機動戦士ガンダムSEED Pale Peace Makers (杉鋸)
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SETUP PHASE-- ひとときの平和
『今ここで私を殺して何になる! 何になるっていうんだ! 私はまだ殺せていないんだ! だから! 殺させてくれ! コーディネイターを! プラントのバケモノ共を! 私に! 私に殺させてくれ!』
……嫌な夢を見た。Nジャマーが落ちて来て、地球に住んでいるコーディネイターもコーディネイターである事を理由に表立った迫害が当たり前になったある日、知ってる人が殺されていた。私も殺されそうになった。
私は私を殺そうと襲い掛かってきたヤツらを素手で撃退した。撃退できてしまった。相手の方が数も多く、武器だって持っていたのに、私は1人だけで、素手だというのに撃退できてしまった。
その時の私を見る目が忘れられない。バケモノを見る目、バケモノに怯える顔。分かっていたはずだ、知っていたはずだ。それでも自分がバケモノだとあそこまで痛烈に叩き付けられたのは初めてだったと思う。
私は前から所属していたブルーコスモスの力を借りて連合軍に入った。プラントの理性の欠片も無いバケモノ共――理性があるというのならコーディネイターをお題目に掲げているのに多くのコーディネイターをも一緒くたに殺して平然としている訳が無い――が許せなかったし、普通に暮らしてても襲われるんならいっそ戦場でプラントと戦う方が気が楽だった。
……『コーディネイトした通りの理想の我が子の空想』と私を比べる事しかしない親と離れられるのも軍に入るのを後押ししていたかもしれない。
ブルーコスモスの有力者の口添えは『憎むべきコーディネイター』である私を――コーディネイターを宛がうしかないというのも大きかったとはいえ――ただの歩兵ではなくモビルスーツのパイロットにしてくれた。
連合の鹵獲したジンに乗り突撃機銃で敵のジンを穴あきチーズに変えたし、ザフトの歩兵を鉄臭いケチャップにした。重斬刀でジンのコックピットを叩き割って、それでも死ななかったパイロットが這い出てきたところをジンの左手で捕まえて握り潰した事もあった。
『お前だってコーディネイターだろう! どうして連合の味方をするんだ!』
『コーディネイターの裏切り者が!』
裏切ったのは私じゃなくてNジャマーを落としたプラントの方だろうし、大して好きでもない国の集まりでも嫌いで嫌いでしょうがないプラントよりはマシだった。
コーディネイターを作る事もコーディネイターである事も肯定される、成功作共の集まり。それでも私に関わってこないならなんだって良かったのにNジャマーと戦争と更なる偏見を私にくれた。そんなヤツら、嫌いにならない方がどうかしている。
『お前もコーディネイターだろ? どうしてナチュラルに混じって戦う』
私も
いつからか私はそういう問いにこう答えるようになっていた『人間同士だって争うんだからバケモノ同士なら尚更争うに決まってる』『バケモノを殺すのならバケモノが殺すのが一番だろう』
最初のうちは半分強がりだった。気が付けば当たり前の事になっていたし、一緒に居た誰よりもコーディネイターを殺すのが得意になっていた。
……嫌な夢が本当に全部ただの夢で、私が普通の人間だったならどれだけ良かっただろうか。
私は現実でもバケモノで、現実はその夢の延長線上にある悪夢そのものだった。
夢に見たのと違うのは乗っている機体が
そして、もう戦争が終わろうとしている、という事だろうか。
◇◇◇◇◇
CE71年9月27日、ヤキンでの甚大な被害もあってなし崩しで停戦に至ってからよく聞く噂がある。
『この戦争が終わる。お互いに耐えられない程の死が双方を撤退させて一度は停戦に追い込んだから悲しみを増やすだけの戦争なんてこれ以上続けられる訳が無い』
細かい表現に差はあっても、おおよそそんな内容の噂が流れている。馬鹿らしい。『悲しみを増やすだけの戦争』なんていうのなら端から戦争なんてしなければ良かったものを。
そして大抵こんな事を言い出す。
『この悪夢の様な戦争が終われば夢にまでみた平和を取り戻した故郷で幸せに暮らせるんだ』
そいつにとってはそうかもしれないが、私にとってはもはやそんな事はありえはしなかった。
私は
戦場でなら恐れられても頼もしい武器として居場所がある。他人にとっては戦争で悲しみが増えるのかもしれないけど、私にとっては戦争が続く事で増える悲しみなんてない。だから私は戦争が終わって欲しくなかった。
……あるいは「プラントはロクにツケも払っちゃいない」とでも言うべきか。好き放題やったプラントの被害がユニウスセブン1基ぽっちで済んでしまうのも許しがたかった。
そんな時『最終作戦』の話を聞いた。いわゆる
……死んでしまえば戦争は終わらない。
どれが本音で、どれが嘘か。あるいは全部本音なのか、全部嘘なのか。自分でも分からないまま、それでも私にとって『最終作戦』はとても魅力的なものとして映った。
◇◇◇◇◇
私は修復と調整を一応終えた
神経接続の調子は今日も抜群。
機体とパックの両方を改造して取り付けたエールストライカーの影響で質量移動による機体制御は弱くなっている――総質量が増え、相対的に四肢が軽くなったからだ――が、それでも推進力の増加やバッテリーと推進剤の増加は最終作戦で大いに役立ってくれるはずだ。
そして元は隊長機用の
実体弾の試射では2色の模擬弾を撃ったが、実戦では徹甲弾と榴弾を装填する予定だ。徹甲弾は安全で使いやすいが、榴弾は宇宙だと自爆や誤爆の危険がとても大きい。自分の進行方向に撃てばセンサー類は全滅すると考えていいだろうし、着弾した榴弾の側面方向に味方がいればそいつもズタズタ。もちろんそのリスクを負ってでも使いたくなる威力を発揮するからこそ宇宙でもエース向けに配備されている。
……私という
「なあシーラ、本当に参加するのか?」
私が機体をハンガーに納める中、
「私がビビるとでも? それとも私の事が能力以外のところで信じられないか?」
いくら仲間とはいえ
「冗談きついぜ、お前が信じられないなら誰を信じればいいって? ……結局のところ『最終作戦』は無駄死にしに行く様なものじゃないか。お前は若いんだし」
どういう意味で信じてるかはともかく、無駄死にしに行く様なもの? 若い?
「冗談はお前の方だろ。ハッ! 失敗する確率を態々高めろって? この隊で誰が一番
今の隊の中で一番前からMSに乗っていたのは私だし、誰が一番活躍したかなんて話そうものなら大概私が一番になるものだから「意味が無くなってるから殿堂入りにでもして除外しちまえ」と言った日が懐かしい。
「おぉ怖い怖い。俺達の紅一点、最恐のお嬢様だろ?」
機体を停止させ通信を切って、コックピットから降りつつ答える。
「そりゃあバケモノはバケモノが殺すのが一番だからな!」
明日おっぱじめるって時にそんなヤツが、しかもパーツだ何だを優先しまくったってのに居なくなるんじゃあやってられないだろう、なあ?
「……変な事聞いて悪かったよ。ちょっとビビってたのかもな」
話し掛けて来たアイツは降りた私の隣に来てそんな事を言い出す。
「で、ビビリなお前は本当に参加できるんで?」
変な事を聞いたと思ってるならこれくらい言ってもいいだろう。
「ここで逃げて変な生き延び方するのも怖いし、何よりお嬢様の怒りが怖いからな」
おどけてそう言って、離れていった。
内容はともかく、結局はそれなりにある軽口の叩き合いだった。
……大なり小なり誰だって落ち着いては居られないのだろう。私だって落ち着いては居ない。
『最終作戦』が失敗すれば死ぬ。成功したって結局は反乱兵として処刑されて死ぬ。死ぬのは怖い。それでもここで逃げて変な生き延び方するのも怖い。私達はそんな輩の集まりだった。
MX703G ビームライフル
本作においては「実体弾とビームの撃ち分けが可能」かつ「実体弾の種類すら選べる」高性能ビーム(だけじゃない)ライフル。高性能ではあっても良くも悪くも多機能で、手間が掛かる為に主流にはならなかった。
戦後において欺瞞工作の為に「実体弾用のGAU8M2 52mm機関砲ポッド」と「ビーム用のMX703G ビームライフル」は「同一のプラットフォームを共有出来る様に作られた別々の火器である」として存在が抹消されている。
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STANDBY PHASE-- 『終わり』の始まり
「ガンマグリ……ええと、その何とかって薬の副作用は?」
「効果が切れるととてもじゃないが戦闘できる状態じゃなくなるらしいが再投与さえすれば問題ない。後はきちんと抜き切るのには時間が掛かるらしいし苦痛も凄いんだとさ」
単に再投与するだけならパイロットスーツでも――宇宙服を着ている間でも定期的に薬品を投与する需要はそれなりにあるし、軍なんてところでは特に需要があるのだから――専用の機器を取り付ければ問題はないはずで、「きちんと抜く」方に関しては生きて帰ってから――と言っても、十中八九戦死なり銃殺なりですぐ片付くだろう話だが――考えればいい。
「
――
切れたら戦闘不能になるというのなら途中で切れるのは困るし、本当に効くにしても不足しているなら元々強い私以外を優先するべきだろう。
「コーディネイターはデータが無いから何とも言えないらしいが、後は問題ないんだと。量にしても俺達に投与するのは本来使うはずのブーステッドマンとかいうのに比べたら微々たる量だから十二分にあるってさ」
個人の体のデータから結構細かく投与量は計算されているらしい、と続ける。
コーディネイター以外のデータは充実しているらしい。どうやって集めたのやら……まあ今更知っても冥土の土産にしかならないだろうし問題はないだろうが、それでも聞きたいとは思わなかった。聞けたとしてもロクな話は出ないだろう。
「……そんなんで効くのか? それともブーステッドマンってのがウワバミの親戚なんで?」
しかし、その言い分だとコーディネイターよりも効きにくいと考えられているようだったからつい聞いてしまった。
「話を聞いている感じだと色々と体を弄っていた……というよりはナマモノではあるんだろうけども本当に人間なのか怪しい感じだったな」
『猿でもモビルスーツに乗れる様になる薬』か、はたまた『とてもじゃないけど人間扱いできない状態になる薬』か。どの道ロクなものじゃなさそうだった。
「……私にも戦闘中ずっと効く量を貰えるんなら私も貰おうか」
とはいえ端から後の事まで考える余裕のある作戦じゃないんだからどんな手を使ったって少しでも成功率を高めて損はないだろう。『後で副作用に苦しむと思って使わなかったらあっさり撃墜されて苦しむ間もありませんでした』なんてバカ丸出しの死に方をしたいとは考えちゃいない。
……まあ、
――結局全員がヤク漬けガンギマリで出撃するらしい。1人くらいビビっても良いのに思い切りが良いというべきか。……むしろビビったからこそ薬に縋ったのか。後ろ暗いところはありそうな薬とはいえ、だからこそ
◇◇◇◇◇
機体の状態をチェック。神経接続よし、操縦桿他問題なし、自動チェックも問題なし、格納庫の中で出来る範囲で機体を軽く動かしても異常なし。左腕の盾の固定もOK。両手に持ったビームライフルも特に問題はなさそう……通電しているかどうかと一応の残弾数くらいしか分からないから最後は撃ってみるまで分かったものじゃない。
ええと、それから弾倉とやっつけ装備の手榴弾?――ダガー用のビームライフルに付けられるヤツにちょっと手を加えて棒から射出できる様に改造した代物――もきっと問題なし。ビームサーベルも自動チェックでは問題なし。
「お前ら、『やっぱやめた』と逃げるなら今の内だぞ」
副隊長――隊長は未帰還だから実質的に隊長――が全機に向けて通信で言う。
みんなが口々に「そんなの無理」だの「ありえない」などと軽口で返す……結構な割合が――殺されるという内容だが――私をダシに使ってくれているのは喜ぶべきだろうか。
「あのなぁ、お前達を殺すのに使う電力やらプロペラントやらがもったいないから変な事しない限りはわざわざ殺したりはしないぞ?」
そう返すと「
「それでシーラ、お前は家族も居ただろう、お前だってなんなら逃げてもいいんだぞ?」
家族……
「いつだったかどっちも死んだ、って連絡があったな」
騒がしかった通信が急に静まり返る。
「ハッ! 気にする事はない! そもそもバケモノ作って人形遊びがしたかったアホがそれを理由にぶっ殺されただけだ。ロクに大事にもされなかった
声を張り上げても嫌に静かなままだった。これから戦いだ、ってのにこんなところで盛り下がってもいけない。言葉を続ける。
「気にすんなら一応は私を腹ん中だ何だで育てた礼にぶっ殺される理由を作ったプラントのクソ共の命でも供えてやりゃあいい! そうでないならバケモノ作って喜んでた報いでクズが死んだだけだ! 笑え!」
笑い声はなかったが、少しずつ戦意が上がってきたのが分かる。通信に「ザフトを殺せ」だの「砂時計をぶっ壊す」だの混じり始める。
「掛け声だ! アタシん後に続けっ! ……青き清浄なる世界の為に!」
渾身の叫びだったと思う。渾身の叫びだったとは思うが、誰も後に続かない。一瞬の静寂。その直後「実はオレ、別に世界とかどうでもよくて、コーディネイターが嫌いだっただけなんすよ」だとか「そもそもどの辺りが清浄だ、ってんだ」だの「『ブルーコスモス』ってか『カオスでブルー』の間違いだよな」だの散々な言い様。……私もそういうクチだからそこを咎める気はない。だが
「じゃあ今から掛け声を決めるのか? 私は掛け声が決まるよりも老衰して死ぬ方が早いと思うけどな!」
笑い声が響く。「それじゃあ全員出撃やめるんすか?」「掛け声なんてなくていい、いい」「よっ!ええ格好しぃ!」好き放題に言ってくる。
「……シーラ、隊長代理の仕事もやるか?」
私に場の主導権を握られっぱなしだった副隊長がいじけた様に言う。
「いやだよ、メンドくさい」
私がそう言うと、盛大に笑い声が響いて副隊長が「だよな」と漏らしてもうひと笑い。全員いい感じに緊張が解れたところで艦長からの通信が入る。
「お前達、いいニュースだ。ザフトの方から突っ込んでくる奴が出た。少数で別方面だがおかげでこっちの作戦もそれっぽく見えるぞ!」
そもそも『最終作戦』で味方と言えるのはこの船――ネルソン級宇宙戦艦ピュロス――他数隻と、私達元々の蒼白隊を中心にした30機のMS――ほとんどストライクダガー――と、20機のメビウス――半数は大型ミサイル装備――だ。ちゃんと停戦する気な他の連合の軍勢は全部敵と考えていい。
だから私達はNジャマー――そこら辺にいくらでも転がってた――で電波撹乱をしつつ連合の大半にありもしない『ザフトの攻勢』を伝えて、光学観測で早々に嘘だと見抜ける周囲の連合を速攻で排除してからプラントに向かう手はずになっていた。
本当にザフトから攻撃をしてくれたのなら私達の嘘も真実味が増して、距離のあるところの連合――どの道近隣の部隊は騙せないだろう――が疑う余地は減ると考えられる。つまり連合からの追撃の確率が減るのだ。
「後3分の予定だったが、後1分で作戦開始だ!」
明らかに普段よりも興奮している艦長の言葉に私達も中てられてか、全員雄叫びを上げつつ了解する。
……『最終作戦』が始まる。
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MAIN PHASE-- 『最終作戦』
近隣の作戦非参加艦艇はあっさりと沈んだ。仮にも味方から撃たれるなんて想定していなかったのだろうから当然だ。まして短時間とはいえ真偽不明の「ザフトの攻勢」に気を取られたものだからこちらの動きなんてロクに見ちゃいなかったのだろう。通信設備を潰された上で推進剤のタンクにビームを浴びせられて火球に変わるか弾薬庫にビームを浴びて火球に変わるか。瞬殺だ。
「このままいつぞやのバレンタインみたいに砕いてやるぜ」
「やる気があるのは結構だけども、本当にただ1機だけの核装備のメビウスが順当に攻撃に成功したと?」
私は突っかかった。気炎を吐くのはいいが、アレを現実的な物と考えて行動されたら無駄死にするだけだ。
「連合の公式発表を信じてるのか?」
公式発表では「プラント側の自爆作戦」なる復讐の名目作り以外にする必要性の無い――言い換えればNジャマーを降らせる大義名分作りとしてやってても驚けはしないとはいえ――無理のある発表がされている。
「まさか! それでもリニアガン装備のメビウスですらゴミみたいに叩き落されてた戦場で、大型ミサイル、それもメビウスに載る中で一番重いのを積んだ機体がたまたまユニウスセブンに攻撃成功した、ってのも運が良すぎるだろ。一番動きが悪くなる装備のヤツが一番近づいて攻撃成功して更に帰ってきたって事になるんだぞ? 攻撃を見逃してもらったとでも考える方が現実的だろ」
しかし純粋な自爆とは考えがたいとはいえ、だからといってメビウスによる単独核攻撃が成功するのが信じられる訳でもない。ましてそのまま生還したというのだからどんな魔法を使ったのか。プラントと手を組んで自爆……他爆とでも言うべきか? したという方が現実味がある。
「そんな事をして何になるんだよ」
大義名分を作るだの、士気を上げるだの考えられない訳ではないが、実際にはどうだったのか。そんなものを知ってる訳が無い。知る機会なんてありゃあしなかった。
「知ったこっちゃ無いさ。ただバレンタインの再現気取るなら現実的じゃないの分かっとけ、ってだけでさ」
一応の作戦目標はユニウスエイトからテンの農業用コロニー……正に血のバレンタインの再現、つまりは食料自給能力を奪うのが目的だった。
――本来プラントに食糧自給能力はない。工業用コロニー群として作られたのだから、当然の事として農業なり畜産・漁業――現代においては養殖業が主だ――は地球なり他のコロニーなりに任せるというだけの話だ。工業用コロニーを改造して食料自給能力を得れば独立が出来ると思い上がったのだから、それを失えば独立なんて考えられなくなるだろう……考え続ければ餓死して考えられなくなるだけだ。
ともかく血のバレンタインの再現が目的なのだから
◇◇◇◇◇
しばらくプラントに向けて進み続けていると、ようやく数機のザフト機が見えてきた。『連合の方で謎の爆発が起きた』から様子を見に飛んで来たのだろう。
「敵の第三波だ!」「あいつらの仇!」
声を張り上げつつ、連合に通信を送る。これで『近隣の艦を撃沈した第二波攻撃に続く第三波攻撃を受けている』と見せかける事が出来れば御の字、出来なきゃ「前門のザフトに後門の連合」だ。……アズラエルが居ない今、連合に「自分の責任で判断して動ける指揮官」が存在するのかは疑問ではあるが。
叫んだが早いか、ザフトの連中が余計な事を言い出す前にビームで永遠に黙らせる。これでザフトが纏まった部隊を出してくれば『ついに第四波』とでも言って全面戦闘が再開されれば最高。とはいえ非参加の連合軍を巻き込むのは距離的にも難しいだろうし連合からの追撃が来ない事だけを祈って私達は進み続けた。
◇◇◇◇◇
それからしばらく、ようやく纏まったザフト軍……多数のジン、いくらかのゲイツ、ただ1機の
――私達はプラントに突撃している、そして敵は私達の方にひたすら向かってくる。あまりに速い相対速度で、しかも攻撃の射程を見切れずにあわてて回避に専念したものだからザフト共は攻撃の機会を逃したまま私達の後方に飛び去ってしまう。
……いくつものグレネードが炸裂した後方宙域は弾片と敵機の残骸でしばらくは近寄りがたい――近寄れば機体がズタズタにされるだろう――状態になった。この状態なら生き延びた敵機が私達に再接近するのは難しいだろう。
あっさりと終わった第一戦に「この調子なら余裕」だなんだと声が漏れる。……もちろんこの調子で進めるなんて誰も思っては居ないだろう。次に来る敵はこちらの射程についての情報を得ているだろうし、それに本来のピースメイカー隊を吹き飛ばした第三勢力――行動原理はともかく、主要な機からオーブ残党軍と目されている――がいつ参戦してくるとも予想が付かない。
それでもひとまずの勝利は私達の士気を上げたし、すんなりと敵部隊を処理して真っ直ぐ進めるのはとても都合の良い事だった。
◇◇◇◇◇
……私達は斜め上後方からの襲撃を受けた。エースパイロットの乗る赤いストライクとエースパイロットだらけのアストレイが4機、その内の1機は他のエースをも突き放すトップエースだったのだろう。
私達が機体の向きを変えるまでに3機のダガーが落ちた。更に向きを変えてからも反撃を始めるまでに2機が落ちた。一瞬で5機を叩き落したトップエースのアストレイが私目掛けて飛び掛ってくる。
相手はシールドを持った左腕でビームサーベルを持ち、距離を詰めようとしつつもビームライフルでも激しく攻撃してくる。
私はシールドでビームを受け止めつつ、右手のライフルで榴弾を撃ち込むも破片ですらロクに当たりはしない。……相手は正真正銘のバケモノだった。
「っ! 無茶苦茶な反応しやがる!」
それでも相手をしなければならない。イーゲルシュテルンと榴弾で近づけさせず、味方に支援を要求する。
「私の目の前のヤツにイーゲルシュテルンで弾幕を張ってくれ!」
そう言いながら味方の弾幕に突入させるべく軽い誘いと両手のライフルでの攻撃でギリギリの誘導を行う。四肢とエールの羽根を利用しての姿勢制御とスラスターを合わせての無茶な機動で機体を振り回しての回避運動。内臓の揺さぶられる嫌な感覚、コックピットを掠めて飛んでいくビーム。生きた心地なんてしやしなかった。
しかし危険を冒して誘導した甲斐もありイーゲルシュテルンの弾幕に突入させる事に成功する。榴弾をまともに喰らうよりはマシだっただろうが、それでも左腕をもぎ取る事が出来た。
狙いもあったものじゃない弾幕でもそれなりの装甲厚の腕を破壊できたのは発泡金属装甲の脆さ――重量比ではともかく厚さ辺りではそこまででもない――のおかげだ(……こちらの装甲も大差ない)。これがジンなら部位を選ぶ必要がある。……もっとも、ジンであれば援護の弾幕を頼むまでもなく榴弾の破片で落とせただろうが。
数の差を生かしての集中砲火、回避困難な弾幕。それによって敵機には着実にダメージが蓄積していき、更には強引な接近からの相対速度合わせによって大きく消耗していたであろう推進剤の残りが心許無くなったのか機動が鈍る。
消耗度合いを考えたらしい敵は撤退する。しかし敵は1機たりとも撃墜できてはいないというのに、こちらはメビウスが3機、ダガーが10機が落とされ、更には
◇◇◇◇◇
残る戦力は
ピュロス他の母艦側からの通信は第三勢力との戦闘中に途絶したきり回復していない。……おそらくは連合本隊に行動を知られ、鎮圧されたのだろう。
前方にはザフトのMS部隊40機。相対速度は比較的小さな物で、本格的な交戦になる事は確実だろう。
後方にもザフトのMS部隊6機。前方の部隊に手間取れば容易く追撃を許すだろう。
対MS戦闘における私達の戦力は27機、敵は46機。私達がいくら精鋭で敵の大半は新兵だとしても数の差は大きく、弾幕を張られてしまえばダメージは嵩む。……磨り潰されて死ぬのは容易に想像できる事だった。
それでも、無謀だとしてももう引き返すことは出来ない。私達はもうルビコン川を渡ったのだから。
◇◇◇◇◇
現在の宙域は非常にゴミだらけの宙域だった。ユニウスセブンの一部、この前のヤキンで出たジャンク、今まで使用されてきた推進剤も撒き散らされている上にビームを拡散させる為に撒かれたであろう粒子も存在する。
ひょっとすればここでなら音が響くのではないか。そんな風に思ってしまう程にこの宙域の真空度は低くビームの減衰が激しい宙域であった。
先に有効な攻撃を仕掛けてきたのはザフトの方だった。センサーの性能と着弾までの時間でおおよその有効射程が決まる現代宇宙戦、特にMS同士の戦闘においては最大の射程を持つビームライフルもこの宙域ではろくに射程の無い武器だった。
現宙域におけるビームライフルの射程外から前方のザフト40機、その内のおよそ半数程度が投射器からロケット弾を発射して来た。狙いはメビウス、特に運動性の低い
その内の1発が
……私の意識が落ちる。
ミラージュコロイドで隠れて核攻撃説もあるようですが、それはそれで「黒いメビウスが核攻撃してないとおかしい」ので個人的にはそれは無いだろうと思ってます。
(当時(というかヤキン戦役中)のミラージュコロイドステルスは装甲色が黒でないと導入不能というのが基本設定なはずなので)
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ATTACK PHASE-- ペイル・ライダー
私は夢を見ていた。
まだ褒めて貰えた頃の記憶。一番に手が届かなかった記憶。失敗作だと罵られた記憶。怒りを自覚した記憶。プラントを憎んだ記憶。そして……戦場に喜びを見出した記憶。
最初は褒めて貰えていたのに、いつからか一番じゃなきゃダメになって、一番にもなれず顔形も設計と違うなんておかしいと言われだした。そんな失敗作も戦場でなら必要とされた。認めてもらえた。
でも、だからこそ私はそれに縋れなかった。……ここで夢を見続けてたんじゃ戦場ですらいらなくなってしまう。私は夢を振り払った。
眼前に迫る敵――私を確実に撃墜しておきたかったのだろう――に徹甲弾を叩き込んで撃墜、直近の脅威が居なくなった隙に状況を確認する。機体の状態は少々怪しい、装備はライフル2挺、
――もう、気を失っている間にどんな夢を見ていたのかを私は覚えていなかった。そんなものを覚えておく余裕なんて無かったからだろう。
「お前ら! 強引にでも前に出ろ! ケツに付かせれば榴弾叩き込み放題だ!」
乱戦に付き合うよりは強引にでも突破した方が
ダガータイプのライフルグレネードと
◇◇◇◇◇
……
私は減速して味方群からいくらか離れつつ、敵の片翼を狙う。敵の前に出た私に射線が集中すれば味方への攻撃は減る。私が一番攻撃を上手く躱せるだろうし、回避しながらの反撃も得意だ。
「っ!?」
接近してきた敵からの集中砲火。ザフトらしからぬ連携――ザフトは個人主義が強いらしく、ここまで真っ当に連携を見せる事は少ない――で放たれるそれに私は回避一辺倒で耐える他ない。しかし私が反撃できなくたって味方が反撃してくれる。
ダガーのビームライフルが敵機を撃墜し、動揺して砲火が乱れたところで私も反撃する。直撃はさせられなかったが――しかも無手の方だったが――腕をへし曲げる。
敵が私に攻撃を当てられない事に業を煮やしたか、私以外を狙おうとするからオープン回線で煽ってやる。
「よぉ、プラントの成功作様共は失敗作1人殺せない志も目標も低い低い『成功作様』なんで?」
通信が入るとは思ってなかったのか、それともその内容に驚いたのか一瞬動きの鈍ったジンを叩き落す。
「こんな雑魚をスコアに数えたら笑われちまうぞ、なあ?」
ザフトからもオープン回線で通信が入る。
「失敗作? ……お前もコーディネイターなんだろ? どうして地球に付いてるんだ!」
むしろプラント側に付く方がどうかしているだろうが、そんな事よりも私に意識を向けさせる為に返す。
「ハッ! お前達みたいな成功作がゴロゴロしてるプラントが気に入らないからだよ!」
私に気を取られていた敵が落ちる。
更に私に気を向けさせる為に減速して敵群に近づく。
私が減速したのに合わせて重斬刀を構え増速し接近してくるジンに対して、私は更に減速する事でタイミングを外しつつ蹴りを喰らわせる。
蹴り飛ばされたジンに気を取られている別のジンにライフルで実体弾を叩き込んで撃墜。半端に機体操作だけは巧い蹴り飛ばしたジンが再度向かってきた所に
「……お前達にやらせるかよ! あそこには! 父さんと母さんが住んでるんだ! この失敗作野郎が!」
家族が住んでる? ……守る家族が居る? 私の頭に血が上るのを感じる。
「…………お前らのせいで……父さんも、母さんも殺されたんだよ! お前の両親だけは確実に殺してやるよ! お前達を全部ぶっ殺して!」
私は、今までで一番集中していたのかもしれない。敵がどう動くのか、どこでどう撃てば効率的に殺せるのかが良く分かった。
――私をバケモノとして産んで、顔も能力も性格も全部悪く言う事しか能が無い両親なんて、死んで清々してたはずなのに
「私は、私は失敗作じゃなかったんだ、って、一番になれたんだって!」
あいつらに守りたい家族が、両親が存在してる事が、うらめしい。うらやましい。…………何より、許せない。
「一番バケモノを殺すのが得意なバケモノになれた、バケモノを殺すのが一番得意なバケモノに産んでくれたんだって! そう教えてやる為にも!」
動きを予測して、予想位置に向けてライフルから榴弾を時限信管、調定は感覚で決めて三点射。
「……ざまぁ無いよなぁ? バケモノがバケモノらしく振舞った事で別のバケモノを作ったアホが殺されてんだよ」
機体をスピンさせて敵の攻撃を避けつつ、別の敵達に両腕合わせて12発。
「……
先に撃ち、敵の後方に飛び出した3発の榴弾は時間通りに起爆し、その榴弾達が作る弾片の雲が一番濃い場所にジンが自分から突っ込んでズタズタにされて爆発する。
後から撃った12発の内6発が作る大きく広がる弾片の雲に突入しかけた敵前衛が動きを乱し、もう6発が3機に直撃して2機が爆散、1機が沈黙。弾片の雲に機銃ごと腕をもがれるマヌケが1機。
ザフトのヤツらは明らかに浮き足立っていた。一瞬で4機を撃破したんだから当然だ。しかも私を失敗作野郎と呼んだヤツがオープン回線でうめき声を上げ続けていた。
動きが鈍った敵を更に2機落とした頃、沈黙していた1機が爆発するのと同時にうめき声が途切れる。
「安心しろよ、ちゃんとお前の両親も送ってやるからな?」
きちんとオープン回線でそう伝えると、ザフト兵の怒号が聞こえた。大半が私を殺そうと殺気立っている。
私を殺そうとしているという事は言い換えれば私以外、特に
私は敵をより多く落とす事よりも、より長く生き延びる為の動きに移っていた。
私がきちんと誘引し続けられればピースメイカー隊の被害が減る。ピースメイカー隊がプラントに攻撃を出来ればそれでいいのだ。相手が私に興味を失わない程度に攻撃し、撃墜し、生き延び続ければ目的は果たせるのだから。
「優先順位を間違えるな! この大マヌケ共がっ!」
焦って回線の設定を間違えたのかオープン回線で、知らない声がザフトを一喝した。
私からピースメイカー隊に矛先が変わるその前に敵機を落とし挑発しても、もうロクに乗って来る敵は居なかった。
私の負担は減ったし、私が積極的に敵を落としても私が落とされる危険はとても少なかった。……その分ピースメイカー隊が削られる。
◇◇◇◇◇
ピースメイカー隊の1機が片方の『腕』をもがれてバランスを崩し、ミサイルがギリギリのところでプラントを
左右の推力バランスが崩れヨー方向にスピンする機体を補助スラスターで180度ロールさせ、上下左右が反転した状態でメインスラスターを噴かしてスピンを相殺。
機首を後ろに向けたまま、更に機体をロールさせつつメインスラスターを噴かす事で推力バランスを強引に取り戻し、そのままジンに特攻を仕掛けるも機銃で粉砕される。
プラントに向かったミサイルもメビウスが撃破された直後には撃墜されてしまう。
ストライクダガーの1機がライフルごと右腕をもがれ、しかし左腕にサーベルを握り締めながらイーゲルシュテルンで応射を続ける。
既にシールドも無いそのダガーは敵の射撃で頭部をもがれ射撃武器を失い、脚とコックピットのハッチすら吹き飛んだ状態でサーベルを構えて突撃する。
……銃弾の雨の中左腕とコックピット以外の多くの部分を削り取られるも、何とか撃墜されずに私の横すら通り過ぎて敵陣に突入、そのまま1機のコックピットを見事に貫いたが露出していたパイロット自身も敵機の装甲の出っ張りに叩きつけられて血飛沫に変わる。
◇◇◇◇◇
味方が死ぬ。敵も死ぬ。私も敵を殺す。それなりに消耗した敵と、それ以上に消耗した味方。
……このままのキルレシオではいくら私が多くを落としても、敵が全滅するより先に味方が全滅するのが分かる、そんな消耗の仕方をしていた。
だから私は更に危険を冒した。より早く、より多く撃墜しなければ間に合わないのだから。
……それでも、私が何機撃墜したって私はロクに狙われなかった。
味方の断末魔の声が響く。コーディネイターへの憎しみ、故郷への憧景、プラントまで届かない無念。
敵の断末魔の声も響く。地球への憎しみ、故郷への憧景、プラントを守ろうという意志。
私だけが取り残されている様で頭がおかしくなりそうだった。
◇◇◇◇◇
射撃武装はイーゲルシュテルンのみ、両手にはビームサーベル、背面部スラスターの大半が損傷。いくらGAT-X機にPS装甲が実装されているとはいえ、こちらは
忌々しい。本当に忌々しい。そんな状態なんだから一度引いたって『ろくに戦力になれない状態だったから当然の判断をしただけ』とでも言えば済む話じゃないか。
「死にたくない、死ぬのは嫌だ」と言いながら敵に向かっていくストライクダガー。敵に手傷を負わせるも、自身にも傷が増えていく。
「でもお前らと一緒の明日なんてもっと嫌なんだよ!」
そう叫ぶのが聞こえて、それきり通信が途切れる。
◇◇◇◇◇
たまに飛んでくる流れ弾と更に数少ない私を狙った攻撃をギリギリで躱しつつ、
他の誰が――もちろんこの部隊のパイロットならばだが――私の位置に居てもきっと撃墜されなかったし、多くの敵機を撃墜できただろう。それでも私じゃなきゃもっと機体にダメージを受けていただろうし、撃墜できた数はもっと少なかっただろう。
でも、もうそんな事は慰めになんてなりはしなかった。
ザフトの大半も落ちたとはいえ
それでも、私1人とロングダガー1機でもプラントは壊せる。壊しうる。
プラントの回転軸部分に十分なダメージを与えられれば、プラントは自壊する。プラントが自壊すれば『湖』が街を包み込んでくれるかもしれない。そこまで都合よく行かなくても十分被害が出るはずだ。
この機体はビームが撃てる。ライフルが無くてもサーベルがある。プラントの回転軸の1つや2つどうして壊せないというのか。
だからまだ作戦は終わらない。終わらせない。
この作戦しか残っていないんだから、どうして終わらせられるだろうか。
――「この作戦しか残っていない」のは「この戦争が」なのか「プラントを討てる機会が」なのか。それとも「私には」なのか。
――何に対して残ってないのか、もう分かりはしなかった。
最後に
私が
(シーラが来る)
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END PHASE-- 光芒
最後の1人となった私は機体を反転させ、敵に背を向けて再びプラントを目指し始めた。エールストライカーの大推力を最大限活用してプラントへと向かう速度を増やしつつ、腕だけを後ろに向けてライフルを撃ち敵機を落とす。そして四肢と羽根を動かしたりスラスターの向きを調整して機体を揺らして敵の攻撃を躱す。
部隊の殿に回る為減速して敵機との距離が縮まり続けていたのがだんだんと縮まらなくなっていく。
「後はもうお前だけだ! 無駄な抵抗はやめろ!」
私の挑発に乗ろうとしたザフトを止めた声だった。「無駄な抵抗」? そんな事で止まるくらいなら『最終作戦』になんて参加する訳が無い。
撃墜された友軍機を足蹴にし殴り飛ばして未だに追随を続ける
そしてその直後、残り少ない敵の機銃が私の左腕をもぎ取っていく。
「私1人でも続けるさ……1人でも多く道連れにしてやる」
そう言って文字通り手数を減らされたまま、それでも敵機を削っていく。残り少なくなった敵は青白を除いてあっさりと撃墜されていった。
「そんな事をして何になる! お前1人の為に戦争を続けさせるつもりか!」
ヤツは青白のパイロットだったらしい。そう言いながらイーゲルシュテルンで私の右腕のライフルを破壊する。
「知ったことじゃないね! お前達だってやったことだろう?」
私はバックパックに装備されたビームサーベルに右腕を伸ばしながらそう答えた。
「民間人を殺す事がか!」
青白に羽根を一枚もがれる。
「ハッ! 何が違う、どれだけ違う! 精々6000万程度で5億の代弁者を騙り10億を殺したお前達と私達が!」
民間人の命について言い出すのはプラントがNジャマーを落とした時点で無理筋だろう? 箱物の上限でも6000万人足らずの輩がコーディネイター5億の代表の振りをして世界中で10億をぶち殺したんだ。少数の為に多数を踏みにじったのはプラントが先じゃないか。
「違わないとしても……それでも俺はザフトの一員で、プラントを守るのが俺の使命なんだ!」
数瞬動きの鈍る青白。搾り出したであろう、震える言葉。青白のパイロットは「それでも守りたい」と思えるらしい。
「……そこまで思えるなんてお前は幸せだな。私は地球だってどうでもいい」
青白も、私も、もう相手に掛ける言葉はなかった。
私も機体の制御が甘くなっていたらしい。イーゲルシュテルンを
ふと、声を漏らしてしまったかもしれない。
「失敗作に居場所なんて無いんだ」
機体が向きを変えて、青白と向き合おうとしていく。頭部を敵頭部に向けてイーゲルシュテルンを発射開始。たとえPS装甲が無敵だとしてもセンサーや砲口まではPS装甲で覆えないはずだ。片方の砲口周辺に何発か着弾し、内側から小さな爆発が起きる。
青白と相対するくらいの時にエールを繋ぎとめていた爆裂ボルトを起爆してパージ。
青白からも応射が始まりビームサーベルを持ったままの右腕が粉砕され、更にそのまま斜め上に狙いが移動していき機体各部に穴が開く。激しい揺れが私を襲い、コックピットの上の方にも風穴が開く。
私の撃つイーゲルシュテルンは青白のブレードアンテナをもぎ取り、更にもう片方のイーゲルシュテルンの砲口にも着弾する。青白のイーゲルシュテルンも私の機体の頭部を吹き飛ばす。
コックピットが一瞬暗闇になり、次の瞬間にはサブカメラに映像が切り替わる。イーゲルシュテルンも頭部カメラアイも粉砕された青白が映る。イーゲルシュテルンが誘爆でも起こしたらしい。内側から粉砕されたのだろう。
私は機体を自動航行させる準備をした。命令を発してからいくらかの時間を待ってからプラントに全速力で向かうように設定した。……少しでもプラントに被害を与えられる可能性があるのならどんなにわずかな可能性でも捨て置けなかった。そして、機動ユニット――遭難時用のセットの1つで短距離の宇宙遊泳を補助するスラスターユニット――を取り付け、短機関銃――本来は保安員用の装備のところ無理を言って貰った物だ。遭難時用の水と食料を置いてきて、そのスペースに突っ込んでおいた――を持つ。青白はまだ動かなかった。
青白のサブカメラが故障しているのか、切り替えに時間が掛かっているのか、それとももっと別の理由かは分からなかったが、それでも刻一刻と失われていく勝機を逃さない為にコックピットを開放し、自動航行の命令を出して、狂気の宇宙遊泳に乗り出した。
そもそもゴミだらけの宙域で、しかもゴミを増やしまくった直後だ。常識的に考えればそんな状況で飛び出せばゴミにぶつかって死ぬ確率は相当な高さになるだろう。しかし青白が動き出してコックピットを一突きすれば確実に死ねるし、そもそもその質量そのものくらいしか武器の残っていないロングダガーではプラントを壊す希望はほとんど無い。
でも青白にはまだビームサーベルが残っている。乗っ取れればまだ壊しうる。
薄いパイロットスーツで宇宙空間に飛び出して数秒。青白のコックピットの近くまで着く。まだ青白は動き出さない。コックピットに近づき、ハッチを開放するコンソールに繋がる配線をいくつかカット。青白とダガータイプのハッチが同じ挙動なら――ある種の設計ミスらしい――これで開放されるはずだ。
青白のコックピットのハッチが開放され始める。そして薄いパイロットスーツに熱を感じる……
次回『and more』
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and more
「ハッ! 何が違う、どれだけ違う! 精々6000万程度で5億の代弁者を騙り10億を殺したお前達と私達が!」
「核よりも人道的である」と謳って地球上の全国家から敵も味方も無くエネルギーを取り上げ、核で都市を攻撃するよりもよほど多くのを民間人を――それも本来敵対していた連合以外の者すら――殺したNジャマー。どんな理屈を付けようとどうして正当化しきれるだろうか。
それに無関係の者すら殺したNジャマーの投下が正当であったというのなら、敵対する相手だけを殺そうという彼女達の行為だって十二分に正当だという事になってしまうのではないか。
「違わないとしても……それでも俺はザフトの一員で、プラントを守るのが俺の使命なんだ!」
なんとか搾り出した言葉。例え自分が起こした訳ではない出来事でも否定しがたいザフトの汚点。
それでもプラントを守る手段はザフトの一員として戦う事しかもう残ってはいなかったし、そもそもザフトへと入隊したのはプラントを守る為だったはずだ。
語るべき言葉は無くなった。いや、元から無かった。俺は疎かになっていた機体の制御を再開し、距離をこれ以上離されない様に勤める。
「……そこまで思えるなんてお前は幸せだな。私は地球だってどうでもいい」
少しだけ寂しそうな『彼女』の声。一瞬甘くなった回避運動の隙を付いてバックパックに機銃を叩き込む。
『羽根付き』の加速力は目に見えて落ち、しかし四肢と各部のスラスターを利用した非常に素早い姿勢制御で向きを機体の向きを反転させる。
「失敗作に居場所なんてないんだ」
『羽根付き』が向きを変える中、そんな声が聞こえた様に思う。
これが最後の攻防になると直感し、気が付くと機体や肉体の動きがスローモーションになっていっていた。
『羽根付き』は機体が正面を向く前から頭部機銃を撃ち始め、デュエルの頭部機銃の一つが破壊される。
『羽根付き』が正面を向いた頃、『羽根付き』の羽根の付いたバックパックが分離する。
こちらも頭部機銃を応射してサーベルを持った右腕を破壊し、そのまま頭部に狙いを移す。
その過程で『羽根付き』の胴体にいくつもの穴が開き、『羽根付き』からの射撃を受け続けているデュエルは着弾の衝撃の影響か頭部メインカメラの映像が乱れ始める。
デュエルのもう一方の頭部機銃と『羽根付き』の頭部がほぼ同時に粉砕され、少ししてからメインカメラが機能停止する。
映像が途切れた暗闇の中『彼女』の声は聞こえないし、こちらから呼びかける言葉もなかった。
モニターをサブカメラに切り替えつつサーベルを構える。
しばらくしてモニターにサブカメラの映像が映った瞬間、コックピットの開いた無人の『羽根付き』と、それとは別の人型の影が見えたかと思うとモニターが停止してコックピットが開き始める。
(直接乗り込んで来るだと!)
そう思うが早いか、感覚でサーベルを操作。
コックピットが開き切り、その身に大き過ぎる銃器を構えた小柄な少女が一瞬見え、そして次の瞬間にはビームサーベルの光の中に消え、乱暴に操作したサーベルが勢いのままにデュエルの左腕とわき腹まで蒸発させる。
◇◇◇◇◇
俺は人を殺すのは初めてではない。だというのにも関わらずどうしてこんなにも気持ちが悪いのか分からなかった。
いや、本当に殺したのか、殺せたのかどうか実感はなかったが、それでもきっと殺した。
仮にも会話をした相手だからだろうか。目視しながら殺したからだろうか。……それとも『彼女』の言葉をどこかで受け入れてしまっていたからだろうか。『プラントも彼女達も大差ない存在だ』『どうして否定できるのか』と。
そんな風に感じてしまった、考えてしまったのが大きな隙だった。そもそも敵を全て撃破したとはいえ、戦場で考え事を始めた事が間違いだったのだ。
『羽根付き』は無人のまま半回転を行い、羽根の付いていたバックパックの下にあったスラスターを噴かして加速を開始していた。
バックパックの推進器が破壊され様々な物体――主に撃墜された機体や艦船の残骸――を蹴ったり、各部の補助スラスターで何とか追いついただけの、今となっては射撃武器の一つも残っていないデュエルでは追いつけず、手出しもできない距離が生まれていた。
「このままだとヤヌアリウスにっ!」
◇◇◇◇◇
結果から言えば、『羽根付き』に追いつけなくても問題はなかった。射撃武装どころかサーベルもパイロットすら失った『羽根付き』はもはや運動エネルギーのみを武器に体当たりする以外の攻撃手段を持たず、そもそもプラントは少々の隕石程度であれば衝突しても耐えられるようにできていたからだ。
結局のところ隕石よりも脆くて軽い『羽根付き』の体当たりはヤヌアリウス市周辺宙域にいくらかのデブリを撒き散らすだけに終わった。
とはいえそれは結果論であり、『羽根付き』に爆発物でも積まれていて衝突と同時に爆破されていたならばコロニーの回転軸周辺に傷が付き遠心力に耐え切れなくなって崩壊していた可能性は否定できなかった。
それを戦闘中に思い悩んで見過ごすなどというプラントを守る者として許されざるべき失態であったはずだが、しかし今回の戦闘での被害の大きさから目を背ける為にザフトの内部でも精神的な支柱が必要だったらしい、その実体とは逆にザフト内々のみとはいえちょっとした英雄扱いを受ける事となったのだ。
「野蛮なナチュラルの凶行を良く止めた」だとか「コーディネイターの素晴らしさを示した」などと賞賛された。
けれども最後に戦った『羽根付き』のパイロットはプラントのコーディネイターを「成功作」と呼び、自身を「失敗作」と呼んだ。戦闘での動きもその発言も彼女がコーディネイターである事をありありと感じさせるものだった。
それを「連合のナチュラル」と「プラントのコーディネイター」などというステレオタイプで賞賛されても言いようの無い違和感ばかりが肥大化していった。
『彼女』の言う様に、プラントと彼女達が、あるいはプラントと連合がどれだけ違うのか。どうして『彼女』はプラントに敵意を向けたのか。「連合とプラント」「ナチュラルとコーディネイター」等と型にはめないで、そういったものを俺達はちゃんと知る必要があるのではないか。
ふと考えてしまう。「相手の事が知りたい」と思うのはさながら恋心の様ではないか、と。そして吊り橋効果は心臓の鼓動の理由を勘違いして起きるものだという。……馬鹿馬鹿しい。殺しあった相手にそんな感情を向けるのは流石に無理があるだろう。
――なお
◇◇◇◇◇
結局、停戦後の戦闘という戦争を継続させる燃料になりうる出来事は全て公式記録上から削除された。
現在のプラントの主導権を握っているのも、連合の主導権を握っているのもどちらも和平派であり、また武断派も目的はどうあれ一時の和平を望んでいた事。一方のみの醜聞であればまだしも、規模はどうあれ双方が起こした事。それらを理由として全て無かった事として処理されたのだ。
双方の武断派が戦争の継続を断念したのはどちらも戦力が払底した事が要因である。つまり彼女達はその死を以って戦争を止めたとも取れる。もちろんその為に戦った訳ではないだろう。しかしその目的とは裏腹に戦争を続けようとした彼女達が作った平和とも言えたのだ。
◇◇◇◇◇
俺は今、連合のとある施設に来ていた。彼女達……蒼白隊という愛称で呼ばれていた部隊の母艦の艦長――厳密には「元艦長」だ――との面会が目的だった。
その艦長はどういう訳か「ザフトの迎撃部隊の奴と話をさせろ」と言っているらしい。連合としてはその艦長から聞き出したい事があるらしく、俺はプラントと連合の取引の一環としてここに来た。
俺としてもプラントの外についてもっと知る必要があると思っていたし、『彼女』について聞けるのであれば願ったり叶ったりだ。
「ほとんど無理な要求だとは思ってたんだが……まさか本当に来るとはな」
驚いた様子の男……話通りなら蒼白隊の母艦の艦長をしていた男のはずだ。
「連合とプラントで取引があったし、俺にとっても聞きたい話がある。つまり利害の一致だ」
それから、俺は蒼白隊の最期を話し、『艦長』から蒼白隊と『彼女』――シーラ・イノセという名前だったらしい――の話を聞きだした。……『彼女』の話が少しだけでも連合とプラントを平和に近づける鍵にならん事を願って。
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あとがきにかえて デスティニープランの不完全性についての話
1.コーディネイターとデスティニープランの類似性
コーディネイターは遺伝子を調整する事で
デスティニープランは遺伝子情報を元にして人間の配置を調整する事で
個人単位と社会単位という違い、直接的・間接的という違いこそあれど、どちらも「遺伝子を調整」する事で目的を達成する技術です。
しかしコーディネイターには設計した通りには生まれない事例が多々存在します。これは「母親の子宮に居る10ヶ月の間の影響」に遺伝子が発現するかどうかを左右される為です。
デスティニープランで扱うのは母親の子宮に居る期間よりも長い時間を生き、より多くの要素の影響を受け続けた人間です。
「遺伝子上は才能がある」という事は確かかもしれません。ですがコーディネイターが赤ちゃんとして生まれるまでですら制御し切れていない環境要素の影響をどれだけ制御できるでしょうか?
2.人工子宮に見るデスティニープランの問題点
もちろんコーディネイターを作る側だって環境要素を制御しようとしました。人工子宮という安定的な環境で作るスーパーコーディネイターです。
「環境要素の影響を制御したコーディネイターが実現可能ならば、デスティニープランだって実現可能なのではないか」
そう考えるかもしれませんが、この場合に問題になるのは「デスティニープランにおける人工子宮が何であるか」という問題です。
スーパーコーディネイターにおける人工子宮とは「子宮の環境を安定させる事で遺伝子の発現を安定させる」という代物です。
デスティニープランにおける人工子宮相当物とは「人生における判断を調整する事で遺伝子上の才能を発揮させやすくする」という代物でしょう。
そうであるならばデスティニープランそのものがコーディネイターにとっての人工子宮となると思われます。
「鶏が先か、卵が先か」デスティニープランが実行されていない世界においてはデスティニープランを開始しても莫大な環境要素の影響を拭い去れません。
3.デスティニープランの開始時におけるコンセプトの破綻
もっとも社会という統計学で扱われるような群体においては一見問題が無い様に振舞うかもしれません。
ですがそれは遺伝子を見るデスティニープランと実際の現状のミスマッチに悩む人を黙殺する事によって完成する『問題の無い世界』ではありませんか?
才能があるからといって何の経験も無しに何かが出来る様になる訳ではありません。逆に少々才能が劣っている程度であれば経験を積みさえすればそれなりのところまでは行けるでしょう。あるいは才能があっても後天的な障害で無に帰すかもしれません。
デスティニープランは「『自身への不当な評価や現状への不満』という争いの原因を解消する事で平和を作る」はずでした。しかし「不当な評価と現状への不満を生み出さない事にはそもそも始める事ができない」のがデスティニープランでしょう。
争いの原因を解消する前に争いの原因を作ってしまうこの理論に従って戦争の起きない社会を作れるのでしょうか?
4.デスティニープランにおける根幹的なコンセプトへの疑問
仮にデスティニープランが軌道に乗ったとして、本当に不当な評価や現状への不満が無くなるのでしょうか。
もしも「最高のアイドルになれるスーパーコーディネイター」と「至高のアイドルになれるスーパーコーディネイター」が存在したとします。
(この場合のスーパーコーディネイターとは「完全に設計通りに生まれたコーディネイター」という意味合いであり、実際にスーパーコーディネイターとして生まれる必要はありません)
どちらも1番のアイドルになるべく生み出されたとして、その2人の路線が同じであったならば真に1番になれるのはどちらか片方と思われます。(この「片方」は実際には同様にして生まれたより多くの中の1人です)
どちらかが1番になれなかった時、その親は「1番になれる様に作ったはずの子供」にどのような言葉を掛けるでしょうか? 掛ける言葉が「失敗作」などとなるかもしれません。「設計通りの性能を発揮したのだとしても、目的を果たせない限りは失敗じゃないか」と思う人はそれなりに出るのではありませんか?
更にデスティニープランという形で将来への期待が高められてしまっています。「自分が向いている事をプラン通りにやって、プラン通り最高の結果を残してもなお1番には届かない」というのを不満に思うのが人情でしょう。
「他者より強く、他者より先へ、他者より上へ」という欲望は「自分に向いている」というお墨付きによって方向性を定められた上で増幅されてしまうのではないでしょうか?
少なくとも自分はそんなデスティニープランでは本当に「『自身への不当な評価や現状への不満』という争いの原因を解消できる」とは思えません。
5.最後に
シーラ・イノセというキャラクターはデスティニープラン施行下でも「こんなはずじゃなかった」と言われる・言うキャラクターをイメージして作りました。
遺伝子と「どう生きるのか」を調整して人生と社会をコーディネイター化するのがデスティニープランなのですから、結局は誰かが「
ところでデスティニープランを「社会に対して適用する形のスーパーコーディネイター製造技術」と捉えた場合、キラとデュランダルの対立は「キラとヒビキ博士の対立」としても捉えられる事になる訳ですが……
Q.つまり、どういう事だってばよ?
A.デスティニープランはSEED(無印)で出てきた情報を見返すと不可能なんじゃねぇの? あと、キラは自分の親父をぶん殴りに行った様な物なんじゃねぇの? (AA略)
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PHASE-- 3.5 break time
うれしい記憶。いつ頃までだっただろう、「できて当然」じゃなくて「よくできたね」。「できるはず」じゃなくて「またやってみよう」。純粋に褒めてもらえたあの日々は。
悲しい記憶。学校に通いだして、いくら頑張っても一番に手が届かない。いくらコーディネイターでも、コーディネイター同士でもっと特定の分野が得意な相手には勝てなかった。
絶望の記憶。中等部に入って、コーディネイターの数が更に増えて成績が落ちる。成績が落ちれば親の機嫌も落ちる。「目の色が違う、鼻も低いまま、背も小さい。その上成績だって落ちるばかり。コーディネイターにしたのにどうしてそんなにダメなのか」「失敗作だったんじゃないのか」「きっとそうだ、そうに違いない。そうじゃなきゃおかしい」私は認めてもらえない。
怒りの記憶。『コーディネイターとして子供を作るのは親のエゴ』何で見たのか、聞いたのだったか。それは私の怒りに火を着けた。私は自分の感情をようやく理解した。「私は親の人形じゃない」。だから
憎しみの記憶。
幸せの記憶。危険でも便利な道具、使い勝手のいいバケモノ、恐ろしかろうと必要な武器。そういったものとしてだとしても信じてもらえた。認めてもらえた。他のどこにいた時よりも認められて必要とされる日々。戦場での日々が一番幸せな日々であったと思う。
頭の中にフラッシュバックする記憶達。「走馬灯の様に思い出される」というのはこういうものなのだろうか。
コーディネイターとしての苦しみを、親のエゴを共有できたあの人と過ごした日々は楽しかった。分かってもらえる事の喜びがあった。それも彼の死と共に苦しみに変わった。
Nジャマーが降ってきてからの私の扱い。私は何もしちゃいないのに、コーディネイターというだけでプラントの悪魔と同じ扱いをされた。私はプラントとは一切かかわりが無いのに。
軍でザフトを殺す日々。利害の関わる相手として信頼してくれたのはここだけだった。必要としてくれたのは彼らだけだった。人間としては見られないとしても。
……戦場での日々、幸せな事ばかりだっただろうか? いいや、そんな事はない。
故郷の家族を守る為に戦場に出たと話していた
その戦いの後、偶然見かけてしまったそいつへの手紙に「妻の死」についてと「子供を田舎に預けた」という話が書いてあるのが見えた。……そこはつい最近戦場になってろくに生き残りも居ないと聞いていた辺りだった。
いつの戦場だったか、ひとまずザフトを撃退するのは成功したけども私はジンを失って、味方のリニアガンタンクも全滅――完全には破壊されてないヤツも駆動系がやられてるか、さもなきゃ擱座してるかで回収不能――で這々の体で逃げ出して、結局夜中にザフトのジンの追撃に遭った。
そのジンのパイロットはろくに装備も無い私達を見て踏み潰したり摘み上げては叩きつけたり遊びまくって、結局足場の悪い場所ですっ転んで気絶――ベルトかメットのどちらかだけでもちゃんと着けていればそんな馬鹿を晒す事も無かっただろう――して、私達はそいつを足にして撤退。後方で一息ついてふと見たら私達全員が血肉塗れで酷い事になっていた。
あの時私が踏み潰されたり、地面に叩きつけられたりしなかったのは運が良かったからだ。すぐ近くのヤツが踏み潰された事もあれば、隣のヤツが摘み上げられた事もあった。私じゃなかったのはただの偶然だ。
認めてもらえたのは嬉しくても、それまでの日々よりも危険も多くて、嫌な事だった多くあった日々。……本当に、嫌な事もいっぱいあった日々だった…………。
視界が戻る。状況……コックピットの中、戦闘中、体が痛い、機体は一応問題なし、眼前に敵あり。
……自身の状況を確認する間にフラッシュバックした光景はもう頭の中から消え去っていた。
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キャラクター紹介・解説
キャラクター紹介
シーラ・イノセ
年齢:15歳(CE55年生まれ・CE71年10月時点)
性別:女
所属:地球連合軍
特記事項:ブルーコスモス所属・第1世代コーディネイター
主人公。Nジャマー投下後の地球におけるコーディネイターへの弾圧もあり、その根源的原因であるプラント/ザフトと戦う為に地球連合軍に志願した少女。比較的初期からジンに乗って戦うモビルスーツパイロットとして戦場に立っていた。
他のコーディネイターの多くが死地に送られる中、MSパイロットとして(コーディネイターの中では相対的に)安全な場所で戦えたのはブルーコスモスの口利きのおかげである。
元々はブルーコスモスとしては比較的穏健派の派閥(※1)に所属していたが、部隊などでは全コーディネイターを殺したいほどに憎んでいると思われていた。
なお実際には対プラントではともかく、その他のコーディネイターに対しては「消極的に嫌い・ほぼ興味が無い」というのが実情である。
※1:コーディネイターを生み出す事にのみ反対を主張する派閥である
シーラは明確に目の色、鼻の高さ、身長が調整内容とは違ったものとなっており、学力・身体能力の面でも「一教室・学校レベルでなら当然一番を取れる様な能力を持たせたはず」として親から失敗作の謗りを受けていた。また、親に反発する様になってからは性格についても理由に含められた。
外見的な特徴はともかく学力や身体能力・性格についてはコーディネイター同士での競争になって居る事や、親自身の与える影響を考慮していない評価である。
なお彼女に辛く当たったのは地上での遺伝子操作が禁止された事によって次の子供をコーディネイターとして産むのが困難になった事も一因と思われる。(シーラは滑り込みと言っていい時期に地上で遺伝子操作を受けた)
デュエルのパイロット(仮称)
性別:男
所属:ザフト
サブ主人公(?)。名前は出ていないので仮称で載せている。
大半が新兵、新兵未満の部隊を率いて蒼白隊による攻撃を迎撃する為に出撃し、最後の1人となっても戦い続けた。
戦後にシーラの事が(プラントが知るべき物事のとっかかりとして)気になって色々と調べたりもした。
後に遺伝子だけを見る政策に反発し、行動を起こしたらしいが……。
本来は美少女の(事実上の)副官が居るが、作中では未登場(ザフト側の反乱兵の鎮圧に出撃していた)。
ピュロス艦長
性別:男
所属:地球連合軍
ちょい役。蒼白隊の母艦であるピュロスの艦長。(蒼白隊はMSとそのパイロットだけで構成された部隊であり、制度上は母艦・基地等としっかりと紐付いていた訳ではない)
背景で連合本隊を上手い事騙くらかして時間を稼ぐもバレた途端にあっさり降伏。ただし連合からの追撃を阻止できる程度には十分時間を稼いだ後の話であり役目は果たしている。
後に戦争犯罪人として処刑された。
蒼白隊
所属:地球連合軍
部隊章:青白い大鎌
厳密にはキャラクターではないけども都合がいいのでここで解説。
大半がブルーコスモス系の思想を持つ反コーディネイター・反プラント思想の強いMS隊。
ただし、正式にブルーコスモスに所属している人間ばかりでもなく、あくまで「反コーディネイター・反プラント思想」の坩堝というのが実態。
その激しい気性もあって全員技量は高いが「無茶な戦いをしても生還できるような奴しか生き延びてない」というだけで特別に意図されての性質ではなかった。(その気性を敬遠されたパイロットが押し付けられた例も多かった模様)
反コーディネイター思想が強いとはいえ、シーラ・イノセを除いて全員が男であり紅一点である事、コーディネイターである以上に同類(反コーディネイター思想者)である事、単純に戦場で信頼できる強さを持つ事などからシーラに対しては好意的である。
一応はブルーコスモスの口利きもあり他の部隊よりも補給の面などで優遇されていない訳ではないし初期人員はブルーコスモスの支援によって通常よりも潤沢な訓練を受けた人員が多かったがCE71年10月時点で残っている初期人員はシーラ1人である。
その他解説
ロングダガー(イノセ機)
最終作戦の為に本来は105ダガー用に用意されていたエールストライカーを機体・パック双方の改造によって取り付けたロングダガー。ストライカーパックシステムに対応している訳ではない。
(蒼白隊の隊長機として配備されていた105ダガーは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦にて未帰還)
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で喪失した脚部をストライクダガーの、右腕を105ダガーのそれを代用品として修復された。
装備としては左腕の前腕部にシールドを固定し、両手にビームと実弾の撃ち分けが可能なMX703G ビームライフル、腰部にM703 57mmビームライフル用のライフルグレネードを改造した使い捨て小型擲弾器・グレネードのセットを装備していた。
なお戦後に「MX703G ビームライフルは実体弾・ビーム共通プラットフォームのビーム仕様品」とされたのは最終作戦においてプラントに最接近したこの機体の戦闘映像を偽造されたものとして処理する為の欺瞞工作である。
最終作戦時のザフト側からは『羽根付き』という呼び名で認識されていた。(本機が同戦闘における唯一のエールストライカー装備機であった為)
メビウス(蒼白隊改修型)
(突入部隊の総称としての)蒼白隊が最終作戦の為に予備パーツ等を使ってリニアガンの代わりにビーム砲を装備させたメビウス。
(ビーム砲はダガーシリーズ用のビームライフルの銃身部を流用した物)
リニアガンに比べ攻撃可能な回数は減少したものの有効射程・威力共に向上している。
ピュロス
ネルソン級宇宙戦艦。蒼白隊の母艦。
蒼白隊と同様にブルーコスモス系の思想が幅を利かせている。
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で受けた損害は大きく大半の砲が使用不能であり、直接的な戦闘能力は皆無と言っていい状態であった。
通信設備や母艦機能は健在であり、『最終作戦』ではNジャマーを使用すると共に偽電による撹乱を実施。
戦後は航行可能であった為に残存兵員・兵器を搭載して撤収に従事するも撤収完了と共に廃艦とされた。
『最終作戦』
蒼白隊を中心としたブルーコスモス系の思想を持った連合残存兵によって実施されたプラント攻撃作戦。
ひとまずの停戦こそ行われたもののプラント周辺宙域においてにらみ合いの続いていたCE71年10月2日に実施。
同作戦に賛同した部隊の母艦がNジャマーを使用し、プラント側からの行動に見せかけて電波を妨害しつつ、ダガータイプのMSとビーム砲と対MSミサイルを装備したメビウスで構成された護衛部隊「ペイルブルー隊」とかき集められた核ミサイルを中心とした大型目標攻撃用のミサイルで爆装したメビウスで構成されたプラント攻撃部隊「ピースメイカー隊」をプラントへ向けて出撃。
ピースメイカー隊による攻撃でユニウスエイトからテンまでの農業用コロニーを破壊、食料自給能力を奪う事でプラントの独立を阻止しようとしたものである。
この作戦には正式な名称が存在せず、「最終作戦」とは主に蒼白隊で使用されていた通称である。
出撃部隊はザフト・連合による迎撃を最小限に抑えるのに必要とされる速度の都合上推進剤の大半をプラントへ向かうだけで消耗する事から帰還は困難と考えられており、一応は「帰還用」という名目もあった推進剤も戦闘機動に回していたとされている。
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蛇足編 隊長の帰還
俺が目を覚ました時、最初に目に入ったのは画面に映る明らかに画質の低い映像だった。メインカメラが壊れて自動的に切り替わったのだろう。他のサブカメラも大半が壊れていたが、周囲に敵は居ない様だった。
……居ないのは敵だけではなく、味方の姿も一切無かった。焦り、通信を試みるも発信できている様子は無いし、受信もしない。周囲に敵が居ない以上Nジャマーによる電波妨害と考えるよりは機体の通信機器が破損したと考えるのが妥当だろう。
そもそも、どうしてこんな状況に置かれているのか。……少しずつ思い出してくる。
俺はヤキン・ドゥーエ攻略戦に参加していたはずだ。しかし今居る場所がどこなのかが分からない。気を失っている間に大きく流されたのだろうか。
慣性航法装置は機能していないらしくプラントの真っ只中の座標が表示されている。そんな場所に居るならあえて座標を見たりしなくてもどこに居るのかくらいは分かるはずだ。……それとも連合はプラントやヤキンを消滅させたとでもいうのか。
サブカメラを使って周囲を観察するも映る範囲の都合もあっておおよその位置すら分からない。リアクションホイールで機体ごとカメラの向きを変えて更に観察を続ける。
リアクションホイールもダメージを受けているのだろう。ホイールが異音を立てながらなんとか回転し、恐ろしくゆっくりと機体の向きが変わり始める。
機体の向きが十分に変わるまでの間に軽く機体の状態を調べる。……四肢と頭部は反応途絶、推進剤は大半が流出、冷却系は部分的に機能停止、電力だけはそれなりにあり。無動力の救命ポッドと大差ない状態と考えてよさそうだ。
角度の変わった映像に映る多くの残骸。MS、MA、艦船。あるいは損傷したミサイルやMSの手持ち武装らしき物もある。様々な理由で散らばったそれらが視線を遮るが、それでもいくつもの特徴的な物が映る。
月が見えた。プラントも見えた。地球も見えた。しかしプラントや連合の居る場所からは大きく跳ばされたらしい。回収はあまり期待できないかもしれない。
少しでも連合に拾ってもらえる確率が増える様にスラスターでいくらか移動する方向を変えようとする……がスラスターはウンともスンとも言わない。壊れているようだ。
「くそったれめ!」
水や食料は一応積んであるとはいえそれが持つ間に助けが来るとは限らない。自身の位置を周囲に知らせる手段が無い上に、軍から距離が出てしまっている。ジャンク屋に拾ってもらえる可能性は0でもないだろうが、そこまで大きく期待できるものではなかった。
さりとて機動ユニットを装着したパイロットスーツ1つで移動できる範囲で好転するとも思えないが、せめて機体の状況にしろ、周囲の状況にしろもう少し情報が欲しいところだ。機動ユニットを装着し、コックピットのハッチを開こうとする。
……コックピットのハッチは微動だにしなかった。
「っ!」
予想外の事態に怒りが込み上げてきて思わずわめき散らしそうになる。待て、落ち着け。落ち着くんだ。……電源は入っている、ハッチを動かすモーターの駆動音はする。少なくともハッチの内側に変形は見られない。外側で何か引っかかってるのか?
ハッチが開かないならどうすればいい。どうにもできない? ……違う。ハッチは爆裂ボルトで止められているはずだ。起爆すれば気密性を取り戻す事はできなくなるかもしれないが脱出自体は不可能ではないはずだ。
酸素と水と食料がある限りは、よっぽどの危険が迫るか、逆によっぽどいい環境が見つかるまではこのコックピットに居続ける方が生存率は高くなる。むやみに飛び出してスーツ内の酸素だけ、水も食料も取れないままではすぐに死んでしまう。
ひとまずは周囲の状況を見つつ、ゆっくりと。そう、ゆっくりと休暇を楽しめば良い。
◇◇◇◇◇
さて、このせまっくるしいダガーのコックピットの中でとはいえ休暇を過ごすというのに何もしないというのも辛い。コックピットの中にあるのは水と食料と拳銃くらいのもの。どう過ごしたものか。
いや、一応コックピットにはキーボードとコンピューターもある。ついでにそのコンピューターにはある程度の文字データ――本来の用途はプログラムやらなんやらだったはず――が残せる。状況を整理しつつ日記でも書いていく事にしようか。
そもそもどうして俺はデブリに混じって漂流しているのか。CE71年9月26日に始まった第二次ヤキン・ドゥーエ攻略戦で蒼白隊の隊長として出撃した俺は、敵機に追いすがられて交戦している間に回避機動で背面を見せた隙を突かれたのだろう。より後方の敵が撃ってきたビームをバックパックに浴びたのだと思う。被害状況――エールストライカーパックが損傷・ダガー本体のスラスターも全滅――と現在位置から推測すると推進剤の誘爆で弾き飛ばされたのはまず間違いない。
ビームと考えたのは誘爆を引き起こしやすい武器だからでそれ以上の根拠は無い。……実体弾だとすれば弾速が遅い――ビームと比べてだ――からデカいドジを踏んだ事になってしまうのでそれは無いと思いたいのも入ってはいるが。
機体の状態は最悪だ。酸素と水・食料はあるとはいえ推進器も通信機器も全滅。どの程度持つかはともかく俺が死ぬまでに助けは来るのか、あるいは助けが来るまでに正気を失わないか。それがとても心配だった。
食料なり酸素なりが不足するのであれば脱出も考えてはいるがハッチを破壊しなければ外に出られない現状、一度外に出ればこの機体に残されている空気は全て外に流出してしまう。この機体からの脱出はそれはそれでリスクが大きいものであるし、しばらくはデブリの中のせまっ苦しいコックピットでバカンスだ。
……蒼白隊の連中が今も頑張っているだろう事を思えば十分に優雅な休暇と言えるだろうし、休みすぎてカビが生える前に切り上げたいところだ。
こんな感じでいいだろう。……仮にも日記なら日付も入れておくべきか。「CE71/09/27」これでいい。
◇◇◇◇◇
俺の居る宙域はヤキン戦で出たジャンクがゴロゴロしている。大半は推進剤の誘爆で吹っ飛ばされた機の様だった。だから俺のダガーに関して言えばとても幸運だったのだろうと思う。……目に付くMSは大体コックピットがなくなっていた。
コックピットをビームで焼かれたであろう機、コックピットの辺りで真っ二つにされている機、何かとの衝突でコックピットが潰れている機。俺がそうなっていなかったのは幸運としか言い様が無い。
MAや艦船も気密性が残っていそうな代物は流れ着いていないし、俺の居るコックピットがこの宙域で一番人間の過ごしやすい環境の様だった。
しかしジャンクだらけで遠くの状況がろくに見えないのはいただけない。味方が見えたならハッチをパージして飛び出して助けを求められるかもしれないが、そもそもよっぽど近くにでも来てもらえない限りは認識すらできそうに無い。
そして酸素と住居と水・食料があるのはいいが、サバイバルキットの食料はお世辞にもおいしいなどとは言えない代物だった。Nジャマーによる被害や戦乱で食料供給が不安定になっている現状食べられるだけでも喜ぶべきだろうがマズいものはマズい。早速ピュロスの食堂――ここだってそんなにおいしい訳ではない――が懐かしくなってきた。
CE71/09/28 バカンス先の一等地にて
◇◇◇◇◇
今日も今日とて優雅なバカンス。俺のダガーはデブリ帯でもゆっくりと移動を続けているらしい。少しずつデブリが視界を遮らない領域に向かっている様だった。
俺がどうにかなる前に見つけ出して拾ってもらえるとうれしいがジャンク屋も連合もこの辺りでは見かけていない。
何も書く事も無いし、少し思い出話でも書く事にしよう。
俺の部隊は細かい来歴はともかくコーディネイターを殺したくてしょうがない奴らの坩堝だった。俺もその1人だ。
部隊の立ち上げの時にはブルーコスモスからの支援もあったとはいえ、その時から残っているのは俺ともう1人……シーラというコーディネイターの少女だけになっていた。
コーディネイターがブルーコスモスの支援を受けたり、コーディネイターを殺したいと思っていると書くと驚くかもしれないが何のことはない。プラントやザフトは同類のコーディネイターからすらも嫌われているというだけの話だ。
味方としては頼もしいコーディネイターの少女。最初から受け入れられていた訳でもないが、圧倒的な実績とコーディネイターに対する殺意が俺たちに彼女を仲間として認めさせた。
できる事なら彼女には生き残って欲しいと思うのはその見た目――それだって遺伝子調整の賜物だろうが――の影響だろうか? 彼女をコーディネイターとして排斥するような人間は少なくともピュロス――俺たちの母艦――には居なかった。
アイツの声が聞きたい。馬鹿にされるだろうし怖気付いたのかと笑われるかもしれないが、蒼白隊の連中で一番長い付き合いで、一番信頼している彼女の声が聞きたい。
死線を共に潜り抜けたからだろうか、それともそういう声として作られたのか、あの声を聞いていると大体の事が何とかなる様な気がしてくるのだ。
アイツの声が聞こえたところで本当に何とかなると決まる訳じゃないとはいえ、そんなのにでも縋りたい。ダガーのコックピットを棺にしてゆっくりと死んでいくのは死が飛び交う戦場に飛び出すよりも恐ろしく感じた。
CE71/09/29
◇◇◇◇◇
恐ろしく代わり映えのしない宇宙に俺の体は睡眠欲で対抗するつもりだろうか。寝て寝て起きて飯食って寝た。
今日と言う日がほとんど無かった気がする。
CE71/09/30
◇◇◇◇◇
デブリの数が減ってきて遠くの様子が伺える。
雑に白い塗装がされているジン――おそらくは鹵獲機――がデブリを回収しているのが見えた。主にダガー系列機やメビウスを回収している様だった。
俺の事も回収して欲しいが、方向や距離の都合上回収してはもらえないだろう。
昨日寝すぎたせいでか妙に目が冴えて眠れない……いやそれだけではなくコックピットの気温が上がっている様だった。
……冷却材が尽きたのだろうか。蒸し焼きになって死ぬのはゴメンだが、飛び出しても酸欠で死ぬ。もうしばらくはここに居るべきだろう。
CE71/10/01
◇◇◇◇◇
恐ろしく暑い。デブリ帯から外れ始めて太陽光線をまともに喰らっているせいだろう。冷却系も死んでいる様だった。ラミネート装甲用の冷却材もとっくに蒸発済みだったみたいで、冷却に利用できるんじゃないかとぬか喜びした分暑くなった気がする。
これ以上は耐え難い、と服にくくりつけたりして持ち運べるだけの水と食料を持って、持ちきれない分もできるだけ食べたり飲んだりしてからハッチをパージしようとした。
ハッチを固定するボルトは爆裂したのだろう。機体が揺れた。でもそれだけでハッチは外れなかった。……ビームに被弾したせいでハッチが溶けてくっついているのだろうか?
俺は蒸し焼きになって死ぬ運命だったのだろうか。
シーラの頼もしい声が聞きたい。ピュロスのマズい飯が食いたい。戦死したっていい、こんなところで無駄死にするのは嫌だ。
せめて銃弾1発でも、推進剤いくらかでもいい、ザフトの奴らに被害を与えたい。ただただ太陽に熱されて無意味に死ぬのは嫌だ。
俺は何の為にこんなところに居るんだ。
CE71/10/02
◇◇◇◇◇
お前達に話すべき事があったんだ、俺は半分はコーディネイターなんだ。
でもコーディネイター至上主義に走った親は俺をロクに扱ってやくれなかったし、そんなコーディネイターを好きになんてなる訳が無かったんだよ。
だから俺はコーディネイターが嫌いだし、半分だけでもコーディネイターだなんて事は自分自身でも許せやしなかった。
ハーフコーディネイターだと知られるのは怖かったし、ブルーコスモス色の強い蒼白隊で告白するのなんて考えられなかったんだ。
だけどシーラの奴は自分がコーディネイターだと明かしてそれでも受け入れられたし、俺も受け入れた。
俺だけ隠す、ってのはお前に対する裏切りの様な気がして明かしたくなったんだ。
結局明かせないままこんなところで死んでいく俺だけども、明かしたくなったんだよ。
◇◇◇◇◇
――人の気配がする。目を開ける。見る。見えた。蒼白隊だ。MS定数15機、パイロットの定数は36人、栄えある蒼白隊のパイロット
――懐かしい声がする。そして何より頼もしい声が聞こえる。「遅かったじゃないか、パーティはもう終わったぞ?」……シーラの声だ。
◇◇◇◇◇
「おい、このダガー中に人が居るぞ!」
「こんなクソ暑い場所に閉じ込められててまだ生きているのか!?」
「そんな事より治療だ治療!」
◇◇◇◇◇
ジャンク屋が拾ったダガーに残されていたという手記と、母艦に残されていたという日記を元にした本が刊行された。
その本は「C.E.のアンクル・トムが書いた手記」とも「捏造だらけの偽書」とも言われる事があった。しかしコーディネイターとナチュラルの問題に一石を投じた事は誰もが認めていた。
書いたとされる『彼』は本の中で『CE71年10月05日に治療の甲斐なく死亡』とされているが偽装であるとする説が根強い。これはある種の同情心から「生きていて欲しい」と願われた事と、この本の内容を捏造であった事にしたい人々が居たからと考えられている。
その本のタイトルは……
隊長の帰還 了
プロフィール
年齢:33歳(CE38年生まれ・CE71年10月時点)
性別:男性
所属:地球連合軍
特記事項:ブルーコスモス所属・ハーフコーディネイター
コーディネイター至上主義者の母を持つハーフコーディネイター。
ハーフコーディネイターである事を理由に母から虐待を受けており、幼少期に施設へと引き取られた。
引き取られた施設がブルーコスモス系であった事、母への反感もあってブルーコスモスの一員となる。
蒼白隊ではハーフコーディネイターである事を隠していた為ナチュラルと思われていた。
シーラがそれなりに受け入れられているのには思うところもあった模様。
ハーフコーディネイターではあるがモビルスーツへの適正を含め大半の能力はナチュラルと同程度であり免疫系の強化くらいしか顕在化していなかったが、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦後に回収された105ダガーの環境から熱耐性が高かった事が判明している。
なお生存説の中でも特に突飛な説として「地球連合軍の秘密部隊のネオ大佐である」という物があった。
(あまりに突飛、秘密部隊だなんだと陰謀論が過ぎた為に妄言の類として無視された)
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