東方繋操録 〜紅魔館執事長比企谷八幡〜 (黒初白終)
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紅魔館の執事
第一話:紅魔館のもう一人の従者



 疲れてしまった。

 重荷を背負いすぎてしまった。

 少し前の自分なら簡単に切り捨てられたのに。

 居心地の良さに甘えて一つの場所に留まり続けてしまった。

 大切なものが増えすぎた。

 何がぼっちだ。

 何もかも捨てきれずに全部を拾おうとした結果がこれだ。


 逃げ出したい。

 捨て去りたい。

 誰も俺を知らない場所へ。

 俺が誰も知らない場所へ。




 みんな、どうか俺のことを忘れてほしい。





 チョキン・・・



 何がが切れる、音がした。





 

 ◇◆◇

 

 

 幻想郷。

 それは、妖怪や妖精、神に至るまで数多くの種が存在する、忘れられた者達の最後の楽園。

 人ならざる者たちの集うこの楽園は、博麗大結界という特殊な結界によって成り立っている。

そしてその結界を張るのが境界を操る大妖怪と博麗の巫女である。

 楽園の素敵な巫女と自称する彼女は、博麗神社にて今日も今日とて緑茶を啜っていた。

 

 ズズッ・・・

 

「あー、落ち着くわ」

 

「落ち着いてんじゃねぇ!」

 

 ドカンと机を叩いて怒鳴った少女の名前は霧雨魔理沙。白黒のエプロンドレスを身に纏った普通の魔法使い。人間である。

 対して、魔理沙に怒鳴られてなお呑気に茶を啜っている巫女の名前は博麗霊夢。紅白色の脇の空いた巫女服。こと弾幕ごっこにおいて負け知らずな最強の巫女である。

 

「何か用かしら魔理沙」

「お前っ、分かってんだろ!異変だよ、異変!!」

「・・・うるさいわね」

 

 魔理沙が指を指すのは黒い空。

 と言っても、今が夜なわけではなく、黒く深い霧が空を覆っているのである。遠くの空まで真っ黒に染まっており、太陽の光を完全に遮っていて、今は月の光だけが幻想郷を照らしている。どうやらこの黒い霧はただの霧ではないらしい。

 霊夢は外の霧に目を向けることもなく不機嫌そうに湯呑みを置く。

 

「異変ねぇ・・・分かってるわよそんなこと」

 

 霊夢には予知と言っても過言ではないほどの直感がある。

 勘とは言っても馬鹿にできないもので、これが外れた試しがない。

その上、以前この異変に似た紅い霧の異変があったため、すぐにこれが異変だと気づいていた。

 気づいてはいたのだが・・・

 

「じゃあ、何で動こうとしないんだよ」

「・・・この異変に関わると面倒臭いことになるって私の勘が言ってる」

「はぁ、お前はまた勘かよ」

 

 魔理沙も霊夢の勘については知っていたし、面倒臭がりについても知っていたため、ため息を吐いた。

 霊夢は面倒臭いから異変解決に行くのを渋ることがあるが、異変解決に行くと面倒臭いことになるとぼやくのは初めてであった。

 それはともかく、魔理沙には一つ解せないことがあった。

 

「しっかし、この異変はなんなんだろうな。ひょっとしたら紅い霧のときと同じように紅魔館の奴らの仕業かもな」

 

 そう、以前にあった紅い霧の異変と似すぎているのだ。違いは紅いか黒いかだけ。魔理沙はこの異変が安直に黒霧異変と名付けられる未来を幻視した。

 そんななか、霊夢はしれっと口にする。

 

「ああ、これ吸血鬼の連中の仕業よ」

「何!?」

「妖怪共は無駄にプライド高いし、異変が被るような真似はしないわ」

 

 

「――――えぇ、今回は紅魔館のリベンジだそうよ」

 

「げっ!」

「・・・はぁ、やっぱりあんたが一枚かんでるのね」

 

 気がつけばそこには割れた空間に腰掛けた神出鬼没なスキマ妖怪、八雲紫がいた。

 中華系の紫色の服を身に纏いナイトキャップのようなものをかぶり、室内で変わった形の傘をクルクルと回している。

 紫は鉄扇で口元を隠しながら不気味にくつくつと笑っている。相変わらずの胡散臭さである。

 

「というより、私があちらに異変を起こすように依頼したんですのよ」

 

 またまた、何の気なしにぶっ込んでくれたものである。

 今までも裏から異変を操作していた節はあったが、まさか始まる前からこんなことを暴露してくるとは。

 

 それにしても、と霊夢がまた茶を啜る。

 

「またなんでリベンジなんてしようとするのよ。あれだけボッコボコにしてあげたのに」

「確かに勝算もなしにリベンジなんておかしな話だな」

 

「―――つまり、あちらには勝算があるってことよ」

 

「へぇ―――」

「ほぅ?」

 

 思わず霊夢も目を細めてしまうが、改めて考えるとやはり自分の負ける姿が想像出来ない。

 あらゆる面で天才的な才能を発揮する上に、直感で攻撃は当たらず、【浮いて】しまえば、自分に干渉することなど誰にも出来なくなる。

 反則的なまでの才能と能力、直感。これが霊夢が最強たる理由なのである。

 

「私に勝つつもりなんて、馬鹿なのかしら」

「あら、直感で感じないかしら。だとしたら鈍ったものね」

「ぐっ、それは」

 

 図星をつかれて言い淀む霊夢

 そう、霊夢が外の様子の変化に気づいた時から嫌な予感はしていたのだ。それも、これまでにないほどの悪い予感が。

 

 霊夢が唸っているのを見て、紫はフフと笑をこぼす。

 

「まあ、実を言うと最近霊夢が調子に乗ってる気がするからあちらに『異変起こして霊夢の天狗鼻へし折って』ってお願いしたのだけどね」

「あんた、そろそろ本気で退治してやろうかしら・・・!」

「確かに、最近霊夢が修行してるとこなんて全く見ないぜ」

「何よ、別に負けないんだからいいじゃない」

 

 慢心もいいところだと言いたいセリフではあるが、霊夢は実際に負けない。鬼であろうが神であろうが異変を起こせば、異変の最中に出逢えば問答無用でなぎ倒していく。

 そんな霊夢と同じステージに立てないことを魔理沙が悔しく思った数は数え切れない。

 

 だからこそ、と紫は鉄扇を突きつける。

 

「霊夢。今回の異変、全力で解決に向かいなさい。逃げることは許さない。言い訳も許さない。

 無様に負けて、その慢心を木っ端微塵に打ち砕かれるといいわ!」

「おいおい、流石にそこまで言うかよ」

 

「嫌よ。断固拒否するわ。私の感が今日は厄日と言ってるわ」

 

「「・・・はぁ」」

 

 なおも食い下がる霊夢に、紫と魔理沙は同時にため息を吐いた。霊夢は一度動かないと言ったら基本動かない。

 

 紫は仕方ない、と言って鉄扇を縦に振った。そこに現れたのは一つのスキマ。向こう側には紅魔館の門が見える。

 

「これを潜ってさっさと向かいなさい。魔理沙も連れて行っていいわ。もし行かなければあなたへの食料供給を絶つわ」

「なっ、脅しじゃないのそれ!!」

「お賽銭少ないものね。仙人みたいに霞でも食べる?」

「〜〜っ、あんた、覚えてなさいよ!帰ったら退治してやるんだから!!」

 

 そう言って霊夢は乱暴に立ち上がり、引き出しから大量の妖怪退治道具を取り出し、スキマに入って行った。

 

「おーおー、えらい本気だなアイツ。半刻もしないうちに異変終わっちまうんじゃないか?」

「えぇ、霊夢の負けで解決失敗。それがこの異変の結末よ」

「・・・なんでそこまで言いきれるか理由が知りたいぜ」

 

 魔理沙は霊夢が潜って行ったスキマを見つめる。

 魔理沙の中で最強は霊夢だ。弾幕ごっこでないなら話は変わってくるかもしてないが、霊夢の負ける姿は想像出来ない。

 その霊夢が負けると、妖怪の賢者が言うのだ。

 

「あら、あなたは行かなくていいのかしら」

 

 歯がゆい気持ちになる。霊夢には一度痛い目を見てほしいという思いもあるが、簡単には負けて欲しくはないという思いもある。

 そう考えるとだんだんムシャクシャしてきた。

 

「あーくそっ!帰ったらいい酒飲ませろよ!!」

「えぇ、行ってらっしゃい」

 

 ほうきを引っ掴んでスキマを潜って行った魔理沙を見て、紫はクスりとまた笑みをこぼした。

 

「あの子もあの子で可愛いわね。・・・さてと」

 

 鉄扇を振ってスキマを閉じると、隣の空間が裂けて二人の妖怪がやってくる。

 一人は金毛九尾の狐。玉藻の前と呼ばれた傾国の美女であり、紫の式である八雲藍。もう一人は尻尾が二つに裂けたの化け猫。八雲藍の式である橙。

 

 紫がまた鉄扇を振ると、今度は霊夢と魔理沙の姿を映すスキマが現れる。三人はそれを囲むように腰を下ろした。

 

「さて二人とも。今回の異変は見ものよ」

「はい紫様。橙、しっかり観ておくのだぞ」

「はい藍しゃま!」

 

 スキマに映るのは四人の人間。

 紫はまだ戦闘が始まる前だというのに興奮が止まらない。

 

 

「あぁ、あなたは何を見せてくれるのかしら。()()()()()()()()外来人」

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 紅魔館門前。

 魔理沙がスキマを潜ると、そこにはいつもいるはずの門番がおらず、霊夢だけが腕を組んで立っていた。

 魔理沙は来るのが遅かったかと頭をかいた。

 

「なんだよもう一人片付けまったのか?」

「違うわよ。門番は元々居なかったわ」

「ん?珍しいな。いつもなら居眠りしてるはずなんだが」

 

 門番である紅美鈴が門前にいないとすると、他に考えられる場所は庭の花壇くらいだが、その様子もない。

 よく周りを観察すると人や妖怪の気配はなく、チルノや大妖精等の姿も見えない。

 

「勝手に入っていいのか?」

「これが置いてあったわ」

 

 霊夢が差し出したのは一枚の手紙。おそらくはこの館の主が書いたものだろう。コウモリを模したマークがある。

 それを受け取った魔理沙は、あまり黙読が得意ではないため声に出して読み上げる。

 

「『今回はリベンジ、と言っても私は戦わない。お前達と戦うのは私の可愛い従者たちだ。人間同士、とても良い巡り合わせであることを期待している』・・・・・・言いたいことだらけだぜ」

 

 魔理沙の言葉に霊夢も首を縦に振る。

 まず、レミリア自信が参加しないのが腑に落ちない。次に従者()()と書いたこと。紅魔館の従者は十六夜咲夜だけではなかったのか。

 そして、人間であること。ここから導き出せる答えは・・・

 

「・・・新たな外来人?」

 

 

「―――流石ですわね、博麗の巫女」

「―――聞いてた通りのキレ者だな」

 

「「っ!?」」

 

 突如聞こえてきた二つの声に、霊夢と魔理沙はその場を飛び退き、それぞれミニ八卦炉と退魔針を構える。

 

 そこに現れたのは一組の男女。うち一人は紅魔館の完全で瀟洒なメイド、十六夜咲夜。もう一人は目が特徴的な男。二人は微かな振動も音もなく、気が付けばそこにいた。

 咄嗟の反応をとった二人に対し、メイドはクスりと微笑み、男は皮肉気に笑う。

 

「あら、その反応は過剰ではないかしら?」

「おいおい、キモいから近づきたくないってか?」

 

 突如現れたタネは分かる。二人のうちの一人。咲夜の【時間を操る程度の能力】による時間操作。人間には過ぎた強力な力。

 しかし、もう一人が分からない。

 腐った魚のような目が特徴的で、身長は高くも低くもない。細身で執事服を纏い、モノクルをかけたアホ毛の男。

 この男も、咲夜が現れるのと完全に同じタイミングで現れた。咲夜の能力は時間停止中に他人を巻き込めなかったはずである。

 

「あら執事長。お客様の前で言葉がなってませんわよ」

「おっとこれは失礼しましたメイド長。何せこの矮小な身は完全で瀟洒なメイド長とは違い、不完全で素朴なもので」

 

「・・・何か分からないやつだぜ」

 

 先程までの馴れ馴れしい態度とは違い、それらしい言葉遣いと態度になった執事。若干発言から皮肉のようなものを感じられるが、その雰囲気は完全で瀟洒なメイドと変わらない凛としたもの。

 魔理沙は態度を変化させる男に動揺している。

 

「ご挨拶が遅れました。私、当館で執事長を務めさせていただいております、比企谷八幡と申します。以後お見知りおきを」

 

「そうか。私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ」

「・・・博麗霊夢よ。巫女と呼ぶのは許さないわ」

 

 綺麗な礼をする執事、比企谷に魔理沙はすぐに警戒を解いたが、霊夢は未だ退魔針を構えたままだった。比企谷から不気味な力を感じ取ったのである。

 しかし、警戒心を向けられた当の本人は気にする様子もなく、咲夜と並んで鏡のように綺麗な統一された動作をする。

 

「お嬢様と妹様、パチュリー様に小悪魔、美鈴も中でお待ちしております」

「異変についての詳しいお話は中でいたします」

 

 では付いてきてください、そう言って二人は歩き始め、霊夢と魔理沙もそれについて行く。

 二人の歩くスピード、歩幅は気持ち悪いくらいに一緒だった。流石紅魔館の従者と言うべきか。

 霊夢は比企谷を注視して見るが、隙だらけ。異変を起こした側の言うことなど聞く義理はないし、今なら簡単にぶっ飛ばせる。そこまで一瞬で思考し、退魔針と幣を構え、振りかぶる。

 

 が、しかし―――

 

「―――おいおい、殺気漏れまくってるぞ。俺は悪意に敏感なんでな。・・・・・・おっと、また言葉遣いが。執事を始めて一週間ほどですが、やはり慣れませんね」

 

 比企谷は振り返ることもなく、動揺する様子も見せず言った。

 

 ―――気づかれた。

 その事実が、霊夢に少なくない動揺を与えた。

 すべての存在に平等である博麗の巫女。今更敵に攻撃する程度のことで殺気はわかないし敵意も感じないはずなのに。やはりこの男は普通じゃない。

 

 奇襲や騙し討ちなどはあまり効果がないと悟り、大人しく付いていくことにするとすぐに目的の場所にたどり着いた。

 

 

「「失礼します。お客様をお連れしました」」

 

 ギィと重い音を立ててゆっくり開かれる巨大な扉。

 真っ先に目に入ったのは紅魔館の主、レミリア・スカーレット。無駄に豪華な椅子に腰掛けこちらを見下ろしている。

 そのサイドに紫色の魔女、パチュリー・ノーレッジと門番、紅美鈴。美鈴の肩にはレミリアの妹のフランドール・スカーレットが座っており、小悪魔はパチュリーの側に控えていた。

 

「うわぁ、一人一人ならあれだが全員揃うと勝てる気がしないぜ」

「一対一でも多対一でもやることは変わらないわよ」

 

 霊夢はいつも通り冷めた言い方で、魔理沙も弱気な言葉を口にするが顔はニヤついていた。

 二人の会話を耳にしたレミリアはその口元に弧を描く。

 

 「霊夢に霧雨魔理沙よ、よく来てくれた。手紙に記した通り、私たちはあくまでも観客なので安心するといい」

 

 この発言を聞いて霊夢はやはりおかしいと感じた。リベンジなのに何故自ら参加することもなく、更にはその他の紅魔館の住人までも参加しないのか。勝てる確率を上げるためならば、全員が参加した方がいいに決まっている。

 そんな霊夢の内心を知ってか知らずか、レミリアは口を開く。

 

「これは紅魔館のリベンジだが、異変は目立たなければならない。もう一度紅い霧を出して、これまで通り妖怪が異変を仕掛けても意味が無い。

 ―――これは、人間が起こす異変さ。霧に関しても戦闘に関しても私たちは一切手を出さないと決めている」

 

 なるほど、と霊夢は思う。妖怪や神が人間に勝つのは当たり前。それを退治できる博麗の巫女の存在が人里の住人を安心させている。今更妖怪が異変を仕掛けても人里の住人たちが虞を感じることなどほとんどない。

 しかし、異変を仕掛け巫女を打倒したのが人間で、その主が妖怪ならば人はまた虞を抱くだろう。

 だが、異変を起こすのが妖怪であれ人間であれ、重要なことが抜けている。

 

「どうしようとそっちの勝手だけど・・・・・・私に勝てないと意味が無いのよ?」

 

 そう。どれだけ新しい試みをしようとも博麗の巫女を倒さなければ同じことである。

 しかし、それでも目の前の者たちは笑みを浮かべている。

 

「むぅ〜!お兄様はすっごく強いんだから!」

「咲夜さんもハチマンさんも頑張ってくださいね」

「その二人にボコボコにされてしまいなさい」

「そうです!今まで盗まれた本返して貰うんですから!」

 

 フランはお兄様・・・おそらく比企谷をバカにするなと抗議の声をあげ、美鈴は咲夜と比企谷の応援。

 パチュリーと小悪魔は今まで魔理沙に盗られた―――本人曰く拝借(死ぬまで)―――ことに対しての恨みをぶつけている。

「と、まあ運命は決まっているわけだ。精々面白い勝負を見せて欲しいものだな」

 

 レミリアの挑発に霊夢の血管がピキピキと音を立てる。ここまで自分がバカにされるのは初めての経験だ。

 魔理沙も同様に紅魔館側の不遜な態度が気に食わないらしい。ほうきをギリリと握りしめている。

 

「さっさと勝負を始めちまおうぜ。ルールはどうするんだ」

「面倒臭いからそっちが決めていいわ」

 

 二人ともほうきやミニ八卦炉、幣に退魔針、御札をそれぞれ構える。

 ルールを投げてきたことにレミリアは笑う。

 

「それではありがたくこちらが決めさせてもらう。

 ルールは二対二のタッグ式。スペルカードの枚数は無制限。被弾回数も無制限。戦闘続行不可能と見なされるまで続く」

 

「・・・それ、本気で言ってるのか?」

 

 魔理沙が訝しむのも無理はない。相棒となる霊夢には反則技のスペルカードが存在し、その唯一の弱点が時間制限、回数制限なのである。その制限がなくなれば結果は火を見るより明らか。

 しかし、レミリアはそんなことは知っているとばかりに鼻をフンと鳴らす。

 

「何ならスペルカードルールを無視してくれてもいい。お前達がどんな好条件で戦おうが完膚無きまでに叩きのめしてくれるだろう。

 ―――あまり私の従者たちを舐めてくれるなよ」

 

 従者たちへの絶対の信頼と、本人の発するプレッシャーがレミリアのカリスマを際立たせる。

 霊夢と魔理沙もここまでカリスマを発揮するレミリアを見るのは初めてで―――

 

「・・・レミリアお嬢様。私は一応、フラン様の従者なのですが」

 

 まさかの身内からの裏切り。

 

「お兄様、お姉様カッコつけてたんだから邪魔しちゃダメだよ」

「あのなフラン、今お客様の前だからお兄様はやめような?」

 

「う、う〜☆しゃくやぁ〜!」

「はいはい、お嬢様」

 

 カリスマブレイクである。珍しくカリスマを保ったままだと思っていた矢先にこれである。しかもブレイクの原因が身内にあるとは何ともいたたまれない。

 それでも何とか威厳を保とうと、咲夜に抱きつき、鼻をすすりながら霊夢と魔理沙に指を突きつける。全く格好がつかない。

 

「と、とりあえず分かったわね!あんたたちなんてハチマンと咲夜がギッタンギッタンにしてやるんだから!咲夜!」

「はい。失礼しますお嬢様」

 

 パチンッ・・・

 

 咲夜はレミリアをおろすと指をひとつ鳴らした。

 瞬間、部屋の空間が数倍に広がる。咲夜の【時間を操る程度の能力】のもうひとつの力、空間操作である。

 霊夢と魔理沙、比企谷と咲夜は改めて向かい合うように対峙する。

 

「さて、ルールはどうしますか?」

「無制限か、それともルール完全無視か」

 

「っ、そんなもん!」

「待ちなさい魔理沙」

 

 比企谷と咲夜は余裕綽々な態度でこちらにルールを投げ返す。

 本当に舐められたものだと魔理沙が突っぱねようとするのを霊夢が冷静に宥める。

 

「無制限よ。物理攻撃あり、ただし致命傷になるような攻撃はなし」

「ちっ、いいさ。星の魔法を嫌という程見せてやるからな!

 おっと、お腹いっぱいになっても返品は受け付けないぜ・・・!」

 

 せめてものお返しと挑発的な態度をとるが、声に怒気がこもって必死に見えてしまう。

 

「では、開始の合図は私に任せていただこうか。これを弾いて床に落ちたらスタートだ。双方それで構わんな?」

 

 カリスマを取り戻したレミリアが掲げるのは一枚のコイン。

 心なしか目の下と鼻が赤い気がするがきっと気の所為。

 

 四人が首肯するのを確認し、レミリアが親指でコインを弾く。

 キィンと高い音。

 吸血鬼の力で弾かれたそれは肉眼では見づらいほど高く飛んでいく。

 比企谷はそのコインに目を向けることなく、咲夜に手を差し出す。

 

「んじゃ、『許可』を貰えるか?」

 

 いったい何のことだと魔理沙が目を向ける中、咲夜は自身の手を差し出し、繋ぎ、指を絡める。

 それを見た魔理沙が何をイチャついているんだと白い目を向けたところで、咲夜は声高らかに宣言する。

 

「えぇ、『許可』するわ!」

 

 宣言が終わると同時にコインが床に落ち、開戦の合図を鳴らした。

 

 

 




 ◇後書き◇

戦闘シーンは次回です。
すぐに投稿できると思います。



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第二話:程度の能力


 誰も、自分に気づかない。

 誰にも見えていないようだ。

 誰も覚えていないようだ。

 妹、父、母、ペット。

 部活仲間、クラスメイト。

 恩師、怖い姉。

 願ったようになった。


 誰にも知覚されなくても、不思議と怖くなかった。

 安心した。

 怖かったから。

 分からないことが怖かったから。

 誰も俺を知らないなら、理解する必要はない。

 ただそのことに安心した。


 ただ、安心したのもつかの間。

 目の前の空間が裂けて。

 引き寄せられるように飛び込んで。

 あの怖い姉のように綺麗で胡散臭い人に出会って。


 ―――あなたのお名前は?




 

 ◇◆◇

 

 

 コインが床に落ち、開戦の合図を鳴らす。

 

 ―――刹那、霊夢が場を爆走し比企谷と咲夜に肉薄。右手に持つ幣に霊力を込めて全力で薙ぎ払った。

 目にも留まらぬ速さで繰り出されたそれに、魔理沙はもう勝負が終わったと確信した。

 が、しかし――

 

「―――こんな暴力的な巫女様は初めて見た」

 

 気が付けば当然のように回避され、後に回られていた。

 霊夢はそれを予想していたのか素早く振り返ると目の前には比企谷。魔理沙の背後に咲夜を見た。弾幕を張りながら魔理沙に叫ぶ。

 

「魔理沙!」

「っ、相変わらずずる臭い能力してやがるぜ!」

 

 至近距離で放たれる通常弾幕を回避し、たたき落とし、距離をとる。瞬殺も覚悟したが、通常弾幕だったおかげで難を逃れた。

 何とか持ち直した魔理沙と霊夢が同時にスペルカードを宣言する。

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

「神霊『夢想封印』!」

 

「えーっと、夢想封印てどんなスペルだっけ?」

「種類が多いから考えるだけ無駄よ」

 

 襲いかかってくる無数の星々と色とりどりの霊力の塊を呑気に観察しながら避けていく紅魔館組。スペルカードであるのに、そんなのはただの弾幕だと言わんばかりの表情である。

 二人の速度が所々不自然に変化しているあたり、時間操作を使っているのだろう。比企谷までそうなっている理由は分からないが。

 霊夢は、相手が時間を操ることが出来るのだから、やはり動きを止めないとどうにもならないかと舌打ちする。それに、未だに比企谷の方の能力が分かっていない。今までの行動から能力持ちであることは確実。

 すると丁度、紅魔館組もスペルカードを宣言する体勢をとった。

 

「さて、あなた達には謎が解けるかしら」

「問一、俺の能力は何でしょう」

 

 紅魔館組の二人が鏡合わせのように統一された動きでスペルカードを掲げる。

 

 異変解決組はスペルカードが当たらないと悟り、自主的にスペルをブレイクして相手のスペルカードを警戒する。

 しかし、次の瞬間比企谷は信じられない言葉を口にした。

 

 

「「幻世『ザ・ワールド』」」

 

 

 二人が宣言したのは完全同一のスペルカード。二人が驚くまもなく視界にナイフが敷き詰められる。

 単純にナイフの数が二倍になり、タッグ形式で的も増えていることで普段より凶悪なスペルになっている。

 

 そして、時は動き出す――

 

 

「――っおい、マジかよ!」

「ちっ、ごめん魔理沙。ルールミスったわ」

 

 殺到するナイフの群れから逃れるため、魔理沙はほうきに乗って空を飛ぶ。霊夢は隙間を縫いながら避けきれないと判断したものは幣でたたき落とす。

 

 霊夢は盛大に舌打ちしながら歯噛みする。無制限ルールによる自身の利点にしか目がいってなかったが、タッグ形式であることと相手の利点について考えてなかった。

 しかし、今はそれよりも重要な問題点が一つ。

 

「おい霊夢!あいつ咲夜のスペル使いやがったぞ!」

「分かってる!あんたは取り敢えず避けることに集中しなさい!

 ギリギリのグレイズばっかで見てるこっちがヒヤヒヤするわ!」

 

 ナイフを必死に避けていた二人は更に厄介な点を見つける。

 若干ズレた軌道で放たれた無数のナイフがぶつかり合い、軌道が途中で変わるのである。ナイフ同士がぶつかった金属音も耳障りで仕方ない。傷は負ってないものの、魔理沙の服は所々裂けている。

 霊夢は瞬時に二人を同時に相手するのは危険だと判断した。

 

「魔理沙、片方速攻でぶっ潰すから合わせなさい」

「おう、私の火力で消炭にしてやるぜ」

 

 ここで紅魔館組のスペルがブレイクする。

 同タイミングで霊夢は袖から取り出した御札に霊力を込める。そして、スペルカード宣言。

 

「神技『八方鬼縛陣』!」

 

 霊夢を中心に巨大な八角形の結界が張られる。

 比企谷は咄嗟に飛び退いたが、咲夜が結界の中に閉じ込められ、二人は分断される。オマケに放った御札が更に咲夜の手足を拘束する。

 ここで初めて紅魔館組、というより比企谷の焦った顔が見られた。

 

「・・・おいメイド長、何それ。大丈夫なの?」

「いいえ。時を止めても無駄みたいだわ。助けてくれないかしら」

「無茶言うなよお前な・・・」

 

 咲夜の態度が気になるところだが、後は魔理沙がぶっ飛ばしてくれればお終いである。

 霊夢の結界内にいた魔理沙がニタリと笑いながらミニ八卦炉を咲夜に向けて構える。

 

「さすがの咲夜も逃げ道が無ければどうしようもないだろ」

「そうね。私にはどうしようもないわ」

「けっ、その余裕そうな顔を引き攣らせてやる。出し惜しみはしないぜ!」

 

 何故かどこまでも余裕そうな咲夜に向け、魔理沙の持つ最上級のスペルカードを放つ。

 

「喰らえ、魔砲『ファイナルスパーク』!!」

 

 本当に非殺傷なのかと疑いたくなる程極太の極光が咲夜の視界を埋め尽くす。

 もうどうしようもないだろうと霊夢でも思ったのだが、咲夜の余裕そうな表情はいつまでも変わらず―――

 

 

「――借符・握壊『きゅっとしてドカーン』」

 

 ―――刹那、ファイナルスパークと八方鬼縛陣は音を立てて霧散。更には咲夜を縛っていた御札までもちぎれ、紙吹雪となって飛ばされた。

 

「「――――」」

 

 言葉が出ないとはこのことか。

 信じられないものを見たような霊夢と魔理沙の顔を見る、右手で握りこぶしを作っているその人物はここまでが読み通りだと不敵に笑う。

 

「――追い討ちで悪いけれど、これでワンダウンね」

 

 頭が追いつかないまま弾幕を撃たれ、霊夢は無意識に直感で避けたが動揺したままの魔理沙の足に被弾。危うくほうきから落ちかけた。

 何とか体勢は立て直したものの、精神的なショックが大きすぎる。

 

「なっ・・・んだよあれ。あれ・・・あいつ、フランの!」

「っ、落ち着きなさい魔理沙」

「それに、私のスペルカードを・・・!」

 

「落ち着けって言ってんでしょ!!」

 

 取り乱す魔理沙を霊夢が怒鳴りつける。文句を言いたいのは霊夢も同じである。

 比企谷は咲夜のスペルカードに加え、フランの能力まで使ったのだ。

 あれはフランのスペルカードなどではない。フランの持つスペルカードにあのような物はなかったはず。

 その上、魔理沙の最上級スペルをいとも簡単にブレイクしたのだ。霊夢のスペル、御札もろとも。

 しかし、インパクトが強かった分、先程のスペルについては大凡の見当がついた。

 

「多分、今のスペルは弾幕、またはスペルを破壊する相殺技よ。元にした能力のせいで余分な効果もついてそうだけど」

「そうか・・・くそ、舐めた真似してくれるぜ」

 

「・・・なに、何なのあいつ。ウィキペディアなの?グーグル先生なの?」

「わけの分からないことを言っていないで構えなさいハチマン。

 あれは霊夢の直感よ。お嬢様の占いと似たようなものだと思えばいいわ」

 「ほぼ100%じゃねえか。チートなの?天然チートなの?」

 

 霊夢の予想は見事的中していたようだ。もとから霊夢の直感を信用していた魔理沙だが、その上比企谷が勝手にボロを出してくれたおかげで事実とわかった。

 頭に血が上っていたが、比企谷がマヌケをしたおかげで、少し冷静になれた。

 冷静になると、散々やってくれた比企谷をギャフンと言わせたくなった。そんな様子を想像すると気分が高揚してくる。

 

「散々やってくれたなヒキガヤハチマン!だが、それもここまでだぜ。お前の能力は大体予想がついたんだからな!」

 

 大きく出た魔理沙に、客席も含め紅魔館の住人達が「おっ」と声をあげる。霊夢も少しは予想は立てられたが、まだ確信を持てるには遠かったので魔理沙の言葉に耳を向ける。

 自分に全員の意識が向いていることに気分を良くした魔理沙は胸を張って、比企谷に指を突きつける。

 

 

「思えば最初から答えは出てたんだ。咲夜の時間操作にフランの破壊。そしてお前の使った『借符』のスペル!ズバリ、お前の能力の正体は、

 

 ―――【力を借りる程度の能力】だぜ!」

 

 

 

「いや、違うけど」

 

 バッサリ。

 

「掠ってもいないわね」

 

 バッサリと。

 

 

「安直すぎでしょ・・・」

「なにぃ!?」

 

 頭を抱えたのは霊夢。

 確かに霊夢も可能性は考えたが、紫があれほど言っていたのだ。霊夢が負けると。

 魔理沙の言った能力も充分脅威ではあるが、霊夢の反則技を考えるとさほどでもない。

 閻魔の力を借りられるともしかするかもしれないが、見たところ紅魔館の住人からしか借りれない、もしくは借りていない。厄介だとは思うが、負けるとは思えない。

 

 うぅ〜、と唸り出した魔理沙を不憫に思ったのか、比企谷は苦笑いしながら一歩前に出た。

 

「時間切れということで答え合わせといこうか。霧雨の言った力も使うことは出来るが・・・正解は、

 

 ―――【繋がりを操る程度の能力】でしたとさ」

 

 繋がりを操る・・・このフレーズを聞いた瞬間に霊夢が思い浮かべたのはスキマ妖怪。【境界を操る程度の能力】と似たような万能な能力。

 カチリとピースがはまった感覚。同時に、嫌な予感の正体も姿が見えてきた。

 

 

「間違えてしまったならもう一問」

「はやく正解しないと何も分からないまま終わるかもな」

 

 紅魔館組はまた鏡のように動作を合わせ、比企谷だけがこちらを嘲笑うようにスペルカードを掲げる。

 

 

「問二、【繋がりを操る】とはどういうことでしょう?

 ――離別『上っ面な友情』」

 

 

 瞬間、目に痛いほど眩しい―――人一人分の抜け道が残された弾幕の壁が展開された。

 

 

「精々足を引っ張りあうといい。内輪もめは大好物だ」

 

 

 未だに、全ては比企谷の掌の上。

 

 




 ◇後書き◇

 戦闘シーンはいかがでしたでしょうか。
 分かりづらかったりしたら是非指摘してください。

 次話投稿については時間が開くと思います。



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第三話:能力の本質



 幻想郷?

 ―――えぇ。忘れ去られた者達の集う楽園よ。

 はぁ。それで俺はどうすれば?

 ―――どうしたい?

 ・・・何がですか?

 ―――元の世界に帰りたいのか、幻想郷で生きていきたいのか。

 ・・・帰る気はないです。

 ―――ここには色んな場所があるわ。どんなところで生活したい?

 ・・・それなら――――――――

 ―――ふふ、そう。それなら紅魔館か地霊殿ね。この地図を頼りに行きなさい。

 ありがとうございます。それでは。






 ―――ふふふ。シスコンさんなのかしら。




 

 

 ◇◆◇

 

 

 くつくつと。

 

「邪魔よ魔理沙!」

 

 くつくつと。

 

「お前こそ邪魔なんだよ霊夢!」

 

 腐った目で、仲違いする様子を楽しそうに見る執事が一人。

 その隣に、呆れたように笑う瀟洒なメイドが一人。

 

「ハチマン。あなた性格悪いって言われない?」

「さぁ、知らんな。何せ誰も俺を認識しないからな。俺の性格も知りえない」

 

 床に座りながら耐久型スペルに苦戦する二人を眺めると、幻想郷に来る前のことを思い出す。

 

 水面に浮かんでいる葉っぱの舟のような上っ面だけの脆い関係。

 一つ小石を投げ入れてみれば、その小さな波紋がいとも簡単に友情という舟を転覆させる。

 摘んで持ち上げてやれば、絶対に揺るがない友情が出来たと勘違いする。

 

 あぁ、今までも石を投げ込むだけにしておけば良かった、と後悔する。

 摘み上げたりなんかするから、めんどくさいことになるのだ。

 

「人間って醜い生き物だよな。一人では生きていけない、他者の意見を無視出来ない―――なのに結局自分が一番可愛い」

 

 そういえばあの時の小学生等はどうなっただろうか。

 まあ、今となっては―――いや、昔から関係などないけど。

 

「あなたは違うのかしら」

 

 微笑む十六夜にそう問われ、少し考える。

 

 一人で生きて行けただろうか。

 ―――無理。

 他者の意見を無視出来ただろうか。

 ―――出来ただろうが、結局していない。

 自分が一番可愛い?

 ―――それだけはハッキリNOと答えられる。

 

 総合的に考えてみると・・・

 

「・・・俺もそこそこに醜かったらしい」

「あらそうなの。ふふ」

 

 くつくつと。

 クスクスと。

 

「それに、私も一人では生きていけないわ。

 お嬢様や紅魔館のみんなが居ないなら死んだ方がマシだもの」

「なんて愛の重い。レミリアなら喜びそうだが、他の奴らはどうだか」

「あなたにも言っているのよ?」

「クク、そりゃ死ぬほど嬉しいね」

「それで、こんな私は醜いかしら」

「いや、俺には綺麗すぎて困る」

「お上手ね」

「あぁ、俺もそう思った」

 

 クスクスと。

 くつくつと。

 

 思えば、幻想郷に来てからまだ一週間だが、これまでの人生の中で最も心安らぐ場所だと断言出来る。奉仕部よりも。

 子供の頃は無知だった。

 高校生になると、中途半端に知りすぎた。

 そして求めすぎて、嫌になってしまった。

 

 だが、幻想郷は。紅魔館は気が楽でいい。

 男一人というところは未だに納得出来ないが。聞くところによると幻想郷の強力な人外たちは殆ど女性らしい。頑張れ男。尻に敷かれるな。

 まあ、そこを除けばとても住みやすい環境だ。

 気さくな門番がいて。

 趣味の合う無口な本の虫がいて。

 献身的な司書がいて。

 たまに子どもっぽくなる館の主がいて。

 可愛い妹、兼主がいて。

 超がつくほど働き者な同僚がいて。

 

 現実とかけ離れた世界だから、現世でのことを気にしなくて良かった。

 現世での自分を誰も知らないから、後ろめたさも、不安も感じない。

 

 今まで出会った人ならざる者たちは、その在り方がどれも美しいと感じた。

 人間の方がよっぽど醜くて、人外で、バケモノだ。

 

 今、自分は能力の影響で少しずつ、現世で出会った人や出来事など全ての記憶が消えていっているけど、早く消えてしまえばいいなと思っている。

 記憶から消してしまうには惜しい人や思い出はあるけど、幻想郷で生きていくならきっと不要な物だ。

 この弾幕ごっこの中でも、たくさんの現世での記憶がなくなった。

 記憶の薄い部分から無くなるらしく、今ではトラウマと、家族と、材木座、川崎、戸塚、葉山グループ、城廻先輩、平塚先生、雪ノ下さん、一色、そして奉仕部。・・・あと相模か。

 覚えているのはこれだけだ。

 きっとこの異変が終わる頃には全部なくなっている。

 そう考えると、少し寂しく感じる。

 

「どうかしたの?考え事かしら」

 

 随分と深い思考にふけっていたようで、十六夜に肩を叩かれるまで気が付かなかった。

 もうすぐ耐久スペルが破られる頃だ。

 

「美鈴や妹様が心配していたようだけど」

「・・・悪い。考え事してた」

 

 客席に目を向ければ、フランと美鈴が笑顔でこちらに手を振っている。

 こちらも小さく手を振ると、それに気付いたフランが太陽のような笑みで、両手を大きく振る。

 

「あら、好かれてるわね」

「そうだろう。自慢の妹なんだ」

「きっとあなたも自慢の兄よ」

 

 くつくつと。

 クスクスと。

 

「―――本当にやってくれるぜ・・・!」

「―――早苗以上に調子乗ったことしてくれるじゃない新参者・・・!」

 

 

 ようやくスペルから開放された巫女と魔法使いの姿はまるで幽鬼のようだ。

 女性が放ってはいけない禍々しいオーラを纏っている。

 

「お二人さん、カンカンみたいだけど」

「おぉ、怖い怖い。レミリアにプリン食べられたフランくらい怖い」

「ふふ、それは怖いわね」

「クク、紅魔館が半壊してしまいそうだ」

 

 以前レミリアに勝手にプリンを食べられたフランが大激怒し、きゅっとしてドカーンされた紅魔館が半壊したことを思い出した。

 最後に、

 クスクスと。

 くつくつと。

 

「何笑ってんのよあんたら・・・・・・覚悟は出来てるんでしょうねぇ・・・!」

「優しい魔理沙さんだって、女を棄ててでも怒りをぶちまけたい時はあるんだぜぇ!!」

 

 どうやら予想以上に苦戦したようだ。作戦が上手くいって良かった良かった。

 流石に動かないと、あちらの頭が怒りで爆発しそうだ。

 十六夜も同じことを考えていたようで、こちらに手を差し出す。

 

「さて、行きましょうかハチマン」

 

 

 少し前なら、この差し出された手を自分はどうしただろうか。

 

 ―――昔のことなど忘れてしまった。

 

 少しも迷うことなくその手をとって立ち上がる。

 

 

「あぁ、行こうか十六夜」

 

「・・・・・・」

 

「・・・? どうしたメイド長」

 

「・・・・・・」

 

 

 むっすー、私不機嫌です。

 頬を膨らませて態度で語る十六夜。

 何やねん。

 思わずエセ関西弁が出てしまう。

 ていうかお前そんなキャラじゃねえだろ。

 

「・・・あなたって紅魔館の中で私だけ名前で呼ばないわよね。

 私、仲間はずれは嫌よ?」

 

 ・・・なるほど。

 もっと前にそう言えよと思った俺はきっと悪くない。

 今更名前で呼ぶことに抵抗などないのだから。

 

 ―――ただ、今まで呼びなれていたのを急に変えるのはちょっと照れくさくもあるもので。

「なに、俺のこと好きなの?」

「そこで照れ隠しするのがハチマンらしいわね」

「咲夜ほどコミュニケーション能力ないからな」

「ふふ、よく出来ました」

 

 照れ隠しに紛れてさりげなく名前を呼ぶのが、今の自分には精一杯。それを咲夜も理解していて。

 それにまた、

 くつくつと。

 クスクスと。

 

 

「警告はしたからね!もうぶっ飛ばすわ!!」

 

 あ、爆発した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 比企谷の自作のスペルカードは、それはもう悪質なものだった。

 一対一だとゴミみたいなスペルなのに、タッグ形式だとこれ以上に悪質なものはない。

 わかりやすく空いた一人用の抜け道。

 一人は簡単に避けられるが、もう一人は絶対に当たる仕組み。

 一人用の抜け道も、身を寄せれば何とか二人潜り抜けられるが、弾幕の壁がそこそこ速く動くので実質不可能。

 自分だけが助かろうと味方を追いやる。

 オマケに能力がかかっているのかイラつき安くなっていて、ちょっとした言い合いが暴力に発展しそうになったことも何度か。

 スペルの名前からしても、確実に複数人相手することを前提にしたスペルだ。

 

 霊夢と魔理沙は思い出すだけで怒りが爆発してしまいそうになる。

 スペルは最悪だし、ようやくスペルから開放されたと思ったら当の本人は咲夜と笑いながらイチャイチャしていて、注意しても聞く気配がない。

 もう既に二人だけの世界に飛び立っているのか。

 しかし、ようやく気付いたのか、比企谷が立ち上がり―――またイチャつき始める。

 

 そして、霊夢の血管からぷちっと音がした。

 

 ・・・はぁ?

 もうキレてもいいのよねこれ。

 うん、私頑張ったもの。

 

 よし―――殺す!

 

 

「警告はしたからね!もうぶっ飛ばすわ!!」

 

「あぁ、もう命の保証はしてやらないからな!さぁ、撃つと動くぜ!!」

 

 飛び出した霊夢に続き、魔理沙もほうきに乗って爆走。

 どうやらスペルカードを使っているらしい。

 霊夢を追い抜き、紅魔館組に流星のようなスピードで突撃していく。

 目前に迫ったところでスペルをブレイクし、ミニ八卦炉を構えてスペル宣言。

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

 極光が放たれると同時に、薙ぎ払うようにミニ八卦炉を動かす。

 薙ぎ払われた軌道上の空気を焼き焦がし、不完全燃焼だった魔砲の代わりだと言わんばかりに暴れ狂う。

 スペル枚数無制限だから出来る豪の技だが、魔理沙も本気らしい。

 

 味方の魔理沙が怒り狂ってくれたおかげでかえって冷静になった霊夢は、落ち着いて辺りを見渡す。

 すると、やはり無傷でそこにいた。

 

 

「はぁ。流石に少しヒヤッとしたわ」

「ほんの少し遅れてたらアホ毛が炭になる所だった」

 

 彼らには、きっと人を苛立たせる才能があるのだろう。

 またしても笑いながらの登場である。

 ピキっと霊夢が幣を握り締める音が聞こえたようで、比企谷はどうどうとこちらを宥める。

 その動作すらも腹立たしいのだが。

 

「答え合わせと行きましょう」

「【繋がりを操る】とはどういうことか」

 

 ようやくイラつきも収まり、頭がスっと冷える。

 あのスペルの中、イラつきながらもこれについて考えていた霊夢が、自分の直感に従って導き出した回答しようと―――

 

 

「今度こそ簡単だぜ!お前の能力は人や妖怪を仲良しにしたり仲違いさせるんだろう?」

「あんた、ホント黙っててくれない・・・?」

 

 先程のスペルの影響がまだ残っているのか。魔理沙に殺意を抱き始めた霊夢。

 そんな二人を見た紅魔館組は「やりすぎたか」と口を零す。

 

「まぁ、それで半分だな」

「でも、不正解は不正解。残念ね」

 

「魔理沙、あんたアホなの?」

「はぁ!?誰がアホだ!」

 

 どうやら魔理沙は可哀想なくらい単純らしい。

 紅魔館組も顔を見合わせ苦笑い。首を竦める。

 

 もう見慣れた鏡合わせの統一された動作。

 

「正解は、『二者間以上の関係を思うがままに出来る』でした」

「不正解者にはもう一問ね」

 

 比企谷はすぐにスペルカードを構える。

 どうやら、考える時間は与えてくれないようだ。

 

 

「これが最後の問よ」

「第三問、【繋がりを操る程度の能力】はどこまでのことが出来るでしょうか。

 答えはその身に受けて確かめてくれ。

 

 ―――継接『恐怖のツギハギ世界』」

 

 

 ほんの一瞬、スペルカードが強く発光した後、比企谷の手には裁ち鋏と縫い針が握られていた。

 比企谷は裁ち鋏を一度シャキンと鳴らし、ニタリと口元を歪める。

 

「さぁ、家庭科の時間だ」

「どちらからお人形になりたいかしら?」

 

 

「新しいお人形・・・!」

 

 

 お人形と聞いて目を輝かせたフランに、異変解決組は背筋を凍らせるのだった。

 




 ◇後書き◇

 時間が開くと言っていましたが、ノリに乗ったので書きました。
 次からは本当に時間が空きますので、その辺はご了承ください。

 次話か、その次辺りで本編解決、そこから比企谷八幡と幻想郷の住人たちとの一幕を描いた短編が始まる予定です。

 色々な指摘、お待ちしております。


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第四話:宴会


 他人の関係に手を出して

 時には壊し

 時には停滞させ

 時には違った形にまとめあげた


 そうして生まれたのがお前の【繋がりを操る程度の能力】なのだと、目の前の見た目幼い少女が言う


―――その力を使えば友人も恋人もお前の思うがままだな

 誰がそんなことに使うか

―――望むままに手に入るのに?

 俺が欲しいものは能力なんかじゃ手に入らない

―――ほう・・・? では何を望む?

 ・・・強制しない、強制されない、お互いが望み合うことで一緒に居る、そんな関係

―――つまりは?

 家族と呼べる身内

―――それはお前の力で手に入るだろう

 そうやって手に入れたものは、きっと俺が欲しいと思ったものじゃない

―――何故だ?

 そんなもの、偽物でしかない

 俺が欲しいのは、高価な偽物じゃない

 俺は、たとえ質素なモノでも、確かな本物が欲しい


―――クックック、そうか、そうか!

―――それなら私達がお前の本物になろう。

―――ようこそ紅魔館へ。


―――今日からここがお前の帰る家だ!




 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 もう嫌だ

 

 ――シャキン

 

 やめてくれ

 

 ――プスリ、ツツーッ

 

 これ以上、私の身体を

 

 ――シャキン、シャキン

 

 

玩具(オモチャ)にしないでくれ・・・!

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 紅魔館の一室には目を背けたくなる惨状が拡がっていた。

 床に落ちた腕と足。

 ダルマ状態になった霧雨魔理沙が。

 しかし、魔理沙は死んでいない。

 魔理沙からも、床に落ちている手足の切断面からも、一滴の血さえ流れることは無い。

 

 一瞬の出来事だった。

 時間操作で背後に回った比企谷に、裁ち鋏で四肢を切られた。

 ただそれだけの事である。

 裁ち鋏は何の抵抗もなく魔理沙の四肢を豆腐のように断ち切った。

 

 それを理解した瞬間、魔理沙は絶叫した。

 喉を痛めるぞ、と比企谷に口を塞がれるまで叫び続けた。

 冷静になってくると痛みも感じないし、血も出ないことに気付いた。

 状況全てを飲み込むことはできないが、命に関わるようなことではないと分かり、息を吐いた。

 

 やがて、落ち着いた魔理沙を見て、比企谷が口を開く。

 

「この継接『恐怖のツギハギ世界』は耐久型行動阻害スペルだ。

 この裁ち鋏で切られると、その部分の概念上の繋がりだけが切り取られる。

 つまり、霧雨と手足は離れているだけで、血も神経も繋がっている。

 また、体の一部を切り取られるとその対象者は一定時間動けなくなると同時にあらゆる攻撃を受けなくなるから、まあ一方的にボコボコにされる心配はない」

 

 比企谷の言うことは小難しくて、魔理沙には理解しづらい。

 ただ、何となく思ったのはそのスペルカードがちゃんと成り立っているのか。

 耐久型なのに相手を無敵にしてどうするのだ。

 

 そんな疑問が顔に出ていたのか、それとも予想していたのか。 比企谷は饒舌に語り出す。

 

「最後に登場するのがこの縫い針。切り取った部位を全部持ち主に縫い付けると、無敵状態が解除され、動けるようになる。

 ――ただ、縫い付けるのは元の通り出なくていいんだが」

 

 霊夢じゃないけど、魔理沙の感が警鐘を鳴らす。

 よく分からないけど、これは危険なスペルだ。

 それもきっと『離別』のスペル以上に。

 

「さて、このスペルの耐久時間は宣言から五分。

 あと三分程だがどんな愉快な人形にしてやろうか」

 

 あぁ、なるほど。

 こいつ、きっと人間じゃない。

 悪魔の類だ。

 

 

「とりあえず、左右取り替えっこしようか」

 

 比企谷はとてもいい笑顔で宣言した。

 

 

「霊夢ぅ!助けてくれぇえ!!」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 魔理沙の絶叫がこちらにまで響き渡る。

 

「あら、向こうは楽しそうね」

 

 霊夢と咲夜の弾幕の撃ち合いは、両方全く当たる気配がない。

 霊夢には直感が。

 咲夜には時間操作がある。

 

「あー、めんどくさい。【浮いて】やろうかしら」

 

 霊夢は焦れったくなり、奥の手を使ってしまおうかと投げやりになる。

 以前の時には動きを止めることて倒して見せたけど、そのことを警戒してか咲夜はなかなか御札の罠にかかってくれない。

 やはりめんどくさい事になった。

 あのスキマ妖怪は帰ったら絶対に退治してやる。

 

「ふふ、魔理沙の援護に行かなくていいのかしら」

「あんたが邪魔してるんでしょうが・・・!」

 

 本当にいい性格になったと思う。

 きっと比企谷の影響だ。

 そうに違いない。

 

「あぁ、でももう手遅れみたいね」

 

 咲夜は「可愛らしいお人形さんね」と微笑む。

 

 その視線の先を辿ると魔理沙がいた。

 一見、何も変わっていないように見えるけど、関節の位置や指の向きがところどころ不自然で―――

 

「―――っ魔理沙!」

 

「どうよ。関節ごとに左右交互にしてある。

 体を動かすのが大変そうだ」

 

 まるで他人事のように言う比企谷。

 

 

「――ひぐっ、ぅ、も・・・やだ・・・」

 

 魔理沙はまともに歩くこともできないのか、少し進んでは倒れ、不格好に立ち上がり、また倒れを繰り返す。

 泣き腫らした魔理沙の顔を見て、霊夢が激昂する。

 

「あんた・・・魔理沙に何したのよ!」

 

「何って、スペルカードだよ。耐久型行動阻害スペル」

「時間が経てばちゃんと戻るから安心しなさい霊夢」

 

 魔理沙の様子を見ると、血は出ていない。痛がっている様子もなければ、指の先まで動くには動いている。

 

 ――ああ。

 霊夢は色々と理解した。

 おそらく、比企谷の【繋がりを操る程度の能力】は、二つ以上の物があれば物理的にも概念的にも、切り離したり、くっつけたり出来る。

 それが人と人との繋がりという目に見えないものであっても、その繋がりを断ち切り、繋ぎ、全く違うものに作り変えることも出来る。

 これは直感だが、きっと比企谷がその力を発揮するのはスペルカードルール無視の戦いだろう。

 スペルカードルールでは制限があるから精神的にくる戦術やスペルが多い。

 そして、問題の他人の能力を行使する力。それは―――

 

 

「―――あんた、能力との繋がりを操ってたのね?」

 

「・・・怖いよサクえもん。巫女ペディアがいじめてくるんだ」

「思ったよりバレるの早かったわね」

 

 

 比企谷は、咲夜の能力を自分に繋げたのである。

 あの時、比企谷と咲夜の言っていた『許可』とは、能力を共有することに対してのもの。

 ただ能力を借りるだけなら、比企谷と咲夜は時間操作を使った時、バラバラに速度が変わったはず。

 おそらく、二人の動きが気持ち悪いくらいに一緒だったのは、能力を共有した際の感覚に慣れるため。

 

 だが、霊夢にとって能力との繋がりを操れるということはあまり大した問題ではない。

 比企谷の言う【繋がり】は、不定形で曖昧なものほど形を変えやすい。

 人と人との関係などいい的である。

 揺らぎ安いものほど、不安定なものほど、繋がりの綻びがわかりやすく見て取れる。

 まだ、どういう原理でそんなことが出来ているのかは分からないが、出し惜しみをしていると何も出来ないうちにやられると悟った。

 もし、霊夢と比企谷の繋がりを操られたら終わりである。

 

 あまり使いたくはなかったが、仕方がない。

 

「・・・来るわよ」

「なるほど。これが噂の反則技か」

 

 

 静かに告げる。

 

 

「『夢想天生』」

 

 

 【浮く】。

 ふわふわと。

 何にもとらわれない。

 能力からも、力からも、ありとあらゆるものから宙に【浮く】。

 世界から博麗霊夢という存在が浮かび上がり、心なしか透けて見える。

 

 魔理沙は知らないかもしれない。

 弾幕ごっこにおいて最強だと謂われる霊夢だが、本当は遊びにおいてでしか、霊夢に勝つ方法はないのである。

 【境界を操る程度の能力】を持つ八雲紫ですら、『夢想天生』で宙に浮いた霊夢に手を出すことはできない。

 

 故に、スペル無制限のこのルールの中では、比企谷の能力がどれほど強力であろうと、霊夢に勝つのは―――

 

 

 

 

「―――ブレイク。本質『【繋がりを操る程度の能力】』」

 

 

 

 ―――不可能な、筈なのに。

 

 落ちていく。

 堕ちていく。

 

 干渉されるどころか、空を飛ぶことさえできずに。

 自分の中から何かが消えて、別のモノを埋め込まれたような感覚の中、床に叩き付けられ。

 

 

「甘い。甘いな。マックスコーヒーより甘い。練乳かよお前」

 

 ああ、もう。

 だから嫌だったのよ。

 面倒臭い。

 

「宙に浮けば干渉されないと思ったか?・・・甘いんだよ」

 

 最初から分かっていた。

 この男が嫌な予感の元凶で、相性最悪な相手だってことくらい。

 

「繋がりを持つモノの定義は分かるか?

 それは形を変えるものだ。

 お前は、常に同じ形で、常に夢想天生を使っているのか?」

 

 比企谷の能力の範囲内に存在することと、夢想天生に干渉することとは別の問題であるなど、口にはしない。

 こういった時、巫女の感はとても便利で、全貌が透けて見える。

 

 

「分かってるわよ・・・全部、全部分かってるわよ。

 あんたの能力は、私にも能力にも干渉出来て、宙に浮いているのはあくまで私であって、能力自体が浮いてるわけじゃない。

 ・・・・・・そういうことでしょ」

 

 霊夢を浮かせるの【主に空を飛ぶ程度の能力】だが、能力自体が浮いているわけではない。

 また、霊夢が【主に空を飛ぶ程度の能力】からも浮くことが出来るわけでもない。

 だから霊夢と能力との繋がりを断ち切ることは出来るということ。

 

 

「・・・なんだよ。気づいてなかったんなら、その服装からとって『いちごミルクかよ』ってバカにしたんだが」

 

 

 本当に好き勝手言ってくれる。

 思わず乾いた笑いがこぼれた。

 

 

「さて、種明かしするとさっき使ったスペルは指定した複数人の能力を入れ替える行動阻害スペルの一種だ。

 俺が指定したのは霧雨とお前。

 つまり、お前には霧雨の魔法を使う力があるわけだが、まだやるか?」

 

 

 本当に、どこまでも嫌味ったらしく、性格の悪い男である。

 初めて感じる完敗の悔しさは、なぜかスッキリとしたものだった。

 赤いカーペットの上に仰向けに倒れる。

 

「あー、ハイハイ。負けよ、負け。負けましたー」

 

「なんだこいつ。負けてからの方がウザイんだが」

「基本面倒臭がりなのよ。そういうものだと思った方が早いわ」

 

 そんな比企谷の顔を見て、さらにスッキリした。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 博麗神社。

 

 黒い霧は晴れたがその頃には夜になってしまい、この日は陽の光が幻想郷に射し込むことはなかった。

 今日も今日とて参拝客ゼロの博麗神社だが、大賑わいを見せていた。

 異変解決後のお約束、大宴会である。

 

「なんなのよ・・・結局どっちに転ぼうが宴会はするんじゃない」

「気にすんな霊夢。妖怪どもは宴会がしたいだけだからな」

 

 ただ酒飲めるから儲けもんだがな、とご機嫌そうに酒を煽る魔理沙を霊夢が睨む。

 宴会をするのはいいが、その後の片付けを誰がすると思っているのかだろうか。

 毎度、大量に出る汚れた皿や盃、ゴミなどを片付けるのは霊夢の役目である。

 咲夜が手伝ってくれた時などは結婚してもいいと思った。

 そんなこと知るかと、魔理沙は酒の肴を求めて妖怪達に絡みに行った。

 

 霊夢もなんだかんだ言いながら酒を飲んでいると、また新しい一団が階段を上ってやってきた。

 今回の異変の主犯、紅魔館の連中である。

 

「ご機嫌いかがかな霊夢」

「最悪だわ。八つ当たりであんたを退治したいくらい」

「クックック、まあこれも運命だったと諦めろ」

 

 霊夢の方にやってきたのはレミリアだけで、他の連中は挨拶回りに行っている。

 改めてするほどのことだろうか。

 

 訝しむ霊夢の様子を察して、レミリアが笑う。

 

「なあに、あの博麗の巫女を倒したのだ。紅魔館の主として自慢したくもなるさ」

「あー腹立つわ。ここは私の家なんだから追い出してやろうか」

「巫女の器の小ささが、そのまま参拝客の人数に繋がっているのだろうな」

「うるっさいわね。元はと言えばあんたら妖怪が集まるせいで人が寄り付かなくなってんのに」

 

 

「―――ごきげんよう霊夢」

 

「出たな元凶め・・・」

 

 そろそろ来るだろうと思っていたら本当に現れた。

「元凶だなんて酷いですわ」

「胡散臭いのよあんた」

 

 この妖怪を相手にするのは本当に疲れる。

 何を考えているか分からないし、裏で何をしているか分からない。

 袖で口元を隠し、クスクスと笑う。

 

「負けて修行する気にはなったかしら?」

「しないわ。面倒くさいし、したところであいつをどうにか出来るとは思えないわ」

「ククク、ああ。この先一度もハチマンには勝てないだろうな」

 

 ・・・比企谷八幡は確かに強かった。

 博麗霊夢が勝てないほどに。

 博麗霊夢が勝てないなら、誰が勝てるのだろうか。

 

 

「・・・ねぇ紫、レミリア。もし、あいつが幻想郷を脅かす存在になったらどうするの?」

「バカねぇ霊夢。あの子がそんなことすると思うのかしら」

「あれを見てもそんなことを思うか?」

 

 

 レミリアが指を指す方向にいたのは件の人物。

 その周りには氷精や大妖精、常闇の妖怪、瞳を閉じた覚妖怪、フランなどが集まっている。

 子どもに好かれやすいのだろうか。

 彼女らのこどもっぽい会話に付き合う比企谷の顔は酷く優しそうで―――

 

 

「―――ごめん。やっぱ聞かなかったことにして」

 

「ふふふ」

「ククク」

 

 きっとしばらく、幻想郷は平和である。

 

 ◇◆◇

 

 

「お兄様ー!」

 

 何度食らっても慣れないフランのタックルを何とか受け止めること数回。

 

「ヒキガヤはあんまり美味しくないのかー」

 

 ルーミアという人食い妖怪に手を齧られること数回。

 

「おいそこの変な目のやつ!あんたアタイにジュース入れてきなさい!」

「チ、チルノちゃ〜ん!」

 

 チルノにパシられ、それを宥める大妖精が可愛いこと数回。

 

「おにーさーん、私のこと見えてるんでしょー?無視は良くないなーって思うの」

 

 妹の方の覚妖怪に背中にまとわりつかれて数十分。

 

 

「・・・・・・流石に疲れた」

 

 子どもって元気だなーと見守っていたらいつの間にか彼女らの話を聞かされることになり、何を話してるかほとんど理解出来なかったが途中から俺を敵役として妖怪退治ごっこなるものをすることになったのだ。

 俺が敵役なのは一番妖怪っぽいからとかそんな理由じゃないよね?

 

 彼女らは遊び回って疲れたのか、はたまた酒を飲んで酔ったのか、転がって寝ている。

 唯一大妖精だけは起きていて、寝てしまった三人に布団を掛けてあげている。天使かよ。

 

 

「おーいヒキガヤ」

 

 天使を眺めているとお呼びがかかったので、まとわりついたまま寝てしまった覚妖怪を引っさげてそちらに向かう。

 声をかけたのは意外にも霧雨だった。

 

「どうした。言っておくが号泣してたのなんて見てないから。子どもかよとか思ってないから」

「いちいち達者な口だなオイ・・・!私は一生根に持ってやるからな!本当にトラウマなんだぞあのスペル!」

 

 ふむ・・・死ななければいいと思っていたが、刺激が強すぎたか。

 と言うより、やはり男に弾幕ごっこは合わないと俺は思う。

 綺麗な弾幕なんて全く思い浮かばないし、弾幕の綺麗さもあれだけどそれを撃つ人の可憐さも重要だと思うんだよ。

 油ギットギトのデブ、ヒゲ、臭そうの四拍子揃ったおっさんが華やかな弾幕の中心にいても「お前じゃない」となるに決まっている。

 

「次の異変解決には絶対に借り出してやるからな!人間なんだから嫌だとは言わせないぜ」

「嫌だ」

「言わせないって言ってんだろ!」

 

 何とからかいがいのあるやつだろうか。

 霧雨を見ているとあいつを思い出す。

 現世で―――――誰だっけ?

 ・・・あぁ、忘れたのか。

 ―――何を?何が?

 

「・・・・・・?」

「ん? おーいどうかしたのか?」

「・・・もう歳かな」

「何歳だよお前」

「十七」

「ああ、そりゃもう歳だな」

「そうか。隠居でもするかな」

「ああそうかい。・・・くく」

「・・・何を笑ってるんだか」

「いや何、大したことじゃないさ。

 異変の時にあれほど憎くて絶対に三回はぶっ殺してやるって思ってたからな」

「そこまでかよ」

「ああそこまでさ。あれほど惨めな気分になったのは初めてだったからな」

 

 霧雨は夜空の景色を酒に映しこませるように傾け、飲み干した。

 しかし、その中に月はなかったように思える。

 

「満月なのに月見酒をしないのか」

「ああ。月も嫌いじゃないが、私は星が好きなんだ」

 

 なるほど。星の魔法使いね。

 

「俺は太陽じゃなければ何でも」

「吸血鬼の従者だからか?」

「いや、暑いの苦手なんだよ」

「くく、そうかい。お前も飲むか?」

「俺未成年なんだが」

「幻想郷にそんなの関係ないぜ。私の方が年下だ」

「今すぐその酒を離せ」

 

 でも、まあ。郷に入っては郷に従えか。

 霧雨から酒を強奪し、口につけようとして―――

 

「―――いや」

 

 少しの間をおいて酒を返す。

 

「なんだ?結局飲まないのか?」

「まだ成長止まってないからな。お前も慎ましすぎる体になりたくないなら控えることだな」

「オイお前どこ見て言ってんだこら!」

 

 立ち上がり、叫ぶ霧雨を無視して歩き出す。

 

 目的の人物を見つけると背中の覚妖怪を床に下ろし、代わりにフランを抱えあげる。

 そして、ある集団の元へ。

 

 しばらく歩き、紅魔館の住人たちが集まる場所に腰を下ろす。

 

「あら、妹様は眠ってしまわれましたか」

「む・・・んー、起きてるよ」

 

 咲夜の声に反応してフランが目覚める。

 

「ハチマン、酒は飲んでいるか?」

「いや、飲んでない」

「もったいないですよハチマンさん。せっかくの宴会の席なのに」

「そうね。少しくらいハメを外してもいいと思うわ」

「パチュリー様も少しは飲まれていますし」

 

 みんなの酒の勧めに対する答え。

 宴会の熱に浮かされてか、それはスっと口から出た。

 

 

「初めての酒だから。紅魔館の皆と飲みたかった」

 

 すると、目の前の彼女らは信じられないものを見ような顔をした後、表情を緩める。

 レミリアからワインの入ったグラスを差し出され、それを受け取る。

 フランも目が覚めたのか自分の分のワインをグラスに注ぐとこちらに向けて差し出し、微笑む。

 彼女らと目を合わせると同じように微笑まれ、グラスを差し出される。

 

「では、巫女を打ち倒したかわいい従者たちに・・・か?」

 

 レミリアの試すような問に首を横に振る。

 そして、咲夜と一度目が合い、クスクス、くつくつと。

 

 

「「紅魔館のみんなに」」

 

 

 チン、と大宴会には相応しくない静かな音が鳴った。

 素敵な家族に囲まれて初めて飲む酒は、美味しくはなかった。

 だがまあ、悪くはなかった。

 

 




 ◇後書き◇

 一応、これで本編は終了となります。
 自分の書きたい話だったり、リクエストがあればそれを書いていきたいと思います。


 ◆読者の皆様のおかげでルーキー日刊ランキングの9位に乗りました。
 また、お気に入りが100件超えました。
 これからも応援よろしくお願いします。


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不死の呪い
第五話:比企谷八幡の災難




 ―――あなたの名前は?


 比企谷八幡だ


 ―――私はフラン。フランドール

 ―――ハチマンは壊れないんだね

 ―――あハ、もっト私とアソビましょウ?


 ああ、いくらでも付き合ってやる


 ―――・・・ねぇ、どうして?

 ―――みんな私をひとりぼっちにした

 ―――外は危険だって嘘ついて

 ―――きっと私が怖いから

 ―――ハチマンは私が怖くないの?


 お前の能力も狂気のことも姉の方から聞いた

 俺だって死ぬのは怖いし、痛いのもごめんだ


 ―――なら、どうして?

 ―――私、きっとハチマンも壊しちゃう


 そうか。フランは知らないのか

 どんなに怖くて辛くても

 妹が泣いていたら


 お兄ちゃんはじっとしていられないんだ




 

 

 ◇◆◇

 

 

 ことの始まりは幻想郷中にばらまかれた文々。新聞の号外だった。

 

 天狗の作る新聞はその殆どが仲間内だけで見せ合うもので、妖怪の山の外のことなど全く取り上げられていない。

 だが、射命丸文の書く文々。新聞は、本人がネタを探しに幻想郷を飛び回るため、幅広い幻想郷中のことが比較的詳しく乗っている。幻想郷の中では数少ないまともな新聞である。

 その文々。新聞で、大きく取り上げられた記事があった。

 

【博麗の巫女、まさかの敗北!?】

 

 今や人里の住人にも地底の妖怪にも、それを知らない者はいない。

 むしろ殆どの幻想郷の住人達がその部分にだけ目を向けていたのだが、二人・・・いや、三人ほどが別の部分を食い入るように見つめていた。

 

【なお、博麗の巫女の話によると、紅魔館の妖怪執事は相手の能力を入れ替えることが出来るとの―――】

 

 

 ―――グシャリ。

 

 新聞を握りつぶした蓬莱の人の形はその口元に三日月を描く。

 

 

「悪いね外来人。利用させてもらうよ・・・!」

 

 

 これは、呪いの押し付け合いに巻き込まれた、哀れな執事の物語である。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 それは、本当に唐突な出来事だった。

 

「頼む、紅魔館の従者殿!」

 

 咲夜から買い出しを頼まれ、人里の商店街のようなものを歩き回り、途中どこからともなく現れた氷精、天使、常闇の妖怪、虫妖怪にまとわりつかれていたところ、いきなり名前も知らない女性に土下座されてはどう反応すればいいのか分からないもので。

 

 最近咲夜に習って癖づけるようにしている紅魔館の従者らしい丁寧な口調で声をかける。

 

「あの、とりあえず頭をあげて欲しいのですが」

「いいえ、そういうわけには!」

 

 違うんです。違うんですよ。あなたはその姿勢だから分からないと思いますけど、周りの視線が凄いんですよ。

 

『 何で妖怪が人里に先生とどんな関係なんだあの妖怪野郎先生を服従させてるぞいざとなったら刺し違えてでも―――』

 

 何やら物騒なことを口にするし俺は妖怪じゃねえよ泣くぞコラ。

 

「あのですね、事情も話さず頭を下げられても困るんですよ。話くらい聞きま―――」

 

 がしっと。

 

「ほ、本当だな!?嘘じゃないな!?これで嘘だったら頭突きだぞ!?分かってるんだろうな!!」

 

 早まってしまったかもしれない。

 先程までの低姿勢は何処へやら、今ではものすごい剣幕で詰め寄って来て、挙句には胸ぐらまで掴まれる始末。

 先生って呼ばれてたけどこの人本当に人間なの?服からビリッて音が鳴ったんだが。

 どうしてくれるんだよオイ。咲夜に怒られるの俺なんだけど。

 

 仕方ない。

 

 

「離れて下さいと、言っているでしょう」

 

 スッ――と。

 言霊でも宿っていたかのように女性の手が離れる。

 勝手に離れてしまった自身の手を見て、女性が不思議そうな顔をする。

 

「これは・・・」

「何も不思議なことはないでしょう。私たちは()()()()()()()()()というだけです」

 

 【繋がりを操る程度の能力】による人との関係の再構築。

 元々赤の他人でしかなかったが、改めて()()()()()()()()()()()()()()()になった。

 ただそれだけの事。

 そうあるはずだった形に戻しただけ。

 

 さて、と話を戻す。

 

「それで、あなたの要件は何でしょうか」

「あ、あぁ。実はな――――」

 

 

 それは、本当に突飛な話で。

 

 

 ◇

 

 

 頭が痛い。

 「頭痛が痛い」とか言っちゃうレベルに痛い。

 ていうか目の前の頭痛の種は「頭痛が頭痛」とか言っちゃうくらいに頭がアレなのでどうしたらいいのだろうか。

 

「あのな、チルノ。1+1がどうしてそうなるんだ。お前の目は一体幾つあるんだ」

「目は誰でも二つしかないに決まってるじゃない。子分はバカね」

「1+1は?」

「9よ。アタイったら最強ね!」

 

 最凶ですね分かります。

 

 と、まあこれがあの女性―――上白沢慧音先生からの要件。ちびっ子どもに懐かれているから是非寺子屋で先生をやってみて欲しいと。

 なんでも、彼女の授業は人気がないらしく、子どもたちからも不満の声があるらしい。そして、彼女自身も生徒から避けられることがあるようで。

 そこで、俺の授業の様子を参考にしたいとのこと。

 

 紅魔館のみんなに事情を話し、了承得た翌日。さっそく一日先生体験をしたのだが―――

 

「じゃあ、次この問題分かるやつ」

「ハイ!」

「チルノ以外で誰かいないか」

「はーい、ヒキガヤ〜」

「おう、ルーミアは分かるのか」

「お腹空いたのかー」

「分かるやつはいるかなぁあ!?」

 

 こんな感じである。

 上白沢先生すげぇよ。いつもこんなの相手にしてるのかよ。俺だったら二日もしたら逃げ出して―――

 

「は、はい!」

「ん、分かるか大妖精」

「37・・・ですよね?」

「おお、正解だ。よく分かったな」

「いえ、あの、ヒキガヤさんの教え方が上手でしたから」

 

 ―――いや、このクラスは大丈夫だ。天使がいる。

 数学苦手な俺が教え方上手いわけが無いというのに。

 

 ここまで、国語、歴史と教えてきたが、上白沢先生から聞いていた話より好感触な反応。

 あまり問題も見られないため、これは一度彼女の授業の様子を実際に目で見た方が早そうだ。

 

「さて、今日の俺の授業はここまでだ」

 

「えぇー、慧音先生の授業は眠くなるんだけどなぁ」

「私もずっとこのままでいいんだけどなー」

「ヒキガヤは頭突きしてこないからなのかー」

「わかった!答えは99ね!」

「チ、チルノちゃん・・・」

 

 予想以上の人気のなさ。ホタル妖怪に夜雀、ルーミアが全否定とはいったいどんな授業なのか。

 チルノはバカで天使は可愛い。

 あと、先生。頭突きは良くないと思います。

 だが、彼女の授業を見ないことには何もわからない。

 

「では私は後から見ていますね」

「う、うむ。あまり見られると緊張してしまうのだがな」

「終わったら悪かった点など指摘しますので」

「わかった、頼む」

 

 さて、いったいどんな授業なのやら・・・

 

 

 ◇

 

 

 それからしばらく彼女の授業を見学して、途中物申したい所をなんとか飲み込んで、ようやく授業終了。

 手を振って元気にさようならをするちびっ子たちに手を振り返して見送り、先生と教室に二人。

 

 結論から言う。

 

「先生の授業は高度過ぎて幼い子には理解できないと思います」

「そ、そうなのか?」

 

 彼女の授業は、外の世界なら並の高校生でも理解できないほど難しいものだった。その上、教え方も悪い。

 

「勉強というのは、理解できないことを理解できる言葉で学ぶものです。理解できない言葉で説明しても何も分からないのは当たり前でしょう?」

 

 子どもたちからすれば、外国人や宇宙人に説明されているのと何ら変わらない。

 全て知らない言語なら、理解出来ることなど何も無いのだから。

 

「私から言えるのは、一から順番に教えること・・・くらいですかね」

「そうか・・・ありがとう。とても参考になった」

「あと頭突きはダメです」

「ぅ、やはりダメか?」

「ダメです。先生が避けられてるのもそれのせいですよ。というかあんな威力で頭突きしたら死んでしまいます」

 

 居眠りしたルーミアに対し彼女が繰り出した頭突きで、轟音とともに教室が揺れたときは思わず飛び出してルーミアの安否を確認してしまったほどだ。

 幸い、妖怪だったので大したケガもなかったが、あんなのを人間の子どもに喰らわしてしまったら本当に命が危ない。

 

「まあ、先生は授業自体はしっかりしているので、今言ったことを守って頂ければ問題はないと思います」

「君にはできればここで働いて欲しいよ」

「ハハ、私は従者ですよ。これはあなたの問題で、あなたがやるべきことです」

「厳しいな君は・・・・・・人里で困ったことがあったら私に頼るといい。力になろう」

「では、私の代わりに家のメイド長の力になってやってください」

「む・・・君は家族思いだな」

 

 当然だ。

 俺にとって紅魔館のみんなは家族で、幻想郷において家族というものは恋人などよりも確かな関係で、本物なのだ。

 俺は幻想郷に来る前の人との関係、またはそれによる出来事などを全て忘れてしまっているらしいのだが、妖怪の賢者曰く「あなたはシスコンさんだったわ。いえ、今もそうね」とのこと。そのことについては俺もよく分かっている。フランは可愛い。紅魔館に行ったばかりのときは一悶着あったが、今ではフランの従者兼兄だ。それに幻想郷に入ったばかりの時に妖怪の賢者にどんなところに行きたいかと聞かれ「妹がいるところで」と答えたほどだ。

 

 彼女の言葉には返さず、軽く頭を下げる。

 

「では、機会がありましたらまた」

「きっとあるさ。ではまたな」

 

 

 先生と別れ、少し駆け足気味に紅魔館へ向かう。

 帰ったらきっと不機嫌であろうフランの相手をしなければならない。それに、紅魔館の家事仕事も手伝わなければ。

 咲夜の時間操作を借りて本をたくさん読みたいし、門前で暇そうにしている美鈴の相手もしなければならない。

 

 本当に毎日やることが多くて―――

 

 

 

「―――お前が紅魔館の外来人だな?」

 

 誰だ、と。何事だと。

 そんなことを考える間もなかった。

 

 最初に認識したのは、熱。

 異常なほど高い熱を感じ、振り返ると炎の翼が目に入った。

 そして、それの元をたどっていくと、白。

 髪も。

 肌も。

 その存在も。

 アルビノなのだろうか。

 目が赤い。

 綺麗な顔立ち。

 幻想的だ。

 

 だというのに。

 

 こんなにも綺麗なのに、なぜ穢く見えるのだろうと思った。

 

 

「私は藤原妹紅」

 

 それは美しく、

 

「アンタに頼みがあって来た」

 

 そして穢く、

 

「ただ悪いが、拒否権は与えてやれない」

 

 

 何て残酷なことだろうか。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ゴウ、と。

 数千度を超える火柱が立ち上る。

 能力の副次効果のおかげでこれほどの高温でも視覚でとらえることが出来たため、なんとか回避する。

 

「待ちな!」

 

「参ったな・・・」

 こんなことなら咲夜の時間操作を借りておけば良かったと後悔。

 【繋がりを操る程度の能力】は直接触れるか目で見て認識しないと能力を発動できないため、今は使うことが出来ない。

 時間操作が使えない状態だと身体能力は高くないため、幾ら逃げても追いつかれてしまう。

 

「待てって言ってるだろうが!」

 

「無理。拒否する。従う義理がない。こっちはワガママなお嬢様のお世話をしなければならないんでな」

 

 口ではそう言うが実際問題、相手が厄介過ぎて困る。

 概念的に四肢を断ち切って動けないようにしようと思ったのだが、本当に困ったことにこの藤原妹紅とやら。本人と四肢に概念的な繋がり無いのだ。

 【繋がりを操る程度の能力】は副次効果で、意識するとあらゆる繋がりを視覚でとらえることが出来るのだが、目の前の少女の体構造は無茶苦茶だ。

 今まで様々な人の繋がりを見てきたが、誰もが複雑な繋がりを持っていた。

 しかし、彼女は真っ白だ。真っ白に見える、と言った方が正しいだろうか。肉体における概念的な繋がりが全く存在しない。

 だから困った。

 物理的に四肢の繋がりを切ってしまうか。

 それとも―――

 

 

「―――いいわ。彼女の頼みを聞いてあげなさい」

 

 幼く、それでいて何故か威厳のある声。

 顔を上げるとそこには日傘を差した紅魔館の主が。

 

 何故レミリアがここに・・・・・・いや、そんなことはどうでもいい。

 

「レミリア、・・・・・・お嬢様。太陽が出ていますので紅魔館に戻ってください。私はこの者の四肢を切り飛ばしましたら直ぐに仕事に戻りますので」

「フフ。彼女にはそんなことをしても無駄よ。それと―――これは運命よ。これ以上の言葉は必要ないわね?」

 

 その一言で理解。

 瞬時に戦闘態勢を解く。

 

「そうですか・・・・・・では、私はどのようにすれば?」

「あなたの思うがままに」

「了解致しました。フラン様に申し訳ありませんとお伝えください」

「ええ」

 

 それだけ告げるとレミリアはその姿を無数の蝙蝠に変え、紅魔館へ戻って行った。

 改めて見るとレミリアも不思議な繋がり方をしている。

 元の状態と蝙蝠になった時では別の生物になっているようで、繋がり方が全く違う。

 

 

 

「話は済んだか?」

「えぇ。レミリアお嬢様からお許しが出ましたので、ついて行きますよ」

「・・・・・・何だ、気持ち悪い喋り方だな」

「レミリアお嬢様の運命に巻き込まれた者は皆、お嬢様の娯楽の対象ですのでお客様として接するように心がけております」

「ふーん。ま、どうでもいいけどね。案内するからついてきて」

 

 言って、こちらの返答を聞くこともなく炎の翼を広げて飛んで行く。直ぐに追おうと空を飛ぶが、そのスピードはかなりのもので普通に飛んでは追いつけそうにない。そのため視認できているうちに彼女の翼を借りることにする。

 が、しかし。肩付近に異変が。

 

「・・・・・・何だこれ。なんとも言えない異物感が」

 

 自在に動かせるのだが、触覚が備わっている訳ではなく何とも言い表すことができない感覚。ただ、霊力で飛ぶよりも簡単なのは事実だ。

 

「へぇ、噂に聞いた通りの能力じゃないか」

 

 ちゃんと付いてきているかこちらを向いた藤原妹紅が驚嘆、というよりも興味深そうに口元を歪める。

 

「アンタの事は人里でも妖怪の間でも噂になってるよ。【力をうつす程度の能力】だとか【何でもできる程度の能力】だとか」

 

 なるほど、と一つ納得。

 どちらもあながち間違ってはいないと思う。

 力をうつすとは、能力を他人に()()たり、相手の能力を自分に()()たりだろう。霧雨の言った【力を借りる程度の能力】よりはよほど的を射ている。

 何でもできる、も大きく見れば間違いではない。が、どちらかと言うと【何にでも干渉できる程度の能力】か【何でも操る程度の能力】の方がしっくりくる。

 【繋がりを操る程度の能力】は二者間以上の関係を思いのままにできる力だが、究極的には形を変えるもの、複数の存在から成り立っているものは全て思いのままにできる。

 この世の生物や物体は無数に集まった最小単位の物質から出来ていて、こと生物に関しては完全な単体の物質のみで成り立っているものなど存在しない。つまり、実質何にでも干渉することが出来る。何でも操ることが出来る。

 今はまだこの目で見えている繋がりは少ない方で、もっと知識をつけてあらゆる物の見方ができるようになれば、未知である藤原妹紅の肉体における概念的繋がりなどにも干渉できるようになるだろう。物理とか化学とかが得意だったらリアルお兄様の分解とかが出来たのだが、理系の成績はご察しの通り。・・・・・・外の世界の人のことは覚えていないのに、アニメや漫画、小説のキャラは覚えているとはこれ如何に。

 まあ詰まるところ【繋がりを操る程度の能力】の唯一と言ってもいい弱点とは、この能力の所持者の無知さというわけだ。そういう意味では、発展途上中のこの能力は【何でもできるようになる程度の能力】と言ってもいいかもしれない。

 

「似たようなものですが、私の能力は【繋がりを操る程度の能力】といいます」

「繋がりか・・・・・・なるほどな。永琳の推測は正しかったわけだ」

「永琳とは?」

「ああ、そいつは―――いや、もう着いた。会えば分かるさ」

 

 彼女は途中で言葉を切り、空中で翼を消し竹林の中へ落ちていく。

 確かこの竹林は迷いの竹林と呼ばれていたはず。

 一見何もなさそうに見えるが・・・

 

「・・・・・・おぉ?」

 

 彼女の落ちていった軌跡通りに自分も落ちていくと、急に目の前に大きな屋敷が現れた。

 紅魔館と比べると大した大きさではないが、それなりの大きさの和風建築の屋敷を見ては唸らずにはいられない。

 洋風の豪華な館もいいけど、やっぱり木造建築もいい。畳欲しい。今度レミリアか咲夜に頼んでおこう。

 

 落ち葉でいっぱいの地面に降り立つと、目の前には『永遠亭』の看板が。確かレミリアの話では凄腕の薬師がいて人里や妖怪たちにも自作の薬を比較的安価で売っているのだとか。パチュリーもここの薬にいつも助けられていると言っていたような。

 

 辺りをキョロキョロ見回すと永遠亭以外は特に何も無い。目印となる物も。いったいどうやってここに辿り着けばいいのか。

 ただ、足元を観察すると土の繋がりが妙に不自然で、円形に薄くなっている部分が多数見られる。落とし穴だろうか。・・・・・・円形脱毛症とか頭頂部が禿げてるとか言ってるわけじゃないよ?

 

 さて、藤原妹紅はもう先に中へ入ってしまったようだしどうしたものか。入ってしまってもいいのか、彼女が呼びに来るまで待つべきか。

 

 そうやってウンウン唸りながら挙動不審にしていたからだろうか。

 

 

 

「―――そこの不審者。手を頭の後ろで組んでゆっくりこっちを向きなさい」

 

 

 もう既に嫌な予感しかしないのだが、ことを荒立てないようにするため大人しく指示通りに従い声の主の方を向く。

 そこに居たのは、ブレザーとスカートを身につけたうさ耳少女。手をピストルの形にしてこちらに向けていて、それがおふざけではないことが気迫で伝わってくる。そしてそれ以上にこちらの目を見つめる彼女の赤い目から視線を逸らせない。

 

 

「あなたは何者でここに何の目的で来たのか答えなさい。狂いたくなければ嘘をついたり妙な行動はしないことをオススメするわ」

 

 

 何なんだ。昨日も今日も厄日なのか。

 

 

 




 ◇後書き◇

お久しぶりです。

今回は寺子屋組の絡みと、次の話に繋がる部分の話ですね。
次の話はほとんど書き上がっているので直ぐに投稿出来ると思います。

伏線貼るのって難しいですよね・・・

皆様のおかげで、いつの間にかお気に入りが300件突破してました。
応援ありがとうございます。
評価の方も是非お願いします。



また、これは相談なのですが、評価1を付けた人が何故そう評価したのか気になってその人たちの評価傾向を見させてもらったのですが、どうやら比企谷八幡クロス、または比企谷八幡が登場する作品全てにおいて低く評価していたのですが、タグだけでは分からないのでしょうか。
相談に乗っていただけると嬉しいです


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第六話:白き穢れ

 ここが紅魔館か。でかいな


 ―――止まりなさい、そこの妖怪


 誰が妖怪だ。人間だよ


 ―――あれ?確かに気の流れは人間のような


 この館の住人か?


 ―――そうですよ。私はここの門番です


 門番・・・・・・どうしたら通してくれるんだ


 ―――それは弾幕ごっこしかないでしょう


 弾幕ごっこ・・・?


 ―――・・・・・・あなたもしかして外来人ですか?


 外から来たって意味ならそうだ


 ―――困ったなぁ、この対応は聞かされてないのに

 ―――とりあえず、名前をお聞きしても?


 比企谷八幡だ


 ―――ヒキガヤさんですね?わかりました

 ―――それにしてもどうすれば・・・・・・


 ―――美鈴。その方はお嬢様のお客様よ

 ―――ここからは私が引き受けるわ

 ―――では、お客様。参りましょうか


 どこに?


 ―――紅魔館の主の元へお連れいたします

 ―――自己紹介が遅れました

 ―――私は紅魔館にてメイドをしております

 ―――十六夜咲夜と申します


 ―――以後お見知りおきを



 ◇◆◇

 

 

「本ッ当に、ごめんなさいぃいい〜〜〜!!」

 

 

 先程までの「指一本でも動かしたら殺す」と言わんばかりの殺気とオーラはどこへ行ったのか。土下座をしてへにょりとうさ耳を地面に垂らす少女がそこに居た。

 

 名前と紅魔館に住んでいることを言ったあたりから「え、もしかして師匠のお客様?」「博麗の巫女を倒した妖怪?」などと呟きながら顔を青白くさせていき、藤原妹紅に連れられて来たことを告げたと同時にこの状態になった。妖怪じゃねえよ。

 そういえば藤原妹紅も目の前の少女も宴会の席には居なかったかと納得。

 しかし、こうして謝罪されているのだがさして彼女に対する恨みなどもなければ、ちゃんと会話する意志もあり間違ったことの謝罪もする辺りむしろ好印象である。上白沢慧音先生とは違って。先生とは違って。どこかの頭突き教師とは違って。

 脅迫紛いの身分調査も家族を思ってのことと考えると親近感さえ湧くほど。

 

 

「まあ、何だ。こっちも挙動不審だったと思うし、そんなにされちゃ罪悪感が湧くからとりあえず顔を上げてくれないか?」

 

「・・・・・・え?」

 

 

 土下座してうさ耳と服が土で汚れてしまったので胸ポケットに入れているハンカチを差し出したのだが、目の前の少女は顔を上げると何が起こったと首を傾げる。

 そして、こちらの顔とハンカチを数度視線で往復させると一瞬動きが止まり、状況を理解し飲み込み、目元が潤み―――決壊。

 

 ―――え?

 

 

「ちょ、」

 

「うぁぁあああん!!!!!!」

 

 

 号泣である。

 

 何、何なの?ハンカチ臭かったの?俺が嫌だったの?俺みたいなやつから慰められたことがショックだったの?

 いきなり号泣しだした少女にあたふたする。何か慰めの言葉をかけようとして思い浮かばず、それなら身振りで伝えようとしたのだが、結果口と手をわちゃわちゃさせるだけになった。

 どんだけ挙動不審だよ俺。

 そしてそんな間にも少女は泣き止むどころか声量が大きくなっていく。

 

「待って泣かないで本当にお願いだから。この絵面完全に俺犯罪者だから」

 

「うぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

 

「ちょ、社会的に殺しにきてるだろオイ」

 

 

 ダメだ、このままでは本当に犯罪者にされてしまう。

 

 その時、かさりと草が揺れる音がした。

 

 

「―――いいものを見たウサ♪」

 

 

 それは子どもの姿をした胡散臭い妖怪兎。

 その妖怪はウンウン頷くとぴょんぴょん跳ねるように永遠亭の中に入って―――

 

 

「―――させるか」

 

「ウサっ!?」

 

 

 能力で妖怪の両足を地面に縫い付ける。

 概念的に繋がってしまっているから、もしこの妖怪がとんでもない怪力だったとしてもどうしようもない。

 

 

「良かったな。大地がお前と離れたくないってよ」

 

「何て人間ウサ!これまで人間に幸せを届けてきた因幡の素兎になんてことをするウサ!!」

 

「へぇ、因幡の素兎とは大きく出るな。じゃあこの辺りの落とし穴は何だ?」

 

「し、知らないウサよ」

 

「そうか。一生の伴侶は大地がいいのか」

 

「・・・・・・ああ、はいはい。参りましたよ。だから早くこれ解いてほしいんだけど」

 

 

 ついに猫をかぶることすらやめた妖怪兎はヤレヤレと首を振る。

 

 

「あ~あ、せっかく鈴仙をからかうネタが手に入ったと思ったのになぁ」

 

「ハッ、因幡の素兎が聞いてあきれるな」

 

「あ、もしかして信じてない?」

 

 

 これには無言でうなずいて肯定する。

 

 因幡の素兎には、因幡に行くためにワニを騙し利用しようとして最後で詰めを誤りその身の皮を剥がれたという日本神話の有名な話がある。また、その追い討ちに、ヤガミヒメという女神に求婚するためのレースに参加していた八十柱の神に「皮を剥がれた傷が痛むなら身体に海水を塗りこんで風に当たっていれば良くなる」と出鱈目を吹き込まれ、傷を悪化させてしまう。そこに現れたオオナムチという神が他の神とは違う適切な治療法を教え、傷が治り、感謝した素兎が「ヤガミヒメはオオナムチ様を夫に選ぶでしょう」と予言をし、見事その通りとなる。オオナムチは後にオオクニヌシへと名前を変え、日本神話において様々なエピソードを残すことになった。

 この逸話から因幡の素兎は縁結びの神として祭り上げられることになる。

 

 目の前の妖怪兎が因幡の素兎本人であるなら、自分より明らかに高位な存在なわけだが。それに、幸せを届けてきたと言っても全く真逆のことをしているため全く信じることができない。

 

 

「なら、足元を見てみなよ」

 

「足元・・・?」

 

 

 言われて目を向けた足下は緑の絨毯。自分の足下だけではなく辺り一帯に大量のクローバーが敷き詰められていて―――

 

 

「・・・・・・おいおい、勘弁してくれよ」

 

 

 ―――自分の足下のそれらだけが全て四つの葉を持っていた。

 

 

「私は因幡てゐ。能力は【人間を幸運にする程度の能力】。四つ葉のクローバーなんて、十万分の一の確率もあるんだからレアでも何でもないけどね。

 それで、どう? 信じてくれた?」

 

「・・・ああ、それはもう信じたさ」

 

 

 ここまでされて信じない訳にはいかないだろう。まったく、簡単に言ってくれる。十万分の一というのがどれだけの数字かわかっているのだろうか。数学についてはよくわからんが、おそらくサイコロを六つ振って全部同じ目がでる確率より低いだろう。

 

 しかし、幻想郷は忘れら去られたものたちの集う場所だと聞いていたが、なかなかどうして有名な妖怪や神なども結構いるものだ。

 因幡の素兎なんかは特にそうだが、聞いた話では酒呑童子や茨木童子、諏訪大戦の二柱までいるのだとか。レミリアもヴラド公が祖先らしいし、つまりはフランもそういうわけで。

 

 ・・・・・・忘れ去られたのって俺だけじゃないのかと思い始めてきた。

 

 

「あ、あのぉ」

 

 

 陰鬱な思考に沈んでしまいそうになったところ、ようやく泣き止んだ―――鈴仙と言ったか。が、遠慮がちにおずおずと手をあげる。

 

 

「すいません、先程はご迷惑をお掛けしました。あれほど優しく接してくれたのは最近の記憶にはなくて・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・何かとても悲しいことを聞いた気がするがきっと気の所為。

 

 

「てゐは悪戯ばっかりしてくるし姫様は無茶振りばっかりするし師匠は色々変なセンスしてるし実験台にしてくるし」

 

 

 ああ、これはあれだ。

 

 

「・・・・・・まあ、その、何だ。なんかすまん」

 

「いえいえ、あなたに悪いところなんてどこにもないじゃないですかぁ。悪いのは全部てゐと姫さまと師匠、そして無能な私なんですからぁウフフフフ」

 

「ちょ、鈴仙!痛い痛い痛いってば!」

 

 

 何か地雷のようなまずい何かを踏み抜いてしまったか。溜まりに溜まった感情をぶつけるように因幡の耳をギリギリと引っ張る。何やら悲鳴を上げているが俺には関係の無いことだ。

 しかし、このままではいつまで経っても話が進まない。誰かこの事態を収めてはくれないだろうか。

 そう思っていた時、

 

 カララ・・・

 

 乾いた戸が開く音がした。

 

 

「あなたが噂の外来人さんかしら?」

 

 

 透き通った、声を聴いた。

 魔法でもかかっているのだろうか。

 甘ったるく耳にまとわりつくような感覚。

 一度聴いてしまったらもう一度、と望まずにはいられない。麻薬のような甘い声。

 そして引き寄せられるようにその声の主の方に視線を向ける。

 

 

「――――――」

 

 

 声が、出なかった。

 息を呑む。

 究極の美を体現したような存在がそこにいて、思わず感嘆のため息が出てしまいそうになった。

 一目見た瞬間その存在全てが欲しいと、下卑た思考が欲望のままソレを掴み取ろうと手を伸ばし―――悪寒。

 

 

「失礼します」

 

 

 そのまま振り下ろし、繋がりを断ち切った。

 

 実際に手を伸ばしていた訳では無いが、いきなり謝礼を述べたこちらのことを訝しむ者がいた。鈴仙とてゐがそうで、理解出来たのはたった今永遠亭から出てきた三人。

 

 

「あら、不思議ね。あなたは男のはずだけど」

 

「ハン、お前に魅力がないってことだろ」

 

「やっぱり面白い能力を持っているようね」

 

 

 一人は真っ白な藤原妹紅。あとの二人は長い黒髪の美人と、赤と青の奇抜な服を着ていて咲夜のような銀髪の人。

 三人とも全く違う姿をしているけど、俺の目には共通の何かが見えていた。

 

 

「あなた男よね?男だったら私を見てまともにいられる筈はないんだけど」

 

「ええ、私は人間で、男ですよ。ただ、あなたのソレは呪いのように感じましたので、繋がりを断ち切らせて頂きました」

 

「ふぅん。あなた、『目がいい』のね」

 

 

 向こうが察してきたところで、こちらも確認するように疑問を口にする。

 

 

「失礼ですが、貴方達三人に、死はありますか?」

 

「―――」

 

 

 核心に触れたと思う。三人が息を飲んだまま何も答えないのが何よりの証拠。

 思えば最初からおかしかった。藤原妹紅の肉体に概念的な繋がりがなかったこと、レミリアが四肢を断ち切っても無駄だと言ったこと。

 

 

「それが頼みたいこと、ですね?」

 

「・・・・・・ええ、そうよ」

 

 

 藤原妹紅が真っ白に見えたように、意識して繋がりを見てみればこの人も多少は違えど同じように真っ白に見える。

 

 

「私は蓬莱山輝夜。こっちが、」

 

「八意永琳よ。薬師をしているわ。ちなみにその娘はうどんげ。鈴仙・優曇華院・イナバよ」

 

 

 レミリアが運命と言ったことはそういうことで、つまりは俺にしかどうしようもなく、だからこそ俺の思うがままに行動しろと言ったのだ。

 たが―――ああ、やはりダメだ。

 

 

「私たちは、共通してあることに悩んでいるの」

 

「一度は諦めもしたけど、どうにかなるなら話は別だ」

 

 

 藤原妹紅と蓬莱山輝夜。

 二人ともこんなにも美しいというのに。

 

 

「どうか、私たちのお願いを聞いてくれないかしら」

 

 

 どうしてこんなにも穢れて見えてしまうのだろうか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あの、ど、どうぞ。・・・それでは失礼します」

 

 

 永遠亭のとある一室。鈴仙が怯えながらも運んできたのは四人分のお茶。それを置くと直ぐに部屋から出ていった。

 こちらの向かい側には藤原妹紅、蓬莱山輝夜、八意永琳が座っていてこの場には謎の緊張感が漂っている。

 普段からそうだろうに、今も心労をかけてしまっているようで鈴仙には本当に申し訳なく思う。

 

 

「さて、本題に入りましょうか」

 

 

 時間も無限にあるというわけではない。レミリアからは藤原妹紅の頼みを聞くよう言われてはいるが、俺の最優先事項は紅魔館のみんなである。無駄にできる時間などない。

 

 

「改めて聞きます。貴方達の私へのお願い・・・頼み事は何ですか?」

 

 

 はぐらかすことは許さないと、自身の口から出させることで事実を受け止めろと責め立てるように問いかける。

 藤原妹紅は口に出すのは躊躇われるようで、苦い顔をしながら口を噤んだ。

 しかし、他二人はそうでもなかったようで直ぐに答えた。

 

 

「あなたへのお願いは、あなたのその能力で私たちの不老不死の体質とのつながりを断ち切ってほしいということ」

 

「【繋がりを操る程度の能力】だと聞いたわ。できるのでしょう?」

 

「ええ、結論から言えばできますよ」

 

「っ、本当か!?」

 

「ただし、です。それをどうするか決めるために、私からあなたがたにいくつか聞きたいことがあります」

 

 

 【繋がりを操る程度の能力】は、使うときに意識的に制限をかけてはいるが、その実、許可を取る必要もない。また、能力に干渉することもできるが、人の体質や感情、狂気、その人自身の本質でさえ操ることができてしまう。

 

 

「まずは八意永琳様」

 

「かたいわね。永琳でいいわ」

 

「では八意様。貴方は本当に不老不死をどうにかしてほしいと思っているのですか?」

 

「―――」

 

 

 八意永琳が警戒心をあらわにする。だが、それは肯定しているようなもの。

 

 

「失礼ながらあなたの繋がりを調べさせていただきました。あなただけ他のお二人とは違い、繋がりが複雑で理解できないものも多かった。ただ、一つ思ったことがあります。

 

 ―――貴方は、古くからいる神では?」

 

「・・・・・・どうしてそう思うのかしら」

 

「八意。そんな名前の神がいたことを思い出しました」

 

「そう。博識なのね」

 

「いえ、昔の苦い記憶ですよ」

 

 

 本当に思うようにはいかないもので、現世での人との繋がりやそこからなる思い出は消えたというのに、知識はなくならなかった。厨二病という単語も覚えていて、神々のことについて調べた経緯も覚えている。恥ずかしい限りだ。

 彼女は否定も肯定もせず目を伏せ、警戒心を解いてふっと微笑む。

 

 

「私はただ、輝夜とともにいる。それだけよ」

 

「そうですか。貴方のことについてはわかりました」

 

 同じ従者として、理解出来た。主とともに。そこに善悪など関係ない。

 そう、この人は問題ではない。この人はほかの二人とは違って真っ白には見えなかったし、穢く見えることもなかった。

 しかし、彼女らは違う。

 

 

「次は蓬莱山輝夜様、藤原妹紅様。お二人はなよ竹のかぐや姫とその関係者と考えてよろしいですか?」

 

「ええ、私はそのかぐや姫よ。それで、もこたんは求婚者の内の一人の娘」

 

「おい、もこたんって呼ぶな」

 

 

 事実は小説より奇なりとは言うが、ここまで来ては驚くこともなくなってしまった。

 まさか自分がかぐや姫と対面することになるとは思いもしなかったが、今まで出会った神や妖怪が強烈だったので、そうなのか程度のことにしか思えない。

 藤原妹紅についても、親がかぐや姫に求婚したうちの一人なら、おそらく藤原不比等の娘。藤原性で限定するならそれくらいしか思い浮かばない。

 

 かぐや姫関連、蓬莱山の名前から察するに、この三人が不老不死なのは蓬莱の薬によるもの。八意永琳が不老不死になる必要があったかどうかは疑問だが、彼女からは自分と同じ従者の雰囲気を感じる。自分の命はどこまでも主と共に、という考えはよく理解できる。

 気になるのは、なぜ藤原妹紅が蓬莱の薬を飲んでいるのか。自分の知識の中には彼女は存在していなかったし、そもそも蓬莱の薬は焼かれてなくなったはず。

 どうも自分の知っている話と違う部分が多すぎる。そもそもかぐや姫は月に帰ったはずなのだが。

 

 ・・・・・・。

 

 

「・・・聞きたいことが山ほどあるのですが、早く帰りたいのでソレはまた次の機会にでもお願いします」

 

「ふふ、あなた正直者なのね」

 

「ええ、私はいつでも自分の欲望に忠実ですよ」

 

「永遠亭に住む気はないかしら。うどんげの反応には飽きてきちゃって」

 

「・・・・・・あの、優しくしてあげてくださいね。あと、絶対に行きませんから」

 

 

 絶対に頷いたらダメなやつだ。鈴仙の二の舞になる。

 悪い、鈴仙。俺は妹の世話をしなければならないんだ。今しばらく実験台になっていてくれ。

 

 っと、話が逸れてしまった。

 

 

「まず、先に説明しておきますと、私の【繋がりを操る程度の能力】は二者間以上の繋がりを物理的にも概念的にも、理解した範囲内なら断ち切ったり、くっつけたり、形を変えることもできます。

 ですが、私は前提として不変である存在そのものに干渉することはできません。そのため、不老不死というものを別の形に変えることや、元の蓬莱の薬の成分に戻すこともできません」

 

 

 繋がりがあるものとは形を変えるもの。

 不老不死という変わらないことに重きを置いたもの自体に干渉することはできない。

 不死には様々な形がある。ただ死なないだけのものや、死んでも復活するもの。害となるものすべてを受け付けないもの。

 その中で不老不死は、老いという概念がない。老いないということは成長しない、時の流れに逆らう、または操る。理の外にいる、不変であることなどを示す。

 

 不老不死は元は能力などではなく、その人の本質と言っていい。

 しかし、幻想郷において、人の本質と能力が同一であることはよくあること。

 かくいう自分もそうだが、博麗霊夢なども当てはまる。彼女の場合は本質が先か能力が先かは不明だが。

 

 

「私は貴方達の不老不死そのものには干渉できませんが、その二者間の繋がりには干渉できます。今回の場合はこの繋がりを断ち切るわけですが・・・」

 

「・・・何か、問題があるのか」

 

 

 大ありだ。今回の一番の問題点はそこだ。

 

 

「私に依頼してきたということは、自分の意志とは無関係に老いることも死ぬこともできないということですね?」

 

「ええ、そうよ」

 

「自分の意志と関係なしに効果を発動してしまうもの。それは基本的に呪いです。呪いは、人間なら人間。妖怪なら妖怪。神なら神。同じ種族間でしか付け替えることができません。

 つまり、元々人間であるお二人は、誰か他の人間に呪いを押し付けなければなりません」

 

 

 それでもやるのか、と。

 そう問いかけて二人を試す。

 

 そして、二人は答えた。

 

 

「ええ、それでいいからお願いするわ」

 

「・・・・・・私も、それで頼む」

 

 

 一人は迷いながら、一人は悪びれる様子もなく、確かにそう口にした。

 

 ―――なるほど。なら、これは最終警告だ。

 

 

「では、一体誰を?」

 

「さあ?人里から適当に選べばいいんじゃないかしら」

「・・・・・・妖怪の賢者に、外から連れてきて貰えば・・・」

 

 

 違和感の正体が今わかった。

 真っ白で綺麗なはずなのに、穢れて見えていた理由。

 

 レミリアからは俺の思うがままにと言われている。

 ならば、俺の好きにさせてもらおう。

 

 

「お二人の考えはわかりました。ええ、よくわかりましたとも。理解はしがたいですがね。

 その上で言わせてもらいます。

 

 

 ―――俺は絶対にアンタらのために力を使わない」

 

 

 自分が執事の身であることなど関係ない。

 今は、ただただ目の前の二人が気に食わなかった。

 

 

 

 




 ◇後書き◇


次で不死の呪い編は終わりとなります。

お気に入りが400件を突破したのと、UAが1万回突破したこと、また一瞬ではありますが日間ランキングの方にものったこと、皆様に感謝します。

評価や感想をくださった方、相談にのってくださった方、本当に有難うございます。

最初は本編だけで終わらせるつもりでしたが、なんだかんだ長く続きそうです。

また、評価や感想をくださると嬉しいです。


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第七話:呪いの行方





 随分と広い図書館だな


 ―――人間の客なんて珍しいわね

 ―――本を盗まないなら歓迎するわ


 地下室に用があって来たんだが


 ―――・・・そう。レミィに頼まれたのね

 ―――生きていたら、また会いましょう

 ―――こぁ、案内してあげて


 ―――はい。ではこちらに・・・えっと、


 比企谷だ


 ―――では比企谷さん、どうかご無事で

 ―――私達の名前は、また会った時に






 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 紅魔館のテラス。

 レミリアとフランが熟睡している真昼間に、二人の従者が仕事を一段落終えて休憩を取ろうとしていた。

 

 カチャカチャ・・・

 

 ティーセットの音が心地よく耳に響く。

 二つ並んだカップに琥珀色の香り高い紅茶と、濁った色のこれまた香り高いコーヒーがそれぞれ注がれた。もちろん注いだのは二つとも紅魔館の瀟洒なメイドこと咲夜である。

 

 

「はい、どうぞ」

 

「おう。・・・はぁ、しんど」

 

 

 軽い挨拶でコーヒー入りのカップを受け取ったのは紅魔館の不完全な執事こと比企谷。疲れていたのか執事服の首元を乱雑に緩め、深く息を吐きながら椅子に腰掛け、そのままぐったりとテーブルに身を預けた。

 それに対して咲夜は軽く息を吐くだけでお淑やかに座った。そして自分の紅茶の入ったカップに一口だけ口をつけると比企谷の態度を嗜めた。

 

 

「あなたも正式な紅魔館の従者でしょう?休憩中でもその自覚を忘れないようにしなさい」

 

「いや、俺丸一日働きっぱなしだったからね?本当は休憩じゃなくて睡眠取りたいんだが・・・何ならもう二度と働きたくないまである」

 

「時間なら私がいくらでも作ってあげるから、常にお嬢様達に仕える者だということを意識しておいて。それに、あなたの分の仕事を私にさせる気かしら」

 

 

 比企谷としてはそう言われてしまうと弱い。比企谷自身、半分程の雑事をやっているため分かるのだが、あの量の仕事を身内に押し付けるというのも気が引けた。

 だが、こういう時にこそ意味不明な極論で証明をでっち上げ、逃げようとするのが比企谷八幡という人間なわけで。

 

 

「はぁ・・・・・・突然だがな、日本には『二兎追うものは一兎をも得ず』という(ことわざ)があってだな」

 

「一応聞いてあげる」

 

「結果的に一兎も追おうとしなかった時と得られるものが同じなんだから働かなくていいとは思わないか」

 

「なら一兎を追いなさい」

 

「完全な正論で言い返された・・・」

 

 

 視線を向けられることもなく即答された比企谷は、自分の非を認め渋々と服装と姿勢を正した。

 猫舌に程よい温度まで冷めたコーヒーにミルクを少しだけ注ぎ、角砂糖の入った瓶を手に取る。そして、瓶の中から一つ、二つ、三つ、四つ―――

 

 

「ちょ、ちょっと―――」

 

 

 ―――五つ、六つ、七つ、八つ。

 八幡だけに、と比企谷は咲夜の制止の声も聞かずゲロ甘なコーヒーを作り出した。更には練乳があればもっと完璧だったんだがなどとほざくこの輩。飲み物を入れてくれた人に対する冒涜である。

 咲夜は絶句した。元々、紅魔館の住人は紅茶を好んで飲む。比企谷も紅茶を飲む時は普通に少量の砂糖を入れるだけだった。コーヒーを入れたのは今回が初めてだったのだが、本人の希望で入れてみたらこの暴挙である。こんなものを飲み続ければ糖尿病まで一直線間違いなし。もはやため息しか出ない。

 しかし、当の本人はそれはもう幸せそうにゲロ甘コーヒーを飲んでいるものだから咲夜も怒鳴るに怒鳴れない。と言っても、実際に見える表情の変化などほとんどないのだか。

 

 

「・・・はぁ、次からは二つまでにしておきなさい」

 

「なら次からは紅茶にしておく」

 

「あなたねぇ・・・・・・」

 

 

 何だかんだ身内に甘い咲夜。しかし比企谷はゲロ甘以外のコーヒーは所望していないらしい。

 この男はどうも猫っぽい所がある。気分屋だったり、猫舌だったり、近づいたり離れたり。紅魔館に来たばかりの頃は猫背で、今でも気を抜くと背中を曲げてしまうこともしばしば。惰性的な所などもそう思わせる要因である。

 咲夜としては初めて入れたコーヒーの香りや深み、酸味などの感想を聞きたかったのだが、この超甘党の猫にそのような文句をぶつけてものらりくらりと躱されてしまうだろうと諦め、話題を切り替えた。

 

 

「それで?」

 

「ん・・・?」

 

「昨日の話よ。一昨日の、人里の守護者に胸ぐらを掴まれて脅迫された所までは知ってるけど」

 

「いや、別に脅迫って程じゃ・・・・・・え? 今、人里の守護者って言った? あの人が?」

 

 

 守護者・・・? あの人、人里の住人に物理的な被害与えてたんだが―――と、驚愕の事実に戦慄する比企谷を無視して続きを促す咲夜。

 

 昨日の話とは、比企谷が現在一徹している原因であり、紅魔館で仕事を始めた当初と同じくらいに疲労している理由でもある。比企谷は昨日、外での用事を終えた後すっかり夜になり元気になったフランの遊びに付き合い、つい先程まで紅魔館内の雑事をこなしていたのだ。

 比企谷は忙しすぎて記憶が飛んでいたのか、思い出すと『あぁ・・・』と顔を顰めた。面白くないことがあったのだろう。だが、同時に『丁度いい』と呟いてカップを置いた。深く息を吐いて、珍しく真剣な顔をして咲夜と顔を合わせる。

 

 

「これから話すことは、紅魔館の・・・主に俺と咲夜のこれからに深く関わってくるかもしれない」

 

 

 何かしら、能力の応用で心を揺さぶられているのではないかと思うほど、その言葉は咲夜に重く響いた。

 

 

「俺たちは人間の手に余る能力を持っているが、どこまで行っても人間だ。幻想郷の中だといつ死んでもおかしくないし、100年もすれば死ぬ」

 

 

 

 現実と向き合ういい教材だった、と比企谷は言った。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 永遠亭。

 広い客間には静寂が訪れていた。一人は何が起こったのか理解できないのか呆然としていて、他二人は興味深そうにこちらを観察している。

 一人呆然としていた彼女は、次第に言葉を理解していったのか徐々に肩を震わせ―――

 

 

 ダンッ!!

 

 

 ぱちゃり、と鈴仙が入れてくれたお茶が机の上に零れる。

 良い茶葉を使っていたのだろうか。それを見た八意永琳がため息をこぼした。

 

 

「おい、どういう理由か説明しろよ・・・!」

 

 

 身を乗り出してこちらの胸ぐらを掴んできた藤原妹紅。

 見ず知らずの人を犠牲に不死の呪いから開放されることを望んだため、能力を使わないと主張したところこうなった。

 

 

「私はあの吸血鬼の客として認められたんじゃなかったのか」

 

 

 胸ぐらを掴まれても特に不快になるわけでもなく、ただ何となく、昨日出会った上白沢先生に似てるな、と呑気なことを考えていた。

 

 

「対応はこちらに任されている。もっと言えば俺はフランの従者だ。最悪、レミリアの命令は聞かなくていいことになっている」

 

 

 これは紅魔館内で交わした約束で、フランを主とし命令には絶対服従。レミリアは明確な主ではないが、こちらが受け入れられる範囲で命令に従う。

 フランに命令されている時などは、レミリアの命令を聞くことは出来ない。そのため姉妹喧嘩の時、従者二人は大変である。

 

 ただ、今回は―――

 

 

「もし命令だとしても、これは俺の中でレミリアの命令に従える範囲を超えている。フランからの命令がない限り俺が意見を変えることはない。理由としては―――単純にアンタらが気に入らない」

 

 

 理由なんて、いつだって誰だってそんなもの。現世での人間関係は忘れてしまったが、記憶の中には何となくそうだった覚えがある。

 人が他人を認めないなんて、大体が気に入らないからだ。自分の中の価値観とも正義とも呼べる何かが相手を許容できないから、認めるわけにはいかない。プライドかと聞かれればそうではない。誇りなんて大層なものではなく、それを認めてしまえば自身を否定することになるというちっぽけで臆病な心の問題。

 その程度の理由で、と思うかもしれない。だが、譲れない最低ラインというものを誰しもが持っているはず。絶対に譲れない。例えばそれは自身の命で、例えばそれは大切な人で、例えばそれはプライドで。

 自分のそれが一体何なのか明確にわかっている訳ではないけど。それは曖昧で定義があるわけでもなく、本当に存在するのかも分からないけど。それでも、きっとそれは確かに存在していて、それが紅魔館の皆なのだと信じている。

 目の前の二人のことを認めてしまえば、自分と紅魔館の皆との関係が偽りのものだと認めることになる。それだけは、あってはならないことだ。

 

 

「不老不死を願った人が、死にたくないと願った人が。いったいどれだけたくさんいるんだろうな。まぁ、そんな人は既に死んでるんだから分かるわけはないが」

 

 

 不老不死になるとは死ななくなることではない。死ねなくなることだ。実際に不老不死になった人は、きっと誰もがそう思う。

 それでも、願っても普通は手に入れられないそれを手に入れておきながら、辛いからという理由で他人に押し付けようとするのは違うだろう。

 お前達が自分で願ったのだろう。欲したのだろう。その呪いを。お前達が望んだのだ。強欲が過ぎる。

 

 訴えかけるように目で問うと、藤原妹紅は肩を震わせ苦しさに表情を歪ませながらこちらを睨み、胸ぐらを掴んでいた手を今度は首にまわす。

 そして、叫ぶように吠えた。

 

 

「お前に、何が理解(わか)る!! 」

 

 

 ギリギリと折れてしまいそうな程に首を締め上げられ、声を出そうにも出せない。

 藤原妹紅は力を緩める様子もなく、目元に涙を溜めながら激昂する。

 

 

「不老不死になったこともないやつが!たかだか数十年しか生きてないやつが!死のうと思えばいつでも死ねるようなやつが!!」

 

 

 今すぐに言い返したいことがある。言い返したいことができた。言い返さなければならない。しかし、首にまわされた手が邪魔で声が出ない。

 

 

「大切な人と一緒に老いることも死ぬことも許されない私の何が理解るっ!!!!」

 

 

 ・・・ああ、泣ける話だ。

 もし自分がそうなってしまったらと思うと同情せずにはいられない。自分に彼女を重ねて、紅魔館に一人取り残されたらと考えるとぞっとする。

 この話を聞けば誰もが彼女に味方して、こちらに非があることを主張するのだろう。誰もがその姿を想像して、自分に重ねて、可哀想だと言うのだろう。悪者は完全にこちら側だ。

 だが、それでも言わせてもらわなければならない。

 

 スッ・・・

 

 人里の教師にやったのと同じように関係を再構築すると、弾かれるように首から手が離れる。

 

 

「ケホッ、ゴホッ・・・・・・。

 ・・・ああ、理解できない。しようとも思わない。

 確かに不老不死は老いることも死ぬ事も出来ない。大切な人が誰かは知らないが、その人の方が先にいなくなるだろうし、これまでだってそうだったんだろうな」

 

 

 苦しさに咳き込みながらも、溜まりに溜まった『気に入らない』を吐き出すために嫌味のこもった同情を見せる。

 そして、切り返すようにそれを吐き出す。

 

 

「だが、アンタ理解してたはずだ。不老不死がそういうものだと知ってて手を出したはずだ。知ってて手を伸ばして、掴み取って、望んでその姿になったはずだ。

 老いることも死ぬことも許されない? 違うな。アンタは老いからも死からも開放されたんだ」

 

 

 幻想郷の幻の存在は、言葉遊びのような捉え方の転換が大きな意味を持ち、それが能力に起因したり大事件を起こしたりする。

 『死ななくなった』は『死ねなくなった』は似ているようで違う。同じ事象なのにまったく違う意味を持つ。だから、不死の能力を持ってしまったのと望んで手に入れたのでは前提として異なっている。

 

 こんな屁理屈くさいことを考えるようになったのはいつからだったか。現世で考えたこともあったかもしれないが、少なくとも覚えている中ではフランの問題を解消した時からだ。

 

 

「確かに俺は、数十年どころか十余年程度しか生きていない。だが、それでも自分が正しいと胸を張って言える。アンタはどうだ。 胸を張って自分が正しいと、間違ってないと言えるのか?」

 

 

 藤原妹紅のような境遇の人は周りの同情を集めやすい。多数派に非難されれば、少数派の主張など簡単に潰される。ここが人里でなくて良かった。他の二人が援護するかとも思ったが、どうやらそういう関係ではないようだ。

 それなら後は、彼女自身に非を認めさせるだけ。

 

 

「わ、私は・・・・・・っ!」

 

 

 拳をギュッと握りしめ、力なくこちらを睨みつける。何とか反論しようと口を開くが、言葉が出てこない。

 

 

「私は、ただ・・・・・・」

 

 

 藤原妹紅が声に出したのはそれだけだった。

 過去の出来事を思い出したのか頭を抱え、それ以降黙り込む。

 

 それを確認し、次はかぐや姫へと視線を移す。

 しかし、彼女は申し訳なさそうにするでもなく、ただ憮然とした態度でこちらを見た。

 

 

「・・・私にはあなたの言葉は響かないわ。妹紅みたいに罪悪感がある訳でもない。私には地上の人間のことなんて分からないから」

 

 

 傲慢、とは少し違うのだろうか。見下している訳では無いが、彼女の言う通り罪悪感がある訳でもない。おそらく、本当に地上の人間のことが分からないのだろう。

 以前レミリアに聞いたことがある。月の民は穢を祓った地上の人間だと。穢の無くなった月の民は地上の人間を見下す傾向があるらしい。彼女たちがそうなのだろう。

 

 

「私にとっては人が一生を過ごす時間も刹那の時も何も変わらない。私は、ただ退屈なだけ。変わらない、代わり映えしない世界が退屈で仕方ない。

 幻滅したかしら?きっとあなたの知ってる私とは違うのでしょうね。結局幻想はただの幻想なのよ。幻は、決して現実に成り得ない」

 

 

 見方によれば傲慢と見られても仕方ない態度だが、不思議と藤原妹紅よりは好感が持てた。罪悪感も感じていない、人間味に欠ける彼女に何故それほど苛立たないのだろうか。藤原妹紅の方がよっぽど人間らしく、確固とした理由があるというのに―――

 

 

「私は退屈が嫌い。今も昔も、ただそれだけ」

 

 

 ―――ああ、今わかった。

 蓬莱山輝夜は昔から変わっていなかったのだ。不死になったのも、不死を押し付けたいのも『退屈が嫌』だから。ずっとそのために行動していたのなら、強欲でも何でもない。

 ただ、藤原妹紅はどうだろう。不死の能力を手に入れておきながら、今は『大切な人と一緒に老い、死にたい』と言っているのだ。罪悪感を抱きながら。

 

 きっと自分が気に入らなかったのはこの点だ。

 

 罪悪感を持つのは反省の証だろうか。

 違う。

 罪悪感と後悔とは似て非なるものだ。

 後悔とは既に終わった事象、自分ができなかった事などに対する心残り。つまり反省。

 対して罪悪感とは何かしら行動し、悪い結果に巻き込まれる相手に対する『許して欲しい』なのだ。

 藤原妹紅の場合、その悪い結果を知っている上でその『罪悪感(許して欲しい)』を抱いているのだ。

 

 全てを理解して、藤原妹紅を睨みつける。

 

 罪悪感を持つくらいなら最初からやるな。

 それでも欲したのなら貫き通せ。

 許しを乞うな。

 贖罪が許されると思うな。

 背負い続けろ。

 逃げるな。

 楽になろうとするな。

 

 

「・・・・・・」

 

 

 藤原妹紅の胸ぐらを掴んで、吐き捨てたかった。

 しかし、彼女を責め立てるような言葉は浮かび上がっては喉元でつまり、ついぞ声に出すことは無かった。

 出せなかった。喉が収縮して出すことを拒んだ。

 

 お前はどうなのだと、自分自身に聞かれた気がしたからだ。

 現世ではどうだったのだろうかと。

 自分に目の前の彼女を責める権利があるのかと。

 

 

 その答えは、出なかった。

 

 

「・・・分かりました」

 

 

 色々考えて、先程までと比べると頭は幾分か冷えた。大体の全容は理解出来たし、自問に対する答えは出なかったが、今回の問題に対するひとつの答えは出た。

 

 

「私から貴方達へ一つ、条件を出します。その条件さえ満たせば、貴方達の望む通りにその呪いを引き剥がしましょう」

 

 

 丁寧な口調を意識して、冷静に考える。

 

 後悔先に立たず。

 後悔・・・自分の行動に対する心残りを先に知ることなどできない。

 自分の行動が正しいのか間違っているのかもわからない。

 だから、自分に出来ることは最善を求めて行動することだけ。

 

 

「・・・ほ、本当に、か?」

 

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにした藤原妹紅は一瞬呆けた顔をした後、そう尋ねてきた。蓬莱山輝夜と八意永琳も、呆然とはしていないが少し驚いた顔をしている。完全に話を断る流れだったから、当然といえば当然の反応なのだろうか。

 

藤原妹紅と蓬莱山輝夜のために(・・・・・・・・・・・・・・)力を使うことはない、と言っただけなのだが。

 

 

「ええ。ただ、勘違いはしないで頂きたい。先に申しました通り、貴方達のために力を使うわけではありません」

 

 

 意図がわからず首を傾げる藤原妹紅と蓬莱山輝夜。だが、八意永琳は何か察したのか、クスリと微笑んだ。

 察しのいい人は苦手だ。

 少々気恥ずかしくなりながらも、しっかりと目の前の二人と向き合う。

 

 

「私が貴方達に能力を使う条件。それは―――」

 

 

 

 鮮明に記憶に焼き付いたのは、ぽけーっとしたマヌケな顔と、軽く目を見開いて驚いた顔、そして生暖かい視線だった。

 

 やめて、見ないで。

 お布団被りたい。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 比企谷の説明が終わると、咲夜は腕を組んで顎に手を当て、一人納得する。

 

 

「なるほど。誰かに不死を望まれる(・・・・・・・・・・)こと、ね・・・」

 

 

 比企谷の主張としては、あくまで藤原妹紅と蓬莱山輝夜が救われる側であってはならない。そこを認めることは出来ない。だから妥協点を提示した。

 

 

「おかげで永遠亭の薬師に『捻くれてるわね』って生暖かい目で見られた」

 

 

 比企谷は恥ずかしい気持ちを紛らわせるためカップに口を付けようとして、カラになっていることに気づく。それに目敏く気づいた咲夜が紅茶のティーポットを掲げてクスリと微笑む。

 何故銀髪の人達は皆生暖かい視線ばかり向けてくるのか。

 比企谷は若干不貞腐れ、苦い顔をしながらも紅茶を頼んだ。

 

 咲夜が紅茶を入れ直している様子を見て、比企谷はふと昨日の話を思い出した。

 

 

「そう言えば、永遠亭の薬師に『私と同じ髪色のメイドの娘によろしくね』って言われたんだが・・・親しいのか?」

 

「いいえ。パチュリー様の喘息の薬を取りに行く以外で会うことはなかったわね。誰かさんのおかげでその数少ない機会もなくなってしまったのだけど」

 

「おい、俺が悪いみたいな言い方するな。これまでにないくらい良いことをしただろうが」

 

「それで? この話が私達に深く関わってくるとあなたは言ったけど」

 

 

 完全に無視である。比企谷哀れなり。

 しかし、精神面で異常なまでの防御力を誇る比企谷。

 今更この程度でダメージを受けたりしない。

 冷たい対応も受け流して、新たに咲夜が入れてくれた紅茶のカップを受け取る。

 

 

「・・・簡単に言えば俺達の寿命の話だ」

 

 

 比企谷も咲夜も、一応人間である以上100年も経てば死が訪れる。

 確実に、二人が仕える主や紅魔館の住人より先に死ぬことになる。

 

 

「いつまでもこのままでいられるわけじゃない。フランやレミリア達に最後まで仕えるには、不老不死が一番手っ取り早い。ただ、」

 

「その呪いを受ける覚悟があるのかと言いたいのでしょう?そんなの愚問ね。私はお嬢様が望めばそのままに。許してくださるならずっと側にお仕えするわ」

 

「お前の狂気を感じる程のレミリア愛は分からんでもないが、不死になればレミリアがいつか死んだ後もずっと生き続けきゃならんのだが?」

 

 

 フランに仕える比企谷には咲夜の忠誠心がよく理解できる。

 フランが望めばそのままに。許されればいつまでも側に。

 だが、だからこそ不死を受けるなどと簡単には言えない。

 咲夜ほど主に対する忠誠心があると、主がいなくなった瞬間から生きる理由がなくなってしまうだろう。生きる理由がない。それでも生き続けなければならない。これほどの苦痛もない。

 

 しかし、咲夜は呆れ顔に笑を混ぜて息を吐いた。

 

 

「私のことなんてどうでもいいわ。たとえ一生の苦痛を受けるとしても、一瞬でも長くお嬢様と一緒にいたいもの」

 

「・・・・・・そうか」

 

 

 まさに見事と言うしかない。これ程までに従者として完成されている存在がいるだろうか。

 自分もまだまだ従者として甘かった、と反省し、精進を決意した比企谷。

 

 それに、と咲夜が微笑んで続ける。

 

 

「もし死ねなくなっても、ハチマンがずっと一緒にいてくれるのよね?」

 

 

 ピシリ、と石のように固まる比企谷。

 ポーカーフェイスは崩さなかったが、動揺を隠しきれなかった。

 一瞬の静寂。

 

 

「・・・何?唐突な告白?やめろよ、うっかり惚れそうになる」

 

「私は別に構わないわよ? その気持ちに応えるとは言ってないけど」

 

「ホントいい性格してんなお前・・・」

 

「あら、ありがとう」

 

「褒めてねぇよ」

 

「褒めてもいいのよ?」

 

「コンニチワ」

 

「ダメね、話が通じないわ。言葉を覚えたお猿さんかしら」

 

「人を苛立たせる天才かお前は」

 

「あら、ありがとう」

 

「あ、ダメだこれ永遠続くやつだ」

 

 

 最近は忙しくて中々できなかったが、この二人は軽口を叩き合うくらいが丁度いい。

 久しぶりのやり取りに二人とも思わずクスクスと、くつくつと笑いをこぼす。

 休憩時間も永遠ではない。現世の仕事だったら完全真っ黒なブラック企業間違いなしの労働時間を誇る紅魔館の従者。一度の休憩は半刻もない。

 二人とも自身の懐中時計を確認するとどちらからともなく立ち上がり、ティーセットを片付け始める。

 途中、ふと疑問に思った咲夜が比企谷に声をかける。

 

 

「あなたの能力って、切り離したものは何かに継ぎ直さなければならない制約なんてあったかしら」

 

 

 咲夜が疑問に思ったのは、比企谷が呪いなどは付け替えることしか出来ないと、藤原妹紅と蓬莱山輝夜に説明していたこと。

 『繋がりを操る(・・)程度の能力』がその程度しかできないはずがない。過去に、比企谷はパチュリーと病の繋がりを完全に断ち切ったことがあり、その後他のの魔女に喘息の症状が現れたものはいない。話が噛み合わないのだ。

 

 咲夜が必死に今までを振り返って考察する中、比企谷はそれをあっけなく口に出した。

 

 

「ああ、あれ嘘」

 

 

 ピシリ、と今度は比企谷ではなく咲夜が固まった。

 こちらはポーカーフェイスすら隠せず、何か言いたげな呆れた顔をしていた。

 

 

「あなたって本当・・・」

 

「いや、待て。何か勘違いしてるだろ。ちゃんと理由はあるんだ。あれは俺自身の誓約と妖怪の賢者からの制約、あとは藤原妹紅と蓬莱山輝夜への戒めのためだ」

 

 

 比企谷の言う誓約とは、一方的な能力の行使をしないこと。二人の人間がいて、片方はもう一方に危害を加えられるのに、その逆はできない。このような関係にすることも、やろうと思えばできる。

 妖怪の賢者からの制約とは、幻想郷に被害が及ぶおそれのあるレベルでの能力の行使。比企谷が切り離したものは、何かしらにくっつこうとする性質を持つため、不死を切り離してそのまま放っておけば、そこらの野良妖怪が不老不死を持ち手がつけられなくなるかもしれない。

 藤原妹紅と蓬莱山輝夜への戒めは説明した通り。この二人が救われる側であってはならないというもの。

 

 

「・・・時々、あなたの考えてることが分からなくなるわ」

 

「普段は分かるのかよ・・・何?ストーカー?」

 

「今日はトマトパーティーかしら」

 

「ばっかお前、そんなもん絞ってレミリアにでも飲ませとけよ」

 

「キュウリでもいいわよ」

 

「何でそんな俺の嫌いな食べ物知ってんだよ。やっぱりお前ストー―――待った、分かった。謝ろうじゃないか」

 

「全く謝る側の態度ではないけど」

 

 

 比企谷はナイフをちらつかせた咲夜を見て、脳漿が飛び出した美鈴を思い出した。あれを自分が喰らったら確実に死ぬ。

 咲夜がナイフを指でクルクルと回すと、どのような原理か段々とその数が増えていった。

 

 

「あまり口が滑ると永遠亭のお世話になってしまうわよ・・・・・・あ」

 

 

 ぽっと出たつぶやきの後、キン、と金属が床にぶつかる音。

 珍しいことに、咲夜がナイフを落とした。

 何かしら思い出してつかみ損ねたようだ。

 

 

「どうした?」

 

「いえ・・・・・・関係ないかもしれないけど、以前あの薬師に名前を聞かれて答えたら、驚いた顔をされたことがあって」

 

「は・・・? 名前?」

 

「ええ」

 

 

 比企谷は顎に手を当て考える。

 咲夜の名前は、比企谷の記憶が正しければ満月を意味する、レミリアに付けられたものだったはず。

 十六夜。咲夜。

 八百万の神に何かしら関わっている名前だっただろうか。

 現世での知識を元に検索をかける。

 

 

「・・・・・・サクヤヒメ?」

 

「どうかしたの?」

 

「いや、思兼神の姪にそんな名前の神がいたような・・・」

 

 

 親族なら、髪の色が一緒なのも納得できる。

 時間を操るという強力な能力も、神なら説明がつく。

 ただ、神には寿命という概念が存在しない。神は忘れ去られ、消えるだけ。神力もなければ寿命も存在する咲夜は当てはまらない。

 

 ―――『時間を操る(・・)程度の能力』は時間を進める、止めることしかできないのか?巻き戻すことはできないのか?

 時間を巻き戻せるなら、寿命という概念がなくなる。

 

 咲夜は、レミリアと出会う前の記憶がないと言っていた。

 

 本当に神なのでは・・・?

 

 

 パチン、と小さな柏手が鳴る。

 はっ、と気づいた比企谷は正面を向いた。

 

 

「私が何者なんてどうでもいいことでしょう?」

 

 

 比企谷は深く思考していたようで気づかなかったが、咲夜は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

 落としたナイフを拾うと、ナプキンで軽く磨いた。

 

 

「私は私よ。それを、私と紅魔館の皆が証明してくれるなら、それでいいわ」

 

「・・・ああ、悪い。意味の無いことを考えてた」

 

 

 咲夜は、紅魔館の主レミリア・スカーレットの従者。完全で瀟洒なメイド十六夜咲夜。誰にも、そのことを否定させはしないし、何より紅魔館の住人達が肯定する。

 たとえ、幻想郷が敵になろうとも。

 

「さて、続きを始めましょうか」

 

「ん・・・」

 

「はい」

 

 

 ティーセットを片付け終わると、従者達は直ぐにまた仕事に取り掛かる。

 比企谷が差し出した手に、咲夜がそっと自身の手を乗せる。

 

 

「『許可』するわ」

 

 

 

 ここからは、従者だけの時間。

 




 ◆後書き◆

 遅くなって申し訳ありません。
 大学一回生がこんなに忙しいとは・・・

 次の投稿もいつになるか分かりません。

 では、また次の機会に


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