僕と魔法と日常戦争 (亜莉守)
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春休みの話


それはただ穏やかな春の日のことだった。


 

 春休み、それは新しい学年になる前にあるちょっとした休みだ。宿題などがあるわけでもなく平穏に過ごそうとしたらただそれだけで過ごせる時期……普通なら。

 

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 

 僕、吉井明久は夜の街を全力疾走していた。理由は単純、クラガリに襲われたから。どうやら足が速い獣型のクラガリで爪も鋭そうだ。こんな時間じゃ通りすがりの魔法使いさんなんて期待できないし、なによりもう追いつかれてしまいそうだ。今日はスケッチをしに出かけただけなんだけどなぁ。どうしてこうなったんだろう。そんな思いが走りにも表れていたのかもしれない。

 

「――――っ」

 

 空気を割く音と一緒に肩に鋭い痛みが走った。ついに追いつかれてしまった。痛みに足を止めそうになったけど、ここで止まっちゃダメだ。その一心でさらに足に力を籠める。間一髪、クラガリの二回目の攻撃をかわすことができた。ちらっと見えたけどやっぱり爪で攻撃してくるタイプらしい。さらに速度を上げようとしたけど、それよりも先に足の限界が来てしまった。

 

 バタッ

 

 僕は顔から転んでしまった。でも逃げなきゃ。無理やり体を起こそうとしたとき、背中に重いものが乗ってきてまた地面に倒れ込む。多分クラガリが乗ってきたんだ。胸の重苦しさと爪が刺さる痛みが増してくる。

 

 僕はここで死んでしまうのか……そう思ったときに思い出したのは悲しそうに笑うあの人の顔だった。そうだよ。『僕』はここで死んじゃいけない、だって、『僕』が死んだら()()()が──。

 体をばねのように無理やり起こす。背中から落ちてひっくり返ったクラガリを無視して、苦しい体に鞭打ってもう一度走り出した。

 

 

 

 

 クラガリに追われながら曲がり角を曲がったところで、大きな蛸型のクラガリが目の前に現れた。しまった、もしかして逃げているつもりだったけどここに誘い込まれてた?! 獣型のクラガリはそのまま蛸に溶け込むように消えていく。そのことによって僕の存在に気が付いたらしいクラガリが触手を鞭のように振るってきた。

 

 触手を転がって避けた。でも、その避けた先は袋小路、逃げ場がないじゃない。どうしよう、あれ? 奥の壁が街灯もないのにそこだけはぼんやりと明るい。クラガリの触手が嫌がるように逃げていった。しめた、このまま奥へ行こう。

 

 壁の近くまで来て気が付いた。壁自体が何かの模様に合わせて淡く発光している。ああ、これは盾だ。円に十字の模様を見て、これは盾なのだと直感的に思った。僕は導かれるようにその盾に触れた。あふれだす白い光の眩しさに目をつぶってしまう。目が慣れたとき、模様は消え失せ、目の前にいたのは艶やかな紅と黒の着物に大きな筆を持った女性となんかよく分からない蛸みたいな生き物だった。

 

「お、なんだい坊主。おれの姿がそんなに珍しいかい?」

「──っ」

 

 にやりと笑った顔を見て怖気づく。本物だ。間違いなく()()()()()本物だ。本物の絵描きだ。固まっている僕をじろじろと眺めていた彼女が納得したという顔で口を開く。

 

「手前が今回の『ますたあ』殿で?」

「違いますぅぅぅ」

 

 思わず叫んでしまった。クラガリの前ということも忘れて、地面にひれ伏す。『ますたあ』殿が何なのかなんてわからないし、なんでこんな事態になっているかなんてわからないけど、『僕』ごときが彼女と会話することだって許されるわけがない。

 

「はぁ?! おいおいおい、頓痴気なことする『ますたあ』殿もいるもんだなぁ。ほら、立ちなァ」

「いやいやいや、絶対になんかの間違いです! 」

 

 ひれ伏している僕と引き起こそうとする彼女の間で押し問答をしていると。地面が揺れた。そうだ、クラガリも居たんだ。一度ひるんで逃げて行ったクラガリがまたこちらへ触手を伸ばしている。

 クラガリを見止めた彼女が顔をしかめる。

 

「なんでい、あの蛸みたいなバケモンは。とと様も似たような形してるが、あれは随分と嫌な感じだねぇ」

「……あれはクラガリです」

「くらがり? 随分と陰気な名前だね。それにしても、やぁっと顔を上げる気になったのかい『ますたあ』殿」

 

 うなづくだけでやっとだ。

 

「ふぅん」

 

 彼女は満足そうに笑っている。この人がどういった理由でここにいるのか、どんな人なのか全然知らないけど、この人は守らなくちゃいけない。それが『僕たち』いや、この場にいる僕に()()()()()仕事なんだから。

 ベルトに挿していたペインティングナイフと小分けされたインクの一つを握り、目の前のクラガリを見る。依然として触手を鞭のように振り回しているけど、こちらに寄って来る動きは随分と遅く、それにわかりやすい。これならいける。

 

『上描き』(オーバーライト)!」

 

 僕の言葉と共に世界は上書きをされた。蛸は巨大な蛸壺にしまい込まれて少しの触手が見えるだけになった。やっぱり全部はしまえなかったか。

 

「ひゅう、まるで手妻じゃないか」

「急いで! あそこから逃げますよ」

 

 彼女の手を引く、クラガリだってバカじゃない、逃げようとする僕たちを残っている触手で追いかけてくる。まずい、追いつかれる。

 

『上描き』(オーバーライト)ッ」

「ちっ」

 

 彼女の前に立ち、ペインティングナイフを盾に上書きして構える。これ、大丈夫かな。

 背後で彼女の舌打ちとあの大きな筆を構える空気を切る鈍い音が聞こえた。

 

『換装・弓兵』(ラップ・アーチャー)

 

 鈴が鳴るようなきれいな声が聞こえたかと思ったら、クラガリが壺ごと縦に割れる。そして、上空から目を見張るような青色と冷気が勢いよく降ってきた。

 

「魔法少女 カレイド・ダイヤ 只今、見参ってね。兄さーん大丈夫?」

 

 僕とほぼ瓜二つの容姿に青基調の所謂魔法少女の衣装を纏った少女が自分の作った浅いクレーターの真ん中に立つ。両手に持った夫婦剣が淡い光を纏って、白と青を基調とした杖と金色のカードへと変わった。

 

「あ」

 

 きの、と青い少女、まあ妹なんだけど彼女の名前を呼ぼうとしたところで意識が遠くなる。そういえば、あの肩の怪我で血が出てたようなないような? というよりもうダメかも。

 

「兄さん?!」

「『ますたあ』殿?!」

 

 二人の叫び声を最後に僕の意識はなくなった。

 次に目を覚ました時には春休み最終日前日だったという。明乃の友達じゃないけど、なんでさ。

 

 

 

 

 

 




















まあ、いつも通りの四月バカでした。
連作は……まあしないと思います。
コンセプトは過去作のリメイクといったところ。
一覧とか設定とかは後日さらす予定です。
恒例になりつつある茶番にお付き合いいただきありがとうございます。
4/2以降はチラシの裏に行く予定です。


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人物紹介

吉井 明久(人外さんの日常戦争×Sクラス)

 略歴

 現在文月学園二年生になる直前の男子高校生

 昔は新時代の天才魔法美術家とか呼ばれていたが、今やそんな要素微塵もなく絵狂いというだけの一般人。

 観察処分者の称号を持っているがそこまで雑用はしていない。

 

 人物

 誰もが善人だというほどのお人よし、陥落したひねくれものは数知れず。容姿も結構整っていて黙ってさえいれば芸能人レベル、喋ると残念度が増していくがそこがいいと人は言う。今回の一件で髪の毛が腰まで伸びてしまい、切ることもできないためポニーテールで結んでいる。そして目は死んでいる。

 

 その正体はSクラス所属の彼よりも少しだけ怖がりで、察しが良くて、魔法を使えた『吉井明久』の身代わりとして現実世界に取り残された人外さん。過去作よりもポジティブで友人も多いが、天才魔法芸術家の称号は『父』である『吉井明久』の持ち物であり、自分には何もないと考えている。

 好きなものは絵が描ける空間と時間、苦手なものは邪魔をしてくる人と()()()()()()

 苦手なもの二番目は被造物ごときが絵を描いていることを知られたくないという恐怖心からきている。

 

 能力

 『上描き』(オーバーライト)といって、どんなものであれインクを代償に世界を書き換えることができる。(ただし、存在そのものは消すことができない)

 魔法の派生品とされているが、どの魔法形態にも属さない。

 Sクラスと違いこちらは絵としての能力ではなく『父』がもともと持っていた力を鏡写ししただけの劣化品……と本人は信じ切っているが、実は『父』よりも多芸に使いこなしている。ちなみに実は口に出さなくても『上描き』は可能。

 

 

 

葛飾北斎/降臨者(フォーリナー)(新規)

 略歴

 吉井明久が春の日に出会った謎の蛸を連れた艶やかな和服姿の女性

 べらんめえ口調で話し、物怖じしない性格のようだ。

 

 人物

 聖杯戦争とかそんなの関係ない形で明久に呼び出された降臨者のサーヴァント、今回の自分の立ち位置は一応把握している。いきなり呼び出されて、いきなりマスター土下座されるという珍妙な事態に陥った。

 一目見ただけで明久の正体に気が付いている。描いた絵が意思を持つことは面白いと思ってる。この後、絵描きとして貪欲な姿に感心して絵描きとして対等に扱い名前で呼ぶようになる。(あくまでお栄が、北斎は坊主呼び)

 人類最後のマスターは知り合いだが、今回は明久が雇い主であり居候先と決めているため顔を合わせたら談笑する程度にしている。

 

 能力 

 身の丈程の巨大な筆を振るって戦う他、小筆を投擲武器として扱ったり、絵を具現化させる攻撃を行う。が、力を披露するより前に明久が戦うことが多い。(そのため後方支援に回ったり、背中を守ったりしている)

 第三降臨は多分披露しない。

 

 

 

吉井 明乃(Fate/Concoction)

 略歴

 現在文月学園二年生になる直前の女子高校生

 駅前魔法学園現役生で巷では噂にもなんにもなってない魔法少女カレイド・ダイヤでもある。QMは魔法のステッキ

 

 人物

 偽善を嘯くがどうあがいても善人でしかない魔法少女 

 友人は兄より少なかったり、ただし周りを固めているのが元正義の味方だったり、元人類最後のマスターだったり、元月の聖杯戦争優勝者だったりとかするので結果的に周りにはよく人がいる。

 背丈も容姿も兄とほぼ一緒、髪の毛は襟足に着かないくらい。黙っているとかっこいい、喋るとさらにかっこいいと評判。魔法少女姿は可憐だが、普段の姿はプルオーバーのパーカーにジーンズといったラフな格好をしているため男として間違われることもしばしば。ちなみに目は生きている。

 その正体は諸事象で転生をしたオルタ=アキノその人、人外としての力は身にまとう冷気以外なりを潜めているがそれでもかなり強い。さらに前回の聖杯戦争のマスターもいるため、さらに強くなろうとしている。

 兄たちのことを知っているうえで、明久の妹を名乗り兄さんと呼んではいるが、どちらかというと弟のように扱っている。そのことは明久のコンプレックスになっていたり。

 

 能力

 魔法少女としてはカードを用いた『換装』(ラップ)を多用する。手元にあるクラスカードを使い次々と武器を変えて戦うスタイルを好んで使う。クラスカードを使った疑似召喚は行わない。

 冷気は駄々洩れだが、意識すれば町一つを冷凍するほどの力を持つ。

 

 

 

明乃の友人(新規):口癖はなんでさ 前世の記憶とかは特にない。でも元正義の味方、なぜか明乃とは同じクラスになっていることが多い

 

元人類最後のマスター(Fate/Concoction):全部終わった後の人、気が付いたら人生が二周目で大パニックだったがクラガリの一件を踏まえて自分の知っている歴史と違うことは把握済み。高校に入って元後輩とか明乃とかに出会って仲間がいたことを喜んでいる

 

元月の聖杯戦争優勝者(凡庸型主人公編):月から来た人、ステラは未経験。明乃が自分のアーチャーとは別人だとわかってはいるけど惹かれている。ちなみに三兄妹とはまた別人、ただしここには三兄妹も居るというややこしい事態が発生している

 




いい加減お待たせしました。
四月バカの設定集、一部過去作読んでないとわかんない表現とかしてますが、()内を参考に過去作見てみてください。



実は今回の話の筋はSクラスプロローグをなぞってます。なんか見たことある展開だぞとか思った方は過去から見ていただきありがとうございました。
設定はいろいろ考えてますが、多分こっから先更新はしないと思います。


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