そして一色いろはは過去と向き合う。 (秋 緋音)
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本編
第1話


初めまして! 秋 緋音(あき あかね)です!

「八色が書きたい!!」と思って書いてみました。

これが初投稿になります。

投稿の仕方からもうあたふたしてます。

どうか温かい目で読んでいただけると幸いです。




ジャァァァァァァァァン…ズダダンッ!!

「「「うおおおおおおおおお!!」」」

 

ここはいま、6月の暑い夏、とある大学の文化祭。

ステージの上では軽音サークルのメンバーが

ライブをしていて、演奏が終わると同時に

会場にいる観客が大きな歓声を上げた。

 

わたし、一色いろはもその軽音サークルの

一員として、ステージ脇で待機中。

 

「ありがとうございましたー!!」

 

ボーカルがマイクに向かって挨拶を済ませ

メンバー達と一緒に捌けていく。

それと同時にわたしはステージへ

次のバンドの準備設営に取り掛かる。

 

なぜわたしがこんなことをしてかというと

大学へ入ってすぐに仲良くなった女の子が

一緒に入ろうよ、と誘われたものの

別にバンドがしたかった訳でもないので

バンドを組まずこうやって雑用を

しているのである。ちょーめんどい。

 

設営を終えて、再度ステージ脇へと下がると

後ろから駆け足でタタタッと誰かが近付いてくる。

 

「いーろはーっ!」ダキッ

「うぉあッ!? なにッ!?」

 

いきなり後ろから抱きつかれて

前のめりに倒れそうになる。

もう声で誰かわかっているが、振り返るとそこに

雨音 乙葉(あまと おとは)がいた。

「うぇ……、きたない」

たった今ステージを終えた乙葉は

少し汗ばんでいるので早々に引き離す。

 

「いろは! どうだったどうだった!?」

 

引き離された勢いでくるッとターンして

満面の笑みを浮かべ、下から顔を覗き込むような

姿勢で聞いてきた。

 

乙葉は同じ大学の同期だ。黒髪のショートヘアに

赤のメッシュが入っている。小柄な体型に

ダボッとした黒を基調とした服装に

シルバーアクセサリーを着飾っている。

ロック調のライブ衣装に相まって、

可愛らしい整った顔が少しかっこよく見える。

 

「はいはい、すごく良かったわよ…「ありがとーッ!!」…ってだから引っ付くなって!!」

 

言うやいなや、またも抱きつこうとしてきたので全力で押し返す。

 

「じゃあね、いろは! また後で!」

その後、乙葉はバンドメンバーに呼ばれ

手をブンブン振りながら去っていく。

 

準備していたトリのバンドがステージへ上がり

ギターソロから演奏を始める。

その演奏に耳を傾けながら、頭では別の事を考えていた。

 

乙葉が言っていた"また後で"とは

このあと開かれる打ち上げの事だろう。

正直行きたくないんだよね……。

バンドを組んでない自分にはあまり

居場所もないし、大学生特有のウェーイみたいなノリも

あまり好きではない。みんな某先輩みたい。

もちろんわたしは持ち前の接客スマイルで

その場を楽しそうに乗り切るのだが……

「いろはちゃん、お疲れ様」

 

たった今脳裏に浮かんでいた、打ち上げに

行きたくない理由のひとつでもある男が後ろから声をかけてきた。

 

軽音サークルの部長、相葉 優(あいば まさる)

顔は爽やかなイケメンに部類され

面倒見の良い先輩という印象がある。

しかし、ある先輩からは女癖が

悪いという話を聞いた。

入学当初の歓迎会や過去の打ち上げなど

飲み会の席で必ず近くにいて

くどくどと話しかけてくる。

正直、ちょっとうざい……。

 

「あっ、相葉先輩! お疲れ様で~す!」

 

振り返る間の0コンマ数秒で仮面を被り

可愛い後輩スマイルを向ける。

 

「このあとすぐそこの居酒屋で打ち上げするんだけど、いろはちゃんも来るよね?」

「ああー……えっと」

 

人差し指を口元に当て首を傾げて考えてるアピール。

行くか否かではなく、断る理由を。

 

「バンドを組んでなくても、いろはちゃんはうちの大事な部員だからね」

 

にっこり微笑む相葉先輩。

打ち上げなんて行きたくないので

いやぁ~とか、えっと……と言って

のらりくらりと躱してみるが

曖昧な相槌を打っている間もグイグイ押して

Yesを引き出そうとしてくる相葉先輩。

 

「わ、わかりました~♪」

 

若干引き気味になってしまったが

接客スマイルを崩さないよう努めて

承諾してしまった。

 

「良かった。楽しみにしててね」

「はーいっ! ………はあぁ」

 

相葉先輩が見えなくなってから盛大に溜息を漏らす。

 

一度は脱ぎ捨てた仮面だったのに。

あの紅茶の香る小さな教室で、あの人たちに

囲まれてた時の素のわたしは今はいないから。

 

あの人たちが卒業したその日、あの出来事を目の当たりにした時

わたしはまた、仮面を身に付けた。

 

「「「うぉああああああああ!!!」」」

 

背後から大きな歓声に意識を呼び戻される。

トリのバンドも演奏が終わったらしい。

この後の憂鬱は一度頭から消し去り、ステージの片付けを始める。

片付けが終わるとサークルのメンバーが

一度集合し、毎度恒例の一本締めで

文化祭ライブを締めくくった。

 

「それじゃあ打ち上げに行く人は付いてきてー!」

 

打ち上げの会場は大学から徒歩数分の小さな居酒屋。

毎年この居酒屋で行われるらしい。

 

「いろは! 打ち上げ行くよー!」

「ちょっ、わかったから引っ付くなぁ!」

 

ひっつき虫の乙葉を引っ張られて

打ち上げの会場へと移動する。

 

 

 

 

密かに暗い気持ちを抱いているわたしはこの後

一年振りの再会を果たすのだ、あの人と。

 

 

 




はい、というわけで大学生になったいろはすでした!

いろはを軽音サークルに所属させたのは
100%作者の趣味です!

次回、あの男が登場します……!

感想、評価等いただけると嬉しいです◎

それではっ!


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第2話

どうも! 秋 緋音です!

第2話いきまーす!




「文化祭ライブ成功を祝して……乾杯!」

「「「かんぱーぁい!!」」」

 

大学からすぐ近くにある居酒屋の一室に

大きな声が響きわたる。

みんな高々にグラスを掲げて

カチンという音があちこちで鳴り広がる。

 

わたしも営業スマイル全開で近くの人達と

グラスを鳴らし合う。

周りは先輩が多いため、相手よりグラスを

少し下げる。これ常識ねっ!

 

男の先輩たちに囲まれているわたし。

その先輩たちを囲む女たち。

遠巻きに嫉妬の視線を向けてくる

女たちはスルーして、サラダを取り分けたり

グラスの空いた先輩に追加の飲み物を聞いたりと

存分に女子力を発揮する。

 

「いろはちゃん!俺のライブ見てくれてた?」

「俺のギターソロどうだった?」

「ばっかお前、俺のマイクパフォーマンスの方が目立ってただろうが!」

 

周りの先輩たちが露骨なアピールをしてくるので

ひとつひとつ曖昧に暈した返事をする。

すると、左肩をポンッと叩かれた。

うわぁ、きた……。

 

「いろはちゃん、楽しかったかい?」

 

上座の端に座する相葉先輩から声をかけられる。

 

「はいっ!すっごい盛り上がってて楽しかったです!」

「それは良かった。いろはちゃんもこれからバンド組んでライブしなきゃね」

「はい……頑張ります!」

 

これ、こういう席の度に言ってくるんだよね…

 

「もし良かったら、僕と一緒に────」

「あ、いろはちゃん!俺も俺も!」

「いろはちゃん!うちのバンドで歌ってよ!」

「ばっかお前、いろはちゃんと俺でツインボーカルすんだよ!」

 

 

ああ、もうウザい!

やらねえっつうの……。

 

苛立ちを笑顔の仮面で隠して

心の中で誰かに助けを求める。

 

「いっろはー!飲んでるかああああ」

 

いいタイミングで離れた席でバンドメンバーと

ワイワイしてた乙葉が来てくれた。

助かったあ……

相変わらずお酒入るといつも以上に

テンションがうっとうしいな。

 

「飲んでるよ、乙葉」

「あんれ~、グラスがからだよ~?」

 

先輩にあれこれ応対してたので

ほんとはほとんど飲んでない。

 

乙葉の言葉に周りの男たちが

ギラっと目を光らせて「我こそが」と

いろはの飲みものを聞いてきたが

「いろは~あっちにチューハイあるよ~」

「あ、ちょっ乙葉!?」

 

絡み酒の酔っ払いと化した乙葉に

すごい力で引きずられていく。

上座にいた男たちはそんなわたしを

悲しそうな目で見送った。

 

「かんぱーいウェーイ♪♪」

「かんぱい」

 

勢いよくカチーンと音を立てて

改めて乙葉と乾杯する。

乙葉に連れ去られたおかげでようやく自分のお酒を飲めた……。

お酒は決して強い方ではないが、ふわふわとする

あの感覚は好きなので家でもよく飲む。

家では果実酒が多い。ビールも飲むけどね。

 

乙葉がくれたハイボールで喉を潤しつつ

大きなお皿に乗った刺身に舌鼓を打つ。

続いて串揚げに手を伸ばす。ハイボールの強い炭酸と

相性が良くすごく美味しい。

 

わたしがいなくなった上座には

遠巻きに見てた女たちがチャンスとばかりに

駆けつけて男の先輩たちと盛り上がっていた。

 

「……ぷはぁ」

「いろは、大丈夫?」

「え、なにが?」

「……ううん、なんでもない♪♪」

 

含みのある返事で濁した乙葉は

手に持ったハイボールをグイッ飲み干し

「ハイボールおかわりっ!」と

店員さんに注文をする。

 

気を遣って逃がしてくれたんだ……。

酔ってるくせによく見てるなあ。

いつもはぐいぐい寄ってくるくせに

こういう引き際の良いところ

わたしは乙葉を気に入っているんだよね。

 

「すみませーん!ハイボールもうひとつ!」

「おっ、いいね~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまましばらく乙葉と2人で飲んでいた。

 

「わたしはね~……ひっく……もーっといい曲作って~最っ高のライブがしたいのよ! ねえわかるっ!?……うっぷ」

「はいはい……ってちょっと! 大丈夫!?」

「らぁいじょうぶれぇ~す!」

「すいません、お冷いただけますか?」

 

こんな感じで乙葉の世話を焼いているうちに

宴会はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ごちそうさまでしたー!」」」

 

お店の人たちにお礼を言って、お店の外へ出た。

まだ初夏とはいえじんわりと暑い。

外へ出てもみんな騒がしく、気分が悪くて

肩を担がれている人も数人いる。

ちなみに乙葉はテンションはハイだが

意識はしっかりしてるみたい。

ほんとお酒強いなぁ。

 

相葉先輩が一度まとめると

二次会へ行く話しをし始める。

 

「二次会はカラオケにしようか。参加する人は付いてきてね。」

「「「はーい!」」」

 

え、みんな行くの!?

帰るグループに紛れてフェードアウトしようと思ってたのに……。

ひとりだけ帰るとか言い出しにくいじゃん……。

どうしよう……。

 

「ほら、いろはちゃんも行こう」

「あ、いや……えっと……」

 

どうこの場を逃げ出そうかと悩んでいるわたしに

相葉先輩はそう言って手を差し伸べてきた。

いやなんで手を出してくるの?繋ぎませんよ?

 

「わたし……ちょっと……あのですね」

 

なんて断ろうと必死に脳を回転させて言葉を紡ぐ。

 

すると、細い路地の反対側の居酒屋から数人のスーツを着た

男女のグループが出てきた。

 

「ごちそうさまでしたー!」

「よっしゃ二次会行こうぜー!」

「まだまだ夜は長いぞー!」

「俺は帰る……」

 

お隣の団体さんもこれから二次会に行くみたい。

みんなそれなりに若く年もそう変わらないように見える。

 

「帰るなよー。ノリ悪ぃぞお」

「明日早朝から用事あるんだよ。じゃなあ」

「なんだよ……。じゃあな、比企谷っ!」

 

 

その名を聞いて身体に電流が走ったように

相葉先輩に顔をむけたまま硬直した。

 

…………ひき……がや……。

ひきがや…………比企谷ッ!?

 

頭に引っかかった単語を脳内で手繰り寄せると

ひとりの男の名前が浮かんできた。

死んだ魚のような目、だるそうに曲線を描く猫背

アホ毛を生やした頭をガシガシとかく仕草……

数年前の記憶が一気に鮮明になっていく。

 

そっと振り返り、あと頃と同じ呼び名が口から零れる。

 

「…………先輩……?」

 

「………あ?……お前……一色か?」

 

 

そこにあるはずないのに、紅茶の香りが鼻をくすぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、というわけで第2話でした!

ついにあの男との再会を果たしたいろはす。

数年ぶりの再会にいろは、どうする?

感想、評価等いただけると嬉しいです◎




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第3話


どうも、秋 緋音です。

未だにこの小説執筆のシステムに戸惑っていますが
今朝、小説の情報なるページを発見しました。

中を見てみると、なんとッ!

お気に入り登録を31件も頂いているではないですか!?
(そんなに驚く数じゃないのかな……?)

初めて書く拙い文章でも、こうして見に見えて
誰かが読んで下さっているとわかることが
どんなに嬉しいことか……。

ありがとうございます!
リアルが忙しい時期ですが、頑張って書きます!


それでは、あの人と再会を果たした第3話です。


 

「すまん……。俺には……お前たちの気持ちに応えることは、できない。選ぶことなんて、できない。……これが……俺の、嘘偽りない本心だ。」

 

 

そっか……。

先輩はそういう"答え"を導いたんだ……。

それが、先輩のいう"本物"なんだ。

 

なら……わたしは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しき……。……っしき。

「おい一色、聞いてんのか?」

「っふぇ!?」

「……ったく、お前が無理矢理連れて来た挙句無視とか、なんなの?いじめなの?」

「あはは、すみません……」

 

先輩と再会したことで、あの記憶が蘇り

脳内タイムスリップしていた。

 

 

 

ここはとあるカウンターのみの小さな居酒屋。

なぜ先輩と2人でこんなところで

サシ飲みをしているかというと、

時を一時間ほど遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

~1時間前~

 

 

 

 

 

 

「………先輩……?」

「……あ?……お前、一色か?」

 

死んだ魚のような目でこちらを振り返った先輩は

わたしに気付くと同時に、目を丸くして硬直した。

 

 

どうして。なんで。こんなところで。

わたしの頭の中はぐちゃぐちゃで

先輩と目線を逸らせないでいた。

 

そんなわたしと先輩の様子を見ていた

同じようにスーツを着ていた男が

驚愕の表情で先輩に飛びつく。

 

「ちょ、比企谷っ!……お前なに、誰、この子? まさか……も、元カノ……? こんな超絶可愛い子が?……うそ……だろ……」

 

先輩より少し背が高く黒髪短髪で

いかにも社会人という風貌のスーツを着た男は

この世の終わりを告げられたように膝から崩れ落ちた。

そんな男を無視して、周りのスーツ軍団も近寄ってくる。

 

「比企谷くん! 彼女がいたなんて聞いてないんだけど!」

「しかもこんな可愛い子……」

「裏切ったな比企谷……俺を裏切ったなアアアア!」

「振谷うるさい。……ほうほう、これが比企谷くんの元カノさんかぁ」

 

あっという間に同じ格好をした男女に囲まれてしまった先輩は

「ばっ、おま、ちげ、てか、離せっ……」

と、心底嫌そうな顔で周りを押し退ける。

 

 

そういえば、あの頃わたしが生徒会の手伝いを

頼んでいた時も、あんな顔してたな。

そんな事を思い出すとふふっと吹きだす。

 

 

「いろはちゃん……その人、元カレ、なの……?」

 

あ、完全に存在を忘れていた。

振り返ると相葉先輩が、先程の地に膝を着けたままのスーツの男と同じように

絶望を顔に浮かべてワナワナしてた。

 

「えーっとぉ…………」

 

これはチャンス……。

この場を抜け出すために、ここは乗っかるが吉!

 

「そうなんですよぉ~ほんとに偶然!では、そういうことで、わたしはここで失礼しますね!」

「あ、ちょっと、いろはちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからあいつは、ただの高校の後輩だっつってんだろ……。」

「えーっ。あんなに見つめ合ってたくせにぃ……?」

「そーだそーだッ!」

「別に見つめ合ってなんか────」

 

 

 

「せ~んぱいっ!お久しぶりですね!」

 

自然とあの頃のようなあざとい仕草が復活して

同じ格好をした男女に問い詰められている先輩に話しかける。

 

「……お、おう。ひ、ひさし────」

「ど、どうも初めまして!比企谷と会社の同期の青木です!まさか比企谷にこんな可愛い知り合いがいるなん────」

「ちょっと青木、邪魔!」

 

「驚かしてごめんね。私たち、比企谷と同じ会社の同期なの」

「そうなんですね!初めまして、一色いろはです!」

「いろはちゃんか~。ところで……比企谷くんとはどういうご関係で……?」

「ただの高校時代の先輩後輩ですよぉ~。ねぇー、先輩?」

「お、おう……」

「……ふ~ん」

 

同期の女は先輩にジト目を向けている。

 

「……じゃ、俺帰るから。またな」

「ちょ、先輩!せっかくなんでどこかでお話ししましょうよ!」

 

その場から逃げるように立ち去ろうとする先輩に

わたしは慌てて待ったをかける。

 

「は?なんでだよ」

「なんでもいいじゃないですかー!こんなに可愛い後輩が、久しぶりに、可愛くお願いしてるんですよ~?」

「自分で可愛いとか2回も言うなよ。」

「大事なことなので2回言いましたっ!」

「はいはい、あざとい」

「むぅ~……」

「それもあざとい」

「あざとくないですってば!」

 

なんだか懐かしさを感じるやり取りに

少し切なさが混じり、自然と瞳が潤いを帯びる。

いま先輩と話さないと、もう二度とこんな機会は

訪れないかもしれない。今なんだ。

 

「……ダメ…ですか……?」

 

先輩にはまたあざといと言われるかもしれない

本当に潤んだ瞳を、懇願するように、先輩の目を上目に見つめて呟く。

 

 

「……しょうがねぇな。少しだけだぞ」

 

頭をガシガシと掻きながら、そっぽを向いて先輩は答えてくれた。

あの頃と変わらない仕草と、相も変わらず歳下の女の子には弱いところ、そしてなにより変わらない優しさに、潤んだ瞳から涙の雫がこぼれ落ちそうになる。

 

ほんっとに変わらないなぁ、先輩は……。

 

あとから嬉しさがこみ上げてきて

先輩の腕にしがみつくように抱きついた。

もう離さないと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、めげずに帰宅を提案する先輩を

無理y……説得して小さな居酒屋に入り

今に至るのであった。。

 

 

もちろん、道中ずっと腕に抱きついたままねっ。

再会の感動と、ほんの少しのアルコールのお陰で

思い切ったことをしてしまい、腕にしがみつくも

目線はずっと下を向いていた。

 

 

生ビール2つを注文して乾杯をして

改めて先輩と再会したんだと思うと

あの頃の、あの時の記憶が蘇ってきてしまい

先輩を放置してしまってた……。

 

 

 

 

 

「……ふぅ。一色、お前も飲みもん頼むか?」

「そ、そうですね……じゃあハイボールを」

「はいよ……すみません、生とハイボール」

「はい喜んでぇえ!」

 

 

……な、なんか2人きりになると、なんか緊張する……。

カウンターだからすぐ隣だし近いし。

数年ぶりだから? いや、でもさっきはあの頃と同じように振る舞えたのに……。

せっかくだから何か話さなきゃっ……!

 

「そ、そういえば先輩、スーツ似合わないですね! 就活ですか?」

「唐突にディスるのやめてね……。いや……もう就職してる」

「えっ!? 大学行ってたんですよね?」

「まあ……ある日いまの会社の人に飲み屋で知り合ってな。向こうがえらく気に入ってもらって、今すぐ雇ってやるって強引にヘッドハンティングされたってわけだ。」

「先輩をそんなに必要とする人が……。なんの会社なんですか?」

「…………おもちゃ」

「……えっ?」

「おもちゃだよ。子供向けの玩具の製作や営業」

「……ぷぷッ!」

「なにが面白かったんだよ」

 

せ、先輩が、子供の……お、おもちゃ……ぷくくッ……。

いやぁ、でも合ってるのかも……。

一人遊びのスペシャリストみたいな人だし。

 

「い、いえいえ……ふふッ!」

「ちっ、言うんじゃなかった」

 

そういって先輩は手に持ったジョッキの

ビールを一気に喉へ流し込んだ。

 

 

 

 

「そういえば、先輩」

「……なんだよ」

「いま────」

 

いまでもあの二人とは……。

先輩と再会してからずっと、気になっていたことを

聞こうとしたが、言いかけて、止めた。

あの卒業式の日の出来事を思い出すと

おいそれと気軽に聞いていいことでは

ないと

踏み込むことを、憚られた。

 

 

 

「いえ、なんでもないですっ!」

 

 

 

 

わたしはまた先輩の前でも、一度は脱ぎ捨てた仮面を被っていた。

 

 





はい、というわけで第3話でした。

書いているときから思いましたが……
キャラの口調って難しい!!
改めて俺ガイルを読み直してはみましたが。

これ……大丈夫?ちゃんと伝わってますか?

気になる点があればご指摘いただけると
非常にありがたいです……。

感想や評価などもいただけると嬉しいです◎

ではまた第4話で◎


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第4話



体調崩して昨日は1日死んでました、

秋 緋音です。


現時点でお気に入り登録が50件になりました。
めちゃくちゃ嬉しいです。ありがとうございます。

それでは、第4話です。







「おい、大丈夫か?……あ、すみません。お冷ください」

「かしこまりました~」

 

「大丈夫です、すみません」

 

 

 

 

 

あれから小一時間ほど、先輩がトイメーカーに

就職した経緯や、久しぶりに実家に帰ると

自分の部屋が物置と化していたこと。

わたしの跡を継いで総武高の生徒会長を

務めていた小町ちゃんのこと。

積もる話をいくつも交わしているうちに

かなりハイペースでアルコールを摂取し

珍しく酔いが回ってしまった……。

 

意識ははっきりしてるし、吐き気もない。

華の大学生にあるまじき粗相はしませんっ!

先輩がいるから、つい油断しちゃったのかな……。

 

 

「んじゃ、そろそろ出るぞ」

「せんぱ~い、おぶってくださいよぉ……」

「は?やだよ。恥ずかしい」

「え~っ……」

 

即答での拒否に頬を膨らませる。

 

きっとここでまた、あざとくアピールすると

先輩は頭を掻きながら「しょうがねぇな」なんて言って

甘やかしてくれるのだろう。

でもさすがに悪い気がしたので自重する。

 

「じゃあ、仕方ないですね」

「……お、おう」

 

「おや? なんですか? もしかして……おんぶ、したかったんですか~?」

「ばっか、ちげーよ! どうせまた、上目遣いでお願いします……とかあざとくアピールしてくると思ってただけだよ」

「だから、あざとくないですし! あと、そのモノマネきもいです」

 

顔を背けた先輩は横から見ても顔が赤くなってる。

やっぱりおんぶしてもらえばよかったかも……。

 

そんな先輩をからかってやってから

席に着いたままお会計をする。

 

「えっと……いくらですか?」

「いや、いいから。仕舞っておけよ」

 

「えっ…………はっ!?な、なんですか口説いてるんですか?久しぶりの再会で二人っきりになったからっていいとこ見せて男らしさアピールですか?すみません不覚にもちょっとてかかなりトキめいてしまいましたけど今はまだ心の準備ができてないので無理ですゴメンなさい!!」

「お、おう……数年ぶりに聞いたな……。俺はお前に何回振られりゃいいんだよ……」

 

 

少し引き攣った顔をしながら、先輩は二人分の料金を財布から取り出す。

 

あの先輩が、ほんとの先輩ぶりを発揮して

不覚にもドキッときたぁ……。

もはや定番ともいえるゴメンなさいも

まだ少しふわふわした頭でよくスラスラと

言えたものだと、わたしも驚いている。

しかも、今はまだとか言っちゃってるし……。

 

「ありがとうございます、先輩っ♪♪」

「……おう、今回だけだぞ」

 

 

今回だけ、ということは……

次回があるってことですか!?

 

 

 

 

「ごちそうさまでしたー」

「あっ、ごちそうさまでしたー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーっ……はぁ、気持ちいい」

 

お店の外へ出ると、少し冷たい夜の空気が頬を撫でる。

外の空気を目一杯吸い込み、蹴伸びをする。

 

「一色、俺は電車だけど、お前は?」

「あ、わたしも電車ですね」

「ほーん、そうか……」

 

素っ気ない返答をすると、先輩は駅へと向き歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ~」

 

慌てて後ろを追いかけるが、人通りが多く

離れないようと、懸命に後を付いていく。

 

んんっ……、アルコールのせいで、なんかふわふわする……。

千鳥足では決してないが、足が少しおぼつく。

 

駅に近付くにつれ、駅から出てきた人の波が

私たちを押し返すように流れ出てくる。

人波に逆らいながら歩き、駅へと進む中

時々視界を遮られ、先輩とはぐれそうになる。

 

離れないようにと、先輩の腕に伸ばした手は……

数時間前は勢いでしてしまったのが

急に恥ずかしくなってしまい

コートの袖をちょこっと摘むだけに留まった。

 

 

「せ、先輩……」

「どうした、大丈夫か?」

「はい……その、袖……掴まっても、いいですか?」

「いや、もう掴まってんじゃねぇか……。 ほら、はぐれんなよ」

「……ッ! はい」

 

 

押し返す人波から、立ち止まった私たちの

傍から見れば桃色な世界を

邪魔そうな、はたまた微笑ましいように

視線を向けながら横を通り抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ~、着いた」

「おつかれさん」

「あっ……ありがとうございます」

 

 

やっとの思いで駅へ到着した……。

駅構内に入るとさほど人も多くなく

泣く泣く先輩のコートの袖から手を離した。

 

改札に向かいつつ電子定期券を取り出す。

 

「一色、お前定期持ってんの?」

「はい!通学の範囲内なので」

「そんじゃ、俺は切符買うから。またな」

「え、先輩っ!!」

 

言うが早いか、先輩は券売機の方へ歩き出し

人混みの中にズラッと長い列に並んでいった。

 

 

 

 

「…………もう少し話していたかったのにな……」

 

先輩に短い別れの挨拶を告げれ

わたしは定期券で改札内へ進入し

エスカレーターの無い階段を

重い足取りで一段一段登っていく。

 

結局肝心なことも聞けなかったし……。

ていうか、連絡先……!?

でも先輩のことだ、携帯なんてそうそう変えなさそうだし

意外と番号とかメアドも変わってないのかも。

 

 

先輩、少し大人っぽくなってたなぁ。

あの時は悪態をついたが、スーツも綺麗に着こなし

よく似合っていた。

うん、スーツ……イイッ!!

 

でも、やっぱり先輩は先輩で……

なにも変わってなかったな、ふふ。

 

これからもまた、会いたいけど。

わたしから先輩に連絡するのは

かなりの勇気が必要だけど……

 

 

また、会いたい……!!

 

 

 

 

 

向こうはもう社会人なんだし

休日とかに頑張って連絡してみようかな。

 

 

 

小さな決意を胸に、やってきた電車へ乗り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、というわけで第4話でした。

コメ付き評価にて、「いろはす可愛い!」
そんなお言葉をいただきました。

ちょっと泣きそうになってしまう。
八色書いてみて良かったと思いました。

これからも頑張って書いていきます!

感想、評価等いただけると嬉しいです◎



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第5話






すみません、体調を崩して死んでおりました。

秋 紅音です。

更新が少し遅れてしまいましたが、第5話です。







 

 

 

「………………え?」

「っ!…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電車に揺られること数十分、イヤホンを耳に付けて

音楽を聴きながら目的の駅まで時間を潰した。

しかし、意識は耳へ向いておらず

いつ先輩に連絡をしようか、とか

始めはなんて書いて送ろうか、とか

頭の中でいろいろと考え込んでいた。

 

でもやっぱり、いきなり連絡しにくいなぁ……。

今日みたいにもう一度、偶然ばったり会えたりしないかな……。

 

 

思考に集中するあまり、アナウンスを聴き逃しそうになり

慌ててホームへと降り立つ。

 

階段を降りていくと改札が見えてくる。

少し離れた所で立ち止まり、定期券を取り出す。

 

すると、階段から降りてきたひとりの男に

なぜか視線を引き寄せられた。

濁った目、丸い猫背、人束のアホ毛……

 

すれ違うその瞬間に目が合い、固まる。

 

 

 

 

 

 

「……なんで、ここに?」

「……そりゃこっちの台詞だよ」

 

 

 

もう一度、偶然、ばったり、会っちゃったよ!!

いくらなんでも早すぎないっ!?

別々に同じ電車に乗って、同じ駅で降りるなんて……。

 

思わぬ再会(数十分ぶり)に嬉しさよりも

驚愕が何倍も大きくてどうしよう……。

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと……先輩のおうちもこの辺なんですかー?」

「お、おう……。この駅から歩いて数分のところだ」

「そ、そうなんですね~あはは……」

 

 

 

「「………………」」

 

 

 

 

なんか……、なんか気まずい!

 

 

 

 

「あー……一色、お前ん家どっちだ?」

「えっと、西口から出て徒歩5分くらいのとこです……」

「同じ方向だな、送っていってやるよ」

 

「なっ……!?なんですかいきなり!送り狼ですか酔った女の子を送り届けるふりして美味しく頂くつもりですか!?ちょっと怖いし考えが甘すぎるので無理です出直してくださいゴメンなさい!」

 

「いや、じゃあ、いいわ。気をつけて帰れよ」

「わあああ!冗談ですよ先輩っ!」

 

あの先輩が急に紳士的なことを言うので

つい照れ隠しで断ってしまった……!

 

慌てて走り出して先輩の横へ並ぶ。

 

「先輩もこういう気遣いができるようになったんですね♪♪」

「小町に調教されたからな」

 

全く誇らしくないことを胸張って言ってるけど……

小町ちゃん、グッジョブ!!

 

「あっ、そこ曲がってすぐのアパートです!」

「ほう……結構いいとこ住んでんだな」

「父親が心配性でして……」

 

わたしの住まいは、まだ築2年程のアパートにある1LDK。

オートロック付で安全面も完備。

駅からも近く、家賃もそれなりにするが

親からは「年頃の女の子がひとり暮らしするのに

半端なとこには住まわせられない!」と強く言われ

ここに決められたのである。

いくつになってもパp...お父さんは心配性だなぁ。

まあその分、家賃は負担してもらっているので

なにも文句は言えないし、正直めっちゃいい部屋である。

 

 

「ほーん、どこの家も娘には甘いのな。うちも小町の下宿先は完全防備だよ」

「そうなんですねー。先輩のおうちはどの辺りですか?」

「…………そこ」

 

なにやら言い淀んで指さした先は……

ほぼ真正面にある小さなアパート。

 

「ご近所さんじゃないですか!?」

「そう……みたいだな」

「よく1度も遭遇しなかったですねー」

「はっ、まったくだ」

 

 

今日は驚愕のオンパレードだ……!

こんなことがあるもんですか!?

これだけ近いなら…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、今日はありがとうございました!」

「おう、数年ぶりだったが……まあ……楽しかったわ」

「お、先輩がデレた~♪♪」

「デレてねぇよ、アホか」

 

ふふふ、相変わらずの捻デレさんですね~。

 

「先輩……また、会いましょうね……」

「……そんな機会があったら、な」

「もぉ~。……おやすみなさい、先輩っ」

「……おやすみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バタン、キュ~……。

疲れた。すっごい疲れた。

 

先輩とのことで頭いっぱいだったけど

今日って大学の学園祭だったんだよね……。

 

 

 

先輩と別れてから自室に帰ったわたしは

服も着替えずに、荷物や靴下を脱ぎ散らかし

そのままベットへダイブした。

高反発のベットは勢いよく飛び乗った反動で

ポーンポーンッと波打ち跳ねる。

 

 

 

そういえば……!

思い立ったわたしは素足でベランダへ出ると

真正面にあるアパートを凝視する。

 

てか、先輩の部屋どこか知らないし。

そもそもこれストーカーじゃ……。

 

素足がひんやりとして身体の芯まで

冷えるようにブルッと震えた。

まだほんの少し残ったアルコールと

いまの興奮状態の熱には少し気持ちいい。

 

そのまま呆然と外を眺めていると

真正面のアパートの一室に光が灯った。

 

「……ッ!?」

 

あそこって……タイミング的に、先輩……だよね!?

これではストーカー疑惑はあまり否定できないな。

 

身を屈めて隠れるように、手すりの隙間から

その一室をじーっと眺めていると。

カーテンに影が写り、ガラガラと音を立てて

スライド式の窓が開いていく。

そこから出てきたのは、やはり……

 

「……先輩……ッ!」

 

洗濯物ひとつないベランダに出てきた先輩は

少し着崩したスーツの胸ポケットから

なにかを取り出し、口に咥えると

カチンッ、ジュボッと音を立て

小さなオレンジ色の火が灯る。

 

あれは……タバコッ!?

先輩が……タバコ……!?

 

立派なストーカーと化したわたしは

先輩のタバコを吸う姿に、見蕩れていた。

 

 

先輩、タバコなんて吸うんだ……。

あれ……、でも今日1度もそんな素振り……。

もしかして、気を遣ってくれたのかな……。

 

 

 

 

 

先輩を見つめたまま、わたしはポケットからスマホを取り出した。

ホームボタンを押すとそんなに好きでもない

可愛いキャラクターの待受画面が現れる。

たくさんの四角いアイコンの中から連絡先を開き

せ……せ……あった!

せの行を辿ると「先輩」と書かれた連絡先を開き

意を決して、わたしは先輩に電話をかける。

 

プルルルル……プルルルル……。

こっちから掛けているのに

スマホのバイブ機能のように持つ手が震える。

 

 

「……はい、比企谷ですけど……」

「……先輩、さきほど振りです」

「んだよ、一色か。携帯変えたんだな」

「そりゃ高校卒業を期に携帯くらい変えますよ。ていうか、先輩は変えてなかったんですね、やっぱり」

「こんなの所詮、ゲームもできる目覚ましアラーム機だから。最近は仕事の同僚たちからの連絡もあるけど」

 

仕事の同僚とは、今日のあの居酒屋の前にいた

スーツ軍団のことかな。

 

そういえば……あの時わたしに話しかけてきた

ひとりの女の先輩を見る目……。

相変わらず無自覚にモテてるなぁ。

それに、結構可愛い人だったし。

 

「あの先輩が仕事仲間と飲みニケーションとは……成長しましたね。タバコもお仲間の影響ですか?」

 

………………あっ。

 

「……は!? おい、お前まさかっ!?」

 

しまったあああああああああ!!!

バカなのわたしバカなのッ!!!

 

先輩がこっちを睨みつけるように見ていた。

 

「……あ、あっはは~」

「怖ぇよいろはす、ストーカーかよ!あと怖い……!」

「た、たまたまですよ!? たまたま洗濯物を取り込もうとしてたら、目に付いただけですからね!?」

 

自ら白状してしまったわたしは

携帯を持っていない手をブンブンと振って

冷や汗を浮かべて誤魔化そうとする。

 

「……今度からベランダで吸うの辞めるわ。あと、タバコは平塚先生の影響だよ」

「ああー……今でもお会いするんですか?」

「まあ、たまにな。ほとんどがあの人の愚痴を聞くだけなんだが……ほんと誰か早く貰ってやれよ」

 

相変わらずだな、あの先生。

かっこいい人なんだけど……。

生徒会選挙の時もクリスマスイベントの時も

なにかとお世話になった平塚先生には

とても感謝しているので、ほんと誰か貰ってあげてください。

 

 

 

 

 

 

 

遠くに見える先輩は、空き缶かなにかに

吸殻を入れて中へ入っていく。

 

「おら、お前も早く部屋入れよ。あと、今後絶対に覗くなよ」

「だから覗いてませんってば!! 先輩こそわたしの朝のお着替えの時間に双眼鏡使って覗いたりしないで下さいよねー!」

「覗かねえよバーカ」

 

むぅ……なんか先輩の返しが妙に大人な対応なのがなんか悔しい……。

わたしが子供みたいじゃん!

 

 

先輩が部屋に戻ったのを見て

わたしも軽く足を払って部屋へ戻る。

 

「用がないならもう切るぞ」

「あっ待ってください先輩!」

「……なんだよ」

「今度また……一緒に飲みに行ってくれますか?」

 

せっかく電話をかけたついでに次の約束を

取り付けなければっ!

次に電話をかけられる機会なんて

いつになるかわからない。

それに……いつかは聞きたい。

今日聞けなかった、あの事を。

 

「……ああ、気が向いたらな」

「それ行かないやつじゃないですか!」

「気が向くように前向きに検討するよ」

「もぉー!絶対ですよ!」

「わぁーったよ。じゃあな」

「はい、今度こそおやすみなさい先輩!」

 

 

プッ、ツーツーツー

 

電話が切れたのを確認して

スマホを手にしたままソファーに蹲る。

話している時はなんともなかったのに

終わってから急にドキドキしてきた……。

ていうか、飲みに行こうとは言ったものの

いつ行くかは言ってないじゃん……。

 

タバコを吸う先輩、様になっててかっこよかったなぁ。

サークルの人とか友達でも吸う人はいたし

別に嫌いってわけじゃないから

わたしの前で吸ってもよかったのに。

 

 

 

でもそういうところが、先輩の優しさなんだよね。

 

 

 

先輩の優しさは、分かりにくい。

 

 

 

近しい人にしかわからない。

 

 

 

それが、本当の優しさなのかもしれない。

 

 

 

だから、先輩は……優しいんだ……。

 

 

 

 

そんな先輩……だから………、

 

 

 

 

 

 

わた…………し……は…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






はい、というわけで第5話でした。

今回もやはり、2人の口調を意識するのが
とても難しかったですね。
もはや私なりのって感じになっていますが……。

どこかで八幡視点も書いてみたいですね。

感想、評価等いただけると嬉しいです!

それでは第6話でまたお会いしましょう◎


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第6話


こんなに長くなるとは……。

八幡と再会した後日のいろはす。


コメ付評価して下さった方、ありがとうございます!

とっても励みになります◎


それでは第6話です!







 

ピピピピッピピピピッ……

 

 

んん…ぁれ……?

 

いつもの目覚ましアラームが部屋に鳴り響き

熟睡から現実へと引き戻され、重たい瞼を持ち上げる。

 

昨日と同じ服が視界に映る。

そっか、昨日あのまま寝落ちしちゃったんだ。

 

すぐ側にある携帯へ手を伸ばし、アラームを雑に止める。

 

重たい身体に鞭を打ち、ベッドから起き上がり

カーテンを開けて日光を浴びる。

意外にも二日酔いの感じはなく、

気持ちよく蹴伸びをしたら

ベッドの端に座り込む。

 

スマホの充電コードを手繰り寄せて

画面を開くと一通の通知が届いている。

 

 

 

 

 

 

 

From:乙葉

「さくやは おたのしみ でしたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………。

 

…………ああ~そうだった。

 

サークルのみんなには再会した元カレと

夜の街へ消えていったことになってるんだ……。

 

 

 

いろはす『いや違うの、乙葉聞いて』

 

乙葉『昨夜はお楽しみでしたね。』

 

いろはす『だから聞いて、乙葉』

 

乙葉『まあまあ、話しはじーっくり聞くから、とりあえず今日もちゃんと来なさい』

 

いろはす『……はい』

 

 

 

今日は大学の学園祭2日目。

昨日アシスタントとしてライブを終えたわたしは

もう特に出番もないので、今日は行くつもりなかったのに。

 

これはもう、乙葉に根掘り葉掘り聞かれて

いじられるに違いない。めんどくさぁ……。

はぁ……でも、行くしかないよね。

 

とりあえず、昨日かいた汗がベタベタとして気持ち悪いので

お風呂入って準備するかぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイクよし、髪型よし、スマイルよしっ!

 

玄関の鏡で自分の容姿をチェックし

今日はお気に入りのマーチンのローファーを履く。

 

オートロック式なので鍵を掛ける必要はないけど

一応閉まったのか確認してから

エレベーターを使ってロビーへ降りる。

 

家から大学までは、昨夜と同じく駅まで数分徒歩で移動する。

昨夜と打って変わって人は少ない。

駅へ到着してものの数分で電車に乗り込み

今日もイヤホンをして時間を潰す。

 

今日聞いているのはやなぎなぎのアルバム。

3曲目に変わるところで目的の駅へ到着する。

 

大学の文化祭へと向かう人も何人かいるみたいで

同じ歳くらいのカップルや女の子グループが

一緒に電車からホームへ降り立つ。

 

大学も駅からそう遠くなく、歩くこと数分で到着する。

既に今日の文化祭プログラムは始まっており

入口からでも盛り上がりと喧騒が聞こえてくる。

 

とりあえず、乙葉に連絡しておくかぁ。

 

 

 

 

 

Fromいろはす

『着いたよー。いまどこ?』

 

敷地内へ入っていくとすぐに乙葉から返信が届く。

 

From乙葉

『食堂横のカフェラウンジ!早く来たまへ~』

 

うっわ、行きたくない……。

足取りは重く、カフェラウンジへ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー! おっそいよいろは!」

「ごめんごめん。乙葉ひとり?」

「さっきまで彩といたんだけど、なんか高校の時の友達が遊びにきてるみたいで、どっか行っちゃった」

 

綾瀬 彩(あやせ あや)は乙葉のバンド『Crown Crows』通称クラクロのメンバーの一人。パートはベース。長身細身で少し大人しめな性格。

 

「そ・れ・に~♪♪」

「……な、なによ」

「二人じゃないと話してくれなさそうだしぃ~♪♪」

「……そこまでして聞きたいの」

「さぁさぁ話してみなさい!」

 

面白がる気満々のにやけ顔の乙葉に

ぐいぐいと圧迫面接のように

言葉通り、根掘り葉掘り聞かれ

まず、元カレなどではないと誤解を解くところから始まり

高校時代の出会いや昨夜二人で飲みに行ったこと

家まで送ってもらったことから家が近かったということまで

洗いざらい吐かされました。

途中間に「ほぅ」とか「ひゃ~」とか

細かな相槌を入れつつ、終始興奮気味の乙葉。

 

 

「……ということです」

「いやぁ~いい惚気を聞かせてもらったよ♪♪」

「別に惚気けてないし!」

「でも腕に抱きついたり……」

ぐっ……!

「今度は恥ずかしそうに袖を摘んだり……」

ぐぐぅ……!

「終いには窓から見つめ合いながら電話……」

ぐはっ……!

 

なにこれちょー恥ずかしいんだけど……!

もういっそ殺せぇぇ……。

 

「いやぁ、でも良かったよ」

「……なにが?」

 

まだからかうのかと、乙葉にジト目を向けると

乙葉は優しげに微笑み

 

「だってさ、いろはって周りの男たちみんなに愛想を振り撒いて手玉に取るのに、今まで誰一人と特別な存在っていうのがなかったじゃん。周りの女はみんな目の敵だし、乙葉ちゃん正直心配してたんだよね……」

 

乙葉は安心したっ!と言って手元のアイスティーに

手を伸ばしズズズッとストローで飲み干す。

 

高校時代のように周りに敵を多く作るわたしを

同じように接してくれる唯一の友達。

 

ほんと、勿体無いくらいいい子だよ……。

 

「ありがとね、乙葉」

「どういたしまして♪♪」

 

二ヒッと笑う乙葉の笑顔は

小さな身体と相まって無邪気で、そして優しい。

 

「あ、そういえば……!」

 

なにを思い出したのか、乙葉は手をポンッと叩き先程とは違う、にやぁっと笑みを浮かべる。

 

「いろはが前に居酒屋で言ってたあの先輩……それが昨日の人なのね~」

 

 

 

………………え、待って?

ちょっと待って?なになになに?

 

「え、なに?なんのこと…?」

 

乙葉と居酒屋で?そんな話した?

 

「ひねくれてて、不器用で、死んだ魚の目をしてて……、でもすごく優しくて、いつも助けてくれて、わたしの本物────」

「わあああああああああああああああああああ!!!」

「もがふッ!」

 

パニックに陥りそうになりつつも、慌てて乙葉の口を両手で塞ぐ。

 

あわわわわ…………なにゆってんの!?

ねぇなにゆってんの!?

そんな話し……乙葉と二人で居酒屋で……。

…………ッ!!

 

あれは夏の暑い日の夜、テストやサークルでストレスが溜まったわたしが

乙葉を連れて飲みに行った日のことだ。

乙葉と一緒になって勢いよくお酒を飲んで

二人でぐでぐでになるまで酔ったあの日……。

最後は彩ちゃんが迎えに来てくれて送ってもらったらしいが

途中から記憶が飛んでいた、あの日!

 

わたし、知らない内にそんな恥ずかしい思い出を

詳らかに口走っちゃったの!?

てか、一緒にぐでぐでに酔っ払ってた乙葉は

なんでそんなに鮮明に覚えてるのよ……。

 

「……他になにか言ってなかった?」

「ああ……そういや確か」

 

乙葉の口から手を離し、まだ他に変な事を口走っていないか確認をとる。

場合によってはまたその口塞がねば……

両手をフリーにして身構える。

 

「奉仕…部…? なんか部活の話?」

「……っ!」

 

そこまで口を滑らせていたのか……。

しかし、乙葉もその話はあまり覚えていないと「あはは~」と笑う。

 

「……でも、いろはがずっと気になってるのってその事だよね?」

「……それもあの時言ってたの?」

「ずっと気になってて、でも怖くて聞けないって。昨日、聞けたの?」

「……ううん。久しぶりだったし、そんないきなり切り込める事情でもなくてさ……」

 

もし、もし仮に、昨夜のあのタイミングで

聞いてみたとしたら……どうなっていたんだろう。

 

意外とすんなり話してくれた?

それとも気分を害して立ち去られた?

 

わかってる、考えたところで答えは見つからないということを。

 

 

「まぁまぁ、きっかけは作れたんだし焦る必要は無いよ、きっと」

「……うん、そうだね」

 

 

 

 

 

「さぁ、いろは!せっかく文化祭来たんだし、お店回ろうよ!」

「……うん。あっ、わたしハニトー食べたい!」

「おおーいいね!行こう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~あま~いぃ……」

「う~ん、しっかりハチミツが染みてて美味しい♪♪」

 

ここは大きな円形の広場でサークルごとに屋台を出店している。

ハニトーを売っているのは料理研究会。

分厚目に切ったトーストに9分割に切れ目を入れた上に

細かく切ったアーモンドとアイスクリームを乗せて

たっぷりとシロップをかけてある。

流石は料理研究会、めちゃくちゃ美味しい!

甘さが身体に染み渡る~♡

 

「あっ! あそこタピオカ売ってんじゃん!」

 

乙葉が指さす先にはバドミントンサークルが出店している出店。

ソフトドリンクからフロートやタピオカドリンクまで

幅広くメニューが揃っている。

 

「ちょっと買ってくるね!いろはは何がいい?」

「じゃあ、タピオカミルクティで」

「はいよー!」

 

スタタターッと屋台の方へ駆けていく乙葉。

周りを見渡してみると円形を覆うように

様々なサークルが出店していて

在学生から一般人までたくさんのお客さんが

列を作っている。

その中にはわたしも所属している軽音サークルの屋台もある。

そちらへ目を配ると、売り子をしているひとりの男と目が合った。

 

しまった……ッ!あまり会いたくない人に……。

わたしに気がついたようで、男がこちらへ歩み寄ってくる。

 

「やぁ、いろはちゃん。昨日は大丈夫だった?」

 

軽音サークルの部長、相葉先輩だった。

昨夜、先輩と再会した際に「元カレと再会した」という体で

二次会への参加を断っているので

あまり会いたくないのに……。

 

「はいっ! 大丈夫ですよ!」

「そっか、良かった」

 

大丈夫……ってなにがだろ?

 

「いろはちゃんの元カレさん、かっこよかったね」

「えー、そうですかぁ?」

 

あ、この顔は思ってないやつだ。

絶対自分の方が上だとか思ってるでしょ。

 

「あのあとどこか行ったの?何もされなかった?」

 

なんでそんなこと言わなきゃいけないの?

てか、何もされなかったってなに?

 

「大丈夫ですよ~♪♪」

「そっかぁ。なにかあったらいつでも相談乗るからね」

「はい、ありがとうございます」

「そうだ、いろはちゃん。このあと何か予定ある? 良かったら────」

 

 

「いろはー! おまたせーっ!! って相葉先輩、こんちは~」

「あ、乙葉おかえり」

「お、乙葉ちゃん…こんにちは」

 

ナイスタイミング! 乙葉!

 

「すみませ~ん、今日は乙葉といろいろ回る予定なので」

「そ、そうかー。楽しんでね」

 

 

苦笑いをしたまま相葉先輩は

心做しかしょんぼりした背中で

サークルの屋台へ戻っていった。

 

 

「はいっ! いろはのタピオカ!」

「ありがとう、いくらだった?」

 

代金を支払うために、鞄から財布を取り出し

小銭の入った小部屋を開くが

 

「これくらいいいって♪♪ 乙葉ちゃんの奢り!」

「そう、じゃあ有難くもらっておくね」

 

ありがたく奢ってもらっておこう。

出番のなくなった財布をまた鞄へ戻す。

 

乙葉からタピオカミルクティを受け取って

太いストローを口に含む。

冷たく甘いミルクティが口の中へ流れ込んできたと思ったら

奥から小さくモチモチとしたタピオカが侵入してくる。

一度で二度美味しい!

 

「はぁ~タピオカ美味しい♪♪ 乙葉は何にしたの?」

「わたしはタピオカピーチティー! 一口いる?」

「ありがと!ミルクティも一口どーぞ」

「へへっ、いただきまーす!」

 

辺りは絶え間なく盛り上がりを見せる

文化祭の円形広場にて、乙女二人は

甘いものに舌鼓を打ちガールズトークに華を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばさぁ、いろはは進路もう決めたの?」

 

ハニトーを美味しく平らげ、飲み干したカップの底に残ったタピオカを

ストローで器用に吸い込みながら、唐突に乙葉は聞いてきた。

大学3回生になると実習や就活なとが始まる。

 

「ほんと、どうしよう……。乙葉はやっぱりプロを目指すの?」

「もっちろん!! 東京行って箱でライブこなして選考とか受けていくよ!」

 

乙葉のバンド"Crown Crow"は大学のサークルの枠に収まらず

他方へライブ活動をこなしており

全員が卒業後はプロを目指している。

以前ひとつのオーディションを受けたが

残念ながら採用はもらえなかった。

しかし、それが逆にメンバーの士気を高め

本気でプロを目指すようになったとか。

 

 

「乙葉はすごいな……。ちゃんと明確な夢があって、それを一生懸命追いかけてて……」

 

わたしは、なにがしたいんだろ?

特になんの夢もなく、何もかもが中途半端。

この3年半、わたしは何をしてたんだろう……。

 

「……そういやもうすぐあれがあるんじゃない? えーっと、そう! 企業説明!」

「ああ……なんかそんな話しあったね」

「そこでいい会社に出会えるかもよ?」

「うん……そう祈るよ……。はぁ」

 

昨日の浮かれたわたしとは真逆に

ずーん…と落ち込むように吐くため息。

 

わたしの将来はどこへ向かっているのか。

 

「そんなことよりさっ! いまは文化祭を楽しもうよ♪♪」

「あっちょっと……!!」

 

気落ちしたわたしの手を引っ張り

乙葉は次の屋台へと連れ出す。

 

「ほらほら、焼きそば! あ、綿あめもある! あああーアイスも食べたい!!」

「わかった! わかったから!!」

 

あっちへこっちへ、腕を引っ張り回して

屋台を巡り巡っていく乙葉に振り回される。

 

「いーろはっ!!」

「はぁ…はぁ……、なに?」

 

やっと止まったと思ったら、乙葉はわたしの手を離し

くるっとターンしてこちらを振り返る。

 

「ねぇ! いま、楽しい?」

 

心底楽しそうな無邪気な笑顔を浮かべた乙葉はあの時と同じ

わたしと乙葉が初めて出会った時の、同じ質問を投げかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学に入学して早々に周りに群がる男達に愛想を振り撒き

それに比例し、敵だらけ(主に女)になったわたし。

ひとり庭のベンチで昼食をとっているわたしに

いきなり近付いてきた乙葉は、そう言ったんだ。

充実しているかのような偽物の

仮面を被ったわたしに、そう言ったのだ。

 

「ねぇ……。いま、楽しい?」

 

その時は初対面だし唐突だしで「……は?」って思ったし

どうせ女の敵であるわたしに嫌味か嘲るつもりだと思ったから

「うん、楽しいよ」

作り飾った微笑みと共に、そう返した。

そうしたらこの女は醜く罵倒してくると思った。

 

 

だが、乙葉の反応は大きな笑いだった。

 

「ぷっ、あははははッ!!」

 

意味がわからない。なんだこいつ。

何がしたいんだよこいつ……。

 

「……はーぁ面白い! そっかそっかあ!」

 

なにが面白かったのか、お腹を抱えて目尻に浮かぶ笑い涙を拭う。

 

「一色さん……だよね? わたしは天音 乙葉! お友達になろう!」

 

……は?「……は?」

 

理解が追いつかなすぎて心の中の言葉が、そのまま口から出ていた。

 

これがわたしと天音 乙葉という人間の出会い方。

 

それからというもの、お昼になるとどこに居ても探し出され

当たり前のように隣に座り、一緒に昼食をとるわ

同じ授業に出れば、これまた当たり前のように

初対面のバンドメンバーを携えて隣へ座るわ。

 

初めは鬱陶しく思っていた、身勝手で自由な乙葉だが、同性に嫌われ遠ざけられるわたしに

分け隔てなく接する乙葉に、少しずつ居心地のよさを感じるようになり

誘われるままに軽音サークルに入ることになる。

それからはよく飲みに行ったり、休みに遊びに出掛けるようになった。

今では、こんなわたしには勿体無いくらいの

素敵な友人となった。

 

 

 

 

 

そんな相も変わらず身勝手で自由で

実は人をよく見ていて思いやりがあり

気の利く大切な友達、乙葉は問う。

 

「いま……楽しい?」

 

先を見据え、将来を悩み、落ち込むわたしを

元気づけようとしてくれてるんだ。

今この瞬間が楽しいか、と。

 

わたしはあの時と同じ、だが仮面の微笑みではない

心のままに、こう答えた。

 

「うん……楽しいよ、乙葉!」

 

「……うん、そっかそっか! じゃあ、楽しむよー!!」

「よーっし!屋台の美味しいもの全部回るよ!!」

 

 

 

 

 

無邪気に笑い合う二人は、また走り出す。

 

 





はい、というわけで第6話でした!

こんなに長くするつもりはなかったんですよ……。

でも、天音 乙葉という人間を書き連ねるにあたり

なんか楽しくなっちゃって、えらく長文になってしまった。

これにて文化祭編は終わりです。

感想、評価など頂けると嬉しいです◎

また第7話でお会いしましょう♪♪


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第7話


第7話です。

人物設定の誤差の件、本当に申し訳ありません。

本編と別に大まかな人物設定をまとめたページを
作っていますので、既読の方はぜひ目を通してくださいますよう
よろしくお願いします。

話しがこんがらがるかも知れませんが
これからも何卒よろしくお願いします。


第7話です!


 

「……えぇー、それでは今日の講義はここまで。えー、教室を出る際に、えー、出席票を提出して下さい」

 

ラフな格好をした初老の講師が告げると

静まり返った教室がガヤガヤと騒ぎ出し

教卓横の出席票に群がる。

 

「はぁ~終わった……」

 

大学の講義は90分間。

専攻科目にもよるが、「これ、関係あるの?」という講義が

たまにあるのだが、単位稼ぎのために取ることもある。

この講師の授業はゆるいから取ってるとか。

入学当初に便r……優しい先輩が教えてくれた。

 

いま終わった講義は中国語。

わたしの通うこの福祉大学ではあまり必要と思えないのだが

テストもなく授業に出席するだけで単位がもらえる

お手軽な単位稼ぎである。

 

「……むにゃぁ……」

 

隣で気持ち良さそうに居眠りしてる乙葉。

 

「乙葉ぁ、終わったよ」

「……んんっ……おはよ~」

「おはよ、よくあれだけ寝れるよね」

 

授業開始とほぼ同時に机に突っ伏した乙葉は

3秒で夢の中へと落ちていった。

きみはの〇太くんかな?

 

「昨日徹夜で新曲作ってたからさぁ……ふぁぁ」

「へぇ……また聴かせてね」

「出来上がったらね♪♪」

 

突っ伏したままこちらを向き

自慢気な笑顔を向けていた。

 

 

 

 

 

「ああー……みなさん、えー、今週末の午前に企業説明会がありますので、えー、参加する者は、えー、9時に302教室に、えー、集まってください。えー、資料は前に置いておきます。」

 

教卓の前にいた講師は、マイクを手に取り

残っている生徒たちに告げる。

ていうか、えー、多くない?

あの年のおじさんってみんなそうだよね。

 

「乙葉、出席票出しにいくよー」

「ふぁあ~い」

 

のそのそと立ち上がる乙葉とともに

教卓横の出席票入れに用紙を入れる。

 

その横には先程説明のあった企業説明会の

資料が置いてあり、その1枚を手に取る。

 

「さて、バイト行きますかぁ。いろはは帰宅?」

「うん、特に予定もないしね」

「そっか!じゃあね~♪♪」

「またね~」

 

 

乙葉と別れてひとりになったわたしは

特に用事もないので家路に着く。

 

夕日が落ちていく茜色の空をぼんやりと見つめながら

いつもの電車を待っている。

電車に乗ったところで鞄の中から1枚の紙を取り出す。

今日もらった企業説明会の資料だ。

日時や時間と場所、各企業の小さなPRなどが書かれてある。

 

その中の企業のひとつに目が止まる。

「……品川トイメーカー………」

 

この大学には福祉の他に保育系の学部もあることから

保育士以外にも、子供向け玩具の企業などに就く人もいるらしい。

 

子供向け玩具……。つい連想してしまう、先輩のこと……。

もしかして先輩の会社だったりして。

会社は家の近くって行ってたし、有り得なくはない。

 

これは、本人に確認をとる必要がある!

 

携帯を取り出し先輩に連絡を取ろうとしたが

丁度駅に到着したので電車からホームへ降りる。

そこで、ふと思いつく。

 

家に帰るついでだし、先輩のおうちに突撃訪問してみようか……。

いやでも仕事だったとしたら終わるにはまだ早いし。

いやでももしかしたら、たまたま休みってことも……。

てか、平日にお休みとかあるのかな。

そもそも、急に訪れてお邪魔じゃないかな……。

もしかしたら、家に誰か連れ込んで……って、それは先輩に限ってありえないか。

 

あれこれ考えていると、気が付いたら先輩のアパートの目の前まで来ていた。

ここまで来るの初めてなのに迷いなく、しかも無意識に足を運べるってどうなの……。

 

 

 

 

 

アパートの前まで来てこの期に及んで、ちょこちょこと足踏みしながら

どうしようかと考え込むが、もしいなかったら携帯で連絡取ればいいか。

そう結論を出して表札を見て比企谷という名前を見つける。

先輩の部屋は203号室か……。

 

203号室の前まで行き、鞄から小さな鏡を取り出し

髪型やメイクをチェックする。

いざインターホンを鳴らそうと手を伸ばすが

一気に緊張が襲ってきて、つい固まってしまう。

 

 

 

 

ええぃっ女は度胸ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに押した!鳴った!

ドキドキと胸を打つ鼓動が聞こえてくる……。

 

 

 

 

 

 

 

……………で、出ない。

やっぱりまだお仕事から帰ってないのかな。

ホッとしたような少し残念なような。

 

も、もしかしたら聞こえなかったのかも……。

もう一度だけインターホンに手を伸ばす。

 

ピンp「はぁい……」ーン

「ひゃあっ!!」「うぉっ!?」

 

「……なんだ、一色か……ビックリした」

 

ビックリした……!!

思わず変な声出ちゃった……恥ずかしい……//

てか、やっぱりいたんじゃん!

 

「一回目のピンポンで出てくださいよビックリしたじゃないですかー!」

「お、おう悪かったな。NH〇か新聞の勧誘かと思ってな」

 

開口一番に文句を言われ、たじろぐ先輩。

寝癖がついたままのボサボサの髪にスウェットの部屋着で

今日お休みだったのがひと目でわかる。

 

「……で、なんの用だ?」

「えっ!?……ああ、なんだっけ。えっと、そう!企業説明会ですよ!」

 

危うく本来の目的を見失うところだった……。

 

「ああ、今週末にあるやつ……ってお前あそこの大学だったのかよ」

「やっぱり品川トイメーカーって先輩の職場だったんですね!」

「そうだよ……。しかも、下っ端の俺が説明会に出ろって……ちっ、絶対ぇ社長の差し金だろ……」

 

頭をガシガシ掻きながらなにやらブツブツとボヤいている。

確かに先輩が企業説明会で人の前に立って話す姿は想像できない。

キョドって口ごもってそう……(笑)

 

「……お前いまなにを想像した……?」

「い、いえいえ!先輩が教卓であたふたキョドってるところなんて全然全く想像してないですよ♪♪」

「……さいですか……はぁ。行くの嫌になったまじで……」

 

心の底から嫌そうな顔(主に目の辺り)で項垂れてしまった。

 

「わたしは楽しみにしてますよっ、先輩!!」

「……俺の無様な姿を見るのがかよ」

「ち、違いますよ!さっきのは冗談ですからっ!素晴らしい演説、期待してますから!」

 

相変わらず卑屈だなぁ。

でもこういうところが女の母性みたいなのを唆られるのかな?

 

「そうだっ先輩!説明会終わったら飲みに行きましょう!」

「いや行かねぇよ……」

「なんでですかー!? こんな可愛い後輩が誘ってあげてるんですよ~?」

「えらく上からだな……。終わってから会社戻らないといけないんだよ」

「ええー……。じゃあ、その後でもいいです」

「……何時になるかわかんねぇぞ」

 

お、先輩が頭を掻いたということは……

 

「それくらい待ちますから!」

「……はぁ、わぁったよ。終わったら連絡する」

「やったー! 約束ですよ!」

「あいよ……。ゲホッゴホッ……もういいか?」

 

よっし!先輩と飲みに行ける!

頑張って突撃訪問した甲斐があった!

 

「はいっ! 楽しみにしてますね、先輩♪♪」

「はいはい……。じゃあな」

 

濁った瞳を流し目に挨拶を済ませると、先輩は部屋へ戻っていった。

 

 

 

 

はぁ……急に緊張が解けたのと、飲みの約束が出来たことで

すっごいドキドキしてきた。

 

なんか先輩お疲れみたいだったな。

や、やっぱり迷惑だったかな……。

 

でも、企業説明会、楽しみだなあ♪♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイクよしっ!髪型よしっ!スマイルよしっ!!

 

今日も玄関の姿鏡でチェックする。

 

今日は待ちに待った企業説明会。

まあ、どちらかと言うとその後の先輩の飲みが、だけどね!

 

ルンルンで家を出て、いつもの電車と徒歩で大学へ向かいう。

 

大学に到着すると、既に同じように説明会へ参加する生徒が

いっぱい集まっていた。

 

教室へ入る手前で背後から良からぬ気配を感じる…………

 

「おっはよーいろは!!!」

「きゃあっ!お、乙葉ッ!?」

 

突如背後から音もなく忍び寄り、飛びかかってきたのは

もはやお馴染みの、乙葉でした。

 

「なんで乙葉がいるの?あんた就活しないじゃん」

「朝まで曲作ってたから、息抜きにいろはに会おうと思ってね~」

 

振り返ると乙葉の目元に薄らクマが出来てた。

 

「およ? いろは……今日なんか、気合い入ってない?」

 

うっ……鋭い。

 

「そ、そんな事ないよ~」

「まあここで気に入られれば有利かもしれないしね」

「あははは……」

 

とりあえず乙葉を引き剥がし、教室の前の方へと座る。

なぜか乙葉も隣に当然のように座る。

 

「いや、乙葉も参加するの……?」

「まぁまぁ、息抜きだって」

 

ケタケタと笑う、薄いクマのできた目を細めて。

先輩と会えると思い、浮かれてるのがバレそうで

あまり居てほしくないのに……。

 

 

 

 

 

 

「……えー、それでは、えー、企業説明会の方を、えー、始めていきます。今回は5社の企業の方々に、えー、来ていただいてます。えー、有意義なものにするため、えー、しっかりと、聞いていってください」

 

始まった……。えー、が多い!!

 

先輩の品川トイメーカーは……最後か。

それまでは、まぁ聞き流そう。

 

「えー、皆さん初めまして。今日はお集まり頂きありがとうございます。私は福祉器具の販売をしております、株式会社 筑井の────」

 

うーん、暇だ。これ先輩の出番までどれくらいかかるのかな。

 

隣では開始数分で夢の世界へ飛び立った乙葉が、スースーと寝息を立てている。

徹夜明けみたいだし、仕方ないか。

 

気持ちよさそうに眠る乙葉を見てると……

わたしも……なんか……眠た……く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────というように、我が社では利用者様のために、不自由のない楽しい空間を作るために日々励んでおります。是非、共に素敵な施設になるように、一緒に働ける人を歓迎いたします。ご清聴ありがとうございました」

 

パチパチパチパチパチパチ…………

 

 

…………んんっ、ぁれ……。

 

 

ハッ……!!寝ちゃってた!!

 

目を覚まし顔をガバッと起こすと

前の教卓には企業の方が深々とお辞儀をしていた。

 

ちょ、いまどこの企業!?

でも先輩じゃないってことは、まだかな。

 

 

「えー、ありがとうございました。続いては、子供向け玩具を取扱われます、えー、品川トイメーカー様です。えー、よろしくお願いします」

 

 

……っ!!

 

先輩の出番だっ!!

 

教室前方のドアから入ってくる人影に視線が向くが…………

 

 

 

 

 

 

…………あれ…………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには先輩の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、というわけで第7話でした!


あれ、八幡はどこいったんだよ……。

たぶんドアから現れたのは青木くん(第3話参照)だとおもいます。

ちょっと八幡の出番少ない気がしてきました……。

これからバンバン登場してもらいますね!


感想、評価など頂けると嬉しいです◎


それでは、第8話でお会いしましょう♪♪


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第8話




こんにちは、最近バンドリのRoseliaの曲を
耳コピでドラムをぽこぽこするのにハマってます。

秋 緋音です。


ルンルン気分のテンションを落とされたいろはす。

姿を見せない八幡は一体どこでなにをしているのか……。



それでは、第8話です!









 

 

 

「初めまして!今日はお集まり頂きありがとうございます。私は子供向け玩具を取扱う品川トイメーカーの青木と申します。本日はよろしくお願いします」

 

 

教卓にあがりマイクに向かって元気よく挨拶をするのは

以前居酒屋の前で見た覚えのある男。

 

 

 

先輩、じゃない……。

 

なんで……どうなってんの……?

 

そこには先輩が立っているはず。

先日先輩のアパートへ突撃訪問を仕掛け

先輩本人が説明会に立つことを、直接聞いていたから

間違いないはず、なのに。

 

なんで?どうして?

 

そんな混乱と疑問符ばかりを浮かべながら

教卓に立つ青木を見ていると、向こうもわたしに気付いた。

気が付きそして、驚きと少しの嬉しさを表情に浮かべた。

すぐにスピーチに戻り、それからも企業説明は続いたが、

内容は全く頭に入ってはこなかった。

 

各企業の説明会が終わると、場所を移り

それぞれの企業の方との話し合いの場が設けられた。

 

わたしは一番に品川トイメーカーのブースへ行き

先程教卓に立っていた男の前へ座る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。先日はどうも……」

「こんにちは!まさかあの時の子がこの大学にいるなんて思わなくてビックリしたよ!改めてまして、品川トイメーカーの青木です」

 

なにかウキウキとしているようで、若干鼻息が荒くなっている。

いつもならここで、営業スマイルでキャピるんと

応対するのだが、いま愛想を振り撒いていられる心情ではなかった。

 

「それで……あの、今日は先輩……比企谷さんが来ると聞いていたのですが……」

「ん? ああ、比企谷ね。あいつ今朝会社に電話があって、なんか体調崩してるみたいでよぉ……。元々ふたりで参加する予定だったから急遽俺一人で────」

 

 

そんな……、体調が悪いなんて……あの時一言も……。

 

『あいよ……。ゲホッゴホッ……もういいか?』

 

そういえば、少し疲れ気味だったけど……

もしかして昨日のあの時既に体調悪かったんじゃ……。

 

 

 

 

「……一色さん、大丈夫?」

「あ、はい!すみません……」

「まぁ明日には復活するって、本人は言ってたから大丈夫だと思うけどね」

「そうですか……」

 

いま先輩は一人暮らしだし、大変なんじゃ……。

こうしちゃいられない……!

 

「すみません、ありがとうございました!」

「え、ちょっと!一色さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん乙葉、先に帰るね!」

「え、ちょっといろは!おーいっ!」

 

 

鞄を手に取り、教室を飛び出しす。

 

はぁ……はぁ……。

 

いつもの帰路を走って、一刻も早く先輩のところへと向かう。

 

はぁ……はぁ……。

 

普段運動なんてしていないせいか、息切れが激しい。時々脚が縺れそうになる。

そんなことには構わず、全力疾走で駅へ駆ける。

電車の時間までの間に売店に寄って

薬とポカリとゼリーを手に取り、肩で息をしているせいか店員さんに心配そうな目で見られながら風邪を引いた時の三種の神器を買っておく。

 

電車に乗り込んでも空いている席に座りもせず、扉の前に立ちソワソワと、ただただ早く着いてくれと急かす。

 

駅に到着した電車の扉が開くと同時にホームへ飛び出し階段を駆け下りる。

急ぎすぎて改札で定期を空かして、バーに激突するという

ちょっとした惨事があったが、とにかく走る。走る。

 

 

 

 

 

 

……はぁっ……はぁっ……。

 

一人暮らしをしていると、風邪や病気は厄介なもので

すぐ近くに信頼できる友達でもいない限り

ひとりで対処するしかなく、身体が弱っている時は

心も同様に弱く、脆いものになる。

 

夢中になって駅から走ること数分

ようやく先輩のアパートの前に着いた。

全力疾走したせいで、肩を上下させ、膝に手を付き

先輩と会う前に、ひとまず呼吸を整える。

 

……はぁ…はぁ………ふぅ。

 

呼吸を落ち着かせたところで、インターホンを鳴らす。

 

ピンポーンッ……

 

 

 

しばらく待つが、先輩が出てくる様子はない。

またなにかの勧誘と思っているのか、まさか出られないほどしんどいのかな……。

 

一瞬躊躇して恐る恐るドアノブに手を掛ける。

静かにドアノブを捻り、そーっと引いてみると

鍵は掛かっていないようで、すんなりと扉は開いた。

 

無断で侵入するのに躊躇いはあったが

今はそうも言っていられない。

 

物が少ないスッキリとした玄関で靴を脱ぎ

おずおずと奥へと向かうと、これまたスッキリとした

必要最低限の物しかないリビングに入る。

 

 

 

 

「…………先輩……?」

 

リビングまで来たものの、先輩の姿が見当たらず

すぐ横のスライド式の扉を開くと

大きなベッドと、その上に横たわる先輩の姿があった。

 

 

「先輩っ!大丈夫ですか!?」

 

 

ベッドの側へ駆け寄り、おでこに冷えピタを貼って

ぐったりしている先輩へ声を掛ける。

 

「……ん…ぁ? 」

 

重たそうに瞼を持ち上げると、普段とは違い

虚ろな目でこちらを見る。

 

「先輩っ! いろはです!大丈夫ですか!?」

「……ぇ、は!? おまっ…ゲッホゴホッ!!」

 

ボヤけた世界から意識がハッキリしたと同時に

驚愕するあまりむせ返ったように、苦しそうに咳き込んだ。

 

ガバッと上半身を起こした先輩へ

買ってきたポカリのキャップを開けて差し出す。

 

「……ふぅ、わりぃ。いや、てかお前、なんでいんの?」

「すみません、鍵が開いてたので……。説明会に来てた人から体調を崩しているって聞いて、つい……」

 

事情を聞いて現状を理解したようで

また上半身をベッドへ預ける。

 

リビングを見渡すと机の上には水の入ったコップと

その側には風邪薬が転がっている。

 

「先輩、ご飯ちゃんと食べてます?」

「ぁ?……あぁ、自炊はしてねぇ」

 

リビングのゴミ箱にはカップラーメンのゴミが入っていた。

 

「はぁ……、ちょっと台所借りますね。先輩は寝てて下さい」

「いや、帰れよ……。風邪移るぞ」

「いいから黙って寝てて下さい!」

「あ、はい……」

 

先輩を大人しく寝かせてから、寝室の扉を静かに閉めてから、

リビングの奥にあるキッチンへ移動する。

 

キッチン周りは電子レンジやオーブンはあるが

その他調理器具はほとんどない。

調味料も醤油や塩、砂糖など、必要最低限の物しかない。

冷蔵庫には……、うわっ。

この黄色と黒のコントラスト……

先輩の大好きなMAXコーヒー、通称"マッ缶"だ。

スッキリとした冷蔵庫に堂々と佇むマッ缶たち。

 

はぁ、これは……まずは買い物からかな。

玄関にはキーストラップも付いていない、裸の鍵が置いてあったので

鞄を持って鍵を閉めてから家を出る。

 

家から歩いて数分の位置にある、いつも買い物の用いるスーパーへ行き、買い物カゴを乗せたカートを押し歩く。

 

 

風邪の時はやっぱりお粥だよね。

ご飯は……今から炊くには時間がかかるし

レンチンして食べられる白米と。

白だしと鶏がらスープと、七草。

あとは、玉子酒を作るために日本酒と卵、そしてグラニュー糖をカゴへ入れる。

 

ガサガサと買い物カゴに必要なものを入れ

素早くレジでお会計を済ませると

また来た道をそのまま戻り、先輩のアパートへと帰る。

 

 

家へ入るとひとまずキッチンへ買い物袋を置いて、先輩の様子を見に

寝室の扉をそろーっと開けて中を覗くと

先輩はスースーと心地よい寝息を立て、ぐっすりと眠っている。

 

先輩のかわいい寝顔を拝見してからキッチンへ向かい

買い物袋から材料を取り出し、お粥を作り始める。

 

大根とカブの葉を切り離し、湯通ししてから

冷水で冷ましてみじん切りする。

大根、カブを皮剥きし角切り、葉物はみじん切りにする。

レンチンした白米、水、白だし、切った七草を鍋に移し、弱火でぐつぐつと煮込む。

 

あ、やばい……なんか先輩のお嫁さんみたい///

専業主夫とか言ってた先輩も立派に就職して

お仕事してるから……わたしが専業主婦かぁ。

 

お花畑な妄想を頭に思い描いているうちに

いい感じに柔らかくなったお粥に、鶏がらスープと塩で

味付けをして……ズズッ……うん!美味しい!

いろは特製の七草粥の完成!

 

あとは小鍋に日本酒、卵、グラニュー糖を投入し

よくかき混ぜて泡立てたら弱中火で

加熱しながらかき混ぜる。

いい状態になったら耐熱性のコップに移す。

 

お粥と玉子酒をお盆に乗せて……あっ、そうだ……ニヒヒッ!

 

いい作戦を思い付いて蠱惑的な笑みを浮かべる。

お盆のお粥と玉子酒が溢れないように

そーっと脚を運び寝室へと運ぶ。

 

 

「先輩、起きてください先輩」

「……ん、あぁ」

「ご飯できましたよ~。起き上がれますか?」

「……お、おぅ……悪いな」

 

 

ベッドの横に少し小さめな机があったので

お盆ごとそこへ置き、辛そうに上半身を

起こした先輩の前へ差し出す。

 

 

「おぉ……普通に美味そうなんだが……」

「あったりまえですよ!一人暮らししてからもう長いですし、元々料理とかお菓子作りは得意でしたから♪♪」

 

エッヘンと胸を張り、得意気な顔を見せる。

 

「そういやバレンタインイベントの時もチョコ、美味かったな」

 

バレンタインイベントといえば、まだわたしも先輩も

総武高に通っていたころに、生徒会と海浜さんとで開催した

みんなで一緒にチョコを作って、それぞれ試食を

してもらうイベントだった。

きっかけは当時バレンタインチョコを誰からも受け取らないという

葉山先輩に手作りチョコを食べてもらうために

用意したイベントでもあった。

 

もちろんあの時も本命は先輩だったんだけど……

そっかぁ、美味しかったかぁ……//

 

 

 

 

 

「今回のお粥も美味しく出来てますから、どうぞ食べて下さい!」

「そんじゃ……って、スプーンねぇんだけど?」

「おっと、気が付きましたね……。スプーンは、ここにあります!」

 

隠し持っていたスプーンを、まるで勇者の剣のように掲げる。

 

「お、おう……ありが───」

 

わたしが取り出したスプーンを取ろうと手を伸ばした先輩の手は虚しく宙を掴む。

 

「…………なに、手で食べろってか?」

 

先輩の手から逃れたスプーンを胸元で握りしめ

「わたしが、あ~ん、してあげますっ☆彡」

 

そう、これがわたしの作戦である!!

 

 

 

 

 

 

バチコンッとウインクを飛ばした先の先輩の顔は…………

 

 

「なにいってんの、こいつ」

という露骨に嫌そうな表情を向けられた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、というわけで第8話でした!


以前体調を崩した際に、お粥と玉子酒を作って食べました。
えぇ、もちろん、ひとりで……。

ずるいぞっ八幡!!

ここがチャンスと見たいろはす、攻めますよ。

感想、評価など頂けると嬉しいです◎

それでは第9話でお会いしましょう♪♪


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第9話


第9話です。

余談ですが、先日姉が結婚しました。

その式でいろはさんという方がいらしてて

すごくいい名前だなと思いましたまる



というわけで第9話、攻めのいろはすです。




 

キメ顔のわたしと、げんなり顔の先輩。

奇妙な沈黙が先輩の寝室を覆っている。

 

 

「わたしが、あ~ん、してあげます」

「それはさっき聞いた。なんなの、大事な事なので2回言ったの?」

「わたしが、あ~ん、してあげます」

「お前あれだろ、▶︎はい。を選択しないと話し進まないRPGのNPCだろ、そうなんだろ」

「は?ちょっとなに言ってんのかわかんないです気持ち悪い」

「ひ、酷ェ……」

 

なかなかYesと答えない先輩と

漫才の様な掛け合いを繰り広げる。

 

 

 

「もぅ……なんで嫌がるんですか~!わたしが看病してあげるって言ってるんですよ?ご褒美ですよ!?」

「自分で食えるっつってんだよ……ゲッホゴホッ」

「ほらっ!病人は大人しくしてください!」

 

相変わらず往生際が悪いですね、もぅ。

さっさとお口を開ければいいんですよ!

 

お粥をスプーンで掬い、溢れないように

自分の口元へと持っていき

「ふぅーっふぅーっ……はい、先輩っ!」

「いや、だからいいって」

「い・い・か・らっ! あ~ん」

 

わたしの吐息でお粥を冷まして、先輩の口元へと

スプーンを運んであげたのに、未だに口に含もうとしない先輩に

ぐいっとさらに差し出す。

 

「…………一口だけだぞ」

 

先輩は頬を少し赤らめて、ボソッとそう呟き

目を閉じ口を、小さく開けた。

 

口元へ運んだスプーンを持つわたしの手は

固まったまま、動かない。

手だけでない、身体ごと、視線をも

照れながら口を開け、わたしがスプーンを運ぶのも

じっと待っている先輩の顔を見つめて動かなくなった。

沈黙が流れる中、わたしの鼓動だけが激しく、もしかしたら先輩にまで聞こえるのではと思うほどに動いている。

 

「…………ッ!? あ、あーん……」

 

たった数秒の硬直だっただろうけど、完全に先輩に見蕩れていたわたしは

おあずけを受けて待ちぼうけてる先輩の口へ

ようやくスプーンを運ぶことができた。

 

先輩は運ばれてきたスプーンを、咥えるように口を閉ざし

わたしはそっとスプーンを引き抜く。

 

口に含んだお粥を、もぐもぐと口を動かし

咀嚼すると、ごくんと喉を鳴らしたところで

ようやく目を開いき

 

「……普通に美味い……」

「普通にってなんですか、やり直し!」

「いや、めちゃめちゃ美味しい。なんだこれ、すげぇ……身体が回復していくみてぇだ……」

 

先輩は自然と顔を綻ばせ、賞賛の言葉を頂いたので、

ふふんッとドヤ顔をお見舞いしてみせたが

心の中では、内なるいろはが万歳している。

 

やったー!! よかったぁ……。

普段から料理の腕磨いておいて本当に良かった。

ママ……一色家直伝の七草粥を、伝授してくれてありがとう!

 

「ささっ、先輩!どんどん食べて下さい♪♪」

「おう、いただk……いや、一口だけっつっただろ。なんでまたスプーン持ってんだよ」

 

ちっ、バレたか……。

どさくさに紛れて引き続き、先輩にあーんしようとしたが

一瞬開きかけた口を、先輩は閉じてしまった。

 

「……先輩、この間お家の前でした約束……覚えてますよね……?」

「っ!……あぁ、説明会の後で、飲みに行く約束だろ……。それは、反故にして悪かった。埋め合わせは必ずするよ」

 

先輩は申し訳なさそうに、上半身だけで頭を下げた。

もちろんわたしは、その件で先輩を非難するつもりは微塵もない。

体調を崩してしまったなら、仕方の無いことだ。

 

「だったら……今日一日、先輩の看病をさせて下さい。それでチャラです……」

 

先輩はこの部屋にわたしが来た時に言った。風邪が移る、と。

わたしの身を案じて、言ってくれた先輩の優しさだったが。

こんなに弱っている先輩を、たった一人にしておく方が

わたしにとっては、辛い。

どうしても放ってはおけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった。お前がそれでいいなら、今日は甘えさせてもらうわ」

 

正直、耳を疑った。目を点にした。口からは「ほぇ?」と、演技ではなく自然に零れ出た。

 

そりゃ、ちょっと意地悪なやり方で

先輩の看病をするために、約束を盾に使ったりしたけど

わたしの想像した先輩の反応は

「ちっ、わぁーったよ……」と、いつもの様に

頭をガシガシと掻く、照れ隠しをしながら

そう言って応える姿を想像していた。

 

 

だが先輩の口からは「甘えさせて」と、そう言った。

あの先輩が? 人に頼ることを疎んでいた先輩が?

 

どうしよぅ……嬉しすぎてニヤけちゃう……//

 

先輩に必要とされることが、ただただ嬉しくて

無理矢理抑えても口角が上がってしまう。

 

「まっかせてください! 頼りになる後輩ですねっ♪♪」

「はっ、自分で言ってんじゃねぇよ」

 

 

先輩を一日甘やかせる券を獲得したわたしは

それからも先輩にお粥をあーんしてあげた。

相変わらず先輩の頬は赤く染まったままだ。

 

全て平らげた先輩に風邪薬とお白湯を飲ませて

お腹一杯になった先輩はそのまま眠りについた。

 

 

 

先輩が寝てしまったので、静かに寝室から離れリビングへと戻る。

物が少ないため、スッキリとしては見えるが

服や飲食したものが机や床、ソファーに放置してあり

大きな物音を立てないように、部屋の隅々まで掃除を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ……うん、綺麗になった!

 

ゴミを全てまとめて捨てて、放置された服は洗濯へ持っていき、机周りから床まで拭き掃除。

ピッカピカになった部屋を満足気に見渡す。

 

時計はもう既に夕方を指しており、すっかり掃除に熱中してしまったみたいだ。

 

今日一日先輩のお世話をする約束なので、夕飯のお買い物をするため

またスーパーへと行かなくては。

鍵と鞄と、先程の買い物袋を持って家を出る準備をしていると、

 

ピンポーンッ…………

 

不意にインターホンが鳴る。

 

先輩が言ったようにN〇Kか新聞の勧誘かな……?

わたしが勝手に出るのもどうかと思うし

でもインターホンを連打されて先輩を起こされるのも……。

 

 

あれやこれやと頭を巡らせていたが、再度インターホンが鳴ることはなかった。

 

少し時間を置いてから外へ出ると、玄関にはなにかが入った女性物ブランドの紙袋が置いてあった。

一応中身を確認すると、そこにはポカリ、ゼリー、風邪薬と、小さな手紙が入っていた。

そのメモ用紙のような手紙には『はやく元気になって仕事に来い! 彩香』と、可愛らしい女の子の手書きメッセージが書かれていた。

 

…………まさか、彼女とかじゃないよね?

ないないないない、ないでしょ。

彼女なら合鍵くらい持ってるだろうし。

 

ひとまずその紙袋を玄関へ置いておき、周囲をキョロキョロと見渡してみるが、置いていった人影は見当たらなかった。

 

心にモヤモヤしたなにかも抱えたまま、夕飯の買い物へと出掛ける。

 

うーん……お昼はお粥だったから、晩はうどんかな!

鶏肉とうどんと……風邪には生姜!

 

速やかにレジを済ませ、また来た道を帰る。

 

先輩は……まだ寝てるな。

 

こそっと寝室を覗くと、先輩はぐっすりと眠っていた。

お昼に覗いた時よりも、顔色は良くなった気がする。

 

 

今回は生姜を使った鶏たまうどん!

 

うどんの上にふんわり卵と鶏肉の乗った

生姜の効いたとろ~りあんかけうどん。

 

しっかり二人分作ったところで時計を確認すると、もう18時を回っていた。

 

寝室の扉をそっと開けて、ベッドの側へ膝立ちする。

目の前にはまるで子供のような寝顔をした先輩。

目を閉じていると、ほんとかっこいいなぁ……。

 

しばし先輩の寝顔を堪能してから、布団の上から肩を叩く。

 

「先輩っ、晩ご飯ができましたよ~? 起きられますか?」

「ぅん……ああ、悪ぃ寝ちまってた……」

「いえいえ、身体はどうです?少しは良くなりましたか?」

「ああ、気分はかなり良くなったわ……晩ご飯まで、何からなにまですまん」

「水臭いですね~。今日一日は先輩の看病しますからね♪♪」

 

先輩はそっと微笑み上半身のみ起こした態勢から

足をベッドの側に着け、立ち上がる。

 

「起き上がっても大丈夫なんですか?」

「ああ、だいぶ回復したみたいだな」

 

…………ッ!

 

そう言って先輩は、ベッドの側でしゃがんでいる

わたしの頭にそっと手を置き、くしゃくしゃと

微笑みながら愛でるように頭を撫でた。

 

 

「……っ!!わ、わるい!いつもつい小町にやってた癖で……」

「…………もう一回……」

「……え?」

「もう一回だけ、撫でてください」

 

どんな反応を想像してたんだろう。

焦って身構えていた先輩は、わたしのおかわり発言を聞いた途端、キョトン……('ω')とした表情を浮かべる。

 

おねだりをしたわたしはただ静かに、しゃがんだまま上目遣いで、先輩を見つめる。

自分でおねだりしておいて、心臓は激しく脈を打つ。

 

先輩が恥ずかしそうに、耳まで赤く染めながら

さっきよりも軽く、わたしの頭を撫でる。

 

先輩の手の温度が伝わる。先輩の手が髪を梳く。

なんとも言えぬ心地よい感覚に浸ってゆく。

 

 

「…………も、もういいか?」

「……はい、ありがとうございます……」

 

 

名残惜しいが、先輩はわたしの頭から手を離す。

 

「「…………」」

 

お互いに微動だにせず、ただ沈黙する。

 

「さ、さぁ、晩ご飯冷めちゃいますし、早く食べましょう!」

「そ、そうだな、ありがたくいただくわ」

 

 

またお互いに照れ隠しのように、辿たどしい空気の中、リビングへ移動する。

 

普段から来客がないのか、座椅子などの家具はなく

机とソファーがひとつ、リビングに置かれているので

床に座るのも憚れるので、微妙な距離感で

ふたり並んでソファーに座り、ふたり一緒に夕食をとった。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、というわけで第9話でした。

先日感想にて、「タイトルからは想像つかない内容」と
言っていただいて、確かに……と思いました。笑

シーンひとつひとつの描写が細かいのかな……
想定していたより、かなり展開かゆっくりしてます。

ここまで来てタイトルを変えるのもなんだかなぁ……。


果たして、いろはがステージで叫ぶ日はいつ来るのか!?


感想、評価など頂けると大変嬉しいです◎
頂いたお言葉、とても嬉しかったです!

それではまた、第10話でお会いしましょう♪♪



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第10話


どうも、秋 緋音です!

最近どうもリアルが忙しくなってきたせいで
なかなか集中することが出来ません……。

今回、いつもより更新が遅くなってしまい
申し訳ありません(´・ω・`)

先日、誤字報告をいただきました。
たぶん訂正できたと思います。
もしまた見つけたら教えて頂けると助かります!


それでは第10話です。


 

「「ごちそうさまでしたー」」

 

 

パンっと手と手を合わせる。

 

 

「……あぁ、美味かったわ。こんな手作りのご飯なんて、正月に実家に帰った時以来だな」

「ふふ、お粗末様でした♪♪ 喜んでもらえて、嬉しいです!」

 

満腹感に浸るように、ふたり並んでソファーの背もたれに身体を預ける。

 

 

 

 

「さて先輩、お茶入れますね~」

「あぁ、さんきゅ。」

 

こういうやりとりが、なんか夫婦みたい……//

先輩も少し元気になったみたいで良かった♪♪

 

二人分の食器を洗い場に持っていき、電気ケトルでお湯を沸かす。

 

コポコポと心地よい、お湯が沸騰する音を立て目盛りの部分からお湯が暴れているように沸き立つ。

 

カチンッと終了を告げる音が鳴ったら

夕食の買い物の時に買っていた、ティーパックの

ほうじ茶を二人分淹れて、リビングへ持っていく。

 

 

「はい、お待たせしました~」

「ありがとさん」

 

先輩の前に置いた湯呑みを、先輩は手に取り、ふーっふーっと冷まそうと息を吹き掛ける。

 

「そんなに冷まさなくても、ちゃんとぬるめにしていきましたよ♪♪」

 

猫舌な先輩のために、少し水を入れて飲みやすくしておいた。

 

「……お、おう……よく猫舌だなんて知ってたな」

「そりゃあ知ってますよ~♪♪ あれだけいつも一緒に紅茶を……飲んで…………」

 

 

しまった!

つい、口にしてしまった、あの頃の話を。

 

あわわわわどうしよ……どうしよう!

 

恐る恐る横を向くと、先輩はこちらも向いて

目を丸くして驚愕の表情。

一瞬とても儚げに、遠い昔を懐かしむように微笑むと、すぐに前を向いた。

 

 

 

部屋の重力が増したのかと思うように、どんよりした空気と静寂。

 

わ、話題変えた方が……いやでも、いま聞いてみて

いやいやいや、まだ無理怖い。

あの先輩の表情から、決して良くはない思い出も

フラッシュバックしたに違いない。

 

結果、先輩と目を合わせず、なにも言葉を発することができない。

 

 

 

 

 

 

「……一色、今日はありがとな。まじで助かったわ。身体もだいぶ楽になったし、明日から仕事行けるわ」

 

「い、いえいえ!こんなことで良ければ、いつでも頼ってください!」

 

先輩は目を合わさないまま、前を見つめて言った。

 

「さぁさぁ、先輩はお薬飲んで寝てください。いまお白湯入れてきますね」

 

さっき沸かしたお湯がいいくらいにぬるくなっているので、それをまた湯呑みに注ぎ、薬と一緒に差し出す。

 

 

「……ゴクゴク……ふぅ」

「じゃあ先輩、明日に備えて早く寝て下さいね」

「おう。 お前はもう帰るのか?」

「……先輩が寝たら帰ります」

 

まだ、やることもあるしね……。

 

「お、おう……? まあ、気を付けてな」

「はい! おやすみなさい、先輩」

「おやすみー」

 

 

就寝の挨拶を交わした先輩は、また寝室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとりになったリビングに、音はない。

 

本当ならば、これから少しお片付けをして、明日の朝ごはんを作り置きしておく予定なのだが、ソファーに置物の様に座り込んだまま動けない。

 

あの時の先輩の表情は、なにを想っていたんだろう。

答えの出てこない問いが、頭の中を侵食するよに

頭が痛くなってきた。

 

しばらく頭を抱えてうずくまっていると

 

 

 

ブーッブーッ!

 

「ッ!!」

 

 

 

 

思考の泥沼から一気に引き出されたその音は、

目の前から発されたものだった。

 

目の前の机の上に置かれた、先輩の携帯がひとりでに震えていた。

どうやら電話が掛かってきたみたいだ。

 

その画面に映し出された名前には、白黒の星が交互に並ぶその中央に、ひらがなで"ゆい"と書かれていた。

 

これって……、ゆい先輩、だよね?

 

先輩の携帯に登録される人間なんて、限られるだろうし。

このちょっと……ゆい先輩らしい名前が、なによりの証拠。

 

じっとその名前を見つめている間も、携帯は机を鳴らし震え続け、不意に鳴り止む。

 

 

 

携帯が震えている間に溜め込んだ息を、ふぅ~と吐き出す。

 

これは今でも先輩とゆい先輩が、連絡を取っているってことなのかな。

もし先輩がいまこの場にいたら、電話に出ていたかな。

もしかしたら、居留守を使ってずっと無視しているのかな。

 

またわたしの思考は泥沼へ沈んでいく。

 

 

 

 

ブーッブーッ!

 

「ひゃあッ!!」

 

へ、変な声出ちゃった……。

 

またゆい先輩から!? と思ったが、先輩の携帯は

微動だにせず、バイブ音の発信源はわたしの鞄だった。

 

鞄の中から携帯を取り出すと、そこには今朝大学の教室に置き去りにしていた、友人の名前が表示されていた。

 

 

『………もしもし、乙葉?どうしたの?』

 

『どしたの、じゃないよー。急に教室から飛び出していってから、なんの連絡もないし。LINEも返信ないし、心配したんだよ?』

 

え……、ほんとだ。めちゃくちゃLINE来てる。

 

『あー、ごめん……。ちょっと、忙しくって……』

 

『…………いろは、なんかあった?』

 

っ! 相変わらず乙葉は、そういうとこ鋭いな…

 

『まぁ……ちょっとね』

 

『そう……話してみなよ』

 

『いやぁ……うん、ありがとう。実はね……』

 

 

そこからわたしは、今日わたしが先輩の看病をしていたこと、先輩にあの頃の話題を振ってしまったこと、ゆい先輩から先輩に電話が掛かってきたこと、全てを話した。

 

『……なるほどね~。それでゴールの見えない思考に、陥っているわけか』

 

『うん……。わたし、どうしたらいいんだろ』

 

『どうっていわれてもね……。私は基本的に、来るもの拒まず、去るもの追わない主義だしなぁ、あはは』

 

確かに、割とサバサバしてるしね、乙葉は……。

わたしには、追いかけてきたけど。

 

『……でも、本当に好きな、大切な相手なら、とにかく追いかけるよ!追いかけて、ちゃんと話をして、それでもダメならちゃんと決別する!』

 

そうだろうね。たぶん、わたしがあの時本当に乙葉を拒絶していたら、潔く諦めてたんだろうと思う。

初めから距離を置くんじゃなく、結果が同じだとしても、ちゃんと決別するんだ。

 

『そっか……、そうだよね』

 

『うん、そうだ!』

 

『わたしも……、わたしも追いかけてみる』

 

『うん、え、その先輩じゃなくて?』

 

『先輩もそうだけど、その奉仕部にいた先輩方みんなが、わたしは好きなの。だから、ちゃんと会ってみるよ』

 

そうだ、わたしはあの空間が、あの紅茶の香るあの教室が、あの温かい人達が、大好きなんだ。

このまま、終わらせたくない!

 

『そっか。頑張ってね、いろは』

 

『てことで乙葉、明日の出席票よろしく♪♪』

 

『え、えっ!? 明日会いに行くの!?』

 

『もちろん!思い立ったらすぐ動かなくちゃ!んじゃ、よろしくね!』

 

『お、思い切りがいいなぁ……。よし、行ってこい! 骨は拾ってやる!』

 

『不吉なこと言わないでよっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

乙葉との電話を切ったわたしは、携帯を操作し一通のメールを送信した。

 

 




はい、というわけで第10話でした。


乙葉、いい奴だなー(棒)

ようやくまた、あの頃の時間が動き出すのでしょうか。

既存キャラってすごく難しくて苦手なんですが
次回、あの人が登場しますよ~。




前書きにもある通り、しばらく多忙につき
更新が遅れるかと思います……(´・ω・`)

どうか気長にお待ちください。

感想、評価などいただけると嬉しいですd('∀'*)

では、第11話でまた会いましょう♪♪


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第11話

どうもご無沙汰しております、秋 緋音です。

国試の勉強のため、休止していたのですが

息抜きついでに(現実逃避ではないッ!)

ちょくちょく書いていた第11話です〆(・ω・o)


 

「─────…。」

 

んんっ……あれ……?

 

「起きろ、一色…。」

 

「…………ふぇ?」

 

 

わたしを呼ぶ、その声によって心地よい微睡みから、意識を起こす。重たい瞼を力なく持ち上げると、太陽光が眩しく射し込む。背中を押し返すような、硬い感触。いつの間にか身体に掛けられた、淡い水色のブランケット。

そして、上からわたしの顔を、覗き込んでいる先輩…………せんぱいッ!?

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

ちょ、ちょっと待ったぁー!!

ね、ね、寝顔、寝顔を見られたッ///

 

ガバッとブランケットを頭まで被り、羞恥のあまり、顔が焼ける程に熱く赤くなっているだろう顔をおもむろに隠す。

 

昨夜、過去と向き合う決意を固めた私は、テンションがハイになってしまったようで、今日の先輩の朝ごはんとお弁当を作った後に、部屋の掃除、トイレの掃除、風呂の掃除と、ありとあらゆる場所を隅々まで綺麗にして回った。

 

やりたいことを全てやりきったわたしは、ソファーに寝っ転がり、終いにそのまま寝落ちしたみたいだ。

 

 

 

 

まだ熱く火照っている顔の、鼻から上のみをブランケットから、ひょっこりと出す。

 

「……お、おはようございます、せんぱい」

 

「おはよぅさん。なんか家中がめちゃくちゃ綺麗になってんだが……」

 

「すみません、勝手なことして」

 

「いや、すげー助かったわ。朝食に弁当まで、ありがとな」

 

「……はい」

 

 

未だに頭半分しか見せないわたしのもう半分、隠した口元は、それはもう、ゆるゆるに緩んでいた。

 

元気になった先輩は、仕事に行くために薄いストライプのスーツを着て、お弁当の入ったミニトートを、手に持っている。

そして、感謝の言葉と微笑みの爆弾……。

にやけない訳がなかった。

 

 

 

「おれはもう仕事行くから、帰る時は玄関の鍵を使ってくれ」

 

「え、あ、はいっ!」

 

「…………ありがとな、一色」

 

「……え?」

 

「いや、行ってくる」

 

「はい、行ってらっしゃいです……」

 

 

 

 

 

 

ガチャンッ……ガチャッ

 

 

 

 

 

 

 

家主である先輩が仕事に行ってしまい、ひとり取り残されたわたし。

 

とりあえず、掛けてもらったブランケットを丁寧に畳んで、目をくしくしと擦りながら、ソファーから立ち上がったその時

 

 

ブーッブーッ……

 

 

 

わたしの鞄から発するバイブ音に、ハッとする。

頭に浮かんだのは、昨夜に送信した一通のメッセージ。

 

鞄からわたわたと携帯を取り出すと、そこに映し出されるのは新着メッセージ。

 

 

 

 

 

 

[☆★ゆい★☆]

いろはちゃん、やっはろー!!

久しぶりだね(*´ω`*)

 

 

 

 

 

そう、過去と向き合う為に、数年ぶりに連絡を取った相手、結衣先輩からの返信だった。

 

 

 

 

[一色いろは]

やっはろーです!

卒業式以来ですね 

 

 

 

[☆★ゆい★☆]

うん、びっくりしちゃった!

どうしたの?

 

 

 

 

[一色いろは]

突然ですみません。

結衣先輩に会ってお話し

したいことがありまして…。

 

 

 

 

[☆★ゆい★☆]

わたしもいろはちゃんに

会いたい(*´ω`*)

いつにしよっか?

 

 

 

 

[一色いろは]

ありがとうございます 

いきなりですけど

今日は忙しいですか?

 

 

 

 

[☆★ゆい★☆]

今日は午前中で講義終わるから

午後からなら大丈夫!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり連絡をして今日会えるかとか、かなり無茶なお願いにも関わらず、会う約束を取り付けられたみたい。

 

結衣先輩は総武高を卒業後、千葉を離れて東京にある大学へ進学した。地元組のわたしとそう離れていないので、お昼すぎに東京へ足を運ぶ事になった。

 

 

 

 

 

よし!そうと決まれば、ひとまず自分の家に戻って準備をしなければ!!

荷物をまとめて玄関へ向かうと、壁に取り付けられたフックに、キーホルダーもなにも付いていない鍵が、寂しそうにぶら下がっていた。

 

うわ~、先輩らしいなぁ……。

でも、逆にストラップとか付いてても、それはそれでおかしいけど(笑)

 

ぷぷぷっと、ひとり笑いをしながら、鍵を手にしたところで、ふと気が付く。

 

 

 

ちょっと待って……。

 

こ、こ、これは……『合鍵』じゃないですか……///

 

 

ええええだってさっきせんぱいが出ていくとき鍵かける音してたよね……、閉まってる、閉まってるよ鍵かかってるよ!!

 

 

 

『おれはもう仕事行くから、帰る時は玄関の鍵を使ってくれ』

 

 

 

 

……ということは、

 

 

せんぱいは、自分の鍵をちゃんと持ってる。

 

玄関に置いてある鍵を使え、と。

 

返す方法は言明していない……!!

 

 

つまり、合鍵ッ!!!

 

 

いきなり先輩の部屋の合鍵を、手に入れてしまったわたしは、某キングダムなハート達のキー〇レードが如く、その『合鍵』を天高く突き上げた。

 

 

やったよー!!せんぱいの合鍵だよ!!

 

 

狭い玄関で、ぴょんぴょんと喜びに飛び跳ねる。

これから過去と向き合おうと、気負うわたしの背中を後押しするような、嬉しいサプライズに、心は前を向いた。

 

どうしようもなく、ルンルン気分なわたしは、せんぱいの部屋を出て、しっかりと鍵を掛けた。合鍵で、鍵を掛けた(とっても重要なことなので、2回言いました!)。

 

 

 

すぐ正面に位置するわたしのアパートまで、柄にも無くスキップで帰宅して、結衣先輩に会うために東京へ向かう準備をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴びてスッキリしたおかげで、さっきまでのルンルン気分はなりを潜め、冷静になったわたしは、濡れた髪に頭からタオルを被りソファーに腰掛けて、これから結衣先輩と会ってからの事を考える。

 

 

わたしと先輩が再会を果たしたことを、結衣先輩はたぶん知らない。まずはそこから話をしないとね。それから、あの卒業式から、あの奉仕部の3人はどうなってしまったのか……。

 

過去と向き合うと決意は固めたけど、いざとなると、やっぱり怖いな……。

 

でも、ちゃんと確かめるんだ。せんぱいだけじゃない。自分のためでもある。そして、わたしが大好きだった、あの紅茶の香る、暖かくて優しい、あの3人の為に……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結衣ちゃん、どうしたの?」

 

「うん、いろはちゃんがね、わたしと話したいことがあるってね。今から会いに行くんだ~」

 

「一色さんかぁ、懐かしいね!」

 

「うん……。わたしも、いろはちゃんと話したかったんだけど、先越されちゃったな……あはは」

 

「うん、そうだね」

 

「あのさ、良かったらなんだけど……

 

 

 

 

 

 




はい、というわけで第11話でした、
ガハマさん、こんな感じで大丈夫…?笑

勉強の片手間ですので、今回は少し短め。

でも書いてると楽しいね、やっぱり。
またしばらく次話投稿まで期間が
空いてしまうと思いますが、
休憩がてらにちょくちょく書いていきます。


※小説タイトルを「そして一色いろはは過去と向き合う」に
変更しました。


閲覧、お気に入りしてくださる読者様
ありがとうございます!

感想、評価お待ちしてます♪♪


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第11.5話


ご無沙汰しております。秋 緋音です。


今回は、不意に書きたくなったという訳で
八幡視点のSide Storyです。


.


 

 

「…………ありがとな、一色」

 

「……え?」

 

「いや、行ってくる」

 

「はい、いってらっしゃいです……」

 

 

 

 

 

ガチャンッ……ガチャッ

 

 

 

 

 

 

ふぅ……、比企谷八幡は、いま重大な疑問にぶち当たっている。

 

 

どうしてこうなった?

 

 

一色いろは。彼女と再開したのは6月の土曜日、湿気が身体を纏わりつく、ベタベタとうざったるい蒸し暑い夜だった。

 

 

その日、おれは会社の同期たちと飲みに誘われ、とある居酒屋に来ていた。八幡お得意の「アレがアレなもんで」作戦は、もちろん通用しなかった……解せぬ。しかし、昔に比べると人付き合いというものも、まぁ悪くないと思い始めたのも、こいつらのおかげなのかもしれない。

 

そして飲み会もお開きとなり、お店の外に出たのだが、案の定二次会だのカラオケだのと、まだまだ騒ぎ足りない様子の同期たち。明日は日曜日、仕事も休みで次の日の心配が必要ないわけで、まだまだ夜は長いぞー!とか言って、盛り上がっている。

 

だが俺にとって、日曜の朝は忙しい。

プリティでキュアっキュアな某女児向けアニメを見なければならない使命があるので、「俺は帰る……」とだけ言い残し、その場を離れようとした時だ。

 

 

「…………先輩……?」

 

 

それは喧々たる飲み屋街の中でも、いやに鮮明に聞こえた、女性の声だった。先輩という単語だけで、それが自分を指して発せられたものか、わかりにくいものだったが、その声には聞き覚えがあった。最後にその声を耳にしたのは、もう約3年前だというのに。その声に振り向けば、亜麻色の髪をした女性がいた。

 

 

「……あ?……お前、一色か?」

 

 

それが、総武高時代のひとつ下の女の子、元生徒会長、あの甘くてあざとい後輩、一色いろはとの再会の時だった。

 

 

そこからは、挨拶だけ済ませて帰ろうとした俺の腕をがっちりと掴むとそのまま引っ張られ、とある居酒屋へ無理やり連れ出され、サシ飲みと洒落こんだ。我ながら、相変わらず年下に甘い。小町と離れて4年ばかり立ってもお兄ちゃんスキルは健在らしい……、ついでに一色のあざとさも健在だった。

 

 

他愛のない話をした最後に、なにか言いかけた一色は、あははっと誤魔化してぐいっとアルコールを喉へ流し込んだ。おかげで少し酔い潰れてしまったが……。

 

それからは大変だった。足元の覚束無い一色に、袖を摘まれたまま人混みの中、駅で一度別れて電車に乗ったと思えば、降りた駅の改札ですぐに再会するわ、家はすぐ真向かいにあるわ。ほんと、こんな偶然あるかよ。

 

 

そして昨夜、珍しくひどく体調を壊した俺は、ベットから起き上がる元気もなく、朦朧とした意識のまま、横たわっていた。

 

辛うじて掴んでいた意識を手放しかけた時、寝室の扉が開く音と誰かが呼ぶ声が聞こえた。正直ただの幻聴のようなその音は、再度今度はすぐ側で、さっきより大きく聞こえた。

 

「先輩っ!大丈夫ですか!?」

 

重たい瞼を開ければ、そこにいたのはつい数日前に、再会を果たした、一色いろはだった。

 

「先輩っ!いろはです!大丈夫ですか!?」

 

あの時はまじでビビった……。

この家には自分しかいないはず。なにこの子さらっと不法侵入してくれてんのッ!?いろはす怖っ!!いや、まあ家の戸締りすらしていない、自業自得なんですけどね。どうやら今日の企業説明会の代理人から、俺の現状を聞いたようだった。

 

風邪を移すと悪いという、俺の心配を押し退けて、お粥を作ってくれたり、家の掃除をしてくれたりと、随分と世話になってしまった。お粥の食べ方については……、あまり覚えていない。ないったらない!

 

 

そして今朝、深い眠りから覚めた時には、身体は軽やかで、調子はかなり良くなっていた。それも全て、あいつのおかげだろうな。

 

ベッドから起き上がって、ぐーっと蹴伸びをしてリビングへ移動すると、机の上に昨夜にはなかったものが置いてあった。ベージュ無地の小さなトートバッグの中には、弁当箱と小さな書き手紙。どうやら昨夜俺が寝たその後に、作ってくれたようだ。

 

これはあれか? 愛妻弁当ってやつか? いや妻じゃねえよ! なんだこれ、なんか、むず痒い……! ひとり夜な夜な我が家のキッチンで、ひとりで弁当を作るエプロン姿の一色が、容易に想像できてしまう……。うん、嫁度が高い。嫁度ってなんだよ。

 

ひとり悶絶していると、すぐ隣のソファーには、一色がスッキリした顔で、ソファーで寝ている。普段のあざとさはなりを潜め、規則正しく寝息をたてている。素の方が可愛いんだけどなぁ。

 

冷え込む朝の空気に、身体を少し震わせ、ベッドからブランケットを一枚持ち出し、そっと一色に掛けてから、仕事へ行く準備を始める。

 

いつものスーツに袖を通し、ネクタイを締めて、家を出る前に一色を起こして、感謝を伝える。高校を卒業して以来、繋がりもなくなった俺なんかに、ここまでしてくれて……。寝顔を見られた羞恥心から、頭半分だけブランケットから出して、こちらを覗く一色。これを誰かに言うのは、いったい何時ぶりだろうか────

 

「おう、行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、比企谷!昨日は大丈夫だったか?」

 

会社のデスクへ着くと、隣の同僚である青木から話しかけられる。

 

「おはようさん、もう大丈夫だ。昨日の大学の企業説明会、急に代行頼んで悪かったな」

 

「それくらい構わねぇよ。今度、飯でも奢ってくれよ?」

 

「おう、また今度な」

 

「いやしかし、一人暮らしだと体調崩すと大変だよな~。誰か看病してくれる女でもいねぇと……」

 

不本意だが、昨日の件で一色には、非常に助けられたので、一概に否定しにくい。こいつはただ、彼女が欲しいだけだろうが。

 

「あ、そうだ!聞いてくれよ比企谷!昨日の説明会であの子、お前の後輩ちゃんがいてよ。これって運命的じゃね!?」

 

「あーはいはい」

 

「今度紹介してくれよ~。いっそ女子大生と合コンやろうぜ!」

 

「いや、やらねえから」

 

「んだよ、ノリ悪ぃな……。あ、そういや比企谷、その後輩ちゃんがお前の容態聞いて、説明会放って帰っちゃんたんだが、なんか連絡あったか?」

 

そういや一色のやつ、そんなこと言ってような……。企業説明会っていえば、結構大事な行事なのに、ちゃんと受けろよな、ったく。

 

「あ、あぁ、まあな……」

 

「なんだよ……はっ!?お前、まさか後輩ちゃんと……、一夜を共にしたな!?」

 

「ば、ばっか違ぇよ!あいつが勝手に押し掛けてきて、看病してくれただけだ」

 

「やっぱり看病してもらってんじゃねえか! ……お前、俺が大学生と仕事の質疑応答して、他企業の方々の相手をしている間に……あの後輩ちゃんと……、許さんっ!!」

 

鬼の形相で、血の涙を流しながら、掴みかかってくる青木を、交わしてひとまず喫煙所へと逃げ込み、籠城の策を取る。

 

 

 

カチッシュボー……。

 

煙草に火を付け、煙を口内に含み、さらに深く息を吸い込み、煙を肺に入れ、長く吐き出す。

 

煙草を吸い始めて1年と数ヶ月。きっかけは、総武高時代の恩師・平塚先生が、就職祝いに連れていってもらった居酒屋で、先生に半ば無理やりに、勧められたことだろう。初めて吸う時は、よく煙に噎せると言われているが、意外にもすんなりと吸えたし、煙草の煙と一緒に、心の中のモヤモヤも、一緒に吐き出せる気がした。

 

久しぶりに、平塚先生を飲みにでも誘ってみようか。まあ、大抵が平塚先生の愚痴を、聞いているばかりなんだが……。誰か早く貰ってあげてっ!

 

 

設置された灰皿に、火種を押し潰し、外へ出ると、もう1人の同期の女性・赤木 彩香(あかぎ あやか)が、ちょうど通りかかった。

 

「おっ、比企谷!元気になったんだ!もう大丈夫なの?」

「赤木か、もう大丈夫だ。ありがとな」

「そっかそっか!……ところで、差し入れ気付いてくれた?」

「え、差し入れ……?」

 

そんなものあったっけ?デスクには、特になにもなかったような……。

 

「昨日様子見に行ったんだけど、インターホン鳴らしても出なかったから、玄関の前に置いておいたんだけど……、誰かに取られちゃったかな?」

 

玄関前か……。鍵かけるときに、足元にはなにもなかったし、他所様の玄関の物を、盗んでいくようなやつなんて、そうそう居ないとは思うが。もしかして、一色のやつがたまたま見つけて、家の中に入れたとか……。

 

「そうなのか、悪い。ちゃんと見てなかったわ。帰ったらちゃんと見る。わざわざありがとな」

「どういたしまして!すぐに治って良かったね!」

 

 

 

デスクに戻ってから、青木のバカが一色との事を同期に言いふらし、嫉妬の怒りをぶつけられたり、質問攻めされたり、赤木にしつこく問い詰められたりと、ひと悶着あったがひとまず、上司に病欠の謝罪をして、今日の仕事に臨む。

 

 

 

 

あ、そうだ。平塚先生に連絡しておこう。

 

『近々飲みにでも行きませんか?』

さて、昨日休んだ分を取り戻さないと────

 

ブーッブーッ

 

ポケットにしまう携帯が、手から離れる寸前で震える。

 

なんだ、Amaz〇nか?最近はなにも注文してねえぞ……。

 

画面に映るのは、つい数秒間にメールを送信した平塚先生の名前と

『いいだろう、明日か?明日だな? わかった、夜は開けておこう。』

 

…………返信早すぎんだろ!なんか字面が活き活きしてるし!楽しみにしてるのが超伝わる……。また、いろいろ溜まってんのかなぁ。どうやらまた、延々と愚痴を聞かされる事になりそうだ。

 

げんなりした気分で、返信をしてすぐさまポケットへ仕舞う。

 

 

 

『じゃあ、いつものとこで。』

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、というわけで11.5話、八幡sideの1話でした。

なぜ、この話を書いたかというとですね
平塚先生を登場させたくなったのです。

もちろん、いろはすは可愛くて1番好きなのですが
別の意味で、すごく好きなキャラが、平塚先生なんです。
好き、というより、尊敬の方がしっくりきますね。

次回からまた、いろは視点に戻りますが
どこかで八幡と平塚先生の話を書きたいと思います。



前回の話から、更新が遅くなってしまい
申し訳ありませんでした。

評価、感想をいただき、ありがとうございます!
とても励みになります!

次回もまた、よろしくお願いします。

11/21 誤字修正しました。報告ありがとうございます。


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第12話



ご無沙汰しております。
秋 緋音です。

俺ガイル 13巻が発売されましたね!
ラノベは電子書籍派の自分は、今日購入しましたが
この第12話を書き終えるまでは読まない!
そう決めて、なんとか書き終えました……。

では、どうぞ~


 

 

 

 

 

「そっかぁ……。あーあ、振られちゃったなぁ、あはは……。うん、ありがとね、ひっきー。ちゃんと答えを出してくれて。本当にありがとう……。ばいばい、ひっきー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優雅なジャズクラシックが、店内を漂うその喫茶店は、都会の喧騒と隔離されたような、森閑とした静けさを保つ。カウンターからは、フラスコのような抽出器具から、コポコポと心地よい音が聞こえてくる。実に耳心地よさそうだが、しかし、今のわたしには、そんな音を耳にする余裕がなかった。

 

4人掛けのテーブル席に座するは、3人の男女。わたしと結衣先輩、そして戸塚先輩。

 

 

 

「え、えーっと……どうして、戸塚先輩がここに……?」

 

 

 

戸塚先輩。同じ総武高の先輩で、小柄で線が細く、私が羨むほどの天然な小動物的な可愛さを誇る、だがその実、正真正銘の男性なのだ。先輩の最も仲の良いといえる男友達。そんな中性的な戸塚先輩は、薄いベージュのセーターにジーパン、そしてニット帽と、男性と女性とも捉えられる服装で、傍から見れば、女性にしか見えないとすら言える。

 

しかしこの会合は、過去と向き合うために、結衣先輩と2人で直接話しをするためのもの。まさか、無関係とは言えずとも、当事者以外の人物が同席するとは、予想だにしていなかった。

 

「ご、ごめんね、いろはちゃん!これは、その……」

 

「ごめんね、一色さん。僕から結衣ちゃんに、お願いしたんだ。僕も一緒に連れていって欲しい、てね」

 

相変わらずのお団子結びで、淡いピンクのワンピースのニットに、ムートンブーツで、昔より大人っぽく、落ち着いた雰囲気の結衣先輩が、申し訳なさそうな困り顔で謝るのを制して、戸塚先輩が話を切り出す。

 

「今日は……、八幡のことを話すために、結衣ちゃんに会いに来たんだよね?」

 

「えっ!?なんで……」

 

「結衣ちゃんがね、たぶんそうじゃないかって……。違ったかな?」

 

「……いえ、そういうことです」

 

やっぱり、妙に鋭い結衣先輩は、わたしの意図に気付いていた。

 

「実はね、僕は高校を卒業してからも、八幡とは何度も会ってるんだ」

 

「えぇっ!?」

大学に出てからも相変わらずぼっちなこと、突然玩具メーカーの社長にヘッドハンティングされたこと、大学を中退して就職をしたこと、戸塚先輩が聞いていた内容は、高校卒業後、せんぱいが今に至る進路だった。しかし、そこに奉仕部の話題は、含まれてはいなかった。

 

「八幡は相変わらずだったけど……、あの頃とは、なにか違うなって。それで、結衣ちゃんに聞いたんだ」

 

「そう、なんですね……」

 

「僕はやっぱり、あの頃の、奉仕部のみんなと一緒だった八幡が、好きだな……。だから、僕にも協力させて欲しいんだ」

 

初めて正面から向き合った、戸塚先輩の目は、昔を憂うように、しかし確固たる決意の意志が、映っていた。

 

「わ、わたしも……ッ! やっぱり、このままじゃ、嫌だな。いままで、どうしたらいいんだろうって、ずっと考えて、悩んで、でも何もできなくて……。もし、ひっきーが嫌がったとしても、もう一度ちゃんと、話がしたい!」

 

ゆい先輩も、弱々しく潤わせた瞳には、戸塚先輩と同じ意志が、込められているように見えた。

 

 

 

ほんっとに、せんぱいは……。なにが孤高のぼっちですか。こんなにも素敵な人達に、こんなにも愛されているのに。世のぼっち達が聞いたら、ヒンシュクもんですよ。確かにせんぱいは、友達少ないし、捻くれてるし、卑屈だし、捻くれてるし、女心とか欠片もわかっていなくて、すぐあざといって言って、捻くれてて、鈍感で……、本当に優しい。知らない誰かには、理解されない優しさ。他人の為に自分を傷つける、そんなひねくれた優しさだけど、それを知っているから、その優しさに触れたから、みんな先輩が好きで………………

 

 

わたしはやっぱり、先輩が好きなんだ!

 

 

「わたしも……ちゃんと向き合いたいんですっ! もう一度、あの奉仕部の、優しい空間を、大好きだったみんなと会いたいです! 取り戻しましょう、きっと大丈夫です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」

 

 

 

お互いが意思表示をしたところで、注文していたケーキと飲み物を、店員さんが運んでくる。お店の雰囲気に合う、シンプルなチーズケーキと、芳醇な香り漂う、ダージリンティー。これはあれですね、"映え"です!うる若き乙女には、重要なことですからね!?まぁ、さすがに今は、そんなことしている場合じゃ……「わぁー! なんかいい感じ! 写真撮ろうっ♪♪」…………ゆい先輩はブレないなぁ。

 

美味しいケーキと紅茶を、少々味わいつつ、話を進めていく。

 

「やっぱり、まずは直接会って、話をするのが一番なんだけど……、会ってくれるのかな」

 

「んんー、せんぱいの事ですからねぇ……」

 

「いきなりはやっぱり、会いにくいんじゃないかな」

 

「じゃあじゃあ! 偶然を装って、サプライズ! みたいなのは?」

 

「それが一番、手っ取り早いですけどね」

 

「八幡は、嫌がりそうだね」

 

「だよねぇ、はぁ……」

 

 

ゆい先輩のため息が、わたしと戸塚先輩にも、伝播する。初手で躓いてる……、ほんとどうしよう。もし、わたしがいきなりせんぱいに、「ゆい先輩と雪ノ下先輩に会いましょう!」なんて言ったら、どんな反応をするだろう…………、ぜーったい嫌がるよね……。むしろ、裏でそんなことを、企んでいると知られれば……、最悪嫌われちゃったりして……。それは嫌だああああああ!

 

 

「じゃあさ、いきなり3人で、じゃなくて、僕や一色さんと一緒に、多数で集まるってのはどうかな? プチ同窓会って感じで」

 

「確かにっ!それなら少しは気が楽かも!」

 

「いいですねそれっ!」

 

ナイスアイディア戸塚先輩! それならせんぱいも、渋々だろうけど少しは気が向くかも!ふっふっふ……、戸塚先輩に加えて、小町ちゃんなんかも誘ってしまえば、せんぱいに拒否という選択肢は、もはや無いも同然!

 

 

…………あれ?

 

 

「そういえば、ゆい先輩。雪ノ下先輩は、いま何してるんですか?」

 

「あ、あぁ……、ゆきのんはね……」

 

なにやら言いよどみながら、視線を右へ左へと、泳がせるゆい先輩。

 

「ゆきのんはいま、海外にいるんだよね……」

 

「…………まじですか」

 

「と言っても、海外留学なんだけどね……」

 

 

どんだけ意識高いんですか、雪ノ下先輩!! 将来なにになるつもりなんですか、あのお方は……。しかし困ったなぁ、留学ともなると、そう簡単には帰国できなさそう……。

 

 

「雪ノ下さんは、やっぱりすごいね。でも、都合よく帰ってこれたりするのかな?」

 

「んーとねぇ、前に帰ってきたのが夏に入る前だったから……次はいつだろ。お盆か年明けくらいかなー?」

 

「となると、今が7月だから……早くて1ヶ月後、遅いと半年先ですか……」

 

 

帰国するのにもお金とかかかりそうだし、すぐには帰れないかなぁ……。あ、でも雪ノ下先輩なら……くぅ、お金持ちはずるい。

 

 

「よしっ善は急げだ!ゆきのんに連絡してみる!」

 

あのゆい先輩が慣用句を……ッ!?

 

手馴れた手つきで、スマートフォンの画面に指を走らせ、そのまま耳元へと持っていく。

 

 

「…………あっゆきのん!久しぶり~!……あはは、そうだよね! ──────」

 

 

店内で迷惑にならない程度に、今日1番の明るい笑顔で、なんかすごい手をブンブン振りながら、電波で繋がった遥か海の向こうの、雪ノ下先輩と話し始めた。

 

今更だけど、ゆい先輩と雪ノ下先輩は、今も変わらず仲良しなんだ……、良かったぁ。

 

 

ゆい先輩の話し方や、数ヶ月前にも会っていることを聞いて、密かに安心感を得ていた。3人ともがバラバラだった場合には、これからの事の運びは、相当に難しかったと思う。そんな心の安堵と同時に、あと日の納得が確信に変わった。せんぱいは、あの日、正直に心の内を開け放って、答えを出した。2人どちらかを選ぶことは出来ないと。それは真実で、もうひとつ、2人のために自分を独りにするという、相変わらずの自己犠牲が、そこにはあったのだと。だからわたしも、先輩から離れるようになってしまったんだ。遠ざけた2人の代わりを自分が担うのは、計算高く打算的なわたしでも、ひどく罪悪感を覚えたから。

 

 

 

そんなのは、"本物"じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

ひとり物思いにふけている内に、ゆい先輩が雪ノ下先輩へ、本題に入ろうとしていた。

 

 

「うん。あぁー、それでね、ゆきのん……。今日電話したのは、大事な話があるんだ。…………うん、いまさいちゃんといろはちゃんといるんだけど…………そうそう。それでね、みんなで同窓会をしようって話なんだ……。…………もちろん、ヒッキーも…………」

 

 

せんぱいの名前を口にした途端、空気が濁った。ゆい先輩はそこから先なにも言わず、恐らく雪ノ下先輩も口を口を噤んでいるのだろう。

 

数秒の静寂の後、ゆい先輩はぎゅっと固く結んだ口を開き──────

 

「ヒッキーの優しさに……甘えたままで…………、それでいいの?」

 

思わず息を呑んだ。対面の戸塚先輩も、険しい顔色を見せる。わずかに熱の篭った低い声で、そう言ったゆい先輩の表情は、悲しそうな、でもどこか怒りの色を見せる。その理由は、さっきまでわたしが考えてたことと、全く同じことだろう。せんぱいの考えを、この2人が理解出来ないはずがない。でも、わかっているからこそ、そこに甘んじたんだ。せんぱいの優しさを無下にしないために。

 

 

「…………うん、わたしはもう決めたよ。いろはちゃんがね、あの奉仕部が好きだって、言ってくれたんだ……。それはわたしもおんなじで、ゆきのんだってそうでしょ?ヒッキーだって、おんなじはずだよ、きっと。だからッ! ね、ゆきのん…………」

 

 

再び流れる静寂に、緊張感が走る……。もし雪ノ下先輩が拒否すれば、この計画は破綻する。雪ノ下先輩、お願いします……!

 

「…………えっ!? うん……うん、わかった!またね、ゆきのん」

 

 

ゆい先輩がスマートフォンを、顔の横から離す。

 

 

「ゆ、ゆい先輩!どうでしたか!?」

 

身を乗り出して、ゆい先輩に迫ってしまった。

 

「う、うん……。少し時間をちょうだいって。」

 

「……ッ! そうですか…………」

 

「大丈夫だよ、いろはちゃん。ゆきのんは、絶対に来てくれるから!」

 

 

恐らくなんの根拠の無いそこ言葉は、しかしなぜか安心を得られた。

 

 

 

「よしっ!じゃあさ、いつどこで集まろっか?」

 

「あはは、結衣ちゃん気が早いね。それに、雪ノ下さんが次に、いつ帰ってくるか聞いてないでしょ?」

 

「…………あ、忘れてたぁあああ!!」

 

相変わらず抜けてるなぁ、ゆい先輩。

 

「まぁまぁ、ゆい先輩!日程はまず置いておいて、場所に関してはやっぱり、あそこしかないでしょう!」

 

そう、これはこの計画を考えた時から、既に決めていたんだ。

 

「で、でも私たちもう卒業生だし、難しいんじゃない?」

 

「だぁいじょうぶですっ!これでもわたし、陽さん先輩の再来とまで言われた、元生徒会長ですから!もう大船に乗った気でいてくださいっ♪♪ なので──────

 

 

 

もう一度戻りましょう! あの奉仕部へ!」

 

 

 

 






はい、というわけで第12話でした。

戸塚、ほとんど喋ってない!
ゆきのんに関してはセリフすらない!
こんなんでいいのかよ!

急展開になってしまいました……。
もうほんと忙しくて……すみません(・ω・`)

更新速度遅めで、頑張っていきます!


ゆっくりしてる間にも、評価や感想を下さって
ありがとうございます◎
誤字報告も助かります!

それではまた第13話で~ 


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番外編



メリークリスマス~!!


クリスマスなんてただの平日で

特になにも変わらない、クリぼっちを嘆いていた時

『そうだ、クリスマス編書けばいいじゃないか』

そう思い立って、急いで書きました。笑

この番外編を書くことで今年のクリスマスは

なんとか充実できました。




 

 

 

 

とある喫茶店にて

 

 

 

 

「ほーら、せんぱいっ!ピースですよ、ピース!」

 

「はぁ、なんか前にもこんなことあったな……」

 

「はい、撮りますよー!はい、チーズ!」

 

カシャーッ!

 

「ありがとうございまーす!」

 

「はぁ、なんで俺がこんなこと…………はぁ」

 

 

やはりまた、アイスは少し溶けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること、15時間前、昨夜のこと。

 

 

 

 

\ピンポーン/

 

 

「あ? 誰だこんな時間に……」

 

ガチャリ

 

「こんばんわー! 可愛い後輩のいろはちゃんですよー!」

 

「…………ガチャリ(無言で締める)」

 

(バンバンッちょ、せんぱーい! なんで締めるんですかぁ!? 開けてくださいよお!!)

 

「ガチャリ…………なんだよ」

 

「こんばんわ~ってことで、失礼しまーす♪♪」

 

「ちょ、おい! ……ったく」

 

 

唐突な来訪者は、すぐ向かいに住んでいる、総武高時代の後輩、最近数年ぶりに再会を果たした、一色いろはだった。

 

 

「何してんだよ、お前」

 

「せんぱいの部屋って、相変わらず寂しそうですね」

 

「るせー、不要な物は持たない主義なんだよ」

 

「へぇー」

 

「…………んで、何しにきたんだよ」

 

「せんぱい、明日はクリスマスですよね!?」

 

「は?何言ってんの? 本編だと……いままだ7月のはz────」

 

「てへッ♡ 死ねェッ!!!!!」ドゴッ

 

「ゔッ…………にゃん……ぱ……s」バタッ

 

「ふふふ、せんぱい……ここはね、わたしがクリスマスといえば、クリスマスになるんですよ、そういう世界なんですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぅ…………ここは?」

 

「せんぱい!しっかりしてください!大丈夫ですか?」

 

「お、おう……なんだか、いい一撃をもらった気分だ……」

 

「は、何言ってるんですか? わたしが誰だか分かりますか?」

 

「一色いろは」

 

「そうです。 で、今日は何月何日ですか?」

 

何だその質問、タイムスリップかよ。ええっと……今日はひt、いや、なんだっけ。えーっと確か…………

 

「今日、は…………12月24日」

 

「はいっ!よくできました!」ナデナデ

 

「ええーい鬱陶しい恥ずかしい離れろやめろ!」

 

「あッ!もぅ……」

 

風呂に入ってから来たであろう一色からは、甘い香りがした。それどこのジャンプー?〇ックス?パン〇ーン?

 

「そんで、こんな時間に何の用だ?」

 

「はい、デートをしましょう」

 

「……はぁ?でぇと?」

 

「はい、デートです」

 

「嫌だよなんでだよ。明日は仕事も休みだし、外はリア充(笑)で溢れてるし、家にこもるんだよ」

 

「ええーいいじゃないですかぁ! 街中がこう、キラキラしてて~ドキドキするでしょ!」

 

「偏差値低そうな言葉並べんな」

 

「だから……せんぱい、ダメですか」

 

「…………まぁ、いつぞやの看病の御礼ってことなら」

 

「ッ!ホントですか!? じゃあ明日、15時に!」ピシッ

 

 

 

一色は顔の前で、あざとく敬礼をすると、そのまま家を出ていった。

 

相変わらず動作があざといのだが、さっきのあの顔は、素だったようにも見えた。はぁ、めんどくさい事になったが、借りは返さないとな。

 

 

そんなこんなで、俺と一色のX'masデートが、決行されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん~美味しいですねッ! このクリスマス限定アイス!」

 

「いやちょっと溶けたんですけど。あと、カップル限定ってなんだよ」

 

「いいじゃないですか~! 美味しいしお得ですし限定ですし!」

 

「はいはい、おすしおすし」

 

「そういえば、以前にもこんな事ありましたよねー?」

 

「葉山とのデートの下見ってやつだったな」

 

 

一色と行ったカフェやその他施設の写真は、後にフリーペーパーの作成の為に、取材に行ったんだったな…………、3人で。

 

 

「そうそう、それです!」

 

「はぁ、そんで、次はどこ行くんだ?」

 

「うわ、ため息つきましたね?減点です」

 

「また点数付けんのかよ……」

 

「次はですね~、まだ夜まで時間もありますし、映画見に行きましょう! ちょうどいま見たいやつがあるんですよー」

 

「ほーん、今回は卓球じゃないんだな……、今回も踵は相変わらず高いけど」

 

「………………」

 

 

(え、いろはすなに?急にキョトン('ω')って顔して)

 

 

「……よく、覚えてますね」

 

「あ? ま、まぁな……。なんだ、それなりに楽しかったし、知らんけど……」

 

「……せんぱいの方があざといんですよ….///」

 

「うるせー。映画はなに観るんだ?」

 

「それは着いてからのお楽しみで~す! あ、言っておきますけど、プリキュアとかじゃありませんからね……」

 

(ちっ、わかってたけどな。しかし、今回のオールスターは、初代たちがメインらしいから、絶対に見なければいけない。)

 

 

 

 

 

案の定、映画館に着いた一色が、タイムスケジュール欄に指さしたのは、今時のラブコメ映画だった。心底嫌だったが、この間の御礼という名目があるため、2時間ただひたすら、スクリーンをぼーっと眺めていた。

 

感動シーンに差し掛かった時、こういうのを見て、一般的な女子は感極まって、つい涙するんだろうと思い、ふと横に座る一色を見た。

 

これは、どういう感情なのだろう、一色は得もいえぬ表情をしていた。涙は流していない。だがつまらなさそうにしてもいない。強いて言語化するなら、否定、そんな漠然とした言葉を、一色の表情に見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~、まあまあでしたね」

 

「まぁな、俺はほとんどストーリー見てなかったけど。劇中のお前の表情見るになんとなく、期待外れって感じなんだろうな」

 

「はぁっ!?なんですか口説いてるんですか映画なんかよりお前に夢中とかちょっとトキメキますけどくさすぎるのでもう少しマイルドに言ってくださいごめんなさい」

 

「違うしそうは言ってねえ」

 

「ま、期待外れっちゃ期待外れですね」

 

「やっぱプリキュアの方が良かったんじゃねえの」

 

「………………」

 

(ええ、いろはす無視? おこなの?)

 

「……外、だいぶ暗くなってきたな。どうする帰る?」

 

「そんなわけないじゃないですか!じゃ、気を取り直して、今日のメインに行きましょうか!」

 

「へいへい」

 

 

相変わらず表情がコロコロ変わるやつだと感心しながら、次なる場所へ移動するため、電車に乗る。

 

クリスマスだからだろうか、電車は満員で四方八方から押し込まれる。壁際へと避難し、一色を壁へ追いやり、壁となる。背後から急に押された反動で、反射的に片手を壁へ手を着く。その手は一色の頭の少し上にあり、一色はこっちを向いている。なんかほんのり頬を赤らめているが、あれだな。暑いよな、満員電車。俯き目を逸らした一色から「あざとすぎますよ……///」と言われた気がする。気がするだけだ。

 

 

「……わ、悪ぃ」

 

「い、いえ……その……、も、もうすぐ着きますから///」

 

「そ、そうか……」

 

 

あっついなぁぁこの車両!車掌さん暖房効かせすぎなんじゃないですかね!

 

 

 

「せ、せんぱい……次で降りますからね」

 

次の駅に停車すると、一斉に乗客が外へとなだれ込んでいき、俺と一色もひとつの波となり電車から降りる。

 

決して狭くないホームいっぱいに、ぞろぞろと改札へ移動している中、不意に右腕に重みを感じた。

 

「せんぱい……はぐれないように、握っててもいいですか?」

 

人混みに埋もれそうな一色が、俺のコートの裾を握りしめていた。いや、もう握ってますよね、それ。

 

「まぁ、この人混みじゃしょうがねえな。はぐれるなよ」

 

 

右腕に感じる重みを確かめながら、前へ進んでいく。駅を出ると、そこには色とりどりの電灯が道いっぱいに並び、薄暗い冬の夜を明るく照らしていた。イルミネーションってやつか。なるほど、みんなこれが目当てだったわけか。道の周りには露店や屋台も並んでいる。

 

とりあえず光に照らされた一筋の道へと歩いていると、今日何度目になるだろうか、前にもこんな事があったと思い出す。それは数年ぶりに一色と再会を果たした日。あの日も一色は俺のコートの裾を掴み、駅の前を歩いた。喫茶店や映画、そして今の現状は、まるで過去をなぞっている様な気がするが、そこになにか一色の思惑があるか否か、俺の知る由もないことだ。

 

 

 

「せんぱいせんぱいッ!ほら、行きますよー!」

 

 

大通りに出たこともあり、人集りに隙間が出来てきており、俺の後ろに付いてた一色は、こっちこっちと、今度は俺の袖を引っ張り先導していく。

 

 

光に彩られたお城や、幾何学模様のイルミネーションは、テレビでしか見たことがなかったが、実際に見てみるとなかなかに圧倒された。

 

「ほら、せんぱい! 写真撮りますよ!」

 

「は?いいよ別に」

 

「もぅ!もっと寄ってください!はい、取りますよー!」カシャーッ!

 

「……ッ! 危ねぇな、落ち着けよ」

 

 

無理矢理に袖を引っ張られ、身体の触れそうな距離に迫ったところで、カメラの枠に収まった2人は、煌びやかな背景と共に、画面に映し出された。

 

 

 

それからは、あっちへこったへと、いくつもの露店に連れ回された。人混みのすき間を縫うようにすり抜ける俺の108の特技『ステルスヒッキー』も、一色がいては置いていきかねず、一色は終始コートの裾を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほらよ、甘酒」

 

「ありがとうございます!」

 

「……ふぅ、冷えた身体に染みる」

 

「せんぱい、オヤジ臭いです」

 

「うるせー、社会に出りゃ男はみんなおっさんみてぇなもんだろ」

 

「なんですかそれ」

 

 

 

小さなベンチに並んで腰掛け、ずずずっと甘酒を啜る2つの音が、この喧騒の中でも、やけにハッキリと聞こえる。

 

 

「せんぱい……、今日はありがとうございました」

 

「なんだよ、改まって。言ったろ、これはこの間の御礼だって」

 

「ふふ、そうでしたね。それでも、クリスマスにわたしと過ごしてくれたこと、ありがとうございますって言いたいんです」

 

「おう……。まぁ、なんだ、こちらこそ」

 

「なんですかそれ、あはは」

 

「前もそうだが、こういう機会でもないと、こういうイルミネーションなんて絶対来なかっただろうし、あんな映画やカフェもな。一色のお陰で、未知を体験するってのは、結構楽しいもんだったわ、ありがとな」

 

そういって、両の手で甘酒の入ったコップを、暖かそうに持った一色の頭を、ごく自然にそっと撫でた。

 

「そ、そうですか……//」

 

(おっといかん!またついお兄ちゃんスキルがオート発動してしまった……。)

 

「うぅ…………あッ!せんぱい!雪ですよ、雪!!」

 

急に立ち上がり、イルミネーションの隙間から覗く夜空へと指さした。そこからは、小さく儚げ白い粉雪が、無数に舞い降りてきていた。2人してポカンと口を開けたまま、ただおもむろに空を仰ぐ。顔に落ちてきた雪が冷たい。

 

 

 

ここ数年、雪が降るとどうしても、思い出してしまう、苦い過去。ずっと空から降り注ぐ冷たい雪を、恨めしそうに睨んでいた。だが、今はどうしてか、そんな雪さえも暖かく感じている。なにかが変わったのだろうか。もしくは、これからなにかが変わっていくのだろうか。自分を変えないことを、信条としてきたこの俺が。もし、仮にそうだとしたならばそれは─────────

 

 

 

「せんぱい……ホワイトクリスマスですね」

 

「ああ、そうだな」

 

「あっ!そういえば、せんぱいにまだ言ってませんでしたね」

 

「あ? なにをだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか本当にせんぱいとX'masデートが出来るなんて、思わなかったな……。一応せんぱいのために、妥協案も用意しておいたんだけど、今日は本当に楽しかった。一緒に撮った写真、帰ったらこっそり待ち受けにしちゃお♪♪ 一緒に見た映画は、イマイチだったけど。昔の私なら素直に感動できたかもしれない。けど、やはりどこか造られたストーリーの上で、演じている様は、こんなものは"本物"じゃないなって思った。一度は諦めてしまった、でもせんぱいともう一度出会って、やっぱりわたしも"本物"が欲しい。だから、今日は満足かな!最高のクリスマスだった!せんぱいも……そう思っていたら、いいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリークリスマス、せんぱい!」

 

 

 

 

 

 

 






はい、メリークリスマス 

本編とはタイムパラドックスが

発生しましたが、クリスマス編でした!


年内最後の投稿になりますので

皆さん、良いお年を\( ´ω` )/

来年もよろしくお願いします!




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第13話





いつもご拝読頂いている皆さん

お久しぶりでございます。

いよいよこのお話も終盤に差し掛かりつつあり
より書くのが大変だなって思ったら
めっちゃ期間が空いてしまいました。
申し訳ありません!


それでは第13話です!


 

 

 

[一色いろは]

小町ちゃん、ひっさしぶり~(o^∀^o)

 

 

[小町ちゃん]

いろはさん!!

ご無沙汰してます♪♪

 

[一色いろは]

卒業以来だね!

急なんだけど、今晩会えないかなー?

 

[小町ちゃん]

わぁい!会いたいです(*´ω`*)

あまり遅くてならなければOKです♪♪

 

[一色いろは]

もちろん!小町ちゃんまだ千葉だよね。

じゃあ18時にららぽでいい?

 

[小町ちゃん]

がってんです(*`・ω・)ゞ

 

 

 

 

 

ゆい先輩、戸塚先輩と別れてすぐ、小町ちゃんに連絡を取った。事は早く進めた方がいいしね。

 

 

さて、小町には今日、同窓会の件を伝えて、学校に旧奉仕部の部室の使用許可を、学校に交渉して…………、せんぱい、来てくれるかな……。まぁ、小町ちゃんと戸塚先輩が来るとなれば、断る理由がない……はず……、なんか理由としては納得しかねるけど。

 

時計を見ると、約束の時間から1時間ほどしかないため、急いで千葉へと戻った。

 

 

 

「お待たせしましたー! お久しぶりですね、いろはさん!」

 

「久しぶり、小町ちゃん! 今日は急に呼び出してごめんね~」

 

「いえいえ、いろはさんに会えるのなら、地球上のどこへだって!」

 

「あははっ!ありがとう~。 とりあえず、お店入ろっか!」

 

 

再会の挨拶を交わし、小さなレストランへと移動する。大学生になった小町ちゃんは、高校生の頃と変わらぬあどけなさかと、少し伸びた髪をゆるく巻いた大人っぽさ、その中間の絶妙なバランスが、以前よりさらに魅力的に見える。

 

レストランで軽い料理を注文し、食べながら卒業してからの話などで盛り上がった。小町ちゃんは現在、東京の大学へ通っているが、お父さんとせんぱいが「あんなところで小町を一人にはさせん!!」と下宿を猛反対したせいで、実家から通っているらしい。「まったく過保護ですよね~♪♪」なんて小町ちゃんは言う。

 

 

食事を終え、デザートと紅茶が来たところで、本題を切り出す。

 

「…………それでね、小町ちゃん。今日来てもらったのは、ちょっと話があってね…………」

 

「ふっふっふ。小町にはわかりますよ~。 お兄ちゃんのことですね?」

 

「へっ!? な、なんでわかったの!?」

 

「だっていろはさん、お兄ちゃんの話になると、あからさまに緊張した表情になるんですもん」

 

「あ、あはは~。そんなに顔に出ちゃってたかぁ……」

 

「小町にはなんでもお見通しですよッ!」

 

小町ちゃんは昔から、変に鋭いんだよなぁ。わたしが分かりやすかったのもあるけど、お兄ちゃんの事となると、ほんと鋭い。仕方ない、ありのまま全て話そう。

 

まず、わたしが先輩と偶然再会したこと、そらから今日、ゆい先輩と戸塚先輩と会って、奉仕部を取り戻すために、みんなで集まるという計画のこと。そのために、小町ちゃんに協力して欲しいということ。

 

「───って事なんだけど……、どうかな?」

 

「っはぁー、なるほど。そういうことでしたか、こまち納得ッ☆!」

 

いちいちあざとい!

 

「納得って、いったい何が?」

 

「いえいえ、こちらの話です! そうですか、もう一度あの奉仕部を……。それなら小町も皆さんのために、人肌脱ぎましょう!」

 

「ほんとッ!? ありがとう小町ちゃん!」

 

「ただし! 先程のいろはさんの話では、小町からお兄ちゃんを誘い出すという手筈でしたが……、それはいろはさんにお願いします」

 

「えええっっ!わたしがせんぱいをッ!? むりむり!!」

 

だって、もしせんぱいの過去を掘り返して、気に触って、嫌われたら…………。怖い。

 

「いえ、大丈夫です!小町を信じてください!」

 

「その自信はどこからくるの!?」

 

「誠に遺憾ながら、小町はあのごみぃちゃんの妹ですよ? 小町にはわかるんです。 というか、ついさっき分かりました」

 

「ついさっき? どういう事?」

 

「おにぃちゃんが前回実家に帰って来た時、小町は驚きました。おにぃちゃんの目の腐り具合が、軽減されてたんです!」

 

「く、腐り具合って……」

 

「高校を卒業し、大学へ進学し、中退して就職をして。その間もちょくちょく帰ってきてたんですが、相変わらず死んだ魚のような濁った目をしてたのに、一体この数ヶ月で兄の身になにがあったのか……」

 

「それってもしかして────」

 

「はい、いろはさんと出会った、ちょうど数ヶ月前です。なにがどういう理屈かは知りませんが、あのおにぃちゃんが良くなったというか、少し前向きになったのは、いろはさんのお陰です!小町が断言します! だから、いろはさんから、おにぃちゃんを引っ張って来て欲しいんです」

 

いつもの小町ちゃんとは違う、強い決意といつもの優しさを帯びたその目、表情で、ぺこりと頭を下げられた。

せんぱいの雰囲気の違いなんて、わたしには分からなかった。相変わらず濁った目をしてるなぁ~、くらいに思ってた。そんなせんぱいが、わたしのお陰で変われたと。前を向いたと。血を分けた妹の小町ちゃんが、そう言うのなら─────

 

 

「分かった。わたしから、せんぱいに話してみる。ちょっと怖いけどね」

 

「大丈夫です。もし、いろはさんからのお誘いを断わるようなら、そんなごみぃちゃん、わたしが成敗してやりますよ!」

 

「ふふっ、ありがとう小町ちゃん!」

 

 

 

 

「では、いろはさん! 今日はありがとうございました! 小町も同窓会、楽しみにしてま~す♪♪」

 

「うん、こちらこそ! またね!」

 

 

小町ちゃんと別れて、いつもの自宅への帰路へ着く。頭に浮かぶのは、せんぱいのこと。小町ちゃんは、自信を持って断言してくれたけど……、やっぱり怖いな。もし、嫌われたらって。でも、今のまま変わらないことも、嫌だ。決めたんだ。ちゃんと過去と向き合うんだって。変わらなきゃいけないのは、わたしもなんだ!そして信じよう、せんぱいのことを。

 

緊張、不安、戸惑い、そんなものが心臓を張り裂けそうなほど激しく打たせ、呼吸すらままならない。家に帰る道を、そのまま素通りして一つ隣、せんぱいのいるアパートの階段を、鉛で出来た靴を履いたように、重たい足取りで、一段一段登っていく。近付くにつれて、鼓動も速く、激しく鳴る。

 

せんぱいの部屋の前に立ち、目を閉じ、大きく息を吸い込み、深呼吸をする。そうしていると、瞼の裏に思い描くのは、やはりあの頃の記憶。いつも生徒会やサッカー部の練習を抜け出し、用もなく通っていたあの部屋。だだっ広い教室の中央に、ただ一つの長机といくつかの椅子が並び、端で片手で文庫本を弄ぶせんぱいと、もう片方の端で百合百合しい空間を広げるゆい先輩と雪ノ下先輩。少し開け放たれた窓から、紅茶の香りを乗せてそよぐ風。あの優しい空間。

 

 

 

ゆっくりと目を開けると、不思議と心臓の鼓動は鳴り止んでいた。意を決してインターホンを鳴らそうとして───────

 

「あ? なにしてんだ一色」

 

「うひゃあッ!!」

 

鳴り止んでだ鼓動が、ついに止まった。

 

「ななななにしてんですかせんぱいビックリするじゃないですかなんですなストーカーですかわたしを殺す気ですか!!!」

 

「いやビックリしたのはこっちなんだけど!? こんな時間に他人の家の前でなにしてんだよ!てか他所の人に誤解されるような事、大声で叫ぶなよ! まじで通報されるだろうが」

 

「あっ、いや、その~、すみませんでした。せんぱいこそ、こんな時間にどうしたんでふか?」

 

「あ? いや、俺は平塚先生と飲みにいってたんだよ」

 

「あ、ああそうだったんですね~あはは」

 

「んで、お前こそどうしたんだ?」

 

「それは、その……お、おはなしを……」

 

「…………、まぁとりあえず入れよ」

 

「はい……お、お邪魔します……」

 

相変わらず飾り気のない鍵を回し、ドアを潜り入室するせんぱいの後を、おずおずと続く。前に来た時と代わり映えのしない部屋だが、机の上には仕事の資料らしき大量の紙と、ノートパソコンが、ぐちゃぐちゃに広げられていた。

 

「もぅ、せんぱい! せっかくわたしが綺麗に掃除してあげたんですから、ちゃんと保たせてくださいよ~」

 

「おう、悪い。ここんとこ企画会議だなんだと、少し立て込んでてな。すぐ退けるからその辺でくつろいでおいてくれ」

 

「退けるなんていって、どこかに押し込むだけでしょ! わたしに任せてください!」

 

「いや……まぁいいか、頼むわ。コーヒー淹れてくるわ。飲めるか?」

 

「あ、はい。ミルクだけお願いします」

 

「はいよ」

 

 

 

 

 

 

「さんきゅーな、ほいコーヒー」

 

「あ、ありがとうございます」

 

淹れたてでほわほわと湯気を立てるマグカップがひとつ。え、せんぱいの分……あぁ、まだ飲んでるんだ、それ。わたしのコーヒーを机に置いて、すぐまたキッチンへと戻ったと思えば、冷蔵庫から例の毒々しいビジュアルの缶コーヒーを持ってきた。

 

「相変わらず好きですよね~それ」

 

「おう、千葉県民ならみんな好きだろ? マッ缶だぞ? 千葉のソウルドリンクだぞ?」

 

「いやいや、全千葉県民を巻き込まないでくださいよ……。あ、いただきます」

 

「ゴクゴク……、はぁぁ。やっぱ酔い気味の身体に、この甘さが染み渡る……」

 

「余計気分悪くなりそうなんですけど。てか、せんぱいあんまり酔ってないですね」

 

「まぁ店ではそれなりに飲んだんだが、ちょっと考え事しながら歩いて帰ったから、酔いも覚めちまったな」

 

「へぇ~考え事ですか……」

 

「それより、早く本題に入れよ」

 

「へ? あ、ああ!そうでしたね」

 

「おはなしって言ってたけど、どうしたんだ?」

 

 

 

やばいやばいやばい!

どうやって話を切り出そうとか、それとなく話を持っていこうとか、ここに来るまでに色々考えてたのに!全部飛んだ!どうしようっっ!

同窓会のこと、ゆい先輩と雪ノ下先輩のこと、戸塚先輩のこと、小町ちゃんのこと、ええ~っと、ああああどうしよ。せんぱいが訝しむような目してる!

 

 

「ええっとですね、その…………お願いが────」

 

お願いがあるんです。そう切り出そうとした瞬間に、心の底、記憶の底に沈殿した物が舞い上がるように、ひとつのフレーズが浮かび上がり、そのまま口から吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「せんぱい、ひとつ依頼がしたいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これ最初の1行を書いてから何ヶ月立ったんだろ……。

とうとう八幡といろはが、過去に向き合います。
どうなることやら、筆者にもわかりません!!!←

また少し期間が空いてしまうかもしれませんが
次回をお待ちください。

感想・評価・お気に入り大歓迎です\( ´ω` )/

またお会いしましょう◎


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第14話


本当にご無沙汰してます……秋緋音です。

めちゃくちゃ期間が空いてしまいました。

実はですね、最近はpixivの方でバンドリの
りんさよSSを書くのに夢中になるあまり
なかなか手をつけられませんでした。
(並行して書けよ!!)

奉仕部を取り戻すために、ついに真っ向から
八幡といろはが向き合う、そんな第14話です!






 

 

 

 

「せんぱい、ひとつ依頼がしたいです」

 

 

 

せんぱいの息を呑む音がして、そこからは夏の暑さを忘れるような寒々しい静寂と、重力を伴うような空気が、せんぱいの部屋を埋め尽くす。そりゃそんな反応になるよね……。でも、これで正解なんだ、私達は。

 

 

「…………なんでだ?」

 

 

少し俯き気味になって見えないせんぱいの口から、僅かな怒気を孕んだ言葉が漏れ、今度は私が息を呑む。せんぱいからすれば、過去のトラウマとも呼べる思い出を、掘り返すような台詞を投げ掛けられたんだから、当たり前の反応だし、予想通りの反応だけど、さすがにキツいな……、ちょっと目が潤みそう。しかし、なにを? ではなく、なんで? と問われたなら、率直に答えるしかな。

 

 

「わたしは、あの頃を、奉仕部を、取り返したいんです」

 

 

震えそうな口を無理矢理捩じ伏せて、ゆっくりとしっかりと、言葉を紡ぐ。それを聞いても、せんぱいからの反応はなく、再び静寂が流れる。もしかしたら、あの頃の思い出が、フラッシュバックしているのかな……。若干の罪悪感を抱きつつも、わたしは話を進める。ゆい先輩や戸塚先輩、小町ちゃんと会って、同窓会をしようと計画したこと。雪ノ下先輩の返事はまだ貰ってないけど、ゆい先輩が信じてと言ったからには、参加してくれるのをこちらも信じるしかない。

 

 

「わたしは、あの頃の、奉仕部が大好きでした。せんぱいと、ゆい先輩と、雪ノ下先輩がいて……優しくて、温かくて、大好きでした。わたしは部外者で……3人の特別には入り込む余地なんてありませんでした。けど、それで良かったんです。皆さんの傍らで、その優しさに寄り添えるだけで、それだけで良かったんです」

 

 

変わらずせんぱいは、顔を起こさない。

 

 

「でも……、せんぱい達はバラバラになってしまった。仕方の無い事だったかもしれません。世の中変わらない事の方が、少ないですし、難しいです」

 

 

自分で口にしながら、昔のせんぱいのような事を言ってると思い、ちょっと毒されてるな~、なんて心の中で少し可笑しく思う。

 

 

「変わってしまったのなら、もう一度、もう一度変わればいいじゃないですか。元通りにはならないかも知れません。けど、姿形は変わってしまっても、変わらないものだって……きっと、ありますよね?」

 

 

問い掛けるような言葉に、せんぱいは初めて、目を合わせてくれた。その表情は、酷く歪で。せんぱいが今、心の中がどんな感情で渦巻いているのか、推量ることはできない。けれど、せんぱいは自分の意思で、面を上げたんだ。

 

 

「お前は……なんでそこまで」

 

 

固く閉ざしていた口が開き、せんぱいはわたしに問い掛ける。

 

 

「お前が、あの場所を好きだったのは、わかる。雪ノ下や由比ヶ浜のことだって、好きだった。由比ヶ浜はもちろん、雪ノ下だって何だかんだ言って、お前の事は気に入ってたし、居心地のいい場所だったろうな。それでもお前の言う通り、あの教室では一色はあくまでゲスト……部外者だ。ましてや、もう奉仕部でもなんでもない俺たちが、今更交わることに、どんな意味がある? 俺が壊して、作り替えたあの関係を、元に戻してなんになる? どうして、お前が俺たちのために、そこまでするんだ」

 

 

せんぱいには珍しく、捲し立てるように早口で紡ぐ言葉を、一字一句聞き逃さないよう傾聴していた。自分から言い出した「部外者」というワードを、せんぱいから直接言われると、かなり心を抉られた気分だけど、いまは落ち込んでいる場合じゃない。わたしの答えは変わらない。私自身が今日この日を迎えるために─────

 

 

「過去と、向き合うと決意したからです。前に進むと、決めたんです。せんぱい達のため? 違います。これは、せんぱいや奉仕部の皆さんの為なんかじゃない……わたしの為です」

 

 

さっきまで、色んな感情が私の中で喧嘩してたのに、最後まで言い切ったことで、身体が弛緩して、不意に目尻から頬へと雫が伝う。

 

 

「……ッ! ほ、ほらよ……」

 

「あ、すみません……」

 

 

机の端にあったティッシュを手渡され、涙を拭う。

 

 

「…………自分の為、か」

 

 

不意にせんぱいは独り言のように、そう呟いた。

 

 

「一色、お前の気持ちは……まぁ、理解した」

 

「……はい」

 

「今度は、俺の話を……聞いてくれるか? 」

 

「!! はい……お願いします」

 

 

せんぱいは一度大きな息を吐いて、語り始める。

 

 

「俺は総武高時代、あの奉仕部にほぼ強制的に放り込まれ、雪ノ下と出会い、由比ヶ浜と出会い、一色も含めて依頼を通じて色んな人間と関わってきた。ずっと独りだった俺の周りには、気付けば色んな人間がいた」

 

「はい、せんぱいはずっと、ぼっちを自称していましたけどね」

 

「おい、割と真剣な話してんだから、茶々入れんじゃねえよ……」

 

「えへへ、すみません」

 

「ったく。 まぁ、それらの人間の中でも、やっぱり雪ノ下と由比ヶ浜……あの二人は、俺にとって特別なものだと、俺はそう思っていた。」

 

 

一度長い間を置いて、手元のMAXコーヒーを口に含み潤す。

 

 

「けど、その先もずっと変わらずには……いられなかった。あの、卒業式の日……俺は、あの二人から同時に告白を受けた。それ以前より、俺は二人の好意に、何となく気付いていたのに、それを気付かない振りをして、見て見ぬ振りをして……先送りにしていた。あの関係か歪んでしまうのが怖かったから」

 

 

全部わかっている事だったけど、わたしは黙ってせんぱいの言葉をしっかりと聞く。

 

 

「でも、あの日二人は、自分の答えを示した。それなのに……俺には、二人の気持ちを選ぶことは出来なかった……。俺がどちらかを選ぶことで、雪ノ下と由比ヶ浜がバラバラになるくらいなら、どちらかが独りになるくらいなら……俺が一人になればいい。最後の最後まで、あいつらの最も嫌った、自己犠牲を選ばざるを得なかった。それでも、あいつらは笑顔で応えた……必死に取り繕った顔をして……ッ。結局、あの奉仕部を壊したのは……俺だ、俺なんだよ……ッ!」

 

 

感情を押し殺し、声を振り絞るせんぱいの言葉は、徐々に内から溢れ出すように、荒くなっていく。

 

 

「そんな俺が……今更あいつらの前に、どの面下げて立てばいい。俺がまた、あの空間を取り戻したいと望むことを、誰が許す……俺が、俺が壊したあのつながりを、特別を……ッ!」

 

 

始めにわたしに向けていた視線は、徐々に下がっていき、机の上で組んだ手を、一点に見つめるせんぱいの表情すら伺えない。それ以降、口を重く閉ざしたせんぱいに、わたしは優しく語りかける。

 

 

「せんぱいも、奉仕部を取り戻したい。それが聞けて、少し安心しました。せんぱいが出した答えも……話してくれて、ありがとうございます」

 

 

せんぱいの淹れてくれはコーヒー、とうに冷めてしまったそれを口に含む。

 

 

「でもね、せんぱい。ゆい先輩は、たぶん雪ノ下先輩も……せんぱいの考えなんて、全部お見通しなんですよ。せんぱいが選ぶ答えを、全部分かった上で、せんぱいに思いを打ち明けたんだと思います。確かにあの二人の絆が解けなかったのは、せんぱいのお陰かもしれません……。でも、あの奉仕部を取り戻したいと願うのも、せんぱいだけじゃないんですよ……。ねぇ、せんぱい……」

 

 

問いかけるようなわたしの言葉に、ようやく目を合わせてくれたせんぱいを、真っ直ぐに見つめる。

 

 

「なにかを願うことに、誰の許しも必要ありませんよ。許されないと思うのもせんぱい自身で……それを許すのも、せんぱい自身なんです……。せんぱいは、どうしたいですか? 」

 

「……俺は…………」

 

 

自分の心の葛藤に苦しむように、顔を歪めるせんぱいの手を、わたしは優しく包み込むように握る。

 

 

「どうしてもと言うのなら、わたしが……せんぱいを許します」

 

 

必死に笑顔を浮かべて、せんぱいの顔を覗くように見つめる。

 

 

「……いいのか? もう一度、あいつらと会って、やり直したいを望んでも……」

 

「もちろんですよ……。わたしも、そしてあの二人も、きっとそれを望んでいます……」

 

「……そうか……」

 

 

そう呟いたせんぱいの目尻にも、涙が光る。それを素早く袖でゴシゴシと拭う。握った手を離されたわたしも、バレないように自分の目尻を拭ってから、少し茶化すようにせんぱいの顔を覗き込む。

 

 

「あれ~せんぱい、泣いちゃいましたかぁ? いろはちゃんの優しさに、感動しちゃいました~? 」

 

「ばっか違ぇよ……! これはあれだ、眠気からくるあれだよ……!お、お前だってちょっと涙目じゃねえか」

 

「こ、これは違いますよ……!? これはあれです、ちょっと埃が目に……」

 

 

そう冗談めかして、わたしとせんぱいはようやく、笑顔を取り戻した。せんぱいも過去と向き合う覚悟が、出来たんですね……嬉しい、良かった……。重苦しい空気は霧散し、ようやくいつもの感じになってきたっ!

 

 

「ふふっ……良かったですね、せんぱい! 」

 

「な、なにがだよ……」

 

「もしこの話蹴ってたら、小町ちゃんに成敗されてましたよ? 」

 

「なにぃ!? それを早く言えよ! 小町のためなら秒で肯定したのに……! 」

 

「うわシスコン……それ、本気で言ってます……? 」ジトー

 

「……冗談だよ、悪かった」

 

「い、いえっ! わかってますよ」

 

「そ、それで……確か雪ノ下は、海外だったか? 」

 

「はい……ゆい先輩が説得して、絶対に連れてくるって言ってましたし、雪ノ下先輩も参加したいと思っているはずです……」

 

「……そうか……。って、もうこんな時間じゃねぇか! 」

 

「あっ、ほんとですね! 」

 

 

壁に掛けられた時計は、短長2本の針が頂点を指していた。

 

 

「では、そろそろお暇しますね。詳細はまた連絡しますね~」

 

「おう……気をつけて、ってすぐそこだけど……まぁ気をつけろよ。あ、あと……」

 

「なんですかぁ?」

 

「その……あ、ありがとな、一色」

 

「ッ! 当日、わたしも楽しみにしてますね♪♪」

 

 

いつもの頭をガシガシ搔く癖をしながら、赤面してぶっきらぼうに、ボソッと呟くせんぱいを見ると、改めて前を向ける気がして、自然な笑顔で部屋を後にした。

 

 

 

 

 

自室に戻りひとりになった途端、今日一日の疲労がどっと襲ってきて、わたしはそのままベッドへ倒れ込む。

 

はぁぁぁぁああああああああ……!!

怖かったあああああああああ……!!

ほんとに嫌われると思ったよぉぉ……。

最初めちゃくちゃ怒ってたし……。

もう、ほんと、寿命縮んだ……。

 

良かったぁぁあああ(´;ω;`)

 

ていうか、疲れた……ほんと……。

今日の午後からゆい先輩・戸塚先輩とお話しして、晩に小町ちゃんとお話しして、さっきまでせんぱいとお話しして……今日一日で始まりからほぼクライマックスって感じ……。

 

でも……なんとか、せんぱいの参加は取り付けられた……。あとは雪ノ下先輩だけどゆい先輩、上手くやってくれたかな。とりあえず、せんぱいが参加してくれる……こと、ゆい……先輩に…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

prrrrrrr……prrrrrrr……

 

 

んぅ……っ眩しい……。あれ、わたし……寝ちゃって……じゃなくて、電話……?

 

疲労で屍のように横たわって眠るわたしは、スマホの着信音によって、強制的に目を覚まされる。気怠い身体をんーっと伸ばし、ベッドの横に雑に置かれたカバンから、スマホを取り出し応答する。

 

 

 

「ふぁ~い……もしもしぃ」

 

「あ、いろはちゃん? ごめん、起こしちゃった?」

 

「あ、ゆい先輩! 大丈夫ですよー!」

 

「ごめんねー! 昨日小町ちゃんに、いろはちゃんがヒッキーと話をしに行くって聞いたから……その、どうだったかなぁって」

 

「あ、そうだったんですね。えっと……なんとか来てもらえるように言ってもらいました!」

 

「ほ、ほんとッ!? そっかぁ……良かった……。ありがとね、いろはちゃん」

 

「いえいえっ! わたしも安心しました……。それで……雪ノ下先輩は、どうなりました……? 」

 

「うん! わたしもあの後、ゆきのんにもう1回電話して、ちゃんと来てくれるって約束したよ! 」

 

「ほんとですか!? 良かったぁ」

 

「これで……みんな揃ったね!」

 

「はい! あとは、あの教室の使用許可さえ取り付けられれば……」

 

「うん。そうだね! そっちの方も任せることになっちゃうけど……ごめんね」

 

「気にしないで下さい! 元生徒会長のわたしに掛かれば、朝飯前ですよ! 」

 

「あはは、頼りにしてるねっ! 」

 

「はいっ! また連絡しますね」

 

「うん! じゃあまたね♪」

 

 

 

通話を終え、もう一度ベッドにぺたっと寝転ぶと、まだ眠り足りないと睡魔に強襲される。今日は土曜日か……よし、二度寝しよう……。わたしはそのまま再度、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目を覚ましたときには、もうお昼をすぎていて、十分な睡眠を摂ったおかげで身体は楽になったけど、目が覚めると同時に空腹感が押し寄せてきた。ベッドを出てそのまま手早くシャワーを浴び、簡単に昼食をしながら今後の予定を考える。

 

主役は揃った。あとは旧奉仕部の部室の使用許可を得ることと、日程などの詳細か……。まさか立案してたった一日で、ここまで事が運ぶとは思いもしなかったなぁ。これもあの日、せんぱいと偶然の再会を果たさなければ、実現してなかったのかもしれない。というか、せんぱいと再会してからも、そんなに経ってないけど、色々あったよね。もしかしたら、あの総武高時代よりも距離は縮まってるかも……。

 

でも……この同窓会を終えて、あの3人がもう一度繋がったとしたら……わたしは、どうなるのかな……。もちろん、わたしが望んだことではあるし、喜ばしいことではあるんだけど……。わたしはまた─────

 

ダメだダメだ! 終わった時のことは終わってから! そもそも、まだ全員参加がた決まっだけで、成功することが確約されたわけじゃない……これからだ。そのためにもまずは総武高で、あの教室の使用許可だっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年と数ヶ月ぶりに足を踏み入れた総武高は、なにも変わらないあの頃のままの姿だった。まぁそう簡単に変わるものでもないけど。ていうか、アポなしでいきなり訪れてみたものの、もし知ってる先生がいなくなってたらどうしよ……。まぁ、なんとかなるでしょ!

 

 

入館証が必要だから、事務所の前にて要件を伝えているところに、教員らしき2人組がすぐ傍を通りかかった。

 

男の人は……知らない先生だな、あれから異動してきた人かな。女の人は……長い黒髪にスラッとしたスタイルの良い身体を包む白衣、ほのかに香る煙草の匂い……。え、なんで……うそ、これって…………

 

 

 

 

 

「……平塚、せんせい……?」

 

「んんー? ……おや、一色じゃないか」

 

 

 

 

 

 

やはりこの先生は、相変わらずいつも、いい所にやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、第14話……静ちゃん登場~!笑

いやね、ちょっと私生活が色々あって
シリアス書くのしんどかったから
静ちゃんに助けて欲しかったのかも……!

いろはすに癒され、静ちゃんに励まされ
そんな生活を過ごしたい人生だった……。


平塚先生の帰還、数年ぶりの旧奉仕部
全てが揃う時、終わりが始まる。


頑張って並行して書くようにするので
次話もよろしくお願いします( ˙꒳˙ )

良かったら評価、感想下さい♪♪


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第14.5話

どうも、秋 緋音です( °×° )

今回は一足先にあの人の登場!




 

 

 

ガラガラガラ……

 

ラッシャイ!!

 

 

 

 

「比企谷ぁ! こっちだ! 」

 

 

古びた建物に小汚さ、それがまた味のある小さな居酒屋の扉を潜ると、店員さんの元気な挨拶がこだまのように響く。そのカウンターの奥には、総武高時代の恩師、平塚先生が煙草の煙を漂わせながら手招きをしていた。

 

 

「どもっす。ご無沙汰ですね」

 

「そうだな。君が今の会社に入社した頃以来か」

 

「わざわざこっちまで来てもらってすみません」

 

「なぁに、そう遠くはないし……ちょうどこっちに来ていたところだよ」

 

「へぇ……なんか用事でもあったんですか? 」

 

「うーん、まぁちょっとな……。それより、ビールでいいか?」

 

「あ、はい」

 

「すみませーん! 生2つ!」

 

アイヨー!!

 

 

先に着いていたのに待っていてくれたようで、飲み会の常套句「とりあえず生」を発動。その間に簡単な一品ものを数点注文したところで、ジョッキから溢れんばかりの泡と黄金比を極めたビールが2杯と、つきだしの小皿が運ばれてきた。

 

 

「「かんぱーい 」」

 

 

キンッと甲高い音でジョッキを鳴らし、キンキンに冷えたビールを呷る。喉を通る微炭酸が心地いい。

 

っぷはー。昔実家に住んでる時、親父がビールを飲む度、ぷはーって言ってたのが、ちょっとうぜぇと思ってたけど……これは言うね。親父、すまん。

 

 

 

 

「っぷはー! 沁み渡るわあ! あ、生もう一つ〜」

 

「ちょっと先生、飛ばしすぎじゃないですか……? 」

 

「だいじょぶだいじょぶ〜」

 

「ったく……まぁいつもの事ですけど。あ、俺も生もうひとつ」

 

 

お互いに一杯ずつ空けたところで、注文していた料理が次々に並ぶ。

 

 

「ふぅ……それで、仕事は順調かね」

 

「まぁぼちぼちですね」

 

「ぼちぼち、か……いいじゃないか。ぼちぼちやれるくらいが、丁度いいんだよ……。わたしなんてこの前———」グチグチ

 

 

スタート早ぇなおい……。こうなったらもう独りで語るだけで、俺はAIロボットよろしくひたすら頷くだけだ。てか、もうジョッキ空けてるし……また酔い潰れて懐抱するパターンだな。

 

 

「うぃっ……そういえば、あれからなにか進展はあったかね」

 

「……進展って、なんのことっすか」

 

「前回君から聞いた、あの二人の話さ」

 

「ッ! はぁ、あれは先生と同じで愚痴みたいなもんで、別にどうこうするわけじゃないですよ……」

 

 

そう、前回先生と飲みに行った時、先生からあの奉仕部のことを聞かれて、アルコールが口を滑らかにするように、つい愚痴ってしまった。愚痴というか懺悔に近い。

 

つい話を逸らそうとして、ポケットから取り出した煙草に火を付け、肺に深く吸い込んだ煙を、心のもやもやと共に吐き出す。

 

 

「そうか……。わたしが学校を去る頃に、君達の中で色々あったみたいだが……。」

 

 

そう言いながら先生も横に置いていた煙草を取り出したから、自分のライターを着火して先生に差し出す。煙草を咥えたまま「悪いなっ」と言いながら、火が移らないように長い髪を耳にかける仕草は、とても女性らしい艶かしさがあって、少しドキッとした。ほんと、なんでこの人結婚できないの……。俺が貰っちゃうよ? 

 

 

「ま、君達は高校を卒業したとはいえ、まだまだ先は長い。君も今の会社に入社して、また多くの人と繋がりが出来ただろう。どうだぁ、いい人はいたか? エリートでイケメンで年上好きで高収入でそれから……」

 

「いませんよそんな奴! どいつもこいつもパーソナルスペースを、グイグイ侵攻してくる、面倒くさいやつばっかですよ」

 

「くくくっ、そうか。しかし、そんな連中と上手くやれているんだろう? なかなか成長したじゃないか。頭を撫でてやろうか? 」

 

「ちょ、やめてくださいこの酔っ払い……! 」

 

「照れるなよ、わたしは素直に褒めているんだぞ。高校時代の君からすれば、大いなる進歩さ……。あの頃の君ならば、それとなく遠ざけていただろう。人と上手くやる術を身につけろと、高校生の頃から言っていたろう? 賢くなったじゃないか……ほれほれっ」

 

 

くっそ、この酔っ払いめ……ッ! 店のオヤジさんからの生温かい視線が痛ぇんだよ……/// しかし、この感じも久しぶりだな。いつまで経っても、どこへ行っても"先生"なのだろう、きっとこの人は。

 

 

「まぁ……俺なりに付き合い方というか、付き合っていっても……悪くないかなって位には、思えるようになりましたよ……。馬鹿ばっかりですけどね」

 

「ふっ、類は友を呼ぶと言うだろう? 」

 

「ああいう戸部みたいなウェーイ系と一緒にしないでもらえます? 」

 

「戸部を代名詞みたく言ってやるなよ……気持ちはわかるが」

 

 

わかっちゃうのかよ……。そこそこお酒が進んできたところで、焼酎のロックが二杯テーブルに届き、ちびちびと呑む。そこに見計らったように、平塚先生は、元の話題を掘り返す。

 

 

「それよりもだ……。あれから雪ノ下や由比ヶ浜と、連絡は取っていないのか? 」

 

「……取ってませんよ。というより、今更どの面下げてあいつらと、何を話したらいいかもわかりません……」

 

「どの面下げて、か……。彼女たちも、君と離れる覚悟で、本音を打ち明けたのだろうから、それを不意にはしたくない、ってところかな? 」

 

「違いますよ……。前回もうっかり口を零して言いましたよね? 」

 

「自分で壊してしまったから、だったか? 」

 

「そうですよ……。だから……」

 

「本当に君は、そのままでいいのかい? 」

 

 

包み隠さないストレートな言葉に、心臓をグッと握られた感覚に、言葉の主に振り向いた。そこにはさっきまでのおちゃらけた面影は無く、鋭い目つきで俺の目を真っ直ぐ見ていた。背中に冷たいものが滴る。

 

 

「……俺が望んだ結果ですから……。そんな事をしても、過去の自分を否定することになります」

 

「相変わらず可愛くない奴だなぁ。私は以前こうも言ってやったはずだ。心理と感情は必ずしもイコールではない、とな」

 

 

それは高二の冬、クリスマスイベントの時期に、冷たい風が吹き付けるあの橋の上で、俺に言った言葉だ。

 

計算しかできないのなら計算しつくせ。全部の答えを出して、消去法で一つずつ潰せ。残ったものが君の答えだ。

 

 

「計算できずに残った答え……それが人の気持ちというものだ、でしたね……」

 

「そういうことだ! ま、本当は君はもう、その答えに気付いているんだろうがな」

 

 

ケラケラと笑いながらグラスを傾ける姿は、実に格好よく様になっている。本当に素敵な女性だと、心の底から思う。

 

 

「相変わらず、人の事を見透かしたような人ですね」

 

 

そう言って誤魔化して、グラスに残った焼酎を一気に呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひきがやぁ~おらぁ、2軒目いくぞぉ~」

 

「ベロベロじゃないっすか! もう辞めときなさい……」

 

「ぁんだと~? まらまらいけんぞぉ~! 」

 

「ちょ、暴れないでください、この酔っ払い。ほら、タクシー来ましたよ」

 

「ちっ、付き合いわりぃなあ~。おぃひきがやぁ! 」

 

「なんすか……」

 

「お前はもうあの頃とは違うらろぅ……。もう少しわがままを言ってもいいんじゃらいか……」

 

「……うす、ありがとうございます……」

 

「ふっ……じゃあなぁ~」

 

 

ちょっと良いことを言ったと思ったら、無邪気に破顔して手をひらひらと振りながら、タクシーに連れられて去っていった。誰か……はやく、貰ってあげてください……。

 

わがまま、か……。この世で一番難しいことだと、思っている。俺が自分のためにわがままを言ったのは……一度だけ、あの教室で。くそっ思い出しただけで今でも羞恥に悶えそうだ……! 今が家ならベッドで枕に顔を埋めて足をバタバタさせること間違いない。

 

今の俺のわがままとはなんだ。あいつらに会うことか? それはできない。なら……別のこと。本当はわかってる。結局、今も昔も変わらない、ずっと目を背けて逃げているだけだ。

 

今夜は夏の割に、少し冷えるな……。酔いを冷ますにはちょうどいい、歩いて帰るか。

 

家に着く頃には、すっかり酔いも冷めて思考がクリアになっていた。帰ったら愛しのマッ缶でお口直しだな。

 

階段を登りきったところで、部屋のドアの前に人影を見つけた。固まったまま動かない、肩まで伸びた亜麻色の髪の人影。いや、ていうかあれって……。

 

 

 

 

「あ? なにしてんだ一色」

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、八幡と静ちゃんの一幕でした。
こんな飲み友、欲しいもんですよ……。

近々、別の推しの生誕祭があるので
そちらのSSに取り掛かるために
こちらの更新が遅れるかもしれません!
大変申し訳ありません。

徐々に終わりへと近付いていくこのお話し
もうしばらくお付き合いしていただけると幸いです◎

良かったら感想・評価・お気に入り
いただけると嬉しいです(*´꒳`*)

ではまた、15話でお会いしましょう!

Twitter@autumn_akane


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第15話



えー、、大変ご無沙汰してます
秋 紅音です_:(´ `」 ∠):_

色々と言いたいことは後書きに……。

\祝*俺ガイル 3期/



 

 

 

 

平塚 静───元総武高の国語教諭、生活指導にして、奉仕部の元顧問。

教師という割にやや粗野な口調で、生徒をよく見ている面倒見のいいお姉さんといった人物。保健教諭と見間違うように、いつも白衣を身にまとい、仄かに苦い煙草の香りがしていた。

 

わたしが当時、周りのクソおんn……女の子たちに嵌められ、生徒会長に推薦された時も、親身に相談に乗ってくれて、後にあの奉仕部へと連れられた。

 

しかし、そのご総武高から他校へ異動となったはずの平塚先生がなぜここに。

 

 

「一色か……久しぶりだな。相変わらず元気そうじゃないか」

「お、お久しぶりです……! どうして平塚先生がここへ?」

「ん? あぁ、実はまたこの総武高に戻ってくることになってな……今日はその手続きやらなんやらだ。中途半端な時期ではあるが、なんでも教員が一人足りなくなったらしい。結婚してすぐご懐妊で産休だとかでな…………」クソッ

 

相変わらずだなぁこの人……。

 

「そんなことより、君こそどうした?」

「ちょっと学校の先生に用事があったんですけど……ちょうど良かったです!」

 

なんという偶然、いや、奇跡だろう。

奉仕部をもう一度取り戻すのに、この人はやっぱり必要だ。あの奉仕部を創ったのは他でもない、この人なんだから。

 

 

 

 

 

 

「すまない。待たせたなぁ、一色」

「いえいえ、お疲れ様です。もういいんですか?」

 

校舎の隅にある教員用の喫煙所で、冷えたMAXコーヒーを飲みながら、思い出に浸っていること数十分。煙草を口に咥えながら、校舎の方が平塚先生がカツカツと、低いヒールを鳴らしながら歩いてきた。

 

「それで、私に用があると言ったな」

「はい……とても、大事なお話です」

 

胸ポケットから窮屈そうなzippoライターを取り出し、火をつけた煙草の煙を大きく吐き出し、先生は「ふむ、聞こう」と話を促せた。

 

奉仕部を取り戻すために計画していた話、そのためにどうしても、あの教室の使用許可が必要ということ。煙草を一本吸い終わる間に、まととめた要件を伝えると「そうか……」と、慈しむような表情で、携帯灰皿に煙草の火を押し付けた。

 

「なるほどな……取り戻す、か。その計画は君が考えたものかい?」

「は、はい……」

「奉仕部の部員でもない君が、どうしてそこまでする」

「それは……それは、わたしのためです。わたしが、そうしたいから」

 

いつかと同じように向けらられた眼を、まっすぐ見据えて答える。

 

先生は短く「ふっ……そうか」と、独り言のような辛うじて聞こえる声で呟き、もう一本新たに煙草を取り出し、火を付けた。

くゆらせた紫煙が空へ消えていくのを、見つめている。そんな姿が、せんぱいと被って見えた。

 

「その事を、比企谷はもう知っているのか?」

「はい、昨日の夜に伝えて……参加すると言ってもらえました」

「昨日の夜? 昨夜比企谷と飲みに行った時はそんなこと……」

「あっ、そういえばそんなこと言ってましたね。 その後家に帰ったせんぱいとお話して」

「い、家に帰ったせんぱいと……!? き、君たちいつの間にそんな関係に───」

「ご、ごごご誤解ですよッ!! たまたま、たまたまっ偶然、せんぱいと隣り合わせたマンションに住んでいて、それで直接話をしようと待ち伏せていただけで……!」

「あ、あぁ……そうか、いやぁビックリした……」

 

狼狽した先生は胸を撫で下ろし、焦って口元からこぼれ落ちた煙草を拾う。

ほんとにビックリしたのはこっちもっていうか……でも、確かによく考えてみれば、いい歳した男女が日付が変わることに、自宅で二人きりって……まぁ今更って感じだけど。

 

「よぅしわかった! ここは元恩師であるこの私が、人肌脱いでやろうじゃないか。なに、空き教室の一つ使用許可を取るくらい、私に任せたまえ」

 

くっくっく……とわざとらしく、悪戯を思い付いた少年のような、とてもいい笑顔を浮かべる先生。

ほんと、なんでこの人結婚出来ないんだろ。

 

「いやぁしかし、あいつは幸せもんだ。頑張れよ!」

「な、何がですか……」

「いぃや、なんでもないさ……。さて、それじゃあ職員室へ戻るか。一応代表者として一色も来てくれ」

「はい!」

 

先生の後ろを着いていくと、皺ひとつない真っ白な白衣から、嗅ぎなれた苦い香りがした。

 

わたしの、せんぱいの、先生がこの人で良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、職員室に戻ったわたし達は教室の許可を取るために、校長の元へ訪れた。平塚先生の人望と、元生徒会長のわたしの面子も多少効いたのか、思いの外あっさりと許可は下った。やはり今も空き教室のままだということも、大きかっただろう。

 

学校側の都合に合わせて細かい日時を組み、こうしてようやく、全ての準備は整った。

 

深々と頭を下げて廊下に出ると、さっきまで平然としていた心臓が、尻上がりに鼓動を早く激しく打ち始めた。

 

ここまで色々あったけど……あとはもう、この日を待つだけなんだ。やばい、やばいやばいやばい。ほんとやばい。どうしよう。大丈夫かな。大丈夫だよね。

 

ふいに頭に重みを感じた。じんわりとした温もりが、ガチガチに固まった心まで溶かすように。

 

「そう心配するな」

「平塚、先生……」

「比企谷の気持ちは知っているつもりだ。恐らく、彼女たちもな。でなければ、参加しようとさえしないだろう。一度決定的に距離を置いたからこそ、気付いたこと、見えたことがあるだろう。君もそうだろう?」

「……気付いた、こと……さあ、どうでしょうねぇ♪ あっ、わたしこの事を皆さんに連絡しなきゃなんで、じゃあ先生、当日よろしくお願いしまーす!」

 

動き出した足は急くように軽く、平塚先生に最大級の感謝と敬意を込めて、大きく手を振って総武高を後にした。

 

 

 

 

[一色いろは]

 

教室の使用許可おりました( *˙ω˙*)b

 

 

 

 

家に戻る電車の中で、一人を除いた参加者各位に同じメッセージを送信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「お昼買ってきまぁす」

 

仕事の昼休みにいつも通り、近くのコンビニで適当に飯を見繕おうとデスクを出た先で、ある人物に引き留められた。

 

「比企谷ぁー! ちょっと待ったぁぁ!」

 

背後から聞こえた大きな声に振り返れば、明るく染めたウェーブのかかった茶髪を揺らして、同期の赤木 彩香(あかぎ あやか)が小走りで追いかけてきた。

 

「でっけぇ声で呼ぶなよ……なんか用か? 今から昼飯買いに行くとこなんだが」

「だからだよ! はい、食堂行くよ!」

 

そう言いながら赤木は、手に持った二つの包のひとつを押し付けてきた。

 

「あ? なんだこれ……」

「お弁当に決まってんでしょ! ほら行くよ〜!」

「は? あっ、おい!」

 

なんだかよく分からないが、とりあえず後を追って社内の食堂へを移動した。

 

 

 

「おい、なんだよこれ」

「何って、お弁当だよ? ほんとに目が腐っちゃったの?」

「いや見たらわかるし、腐ってねぇから……。俺が聞きたいのは理由だよ」

「いやぁ、ちょっと作りすぎちゃってさぁ。比企谷いつもコンビニ飯じゃん? 丁度いいやと思ってさ〜! ほら食べよ!」

 

こいつはあっけからんと言うか、サバサバしてるいというか、初めからこういう奴だった。そのせいか、距離感を無視してやたらと絡んでくる。なんか誰かに似てんな。

 

まあ据え膳食わぬはって言うしな。この場合は、そのままの意味の据え膳だが。

 

「いただきます」

「いただきまーす!」

 

雑な性格の割に彩りや栄養をよく考えた弁当は、全て手作りのようで、パクパクと胃に放り込んだ。食べながら「どうどう? 美味しい? 美味しいでしょ!」と話しかけられ、テキトーに相槌だけで返した。

 

 

「ごちそーさん、普通に美味かったわ。明日洗って返すから」

「いいって、そんな! なんなら、これから毎日作ってあげでもいいよ?」

「いや、いいから……。気持ちだけ受け取っておくよ。んじゃ、おれ煙草吸ってくっから」

「あ、待ってよ! あたしも行く!」

 

 

少し早く昼休憩に入ったせいか、喫煙所のあるオフィスビルの屋上には、俺と赤木の二人きりだった。心地よく吹き付ける風に揺れる、煙草の先から立ちのぼる紫煙。

 

手すりに掴まり肺から吐き出した煙を、ぼんやりと見上げていると、時の流れが緩やかになるように感じる、この時間が好きだ。

 

「んんん〜涼しい! 屋上めっちゃいいじゃん、比企谷!」

 

……ひとりだったなら。

 

「お前煙草吸わねえだろ、なんで付いてくんだよ」

「えぇー、じゃあ吸うから一本ちょーだい」

「はぁ……ったく、ほれ。結構強いから気分悪くなっても知らねえぞ」

「そんな一本丸々は無理だって〜。だから、比企谷の吸いかけのでいいよ」

「……じゃあやらねぇ」

「なによ、ケチ」

「うっせ」

 

赤木のどこか小馬鹿にするような態度は、今日に始まったことじゃない。しかし、今日はやけにしつこい。お互い横並びに手すりにもたれかかり、ぼぅっとビルの下を眺める。

 

「お前……なんか俺に用があったんないのか?」

「……さすが、よく見てるね」

「こんだけしつこく付きまとわれたらわかるわ」

「しつこくって酷くない?」

 

ケラケラと笑いながら、手すりに視線を落として、呟くように言った。

 

「前に寝込んだ時に看病に来た子って……比企谷の特別な人、なのかな……」

 

急になんの話かと思ったが、すぐにあの亜麻色の髪をしたあいつの姿が浮かんだ。

 

「……なんだよ藪から棒に」

「ん〜、その間は怪しいなぁ」

「なんでもいいだろ」

「否定はしないんだ」

 

なぜいきなり、こんな事を話題にあげたのか。それ以上に、ただの高校の後輩だとか、別に適当にはぐらかすことも出来たのに、咄嗟に否定が出てこなかった。

 

「そっかぁ……。これは勝ち目なし、かな……」

「あ? なんつった?」

「なんでもな〜い♪ 煙草臭いから先に戻るね!」

 

 

最後の一吸いまで灰にした煙草を、ひしゃげ潰れるまで、灰皿に押し付けた。

 

俺は都合のいい耳をした、難聴系主人公じゃない。

 

もっといえば、俺は鈍感系主人公じゃない。むしろ人の機微には、敏感な方だと自負している。

 

ポケットから煙草もう一本取り出し、もう一方のポケットからスマホを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be Continued......

 






えー、、大変ご無沙汰してました……。

ある時を境にこのお話が全く手を付けられなくなって
設定やオリキャラの名前すらも忘れてしまうほど
ここ数日まで避けてきました……。
まあ特定の界隈にかまけすぎていたというのも
理由のひとつなんですけどね 

けど、いつか書かなきゃ。処女作でエタるのはダメだ。
そう思っていたところに、ふらっとハーメルンを開くと
ありがたい感想やコメントを頂いていたことを知り
大変励みになり、今度こそ書き上げる覚悟を決めました。

ここからがいよいよクライマックスになります。
ぶっちゃけどんな幕引きを遂げるのか
作者にもわかりません(プロット?なにそれ?)
なので、自分自身も楽しみであります!

残り2~3話となる予定ですが、もうしばらくの間
お付き合い頂けると大変嬉しいです(`・ω・´)

今度はそう遠くない第16話でお会いしましょう 


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第16話



どうも!今回はそんなにご無沙汰じゃない?
秋 緋音です( ・ω・)ゞ

しばらくかかりきりだった他界隈
バンドリの同人イベント"BDP10th"が
無事に完売して終わり、少数の希望と主催者の厚意から
通販販売も始まりました!

その甲斐あってこの俺ガイルssも捗りますw

まあそんな事は置いておいて、第16話です!





 

 

 

 

 

「かんぱーいっ!」

「……かんぱい」

 

 

平塚先生との再会と、教室の許可を取ったその日の夜、せんぱいととある居酒屋へ来てきた。

 

 

「なんですか、テンション低くないですか?」

「俺はこれが通常運行なんだよ」

「はぁ、まぁもう慣れましたけど」

「順応力高くて助かる」

 

 

がやがやと賑やかす年配の客と、狭苦しいカウンターに並んで座るこの居酒屋。かつてせんぱいと奇跡的な再会を果たした夜に、二人ではしごした小さな居酒屋だ。

 

昼間の報告も兼ねて、せんぱいのお家にと思っていたのに。

なんと今日はせんぱいから、飲みに行こうと誘ってきた。明日は槍でも降るのかな。いや、せんぱいのことだ、MAXコーヒーの雨かな……なにそれ最悪。

 

 

「ていうか、なんでこのお店なんですか?」

「悪かったな、洒落た店じゃなくてよ」

「いえ、それは別に構いませんけど。ここ、前にせんぱいと来た所ですよね?」

「……よく覚えてたな」

 

せんぱいと行ったところなら、どこだって覚えてますよ。

 

「まぁこれといった理由はねぇよ。前に一色と来たから、それだけだ」

「へぇ……」

 

せんぱいも、そうだといいな。

 

「そういえば、なんか話があるって言ってたよな」

「えっ……はい、まぁ。せんぱいこそ、なにか用があって誘ってくれたんじゃないんですか?」

「あぁ……まあ俺は別に。それで、話ってのは例の同窓会の件か?」

「はい、実は今日───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁん、なるほどな。ったく、平塚先生も昨日飲みに行った時に、言ってくれりゃいいのに」

「まだ手続きしてる段階だったから、異動してから伝える予定だったんじゃないですか?」

「なにか企んでたのか? まぁそれはそうと、先生のお陰もあって教室の許可は下りたか」

「はい……これで、あとは当日を待つだけですね」

「……そうか」

 

せんぱいは手に持ったグラスを、その更に遠くを見るように見つめ、半分ほど残った焼酎を一気に呷った。

 

「あー、えっと……一色」

「……? なんですか?」

「その、なんだ……あ、ありがとな」

「えっ……!」

「今回のことだけじゃないが、色々と……感謝してる。なんでここまでしてくれるのかは分からんけど、助かる。ありがとう」

 

上半身だけ捻ってこちらを向き、ぐっと頭を下げた。

 

「そんッ……な、なんですかせんぱぁい! デレ期ですか? ついにせんぱいも、いろはちゃんの魅力に気付いちゃった感じですかぁ?」

「うわぁ、あざとウザい……」

「あざといって、ウザいってなんですかーッ!? せんぱいの方がよっぽどあざといんですよ!」

「ぐえっ!」

 

 

隙だらけの脇腹に一突き入れると、せんぱいは気持ち悪い奇声を上げて、恨めしそうな目を向けてくる。そんなせんぱいを見て、わたしはケラケラと笑った。

 

そんな笑い声も、この騒がしい居酒屋では、掻き消される。それでもわたしは目尻を指で掬いながら、笑い声をあげた。そうしていないと、誤魔化せなかったから。

 

 

「それに、せんぱい! まだなにも終わってないんですからね! これで当日気まずくしたりしたら、一生弄り倒しますからね」

「うぇ、それはさぞかし鬱陶しいな……」

「だから、当日……しっかりやってくださいね」

「あぁ、こんだけお膳立てされたからな。まぁなんとかなるだろ……知らんけど」

「ふふっ、頼みましたよ……知らんけど!」

 

 

その後も喧騒の中で、気の済むまでお酒と料理を楽しんだ。陽気な気分が不安を溶かすように、笑いあってその夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉー、いろはじゃん! 全然授業来なかったのに、何してたんだよぉ」

「ぐえっ」

 

 

しばらくバタついていて、すっかりサボりがちだったが、わたしは華の女子大生。久しぶりに授業を受けに大学へ顔を出すと、すっかりご無沙汰の友人───雨音 乙葉(あまと おとは)が、がばちょッと抱き着いてきた。

 

 

「ちょ、乙葉、くるし、締まる……!」

「全く……大親友の乙葉様に連絡も無しに、一体何してたんだよ! さぁ吐けー!」

 

ちょ、まじ極まってる……! 殺す気かこいつッ!

 

「吐く! 色んな意味で吐くから離せェ……!」

「よし、聞こう」

「ゲボっ……ほんと、死ぬかと思った」

 

 

手厚い歓迎(洗礼?)を受け、少し移動して授業の出席票だけゲットした後、その辺の便r……頼りになる男の子にお願いして、早々に教室を抜け出したわたしと乙葉。大学内のカフェテラスに二人分のコーヒー(奢らされた)を持って腰を落ち着けた。

 

 

「なるほどねぇ……。例の先輩と話をしに行ったあの後、そんな急展開になってわけか。そりゃ授業出てる暇もないわね」

「うん、まぁね……」

 

 

ゆい先輩と会った日の前日、乙葉に電話で勇気をもらったその後のこと。同窓会の計画が始まり、ついにその準備が全て整ったところまで、順を追って説明した。

 

 

「ふぅん、まぁ良かったじゃん! なかなか連絡寄越さないし、心配だったけど。これでようやく、また始められるんでしょ?」

「う、うん……後は当日だけ。たぶんそこが一番大変なんだけどね……」

 

一方的に話をし続けたおかげで、喉はカラカラだ。アイスコーヒーを一気にストローで吸い込み、底に浸った残りをズズズッと音を鳴らし飲み干す。

 

神妙な顔をした乙葉は顔を上げると、ビシッと指さし言った。

 

 

「いろは……! この私がありがた〜いお言葉をプレゼントしよう!」

「いや、いいよ別に」

「ちょちょ、人がいい雰囲気出してるのにぃ〜」

「はぁいはい、それで何?」

「ふっふっふ、心して聞くがいい……」

 

 

「 終わり良ければ、全て良し! 」

 

 

「はぁ……有難みの欠けらも無い。まだ始まってもないんだし、きっとせんぱい達なら上手くいくよ」

「それはせんぱい達の話でしょー? いろははどうなの?」

「わたし? わたしだって同窓会が上手くいけば───」

 

 

上手くいけば……わたしは?

 

せんぱい達がまた昔のように、元の関係を取り戻したら。

 

わたしは、また────

 

 

「……ね? 終わり良ければ全て良し。じゃあ、いろはの"終わり"は、どこにあるの?」

「わたしの終わり…………」

「いろはさぁ、何度も"自分のため"って言ってたけど、やっぱり結局はせんぱいのためじゃん? もちろんいろはの為でも、あるんだろうけど」

 

否定はできない。そこにはもちろん、せんぱいの為でもあると、分かっていたから。

 

「でもその先は? その同窓会が上手くいって、それだけで終わっていいの? 本当に?

 

いろはの心の根っこにある想いは?」

「わたしの……心の根っこ」

 

 

『そっか……。

先輩はそういう"答え"を導いたんだ……。

それが、先輩の言う"本物"なんだ。

 

なら……わたしは……。』

 

 

『その優しさに触れたから、みんな先輩が好きで………………

 

わたしはやっぱり、せんぱいが好きなんだ!』

 

 

 

「────そうだ。そうだった。そうだよね」

「……ちゃんと見つけた?」

「うん……見つけたよ。終わり良ければ全て良し、かぁ……。わたしはまだ、終わってすらなかった。わたしだけ、終わらせられなかったんだ」

 

 

せんぱいは、ちゃんと答えを導き出した。

ゆい先輩と雪乃先輩は、ちゃんと終われたんだ。

 

それを見ていたわたしも、自分の気持ちに答えを出した。つもりだった。

でも、ちゃんと終われていなかったんだね。

終わってない。まだ、終われない。

 

 

「ありがとう、乙葉。わたしも、ちゃんと終わらせてくるよ」

「うんうん! 終わり良ければ全て良し! 良くなかったら……何度でもやり直せばいいんだから」

「へへっ……乙葉はほんとバカで真っ直ぐで、諦めが悪いよ」

「まぁね〜! あれ、貶されてる?」

「ううん、今までになく褒めてるんだよ」

「んん……なんか納得いかないなぁ」

 

 

抜け出した授業の終わりを告げるチャイムが響いて、次の授業は真面目に出席をした。おばかな親友は開始早々、机に突っ伏して居眠りし始めたけど。

 

あれだけ不安がっていた日が、今は待ち遠しくすら思う。

 

本来の生活を取り戻して過ごす日々は、やけに短く感じるほど。

 

きっと、その日はあっという間に訪れるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入国審査をパスして重たい荷物を手に取り、ようやくスマホの機内モードを解除した。すると、溜まっていたメッセージがなだれ込んできた。

 

あまりの多さにゾッとしたその瞬間、急に軽快な電子音が手元で鳴り響く。

 

わたわたと手元で暴れるスマホの液晶には、見慣れた名前が映し出されていた。勝手に操作されて登録された、ごてごてと飾り付いた絵文字と共に。

 

「もしもし……。えぇ、ちょうど今降りたところよ。機内ではメッセージを受信できないからと、あれ程言ったでしょう」

 

変わらない明るい声にホッとした。少し緊張しているのか、いつもより更に早口だ。

 

「時間は……えぇ、どうにか間に合いそうね。わざわざ迎えに来ずに、あなただけでも先に行ってくれて良かったのに……。

そう、まぁそういう事にしておいてあげるわ……ふふっ」

 

からかうような言い方をすると、いつもの調子を取り戻りたようだ。いつもと違うのは、私も同じだったかしら。

 

「えぇ……えぇ、わかったわ。じゃあもう少ししたらそこへ向かうわ……。

あっ待って……。

 

ありがとう……由比ヶ浜さん」

 

『全然だよ、ゆきのん』

 

 

そっと通話終了のボタンを押すと、懐かしい写真を飾った、待受画面が表示される。

それを眺めていると、懐かしい香りがした。

 

日本は醤油の香りがするなんて聞いたけれど、そんなことはない。

 

少なくとも今日は、芳醇な紅茶の香りがした。

 

 

「さて、行きましょうか」

 

 

重たい荷物を持ち直して、親友の待つ場所へと歩き出した。

 

今日が、人生で二番目に大切な日となることを祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be Continued......

 







はい、というわけで第16話でした(*´꒳`*)

着々と物語が終わりへと向かっていますね。
最後にはこの物語にようやく、彼女が登場しました!


そして遂に!

次話が、最終話となります!!(たぶん)

私もちゃんと終わらせなければ……。
頑張れ!いろはす!!
頑張れ!自分!!

それでは最新話でまた、お会いしましょう\(( °ω° ))/


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第17話


どうも、ご無沙汰しています。
秋 緋音です(毎回言ってんなぁ) 

第16話を見て頂いた方はタイトルを見て
お気付きでしょうか……。

最終話になりませんでした!!!!

いやだってアレがアレもんでさぁ、、
しかし、今度こそ終わらせないと。

すみません、第17話です!


 

 

 

 

 

ピンポーンッ

 

「せんぱーいっ! 迎えに来てあげましたよー! 寝てるんですかー? もしかして日和ってるんでかー?」

 

 

ついに訪れた同窓会の当日。少し早めに家を出たわたしは、せんぱいのお家までお迎えにあがった。

 

中からドタバタと駆け寄る気配に、一歩後ろへ下がりスカートの裾をポンポンと叩いて、ちょっと緊張に鼓動を鳴らす。

 

「はぁいはい……まだそんな時間じゃ、な……はッ!?」

 

ガシガシと頭を掻きながら扉を開き、目が合った瞬間ギギギ……という油分の足りないロボットのように視線が下へ向き、まるでUMAを見たような驚愕に腰を抜かした。

 

「なッ……おま、は……!?」

「ぷっ、なんですか先輩その顔」

「いや、ちょっと待て。お前……なんで制服着てんの?」

 

そう、いまわたしは数年ぶりに、総武高の制服を身を纏っていた。

 

「ふっふっふー、どうですかせんぱい! 懐かしいでしょう? わたし、まだ高校生でも通用しますね!」

 

部屋で着用時、ホックが少し留めにくかったことは、即座に記憶から消し去った。いやぁ、人の脳は便利にできているなー。

 

「……その歳で恥ずかしくないの?」

「は? もっぺん言ってみろ」

「に、にあってるねー(棒)」

「ですよねー!」

 

スカートの端を摘んで持ち上げると、未だ尻もちを着いたままでいるせんぱいからは、際どいアングルだったのか。目を逸らしつつ、頬を微かに赤らめた。

 

「お、お前……まじでそんな格好で行くつもりか……」

「やだなぁ、そんなわけあるわけないじゃないですか! ちょっとからかってあげようという、いろはちゃんのささやかなサプライズです」

「なんだそりゃ」

 

ようやく腰を持ち上げたせんぱいは、立ち上がると部屋の中へ促した。

 

「まだ時間もあるし、コーヒーでも飲んでくか?」

「そうですね。それじゃあお邪魔しまーす」

 

もはや見慣れた空間で、座り心地も知ったソファーに腰掛けていると、リビングからマグカップを二つ持ったせんぱいがやってきた。

 

「ほらよ、淹れたてで熱いからな」

「ありがとうございまーす。せんぱいはいつものあの、身体に悪そうなやつじゃないんですか?」

「おい、マッ缶の悪口はやめろ。千葉県民全てを敵に回すぞ」

「いやわたしもその千葉県民なんですけど……珍しいですね」

「まぁ、こういう時くらい、たまにな」

 

そう言ってマグカップを口元へ近づけ、ふーっふーっと息を吹きかける。

 

こういう時、とはどう意味か。それほど深くは考えず、冷めないうちにとコーヒーをいただく。

 

「せんぱい、緊張していますか?」

「ん? あぁ……そうでもない、かな。誰かさんのふざけたサプライズで、色々と吹き飛んだわ」

「それは良かったです♪」

 

飲み終えたマグカップを二人分、キッチンを借りて洗い終えた所で、時刻を確認する。

 

「それじゃあせんぱい、わたしは着替えてくるので、時間になったら下で待っててくださいね」

「……一緒に行くのか?」

「行先は同じですし、別々に行く理由もなくないですか?」

「まぁ、そうだな。了解」

「それじゃあまた後でー!」

 

数十分後にはまた会うのに、惜しみながら別れ、自室に戻ったわたしは、真っ直ぐベッドへ向かい、お布団ダイブからの枕蹲り足バタムーブを決めた。

 

「〜〜〜〜〜ッッ!!!」

 

わあぁぁ! わあぁぁ! わあぁぁぁああ!

だだだ大丈夫だよね!? スベってないよね!? ウケてたよね!?

20歳過ぎたいい大人が白昼堂々と、学生服なんか着て会いに来たら、そりゃそうなるけど……ッ!

 

いや、ちょっと待って! みんな誤解しないでね!? いくらわたしでも、あざと可愛いアピールのために、制服着て見せたわけじゃないからッ!

 

 

事の発端は昨日の夜────

 

言うまでもなく、わたしの部屋のベランダから見ると、せんぱいの部屋のベランダは丸見えだ。

 

何気なくチラッと目が移ったとき、偶然せんぱいが煙草を吸いに、ベランダへ出てきたのが見えた。

 

ここで電話のひとつでも掛けて、からかってやろうとも思ったけど、見慣れた光景と違いせんぱいの様子がおかしかった。

狭いベランダを右往左往したり、隠れるようにしゃがんで消え、また頭を出す。

吸い終わったようで部屋に戻っていくと、また数十分後にベランダに出てきて、煙草を消して部屋に戻っていく。これを延々と繰り返していた。

 

いやせんぱい、めっちゃ緊張してんじゃん!

 

その光景がなにかのアーケードゲームみたいで、クスクスとひとりでに笑いが溢れる。そんな近くに見えるせんぱいの姿を眺めて、せんぱいの緊張を紛らわせるためにも、ひた肌脱いでさっきのサプライズを思い付いた。

 

 

 

無事に作戦は成功したので、私は着替えを済ませ、全身姿見で最終チェックをする。

 

メイク良し、髪型良し、ファッション良し! うん、今日もわたし可愛い!

 

ポージングが左右逆さまに映る自分を見て、そっと問い掛けた。

 

「───大丈夫、だよね……?」

 

返ってくるはずのない独り言。今日まできて今更引き返すつもりもない。あの三人を信じていても、最悪のパターンを考えないわけがなかった。

 

『大丈夫じゃないでしょ』

 

答えを期待していなかった問いに、鏡の中のわたしが、嘲笑を浮かべながら返してきた。

 

『せんぱいが好きなんでしょー? あのままにしておけば、邪魔な二人がいなくなったせんぱいを、独り占めできたのに……』

 

クスクスと零しながら、三日月のように口を歪める。

 

『ねぇ──何イイ子ぶってんの?』

 

我ながら嫌味がキレッキレだなぁ。そんな事を考えながら、小さく息を吹き出す。そして、もう一度深く溜息をついて、ニヤけた自分の目を見据えた。

 

「もういい加減、聞き飽きたんだよ、そんなこと」

 

せんぱいと再開してから、いやそのもっと前から、ずっと自問自答してきた自分の声も、囁く後悔も、聞き飽きた。

 

「苦悩も、後悔も、罪悪感も、全て呑み込んで、わたしは今日ここにいるだ。それに───」

 

これは幻覚か幻聴か、何にせよ正面に立つ夢幻に向かって、わたしは嘘偽りなく

 

「あの二人に打ち勝ってこそ、手に入れる価値があるんだから。真っ向勝負でせんぱいを、私のモノにしてやるんだから!」

 

わたしはキメ顔をそう言った。

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

 

「変わんねえな、ここも……」

「そうそう変わるわけないじゃないですか、もうボケ始めたんですか?」

「感傷に浸ってるところにBR〇UNばりの切れ味毒舌どうもありがとう。こういう時、人は詩人になるもんだろ?」

「まぁ、わかりますけどねー」

 

あの頃とは違って、タクシーによる登校で降り立ったのは、わたし達の母校──総武高校。

わたしはつい先日、教室の使用許可を得るため橋を運んで間もない。せんぱいからすれば久しぶりで、思い馳せるものも多いだろう。

 

「うし……行くか」

「はい、主役が遅れちゃカッコ悪いですよ。もちろん、立場的な問題で」

「うん、俺の容姿を揶揄するのやめてね」

 

しばらく校舎を眺めているせんぱいを、隣で見上げて少し待ってから、一緒に歩き出した。

 

 

来客者用の札を下げて、物静けさが漂う校舎を歩いていく。今日は部活も完全休止日らしく、ペタペタと二人分のスリッパが床を叩く音だけが鳴り響く。その間一言も話すことなく、溶け込むように静かに、ゆっくり、歩いていく。

あの教室がある棟に入ったところで、せんぱいが何か言いかけて「やっぱ何でもねえ」と、頭を搔く。

 

言いたいことがあるなら今すぐ吐けと、せんぱいの袖を引っ張り回しているうちに、気付けばもう教室が見えてきた。

 

中からは既に人の気配がしている。ガヤガヤした声が部屋に篭っていて、一体誰のものなのかは、扉ひとつ隔てていては、判別はできない。

 

もうここまで来たら、今更緊張はない。しかし、せんぱいは扉の前に立ち尽くし、なかなか手が扉に掛からない。あの頃、扉の上には名前の書かれていない札に、恐らく結衣先輩の仕業であろう、デコデコしたシールが貼りまくってあった。しかし今はもう、綺麗に剥がされて真っ白に戻って、妙な寂しさと喪失感を抱いてしまう。

 

「せんぱい……覚えてますか?」

「あ? なにのことだ?」

 

広い廊下に反響しないボリュームで、わたしはひとつ問い掛けた。

 

 

「───わたしの、依頼をです」

「…………おう」

 

一度逸らした目を、ちゃんと真っ直ぐ見据えて、相変わらず覇気はないけど、そう答えてくれた。

 

「……なら、なにもま心配ありません」

「あぁ、行くぞ」

 

ようやく動かした手を扉に掛けて、ゆっくりと横へ引く。

 

開けたその中には、数人の人影があって、一斉にこちらを向いた。

 

「あ、お兄ちゃん! おっそいよ、ほんとこのゴミイいちゃん」

 

小町ちゃんがにっと微笑んで。

 

「八幡! 久しぶりだね」

 

戸塚さんがホッとした笑みを浮かべて。

 

「こんな日に遅刻とは、君は相変わらず不出来な教え子だな」

 

平塚先生が意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、遅刻って……まだ集合時間前なんですが」

「こんな時は、君が一番に来て準備を済ませておくべきじゃないのか?」

「え、俺って招待客だよな? なにその自分の歓迎会の店取りさせられる新入社員みたいなブラック」

 

変わらないせんぱいの返答に、くくっと笑って平塚先生はせんぱいの頭を、くしゃくしゃと撫でた。手を払い除けられた所で、先生はこちらを振り返った。

 

「君が比企谷を引っ張ってきてくれたのか。ご苦労だったな」

「ほんとですよ、さっきも教室の前でブルっちゃって、ほんとにどうしようもないヘタレですねー」

「ねぇ小町ちゃん、俺帰っていい? ちょっと枕を湿らせなきゃだから」

「良いわけないでしょ。今更帰ったらホントに絶縁だから」

「惨すぎる……」

 

項垂れるせんぱいに、もう一人の来客からの声で息を吹き返す。

 

「八幡、久しぶりだね」

「おぉ……と、戸塚……お前だけが、お前だけが俺の味方だ」

「あはは、皆本当は嬉しいんだよ。もちろん、僕もね」

「戸塚、今すぐ結婚し──「「〇ね」」──ぐぉぁッ!」

高速の右脚が先輩のお尻に、二発炸裂した。もちろん、わたしと小町ちゃんの。まじでキモい。でも───

 

「懐かしいな……」

 

それは誰の零した声か、もしかしたらわたしだったかもしれない。全員の共通意識だったからか、その宙に浮いた言葉に、みんな続く言葉を躊躇った。

 

そんな中、一番に声を発したのは、せんぱいだった。

 

「あの……あ、あいつらは……?」

 

この教室に入ってから、ずっと気にはなっていた。わたしも、恐らくせんぱいも。まさかせんぱいから、切り出すとは思ってもいなかった。

 

「雪ノ下と由比ヶ浜か。あの子たちも、主役が遅刻とは」

「えっと、結衣ちゃんと雪ノ下さんなら、今朝の便で帰ってきた雪ノ下さんを迎えにいって、二人で来るって言ってたよ。もうそろそろ着く頃じゃないかな?」

「そっか……」

 

全員がそれぞれの事情を把握しているため、微妙な空気が流れ始めたが、それを振り払うのはやはり、平塚先生だった。

 

「まぁ、そのうち来るなら、我々も準備をして待とうじゃないか。ほら、男手が増えたんだ。キリキリ働け、比企谷」

「……はぁ、んで準備ってなにすりゃいいんですか?」

 

せんぱいは面倒くさそうに頭を搔いて、机を動かし始める。それが照れ隠しだと気付くかない人は、この中にはいなかった。わたしは小町ちゃんと一緒に、小さい物から準備を手伝い始めた。

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

「ほら、着いたよ、ゆきのん」

「……んぅ、あ……」

小さく感じる揺れに、重い瞼を持ち上げると、由比ヶ浜さんが目の前にいた。

「ごめんなさい、寝てしまっていたのね……」

「ううん、大丈夫。きっとあれだよ……時差バカ? ってやつだよ!」

「それを言うなら時差ボケよ……。全く、あなたは本当に変わらないわね」

「うぅ……素直に喜べないんだけど」

 

懐かしいやり取りをして、タクシー代を払うと、数年ぶりの母校の前に降り立った。

 

「───本当に、変わらないわね」

 

校門から眺めるその景色も、数年前と何一つとして。姉さんの影を追うように入学し、ただ己を高めるための学び舎と思っていた。けれど、思いもよらない大切を、たくさんの思い出を積み重ね、そして、その一つを失った場所。

 

しばらくそうして思いにふけていると、彼女のお団子が視界に割り込んできて、

 

「変わらないものも、あるよね……?」

 

彼女の優しさが込められた笑顔で、そう問い掛けてきた。

 

「えぇ……それを今から、確かめに行くのよ」

 

重いキャリーバッグを転がして、もう一度二人で、前へ歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

『もうすぐ着くよ!』という連絡があってから、否が応でも緊張してしまうわたし達を、平塚先生、戸塚さん、小町ちゃんたちが、紛らわすために、絶えず他愛も無い会話を繰り広げてくれる。表情は取り繕えても、心臓はものすごい速さで打ち鳴らしている。

 

そして、その時は来た。

 

コンッコンッ。丁寧に二度鳴らされた扉に、皆の意識は引き寄せられる。すぐに入ってこないその奥にいるだろう二人に、「ふっ、相変わらずだな」と零した平塚先生。

 

「ここは、今日は、君たちの場所だ───ノックは必要ないよ」

 

その声にはどうしようもない優しさに満ちていて、ゆっくりと扉が開かれた瞬間、込み上げてくるものを必死で抑えた。

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは……久しぶりね」

「や、やっはろー……みんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、本当に、この日をどれだけ待ち焦がれただろう。どれだけ後悔しただろう。忘れたくて、でも忘れられなくて。

不安定に固められたパズルから、ピースを零してしまったような、もう二度と元には戻らないと思った。でも、そんなことは無いんだ。

だってそうでしょ。失くしたのなら、また作ればいいんだ。

 

ゆっくりと息を吸い込んで、

 

「おかえりなさい───雪ノ下先輩、結衣先輩」

 

吐き出した時、確かに感じた、紅茶の薫り。

 

連なるように、「おかえり」という言葉が掛けられ、二人は照れ臭そうに「ただいま」と答えた。

 

 

「よぅし、これで役者は揃ったな」

「はいっ! ささ、結衣さんも雪乃さんもこちらへどうぞーっ!」

 

並んだ二つの長テーブルを囲って、各々決められた席へ着く。わたしの隣にはせんぱいがいて、その隣へ結衣先輩、雪ノ下先輩と並ぶ。

 

「ヒッキー……久しぶり、だね」

「おう……元気そうで何よりだ、雪ノ下も」

「……えぇ、お陰様で」

 

よそよそしさ全開の三人は、互いの顔を上手く見れない様子だが、今はまだこれでいい。

 

「はーいっ、皆さん飲み物は行き渡りましたかー?」

 

簡易のコップに様々なジュースを入れ、バケツリレーよろしく回していく。もちろん、せんぱいの前だけ、危険色をした缶を回す。

 

「それでは、不肖元生徒会長である、いろはちゃんが乾杯の音頭を取らせていただきまーす!」

 

オレンジジュースの入ったコップを手に、立ち上がり宣言する。

 

「こほんっ。えー、この度は皆さんお集まり頂き、誠にありがとうございまーす! 募る話もあるとは思いますけどー、今日は思い思いに、飲んで食べて、楽しんじゃいましょー!」

 

おーっ! と明るい合いの手を置いて、コップを高く掲げる。

 

「それでは〜、わたし達の再会を祝して……かんぱーいッ!」

 

「「かんぱーいッ!」」

 

机の中央に身を乗り出し、各々のコップを鳴らし合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それじゃあ、始めますか。終わった物語の続きを。

 

 

 

 





はい、というわけで第17話でしたー!

ついに対峙しましたね……。
え……八色成分少ないって、、、?

仰る通りですほんとすみません_:(´ `」 ∠):_

しかし、ここは避けては通れない……
過去と対峙し、今を乗り越えた先に
輝く二人の未来があらんことを……

そして、次が!ほんとに!最終話!です!(たぶん)!

次はもう少し早く書きます……
まだ読んでくれているのだろうか……
よろしくお願いします( ;꒳; )


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