠惰に浸かりきっている。

 

「さて、土下座と退学届の覚悟は決まったかね?アルス君」 

 

「……………」

 

 マキシムの嫌みに、アルスは無言を貫く。

 

「……何も言えないのかね?ふん!これだから腰抜けは困るよ」

 

「……………」

 

 イヴはアルスの顔を見るが、無視しているという顔ではなかった。ただ、マキシムの言葉が耳に入ってないような顔だった。

 

「チッ……まぁいい。それにしても……イヴ君。まさか、君がアルス君側についていたとはね」

 

 アルスの顔を窺っているイヴにマキシムは言葉をかける。 

 

「君は非常に若く美しい。力も才能もある。実は、私は君のことをいたく気に入っていたのだよ。そんな三流魔術師達などに与せず、これからは私の力にならぬかね?」

 

 紳士然を取り繕いながら、そんなことを言うマキシム。

 

「私なら、この学院で君に様々な便宜を取り計らってやれる。それに君の事情は知っているよ。私なら後々、君のお父上に口を利いてあげることもできよう。……どうかね?」

 

 マキシムは堂々と告げるが無理だ。イグナイト家はもう存在しない。正確には存在はしているが失脚した。

 

 アルスがイグナイト家の秘密を全て暴露したことで、イグナイト家は失脚したのだ。

 

「別に?私はアルスに与したとかそんなんじゃないわ。ただ、父上に仰せつかった仕事をこなしただけ。教えを請われたから、務め通り教えただけ」

 

 露骨に色目を使ってくるマキシムにイヴは冷ややかに鼻を鳴らす。

 

「そもそも、貴方みたいな小物が、私の父上に口利きなんてできるわけないでしょう?帝国に名高き三大公爵家の現当主よ?身の程を知りなさい」

 

「ぐっ……」

 

「早く生存戦を始めませんか?おじさんとお姉さんのナンパとか興味ないんで」

 

 アルスの言葉に、マキシムが舌打ちした。

 

「ふん。いいだろう。生存戦……ルールは以前、君に通達した通りだよ」

 

 マキシムがニヤリと笑う。

 

「それと、肝心の脱落基準なのだが……サブストによる致死判定など温いと思わぬか?」

 

「ああ、その辺りはどうでもいいから任せる」

 

 マキシムの発言にアルスは即答。

 

「なに?」

 

 アルスの発言にマキシムは眉を上げる。

 

 マキシムの発言とは、つまり護身用の初等呪文のみでの気絶、戦闘不能を致死判定とすることだ。それをどうでもいいと言うことは絶対の自信があるのか、ただの虚勢なのか。マキシムはアルスの真意が計れない。

 

「ただし、アンタがルールを変更するならこっちも変更させてもらう」

 

「何かね?」

 

「炎熱系の魔術は全面使用禁止だ。この条件が呑めないと言うのなら、そちらの条件もなしだ」

 

 アルスの目的はこちらだ。サブストによる致死判定などどうでもいい。何故なら、2組は負けないからだ。問題は裁断の刑の方だった。裁断の刑が何なのかは与り知らぬが、用心しておくに越したことはない。

 

「ぷっ……炎熱系禁止だってよ?だっせぇ」

 

「ぬりぃ連中だなぁ……そんなに怪我が怖ぇのか?」

 

 炎熱呪文は、護身用の初等呪文でも特に怪我しやすい危険な魔術だ。だからこそ模範クラスの連中はアルスが泡を食ったと判断したのだ。

 

「炎熱系の禁止……?……ほう、そうか、そういうことか……?」

 

 マキシムはそんなことを言いながらアルスを睨みつける。

 

「あのくだらんメモ書きの悪戯は、やはり君の仕業だったか、アルス=フィデス」

 

「……………」

 

「ふん。あんなものを送りつけて、一体、なんの揺さぶり作戦かは知らぬが……聞けんな。そもそも、君にルール決定権はない」

 

 アルスはため息をつく。それなりに巧みな話術によってルールを改変しようとしたアルスにマキシムは気付いたのだ。

 

 決闘のルール決定権は受け手側……つまり、マキシムにあるのだ。

 

「……こうするしかないか……」

 

 アルスの言葉にマキシムは眉を上げると。

 

「炎熱系を使わずに勝てばイヴさんを差し上げます。秘書でも愛人でもご自由に」

 

「はぁっ!?」

 

「ぬ……」

 

 イヴは驚愕し、マキシムは優美なラインを描き誇るイヴの肢体を天辺からつま先まで舐めるように眺める。

 

「ちょっと、どういうつもりよ!?あんな奴の愛人なんて死んでもごめんなんだけど!?」

 

「どうです?」

 

「……ふ、ふん。いいだろう。気に食わないが……それで手を打ってやる」

 

 イヴの言葉を無視して確認するアルスと見事なまでに釣られるマキシム。

 

「……何か策があるんでしょうね?」

 

 少し冷静になったイヴがアルスに問う。

 

「イヴさん、皆を信じてください……皆、ずっと頑張ったんです。マキシム魔導塾の連中になんて負けませんよ」

 

「……負けたら、責任……取ってもらうからね」

 

「ま、最悪失脚させるだけのネタはありますし……大丈夫ですよ」

 

 アルスとイヴは地味に怖いことを言っていた。

 

「さて。準備はいいかな?各々方。早速、始めよう……」

 

 マキシムが『アリシア三世の手記』のとある頁を開き。

 

「……《開門》」

 

 とある一文を左手の人差し指でなぞる。その途端、魔力が手記を走って、一文が光り輝き始め……すると、それに応じるかのように……

 

「────ッ!?」

 

 東西南北の校舎が時計回りに回転し始める。

 

 人間たちはそのままに、世界だけが回転していく。

 

 何分経ったのだろうか。いつの間にか、そこにはどこかの建物のエントランスホールだった。

 

「ま、マジかよ、これ……?」

 

「パねぇ……こんなもんが俺達の学院の裏側に……?」

 

 その場に会した生徒達は、模範クラスも含めて、皆一様に唖然としている。

 

「こ、これが、別次元の異界に作られたっていう『裏学院』だってのか……?」

 

「大規模とは聞いていたけど……限度ってものがあるでしょう?」

 

 グレンも。イヴも。

 

「り、理解したかね?この『裏学院』の校舎を有効活用することが、どれだけの利益をもたらすかということを……」

 

 張本人のマキシムですら圧倒され、戦いている。

 

「……………」

 

「……………」

 

 ただ、メイベルとアルスだけが、その圧倒的な偉容を前にしても、なぜかいつもの冷静さを崩さなかった。

 

 メイベルは周りを見渡し、アルスはメイベルとマキシムの持つ『アリシア三世の手記』を見比べていた。

 

 少しすると、生徒達の前に『門』が出現した。

 

「さて。その『門』は、くぐる者を『裏学院』の校舎内のいずこかへ、ランダムワープさせるように設定されておる。生徒達の初期配置はこの『門』で決まるのだよ」

 

「アンタの生徒が、勝負に有効な初期配置になる仕込みがないっていう保証は?」

 

「生徒達の初期配置は、私が審判として広域索敵結界で確認するわ。不正は不可能よ」

 

 最後にイヴとグレン、そしてマキシムで確認し合った。

 

 グレンは裏学院の規模に圧倒されている生徒達に振り返る。

 

「ようし、お前ら!」

 

 呆気に取られていた生徒達が我に返り、グレンへと視線を集める。

 

「この学院の未来とか、アルスの退学とか、今は気にすんな!とにかく全力でやれ!この2週間で培ったこと、全部出してくりゃそれでいいっ!」

 

 力強く笑うグレンに勇気を貰ったのか……

 

「もちろんよっ!?先生!私達に任せてくださいっ!」

 

「はい!頑張りますね!」

 

「ん」

 

 システィーナ、ルミア、リィエルが力強く応じて。

 

「よっしゃ!皆、気合入れて行こうぜッ!」

 

「ええ、特訓の成果……見せてあげますわっ!」

 

「ふん……やられっぱなしは趣味じゃないんでね」

 

 カッシュ、ウェンディ、ギイブルを筆頭に、2組の生徒達が沸き立つ。

 

 そんな2組の生徒達を見て、模範クラスの連中が嘲笑を浴びせるが、最早誰も気にしない。

 

「よっしゃあ!いざ、出陣じゃあああああああああ────っ!」

 

 グレンの上げた鬨の声と共に。

 

 2組の生徒達は、意気揚々と『扉』へ向かうのであった────

 

 

 

 ────たんっ。

 

 足音軽く着地する音が、辺りに響き渡った。

 

「……ここは?」

 

 『門』をくぐり抜けたルミアが、周りを見渡す。

 

 窓はない。そのため、酷く暗く、視界が悪く、息が詰まるような閉塞感がある。

 

 壁に灯るランタンの火は頼りなく、まるでどこかの牢獄のような雰囲気だ。

 

「これが『裏学院』……ん?」

 

 ルミアはふとそれに気づく。

 

 教室の壁の掲示板のようなものがあり……そこに羊皮紙が張ってある。

 

 その羊皮紙には、こう書かれている。

 

 ────校舎内の火遊び禁止

 

 ────これを犯した者は『裁断の刑』に処す

 

 学院長・アリシア三世

 

「……火遊び禁止……アルス君が言ってた通り、ここでは炎熱系魔術は使っちゃ駄目なのかな……?」

 

 ルミアはこんな気味の悪い場所でも可愛く小首を傾げるのだった。

 

 

 ◆

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 アルスは全力で走っていた。

 

 アルスの目指す場所はルミアのいる教室────ではなく、学院長室だ。

 

 アルスは2組の生徒の心配など微塵もしていない。イヴの特訓を一生懸命受けた2組の生徒達が負けることなどありはしないから。

 

 魔眼を起動して、最短のルートで向かう。話を聞かなければならないのだ。今、この世界において最も秘密に近づいた少女から『メルガリウスの天空城』と『王家の血の秘密』そして『禁忌教典(アカシックレコード)』について……

 

 もしかしすれば、その少女はアルスの持つ魔眼についても知っているかもしれない。

 

「……アルス(少年)が求めたのはルミア(少女)を守る力ってか……?」

 

 アルスのそんな呟きは『裏学院』の不気味な闇へと吸い込まれていった。




 アルスは時々夢を視る。それは真実なのか、はたまた夢なのかは分からない。

 少年が世界の全てを敵に回しても少女を守る……そんな物語。

 少年は強かった。誰よりも……文字通り、誰よりも。その強さが慢心だったのかもしれない。少年がいない間に少女は殺されてしまった。

 少年は嘆き悲しんだ。どれだけ強くても、その場に自分がいなければ意味がないのだ。

 少年は言った。

『この力があれば少女(あの子)を守れるって思ってた……でも、本当に必要なのはこんな力じゃなかったッ!本当に必要なのは全てを知る力だったッ!……少女(あの子)を守れないなら……こんな力、オレはいらないッ!』

 少年は力を捨てた。何百年に1人の確率で得られるような、そんな力を捨てた。戦闘において天賦の才を発揮した少年がその才能をすべて捨てて、全てを知るための力を欲した。

 少年は、全てを視抜き、全てを視透かし、全てを知るための力を欲した。

 これから先、自分の愛した少女と同じ結末を辿らせることがないようにと……

 少年の願ったモノは、シンプルで圧倒的な力ではなく、過ちを繰り返さない為に全てを知り、その結末を回避する力だった。


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アルスとメイベル

 お気に入り登録749名ありがとうございます。

 あと純粋な疑問なんですけど、僕がもし別の小説を書くなら何か書いて欲しい小説とかありますか?

 書くか書かないかは別として……


とある廊下にて────

 

「止まれよ、そこのお前」

 

 不意に響き渡った声に、1人廊下を進んでいたシスティーナは足を止める。

 

 先の廊下の十字路から2人。後ろの教室から1人。

 

 合計3人の模範クラスの生徒達が現れ、システィーナを挟み撃ちにする。

 

「ふっ……お前とアルス?とか言う奴は雑魚クラスの中でもちょっと強いみたいだからね……悪いけど、早々に潰させてもらうから」

 

「いくらお前でも、さすがに3人同時は相手にできねーだろ?」

 

「卑怯か?はは、悪く思うなよ?これが”生存戦”だ」

 

 自分達の有利と勝利を疑わない模範クラスの生徒達。

 

 システィーナは何も応じず、無言で身構える。

 

 

 ◆

 

 

 一方、とある教室にて────

 

「ぉおおおおおおおお────っ!ラッキーッ!こいつはついてるぜッ!」

 

 ルミアの前に現れた模範クラスの生徒────ディーンは大はしゃぎだった。

 

「2組の中でも1番の美少女の金髪巨乳ちゃんに、こうしていきなり出会えるなんて……俺、ついてるぅうううううう────ッ!」

 

「あ、あはは……どうも……」

 

「あー、大丈夫大丈夫!痛くしないよ、手加減してあげっから!それはそうと、俺が君に勝ったら、俺と付き合ってくんない?ね?いいだろ?俺が強くてカッコいいってとこ、今から見せてあげるからさ!」

 

「えーと……彼氏がいるので、お断りしますね……」

 

「彼氏?どーせ、ブスで雑魚だろ?まぁいいや、女は黙って強い男に従ってりゃいいんだって。てなわけで────」

 

 曖昧に笑って戸惑うルミアへ、ディーンは左手を向ける。

 

 模範クラス(自分達)を負かしたアルス(相手)のことを知らないとはいえ、雑魚と言ったディーンにルミアは容赦しない。

 

 アルスがルミアの悪口を許容しないように、ルミアもアルスの悪口を許容することは有り得ない。

 

 

 ◆

 

 

 また一方、とある階層の遮蔽物の無い廊下にて────

 

「……見つけたよ」

 

 廊下を歩いていた模範クラスの生徒────ザックの背後から、不意に声がかかる。

 

 振り返って見れば、ギイブルがいた。

 

 この教室に潜んでいたのだ。

 

 一応索敵結界張ってたはずなんだがな……そう舌打ちしながら、ザックが言った。

 

「あ?何の用だよ?」

 

「決まってるだろう?……先日の借りを返しに来たんだよ」

 

 吐き捨てるように言うギイブルを、ザックはへらへらと笑いながら振り返る。

 

「はっ、雑魚が何、格好つけてんだよ?馬鹿じゃねーの?背後から不意討ちしときゃよかったじゃねーか?まぁ、お前如きの不意討ちを喰らう俺じゃねーけどよぉ?」

 

「御託はいらない。さっさと始めよう」

 

 

 ◆

 

 

 また一方、とある階段の踊り場にて────

 

「あははっ、いたぁ!」

 

「くすくす……どう料理してあげましょうかしらぁ?」

 

「……ウェンディ」

 

「大丈夫ですわ、2対2です。わたくしが前衛を。テレサは援護を頼みますわ」

 

 模範クラスの女子生徒達。

 

 ウェンディはテレサを庇うように前へ出る────

 

 

 ◆

 

 

 また一方、とある儀式実験室にて────

 

「よっしゃ、やっと1人目見っけ!ったく、俺、どうも引きが悪いな……急がないと他の連中に獲物取られちまうってのに!」

 

「けっ……こないだのように行くと思うなよ!?」

 

 眼前の相手などまるで眼中にない模範クラスの生徒を、カッシュが怒鳴りつける。

 

 

 ◆

 

 

 また一方、『裏学院』の学院長室にて────

 

「……やっと見つけた」

 

「ッ!?……貴方ですか……どうやってここへ……?」

 

 『裏学院』の学院長室────アリシア三世の部屋は、真っ当な手段では、到達できない。ここは魔術的な細工によって『裏学院』の校舎内を、決まった道順で通過せねば発見・入室できない、『秘密の部屋』なのだ。

 

 その正しい道順────暗証呪経路(パスルート)を知る者は────故・アリシア三世のみ。

 

 だが、その誰も立ち入れないはずの部屋の机の傍に1人の少女が、そして部屋の入口に1人の少年がいた。

 

 メイベルとアルス。この2人は、本来誰もいないはずの場所で再会した。

 

「話はあとで……かな?早く再編纂を終わらせなよ」

 

 衣服を脱ぎ捨て、上下の下着姿であるメイベルを見てアルスは言う。

 

「……その……見られていては、やりにくいのですが……」

 

「それは失礼」

 

 そう言って、アルスは後ろを向きメイベルは執務机の上に会った羽ペンとインク壺を使って、自分の柔肌に文章を書いていく。

 

 少しして、メイベルの再編纂が終わった。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 メイベルのその言葉でアルスはメイベルの方を向く。

 

「それで……どうして、この部屋にこれたのですか?」

 

 メイベルの疑問は至極当然だ。

 

「……その前に1つ、聞いていいかな?」

 

「なんでしょうか?」

 

「Aの奥義書がアリシア三世とはどういう意味だい?」

 

 グレンとマキシムが貰ったメモに書いてあったものだ。

 

「あれが読めたのですかッ!?」

 

 メイベル自身理解している。あんな文字は読めないと。だが、目の前にいるアルスは読んだのだ。

 

「質問に答えてくれ」

 

「……そうですね。まず私について話しましょうか……私はマキシムが摑まされた偽物の手記ではなく、本物の『アリシア三世の24番目の手記』なのです」

 

「……つまり、偽物の手記ってのが……」

 

「はい、Aの奥義書です。そして、ここまで聡明な貴方なら気付いているでしょう」

 

「……アリシア三世は二重人格障害者(・・・・・・・)だった……」

 

「はい。私、『アリシア三世の24番目の手記』は辛うじて正気を保った彼女が書いた物です。そして、Aの奥義書は発狂した彼女が禁忌教典(アカシックレコード)に対抗するための力として求めた結果です」

 

「教えてくれてありがとう。そして、次は僕の番だ。どうやって、ここに来たかっだったね……魔眼だよ」

 

「……魔眼……?」

 

「そ、魔眼。大きく言えば異能。それを使って、目的の場所へ行くためのルートを視ただけさ」

 

 アルスの答えに、メイベルは顎に手を当て考える仕草をする。

 

 メイベルが考えていると。  

 

「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ────ッ!?」

 

 悲鳴が聞こえてきたのだ。

 

「……あぁ……使ってしまったのですね、炎熱系の魔術を……」

 

「……これが、噂の裁断の刑……?」

 

「はい。Aの奥義書が禁忌教典(アカシックレコード)に最も近づけたのは、人間を構成する大量の情報の中に禁忌教典(アカシックレコード)へと至る道があると考えたことで人の全てを本にして、自分の知識として蓄えるからです」

 

「それはまた物騒な……」

 

 アルスとメイベルはグレン達と合流するために学院長室を後にした。

 

 

 ◆

 

 

 アルスとメイベルはグレンの元に着いて見たのは。

 

 マキシムの持つ『Aの奥義書』が生き物のように蠢いて、寄り集まって人の形を形成していく瞬間だった。

 

 やがて、1人の女性が姿を現した。

 

 謎の女性の唐突な出現に、マキシムは悲鳴を上げ、腰を抜かしてへたり込む。

 

 百戦錬磨のイヴですら、言葉を失って唖然と硬直していた。

 

「な……何者だ、てめぇ……?」

 

 グレンの問いに、その女は、にこりと嗤って答えた。

 

『アリシアです。……アルザーノ帝国第13代女王にて、この学院の初代学院長……アリシア三世ですわ、くふっ、くふふふふふ……ッ!』

 

 不気味に嗤うその姿に、壊れた笑顔。

 

 完全に空気を逸してる。

 

『さて、マキシム様。私を使って、この学院にお越し頂き、まことにありがとうございます。貴方様のおかげで、私は使命を果たすことができますわ』

 

「ひ、ひぃいいいいいいいい……ッ!?」

 

 女の優雅な一礼に応じるだけの余裕は、失神寸前のマキシムにはない。

 

『そして、ようこそいらっしゃいました、我が真なる学院へ。貴方も、私の”本”にしてさしあげましょう……永遠にこの私の力となるのです……さぁ────」

 

「や、や……やめぇ……ッ!?く、くる、来るなぁ……ッ!?」

 

 女の腕がマキシムを抱擁しようとした瞬間。

 

 乾いた銃声が1発。

 

「……間に合いました」

 

 ホールに続く通路付近に、1人の少女が火打ち石式拳銃(フリントロック・ピストル)を構えている。

 

 その銃口からは、真新しい硝煙が上がっている。

 

「お前は────メイベル!?」

 

 グレンがメイベルの名を呼んだ瞬間。

 

 撃たれた女は本の頁と解けて崩れていった。

 

 周囲に散らかる頁には、文字が読めないほどに、べったりとインクが付いている。

 

「ど、どうなってんだ?倒した……のか?なんで……?」

 

 グレンの疑問も仕方ない。この本達は【ライトニング・ピアス】が効かないのだ。銃なんかで倒せるとは思わなかった。

 

「とりあえず、ここを離れましょう」

 

 メイベルの背後から現れたアルスに一同は驚くが、すぐに行動に移した。

 

 そこは裏学院校舎第二階層、南の大講義室。

 

 位置と構造的に、避難に一番適している場所だ。

 

「簡易的ではありますけど、結界を張りました。これでしばらくは、あの本の怪物達も入ってこられないでしょう」

 

 メイベルはどこからともなく取り出した本の頁のような紙を、この大講義室へと続く3つの出入り口の付近に、ペタペタと張りながら、そんなことを呟く。

 

「あ、危なかったわね……」

 

「うん、そうだね」

 

「ん、大丈夫。システィーナとルミアは、わたしが守る」

 

 なんとか無事にここへ辿り着いたシスティーナやルミア、リィエル。

 

「くそ……また、なんかとんでもねえことに巻き込まれちまったようだぜ……」

 

「みたいだね。どうなることやら……」

 

 カッシュ、ギイブル、セシル、ウェンディ、テレサ、リンら、2組の生徒達。

 

「ひぃいいいい……い、一体、なんなんだ……なんなのだ、アレは……ッ!?」

 

「嫌だ嫌だ嫌だ……助けて……誰か助けてくれよぉ……」

 

 寄り集まり、頭を抱えながら震えるマキシムと模範クラスの生徒達。

 

 最終的に、ここに辿り着けた生徒達の総数は約30名ほどだ。半分以上の生徒達はここに至るまでに、あの本の怪物達に触られ、本にされてしまった。

 

 本来なら、今すぐにでもここから脱出するべきなのだが、マキシムの持っていた偽の『アリシア三世の手記』も失われたので脱出することすら叶わない。

 

 こんな絶望的な状況に、グレンが痛んでくる頭を必死に押さえていると。

 

「こうなることは……わかっていたんです」

 

 グレンの元へメイベルがやってくる。

 

「だから、貴方達にはこの裏学院での生存戦から手を引いて欲しかったんです。文章で警告もしたんです。せめて、私が彼女(・・)と全ての決着をつけるまでは……」

 

「おい、お前。とりあえず、知っていることを全部話せ。全部だ」

 

 グレンは警戒しつつ、メイベルを問い詰める。

 

「お前は何者だ?あの化け物どもはなんなんだ?この裏学院はなんだ?」

 

「そうですね……一体、何から話すべきでしょうか。まずは私の正体でしょうか?」

 

 メイベルは一呼吸置いて、言った……

 

「私は、マキシムが摑まされた偽物ではない……本物の『アリシア三世の手記』です」

 

 ……あまりにも意味不明過ぎることを……

 

「おい、バカ野郎。ふざけている場合じゃねえぞ?」

 

「ふざけてなんかいません」

 

 グレンの怒りをさらりと流し、メイベルは左袖をまくって、右手でその左手を爪弾く。

 

 パラパラパラ……その左手がまるで本の頁のようにめくれた。

 

「────ッ!?」

 

 それを目の当たりにしたアルス以外の全員が驚愕と動揺に包まれる。

 

「これで、分かりましたか?私は人間ではありません。”本”なのです」

 

 硬直するグレンにメイベルは続ける。

 

「私の生みの親……執筆者はタイトルの通り、アリシア三世です。正確には、アリシア三世の人格と記憶を複製した一種の魔導書的存在が、この私、メイベル。生前のアリシア三世は、こうなる時に備えて、私を学院付属図書館の封印書庫の奥で、密かに眠らせていたのです。普段の私は本当に手記の姿ですけど、有事の際には、アリシア三世の少女時代の姿形を取って、事態を収拾すべく行動を起こすよう、定義(プログラム)されています。この裏学院は、とある邪悪な魔術儀式場。私はその儀式の完遂を防ぐために────」

 

「ちょっと待てよ」

 

 グレンは警戒も露わに吐き捨てる。

 

「いきなり話がおかしいだろ。アリシア三世がこんな事態に備えて、お前を残していただと?このクソったれな裏学院を作ったのは、アリシア三世だろうが!?」

 

「……なんで、こうも察しが悪いのでしょうか……」

 

 グレンの怒りを気にも留めていないメイベルは後ろにいるアルスに言う。

 

「あはは……グレン先生、アリシア三世は、二重人格障害者だったんですよ」

 

「な……?」

 

「アリシア三世は『魔導考古学』を研究するうちに、”何らかの真実(・・・・・・)”に気付いてしまったのです。そのせいでアリシア三世は気が触れ、二重人格となってしまった。晩年のアリシア三世は狂気と正気の人格を持ってたんですよ」

 

「つまり……この『裏学院』を作ったのは……?」

 

「そう、狂気に陥ったアリシア三世。そして、この私を残したのは、辛うじて正気を保っていたアリシア三世。狂気の彼女は『裏学院』を使った、とある狂った儀式を断行しようとし、正気の彼女はそれを止めるために私を残した。彼女は2つの人格の間で、完全に自己矛盾な行動を取っていたのです」

 

「……………」

 

「少し……長い話になります。どうか、聞いてください」

 

 すると、メイベルと名乗っていた『アリシア三世の手記』は、語り始めた。

 

 それは、本である彼女自身(メイベル)に記述されたという、この事態の全ての真実であった。

 

 偉大なる女王にて、教育者でもあったアリシア三世。

 

 晩年、『魔導考古学』に傾倒した彼女は、ある時、唐突に発狂してしまった。

 

「理由は不明です。こればかりは、わたしにも記述がないからわからないのです。ただ、彼女は『魔導考古学』を研究する過程で、”何らかの真実(・・・・・・)”に気付き……そのせいで、何かに怯え……とにかく、それに対抗するための力を求めるようになったのです」

 

「その対抗するための力ってのは、なんだ?」

 

「最近、よく耳にする禁忌教典(アカシックレコード)ですよ」

 

 グレンの質問に答えたのは『アリシア三世の手記』ではなくアルスだった。

 

 また、その名前か。

 

 厄介ごとの先々で、先回りする単語に、グレンが苦い顔をする。

 

「狂気の彼女は、その禁忌教典(アカシックレコード)に限りなく近づいた『Aの奥義書』と呼ばれる本を作り上げることを目的としていました。その本を作るために必要な参考文献は……人間」

 

「おい、まさか……?」

 

「はい。狂気の彼女は、その人格と記憶をベースに『Aの奥義書』を作り、本化させた人間を大量に『Aの奥義書』へ取り込むことで完成品を作り上げようとしました。人間を構成する大量の情報の中に、禁忌教典(アカシックレコード)へと至る道がある……そう考えていたのです」

 

 そして、メイベルは辺りを見回しながら言った。

 

「この裏学院は、そのための巨大な魔術儀式場。『特異法則結界』という魔術をご存知ですか?異界の内部を、通常の世界法則とは異なるルールで支配する魔術です。人間を本に変え、情報化するなどという超常現象が起きる理由は、まさにそれです。この世界で『Aの奥義書』の断片……あの本の怪物に触れた者は、その身体を本に作り替えられてしまうんです」

 

「……………」

 

「でも、そんな狂気に堕ちた彼女の計画は頓挫しました。いざ生徒達を犠牲にする前に、正気の彼女がギリギリでそれを止めたんです。正気の彼女は、その人格をベースに私を執筆した後、『Aの奥義書』を『裏学院』の最奥に押し込め……そのまま『裏学院』そのものを封印してしまった。そして……自殺したんです。この銃で」

 

 アリシア三世の死因については、病死、暗殺死、事故死、諸説は多々あるが……自殺だった。

 

「かくして、『Aの奥義書』は『裏学院』に封印され、『裏学院』は完全に表学院から隔絶されることになてしまったのですけど……最近、その境界にヒビが入りました」

 

「まさか……先の異変の学院校舎の破損か?」

 

「はい。表の学院と裏の学院には次元位相的に密接な関係があります。表の学院が今までにないほど破壊されたせいで、『Aの奥義書』────狂気のアリシア三世が、表の学院に干渉する、ほんの僅かな隙間が次元の間に生まれてしまったんです。そして、『Aの奥義書』は、その隙間からマキシムへ、自身の断片を渡しました……外側から『裏学院』の出入り口を開けさせ、人を招き入れるために」

 

「そうか。その断片が、マキシムが持ってきた『アリシア三世の手記』か」

 

「……はい」

 

「まぁ、状況はわかった。……問題は、だ。俺達はここから脱出できるのか?本になった連中は……元の姿に戻せるのか?」

 

「今、この裏学院の機能と『特異法則結界』を、上位権限で支配しているのは『Aの奥義書』────狂気のアリシア三世です」

 

「ほう?つまり?」

 

「彼女を消滅させれば、結界は解かれ、先生達は私の機能を使って、この裏学院から脱出することができます。生徒達も元の姿に戻る……のですが……その……」

 

「……?」

 

 メイベルが言葉を濁したことにグレンは困惑する。

 

「……”裁断の刑”に処されなかった者以外は」

 

「……ッ!?」

 

 2組の生徒達は予め、炎熱系の魔術を厳禁していたから大丈夫だった……だが、あの本の怪物が現れたとき、模範クラスの生徒は使ったのだ。

 

「『Aの奥義書』は、ありとあらゆる物理・魔術的攻撃に無敵になるように設計されました。けど、恩恵には代償が必要────それが魔術です。そんな無茶な特性を付与したため、元々、本という特性存在の弱点である、炎に極端に弱くなってしまいました」

 

「そうか。その弱点を補うために作ったのが、火遊び厳禁っていうルールか」

 

「はい。これを『裏学院』内で犯した者は無条件で本化されて……裁断処分を受けてしまいます。『特異法則結界』のルールは、状況が限定されているだけに強力で絶対的です。この『裏学院』で、このルールから逃れられる者はいません」

 

「……………」

 

 死。その言葉に、グレンが押し黙る。

 

 裁断の刑に処された者は全員模範クラスの生徒だ。どんなに、ゴミで屑でイラつく奴でもグレンは救う。

 

 これがアルスとの違い(・・・・・・・・・・)。グレンは今も、もっと上手くやれば、救えたのでは……と考えている。だが、アルスはそんなこと微塵も考えていない。

 

「せ、先生……?」

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「グレン……平気?」

 

 システィーナやルミア、リィエルは心配そうにグレンの顔を覗き込む。2組の生徒達もグレンを心配そうに見ている。

 

 例外としてイヴだけが、アルスの悲しそうな顔を見ていた。

 

「おい!メイベル!古本回収作業だ!お前『Aの奥義書』の本体の居場所、知ってるんだろ?とっとと案内しろ!」

 

「協力……してくれるのですか?」

 

「あのな、協力せざるを得ないだろうが」

 

 グレンは憮然と応じる。

 

「ここから脱出しなきゃなんねーし、本にされた俺の生徒を放っておくわけにもいかねえし、クソガキだが、まだ救える模範クラスの連中を見捨てるのも寝覚めが悪ぃ」

 

「……………」

 

「それに放置すりゃ、これからもその古本と裏学院が、表の連中に悪さすんだろ?ンな危険なもん、放置できるかっての!」

 

「その……貴方は……怒っていないのですか?アリシア三世を……私達を……?」

 

「怒ってるに決まってるわ、ボケ!」

 

 グレンが、メイベルに猛然と喰ってかかる。

 

「まったく余計なことしくさりやがって!だが、そんなことは後だ、後!」

 

 メイベルはその言葉を聞いて、不思議な人を見る目でグレンを見る。

 

「……そういう人なんですよ、陛下」

 

 システィーナが苦笑いで言った。

 

「その力も、怒りも、本当に大切に思えるもののために振るう……そういう人なんです。ために思いっきり道を間違えそうになりますけどね」

 

「……そう。……とても生徒思いなのですね」

 

 メイベルはため息を吐く。

 

「私にも……アリシア三世にも……グレン先生のほんの10分の1でも生徒を思う心があったなら、こんなことにはならなかったのに。狂気に陥っていたとはいえ、『火遊び厳禁』……生徒を殺めるこんなルールを作ってしまうなんて……もう、かつての私は、教師として完全に失格だったんですね……」

 

 メイベルの横顔はアルスの様にとても悲しそうで……寂しそうだった……




 きょ、驚愕の8118文字……

 あと、この章の後日談は結構なオリジナル要素を含むので、見たくない方は見ない方がいいと思います。

 後日談の前書きにも書きますが、一応先に言っておきます。

 因みに、この話を書き始めたのは3時27分です。2時間10分で書き終わるって……嘘だろ……


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生徒達の強き意思

 なんか、最近書き過ぎてる気がする……一話辺りの文字数が5000や6000超えるんです。

 もう少し、少ない方がいいですかね?



「さて……これから古本回収作業を始めるわけだが……」

 

 グレンは、この場所に集う者達を見回しながら、作戦を考えていた。

 

 敵の質は大したこないが、物量が凄まじい。質より量とはまさにこのことだ。

 

 グレンやイヴ、アルスだけでは手が回らない。グレン達にも頭数が必要なのだ。

 

「当然、私達もついていきますからね!先生」

 

 システィーナ、ルミア、リィエルがグレンの前に出る。

 

「先生は戦い方が危なっかしいから、背中を守る人が必要でしょう?」

 

「足手まといにはなりませんから。だから、先生、お願いします。私達も一緒に……」

 

「ん。わたしはグレンの剣」

 

 そんな頼もしい3人娘の言葉に、グレンは思わず頬を緩める。

 

「へっ!この期に及んで仲間ハズレはなしだぜ、先生!」

 

「ふん、さっさとこのくだらない騒動、終わらせましょう」

 

「ええ!わたくし達も先生のお力になってさしあげますわ!」

 

 3人娘の影響を受けたのか、カッシュ、ギイブル、ウェンディら2組の生徒達も、次々とグレンの下に集まる。

 

「さすがに、リンみてーな、戦いが苦手なやつは、ここに置いていくけどさ……なんか、敵の数、スゲェ多いだろ?頼むよ、先生。俺達も連れてってくれよ!」

 

「わたくし達でも、先生の露払いくらいはできますわ!」

 

「自惚れかもしれませんがね。……むしろ、僕達がいないと戦力的に厳しいのでは?」

 

 カッシュ、ウェンディ、ギイブルが縋るようにグレンへ頼み込む。

 

 生徒達はあれほどの恐怖を目の前にしても、折れていない。

 

 グレンが教えてきた通り、冷静に客観的な事実を見極め、今、自分達が為すべきことを見据え、自分にできることをしようと決意に目を漲らせている。

 

 理性で感情を制御し、常に怜悧なる思考の中に身を置く……もう、立派な魔術師なっていたのだ。

 

「ああ、わかった。むしろ、こっちから頼む。今回はお前らの力を貸してくれ」

 

「「「よっしゃあああああああああああああ────っ!」」」

 

 グレンに認められ、任された……その嬉しさに2組の生徒達が沸き立つ。

 

「わ、私は行かないぞッ!」

 

 マキシムの叫びが、その場に水を差す。

 

「あんな狂ったモノに立ち向かうなんて……どうかしている!?」

 

 学院長就任初日に、フェジテ最悪の3日間の功労者達を馬鹿にした人物とは思えないほど震えていた。

 

 目を血走らせ、冷や汗を滝のように流し、まさに理性崩壊寸前といった有様であった。

 

 アルスが周りを見回すと。

 

「誰か助けて……誰か助けて……誰か助けて……」

 

「嫌だ、嫌だ……本にされるなんて嫌だ……嫌だ……」

 

 マキシム率いる模範クラスは全員が恐怖に支配されていた。

 

 皆、あの狂気に呑まれ、正気と精神を削られ、心が折れてしまったのだ。

 

 アルスはそんな模範クラスの生徒を見て、懐かしいものを見るような目で見る。

 

 強い力を持っていても、圧倒的な恐怖の前では無力なのだ。それは、物理的な強さではなく、心の強さの問題だから。 

 

 アルスも同じだった……暗殺者として人を殺してきたアルスだからわかる。

 

 自分が絶望しているとき程、周りは見えないものだ。だからこそ、自分は無力だ・自分には何もできないと思ってしまう。

 

 その結果、震えて助けを求めることしかできなくなる。

 

 アルスがそんなことを思っていると。

 

「も、もう、私達はお終いだ……あんな化け物に敵うわけがない……私達は1人残らず本にされてしまうのだ……嫌だ……本にされるくらいなら、いっそ────」

 

 マキシムは言い終わる前に横に吹き飛び壁に激突した。

 

 アルスの右手の甲がマキシムの左頬に直撃したのだ。

 

「悪いね。この高まった士気を下げるわけにはいかないんだ」

 

 初めて、グレンに頼りにされたことで2組の生徒達の士気はこれ以上ないくらいに高まっている。だからこそ、マキシムの言葉は士気を下げる原因になりかねないので寝てもらった。

 

 グレンは思い出したようにメイベルに聞く。

 

「1つ聞きてえんだが……お前、そこまで今回の事件の真相を知っておきながら、なんで今までずっと黙っていたんだよ?もっと、早く公にしてりゃ────」

 

「これは、私の……アリシア三世の不始末です。だから、私は1人で決着をつけるつもりでしたし……何より、公にすること自体が不可能だったのです」

 

「……どういうことだよ?」

 

「私は正気のアリシア三世に執筆されましたが、同時に、狂気のアリシア三世の検閲も受けていて、気付かぬうちに、私の行動原理(プログラム)は書き換えられていました。それゆえに『Aの奥義書』の行動原理(プログラム)を邪魔する行動に制限がかかっていたのです。そんな私には、暗示の魔術でマキシムの生徒になりすまし、彼の行動を監視することだけで精一杯でした。この『裏学院』に突入し、私自身を『インク』で再編纂し、元の行動原理を修復するまでで、こうして貴方達に真実を話すことすらできなかったのです」

 

「インク?再編纂?……なんだそりゃ?」

 

 すると、メイベルはポケットから、1つのインク壺を取り出した。

 

「インクとは、生前のアリシア三世が、私や『Aの奥義書』の執筆に使った、特殊な魔術インク。その調合法は、生前のアリシア三世以外は誰も知らない完全な失伝魔術(ロスト・ミスティック)です」

 

「ひょっとして……さっき、ホールであの妙な女を倒した弾丸は……?」

 

「はい、そのインクを弾丸にしたものです。このインクだけが、炎を封じられたこの空間で『Aの奥義書』を害せる唯一の手段。貴方に渡しておきます。……この銃も」

 

 メイベルは、単発式の火打ち石式拳銃(フリントロック・ピストル)とインク壺をグレンに手渡す。

 

「いいのか?」

 

「いいんです。私、銃の扱いは得意というわけじゃないし……それに、やっぱり、その銃には嫌な記憶しかありませんので。……なにせ、私を殺した銃ですから」

 

 メイベルは続ける。

 

「インクは……あまり無駄遣いをしないでください。私の再編纂に相当量を使ってしまったのから、もう残りはそれしかないんです。それがなくなったら……終わりです」

 

「……ああ、了解だ」

 

 ……やがて。

 

「ここです。この部屋の最奥に『Aの奥義書』は……狂ったアリシア三世、もう1人の私がいます」

 

 メイベルの案内で一同が辿り着いた場所は────

 

「なるほど……図書室、か。まぁ、らしいっちゃらしいよな」

 

「と、図書室?」

 

 グレンの言葉にシスティーナは首を傾げる。

 

「どう考えても、図書室ってレベルじゃないでしょ……図書館って呼んだ方が……」

 

「しっ、来ましたよ」

 

 システィーナの呟きを一喝するメイベル。

 

 一同が黙っていると……ぞるり、ぞるり、ぞるり……

 

 書架の陰から。脇にそれる通路の陰から。

 

 わらわらと、本の怪物が現れる。

 

「ちっ……なんちゅう数だよ、まったく……」

 

 グレンは呟きながら、黒魔【ウェポン・エンチャント】で、魔力を張らせた拳を構えるが……

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスの投影した剣が本を壁に縫い付けていく。

 

 何冊も、何冊も。無限とも思える量の本を無限の剣が縫い付けていく。

 

「グレン先生ッ!」

 

 アルスの剣が本を串刺しにしたおかげで、道は開けグレンを先頭に駆ける。

 

 ────駆ける。駆ける。駆ける。

 

 無限に続く書架の回廊を。

 

 グレンを先頭に、アルスとイヴが殿を務めて駆け抜ける。

 

 前と左右はグレンと生徒達が、後ろはアルスとイヴが守る。これが最もいい配置だとグレンが言った結果だ。

 

「ぉおおおおおおおおおおお────ッ!」

 

「いいいいいいいやぁああああああああ────ッ!」

 

 グレンが魔力の灯った拳で殴り飛ばし、リィエルが旋風のように振るう大剣で薙ぎ払い、血路を開く。

 

 グレンとリィエルで処理できない分は────

 

「システィ!」

 

「ありがとう、ルミアッ!《集え暴風・戦槌となりて・撃ち据えよ》────ッ!」

 

 ルミアの《王者の法(アルス・マグナ)》でブーストされた、システィーナの黒魔【ブラスト・ブロウ】────壮絶に渦を巻く風の破壊槌が、本の怪物を纏めて吹き飛ばす。

 

 バラバラと、本の怪物の雨が降ってくる中────

 

「《大いなる風よ》────ッ!」

 

「《大いなる風よ》────ッ!」

 

 左右の書架の陰から迫ってくる本の怪物達を、ウェンディやテレサを筆頭とした生徒達が【ゲイル・ブロウ】の呪文を唱え、押し返していく。

 

「《寄りて集え・土塊で創られし・白痴の巨人》ッ!」

 

 ギイブルが唱えた、召喚【コール・エレメンタル】。それによって召喚されたアースエレメンタルが、本の進行を妨げる。

 

 そして────どうしても、グレン達の攻撃を抜けて迫ってくる本の怪物たちを────

 

「《蒼銀の氷精よ・冬の円舞曲(ワルツ)を奏で・静寂を捧げよ》」

 

 後衛のはずのイヴが援護をする。

 

 後ろはアルスが1人で剣を投影し続けるという人間離れしたことをやっているので、イヴの仕事はあまりない。

 

「お前!炎の魔術だけが能じゃなかったんだな!?」

 

 自分を助けてくれた人物に対する言葉じゃないが、グレンは叫ぶ。

 

(アンタが言うな)

 

 アルスは剣を投影しながら、そんなことを思う。

 

「は?私はエリートよ?なんでもできるわよ。……ただ、炎が一番得意ってだけ」

 

 イヴは憮然と応じる。

 

「しっかし、倒せねえってのは厄介だな!敵は増えるばっかりってこった!」

 

 前衛は何とか、迫り来る敵の群れを押し返して捌いているが、こうしている間にも書架から次々と新手の怪物が現れ続けている。

 

「先生の【イクスティンクション・レイ】でも駄目なんでしょうかね?」

 

「……やってみるか」

 

 システィーナの疑問に、グレンが【イクスティンクション・レイ】の起動触媒を取り出すが────

 

「やめなさいっ!」

 

 イヴが魔術を起動しながら鋭く警告する。

 

「その呪文は、炎熱・冷気・電撃の三属性の複合呪文でしょう!?例の”火遊び禁止”のルール違反に引っかからない保証も、連中に通用する保証も、どこにもないわ!」

 

「────ッ!?」

 

「特異法則結界を甘く見ないで!それに、今は貴方の銃技とインク弾だけが、こっちの切り札なの!それを忘れないで!」

 

「ちっ……厄介な……」

 

 グレンは渋々と起動触媒をしまう。

 

「おい、メイベル!その『Aの奥義書』とやらがいる場所はまだなのかよ!?」

 

「すみません……まだです……ッ!」

 

「ああ、そうかよ!」

 

 

 

 ……図書室にグレン達が突入して、どれくらいの時間が経っただろうか。

 

 ……どのくらいの距離を、ひたすら走り続けていただろうか。

 

「くぅ────」

 

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》────ッ!」

 

 ルミアの異能のアシストを受けたシスティーナが、黒魔改【ストーム・ウォール】の嵐の結界で足止めし────

 

「任せて!ふぅ────ッ!」

 

 リィエルが大剣で打ち返す。

 

 それに合わせて生徒達が、突風の弾幕を必死に張るが。

 

「げほっ!やべ……」

 

「カッシュ!」

 

 生徒達の魔力は徐々に尽き始め、マナ欠乏症の症状が出始めていた。

 

 となると必定、本の怪物を妨げていた呪文の弾幕は、緩んでいく。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 後ろを1人で片付けているはずのアルスがカッシュ達の穴を埋める。だが、それにだって限界はある。

 

「おい、まだなのかよ!?メイベルッ!?」

 

「も、もう少し……ッ!後、ちょっとですから……ッ!」

 

 メイベルも額から脂汗を垂らして必死だった。

 

 そして、グレン自身も、息が上がりつつある。

 

「ぜぇ……ぜぇ……くっそ……どうする……ッ!?」

 

 疲労からか、今まで先陣を切って走っていたグレンが、何かに躓いてしまう。

 

「や、やっべ……ッ!?」

 

 そんな体勢を崩したグレンに、本の怪物が一斉に襲いかかる。

 

「せ、先生ッ!?」

 

 フォローを入れようにも、誰もが眼前の敵の相手に必死で、手が回らない。

 

「しまっ────」

 

 本の怪物がグレンに触れようとしたその瞬間────

 

「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおお────ッ!」

 

 カッシュが【フィジカル・ブースト】で増幅された身体能力を使って、グレンに触れようとした怪物達へ体当たりをしていた。

 

「カッシュ!?」

 

 その隙にグレンは体勢を立て直すが────

 

「……へへっ、先生……どうやら俺はここまでみてーっす」

 

 カッシュは本の怪物達に取り囲まれ、その場に1人取り残されてしまった。

 

「くそっ、今行く!待ってろ!」

 

 グレンはカッシュを助けに行こうとするが。

 

「馬鹿!」

 

 グレンの襟首を引っ摑んだイヴが、グレンを引きずように連れ去っていく。

 

「おいっ!放せッ!ふざけんな、カッシュのやつが────」

 

「うるさいっ!貴方があの子の心意気に報いる方法は────救う方法は────」

 

 イヴは走りながら、帝国式軍隊格闘術を使って、グレンを前方に投げ……強引に立たせる。

 

「────この戦いに勝つしかないのよッ!?」

 

「────ッ!?」

 

 イヴの叱責に、表情を歪めるグレンへ。

 

「先生ぇええええええ────ッ!」

 

 後方で、怪物に取り囲まれたカッシュが声を上げる。

 

「俺は信じてるぜ!アンタがいつものようになんとかしてくれるって!だから────」

 

 そこまで言われたからには、この戦い……勝つしかない。

 

「くそッ!カッシュ、すまねえっ!待っててくれッ!」

 

 歯を食いしばって、グレンは前に進むしかない。

 

「アルスぅううううう────っ!イヴ先生ぇええええええ────っ!グレン先生を頼────」

 

 怪物に飲み込まれて消えたカッシュの声が────不意に途切れた。

 

「……………」

 

 冷たい表情を崩さないイヴも……

 

 この時ばかりは、人知れずその表情が、微かに歪むのであった。

 

 

 ────そして。

 

 そんなカッシュの脱落が皮切りだったのか。

 

 図書室を目指した、生徒達は、疲労とマナ欠乏症で、1人……また1人……と脱落していった。

 

 グレン達を前に進ませるために、己が身を犠牲にして────

 

 

「私達は、ここでグレン先生を信じましょう……先生達ならきっと……」

 

「うぅ……グレン先生……イヴ先生……アルス……どうか……」

 

 ウェンディとテレサも。

 

「先生!僕はこんな所で終われないッ!もっと上を目指したいんだ!だから────」

 

「そうだね、グレン先生!イヴ先生!アルス君!後はよろしくお願いしま────」

 

 ギイブルとセシルも。

 

 気付けば…… 

 

 最初は20人弱いた集団は、今や、グレン、システィーナ、ルミア、リィエル、メイベル、イヴ、そしてアルス────たった7人まで減っていた。

 

「クソッ!」

 

 駆けながら、グレンは忌々しそうに書架を殴りつける。

 

「落ち着きなさい」

 

 そんなグレンへ、イヴが冷ややかな声を突き刺す。

 

「あの子達は死んだわけじゃないわ。『Aの奥義書』さえ処分すれば、元に戻……」

 

「わかってるッ!わかってるよ、ンなこたぁッッッ!」

 

 グレンは吠える。

 

「だが────俺は、お前ほど冷静にはなれねえんだよッッッ!」

 

「……ふん」

 

 グレンの叫びをイヴは鼻で笑う。

 

「グレン先生」

 

「なんだ……?」

 

「イヴさんも結構怒ってるんですよ?」

 

「はぁ?」

 

 アルスの言葉にグレンは驚く。イヴは見る限り、いつもの冷静な顔だ。

 

「グレン先生も知ってるでしょう?イヴさんは、感情を表に出すのが下手なんですよ」

 

「────ッ!?」

 

 アルスの言葉でグレンは気付いた。

 

 グレンは軍属時代、イヴが泣いたところや、弱音を吐いたところを見たことがない。

 

 だが、フェジテ最悪の3日間や講師になってからのイヴは少しだけではあるが、感情を表に出していた。

 

 軍にいた時期の方が長いイヴにとって、感情を表に出すことがどれほど難しいか……グレンは知っている。

 

 だからこそ、言われて見ればイヴの顔は泣きそうだ。とても辛くて、自分の無力さを実感しているような……そんな表情をしていた。

 

「……スマン」

 

「……別に……」

 

 グレンの謝罪とイヴの素直じゃない返事に、ルミアとシスティーナは微笑む。

 

 そんな会話をしていると、その場所に辿り着いた。

 

「ふ────ッ!」

 

 その場に足を踏み入れた、その瞬間。

 

 突然、メイベルが右手を左手で掴み────右肘から先を千切り取る。

 

 千切った右手は、虚空に五芒星法陣を形成────結界を構築した。

 

 そして、メイベルの見る先には、大人のアリシア三世がいるのであった……




 い、イヴさん……チョロインだn(殴

 原作だと、この巻でイヴさんの株が上がりましたよね。(元から高かったですけど)


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狂気と正気

 お気に入り登録をしてくださった、762名様ありがとうございます。

 そして、お気に入り登録をしていなくとも、見てくださる方々もありがとうございます。

 


メイベルの右手を犠牲にして作られた結界が、グレン達を追ってきた本の怪物達の進行を阻まれる。

 

「おい、メイベル!?お前、なんてことを────ッ!?」

 

「心配しないでください、グレン先生。私は人の姿を取っているけど、所詮”本”です。この程度では死にません」

 

 その証拠に、メイベルの千切れた右手からは出血していない。ただ、解けた頁んお断片がピラピラと覗いているだけだ。

 

 それは、とても痛ましい姿だった。

 

「それより……いよいよです」

 

 メイベルは、自身の右手を意にも介さず、前を見据える。

 

「!」

 

 周囲360度を、見上げる程に高い書架で囲まれた、本で形作られた大部屋。

 

 そんな空間の最奥には、無数の本が積まれた古机が1つ。その机に向かう1人の女が、ランプの光だけを頼りに黙々と羽根ペンで書き物を行っている。

 

 その作業に一段落ついたのか、その女は羽根ペンをインク壺に置き、眼鏡を外し……席を立ってグレン達を見つめ、穏やかに笑った。

 

「ようこそ、我がアルザーノ帝国魔術学院の皆様」

 

 その女の姿は、ホールでマキシムを襲った、あの手記から出現した女に似ている。

 

 つまり、生前の崩御寸前のアリシア三世の姿形を取った、その女こそが────

 

「お前が……『Aの奥義書』とやらの……本体か?」

 

「ええ、そうですわ。私こそが、アリシア三世の意思を継ぐ者……アリシア三世そのものと言ってもいい存在ですわ」

 

「ふん、冗談じゃないです」

 

 メイベルは鼻を鳴らして言い捨てる。

 

「彼女は……アリシア三世はもうとっくに死んだんです。貴女も、私も、狂った哀れな女の残骸にしか過ぎません。人ですらない私達本の断片に、今を生きる人達を脅かす権利なんてどこにもありません。地に帰る時が来たんです。そう、貴女も……私も」

 

「いいえ、貴女は間違っていますわ。私を……『Aの奥義書』を完成させることこそ、アリシア三世……私の本願。その証拠に私は、こうして今、ここに在るではないですか」

 

「そんなこと……彼女は望んでいません。他人を犠牲にしてまで完成させる禁断の力なんて、彼女は望んでいなかった」

 

「いいえ、彼女は望んだのです。やがて空より来る脅威に備え、彼女は力を欲したのです。焚書されずに、私がここに”在る”ことこそ、その証左」

 

「違います。狂気に陥っていた彼女は、すでに人格が2つに割れていて……ッ!自分達の生徒を犠牲になんて、彼女に……本来のアリシア三世にできるわけが……ッ!」

 

「だとしたら。……狂っているのは貴女よ……くすくすくす……」

 

 闇だ。特濃の闇が、狂気が、直視する者の魂を吸い込もうとする。

 

「私の邪魔をしないで、もう1人の私。……私は、私自身を至高の存在(アカシックレコード)へと近づけなければならない……それだけが……それだけが、私の存在意義なのだから……ッ!」

 

 彼女を護るように、無数の本がその周囲に出現する。

 

「心配しないで!貴女達を殺したりはしないわ!皆、私の資料にしてあげるっ!私を完成させるための参考文献になるのッ!目録を付けて、大切に保管してあげる……わ……」

 

 彼女は言葉を止める。

 

「……貴方は……」

 

 そう言って、アルスを見る。

 

「ああっ!……今は貴方がその眼の持ち主なのねっ!」

 

 彼女はアルスの虹色の眼を見て嬉しそうに言う。

 

「その眼よッ!……その眼があればっ!私はより確実に至高の存在(アカシックレコード)に近づけるッ!」

 

「────ッ!?」

 

 生前のアリシア三世は、アルスの持つ魔眼についても知っていたようだ。

 

「その眼……くださらない?」

 

「……あげたら、皆を見逃してくれますか?」

 

「それは、無理な相談ですわ」

 

「じゃあ、交渉決裂ですね」

 

 『Aの奥義書』とアルスの交渉の決裂が、戦闘の始まりであった。

 

 

 

「いいいいいいやぁああああああああああ────ッ!」

 

 通路を埋め尽くす本の怪物達を、リィエルが薙ぎ払う。

 

「《集え暴風・戦槌となりて・撃ち据えよ》────ッ!」

 

 システィーナの唱えた【ブラスト・ブロウ】がアリシア三世をの前に壁を作っている本の怪物達を、まとめて吹き飛ばす。

 

「《蒼銀の氷精よ・冬の円舞曲(ロンド)を奏で・静寂を捧げよ》」

 

 イヴの唱えた【アイシクル・コフィン】が浮遊する本の怪物達を氷漬けにする。

 

 アルスはここに着くまでに膨大な量の剣を投影し続けたせいでマナ欠乏症寸前で、ルミアの処置を受けている。

 

「グレンッ!」

 

 アリシア三世の足元まで凍らせたイヴがグレンへ呼びかける。

 

「わかってらぁ!」

 

 そう言って、バーナード仕込みのグレンの射撃は決まった……はずだ。

 

 本来ならばこれで決まる。

 

 だが────

 

 とある書架から、本が身を挺してアリシア三世を護った。

 

「あらあら……また、大切な本をこんなに汚して……マナーがなってない子達」

 

「く────ッ!?」

 

 何度やっても、何度連携しても────これだ。

 

 守りを全てはがしてからの、射撃。

 

 とんでもない。

 

 彼女の守りを全て剥がしたいなら、ここにある本を全て倒さなければならない。

 

「くっそ、どうしろと!?」

 

「ッ!グレン先生ッ!」()

 

 アルスの叫びでグレンは我に返る。

 

 辺りの本棚から大量の本が抜け出し、グレン目がけて凄い速度で放たれる。

 

「う、ぉ────ッ!?」

 

 グレンは腕を交差させて、防御態勢を取る。

 

「ッ!《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスは急いで、剣をグレンの前に投影する。

 

 剣が盾となり、本の怪物達は剣にぶつかる。

 

 ガガガガガガンッっと、もの凄い衝撃音を立てる。

 

 もし、これをまともに受けていたら、全身の骨が折れていただろう。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおお────ッ!」

 

 そこで、グレンが思いついたように【グラビティ・コントロール】を使って跳躍し。

 

「《大いなる風よ》────ッ!」

 

 システィーナの【ゲイル・ブロウ】がそんなグレンを更に高く飛ばす。

 

 一瞬でアリシア三世の頭上を取った。

 

 今までで最高の好機。グレンは上下逆さまの視界の中、拳銃を構え────

 

「決まれぇえええええええええええ────ッ!」

 

 ────引き金を絞る。

 

 銃口から吐き出される、インク弾。

 

「……残念」

 

 その弾は、アリシア三世ではなく、机の上の本を盛大に汚していた。

 

「う、嘘!?先生が────外した!?」

 

 システィーナが信じられない光景を見て、目を見開く。

 

「違うわ、外されたのよ!」

 

 イヴは舌打ちしながら、グレンを見上げる。

 

 よくよく見れば、グレンの脇腹に本がめり込んで、その横に剣が投影されている。

 

 アルスは本の存在にいち早く気づいたが、魔力の回復が追い付かず、剣を投影するのが遅れてしまったのだ。

 

 そして、落ちてくるグレンに追い打ちをかけるように────

 

 無数の本が、流星群のようにグレンへ殺到している。

 

「《我・秘めたる力を・解放せん》」

 

 なけなしの魔力を使って、身体強化を施したアルスがグレンを引き戻す。

 

「スマン!助かった!」

 

 グレンはアルスに感謝するが、アルスに返答する余裕はない。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 今のが決定打となったのだ。ルミアの異能と処置を受け雀の涙ほどに回復した魔力を使って何とかやりくりしていたが、限界が来た。

 

「アルス君!?大丈夫!?」

 

 前に倒れ込むアルスにルミアが駆け寄って再度異能を行使する。

 

「くっそ!アレも駄目、コレも駄目……もう、どうすりゃあいいんだよッ!?」

 

 グレンが悔しげに床を叩く。

 

「……グれン先生。私、そろソロ……限界デス……早ク勝負……決メ……ないト……」 

 

 メイベルは既に見るも無残な姿に成り果てていた。

 

 全身を千切って結界を張り続けたせいで、ボロボロだ。

 

 絶望的な状況で、グレンが必死に頭を回転させていると────

 

「……もう、大切な本を、こんなにインクで汚して……」

 

 アリシア三世がため息をついた直後、ひらめいたとばかりに笑顔になる。

 

「そうだわ!本をインクで汚した人も、”裁断の刑”に処すことにしましょう!」

 

「────ッ!?」

 

 その言葉で一同が凍り付く。

 

「そうだわ、そうしましょう!大切な本を汚す人なんて、そのくらいのお仕置きがあって然るべきなのですわ。早速、そういうルールを作りましょう……」

 

 そう言って、アリシア三世が机につき、羽根ペンで何かを書き始めた。

 

「彼女……コの裏学院のるーる……新シク作る気……このママじゃ……イずれ、いんくも……使エナくなる……」

 

「マジ……かよ……ッ!?」

 

 そうなれば終わりだ。

 

 メイベルの言葉で、全員が絶望した。

 

「せ、先生……どうしよう……?どうすればいいの……?」

 

 【ストーム・ウォール】で、怪物達の進行を阻むシスティーナが、震える声で言った。

 

「それは……ッ!」

 

 ……実は。

 

……実を言うと。

 

 ただ1つだけ────攻略法はあった。

 

 最初からわかっていた。

 

 敵がそれをわざわざ禁止するくらいなのだから、とてつもなく有効な手段であることは確実だ。

 

「……先生。それ、僕がやりますよ」

 

 ルミアに支えられながら立ち上がるアルスは言う。

 

「な……ッ!?そんな身体じゃ、起動すらできねぇだろッ!?」

 

「あと、1回だけなら……いけます」

 

 アルスの決意に満ちた言葉にグレンは黙る。

 

 この状況で、一番”それ(・・)”に適してる人物はアルスだ。

 

 1番ボロボロで、あと1回魔術を使えばマナ欠乏症となるアルスが最適なのは目に見えて明らかだ。

 

 だが、それではいけないのだ。グレンは教師で、アルスは生徒────教師が生徒を犠牲にしていいわけがないのだ。

 

「な、何の話……?」

 

「……さぁ……?」

 

「「……………」」

 

 システィーナとルミアは首を傾げ、イヴとリィエルはアルスとグレンの会話をただ見ている。

 

「……やっぱり、ダメ────」

 

 そう言って、グレンは懐から起動触媒である虚量石(ホローツ)を取り出そうとするが……ない。

 

 すると────

 

「《我は神を斬獲せし者・────」

 

 グレンの後ろから【イクスティンクション・レイ】の詠唱が聞こえてきた。

 

「《我は始原の祖と終を知る者・────」

 

 グレン達は、詠唱の声がする方を向くと。

 

「《其は摂理の円環へと帰還せよ・────」

 

 アルスがグレンの虚量石(ホローツ)を使って、【イクスティンクション・レイ】の詠唱を開始していた。

 

「《五素より成りし物は五素に・────」

 

 ルミアの異能を行使して貰ってるからこそ撃てる、正真正銘、最後の一撃。

 

「《象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・────」

 

 もう誰も止められない。止めようとすれば、その膨大な魔力の塊がアルスとルミアを傷つける。

 

「《いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・────」

 

 グレンの【愚者の世界】を使えば止められるが、その場合、誰も炎熱系の魔術が使えなくなってしまうから事実上誰にも止められない。

 

────有罪(ギルティ)

 

 女性の声が聞こえ、アルスの両足から本化が始まった。

 

「《遥かな虚無の果てに》」

 

 アルスの起動した魔術はまだ発動されずに残っている。

 

「アルス君ッ!」

 

「……グレン先生……イヴさん……ルミアを、頼みます……」

 

 アルスは笑顔でそれだけ言って、起動した魔術法陣から巨大な光の衝撃波が放たれた。

 

 自身の身体から頁をぽろぽろ零しながら、魔術を維持し続ける。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおお────ッ!」

 

 アルスは最後の力を振り絞って、この場にある書架や本の怪物達を消滅させる。

 

「な────そ、そんな……わ、私の本がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ────ッ!?」

 

 信じられない光景に、アリシア三世は、魂も割れよと悲鳴を上げて────

 

「おのれ……よくも……おのれぇええええええええええええ────っ!」

 

 それが報復だとばかりに。

 

 現在進行形で本と化しているアルスへ。

 

 どこからともなく無数のハサミが飛んできて、殺到し────

 

 アルスだった頁を、バラバラに切り刻んでいく。

 

「い、嫌……嫌ぁああああああああああああああああああ────っ!やめてぇええええええええええええ────ッ!?」

 

 そんな光景にルミアは泣き叫ぶ。

 

「アル……ス……う、嘘……でしょ……?」

 

 イヴは絶望した表情で呟き。

 

「アルス……嘘……?」

 

 呆けたように立ち尽くすリィエルとシスティーナ。

 

 アルスは薄れゆく意識の中で、最愛の人物に思いを馳せる。

 

(さよなら、ルミア。もう2度と……君に会えない。また同じ悲しみを味あわせてしまうかもしれないけど……でも、大丈夫。ルミアは2組の皆とあんなに笑い合えるようになったんだから……)

 

 アルスは、自分の担任教師に遺言らしきものを心の中で言う。

 

(グレン先生……これからも、ルミアを……皆を、指導してあげてくださいね……)

 

 アルスは、それなりに犬猿の仲である人物への本音を心の中で言う。

 

(……イヴさん……こう見えて、僕……貴女のこと……嫌いじゃなかったですよ……)

 

 そして、アルスの意識は完全に闇の中に消えた。

 

 ────そこには、無残な紙くずの小山が出来上がっていた────

 

 

 

 そして、全てが消滅していく破滅的な光景の中で。

 

 だんっ!

 

 誰かが猛然と机の上に飛び乗った、鈍い音が響き渡っていた。

 

「アルス。悪いな……こんな状況で言うのもなんだが、お前────」

 

 机に片足乗り出したグレンが、硬直するアリシア三世の額へ銃口を押し当てている。

 

「────やっぱりバカだよ(・・・・・・・・)

 

「ひっ!や、やめ────」

 

 無慈悲に絞られる引き金。

 

 1発の銃声が────

 

 ────全てを灰燼に帰した煙の中で、空しく木霊するのであった────




 僕……こういう展開……好きなんだ……


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裏学院の後日談

 後日談、オリジナル要素めっちゃ入れるって言ったんですけど。やっぱり、オリジナルは章に纏めたいので、また別の章を作ります。

 期待していた方、誠に申し訳ない。

 期待していなかった方、後日談にはオリジナル要素は少なめ?だと思うから見て行ってください。


暗い静寂が包む図書館の通路に、2冊の本が無造作に落ちていた。

 

 その本は、突然開きだし頁が宙を漂い始める。

 

 やがて、頁は人の形になって紙だったそれは、徐々にその質感を変えていき……人間となっていった。

 

「……ぅ……?」

 

「……こ、ここは……」

 

 先程まで本だった2人────ギイブルとセシルが頭を振りながら身を起こす。

 

「……元に……戻ったのか……?」

 

 そんな、目を瞬かせている彼らの下へ、複数の駆け足の音が近づいてくる。

 

「ぉおおおおおおおいっ!ギイブル────ッ!セシルぅうううう────ッ!」

 

「あれは……カッシュ達?」

 

 手を振りながら走ってきたのは……カッシュやウェンディ、テレサらを筆頭とした、2組の生徒達だ。皆、グレン達を前に進ませるために本になった者達だ。

 

「良かった!お前らも無事だったんだな!?」

 

「……ああ、おかげさまでね」

 

「本になった生徒達は皆、元の姿に戻れたみたいですわ!」

 

「と、いうことは……?」

 

「ああ!やっぱ、グレン先生とイヴ先生がやってくれたんだよ!」

 

 勝利に沸き立つ生徒達。

 

「で?グレン先生達は、どこなんだ?」

 

「ああ、先生達なら、この先だよ」

 

「そっか!ようし!皆で、先生を迎えに行こうぜ!」

 

 そう言って、頷き合って。

 

 生徒達は、図書室の奥へ向かって走って行った。

 

 

 ◆

 

 

 全てが灰燼に帰し、消滅し、煙が立ち込める中で────

 

「……お、終わったの……?」

 

 システィーナの呟きを受けるように。

 

 グレンは、ゆっくり銃を下ろした。

 

 机の上に残されていたのは……どの頁もインクでベタベタに汚された1冊の本だ。

 

 これは、狂ったアリシア三世の作った『Aの奥義書』……だが、グレンのインク弾を受けて永遠に失われてしまった。

 

 だが、グレンはそんな本に見向きもせず。

 

「………………」

 

 グレンは無言で振り返る。

 

 呆然と立ち尽くすシスティーナとリィエルの下へと戻ってくる。

 

 そして、グレンが見たのは────

 

 ルミアが紙くずに向かって泣き崩れ、イヴが涙を流しながらルミアの背中をさすっている。

 

 その紙くずは、つい先刻まで、アルスだったものだ。

 

 グレンはその紙くずの山を、どこか複雑な表情で見下ろし────

 

「……バカ野郎」

 

 ただ一言。小さく、絞り出すように呟く。

 

 その背中はいつもと比べて、とても小さい。

 

 そんな背中をシスティーナとリィエルはただ見つめるしかなかった。

 

 ルミア以外の全員がアルスと過ごした期間はお世辞にも長いとは言えない。だが、アルスは不思議な魅力に満ちておりルミアのようにいつもクラスの中心にいた。そんなアルスが”裁断の刑”に処されてしまったという事実にこの場の全員が歯を食いしばっているだろう。

 

 もっと、グレンがもっと正確な指示をしていれば……システィーナの使える魔力容量(キャパシティ)がもっと多ければ……ルミアがもっと異能を行使していれば……リィエルがもっと動ければ……イヴがもっと的確なカバーをしていれば、アルスは救えたかもしれないのだから。

 

 だが、それらは所詮、結果論。言ったところで無駄であり、考えたところで無駄だ。

 

 それでも、そう思わざるを得ない。ルミアとイヴは特にそうだろう。

 

 グレンがそんなことを思っていると。

 

「ぉおおおおおおおおいっ!先生ぇえええええええええ────ッ!」

 

 そこへ、カッシュ達が歓喜の表情で駆け寄ってくる。

 

「やったなぁ、先生!また、学院を救ったぜ!?」

 

「やれやれ、本当に定期的に危機に陥る学院だよ……もう勘弁して欲しいね」

 

「ふふっ!でも、先生ならわたくし達を助けてくれる……と……」

 

 カッシュやギイブルとは裏腹にウェンディは言葉に詰まる。

 

 カッシュ達のはしゃぎ声で聞こえなかったが、誰かの泣きが聞こえたのだ。

 

 その声はグレンの後ろからしている。

 

 ウェンディが覗いて見れば、そこには泣いているルミアとルミアの背中をさすりながら自身も泣いているイヴがいた。

 

 すると────

 

「えーと、ところで、グレン先生……あの、アルス君はどこに?」

 

 セシルは問いかける。

 

 本来、ここにいるはずの生徒がいないのだ。

 

「あ、あれ……そういやそうだよ。アルス、どこ行ったんだよ?先生……」

 

「先ほどから姿も見えませんし……ここに来るまでにもいなかったですし……」

 

 カッシュとテレサが言葉にする。

 

 そして。

 

「先生。火遊び厳禁のルールがあったのに、【イクスティンクション・レイ】を撃ったのは誰です?」

 

 フェジテ最悪の3日間でグレンの【イクスティンクション・レイ】を見たことのあるギイブルは問う……脂汗を浮かべながら。

 

「そ、そうだよ、先生!?【イクスティンクション・レイ】は炎熱と冷気と電撃の複合呪文なんだろ!?火はやべぇんじゃなかったのかよ!?」

 

 生存戦の決闘がなされる前日にグレンから習った【イクスティンクション・レイ】を思い出しながら、カッシュが言う。

 

「確か、”裁断の刑”が……」

 

「……………」

 

 生徒達の質問にグレンは無言。

 

 無言で、後ろで泣いているルミアとイヴを見ている。

 

「おい……先生……まさか……嘘だろ……?」

 

 勝利に沸き立っていたはずの空気が一瞬にして鉛のように重くなる。

 

「おい、先生……冗談だろ?いつものアンタの悪ふざけだろ?あー、面白ぇ……だから、もういいよ……アルスを出せよ……なぁ……?」

 

「……………」

 

 だが……無言。グレンは無言を、貫き続ける。

 

「アルスは……ルミアを……私達を守るために、【イクスティンクション・レイ】を……」

 

 グレンの代わりにシスティーナが震える声で絞り出すように言った。

 

 ……やがて。

 

 ある者は、がくりと膝を折り。

 

 ある者は、肩を震わせ。

 

 ある者は、頭を抱えて。

 

「……ちくしょう……マジ……かよ……なんでだよ……」

 

「そ、そんなことって……ぐすっ……」

 

 生徒達の誰もが……さめざめと涙を流し始めた。

 

「……くそ」

 

 そんな悲しみに暮れる生徒達を、グレンは歯を食いしばりながら見る。だが、そんなグレンの頭ではどこまでも笑顔で、どこまでも穏やかな笑顔で【イクスティンクション・レイ】を放ったアルスの姿が浮かぶ。

 

「グレン先生……」

 

 すると、グレンの隣にメイベルがやってきた。

 

 千切った頁を回収したのか、ほぼ元の姿に戻っていた。

 

 そして、その腕には、最早使い物にならない『Aの奥義書』は抱かれている。

 

「すみません……貴方達には、大変ご迷惑をおかけしてしまいました」

 

 メイベルの雰囲気は、今までより少し大人びていた。

 

「……メイベル?」

 

「いえ。『Aの奥義書』をこうして回収し……その狂気の部分を全て塗りつぶされた今の私は……メイベルというより、アリシア三世なのでしょう。狂気の私も、正気の私も、表裏一体、等しく私。なればこそ、今、こうして1つになった今の私は……もちろん、本質的には別人ですが……限りなくアリシア三世その人なのです」

 

 静かに黙禱するようにするように目を閉じ、メイベルが息を吐いた。

 

「バラバラになり、様々なノイズが交わっていた私達ですが……今ようやく、こうして面と向かって、アリシア三世として、貴方とお話ができるのです……グレン先生」

 

「残念だが……お前と話すことなんざ、何もねえよ」

 

 グレンは冷めたように言った。

 

「本質的に、アンタがこのふざけた裏学院と奥義書を作ったアリシア三世とは違う存在って理屈はわかる。だが、理屈じゃねぇんだ……この感情は」

 

「そうですね……貴方のお怒りは当然ですね」

 

 メイベルは神妙にグレンへと告げる。

 

「だから……これは、私のせめてもの罪滅ぼしです」

 

「……は?」

 

 メイベルは、今もなお泣いているルミアとイヴの正面へ来る。

 

「私は……生前の私は……教育者として完全に失格だと思っていました。なにせ生徒達を犠牲にし、殺すような恐ろしいルールを作ってしまったのです……狂気に囚われていたとはいえ、最早、私は教育者を名乗るのもおこがましい、ただの怪物でした」

 

「お、おい……?」

 

「ですが……いくら正気を失い、狂気に陥ったこんな私でも……最後の最後の一線で教育者としての矜持だけは捨てきれなかったのかもしれません。……今、私は、生前の私自身のことを全て思い出したのです。きっと、今なら……」

 

 メイベルの挙動を見守る生徒達。

 

 メイベルはそっと跪いて……紙くずの小山に手を乗せて。

 

「この学院の学院長、アリシア三世の権能をもって、ここに宣言します。”私は、貴方達の火遊びの違反行為を……不問に致し、赦します(・・・・)

 

 メイベルが宣言した……その瞬間。

 

 紙くずの小山が、優しい金色の光に包まれた。

 

「な────ッ!?」

 

 無残に切り刻まれたはずの頁が再び元通りにくっついて、次々と修復されていき……人の形を作っていく。

 

 そして────

 

「……ここ……は……?」

 

 元通りになったアルスが、目を開いたり閉じたりしながら呟いた。

 

「……あれ……?僕……裁断の刑に処されて……」

 

「アル……ス……君……」

 

「……ん?」

 

 名前を呼ばれて、振り向いて見れば泣いているルミアとイヴがいた。

 

「よ……」

 

「よ……?」

 

「!」

 

「良かったよぉおおおおおおおおおおおおおお────ッ!」

 

「ぐすっ、アルス~~~ッ!」

 

「うわぁ!?」

 

 ルミアとイヴに飛びつかれ、更にその上から生徒達に飛びつかれる。

 

「…良かった……本当に……」

 

「ん」

 

 システィーナもリィエルも涙ぐんでいる。

 

 アルスはルミアとイヴの胸を感じることすらできないほどの驚愕と質量にみまわれているのであった。

 

「これで……この学院内での、”裁断の刑”の犠牲者は、全て元の姿に戻るでしょう」

 

「ちっ……随分とまぁ、粋な計らいしてくれんじゃねーか……別に礼は言わねえけどな」

 

 アリシア三世自身による『恩赦』だけが、ルール違反の犠牲者を救う唯一の手段だったのだ。

 

「そうかよ。くるってても……結局、性根の所では生徒達を愛していたんだな、お前」

 

「それは……私にはわかりません。生前の私がこの学院の『特異法則結界』にこのような抜け道を用意したのは、果たしてそれが理由なのか、あるいはただの気まぐれなのか……」

 

「もういーよ。どうせ故人だ……そういう美談にしとこうぜ。絶対、許さねえけど」

 

 グレンの言葉にメイベルは苦笑いする。

 

「グレン先生……そして、アルス……貴方達を見込んで……頼みがあります」

 

 生徒にもみくちゃにされていたアルスも、メイベルとグレンの下に向かう。

 

「……禁忌教典(アカシックレコード)……貴方達はその言葉をご存知ですか?」

 

「ああ、最近、とみによく聞く名だ」

 

「そう……ですか……ならば、()はやはり……動いているのですね」

 

「……何を……知っている?」

 

「グレン先生。この世界には……この国には、やがて破滅が訪れます。思えば、あの狂った『Aの奥義書』も、かの破滅に対抗するための力を作る……当初は、それが目的でした……結局は、間違った方法へと歪んでしまいましたが」

 

「……ッ!?」

 

「もし、貴方達がやがて来る破滅の時に抗おうとするなら……貴方達は、真実に近づかなければなりません……」

 

「真実?」

 

「はい。アルスは知っているでしょうが……この国の成り立ちと、王家の血の秘密について。そして、フェジテの空に浮かぶ『メルガリウスの天空城』と禁忌教典(アカシックレコード)について。生前のアリシア三世は、彼女なりにそれに近づいた一端の記録を、この私……『アリシア三世の手記』に記述したのです。もし、貴方達がこの滅びに抗うのなら……この国とこの世界の未来を憂うのなら……私を手に取ってください。いつかきっと、貴方達の役に立つでしょう。私の手記と、童話『メルガリウスの魔法使い』が、きっと貴方達を導くはずです。もし、貴方達がそれを重荷に思うなら……私を信頼できる他の誰かに託してください。慎重に……あの男(・・・)の息がかかっていない、誰かに……」

 

「……あの男(・・・)って誰だ?おい、その一番肝心なところを濁すな」

 

「駄目です。すでに検閲され、私には記述がありません。ただ……それについてはアルスが教えてくれるはずです」

 

「え……?」

 

「こいつ、知らなそうじゃねえか……」

 

「……貴方の眼について、私に記述されていることがあります……『曰く、その眼を持つ者は禁忌へと至る道を示す者』『曰く、その眼は全てを見透かし裁定する者』『曰く、その眼は王を選定する者』……グレン先生……アルス……どうか、この国を……世界を……よろしく……お願いしま……」

 

 そう言って、メイベルは────アリシア三世の姿は、跡形もなく消えていた。

 

 その場に残されたのは本物の『アリシア三世の手記』。

 

 

 ◆

 

 

 

『……ようやく……ようやく、オレの願いが叶う……頼んだぜ……少年……その娘を……少女を救ってあげてくれ……」

 

 誰か……この世にいない誰かが言葉を発した気がした。

 

 誰かが願う。

 

『願わくば……その少年と少女に、僥倖があることを……そして、呪縛を解いてくれ……オレ(・・)少女(・・)が願い、あいつ(・・・)あの娘(・・・)が紡いだ……今までの誰も成し遂げられなかった奇跡(願い)を……ッ!』




 書いてから思った。オリジナル要素強いかもしれない。


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白銀竜と愚かな少年
長期休暇


 狂スロとかアタランテとかパールヴァティーとかいるのに、スカディを持ってないからスカディシステムができないという悲しみ……まあ、水着ジャンヌ当てたんでいいんですけどね


ついにやってきた、その日。

 

 アルザーノ帝国魔術学院の全校生徒1625名が、学院アリーナに整列して集っていた。

 

 そして、そのアリーナ奥に据えられた壇上にて……

 

「───うむ、以上。本日をもって、1853年度、前学期を終了する」

 

 先日、学院長職へ復帰したリックが、前学期終業式の結びの講話を行っている。

 

「さて、諸君らは、明日から学期間長期休暇……特に1年次生にとっては、初めて秋休みに入るわけだが……」

 

 リックが話を続けながら、生徒達を見渡す。

 

 すると、やはり明日からの楽しい毎日に思いを馳せ、そわそわと浮き足立つ生徒達が大半だ。リックの話など、ほとんどの者がまともに聞いていない。

 

 そんな生徒達の様子に、己の若かりし頃を思い出したリックは苦笑し、要点だけ押さえて、手短に話を終えることに決めるのであった。

 

「……諸君は、自身らが誇り高きアルザーノ帝国魔術学院の生徒であることをゆめ忘れぬよう、学生らしい節度を保ち、また、この機会に研鑽も忘れぬよう───」

 

 

 ◆

 

 

 ───やがて、そんな前学期終業式もつつがなく終わる。

 

 解散した生徒が、浮き足立ちながら、それぞれの教室に戻っていく。

 

「……はぁ。終わっちまったなぁ」

 

 その最中、グレンが背中を丸めて、トボトボと自分の担当クラスへと帰っていた。アリーナを出て、本館校舎を目指し、大勢の生徒達の流れに身を任せている。

 

「はぁ……何、腑抜けているのよ?」

 

 すると、そんなグレンの隣に、赤く燃えるような髪の娘が呆れたように並んだ。

 

 先日、帝国軍から派遣され、来期から始まる新カリキュラム『軍事教練』の講師となった、イヴ=イグナイト……否、今は母方の性を名乗るイヴ=ディストーレであった。

 

「そんなんじゃ、生徒に示しがつかないわよ? まったく」

 

「……ん? ……まぁ、なんだ。俺にも色々とあってな」

 

 グレンはそっぽ向いて頭を書きながら応じる。

 

 そして、何かに気がついたかのように、イヴへ問いを投げた。

 

「そういえばさ。お前は明日からの長期休暇、どう過ごすつもりなんだ?」

 

「……私?」

 

 問われて、イヴがグレンをちらりと見る。

 

「私は、来期からの『軍事教練』に備えて、色んな法的手続きやら準備やらがあるから、一旦、帝都に戻るつもりよ。運ばなきゃいけない荷物もあるしね」

 

「………………」

 

「私は色々とやることがあるから、この休暇中はフェジテを離れるわ。良かったわね、貴方、しばらく私と顔を合わせずに済むわよ?」

 

 どこか不敵に口元を歪め、グレンへ流し目を送るイヴ。

 

「そうかい。そりゃー僥倖だが、お前は災難だったな」

 

「……どういう意味よ?」

 

「長期休暇中は帝都に戻るんだろ? つうことは、お前の大好きなアルスに会えなくなるってことだ」

 

「いいわよ、長期休暇中くらい……元々、王女に超休暇中はアルスの面倒を見るようにお願いしてるし」

 

「ほー、それは手が早いな」

 

「ふん。余計なお世話よ」

 

 やがて、グレンは別館校舎へと向かうイヴと別れる。

 

 そのまま、グレンがイヴに背を向け、自分の教室へ向かって歩き出した……その時だ。

 

「余計なお節介かもしれないけど、言っておくわ」

 

 不意にイヴが振り返り、グレンの背中へ、ぼそりと言った。

 

「貴方、この休暇、暇だったら……たまには、あの子達にサービスでもしてあげたら?」

 

「は? サービス? あの子達? ……どういう意味だ?」

 

「貴方はアルスと違って鈍感(・・)だもの、こうやって言ってあげないと気づかないでしょ?」

 

 イヴはそれだけ言うと、髪をかき上げて去って行く。

 

 そんなイヴの背中をグレンは訝しむように睨め続けるのであった。

 

 

 ◆

 

 

 そして───放課後。

 

 前学期最期のHRを終えた終えた2年次生2組にて。

 

「……本当に終わっちまったなぁ」

 

 壇上の教卓で、グレンがだらりと頬杖をついてそんなことをぼやいていた。

 

 グレンの目の前では、生徒達が明日からの休暇について姦しく話し合いながら、ウキウキと帰宅の準備をしている。

 

「なぁなぁ。お前ら、明日からの休み、どう過ごすんだ?」

 

「……どうって。ふん、課題と来期の予習をするに決まってるだろ」

 

「僕はアルバイトかな? 実は欲しい本があるんだ」

 

「わたくしは、久しぶりにナーブレスの故郷に帰省いたしますわ! 今年は、テレサやリンも一緒に、わたくしの領地で休暇を過ごすんですの!」

 

「ナーブレス領は水も空気も良くて、とても過ごし易い所だから楽しみです」

 

「……ほ、本当にいいのかな……? その……私なんかがお邪魔して……」

 

「うーん、帰省かぁ。故郷ねぇ……あんな辺鄙なド田舎、もう2度と戻るかって思ってたけど……俺も、たまにゃジジイに顔見せに帰るかなぁ?」

 

 カッシュ、ギイブル、セシル、ウェンディ、テレサ、リン……2組の主立った生徒達を中心に、教室内の浮ついた空気は収まるところを知らない。

 

 アルザーノ帝国魔術学院の年度過程は、前学期と後学期の2つに分かれている。

 

 その学期間に差し挟まれる1ヶ月ほどの休暇が、学期間長期休暇……いわゆる、秋休みであった。

 

「はぁ……本格的に、明日からどうすっかなぁ?」

 

 ハイテンションで教室から出て行く生徒達を横目で見送りながら、グレンは教卓上で、ぼんやりとぼやき、溜息を吐いていた。

 

 この溜息の原因は、自分でもなんとなく分かる。

 

 今までは、授業やらなんやらで毎日が忙しかった。なんだかんだで、とても充実した日々ではあったのだ。

 

 だが今、一時的とはいえ、それから突然解放されてしまい、そのせいでグレンは寂しさのような、物足りなさのような……奇妙な虚脱感を覚えている。

 

 そして、そんな感覚を抱いている自分に驚きを隠せなかった。

 

 以前は、あんなに無職のだらだら堕落生活に戻りたかったというのに。

 

 そんなことをぼんやりと思っていると、1人の少年がグレンの方へとやってきた。

 

「どうしたんですか? いつも以上に死んだ魚の目になってますけど」

 

「お前の目には負ける」

 

「僕の目は誰よりも活き活きしてると思うんですけど……」

 

 心外そうな目でグレンを見ているアルス。

 

「それよりも本当にどうしたんですか? 本当に元気なさそうですけど」

 

「……なんでもねえよ」

 

「……そうですか」

 

 アルスが含みのある笑みを浮かべながら去ろうとした、その時である。

 

「せ、先生っ!」

 

 グレンが声のする方へ向くと、そこにはシスティーナ、ルミア、リィエル……いつもの3人娘が並んで立っていたのだ。

 

「……どうした? お前ら。帰ったんじゃなかったのか?」

 

「えっと、その、ちょっと聞きたいことがありまして……」

 

 先頭のシスティーナが、ちらちらと余所見をしながら、しどろもどろに聞いてくる。

 

「先生って……今回の秋休み、何か外せない重要なご予定とか、ありますか?」

 

「予定?」

 

 藪から棒に妙なことを聞かれ、首を傾げながらグレンが応じる。

 

「……うんにゃ? 別に、なーんもねーけど?」

 

「そ、そうですか……」

 

「それがどうかしたのか?」

 

 すると、システィーナが意を決したように、グレンを真っ直ぐ見て、言った。

 

「で、でしたら、その……私達と一緒にどこか旅行へ行きませんか!?」

 

「はぁ? りょ、旅行ぉ~~?」

 

「ほら? 私達って、普段は学院に閉じこもりがちじゃない? だから、こういう機会を利用して、積極的に外の世界を見て、見聞を広めたいなって思ってまして……」

 

 システィーナのその言葉からは何も続かなかった。

 

「……あ、あれ? ルミア?」

 

 システィーナが振り返って見れば、そこにルミアはいなかった。

 

 システィーナの言葉にルミアが便乗する形で先生を連れて行こうと予めルミアと打ち合わせしておいたのだ。なのに、ルミアがいない。

 

 その理由はすぐに分かった。

 

 ある人物がこの教室にいない───そう、アルスがこの教室にいないのだ。

 

 いつ消えたのかはシスティーナにも見当がつかないが、ルミアはそれに気づいて追って行ったのだ。

 

 想定外だが、リィエルとは打ち合わせしてない以上システィーナが頑張るしかない。

 

「え、えっと、その、学生の旅行には保護者の同伴が必要ですよね? 残念ながら私の両親は仕事が忙しくて……だ、だから、先生にその役を引き受けて欲しいと思ったんです」

 

「ん。わたしにはよくわからないけど。グレン、旅行、行こう? きっと楽しい」

 

「ん~? 旅行ねぇ?」

 

 グレンは何かを期待するような表情のシスティーナとリィエルと、手の中の手記を見比べる。

 

 たまにはサービスを。なんとなく先のイヴの言葉も蘇る。

 

 やがて、グレンは、それもアリかと呟いて、手記をポケットに押し込んだ。

 

「ま、いいぜ? どーせ、なんもやることなくて暇だったしな」

 

「えっ!? 本当に!?」

 

「ああ。正直、面倒臭ぇけど、お前らには普段から世話になってるからな」

 

「や、やったわ! ゴネるかと思ったけど、わりとあっさりいったわ!」

 

 グレンの快諾に、システィーナは喜びの表情を浮かべる。

 

(ルミア、グレン(こっち)は成功したわ。アルス(そっち)は任せたわよ!)

 

 システィーナはルミアにエールを送るが、自身は気づいていない。

 

 このように、グレンが何の躊躇いもなく簡単に了承している辺り、システィーナ達を女の子として見ていないということに……

 

 

 ◆

 

 

一方その頃……

 

「アルスくーん!」

 

 アルスが自宅に向けて帰っていると、後ろからルミアの声がした。

 

 振り返って見れば、息を切らしながら走ってこっちに向かってきている。

 

「それで、そんなに急いでどうしたの?」

 

 アルスはルミアの息切れが終わったタイミングで聞いた。

 

「アルス君って、この長期休暇中なにか予定とかある?」

 

「特にはないよ」

 

「それなら、一緒に旅行に行かない?」

 

「……旅行?」

 

「うん、システィと相談して今のところはスノリアが一番かな?」

 

「スノリアか……この時期って寒くない?」

 

「あそこは、いつも寒いよ?」

 

「……いや、この時期は特に……」

 

「【エア・コンディショニング】もあるし、大丈夫じゃないかな?」

 

「魔術って外で使っちゃダメじゃなかった?」

 

「でも、この制服にも付いてるし……」

 

「……それもそうだね、わかった。行くよ、旅行」

 

「良かった、断られたらどうしようって思ってたから」

 

「ルミアからのお誘いを断るほど馬鹿じゃないさ」

 

 だが、アルスとルミアは知らない。システィーナ達の方でセリカが乱入し、無茶苦茶になっているということを……




 ええ、一時的とはいえ失踪した理由ですね。

 僕は今年受験を控えています。その影響で受験勉強に時間を取られるので、あまり執筆に時間を割けないのです。これまで通りのペースでは無理なので失踪していました。

 復活した理由に関しては正直息抜きです。勉強だけでは息が詰まるので……


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スノリアへの道

   お ま た せ


次の日、帰還以来、やたらハイテンションなセリカに引きずられるような勢いで、グレンとアルスと3人娘達は、慌ただしくフェジテを発った。

 

 セリカ曰く、目的地はルミア達が行こうと予定していた場所の1つであるスノリアだという。

 

 スノリアとは、アルザーノ帝国に存在する辺境小地方の1つであり、北方山岳地方とも呼ばれている場所だ。

 

 学究都市フェジテがヨクシャー地方。その北に帝都オルランドを擁するイテリア地方が隣接しており、そのイテリアの北西に、以前、リィエル達が短期留学を行った聖リリィ魔術女学院を擁する湖水地方リリタニアがある。

 

 件のスノリアがあるのは、イテリア地方の北東、リリタニアの東。その敷地の8割以上が氷久雪山と呼ばれるシルヴァスノ山脈と盆地で占められる高山帯なのだ。

 

 そんなスノリアの北方は、北海と呼ばれる広大な氷海に面している。さらにその北に、世界地図における北の最果て『白の大氷原』と呼ばれる前人未到の領域があり、霊脈(レイ・ライン)の関係でそこから押し寄せる極寒の気団を、シルヴァスノ山脈が一身に受け止めている。

 

 よって、スノリアから南は、過ごし易い『海洋性温暖気候区』だが、スノリア地方そのものは年中が雪と氷に覆われた『山岳性氷雪寒帯気候区』に属しているのだ。

 

 まぁ、要するに、だ。

 

「……寒いんだよな。絶望的に」

 

 列車の窓から外の景色をぼんやり眺めながら、グレンが嫌そうにぼやいていた。

 

 今、グレンがいるここは、帝都からスノリアへ向かう鉄道列車の個室席の中だ。

 

 その個室席の中には2つの長座席が向かい合うように配置されている。列車の進行方向に向かって右の窓際の席に座るグレンから見れば、正面にアルス、その隣にルミア、斜向かいにリィエルが座っている、といった位置関係であった。

 

「絶対、寒いわ。なんでンな寒い場所にわざわざ行かにゃならんのだ」

 

「もう、さっきからぶつぶつうるさいですね」

 

 先程から愚痴ばかりのグレンへ、システィーナが口を尖らせながら抗議する。

 

「アルフォネア教授が決めたことでしょう? いい加減、覚悟決めてくださいってば」

 

「嫌だぁ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ~~っ! 寒いの嫌い! 暑いのも嫌いだけど!」

 

「はぁ~、もう、子供なんだから……」

 

 頭を抱えてダダをこねるグレンに、システィーナは呆れたように溜息を吐いた。

 

「あはは……でも、こうして列車に揺られていると、思い出しますね。以前、皆で一緒に聖リリィ魔術女学院へ短期留学に行った時のこと」

 

 ルミアがくすりと思い出し笑いをしながら、そんなことを言う。

 

「そうね……フランシーヌやコレット達と出会ったのは、ちょうどこんな列車の中だったわね……」

 

 あの子達、今頃、どうしているのかしら?

 

 システィーナがそんなことをぼんやり考え、遠くを見る。

 

「ところで、システィーナやアルフォネア教授はどうしてこの時期にスノリアに旅行に行こうと思ったんだ?」

 

「あれ? アルス、知らないの? スノリア地方の……えーと、今回の目的地のホワイトタウンは、近年、帝国では有名な観光地なのよ?」

 

「そうなの?」

 

「そうよ、確かにほんの一昔前は、とても観光どころじゃない、閉鎖的な辺境の田舎町だったらしいんだけどね」

 

 珍しく質問に徹するアルスにシスティーナは得意げに説明を始める。

 

「でも、最近は鉄道を敷いて、地元伝統の『銀竜祭』を中心に、雪山景勝地巡りや雪像コンテスト、スキーやスケート場などの各種イベントや設備を整えて、近隣諸国でも話題に上る、ちょっとした帝国の名所になりつつあるわ」

 

「へぇ……そうなんだ」

 

「ええ。それに今はちょうど、その『銀竜祭』が行われる時期ね。だから、秋休みの旅行にスノリアに行くってのは、むしろ良い選択だと思うわ」

 

「『銀竜祭』か……」

 

 アルスは少し笑いながら、祭りの名前を呟く。

 

「アルス君、もしかして……『銀竜祭』って聞いてワクワクしてる?」

 

 ルミアのその言葉にアルスは少し固まる。

 

 実を言うとアルスは祭りというものに参加したことがない、だが、祭りが楽しいものであるとは知っているので楽しみなのだ。

 

「………………」

 

 アルスの沈黙に、システィーナが驚いた顔をする。

 

「……え、本当に?」

 

 アルスはシスティーナの質問に黙って俯くだけだ。

 

「……なんか意外ね、アルスはこういうものには興味ないと思ってた」

 

「僕って、そんな感じに見える?」

 

「そんな感じっていうか……大人びてるから、お祭りとかそういう遊びには興味が薄いって思ってた」

 

「大人びてるって……これでも、僕ってルミアやシスティーナよりも年下なんだけどなあ」

 

 アルスは独り言のように呟く。

 

「え!?」

 

 その呟きを聞いたシスティーナが驚愕を露わにする。

 

「アルス君は、今年で14歳だよ?」

 

 少し笑いながらルミアがシスティーナにアルスの年齢を教える。

 

「その歳で、私より魔術が……」

 

 システィーナが軽く絶望していると……

 

「ああああああああああ~~ッ! 嫌だ、嫌だ、帰りたいぃいいいいいい~~ッ!」

 

「もう! 相変わらずうるさい人ですね! これで私達、結構、今回の旅行、楽しみにしてるんですからね!? 先生がそんな様子じゃ興ざめじゃない!」

 

「だ、だってよぉ……スノリア、めっちゃ寒そうだぞ? そりゃ、魔力容量(キャパシティ)に恵まれたお前らは空調魔術、使い放題だろうけど、俺はなぁ……」

 

 なんだかんだで、浮き足立っているシスティーナ達とは裏腹に、グレンのテンションはだだ下がりであった。

 

「はぁ……だったら、防寒対策、アルフォネア教授に相談してみたらどうです?」

 

 システィーナは呆れたように肩を落とし、ジト目でそう提案する。

 

「お、そりゃ確かに名案だな! ここはボクが生涯をかけて尊敬すべき大師匠、世界に名高き第七階梯(セプテンデ)にご助力願おうッ! ふはははっ! スノリア最高だなーーっ! すげぇいい思い出になりそうだぜーーっ!」

 

 途端、現金に目を輝かせ、グレンが立ち上がる。

 

 システィーナが深い溜息を吐き、ルミアとアルスが苦笑した。

 

「ところで、セリカのやつ、どこへ行った? さっきから姿が見えないんだが?」

 

「えーと、教授ならサロン車両に行くって言ってましたよ? 紅茶が飲みたいって」

 

「サロン車両? ったく、相変わらず気取り屋だな……まぁいい」

 

 グレンは個室席の引き戸を開き、そとの通路へと出る。

 

「俺、ちょっと、セリカんとこ行ってくるわ。白猫、後は頼んだぞ」

 

 そう言って、揺れる車両の通路を、グレンはゆっくりと歩いて行くのだった。

 

 

 ◆

 

 

 グレンがセリカのところへ行って数分後……アルスは、深い、とても深い溜息を吐いた。

 

「どうかした?」

 

 その珍しい光景にルミアも少し驚きながら問う。

 

「いや、今回の旅行、面倒事がなければいいなと……」

 

 アルスは顔を少し曇らせながら答える。

 

「それだけじゃないよね?」

 

「…………………」

 

 何故バレたと一瞬思うが、すぐに自分が顔を曇らせていたことを自覚する。

 

「……実を言うと今回の旅行、少しだけ気が乗らないんだ」

 

「え? どういうこと?」

 

「『銀竜祭』……確かに祭りは楽しみだし行ってみたいとも思う……でも、『銀竜祭』は白銀竜信仰に基づく祭りだ」

 

「それがどうかしたの?」

 

「白銀竜はメルガリウスの魔法使い第7章に出てくる魔将星だし……心配もするよ」

 

 それから、グレン達が戻ってくるまで誰も口を開かなかった。

 

 

 ◆

 

 

 グレン達を乗せた列車は、淡々と地を走ってゆく。

 

 草原を横切り、丘を越え、峠を乗り越えて。

 

 窓の外の風を千変万化させながら、北東に向かって、昼も夜も淡々と走っていく。

 

 やがて、列車の前に大きな山々が連なって立ちはだかり、列車はその麓に掘られた鉄道トンネル内へと吸い込まれていった。

 

 暗いトンネルに突入した列車内は、弱々しいランプの光だけがぼんやりと闇を払う心細い空間へと変貌した。

 

 窓の外は、暗黒一色に塗りつぶされていた。そのあまりにも濃厚な闇は、この列車が深淵の底へどこまでも落ちてゆくかのように、覗き込む者を錯覚させる。

 

 等間隔ごとに過ぎるトンネル灯の火が、時折、真っ暗な窓のキャンバスに、一条の線を描いては消えていき、不安と錯覚を微かに払拭していく。

 

 ゴトン、ゴトン。車輪が線路の継ぎ目を踏む重低音だけが耳朶を打ち続ける。

 

 時折、鳴り響く汽笛が、山彦のように反響し、方向感覚を狂わせていく。

 

 ………………どのくらいの時間を、列車は闇の中を進んでいっただろうか。

 

 それは────本当に唐突の出来事だった。

 

 暗黒一色に塗りつぶされていた窓が、不意に純白一色に反転した。

 

 ようやく列車がトンネルを抜けたのだ。

 

 窓から爆発的に溢れる白銀の奔流。一気に塗り替えられる世界。

 

 闇に慣れた目が眩き白に眩み、思わず目を細めさせる。

 

 やがて、徐々に慣れた目が窓の外に結像した世界は────

 

 ────辺り一面、白く輝く銀世界であった。

 

 雄大に広がる草原が、遥か遠き丘が、遠方に連なる山々が、茂る林が、森が。

 

 世界の全てが、真っ白にピュアな雪で化粧されている。

 

 清らかな処女を思わせる、足跡1つ無い、穢れ無き白亜の雪景色。

 

 そして、今も尚、花弁の如き雪が、はらはらと舞い散るように静かに降りしきり、純白の光彩を世界へと敷き詰めていく。

 

 仰ぐ天空に厚き雲、その微かな切れ目から奇跡のように差し込む鮮烈な一条の陽光

 

 それを降りしきる雪の結晶が跳ね散らし、冷たく燃えるように輝かせる。

 

 一言で言えば、絶景。この世の光景とは思えない。

 

 凍てつく白銀の芸術が、列車の窓のキャンバス一杯に広がっているのであった────

 

「わぁ! 凄い、凄い!」

 

 目を輝かせたシスティーナが座席を立って身を乗り出し、窓際に座るグレンの膝越しに窓へ張り付き、頬を上気させた。

 

 窓に吹きかけられた吐息が、窓をさらに白く染めた。

 

 それは、システィーナに限った事ではなくルミアも同じことをしている。

 

「雪ってこんなに積もるものなんだね……」

 

「真っ白、砂糖みたい」

 

 リィエルすらも目をぱちくりさせて、圧倒されている。

 

「くっそ、お日様、もっとやる気出せよ……熱くなれよ……雪ごと溶かせよ……」

 

 グレンだけがひたすら嫌そうに外を流し見ている。自分の顔に垂れてくるシスティーナの銀髪を、それこそ窓の外の雪のように鬱陶しそうに払っていた。

 

 ちなみに、アルスはというと────

 

「…………………」

 

 ただ、なんとも言い表せない表情で窓の外の雪景色を眺めている。

 




 待たせたなぁ!(殴)

 すいません許してくださいお願いします何でもしますから!(何でもするとは言ってない)


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スノリア

遅れてすいません……反省してます……みなさん、FGOの福袋はなんでしたか?因みに僕は水着BBでした。

嬉しいっちゃ嬉しいんですが、スカサハかイシュタルが欲しかった……


 やがて、列車は観光目的地であるホワイトタウンへと辿り着き、停車する

 

 ホワイトタウンとは、現在、スノリアでもっとも発展した地方都市だ。

 

 四方を渓谷と山岳、氷湖に囲まれた盆地に存在する街であり、スノリアで唯一、鉄道列車駅が据えられた、スノリアの中心地でもある街であった。

 

 一同は列車から降りると、駅の改札口から駅前広場へ出る。

 

 途端、一同をホワイトタウンの街並みと、肌を刺すような寒気が出迎えていた。

 

「うわぁ! ここがホワイトタウンなのね!? 素敵!」

 

 厚手の毛皮コートに、スノーブーツ、手袋にマフラー、ばっちり防寒具に身を包んだシスティーナ。身を芯から切るように澄んだ寒さをものともせず、両手を広げてくるりと踊るように回り、白い息を吐いた。

 

 立ち並ぶ煉瓦造りの建物だ。帝都のものより鋭角的な三角屋根と、大きな煙突、アーチ型の格子窓が特徴的で、そのどれもに満遍なく雪化粧が施されている。

 

 ここが山間の盆地であるためか、起伏に沿って建物は並び、街は上下に立体的だ。

 

 白い綿毛に飾られたような三角錐型の針葉樹が、広場や街路など街の各所に群生し、それがやはりフェジテや帝都とはまったく異なる景観を演出している。

 

 遠くを見渡せば、街を囲むように連なる雪山。その偉容は見る者を押し潰さんばかりに威圧的で圧倒的だが、凍てつく純白の連峰はそれでも尚、畏怖を超えて美しい。

 

 軒先、看板、店頭、街の彼方此方(あちこち)で、橙、赤、青、緑……色とりどりのキャンドルが煌々と燃えている。その灯火の煌めきが、街を包み込み始めた薄闇のヴェールを燦然と払い、羽毛のように降りしきる粉雪を七色に輝かせ、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

 そして、人、人、人……街は大勢の観光客で賑わい、活況に溢れていた。明日からの楽しい一時を予感させ、否応なく心を躍らせてくれる───そんな街並みであった。

 

「あっ! 見て見て、あそこで大道芸やっている人がいるよ! 面白そう!」

 

「むぅ……苺タルトの屋台は……どこ?」

 

「この時期、スノリアには見所が多いぞ? きっと楽しい旅行になるさ」

 

 ルミアも、リィエルも、セリカも、システィーナ同様、きちんと防寒具に身を固めており、空調魔術も付呪(エンチャント)しているので、この身を切る寒さをものともしない。

 

 一行は、ただ街を包む楽し気な雰囲気を堪能し、それに身を任せている───

 

「さっぶぅううううううううううううーーッ!?」

 

 ───唯一、グレンを除いて。

 

「寒ッ!? なんだこれ、バカじゃねーの!? 寒すぎるだろッ!?」

 

 システィーナ達が、くるりとグレンを振り返る。

 

 そこには、普段のワイシャツとスラックスの上から、魔術学院の講師ローブを纏っただけ……という、あまりにも寒冷地を舐め切った格好のグレンが、自分の身体を抱いて、ガタガタと震えていた。もうすでに唇も顔色も真っ青である。

 

「クッソ、スノリアの寒さを舐めてた! 死ぬ! 余裕で死ねる! おい、セリカ、効いてねえぞ!? 貫通してる! 冷気がお前の空調魔術すら貫通してるって!?」

 

 グレンは周囲の観光客達の注目を集めながら、みっともなく叫き散らしている。

 

「……先生。はっきり言いますけど。バカじゃないんですか? その恰好」

 

 そんなグレンへ、システィーナは呆れたように、冷ややかに言った。

 

「先生なら、自分の周囲の気温・湿度を調整する【エア・コンディショニング】の術にだって調節限界があるって、ご存知ですよね? なのになんで、そんな薄着を……」

 

「ぅるっさいわい! 家、吹っ飛んだんだぞ!? 今の俺が上等な防寒具を持っているわけも、買う金もあるわけもねーだろ!?」

 

 グレンは早くも涙目だった。

 

「ぷっ……あははは、悪い悪い。流石にそんな薄着じゃ効果は薄かったか」

 

 そんなグレンを宥めるように、セリカは楽し気に言った。

 

「まぁいい、後で防寒具、買ってやるよ。それでもっと強力なやつを付呪(エンチャント)してやる」

 

「そんなことより、お師匠様。ボクもう帰りたいんですけど……」

 

「ほら、行くぞ。とりあえず、予約したホテルへチェックインだ!」

 

 すると、グレンの愚痴などまるで聞かず、セリカはグレンの腕に自分の腕を絡めて身を寄せ、そのまま引っ張っていく。

 

 その様は、まるで夫婦か恋人であるかのようだ。

 

「お、おい!? こら、くっつくなって!?」

 

 そのまま為す術無く引っ張られていくグレン。

 

「な……」

 

 そんな2人の姿を、呆気にとられた表情で見送るシスティーナとルミア。

 

「……なんか、今回のアルフォネア教授……」

 

「みょ、妙に、積極的っていうか……いつにも増して先生にベタベタしてるっていうか……どうしたんだろうね、あはは……」

 

 得体の知れないセリカの攻勢に、どうにも一抹の不安が拭えないシスティーナとそれを心配するルミアであった。

 

 そんな風に、グレン達は連れ立ってスノリアの大通りを歩いて行く。

 

 すると、やがて幾つかの建物の向こう側に、1つの大きなホテルが見えてくる。

 

 そのホテル───シャトースノリアは、高台に設営された最高級ホテルだ。

 

 その名の通り、城のような偉容を誇るそれは、スノリアを訪れる観光客達の中でも特に富裕層向けに用意されたホテルであり、要するに、グレンのような薄給零細魔術講師が泊まるなど、ひっくり返ってもおこがましい高貴な施設である。

 

 煉瓦積みで作られた重厚な宮殿作り、空に向かって突き立つ無数の尖塔……それらが雪化粧で美しく飾られているその様は、まさに雪の城と形容するに相応しかった。

 

「……え? マジ? 俺達、マジでアレに泊まるの? 嘘でしょ? そ、その……ボクのような下賤な平民ごときが、かように高貴なる方々御用達の寝所に?」

 

 あまりにも格違いなホテルを前に、すっかり萎縮してしまっている小市民なグレン。

 

「す、凄い……流石にあんなに凄い宿泊施設は、私も初めてかも……」

 

 グレンより遥かに格式高い施設に慣れ親しんでいるものの、システィーナも緊張を隠せないようだ。

 

「ここに泊まれるほどのお金は持ってないんだけど……どうしよ……」

 

「あの……アルフォネア教授? 本当に私達もご一緒してしまっていいんですか? 急に押しかけてしまった私達4人は、別の宿泊施設でも……」

 

 流石に元・王女のルミアと従者であるアルスに動揺はなく……

 

「むぅ、でもルミア。わたし、皆、一緒がいい」

 

 どこでも寝泊りできるリィエルもいつも通りであった。

 

「ははは、気にすんなって! 今回のお前達の旅費は全部、私が持ってやるさ」

 

 申し訳なさそうなシスティーナとルミアに、セリカはただ豪快に笑ってみせる。

 

「なんだかんだ、今回の旅行をこの子(グレン)と楽しむなら、お前たち3人の存在は必須だろう? あと1人はおまけだ、気にするなよ」

 

「おまけって……もっと他に優しい言い方なかったんです?」

 

 アルスの発言を無視し、ぐるんとグレンの首に腕を回して引き寄せ、セリカは悪戯っぽく笑った。

 

「こら、放せ! だから、抱きつくなって!?」

 

「ええと、その……」

 

「あ、ありがとうございます、アルフォネア教授……」

 

 実に複雑な気分でお礼を言う、システィーナとルミアであった。

 

 なんだか、色んな意味で、まるでセリカに勝てそうな気がしなかったのである。

 

 一行がそんなやり取りをしているうちに、シャトースノリアが近づいてくる。

 

 だが、ホテルが近づくにつれ、グレンは周囲の妙な雰囲気に気付いた。

 

「……なんだ?」

 

 どうも、ホテルに近づけば近づくほど、先ほどまで辺りを支配していた楽し気な空気はなりを潜め、どこか緊張したような、張り詰めた空気が漂い始めたのだ。

 

 強張った表情辺りを警邏しているスノリア警備官の姿も、目立って増えていく。

 

「……な、何かあったのかしら?」

 

 その異様な雰囲気を察したシスティーナも、訝しむように周囲を見渡す。

 

「…………………」

 

 いつも眠たげのリィエルも、微かに目を細め、警戒心を強めているようだ。

 

「おーい、お前達! 早く、早く~っ! 置いて行っちゃうぞ~っ!」

 

 ただ1人先頭を行くセリカだけが能天気だった。

 

 

 ◆

 

 

 そして、シャトースノリアの玄関前広場に一行が辿り着いた時だ。

 

 街を支配していた、その妙な緊張の正体は明らかになった。

 

「このホテルは、我々《銀竜教団(S・D・K)》が占拠したッ!」

 

 何者かの大音声が辺りに鳴り響き、山彦のように反響する。

 

 ホテル前広場は、全身を白いローブで包み、目元だけ穴が開いた三角形の白い頭巾をすっぽりと被って顔を隠した奇妙な連中が、数十人近い集団となって陣取っていたのだ。

 

「このスノリアの大地は、我らが白銀竜様が護る神聖なる聖域ッ!」

 

「それを貴様らごとき余所者が足を踏み入れ、享楽を貪るなど言語道断ッ!」

 

「余所者はこの地から立ち去れッ! 偽りの『銀竜祭』を即刻中止せよッ!」

 

「欺瞞に満ちた銀竜祭を奉る者達に、竜罰をッ!」

 

「「「S・D・Kッ! S・D・Kッ!」」」

 

「「「S・D・Kッ! S・D・Kッ!」」」

 

「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーッ!」」」

 

 ”余所者は去れ”、”白銀竜様万歳”、”不信信者に怒りの鉄槌を”……そんな旨が書かれたプラカードや看板を掲げ、一斉に盛り上がる白頭巾の変態集団。

 

 そんな広場前にはバリケードが築かれ、ホテルをぐるりと包囲するスノリア警備官隊と白頭巾の変態集団が激しく睨み合い、まさに一触即発の状況であった。

 

「な、なあにこれ?」

 

 その高級感溢れるホテル前には全く相応しくない異様な光景に、システィーナが頬を引きつらせて硬直する。

 

「《銀竜教団(S・D・K)》……まさか、このタイミングで連中が出てくるとはなぁ」

 

 グレンが呆れたようにため息を吐いていた。

 

「《銀竜教団(S・D・K)》って……なんですか?」

 

シルヴァー(S)ドラゴンズ(D)クラン(K)。このスノリア地方の土着地方宗教、白銀竜信仰を極端にこじらせちまった連中が集まった宗教系秘密結社さ」

 

「!」

 

 白銀竜。それはシスティーナ達にも心当たりがある言葉だった。




前書きを見てもらえれば分かる通り、これ正月近くに書いてたんですよ?……この話が完成したのは2月の初め……ははっ笑っちゃうぜ!


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オリジナル編※IF
タウム天文神殿


 オリジナルの開始ゾ。かな~りオリジナル要素強めだから、期待せずに見てください。


アルスは今、タウム天文神殿の天象儀場(プラネタリウム)にいる。

 

 そして、魔眼を起動しながら天象儀(プラネタリウム)を弄って扉を出現させ、そこに入って行った。

 

 

 なぜ、こんな所にいるかは2日前に遡る。

 

 

 ◆

 

 

 裏学院の騒動が終わった日、マキシムはセリカによって武断派の教導省官僚数名と学院理事会の有力者との収賄があったことを暴露されて失脚した。

 

 そして、翌日にはリックがめでたく学院長復帰になった。

 

 リックは学院長室で椅子に座りながらセリカと話していた。

 

 時刻は日が沈む頃で、夕日が空に浮かぶ城を美しく見せる時間帯だ。

 

「ありがとう、セリカ君……君のおかげで、私はまだ学院長を続けられる」

 

「礼には及ばないさ、学院長には借りがあるからな」

 

 グレンを強引に講師にしたことだろう。

 

「それについては結構な無理をした……どうじゃ、今日の夜にでも……」

 

「お断りだ。いい加減枯れろよ」

 

「わしは、いつまでも現役じゃよ」

 

 いつの日かやった話を続けていると。

 

 学院長室に入ってくる者がいた。

 

「ん?君は……確か、アルス君……だったかな?」

 

「はい」

 

「何の用だ?」

 

 セリカがアルスに問う。セリカは気付いていた、アルスの深刻な顔に。

 

「……退学届です」

 

 アルスはポケットから丁寧に折られた紙を差し出す。

 

 几帳面な字で書かれたそれは、退学届。アルスはアルザーノ帝国魔術学院を退学するつもりなのだ。

 

「……理由を聞いてもいいかな……?」

 

「……一身上の都合です」

 

「……わしらは、フェジテ最悪の3日間を生き残った仲間じゃ……今さら、隠し事など不要じゃよ?」

 

「ならばこそ言います。一身上の都合だと……」

 

「……学院長、認めてやってくれ」

 

 突然、セリカが頭を下げながら言う。

 

「セリカ君……?」

 

「こいつは、時々意味不明で、私達には理解できないことを言うが……結果的にそれらが最悪になった事があったか?……フェジテ最悪の3日間だって、こいつがいなければアセロ=イエロは完全な形で顕現していた」

 

「……………」

 

「私は、こいつを信じる」

 

「……はぁ……セリカ君にそこまで言わせるとは……」

 

「……認めてくださるのですか……?」

 

「仕方あるまい……ただし、絶対に戻ってくること。君は、君が傷つくことで、誰かが悲しむことにそろそろ気付くべきじゃ」

 

「………………」

 

「君のことはある程度聞いた……だからこそ言わせてもらう。大切な人を助けるためには自分を犠牲にするしかないと君は思っているようじゃが……そんなことはない。大切な人も自分も犠牲にならないような、最高のハッピーエンドもある。君はそれに気づくべきだ」

 

「そんな理想を抱いて迷うくらいなら、最初から自分を犠牲にして誰かを救った方が効率的です」

 

「人間、全てが効率ではない。魔術であっても同じじゃ。カードの切り方をだけを追求し、効率的な者。カードを増やし続ける、非効率的な者。グレン君の授業を受けていた君なら分かるはずじゃよ……」

 

「……………」

 

 アルスは完全に言い負かされた。

 

 だが、リックもセリカも、アルスがここで引かないことくらい分かっている。だから、これは忠告だ。

 

「君が、そこまで自分を痛めつけるのか……それに関しては聞かぬよ……誰にでも言いたくない過去の1つや2つあるものじゃからの……じゃが、分不相応の救いはやがて身を滅ぼす……覚えておきなさい」

 

「これは私からだ……ある奴に言われた言葉なんだがな……無償の奇跡など、ただの幻想……追い求めるだけ無駄ってな」

 

「……ありがとうございます。その言葉、肝に銘じておきます」

 

 アルスは頭を下げて、学院長室から出て行った。

 

「……それで、セリカ君はどうして彼を助けたのか……聞いてもいいかな……?」

 

「特に根拠はないよ……ただ……あいつは何か凄いことをするつもりなんだって、私の直感が言ってたのさ」

 

「………………」

 

 セリカの回答にリックは無言だった。

 

 

 ◆

 

 

 こうして、アルス=フィデスは約1ヶ月の学院生活に幕を下ろした。誰に告げるでもなく、お別れの挨拶をするでもなく……1人静かに去って行った。

 

 なぜ何も言わずに去ったのか……理由は単純、止められるからだ。ルミアやイヴが聞けば、平手打ちの上にボコボコにされそうだけれど、アルスにも譲れないものがある。

 

 メイベルがアルスの眼について説明したとき、欠けていたピースが埋まったのだ。そのピースが埋まった瞬間、アルスの頭に意思のようなものが流れてきた。

 

 『オレ達の希望(願い)を叶えてくれ』と。その言葉の意味は誰も分からないだろう……だが、アルスは直感で理解できた。

 

 そして、アルスは全てを視た。今まで逃げてきたのだ。真実を知るのが怖くて、全てを知ってしまったら、自分が自分でなくなる気がしたのだ。

 

 全てを視たアルスは全ての真実を知っているのと同義だ。結論を言おう、くだらない……アルスはそう思った。誰もがルミアを求める理由……セリカの過去……そして、禁忌教典(アカシックレコード)

 

 ロラン=エルトリアが最後に言った『教典は万物の叡智を司り、創造し、掌握する。故に、それは人類を破滅へと向かわせることとなるだろう。』アルスはこの言葉を知って、素直に称賛した。アルスのような眼を持たずに、ここまで真理に近づいた者がいるとは思わなかった……

 

 

 ◆

 

 

 アルスは、地下迷宮の89階───《門番の詰め所》にいた。

 

 そこは、アルス達が《魔煌刃将》アール=カーンと戦った場所。

 

 そこにはアール=カーンが守っていた門があり、アルスはその門をこじ開けた。

 

 その門の先は90階層《地の民の都》だ。だが、アルスの用があるのはここではなく、100階だ。

 

 そこへ行くことができれば、全ての真実がある場所へと繋がる回廊が現れる。

 

「早く行かなきゃ……」

 

 アルスは、走って次の91階層もサクサクと進んでいった。

 

 

 ◆

 

 

 

 アルスがいなくなった翌日、グレンが学校に来ると。

 

「さて、全員いるな?……って、ありゃ?アルスは?」

 

 グレンが授業を始めようとして、1人生徒がいないことに気付く。

 

「休みか……?」

 

 グレンがそう呟くと同時に、2組の扉が勢いよく開かれた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「イヴ……?」

 

「イヴ先生……?」

 

 息を切らしているイヴに困惑するグレンと生徒達。

 

「……アルスはいる!?」

 

「いや……いねえ……けど……」

 

 凄い剣幕で聞くイヴに、グレンは引き気味に答える。

 

「やっぱり……ッ!」

 

「やっぱり?」

 

 アルスのことを知ってそうに言うイヴにグレン達が眉を上げる。

 

「アルスがどうかしたのか?」

 

 裏学院の事件も収束し、平穏が訪れたと思っていた矢先にこれだ。

 

「いなくなったのよッ!この学院からッ!」

 

 イヴの叫びに似た声より、イヴの言葉の内容に思考が追い付かなかった。

 

「……は?」

 

 一足先に我に返ったグレンが疑問の声を上げる。

 

「……スマン、聞き間違いをしたみてえだ……もう1回言ってくれるか?」

 

「聞き間違いじゃないわよッ!いなくなったのッ!この学院から!」

 

「……はぁ!?なんでだよ!?」

 

「知らないわよ!私が聞きたいくらいだわッ!」

 

 そんな会話をしていると、今度はそっと教室の扉が開かれた。

 

「……学院長……?」

 

「アルス君から、手紙を預かっておる」

 

 そう言って、リックが懐から出したのは1枚の封筒。それは退学届の封筒に入っていたものだ。

 

 グレンは、それを素早く奪って読み始める。

 

「えーと、なになに……『この手紙が読まれている頃には、僕は学院にいないと思います。どんな理由で辞めたのか、なぜ、何も言わなかったのか……皆さんは怒りに燃えていることでしょう。理由は言えませんが、いなくなった理由に関しては、皆さんを巻き込みたくなかったからです。皆さんは強く、頼りになることを理解しています。ですが、これは僕自身の問題です。皆さんを個人的なことに手伝わせるわけにはいきません。それと、何度も嘘を吐き、何度も心配させた僕の言葉ですので信用できないかもしれませんが、絶対に皆さんの元に帰りますので心配しないでください。灸を据えておきますが、僕を探そうなんて無茶なことはしないでください。なぜなら、僕はこの世で最も不思議な場所にいるからです。そんな場所へ行こうとしても、正規のルートを知らない先生方には来れない場所ですので探しても無駄ですよ』……はぁ……?」

 

 読んだグレンは首を傾げる。

 

 アルスの手紙にはヒントがある。

 

・この世で最も不思議な場所

 

・正規のルート

 

「……不思議な場所……?」

 

「……どこだよ……?」

 

 この場に集う誰もが、疑問に思う。

 

「……まさか……メルガリウスの天空城……?」

 

 システィーナの呟きが教室内に響く。

 

「……い、いやいや……流石に、あんな上空にある遺跡には行けないでしょ……」

 

 カイが返す。

 

「で、でも……世界で最も不思議な場所って言ったら……メルガリウスの天空城じゃない……?」

 

「た、確かにそうかもしれないけど……」

 

「もしかしたら、メルガリウスの天空城へ行くためのルートが……?」

 

「……でも、なんでアルスがそれを知ってるんだ?」

 

 グレン達以外の全員が知らない。アルスは魔眼を持っていることは知っているが、魔眼の内容を知らないのだ。

 

「……禁忌へと至る道を示す者……」

 

 グレンの呟きに、全員が反応する。

 

「……なんです?それ」

 

「いや、アルスの魔眼について知っている奴がいてな……そいつ曰く、アルスの魔眼は『禁忌へと至る道を示す』らしいんだ」

 

「……禁忌って……メルガリウスの天空城……?」

 

「……なんで、メルガリウスの天空城が禁忌なんだ……?」

 

 それが疑問なのだ。メイベルですら、メルガリウスの天空城が禁忌だとは言わなかった。

 

 グレン達には分からない。何が禁忌で、何が禁忌ではないのか。

 

「……とりあえず」

 

「……ええ、とりあえず」

 

 グレンとイヴは本気で怒りながら呟く。

 

「「帰ってきたら絞める!!」」

 

 2人の言葉に周囲は共感した。そこにたった1人の例外がいる、その人物はロケットを見ながら

 

「……アルス君……どうして君は……いつも1人で勝手に決めるのかな……」

 

 呆れたように、でも、どこか嬉しそうなルミアはそう呟くのだった。

 

 

 ◆

 

 

 

『……ああ、やっと……僕の望みが叶えられる……ようやく気付いたんだね……自分に課せられた使命と、為すべきことが……いや、違うな……君はきっと気付いていたんだ……それでも、君は少女との時間を大切にしようとした』

 

『……僕とあの人(・・・)に見せてくれ!そして、少女(・・)彼女(・・)に教えてあげてくれ!僕達が何のために戦ったのか!そして、何を得ようとしたのかをッ!!!』




 意外とオリジナルって難しいですね……書いてて思いました。やめないけどね!


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メルガリウスの天空城と禁忌教典

 次が後日談になると思うので、それを書いてからイヴのヒロインルートいきます。


アルスは今、愚者の民が『メルガリウスの天空城』と呼ぶ場所にいる。

 

 タウム天文神殿からアルザーノ帝国地下迷宮へと向かい、そこで100階層へと着けばここに転移できる仕組みだったのだ。

 

『キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────ッ!」

 

「は……ッ!」

 

 メルガリウスの天空城に着いてから、アルスは戦い続けている。この地には死人が警備兵のように巡回しているのだ。

 

「……ふぅ……『魔都メルガリウス』にある残留思念なだけある……地下迷宮の奴らとは違って、完全な物理攻撃しか受け付けない」

 

 物理攻撃しか受け付けない理由は、死者達が身に纏っているマントにある。それらは、古代魔術(エインシェント)によって作られたものなので近代魔術(モダン)程度の魔術なら完全に無効化できるのだ。

 

「………………」

 

 アルスが少し歩くと、異変に気付いた。

 

 死者達がいなくなっている。それも、この区域だけが。

 

 すると、そこには1人の死体があった。男か女かの判別もつかないほど酷い死体だが、その隣には錆1つ無い黄金の鞘がある。

 

「……そうか……貴方が……」

 

 アルスは、その死体の横にある鞘にアリシア七世から貰った黄金の剣をしまう。

 

「……剣、お返しします。今まで、ありがとうございました」

 

 アルスがそう言うと、その死体はどこか嬉しそうに笑った……ような気がした。顔も骨なので分からないが。

 

「……あれ?鞘がここにあって、剣は帝国内の遺跡に在った……誰が動かしたんだ……?」

 

 過去の全てを視たアルスだが、その剣が動かされた場面は知らない。

 

「……誰も知らない魔法だったりして……?」

 

 そんな呟きは遥か上空に吸い込まれていった。

 

 

 ◆

 

 

 場所は変わって、アルザーノ帝国魔術学院の中庭。

 

 アルスの突然の退学に身が入らないだろうというグレンの言葉で一同は静かに自由時間を過ごしていた。

 

 中庭のベンチにはルミア、イヴ、リィエル、システィーナで座っている。

 

「……………」

 

 ルミアは黙って、メルガリウスの天空城を見て。

 

「……………」

 

 イヴも静かに、左手を開いたり閉じたりしている。

 

「……ねぇ、システィーナ。ルミアとイヴ……なんか変」

 

 リィエルは、システィーナに小声で呟き。

 

「今はそっとしてあげましょう?ね?」

 

 システィーナは、そんなリィエルの相手を続けている。

 

 

 ◆

 

 

「……マジで、帰って来いよ……お前が来ねえなら、俺達が行くからな……」

 

 グレンは左手に手記を持ちながら、確たる意思を秘めた目で天空城に向かって呟く。

 

「安心しろ、グレン」

 

 すると、グレンの背後からセリカの声がする。

 

「……学院長から聞いたぞ。セリカ……お前、アルスの退学を止めなかったんだってな」

 

「……ああ、まぁ、今なら言っても問題ないだろう」

 

「……………?」

 

「私はな、あいつが……アルスがどうも信用できなかったんだ」

 

 セリカは語りだした。

 

「は?」

 

「……あいつは、歳不相応なほど達観していた。私はな、あいつと初めて話したとき……正直怖かったよ」

 

「怖い……?」

 

「ああ、私よりも遥かに長生きをしているんじゃないかって錯覚するほどには怖かった」

 

「………………」

 

「だから、フェジテ最悪3日間が起こる前まで私はあいつのことが苦手だった……でもな、あいつとラザールの闘いを見て嫌でも理解したよ」

 

「………………」

 

「あいつは……ルミア=ティンジェルを常に1番にしているあいつが、あの場の誰よりも……魔術師(・・・)だった」

 

 魔術師は魔術を間違った道で使うことなどない。魔術師であるならば、それは基本であり……それを破った者が外道魔術師と呼ばれるようになる。

 

 だが、グレンが1番恐れているのは、ルミアが殺害・略奪された場合だ。そのとき、アルスがどんな化け物に……外道魔術師になるか……考えただけでも汗が止まらなくなる。

 

 アルスは確かに、この学院の2組を大切に思ってくれているだろう。だが、それでも大切度の序列はルミアがぶっちぎりで1位だ。

 

 アルスが2組をどんなに大切に思っているかは分からないが、少なくともルミア以上ということは有り得ない。絶対に。天変地異が起こったところで、ルミアの順位が変わることなどありはしない。

 

「グレン……私が言えたことじゃないが、あいつを信じてやってくれ……」

 

「……ったく、分かったよ。あいつには借りがあるからな……3日間だけ待ってやる……それを過ぎたらもう待てん」

 

「ああ、それで十分だ」

 

 そう言って、グレンは足早に去って行った。

 

「……子供だよ……お前も……あいつも……」

 

 セリカはグレンの遠ざかる背中を見ながら呟いた。

 

 

 ◆

 

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスの投影した剣が死者達を壁に縫い付けていく。

 

「……多過ぎだろ……」

 

 これがアルスの素直な感想だった。

 

 いくら、『魔都メルガリウス』とはいえ、亡霊が多すぎる。死体が残っていることはまだいいとして、悪霊がいすぎなのだ。

 

「……ルミアに会いたい……」

 

 アルスは、死者達に囲まれたこの状況で呟く。

 

 ルミアがいれば、アルスは100万人力だ。

 

「……まぁ、でも……これも必要なことだし……《仕方ないか》」

 

 アルスの即興改変によって作られた剣が無数に現れる。

 

 アルスはなぜ、自分で剣を取って戦わないのか……その理由は、アルスの背負っているバックパックにある。

 

 これには食料などは一切入っていない。入っているのは全て、アルスの魔力を溜め込んだ魔石だ。

 

 念には念を入れて、剣で戦えと言われるかもしれないが、アルスはこの先に強大な敵がいないことを知っている。

 

 あるのは1冊の教典。全ての叡智を司り、創造し、掌握する教典。そして、人類を破滅に導く教典でもある。

 

「……と、言うわけで……《死んでくれ》」

 

 この場にアルスを止められる者などいない。ここにいる亡霊は全てが有象無象であり、アルスの敵ではない。

 

 多勢に無勢という言葉がこれほど似合わない瞬間は、そうそう無いだろう。

 

「……ナムルスには、悪いことをしたな……」

 

 今、アルスがやっている行為はあまりに逸脱した行為だ。

 

 この世界の未来にある物語を、全て別のものに書き換えているのだから。

 

 アルスがいなければ、この先グレンやルミア達は更なる敵と戦わなければならない。

 

 アルスがいなければ、アゼル=ル=イグナイトは”赤い鍵”を持ったまま、円卓会にいた。

 

 アルスがいなければ、グレン達が全ての真実を知らなければならなくなる。

 

 アルスは、本来グレン達がやることを肩代わりし、更に大幅な編集を加えるという無茶な行為をしているのだ。

 

 1歩間違えれば、世界を壊すかもしれない。1歩間違えれば、ルミアを更に不幸にしてしまうかもしれない。

 

 だが、正解すれば、ルミアが泣く必要も悲しむ必要もない平和な未来にできるはずだ。

 

 ならば、アルスは迷わない。ルミアを救うことが、結果的に2組の生徒達を救うことにも繋がるから。

 

 

 ◆

 

 

 アルスも目指した。ルミアがなろうとして断念した聖女の考え方を……

 

 だが、アルスも無理だった。『自分を犠牲にしてルミアを助けること』ここまではできる。だが、『自分を犠牲にして学院の全員を守ること』はできない。

 

 アルスは、ルミアのことになれば自身の命を投げ出すことも厭わない。だが、皆を守ることは出来ない。

 

 『ルミアを助ける』『皆を助ける』この2つは似ているようで似ていない。

 

 アルスはグレンのように理想を追い求める者ではなく現実主義者だから、1人の命で助けられる者には限りがあると知っている。

 

 それに気づいたところでどうしようもない。これは理屈ではなく、感情だ。理屈ではわかっていても、どこか冷めている自分が『そんなことできるわけがない』と告げてくるのだ。

 

 だから、アルスは妥協点を探した。『ルミアを助けること』『皆を助けること』……そして、アルスが見つけた妥協点は『ルミアを救った結果、皆も救われる』というものだ。

 

 言い方は悪いが、彼らはあくまでついで(・・・)だ。ルミアを助ける上で、結果的に得た副産物。

 

 この思想をルミアやグレンが知れば怒ること間違いなしだろう。でも、アルスは反省をしない。後悔もしない。

 

 グレンは『正義の魔法使いのように苦しむ人々を助ける』

 

 ジャティスは『正義の魔法使いのように悪を根絶やしにする』

 

 この2つは、言うなれば正義の表と裏だ。正義の魔法使いは、確かに人々を魔王から救った。だが、魔王やその配下の魔将星達を殺したから、人々を救えたのも事実だ。

 

 グレンのように正義の表だけを見るのではなく、ジャティスのように正義の裏だけを見るわけでもない。その2つを割り切っている、それがアルスという人間だ。

 

 

 ◆

 

 

 グレンの捜索活動開始まであと2日

 

「……イヴさんとアルス君の出会いってどうだったんですか?」

 

 ルミアは純粋な疑問をぶつけた。ルミアと同じように授業や他のことに身が入らないイヴが少し知りたかったのだ。

 

「……気になるの?」

 

「はい……今思えば、私はアルス君のことをあまり知らないなって……」

 

「……そう……確か、あいつがまだ《無銘》だった頃に1度だけ特務分室に勧誘したわ……結果は断られたけど……」

 

「……断られたんですか……?じゃあ、アルス君はいつ特務分室に……?」

 

「社交舞踏会のときよ。あいつが私を助けたとき、ボロを出した……だから、私はその弱みを使って強引に特務分室に入れたの」

 

「……そうなんですね」

 

「……それで……貴女は?」

 

「え?」

 

「貴女とアルスの出会いはどうなのよ?……私だけ話すのも……その……不公平じゃない」

 

「ふふっ」

 

「な、なによ……」

 

 イヴも自分らしくない発言だとは理解しているが笑われるとは思っていなかった。

 

「ごめんなさい。私とアルス君の出会いは、まだ私が王女だった頃に側近として初めてお母さんに紹介してしてもらったときです」

 

「へぇ……」

 

「でも、その時のアルス君って今のように明るくなかったんですよ?」

 

「え!?」

 

「私がアルス君に何を言っても無表情で、怖いってお母さんに相談したこともあります」

 

「……あいつの無表情ってそんなに怖いの……?」

 

「少なくとも、あの時の私は怖かったです……話しかければ、返してくれるけど『はい』とか『そうですね』ばっかりで……」

 

「……機械的ね……」

 

「お母さんに相談したら、アルス君って丁度その時期にご両親を亡くしていたんです」

 

「……フィデスって家名に聞き覚えがあると思ったら、王宮にいたのね……」

 

「はい、アルス君のご両親は宮廷専属の鍛冶師でした。今は滅多にいない真銀(ミスリル)の鍛冶師で……とても、凄い鍛冶師だったんです」

 

「……それを、天の智慧研究会が疎ましく思ったわけね……」

 

「はい、それを聞いた私は絶対にアルス君の笑顔を取り戻すって決めたんです」

 

「難しかったでしょうね……」

 

「はい、本当にイヴさんの言う通りで……でも、1ヶ月も話しかけ続けていたら、少し微笑んでくれたんです」

 

「………………」

 

「2ヶ月もすれば、お母さんがいつも通りに戻ったっていうくらいには笑ってくれて……それから、今のアルス君みたいに明るくなったんです」

 

「……アルスの過去も過去だけど、貴女の根気もすごいわ」

 

「根気……ですか……?」

 

「ええ、その時は好きなんて感情は分からなかったでしょう?そんな相手に1ヶ月も話しかけ続けるなんて、相当な根気がないと無理よ」

 

「……ありがとうございます」

 

「別に……感謝されるようなことは……」

 

「……それでも、感謝させてくださいイヴさん。アルス君の話を聞けて良かったです」

 

「これくらいでいいのなら、いつでも話してあげるわ」

 

 ルミアはベンチから立ち上がって言う。

 

 イヴは、素直に返した。

 

 

 

 

 アルスがいるのは、メルガリウスの天空城の最奥。そこには鍵のかかった扉があって入ることは叶わない。

 

 この先には、ルミアの《銀の鍵》が必要になってくる。

 

「《我は世界()に願う・我が信念・我が想い・其れが誠であるならば応えよ・我が全てを以て世界()の威光を示し賜え》───ッ!」

 

 それ(・・)が唱えられた途端、アルスの左手に眩い光を放つ”《黄金の鍵(・・・・)》”が握られていた。

 

 アルスはルミアの《銀の鍵》を魔眼を通して視たことはない。だが、ナムルスの持っていた《黄金の鍵》は視た。

 

「───《黄金の鍵》……ごめんね、僕は本当の持ち主じゃない。僕は君を投影しただけ……そんな偽物の僕だけど……願いを叶えて欲しい」

 

 1節詠唱で済むはずの投影魔術。だが、ナムルスの持っていた《黄金の鍵》は選ばれた2人しか持っていないものだ。

 

 アルスといえど、そんなものは投影できない。それは魔術ではなく魔法だから。だからこそ、アルスは人の操る魔術に必要不可欠なルーン語を使って世界……すなわち大宇宙に直接語りかけることで、《黄金の鍵》を手にしたのだ。

 

 こんなことができるのは、世界広しといえどもアルスだけだろう。今のアルスの魔術に似たことをするのはドラゴンだ。

 

 ドラゴンは自然へと直接語りかけ、自然現象を意のままに操ることができる。

 

 アルスは純粋な願いと魔術を併用することで、本来の魔法ですらできないことをやったのだ。

 

「……頼むッ!《黄金の鍵》……」

 

 アルスがそう言うと、鍵が消滅し扉が開かれた。

 

 そして、扉を開けたのが代償だと言うように《黄金の鍵》が砕け散った。

 

 開かれた扉の奥には祭壇があり、祭壇に捧げられるように1冊の教典があった。

 

「……これが……禁忌教典(アカシックレコード)……」

 

 そう言って、アルスはその教典を手に取る。

 

 アルスは、教典を開くことなくただ撫でる。

 

 禁忌教典(アカシックレコード)───それ自体に力の善悪はない。禁忌教典(アカシックレコード)は武器や魔術と同じだ。使い手、担い手がいなければ真価が発揮されることはなく、その人次第で正義にも悪にもなる。

 

「……禁忌教典(アカシックレコード)だけを地球の裏側へ転送させることはできないのか……」

 

 そう言って、アルスはその場から幻のように消えていった。

 

 

 ◆

 

 

 アルスが考えたルミアを幸せにする方法は、ルミアが襲撃される原因の禁忌教典(アカシックレコード)を世界の裏側へと送る……つまり、万物の叡智を司る教典を永遠に人の手の届かない場所に置くということだ。

 

 これには2つ問題があって、1つはルミアに《銀の鍵》を使ってもらわなければならないのだ。もう1つは、禁忌教典(アカシックレコード)の存在が大きすぎて送れない場合だ。その場合はアルスが禁忌教典(アカシックレコード)ごと固有結界で覆い、固有結界内の副産物として世界の裏側へと送る。

 

 そこで、アルスは《銀の鍵》の効果が発揮されるまで禁忌教典(アカシックレコード)の存在を押し留めておく必要がある。つまり、アルスも一緒に世界の裏側へいかなければならないのだ。

 

 世界の裏側へと追放されれば、アルスは自我の消失を待つだけだ。ルミア達のいる表の世界へと帰ることはできない。

 

 世界の裏側とは、表の世界とは物理法則や世界の理などが全く違うため、《銀の鍵》を投影することも叶わない。仮に《銀の鍵》を作れたとしても、表の世界に帰ることはできない。《銀の鍵》は、あくまで追放するだけ……元に戻す力などないのだ。

 

 

 ◆

 

 

 アルスは禁忌教典(アカシックレコード)の力を使って、フェジテへと転移した。

 

 アルザーノ帝国魔術学院に直接転移しなかったのは、最後にフェジテの景色を見たかったのかもしれない。

 

 結局、アルザーノ帝国魔術学院から10分も掛からない裏路地から40分ほどかけて学院へと着いた。

 

 真っ直ぐに2組の教室へと向かう。

 

 1人の少女を求めて……

 

 

 ◆

 

 

「よし、じゃあ授業を始め───」

 

 グレンが授業開始の合図を出したタイミングで、教室の扉が開いた。

 

「アルス……」

 

 入ってきた人物を見てグレンは名前を呼ぶ。

 

「先生……ルミアを借りてもいいですか?」

 

「……………」

 

 アルスの質問にグレンは答えず、ルミアを見る。

 

 ルミアが頷き、システィーナとリィエルがグレンへ懇願の視線を向ける。

 

「条件がある。……俺と白猫、リィエル、イヴも一緒についていっていいのなら───」

 

「構いませんよ……早く行きましょう」

 

 グレンが言い終わる前にアルスは答え、教室から出ていく。

 

 グレンは生徒達に自習と言って、ルミア、イヴ、システィーナ、リィエルと共に教室を出て行った。

 

 

 ◆

 

 

「……んで、ルミアを使って何をする気だ……?」

 

「《銀の鍵》を使ってほしいだけです」

 

「理由は?」

 

 アルスはグレンの疑問に答えず、先程から手に持っていた本を抱きかかえる。

 

「これは、禁忌教典(アカシックレコード)です」

 

「「「───ッ!?」」」

 

「僕は禁忌教典(アカシックレコード)を手に入れるために、メルガリウスの天空城に行っていたんです」

 

「それと、《銀の鍵》に何の関係が……?」

 

「ルミアには、これを世界の裏側へ追放して欲しいんですよ」

 

 アルスは淡々と事実を告げる。

 

「ジャティスは言っていた……禁忌教典(アカシックレコード)は、”世界の全ての理を支配する力”だと……それを使って追放とやらをすればいいじゃねえか」

 

「世界の裏側と表側では、物理法則も何もかもが違うんです。世界の裏側には魔術も魔法も何もない、ただの虚無が広がっているだけ……世界の裏側とは唯一禁忌教典(アカシックレコード)の影響を受けない場所なんです」

 

「……なるほど……それで、そこにその本を封じ込めようってか」

 

「はい……それができれば、(こちら)側からも(あちら)側からも干渉することはできません」

 

「……でも、それだとおかしくない?その本でも無理なら《銀の鍵》でも無理なんじゃないの?」

 

「いいえ、《銀の鍵》なら、禁忌教典(アカシックレコード)と世界の表の面だけの縁を切り離せれば、その転送先は世界の裏側しかないので固定されます。あとは、強制転送すれば終わりです」

 

 アルスの説明は、難しいようで簡単だ。要は、縁を切って転送させれば、世界の裏側以外に転送できる場所がないので、仕方なく転送されるのだ。

 

「……本当に、それだけで終わるのか?」

 

 グレンはアルスの話を聞いたときから、おかしいと思っていた。あまりにも簡単すぎるのだ。

 

「……本当に、それ以外は……何もしなくていいのか?」

 

「……先生達がすることは、何もありませんよ」

 

「俺達がってことは、お前はあるんだな……?」

 

 グレンの予感は的中した。

 

「ルミアの《銀の鍵》だけでは、存在が大きい禁忌教典(アカシックレコード)を強制転送させることはできないでしょう。そこで、僕が禁忌教典(アカシックレコード)を固有結界内に閉じ込めます。そのまま、僕を転送させれば───」

 

「固有結界に内包されている禁忌教典(アカシックレコード)も世界の裏側に持って行けるわけだ……」

 

 アルスの言葉をグレンが続ける。

 

「……って、ふざけんな馬鹿野郎ッッッ!」

 

 そう言って、グレンはアルスを殴る。

 

「いっててて……」

 

 アルスはグレンに殴られた頬を撫でながら起き上がる。

 

「裏学院のときも言ったけどな……生徒が死のうとしているのに見過ごす教師がいるかッ!?」

 

 グレンは起き上がったアルスの胸ぐらを掴みながら怒鳴る。

 

「ルミアやイヴ……それだけじゃねえ、白猫やリィエル、2組の生徒達全員がお前を心配してたんだぞ!?そんな奴らに謝罪をするでもなく、自殺に付き合えってか!?ふざけるのも大概にやがれッ!」

 

 この場にアルスの味方はいなく、グレンの敵はアルスだけだ。

 

「テメェが世にも珍しい魔眼で、俺達とは違うことが視えていたとしてもだッ!何で相談の1つもなく、勝手に決めるんだよ!それで、どれだけルミアが傷ついたか分かってんのかッ!?」

 

 アルスだって知っている。グレンがここまで怒るのは、アルスを心配してくれていたからだ。

 

 グレンは自分のためでなく、人のために怒れる人だから……

 

「それだけじゃねえ……よりにもよって、また自己犠牲だと……ッ!?お前がいなくなったら誰がルミアを幸せにできるってんだよッ!?」

 

 アルスがルミアをちらっと見ると、泣いていた。イヴに胸を貸してもらって泣きついていた。

 

 それを見て、アルスが胸ぐらを掴んでいるグレンの腕を掴む。

 

「僕だって……やりたくて、やってるんじゃないッ!」

 

 そう言って、グレンの腕を引きはがす。

 

「僕だって、ルミアや皆と一緒にいたいさッ!いたいに決まっているだろう!?こんな僕を受け入れてくれた皆を……ルミアを守りたいから!だから、これしかないってやろうとしてるんじゃないかッ!」

 

「───ッ!?」

 

「僕が過程や結末……詳細を言ったら、教えたら、誰かがやってくれるのかッ!?」

 

「それは……」

 

 誰だって、自分が1番だ。命の危険があるのを分かっていながら、向かうのは愚か者だ。

 

「誰もやらないのなら、僕がやるしかないじゃないかッ!」

 

「………………」

 

 激情の駆られるままに発言していたアルスは落ち着きを取り戻す。

 

「……それに、今回は僕じゃなきゃダメなんだ」

 

 それは、グレンも知っていた。明らかに、グレン達の知らない単語が混じっていたから。

 

「固有結界を展開できるのは、僕だけだから」

 

「……他に方法はなかったのか……?」

 

「……これしかないんです」

 

「……そうか……」

 

 グレンはそう言って、ルミア達を見る。

 

 いつの間にか、落ち着いていたルミアはアルスの前に来て、大きく息を吸って言った。

 

「……私は絶対に《銀の鍵》を使わないッッッ!」



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世界の裏側と後日談

 ルミアちゃんが尊すぎて辛い


「……私は絶対に《銀の鍵》を使わないッッッ!」

 

 ルミアはアルスに対して確固たる意志を以て告げる。

 

「………………」

 

 対するアルスは、冷たい眼でルミアを見る。

 

 その眼は、グレンやイヴですら背筋がぞっとするほど冷めていた。

 

「……どうして?」

 

 ルミアへと向き直って、アルスは問う。

 

「……アルス君にいなくなってほしくないから」

 

 あまりに簡単で、それが故に覆すのが難しい理由だ。

 

「結果は変わらないよ。禁忌教典(アカシックレコード)が人の手にある限り、絶対に世界は滅びる……そうなれば、僕だけじゃない……ルミアやイヴさん、システィーナさん、リィエル、グレン先生……全員が死ぬ」

 

「それでもッ!私は……アルス君に……いてほしいよ……」

 

 ルミアは震える声で泣きながら訴える。

 

 アルスは、ルミアの言葉を否定できない。当たり前だろう、アルスも同じことをするだろうからだ。

 

 そして、ルミアはアルスより大人で聡明で賢い。それ以外の方法がないことを直感的に理解しているはずだ。

 

「……なら、願っておいてくれないか?」

 

「……え?」

 

 アルスの言葉にルミアは驚きを隠せない。

 

「ナムルスから聞いたでしょう?魔法は人の純粋な願いを叶えるんだ……だから、願っててくれよ……僕が世界の裏側から戻ってくることを……」

 

 アルスはそう言うが、可能性は限りなく零だろう。世界の裏側は、魔法も魔術も干渉はできないのだから。

 

「だから……《銀の鍵》を使ってくれ……」

 

 そう言って、アルスは頭を下げる。

 

「……い、や……私は……アルス君が……いて、くれれば……それで……」

 

 アルスのその姿を見て、ルミアの目から更に涙が流れてくる。

 

「……大丈夫」

 

 一層、泣き始めたルミアを抱きしめるアルス。

 

「───ッ!」

 

「……頼むよ……ルミア……」

 

「アルス君は、ずるいよ……そうやって……頼まれたら、私が断れないって……知って……」

 

 抱きしめながら頼むアルスにルミアは声を更に震わせながら言う。

 

「……ごめんね」

 

「……《門より生まれ出づりて・───」

 

 ルミアは涙を流しながら呪文を唱え始める。

 

「《空より来たりし我・───」

 

 アルスに対するありったけの願いを込めて。

 

「《第一の鎖を引き千切らん》───ッ!」

 

 そして、ルミアの両手が銀色に輝き、いつの間にかルミアの手には《銀の鍵》が握られている。

 

「ありがとう」

 

 アルスは手短に感謝の言葉を言って、魔力を高め始める。

 

「《体は剣で出来ている・───」

 

 アルスは禁忌教典(アカシックレコード)を閉じ込めるための詠唱を始めた。

 

「《血潮は鉄で心は硝子・───」

 

 ルミアへの感謝と謝罪を込めて。

 

「《幾たびの戦場を越えて不敗・───」

 

 ルミアは生涯、自分を呪い続けるだろう。

 

「《ただ一度の敗走もなく・───」

 

 あのとき、アルスを止めれるのが自分だけだと知っていながら止めれなかった自分自身を……永遠に呪う。

 

「《ただ一度の勝利もなし・───」

 

 イヴは生涯、後悔し続けるだろう。

 

「《担い手はここに独り・───」

 

 自分にアルスのストッパーを務めれるだけの力があればと……後悔し続ける。

 

「《剣の丘で鉄を鍛つ・───」

 

 そして、アルスは消失し続ける意識の中でルミアや自分を受け入れてくれた全ての人に感謝と謝罪をし続ける。

 

「《ならば我が生涯に意味は不要(いら)ず・───」

 

 いつも、身勝手で卑怯でずるい自分を受け入れてくれたことを喜びながら謝罪する。

 

「《この体は・───」

 

 少女は願い、祈る。少女が唯一愛した少年が戻ってくることを……

 

「《無限の剣で出来ていた》───ッ!」

 

 少年は微笑む。少年が唯一愛した少女が、これからは襲われることも脅されることもない、皆で笑い合える最高の人生を送れるのだから……

 

 

 ◆

 

 

「………………」

 

 イヴは内心、やっぱりと思っていた。

 

 イヴは【メギドの火】をアルスが作った世界が飲み込んでいるのを見たから。

 

「……なに……あれ……」

 

 システィーナは驚愕する。

 

 アルスの10節にも及んだ魔術を見て、驚愕していた。

 

 なぜなら、呪文を唱えるとき抱きかかえていたはずの本が、今ではアルスの両手に収まるくらいの丸い球体に飲み込まれているのだから。

 

「……あれが……固有結界……」

 

 グレンは絶句する。

 

 グレンは信じられない。魔術とは、大宇宙すなわち世界と、小宇宙すなわち人と等価に対応しているという古典魔術論である。世界の変化は人に、人の変化は世界に影響を与えるというものだ。

 

 だが、この魔術はそれを根底から覆す。この魔術は言うなれば、自分だけの世界をこの世界に作る魔術だ。この古典魔術論を以て考えるのであれば小宇宙が大宇宙を作っているということだ。

 

「………………」

 

 リィエルは、何も分かっていない。

 

 

 ◆

 

 

「……アルス君……行くよ……?」

 

 ルミアは問う。

 

 今から自分の愛した相手を世界の裏側という未知の世界へと送るのだから。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 アルスは答える。

 

 これから、自分の愛した少女を視ることしかできない……世界の裏側へと行くのだから。

 

「……絶対に……帰ってきてね……待ってるから」

 

 そう言って、ルミアは《銀の鍵》をアルスが支えている丸い球体へと構えてカチリと回す。

 

 禁忌教典(アカシックレコード)ほどではないにしても、固有結界も十分に存在が大きい。そのために強制転移までは少しの時間がある。

 

「……絶対に帰ってくるよ」

 

 可能性の欠片すらないことを満面の笑みで言うアルス。

 

 すると、そこに空から2人の男性が舞い降りた。

 

 いや、正確に言うならば、それ(・・)は人ではなかった。足元は透けている……つまり、霊体だ。

 

『嘘は良くないぜ、後輩』

 

 アルスとよく似た2人で、比較的ワイルドな方が言う。

 

『……そのやり方は、僕もどうかと思うよ……まぁ、僕も同じようなことをしたんだけどね』

 

 穏やかな方がアルスに向かって言う。

 

「「「え?」」」

 

 アルスとアルスと瓜二つな2人以外の全員が驚愕の声を漏らす。

 

 全員、アルスの言葉のどこに嘘があったのか見当がつかないのだ。

 

『……一度でも世界の裏側に行っちまえば、(こっち)側に帰ってくることはできねえ。それがたとえ……魔法であってもだ』

 

 アルスが隠した真実をあっさりバラした、ワイルドな偽アルス。

 

『君は失う辛さを知らなさすぎる……もっとも、僕が言えることではないがね』

 

 アルスに向かって、自虐と説教を同時にする、穏やかな偽アルス。

 

「説教をしにきたのなら、帰ってくれ」

 

 臆することなく、アルスが告げる。

 

『いやいや、オレ達はお前さんに感謝してるんだぜ?』

 

「……………」

 

『お前さんが、その本をメルガリウスから持ち出し、剣を鞘に納刀してくれたからオレ達はここにこれたんだ』

 

『この人が言う通りだよ。だから、これはお礼さ』

 

 穏やかな偽アルスが本物アルスが支えている固有結界を受け持った。

 

「……ッ!?」

 

『ふふっ……こと世界構築とその維持に関しては、僕の方が上だ。なにせ、特性だからね』

 

 固有結界を維持することはそれほど難しいことではない。だが、問題なのは禁忌教典(アカシックレコード)を抑えつけることだ。

 

 本来は膨大な魔力を持つアルスがその魔力を使って禁忌教典(アカシックレコード)を抑えつける。だが、霊体である偽アルス達に膨大な魔力があるとは思えない。

 

 そこで───

 

『オレが、オレという存在概念を使ってこの本を抑えるって寸法さ……あと、世界の裏側へ行く前に1つだけ教えとくぞ?言わなかったら誰も気付けないからな』

 

「………………」

 

 絶句しているアルスに、偽アルスは続ける。

 

『その眼についてさ……どうせ、その眼のことを『禁忌の~』とか『王の選定~』とかって思ってるんだろうが、違うからな……その眼には禁忌もくそもねえ。ただ、愛した女を殺されないように最悪の結末を回避するための眼だ』

 

「……ッ!」

 

『だから、精々幸せに暮らせ……お前さんが愛した女とな』

 

 ワイルドな偽アルスは言うだけ言って、球体の中へ入って行った。

 

 その直後、《銀の鍵》の強制転送が起動し、偽アルス2人と禁忌教典(アカシックレコード)は永遠に表の世界から消えた。

 

 

 ◆

 

 

 誰もが、言葉を失った。

 

 突然の登場だけでなく、突然のカミングアウト。

 

「……はは、本当……最高のお礼だ……ありがとう……」

 

 絶句から立ち直ったアルスは今は消えた偽アルス達に感謝を述べる。

 

「……アルス君、皆に謝ろう?ね?」

 

 ルミアはアルスの手を握りながら言う。

 

 アルスが意外だと思ったのは、ルミアが怒ってないことだ。

 

 ただ穏やかな笑顔で怒りは全く感じられない。ルミアはアルスが生きていることが嬉しいのだ。アルスが自分の前からいなくなる可能性がなくなって、更に自分も襲われることがなくなった……そんなハッピーエンドがただ嬉しいのだ。

 

「……アルス……良かったな」

 

 このときばかりは流石のグレンもアルスに激励の言葉を贈る。

 

「……アルスッ!?さっきの魔術はなにッ!?あんな魔術、私知らないわよ!?」

 

 システィーナは、こんなときでも魔術バカが炸裂し。

 

「……?なに?これで、終わり?」

 

 リィエルは終始何もわかっていなかった。

 

 そんなハッピーエンドで終わ───

 

 

 

 ───らなかった。

 

アルスの背後から、もの凄い怒気を感じるのだ。

 

「……感動シーンのところ申し訳ないけれど……アルス、自己犠牲に対する申し開きは?」

 

 イヴは未だに怒っていたのだ。

 

「す、すいませんでしたァアアアアアアアアアアアアアア───ッ!」

 

 アルスは慌てて土下座する。グレンの固有魔術【ムーンサルト・ジャンピング土下座】の経験を複製したのだ。

 

「大体、貴方は自分で何もかも背負い過ぎなのッ!少しは相談しなさいよッ!バカ!」

 

 そう言って、イヴもアルスの胸に飛び込む。

 

「……貴方が無事で……良かった……」

 

 イヴはアルスの胸でそう呟くのだった。

 

 これで、本当にハッピーエンドだ。

 

 

 アルス(少年)は最後の最後に自分を犠牲にせず、ルミア(少女)を救うという最高のハッピーエンドを成し遂げた。

 

 アルス(少年)ルミア(少女)の物語はここで終わり……

 

 

 ◆

 

 

 結局、アルスの持つ魔眼は監視者(オブサーバー)の力ではなかった。愛した女を殺させないためにはどうすればいいのか……その答えが、アルスの持つ魔眼だった。

 

 代々、魔眼は継承されてきた。世界が魔眼を授けるのではない、魔眼が人を選ぶのだ。その世代の中で、最も女性を愛することができる人物に継承されてきたのだ。

 

 そして偶然、魔眼を継承された少年の愛した女性が《王者の法(アルス・マグナ)》という異能を持つ少女だっただけのこと。

 

 だが、アルスもルミアも、あの少年達も少女達も……これを偶然だとは言わない。これは運命であり、必然だったと……誰もが口を揃えて言うだろう。

 

 でなければ、これだけの条件が揃うことも……誰もが傷つかない幸せな世界になることもなかったのだから……

 

 

 ◆

 

 

 少年少女は成長する。

 

 アルス達は17歳でアルザーノ帝国魔術学院を卒業した。

 

 アルス達の世代は、アルザーノ帝国魔術学院において最も優秀な世代と言われている。

 

 当たり前だ。3日間フェジテを救うために戦闘技能を叩きこまれ、アマチュア軍人と言われたマキシム魔導塾の連中を倒すために、イヴという凄腕の魔術師を相手にした生徒達が優秀でないわけがない。

 

 そのおかげもあって、システィーナは卒業時には第五階梯(クインデ)となり。ギイブルとウェンディは、システィーナには及ばないまでも学生でありながら第四階梯(クアットルデ)に至るという快挙を達成した。

 

 2組の生徒達はシスティーナを筆頭として、全員が第三階梯(トレデ)以上だ。因みにアルスは第三階梯(トレデ)である。

 

 グレン曰く、固有結界を証明すればセリカと同じ第七階梯(セプテンデ)になれるらしいが当の本人は

 

「興味ないです」

 

 とのこと……

 

「馬鹿だな」

 

「馬鹿ね」

 

「馬鹿ですね」

 

「馬鹿だな」

 

「馬鹿ですわ」

 

 アルスの回答を聞いたグレン、イヴ、システィーナ、ギイブル、ウェンディは次々にそう言った。

 

「あ、あははは……」

 

 流石のルミアもこれには苦笑い。

 

 階級とは将来の給料にも影響するものだ。階級が高ければ高いほど給料は高くなる。

 

「しかし、本当にいいのか?ルミアと結婚するなら金はあった方がいいだろう?」

 

 グレンは卒業の日にそう言った。

 

「いいんですよ。ルミアとは一緒に歩いていきたいから」

 

 アルスは微笑みながらグレンにそう答え。

 

「……そうか」

 

 グレンもそれにつられて笑いながら答える。

 

「それに、僕なんかのことを心配してていいんですか?グレン先生だって減給に次ぐ減給でお金余ってないでしょう?」

 

「俺はどうとでもなるんだよ……なにせ、白猫の家からの全面的なバックアップがあるからなっ!」

 

 どこまでもクズである。

 

「《この・お馬鹿ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア》───ッ!」

 

「ぎゃああああああああああああああ───ッ!」

 

「……どこまでも締まらない人だなぁ……」

 

 アルスは、グレンとシスティーナのお遊びを見ながら呟く。

 

「ふふっ、そうだね」

 

 いつの間にか隣に来ていたルミアが言う。

 

「ねえねえ、アルス君……皆で卒業記念に、どこか行こうよ」

 

「……そうだね」

 

 校門前で2組の生徒達は待っている。

 

 

 ◆

 

 

 アルス達が卒業記念に行った場所は2年次生のときに魔術競技祭の飲み会をやった場所だ。

 

「お~い、アルスぅ……なんで、お前が俺らの天使様と結婚すんだよぉ」

 

 酔ったカッシュが、アルスに寄って来た。

 

「それが運命だからさ」

 

 似合わない言葉だとアルス自身思っているが、それ以外の答えを持っていないのも事実だ。

 

「お前、ルミアちゃんを幸せにしなかったらぶっ殺すからな~」

 

「そうだぞ、1回でも泣かせたら承知しないからな~」

 

「と、当然だよ」

 

 割とマジな声で言ってくる男子生徒達にアルスは若干引き気味である。

 

 

 ◆

 

 

 ルミアはというと。

 

「ル~ミ~ア~」

 

「し、システィ!?」

 

 酔ったシスティーナに絡まれていた。

 

「絶対にぃ、アルスにぃ、幸せにしてもらいなさいよぉ~?」

 

「う、うん。ありがとう」

 

 ルミアはアルスの彼女ではあるが、まだ結婚はしていない。

 

「アルスぅ~アンタにぃ~ルミアを娶るぅ~権利をあげるわぁ~」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 ◆

 

 

 アルスは学院を卒業し、本格的に帝国の宮廷魔導士団特務分室のメンバーとなった。そのため、資金面では問題ない。

 

 何より、アルスには暗殺者時代のお金がたんまりと残っているので最初から問題がないといえばない。

 

 ルミアと結婚、ひいては同棲するために最も困難なのは……レナード=フィーベルの説得だ……

 

 と、いうわけで……アルスは今フィーベル邸でレナード、フィリアナ、システィーナ、ルミア、アルスの5人で話している。

 

 システィーナがいる理由は説得の補助だ。

 

「……アルス君……だったか。私はね、娘達を愛している……そんな娘が君のことを本気で愛していることくらいは分かる。だが、私は親として聞かなければならない……君にとってルミアとは何だ?」

 

「……大切な人です……いつも、隣に寄り添ってくれて……いつも、無茶をする僕を止めたり、癒したりしてくれる……言葉では言い表せないほどに、大切で、かけがいのない人です」

 

「……次にルミアのことをどう思う?」

 

 質問がほぼ同じな気がした。

 

「愛しています。世界で1番……誰よりも」

 

「何を言ってるんだ貴様はァ!?ルミアを最も愛しているのは、この私だッ!」

 

「え……え?」

 

 何を怒っているんだ……?とアルスが思っていると。

 

「ごめんなさいね?この人ったら、娘たちのことになるといつも暴走して……ほら、大丈夫?あなた?」

 

 レナードを絞め落としながら言う。

 

「「あははは……」」

 

 アルスとルミアは苦笑い。

 

「でも……アルス君がルミアを愛していることは分かったわ。この人は私が説得しておいてあげる」

 

 フィリアナはアルスにそう言ってくれた。

 

 

 ◆

 

 

 時は過ぎて、卒業から1ヶ月が過ぎた頃。

 

 システィーナやグレン、イヴ、アリシア七世など、色々な人達に招待状が届いた。

 

 内容は『この度、アルス=フィデスとルミア=ティンジェルは結婚します。1週間後、結婚式を開くので是非来てください』だ。

 

 この1週間後というのは、アリシア七世が参加できる日だ。ルミアのウエディングドレスを見たいという親心をアルスが考慮した結果だ。

 

 

 1週間後

 

 アルスは新郎控え室で妙な緊張感を持ちながら椅子に座っている。

 

 すると───

 

「ちったぁ落ち着けよ……」

 

 妙にそわそわしていたアルスを見て、そう言うグレン。

 

「いやぁ……結婚って、妙な緊張感がありますよね……落ち着けませんよ」

 

「まぁ、その歳で、しかも自分の意思で結婚するなんてあんまないだろうけどよ……落ち着け……キモイぞ」

 

「……キモイとは失礼な……」

 

「ようし、落ち着いたな……入ってきていいぞ」

 

 グレンがそう言うと、ウエディングドレス姿のルミアと付き添いのシスティーナが入ってきた。

 

「……ど、どうかな?」

 

「………………」

 

 アルスは言葉も出せない。

 

「あ、アルス君……?」

 

 ルミアが近づいて顔を覗いてみると。

 

「……先生……僕、死んでもいいかもしれない」

 

「ダメだよ!?」

 

 アルスの呟きに、ルミアが慌てて否定する。

 

 グレンとシスティーナは呆れている。

 

 

 ◆

 

 

 結婚式は開始され、今は新婦の入場だ。

 

 ヴァージン・ロードをグレンのエスコートのもと、歩いてくるルミア。

 

 今、この場においてルミアに見惚れていない者などいない。ルミアの母であるアリシア七世すらもウエディングドレス姿のルミアに見惚れていた。

 

 ルミアもアルスのいる祭壇の前に立つ。

 

「愛は寛容にして慈悲あり……愛は妬まず、愛は誇らず、見返りを求めず……只、己が身と魂を汝が愛する者へ捧げよ。さすれば───」

 

 全員起立からの讃美歌斉唱、アルベルト元司祭による聖書朗読……

 

 式は何の滞りもなく粛々と進んでいく……

 

「───ゆえに愛とは闘争である。今、此処に不変の愛を立てたからと安寧に浸ってはならない。今日という人生の幸福なる門出は終わりに非ず、始まりである───」

 

 粛々と進んでいく。

 

「これより、汝らの歩む先は、あらゆる艱難辛苦が魔の声となりて、汝らの心に囁き、汝らの愛を試すだろう。汝らは魂の闘争を以て試練に打ち克たねばならない。互いに寄り添い、愛を信じよ。愛を守り、家族を守るべし。愛とは闘争である───」

 

「アルス=フィデス。汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、ルミア=ティンジェルを妻とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、ともに支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 アルスは迷いなく宣誓する。

 

「ルミア=ティンジェル汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、アルス=フィデスを夫とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、ともに支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 ルミアも迷いなく宣誓する。

 

「我、主の御名において、この式に参列する者に今一度、問い質さん。汝らはこの婚姻に讃するか?この婚儀に讃し、祝福せし者は沈黙を以てそれに答えよ……」

 

 沈黙。

 

「今日という佳き日、大いなる主と、愛する隣人の立ち合いの下、今、此処に2人の誓約は為された。神の祝福があらんことを……」

 

 アルベルト司祭の締めの詞も終わり、次は指輪の交換だ。

 

「指輪の交換を」

 

 アルスはリングガール……ガール?であるイヴから指輪を受け取り、ルミアはシスティーナから受け取る。

 

 アルスは、自分の手とは違う、柔らかくて小さい左手の薬指に指輪をはめる。

 

 逆にルミアは、自分の手とは違う、硬くて大きい左手の薬指に指輪をはめる。

 

 ルミアの顔はヴェールに覆われているが真っ赤であることは分かる、アルスは隠すものもないため平然を装っているが真っ赤だ。

 

「それではヴェールアップと誓いのキスを」

 

(え?)

 

 アルスとルミアの内心はこれだ。結婚式のときにするか迷い検討した結果、人前でやれば後に悶えることが分かっているので却下したはずだが……

 

 客席をちらりと見れば、アリシア七世とイヴが笑っている。

 

(主犯はイヴさんと陛下か!?)

 

 アルスは内心焦る。

 

(お、お母さん……流石に恥ずかしいよぉ……)

 

 ルミアは羞恥で更に顔を赤らめ。

 

「誓いのキスを」

 

 ヴェールアップすらしてないのに、誓いのキスをだけを言うアルベルト。

 

「……あっ……」

 

 ヴェールアップすると、ルミアが小さい声を上げた。

 

 ルミアの顔は、それはもうトマトのように真っ赤で……

 

「……いくよ……?」

 

「……う、うん」

 

 そう言って、ルミアの肩に優しく手を置いて唇と唇を合わせる。

 

「「「おお───ッ!!!」」」

 

「「「きゃ───ッ!!!」」」

 

 元2組の生徒達から歓声が上がる。

 

 だが、アルスとルミアはキスのせいで顔が更に赤くなって、意に介せない。

 

 こうして、アルスとルミアの結婚式の1次会は終了した。次は2次会だ。

 

「アルス!お前、男だったぜ?」

 

「うん、ありがとう……」

 

 カッシュ達がアルスの精神をごりごり削っていく。

 

 因みにルミアは未だに赤面して悶えている。

 

「る、ルミア?大丈夫?」

 

「恥ずかしかった……恥ずかしかったよぉ……」

 

 その後は、特に何事もなく……いや、あった。

 

 2次会で用意していた高級肉料理と苺タルトだけが、2次会開始3分で消えた。

 

 犯人はグレンとリィエルだ。

 

 まぁリィエルは良しとしよう、苺タルトはリィエルのために用意したようなものだから。だが、肉料理に関しては皆で食べようとしたのだ。

 

 よって、グレンは死刑。

 

 カッシュの証言曰く肉料理に近づいた人を片っ端から『グルルル……』と脅していたらしいので死刑だ。

 

「なんで俺だけなんだよ!?リィエルだって、苺タルト全部食っただろ!?」

 

 グレンは、そう訴えるが。

 

「リィエルは可愛いっ!アンタは男……これが真理だ」

 

「「「そうだ!そうだ!」」」

 

 カッシュを筆頭に2組の男子生徒がグレンを取り囲む。

 

 グレンvsカッシュ達2組の男子生徒が始まった。

 

「……頼むから、式場は壊さないでくれよ……?修理代全部僕にくるから……」

 

 アルスの言葉を聞いてくれたのか、全員初歩の汎用魔術で戦ってくれている。

 

 その後、【愚者の世界】を使ったグレンにカッシュ達がやられるのであった。

 

「ま、俺に【愚者の世界】を使わせたことだけは褒めてやるよ」

 

 グレンは格好つけながら、そう言う。

 

 

 

 

 結婚式の翌日。

 

 アルスとルミアは新しく買った家にいる。

 

 アリシア七世とフィーベル家から、結構な額のお金をもらったが一切使っていない。

 

 貰ったお金は子どもができたときに使うつもりだ。

 

 流石に、17、18で子どもを作ろうなんて考えていない。

 

 ゆっくり、ゆっくりでいいのだ。アルスとルミアには時間があるのだから。

 

 

 ◆

 

 

『……まぁ、オレ達にできなかったことをやってくれたアルス(少年)には良い褒美だろう……』

 

『……良かったんですか?いいところを取っちゃいましたけど……?』

 

『いいさ。それに、せっかく手に入れた幸せを捨ててまで、ルミア(少女)を救おうとしたんだ。オレ達が動く価値はある』

 

『……………』

 

『それに、お前もアルス(少年)には幸せになって欲しいだろう?』

 

『……そう、ですね……僕達はできなかったことですから……』

 

『なら、それでいいのさ』

 

『……そうですね』

 

 

 ◆

 

 

「アルス君、大好きだよ」

 

「僕も大好きだよ、ルミア」

 

 この先、少年少女は穏やかな人生を送っていくだろう。

 

 少女を縛るものを少年が全て壊したのだから……

 

 少女は少年を愛し続ける。自分を愛し、自分のために全ての謎を解き明かした少年を……

 

 少年は少女を愛し続ける。自分を愛し、守り続ける。少年という人間を初めて見てくれた少女を……




 この『廃棄王女と天才従者』のテーマ曲?というか、合っている曲というものがありまして……『feels happiness』という曲なのです。個人的にはこれが一番合っていると思います。是非、聞いてみてはいかがでしょうか?

 そして、初期からこの作品を見てくださっている方々……途中から見始めた方々、最近見始めた方々……誠にありがとうございます。

 何かリクエストがあれば、じゃんじゃんください。できるだけ、やってみます

 あ、イヴさんヒロインルートは書きますから安心してください。


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IFルート:イヴヒロイン編
IF:イヴヒロインルート


イヴのヒロインルート始まるぜよ。

 なんか、一気にお気に入り登録増えましたね。847名、ありがとうございます。駄文ですが、これからも応援してくださるとうれしいです。


イヴは《無銘》を特務分室にスカウトするために王室へと向かっている。

 

 メンバーは

 

・イヴ

 

・グレン

 

・アルベルト

 

・セラ

 

 以上4名だ。

 

 その4人で王室へと入ると───

 

 アリシア七世が《無銘》に頭を下げるという、ある意味すごい光景を見た。

 

「「「………………」」」

 

 全員の時間が停止する。

 

 そして、いち早く我に返ったグレンは【愚者の世界】を発動させるためにポケットに手を入れ、アルベルトは左手を構え、いつでも魔術を放てるように準備をする。

 

「おやめなさい……この方は敵ではありません」

 

 アリシアの言葉を聞いて、渋々グレンとアルベルトは戦闘態勢を解除する。

 

「失礼ながら、なぜ王女殿下が頭を下げていたのでしょうか?」

 

「お願いをするときには、頭を下げる。常識でしょう?」

 

「お願い……ですか?」

 

「この方にエルミアナの護衛を頼みました」

 

「……そう……ですか……」

 

 イヴは残念がるのも仕方ない。だが、ここで強力な手駒である《無銘》を諦めるほどイヴは馬鹿じゃない。

 

「あなたが《無銘》ね……?あなた、帝国宮廷魔導士団特務分室に入る気はないかしら?」

 

「……ほう?」

 

「そうね……もし、入るのなら執行官ナンバー20《審判》といのが妥当かしら」

 

「……そのタロットカードの理由を聞いても?」

 

「あなたは、悪だけを暗殺してきたからよ……私が把握している限り、貴方が天の智慧研究会以外の人物を殺ったことはない……」

 

「ふむ……」

 

 《無銘》は、手を顎に当てて考え込む。

 

 イヴは内心焦っている。ある程度の条件は呑むつもりだが、《無銘》のことだ……何を条件にしてくるか予想がつかない。

 

「入ってもいいが……」

 

「……………」

 

「2つ条件がある」

 

「なにかしら?」

 

「1つ目ぼ……私の求めるナンバーは21《世界》だ」

 

「……あなた……どういう意味か分かってるの……?特務分室において、《魔術師》と《世界》は特別な意味を持っているの……貴方の腕が立つことは知っているわ。でも、《世界》を与えられるほどじゃない」

 

「ならば、仮入隊という形でも構わないが……?」

 

「仮入隊……?」

 

「ああ、とりあえず……一時的に私が《世界》のナンバーを貰う。そして、君達が《世界》に値しない……と思うようであれば《審判》になろう」

 

「それで、構わないわ。2つ目は?」

 

「これは、個人的なものになってしまうのだが……エルミアナ王女に関する任務は基本的にこちらに回して欲しい」

 

「分かったわ」

 

「……これで、契約は成立だな」

 

 そう言って、《無銘》は手を差し出す。

 

「……なに、これ?」

 

「ん?握手だ。これからは戦友となるのだろう?握手もできんような不仲では、背中を任せることなどできないからな」

 

「……分かったわよ……」

 

 イヴは渋々といった感じにアルスと握手を交わす。

 

「これから、よろしく頼む。イヴ=イグナイト室長」

 

「イヴでいいわよ……ええと、貴方の名前は?」

 

「ん?《無銘》という名があるだろう」

 

「本名は?」

 

「言うと思うか?」

 

「……握手がどうこう言っておいて、名前は教えないって……」

 

「それについては謝罪する。だが、私にも教えられない理由がある」

 

「……はぁ、分かったわよ」

 

「感謝する」

 

 こうして、《無銘》は一時的に執行官ナンバー21《世界》という肩書きを手に入れた。

 

 

 ◆

 

 

 場所は変わって、無銘は特務分室の部署へと向かった。

 

 そこには、先程の4人と更に2人の男性がいた。

 

「まず、紹介するわ。こっちが、今日付けで一時的に《世界》となった無銘よ」

 

「知っているとは思うが、私は元々暗殺者だ……こういう本格的な仕事に関しては素人なので教えてくれるとありがたい……」

 

「次に私達ね。私は執行官ナンバー1《魔術師》のイヴ……イヴ=イグナイトよ」

 

「じゃあ、次は私だね。執行官ナンバー3《女帝》のセラ=シルヴァースです。よろしくね、無銘君」

 

「んじゃあ、次は俺だ。執行官ナンバー0《愚者》のグレン=レーダスだ」

 

「執行官ナンバー17《星》のアルベルト=フレイザー」

 

「次は僕で、執行官ナンバー5《法皇》のクリストフ=フラウルです」

 

「わしは最後かのう。執行官ナンバー9《隠者》のバーナード=ジェスターじゃ。よろしく頼むぞう」

 

「……これで終わりか?特務分室は私を含めて22人いるはずではなかったのか?」

 

「……これで全員と言うわけじゃないわ、今は任務中でここにはいないだけよ……」

 

「そ、そうか……」

 

 無銘はこれ以上の言及は避けた。なんとなく、聞かない方が吉だと判断したのだ。

 

「それで、貴方に最初の任務を与える。私の見立てでは明日、エルミアナ王女の下へ天の智慧研究会が攻めてくる。その排除よ」

 

「……了解した」

 

 そう言って、1人で向かおうとする無銘

 

「ちょっと、どこ行くのよ?」

 

「……?任務を出したのは君だろう?明日というのなら、今から行かなければ……」

 

「貴方を1人で行かせたら《世界》に相応しいか分からないでしょう……」

 

「……それもそうか」

 

「だから、この案件は《(アルベルト)》《愚者(グレン)》《女帝(セラ)》《世界(無銘)》で対処しなさい……この案件だけで、《世界》に相応しいか決めるために多めに投入するから」

 

 そう言って、決められた4人でフェジテへ向かうための馬車へ乗った。

 

 

 ◆

 

 

 馬車の中での雰囲気は意外にも悪くはなかった。

 

 セラの頑張りもあるのだろうが、元々あまり仲が悪い訳でもない。

 

 今はアルベルトを中心とした作戦の全容を聞いていた。

 

「我々の任務は、エルミアナ王女を誘拐しようとしている天の智慧研究会メンバーの排除だ。敵の全容は第二団≪地位≫(アデプタス・オーダー)が1人、他は末端の連中だ」

 

第二団≪地位≫(アデプタス・オーダー)の名前は分かってんのか?」

 

「《剣鬼》だ」

 

「「ッ!?」」

 

 剣鬼───彼は元々掃除屋(スイーパー)と呼ばれる暗殺部隊のトップだった人物で、昨年突然天の智慧研究会に所属したのだとか。

 

 彼はグレンとは最も相性の悪い敵だ。剣の生成速度、それを抜きにしても格闘術ではバーナードと同等かもしれない。だが、彼は天の智慧研究会の中で唯一、大導師に忠義を尽くしていない人物だ。

 

 大導師───その人は天の智慧研究会のトップだ。帝国で言うならアリシア七世と同じポジションであり、アリシア七世に匹敵するほどのカリスマ性を持っている。

 

「……《剣鬼》……か……」

 

 無銘は知っている。イルシアの所属している部隊のトップにいる人で、人格者であることを……《剣鬼》とは話したことがある。彼は人殺しを嫌い、最低限しか殺さない。

 

 そんな彼の生き方は《無銘》の殺し方にも影響を及ぼした。《無銘》も殺すのは最低限であり、人殺しを好まない。

 

 人格者である彼が、なぜ天の智慧研究会に入ったのかは分からないが、ルミアを殺そうとするのであれば殺さなければならない。

 

 無銘は1人重苦しい雰囲気で馬車を過ごしているのだった。

 

 

 ◆

 

 

 無銘たちがフェジテへと着いたときは、深夜で真っ暗な夜だ。ここで敵を見つけるのは音か超至近距離でなければ無理だろう。光もないため【アキュレイト・スコープ】も役には立たない。

 

 なので、グレン達は遠耳の魔術を用いてフィーベル邸を監視?していた。

 

 無銘は、顔も見られる心配がないので問答無用で魔眼を起動している。

 

 敵を待ち続けてどれくらいの時間が経っただろうか……

 

「……これ、本当に研究会の連中、来てんのか?」

 

「……でも、イヴの情報だし間違ってはないと思うけど……」

 

「任務中だ、黙ってやれ」

 

 グレンの呟きにセラが返し、それをアルベルトが叱責する。

 

「どうだ?無銘、見つけたか?」

 

「……?見つけるも何も最初からいたが?」

 

「「は?(え?)」」

 

「研究会の連中なら、ここから400メトラ先にいるぞ?1時間以上前から」

 

「なんで、それを言わねえんだよ!?」

 

「……聞かれなかったから……?」

 

「なんで疑問形!?」

 

 アルベルトですら気付けなかった敵にあっさりと気付いていた無銘にグレン達は驚愕を隠せない。

 

「まぁいいや、見つけてるんなら行くぞ」

 

 その言葉と共にグレンは先陣をきって行く。

 

 

 ◆

 

 

「……ルミア=ティンジェルの誘拐は気付かれたら終わりだ……分かったな?」

 

 剣鬼の声に他の5名は沈黙を以て応じる。

 

「「「天なる智慧に栄光あれ」」」

 

 6名全てがそう言った瞬間、上からもの凄い風切り音がした。

 

 その音に反応できたのは6名の内4名、2名は上から来たグレンと無銘によって地面に埋められていた。

 

「な、なぜこの場所がバレた!?」

 

 答えはない。その答えを知っているのは無銘だけだから。

 

 この状況では圧倒的に特務分室が有利だ。特務分室のメンバーは強い、冗談抜きで強い。無銘であっても、魔眼のバックアップがなければ勝てないような猛者ばかりだ。

 

 そんな猛者達と4対4、まさに絶望だ。だが、この状況で笑っているのが約1名……剣鬼だ。

 

「……なるほど、どうやら誘い込まれたのは私達だったようだ」

 

「なに?」

 

「簡単なことだ。私達がいると気付いていないふりをすれば、私達は好機だと思ってここに攻めに行くだろう?それを狙っていたのさ」

 

「……だが、この4人に勝てるか?」

 

「……まともにやったら勝てないだろう……だが、知っている以上対策はできる」

 

 そう言うと、残りの3人がポケットに手を入れる。

 

 ポケットが赤く光っている。そこに炎熱系の魔術があるかのように……

 

「……っ!?《光の障壁よ》」

 

 いち早く気づいた無銘は【フォース・シールド】を展開した。

 

 3人分の爆炎石はセリカの【ブレイズ・バースト】と同等の威力を発揮してみせた。

 

 無銘の莫大な魔力容量(キャパシティ)とアルベルトが【フォース・シールド】を時間差起動(ディレイ・ブート)をしたからこそ防げたのだ。

 

「た、助かったぜ……」

 

「よ、良かった……」

 

 これで、残るは剣鬼だけ。自爆は無銘とアルベルトのおかげで全員が無傷。

 

 だが、剣鬼は笑みを絶やさない。

 

 最早、狂気に近い何かを感じるのだ。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 無銘は即座に剣を投影して剣鬼に斬りかかる。

 

「……………」

 

 無言で剣を受け止める剣鬼。

 

 グレン達は理解した。ぎりぎり目で追える速度だった無銘の斬撃を容易に受け止めた剣鬼の恐ろしい技量だ。

 

「……強すぎでしょ……」

 

 無銘の呟きに剣鬼が口を開いた。

 

「……お前、衰えたのか?弱くなっているぞ?」

 

「───ッ!?」

 

 剣鬼の呟きはグレン達には理解のできないものだった。

 

 無銘の強さは健在だ。速度、勘の良さ、総合力で特務分室の面々と比較してもトップクラスに入る。そんな人物に衰えたとはどういうことだろうか。

 

 だが、グレン達は気付かない。剣鬼と無銘に繋がりがあったことが、今本人の口から証明されたことに……

 

 

 もう何合斬り合っただろうか……アルベルト達の援護もあり、4対1で相手をしているのに倒せる気がしない。

 

「……何という堕落……最早見る影もないな無銘」

 

「アンタが強くなりすぎただけだ」

 

「そうかもしれん……だが、去年、一昨年までのお前なら、ここまで圧倒されることはなかったはずだ。少なくとも互角を演じることくらいはできたはずだ……俺の求めた理想がこの程度な訳がない」

 

「アンタの理想……?」

 

「そうだ……愛する者のために剣を振るうお前は何者よりも強かった。そう、誰よりもだ!」

 

 そして、剣を下ろす剣鬼。

 

「……やはり、ルミア=ティンジェルは殺すべきか……ッ!?」

 

 剣鬼がそう言った瞬間、無銘の速度が比較にならないほどに上がった。

 

「そうだ!そのお前だ!……そのお前を越えれば未練はない」

 

「……そうか」

 

 無銘は気付いた。自分が無意識のうちにセーブを掛けていたことに……殺したくない、傷つけたくない……そんな思いが自分の力を曇らせていたのだ。

 

「……ここからは本気で行かせてもらう」

 

「……ああ、来い!」

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 剣鬼は防戦一方だった。無銘の速度についていくのが精一杯で、とても反撃するだけの余力がない。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 無銘が投影したのは斧剣だ。グレン達が見た感じ、振り回すことすら難しいような武器だ。

 

「《是・射殺す百頭(ナインライブズ・ブレードワークス)》」

 

 無銘がそう呟いた瞬間、剣鬼は倒れた。

 

 剣鬼は無銘の超速9連撃に対応できずに斬られたのだ。

 

「ま、マジかよ……」

 

「………………」

 

「……す、すごいね……」

 

 グレンとセラは驚愕に満ち、アルベルトは無銘を品定めしているかのような目つきで見ている。

 

「さ、帰ろう」

 

 いつも通りに戻っている無銘の雰囲気に圧倒されながら、グレン達は特務分室に帰って行った。

 

 




 一話目だし、まだルミアの事想っているってことで勘弁してください……ここからだからッ!ここから、イヴさんに振り向かせるからッ!


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IF:イヴヒロインルート2

 オレンジから黄色になってしまった!?……まぁ、どうでもいいんですけれども。

 最近、お気に入り登録者数がめちゃくちゃ増えててありがたい限りです。

 九州は梅雨の時期に入って、僕は喉を痛めてしまいました。皆様、体調にはお気を付けください。

 では、どうぞ。


無銘達は剣鬼を倒し、馬車を使って特務分室部署へと帰っている。

 

 だが、馬車の雰囲気はお世辞にもいい雰囲気とは言えない。

 

 先程の戦闘で無銘の力量を嫌でも理解したグレンとアルベルトは無銘を危険視しているのだ。例外はセラで、必死にグレン達と無銘の仲を取り持とうとしている。

 

「ねえ、無銘君あの魔術は何?手が青く光ったら剣が現れたよね?……グレン君はどう思う?」

 

 無銘に聞いても返事がないことから、グレンに聞くセラ。

 

「……普通に考えれば、錬金術……と言いたいところだが、こいつは何もない場所から剣を生成した。物体の転移とかその辺じゃないのか?」

 

「で、でも物体の転移魔術って高度な魔術じゃ……」

 

「ああ、その辺は直接聞くべきだろう」

 

 グレンはセラが聞きにくそうにしているのを見て、ため息をつく。

 

「……なぁ、無銘。さっきの魔術はなんだ?」

 

「その辺りは、特務分室で話そう。何度も説明するのも面倒だしな」

 

「そうかよ」

 

 これ以降、この馬車での会話は無かった。

 

 

 ◆

 

 

 特務分室の部署へと帰ってきた無銘達。

 

「任務は成功した」

 

 アルベルトは、室長室に入り淡々とイヴへ告げる。

 

「そう……それで、無銘は《世界》を与えられる程に強かった?」

 

「……正直、決めかねている……実力については申し分ない。癪ではあるが、奴の状況判断と戦闘センスは我々特務分室の中でも群を抜いている……だが、同時に危険なものを感じた」

 

「危険なもの……?」

 

「ああ、奴はグレンと同じだ。精神が摩耗している、そして奴はそれに気付いていない」

 

「自分の精神が摩耗していることに気付いてないって、馬鹿じゃないの!?」

 

「……奴は何か1つの目的のために、自身のあらゆるものを犠牲にしている。その犠牲には精神も入っているのだろう」

 

 アルベルトの卓越した観察眼は、無銘の心を完全に暴いていた。

 

「そんな……」

 

 イヴが落胆した理由は、使える駒が自分を犠牲にする大馬鹿だと知ってのことか……あるいは……

 

 その後は、アルベルトから無銘の不思議な魔術を聞き室長室から出て無銘の魔術について聞くことにした。

 

 

「私の魔術に関してだが……いや、先に魔術特性(パーソナリティー)を言っておこう。私の魔術特性(パーソナリティー)は【万物の複製・投影】だ」

 

「……まさか……お前……」

 

 無銘と同じ特異な魔術特性(パーソナリティー)を持つグレンはすぐに気付けた。

 

「その場で剣を複製したってのか!?」

 

「その通りだ。例えば……そうだな……」

 

 無銘は、そう言って周りを見回す。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 無銘が投影したのは、1つのティーカップだ。特務分室の面々が使っているティーカップ。

 

「……これで、証明できたかな?」

 

 ほぼ全員が唖然としている。

 

 当たり前だ。見て複製する魔術師など、聞いたことがないのだから。

 

 このとき、この場にいた全員が思った。『世界は広いな……』と。

 

「……無銘、貴方のコードネームについてだけれど……これからも《世界》でお願いするわ」

 

 アルベルトの評価と無銘の異質な魔術を考慮すれば当然だ。

 

「了解した」

 

 その後は、特務分室の面々と魔術や格闘術、射撃術などについて教えて貰うという有意義な時間を過ごした。

 

 

 ◆

 

 

 無銘のコードネームが《世界》と決まって半年。

 

 無銘はイヴに室長室へと呼び出されていた。

 

「無銘、明日私の要件を手伝いなさい」

 

「……要件……?任務ではなく?」

 

「ええ、私だけでは無理なことよ」

 

「了解した」

 

「……それと、明日はそのマントは無しよ。【セルフ・イリュージョン】でも何でもいいから、顔を出してきなさい」

 

「……了解した」

 

 マントが駄目と言われ、渋々承諾したのであった。

 

 場所は帝都オルランドの噴水公園だ。

 

 それを確認すると、無銘は室長室から出て行った。

 

「……貴方の精神は絶対に殺させない、貴方は私の大切な駒なんだから……」

 

 そんなイヴの呟きを聞く者はいなかった……

 

 

 ◆

 

 

 翌日、無銘は【セルフ・イリュージョン】を使っていいと言われたのでアレスの姿で噴水公園に来ていた。

 

「……こんな場所で要件なんて、あるのだろうか……?」

 

 時刻は9時半、集合時間は10時だ。

 

 30分前に来る辺り、アレスの性格の良さが窺える。

 

「……30分、何をしようかな~」

 

 アレスがそう呟くと、近くで人だかりができていることに気付いた。

 

 暇なので行ってみると、そこには赤髪の女性がチンピラに絡まれていた。

 

 赤髪の女性───イヴである。

 

 イヴ自身、帝国宮廷魔導士団に所属しているだけあって格闘術も修めているはずだが今回は私服が私服だけに、あまり使いたくないのだろう。

 

 因みに、イヴの私服は上は水色のシャツに黒いジャケットを着て、下は少し短めのスカートにストッキングという、なんとも魅力的な服装だ。

 

 イヴは美女だ。見る人が見ればアリシア七世と同等だとかセリカと同じくらい、と言うだろう。それくらいには美人だ。

 

「ああ、もう!離しなさいよ!私、これから待ち合わせの場所に行かないといけないの!」

 

 イヴは腕を掴んでいる大柄のチンピラに向かってそう言うが。

 

「へへっ、気の強い女は嫌いじゃねえ。こっちに来いよ、お前から腰を振るようにしてやる」

 

 そう言って、路地裏に引っ張って行こうするチンピラの手首を誰かが摑んだ。

 

「ああ!?テメエ、俺の邪魔すんじゃねえ。今からこいつを、俺の女にするんだからよ」

 

 チンピラの視線の先にはイヴとはいかないまでも、綺麗な赤髪の少年がいる。

 

「申し訳ない。その人は、僕の女性なんです。人のを取らないでもらえますか?」

 

「はっ!知ってるか?スラム街(ここ)じゃ、弱肉強食……弱い奴に人権なんざ、ねえんだよッ!」

 

 大柄の男は左手で後ろのスラム街を指しながら言うと、小柄なアレスにその豪腕を振るう。

 

 だが、アレスは後ろに下がって避けるだけだ。攻撃する様子もなく、ただ避けるだけ。

 

 アレスは穏便に済ませたいため、大柄の男の攻撃を躱し続け実力差を分かって逃げて欲しいのだ。

 

「なんだ?テメエ避けるだけかよ……?」

 

 そのまま、男のスタミナを削り続ける予定だったのだが、予想外のことが起きた。背後で置き去りにされたイヴが男に手刀を放ち気絶させたのだ。

 

「……本来なら、警察に引き渡すけれど……今回は見逃すわ、時間も押してるしね」

 

 イヴはそう言って、アレスの腕を引っ張っていく。

 

「それで、なんでチンピラに絡まれたんです?」

 

 少しして、人通りも少ない道を歩きながらアレスはイヴに聞く。

 

「……少し、肩がぶつかっただけよ。それで因縁をつけられただけ」

 

「災難ですね……」

 

「本当にね……」

 

「で、今回の要件ってなんです?」

 

「……今気づいたけど、口調変わってない?」

 

「この姿で、『私』とか『了解した』とか言ったら変でしょう?」

 

「それは……そうかもしれないけど……」

 

「イヴさんが、マント禁止って言ったんじゃないですか。マントさえあれば、こんな口調にしなくていいのに……」

 

「……わ、悪かったわね。お詫びに、今日何か一つ好きなものを買ってあげるわ」

 

「僕は子どもか……」

 

「私から見たら、十分子どもよ」

 

「放っておいてください……それで、今回の要件とは?」

 

「ああ、今日は荷物持ちをやって欲しいの」

 

「………………」

 

 無言の圧力がイヴを襲う。

 

「な、なによ……?」

 

「……帰っていいですか?帰っていいですよね?」

 

「ダメに決まってるでしょう!?」

 

「荷物持ちなんてグレン先輩とかバーナード先輩とかでもいいじゃないですか!?」

 

「バーナードと私じゃ年齢的に……グレンはダメよ、あいつだけは絶対にダメ」

 

 グレンとイヴはいつも嫌味を言い合っている。犬猿の仲というやつだ。

 

「じゃあ他は……任務でしたね」

 

「そういうこと。分かったならついてきなさい」

 

 アレスはグレンとイヴの相性が最悪だと遅まきながら気付いた。

 

 

 ◆

 

 

 その後、アレスとイヴは色々な店を巡った。

 

 食材を買ったり、イヴのお手入れの道具であるナルミオイルを買ったり……などなど、そしてアレスはその荷物持ち。

 

「……少し、休憩にしましょうか……」

 

 アレスの疲労具合を見たイヴは、そう言った。

 

「………………」

 

「わ、悪かったとは思ってるわよ……」

 

 アレスは飲食店に入って、荷物を置くなりイヴを軽く睨む。

 

 その視線を感じたイヴは素直に謝罪した。

 

「でもこれで、買いたいものは買ったし……あとは、何か欲しいものとかある?荷物持ちのお礼に買ってあげるけど?」

 

「ん~……イヴさん、僕の女になりません?」

 

「な……なっ……あっえっと……」

 

 アレスの唐突な発言にイヴは顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。

 

「ぷっ……あはははははははは───っ!」

 

 イヴの想定外の反応にアレスは笑う。

 

 地獄のような荷物持ちで少しだけイラッとしたアレスは、仕返しに少しだけからかってみれば初心な反応をするイヴに笑いを堪えられない。

 

「ははっ、イヴさんもそんな顔するんですね。あっはははははは───っ!」

 

 ずっと笑い続けるアレスに今度はイヴがイラッとして───

 

「……そこに座りなさい……?燃やしてあげるから」

 

 割と真面目に怒って左手に炎を宿すイヴ。

 

「い、イヴさん!?ここ、飲食店だから!お願い、魔術はやめて!僕が悪かったから、やめてイヴさあああああああああああん───っ!」

 

「……次はないわよ?」

 

「は、はいぃ……」

 

「……それと、特務分室で働くときは無銘ではなくアレスできなさい」

 

「それは……」

 

「どうせ、【セルフ・イリュージョン】で作られた偽物でしょう?なら、問題はないはずよ」

 

「いや、そう言う問題じゃ……」

 

「何?断るの?また燃やされたいのかしら?」

 

「……は、はい。分かりました」

 

「それと敬語もなし!」

 

「え、ええ……」

 

「半年も同じ仕事をしているのに、敬語ってのは壁を感じるのよ。よって、これから敬語を使ったら燃やす」

 

「り、理不尽な……」

 

「私は室長よ?大抵の理不尽は許されるわ」

 

「まさかの職権乱用!?」

 

 こうして、《世界》は無銘ではなくアレスとなった。

 

 

 ◆

 

 

 イヴとの買い物から3日後 

 

 特務分室の面々は呼び出されていた。

 

「イヴのやつ、どういう用件だ?」

 

「ま、まぁまぁグレン君、聞いてみようよ」

 

 グレン達が待っていると、室長室からイヴが出てきた。

 

「集まったわね。これから───」

 

「待て、無銘が来ていない」

 

「それについて、今から言うのよ」

 

 アルベルトの指摘にイヴはにやりと笑いながら答える。

 

「出てきていいわよ、アレス(・・・)

 

 イヴがそう言うと、室長室から1人の少年が出てきた。

 

「……誰だ?」

 

「さ、さぁ?」

 

 予想の斜め上を行く人物の登場に全員が困惑する。

 

「……え、えーと。アレス=クレーゼです、今までは無銘と名乗っていました。これからよろしくお願いします」

 

「おう、よろ……しく……って、無銘だと!?」

 

「ええ、そうよ。この子が無銘の正体よ」

 

「う、嘘だろ!?」

 

 まさかのカミングアウトにアルベルトですら目を見開いている。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アレスは魔術を起動して剣を投影する。

 

「……これで、信じてもらえましたか……?」

 

 その光景を見れば信じるほかない。

 

「……まさか、無銘の正体がこんな子どもだったとは……」

 

 グレンは呟く。

 

「……どんな姿だと思ってたんですか?」

 

 アレスは興味本位で聞いてみる。

 

「もっと、ゴリラみたいな男だと思ってた」

 

「ぐ、グレン君……」

 

 子どもと言いながら、馬鹿正直に言ったグレンをセラが宥める。

 

「……よ、よろしくお願いしますね。先輩方」

 

 グレンの言葉に若干傷つきながら、アレスは再び挨拶した。




 書いてて思った、イヴさんってチョロイn(殴

 今、どこからともなく、拳が飛んできた……


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IF:イヴヒロインルート3

イヴさん可愛いよイヴさん


無銘がアレスと名乗り始めて、1年と半年が経過した。

 

 その間は、イルシアのジーンコードを元に作られたリィエルが来て驚いたり、ジャティスが王家に対して叛意を翻したりなどなど……色々あった。

 

 そして、アレス達特務分室の今回の任務は帝国の魔術師達を片っ端から殺して回っているジャティスの始末、もしくは確保だ。

 

 ジャティスの始末に投入される戦力は、グレンとセラだけ。他の特務分室メンバーは各地にいる、天使の塵によって廃人となった人の始末に回された。

 

 その作戦を伝えたイヴはとても泣きそうであり、辛そうだった。分からないでもない。

 

 イヴにとって、素直に話せる人物はセラとアレスだけ。そんなセラを死地へと向かわせるのは酷なことだ。それも、父親であるアゼルの命令によって……

 

 バーナードもアルベルトも他のメンバーも、何か言いたげだった。皆、心の底では理解しているのだ。このままでは、セラかグレンのどちらかが死ぬことを。

 

 だが、誰も何も言えなかった。戦いには犠牲が付き物だと、この場の誰もが理解しているから。それは理想主義者であるグレンも同じだ。

 

 そんな感じで、あまりよくない雰囲気の中、作戦が開始された。

 

 

 ◆

 

 

 この作戦は、基本二人一組(ツーマンセル)だ。

 

 アレスのパートナーはアルベルト。お世辞にも仲が良いとは言えないこの2人だが、パートナーとしての相性はむしろ良い方なのだ。

 

「……お前はこの作戦をどう考える?」

 

 天使の塵中毒者がいると思しき場所へ向かっていると、アルベルトが突然聞いてきた。

 

「どう、とは……?」

 

「そのままの意味だ。俺はどうも、腑に落ちない」

 

「こんな捨て駒みたいな作戦のことですか?」

 

「ああ。イヴ(あいつ)は、このように明らかな捨て駒をするような奴ではない」

 

「イヴさんのこと、信頼しているんですね」

 

「作戦立案と指揮において、あいつ以上に秀でている者は特務分室にはいないからな」

 

 アルベルトは、だが……と続ける。

 

「この作戦は、どうも別の人物が考えたように思える」

 

「アルベルトさんって、よく周りを見てますよね」

 

「……図星か」

 

「はい、この作戦はイヴさんが考えたものじゃありません。こんなやり方をするのは、イヴさんの父親でしょうね」

 

「なぜ、止めなかった……?少なくとも、お前ならイヴを止められたはずだ」

 

「イヴさんが勝手に作戦を変更すれば、イヴさんの父であるアゼルが怒り狂って何をするかわからないもんで……」

 

「……一理ある、か……」

 

「ま、僕は勝手にやらせてもらいますけど」

 

「……どういう意味だ?」

 

「セラさんやグレンさんがピンチになると分かった時点で、この場所を捨てます」

 

「…………………」

 

「この場所は所詮、囮ですし……何より、あの2人にはもっと幸せになってもらいたいから……」

 

「……お前も変わったな」

 

 グレンとセラに尊いものを見据えているアレスにアルベルトは少しだけ笑いながら、そう言った。

 

「変わったんじゃなくて、変えてもらった(・・・・・・・)んですよ。特務分室の皆さんに」

 

 アレスにとって特務分室は中々に居心地のいい場所だ。面倒見のいいおじいさんみたいなバーナード。同世代なだけあって、割と話しやすいクリストフ。真面目過ぎてバーナードにからかわれるアルベルト。お互いに持ちつ持たれつのグレンとセラ。

 

 そして、最初は気の強い女だと思っていたけれど本当は寂しがり屋で面倒見の良いお姉さんのようなイヴ。

 

 

 ◆ 

 

 

 特務分室での思い出はアルスの宝物だ。特にグレンとセラの兄妹のような……それでいて、姉弟のような関係が好きだった。

 

 その2人は、きっとアルスとルミアの別の可能性だ(・・・・・・・・・・・・・)。アルスがルミアを守るために特務分室へ入らず、1人でやっていった未来……そんな未来であれば、2人(グレンとセラ)のような関係になれたのかもしれない。

 

 だが、ルミアを守る中で他人を頼ってしまったアルスがルミアと2人(グレンとセラ)のような関係になる可能性はないだろう。ルミアが認めてもアルスは認めない、認めることができないのだ。

 

 大して頑張ったわけでもなく、大した功績を残したわけでもない。そんなアルスが誰かを頼ってしまった……そんな事実が、アレスの心を蝕んでいく。それを止めてくれたのが、イヴだった。

 

 イヴはアルベルトにアルスの心が摩耗していることを聞いたのだろう。ここからはアルスの予想だが、本来のイヴなら見捨てたはずだ。心が摩耗していく駒など、イヴにとっては欠陥品に他ならないのだから。

 

 だが、イヴはアルスを救った。その理由は知らない、知る必要すらない。救ってくれたという事実がある以上、アルスはその分だけは働く。

 

 ……それが、茨の道(・・・)であっても……

 

 

 ◆

 

 

 アレスとアルベルトは他愛ない会話をしながら、天使の塵の中毒者達がいると思しき場所へと向かっていると。

 

「……来たな」

 

「……どうやら、そうみたいですね」

 

 アレスとアルベルトが見る方向には、中毒者達がいた。

 

 10や20ではない。明らかに、数百を超えているだろう。

 

「《貫け閃槍》」

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルベルトは【ライトニング・ピアス】を、アレスは投影魔術を使う。

 

「アルベルトさん、後衛よろしくお願いします」

 

「ふん」

 

 アレスの言葉にアルベルトは鼻を鳴らすだけだが、これがいつも通りだ。

 

 アレスが前衛で中毒者を相手しつつ、アレスの処理しきれなかった分を後衛のアルベルトが倒す。

 

 中毒者の残りが数十に減ったタイミングで。

 

「……視えた……ッ!アルベルトさん、後お願いします!」

 

 そう言って、アレスはイヴのいる場所へと向かって行った。

 

 

 ◆

 

 

「……セラ、大丈夫か?」

 

「……うん、何とか……でも、魔力は底をつきそう……」

 

「……まじで絶望的な状況だな……」

 

 グレンとセラの先には、膨大な量の中毒者がいる。魔力も尽きかけているグレン達にはどうにもできない……まさに、絶望という言葉が相応しい。そんな光景だ。

 

 強行突破も難しく、かと言って全部を倒しきるだけの力が余っているわけでもない。

 

 後ろも、横からも、全ての方角から中毒者達の声が聞こえる。

 

 グレンだけなら逃げ切ることも不可能ではない。だが、魔力が尽きかけているセラがいるのでは無理だ。

 

 それでも、グレンはセラを見捨てないだろう。自分の唯一愛した女を見捨てるような男であるなら、アレスはグレンに失望するだろう。

 

 グレンは、セラを庇いながら中毒者達を殺していった……

 

 

 ◆

 

 

 アレスは一度、イヴの元へ戻った。

 

 いかにイヴに借りがあるアレスといえども、これ以上、イヴが父親の言いなりになることを許容することはできない。

 

 この場合、父親であるアゼルを責めるべきなのだろうが、それに反抗しないイヴもイヴだ。だから、アゼルは調子に乗って人としての過ちを犯す。

 

 そして、緊急対策会議室へ着くと。

 

「そんな、父上ッ!どうして!?ここは《愚者(グレン)》《女帝(セラ)》の援護に《世界(アレス)》を回すべき盤面では!?お願いします、このままでは───ッ!?」

 

「ならぬ。彼奴らは所詮、イグナイトたる我らの駒に過ぎぬ。貴様は裏切り者の《正義(ジャティス)》を仕留め、最大効率で戦果を上げることのみ考えれば、それでよい。それがイグナイト家の大義だ。逆らうなら───ッ!」

 

 イヴとアゼルの会話を聞いてしまった。

 

「《世界(アレス)》です。敵は殲滅したと報告に来ました」

 

 アレスの言葉でアゼルとイヴはこちらを向く。

 

 イヴは希望と期待の眼差しで、アゼルは嘲笑と蔑みの目で見てきた。

 

「……殲滅したのなら、もう用はない。帰っていいぞ」

 

「了解した」

 

 そう言って、アルスは普通に帰ろうとした。

 

「え……?」

 

 イヴは自分の想像していた展開にならず、思わず声を出す。

 

「どうかしましたか?」

 

「…………………」

 

 イヴは今にも泣きそうな表情でアレスを見ている。それは期待ではなく、失望あるいは絶望の目だ。

 

「……イヴさん、貴女の望みを聞きたい」

 

「私の、望み……?」

 

「この際だからはっきり言おう。君は感情を表に出すことが下手くそで、いつも自分の心とは正反対のことばかりを口にする……でもね、僕は君の口から正直(・・)に思っていることを聞きたい」

 

「……わ、私は……イグナイトのために……」

 

「……はぁ……これなら話せるかな?」

 

 アレスはそう言って、ずっとアレスとイヴの会話を聞いているアゼルに向かって全力の手刀を放つ。

 

「お、お父様!?」

 

 気絶したアゼルを見て、イヴが慌てる。

 

「もう1度だけ聞く、君はどうしてほしい?」

 

「…………………」

 

「君の父親が聞いてるわけじゃない、今指示を出すなら僕の独断専行ということでお咎めはないだろう」

 

「……わ、わたし……は……」

 

「このまま、セラさんが死ぬとしても……僕には待機を出すか、セラさんを生かして僕を向かわせるか……君はどうしたい?」

 

「……せ……」

 

「せ?」

 

「セラを……私の唯一の友人を助けて!」

 

「……やっと、素直になったな……」

 

 そう言って、アレスはセラとグレンの元へと向かって行った。

 

 

 ◆

 

 

「思ったより時間を取ったな……」

 

 アレスの予想では、もう少し早くイヴは改心すると思ったのだがアゼルがその場にいたことが原因なのか少し遅れてしまった。

 

 そんなことを思っていると、アレスの邪魔をするかのように中毒者が現れた。

 

「汝らの次の生に祝福あれ……《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アレスは救えなかった中毒者達に祝福を送り、彼らを天に還した。

 

「グレン先輩!セラさん!」

 

 その先にいたグレンとセラを見て、慌てて向かう。

 

「なんで、お前が……」

 

「イヴさんに言われたんですよ、セラさんを助けてって」

 

「俺は無しかよ……」

 

「素直になりきれてないだけですよ、許してあげてください……それよりもセラさん、あと何回魔術を使えますか?」

 

「1回くらい……かな……?頑張れば2回いけるかもしれないけど……」

 

「グレン先輩は?」

 

「『イヴ・カイズルの玉薬』が3発とC級が2発ってとこだな」

 

「……それではジャティスさんを倒すのは難しいですね」

 

「ああ……だからイヴには応援を寄越せつったのに、来たのはアルス(お前)だけだ」

 

「……なら、作戦失敗ってことで帰りましょうか」

 

「……あいつが素直に帰してくれるとは思えないんだが……」

 

「囮作戦でいきましょう。僕が時間を稼ぎます、グレン先輩はセラさんを連れて逃げてください。セラさんは敵に囲まれた場合の援護にのみ魔術を使ってください」

 

「ちょ、ちょっと待て!お前が残るだと!?」

 

「はい、僕は魔力容量(キャパシティ)には自信があるので時間くらいなら稼げると思います」

 

「お前だって知らないわけじゃねえだろ、ジャティス(あいつ)の殺害に向かった特務分室のメンバーの中にはあいつより強いやつもいた!あいつは魔術で強いんじゃねえ!もっと別の何かなんだよ!」

 

固有魔術(オリジナル)【ユースティアの天秤】……ジャティスさんに教えてもらったことがあります。数秘術は極めれば未来予測すらできると……」

 

「有り得ねえだろ、人間には自由意志ってものが───」

 

「人間の意思や感情すらも、脳内電気信号と生体化学反応の集積……でも、これには1つの弱点があります」

 

「未来予測に弱点なんてねえだろ!?意思や感情すらも予測できるなら弱点なんてねえ!」

 

 グレンはそう断言する。

 

「いいえ、人は時に自分の限界を超えます。ジャティスさんはそれを『人の強き意思』と呼んでいましたが、それさえ出来れば、ジャティスさんの固有魔術(オリジナル)は覆せる」

 

「……だ、だがよ……」

 

「セラさんを救いたいなら、逃げるべきです」

 

「…………………」

 

「グレン先輩、卑怯な言いかたで申し訳ないんですけど……初めて愛した女性と後輩、どちらを選ぶかなんて決まっているでしょう?」

 

「ばっ!バカッ!俺は───」

 

「あ、アレス君……こんなときに何言って……」

 

 グレンもセラも顔が真っ赤だ。

 

「……先輩、そういうことです。セラさんと一緒にイヴさんのところへ行ってください、囮は僕がやります。異論反論文句は一切受け付けないので、ご了承ください」

 

「アレス」

 

「先輩……異論は───」

 

「異論じゃねえ、忠告だ。お前も素直になれよ」

 

 グレンはそれだけ言って、セラをお姫様抱っこし走って逃げた。

 

「……素直になれ……か……」

 

「やあ、久しぶりだね、アレス……いや、アルスと呼ぶべきかな?」

 

「どっちでもいいですよ、ジャティスさん」

 

「自分の名前がバレたのに、驚きもしないんだね?」

 

「別に、貴方や天の智慧研究会の人達が本気で調べれば僕の名前くらい、すぐにバレますし」

 

「僕は君に敬意を表するよ」

 

「…………………」

 

「君のそれ(・・)は、僕とはまた違う未来予知の形だよ。それがたとえ、魔術ではなく異能(・・)であったとしても」

 

「正確には未来視ですけどね」

 

「そうだとも、君の魔眼と僕の固有魔術(オリジナル)が合わされば『人の強き意思』も関係ない。なぜなら、全てを視て読めるからだ!」

 

「……協力してくれってことですか?」

 

「まあ、そうしてくれた方が嬉しいのは事実だが違う。僕は君を殺し(・・)に来たんだよ」

 

「…………………」

 

「君がいるだけで、全ての人は『強き意思』を得てしまう。君という存在が人の輝きを濁らせて(・・・・)いるんだよ、だから君のその眼を奪った後殺す」

 

「……要は、僕がいるだけでジャティスさんの【ユースティアの天秤】が狂わされると……それが、我慢ならないと」

 

「まあ、そういうことだね」

 

「僕からも一言いいですかね?」

 

「ああ、遺言として聞いてあげるよ」

 

「アンタのつまらない正義とやらでグレンとセラ(あの2人)の未来を邪魔するな。あの2人には未来がある、それを邪魔していい人間なんて存在しない!」

 

「僕の正義を語るなよ、ガキが……決めたよ、お前は絶対に殺す。その信念も、その理念も、そして、その存在も全てを消し去ってやるよ」

 

「全てを原初へ還してやる……その存在ごと」

 

 こうして、ジャティスとアレスの戦いが幕を開けた……




あ、圧倒的にルミア成分が足りない!でも、ルミア成分を補給するための物語が足りない……物語作らなきゃ(使命感)


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IF:イヴヒロインルート4

テストが始まるので更新ができなくなります、誠に申し訳ございません(テスト当日)

 


「全てを原初へ還してやる……その存在ごと」

 

 アルスがそう言うと、アルスの周りに人工精霊(タルパ)が現れた。

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスの周りに投影された剣が人工精霊(タルパ)を次々に霧散させていく。

 

「やはり君は凄い!人工精霊(タルパ)見えざる神の剣(スコトーマ・セイバー)】を倒すとは!」

 

「未来予測と不可視の刃とか悪質すぎだろ!僕じゃなきゃ死んでたぞ!」

 

「君なら死なないと読んでいた(・・・・・)よ」

 

「ああ、そうかい。それで?これでおもてなしとやらは終わりかい?」

 

「……いいや?君を殺すための戦力が『この程度』なわけがないだろう?」

 

「……え?」

 

「……驚きはいらない。僕の計算では、君はこのことまで視えているだろう?」

 

「……《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスは大量の剣を投影し、後ろにいる中毒者達を全て串刺しにした。

 

「やはりこの程度の戦力では相手にならないか……ならば、これはどうだい?」

 

 ジャティスが指を鳴らすと、周囲に無数の人工精霊(タルパ)を具現化させた。

 

「《無駄っすよ》」

 

 即興改変された投影魔術が人工精霊(タルパ)を刺し射貫く。

 

「僕は君を買っているんだよ。君だけだ!君だけが特務分室(あの場所)で唯一、倒せる未来が読めない(・・・・)んだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、君は僕が認めた中で1番読めない(・・・・)んだ。本来であれば、そんな君を殺すことなんてしないさ。だけど、君の正義は僕の正義を真っ向から否定するものだ……僕は絶対の正義だ、そんな僕の正義を否定する君は絶対の悪だ。認めたからこそ、悪である君を僕が殺す」

 

「……勝手に人を悪扱いか……まあ、否定はしないけどね。でも、僕は僕なりの経験を経て僕の正義に辿り着いたんだ。だからさ……僕の正義を語るなよ、ジャティス(くそ野郎)

 

「……すまない、君の人生を貶めてしまったことは謝罪しよう。それでも、僕の考えは変わらない。僕が絶対の正義であることは間違えようがないし、そんな僕と対立する君は絶対の悪であることも絶対に変わらない」

 

「アンタがアンタの正義を狂信するのは良いよ。でも、その正義とやらに僕らを巻き込むな」

 

「これは仕方のないことなんだ!禁忌教典(アカシックレコード)、僕はこの万能の教典を以て全ての悪を根絶やしにする!そのためには、君や犠牲となった人々は必要な経費なんだ!」

 

禁忌教典(アカシックレコード)……そんなものを求めて数多の人々を犠牲にしたのか?」

 

「まあ、所詮悪である君にはこの力の偉大さが分からないか……だが、あの教典の力は本物だ。そして、その教典を手に入れた僕が……僕こそが『正義の魔法使い』となる!」

 

「……正義の魔法使い、か……なら、僕が貴方の前に立つのは必然でしたね」

 

「ん……?」

 

「アンタは僕の別の可能性だ。僕が自身の思う最高の正義を思い続けた果てにアンタの理想はあるんだろう」

 

「…………………」

 

「アンタは知ってるか?気が遠くなるほど遥か昔、禁忌教典(アカシックレコード)を使っていた一族がいるんだ……その一族はな何を願うでもなく、世界の存続を願い続けた。願えば、富も幸せも世界を征服することすら自由自在だったはずなのに、世界の存続を願い続けたんだ……世界が生まれてから一族が亡くなる何年もの間!……たった1つの例外もなく!それが悪だと言うのなら、僕は悪で良い!」

 

 アルスはそう言って、剣を投影しジャティスに突貫する。

 

「くっ!」

 

 アルスの神速の突貫でジャティスは心臓を貫かれた。

 

「……終わったか……」

 

 アルスがそう呟いて、イヴの元に帰ろうとすると。

 

「君は僕を倒す……読めていた(・・・・・)よ」

 

 アルスの背後から声がした。

 

 アルスは絶望の顔をしながら振り返る。

 

「驚いたかい?今まで君が相手をしていたのは、僕の分身……正確には、僕の魂を持っているから等しく僕なんだけど」

 

「……魂を分割したのか……っ!?」

 

「ああ、そうさ!そして、僕の計算では君は壊れる(・・・)

 

「……ははっ……はははははははははははは」

 

 アルスは笑い出した。

 

「ようやく、君を読む(・・)ことができたよ」

 

「僕が壊れた?誰が決めた?」

 

「───ッ!?」

 

 壊れたと思われていたアルスは突然聞いてきた。

 

 その質問にジャティスは驚いた。

 

「僕が笑ったのは、アンタが僕の視た光景(・・・・)と同じことをするからさ」

 

「……なに?」

 

「それに、戦法まで同じと来た……対策をしないわけがないだろう?」

 

 そう言うと、アルスが青い粒子(・・・・・・・・)となり始める。

 

「ま、まさか……ッ!?」

 

「そう、僕は自分の肉体を魂含めて複製したのさ」

 

 アルスと思われていたものは、完全に消え去り。

 

「アンタの分割と違って、完全な複製だから寿命を縮める可能性もない」

 

 背後(・・)から聞こえたアルスの声に今度はジャティスが驚愕に満ちた表情で振り返る。

 

「ああ……ああっ!そうか、そういうことか……ッ!?もっと早くに気付くべきだった!今まで1度たりとも読めなかった(・・・・・・)君を読めた(・・・)ことが、本物の君ではない証じゃないか!?」

 

 ジャティスは今までアルスの行動を未来予測して当たったことなど、1度もない。だというのに、この戦いでは最初から最後まで読めていた。そして、ジャティスはそれを疑問に思うことなく戦っていたのだ。

 

「答え合わせといきましょうか……まず、アンタの固有魔術では僕を読めない理由ですけど……これについては、分かってるんでしょう?」

 

「ああ、君の未来視は僕の未来予測を遥かに上回る精度を持っている。そして、そんな確定した事項を視ている君は人の理解の及ばない行為に走る……その結果、僕の計算では追いつかない」

 

「正解……んで、今回僕が自分の魂まで複製した理由ですけど、単純にこれしか裏を取れなかったからですよ。アンタは僕を殺すために、何度も計算間違いをして計算し直しただろう?そのせいで、これ以外のあらゆる手が封じられていたんですよ」

 

「……まったく……君はいつも、僕の想像の遥か先を行って見せる……正直に言おう!僕は君に嫉妬しているのさ!同じようなものを得ていながら、僕は君の予想通りに、君は僕の予想に反して行動する。全てを思い通りにできる、そんな君は世界の誰よりも禁忌教典(アカシックレコード)に近づいている人間だ!」

 

「まあ、最後らへんの話はどうでもいいんですけど……僕とアンタじゃ視ている、あるいは読めている次元(・・)が違うんですよ」

 

「……次元?」

 

「アンタは、人の思考や感情を数式に当てはめることができるから通常の数秘術に比べれば精度はいいでしょうよ。でも、僕の未来視はあらゆる次元から並行世界(パラレルワールド)に至るまでの全ての世界の未来を観測し、その全てをこの眼に視せるんですよ。だから、僕とアンタの魔術じゃ、やっている次元が違う」

 

「……きひひひひひ……ッ!ひゃははははは、はははははははははははははは……ッ!」

 

 傍から見れば、ジャティスは壊れたように見えるだろう。だが、アルスは知っている。この男が”壊れる”ことなど、ありはしない。

 

「そうかそうか……君は僕に”これ”を教えてくれたのか……ッ!?」

 

「……前から思ってたんですけど、突拍子もないこと言い過ぎじゃないっすかね?」

 

「君はその突拍子もない発言であっても理解が追い付くだろう?」

 

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 

「僕は愚者と弱者には寛容さ。だが、君は愚者でもなければ弱者でもない。君は”愚者の民”じゃないんだ……ッ!」

 

「……愚者の民……?」

 

「ああ!君は天人だよ!僕らとは根本的に違う、君はこの時代に生まれてきていい”もの(・・)”じゃない!」

 

「…………………」

 

「なるほど……通りで、君には僕の固有魔術が通用しないわけだ。君の行動を予測するには、僕はあまりにも”愚者”すぎる」

 

 ジャティスは人工精霊(タルパ)を顕現して、空へと逃げながら続ける。

 

「今の僕では君を倒すことは不可能らしい……だからこそ、僕が君を倒すことができたならば、僕の正義が天人である君を上回ったことに他ならない!その時まで、禁忌教典(アカシックレコード)は置いておくとしよう……」

 

 それだけ言って、ジャティスは消えて行った。

 

「……もう、アンタと戦うのは御免だよ」

 

 アルスもそれだけ呟いて、イヴの元へと帰って行った……

 

 

 ◆

 

 

「…………………」

 

 イヴは倒れているアゼルを転移魔術でイグナイト家に飛ばした後、アレスの帰りをずっと待っている。

 

 すると───

 

「イヴ!」

 

 イヴはジャティスの殺害に向かわせたグレンの声がしたので、急いで向かった。

 

 そこには、ボロボロのグレンとマナ欠乏症と少しの軽傷を負ったセラがいた。

 

「せ、セラ!」

 

 イヴは、セラに近づいて白魔【ライフ・アップ】を唱える。

 

「ありがとう」

 

 セラはお礼を言う。

 

「それで、アレスは?」

 

「……あいつは今ジャティスと戦ってる」

 

「……そう……」

 

「……大丈夫だよ、イヴ」

 

 突然、セラがイヴにそう言った。

 

「アレス君はきっと帰ってくるよ。だから、信じよう?ね?」

 

「……そう、よね……私がアレスを信じなくてどうするの」

 

 イヴは自分に言い聞かせるように、そう言う。

 

「……絶対に、帰って来て……」

 

 そんなイヴを見て、グレンもセラも微笑むのだった。

 

 イヴが祈り続けて、何分経ったかも分からなくなってきたとき───

 

「今、戻りました」

 

 アレスの声が緊急対策会議室に響いた。

 

「アレス!」

 

 イヴがアレスのところへ走って行く。

 

「ジャティスは!?」

 

「逃げられました……すいません」

 

「謝ることじゃないわ、誰にだって失敗はあるもの」

 

 いつものイヴであれば、こんなことは言わないだろう。イヴも成長したのだ。

 

「イヴさん、大分素直になりましたね」

 

「……貴方がそう言ったんじゃない……」

 

「はは、そうでしたっけ」

 

「そうよ」

 

 そんなアレスとイヴの微笑ましい光景を見ながら、グレンとセラは微笑むのだった……

 

 

 ◆

 

 

 ジャティスと戦った日から翌日。

 

 セラは入院し、グレンとアレスでそのお見舞いに来ている。

 

 イヴも来たがっていたが、任務の報告やら何やらで結局来れなかった。

 

「白犬、見舞いに来てやったぞー」

 

「セラさん、体調は大丈夫ですか?」

 

「あ、グレン君にアレス君。お見舞いに来てくれてありがとね」

 

 その後、少し話してアレスは本題を切り出した。

 

「グレン先輩、セラさん、はっきり言います。貴方達は特務分室をやめるべきです」

 

「「…………………」」

 

「グレン先輩も今回の事件で分かったでしょう?こう言ったらなんですけど、今回の作戦、セラさんはグレン先輩の足枷でした」

 

「テメェ!もう1回言ってみろ!」

 

「ちょっと、グレン君」

 

「グレン先輩がセラさんを見捨てていたなら、きっとグレン先輩はあんなにボロボロにならずに済みました……だから言ってるんです。2人とも特務分室をやめるべきだと」

 

「……どういうことだ?」

 

「2人がやめれば、セラさんが足枷になることもグレン先輩の心が消耗していくこともない。きっと、幸せな未来が2人を待っていると思いますよ」

 

「「…………………」」

 

「きっと、イヴさんも許可してくれるはずです。今のグレン先輩達に特務分室は酷過ぎる」

 

「そ、それは……」

 

「確かに2人分の穴は大きいでしょう。でも、大丈夫です。そこらへんは、退役を進言した僕が埋めるので」

 

 グレンとセラは悩むだろう。自分達より若く幼さが抜けきってない少年に、こんな酷な仕事を押し付けるのは気が引けるのだ。

 

「なあ、お前覚えてるか?俺達が逃げるときに、俺言ったよな?素直になれって」

 

「言いましたね」

 

「これは俺の予想だがな……本当のお前は、もっと別のことがやりたいんじゃねえか?」

 

「そりゃそうですよ、僕はルミアを効率よく守るために特務分室に入ったのに、やるのはいつも別任務……もっと、長い時間監視させろってのが本音です」

 

「お、おう……」

 

「まあ、情報は入ってくるので構いませんがね……それで、これからどうするんです?」

 

「……俺は特務分室をやめる。確かにイヴの野郎は危機一髪の状況で、アレスを寄越してきたが、それでも一歩でも遅れてたらセラは死んでたかもしれねえんだ……イヴはセラを救ったが、死ぬ寸前にまで追い込んだのもイヴだ。これ以上、イヴの命令を聞くのは御免だ」

 

「ずっと、黙ってたけど……私、今回の任務で左手の霊路(パス)がおかしくなったみたいで、前みたいに魔術が使えなくなったんだ。だから私もやめるよ」

 

「そうですか……良かったです」

 

「そんなに俺達が消えるのが嬉しいのか?」

 

「いえ、拒否されてたら実力行使も視野に入れてましたので」

 

「こ、怖ェよ」

 

「じゃあ、イヴさんには僕から言っておきます。後は、2人でゆっくり話してください」

 

 アレスはそう言って、病室から出て行った。

 

「……ったく、素直じゃねぇやつだ」

 

「ふふ、そうだね」

 

 アレスの去る姿を見て、グレンとセラはそう言うのだった。




 


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短編
1人の英雄と1人の聖女


 活動報告でも書きましたが、胃腸炎になってしまい身体を動かすのも辛かったため休ませていただきました。

 最近では、胃腸炎が流行っているらしいので皆様お気をつけください。

 今回はリハビリとルミア(天使)成分の補給も兼ねて固有魔術の物語をやります。

 全部ルミア(天使)様がかわいすぎるのがいけないんや……

 アルス君は、まだ自分を律する前だから一人称は『俺』です。


 アルスとルミアが結婚して、家にあった私物を新居へ持ち込んだときに段ボールから1つの柄が落ちた。

 

 アルスはそれ(・・)を見て、完成形を投影する。

 

「なに、それ?」

 

 横からルミアが顔を覗かせている。

 

「ん?これかい?これは、まだ僕がルミアの従者じゃなかった頃の思い出の品さ」

 

「聞かせて!」

 

「え……」

 

「だって、それが固有魔術(オリジナル)作成の発端でしょ?それくらい分かるよ……夫婦だもん」

 

「……じゃあ、話すか」

 

 そう言って、アルスは語り始める。

 

 

 それは、遠い過去の記憶。

 

 まだ、アルスがエルミアナの従者ではなく、ただのアルス=フィデスだったときの頃の記憶だ……

 

 思い返せば、最初は単純に剣が好きだった。そして、剣が好きだったから、『メルガリウスの魔法使い』に出てくる、《魔煌刃将》アール=カーンに憧れた。

 

 彼は正義とは全く別の道を選んだが、ただ1人……たった1人、己が真に忠誠を捧げるべき相手を求めるという強い意志に憧れた。正義も悪も関係ない、ただ自分が守りたい忠誠を誓いたい……そう思う相手の為に剣を振るう。そんな信念に憧れたのだ。

 

 両親が剣を生み出す鍛冶師だったから、より一層強くそう思うようになったのかもしれない。

 

 だが、そんなアルスの憧れは齢5歳にして消え去った。たまたま王宮へ来た魔術師に、アルスの保有する魔力容量(キャパシティ)が桁外れに多いと言われ、魔術師として教育されるようになったのだ。大好きな剣を持つことすら許されずに……

 

 帝国政府は早速アルスの両親に魔術師として育てないかと打診した。両親はアルスの意思に任せると言い、アルスは剣を学びたいと言ったが、帝国政府はアルスのような有用になりそうな魔術師を放ってはおけず、アルスの意思を尊重することなく幽閉という形でアルスの言葉をもみ消した。

 

 だが、アルスはどれだけ魔術を習っても使うことができなかった。意識容量(メモリ)は普通だったが、魔力容量(キャパシティ)が桁外れに多い。だが、何故か魔術を起動できなかった(・・・・・・・・・・・・・)。それが発覚したのは、エルミアナ王女の従者を決める『従者選定の儀』へのエントリーを登録した後であった。

 

 そして、魔術師達は魔術特性(パーソナリティー)に問題があるのでは?と思い、調べてみれば……アルスの魔術特性(パーソナリティー)は『万物の複製・投影』だった。そして、アルスの教育係をしていた魔術師達は、アルスに失望し辞めていった。

 

 『万物の複製・投影』やコピーなどの魔術特性(パーソナリティー)は、魔術を完璧に……それこそ、ルーン語の1文字1文字全ての意味を理解しなければ魔術を起動することすら叶わないと提唱されてきたのだ。他の使えない魔術特性(パーソナリティー)であったならば、従者への切符を手に入れる可能性があった。だが、この魔術特性(パーソナリティー)はダメだ。ルーン語の文字を意味から知らなければならないとなると、人の寿命では足りないのだ。

 

 アルスが悪いわけではない、帝国政府は勝手にアルスに期待し勝手に失望したのだ。

 

 アルスがそれを両親に言うと。

 

『魔術の才能がなくてもいいじゃないか、俺達はお前を魔術師にしたいわけじゃない。お前はお前のやりたいことをやれ、これはお前の人生(みち)だ』

 

『私達はね、あなたに自由に生きてもらいたいの。私達は、あなたが才能のない魔術師になっても、才能のある剣士になっても、どっちでも構わない。でもね、後悔はしないようにしなさい。くじけてもいい、泣いたっていい、時には道を間違えてしまうこともあるかもしれない。でも、後悔だけはダメよ。それだけは、あなたの人生全てを否定する言葉だから』

 

 アルスの両親は優しかった。

 

 だからこそ、アルスはもう少しだけ魔術を頑張ろうと思ったのだ。

 

 そこから、アルスは頑張った。人一倍努力して、ルーン語の文字に含まれる意味まで全てを暗記した。だが、それはアルスの努力だけではない。その頃から、魔眼は継承されていたのだ(・・・・・・・)

 

  このときのアルスは、自身に魔眼が宿っているなんて知る由もない。自分の眼の色なんて自分では分からないし、人一倍努力を重ねていると自覚しているからこそルーン語を視れば意味が頭の中で浮かんでくる……そう錯覚してしまっていたのだ。

 

 そのおかげもあって、【ショック・ボルト】程度であれば起動できるようにはなった。だが、威力は弱いし射程は短い。普通の魔術師達が使う【ショック・ボルト】と比べることすらおこがましいほどに。それでも、魔術を起動できた……その事実が堪らなく嬉しかった。

 

 だからこそ、このときのアルスはきっと……甘えていた(・・・・・)のだろう。アルスの両親は優しい。だから、自分が折れそうになったとき……泣きそうなとき……辛いとき……両親を頼り、甘えてしまう。

 

 たった6歳しか生きていない子どもが両親に甘えるのは当たり前だ。だが、もしも……その両親がいなくなったら?唯一、甘えることのできる両親を失ってしまったら?───

 

 ───答えはそう難しくない。泣く。これは、子どもに限らず大人でもそうだ。自分を育ててくれた、この世に2人しかいない両親を亡くせば泣いてしまう。

 

 アルスはアリシア七世直々に呼ばれて、アルスとアルスの両親が暮らしている寝室へと向かった。そこには、円卓会にいるメンバーやセリカなどの大物もいた。そんな人物すらもアルスの眼には止まらない。なぜなら───

 

 ───そこにあったのは、アルスの両親が無残に殺されていた光景だったからだ。だが、アルスは泣かなかった。感情を必死に殺した。他の誰にも、本人であるアルスですら分からないように…… 

 

 アルスは、両親の近くにある折れた剣を拾い上げる。業物ではあるが、折れている以上使い道はないだろう。

 

 その折れた剣は、アルスの心を的確に表現していた。これからも、使い(慰め)続けてくれると思っていた担い手(両親)が死んでしまったのだ。だから、(アルス)は折れてしまった。

 

 1週間後に迫っている『従者選定の儀』だが、今のアルスに勝つ気などない。

 

「……結局……魔術師は何がしたいんだよ……ッ!勝手に期待して、勝手に失望して……勝手に人から幸せを奪っていく……ッ!」

 

「……………………」

 

 アルスの言葉に誰も言葉を返すことなどできない。事実は違う。クズじゃない、人格者である魔術師だっている。だが、それを理解するにはアルスは、あまりにも若すぎた。

 

「……アルス、ご両親のことについてはお悔やみを……そして、ご両親を守れず申し訳ありません」

 

 アリシアの謝罪と同タイミングで、王室親衛隊や円卓会、セリカなどが一斉に頭を下げる。

 

「……………………」

 

 だが、アルスはそんなアリシア達に目もくれず声を出しているかすら分からないような声でぶつぶつと何かを言っている。

 

「……陛下の謝罪を無下にするなど……ッ!」

 

 親衛隊の数名がアルスに向かって剣を抜くが。

 

「おやめなさいっ!」

 

 アリシアがそれを制する。

 

 誰もが自覚しているのだ。この場にいる全ての人間は、アルスから糾弾されても仕方がない……それだけの失態を犯してしまったのだ。

 

 天の智慧研究会が帝国内部にいることは知っていた。分かっていたが、アリシア達は油断していた。

 

 まさか、宮廷専属の鍛冶師であるアルスの両親の護衛をしていた親衛隊のメンバーが天の智慧研究会の者だとは知らなかったのだ。それと同時に、知らなかったでは済まされない問題でもある。

 

「……これは、敵の潜入に気付けなかった我々の不手際だ……すまな───」

 

「謝らなくていい。謝られたところで、どうにもならないことだから」

 

 ゼーロスの謝罪を遮ってアルスはそう言った。

 

 アルスは少し魔術を習った程度だが、魔術でも死者蘇生ができないことを知っている。

 

 アルスは決めつける。ゼーロスの謝罪も、セリカの謝罪も、アリシアの謝罪でさえも、結局は自己満足なのだ。

 

 アルスからすれば、謝られたところで得られる物などなく、逆に傷口を広げるだけだ……両親が死んだことについては、いつかは向き合わなければならない事実だ。でも、今はそんな事実を真っ向から受け止めるだけの余裕がない。

 

「……もうどうでもいい。剣も魔術も……どうせ、全部”人殺しの道具”だ。そんな物を学ぼうとした俺がバカだった」

 

 そう言って、アルスは折れて落ちていた剣も付箋をびっしり付けていた魔導書も全部を投げ捨てて宮殿から出ていった。

 

 護衛に付くと言った衛士達もいたが、アリシアが止めた。1人で状況を整理する時間が必要だと思ったのだ。

 

 

 

 

 大切だった人(両親)は、もういない。受け継いだ誇り()は自分で捨てた。

 

 そして、むき出しになった自分は……どうしようもなく、空っぽだった……

 

「…………………」

 

「君、大丈夫?」

 

 アルスが歩いていると、1人の少女に出会った。

 

 黄金のような髪色の綺麗な女性だった。

 

 アルスはそんな女性を虚ろな目で見て、すぐに躱す。

 

「え!?ちょ、ちょっと待ってください。今、私のこと見ましたよね!?何で無視するんですか!?」

 

 無視して躱したアルスに困惑しながら止める女性。

 

「……何か用ですか?」

 

「いえ、用と言うほどのことじゃ……って、なんでもう行こうとしてるんですか!?」

 

「用がないのであれば、別にいいじゃないですか」

 

「う~~っ!分かりました!用があるので着いて来て下さい!」

 

「……新手の誘拐か何かですか?」

 

「ええ!?な、なんでそうなるんですか!?」

 

「……俺は、あなたに会った記憶がないので用も何もないと思うんです」

 

「……わ、私はただ……君が酷く悲しい表情をしていたから……」

 

「心配のつもりですか?やめてくださいよ、そうやって善人ぶるのは」

 

「ぜ、善人ぶってなんか……」

 

 アルスもこれが八つ当たりであることを理解している。だが、1度スイッチが入ってしまって止められないのだ。

 

「なら、何故見ず知らずの俺のことを心配するんですか?」

 

「……私にそっくりだったからです」

 

「…………………」

 

 意味が分からない。アルスとこの女性で似ているところなんて1つもない。今のアルスは自分でも酷い顔をしていると思う、だがこの女性は心配そうな顔だ。似ても似つかない。

 

「そういうところも私にそっくりです」

 

「……俺がなんて考えたのか分かるんですか?」

 

「私と君で似ているところなんてないって思いませんでした?」

 

「……なんで、わかったんですか?」

 

「単純に、経験者だからですよ。私も」

 

「……そう、ですか……」

 

「とりあえず、着いて来て下さい。少なくとも私は、君を放置することができないので。着いてこないのならおぶりますよ?」

 

「……分かりましたよ」

 

 

 ◆

 

 

 その後、アルスは女性の住んでいるであろうアパートについた。

 

 女性の見た目的に貴族だと思ってしまう。

 

 だが、女性の住んでいるアパートは本当に普通のアパートだった。豪華でもなければ、貧相でもない。

 

「お腹は減っていませんか?」

 

「あ、いえ……お、お構いなく?」

 

 まだ子どもなので、敬語もあやふやだ。

 

「……無理して敬語を使う必要はないんですよ?私は別に、気にしませんから」

 

「……ありがとう」

 

 そう言いながら、アルスは部屋を見回す。辺りには魔石が少しだけ置いてあった。

 

「……名前、なんて言うんですか?」

 

「ジャンヌです。そういうあなたは?」

 

「アルスです……ジャンヌさんは、魔術師なのですか?」

 

「……はい。正確には、魔術師でした(・・・)

 

「やめたんですか?」

 

「理由は色々ありますが……1番は、魔術を嫌いになりたかった(・・・・・・・・・)からです」

 

「どういうことですか?」

 

「私は魔術が大好きなんです。特に白魔【ライフ・アップ】が……こほん。一応(・・)聞いておきます、どうして家出なんてしたんですか?」

 

「……全部が嫌になったから……」

 

「……どういうことですか?」

 

 アルスは全てをジャンヌという女性に話した。

 

 自分の両親が凄腕の鍛冶師だったこと。

 

 帝国の魔術師達に魔術師となることを強制させられたこと。

 

 魔術特性(パーソナリティー)のせいで見限られたこと。

 

 両親が天の智慧研究会によって殺されたこと。

 

 そのショックから宮殿を飛び出したこと。

 

 それを聞いた、ジャンヌはアルスを抱きしめた。

 

「……あなたが見たもの、体験したものと似たようなことを私も見たことがあります」

 

「……あなたが……?」

 

「ええ……今のあなたは、きっと魔術師だけではない、人間を憎んでいる……あるいは、嫌っている。そうでしょう?」

 

「…………………」

 

「どうしようもない非道を、あらゆる言い訳でやってのける残酷さ……それは確かに、人間の中に存在します」

 

「…………………」

 

「……そして、それは私も例外ではありません」

 

「……え?」

 

「……神の声を聞かなければ、私は自分の思う信念のために人を殺めた……のかもしれません」

 

「……信……念……」

 

「アルス君……それでも、人間を見限らないでください。……そういうものだなどと、諦めないでください」

 

 ジャンヌはアルスに懇願するように言い、アルスはジャンヌの言葉を真摯に受け止めている。

 

「人に冷めることは簡単で、人を憎むことはもっと簡単で……でも、人を愛し続けるのは難しいことだから……」

 

「……あなたは、愛し続ける(大きな)ことを1人でやっているのか……?」

 

「……いいえ、1人ではありません。私にだって、辛いときや折れてしまいそうになったときはあります……ですが、その度に私は色々な人に支えられ救われてきたのです」

 

「……救われた……?」

 

「はい。悲しいことに人とは弱い生き物なのです。1人で生きることすらできないほどに……弱いのです。だから、誰かに支えてもらわなければならない。だから、誰かに助けてもらわなければならないのです」

 

「誰か……」

 

 アルスはそう呟いて、顔を伏せる。

 

 話を聞いたジャンヌも知っている。今のアルスには頼れる人も助けてくれる人もいないのだ。だからこそ、普通の人よりもこの言葉は響いただろう。

 

「……助けてくれ()人ならいる」

 

「え?」

 

 予想外の回答にジャンヌは困惑する。

 

「だ、誰ですか?」

 

 ジャンヌの質問にアルスは口ではなく行動で示した。そして、アルスが示したのはジャンヌを指す一本の人差し指。

 

「…………?」

 

 ジャンヌは何故指を指されているか分かっていない。

 

「……ジャンヌさんですよ。貴女は道端で悲しんでいる見ず知らずの俺を助けてくれた」

 

「……そ、それはその……あり、がとう…ございます……」

 

「……お礼を言いたいのはこっちの方だ。貴女のお陰で分かったことがある」

 

「……………?」

 

「俺は不幸であっても最悪じゃない……ということだ」

 

「───っ!」

 

「貴女の話を聞いて思ったんだ。本当に最悪なのは、全てを失うことだ。大切な人も自分も……全てを失うことが、最悪なんだ。だから俺は、最悪じゃない」

 

 まるで、自分を元気づけるかのように……そう呟くのだった。

 

 目に見えて落ち込んでいたアルスは元気になった。子どもだから影響を受けやすい……ということもあったのだろう。

 

「……これから、どうするのですか?」

 

「……あ、あの……ず、図々しい願いなのですが……」

 

「良いですよ」

 

「……まだ、何も言ってませんけど……」

 

「私の言葉を真摯に受け止めた貴方が間違ったことを願うなんて思ってませんから」

 

「……その考え、絶対に捨てておいた方がいいです。いつか、騙されますよ」

 

「ふふっ、それで?お願いとは何ですか?」

 

「俺に魔術を教えてほしいんです……できれば、泊まり込みで……」

 

「え、そ、その……と、泊まり込みは……」

 

「……でも、さっきは良いって……」

 

 泣きそうな顔で訴えるアルスにジャンヌは少し悶えて。

 

「……分かりましたよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 アルスは承諾してくれたジャンヌの評価を改める。彼女はアルスを善人ぶって助けたのではない。彼女は善人(・・)なのだ、断じて偽善などじゃない。

 

 

 

  アルスがジャンヌに魔術を教えてもらったのは、別に魔術が好きになったとか、そんな理由じゃない。

 

 ただ、足掻こうと思ったのだ。親は殺された。でも、自分が生きている限り最悪ではない。ならば、最悪にならないために……殺されないために力を欲しただけだ。

 

 そして、1人でいい……1人でいいから、大切な人を見つける。アルスはジャンヌという女性のように、全ての人を平等に愛するなんて無理だと思う。

 

 だから、1人でいいのだ。そう、《魔煌刃将》アール=カーンのように……

 

 その大切な人を見つけるための1歩が『従者選定の儀』の景品である、王女の従者という立ち位置だ。まずは、王女がどのような人物か知ってアルスが忠義を捧げるに足る相手かどうか調べる。足りないのであれば、従者という位置から退いて別の人物を探すだけだ。

 

 だが、今のアルスではその立ち位置にすら到達できない。

 

 魔術は【ショック・ボルト】とは名ばかりの最弱の電撃だけ、剣は結構出来るつもりだが、少し離れた位置で開始される可能性も考えるなら魔術を修めておいて損はないし、もしかしたら私物の持ち込みは禁止かもしれない。アルスは最初、『従者選定の儀』に興味がなかったため、全く内容を知らないのだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 そこからは、泊まり込みでジャンヌに魔術を教えてもらった。 

 

「このルーン語は~~~(略)~~~この魔術は~~~(略)~~~───というわけなんです」

 

「…………………」

 

 ジャンヌの教え方は早いが質は高い。

 

 そんな中、ジャンヌはこう言った。

 

「はっきり言いましょう。君には才能がない、ですがそれは汎用魔術という幅広い一点に限っての話です。君は魔術特性(パーソナリティー)のせいで、汎用魔術が使えないのですから、君は汎用魔術よりも固有魔術(オリジナル)を作った方がいいと思います」

 

「……使えるのに……」

 

「……あんな、弱い電気では護身用にもなりませんよ……」

 

 アルスの【ショック・ボルト】をジャンヌが被検体となり護身用として役立つかやってみたのだが……結果は痛くも痒くもなかった。受けたというより、服や皮膚に電気が伝わってる感じすらない。触れただけで【ショック・ボルト】は終わり、痺れることもなく消えたのだ。

 

「と、いうわけで……これから貴方は固有魔術(オリジナル)を作ることに集中してください。必要なことは私に聞いてくださいね、私が必要ではないと思ったことは答えませんのであしからず」

 

「……って、固有魔術(オリジナル)が俺なんかに作れるわけないだろう!?まだ、魔術を習い始めて1ヶ月だぞ!?」

 

「…………………」

 

「……まじかよ……」

 

「マジです」

 

「それ絶対、必要のない言葉ですよね!?」

 

「…………………」

 

 こうして、魔術を教えてもらい始めた初日に固有魔術(オリジナル)を作ることが決定した。

 

 『従者選定の儀』まで、残り6日。

 

 

 ◆

 

 

「……ここは、このルーン語で……この陣の構築の仕方じゃああなっちゃうから……」

 

アルスはジャンヌに割り当てられた部屋で魔術書や魔術の論文を交互に見合いながら、固有魔術(オリジナル)の法陣を作成するのであった……

 

 

 ◆

 

 

 そして、『従者選定の儀』当日の早朝。

 

 アルスが未だ未完成な固有魔術(オリジナル)を作成していると……

 

「やめてくださいッ!」

 

 ジャンヌの叫び声が聞こえた。

 

 行ってみれば、2人の魔術師がジャンヌの手をぐいぐいと引っ張っていた。

 

「そりゃ、俺達だってさ本当はどうでもいいんだよ?でも、上層部がうるさくてさぁ」

 

「そうそう、貴族達の奴隷にちょうどいい人物を探さないといけなくてな……ま、恨むなら俺達じゃなくて、貴族達を恨んでくれ」

 

 そして、彼らはジャンヌを連れて行った。どうやら、貴族の女遊びにジャンヌを使うつもりのようだ。

 

 アルスは、2人の魔術師に気付かれないように尾行した。

 

 だが、その魔術師達は気が変わったのか……

 

「……なあ、この女……俺達のにしねえか?」

 

「……確かに良い身体だが……」

 

「もう1人捕れば問題ねえって!こんな上玉、食わねえと勿体ねえよ!」

 

「……それもそうだな……」

 

 路地裏の同時に2人くらいしか通れないような狭い道で魔術師達は言い始めた。

 

 そうして、ジャンヌの両手をロープで縛ったまま壁を背にして立たせる。

 

「……くっ……」

 

「……ッ!やめろぉおおおおおおおお───ッ!」

 

 ジャンヌの胸を触ろうとした魔術師をアルスが突き飛ばす。

 

「うおっ!?」

 

 1人の魔術師は地面に身体を少し打ち付けただけで、大したダメージになっていない。

 

「このガキッ!」

 

 そう言って、もう1人の魔術師がアルスの顔面を手の甲で吹き飛ばす。

 

「───っ!」

 

 アルスはすぐに立ち上がるが、2人の魔術師の内1人は左手を構えて、もう1人はジャンヌに執着している。

 

 この状況(・・・・)なら勝てる可能性がある。1vs1のこの状況なら……未完成な固有魔術(オリジナル)でも勝つことが可能だ。

 

「……ふぅ……」

 

 深く、深く空気を吐く。吸っては吐く。この繰り返しだ。

 

 アルスはマナ・バイオリズムを整えている。この状況下で失敗など許されない。成功すれば、ジャンヌもアルスも戻れる。失敗すれば、アルスは死にジャンヌは凌辱の限りを尽くされるだろう。

 

 ならば、やるしかあるまい。

 

「……投影開始(トレース・オン)ッ!」

 

 その瞬間、アルスの両手が青く光った。

 

 光り、輝き、最高点に達したその瞬間……アルスの両手に握られていたのは、刀身がない剣の柄(・・・・・・・・)柄のない刀身(・・・・・・)だった。

 

「……な、なんだそりゃ?」

 

 アルスと対峙している魔術師が口に出す。

 

 それが当たり前の反応だ。そう……アルスはこの瞬間(・・・・)を狙ったのだ。

 

 誰だって自分の予想外の反応をされたら自身の初動が遅れる。

 

 アルスは、柄と刀身を合わせる。普通なら、こんな行為をしたところでくっつくわけがない。それが、普通の剣(・・・・)ならば……

 

 アルスの投影した剣は魔力を内に内包している。つまり、魔力を弄ればどうとでもなるのだ。

 

 事実、アルスの2つに分かれていた剣は1つになっている。

 

「なっ!?く、くそ!《猛き雷帝よ・極光の───」

 

 【ライトニング・ピアス】を発動しようとした左手を、手首ごと斬った。

 

「う、うわあああああああああああ───ッ!?お、俺の手首がああああああああ───ッ!?」

 

「ひ、ひぃ……」

 

 アルスと対峙していた方の魔術師を放って、ジャンヌに執着し今は怯えている方の魔術師の下へ向かうと。

 

「……その人を連れて去れ」

 

「は、はぃいいいいいいいいいいい───っ!」

 

 そう言って、路地裏から去った。

 

「……大丈夫かい?」

 

「……助けてくれて、ありがとうございます。それよりも……さっきのは、固有魔術(オリジナル)ですか?」

 

「うん。これが───固有魔術(オリジナル)【無限の剣製】。俺の、俺だけの秘儀───無力な俺が、『最悪の結末』を辿らないために編み出した───俺だけの秘儀だ。今は、柄と刀身を投影してくっつけなきゃいけないけど───いずれ、剣も槍も……全ての道具を完璧に複製・投影してみせる!」

 

 覚悟を決め、確たる決意を持とうとしているアルスを見てジャンヌは微笑み口を開く。

 

「アルス君……気付いていますか?」

 

「…………?」

 

「今の貴方は、とても……とても格好いいんですよ?」

 

「───っ!」

 

「貴方が何を目指してこれを作ったのかは聞きません……ですが、今、この瞬間だけは……貴方は紛れもなく英雄(・・)ですっ!」

 

 そう言って、ジャンヌは自分より小さい少年の胸を使って泣き始めた。

 

 ジャンヌも怖かったのだ。女としての尊厳を踏みにじられそうになった、そんなジャンヌを守ってくれたのは……かつて、自分が助けた───英雄(少年)だった。

 

 アルスは気付いていた。あの魔術師達の顔は見たことがあるのだ。

 

 彼らはアゼルの忠実なる駒だ。そして、これはアゼルの命令でもあった。

 

 アゼルはアルスの格闘術を警戒し、部下を使って『従者選定の儀』を不参加とさせたかったのだ。

 

 そして、アルスとジャンヌは別れた。

 

 アルスはあと一時間ほどで始まる『従者選定の儀』の会場である宮殿へと急いだ。

 

 

 集合5分前にアルスは到着した。

 

「来たのですね」

 

 アリシアは嬉しそうに言う。

 

「……エントリーはしているので……」

 

 アルスはぶっきらぼうに答えて、対戦相手を見る。

 

 従者選定の儀───それは、王女の身を守るのに誰が一番相応しいかを決める儀式だ。殺傷及び、障害の残るような軍用魔術は禁止。武器の持ち込みも不可。格闘術はあり。そして、今回のエントリー人数は8名なので、3回勝てば王女の従者という名誉を得る。

 

 1回戦、2回戦は固有魔術を見せずに格闘術だけでなんとかなった。

 

 へっぽこな【ショック・ボルト】を起動する。そうすると、相手は対抗呪文を唱える。そのタイミングで格闘術で組み敷いて降参させてきた。

 

 だが、3回戦……決勝だ。相手は魔術の天才だ。

 

 魔術師としてアルスが勝つことなど有り得ない。

 

「始めッ!」

 

 そんなことを思いながら、審判の声で最後の試合が始まった。

 

「《大いなる風よ》」

 

「うわぁ!?」

 

 アルスは、その風を避ける。威力は強いが、範囲があまり広くないので避けるのは難しくない。

 

「《紅蓮の炎陣よ》」

 

 この魔術は範囲が広すぎる、回避は不可能だ。

 

 だが、この魔術は背後から炎の壁が迫る魔術だ。

 

「《幼き雷精よ・汝その紫電の衝撃以て・彼の敵を打ち倒せ》」

 

 アルスは前に全力で走りながら【ショック・ボルト】を唱える。これで、アルスの勝ちパターンに入った。

 

「《霧散せよ》」

 

 そして、相手がマナ・バイオリズムを整える隙にアルスの格闘術が───決まらなかった。

 

「え……?」

 

 アルスは逆に組み敷かれていた。

 

「へへへ、格闘術なら勝てるとでも思ったか?真の従者ってのは、格闘術も魔術も完璧じゅなきゃダメなんだよ」

 

 格闘術においてはアルスより少しだけ上なのだ。

 

 だが、ここで隙を見せれば、それは負けを意味する。

 

 だからこそ、アルスは笑いながら。

 

「紅蓮の炎陣よ」

 

 詠唱ではなく、ただ言っただけだが対戦相手は警戒して下がった。

 

「……ハッタリか……」

 

 そう、この場の誰も知らない。アルスが使える汎用魔術は【ショック・ボルト】のみだ。

 

「……《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスは固有魔術(オリジナル)を使った。

 

「「「!?」」」

 

 流石の大人達も驚く。

 

 そんなことも知らずに、アルスは剣をくっつける。

 

「……なぁ、エリート様。アンタは魔術師としてはすげえよ、俺じゃ一生かかっても勝てない。だがな、本当に守るべきものの戦いってのは誇りも矜持も影響を与えない」

 

「っ!?」

 

 アルスはいつの間にか、対戦相手の目の前に剣を突きつけていた。

 

「お前は誇りと矜持が影響を与えてる。要は、本気で従者目指してるんだったら……向いてないよ」

 

 そう言って、アルスは対戦相手の少年の首を柄で打って気絶させた。

 

「……此度の『従者選定の儀』……エルミアナ王女の従者に選ばれたのはアルス=フィデスである」

 

 決勝で勝った者は、それまでとは違う勝利宣告を受ける。

 

「異議ありッ!」

 

 この雰囲気で終わろうとしたのだが……止めたのはアゼル=ル=イグナイトだった。

 

「貴様ッ!あれは固有魔術(オリジナル)だろう!?この試合では、汎用魔術以外の使用は禁止だ!」

 

 アゼルの主張に賛同する者もいる。

 

 だが、1人の聖女(ジャンヌ)によって開かれた道を手放す程アルスは愚か者ではない。

 

「汎用魔術だけ?違うだろう。そんなルールはなかった」

 

「そんなはずが……」

 

 アルスの発言で全員が気付いた。

 

「ルールは殺傷及び、障害を負わせるような軍用魔術の使用禁止。武器の持ち込みは不可。格闘術はあり。それだけだったはずだ……汎用魔術だけという文言がこのルールの中に1度でも入っていますか?」

 

 そう。誰もがルールを勝手に認識改変していたのだ。軍用魔術の禁止=汎用魔術のみではない。

 

 だが、言い分はある。こんな若さで固有魔術を会得するなど思うはずがないのだ。

 

「だが、それは武器で……」

 

 結局、アゼルは王女の従者に自分の操り人形を送り込むことで帝国を裏から操ろうとしていたのだ。

 

「持ち込んでなどいない。これは魔術によって作ったものだからセーフだ……でしょう?陛下」

 

「……そうですね。固有魔術の禁止というルールもない以上、アルスの勝ちは揺るがないでしょう」

 

 こうして、アルスはルミアの従者となったのだ。

 

 次の日から、自身の才能という大きな壁にぶち当たることを知らずに……

 

 

 ◆

 

 

「───と、いうわけで結構大切なものなんだ」

 

「私、ジャンヌさんのこと最近聞いたよ」

 

「……え?」

 

「確か、新聞に……」

 

 ルミアはそう言って、新聞を見始める。

 

「……あ、あった!」

 

 ルミアはアルスにも見えるように机の上に置く。

 

 そこに書いてあったのは、帝国でもこれ以上ないくらいに評価の高い孤児院の院長の名前がジャンヌということだ。

 

 年齢は28歳で、フェジテとイテリアの両方に孤児院を建設するという快挙を成し遂げた。

 

 そして、こうも書いてある。

 

『”今回の大きな勝利を、あの時の小さくて優しい英雄(・・)君に捧げます』

 

 孤児院とは1つでも経営が難しいのに、2つも経営して大丈夫だろうかという問題はあるだろうが、アルスは心配しない。

 

 あのジャンヌのことだ。全てを上手くやる……アルスはそう信じてる。

 

「……アルス君、私じゃなくて他の人のこと考えてるー!」

 

「あ、え……え?痛いっ!ちょ!抓らないで!痛い痛い痛い痛い!ちょ、本当にごめんって、謝るから許してぇー!」

 

 結局はルミアが嫉妬して、アルスが抓られるという普通の日常であった……




みなさん、思ったでしょう。なぜジャンヌを出したのか……答えは簡単です……私が好きだから!(殴

 はい。固有魔術作成のときだけしか出ないんで、まぁいいかなぁ……と……

 アゼルとアルスの仲が悪いのはこういうことです。アルス君の固有魔術を作るきっかけはアゼルというより、魔術師全員ですね。

 今話、11907文字。1万文字超えたよ!超えちゃったよ!


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少年と少女の赤魔晶石

 お願い、お願い!もう少し、もう少しだけルミア成分補給させて下さい……イヴは次書くから!

 時間軸は禁忌教典を世界の裏側に持って行って少しした後くらいです。


 魔術学院の錬金術実験室で、教壇に立ったグレンは高々と宣言した。

 

「今日の錬金術実験は錬金釜は使わん!古典的な分解再結晶法でやる!」

 

「「「えええ───っ!?」」」

 

「またいきなり、突拍子もないことを言い出すんだから……」

 

「……面倒な方法をとるのか……」

 

「あ!アルス!お前、今面倒っつったな?お前な錬金釜でやっても同じくらいの時間が掛かるんだぞ!」

 

「……《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスが呪文を唱えると、掌が青く光り少しすると結構大きめな赤魔晶石が握られていた。

 

「お前の特性だからできるだけじゃねえか!?」

 

「手っ取り早い、実に効率的だ」

 

「……お前、そんなキャラだっけ……?」

 

「……ギイブル君の真似」

 

「アルス、後で覚えておけよ……先生の気まぐれにはもう突っ込みませんけど、確か分解再結晶法で赤魔晶石を錬成するなら結合促進触媒が必要で、そんなの授業時間で調合する暇は───」

 

 すると、ギイブルの声を遮ってどんっ!と、グレンが教卓に叩きつけるように金属製の箱を置いた。

 

「心配するな、ぬかりはない。触媒なら全員分、すでに用意してあるぜ?」

 

「えっ!?ど、どうやって……?」

 

「ふっ!実は俺の知人に、この手の試薬の調合に詳しいやつがいてな!この授業に間に合うように、そいつに作らせておいたのだ!ま、これが俺の人徳の為せる業というやつか……」

 

「……先生、クマできてますよ」

 

「やかましい、単位落とすぞ」

 

「すいません」

 

「つーわけで、だ。本日の錬金術実験は分解再結晶法による赤魔晶石の錬成に大決定。逆らうやつは単位落としてやる」

 

「なんて横暴な……」

 

「ねえ、ルミア。赤魔晶石ってなに?それは美味しいの?」

 

「リィエル、赤魔晶石はね~~~(略)~~~───なんだよ」

 

「…………?」

 

「……り、リィエルはグレン先生に聞こうね」

 

 流石のルミアも無理らしい。

 

 すると───

 

「わ、私は断固反対ですわっ!」

 

 わなわなと肩を震わせながら、立ち上がる生徒がいた。

 

 ウェンディである。

 

「分解再結晶法などという、魔術師でない人間でもできる古臭い手法、真の魔術師を目指す私達がやるべきことでは断じてありませんわ!」

 

「君は手先が不器用だから、実際に手で器具や試薬を扱う実験法が嫌いなだけじゃないのかい?」

 

「お黙りなさい!ギイブル!」

 

「……ギイブル君、それ言っちゃダメなやつ……」

 

 ウェンディはギイブルの皮肉を遮り、アルスはボソッと言う。

 

「と、とにかく、錬金釜を使用した呪文制御の錬成法の実戦を要求しますわ!この手法こそ、真の魔術師に相応しい華麗なる錬成法ですわ!」

 

「ふむ、真の魔術師……ね」

 

 グレンはウェンディの言葉に頷いて。

 

「よし、分かった。そこまで言うなら錬金釜を使うか」

 

 あっさり折れた。

 

「……ただし!錬成するのは赤魔晶石じゃない。紫炎晶石だ」

 

「……えっ!?」

 

 ウェンディの表情が強張る。

 

「赤魔晶石ではなくて……紫炎晶石ですって……?そ、そんなの無理ですわ!紫炎晶石を錬成する手法はまだ習っていませんし、それを錬成する錬金釜の使い方もまだ調べてませんわ!急に紫炎晶石の錬成をやれと言われてもできるわけが───」

 

 すると、グレンはチョークで黒板に赤魔晶石と紫炎晶石の配列構造式を書いた。

 

「上が赤魔晶石、下が紫炎晶石の配列構造式だ。見ろ、赤魔晶石と紫炎晶石の構造はほぼ一緒、火素(フラメア)水素(アクエス)の値がほんの少し違うだけだ。こんなにそっくりなものを、君は作れないというのかね?ん?ウェンディ君?」

 

「そ、それは……」

 

「配列構造式と錬成式を理解している魔術師が錬金釜を使えば、大体どんなものでも自由自在に錬成できるもんだ。なのに赤魔晶石は錬成できて、紫炎晶石が錬成できないってのは、根源素(オリジン)配列変換の錬成式を根本的に理解できてない証拠だ。上っ面の知識で習った物質しか錬成できないのが、お前にとっての真の魔術師なのか?」

 

「うぅ……」

 

 ウェンディは悔しそうに俯く。

 

「つーわけで、今日は分解再結晶法をやる。錬成式を理解するにはこの、この古臭くて、どろ臭くて、面倒臭い手法が1番だからな」

 

 グレンはにやりと笑って、実験室の隅に設えられた素材倉庫へと、生徒達の席の間を縫って歩いていく。

 

「まぁ騙されたと思ってやってみろ。それにお前ら、結構驚くことになると思うぞ?なにしろ、この手法で作られた赤魔晶石は天然物と違って───」

 

 そして、素材倉庫にたどり着いたグレンは扉を開けて───硬直した。

 

「…………………」

 

 分解再結晶法による赤魔晶石の錬成は、輝石と呼ばれる水晶質の功績を主材料とするのだが……

 

「輝石が……在庫切れ、だと……?」

 

「うわ、見事に輝石なくなっちゃってますね……」

 

 グレンの背中ごしに倉庫を覗き込んで呻く。

 

「だぁああああああああああ!?ド畜生!輝石なんて錬金術のド基礎素材の1つだろ!?消耗品の補充くらいやっとけっつーの!?」

 

「あの……先生?どうしますか?」

 

 ルミアがグレンに声をかけるが、グレンは脂汗を滝のように流すだけで何も答えない。

 

「あらあら困りましたわね?先生」

 

 ウェンディが勝ち誇ったかのように、グレンへ言葉を投げつける。

 

「輝石が在庫切れなら、もう仕方ないですわね。ここは大人しく当初の予定通り、錬金釜を使って魔鉱石からの錬成を……」

 

「アルス!」

 

「……え、何ですか……?」

 

 グレンに名前を呼ばれ、めちゃくちゃ不安になり後ろに下がりながら返事をするアルス。

 

「輝石は視たことあるな!?あるよなぁ!?」

 

「……あり、ます……けど……」

 

「複製しろ」

 

「犯罪じゃないっすか!?」

 

「今まで剣を何本も複製しておいて犯罪もクソもねえだろ!?」

 

「……あ」

 

「『あ』って、気付いてなかったのかよ!?」

 

「……はい」

 

「まあいいや、複製しろ40人分だ」

 

 それを聞いたアルスがにやりと笑った。

 

「あー、40人分は流石に辛いなあ……何かご褒美がないかな~?ねえ先生、ご褒美があったらやる気でるんですけどね~」

 

「ただでさえ寂しい俺の懐を更に寂しくするとか……お前は鬼か!?」

 

「あ~今日はマナが乱れてるな~」

 

「複製してください、この憐れでゴミクズな俺でも今日の昼ごはんくらいなら差し上げれますから!」

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスはたった1節で40個の輝石を全部複製した。

 

 その複製された輝石をクラス全員に渡す。

 

「輝石と触媒はクラス全員に行き渡ったな?なら、作業開始だ!まずは教えた通り、なるべく輝石を細かく砕いて、乳鉢ですり潰せ」

 

 その後は、グレンの指示の下、実験は順調に進んだ。

 

 輝石を細かく砕き、特殊な魔術溶液(アルカヘスト)に溶かし、ガラスフラスコに詰める。火炉にかけて加熱したり、氷嚢で冷やしたりしながら、様々な試薬を咥えていき、ろ過作業を何度も繰り返しながら、不純物を取り除きつつ、構造配列を操作していく……

 

「はーい、注目。今、ルビース液をフラスコの中に一滴落としたな?するとすぐに色が赤に変化したと思う」

 

 グレンが錬金実験室前方に据えられている黒板にチョークを走らせる。

 

「つまり今起きた反応で、ここがこうなって……この部分の霊素(エテリオ)2つが抜けて……その代わりに土素(ソイレ)気素(エアル)がこの順番で入る───と」

 

 数字と記号と式がびっしりと羅列された黒板に、新たな記号を書き足し、その演算結果をしたの烈に新たに書き表していく。

 

「とまぁ、今、こういう配列変換が起こったわけだ。その証拠に、この構造配列式のこの部分に注目しろ。この根源素(オリジン)の並び、見覚えがあるだろう?そうだ、ルビーの構造配列の並びだ。だから、赤色に変色したんだ」

 

「な、なるほど……」

 

 生徒達は感心したように、グレンの解説に耳を傾けている。

 

 この手法は、錬金釜による高速錬成では説明できないことに皆が気付き始めたのだ。

 

「しかし、この配列だとまだまだ赤魔晶石の配列には遠いな?よって、これをさらに赤魔晶石の根源素(オリジン)配列に近づけるために、紅鉛鉱を微小量加えていくぞ?ちなみにこの紅鉛鉱の天秤秤量はマジで真剣にやれよ?少しでも量が違えば台無しになるからな?」

 

 そうして、グレンは生徒達の実験の様子を見て回りに行くのであった。

 

 

「面白いね、システィ」

 

 ルミアが隣のシスティーナに声をかける。

 

「難しい手順がいっぱいあったけど、なんか1つ1つ、自分で赤魔晶石を作ってるんだって気分になるね?」

 

「うん……そうね」

 

 システィーナは少し待ってから続ける。

 

「この溶液がどうやって、あんな結晶体になるのか不思議だけど……確かにルミアの言う通りだわ」

 

 左右に揺れる針の落ち着きを確認し、システィーナが続ける。

 

「それに錬成の理屈も凄くよく分かるわ。だから3つ目の手順で加えた純水素晶のパウダーを抜けば、紫炎晶石になることも今なら分かる」

 

「……うん……うん?」

 

 ルミアはシスティーナとは逆側の隣にいるアルスに目を向けて困惑した。

 

 この少年、寝ているのである。

 

 システィーナもルミア越しに見るが、見事なまでに寝ていた。

 

 何が言いたいのかと言うと、アルスは先に作り終わって暇だったから寝ているのだ。

 

「アルス君、起きて」

 

 ルミアが肩をとんとんと叩いて名前を呼ぶ。

 

「……ん?……寝ちゃってたか」

 

「大丈夫?」

 

 ルミアは心配そうに聞く。

 

「ああ、うん。大丈夫だよ……それで?今、どこまでやったの?」

 

「今、やっとアンタに追いついたのよ」

 

 ルミアに聞いたのだが、返事をしたのはシスティーナだった。

 

「ああ、そうなんだ」

 

「ええ。でも、貴方どこでこのやり方を習ったの?最近じゃ、錬金釜の方が使われてるはずだけど……」

 

「僕の固有魔術は錬金術に近いから、ほとんどんの錬金術は王宮でやらされたよ……違法に近いものも……」

 

 最後の言葉はボソッと付け加える。

 

「今、さらっと爆弾発言が聞こえたんだけど!?」

 

 システィーナには聞こえたらしい。

 

「まあ、冗談はさておいて」

 

「本当に冗談よね!?ね!?そうだって言ってよ!?」

 

「……そうだよ(便乗)」

 

「今の間はなに!?」

 

「いや、それよりもグレン先生の指示があるみたいだよ?」

 

 アルスがそう言うと、システィーナの視線は教壇に立つグレンへと向かった。

 

「さて、大分、工程も進んだな。次は配列系中にマナを含ませる工程だ」

 

「うわー、来たー」

 

「俺、この作業苦手なんだよなー」

 

「まあ、お前らも使い方は知ってるだろうが、おさらいするぞ?その注射器を聖水で清めてから、注射器で自分の血をちょこっと抜け。そして、ろ過器の上に注射器を差し込んで、血をろ過器の中に注入。そうすれば、生体マナを豊富に含んだ透明な血清水が、下の受け皿に落ちてくる……とまあ、こういうお馴染みの手順だ」

 

 今さら説明されるまでもないと、生徒達が渋い顔をする。

 

「精製したこの血清水を、さっきまで作っていた溶液の中に、少しずつ落としていけばいい。この時に、錬成式には何が起こるかは後で説明する。じゃ、作業を───」

 

 グレンが作業開始を促す言葉を生徒達に投げかけたその時だった。

 

「嫌ですわ」

 

 ウェンディが拒否したのだ。

 

「そんな工程、お断りしますわ」

 

「は……?」

 

「どうして、私のこの高貴な玉肌にそのような傷をつけるような真似をしなければいけないんですの?」

 

 そんなウェンディを見かねたシスティーナが注意しようとするが。

 

「じゃあ、僕の血でいいよね?」

 

 システィーナとウェンディの間に入って、血の入った注射器を渡す。

 

「え……?」

 

「注射器を刺すのが嫌なんでしょ?なら、これで解決」

 

 そう言って、自分の席について自分の分の血を注射器で取り出していた。

 

 アルスがこんなことをやった理由もルミアである。

 

 きっと、アルスがやらなければクマが酷いグレンがやって、生徒達もウェンディに便乗する。そして、グレンは貧血と寝不足によって倒れてルミアが心配するだろうからアルスは自分の血で済ませたのだ。

 

 何事もルミアによって決まる、これがアルスのスタンスだ。まあ、散々ルミアに迷惑と心配をかけたアルスが思っていいことではないのかもしれないが。

 

 これで後はグレンの指示通りにやっていけば終わりと思っていると……

 

「その……ごめんなさい……私の分も……やってくれないかな……?」

 

「……え?」

 

 見れば、リンはマスクをしており、時折辛そうに咳をしていた。どうやら風を引いていたらしい。

 

「……ダメ……かな……?」

 

「……構わないよ」

 

 そう言って、アルスはリンの分の血清水を作る。

 

 それからグレンの指示の下、工程は着々と進んでいった。

 

「……ここまでの工程でようやく赤魔晶石の構造配列が達成できたわけだ。ここまで理解できていれば、その他の第七火素(フラメア)系列の晶石は大体、自由自在に錬金釜で錬成できるはずだ」

 

 1区切りの作業を終えて、安堵の息をつく生徒達の前でグレンの解説が展開される。

 

「ま、それはさておき、後は不可逆的な結晶化が起きる……要は『結晶が育つ』のを待つだけだ」

 

 もうすぐ実験終了ということで、生徒達の間に弛緩した空気が流れ始めた。

 

「おおっと、油断するなよ?結晶が育ち切るまでが錬金術だ。この段階では急激な温度の変化や湿度変化、衝撃・振動が大敵だ。机を揺らさないように全員静かにするようにな」

 

 その後は、特に問題もなく無事に終わった。 

 

 そして───

 

「うわぁーッ!?すっげぇ!?」

 

「これ、本当に赤魔晶石かよッ!?」

 

 ガラス円筒内に自然発生した赤魔晶石の姿に、生徒達の驚きと喜びの声が上がった。

 

「大きい……赤魔晶石ってこんなに大きく育つものなんだ……」

 

「……確かに驚いたね。これほどのサイズのものは天然物にも滅多にない」

 

「それになんて綺麗な結晶なの……鮮やかな深紅に透き通ってて……」

 

「天然物と違って、不純物ゼロだからな……この美しさも頷けるなあ」

 

 錬成完了した赤魔晶石を手に取り、光源にさらして透かし見たり、生徒達は、その予想以上の成果に大騒ぎだ。

 

「うわぁ……本当に綺麗……」

 

 システィーナはクラスで2番目(・・・)に大きい自分の赤魔晶石に目を輝かせている。

 

「……うん、そうだね」

 

 ルミアはあまり大きくない赤魔晶石に少し残念がりながら、システィーナの意見に賛同する。

 

 アルスはルミアの残念そうな顔を見て。

 

「ねえ、ルミア」

 

「なに?」

 

「せっかく作ったんだし、交換しない?」

 

「え……で、でも私が作ったのは小さいよ?」

 

「大きさなんて気にしないよ。ルミアが作ったっていうことが大切なんだ」

 

「アルス君……」

 

「だから、ね?」

 

 アルスはクラスで1番大きい赤魔晶石をルミアへ差し出す。

 

「……ありがとうっ!」

 

 そう言って、ルミアはアルスに抱き着いてきた。

 

「ちょ!?ここ皆いるから!?」

 

 アルスはルミアに抱きつかれ慌てて離すが。

 

「アルスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ───ッ!?」

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア───ッ!?」

 

 男子と女子でほぼ反対の反応をしている。

 

 ルミアとアルスの交際が学院中に知れ渡った瞬間だった。




 ああ~ルミア様かわええんじゃあ~


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授業参観

 イヴ編は少し待って下さい。今大体4000文字ほど書いているのですが、イヴのキャラが摑み切れず、オチがつけれていないのでもう少しだけ待ってください。

 この話は、イヴ編を考えながら書いているため、ほぼ行き当たりばったりで書きます。(現在進行形)

 この前書きを書いているのは4648文字のときです。


 放課後、アルザーノ帝国魔術学院2年次生2組の教室にて。

 

「───てなわけで明日の午後は、以前から通達していたとおり、お前らの親御さん達を招いての授業参観だ」

 

 グレンのやる気なさげな宣言に、クラス中の生徒達(主に男子)から、うぇええええっと、声が上がった。

 

「そう嫌そうな顔すんなよ、俺だって嫌なんだから……あ、先に言っておくが、俺、明日、熱出して休むかも……今朝からなんだか体調がどうにもおかしくてなぁ……」

 

「き、汚ぇ───ッ!?」

 

「なんて教師だ……」

 

「つーか、先生が休んでどうすんだよ!?」

 

 もう放課後のホームルームという雰囲気ではなく、授業参観を歓迎しない一部生徒達(教師含む)の不満ぶちまけ大会と化した教室の一角にて。

 

「はぁ~~」

 

「どうしたの?システィ。具合でも悪いの?」

 

 ため息を吐くシスティーナに、ルミアが心配そうに声をかける。

 

「ううん。そうじゃなくて……その……私達には関係のない話だなぁって……授業参観」

 

 システィーナは、少し寂し気な笑みを浮かべながらルミアに応じた。

 

「ほら、うちの両親って魔導省の高級官僚じゃない?仕事の関係で帝都とフェジテを行ったり来たり……最近、ほとんど家にいないじゃない?」

 

「そうだね……お義父(とお)様とお義母(かあ)様はとても忙しい方だから」

 

「明日も当然のように留守だし……だから授業参観なんて、私達に関係のない話だなぁって……ね」

 

「やっぱり、寂しい?」

 

「うーん、なんだろう?寂しい……っていうのかな……」

 

 システィーナが曖昧に笑う。

 

「確かに、お父様とお母様が学院にやって来るのは気恥ずかしいし……でも私達が普段、何をやってるのか、まったく見てもらえないっていうのも……うーん、複雑な気分」

 

「あはは、そうかも」

 

 つられてルミアも苦笑いである。

 

「ま、ある意味、これで良かったのかもね」

 

 システィーナは明るく言って、黒板前の壇上に目を向ける。

 

「大体、なんで俺がお前らに授業をやってるとこを親御さん達にみせなきゃならねーんだ!?それじゃまるで俺が教師みたいじゃねーかッ!?」

 

「「「教師だろ!?」」」

 

 そこではグレンが、女子生徒達のドン引きの視線を集めながら、男子生徒達を相手に喧々囂々騒いでいる。

 

 すると、システィーナの目つきはたちまちジト目になっていった。

 

「いや……お父様って人間としても魔術師としても厳格な人でしょ?もし先生を見たら……きっと、クビにしろって大騒ぎよ?」

 

「うぅ……そうかも……」

 

 ルミアは、義理の父の人柄を思い浮かべながら同意していた。

 

「え!?システィーナさんのお父さんって厳格な人だったの!?」

 

「なんでそこを疑われるの!?」

 

「なんかレナードさんって、娘を愛しすぎていつも暴走してるイメージがあるからさ……厳格な人として見るのは、僕には無理っていうか……」

 

「……て、的確過ぎて何も言い返せない……」

 

「あ、あははは……」

 

 アルスの案外的を射た発言にシスティーナは反論できず、ルミアは苦笑い。

 

「でも、人としては終わっているとしても魔術師としては厳格な人なのよ」

 

「人として終わってるとか言ってないよ!?」

 

「魔術師としては立派で、厳格な人なの!『魔術師』としては!」

 

「魔術師を強調しなくていいよ!」

 

「フィーベル家じゃ元々ここ一帯地主で、多くの土地を魔術学院の敷地として貸し出しているから……学院内においては相当の発言権があるわけで、いくら人として終わっていてもお父様がその気になれば……」

 

「本当に先生をクビにできちゃうかもね……それは嫌だなぁ……」

 

 ルミアが困ったような表情で呻く。

 

「でしょ?だから、お父様とお母様が仕事で授業参観に来れないのは、ある意味良かったのよ」

 

 自分を納得させるように、システィーナは言った。

 

「べ、別に、私は先生がどうなろうと構わないんだけど……その……ルミアは先生のこと気に入ってるから、クビにされるのは嫌だろうし……そ、それに先生って普段はアレだけど教え方は凄く上手だから、もうちょっと師事していたいっていうか……その……別に他意はないんだけど」

 

 誰に聞かれたわけでもないのに、頬を赤らめながら、そんなことをしどろもに言うシスティーナ。

 

 そんな親友を前に、ルミアは汗を滝のように流しているアルスに視線を向ける。

 

 どう見ても、尋常じゃない汗にルミアは慌てる。

 

「あ、アルス君!?ど、どうしたの!?」

 

「……やばい」

 

「やばい……?」

 

「システィーナさんのお父さん……あの人と5年前に会って結構な無理を言ったから、結構やばい……」

 

「……え?」

 

「公衆の面前で土下座して、レドルフさんと話をさせてもらったんだ……根に持ってても無理はない……と思う」

 

 アルスの言葉に2組の生徒全員が凍る。

 

 システィーナ曰く、魔術師としては立派で厳格な人らしいのでアルスということがバレてしまったその時点でグレンより先に退学が決定してしまうかもしれない。

 

「……ルミア……ごめん、明日、休むわ……」

 

「ま、まだお義父様達が来るって決まったわけじゃ……」

 

「決まってるんだよ……」

 

「え……?」

 

「今、フィーベル邸を視てみたら!君の両親がいるんだよ!」

 

「……うそ……」

 

「……これって、本当にマズイ状況じゃ……」

 

 システィーナは、グレンのクビを思い。

 

 ルミアは、アルスの退学を心配している。

 

「……というわけで、僕明日休みます……」

 

「は?ダメに決まってんだろ?」

 

 グレンがアルスにそう言った。

 

「は?」

 

「いや、お前が休んだら誰が俺の代わりに授業すんの?」

 

「なんで、自分でやらないの?」

 

「は?なんで俺がやらなきゃいけないの?」

 

「教師でしょ?」

 

「違うよ?」

 

「なんで、アンタ達は疑問形で会話してるの?」

 

「「してないよ?」」

 

「ああもう!本当に仲がよろしいことで!!!」

 

「まあ冗談は置いといて、明日の授業参観は欠席させねえからな。休んだら俺が力づくで連れてくるから、そこんとこ覚えとけよ」

 

「……うそーん……」

 

 

 ◆

 

 

 システィーナとルミア、リィエルがフィーベル邸へ帰ると、そこにはシスティーナの父親であるレナード=フィーベルと母親のフィリアナ=フィーベルがいた。

 

「……お父様達が明日の授業参観に来るのね……」

 

 アルスから事前に情報を受け取っていたシスティーナは驚かない。

 

「ふふっ、実はね、この人ったら貴女達3人の授業参観に行くため、強引に休暇を取っちゃったのよ」

 

「先日、学院側から授業参観についての通達を受け、お前達の活躍を見られるかもしれないと思うと、いても立ってもいられなくなってしまってな……魔術競技祭のときは重要な仕事があって行けなかったし……だからつい、やってしまったよ、はっはっは!」

 

「つ、つい、やっちゃったって……」

 

 レナードは国政の重要機関を支える高級官僚なわけで、つまりレナードがいないと回らないことがあるわけで……

 

「いやー、お父さん、明日は張り切ってシスティとルミアとリィエルの雄姿を、この目に焼き尽くしちゃうぞ───ッ!」

 

「え、えーと、その、お父様?楽しみにしてくれているところ、申し訳ないんだけど……」

 

 システィーナがこめかみを押さえながら、進言する。

 

「その……やっぱりお父様もお母様も忙しいでしょう?だから、私達のために、そんな時間を割いてもらわなくても……」

 

「そうですよ、2人が私達のためにわざわざご足労をわずらわせることはないです。私達は大丈夫ですから、どうか2人はお仕事に専念されて……」

 

 システィーナとルミアが、純粋に両親を気遣い、そう言った瞬間だった。

 

「な───」

 

 突然、レナードの表情が奈落の底に突き落とされたかのように絶望しきったものとなって───

 

「どうしようフィリアナぁああああああああああ───ッ!?反抗期が、娘達に反抗期が始まっちゃったぁ───ッ!?もう駄目だ、お仕舞だッ!この国は滅びるぅううううう───」

 

 明日にも世界が終わらんとばかりにレナードが取り乱し始めて───

 

「ふふっ、貴方ったら」

 

 すると、いつの間にかレナードの背後に立っていたフィリアナがレナードを絞め落とし、沈黙させていた。

 

「「…………………」」

 

 フィーベル邸では、割と見慣れたその光景に、今さらながら、あぁ2人とも帰ってきたんだな、と強く実感するシスティーナとルミアであった。

 

 因みに、リィエルは人の話を聞かずにいちごタルトを食べている模様。

 

「貴女達は心配しなくていいわ」

 

 椅子の上でぐったりするレナードを他所に、フィリアナは優しげに言う。

 

「この件に関しては、私が秘書官として正式に申請を脅し通───通してきたから、大丈夫」

 

「今、何か凄く不穏な言いな直し、しなかった!?」

 

「私も貴女達3人が、普段どんな学院生活を送っているのか、見てみたいの……どう?」

 

「だ、駄目じゃない……けど……」

 

「ふふ、よかった。これで、やっと噂のアルス君にお会いできるわ」

 

 フィリアナの口から、その名前が出てきて、システィーナとルミアは椅子から飛び上がりそうな思いだった。

 

「ごほごほっ!?な、なんで、お母様、アルスのこと知ってるの!?」

 

「なぜって……いつも貴女達が私にくれる近況報告の手紙に、毎回のように、学院でお世話になってるアルス君とグレン先生のことが書かれていたじゃない?」

 

「え、えええ───っ!?」

 

 システィーナは慌てて自分の記憶を振り返ってみる。

 

 グレンはともかく、アルスのことなど1度たりとも書いていないはずだ。

 

 ルミアは普通に自分の記憶を思い返す。

 

 ルミアはアルスのことを結構、事細かに書いていた。

 

「特にルミアはアルス君のことだけで羊皮紙を2枚も使っていたし……ふふっ、ルミアは、随分とそのアルス君を気に入っているみたいね?システィのお気に入りのグレン先生は前に会ったことがあるけれど、アルス君はないからどんな人なのか、今から会うのがとても楽しみだわ」

 

「お、お義母様……な、内容はお義父様には……」

 

「大丈夫よ?この人には見せてないから」

 

「ルミアは一体、どんな手紙を書いたの!?」

 

「それよりも……ね、2人とも。ひょっとして、そのアルス君とグレン先生のこと……好きなの?もちろん先生としてじゃなく、1人の男性として」

 

 さらにフィリアナが爆弾を容赦なく投じてきた。

 

「ぶ──────ッ!?ごほっ!?げほごほっ!?お、お、お母様、一体、何、変なこと言って───」

 

「あら?貴女達も、もうお年頃……立派な淑女よ。恋の1つや2つを経験しても、不思議じゃないわ」

 

 対するフィリアナは屈託なく笑う。

 

「それに恋は少女を美しく成長させるわ。久々に会った貴女達がとても綺麗になったいたから、ひょっとしたら……なぁんて、勘ぐっていたのだけれど。本当のところはどうなのかしら?」

 

 頬杖の上のその穏やかな微笑はどこか小悪魔的で、悪戯猫のようだ。

 

「そ、それは秘密です、お義母様。ご、ご想像にお任せしますね?」

 

 ルミアは顔を結構赤くしながら答える。

 

 システィーナは思う。ルミアは最近、アルスに関することにめっぽう弱くなってしまったのだ。

 

 この前も、ウェンディに少しからかわれただけで顔を真っ赤に染めながら逃げて行ったし……

 

「ごごご、誤解ですッ!?わ、私があんなのに、そ、その、こ、恋……とか、ありえないですッ!?」

 

 ルミアのことを考えていると、自分にも同じ質問がされていると思い出したシスティーナが慌てて答える。

 

 もちろん、顔を赤くしながら。

 

 

 その後は、レナードが復活して娘の恋を認めないと宣言して、フィリアナに絞め落とされたり。またレナードが復活して、グレンを見定めると宣言したりと……まぁ色々あった。

 

 

 ◆

 

 

今回の授業参観は座学系の授業を前半に行い、実践系の授業を後半に行うというスケジュールになっている。

 

 まずはその前半。

 

 運動とエネルギーを操る黒魔術の理論を学ぶ『黒魔術学』の授業では、グレンの姿がおかしかった。

 

 いつも雑な頭髪は整髪用の香油でしっかりと撫で整えられ、目元には銀縁の丸眼鏡。ローブはかっちりと着こなし、言葉遣いも立ち振る舞いも丁寧で洗練されていて────まるで若き賢者の風格を漂わせる、グレンのその姿。

 

 そんなグレンの姿に、アルスやルミアを含めた生徒達が笑っている。

 

 前半はセリカが射影機でグレンを撮っていたら、レナードも対抗して射影機を取り出してフィリアナに絞め落とされたり、まあ色々とあった。

 

 今は、後半の授業開始前の休み時間。

 

 フィリアナはルミアのお気に入りのアルスという少年を探していた。

 

 グレンは先生ということもあり、すぐに分かったのだが、アルスは生徒でルミアからは性格や出来事などしか聞いていないため分からないのだ。

 

「う~ん、アルス君がどこにいるのか分からないわね~」

 

「アルスだと……?」

 

「あなた、知ってるの?」

 

「5年前に父上に会いに来た少年の名前がそんな感じだった気が……」

 

「気のせいじゃないかしら?」

 

 

 ◆

 

 

 そして、授業参観後半。

 

「本日は戦闘訓練用のゴーレムを相手に、魔術を使用しての戦闘訓練を行ってみましょう」

 

「先生ー、ゴーレムの戦闘レベル設定は、どのくらいですか?」

 

「そうですね……戦闘レベル1が、一般的な成人男性の平均的な身体能力設定ですから、ゴーレム相手のセント訓練は初めてだということも加味して、今回はレベル2でやってみましょう」

 

「ぇえええええええええええ────っ!?まさかの戦闘レベル2~~ッ!?」

 

「先生、戦闘レベル2と言えば、喧嘩慣れした町のチンピラレベルらしいじゃないですか!」

 

「そうだそうだ!それじゃつまんないです!せめて戦闘レベル3にしてくださいよ!」

 

「……やれやれ」

 

 グレンは辟易したように息を吐く。やっぱりなんだかんだで両親の手前、いい恰好したい生徒もいるらしい。

 

「確かに魔術師とそうでない者の間には歴然とした差があります。しかし、ある程度正式に戦闘訓練を積んだ者とそうでない者の間にも歴然とした差があるのも事実です」

 

 そう語るグレンの表情は、いつになく真剣だ。

 

「戦闘レベル3は帝国軍一般兵の平均と言われています。町の喧嘩慣れしただけのチンピラとは次元が違います。先生の私見ではレベル3でも多分、問題なく対処できる生徒も何人かいますが……」

 

 グレンはシスティーナ、ギイブル、ウェンディ、カッシュらの顔をちらりと流し見る。

 

 因みにリィエルは、授業参観でも苺タルトばかり言いそうだったのでグレンの指示でセリカに預けている。

 

 アルスはできる限り気配を消して、レナード達にバレないようにしている。そのせいで、グレンを含めたクラスの全員がアルスを見つけることができないのだが……

 

「とりあえず、今日はレベル2で『戦闘』そのものを経験してください。相手が魔術師でない一般人だとしても、敵意をもって襲いかかってくる相手がいかに恐ろしくて手強いか……ルールに縛られた魔術戦の『試合』とはまた違った難しさを実感できるでしょう」

 

 このゴーレムには人間が実際に行動不能になる程度の攻撃を受ければ動作が停止するという機能があり、『魔術戦教練』の授業では、よく使われているゴーレムである。

 

 グレンが、戦闘レベル2に設定しているときだった。

 

「こらぁああああ────っ!?ゴーレムを使った戦闘訓練だとぉっ!?それ危なくないのか!?それで万が一、私の可愛いシスティーナとルミアが傷物になったら、貴様、どう責任とってくれるつもりだぁあああッ!?」

 

「ち……まーた、モンペが暴れだしやがった」

 

 外野で再びレナードが騒ぎ始めて、グレンはため息を吐いた。

 

「……う、ごめんなさい、先生」

 

 流石に申し訳なさそうにシスティーナが謝る。

 

「ま、まぁ、仕方ありませんね……それだけ貴女達2人のことが大切なのでしょう。僕はちょっと、保護者の皆様方に説明をしてきます」

 

「あっ、先生。なら私達も行きます」

 

「そうね。私達からも説明した方が、お父様の説得も容易いでしょうね」

 

 ルミアとシスティーナがそう言って、グレンについていく。

 

「助かります。それでは2人とも、よろしく。他の生徒達の皆さんは準備運動を進めていてください。それと一応念を押しておきますが、僕が帰ってくるまで、くれぐれもゴーレムには触らないように!いいですね!」

 

 そして、そう言い残して、グレンは保護者達の方へと向かっていった。

 

 

「私も娘も魔術師だ!怪我をするようなことをさせるなとまでは言わん!だが本当に大丈夫なのか!?もしシスティとルミアに万が一のことがあったら私、泣くぞ!?」

 

「だから大丈夫だって、先生が何度も説明してるじゃない……」

 

「貴方の仰るとおり、レベル3以上にすると今の生徒達にはまだ危険です。ですが、そんなことは僕の教師としての誇りにかけてさせませんから、安心してください」

 

「ねぇ、お義父様。グレン先生は私達に本当に命にかかわるような危険なことを強いるような人じゃないですよ?だから安心して、ね?」

 

「そうよそうよ」

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 レナードが悔しそうに歯噛みしていると────

 

「ルミアッ!」

 

 アルスの切羽詰まった声が聞こえ、保護者達全員がルミア────ではなく、ルミアの背後からもの凄い速さで迫ってくる人型のゴーレムに目を向ける。

 

 グレンは焦る。ゴーレムの速さを見たが、速過ぎる(・・・・)。これはレベル3の動きじゃない。

 

 ルミアのいる位置は、グレンの右にいるシスティーナの更に右だ。

 

 そんなことを考えたせいで、初動が遅れたグレンでは間に合わない。

 

 ルミアはその華奢な腕でゴーレムの腕を受け止めようとするが、ほとんど意味はない。

 

 このゴーレムは確かに人型だが、それでも金属で作られているのだ。金属の腕が猛スピードで振るわれれば、ルミアの華奢な身体では耐えられない。

 

「────ッ!?」

 

 ルミアはゴーレムの腕が振るわれた瞬間、息を飲み。

 

「ルミアッ!」

 

 システィーナは家族であり親友であるルミアを思って、叫び。

 

「馬鹿ヤロォオオオオオオオオオ────ッ!」

 

 グレンは、ルミアの心配よりゴーレムをレベル4にしたカイとロッドに注意?をしていた。

 

「せ、先生ッ!ルミアが!ルミアが!」

 

 ルミアよりもカイやロッドに注意をしたグレンにシスティーナがそう言うが。

 

「ルミアは大丈夫だぞ?俺なんかよりも、適してる奴がいるからな」

 

 グレンは、さも当然とばかりに言う。

 

 案の定、煙が晴れてみれば……

 

「アルス君ッ!?」

 

 アルスはゴーレムの腕を自分の顔の前で右の前腕を左腕で支えて受け止めていた。

 

 30秒くらい受け止めていると、ゴーレムの頭に石が当てられた。

 

 アルスは、石を当てたグレンに襲いかかろうとしたゴーレムの後頭部に書いてあるレベルを消してゴーレムを停止させた。

 

「おい、アルス。大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 一応グレンが聞くと、アルスは笑顔で答えた。

 

 アルスは笑顔で答えたが、アルスの右腕を見ると────ゴーレムの腕を直接受けた前腕は酷く青くなっている。

 

「いや、大丈夫じゃn────」

 

「アルス君ッ!腕を見せて!」

 

 魔術師のローブを着ていないグレンの言葉を遮って、ルミアはそう言う。

 

「だ、大丈夫だって……」

 

「いいから!」

 

 アルスが渋っていると、ルミアはアルスの右腕を奪うように近づけて状態を確認していく。

 

「…………………」

 

 ルミアはアルスの腕の状態を触って確認しているが、骨にヒビが入っているか折れているだろうと結論付けた。

 

「ごめんね、私がゆっくりしてたせいで……」

 

「いやいや、ルミアが謝ることじゃないよ」

 

「でも……」

 

「謝るべきはグレン先生の忠告を聞かずに、ゴーレムのレベルを上げたカイ君とロッド君だから」

 

 アルスはカイとロッドに謝ってほしくて、そう言ったんじゃない。

 

 ルミアが自責の念を抱いていたから、仕方なくそう言っただけ。

 

 だが、カイとロッドには効果抜群だった。

 

「ご、ごめんな、アルス」

 

「すまねえ」

 

 捻った足をローブで固定化されているカイと折れた腕を固定されているロッドが謝りにきた。

 

 すると────

 

「も、申し訳ございませんっ!うちのバカ息子が勝手なことを────ッ!」

 

 グレンとアルスに向かって、ロッドの母親が駆けつけ早々謝罪してくる。

 

「いや、謝るのはこっちです。すんません、俺の監督不行き届きです」

 

「そんな……どう見ても今のはうちのバカ息子が余計なことをしたのが悪いんです!ああもう、この子ったら……同級生にまで怪我させて……ッ!」

 

「僕なら大丈夫ですよ。腕に痣ができただけですし」

 

 アルスはルミアから右腕を離し、見せつけるようにぶるぶる振っている。

 

 ルミアはアルスの腕の状態を知っているだけに、青ざめている。

 

「ロッド君はお母さんにいい所を見せたかっただけなんですよ。僕にも、そんな思いがあるのでわかります。だから、あんまり怒らないであげてください」

 

「で、でも、その腕は痣ってレベルじゃ……」

 

「え?ちょっと酷めの痣ですよ。折れてたり、ヒビが入ってたらこんなに振れませんよ」

 

 そして。

 

 保護者と何人かの生徒達に付き添われて、ロッドやカイが医務室へと向かって行った。

 

 アルスも遅れてルミアと何故かフィリアナに支えてもらいながら医務室へと向かって行った。

 

 グレンが一件落着だと思っていると────

 

「……グレン、と言ったな」

 

 鬼のような形相のレナードが、グレンに詰め寄ってくる。

 

「それが貴様の本性というわけか」

 

「あー、いやー、そのー、ふ、普段はボク、もうちょっと真面目なんですよ?もうちょっとだけ……ハイ」

 

「やかましい!男が言い訳をするんじゃないッ!なんなんだ貴様、あの対処は!?貴様がそのような魔術師らしからぬ対処をするから────」

 

 激昂しかけたレナードに。

 

「ちょっと待って、お父様!」

 

 慌ててシスティーナがグレンの擁護に入ろうとするが───

 

「おかげで、うちのシスティとルミアの活躍が見られなかっただろう!?」

 

「「…………は?」」

 

 レナードの意味不明の言葉に、2人とも目が点となった。

 

「せっかく無茶をしたクラスメートを助けるために、颯爽と呪文を唱えてゴーレムを打ち倒すシスティの姿が見られると思ったのに、それを貴様という男はぁああああ────ッ!?」

 

(……怒るとこ、そこかよ)

 

 救いを求めるように、グレンが周囲に視線を彷徨わせるが……

 

「どうです?皆様方。実はですね、あの子が私の愛弟子のグレンなのですよ。ふふ、中々、カッコいいでしょう?教え子達を守るためなら、あの子は────」

 

 ドン引きの保護者達の間で、セリカが誰得弟子自慢を展開していて────

 

(だからセリカ。お前は帰れ)

 

 脱力しきったようにグレンは深い息を吐く。

 

 そして……

 

「ふん!貴様に言ってやりたいことは他にも色々とあるが────」

 

 レナードはグレンの眼を値踏みするかのようにまっすぐと覗き込んで。

 

「まぁ、いい目をしている」

 

「…………え?」

 

「先生。うちのシスティーナはその類い稀なる才ゆえに、知らず天狗になるところがある」

 

「は?」

 

「ルミアは、実はかなりの才を持っていながら、周囲を立てる心優しさのあまり、自己主張に欠け、それが才の成長を妨げている部分がある」

 

「…………へ?」

 

「2人を上手く指導してやってくれ」

 

 そう言い捨てて、ほんの少しだけ頭を下げると、レナードはすたすたと医務室へと向かって行く。

 

 

 ◆

 

 

「……なにやったんですか?」

 

 アルスはセシリアに自分の腕を見せて、そう言われた。

 

「ゴーレムの腕を受け止めたくらいですかね」

 

「……レベルは?」

 

「……4……です……」

 

「ブゴォバハァアアアアアアアアッ!?」

 

「セシリア先生っ!?」

 

「た、ただでさえ……金属のゴーレム……なの、に……レベル……4……ああ、おばあちゃん……今、逝くよ……」

 

 その後は、セシリアを全員で頑張って現世へ引き戻したり、アルスの右腕を治療して貰ったりした。

 

 今は医務室のベットで少しだけ安静にしろとのことで、寝ている。

 

「ふふ、それにしても、貴方があのアルス君だったのね……?」

 

「どういう噂かは知りませんが、アルスは僕です」

 

「いえ、噂とかじゃないのよ?ただ、ルミアの近況報告に君のことがたくさん書いてあったから気になっただけなの」

 

「……なんて書いてあったんです?」

 

「ふふ、乙女の秘密を暴くのは感心しないわ」

 

「お、お義母様っ!」

 

「ごめんなさいね~」

 

 ルミアが顔を真っ赤にしながら、フィリアナにこれ以上しゃべらせないようにする。

 

 すると────

 

 医務室の扉が勢いよく開かれ、入ってきた人物は迷うことなくアルスの寝ているベットに来る。

 

「貴様がアルスだな?」

 

「え、あ、はい」

 

「……貴様、なぜあの時【フォース・シールド】を展開しなかった?展開していれば、貴様が怪我を負うこともルミアが心配することもなかった」

 

 アルスは生粋の魔術師ではないため、敵のパワー攻撃などは基本的に剣を使って受け流すのだ。だが、今回のような状況では固有魔術を使うわけにもいかず、魔術を使うという考えはそもそも頭にすらなかったので身体で受け止めた。

 

「か、身体が勝手に動いていたんです」

 

「……そうか……」

 

 レナードはアルスの目を見る。

 

「……君の眼は、私を視ていないな」

 

「え?」

 

「今、君と話しているのは私なのに、君の視線はどこか違う場所にある気がしてならない」

 

「はぁ……」

 

 アルスは魔眼を起動していないので、レナードの言っていることがあまり分からない。

 

「まぁ、礼を言っておく」

 

「…………………」

 

 レナードは娘を愛しているので、ルミアを救ったアルスに感謝をすることくらいは予想していた。

 

「魔術師としてどうではない。1人の親として、娘を救ってくれてありがとう」

 

 レナードはそう言って、腰を曲げて感謝をしてくれた。

 

「あ、頭を上げてください。きっと、僕がやらなくてもグレン先生がやってくれましたし……」

 

「グレンと言う男は初動が遅れていた。あれでは、間に合わな……いや、娘を救った君が言うんだ、そういうことなんだろう……」

 

 レナードは言うだけ言って、去って行った。

 

「ふふ、こういう人だと素直になるのね」

 

 フィリアナもそう言って、手を振りながら去って行った。

 

「……なんだったんだろう」

 

「さ、さぁ……?」

 

 アルスとルミアは2人になった空間で、首を傾げているのであった。

 

 

 ◆

 

 

「貴方……ひょっとしなくても、昔を思い出したでしょう?」

 

「そう……だな。私が官僚になる前……魔術講師時代を少し、な」

 

「アルス君、()にとても似ていたわね」

 

「……ああ、私もあいつ(・・・)と彼を重ねてしまっていた」

 

「いい加減な授業をしていたあなたと彼はいつも喧嘩していた」

 

「それは違う、あいつに喧嘩などできんさ。あいつにできるのは、皆の意見を代弁することだけだ」

 

「ふふ、そうだったわね。彼は、いつも周りに流されっぱなしで……でも、どこか大切な芯を持っていた……」

 

「ああ……本当に、よく似ている」

 

「うふふふ、アルス君って、あの頃の彼にそっくり。ルミアが気に入るのも分かる気がするわ」

 

「うーむ……思い返せば思い返すほど、ファースンに似ている」

 

「そうね」

 

「だが、いくらあいつに似ていたとしても可愛い娘は絶対にやらん!」

 

「はいはい」




 まぁ皆さん思ったよね。ファースンって誰だよ!って分かるよ。僕も調べて初めて気づいた。

 fastenって締め付けるって意味だけじゃなくて、繋ぐとかそういう意味もあるらしいってことで採用しました。

 ぶっちゃけ、このファースン君をアリシア七世の旦那さんにしたかった……だけど、これ以上オリジナル入れるとやばくなりそうで怖かったので却下で!

 これ秘話だったんですけど、アリシア七世の旦那さんは先代の魔眼継承者っていうことにするつもりだったのよ?


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