レグルスの子供たち (サボテンダーイオウ)
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prologue
水火の苦しみ。


どうして、わたしの髪の色はノクトと違うの?

 

幼い私は疑問をストレートにあの人にぶつけた。色々と忙しいあの人がようやく帰ってくるということを聞きつけ帰りの挨拶もなしに飛びつくように言ったのを覚えている。

世話をしてくれる大人たちは、私がクリスタルの恩恵を一番濃く受け継いでいるからですよ、愛されている証拠ですと皆同じ事ばかりいうからだ。私に愛されている自覚というものは当初なく、ただ不思議な声がしたり、誰にも見えていないのに私にだけは見えて色々と面白い話をしてくれたりと、ノクト以外の同年代と接する機会を得られなかった私にとってはそれが普通の世界だった。友達のクペもいたから寂しくはなかった。けどある日、ノクトから聞かされた外の世界。そこで私のような髪を持つものはいないと言われ、どうして?と疑問を抱くようになった。

だから、私にだけ見える妖精さんと呼んでいるが、彼らに尋ねた。

 

どうして、わたしは他の人と違うの?

 

妖精さんたちは、私がミラと一緒だからと教えてくれた。

 

ミラ?

ミラはミラだよ。

 

この時、私にはミラという人が誰なのかは知らなかった。

でも後で嫌って程知ることになるのよね。それは置いといて。

 

ノクトの母、あの人だけが私を愛してくれていたと思う。思い込みだとしてもそうであってほしい。あの人の眼差しは真実を知った私の凍てつく心をいつも溶かしてくれていたもの。

 

母上、そう、母上は私を愛してくれていた。

ノクトと分け隔てなく愛情を注いでくれて、感謝している。あんなことが起こってショックだったのはノクトだけじゃない。私だって奈落の底に突き落とされた気持ちになった。

私がそこ(インソムニア)から逃げたくなるのを我慢してたのだって母上がいたからだ。じゃなきゃ妖精さんにお願いでもしてとんずらこいていたはずだ。

 

まぁ、子供一人あっという間にのたれ死にだろうけど。

ノクトと違って学校に通うことを許されなかった私にやることと言えば、クペと遊ぶこととあの人の墓前にふらりと足を運んでは母上が好きだった花を供えるぐらい。学校から帰ってきたノクトの相手して後は、色々ルシス国を出るための下準備くらいだ。城にある蔵書が詰め込まれた王立図書館並の空間、奥の一室に閉じこもっては一日中そこで過ごしたこともある。そこで誰も教えてくれない魔法の勉強したり実験したり。

護衛の人間巻いては怒られたりするなんてこともしょっちゅうあった。

周りの人間に過保護と思わせるくらい私を檻の中に閉じ込めている癖に、レギス王は私という人間には興味がないらしい。私も興味を抱いてもらわなくてよかったと思う。

 

だってあの人はあの時、はっきりいったもの。

わざわざ側近の人間下がらせて、私とふたりっきりの場をつくってまで伝えたこと。

 

『お前が、娘ではないからだ』

 

と。

 

ええ、レギス王。

私も貴方が私の親でなくて清々してますよ。

 

他の人間いなかったら堂々と啖呵切れるんですけどね。

あいにくとそれも叶わず。だって勅命くらっちゃいましたからね。

 

ノクティス王子の結婚式に同伴しろって。

 

その時の私の表情があまりに崩れてたって後からクペから聞かされたときには、自室のドアに【入るべからず】の札を下げてひたすら部屋に篭ってブリザドブリザトブリザド連発した。あっという間に氷の世界へと変貌を遂げた自室。イグニスにこってり怒られ、ノクトに何してんだよと額を軽く小突かれたが、心配したと眉を下げられては自分のほうが悪いことをしたような気になってしまい、一緒にその日は詫び代わりにノクトのベッドで寝た。私の部屋は使い物にならなかったので。

ちなみに、昔からの習慣というか母上が亡くなってから夜不安がるノクトのほうから一緒に寝ようと誘われたのがきっかけである。それ以来、共に寝起きするという毎日をしていたわけだが、お互い年も年だし何よりノクトも結婚を控える身。

それはやめた方がいいと周囲の人間に言われたノクトも渋々(納得してなさそうだけど)受け入れた。一人で寝た次の日のノクトは始終あくびをしていて眠そうだった。どうやらあまり眠れなかったようで、やっぱり一緒がいいなとさりげなく訴えてきたが、私はイグニスの鋭い眼光を恐れてきっぱりとお断りした。

だって小言うるさいんだもん。案の定ノクトは食い下がってきたが、私はだったらイグニスにオッケーと言わせてみてと言いその場からさっさと逃げた。いつもの日課終わらせて自室に戻るといつものノクトが人のベッドで横になり靴も脱がず寛いでいて、オッケーはもらえなかったが一矢報いてきたと意気揚々に語るじゃないか。

イグニスの眼鏡を奪ってきたらしい。

意外と子供っぽいところがあるのは国民の知らぬところだろう。

私は、またイグニスからの小言を受けねばいけないことに、胃痛を感じてしまったのは仕方ないことなんだろう。

 

私のベッドだとノクトを端に追いやればムッとした顔して何すんだよとの抗議の声。こっちが何してくれてんだよと言い返せば、レティの為にやったのにと拗ねる男がいる。

とても次期王とは思えない態度に私は肩を落として、はいはいよくやりましたと構うと態度をコロッと変えてどうやってイグニスから眼鏡を奪ったかの話を語りだすノクト。

 

丁度いい時間帯でイグニスが飛び込んで来るだろうと思った私は、メイドに水を頼んでベッド脇に置いてあるチェストの引き出しから常備薬を取り出し、自慢げに語るノクトの冒険談に付き合ったのであった。

 

【胃薬が私の相棒です】




設定(天邪鬼ver.)
レティーシア・ルシス・チェラム

年齢:20歳
身長:160㎝
好きなこと:人との触れあい。たまのお買い物(護衛アリ)。

ルシス王国王女。愛称はレティ。ノクティスの双子の妹。
白銀の髪を持ち深緑の瞳で儚い印象を与える容姿とは裏腹に快活な性格で誰とでも物おじせずに接するため好かれやすい。
今回はノクティスの結婚式に同伴するため男だらけの旅に参加することになった。
滅多に外へ出ないため(出させてもらえない)、今回の旅をとても楽しみにしていた。


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水魚の交わり。

オレには同じ歳の妹がいる。産まれた時からずっと一緒で、離れたことはなかった。

それは大人になっても続くものとはさすがのオレの考えちゃいない。お互い別々に人生を歩むことは、王族の責務としてわかっている。

でも、こう、漠然としているというか想像できなかったんだよな。

 

オレと、レティが別のパートナーといるところが。

 

オレがルーナと出会いある約束をする前よりも、オレにとって女の子ってイメージはレティだった。ルーナもそりゃ、小さい頃は天使のような可愛い子だったし守ってあげたくなるような印象だった。

でもレティは違ったんだ。

 

アイツは、ある日を境に仮面を被るようになった。

それは、父上と会話をし終わって部屋に戻ってきてから。

ぐじゃぐじゃな顔に涙を零してひっくと嗚咽を繰り返し、椅子に座るオレを見た途端、勢いよく飛び込んできた。

 

『どうしたの?レティ!』

 

オレは、滅多に泣かない妹の様子にただただ困惑するばかりで、なんとかして落ち着かせようと頭を撫でたり、涙を袖でゴシゴシとふき取ったり、ぶにゅっと両手でレティの顔を挟んで笑わせようとした。けど全然効果なしで、オレはレティの気が済むまで泣かせることにした。オレを求めてしがみ付くレティを抱きしめて背中をぽんぽんとリズムよく叩いた。

大丈夫、大丈夫だよと言い聞かせて。

 

ようやっと落ち着いたレティは顔を上げて真っ赤に充血した瞳で信じられないことを尋ねてきた。

 

『………ノクトは、わたしのこと、きらい?』

 

まさに青天の霹靂。天地がひっくり返ろうがありえないことだった。

 

『なんで!?僕がレティのこときらいになるわけないよ!』

 

だから逆にオレはレティの肩を掴んで大声で返した。するとレティはまたじんわりと涙を浮かべて、

 

『…………ノクト……』

 

とか細い声で縋りついて泣き出した。

声を押し殺して、何かに耐えるように。

オレは、レティがどうしてそんなことを聞いてきたのかが不安でたまらなかった。一体親父と何を話したらこんなことになるのか、全然わからなかったからだ。

 

それから、レティは変わった。

勿論、母上やオレやイグニス、グラディオほかに気心知れた人間の前じゃ普段の素を出す。けどそれ以外の人間の前じゃ、レティーシア・ルシス・チェラムという王女になった。誰もが求める鏡たる王女を。レティは完璧に演じてみせた。

それはある程度の年齢に達した頃には国中の国民から愛しまれる存在となっていた。

 

公の場で顔を出す時の完璧な誰からも愛される王女。滅多に城から出てこない儚いお姫様。クリスタルの恩恵を受けし娘。

 

オレには、意地を張っているようにしか見えなくて苦痛だった。

それに一番の変化は、泣かなくなったこと。

 

親父との会話を境にレティは泣かなくなった。

それこそ、母上が死んでからも。泣くことを、やめた。

国葬で母上との最後の別れで、レティは眠る母上の好きな花を一輪そっと胸元に置いて「ありがとう」と小さく呟いた。国中の誰もが涙に暮れる中、レティそして親父だけは毅然とあり続けた。その後、オレが母上を失った悲しみに打ちひしがれる時も、レティはオレを励ましてくれた。傍にいて寄り添って、親父がいない分を補ってくれた。

 

レティがいてくれたから、今のオレがあると言っても間違いはない。

 

車の免許が取れた時だって親父から『レガリア』を送られ、さっそくのドライブに一番最初に助手席に乗ることに名乗りを上げたのだってレティだ。

普通なら怖がるはずなのに、ノクトの初はいただき!なんて馬鹿っぽく言っていたが、オレの緊張を和らげようとしてくれていたんだと思う。レティの飾らない優しさが好きだ。

滅多に外出許可が下りないレティだけど今回は特別に護衛をつけての初ドライブ。

 

「で、なんでそれがイグニスとグラディオラスとプロンプトなわけ?」

 

後ろの真ん中の席で不満そうな顔をしてレティは運転席に収まるオレを睨みつける。ルームミラー越しに見えるギラギラとした睨みにあえてオレは気づかないフリをした。

初ドライブに五人も乗せて運転しているのに、妹の機嫌を浮上させる余力はなかったからだ。

イグニスが毎度のため息をつく。

 

「仕方ないだろう、まさか王子と王女二人だけでドライブさせる許可が下りるとでも思ったか」

「思いませんけどねスイマセンねバカな王女で」

「さっすがノクトの車。高級感半端ない!ねー姫」

「庶民は黙って飴でも舐めてなさい!」

「むっ!」

 

レティはそう言ってプロンプトの口に飴を放り投げ、プロンプトは喉に詰まらせたようだ。バシバシと暴れている。グラディオは大人な対応で二人をたしなめた。

 

「静かにしろ。二人とも。ノクトの運転ミスがオレたちの命の危険につながるんだ」

「「はーい」」

 

途端に借りてきた猫のごとく大人しくなるレティと涙目になっているプロンプトにオレは思わず突っ込んだ。

 

「おい」

「くくっ」

 

イグニスが小さく声に出して笑った。

 

その後、少し城から離れたコンビニで休憩を済ませている時、イグニスたちは中で軽くレティから買い物を頼まれて入店していた。その隙をついてレティは後部座席から助手席に乗り込み、

 

「ね、出して」

「は?」

「いいから出してってば」

「何って」

 

きわめつけはこの上目遣い。…意図してやっているのか?いやレティに限ってそれはない。小悪魔女子ではないはずだから無意識だ。……これはオレが兄だから効果があるのであって、他の男の前では効果はあらわれないはずだ。仮に効果があったとしてもやらせるつもりはない。絶対ない。断言してやる。絶対、ない。

 

「お願い!」

 

妹の突然のお願い攻撃にオレは仕方なく車のギアを入れた。後で怒られるなと内心ため息の嵐だったが。レガリアが発進したのをコンビニのガラス越しから確認したイグニスたちは驚愕しながら飛び出してきたがオレたちの動きが速かった。

ミラー越しに小さく映る仲間の姿を見て、オレはレティに

 

「一緒に怒られろよ」

 

というとレティは

 

「わかってるよ」

 

と興味なさげな声で横目に広がる外の世界を楽しんでいた。

 

どうせすぐに捕まると思った。本来であれば許されないことだが、滅多にないレティの願いだし、外に出ることも許されない身を哀れに思いオレはアクセルを踏んだ。

そして、ある高台の所で止まり、レガリアから降りるオレとレティ。

もう夕暮れ時でオレのスマホはレティから電源をすでに落とされていたので何も映らない。きっとアイツら、特にイグニスは鬼の形相でいるに違いない。

 

少し、肌寒い風が吹く中、オレの隣に並んで立つレティの銀髪が夕暮れに染まって風に揺られていた。レティはそれを手で押さえていて、オレはその瞬間を綺麗だと見惚れてしまった。

 

「ノクトと一緒に来たかったの」

「アイツラなしで?」

「うん。この閉ざされた世界を見に」

「………そうなったのはアイツラの所為だ」

 

帝国ニフルハイム。

オレたちの元々の国土を奪いやがって。虎視眈々とクリスタルまで狙っていやがる。

オレは吐き捨てるようにそう言った。

 

「……ノクトは王様になるんだよね」

「……いずれは、だろ」

「……私は、ノクトが王様になるのを見られるのかな」

「なんだそれ」

 

夕暮れを見るとノスタルジックな気持ちにさせられる。レティもそんな感じなんだと軽く受け止めそろそろ帰るぞとオレはレティの腕を掴んだ。

 

「ノクティス」

 

久しぶりに愛称ではなく、名前で呼ばれオレは驚いて一瞬固まった。

レティがオレと視線を合わせた。

 

「私、いつかこの国を出るよ」

「………え……」

 

両目を細め、朗らかに微笑むレティと、さっき言った言葉が合わな過ぎてオレは言葉を失った。ただレティを見つめることしかできなかった。

レティもそんなオレの様子に何も言わずにいた。

 

オレはどうせ聞き間違えたんだと思ってレティに聞き直そうとした。けどそれよりもオレ達が見つかる方が早くて気が付けばぐるりとオレたちの周りを親衛隊に包囲されていた。

 

「王子、王女。御無事で何よりです」

「…げっ…」

 

まさかの親父の側近である、コル・リオニスまで出てくる騒ぎになっていたとは。周りが騒然とする中、レティが毅然とした態度で言った。

 

「迷惑をかけました、コル・リオニス。私達は無事です。今回の騒ぎは全て私の独断でありノクティス王子は無関係です。父上にはなんとご報告していますか?」

「陛下には、ありのままを」

 

コルはそう言って頭を下げた。

レティは一つ頷いて

 

「わかりました。私が直接父上にご報告と謝罪をいたします。連れて行っていただけますか」

 

と手を差し出した。コルはレティの手を取って「承知いたしました。…失礼いたします」と言ってレティを別の車へと誘った。

 

「あ」

 

反射的にレティを止めるためにと伸ばしたオレの手。

 

「ゴメンね、ノクト。後はゆっくり休んで。楽しかったよ、ドライブ」

 

レティは少し表情を緩めて笑みを浮かべていうと黒塗りの車へと乗り込んだ。オレは呆然と突っ立って彼らを見送った。ぽんと軽く肩をたたかれて振り向けば、

 

「ノクト、覚悟はいいか」

「…………」

 

ずごごぉぉぉおと鬼の形相でイグニスが立っていてその後ろで、「ドンマイ」と憎たらしくエールを送るプロンプトと苦笑しているグラディオが目に入った。

口元をひきつらせながらオレは、

 

「一応言っておくが、レティも同罪だからな」

 

と言い訳してみたが、こってり絞られた。文句の一つでも言ってやろうとレティの部屋へと向かったが、そこには護衛の人間が仁王立ちしていてオレの入室は認めないと言いやがった。親父がレティにしばらく謹慎を言い渡したらしい。

オレも食って掛かったが、オレの言い分など認められるはずもなく、すごすごと自室へと帰った。それよりは2週間近くレティと会うことはできずに、オレは苛立ちと心配のあまり部屋のモノに八つ当たりしまくるという行動を繰り返してはイグニスに叱られていた。

だがどうにも収まらずついにレティ謹慎解除の日に、朝から朝食も食べずにレティの部屋に飛び込んだ。

 

「レティ!」

 

てっきり、憔悴しきっていると思ったオレの考えは見事裏切られた。

 

「………ほが……」

 

レティはベッドで涎垂らして幸せそうに寝ていたのだ。

 

「…………」

 

オレは無言でつかつかと歩み寄って、鼻をつまんでやった。

 

「フガッ!?」

「起きろ、レティ」

「へ、な、なに?!……ってノクトか……、もう邪魔しないでよ」

 

不機嫌そうな顔してそういうレティにオレの血管はブチ切れそうだった。

 

「何がじゃないだろ!?」

「うるさいなー、寝不足なら一緒に寝れば」

「あ?」

 

腕を引っ張られオレはレティのベッドにダイブ。抗議の声を上げる前にレティに抱き枕化させられてオレは怒る気力がそがれ、暢気に眠る妹の寝顔を見ていたら、つられて欠伸が出て結局そこでまたひと眠りした。

 

一緒に眠る姿を目撃したイグニスにまた叱られた。

 

【だって仕方ないだろ、あんな顔されちゃと言い訳してみる】



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立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。

オレが姫と初めて出会ったのは、高校の卒業式の日。

それぞれの新しい旅立ちの日。

 

オレにとっても新しい世界への始まりだった。

 

桜が舞う中、白いドレスを着て姫は朗らかにノクトを迎えるため、校門で佇んでいた。

その周りで彼女を護衛するように黒服の親衛隊の人たちが父兄や生徒たちのガードをしていて、圧倒されたけど。何よりも一番目を引いたのは、やっぱり姫だった。

 

「ノクト、高校卒業おめでとう」

「レティ!なんでここに」

 

別れを惜しむ女子たちに羨ましいほどに囲まれていたのに、姫の姿を認めた瞬間、女子たちをかき分けて普段のクールなノクトの仮面をばりっと剥がし、ノクトに手を振る姫の所へ慌てて駆けていった。女子たちは口々に姫とノクトのツーショットを見つめては騒めいていた。

 

どうしてここに王女殿下が?とか。

悔しい!見た?今の。ノクティス王子をノクトだってぇ!とか。

全然勝ち目とかないじゃん、あれってズルくない?とか、ね。

 

ノクトは最後まで女子にモテモテだったな。

 

オレはといえば、ノクトの勢いに負けて、一緒に行っていいのかわからず少し離れた所で二人の仲のよいやり取りを見守っていた。

姫は、悪戯成功と舌を軽く出して

 

「内緒で来ちゃった」

 

と両目を細めては微笑んだ。ノクトはため息をついて

 

「びっくりした」

 

と仕返しと言わんばかりに姫の額を軽く小突いて二人で笑い合った。

 

こんな顔もするんだな、ノクトって。

 

オレはそんな気を緩ませたノクトの表情は初めて見た。

 

しかし、綺麗だなー。

 

オレはぽーと見惚れてしまい、姫を熱く見つめてしまった。そしたらパチン!と視線があった。あってっしまった。

なぜだかまずい!という気がして一瞬逸らしてしまったけど、姫はノクトに「彼は?」と首を傾げて尋ねたことによりオレはノクトに呼ばれることに。

 

「オレの親友、おい。プロンプト!」

「あ、え、は、はい!」

 

オレは姫を待たせるわけにはいかないと全力で走って姫の前まで行った。ノクトから何走ってんだよと言われたけど無視だ!

 

姫は少し可笑しそうに口元てに手を当てて笑ったが、すぐにオレに手を差し出して

 

「ノクトの友達なのね。そう、貴方がプロンプト。とても仲良くしていただけていると聞いているの。私はレティーシア・ルシス・チェラム。よろしくね」

 

と微笑んでくれた。

 

「はい、はい!光栄です姫様!」

 

オレは、ある種の感動を感じていて思わずその場に跪いて、姫の手を両手で取り、その白く華奢ですべすべな肌にキスをした。これってちゃんとした挨拶だよな?と思ったけど、

 

「あら」

「な!」

 

途端、姫は目を丸くしてノクトは顎がハズレそうなほど驚いた。

そして、オレは

 

「レティーシア王女殿下!」

 

親衛隊の皆さんがずらりとオレの周りを囲むな否や、姫とノクトを庇いつつ、後方へと下がらせた。

強面いかついオッサンとかおにーさんとかに睨まれる腰が引けて地面に尻もちついてしまう間抜けなオレ。

どうやら、間違った挨拶の仕方をしたらしい。オレは冷や汗をだらだらと流してはノクトに助けを求めた。

 

「ノクト~」

「お前、いきなりするか…。(滅多にオレもしねぇのに)」

 

ガシガシと頭をかいて困惑するノクト。

ゴメン、オレ君の親友だから心の声ばっちり聞こえたよ。

なんとなく雰囲気が最悪な状況下、姫の涼やかな声が響き、すっと一歩姫が親衛隊の一人を下がらせ前へと出た。

 

「いいのです。お下がりなさい」

「ですが」

 

と言いつつ、オレに視線を向けるのでオレは肩を縮こまらせた。

でも姫はオレを庇ってくれた。

 

「彼は挨拶をしたまでのこと。それだけのことに何を目くじら立てますか。……下がりなさい」

 

最後の部分を強い口調で言っていた。たぶん、【命令】って感じだったのかな。

 

「……承知いたしました……」

 

まるで波が引くように親衛隊の人たちはあっという間にオレから離れていった。

 

「あ」

 

気が付けば、姫が目の前にいてオレと同じ視線でわざわざ地面に膝をつき白いドレスが汚れるのも厭わずに、すまなそうな顔をした。

 

「びっくりさせてごめんなさい。驚いたでしょう?彼らに悪気はないの。彼らは彼らの仕事をしたまで。どうか私に免じて許してくださいませんか」

 

滅茶苦茶関係ないけど、その時の姫、すごくいい香りがしたんだ。

こう、ぽわーって気持ちよくなっちゃうような感じの香り。

 

「いえ!オレのほうこそ突然スイマセンでした」

 

オレはつい正座に座りなおして深々と頭を下げた。

姫は「頭を上げてください。貴方がそのようなことをする必要はないのですよ」というけどオレの気持ちは納得してなかった。

だって驚かせたのは事実だし、姫も見知らぬ男子にそんなことされるとは思わなかっただろうし。姫は握手のつもりで手を出したのに、オレが勘違いしてキスしちゃうから。

 

「では、こうしましょう」

「え?」

「これから一緒にお茶でもいかがでしょうか。お互い反省はしましたし、素敵な出会いに感謝して私がお茶を入れましょう。貴方に私のお茶を美味しく飲んでいただけたら嬉しいわ」

「……はい……」

 

大勢の観客がいる中、オレの今後の進路に影響がないように配慮してこういってくれたんだと思ったら、胸にジーンとくるものがあった。

容姿は可憐な姫様。けれど初対面のオレにさえ細かな気を配れるほどの優しい人。

まるで絵本から飛び出してきたような人だと思った。

その時は。

 

 

今じゃ、あの時の姫はオレが見た幻想だったんだと思ってしまうよ。

ノクトの部屋に誘われるようになって、知ってしまった、知りたくもなかった真実!

 

まさか、姫が山ほどのスナック菓子ぼりぼりと貪るなんて、誰が信じてくれるんだ。

しかも、

 

「ちょっとプロンプト!家(城内)に自販機ないから下まで降りて買ってきて」

「姫、ちょっと人使い荒くない?」

 

と言い返すと、しばし無言になりジト目でオレを見る。見る。見る。

なんだ、この威圧感。

ただ見られているだけなのに蛇に睨まれた蛙の気分だ。

 

「この間の私のお菓子食べたでしょ。すぐ返さないとサンダー」

「買ってきます!」

 

オレは財布握りしめて叫んでいた。姫の指先から電気がビリビリ光っていた。

電気ビリビリKOWAIよ☆

オレは電気ビリビリの刑を恐れて死ぬ気で全力で自販機目指した。そして息も絶え絶えの状態で目的の自販機前でふと小銭を入れてボタンを押すところで止まった。

 

そういえば、何がいいのか聞いてこなかった……。

急いでスマホで姫に電話を掛けた。なぜ電話番号を知っているか。それは姫いわく、なんか買ってきてほしい時に便利じゃない?とのこと。オレは姫の中じゃパシリ扱いですか。

 

「……あ、姫!?何がいいのか聞かなかったから」

『あー、オレだ』

「え?なんでノクトが」

『レティな、倒れた。ちょっと具合悪くてお前に心配かけまいと意地張ってたらしい』

「そんな!?」

『だから今日はそのまま帰っていいぞ。オレもレティの傍にいなきゃだしな』

「え、オレも心配だから戻るよ!」

『……悪い、遠慮してくれないか。アイツ、弱いとこ見せたくないんだよ。仲良い奴に特には』

「……そっか。ゴメン。分かった。お大事にって伝えてくれる?」

『ああ、ホント悪いな』

 

そういってオレは通話を終えた。

そういえば、さっきの姫の脅しの電気ビリビリもいつもより力が弱そうだったような。

オレ、全然気づかなかった。女の子に無理させてたなんて…。

 

「クポ!いたクポ」

「クペ!」

 

落ち込むオレの前にパタパタと羽を羽ばたかせて姫の相棒、クペが頭上から現れた。

クペは頭にスナック菓子の袋を運んでいた。それをオレへと差し出した。

 

「これ、レティからクポ」

「…これ、オレが好きなスナック菓子だ」

「今日はそれ食べて明日、また来いって言ってたクポ」

「姫が?」

「そうクポ。ついでにレモンばっちしな炭酸ジュース買って来いって」

「……ぷっ、ははっ。オッケー分かった。たくさん買ってくよって伝えて」

「わかったクポ」

 

具合悪いのにオレにフォロー入れるとことか、出会った時と変わらない姫の優しさ。

つい、可笑しくて笑っちゃった。

オレは、さっそく家へと向かうべく受け取ったスナック菓子片手に歩き出した。

また明日、姫の我儘に付き合うために。

 

【そんな姫だけど一番姫らしい】



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名は体を表す。

クペは最初はクペじゃなかったクポ。違う名前だったクポ。

 

レティと会って初めてクペになれたクポ。

クペは召喚獣のなかじゃ落ちこぼれの召喚獣クポ。仲間はずれにされてもおかしくなかったクポ。……だからクペは強くなりたかったクポ。

でもレティに言われたクポ。

 

『つよくなるってだれのため?じぶんのため?しょうかんじゅうなのに?だれがつよいってきめるの?つよいってそもそもどういうこと?クペはしょうかんじゅうでしょ?にんげんよりはつよいよ?それともしょうかんじゅうのちょうてんをきわめたいの?それってつまらなくない?ただつよくなってどうするの?どこまでつよくなるつもりなの?げんかいてんってどこまであるの?そもそもクペはなにをめざしてつよくなりたいの?』

 

『わたしにとってクペはとってもすてきなしょうかんじゅうさんよ。わたしだけのしょうかんじゅうだもの。ねぇ、すてきなしょうかんじゅうさん。あなたはどんなすてきなことをしてくれるの?』

 

クペは落ちこぼれだからレティの好きなお花を空から降らせるくらいしかできなかったクポ。でもレティは手を叩いて嬉しそうに喜んでくれたクポ。

 

『きれい!クペ、すごいわ!あなたはだれよりもすてきなしょうかんじゅうさんだわ!』

 

クペは初めてそんなこと言われたクポ。嬉しくて泣いたらレティはぎゅっと抱きしめてくれたクポ。

 

『クペ、辛かったんだね。よしよし』

 

って。

だから、クペは思ったクポ。

 

レティのために強くなりたいって。

 

レティはミラとは違うクポ。他の召喚獣はミラと同じで寂しい想いを埋め合わせるみたいにレティに会いに来るクポ。一日一体限定クポ。順番クポ。でも割とバハムートがいっぱいきてるクポ。

 

でもレティはレティクポ。ミラじゃないクポ。

 

クペはレティのお願いを叶えてあげたいクポ。

だから他の召喚獣に言ったクポ。

 

クペはレティの傍にいたいクポって!

 

そしたらバハムートに睨まれた上、咆哮もろに受けたクポ。クペのボンボンが縮こまりそうな迫力だったクポ。

シヴァには氷漬けされたり、イフリートには地獄の業火くらいにそうになったクポ。

リヴァイアサンに水攻めされたりもあったクポ。

まだまだあるクポ。でも思い出すだけで毛が逆立ちそうだから言わないクポ。

 

とにかく!クペはレティの傍にいるって決めたクポ。

 

「クペ、ストレス発散になでなでさせて」

「またイグニスに怒られたクポ?」

「ノクトがイグニスの眼鏡奪うから八つ当たりされた!ちゃんと謝ったのにー」

「……ぐるぐる眼鏡にすり替えたクポね」

「日頃の恨みよ」

 

……レティは小さい時よりも色々と逞しくなってるクポ。

逆に逞しすぎて不安になるクポ。

 

「あ、妖精さんが来たっぽいなー」

 

……バハムート、また来たクポ。きっと上じゃ揉めてるクポ。

 

「クペ、おいで」

 

でもレティの傍は譲らないクポ!

だってクペはレティの頼れる相棒なんだクポ!

 

【でも背筋がぞっとするクポ(他の召喚獣からの嫉妬)】




名前
クペ

レティーシアの親友。
モーグリ型の召喚獣。幼い頃より共に過ごしてきた。
召喚獣の中でも落ちこぼれとされるらしい。本人の中ではコンプレックスとなっていたが、レティの励ましによりあまり気にしないことにしている。
趣味は観察日記をつけること。女の子なので男の子と勘違いされると怒って無視するか、ぺちぺちビンタを相手にかます。くらった相手は天国かはたまな地獄にいるような体験をするという。


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磯の鮑の片思い。

避けられる手だった。怒りに任せて振られたそれはオレの目にはゆっくりに見えていたが、あえて受けた。でないと彼女の想いを受け止められないと考えたからだ。

 

パシッ!

 

叩かれた衝撃でずれた眼鏡を何事もなく、くいっと元に戻した。身長差があるオレとレティだが正確に頬を叩けずに下あご辺りがジンジンとする。音も軽くに終わってしまう。だがオレとレティの漂わせる雰囲気は戦闘の後としては最悪だ。誰もレティの勢いにおされて言葉を発せずにいる。

怒りという感情に任せてレティはオレに怒鳴った。

 

「……ノクトを守れっていったでしょ!?どうして私のほうに来たのよ!」

「言い訳はしない」

 

ここで怒る彼女に油を注ぐような真似はできない。するべきではない。

帝国魔導兵に襲われたオレたちは襲撃を掻い潜ろうと応戦していたが、その一派が後方で待機していたレティを狙おうと標的をころりと変えた。別の魔導兵たちの相手をしていたオレたちだがレティと距離が離れすぎていたため、ノクトが悲鳴に近い声を上げ自分の目の前の敵を薙ぎ払い、ワープ能力を使おうとしたが、また別の魔導兵が行く手を阻みレティの元へ行けずにいた。グラディオやプロンプトもレティを助けに行こうにも中々思い通りに動けずにいた。だから一番近くにいたオレがレティの元へ駆け寄り魔法兵を撃退することに成功したんだ。だがレティはわなわなと唇を震わせ、徐々に整った眉を吊り上げて魔法杖とは違う手でオレを叩いた。というわけだ。

 

彼女の怒りは収まるどころかオレが言葉をひとつ一つ返すたびに興奮し、声を張り上げてボルテージをあげていく。

 

「理由を言えって言ってんのよ!」

「君を守るべきだと判断したからだ」

「……それじゃあノクトは死ぬわ。次は私よりもノクトを優先させて。いいわね」

 

珍しくオレに命令口調で言い放つレティだが、オレはスチャっと眼鏡を指で上げて

 

「その命には従えないな」

 

とまた言い返す。先ほどから不毛な会話を繰り返し続いているというのに。

 

「イグニス」

 

ノクトがそれ以上は言うなという意味でオレの名を呼ぶが、ここはいい加減言い聞かせないとわからないレティだ。長年共に過ごしてきたのだから彼女の性格も大体は把握している。だからオレはあえて諭すように言った。

 

「ノクトがレティを守れと言ったんだ。だから素直に受け取ってくれないか」

「だったら私がノクトに直接やめるよう言うわ。ノクト、私よりも自分を優先させて。貴方の目的は何?それを一番に考えるべきでしょう。……イグニス、貴方もそれでいいわね。貴方が仕えるべき人は私ではなくノクトなのだから」

 

レティはことあるごとにオレに何度も同じ言葉を繰り返す。

自分ではない、ノクトこそを大切にすべきだと。それは分かってる。だがオレにとってはレティも守るべき対象なのだ。幼馴染だからじゃない。

 

「君だって守られるべき王女だ」

 

いい方が悪かったのかもしれないが、つい出た言葉だった。

王女であり君だから守らねばいけない、と。そういう意味もあった。だが何かが彼女の琴線に触れたらしい。

 

「うるさい!私を、……私を王女と呼ばないでっ!」

 

金切声でそう叫ぶレティはどこか苦し気だった。

 

「レティ……?」

 

レティはハッと我に返ったように口を噤んでレティの発言に信じれない顔をした、ノクトから視線を逸らした。

 

「………っ…!…ゴメン、ちょっと魔法連発で気持ち悪いの。すぐに良くなるから。良くならせるから放っておいて!」

「クポ!レティにはクペがついてるから大丈夫クポ」

 

レティは足早にこの場を離れていき、慌ててクペが飛んでレティの後を追いかけた。

気まずい雰囲気だけが取り残されていた。

プロンプトがオロオロしながら「追いかけた方がよくない?」とグラディオやちらちらとオレに視線を送る。オレはため息をつかずにはいられなかった。

 

※※

 

生涯を賭けて守るべき人が二人いるとしたら、どちらを優先させるか。

 

オレは王子と王女に仕えている。だが守れるのが一人なら。

 

レティは迷わずノクトを守れと言った。

優先順位ならノクトだ。レティのいうことも一理ある。

 

理由としても納得できる。

 

王子と王女。どちらかを優先順位をつけるなら王子だと教わった。王女はいずれ降嫁することが決められているからと。だが、頭に叩き込まれた情報とその時の感情は同じように動きはしなかった。

幼馴染として共に育ったレティ。ノクトのように外の世界を学ぶ機会を奪われ、籠の檻に閉じ込められたレティには友達という存在がいない。彼女の存在を帝国側に漏らしてはいけない。レティの力はクリスタルと同等、もしくはそれを凌ぐであろう稀なる力。

現に幼いころより召喚獣であるクペを傍に控えさせているのが何よりの証拠。

常時召喚させられるだけの力が産まれた時から備わっている証拠だ。

 

自分よりも大人たちと接する機会が多かったレティは大人に対して仮面を被るようになった。

王女として相応しい存在であろうとするように。

だがいつの間にかそれが彼女にとって重圧だったのか。

 

陛下との会話も王族としてのそれらしい会話で、家族らしい振舞いはなく側で見守っている側にしてみれば、随分と冷めた関係と感じたものだ。陛下とノクトの交流をレティはただじっと見つめて会話に口をはさむことは一度としてなかった。陛下もそれが当たり前であるがのごとく平然と振舞った。ノクトもレティの扱いに長年の不満をため込んでいたのだろう。

一度陛下にレティへの態度を改めろとキレかかったときもあった。

その時は抑え込むのに苦労したのを今でも覚えている。

 

いつからか。

オレたちと接するときの彼女と、ノクトといるときの彼女の違いに気が付いたのは。

彼女はオレたちの前では素でいるが、それはオレたちにある程度の信頼を寄せているだけに過ぎない。彼女が心から信じる相手は、ただ一人だけだ。

 

それが誰なのか、わかっていた。

わかっていた、つもりだった。

 

この胸を騒めかせる感情が、なんなのかも。

 

ノクトから攻めるような視線を受けるが、オレはそれを流す。

 

「イグニス」

「…オレに説明を求めても無駄だ。彼女の機嫌を損ねてしまったのだからな。ノクト本人が聞き出せばいい」

「……オレ、見てくる」

 

ノクトはそう言い残し、レティの後ろ姿を追って走っていた。

 

「大変だな。アイツのお守も」

 

とグラディオが苦笑し、ねぎらいのつもりか肩を軽く叩かれた。

オレはギロッと睨み返す。

 

「だったら代わってくれ」

「オレはノクトだけで精いっぱいだ」

 

オレだってそうさ、とは言えずに無理やり飲み込んだ。

しかし、遅いな。オレは腕時計に目をやる。

 

時間にして5分ぐらいか。

さすがにそう遠くまではいっていないはず。

オレは手のかかる王子と王女を探しに出かけた。すると、割と近くの草むらで見慣れた黒髪頭を見つけた。オレはすぐに声を掛けようとは思わず、何かを話している二人に気配を消してゆっくりと近づいた。

 

「…………」

 

レティは、草むらに座り込んで肩を落とし、目元を手で覆って疲れた様子だった。ノクトがそっと肩に手を置く。するとレティはゆっくりと顔を上げてノクトを見やった。

視線を交わす二人に、会話らしい会話はなくノクトがレティの隣に座るとレティがノクトの肩に頭を置いて寄りかかった。自然な形でノクトもレティの背中に腕を回し彼女の頭に顔を寄せた。

 

「……レティ…」

「ん」

「もうすこししたら戻ろうぜ」

「……うん……」

「大丈夫だ。一緒に謝ってやるから」

「…………」

「オレのこと心配して言ってくれたんだろ?さっきの」

「違うよ」

「嘘つき」

「嘘じゃないもん」

「顔に書いてあるぞ。オレのこと、心配で心配でたまらないって」

「書いてないもん」

「オレも顔に書いてあるぜ。レティが心配で心配でたまらないってな」

「変なの」

「いいだろ。二人一緒に変なのもさ」

「変ノクト」「変レティ」

 

あっという間にレティはノクトに笑顔を見せた。

オレに向けた殺気じみた睨みが嘘のように。

 

何かもやっとした気持ちがオレの中に生まれた。それ以上仲睦まじい二人を盗み見ていることができなくてオレは元来た道を急ぎ足で戻った。

 

オレには、ああやって彼女を慰めることなどできない。

だから、思ってはいけないことを考えてしまった。

 

その距離が、羨ましい。

自分だったなら、と。

 

【平静なオレはどこへ消えた】



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一日の長。

誰が信じるってんだろうな。

幼子であろう少女が大人相手に自分を殺す前に遺書を渡してほしいと願い出るなんてな。

オレも親父から誰にも話してはいけない、と厳しく忠告を受けようやっと聞かせてもらった昔話だ。

 

レティの素性。

表向きは陛下の娘。ノクトに次ぐ第二王位継承者となっている。だが実質ノクトが王になるのは確実だからレティの扱いは、もし他国ならノクトの保険か、国民への良い看板娘ってところだろう。

だが陛下は、レティを過敏なほどに閉じ込めた。それこそ壊れ物でも扱うかのように。レティへの態度に国民の誰もがこう感じただろう。

 

愛娘への惜しみない愛情の現れなんだと。

 

だが裏を返せば陛下とレティの関係はあまりに冷え切ったもので、親子と呼べない親子関係に陛下に仕える者なら誰もが知っている事実。

 

これは、極限られた少数のしかも陛下が絶対的に信頼を寄せる人物しか知らせていない。だからこそ外部と極力接触持させないよう、レティを城に閉じ込めるような真似をした。過去と同じ過ちを犯さないためだ。

 

……その過ちに関しての関係書類及び資料は全て破棄され、今現在城に残されているのは、陛下と陛下が許しを与えた者だけが閲覧できると言われる代々の王家の血筋に産まれた者の名が刻まれるという家系図だけ。その家系図は不思議なもので正確にその血縁者を表すのだという。陛下と王妃との間にはノクトの名が刻まれ、レティは………やめ、やめ。これは今は関係ないはずだしな。

 

【クペ】と名付けた召喚獣を傍に控えさせることに成功したレティは、その力の片鱗を大人たちへとまざまざ見せつけた。召喚獣そのものに名を与え、使役するなど誰もがやったことのない偉業を成し遂げたのだ。即ち、それは他国を牽制できる新たな戦争の火種となることは誰もが予想できたこと。

 

親父はその召喚獣を一度確かめる必要があると判断し、レティの部屋を訪れた。子供が遊ぶ玩具などは一切置かれていないシンプルで、悪く言えば寂しい部屋。ルシス国のシンボル色である黒の装飾は一切なく、その真逆。壁紙やベッド、家具や花瓶に至るまで白で統一された部屋で、レティはクペを抱きしめながら床に座って何かを描いていた。

クペがぶるりとレティの腕の中で震えていたらしいが親父の目にはいきなりの訪問者に驚いているとか考えなかったようだ。

 

親父がレティへと挨拶し終え名を名乗ると、レティは画用紙から目を視線を親父へと向けた。

 

「おそかったね」

 

とレティは親父が自分の元を訪れることがわかっていたような口ぶりをし、親父の度肝を抜いた。

 

「さっきようせいさんがね。あいにくるっていってたから」

 

妖精さん、レティと意思疎通を交わす者がいるらしいとの情報はすでに親父の耳に入っていた。ちょくちょくレティと接触しては外の情報やレティの知らないことを教えている様子にあまり良くない兆候ではないかと危惧した。

少女が望む望まないことを吹き込んでは、今後レティが外の世界へ興味を抱くことも予想できるからだ。

 

親父は、その妖精さんについては軽く受け止めたフリをして最近の出来事などを軽く尋ねた。するとレティは先ほどまで書いていた画用紙を折りたたみ、それをもって立ち上がった。画用紙を親父へと差し出し、こういった。

 

「おうのたて。おうにぜったいのちゅうせいをちかいおうにあだなすものにはようしゃはしないっておしえてもらった。わたしにあいにきたのはわたしをころすため?それともてきがどんなそんざいがたしかめにきた?どっちにしてもわたしをころすつもりなんだ。れぎすおうがそうめいれいしたのね。だったらノクトにばれないようにして。それならころされてもいいよ。ようせいさんがおしえてくれたもの。わたしがミラににてるって。ミラってあの人なんでしょう。おうけのちすじからまっしょうされたひと。はんぎゃくしゃってらくいんをおされたあわれなひと。だからわたしはしぬかくごがある。でもこれをノクトにわたして。ノクトへのてがみよ。きっとわたしがいなくなったらないちゃうわ。ノクト泣き虫だもの。だからかならずわたして」

 

その少女は淡々と幼いながらに遺書を親父に託したという。

その年齢にそぐわない意志の強さに親父は脱帽したともいうが、まともにきいてみれば頭がおかしくなりそうだ。アイツは、レティは、幼いながらに自分の死を受け入れていたらしい。

親父にレティを殺すなんて予定ないし、そもそもそんなつもりでレティの所へ訪問したわけでもない。だがレティはそう、受け止めていた。

そして、レティの小さな相棒も。

 

クペは親父からレティを守ろうと腕から飛び出て親父の顔にバッとへばり付いた。

 

「クペ!」

 

レティの悲鳴が室内に響き、自分の顔をぽかぽかと小さな手で叩くクペに親父は思わず苦笑し、そんなことはしませんとあくまで自分に敵意はないことを伝えるために両手を掲げてクペの攻撃をあえて受け止めた。するとレティは少しだけ警戒心を解き、「クペいいからおいで!」と強く言いクペを自分の元へと呼び戻した。クペは最後にぺちっと親父に一発お見舞いしパタパタと羽を動かしてレティの腕に戻った。

レティは不信感篭った視線で親父と距離を取った。

 

「ころさないの、どうして?」

 

親父はルシスにとって貴方が大切な御方だからですよというと、

 

「れぎすおうはわたしをりようするつもりなのね。だってようせいさんがおしえてくれたもの。わたしのちからがほしいってだからわたしをとじこめるつもりだって」

 

親父はそんなことはないと言い続けたがレティは信じようとはしなかった。

 

「しんじられない。だっていったものあのひとは。れぎすおうは、わたしのむすめではないって。ほんとうのこどもじゃないからりようできるの」

 

レティは頑なに親父の言葉を受け入れようとはしなかった。

親父はレティが不憫でならず、そして彼女の容姿が自分が知る女性の面影を抱いていたこともあり、たびたびレティの元を訪問した。手土産に子供の好きそうなおもちゃなどプレゼントとして渡したが、あまり喜ばれずではお菓子など持っていてみたはいいが、たべたくないと断られ、では何か欲しいものはないのですかと尋ねればレティは、こういった。

 

「ぶきのあつかいかたをおしえて」

 

ただの思い付きとは思えないその言葉に親父は、覚悟はおありか?と尋ねた。

レティは

 

「いきるためにおぼえたいの」

 

と親父をまっすぐに見据えて言った。

親父は了承し、ではまずは体力をつけるところから始めましょうかとレティを庭先へと誘った。レティは頷き返し差し出した親父の手に自分の手を乗せた。

その後、親父は陛下にありのままを報告したという。陛下は「好きにしろ」とだけ言ったらしい。

 

※※※

親父にしては丁寧にしかし一切手を抜かずにレティを鍛えた結果、ノクトも知らぬほどのかなりな腕前を持つまでになった。だがレティはほとんどの戦闘に魔法を使うことをメインに戦っている。武器は魔法杖。慣れたものとなったキャンプの準備中、オレはそれとなく皆から離れ、レティに聞いてみた。武器は使わないのかと。

昼間の戦闘でレティとイグニスが一悶着を起こしたことを踏まえての言葉だ。

イグニスもレティの件に関しては、教えられていないな。あくまでノクトを補佐する者としているからだ。

 

「ノクトは優しいからダメっていうと思う。だから使わないの、いざって時以外は。……、ノクトは身内にはとことん優しくなるもの。彼は王として欠けているものがある。彼が王になれば嫌でも私を処断しなければならない時がくる。でも彼は躊躇うわ。その時、明確な判断を下せない王に誰が傅くというの。だから今しかない。今しか逃げるチャンスはないの。レギス王なら迷わず私を処断するはず。本来であればそれが正しいの。ミラの時のような生ぬるいやり方ではいずれボロがでる。そこから綻びが産まれてそれが国家存亡の危機へとつながる。それじゃあ意味がないわ。私だってむざむざ死にたいとは思っていない。生きたいもの。だから上手くやるわ。今回の件が済んで無事、ノクトの結婚式が終わったら、いいえ、終わらせるわ。……私はルシスから消える。王女は消息不明。これでオッケーよ。私はしがらみから解放されてノクトはお荷物の処分に悩む必要もない。貴方達、王の盾は厄介払いできて一安心。晴れてルシス王国はノクティス王と皆の期待である神薙、ルナフレーナという新しい王妃により繁栄を極め歴史に名を残す伝説の国となる。誰もが幸せになれる王道のストーリーよ」

 

昔から変わらないレティの出奔への拘りように聞いていて頭が痛くなりそうだぜ。

レティはきっとこうやって何度も自分に言い聞かせ続けているんだろうな。

でないと、色々なもんに引きずられそうなるのかもしれん。

たとえば、ノクトとかな。

 

「悔いはないのか?あるわけないじゃない!ずっと私は自分が邪魔ものだと思ってきた。思い知らされてきた。王女などという枠に私を納めなければ私はもっと違う形でノクトと接することができたかもしれないのに。ノクトを大切だと思う一方、ずっと醜い嫉妬心を抱き続けていたわ。どうしてノクトが外の世界に出れて私は出れないの?この力が敵にばれるのを恐れていたから?だったら産まれた時に赤ん坊のまま殺せばよかったのよ。それを下らない慈悲をかけなどするから後始末が大変になったわ。だから育ててもらった感謝はする。でもそれと同時に私はあの人を憎んでいるわ。心底ね」

 

レティは、愛されたかったのかと問うと、

 

「私が、…愛される…?いいえ、違うわ」

 

レティは頭をふり、歪んだ笑みを浮かべ言った。

 

「私が望むのは、解放よ。この楔からの」

 

……難儀なやつだ。

こりゃ、思ったよりも根は深そうだぞ、イグニスと心でエールを送るにとどめる。一応ノクトに軍配が上がっているようだが、恋愛は万華鏡のようにコロコロと姿を変える。今後どうなるかは、アイツらの行動次第だ。

 

オレは、まぁ折れないようにほどほどになとレティの髪に手を伸ばしぐぢゃぐぢゃにかき乱してかまってやった。レティはむっと口先を尖らせて「乙女の髪に何してくれるのよ」とオレの手から逃れようとするが、まだまだ甘い。

オレに負けてるうちは、ひよっこ扱いで一人前には程遠いんだ。

その点、レティはよーくわかっていない。

だから嫌がってもノクトとまとめて面倒見てやるさ。

 

【幼馴染というよりは、兄な気持ちで】

 



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断腸の想い。

レギスside

 

 

私には息子と娘がいる。ノクトは小さい頃から物静かで人見知りをよくしていた。その逆にレティは活発なアウライアのように誰にでも人懐っこい子だった。だからよくノクトの方が弟じゃないかと思われていたらしい。

いつも追いかけっこをして逃げ回るのはレティでノクトは元気なレティに追いつくのが毎回必死みたいだとアウライアが笑いながら言っていた。

 

幸せだった。私とアウライアとノクトとレティと過ごす日々が夢のようだった。いつか訪れる別れを感じながらも。

 

ついこの間、ノクトと共にドライブに出かけたレティがイグニス達を置き去りにして二人でその場から逃げたと報告を受けた時は生きた心地がしなかった。……分かっている。クレイラスにも心配のしすぎだと注意されたものだ。王都内にいることは頭で分かっているものの、気持ちは落ち着かなかった。だからこそ、コルに連れられて私の所へ来たレティを見た時はほっとした気持ちをなんとか押し隠して謹慎処分を言い渡すのが精一杯だった。

王女としての仮面を張り付けたレティは私を父とは思わない瞳で見つめてきた。

 

『お前がノクトを嗾けたそうだな』

『間違いありません。今回は私の我儘で皆に多大なご迷惑をかけてしまいました。大変申し訳ありませんでした』

 

深く頭を下げて謝罪する姿に私はやはりレティとの見えない壁を感じて胸が苦しくなった。自分で蒔いた種だというのにな。昔はよく笑う子だった。暫く私はレティの笑う顔を見ていない。

 

『……もういい。レティーシア、お前に謹慎処分を言い渡す。許可が下りるまで部屋から出ることを禁じる』

『……レギス……』

 

玉座に座る私の隣でクレイラスが咎めるような声を出したが、私はそれを無視して顔を上げたレティを見下ろした。

 

『いいな』

 

念を押すように言うとレティは再度頭を下げて『………承知いたしました。御前失礼いたします』と口にすると素早く玉座の間から立ち去った。コルが私に目配せをしてそれに頷くと急ぎレティの後を追う為部屋から出ていった。私は極度の心配によるストレスと緊張から深く玉座に背中を預けた。

 

『レギス、今のはあまりに厳しすぎやしないか』

『仕方あるまい、レティの想いを汲んでやりたいがあの子はルシスの王女だ。皆に迷惑を掛けている事実をしっかりと受け止めさせなければ』

 

私は王として私は国を治める義務がある。

民を守り、国を守り、王としての責務を果たす。それは歴代の王達がこなしてきたことだ。だからそれを当たり前と受け止めている。そして立場的にルシスの王女であるレティにもその責務は乗っているのだ。私の言い分にクレイラスは顔を歪める。

 

『………それは分かるが、……レギス。やはりレティに真実を明かすべきではないのだろうか。このままではお前達の関係は壊れていく一方だぞ』

『……分かっている。―――分かっているさ』

 

私は目元を片手で覆いながら苦々しく言い返す。

言われるまでもない。私とレティとの家族としての絆はとうに絶たれている。あの日、私が幼いあの子に突きつけた諸刃の刃が全てを壊したのだ。そうだ、私の身勝手な想いなのだ。これは。

だがどうだ?いずれこの地を去ってしまうあの子が突然いなくなる現実を私は恐れている。だからこそ、私は謹慎処分だと言って過剰に部屋に閉じ込めさせる。王として命を出せばあの子が逆らえるはずがない。

 

なんという浅ましさだろうか。親としてあの子を守るべきだというのに、あの子に自由を与えるべきだというのに。

 

この地に二度と帰ってこないかもしれない。そんな恐怖心が私を襲うのだ。

私の可愛い娘。レティーシア。

遥か古に降り立ったという女神の名をもらい受け名付けた愛しい娘よ。お前は今の世襲制を不満に思っていることだろう。今の王の在り方に疑問を抱いていると密かに報告を受けている。その考えはこの閉鎖されてルシスでは異端扱いを受ける。なぜなら今の形を保っていられるのは王という犠牲あってこそなのだ。クリスタルの恩恵を授かるとは言っても代償がないわけではない。王という命を持って民を守る。

歴代の王たちがこなしてきたように。

 

……ノクトには正直今の世襲制を受け継がせるべきなのか悩むことがある。私も所詮人の子というわけだ。民の命よりも息子を生き長らえさせられる方法を求めている。

―――王は短命だ。

その命を持って魔力障壁を発動させているのだから。

私の老いもその代償にある。ニフルハイム帝国との膠着状態から時は流れ、こちらは劣勢に追い込まれている。仮初の平和の向こう側では日々王の剣が命の炎を燃やして王都の為に戦ってくれているというのに私は共に戦場を駆けることもできない。不甲斐ない王だ。私一人では何もできないとは。

 

ニフルハイム帝国を率いる皇帝。

イドラ・エルダーキャプト。アイツが真に欲しているのは、本当にクリスタルか。あの力を渡せば本当に見逃すと?いや、そんなことはない。あの男はそんなぬるい甘さは捨てるはずだ。なぜなら私は再三に渡って奴から提示された譲歩された条件を蹴とばしたのだ。

クリスタルの所有権とルシスの王女の身柄を引き渡す。

これがイドラが譲歩したと抜かしている条件。その代わりにルシスから手を引く。ニフルハイムに攻め入られた土地の返還もすると。ふざけた話だ。一人犠牲にするだけで民を守れるなら安いものだと?

娘を犠牲にする平和などいらぬ。―——私は、弱い王だ。

誰よりも強くあらねばならないというのに、家族を守る事だけを考えている打算的な王だ。民を国を守る立場にありながら、息子娘を守る方法を模索している。

 

どうにかしてレティを、ノクトを守る方法がないか。

日々そのことを頭の中で考え巡らせている。

 

『レギス』

『………すまない、少し一人にしてくれ』

『……あまり考えすぎるな』

 

クレイラスは気遣いの言葉を掛けてから階段を下りて静かに部屋から出ていった。玉座の間に私だけが取り残される。

 

静寂に包まれた空間で私はただ、レティを想う一人の父としての姿に戻る。この時だけは戻れるのだ。

 

『…レティ……すまない、すまない……』

 

直接謝ることができない愚かな父だ。許してくれなどと言わない。言えるわけがない。縋ることができない私が唯一縋りたいと願う妻は私の所為でその命を絶たれた。

顔を両手で覆い、己の罪の重さをひしひしと感じた。

 

『レティーシア……私は、……どうすればよいのだ?……アウライア、教えてくれっ!』

 

懇願する声が玉座に響く。

 

私は、弱い王だ。娘を守ることも息子を守ることも妻を守ることもできず、全てにおいて中途半端のまま無駄に時間だけを経過させている。これ以上の関係が壊れることを恐れ、いつか訪れる別れから目を背け今の形に縋ろうとする。

 

『愛している、レティーシア……』

 

直接告げられぬ父を憎んでくれ。嫌ってくれ。

私の想いはお前を傷つけるだろう。だがそれでいい。

お前が強く羽ばたいてくれるのなら。私はそれでいい。

 

どうか、私を憎んでくれ。

 

【どんな形であれお前の中に刻まれるのなら、それは私の幸福となるだろう】



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chapter.00
1


夢の世界、本当のようでいて幻の世界。
誘われた二人がそこで目にするモノは……。

未来の、自分。


静寂に包まれた森林。天を覆いつくすようなたくさんの緑の葉から零れる木漏れ日の中、幼いノクトは地面に倒れていた。その隣には同じく妹であるレティの姿もあった。そんな二人に近づくのは、ふさっとした手触りのよさそうな白い猫のような猫じゃないような動物。口元には黒いスマホが銜えられていて謎の動物はそれをノクトの前にポトリと置いた。それが目覚めの合図となったのか、ノクトが先に目を覚ました。

 

「……ん…」

 

小さく呻きながら、硬い感触と自分の手と繋がった温かさを感じ取りながらゆっくりと瞼を開く。そして無意識のうちにぎゅっと繋がった手に力を込めた。

ノクトは片腕で少し体を起こし、まだぼんやりとする頭であたりを確かめた。

 

「……」

 

そしてハッと最愛の妹の存在を思い出して、ノクトは現状把握よりも慌ててレティの傍へ。

 

「レティ、レティ!」

 

小さな体を揺り動かすとレティは小さく呻きながらゆっくりと目を覚ます。

 

「………ノクト…」

「レティ!良かった…」

 

ほっと安堵するノクトにレティは少し体を起こして眠そうに目元をこする。

 

「うん……帰ってたの?…」

「…帰ったというか、僕たちどこにいるかわからないんだ」

 

ノクトは困ったようにレティに説明した。気が付いたらここにいたことを。

 

見知らぬ森に子供二人という状況。大人の姿はなく、一種の誘拐などとノクトなりに辺りを警戒はするものの自分たち以外に人の気配は感じられず困惑するしかなかった。でもぽやっとして愛くるしいレティは絶対守る!と意気込んでいるとレティが「ノクト、何か落ちてるよ」とノクトから手を離し、それがある場所を指さす。ノクトは怪訝に思いながらそれを拾い上げると黒いスマホだと気付く。

もしかしたらこれで電話できるかも!と期待込めて耳元にあてるともスマホから反応はなく、残念そうに肩を落とした。

そんなノクトとは正反対で目をキラキラとさせて初めて見た光景に感動のあまり「うわぁ!」と感嘆の声を漏らすレティ。

城から出ることがないレティにとって大自然の中にいることこそが、産まれて初めての体験で森の中でキラキラと光る謎の小さな光と戯れては今の状況を思いっきり満喫していた。

 

対照的な二人だったが、突然ノクトが持つスマホにメッセージが届いた。

 

『こんにちは』

「うわ!」

「ノクト?」

 

驚きのあまり声を上げてしまうノクトにレティがきょとんと目を瞬かせ、ノクトに近寄り手元のスマホを覗き見た。

 

「メッセージが来た」

「ほんとうだ」

 

電源が入っていたかどうかもわからなかったスマホが急に動き出したことに不思議に思う二人だがメッセージはまた届く。

 

『ここはノクトの夢の世界だよ。レティはノクトに呼び寄せられてここにいるんだ』

 

二人は目を丸くさせ互いの顔を見やっては同じタイミングで呟いた。

 

「「夢の世界?」」

 

ノクトには意味が分からなかったが、確かに今一緒にいるレティとは別々の場所にいたことだけは覚えている。自分は母と共に車に乗っていて城を目指していたはず。レティへのお土産を手にして早く帰りたいねと母に言うと母は、そうねと微笑んで頭を撫でてくれた。

 

「…母上…」

 

無性に母に会いたい。

胸がざわついて思わずノクトは自分の胸元の服を握りしめた。

 

「母上?ノクト、母上はどこ?」

「わからない、とにかくここから出よう」

 

急がなくちゃ、そう急かす気持ちがノクトを動かした。

 

「ノクト、あそこになにかいるよ」

 

レティがそういうとノクトを置いて先に歩き出してしまう。ノクトは慌ててレティの後を追った。

 

「待ってよ!」

 

レティはあるところでピタリと止まった。止まったまま何かを凝視していた。ノクトはレティの隣につくとそのレティが注目しているものに気がつき同じように凝視してしまう。

 

そこにいたのはお利口さんにそこに犬のように座ってレティたちを待っていた動物。

ウサギのように大きくしかし耳がピンと立っていて、青白い毛並みが綺麗な不思議な生き物。額にはルビーのように赤い宝石のようなモノがついていた。

それはそろった二人の姿をじぃーっと見返した。途端、ぶるりとノクトのスマホが反応する。二人はスマホの画面を見ると

 

『僕についてきて。絶対君たちを帰すよ』

 

とのメッセージが。

次いで、「キュン!」と動物が一鳴きする。まるで僕だよ!と主張するかのように。

ノクトは戸惑いながらも、

 

「もしかして、アレがメッセージを送ってるのかな」

 

とレティに言うとレティなぜだが怒った口調で

 

「あれじゃなくてカーバンクルっていうの!」

 

とノクトのいい方を訂正させた。さもそうだと同意するようにまたカーバンクルが「きゅん!」と鳴く。ノクトはなんで名前わかるんだと思ったが、今は先に進むことに専念することを優先させた。

スッとレティに手を差し出し、

 

「一緒に行こう」

 

と言った。勝手に先に行かないようにという意味もあったが、森の中で物珍しさから怪我などしないようにという思いもあった。何より、レティの体温を感じていたいというのが一番の本音だったのだが。

 

「うん」

 

レティはノクトの思惑には気がつかずに、素直に頷いてノクトの手に自分の手を重ね握りあった。

二人は少し先を歩くカーバンクルの先導に導かれて共に森の中を歩き出した。



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2

道中二人は互いに助け合いながら森の奥へと進んだ。

 

『ノクト、レティ。君たちは深く深く眠っているんだ。早く目を覚まして皆の所に帰ろう』

 

カーバンクルからの励ましのメッセージは何度も送られ、

 

『僕と一緒に来れば大丈夫!』

 

先を歩いていたカーバンクルが、小さな石に躓いてしまったレティを心配して戻ってきたり、痛みを堪え泣くのを我慢するレティの頬をペロンと舐めて慰めたり、ノクトの肩に乗っかって楽したりとそれはそれは二人の不安を吹き飛ばすような行動をしたお陰で、大人のいない寂しさや不安からは開放された。

森から岩場へと足を踏み入れれば、半透明の巨人がノクトとレティを覗き込むように現れた。ノクトはぎょっとしたが、レティは「あ!」と声をあげてびっくりして固まったノクトに軽い口調で説明した。

 

「あれはタイタンだよ」

「……そう…」

『怖くないよ!』

 

本当に不思議な場所だった。大きな丸い仕掛けのようなスイッチがあったり、レティがノクトの制止を無視してそれに乗るとまるで時間が早送りされるかのように周りの風景が一変する。朝から夜へと変化したり、はたまた天気が順番に変わるスイッチもあった。

今度それに乗ったのはノクトだった。実はわくわくしていて踏んでみたいと思っていたとか。

晴れだったのが曇りになり、今度は雨になり二人は雨宿りできる場所を探してそこへ駆け込んだ。ずぶ濡れになった二人だったが、すぐに外の雨は止み、なんだか可笑しくて二人で顔を見合わせて笑い合った。しっかりと手を繋いで二人は進んだ。

頭上で鳥の甲高い声がしたと思ったら、

 

『うわ、出た!』

 

二人の前に水色のゴブリンのような形をした生物がドロン!と現れ、ノクトは驚きながらも本能的に危ないと感じ取り咄嗟にレティを後ろに下がらせ庇った。

 

「何あれ」

「…わからない…」

『ノクト、これを使って!』

 

カーバンクルがその場でくるっと見事な脚力で一回転するとノクトの手にはおもちゃの剣とピコピコハンマーが現れた。それで斬って叩けというらしい。

ノクトはゴクリと息を飲み込み、レティに絶対そこにいてと言い残して意を決してナイトメアたちに戦いを挑んだ。

うまくドッヂロールを駆使してナイトメアの攻撃を交わして倒すことに成功。

 

チャラチャララララ、ラッララー!

 

ノクトはナイトメア二体を倒すことに成功。

レティが手を叩いて喜んでは称賛の声をあげた。

 

「さすがノクト!」

 

ノクトは頭をかいて照れながら、レティへと手を差し出し行こうと促した。レティは頷き返しノクトの手を取った。

 

今度は一気にひらけた場所だった。濃いグリーンの大きな湖が広がりレティはノクトの手を離して「きゃー!」と喜んで先に走っていてしまいノクトはまたか!?と急いで妹の後を追った。二人はそこでしばし無邪気に水をかけあったりして遊んだ。ここには注意する大人もいないのだ。思いっきり服を濡らしても文句はいわれたりもしない。この湖にも半透明の大きなモノはあらわれた。今度は大きな龍のようなモノだった。

 

「あれはリヴァイアサンだよ」

「どうしてレティは知ってるの?」

「うーん、わかんない、頭の中で名前が浮かんでくるの」

 

ノクトからの問いにレティは首を捻って答えた。本人もよくわからないらしい。

先に進んだカーバンクルが湖のほとりで二人を待っていた。

 

『僕に続いて!』

 

水の中にくっきりと浮かんだ金色の輪に飛び込んであっという間に消えたカーバンクル。

 

「ここ?」

「…入らなきゃ、だめ?」

 

不安がるレティが行きたくないと眉を寄せた。

 

「大丈夫。僕がレティを絶対守るから」

 

ノクトが力強くレティを励ますと、幾分か不安が緩和したらしいレティが分かったと渋々頷いた。二人はせーの!で息を合わせ同時に地面を蹴って輪の中へと飛び込んだ。



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3

ノクトとレティ、二人が次にたどり着いたところはまるでアリスの世界に迷い込んだかのような場所だった。ノクトが見おぼえるのある部屋にいち早く気が付いた。

 

「あ、ここお城だ」

「ほんとだ」

 

つられてレティも頷きながら言った。ノクトの言う通り城にある一部屋だった。が、しかしノクトたちのサイズと部屋の大きさがあまりに違いすぎる。まるでノクトたちには巨人の部屋と言わんばかりのサイズになっているのだ。だが実は逆でノクトとレティが小人サイズになってしまっていたのだ。だから部屋の家具やらが大きく見えていた。カーバンクルはさっさと歩きだしてしまう。ちなみにカーバンクルも大きい。

 

『えっと、次の入口はどこだっけ?……、そうだ面白いものがあるんだ。あげるよ』

 

カーバンクルはそう言ってまたくるっと回転した。するとノクトに手には10個の花火が現れた。ノクトはそれを5個づつに分けてレティに手渡した。

 

「レティ、もし危なかったらこれ投げて」

「うん」

 

レティはもらった花火を投げたかったがもしもの為にとっておくことにした。ポケットに無理やり押し込んだからわかりやすく膨らんでしまうのは仕方ない。

 

『あ!わかった、あっちだ』

 

ノクトは「待って!」と声を掛けるがカーバンクルは自分の世界に入っているのか、何かを探している様子でさっと先に行ってしまう。

 

「ああ……、先、行っちゃったよ。僕たち乗せてくれればいいのに」

「ノクト、歩くの?」

「それしかないよ」

「でもとおい…」

 

レティが指さす先は確かに遥か彼方。子供自分たちどうのこうのよりもサイズ的に問題が大ありだ。だがしかし歩かずには進まない。ノクトはごねるレティを励まそうと

 

「大丈夫だよ、お城に来たってことはきっと戻れるはずだから」

 

とレティを元気づけて歩かせようとする。レティはぷくーと頬を膨らませて

 

「歩きたくない」

 

とわかりやすく拗ねた。ノクトは「レティ」と軽くたしなめた。だがレティはペタンとその場に座り込んで「やだ」とごねる。ノクトはため息をついてレティの前に移動して背中をみせてしゃがみこんだ。

 

「だったらおんぶしてあげるから」

「やった!」

 

レティはコロッとわかりやすく喜んでノクトの背に乗っかった。背中にレティをおぶさってノクトは危なっかしげにも立ち上がることに成功。

 

「ノクト号、いっけ~!」

「レティ危ないから大人しくしてて!」

 

ノクトの背中で大はしゃぎするレティにノクトはハラハラしっぱなしだった。それでも妹の喜ぶ顔を見れて喜ばない兄じゃない。なんだかんだいってレティに甘いノクトはそれ以上余計なことは言わずに歩き続けた。そしてなんだかおかしなスイッチがあることに気付き、一旦レティを下した。

 

「ノクト、アレ」

「うん。また踏んだら天気が変わるのかな」

 

ノクトは試しにそれを踏んでみることにした。すると!

 

ぼふん!

 

「ノクト!?」

 

目の前が真っ白な煙に包まれたと思ったら、ノクトの前にブリキで作られた玩具の車が出てきたではないか。勿論、玩具サイズではあるが今のノクトたちには立派な車である。レティは驚きながらノクトの傍まで駆けてきて腕にしがみ付いた。

 

「……車?…」

「そうみたいだ。乗れるよこれ」

 

ノクトはレティを伴って車の周りを調べてみる。確かに乗り込めるようだ。二人は恐る恐るそれに乗り込んでみる。するとなんと運転までできたではないか!

ノクトはさっそく車を動かしてみることにした。レティは満面の笑みを浮かべて喜んだ。

 

「ノクトすごい!」

「へへっ」

 

得意げにハンドルを握るが途中でガゴン!と何かにぶつかってしまう。

レティは「きゃ!」と小さく悲鳴をあげ、ノクトは「いだ!」と盛大にハンドルに頭をぶつけてしまう。シートベルトはちゃんとしめましょう、である。

さて、二人がおそるおそる何とぶつかったのかを確かめると、なんとそこにはあの突然襲ってきたナイトメアが数匹いるではないか。どうやら一匹ひいてしまったらしい。唸り声を上げて車から降りて来いと威嚇しているようだ。

レティはぶるりと震えてノクトに縋りついた。ノクトはレティを抱き寄せて囲まれている状況にピンチを感じた。だが、思い出したかのようにレティが

 

「あ、これ投げればいいんだ」

 

とノクトから体を離すと窓からぽいっと花火を投げた。

途端!激しい爆発が発生し、ナイトメアたちが声なき声を上げる中、レティが今のうちとノクトを急かして我に返ったノクトが再び車を発進させたことで事なきを得た。さきほどまで怖がっていたレティはルンルンと鼻歌まじりにドライブを楽しんでいて、ノクトは妹のテンションについていけずに疲れた様子で運転していた。

 

『おーい!二人とも机の上にあがっておいでー』

「あ、カーバンクルが呼んでる」

「上?」

 

ボフン!とタイミングよくブリキの車は消えて二人はその場に同時に尻もちをついた。

 

「イタっ!」

「う!」

 

二人は痛みを何とか堪えて立ち上がった。ノクトはレティに手を差し出してカーバンクルのいる場所を目指すことに。せっかくのドライブを楽しんでいたのに急に消え、しかもお尻まで打って不機嫌になったレティはテーブルの上に現れたナイトメアたちに向かって花火を無言で思いっきり投げつけた。ナイトメアたちは盛大に吹っ飛んで倒された。

ノクトは一応装備していたピコハンをしまいながら、レティの怒りには決して触れまいとこの時、誓った。

 

次なる輪っかの入口は積み木で作られた家の中だった。

 

『このおうちだよ、はいってはいって!』

「レティ」

 

行くよという意味でレティに声をかけたノクトだったが、レティは万全の準備で両手に花火をセットしていた。

 

「大丈夫。花火まだあるから、倒す」

「そうじゃなくて!それはいいからしまってしまって!」

 

ノクトはレティのやる気に怖さを感じて無理やり花火をしまわせた。レティは不満そうだったがしぶしぶポケットに突っ込んだ。

 

「行くよ」

「うん」

 

二人は仲良く手を繋いで次なる世界へワープ!



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4

次にたどり着いた世界は、眼下に広がる大きな町の一角。

 

丁度出た先が雨降りだったのか、二人は近くに変なスイッチがないか探してみることにした。少し先のほうでスイッチを発見したノクトがそれ目がけて一気に走り素早くそのスイッチを踏む。すると天気が一変。雨から晴れへと変化した。しかしすぐに服が乾かず、レティは気持ち悪そうに顔を歪めた。ノクトはレティに少し休む?と尋ねたがレティは首を振って行こうと珍しくノクトを促した。

理由はあるらしい。

 

ナイトメア探すとのこと。

花火を使ってストレス発散したいらしい。

だがノクトは待て待てと妹の憂さ晴らしを止めにかかった。それは危ないからと。

でも危ないと言われてレティが納得するわけでもない。なら花火に代わる何か欲しいとノクトに訴えた。ノクトは妹の無茶ぶりに困った顔をしたが、運よくまたスイッチを見つけたのでそれを踏んでみる。

 

ボフン!

 

するとそこに鋭い牙を持ったモンスターが現れた!

咄嗟にレティを庇うノクトだったが、そのレティ本人がいつの間にかノクトをすり抜けてモンスターに近づくではないか。ぎょっとして「レティ危ない!」と叫び腕を伸ばして駆けるノクト。だがレティがモンスターに腕を伸ばし触れるほうが早かった。

 

「ワニだ!ワニさんだ」

 

硬い鱗に触れてワニと意思疎通をこなすレティにノクトは驚愕してしまった。なんとレティはモンスターと触れ合うどころか、仲良さげにレティを背中に乗せて歩いて行ってしまうではないか!ドシドシっと。

ノクトはしばし固まっていたが我に返り慌てて、レティの後を追った。

ドシドシと町中を闊歩するワニに跨ってどこか得意げな顔をするレティ。その横を出来るだけ近づかないように歩くノクト。

 

「ノクトも乗る?」

「…僕はいい。だって痛そうだし」

「意外とそうでもないよ、ワニさんの背中」

「違うと思うよ、そのワニっていうの」

「ワニなの」

「ち」「ワ・ニ」

「…………」

「ワニワニワニ♪」

 

ノクトはレティに根負けした。だが絶対にワニじゃない。

けど仕方ないとノクトはため息をついた。

レティは学校に通っていないし知識は家庭教師から教わるモノだけ。ノクトが帰ってきたときにレティの姿が自室にいないときは書物室に篭っていると知っている。そこで馬鹿みたいに本をあさりまくっているのだ。一心不乱とでも言えるだろうか。

まるで、すぐにでも知識が必要だと言わんばかりに。時々、その行動がノクトには不安げに見えてしまう。

レティが、どこかへ消えてしまうのではないかという焦りのようなものを感じてしまって仕方ない。そんな時はレティをぎゅっと抱きしめてその不安が消えるまで待つ。しばらくレティの体温を感じているとああ、思い違いなんだって思えるほどノクトはレティに依存している。その存在を拠り所として安心できるものと信じ切っている。

 

食事時も、レギスとノクトの会話にレティはかならず口を挟まない。ノクトがレティに相槌を求めると頷いてくれるし話もする。だがレギスとの会話はどこか冷たい印象があり、それは、あの、レティが泣かなくなった日と関係があるはずとノクトは考えている。勿論、レティに問い詰めもした。なぜ父上と話さないのかと。

その問いにレティは、大きくなればわかる。とだけしか答えようとしなかった。

 

レギスとノクト。

レギスとレティ。

 

二人の共通点は家族、なはずなのに、まるで家族ではなく他人のような関係に違和感を拭いきれない。

 

そのレティと言えば……。

ナイトメアの集団を見た途端、レティは目の色変えて、ワニにこう命令をした。

 

「突っ込め!」

 

ワニはギラリンと目を怪しく光らせてレティの言葉通り、ナイトメアたちに突っ込んでいき巨大な爪で遠慮なしに引き裂いた。ナイトメアたちはあっという間にワニさんに倒された。レティは良い子良い子とワニさんを褒めてグルルと嬉しそうな唸り声をあげた。

しばらく歩いてレティはワニさんに手を振って別れた。

 

 

次も同じ。またスイッチを踏んだら今度は。

 

「キリンさんだーおっきいな~」

「違うと、思う」

「キ・リ・ン」

「はいはい」

 

レティはそのキリンさんとやらに懐かれまくってじゃれている。上手く角に捕まって背中に乗せられ、ノクトもおいでよ!と誘われ好奇心からそのキリンさんの背中に共に乗った。

結局ノクトはレティに甘いのだ。キリンじゃないはずのモンスターもレティにかかればキリンになってしまうのだから。

次なるナイトメアの集団もキリンさんの立派な角によって見事倒された。

レティとノクトはキリンさんに手を振って別れた。

 

 

その次もまた同じ。

定番のスイッチを踏むと、なんと!

 

今度は。

 

「ゾウさんだー!!」

「……もうなんでもいいよ」

 

レティがモンスターにものすごく好かれるという体質なのは十分理解できたノクト。きっと名前は違うがレティ曰くゾウさんがナイトメア集団をお空の彼方に吹っ飛ばして戦闘はあえなく終了。ノクトは一切戦闘に参加せずにすんだのだが、どうにももやっと感じてしまったのは仕方ないといえよう。カーバンクルと合流した二人はゾウさんとお別れを済ませ、カーバンクルが教えてくれた長い長い廊下を探すために町の中を散策した。

そこであるドアの前でノクトが気づきレティを呼び止めた。

 

「ここだよ」

「ほんとだ、廊下長いね」

「入るよ」

「うん」

 

カーバンクルを肩に乗せたノクトが先頭を歩き、後ろからノクトに手を引かれてレティが花火握りしめて歩く。

 

金色の輪が次なる世界の扉を開いた。



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5

二人が最後にたどり着いた世界は、ノクトにとっては見慣れた光景の一部だった。

城を背にしての城門前広場がそこにあった。

 

『ここはお城の前だね』

「…着いた……」

「…こうなってるんだ、わたし初めて…」

 

きょろきょろと辺りを見渡すレティにノクトは納得したように言った。

 

「そっか、レティはいっつも城の中までだもんね」

「うん……でも、なんだか変なの」

 

静かすぎて、不気味だとレティはノクトの袖をぎゅっと握って怖がった。ノクトはいたっておかしいところは感じなかったが、レティの不安がる様子になぜだか少し緊張した。

 

何か、いる?

 

カーバンクルは階段下まで降りていき、くるりと二人のほうを向きなおした。

 

『う~ん、なんだかおかしいな。ここが君の落ち着く場所?確かにお家だけど』

 

だが途中で言葉は途切れた。

 

「カーバンクル!危ないっ!」

「レティ!?」

 

黒い闇の塊が出現したと思ったその瞬間、全てを薙ぎ払うような大剣でカーバンクルを横に吹き飛ばしたのだ。

 

『きぅいんっ!』

 

カーバンクルは飛ばされ壁に激突し鳴き声を上げて反動で地面に落ちる。

 

「は!?」

「ノクト!」

 

黒い塊。それは黒い装甲に覆われた巨人だった。

チャリチャリと金属がこすれあう音を出しながら、ノクトとレティへを標的と定め襲い掛かろうと歩き出す。

 

「……ぁあ……ああ!」

「ノクト逃げなきゃ!」

 

レティが恐怖に恐れおののくノクトの腕を掴んで逃げようと引っ張るが、足が地面に縫い付けられたかのようにノクトは動けなかった。

 

『どんな悪夢が来たって僕は負けない!君たちを守るんだ!!』

 

小さな体で必死に二人を守ろうとしてくれているカーバンクル。その背にレギスの言葉を思い出したノクト。

 

『怖い夢を見たらコレがお前を守ってくれる。でもいいか、ノクト』

 

レギスは言った。

 

『夢の中ではお前が王様なんだ』

 

そう、願うだけじゃ叶わない。

そうだ、怖がるだけじゃ守れない。

 

「僕はこわくない」

 

守らなくてはいけない人を守る力を!

僕は手に入れるんだ!

 

ノクトの決意に応えるように、周りに小さな光が現れノクトを包んでいく。それは姿形を変えいき、レティはその光景に口元に手をあてがって目を瞬かせて驚いた。

 

「……ノクト…。大きく…なった…」

『それが君の姿なの?』

 

そう、幼いのノクトではなく、青年の姿へと変化したノクトが今、目の前に立っていたのだ。大人になったノクトは今よりも低い声に男らしい喋り方で、レティを見やりながら言った。

 

「レティはそこにいろ」

 

大きなノクトに庇われてレティは戸惑いつつも頷いた。

ノクトは剣を出現させて勇猛果敢に、敵である鉄巨人へと突っ込んでいく。ワープ能力を駆使して鉄巨人の振るう大剣を見事に避けながら一撃を喰らわす。だが硬い装甲に守られなかなか倒すには難しい。

 

カーバンクルのアシストを受けノクトは向かい続けるも、なかなか一筋縄ではいかない。祈るように手を組んでレティは言われた通り、離れた所でノクトの戦う姿を熱く見守り続けた。

だがノクトが傷つき吹っ飛ばされて痛む体を堪えて立ち上がり続ける姿に、胸が張り裂けそうになっていた。

 

わたしは、まもられてばかり。

森の中でも、部屋の中でも、町の中でも。

いつもノクトに手を引かれて後ろばかり歩いていた。

ノクトが王様だから。

あの人の息子だから。

 

だからわたしは守られていていいの?

このままノクトが倒れる姿を見ているだけ?

 

いや、そんなの嫌!

 

わたしは、私は!!

 

「私は、ノクトを助けたいっ!」

 

レティの想いが少女の姿を変えていく。キラキラとした光がレティを包み込み、それはあっという間に見目麗しい女性へと姿を変えていく。背中まで伸ばした美しい銀髪に強気意思を宿す緑色の瞳。動きやすいショートパンツから覗かせる日に当たらずに育ったことを伺わせる肌の白さ。革製のニーハイブーツを華麗にはきこなし、レティは一度頭を軽く振るった。煩わしい前髪が視界を遮るからだ。手ですかしあげながら、髪をかきあげる。

 

「喧嘩上等」

「レティ?!デカくなってる…おわ!あぶねっ」

 

レティの見事な変身ぶりにノクトが呆けそうになったが、絶賛戦闘中なのであやうくまた痛い思いするところだった。レティが一喝した。

 

「よそ見しない!」

「へいへい」

 

気の抜けた返事を返すもノクトのやる気は先ほどよりも俄然上がった。

レティが共に戦ってくれる。この事実だけでノクトを後押ししてくれている。

 

レティはぐっと左手に力を籠めると、そこにある物質が生まれた。ノクトのように武器を創り上げ一振りの剣を生み出したのだ。それを横に一度振り、もう一度右手にも同じことをし、同じ剣をもう一つ生み出す。それは双剣。

対を成すそれぞれの剣は装飾と形が違うが、戦うために存在する。

 

「鉄巨人だろうがなんだろうが、ノクトに手は出させない!」

 

攻めのスタイルで一気にその足で駆けだしたレティは応戦中のノクトの後ろで軽やかに跳躍するとくるりと体を丸めて回転させ、一回二回と斬撃を入れたのち鉄巨人が怯んだのを確認して見事に着地すると間を持たせずに「ノクト避けてよ!」と叫ぶとノクトの返事も待たずに声高らかに「ファイガ!」と呪文を唱えた。

 

鉄巨人が唸るような悲鳴をあげた。

 

「レティ!燃やす気か!?」

「今はアレを倒すのが先決、でしょ?」

「そうだけ、どよ!」

 

納得いかなそうなノクトだったが、レティの勢いに負けじと鉄の巨人へ斬りかかる。

時に、ビルの高層の壁に剣を突き刺しそこから真下の鉄巨人へと目がけて飛びかかったり、レティが続けざまにファイガを連発したりと容赦のない攻撃を与え反撃を決して許さなかった。

そして、二人のダブル攻撃で見事。鉄の巨人を倒すことに成功したのである。

 

『やった!すこいよ二人とも』

 

カーバンクルの称賛を受けながらノクトとレティはポシュンと元の姿に戻った。カーバンクルが先に走り出して続くようにノクトとレティが遅れて続く。

カーバンクルがちょこんと座る前にはてなマークのスイッチがあった。ノクトはそれに乗りカチッと作動させる。するとポン!っと黒塗りの車が現れた。

 

「あれ!」

「…………」

『ノクトのお父さんの車だ。そっか、それでこの場所だったんだね。この車だとお父さんと一緒にいられるから』

「うん!」

 

ノクトは嬉しそうに頷き返した。レティは、複雑そうな顔をしてノクトから少し身を離したのをノクトは知らずに帰れると一人はしゃいぎ車の後部座席のドアへ近づいた。

ガチャリとドアを開け、カーバンクルに「ありがと」と礼を言い乗り込んだ。

てっきりレティもそれに続くものと思っていたが、ノクトは開いたドアの先にレティがぎゅっとスカートの服を握りしめて佇む姿に驚いて声を掛けた。

 

「レティ?行こうよ」

 

そう促すも、レティはふるふると首を横に振った。

切なそうに、

 

「行かない」

 

とノクトの誘いを拒んで。

憎々し気にレティは車を睨んだ。

 

「わたしはその車きらい。わたしの居場所はそこにはないもん」

「レティ、何言って」

「わたしは、あの人に嫌われてるから。わたしの居場所はどこにもないんだもんっ!帰るならノクト一人で帰って!」

 

レティはそう叫んで踵を返して城のほうへ走って行った。

 

「レティ!」

 

ノクトは追いかけようと車から降りようとするがその前にドアが勝手に閉まって、いくら開けようにも一向にドアは開かなかった。焦る思いにノクトはドアを蹴ったり叩いたりとしたが、無駄だった。

 

「レティ、レティ!!」

 

ドンドンと勢いよく叩いた外側でカーバンクルが焦ったように、

 

『レティは現実に帰ることを拒んだんだ。ノクト、先に帰ってて!レティは【僕たち】が守るから』

 

と走っていたレティの後を追いかけていく。一人車に残されたノクトは、徐々に意識が遠のいていくのを感じた。

 

戻ろうとしてるの?でもレティが――。

 

「カーバンクル!?なんで、レティ!!」

 

ノクトの呼び声は、レティには届かないまま空しく終わった。



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6

 

その頃、城内は慌ただしくなっていた。

レティ付きのメイドがレティの眠るベッドの脇で頭を抱えて悲痛な声で叫び声をあげていた。

 

「レティーシア様が!誰か、助けてぇぇぇえ!!レティーシア様!レティーシア様!!」

「どうした!?」

 

ある男が部屋に駆けつけ錯乱しかけているメイドに驚愕しながら、すぐにベッドに眠る王女の様子を伺った。そこには、手を組んで静かに眠る少女がいた。

幼いながら整った容姿はまるで眠れる森の姫と言っても過言ではない。見た所眠っているだけで変わった様子は見られない。男は不審に思い別の使用人に支えられるメイドを見やるが、メイドは震える声で「レティーシア様が、レティーシア様が」と言い続ける。

男は、意を決してレティーシアに一声、声を掛けながらその組まれた手を触ろうとした。

 

「レティーシア、おはよう。しばし失礼するぞ」

 

そっと触れた指先がひやりとした。

 

「?!」

 

男は、思わず指先を引っ込めてしまった。その冷たさに驚いて。

 

まさか、と男は現実を疑いたくなった。

 

そして再度その小さな手を取った。

現実は、変わらずレティーシアの手は冷たいままだった。男は大きく声を張り上げた。室内に響くように。

 

「冷たい……、すぐに医者を呼べ!レギスに伝えろ!!」

 

すぐに別のメイドに温かいものを用意するようにと早口で伝え、男は自分の着ている服を脱ぎすててレティーシアをベッドから抱き上げるとその小さな体を抱き込み、手足を何度もさすって温め始めた。胸に耳を当てるとかすかに心音が動いてはいた。男はまだ望みがある!と希望を抱いてレティーシアの名を何度も呼んだ。

 

「姫、姫!……レティ!」

 

愛称で必死に呼び続けるこの男。名を、クレイラス・アミシティア。

レティに生きる力を学ばせ、ある目標を志させた人物である。

 

どうしてこのような事態になっているのか、クレイラスには理解できなかった。

ただこの子の命を何とかして繋げさせなければと、ただそれだけを考えて考えてレティを励まし続けた。

 

生きろ!と。

 

嫌でも思い出してしまう。幼いレティの姿があの時と重なるのだ。

かつて救えなかった命。……ミラの姿と。

今でもあの時の事は忘れることなどできない。他の者が忘れたとしてもクレイラスやレギスはずっと憶えている。

『そういう風になっている』からだ。だからこそ、レティをどうにかして救わねばと思うのだ。彼女の忘れ形見だからこそ。

 

レティーシア・ルシス・チェラムはこのルシスにとって必要不可欠の存在なのだから。



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7

にげてきちゃった、ノクトから。

だってズルいもの。ノクトだけは特別だから。皆から大切にされて皆に愛されて必要とされてるもの。

 

でもわたしは誰からも愛してもらえない。一生懸命わたしを知ってほしくてもっといろんなことを知っていればわたしをみてくれるって。だからいろんな本をたくさん読んだよ。

クレイとの修行だってノクトが学校に行ってる間、頑張ったんだよ。怖かった。本当は木刀を持つ手が震えたもの。クレイは本気で来いって静かに言うけど目は鋭い鷹みたいに光ってた。殺される、殺される前に行かなきゃ!ってわたし何も考えずに挑んだ。でもクレイは簡単にわたしをいなした。逆にバシン!と一手を打ってきてうまく受け身を取れなくて床にごろごろと転がったわたしにクレイは立ちなさいって言った。わたし、痛くて起き上がれなかった、だから痛いから少し待ってってお願いしたの。

でもクレイはダメですって無理やりわたしを立たせて木刀を握らせた。痛くて、怖くて、泣きそうになった。でも泣いちゃ駄目だからわたし頑張ったよ。

体中に青あざできても、ノクトにバレないように必死で隠したんだよ。

練習も、勉強も、王族としての振舞い方、マナー、色々頑張ったんだよ。

 

母上はわたしを褒めてくれた。

頑張ったわねって、撫でてくれる。

 

でも、ノクトが来るとわたしが欲しい一番はノクトに行ってしまうの。

わたしは、いつも二番目。

 

ずっと、ずっとそばで見てた。ノクトと母上とあの人が揃うところ。

わたしだけが、仲間はずれ。

 

あの人はわたしを一度も見てもくれない。

 

なんでノクトばっかり、ノクトばっかり!

 

わたしがいらない子だから。わたしがあの人の子供じゃないから。

だからわたしは愛されないって思った。

 

だったら戻りたくない。あそこはわたしの居場所じゃないもの。

でもどこにもわたしの居場所はない。

このルシス国には。

 

わたしは、走って走って息が切れるくらい、もう走れなくて倒れ込むくらい走った。

擦りむいた手の平がジンジンしていたい。

 

気が付いたら、ひとりぼっちだった。

真っ暗なところで、わたしだけ。

 

ここなら泣いてもいいかな。だれも見てない。わたしだけなら。

ゆるされるのかな。

 

ぽろってなみだがこぼれた。

わたし、泣いたよ。悲しくてわたしをみてほしくて、でもだれもみてくれなくて。

わたし、ひとりだよ。

 

だから声を上げた泣いた。

 

クレイにわたしは生きたいって言った。生きれるって思ったから。

でも誰もわたしをひつようとしてくれないなら、わたしはなんのために生きるのかな。

 

誰もわたしを知らない。

 

顔を両手で覆ってわたしは視界を閉ざした。

本当に真っ暗な世界がわたしを待っている。だれかが耳元でささやくの。

 

なら、消えちゃえよって。誰もお前を必要としてなんかいない。

役立たずの王女はいるだけ邪魔だって。

 

なら、きえても、いいのかな。

あの人の影が、わたしに突きつける。

 

き・え・ろ、と。

 

『消えちゃダメクポ!』

 

聞いたことのある声がひびいた。

わたしは顔を覆っていた手を下ろし、その声にハッとさせられた。

 

この声、この声!

そう、

忘れてた、わたしの大切な友達を。あの子は自分が弱くてひとりぼっちだと言った。

だからわたしがいってあげた。わたしがいるってずっとそばにいるって。

 

『レティは一人じゃないクポ!クペがいるクポ!だから消えちゃダメクポ!!』

 

わたしに必死に呼びかけるクペの声にわたしは座り込んでいた体を立ち上がらせた。

 

クペ!どこ、どこにいるの!?

 

探さなきゃ、クペを探さなきゃ!

 

わたしはまた立ち上がって走り出した。どこにいるかなんかわからないけど、ずっとわたしの名前を呼んでくれるクペの声をたよりに走った。

 

『こっちクポ!もうちょっとクポ!!頑張れレティ!』

 

うん、うん!

 

わたしは走りながら涙を乱暴に手で拭った。まだ頑張れる。クペがわたしを呼んでくれているから。

一か所だけ光る何かを見つけて、わたしはそれを目指して走り続けた。



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8

わたしがたどり着いたのは全部が真っ白な世界。

そこには、大きな、大きな、ドラゴンがいた。

わたしなんかちっぽけにみえてしまうくらいとても大きいの。口から見える牙で噛まれたら痛そうだわ。

と思ったら、小さな小さなクペがドラゴンの体の下から這い出てきた。

よたよたと羽を一生懸命動かしてわたし目指して飛んでくる。

 

「レティ!」

「クペ!!」

 

わたしの胸に飛び込んでくるクペ。わたしは嬉しくてぎゅっと抱きしめた。クペもしがみ付いて離れないくらいに抱き着いた。

 

「バハムートが力を貸してくれたクポ」

「ば、はむーと?」

 

バハムートってなんだろう。あ、ドラゴンが機嫌悪そうに唸った。

なんだか嫌われてるのかな。ちょっとシュンとしてしまった。するとわたしの足元に柔らかい毛並みを擦りつけてくる動物がいた。

 

「レティ」

「カーバンクル!」

 

さっきぶりの新しい友達の存在に気がついてわたしは嬉しくてその小さな体を抱き上げた。

 

「良かった、無事にたどり着けたね」

「カーバンクルもわたしを探してくれていたの?」

「当たり前だよ!」

 

ペロンと鼻を舐められてわたしはくすぐったくて顔を離した。

 

「あれ、でもわたしカーバンクルと話せてる…?」

「ここはクリスタルの影響を受ける場所だからさ」

 

カーバンクルがいうクリスタルって何なのかわからないけど、とにかくここが真っ白なのがクリスタルと関係あるらしい。わたしは一旦カーバンクルを下して辺りを見渡してみた。なんだか不思議な場所だった。綺麗なキラキラがそこらじゅうに舞ってて思わずそれに手を差し伸べてみると手に触れる直前で消えちゃうの。でも嫌な感じは全然なくて、むしろあったかい。じんわりとわたしのこころを温めてくれるみたい。

クペがわたしの肩に体を乗せてほっぺを軽くつついた。

 

「レティ、バハムートが構ってほしいみたいクポ」

「バハムート?」

「コホン!」

 

誰かがわざとらしい咳をした。わたしはびっくりして辺りを見渡したけどその声の持ち主らしい者はいない。あれ、聞き間違いかな。

こてんと首を傾げて不思議だなーと思っていると、

 

「レティーシア。クリスタルの輝きを放つ娘よ」

 

と声を掛けられた。わたしよりもずっと上から声がしてつられて上を見上げるとドラゴンと視線があった。もしかして?という意味でクペとカーバンクルを交互に見つめると、二匹は「「うん」」と頷いた。

勘違いじゃなかったみたい。

 

「……ドラゴン、しゃべれたんだ」

「我はバハムート。先に言っておくが我はお前を嫌ったりなどしていないぞ」

「そうなの?」

「そうだ」

 

わたし、バハムートに嫌われてるとか言ったかな。言ってないと思うけど。

なんだか変な感じだ。

 

「ミラの血を受け継ぐもの。レティーシア、覚えておけ。我らはお前を選んだ」

「えらんだ?」

「お前の道を阻むものがあるなら全て灰と化してやる。お前が憂うことあるならばその原因を取り除いてやる。いいか、我らとお前の絆は決して何者にも断ち切ることなど不可能なのだ」

 

フン!と鼻息荒くなってる。自信満々みたい。

わたしは初めてバハムートと会ったんだけどいいのかな。それともうちょっとわかりやすく言ってほしい。

 

「つまり一人じゃないってことよ」

 

びっくりした!絵本に出てくる氷の女王様が出てきたよ。

 

「オレもオレも!」

 

今度は炎をまとった……おじさん?

 

「おじさんじゃない、イフリートだ!覚えとけ、忘れんじゃねぇぞ」

「私はシヴァよ、レティ。これからよろしくね」

 

何がなんだかわからない。

けど、なんだか歓迎、されてる?みたい。

 

他にもわたしに声を掛けてくれる…人、じゃないか。

ようせいさんかな。そう!ようせいさんがいっぱいいるの。

タイタンもリヴァイアサンもいたよ!

すごくにぎやかになった。さっきまで一人だとおもってたのがうそみたい。

きっとカーバンクルもようせいさんなのね。

 

「うーん、近いような遠いような。まぁー今はそれでいいよ。きっと大きくなったらわかるから」

「うん!」

「さ、レティ。そろそろ元の世界へ帰らないと。君は長い間ずっと眠っているはずだからそろそろ起きないとね」

 

そういってカーバンクルはこっちだよとわたしを何処かへ導こうとした。

そう、帰らなきゃ。ノクトが心配してる。母上も。

あの人は、きっと心配なんかしていない。

 

ううん、忘れよう。わたしには関係ないもの。

クペを連れてわたしは帰ろうとした。続こうとした歩みを途中で止めた。

 

「……また会える?」

「会えるよ!だって僕たちは君とずっと一緒だもん」

 

振り返れば皆がにこやかにわたしを送り出してくれてる。バハムートは変わらず偉そうだけど。わたしは皆に手を振った。

 

「バイバイ!またねー」

 

今度こそ、わたしはカーバンクルの後に続いて歩いて行った。

どうしてか、指先がほんのり温かかった。まるで、誰かが手を握っていてくれているみたいに。



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9

※※※

 

わたしは、ゆっくりと瞼を開いた。

腕が、手が、唇がうまく動かせない。のどがカラカラする。

ベッドに寝てたみたい。ベッド脇に見慣れた顔がのぞいてた。

 

「クレイ、…クレイ……?」

 

なんだか久しぶりにクレイの顔見た気がする。

わたしはかすれかけてる声でクレイの名を呼んだ。

 

「姫!目を、覚ましたか……!……良かった、本当に、良かった…!」

 

クレイは慌ててわたしの手を両手で握りしめては嬉しそうに何度も同じ言葉を言い続けた。なんだか目がうさぎさんみたいに赤いの。もしかして泣いてたのかな。

だったらびっくりしちゃう。だってわたしクレイの泣いてるところなんかみたことないもん。そういえば、クペの姿が見当たらないと思った。

そしたらわたしの顔の横にクペが一緒に寝てた。きっと頑張ったから疲れたのかも。

……あれ、なんでクペは頑張ったのかな。だって昨日はいつもと同じで一緒に書物室で本を読んでたはずだけど…。

まっ、いっか。今は寝かせてあげよう。

それよりも、クレイに言いたいことあったんだった。

大変!クレイったら部屋から出て行こうとしてる。なんだか焦った様子でメイドを呼び寄せてるし、お医者様もとかなんとか叫んでる。

 

「クレイ、聞、いて」

 

わたしは、クレイに聞いて欲しいことがあったから、自分の体を起き上がらせようとした。でもなんだか体がうまく動かせない。とっても重たくて、わたしは力が入らなくてまたベッドに倒れ込んじゃった。そしたらクレイがびっくりしてまた飛ぶようにベッド脇に戻ってきた。

 

「姫?無理をするな。まだ起き上がってはならない」

 

ってわたしをベッドに寝かせようとする。でもわたしは眠たいわけじゃない。だからクレイの手をうまく動かせない手で軽く触った。

 

「わたし」

「今は休むんだ。私の為だと思って…」

 

どうしよう、またクレイ泣きそうな顔になってきた。泣かせたいわけじゃないのに、ただ聞いて欲しいだけなのに。わたしはコクコクと頷いた。そしたらクレイはほっと息をついて安心してくれたみたい。良かった。これでちゃんと話をきいてくれるはずだもん。

 

「クレイ、聞いて。わたしこの国を出るわ」

「姫、今、なんと言った」

 

両目が落っこちてしまいそうなほど大きく見開いてクレイは声をふるわせてた。

怒ってるかも。でも言わなくちゃいけない。

 

「クレイ。いつか、わたしは自分の足で、この国を出るの」

「何を、言うんだ……」

「だれかにみてもらうためじゃない。だれかにひつようとされたいからじゃない。わたしは、わたしのためにこの国を出る」

 

どうしてかは、わたしにもわからない。

でもわたしの中で何かが変わった。誰かに必要とされる毎日じゃなくて、誰よりもわたしの、わたしの為だけに生きるって。ここにいることだけがわたしの全てじゃないって思えたの。

 

「だから、また明日から修行させて」

「…姫……」

「明日からちゃんとまじめにやる。弱音吐かないしわがままも言わない。わたし、ちゃんとやる。だから」

「レギスが、許さんぞ」

 

クレイはあの人の忠実な部下だもの。そうくると思った。

そうやってわたしを止めようとしてる。わかるよ、クレイは優しいもん。

でもわたしは笑顔でいいよって頷いた。

 

「あの人に伝えたければ伝えてもいいよ」

「………レティ……」

「クレイ。わたし、自分で決めたの。ここに、わたしの居場所はないの。だから外の世界へ出て自分の居場所を自分で探してみたい。きっとどこかにあるはずなの。わたしの居場所が」

 

ここ(インソムニア)にはない。ここはノクトの居場所だもの。

飾りだけの王女がいていい場所じゃない。

クレイはわたしのことを知っている。だからわたしの言葉になにも言い返せなかった。

詰まるように、口をぎゅっと結んで悲しそうな顔をした。

 

「レティ」

 

また名を呼ばれて、ゆっくりと大きな腕がわたしを包み込んで抱きしめてきた。

あの人にもしてもらったことないのに、クレイは愛情込めて抱きしめてくれた。

 

「…クレイ…」

 

あったかくて、泣きそうになっちゃった。

でも泣かなかったよ。

わたしは、もう泣いちゃいけないから。

 

「クレイ、ありがとう」

 

わたしにできるのは、今までのことに対してのお礼をちゃんと伝えること。

 

「それとごめんなさい」

 

これから先のわたしがきっと迷惑かけるからちゃんと謝ることだけ。

その時にわたしはクレイの前にいないと思うから。

クレイだけだよ。わたしの気持ち受け止めてくれてるの。今のわたしを否定しないでくれてるもん。

 

「クレイ、わたし、頑張るよ」

「………!」

 

クレイはお父さんみたいだねって照れくさいけどそう、伝えたら、今度こそクレイは泣き始めちゃった。わたしはぽんぽんと届かない手でクレイの背中をたたいてあげた。

親子ってこんな感じなのかな。



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10

こんなに小さかったのだな。

 

レギスは娘の小さな手を握りしめては、その儚さに胸を締め付けられた。

この頼りなく、だが愛しい手を、手放してしまったんだ痛感せずにはいられなかった。

 

レティーシアが意識不明の重体であると告げられてから早2日は経った。その間も休むことなくかの人、レギスは天蓋付きのベッド脇に椅子に座り、レティーシアの傍にい続けた。

目元には隈ができており、顔色も悪く側で控えるクレイラスが思わず止めるよう進言するほどだ。

 

「レギス、少しは休め。お前の体が続かないぞ」

 

だがレギスは静かに首を振って、クレイラスの気遣いを拒んだ。

 

「大丈夫だ。それに休むわけにいかない。この子の体力がこれ以上低くならぬよう一定の体温を保つ必要がある」

 

と言ってレティーシアの体温がこれ以上下がることのないよう、自分の生体エネルギーを通して補給しつづけることでなんとか今の状態を保っている。だがそれはやる側の人間に相当の負荷をかけるため、緊急時以外はあまり用いられない方法である。妻を亡くしたばかりのレギスにとって精神的ダメージも大きい中、今度はレティーシアの異変にレギスは転がり込むように娘の部屋へとやってきては切羽詰まった顔でレティーシアの眠るベッドへと駆け寄った。

 

そしてベッドに腰かけ震える両手で信じられないと言わんばかりに、眠るレティーシアの顔を包み込んで己の額をこつんと合わせては、レギスは深い悲しみを露わにしていた。

 

「レティーシア、……レティ……!」

 

クレイラスは、レギスとレティーシアの複雑な関係を知る数少ない人物である。だからこそ、その不器用な親子のやり取りに歯がゆい思いをしていた。レティはレギスに相手にされない=愛されていないと思い込み、レギスはレティの未来を縛らないために距離を置いていたものの、隠しきれない愛情がそこかしこに溢れていた。側で二人を見続けていたクレイラスだからこそ、その辛さが耐え難いものであると理解できる。だがレギスは決して真実をレティーシアに打ち明けてはならないと言い含めていた。

それがレティを守る鍵になると信じていたからだ。

だが、今の信じていたやり方でレティを失おうとしている状況にレギスは半ば後悔していた。

 

「クペがこう言っていた。レティーシアは王子の夢に引き込まれてしまったらしい、と何らかの形で戻れなくなっているかもしれないとな。……」

 

レティの小さな相棒のクペは「なんとかしてみせるクポ!」と意気込んでどこかへと消えてしまったらしい。召喚獣であるクペならば夢の世界へと干渉できるかもしれないと期待は大いに膨らむばかりだ。

レティとノクトの仲は見る側としても深い絆で結ばれていたが、まさかノクトが見る夢にレティが引き込まれてしまうなどいまだ嘗て起こったことのない話である。

それもノクトとレティだからこそ成しえる話なのだろうとレギスは感じた。

血のつながりはある。だがそれは兄妹ではない。

 

「……決してノクトには悟らせるな。レティーシアは風邪で寝込んでいるとでも伝えておけ。…ノクトから母を奪い、またさらにこの子を失おうとしている。もう失いはしたくないのだ、私は。…親が子を救わずして何が王と名乗れるか。この子は、レティーシアは私の娘だ」

「…レギス…」

「思えば、私は恐れていたのだ。ミラの二の舞になるまいとこの子との距離を極力置くようにした。だがそれが裏目に出たな。……私はレティーシアに険悪されているようだ。仕方あるまい、それだけの非情なことを私はしているのだ。これからもそうだろう」

 

全てを認めたうえで、レギスは承知済みだった。そうなるよう願った。

 

「だがそれでいい。レティーシアにはミラのようになって欲しくない。この子には自らの力で飛び出してほしい」

 

願いと想いはちぐはぐで決して同じ方向を向いたりはしない。

それが人間であり、王という立場であり、父であるから。

 

「戻っておいで、レティ」

 

夢の世界は甘く優しい蜜で溢れている。そこにずっといたいと思うのも理解できる。

だが。

 

「お前がいるべき世界は、夢の世界ではない。現実の、痛みがある世界だ」

 

痛みが生きているという実感を与える。

優しさで彩られた幻はただの幻でしかない。そこに温かさは、ない。

 

「だから、戻っておいで」

 

レギスは、レティの強さを信じてそう言い続けた。

娘の手をずっと握りしめて。それはレティが目を覚ます直前まで繋がれていた。



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chapter.01
疑心暗鬼。


レティーシアside

 

 

いつか言っていたあの人の言葉をふと思い出した。

なぜ私を殺さず生かすのか、と幼い私はあの人に問うた。

 

『お前がミラの娘だからだ』

 

それが誰の名前かなど、どうでもよかった。

ただ非常に腹立たしかったのは、私ではなく、そのミラという女を通して私をみていたこと。

大体それが子供に対する説明か?もっと分かりやすく説明しろっていうの。

そりゃわかっていた。見た目からして一滴ほども血の繋がりなんてないことに。ノクトは少しも疑ったことがないのだろうか。私との関係性を。少し考えればわかるはずだと思うのだけど。私とノクトが同じ歳で顔も似てないのに兄妹とかおかしいだろう。双子じゃないんだし。一度も尋ねたことないけど、もしかして今でも双子とでも思っているのかな。だとしたら出奔する前に衝撃告白しといた方がいいのかしら。

いやでも、あのクールそうな面して内心ナイーブだからな。

私の所為で今後の王政面で支障でたら大変なのでやっぱりいうのはやめておこう。

どうせ嫌でも情報で入ってくるだろうから。

 

さて、ごちゃごちゃと色々考えているがこんなんでも一応、王女である。

一応偉いのである。

王の次の王子の次に。ぶっちゃけ政治じゃ何の発言権もない。

なぜなら城に隔離されてたから世間的常識もなんもないと思われてる。

なのでのろーく動く車の後部座席でふんぞり返ってもいいわけなのだ。普段三人でぎゅうぎゅうな狭さに我慢しているところ、貸し切り状態なので優雅に占領しているのだ。

左側でえっちらおっちら車押しているのは、兄か弟のようなあいまい関係である、ノクティス王子、愛称ノクトである。こうしてると王子に見えない、かなりのイケメンな青年である。だが寝起きは最悪。なぜわかるかというと一緒に寝てたから。寝相とか最悪。抱き枕化させられた日には締め上げられること確実である。だが私もやられっぱなしではなかった。逆に先手を取りプロレス並にノクトに一矢報いては、レフェリー役としてイグニスが待ったをかけに乱入するというのがお決まり。まー私はその任をちゃんと全うしたので次の被害者はルナフレーナ嬢だ。頑張れ。

ふと汗水流して頑張るノクトを見ていたら、おっと視線があってしまった。

健気に声援を送ることにした。

 

「………がんばれ~」

「わざとらしい、レティも手伝えよ!」

「無理無理!だって私か弱い女だし。ほらブリザドで氷出してあげようか?」

 

そういって指先からふわりとノクトの顔くらいの大きなの氷の塊を出現させる。

 

「どこがだ!それと氷デカすぎで無理だっつーの」

「ノクト、そりゃ無理でしょ」

「だよね~?流石プロンプト」

 

私は褒めてくれたお礼に氷の塊をあげようとしたけど全力で拒否られた。

 

「いらないんでいいですマジで。いえいえっ!姫のためならなんだってってぇ~!?何すんだよノクト!」

「フン」

 

器用なことにノクトったら剣を一本出現させてプロンプトの頭を柄頭で軽く小突いた。お見事。無駄に才能のクオリティ高いわ。やってることが幼稚だけど。私は氷を後ろに放り投げて処分した後、ぱちぱちと暇つぶしに拍手を送ってみたら、運転席からイグニスの冷ややかな視線と、

 

「レティ」

 

とのお叱りならぬ小言始まりそうな既視感である。その前にフラグ折りをせねばいけない。

 

「はいはい。イグニスは小姑みたいですねー。あらやだおねーさま、そう毎回眉間に皺寄せてたら鉛筆でも挟めそうですわよー」

「……はぁ…。氷は投げるんじゃない。後続車に当たりでもしたらどうする」

「はいはい。すぐ消えるようにしてるから大丈夫でーす。そりゃーね。私なんかノクトの愛しのルナフレーナ様には負けますよーだ!………胸とか」

 

とか可愛く拗ねてみるがあまりの似合わなさに吐き気をもよおした。胸はこの際、気にすまい。気にしないことにしよう。ちょっと自分で触ってみた。……撃沈した。

するとノクトがなんと嬉しいフォローをしてくれた。私の胸をチラ見しながら、

 

「そうか?オレはレティのほうがあるような気がするぜ」

「そう。ありが「ノクト」ちょっとイグニス。褒め言葉なのにどうしてそう目くじら立ててるのよ。せっかく褒めてくれてるのに邪魔しないでよ」

「君は馬鹿か!」

 

ハンドル握ったまま後ろ振り返るから車体が大きくぶれて一緒に歩いている皆がよろめいた。

 

「あーはいはい。運転に集中してください。前の車にぶつかりますよー」

 

そう注意するとイグニスはしぶしぶ前を向き直って

 

「……仮にぶつかったとしたらレティの責任だ」

 

とほざきやがった。

 

「私に押し付けますかそこで」

 

責任転換もいいとこですよ。しかもぶつぶつと納得いかなそうに「女性らしさがない」とか「まったく兄妹揃って馬鹿なのか」とか一人で呟いてるし。

グラディオラスがお兄ちゃん的目線で私とノクトを軽く叱ってきた。

 

「少しはそういう発言は控えろってことだ。レティにノクトもだ」

「へいへい」「はーい」

 

気の抜けた返事を返すノクトと私。グラディオラスはわかってねーなとため息をつく。

わかってますとも。ルナフレーナ嬢と張り合おうなんて気、さらさらない。

別に興味ないし私は。あの人が生きようが死のうがノクトのお嫁さんになろうがならなかろうがどうでもいいマジで。……全然気にしてないもん。

 

あーあ、なんでこうなるんだかねー……。レギス王、恨みますよ…。

うん、すっごい恨みます。こんな私に何をせよと?

 

「ねー、クペ」

 

私の膝にちょこんと収まっている小さな相棒に相槌を求めた。

 

「クポ」

 

普段の速さとかけ離れたスロウテンポにクペは満足げだ。ゆっくりと景色を楽しめる醍醐味でも感じているんだろう。見かけによらずアウトドア派なのだ。

他の仲間たちとは違うブルーのポンポンが軽く揺れている。

 

「楽しいクポ~」

「って聞いてないし」

 

私はクペを好きにさせてゴロンと横になった。

 

「寝るから着いたら起こして」

「ずりーぞ」

「プリンセスの特権ってことでよろしく」

「なんだそれ」

 

呆れた声で返すノクトに手を上げて私は瞼を閉じた。

時間はかかるだろう。レガリアを修理する場所につくまでは。



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2

世界は常に変革を求めてきた。
然り、それが歴史の繰り返しである。
消える歴史もあれば栄華を極めし歴史も存在する。

だがいつの世もあるのは、人の欲望に塗れ血塗られた幾度と繰り返される戦の骸。
その道を踏みしめて人は生きてきた。いつか、己がその骸になることも、知らずに人は歩くことをやめない。
欲望という願いのままに。


そう、あの時私は自分の過ごしてきた全てにさよならをした。二度と戻ることはないと思っていたからだ。

クペに頼んでクローゼットの服を全部しまい込んでもらいその他の使い慣れた家具も全部クペにしまいこんでもらった。すっからかんになった部屋は見違えるほど綺麗になった。荷造りはこれで終わり。必要なものは全部持った。というか、もらった。どうせ私がいた痕跡など消えるのだ。だったら遠慮なく処分される前にもらっておいても悪くはない。

ノクトに部屋を覗かれる前に鍵をかけて先に廊下に出た。まだノクトたちがやってくる気配はなかったので私はクペと共に専用の書物室に向かうことにした。

使い慣れた廊下を渡って丁寧に手入れされた庭先を通り抜けてひっそりと静まりかえった丸い円形状のドーム型の扉の前で一旦停止。

限られた者しかその扉を開けることはない場所の鍵は私とあの人しか持っていない。ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込み、右に回すとかちゃりと小さな音を立て扉の鍵は解除された。私はドアを引き開いて中に入る。そして邪魔されないようクペが入ったのを確認してすぐに施錠する。

これはもういつもの癖だった。

大体、自分の部屋と書物室を行ったり来たりする生活が長く続いたため体に染み込んでいる。まぁ、この習慣もなくなるわけなのだが。

私はレビテトを唱えて次から次へと流作業のようにクペの元へと大量の本を運ぶ。クペはそれをひたすら自らのボンボンの中に収めるという作業を行うのだ。結構時間が掛かったが、最後は疲れてキレたクペが

 

「もう最終奥義クポ!」

 

と叫んで残りの本全てをあっという間にボンボンに収めた。こう、掃除機でゴミを吸い込むみたいにクペのボンボンからの吸引力に引き込まれてたくさんの本数が消えていき、最後の残りの一冊まで綺麗に収めることに成功した。私はクペをたくさん労ってなでなでしてあげた。クペは「毛が逆立つからやめるクポ~!」と嫌がってたが抵抗するそぶりはなかった。愛い奴愛い奴。

 

あとは旅に必要な食料と生活雑貨と女子に必要なアレコレなどは、事前に用意してもらった。家電なんかはクペのテント内に完備されてるので必要はないのだ。ノクトたちが想像してるような男だらけの旅と違い女子にはそれなりの下準備というものが必要なのである。

 

ましてや、出奔を狙う私にとっては。

 

さらば、インソムニア。

こんにちは、私の新しい世界、である。

 

母上の墓前に花を供えて準備万端。

もう帰ることがないことを母上に告げて、最後の見納めと私はあの人の顔を真っ直ぐに見てやろうと思った。

 

玉座の間に鎮座する、ルシス王。

ノクトの少し後ろに私が立ち、その後ろで王都警護隊の服に身を包んだ顔見知りの三人が並び控えている。この旅の為に特注で作らせたらしいあの警護隊の服はそれぞれの個性を際立たせている。ちなみに私の服装は上は革ジャン。中は下にタンクトップ、ふわりとレースがついた白のミディアムワンピースでボーイッシュでありながら、可愛らしい女性らしさを兼ね備えたコーデである。

 

「―――旅の行程と日取りは了承した。ノクティス王子の出発を認める」

「ありがとうございます。陛下」

 

ノクトが一礼をする。それはそうだ。ここは、ノクトの父ではなく、あくまでルシス王がいる場所なのだから。親子とは言え、ちゃんとした形式で挨拶しなければならない。王族って面倒。

 

「旅の無事を祈る。下がってよい」

 

何か言いたそうなノクトだったけど、言葉を飲み込んで「はい」と返事をし、さっと踵を返して「おわ!」と驚くグラディオラスの脇をすれすれに通り過ぎて階段を下りていく。慌ててイグニス達もレギス王に一礼してノクトの後を追っていく。

 

言いたいことあるなら直接言えばいいのに。あからさまに不貞腐れたな。

 

私は内心呆れつつ、さっさと逃げようと押し黙ったままノクトの背を視線で追うレギス王に一礼し、

 

「……陛下、私も御前、失礼いたします」

 

と挨拶をするも聞こえてるのか、それとも無視されてるのか知らないけど

 

「………」

 

私に対するお言葉はないらしい。ならばさっさと逃げるが勝ち。

私は玉座の間から立ち去った。

 

ノクト達の追いついてようやっと息苦しい城から出られると胸を撫で下ろした時。

来る予感はあったんだ。なんとなく。だってあの人の一番大切な者はノクトだって分かってるし。

 

「ノクティス王子」

 

ドラット―将軍に介添えをしてもらいレギス王はやはり一人息子の為に杖を頼りにおぼつかない足取りで階段を一段ずつ降りてやってきた。前よりも老けたよなぁと感じる。いつもまともに顔を見るのも嫌で逃げてた私だけど、今日久しぶりに見たレギス王は記憶の中にいるあの人とかけ離れていた。ノクトは「なに」と声を上げてまた階段を上がってレギス王の元まで戻っていく。

 

「いろいろと言い忘れてな」

 

手を貸そうとしたノクトに手で制しながら「大事な友人たちに迷惑をかけぬように」と共に横に並ぶノクトに先ほどとは打って変わって父親の顔でノクトと接し始めた。

 

「んなことでわざわざ」

 

ノクトは鬱陶しそうだったけど、きっと照れくさいに違いない。

わざと顔逸らしてるもの。

 

「知っての通り、頼りない息子だが、どうかよろしく頼む」

「おまかせください」

「必ず無事に王子をオルティシエまでお連れします」

「あ、ボクもです!」

 

皆は恭しい態度でそれぞれ挨拶を返していく。プロンプトは慣れてないせいもあるけど、自分のこと普段はオレな癖に、ボクとやや緊張した声でなんとか喋ってた。私は少し離れた段で黙ってその様子を見ていた。どうせ話しかけられても事務的な態度してやろうと思ってたし。案の定、最後にレギス王は私に視線を向けて名を呼んだ。

 

「レティーシア」

「……なんでしょうか」

 

私は、軽く頭を下げて王の言葉を待つ。

 

「王族として恥じぬようつとめなさい」

「はい。しかとこの胸にその御言葉刻み付けました」

 

あえて顔を上げずに私は胸に手を当てその言葉を受けた。どうやら、それで私との会話は終わりらしい。またノクトの方を向いたあの人になんだか、苛立って私は

 

「父上!」

 

と大きな声をあげてその動きを止めさせた。何だ?とノクトたちも驚いて反応しこちらを振り返る。最後だ、これが最後だ!

 

私は王と視線をぶつけた。

 

色々ぶつけてやりたい抑えきれない感情がある。でもそれは、ノクトたちの前じゃ言えない。だから、

あの人に向けたメッセージを伝えた。

 

「…どうか、息災でお過ごしください。父上」

 

私は二度とこの地に足を踏み入れることはない。

これが最後の別れだと言ってやったも同じだ。ノクトは怪訝そうな顔で私と王、交互に見やる。

そして、レギス王は、目を細め、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ああ、お前も、な」

 

私には、それが二度と帰ってくるなと言っているように思えた。

そしてフッと興味は失せたと言わんばかりに顔を背け背中を見せた。

ああ、いいさ。

誰が帰ってくるか、二度とこの地はまたがない。

偽物の王女をわざわざ育てていただき感謝感激雨霰だ。

私から視線を逸らし、何か言いたげな仲間たちを無視して自分で後部座席のドアを開けて乗り込んだ。外の景色には一切視線をやらずに。

ただ、ひたすらレガリアが動き出すのを待った。

そして、しばらくしてノクトたちもレガリアに乗り込んできて程なく車は進み出す。

ノクトの故郷、インソムニアから出発して結婚式へ向かうため。



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蛙の子は蛙。

少女にとって見える世界は愛しい家族と兄が見せる城からの限られた景色、そして召喚獣が教えてくれる膨大な歴史とありとあらゆる知識だけ。

その病弱な体には枯渇することない魔力と召喚獣から愛されるという産まれながらにしての印があった。その証拠として少女の髪は輝くような銀髪。

少女には他は必要なかったのだ。少女もそれが当たり前と信じて疑わなかった。

守られることが普通で囲われることが普通で、外の世界を知るということも考えも思いつかなかった。でもそんな少女の生活とは違い、外の世界では目まぐるしく情勢が変化していた。日に日に世界地図が塗り替えられていく中、少女はふと、考えた。兄はどんな世界を見ているのだろうと。最初はほんの興味本位だった。ただ、兄がどんな風に外で過ごしてくるのか知りたかっただけ。だから少女は手始めに周りの世話をしてくれるメイドに尋ねた。

 

「兄さんは外で何をしているの?」

「お兄様は立派に父君の跡を継ぐに相応しき行いをなさっております。この間の戦も立派に勝利しておいででしたよ!」

 

兄が戦で戦っているのは知っている。そうではなく、なぜ兄が戦うのかが知りたかったのだ。戦わなくては、兄と共にいられる時間が多くなるというのに。だから今度は仲のいい召喚獣に聞いてみた。

 

「なぜこの国は争わなければならないの?」

『それが人の性という者なのだ。我らにとって一瞬はほんの瞬きでしかない。だが人の生は生死を繰り返し自分の血を後世に伝えるべく生き残りの争いを繰り返す。それが種の存続というもの。国が潤えばそれだけ欲も溢れる。抑えきれないほどに。故に、他国を侵略し、領土を奪いさらなる富と幸福を得ようとする。それも種の存続に繋がるのだ』

 

召喚獣の長たる言葉は少女にさらなる疑問を抱かせた。自分たちの国も種の存続を願って戦っている。ならば相手も同じことではないか。

両国が協力し合えば戦うこともいがみあうこともなくなるのではないか。

 

少女は戦から帰ってきた兄に直接尋ねてみることにした。

 

「兄さん、兄さんはどうして戦うの?」

「国の皆が幸せになるように、お前が悲しまなくてもいいようにだ」

「でもそれじゃあ戦った相手が悲しんでしまうのではないの?」

「それが戦というものなんだ。……いずれお前にもわかるときが来る」

 

兄の言葉は少女に疑問を解決するにはいたらなかった。だったら相手に聞けばわかるはず。少女は相手側に話を聞いてみたいと思うようになった。

普通ならば不可能とされることも少女はいとも簡単にやってのけた。

いや、召喚獣の力を借りたと言った方が正しいだろうか。

危ないと止める皆に無理言って連れて行ってもらった先が、敵地のある名もない花が咲く郡生地だった。

 

そこである任務をおっていた敵国の一兵士と少女は出会う。

 

男は少女に武器を向け、何者だと問うた。

少女は彼に貴方はだれと尋ねた。

 

二人の出会いはそれが最初だった。

それから男と少女は出会い続けた。

 

最初は警戒心の強かった男も、あまりの少女の世間知らずなところに毒気を抜かれ、しだいに普通に接する様になっていった。少女もまた、男との語らいの時間を心待ちにしていくようになった。誰にもばれないよう、ほんの限られた時間の中で、二人は語り合い、時には言い合いをし、時には笑い合い、時にはじゃれ合いもした。

 

いつしか、二人は心を通わせあい惹かれあう仲となった。

 

この名もない花の群生地で会おう――

からなず会いに行く。

 

――かならず、会いに行くわ。

 

それが二人の約束の証。

この場所が二人にとっての秘密の待ち合わせ場所。それは数年もの間、ひそかに誰にもばれることなく続いた。少女はいつしか、美しき女性へと成長しそして男も将軍職に就くほどに強く逞しく理知的な男へと変貌をとげた。

 

お互いに結婚を意識しだすような歳となっていた頃。周りからは見合いなど勧められもしたが断り続けていた。想いあう二人はともにある未来を夢見た。だが自分たちの関係は極めて不安定な状態にある敵国の将と他国の身分ある娘。

 

女は、男に自分の身分を明かした。今までそれとなく詳細などははぐらかしてきたがもう黙っているのは心苦しい、何より自分に様々なことを教えてくれた男に対して申し訳ない気持ちもあり、女は男を深く愛していたのだ。

自分の人生を捧げてもいいと思えるほどに。

男とて、最初は驚きこそすれど、女への愛は以前よりも増して深くなった。真実を明かしてなお自分への愛を伝えてくる真摯な女を愛しいと、

 

共に生きたいと強く願うようになった。

 

だが二人の前に立ちはだかるは敵国同士という壁。他にも障害はあった。

だからこそ女は争いをやめさせようと男に提案をした。生きるために互いがせめぎ合うのではなく生きるために協力すべきだと。

男は女の提案に難色を示した。あまりに現実味を帯びていないからだ。だが女の強い意志と説得にしぶしぶ頷いた。

何もやらないでやるよりは何かした方がいい。

二人はそれぞれ理解を示してくれそうな相手を選び内密の相談として説得することにした。兄は妹の突拍子もない話に驚きはしたものの、現実にそれが可能となるのならばどんなにすばらしいことか。

兄はまずその男の覚悟を試してみることにした。むろん、妹には内密にことを進めて男には事の詳細を直接伺いたいと内通を送り、男が指定する場所へと兵の大軍を引き連れて兄は向かった。

男は名もなき花の群生地で一人佇んでいた。だが大勢の兵の数とそれを率いる恋人の兄の姿に目を見開いて驚きはしたものの、ひどく冷静だった。

 

兄は、内心驚きながらも男に降伏を促した。

妹はここには二度とこない。アレは国から出ては生きられぬ定めなのだと。

 

だが男は女は必ずここに来ると迷いなく告げたうえで、一人の将軍として祖国を裏切ることはできないと断言した。男は忠義に熱い心根だったのだ。

兄は男のまっすぐな態度に強く感銘を受けた。だから兄は男に突然一騎打ちを申し込んだ。

 

勝てば、妹との仲を認める。

負ければ潔く妹のことは忘れ、立ち去れ。

 

そう言い放った兄に対して男は了承した。

 

男は負ける気など毛頭なかったのだ。愛しい恋人の為、その兄に認めてもらうチャンスを逃すまいと決めたのだ。

 

男と兄は面を向かい合い、互いに武器を取り出した。

二人は互角以上の戦いを見せた。能力的にもどちらも引けを取らない見事な腕前。だがそれは男の知らぬところで見事に計略された敵国側の罠だった。

跡取りとしての兄の命を奪わんと虎視眈々と男の後をつけていたのだ。

 

兄を殺さんと撃ち込まれる銃弾の嵐のような攻撃。その一つが今まさに兄の体に撃ち込まれようとしていた時、男が兄を庇い負傷した。兄はどうして庇うと信じられない顔をした。

男は恋人の家族を傷つけるつもりはない。彼女を悲しませたくないと言った。

 

兄は男の行動に感謝をし、共に国に来いと誘った。妹も待っていると。

なにより、今の状態で国に帰ったところで裏切りの烙印を押されることは目に見えていなた。

 

だが男はその誘いを断った。

 

自分は将軍であると同時に祖国に忠誠を誓っている。たとえどのような結果になったとしても陛下への恩義に報いることはできない。自分なりのやり方で陛下に進言してみる。だからどうか妹に自分を待っていてほしい、必ず戻ると伝えて欲しいと言い残し、男は呼び止めも聞かぬまま、立ち会ってしまった。

 

兄は国に戻り、真実をありのまま妹に伝えた。

妹は悲しみのあまり泣き崩れた。だが男の言葉を信じて待つことにした。

 

男は約束をたがえたことがないからだ。

だから女は信じていた。

 

あの約束の地、名もなき花の群生地で男が迎えに来るのを待ち続けた。

 

何日も、何日も。

だが男は現れなかった。

何日も、何日も。

 

女は心労が重なり倒れ込んでしまう。同時に、自分の体の変化に気付いた。

 

身ごもっていたのだ。恋人との新しい命を。

女は産まれてくる子供の為に男の帰還を信じた。信じるしかなかった。

 

どうか、無事で。

 

だが、ある時女の耳に恋人の訃報が入った。

 

裏切りの将軍としてつるし上げられ、処罰されたと。

 

女は信じられないと涙を流しながら発狂し、部屋を飛び出て約束の地へ向かおうとした。だが使用人たちに抑え込まれベッドへと連れ返されてしまった。女はどれほど泣き叫び、求め続けたか。

 

死んでなんかいない!彼が死ぬなんてありえない!!

 

だが真実は無情にも変わらなかった。

恋人は死に、自分の腹には、子供が宿っている。

 

女は兄を心の底から恨んだ。

 

なぜ彼を無理やりにでも連れ帰らなかったのか!?

そもそも卑怯な真似を最初にしたのは誰だ!あんなことをしなければ、しなければぁぁあ。

アンタが、アンタがあの人を殺したのよぉぉ!!

 

罵詈雑言を実の兄にぶちまけるように口々に叫んでは、返せ、返せと弱弱しくすすり泣いた。

 

それからだ。

女が気が狂い始めたのは。恋人の幻を見るようになった。夢の中に愛しい男の姿を求め、現実を嫌い、眠る日が多くなった。起きている時でさえ、まともに会話すらも成り立たないほど女は衰弱していった。兄はなんとかして妹に現実を向かせようと努力した。

だがどれも無駄に終わった。妹はすでに兄を兄として見ていなかった。

恋人の敵としてしか認識していなかったのだ。

 

そして女は夢に溺れることを選び、代償として自分の命を払った。

腹から産み落とされた赤子は母親に抱かれることなく産声をあげた。

 

そして奇しくもその妹が亡くなり、赤子が産まれたのは、王である兄の息子が生まれて数日後のことであった。王は心底悔いた。

あの時、男を試す真似をしなければ男が死ぬことも妹がおかしくなり死を求めてしまうことも、この赤子から両親を奪うこともなかったはずだと。

 

王の妻はその妹の赤子を育てると言って王を驚かせた。

 

その子を育てるには自分の子供として受け入れる。

だから貴方もそう考えて欲しい。

 

王は罪滅ぼしのようにその赤子を引き取り名を与え、王女として愛しもうとした。だが日に日に成長していくにつれ、嫌でも思い知らされる。

 

娘の姿が幼いころの妹とそっくりなことに。見た目だけではない、その力さえも彼らに愛されている証拠。

 

そして自分が恐ろしくなった。

いつかまた同じ目にあわせてしまうのではないかという恐怖心に駆られるのだ。

王は、おそれ娘と距離を置くようになった。

愛しているからこそ、失いたくないというもっとも人間らしい矛盾した感情に動かされて。

 

『父上、父上、どうしてわたしは皆と違うの?』

 

いつかは聞かれると思っていた娘からの問い。

 

ついに来た。その時が。真実を打ち明けるべきか。

いいやまだ幼い娘にあまりに酷なこともしたくない。健気で愛らしい子。

いつしか実の娘のように想えるようになった、目を離さぬよう常に人をつけ城の外へ出さぬようにした。全てはこの子を守るため。

 

だがよくよく考えてみれば、自分は同じ時を繰り返そうとしているにすぎないのでは。

たいせつだからと閉じ込め、この子自身の成長を妨げようとしている。

学ぶべき世界を奪ってしまっている。

これでは妹の二の舞になる。

 

そう危惧した男は娘の為に父ではなく、王として振舞うほかなかった。

 

『お前が私の娘ではないからだ』

 

幼い子供でもすぐにわかる、だろうその雰囲気と瞳と態度が真実を語る。

娘は何も言わずに逃げるように後ずさって部屋を飛び出した。その背を黙ったまま見送ることしかできなかった王は、再び『父』の顔に戻り、こうすることでしかあの子を守れぬ、みじめさを恨み、呪った。

 

償いもする、相応の罰も受けよう。

どうか、あの子がこの辛さを乗り越えて生きるよう、妹のように夢に逃げるのではなく、生きる力を学んでほしい、自分の力で。

 

そう願うほかなかった。

 

恨まれること承知している。本来の娘が得るはずだった幸せを奪ったのはほかでもない、自分なのだから。

 

王は徐々に可憐で美しく成長していく娘に必要以上に関わろうとはしなかった。

娘も同じように王との関わりを拒んでいた。

 

王は、時折、父に戻り娘の身を案じていた。

娘の誕生日にはあえて名乗らずプレゼントを毎年贈り、風邪や病気で寝込んでいる時はベッドに魘される娘の手を取り励まし続け、本を読みたいと願う娘の為に専用の部屋を造り、生きる術として武術を学びたいと願えばそれにふさわしい服や、防護などを一式そろえ、息子の卒業式に出たいという要望にも数十名の親衛隊を共につけ送り出し、ドライブでの件も謹慎という形で許したり、

娘の知らぬところで王ではなく、一人の父としてできる限りの優しさと愛情で守っていた。たとえ、その真実に娘が気づかなくとも、王は構わなかった。

 

妹の未来を奪った代わりに、

娘の未来を守れたならと。

 

そして、ついに別れの時はやってきた。

レギスに呼び出されたレティーシアは玉座に座る王に一礼をし顔を上げた。

 

「御呼びだとお聞きしました。何か御用でしょうか」

「ノクトの結婚式に同伴しろ」

「……お言葉を返すようですが、陛下。私はこれまでまともに城も出たことのない常識ない身。そのような者に大役は務まりません。どうぞ、私以外の者を」

「勅命だ」

「………謹んで承ります…」

 

ドレスの裾を抓み深く一礼し、レティーシアは表情を変えずに部屋を退出した。

だがその後、自室にこもったレティが氷魔法を連発して自室を氷の世界にしたらしいとの話を聞いたレギスは、なんとも過激なことをと苦笑しながら父の顔に戻っていたという。

 

娘の成長を陰ながら見守ってきたレギスは、感慨深く想う。

 

大きくなった、ついにこの籠から飛び去って行く時がきた。

まるで昨日のことのように思い出せる。

レティーシアが産まれて自分の腕の中に納まってしまうほどの小さく可愛らしい赤子が、年月とともに美しい女性として成長し、自分の手元から羽ばたこうとしている。

ミラと似ている容姿だが、中身やちょっとした仕草は自分と妻に似ているところがある。

無鉄砲なところ、負けん気が強いところは自分に。

決して自分に向けることはない写真で見た笑っている時の顔、怒るときの眉間の皺の数、他にもふとした仕草に妻の面影を感じた。

血の繋がりは、ある。だが本当の娘ではない。

だけれども、心から感謝する。

 

レティーシアが自分の娘になってくれて良かった、と。

 

直接伝えることはもうないはず。ノクトを送り出す日がやってきた。ノクトを支えるに頼もしい仲間の姿にかつての若かりし頃の自分と掛け替えのない友人たちに姿が重なってまぶしかった。その中の唯一の花。共に同行することになっているレティーシアは億劫そうな態度を隠しもしなかったのには、思わずバレないように笑みをかみ殺したものだった。

 

『…どうか、息災でお過ごしください。父上』

 

二度と戻る気はない。言わずともレティーシアの表情を読み取ればすぐわかる。

 

ああ、それでいい。お前は戻らなくてもいいのだ。

お前の世界を探しに行け。

世界は広いのだ。きっとお前が求める世界がある。

だが、もし、お前が本当の居場所に気付けたのなら妻に報告してやってほしい。

 

【ただいま】、と。

 

そして、最後の見納めと愛しのレティを両目に焼き付けるように見つめ、ゆっくりと声に出した。

 

「……ああ、お前も、な」(どうか、無事に)

 

視界が涙で緩んだが、悟られぬようレティーシアから顔を背けた。ほどなくしてノクトたちは出発した。策略に蝕まれた結婚式へと。

 

私は、王として最後の責務を果たす。

この、ノクトが帰ってくるであろう、インソムニアで。

 

【伝えきれぬ想いを娘に】



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chapter.02
鎮魂帰神


全ては未来の王に託された。
そして、彼の女神。
小さな欠片を宿し新たな女神はしばしの目覚めを、王の最後を見届けた後(のち)、また深き混沌【心】へと還るであろう。
人として、生を享け、喜び、悲しみ、切なさ、怒り、寂しさ、嫉妬、憧れ、恋情、慈しみ、愛。
人が人たりえる理由を学び、受け入れ、混沌【心】を力とし、いつの日にか、母なる女神へ相見える日まで――。


ダスカ地方、荒野のど真ん中に一直線に敷かれた車線右側にノクトたちはいた。

砂埃だろうか、出発前の汚れが一切なかった洗車仕立てのレガリアとは想像もつかない形で停車していた。いや、ただの停車ではなく、故障して停車していた。

どうしてこんな状態になったのか。

詳しく理由は言えないが、まぁ、若いからはしゃいじゃったからとでも言っておこう。

このうだるような暑さの中、男たちは上着を脱いで暑さを紛らわせているというのに、一人レティだけは、女性が男の前で肌を出すなどふしだらすぎる!とイグニスに小姑のようにきつく言われて仕方なく着込んでいる。その代わり熱くないように、自分の周りにブリザドで創りだした氷の塊を何個か浮かせて涼しさを得ている。

 

また一台と故障したレガリアの脇を車は無情にも通り過ぎていく。

助けを求めサインを送るグラディオを無視して。

 

「また通り過ぎたー」

 

レティは指を広げて見せて今ので五回目だと主張する。グラディオはわかったという風に後部座席から少し身を乗り出して顔を見せるレティの頭を豪快に撫でた。

 

「んー、ダメだな。こいつが外の厳しさか」

「その厳しさを糧にして前へ進むのだ、グラディオラス君!」

 

撫でられてぐちゃぐちゃになった髪をせっせと元に戻しながら、びしっと明後日の方を指さして激励を送るが、じろりとグラディオに睨まれすぐに顔を引っ込ませた。

 

「レティも手伝え!「やだ」ハァ……仕方ない。さあて、また押していくしかないさ」

 

速攻断られたグラディオは、レガリアの後ろに回った。

そこには大の字で横に寝っ転がるプロンプトと、膝を抱えて座り込むノクトの姿があった。両者共にお疲れモードである。

グラディオの死の宣告みたいな言葉にプロンプトは、ゲッと顔を歪ませて、

 

「はぁー!?…オレ、もう喉渇いて死にそう」

 

と現実から目を背けようとした。そんなプロンプトを見かねて、

 

「可哀想なプロンプト君!君には冷たい冷たい氷をプレゼントしてあげよう。ほらお口開けてー」

 

レティはブリザドを発動させて寝っ転がっているプロンプトに口を開けろと催促する。プロンプトは直感した。いい方は優しい言葉だが行動がまるで違うことに。

自分の真上に頭ほどの氷の塊が出来上がってそれを口に突っ込ませられようとしている。

 

「やめてっ!殺さないで!」

 

プロンプトはバッと体を横に転げさせて避けた。と同時にごとっと鈍い音がしたと思ったら、今自分がいた所に氷の塊がごろっと転がった。

レティがつまらなそうな声を出して車体から顔を覗かせた。

 

「あーあ、せっかく氷出してあげたのにもったいない」

「今ヤル気だったでしょ!?そうでしょ!?」

「全然」

 

明らかに視線を逸らしたレティを見てプロンプトは絶対嘘だと分かった。いや、今のやり取りを悪戯というのならどれだけ鬼畜なのか。

暇つぶしでいじられるなんて冗談じゃない。

命がいくつあっても足りやしないのだ。レティ相手だと。

グラディオの

 

「オイ、氷漬けされる前に起きろ」

 

という一声に、速攻プロンプトは体を起き上がらせた。

 

「起きます!」

「……ダル…」

 

ノクトは仕方なく腰を上げて先ほどまでの所定の位置についた。

クペが男らに

 

「頑張るクポ!」

 

とエールを送るもそれに応える余力はあまり残されていなかった。辛うじて、軽く頷くだけにとどめた。プロンプトは右側のサイドミラー位置へ、ノクトは左側サイドミラー位置へ、そしてグラディオはレガリアの後部から押す形で配置につく。

 

「つか!車って乗るもんだよね」

「乗るもんだろ。レティも押せよ」

 

ノクトが暇そうにしているレティに軽くちょっかいを出した。

 

「やーだー。って髪の毛引っ張らないで」

「だったら押せ」

「やだ」

 

ウザったそうにノクトの手をのけようとするが、ノクトは意地悪い笑みを浮かべては、ほらほらと楽しそうにレティの髪でいじる。

はたから見れば仲の良い兄妹。でもグラディオにしてみればイラつくバカップルに見える。

 

「いいから準備」

 

ドスを効かせた声でグラディオに急かされて青年二人は同時にため息をつく。

 

「はぁ~」「はぁ」

「せえーの!」

 

えっちらおっちらと男三人はレガリアをゆっくりと押して歩き出す。

そのスピード、歩くアダマンタイマイよりも遅い!余裕でアダマンタイマイが勝つであろうその鈍さ。ノクトは辟易したような声を出した。

 

「ほんとないわ」

「ないよな、ええノクティス王子」

 

それに便乗するようにわざとらしくグラディオが賛同する。

プロンプトは地味に責められていることをグッと感じたが、潔く開き直った。

 

「しょうがないでしょ」

 

と。レティは黙って静かにうんうんと頷いた。

起きたことを後悔するよりも今を全力で生きること、とどこかの書物で読んだことがあるのを思い出したかだ。だがレティは一切協力しようとしない。なぜなら疲れるから。

ここぞという時は王女権を発動させるちゃっかりなレティである。

一方、イグニスは早速のトラブル発生に頭を抱えていた。

 

「なんとも幸先の悪い――」

 

これから結婚式に向かう一行とはとても思えない不幸の始まり。

もしかしてこの先もっとトラブルがあるのかと一抹の不安に駆られたイグニスである。

 

「グラディオ頼むー」

「なんだ?」

「一人で押してくれ」

「馬鹿言ってんじゃねぇ」

 

王子は疲れを紛らすつもりで冗談を言っているのか、それとも本気なのかわからないがグラディオにとんでもないお願いをしていた。すぐに却下されたが。

 

「でもオレら手放してもかわんないでしょ」

「プロンプト?放してしてねぇだろうな?」

 

実はプロンプトが少し手を放していたのをレティは目撃していた。

でも言ったらただでさえ機嫌悪いメンバーがもっと機嫌悪くなるのでそこは皆の為に黙っていようとレティは思った。イグニスが偉そうに(失礼)、気を遣ってそうアドバイスをする。

 

「無駄に話していると疲れるぞ」

「イグニス席代われ!」

 

 

すると吠えるようにノクトはそう叫んだ。

 

「さっき代わったばっかだろ…」

 

グラディオのツッコミはノクトには届いていない。とにかく休みたい休みたい!という考えしかないのだ。ノクトの脳内には。だがすぐに噛みつくようにプロンプトが

 

「ノクト―!次オレでしょ!」

 

と言い返すと、イグニスが

 

「だそうだ」

 

とノクトに言い渡す。あからさまに不機嫌になるノクトは軽く「っチ」と舌打ちをした。

 

「ノクト残念だったね」

 

レティは暢気にクペの毛を撫でまくっていたが、プロンプトからのお願いに目をキラキラさせた。途中まで。

 

「ああ、手、痛い。姫ー、ケアルかけて「ブリザドは?」いりません!」

「オイ、手抜くなよ。それとレティもちょっかいだすな。出すなら口先じゃなくて降りて押すの手伝え」

「はいはいはい」

「押すのは嫌だけど応援ならいつでもオッケー」

 

グラディオのお叱りの声にプロンプトとレティは見事なあしらい方で逃げることに成功。

通常なら故障した車を頼めば回収しにきてくれるはずなのだが、なんという不幸の連続だろうか、店と連絡が繋がらないのだ。

 

「電話は?」

「やはり話し中だ」 

 

イグニスの答えにノクトはがくっと肩を落とした。

天はついに王子一行を見放した。頑張って店まで運べという啓示らしい。

ということで諦めてレガリアを人力で押していくしか活路はない!

現実から目を背けたいらしいプロンプトがげんなりとした表情で、こんなことを言い出した。

 

「っていうかさぁ、おかしくない?ハンマーヘッドもっと近いでしょ」

「さっきの地図の通りだが…」

 

イグニスも何か違和感でも感じていたのか、場所を確かめだした。

ノクトと、プロンプトが

 

「スゲー近所だったよな」

「かなりね」

 

と地図上では近かったと主張するが、

 

「世界地図から見ればな」

 

とグラディオラスが疲れた声で指摘したので実際はまだまだ道のりは遠い。

 

「あー、疲れた。ノクト、ブリザドいる?」

「レティは何もしてないだろ」

 

ひょっこりと顔を出すレティの頭にノクトはぽこっと軽く手刀を落とした。

 

【おあとがよろしいようで】






苦労してハンマーヘッドに着いてから一言。

レティ「思ったんだけどさー。イグニス」
イグニス「なんだ、レティ」
レティ「クペってテレポートできるからさー。呼んできてもらえばよかったねー」
イグニス「……」(衝撃)
レティ「ねー、クペ」
クペ「でもそれやるの疲れるから嫌クポ」
レティ「そっかー、じゃあやっぱ駄目だね」
イグニス「……はぁ…」

【それを後から言うなと言いたい】


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その心、憎むことなかれ。

もし、自分を産んでくれた両親に感謝の言葉を伝えるとすればなんと伝えますか?と質問されたら私はこう答えると思う。

何もありません――と。


レティーシアside

 

 

ようやく目的地、ハンマーヘッドに苦労してたどり着いた私たちは、……ノクトが恨みがましい視線を送ってくる。お前は乗ってただけだろうって言いたいわけね、オッケー。ここは無視しよう。

とにかく、私達がたどり着いたハンマーヘッドで出迎えてくれたのは男にはたまらないだろう美女だった。大胆なビキニの水着を着て作業服だろうか黄色のジャンパーを着ているがサイズが小さいのか、それともわざと彼女のファッションなのかはわからないけどおへそ丸出し、下はデニムのショートパンツで男が触りたいだろういいお尻をしている。これはあくまでグラディオラスの気持ちを代弁しているだけだ。私にしてみれば、ぐっと悔しい気持ちにさせられる。胸、大きい……。

いいもん、見なければいいだけだもん。癖毛なのかふわっとウェーブがかかったミディアムヘアでキャップ帽をかぶった彼女はレガリアの周りで休憩している私達に気が付いて小走りで駆け寄ってきた。

 

「おーい!待ってたよ。えーと、どれが王子?あれ、女の子もいるね。スゴイ可愛い子じゃない。誰かの彼女?」

 

フレンドリーかつこちらが戸惑うくらいに彼女のペースに押されてしまった。男どもは彼女の恰好に目が釘付けみたい。私はちょっと身構えてノクトの背にしがみ付いて隠れてしまった。ノクトが何か言いたげな表情をしていたがそのまま私の好きにさせてくれた。

どうやらノクトを探しているらしい彼女にノクトは戸惑いながら「オレがそうだけど」と名乗りをあげた。すると彼女は人懐っこい笑みを浮かべて

 

「初めまして、王子。結婚おめでとう」

 

とまずは結婚のお祝いを述べた。それにノクトは

 

「いや、まだだから」

 

と律儀に突っ込んだ。

照れなくてもいいのにね、これから所帯持ちになるのに。

ノクトの後ろでニマニマと隠れて笑みを浮かべていたら、どうして気づいたかノクトが少しだけ後ろを振り返って「笑うな」とちょっと機嫌悪く言ってきた。私は「はいはい、わかったから前向いて」と促すと「後で覚えてろ」と小声でそういうと前を向き直した。彼女は私とノクトのやり取りを見て「仲良いね、君たち」と苦笑していた。

 

「それにしても君がルナフレーナ様の結婚相手かぁ」

 

一体どんな王子象を想像していたのか知らないが、割と高評価ではあるらしい。

イグニスが割り込むように彼女に謝罪した。

 

「申し訳ない」

 

きっと遅れてって意味だと思う。イグニスなりの配慮に私は感心した。

私だったらああいう殊勝な態度はとれない。ましてや、初めて会った相手になどは到底無理だ。彼女は気にした様子もなく軽く微笑んでみせた。

 

「フフッ、あっちでじいじが待ちくたびれてるよ」

「あんたは?」

 

グラディオラスが食いつくように彼女の名を尋ねた。やだ、ぐいぐいいってるじゃない。好みなのかしら、彼女が。それとも彼女の魅惑のボディに悩殺されたのかしら。

 

「シドニー、シド・ソフィアの孫娘。ここの整備士」

 

と彼女からの紹介が終わった直後、背後からしゃがれた声がした。

 

「さっさと運ばせろ」

 

皆がそちらに注目すると一人の鋭い目をした老人がこちらに歩み寄ってきた。何をするかと思えばレガリアの状態を確認しながらぶつくさと文句を言い始めたではないか。

 

「親父は大事に扱えって言わなかったのか。そいつは繊細なんだぞ。……ノクティス王子か――」

「ああ、まぁ――」

 

私は少しだけ顔を覗かせてその老人を怪しみながら観察した。

 

「フン、親父の威厳をそっくり拭き取ったような顔だな」

「はぁ?」

 

初対面とは感じさせない毒舌ぶりを披露する老人は、ノクトから標的を変えた。私の方をじろりと視線を変えたのだ。

私はぎょっとして思わず仰け反った。

 

「それでアンタがレティーシア姫、か……」

 

老人の言葉にシドニーは目を丸くして大げさに驚いた。

 

「え!?レティーシア姫って……あの滅多に城から出ないっていうルシスの宝?まさか王女様まで一緒にご同行されてるなんて……」

 

まるで公開処刑のような気分にされ、私は仕方なくすっとノクトの背から出ると、王女らしく挨拶をし、そして!あくまで控えめにお願いをした。

 

「……初めまして、レティーシア・ルシス・チェラムと申します。どうぞ、お見知りおきを。それと、大変申し訳ありませんが、今回の私は公の場では正式に公表されておりません。あまりのその名を口に出さないでいただけますか?」

 

だが老人は少しも悪びれた様子もなく、軽く謝罪の言葉を口にしたと思ったら、予想外のことを付け足してきたのだ。

 

「そうか、それは済まなかった。……御母上にそっくりだな」

 

一瞬、私は凍りついた。その言葉の意味を理解できてしまったからだ。

 

私の顔をじっと見つめては誰かと比べ合わせてみている。

嫌でもわかる。それが誰なのか。

 

僅かだがグラディオラスにも老人の言葉の意味が伝わったようで顔をこわばらせている。でもノクトはそのままの意味で受け取り、

 

「オレの母上か?」

 

と不思議そうに首を傾げた。ノクトはよく知っている。私が母上と似てなどいないことに。いや、ノクトだけじゃない。ここにいる者、ルシスの民で母上の御顔を知っている者なら誰もが知っていることだろう。

 

私が、まったく母上に似ていないことに。

それをわかっている上で、彼は私が母とそっくりだと言った。

 

その母が、誰であるかをわかっているかのように。

 

私はどうにかして誤魔化さねばと咄嗟の判断で出た言葉に全てを任せた。

 

「……お褒めの言葉ありがとうございます。ひとえに今の私があるのは陛下と母上そして国を想う民あってこそだと思っております。陛下とお知り合いかと見受けられましたが,

いつか機会があればせひ昔話など伺いたいものですね。レガリアの修理、どうかよろしくお願いいたします」

 

繊細かつ理想的な王女として完璧な振舞いで私はその場を立ち去ろうとした。

とにかく早くこの場から逃げたかった。だがノクトが反射的に私の腕を掴んだ。

 

「レティ、どこ行くんだよ」

 

どこでもいい。ここじゃない場所なら。

あの人は私の出自を知っている。私の隠された嘘を知りうる人物。

 

私は咄嗟の言い訳をした。

 

「……御化粧室。手、離してくれる?」

「あ、悪い」

 

ノクトは気まずさそうに手を離した。何か言いたげなグラディオラスを無視して私はすぐに歩き出しダイナーの中に入り女子トイレに直行した。幸い先客はいらないらしい。洗面台に手をついて蛇口をひねると顔をかがめて両手で水をすくいあげ、顔にばしゃりと水をつける。何度も何度も。

気が済むまで顔を洗って、ゆっくりと顔を上げて鏡を覗き込む。

濡れた肌がしっとりと肌を濡らしては下へ、ぽたりぽたりと水滴を落としていく。

私は、ぼつりと小さく呟いた。

 

「……王女っぽくない顔」

 

言葉にしてから馬鹿らしくなった。

王女、ってなんだ。私は王女じゃないのに。

あまりの馬鹿さに自嘲的な笑みを浮かんだ。すると鏡の中の私も同じ表情をする。

 

母上のような髪色だったらいいのに。

母上のような瞳色だったらいいのに。

 

私の母は一人だけだ。

そう、強く自分に言い聞かせた。

産みの存在を、母とは呼ばない。私にとって母はあの人だけ。

私を受け止めてくれたあの人だけ。

 

鏡に向かって右手を伸ばす。指先でつぅっと鏡に映った自分をなぞる。

 

何一つ、母上と似ていない。なのに、わざわざ『御母上』などと軽口叩いて私を追い込む。私が知らない産みの存在を知っている人物。

 

私は、この髪と瞳が嫌いだ。

 

勢いあまって発動した力がにじみ出た影響で鏡に亀裂が生じパリン!と音を立て、割れる。私の姿がいくつも歪んで見えた。

 

「これくらいが私にはお似合いね」

 

レギス王と顔なじみ、シド・ソフィア。

初めて、嫌悪感を抱いた相手と私は、出会った。

 

【誤魔化せない感情】

 



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貧乏王子と残念王女の珍道中。

レティーシアside

 

 

私が女子トイレから出てくる頃には、レガリアは修理するためにガレージの中に入った後だった。あのシドニーという女性も整備の方に行ったのか姿は見えない。ダイナーにやって来ていて私の存在にいち早く気づいたノクトが手招きをした。

 

「レティ、こっち」

 

どうやら店の奥カウンターの所で皆と座って話をしているらしい。

 

「ごめん、待った?」

 

私は小走りで駆け寄り軽く謝るとノクトは顔を振って

 

「別に」

 

と短く返す。私は

 

「そう、良かった」

 

と小さく微笑んで皆の輪の中に参加する。色黒のマスターがどもりながら

 

「……ち、注文は」

 

と尋ねてきたのでとりあえず無難に

 

「メロンソーダで」

 

と答えた。マスターは無言で頷いて準備するためにカウンターを離れてると同時にクペがプロンプトの肩から私の肩に移動して飛んできた。

 

「遅かったクポ」

「そう?女子ってこんなものよ」

 

適当にごまかしてみたけど聡いクペは気づいたと思う。私の髪が少し濡れていることに。それでも追及されることはなかった。大方、暑いから顔でも洗ったんだろうと考えたのかも。今は私も気にしたくないし思い出したくもない。

私はほっと胸を撫で下ろすとイグニスがスッと椅子から立ち上がって

 

「レティ、ここに座ればいい」

 

と私に席を譲ってくれた。さすがは紳士。「ありがとう」と礼を言ってその席に腰かけ、一体何を話していたのか聞くと、どうやら深刻な話らしい。男が顔付き合わせて談義するのもいいけどさ。イグニスの表情を見ればすぐにわかるのは長い付き合いだからかな。眉間に皺寄ってるもの。あ、マスターがメロンソーダを持ってきてくれた。ありがたく私は喉を潤すため水色のシマシマ模様のストローに口を付ける。ああ、美味しい!

 

「それで、何を皆で悩んでたの?」

「金がな、ヤバイから調達するためにクエスト受けようかってことになってんだよ」

 

グラディオラスが簡潔に説明してくれたけど私にはすぐに理解ができなくて怪訝な表情になってしまった。

 

「お金がない?」

「そう、お金がね」

 

プロンプトがうんうんとグラディオラスの発言に同意するように頷いた。

確か、それなりの金額を持たされているはず。仮にも王子の結婚式に支度金がないわけない。そこまで財政難という国でもないはずと考えながら首を傾げ、確認を込めてもう一度確かめた。

 

「王子様なのに?」

「いや王子とか関係ねえから」

 

ノクトが呆れた様子で手を振って否定する。

 

「貧乏王子様のお金稼ぎスタートなわけ」

「皮肉かよ」

「だってお金ないんでしょ?」

 

私の確信を突いた切り返しにノクトは気まずそうに言葉を詰まらせた。

 

「……まぁ、その」

 

代わりにイグニスが言葉を繋げて口を開いた。

 

「整備費用がかなりの高額だしな。こればっかりはシドニーにまけてもらうしかない。ノクトが」

「オレかよ!?」

 

信じられないと驚いた顔でイグニスを見やるノクト。納得いかないらしいが、しょうがない。自分の結婚式への旅なんだからね。王子として気張って行かなきゃ。

 

「頑張れ、貧乏王子!」

 

私の励ましを皮肉とでも受け取ったのかノクトがムッと気に入らなそうな顔をしていつものチョップをおみまいしてきた。

 

「それやめろ」

「いた!」

 

痛くないけど言っちゃうのがいつもの癖なので気にしない。

私も負けじとやり返そうとするけど逆に伸ばした手を取られ、片方の手で頬を抓まれた。

 

「痛くないだろ、手加減してんだから。レティはいつも大げさなんだよ」

「にょくほ(ノクト)の、……あひょ!」

「アホじゃねえし」

 

私とノクトのじゃれ合いが本気の喧嘩に発展する前にグラディオラスが止めに入ってきてテキパキと指示を出す。

 

「お前ら、じゃれてねえで行くぞ。ノクトはシドニーに整備費用の件伝えて来い。レティはとりあえずその髪目立つから帽子被っとけ」

「はーい」

 

渋々返事をし、グラディオラスからレガリアに置いてきたキャップを受け取りそれを頭に目深に被る。仕方ないのはわかってる。一応ルシスの王女で敵が喉から手が出るほど欲しくなる戦力になり得るのだ。私の存在ってのは。その自覚はある。けどやっと外の世界に出てこれたのに満足に顔も晒さないとは。不便な世の中だこと。

私の心情を察したか、グラディオラスが苦笑しながら自身の大きな手で私の頭を軽く撫でてきた。

 

「そう不服そうな顔すんな。お前の素性がバレるわけにはいかねえんだよ。ちゃんと自覚もしとけ。お前らもレティによく注意して見とけよ。特にプロンプト」

「オレ?わかった。……逆に負かされそうだけど」

 

後半のセリフが一言余計だと思う。ちゃんと聞こえてるからねという意味を込めて軽く睨み付けるとプランプトは慌ててグラディオラスの背に身をさっと隠した。

 

クペはやる気を見せていて自分の胸を軽く叩いては

 

「クペもしっかりみてるクポ」

 

とグラディオラスに誓ってるし、グラディオラスは

 

「おう、任せたぜ」

 

と私の監視を強化できたことを内心じゃ喜んでるに違いない。っけ!ズーズーっと音をたて行儀悪く空になったグラスを意味もなく吸い込む。もうない、お代わりしたいけどイグニスがカウンターから離れようとしたのでそれも叶わず。代金を払ってご馳走様とおじさんに言って私も席を立った。

 

「それでは行くか。ノクト、任せたぞ」

「……あー、だりー……」

とか言ってるノクトだけどいつも怠いって口にしてると思う。私はノクトの隣を歩きながら腕を軽く拳で小突いた。

 

「頑張れノクト。貧乏王子を脱するためだ」

「そういうレティも貧乏王女じゃん」

 

仕返しにヘッドロックかけられそうになったけどサッと華麗にかわすことに成功。

 

「私はちゃんとお金あるもん」

「はぁ?だったらそれ貸してくれよ」

 

ノクトが手を広げてくれと催促するけど、その手をパシッと叩き倒す。

 

「いや、これは私個人のお金。使わずに貯めておいた資金だもの。ノクトは自分の結婚式準備金だと思って頑張って稼ぎなさい」

「なんだ、それ」

「これが世の中ってもんだよ、ノクト君」

「自分だって働いたことないくせに偉そうだし」

「いやいや、これは大人の余裕というものだよ」

「じゃれあってないでいくぞ」

「おう」「はーい」

 

ノクトと私はグラディオラスに同時に返事を返した。というわけで貧乏王子御一行はお金稼ぎの旅へと向かったのでした。

 

でもそんな簡単にいく話があるわけでもなく、肉体労働以下、世間というのは厳しいとノクトに教えてやると意気込んでいたあのシドさんの考えは正しいと思う。シドニーさんからもらった前金(じいじには内緒らしい)で防具と武器を調達してターゲットとなるモンスターの出現ポイントを目指すことになった。

 

徒歩で。

 

照りつける太陽の中、最後尾を歩く私は息も絶え絶えになっていた。ハンマーヘッドを発つ前までは平気だったのに。

 

「……こんなに歩いたのは、初めて……」

 

誤算だった。まさか、徒歩というものがこんなにきついものだったなんて。

クレイに鍛えられたとはいえ、やはり実践経験はない。ましてや城の中だけの生活範囲だった私がいきなり長距離を歩くことに順応できるわけでもない。無様にも自分の体力の無さに泣きたくなるくらいだった。

先頭を歩いていたノクトが後ろにいる私の所まで戻ってきて気遣わしげに顔を覗き込んできては声を掛けてくる。

 

「レティ、大丈夫か?」

「よく考えれば姫って長距離なんて初めてだもんね。少し休んだほうがいいよ」

 

プロンプトもそう私の為に提案してくれた。グラディオラスも見かねて手を私に差し出しては、

 

「おぶるか?それとも抱っこか?」

 

と気遣ってくれるがさすがに筋肉ムキムキなグラディオラスの肉体美におんぶされるとか遠慮したい。抱っこはもっと嫌。余計暑苦しい。むさくるしいと本音で言えないのでやんわりと断った。

 

「ううん、さすがに荒野のど真ん中で恥ずかしいからパスで。……このまま皆の後ろ歩くから気にしないで先行っていいよ」

 

のんびりと自分のペースで行こうと思ったんだけど、イグニスがここで紳士スキルを発動させた。

 

「オレが一緒に行こう。皆は先に行ってくれ」

 

するとなぜかノクトもそれに賛同するように

 

「……しゃあねえな。いいよ、ゆっくりでも。そう簡単に見つからねえだろうし」

 

と投げやり(?)な発言をするではないか。これには私の方が慌てた。せっかくのんびり景色を楽しみながら行けると思ったのにどうして私の周りを固めようとするのか、この男たちは。

 

「ノクト、……大丈夫だよ、そんな。イグニスも心配性なんだから。イグニスからも言ってあげて。私たちにはレガリアの整備代を稼ぐことが何より必要なことだって」

 

ノクトの参謀がのんびりするわけないよね?という意味を込めているのだがイグニスは気づいてくれるだろうか、多少の不安はあった。アイコンタクトを取ったつもりなんだけど。

 

「君を置き去りにするわけにはいかない」

「……ありがとう」(余計なお世話なんだけど)

 

全然伝わらなかったようだ。無駄にアイコンタクトしてしまった。

 

「……いや、当たり前のことだ」

 

イグニスは私から視線を逸らして、くいっと指で眼鏡を押し上げた。これ彼の癖なのよね。照れ隠しの時とかよくやってる。あとは誤魔化したいときとか。

なんて気晴らしにイグニスを見つめていると後ろでプロンプトがノクトになんか言ってるがまったく聞こえなかった。

 

「何々、ちょっといい雰囲気だったりして?」

「……」

「うわ!ノクトあからさまに不機嫌になってるし。分かりやすっ!」

 

何やらグダグダ言っているようだけど私には関係ない。いくら剣技や武術を身に着けたとて、体力が着いていかなくては話にならない。城の中じゃ、インドア派な私には体力をつけるよりも知識を身に着ける方に専念していた。それが裏目に出ちゃったか。

まずは車に頼らない生活に慣れなくちゃいけないと改めて気が引き締まる思いだった。

 

それは良いとして……。

 

「うーん、暑い……。暑い!」

 

被っておけと言われたキャップを取ってそれを団扇代わりにあおいでみるが全然涼しさの欠片も感じない。水分も欲しいけどこう、一気に寒さを感じたい。そうすれば汗でべとつく体もスッキリするかもしれないのに。ノクトたちはジャケットを脱いで涼しそうな恰好なのに羨ましい。いっそのことタンクトップ姿になりたいのだけど、クペがうるさいからな。男の前で無防備に肌をさらすなって。ここでしばし休憩中ということになったが、この暑さが和らぐ日陰も辺りにはない。

だったらどうするか、思いついたらとりあえず行動すべしと学んでいるので実践してみようではないか。

 

「ブリザガ!」

 

私の力ある言葉と共に身も凍るような冷気が足元からサァーと広がりそれが風に乗ってあっという間に視界一色は白銀の世界へと変貌を遂げるまで数秒とてかからなかった。これも練習の賜物ね。

 

「おわ!?」「な!」

 

でもノクトたちは目玉飛び出るくらい驚いた様子。急いで上着を着こむけど霜が服に着いて寒い寒い。

 

「一気に寒くなった……、へ、ヘックシュっ!」

 

さ、寒い。勢い良すぎたみたい。プルプルと体を震わせて寒さをしのぐけどやっぱり寒い。クペは「ざ、ざむいクポ……」って私のジャケットの中に潜り込んで寒さを凌ごうとしてる。ズルい……。

 

「さぶっ!」

「なんちゅうことを……」

「……(胃が、痛い)はぁ…」

 

ノクトたちは急いで脱いだジャケットなどを着込み始める。それとなんともいえぬ恨みがましい視線は、スルーさせてもらった。私もこうなるなんて思わなかったもん。

イグニスは痛そうに胃の部分をさすっている。あとで薬渡さなきゃ。

後から気が付いたんだけど、モンスターの氷の彫刻がいくつか先の方で見つかった。よく調べてみたらどうやら討伐対象のアラクランみたい。ブリザガの影響で……テヘ、倒しちゃった!

いっそのこと「これが一石二鳥ってやつね」と開き直ってみたら、

 

「んなわけねーだろ」

「あて!」

 

ぽこっと頭部にノクトのツッコミ手刀が落とされた。

氷の大地と化したあの辺一帯はしばらくの間溶けずにいたみたいで、かなり問題になっていたらしい。(急いで皆でとんずらこいた)

 

【クエスト1クリア~】



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だってノリだもん。

レティーシアside

 

 

クペのボンボンには秘密がある。

女一人に男四人という旅にまさか一緒のテントで寝起きするなんてありえない。ノクトはここぞとばかりに私と寝れるチャンスと喜んでいたが、イグニスの手前『はいオッケーよ、カモン!兄よ』なんてできない。やったらイグニスのことだ、強硬手段に出るはず。ということなので寝起きは別々。そこの王子、残念そうな顔しない。睨んでるイグニス睨んでるから!

 

皆で走りまくって、暗くなった頃。メリオースの標にたどり着いた私達。時間も時間だしそろそろ初キャンプでもしますかって時グラディオラスが張り切ってキャンプ道具片手に、そういえばレティどうするよ?なんて今さらの発言しちゃうから思わず、私の存在忘れてたんかい!とノリツッコミならぬ、ノリエアロ唱えたらプロンプトがもんどりうって吹っ飛ばされたのでさっそくイグニスとグラディオラスに叱られたのはノリだから仕方ない。

 

「じゃじゃ~ん!」

「おお!」「スゲ~」

 

ノクトとポーションぶっかけて復活したプロンプトの感嘆の声で自分のことのように鼻が高くなり気持ちが高揚してしまう。クペのボンボンから淡い光が生まれるとそれは徐々に大きくなり目を覆うような光が終息したときにはデデン!と効果音が発生してもいいようなびっくりなモノが目に飛び込んできたのだ。

私とクペ専用のテントである。

見かけはインディアン・テントのような形をしていて、頭上にはクペのボンボンのような白いモフモフもっさりのボンボンが付いているのがポイント。だが凄いのは見た目の可愛さだけじゃない。見た目の小ささに反して中身は二人と言わず、うちの男四人どもが一緒に入ってもゆっくりくつろげるほど広いのである。しかも生活に必要不可欠なすべてのモノ。つまり、寝るベッドはもちろんのこと、暇つぶしようの本がたくさん収納されている本棚や机、椅子、城からたくさん持ってきた服が全部収まる素敵クローゼットにキッチン、バストイレ。テレビはないがパソコンはあるというなんていたれりつくせりな、ないものはないと言えるほど全てここに集約されているというお得感満載の品物。そんじょそこらで手に入る品ではない。これも全てクペの偉大さのお陰である。足向けて寝られないわ。

 

「クペはすごいのクポ!」

「さすが私の頼れる相棒だわ」

 

嬉しくてクペを撫でくりまわした。クペはされるがまま私にもみくちゃにされる。

 

「照れるクポ~。!?なんだか背筋が急に寒くなったクポ……」

 

けど急に寒がって毛を逆立てている。

 

「風邪?」

「きっとアレクポ…」

 

怯えた表情で(プロンプトには見分けがつかないらしい)クペがいうので私は、なんとなく理解できた。

 

「アレ?…ああ、妖精さんの嫉妬ね」

「妖精、さん?姫、なにそれ」

「ああ、プロンプトは知らないか。私、妖精さん見えるの」

 

人が親切に秘密を明かしてやったというのにプロンプトは目を瞬かせてしばし無言の後。

 

「…………ああ、そう。良かったね」

「何その生温かい視線は」

 

思わず人差し指作ってサンダーセットしてしまった。条件反射って怖い。

プロンプトはげぇ!?と慌てて言いつくろうように言った。

 

「ううん!姫って意外にロマンチストなんだなーって思っただけなんです電気ビリビリやめてー!」

「言っとくけどアンタが想像してるような可愛いイメージの妖精さんじゃないから」

「分かんないなー」

 

ふっ、想像力にかける一般人の台詞である。

私は基本プロンプトに優しいので親切にこう提案した。

 

「呼んでみようか。割と妖精さんの中で目立ちたがりやな、えー、バハムートにしようか。きっと喜んできてくれるよ。割とツンデレだけど」

 

そういって、両手を組んで祈るように瞼を閉じて精神統一をする私。

だが、

 

「ダメクポ――!!」「「駄目だレティ!?」」

「ぬはっ!」

 

顔面にクペが高速でへばり付いたと思ったら同時にノクトとイグニスが大声で私の組んだ両手を片方づつ取って精神統一を無理やり止めさせた。

 

「ちょ、何すんのよっていうかクペ離れて!息が!?」

「ダメクポダメクポ!バハムートはダメクポ――!」

 

涙交じりの声でクペは必死にダメと叫ぶ。それにノクトが顔が見えないので表情はわからないが、声は普段の倍に真剣さを感じた。

 

「レティ、それはマジやめろ!この辺一帯がヤバイっていうか俺たちがヤバくなる」

「そうだ。呼ぶなら調理の時の火おこしの為にイフリートを呼んでくれ」

「イグニス!?それ違うだろ!夕飯どころの話じゃねーぞ」

 

ノクトのツッコミにイグニスが我に返ったような声を出した。

 

「……すまない。つい、レティの常識外な発言に思わず気が動転してしまった。助かった、ノクト」

「いや、気にすんな」

 

何男二人で友情の再確認してるんですかね。

 

「あのね。いい加減離れてくださいマジで」

 

ずっと硬直状態続いてるんですけど。クペも離したいし。

 

「「あ」」

 

今思いついたかのよに揃って間抜けな声を男二人。

 

「やっぱ忘れてたんかい」

 

漫画で言う怒りマークが出た私は、さっきよりも強いエアロガを唱えた。

 

「おわ!?」

「な!?」

 

私達のことなど無視して、グラディオラスとプロンプトがいそいそとテントはりに精を出していたようだが、ノクトとイグニスが吹っ飛んだ先がそのテント先でものの見事にテントは壊れてしまった。クペはちゃっかり事前に避難していたので被害はまったくない。

 

「……………」

「…あーあ……」

 

グラディオラスの沈黙と冷めた視線が、怖い。プロンプトは怖くないけど。

私は、こう、言わずにはいられなかった。

 

「今夜、一緒にどうですか?」

 

て。

 

今日は、皆でテントの中で夜を明かすことになりました。男どもは雑魚寝ですがね。

けど罰としてイグニスの作る夕食を減らされた。でも大丈夫だモーン。

冷蔵庫に冷やしておいたプリンがあったから……って冷蔵庫開けたらなくてシャワーを浴び終えて濡れた髪のノクトが側でぷるるんっとした冷えたプリンをスプーンでおいしそうに食べていて、そのさまを見て硬直してしまった私に

 

「さっきの仕返し」

 

とニヤッと意地悪い笑みを浮かべた。私は脱力感からその場に跪いてしまった。

 

「私の、私のプリンちゃんが…」

「自業自得だな」

 

落ち込む私の前に、プリンを食べ終えたノクトがしゃがみ込んでぽん!と慰めるように頭に手を置いた。

 

「うぅ、…明日はちゃんとやるもん」

「おう、期待してる」

「明日はクエイクにしてやるもん」

「わかってねーじゃん」

「いたっ」

 

びしっと頭に優しい手刀が落とされた。

 

【みんなで初めてのわくわくキャンプ】



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だって好きだもん。

レティーシアside

 

 

相変わらずお金稼ぎの日々は続く。

草原を皆で走っている時に疲れた声でプロンプトがノクトにこういった。

 

「昨日は息苦しくて嫌な夢みちゃったよ。体もだるいし」

「滅多に夢見ないって言ってたもんな」

「そう、大体は姫に魔法攻撃喰らった時にしか見ないんだけどなー」

 

ぎくり!

実は聞いていて心当たりがあった。

妙に朝起きた時に肌がつやつやしてて化粧のノリもいいなって思ったら。

クペがこっそり教えてくれた。またやってたクポって。

実は、結構前に一緒に寝てたノクトにもやったことがある。本人にはバレずに済んでいることだけど。しかし、罪悪感がひしひしと私を追いやる。

 

プロンプトは私の数少ない貴重で大切な友達だ。私の友情表現(魔法攻撃)にも耐え忍ぶ耐性を持っている素晴らしい青年だ。そんな彼が朝から生気吸い取られた顔してるのを横目で見て耐えられるほど私はできてない人間である。

 

友達に黙ったままなんてよくないでしょう?

 

そうだよね。

 

言っちゃえよ、楽になろうぜ?

 

だよね!プロンプトなら許してくれるよ!

 

私は心の声に従って素直に謝罪した。走っていたプロンプトの腕を掴んで無理やり止まらせた。ついでにノクトが怪訝そうにして止まったが今は関係ない。

 

「ゴメン、なんか寝てる時無意識にアスピル唱えてたみたい。たぶんプロンプト標的にしてた」

「…………」

 

そのお前が犯人だったのか!?って衝撃的な顔はやめてほしい。一応私も自覚なかったんだから。言い訳だけど。

 

「ドンマイ、プロンプト」

 

ノクト、清々しい笑顔で他人面してるけど君も被害者だったなんて口が裂けても言えないよ。

プロンプトは涙目交じりで私を軽く睨む。

 

「……姫ってさ、そんなにオレのことイジメて楽しい?」

「楽しい」

「真顔で言い切った!酷い、オレのこと嫌いなんだ…」

 

頭抱え込むほどショックだったのか。これはからかい過ぎたか。

私は手をパタパタと振って否定した。

 

「いやいや、好きだよ好き好き」

「「?!」」

「嫌いだったら私干渉すらしないから」

 

これは本音である。普段の素を出すのは限られた人物のみだ。あとは王女、レティーシア・ルシス・チェラムの仮面で十分やり過ごせる。使い分けは今後の私の人生において、ひじょうに必要なスキルなのだ。これも練習だと思えば苦にもならなくなったし。

そういえば最初の頃は慣れるまで大変だったなーと昔の自分の頑張りに想いを馳せていると。

 

「…………」

 

なんとプロンプトが珍しく口元に手をあてがって頬を赤く染めているではないか。

 

「え、なんで顔赤くするのよ。プロンプト」

「いや、あの、その」

 

口ごもって言葉にならないプロンプトの様子にピンときた私。

どうやら今の好き発言に照れているらしい。女好きなのだから女の子から告白なんて慣れたものだろうに。たかだか友情としての好きくらいで照れるとは。意外と不意打ちには弱いタイプとみた。これはからかうネタが新たにできたと喜んでいいのだろうか。

 

「レティ」

 

だがプロンプトだけではなかった。ノクトにも変化があったようだ。

嫌な意味で、だ。

 

「え、なんでノクトは反対に怖い顔してるよの!?」

「別に」

「とか言ってちゃっかり武器装備してプロンプトに襲い掛かろうとしてるの?!」

「………オレ、幸せかも」

「プロンプトもちゃっかり幸せに浸ってないで防御しなさい!」

 

私は慌ててぽけーと何かに酔っているプロンプトにプロテスをかけた。

危機一髪である。ノクトが放った武器がカツン!と音を立て跳ね返り空中で消える。

 

「別になんでもないから邪魔すんなよ」

「別に別にって問題じゃないでしょう?友達に攻撃しかける王子がどこにいる!」

 

私がそう叱りつけると、ノクトはぷいっと視線を外して不満そうな顔をした。

 

「本気じゃなかったし。レティはプロンプトが好きなんだろ?オレに構うな」

「構うなって子供みたいないい方して……一体何が気に入らなかったのよ」

 

なんだこの王子様は。

頭が痛くなってきた。たまにあるんだよね、こういう拗ねる時が。

何がノクトの癪に触ったのかわからないが、毎回対処に困るのが私である。主に私関連に多い。この王子様不機嫌事件を解決するには私の平凡な頭脳で対処するほかない。

 

「……好きだって言っただろ…。三回も」

「(ちゃんと数えてる…)そりゃ嫌いじゃないでしょう。友達なんだから」

「ただの友達、か?」

 

確認するようないい方に、妙に目力に力こもっている。その友達じゃなかったら許さないぞ的な感情が込められていそうな気がした。

 

「そうよ。ただの友達、よ。何に焼きもち焼いてるのか知らないけどノクトの親友取ったりしないから安心して」

 

まったく私にプロンプト取られちゃうから冷や冷やしてるなんて可愛い性格してるわよね。ノクトは間をあけて呆けた後、否定してきた。

 

「…………そういうことじゃないつーの」

「姫って鈍感だよね。変なところで」

 

よし、機嫌も戻ったようだ。プロンプトも幸せの世界から戻ってきたようだし事件は無事に解決した。

 

「ほらもう、二人とも行くよー」

 

私はさっさと歩き出した。

向こうで待たせっぱなしの二人が早く来いと急かしている。ノクトとプロンプトもゆっくりではあるが、足を動かし始めた。ゆっくりと二人で何か話しているようだ。きっと友情の再確認だろう。いいことだ。私は気分よく鼻歌ルンルン歌いながら眉間の皺二割り増しされているイグニスとグラディオラスに手を振って駆けだした。

 

※※

 

「……プロンプト。さっきの悪かった」

「ううん、オレも姫の告白かと思ってまともにとっちゃったから」

「でもレティのアレは、『友情の好き』だからな」

「………ノクトってさ、ホント、姫関連だと性格変わるよねー」

「言っとけ」

 

【僅かな嫉妬に気づかない君】



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朝のあいさつ。

トレーラーから出てきたノクトは最初にイグニスに挨拶をした。

 

「おはよ」

「ああ、いい朝だな」

 

次いでプロンプトとクペに。

 

「おはよー」「おはようクポ!」

 

そしてグラディオ。

 

「よ、おはよう」

 

んでもって最後に白の丸いテーブルチェアに顔を突っ伏しているレティ。だがいつも元気なレティの様子は明らかに違っていた。挨拶をしてきたノクトに気付き、のそりと顔を上げた。血色の悪い顔だったし、おなかを抑えてもいる。

 

「……おはよ……今日もデス日和だわ…。ああ、デスしたい、無性にデスしたい。誰かれ構わずデスしたい」

 

下手すれば無差別デス発動させそうなヤバイ雰囲気を出すレティ。歪んだ笑みに「けけけけ」と気味悪い笑い声を出しているものだから、周りの一般人が軽く引いていることに本人は気づいていない。ノクトは向かい側のチェアをレティの傍へと引っ張って座った。

 

「……何、朝から不吉なこと言い出すんだよ」

「うぅ…痛い…私、機嫌悪いから話しかけないで」

「あ?」

 

挨拶したのに話しかけるなとは意味がわからないと怪訝そうな顔をするノクトに、レティは死んだ目で

 

「察しなさい。女の日よ」

 

とズバッと言った。ノクトは途端、

 

「う!?」

 

と呻いてすぐにその意味を理解して頬を赤く染めた。レティはノクトのわかりやすい反応すらどうでもいいらしく無視して

 

「……あー、痛い」

 

とまた顔をテーブルに突っ伏した。ノクトは慌てふためき椅子を倒す勢いで立ち上がりレティの背中を優しく手でさすりながら

 

「痛いか?薬飲んだのかよ」

 

とレティの体調を気遣った。レティは「ん、飲んだ」と答えてテーブルから顔を斜めにさせてレティの顔を覗き込むノクトと視線を合わせた。

 

「ノクト~、抱っこして」

「え!?」

「ノクトの手、温かいからおなかさすって」

「お、オレが?」

「うん、ダメ?」

「いやダメとかそんなじゃないけど。イグニスがまたなんか」

「ダメ?」

「う!」

 

久しぶりに来たと感じたノクト。レティのお願い攻撃。

上目使いで痛みから潤んだ瞳にちょっと唇を突き出してむくれた表情。ノクトはこれに弱い。勝てたことすらないのだ。だから今回も仕方ないとノクトは白旗をあげた。

 

自分が座っていた椅子に腰を下ろし、レティを自分の膝に乗せて体をもたれさせる。ノクトの肩に頭を摺り寄せるレティ。

鼻腔を擽らせるレティの髪の甘い匂いとくすぐったさに、ノクトは一瞬、ほんの一瞬だがくらっときた。

だがなんとか踏ん張って耐えた。耐えるしかなかった。

 

「触るぞ」

「うん」

 

弱り切った声で頷くレティにノクトはドキドキといけないことをしている気持ちになりながら、ゆっくりとおなかに手を当てた。

レティは自らの手をノクトの手に重ねた。息を吐くようにレティは

 

「やっぱり、ノクトの、あったかくてきもちいい~」

 

と呟いて瞼を閉じた。どうやら少しは役に立てているらしい。レティは寝息を立てて眠り始めた。ほっとノクトは安堵した。

 

なんも問題はない。問題はないが、周りの視線が痛い痛い。

ノクトは懇願するように呟いた。

 

「……レティ、頼むからそういうこというな」

 

なんなんだ、この公開処刑は。

 

やましいことをしているわけじゃない。

朝から妹が弱っているから兄として求められたことをやっているまで。

だというのに、どうしてか背徳感を感じるのはなぜなのか、と心の中で問わずにはいられなかった。

 

「……仲が良いのは結構だが、時と場合にもよる」

「…イグニス…」

 

朝食も食べられなさそうなレティ用にと負担の少ないお手製スープを作って持ってきたイグニス。

 

「姫具合悪いんだね、さっきオレも心配して声掛けたんだけど『シャー!』って猫みたいに威嚇されて怖くて近寄れなかったんだ」

「プロンプト」

「でも薬草探してきたから大丈夫クポ」

「クペも」

 

少しでも気が休まるようにクペと一緒にその辺の草原で薬草を探してきたらしい。これを煎じて飲むと気持ちが落ち着くらしいということで透明のガラス茶器セットを持ってきたプロンプトとクペ。

 

「おらよ。昔から重い方だからな、レティは」

「グラディオ…」

 

寒がりなレティの体を温めるために大きなタオルケットを持ってきたグラディオがレティを抱くノクトごとタオルケットで包んだ。

やっぱりレティが心配な仲間にノクトは苦笑してしまった。

 

「なんだかんだ言ってお前らもレティ馬鹿だな」

「「「それはノクトもだ」」」

 

同時に声を揃えて言い返す仲間に今度こそ、ノクトは笑いを堪えずにはいられなかった。

だが彼女の存在を忘れていた。

笑い声に目を覚ましたレティの目はギラリンと怒りに染まっていて、まずい!と危機感を感じ取る面々だが一足遅かった。

 

「……うるさい、『サイレス』!」

「「「「……………」」」」

 

仲良く沈黙を喰らった男たちは効果が消えるまでおとなしくレティを見守ることにした。

クペには効かなかったようで「大変クポね」と肩を落とす男たちを慰めていたとか。

 

【ご機嫌斜めな王女にご注意を!】



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仲間はずれにすると怖いのよ。

イグニスが昔ノクトが見たがっていた流星群が近くで見られると知ったので、ノクトを誘いその流星群を見に行くことになったのだ。

二人が男の友情を確かめに行くと言って出かけた後。レティはそんな二人の為にある作戦を思いついた。題して、流れ星で友情キャッチャーしちゃおう!である。なかなかないチャンスにシチュエーションを整えてやろうというレティなりの心配りだったのだがそれがトラブル発生の引き金となった。

無事に観測地点にて見事な流星群を見られた二人だったが、仲間たちがいるはずの地点で巨大な爆発音が連発する音や大地を揺るがす地響きに驚愕してすぐにレティたちの元へ駆け戻った。高台の岩部の所にテントを張っていたはずなのだが、近辺に巨大なクレーターがいくつも出来上がっており、そのうちの一つには、ノクトの丈よりももっと大きな隕石がまだ熱く燃え上がっていて、一体何があったんだと驚かずにはいられなかった二人。

犯人はグラディオラスに首根っこ引っ掴まれた子猫のように居心地悪そうに体をちぢこませてたき火の前のチェアに座っていた。プロンプトの姿は見えなかったが、気分が悪いということで、クペのテント内のソファで横になっているらしい。クペが介抱しているようなのでひとまずは安心したノクト。グラディオラスが「疲れたから説教は任せた」と言って欠伸をしてテント内に入っていたのを見届けて、ノクトがその犯人の横に膝をつき、イグニスが眉間に皺を三割増しにさせて少し離れて立った。

犯人扱いされている、レティは両手の人差し指を合わせて、蚊が鳴くような小さな声で説明しだした。

 

「コメット降らせて流れ星見せてあげようと思ったの」

「それだけか」

 

ノクトは、追及することにした。

クレーターがそこらじゅうにできていて、奇跡的にノクトたちがテントしているところだけは直撃を免れられたようだが、それだけじゃこんなにはならないはず。

レティはさらに萎縮して、ノクトの視線から逃れるように横目で、

 

「……ううん、メテオ降らせてもっとたくさんの流れ星みせてあげようと思ったの」

 

と言った。イグニスは、胃の部分を痛そうに手で押さえていた。

そのメテオは流れ星どころか星にダメージさえ与えてしまう恐ろしい魔法。へたすりゃ人が流れ星になってしまうところである。

だがまだ、何かある。そう睨んだノクトは追及の手を緩めなかった。

 

「まだあるだろ」

 

絶対ある。まだ何かある。長年の勘がノクトに訴えるのだ。

レティの考えは底が知れないと。ずっと付き合ってきて主に被害を受けてきてレティの性格を知りつくているノクトだ。

 

「うぅぅ!アルテマでついでに帝国滅ぼそうと思ったの。やらなかったけど……。だってなんかムカつくでしょ!あんなに領土ばっかり広げて何が締結条約よ。結局はクリスタルを狙っての犯行じゃない。……きっとアイツらの性根なんて腐ってるに違いないわ。今のうちに潰しておいた方がいいのかも」

 

反省の様子を見せていたのは一時で、今度は掌返したかのように開き直るレティに思わずノクトは、視線を鋭くさせて

 

「レティ」

 

厳しい口調で名を呼ぶと、レティはさすがにまずい発言だったかと言ったあとで気付き、ごめんなさい!と頭を下げた。

 

「うぅ、反省してます……最後のアルテマはちょびっとやりすぎかなって思ったし」

「ちょびっとじゃねーよ」

 

びしっとノクトに手刀をくらいレティは

 

「あう」

 

と呻いて項垂れた。ノクトがなぜこんなことをしたんだと問い詰めると、レティはぷくっと頬を膨らませて、

 

「だって私も行きたかったもん」

 

とそっぽを向いた。蓋を開いてみれば本音はこうだった。

ノクトはガシガシと困ったように髪を掻いて、はぁ~と深くため息をつくと「悪かったよ」と謝りながらむくれるレティの頬を両手でぷしゅっと空気を抜かせた。

 

「むぅう~」

「そう拗ねるなよ。今度連れてってやるって。皆も一緒にな」

「………嘘つくとどうなるかわかってる?」

「ハリセンボンだろ」

「ジャボテンダー(髭)の『針ン千本』くらってもらうから」

「殺す気か」

 

レティの目は真剣だった。ノクトはごくりと唾を飲み込んでレティのマジ度を悟った。

 

絶対本気でやりやがる、と。

 

「楽しみだなー、皆で流れ星見るの。ね?ノクト」

「…ああ…」

 

レティの瞳が強く物語る。

 

嘘だったら、わかってるわよねって。

 

命がけの約束になりそうだ。

ノクトは早くも明日の夜にも見に行かねばと胃薬を飲みに行ったイグニスに相談しに向かった。

 

【命がけの約束】



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君は知らない。

レティーシアside

 

 

ノクトは知らない。

私がノクトの前から忽然と姿を消してしまうことを。

 

私の我儘に優しいノクトは付き合ってくれた。皆で流星群見ようって、あの猛反省した次の日の夜、イグニスと訪れた所に皆で一緒に向かった。道中、ノクトが

 

「転ぶだろ、レティは」

 

なんて意地悪そうに言いながら差し出した手に私は

 

「転んだら一緒に転んでね」

 

と茶化しながら自然と手を乗せた。プロンプトが

 

「ホント仲良いよね」

 

とかイグニスから冷ややかな視線さえもノクトはどこ吹く風と言った顔をしてむしろ堂々と

 

「いいだろー」

 

なんて自慢気にいうものだから、私は可笑しくて

 

「だったら皆で繋ごうか」

 

と悪戯心からそう提案すると、珍しくグラディオラスが

 

「おもしれ―じゃねーか」

 

って乗り気になってたけど、どうしてかプロンプトをヘッドロックかけて楽しんでた。私の右手はノクトに繋がってたらから、だったらと左側を歩くイグニスのわきの下に左手を通して、

 

「なんだ。突然」

 

と驚いているイグニスの腕に左手を絡ませた。

 

「いいじゃない、たまには」

 

と首を傾げながら言う私と密着度が増したイグニスはぐっと何か詰まったような気まずそうな顔をした。私はどうしたんだろうと尋ねようと思ったけど、繋いでいた右手が勢いよく引っ張られて私はバランスを崩しかけた。イグニスが、

 

「大丈夫か?」

 

と咄嗟に支えてくれたから助かったけど、犯人はぶすっとした顔でイグニスを睨むノクトだった。私が、

 

「急に何するのよ」

 

と文句を言うとノクトは、

 

「オレが最初だったんだぞ」

 

とか意味わからないことをイグニスに言う。どうしてか悔しそうだった。イグニスは、

 

「ノクト、女性はもっと丁寧に扱うべき存在だ」

 

とノクトをやんわりと叱るがノクトはさらに機嫌悪くなった。

 

「さっさと行くぞ」

 

と私を引っ張ってズンズント草むらの中を進んでいく。咄嗟にイグニスの腕を離してしまったから、少しだけ後ろを振り返ったらイグニスが軽く手を上げた。気にするなって意味だったと思う。まったく、どうしてノクトは私に関することになると不機嫌になるんだろう。だって、このままの関係がずっと続くわけ、ないのに。

だから、考えてしまった。

 

私がいなくなったら、ノクトはどうなるのかと。

 

流星群を背にして皆で記念写真撮ろうよとはしゃぐプロンプトだったけど、残念。ポーズ決めてシャッターが下りるのを待ってたけどセットしたカメラが前倒しになっちゃって、ボーズ損?って感じだった。その後はちゃんと撮影しなおしたけどね。やっぱり最初が肝心だ。

辺りは真っ黒で、夜空に輝く星の数は数えきれないくらい散りばめられていた。

私は本で見た世界が目の前に広がっていて人一倍子供みたいにはしゃいで、そのキラキラ星に魅入っていた。

 

「すごいすごい!」

「うわぁー」

「何度見ても見事だな」

「レティどうだ」

 

ノクトが感想を求めてきて、私は星にめい一杯手を伸ばしながら答えた。

 

「すっごく、綺麗」

「ああ」

 

当たり前って顔して笑うノクトに、私もつられて微笑んだ。ノクトはまた星を見上げて私から視線を外した。私もまた星を見上げた。

 

たくさんの、星。どこかの本で書いてあったんだ。

 

あの星は、死んだ人が星になって光っているって。

残された人が寂しくないようにって。

 

母上も、どこかの星になっているのかな。

ノクトが寂しくならないようにって。どこかで輝いているのかな。

母上、私、外の世界に出てこれたよ。きっともうお墓にお花を供えることはできないけど、夜空の綺麗なお星さまになってるのなら、いつでも会えるよね。

 

「…皆でこれてよかった。……思い出、欲しかったから」

 

ふと気の緩まりからつい出た言葉にノクトは敏感に反応した。

 

「なに言ってんだ?これからも作れるだろ。一緒なんだから」

 

一緒、ね。ノクトの一緒ってずっと一緒って意味なのかな。

馬鹿だね、ノクト。そんなのあるわけないのに。

 

否定することもできた。鼻先で笑い飛ばしてやれた。けど。私は、気が付けば彼の言葉を肯定していた。

 

「そ、だね。うん、一緒にいれたらいいね」

 

希望を含ませて曖昧にさせることでそれは未来の確定ではないことを隠されたメッセージとして伝えたつもりだ。ノクトはわかってないみたいだけだね。

 

ちゃんと笑えただろうか。

ノクトには笑えて見えてるだろうか。

だって、私の視界は揺らいでいるから。

 

「だろ?」

 

よかった。ノクトには私が笑ってるふうに見えたみたい。言葉で誤魔化して、ノクトが悲しまないようウソをつく卑怯な私。なんだか、情けなくて惨めに思えてきた。

私は、ノクトと別れると決めてた。

絶対、何があっても出ていくって。

それが私の為、ノクトの為、皆の為。きっと私の素性がバレた時、国は混乱してしまうだろう。それだけはなんとしても避けなきゃいけない。ノクトの未来のために。

なのに、私は……。

 

悲しんでいる。ノクトと、皆と別れることを。

 

でもね、グラディオラスだけは、誤魔化せなかったみたい。

 

「レティ」

「うん?」

 

グラディオラスに名を呼ばれて振り返ろうとしたら、

 

「眠いのか、仕方ねーな。久しぶりに抱っこしてやる。昔、よくやったもんな」

「は?うわっ、ちょっと!なにを」

 

ぬっと伸びてきた手によって私は戸惑う暇もなく横抱きされた。軽々と私を持ち上げるグラディオラス。急に高くなる目線と皆に聞こえないような小さな声。

 

「(バレるぞ、ノクトに)」

「!」

 

何がバレるかなんて、とっくにわかってた。ただ、認めなくなかっただけだ。

認めたら、私の負けだもの。

 

プロンプトが気遣わし気に私の体調を尋ねてくる。

 

「姫、寝不足なの?」

「そうみたい、ちょっと、ねかせて」

 

咄嗟に演技を合わせて私はグラディオラスの肩に顔を寄せる。首にしがみ付いて「ありがと」と小さな声でお礼を言った。

 

「どういたしまして」

 

予想外の共犯者のお陰で、私は勝負に負けることはなかった。

負けるつもりも、なかった。けど、勝てるとも思ってない。

 

【結局、勝負にすらなっていないんだから】



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アイツは知らない。

ノクトside

 

 

レティは知らない。

オレの前からレティが消えるって恐怖がなんども突然やってくることを。

 

最近のレティは少しおかしい。城にいた頃はこんな滅茶苦茶にことを大きくさせる彼女じゃなかった。いつも書物室で分厚い本と睨めっこして、バレないように魔法の練習しては失敗してばっかで部屋をぶっ壊したりボヤ騒ぎ起こしたりともんだいばかり起こしてた。でも皆から好かれててどんな失敗してもめげたりしょげることはなかった。いつも前向きに諦めずに頑張っている姿をいつも見てたからオレも頑張らなきゃいけないと奮起できた。なのに、そのれが今回の旅で妙に落ち着きがないんだ。どこかソワソワしてるっていうか、何かを心待ちしているというか。

 

「レティ!」

「ノクト、どうし」

 

こっちを向きかけたレティの腕を無理やり取って乱暴にオレは自分の胸にレティを抱き込んだ。

 

「うわっぷ!」

「レティ、レティ……」

 

オレは掻き抱くように戸惑うレティを求めた。発作が起きたように、薬であるレティを求めて。レティはオレの様子に驚いたようだが、そっとオレの背中に手を回してぽん、ぽんと軽く叩いてオレが落ち着くのを待ってくれた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。ノクト、怖いことなんかないから」

 

そう、レティはずっと勘違いしている。オレが母さんを失った恐怖からいまだ克服できずにいると。でもそれでいい。ずっと勘違いしたままでいて欲しい。

 

「……わりー……。ちょっとキテた」

 

オレは見え透いた言い訳をしてレティから体を少し離した。でも背中や腰に伸ばした手はまだ外さない。レティはオレの答えを疑うことすらなく、わかっているという風に少し微笑んだ。

 

「ん、いいよ。誰だって不安になることはあるから」

「……なぁ…」

「ん?なぁに」

「レティは、いなくならないよな?」

 

オレは同じ質問を繰り返す。この衝動を起こしてから何回目の質問かなんて忘れた。

だってわかっているんだ。レティは同じ答えをくれる。

 

「うん。私はノクトの傍にいるよ、ずっと」

「ずっと、か」

「うん」

 

オレは瞼を閉じてレティの額に自分の額をこすりつけるように合わせた。

 

「ノクト」

 

その声が不安も寂しさも吹き飛ばしてくれる。

 

「レティ、愛してる」

「私も、大好きよ。ノクト」

 

オレが愛してると言うとレティは決まって大好きだと返す。分かっている。どこもおかしい所なんかない。レティはオレを大切に想ってくれている。家族として。それはオレだって同じだ。レティを家族として愛している。

けど、その言葉はオレを満足させるにはなんだか物足りない言葉だった。レティは事実を言ったまでなのになんでた。オレたちは血の繋がった、家族。それでいいじゃないか。

……だけど、どこかで納得してないオレがいる。

レティと、家族以上の関係を望む、オレが。

 

右手をレティの右頬にあてがい、そっとおでこにキスをした。

家族だから、許される箇所。でもそれ以外だったら?許されないのか?

家族、で愛しい気持ちと、それ以外で愛しいと思う気持ちは別なのか?

試しに他の箇所もキスしてみた。

瞼の上、頬、それと鼻の頭。これはレティが逃げようとするからここになっただけ。

 

「レティ」

「ノクト、くすぐったい」

「わかっててやったんだよ」

 

身をよじって逃げようとするレティを逃がさないように腰をがっちり捕まえる。

レティは両手でオレの胸を軽く押しやろうとする。だがレティの弱い力じゃ簡単にオレからは逃げられない。

 

「ノクト、そういうのはルナフレーナ嬢にやりなさい」

「レティにもしたい」

 

本音いうとレティだからしたいんだ。

 

「ノクト、あのね……」

 

レティは困った顔をして言葉を詰まらせた。オレは「ゴメン」とすぐに謝った。レティを困らせたいわけじゃない。

 

「はぁー、そんな顔しないで……私が悪いみたいじゃない…」

 

オレ、今どんな顔してんだ?

情けない顔してんのか。レティが戸惑うくらいだ。よっぽど酷い面してんだろ。マジ情けねえ。

 

「………」

 

もし本当にレティが嫌がってるならオレはもうやらない。

 

「わかった。わかったわ!ノクトが不安でどうしても落ち着かないって時は、その、こういうのやっていい。でもそれはノクトがルナフレーナ嬢に会うまでの日。後は私じゃなく彼女に慰めてもらいなさい。彼女がこれから貴方の家族になるんだから……わかった?」

「一応」

 

ルーナが家族……。あんまピンとこねぇな。

そういや、オレって結婚するんだよな。あんま実感ねーわ。

 

「そこは大丈夫だって言ってよ。私の方が不安になるわ……」

 

眉間に手を当てて痛そうに瞼を閉じた。

 

「だったらレティもオレにしていいぜ」

「しません。私のキスは安売りしないことにしてるの」

「なんだよ、それ」

「……私だって夢見たいもの。一応、こんなんでも、プリンセスですから」

 

ぷいっとそっぽ向いたレティの横顔は照れているように見えた。

 

「はぁ?」

「とにかく!ちゃんと言ったからね!もう寝るわ「イテ!」おやすみ」

 

鳩尾に少し加減してだがレティの拳が打ち込まれたオレは、防御の態勢など取れなかったため、痛みからレティの体を離した。

 

「イテテ、…もう寝るのかよ」

 

オレは打ち込まれた所をさすりながら、レティの後を追った。

 

「寝るわよ、ってなんで付いてくるのよ?」

「オレも寝るわ~、ふぁぁ~」

 

安心したら眠くなってきたオレは欠伸をしながらレティとクペ専用のテントに入ろうとする。レティ押しのけて。するとレティは目を吊り上げて驚いた。

 

「ちょ、ちょっと!?なんで一緒にテントに入ろうとするのよ。ノクトはあっち!男の住処はあっち!」

 

指さしてる方向にはオレが寝起きするテントがある。けどあっちじゃ抱き枕がないからよく熟睡できない。

 

「別にいいじゃん。たまには」

「良くない!ってああ勝手に入るな~!?」

 

なんだかんだ文句言ってもレティはオレを追い出すような真似はしなかった。テントに入ってレティの寝室に続いて入る。ぶつぶつと明日の朝イグニスに怒られるの私なんだから、とかぼやいてたから先にベッドに横になった時に「ノクトはソファなの!そこは私のベッド!」と思いっきり蹴られた。どすんと床に落とされて何すんだよと文句言ったが、レティの頭からにょきっと角が見えたような気がしてオレは仕方なく言われた通り、レティの部屋のソファに寝転んだ。本当なら寝室にまで入る必要はなかったけどなんとなく一緒にいたかった。

 

「フン!もう締め上げられるのはゴメンだわ」

 

と意味わからないことを言って憤慨していたけどオレは先に寝たふりを決め込んた。

レティは寝るのだけは一人前ねと嫌味言ってたけどちゃんとタオルケットをかけてくれた。レティらしい気遣いだ。

そのうち本当に眠気が襲ってきてオレは瞼を閉じた。

それからどれくらいの時間がたったか。

ふと、目が覚めてしまったオレは無性に人肌が濃しくなって、ソファから静かに降りてレティが眠るベッドへとそろりと向かった。

レティはすやすやと眠っていて、こっちが呆れるくらい無防備だった。

 

涎垂らしてむにゅむにゅと口を動かしているから美味しいものでも食べてる夢でも見てるんだろうな。

もし、オレ以外の男が目の前にしたらあっという間においしく頂かれてしまうくらいに無防備だ。

オレも全然男として認識していない証拠ということでもあったけど。

 

「……なんかムカつく…」

 

どうしてかわかんねぇけどムカつく。

この幸せそうな顔が。

 

「……むが……」

 

オレはベッドに膝をついてレティの口元を引っ張ってやった。レティはされるがままだけどしだいに苦悶に満ちた表情になっていく。八つ当たりもとい、お仕置きはこれくらいで勘弁してやった。

そろそろいいだろうとオレは手を離し、一度ベッドを降りて靴を脱いで転がした。

レティが口酸っぱく言ってたからな。

私のベッドに土足で上がるなって。オレはレティを端に転がして自分もベッドに寝っ転がる。幸い、レティは起きなかったので良かった。

オレはいそいそとレティを引き戻して自分の腕の中に収める。

 

よし、これで眠れる。

 

「…おやすみ、レティ…」

 

オレは今度こそ熟睡できるはずと確信を感じながら、腕の中の存在を感じながら瞼を閉じた。




※次の日の朝

自分専用のベッドから起きたクペはレティを起こしに来た。そこでいるはずのない人物がいたのてクペは驚いて凝視してしまった。

レティ「うー、うー、ぐるじー……」
ノクト「………」(熟睡中)
クペ「……またやってるクポ。懲りない二人クポ」

やっぱりレティを締め上げて幸せそうに寝てたノクトがいた。


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私だって。

レティーシアside

 

 

今日も暑いですねー。

ソウデスネーと叫びたい、そんなお天気です。

 

「よし!倒した」

「レティは見てただけだろ!」

 

ノクトのツッコミと皆のあきれ果てた視線は華麗にスルー。

ようやく最後のモンスターを倒すことに成功した私達。どうしてかわからないけど、ノクトたちの標的が武器を構えるみんなの脇を通り抜けて危ないから離れていろと指示され、仕方なく少し離れた位置で見守っていた私に群がってくるというノクト達にとってはドッキリハプニングもあった。私は対して驚くことはなく、むしろ温かく迎えてあげようと両腕を広げて構えてさえいた。こう、仲良くなれたら乗せてもらえるかなって打算的な考えもあったけど。でもノクト達が踵を返してアラクラン達を撃退していったので私の計画は一瞬でおじゃん。

ノクトに「怪我はないか?」と尋ねられたけど私が頬を膨らませて明らかに不機嫌だと分かると「何怒ってんだ?」と困惑していた。

 

ふん!自分の車持ってる人に理解などできるわけがない。

自分の移動手段が欲しいって気持ちは。そう遠くない日、私がクペと一緒に世界を旅するときにレガリアみたいな車がないと不便なのだ。その足掛かりとして実は、モンスターを車の代わりとして代用できないかと考えている。

クペに内緒で相談したら「レティくらいだクポ。そんなこと考えるのは」と褒められた。

フッフッフ、誰も考えつかないことを考える。それがレティーシアという女なのだ!

 

「よし、終わったな。レティ、またろくでもないこと考えてんじゃねえだろうな?」

「へむぅ!?」

 

グラディオラスに突如みょーんと頬を伸ばされ、私は懸命に抵抗するも奴はにひひと厭味ったらしい笑みを浮かべては私の抵抗など無駄だと言わんばかりにさらに地味ないじめを強攻してくきた。ようやく解放された時には頬がひりひりして痛かった。

 

馬鹿力め!

ムカついたので隙をついて膝かっくんしてやろうとした。でも力弱くてかっくんもできなくて爆笑された。さらにムカついたので後ろからヘッドロック仕掛けてやろうとした。けどグラディオラスの方が背が高いので首にしがみ付いて足をぶらぶらさせるだけに終わった。……さらに爆笑されお返しに俵担ぎされ散々遊ばれてしまった。

今に見ていろと捨て台詞吐いて逃げようとしたけど、目を光らせていたイグニスに「何処に行くんだ」と首根っこ引っ掴まれて動くに動けないので泣く泣く逃走を断念した。プロンプトが忍び笑いしてたのでサンダー落としてあげた。

 

なんて戯れている間に、タイミングよくノクトのスマホに電話がかかってきた。

 

「あれ、電話?」

「ん……はい」

『シドニーだけど、退治は順調?』

「ああ、今終わった」

 

相手はシドニーさんから(いつの間にアドレス交換したのか謎)でノクトは討伐を完了したことを報告をした。するとシドニーさんは知り合いのデイブというハンターと連絡が取れなくなったので人探しを頼めない?と頼んできた。ノクトは快く了承してさっそくそのデイブって人を探しに行くことになった。シドニーさんの情報じゃこの辺の小屋にいるらしいって。皆で辺りを探し始めて数分ぐらいかな。砂嵐に遭遇しちゃった私達は一時避難ということで無人の小屋に逃げ込んだ。

奥の方の使い古してボロボロの木机の上に手紙が置いてあるのをノクトが発見。

そこにはブラッドホーンというモンスターらしき名前と特徴が書かれていた。訝しむ私達に突如襲い掛かってきたトウテツの群れ。

砂嵐の影響もあって視界の悪さの中、苦労しながら倒すことに成功。私はやっぱり襲われなかったからプロンプトが恨みがましい視線を送ってきてたけど、気づかないフリをした。

 

野性的な男、グラディオラスがまた別の小屋を発見。砂嵐の中なのにね。

私はノクトの背にしがみ付いてできるだけ目を開けないようにして歩いた。

そこに向かうと、どうやら怪我をした男の人が壁に寄りかかるように座り込んでいるのを発見。私達は駆け寄って男の人に話を聞いてみた。

やっぱり、彼がシドニーさんが言っていたデイブってハンターだった。

彼はあるモンスターを狙ったらしいのだが、それが思ったよりも強敵で返り討ちを食らってしまい小屋で身を潜めていたようだ。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

「ごめんなさい、ちょっと傷の具合確かめさせてもらいますね」

「……」

 

どうやら足をくじいて立てないらしい。

 

「これくらいなら、魔法で何とかなるか…。ちょっと光りますけど驚かないでくださいね……。『ケアルラ』」

 

私は傍に座って傷の具合を確かめさせてもらい、ケアルラをかけて彼の傷を癒した。

 

「な!」

 

デイブさんは初めて魔法を見たのか、目を見開いて驚いていた。

治療を終えた後、デイブさんの傷はすっかりなくなっていて私は満足げに頷いて見せるとデイブさんは私と傷があった箇所を交互に見ては夢でも見ているような表情をして固まってしまった。

 

「アンタ、一体……」

 

あ。

目立つ真似するなって口酸っぱく言われてたこと忘れてた。グサグサと背中に突き刺さる痛い視線に冷や汗を垂らしながら私は以前読んだ、究極の誤魔化し術という本の中から得た知識をここぞとばかりに試してみた。

 

「えーと、私は通りすがりの一般ピーポーです」

「あ?」

 

不発に終わった。反応がいまいちでさらに私は焦った。どうやって回避しようかと焦っていると、イグニスの腕が伸びてきて私の肩を抱き寄せてきた。「うわ!」と声を上げる私の横でイグニスは、

 

「どうかこちらのことは気にしないでいただきたい。……特にこの女子のことは。どうか内密に願います」

 

丁寧かつ圧を感じさせる口調でデイブさんにお願いした。

デイブさんは気圧されつつ、何かを感じ取ったのだろう、戸惑いつつも

 

「あ、ああ。わかった。……理由はわからんが助けてもらったんだ。約束は守るよ。お嬢さん、ありがとう」

 

と私にお礼を言った。私はイグニスが誤魔化してくれたことに感謝して

 

「いいえ、どういたしまして」

 

と微笑んでみせた。

イグニスに「目立つ真似はするな」と耳打ちされ私は、「わかってますよーだ」と小さくべぇっと舌を出した。

 

【私だって何かしたい】



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追憶の潮。

レティーシアside

 

 

ピーターパンのようにずっと子供のままでいられない。

夢のような冒険心はいつだって持ち続けたい。

自由な空へ飛んで行きたい。

 

でも、それが許される旅じゃないってわかってる。

私は、おまけだけどその存在は非公式扱い。けれどノクトと同様に護衛に守られて今に至る。守られるなんて言いかたいいけど、様は監視で彼らと共に行動するだけで私の情報は筒抜けであちらに伝わっているだろう。疎ましいと感じてる癖になぜそこまで私に執着するのか。理由は一つだ。

 

私が、召喚獣を使役できるから。

星の守護者で、神である彼らと意思疎通でき私が彼らに願えば世界さえ簡単に滅ぼせる存在とでも考えられているのかも。私にそんな安易な行動がとれるわけない。私は常に彼らに敬意を払って接しているつもりだ。いつだったか、彼らの存在がとても尊いものだと教えてもらった時、私は彼らとのやり取りが不敬に当たるのではないかと不安になり、一度だけ態度を改めたことがあった。そうしたらどうやらその行動が彼らに不安を与えたようで、毎夜毎夜、代わる代わる愛らしいぬいぐるみに姿を変えた召喚獣たちが姿を変えて私の元を訪れては、どうしてよそよそしいのか、何か余計なことを吹き込まれたのかだとか、矢次に質問攻めされて大抵最後には、私が困っているなら力を貸すからどうか嫌わないでと懇願された。実体化したシヴァには『レティに余計なこと言った奴を凍らせてやるわ』とまで言われて慌てて止めに入ったものだ。やめてと抱き着きながら半泣きになり訴えた。シヴァは渋々と言った表情で『わかったわ、レティがそういうのなら』と私を落ち着かせるために額にひんやりとした冷たいキスをしてようやく諦めてくれた。

 

シヴァの本気を全身で感じ取った恐怖は今でも私の中で強く印象づけている。

彼らから向けられる親愛が嬉しくもあり、時々人に向けるにはあまりに常軌を逸しているのではないかと恐れを抱いてしまうこともある。

 

どうして私が?

ミラの娘だから?

 

最初はミラの娘だからと言われた。

けどそのうち接する時間が増えていくにつれて彼らは、私がミラとは違うレティだからこそ会いに来ると親愛を込めて語ってくれた。

 

彼ら召喚獣は優しく寛大な心でいてくれるから、私も心を開いて信頼を寄せられた。

けど、やっぱり不安は消えない。

無条件で私を受け入れてくれる彼らだけど、世界はイレギュラーを認めない。

彼らと意思疎通を行う神薙は、世界に認められた正規の使者。

 

ルナフレーナ・ノックス・フルーレ。

 

いくら、肩書でクリスタルの恩恵を受ける王族の王女とは言えやはり神薙とは違うイレギュラーな私は世界にいらぬ混乱を与えると思う。

彼女に対して劣等感を抱く私に、「クペは大丈夫クポ!皆はレティだから大好きなんだクポ」って自信満々に胸を叩いて言ってくれるけど。

 

やっぱり、怖いの。

 

いつか、彼女に彼らとの絆まで持っていかれるのではないかって。

 

不安が時たま発作のように起こるの。

心弱い私は、少しでも多くの知識を身につけようと必死になって本に噛り付く。

少しでも彼女に対抗するだけの力を手に入れなきゃって。

 

【それが無駄な行いだとして止められない】



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2

デイブさんから討伐依頼を有料ではなくタダで引き受けると言ったノクトが誇らしかった。だって所持金……うぅ、お財布が悲しすぎて金額が言えない……。私のお財布はホクホクだけどね。ちなみに、私には金銭感覚がないクポ!とクペから痛烈な批判を受けて、お財布の管理は彼女が行ってくれている。というか奪われたと言った方が正しいのだけれど。

さて、イグニスからの

 

「モンスター退治の前に一度テントに戻らないか?」

 

という提案を「必要ねー」とあっさりと却下したノクトに、

 

「テントで一回休みたい!砂埃で気持ち悪いからお風呂入りたい!」

 

と小悪魔的魅了ポーズでお願いした私。けどノクトには効果が見えずさらに、

 

「モンスター倒す方が先だ。困ってるやつ、放っておけないだろ?」

 

と言われてしまえば、ぐうの音もでない。

 

「仕方ない、プリン三個で手を打ってあげよう!」

 

と提案したけど、

 

「レティ、オレのプリンこの前五個食ったよな」

 

とうまく切り替えられ、

 

「そうだったけ~?ひゅー」

 

と吹けもしない口笛のまねして視線逸らしたけど遅かった。

 

「誤魔化し下手くそ、ちゃんと吹けてねえし」

 

と苦笑され頬をぶにーと伸ばされ悪戯された挙句、

 

「笑える顔!ホント仲いいね」

 

とプロンプトに兄妹仲良く激写されてしまった。

やはりプロンプトには再教育が必要であると判断した瞬間だった。

 

プロンプトが何かを見つけ指さした方向70メートルくらい先にデュアルホーンの変種、ブラッドホーンを発見することができた。

 

「見て、あれじゃない?」

 

私達はさっそく退治すべきと動き出す。と言っても私は絶対前に出るなと口酸っぱくして言われているので大人しくノクトの後ろにいますが。体動かしたいよ~と訴えたけど却下されました。

 

「デュアルホーン、か?」

「デイブの言う通り変種のようだな。放っておくわけにはいかなさそうだ」

「待て」

「なになに」

 

ノクトを手で制してグラディオラスが大剣を出現させて盾となるべく前へ進み出る。イグニスがノクトと私を止めさせ、後ろへと下がらせた。

 

「ヤツはだいぶ気性が荒そうだ」

「え?そう?なんかぼんやりしてない?」

「来るぞ!下がれ、ノクト、レティ!」

「っ!」

 

襲い掛かってくるブラックホーンが来る直前、グラディオラスがスイングするように大剣を振りかぶってブラッドホーンの足を狙いその勢いに負けてブラッドホーンが体勢を崩して大きく倒れ込み土煙が舞った。

 

「おお!やった!スッゲェ」

 

なんてプロンプトが喜んだのもつかの間、

 

「っ、まだだ!」

 

体勢を立て直したブラッドホーンにいち早く気づいたイグニスが声を荒げ、私とノクトを背に庇い対峙しながら余裕そうに眼鏡をくいっと指で上げた。

 

【変種の野獣討伐Start!】



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3

レティはできるだけ後ろまで下がってろ!なんて皆に矢次に言われちゃ素直に従うしかない。戦闘中に私がいることで気を散らせるわけにいかないし。でも、度が行き過ぎじゃない?私だってちゃんと戦えるのに……。

 

息の合った仲良しプレイで見事ブラッドホーンを倒すことに成功。

ノクトとプロンプトに至っては、ハイタッチまでして勝利を喜んでいた。

最後の最後まで出番のなかった私。

 

がくっと肩を落とす私を気遣ってくれるクペの優しさにちょっと瞳が潤んでしまったのは内緒である。

まぁ、なんだかんだでついにレガリアは修理され私たちは無事にハンマーヘッドを脱することができるわけである。しっかりと働いて稼いだお金で整備費用を支払い、レガリアを受け取ることができた。イグニスがピッカピカに洗車されたレガリアをノクトに運転させようとしていた。

 

「ノクト、整備もされてるし少し運転してみるか?」

「いや、やっぱ自信ないわ」

「だったら私が「却下だ」まだ半分も言えてないのに…」

 

すかさず私がしゅたっ!と手を上げてアタック仕掛けたけどイグニスにすげなくお断りされました。結局、いつもの席に収まることになったのです。とほほ。

 

「あー、徒歩はしばらくいいわ、もう」

 

ぐーんと腕を伸ばして伸びをしていると、ノクトが茶々入れてきた。

 

「運動不足じゃねーか?」

「ノクトは知らないでしょうけどこれでも鍛えてるのよ!クレイとね」

 

グラディオラスの父であるクレイラスに散々鍛えられたのでそんじょそこらの奴には負けない自信がある。ノクトは私が鍛錬している理由については、城の中での運動不足を解消するためだと思い込んでるけど(実際、そう教えた)真実は国を出た後、自分の身は自分で守るため。外の世界で生き抜く実力をつけるため。

 

「親父もレティにはスパルタみたいだったしな」

「でしょ?もしかしたらノクトにだって勝てちゃうかもね」

 

冗談まじりに言うと、ノクトは

 

「それはねーわ」

 

と言い切った。

 

「……笑うとこなんだ」

「サンダーはやめろって」

「むぐっ」

 

サンダー落とし失敗。

記念としてレガリアの前でシドニーさんにカメラを渡して皆で写真を撮ってもらうことになった。

 

「姫は真ん中真ん中ね!」

「え、私端っこでいいよ」

 

というか写真は苦手だ。遠慮して逃げようかと思ったけどさっとプロンプトに腕を掴まれ無理やり皆の真ん中に座らされた。

 

「いいからいいから、ほらノクトも」

「おう」

「イグニス、眼鏡準備オッケー?クペは姫のとこね」

「ああ」「わかったクポ」

 

グラディオラスは仕切りたがるプロンプトに珍しいものをみたような顔をした。

 

「変にテンションたけぇな、プロンプト」

「まーねー!いいから、皆配置ついて!シドニーお願いしまーす!」

 

逃げられる雰囲気でもなくなり私ははぁとため息をついて仕方なくクペを胸に抱いて大人しくすることにした。シドニーさんがにこっと微笑んで、カメラを構える。

 

「オッケー、行くよー?」

 

プロンプトの掛け声で皆の意識がカメラに向けられる。

 

「せーの!」

「「「イェーイ!」」」

 

男三人はテンション高めにポーズ取り、イグニスはクール対応で、私はぎこちない笑みを浮かべて早く終われと念じながらカメラに向かって微笑んだ。

 

【こうして次なる目的地へと進んだ貧乏王子様一行】



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私も運転したい!

どうにもこうにやりたい衝動がある。それは突然やってくるものだ。発作的に。

可愛らしい女性に突然のお願いをされたら、当然男としては叶えてやりたいというのが男心というもの。普段から破天荒すぎて振り回されているにしても、だ。

だがそのお願いの内容が時と場合による時もある。

 

「ねぇ、私、運転したい。代わって?」

 

そういって、

運転席の椅子の肩に手をついて身を乗り出してそうお願いされたイグニス。

だがレティの唐突のお願いにも公私混同はしっかりと分けてキッパリと切り捨てた。

 

「駄目だ」

「ケチイグニス!」

 

ぶーっと頬を膨らませてわかりやすく拗ねたレティはすとん!と後部座席に再度背中を付けた。イグニスはミラーでレティの拗ねる様に目をやりながら訝しんだ。

 

「大体レティは免許持って「持ってるよ」そう持って、……何だと?」

 

言葉の途中でレティの台詞につられかけたが、すぐにその言葉に気が付いて思わず聞き返したイグニスだったが、驚いたのは彼だけではない。聞いていた仲間たちにも衝撃が走った。レティはそんな彼らのことなど知らずに、クペにアレだしてとお願いし、クペはわかったクポ!と頷くとボンボンが淡く光った。あら不思議!あっという間にレティの手には免許証が現れた。レティはクペにお礼を言ってその免許証を見せた。

 

「持ってるよ、免許。ほら」

 

そういって隣にいるノクトに渡した。ノクトは信じられないものを見るようにその免許証を色々な角度から確認した。

 

「本当、だ。自動車免許…」

 

やっぱり免許証らしい。写真にはちゃんとレティの姿が映されている。

今より少し若い顔写真でいわゆる、外面用の顔だった。

グラディオラスがレティを挟んでその免許証を見るために体を寄らせてレティから「せま!あつ!」と抗議を受けるがまるっと無視してはいないが、逆に構ってやるという風にヘッドロックした。レティは「ぐ、ぐるじ…!?」と手加減されているにも関わらずオーバーリアクションで対応した。

 

「いつの間に」

 

オレにも見せて見せて!とやかましいプロンプトにノクトは、ほいと手渡した。レティはばしばしとグラディオラスの腕を叩いて放せと訴えると腕はすんなりと外された。ほっと息をつくレティにグラディオラスは意地悪笑みを浮かべて「力ねえな」というと、レティはムッと唇を尖らせて「馬鹿力はいらないの!」と言い返した。そして気を取り直してその免許証取得の経緯について説明しだした。

 

「王族の特権ってやつ?筆記試験一回でパスしたらくれた」

 

けろっとした顔でいうものだからノクトは一瞬嘘だろと疑い、自分が実際受けたやり方を教えようとした。

 

「いやありえないだろ?教習で実技受けないと」

 

だがそれは必要なかった。レティは体験済みだったからだ。

 

「それはやってる。ノクトが学校行ってた時に」

「ハァ!?レティ、お前城から出てないはずじゃ」

 

確かにと仲間たちも納得して頷き返す。レティが城から出られない身分なのは周囲の事実で、まさか自動車免許取得の為にわざわざ教習所まで通わせることをレギスが許すだろうか。それはレティも納得済みで、こう言った。

 

「家の(城)の敷地内からは出てないよ。家(城)の前でグルグル回ったもの」

「いつの間に!?」

「しかもレガリアで」

「なんてセレブな教習なんだ!?」

 

羨ましいーとプロンプトは叫ぶのでいちいち反応が面白いなとレティは感心した。

イグニスがうるさいと顔をしかめて軽く窘めた。レティの隣で思案顔になっていたノクトがレティに確かめるように尋ねた。

 

「まさかとは思うが、……レティお前レガリアでこすぐったか?」

「うん、隣にクレイ乗ってもらってる時ちょこっとやっちゃった」

 

ぺろっと舌を出して「いやー、若かったからねー」と言い訳しながら照れて頭をかくレティに合点が言ったノクトは

 

「やっぱりか。オレがレガリアもらうとき、親父に言われたんだよ。ちょっと傷あるが目立たないから気にするな!って。確かに目立たない部分だったけど……複雑だ。実はレティのほうが先に免許持ってたなんて……」

 

とレガリアに傷があったことよりもレティよりも免許取得に先を越されていたことにショックを受けた模様。一人ズーンと暗い影を背負い始めたノクトは無視された。プロンプトが改めてレティの意外さに感嘆した。

 

「世界で一台かもしれない車を教習車扱いするなんて、やっぱ姫って愛されてるね!」

 

そして余計な一言も爆弾としてレティに落とした。

 

「……ハァ?今なんて言ったプロンプト…」

 

『愛されている』というブロックワードを言われてみるみるうちにレティの表情が強張っていき、低い声でプロンプトにもう一度尋ねた。レティの顔に書いてあるのだ。

もう一回言ったら、メテオ落としてやる、と。

前を向いているプロンプトには豹変したレティが分からず言葉を続けようとする。

 

「え!?いや、だから陛下に愛され「あー!そういやぁレティは自分の車持つとしたらどんな車にするんだ」ちょ、なにグラディオってば!」

 

これに慌てたのがレティの事情をよく知るグラディオラスだった。レティがもっとも嫌う言葉。それは『愛されている』だ。一般人のプロンプトにしてみれば、十分に過保護の扱いを受けているレティはレギス王の愛娘と認知されている。だが事実はそうではない。

血相を変えてプロンプトの台詞にわざと声を張り上げて言葉を重ねた。

 

「いいからお前はもう黙っとけ!それでレティ、どんな車だ?」

 

話題を無理やり替えられたわけだが、レティはコロッと機嫌を戻して言われてみれば考えたこともない話に真剣に悩み始めた。

 

「私?うーんと、……えーと…」

「やっぱ可愛い系とか?それともカッコいい系か、姫だと」

 

プロンプトも二人の会話に参加して勝手にレティに相応しい車を決めようとするが悩みに悩んだ末、レティは予想外のものを選んだようだ。

 

「あ、あれだ!あれあれ……カトブレパス!」

「それ車じゃねえよ」

 

沈んでいたノクトがびしっ!と反射的にツッコミした。

 

「モンスターじゃん!」

 

そしてプロンプトも同じくビシィー!とアクションつきで二度ツッコミした。

レティはなぜツッコミされるのかわからない表情をして、首を傾げて確かめるように言った。

 

「えっ、でも基本モンスターって乗り物だよね?私が頼むと乗せてくれると思うよ?」

「疑問形か!……仮にそんなことがあるとするならそれはレティだけだ。まったく、どこでその偏った知識を身に着けたんだ……」

 

イグニスが呆れたようにそういうとノクトがそういえば、と呟くように言った。

 

「あー、でもオレ。レティがモンスターに乗ってるとこ、だいぶ昔に見たことあるような気がしたんだよなー。どこで見たんだったっけ?あー、思い出せねえ……」

 

思い出せないのも無理はない。それは夢の中での話なのだから。

幼い頃、レティと共に過ごしたあの摩訶不思議な世界では確かにレティは無邪気にモンスターを従えさせていた。その断片が記憶としてノクトの中に残っていたのだ。

「あー」とか「うー」とか呻いては思い出そうとするがなかなか思い出せない様子のノクトはまた放置されて、レティは一つ大きく頷いて、

 

「とにかく!私が今一番乗りたいものはカトブレパス!これで決まり!」

 

とゴリ押しであっさりと決めた。

 

「そう思うのは君くらいなものだ……ハァ~」

 

どうかレティが本気でカトブレパスに乗る気でありませんようにと祈らずにはいられなかったイグニスだった。

 

【やりそうな予感が頭をよぎる】



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お兄ちゃんって呼んでもいい?

レガリアは走る。目的地目指して、走る走る走る。

でも乗ってるお姫様は退屈なわけで、常に娯楽を求めている。プロンプトからかったりクペの毛が逆立つまで撫でくり回したりプロンプトからかったり暇だからサンダービリビリしてみたりとお姫様なりに退屈を解消しようとしているつもりだけど、やっぱり飽きちゃうお年頃。だから、こんなこといきなり提案したりもする。

ノクトとグラディオに挟まれた真ん中で、ぐでーっとだらしなく伸びては、

 

「暇だ暇だ暇だ~」

 

とぼやいている。プロンプトはレティの退屈を解消しようと誘いをかけるが、

 

「ね、トランプして遊ばない?ノクトもさ」

「飽きた」「ヤダ寝る」

 

レティはきっぱり一言言って、ノクトはきっぱり断って素早く夢の世界へ逃げた。

この双子はこんなときばっかり以心伝心するかと、少しイラッときたプロンプト。

 

「姫~、じゃあ何がしたいのか決めてよー」

 

お手上げだとプロンプトは遊びの提案をレティに放り投げた。

レティは「ん~」と人差し指を口元に当てて、少し考えた後。ピンポン!と頭上に電球がピカピカと光ったように思いついたようだ。

 

「眠れる森の王子様ノクトは放っておいて。じゃあ、お兄ちゃんごっこしようよ」

「なんだそりゃ」

 

レティの隣のグラディオラスが意味わからんといった顔をした。レティは簡単に説明をした。

 

「私が皆にお兄ちゃんお願い!っていうから皆は可愛い妹よー、お前の願いは全部叶えてあげたいぜ、何でも言ってみなっていうの。ね、簡単でしょ?」

 

それの何処が遊びなのか全然わからなかったが、なんとなく一筋縄ではいかないような予感がしたグラディオラスだった。

 

「はいはいはい!オレやりまーす!」

「さすがプロンプト!ノリが違うねー」

 

一番に名乗りを上げたプロンプトにレティは手を叩いて喜んだ。

プロンプトは助手席から後ろを向いて後部座席に座るレティに視線をやった。

 

「じゃあじゃあオレが最初だよね?ちなみに、『お兄ちゃん』じゃなくて、『お兄様』でよろしくおねがいします!」

「オッケー、じゃあプロンプトから~、ちょっとその言葉の違いに意味があるかどうかはわからないけど。……こほん、『お兄様、お願いよ?』」

 

声音を変えて、絶対やらないぶりっ子を発動したレティの演技はすさまじく、破壊力があった。その見た目だけは可憐で儚い容姿がここぞとばかりに威力を発揮する。

 

「……………」

 

プロンプトは何かの衝動を無理やり抑え込むように自分の体を掻き抱いて悶絶に耐えた。

耐えた、頑張って耐えてみた。でもダメだったらしく、

 

「ちょっとプロンプト、台詞台詞」

 

と急かすレティにすっと前に向き直したプロンプトは、

 

「ゴメン無理キャパオーバー」

 

と白旗を振って撃沈した。滅茶苦茶可愛かったらしい。まともにレティの顔も見れないほど鳩尾にキタらしい。イグニスがちらっとプロンプトに視線をやると、顔を両手で隠しているが隠れきっていない部分が真っ赤になっていた。

これは強敵だなと嫌な汗かいたイグニス。レティが悪魔の宣告をする。

 

「じゃあ、イグニスよ次」

 

だがイグニスは平静を装って、

 

「運転中だ。後にしてくれ」

 

と軽やかに交わした。

 

「ムッ」

 

つもりだったけど、レティのほうが一枚上手だった。少し体を前に乗り出して運転席のイグニスへと顔を近づけ、耳元でこう甘い声で囁いた。

 

「『お兄ちゃん、お願い。こっち、向いて?』」

「!!」

 

ぎゅるるる!!

 

「きゃぁ!」

「うわっ!」

「ぬぉ!?」

 

思いっきりハンドルを左に回してしまったイグニスにより、車体は大きく円を描くように半回転し、対向車線へとはみ出してしまう。だがなんとかブレーキを踏んで止まることに成功した模様。

 

「いった~!?、……シートベルトしてて助かった」

「死ぬかとおもった…」

 

レティは胸を押さえて安堵し、プロンプトは真っ青な顔でシートベルトをぎゅっと握りしめているし、ノクトは相変わらず余裕で寝ているし、グラディオラスは突然豹変したイグニスの運転に驚愕しながら

 

「イグニス、どうした!」

 

と声を掛けたが、イグニスはそれには無言で返し、シートベルトを外しドアを開いてバタンと閉めた。

 

「ちょっと出てくる」

 

と言い残して森の方へ消えてしまった。数分後、森から出てきたイグニスはちょっとげっそりとしていた。曰く

 

「煩悩を振り払ってきただけだ」

 

とだけ言ってまた何事もなかったかのように運転を再開した。

だが両耳が赤く染まっていたのをグラディオラスは見逃さなかった。そして同時に、イグニスをここまで追い込むレティに別の意味で恐怖を抱いた。

 

(レティ、侮れねぇな。だがオレは軟弱な奴らとは違うぜ)

 

そう、グラディオラスは物本【ほんもの】のお兄ちゃんなのである。一人っ子であるプロンプトとイグニスとは年季の古さが違うのだ。強敵を前にした武者震いというものを感じて、自然と口角が上がった。

 

「じゃあ次はグラディオラスの番ね」

 

ついにグラディオラスの番が来た。腕を組んでドン!と大きくかまえをみせる。

 

「オレは慣れてるから二人のように軟弱じゃあねーぞ」

 

だがレティはグラディオラスの弱点を知っている。

 

「わかってますとも。でもね、グラディオラスの弱点、知ってるのよ。実はここにイリスの写真がありまーす」

「どこから手に入れやがった!?」

 

レティは何処から入手したのかわからないが、イリスの微笑む写真を手にした。

実は本人からもらったものだとはあえて伝えない意地悪なレティ。

 

お兄ちゃん、事実知らずに少したじろいだ。

だがまだ余裕を見せる。

 

「うふふふ、女は秘密がたくさんあるんでーす。そしてここにクペがいまーす。先生、よろしくおねがいしまーす!」

 

レティはクペを片手で持ち上げてぺたりとクペの顔に写真を張る。

所謂偽イリスもどきがグラディオラスの前に完成した。

 

「まかせてクポ。……(イリス声)『お兄ちゃん、ずっと私、言いたかったことがあるの』クポ」

「うお、無駄にクオリティ高い…」

 

なんだか気分的にイリスを前にしている気持ちにさせられた。最後の語尾にクポとつくのが間抜けであるが。

 

お兄ちゃん、少しぐらっと来た。

でもまだ大丈夫。

 

「『私、好きな人ができちゃったの!もう結婚秒読み段階まで進んじゃっててパパには報告済みなの。だからお願い、お兄ちゃん……結婚、認めて?』クポ」

「イリス―――!!オレはまだお前の結婚まで認めたわけじゃないぞー!!」

 

うおーと雄たけび上げて全力でイリスもどきクペを捕まえて切実に訴えるグラディオラス。

お兄ちゃん引っかかった。あっさりとお兄ちゃんは引っかかった。

レティは小さく「ぷぷっ」と吹いた。

で、「あ」と我に返ったグラディオラス。

 

「落ちたわね」

「……なんてこった…。このオレが……一時でも騙されるなど」

 

不覚とズドーンと肩を落とし暗い影を背負う物本【ほんもの】のグラディオラス。

レティの『お兄ちゃん』ゲームはレティの一人勝ちかに思えた。だがまだ最後の砦が残っていた。色々とカオスな状況の中で、一人ようやっと意識を浮上させたノクト。

 

「んだよ、うっせーな……」

 

とおぼろげに覚醒しきれていない様子で、とろんとした瞳で横のレティを見やった。

だがレティはげっ!と露骨に嫌そうな顔で、

 

「ノクト、起きなくていいわよ。寝てなさい」

 

というが、ノクトは「あー?」と寝ぼけ眼で

 

「ダメだろレティ。クペいじめちゃ」

 

となぜかレティ首後ろに手を回して、絞めた。

 

「寝ぼけてる完全に寝ぼけてるってアイタタタタ!?締まってる完全に締まってるから!」

「んー、一緒に寝てろよ…」

 

ノクトにしてみれば、いつものスキンシップなのだがそれがレティには恐ろしかった。

ノクトのコレには毎回痛い思い出しかないからだ。

 

「違う意味で寝ちゃうからそれ絶対違うから!ノクトの相手はルナフレーナ嬢でしょう!?」

「うーん、ルーナ?」

 

少し緩んだ力にこうは好機とレティはすかさず言葉を続けた。

 

「そうよ私じゃない彼女に抱き着きなさい!」

 

婚約者なら自分よりもノクトの中では優先順位が高いはずと読んだのだ。

だが、その予想は見事裏切られた。悩む様子もなく、ノクトはスパッと

 

「ヤダ」

 

と言い切り、またレティを締め上げにかかった。

 

「アイダダダ!マジで痛い痛いー!?」

 

どんな時でも泣かないと心に決めているレティだが、この痛みには毎回勝てずに涙目になるしかない。イグニスとグラディオラス、そしてプロンプトは、

 

「今回はノクトの一人勝ちだな」

「ホンモノの兄貴には勝てないってな」

「でも姫の『お兄ちゃん』は破壊力抜群だったなー」

 

と痛がるレティと安心したように眠りにつくノクトを放置してドライブを満喫することにした。

 

「ちょっとは助けようとしてよー!」

 

レティの情けない悲鳴が無情に響いた。

 

【暇つぶしにはリスクもつきもの】



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レガリアシドニーエディション。

レガリアが変わった。整備に出したはずなのになぜこうなったのか。

どういう風に変わったかというと、シドニーエディションというカラーリングに変わった。どう表現するべきだろうか……とレティは悩んだ。あえて言うなら、そう。

 

「……セクシーなシドニーがいっぱい」

 

である。レティは一つ頷いてうん、これが一番しっくりくるかなと思った。

健全な男子たちにはたまらない車ではないだろうか。あくまでレティの推測ではあるが。レティはイグニスがレガリアを見ないように視線逸らしてるに気づいたがあえて無視した。

 

「……」

 

ノクトは興味津々でプロンプトは、……表情緩みすぎだ。それで年長者のグラディオラスは……。

 

「えっちぃ顔してる。もしかして、カスタマイズ注文したのって?」

 

最後まで言わんとしていることがわかったのか、レティが引き気味に尋ねてみると、グラディオラスは心外なという風に食って掛かってきた。

 

「してねえよ!……こういうのに男は弱いんだよ、まっ、レティには無理だな」

 

そして開き直った挙句、レティに爆弾を投げてきた。

勿論、聞き捨てならぬ台詞を逃すほどレティは大人じゃなかった。むしろ子供っぽい。

 

「なんですって?」

 

サンダーセットでいつでもビリビリさせることはできる。だが先ほどの言葉を撤回させなければならないとレティは考えた。黒焦げにするのはその後でも十分なはずと。

 

「レティ、対抗する気になるな」

 

イグニスがさっとレティに釘を指してくる。視線は相変わらず明後日の方向だけど。

レティは唇をツンとさせて抗議した。

 

まだサンダーセット解除はしない。隙あらば落としてやろうと思ってるのだから。

 

「だって、私には大人の女は無理だっていうから」

「そこまで言ってねえよ」

 

とか言っているが、明らかにレティに興味はない様子。まったく説得力の欠片もない。リアルのレティは無視でレガリアのシドニーに釘付けということかとレティは腹を立てた。

 

レティの中で、女として負けられないというか意地みたいなものが衝動的に沸き上がってきた。だからレティは行動に移したのだ。女の意地を見せるとき!

バッとジャケットに手を掛けて勢いよく脱ぎだしてみせた。

 

「だったら言わせてみせるだけよ!」

「おわっ!?何脱ごうとしてんだよ馬鹿!」

 

ノクトがぎょっとしてさらにタンクトップに手を掛けようとしたレティを止めに入る。おへそまで出かかっているレティはくわっと目を吊り上げさせてノクトを睨んだ。

 

「ちょっと!?ノクト止めないでよ!女の意地を見せるときなのよっ」

「んなくだらないことで見せんじゃねえよ!?」

 

ぐいぐいと上げようとするレティの手をノクトは必死にで防ごうとする。

だがレティとしてはこっちは女の意地がかかっているんだ!男の力に負けてたまるか!と対抗心をむき出しにするだけで猶更煽っているだけだった。

 

「くだらない!?くだらないって何よ」

「とにかく落ち着いてってば!姫!」

 

今度はプロンプトまでレティの行動を抑えようと加わってきた。

くそ、多勢に無勢とはこのことか!とレティは内心舌打ちした。

 

「うるさいプロンプトは黙ってサンダーでもくらってて!」

 

と怒鳴りつつ器用な私は指を使わずにプロンプトの頭にサンダーを発動させた。

けど悔しきかな、散々サンダー落としに慣れたプロンプトは危険を察知して軽やかにサンダーの直撃を避けた。

 

「それ明らかな八つ当たりでしょ!?」

 

信じられないと言った様子で文句言いながら避けた。

 

なんてプロンプトの分際で許せないわ。そこはhitするところでしょ!?

 

サンダーが駄目ならサンダラよと意気込んだレティは無防備なノクトの腹にパンチを決め込んで「グッ!?」と呻いたノクトの隙を突いて彼から身を離すために後方に飛んで下がり、「喰らえ、サンダ」と恐怖に慄いたプロンプトに標的を定めている時に、

 

「レティ」

 

と極自然にグラデイオラスが後ろからレティの名を呼んだ。レティは鬼の形相で怒鳴り返しながら振り向く。

 

「何よ!グラディオラス邪魔しないで!」

「なんか来てるぞ」

「なんかって……シヴァ……」

 

そう、そこには氷神のシヴァが満面の笑みを浮かべてレティに手招きをしていた。

 

『レティ、こちらにいらっしゃいな』

「……なんか怒ってる?」

『怒ってないわ。ええ、ちっとも』

「やだやだなんか怒ってる」

 

シヴァの背後でブリザードが発生していることにレティは嫌な予感しかしなかった。

 

『怒ってないわ。ただこれから氷の塊落とそうと思うから危ないから呼んでるのよ。こっちにいらっしゃい』

「なんで!?どこに敵がいるっていうの!」

『レティ、女の子がはしたない真似しちゃいけないわ。男なんて所詮獣なんだから油断しては駄目よ』

「いやそういう話じゃなくて」

『見えてたのよ。下着が』

「………誰が?」

『レティのよ』

「………誰に?」

『あの軍師に』

「………」

 

レティはゆっくりとイグニスへと視線を向ける。彼は両耳真っ赤にしては絶対にレティを見ないようにしている。どうやらシヴァの指摘通りレティの黒のレースのブラを目にしてしまったらしい。

 

「「オレ達は何も見てない」」

 

ノクトとプロンプトは必死に首を振って関係ないと否定する。がそんなものレティには全然関係ない。グラディオはこっそりと逃げ出そうとしていたが、しっかりとシヴァに足元を氷漬けされていて逃げられなかった模様。

わなわなと肩を震わせて徐々に恥ずかしさから顔を真っ赤にさせていくレティは急ぎ足でシヴァの後ろに駆けだした。

 

「シヴァ!お願いしますっ!」

『分かったわ』

 

シヴァから容赦ない氷の塊攻撃がくりだされ連帯責任ということで男子たちは必死に避けまくった。攻撃が終わった頃には死屍累々と化していた男子たち。その後、暫くその周囲には氷の塊が溶けずに残っていたという。

 

【ところで、誰がカスタマイズ頼んだの?】



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弱点の星。

レティーシアside

 

 

無事ハンマーヘッドから出発した私達は、ドライブ中のおしゃべりを色々楽しみながら、次なる目的地ガーディナ渡船場へ向かう途中のランガウィータのモーテルに立ち寄ることになった。シドニーからその店主に荷物を届けてほしいと頼まれたんだって。短い間だったけどシドニーとはずいぶんと仲良くなれたから彼女のお願いは叶えてあげたい。

 

イグニスが運転するレガリア内で、男らの会話が弾む中、私はクペをひざ元に乗せて一人黙り込んで思考に耽っている。

 

どういう心境の変化か。

最初はどうにも身構えてしまった私だけど、シドニーの方から声を掛けてくれる機会が増えていくと同時に彼女の飾らない優しさや気遣いに溢れた素敵な女性だって知れることができたから。

しかもしかも!

旅で困ったことがあったら遠慮なく電話してってアドレス交換もできるなんて思わなかった。男ばっかりの旅じゃ何かと女の苦労も知らないからね!なんてウインクしながら付け加えて言うから、思わず笑えてしまって吹いて傍にいたノクトが怪訝そうにしてたな。ふふっ、でもまさにその通りなんだもの。

男だけの旅だとやっぱり女の事情的なものも出てくるし、いざって時頼りになる年上の知り合いが増えたのは素直に嬉しい。お陰で私のスマホの登録件数は何件か増えてこれで女の友人が二人に!後は男ばっかり……。ノクトでしょ、プロンプトでしょ?イグニスにグラディオラス、クレイにコル……、両手で足りる……。

 

いいもん!これからもっと知り合いできるっていうか作ってやる!

と意気込んだところで、まずの課題は私の周りを固める男どもをなんとかしなくてはいけない。この人達、ノクトの護衛で同行しているはずなんだから私の周りを固めるのはいかがなものか。しかもノクトも一緒に私の傍ピッタリ離れないんだから、貴方はこれから結婚式迎える花婿ですかと言いたい。

いくら世間知らずの王女様のためとはいえ、やりすぎだと思う。

かといって、あのイグニスに真正面から意見などすれば何十倍にも返ってくることはわかりきっている。だから我慢して来るべき時まで耐えるしかない。

 

オルティシエにたどり着くまでできる限り情報を仕入れるため、そして少しでき人馴れするために年代が近そうな人に適当に声を掛けている。わりと心優しい人で私が分からないことを丁寧に教えてくれたり、食事でもしながらゆっくり話さないか?なんて誘ってくれる人もいたりする。でもほとんどが男性だったりするのはどうしてかな。

でも大抵、私が承諾する前に強面のグラディオラスが私の後ろに立ってまして、あっという間に男性たちは蜘蛛の子散らすように素早く逃げていく。

 

ああ、私の情報源さようなら~っていうのが毎回のパターン。

グラディオラスだったりイグニスだったりノクトだったりプロンプト(彼には私がやり返す)がお目付け役。

隙あらば実行しているのだけどやっぱり勘付かれて先手を取られてしまう。

そしてお決まりのイグニスの長いお説教が始まる。

やれ王女らしからぬ軽率な行動だの、淑女たるものうんたらかんたら、男に対する認識をもっと改めろとか、よくもまぁ毎回同じこと言えるものだ。私も同じこと言われても実行し続けているけどね。

でも私だってやられっぱなしじゃない。

女の魅力を最大限に利用して相手を動揺させる技をイリスから教わった。

事前に目薬を仕込んでおき、潤んだ瞳で上目遣いに相手を見つめ、

 

『ごめんなさい、にゃん』

 

と猫の仕草をしながらがポイント!

するとたちまち相手の意表を突くこと間違いなしだ。これは既にイグニスで実験済みで効果は抜群だった。さらに、『ご主人様』という言葉をプラスさせることで相乗効果をもたらす。イリス曰く、これで大抵の男は黙らせられるって。

 

あら、気が付けば目的地であるズィーズィー・ズーにたどり着いたようだ。

ドアを開けてレガリアから降りていく中男ら。ノクトが最後に私の頬を指先で軽くつついてきた。

 

「さっきから黙りこくって何考えてんだよ」

「…別に」

 

そっけなく返し私はクペを抱いて降りた。ノクトはムッとした顔になったけどそれ以上追及はしてこなかった。

 

「何回も話しかけたクポ。でも全然気づいてなかったクポ」

「そっか、ゴメンゴメン」

 

クペからの抗議に苦笑しながら謝り、ぐーんと伸びをする。

体中が痛い。やっぱり真ん中は疲れるから次はプロンプトと場所変わってもらおう。なんて目論んでいるとさっそくノクトが店主にシドニーからの届け物の件を伝えて、お願いクリアー。荷物は勝手に運ぶらしくレガリアはしばらく駐車することに。

皆で集まりこれからどうするかという話題になった時、

 

「わん!」

 

犬の鳴き声が後ろからして皆で一斉に振り返ると、そこにはノクト目指してやってくる一匹の黒犬の姿があった。

 

きた。

と同時に私の表情がわずかに歪む。

 

「アンブラ!」

 

ノクト筆頭に皆がその黒犬、アンブラを温かく迎える中、私だけがずずっと後ずさり距離を取る。

なぜかって?苦手だから。

クペが「分かりやすすぎクポ」と呟くのが耳に入った。ちょっとムカついたからクペのほっぺをムニムニして遊んであげた。

 

私の行動は皆には認知の上なので不思議がられることはない。

私と正反対の態度でノクトがアンブラをねぎらいながら声を掛けた。

 

「よしよし」

「届け物か、ご苦労さま」

「よくここがわかったな」

「有能な伝達役だからな」

 

プロンプト、グラディオラス。イグニスがアンブラの賢さを褒めちぎったり驚いたりしている。我関せずといった態度で彼らの様子を見守り、早く終わってと祈る。

 

ノクトとルナフレーナ嬢、二人だけの秘密の交換日記。

十年以上も途切れることなく続けられる絆の証に、私の心は長年乱され続けた。苦手意識を持たないほうがおかしい。アンブラだって嫌いじゃない。ただ、苦手。

彼女の犬だから。理由なんてそれだけのこと。でも周囲には私が犬が苦手だと思われているみたい。あえて、否定はしないことで私の態度は疑われていないことが助かっている。

ノクトはアンブラから本を受け取って開き、あるページで視線を止まらせごそごそと何かを取り出して本の表面に張り付けたようだ。きっとプロンプトが撮った写真を選んで張り付けたんだろう。近況を伝えるためには一番わかりやすいからね。……なんで私余計なこと考えてるのかしら。解説とかいらないし。

 

ぶるぶるっと頭を振って余計なことはもうおしまい。

アンブラは彼女の元へ帰るためにあっという間に去って行った。

 

「レティ、もう行ったぞ」

 

犬苦手という偽りを素直に信じてるノクトが私に向かって手招きしながら呼んできた。

 

「うん」

 

頷き返してノクトたちの方へ駆け寄った。プロンプトは私が犬を苦手だという話をノクトから教えられたようで

 

「姫でも苦手なものあるんだー!はい、一枚!」

 

とニマニマしながらパシャリ!と不意打ちを狙ってカメラのシャッターを切る。

 

「ちょっと!勝手に撮らないで」

「いいじゃん、一枚くらい」

「カメラ貸して。壊す」

「怖いこと真顔で言ってる!?」

 

あら、全開の笑顔で詰め寄ってあげたのに怖いだなんて失礼なこと言う人にはお仕置きしてあげなきゃ。

 

「サンもごっ「やめろ!周りに及ぶ被害を考えろっ」」

 

でも残念。私のサンダー落としはあえなくグラディオラスとイグニスの手により失敗に終わった。あとで覚えておきなさいと睨み付けてやったら、ほっと息をついてたプロンプトが「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。

いい気味だなんて余裕扱いてたのが悪かった。まさか反撃を喰らうなんて……。

 

きっとプロンプトに悪気はないんだと思う。つい出てしまった言葉なんだろう。

 

「ルナフレーナ様と大違い……」

「!?」

 

頭から雷を受けた衝撃が私に走った。よろりとふらつかなかったのが私の意地だったけど、これには堪えたよ。

普段の行いから彼女とは違いすぎるってわかってたけど、他人から言われるとキツイもので、私の機嫌はあっという間に急降下。沈黙レティの出来上がり。

 

皆が買い物を済ませている間、私はダイナー・クロウズの店内のカウンターにて自棄飲みすることにした。嬉しいことに私の小さな相棒、クペも昼間から付き合ってくれて、店主の生暖かい視線が送られる中、私はカウンター席に腰かけクペはテーブルの上に二人でジュッティーズを片手に乾杯をする。

 

「レティ、あんまり気にしないクポ。クペはレティらしくて好きだクポ。ちょっと元気すぎる時もあるけど、元気じゃないのはレティじゃないクポ」

「ありがとう、クペ」

 

目尻に堪った涙をそっと指先で拭いながら私はクペに微笑んだ。

 

「よぉし!今日は私のおごりだ!マスター、ジュッティーズもっと追加!それとポテトもお願いっ」

「レティ、天然水で酔ってるクポ?」

「お嬢さん、ちょっとそればっかで大丈夫ですか?」

 

マスター、私の注文聞こえないのかしら。ポテトって追加したじゃない。ジュッティーズばっかりじゃないじゃない。ポテトまだ?ジュッティーズまだ?

 

どんっと空になった瓶底をテーブルに勢いよく叩きつけ、私は

 

「いいから持ってこい」

 

可愛くお願いすると、

 

「!?は、はいっ」

 

とマスターは慌ただしく準備をし始める。

 

うんうん。素直なのはいいことだ。新たに追加されたジュッティーズの栓を開け、気分はハイテンションに近い!

 

「今日は思いっきり飲んでやるぅ!」

「だから水でどうやって酔うクポ」

 

周りの客からの冷ややかな視線もなんのその!

レティ、今最高にキテる!

 

【数分後、天然水で出来上がったレティは目を回してひっくり返ることになる】

 



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私とオレのすれ違い。

レティーシアside

 

 

比べられることにコンプレックスを抱えている私にアレは禁句だ。

 

『ルナフレーナ様と大違い……』

 

ルナフレーナとは大違い、それは当たり前だ。私と彼女は違う。

同じプリンセスでもあちらは正当な血筋で正真正銘物語に出てくる王道の存在、本物の王女。

方や私は血筋が不明でなおかつ偽物の王女。その存在は疎まれ戦争の脅威とならないために城にて幽閉生活20年。

 

ルナフレーナ嬢とは月とすっぽん。豚に真珠。天と地の差。雲泥万里。鯨と鰯。雪と墨……。ああ、色々私にピッタリな言葉が次から次へと浮かんでくる。無駄な知識ばっかり抱えていざって時役に立たないものね。

……一番自覚してるはずなのにね。何ショック受けてんだかと笑えてくる。

 

グラディオラスもイグニスも、ノクトも心の中じゃそう思ってるんだろうな。

ただ私が可哀想だから言わないだけかも。……憐れみか。同情か。それとも恥さらしの王女、だなんて内心は見下してたりして。

ヤバイ、どんどん卑屈になって嫌な人間になり下げっていく。

 

……気づけ、私が最後に信じれるのは結局クペと召喚獣達だけなんだって。ノクトは結婚してルナフレーナ嬢のものになる。私を守ってくれる王子様はいなくなるんだ。

そうと決まればさっさと意識を浮上させよう。ここでぐちぐち悩んでたって解決はしない。

 

「レティ」

 

……聞きなれた声がすぐそばでした。

誰かな、クペかな。目覚ましにはちょうどいい。

起きて、目を開けて。さぁ、また私だけの世界を見つけ出そう――。

 

 

少し身じろぎすればギシリと軋んだスプリングがする。

ゆっくりと瞼を開いて、くすんで痛みがかった天井とご対面。

私はベッドに寝かされていたようだ。あまり寝心地がいいとは言えないベッドだけど。窓際に置かれたライトがぼんやりと室内を照らしだす。もう夜を回っているみたい。窓から見える景色は暗くなっている。

きっとここはあのモーテルだと思う。雰囲気に酔って目を回したところまでは記憶に残っているから。お酒すら飲んだことないのに酔えるなんて、安上がり。

少し湿っぽいカビっぽい匂いがする。あまり使われてない部屋なのかしら。

ぼうっとした頭でゆっくりと体を起こす。どうせ誰もいないからと油断して。

 

「気持ち、悪い」

 

胃が重たいのはポテトの食べ過ぎだ。

 

「起きたか」

「!?」

 

私は驚いて言葉を失った。だって、傍には私を心配そうに見下ろすノクトの姿があったのだから。

 

「……ったく、食いすぎだろ。何やけ食いしてんだか」

 

あらかたの事情は知っているらしい言い方をする。ああ違う、そうじゃない。

なぜここにノクトがいるのか一瞬理解できない。

 

「……なんで、ノクトいるの」

「あ?アイツらなら用事済ませてる。今日はここに泊まるからって、もう夜だしな。出発明日になったから」

 

私の問いを別の意味で受け取ったノクトはそう説明した。

でも私はそんなことが聞きたいわけじゃない。

さっきまでの嫌な感情が蘇って来てノクトにぶつけたくなった。でもこみ上げてきそうな気持ち悪さの方が勝ってつい口元に手をあてがって背中を丸めた。

 

「……うっ」

「おい、大丈夫か」

 

椅子から少し腰を上げて私の背中をさすってくれるノクト。でも私は力を振り絞って片手でノクトの体を横に押し退けた。

 

「………大丈夫だから、私のことは気にしないで」

「どこが大丈夫って顔してんだ。イグニスが飲んどけって、薬。ほら、こっち向け」

 

テーブルの上に私用にと用意してあった薬と水差しからガラス素材のグラスを手に取り水を注ぎ、それを私に手渡して来る。

反射的に私は拒絶した。

 

「いらないっ!」

 

バシン!とノクトの手を突っぱねたことで水が入ったグラスがノクトの手から落ちて

 

がちゃん!

「おわっ!?」

「あ……」

 

落ちて割れてしまい中の水が盛大に零れた。

 

「……」

「……」

 

気まずい雰囲気が部屋に漂うけどノクトは無言でしゃがみこみガラス破片を素手で片づけ始めた。

 

ああ、危ない。素手じゃ切れてしまう。

私はレビテトで浮かせようとベッドから降りようとした。けど

 

「……、ゴメン。私、片づける、から……」

「レティ!?」

 

まだ足元がおぼつかなくてぐらりと視界が傾く。咄嗟にノクトが受け止めてくれたから助かった。

 

「あぶねっ、……いいから横になっとけ。オレがやる」

 

そういってまた私をベッドに腰かけさせてノクトは片づけを再開して私はみていることしかできなかった。不器用なノクトだけど掃除だけは何とかできたみたいできっちり硝子破片も処分して無くなった。忙しなく動くノクトをぼんやりと見つめていた。

 

「……」

「ほら、水。とりあえず飲めよ」

「……ありがとう……」

 

新しく注がれたグラスを両手で受け取り一口含む。

口の中、カラカラだった。「ほら」と手渡されたカプセルの薬を口に含んで水で押し流す。そんな私の横でノクトはベッドにドカッと腰かけた。

またスプリングがギシッと軋む。

 

「レティさ、溜め込みすぎ」

「……」

 

私は顔を俯かせたまま何も答えない。

 

「……」

「……」

 

グラスをサイドテーブルに置いてまたベッドに腰かけた。

しばらく、私達は何も話さなかった。膝の上で組んだ手にそっとノクトの手が伸ばされ重ねられる。それでも私はノクトの方は見上げない。

 

「オレ、そんなに頼りないか?」

 

近くで聞こえるノクトの沈んだ声。

ノクトは、気づいている。私が抱く劣等感に。

 

「だって、ノクトは……。頼れないよ。……ルナフレーナ嬢と結婚するじゃん。そしたら、他人みたいなものでしょ。今の関係はきっと終わる、から。頼りたくない。甘えちゃうもの」

「甘えたっていいんだよっ!」

「!」

 

乱暴に肩を掴まれぐいっとノクトの方を向かせられ、そこには切なげに表情を歪ませるノクトがいた。

 

「ノクト……」

「レティ、無理すんな。オレはお前のそんな顔、見たくねぇ」

 

どうして、ノクトはこんなに優しい言葉を掛けてくれるんだろう。

私の頬に伸ばされた手が温かくて尖った心にじんわり染みてくるよ。

 

「……私、どんな顔してる」

「今にも泣きそうな顔」

 

ずばりドンピシャ。

やせ我慢して私は無理やり笑った。今は半分だけ素直になってみよう。

 

「……あたり……。泣かないけどね」

「……レティ……」

 

理由なんか言えるわけない。こんな馬鹿みたいな個人的感情に振り回されて八つ当たりするなんて子供の癇癪と一緒だもの。情けない。

 

「でも、ちょっとだけ……貸して。最後だから」

「……」

 

許可を得る前に私はノクトの首に両腕を回し、驚いて息を呑む彼ごとそのままベッドへと押し倒した。

 

二人分の重さに大きくベッドが軋んで沈む。

ノクトの胸に耳をあてがうと心臓の鼓動が早くてクスッと笑ってしまった。

 

「……」

「ノクト、心臓、ドキドキしてるね」

 

そう指摘してみると、ノクトは、

 

「……レティが驚かせる真似するからだろ」

 

とお返しと言わんばかりに私の髪を弄ぶ。

 

「だね」

                                    

きっと船に乗ればそれも終わるから。

 

「最後だから」

「最後じゃねぇ」

 

律儀に言い返さなくてもいいのに。

 

この温もりを手放さなきゃいけない。でも今この瞬間だけは私だけのもの。

……今だけは、ノクトを独占させてほしい。

明日にはすぐに貴方の心の元へ帰すから。だから、今だけは……。

 

ノクトに縋りつき私は瞼を閉じて眠りにつく。

 

【最後と自分に言い聞かせて】



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2

ノクトside

 

お互いの体を密着させてオレ達は抱き合ってベッドに横になっている。

そういや、一緒に寝るのはこの前以来か……。最近じゃイグニスが小うるさいからな。

 

「寝た、か」

 

オレの上でレティはスゥスゥと寝息を立てている。薬が効いてきたんだな。

前よりは顔色も良くなってるみたいだ。ランプの明かりを頼りにもぞもぞと動きポケットからスマホを取り出して時間を確認する。げ、二時過ぎてんじゃん。

 

レティを起こさないように慎重に体を動かそうとするが、がっちりとレティがオレの服を掴んでいて結局動けねぇ。

ふぅと、軽くため息をついた。

クペの姿が見当たらないのは気を利かせて別室で寝ているんだろうな。一度、部屋に誰か訪れた形跡がある。テーブルの上にはお腹を空かせたときにでも食べろという意味でおにぎりが数個用意されている。イグニスが作ったのか、……やべ、腹減った。

ぐぅ~と盛大に腹の音が鳴って一瞬レティが起きるかと焦ったが、起きる気配はなかった。

 

「…はぁ…」

 

レティが起きるまではこのまま、か。

仕方ないと納得して我慢するオレは、きっと相手がレティだからだと思う。

他の奴だったらここまで優しくなんかしてない。……ルーナだったら、そうだな。ベッドまで運んでそのまま部屋を出るな。まぁ、ルーナが水で酔うとは到底思えないけどな。

 

馬鹿やらかすレティだから目が離せない。

今も、これからもその役目はオレでありたいと願う。

 

政略結婚を控えた身でオレは不謹慎なことを考える。

 

レティを、手放さずにいられる方法があるんじゃないかって色々手段を講じようとしている。オレが結婚しちまえば、いずれレティは降嫁させられるかもしれねぇ。あの親父のことだ。散々あんな扱いさせてたんだ、簡単に捨てることぐらい厭わねぇだろ。

 

けどオレは絶対納得しない。レティが誰かの所に嫁ぐなんて。

いや、そもそもオレ以外の手を取るなんて、考えられないぜ。

 

……前々からあったオレの中にあった気持ちが膨れ上がってる。

妹であるレティに、抱く恋心を。

 

家族だと言い聞かせてきた。

家族ならレティと離れることはないって。

 

でも、家族だから離れる時が来た。オレがルーナと結婚することでレティは一人になる。

ルーナを城に迎えたとて、オレが帰る場所はレティが待つ部屋じゃなくてルーナが待つ部屋だ。

 

だからレティはオレに甘えようとしなかったんだ。

オレの為に、ルーナの為に。

それがやせ我慢だってことはすぐわかる。

 

「…うぅん…」

 

小さく呻いてはオレが側にいることを確認するように服を掴んでいる手にきゅっと力を込める姿がいじらしい。空いている手で乱れた前髪をそうっと横に払う。

 

レティは子供の時から何も変わらない。儚げな印象を持ちながら、活発で好奇心旺盛。人見知りは激しいが、自分の懐に入った相手には無条件で気を許す。警戒心が強いのかと思わせるが、そうじゃない。自分を認めてくれた相手にはとことん甘えるんだ。

その中で、レティが気を緩めて甘えられる相手がオレだって自負してもいい。

 

オレの腕の中で安心しきって眠るレティを、ずっと傍で守ってきた。

今でも、これからもその役目はオレのものだ。

 

「最後じゃない」

 

王族として責務は全うしたい。けど感情押し殺してまでルーナと添い遂げたいとは思わない。何より、

 

「最後に、させねぇよ」

 

させてたまるか。

 

「オレは、レティが、好きだ」

 

実の妹だとしても、この気持ちはもう抑えようがない。

世間から後ろ指さされようが気にしねぇ。

 

「レティ、……好きだ」

 

滑らかなおでこにそっとキスを送り、また身を寄せ合って眠りについた。

 

【自覚したら止まらない】



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言い知れぬ不安。

レティとノクト。

 

一見以前と変わらないように見えて、レティを見つめるノクトの視線は、兄ではなく一人の男としてのものであると気付いたのはクペとグラディオぐらいなものである。その決定的な瞬間が、あの時だった。

 

レガリアがガーディナ渡船場に近づくにつれてラジオからはルナフレーナの声明が流れ、結婚しても神薙としての変わらぬ仕事を約束すると語っていた。レティは彼女の声を聴いた途端、わかりやすくキャップを目深にかぶって寝たふりを決め込んだ。プロンプトやグラディオがルナフレーナとの結婚ネタでノクトをいじるがノクトは、鬱陶しそうに「ふん」と鼻を鳴らして黙り込んだことで二人はつまらないといった風に大人しくなった。

海が近づくにつれて、今度はレティが元気にはしゃぎ始めた。

席を立ちあがってキャップを取り、銀色の髪を風になびかせ子供のように目をキラキラさせて大喜びする様にノクトやプロンプトそしてクペも同調した。

 

「うわー!すごいー海だ」

「すげー!」

「おお!」

「綺麗クポ~!」

 

長い下り坂を下りればすぐカーディナ渡船場は目の前である。

だがそこへ行くまでの道すがら、カーブは下り坂になってきており、少しきつめとなっている。

 

「はしゃぎすぎて落ちるなよ」

 

グラディオが元気がよすぎるレティに気を付けるよう言うが、

 

「大丈夫だよーってふぎゃ!」

 

過信しすぎたレティはバランスを崩してノクトの上に倒れ込んでしまった。

ちょっと痛いところに入ったノクトは「ぐっ!」と呻きながらも耐えてレティを受け止めた。イグニスは運転中なのでミラー越しにレティの現状を確認しながら「大人しくしててくれ」と疲れた声を出し、プロンプトが何事かと振り返ったり。

 

「おいおい、言ってる側から……」

 

グラディオが呆れた様子でレティに手を貸しノクトから引き起こし真ん中へ座らせる。

レティは慌てて、ノクトに謝った。

 

「ゴメン!ノクト、大丈夫?」

「…ん…」

「ほんとゴメン。痛かったよね」

 

眉を下げて必死に謝るレティにノクトはクスッと微笑んでレティの頬をむにゅっと抓んだ。

 

「大丈夫だよ、やわじゃねーし」

「…いしゃい…」

 

不満げにレティがノクトを軽く睨むとノクトは珍しく声に「アハハ!」と出して笑った。

他人から見れば仲の良い兄妹のやり取りに見えるかもしれない。実際二人はいつもこのような触れ合いをしていた。だがグラディオはノクトの視線で勘付いた。

 

コイツ、自覚したな、と。

 

レティとクペを除いてこのメンバーの中で唯一この兄妹の隠された関係を知っているグラディオだけだ。それゆえにこの先の結婚式が不安で仕方ない。まさかの大どんでん返しあるとかは勘弁してくれよなと頭抱えそうになる。

だがあくまで、想像であってノクトの真意は測れない。

 

ノクトはルシスの王子であることをちゃんと自覚し受け止めている。

この旅はノクトはルナフレーナとの結婚式に赴いている事実をしっかりと認識もしているはずだ。だからグラディオは何も言わない。

 

決断し、行動を起こすのはノクトだが諫める立場なのも自分たちなのだから。

 

 

色々問題はあったが、無事にカーディナ渡船場にたどり着くことができた王子様一行はふらりと寄り道はしないで、パーキングにレガリアを停め、海の上に設けられた桟橋を渡って船着き場を目指すことにした。だがそこで思いもよらぬ出会いを果たそうとは、この時誰しも予想すらしなかった。

長い桟橋を渡り終えて宿泊施設などが備わっている店内へ入った時の事。

談笑しながら歩くノクトたちの行く手を遮るように謎の男が現れたのだ。

赤髪のショートヘアの男は初対面のノクトたちにこういった。

 

「残念なお知らせです」

 

見知らぬ男にいきなりこんなことを言われれば立ちふさがれれば怪訝な表情をするしかないノクトたち。

 

「はぁ?」

 

ノクトは訝しみ、レティはクペを抱き込みながらノクトの後ろで何事?と首を傾げた。

 

「船、乗りに来たんでしょ?」

「…そうだけど」

 

プロンプトが戸惑いながら肯定すると、男はスッとノクトたちの間をわざと通り過ぎていきながら、

 

「うん、出てないってさ」

 

と軽い言い方をした。さすがに相手のペースに巻き込まれていることに耐えかねて、グラディオがずいっと一歩相手に近づいて

 

「なんだ、アンタ」

 

警戒こもった問いかけをする。だが男はグラディオの様子など気にも留めずに自分の言いたいことだけをペラペラと喋り始めた。

 

「待つの嫌なんだよね~、帰ろうかって。停戦の影響かな~」

 

わざとらしい芝居かかった口調で言ながら男は、くるっと振り返りピッと指先でコインを弾きノクトに向かって投げた。思わず腕で受け身をとったノクトだったが、そこはさすが王の盾。パシッと手で見事受け止めたグラディオ。自分の手に収まったコインを一瞥した。

 

「停戦記念にコインでも出たのか?」

「えっ?マジで?」

「出ねーよ」

 

ノクトがバッサリとプロンプトの言葉を切り捨てた。レティはこそこそと動いてグラディオが持つコインを盗み見た。男は

 

「それ、お小遣い」

「はぁ?」

 

先ほどから飄々とした男の態度に、グラディオはついに腹に据えかねて声音を低くして問い詰めるように尋ねた。

 

「おい、あんた何なんだ」

「見ての通りの一般人」

 

だが男は余裕そうに腕を広げて大仰に振舞う。得体のしれぬ相手にノクト達の警戒心は高まりつつあった。だが男はさらに大胆な行動に出た。

 

「ところで」

「っ!?」

 

警戒は一応していたものの、不意打ちだった。レティの前男が接近してきたかと思ったら素早い動きでキャップを奪われてしまったのだ。キャップに髪をまとめて入れていたのがばさりと珍しい銀髪が広がり露わになってしまう。

 

「っ!返して!」

 

こんな人が多い所でこの髪は目立ちすぎる。

すぐにレティはキッと男を睨み付けて片手でバッとキャップを奪い取り、すぐにレティの腕を掴んで後ろに下がらせたノクトや盾となったイグニスらのお陰で男から距離を離すことができた。周りの客がレティの荒げた声に何事かと動きを止める。

 

「ああ、ごめんね。つい、さ。気になって」

 

男はギャラリーの視線など気にせず悪びれた様子もなく軽い調子で謝った。

グラディオラスに睨みにも屈しない、寧ろ飄々としている男が得体が知れず、レティは怖いと感じてしまった。

男が目を細めてレティだけを見据えて来る。口元に怪しげな笑みを浮かべ、

 

「その子、可愛いねぇ。珍しい『毛色』の女の子。そのお人形も『特別製』かな」

 

と両目を細め、まるで獲物を捕捉したような狩人のようだとレティは恐れを抱いた。

 

「……!」

 

 

この男、気づいたとレティは直感した。胸に抱いているクペの存在に。

目を見張り息を呑むレティ。クペがぶるりと体を震わせた。

男はなおも矢次に質問をしてくる。

 

「男四人に女の子一人。ねぇ、どういう関係?観光、とか?」

「アンタに関係ねぇだろ」

 

レティをしっかりと庇いつつノクトがぴしゃりとそう言い返すと、

 

「そうかい。気分悪くさせたなら謝るよ。なんせ、今大変な時だからさぁ」

 

と男は背を向けひらりと手を振り、

 

「またね、可愛いお嬢さん」

 

と鼻歌唄いながら去って行った。

 

「ねーわ」

 

ノクトが男の背を見送りながらあきれ果てたように言った。

レティとしては、誰がまた会うか!怒鳴ってやりたい気持ちはあった。が、声に出せなかった。あの男の瞳が怖いと思ってしまったからだ。

思わずレティは縋るようにイグニスのジャケットを掴んだ。するとイグニスはレティの様子に気づき、労わるようにレティの肩に手を置いて声を掛けた。

 

「すまなかった、大丈夫か?」

「大丈夫、ちょっとビックリしただけ」

 

レティは強張った笑みで笑い返した。

 

「気にするな、レティ。バレてねぇよ」

「……うん……」

 

ノクトたちは気遣いにより少しは気持ちが落ち着くことができたが、レティの中では、あの男がなぜか引っ掛かっていた。どうしてか、嫌な感じがする……。妙な胸騒ぎがしてしかたない。ノクト達は男が言っていた情報をいまいち信用しておらず、とにかく見に行ってみようということになった。キャップをしっかりと被り直すレティ。

 

「レティ、行こうぜ」

「うん」

 

ノクトに促されてレティは共に歩き出す。クペはノクト達に気づかれないようにレティの頭に直接話しかけてきた。

 

(……レティ、アイツから変な力を感じたクポ)

(変な、力?)

(わからないクポ。でも……怖いクポ)

 

やっぱり、とレティは表情を曇らせた。

 

(…クペ…。あのさ、さっき、勘付かれたかもしれないの。でも、ノクト達にはまだ言わないでね)

(……でも)

(いいの。今は言わない方がいい。おめでたい結婚式が待ってるんだから。水を差す真似をしちゃいけないわ)

 

レティのこの時の判断がのちに、ノクト達との別れを引き寄せることになるとは考えもしなかった。

もし、ノクトたちにあの男について感じたことを一言でも伝えていたら、もしかしたら、別の運命も待っていたかもしれない。だがこれも運命を書き換えるための通過点。

たとえ、胸が引き裂かれるような辛く苦しい別れだとしても。もし、彼女がああなることを事前に知っていたのなら、全て承知で受け止め何も告げることはなかっただろう。

 

全ては、彼の為と自分に言い聞かせて。

 

【狙いをつけられた子猫ちゃん】



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ダーティープリンセス。

不審人物に絡まれ、一時雰囲気が最悪化したものの気を取り直し船が本当にないかどうか直接確かめに行くことになった。さきほどのことからまたあのようなことがあるかもしれないと危惧し、レティを取り囲むようにしてノクトたちが歩く姿は他の客にからしてみれば異様と言える光景だったろう。自然に人の目を引くのは仕方がなく、レティもできるだけ人を視線を合わせないようノクトと手を繋ぎながら速足で渡船場へと向かう。

 

やはり、あの男が言った通りそこにあるはずの船はまったく見当たらなかった。他の客の話では向こうの港で泊められていると不満そうに呟いていたのをレティは聞き逃さなかった。プロンプトががっかりと肩を落とす。

 

「あーあ、やっぱ船いないよ。なんでー?」

「船が止められてるそうよ。向こうの港で」

 

レティがそうさらっと教えるとイグニスが顎に手を当てて考え込む仕草をする。

 

「……予想外の出来事があった、ということか」

「とにかく戻るぞ」

 

埒があかないとグラディオの一声で取り敢えずレガリアまで戻ることに。億劫そうに歩き出したノクト達は、突然ベンチに腰掛けて座っていた男から軽い口調でいきなり話しかけられた。

 

「オルティシエを出られないんだって。その筋の情報によると急に規制がかけられたそうで。で、君らノクティス王子御一行だろ?こんちは。オレ、ディーノ」

 

イグニスと似たような髪形が特徴的な男。フレンドリーに話しかけてくるが、さきほどの不審者の件があるのですぐに言葉を返すような真似はしなかった。ノクトたちは男を一瞥し、

 

「……」

 

無言で対応する。こちらに来た時からノクトたちの動向を探っていたらしいその男は不審がるノクトたちの対応も承知済みと言わんばかりに尋ねてもいない自分の素性まで喋り始めた。

 

「あ、オレ新聞記者だから色々知ってんの。高級車でハンター始めたのも知ってるし。お忍びだろ?記事にされたくないよなぁ。な、ちょっとオレの話、聞かない?」

 

レティは露骨に顔を顰め不快感を露わにし、ノクトは腕組みをして耳を傾けていたが吐き捨てるように

 

「全然聞きたくねーわ」

 

と軽い脅しすら平気だと突っぱねた。だがノクトのすぐ後ろで聞いていたイグニスが小さな声で待ったをかける。

 

「待て、変に刺激したくない」

 

イグニスが止めた理由としては、へたにスキャンダル記事など書かれては結婚式を控えるノクトだけではなく、その相手のルナフレーナのイメージダウンにも繋がりかねないと危惧したからだ。ひいてはレティの為でもあった。普段からノクトとべったりな姿はこれまで利用してきた店などで皆の周知となっているはず。そこでレティの身分を知らぬ者にしてみれば、王子に軽々しく付きまとう下種な女として世間からバッシングの対象とされてしまうかもしれない。様々な問題点に気づき、考慮した上でそう判断をしたのだが、やはりそこは世間知らずなお姫様。レティは思慮浅くそこまで考えが至らなかった。だから

 

「イグニスの弱虫」

 

と悪態づくもイグニスは気にした様子もなくレティの方へ視線を向けずに、

 

「レティは黙っててくれ」

 

とぴしゃりと言い返した。だがレティは眉間に皺を寄せて

 

「ム」

 

と口をへの字にさせた。プロンプトが見かねてレティの腕を引っ張って、イグニスからかなり離れさせた。

 

「はいはい、こっちこっち!行こうね~」

「ちょっとプロンプト引っ張らないでっ」

 

ギャーギャーと喧しく騒ぐ二人をちらっと一瞥し、イグニスは「はぁ」とため息をついた。ノクトとグラディオは毎度のことと慣れているので平然としていた。新聞記者ディーノはレティがプロンプトにヘッドロック仕掛けているのを内心驚きだがしっかりと目撃しつつ、

 

「はい、聞くってことね。じゃあ地図貸して」

 

とノクトに地図の提示を求めた。ノクトは嫌々地図を取り出しディーノに手渡した。

さらさらっとペンで目的の場所を書き込み、地図をノクトにかえしながら、説明を始めるディーノ。

 

「場所の印つけといたんで『原石』取ってきて。これ、宝石の原石。代わりに船乗れるよう話つけてやるよ。ダメなら王子の情報売っちゃうカンジで」

 

腹に据えかねてとうとうレティがキレた。ちなみにプロンプトはしっかりレティのヘッドロックが決まりレティの足元で沈黙している。クペが慌てて介抱しだすがレティの怒りの矛先はあの新聞記者に向かっているのでクペに全て任せズンズンとディーノ目指して歩き出す。

 

コイツ、サンダー決定である。

そうと決まったら、人差し指を作り呪文を唱えようと口を開いた。

だが!第二の壁が立ちはだかった。

 

「サンもごっ!」「馬鹿!」

 

定番の流れを見越して後ろからグラディオがレティの口元を手で塞ぎ、新聞記者サンダー被害事件は起こることなく流れた。イグニスはアイコンタクトで『よく防いだ』とグラディオを褒め、グラディオもニッと余裕そうに口角を上げて答えた。

だがもごもご言っているレティはさっさと放せ!と暴れながらグラディオの弁慶の泣き所を思いっきり蹴とばした。

 

「いでぇ!?」

 

不意打ちを食らい思わずレティから手を離してしまうグラディオ。

 

「……ふ、逃げてやった……!」

「てめっ!このレティ!」

 

誇らしげに胸を張っては膝まづいて蹴られた箇所をさするグラディオに上から目線をするレティだったが、不必要に注目を浴びてしまったことには気づいていない。イグニスは思わず舌打ちしたい気持ちになったが、ここは冷静に対処しなければと己に言い聞かせ自分の後ろで騒いでいるレティをディーノの視線から隠すように体を動かして視線を逸らせた。だがディーノの興味はすっかりレティへと集まっており

 

「あれ、そっちの子……」

 

とベンチから立ち上がりイグニスの肩を掴んで退かそうとしてまでレティが気になっている様子にノクトまでやべぇと焦り始め

 

「オイ、アンタが用事あんのはオレだろ」

 

とディーノの腕を掴んだ。イグニスも

 

「君が欲しいのは原石だろう?」

 

と再度己が体でディーノの行く手を遮った。だがもう遅かった。

ディーノはみるみる内に表情を一変させ、

 

「…あれあれ、もしかして…噂のレティーシア姫!?おわっ、まさかこうしてお会いできるなんて!確信はなかったんだけど超ラッキー。あ、コホン!初めまして、オレ、ディーノと申します。まさかこのような地で貴方に会えるとは光栄の極みであります!」

 

わたわたと慌て始めたディーノは身なりを整え、イグニスらを押しのけてまでレティの前に向かうと急にその場に膝まづき、畏まった様子で挨拶を始めた。

ついにバレた!とノクトたちは焦るが、レティはきょとんと目を瞬かせたが表情を切り替え、自分を守るために動こうとしたノクトとイグニスに手で制して止まらせ、一歩前へ出た。

 

「……そう。ディーノさんと言ったわね。どうぞ、そんなに畏まらないでください。初めまして、レティーシア・ルシス・チェラムと申します。よく私のことをご存じですね」

 

朗らかに微笑むレティは先ほどプロンプトにヘッドロック仕掛けダウンさせた人物だとは思えないほど王女らしく輝いて見えた。ノクトやイグニスはよくこうも変わると感嘆さえしていたしグラディオは「後で嫌って程俵担ぎして回してやる」と恨みがましい視線を送ったりしていた。

 

「はい!以前公式の場で、と言っても数年も前ですが。姫の御姿を一目したときからいつか、拝顔叶えばと強く祈っておりました。まさかこのような場でお会いできる日が来るなんて……」

 

とディーノは一人感激に震えていた。さきほどプロンプトを沈めた女子だと目撃しているはずなのにすっかり頭から弾き飛ばされているようだ。

それは仕方ないと言えば仕方ない。滅多に城から出ない(出させてもらえない)彼女はルシスの民にとって羨望の対象とされている。ある式典にてレギスの後ろにて出席したレティの姿を今でも鮮明に思い出せるほどディーノの中で強く印象づいている。

控えめに佇むその姿は遠目からでも清楚でありながら王族としての品格と洗練された美しさを醸し出していて、さらに誰にでも分け隔てなく平等に接し、運よく視線が合い微笑を向けられればたちまちほうっと魅了されため息が漏れるほどであった。それにルシスでは珍しい白いドレスなどを好んで着ることでも知られていて、ある有名なデザイナーがレティの為だけにドレスを作り上げた、なんて話もざらである。

 

「私は王族とはいえ政治に疎いただの娘ですもの。貴方のように卓抜とした情報収集能力(パパラッチ)と素晴らしい人脈(コネ)を持っているわけではないのですから」

 

決して驕らずに控えめでありながら相手の気持ちをしっかりと掴む会話術には見守っていたイグニスもさすがと舌を巻いた。素のレティを知るだけに逆にレティを崇拝しつつあるディーノが哀れにさえ思えた。

 

「オレの能力をそこまでかってくださるのですか……!?」

「ええ、ぜひ貴方の助力を。どうかノクティス王子を助けてあげてくださいませんか?(逆に利用してやるわ)。兄の晴れ舞台である結婚式に遅れることだけは避けたいのです」

「はい!オレの全力を持って王子をお助けいたしますっ!必ずや!姫のご期待にそうとお約束いたしますっ」

「まぁ!嬉しいことおっしゃってくださいますのね。ええ、貴方のお力存分に期待しております(船用意しなかったらサンダー落とす)。でも無理だけはなさらないでくださいね?(失敗の二文字はないと思いなさい)」

 

にっこりと姫らしい微笑みとついでにそっとディーノの手を取ってみれば、もうディーノは感激のあまりふるふると体を震わせた。フフフと裏の顔で含み笑いしているレティに気づきもせずに、ディーノは「オレ、全力で頑張りますっ!」と叫んで意気込んで駆けて行った。してやったりと優雅に手を振り顔はほくそ笑んで見送るレティ。

 

クペの介抱によりこっち側に意識を戻らせたプロンプトは、床にへたり込んで静かに一部始終を見守っていた。

 

「オレ、姫の言葉に副声音が聞こえちゃうのは気のせいかな?」

「いや、間違ってねえぞ。大体アレであってる」

 

隣でしゃがみこんだグラディオが頷き返す。

 

「……オレ、あの人にちょっと同情しちゃうかも」

「知らぬが仏ってやつだな」

「何か言った?」

 

地獄耳を持つレティが振り返りじろりと二人をねめつけた。

 

「「何も言ってません」」

 

見事に声を揃えて二人はレティからさっと視線を逸らした。レティは「ふうん?」と疑わしい視線を向けるがノクトが「とっとと終わらせようぜ」と促したので、仕方なく見逃すことにした。その後、レガリアで移動中にどうして断らなかったのかと厳しい口調でイグニスを責めるレティだったが、イグニスがちゃんと理由を説明するとレティはその内容に驚き自分の方が悪かったことを恥じてすまなそうに謝った。

イグニスは、そういう素直な所が好ましいのだろうなと知らず知らずに微笑んでいて、プロンプトが意味深にその横顔を見つめていたのをイグニスは知らなかった。

 

【クエスト、秘密の対価】

 

 

ディーノからのお使い内容は原石の採掘場へ行き、宝石の原石を入手すること。簡単そうに見えたお使いも実はかなり危険度があった。レティにしてみればふっさふさの毛並みが愛らしい大きな鳥に見えても、ノクト達からしてみれば恐ろしく巨大な猛禽類のモンスター。そのすぐそばにお目当ての原石があるというからディーノに一杯食わされたようなものである。息を殺して身を屈めながら細心の注意を払いノクトたちは進んでいく。

だがそのあまりのデカさに思わずプロンプトが恐怖のあまり声を漏らしてしまう。

 

「ひ、はっ!?」

「しいっ」

 

ノクトかイグニスだろうか、目ざとく注意したお陰でヤバイと思ったプロンプトは落ち着かせるために軽く息をつく。モンスターの方を確認すると「グルルル」と唸り声を発しながらその瞼は閉じていた。

ほっと息をつく男たちは、そろそろと屈んで進みながら鳥モンスターの目の前を通過し、目的のものが埋まっているであろうポイントへ向かった。

そしてガーネットの原石を無事に確保。すぐにでも駆けていきたく気持ちもあるものの、慎重に慎重に来た道を戻ることに。ここまでは順調だった。

予想外の、

 

「クシュンっ!」

 

レティの可愛らしいくしゃみをされるまでは。

 

「「「「……」」」」

 

レティを除いた全員がこの世の終わりのような絶望的な顔をし、心底後悔した。

 

なぜ、レティを連れてきてしまったのか、と。

いつも身をもって体験していて何かしら騒動が起こることはわかっていたはずなのに。

ちなみにすでにクペはこうなることを見越してちゃっかりレガリアに残っていた。

 

「あは、ごめん。でちゃった」

 

悪びれた様子もなくレティは頭をかきつつ、てへっと舌を出してみせた。

 

((((オレ達、終わった))))

 

結果、レティのくしゃみに起きた超大型モンスターはパチッと目を覚まし、その大きな翼を広げ腹の底から耳を覆ってしまいたくなるような鳴き声を上げ、軽く吹っ飛ばされそうな風を起こしながら自身の鉤爪で地面を抉り大空へとはためいて行った。

圧倒され、言葉を失うノクトたち。

 

「迫力、あったな」

「旅も、ここまでかと思ったよ」

「さすがにあれと戦うのはやべえか」

「無理だと思った方がいい」

「えぇ~?可愛いと思ったけどな。背中乗ってみたい」

 

残念そうに飛び立ったモンスターを見つめては、一人的外れなことを言い出すレティに男たちは声を揃えてこういった。

 

「「「「とりあえずレティ(姫)は空気読(め)むんだ!」」」」

「ええ~?」

 

不満そうブーたれるレティだったが、「行くぞ」と置いてけぼりにされそうになり諦めて大人しくレガリアに乗った。

 

【クエストクリア~】

 



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海と言ったらビーチバレーでしょ!

青い空、白い雲、そして果てに広がる大海原。さらさらとした砂浜。

夏だから海行ったっていいじゃない!

 

レティからの励ましに猛進して乗船手続きの作業にのめり込んでいるディーノのお陰でノクトたちは時間までのんびりと過ごすことができたのだ。せっかくの海。初めての海、夢にまでみた海。壮大な光景に圧倒され言葉にならないレティ。震えるほどの感動を感じているようだ。それは彼女だけではない。ノクトたちも同じ気持ちを抱いたようで言葉を失っている。近くで釣りもできることから暇を潰すにはもってこいだ。どうせ船の手配には時間が掛かるはずと勝手に決めたレティの御意思で浜辺へとやってきた王子様御一行。

さて、何やら提案がある御様子のレティが不敵な笑みを浮かべてさっと前髪を振り払いながらこう切り出した。

 

「…フッフッフ、皆の衆、ちょっといいかしら!」

「レティがそういうテンションの時は大概何か企んでる時だよな」

 

ノクトがぼそっと呟いているのをレティは聞き逃すことにした。

今回ばかりは悪だくみじゃない、むしろ皆で楽しめることなのだ。

 

「せっかく海があるんだから遊んでいかない?NOとは言わせない!なぜなら、そう!そこに海があるから!というわけでクペ!テント出して」

 

レティはびしっとクペに指をさして指示を送った。

 

「了解クポ!」

 

クペも可愛く敬礼のポーズをしてノリノリである。

 

「クペも乗り気だね」

 

プロンプトも苦笑しながらそう言うとクペは「だって海クポ。楽しみにしてたクポ!」と無邪気に喜びをあらわにした。クペのテントが出されるとレティはクペを肩に乗せてテントへと向かいながら、

 

「皆はその辺でぶらぶらしてて。私とクペは支度してくるから」

「クポ!」

 

そういってウキウキと上機嫌にテントの中へと消えていった。残されたイグニスは、また妙な思い付きでも企んでいるのではないかと勘ぐった。

 

「何する気なのか、変なことでなければいいが…」

「さぁ、濡れてもいいような恰好になるんじゃねえの?」

 

割とレティの思い付きの行動に慣れているノクトはさして気にした様子もなく、暇をもてあそぶために砂のお城をつくり始めた。

 

各々がそれぞれの時間をつぶしてしばらく経った頃、ようやくクペのテントの入口が開かれた。ノクトは気配を察して「遅いぞ!レティ」と文句を言いながら振り返った。

だが、ノクトの言葉は途中で途切れた。ある人物に視線が釘付けになったからだ。目玉が落ちるのではないかというくらいに見開いたまま、口をあんぐりと半開きさせて硬直してしまったノクト。

 

「うわ……」

「……」

「目の毒だな」

 

プロンプト、イグニス、グラディオがレティとクペの衣装についてそれぞれ感想を述べる。ノクトは勢い余ってせっかくいいところまでいった砂の城を自分でぐしゃっと破壊してしまうくらいだ。

 

「ジャーン!どうだ?どうだ?」

「どうだークポ!」

 

レティは男たちの驚いた様子に気づかずにはしゃぎながらその場にくるりと回った。

滅多に肌を見せることがないレティの大胆水着衣装。完璧なプロポーションにマッチするように花柄の3段フリルビキニと同じくフリルがあしらわれたピンク色のビキニパンツを着ていてフェミニンな印象を与えている。パンツに至っては両サイド紐仕様となっており、妙なエロさを匂よわせていた。まさにレティの為にあるような水着。レティが動くことでその豊満な胸もぽよよんと揺れ思わず視線で追ってしまうほどである。レティの細い足首には蝶の形にあしらわれた金のアンクレットがあり銀色の髪は涼し気なイメージを与えるだろう高めの位置に青色のシュシュでポニーテールで結ばれていた。城のフラワービーチサンダルを履いて、足の爪には赤いペディキュアが塗られていて、男をたぶらかす小悪魔がまさに降臨した。

 

「……」

「ねぇねぇ!どう?私の初水着姿。結構似合ってると思うんだけど」

「……」

「ねぇ、ノクトってば!聞いてるノクト?」

 

呼びかけても反応しないので無視されてると思ったレティは、ノクトの目の前まで寄ってきて砂に膝をついてノクトの顔を覗き込むようにすると必然的に腕が狭まって胸の谷間がむぎゅっと寄るのでより強く協調されるその柔いが弾力ある胸になる。それを間近で直視してしまったノクトには強烈すぎたようで、湯が沸騰するように顔から湯気が噴き出て真っ赤にさせたのち、バタリと背中から砂浜に倒れた。

 

「え!?なんで倒れるのよ!」

「……姫、今のはノクトに刺激的すぎたんだと思うよよ。でも凄く似合ってる。可愛いよ」

 

すかさず女慣れしているプロンプトが気絶したノクトの代わりにレティを褒めた。グラディオもノクトに肩を貸して起こしあげながらレティの機嫌を損ねないよう的確なフォローをいれた。

 

「まさかの水着姿にノクトも倒れるくらい可愛すぎて驚いたってことにしてやれ、な?」

 

レティはその褒め方に妙な引っ掛かりを感じたらしく、疑り深い視線を向けた。

ノクトは「あづ、い」と真っ赤な顔で呻いている。

 

「…何か納得できないような気がするけど。まぁいいわ。せっかくの海だもの。楽しまなきゃ!ねー、クペ」

「いっぱいエンジョイするクポ!」

 

けどころりと気分を変えて楽しむことにしたらしい。レティとお揃いの水着を着たクペと仲良く手を繋いで軽快な足取りで海へと走っていく。忘れていたがイグニスもノクトと同様、レティの可愛さにあてられて固まっていた。グラディオは、レティにより用意したパラソルとビニールシートに二人を寝かせて介抱を任され、疲れからか深いため息ついた。

プロンプトはニマニマといやらしい笑みを浮かべては浜辺ではしゃぐ二人(?)を見つめて

 

「いいねぇ、目の保養だよね~」

 

と一人浮かれていた。グラディオは「こっち手伝え!」と叫ぶも

 

「無理無理、お子様二人もいたら保護者いないと駄目でしょ!オレ、保護者でーす」

 

と言い返しながら靴を脱ぎすて、ズボンの裾をたくし上げレティのほうへ走って行った。

 

「キャー!冷たい!」

「しょっぱいクポ!」

「そりゃ、海だしねー」

「プロンプト、その恰好で大丈夫なの?」

 

普段着のプロンプト参加にレティは思わず尋ねた。

プロンプトは

 

「大丈夫大丈夫!濡れてもシャワー浴びるし。それよりなんか道具使って遊ぼうよ」

 

と仲間放置して遊ぶ気満々な態度を見せた。レティは「海の遊び海の遊び…」と本で得た知識をフル活動させて、ピンポン!と良案を思いついた。

 

「だったらビーチバレーやろうよ」

「お!いいねー。やろうやろう」

「よーし、だったらこれで…『ブリザド』!」

 

指先を形作ると、魔力ある言葉で瞬時に周りの体感気温が下がりだし、宙に創りだされるデカい氷の塊。ふよふよと漂う塊は冷気を帯びていて触らなくても凍り付きそうである。

プロンプトは、嫌な予感を感じつつも、ためらいがちに尋ねてみた。

 

「あのー、姫?なんで氷の塊なんですか?」

 

まさか、まさかの展開ですよね。そんなフラグ立てませんよねーとプロンプトは心の中で必死に祈った。どうか、姫の考えが当たりませんように!

 

でも、ばっちしその考えが当たってしまった。

 

「これでビーチバレーやろうよ。私がコレ投げるからプロンプトが銃でこれを破壊する!」

「違うから!絶対それビーチバレーじゃないから!」

 

嫌だ嫌だ!と顔を引きつらせて逃げようとするプロンプトだが、「逃げるの?」と冷ややかな声と共に、彼の行く手を阻むように砂浜にグサッと突き刺さるいくつもの氷の刃。

 

ヤル気だ。

 

レティの本気を悟ったプロンプトはガクッと肩を落として、

 

「………喜んで参加、します」

 

と白旗を上げた。レティはにっこりと微笑んで

 

「だよね」

 

と満足そうに頷いた。

 

必死の抵抗も空しく王女様の思い付きは実行された。

容赦ないほどの魔法連発で精製されるブリザドがプロンプトに襲い掛かる。魔力を枯渇しないレティにとって造作もないことだが、どうしてかその力を発揮するときは大抵遊びと称して使われる。もったいない力である。

 

「ほらほらほらー!さっさと壊さないと次来るよー」

「助けてこんなのあそびじゃなーい――――!」

 

半泣きでレティの際どい攻撃を交わしつつ愛銃で頭ほどある氷の塊を打ちまくるプロンプト。彼にとって命がけのゲームが始まってしまった。

グラディオは、その光景に心底思った。

 

こっち(介抱役)で良かったぜ…と。

 

レティの恐ろしいビーチバレー修行(?)により、プロンプトのレベルが3上がった。

 

てれてれれってってってってってて~。

 

プロンプトは脳内で何かのBGMが流れたような、気がした。

 

そして、

 

「もう、海怖い」

 

といって力尽きた。

 

【次は本物のピーチバレ―を教えてあげようと全力で思った。】



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王子たちの会話と姫と召喚獣の会話

男子たちのテント内ではこんな会話がやり取りされていた。

 

ノクト「そういや、レティが前に言ってたんだが」

 

プロンプト「うん?」

 

ノクト「自分のキスは安売りしないだと。どういう意味だ?」

 

イグニス『ブー!!』(コーヒー噴き出す音)

 

ノクト「なんだよ、急に!?」

 

グラディオラス「おいおい大丈夫か」

 

イグニス「っけほ、……ごほっ。……すまない、少し器官に入った……気にしないで、くれ…」

 

グラディオラス「珍しいな、イグニスにしちゃ」

 

イグニス「……少し、風に当たってくる……。先に寝ていてくれて構わない」

 

イグニスはそう言ってテントから出て行った。

 

プロンプト「いってらっしゃーい。…それでノクト。どういう意味って、ノクトはどうして姫がそんなこと言ったかわからないの?」

 

ノクト「全然」

 

プロンプト「……はぁ~、オレよりモテてたくせにそういうとこ鈍いんだから。相変わらず」

 

ノクト「は?…どういうことだよ」

 

プロンプト「それってさ、姫にとってキスは特別ってことでしょ?女の子なら誰だって夢見るよ。初キスってやつ」

 

ノクト「なっ!?」

 

グラディオラス「そういや、レティにも婚約話一応上がってたんだったな」

 

ノクト「聞いてねえぞオレは!」

 

グラディオラス「だろうな。ノクトには言うなって口酸っぱくしてレティが何度も念押ししてたからな。それに表沙汰にならないように水面下で決まりかけてたし…結局、レティが蹴とばしたからその婚約話もなくなったけどな」

 

ノクト「それ、どこのどいつだ。殺ってくる」

 

プロンプト「ノクトがキレてどうするの!」

 

グラディオラス「……言わねえ。いうとノクト何するかわかんねえから」

 

ノクト「グラディオ」

 

グラディオラス「……殺るとか言うなよ。絶対いうなよ」

 

ノクト「わかったから」

 

グラディオラス「……イグニスだ」

 

プロンプト&ノクト「……え……」「あ?」

 

グラディオラス「イグニスだっつーの。レティの元婚約者は」

 

プロンプト「えぇ――――!?」

 

ノクト「…………」

 

グラディオラス「まぁー、あのじゃじゃ馬乗りこなすには相当苦労しなきゃ無理だろうさ」

 

ノクト「………ちょっと出てくる」

 

プロンプト「ノクト?まさかイグニスに」

 

ノクト「なにもしねーよ。ただ、……説明してほしいだけ、だ」

 

グラディオラス「ほどほどにな」

 

ノクト「わかってる」

 

ノクトはテントを出て行った。残された二人は顔を見合わせて、

 

プロンプト「波乱の予感」

 

グラディオラス「だな」

 

くわばら、くわばらと唱えたのであった。

 

 

 

クペのテント内ではこんな会話がやり取りされていた。

 

レティ「はぁ~、疲れた。…なんかどっと疲れた」

 

クペ「レティ、楽しそうに魔法連発してたクポ」

 

レティ「いいじゃない。ずっと城にこもりっきりだったんだから。今までひっそり隠れて魔法練習してたから広い場所で結果がやりたい放題だもの。最高だわ。誰にも被害ないし。今のところ、プロンプト以外は」

 

クペ「見事な開き直りクポ」

 

レティ「褒め言葉どうもありがとう」

 

クペ「それはそうと、前にノクトになんて言ったクポ?始終悩んだ顔してたクポ」

 

レティ「……何も言ってないわよ。ただ家族のスキンシップが激しいから控えろって伝えただけ。ノクトは結婚するんだもの。いくらノクトが私を実の妹と思っていても事実を知っている私からしてみれば心臓がいくつあっても足りやしないわ。……キスなんて、軽々しくするものじゃないのよ」

 

クペ「レティ、童話好きだったクポね。特に眠れる森の美女とか」

 

レティ「……いいじゃない、どうせ私には縁もないことだけど憧れるくらい自由だわ」

 

クペ「……現実とはかけ離れてる存在だと思うクポ」

 

レティ「最近辛辣じゃない?クペってこんな性格だった。もっと素直で可愛いと思ってたのに。猫被ってたのね」

 

クペ「レティに鍛えられて逞しくなったクポ。レティの相棒はクペじゃなきゃ務まらないクポ!……そういえば、レティの『あの事件』もそれが原因だったクポ」

 

レティ「……その話、しないで。正直今でも許してないというか許せない。一生ね」

 

クペ「……キスに対する執念が恐ろしいクポ。…童話好きなだけに」

 

レティ「だったら私にその話題を振らなきゃいいだけの話よ。……私、ちょっと外の空気吸ってくるわ」

 

クペ「また勝手に一人で出ると怒られるクポ!クペも一緒に行くクポ」

 

レティ「とかなんとかいって眠たいくせに。大丈夫よ、すぐそこで気分転換するだけだから」

 

クペ「…わかったクポ。一応、気を付けるクポ!」

 

レティ「うん。ありがとう」

 

レティはそうお礼をいってテントを出た。

 



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恋は仕勝ち。

あれは、事故だ。あえて事故と言おう。

決して他意があったわけじゃないし、下心があったわけでもない。

 

事故だ、そう自分で割り切る。割り切ったはずだ。

だが時折、オレは遠くからレティを見つめて、無意識に自分の唇に手で触れることがある。

忘れろと言われても、忘れることができない事実があった。

 

柔らかい唇が自分の唇と触れ合ったことを。

 

心地よいと感じてしまったオレは。

 

イグニスside

 

 

オレの意思とは無関係に水面下で決められた婚約。勿論、レティとて直前まで知らなかった事実だ。ノクトの結婚と同時に進められる予定だった。降嫁するにしても家柄が相応しくないと王女としての今後にも影響が出ると考えられたらしく、選ばれたのがスキエンティア家。将来王となるノクトを支える役目を頂いたオレならレティの相手にも申し分ないとの理由。他にもあったらしいがオレには寝耳に水の話だった。幼馴染として接してきたが、オレはレティの全てを知っているわけじゃなかった。なんせ陛下の愛娘。幼い頃はノクトがレティに会いに行くというのにくっ付いて部屋を訪問していたに過ぎない。

普段は許可がある人物でなければレティに会うことなど許されなかったのだ。

 

一人と一匹(クペ)と過ごすことが多かったレティは、驚くほど博識で英才教育を受けてきたオレでさえ舌を巻くこともあった。ただ色々と予想外の行動を起こすことでトラブルメーカーではあったが、それでもレティは城の使用人たちに慕われていた。

それは彼女の人柄にもよるのだろうが、オレにもその理由はわかる。憎めないのだ。彼女の起こす問題がたとえ酷いものだったとしても、それは必ずちゃんとした理由がある。だが最初の時点でそれは分からず叱られるというパターンから始まってしまう。それでもレティは自分から理由を打ち明けようとしない。だから対外説教が終わった後でクペがこっそりと理由を打ち明けにくるのだ。レティは悪くない、と。

 

ますますオレには理解しがたい存在だった。

どうして大人たちに理由を放さないんだとオレは尋ねたことがある。

するとレティはケロッとした顔でこういった。

 

上手く世の中を渡るための処世術を学んでいる途中だからその実験だよ。

いろんなパターンの大人がいるってことを知るためでもあるしね。

 

同年代とは思えない口ぶりにオレはますますレティーシア・ルシス・チェラムという少女がわからなくなった。

見た目は可憐で儚げな印象でありながら内面は大人顔負けの知識と吸収力そして影響力を兼ね備えた、王女という身分には収まり切れない彼女。オレはますます彼女を敬遠しがちになった。自分が理解しがたい相手だからだろうか、それとも別の理由だったのか今でもわからないが。年頃になった頃、レティはますます書物室に篭り勝ちになったと人づてで聞いた。何か夢中で読み漁るうちに夜が明けてしまうことも多々あったとか。

王女という身分を嫌がりそれから逃げようと必死にもがくようにもオレには感じたが、どうせオレには関係ないと高を括っていた。だがその矢先、あの婚約話。

 

まさか、あのレティとの婚約を決められ、オレは反対の意思を示すこともできずに重い足取りで挨拶の為に城にある一室へと案内され向かった。だがそこにレティの姿はなく、顔合わせのために赴かれてきた陛下は重くため息つかれ、オレに「アレを迎えにいってくれ」とレティがいるであろう部屋と鍵を手渡して教えてくださった。そこはレティ専用にと作られた世界中の本がそろえられたという書物室。普段はレティがこのドアにカギをかけて閉じこもるらしいが、陛下からそのスペアキーを預かったオレはその鍵でドアを開錠した。

ガチャリとドアをゆっくりと開けるとオレは思わず息をのんだ。

そこは、まるで知識の宝庫と言ってもおかしくないほど本の山だった。円を描くように広がる室内に沿うように本棚が並べられそこに所狭しと本が並べられている。二階建て仕様となっていて二階の部分にも下と同じように本棚が設置されていた。しかも驚くべきはそこだけではなかった。開いた途端に足元の床にたくさんの本が無造作に山積みにされているのだ。少し接触しただけでも崩れてしまいそうなほどに絶妙なバランスの中それらは均衡を保っていた。オレはなんとか一歩一歩本が崩れないように慎重に足場を探して室内を進んだ。

すると、

 

『……誰が勝手に入っていいって許可したの』

 

招かれざる客を拒む、声がした。オレの目線よりも高い木製の脚立の上部に腰かける美しい銀髪を持つ少女。膝上よりも短い白のノースリーブドレスを着て、露わになる太ももを隠すこともせずにプラプラと素足を揺らせて、レティは興味なさげにオレを見ずに膝上に置いた重厚な本へと視線をやり続ける。オレはレティの無防備な太ももに視線をやらないようにし、わざとコホンと咳をたてた。

 

『……レティ……汚すぎだぞ、この部屋は』

『イグニス……、何しに来たの?文句でも言いに来たわけ。暇人ね、今私読書中。邪魔しないで』

 

辛辣ないい方に彼女の機嫌の悪さが窺い知れた。だが陛下にレティを連れて来いと命を受けたオレには何とかしてその命を遂行しなければならなかった。

 

『今日は君に挨拶しにきた。これが理由にならないか?』

 

レティはほっそりとした女性らしい指先でぺらりとページをめくる。

 

『……あの与太話ね、本気で信じてたの?イグニスが?……ほかにまともな婚約者捕まえてきなさい。断っておいてあげるから。はい用事は終わったわさようなら』

『本はいつでも読めるだろう。まずはこちらを向いてくれないか』

 

そう頼むも、レティはわれ関せずの態度を変えようとはしなかった。

あくまで彼女のペース。オレは邪魔者扱いという状態。

 

『やだ。どうせ父上が私を連れて来いとかって鍵渡したんでしょうけど。今大事なとこだから後で。そうねぇ……一昨日きやがれ』

 

淡々とそういうと後はもう終わりだと言わんばかりに意識を本へと向けたレティ。

 

『レティ』

『レティ、少しはオレの話を聞いてくれ』

 

まったくオレの声は届いていなかった。

 

『……………』

『……はぁ……』

『なるほど、こうやって、魔法が組み込まれるわけね。……少し試してみるか…』

 

レティはうんうんと納得したように頷いて本を開いたまま、上に両手を少し掲げて顔を上げ瞼を閉じて意識を集中し始めた。まもなくして、小さな魔法陣が現れる。

 

『レビテト』

 

魔力ある言葉に反応してある現象が起こった。レティの周辺にある本がゆっくりと浮き上がるではないか。しかもそれは一冊だけではない。数冊、数十冊。次から次へと浮遊しはじめそれはレティ自身に同じようにふわり、ふわりと浮き上がる。普通なら対象をひとつに絞ってやるこの魔法をレティはオリジナルを加えて範囲内のものを浮遊させるという魔法を試した。しかもレティが座っていた脚立だけは浮くことはなかったことから、周囲の全てではなく、細かく対象を選んだうえで発動していることを表していた。オレは唖然とするしかなかった。彼女の卓越した才能をまざまざと見せつけられたのだから。

同時に、本当に惜しい存在だと強く感じたものだ。もし、レティが王女ではなく一般人の身であったならその天賦の才を飽きるほど発揮できたはずだろうに。

だがそれは叶わないとレティ自身も痛いほどわかっているはずだ。

いくら足掻こうと彼女はレティーシア・ルシス・チェラム。

その背にはいつでも王族としての責務が付きまわることに。

 

自分とは違う、籠に囚われ、籠の中で唄う鳥。

 

レビテトの効果により、ふわふわと元いた脚立から離れ宙に浮いて動く彼女の姿にオレは自然と魅入っていた。

まるでそのさま、翼を折られた白銀の天使のよう。

 

天上を懐かしむように手を掲げ、少しでも地上の痛みから身を守るためにその身を逃がそうとする。

 

儚いほどに綺麗でありながら、どこか哀れさを思わせるその細く弱った体。

 

オレはいつの間にかレティの元へ近づいていた。

手を差し出さずにはいられなかったんだ。……救いを求めているように見えてしまったから。

 

だが、これが間違いだったんだ。

彼女に触れるか触れないか、のぎりぎりの所でオレが間近にいたことに気がつかなかったらしく目を見開いて驚いたことで集中が途切れてしまった。

 

『………え、うわっ!?』

『っ!レティ!』

 

レビテトの効果が薄まり途端に浮いていた本やレティの体が重力を取り戻し床に落ちようとする。オレは落ちるレティの体を受け止めようと両腕を突き出して彼女を受け止めようとした。だが咄嗟の判断で頭が回らなかった。まさかのレティが真正面からオレの上に降ってくるなど誰がわかるだろうか。

 

受け止めようとしたはずが失敗し、レティはオレの上に覆いかぶさるように落下する。はずみで眼鏡が吹き飛んたのがわかった。

ダンッ!と背中に強い痛みが走ったと同時に、視界一杯にレティの顔が広がった。そして

 

ちゅうぅ。

 

『んぅ!?』

『………!?』

 

唇に伝わる柔らかな感触。閉じられていた瞼が持ち上がり、互いの瞳に移り込む姿がはっきりとわかった。自分だということを。視力の弱いオレでもそれはわかった。

レティがすぐ目の前に、いる。

それも、非常にまずい展開で。

 

『!???』

 

レティはすぐにバッと起き上がってオレの上から猫のように飛びのいて口元を両手で覆って信じられない顔をしていた。それはオレも同じだった。ゆっくりと体を起こし、今の出来事が夢ではない事実に、驚くことしかできなかった。

 

互いに気まずい雰囲気が流れる中、レティはわなわなと肩を震わせて、地を這うような声に射殺すような目でオレを睨みながら、

 

『忘れなさい。今のはお互いに何もなかった。いいわね』

『……………』

『忘れて』

『………わかった…』

 

オレはレティの雰囲気におされるまま頷くしかなかった。

それからレティは何事もなかったかのように立ち上がると、

 

『行くんでしょ。出るわよ』

 

とオレに促してドアへと向かう。

 

『………ああ…』

 

オレも何もなかったと自分に言い聞かせて立ち上がり、レティの後に続いてドアへと向かい部屋を出た。それからのことは記憶に残っていない。とにかく無事に互いの挨拶は済んだのだけは確かだった。

そして一週間後、レティとの婚約は突然白紙に戻された。

詳細は、公にされなかったがこちらに不手際は一切ないと陛下に言われた父はほっと胸を撫で下ろしていた。

父は一応、オレに何か王女とあったのかとそれとなく探りを入れてきたが、オレは何もありませんとしらを切った。

 

オレとレティの間には、何もなかったのだから。

 

オレとレティの関係はただの幼馴染に戻りまた普段の日常へと戻っていった。だが少し変わったことがある。オレは前よりもレティを気にすることが増えた。

向こうは鬱陶しいがっていたが、どうにも放っておけなくなった。きっとノクトの所為もあるんだろう。毎度毎度のことながらレティがどうたらとかレティが何をしたとか耳にタコで、ノクトの口からレティの話題が途切れることはなかった。そのうちオレの成果(レティの世話)が陛下の耳に入り、レティのことも任せられるようになった。少しは王女らしく振舞わせようとの陛下の御心だと思うが。

レティはオレと話す時も平然と振舞っていた。元婚約者という間柄で、ノクトにも秘密な関係であることも悟らせずに。オレも、平然とつとめた。

 

だが、思い出してしまうときもある。その時に終わった感情もまた鮮明に思い出す。

たとえば、レティと二人っきりの時。今がまさにその時だった。

気まずさからテントから逃げてきたオレは、ぱちぱちと燃えるたき火の前に設置したチェアに腰かけていると誰かの気配に気づいた。

 

「………げっ…」

「……その嫌そうな顔はやめてくれないか」

「それをいうならイグニスだって私と似たような表情してるわよ」

 

オレだって今ノクトたちの話題に上がっている人物がくるなど思わなかったさ。

 

「そうか」

「うん」

「座ればいいだろう」

 

レティは遠慮がちにこういった。

 

「……一人で考え事してたんじゃないの?」

「いや、そうでもない。君こそどうした。一人で出てくるなんて珍しい」

「そうかしら。…ちょっと考え事よ」

 

レティは言葉を選びながら隣のチェアに腰かけた。

じっとたき火を見つめるレティの横顔をオレは見つめながら、

 

「君もか」

 

と言った。レティはクスッと可笑しそうに口元に手をあてがいながら小さく微笑んだ。

 

「………フフッ、なんだか私達って似た者同士ね」

「ん?」

「ここ」

 

ふいに伸ばされるレティの指。とんとんと軽く指先で示されたのは眉間。

 

「さっきイグニスの眉間、皺寄ってた。私もクペに言われるの。悩んでたりもやっとしてると『眉間に皺寄ってるクポ!』ってね」

 

彼女が触れてる箇所が熱い。そして自分を見て微笑む彼女が、どうしてだか、恋しくて、愛しい。しきりに君を気にしていたのは、君がトラブルメーカーだったからじゃない。

君がオレ以外の男と接触することを好まなかったからだ。どうにもオレは嫉妬深いらしい。

ルシス国の王女。ノクトの双子の妹。

陛下の愛娘。クリスタルに愛されし娘。色々と肩書があるが実際の性格に幾分も反映されていない真逆な人。オレの、元婚約者であり、初恋の女性だった。いや、違うな。

 

「レティ」

 

オレはレティの手を取った。目を瞬かせてきょとんとした彼女に猶更愛しさがこみ上げる。

 

「オレは、やっぱり忘れられないようだ」

「なにを?」

 

終わったはずだと勝手に思い込もうとした恋は、

終わっていなかったようだ。

オレはレティの前に膝をつき、その手の甲にそっと唇を落として顔を上げて視線を合わせた。

 

「もう一度、オレと婚約をしてくれないか?」

 

親に言われるままではなく、自分の言葉として伝えたい。

 

「…は?…」

「君が、好きだ」

 

懇願するように、オレは今まで誤魔化してきた想いを彼女に告げた。



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痘痕も靨。

レティーシアside

 

 

昨夜の出来事はきっと夢だ。そうに違いない。

あはは、どうやら思っていたよりも相当体力を消耗していたようだ。イグニスに適当に相槌を打って返事を返した私は、早々にテントに戻った。すれ違いざまにノクトと会ったような、会ってないような気がしたけど相当疲れていたから曖昧で覚えていない。すぐに倒れるようにベッドinした私は次の日、爽快な目覚めを…することはかなわなかった。

どうしてだか眠れなくてクペに起こされる必要もなくベッドから起き上がってバスルームへ行き、楕円形の鏡を覗き込んだら目元に隈がはっきりと浮き上がっている私を見て思わず悲鳴を上げてしまった。

幸い、外へその悲鳴が漏れることはなく、クペが転がるように飛んできて何事クポ!と驚いただけですんだ。だが私としてはなぜこんな顔になると衝撃を受けた。だが落ち込んでいても仕方がない。そう、くよくよしないのが私の良いところ。

私は普段薄化粧だが、やるときはやる。

メイク道具片手に、華麗に変身してやろうではないか!

 

意気込んだ私はさっそく変身の準備へと取り掛かった。

 

 

プロンプトから朝食だよと声を掛けられて私はわかったと返事を返して、鏡に映る自分の完璧な姿を再確認して頷いた。そこには華麗なプリンセスがいるではないか。

普段の倍以上のメイク時間をかけたのだ。当然である。もともと素質は悪くないはず。ルナフレーナ嬢のように清楚で凛としたイメージはまったくないが褒められるくらいのレベルはあるはず。

 

「大丈夫。全然バレないメイクだわ」

 

自分で自分の出来に太鼓判を押すくらいだ。私は相当キテいる。だがバレるわけにはいかない。特にイグニスには。

なぜイグニスなのかわからないが特に警戒すべき相手なのだろう。

私はパシッと両頬を軽く叩いて気合を入れた。

 

「行くわよ、レティ」

 

私は皆が待つ、朝食の場へと向かったのである。

 

どうしてかイグニスが甲斐甲斐しく世話をしてくる。それと妙に、優しくて気持ち悪い。

 

「レティ、ここに座るといい」

「あ、ありがと……」

 

わざわざチェアを引く真似までしなくてもいいのに、どうせ草原のど真ん中なんだから。イグニスは紳士ぶりを朝から炸裂させる。他の男たちの視線が痛いくらい突き刺さる。私だってどうしてこうなったか知りたいくらいだ。

 

「メイクしたのか?」

「あ、うん。ちょっと、気分転換…」

 

私は髪を耳にかきあげて曖昧に微笑んだ。

さっさと行け!と念を送る。

 

「そうか。……君によく似合ってる。……(綺麗だ)」

「!?」

 

イグニスが屈んだと思ったら耳元で後半の台詞を吐かれた私はぞわっと背筋が震えた。

 

「ぎょひ!?」

「姫、なに朝から変な声だして」

「なななな、なんでもないなんでもないから!」

 

私の拒否反応から出た情けない悲鳴に怪訝そうな顔をするプロンプト。私は慌てて手をぶんぶんふって気にするなと伝えた。その後、イグニスから手渡された朝食を食べたが、まったく味が感じられなかった。まるで監視されているようにイグニスの視線をびしびしと感じまくっていたからだ。あとノクトからも。なんで男二人から胃が痛くなるような視線を浴びなければならないのか、まったくわけがわからなかった。

とにかく逃げなければとの思いで朝食を食べ終えてた私達は、プロンプトの提案で黒チョコボ探しへと出かけることにした。

 

「チョコボに会える!」

「はいはい」

「私も会いたい滅茶苦茶会いたいぜひ会ってみたいです!」

「姫も?そうだよね」

 

私は一も二もなく頷いて賛成の意思を示した。

助かった、よく提案したぞプロンプト!

これで少しは二人から距離を取れると安堵できたからだ。

 

道中、トウコツの集団に遭遇した私達は、やむなく戦闘をすることに。私は襲われることはなかったけど、こう、構ってくださいアピールが怖かった。涎垂らしながらだらしなく舌を出して牙を見せていて、隙をついて飛びかかられそうで。

ノクトとイグニスがやたらと私を庇ってくれてそういうことはなかったけど、逆にうざかった。思わず自分にヘイストかけてさっさとこの場から逃走を図りたかった。だができなかった。

 

「レティ、オレから離れるなよ」

「君は、目を離すと危ない目に合うからな」

 

ノクトとイグニスの強固な盾により私は動くことすらままならず、耐えて戦闘が終わるのを待った。きっとこれ以上の苦痛は訪れないだろうと思ったから。

 

だが、もっと最悪な状況に追い込まれるなど、思わなかった。

 

 

黒チョコボ。うん、可愛い。嘴を私の顔にこすりつけて愛嬌を振りまく黒チョコボ。

プロンプトが近づいたら素早く逃げるけど私がおいでおいでと手招きしたらすんなりと近寄ってきた。どうやら男が嫌いならしい。もしかして性別雄なのか。でも私にチョコボの性別を判断する知識はないので好かれたんだなと単純に受け止めることのした。

いつもの私だったら今以上に撫でまくって愛でまくって構いたおすのに。その気力すらわかない。全てはこいつらの所為だ。

 

「レティ、チョコボくさくなるぞ」

「へい」

 

とか言うなら私の背後から離れろノクト。アンタは背後霊か。

 

「レティ、お腹空かないか。君の好きなお菓子買っておいたぞ」

「へいへい」

 

そりゃありがとうさんです。でもいつもの食欲も失せているんです。放っておいて。

 

「レティ」

「はいはい」

「レティ」

「はいはいはい!」

「「レティ」」

 

ぶちっ。

我慢の限界地、突破しました。私、レティーシアはこれからキレます。

怒りの形相でノクトとイグニスとギッと睨み付けると、黒チョコボが怯えてクエー!と逃げて行った。そうさ、逃げるがいい。だが男二人は逃さない!

私の変貌に男二人はぎょっと目を剥いた。

 

「レティレティうるさいわバカやろ――!そう何回も呼ばなくても聞こえてるってーの!なんなの!?朝からイグニスは気持ち悪いくらい優しいし普段の倍以上に世話焼きだしノクトはべったいするくらい人に引っ付いて暑苦しったらありゃしないしねちっこい視線でずっと追いかけてきてやっぱ気持ち悪いし知らないところで二人張り合ってるしそれに私を巻き込むなっつーの!私が何かしました?!アンタらの気の触る発言でもしましたか??知らないんですけどまったく身に覚え名がないんですけど私のいないとこでどうぞお二人仲良く張り合ってくださいませ!私を一切、巻き込むな!」

 

超早口で言いまくしたてた私は、最後にフン!と鼻息を荒くさせてくるりと呆けている男二人に背を向けると、さきほどの黒チョコボを呼び寄せた。気合で。

 

「ここにいたくないからどっか連れてって!」

「クエー」

 

黒チョコボはわかったと了承するように、少し体をかがめて私が乗りやすい体勢をつくってくれた。私は「クペ行くわよ」と一声掛けて軽く地面をジャンプして黒チョコボに乗った。呆気にとられる男子たちを一瞥し、

 

「ではごきげんよう」

 

と挨拶をしてさっさと黒チョコボを走らせたのである。

その後、私のスマホの電源はばっちし落としたので男子たちからの連絡は一切なく快適な黒チョコボとのドライブが楽しめた。日も暮れ始めた頃、テント近くで私は機嫌よく黒チョコボに礼を言って別れた。今度会えたな名前を付けてあげようと思う。

クペはノクトたち怒ってるクポ~なんてビビッてたけど私は気にしない。

怒ってようが文句言ってこようが、来るなら来い。

迎え撃ってやるとむしろ意気込んだ。

 

キャンプポイントにノクトたちの姿はあった。

私の姿を見た途端、走って駆け寄ってきたプロンプト。両肩を掴まれ、どこも怪我してないよね?と私の体をチェックしだす彼に苦笑した。

 

「姫!?良かった、無事に戻ってきたー!」

「レティ、スマホの電源落とすなっつーの。……ったく冷や冷やしたぜ」

 

グラディオラスも寄ってきて、私の頭にポン!と手を置いた。

 

「ゴメンね、プロンプト、グラディオラス。ちょっとストレスたまりにたまりまくってたから抑えきれなくて。誰かさんらの所為で」

 

私の無事を素直に喜んで迎えてくれた二人に謝罪しつつ、後半の言葉はわざと声を大きくして言った。むろん、わざとだ。夕食の支度をしていたイグニスが、気まずそうにフライ返しを片手に持ちながら

 

「レティ、…その、すまなかった」

 

と謝ってきた。続いて飛びあがるように立ち上がってチェアをひっくり返したことも厭わずに、私をじっと見つめていたノクト。ゆっくりと私の方へ近寄ってきて、弱り切った声で、

 

「……悪かった、よ……。だから、だから…勝手にいなくなるなよ……。心配した」

 

と私の背に手を回してぎゅっと抱き着いてきた。私は拒むことなくノクトの背に手を回して抱擁してあげた。

 

「……もう反省した?」

「十分」

「イグニスは?」

「ああ、もうたくさんだがな」

「ならオッケー、許しましょう。……やっぱり仲間なんだから仲良くしないと!」

 

ノクトから体を離して私は、いかにチームワークが大切かと語った。

プロンプトにスゴイ顔で見られた。自分が言いますかって顔だったね。アレは。

後でサンダー落としてやろう。

皆で仲良く夕食を食べて、心行くまで語り合い、笑いあった。

お互いの腹に堪ったもやもやを解消するように。

でも一つ理解できないことがある。

イグニスが言っていたことだ。

 

「そこは賛成だな。だが一つだけ譲れないことはあるんだ。それに関しては妥協してくれ」

「え?」

「そうそう。オレもそれだけは負けるつもりねえし」

「何が?」

 

何やらイグニスとノクトの中で闘争心が芽生えているらしく、それが何なのかわからなかった私は、首を傾げて尋ねてみたが、

 

「……わからないのか?」

 

と逆に困惑した表情でイグニスに問われた。

 

「わかんない」

 

と答えると、イグニスはガクッと肩を落とした。

 

「…………クッ、レティの都合のいい記憶力か。…オレとしたことが失念していた」

 

反対にノクトは余裕しゃくしゃくな態度でイグニスを笑った。

 

「くくっ、残念だったな。イグニス、レティは昔からこんな感じなんだよ。そうやすやすと落とせないぜ」

 

だがイグニスは眼鏡の奥できらりんと目を光らせた、ように見えた。

 

「……それはノクト、お前だって言えるだろう」

「な!?」

 

その切り替えしにわかりやすく呻いたノクト。

 

「なんせ王子の待ちに待った愛しの姫との結婚式だからな。それはもう盛大だろう」

「イグニス、てめえ……!」

 

一体何がノクトの弱点を突いたのか見当もつかないが、また雰囲気が悪くなりかけたので、私が二人の熱を覚まさせるために、ウォータを二人の頭上で発動させた。

 

「うぉ!?」

「ぬっ!」

 

ばっしゃんと頭から大量の水を被り驚く二人に

 

「次したら、二人とも仲良くカエルにしてあげるわよ」

 

と低い声で伝えると、二人はさぁーと顔を蒼くさせて何度も頷き返した。

これてにて一件落着!

 

私は満足気に頷いて二人にクペから持ってきてもらったふかふかのタオルを渡したのであった。

 

レティがテントに戻った後のノクトとイグニスの会話。

 

イグニス「……しかし、レティにはてんで叶わないな」

 

ノクト「だったら諦めろよ」

 

イグニス「誰が。……やっと自分の気持ちに正直になったんだ。今さら諦めるなんてできない」

 

ノクト「…………」

 

イグニス「機会を改めてもう一度レティに婚約を申し込む。今度は正式に」

 

ノクト「……………」

 

イグニス「ノクト、お前のレティの対する気持ちが家族としてなのか、それともそれ以外へのものなのか。はっきりさせる頃合いだ。どちらにせよ、君は重大な決断をしなくてはいけないということだけは覚えておくんだ」

 

ノクト「…わかってるよ、んなもん……」



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静電気にはご用心!

今日もレガリアは走る、走る、走る。なぜかというとオルティシエに行く船が出るまで時間が掛かるから。その辺はあの記者が何とかしているらしい。

でも走ってばっかりだとガソリン入れなければガス欠になり走れなくなる=また手押し=旅の危機=皆へばる(レティとクペ以外)=旅終わり。メーターの給油タンクの残量が少なくなってきたのを見てイグニスは呟くように言った。

 

「ガソリン入れないとな」

 

すると、助手席のプロンプトが走っている最中に看板を見つけて指さした。

 

「あ、もう少し先にガススタあるじゃん。いこうよ」

「そうだな」

 

イグニスが賛成だと頷く。レティが首を傾げて

 

「ガススタ?」

 

と頭上にはてなマーク出現させて不思議そうな顔をした。レティの膝には「毛が逆立つクポ~。静電気クポ~」とクペが毛を逆立たせて困った様子だった。レティはクペの毛をなでなでしてあげたが、たまにバチッと手に軽い電気が走った。プロンプトが

 

「姫、知らないの?免許持ってるのに」

 

とびっくりした様子で尋ねると、レティは少し戸惑った声で、

 

「ガソリンスタンドっていうのは知ってるけど……ガススタ…?なんか食べ物の名前?」

 

とボケて答えた。プロンプトはガクッと態勢を崩して苦笑しながら

 

「それ違うから!ガソリンスタンドの略称。略してガススタ、ね?そのまんまだよ」

 

と教えた。するとレティはぽん!と納得したように手を叩いて、

 

「おお!なるほど」

 

と合点がいったようだ。プロンプトとグラディオラスが

 

「そこらへんはやっぱりお姫様だね」

「知らないことはとことん知らないからな。レティは」

 

と変なところで抜けてるレティの話題でしばし花を咲かせた。どうせ、世間知らずですよー!と拗ねてレティと夢見る王子様状態のノクト、そして静電気バチバチさせているクペを乗せてレガリアはガソリンスタンドへ向かったわけである。

運転させて運転させてコールを送るレティの可愛い攻撃をひやりとしながらも無事にかわすことに成功したイグニスはガススタの給油機の前にレガリアを停車させた。それぞれがドアを開いてレガリアから降りていく。プロンプトはぐーんと体を伸ばしたり近くを散策に向かったり、グラディオラスは「腹減った…」とおなか抑えながらショップに入っていく。レティは一応眠っているノクトに軽く肩を揺らしながら声を掛けた。

 

「ノクト、着いたよ」

「んん………」

 

だが少し返事しただけで起きる気配はない。レティはふぅと息を吐いて仕方ないと自分もレガリアから降りた。イグニスは給油口の開閉スイッチを押して運転席から降りた。

レティは興味津々にイグニスの後ろについた。ガソリンを入れるところを見たいようだ。

レティの肩には静電気の所為で毛が逆立っているクペが乗っかっていることにイグニスはまだ気が付いていない。

 

「へぇ~、こうなってるんだ」

「ああ、まずは給油口を開いて…この静電気除去シートに手を当てる。これは静電気を防ぐ役割があるんだ」

「へぇ?静電気がガソリンに引火したりするの?」

「ああ。万全を備えてこれは給油前に必ずやることだ」

「そっか、じゃあ今私はダメなのかな?」

「なぜ?」

「だって、クペが今静電気バリバリで毛が逆立ってるの」

「それを早く言え!」

 

イグニスが驚愕して、レティからバッと体を離した。

一応イグニスは大丈夫だが、万が一ということもある。もうちょっとでやばったかもしれない事実にレティはいまいち気の抜けるやり取りをした。

 

「そんなに離れなくても…。ねー?」「ねー?クポ」

 

一人と一匹の仲の良いやり取りもイグニスにとっては非常に腹立たしいものだった。

思わずイグニスが叱責を飛ばしたくらいだ。

 

「君たちは危機感というものが欠けているのか!どんな時でも安全というものはやり方次第で危険へと変わるんだ。大体レティは普段から周りのペースを巻き込んで自分の好き勝手にやっているがそれがいつ、仲間を危険に巻き込むかわからないんだぞ。少しは自重というものを学ぶべきだ」

 

見る見るうちにレティの態度は急降下していく。

 

「……………そりゃスイマセンね。世間知らずの我儘娘で悪うござんした」

 

とまったく心の籠っていない謝罪をした。嫌そうに。それがまたレティを追及する問題点となってしまった。イグニスは鋭い切り返しで

 

「それが君の謝罪の仕方なのか。だとしたら王女の品位を疑われるぞ」

 

とレティの痛いところを言葉攻めで突いた。

レティは切なそうに瞼を閉じて、片腕をぎゅっと握りしめて蚊が鳴くような小さな声で言った。

 

「……好きで王女になったわけじゃないわ…」

「だが君は王女だ。その身である限り王女と敬われる存在なんだ」

 

イグニスは、レティの為に叱り付けた。勿論、イグニスとてそのようなキツイ言葉はいいたくなかった。だが、ルシス国の王女であるレティの未来の為にあえて叱った。

そのイグニスの想いに気が付いたのか、それとも叱責されたからあえて意識したのかわからないが、レティはイグニスに頭を下げ、

 

「…………申し訳ありませんでした。このようなことがないよう、以後気を付けます」

 

と謝罪した。イグニスは目を丸くさせ、しばし何を言えばいいか言葉に詰まったが、

 

「いや、オレも少し言い過ぎた……。すまない」

 

とレティに謝った。レティはやめてと手で制し弱弱しい笑みで、

 

「……いいの。今のは私が悪かったからイグニスは謝らないで」

 

というと、イグニスはまたレティに歩み寄って、

 

「いや、そういうわけには……」

 

いかないと続けようとした言葉は、すっと伸ばされたレティの人差し指で唇をふさがれたことで終わりを告げる。

 

「お願い、もうやめて」

 

イグニスは目を見張り、思考が一瞬停止した。

 

「…………」

 

レティの瞳が、悲しさを宿しているように見えたのだ。

自分の唇に触れる指先が、少し震えていたのに分かった。

レティは指を離して、イグニスと、名を呼んだ。

 

「せめて、この旅が続く間は、…王女でないただの私を見て欲しいの…」

 

そっと指を下してレティは顔を俯かせた。

 

「……レティ…」

「我儘だって思ってるわ。かなうはずもないことだと思ってる。…それでも、ほんの少しでいいの。ちょっとだけでもいい。私を、ただのレティーシアを知ってほしい……(別れの時まで)」

「レティ」

 

イグニスはたまらずにレティを抱き寄せた。

レティは抱きしめられたことに驚いて声を上げた。

 

「……!イグニスっ」

「オレも忘れてたよ」

 

だが優しい声に離してというつもりだった声もでなくなった。

自分を労わる感情が真摯に伝わってくるのだ。

 

「イグニス…」

「生意気な君が、こんなにもオレの胸に収まってしまうほど弱く小さな女性だったことを」

「……………」

 

じっと見つめ合う二人。レティはほんのりと頬を染めた。

二人の世界が続くように思えた。その瞬間、ひやりとイグニスの首後ろに押し付けるように当てられる鋭利な存在が現れ、その人物は底冷えするような声音でイグニスを脅した。

 

「レティから離れろ、イグニス」

 

イグニスは、直感でヤバイと感じるとレティから手を離し、降参のポーズをとった。

 

「………わかったからノクトもその物騒なものを消してくれ」

 

レティはレガリアから身を乗り出してイグニスに剣を差し向けるノクトの存在に初めて気が付き、口をパクパクとさせたのち、

 

「の、のののノクトぉ――!?寝てたんじゃなかったの?!」

 

とぴゅー!と素早い動きでイグニスから離れた。若干、顔を赤くさせて。

ノクトは、出現させた剣を消し去って、レガリアから飛び降りた。

 

「起きてたよ。わりーか。レティが起こしたんだろ」

 

と言いながら、イグニスをまるで敵討ちでも見るような目つきで睨み、わざとレティとイグニスの間に割り込んだ。

 

「イグニス、あくまでお前はオレのサポート役だろ。レティに手ぇ出すな」

「……場を弁えなかったのは悪かった。だがオレがレティに何を言おうとノクトには関係ないはずだが」

「今抱きしめてただろーが!」

 

吠えるようなノクトのいい方を大人の余裕でイグニスは軽やかにかわした。

 

「それは仕方ない。オレは彼女が好きなのだから」

「な!?」

 

恥ずかしげもなく好きだと言いのけるイグニスにノクトは言葉を失った。

そして、同時にレティがなんと答えるのか、まさかと最悪な想像をめぐらせたノクトは焦って振り返った。

 

「レティ…」

 

縋るような声を出しながら振り返った先に、レティは身を縮こまらせてしゃがんでいた。しかも両耳塞いで自分に言い聞かせるように「弱い弱いメンタルヤバすぎ私疲れてるんだわ日頃のストレス発散が全然効いてないよヤバいヤバいもっと魔法連発させた方がいいのかしらそれとも召喚獣バンバン呼んでレッツパーリィ!ってやつ試した方がいいのかしらそれとも私自身がレッツパーリィ!ってやったほうがいいのかしらいやいやそれじゃあ私御一人様パーティじゃないそれって寂しくない?駄目じゃない?ああ駄目だまったく考えがまとまらないよしここは一発ギャグで気合を入れてみるか」

「レティ」

「え?」

 

なぜか一発ギャグし始めようとしたレティを止めるためにノクトはスタスタと歩み寄り、少し屈んでぺしんと軽く頭を叩いて意識を戻らせた。

 

「レティ、今の聞いてたか?」

 

ノクトからの唐突な質問にレティはわけがわからず戸惑った。

 

「な、なにを?」

「……だってさ、良かったな」

 

立ち上げってイグニスのほうに振り返り、ほくそ笑んだ。イグニスは反対に悔恨の念に囚われたようで、大げさに地面に片膝ついて顔を俯かせた。だが、ぐっと拳を握って

 

「……まだだ。次こそは!」

 

と自分を奮い立たせて再リベンジを固く誓った。ノクトもノクトで

 

「次なんていわせねえぜ」

 

と何が何でも防いでやると意気込む。レティが二人の話についていけなくて置いてけぼりされていた。

 

「一体何の話?」

「レティ~、ラブコメしてないで助けてクポ~」

「あ、そういえば忘れてた!」

 

クペの助けを求める声に、レティは最初の問題点に気付き慌てて立ち上がりクペを抱いて静電気除去シートにクペの小さな手を押し当ててあげた。そのお陰ですっかりクペの静電気は取り除かれスッキリとしたいつも通りのクペが出来上がり。

 

「良かったね、クペ」

「スッキリクポ!」

 

ノクトとイグニスの熾烈な争いにはまったく興味もないレティでした。

 

【我関せず焉】



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思い出花火

レティーシアside

 

 

きっと掛け替えのない思い出となる。

 

私はこの旅でノクト達と忘れられない記憶を刻みたいと願った。

普段ははっちゃけているのだって、実はいろんなノクトたちの反応を見てみたいから。

どんなことをすれば笑ってくれるのか、ここまでのラインなら怒られないんだなとか、でもちょっと冒険してみたいとこもあったり。打算的なことを考えながら皆の反応を楽しんでいる。そんな誰も知らない私の本質をクペは知っている。こんな私の本性をクペは、そのまま丸ごとのレティが大好きだと言ってくれる。あざとい女だって自分でもわかってるのに、それでもいい、レティがクペを好きなようにクペもレティが好きだって。

 

私に、もし、仮に重大な選択を迫られる時が来たとしてもクペは私を信じて着いていくと言ってくれた。私の大切な友達。彼女との友情は永遠のものだって確信がある。

でも私は自分を卑下することをやめられない。

 

嫌でもあの人と自分を比べてしまうんだ。

ルナフレーナ・ノックス・フルーレ、その人と。

 

彼女はテネブラエ王国で名門といわれるフルーレ家の令嬢。代々神薙の巫女を選出してきた家系にある。その中でも最年少で神薙の巫女になったルナフレーナ嬢は世界中の人々から敬愛されその人柄で慕われている。神と対話しその意思を伝える役目。

誰にでもできるわけじゃない。ましてや、彼女は純血。私のようなどこの男かもわからない血と狂った女の器を受け継いだ卑しい女などとは位そのものが違う。

 

分かっている。比べることすらおこがましいと。

産まれからしてすでに違うのだ。張り合ったって負けてるのは確実。

 

私は彼女のように、しっかりとした意思なんてなくていつもふらふら。

揺るがない信念なんてない。ただ我武者羅にやって気づいた後で自己嫌悪。

逆境に強くもない。精神的に不安定なのは毎度のお馴染み。

唯一誇れること。枯渇しない魔力と召喚獣との絆。それだけ。

 

たった、それだけなの、私にあるのは。

 

でも彼女は私よりもずっとスゴイ立場にある。神の巫女と正式に認められた神薙としての立場。

それに私が持っているものを彼女は持っていく権利がある。そのパスを彼女は所有しているんだ。

 

ノクトとの絆も、ルシス国での居場所も、彼女が全て持っていく。

私から、全て。

 

取らないで、私から取っていかないで!

 

夜、ベッドで魘されることもあった。目が覚めてふと、気が付くとクペが私の顔に引っ付いていて泣いていた。『レティ、泣かないで』って。そこで私はようやく泣いていたことに気が付いた。そしたら、なんだか急に悲しさが溢れ出して共に涙してくれるクペを抱いて泣いた。声を押し殺して。泣いた。

 

取られるなんて、ことないのにね。元々私に持つ資格すらなかっただけの話。

今は大丈夫。もう受け入れてるから。

 

バカみたいな考えも一時期、持ってたのは事実。

そうでもしないと気が狂いそうになってたから。八つ当たりだよね。ううん、嫉妬、かな。醜い嫉妬心を抱いて自分の悲劇のヒロインぶって自分で自分を慰めてた。

だから童話の世界に強い憧れを抱いていた。いつか、私を救いに来る王子様がやってくる。悪い魔法使いに閉じ込められているお姫様を救いに。

そして二人は手に手を取ってハッピーエンド。

 

なんてありきたりな筋書き。現実にそんな者はなく、私は惨めな想いで籠の中から外を眺めるだけの毎日。その価値は何のためにあり、私は何のために生かされているのか理由がわからず、ただ外の世界へ行けばきっとそこに私の居場所があるって妄想に駆られて先走った生き方をした。

……愛されたいと、願った。

 

こんな私を愛してくれる人を、求めた。

 

でもそんな人いやしない。元から幻を見ていたんだ。

私は、飾りだけの王女。その地位もまやかしで存在も産まれるべきじゃなかった。

だからこの苦しさは誰にも明かしてはいけない。明かすつもりもない。

 

ひっそりと胸にしまい込んで私は、消えるんだ。

 

夜、海で花火がしたいとゴネる私にノクトは困った顔をした。こんな我儘蹴っちゃえばいいのにね。それでもノクトは優しいから、妹の我儘だと受け止めてくれる。

実はちゃんと花火持ってきてるんだよとわざとらしく付け加えて花火セットを見せると、

 

「なんだ、あるんじゃん。…てっきりショップまで行って買ってこなきゃいけねえのかと思った」

 

なんて苦笑しながら私の額を軽くノクトは小突く。

私は目を見開いては驚きを隠せなかった。でもすぐに表情を作り、「良かったじゃない、行く手間が省けたよ」と笑みを見せた。

 

この優しさはどこまで底がないのだろうか。そこは無理だって言い聞かせればいいのに。それだけでいいのに。ノクトは優しすぎる。優しいだけの王様なんて生き残るには厳しすぎだよ。

……守りたいって思った。できることならノクトの傍で彼が立派な王様になるのを見届けたかった。でもその役目はもう私にはない。すでにルナフレーナ嬢に引き継がれている。

 

だったら私にできることはただ一つ。

ひっそりと、塵のように消えるだけ。

 

だからそれまではどうか、ノクトの隣に、皆の輪の中にいさせてください。

私は、今この一瞬一瞬を忘れないように胸に刻み付け、消えない記憶を作ります。

 

イグニス、プロンプト、グラディオラス、クペ、そして、ノクトと私。

 

無邪気に花火をして、遊んで、はしゃいで、注意されて、一緒に謝って、皆で可笑しくて笑いあって、そんな素敵な思い出が私の中で積み重なっていく。

私は皆で小さくとも魅了されるには立派な打ち上げ花火を見上げながら隣に立つノクトの手に自分の手を絡ませた。ノクトは吃驚してたけどぎゅっと握り返してくれた。

 

「ノクト、私、幸せだよ」

「ん?」

 

私はノクトの顔を見上げた。

ノクトはその紅く変化する瞳を毛嫌いしてたけど、私は嫌いじゃなかった。

それは女神エトロが選ばれた者にだけ祝福を送りし証だもの。人を愛している証。

 

その瞳も、繋いだ手も、抱きしめてくれる温もりも、子供っぽく屈託なく笑った顔も、ふてくされて拗ねた顔も、寂しそうな横顔も、自信なさげなとこも、強く見せようとするとこも。全部全部、好き。大好き。

直接言うことはない。けど、改めて私は、ノクトに生かされてきた。

ノクトがいたから、ここまでこれた。

 

「ノクト、ありがとう」

 

大好きだよ、ノクト。

ノクトは、あえて言わないでいてくれるよね。あの時、助けに来てくれた時のこと。…本当に、嬉しかったんだよ。

暗闇の中、独りぼっちで泣くばかりの私の元に現れた王子様は、哀れな娘に希望を抱かせてくれた。

 

一瞬で、暗闇が晴れたの。

 

本当に、嬉しかった。

 

――私の、私だけの王子様だったノクト。

 

「…変な、レティ」

 

そういってノクトはまた夜空に輝く花火を見上げた。

私は、同じように夜空を見上げようとした。でも視界が緩んでぼやけて見えたからそれを誤魔化すように瞼を閉じた。きっと、開いたら零れてしまいそうで怖かったから。

 

「ノクト……―――」

「なんか言ったか?」

「ううん、なんでもない」

 

私は誤魔化すようにさらに繋いだ手に力を込めた。

 

【さよならを直接告げない私を許してください】



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恋花火

ノクトside

 

 

「ねぇ、花火やりたい!皆でやろうよ」

「花火?」

 

いつもの我儘が始まった。

オレも花火は数えるくらいしかやったことないけど、レティの決まっての我儘は時間とか関係ない。唐突な思い付きから始まる。散策を終えてキャンプ地に帰るかってイグニスたちと話してた時に、にゅっと(可愛く)顔を覗かせて何言うかと思えば、これだもんな。

駄目だって突っぱねることもできた。でもオレはレティが前々からやりたいってぼやいてたのを覚えている。それはオレが高校生の時、とあるイベントで花火をやる機会があった。プロンプトに誘われてオレは興味なさげに試しにやってみたけど意外と面白くて帰ったらレティにその面白さを伝えた。そしたら、みるみるうちに目を吊り上げて「ノクトばっかりずるい!」って怒って勝手にへそまげて一か月は口きいてくれなかったな。

何とか機嫌を戻させるまでに苦労したのをよく覚えてる。オレが辛抱できなくてなんでもしてやるから許してくれって頭下げたら、ぼそっと「ファミレス連れてってくれたら許してあげる」と視線合わせずに言ってきたから、オレはなんとかレティを城から連れ出す方法を考えて、小さい頃オレしか知らなかった秘密の出口のことを思い出した。クペを身代わりにしてレティを城から連れ出すことに成功したオレは意気揚々とレティと手を繋いでファミレスに行った。そこで目を輝かせて注文した特盛イチゴパフェを前にしたレティの幸せそうな顔は、今でも忘れられない。

そこまでは良かった。そこまでは。

満足げに平らげおなかをさすって悦に浸るレティにそろそろ帰るかと促して席から立った時、ふとガラス越しに見た光景。

そこにはずらりと黒服の親衛隊たちがファミレスを包囲するように背を向けて通行人を威嚇している姿があった。そして「逃避行は楽しかったか、ノクト」と、底冷えするような声がした。聞き覚えるある、声。振り返るのが怖くてオレはレティに助けを求めた。

だがレティはすでに「レティーシア王女殿下、お帰りはこちらです」とコルに手を差し出されていて(捕まっていて)、王女スマイルで「ありがとう」とにこやかに礼を言いつつ「ノクト、ごちそうさま。また後で」と最上級の笑顔をオレに向けてコルに誘われて共にファミレスから出て行った。

呆然とするしかなかったオレには、仁王立ちした鬼のイグニスとファミレスの勘定代だけが残された。こってり二時間はイグニスに絞られたな。

あの時、心底思った。レティのお願いだけは聞くかって。自分に言い聞かせたはずなのに、オレは気が付けばレティのお願いをなんとか叶えてやろうと必死になってる。

今もそうだ。

 

花火、花火、もしかしてショップで売ってたか?

端から端まで陳列棚なんて見てなかったからあるかどうかわからない。

レガリアぶっ飛ばして行ったとしてもなかったら最悪だしな、いやその前にイグニスがなんていうか。

 

なんて色々画策してると、レティは慌てたように花火セットを取り出して見せてきた。

「実は用意してあるの、ね!だからやろうよ」と一生懸命にオレに訴えてきて、その必死さに胸打たれたオレは、マジ可愛いとレティから少しだけ視線を逸らした。

やべ、頬が熱くて気づかれたらと焦った。

 

なんでレティはこう、おねだり上手なんだろうな。

ちょっとしたテクニックで男はイチコロだと思う。その何気ない仕草に妙な色気を感じてならない。

 

ひょっとして、オレがレティのお願いにNoと言えないのをわかっててやってるのかとさえ疑ってしまう。惚れた方が負けというが、まさにその通り。

オレは花火を持っていたことに驚いたフリをしてレティの額を軽く小突いた。オレの僅かな変化に気づかれないようにしたくて。

 

まだ、この気持ちを知られたくない。

 

いずれは、打ち明けようと思っている。

だけどまだその時じゃない。

 

「おお!オレこれがいいな~」

 

プロンプトが空気読まずにレティの花火セットにつられてオレとレティの間に割り込んできた。オレはムッとしたがプロンプトはお構いなしにレティにひっつくように袋をさっそく開けだした。レティは眉を顰めて、

 

「ちょっと!?私が一番最初に選ぶんだから」

 

と対抗心を剥きだしてプロンプトと張り合いだしたのには、見てて嫉妬心など飛んでいき、さらに吹き出しそうになった。

 

まったく、この二人はてんで子供だな……。

 

オレも二人の調子に合わせて

 

「だったらコレにすっかな」

 

とひょいっと別の花火を盗み取った。するとレティが

 

「ああ!?私がやりたかったやつとったー!」

 

と大げさに声をあげて頬を膨らませてオレから取り返そうと手を伸ばす。けどオレのほうがレティよりも身長は高いから、わざと腕を伸ばして取られないようにした。

 

「早いもん勝ちだ」

「ノクトの馬鹿!」

 

ぽかぽかと力ない拳でレティはオレの胸を何度か殴ってきた。仕返しにオレはレティの両頬をみょーんと抓んでやった。

 

「痛い痛い!」

「痛いわけねえだろ、優しくしてやってんのに」

「優しくない!」

 

あんまり揶揄うと後が怖いからオレはパッと手を離した。レティは自分の頬を手で押さえて恨みがましい視線を送ってる。オレは

 

「わりーわりー」

 

と謝ってレティの頭に手を置いて撫でた。レティは唇をとんがらせてそっぽ向いてたけど、撫でてるうちに機嫌も戻ってきたらしく、

 

「はやくやろうよ」

 

とオレの腕を掴んでプロンプトたちがいるところへと連れて行った。

こんな些細なやり取りがオレには楽しくてたまらない。

 

ずっと、続けばいいと思った。

 

来るべき、日まで。

 

【満喫したある夜のこと】



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思慕花火

クペside

 

 

マル秘ノート。見た目は情報がたくさん詰まっているようにも見えるクポ。

でも実際は、クペの気持ちを綴る日記でもあるクポ。何やら始めようとするレティを遠くから観察してクペはノートを開いたクポ。

 

ノクトのこと、レティのこと、イグニスのこと、プロンプトのこと、グラディオのこと、クペのこと。

 

皆に対する気持ち、想い、些細な出来事もクペにとっては新鮮クポ。だから忘れないようにノートに書き込んでいるクポ。

 

…クペは本当言うと、レティ以外はどうでも良かったクポ。

クペをクペとして認めてくれたレティだけがクペにとって唯一クポ。

 

でもノクトたちと一緒に旅をして、レティ以外の人間がどういうものなのか知る機会を得たクポ。……召喚獣であるクペには、人間同士の争いはおもちゃの取り合いをしているようにしか見えなかったクポ。でもレティはそんな世界に執着しているクポ。

自分だけの居場所を見つけたいって……。

 

レティの願いを叶えたあげたい。そう思ってクペは今まで頑張ってきたクポ。人間観察も欠かさなかったクポ。マル秘ノートが日々分厚くなっていくのを誇らしく感じたりしたクポ。

 

でも、気づいたクポ。

ノクトたちと接するうちに、レティの居場所はここなんじゃないかって。

ノクトたちがいるこの場こそが、レティが帰る場所。

 

でもクペがレティに伝えてもきっとレティは信じようとしないだろうし、受け入れようともしないクポ。頑固で一度懲りないと学習しないのは十分わかっていることだクポ。だから気のすむまで進めばいいと思うクポ。本当に大切なことに気づけるのは、レティだけクポ。

 

…人間の生はクペたちに比べたらあっという間クポ。クペもレティとお別れする日がやってくるクポ。でも、もしレティがノクトたちとさよならをする決心がついた日が来るなら、その時はノクトたちの代わりにクペがレティをずっと守るクポ。

…バハムートがレティを傍に置きたがっているのは知っているクポ。

こっち側を選んだら二度と人間には戻れないクポ。

 

それでもレティが望むなら、クペ達はレティを喜んで迎え入れるクポ。

 

「クペ!何してるの?一緒に花火やろうよ」

「今行くクポー!」

 

パタンとノートを閉じてボンボンにしまい込んでクペを呼ぶレティのほうへ飛んだ。

 

 

クリスタルの守護を受けし娘。

レティーシア・ルシス・チェラム。

その清き魂は穢れを知らず、天上に輝く星々さえもその存在に熱情を焦がすもの。

召喚獣との絆を得るに相応しい娘の真なる姿は―――。

 

彼の女神のようである、と彼女は書き記した。

 

【召喚獣が彼女を慕う理由】



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影花火

プロンプトside

 

 

オレにできることってなんなのかな。

ふと考えることがたまにある。この旅に参加できたことって奇跡みたいなもんなのかなって。

 

オレたち一般庶民にしてみればノクトは雲の上の人。イグニスやグラディオだって絶対平凡なオレの将来には関わりないタイプだと思う。それにクペ。彼女はもっとオレに関係ない子。だって召喚獣だし?

最初召喚獣だって姫から紹介された時、はい?召喚獣っておとぎ話のなかの召喚獣ですか?って首傾げちゃったよね、オレ。

それくらいオレには聞きなれない言葉で人生の中でその召喚獣サマと友達になちゃうとかありえなさすぎでしょ。

 

もっと、もっとずば抜けて注目度高いのはルシス王国の宝とまで言われる、姫だ。

 

姫、レティーシア様と国民に慕われている女の子なんだけど、本当は世間が知っている姫は作ったレティーシア様象で実際はどこにでもいそうな、あ、でもほんとにいたら怖いけど、ちょっと世間知らずなところもチャーミングな可愛らしい女の子だった。王族っていうルールの中で押しつぶされないようにそれらしく振舞ってきたんだと思う、…なんてきっとオレは姫の背負ってきた痛みや悲しみはこれっぽっちもわかってない。

オレだったら途中で助けてって情けなく叫んじゃいそうな長い時間を、姫は耐えて、耐えて、受け止めてきたんだ。

だからか、普段の素と王女としてのギャップの差を感じる時がある。

思わず同一人物?って尋ねたくなるくらいに。ホントにそうしちゃった時は、サンダーくらったけど。姫は器用に二つの仮面を使い分けてる。

 

でもそれってさ。すごく疲れることじゃないかな。

 

時々、ノクトに連れられて姫の部屋に遊びに行くたびにあったよ。

姫としてあろうと張り詰めた緊張感漂わせてるけど、ノクトとオレが来たってわかった途端、表情が変わるんだ。緩むっていうのかな、こう、ふにゃってなるというか。全身の力が抜けてリラックスした表情になる。

 

ノクトもノクトで責任重大な役目を背負っている。オレなんかが押しつぶさちゃいそうなほどに重くて命を賭けるほどの役目。

 

そんなすごい人物に周りを固められてオレのほうが萎縮しちゃいそうだ。正直に言うと、オレってこの旅にいらない存在、お荷物?

落ち込んだ日もあったよ。でもノクトに親友だって言われて、姫に私の大事な友人なんだって、はにかみながら言われて、イグニスにお前がいないとノクトが暴走するって困ったように言われて、グラディオに構う相手が増えたなって喜ばれて、

 

ああ、オレ、ここにいてもいいんだって。

嬉しかった、ジーンって感動しちゃった。

 

オレを必要だと求めてくれる友達が困ってる時、オレはオレなりのやり方で返してあげたい。

 

今の自分ができること。

 

それは変わらないままのオレでいること。

 

困ったときに慰めて一緒に悩んで解決策を見つける。

嬉しいとき、一緒に笑いあって幸せを共有しよう。

辛いとき、泣きたいとき、悲しいとき、その気持ち分け合おう。

一緒に半分こすれば悲しさも半分こにできる。

 

ノクトと姫と花火を取り合って、馬鹿みたいな充実した時間を過ごす。

双子に見えない双子にはきっと何かがあると思う。でもそれを知るときは、きっとオレが成長した時だ。皆にプロンプトがいないと今日が始まらない!って思わせられるほどにビッグになったら。

 

勿論、恋愛面だってオレは平等に接するよ。

じっとオレたちのやり取りを見守っているイグニスにオレは声を掛けた。

 

「イグニスも姫ばっかり見てないでこっちにおいでよ!」

「なっ!?」

 

不意を突かれてイグニスは面白いくらい慌てふためいた。怪訝そうにイグニスを見やる姫に近づいて「ち、違う!あくまでオレはレティを見ていたわけじゃなく何か問題を起こさないかと監視をしていたのであって」と取って付けたような言い訳をした。そしてオレに恨めしい視線を送ってきたけどオレは口笛吹いて素知らぬ顔でやりすごした。

ノクトには「余計なことを…」とか嫌味言われたけどそれも聞こえてないフリ。グラディオを巻き込んでオレたちはささやかだけど楽しい花火大会を楽しんだ。

 

【自分らしくあることを心に決めて】



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夢花火

イグニスside

 

 

知っているようで知らなかったレティの様々な表情をこの旅で知れたことはオレにとってかけがえのない出来事だったと思う。日常のほんの些細なやり取りの中で、一人の女性として好ましくも思えるときもあれば、悪戯っ子のように手に負えない苦労を感じさせられたり、問題児を抱える教師にでもなった気分になったりもした。

城にいたときとでは知ることのできない彼女の隠された表情。

 

いや、違うな。

本来の彼女といったところか。

以前、レティはオレにこう切なげに訴えた。

 

王女としてではない。ただのレティーシアを見て欲しい、と。

 

オレは自分の彼女への想いを気づいた後でもやはり王女というフィルター越しにレティを見ていた様な気がする。あそこであえて口に出してその辛さを教えてくれたレティに感謝したい。

でなければオレは好きな女性に知らず知らずのうちに辛い思いをさせていただろう。

 

彼女のはつらつとした姿に何度目を見開くほど驚かされたことか。

多少元気すぎるときもあるが、許容範囲だ。問題ない。

いつからオレは他人に甘くなったのだろうか。レティを意識する前ならノクトの補佐役として常に完璧さを求めていただろうに。

 

こうまで変わった自分に驚きもし、また新鮮さも感じた。嫌な気はしない。

 

 

「ねぇ、花火やりたい!皆でやろうよ」

「花火?」

 

今日の夜もレティはいつもの調子で花火をやりたいと言い出し、ノクトを困らせていた。

 

花火か。多少時季外れな気もするが確かショップの片隅に売れ残りであったような気がする。オレはちらりと腕時計を確認しショップがまだ空いている時間帯であることを確認した。レガリアを走らせれば二十分くらいで戻ってこれるはず。オレは揉めない内に二人の声を掛けようとした。だがその前にレティが用意周到と言わんばかりにクペから大人数用の花火セットを受け取り、してやったりな顔をしてノクトを驚かせた。

 

「実は用意してあるの、ね!だからやろうよ」

「なんだ、あるんじゃん。…てっきりショップまで行って買ってこなきゃいけねえのかと思った」

 

ノクトは苦笑しながらレティの額を軽く小突いてみせた。レティは一瞬だけ目を見張って驚いていたが、すぐに笑みを浮かべた。怒られるとでも思ったのか、それなりに学習してきているらしい。だがノクトもオレと同じ考えだったとは…。

 

オレはなんだか気に入らなくて眼鏡を持ち上げなおした。

隣でレティたちの振舞いを見守るようにいるグラディオがこちらを見ずに

 

「甘やかしてばっかだとそのうち痛い目見るぜ」

 

と忠告めいたことを告げてきたが、オレは

 

「十分苦労させられているさ」

 

と軽口で答えた。グラディオは、小さく「……そういうことじゃねぇよ…」と零すように言ったがオレがどうした?と尋ね返すと言い淀みながら結局は「別に」と誤魔化した。オレは何か引っ掛かりを感じたが、グラディオは押し黙りじっとレティへと視線を向けていたのでこれ以上は聞き出せないなと考え、またノクトたちの様子を見守ることにした。

 

「おお!オレこれがいいな~」

「ちょっと!?私が一番最初に選ぶんだから」

 

今度はレティとノクトの間に割り込むようにプロンプトが乱入し、どの花火をやるかもめているらしい。

 

「だったらコレにすっかな」

「ああ!?私がやりたかったやつとったー!」

「早いもん勝ちだ」

「ノクトの馬鹿!」

 

花火くらいでへそを曲げるのはきっとレティぐらいだろう。

その愛らしさに自然と頬が緩んでしまった。

 

…オレならもっと自由に振舞わせてやりたい。いや、そうさせてやる。必ず。

もし、もう一度告白してオレを受け入れてくれたなら彼女を苦しませる要因を取り除いてやりたいと思う。ノクトに譲る気は最初からないし、そうでもあってもノクトには無理だ。兄妹であることもそうだし、何よりノクトは王となる身。

生涯の伴侶に自分で選択できる権限はないんだ。だからこそ、レティがオレを選んでくれたのならノクトが王として振舞う日、それ以降も生涯を賭して全力で支えて見せる。

レティの傍でならオレはそれができると確信できている。

 

「イグニスも姫ばっかり見てないでこっちにおいでよ!」

「なっ!?」

 

どうやら気づかぬ間にレティに視線を集中させていたらしい。プロンプトが茶化すようにオレにそうわざとらしく叫んだ。

 

「ち、違う!あくまでオレはレティを見ていたわけじゃなく何か問題を起こさないかと監視をしていたのであって」

 

オレは慌てふためきそう言いつくろうが、ノクトの冷ややかな視線に負けて視線を逸らした。プロンプト、余計なことを…!

オレの動揺っぷりにレティは不思議そうな顔をしていたが気にすることもないと思ったのか、それとも花火の方への興味が勝ったのか、「花火やろうよー!」とオレたちに手を振った。

 

「行くか、王女様のご命令だしな」

「ああ」

 

グラディオに促されオレたちも、賑やかな輪の中に参加した。

 

【この先の時間に夢を描いた】



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秘密花火

グラディオside

 

 

王の命に忠実に従うことだけが【王の盾】として、総領としての役目なのか。

レティの心は、確実にオレ達から遠のきつつあるのをオレだけは感じ取っていた。言葉の端に秘めたる想いが隠されている。

 

父上から聞かされた事実をレティに伝えることはできない。言ってはならないと固く言いつけられているからだ。

 

もどかしい、オレはこのままレティに告げずにアイツが追い詰められていく姿をただみていることしかできねぇのか。躊躇している間にもレティの心は、オレ達から遠ざかって行こうとしているのが手に取るようにわかる。レティはうまく俺たちを騙しているつもりだろうが真実を知るオレにしてみれば、猿芝居もいいとこだ。

 

愛されていない、それがレティのそもそもの思い込みだ。

レティは、陛下に大切にされ、惜しみない愛情に守られて育てられたのだ。帝国側にその存在を悟られないよう、城から出さないことも決めたのはレティの為だ。

アイツの出自にもし、帝国が気づけば何かしらの利用を迫ってくるだろう。

もし、気づかれればレティの価値はノクト以上に跳ね上がる。

 

両国の血を色濃く受け継ぐ者だ。

その価値はクリスタルと同等か、もしくはそれ以上。

……考えてたくもねぇな、最悪の状況は。

 

陛下の隠された面がもっとも皆の前で現れたのは、あの日だった。

 

レティが城から抜け出した。

 

との情報は瞬く間に城中の人間に知れ渡る大事件となった。いつもレティの身の回りの世話をする使用人は極限られた者しかいない。あるメイドが朝から書物室に篭りっぱなしなレティを心配して執事に相談したらしい。執事はメイドからの相談を受け、事情を説明し、仕方ない子だと苦笑する陛下から書物室の鍵を預かりさっそくメイドと共に鍵がかけられた書物室を訪れると、そこには人はおらず、天上に近い窓が少しだけ開いていたらしい。顔面蒼白となった執事とメイドはそこらじゅう叫びながらレティを探し回ったが、姿が見えず部屋にもその存在はない。これは大事だと執事は判断し陛下にご報告に上がった。陛下はその報告を聞くな否や、レティ捜索の命を格方面に出された。

 

『すぐにレティーシアを見つけ出せ!』

 

その切羽詰まった表情は今でも覚えている。王の盾であるオレも張り詰めた表情の親父と共にレティ捜索に乗り出した。事は重大だと身をもって感じた。

レティ捜索に関わった人数は親衛隊の半分以上を費やし投入され、城だけではなくインソムニアの格機関に極秘裏に通達され情報規制もされた。町の中に黒服の親衛隊がうろつくといった、ちょっとした騒ぎにまでなった。そうまでしても見つからないレティに焦る陛下の御気持ちは計り知れない。帝国側との闘いは収まりつつあると言ってもそれは表沙汰になれている戯言に過ぎない。実は魔法障壁の向こう側では繰り返される侵略の日々を一日一日何とか凌いでいるのだ。陛下の心労も御身一つで受けられているというのに、レティの件でそのお疲れはピークに達し、医者に安静にしろとまで言われるほどだった。それでもレティを見つけねばと陛下自らが指揮を執り捜索に専念する御姿は、娘の身を案ずるただの親そのものだった。

 

一夜明けて、レティ捜索は難航を示しているように、見えた。

 

だが意外なところからレティ発見への糸口はあった。親父が前に一人暮らししているノクトと共に住みたいとレティが望んでいたことを思い出したのだ。すぐに命を受けコルがノクトのマンションに向かうとそこにはノクトと共にいるレティとクペを発見。

こうしてレティ捜索は無事終わった、かに見えた。

 

勿論、本人にも厳しい処罰は免れないだろうとも考えた。これだけの人間に迷惑をかけたのだ。陛下もお許しになられない、はず。

だがまさか、陛下がレティの前であんなに感情をお出しになられたのはオレは初めてみた。決して父親ぶろうとはしなかった御方が、感情を乱し行動に出られるなど。

まー、ようはどこにでもある親子喧嘩ってやつだ。

 

それにしちゃそのレティの反抗っぷりというか暴れっぷりは、玄関ホールぶっ壊すくらいのもんだったしな。本人は覚えちゃいねえが、……覚えてねえほうが幸せかもな。

 

レティは今もきっと勘違いしている。あの時、助けたのがノクトじゃなくてオレだったってことに気づいちゃいない。レティは陛下とから父親からの制裁を受けた後、魔力暴走を起こし玄関ホールを騒然とさせた。使用人たちがパニックになる中、護衛に守られながら陛下だけは臆することなくレティの暴走を食い止めようと御自らが先頭に立たれ護衛の制止を振り切って

 

『レティーシア!』

 

と声を張り上げてながらレティの周りに小規模の障壁を張った。それを凝縮させることで魔力暴走を抑え込もうと考えられたのだ。だが思っていたよりもレティの魔力は強大で陛下の御力をもってしもて抑えることが難しかった。むしろ逆にその障壁を跳ね除けんと、意識を失い魔力放出の影響により宙に体を浮かせて意識を失っているレティの体に傷を作りさらに魔力を倍以上に高め障壁にぶつけてきた。

障壁にヒビが入りあわや抑えきれないと誰もが最悪な結末を想像した、その時。

クペが寸止めで召喚獣の力をもってしてレティの魔力を無理やり中和させ魔力放出を食い止めることができた。完全に魔力が収まった頃、影響を受けていたレティがゆっくりと床に横たわろうとすると陛下は御身を支える杖を投げ捨て『レティーシア!』と悲鳴に近い叫び声をお出しになりながらおぼつかない足取りでレティの元へ。

 

『レティーシア、…レティーシア…』

 

陛下はレティを腕に抱き上げられ、何度も何度も辛そうに切なそうにレティの名を呼び続けられた。それこそレティが部屋へと運ばれ、ベッドに横たえられたレティに付き添い、診断する主治医の様子を不安げに見守り、少し体を休めればじきに目を覚ますだろうとの答えに胸を撫で下ろし、公務のスケジュールを送らせてまで陛下はレティの傍に離れまいとした。

それこそ、目を覚ます数分前までは。

こんなにもレティは陛下に愛されている、というのに、その事実は本人には知らせず本人は閉じ込められることに恐怖さえ抱いていた。過呼吸を起こしてしまったのも追い詰められた結果だろう。

息ができないと青白い顔してオレに助けを求めきたレティが痛ましくて仕方ない。

 

今はあんな顔二度と見たくないと思うが、もし、またインソムニアに戻るのならまた見ることになるのか。それともレティは自分の意思で去ることを決断するのか。

 

……陛下は何をもってしてレティをこの旅に参加させたのかはわからない。

だがきっと、レティの為を想っての命であったとオレは思う。

 

自分で逃げるチャンスを与え、そのまま逃げるもよし。

もし、自分の居場所を見つけられなかったのなら帰ることもよし。

 

陛下はレティの成長を願って手放す決断をなさったと信じたい。

 

 

花火だとはしゃぐ連中を見守りながらオレは、いまだレティに告白できてない友に忠告してやった。

 

「甘やかしてばっかだとそのうち痛い目見るぜ」

 

その甘さが別れを引き寄せているかもしれない。

だからガツンと強気で攻めなきゃならん時もあるというのに、イグニスは

 

「十分苦労させられているさ」

 

とオレの忠告を違う意味で捉えたようだ。

言葉のもどかしさとはこういうもんかとオレはそれ以上言葉を続ける気にはなれず、黙ってはしゃぐレティを見つめた。

オレは矛盾している。

 

レティを籠から逃がしてやりたい兄貴のような気持と、王の盾として総領としてやるべき任務とのせめぎ合いを抱えながら、見守ることしかできないもどかしさ。

的確なアドバイスもできず、生半可な優しさでレティに協力することでしかできない。

 

何が正しくて、何が間違っているのか。

 

まだオレには足りないものがある。

 

【だからもう少し見守ってみよう】



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王都、陥落~さよならはなく~

ついにディーノから明日乗船の手配が取れたと意気込んで伝えられたのは、花火を終えた次の日であった。その際、感極まったディーノから両手を握られてきょとんしたレティだったが、ノクトとイグニスがバリッと引きはがすように二人の間に割り込んだのは明らかな嫉妬からによるものである。レティ本人は男二人の真意がわからず不思議そうな顔をしていたが。ディーノが以前依頼をしてきたのは、どうしても手に入れたい原石だったからだと手渡す時にバツが悪そうに謝罪してきたのは余談である。

 

さて、最後ということで贅沢に過ごしたい!とのレティからの提案にノクトたちも賛同し、唯一、予算が険しい顔つきをしていたイグニスもレティからのおねだり作戦にかかればあっという間に陥落してしまった。美味しく新鮮な魚介類を贅沢に使用した名物料理と体の隅々までもみほぐす極上のマッサージ、そしてお洒落な部屋から望める夕闇に沈む太陽とオレンジ色に染まる海の景色。

 

もういうことはなし、である。レティと同じ部屋に泊まろうとしたノクトはイグニスやグラディオによって抑え込まれ、男部屋へばいばーい。

お洒落なバスタブにクペと共にゆっくりと浸かり、白いバスローブのままふかふかのベッドへとダイブ。はしたなくもレティは気が付けばそのまま眠ってしまった。

さぞ快適な朝を迎えたかと思えば、そうでもなかった。

 

「……なんか、変な感じ…」

 

何か、おかしい。

心が騒めいて落ち着かないのだ。

 

くわっと欠伸一つして、隣に眠るクペを見やっては、ああ珍しくもクペより早く起きたことを知る。ノクトたちが見れば思わず目を背けてしまうほど悩殺的な格好だということを忘れていているレティはベッドから降りると素足のままバスローブの乱れも直さずにバスルームへと向かった。

 

バスローブをばさりと足元に脱ぎ捨て、バスルームに入りシャワーの栓をきゅっと回す。温かなお湯が頭上から降り注ぎ、レティは目を瞑って全身でその温かさを受け止めた。

だが、気分を変えてシャワーを浴びているにも関わらずやはり言いようのない不安感は消えない。

 

「…何なの…、これは」

 

たまらずにレティはバン!と両手で鏡に手をついた。

 

レティにとってこんな気持ちは初めてだった。

 

何も問題もないはず、環境もいい。これから結婚式に向かいノクトの晴れ姿を確認してきれいさっぱり消えるはずなのに。

いや、確かに問題はあった。あの男の存在をついぞ忘れていた。

いや、脳内から意図的に削除しようとしていた。

 

あの男は確実にレティの存在を掴んだという事実。召喚獣であるクペも同様にあの男は自分たちに目を付けた。なぜそう思うのか。

その裏付けは既にとれている。

 

男がこの辺で手当たり次第に配っていたというあの銀貨は神薙就任記念硬貨であることをディーノから教えられた時だ。理由としてはそれが一般で配られることはまずないこと、あの男が帝国関係者であることが決め手である。

このまま手立てなしにのこのこ敵地に赴けば、何かしらの罠が仕掛けられていることは明白である。最悪、レティは結婚式の途中で途中退席し隙を見て逃げなくてはならなくなった。だが向こうも式の最中に手荒な真似はしないだろう。

必ず機会を見て動くはず。その隙をついて脱出せねばいけない。その時は多少手荒な行動に出るかもしれない。レティは覚悟を決めいつでも戦える準備をしておかねばと気を引き締めた。

 

「絶対、逃げてやる」

 

鳥籠からやっと解放されたのだ。今度は鉄の檻に入れられるのは御免だとレティは決意に満ちた瞳で己に言い聞かせるように呟いた。

 

【何をしても逃げる覚悟はある】

 

 

「クペ、行くよ」

「……クポ」

 

何か言いたそうなクペを抱っこしてレティは部屋を出る。

リビングルームにはすでにプロンプトとグラディオそしてノクトが来ていてイグニスの姿はなかった。レティはクペを肩に乗せて、

 

「おはよ」

 

と挨拶をした。ノクトは普通に「はよ」と挨拶をしたが、プロンプトとグラディオの二人は暗い表情でレティを迎えた。

 

「あ、おはよう。姫」

「どうしたの、朝から葬式でもあったみたいな顔して」

 

レティは首を傾げながらノクトが座る隣の椅子に腰かけた。ノクトにどうしたのかと視線を投げかけるもノクトも理由がわからないようだ。

 

「……ある意味、そうかもな」

 

グラディオが苦虫を噛み潰したような顔をしてそう言ったのに対して、レティは意味わからないと困惑した。ここにイグニスがいないことと何か関係があるのだろうかとレティは考えたが、カチャリとドアがゆっくりと開き、イグニスが沈んだ面持ちで新聞片手に入室してきたのを見た時、やはり何かあったと確信した。

だがそれが、突然の訃報だとは思いもしなかった。

イグニスはグラディオに力なく新聞を渡しながら、

 

「どの新聞も同じだ」

 

というと、怪訝に思ったノクトが、椅子から立ち上がり「なにが」と尋ねた。

レティも椅子から立ち上がってグラディオが持つ新聞を覗き込む。そして、トップ記事を飾る一面を見て、一気に頭の中が真っ白になった。

プロンプトが抑揚のない声で、ある一文を読む。

 

「王都が、――陥落した」

「はぁ!?……なに、言ってんだよ」

 

ノクトは驚愕し、信じられないような声を出す。

イグニスは静かな声音でノクトとレティに話しかけた。

 

「落ち着いて聞いてくれ。ノクト、レティ」

「落ち着いてんだろ!?オレはっ」

 

ノクトは声を荒げながらイグニスへと詰め寄った。レティはいまだその記事に視線を向けたままだった。

 

「インソムニアがニフルハイム帝国軍の襲撃を受けたらしい」

「『昨日の夜、調印式の席で騒ぎがあった。帝国軍は王都城周辺を爆撃。国王陛下が――死亡』」

 

グラディオが読みあげる一文にノクトが息を呑んだ。

 

「おい、待てよ」

「知らされていなかった」

「何がだよ一体――」

「調印式は昨日だった。そして王都は――」

「バカ言うな!オレたちはオルティシエに」

「向かってたさ!だが襲撃されたと報じている。今朝の国内すべての新聞にだ」

 

イグニスは全て真実だという。

 

「――っ、冗談」

「だと、いいのに」

 

ふらふらとした足取りでノクトは力なく椅子に座り込む。

レティは、呆然とその場にへたり込んだ。

 

「嘘、……あの人が……しん、だ」

「まだわからない」

 

そう付け加えるイグニスの言葉などレティには届いていなかった。

 

死んだ、レギス王が。

もう二度と帰ってくるなとあの目は語っていたのだ。

だから帰るつもりもなかった。自分だけの世界を見つけると意気込んだはずだった。

けど……。

 

死ぬなんて。

 

「姫!」

 

プロンプトが膝をついてレティの体を支えた。

 

「あの人が、しん、だ」

 

あそこにはイリスが、クレイが、いる。私を受け入れてくれた人が、いるの。

母上だってあそこに眠っている。私を唯一愛しんでくれた人が、眠っているの。

あそこを荒らした?あの場所を襲撃したですって?

せめて安らかな眠りをと、静かな場所でねむっておられるのに。汚らわしい奴らは土足で踏みにじったのだ。

 

「……」

 

何も考えられなかった。

纏わりつく、死という言葉。レティにとって母を失った時の衝撃よりも強烈だった。

 

「し、んだ…」

 

言葉として口から出る単語の意味は知っている。

だが現実として受け止められなかった。レティには。

 

涙が、出ない。

泣かないって決めたから、泣けなくなった私は、非情な女だろうかとレティは思う。

悲しいという感情よりも、寂しいと思う感情よりも、激しい憎悪がレティを突き動かそうとする。プロンプトが切なそうにレティを見やった。

 

「……ニフルハイム帝国……」

「アイツらが、あの人を……ころした」

 

私は、あの人を毛嫌いしていた。

それは今も同じで変わらない。でも、だからって。

 

こんなこと、ある?

別れ際、あの人は普段とは違う穏やかな声だったような気がする。

 

『……ああ、お前も、な』

 

と。そもそも、なぜあの人は自分をこの旅に同行させた?

今まで外へ出ることをあれほど禁じていたのに、手の平返したみたいに許可するどころか命じてくるなどおかしい。

まさか、王都が襲撃されることをあらかじめ予見していた?

だから、私を外へ逃した??

 

私を、帝国側から守るために――?

 

「ははっ、ははは!」

「レティ?」

 

そんなわけない、あの人が私に興味を抱くはずなんかない!

だって、今の今まで私になんか目もくれなかったくせに!?

 

「ははっ、はは……」

 

きっと気のせいよ、私の気のせいよ。

そうよ、あの人は、私を見ないもの。

 

ああ、でも許しがたし。

母上が眠る場を乱すなんて。

 

私の大切な人がいる場所を壊すなんて。

 

【あの人を、私の許可なく、壊してしまうなんて】

 

許さない。

滝のようになだれ込む憎悪。言い知れぬ怒り。どうして自分にこんな感情が生まれるのかレティにはわからなかった。だが、どうしようもなくレティの心は抑えきれない怒りで染まっていまい、

 

「ニフルハイム、……潰してやる……。全部、つぶしてやる……!」

 

下唇を強く噛んだことでぷちりと皮膚が切れ、血がじわりと溢れ出した。口端から流れる血を拭うことも忘れ、レティは怒りに囚われた。

 

「許さない」

「レティ!」

 

クペがレティの怒りを全身で感じ取り必死にレティを止めようと体にへばり付いた。

だが、レティは止められない。止まらない。

 

「許さないわ」

 

レティを支えるプロンプトを乱暴な手つきで押し退けてふらりと立ち上がった。

まるで呪詛を唱えるかのように、「ニフルハイム、帝国…ニフルハイム、帝国…」と低い声で敵国の名を呟くレティの瞳は激情に渦巻いていた。

 

「レティ、おい」

 

誰かがレティに触れようとする。だがバチリ!と静電気が発したように弾かれ驚愕した。

 

ぶわりと広がる何か。

 

体が熱く燃え滾る。全身から何かが溢れ出してくる。

 

「駄目クポ!?」

「なっ!?」

「これはっ」

 

明らかにレティは魔力の暴走を起こしてしまった。

二度目の体験となるグラディオはその脅威に戦慄を覚えている。

レギスに頬を叩かれ、怒りから見る見るうちに形相を変えて様変わりしていくレティの姿を。

 

「レティを止めろっ!魔力の暴走だっ」

「これが?!」

 

感情のコントロールが効かない彼女はただ全てを破壊せんと周りを巻き込んでいく。

レティの体から発する高密度な魔力は全てを吹き飛ばす魔力の風を生み出しその猛威をノクト達に襲わせた。耐え切れぬ強風にふわっと体を浮かせられて勢いよく壁に叩きつけられる。

 

「ぐっ!」

「っ!?」

 

痛みに悶絶するノクトたちの周りでは同様に部屋にある家具たちも壁際に吹き飛ばされていた。レティは、被害を受けるノクト達に一切関心を向けずに、ガラスに向かって手を大きく開き向け一気に魔力を集中させためらいもなく放つ。すると

 

パリィィィ―――ンん

 

海を一望できるガラス張りに罅が入り瞬く間に砕け散った。

レティは己に降り注ぐ硝子の破片もものともせず、ゆっくりと外へ歩き出す。

硝子の破片がレティの頬を掠め、ピッと鮮血を飛ばす。だがそれでもレティは硝子を踏みしめて外へ出る。

頭上には先ほどまでの穏やかな天候から一転したどんよりとした雷雲が出現していた。

レティの怒りを敏感に感じ取った彼は、今か今かとその言葉を待ち望んでいた。

 

「全部、潰してやる……イクシオン!!」

 

レティの力ある言葉に、雷撃が海面へいくつも叩き落され大きな雷で創り上げられる異界へとつづくゲートが出現した。そこからやってきたのは雷の召喚獣イクシオン。

鼻息荒く、レティの怒りを全身で受け止めその怒りを同調させるように嘶き、レティの目の前にカツンと蹄を鳴らして海面から降り立った。

レティはそっとイクシオンの肌に手を伸ばし、イクシオンはレティの手に自ら擦り寄った。その怒りを我にも委ねよと言うように。

 

「私をインソムニアに、連れて行って」

 

そう囁くとレティは軽い身のこなしでイクシオンの背に跨った。

その背にクペは悲痛な声で叫ぶ。

 

「レティ、駄目クポぉぉ――!!」

 

幼い頃から共に過ごしてきた友の声は、レティには届かなかった。

 

「レティ――――!!」

 

ノクトの制止する声も聞こえない。自分の所為で痛みに耐える仲間たちも気にならない。

一度も振り返ることなく、レティはイクシオンと共にあっという間に駆けていく。

 

「全部、壊してやる」

 

レティは止まらない。

いや、止まれないのだ。

何かが、切れてしまった後だから。

 

【破壊に身を委ねて彼女は進む】

To be continued――



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chapter03
初めての、親子喧嘩。


レティーシアside

 

 

ノクトが一人暮らしするらしい。高校生だから親から自立してみたいんだって。

社会勉強だって。将来王になるために世の中を知りたいって。

なんだかんだ理由並べて、陛下から一人暮らしの許可をやっともらったと歓喜に満ちた表情で私の書物室に飛び込んできたノクト。

 

「レティ、しばらく離れて暮らすことになるな」

「そっか、おめでとう。寂しくなるね」

 

はっきり言って、ズルい。

 

「……なんか、笑顔が怖いような…」

 

何言ってるのかしら。そんなことないのに。

 

「おい、レティの指先が、ビリビリしてるんだけど……」

 

でも、ここは笑顔で送り出してあげようと思う。

あら、ノクト。どうしてそんな怯えた顔して後ずさりしているの。

レティ、さっぱりわからない。

 

「おい、マジでやめっ「サンダー」」

「ぎゃあ!?」

 

やだ、ノクトったら。黒焦げに焦げちゃって。

そんなにハッスルしちゃって一人暮らしが楽しみなのね。ノクトが嬉しいと私も嬉しいわ。だって兄妹だもの。ええ、嬉しいに決まっている。

 

「イテテ…、レティ!」

「私からの電撃お祝い。効いた?」

「んなお祝いがあってたまるか!」

 

ノクトはぷんすかぷんすか怒ってたけど、ゴメンねとクペみたいに頭ナデナデしてあげたら許してくれた。

だってズルいんだもん。

私も一緒に暮らしたい!世の中こと知りたいもん。っていつもの試合を終わらせて、お互い汗を拭いて休憩してる時にクレイにお願いしてみた。

 

「駄目だ」

 

一刀両断された。

 

「じゃあじゃあ!ノクトのマンションに遊びに行くのは?」

「…それは、一度レギスに尋ねんことには…」

 

言い淀むクレイに私はさらに食いついた。

 

「じゃあ聞いてきて、お願い今すぐ!」

 

私の急く勢いにクレイは目を丸くして驚いたけど、最後は苦笑しながら了承してくれた。

 

「今すぐか?……。仕方あるまい。言い出したら聞かないのが姫だからな」

「ありがとう!クレイ」

 

嬉しくてクレイに飛びついた。こらこらと窘められたけど嫌そうな顔はしてなかった。

 

けど、数十分後、部屋にやってきたクレイにどうだった?とドキドキしながら尋ねたら

 

「すまぬ、姫。やはり無理だったら」

「……そう、わかった……。ごめんね、使いっパシリみたいなことさせて。宰相は忙しいもんね。ほんと、ごめん」

 

私は小さく笑みを浮かべて謝った。クレイは私が無理してることわかったみたいで、またチャンスがあると頭を撫でてくれた。ちょっとだけ気が紛れた。

 

だが、ここで諦める私ではない。

 

レティ、一世一代の怪盗になります!

というわけで私はクレイが帰った後、入念に入念を重ねて誰にも気づかれないようにある召喚獣を呼び出して、作戦を伝えた。彼は静かに頷いて協力を約束してくれた。

ふふっ、これで下準備は万端。あとは当日を迎えるのみ。私は意気揚々と書物室にて有意義な時間を過ごすことにした。ノクトの見送りはしなかった。

だって皆がいる目の前だと王女であることを求められるんだもの。

そんなの疲れるだけ。一生の別れじゃないしノクトもたまには一人で羽根伸ばしたいことだってあるでしょうし。健全な男子のベッド下にはエロ本があるってどっかの本で書いてあったっけ。たぶんノクトもエロ本をベッドの下に隠すのね。

 

マンション行ったらこっそり見つけてやろう。

 

 

作戦は失敗に終わった。結局見つかってしまった私はノクトのマンションからコルに有無を言わせず連れてこられて(捕まって)、城門のまえで車が止まった。憂鬱だわ。

 

「レティーシア様、どうぞ」

「……」

 

コルがドアを開けて、私に手を差し出す。私は無言でその手を借りて車から降りた。

城の玄関口に向かって私は階段を上り、会釈しながらドアを開けてくれる使用人を通り過ぎ、中へと入る。

 

使用人たちが、私の無事を喜んで「良かった」とか「レティーシア様!」とか声を掛けてくれた。私は「ごめんなさい」とか「ありがとう」とかよそ行きの顔で対応をする。

 

「陛下」

 

コルが先に気づき頭を下げた。そして使用人たちもざわついていたのが一気に静かになり、次々と頭を下げていく。あの人がやってきたのだ。

わざわざ、私に会いに。

 

レギス王。

滅多に顔を合わせないのに、今日ばかりはしかめっ面を露わにし、真っすぐ私を射貫くように見つめながら杖を突いて歩いてくる。

 

「父上」

 

私はレギス王に頭を垂れて挨拶をした。だがレギス王は答えず、私の前で止まる気配がした。

 

「レティーシア、顔を上げなさい」

「はい」

 

命令、され私は顔をゆっくりとあげた。

また説教でもするのかと思った。だから適当に聞き流そうとした。

けど、飛んできたのは、罵声で叱咤でもない。

 

バシッ!

「っ!」

 

頬に走った鋭い痛みと、その勢いに負けて体が横に倒れそうになった。でも

 

「姫!」

 

とコルが咄嗟に私の体を受け止めてくれて、私はコルに支えられるまま何が起こったのかわからなくて、ただ痛みが走った頬をゆっくりと手でおさえた。呆然となる私。あれ、なんで。今、何が起こったの?

理解するまで数秒はかかった。

 

「レティーシア、ぶたれた意味が理解できるな」

 

ぶたれた。

ぶたれた?私、が?

呆然とレギス王をみた。

 

「……」

「皆に謝りなさい。お前の捜索の為に普段の仕事を放り出して探していたのだ」

 

私が、この人にぶたれた。

皆の前で、戒めとして?父親の演技するために?

普段から私の存在なんてないもの扱いしてるくせに?

ノクトの一人暮らしは良くて、私が城を抜け出すのはダメなの?

たった、一回でも?

 

私、ちゃんと言ったのよ。ノクトのマンションに行きたいって。

でもクレイはダメだって。どうしてって尋ねたら、陛下がお許しにならなかったのですって言ったのよ。ちゃんとした理由も言わずにただ許可しないって終わり。

理由を教えてよ、何が駄目でこうだからいけないって。

その理由もなしに私の言葉を無視するの。私の意思さえ露わにしてはいけないの。

 

私が、悪いの?

全部、私が?

 

ぐるぐると世界が回ってみえた。

 

「……」

「レティーシア」

 

そう促されて、私はコルの腕から体を立たせて、なんとかか細くなる声を出し頭を下げて謝罪した。

 

「……申し訳、ありませんでした……。二度と、このようなことは致しません…」

 

それで満足したのか、人を見せしめにさせといて、

 

「部屋に戻りなさい。処分は追って伝える」

 

レギス王は、言うだけ言って踵を返した。

皆の戸惑いを一切、無視して。私を無視して。

 

まだ、ぶたれた頬が痛い。鋭いナイフで抉られたみたいに、痛い。

無視しないでよ、私を無視しないでよ!

 

「……私は、私は!!」

 

アンタが、アンタが私を閉じ込めるからでしょ!?

私が悪いの、私がじゃまなんじゃないの!? 

 

「姫!?」

「……これはっ!」

 

側にいたコルが弾かれるように飛ばされた。けど持ち前の運動神経で受け身を取れた。

レギス王が目を見張り驚愕した顔をした。でも、どうでもいい。

 

何もかもが、馬鹿馬鹿しすぎて。どうでもいい!

 

感情が一気に爆発し、体の内側から何かが放出されていく感覚に支配されていく。

 

「レティ!!駄目クポ!」

 

クペがそう叫びながら私に飛んで来ようとしている。でも、パシッと何かに弾かれるように小さな悲鳴を上げてコロコロと床に転がった。

 

でも私には何の感情も浮かばない。ただ

 

全部、壊れちゃえばいい思った。

あの人も、あの人が守るここも、私を閉じ込めるここも。

 

そこから一気に記憶が意識が吹き飛んだ―――。

 

 

気が付いたらいつもの私のベッドに横たわっていて、見慣れた部屋に私はいた。もう、夜で部屋の中は真っ暗だった。

クペはいなかった。「クペ?」と呼んでもいつも羽根をパタパタさせてレティと来てくれる友達がいない。

私は、ぼうっとする頭で、ベッドから何とか降りて怠い体を引きずるようにドアへと向かった。

ドアノブに掴んでガチャと開けようとした。

でも、開かない。

 

ガチャガチャ。

何度開けようとしても開かない。

 

鍵を掛けられていると気付くまで時間がかかった。

 

「ははっ」

 

私から乾いた笑いが漏れた。頭に片手をあてがいながらふらつく足で、後ずさった。

 

だって、笑えるよね。マジで。

閉じ込められた。

私、閉じ込められた。クペも連れていかれて独りぼっちにさせられた。

 

「……一人、っきり…」

 

私が、問題ばっかり引き起こすから。

皆の前であんなことさせて、それでもって謹慎処分はここに監禁?

 

まただ、また私は…、自由を奪われた。

 

私は、テラスの方へ目指してよろけながら向かった。

いつもならそこは鍵がかかっていなくてテラスの方へ出られる。

僅かな希望を抱いて私はドアノブを握った。

 

でも、ダメ。そこも鍵をしっかりと掛けられていた。

 

「……なんで、…なんっで…!」

 

ドンドンと私は窓ガラスを叩いた。ずっと、ずっと。でも膝に力が入らなくなってずるずるとドアの前でへたり込んだ。外の世界は明かりで満たされているのに、ここだけは肌寒い。

 

「なんで、……」

 

我慢できなくて、こみ上げる何かに突き動かされるように私は泣いた。

声を押し殺して、泣いた。涙が止まらなくて、今までずっと押し殺してきた感情が溢れ出した。

 

私は、ただ、自由になりたいだけなの!

 

いつもなら、ノクトが颯爽と駆けつけてきてくれる。私にどうした?って心配そうにしてくれてぎゅって抱きしめてくれる。大丈夫だって守ってくれる。

 

なのに、ここにはいない。

 

「……ノクト、ノクトぉ―――!」

 

寒くて寒くて、自分の体を掻き抱いた。それでも寒いの。

暗い、独りぼっち、

 

嫌だよ、怖いよぉ、ここにいるのはいや。助けて、助けて――。

 

私は何度も何度もノクトの名前を叫んだ。会いたくて、助けてほしくて。

 

「……レティ!?」

「助けて、ノクトぉ……助けて……、っは…う……」

 

胸が、痛い。苦しい、怖いいやだいやだいやだvいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!

 

「レティ!おい、レティしっかりしろ!?」

 

誰かが扉を開けて走ってへたり込む私の肩を掴んだ。顔が、暗くて見えない。

目がかすんで見えない。

 

私はその手に縋りついて助けを求めた。

 

息が、続かない。呼吸ができないの!息が、苦しいの!

 

私は頭がパニックになり、口元をパクパクさせて必死に酸素を求めた。

 

「…っ…はっ……っ」

「大丈夫だ!!ゆっくり息を吐け。レティ、ゆっくりだ」

 

背中に回された手がトントンと軽く押してくる。私はそれに合わせて息を吐く。

 

「深呼吸だ、レティ。慌てなくていい」

 

優しい声でそう指示されて、私は深呼吸をする。

 

「そうだ、その調子だ」

 

ゆっくりと同じことを何度も繰り返して、私は呼吸を繰り返した。

 

「………はぁ、……はぁ…」

 

息が、できる。

胸が痛くない。

私ははらはらと涙を零しながら、怠い体を誰かに預けた。受け止めてくれる大きな体。

 

ああ、助けに来てくれたんだ。

王子様、私の王子様…。

 

「の、くと……のく、と…」

 

私は嬉しくて求めるように彼を呼んだ。

暗くて見えない。ううん、瞼開けてられないんだ。

 

「………」

 

返事はなかった。でもそれでもいい。助けにきてくれたもの。

私は確かな温かさを感じながら、また意識を手放した。

 

【彼は、私の王子様】(でもオレはレティを救えていない)



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離れてわかる大切な絆。

ノクトside

 

 

一人暮らしをしたいと親父に頼んだのには理由がある。

 

そりゃ高校生となったからには、親の監視とか監視とか監視とかがウザったくて自分だけの領域が欲しいと思ったから。自由に何もかもやれる。それが魅力だった。

後は、レティと少し距離を置きたかった。

 

オレはレティと同じベッドで寝起きして顔を合わせて挨拶をして一緒に朝メシ食ってお互い別行動してる間もたまにメールのやり取りして城帰って書物室に篭ってるレティ引っ張って夕飯食ってそれぞれ済ませてまた同じベッドで今日あったことを色々語ってそれで一緒に眠りにつくというサイクルをずっとやってきた。

それが当たり前だと思ってたし世間でも双子ってのはそういうもんなんだと思ってた。

 

でも違ってた。

世間じゃそれはおかしいんだとよ。

 

学校の帰り道、プロンプトについぽろっと言っちまったのが、そもそもの根本原因で、オレがレティと共に寝起きしていると何気なく話したところ、信じられない顔をして

 

「マジで!?」

 

と詰め寄られた挙句、

 

「さすがにその歳で姫様と一緒はまずいでしょ!」

 

と町中で叫ばれた。

オレは慌ててプロンプトの口を塞いだが、周りの視線が地味に突き刺さりその時のオレはとにかくこの場から離れようと必死だった。

少し静かな場所を選んで、プロンプトから

 

「ノクト、一人暮らししてみなよ!そうすれば少しは一人でいることになれるかもよ」

 

とアドバイスを受け、確かにと納得したオレは、イグニスを通して親父に訴えた。

 

すると、意外にも親父から了承をもらった。条件は厳しかったがオレには続けられる妙な自信みたいなもんがあった。大丈夫だと思ったんだ。

レティがいなくてもやれるって。

 

だから一人暮らしが決まった時もレティに一番に教えにいった。

また書物室に篭ってるのは分かってたから自室にはいかずにそこへ走った。途中で廊下を走ってはいけませんとか執事に窘められたけど気にしなかった。

バン!とドアを叩きつけるように開けると、相変わらずの雪崩でも起きそうな積み上げられた本の山のさらに奥、また木製の踏み台の一番上に座って白のマキシワンピースに裸足姿でレティが、

 

「静かに入ってきて。誰かと思ったじゃない」

 

とオレの方を見ることなく手元の本に視線を向けながらそう注意しながら言った。

しかも、よくよく見るとオレの頭上にはふわりふわりとブリザラで創られた氷柱がいくつも浮かんでいた。道理で寒すぎと思ったわけだ。この部屋。いや、よく考えると薄ら寒い。

 

もし、オレじゃなかったら……串刺しにされているのか…、あのブリザラで…。

 

容赦ないトラップにオレは冷や汗を感じずにはいられなかった。

 

「ワリー」

 

とすぐに謝り扉を静かに閉め、レティの傍へ歩み寄った。

 

「なぁ、聞いてくれよ。レティ」

「何」

「まず本はいいからこっち降りて来いよ」

「……今いいとこなのに…」

「いいだろ、いつでも読めるんだから。ほら、オレが受け止めるって」

 

オレは両腕を広げてスタンバイオッケーと待つ。

 

「はいはい」

 

レティは渋々本を閉じてレビテトでふわふわ浮かせて本棚へ片づけると、勢いよくオレの腕の中に飛び降りてきた。前よりも重くなったなと呟くとちゃんと聞こえてたらしくゴツンと額に頭突きを喰らった。オレはレティを床に降ろしながら軽く睨みつける。

 

「ってぇな…」

「レディに禁句。罰金、今日のメインデッシュ没収」

「太るぞ」

「罰金、今日のデザートノクトの分没収」

「へいへい」

 

適当に返事を返すとオレの態度が気に入らなかったようで、ぶにっとオレの頬に手が伸ばされ軽く抓まれた。けどオレはそれを軽く振り払って、真面目に話を聞いてくれと頼んだ。すると、オレの真剣さに何かを感じ取ったレティは、「…わかった…」と頷くとオレの手を引いて適当に座れるように椅子を魔法で浮かせて近くまで持ってきた。…便利だな、魔法ってのは。こんな風に使うのはきっとレティぐらいなもんだが。

 

オレはレティと向かう形で椅子に座り、メイドに頼んで持ってきてもらった冷たいジュースをとりあえず一口飲んで気持ちを落ち着かせて、ようやくレティに話をすることができた。

親父に言って一人暮らしの許可が下りた。

来週にはマンションに入って一人暮らしが始まるということ。

 

「レティ、しばらく離れて暮らすことになるな」

「そっか、おめでとう。寂しくなるね」

 

レティは黙ってオレの話に耳を傾けていた。最後まで話し終えた後、てっきりズルいと文句が飛び出すだろうと身構えたオレだったが、レティはニコニコと笑みを浮かべていた。

それは女神の慈愛満ち溢れた全てを包み込むような笑みだった。

だが、それがオレには恐ろしく見えた。

 

「……なんか、笑顔が怖いような…」

 

オレは椅子から立ち上がった。レティは椅子に座ったままオレを見上げた。

変わらずの笑顔を崩さずに。

 

「おい、レティの指先が、ビリビリしてるんだけど……」

 

どうしてそこで魔法発動が始まるんだ。

オレは本能でヤバイと察知し、逃げようとしたが、足元に積み重なった本に足を取られて盛大に積みあがった本と共に倒れた。

それがオレの命運が尽きた瞬間だった。

 

「おい、マジでやめっ「サンダー」」

「ぎゃあ!?」

 

容赦ないサンダーがオレにhit。

黒焦げになるという派手な演出の割には痛みは軽い程度だった。しかも周りの本にはまったくの被害はない。器用すぎる。

 

「イテテ…、レティ!」

「私からの電撃お祝い。効いた?」

「んなお祝いがあってたまるか!」

 

これは絶対、羨ましがっているとすぐにわかった。

レティの気持ちも分からなくもないけどさすがに怒ると誤魔化すように頭を撫でられた。

 

……別に乗せられたわけじゃないけど怒りは収まった。

 

引っ越しの日。レティは皆が見送る中、自分だけはいつもと変わらずに書物室に閉じこもっていると教えられたオレは、妙な引っ掛かりを覚えたがすぐに忘れ、どうせ電話もできるしと気楽に考え新たな生活に期待を膨らませた。

オレの部屋はセキュリティ万全なマンションの最上階だった。

すでに荷物は運びこまれていてすぐに生活ができるほどに整えられていて、一人の空間が広く感じた。今日からここで一人…。たまにイグニスが…いや、なんかしょっちゅう顔出すみたいなこといってたか。

 

んなことはどうでもいいや。

まずは一人暮らしをエンジョイするか!

 

―――なんて言ってた一週間前だったが、すでに夜、眠れなくなってる。

夜更かしとかはそれなりに控えてはいるし、夕飯なんかはイグニスがパパッと作りにやってくる。小言も一緒だが。

 

理由は単純だ。

 

レティが一緒じゃないから。

夜、抱き枕化してレティと一緒に寝るのが当たり前で一人で寝るなんて、よく考えると久しぶりだしな。マジ、寝れねぇ。

次の日、学校行ったらプロンプトに目の隈を指摘されて驚いてたな。

オレもここまで影響があるとは考えつかなかった。

だからといって今さら一人暮らし撤回するとか恰好わりーし。

部屋に戻ってもシンと静まり返っていて、お帰りと言ってくれるレティがいない。

たまに拗ねて喧嘩してムカついたってサンダー落とすレティがいない。

 

小生意気でオレと同じ歳して滅茶苦茶子供っぽいことして、それでも憎めないレティがいない。

なんか、部屋帰りたくねーな、なんて帰り道情けないこと考えちまう。

でも親父に頼んだ以上、期待を裏切りたくない。

オレを信じて一人暮らしさせてくれたんだ。せめて一年ぐらいは我慢しねえと。

 

なんてオレは柄にもないこと思ってプロンプトと別れてマンションへ帰った。入口には親衛隊の二人が警備していてオレが来たことに気づくと「ノクティス王子、お帰りなさいませ」と頭を垂れた。オレは軽く手を上げて「おう」と挨拶をして中へ入りだだっ広い玄関ホールを抜けてエレベーターを目指した。中に入りポケットからカードキーをある場所へかざす。

するとエレベーターは最上階まで一気に上がっていく。

 

レティ、今頃何してんのかな…。

夕飯食ってんのかな、また本ばっかり集中しすぎてメシ食ってねぇとかってパターンじゃ…。

 

ズボンのポケットからスマホを取り出して着信履歴からレティを呼び出してみる。

耳元にあてがってずっとなり続ける音に少しイラッとした。

 

……全然でねぇ。

 

そんなことしてるとあっという間に着いた。オレは一度切ってまたかけなおした。

部屋の前でカードを認証させて扉を開けた。玄関にはイグニスが来たらしい気配がなかった。今日は来ねぇのか。なんかスマホが鳴っている音がする。隣か?

 

朝脱いだままの状態のスリッパに足を入れてオレはリビングへと進む。

 

相変わらず、電話の呼び出しが続くだけ。

 

「…ハァ…」

 

そういえば、なんか着信音が聞こえんのは気のせいか?

……オレ、他にスマホ持ってたか?

 

怪訝に思ったオレは、真っ暗なリビングに入ると電気もつけないでとりあえずカバンをソファがある方に投げた。するとバシッと音がして、

 

「んぎゃ!」

「痛いクポ!」

 

なんか蛙が潰れたような声と特徴的な語尾が耳に入った。

 

「は?」

 

オレは一瞬呆けてソファの方を凝視した。

 

今の蛙が潰れたような声、よぉぉく思い出すと聞いたことある声じゃ…。それにこの着信音…なんとなくオレが設定してやったやつに似てる。というかそのまんまのような…。

 

オレは慌てて電気のスイッチをバッと探して押した。

 

するとパッと一気に室内は明るくなった。

んでもって、嫌でもわかった。ソファに突っ伏すように寝転がっている、

 

「…うぅ、ノクトのカバンが、頭に…いだい…。お昼寝してたのに…」

 

オレのカバンが頭部に直撃し涙目になっている白のロングドレスを着たレティと

 

「クペはお尻クポ…、それともう夕方クポ」

 

お尻抑えて体を小刻みに震えさせているクペが、いた。

オレの部屋の、ソファに。

 

「………オレ、幻見てんのか…」

 

思わず信じられなくて間抜けだが、自分で自分の頬を思いっきり抓った。

 

「いだっ!」

 

やっぱり痛かった。ということは夢、幻でもない。

オレのスマホもレティのスマホに電話を掛け続けている。そのスマホの持ち主はオレの前で痛みに耐えようとしている。

 

「レティ!?なんでここにいんだよっ!」

「……なんでって遊びに来たにきまってんじゃん」

 

ケロっとした風にレティは何当たり前なことを言ってんだという顔をした。ついでに痛いと文句を言ってきた。

オレは混乱しながら矢次に質問をぶつけるしかなかった。

 

「いやそもそもどうやってきた!?どっから入った!?親父が許したのかよっ!大体そこにいるとかわかんねぇだろ!」

「質問多すぎ。まずはこの苺のシフォンケーキでも食べたまえ、クペ!」

「クポ!」

 

いつも思うがどうしてクペのボンボンから物が出てくるんだ。レティはテーブルに用意された人数分の受け皿とフォークを並べて「おいしそう~」と頬を緩ませて苺のシフォンケーキを見つめた。

 

不思議でしょうがない……ハッ!?うまく流されるところだった。

オレはソファへと駆け寄りレティの隣にドカッと座って

 

「レティ、説明!」

 

と強く求めたが、レティはハッと何かに気づいたかのようにオレの方を向くと、

 

「待って!ノクト、包丁は使える!?」

 

と逆に聞き返してきた。オレはレティの勢いにまた負け、

 

「いや、使えねぇ」

 

と首を振った。するとレティは「だよねー」と同調してきたので、ムカついたオレはレティに軽くチョップした。

 

「いた」

「そこは少しでも期待しとけよ」

「だって一週間足らずで包丁持てるほどノクトって料理できたかなって思ったから」

 

図星なことをズバッと言いやがる。

 

「まー、いいけど。…なんか疲れた。とりあえず食うか」

「うん。その前に包丁で切らないと…」

「ああ、オレやるから」

 

そういってソファから立ち上がってキッチンへ行こうとした。

けどレティが待ってとオレを止めた。

 

「ううん、大丈夫。切ってもらうから」

「誰に?」

「トンベリさん」

「は?」

 

誰って思うだろ、普通は。

 

「今呼ぶから」

「呼ぶってどこから」

「床から」

 

そういうとレティは両手を組んで祈りを捧げるように瞼を閉じた。

意識を集中させているのだろう。その姿は神聖さを感じてオレ思わず声を掛けるのをためらったほどだった。

それからほどなくしてフローリングの床に楕円形の水たまりが出現し、そこからぬっと緑色のクペみたいな手が出て左手にランプを持った、変なのが出てきた。右手には、包丁を携えて。

 

オレは反射的に恐ろしくて身を引いた。

レティは驚いた様子もなく、「トンベリさんだよ」とフレンドリーにオレに紹介をしてきた。そのトンベリさんはレティからの紹介にぺこりと頭を下げた。オレは、「あ、ああ。その、よろしく」と軽く頭を下げて挨拶を返した。口元はひきつっていてたが。

 

「トンベリさん、またお願いして悪いんだけどこの苺のシフォンケーキを人数分切ってくれないかな?もちろん、一緒に食べていってくれたら嬉しいな」

 

トンベリさんはレティのお願いにこくっと頷くと自前の包丁でぷすっとケーキを綺麗に切った。そしてオレとレティとクペとトンベリさんで苺のシフォンケーキを食べた。そこでトンベリさんのことを色々オレに教えてくれるレティの言葉に「あー」とか「おう」とか「そうなんだ」とか適当に相槌打ってたオレはまだ優しい方だと思う。

さすがにレティが「トンベリさんの趣味は思いっきり刺すことなんだって」と言われた時にはこの場から逃げたくなった。だが、がっちりと制服を掴まれていて、逃がさないわよとレティの瞳が物語っていたので逃げられなかった。

クペが同情の眼差しでオレを見つめていた。

 

余った分はレティがお皿に乗せてラップしてトンベリさんにお土産として手渡した。

トンベリさんは嬉しそうにランプを持った手を振って水たまりに沈んでいった。

オレはトンベリさんが完全に消え去ってからレティの両肩を掴んで顔を寄せて尋ねた。

 

「あれ、なに」

「トンベリさんだよ」

 

まるであれは猫だよというようないい方をするレティ。

 

「だからそのトンベリさんがなんだって聞いてんだよ」

「召喚獣クポ」

「……!」

 

あっさりとクペは言うが、オレは召喚獣とオヤツ食ったのかと思うとどっと疲れた。

色々疲れた。マジで疲れた。

詳しく聞けば、レティとクペを運んで来たのがあのトンベリさんで、親父たちにも内緒で抜け出してきたらしい。

 

「サンダー落ちるぞ」

 

と軽く脅してみたけど、レティは

 

「怒られてもいいもん。逆にサンダガ落としてやるもん」

 

と開き直った。夕飯は厨房から作ってもらったというスペシャルコースだった。

賑やかな夕飯にオレの心は、なぜか温かくなった。

他愛もない会話の中で、やっぱりレティがいるという安心感がオレを包んでくれた。

お泊りセットは持ってきていた用意周到なレティは、お風呂先に良いぞと促すオレに、茶目っ気たっぷりに

 

「一緒に入る?」

 

なんて冗談言うものだから、オレは反射的にタオルをレティの顔に投げつけて

 

「何言ってんだよ」

 

と言い返した。……ちょっと不意打ちを食らったとは思わない。

 

そろそろ寝るにはちょうどいい時間になるとソファ借りるねと一言オレに断って、持ってきた枕と上掛けに包まってクペと一緒に眠りにつこうとした。

 

「ベッド、オレの部屋だぜ?」

「いいの、今日はここで寝るよ。ノクトも一人で寝たいでしょ?それに私、知ってるの。男子のベッド下には男のロマンと夢が詰まってるって。あ!大丈夫、心配しないで。私荒探しなんてしてないから。そういうのはしちゃいけないってクペが教えてくれたの」

「なんだそれ?…遠慮すんなよ。一緒に寝ようぜ」

 

オレは上掛けをはぎ取ろうとするが、レティは抵抗しだした。

 

「いいの!今日はここなの」

「ムキになるようなことじゃないだろ」

「なってないし、それにムキになってんのはノクトでしょ!?」

「してねーし!」

 

散々言い争いを続けた結果、オレは仕方ないと最終手段に出た。

 

「…え、な、なに!きゃあ!?」

 

上掛けのままレティごと抱き上げて強制的にオレのベッドに連れてく作戦。

クペは眠そうに目をこすぐって素直にぱたぱたと羽を羽ばたかせてオレの肩に捕まってまた眠りだした。

 

「ちょっと!ノクト!」

「暴れんなよ、明日、…ふぁ…早いんだからな、オレ」

 

足でドアを開けて電気は、いーや。ベッド真ん中だし。

オレの腕の中で暴れようとするが、巻かれているのでうまく動けないレティはわめくばかりだ。

 

「だったら私を下してからベッドinしなさいってば!」

「あーはいはい。お休みー」

 

ぽいっとオレのベッドに投げてレティはポンポンと軽く巻かれたままの形で弾んだ。

オレはクペを掴んで何個かある枕の上に乗せてやった。

クペはもうすっかり深い眠りに入ったようで起きる様子もなかった。

オレもベッドに横になるとレティがバシバシとオレを叩いてきた。痛くないけど。

 

「お休みじゃなーい!」

「クペ、起きるぜ」

「ぐっ」

 

結局レティは抵抗することをやめて、もぞもぞと自分の定位置を決めだした。

オレはふあぁと欠伸一つすると、レティの体を自分の方へと引き寄せる。文句が飛び出そうだったが、

 

「おやすみ、レティ」

 

と先手を打って瞼を閉じた。レティから

 

「……おやすみ…ノクト」

 

と返されて、やっと熟睡できると安心できた夜だった。

 

 

次の日の朝、先に目を覚ましたレティが起きて朝食を作ってくれていた。

エプロンをして四苦八苦してようやく作った若干焦げた目玉焼きとタコさんウインナーを作ろうとして失敗した、タコじゃなくてカニウインナーとオレが野菜嫌いなの知ってて色とりどりのサラダにジャガイモのポタージュとなぜか不格好なおにぎりとフルーツの盛り合わせというメニューだった。

おにぎりは得意げな顔して食べて食べて!と強く勧められてぱくっと食べたら見た目のイメージよりは上手かった。レティは得意げに、自分でも夜食用によく作ると教えてくれた。こもるときはおにぎりが一番腹持ちがいいって。

正直、レティの体が心配になった。もしかして、オレが居なくなってからレティは夕食もちゃんと取ろうとしてないのか?

今まではオレが夕飯時になると無理やり首根っこ捕まえて連れて行ってから食べてたからな。これはイグニスに強く言っておかねえと。

 

賑やかな朝食時、そろそろ学校に行く支度を始めたオレは何気ない感じで

 

「今日の夕飯はー?」

 

と尋ねていて、レティは食器を洗いながら

 

「うーん、オムライス頑張ってみる」

 

といった。オレは笑いながら、

 

「作れんのかよ」

「失敗したらチャーハンで」

「どっちでもいいけど美味いのよろしく」

 

と頼むとレティは少しだけ振り返って

 

「美味しいに決まってるでしょ。私が作るんだから」

 

と目を細めて微笑んだ。

 

「クペも手伝うクポ。大丈夫クポ!」

 

洗った食器を拭いていたクペもそういったのでこれは早く帰ろうって気持ちになった。

オレは丁度いい時間になったのを確認して玄関へと向かう。レティはオレの後ろからパタパタとスリッパを鳴らして着いてきた。

 

「気を付けて。知らない人にはついていかないこと。車には気を付けること、後々…」

 

座って靴を履くオレの後ろであーだこーだと注意を促してきたレティ。オレは黙って聞いていたが靴を履き終えてレティに向き直った。

 

「大丈夫だよ。大体餓鬼じゃねーし。……鍵はかけてくからな。誰が来ても絶対出んなよ。じゃ、行ってきます」

「うん、わかった。いってらっしゃい!」

「いってらっしゃいクポ」

 

手を振るレティとクペに見送られてオレは玄関のドアノブを手に掛けた。

瞬間、オレが押す前にドアが勝手に開いた。そのドアの先にいたのは、

 

「レティーシア様、お探ししました」

 

親衛隊をぞろぞろと引き連れてやってきたコルだった。出入り口を封鎖するように黒服がなだれ込んでくる。物々しい数にオレは異常さを感じ取った。

 

「……コル!?」

 

まるで獲物を見つけたかのような鋭い瞳でオレの後ろに立つレティを見つめた。

レティは呆然と、「……なんでここが…」と小さく呟き、わずかに後ずさった。

コルはオレの脇を通り抜けて、丁寧な物腰でありながら逃がすまいとレティの手を掴んだ。

 

「陛下がご心配しております。どうかお戻りください。レティーシア様」

「離してっ!」

 

悲鳴に近い叫び声をあげコルの手から逃げようとするレティ。クペがすぐにコルに飛びかかって

 

「離すクポ!」

 

と大声を出してポコポコ叩くが、コルはいたって気にした様子もなかった。

 

「おい、いきなりすぎじゃ!」

 

オレもレティを助けようとカバンを落としてコルの肩をぐいつと掴もうとした。けど

 

「王子はいつも通り学校へお行きください」

「おい!?何すんだよっ」

 

数人の親衛隊がオレを取り囲んで玄関から連れ出そうとする。

 

「ノクト!」

 

コルに肩を抱き込まれ、必死にオレに手を伸ばすレティ。

 

悲痛な声に、助けを求める様子に幼い頃のレティが重なってみえた。

瞬間的に頭にぶわっと血が上って怒りが沸き上がった。

 

「レティ!!テメーら、何考えてっ…!クソっ離せ、よ!」

 

力任せに殴ってやろうとしたけど駄目だった。結局オレは暴れようともがくが最終的には抱えあげられて玄関前に止めてあった車に強制的に乗らされた。何度も抵抗したもののあっという間に学校の門前で降ろされ、オレがマンションに勝手に帰らないように見張りまでご丁寧に用意しやがって!

 

始終イライラしまくってたオレの様子にただならぬ事態を感じ取ったのか、プロンプトはオレを気遣う素振りをした。けどその時のオレは一刻も早くレティの所へ帰りたかった。だから授業なんて集中できなかったし休み時間はレティのスマホに電話やメールを入れたが返信はまったくなく、余計不安になった。そりゃもう早く終われって教師睨み付けてたくらいだ。びくついてたけどそんなの気にしてられるか。

ようやく夕方になり教室を飛び出したオレは、プロンプトの制止を無視して校門のとこで見張りしてた親衛隊の一人に掴みかかってレティがどうなっているのかを問いただした。

 

「おい!レティはどうなってんだよ!?全然連絡繋がんねーじゃんか。また部屋に閉じ込めてんのか!?親父は何度レティを閉じ込めれば気が済むんだよっ」

「…レティーシア様は、陛下より謹慎処分をお受けになりお部屋にて過ごされております」

 

オレの剣幕に気圧されながら親衛隊の男はそう言った。

 

「またかよっ!……くそっ。今日は城に戻る。車出せよ」

 

吐き捨てるようにそう命令すると、親衛隊の男は申し訳なさそうな顔をしてこう言った。

 

「それが、……陛下のご命令によりレティーシア様の謹慎処分が終わるまでは城への訪問は認めない、と」

「ハァ!?何馬鹿なこと!」

「申し訳ありません。このままマンションへ送らせていただきます」

「っ、いらねえ!自力で帰るっ」

「あ、ノクティス王子!?」

 

レティの謹慎処分は一か月後だとグラディオづてから聞いたオレは、きっぱりもう一か月で城に戻ると決めた。イグニスからなんだかんだ小言を言われたが、オレは全部聞き流し親父にも謝れってしつこく言われもしたから分かったと言い返してそれ以上は言及させないようにした。レティのスマホは取り上げられているらしく連絡も取れなかず、オレにとっては十年にも勝る一か月だった。

 

オレは完全に一人暮らしを終えて城に戻ってすぐに向かったのはレティの部屋だった。

叩きつけようにドアを開けると、静まり返った部屋にはレティの姿は見当たらなかった。でも少しだけ奥のテラスへと出るドアが開いていて、オレはそこだと直感し走った。

 

「レティ!」

 

いた。テラスから出られるレティ専用の小さなが手入れが行き届いた庭に設置された白いチェアに座ってぼんやりと座り込んでいた。オレがレティの名を叫ぶと、ゆっくりとオレの方を向いた。前に見た時よりもわかりやすく顔色が悪くオレはたまらずに椅子ごとレティを抱きしめた。

 

「……ノクト!?うわっっぷ」

「…なんかちょっと痩せてねえか?ちゃんとメシ食ってたのか?」

 

膝をつき、少し体を離して矢次に質問するが、レティの変わりようは近くで見るとますます酷いと思った。まるで風に吹かれてしまえばぽっきり折れてしまいそうなほど痩せていたんだ。にも拘わらずレティは、オレを心配させまいと弱弱しい笑みを浮かべて言った。

 

「少し食欲が落ちただけだよ。心配性だな、ノクトは」

「…レティ…」

 

少しどころの話じゃなかった。下手すりゃ入院騒ぎまでいきそうな状態だ。

こんな状態のレティをよく放置して謹慎させてやがったんだ。ぜってぇおかしいだろ?

 

ふつふつと沸き上がる怒りから奥歯がギリっと鳴った。

オレの怒りを感じ取ったのか、レティは話題をすり替えてきた。

 

「ノクト、聞いたよ。一人暮らしやめたんだって?もったいないよ、せっかく一人の時間満喫してたみたいなのに」

 

今からでも遅くないとオレに諭すように言うが、オレは首を振ってそっとレティの頬に手をあてがい撫でた。

 

「いいんだよ。レティのいるここがオレの帰るとこだから」

「………ノクト…」

 

レティは目を見張ってオレの名を呼んだ。

瞳が潤み始めて、でもレティは涙を見せまいとオレの肩に頭をもたれさせて顔を隠した。

オレは少し艶がなくなった髪を撫でながら謝った。

 

「…ごめんな、一人にさせちまって」

「……ううん、いいの。帰ってきてくれて、嬉しい」

 

くぐもって聞こえづらかったけど、これがレティの本音だと感じた。

 

やっぱり、オレはレティと一緒に居たい。レティもオレを求めていてくれた。

胸に湧き上がる歓喜にほだされるまま、

 

「お帰り、ノクト」

「ただいま、レティ」

 

オレたちは、顔を見合わせ互いに額をくっ付けて微笑みあった。

 

【これがオレたちの在り方】(でも世界『常識』じゃ否定されるだけよ)



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新たな目標、先の見えぬ未来

王都陥落という事実はレティを狂わせるだけの要因に値するものだった。

王都へ向かうための橋へ続く正面ゲートは封鎖されており、一般車や民間人が多く外に取り残されていた。

イクシオンは『あえて』横道に逸れて別動隊に狙いをつけた。

召喚獣の力を借りて帝国軍に猛威を振るったレティは本能に赴くまま、魔道兵の集団相手に全力で襲い掛かった。魔道兵ら は突然の奇襲により当然戦闘態勢に入った。だが彼らにはレティーシア捕縛という任務をあらかじめ言い伝えられていたにも関わらず、レティを敵と認めたのは彼女の凄むような気迫によるものと推察される。

 

「うらぁぁあああ―――!!」

 

その容姿からは想像もつかない程の獣のような唸り声を発し、たった一人で、いくら召喚獣がいたとはいえ、明らかに無謀というモノだと誰もが考えるだろう。だがレティには理性というものがその時欠落していた。ただ本能の赴くまま、まるで獣のように敵を排除し狩りつくそうとしたのだ。

枯渇しない魔力により彼女が放つ魔力はその勢いを衰えさせることなく魔道兵たちを蹴散らしていく。時にはファイガにより敵を燃え滓さえ残さず焼き尽くし、イクシオンから飛び降りその両手に双剣を出現させ風のような身のこなしと流れるような息を呑む剣捌きで敵を切り刻んでいく。刺して切って切断して薙ぎ払い蹴りまわし乱射される銃撃の雨をしなやかな動きでまるで舞うように難なく避け、倒した魔道兵の体を土台にして駆けあがり空中で見事にイクシオンと合流し、また怒れる雷を大地に落とす。

その迫力まさに鬼神そのもの。

 

人間相手ならば戦意喪失させるほどの迫力であるだろう。

そして、仮に人間相手でもレティは同じことをしただろう。

 

敵を敵と認知している今、命の奪い合いに情けなど無用。

 

イクシオンと人馬一体となって繰り広げられる戦闘は明らかに一方的帝国軍側を圧勝していた。黒煙が上がり、次々と上空から投入されて降下してくる魔道兵さえもレティの敵ではない。

 

「あの人を、あの人をぉぉおお」

 

怒り狂う彼女を、突き動かすのはただ一重に湧き上がる憎しみだけ。

自分で見向きもしなかったはずの、相手。

レギスに対して滅茶苦茶な感情を抱いていただけに消化できないもどかしさ。

返して、返してとレティは心の中で何度も声を張り上げた。

 

何処へ向かうか、レティにはどうでもよかった。

ただイクシオンは自分の想いを汲んで共に行動してくれている事実だけ知れていればいいこと。このままインソムニアに突入するもよし、あえて敵地のど真ん中につっこむもよし。何もやることは変わらない。

 

ただ、全てを破壊しつくせばあの人が現れるのではないかとそう思い込もうとした。

 

また自分を窘めに来るんじゃないかと期待せずにはいられなかった。以前、ノクトのマンションへ行きたいが為に色々と画策した結果、見事レギスの怒りを買い頬を叩かれた苦い経験を持つ。だが少なからずまだ怒ってもらえる対象である、またはバカな行動をすれば諌めてもらえるとのちにレティの中で歪んだ形で刻まれてしまった。

 

親の興味を引くためにわざと暴れて見せる。そんな幼い子供が持つような考え。

どうやって愛情を受けるのか知らないレティには、そうやって興味を引くことでしか見てもらえないと思い込んでいる。

 

全て否定したいがため。

あの人が自分の元へやってくるという期待感。

 

だが現実は変わらない。いくらレティが魔道兵らを山のようにねじ伏せたとて、あの人がレティの元に来ることは、二度とない。

イクシオンは王都へ繋がる橋が見える見晴らしの良いひらけた場所にたどり着いた。そこからイクシオンは大地を豪快に蹴り飛んで海上へ踏み込もうとした。

だが突如何者かがイクシオンの行く手を阻むように攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

ザンッ!

まるで刀で一閃繰り出したような攻撃だった

 

「っ!?」

『―――!』

 

突然動きを止め驚いて立ち上がるイクシオンに付いていけず、レティは大きく反動を受けて崖っぷちに身を投げ出される。背中から落ちていく感覚と、すぐ真下には海があった。

 

「なっ!」

 

しかも悪いタイミングは重なるもので、魔力の暴走の影響によりレティは強い睡魔に襲われたのだ。このままいけば確実に死は免れない。

 

こんな、時に!

 

イクシオンがレティが落ちたことに気づき助けに動くが間に合わない。

だが、徐々に瞼が落ちつつあるレティを受け止めた存在があった。

 

「……?」(誰?)

 

ほんわりと温かいその腕はレティを包み込むように抱き上げた。

 

あの人だったらいいのに。

 

だがレティはその存在を確かめることなく意識を完全に手放した。

 

【雨が、降り始めました。】

 

 

 

雨が降ってきた。

 

スレイニプルに悠然と乗るオーディンの腕に全てを委ねてレティは深く眠りについた。

オーディンはスレイニプルを地面に降り立たせ、ブルルと頭を振ってレティを心配するイクシオンに視線を向けた。イクシオンはばつが悪そうにオーディンの視線から逃げるように少しだけ視線を逸らした。

そこへ何処からともなく現れた黒衣の女性が緑色の獣、カーバンクルと共にレティの元へ駆け寄ってくる。オーディンは珍しいものを見たと内心驚いていた。だが表情には一切出さずにその者たちを受け入れた。

 

『レティ!』

 

カーバンクルはレティの元へ一直線に走り軽やかな動きでオーディンの腕の中で眠るレティの元へ駆け上がってきた。

 

『レティ……、また泣いてしまったんだね』

 

辛そうな声でカーバンクルはレティの頬に身をより寄せる。

 

オーディンから壊れ物を扱うかのようにレティを受け取った女性は、雨の中服や長い髪が汚れることも厭わずにぬかるんだ地面に座っては己の膝にレティを寝かせた。彼女のレティに向ける視線は愛しみに溢れていた。そして、同時に嘆いてもいた。

 

この世界にいる限りレティは心乱し続けるだろうと。

 

黒衣の女性は白くほっそりとした指でレティの乱れた髪を整える。

 

「レティ、ああ、可哀想なレティ。怒りと憎しみに囚われ穢れが魂を蝕んでいく……。ずっと貴方の側にいられたらどんなにいいか…。オーディン、手荒な真似はしなかったでしょうね」

 

召喚獣オーディン相手に彼女は怯むどころか底冷えするような凍てついた視線を向けた。

 

『無論』

「ならいいわ。……レティは人の世に浸かりすぎてしまったわ。早くこちらが側に引き入れなくてはいけないのに」

 

彼女の心情としてはこのまま連れて行きたいくらいだった。仮にここでレティをあちらに連れて行ったとしても『元の運命』に戻るだけ。レティがいなくなった穴はそのままにこの運命は進み続けるだろう。役者が足りなくなったところで困ることはない。

元々、彼女達はこの世界に強く干渉はしないのだ。執着心という人間特有のものを持ち合わせない彼女たちからしてみれば。だが、レティだけは別だ。

 

彼女は神々にとって唯一無二の存在なのだから。

 

だが勝手に連れてくることは許されないことだと重々承知している。だからオーディンもあえて彼女にやんわりと釘を指したのだ。

 

『それはあくまで彼女の意思によるもの。我らはただ従うのみ』

 

騎士らしい言葉だと皮肉を込めて「貴方達はね」と前置きをした。

 

「私は貴方達とは違うわ。この子の穢れなき魂が下界にいることで黒く染まってしまうのをただ見ているだけなんて耐えられないのよ。カーバンクル」

『なに?』

 

黒衣の女性に名を呼ばれたカーバンクルは小さく小首傾げた。

 

「今のクペ一人ではレティの膨大な魔力は抑えきれない。貴方はこれからクペと共にレティの側についてあげなさい。また魔力の暴走がないとは言い切れないわ」

『うん!ボク頑張るよ。レティを悲しませたくないもん』

 

カーバンクルはキュン!と鳴いてやる気を見せた。

彼女は満足そうに頷いて、レティへと視線を落とす。

 

「レティ……待っていなさい。きっとすぐに貴方は楽になれるわ」

 

艶めかしい紅い唇は弧を描き、黒真珠の瞳はわずかな狂気に満ちている。

だがそれはすぐに消え去り、元の慈愛に満ちたものにすり替わる。

 

レティ、私達は貴方のこんな姿を望んではいないのよ。

彼女も、私も、貴方の為に動いているわ。

決められた運命を書き換えるために。

 

【神だからと言って世界を優先したりはしない】

 

 

ガーディナ渡船場を飛び出したノクト達は急ぎレガリアを走らせ王都へ向かうべく動いた。魔力暴走を引き起こしたレティが行く先は一つしか思いつかなかった。天候の変化はレティがイクシオンを召喚した影響だろうか、どんよりとした灰色雲から降り注ぐ雨はイグニスが運転するレガリアのハンドル操作を邪魔するようにウインドウガラスに粒を叩きつける。忙しなく動くワイパー音が緊張し静まり返った車内に響いた。

誰もが口を噤んだまま、喋ろうとはせずただ早くレティを止めなければという想いだった。

そして、数分後レガリアは正面ゲートへと近づいた。

だがそこには通行止めをくらう一般車両が長蛇の列をなし、検問で待ち構える帝国軍の姿も遠目から確認できた。様子から察するにレティがあちらに行った可能性はないと判断したイグニスは、手前横道に逸れて別ルートへレガリアを走らせた。

少し行ったところでレガリアを降りて進んでいくとそこでノクトたちは戦慄が走るほどの光景を目の当たりにすることになる。

 

「……なんだ、これ…」

「うぅ」

 

プロンプトは思わず口元を抑えた。焼け焦げた匂いが酷いのだ。

魔道兵らが何十体という数が原型も留めずに倒されていた。そのやり方は非常に凄惨で腕や足に加え、胴体がバラバラに裂かれ細かく切り刻んであるものもあった。首だけのものや、中途半端に焼け焦げているもの。

周囲のことなど気にしないほどの火力が放たれた証拠にこの場には草一本すら生えておらず、地面がむき出しに大地を曝け出している。それだけではない。イクシオンの攻撃を受けたらしい魔道兵が機能停止した状態で四肢を投げ出しているのも複数体確認できた。

 

まさに正気の沙汰とは思えないやり方に皆、戦慄を覚え、単身インソムニアに突っ込んでいるのではないかと不安を抱かずにはいられなかった。ノクトは我先にと駆け出しレティの名を大声で叫びながら雨の中を走った。それに続くイグニスたち。

ノクトの肩にへばり付いていたクポが唐突に何かに気づき叫んだ。

 

「レティが近くにいるクポ!」

「どこだっ!?」

「あっちクポ!」

 

クペの誘導によりノクトたちはひらけた高台の方へたどり着く。そこには「キュン」と一鳴きしてここだよ!と教えるようにレティの側に座る緑色の小さな動物がいた。

クペはその動物と顔見知りだった。そして、ノクトも。

 

「カーバンクル!?なんでここにいるクポ…?」

 

クペは戸惑いを露わにしたが、ノクトの視線が注がれたのはカーバンクルではない。

地面に横たわるレティの姿だけがノクトの視線を奪う。

 

「……」

 

嘘だ、うそだ。

 

足に、力が入らなくなりノクトは情けなくも雨で抜かるんだに跪いてしまう。

だが視線だけは逸らせない。

 

雨の中、死んだように倒れているレティから。

 

クペはとりあえずカーバンクルのことは後回しにしてノクトから離れぴゅうっとレティの元へ飛んで行きその冷たい体に泣きながら抱き着く。

 

「レティ!」

「姫!」

「ノクト、しっかりしろっ!」

「……」

 

遅れてイグニスたちもやってくる。グラディオが叱咤しながら呆けるノクトを引きずるように立たせた。

だが誰が来ようとレティの名を呼ぼうと、レティの反応はなく指先すらピクリとも動かない。閉じられた瞼が開くことはなかった。

顔面蒼白な顔でノクトはよろつきながらも横たわるレティのすぐ傍に転びながらも歩いてきて座り込む。

 

「レティ……、おい、レティ。起きろよ、起きてくれよ!」

 

雨の中、どれくらい打たれていたのだろうか。手を伸ばして触れた体は思いのほか冷たくノクトは触れた指先を反射的に引っ込めてしまった。

一番考えたくない想像が頭をよぎる。

 

だがノクトは考えたくない!と頭を振って、加減なしにレティの体を揺さぶった。

 

「レティレティレティ!!」

「ノクト!?揺さぶっちゃだめクポ!魔力が安定して眠ってるだけクポ!」

 

クペの制止もノクトには届かず、イグニスが「やめろノクト!」とレティに縋りつくノクトの腕を掴んで止めにかかり、すぐにグラディオがレティをさっと抱き上げた。

見た所外傷はなく、胸が上下しているのを確認しクペの言う通りただ深く眠りについているだけのようでグラディオはほっと息をつく。

 

「前と同じだ。大丈夫だ、ノクト」

「……本当に?」

「ああ。だからそんな顔すんな」

「……レティ……」

 

力が抜けたようにノクトはまたへたり込んだ。

 

 

「なんか、姫じゃなかった」

「あちらに気づかれる前に撤収した方がよさそうだ」

 

プロンプトは落ち着ない様子でスマホのラジオを操作した。

そこから伝えられるインソムニアの現状。

 

『両国間で行われていた停戦協定については、今回の事件を受け、当面の締結が発表されました。また、崩御されたレギス国王陛下に続き、ノクティス王子、そしてテネブラエのフルーレ家神薙ルナフレーナ様の逝去が新たに確認されました。なお、行方不明とされているレティーシア姫の捜索は引き続き帝国側によって行われるということです』

 

だがその内容にヤバイと慌てたプロンプトはラジオを消してしまった。

グラディオがつい声を荒げて「おい!消すなっ」と怒鳴る。

 

「あ、ご、ごめん」

 

ぽろりと地面にスマホを落とすプロンプト。その手は、震えていた。

 

「…いらねぇ」

 

ノクトが吐き捨てるように言った。

プロンプトが落としたスマホを拾おうとすると先にイグニスが拾い上げて渡す。

ノクトはおもむろにポケットからスマホを取り出しある人物に電話を繋げた。コール音が何回か響く間にも、頭上には帝国軍の飛空艇が集団で通り過ぎていく。

 

そして、相手がようやく電話に出た。

 

「もしもし。コルか?」

『無事でいるようだな。姫は?ご無事か?』

 

ノクトは思わず無事なわけねぇと怒鳴りそうになったが、ぐっと我慢した。

 

「ああ!今一緒だよ!それよりどうなってんだ!」

『いまどこに』

「外だよ、そっちに戻れない!」

『ああ』

 

取り乱した様子もないコルの淡々とた答えに、ノクトは憤りをコルにぶつけられずにはいられなかった。

声を荒げて相手に口を挟む隙さえ与えずにまくし立てる。

 

「ああってなんだよ!?なんなんだよこれ!オレ達はどうしたらいいんだよっ!?親父は?ルーナは?王子が死んでレティは行方不明で捜索中ってどういうことなんだ?なんで帝国がレティの身柄を確保しようとしてんだよ!?説明しろっ!」

 

だがコルはノクトの問いに答えようとはしなかった。

 

『オレは、ここを出てハンマーヘッドに向かう』

「はぁ!?」

 

そんなの聞いてねぇよと言い返そうとしたノクトは、次の言葉に言葉を失った。

 

『陛下は……、亡くなられた』

「……」

 

ラジオから流れた崩御という言葉がノクトの頭を揺さぶる。

 

親父が、死んだ?

今度は嘘じゃなくて、か?

 

ノクトは何も、考えられなくなった。全てが悪い夢であると思いたかった。

 

『何が起きたかは必ず教える。まず、そこを動け。いいか、くれぐれも帝国に気づかれるな。姫を必ず御守りしろ……また会おう』

「ああ」

 

ノクトは呆然とスマホを切り、様子を見守っていたイグニスが尋ねた。

 

「将軍か……なんと?」

「ハンマーヘッドに行くって。レティを、守れって」

 

淡々とノクトは答えた。

 

「ふん……、陛下は?」

「……」

 

ノクトは、その問いには答えようとせず、一行は急ぎレガリアへと戻りコルと合流することにした。レティが目を覚ます兆しはなく新たな仲間、カーバンクルを加えて先行きの見えぬ旅がまた始まった。

 

【閉ざされた旅路】



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英雄の帰還

その責を問われる者、故郷を追われた者、誇りを持ち続ける者、故郷の為に裏切った者、未来を背負う者、未来に夢を託した者、未来の為に託された者、友として最後まで補佐する者、英雄になった者、故郷の復興を決意した者。

王の責務を託された者、復讐の為に心を捨てた者。

星々の神々から守護を受けた者。

彼、彼女たちはそれぞれの願い、夢、希望、信念、復讐、裏切り、誇り、勇気、正義、使命と様々な感情に心突き動かされ行動しながら結局は、一つの考えに行く着く。


平穏でありたい。
または、安らかな眠りを得たい、と―――。

ただそれだけなのに、人々は欲望という言葉のまま衝突しあう。
それが人間であるから。と誰しもが思うだろう。だがそうではない。
それは単なる思い込みだ。彼、または彼女たちはその悲しき運命に抗おうともがき苦しみ時に悔し涙を浮かべながらも進み続けた。
世界の為ではなく、己にとって大切な人の為に。

それが、運命の分岐点であった。
【悲しみと決別しよう】


ノクトたちが王都陥落の一報を知る数時間前、レティが暴走しイクシオンと共にインソムニアに向かう前。

 

それは本来の歴史とは異なった運命があった。

戦闘の爪痕新しい瓦礫と化したある地で、男は一人夜明けが明けると共にその命をひっそりと散らそうとしていた。

 

「……、……」

 

瓦礫にへたり込む姿は、疲れたように見えるがその表情は満足そうであった。

男の様子から激しい戦闘だったことがうかがえる。

組織に属する戦闘服はあちらこちらと裂け、または敗れており露出した腕などはまるで物を燃やして灰のようになっていた。男の体からは赤い光がちらちらと上空に上がっていっては消えていく。まるで男の命そのものを現しているかのように。

 

かつて共に戦場を潜り抜けた敵、はすでにこと切れている。

だがその表情は穏やかなものであった。彼も故郷の為に自分の感情を押し殺して今まで生きてきたのだ。最後くらいゆっくりと眠らせてやりたいと男は願った。

 

そして、その眠りは自分にも訪れる。

 

そう、本来の歴史である通り、救いの英雄は約束の時を迎えようとしていた。

 

帝国が調印式の席で裏切り行為を働き、クリスタル強奪とレギス王暗殺、そしてインソムニアに戦火を放ち崩壊至らしめた凄まじい激闘の中、猛威を振るうモンスターに勇猛果敢に挑み未来の王妃、ルナフレーナを王都外へ逃そうと人間の身でしかも一人で奮闘しつづけた男がいた。男は、【王の盾】という貴族で構成されている王直属の部隊に対し、【王の剣】という移民から構成される組織に属していた。一部の心もとない人間からは捨て駒扱いなども受けていた。

王から借り受けた魔法の力を使いこなし、日々、魔法障壁に守られぬくぬくと平穏に浸っていた民らが住む王都の外で日夜帝国側と戦いに明け暮れていた。多くの同胞を失いもした。眼前にそびえるシガイにも屈せずに仲間の窮地を救いに戻ったりもした。だからだろうか、仲間内から英雄、『ヒーロー』と尊敬を抱かれ、王都の守護隊からはやっかみがられている存在だった。

だがそれでも男は気にした素振りも見せなかった。

 

男の中には揺るぎないほどの信念があったからだ。

かつて妹を救えなかった幼い自分にレギスが戦う力を授けれてくれたことは、今の男の中で色あせることなく鮮明に思い出せるほどである。

 

『故郷の為に』

 

この口癖はいつも出陣する前の仲間たちとの合図であった。

自分たちが取り戻す故郷を忘れてはならないという戒めでもあったはず。

だが今、男の仲間たちは英雄と呼ぶに相応しい死を遂げ、脱退した友人一人残し今は男だけになってしまった。光耀の指輪を使ったことにより、本来歴代の王たちが認めた者にしか扱えぬ指輪の力を【特例】として使用したことにより男の寿命は夜明けと共に散る。

 

「…後は、未来の王に任せて寝るか」

 

男はごろりと背中から瓦礫の上に倒れ込んだ。

 

死は恐ろしくはない。初めから王たちに文句言っている時点で捨てたようなものだ。

だから怖くはない。

 

だが、未練はあった。一つだけ。

脳裏に浮かぶのはある一人の少女の姿。自分よりも年下で危なっかしく厳重な警護に包まれた城さえあっさりと抜け出すような破天荒な少女だった。

初めてその目を奪われる銀糸のような美しい髪には息を呑んだほど。

 

男は自分の手首に収まる腕輪を上に掲げて見上げた。素材は銀でシンプルでありながら見事に目を引くような装飾が細部にまで施された腕輪はその少女からの贈り物だ。男の腕には不釣り合いで、実際男も彼女から受け取った時は似合わないと思った。何より、それは母親の形見だと言われたのだからなおさら断った。だが彼女は頑なに拒んだ。

 

『これが一度だけ貴方を守るわ。大丈夫、【エル】の加護があるもの。何者も誰からも貴方に害を為すことは許さない』

 

自信満々に言ってのけた彼女は、困惑する男の手を取って無理やり腕に嵌めさせた。

あの行動の速さには参ってしまう。だから城を抜け出るなんて大胆な発想も考えつくのかとあの時は感嘆させられたものだ。

 

『けどな』

『もう一度拒んだらサンダー落とすわ』

『……わかった…。だからサンダーはやめてくれ』

 

降参したという意味で苦笑しながら男は両手を軽く上げたのを確認した少女は、満足そうに頷いて自分の肩に乗る緑色の毛並みを持つ小さな相棒を軽く撫で、自分に注がれる男からの視線に気づくとやんわりと微笑んだ。

 

『これで貸し借りナシね』

『ん?』

『貴方に助けてもらった件。これでチャラだから』

『ああ、確かにそんなこともあったな』

『忘れてたの?……まぁ、いいけど』

 

男の恍けたいい方に彼女は呆れた様子だった。だが男は自分で貸し借りしていることさえ認識していなかったのだ。普通に彼女を助けることが当たり前なのだと受け止めていたから。

だから自分の変化に内心驚いてもいた。

……男の気持ちに少女はまったくと言っていいほど気づいていもいなかったが。鈍感という言葉よりは、まったく男という生き物を知らないということは丸わかりで、だからこそ王に絹の布に包まれるように大切に育てられたことが窺い知れた。

 

『……ありがとう。貴方が王の剣として命賭けて戦ってくれていることを私はずっと誇りに思う。でもその強さは決して陛下から賜った力ではなく、貴方自身の力なのだということを忘れないで。その強さに誇りを持ちつづけて。……貴方の願いが叶いますように』

『……』

 

ついに彼女との別れはやってきた。

彼女の護衛か何かだろうか並の男ではだせないような鋭い視線をオレに向けながら少女を呼ぶ。

 

『姫』

 

少女は一つ頷いて男に向き直った。

 

『わかりました。……さようなら、私の英雄『ヒーロー』』

 

そして少女は城へと戻って行った。それっきり、男と再会することは二度となかった。

 

大の男相手に物怖じせず、堂々とする姿はさすが王族と納得できたが時折不安そうに瞳を揺らすその瞬間を男は知っている。

最初は面倒な奴を助けてしまったと後悔もした。だが自分たちの状況を親身に聞いてまわり見聞を広め、いつか世界に出ると決意し語る少女の横顔に好感を抱くようになっていくとは男も想像しなかった。王族であると知った時はさすがに顎がハズレそうなほどの衝撃を受けたが、それはそれ。これはこれとあっさりと理解できた。

案外男はストレートな性格で正直に自分の気持ちをあっさりと認めた。

 

自分と会うためだけにわざわざ城を抜け出してきてくれる彼女。待ち合わせの時間が来る度にまるで少年のように心躍ったものだ。

 

「……はぁ、アンタは遠いとこで無事にいるのか…」

 

あれから三年弱は経っただろうか。滅多に公の場に出ない彼女に想いは募る一方、どこか諦めている自分もいた。いつか彼女に相応しい男が彼女の隣に寄り添うのだと。

彼女を守るヒーローは自分ではない。

 

そう思った矢先、これである。

無事ルナフレーナが王子と再会できたのなら、彼女の口から男の健闘を称えた最後を語られることだろう。そこできっと彼女は涙してくれるに違いない。

 

男は知っているからだ。

彼女が【泣き虫】であることを。

世間が思い込んできたイメージとは程遠い、極普通な少女であることを、男は知っている。だから守ってやりたいと思った。どんな形でもいい。

 

傍にいられるなら。

 

だが約束の時はすぐに男の眼前に迫る。

長い長い夜明けが、明けようとしていのだ。

男は力を抜いて腕を降ろした。腕輪をしている手を大事そうに自分の胸に置き、ゆっくりと瞼を閉じて、最後の別れを遠くにいる彼女に向けて伝えた。

 

「………じゃあな……」

 

ついに夜明けが明け、朝日が男を照らしだし瞼を閉じた外側で差し込むような光を感じて男は、消え――――――。

 

パキン。

 

何か、金属音が割れる音が男の耳に入った。

可笑しな話だ。すでに男は消えたはずで自我などとうにないというのに。

それでも男は半信半疑で瞼を持ち上げた。すると、先ほどと変わらぬ、いやすでに青く染まりつつある空が上空に広がっていたではないか。

 

男は何がどうなっているのか信じられなくて思わず上半身を起き上がらせた。すると自分の胸から何かがこぼれおちたではないか。

怪訝に見やると、男の表情は見る見るうちに驚きへと変化した。

 

「腕輪が、割れた?」

 

男がしていた銀の腕輪が見事に二つに割れていたのだ。さきほどの音はこれが割れた時の音と推測される。だがそこまで男は冷静に頭を働かせることは不可能だった。

 

ただ目の前の現実に唖然とするばかり。

 

消えるはずだった自分の体、命は確かに今ここに存在する。

 

男は確かめるように自分の胸に手を当てた。どくどくと心臓が脈打っているのが感じ、やはり現実に今男は生きているとようやっと確信できた。

 

「嘘だろ、………」

「マジか……」

 

男はまるで夢のような体験に破顔してしまった。

 

「なんてこった」

 

少女が言っていたことは嘘偽りなどではなかった。正直男は信じていなかった。

お呪い程度だろうと軽んじていたのだ。だが、現状はどうだ。

腕輪が必ず男の代わりに犠牲となる少女が言ったとおりになった。

それはどんな例外も認めない。たとえ、『歴代の王たちと交わした正式な約束だろうとも』、だ。

 

腕輪は代わりにとなり男は五体満足な体で生きている。

 

すぅっと息を吸い込んでは男は自分が生きている実感に浸った。

 

そして、今、無性に彼女に会いたくてたまらなかった。

この腕に掻き抱き、ありがとうと精一杯叫び伝えたくなった。許されるならば、そのまま自分の気持ちを伝えたい。

 

もう、男を縛るものは何もない。男の親友、リベルトとの約束もある。

故郷で二人共に待つと。それも悪くない。

 

だがその約束は残念ながら少し遅れそうだ。

なぜなら王の剣ではなく、一人の男として彼女に会いに行くと男は決意したからだ。

 

レギスとの別れ際、王は娘に対してたった一言だけの伝言をルナフレーナに託した。

今まで伝えきれなかった想いを、たった一言に込めたのだ。

 

『―――』

 

そして王は王らしくその命、散らした。

守るべきものを、その身を、命を賭けて。

王の最後をきっとルナフレーナは彼女に誇るべきものだと語るだろう。

だがそれではだめだ。

彼女の気持ちはきっとそんなことだけで片づけられるほど割り切れるものではない。

ルナフレーナは表面上だけの彼女しか知らないはずだ。

だから男が直接王の最後を言葉の意味を伝えなければならない。

 

男は立ち上がり、新たな決意を瞳に宿して歩き出す。とりあえずは旅に必要なものをどこかで調達し、オルティシエを目指すことになるだろう。

王子たちがいるであろう場所ならルナフレーナもいるはず。そこに彼女は必ずいるはずと考えたからだ。

 

はっきり言って、困難が待ち構える旅になる。

もう、男は魔法は使えずテレポートもできない。下級モンスター相手にさえ敵うかどうかも分からない。だが生きている。生きていれば必ず会えると信じているから。

 

だから男は進む。

 

「会いに、行くぜ。レティ」

 

王都を救った英雄、ニックス・ウリック。

 

今一度、動き出す。その手に、王の剣としての証である武器を携えて。

 

今度は、誰かに必要とされる英雄ではなく、たった一人の為の騎士として。

 

レティーシア・ルシス・チェラムとしてではない、

ただのレティという女性を求め、進みだした。王都を背にして。

 

【そして、誓おう。その身、その魂を全力で守り、今度こそ傍にいると】



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[grow apart~彼女編~]

今日も静かだわ。

 

ぼんやりと座り込んでは何もない世界だと改めて思う。

 

私がいる世界は喧騒とは無縁の音のない世界。息遣いも心臓の音も聞こえないくらいに遮断されている。天井は真っ白、私が着ているドレスも真っ白。穢れなき世界ってこうなのかしら。

 

「レティ」

 

まるで硝子のように自分の姿が写り込む水場。

透き通るような水辺が足元に漂い、一歩進むごとに丸く波紋を描いていく。

輝きの内側では時が止まったまま静寂に包まれていて時折自分という存在が一体なんであるか忘れてしまいそうになることがある。視界に靄がかかったみたいに、何も見えなくてふっと消えちゃいそうになるの。

そんな時は彼女が私の名前を呼んでくれる。

 

「レティ」

 

と。そこで私はああ、自分がレティという名前であることを思い出すんだ。

私に寄り添ってくれる彼女、召喚獣の中でつまはじきにされていたクペだけど、胸を張って言える。最高な私の召喚獣だって。クペが私の肩に乗って何度も呼んでくれる。

 

「クペはずっとレティと一緒クポ」

 

彼女がいてくれるからこそ私は今のレティでいられる。もし、彼女がいなかったら、私は完璧な――になる。それは拒みようのないもので確定された未来だ。だから諦めているといえば諦めている。なるべくしてなるのならそれも受け入れよう。

 

――に近づきつつある証に私の髪は成長し続けてもはやどこが毛先だか分からないくらに伸びている。歩くには引きずらなきゃいけないけど重くはないから不思議。これも――効果なのかしら。

 

「レティ」

 

ああ、大丈夫よ。

私はクペの柔らかな毛並みを手の甲で撫でて安心させる。

 

「レティ、ずっと、待っているクポ?」

 

待っている。

待っている、か。待つのは退屈だわ。……?なぜ退屈なのかしら。っていうか私って何をしていたっけ?私がすることって……何かあったけ?

 

「浄化クポ」

 

ああ、そうだった!彼の浄化だったわ。そろそろいい感じに綺麗になってそうね。

私は右手を少し上げて手を広げて、彼を呼び出す。

ほどなくして丸くて白いふよふよとした球体が私の掌に現れる。

 

「どう、真っ白な感じになったかしら」

『うーん、どうだろうねぇ。なんせ永年の汚れだから』

 

何とも暢気ないい方に片眉がピクリと少し上がるのが自分でも分かる。彼は球体から光を帯びて元の体になり、ぐーんと伸びをしたりして軽い運動をする。なんだか今の方が生き生きしてるわ。

 

「根性で綺麗にしなさいよ。私、そこまで暇じゃないわ」

『無理だね。大体君は暇そうにぼけっとしているじゃないか』

 

やだストーカーよ。どうりで視線を感じているわけだわ。

大体失礼よね、人を暇人扱いするなんて。

 

「無理だったら尚更根性で何とかしなさい」

『もうオレにそんな力はないよ。すっからかんさ』

「……そういえばそうだった」

 

……ド忘れもいいところね。指摘されて気づくなんて。

蟀谷に手を当てがって軽く目を瞑り頭を振る。少し落ち込む私に彼は容赦なく追い打ちをかけてくる。

 

『おいおい、君もどんどん記憶が欠落していってないかい?以前よりも酷いようだ。まるで汚染されているようみたいだよ。昔のオレみたいに』

 

そんなこと言われなくても一番私が自覚しているわ。大体いつもいつも一言余計なのよ。人の神経を逆なでることばかり言って。彼は、えせ紳士らしく私に手を差し出してきた。その手を一瞥して、仕方なく自分の手を乗せて立たせてもらう。「君、太った?」とか女性に対して失礼ないい方をしたので、アッパーカットくらわしてあげた。でも空振りに終わってしまって私ははしたなく舌打ちする。だけど、彼は私の手を離さずに「真面目な話だよ」と真剣な表情で見つめてくるから私は気まずくて視線を逸らすしかない。

 

 

「……時間がないのかもね。」

 

そう、言い返せば彼は繋いでいる手をぎゅっと握りしめて

 

『……早く目覚めた方がいい』

 

と私にあちらに戻れと言うじゃない。でも私は静かに顔を横に振った。

 

「それはできないわ。貴方を浄化させると約束したんだから。……たとえ忘れていてもね」

 

そう、一度した約束は破らない。それが、私、だったような気がするんだ。

はっきりとそう言い返せば、彼は破顔してこう言った。

 

『……君は、最後まで責任感が強いお姫様だなぁ』

 

以前の彼と違い、つきものが落ちた顔をしている。今の彼が本来の彼だったのかもしれない。人に裏切られたからこそ、歪められた姿だったのかも。そこに奴らは付け入った。いわば彼は被害者だ。ここで傷を癒したら彼の地へ向かう権利が発生する。それまでは共に過ごさねば。それが、私の『使命』だもの。

ところで、今サラッと私を御姫様とか言ってた?私はその言葉でハッと思い出した。

 

「ああ!そういえば、私王女だったのよね。てっきり一般人だとばかり思ってたわ」

『……』

 

その痛い者を見るような視線は何かしら。

じろりとねめつけると彼は、降参と言わんばかりに私から手を離して少し後ろに下がった。

 

「何か言いたそうね。スイマセンね、ド忘ればっかりで」

『いやいや。……君も物好きだと思ってねぇ。オレの我儘に付き合わなくても君なら幸せになれただろうに』

 

労わりが籠められている言葉に私は、仕方ないと肩をすくめた。

 

「……幸せなんて人それぞれよ。私も、彼らも一つの個であるならそれが同じ幸せとは限らないわ」

『だが、繋がっているかもしれない』

「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。結局のところ私が貴方を見捨てることはないということよ。安心して、傷を癒して」

『……オレが王様に殺されそうだよ』

 

珍しく困った顔をする彼。珍しいものを見せてもらった。

私はもう行くわと、彼に背を向けて手をひらひらさせて別れた。彼は、追ってくることはなかった。

 

クペに少し散歩してくるわと一言断って、彼女と別れると私は長い髪を引きずりながら、世界の端っこを目指す。どうやらこの世界は私の意識一つで姿を変えるらしい。

今は私の望みがないから無機質な硝子細工のような世界になっているけど、意識の一つで世界は様変わり。この前、あれ?昨日、一昨日?思い出せないわ……まぁいいか。

クペが私が好んで乗っていたモンスターたちを思い出してみたらと言ってくれたので、朧気な記憶から何とか引っ張り出したら強烈な悪臭を漂わせるくっさいモンスターが出てきちゃって全力でフレアを唱えて滅却しちゃった。

その際、見物してた彼がちょっとこんばりしちゃったけど仕方ないわね。アレには全力で拒否反応出ちゃったもの。アレがトラウマでモンスターを思い出すのはやめにしている。

せっかくの退屈凌ぎだったけど他の方法を見つけるしかないみたい。

 

苦肉の策として、この散歩。

 

ああ、……鬱陶しい、この髪。ただ長いだけでウザったいわ。結ぼうにもあんまりにもさらさらだからすぐにほどけてしまうし。機能性という言葉からかけ離れている。

切りたいけど切ってもさらに伸びるだけらしい。オーディンから斬鉄剣を借りようとしたけど珍しくオーディンは慌てて止めようとした。眷属である自分たちに主の一部を傷つけるような真似はできないって。

 

難しく考えすぎだわ。ただ髪切るだけなのに。

シヴァに知られたらダイヤモンドダストだけじゃすまないって戦々恐々として面白いったらなくて、はしたなくもお腹抱えて笑ってしまった。オーディンにも恐れる者がいるのね。

 

「ふぅ」

 

ずっと変わらぬ風景に飽きて私はその場に腰を下ろす。素足で歩いているけどまったく痛いということはない。足元には自分が写り込むくらいに鏡のような水辺が何処までも際限なく広がっている。少し顔を下げて下を覗き込めば、同じように私が映る。

 

緑色の瞳に目鼻整った容姿に銀色の長く這うような髪。

スラリと伸びる四肢に日焼けなど無縁な肌。

 

これが私。こうやって情報としてとらえてもいまいち実感がわかない。

ここにいる人物は本当にクペがいうレティなのか。それともすでに違う人格が出来上がっているのか。私に知る術はない。ただ、言われるがままそうだと頷けば私はレティになる。――になれば、このド忘れからも解放されるのかな、とほんの少しの期待が膨らんだ。でもそれもあっという間にしぼむ。

私にはもっとも願ったことがあるような――。

そう、

誰かを、立派な王とさせることを。何よりも彼が命を落とすことないよう願った。

いや、そうならせようと運命を捻じ曲げたかも。

でもそうまでして焦がれた相手を私は忘れてしまっている。身を捨ててでも大切な人だったはずなのに。

 

彼は来なかった。次の日も、次の日の朝も。

薄情な人、とは思ってないわ。きっと忙しいのだろう。仕事とか仕事とか恋人との逢瀬とか。……やだ、なんだかムカムカしてきたわ。

私はムカムカを追い払うように頭をブンブンと横に振った。

……オッケー、余計なことは吹っ飛んで行ったわ。でも代わりに私の右手の薬指に収まっている指輪が目に入る。この、指輪は確か、彼からの贈り物だったような、気がする。

 

約束の、証。

見たことがない花をモデルに銀で加工したシンプルな造り。これと言って目を引くような派手さはない。けれど、これを見ると心がほっとする。見えない糸で繋がっている絆のようなものを感じ取れるんだ。召喚獣たちが私の元を訪れては退屈を紛らわせようとしてくれているしクペもいる。約束の時まで、ずっとここにいるのも悪くない。

けどね。

…時折、無性に会いたくなる時がある。寂しいとかそういうんじゃなくてただ、会いたい。声も名前もどんな姿なのかも思い出せないけど、会いたいの。

ただ彼の職業は分かっている。立派な王様。

きっと有能な部下たちに囲まれて、美しい王妃も傍にいるのでしょう。民に慕われて国は後世に伝わるほど繁栄を極めるはず。

 

「……」

 

貴方の名を、私は忘れました。

でも会いたいのです。

 

輝きの内側はいつもと変わらず時から切り離されています。

きっと、貴方は私のことを忘れているかもしれません。貴方の隣に立つ人は、もう私ではないのでしょうね。

 

でも、それでもいい。

名も知らぬ君よ、もう一度その顔(かんばせ)を拝めるのならもう未練はない。

喜んで――となり、彼の地へ赴きましょう。

 

「愛してるわ」

 

口から零れた言葉に偽りはない。ならば、これが私の気持ち?

貴方の名は、なんだったかしら。頭で思い出そうとするからいけないのね。

 

……指輪をちらりと見下ろして、……数秒、数十分?数時間?

なんでもいい。井戸の底から水が沸き上がるように、……思い出した。貴方の名を。『夜』の意味するその名は……、こういった。

 

――ノクティス。

 

そう、思い出した。ノクティス、ノクティス!

この波打つ歓喜をどう表現していいのか分からない。ただ、あふれ出る涙を留めおくことができないの。輝きの内側では貴方にこの想いを告げることは叶わない。だから、ここから言わせて。

 

「ノクティス、愛してるわ」

 

【どうか、幸せな人生を】



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[grow apart~彼編~]

現在の職業。ルシスの王。

 

オレで114代目となる血筋ももしかしたら途切れるかもしれねぇな。

結婚?したいとも思わねぇ。好きな奴なら別だけど今は無理だ。だって、レティが眠ったままだし。

 

輝きの外側の世界、レティが身をもって救った外の世界は今日も隅々に広がるほどの青く澄み切った空が広がっている。暗闇から解放された世界は、芽吹き色々と目まぐるしく変化する。

 

それだってぇのに、相変わらず寝坊助だな、レティは。

昔からそうだったもんな、たたき起こされても中々起きない。オレが起こしに行った時もすぐに目を覚まさなくて逆にオレを引き寄せて抱き枕化してた。それでオレも起こす気失せて一緒に寝るってパターン。毎度毎度イグニスに叱られてたのは笑えるぜ。

 

……レティがいる場所は世界から隔離されている特殊な世界。

ここは『限られた者=オレ』しか訪れることができない。そういう決まりなんだとさ、守護者様の話だと。黒いフードを被った男は、オレの姿を認めた途端、呆れたようにため息をついた。

 

『また来たか』

「来て悪いか」

『いや、王という職業は暇なんだと思ってな』

「暇じゃねーし。やることやってから来てんだよ」

 

皮肉りやがって、コイツの方こそ暇そうにしてんじゃんか。

 

『ふぅん』

「興味ねぇなら聞くなよ」

『別に興味ないとは言ってないだろ』

「嘘つけ!」

 

あーいえばこーいう。どうも退屈しのぎに遊ばれてる気がしてやになるぜ。

……アイツ、レティの守護者になってからも態度全然変わんねぇよな。

今日もオレは執務を終わらせてレティの守護者から『ほらよ』と投げ渡された透明の鍵を受け取った。するとオレの目の前に一つの扉が現れる。

真っ白な両扉の鍵穴に鍵を差し込んで解錠すると鍵は空気に溶け込むように消え去った。

 

早く、早く、レティに会いたい。

オレはドアノブに手を掛けてバンと押し開けた。

 

そこから世界は一変する。強烈な光と共にオレは目をぎゅっと閉じて腕で視界を遮りながら光が収まるのを耐えて待つ。すると瞼越しに光が弱まっていき、ゆっくりと瞼を上げていく。

そこにはもう、現実世界を超えた別の世界が広がっていた。

音という音が遮断され、人が住まう場所から切り離された異界とも呼ばれる場所らしい。

時の中から隔離された場所は生と死すら存在しておらず、少し寂しい場所だ。

しばらく真っすぐに歩いて歩いて、蒼い輝きを放つ結晶が見えてくる。

 

「……レティ…」

 

そこにアイツは、いた。

【それ】の中で祈るように胸元で手を組んで変わらぬ姿で眠り続ける彼女は、神秘的でいて見惚れてしまうくらい綺麗だ。

 

「レティ、今日も来たぜ」

 

そう声を掛けてオレはそれに手を伸ばす。触れるとじんわりと温かくて彼女が生きていることを実感させてくれるからオレはまだ耐えられている。

彼女が目覚めない。オレはいつもの通り、【それ】の前で座り込むとじっと見上げていつもの通りの毎日を過ごす。時折、眠っている顔に変化がないか立ち上がって顔を近づけて確認したりもする。けど、何も変化はなくて落胆する。

 

アイツは起きなかった。次も、その次の夜も。

世界は闇から解放されたというのにオレの心は晴れることはない。

 

「変わんねーな」

 

この世界にクリスタルはもう不要らしいぜ。今は辛うじてこっちとあちらとの中間場所に留めている。『あちら側』としてはレティを完全に目覚めさせてこちらと縁を断ち切らせる腹積もりだ。けど、バハムートがレティの目覚めを待ってからでも遅くはないと庇ってくれている。召喚獣たちの間でも意見が真っ二つに分かれてるなんて、人間臭いよな。

だがそのお陰でオレはレティとこうして会えるんだ。

 

「……気持ちよさそうに寝やがってさ」

 

オレさ、結構頑張ってんだぜ。前よりもしっかりしてると思うし、お前が言う立派な王様になってると思う。あれだけ混乱しまくった世界を治めるなんて一苦労してるけどよ、頼れる仲間がいるから助かってる。服装だって身なりだって王らしく堅苦しい奴だけど着てるぜ。たまにあの頃を懐かしんだりもしてる。

 

今度は、神々に頼るだけの世界じゃない。

自分たちの力で平和を維持できるようなそんな世界創りを目指してる。

 

「なぁ、覚えてるか」

 

お前と、仲間とさ、旅してた頃。

馬鹿みたいにはしゃぎまくって一緒に叱られたりもしたよな。

思わず笑みを浮かべてしまうが、オレと一緒に思い出し笑いしてくれるお前は、隣にいない。この壁はオレとお前を別つ檻だ。

そこに閉じこもったお前と、世界に立つオレは二度と同じ景色を見られないのか?

衝動的に内側の世界に飛び込みたくなったこともある。でもそれって責任放棄だよな。

お前はきっと怒るだろうからやらない。

 

時々さ、怖くなる。

お前に愛想つかされてんのかなって。だから起きてくれねーのかなって。

 

「レティ、あの、な。オレさ」

 

実はさ、そろそろ身を固めろって周りが騒ぎ出してな。ルナフレーナが再候補として名が挙がってるんだ。オレはそんなつもりないしルナフレーナだって今は無理だって断ろうとしてる。あれから二年経ってオレは二十二歳になったしな。

 

けど、オレ達の意思とは関係なしに世界がそう望むんだよ。

救世主たるルナフレーナとルシスを復活させた偉大な王との婚姻を。

イグニス達はオレの意思を一番に尊重するって言ってくれてる。無理強いさせようとしてんのは、元老院のお堅い頭のジジイどもだよ。アイツらしぶとく生き残ってやがったもんな。まだまだ若い王に王政は難しいだの勉強が足らないだのと口うるさく言いやがって。けどアイツらのお陰で何とか復興してきてるのも事実だ。国民を守る立場としちゃ、文句は言ってられない。……レティが死んだ事実を上書きしてなかったことにはできないもんな。

アイツらにとって、レティーシア・ルシス・チェラムは消えた存在で過去の者。

 

でも、それでもいいんだ。それはオレにとって好機なんだ。

レティが目を覚ました時に、堂々と告白できる。返事をもらえるかどうかは分からねぇけどう自惚れてもいいほどには実感得てるからな。

だから、後はレティが目を覚ます日を待つだけなんだ。

オレは、ずっと待ってるよ。

 

「愛してる」

 

なぁ、レティ。

 

オレはずっとここにいる。

お前が起きてくれるまで、ずっと。ここにいるぜ。

お前はオレにとって、かけがえのない存在だ。

 

もうすぐ、レティの命日なんだ。皆、お前の為に集まってくれるぜ。しんみりした日になるけどオレ達の再会を約束した日でもある。その時に、オレははっきりと言うつもりだ。

 

オレはレティ以外と婚姻するつもりもない。今後一切は。

 

だからオレが死んだらルシス王家はオレの代で終わりにする。その後はお前らの好きにしろってな。どうだ、結構格好いいと思わねぇか?……それくらいお前にはまっちまってるってことだ。親父が守り抜こうとしたのは血筋じゃない。この世界を守る存在だ。

今、オレの役目は半分果たしてるも同然。あとは好きにさせてもらうさ。

 

なぁ、この言葉はお前だけにしか捧げない。

お前だけにしか囁けない言葉だ。

 

「レティーシア、愛してる」

 

【約束の日まであと】



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胸三寸に納める彼ら

ノクトside

 

オレ達はコルと合流するためハンマーヘッドに向かっている。レガリアを無言で運転するイグニスはいつもより多めにアクセルを踏んでスピードを飛ばしていた。普段なら安全運転とか口うるさいイグニスがな、なんてオレはまるで他人事のようにぼんやりそう考えた。

 

帝国に追われているオレ達に休んでいる暇はなかった。レティ連れてすぐにレガリアを飛ばしているけど、途中途中でやっぱり帝国の飛空艇が我が物顔で空を蹂躙して飛び交っているからその時はレガリアを停めて隠れたりしている。

状況がマズいらしい。今のオレ達じゃ叶わないってグラディオは難しい顔で言う。でも敵に見つからないのはクペの説明だとオレの隣で行儀よく座ってるカーバンクルのお陰らしい。緑色の小さな獣はレガリア全体に見えないバリアを張って周囲から敵に悟られないようにしてるだとさ。クペの説明に自慢げに「キュン!」と一鳴きしてる姿をレティが見たら猫かわいがりそうだと思った。そのカーバンクルに詰め寄って色々と質問ぶつけているクペは普段よりも動揺が激しいみたいだ。なんか「なんでこっちに来てるクポ!?」とか質問ぶつけてるけどカーバンクルがそれに応えるように鳴くと、普段一重の目がくわっと開いていたから相当衝撃的な話をされたんだんだなって感じた。

グラディオたちは今後のことについて相談し始めた。

 

「警護隊はもう機能してねぇんだろうな」

「ああ、将軍が外に出るというくらいだ」

「中、どうなってるんだろう…」

 

不安そうにプロンプトが呟いた。

 

「そのうち報道されるだろう」

「これだけでかい騒動だからな」

「これからオレ達、どうするの?」

「まずはハンマーヘッドだ。他は後で考えようぜ」

「イリスからも伝言があった。何人かとレスタルムに向かってる」

「無事なんだ。妹さん」

「ああ、あっちはどうなってるかわかんねーだろうがな」

 

どうなってるか、なんて言わなくてもわかってんだろうに。

全部、壊れてるに決まってる。クリスタルが強奪されたんだ。魔法障壁も無くなって丸裸になったインソムニアは恰好の餌食だろうさ。

 

「………」

 

なんかさ、まともに頭が働かないんだ。

ただ現実がそこにあって、嘆く暇もなく動くしかない状況にただ流されてるだけで精一杯なだけだ。そういや、城を立つ前、親父はオレにこういったっけな。

 

『すぐに帰れないことだけは覚悟しておきなさい』

 

それにオレはこう答えたはずだ。

 

『そんな簡単に帰らないし、ご安心を』

 

おどけて言って見せたけど、まさか本当に帰れなくなるなんてな。どうせオレに喝入れるために言った話だと受け止めたんだ、その時は。

 

オレは、自分の膝に乗せて眠っているレティ見やった。

静かに寝息を立てて眠っているレティに悪戯をしたら起きるんじゃないかって鼻抓んでみた。いつもだったら『ふがっ!?』って女に似つかわしくない声出して飛び上がって悪戯したオレをギラッと睨み付けてはサンダー落としてくる。でも、

 

「……」

「……」

 

反応は、なかった。抱きしめても、くすぐったいくらいに顔をこすりつけても、ウザったそうにしたり、恥ずかしそうに拒んでもこない。ただ、眠っているだけだ。

昏々と。クペの話じゃ魔力の暴走が起こってからしばらくして急激に眠りがレティ襲うらしい。だからあの時、インソムニアに単身突っ込んでなくてよかったと泣いていた。

帝国はレティ狙っているとかラジオで言ってたもんな。きっと、レティが誰から見ても利用価値があるから狙われてんのかもな。オレや親父、ルーナが死んでるってのにレティだけは行方不明とか抜かしてるしな。

 

どうして、こうなんってんだろうな?わかんねーよ、なんかもう、ぐちゃぐちゃで。どうにかなりそうだ。

でもオレは王子だから取り乱しちゃいけねーんだよな?王になる存在だから平然としてなくちゃならねーんだよな?

 

「……」

 

なぁ、レティ。オレ達、これからどうすりゃいいんだろうな。疲れた。正直、疲れたよ。

 

オレはレティに頭を寄せて眠ることにした。少しだけ、オレも寝る。だから、今は少しだけ……許してくれ。

 

【君の寝息に寄り添って】

 

ノクトが寝たことを確認したグラディオにイグニスが声を小さくして尋ねた。

 

「ノクトは寝たか」

「ああ」

「……やっぱり一番ショックなのは、ノクトと姫だもんね」

 

プロンプトが労わりを込めてそういった。

小さな小鳥のように体温を求めて寄り添うあう姿は、見ていて胸が締め付けられそうになる。だからグラディオは前を向き直し、王の盾としての使命に徹しようと自分に強く言い聞かせた。必ずこの状況を打破する手立てがあるはずだと。グラディオも父やイリスの身が心配だった。だがそれよりも優先させるべき相手が二人いる。命に代えても守らなければならない二人がいるのだ。その気持ちはイグニスも同じだった。

カーバンクルのお陰でいまだ敵に見つからずにいることは彼らにとって少しでも戦闘になるリスクを軽減してくれているのだ。ノクトの死亡説もうまく利用できることだろう。

 

「だが死亡説はありがたい。向こうも派手には動けないだろう。……レティに関しては別、だが」

 

あえて言葉を終わらせてグラディオの出方を待ったイグニス。

自分が知らない情報を彼が持っていると悟ったからだ。長年共に過ごした幼馴染だからこそ気づく間柄と言えよう。グラディオはミラー越しに自分の視線を向けるイグニスから少し視線を逸らしながらつぶやいた。

 

「……そのことについては、後で話す」

「……つまり、帝国がレティ執拗に狙う理由を知っているということか」

「ああ」

 

微妙な空気が二人の間に流れ、プロンプトはどうしたものかと焦ってしまった。

だがイグニスはあっさりと引いた。

 

「今は、言えないということだな」

「そういうことだ。シドを交えて話す」

 

グラディオは毅然とした態度でキッパリと言い切った。

 

「分かった」

 

イグニスはそう言って会話を終了させたのでプロンプトはほっと息をついた。

 

本音は今すぐにでも吐かせたところだったイグニスだが、落ち着ける環境でなければグラディオは絶対梃でも話さないと思ったからだ。それほどに重要かつ、秘密にしなければならない内容なのだろうと推測される。

 

(……まったく、君はどこまで手が届かない存在なんだ)

 

召喚獣と共に駆っていく姿を目にした時は鳥肌が立ったものだ。畏怖し、自分とは違う圧倒的な力を見せつけられ自分の手にはまったく手が届かない遠い存在だと思い知らされた。だがそれくらいなんだとイグニスは跳ね飛ばした。気張っていなくてはレティのことを知ることなどできないと分かったからだ。

 

ともかく一刻も早くハンマーヘッドに着かなくてはという焦りを感じながら、イグニスはハンドルを握りしめアクセルを強く踏んだ。

 

レガリアをとばしてようやっとハンマーヘッドにたどり着いたノクト達。ガレージの前に停めたレガリアに駆け寄ってきて真っ先に出迎えたくれたのは心配そうな顔をしたシドニーだった。

 

「いらっしゃい……。レティは?何処か怪我を!?」

 

オープン状態で走っていたのですぐにノクトに寄りかかるように眠っているレティの異変に気づき動揺したシドニーはノクトがレティ抱えて降りるのを待ちきれずに身を乗り出してレティの頬やおでこに心配そうに手を伸ばした。

 

「意識を失っている。休ませてやりたいんだが」

 

そうグラディオが頼み込むとシドニーはすぐに頷いて

 

「そっか、トレーラー確保しておいたからそっちに休ませてあげて。天気も、悪かったし。大変だったね」

 

とノクトたちをねぎらいながらレティ降ろすのを手伝った。何とかレティ降ろしたノクトは「ありがとう」と生気のない小さな声で礼を言った。シドニーは「いいよ、礼なんて」と痛ましそうな視線でノクトを見ると首を振った。イグニスも軽く頭を下げて感謝を伝えた。

 

「すまない」

「プロンプト、手伝ってくれ」

「うん」

 

レティ抱えたノクトと共にプロンプトとその両肩にクペとカーバンクルを乗せてトレーラーの方に向かう姿を見送りながらグラディオがシドニーに肝心の人物について尋ねた。

 

「将軍は?」

「用事があるからってもう出てったよ。じいじに色々伝えてあるみたい」

「シドか」

「来るって知ってたからずっと心配して待ってたんだ。……でも今は少しでも休んでよ。顔、強張ってるよ」

 

事情を知るシドニーだからこその気遣いにグラディオは目を見張った。

指摘されるまで気づかなかった自分の状態に「悪いな」と少し笑い返した。

 

「皆、疲れてるからね。仕方ないよ」

 

シドニーはそう言い返すととにかく休んでと有無を言わさずグラディオとイグニスの腕を掴んでトレーラーハウスへと引っ張った。

 

【今は休息が必要】



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今生の別れ

しばし、休憩したノクトたちはシドと話すためにガレージに移動することにした。だがノクトがレティの傍を離れたくないと言い張ったので、見かねたシドニーが「私がレティのこと見てるから。じいじと話しておいでよ」と買って出てくれた。それでもごねようとするノクトをグラディオが有無を言わさず引っ張って、ガレージ内に移動した。レガリアは外に出しっぱなしは敵の目もあるので良くないとのことで予めシドニーの手で入庫されていた。

そしてノクト達はそこで待っていたシドの口から驚くべきことを聞かされた。

 

「目的はクリスタルと指輪を奪うことだった。そして、レティーシア姫もだ」

「停戦の意思は、初めからなかった…」

「……何騙されてんだよ」

 

沈痛な面持ちでノクトは呟いた。だがシドはノクトの発言に顔を顰めた。

 

「馬鹿言え、……そう簡単に騙されるもんかよ」

 

シドはレギスの性格をよく知っている。単純に昔旅をした仲というだけではない。見えない絆で繋がっているのだ。今も、だからこそその悔しさも一入なのだ。

 

「王都で起きてたのは一方的な襲撃なんかじゃねぇよ。アイツは城で戦争したのさ。迎え撃ってやるつもりでな」

「「「「!?」」」」」

 

シドの言葉にノクト達は息を呑んだ。だがシドは

 

「だが、備えちゃいたが。力及ばなかったってのが、現実だ」

 

と項垂れて黙り込んだ。それ以上何も言えなかったのだ。たとえ、離れていたとはいえ友人の死はシドにとっては悲しき事実だったのだから。

 

「……こまけぇことはコルの坊主に聞きな。オレはレギスと、顔をあわせちゃいねぇんだ。もう、何年も前からな。ああ、それとコルから伝言だ。『王の墓』で待つ、だとさ。……姫が目を覚ましてから行けよ。あれじゃ足手まといだ」

 

シドは立ち上がってガレージから出て行った。残されたノクトたちは皆、沈んだ顔で口を噤んだまま喋ろうとはしなかった。

 

帝国側の真の狙いがここではっきりとしたこで目の前の現実を突きつけられたのだ。完全に不利な立ち位置は命の危険さえ常に陰に潜んでいる。

祖国を失い、圧倒的な軍事力を誇る帝国から狙われているレティ、そしてノクトが生きていると知ればその敵意を一気に集中的に狙ってくるだろうことは予測しなくても分かり切ったこと。この状況を打開するには、一刻も早くコルの元へ行かなくてはいけない。だが、シドははっきりと釘を指した。レティが目を覚ましてから行けと。足手まといだと邪見に扱ってはいるが、それはシドなりの心遣いなのだ。まだ精神的に不安定でレティから離れたがらないノクトに、目が覚めないという異常な状態のレティではいざという時思うように動けなくなる。もし敵と鉢合わせなんてことになったら、という最悪なパターンもありうるのだ。だからこそ、しっかりと準備をして行けとシドは伝えたかった。だが馬鹿素直に言うほど、シドは年を取ってしまった。だからあえて捻くれたいい方をすることで自分の気持ちを伝えようとする。若い世代の背中を押し、前へと進ませるために。

 

亡き、友の意思を無駄にさせないために。

 

レティーシアside

 

現実世界から強制退去【シャットダウン】された私の意識は揺蕩い微睡に溶け込みつつある。その流れに身を任せ深く沈むだけで何も考えずともよい。

理解しなくても受け入れなくてもいい。

それが許されるのだ。ここは。悲しみも苦しみも一瞬で忘れさせてくれる。

 

まるで麻薬のような場所。

この世界にずっと浸りたい。体を丸めて赤ん坊のように沈んでいきたい。

現実は私を傷つけるものばかりだから。

 

だから、眠ろうとした。

けど、誰かが私の名を優しく呼ぶの。

 

『レティーシア』

 

呼ばないで、私をこのままここにいさせて。

 

『レティーシア』

 

その声は私の拒む声に耳を貸さずにずっと呼び続ける。何度も、何度も。

聞いたある声。

それは私の意思とは関係なく意識を浮上させていく。仕方ない、一度だけ応えてあげようと私は瞼を開くイメージをする。

 

すると、世界は一変した。

私のよく知る世界、神々が住まう場所が眼前に広がったのだ。ここは何度も訪れているから間違えることはない。

じゃあ、私を呼んでいたのは召喚獣?

 

『レティーシア』

 

後ろからあの声がはっきりと聴きとれた。聞き覚えがあると思ったら。

振り返ると、ああ、やっぱり彼だったと確信し自然と笑みが浮かぶ。

おとぎ話の中でこう、呼ばれている。誇り高き剣神バハムート、と。

 

『心は癒えたか』

『心?私は傷を負っているの?』

『自覚はないか。……この世界は其方に害を為す者はおらんというのに』

 

害……。確かにこの世界は私にあだ名す者はいない。だって召喚獣達が許さないもの。

昔からそうだった。でも、今私は。

 

『…なんだか、心がぽっかりと穴が開いたような気がするの。何か、大切なものを落としてしまったような。心が、軋む、の』

『それは、現実を受け入れようとしない影響だろう。其方が現実を拒めば心の穴はもっと広がる』

 

バハムートの言葉を受けて、私は自分の胸に両手を重ねて当てる。

ここに、穴がある?

 

『心の、穴。私が、現実、を。何を、忘れようとしているの?私は……いたっ!』

 

ずきっと頭痛がして私は痛みに顔を歪めて頭に手をやった。その痛みはドンドンひどくなり痛みで立っていられなくなるくらいに私を追い込む。その場にへたり込んでしまうくらい酷いもの。

 

『そちらの世界は其方にとって辛いものだろう。レティーシア』

 

彼は体を動かして私の目の前にやってきた。そして体を低くして私をその翼で包み込んでくれる。彼に守られているという実感から温かさがじんわりと体を包み込んでいく。

不思議だった、その温かさに痛みをゆっくり和らいでいく。

 

『レティーシア、泣くな。其方の涙を拭いたくても我の爪では其方を傷つけてしまう。だから泣くな』

 

珍しく困った声で彼は私を慰めてくれる。

 

『私、泣いているの?』

 

痛みで泣いていると最初は勘違いした。自覚すらない私の頬にそっと指先で触れれば、確かに水滴が指のはらに付いた。

でも痛くて泣いた覚えはない。

ではなぜ泣くのかと問われればわからないと答えるしかない。

だけど気遣ってくれる彼に『貴方は本当に優しいのね。ありがとう』と礼を伝えた。

 

『我に優しいなどというのは其方くらいなものだ。レティーシア』

『だって優しいじゃない。召喚獣達は皆。私に甘いくらいに。……本当なら、神薙こそが貴方たちの声を聞くに相応しい者なのに』

 

言葉にしてから私ははしまったと後悔した。

これではまるで告げ口のようである。あからさまに彼女に嫉妬していると取られても仕方ない発言だった。だがバハムートの発言はとても信じられないものだった。

 

『神薙か、確かにあの者は我らの声を伝え聞くことができる。だがそれには相応の対価が必要なのだ。安心しろ、レティーシア。其方の心悩ます存在は時来れば散るだろう』

『……え?』

 

聞き間違いであると一瞬耳を疑った。だが続けてバハムートが伝えてきた言葉は確実に真実だった。

 

『人の生身で我らと接近することができるのは其方だけだ。神薙とは王の手助けを行う者。その責務を負う者は短命である』

『嘘』

『我は其方に嘘はつかぬ』

 

バハムートはきっぱりと言い切り私は『ああ、そうね。ごめんなさい』と相槌を打つだけで精一杯だった。

 

彼女は、自分の命を代償にしているの?それを受け入れているの?自分の命を絶つ覚悟で。ノクトの助けになろうと。……そこまでしてノクトのことを……。

 

『真実である。だが悲観することはない。真に我らの声を聞き届けられるのは其方だけだ。……』

『そんな、私は……!』

 

彼女の存在を疎ましいと思ったことなんか……!人の死を、喜ぶことなんてしたくない。

だけどバハムートは私の心情を理解しておらず、

 

『レティーシア、そろそろあちらに戻れ。こちらでは時の経過はないがあちらでは止まることなく進み続けている。元の体に戻るのだ』

 

ともう神薙の件は興味ないように私の身を案じている。

自分たちの意思疎通させる存在なのに関心すらなし、という態度に私は困惑するしかなかった。

 

『……わかった、ありがとう。バハムート』

『またいつでも来るがいい』

 

なんだかもやもやした気持ちのまま、私はまた瞼をゆっくりと閉じた。

世界は、一度変わる。

 

 

いつも使っているベッドよりも硬い感触に居心地の悪さを感じ、身じろぎし日の光を強く瞼の外側で感じ取り、薄く瞼を開く。そこは自分が思っていたよりも低い天井で作りが違っていた。一度瞼を閉じて再度開き、ふと横に視線をやるとすぐ目の前にふかふかの緑色の毛並みがあった。

 

なんだろう、これ。一瞬ぬいぐるみかと思ったが体がかすかに上下していることで動物だと判断。けど見たことあるような。

 

「……レティ!?起きたんだね!」

「あれ、シドニー?」

 

すぐ横の椅子に腰かけてうたた寝していたシドニーが私が目を覚ましたことに驚き、見る見るうちに瞳に涙を滲ませて椅子をひっくり返し立ち上げってがばっと私に覆いかぶさるように抱き着いてきた。

 

「良かった、王子から大体の事情は教えてもらったけど、もう目を覚まさないんじゃないかって気が気じゃなかったんだから……」

「わっぷ」

 

ぎゅうぎゅうと抱きしめられて私は一体何が何だかわからずされるがまま。

シドニーだけじゃない。私が起きたことに喜ぶのは

 

「レティ!?起きたクポ~!?」

「キュン!」

 

クペとあの緑色の動物。……じゃない。

 

「カーバンクル?」

「キューン!」

 

私に名を呼ばれてカーバンクルは嬉しそうに鳴いては、抱きしめているシドニーに負けじと甘えてこようとする。クペはカーバンクルに先を越されて悔しそうだったけど、私が空いてる手で手招きするとぴゅーっと涙を零しながら飛んできた。

 

「レティの馬鹿馬鹿クポ~!クペの寿命100年は縮んだクポ~」

「あーはいはい。ごめんね」

「全然気持ち籠ってないクポ」

 

そうは言われても、今このサンドイッチ状態では身動きもとれやしない。私はシドニーの背中を軽く叩いて離れて欲しいと意思表示する。するとシドニーは私の意図が伝わったのかゆっくりと体を離してくれたので、私も体をのそりと起こす。

 

「体はおかしいところない?」

「ううん、全然。でも、……ちょっとお腹空いたかな」

「ぷっ、起きて一番はそれか!でもお腹が空いているのは健康の証だね。待ってて、タッカに頼んで何か作ってきてもらうよ」

 

シドニーはウインクして出て行った。改めて周りを確認してみるとここはトレーラーハウスのようだ。どうりで寝心地が悪いわけである。クペもシドニーに続いて「クペもノクトに知らせて来るクポ!」と意気込んで出て行った。残されたのは私といまだ甘えてくるカーバンクルだけ。カーバンクルをむんずっと捕まえて自分の目の前に持ってきて視線を合わせる。

 

「さて、カーバンクル。どうして貴方がここにいるのかしら?」

『ボクね、シヴァに言われたの。これからはレティと一緒にいるようにって!』

「シヴァが?」

 

いつの間にシヴァは私の所へきていたのだろうか。全然記憶に残っていないのはおかしい。

 

『うん。クペだけじゃ魔力の暴走は防げないかもしれないからって』

「……魔力の、暴走……」

『レティ、もしかして覚えてない?』

 

カーバンクルの問いかけに私は答えられなかった。力が抜けて彼を捕まえている手がするりとカーバンクルを膝に落とす。

 

魔力の暴走。

僅かに小刻みに震える自分の両手を見やる。

 

「……私は、……」

 

この手で、私は魔道兵たちを狩った。そう、ただ激しい憤りのまま、感情に身を任せて私は動いた。あれが機械だったから手加減しなかったわけじゃない。人間だったとしても、私は同じことをしていた。何も考えずに、虫を潰すように。

 

ぞっと、する。もし、私が見境なくノクトたちにさえ、一般人にさえ手を掛けていたと思うと。この手は、赤く血で染まっているだろう。錆びた匂いさえ取れないほどに色濃く。

 

私は、初めて自分で自分が怖いと思った。

 

人間じゃない。こんなの。召喚獣と会話できて、使役さえできてただ愛しまれるなんて可笑しいんだ。

 

……だからだろうか、愛されない理由が分かった。

私が、悍ましい存在だということをあの人は卓抜した目で見抜いていたんだろう。だから私と距離を置いたんだ。

 

なんだ、あっさりと納得。

 

「……はっ、……」

 

そっか。あっちの世界で受けた痛みは、コレだったのか。

心に穴が開いたような空虚な感覚。警鐘を鳴らすような激しい頭痛。思い出してはならないと無意識に自分に訴えていたんだ。

 

思い、だした。

全部、思い出した。

 

自分がしでかしてしまったことを。

ノクトたちに見られてしまった。彼らを傷つけてしまった。

 

あの人は、結局叱ってくれなかったんだ。

勝手に期待して勝手に自滅。そうだよね、私は最初からあの人に見られていなかったんだから。

 

私のよくあるパターンだ。そうだ、最初からこうなるって分かってたんだ。

なのに、私は……。同じことをやっては学習せずに過ちを繰り返す。

 

「……っ……」

 

押し寄せてくる一つの感情に私はこらえきれず嗚咽を漏らす。

顔を伏せて私は自分の体を掻き抱き、ただただ現実を受け入れるしかない。

 

あの人は、死んだ。

 

現実は遠慮なく私に事実を突きつけるんだ。あの人に最後まで愛されたかった愚かな私に。

 

『レティ』

 

私の悲しみに寄り添うようにカーバンクルが傍にいてくれた。

 

【あの人が私を見ることは、二度とない】



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彼女の更生論と秘密のお話

ノクトside

 

オレにとって、今、唯一の家族はレティだけなんだ。

 

その事実を一番強く感じたのは、シドの口から親父の死を告げられたことだった。他人から言われてようやく気付くなんて、馬鹿だよな。でもそれくらいオレには信じられなくて、……親父が死んで、ルーナがどうなってるかわかんなくて、レティがああなっちまってオレはもうどうすればいいかわからなかった。ただ言われるがままシドと話してこいってシドニーに追い出されてグラディオに無理やり引っ張られてガレージまで連れてこられた。そこから語るシドの話は、正直どうでもいい。

 

ただ、帰る国を失って親父は死んで、レティが目を覚ますかもわからない。そんな絶望的な状況だってくらいだ。簡単だろ?

これからコルと合流することになるとか言ってるけど、合流したところでオレたちに何ができるってんだ?たった五人で?あの軍隊に?蜂の巣にされるのがオチだ。

今だってカーバンクルのお陰でなんとか隠れている状態だってのに、あいつらに喧嘩でも売る気か?

 

正気の沙汰じゃないぜ。

それに、親父みたいなことなんて、オレにできるわけねーよ……。

死ぬなんて、嫌だ……。レティを残して死にたくねぇ……!王都襲撃を聞かされた時だってレティはあんなに取り乱して結果召喚獣呼び出して暴走しちまった。……親父の死が何よりショックだったからだ。ああなったのは。もし、オレが死ねば、レティは今度こそおかしくなる。そんな気がするんだ。

 

……余計なこと考えすぎだな。

 

軽く頭を二、三度振ってオレはグラディオに「レティとこ戻る」と一言断って、返事も待たずにトレーラーハウスに戻る為とガレージを出ようと歩き出した。すると、聞き覚えのある声が「た~い~へ~ん~ク~ポ~!」遠くから聞こえてきた。

 

この特徴的な声は…クペか?

 

オレはもしかしてレティに急激な変化が起こったのかと焦り「くそっ!」と舌打ちしてガレージを飛び出した。途端、顔にフサフサの何かがべたっと勢いよく張り付いた。

 

「うぉっ!」

 

体制を崩しそうになった。が、そこは何とか堪えてそのフサフサに両手を伸ばして顔からばりっとひっぺ剥がす。案の定、良くみるとやっぱクペだった。しかも苛立っている様子。

 

「オレの顔に引っ付くな」

「そこにノクトがいるのが悪いクポ!」

 

放せクポ!と手足をばたつかせるクポにオレはじろりと睨み返した。

 

「ああ?」

「ああ、違ったクポ。ノクトと遊んでる暇ないクポ!レティが目を覚ましたクポ!」

「!?」

 

オレはその知らせにクペを放り投げて一目散にトレーラーハウスの方へ走った。後ろでクペが文句言っているのも耳に入らず。ただ、ただレティに会いたい、一心で。

ドアは閉じられていて乱暴に開き、ドタドタと音を出して階段を駆け上がる。

 

「レティ!!」

 

オレは叫びながらレティが眠っているはずのベッドに視線を向けた。そこには、待ち望んでいたレティが腰かけて暢気そうにカーバンクルと遊んでいた。オレは、一瞬呆気にとられ、間抜けにも口を半開きしちまった。オレが来たことに気づいたレティが顔を上げて遊んでいる手を止めて

 

「ん?……ああ、ノクト。おはよう」

 

と笑顔でイラッとする挨拶をした。ああ、イラッと来た。

これがあの暴走したレティかと疑うくらい清々しさに溢れていてさらにイラッときた。

 

「……」

 

オレは、無言で歩み寄って無抵抗なレティを抱き込んだ。勢いのままレティごとベッドに押し倒しちまったけど気にしてられねぇ。カーバンクルは間一髪で逃げることに成功したみたいで澄ました顔してる。

 

「ちょっ、ぎゃっ!」

 

抗議の声を上げるレティなんか知るか。

ああ、この温もり……。ずっと失ってしまうかと思った。オレの虚無感すらわからずにレティは当たり前のようにオレの前で笑った。自分があんな無茶苦茶なやり方で突然いなくなって冷たい雨の中、倒れていたレティを見たオレの気持ちなんかこれっぽちも理解してない。オレから逃げようとするレティを押さえつけるように腕に力を込めた。

 

「……レティの馬鹿野郎。オレがどんな気持ちで……!」

「野郎じゃないんですけど」

 

抵抗をやめズバッといちいち細かいことで揚げ足を取ってくる。だからオレは言い直した。

 

「馬鹿レティ」

「……はいはい。どうせ馬鹿ですから。……ゴメンね、心配かけて。泣かなかった?」

 

オレの言葉をあしらいながら、レティの手が手慣れ動きでオレの髪を梳く。

 

ああ、レティだと強く実感できた。この手が一番安心できる。

この温もりだけあれば、何もいらなって思えるくらいに。……自分だって泣きたい癖に強がってる。オレの心配ばかりして自分のことは後回し。だからオレがその分心配してやらねーとレティはダメになる。

 

「泣かねーし」

「泣けばいいのに」

「泣かねーよ」

 

しつこい押し問答を繰り返すオレ達。

……王子は簡単に泣けねぇんだよ。けど姫なら泣いても誰も文句言わねぇ。

レティの方こそ泣けよ、とは言わなった。レティはきっと隠れて泣いているに違いないから。さっきは気づかなかったけど、少し泣いた痕があったのは気のせいにしてやろう。

 

「聞いたでしょう、あの人のこと」

「………」

 

それには答えずにオレはレティを抱きしめる腕に力を込めた。

 

「泣きなよ、ノクト」

 

オレは、今は泣かない。……あとで泣くかもしれねぇ。レティの前でなら泣ける、かも。

レティはため息をついてオレの頑なな態度に諦めたようだ。

 

「………」

「……ちゃんと休憩とか取れてる?ここまで来るのに」

「……全然、レティずっと寝てたし。心配だったから」

 

レティがあんな状態だったてのにグースカ寝れるほどオレは神経図太くない。

 

「……じゃあ、ちょっと寝てなよ。私のお膝、ノクトだけに貸してあげるから」

「は?」

「ちょっと、起きて、いいから。……そうそう、それで起きて……はい!どうぞ、私の膝でしばしの眠りをご堪能くださいな」

 

ぐいぐい押し上げられて仕方なくベッドに肩肘つき体を少し浮かせると、ほんの隙間からごろりと横に逃げたレティは何やらブツブツと「まったく、心臓持ちやしないわよ」とか意味不明なことを呟いていた。けどオレの視線に気づき、コホンとわざとらしく咳をしてベッドに座りなおしてぽんぽんと自分の膝を叩いた。

膝枕してくれるらしい。オレは何も考えずにごろんとレティの膝に頭を乗せて寝転んだ。

 

「そこは素直なのね、ノクト君」

 

呆れた様子のレティにオレは間髪言い返した。

 

「レティから言ってきたんだろ」

「そうでございましたわね。……子守歌でも歌ってあげましょうか」

「音痴なのにか、ってイテテテ」

「悪いお口はどの辺かな~」

 

笑顔でぐいぐい遠慮なしにオレの頬を引っ張る手。こんなときばっかり馬鹿力発揮すんだよな!

 

「イダイダイッ!」

「そういう素直さはいらないの。……ほら、寝た寝た!これから忙しくなるんだから少しは体力回復させておきなさい」

 

タオルケットを上からかけてきて本格的に寝ろと言ってくる。少し寝られればいいんだけどな。でも、悪い気はしない。オレのことを心配して言ってくれているから。自然と頬が緩む。カーバンクルが自分も構えというようにレティの肩に軽やかな動きで駆けのぼって頬に体を摺り寄せた。レティは微笑んで「よしよし」と撫でつける。

そういや、このカーバンクル。よくよく考えると前にも会ってるような気がするんだよな。

 

「……わかってんのか、次行くとこ」

「カーバンクルから聞いたから……。大丈夫、私は傍にいるよ。ノクトの傍に」

 

やんわりと微笑んでオレを見下ろすレティ。

 

「っ!」

 

オレは、レティの腰に腕を回して抱き着いた。いつだって、オレが欲しいと思っている言葉をくれる。やっぱり、オレはレティじゃなきゃ嫌だ。レティナシじゃ考えられないくらいに依存しちまってる。けどそれでいいと納得できるんだから末期だな。

 

オレは、懇願するように頼んだ。

 

「……傍にいてくれ…。レティ」

「うん。大丈夫、傍にいるから。だから」

 

安心しておやすみと、優しい手つきで髪を撫でられ、オレはいつの間にかうとうとと眠りに吸い込まれ始める。

 

レティ……。

 

今までの疲れが一気に襲ってきたらしい。睡魔には勝てずオレはレティの存在を確かに感じながら安心して眠りについた。

 

だから、オレはレティが悲しそうな顔をして呟いていたのを知らずにいた。

 

「……彼女が、私の役目を引き継ぐまで、傍にいるわ」

 

【少しづつ、私から更生させていこう】

 

レティの膝枕で熟睡しているノクトとは反対側のガレージでは秘密の話が行われようとしていた。そこに同席しているのはグラディオ、イグニス、戻ってきたシドにプロンプトである。実はプロンプトもレティに会いに行こうとしたのだが、険しい顔つきで動こうとしないグラディオに「いかないの?」と尋ねると、グラディオは椅子に座ったまま軽く手を振って「ああ、やめとけ。今ノクトが独占してんだろうさ。……それより今アイツがいないときこそ話さなきゃならねぇことがある。……お前も聞くか?」と試すようにプロンプトを見つめ言った。

プロンプトは、ごくりと息を呑んで、「……聞く…」と頷いてまた元の位置に戻った、というわけである。

 

部外者がいないかどうか確認して、用心の為にガレージは完全にシャットアウト。

重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのはイグニスだった。

 

「教えてもらおうか。レティが帝国に狙われる本当の理由を」

 

眼光鋭くグラディオを見つめるイグニスの視線にタジタジになりながら、プロンプトは遠慮がちに尋ねた。

 

「あのさ、ノクトがいないところで話さなきゃいけない、話なの?」

 

レティに関することならきっとノクトも知りたいはず、と言いたかったのだがグラディオは首を振って

 

「アイツには教える気は今のところない。大体いっぱいっぱいだろうしな。オレ達だけでいい」

 

とキッパリ言い切った。ということは、ノクトにさえ衝撃を与える内容だということ。そんな重要な話の中で果たして自分は参加していていいのだろうかと不安にもなってしまう。だがそんな考えなどグラディオはお見通しで

 

「聞きたくねえんだったら出てってもいいんだぜ」

 

とあえて逃げ道を提案した。重要機密を聞くということは、今後何かしらの縛りがあるということ。一般人であるプロンプトはまだ逃げられると言いたいのだ。だがプロンプトはぐっと拳を握りしめて、「いや、オレは聞くよ」と腰を据えて椅子にドカッと座り込んだ。これで話は始められるとイグニスはシドにも質問をぶつけた。

 

「シド、貴方も知ってたんだな。レティの素性を」

「……オレも関係ない、と言いたいところだが。レティーシア姫の母親と面識ある以上説明しねぇわけにはいかねぇな。アイツがいねぇ分しっかり教えてやるさ」

 

てっきりしらを切るかと思ったが、あっさりとシドは事実を認め開き直った。少し拍子抜けしたイグニスは、慌てて表情を引き締めた。

 

シドから切り出された内容は、とても信じられないものだった。

 

「……オメェらは知らねぇかもしれねぇが、レギスには妹がいた。王女さ」

「え!?王女様?そんな人、いたの?」

「オレは、知らされていない、が」

 

二人は困惑して困ったようにグラディオに視線をやった。グラディオはシドの言葉に説明を突け加えた。

 

「イグニスが知らねぇのも無理はない。ミラ王女の痕跡はごっそり抹消されたんだ。陛下の御力を持って民の記憶から消し去ったんだ。ミラ王女の痕跡だけを」

「そんなことが可能なのか?」

「可能だから今こうなってるんだろうが」

「……」

 

正論を述べられて口を閉ざすイグニス。確かに彼の中で王女という存在は知らないことで、それ自体が真実であると思わざるをえないのだ。質問はないようなのでまたシドが口を開いた。

 

「続けるぜ。レティーシア姫の母親はミラという名前の王女だ。身籠ったはいいがある事情から錯乱状態でな。まともに会話さえ成り立たなくなっちまった。それで姫を産み落とした後、ぽっくり死んじまった。遺体は代々王家の人間が眠る墓地に埋葬された。姫はレギスが引き取ることになり丁度王子が先に産まれていたこともあって双子として世にお披露目したのさ」

「……だから、双子なんだ」

 

二人の顔があまりに似ていないのは一般人であるプロンプトさえ思ったほどだ。だがレギスが二人は双子だと世間に宣言しているのだからそうなのだと、誰も疑いもしなかった。ある一部を除いては。

 

「姫の顔見て一発で分かったさ。あまりにミラにそっくりだからよ。しかも見た目だけじゃなくてその力さえも同じとは。神に愛されし娘というのは肩書だけじゃねぇって思い知ったさ」

 

ミラと面識があるシドでさえ、初めてレティに会った時、錯覚したものだ。生きているはずのないミラが目の前にいると。それほどに二人は似ているのだ。容姿だけではなく、まるで内面も。

 

「ミラ王女も、レティと同じ能力に?」

「ああ。陛下は極限られた人物にだけミラ王女の存在とレティの秘密を明かしておられた。オレは、父上から教えてもらった。誰にも言ってはならないってな」

 

グラディオは一瞬表情を曇らせた。父親であるクレイラスの身を案じたのだろう。だがすぐに表情を引き締め直した。

 

「……ミラ王女はニフルハイム帝国の将軍と秘かに密会していた」

「な!?」

「……どうして、そんな」

 

衝撃発言には、絶句するしかない二人にシドは吐き捨てるようないい方をした。

 

「知るか。世間知らずな王女にまともな相手が選べるかってんだ。……相手が、ニフルハイムの一般人だったら良かったのによ……」

「……相手がマズかった」

 

苦虫を噛み潰したような表情に、イグニスとプロンプトは怪訝になった。

 

「どういうこと?その人、将軍だったんでしょ?」

 

将軍ともなればあのイドラ皇帝にその力を認められた存在。能力さえ買われればその身分は問わず召し抱えられるはず。確かに将軍であることはマズいことだが、それがどうレティとどう関係するというのか二人にはわからなかった。

 

「将軍ではあった。だが、その生まれがヤバかったのよ。……その男は皇帝が側女に産ませた男だった。……継承権がないとはいえ、れっきとした皇子さ」

「!?」

「じゃあ、姫は……」

 

レギスが必要以上に城から出さなかった本当の理由。

レティを守るためには仕方なかった事実。

レティーシア・ルシス・チェラムという王女の素性。

 

グラディオは意を決して二人に伝えた。

 

「アイツは、レティは。……ニフルハイム帝国皇族の血とインソムニアのルシス王家の血を受け継いでいる。混血のプリンセスってわけだ」

 

鈍器で殴られた衝撃が二人に襲い掛かり、何も言えなくなる。

二人が兄妹ではないという事実。

 

「レティ、が」

「姫が狙われる理由は主に二つだ。その存在を帝国皇族として世に知らしめるため、召喚獣を使役することができる姫を利用して何かを企んでるってことだ。……どうせあくどいことだろうよ」

 

シドはひどく立腹した様子で腕を組んで椅子に背中を預けた。

 

「姫は、ノクトの、従妹なんだ」

 

キャパオーバーのプロンプトのつぶやきにグラディオは重々しく頷き返す。

 

「……ノクトには」

「言うな。機会を見てオレから話す」

「……わかった……」

 

イグニスは少し気持ちを落ち着かせるためにコーヒーを飲みに行くと言ってガレージを出て行った。シドももう話すことはねぇと仕事に戻った。残されたグラディオとプロンプト。

 

「プロンプトもうっかり口滑らせたなんてないようにしろよ。これは、ルシス王家存亡に関わる重要な話だ」

「……うん」

 

ばんっと背中を思いっきり叩かれてプロンプトは「いだっ!」と大げさに悲鳴を上げて、グラディオは「軟弱者」と意地悪い笑みを浮かべた。

だがプロンプトはうっかりどころか、レティと顔を合わせた途端に気まずくなったりしそうだなと心の中で少し自信なさげに肩を落とした。

 

二人はイグニスに続いて遅れてガレージから共に出た。

だが、彼らは気づかなかった。……白いモフモフした生き物が盗み聞きしていたことを。

 

どこかの家政婦は見た!?のような顔をしていたことを、彼らは知らない。

【長いようで短い話】



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気づかずにラプソディー[狂詩曲]

レティーシアside

 

 

王子だからと泣くことも許されないなら、少しでも静かに安心して眠りにつかせてあげたい、と願うのは私だけでしょうか。

 

「……ん……」

 

ノクトの柔らかな髪を梳きながら、少しでも温もりを求めようと私に縋りつこうとする姿にいじらしさを感じ口元を緩ませる。彼はちっぽけな存在だ。その背には王としての責務が重く圧し掛かっているのだろう。私には理解できない葛藤もあるはず。

けどノクトは私だからこうして甘えてくれている。それは今だけの私の特権。

誰にも譲らない……。

 

世間ではルナフレーナ嬢は死亡という扱いになっているようだけど、私はバハムートとの会話で彼女が生きていることを確信している。その上で彼女がノクトの為に単独で行動していることも。

神薙という責務以上に彼女はノクトの為に自分の命を投げうってでも何かをしようとしている。正直、その行動が信じられなかった。

 

そこまでノクトを想っているなら、なぜ今寄り添ってあげないのと直接問いたいくらいだ。

こんなにもノクトは苦しんでいるのに……。

 

婚約者というのは肩書なだけ?

所詮政治的な関係だから?

世界の為?

 

妙な苛立ちを感じずにはいられない。常に王に寄り添う形でいるはずの神薙という立場なのに、私が、喉から欲しくても得られないものなのに。

 

百歩譲ってそれが世界の為だとする。人々の安心と平和の為だとする。

 

それで世界は救って、それで肝心の王の心は救わないと?

王とは成長して当たり前、たとえ辛く困難なことがあろうとも弱気になってはならず、前へ前へと進み続けなければならない?

 

誇りと信念さえ持ち続けていられればいつか、夢は叶う?

 

それが彼女が強くさせる要因だとしよう。

 

それが王に課せられた責務だというのなら、私はそんなもの、壊してやる。

他人に決められた理想的信念なんてまっぴらごめんだわ。

 

ルナフレーナ嬢の行動と信念は理解はできる。けど賛同はしない。

 

彼女がそれを正当であると主張するなら、私は邪道のやり方で刃向かってやる。

 

私は、世界よりも、今私の膝で健やかに寝息をたてて眠るノクトが一番大切だ。

 

ノクトが完全に寝入ったことを確認して私の肩で一休みしているカーバンクルに小声で尋ねた。

 

「カーバンクル、ルナフレーナ嬢が何処に向かっているか辿れる?」

『うーん、ルナフレーナ?……レスタルムって町に向かっているみたいだよ』

 

さすが召喚獣。私の問いにあっさりと答えてくれた。

私はありがとうと礼を言い、顎に手をあてて考え込む。確か地図に乗っていた町だったはず。

 

「レスタルム……か。彼女はあの人から光耀の指輪を託された可能性が高いわ。王都の魔法障壁が破られた今、クリスタルも帝国に奪われたはず。でもクリスタルは王家の者、それもクリスタルに相応しい者でなければその力を発揮することはない。その指輪を所持しているはずの彼女が明らかに何かを目的に行動している。となれば、帝国もすでに彼女を探すため動いているはず……。カーバンクル、お願いよ。どうか彼女を傍で守ってあげられないかしら。時々状況を教えて欲しいの」

 

私の突拍子もないお願いにカーバンクルは心底驚いてみせた。

 

『え!?でもボクはレティの傍にいたよ……!それにシヴァがルナフレーナの傍にいるよ。ボクまで行ったら怒ると思う。……シヴァ怒ると怖いんだもん。嫌だ、せっかく傍にいれるのに……』

 

嫌々と首を振り瞳を潤ませて見つめてくる愛らしい姿に私はう!と呻いてしまった。けどここはなんとしてもお願いしなければならないとぐっと耐えた。

カーバンクルの守護は絶対何者も破れない強固な盾となる。彼女に死んでもらっては困るんだ。シヴァが傍にいるなら安心と言いたいところだけど、保険は必要だ。ノクトの為にも。

 

「そこを何とか。ね、シヴァには私からちゃんと謝っておくわ。貴方が怒られないようしてあげる。ね?お願い」

 

その柔らかな毛を優しく撫でつけ、軽くキスを送る。するとカーバンクルはくすぐったそうに身をよじて

 

『……ズルいよ。そうやってお願いって……ボクたちはレティのお願いに弱いんだからね』

 

と渋々私のお願いを受け入れてくれた。

 

「……ゴメン」

『ううん、そんな顔しないで。分かった、ルナフレーナの傍にいればいいんだね?』

「うん。姿は見せなくていいわ。今の彼女に色々悟られたくないから。でも彼女が手を出されないように注意してあげて」

『わかった』

「もし、手に負えないような状況になったら他の召喚獣に手助けを求めて。私からも声を掛けておくわ。……できるだけ無関係な人は巻き込まないようにしてあげて。でも最悪、彼女さえ守れたらいいの。その判断は貴方かシヴァに任せる」

 

私の苦渋の決断にカーバンクルは戸惑った様子だった。けど私の想いをくみ取ってくれて了承してくれた。

 

『……うん。レティがそれでいいなら……。あ、そういえばリヴァイアサンは封印されたままだった』

「リヴァイアサン?そういえば一度も呼んだことないけど……。封印されてたの?!」

 

まったく初耳な情報に私は大声を出してしまった。カーバンクルに『ノクト起きちゃうよ!』と指摘されて慌てて口を閉じてノクトの様子を伺う。……ちょっと呻いたけどすぐにまた寝息を立ててほっと息をつく。

 

『うん。助けてあげた方がいい?』

「……助けてあげた方がいいでしょうけど、今はルナフレーナ嬢の方を優先して」

『うん』

「ちなみに、リヴァイアサンが封印されている場所は?」

『オルティシエだよ』

 

これには思わず苦笑してしまった。

 

「水神が封印されている地で華々しい結婚式が予定されていたなんて。……逆に呪われそうな気もするけど」

『リヴァイアサンって気難しいからね。ありうるかも』

 

私の皮肉にカーバンクルは否定することはなかった。

 

「……わかったわ。どうか怪我だけはしないようにね」

『うん!レティも無理しちゃだめだよ?クペをもっと信用してあげて』

「耳が痛いわね。……了解。今度はクペも忘れないようにする」

 

カーバンクルは私の言葉に念押しをして床に降り立った。

 

『絶対だよ?……じゃあ行ってくるね!』

「行ってらっしゃい」

 

くるりとその場で軽く飛び上がって回転して消えたカーバンクルを笑顔で見送って、気疲れからか深くため息を吐いた。

 

「……ハァ……」

 

もう悲しみに浸る暇はない。先手を打たなければ。

やることをやらなければこちらが潰されるだけなら、どんな手段を使ってでも足掻いてみせる。召喚獣さえも、自分の私欲の為に利用していることは本当に申し訳ないと思っている。

 

でもその咎を受ける覚悟は、ある。

私の望みであった世界にはこうして出れたんだ。それで満足するとしよう。

多くは望まない。ただ、ノクトだけは悲しませはしない。

 

私の膝で眠りつづける大切な存在さえ守れれば、いいんだ。

 

 

この後、なだれ込むようにやってきた仲間たちにもみくちゃにされて謝り倒すレティであった。その騒動でノクトがばっちり起きてしまい、機嫌悪そうに拗ねたりイグニスからは膝枕してもらったことを妬まれて逆に勝ち誇った顔してイグニスの癇に障るようなことをしたり、レティはレティでグラディオにお仕置きと称してヘッドロック仕掛けられて思わずプロンプトを巻き込んで大騒ぎしたり、クペはちゃっかり巻き添えを恐れて食事を持ってきたシドニーの元に逃げたりと賑やかなものとなった。

 

その時、確かにノクトたちは心穏やかなひと時を過ごせた。たとえ、それが一瞬のものなのだとしても。

 

彼らはひと時の休憩を終えて、ハンマーヘッドを発つ。コルと合流し、今後の旅の方針を決めるために。

 

【その行為そのものが彼を悲しませる要因であることに気づかないまま、彼女は決断する】



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王としての最初の一歩

レティーシアside

 

 

コルと合流するため私達はレガリアを走らせ、王の墓という場所へ目指すことになった。ノクト達からはカーバンクルの姿が見当たらないことを尋ねられたが、召喚獣は気まぐれだからと曖昧に答えるとそんなものかと納得してそれ以上突っ込むことなく、内心ほっとした。悟られるわけにはいかないんだ。

いずれ何らかの形でルナフレーナ嬢の生存はノクトたちの耳に入るはず。今はとにかくこちらが少しでも有利になるような手立てを得なければいけない。

……クペがぼんやりと考え込むことが多いのが気になるけど、きっと彼女なりに何か気になることがあるんだと思う。そこはあえて彼女が話してくれるのを待とうと思った。

 

沈んだ気持ちを切り替えようと皆いつもよりも増して口数は多く、他愛のないやり取りに表情も緩みノクトも私も、現実から目を背けるようにそれに便乗した。

 

そしてたどり着いたのは、ハンターが集う集落。

 

「ここがシドの言っていた集落か」

「ハンターらしい奴が集まってるな」

「情報収集していこうよ」

 

イグニスの説明じゃ情報交換の場でもあるらしいって。レガリアから降りてとりあえずはショップで不足しているアイテムを購入してそれからコルを探すことに。

移動販売らしいショップのお姉さんと買い物のやり取りをしているイグニスのすぐ傍で膝を抱え込んで控える私と頭の上に乗っているクペ。周りの建物を観察してみると、雨風を凌げる屋根付き休憩所って印象だ。逆にトレーラーハウスが豪華に思えるくらい。

感じで私はなんとなく居心地の悪さを感じて顔を顰めた。

 

「なんか、埃っぽい」

「レティは綺麗好きクポね。野蛮な男からは野生の匂いがするっていうクポ」

「本当!?……イグニスは、大丈夫よね」

 

他愛もない会話だったのだけど、イグニスはそうではない。

買い物を終えたイグニスに視線をやると案の定、こちらを向いて

 

「君たちは一体何の会話をしているんだ。丸聞こえだぞ。クペ、不確かな情報を安易にレティに教えないでくれ。それとレティも簡単に信じるな」

 

と眉間に軽く皺寄せて注意してきた。ショップのお姉さんも私とクペの会話を聞いていたのが笑いを堪えるのに必死な様子だった。

 

「別に男ってワイルドだね~ってお話じゃない。ねークペ」

「ねークポ」

 

仲良く「「ねー」」と言いあえばイグニスは呆れてため息をついた。

 

「……はぁ、いいからノクトたちの所へ行こう。くれぐれも、オレ達から離れないように。ハンターの情報網は侮れないんだ。帝国に組する奴がいたらこちらが一気に不利になる」

 

イグニスの懸念も分かるけど過保護すぎるものどうかと思う。

どうも彼は私とノクトの扱いを同等としているところが前からあるような気がして、それが何となく気に入らない。彼はもっとノクトに気を配るべきだ。私ではなく、王となるノクトに。

 

「……わかってるわ。迷惑は、かけないもの」

 

澄ました顔でツンとそっぽを向くとイグニスは何か言いかけようと口を開いたが、ぐっと飲み込んで「……行こう」と視線と共に私を促した。私は黙って立ち上がり歩き出すとイグニスが後ろに続いた。二人の間に会話はなく、それはノクト達と合流してからも続いた。

私とイグニスの間に漂う微妙な空気を過敏に読み取ったプロンプトが会話を盛り上げようとしてたけど見事爆沈。気なんか遣わなくていいのに。

でもこそっと彼だけに聞こえるように「ありがと」と小さな声で礼を言うとプロンプトは目をぱちくりさせて、嬉しそうに「うん!」と頷いた。

こういうさり気ない気遣いは好きだ。さて、中に入ると見知らぬ女性が私とノクトに気づいた途端、ズボンが汚れることも厭わずに胸に手を当てスッと跪いたものだから驚いた。

 

「ノクティス様!レティーシア様も御無事で何よりです」

「え!」「ん?」

「ああ、コイツはモニカだ。警護隊の一員でな。……モニカ、取り合えず形式の挨拶はいい。人目がある。それで他の奴は?」

 

グラディオラスからの問いにモニカは立ち上がり辛そうに視線を逸らした。

 

「では失礼いたします。その警護隊は、ほぼ王都で……。イリス様を御守りして逃げるのが精一杯でした。今、イリス様にはダスティンが。レスタルムまでは無事、おつきになれるかと」

 

私はイリスという名前に思わずモニカに詰め寄った。

 

「本当ですか!?それは!」

「え、ええ」

 

戸惑いながらも頷いたモニカをよそに、

 

「クペ!」「良かったクポ!」

 

私とクペは顔を見合わせて、飛び上がりそうなほど一緒に喜びを分かち合った。グラディオラスは

 

「そうか、すまなかったな」

「いいえ。……将軍は、この先の王の墓所でお待ちです。将軍もノクティス様とレティーシア様の御無事を願っておられました」

「……そう、貴方もありがとう。随分と苦労をかけましたね」

「いいえ!そのようなお言葉勿体なく……っ……」

 

私のねぎらいの言葉にモニカは最初は謙遜していたが、何か心触れることがあったのか、苦しそうに言葉を詰まらせて顔を伏せた。きっと、仲間のことを思い出したのだろう。

私はモニカの手を取り、不安げに顔をあげて瞳を揺らすモニカにこう語りかけた。

 

「……貴方がこうして私たちの前に立っているのは紛れもなく貴方の力なのです。たとえ帝国の圧倒的な力の前に逃げおおせたとしても、それは生きる為に取った手段。恥じることも悲しむこともありません。堂々と胸を張って。国の為に体を張って応戦してくれた貴方が生きているという事実が私は大変嬉しいのですよ」

「…レティーシア様……!」

 

感極まったモニカは、私の手に縋るように静かに涙を流し、私は黙って彼女の悲しみを受け止めた。

こんな気休めの言葉で彼女が負った傷を癒すことはできないだろうけど、声を掛けずにはいられなかったんだ。あの人は羨ましいほどに民に慕われていたから。

そりゃ、一部の移民からは嘘つきだなんて蔑まれていたりしたけどさ。

 

あの人がいない分、ノクトのフォローをしなくちゃという焦りからだと思う。

嫌な王女の仮面を被って彼女を『わざと』慰めたのは。

仲間からの感心込められた視線が集中する中、打算的な考えだと見抜いているのは、グラディオラスぐらいかもね。

 

【卑怯なやり方だってわかってても実行できる】

 

 

 

ラジオから流れるルナフレーナ嬢の生存に関する内容は右から左。ノクトは気になるようで立ち止まって聴き入っていたけど、私は構わず先に進み続けた。するとハッと我に返り遅れて続くのが足音でわかる。

やっぱり気になるわよね、婚約者の生死は。

 

罪悪感、少しは感じてる。本当は教えてあげた方がいいと思う。

けど絶対突っ込まれるはずなんだ。どうして知っているんだって。そしたら一から説明しなきゃいけない。召喚獣とのやり取りも何もかも。

だって疑いだしたらキリないでしょ?ギスギスしたままの旅なんて私には無理。今の関係を壊すことはノクトの為に最善とは言えない。だからこちらからは教える気はない。

 

王家の墓までは結構歩く距離にあるみたい。慣らされた土道を進んで黙々と進んでいくと後ろから「おい!あんまり先行くな」と乱暴に肩を掴まれたことで集中していた意識が現実に引き戻される。

どうやら早歩きで進んでいたみたいだ。グラディオラスが走って止めに来たから助かった。私は「ごめん」と軽く謝って皆が来るのを立ち止まって待つことに。その間グラディオラスから「何考えてんだ」って鋭い視線向けられたけど、私は「別に。勘繰りすぎじゃない?」とうまくはぐらかした。そして文句飛ばしてくるノクト達と合流し、皆でお墓へ。王家の紋章が刻まれた石材の門をくぐり、丘をぐっと歩いていくと先に数段ある階段が見えた。その先に楕円形の建物と下へ降りていく階段があった。

 

「これ、お墓かぁ」

「将軍は中か」

「……」

 

入口の頭上に装飾された象。死の女神、エトロを模した女性像だろうか。まるで王の眠りを守るようにこの地を訪れる者を見定めているようだ。少し、身が引き締まる想いがして、ノクトが石張りの扉を開扉していくのをじっと見つめた。

 

石室の中に入ると見慣れた後ろ姿があり、イグニスが彼に声を掛ける。

 

「将軍」

 

呼ばれ振り返ったコルは、別れた時と変わらず無骨な相貌でありながら将軍と呼ぶに相応しい立ち振る舞いはやはり圧巻してしまう。その癖、女性に対しては紳士らしい振舞いに初めて彼に会う人は、どちらが彼の本質なのかすぐには理解できないだろう。私も彼には散々と迷惑かけて(主に捕まえに来る役目)お世話になっている。その度に彼は嫌な顔一つせずにこういうのだ。『姫、御無事で何よりです』と。

予想通りの、彼が一番最初に口に出した台詞は、ノクトと私の身を案じての言葉だった。

 

「ようやく来たな、王子。……お怪我もない御様子。御無事で何よりです。姫」

「……ありがとう、コル。貴方も無事で何よりです」

 

少し目尻を下げ軽くではあるが微笑んでくれるコルに私も微笑み返した。

けどノクトが億劫そうな態度を取ったことでちょっとコルの表情が厳しくなった。私でも怪訝に思うくらい、ノクトの態度が仕方なくって感じだったから。

 

「で。オレは何すればいいって?」

 

私達の前には、人の形を象った棺のような物が置かれていてコルが説明を始める。

 

「亡き王の魂に触れることにで力が新王へ与えられる。これは魂の棺だ。力を得ることは王の使命でもある」

「国もねぇのに、使命か」

 

吐き捨てるようないい方にコルは表情を変えることはなかった。

それどころか、ノクトを突っつくように厳しい言葉をぶつける。

 

「お前の自覚を待っている暇などない」

「ふっ」

 

ノクトは鼻先で笑ってみせた。

 

「王には、民を守る責務がある」

「責務って?王子だから逃がしたのか?――馬鹿じゃねぇの、王が守るのは息子じゃねぇだろ」

 

あの人に対する精一杯の皮肉。

それが伝わることはないのに、ノクトは言わずにはいられないんだ。

でもここは口を挟むべきじゃない。ノクトの気持ちを吐き出させるには、私では無理だ。

コルでなくては、弱気になっているノクトに喝を入れることはできない。コルは、だからこそ叱咤するんだ。あの人の意思を伝える為に。

 

「王子。いつまで守られる側でいる。お前は、王の責務を託されたんだ」

 

でも、ノクトは悲痛な叫びをあげた。今まで溜まっていた想いを全て吐き出すように。

 

「託したって!じゃあなんで言わなかったんだよっ!?笑って送り出しただろっ!!」

 

ぶつけたい相手はいない。

 

「オレはぁ――!!騙されたじゃねぇか……」

 

ノクトは憤り抑えられずに声を荒げ、棺に拳を強く打ち付けた。無力な自分にいら立つように。そして口元から漏れる嗚咽を堪えようと口元を片手で覆う。

思わず、その項垂れる背に駆け寄り抱きしめてあげたかった。けど、私にはその資格はない。だから、ぐっと堪えて一歩引いたところで我慢するしかなかった。

 

「あの日は、王としてではなく、父親として息子を送り出したかったそうだ」

「くっ!」

 

あの日はもう帰ってこない。(鳥籠の扉は開き、飛び方も知らぬ鳥を空へ放した。)

あの人はもう帰ってこない。(鳥を外へ出した理由も教えぬまま。)

 

コルは、一つ一つに想いを込めてノクトに伝えようとする。

王になれ、ではなく、王となれ、と。

 

「お前なら、新王ならば、この国を、民を託せると信じたからだ」

「勝手なこと、いいやがって」

 

あの人は、ノクトを守るために、その身を挺して無事に守り抜いたんだ。

 

ノクトは、魂の棺に手をかざす。すると驚くべきことが目の前に起こった。

 

棺の像が象っていた剣が青白く輝きながら立体化したのだ。

それは美しく目を奪われるような輝きに満ちていて、皆息を呑んだ。ノクトも同じく。

剣はクルクルと棺の頭上で回転して見せたかと思うと、吸い込まれるように勢いよくノクトの胸に飛び込んだ。

 

「!?」

 

それはノクトを貫いた、かのように見えたが違った。

その剣こそがノクトに力を与えた証拠。ノクトの周りを守護するように剣が大きく円を描くように回りそしてシュン!ときれいさっぱり消えた。

 

「コル、これは?」

 

私は、ノクトの傍に歩み寄りながらコルに尋ねると、

 

「王家の力の一つが王子に受け継がれたのです」

 

とコルは説明してくれた。

 

「王家の、力……」

 

ノクトに「体はなんともない?」と尋ねると「ああ、変な感じだけど」と胸元を抑えながら返す。取り敢えず見た目に変化がないことにホッとした。

けど、そうもいかないみたい。

 

「これからお前たちは『王家の力』を集める旅に出るんだ。まずはこの近くにある。もう一つの墓所を目指すといい。王の墓所はいくつも存在するが、どれも危険な場所にある。しばらくはオレも旅に同行しよう。お前たちの実力も確認しておきたい」

 

コルはノクトだけじゃなくてグラディオラスたちのレベルも確かめたいらしい。淡々と言っているから冗談で言わないはず。

 

「え¨」

「ノクト、露骨に嫌そうな声出さない方がいいよ。聞こえてると思うし」

「レティも将軍に失礼だぞ」

 

イグニスがさっと私の近く小声で囁いた。

 

「……そうでした」

 

コルには聞こえてなかったみたい。

お口チャックしておかなきゃ。私達は気を引き締めて皆で外にぞろぞろと出た。一つやるべきことを成し遂げ目標が出来たことからノクト達の拍子抜けは前よりは翳りが抜けたようだ。不死将軍が短い間とは言え、共に同行してくれるのだからこんな頼もしいことはないんだろう。けど、私としてはお目付役が増えて気が重い。案の定、コルが早速色々と小言を言い始めた。

 

「ところで、姫。風の噂で耳にしたのですが、『色々と無茶』をしておいでのようですね」

「げっ」

「レティ、顔歪んでる」

「……黙秘します。コルには関係ありません」

 

ぷいっとそっぽ向くとコルは、何故か苦笑しながら

 

「貴方も、あまり変わっておられませんね。安心しました」

 

と私の無茶振りを褒めてくれた。てっきり怒られると構えていたのに拍子抜け。

 

「貴方も、大概私に甘いですね。あまり小娘ばかり構っていると意中の女性に嫌われてしまいますよ」

「今はおりません。そのような者は」

「あら、今ということは昔はいたと?不死将軍でも落とせぬ女性がいるとは初耳ですね。よほど難攻不落の方のよう」

 

言葉遊びで翻弄してやろうとの私の魂胆だったが意外にもコルは乗ってきた。しかも妙に真面目くさった顔で私をじっと見つめながら。

 

「ええ、とても純真なお方でした。貴方のように真っ直ぐな瞳をされておられた。」

「な、なんでそこで私を見るのですか?」

 

こっちが引き腰になるくらいの視線に戸惑うなという方が無理だ。コルはさっと視線を逸らして

 

「いえ、失礼をいたしました」

 

と何事もなかったかのように歩き出した。男子達もそれにならって着いて行く。

 

誰も気づかなかった?

私だけ?

コルのあの私を見つめてきた瞳が誰かを偲んでいたような。

しかも、私を通して誰かを重ねて見ていた?

 

少し離れた位置で振り返ったノクトに「行くぞー!」と声を掛けられるまで私は思考にふけってしまっていて慌てて「うん!」と頷いて駆け出した。

 

こうしてノクト達の旅に、しばらくではあるけれどコルが参加することになった。

 

【彼の瞳に映るのは】



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[男の片恋物語]

男にとって彼女は手の届かぬ存在だった。

 

『コル』

 

小鳥の囀りのような可愛らしい声が男の名を口にするたびに、胸が高鳴りまともに口を喋らせることもできず、彼女には『いつもコルは黙ってばかりね』とつまらなそうな顔をさせてしまい、男は内心焦った。毎回のことだがそれでも彼女の退屈を紛らわせてあげたい。だから不器用ながらも、毎回毎回会う度に外で摘んできた花や何気ない珍しい鳥の羽根、鉱石など手渡してきた。上手く言葉にできない代わりに想いを込めて。

彼女は毎回それを楽しみにしていた。でも、やはり彼女は外へ出たがっていた。

 

『兄様はいつもお忙しいのね』

 

外の世界へ出て学ぶ必要もない彼女は、いつもバルコニーから外を羨ましそうに眺めていた。日焼けすることのない彼女の肌はいつも白く日焼けなんてもってのほかと侍女はヒステリックに叫んでいたのを覚えている。

そしていつもこういうのだ。『ズルいわ。皆で私を外へ出してくれないんだもの』と不満そうに。彼女は外へ出る必要はなかったのだ。彼女は守られるべき存在なのだから。

 

自ら外へ出ることも剣をとることもしなくていい。

彼女はクリスタルの恩恵を色濃く受け継いだ証なのだから。

 

『バハムートってすごく大きいのよ』

 

彼女は特に召喚獣に大切に扱われていた。

神薙でさえ敬うその神々たちに平然と友の様に接していたのだから、彼女の周りの人間は自然と彼女に尊敬を抱き決して砕けた口調を取ることはなかった。だから歳の近い男とは親しみを感じやすかったのだろう。男の訪問のたびに彼女は嬉しそうに出迎えていた。

 

『コル!見て見て、シヴァが氷のお花創ってくれたの』

 

彼女は召喚獣に創ってもらった特製の融けない花を嬉しそうに男に見せてはしゃいでいて、傍で黒髪の女性が両目を閉じてその様子をほほえましそうに見守っていた。六神の遣いと敬われる彼女は人間ではない。いつ現れ、いつ姿を消したかもわからないほど神出鬼没と噂されるほどなのだが、大抵は彼女の傍にいることが多い。

だが、たまに。騒動もあった。

ある日、男がいつもの様に彼女の元を訪れると、彼女の為に創られた庭の花々がなくなぜかそこにいくつもの尖った氷の塊がボコボコ生えていたのだ。いや、突き刺さっていたというべきか。一体何があったのかと男は慌てて花壇の前で跪く彼女の元へ駆けた。すると、彼女は、こう悲しそうに説明をした。

 

『そろそろ新しいお花を植えようかなってイフリートに話したらね。抜く手間省かせるために全部燃やしてやるよって。だから燃えちゃったんだけどそしたらシヴァが怒ってイフリートごと氷漬けにしちゃったの。ほら、その中にイフリート凍ってるでしょ?』

 

彼女が指さす方向に、確かにぬいぐるみサイズのイフリートがピキーンと氷漬けされていた。おとぎ話の中では裏切りものの六神の一身として語り継がれているが、彼女に言わせてみれば、イフリートは裏切りものではないらしい。

 

『イフリートはちょっとやんちゃなだけ。裏切ってなんかいないわ。それはおとぎ話の中のお話よ、コル。人が考えたお話が全て真実だとは限らないわ。真実はいつも覆い隠されるものだもの』

 

そう諭すように言った彼女はやんわりと微笑んだ。それから小さなタイタンが現れ、花壇を掘り起こし元の状態にせっせと戻したり、彼女が新しい鉢植えを持ってくればこれまた小さなリヴァイアサンが彼女の為に水やりを手伝ったりとひっきりなしに召喚獣が彼女の日常の中に溶け込んでいた。

それが彼女にとって当たり前の日々。

 

人と接する時間が少ない分、召喚獣が彼女に寄り添ってきたのだ。

 

『コル、知ってる?彼らは感情なんてないって言ってるけど違うのよ。本当は持っているの。彼らは人間の願いを叶えるためだけに存在しているわけじゃないの。彼らは彼らの意思をもってこの世界を見守っているわ。その力が与える影響は大きいだけに一線身を引いて冷静に判断を下す。そうでなければ彼らがいる意味はないと思わない?』

 

男は彼女と話すたびに常識を覆されてきた。世間から切り離された身でありながら、召喚獣から多大な知識とその力の根底、様々なものを与えられ彼女はそれを余すことなく誰かに分け与えようとする。そこに打算的な考えは一切ない。彼女は人を疑うことを知らない。

 

だがいつからだろうか。彼女との出会いから数年は経った頃。

お互いに精神的にも肉体的にも成長した大人と呼べる年代に入った時だ。

男の多忙な身により以前よりも面会すら難しくなった。戦も激しさを増してきていたから尚更だった。

 

久しぶりに彼女の元を訪れるとそこには、以前の記憶にある彼女よりも美しい銀髪が波打つように伸びていた彼女がいた。白い服装を好む彼女には珍しく黒のドレスを身に纏っていたのが男の中で強く印象づいている。挨拶を済ませお互いに会話を楽しむことあったが、彼女は話をしていても心ここにあらず。上の空でいつもどこかに想いを馳せているようだった。

 

『姫?』

『……ああ、コル。ごめんなさい……それで、なんだったかしら』

『……どこか具合でも?』

『いいえ、ねぇ、コル……。貴方は約束を絶対守る人よね』

 

彼女は優しい手つきでおなかをさすりながら遠くを見つめていった。

 

『……?ええ』

『そう、よね。約束は守ってこそ、約束だものね』

 

まるで自分に言い聞かせるように呟く彼女。その表情はコルが初めて目にするものだった。

まるで、自分の知らぬ『女』の顔を。

 

『何か気になることでもあったのですか』

『……いいえ。大丈夫、……無事に帰ってきてね』

『はい』

 

男が彼女の違和感に気づいた時は、すでに本格的に前線で活躍していて滅多に彼女と会うことはなくなってしまった。

そして、それが彼女との最後の別れになるとは考えもしなかった。

 

 

彼女が妊娠していたと話を聞いたのは、男が戦から帰ってきた直後。

丁度世継ぎ誕生を盛大に祝っている最中だった。

 

『……っ…!!』

 

男は着の身着のままある場所へ駆けた。我をも忘れるほど我武者羅に走った先に彼女が眠っていた。

 

『ミラ・ルシス・チェラム。ここに永久の眠りを約束する』

 

王家に連なる者が葬られる墓地。

そこに男が知る彼女の名が刻まれた墓石があった時、男はその目の前で呆然と崩れ落ちた。信じられなかった。何もかもが。

 

彼女が妊娠していたことも、今、目の前の墓石に掘られた名前も。

雷雲たちこめるどんよりとした空から冷たい雨がぽつ、ぽつと降り始めしだいに男を冷たく濡らしていく。雨脚が強くなり始めると男は完全に濡れネズミとなってしまった。だがそれでも男は膝をついたまま項垂れ動こうともしなかった。

 

動けなかったのだ。目の前の真実に囚われてしまっていたから。

そこへ男に近づく者が二人現れた。

 

『コル』

『…へい、か…』

 

この国の王であり永遠の眠りについた彼女の兄でもある王。そしてその宰相。

腕に何かを大切そうに抱き上げている王に傘を差しだしている宰相は、コルの名を再度呼んだ。

 

『コル、立て』

『……』

 

だが男には立つ気力もなかった。だから王は黙って男の傍に膝をついた。そして自分が抱くものを生気のない顔をした男に見せた。

 

『ミラが遺した宝だ。名を、レティーシアと名付けた』

 

と男に伝わるようにゆっくりと伝えながら。

男は虚ろな瞳でその者を見た。

 

白磁の肌に銀髪の可愛らしい顔立ちですやすやと眠る赤子。

 

『……では……この姫が…』

『ああ』

 

王は、男に赤子を差し出した。男は躊躇ったのち、震える手で赤子に手を伸ばし自分の腕に抱きしめる。辛うじて絞り出した声は震えていた。

 

『……御母上に、よく似て、おいでで……』

 

自分の腕の中で健やかに眠る姫は、彼女のような瓜二つの容姿をもって産まれた。

ぎゅっと手を握りしめ、健やかに眠る姫は母親の存在を知らない。

 

そして、この姫も召喚獣に愛されるというのは想像がついた。

この国でその証は多大な意味を持つのだ。本人の望む望まないに関わらずに。

 

なぜ、彼女が死んでしまったのか。彼女の父親は誰だったのか。なぜ彼女を守ろうとしなかったのか。産まれてくる子になぜ名を与えなかったのか。なぜ、傍にいないのか。

怒りと悲しみと憎しみと寂しさ、ともかく様々な感情に心乱し正常にコントロールできていないまま、男はただこの小さな姫を守らなくてはいけないということだけを強く感じた。

 

受け入れたくない彼女の死とこの産まれたての憐れな姫の運命。

男はついに悲しみを抑えきれず、大粒の涙を零した。

 

『御守り致します……今度こそ、必ず……』

 

大事に大事に男は姫を抱いて、むせび泣き、王と宰相はその悲しみを黙って分かち合った。

 

男はこの時、誓った。

届かなかった想いの代わりに、姫は何があっても守り抜くと。

だからこそ、陰のように付き添い姫を守った。

 

大きくなっていくにつれて、自分の想い人に瓜二つになっていくことに葛藤を覚えながらも。時折、思い出の彼女と姫を重ねて思慕の念を抱いてしまうことも。

 

男は全て認めたうえで、姫に心砕き守り続けた。

だが男はふとある違いに気づく。自分が思い続けた彼女と今の姫との違いを。

その違いに気づいた時から、何かが男の中で変わった。

 

彼女の代わりとして見ていた姫を、いつの間にか一人の姫として見れることができたのだ。

娘のように彼女の成長を嬉しく感じられるように。

 

どうか、彼女のようなことにはならないようにと願いながら。

 

姫と将軍のとある会話。

 

いつもの魔法を盛大に使ったら案の定周りに被害が及んだ。

今回はブリザガ&エアロガ。結果広範囲に魔法が広がり二次被害発生。

 

レティ「コル、大丈夫だからそんなにピッタリくっ付かないでください」

コル「ですが姫。さきほどの魔法は威力が強すぎます。あれでは姫にも被害が」

 

主に男子たちに被害が出た。レティはコルに守られたので難を逃れた。

 

レティ「だから加減してるんです!自滅するほど馬鹿じゃないから心配しないで!」

コル「……」

 

コルは納得いかない様子でしかめっ面をしている。

 

レティ「……過保護すぎ…」

コル「……申し訳ありません」

レティ「……いや、そんな顔されると私が悪いような……ああもう!その顔禁止っ!」

コル「は?」

レティ「いいから笑いなさい。これは命令です」

 

びしっと指先突きつけてレティはそうキッパリ言った。

 

コル「……」

レティ「……」

 

しばし見つめ合うこと数秒間。

 

コル「……ぷっ……!」

レティ「笑った!」

コル「なんですか、その命令の仕方は……。ククッ…陛下でさえそのようなことはなさいませんでしたよ」

レティ「何よ!あの人と比べないで!それにどこが笑えるツボだったの?!」

コル「……申し訳ありません…、つい、貴方らしいと思ったので」

レティ「私らしい?」

 

レティは不思議そうに首を傾げた。

 

コル「ええ。オレが知る、姫だなと」

レティ「……変なの。昔から私一人じゃない」

コル「ええ、そうですね。……(あの人とは違う)」

レティ「変なコル。まぁいいわ。次行きましょう!」

コル「まずはノクト達を回復させないといけないのでは」

レティ「すっかり忘れてた!ヤバイ、怒られる回復回復!」

 

コルに指摘されレティは目を回して倒れている男子たちに慌てて駆け寄ってケアルガを惜しみなくかける。その様子を見守っていたコルは思わず笑いを抑えきれずこぼしてしまう。

 

コル「くくっ」

レティ「いつまで笑ってるのよもう!」

 

ついにレティが怒りだしたのでコルは表情を引き締め、ノクトたちの手助けに向かった。

 

[過去は取り戻せないが託されたものはある]



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理解してくれないジレンマ

色々と面倒ごとはあったが、ついに目的地であるキカトリーク塹壕跡にたどり着くことができた王子御一行。多少身なりがズタボロなのは主にレティの魔法被害によるものである。だが誠心誠意に惜しみなくレティがケアルガかけまくったのでなんとか皆には許してもらえたことに内心ほっとしていた彼女。コルはまったく動じることもなくレティの魔法攻撃を軽やかにかわし無傷のままであることから、イグニスに「さすが不死将軍と呼ばれる方だ」と畏敬の念を抱いている様子に「いや違うだろそれ」とすかさずグラディオラスに突っ込み仕掛けられていたのは余談である。

 

さて、自由気ままにやってきたレティだが、まさかコルにあんな事を言われるなんて想像もしなかっただろう。

コルの見極めは無事終わった。コルは入口前で歩みを止めズボンのポケットから何かを取り出し先頭に立つノクトへと放り投げた。ノクトは「おわ!」と驚きながらもうまくキャッチ。

 

「王子、同行はここまでだ。その鍵で他の墓所の扉が開く」

「……わかった」

 

やや強引ではあるが口うるさいコルから解放されるとあって、少し表情が緩んでいたノクト。だがすぐにコルの鋭い視線に慌てて表情を引き締め暗い塹壕の方を向き直す。ノクトを先頭にクペを肩に乗せたレティも続こうとした時、コルがレティを呼びとめた。

 

「姫、これよりは先は王子たちにまかせ、私と共においでください」

「……なぜ」

 

不機嫌そうな声でゆっくりと振り返ったレティの顔は、凍てつくような表情だった。側でその顔を見てしまったプロンプトは「ひっ!」と情けない悲鳴をあげて思わず仰け反るくらいに。だがコルはまったく動じることなく、はっきりと理由を告げた。

 

「御身には危険すぎるからです」

 

だがそれくらいの理由でレティが納得するわけがない。

不愉快だと言わんばかりにコルを睨み付けると、声音を強くしてはっきり告げた。

 

「今まで危険な所も一緒でした。私もノクト達と共に行きます」

 

強気な態度のレティにコルは珍しく眉を下げて懇願するように言った。

 

「……姫…、どうか私と共に」

「私は、ノクトたちと共に行きます。その力もクレイから教わりました。心配は無用です」

 

だがそれでもレティの考えは変わらず素気無く断った。

むしろ苛立ち彼女の内でボコボコと沸いていた。

 

どうして今になってそんなことをいうのか。

まだこのような状態の中で自分を姫扱いするのか。

色々と受け止めて自分なりに考えて行動しているというのにまだ私を縛り付けるつもりなのか。

 

彼なりにレティの身を案じての進言だというのはイグニスやグラディオでさえ理解できたことで当人のレティも分かった。だがすんなりと受け止めることなどできない。そこまでレティは器用な大人ではないのだ。だから肩を震わせ怒りを必死に抑えようとした。唇を噛んで必死に耐えようと。

 

だが、再度コルがレティに言い聞かせるように言葉を重ねようとした瞬間、ついに苛立ちが爆発してしまった。

 

「我儘はいけません。姫、貴方の御身は」

 

同じ言葉ばかり繰り返すコルに、レティは

 

「私は!ただのレティーシアでいい!もう、縛られたくないのっ!」

 

大声で大きく手を横に振り払う動きをして声を張り上げてコルを睨みつけた。

皆レティの変わりように目を見張って言葉を失った。クペはレティを宥めようと「レティ!落ち着くクポ!」と声を掛けるがレティには聞こえていない。

コルは、少し驚いた様子でレティの言葉を黙って受け止めた。

 

「……」

 

レティはその冷静な態度が、そのいかにも澄ました顔で王族だから姫だからと理由を並べて拘束しようとするコルが気に入らなかった。腹立たしかった。

なぜ?

理由など一つしかない。この男は自分の素性を知っていると睨んでいるからだ。

分かったうえで、のうのうと王族であることを強要させようとする。

偽者であると自分に。皮肉以外の何者でもない。むしろ、レティにとっては屈辱である。

 

だから言わずにはいられなかった。たとえノクトの前であったとしても。

勢いのままぶつけるようにレティは言い放った。

 

「コル・リオニス。貴方は私に関する事実を知っている側であったと認知しています。それでもなお、貴方は私が王女だというのですか!」

 

この発言にレティの素性を知るノクトを除いたメンバーに衝撃が走った。

 

「「「!?」」」

 

この言葉でレティが自分の素性に気づいていると知ったからだ。だがここには事情を知らぬノクトもいる。だからボロを出すわけにはいかないとグラディオが素早く二人に目くばせをして余計なことは言うなと釘を指す。イグニスはすぐにその意図を理解して浅く頷きプロンプトは自分の口元を手で覆うことでノクトに何とか悟られずにいることに成功。

 

一人事情を知らずに取り残され困惑するしかないノクトを置いて、険悪な雰囲気は続く。

レティの真向からの鋭い問いかけにコルは、迷う素振りも見せずにはっきりとレティを見つめて言った。

 

「貴方はまぎれもなくルシス王家の姫君であり、レギス様が命を賭してお守りなられた大切な御方です」

「……そう、あくまで貴方は私を王族と扱うのね……」

 

目をスッと細め、低い声でそう言い返したレティは、

 

「レティ、何言って」

 

レティはぴしゃりとノクトに言い放った。

 

「ノクトは口を挟まないで。これは彼と私の問題なのよ」

 

そのいい方にぐっとノクトは言葉を詰まらせ口を閉じるしかなかった。レティは言ってからマズかったと心内で焦った。双方どちらかが引かねば、現状は悪くなる一方で旅にも支障が出てしまう。コルと無言のにらみ合いのすえ、ここは自分が折れるしかなかった。

レティはわざとらしくため息をつくとコルの方に向かって歩き出した。

 

「……わかりました。今回は貴方と共に行動します」

「賢明な御判断ありがとうございます」

 

丁寧に頭を下げて礼をするコルの姿に思わず言い返すレティ。

 

「礼などいりません。……ノクトのためです」

「失礼いたしました。……朗報を期待している」

 

レティを誘ってノクトたちの戸惑いなど気にせずに立ち去ろうとするコル。だがノクトは納得いかないと言わんばかりにコルを止めよう動いた。

 

「おい!コル勝手に何決めてっ!」

「ノクト!よせ、今は墓所にたどり着くことだけを考えるんだ」

 

だがその前にノクトの肩を掴んで止めさせたのがイグニスだった。

レティが一時でも離れることに不安を感じたのだろうノクトは「だけど!」と言い募ろうとする。そんな感情に動かされるノクトにイグニスは、的確に自分たちにとって有利な点を述べた。

 

「将軍がお守りくださるんだ。逆に安心できる。中は何が待ち受けているかわからないんだ。そんな状況下でレティを守り切れるかわからない。少しでも安全な場所で待っていてくれたほうがオレたちには都合がいいんだ」

 

それに続けてプロンプトがわざと明るい調子でこう付け加えた。

 

「ノクト、さっさと終わらせて姫迎えにいけばいいじゃない。行こうよ」

「そーいうことだ。とっとと行くぞ」

 

ニカッと口角を上げバシッとノクトの背中を叩いたのはグラディオ。

仲間たちの前向きな言葉に押されてノクトは渋々納得した。

 

「……わかった……。レティ」

「ちゃんと待ってる」

「……すぐ終わらせて迎えに行くから」

「うん。気を付けて」

 

レティは軽く手を上げ微笑んでノクトたちを見送った。

彼らが完全にいなくなるまでじっと見つめながらレティは傍近くに控えるコルを見ようはせず呟くように尋ねた。

 

「……コル、あの人は…。どんな最後を遂げたんですか」

 

先ほどの強気な態度と一転し、その声は今にも消え入りそうなほど弱弱しいもの。

コルには真実を知るのが怖いと、怯えているようにも見えた。だがコルは嘘をつくことはなくありのままの出来事を伝えた。

 

「……最後まで王としてあり続けました。ノクトと貴方の身を最後まで御案じなされておいででした」

「娘、じゃないのに?」

 

皮肉を込め、ちらりとコルに視線をやりながらレティが自嘲めいた笑みを浮かべて言うと、

 

「……貴方はレギス様の御子です。血の繋がりは、あるのですから」

 

とコルは真摯に想いを込めそう伝えた。だがレティは顔を歪ませて頑なに拒んだ。

 

「嘘言わないで。私には王家の血なんて一滴も流れてなんかいないはず。だって私は…!」

「今はお伝えすることはできませんが、どうかこれだけは信じてください。貴方はレギス様に愛されていた」

「愛されていた?あれで?私を愛していたっていうの?……嘘、信じないわ。出鱈目いって私を惑わそうとしないで」

 

自分を守るように両耳を塞ぐ真似をしてまでレティはコルの言葉を受け入れようとしなかった。コルはこれ以上何も言えなかった。あまりにも苦悶の表情を浮かべて苦しむレティは見ていて痛ましいものだったからだ。

 

「……姫……」

「……なんで、今さらっ!私は、私、は……」

「レティ……」

 

色々な葛藤が彼女の中で交差しているのだろう。今まで愛されていなかったという思い込みをバネに反動させ必ず外の世界に出てやるという願いを支えだけにやってきた彼女。だが実際はちゃんとノクトと変わらずに愛されていたと言われたことで自分が創り上げてきたアイデンティティーは一気に崩壊してしまった。

信じたい!けれどそれを受け入れてしまっては今まで形成してきた自分はどうなる?

 

追い込まれて取り乱す姿をただ見つめることしかできないコル。

だがレティはハッと自分のみっともない姿に我に返り、気まずさから逃げるように

 

「……行きましょう」

 

とコルを促して歩き出した。コルも余計はことは言わずに「……はい」とレティの後に続いた。

 

集落に到着した後、一旦休憩したコルはこの周辺区域を調べるとモニカに告げレティをモニカに託そうとした。レティは集落に着いてからずっと口を噤んだまま喋ろうとはせず、クペは黙って傍に寄り添うばかり。だから今はそっとしておくしかないとコルは判断したのだろう。

 

「姫、どうかモニカとここでお待ちください。私はこの地域を探索してまいりますので」

 

粗末な椅子に腰かけて顔を俯かせるレティにそう声を掛け、挨拶を済ませるモニカに姫を頼むと頼みコルは立ち去ろうとした。だが「私も行きます」という呼び止めにモニカもコルも耳を疑ってしまった。

歩みを止めたコルはゆっくりと振り返ると、椅子から立ち上がって真っすぐに自分を見つめるレティを厳しい視線で捉えながら

 

「……もう一度お聞かせ願えますか」

 

と低い声で威圧するように言った。レティは一般人なら確実に臆する視線もその態度にも負けることなくハッキリとした声で言いなおした。そこには先ほどまでの取り乱した様子は一切なく、彼女が嫌がる言葉でいうなら王族とした堂々たる佇まいさえも感じられるほどであった。

 

「私も行きますと言いました」

「……貴方をここに留まらせる意味は理解しておいでか」

「理解もしているし自分の立場も分かっています。けどあまりに一方的ではありませんか?私は物ではありません。自分で考え自分で動く手足はある。……貴方が私を置いていくというのであれば勝手に行かせていただきます。幸い、召喚獣はいつでも呼んでくれと嬉しいお誘いをしてきてくれていますし、前回のような魔力暴走も今のところありません。……共に連れて行った方が監視の目も行き届くのではなくて?」

 

挑発的な態度にまるで脅されているようだとコルは感じ取った。確かにレティの考えを無視し危ないからと自分の判断で自由を強いるのと彼女の意見を取り入れて行動を制限するのとでは明らかに違いがある。イグニスからレティの魔力暴走の件は既に報告を受けているのでまた起こらないとも限らない状況。はねっかえり娘の行動はさすがの不死将軍にも先読むことはできなかった。

なので今度はコルの方が仕方なく首を縦に振るしかなかった。

 

「……私から決して離れぬようにお願いいたします」

 

最低限の条件を伝えることは忘れずに。

それでもレティは納得した様子。

 

「分かりました。迷惑は掛けません。私には、コレがありますから」

 

そう言ってレティは、一瞬の間に自分の手に武器を出現させた。コルはその武器を初めて見て驚きを隠せなかった。レティは戦闘中は必ず杖で参加していたからだ。

 

「その、武器は」

 

コルがそう尋ねるとレティは寂しそうに微笑みながら、思い出すようにゆっくりと語った、

 

「クレイが、私には一番双剣が合う、相性がいいと褒めてくれたんです。この武器も私のイメージで創りだしたもの。ああ、今でも思い出せます。あの容赦のないクレイの一撃。

模擬戦闘でも一切加減しなかったクレイに最初は鬼だと思ったわ。幼子相手に本気で仕掛けてくるとか何って?でもそれがクレイの優しさだった。姫だからではなく、生きていく上で必要な術を私に叩き込もうとしてくれた。外へ行くと意気込む私を引き留めようとはせずむしろ背中を押してくれていた。私は、守られていた。自分が考えるよりもずっと大きなものに」

 

時に厳しい師匠として、時に父のように温かく抱擁してくれここまで導いてくれた。

両瞼を閉じで思い出に浸るようにそう語るレティ。

 

「……」

 

コルは黙ってレティの気持ちを受け止めた。

 

「……クレイは、死んだのでしょう?分かってるわ。誰も言わないし、グラディオラスもあえて語ろうとしないものね。……あの人を、置いて生きるなら舌を噛み切って死を選ぶような忠義心に溢れた人だもの。陛下を守って死ねたのなら本望でしょう。……私は、私の覚悟を持ってノクトを王にさせる。その行く手を阻むものは誰人足りとも許さない。生半可な覚悟で私はここにいるわけじゃないの。それだけは、どうか信じて」

 

レティの内なる覚悟を聞いたコルは、確かな姫の成長をまざまざと感じながらもこういわずにはいられなかった。

 

「……どうか、無茶だけはなさらないでください」

 

その覚悟がいつか姫自身に跳ね返ってくるのではないかと恐れてならないのだ。

だがレティはそれさえも受け入れる覚悟なのかもしれない。まるで先を見据えているかのように真っすぐな瞳でコルを見つめ、小さく微笑んだ。

 

まるで大丈夫だと言い聞かせるように。

 

「わかってるわ。じゃあ行きましょうか」

「はい」

 

そしてモニカ含む三人と一匹は北ダスカ封鎖線へ向かうことになった。



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この誓いは誰にも破らせない

レティと別れてからさっさと済ませようと急ぎ足で進もうとしたのはいいが、そう簡単にうまくいかなかった。暗く陰気臭い塹壕の中でプロンプトが物音がするたびにビクついて驚いていたりしたのでゴブリンの恰好の悪戯の対象にヒットしてしまいことあるごとにゴブリンの罠にかかったノクトたち。よくよく考えればこれが普通なことなのだ。

暗いからと入口近くで見つけた昔の発電機のスイッチ入れて明るくなったところ進んでいたはずなのにその発電機のスイッチが切られまた暗い塹壕内へ逆戻り。

おぼつかない足取りで辺りを警戒しながら進んでいるとふいに後ろを誰かがすり抜けたり。わざとらしく物が倒れてプロンプトが涙目になって叫んだり。

 

これは極極普通のこと。

 

だが今まではレティが傍にいた影響もあってか、早々遊ばれるようなことはなくむしろレティに好かれようと甲斐甲斐しくアイテムを拾ってきてはレティにプレゼントしていた。それこそ、トレジャーアイテムだったり食材のリード芋だったりキラートマトだったりと様々なものがレティの元へ。またそこでレティがノクト達から隠れては喜んで受け取っていたものだから、その噂がゴブリンから別のゴブリンへと話が伝わり、かなり広範囲のゴブリンにレティにプレゼントすると滅茶苦茶喜んでくれるという認識が広まった。

それゆえ、ゴブリンはレティに対しては好意的でたとえノクト達が傍にいたとしても襲ってこようとはせず、座るにちょうどいい石に腰かけているレティの周りをきゃいきゃい囲んでは自分が拾ってきたアイテムを渡そうと取っ組み合いになり喧嘩しながら騒がしくしていたものである。その様子にプロンプトは「あれって貢がれてるよね」とグラディオに話しかけながら生暖かい視線で見守っていた。隣に立つ彼も「あれは一種のホステスに貢ぐ客だな」と同意を示したことから同じ心境だったのだろう。

レティはまったく平然と笑みを浮かべて「ほらほら喧嘩しないで順番ね?」と優しく言い聞かせ喧嘩していたゴブリンらをピタリと大人しくさせるという神業を披露しては、ノクトとイグニスを感心させてもいた。

 

「レティのお陰で食材に困ることないもんな。アレも才能の一種か」

「その点はオレも同感だ。アレを見ると対抗したいという気にならせない。いや、逆に冷静にさせてくれるから大したものだ」

 

神妙に頷き合う二人だが、クペはノクトの頭の上にへばりつきながら、あれは違うクポ!と心内で突っ込んでいた。直接言えばいいものをすでにレティに毒されている二人に言ったところでツッコミの機能はないに等しい。なので心の中で突っ込むしかないのだ。

 

さて、そのレティがいないと知るとゴブリンたちは平常運転にモード変更。

悪戯しほうだい襲い掛かり放題というわけである。

舌打ちして苛立ってばかりのノクトに

 

「くそ!さっさと戻りたいってのに」

「わわっ!こっちに剣向けないでっ」

 

とノクトの攻撃に巻き込まれそうになる被害者プロンプト。イグニスやグラディオもノクトの無茶ぶりの戦闘に苦言を飛ばす始末。レティがいないと途端に不機嫌になる王子。

こうしてゴブリンの腹立たしい悪戯に見事引っ掛かったりしたが、無事【賢王の剣】に続いて、二本目の【修羅王の刃】を入手することができたノクト達。

最初の入口に戻ってきた頃には、皆疲労困憊した状態で、プロンプトなど外の明かりが目に入った瞬間に「……助かった……!」と感極まって瞳を緩ませたりしてしまうほどだった。少しオーバーすぎるかもしれないが、それだけレティの能力に助けられていたということを意味する。色々な意味でやはりレティの必要さを改めて感じられたメンバーだった。さて、とりあえず集落に戻るかというタイミングでノクトのスマホに着信が入った。相手はもちろんコルだった。第一声が

 

『くたばったかと心配したぞ』

 

と信用してないようないい方にカチンと来たノクトは

 

「そっちこそ、ちゃんとレティ守ってんだろう―な」

 

売り言葉に買い言葉で返した。あのレティをそう簡単に抑えることなど難しいのだ。

その大変さを十分理解しているノクト。勿論コルだってそれは重々承知している。だから平然とした様子で言い返した。

 

『当たり前だ、心配するな。それよりお前たちに頼みたいことがある。西のダスカ地方へと繋がる道に帝国軍が基地を作ろうとしている。封鎖線として機能する前に潰せ。ほおっておけば西への道が閉ざされる。力を得るどころの話ではなくなるぞ。モニカと顔を合わせているな?詳しいことは集落でヤツに聞くんだ』

 

穴へ潜ってきたら今度は敵潰し。

人使い荒い奴と内心愚痴ってもしかない。

だがそれを実際に口に出すとコルの場合、二倍も三倍も返ってくるのでそれは言わないで、

 

「分かった。レティはどうしてる?ちゃんと集落にいるんだよな。今から迎えに行くわ」

 

と要件だけ済ませて電話を切ろうとした。

だが電話口から聞こえたのは、明らかに狼狽した様子の声。

 

『……あ、いやそれが……姫!?』

 

どうも歯切れが悪いなと思った瞬間、入れ替わるようにすり替わったのは甲高い声だった。

 

『あーもしもし?ノクト?怪我とかしてない?ちゃんと無事に王の力は回収できた?』

 

これから迎えに行こうとした相手、レティだった。ノクトはスマホ落としてしまいそうになるほど驚いて声を上げてしまった。

 

「レティ?!おまっ、なんでコルと一緒に?!ってか何して」

 

慌てて矢次に質問をしてくるノクトに対し、レティは落ち着いた声で淡々と答えた。

 

『私もコルと一緒に行動してるの。コルから聞いたと思うけどその封鎖線に向かってるわ。今後の為にさっさと潰してしまいましょう。向こうで合流ってことで。それじゃあまた後でね』

 

と言うだけ言ってあっさりと電話をぶちっと切った。

 

「まっ、レティ!!」

 

結局ノクトの呼び声は届かず、ぷるぷるとスマホを持つ手を震わせてるしかないノクト。

プロンプトが遠慮がちにおそるおそる尋ねた。

 

「あんまり知りたくないけど……なんて?」

 

その問いにくわっと怒りの形相でノクトは大声でこう叫んだ。

 

「帝国の基地潰せだとよ!モニカに話聞く!集落行ってすぐにあの馬鹿レティとっ捕まえる!以上だ!」

 

というな否やスマホを乱暴にポケットに突っ込みながら全速力で地面を蹴って駆けだした。プロンプトも慌ててそれに続く。

 

「了解!滅茶苦茶ヤバイってのはわかったよ!」

 

そんな若い二人に遅れて走り出すイグニスとグラディオ。いつもレティの所為で胃が痛くなるイグニスはいつもの如く胃の辺りを顔を顰めて手で抑えた。

 

「……こうなるんじゃないかという予想はしていたんだが」

「アイツは自分の立場をあまりわかってねぇってこった」

 

守らなければならないという使命を背負うグラディオにとってレティは目の上のたんこぶである。事情を知る負い目から甘やかしてきたことを悔いるしかない。二人は勢いよく走るノクトとプロンプトの後を追いかけた。怒り冷めやらぬと言った様子でノクトは走りながら愚痴っていた。

 

「馬鹿じゃねーか?!帝国の連中が集中してるとこにノコノコ行くとか捕まえてくださいって言ってるようなもんじゃねーか!」

「それほどにレティも必死なんだろう。急ごう、ノクト」

「わかってる!」

 

怒り口調で八つ当たり気味に答えるノクトには余裕というものがないらしい。それほどにノクトにとってレティという存在は欠かすことのできない存在であるという証拠だ。

 

「妙に理解ある言葉で庇うじゃなねーか」

「……変な勘繰りはやめてくれ。信用してあげたいんだ。……彼女のことを」

「へぇ、可愛い娘には旅をさせよってか」

「……そんなところだ。ただし、目の届く範囲内でな。心配ばかりしていては彼女のことだ。そのうち嫌気がさして爆発しかねない。そうなったらこっちに被害が拡大するばかりだ。」

「大人だな。その点、我らが王子ときたら。……またレティに雷落ちるぜ」

「……ノクトの気持ちも分からないでもない。家族を失いたくないんだろうさ」

「家族ね、……それだけだったらどんなにいいか」

 

事実を知るグラディオだけは浮かない顔になった。だからこそ言わずにはいられないのだ。ただの家族ならよかったのにと。グラディオのの言葉の意味を知ることはないイグニスは少し怪訝な顔で尋ねた。

 

「……何か言ったか?」

 

だがグラディオは誤魔化すように首を振って茶化した。

 

「いや何も。おら、急ぐぜ。アイツが待ちぼうけ喰らって癇癪起こしてるかもしれねーからな」

「わかっている」

 

こうしてノクトたちは、息せき切って集落に向かったのであった。

 

 

モニカから作戦の内容について軽く説明をうけレティとコルが待つという秘密の近道へ向かったノクトたち。そこにはモニカが立っていてノクトたちを出迎えた。

 

「お待ちしておりました。レティーシア様も御無事です。今は将軍と共に皆様をお待ちです」

 

そう言って、モニカが示す先は岩壁の間。人一人が体をくっ付けながら通れるような狭い場所だった。だがノクトは

 

「分かった。オレは将軍とこ行く」

 

と素早い判断を下しモニカに次の指示を求めた。

 

「はい。他の皆様には陽動ということで二手に分かれていただきます。よろしいでしょうか?」

「グラディオ、よろしくな」

「おう。派手に暴れてやるわ。レティにはあとでグルグル回しの刑だって伝えとけ」

「ついでにイグニスの小言つきだって言っとく」

 

ノクトは相当おかんむりなようだ。勝手に付け加えられて困惑してしまったイグニスは

 

「オレはそんなことは……」

 

とするつもりがないと言い返そうとしたが、

 

「いう気がなくても本人目の前にすりゃいいたくなるだろうが、お前の場合は」

 

とグラディオはイグニスの性分を理解しているので苦笑しながらそういったことで「……まぁ、そうだが」と複雑そうに納得してしまった。

 

「……ってわけで行ってくる」

「ノクト!ちゃんと姫を守ってね」

「おう」

 

プロンプトの声援を受けてノクトは狭い岩壁を通ってコルの元へと向かった。

 

ノクトが一番に探した相手は近くにいなかった。

 

「コル」

「王子、オレ達は内側から奇襲をかけるぞ。挟み撃ちにして数を大幅に減らすんだ」

「レティは?」

 

きょろきょろと視線を彷徨わせてコルに急かすように尋ねた。するとコルは「あそこに」とある方向を視差した。つられてノクトがそちらを向くと、廃墟と化している壁に寄り添うように身を低くしていたレティがノクトの到着に気づき暢気な挨拶をした。

 

「……やっほー」「こっちクポ」

 

いた!

できるだけ静かにだが早歩きでノクトはレティの元に向かった。

本当は抱きしめたい衝動を無理やり抑えて、レティの隣にしゃがみ込むと彼女の頭に手刀を落とすことで我慢した。

 

「馬鹿レティ」

 

いかに心配していたかが今の一瞬で伝わったのだろう。レティはあっさり開き直った。

 

「はいはい。お叱りもグラディオラスのぐるぐる回しの刑もイグニスのお説教も甘んじてうけますわよ。でも今は作戦に集中して」

 

だがすぐにレティの意識は点在する魔道兵へと向けられ、ノクトも自然と緊張感を感じ取り武器を片手に出現させた。

 

「分かった」

「コル、……手筈通りに私はノクトたちの後方で魔法で援護します。ノクトと貴方は魔道兵の相手を」

 

魔法杖を手にして準備をするレティにノクトは、さり気なくレティの頬を空いている手の甲で撫でた。ノクトは不安なのだ。レティに関する全てのことが。不安でたまらなく温もりを求めてしまう。だからこれはもう、癖で直しようがない。もし、誰かが直せと強要するのなら、一旦ノクティスという男を消去する必要があるだろう。もしくは彼以外を求めるとか。まぁ、なんにせよ、このやり取りがノクトとレティの絆の深さを現すものである。

 

「危ない真似、すんなよ」

「分かってる、大丈夫よ」

 

レティは不安そうなノクトを安心させるように微笑むと、自分の頬を撫でる手に手を重ねた。ノクトは触れあった箇所からじんわりと温かさを感じ、まるで包まれるように守られる感覚に落ちた。

しばし見つめ合い、その温もりを共有しあう二人。コルは黙って二人を見守っていた。そして、レティは自らノクトの手を外させ、

 

「ほら、行って」

 

ノクトを促した。ノクトは一つ頷き立ち上がるとコルに「行くぜ」と一声掛けて歩き出す。コルは頷き返してレティを見ながら「では」と挨拶をしてノクトの後を追った。二人いなくなった後、レティは戦場の中ということも含めて、高ぶる気持ちを落ち着かせるために、深呼吸をする。

 

「……ふぅ……」

「レティ、体は大丈夫クポ?」

 

心配そうに肩に乗るクペが体調を尋ねた。

 

「うん。大丈夫。魔力も安定してるわ……。心配かけてごめんね」

「ううん!そんなことないクポ……」

「クペ、危なかったら離れて……って言わないから」

「?」

 

いつもだったら巻き込まれたくなきゃ離れてて!なんて言うくせに、この時のレティは真剣な表情だった。杖を持たぬ方の手でクペの頭を優しく撫でつけながら、

 

「一緒に切り抜けよう。どんなことがあっても」

 

と決意込めて言った。クペは一瞬呆けたがすぐにその言葉がレティの真意であると気付くと歓喜に表情を緩ませながら嬉しそうに頷いた。

 

「……うん!」

 

クペはレティの秘密を偶然知ってしまった。それは人間のレティにしてみれば衝撃的事実でその心を傷つけてしまうものかもしれない。

いつか言わなくてはいけない時がくると恐れてもいるが、今は決意込めて共にいようと語ってくれる彼女に寄り添い続けることがクペがやるべきことと改めて再確認することができた。まずは最初に一歩と考えようとクペは考えた。

 

ついに魔道兵と接触を始めたらしい。小競り合いの音が耳に早速入ってくる。レティは立ち上がると右手にバチバチっと雷を凝縮させた球体を創りだす。それを敵に投げつけると一気に広範囲に渡って敵の動きを一斉に停止させる。所詮は機械。魔道の力で動いているとはいえ、その動力源を上回るほどの威力が一瞬でも指先一つでもかすってしまえば人間の中で血がめぐるようにあっという間に体全体に回って動きを停止せざるを得ない。だがそうなると敵真っただ中で戦っている二人にも被害が及ぶことは明白である。

しかしその点は抜かりなし。コル、そして先ほどほんの数秒間触れ合ったノクトにも防御魔法をかけている。ノクトは気づかずにいたがそれが高位の防御魔法で簡単に誰でも扱えるものではない。レティのオリジナルを混ぜ複雑に編み込まれたものなのだ。

だからたとえ召喚獣の一撃さえも数回なら守り切ることができるほどのもので、これから先必要不可欠になるのは必然。

自分とクペにも防御魔法を唱え、杖先の頭上に第二破として放つこれまたブリザガを凝縮させた球体を浮かばせ準備はオッケー。

 

「……行くわよ、クペ!」

「わかったクポ!」

 

二人は気合こもった声で共に戦場へと飛び込んでいった。

 

【大掃除Start!】



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変革は何事も一歩から

戦局は圧倒的にノクト側にあった。作戦が功を奏し単純な命令を受けた魔道兵で統率された部隊では不意打ちに対抗できるほどの力はなかった。

 

「ノクト先に謝っとくゴメン!サンダラ!エアロ!」

「おわ!?あぶねっ!?レティ!」

「だから先に謝ったのに~」

「そういう問題じゃないっつーの!」

 

レティはお構いなしに魔法を連発。ちゃんと防御魔法張っているので当たる心配がないからだ。でもノクトやコルは知らないわけで、巻き込まれないように頑張って奮闘した。

 

「コル!そっち飛んでったわ!」

「お任せを、フンッ!」

 

エアロでコルに向かった魔道兵は見事ご自慢の武器で打ち返されホームラン!

壁に激突して動かなくなった。まるでコントのような戦いだが見事レティの完膚なきまでの容赦ない魔法攻撃も一押しあって、というか此方がメインになってしまっていたような気もするが、グラディオたちと無事に合流できたのである。ゲートの外側でもしっかりと魔法攻撃の様子は窺い知れたようで、しっかりとイグニスに「レティ、君は一体何度言えば……」と小言言われレティは、わかりやすく頬を膨らませてぶーたれた。その瞬間、プロンプトがシャッターチャンスを逃すわけもなくさっとカメラ構えて貴重な一枚ゲット!

グラディオは後にしろとプロンプトを叱り飛ばして戦闘に集中させようとするが、レティの所為で緊張感の欠片もなくなってしまい疲れた顔して肩を落とす。

ノクトはノクトで、不機嫌な顔をしてレティにツカツカ歩み寄り彼女柔らかな頬に両手を伸ばしてお仕置き攻撃。

 

「さっきのマジ危なかったし!」

「ほへ?」(そう?)

「そうだ!」

 

仲の良い二人の所為でまったく戦闘中であることを忘れるほどほのぼのとした雰囲気に。

コルだけは真面目に他に敵がいないか探っていてさすが不死将軍とグラディオは心の中で感動の涙を流した。

 

そこからは信じられないような怒涛の展開があった。

目ざとくコルが「来るぞ!」と大声を上げて発見したのが帝国の飛空艇。

『動くな侵入者!』とスピーカー最大で喋る敵軍の将を乗せスピードを上げてやってくる飛空艇を警戒するノクトたちだったが、何を思ったか、レティは相棒であるクペに

 

「クペ、しっかり捕まってて!」

 

と指示を出して、クペの返事も聞かぬままクルクルとバトンのように華麗に杖を回し、カツン!とその先を地面へと打ち付け音を鳴らしながら意識を集中させるために瞼を閉じた。そしてレティの足元に青白く現れる複雑な模様の魔法陣が展開される。

ノクトたちは何事かと驚愕し、レティから慌てて離れたりする。

クペはその召喚のやり方に見覚えがあった為、「またアレクポ~?」と嫌そうな声を出した。でもレティにはその声は届かず。

レティの声に導かれて、彼女の後ろに出現した【異世界への門】はその呼び声のまま開かれた。

 

「来て!イクシオンッ」

 

雷を纏いし召喚獣、イクシオンはレティの召喚に応じその身を【門】から風のように駆け抜けバチバチと雷を飛ばしながら出てきた。

 

『―――――!!』

 

聞き取れない嘶きを発しながらパカリパカリと地面を軽快に走り勢いを殺しながらレティのすぐ近くへとやってくる。そして自分に腕を伸ばして迎えようとするレティの前で止まると顔をこすりつけるようにして甘えた。

 

「イクシオン、一緒に行ってくれる?」

 

レティの願いにイクシオンは分かったというように頷いた。何処へ向かうかなど聞かなくともイクシオンにはすぐにわかっていた。だからレティは満足そうに一つ頷いてひらりとイクシオンの背に跨り、呆気に取られているノクトたちに一言「倒してくるね」と言い残し、彼らに止める暇を与えることもなくこちらに向かってくるであろう飛空艇へイクシオンと共に突っ込んでいった。

 

勿論、我に返ったノクト達が怒号を飛ばしたのはその後すぐである。

 

そして下の方でハラハラしながら首を上げて見守っていたノクト達の体感時間からして三分は経っただろうか。その間、敵将が喋っている様子は筒抜けでノクト達にも聞こえていた。

 

『貴様何者だ!?それにこの奇妙な馬は何だ!』

『通りすがりの召喚士です。それと相棒のクペ。そして私のバリバリイカシテル、イクシオンでーす』

『クポ』

『なんだと?!召喚士など聞いたこともない!っていうか単身突っ込んでくるお前は馬鹿なのかっ!ふっ、所詮ルシスの低レベル弱者め。勝算もなくその命無駄散らすとか馬鹿だな!このオレの重魔導アーマー「キュイラス」で惨めに』『イクシオン、私のこと馬鹿だって二回も言ったよコイツ』

『――――!!』

 

バチバチドカンッ!(爆発音)

 

『ああ、オレの重魔導アーマー「キュイラス」がぁぁアー――!!貴様ぁぁ―『五月蠅い』―』

 

ごんっ!(何かを思いっきり叩く音)

 

『ぐげ』

 

とりあえずレティは怒り敵将を何らかの形で沈黙させたと判断できたノクトたち。

レティが放ったとみられる度重なるサンダガの影響により、飛空艇から黒い煙や火花が飛び散り上がりあっという間にひゅるひゅると低空飛行していきゲート外側に派手に墜落。大きな爆発音が辺りに響いた。

 

「レティ!?」

「なんということだ…」

 

息を呑んで見守っていたノクトたちだったが、慌ててゲート外側に向かおうと駆けだした。だがノクト達の行く手を遮るようにイクシオンが空から降りてきて背に乗っているレティが暢気に「やっほー。倒してきたよー」と手をひらひらさせた。

 

「レティ……!」

「お前な」

 

ノクトやグラディオからの心配の声や非難の声にレティはすかさず待ったをかけた。

 

「まぁまぁ言いたいことはよくわかってる。でも今は待って、拾いものしてきたから。まずはこの人寝かせてあげないと」

 

その言葉を聞いた瞬間、よくよく見ればレティの手前に人の足がプラプラ見えるではないか。まさか、と先ほどのやり取りの中を下で聞いていたノクトたちは、信じられない顔して一斉にその人物を警戒し始めた。

 

「まさか、連れ出してきたのか!?」

 

どうやら、先ほどの敵将を連れてきてしまったようだ。先ほどの一部始終から見て偉そうな態度だったが、今は意識を失っているらしくピクリとも動く気配はない。気のせいではないが、彼の頭部にデカいたんこぶができているようだ。きっと先ほどのレティの一撃で沈んだのだろう。手加減も一切なかったと知れる。

 

「あの流れでなんとなく」

「そんな流れがあるか!?」

 

グラディオの厳しいツッコミにもレティはけろっとした顔で言いのけた。

 

「でも気絶させた人そのまま殺しちゃったら後味マズいでしょう。あ、捕虜にすればいいじゃない。ね、そうしようよ。情報吐かせてついでにさっき馬鹿発言させたこと誠心誠意謝らせてやるわ」

 

とかなんとか言って本音はそっちか!?とノクトたちは皆思ったことだろう。

だがコルは意外と落ち着いているようで、

 

「ですが。犬猫を拾ってくるとはわけが違います」

 

と渋い顔をしながらも躊躇いなく流れるような動きでイクシオンから男を降ろし豪快に肩に担いで見せた。レティはイクシオンから降り礼を伝え彼を異界に帰らせると、

 

「とりあえず集落戻りましょう。コル、その人トレーラーハウスまでお願い。あ、乱暴に扱っていいから。重たかったら遠慮なく引きずってあげてね?というか引きずりなさい。このイケメン顔に一生傷が残るくらい地面にゴリゴリこすりつけてあげなさい。「いえ、そこまではさすがにやりすぎでは……」あら、そう?私が受けた心の痛みに比べたらなんてことないように思えるけど。……仕方ないわね、ここは妥協案として顔に油性マジックで悪戯書きしてあげることにするわ。あ、ノクトたちも早く来てよ」

 

と呆けるノクトたちを残してコルそして、戸惑いつつもコルに促されて着いてくるモニカと共に基地を出て行った。あとに残されたノクトたちはあまりの展開の速さについて行けず、

 

「……とりあえず、行くか」

「うん」「おう」「そうだな」

 

考えることは放棄し脱力感を感じながら大人しく集落へと向かうことにした。

その後、レティによる『准将ロキ洗脳計画』が発動されることになるとは、この時誰しも考えつかなかったことである。

 

【こんな展開アリですか】



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coffee break!

やっかいな拾い物を連れてハンター宿営地に戻ってきたノクト達。

まずは捕虜をトレーラーハウスのベッドに寝かせ、看護は一応何かあったら困るのでモニカに任せクペのテントで一休みすることになった。

トレーラハウスの隣にクペが出した小さなインディアンテントに次々と男たちが中に入っていく姿は、他人から見ればさぞ度肝を抜いたことだろう。 というか実際、何人かのハンターは目を疑った。最初は小柄なレティから次にノクト、プロンプトに続いてイグニス、そしてグラディオ。コルも最後に入って行ったが、本当に中に入れるのかと半信半疑だった。

だがどうだろうか。

ぎゅうぎゅうづめな予想とは裏腹に入った瞬間、息を呑むほど視界の先はガラリと変わり見事な調度品に囲まれた豪華な部屋が広がるではないか。さながらインソムニアでの城内を思い出すかのようなエレガントでありながら、派手さはなくシックな印象。何処かへ通じるであろうドアを複数確認できたことからまだ部屋数はあるらしい。

驚きを隠せず、入口で固まってしまうコルにレティは適当に座ってと促し、自分はシャワー浴びてくるからと言い残してクペと共に別のドアから出て行った。

 

「…シャワーと姫は言っていたが…そもそも一体、ここはどうなっているんだ」

 

すっかり自分の定位置と決めているふかふかのソファに座って寛いでいるノクトが親切に説明し始めた。

 

「ああ、ここか?レティの為にって創った部屋なんだとよ」

「姫の為、……ああ、クペか。これも召喚獣の力なのか……」

「コルさん、とりあえず座ったらどうですか?」

「あ、ああ」

 

四人掛けソファに座ったプロンプトに隣を勧められてコルは戸惑いながらその席に腰を掛けた。グラディオはアンティーク調のローテーブルを挟んだノクトの真向いのソファに腰かけ自分専用の戸棚から本を持ってきて読書を始めていた。

台所から戻ってきたらしいイグニスは、銀製のトレーに数人分のカップとコーヒポット。砂糖入れやミルク。そして受け皿とフォークに見事なガトーショコラワンホールを二回に分けて持ってきては

 

「将軍、コーヒーはいかがですか?」

 

とご自慢のエボニ―コーヒーを勧めた。ノクトがあからさまに「げ」と顔を歪めたのでイグニスは、「ノクト用にミルクもある」と付け足すと「じゃあ飲む」と掌返したいい方をした。手慣れた様子で準備するイグニスは心なしか上機嫌のようだ。

 

「……頂こう」

「どうぞ」

 

香り豊かなイグニスご自慢のエボニ―コーヒーはそのまま飲んだ方が味わい深くて美味しいらしい。勧められるまま口に一口含む。

 

「……うまいな」

「さすが将軍。この味が理解できるとは…」

「いや、そんなことはない。率直な意見を述べたまでだ」

「オレ以外にはなかなか共感を得られないので。特にノクトには」

「……あんだよ」

 

自分様にミルクと砂糖たっぷりと入れたカフェオレとさっそくガトーショコラに食いついているノクトは、イグニスの何か含みのあるいい方に眉を上げた。イグニスは言葉を濁して「いいや」と言いカップを一口。コルの隣ではおいしそうに頬を緩ませてプロンプトがいた。

 

「いや~、イグニスのお菓子っていつ食べてもおいしいよね~」

「台所が常にあるというのは大いに安心できる。使い慣れた道具の方が料理も手早く済むからな。食材も新鮮さを保てる」

「でもたまにカップヌードル食べたくなるんだよな」

 

何気ないノクトのつぶやきにイグニスは少し眉間に皺を寄せた。

それはそうだ。仲間の健康状態を考慮してのメニューを作っているというのにインスタント食品の名を出されてはまるで美味しくないようないい方をされているようなものだ。

 

「お、いいなぁ。それ!」

 

グラディオが読書を中断させて興味津々に話に参加してきた。

男だけで話が弾む中、ようやくレティがシャワーから戻ってきた。

 

「あ!騒がしいと思ったらお茶してる。ズルい!イグニス私のは?」

 

パーカーワンピースを着たレティは濡れた髪そのままにノクトの元に駆け寄り、ソファの背の部分にちょこんと腰かけてノクトに向かって顔を近づけると

 

「私にも頂戴」

 

とひな鳥のように大きく口を開けた。ノクトは

 

「ほら」

 

と躊躇いなく自分の食べかけのガトーショコラをフォークで掬ってレティの口元に運んでやる。それをパクッと口に含むと

 

「……うーん、美味しい!」

 

と頬を緩ませて蕩けそうな笑みを浮かべ、ノクトは

 

「大げさすぎ」

 

と苦笑した。プロンプトは二人の恋人のような仲睦まじい姿に

 

「うわ、まったく抵抗ないとかさすがだ~」

 

とわざとらしく言った。すると二人は

 

「「何が?」」

 

ときょとんとした顔で同時に聞き返すというシンクロを披露。これにはプロンプトも

 

「……いや、なんでもないです」

 

と曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。

 

イグニスはレティの濡れた髪を見てため息をつきながらソファから立ち上がっては「ちゃんと乾かせといつも言っているだろう」とオカン節を発動。ささっとタオルを持ってきて自分が座っていた場所に座らせると手慣れた様子でタオルでレティ髪を丁寧に乾かし始めた。

グラディオとコルは今後の予定を話し合い始めた。

ノクトが思い出したように「クペは?」と甲斐甲斐しくお世話されているレティに尋ねると、

 

「あー、そういえば部屋でなんか一心不乱に書き物してる」

「へぇ~、珍しいな」

 

と相槌打ちつつ、すぐにクペの話題は流しパクッと残りのガトーショコラを運んだ。

 

 

その頃のクペはというと。

 

レティの部屋の机の上でまさに一心不乱に自分のマル秘ノートに今までの鬱憤を当たるかのように書きなぐっていた。

 

「クポ~~~~!!たまりにたまった情報書きまくってやるクポ~~~~!!」

 

想いのまま叫びながら全身全霊込めて書きまくっていたので、時折耳を澄ませると「クポ~~~~~!!」という叫び声がすることに耳ざといコルやグラディオなどは気づいていた。だが本能的になんだか関わってはいけないような気がしてクペのことはスルーして大人の会話に専念。その間にレティの悪事イベントやそれを見事見抜き防いだイグニスの手腕を褒めるイベントなど発生。

そろそろ外に出るかというタイミングで部屋から出てきたクペはフラフラな飛び方で「ふふ、ふふふふ……できたクポ……これで、これで…(ブツブツ)」どこか燃え尽きた顔をしていて怪しい笑い方をしていたのでビビりなプロンプトが大げさに怖がるということもあった。

 

とにかくそれぞれゆっくりと休むことはできたのである。

【なんてFree time!】



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限りなくnaughtに近いが完璧な零ではない。

レティーシアside

 

 

お仕置き実行忘れてた。

ということでしっかりと私が宣言した通り、イグニスのキッツイお叱りとグラディオのぐるぐる回しの刑(これは結構楽しかった)、そしてノクトの気がすむまで締め上げられる(ただ抱き着きたいだけ)をちゃんとその身で受け止めやるべきことはやった。プロンプトにその瞬間を撮られるという屈辱も甘んじて受けた。あとで覚えてなさいと一睨みしてやったがこれも目ざといイグニスによりしっかりと叱られた。皆の心配してくれる気持ちが嬉しくないわけじゃないし、反省だってキチンとしている。でもあの暴言には納得いっていない。だから実はさっき皆が休んでいる瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。興奮状態から鼻息荒くなったのはマズいと思ったが誰にも見られていないのでオッケー。油性マジックペン片手にあの捕虜たる准将ロキの寝込みを襲おうと実行にうつったのである。勿論モニカが離れた一瞬の時間を狙ってね。

敵だろうが何だろうが初対面の女性に向かって馬鹿を二回も連発するような男は即・滅である。だがそううまくはいかなかった。こそこそと辺りを確認し体制を低くしながらトレーラハウスのドアに手を掛けようとした瞬間!

 

「何処へ行こうというんだ」

 

一瞬で底冷えしてしまうような冷ややかな声が背後からした。私は怖くて怖くて、振り返るのが嫌でそのままの姿勢で固まってしまった。

 

「………」

 

たぶん、彼は腕を組んですぐ私の後ろで仁王立ちしているはず。想像ですけど絶対そうだと確信している!

 

「トイレ行くと言って出て行った割には妙に浮足立っていたからな。もしやと思って先回りさせてもらった。そうしたら案の定君がいた、というわけだ」

 

そう言ったイグニスに、がしっとフードを鷲掴みされ逃げられないよう背後をとられてしまった。

 

どうやって私の悟られずに外に出てきたのだ!?もしや、クペのテレポート能力を借りたのか。

油性マジック貸してって頼んだから私がやることを察知してイグニスに告げ口したの!?そんな!信じていたのにっ。

 

だがもはや私の逃走本能はない。というかビビッて逃げられない状態だ。それほどまでに彼の、イグニスの雰囲気が恐ろしいのだ。泣かないだけマシである。

 

「どうやら相当に君はオレの小言を好むようだな。ならば喜んで付き合おう」

「誰がイグニスの小言が好きだって言った!?そんなこと一言も言ってないから全力で遠慮しますっ!クッ、軍師の先の読み方がこんなところで発揮されるなんて……!」

 

首根っこ捕まえられしまい報復すること叶わず!悔しがる私に彼はさらに容赦なくこう言い放った。

 

「そのマジックペンも没収させてもらう」

「い~や~!」

 

マジックペンもボッシュート。その後テントに連れ戻され、しっかりと私の悪事を皆に公表したイグニス。

非難の視線が集中したのは言うまでもないだろう。その後、イグニスに加えてコルも参加して私は正座させられてくどくどと二人に叱られた。

 

【ザ!公開処刑】

 

モニカから彼が目を覚ましたと部屋に飛び込んで報告しに来てくれた頃には、私はげっそりとした表情で体を抱え込んでソファの上で丸くなっていた。モニカからの詳しい話はコルやイグニス達が聞いているので私関係ない。

というか相手できるほど私の精神状態に余裕がありません。ああ、頭の中で何度も響いているイグニスの小言のオンパレード。これで囁きボイスでも作れるんじゃないかってくらいの量でした。もう、一生分は聞いた……。

 

「………」

 

そんな私にクペがそっと寄り添ってくれて、私を励ますように髪を撫でてくれた。さすが私の相棒とちょっぴり嬉しかった。のに、クペは見事裏切ってくれた。

 

「レティ、髪から艶が無くなってるクポ……。自業自得クポ」

「励ましじゃないじゃない!?そこは慰めてくれるとかあるでしょ!」

 

バッとクペの方を向いて信じられないと叫ぶ私に、クペは

 

「イケメンの顔に油性マジックはダメクポ!駄目イケメンでもイケメンはイケメンクポ。保護すべき対象だと思うクポ」

 

と悪戯を窘めてきた。何がイケメン保護だ!?

くそ、私のクペが帝国イケメンに篭絡されるなんて!?

 

「これは一言物申さなきゃ!」

 

ぐっと拳を握りしめて決意固める私に、一部始終を傍観していたノクトが

 

「結局は報復しなきゃ気がすまないってわけだな」

 

と呆れた表情で言ったのはまったく聞こえません!

というわけで気を取り直して准将ロキの元へいざ尋常に勝負勝負!

 

「おい!先に行くなっ」

 

まだ話し合っているイグニス達の間を掻い潜ってノクトの制止を振り払い私は素早い動きでテントを出る事に成功。

クペ?もう知らない!イケメン保護でもイケメン漁りでもすればいいんだわ!

 

すぐにトレーラハウスのドアに手を掛けバッと勢いよく引き開いき声高らかに言い放った。

 

「准将ロキ!さぁ、神妙に縛につけば良し!でなければこの私、レティーシアの怒りのファイアがそのフサフサの髪の毛を全て燃やしつくしてあげるわっ!さぁどっち!?」

「どっちでもねーよ」

「あいたっ!」

 

ドア開いた瞬間に頭にぽこっと落ちる手刀と切り返しのよいツッコミ。私は目を瞬かせて呆けるしかなかった。だってガタイのいい躰がすぐ目の前にいるんですもの。驚くなって方が無理よね~。

 

「なんでグラディオラスがそこに……」

「お前が落ち込んでる時にもうテント出てんだよ、阿保か」

「オレもオレも~」

 

呆れた様子のグラディオラスの後ろからひょっこり顔を覗かせたプロンプト、はどうでもいい。すぐ後ろに追手が迫っているのでグラディオラスをぐいぐいと中に押し込んで無理やり中に入り込む。

 

「おい、押すな」

「うわっ!ちょっと危ないって」

「だったら外出なさい。私が用事あるのはそこのベッドで寝てる、男、なんだからっ!」

 

男二人の抗議の声など一切無視して、問答無用で侵入成功した私は、片側に設置されているベッドにいる男に狙いを定めた。男、准将ロキは上半身を起き上がらせて焦点定まらぬぼんやりとした瞳でこちらを見ていた。どうやらまだ寝ぼけ眼のようだ。

 

……クッ、やはりクペが面食いになる理由も分かるイケメンぶりじゃない。その点だけは認めてあげようと思う。

 

ここはもう一発叩いてやろうかと思ったが、「レティ!」と大声を上げて私を追いかけてノクトたちも駆けつけてきたのでそれも叶わず、思わず舌打ちしてしまった。

ただで狭いトレーラーハウスがノクトたちも入り込んできたことでぎゅうぎゅう詰めになってしまった。真っ先にノクトがやってきて「そいつから離れろっ!」と私の腕を掴んで准将ロキから離そうと自分の方へ引き寄せようとする。けど思ったよりも腕をつかむ力が強いことから私が「痛いっ!」と叫ぶとコルがさっと私とノクトの間に割り込んでノクトの手に自分の手を掛けて外そうとしてくれた。

 

「王子、少し冷静になれ。姫が痛がっている」

「邪魔すんなよ!」

 

私を庇ってくれようとするコルにまでノクトは気に入らないと言わんばかりに食って掛かった。思わずその姿にイラッときた私はコルを手で押し退け、ノクトを睨み付けた。

 

「コルは関係ないでしょ!?そんないい方しないでよっ!大体ノクトは心配しすぎなのよっ。どこ行くにも何するにもいちいち人のこと束縛しようとして一体何が気に入らないのっ!?私のことばっか気にしてる暇があったら少しは自分のこと考えなさいよっ!」

「なんだよそのいい方!?オレが止めてやんなきゃいっつも痛い目見るのレティじゃねーか!学習能力ないのは何処のどいつだよっ!レティじゃんか!今だって敵いる目の前にノコノコ馬鹿みたいに来やがって、何かあった後じゃ遅いんだぞ!わかってんのかよ?!」

 

私の言葉に買い言葉で反発してくるノクト。

私達の間で火花が散り合い、その間で挟まれたコルは深いため息をついて頭を抱えた。静観していたグラディオラスやイグニスも似たような心境だと思う。けどそんなの構ってられない。いつも腹に据えかねてた感情を吐き出さずにはいられなかったんだもの。

 

ノクトの束縛は、前よりも異常だから。あの人を失くしてから家族の繋がりを強く求めようとしている。

それは仕方ない。誰だってそうなると思うから。けど、これがずっと続くようではノクトの執着はずっと私に向いたまま。それではダメだ。今後のことを考えたらガツンと言い聞かせなくちゃならない。

そう、後で言おうが今言おうが同じこと。だから私は今、ここで全部ぶつけてやろうと口を開きかけた。

すると、遠慮がちに「あの、喧嘩は良くないと思いますが」との仲裁の声によって一旦遮られる。私とノクトは同時にそちらに顔を向けて、同じタイミングで怒鳴った。

 

「「関係ないのは引っ込んで!」ろ!」

「はい!スイマセンっ」

 

私とノクトの剣幕に押されて萎縮してしまった彼は、申し訳なさそうに頭を下げてきた。まったく!勢いのままぶちまけてやろうとしたのに気がそれちゃったじゃない。

 

「………」

 

ちょっと、待て。そういえば今、仲裁に入ってきたのって、誰?

プロンプトは……あ、自分じゃないって手振って否定してる。勿論、イグニスやグラディオラスでもモニカでもない。ましてや、コルがあんな弱弱しい声でいうわけがない。ということは。私とノクトは顔を見合わせて、「「え?」」と首を傾げた。そしてもう一度二人でその彼を見やる。間違いではない。そこにいるのは准将ロキ、のはず。あの高圧的な態度で私のことを二度も馬鹿と罵ったムカツク奴。

 

のはずなのに。

 

「……あの……」

 

何だこの頼りなさげな、路頭に迷った子犬のような瞳を持つ男は。

思わず演技かと思って、条件反射で「コンフォコンフォコンフォ!」と魔法連発してしまった。慌てたノクトに「おい!」と突っ込まれたが後悔はしていない。イグニス達も私の行動に驚きを隠せない様子。だがそれらに対応している暇はない。

愚かにもこの私に小細工しかけようとしたのだ。

准将ロキの頭の上にはヒヨコさんがぐるぐると三羽楽しそうにしばらくの間回っていた。

それから准将ロキは軽く呻いて、額に手をあてがってこう苦しそうに呟いた。

 

「う!頭が割れるように痛い……」

 

それなりに混乱効果はあったようだ。准将ロキは痛みに耐えながら見下ろす私の存在に気づいた。

 

「あ、貴方は?」

「私のこともう忘れたの?あれだけ激しく私の心傷つけておいて忘れるとか最低ね」

 

両腕を組んでじろりとねめつけると准将ロキは信じられないほどに低姿勢な態度をとってきた。

 

「……申し訳ありません、なにぶん自分自身のことも思い出せず……。先ほどもモニカという女性に自分の状況を尋ねたのですが、お答えいただけず……。それだけではなく、以前のオレは貴方のような美しい方の澄み切った御心を踏みにじるような下劣なことをしてしまったようだ。……なんと愚かなことをしてしまったのか、オレは……!ああ、できるのならば今すぐにでも記憶を失う前のオレを殴りたいっ」

 

苦悶に満ちた表情で自分の悔しさを当たらずにはいられないようでドスっと拳をベッドに叩きつけた。私はというと、はしたなくもぽかんと口を開けたまま

 

「………」

 

ビシッと石のように固まってしまった。御世辞でならいくらでも言われ慣れている言葉でも、まさかあのように感情的な台詞の中で美しいなどと言われるなど想像できようものか。素で言っている彼は本当に私を罵った同一人物かと疑いたくなるくいらい。しかも私の状態などお構いなしに彼は顔を上げてキラキラとした瞳で胸に手を当てながら、

 

「どうか、お許しいただけるのならばこの罪を償うためにも、……貴方の名を教えていただけませんか?……美しく聡明な御方」

 

と二度目の爆弾を投下してきた。真正面からドストレートな恥ずかしい台詞喰らった私は、

 

「ぐはっ!」

 

と呻いて床に手を突いて倒れてしまった。

イケメンなだけに質悪い。まだ周りにイケメンぞろいでそれなりに耐性が付いている私だから気絶しないでいれるが普通の女子ならば可愛く気絶しているところだと思う。

ノクトが「レティ!?」と声を上げて慌てて私を助け起こしてくれる。私はその手に縋りつきながら、「き、強力な敵が誕生してしまったわ……」と弱弱しい声を出すくらいに情けなくも現実の壁というのを痛く感じてしまった。ノクトは私の手を握りしめ悲しそうな顔して「レティ……オレも同じこと言ったら…」と途中で言葉を詰まらせてしまう。

 

ああ、わかってるわ。ノクト。その言葉の先はきっとこうね。

 

オレも同じこと言ったらこっぱずかしさに呻いてくれるかってそういいたいのね?

でもゴメン。ノクトが同じこと言ってきたら、酔っぱらってるの?って冷静に返すと思う。

 

そんな二人の世界を展開する私達にグラディオラスが疲れた顔して「茶番はやめろ」とヤンキー座りして視線を合わせながら会話に乱入してきた。私の頭にぽこんと手刀落とすこと忘れずに。

 

「レティ、お前ダメ押しにコンフォはねぇだろ。それも三回も。これじゃあ此奴の記憶も元に戻らなくなるかもしれねぇぞ」

「ええ!私に責任転嫁きますか!?ってか、どういうこと?記憶喪失って、本当なの?」

「ああ」

「本当ー?モニカー」

 

男たちに紛れて外から見守っていたモニカに尋ねると静かに「はい」と返事が返ってきた。

オーマイガー。誰かが私の耳元でそっと囁く。思い付きで行動するからこうなるんだぞ、と。

 

「……つんだ……」

 

口から魂抜けかける私にさらなる追撃がグラディオラスから繰り出された。

 

「そもそもはお前が拾ってきたんだから何とかしろ」

「私が!?どうやって」

 

ぎょっとする私にグラディオラスはやり方までは考えていないらしく困った様子で頭を掻きながら、

 

「それは……お得意の魔法かなんかで」

 

と自信なさげに言うが、そんなことは無理だ。

 

「そんな素敵魔法があったらとっくに試してるわよ」

 

そういくら無限魔力を持つ私でさえできないことはある。

攻撃とか回復魔法は得意だけど、精神、それも記憶に効果を示す魔法なんて試したことがない。実験でもしてさえいればそれなりの効果とか試せていたかもしれないけど、窮屈な城内じゃ実験に付き合ってくれる相手を探すのも一苦労だった。だから魔法でどうこうなる問題じゃない。もしかしたら、最初の杖でおもいっきり叩いたのがそもそもの原因かもしれないのだ。

 

「じゃあどうすんだよ、アレ」

「「「………」」」

 

皆で振り返って捕虜をじっと見やる。

 

「あの、オレが何か?」

 

やめて!そんな心抉られるような純粋な瞳で私を追い込むのは!もう、ここは私が責任もってやるっきゃない!

覚悟決めた私は、精一杯声を張り上げ大げな身振りで彼の興味を引き付けることにした。

 

【ここから始まる新たな劇】

 

レティは意を決してすくっと立ち上がると大げさな身振り手振りで、皆の注目を集めることを理解した上で声を張り上げた。

 

「……、ああ!ようやく帝国の魔の手から解放されたのですね。我が見習い騎士候補よ!」

「……レティ、一体何を」「(黙って!)」

 

怪訝なノクトたちの戸惑った声に血走った目付きで有無を言わさず黙らせることに成功。その目力、半端ない。だが幸運にもロキには気づかれずに済んだようだ。

 

「見習い、騎士?」

 

それどころか、レティの台詞に相手が乗ってきた!レティはすかさずチャンスを逃さず、大根芝居を続けた。

 

「そう!貴方はこのレティーシア・ルシス・チェラムの見習い騎士候補として日々鍛錬に明け暮れ誰よりも優秀な成績を修めていたのですよ!そんな貴方が帝国の魔の手にかかり我がルシスと敵対すること………んん年!今やっとこうして私達同胞の手に戻ってこれたのです!」

 

舌をもつれさせることなくスラスラと台詞を述べるレティの気分はまさに舞台女優、そう思い込まないとやってられないぐらいだった。

 

「……オレが、貴方の見習い騎士候補だったなんて……!それじゃあオレは今まで帝国に利用されてしまっていたのか!?……なんということを……」

 

ロキは自分の失態を悔いるように顔を伏せる。

すっかり騙されている。色々とツッコミたいのだがそれを許さないレティは迫真の演技を続ける。

 

「ですが、貴方はこうして無事私達の元帰ってきました。……今ならまだその罪を償うことができます」

 

静かに諭すように言うとロキは

 

「っ!?オレに、再びチャンスを頂けるというのですか!」

 

とベッドから転げるように降りてレティの足元目の前に肩肘ついて期待を込めるような視線を送ってきた。人を疑うことを知らぬ、無垢な少年のよう。まさにロキは完全に記憶を失っていた。

 

「ええ。私は貴方が真なる騎士として活躍する日が来ると信じているのですよ」

「……レティーシア、様……」

「今までの名を捨て、新たな自分として過酷な道へ進むことを、選びますか?」

 

もうちょっと。もうちょっとで落ちるのよ!頑張れレティ!と自分を叱咤することで痛む良心を放り投げる。

 

「はい!もし、もう一度オレにチャンスを頂けるのならば……。必ずや貴方様の騎士になってみせますっ!」

 

ちなみにレティは騎士募集もしていないし今後実行したいとも思っていない。なのでロキには悪いが、この先彼が騎士になることはおそらくないだろう。

だが嘘だからと言って演技をやめるわけにはいかなかった。何よりこれも彼の為であり、彼を拾ってきたレティの責任でもある。

そう!拾ったものは責任もって最後まで面倒見なければならないという情操教育をしっかりと受けているレティにとって彼も例外ではない。

 

「……その覚悟、確かに受け取りました。…では名を改めなさい。貴方は今この時から【グレン】と名乗り、不死将軍と名高いコルと共に帝国の情勢を探るのです!敵は強敵ですが相手にとって不足なし!必ずや我が国はクリスタルを手に再び復興を遂げるのです!……良いですね、グレン」

「はい!」

 

使命感に燃えるロキは元気よく返事をした。

 

「……貴方の活躍、期待しておりますよ」

「……ありがたき幸せ……!必ずや、姫のご期待に応えて見せます」

 

畏敬の念込めて深々とレティに頭を下げ忠誠を誓ったロキ、改めグレン君。こうして、打倒ニフルハイム帝国という目標を掲げる彼らに新たな仲間が加わったのである。

 

 

そんな二人によく黙って拍手を送るノクトとプロンプト。よく騙せたもんだとは、言わない。

一方、怖いくらい無表情なコルは気まずそうなイグニスとコルの様子に珍しくビビってるグラディオラスを伴って外へ出て何やら秘密の話?をしている模様。

 

「最後に姫の教育係を担当した奴は誰だ」

「……いえあの」

 

言い淀むイグニスにコルはスッと目を細めた。あくまで尋問ではなく問いだ。

 

「別に責めてはいない。ただ、誰だと尋ねている。オレは主に警護の方を担当していたから教育面の方の関与していない。だから情報を共有することもできなくてな」

「………」

 

だが二人は口を割ろうとはしなかった。その人物を庇っているか、もしくは別の理由か。どっちにしろ、このままでは何も問題は変わらないとコルは仕方なくいい方を変えて語り始めた。

 

「……こうなった結果は致し方ない。『アレ』も姫の苦肉の策だとオレは信じている。だが繰り返すべきではないとオレは考える。ましてやホイホイとなんでも拾われてきては後始末が大変になる。その内、壊すのも勿体ないと言って魔道兵でも拾ってこないとも限らない。そうなっては、困るのは誰だ?今回は、オレが対処できるからいいようなものの、次はお前たちだぞ。……お前たちの考えはどうだ」

 

静かにそう尋ねたコルに、イグニスは少し躊躇いを見せたのち、

 

「……オレも将軍と同じ意見です」

 

と同意を示した。すかさずグラディオが抗議の声を上げた。

 

「イグニス!」

「グラディオも分かっていることじゃないか?『アレ』はレティだから可能であって、本来ならコントで済ませられることだと」

「……ああ。十分わかってるさ……。『アレ』がコントじゃなくて現実だってな」

 

今だ現実であるとまことに受け入れがたいことだがイグニスの正論によって混乱していた頭がようやく冷めていく感じがしたグラディオ。

 

「お前たちの考えは分かった。……今後姫の動向は逐一報告しろ」

「分かりました」

「お前たちで対処できないようならすぐに連絡しろ。それなりの対策を考えよう」

 

心強い将軍の言葉にグラディオは感謝の言葉を述べた。

 

「……恩に着るぜ、将軍」

「お前たちには姫のストッパー役になってもらわなくてはならないからな」

 

この瞬間、確かに強い絆で結ばれた三人だった。

だが肝心のレティに理解させなければ根本の解決に至らないことをすっかり頭から弾き飛ばしていることに気づくことはなかった。

 

 

その頃レティは男たちの苦労など知らずに演技をやり切ったことにより清々しい笑みで「ありがとう」と称賛を受けた。ちなみにノクトが興味本位で、「グレンって誰だ?」と尋ねたところレティはこう返した。

 

「昔絵本で読んだ魔王に呪いでカエルにされちゃった騎士の名前からとったの」

 

と茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

 

―――これから、未来【運命】は変わっていく。崩壊の序曲から。

【IRREGULAR=フラグ崩壊】

To Be Continued--



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chapter04
[我が手に光、あれ]


『……あぁ……』

 

その男は光を渇望していた。

飢える喉の渇きを必死に求めるように、ほの暗い闇から救いを求めるように。

その手に掬い上げようとした。だが男の手からは何もかも零れ落ちていく。

無から有を生み出すことはできない。そこに何らかの代償なしには。

 

帝国は徐々に疲弊の陰りを見せていた。

その大きさゆえに手が届かない場所から崩れ去ろうとしていたのだ。

この崩壊を留める手は、一つしかない。

 

光を、手にするしかない。

 

だから奪おうと考えた。

自分の手で掬い上げられないなら他人の物を奪おうとしたのだ。産衣包まれた純粋そのものの赤ん坊さえも。だがそれはあの忌々しい男に阻まれ無様にも失敗に終わった。

 

『その姫は我が皇族に連なる者。我が皇位を継ぐに相応しい存在である』

 

この手で庇護を与えるに相応しい者。それを20年もの長きに渡って独占し続けた。

男は再三に渡って使者を派遣し、姫をこちらに引き渡すよう頼んだ。

その代わりにルシスの存続を約束すると破格の条件を与えて。

 

だが、ルシスの王はそれすらも蹴とばした。

 

『我が娘にニフルハイムの血は一滴も流れてはいない』

 

男は使者からの伝言に鉄火のごとく怒り狂った。

 

見え透いた嘘をつきおって!

 

『何を戯言をっ!!……落とせっ!攻め落とせ、ルシスの民を根絶やしにしろっ!!』

 

怒号飛ばして何度も何度も彼の国を攻め落とそうとした。その国力の半分を軍事力に回すほど。日に日に世界地図は塗り替えられていく。自国の色へと。だが最後。

本当に欲しいものだけは手に入らず、無情に時が過ぎてゆく。

 

そんな時、赤髪の黒き翼をもつ死神が何処からともなく現れこう、耳元で囁いてきたのだ。

 

『停戦条約を結ばせるのです。白き姫は、まもなく貴方の手元に降りてくる――。彼女は庇護を求めるでしょう。祖父である、貴方に』

 

と男を篭絡させようとした。もはや、正常な判断さえできずにいた男に逆らう術はなく、むしろ嬉々としてその案に飛びついた。

 

姫を我が手元に戻せるのなら――。

 

結果、男は実行に移しクリスタルを強奪、ルシスを壊滅に追い込ませられた。

だが、肝心の姫はすでにルシスを経った後だと報告された時は絶望した。それだけではなくあの王の息子さえ生きているなど、男は腸煮えくりかえりそうになるほどの怒りが込み上げてきそうだと感じた。

冷たく固い玉座に座り、自分の部下を見下ろしながら

 

「やはり、王子は生きていたか……。姫は?指輪はどうなっている?」

 

男からの急かすような問いに、帝国将軍である年若い青年は言葉を濁しながら答えた。

 

「ルナフレーナは逃亡中にて、……レティーシア姫はまだ……」

「すぐに見つけ出し、殺せ。指輪…そして姫さえ我が傍におれば……」

 

簡潔に命を出す男に帝国魔道兵の産みの親にして最も男に忠実であると知られるヴァーサタイルが胸の内を語った。

 

「我らが皇女は必ずやお助けいたしましょう。この20年お労しいことに幽閉の身であらせられたと伝え聞き、この胸痛めておりましたが好機は我らにありましょう!必ずや陛下の御前へお連れ致します。……ルナフレーナの件はひとまず捕まえてみるがよかろう。六神の力とは人知を超えたもの。その力は神薙の求めにより王へと与えられると聞く。神薙は良い研究材料だ。……いかがかな?レイヴス将軍」

「……」

「どうした?今や、帝国軍を率いているのは其方だ。……もしや、まだ血族に情が沸いておいでか」

 

冷ややかな視線をさらりと流す将軍。

 

「戯言はおやめください。ですが、今はどちらの行方も知れぬ状況。軍は引き続き王子と姫、そして神薙の行方を捜索して参ります」

 

神薙などもはやどうでもよいと男は興味すら示さず。

 

男は神に縋ろうと考えたこともあった。だが神が男に光を与えるのでは意味がないと悟った。この世界を蝕む『星の病』はあくまで、世界そのもの。男の闇を払うものではない。

故に姫でなければならない。

 

「『アレ』が、この世を絶ってから早二十年……。光を、クリスタルをこの地に。レティーシア……早く我が手元に戻ってくるのだ……」

 

強大な力をもってしても老いには勝つことはできない。男はすっかり老け込んでしまった。しゃがれた手を虚空へと伸ばし、焦がれる。

その先にずっと求めた者がいると信じて。

 

長かった、この瞬間をずっと夢見てきた。

 

光を。光を纏いし、娘を。

 

「レティーシア」

 

男の唯一の血族、レティーシア・エルダーキャプトを。

アルファルドの面影を残した、孫娘をイドラ・エルダーキャプトはただ、求め続けた。

 

【一日千秋】



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[英雄との思い出]

レティーシアside

 

 

コルと別れた私達は、ダスカ地方へと向かうべくレガリアを発進させた。

出発前、電話でシドニーにダスカ方面へ行くことを告げると、寂しそうな声で『ちゃんと帰ってくるんだよ!危ない真似しちゃいけないからね』とまるで妹を心配する姉のようにアレコレと注意してきたり、何あったらすぐに電話してくることを半ば強制的に約束させられた。

でも私はシドニーのおせっかいが嬉しくて頬を緩ませて何度も相槌を打ってはありがとうと心から礼を伝えた。

初めて会った時から優しく接してくれた彼女の存在はもう私の中で消せないほど大切な存在だ。実は今度シドニーに会ったらプレゼントしようと思っているアイテムがある。

偶然、ゴブリンがプレゼントしてくれたものなんだけど『空力ワックス』っていうのかな?昔の王都製のものらしいんだけど、私では扱えないものだと思う。きっとワックスだから車用製品ね。シドニーなら喜んで使ってくれるんじゃないかと思って、今度会ったらとびっきり驚かせてあげるねと伝えてある。シドニーは笑いながら期待してるよって。

あ、それとシドさんにも一言よろしくって忘れずに言ったよ。

そしたら、なんだかすぐ近くに居たらしくてシドニーが面白がって私と話したそうにしてるよって代わってくれようとしたの。でもシドさんはぎょっとして慌てて逃げてったみたい。素直じゃないなぁ~ってシドニーは笑いを堪えてたけど、私はちょっと意外すぎて吃驚した。話す機会なんてあんまりなかったし、相手も近づくなオーラ出してたし私も敬遠してたから。お互い軽い挨拶する程度。

だからシドニーに、シドさんにも行ってきますって伝えてくれる?と頼むと快く承諾してくれて『……気を付けて。レティ。無理だけはしちゃだめだからね』と真剣そうな声で言った。だから私も『うん。……行ってきます』と言い返し名残惜しくも電話を切った。

 

それから『ノクト達から絶対離れないように』と何回も同じこと言うコル。

『どうかお気を付けください、姫様』と最後まで迷惑かけっぱなしで申し訳ないと頭下げたら逆に慌てて、『そのようなことなさらないでください~!』と半泣きになったから可愛いと思ったモニカ。そして『必ずコル将軍のように立派な騎士になって見せます!』と意気込むグレンに見送られてまずはコルニクス鉱油・アルスト支店へ向かうこととなった。

カラカラな大自然ばかり見ていたからゲート抜けてしばらく、緑豊かな大自然を目の当たりにした時は息を呑んだ。

本で読んだ知識なんか吹っ飛ぶくらい、大地の息吹を全身で感じたの。

 

「うわぁ……」

「スゲー!」

「広いクポ~」

 

感嘆の声が漏れる私とプロンプトそして、珍しくプロンプトの膝に座っているクペ。

シートから立ち上がってプロンプトが座るシートの肩部分に手を乗せて前のめりになって目の前の光景に見惚れる私にノクトがすかさず、「危ねぇぞ!」と叱ってきて私の腰元に腕を回して無理やり座らせられた。私は頬を膨らませてノクトに抗議した。

 

「むー!ちょっとノクト、せっかく大感動してたとこなのに」

「だからって立つなっつーの」

「自分だって後ろの方で座ったりするくせに」

「オレは慣れてるからいいんだよ」

 

ぶしゅっと膨らませた頬を両手で潰され意地悪い笑みを浮かべるノクト。しかもノクトだけじゃない、運転中のイグニスまで過敏に反応しては

 

「レティ」

 

と私の名前を呼んで釘を指してくる。私は

 

「あーはいはい。言わなくても分かってます!おねーさまぁ~。運転に集中してくださいませ~」

 

と適当にあしらってむすっとした顔でシートに背中を預けた。「誰がお姉様だ……」とのイグニスのぼやきは気にしない。隣で読書中のグラディオラスがぼそっと「止まってから楽しむことだな」と上から目線で言ってきたのがムカついたので、開いている本の前に手を差し出し視界を邪魔して読むのを妨害してやった。

 

「何すんだよ」

「別に~」

 

何食わぬ顔で妨害し続ける私に、グラディオラスがキレた。

 

「この、っほ、くっ!」

「てぃ!ほやっ!」

 

地味に二人の間で攻防が続いた、結果。

 

「なんでこうなるの?」

「大人しく寝とけ」

 

グラディオラスの膝に頭を乗せられて(抑えられて)、寝ろと強制睡眠。ノクトが「ズリぃ」とか羨ましそうな声出してるからグラディオラスの膝で寝たいらしい。私としてもぜひ、代わってあげたいけど、逃げられない状況なのでまたの次回にしてもらおう。

丁度眠たくなっていた私は大人しく瞼を閉じることにした。

 

「眠い」

「ああ、着いたら起こしてやる」

 

ポンポンと軽く頭を撫でられて寝心地は快適とは言えないが、妥協してやることにした。

 

 

 

ああ、そういえば。

男の人に膝枕してもらうのってこれで二度目だと思い出す。

あの時は、確か。そう……ノクトと些細な喧嘩してイラついておまけに一部始終を耳にしていたと思うあの人からのちょっとしたお叱りの言葉。

カッと怒りに頭が真っ白になって自分の部屋に飛び込んで、絶対開けるな。開けたら死んでやる!とメイドや執事に脅しを掛けて絶対入らせないようにしてクペに身代わりを頼んでエルを伴って城を飛び出た。向かった先は彼の部屋。仕事疲れでクタクタな彼にドアを開けてもらって遠慮なしに彼のベッドに寝転んだ。

 

『何してんだ』

『別に』 

『……泣いてるのか』

『泣いてない』

 

決していいベッドとは言えない。安物のベッドだ。

スプリングがギシギシ鳴ってるし彼が横に座ってへこむのも分かるくらいだもの。エルは私の傍をうろうろして「キュン」と悲しそうに鳴く。私は手を伸ばして大丈夫だよと撫でてあげる。けど、本当は大丈夫じゃない。

 

あの人はいつも私を見てくれない。

 

あの場所は私の本当の居場所じゃない。

それでも私の逃げ道はここだった。その時はそう思って駆けこんでしまった。

 

『……ったく。男の部屋に気軽に入るなっての…』

 

彼の困った声に、少し体を強張らせた。ここも、駄目なのと思ったから。

 

『……』

『ほら』

 

パンパンと何かを叩く音。怪訝に顔を少し上げて彼の方を見やった。

 

『……なに』

『膝、貸してやる。姫様には寝にくいベッドだろ』

 

私の身分を知ってなお、態度を変えない彼に私は多少なりとも救われた。

っていうか敬われたような覚えないかな。

 

『……痺れるわよ』

『鍛えてるからこれくらい大丈夫だ』

『ふーん。あとから叫んでも遅いから』

 

私は一度上体を動かして彼の近くに移動して再度彼の膝に頭を乗せ寝転んだ。

私の率直な感想。

 

『固い』

『だろうな』

 

苦笑する彼を真下から見上げていると、そっと目尻にそう指先。

私はその温かさと心地よさに瞼を閉じた。

 

『雨、降ってたのか』

『……そう。土砂降り状態』

 

外は全然雨なんて降っていない。私も濡れてなどいない。

それでも彼は全てを分かったうえでこういった。

 

『帰る頃には止むさ』

『そうなると、いいね』

 

私が泣き虫であると知っている彼の飾らない優しさが嬉しかった。

それからしばらくして彼は私をいつもの見送り場所まで送ってくれた。

 

『すっかり晴れたみたいだな』

『……うん』

『気を付けて帰れよ』

『ありがとう』

 

私が少し歩いた先で振り返って手を振ると、彼も手を上げて『またな』と微笑んでくれて嬉しくて『またね!』と返す。そして晴れた気分で城へと帰った。

 

逃げ道があるって、素敵だね。

 

 

まどろんでいく意識の中で今、彼はどうしているのだろうかと考える。他人のために何かをせずにはいられない犠牲心を持っていた彼だ。それでなくても彼は王の剣。インソムニアが襲われているのだから彼は、もしかしたら……。

いや、でもエルの加護がちゃんと彼を守っていると信じよう。

 

英雄はどんな屈強にも負けないはずだ。

 

ノクトも知らない。

グラディオラスもイグニスも、ましてやプロンプトも知らないこと。

 

私だけの英雄との思い出。

 

次の目的地までは時間があるんだ。少し思い出に浸ろうか。

 

【君の知らない物語】

 

 

二人だけの秘密。それは誰にも話していない出来事。

って言ってもクレイだけは知ってたんだけどね。私を迎えに来たのもクレイだったし。

あの人には言わない。だからもう二度としてはならないって迎えの車の中で厳しく諫められ私は頷くしかなかった。彼にも迷惑をかけるのは嫌だったから。

 

ぼんやりと車の窓ガラス越しに見慣れた景色に別れを告げた。

もう彼とは会うことはないんだと寂しさを感じながら、また私は檻の中へと帰った。

 

ニックス・ウリック。

王の剣に所属する若き英雄。辺境出身者でありながらその昔陛下にその身救われ力を得たいという一心から過酷な訓練にも耐え、晴れて魔法を得られるまでに成長。その後は仲間内でも目覚ましい成長ぶりから一目置かれる存在へと変貌。

 

っていう細かな情報は後から知った。

ただ大まかに王の剣だって教えてもらってたから。

 

それにしても私と出会う時は英雄ってよりも人の良すぎる青年?って感じだったかな。

だから色々と無理言っては困らせてしまったけど。

 

私が彼と出会ったのは、ほんの好奇心と閉じ込められることにいい加減嫌気がさしたから。だから冒険心から計画を立てて、召喚獣からの応援もあって私は見事城を抜け出すことに成功。クペは私の身代わりをしてくれているから、相棒に連れて行きなさいとシヴァに言われてカーバンクルと共に城を出た私。どうやって出たか?

それは秘密。

それと私の髪は目立つからってシヴァが用意してくれた黒のレースでできたフード付きポンチョを忘れちゃいけない。シヴァのセンスっていつも間違いないんだよね。

でも私の好きな白じゃなくて黒を選んだのには理由があるって。

『白は単純に目立ちすぎるわ』だって。なんかシヴァって普段からお洒落なイメージだねって褒めたら『あら、私だってセンスくらいあるわ。もしかしたらレティが気が付かないだけで傍にいるかもしれないわよ?』と可笑しそうに笑った。

変ないい方だよね。シヴァがいつも傍にいるだなんて。

出てくるときは突然なのに。

 

ああ、外じゃカーバンクルなんて言えないから、彼には偽名で『エル』って名付けた。即興で考えた名前だったけどエルは喜んでくれた。

フードは脱がないようにねと注意してくるシヴァとクペの見送りを受けて華麗に檻から脱出。私が都会的な所から下の階層に降りて行って迷った末にたどり着いたのは、移民たちが集中して住まうゾーン。活気と独特の文化が混ざり合っているところだった。

 

「うわぁ…」

「キュン!」『レティ、うろうろしてるとぶつかるよ!』

 

私と違う色の肌。私と違う言語が飛び交う広い異文化が広がる世界。

屋台では見たこともない料理や、独特の匂いに思わずリズム取ってしまいたくなるような音楽。見惚れてしまう私に肩に乗っているエルの注意を促す声は聞こえなかった。

案の定、人込みをすれ違う中、定番のフラグを踏んでしまった私。

 

「…きゃ!?」

「うわっ!」

 

ガラの悪い男に肩がぶつかってしまった私は、体をよろけながらも慌てて「スイマセンっ!」と頭を下げて謝ったが背後を別の男に塞がれてしまった。なんて手際の良さ。きっと最初から目を付けられていたのね。ガタイのいいネズミみたいな髭の男とまるまるっとしていて蹴とばしたらぽよんぽよん!って転がりそうな体系の男。ぶつかったのは、まんまるのほう。衝撃はすごかったわ。肉の弾圧が。

 

「お~い。いてぇじゃないの。え、お嬢さん」

「昼間っからフードなんか被っちゃって、怪しいねぇ」

 

絶対痛いわけないじゃない!と言い換えそうになったけどここで大事はマズいと判断した私は、二人に飛びかかりそうな勢いのエルを宥めて、

 

「あ、その本当にスイマセン。私、急ぐんで!」

 

そう口早に喋って隙間から強引に逃げようとした。けどねずみ男の方に腕を掴まれ動きを止められてしまった。

 

「ちょっと待った待った。焦って行かなくてもいいじゃん。オレ達にさ、詫び。忘れてるよ」

「…詫びって、ちゃんと謝ったじゃないですか」

 

身じろぎしてその腕を外させようとするけど、力じゃ叶わなった。

下卑た視線が私の体を嘗め回すように品定めしていて気持ち悪さから顔が歪む。すぐそばを行きかう人々は関心すら寄せるが助ける気はさらさないらしい。まるで無視だ。

なんだか嫌な感じがした。

 

「いやいや、どこの世間知らずのお嬢ちゃんだよ。いいかい、ここらへんじゃ金で詫びるって決まってんだよ。……もしくは、……自力で詫びるってのも選択肢にあるよな~?」

「ああ、そうだな……。お嬢さん、どっちがいい?」

 

ぐっと距離が近づいてくる男二人。

 

「そ、んな……どっちもやだ!」

 

私は後ろの男の腹に肩肘を腹に叩き込んで、「ぐっ!」と呻いた瞬間を逃さずいざという時の為にクレイに教わった男の急所。金的蹴り!を目の前の男にお見舞いした。

 

「ぐお!?」

 

まんまる男は自分の急所を前かがみになって抑え込む。その隙に私は駆けだした。

 

「……ぐぅう、いて……あ、おいこら待てぇ!!」

「誰が待つか!」

 

そう叫びなら、私は全速力で走る。一人が腹を抑えながら私の後を追いかけてきて遅れてあのまんまる男も足をもつれさせながら続いたようだ。気配を後ろでビシビシ感じながら私は屋台やら人やら倒しながら身軽な動きで逃げた。結構な距離を走ったがそれでも男二人は諦めず執念深く追いかけてくる、追いかけてくる!

 

その執念深さを別の方向に向ければちゃんとした仕事も見つかりそうなのに。

魔法を使おうと思って指先からサンダーセットしようと思ったけど、ぴったりと肩に身を寄せているエルが慌てて

 

『レティ!駄目だよ!ここは人が多すぎるっ』

 

と教えてくれたので私はハッと今は城内ではないことを思い出し手を引っ込ませた。

頭はもうパニック状態だった。

 

「もう!どうすればいいの!?」

『レティ!?前っ!!』

「え?」

 

後ろに気を取られ、しっかり前を見て走ることを忘れてしまっていた私。

エルの制止を求める声に間に合わず、顔面から誰かの体に勢いよく突っ込んでしまった。

 

「っ!?」

「ふんぎゃ!?」

 

鼻が痛い!

 

その人物も私が突っ込むとは思わなかったんだろう。受け身すら取れずにその人ごと私は盛大に地面に倒れ込んでしまい、エルはその反動で「きゅぅ」と悲鳴を上げて転がっていった。

 

「いたた……、エル!?」

「……つぅ……おい」

 

低い声で機嫌悪そうに呼びかける存在は頭から思いっきり無視して私は痛む鼻を抑えながら転がるようにその人物の上から起き上がってエルの方へ駆け寄りその小さな体を胸に抱き上げる。

 

「エル、エル……大丈夫?」

「きゅうぅぅ」『…うん、何とか』

 

私の必死の呼びかけに目を回しながらもなんとか返事を返してくれたエルに、ほっと胸を撫で下ろす。けど、すぐ後ろから迫っている存在に気づいて私はぶつかった相手に「ほんとスイマセン!さよなら」と視線を合わせず挨拶もおざなりにエルを落とさないようしっかり胸に抱いてまた駆けだした。

 

「あ、おい!?」

「ほんとスイマセン~!」

 

呼び止める声に誠心誠意謝りつつ、

 

「待ちやがれっ!!」

「誰が待つか~~~!!」

 

と言い返すことも忘れずに私は注目を集めていることも承知の上で必死に逃げた。

後ろから、もう一人追っかけが増えていることも気づかずに。

 

【あれ?なんか追って増えてない?仲間か!?】

 

初めての場所で私に完全に男たちをまくことはできずに、路地に追い詰められてしまった。体力的にも限界で息を切らしながら壁際に追い詰められ、迫りくる男二人を睨み付けるだけで精一杯だった。

 

「手こずらせてくれん、じゃん!」

「ぜってぇゆるさねぇぞおい!」

 

ここなら、魔法を使えるか!ああ、でも一般人には使うなってクレイにキツク言われてるんだった!?どうしよう……。

 

何処から調達したのか鉄パイプやら木の棒やらちらつかせながら、お怒りの御様子。

エルが私の腕から飛び降りて、威嚇して私を守ってくれるも男二人はエルの勇敢な姿に、ムカつくほど笑い飛ばしてきた。

 

「こんなちっさい体でご主人様守るってか?笑えんじゃん!」

「大した忠誠心だな、おい……。お嬢ちゃん、ちょっとオイタがすぎんだよ!」

 

男が鉄パイプをエルに振り落とそうとする。

私は悲鳴を上げてエルを守ろうと何も考えずに飛び込んだ!

 

「駄目ぇぇぇえええ――――!!」

 

私の伸ばした腕とエルが地面を蹴って飛びかかろうとするのと男が勢いよく振り下ろそうとする鉄パイプ。

 

全ては、一瞬で終わるかと思った。

けど、

 

「残念だが、終わりだ」

 

聞き覚えのない声が男たちの背後からしたと思ったら、目の前に見知らぬ男があっという間にごろつき二人を倒して呻いてばったんきゅー。

今なんか、テレポートしてなかった?いや、きっと私の見間違いだろうさ。落ち着け私。

 

「……」

 

エルは私の腕の中に飛び込んできて耳をピンとさせているけど警戒している様子はない。

危険人物ではないのかも。

その青年は頑丈そうなブーツを履いていて倒れ込んだ二人を一瞥して振り返った。よくよく彼の服装を確認してみると、制服のような恰好をしている。

 

「……あの」

「……困っていたんだろう、アンタ」

「……ええ、まぁ」

 

確かに困っていた。

ヤバかいとも思った。けど、どうして助けてくれたのか理解できなかった。

っていうか誰?

 

「……アンタ、この辺は初めてだろ。……無暗にうろつかないほうがいい。この辺の奴らはアンタらルシスの国民には快く思ってないからな」

 

ちょっとトゲのあるいい方?って感じてしまったがきっと気のせいだろう。

 

「……あの、ところで誰でしたっけ?」

 

コテンと首を傾げる私に、青年は愕然としたようだった。けどはぁっと重い息を吐いて、説明してくれた。

 

「………さっき倒されたもんだ。アンタに」

「ああ!確かにそういえば」

 

ぽんと納得したように手を叩く私に彼は背中を向けて、

 

「……上まで連れてってやる。行くぞ」

 

と歩き出した。どうやら案内を買って出てくれる様子に私はもちろん疑ったが、とりあえずは伸びてる二人の仲間ではないと判断。ずっとここにいるわけにもいかずに私もよっこらしょと腰を上げようとした。けど、上がらなかった。

どういうわけか、力が入らないのだ。

 

「……」

「……どうした。来ないのか」

 

私が立ち上がらないことを不審に思った彼が、少しだけ体を振り返らせていた。

 

「僭越ながらその、手を貸していただけると助かります」

「……は?」

「腰が、抜けた」

「……」

 

私の情けない声に青年は痛そうに頭を抱えた。でもすぐに戻ってきて

 

「手がかかる奴だな」

 

とぼやきながらも手を差し伸べてくれた。でもよく考えると今立てない私。

どうしたものかと悩んでいると、「悲鳴上げるなよ」と前置きされ、あっという間に逞しい腕に抱き上げられていた。私が知る周囲の人間とは明らかに彼の容姿は違っていた。肌の色が少し浅黒く鍛え上げられた体はなんとなくグラディオラスを彷彿とさせた。裏路地から出ると彼の瞳が青空のように綺麗な色であると分かった。

って冷静に分析してる時じゃない!姫抱き姫抱き!?

 

「ひえ!?」

「だから声を上げるな」

 

いやいや!そんな無理ですから!

至近距離で見知らぬ男性とその時は密着したことなどない私に落ち着けという方が無理だった。エルは警戒しておらず、彼の肩にちゃっかりと乗っている。

青年は気にした様子もない。割と動物は好きなのかな?

ってだから分析してる時じゃないって!突っ込む私。

 

「いや!でも私重たいし!いいですいいです!降ろして~」

「歩けないんだろう、アンタ。……オレが帰れなくなる。悪いがこのままだ」

 

ズンズンと元来た道を歩いていく彼。私の抵抗など皆無に等しかった。

けど不思議でしょうがなかった。なぜここまでしてくれたのか。

だから好奇心から尋ねてみた。

 

「あの」

「なんだ」

「どうして、助けてくれるんですか?」

「……さぁな。アンタが困ってた、から」

 

もっともな理由にして、もっとも理由にならない答えだ。

初対面である彼と私に接点などない。むしろ私が突っ込んで倒してしまった相手だ。いい想いをしていないのは承知なはずなのに、それでも困っていたということだけで助けてくれるなんて。

彼の、人柄はまさにアレだった。本で読んだ、

 

「……英雄だ」

 

初めて本物と出会えたことに一人感動してしまった。

英雄と会えるフラグ回収したのか私!?とその時はテンションMAX。

 

「……はぁ?」

「あ。いえいえ!ナンデモナイデス」

 

手をブンブンと降って慌てて笑って誤魔化した。彼は怪訝そうにしていたけど、歩みを止めることはなかった。真正面を向いて、人々からの好奇の視線さえも気にせずに進む。ああ、フード被ってて助かった!と心底ほっとしたのは後にも先にもこの瞬間ぐらいなものだったな。

 

「……」

「……」

「あの」

「……なんだ」

 

鬱陶しそうに受けごたえはしてくれる。かなりのお人よし。

ここは、チャンスだと私は意を決してこう質問した。

 

「貴方って移民の方、なんですか?」

「……ああ、そうだが」

 

ビンゴ!

私は嬉しさのあまり身を乗り出して距離が近くなったことにより、ぎょっとする彼にこう頼み込んでいた。

 

「外!」

「あ?」

「外の世界!教えてくださいっ!」

「はぁ?」

 

今度こそ、彼はピタリと歩みを止めてしまった。

 

「とりあえず自己紹介を。レティです。末永く宜しくお願いします」

「いやそれはない。……ニックスだ。ニックス・ウリック」

 

【これが彼との出会い】



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[お転婆姫との思い出]

ニックスside

 

 

今頃、彼女はどの辺りなのか。焦る気持ちばかりが先走り王都を出発してから、幾度と命の危険に遭遇する場面もあった。やはり王から借り受けた魔法の影響は強くモンスター相手に何度も苦汁を飲ませられ命からがら逃げる時もあった。辺りが静寂に包まれ、夜になるとグッと気温が低くなり、昼間の暑さとは比べられもないほど身を縮こませながら唯一の温かさとなるたき火に手を当てては暖をとり凌ぐほかない。

 

「はぁ~、やっぱバイクで移動ってのもきついな」

「ああ。だが仕方ない……。あそこじゃ動かせるものがあっただけでもマシなくらいだ」

 

オレの隣で共に暖を取る同郷からの付き合いであり、親友であるリベルト・オスティウム。リベルトと奇跡的に再会できた時は歓喜に身を震えさせながらお互いがっちりと抱き合い、両目に涙を溜めて、オレの生存を心から喜んでくれた。事の顛末をリベルトに伝え全てはレティのお陰なのだと説明すると、『マジかよ!?あの姫様サイコーじゃねぇか!』と飛び上がるくらいのはしゃっぎっぶりを見せら戸惑ったもんだ。急ぎレティの元へ行かねばならないことを伝えると、リベルトもオレも一緒に行くと名乗りを上げた。だがオレとしては命の危険が常に迫りくる危険な旅に友人を連れて行くことは避けたかった。だからオレ一人で行くと断ったのだが、リベルトはその固い意志を変えようとはしなかった。むしろ、『オレの親友を助けてくれたんだ!礼を言わなきゃ気がすまねぇだろっ!?』と鬼気迫るような表情で詰め寄られては頷く他なかった。

徒歩では無理だということで辛うじて動くバイクを見つけ王都を出発したオレ達。だがすぐにガソリンも底を尽き、結局は押して歩くことになった。だが距離的にもそうだが、夜はシガイがうろつくので移動はできない。

安全な場所でテントを立て、昼間の疲れを癒し明日に備えるほかなかった。

 

「もう少し行けばハンマーヘッドだよな。そこでガソリンついでに情報仕入れるか」

「ああ」

「ついでにシャワーも浴びえてわ」

「……ふっ、確かに」

 

お互い着の身着のままで今に至る。それなりに必要な物も手に入れなければ今後の旅も継続は無理だろう。オレは、たき火の明かりに照らされながら自分の手を広げては見つめる。

 

レティが救ってくれた命。だが魔法が使えないオレたちに対抗手段と行ったら自前の武器だけだ。それも倒す意味ではなく防衛と逃げる一瞬を作るための策。

あの力は指輪を介してオレ達にもその魔法の恩恵を与えていたと伝え聞く。

今の王、つまりノクティス王子の手に指輪が渡らなければ使えない。逆に言えば王子の元に指輪が渡っていないということだ。ルナフレーナの嬢さんはまだ接触していないと考えられる。現状を打破したいがうまくいかないことにオレはジレンマを感じている。リベルトが軽口叩いてはオレの気を紛らわそうとしてくれるがオレは相槌を曖昧に押し黙るしかなかった。すると、リベルトは何を今さらかという話をわざとらしく話してきた。

 

「そういや、よく考えるとよ。あのお姫様も一緒なんだよな、ノクティス王子と」

「ああ」

 

オレは軽い相槌を打った。それで一旦会話は終了しまたお互いの間に静寂が訪れる。

 

「あの姫様も見かけの清楚なイメージぶっ壊すぐらいにお転婆だったよなぁ」

「……それが彼女のいいところさ」

 

リベルトにレティを紹介する時は心底冷や冷やしたな。オレに女ができたとかで冷やかそうとしてたリベルトだが、いざレティが自分からフードを脱いで正体を明かした時の顔は見ものだった。それとレティにも。自分から暴露してどうする!?とオレが頭抱えてそういうと、レティは真剣な表情で

 

『ニックスの大切な人なんでしょう?騙したままじゃ悪いし貴方だって気が重いでしょう。だったらいっそのこと話したほうがいいかなって。それにニックスの親友なら私のことを別に人に言いふらすようなことはしないでしょう?』

 

と最後に小さく微笑ませて言うものだから、オレは思わず頬に熱を感じさっと視線をそらしてしまった。自覚がないって恐ろしいものだよな。それが殺し文句だって気づいてすらいないのだから。リベルトはオレの態度を見てすぐに気づいたらしい。

それから色々と気遣われるようになった。わざとレティと一緒にさせようとしたり、二人っきりになれる状況を作るようにしたりと。だが肝心のレティはオレのことを意識すらしていない様子に正直へこむこともった。だからこれ以上お節介はやめてくれと頼んだが、オレが協力してぇんだよ!と言い切られオレは脱力するしかなかった。もう勝手にやってくれという感じだった。

 

そういや最初の出会いは最悪だったがな。今でも笑い話の種くらいになっているとレティが知れば怒りそうだが。

 

「……ニックス、お前、姫様のことだと表情丸わかりだぜ」

「…そうか?自分じゃわからないもんだがな」

「惚れた腫れたで腹は膨らまねーぜ」

「そりゃ確かに」

 

だが原動力にはなっている。たとえ困難であろうとも進まなければならないという気にさせてくれる。

 

「……そう焦るなよ。王子が傍にいるんだったらきっと無事さ」

「分かってはいるんだがな。気持ちばかりが先走る……。もう一度魔法が使えたら夜もぶっ飛ばしていけるというのに……」

 

できもしないことを願うくらいにオレは切羽詰まった顔してのか。

さっきからリベルトに心の内を見透かされているようだ。

 

「オレが持たねぇからやめろ」

「……お前まで来なくても良かったんだぜ」

「何を今さら!ルナフレーナ様と約束したんだ。故郷でニックスと待つってな」

「……悪いが、その約束の前にオレはレティと約束している」

「何をだ」

「彼女は、単なる思い付きで言ったのかもしれないがな。オレの中じゃ立派な約束だ」

 

それは、今も色あせることなく思い出せる記憶の中。彼女を城近くまで送る為、いつも二人で喋りながら向かっている時だった。王都警備隊に見つからないように表通りは通らずに彼女が抜け出てきたというルートを通って。

オレより一歩先を歩く彼女。

 

『ねぇニックス!もし、私がまた困っていたら助けに来てくれる?』

『……また危ない目に合うつもりか』

 

懲りるという言葉を知らないのかと呆れるオレにレティは振り返って分かりやすく不機嫌になった。

 

『好きであってるわけじゃないわ。危険が向こうの方からやってくるのよ!』

『それを人は屁理屈っていうんだ。また一つ賢くなったな』

『ああ!?ニックスの意地悪!』

 

コロコロと表情が変わる彼女はどれだけ多くの人に好かれているのかと嫉妬したな。そういえば、彼女といる時間が増えるだけ好ましいと思う点も増えていったか。

向上心の塊のような彼女だ。失敗してもめげるという言葉は知らないらしい。だから悲観的になることはあったが、立ち直りも早かった。オレの周りにはいないタイプだから惹かれたのか、それとも最初の出会いからだったのかは今でもわかってない。そんな彼女だからこそ、オレは力になりたいと思った。

 

『……ふ……。いいさ、何度でも助けてやるよ』

『本当?英雄[ヒーロー]みたいに?』

『英雄じゃなくて、騎士として助けに行ってやる』

『騎士?』

 

オレの言葉にピンとこないらしいレティはいつもの癖で少し首を傾げて不思議そうな顔をした。オレはレティとの僅かな距離を詰めてすぐ触れられる位置で止まる。

オレが触れようとするとレティはいつも拒まなかった。実際、気軽に触れられる存在じゃないって知ってるさ。……躊躇する時もあった。その時も、そうだった。伸ばそうとした手をひっこめたからな。

 

『ピンチな姫には騎士が助けに来るってのがセオリーなんだろ?だから、騎士』

『……もし、私が姫じゃなくなったら?』

『ん?』

『もし、私が姫じゃなくなってしまっても、助けに来てくれる?』

 

瞳が、揺らいでいた。声が震え何かを恐れているようで、縋るようにオレを見つめて言うレティ。オレの答えは最初から変わらない。

 

『ああ。助けに行く』

 

迷いなくそう告げると、レティは泣きそうな顔して無理失敗した笑みを浮かべて笑った。

 

『ニックスは、優しいね』

『レティ……』

 

オレは躊躇ったのち、彼女の背に片腕を回して軽く抱き寄せた。そうしたいと願ったから。

抵抗はなく体重を預けるようにレティは身を寄せオレ達は暫くの間、お互いの体温を感じ合った。今考えれば、彼女なりに自分の出生を知っていたんだろう。オレが彼女の出生を知ったのはあの指輪を嵌めたことにより歴代の王たちと交わした言葉の中からだ。死んだはずの陛下の声が王子の、レティの身を案じていたのを覚えている。

当時の状況をかいつまんでそう教えると(もちろん冷やかしされるような場面はカット)、リベルトは腹抱えて盛大に笑った。

 

「騎士っ!?お前が?」

「自分でも馬鹿みたいだと思う。だが……」

 

そう言い淀むオレに、リベルトは笑うのをやめ真面目な態度で謝った。

 

「……いや、悪い。だが、本当にお前は変わった。前よりも生き生きしてるぜ」

「……それもこれも彼女のお陰だ。今のオレが今こうして生きていられるのは彼女から譲り受けた腕輪のお陰なんだ」

 

オレは割れた腕輪を今も大切に肌身離さず持ち歩いている。

これはレティが大切にしていた母親の形見だからだ。割れてしまって悪いが、会えた時に返そうと思っている。

 

「話だけ聞いてりゃますます姫様には頭が上がらないな。……王が大切にしてきた意味も納得できちまう。……昼間のラジオで帝国が本格的に姫様を探し始めているだろ」

「ああ」

「……敵は巨大だ」

「ああ」

「……諦めるって気はないんだな」

「ない。レティは必ず探しだす」

「……オレの降参だ。さっさと寝ちまえよ。明日に響くぜ」

「……ああ、おやすみ」

 

手を上げてテントへと入って行くリベルトを見送って、オレは再度彼女からもらった割れた腕輪に目を落とす。

 

「……必ず、必ずだ」

 

助けに行く、だからどうか無事で……。オレは夜空に光る星々にそう固く決意しなおした。

 

【今君は、何処にいる】



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紳士でちょっとだけ狼さん。

イグニスside

 

 

彼女が自分の出生について粗方情報を得ていると確信がついたのは、将軍との一方的な言い争いの最中だった。王族であることを毛嫌いしている、というよりも嫌悪感すら抱いていて何も知らぬノクトがいるにも関わらず、感情剥きだしに将軍を睨み付けるレティにオレは衝撃を受けずにはいられなかった。そういえば、ふとあの時のレティが言っていた言葉を思い出す。レガリアに給油している時のことだ。彼女の世間知らずな行動からオレが諫めた時、彼女はこういった。

 

『……好きで王女になったわけじゃないわ……』

 

辛そうに堪えるように呟いた彼女にオレは何も知らずに厳しい言葉をぶつけてしまった。

 

『だが君は王女だ。その身である限り王女と敬われる存在なんだ』

 

いつもの調子でそれが彼女の為になると思ってやったことだった。だが実際はどうだ?彼女が昔から背負い続けてきた苦しみを理解せず、断片的に彼女がこうなのだろうと勝手に決めつけ、彼女の本当の、姿を知らなかった。知ったかぶりに過ぎなかった。ああ、出来るならその時に時間を巻き戻させてオレを殴って止めてやりたいくらいに憤っている。自分自身の愚かさに。心もとないオレの言葉でどれだけ彼女が傷ついたことか。それでも笑って普通に振舞おうとする彼女がどれだけ裏で涙を零しただろうか。謝ろうとタイミングを計ったが、どうにも言葉に出せずに怖気づいてしまう。……彼女に嫌われるのではないかと、馬鹿みたいに怯えているんだ。情けなくて誰にも言えないが。……だがチャンスさえあれば、ちゃんと謝りたいんだ。――すまないと。

 

オレが運転するレガリアがコルニクス鉱油・アルスト支店へ到着した頃には日も沈み始めていた。いつものことながらプロンプトの催促により今日はモービルに泊まることになった。

 

「ねーねー!今日はここに泊まろうよ。夜は危ないし、シガイも出るし、姫も寝てるしさー」

「まーな。イグニスは?」

「その方がいいだろう」

「だな」

 

レガリアを給油所の前で停止させオレとプロンプトは先にレガリアから降りたが、グラディオが「おい、レティ。着いたぞ。レティ」と自分の膝で眠っている彼女の肩を掴んで揺り起こそうする。だがオレも気になって様子を伺うがレティに動く気配はない。

 

「駄目だこりゃ。熟睡してるぜ」

「っぷ。涎垂らしてるわレティ」

 

降りかけたノクトがまた戻ってレティの顔を覗き込んで笑いを吹き出しながらグラディオにそう言うと、「げっ!」と呻いて反射的にレティの頭をシートに落としてレガリアから飛ぶように降りた。ごすっとレティの頭がシートに落ちたのを見てオレは思わず

 

「おい!」「グラディオ、危ないだろ」

 

とその行動をとがめた。声が被って聞こえたがノクトも同時に声を上げていたようだ。タイミングまで被るとは……。オレとノクトに責められグラディオは

 

「不可抗力だろ…」

 

と頭を掻く。クペがレティの元まで飛んで行き

 

「……色々あったから疲れてるクポ。テントに寝かせるクポ」

 

とレティの頭を小さな手で撫でながら言った。どうやら先ほどの衝撃でさえも起きないらしい。本当に熟睡しているようだ。ならオレが運ぼうと声を出そうとしたが先にノクトが

 

「じゃあオレが」

 

とレティを抱え上げようとする。だがクペが

 

「ノクトはダメクポ!」

 

と叫びながらノクトの顔にぺたりとへばり付いた。

 

「おわ?!何すんだよ」

「ノクトはレティ運ぶ時雑すぎるクポ!イグニス!運んでクポ」

「な!」

 

ズバリ図星らしいな、クペの指摘に絶句するノクト。

 

「イグニス!早く運ぶクポ!」

「あ、ああ」

 

オレはノクトにぐいぐい顔を引っ張られてもめげないクペに急かされ、反対側のドアから寝ているレティを少し引っ張り上体を浮かせて腕を回して抱き上げた。ぐっと近くなる距離に不謹慎ながらも胸が一瞬早鐘を打つ。だが寝ている女性に何を考えるんだ!と邪な気持ちを振り払ってオレは冷静さを保とうとする。そうだ、別のことを考えよう。

レティはよく自分の体重を気にしているが、今抱き上げてみると平均女性の体重はあると思う。彼女の身長から計算して相応な体重ではないだろうか?

これよりも軽くなってしまったら病気の可能性もあるかもしれない。まぁ、持ち上げる方の筋力も試されるわけなのだが、オレはそれなりに鍛錬を重ねているのでレティを運ぶくらいどうということはない。つまり、レティが今以上に重くなっても運ぶ自信はあるということだ。……何を考えているんだ、オレは。

よほど今の状況に混乱しているらしい。これは早々に部屋へと運ばなければならないな。

クペの方をみるとノクトにぺちぺちビンタを繰り出して果敢に応戦している。アレは地味に痛い。その小さな体からは到底想像つかないほどの目に見えぬ高速の速さで繰り出されるビンタ。だがクペの手自体が柔らかく気持ちがよいので痛みという痛みはない。むしろ癒し効果があるのではないかと期待すらしている。だが容赦ないその速さに首を左右に激しく振って脳がシェイクされている感覚に落とされる。本人の受け取り方によって効果は異なる。癒しを取るか、地獄を取るか、だ。どうやらノクトには残念ながら地獄のようだ。

「ぐえ!ぐほ!ぬは!」と呻くノクトに少し同情しオレはグラディオに向き直った。

 

「グラディオたちは先にモービルで休んでいてくれ」

「ああ、ノクトも連れてくわ」

「頼んだ」

 

そういうとグラディオは

 

「やるかコラ!」

 

とクペをもみくちゃにしているノクトの首根っこ引っ掴んで無理やりレガリアから引きずり降ろして有無を言わさず連れて行く。召喚獣相手にムキになるノクトを見てはため息しか出ない。クペは一瞬の隙をついて脱出しオレの肩に乗って

 

「まだほっぺが痛いクポ……」

 

と痛そうに頬をさすっている。オレは

 

「後で冷やすものを用意しよう」

 

と言うと

 

「お願いするクポ」

 

と先ほどよりも雰囲気が柔らかくなった。

 

「グラディオおまっ!裏切ったな!?」

「うるせぇ、疲れてんだよ。オレを早く休ませろ」

「だったらグラディオだけ先行けよっ!オレはレティを!」

「それはイグニスに任せろ」

「はぁ?!」

 

ズルズルとモービルに連れて行かれるノクトは恨みがましい視線でオレに「イグニス後で覚えてろ!」と王子らしからぬ台詞を吠えて行った。……王子としての品格は、ないな。

 

「イグニス」

「ん?」

 

ぽんと背中を軽く叩かれ、プロンプトの方を向くと、ノクトに聞こえぬような小さな声で

 

「送り狼にならないようにね」

 

と囁かれ、オレは「な!?」とわかりやすく動揺してしまった。

 

「じゃ後で!」

 

一言余計なプロンプトはオレが叱り飛ばす前にさっと逃げて行った。オレの頭の中でプロンプトの『送り狼』という言葉が何度もリフレインしクペに話しかけられても反応がなかったらしいので思いっきり頬を叩かれ我に返ることができた。……痛くは、なかった。

 

「まったく!ノクトは乱暴すぎるクポ!」

 

憤慨するクペが先導してテント内に入るとパッと照明が自動的に付く。

オレが中に入り切るとドアは勝手に閉まり、クペが手招きして「こっちクポ」とこれまたレティの寝室のドアが自動的に開く。まったく、初めて見た時から思うが便利なものだな。

 

中へ運ぶ最中、レティは色々と寝言を言っていた。

「金的蹴り~」だの「エルダメ!」と物騒なことを叫んだりして違う意味で驚かされた。

 

金的蹴り…だと?……どこでその言葉を覚えたんだ…。

城内の人間に吹き込まれたわけじゃないな。大体彼女の周りにはクリーンな人間しか配置されていないはずだ。秘密厳守が第一条件であるからそのタイプは限られてくる。

では誰だ?……もしや、グラディオか。ああ、アイツなら余計なことを教えていてもおかしくはない。自分の防衛のためだと言ってな。しかし、言葉がスマートじゃない。もっとぼかしを入れて言えないものか。寝言にしては内容が具体的すぎて少し気になった。だが今はレティを早く寝かせてやることを優先させよう。それにしても彼女の寝室に入るのは初めてだな。王都の部屋からそのまま全て持ち込んできたということらしい。道理で見たことある家具ばかりだと思った。……多少どぎまぎしてしまうのは仕方ない。これも男としての正常な反応だ。決してやましい考えなどない。クペは、レティのベッドを整えてながら、ぼやいている。

 

「大体ノクトの行動パターンは読めてるクポ。運んだついでに眠たいからって一緒に寝ようとするクポ。そうなると朝にはレティが締め上げられて苦しんでるお馴染みのパターンになるクポ。……今日くらいはゆっくり寝かせてあげたいクポ。イグニス、いいクポ、寝かすクポ」

 

オレは頷いてレティをベッドへとそっと横たわらせた。

するとレティは「……腰が、ぬけ…た…」と少し苦しそうに呻きながら身じろぎし反対側を向く。

 

一体どんな夢を見ているんだ?

クペが甲斐甲斐しくレティの靴を脱がして床に揃えて置くのを見守りながら、

 

「だからオレ、というわけか」

 

とクペがオレを指名した理由が判明して納得できた。

 

「イグニスは紳士だから安心して任せられるクポ!」

「……そうか」

 

クペが上掛けを掛けてやると「クペはシャワー浴びてくるクポ。寝顔見てるくらいならいいクポ」とオレに言うと、鼻歌交じりに機嫌よさそうに部屋を飛んで出て行った。

 

どうやら、オレは相当信用されているらしい。これがノクトだったら蹴りだされているのか…?

 

どうしてか、複雑に気分にさせられる。信用を得ているというのは嬉しいが、その期待を裏切った時オレに待ち受けているのは、ノクトと同じ、クペのぺちぺちビンタということか。……少し期待する自分がいる。

 

「……」

 

オレは、ベッドの端にゆっくりと腰かけ今度は「…えいゆう…」と謎の寝言を連発しまくるレティを眺める。またこちらに寝返りを打ってその顔はニヤニヤと緩んでいる。オレはなんとも暢気な様子に笑いを殺しながら、レティの乱れた髪を直すために手を伸ばす。

さらりと指の隙間からすり抜けていく絹のような長く美しい銀髪に閉じられた整ったまつ毛も同じ色。白く透き通るような柔らかい肌。日焼けなどしないのではないかと思うくらいに色白で普段から化粧していないとおもえないほどの彼女の整った容姿。ぷっくりと吸い付きたくなるような赤い唇には思わず喉がごくりと鳴ってしまうほどで、オレは傾きそうな本能を自制させる。

駄目だ、これ以上と線引きの意味を込めて手をひっこめた。気軽に触れられる存在じゃない。

普段のお転婆姿からは想像もできないほどの秘密を抱えた王女。混血のプリンセス、か。

陛下がその御命賭けてまで守りたかった存在が今こうして目の前にいることの意味を、重要さを改めてオレは再認識する。いや、させなきゃならない。

ふと気を緩めればあっという間に彼女は攫われてしまうだろう。いや彼女自ら駆けて行ってしまうかもしれない。実際に、彼女はイクシオンの背に跨って魔道兵の大軍相手に容赦なく猛攻撃を仕掛けた。あの時の表現しがたい恐怖は今もオレの中で忘れることはできずにいる。オレは、思わず心の内を吐露していた。寝ているなら聞こえないという卑怯な考えも少なからずあった。聞いて欲しい、だが聞いて欲しくないという矛盾を抱えながら声を震わせてオレは口を開く。

 

「あの時、……怖かったんだ。……本当は君を失ったかと思ったんだ……。君がイクシオンと共に飛び出て行ってしばらくオレは現実を受け入れられなかった。グラディオに怒鳴られ乱暴にゆすられて初めて追いかけなくてはという気になった」

「……」

「君が、生きてるとグラディオが言ってくれなければオレは冷静になれなかった……。ノクトでさえ取り乱していたんだ。オレだってそうなりたかった、そうしたかった。…でもオレが取り乱してしまえば冷静な判断が下せなくなる。だから、オレは……」

「……」

「……君に、謝りたかったんだ……。すぐにでも謝ればよかったのものを……オレは、君に嫌われるのではないかという恐れから逃げてしまった。……すまない、レティ」

 

一気に口にから流れ出るように出てくるオレの気持ち。

 

「……オレ、は…」

 

口元に手を当てがって、言葉にすることでオレは今までが不安でたまらなかったんだとようやく認識できた。言うことが許されない立場だから自分を律し、其れゆえに吐きどころがなく溜まっていくしかない気持ち、想い。だがオレはレティの前だと素直に口に出せている。今も正直、驚いている。

 

「君の、お陰なのか……?」

 

自分の気持ちに、正直になれていることに。あれだけノクト達の前でそれらしく振舞っているが、彼女の前では、オレはただのイグニスでいられるこの安心さ。これは。

 

「君がオレの心の拠り所だから、か」

 

ストン、と何かが自分の中で落ち着いた。好きだ再認識したのは極最近で、告白も想いのまま先走ってしまった。結局はレティの中でカウントされていないようだが。

…ただの好きの継続じゃない。オレの抑えきった心を解放してくれる存在。精神安定剤。いい方は様々だろうが、オレにとってレティはそんな存在なのだと、今気づくことができた。

 

「……まったくもって、君の力は偉大だな」

 

苦笑してしまうオレの前で君は健やかに寝息を立てて眠り続ける。

こんなにも愛しいと思うのは、この先、彼女だけだろう。

 

「………」

 

少しだけ、……紳士の服を脱いでもいいだろうか…。今だけは。

 

オレは、眠るレティの顔のすぐ横に手をついて、遠慮がちにそっと額にキスをした。一瞬のような永遠のような、気にもなるくらい胸が高鳴った。

 

「おやすみ、レティ……。君の夢路が幸せなものに繋がっていることを祈ろう」

 

オレはゆっくりと彼女を起こさぬように気を付けながらベッドから降り、ベッドサイドに置かれた仄かなランプだけの明かりを残し照明を消してから静かに部屋を出た。

 

【部屋を出た瞬間から紳士に逆戻り】



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レスタルムか、チョコボポストか。

レティーシアside

 

朝、もぞっと起きたらいつの間にか柔らかベッドにinしてた私。いつの間に瞬間移動したのだろうか?まったく記憶にない。もしかしてクペが運んでくれたのかな。ああ、でもあの体じゃ潰れてるよね。だったらいっぱいねぎらってあげなきゃ。

寝ぼけ眼でぼんやりとしているとクペがドアを開いて飛んで私のベッドまでやってきた。

 

「レティ、おはよう。起きたクポ?」

「う」

 

目元をゴシゴシとこすぐりながらこっくんと頷く私。まだ頭がはっきりしない。

 

「ああ、ダメクポ。ちゃんと顔洗わないと!」

「う」

 

クペの小さな手に誘われて私はベットからよたよたと降りてる。服装も昨日のままで気持ち悪くてシャワー浴びたくなった。頭から。水でもいい。お風呂でもいい。あ、やっぱ水はヤダ。

 

「う」

「わかってるクポ。お風呂沸いてるから頭スッキリさせるクポ」

 

短い言葉だけで以心伝心な私とクペ。

部屋を出るとすでにイグニスの手により朝食の準備がされていてソファに腰かけて集合していたノクト達が私に気づいて挨拶をしてきた。

 

「おはよ。眠そうじゃんか」

「う」

 

ノクトがいなかったから快適に寝れたよ。

 

「今にも寝落ちしそうだな」

「う」

 

もっと寝てたいけどグラディオラスの膝はもう遠慮したい。首が痛いもん。

 

「おはよー姫。……ぷっ!…」

「うぅぅぅ!」

「なんでオレにだけ威嚇すんの!?」

「ぅぅぅ」

 

今笑ったろ。

 

「いやそれは変な顔だな~って思っただけで…あ!いや待って!朝からサンダーはやめてっ!?」

 

逃げ惑うがいいプロンプト!今日のサンダーは何処に当たるかわからないぞ。

 

けど、人数分の食器を運んできたイグニス(エプロン装着済み)が

 

「レティ、構ってないで早く入ってこい。食べれなくなるぞ」

 

と締め出しにかかっていた。クペも同じように私をバスルームへと急がせようとする。

 

「レティ遊んでないで行くクポ」

「う」

 

命拾いしたな。私は再びクペに誘われてバスルームへと向かった。

 

「はぁ……」

 

命拾いしたプロンプトが安堵のため息をついていたのはちゃんと背後から聞こえていた。

後でサンダー落としてあげようかとも考えたけどクペが用意してくれたハーブの入浴剤が入ったお風呂に全身浸かれば、あっという間にどうでもよくなってふにゃ~んと微睡む私の出来上がり。クペに急かされるまでゆっくりとバスタイムを楽しんだ。

 

【一言だけで意思疎通している仲間たちに違和感はない。】

 

 

イグニスの朝食を美味しく頂いた後は、当番制となっている後片付け(今日はノクトとプロンプト)を終えてからぞろぞろと皆クペのテントから出た。クペのテントを片づけてから必要な薬や食材をマートで買い込んで、さてこれからどこを目指そうかと顔を揃えて悩んでいる時にタイミングよくノクトのスマホが鳴りだした。おもむろにノクトは誰だ?と首を傾げながらスマホを取り出し電話に出る。

 

「もしもし」

 

すると快活とした若々しい声が耳元が響いた。

 

『ノクト!?無事だったんだね』

「イリスじゃん!」

 

電話の相手はなんとグラディオの妹のイリスだった。ノクトの驚きの声に皆つられてノクトを見やった。レティにいたっては、イリスの声が聞きたいがためにスマホを持つノクトの左側に回ってそわそわと落ち着きなく聞き耳を立てている。レティの行動など知らずにイリスは酷く焦った様子で口早に話してきた。

 

『レティは!?クペは?皆無事だよね?』

「あ、ああ。まぁな。それよりなんでレティのこと『こっちは何とかレスタルムまでたどり着いたとこ』聞いてねーし」

 

ノクトの台詞を遮ってイリスは自分の状況を説明しだす。

 

『私達ここの宿にいるから。近くに来たら一度合流できるといいな』

「うん、レスタルムな。なぁ、それでなんでレティ『レティに私は元気だから心配しないで!って伝えて。それじゃ!こっちで待ってるね』……切られたし」

 

あっという間にイリスは要件を済ませ早々に電話を切った。まるで嵐が去ったみたいだと思いながらポケットにスマホ突っ込むノクトの腕にレティが、がしっとしがみ付いては、

 

「イリス?!ねぇイリスからだった!?」

 

との教えてとせっつかせた。ノクトは戸惑いながらそれに答える。

 

「ああ。全然人の話聞かねーし」

 

と不満を零すもレティには全然関係ないようだ。彼女の脳内を支配するのはイリスに会いたいという想いだけ。電話の相手がイリスという情報だけ聞き出せれば、あっさりとノクトの腕から手を離すと、ほうっと熱いため息をついて明後日の方向を向いた。まるでそちらにイリスがいるかのように。

 

「……イリス…、早く会いたい」

「クペも会いたいクポ」

 

なんとレティだけではなくクペも似たような症状に陥っているではないか。

これには「……お前らもかよ」と呆れるしかないノクト。

 

「イリスか。まったく兄貴にかけねぇで…」

「ノクトの声も聞きたかったんだろう。心配していたはずだ」

「彼女はレスタルム?一回合流するの?」

 

プロンプトの問いにレティはバッとノクトの方を向き直り、

 

「ね?行こうよ、イリスに会いたい!」

「お、おう……」「やったー!」

 

目をキラキラと輝かせてずいっと顔を近づけてお願いしてくるレティに圧倒され、ノクトはコクコクと頷いた。了解を得られたと知ればレティは喜びあまり両腕を上げて万歳するほど喜んだ。クペと手を合わせてタッチしたりとその表情や行動は年相応に無邪気で可愛いじゃんと見惚れてしまうノクト。だがレティの態度はあっという間に降下することになる。

 

「でもその前にチョコポスト寄りたい!」

 

プロンプトの突然の訴えにより。

先ほどまで嬉しそうに頬を緩ませていたのが一転して、無表情に近い顔つきなり感情篭らぬ視線でプロンプトを見つめた。

 

「……」

「う、……姫の射殺さんほどの殺気が……!」

「………」

 

二倍増しに強くなった。目からビームでも出てきそうな感じである。

 

「さらに強く……でも負けるなオレ!」

 

自分に厳しく叱咤激励することで何とか屈せずにいようとするプロンプト。

彼になりに必死なのだ。ここで膝をついてしまったら、憧れでもあるたくさんのチョコボたちと触れあえない!どうしてプロンプトがレティの眼圧に反抗してまで頑張るのかは理由がある。以前黒いチョコボに会えたのはいいが、そのチョコボはレティばかりに甘えてまったく男は近づけようとはしなかった。最も残念がったのはプロンプト。触りたいのにチョコボ臭くなりたいのに。それは結局叶わず。だから今度こそは!

普段からチョコボチョコボとうるさいプロンプトの想いを汲んでノクトは

 

「……分かった分かった。レスタルム行く前にチョコボポストな」

 

とチョコボポスト行を決定した。途端に

 

「やった――!」

 

と大喜びなプロンプト。レティは自分が負けた悔しさから

 

「……仕方ないわね、チョコボの可愛さに罪はないから」

 

と言い訳めいてみせた。だがはたからみてみれば二人とも団栗の背比べ。

ノクトは呆れながらぼそっと呟いた。

 

「……低レベルの張り合い」

 

するとピクンと反応したレティとプロンプトは同時に

 

「「何か言った?」」

 

とノクトを問い詰めてきたが、ノクトはさっと視線を逸らして

 

「別に」(同じセリフかよ)

 

と曖昧に誤魔化したのでごちゃごちゃと言われることは避けられた。

 

【というわけで行先決まりました】



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裏切りの七神

『イフリートはうらぎってないの!皆にそう思われてるだけなの!』

 

幼少時より付き合いの長いノクトはレティがプンスカ!怒りながらイフリートは裏切ってない!と地団太踏んで悔しそうに白のスカートの裾をぎゅっと握りしめては何度も訂正してくるものだから、ああ、そうなんだという受け止め方はあった。だが半信半疑。

 

『ノクトはしんじてくれるよね?ね、ね?』

『あー、うん。うん。まーね』

『…うぅ~……ノクトのあほ!』

『なんで!?』

 

さすがに周りの大人たちは子供の戯言と言ってまともに受け止めようとはせず信じることはなかった。それでもレティは訴えようとした。だが庭先に遊びに来たぬいぐるみ姿のイフリートはレティが知っていれさえすればいいと豪快に笑った。

 

『イフリート、かなしくないの?しんじてもらえてないんだよ?』

『レティだけ知ってればいいんだよ。大体他の奴には俺の声を聞くことも姿を見る資格も備わってねぇんだ。あんなの相手にしたって無駄だ無駄無駄』

『……しかく?』

 

まだ幼いレティにはイフリートの言葉は難しすぎて意味が分からずコテンと首を傾げるばかり。イフリートはその純粋さに胸打たれた。よしよしと口元緩ませて小さな頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

『レティはそのまんま真っすぐ育てよ。穢れを知らなくていいんだぜ』

『けがれ?』

『まだわかんねぇか。穢れってのはだな!?』

 

ご丁寧に説明しようとしたところ、大人一人でも抱えるのがやっとなほどの大きさな氷の塊が頭上からイフリート目がけて降ってきた。間一髪のところでゴロゴロと横に転がることで避けることに成功。一体誰だ!?と叫ばなくても相手の方がやってきた。

 

『イフリート』

『げっ』

 

ふわりとレティの元に降り立つとその小さな体を抱き上げる女。いや、氷の女王と敬うに相応しい佇まいを持つ召喚獣。名は。

 

『シヴァだー!』

 

レティが嬉しそうに彼女に抱き着き返した。シヴァは挨拶の意味でレティの柔らかな頬にひんやりとしたキスを送るとにっこりと微笑み返した。

 

『レティ。今日はどんな絵本を読むの?私にも読み聞かせてくれるかしら』

『うん!いいよ。じゃあお部屋から持ってくるね』

 

シヴァはそっとレティを地面に降ろし、本を取りに行くため部屋に戻っていくレティの後姿をしっかりと見送った後でじろりとイフリートを睨み付けた。

 

『余計なことを言わないで。今のあの子には不必要な情報よ』

『……悪かったな』

 

胡坐をかいてばつが悪そうに視線を逸らすイフリート。だがシヴァにとっては謝ってすむ問題ではない。だからこそ厳しく追及した。

 

『貴方は浅はかすぎるわ。そんなばかりだから人間にいいように利用されるのよ。……あの布教用のおとぎ話も人間たちにとってはお誂え向きね。歴史を都合よく塗り替えるのは人間の十八番ですもの』

 

侮蔑すら含んだいい方に温度差の激しい奴と思ったイフリート。だが口に出すことはしない。今度は潰されるだけでは済まないお仕置きが待っていると確信づいているからだ。

 

『……』

『ミラの時は救うことができなかった。でもレティだけは……』

 

召喚獣には制約がある。主に対してその意思に背いてはならない。何よりの主の意思を尊重し、守護し奉る存在である。遥か創世の時からそう決められてきた。待ち望んだ希望の欠片がこの世に誕生した時はついにこの時が来た!と歓喜に震えたものだ。だがバハムートが下した命は、あくまで見守り過度の干渉は例外を除いて認めないというもの。その命に背くことはできない。背けば反逆の意思ありと抹消されるだけ。だから黙ってその命に従った。従い己の使命の為、彼女の為に耐えた。だが、耐えた結果はどうだ?希望の欠片は人の世に染まりすぎて穢れをその身に溜め込んでしまった。

挙句に死を望むとは。覚醒していないその魂では彼の地に迎え入れられることはないというのに。……そんな想いは二度と御免だとシヴァは決意したのだ。今度こそは、彼女を。

 

『わかってるよ、んなこと』

『ならば気を引き締めなさい。……バハムートはいまだレティの意思に任すと言うだけで見守るばかり。リヴァイアサンは愚かにも封印されてしまうしラムウは……。夜ごと眠るレティの耳元でサンダーサンダーサンダーと呟いて理解しがたい行動をしているしわ。タイタンに至っては……あれはもう時効ね。数千年も経過しているもの。お人好しなタイタンにはちょうどいいわ。他の神々はバハムートを恐れ尻込み状態。まともに動けるのは力の衰えた私か、へっぽこな貴方だけ』

『……』

『11年前の戦いで私の本体は壊れてしまっているわ。力が分散され前ほど強い力も出せなくなっている。……早く、彼の地へお連れしなければならないというのに』

『だが、あそこへ行くにはレティに自覚させなきゃならないだろう?今のレティじゃ無理だぜ』

『わかっているわ。だからこそ常に召喚獣と共にあるようレティには学んでもらっているのよ。そのためにあの子が常に傍にいるのだから』

 

そう言い終えるとイフリートに背を向けた。部屋から駆けてきて自分の胸に飛び込んできたレティを受け止めるためだ。満面の笑みでレティはシヴァに抱き上げられた。

 

『シヴァ―!絵本持ってきたよー!今日はね、ラプンツェル。かみのながいお姫様のおはなしだよ』

 

シヴァはまるで『母親』のようにレティを包み込んだ。時にシヴァは『姉』のように、時にシヴァは『導く者』として。レティの傍にい続けるだろう。これからも。産まれたてのひな鳥に親と思い込ませるインプリンティングのように。レティのとって必要不可欠であると思わせるように。全てはレティの為。

 

『それはとても楽しみね。さぁ、クペも貴方も参加しなさい』

『……クポ……』

 

シヴァに促されクペは少し怯えたようにレティの背中から現れた。幼いレティは理解していないだろう。シヴァが小さなクペに向けた言葉が、【命令】であったことを。下級レベルであるクペは氷神であるシヴァの命には逆らえない。

 

『イフリート、こっちにおいでよ!』

『……ああ……』

 

誰よりも執着心が強いシヴァの裏切りにいつかレティが傷つかないかという不安を抱きながらも、今のレティに告げるほど残酷でもないイフリートは胸の内にしまい込んでレティの元へと向かうのであった。

 

【見た目にそぐわぬ熱情】

 

 

 

子供のころより埋め込まれた固定概念は簡単に崩せるものではない。ノクトたちにとって、イフリートは裏切りの一神なのだ。その裏切りの神と対面することになろうとは、幼きノクトは想像もしなかっただろう。

しかもその理由が、よくある最終場面の中ボスとかではなく、モブハント中の最中だということは。

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

息乱しながら逃げるだけで精一杯。ノクトたちも果敢に応戦するもその圧倒的な力と野性的な戦闘本能に敵わずにいた。崩れた建物の影に身を潜めては、プロンプトはこんなつもりじゃなかったと心の中で何度も否定し叫んでいた。打ち付ける雨の滴がぐっしょりと服を重たくさせ、セットした髪形は見事に崩れてしまう。それは他の仲間たちも同様だった。

 

その日のダスカ地方はあいにくの雨模様。ただ、チョコボに乗れたらという気軽な思い付きだったのだ。彼にしてみれば少しは願望もあった。だが誰がチョコボが乗れない状況を予測できるか。

聞けば、近くに目に傷を持つベヒーモスが出現しチョコボたちを怯えさせているという。その所為で今はチョコボに乗れないと言われたらモブハントするしかないでしょ!?という勢いのままベヒーモス退治のため動き出したノクトたち。心意気は良かった。困っている人を助けようという親切心もいいだろう。右目に傷を持つスモークアイを見つけたノクトたちは住処を突き止める為にこっそりと息を潜めながら尾行することにした。森の木々をなぎ倒すほどの力を持つその巨体の爪は地面さえも抉れるほどの切っ先。グラディオを先頭にノクト、レティ、プロンプト、イグニスと腰を落として細い通路の中を進む時、微かな人間の匂いを嗅ぎつけたかスモークアイが地を這うような腹の底からの唸り声をあげてすぐ近くまで接近するというハプニングもあった。皆、息を呑み漏れそうな悲鳴を懸命に押し殺してただただ、過ぎ去るのを待った。

数秒が数十時間にも感じた一瞬。スモークアイはゆっくりと辺りを警戒しながら離れて行った。緊張感から全身の穴から汗が噴き出るかのような感覚に陥ったプロンプト。あくまで一般人である彼にとって危険と隣り合わせな状況に慣れろというのは無理な話である。幼い時から戦うことを義務付けられているグラディオとイグニス、そして王たるものの責務として鍛錬されてきたノクト。守られる側であるが、自由を会得するために戦うことを選び、グラディオの父たるクレイラスを師匠にもつレティとでは戦闘に対する受け止め方が根本から違うのだ。勿論、プロンプトは彼らに対して負い目を抱いていることはちゃんと自覚している。その差は何をしても今からでは埋められない。経験の差は圧倒的に違いすぎるのだ。

 

だがそれでもオレだって!

 

という気概というか、僅かな対抗心を持っている。主に、レティに対して。なぜならプロンプトの中でレティの位置づけは守られる存在であることが根本にあるからだ。姫=守られる者=弱い立場という拡散図解が頭の中で確率されている彼にとってこの概念はそう変えられるものではない。だから戦闘では不慣れながらもノクトやレティを守るよう自分なりに気を遣いながら参加している。

だが現実ではプロンプトの理想とは裏腹に彼らの能力の高さに脱帽されるばかり。ましてや自分より弱い立場であるはずのレティに至ってはその魔力の威力はさることながら召喚獣という強力な後ろ盾により守られるはずが、常に先頭に立つことも両手では足りないほど目の当たりにしてきた。悔しいと思ったこともある。

 

見返してやりたいと、自分にだってやれる!と対抗心を強く抱いた。

 

だから、その機会を見せるにはもってこいのモブハントだとプロンプトは内心喜んだ。己の力量でさばけるレベルだと判断したからだ。だが彼はその時初めて全力、殺す気でかかってくるモンスターと対峙した。

すぐ傍で自分を見つけた瞬間食らいつかれるのではないかという恐怖感。身がすくみ、銃を持つ手が震え仲間たちとバラバラに隠れている状況がさらにプロンプトを追い込む。

 

このままじゃ、殺される……!?

 

すぐ後ろを通過しているアレに。

 

ドス、どす。

 

大地を踏みしめて歩く音。……少し、動きが止まった。何かを感じ取ったのか、小さく唸りながら周囲を観察しているようだ。

通常の精神状態であれば突発的な行動に走る馬鹿な真似はしなかっただろう。だがプロンプトは極限の状態にまで追い込まれていた。俗に言うパニック状態である。

 

ヤラナキャヤラレル。サキニウゴカナキャ!

 

「……うわぁぁああああああ――!!」

 

プロンプトは気が狂ったように叫びながら隠れていた壁から身を乗り出してスモークアイに連続で銃弾を撃ち込む。

 

ダンダンダン!!

 

その攻撃は僅かに命中するだけであとは標準がずれ的外れな所へ飛ぶばかり。プロンプトの予想外の行動に身を隠していたノクトたちも驚きを隠せずにすぐに助けに入ろうと動いた。

 

「馬鹿?!」

「勝手に動きやがってっ!」

 

だが今の攻撃で完全に標的にされてしまったプロンプト。今まさに襲われんとする中、足がすくんで動くことすらできずに立ち尽くすしかない。ただわかることは、ここで殺されるということだけ。

最後に笑ってやろうと、プロンプトは口元を動かそうとした。だが恐怖で凝り固まった筋肉は動くことはなくぴくぴくと痙攣するだけに終わる。

 

「「「「プロンプト!?」」」」

 

ノクトたちの悲鳴が辺りに響き渡った。

 

ああ、オレ終わったと全てを諦めてプロンプトは瞼を閉じた。だが誰かに抱き着かれ包まれる感覚と何かがなぎ倒される音。建物の一部が壊れる音。浮遊感を感じた途端に地面に背中を強打し全身を打つ痛みと自分の体重だけではない重さよって、全ては現実なのだと思わされる。

全てが一瞬。

おそろおそる瞼を開いていくと、自分の上に覆いかぶさる誰か。ペトリとプロンプトの頬に何かが落ちてきて、付着する。彼はそれを最初雨の滴だと認識した。壊された建物の一部が周りに散乱していて彼女の背中にも破片がいくつか乗っていた。

 

「プロン、プト。大丈、夫?」

 

自分を気遣う優し気な声により、自分は庇われたと呆然としながらも受け止めた。だがそれで終わりではない。よくよく目を凝らしてみると、彼女の額から何かがとめどなく流れている。それは赤くて、どろりとしていて、また自分の頬に落ちてきた。

 

「あ、ああ……ああ―――」

 

声にならない声が喉を震わせて口から出る。目と鼻の先の現実が彼を凍りつかせた。自分を庇う存在は、レティでその白き肌に伝う赤い水滴は、血だと認識する。

 

「……あそこで、笑う馬鹿がいる?貴方くらいなものね」

 

彼女は呆れたように微笑んで、顔を歪ませていくプロンプトの上から体を起き上がらせていく。だがプロンプトは反射的にその腕をつかんだ。

 

「……姫……お、れ」

 

ゴメンと、弱くて、ゴメンと。痛いおもいさせてゴメン。とにかく、言いたいこと伝えたいことはたくさんある。けど声に出せない。混乱していて、まともな言葉にならない。けど分かることはある。彼女を傷つけた原因は明らかに自分にある、と。そのもどかしさをわかっているレティはプロンプトを見ずに、スモークアイに攻撃を仕掛けている仲間たちを見つめながらこういった。

 

「誰だって怖いことはある」

「………」

 

プロンプトの胸の内を見透かすかのように落ち着いた声でレティは言った。

 

「その弱さをちゃんと認めているプロンプトは、強くなれるよ。大丈夫、私が鍛えてあげる」

 

自分の意思で共に来てとレティは誘いをかけた。無謀と勇気は違う。自分の力量を見極めたうえで現実をしっかりと受け止めることが何より大切で、それは誰にでも簡単にできるわけじゃない。でも逆に言えばそれを為せるだけの強さがあれば、人は強くいられる。ノクトも、グラディオも、イグニスも、レティも、クペも、悩んで傷ついて立ち止まって一度は逃げようとしたこともあるかもしれない。それでも逃げなかったのは心が強いから。戦闘スキルが高いとか、知識が豊富だとか、王子だからとか、魔力が有り余るほどあるとか、召喚獣だから偉いとかじゃない。

 

揺るぎない心を持っているから。人は強くいられる。

 

自分の存在に意味を見出せなくて、旅が少しでも明るくなるならと気を遣っていた。自分にできるのはそれくらいだと諦めてもいた。だがレティはそれでもいいとさえ言ってくれる。ちゃんと見ていてくれている。それが何よりも嬉しくて、プロンプトは涙を滲ませた。

 

「……うん……うん!」

「それと笑うのは勝利宣言をした後でね」

 

少しだけ振り返ったレティは茶目っ気たっぷりにウインクを一つした。

誰よりも弱いと思っていたレティは強かった。プロンプトの中で確率されていたはずの拡散図解は音を立て崩壊していく。だがそれを嫌だとは思わなかった。

強くなりたい、と心からプロンプトは願った。いや、願うだけじゃない。本気で強くなろうと決意した瞬間だった。

 

【心の強さ】

 

 

額を切ったようでたらりと肌に垂れていく赤い血を拭うこともせずレティは目の前の獣を【敵】と認知した。モンスターだからと言って見境なしに乗りたいとは思っていない。そこまで浅はかでもないのだ。あともう少し庇うのが遅れていてたらどうなっていたか。遺体が二体転がることになっていたかもしれない。レティの本気を感じったクペは、すぐにでも治療したい気持ちを押し殺してレティの指示に従った。

 

「クペ、彼を守って。プロンプトは後ろに」

「……姫……」

「レティ、気を付けるクポ」

「うん」

 

レティは左手で魔法杖をぐっと地面に突き刺し自身の足元に青く光り輝く魔法陣を展開させる。複雑に絡み合うように刻まれた模様は決して常人に読み取ることはできない。これは、レティと召喚獣たちとの絆を現してもいるのだ。

 

「来たれ」

 

その命は一体誰に下されたものなのか、この時点では判断できない。レティは意識を集中させるために瞼を下す。展開された陣が完成し目を覆うほどの光を放出させ、頃合いとレティは声高らかに張り上げた。

 

「我が召喚の求めに応じ、出でよ……炎神イフリート!」

 

頭上に右手を掲げ大きく開いたのち、瞼を上げると同時にグッと何かを捉えたかのようにその手を力強く握りしめた。すると、レティの目の前に天上に届かんとする勢いで火の粉飛ばす巨大な火柱が猛烈な勢いで出現する。異界の門が開いたのだ。炎を纏い灼熱の王を迎えるための前座に相応しい演出である。その派手な火柱からシュパン!と一振りの剣が火柱を切り裂いて現れる。まず手が出て、腕、肩上半身そして下半身と抜け出てくる男。頭上に立派な角を生やし人の形をした召喚獣が『――—!!』と腹の底からつ脳天へ突き抜けるような音を発する。思わず耳を塞いでしまうプロンプト。

 

『―――――』

 

それは聞き取れない言語をレティへと向けながら、ちらりと見下ろした。

イフリートの圧巻される姿に、ただただプロンプトは口を開いて呆然とするばかりだった。おとぎ話の悪役ともいえる存在が今、目の前に召喚されたのだ。レティの手によって。

 

きっと、『頭が高いぞ~』とか『気安く召喚するな~』とか言っているに違いないとプロンプトは思った。

 

炎神、イフリートが地上に降臨した。裏切者と伝承される異端の神。

 

【果たして、彼の言葉は】

 

 

イフリートの第一声はプロンプトの予想とは裏腹にフレンドリーに溢れていた。

 

『ようやっと呼んだか。レティよぉ』

「イフリート、お願いがあるの」

『おう、なんだ。いってみな』

 

兄貴分のようにレティの願いを叶えてやろうとする。レティはいきなりリズムを取り出した。

 

「撃滅~撃滅~それ!撃滅~!!」

『わかったわかった。そう音頭を取るなよ。乗せられるだろうが!』

 

妙に人間臭いイフリートは照れるように鼻先を指で軽くこすぐりながら声を弾ませた。それにレティは調子をよくしてイフリートの気分を盛り上げた。

 

「むしろドンと乗って!もっとテンション上げちゃって!よろしくお願いしまーす!」

『よっしゃあ!燃やしてやるぜ――ー!!』

 

持ち上げられて気分高まったイフリート。

スモークアイ、イフリートの全力の業火で燃えました。終わり。

 

まるで光の速さのように終了した戦闘に呆気に取られた皆と合流したレティ。怪我を負ったレティを見てノクトやイグニスは顔を真っ青にさせて思わずポーションぶっかけるというまれにみない行動をとってはグラディオに「使い方ちがうだろっ!?」と突っ込まれたりした。プロンプトも同じくクペにポーションぶっかけられて回復。回復薬として違う使い方をしているが、しっかりと傷は癒されたようでほっと息を安堵の息をつくが、ハッと思い出したように傷が残っていないかと入念に調べさらにほっとする男二人。

全てのことを終えて、ビシッと敬礼のポーズをまねてみせるレティはノクトに報告した。

 

「ってわけで任務終了であります!ノクト隊長」

「!?隊長じゃねーし。ていうか……燃えてんだけどぉ!?」

 

そうだった。今でもイフリートはレティの後ろで異界に戻らずにメラメラと周囲の物をもやし続けている。まだ木々には火の手が届いていないが時間の問題のようだ。

どうやら力の制御がうまくいかないようだでうろうろと落ち着かない様子でレティに『やべーよ!?久しぶりだからはっちゃけすぎたぜ。レティ何とかできるか?』と訴えているが、ノクトたちには『フハハハ!このオレを召喚したからには全て燃やし尽くしてくれる!』と思うが儘やりたい放題にやっているようにしか見えず、その恐ろしさに身を竦ませてしまった。元々廃屋の一部だったが、木々に浸食されて身を隠すにはちょうどいい場所となっていた。そこに目を付けたのがスモークアイでここを根城にして周辺に出没していたよう。なぜだか知らないがドラム缶にセットされた爆薬なんてものもそこかしこに置いてあったりする。きっとハンターが対峙するためにあらかじめ設置していたものなのだろう。そのドラム缶に引火してあちこちで爆発音も連発している。今はとにかく大規模な山火事になる前に逃げなくてはいけない。人間ではどうしようもない事態と、イフリートという存在に集団パニックに陥る男たち。

 

ノクトは「レティ!?何とかしろぉ!」と叫んでもはや底を尽きつつある男としてのメンツでレティだけは守ろうと引っ付くし、

イグニスは「オレは何も見ていないオレは何も感じない」とその場に蹲ってしまうし、

プロンプトは「イグニスが殻に閉じこもってんですけどー!?全力で現実否定してるんですけど――!?」と驚愕の叫びを上げながらイグニスを立たせようと必死だし、

グラディオは「逃げるしかねぇだろ!?」とドヤすし。

クペは「イグニスでも落ち込むこともあるクポね」とマル秘ノートにかきかき。

イフリートは『これが人間の脆さってやつか』と興味津々に観察し始める始末。

 

各々個性が目立つ中で、レティは困った顔で「ちょっとやりすぎだよね。シヴァー!」と別の召喚獣を呼んだ。その名は氷の女王であり、イフリートと同じく六神の内の氷神、シヴァ。

 

『私を呼んだかしら。レティ』

 

呼ばれて瞬きもしない内に華麗に登場。実はスタンバイしていたのをクペは気配で知っていた。が言うと氷漬けされるのでお口チャック。

 

「ゴメンね、忙しいところ。シヴァ、山火事になる前にこの炎を全部凍らせてもらえることできる?」

『ええ。勿論。貴方はクペといなさいね』

「うん、ありがとう」

『お礼なんていいのよ。貴方の願いですもの』

 

シヴァは複数体に分かれて絶対零度の氷で辺り一面全てを凍らせた。その範囲は炎を飲み込む勢いでさぁっと冷たい空気が一瞬にしてすべてのモノを凍りつかせていく。吐く息が白くなって、周囲に冷気が漂いだした。まるでドライアイスが大量に投入された状態になる。クペがいそいそと取り出したマフラーを首に巻いてレティは鼻先を赤くしながら元に戻ってきたシヴァに尋ねた。

 

「あれ?イフリートは?」

『少しイフリートにはお仕置きを与えているわ。貴方に火傷でも負わせていたら大変だったもの』

 

というシヴァの後ろでピキーンと氷の彫像となっているイフリート発見。いつの間にと驚くレティは一応イフリートの活躍を伝えた。

 

「大丈夫だよ、加減してくれてたし。ちゃんとスモークアイも丸焦げにしてくれたし」

『でも万が一ということはあるわ。レティ、貴方は優しすぎるのよ。時には厳しく叱りつけなきゃ。飼い犬に手を噛まれては痛い思いをするのはレティなのよ?』

 

シヴァ、本音がポロリと見え隠れ。

 

「イフリートは犬じゃないよ!」

『あらそう。ふふ、優しいレティね』

 

仲の良い二人の会話の最中で絶賛被害被っていた男子組。ノクトに至ってはバリッとクペの手によりレティから引き離されてしまったので仕方なくグラディオを盾にして寒さを凌ごうとしている。

 

「あれが、シヴァ……つか寒!!」

「このままじゃ凍死しちまうぞ…」

「………」(イグニス返答なし)

「イグニスがすでに凍ってんですけど―――!?」

「「何―――!?」」

 

コントみたいに仲の良い四人。ピンチな時も一緒のようだ。そしてシヴァとレティの会話も続く。

 

「そうかな。普通だと思うけど」

『貴方にとっての普通は私達にとっては最大級の誠意ということよ』

「ふうん。あんまり自覚ないけど……照れる……」

『ああ!可愛いレティ!食べてしまいたいくらいだわ』

「シヴァが言うと洒落にならないクポ」

『聞こえているわ、クペ』

「聞こえるように言ってるクポ」

『以前のように凍りつきたいよね』

「クペが凍る時はレティも一緒クポ!」

 

ピタリとレティに引っ付くクペ。レティはどうしたの?とその言葉の意味を理解できずに首を傾げた。シヴァは舌打ちしたいのを我慢した。(レティの前なので)

 

『……考えたわね。私が手を出せない相手を巻き込んでまで保身に走るとは。貴方のそのあざとさ、嫌いじゃないわ。好きでもないけど』

「結局どっちなの?」

『ふふ、内緒よ。それより、王子たちが大変みたいよ』

「あ、そういえば。後ろでごちゃごちゃ騒がしいなと思ったら……って皆凍ってる――?!」

『仮死状態かしらね』

 

そう和やかにいうシヴァに対してレティは取り乱しながらどうにかしなくては!?という思いで

 

「ファイガぁぁあああああ――――!!」

 

と全力で放ったファイガがノクトたちに命中。でもその威力が強すぎて逆に氷を解かすどころか大変なことになっている。

 

『あら、燃えちゃってるわね』

「うわぁぁー―んん!!ケアルガケアルガケアルガケアルガケアルガ―ー―――!!」

 

レティの必死の回復魔法によりノクトたちは瀕死状態から脱することができた。衣服や顔中に煤がつき、服は所々焦げてしまっているが生きている。ちゃんと生きている!

シヴァは涙目なレティの手を取ってそっと【守りの指輪】を乗せた。

 

『レティ、泣かないで。これをあげるから機嫌を直してちょうだい』

「……ぐす、これは?」

 

自分の手に乗せられた指輪を不思議そうに見つめて尋ねる。するとシヴァは隣に移動してレティの頭を優しく撫でながら、

 

『守りの指輪よ。これを誰かが嵌めるとそのパーティ内で魔法攻撃が当たらなくなるというアイテムなの』

 

と驚きの効果を教えた。

 

「本当!?これでノクトたち、もう魔法の巻き添えにならないの?」

『ええ。通常の魔法なら。でもレティの魔法の威力はけた違いだから完全に防ぎきることは出来ないわ。重症……そうね。死なない程度に受けるということ。でも召喚獣の影響は受けることはないように工夫してみたわ。今回のように氷漬けにされることも火だるまになることもないから安心してちょうだいな』

 

またじんわりと涙を溜めてレティは指輪を握りしめると勢いよくシヴァの首に抱き着いた。ひんやりと冷たい感触に心地よさを感じた。

 

「……ありがとう。シヴァ」

『いいのよ。レティの悲しむ顔が見たくないもの』

 

クペがレティに聞こえないように小さな声でシヴァにこういった。

 

「シヴァ、ワザとクポね」

『ええ。レティの困った顔が見たくて、つい』

 

【守りの指輪+】はこうしてレティの手に渡った。氷漬けにされたイフリートはシヴァの手によって異界へとお持ち帰りされた無事にモブハントは終了したのであった。

後のラジオのニュースで謎の異常気象により広範囲に渡って山の木々が凍りつく現象が発生したとアナウンサーが告げるのを素知らぬ顔で聞いたとか聞かなかったとか。



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永遠の真理

そのやり取りは二人だけしか知らないこと。けど明らかにレティが先急ぐ引き金とはなったことは確実だった。実はシヴァがイフリートを伴って消える前、レティにある内容を伝えてきたのだ。クペが王子たちを介抱している隙を狙って。自分が傍によることで彼女が寒くないように力を抑えて小さな声で囁くようにレティに顔を近づけてシヴァは言った。

 

『レティ、ルナフレーナはラムウに啓示を求めたわ』

「ラムウ?……啓示って?」

 

レティはルナフレーナという名前に敏感に反応して驚いたが、すぐに気を取り直して啓示という意味をシヴァに尋ねた。シヴァは分かりやすく一言で説明してくれた。

 

『王子に力を貸すように、と』

 

それだけですぐに内容を理解したレティは、苛立ちからか爪を噛む真似をした。

 

「……そう。ノクトの為に……。じゃあ彼女は六神の元を訪れて回ろうとしているのね」

 

世界を救うために。大切な人の命を脅かす行為を進んで行う。

それが神薙。選ばれたから、責任があるから。だから全てを黙って受け入れると?

抗うだけの力があるのに、その資格があるのに。

 

ただ世界の為。人々の為。顔も喋ったこともない人の為に命を捨て、たった一人の王に全てを託す、と?随分と尊い犠牲心だことと、レティは嘲笑ってすらいた。

その命散らしたいのなら一人で散らせばいい、ノクトだけは守ってみせるとさえ思っていた。だがすぐに頭を振って邪な考えを振り払った。

 

このままじゃいけない。先手を取らなきゃ。彼女よりも先に。

 

妙な焦りがレティを追い詰めていた。だからシヴァの、

 

『すでに私の啓示は伝えてあるわ。……レティ、貴方が望むのであれば王子に力を授けましょうか』

 

という発言に「やめて!」と悲鳴に近い声を上げてシヴァのひんやりとした腕に抱き着いた。

 

『……』

 

レティの取り乱した様子にシヴァはただ黙って見つめた。レティは自分の気持ちを見透かすかのようなシヴァの視線から逃げるように顔を伏せた。だらりと、力が抜けてシヴァの腕から手から離す。

 

「ううん、いいの。ごめんなさい……。その力は人には過ぎる力だもの……。きっと代償がかかってしまうわ。ノクトは、……別の方法で王に召し上げる」

 

そう、世界の為にノクトを王にはさせない。彼の為に王にさせる。彼女の意味合いと、自分の意味合いは違うのだと何度も心の中で自分に言い聞かせる。

 

言葉を途中途中でとぎらせてながらもやめてほしいとレティは切実に訴えた。シヴァは軽く微笑んで『……そう。貴方がそう望むのなら』とレティの訴えを受け入れた。

レティは拳をぎゅっと握りしめて、色々とぶちまけてしまいそうになる気持ちを無理やり押し殺し、また顔を上げて笑みを作りながら礼を言った。

 

「……ありがとう。シヴァ。いつも助けになってくれて」

『いいのよ、貴方が悲しまないのなら』

「…お願い…ルナフレーナ嬢を、必ず守ってあげて。彼女は、ノクトにとって必要不可欠な人だから」

 

そうレティが訴えると、シヴァは辛そうな顔で何も言わずに両手でレティの顔を優しく包み込んだ。

 

「シヴァ?どこか、痛いの?」

 

どこか彼女に不調でもあったのかと心配したレティだったが、そうではないという風にシヴァは軽く頭を左右に振った。

 

『……ねぇ、レティ。我慢、していないかしら?』

「……我慢?」

『貴方を見ていると辛いのよ、私も。無理に笑うこと、あるでしょう』

 

静かに指摘され、レティは目を見開いた。

 

彼女には、レティの心情など丸わかりのようだ。付き合いが長い分、下手な演技など見抜かれてしまう。それだけ、ずっと一緒にいてくれたこと。傍に見守り続けてくれた。

レティは瞼を閉じて、その優しさを感じ取るように自分の頬を挟む手に自分の手をそっと重ねた。

 

「……シヴァには、わかっちゃうんだね。全部……。千里眼でも持ってるの?」

『私は貴方が気付かないだけでずっと共にいるわ』

 

その言葉は何よりレティを元気づけさせるものだった。バハムートもイフリートも、カーバンクルも、シヴァも、クペもきっと自分が知らないだけで多くの召喚獣が自分のことを気に掛けてくれている。愛されているという実感を与えてくれる。

 

シヴァは愛しみを込めて顔を近づけてレティの耳元で囁いた。

 

『覚えていて、私は、私だけは貴方の味方よ……。どんなことがあっても貴方だけは守り抜くわ』

「……シヴァ……」

 

吐息を漏らすように、レティはシヴァの名を呟いた。

 

その言葉は、ごちゃごちゃな感情に押しつぶされそうになるレティの心にゆっくりと浸透していったのだ。まるで魔法のように。全てを委ねてもいいとさえ思ってしまいそうになる。心地よさそうにシヴァの温もりに浸るレティの瞼にそっとキスを送り、シヴァは熱く熱くレティを見つめた。

 

『……必ず……』

 

この想い〈感情〉は常軌を逸しているとバハムートに咎められればそれでシヴァは終わる。反逆の烙印を押され、末は異界へ永劫に繋ぎとめられるかもしれない。もしくは剣神バハムート自らをもってその剣で滅するか。だがそれでもかまわない。自分の使命を果たせるなら。

 

『守るわ』

 

その決意は一体何を守るのか?

 

レティ【自身】を守るのか。レティの【魂】を守るのか。レティの【心】を守るのか。

 

シヴァの真意は計り知れない。そしてレティも知らない。

 

【全てを委ねて。私は、貴方を永遠に守るわ】

 

レティーシアside

 

時間がない、とにかく時間がないと私は焦った。あれから大事を取って自分の部屋にとノクトとイグニスがあまりに心配するものだから大人しくベッドに横になることになった。起きているとプロンプトは申し訳なさそうに謝ってばかりだし、グラディオラスからは耳を塞ぎたくなるほど叱られるばかりだったからだ。クペは皆の抑え役としてまわってもらっているので部屋にはおらず。退屈な時計の音だけが部屋に響き渡る。

だからか、余計にシヴァに事実が私を急かすのだ。

何とかしてルナフレーナ嬢よりも先にノクトを王とさせなければならない。彼女は神薙という使命を全うせんとしている。そこに民の犠牲は止む負えないと感じているんだろう。幼い頃より神薙と求められたのだ。誰よりもその責を全うしたがっているはず。この星に救う病。夜が日に日に長引いて行こうとしているのを防いでいるのが彼女の力だ。けど防ぐだけでは進行を止められない。その力に衰えが出始めたら一気に進むかもしれない。

けどそのままじゃノクトは犠牲の王として担ぎだされてしまう。周囲を固められてノクトは逃げられない。頷くしかない。誰よりも王という責務を重く受け止めている彼だ。

 

頷くしかない。嫌だと言えない。

 

それに彼女がオルティシエにたどり着けば封印されているはずのリヴァイアサンをその場に目覚めさせ、乱暴に啓示を求めるはず。周囲に被害が及ぶのは必衰。

このままじゃだめだ。召喚獣からの啓示を、ノクトに渡してはならない。

 

幸いシヴァは私の願いを聞き入れてくれた。後はラムウ、タイタン、イフリート、リヴァイアサン、バハムート。彼らを何とか説得して啓示を渡すのを止めさせる。それと同時にノクトたちを鍛え上げる。召喚獣の力に頼らなくてもいいように。敵対する帝国軍とも対等に渡り合えるように。それも短時間で鍛え上げなきゃいけない。そして帝国に奪われたクリスタルを取り返すこと。あの力は未知数でどんな影響を世界に与えるかわからない。だから普段から厳重にしまわれていた。私も一度しか見せてもらったことはない。幼くもおぼろげに思い出せるなんて不思議だけど、それだけ鮮明に残っているということにしておく。

 

『レティーシア、これがクリスタルだ。この国の要。世界を救う鍵となる』

『…?くる、しゅたる……』

 

まだ親子だった頃。あの人に抱き上げられて連れて行かれたのがクリスタルが安置された部屋。厳重にしまわれたクリスタルのあの蒼く吸い込まれそうな輝き。綺麗だった。

すぐ傍まで寄ってくれたあの人から身を乗り出すようにその光に両手を差し出した。

するとその光が急激に強く反応しだした。

 

『……!』

 

目も眩むほどの光は私を覆いつくさんとするもので、あの人の『駄目だ!?』という取り乱した声が印象に残っている。クリスタルから淡い虹色の光が波打つように私の周りを囲もうとする。それはあの人から私を引き離そうともしていたように思えた。

 

恐怖心、という感情は私の中には芽生えず、ただ【―――】ことだけは分かった。

 

その光は私を求めている。

だから行かせてとクリスタルに魅了された私を離すまいと懸命に抗うあの人の腕に触れた。

 

『行くなっ!?駄目だっ!』

 

あの人は必死にそう叫んだ。こうも続けた。

 

『ノクティスが選ばれたのではないのか?!』

 

選ばれた?

 

最終的にあの人は王の力で私とクリスタルを遮断させて強制的に引き離した。それから事態を駆けつけてきた臣下たちが騒めく中、私をクリスタルに一切近づけるな!と怒鳴りつけて、私はクリスタルから少し離れた所で駆けつけてきた母上に抱きしめられながら「大丈夫よ、レティーシア。大丈夫だから」と何度も言われた。けど私はクリスタルが欲しくて小さな手を伸ばして求め続けた。母上はハッとした声で「駄目よ!!」と必死に私を行かせまいと猶更強く抱きしめてきた。あの人がすぐに母上の叫び声に気づき、怖い顔で近づいてきてあの指輪を嵌めた手でむずがる私の目元を覆った。

 

『眠れ、レティーシア。全ては夢だ』

 

その一言がきっと魔法だったのだと思う。私はそこでふっと意識を失った。

当時の私にその時の記憶はなかった。母上は私にそのことを尋ねてはほっと安堵していたもの。

 

でも、今は召喚獣のお陰で知らなかったことも知識として備わっている。

クリスタルが私を選んでいるということが確実なら、その力を使ってノクトがやるべきこと。つまり星の病を払うことができるかもしれない。この身に宿る無限の魔力を全力で注ぎこめば……。不可能ではないはず。そうすれば、ノクトはこれ以上王の力を酷使しなくて済む。あの人のように老化が早まることだってなくなる。立派な王様になって、彼女と、ルナフレーナ嬢と一緒にルシスを守ることができる。ノクトにとって住みやすい世界になる。

 

ノクトが、生きれるんだ。

 

やるしかない。レティーシア。外の世界には出れたからもう十分。愛してくれた人は母上だっていたじゃない。……これ以上は高望みすぎる。

 

「ノクトを、王に」

 

むくりと私はベットから上半身を起き上がらせた。ふと、右手を見ると微かに震えていた。私は左手で手首を掴み震えを止まらせようとした。だが、可笑しなことにその左手さえもぶれてみえる。

 

震えが、止まらない。

 

「…ははっ、…へんな、の……」

 

私は空笑いをした。怖いことなんてないのに。ちょっとクリスタルの力を解放するだけなのに。もしかしたら死なないかもしれないのに。ちゃんとノクトの元に帰ってこられるかもしれないのに。でもふと思い出す。もう、ノクトの元にはもう帰れないことを。ノクトの傍にはルナフレーナ嬢が佇んでいてルシスの王母となるかもしれない。私が帰る場所は、もう、ない。だったら、レティーシア・ルシス・チェラムは死ぬも同然だ。

 

「大丈夫、大丈夫だ」

 

何度も自分に言い聞かせて震える体を掻き抱いて体を縮こまらせる。

ルナフレーナ嬢とは違う邪道なやり方で私は進む。ただのレティーシアに戻ると思えばいい。

 

「やろう」

 

母上との別れは済ませた。あの人の訃報は聞いた。クレイにさよならは言った。コルにはちゃんと会えた。ノクトはあの人に託せる。クペは最後まで共に来てくれる。イグニスはきっと小言が少なくなって軍師らしくなる。グラディオラスはちゃんとこれからもノクトを守ってくれる。プロンプトはノクトの親友として頼もしい存在になる。イリスにはこれから会いにいける。……私の英雄はどうなったかわからない。けど絶対生きていると信じている。

 

「……泣くな、レティーシア……」

 

弱虫な私は笑いながら涙を流す器用な真似ができる。

 

これからやることを確認するんだ。そう簡潔に。

一つ目、ノクトには召喚獣に頼らずともあくまで帝国軍と戦うための力、ファントムソードを全て集めさせる。これは仲間であるイグニスたちにも言えること。最強の装備で彼らが命を落とすことないよう準備させる。

 

二つ目、ルナフレーナ嬢の目標を阻止する。啓示は決してノクトに渡さない。

そして、彼女を生きさせる。

 

三つ目、……クリスタルの力を解放させる。手段は、択ばない。

 

オッケー。これでやるべきことは決まった。後は、

 

「覚悟を、……きめる…だけ……」

 

そう声に出しても震えは止まらない。弱虫な私には少し時間がいるようだ。どうせ、今は誰も来ない。だったら時間が許す限り弱虫状態のままでいようと思う。

 

【為せば成る。為せねば成らぬ何事も】

 

 

レティをノクトと同じベッドに寝かせアウライアは椅子に腰を下ろして、沈痛な面持ちであどけなく眠る我が子供たちを見つめた。そこへ妻の名を呼ぶ夫が部屋に静かに入ってきた。

 

『アウライア』

『陛下……レティは、どうして』

 

途端にアウライアは椅子から立ち上がり詰め寄るようにレギスの胸に飛び込んだ。レギスはアウライアを受け止め、一瞬躊躇いを見せたが真実を決めて声に出した。

 

『クリスタルに選ばれた……。ノクティスだけではなかった……』

『まさか!?』

『……あそこで止めていなければ今頃、レティはクリスタルに飲み込まれていただろう』

『なんて、…ことに……』

 

アウライアはみるみる内に瞳に涙を潤ませて口元を両手で覆った。

悲しみに襲われる妻を見ていられず、レギスは自分の胸に強くアウライアを抱き寄せた。アウライアはレギスの胸でしばし嗚咽を漏らしながら頬を濡らした。

 

『……この子がミラの娘だから?……どうして、幼い二人が重い使命を背負わされなければならないの』

 

ミラという名は今は限られた者しか知らぬ忘れ去られた名。レギスも一瞬だけ苦悩を表情に垣間見せた。アウライアが気づくことはなかった。

 

『…それがクリスタルに選ばれるということなのだろう。…私達にできることは、この子たちを守ることだけだ。時が来るまで……』

 

固く決意込められた言葉にアウライアは摺り寄せていた顔を上げて、自分を見つめ下すレギスと視線を交わせた。

 

『レギス……』

『……守ろう、共に。二人を。この子らが帰ってこられる場所を』

『…ええ……。必ず』

 

二人は固く抱きしめ合った。これからどんな苦難が待ち受けようとも、二人で支え合いこの幼子たちを守り抜こうと誓い合った。その約束は、あの日で破られることになろうとも。

 

【絆の強さ】




ところで、王女がなぜグラディオラスを愛称で呼ばないのか。
皆様はその理由がわかりますでしょうか?幼馴染でありながら色々と複雑な間柄。

今後、その辺も注目していただけるとより彼女を取り巻く人間模様がなんとな~く分かってくるかと思います。


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性別を超えての友達

レティーシアside

 

私に友達らしい友達は、いない。いなかったと言った方が正しい。勿論、クペとイリスは別。ノクトは家族だし、イグニスは小姑(?)だし、グラディオラスは共犯者。プロンプトは……。最初は頼りないって思ってた。でもノクトに連れられて家(城)にやってくる回数が増える度に私に外の世界を教えてくれる。食べ物や流行のファッションとかカラオケなんてなものも一緒に行こうと誘ってくれた。実際にはその約束は果たされてないけど大きな町に着いたら行こうね!とあの約束を忘れないでいてくれている。

プロンプトの存在は私の中で大切なものになった。

 

チョコボポストにてのこと。スモークアイを無事に倒した私達はせっかくチョコボのだしこの際乗ってみようということになった。

けど黄色のチョコボたちに構って構って!ともみくちゃにされた私は、ノクトに助けられて何とかチョコボのおしくらまんじゅうから脱することができた。だが、その後が問題だった。いざ乗ってみようとすると、

 

「レティが一人乗りすると暴走するからオレと乗れよ」

 

といつものノクトの心配性が始まった。私は当然一人で乗るものと決めてたのでノクトの誘いは断った。

 

「嫌、一人で乗るもの」

 

でもノクトは私の答えに納得しなかったみたい。

ムッとした顔でチョコボに乗ろうとする私の腕を掴んだ。

 

「レティ、なんだよ、オレの運転安心できるって言ってただろ!」

「それはドライブの話。これはチョコボ!私は一人で乗るの!手綱握ってみたいのよ」

「ダメだ!ぜってぇ危ない」

 

もう、一体何を決めつけて危ないっていうのよ。

私はノクトの掴む手を振り払おうとしたけど全然離してくれなくてヤケになった。

 

「ノクトのけちんぼっ!」

「ケチじゃねーし!レティがわからずやなだけだろ」

 

子供ケンカレベルになって私たちは互いに睨み合った。

 

「ノクトのアホ!」

「わがままレティ!」

 

私はう~と唸っているとみかねたイグニスが仲裁に入ってきた。

 

「いい加減にしろ、二人とも」

「「だってこっちが!」」

 

私とノクトが互いに相手を指差してそっちの方が悪いと訴えた。イグニスはくだらない喧嘩をするなと一喝。でもお互いのイライラは収まらなかった。私はフン!とそっぽを向くとノクトも同じようにした。そこまで真似しないでよって言いたかったけどこれ以上無駄話してイライラしたくなかった。プロンプトが空気を読んでしゅたっ!と手を挙げた。

 

「はいはい!だったらオレと一緒に乗ろうよ。オレと途中で代わればいいし」

 

さりげなく私の手を掴んでノクトと距離を離してくれる。私は、内心驚きつつも頷いた。

 

「………わかった。プロンプトと一緒に乗る」

「ケッ」

 

するとノクトは、気に入らなさそうに吐き捨てた。

 

「ハァ~」

 

イグニスが頭に手をやって痛そうにしていたけどノクトの顔見たくなくて私はプロンプトを引っ張ってチョコボに乗り込んだ。

 

 

ゆっさゆっさと揺れる揺れる。ノクトはチョコボ臭いとか言ってたけど私は全然気にならないわ。そりゃ確かに動物臭いっていうのはあるかもしれないけど私には新鮮だもの。

生き物と接していると気持ちが落ち着く。苛立った気持ちも軟化させてくれる。今はちょっと無理だけど。

前方をチョコボに乗って歩いているノクトたちの一番後ろにプロンプトと私はいる。

 

できるだけ私とノクトを近づけさせないよう、プロンプトの配慮だと思う。

 

座り心地は…。ちょっと良くない。だって本当なら一人乗りだもん。

つまんないつまんないつまんないつまんない!せっかくいつもと違った景色を堪能できると思ったのに全然つまらない。こんな気持ちになっているのも全部ノクトの所為だ!

 

プロンプトのおなかに腕を回してくっ付く私に、気を使って話しかけてくれている彼に申し訳ないけど和やかに会話ができるほど私のイライラはおさまっていない。

 

「ねー、可愛いねチョコボ」

「そーだねー」

 

何回目の『そーだねー』だろうか。数える気もない。

プロンプトが困った声で言ってきた。

 

「姫、機嫌直してよ」

「別に悪くないし」

「だったら楽しもうよ、ね?せっかくチョコボにも乗れてるんだしさ」

「……うん。そだね」

 

確かにプロンプトのいうことも一理ある。

その時その時を全力で楽しまなければ後から後悔したって遅いんだ。

 

「そろそろ代わってみる?」

「うん」

 

プロンプトはチョコボを止まらせて先に降りた。私が前に出て手綱を握るのを確認してもう一度後ろに回って乗り込んだ。プロンプトは手をどこに置こうか迷っていたから、私がむんず!と彼の手を掴んで自分のおなかに手を回させた。プロンプトは「ひ、姫?!」と上ずった声を出して慌てて離れようとしたけど「振り落とされたいの?」と尋ねると「嫌です」と即答して素直に腕を回してきた。うん、それでいい。

私はグッとチョコボの手綱に力を込めて握り、「いっけぇー!」とチョコボに向かって叫んだ。すると、チョコボは「クエー」と甲高い鳴き声を上げて全力疾走。

プロンプトは驚き声を上げて落とされまいとなおさら私に引っ付いた。

 

「うわぁ!あはっ!楽しー!」

「ひ、姫!ちよっと道ずれてるから!?」

「あははは!」

「姫ってばー!」

 

しばし、暴走チョコボのドライブを自由に楽しんだ。

 

私の気が済んだということでプロンプトに手綱を譲り、(本当は代わってくれと懇願された)私はホクホクと満悦な顔でトレーラーハウスに帰ることとなった。ノクトたちの後方を着いているのは変わらないけど、時折というか結構ちらちらと後ろを向くノクトが面白くてバレないように笑うのは大変だった。素直じゃないな、ノクトも私もって思ったけどね。

私は、プロンプトにお礼を言った。いつもプロンプトは私を励まそうとしてくれるし気も配ってくれている。

 

「あー楽しかった。ありがとね、プロンプト」

「いえいえ。少し疲れたけどね」

 

プロンプトは少しだけ顔をこちらに向けて苦笑いした。

 

「やっぱり外の世界は違うね」

 

正直、こんなに広いだなんて想像もしなかった。

知識ばかり詰め込んだって、世界の広さには到底かなわない。

 

「あー、そうだね。姫はずっと城の中で育ったんだもんね。そりゃ興奮もするか」

 

興奮というか、感動してるんですけどね。

まぁいいか。今は、この時間を大切にしたいから。

 

「私さ、多分自分の物差しでしか見られてないから違ってるって叱ってもらえるの嬉しいの。こんな時どういう風に言えばいいのかなーとか、あ!ここはこー動けばいいんだとか、ね。みんなから教えてもらえること、自分の手で実感してくこと。きっと今後の私に必要なことだから」

「…姫…」

 

いつのまにか、チョコボは歩くのをやめていた。

プロンプトはなんて言っていいか言葉に詰まっているみたい。あ、やば。

なんだか自分で言って恥ずかしくなってきたので無理やり話題を変えた。

 

「よく考えたらその姫っていうのやめたほうがいいよね!バレちゃいそうだし。今まで気づかなかったけど」

 

プロンプトは私の勢いにつられて話題に乗ってきた。

 

「あ!そっか。でもなんて言えば」

 

迷うことなんてないのに。皆が普段私を呼んでいるようにすればいいと提案した。

 

「レティでいいよ。みんなもそう呼んでるし」

「え!いいの?だってオレ皆と違って、その幼馴染とかじゃないし、馴れなれしいかなって」

 

弱気な発言に私は目を丸くした。

今さらじゃないかって思う。そんな枠での関係なんてすっ飛ばしている私達じゃない。

 

「そんなこと関係ないでしょ?プロンプトは私の友達だし。姫って呼ばれるよりもレティって呼んでほしい」

「じゃあ、その、レティ」

「うん」

「あー、なんか恥ずかしい!」

 

珍しいプロンプトの照れる姿を見られた。今日は最高の日だ。

 

「いい慣れてないからね、慣れるまで意識して呼んでなさい」

「わかったよ、姫、あ!」

 

すかさず私は先生になったみたいにびしっと言った。

 

「はいプロンプト君。訂正」

「わかった!レティ!」

 

今度は成功。

 

「よろしい、ぷっ、ふふっ!」

「ふふ、あはっはははは!」

「あーマジ楽しー」

「だね!」

 

二人で声をあげて笑いあった。

すると、声を掛けるチャンスでも狙っていたみたいなタイミングでチョコボに乗ったノクトが「おせーぞ!何してんだ」とこっちに戻ってきた。喧嘩していたこともないようにふるまっていたので私とプロンプトは「「内緒ー!」」と声を揃えてノクトを追い越してチョコボを走らせた。「あ、ズリーぞ!」と慌ててノクトもチョコボを走らせて追いかけてきたので、そこからなぜだか皆でチョコボレース開始。最初は乗り気じゃなかったイグニスとグラディオラスも仕方ないと参戦した結果、負けた人はイグニスお手製食後のデザートのヨーグルトパンプディングはお預け。

さて、そのチョコボレースで負けた人は……?

 

【誰でしょう】

 

プロンプトが皆の前でいつもの姫ではなく、愛称で呼んでいることにいち早く気づいたノクトとイグニスが、レティがいないときにプロンプトに詰め寄って問いただそうとする姿が見られたとか見られなかったとか。

 

【こういうのもいいものだ】



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プリンセスサイキョー伝説?

「レティ!走れ!」

 

血相を変えたノクトに手を引かれ共に走るレティ。後方にはそれに続く形でイグニス、プロンププト、グラディオラスが続く。皆、ある集団から押しつぶされまいと必死な形相で懸命に走る走る走る。レティはなんでこうなっているのかなといまいち自分の状況が理解できない様子だった。ノクトが

 

「いいからとにかく足動かせレティ!」

 

と叫ぶので仕方なく今は言われた通りにしようと足を動かすことに集中する。クペが走る風の勢いに負けまいと小さな手でレティの肩に引っ掴まって耐えていた。

ことの経緯はレティのモンスターフェロモンから始まった……。

 

ある草原であるモンスターを見つけたレティは、危ないと止める男衆の言葉を無視してそのモンスターの近くへトコトコと歩いていき、好奇心の眼差しで「おいで!」と両手を広げて戯れようとした。ノクトたちはすぐに武器を装備してレティを助けようと一様に駆けだした。最悪なパターンがノクトたちの脳裏をよぎった。その時は。

 

そのモンスター、小さな体のガルラは両手を広げるレティをじっと見つめてあった後、どどっと勢いよく走り出したのだ。これから頭突きで突っこみます五秒前みたいな状況にもレティは笑顔でガルラを迎えようとした。

 

「レティ!!」

 

ノクトの悲鳴に近い叫び声が響いた。ガルラの攻撃(?)によってレティの体が軽く吹っ飛ばされた―――なんてことはなかった。

 

「「「「…………」」」」

 

一同は思わず言葉を失ってしまうような驚きの光景がそこにあった。ガルラがピタリ!とレティの前で急停止し、甘えるように短い鼻先をレティにこすりつけるではないか。レティは表情を緩ませて幸せそうだった。

 

「ねぇねぇ、この子可愛くない?」

「……レティ…マジか。こいつらにも効くわけな」

「姫ってばスゴいわ。相変わらず」

 

ノクトは脱力感を覚え、妹の意外な才能に脱帽しプロンプトは素直にレティの才能に感動して褒めた。だが本人が良くても周りが良くない。なんせ、ノクトたちがいる場所はガルラの群れの中なのだから。絶賛、ノクトたちはガルラたちの視線を集めている。それこそ、変な真似したら襲うぞ的な雰囲気である。しかもレティの元に近寄ってきたのは、子供のガルラのようなのだ。大きな体をしているガルラがレティの元へ一歩一歩近づく。

見守る側にしてみれば、子供を取る敵としか思えない状況。だからノクトたちは視線を合わせて同時に頷いた。

 

とっととズラかろう。

 

男子たちの気持ちは見事に一緒だった。ガルラの群れを引きつける役、逃げ道を確保する役、そしてレティを連れ戻す役にわかれ、それぞれ配置についてノクトの合図を待った。仲間からのサインにわかったという意味で軽くうなづくと、スゥッと息を吸って気持ちを落ち着かせる。

 

そして、ノクトは叫んだ。

 

「行くぜぇ!」

 

一斉にノクトたちは地面を蹴って勢いよく走り出した。ノクトはレティを目標に目掛けて全力で全身の筋肉を使う。ノクトの考えでは浚うようにレティの腕を掴んでそのままの勢いを殺さずにプロンプトが放った銃に驚いて隙間が出来た群れの中をイグニスからの誘導を受け進みプロンプトともにグラディオにしんがりを任せとに全力疾走すればいける!という感じに作戦は立てた。後は失敗せずに行けば全てうまくいく。ノクトはそう信じて疑わなかった。仲間の腕を信じていたからだ。だがひとり波長を乱す存在がいたことをすっかり忘れていた。

 

「あー!あっちの子も可愛い!」

 

そっち行くなよ!?

 

なんとレティめがけて走っていたのにその目標が自ら別のガルラに無邪気に駆けて行ってしまうではないか。ノクトは舌打ちしてレティの後を追う。これだけでかなりの時間がロスしてしまった。だがまだ挽回できるチャンスはある。ノクトはバカレティと怒鳴ってやりたいところ、ガルラたちの注目を集めてしまうのでやむなくレティを捕まえることだけに意識を集中させる。

 

「あれ、ノクトだ。全力疾走してるー。なに、トイレでも行きたいの?」

「違うっつーの!」

 

レティのおとぼけ発言に思わず止まり言い返してしまったノクトは、しまったとはたりとあたりの気配が殺気じめていくことに気づいた。

 

これは、ヤバイ!?

 

ノクトはすぐに我に帰り、レティの腕をむんずと掴んで周りなど気にしてられるかと走り出す。と、同時にガルラたちが一斉に鳴き声をあげてそのでかい図体で前方を走るノクト目掛けて走り出す。

 

「プロンプト、イグニス、グラディオ!作戦失敗だ!」

「やっぱりそういうことになるんだよね!」

「だな!」

「いいから走るんだ!」

 

華麗にプリンセスをさらってかっこよく逃げる。なんて、やっぱり無理だったノクトたちはかっこ悪く逃げることになったのだ。だが強敵がまだ残っていた。ノクトたちの行く手を遮るように一際大きな巨体のガルラが現れたのだ。

 

「おいおい!マジかよ?!」

「ノクト!レティ連れて先いけるな!」

 

イグニスとグラディオが武器を取り出して勇猛果敢にそのリーダー格に挑もうとする。ノクトが信じられないといった顔をした。

 

「アァ!?なにいって」

「ノクト!お前はレティを守んなきゃなんないだろうが!」

 

グラディオに一喝され、ノクトはハッと自分の守るべき者の存在を思い出した。今オレも一緒に戦闘に参加したら、誰がレティを守るんだ?

 

「……ワリー!お前ら!」

「いいってこと!ノクトは絶対姫を守ってよね!」

 

プロンプトも銃を装備してウインク一つするとノクトとレティとは反対がわへ突っ込んで行こうとする。ノクトは溢れそうな想いに涙しそうになった。だが堪えた。必ず仲間たちは無事に帰ってくる。そう信じて、大切な者を守り抜いてやると固く胸に誓った。

 

「行くぞレティ!」

 

掴んだ腕を離すまいと一度レティの方を振り返るとレティは

 

「なんでみんな群れに突っ込んでいくの?」

 

とさも不思議そうな顔をする。

 

「なんでっ?って!それはお前のためって、そんなこと今言っている暇なんかなかった!とにかく走れレティ!逃げる「なんで逃げるの?」アァ!?」

 

思わず迫力ある顔つきで問い返してしまったノクト。だがレティはそれにビビることなく、納得したように、

 

「あ。そっか。ノクトたちはガルラたちに追っかけられて襲われてるって勘違いしちゃったんだね。そっか、そっか。じゃあ止めるね」

 

とあっさりと言った。

 

「え」

「おーいみんなー。止まってくれる?ノクトたちがビックリしちゃったから」

 

レティの間延びした声により、ガルラたちの群れはピタリと止まった。次いで、レティは絶賛応戦中のイグニスたちと戦っているリーダー格のガルラに向かって、

 

「ゴン太~!そこの男子らは敵じゃないから吹っ飛ばさないで!」

 

とお願い?をした。するとゴン太?はレティの言葉を理解しているのか、大きな牙を振り回すことを、やめておとなしくなった。レティは呆然とするノクトから離れてゴン太の方へ歩いて行き、独特の肌触りをもつゴン太を慣れた手つきで撫で始めた。レティがゴン太と呼んでいるあのモンスター、ノクトの知識によるとクイーンガルラと言って群れの中でリーダー格の存在だと認識していたが、レティ曰く、ゴン太という名前が付けられている。

 

「ゴン太いい子だね。この男子たち私の仲間だからさ。できれば出会っても手は出さないであげて」

 

ゴン太はわかったというように鳴き返した。そして、撫でて撫でてとハートマークを飛ばすようにレティに身を擦りつけるその仕草。完全にレティを慕っている証拠。止まれと言われたガルラの群れもぞろぞろとレティの周りを囲んで順番と言わんばかりにレティに迫っていく姿は、まるで珍獣マスターのようである。男子たちはなぜ、こんな展開を迎えているのか、理由も考えるのが嫌になるくらいショックを受けた。唯一嫌でもわかったこと。一通り、ガルラたちを撫でまくったレティが肩をもみほぐしながら、

 

「ゴン太。走って疲れたからテントまで乗せてってくれる?」

 

とお願いするとゴン太は快く(?)レティ&クペを軽々と乗せドシドシと去っていく。群れはレティが帰るというとぞろぞろと集団で去って行った。レティが後ろを振り返りながら「何してるの、置いてくよー」と声を掛けるが男子たちは聞いちゃいない。ただ、すごく精神的にも肉体的にも疲れたこと。そしては、ウチのプリンセス、サイキョーであるということ。

 

「……腹、減った…」

 

ぐーと腹の虫がなった。正体はノクトだった。お腹を押さえながら呟いたノクトに、皆頷いて脱力感に襲われながら帰路についた。



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お金がないっ!

レティーシアside

 

 

私はバハムートの助力を求めた。自分から異界に赴くことはできないので心内でバハムートに何度も呼び声を掛けてあちら側へと引き込んでもらい、そこでファントムソードの在処を全て教えてもらった。

 

『お願い、バハムート。ファントムソードの在処を、教えて』

『……全ては王子の為か』

『彼を死なせたために。……彼女のやり方は、あまりに真っすぐすぎるわ』

『分かった』

 

直接私の頭にその場所のイメージが伝えられてくる。少しまるで高速で駆け抜ける景色に吐きそうになった。苦悶の表情になってしまったが何とか最後まで耐えることができた。私の無茶なお願いに嫌な顔一つせず受けてくれるバハムートに感謝の言葉を伝えた。

 

『……ありがとう……。これで一つクリアできる…』

『礼などいらぬ』

 

それを地図に記し、効率よく順番に辿って行けばうまく回収することができる。だが現実問題、そうすんなりとうまくことが進まないことだとは承知ずみ。だからこそ、多少ゴリ押しに見えたとしても進ませる。召喚獣頼りになることもあるかもしれない。そのことをバハムートンに打ち明けると、バハムートは

 

『構わぬ。レティーシアがそれを望むのならたやすきこと。我ら七神は其方を守護せしもの』

 

と引っ掛かりのある言葉を言うではないか。

七神なんて、聞いたことはない。だって伝承では六神のはず。だから確認のために尋ねた。

 

『……七、神……?六神ではなくて?』

『歪められた歴史は真実を奥深く闇へと葬る。イフリートは裏切りの神と位置づけられ、人々は欲望のまま争いへと身を投じた。我らが託されたのはあくまで【観察】。過度の干渉は歴史に大きな歪を引き起こす』

『観察?』

 

バハムートはそれ以上教えてくれなかった。いつも通りに私を送り出してくれた。

 

『レティーシア、助けを求めるならいつでも来い。我らは其方の願いを拒みはせぬ』

『……ありがとう……』

 

消化不良のまま私は、それ以上質問を重ねることもできずに現実世界へと戻った。

 

 

私は現実世界へと戻るとベッドから飛び起きて机に向かいさっそく地図に各々の王の墓所を羽根ペンで記し始めた。バハムートが言っていた言葉は気になるけど、今は後回しにしよう。それにしても改めて地図に記すことで分かったことがある。それは王の墓所が各地に広がっていてレガリアでさえいけない場所もあるということ。

だがこれ幸いとチョコボを借りれる状況にはできている。だから行こうと思えばすぐにでも出発もできる。

 

「ここから近いのはコースタルマークタワーか……」

 

覇王の墓所は存在しているものの、そこから王の力は抜き取られたらしい。その抜き取った者がいるのが古代から存在していると言われるコースタルマークタワー。夜にしかその入口は開かず、踏み入れる者には試練を与えるらしい。脱落したらまた一番初めからやり直し。なんて手間のかかるダンジョンだろうか。けどあえてそこから攻めるのも手。場数を踏んでいないノクトたちを精神面で鍛えるという意味合いも十分ある。

彼らの足りない分は私が全力でカバーすればいいだけの話。

後は、どうやって彼らを誘導するか。それも夜に。実はぶっちゃけてしまえば夜、活動したことないのだ。今の今まで。

だからシガイとの戦闘なんてやったことない。知識としてはあるがそれがどこまで役に立つか。これは、ノクト達を守るためのボディーガードを雇う必要がありそうだ。しかもできるだけ諭されないように腕の立つもの。

私はそうと思ったら、さっそく彼を呼ぶべく部屋の鍵を掛けた。邪魔されちゃいやだし何よりこの話はクペにも秘密にしておきたい。もう少し様子をみてから話そうと思っている。

召喚獣の中でなおかつ腕の立つもの。

 

「ようじんぼう」

 

私の求めに、彼は異界からやってきた。天上からひらひらと綺麗な桜の花が舞い散って足元に降りてくる。そして、異界の門から顔を覗かせてやってきたのは、かなり大きい……

 

『わん!』

 

綺麗な模様の、大きなワンちゃんだった。それは私の元まで駆け寄ってきて全力で尻尾を振って愛想を振りまいてくれる。私は笑みを浮かべて膝をついてワンちゃんを撫で繰り回した。予想外の姿だったけど、これはこれで可愛いもの。

 

「貴方が、ようじんぼう?ワンちゃんだったのね……可愛い」

『わんわん!』

「…あれ?違うの?」

 

どうやら違うらしい。

では、一体誰がと尋ねようとしたところ、続けて異界から誰かが入ってこようとした。けど。

 

めりっ。天井が軋む音がした。

天上でつっかえてしまって体が入ってこられないようで再度チャレンジして体を斜めにしてこちら側にやってきた。

 

「…あ、この方がようじんぼう!?これは大変失礼を…!…あの、初めまして」

 

慌てて頭を下げると彼も返そうとしてくれたけど、体勢がきついままなの慌てて手で制した。

 

「あ、あの!そのままで結構なんで」

『―――』

「可愛いワンちゃんですね。お名前は?」

『―――』

「ダイゴウロウ!強そうな名前ですね」

『わん』

 

褒められて嬉しそうに一鳴きするダイゴロウ。

よし、ちょっと雰囲気が和んだようだ。私は意を決し、ようじんぼうを見上げて口を開いた。

 

「実は、そのボディーガードをお願いしたいんです。ノクトたちの」

『―――』

「お金?……ああ、お金!?ああ、どうしよう。今これだけしかもってない……」

 

私のポケットに入ってたのは500ギル。それでも何とか部屋中引っかき回して(ダイゴロウにも手伝ってもらった)集めた金額、3000ギルでした。思わず少ない金額にガクッと項垂れてしまった。

 

ああ、普段からクペにお金の管理を任せているから財布なんて携帯してないのが祟った。

でもきっとクペはお金の管理は厳しいから渡されるお小遣いなんて少ないだろうけど。

 

どことなく哀愁漂わせる私にダイゴロウが『キューン』と心配そうに気遣ってくれたけど肝心のようじんぼうはというと、私の両手に乗せられた少ない金額をじっと見つめたままで、

 

「足りない、ですよね?」

『―――』

 

彼は期待外れだと思ったのかもぞもぞと動き始めた。

 

「ああ!帰らないでっ!?貴方しかいないんですっ!頼れるのが!」

 

思わず腰を上げて縋りつく私にようじんぼうは首を振った。

どうやら私の勘違いでちょっと体制がきつくなったので座りたいらしい。正座したら丁度良かったみたいで話を続けろと言ってくれた。私も同じく正座をしてようじんぼうの向かい側に姿勢を正して座った。ダイゴロウも大人しく私の横にお座り。

 

『―――』

「……え、最初はこのお金でいい?後でまたもらうから?ほ、本当に?!」

『―――』

 

お金にうるさいとシヴァから聞いていたから心配していたけど、全然そんなことなかった。私は丁寧に頭を下げて心込めてお願いした。

 

「ありがとう!どうか、ノクト達をお願いしますっ」

『―――』

 

ようじんぼうは私から3000ギルを受け取ってダイゴロウと共に異界へと帰っていった。

 

これで、ノクト達は大丈夫だ!

 

と安堵できたのもつかの間、クペがドンドン!と戸を叩いて「レティ~、どうしたクポ?なんだか騒がしかったクポ」とやってきてしまったじゃないか。

私は慌てて「何でもない!」と叫び返すが遅かった。クペのテントの持ち主である彼女の前じゃ鍵なんて役に立たない。あっさりと鍵は開錠されドアを開けてやってきたクペは、部屋の惨状を目の当たりにし、一瞬固まった。

 

「……なんで散らかってるクポ?」

「……夢見が悪かったからプロレス技で撃退してたの。起きたらこうなってた」

 

我ながら咄嗟に出た言い訳とは言え、もっとマシなこと言えないの!?と心の中で絶叫していた。大体クローゼットの服まで床に放り出してプロレスとかないでしょ!!ああ、私のばかー!

 

「……」

「……」

 

ああ、痛い痛い。クペのじとーとした視線が私の嘘を見透かしているようだ。

 

「……ちゃんと片づけるクポ」

「……あ、うん…。はい」

 

でもクペはあっさりと流して部屋を片付けることだけは言い残して部屋を出て行った。あの目ざといクペが気づかなかった。私の嘘に。

 

「…もしかして、私の嘘が通用した!?」

 

思いがけない展開に私は喜ばずにはいられなかった。それからクペに部屋を綺麗にするよう言われたことをすっかり頭の外に放り投げていた私は、数十分後、再びやってきたクペによってしかりつけられることになる。ついでに少し私を顔を見に来たイグニスにも。

 

【うっかりさん】



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お転婆姫の友人とのすれ違い

クペside

 

 

レティの嘘は最初から丸わかりクポ。

大体寝ぼけながらプロレス技仕掛けるのはノクトがやることでレティはやられる側クポ。だからすぐに嘘だってわかったクポ。それに……召喚獣の気配がしたクポ。あれは、ようじんぼうだったはずクポ。

レティは何か企んでいることはわかったクポ。その証拠にノクトのファントムソード探しに一番ノリノリなのはレティだったクポ。

近くに王の墓所があるから行こう!って急かすようにノクトに言ってたクポ。

 

色々と情報通なのも気になったクポ。そこのコースタルマークタワーが夜にしか開かないこととかそのダンジョンの進み方とか。きっとバハムート辺りにでも聞いたクポね。バハムートはレティに甘いからなんでもいうこと聞いちゃうクポ。

なんだかんだいってノクトたちは夜のコースタルマークタワーに行って、強すぎなモンスターに相手に懸命に戦ったクポ。でも危ないって時に限って誰かが助けに入るクポ。

 

たとえば、あれはようじんぼうの愛犬ダイゴロウ並みの大きさだったクポ。全身黒く塗ったかのような感じの犬みたいな獣が豪快なキックを入れて倒してからさっと暗闇の中に駆け戻って行ったクポ。

ノクトたちは驚いてたけど、レティは暗闇に向かって親指立ててたクポ。

あれはグッジョブという意味だと思うクポ。

 

それと、ようじんぼう『らしい』全身黒づくめの召喚獣がイグニスが戦闘終了後に眼鏡落としたと取り乱している時にこっそりとレティに何かを手渡してすぐに暗闇に消えてたクポ。あれはきっと眼鏡手渡してたクポ。

だってその後わざとらしい演技で眼鏡拾ったとイグニスに手渡すレティが目撃されたクポ。やっぱり、あれはようじんぼうクポ。お金にがめついかと思ってけど意外と良心的クポ。

 

……レティがお小遣い欲しいって訴えてきたのはこのことだったクポね。一応それなりの金額は渡したけど一体いくら払ったのか、見当がつかないクポ。大体100ギルでダイゴロウが出てくると思ったけど結構頻繁にようじんぼうもお助けに入ってたクポ。……レティ相手ならようじんぼうも強く要求できないのかもクポ。

 

それからノクト達は疲弊しながらも無事にダンジョンの奥までたどり着いた先でジャバウォックと対決したクポ。ジャバウォックは相手を石化させてしまう技を持っていたけど、レティの容赦ない魔法とノクトたちの絶妙な攻撃のコンボ。さらにようじんぼうのひっそりとした手助けのお陰で見事倒すことができたクポ。

プロンプトは最初倒せたことがわからなかったようで呆けた顔してたクポ。でも理解したら誰よりも嬉しそうに笑ってたクポ。

……プロンプトは悩んでる様子だったからこれがきっかけに自信がついてくれれば嬉しいクポ。レティはもしかしたらこのことも考えていたのかもしれないクポ。

 

……覇王の大剣は無事手に入れることができたクポ。なんでジャバウォックが持って行ったか謎クポ。

うーん、ノクトに使いこなせるか正直心配クポ……。でもレティは真剣な表情で是が非でも使いこなしてもらうって厳しいこと言ってるクポ。……なんだかいつもよりもらしくなかったクポ。

 

少し、不安クポ。

 

プロンプトの為に『クペのお守り』を用意したクポ。

……『モグのお守り』じゃないクポ、『クペのお守り』クポ。ゲームみたいに経験値上げるなんて効果はまったくないクポ。でも『誰かと入れ替わるのを防ぐ』ことはできるクポ。誰が入れ替わるかはわからないけど、なんとなく作っておいた方が良いような、そう!女の予感がしたクポ。

さっそくプロンプトにあげるクポ。

 

【そこで文章は途切れている】

 

 

ニックスside

 

 

苦労してオレ達はやっとハンマーヘッドに着くことができた。着いた時には夕方で明かりがこんなにも安心できるものとは思わなかったぜ。今までが当たり前すぎたんだよな。すでに重い荷物となっているバイクを端に停めさせてさっそく腹を空かせているリベルトが店に行こうと促してきた。

 

「ニックス!とりあえずメシ、メシ食おうぜ」

「ああ」

 

二人で共にダイナータッカに入室すると、夕飯にありつこうとそれなりの人数が賑わう中、色黒のマスターがオレ達を口下手ながらも出迎えてくれた。

 

「よ、よう……。お前ら見ない顔だな」

 

オレは軽く手を上げて挨拶し正面カウンターに腰かけた。リベルトはさっそくメニュー表に噛り付くように釘付けで「オレこれにするぞ!ジャンバラヤ。な!あとアルコール!ジャンジャン頼むぜ」とマスターに迫る勢いでオーダーをする。少し臆病な性格なのか、あからさまに驚いた様子のマスターは、リベルトの勢いに少し体を後ずさりしながらも「あ、ああ。わかった。……お前は?」とオレの注文を尋ねてきた。オレも同じでと言うとマスターは「わかった。待っててくれ」と料理に取り掛かった。どうやら他にスタッフはウエイトレス一人とマスターだけらしい。

広い厨房だが一人を切り盛りするのが好きなのか、それとも夜に近い時間帯だから他のスタッフがいないのかわからないがこの賑やかさでこの人手は大変だろうとぼんやりと注文が来るまで忙しなく動くマスターを見つめながらそう思った。

 

 

リベルトが満足するまで飲むのに付き合っていたら、情報収集など到底できやしないとわかっていたので、適当にやってくれと先にカウンターから立ち上がり、マスターに金を払ってダイナーから出た。残り少ない金額をどうやりくりするかが悩みの種だったが、ここではモブハントの依頼を受けれるとマスターから教えてもらいとりあえず一番低いランクのハントを受けて明日退治に行くことにした。

まともな所で寝るにはちょうどいいモービルも空いていたので早速頼んでおいたので、今日の宿は心配はいらないな。

 

「……ミニマートでいるものを買っておくか」

 

明日に備えてやれることはやっておこうと思ったのでオレはミニマートで色々と細々と旅に必要な物を買いそろえた。王都の品ぞろえには劣るがやはりこの地域独特の食べ物なんてものも売っていて興味をそそられるものもあった。だがそこは予備金も残しておく必要があるので、またの機会ということにしておいてミニマートを出た。

買い物袋を両手に一杯担ぎながらモービルに置いてくるためダイナーの目の前を通り過ぎる。横目に店内に視線をやればリベルトが酒瓶片手にテンション高くマスターに絡んでいる。

 

『イェーイ!オレたちサイコーだぜぇ!キャッホウぅぅぅうう――ー!』

『……おい、は、う、うるさいぞ』

『マスターも一緒に盛り上がろうぜっ!オレの親友はなぁ、ルシスを救った英雄なんだよ!!』

『…そ、そうなのか?』

『おうよ!今度は姫様の騎士を目指すと言い張ってんだ!こりゃ応援してやんねぇで誰がしてやんだよ?!』

『お、オレに言わないでくれ……』

 

もう暴露していやがる。オレは何も見なかったことにして通り過ぎた。だが口から出るため息はどうしようもなかった。

 

「……はぁ……」

 

気持ちの面ではすぐにでも出発したいところだが今のオレ達では到底無理なことはわかっている。だがああやって酔う度に暴露話されていたんじゃこっちの身が持たない。幸い、マスターは酔っ払いの戯言と気にした様子もないようだった。

 

これはある意味一人の方が良かったんじゃないか。と考えなおそうとも思ったが、リベルトの気持ちを汲んでとりあえず保留にしておいた。モービルの中に荷物を置いてまたオレは外へ出た。ミニマートの隣のガレージでバイクを修理してもらうためだ。ガス欠もあるが、戦闘中に不意を突かれて襲われたりもしたのでその影響か、スピードもあまりでなくなったからだ。幸い、明かりはついているようだったのでガレージに人がいると判断して覗いてみることにした。

 

「ちょっとすまない」

「……ん?」

 

余裕で車二台は入るだろう広いガレージ内には専用の道具が壁際にセットされていた。その片側に整備中の車が入庫されていて、カチャカチャと整備している音がした。

女の下半身が出ていたからきっと整備士か何かだろう。……恰好が大胆すぎるような、気がした。

 

オレの声に反応しその整備している車の下からゆっくりと出てきた。

 

「よいっしょっと……。あれ?見ない顔だね。どうかした?」

「あ、ああ。すまない、仕事中に」

「ううん、いいよ。もう少しで終わるところだったから」

 

整った顔に汚れた油をつけて気にした素振りもなく立ち上がる金髪美女。初対面とは思えないフレンドリーな対応にオレは多少面食らってしまった。

 

「それで、何か用事があったんでしょ?あ、私ここの整備士してる、シドニー。よろしく」

「ああ、オレはニックスだ」

 

軽い挨拶をしてオレはバイクが故障してしまっていることを告げた。するとシドニーは疲れている様子も見せずに、軽い言い方で「とりあえず見て見ないとわからないかな。そのバイクこっちまで持ってきて」とオレに指示してきた。オレは言われるがままバイクをガレージに移動させた。調子が悪いところをわかる範囲で伝えると彼女は、少し困った表情で「……うーん、ちょっと部品が足りないかな……。ゴメン、部品とか取り寄せになるから時間が掛かるかも」と申し訳なさそうな顔をした。

オレは「いや、大丈夫だ。しばらくここに滞在する予定だったから」と言うと、シドニーは「そうなんだ。オッケー、それなら大丈夫だよ」と明るく微笑んだ。

バイクは預かってもらうことになり、大体の費用を計算してもらうと思ったよりも高くはなかった。

 

「君さ、王都から脱出してきたんでしょ?」

「……そうだが、わかるものか?」

「分かるよ。そういう人結構来るからさ。……こっちも出血大サービスでやってるからね」

 

パチン!とウインクを飛ばすシドニーは様になっていて、

 

「……そうか。……ありがとう」

 

彼女の人となりが分かるやり取りにオレは笑みを浮かべて礼を言った。シドニーは顔を振って「気にしないで」と微笑んだ。それから彼女は外の景色に視線を向けながら、迷いのない言葉でこういった。

 

「きっと、ルシスは持ち直してみせるよ」

「……何か根拠でもあるのか?」

 

オレがそう尋ねると、シドニーは視線をオレに戻しながら

 

「まぁね、知り合いにルシスの為に粉骨砕身してる友人たちがいるからさ。……信じてるんだ。皆のこと」

 

とあえて詳しく語ることはなかったが、最後の言葉はその人物との関係性を現すものだった。絆、といったところか。

 

「……そうか」

 

それはオレにとっても心強い話で、深く突っ込むことはしなかった。

きっとそいつ等もオレのように大切な者を守るために行動していることは伝わったからだ。

 

「良い友人たちだな」

「まぁね。でも一人は妹みたいな可愛い子なんだけどね。危なっかしくて目が離せないんだよ」

「へぇ、オレの知り合いにもそういう奴がいる。奇遇だな」

「そうなの?世間は狭いものだね」

 

他愛もない話で盛り上がり始めた時、「ニックス!」と血相を変えたマスターがオレの名を叫びながら走り寄ってきた。シドニーは目を丸くして驚いた様子。

 

「あれ?マスター、どうしたの?」

「アイツを、なんとか、してく、れ」

 

疲れ切った様子で、オレにアレと示してきたのですぐにピンときた。

 

「ああ、リベルトか」

「豪快にいびきかいて、駄目だ」

「悪かった。すぐにモービルに運ぶ」

 

どうやら回収する前に眠ってしまったらしい。他の客にも迷惑をかけているようでオレはシドニーに「後は頼む」と挨拶をしてマスターと共にダイナーへと走った。

 

「頑張ってよ!」

 

シドニーからそう掛け声をかけられ、オレは走り様手を上げて挨拶を送った。

それからすっかり眠りこけているリベルトをマスター二人でモービルへと運び、礼を言ってマスターが帰るのを見送り、オレも「ふわぁ」と欠伸一つしてベッドへと横になったが眠るまで一分もかからなかった。

 

【こうして、忙しない夜は瞬く間に過ぎて行った】



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一つくらいは趣味欲しいの巻

レティーシアside

 

 

唐突ですが私、レティーシアは悩んでます。色々と悩み多い時ではありますが、少しでも心に余裕を持とうと思います。さて、プロンプトは写真が趣味。暇さえあればカメラ片手にみんなを撮りまくっている。さっきも突然撮られた。許可してないのに。

 

「ねぇ、姫。こっち向いて」

「ほへ?」

 

丁度おやつに隠しておいたどら焼きをクペと一緒に食べようとしていた時だ。

ソファに座ってさぁ!どら焼きカモンと口いっぱいに頬張って、後ろから呼ばれたので振り返ったら、

 

パシャリ!とシャッター音。と悪戯が成功した子供みたいに満面の笑みのプロンプト。

 

「はい!もらった。ベストショット」

「……うぐ…何勝手に撮ってるのよ」

 

私は不意打ちを食らって睨みつけながらなんとか口の中のどら焼きをもぐもぐと咀嚼してごっくんと飲み込んでから文句を言った。けどプロンプトは対して気にした素振りもなく、

 

「可愛いからいいじゃん」

 

と開き直った。むかつく。

 

「許可してないから」

「残念、撮ったもん勝ち」

 

と卑怯にも逃げようとしたので

 

「……『サンダー』」

 

とプロンプト目がけて部屋の中で落としてやった。

 

「ああ!?カメラがっ」

 

とか悲鳴上げてたけど確認したらちゃんと撮れてたから壊れてない。

 

「横暴だ!」

「人が食べてる時に撮るのが悪い!」

 

一喝したらシュンと肩を落として「うぅ、ゴメンナサイ」と素直に謝ってくれたのでご褒美に一緒にどら焼きをどうかと勧めた。プロンプトはガラリと表情を変えて

 

「やった!」

 

とクペの隣に座って一緒にどら焼きをおいしそうに頬張った。その瞬間をちゃんと写真に撮ってあげた。

 

ノクトは釣りが趣味みたい。この間暇してたから一緒に行くかと誘われたので、ノクトが手綱を握るチョコボの後ろに乗って湖まで行った。桟橋でひたすら釣れるのを待つ作業。私は桟橋に腰かけて何度目かの問いかけをノクトに投げかけた。

 

「ねーねー、釣れた?」

「まだ」

「飽きたよー」

「だったら来なきゃよかっただろ」

 

いつものノクトじゃない。邪見に言われて少々へこんだ。どれだけこの釣りの大切さが伝わってきたが、こっちは暇つぶしにきたのであってここでさらに暇つぶしが増えるなど誰が考えるだろうか。私は子供みたいに頬を膨らませて拗ねて見せた。

 

「ぶー、冷たいノクト……」

「……」

 

だがまったく反応が返ってこない。ノーリアクション。無視されたのが癪に障った。けどかといって私はノクトみたいに忍耐強いわけじゃないので普通の釣りのやり方じゃ無理。だから前に本で読んだ知識を試してみることにした。その場に立ち上がって、ポシェット(クペからもらった特別のポシェット)に手を突っ込んでごそごそと目的のものを探し出す。

五分ぐらい探してようやくお目当てのものを見つけた私は意気揚々とそれを掴みだして

 

「えい」

 

と勢いよく湖に放り投げた。するとようやくノクトが反応して驚いた顔で私を見やった。

 

「な!?レティ!何して」

 

ビャッシャーン!

 

ノクトの台詞は途中で遮られた。湖の中心から大きな水柱が上がり勢いで飛んできた水が思いっきり当たった。冷たい……。

アレが水中爆発を起こしたのだ。何を投げたかって?もちろんアレである。

一体何事が起ったのか、信じられないと呆けるノクトの目の前で、湖からぷかぷかと浮き上がってくる気絶した大量の魚たち。

 

「爆弾投げて魚捕まえるって本で読んだから。手っ取り早いじゃない。良かったね!大漁だよ」

「……この、馬鹿か!?」

 

ノクトの怒りのげんこつが頭に容赦なく下され

 

「きゃん!」

 

でっかいたんこぶこさえちゃいました。

 

「痛いよー」

「今回は許さねえぞ」

 

あまりに痛くて涙目になってたら、耳元で突然シヴァの声がして

 

『可哀想なレティ、大丈夫よ。私が冷やしてあげるわ』

 

と私のたんこぶ部分に小型の雪だるまを創ってくれた。

 

『これで痛みがやわらぐでしょう』

「ありがとう!」

 

私は両手で雪だるまを固定しながら礼を言った。ノクトは雪だるまを目にしてぎょっとしていた。優しいシヴァが大好きだ!

 

イグニスは料理。…クッ、わかってたよ。初めてイグニスの手料理食べた時からわかってたよ。絶対かなうわけないって。ガクッと膝をついてきらりと涙を流す私。

 

「……負けた……」

 

夕食のメーンはやっぱりイグニスの

 

「今日はステーキだぞ」

 

ですよねー。恰好から気合入れてエプロンしたのに私が作れたのは不格好なおにぎり爆弾だけ。それも口よりもデカいサイズ。顎ハズレそうだわ。

 

「うぅ、私はおにぎりが精々ですよーだ」

「何を拗ねているんだ」

「別に!」

 

ツンとそっぽを向いているとイグニスが仕方ないとため息をついて私の傍にしゃがみ込んだ。

 

「君が料理を覚えたいというのなら教えてやるぞ」

「……ちなみに、優しく?」

 

上目遣いにお願いしてみた。こうすると男は弱いらしいって教わったから。

誰に?シヴァ。

でも究極の料理を目指す男、イグニス・スキエンティア!

 

「いや、料理は奥が深いんだ。それなりに覚悟してもらおう」

 

まったく私の魅力にかかることなく逆にスパルタ宣言してきた。

 

「いやー!」

 

私は悲鳴をあげて思わず立ち上げると皿に乗せたお手製おにぎり爆弾を掴んでイグニスの口に押し付けた。

 

「ふご!?」

 

うまい具合にイグニスの口にはまったおにぎりのお陰でその場から逃走することができた。でも後でこってり叱られ、ステーキは没収された。おにぎりは美味しかったと褒めてもらえたからよしとしてあげよう。……やっぱり、良くない。お腹すいた。自分が作った不格好なおにぎりだけじゃ足りなくて、グーと鳴るお腹抑えてベッドに丸まっているとノクトがやってきて、こっそり隠しておいたという肉まん持ってきてくれた!

私は大喜びでお礼を言ってそれを受け取り、ノクトが見守る中、美味しく頂いたのであった。

 

 

グラディオラスはキャンプ。これは言わずともわかる。

というか趣味というより本職とでもいえるレベルだ。何をやっても失敗してしまうので思わず相談を持ち掛けた。

 

「…ねぇねぇ、皆趣味がはっきりしてるんだけど私はなにしたらいいと思う?」

 

夜、たき火を囲うように置かれたチェアに座りながら、同じくチェアに背中を預けゆったりくつろいでいるグラデイオラスにそう聞いた。

 

「趣味ねぇ、様は好きなことだろ?深く考えすぎじゃねえか」

「別にそんなに深く考えては……」

 

腕を組んでうーんと唸る私に、グラディオラスはよっと体を起き上がらせた。

 

「これが好きだなとかってのあるだ?一つくらいは」

「好きなこと、読書?」

「それでいいじゃねえか」

「でもそれは生きていく上で必要な知識を身に着けるためであって好んでというわけじゃ……」

「じゃあモンスターに好かれる」

「それはただの体質!」

「クペ撫でまくり」

「それは愛情表現!」

「じゃあプロンプトいじり」

「それは!……確かに、好んでやってるわ。これが私の趣味だったの……!?」

「おい、冗談だからって、聞いてねぇ」

 

さっそく私はグラディオの助言のまま、ルンルンと気分よく鼻歌唄いながらプロンプトの元へと向かった。彼はテントから出てきてシャワーを浴び終えた直後らしく、Tシャツに短パンというラフな格好でタオルを被っていた。

 

「プロンプトー!明日は何して遊ぶ?」

「やめてこないでマジでオレ死んじゃうぅ――!カメラ壊されたし」

 

けどプロンプトは危険を察知して素早い脚力で駆けていく。訂正、私から逃げていく。

ウフフ、けど私は今自分の趣味が分かって機嫌がすこぶるいいので怒ることはない。

逆にこの状況を楽しむ余裕ができた。

 

「カメラは壊してません!黒焦げになっただけ。なるほど今から追いかけっこね!オッケー、私が鬼でプロンプトが逃げる方ね。ちなみに捕まったらモルボル狩りに付き合ってもらうから。よし!ヘイスト」

「うわぁぁああああ――――!殺されるぅぅ」

 

こうして私の趣味はグラディオラスの助言で無事見つかることができたのだった。

 

 

おまけ。

 

「すまねぇ、プロンプト。オレが余計なこと言っちまったばかりに。……強く生きてくれ!」

 

とか言いつつ被害を受けたくないので卑怯ながら見守っていたグラディオだった。



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プリンセスサイキョー伝説、確定?

確かに乗ってみたい、とレティは力強く熱願していた。だがノクトたちはそれは無理だと思いっきり否定した。いくらレティがモンスターに好かれる能力があったとしても。気軽に乗せてとお願いしてすんなりと乗せてくれる奴ではないはずと高を括っていたのだ。確かに、一般人なら決して近づかないモンスターでもレティは恐れず、むしろ嬉々として駆け寄っていく。周りの人間に止められたとしても、だ。むしろ張り倒す…よりは魔法で蹴散らして進みそうである。そんな王女様は、ついに標的を見つけてしまいました。

ダスカ地方にて、大きな沼地に遠くからでも一発でわかるほどの巨体の持ち主。道路を走っていたレガリアから標的を見つけてしまったレティは大声を上げて

 

「止まって―――!!」

 

と叫んだ。わざとイグニスの耳元で。

 

「いっ!?」

 

驚いて片耳抑えて思わず急ブレーキを踏んでしまったイグニス。

ノクト、グラディオ、プロンプトもその巻き添えをくらって呻いた。

 

「いで!」

「ぐぉ!?」

「うぇ!?」

 

レティはその隙を狙ってわざとその場に立ち上がってレガリアのトランク部分に上がって華麗に脱出。道路から平原へと一人で降りていきすたこらと逃げた。

 

「ちょっと乗せてもらってくるー!」

 

と暢気に叫んで。クペはちゃっかりレティの肩にしがみ付いていた。

 

「大丈夫クポ~。クペがいるクポ!」

 

と言っているがゆっさゆっさとレティの肩にしがみ付いているだけで精一杯らしい。レティに「ゆっくり走るクポ!?」とお願いしていたのが頼りない。

勿論、ノクトたちはレガリアから飛び出て慌てて追いかけ始めた。何度レティに止まれと声を張り上げたか。それでもレティは止まらない。なぜならレティだからと納得できてしまうのは、このような体験に慣れてしまったからか、それともこういうトラブルが毎回起こることを知っているからか。全力を出し切っていたとしても、なかなかレティとの距離が縮められないことにノクトは幾度となく舌打ちした。しかも

 

「馬鹿レティ!もうアホレティって呼んでやるっ!」

 

と怒鳴りながら自分たちに襲い掛かるガルラの群れ(レティがなんか叫んで頼んでいた)を蹴散らすため武器を装備して攻撃をけしかけた。イグニスはまだ耳がキンキンするらしく、左耳を抑えながら、

 

「…今日の夕飯、抜きだ…抜きにしてやる…」

 

とレティへのお仕置きを決めたようだ。何ともいえないおどろおどろしい気配がイグニスから放たれている。プロンプトは銃を装備しながら苦笑いしつつ、

 

「やっぱり前回の運転させてもらえなかったのを根に持ってるんだね」

 

とイグニスに同情し、それとなく八つ当たりをされないようにイグニスから離れた。グラディオは、

 

「だからってアレはねえだろ」

 

とレティの行動に心底呆れた様子で阻もうとするガルラに大剣を叩きこんだ。

ガルラの群れもレティのお願いに負けて堪るかと躍起になってノクトたちに猛然と襲い掛かった。だがガルラたちが必死なようにノクトたちも今回ばかりは必死なのだ。レティが向かったモンスターは、カトブレパス。あの、カトブレパスなのだ。レティにとっては、乗り物対象だとしてもノクトたちにしてみれば強敵以外の何者でもない。もし、万が一あの巨体の足で踏みつぶされでもしたら、一発で終わり。

そんな最悪な展開が脳裏をよぎり、猶更ノクトはガルラの巨体に蹴りを入れたりして押しのけて「邪魔だっつーの!」と怒鳴りながらレティを追う。

なんとかガルラの群れは抜け切れた。

 

だが一足遅かった。レティは沼地のほうまでたどり着いていた。

靴が濡れないようにちゃっかり裸足になって準備万端と沼地に入り込んでいく。前方には、二体のカトブレパスがいた。しかし、すんなりと足を入れれば泥に足元掬われ身動きができなくなるのは、レティだってわかっているはず。だというのにレティはそんなことも気にせずに足を沼地へと沈めていく。そして、案の定、足がはまったらしく「あれ?抜けなくなった…」と呟いた。

目の前にはカトブレパスがゆっくりと頭を下げてやってくる。沼に足を取られて身動きできないレティ。

銃でガルラを撃退しながら、カトブレパスのデカさに改めてレティの無謀さを感じ取ったプロンプトは焦りをあらわにした。

 

「うっそ、でかー。……やばいやばいやばい!姫がやばい!」

「んなことはわかってる!」

 

間に合うかどうか!ぎりぎりの瀬戸際にノクトは焦った。

 

「魔法を使う、その隙にレティを引っ張り上げるんだ」

「イグニス!」

「ノクト!逃げることだけ考えろよ」

「グラディオ、わかった!」

 

頼もしき仲間の存在に励まされ、ノクトは絶対間に合わせると決めた。

 

「レティ!」

 

声を張り上げて、全身の筋肉を使ってレティだけを目指す。この手でレティを助けるんだ!

だがカトブレパスのほうがやや動きが行動が早かった。どうにかして足を抜かせようと躍起になっているレティへ、ぐぐっと鼻先を近づけていった。

 

間に合わない、誰もがそう思った。

だが、予想外の展開が待っていた。レティが困った様子でカトブレパスにこう訴えた。

 

「足抜けなくなっちゃった、助けてくれる?」

 

とお願いすると、カトブレパスは鼻先をレティに近づけた。レティは両手を伸ばしてカトブレパスの鼻先にしがみ付いた。するとカトブレパスがゆっくりと頭を上げるとレティの足がすぽっと綺麗に抜けたではないか。そのまま岸の方にレティを持ち上げてゆっくりと下す。レティはほっと胸を撫で下ろして「ありがとう」と笑みを浮かべて礼を言った。

カトブレパスはレティの言葉を理解しているみたいに、気にするなという風に鳴き声をだした。

 

「あのね、ついでで悪いんだけど。私君の上に乗ってみたいんだ。ね、乗らせてくれない?」

 

レティの唐突なお願いもカトブレパスにはなんてことないらしく、快く(?)レティを頭の上に乗せてその長い首をぐーんと持ち上げた。

 

「すごいすごい!景色最高ー!」

「……こんなことできるのレティぐらいクポ」

 

目をキラキラさせて大喜びするレティと、ぐったりお疲れモードのクペ。

カトブレパスは周辺を歩き回ってレティを大いに楽しませた後、彼女を岸に下して沼地へと帰って行った。レティはカトブレパスに手を振って見送った。

 

「ふぅ、楽しかった。……あれ、ノクトたち。何してんのここで?」

 

ようやっとノクトたちの存在に気づいたレティだが、その言葉に一気に脱力感に襲われたノクトたちは、

 

「「「「……」」」」

 

無言で背を向けるとレガリアへと帰った。レティは「変なの」と首を傾げながらその後ろに続いた。クペがパタパタと羽を羽ばたかせてレティから離れてノクトの肩に飛び乗った。

 

「そう毎回頑張ってたらキリがないクポ。時には見守ることも大切だクポ」

 

とレティに振り回され続けて経験豊富なクペがアドバイスした。悄然とした表情でノクトは、

 

「だな」

 

と短く答えた。

夕飯時、やっぱりレティはイグニスにより夕食抜きの刑にさせられ「なんで?!」と信じられない様子だったという。

 

【お腹減ったと泣きついたら結局食べられました】



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二体同時召喚じゃなくて何体召喚?

今日も王子様御一行は帝国魔道兵に追いかけまわされていた。空から飛空艇でぶーんとやってきて、ぽいぽいぽい!と落ちてくる帝国魔道兵たち。だがすでに今ので八回目。幾らレティに無理やり鍛えさせられてRPG風に表現するとLv75くらいになっていたとしても飽きるものは飽きる。その中でも特に飽きていたのが、彼女だ。飽きていただけではない。朝から不機嫌状態なのだ。レティに会いに来たカーバンクルがぽろっと漏らした新たな事実。ルナフレーナがすでにタイタンへの啓示を終了させていたというのだ。これには愕然とさせられたレティ。まだ全てのファントムソード回収には至っておらず、どうにも気が焦るばかりなのにこの事実。ショックを受けないほうがおかしい。だがそれでも頑張ろうとしたのだ。レティなりに。たとえ、懲りずにやってくる帝国魔道兵らを相手にするのが億劫になってきたとしても。七回目までは許してやろうと寛大な心で出迎えていたのだ。これで、終わりだろうと。でも奴らはその期待を見事裏切って八回目に突入しのだ。だから、レティの色々堪えていた線は、プッツーンと見事に切れた。

 

「……そろっと懲りるって言葉を知らないのかしら、ね」

 

鬱陶しそうにレティはそういうと、右手に装備した杖をくるくると両手で回転させて、ぐさっ!と地面に突き刺した。そして武器を構えて出迎えようとする男衆に、こう言い放った。

 

「巻き添え喰らいたくなかったら私より前に出ないこと!被害被っても保証はしません」

 

いち早くその言葉に反応したのはノクトだった。顔面蒼白になり

 

「……レティが完璧怒った……、ヤベーぞ離れろ!?」

 

と言い残しさっさとレティよりも後方に下がるために駆けだした。必死に。

 

「ノクト!?」

「マジで?姫の怒るとこは見たことあるけど、本気の怖さっでどうなのかな…」

「お前ら、マジで死ぬぞ。さっさと下がれ!」

 

イグニスとプロンプトに危険を促しグラディオラスが狼狽えた顔でとにかく下がれと怒鳴った。二人が戸惑いながらも言われた通りにレティの後方へと下がった途端、レティはこちらに向かってくる魔道兵の大軍に声高らかにこう叫んだ。

 

「てめーらまとめてぐさぐさのぷすぷすのぺっちゃんこにしてあげるわ!」

 

そういうな否や、杖を媒介に召喚を始めた。一気に天候がガラリと変わり、どんよりとした曇り空がさぁーと広がるとそこに緑色の巨大な何かが現れた!

 

「サボテンダー、入ります!ぐさっ」

 

とちゃんとサボテンダーと言っておいて、巨大ジャボテンダー(髭)を召喚したレティは、「やれ」と目元ひくひくと痙攣させてイッちゃってるみたいに命令を出した。巨大ジャボテンダー(髭)はレティに向かってカクカクと手足を動かした。どうやらわかったと言っているらしい。そして巨大ジャボテンダー(髭)の攻撃が始まった。『すってんころりん』から始まって『針万本』そして最終技『針ン千本』。文字通り、魔道兵たちは穴だらけになり使い物にならなくなった。

 

「こわっ!」

「詐欺じゃん」

 

プロンプトがジャボテンダーの恐ろしさに身を竦ませ、ノクトがツッコミした。

だがまだ終わりじゃない!ジャボテンダーの好きに暴れさせてる間に、またレティの怒りは炸裂する。

 

「続いてトンベリさん入ります!ぷすっ」

 

黒い水たまりからぬっと緑色の手が這い出たと思ったら、左手にランプを携えて水たまりから姿を現す黄色い目とフードがラブリーのトンベリ。レティは「お願いします」と丁寧に頭を下げた。トンベリは静かにこくっと頷くと、ぺたり、ぺたりと一体の魔道兵に近づき右手に持つ包丁で、刺した。『プスッ』と。魔道兵は、音もなく地面に倒れた。レティは一人拍手を送り、

 

「お見事です。さすがトンベリさん」

 

とトンベリの攻撃を褒めたたえた。トンベリは誇らしげに胸を張ってまた次の魔道兵を刺しに行った。

 

「なぜ敬語なんだ…」

「あれ、結構年長らしいぜ」

 

首を傾げるイグニスとそれを説明するノクト。レティは次なる召喚に入った。

 

「続いてチョコ入りまーす!超かわいいからって舐めんじゃないわよ」

 

レティが呼び出した召喚獣、それは子供のチョコボだった。プロンプトは頬を緩ませて「チョコボだー!可愛いー」と喜んで魅入っていたが、その攻撃はえげつないものだった。『チョコファイア』で焼いて『チョコフレア』で二度焼いて『チョコメテオ』で星を落として潰し、『チョコボックル』でデブチョコボを落とし二度潰しにかかるという慈悲の欠片もありはしない残酷な攻撃に、プロンプトはチョコボへの認識を改めた。

 

「オレ、可愛いだけのチョコボで、いいよ……」

「現実なんて、こんなもんさ……」

 

遠くの彼方を見つめたそがれるプロンプトにグラディオラスがそっと肩をたたいて慰めた。その一方、レティはというと、

 

「ふふふ、ふはははははは!どうだ、参ったか鉄人形共よ!これに懲りたら一日に八回も来るんじゃないわよ来るなら一昨日きやがれってんだ!へーん!」

 

デブチョコボの上に乗っかって頭上から上機嫌に眼下に転がる魔道兵の残骸を見やっては、悦に入って喜んでいた。レティの傍ではジャボテンダーが空中でぐるぐると針を飛ばし続け、トンベリさんが残骸になった魔道兵にさらにプスッと刺し続けていた。

 

「さすが姫、と褒めたいとこだけど。正直言って怖いです。ダンジョンの中じゃもっと怖いです」

「才能のすごさと本人のレベルがあってねぇからな。見た目に反して」

「逆に敵が哀れに思えて仕方ない。あのやられ具合、まるで雑魚キャラ扱いのようだ」

「最近レティにしごかれてるオレ達から見りゃそうだと思うけどな」

 

遠巻きに見つめる男衆はそれぞれ感想を述べて、心に誓った。

 

絶対、レティ(女王様)を怒らせるな。

 

それは今後の戦闘で大いに生かされる教訓となった。

 

【その才、果たしてどう役に立つか】



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デスで乱れ打ちです!

今回の魔導兵は大量にやってきた。標的はノクト、そしてレティである。王族二人の狙っての犯行にしては大仰するすぎるやり方である。

だがそれだけの戦力を投入してでも消したい、もしくは手に入れたい存在なのだと実感させられる戦いとなったはず。ノクトたちには。だが例外がいた。

貧乏王子一行の紅一点、花も恥じらうプリンセス、レティーシアである。

その可憐な容姿に似つかわしくない双剣を細腕で軽々と持ちながら手慣れた様子で迎え撃って出たノクトたちと共に戦っていたが、尋常ではないこちらが圧倒的に不利な数を投入してきたことでレティが、またキレた。

 

「ふっふっふ、フッフッフ」

 

含み笑いをしては前方から襲い掛かる魔導兵を双剣で弾き飛ばし、後ろから不意打ちを狙って襲い掛かろうとする魔導兵を俊敏な動きで華麗に回し蹴りを加えて吹き飛ばし、斜めから間合いを詰めて懐に入り込もうとする魔導兵の攻撃をすれすれで掻い潜りすれ違い様に相手の背中を踏み台にして高く空へ舞い上がり『ファイガ!』と勢いよく敵の軍団に叩き込む。強大な火柱が天高く燃え上がり一気に広範囲に広がるその圧倒的な魔力の強さ。いつみても圧巻される戦い方だとノクトたちはレティの戦いのセンスに感心を寄せた。いち早くレティの様子に気づいたノクトがあっけらかんとした様子で言った。

 

「お、レティがキレた」

 

クペがささっとノクトの肩に捕まって「今回はヤバイクポ。アレが来るクポ。毛が逆立つクポ~」と怯えていた。しかも静電気で毛がバチバチいっていた。ノクトがクペの怯えように違和感を感じて「マジで?」と露骨に嫌そうな顔をする。イグニスがすぐさまレティの様子を確認してノクトに頷いてこう言った。

 

「退避だな」

 

プロンプトがぎょっと顔を青くさせて皆の中で我一番と言わんばかりに駆けだした。

 

「姫御乱心ー!」

「派手になりそうだな!レティ!頑張れよー」

 

グラディオが走り出したノクト達の後方に続いて走り出した。振り向きざまレティに声援を送ることも忘れずに。

 

「よぉぉしぃー!準備いいか屑ども――!貴様らまとめてこの私のデスでデスってやるわ!刈り取ってやるわ―――!」

 

レティ暴走して高笑いしながらデスを発動させる。ちなみにいつの間にか召喚獣も召喚されている。今回は雷の召喚獣である角の生えた馬、イクシオンである。その背に跨るな否や人馬一体で一気に敵の合間を風のように駆け抜けていく。

イクシオンは天上から容赦なく雷柱を落とし敵をダウンさせていき、レティも双剣で斬り込みながら同時にデスを発動させる。

 

普通ならデスは相手の近くにいてその生命をゆっくりと吸い込んで死に追いやるのだが、レティの場合は容赦なしに掃除機のようにぐいぐいと吸い込む。

いかに帝国魔導兵だろうとも例外はない。

機械であろうともその命、残らず刈り取る。レティ、マジである。

 

「デスデスデスデスデス!」

 

イクシオンで爆走するレティは残党狩りに夢中になっているようで、ノクトたちの存在などすっかり頭の隅から消えている。今彼女を突き動かすもの原動力は、敵、全て、狩るの三文字だけである。たまに野生に戻ってしまうレティがちょっと傷である。

さて、遠くに避難したノクトたちは場違いであるが、レティの容赦ないっぷりに感心してさえいた。ノクトは悠々閑々とヤンキー座りで見守りながら、

 

「いやー、見ごたえあるな」

 

次から次へと吸い込まれていく魔導兵を暇つぶしに数えていた。けど途中で「あれ、重なって見えね」とわからなくなったらしく、また再度数えなおしていた。クペはハリセンボンのように毛がさらに逆立っていた。「ノクト助けてクポ~!」とノクトに助けを求め、「あれ終わんねぇと無理だろ」とノクトは一応クペの毛に触ろうとしたが、やはり触れそうになった瞬間、バチッ!と静電気が走り仕方なく手をひっこめた。

隣のプロンプトはパシャパシャ!と幾度と角度を変えて、カメラを構え何枚も写真を熱心に撮っていた。

 

「さすが姫!ある意味デスじゃなくてバキューム?」

 

滅多にないシャッターチャンスと思い出作りに熱を出している。プロンプトがレティを狙って写真を撮る時は大抵戦闘で意気揚々と敵を倒す姿だった。普段じゃプライバシーの侵害と言って撮らせてくれないためだ。こちらも熱の入り方が半端ない。だが近いうち、レティから「なんでこんな写真ばっか撮ってんのよ!」とサンダー落とされる運命にあることを、この時のプロンプトは、知らない。

貧乏王子一行の頼れるブレーンであるイグニスはと言えば、腕を組んで冷静に戦闘を分析していた。

 

「一理あるな。だがレティの場合は通常のデスに加えレビテトで魔導兵の集団を浮かせ吸い込ませやすいようにしている。加えて召喚獣のイクシオン効果でダウンさせ相乗効果を与えている。実に理に適った戦闘術だ。しかし、あのデス……。吸収された敵は一体何処へ行くのか、…気になるな」

「一回お前の頭の中見てみたいわ」

 

グラディオが本気でイグニスを心配し始めた。イグニスは「いたって真面目だが」と逆に平然と返すのでがっくりと肩を落として脱力してしまったグラディオ。

 

「アーハッハハハハッ!」

 

プリンセス、楽しそうに敵を殲滅し終わってご満悦に高笑い。イクシオンがやったぜ!とレティと共に喜びを分かち合いながら、調子に乗って派手に雷を落としまくった。大地が抉り取られるほどの勢いの雷がドドーンと落ちて、その勢いで避難したはずのノクトたちにも被害が及んでしまい皆で仲良く吹っ飛ばされることに。

敵、一匹残らず殲滅することに成功。

 

「……勝った…!」

 

残ったのはレティとイクシオンだけだ。なぜなら味方も目を回して地面に倒れ伏しているから。死屍累々ではあるが、レティにとって納得のいく戦いとなった。

 

【Missioncomplete!】



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恋した貴方は召喚獣?

レティーシアside

 

 

自慢じゃないけど私の初恋は、ない。二十年生きてきて一度も異性に恋心を抱いたことがない。というか、出会いがそもそもないのだ。あの監禁されているような環境でどうやって年頃の異性と出会えるというのか。ノクトは学校などで同年代の男子やら女子やらと接する機会があったかもしれないが、特に私などは、年上のおじさんか、おじさんか、年上のおねーさんか、淑女とかである。

 

あ、でも例外が一人。グラディオラスの妹イリスとは友達だ。

ある理由で文通するのが切っ掛けになりそれから仲良くなった。だから同性の人間での友達は彼女が初めて。最初はもちろん、クペだけどね。そのある理由はまた今度。

さて、イリスともそういう話題は数えきれないほどした。けど城から出られない私としてはイリスから恋の話を相談されたところでいまいち、良いアドバイスなんて送れなかったし、イリスも気を遣って仕方ないよと励ましてくれたりもした。

 

……巷の女子高生のように彼氏が欲しいとか、彼氏が欲しいとか彼氏が欲しいとか考えたことなんてない。断じてない。たがそれが世間の常識というものなら、私も柔軟な考えを持った方が今後の役に立つというもの。イリスも彼氏いたこともあったらしいし。グラディオラスには内緒だったみたいだけど。だがいきなり恋をしようなどと考えたところですぐに恋する乙女にジョブチェンジできるわけでもない。ここは、男子とはどういうものなのか学ぶ必要がある。私は早速うちの男子たちを観察してみることにした。

 

 

ノクトの場合。

 

夕食時、イグニスお手製ハンバーグと野菜のソテーが出されたのだが、ノクトはしっかりと避けていた。右端に。それをとがめたイグニスが、オカン節を発揮させた。

 

「ノクト、にんじんも食べるんだ」

 

でもノクトはイグニスの言葉をまるっとスル―して

 

「やる」

 

と私のお皿に人参を乗せてきた。しっかりお肉だけは食べている。イグニスは困ったようにため息をついた。

 

「………、まったく」

「ノクト、ホントに野菜嫌いなんだね」

 

プロンプトが綺麗にカットされたニンジンを口に頬張りながらそういうとノクトは、

 

「ん」

 

と軽く頷いた。グラディオラスが冗談まじりに茶化してこういった。

 

「レティがアーンしてやれば食べるんじゃないか?」

「まさか」

 

とイグニスは小馬鹿にしている。どうやらイグニスは私がノクトにあーんしても絶対食べないと思っているようだ。これは良い実験機会である。私がノクトに餌付け成功するかどうか、実践してみようではないか。私は目をキラリンと光らせ、隣に座る、ノクトにずいっと近寄った。ノクトはきょとんとしたが、気にしない。「ちょっと借りるよ」と断ってノクトからフォークを奪う。さすがに私のフォークを使うのは気が引けたので。

先ほど私のお皿に寄せられたニンジンをさっとすくって、ノクトの口の前までもっていく。そして、定番の台詞を言った。

 

「ノクト、アーンして」

「アーン(雛鳥のように口を開けている)……」

 

餌付けはすんなりと成功した。多少、まずそうな顔をしているが、それでも咀嚼してぐっと飲み込んだ。いやいや食べているようだ。その表情は食材に対して、作ってくれた人に対して失礼である。なのでここは全部食べてもらおう。

 

「……ノクト、わざとか。わざとなのか」

 

イグニスがいかにも憎々しい表情になってぷるぷると肩を震わせている。

だが実験途中なのでイグニスは無視だ。今はノクトにニンジンを食べさせることが必要不可欠。私は次のニンジンをグサッとさしてノクトの口元へもっていく。

 

「ノクト、ん」

「……んぐ、……アーン」

 

やはり食べた。この後何回か繰り返して綺麗に野菜はノクトの胃袋に無事収まった。

皿洗いは当番制なので今日は私とプロンプトの番である。一緒に魔法で出した水で洗いものをしていると、チェアに腰かけているイグニスが

 

「クッ!」

 

と、お気に入りのエボニ―コーヒー片手に悔し気に呻いていた。

プロンプトにそれとなく尋ねてみたら「ああ、ノクトのほうが一枚上手だったからね。悔しいじゃない?」と教えてくれた。どうやらイグニスの予想が外れたことに相当根に持っているらしい。だが結果は結果。ここは素直にノクトはあーんしてあげればニンジンを食べるということが学べたことを素直に喜んでほしい。

次はイグニスがノクトにあーんしてあげれば食べるだろう。

 

結果。

 

男は何歳になっても甘えん坊。勉強になった。

 

イグニスの場合。

 

 

洗い物が終わって、プロンプトはお風呂に入りに行くと言ってクペのテントに入っていった。それぞれ各自でまったりと寛ぐ中、イグニスと言えば大好きなエボニ―コーヒーに舌鼓を打っている。私は夜にコーヒーとか飲むと眠れなくなるのであまり飲まないようにしている。……別に嗜好がお子様というわけじゃない。ただ、炭酸ジュースのほうが好きなだけである。私がじっと観察しているとイグニスが私に気付いた。

 

「レティ、どうした。そんなところで……隠れて…」

 

おっと、気づかれてしまった。私はテント越しに姿を出してイグニスの元へ向かった。

 

「それっておいしいの?」

「ああ」

「ふーん」

 

男の好物。そうだ、イグニスの好物を奪ってどんな態度を見せるか実験してみようではないか。私はチェアをぐいぐい引っ張ってきてイグニスの隣に腰かけた。そして「どうした?」と不思議そうに尋ねてくるイグニスに「どんな匂いか嗅いでみたい」と嘘をついてマグカップを受け取った。イグニスは「レティには苦いぞ」と苦笑して言う。

確かに、私には到底飲めない大人の味だ。だが実験の為。

 

いざいかん!未知なる領域へ。

 

「な、レティ?!」

 

止めるでない、イグニスよ。私は恋を知るために男を知るためにこの身を捧げなければいけないのだ。私はマグカップを両手で持ってイグニスが飲んでいた部分とは反対の飲み口でぐいっと飲んだ!

頑張って飲んだ。

 

「に、苦い……」

 

の一言に尽きる。この全身を駆け巡るような苦さ……。侮っていた、たった一口飲んだだけでこのブラック感。だが頑張れレティ!イグニスの好物を奪うと心に決めたじゃないか。そう自分を叱咤して無理して全部飲み干した。

頑張ったよ、私。

 

「…………」

 

どうだ、イグニスよと私は不敵に微笑んだ。

全てこの胃袋に収まった。ドヤ顔してイグニスに視線をやったら、イグニスは唖然として固まっていた。だけど「はい」と空になったマグカップを差し出すと我に返ったように口元に手をあてがって、なぜか噴き出しそうなほど顔を赤くさせるではないか。

 

「な、え、……君は!」

 

戸惑っただろう、ショックだっただろう!

その空になったマグカップを見た瞬間に。

 

「ウッフッフ、さぞ悔しいだろうイグニスよ!好物は頂いた!」

 

そう完璧に宣言した私は颯爽と自分のテントに戻った。

だけど口の中がニガニガしていてがぶ飲みするように冷蔵庫の炭酸ジュースを飲んだ。

多少、緩和されたけどやっぱりニガニガ。そしてやっぱり、カフェイン強すぎて夜眠れなくて目が冴えまくり。翌日、隈ができた私だった。

 

結果。

 

男は好物を奪われると弱い。非常に勉強になった。

 

グラディオラスの場合。

 

 

以前の検証結果では、兄は妹に弱いという実験データが取れている。だが今回はもっと掘り下げてみようと思う。ちょうどそこにグラディオラスがいたので私は背後からひっそりと近寄った。

 

「なんか用か?」

 

だが気づかれてしまった。さすが王の盾を率いるアミシティア家、総領である。だが私とてまだまだやれるはず。

 

「えっとね、ちょっと相談したいことが…」

 

と普段押し隠している乙女を全開してグラディオラスの気を引いた。

 

「なんだよ、くねくねして気持ち悪いな。何企んでるんだ」

 

だが酷いいい方をされ、あまつさえ計画がバレそうになっている。私は内心の焦りを悟られぬように、「酷い……くねくねだなんて…!」と嘘泣きをしてグラディオラスの隙を突こうとした。

 

「嘘泣きバレバレ」

 

と頭を軽く小突かれた。来た!

私はこの瞬間を待っていたのだ。防御の隙を与えずに、私は「コンフォ!」と叫び魔法を発動させた。「うっ!?」とグラディオラスはよろりとその体をよろめかせて片膝を地面についた。

うん、成功したようだ。その証拠にグラディオラスの頭上にはヒヨコがぴよぴよと可愛く回っている。これで実験の準備は整った。

私は「クペ!」と頼れる相棒を呼んだ。クペは小さな羽根をパタパタさせてやってきた。

 

「やるクポ?これ大変クポ」

「やるのよ、私は男を知らなければいけないの」

 

とこの実験の重要性を語り、クペに協力を依頼した。クペは渋々頷いて実験協力を受けてくれた。クペの不思議な力。そのうちの一つ。【いろんな声が真似して出るよ!】である。私命名であるが間違いはない。

一つ、この力の問題点は、語尾の最後にクポがついてしまうこと。

 

だが今回の実験に置いて、そこは些細な問題だ。

どうせ混乱しているのだから語尾にクポがついていようといなかろうとさほど関係はないはず。

私はスマホの録画ボタンを押して

 

「クペ、よろしく」

 

と合図を送った。クペは、力を使い始めた。

 

「わかったクポ……(イリス声)お兄ちゃん……」

「……?イリス?イリスなのか?…くそ、暗闇で目が見えない?!」

 

そうなのだ。さっきついでに暗闇になる魔法をかけていたのだ。やるなら何事も徹底して、だ。実験に妥協は許されない。

 

※※※

そして、私は驚愕するようなデータ結果を手に入れてしまった。

…私は本当にこれを録画してしまって良かったのだろうかと、後悔の念に囚われるほど、強烈な結果となった。

きっと、コンフェがマズかったのだろう。近くに人一人余裕で縛れるほどの縄があったのもマズかった要因だ。クペも調子に乗るから、録画している私としては見ていて非常に気まずい気分にさせられた。

しかも、「新たな境地に目覚めてしまったクポ~!」なんて毛並み艶々になるくらい興奮していて、私は思わず「やめて!?戻ってきてクペっ!」と叫んでしまったくらいだ。

きっと、色々と条件が重なってマズかったのだ。

私はこの録画は削除することにした。きっと世の中に広まってしまったら、グラディオラスのイメージに傷がついてしまうだろうか。イリスにも言えない。絶対言えない口が裂けても言えない。これは、墓に持っていくことにしよう。

実験結果は良好である。

 

結果。

 

男は妹に弱い。もっと!

 

プロンプトの場合。

 

 

プロンプトか、……飴と鞭は効果覿面というではないか。

最近サンダーの鞭ばかりだったので、飴を与えてみようと思う。声を弾ませて「プロンプト」と彼の名を呼べば、ビクンと過敏に反応して振り返るプロンプト。

 

「なに?改まって……、まさかオレまたなんかした!?」

「いやいや何もしてないからそんな怯えないで」

「だって、またサンダービリビリするのかと……」

 

あら心外!そんな風に私のこと考えてたのね。何だかサンダー馬鹿みたいにけなされているような気もしないでもない。でも、レティ!ここは心に大きくゆとりをもって!

 

「しないよ。そんな………だって、今のプロンプト。結構避ける率が早くなってるから。サンダーよりもサンダラにする」

「レベルアップしてる!?」

「ウフフフ!」

「笑顔で誤魔化された!」

「最近イイ子にしているプロンプト君にご褒美をあげましょう!」

「………」

「じゃーん!飴、ベリー味だよ」

「意外と普通だった……。なんだ身構えて損した……」

 

そう、私があげたのは普通の飴である。たまにはご褒美あげてもいいと考えたからだ。

けど普段のお仕置きサンダーがここまで彼を追い詰めていたとは。やっぱりもっとバリエーション豊かにしなくちゃ避ける方も気が萎えるわよね。次からはサンダーではなくトードにしてやってみようと思う。

 

結果。

 

男は結構お仕置きに弱い。

観察、もとい実験は良好だ。引き続き、観察を続けようと思う。

 

【実験こそ前進への道】



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恋した貴方は召喚獣?2

レティーシアside

 

色々と観察に観察を重ねた結果、男という者がどういった者なのかなんとなくわかった。

だが次は、恋をすること。こればっかりは簡単にいかないだろうと思った。イリスのお陰である程度の知識はあるものの、やはりそれは知識。体験したことすらない私には未知の領域だ。周りの仲間たちでがっちりガードされていちゃ男子との出会いなんで夢のまた夢。私が王女だからといって変な虫がつかないよう言い含められているのかなんなのか知らないがはた迷惑なことこの上ない。

きっと、この先私が恋をする日は、そう近くはないだろうと諦めていた。

そんな矢先。私は、出会ってしまった。人ではない、化け物でもない、あの『彼』に。

 

 

幼いころからずっとひた隠しにしてきた、憧れのシチュエーション。イリスにも言ってない、童話好きの私にとって、密かに大切にしてきた憧れ。

囚われの姫を颯爽と助けにくる白馬の騎士様のような人がいたら、なんて私のイメージに似合わない乙女心だと思う。だからノクトにさえ、このことは教えていない。唯一知っているとしたら、クペだけだ。クペには小さい頃に打ち明けてより、ずっと応援してくれている。この年になっても馬鹿にしないで「きっとレティの前に現れるクポ!」って励ましてくれる。私はそんなクペの言葉に救われて今日までこの想いを抱き続けている。

 

自分には無理な役だろうし、相手もきっと現れないと折れかけてたけど。

でも心の何処かで諦めきれていない自分がいたのは事実。ただ、認めようとしなかっただけ。私にそんな出会いはないと思い込んでいたから。

だから空想の世界から飛び出してきた彼が信じられなくて。目を疑った。

 

不意打ちの襲撃だった。いつもならすぐに倒せる魔道兵に足元掬われたんだ。よりにもよって私の体調がすこぶる悪い日に。だけど最初はイケると思った。だから下がってろと私を守ろうとしたノクトを押しのけて前線へと躍り出た。魔法で倒せる、なんて軽い気持ちで魔法杖を構えて魔法を唱えた。普段だったら連発できてるところ、数回しか発動できなくて、焦った。周りを警戒する余裕を忘れていたんだ。だから、私のミス。

全ては私の過信が招いたことだった。

 

「レティ?!」

「!?」

 

敵のバトルアックスが鈍くなった私を狙う。

 

防御が間に合わない!?

プロテスを張ろうにも全身に力が入らなくて動かせない。受け身もとれない。

 

現実、待っているのは。

 

死。

 

ノクトの悲鳴も、皆が私を助けようと地面を駆ける姿も、全てがゆっくりで、ああ、私、こんなとこで死ぬのねってあっさりと諦めちゃった。その時は。どうせクリスタル解放で死ぬかもしれないし、何処で死のうが同じだって。

だって足掻いて足掻いて頑張ってきたけど、結局は私はどこまでいっても籠の鳥。何からも逃げられず大空に飛びたつことだってできない。だって私の翼は最初から切られていたもの。地面のたうち回って結局は苦しんで死ぬんだ。

 

そんなある意味、絶望しかけていた私の前に、彼は颯爽と現れた。

 

馬の甲高い嘶きとリズミカルな蹄の音。

全てが一瞬だった。屈強な鎧を全身に包みながら彼は猛然と私に襲い掛かろうとする魔道兵を、薙ぎ払うように身の丈を超える大きく、鋭い片手剣を振るった。

一度、一度で、私に襲い掛かる魔道兵、だけでなく周囲の魔道兵らを一掃した。その剣圧が敵だけでなく周囲一帯、ノクトたちをも巻き込むまでの恐ろしい威力だった。けど私だけはその剣圧を免れることができた。彼が盾となり私を守ってくれたからだ。

 

彼の存在に圧倒され、ノクトたちはしばし呆然としていた。

そして、それは私も同じ。

 

彼が六本の足を持つ白馬の手綱を引いて、私の方を見下ろした。

その馬はこの世に存在しないもの。本で読んだことがある。幻獣、スレイニプル。死を象徴するスレイニプルは、世界を自由に行き来できる能力を持つという。その馬がブルルと首を振って低く嘶いた。

彼は口を開かずに地面に膝をつく私だけを見ていた。

 

その瞳は一見冷たそうに見えて、でも、とても温かさが隠れていた。

私は、初めて彼に会った。一度も呼んだことはなかった。妖精さんは皆私に好意を抱いてくれていたけど、彼はどこか一線を引いて遠くから見ていたようだったから。クペにそういうのはいるって情報だけだったけど。まさか、私の危機に駆けつけてくれるなんて……。

私の視線が彼だけに縛られる。

 

―御身、大事ないか―。

 

頭に直接届く言葉。その言葉に私の胸を高鳴らせる。

 

「オーディン、様……」

 

起きた。ずっと夢見ていた出来事が、突然舞い降りてきた。

白馬の騎士様が、危うい状況の中、姫を助けに現れる……。

 

オーディン様は私の無事を確かめて、一つ頷いてまた風のようにスレイニプルを走らせてフッと光と共に消えてしまった。

 

どうして、胸がドキドキしてしまうの。どうして、物悲しさを感じてしまうの。彼は私を助けただけなのに……。

胸が、痛い。ぎゅっと、自分の胸元に手をやり握りしめる。

 

「レティ、大丈夫か?!」

 

ノクトが私のほうに駆けてきて片膝ついて私の様子を心配そうに伺う。

 

「あれはオーディンか……。凄まじいな…」

「姫ってあんなスゴイのも呼べちゃうんだ!スゲー」

「しっかし、無事で何よりだ……、どうしたレティ?顔が赤いぞ」

 

感嘆の言葉をいうイグニスも子供みたいにはしゃぐプロンプトもとにかく私の無事を喜ぶグラディオラスも、私は眼中になかった。ううん、認識すらしていなかった。

 

「レティ?やっぱりどっか怪我してんじゃ…」

 

ノクトが慌てて私の体に怪我がないか調べたりするけど、無視。それどころか邪魔だと思った私は、すくっと立ち上がった。反射的に「おわ!?」とのけぞるように倒れた。信じられない顔で私を見るノクト。そして私の違和感にようやっと気づいた男子。

 

「……オーディン様…!」

 

見つけた、ついに見つけた!私の騎士様っ!

 

「「「オーディン…様ァァ!?」」」

 

男子たち(ノクト除く)が声を揃えて叫ぶ中、私はあの人の背を追うように消えていった方を熱く見つめた。

ほうっとため息をが漏れた。今この胸をしまるのはあの人ばかり。

これが、恋…!私は、人生で初めて、恋をした。

 

「もう一度、お会いしたい……!」

 

人間ではなく、召喚獣の彼に。私は、恋をした。

 

【それは突然の芽生え】



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男達のそれぞれ

【ノクトの気持ち】

 

 

女が恋をすると化ける、という言葉を聞いたのはいつだったか。化けるといや、プロンプトも小学生の時は太っちょメガネの子供だったが、高校生の時はそのイメージをぶち壊すくらい均整のとれた体になったからな。そんな感じか。

そんなどうでもいいことを考えてオレはチェアにもたれかかるように座っている。

 

正直、現実から逃げたい。レティが恋をした。

 

普段じゃ絶対見せることのない、女の顔でレティは仲間に自分の想いを打ち明けた。理解を得たいという気持ちも一番だったみたいだが、何よりレティに同性の友達がいないこと。だがら恋の相談ができないことに不安を感じてオレにズズッと詰め寄っては、

 

「ノクトはいずれ結婚するんだから恋愛の一つや二つくらい経験あるんでしょ?恋のイロハ教えて!」

 

と乞われたりした。が、ある感情に気付いてしまったオレにその願いはぐさっと胸に突き刺さるものだった。

たとえ、レティに悪気がなくとも、そのやり取りを傍で見ていたイグニスも思わずオレに同情したほどだ。まさか、レティが、恋をするなんて。しかも相手が人間じゃなくて、召喚獣。しかも初恋。オレは額に手を当てて瞼を下ろして吐き出すように溜息をついた。

 

「………はぁ……」

 

これが落ち込まずにいられるか。兄ならば、妹の恋路を応援したい気持ちが自然と抱く、はず。だが、それが普通の関係ならばの話で。オレとレティは普通なようでいて普通ではいられない間柄だ。レティはオレを家族として想っている。そりゃ普通の感情だ。けどオレはそれとは別に違う感情をレティに対して抱いてる。レティが好きだ。異性として、……守らなきゃいけない大切な女として。

ああ、妹に抱いていい感情じゃない。オレはいずれは国のために結婚しなきゃいけねぇ立場だ。それはちゃんとわかっている。けど理性と感情は別物だ。好きだって気持ちは、誤魔化せられないんだ。

 

ダメだ!こういうのマジダメ。

 

オレはガッと瞼を開き、体を起こしてブンブンと頭を横に振った。

 

レティはオレが恋愛経験豊富そうに言いやがるけど、そんなにねえし!……逆に遠巻きに見てる女子とかウザかったし言いたいことあるなら直接話しかけてくればよかっただろうに、そういうのとあんまなかったしよ。プロンプトがいたからまだ楽しかったけど。やっぱりレティがいないとつまんねえから学校終わったらさっさと帰ってたな。プロンプト連れて。……親父にも頼んだっけ、そういや。

レティもオレと同じ学校に通わせてくれって。別にレティ自身が言ったわけじゃないからそこらへんは適当に誤魔化した。親父は訝しんでたけど。

でも結局はダメだった、一刀両断されたもんな。

レティはルシスの宝だ、ルシスの存亡にも関わるってな。

ッチ。なんだかんだ言ったって可愛がってんじゃんかよ。それをレティの前でも態度で現してやればいいのに。……オレの素直じゃないとこはぜってえ親父譲りだ。

 

……なんか、オレかっこ悪。

 

オレは力が抜けたようにまたチェアに背を預けた。

 

どうすればいいんだよ……。

 

応援することも見守ることもこの気持ちを伝える勇気さえない。レティとの関係を壊したくない。

今のまま、ずっと一緒にいれたならよかった。でもそれじゃあ満足できなくなっているオレがいるのは確かだ。じゃ、どうするか。

 

……とりあえず、寝る。

 

オレは現実から逃げて寝ることにした。

レティの顔、辛いからまともに見れねえし。顔合わせたら言うと思う。

 

他の奴のとかになんか行くな!オレだけの側にいろよって。

 

(恋情と疑似兄妹愛と男心と)

 

【プロンプトの考え】

 

 

結構わかりやすい性格かと思ったけどそうでもないみたい。オレは親友の滅多にみない落ち込んだ姿を見守ってはつられて溜息をつく。

 

「……ノクトって案外恋愛には奥手だよね」

「そういうプロンプトは積極的な方クポ?」

 

クペがオレの肩に乗っかって尋ねてくる。

結構クペとは性格があうみたいで普段は姫といるけど、つるめない時はオレのとこにくる。オレも最初に紹介された当時は目玉飛び出るくらい驚いたけど、今じゃ一緒にトランプとかで遊んだりしてる友達だ。

 

「オレは結構女子にモテてた方だと思うよ。女の子の友達も多かったし」

 

でもノクトと知り合いになりたくてオレに近づいたって打算な考えの女子がいたのも事実。そういう子とはそれとなく距離を置くようにしたかな。ノクトは面倒ごとには関わりたくない方だったしオレも遠慮したかったし。ノクトとつるむようになって城へ帰るノクトに誘われて遊びに行くこともしょっちゅうだった。姫へのお土産でオレが好きなスナック菓子とかジュースとか色々姫が口にしたことのない物をあげたら滅茶苦茶喜んでくれて、それが姫の好物になるなんてその時は思わなかったけど。あとでイグニスから苦言されたっけ。

レティの健康管理に悪影響がでてるとかなんとか。

それくらい姫は、世間から切り離されて大事に育てられてたはずなのに。

 

「召喚獣に恋しちゃうとは…」

「仕方ないクポ。レティは秘密にしてたけど童話が大好きクポ。特に囚われの姫を救いにやってくる王子とか、騎士とか乙女チックな話に弱いクポ」

「へぇ~、童話か」

「……笑わないクポ?」

「笑わないよ、意外と姫のイメージにぴったりだしね。可愛いじゃん」

「……ここがプロンプトの女子攻略ポイントクポね」

「なにそれ!」

 

どこから取り出したのかわからないけど、クペの手に収まる小さな手帳とペンを握りしめて、カキカキと書き込んでいる。オレが覗きこもうもすると、

 

「ダメクポ!」

 

とパタン!と手帳を閉じた。オレは

 

「ケチんぼ」

 

と文句を言うとクペは、フン!と鼻を鳴らして(?)、

 

「これはクペのマル秘ノートクポ。レティにさえ見せたことないクポ!クペは情報収集は欠かさないクポ!」

 

とどこか胸を張って教えてくれた。どうやら、世間知らずな姫のために色々とクペなりに調べては手帳に書き込む癖が小さい頃からの習慣らしい。確かにその小さな手帳は随分と年月を感じさせるような使い古した感じがあったから納得出来た。改めて思うけど、クペは本当に姫が好きなんだなって。

だからだろうか、皆がレティの恋に難色を示してたけど(オレも含めて)クペだけは応援する気満々だったもんね。

 

「クペは召喚獣と人の恋ってどう思う?」

「無理クポ」

「即答!?」

「オーディンはレティの恋愛感情くらい見抜いてるクポ。でもレティのこと考えて率直に言うことは躊躇ってるクポ。レティが自分で気がつかなきゃいけないクポ」

「……初恋は実らないって?」

「レティは人間クポ。クペはレティの召喚獣だからいいクポ。でも本当はいるべき世界が違うクポ。レティはクペたちに依存しつつあるクポ。それは良くないクポ」

「……依存、なぁー」

 

クペなりに姫を心配してのことだと思うけど、オレ考えはちょっと違うかな。お互い持ちつ持たれつの関係が依存というのはちょっと大袈裟な気がする。

 

「姫はさ、本当に信頼できる人が少ないんじゃないのかな……。だからクペたち召喚獣に絶対の信頼を寄せてる。それって依存っていうのかな?」

「……………」

「それって友達っていうんじゃない?」

 

オレは自分の考えを伝えてみた。クペは少し黙ったあと、

 

「…………プロンプトはやっぱり女の子好きクポね」

 

とオレのイメージダウンに繋がりかねないことをプイっとそっぽを向いて言ってきた。確かに女の子は好きだけど尻軽とかそんなんじゃないし!好きな女子に出会えなかっただけの話。

 

「なんでそーなるの!?」

「クペも女の子クポ!」

 

オレは顎が外れそうなくらい衝撃を受けた。絶対男子だと思ってたから。

 

「マジで!?あだっ!」

 

ボコッと叩かれた。

 

「女の子に失礼クポ!」

 

プンプン怒ってクペは飛んで行ってしまった。ふとノクトの様子を見てみると、どうやらふて寝を決め込んだみたい。丸まって寝てる……。

ノクトのことはしばらく置いとこう。

オレはとりあえずクペの機嫌を戻しに『彼女』の元へと走った。

 

(予想外の女子二人と男子四人旅)

 

【イグニスの動揺】

 

 

オレたちを驚かせようと、退屈凌ぎにレティが仕掛けた芝居だと思った。だからオレも悪乗りして芝居に付き合ったが、まさか本気で召喚獣に惚れたなどと言われるとは……。正直、参った。

 

だからと言って召喚獣に張り合うなどという気は無い。生身の体でどうこうできる相手ではなしに、そのやり方は非現実的だ。……だが男としての立場で言うのなら、すぐにでも挑みかかりたいぐらいだ。好きな女性を目の前で掻っ攫われたんだ。それくらいのことやったところで悪くはないだろう。

……レティがデートに行ったことでオレたちは留守番をすることになった。仕方ない、彼女を置いて探索に出かけるわけにもいかない。なにより、ノクトがああではな。

しかし喉が渇いた。オレはクペのテントに入り冷蔵庫ら冷やしておいたコーヒーのボトルとグラスを持ってまた外へ出た。チェアに腰掛け、グラスにコーヒーを注ぐ。これで多少頭もスッキリするだろう。

グラスを口元に持ってきて飲もうと口づける瞬間、

 

「イグニス。気持ちは分かるが、それ、コーヒーじゃなくて醤油だぞ」

「ぐふっ!?」

 

グラディオの冷静な指摘に救われた。危うく醤油を直で飲んでしまうところだった。

 

フム、オレとしたことが気が動転しているようだ。このままじゃいけないな。少し心落ち着けさせよう。

 

自分がトラップに引っ掛かったら終わりだ。

そう、これはレティへの気持ちを試させられているんだ。だったら屈してはならない。

冷静に対処するんだ。今はレティのことは考えないようにしよう。

 

そういえばクペが怒りながらオレのところへ飛んできたな。話を聞けばプロンプトに男扱いを受けたとか。

ああ、プロンプトは知らなかったらしい。クペが女子であると。オレは以前レティに教えてもらったので知っていたことだが。

 

だめだ、クペ繋がりでレティへと行き着いてしまう。他のことを考えよう。例えば、そう、今日の献立とかだな。幸いにもオレの手には醤油のボトルがある。今日の夕食は和食メインでせめてみるか。

……肉じゃがで大抵の男は胃袋を掴めると女性らの間で認知されているが、やはりレパートリーが無ければ飽きてしまうだろう。レティもノクト並みに偏食とまではいかないがレトルト食品に嵌ってしまっている。カップラーメンが美味しいだのレンジでチンしたレトルトカレーが食べたいだの冷凍食品が食べたいと我儘ばかり言う時もある。出されたものはちゃんと残さず食べるのだが夜食に隠れて食べるものだからなお悪い。ちゃんとカロリー計算をしてなおかつ満足させるボリュームあるものを作っているにも関わらず、だ。

 

女性というのはどうして間食に走るんだ?

太るとわかっていて食べてしまう心理がオレには理解できない。これで最後、これで最後と自分に言い聞かせながらそれで5個目という行動を間近で見たこともあるが、やはりわからない。

……レティは食べ終わった後で後悔しまくっていたな。八つ当たりにクペを撫でまくっていた。

フッ、そこは見ていて可愛いと思ったが。

 

……オレはなんでまたレティのことを考える方向に行き着くんだ。……重症だ。

少し横になるか。オレはグラディオに断って先にテントに入った。

 

「……?」

 

すると黒い塊が横になっている。先客が先に寝ていた。ノクトだ。体を丸まらせて隅っこの方で寝息を立てている。オレが来たことにも気づいていない様子から深い眠りに入っているようだ。

 

「……ふぅ…」

 

オレは起こさないように静かにいつもの定位置に腰を下ろした。眼鏡を床に置いて体を横たわらせる。

この眠りで少しでも元の冷静なオレに戻れているといいんだが。

 

(やっぱり彼女が頭から離れてくれない)

 

【グラディオラスの悩み】

 

 

色々と混沌(カオス)だな、ここは。レティからの衝撃発言から1日は経ったが、ノクトとイグニスの精神的ダメージがスゲーな。ノクトはふて寝ばっかだしイグニスは調子狂わせてばっかだし……。プロンプトは、クペに謝り倒してばっか。

クペが女子だと知らずに男扱いしたら機嫌損ねてからずっと無視されてるらしい。オレも最初は知らなかったからクペに怒りのポコポコ喰らったな。

痛くねえけど、地味に無視され続けるのは堪えた。機嫌戻させるまで相当苦労したからな、頑張れよと心でエールを送った。

それぞれに相応のダメージを与えた当人レティは、呑気にオーディンとのデートに洒落こんでる。

レティが恋愛面で初心者なのは分かってたが、そこでも召喚獣が絡んでくるとは……。

流石あのお方の娘といったところか。だが今回は憧れの方が強いのだろう。なんとなく、オレの勘だけどな。どうしてそう思うのか、理由は簡単だ。レティの外の世界への執着心は恋云々をすっ飛ばすくらい強いもんだからだ。でなければ普通のまともな神経の人間なら産まれてこれまで城のなかであーずぶとく生きてはいけないだろう。

だが逆に言えば今のレティにって幼い頃の憧れが支えになっている。今はノクトを王に!なんて人一倍以上に気を遣ってファントムソードの回収に忙しなくオレ達を戦わせて戦闘経験を多くでもつませようとしている。ま、そんなの言わなくても長い付き合いだ。すぐにわかるがな。

一つのことに集中すると周りが見えなくなるのは、書物室に篭ってる時とまったく同じだ。今は、ファントムソード回収に夢中だが、まだ腹の中じゃ隠してそうだな。

仮にその願いを達成したとしたら、どうなるか……。

 

正直考えたくもねえな。出来ればこのまま帝国との戦いを終わらせてクリスタルを王都に戻したらすんなりとインソムニアに帰ってくれればいいんだが……。

 

オレは門限ギリギリに帰宅する娘をひたすら待つ親父の気持ちでレティの帰りを待った。

夕食時、まともに調理もできない程ショックを隠せないイグニスに代わり、腕を振るったが各々反応が悪かった。

 

嫌なら食うな、コレが男の料理なんだよ。

 

まるで通夜のような晩餐を終えてしばらくオレは焚き火を前にしてチェアに腰掛けていた。オレ以外はさっさと寝やがった。精神的に打たれ弱いやつらだ。すると、ようやく我らがプリンセスがデートからのお帰りになった。夢から覚めやらぬ顔でテント付近でオーディンの手を借りてスレイニプルから降りてきたレティは、名残惜しそうに去っていくオーディンに手を振って見送った。しばしレティはオーディンが消え去った方向を見つめていたが、ふぅと息をつくと踵を返してテントの方へ歩いてくる。

 

「よお、お帰り」

「!?やだ、見てたの…?」

 

ぎょっとした顔でやっとオレの存在に気がついたようだ。気まずそうに視線を漂わせるレティに

 

「見たくて見てたんじゃねえけどな」

 

と一応言い訳をしてみた。レティはふうんと納得してなさそうだったが、気にするものでもないと判断したのか、メシあるぞと声を掛けるオレの前を素通りしながら手をヒラヒラさせた。

胸がいっぱいでメシも食えねーってか。

 

だが、忠告だけはしといてやらねえとな。

クペのテントに入ろうとするレティの背にまた声をかけた。

 

「……レティ、アイツは召喚獣だぞ」

 

オレの制止にレティは歩みを止めた。だがこちらを向くことはなかった。

 

「わかってる。けど好きになっちゃったんだもの。仕方ないわ」

「もし、奴に出奔するのをやめろと言われたらどうする?」

 

レティにとって予想だもしない突然の質問に呆れた声をだしながら、体を少しだけひねって振り返った。

 

「……いきなり何言うかと思えば…」

「答えられないか」

 

そう切り返せば、レティはしばし間をあけた後、弱々しい声で軽く首を振りながら

 

「……わかんない…」

 

と絞り出すように言った。

そのわかんないが、どう言った意味で言葉にしたのかオレにはわからん。結局決めるのは、レティだ。オレはアドバイスを送るだけ。

 

「……急いで答え出す必要、ないんじゃないか」

「……」

「まー、今はその恋とやらに全力で挑めばいい」

「なに、急に兄貴面しちゃって」

「一応兄貴だが」

「…だったね」

 

そう言って苦笑したレティは、寝るねと手を軽く振って今度こそクペのテントに入っていった。レティが入ったのを確認してオレも欠伸一つして火を後始末してからテントへと入った。

 

(明日は晴れるといいさ)



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恋した貴方は召喚獣?3

レティーシアside

 

きっと女子の友達がイリス以外にいたなら私の恋なんて小馬鹿にされるレベルかもしれない。

 

え、召喚獣?!マジで?受けるんですけどー!

ないない、それはないわー。恋愛対象としてはないわー。

 

とかなんとか言われそうである。イリスならそれもありだよ!なんて喜んでくれるかも。あの子結構マイペースのとこあるから。いないから想像だけど。でもうちんとこの男子も似たような反応をした。私がオーディン様に恋をしたことを恥ずかしながら打ち明けると、イグニスが真面目な顔をして

 

「レティ、熱でもあるのか」

 

と私のおでこに手を当ててきたので、すぐに叩きおとした。

プロンプトが笑いながら

 

「姫ってば、冗談上手いんだからー」

 

とバシバシ人の背中叩いてきたのでトードかけてカエルにしてやった。ゲコゲコ鳴いてる(泣いてる)カエルプロンプト軽くいじめてたら、グラディオラスがたしなめながらカエルプロンプトを取り上げた。

 

「カエルはダメだカエルは……。それにしても相手が召喚獣とは……さすがというべきか…」

 

と困った顔していうので大丈夫だと自信満々に言った。

ますます困った顔をしたのはなぜだろう。そしてノクト。なぜ、そんな死んだ顔しているのか。

 

「レティが、恋をした…?レティが……ぶつぶつ」

 

ちょっと怖すぎて近寄りにくい。というか近づきたくない。こちらまで負のオーラに当てられそうだもん。なので、私はノクトをスル―。

カエルプロンプトはちゃんと戻してあげた。

まるで少女のように心は踊った。軽やかに踊るようにステップさえ踏めた。襲撃してきた魔道兵らを蹴り倒しながら。普段の私なら魔法だけを連発しているけどこの時ばかりは気分が高揚してしまって体が勝手に踊りだすのだ。

 

恋。ここまで人を変えることができるなんて、その効力に圧倒される。

自分で体験することでなおのこと実感できた。

 

またオーディン様に会いたいと強く願った私だけど、いざ召喚しようとしてみるとなかなか勇気がでなくて呼ぶことが叶わない毎日が続いた。でも私はこのままではいけない!と自分に叱咤してオーディン様を御呼びした。戦闘中でないにも関わらず、彼は嫌な顔一つせず現れてくれた。私が、恥じらいながらも挨拶をすると、スレイニプルから降りて騎士の振舞いで挨拶をしてくれた。手の甲にキスをされた時には昇天しそうなほど舞い上がった。

 

あまつさえ、暇そうな私に遠乗りに出かけないかと手を差し出してエスコートしてくれた。私は言葉を詰まらせながらも頷きその手を取ってスレイニプルに同乗させてもらった。

本で得た知識のスレイニプルは神聖なもののように感じたけど、オーディン様の愛馬、スレイニプルは人懐っこい性格をしていて顔を摺り寄せて甘えてきた。

 

これが俗にいうデート……。

私にとって人生初となるデートのお相手が、オーディン様で本当に良かった。

 

何より、こんなに楽しいだなんて。

浮足立つ心を止められない。私たちがたどり着いた先は、私が知らない花がたくさん咲き誇る群生地だった。スレイニプルから降ろしてもらい、私はその花の多さに圧倒され言葉を失った。そっと私の手を取ってオーディン様は私を花畑へと誘った。

私はその花が欲しくて手を伸ばして一輪手折ろうとした。でもそれを制したのがオーディン様。

 

懸命に生きているのは人間だけではない。全ての生き物がそうであるように、この花もまた生きようと花を咲かせている。主もそうではないのか?と。

 

静かに諭された。

私も生きるためにもがいている。知識という知識を吸い取って生きていくための術を学ぼうとした。それは今も同じ。この手でできることは全部やっておきたい。今のうちに。王女という特権を逆に利用してやるために。

そしていつの日にか、自分の手で大輪を咲かせてやるのだ。

あの国から、逃げることで。

 

オーディン様の言葉がすんなりと私の中に入り込んでいく。

他人から言われた言葉なら突っ返してやるのに、どうしてオーディン様には?

 

……きっと、オーディン様の言葉だから。受け入れられたんだと思う。

 

私は、頷いて確かにそうですねと微笑んだ。オーディン様は、代わりにまたここに連れて行こうと約束してくださった。

 

味わったことのない体験に心躍った。それよりもなによりも、オーディン様が共にいらっしゃるということだけで私の心は浮かれ舞い上がった。春の陽気のような気持にさせられた。楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていき、帰り道、もう少しだけ共にいられたらと願った。オーディン様は、そんな私の些細な願いさえお気づきになり、少しだけ遠回りして皆が待つキャンプ地へと送り届けてくださった。私に顔を寄せて、別れがたいと可愛く訴えるスレイニプルを撫でて、オーディン様に礼を言った。オーディン様は静かに首を振って、我も有意義な時間を過ごせた、また会いたいと言ってくださった時には、ボン!

顔が湯気が出そうになった。

 

同じ気持ちでいてくださる……!

ただ共にいたいと願いすら彼は簡単に叶えてくださる。

 

まるで本当に私の騎士様、だと思った。

 

それから私とオーディン様は、何度かデートを重ねた。と言っても行く場所は同じところだったけど、私は全然構わなかった。ただ一緒に同じ穏やかな時間を過ごす。

こんな贅沢でゆっくりできた時間は、あまり経験がなかったもの。

ノクトが相変わらず生気の抜けきった顔してたし、イグニスも暗い影背負っていたけどそんなの気にしてられなかった。二人は兄貴であるグラディオラスに任せた。

 

でも、ついに私は思い切ってこの気持ちを知ってもらいたくて、人生初の告白をした。

自爆するんじゃないかってぐらい、緊張して喉はカラカラ、ガタガタと手足が震えるくらいだった。

 

でも、私の初恋はあっけなく散った。

彼がこういったからだ。

 

主として敬い慕うことはあっても、そこに恋愛感情はない。守るべき仕えるべき主として大切に想っている、と。

 

頭が真っ白になった。一瞬で。

 

好きだという感情が、私の中だけでいっぱいになって苦しかった。

でも、私を大切に思ってくれている気持ちはたくさん伝わって、嬉しかった。

だから、私はありがとうと言葉だけで足りないけど、感謝の気持ちをオーディン様に伝えた。オーディン様は、また共に出かけようとおっしゃってくださった。

気が重くなるような責任重大な旅の中、窮屈な想いをしている私を案じてくださってだと思う。

私は、ええ、喜んでと笑顔で答えた。

 

これが初恋。最初の恋は実らないと聞いていた。まさに私は大人の階段を上がったのだ。

 

きっともっと私は素敵な女性になれる。辛い恋を経験してもっとより素敵な召喚獣に出会えると信じているから…。

 

「そこは人間の方がいいクポ」

 

聞こえないわ、クペ…!貴方の励ましの言葉は聞こえない…。

 

前を向こう。顔を上げて歩いていこう。私は、苦しい恋を乗り越えて、新たな私となった…。

 

「前よりも妄想度があがったクポ」

 

言わないで、クペ!貴方が、私のためと思っていっていることも私には必要ないの!

私はこの恋をちゃんと終わらせた。オーディン様を妖精さんとして、良き友人として今後もよい関係が築けたらと思う。

 

さようなら、私の初恋。

 

【こうして私は成長していく】



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プリンセスサイキョー伝説、沈・黙!

クペのテントにて、レティは自分のベッドで寝込んでいた。強烈な臭さに精神的に追い込まれながら。同じく被害を受けたクペが専用の小さなベッドで寝込みながら鼻を抑えて、

 

「レティ、アレはダメクポ……。クペも鼻が曲がりそうクポ……くさっ!」

 

と夢の中で魘されながら必死にレティの無謀な行動を止めようとしているのがあまりに痛々しい。そして猛烈に臭いらしい、夢の中でも。おでこに冷えたタオルを乗せられたレティはノクトが見守る中、真っ青な顔色でただひたすら

 

「うぅ、はにゃが……はにゃがぁぁ~」

 

と苦しそうに呻いている。

 

「相当、……臭かったんだな」

 

憐みの視線でレティの手を握りしめて見守るノクト。

でもオレが身代わりになってたら!なんて言わないのがノクトの正直な本音である。

ずばり、自業自得。

 

「……姫をもってしても懐かないモンスター……。恐ろしい」

「哀れだな、レティ」

 

レティに攻撃を仕掛けたということは=懐かなかった=変種という事実。プロンプトはレティのベッドに腰かけながら、その臭さに恐怖を抱いてはぶるりと身を震わせて思わず己の腕を掻き抱いた。グラディオはまさかここまで馬鹿だとは思わなかった事と、レギスになんだか申し訳ない気持ちになりいたたまれなくてレティから視線を逸らした。イグニスだけは、平然としておりレティに飲ませた常備薬に効果がそれほどないことを知ると、

 

「薬が効かないな、少しレティを見ていてくれ。別の薬を買ってくる」

 

と部屋を出て行こうとした。プロンプトが「あ」と声を上げて

 

「オレも行くよ」

 

とベッドから腰を上げてイグニスの後を追った。イグニスは思い出したように、

 

「ノクト、氷を桶に足しておいてくれ。ぬるくなっているから」

 

とノクトに指示を出すとノクトは、

 

「わかった」

 

と片手を上げて二人を送り出した。グラディオはソファにドカリと座り込むと、あまりのレティの情けない姿についに目頭抑えて「クッ」と小さく呻いてしまった。

やれやれとノクトはため息をつくと、レティの手を離して「ちょっといなくなるぞ」と一声掛けて氷を求めて桶片手に冷蔵庫を目指すため部屋を出て行った。

 

どうしてこんなことになっているか。

 

それはある油断から始まった―――。

いつものごとく、レティによる乗れるモンスター探しを実行したされたある日のこと。

 

どっかの巣に野良モンスターが現れると聞いちゃあ黙ってられないのがうちのプリンセスでぇ!

 

モルボル。

臭いモンスター№1を誇る最強モンスターと言っても過言ではない。その臭さ故にその匂いを少しでも嗅いだ者は死に至るとさえ言われている。そんなモンスターに近づくのは単なる野次馬か勇気あるハンターか、真の馬鹿である。最悪臭いモンスターに目を付けた真の内の馬鹿と言えるレティは、やっぱり単身乗り込んだ。そして、クペを巻き添えにしてノックダウン。瀕死の所を愛しのオーディン様に救われ、無事レティが脱走したことに気がついて探し始めたノクトたちの元へ帰ってこれた、というわけである。

 

やっぱり、馬鹿である。

 

 

「リベンジだわ!」

 

皆の甲斐甲斐しい介抱により、すっかり元気になったレティはまたモルボルへチャレンジすると言って皆の制止をまったく受け入れようとしない。それどころか、ちゃんと作戦を考えているから信じて?とノクトとイグニスにだけ効く小悪魔モード全開でお願いしたところ、仕方ないと肩を落とす二人にしてやったりと隠れて笑みを浮かべていたのを、プロンプトはしっかり見ていた。

 

宣言通り、しっかりレティはモルボルにリベンジを果たした。

絶対誰も近づかなさそうなモルボルの巣へ、レティの先陣によりぞろぞろと後に続くノクトたちを連れてやってきたレティは一人でモルボルの元へ向かった。

だが秘策があったのだ。

 

サイレスをかけてなおかつ用心には用心を重ね、防護ガスマスク装着の上、戦闘に挑み、モルボルの足場を絶対零度のブリザラで串刺しにしてなおかつ氷状態にし動けないよう固定。上にはジャボテンダー(髭)を召喚して逃げようとしたら串刺しにしろと命令をさせて待機させて、自分はガスマスクという異様な格好で

 

「モルボル!死にたくなかったら私を乗せなさい!」

 

と再度要求をするも「グァァアアアアア!」と拒否られてムカついたので

 

「ジャボテンダー!(髭)」

 

と声高らかに叫ぶと、かくかくと手足を動かして応えたジャボテンダー(髭)が容赦なく針ン千本を空からお見舞い。

あえなく穴あき状態となったモルボルはレティの手(召喚獣)によって倒された。

なお、ノクトたちは一切戦闘には参加しておらず、遠く離れた場所で高みの見物と洒落こんだ。これも立派に経験を積んでこその行動である。すなわち、モンスターに目を付けたレティには近づくな、が教訓。クペも今回ばかりはノクトの肩に乗っかって便乗していた。どんな時も一緒クポ!といつもの口癖も今日は引っ込んでしまうというもの。

 

よっこらしょと座っていたノクトが腰を上げた。

 

「あ、倒した」

「圧勝だな」

 

やり方はえげつないが、と改めて女の怖さを思い知るグラディオ。

 

「しかしビジュアル的にガスマスクは……いや、これでこれはアリか?」

「イグニス、ちょっとキモイ」

「何か言ったか」

「イエナニモアリマセン」

 

レティ関連だと人が変わったようになるイグニスにプロンプトは引き気味だった。

暢気にやり取りをしていると、レティが下の道からゆっくりと上がってきてノクトたちに手を振った。

 

「皆ー、終わったよ」

 

ノクトも手を上げて出迎えようとした。

 

「おう、やった、な…」

 

が、猛烈な匂いが突如嗅覚を襲い、思わず言葉を詰まらせた。それはほかの仲間たちも同様のようで、皆一斉に、

 

「「「「くさっ!」」」」

 

と叫ばずにはいられない臭さだった。ガスマスクの効果により自身が放つ悪臭に気づかないレティは、

 

「え?」

 

と不思議そうに首を傾げるしかなかった。そんなレティを

 

「来るなレティ、マジくさっ!」

「おお!鼻が、鼻が曲がるっ」

「……うげっ」

「……」(イグニスは今にも吐きそうで誰よりも早く駆けだした)

 

ノクトたちは鼻を抑えて一斉に駆けだした。一人レティを置いて残して。

 

「……え、臭い?もしかして、最後のあの苦し紛れのアレ?」

 

モルボルが最後の抵抗と言わんばかりに放った濃い緑色の息。どいやらモルボルの一矢報いた攻撃にしっかりとやられてしまったレティ。

ちゃんと防護マスクしているから臭くはない。臭くはないが。我先にと一目散に蜘蛛の子散らすように逃げていく男たちの背を見送りながら、

 

「ムカツク!」

 

キーと喚きながら地団太踏んでは悔しがるレティ。ジャボテンダー(髭)がそっと寄り添うに手足をカクカクさせて、ドンマイ!と慰めた、ようにみえた。

最後までモルボルの脅威、恐るべし。

この時、レティは心に誓った。また見つけたら徹底的に潰してやる、と。

 

【諦め悪いのが私なの】



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嵐の前触れ

レティーシアside

 

 

失恋を経験した私は、大人になった。と自分に言い聞かせてみたものの、やっぱりショックなのはショック。夜、シャワーを早々に済ませた私は髪を乾かすのもそこそこに部屋に戻り大人二人は余裕で寝れる使い慣れたベッドにぼふっと寝転がりながら(イグニスに言わせれば行儀が悪いらしいけど知らない)シドニーに電話で相談したけど、

 

『あ~、召喚獣が相手は私経験ないからちょっとわかんないかな~?でも、最近王都から逃げてきたっていう人がいるんだけど結構もてそうな感じだよ。ちょっと色黒でさ、顔もイケメンだよ~。旅の資金貯める為にハンター始めたんだけどすごく強いんだ!あ、そういえばもう一人もいたんだ』

 

と私の失恋そっちのけでその人物の話ばかり。しまいにゃ、

 

『意外と話があってさ~、一回レティにも紹介したいくらいだよ!』

 

と噂の彼に乗り気な様子。

 

あの、私の失恋の相談はどこへ?これって恋バナになってますか?

 

遠慮がちにその人物の話は横に置いといて、私にこうアドバイスをくれたらな~という旨を伝えたけど、

 

『あ!ゴメンちょっと待ってて!今、じいじがなんか言ってて……え、なにー!?』

 

耳元で大きな声出さないでー!!

 

思わずスマホを遠ざけて片耳を塞ぐ私。しばらくしてシドニーが何か言ってきた。

 

『ゴメンゴメン!ちょっとじいじが道具がないとか言っててさ。それで何だっけ?』

「も、いいです」

『あ、そう?まぁ大丈夫だよ!レティなら次の恋も見つかるから』

「どういった根拠でそんなことを……まぁいいや」

 

落胆する私に電話口での『あはは!』とシドニーの嫌味ない笑い声が響く。

 

シドニーの楽観的なところは嫌いじゃないからいいや。これも励ましと取ろう。そういえばシドニーにプレゼント渡すってこと忘れてた。でもハンマーヘッドにはしばらく行く用事はないし、戻るわけにはいかないからな。ここはクペに届けてもらおう。あとでご褒美のマッサージしてあげなきゃ。

 

「シドニー、クペにシドニーへのプレゼント届けてもらうから楽しみにしてて」

『ん?プレゼント?』

「うん。きっとシドニーが気に入るものだよ。この前私寝てたからシドニーに渡せなかったし」

『そっか。じゃあ楽しみに待ってるよ。それじゃあおやすみ!また何かあったら電話してよ』

「うん、おやすみ。シドニーも夜の仕事はほどほどにね」

『了解!じゃあね』

 

私はそう言って電話を終えた。少しは気持ちが晴れたような気がする。やっぱり、誰かに相談するってのは違うな。イリスでも良かったんだけど、きっと電話の一本でも入れたらなんで来ないの!?って電話口で責め立てられそうだから怖くてできない。これはレスタルムに着いたら必死で謝らなきゃ。

 

ゴロンとスマホをベッドの上にぽいっと投げて私は大の字になり真上を見上げる。白い天井、白い壁、白で統一されたアンティーク家具。今までは好むものだったけど、今この時だけはなんだか唯一私だけが不純物の塊みたいに居心地が悪くなった。私は瞼を閉じて不快感から逃れようとする。

 

「次の恋、か」

 

ため息にように漏れる、私の声。クペが私に言った言葉。

相手は人間の方が良いって。言う方は簡単よね。

でもその人間との出会いがないからオーディン様の魅力の虜となってしまったんじゃない。と言い訳してみるものの、本当に人が私を愛してくれるのかどうか、不安だ。召喚獣と意思疎通できて偽者の王女でトラブルメーカーで、色々と皆から飽きられてて……ああ、まだまだ出てきそう。辟易してきた。自分の短所ならいくらでも言えるのに長所を見つけるとなると時間がかかるなんて。

 

色々と余計なことばかり考えてしまって私は精神ダメージから体を丸まらせる。こういう追い詰められてる時に恋しくなる存在は一人だけだ。今は亡き人。

 

「……ははうえ……」

 

実子であるノクトと分け隔てなく愛情を注いでくれた人。

将来は母上のように素敵な女性になりたい、なんて夢も抱いたこともある。結局自分には叶わぬ過ぎた望みだったけど。そういえば、母上の形見。ニックスにあげたんだったよな。

 

「……」

 

柔らかな上質のベッド。天蓋付きで昔からずっと愛用してきた。このベッドで母上と一緒に眠ったこともある。……ノクトは別として。あの人が夜眠らない私に絵本を読み聞かせてくれたこともある。あの人を父親ではないと幼い自分に何度も暗示をかけるように思い込ませていたのはいつごろだったか。

母上から教えてもらった話。あの人とは幼馴染だったということ。私にはそんな人いない、のかな。イグニスとは幼馴染のような関係だとは思うけどそれなりに成長してから話すようになったから変な関係だと思う。グラディオラスは口うるさい兄って感じ。でも最後にはしょうがないってため息ついて助けてくれる。昔から。プロンプトとは卒業式での出会い以来の付き合いで、彼が小学生の頃ノクトに話しかける為にものすごく頑張って今のスリムな体系を手に入れたって話は今でもすごいなって思える。動機がなんであれ、継続させる意思は強いもの。ノクトもプロンプトの屈託ない人柄に惹かれたのね。ノクトは昔からのイメージで成長したって感じ?でも最近はファントムソードを回収するごとに顔つきも凛々しくなってきてる。彼の王としての目覚めを抱きつつあるということかしら。

……本当、私の周りって男ばっかり。これで彼らに恋愛感情でも抱いてればクペが言う、人間との恋ってのも体験できるんでしょうけどあいにくとそういう気持ちは全然ピンとこない。ただ、失いたくないって存在なのは確かで、それが他人から言わせれば恋愛感情なのか、友情としての感情なのかはさっぱり。

 

そういえば、さっきのシドニーの話に出てきたイケメンとやら。そんなに格好いいのか。シドニーはそういうの興味無さそうな感じだったけどそれほどにイケメンとは……。

 

「……ニックスは…イケメンだったな……」

 

色黒のイケメンと言えば、ニックスと思い出してしまう。出会ってから数年は経ってるから今はどんな感じなのか。……明日、コルに電話かけてみようかな。もしかしたら、王の剣にも生存者がいるかもしれない。

あの時は純粋というか、若かったというか。今も若いけど無防備すぎたのよね。

 

「……でも不思議と彼は恋愛対象ではなかったよね……。英雄ってカテゴリで見てたからか?まだその自覚もなかったからか…。でも、割と、スキンシップ多かったわよね……。恥ずかしい!なんつー恥ずかしいことをっ!!」

 

ゴロゴロと体を左右に転がしてベッドの上で恥ずかしさのあまり悶絶してたら、端の方まで転がっていることに気づかず、情けない悲鳴を上げて床に落ちてしまった。

 

「ぎゃん!」

 

しかも顔面から。今度は痛みに悶絶している時にドアが開きクペが顔を覗かせた。

 

「レティ~、イグニスが夕飯できたって……どうしたクポ?」

「ナンデモナイデス」

 

【スルーするのが優しさです。】

 

 

夕飯時、皆で食卓を囲む際にノクトがレティの変化に気づいた。今日のメインはクエクエ豆のボールコロッケ。クペもお手伝いした様子でおいしそうにレティの隣で頬張っている。

 

「レティ、鼻どうしたんだよ?絆創膏張って」

「聞かないで」

「もしかしてベッドから顔面で落ちたとか?でも、まさかそんなことないよね~」

 

プロンプトが笑いながらたとえ話をした。

そう、たとえ話。

 

「……」

 

だがレティはそれに答えず無表情でぐさ、とクエクエボールコロッケをフォークで刺した。イグニスは何か触れてはいけないものを感じて口を挟まずに静かに食べていた。できればすぐに立ち去りたかったが、食事時はゆっくりと30秒顎を動かして食べなければいけないので逃げられなかった。グラディオも同じく。プロンプトはレティの様子に気づくと口元をヒクヒクさせて顔を青くさせた。

 

「え、もしかして、図星……」

「……」(ギラン!)

「………」(ビーム出そうなほど睨まれてんですけど!?)

「……」

「ご馳走様」

 

レティは全て平らげ食器を片づけてシンクへ持って行く。今日の食器洗い当番はグラディオとクペなのでレティはやることはない。さっさと部屋に戻ってもいいのだ。

 

「明日からまたファントムソード集めだから。死ぬ気で取りに行くわよ。……覚悟しとけ」

「「え!?」」

「じゃ、そういうことで」

 

レティは言うだけ伝えてスタスタと部屋に戻って行った。その行動に至るまですべてが無表情。しかも鼻元に絆創膏なので妙な威圧感がある。ノクトとプロンプトはまた過酷な旅が始まるとガクッと肩を落とした。

 

「……ノクト、頑張って」

「お前もレティにしごかれろ」

「一蓮托生だ」

 

ズバッとグラディオがそう突っ込むと、二人は

 

「「……だよな」ね」

 

盛大に落ち込んだ。

【サボテンダー柄の絆創膏】

 

 

 

次の日の朝、シドニーが朝の散歩を終えてちょうどガレージ前着いた頃、クペがラッピングされた箱をもってシドニーを待っていた。

 

「シドニー、おはようクポ」

「あ、おはよう!早いね。もうこっち来たんだ?」

 

パタパタと羽を動かしてシドニーの目の前まで飛んできたクペをシドニーは笑顔で迎えた。クペは得意げに「クペのテレポートは一瞬クポ!」と言い返した。

 

「そっかぁ~、スゴイじゃん!最速の宅急便みたいだね」

「宅急便?ああ、そういう考えもあったクポね。これ、レティからのプレゼントクポ」

「うわぁ~、何かな?わざわざラッピングしてくれるなんて」

 

さっそくクペからプレゼントを受け取ったシドニーはガレージ内に移動しクペも後ろから着いていく。道具が置かれている机を少し片づけて包装紙を綺麗にとっていく。クペは「シドニーは綺麗にとっていくクポね。レティはがさつだからバリバリに破くクポ」と言うと、可笑しそうに笑って「そうでもないよ。それにしてもレティらしいね」と返した。

 

「よっと、中身は何かな~?」

「……」

 

箱のふたを持ち上げて中身を覗いたシドニーは、目を瞬かせて息を呑んだ。

 

「……え、うそ?!これって……空力ワックス!?王都製のしかも古いやつ!」

 

まるで宝物を見つけた子供のように瞳を輝かせて空力ワックスを箱から取り出しては色々な角度から見上げたりするシドニー。クペは一応説明してみるが彼女の耳には届かないだろうと諦めている。

 

「偶然手に入ったものクポ」(貢がれたものだけどクポ)

「うわぁ~~!!本物見たの初めてだよ!すっごい~」

 

レティの読みはドンピシャだった。シドニーの喜びっぷりはレティの予想を上回るもので、やっぱり車好きとクペはマル秘ノートを取り出して書き込んだ。シドニーはクペの様子など気にも留めずにあれやこれやと長々と説明を始めた。クペはうんうんと頷きながら、たまに違う質問を投げかけたりしてメモったり。

好きな男のタイプとか、スリーサイズとか、結婚願望とか色々と車に関係ないこともどさくさに紛れて聞き出す巧みな話術はとても召喚獣とは思えない見事なやり口だった。自分の情報を聞き出されているとまだわかっていないシドニーは、

 

「レガリアに使いたいよ!きっと今よりもすごくなるよ。ううん、なる。絶対なるよ」

 

と自信満々に言い切った。クペは粗方情報を書き込んだのでマル秘ノートをしまいながら

 

「へぇ~、でもしばらくはこっちに戻れないかもしれないクポ」

 

とシドニーに言い返す。シドニーは机に寄りかかりながらクペを見やった。

 

「今忙しいんだっけ?」

「ファントムソード回収に勤しんでるクポ。ちょっと強行軍だけど着々に集まりつつあるクポ」

「そっか、残念。でも仕方ないね……。クペもありがとう。届けてくれてさ」

「別に構わないクポ。レティのお願いは出来るだけ叶えてあげたいクポ」

「……友達冥利に尽きる言葉だね。良い友達を持ったよ、レティは」

「へへん!クポ」

 

自慢げに鼻をツンと高くさせて腰元に手を当てて嬉しそうなクペ。シドニーは微笑ましいものを見る目付きでクスッと笑った。

 

「それじゃあまたクポ!」

「うん。気を付けて」

 

バイバイと手を振って淡い光がクペの周りに現れ全身を包んでいきあっという間にクペは消えてしまった。シドニーはさっそく祖父であるシドにも見せてあげようと空力ワックスを手に持ってガレージを出ようとした。その時、見慣れた人物がこちらを凝視したまま立ち止まっている姿があり、シドニーは明るく声を掛けた。

 

「おはよう、ニックス。……どうしたの?そんなとこで固まってさ」

「……今の…」

 

ニックスは声を震わせて何かを呟いたが、シドニーには聞こえなかった。

 

「ん?」

 

急に動き出したニックスはズカズカと強面な表情でシドニーに詰め寄った。

 

「今の!アレはなんだ!?」

「うわ!ちょっと」

 

シドニーは驚いて体を仰け反らせた。だがニックスは勢いそのまま困惑するシドニーの肩をガシッと掴んで距離を縮めてきた。心なしか目が血走っているような。

 

「シドニー、アレと知り合いなのか?!教えてくれ。アレはまさか……」

「……あ、えーと、その」

 

しどろもどろに視線を彷徨わせるシドニー。

まさかニックスにクペと会話していたところを見られてしまうなんてと内心パニック状態に陥ってしまった。だが素直に召喚獣と教えるわけにもいかず、今の状態は結構色々とマズいので早々に離れて欲しいところ。

だがニックスから予想外の言葉が飛び出た。

 

「君は、レティと知り合いなのか?」

「え、どうしてレティの名前を……」

 

レティという名前に反応して問い返してしまったシドニー。

しばし、呆けたように見つめ合う二人。

 

「「……」」

 

ここで二人は初めて共通の話題の人物がレティであることを知った。

 

【噂の彼女】



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三人模様恋錦~前~

レティーシアside

 

 

最近昔のことを夢に見ることが多い。きっとよく眠れていないんだ。昼間うとうととすることが多くなったし、いつも気を張ってるから疲れも溜まってる。湯船にゆっくりと浸かったりしてるけどやっぱり戦闘となると緊張感が増して皆を守らなきゃって余計に力が入る。でも最初の時よりは皆強くなった。場数さえこなせば何とかなるもんだね。ちょっと無理やりすぎたことは分かってる。でもこうでもしないと彼女のやることに間に合わない。

 

ファントムソード回収に相変わらずの魔道兵の奇襲。コルたちと定期的に情報交換は欠かせない。グレンの様子とか王都から逃れてきた人の中で警備隊の人、もしくは王の剣の生き残りはいないか。できるだけの今のうちに戦える人数を確保しておきたい。

帝国に目に物を言わせてやるのだ。シドニーが電話で話していた王都から逃れてきた男性にもコンタクトを取りたいと考えているし、やらなきゃいけないことは山積み。

いずれ、レジスタンス……まぁ仮だけど人数が大きくなれば統率するリーダーを決めなきゃいけないし、でもそれはノクトになると思う。

でも今のノクトにはいっぱいいっぱいで統率させるスキルもまだない。だからできるだけ彼の負担を減らすため、私のできる範囲内で指示を送り行動している。先回り先回りと考えていると頭がおかしくなりそう。

ルナフレーナ嬢の行動もカーバンクルからの報告今のところ問題は発生していない。しいて言えば、……怪我人の傷を癒して回っている、というところか。

彼女は魔法は使えないから神薙の力、か。疲労も激しいでしょうに。

それでも治療をやめないのは、彼女の神薙としての使命か。それとも根っからのお人よりか。それとも王道のヒロインだからか。

 

とにかく、彼女とはそりが合わないのは決まってるので今後も交流を深めることはありえないだろう。

 

 

ちょっと遅い昼食を食べ終えた後、ソファに座りながら「ふぁぁ~~」と大きな欠伸一つをすると、皿洗いを終えたノクトがやってきた。今日はノクトだったっけ?明日は私か、なんてぼんやりと考えてた、面白いものみた顔をして私の隣に腰かけて暇なのかからかってきた。

 

「デカい口」

「ム、ノクトだってデカい口で欠伸するくせに……ふぁ……」

「またした」

「だから自分だってそうでしょ!?」

 

まったく!人の気も知らないで。

と、面と向かって言えるわけもなく「はいはい」と適当にあしらってソファの上に投げてたスマホを手に取っていじる。するとノクトは「なんだよ」とつまらなそうな顔をして私の手元を覗き込んでくる。ノクトの髪が首筋についてくすぐったい。というか距離近すぎなんだよ。

私が向きを変えるとノクトもくっ付いてくる。それを何回も繰り返していると飽きたのか、

 

「レティ、膝貸せ。寝る」

 

と言いながらもう寝る体制にはいってるじゃないか。太ももが痺れるから嫌なんだけど。

この王子、人が眠たいのを我慢してるってのにと言えば、寝ればいいじゃんと言い返されるに違いないので言わない。人の膝で寝ることに味を覚えたのか、了承もなしにちゃっかりと私の膝に頭を乗せているノクト。手を伸ばして私の髪先を指で弄んでいる。「相変わらずサラサラだな」とかなんとか呟いて。私は、「使ってるヘアソープがいいからよ」と適当に返す。

 

「レティ、目の下隈」

「あ?」

「化粧しても見え見えだし」

「………」

 

目ざとい。ちゃんと隠してるからばれないと思ったけど失敗だったか。

私は答えずにスマホをいじりつづける。

 

「何、考えてんだよ」

「……色々よ」

「色々ってなんだよ」

「いっぱいいっぱいよ」

「何だよ、それ。答えになってねーし」

 

ノクトの手が伸びてきてスマホを下から奪い取った。

片手を握りしめられ、オレを見ろとノクトは辛そうな視線で訴えてくる。

私は仕方なくノクトを見下ろして視線を交わす。

 

「ノクトの為よ」

「……わかってる」

 

ならばよろしい。

ノクトの手からスマホを取り上げてまたいじりだす。

 

「分かってるなら聞かないの」

「……辛かったら言えよ。オレは」

 

言いかけてる途中で私はノクトの視界を自由な手で遮った。早く眠れという意味とこれ以上喋らないでほしいという意味を含めて。

 

「……その気持ちだけもらっとく。ありがと」

「……素直じゃねーの」

「ノクトこそ」

 

最後まで言わせないという卑怯なやり方。分かっているからだ。私がノクトが言いかけた言葉を。きっと、ノクトはこう続けようとしたんだと思う。

 

オレは、傍にいるって。

でも言わせちゃいけないの。ノクトの傍にいる資格があるのは彼女だけで私は期間限定の身。私がノクトにいうのは構わない。いずれいなくなる身だもの。でもノクトに言わせちゃいけない。その言葉は彼女にこそ送るものだから。

 

『スリプル』

 

声に出さずに唇だけを動かしてノクトにかけた。少したってからそっと瞼を覆っていた手を退けると寝息を立てて眠るノクトがいた。成功。ノクトを起こさないようにスマホをテーブルに置いて私の部屋からぷかぷかとタオルケットをレビテトで浮かして持ってくる。それを広げてノクトの体の上にふわりとかけてあげた。

 

魔法って今さらながらに便利だな~と思う。ここまで使いこなすのに結構苦労したけど無駄じゃないって思えるから。

あどけない顔して眠るノクトはとても重い使命を背負わされた王子には見えない。

この体一つにファントムソードが宿っているとも考えられないくらい。

 

そっとおでこにかかった髪を指先で払いのけた。

 

「……」

 

でもね、こうしていると、ノクトが王である前に一人の人間なんだと感じさせてくれるんだ。この距離は居心地がいい。ちょっと、眠るか。

 

少し、体を、心を休めよう。

 

 

『レティ』

 

また、彼の夢を見た。ニックスは覚えていてくれているかな。

 

他愛もない約束だった。私が姫だから今度は英雄としてではなく騎士として助けにきてくれるというもの。でも私はルシスの姫ではないから彼のいう姫に当てはまらない。だから、私が姫でなくなっても助けに来てくれる?と尋ねたのだ。彼は優しいから立場なんか関係なく助けに来てくれると打算的な考えのもと。案の定、彼は身分に関係なく私だから助けに行くと迷わず言ってくれた。

彼の優しさは底がなくて、どっぷりとはまってしまいそうだった。だからクレイにバレたことはきっといいことだったんだ。私にとっても彼にとっても。

 

【シンデレラの鐘は鳴りました。】



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三人模様恋錦~後~

ノクトside

 

 

ファントムソードを回収したオレ達は、ついにイリスが待つレスタルムを目指すことになった。珍しくプロンプトが運転するレガリアで助手席に座るイグニスがいちいちプロンプトの行動に目を光らせてたまに釘を指してハラハラしたりしてる。だったら自分が運転すればいいのにな。グラディオは読書だしクペはレティの膝で昼寝してるし、そのレティもオレの肩に頭を寄りかからせて眠ってる。普段化粧なんかしない癖に最近は珍しく女っ気が出てるというか、たぶん目の隈を隠すためだろうけど。

 

「……」

「まだ、夜寝てねーのかな」

 

オレの呟きにグラディオが視線を本に向けながらこういった。

 

「クペもレティに付き合いだして徹夜みたいだしな」

「マジか?」

「ああ。だから昼寝してんだろ」

 

無茶しやがって……。

 

「……馬鹿だな、レティは」

「……そんな馬鹿娘だからオレたちにとって原動力なんだろうさ」

「……確かに」

 

そう、ここまでこれたのはレティのお陰だ。

それにしてもここまで来るのに長く感じたな。でも以前よりは相当強くなってると思う。王の場所の捜索にはコルがハンターにも協力させて捜索させてたけど、レティが全部の王の墓所の在処を突き止めたから今度は帝国軍の動向を探ることに専念してる。あのロキ、じゃないグレンだっけ?アイツも張り切ってやってるとかコルから言われてほとほとレティの凄さに何も言えなくなった。敵将をあっさりとこっち側に引き入れちまうんだからな。ま、記憶を失ってるとかってのもいつ元に戻るかわからないらしいけど、レティ曰く、『私のコンフォはそう簡単にとけないの。しかも三回連続だったからアレは一生でしょうね。まぁ帝国戻るよりもこっちの方が生き生きしてるみたいだしいいじゃない』とあっけらかんと言ってたからアイツがまた帝国に寝返ることはないと思う。レティじゃない奴がそういっても信憑性も感じねぇけど、レティの言葉だから信じれるって真面目に考えるとスゴイよな。説得力があるっていうか、それだけの行動を示してるっていうか。

普段があの我儘姫だから他人から見れば信じられ無さそうだけど。

上手く言葉に言い表せないけどそんな感じ。

 

今回のことだってそうだ。レティが無茶ぶり発揮しなきゃファントムソードの大半は手に入らなかったままだ。わざとオレたちを扱くようにさせといて、実はオレ達を鍛え上げるためじゃないか?って話はよくオレ達の間で話のネタになる。それで大体意見は一致してる。考えることは皆同じってわけだよな。

そう、わかってんだ。オレ達が頼りないからレティは不安に思って余計にしゃかりきってるって。だからオレたちは不満なんか言える立場にない。むしろレティの課題を余裕でこなせるだけの実力を身につけなくちゃならない。

レティの、召喚獣の力に頼ってばっかりじゃオレ達は一体何の為に旅をしてるか理由がわからなくなる。

 

正直さ、本当は王になるかどうかなんてわかんねぇ。

でもレティの期待を裏切りたくねぇんだ。オレ達を、オレを信じて着いてきてくれるレティの為に。今、出来ることを全力でやりたい。

それがどんなに遠回りでもいい。一歩でも近づけるなら、やりたい。

 

「オレも、寝るかな」

「おう、寝とけ。静かでいいわ」

「うっせ」

 

グラディオの茶々は放っておいてオレはレティの方によりかかりながら、手を取って握った。これで安心して眠れる。そう思って瞼を閉じた。

 

この温かさ、手放したくない。

 

イイ感じに睡魔がやってくるって時に、それは聞こえた。ほんの小さな声だった。風の音にかき消されてしまいそうなほどに。

 

「……ニックス……」

「……?」

 

オレの聞き間違いだと思った。一度閉じた瞼を開いて横目にレティの顔を覗き込む。

 

「レティ?」

 

起きたのかと思って名前を呼んでみたが、すやすやと寝入っていて反応はない。

 

オレの聞き間違いか?

 

最初はそう考えてまた眠ろうとした。けど妙に引っ掛かって眠れなかった。オレがレティの声を聞き間違えるはずがない。馬鹿みたいだけど断言できる自信はあった。だから余計に気になって仕方がなかった。

 

『ニックス』

 

男の名前、だよな。ニックスって。

 

レティの口から知らない男の名前が出るなんてありえないだろうと。そうだ。妙にガードが緩くても寝言にまで男の名前が出るわけない。きっと物語の登場人物とかそんなんだろうと思い込んだ。だってレティは本の虫だからな。童話も好んで読むくらいだ。そんな名前が出てきても不思議じゃない。

 

でも、なんだかもやもやして……。

 

「気持ち、わる」

 

オレの呟きにグラディオが反応してこう言った。

 

「なんだ、プロンプトの運転で酔ったか?」

「ちげぇよ」

「え、ノクト酔ったの?マジ?」

「よそ見するな!」

 

イグニスが慌てて声を荒げた。オレは適当にあしらってまた瞼を閉じた。

 

「ちげーし!寝るから話しかけんな」

「こわー」

 

そういう気持ち悪いじゃない。

 

どろっとしたものが、何処からか沸いてきたんだ。

 

どうしようもない、何かが。

溢れてきそうになる。

オレは何か込み上げてくるものを抑えながら、レティの手をぎゅっと握りしめた。

 

【鐘が鳴っても姫の手は離さない王子。】

 

プロンプトが余計な寄り道をした所為ですっかり辺りは暗くなってしまった。レスタルムを目指していたはずが今オレ達がいるのはオールドレスタ。

 

「まったく、大幅な時間ロスだ」

「まぁまぁそう怒らないでよ。仕方ないじゃん、道間違えちゃったんだから」

「だからオレが運転を代わると言っただろう」

 

オレの厳しい追及に開き直ったかと思ったら女々しく不貞腐れるプロンプト。

 

「たまにはオレに運転させてくれたっていいじゃん」

「……はぁ…」

 

結局はそれが理由か。

急な頭痛にこめかみを抑えるが痛みは鈍く続く。主に原因はプロンプトだ。

ノクトの吐くという言葉に反応してよそ見するからハンドルが一瞬ぶれて反対側車線にはみ出た時には心臓が飛び出すかと思った。やはり運転はオレがやるべきだとしっかり感じた瞬間だ。

 

「それにノクトと姫だってお疲れモードだし?丁度目の前にはオールド・レスタ!さすがオレ!」

「……」

 

また見事な開き直り。叱る気力もなくなるくらいだ。まさか、レティの悪影響がプロンプトにも及んでいるのか?その仮説はありうるかもしれない。

最近のプロンプトは何かとレティの肩を持つようになったからな。

どういう心境の変化かどうかは知らないが、別の悩みの種になりそうだ。

 

ともかく今夜の宿は癪ではあるがズィーズィー・ズーオルドレスタでとるしかない。最近はファントムソード回収に忙しい毎日でテント生活だったし仕方ない。オレが部屋を手配している間、レティとクペはすっかり眠っているのでグラディオがレティを抱き上げ、クペはプロンプトに連れてこさせた。ノクトは寝ぼけ眼で欠伸をしてはいるが自力で部屋まで歩けたようだ。でもベッドにすぐ寝転んで寝入ったが。

クペがああではテントも出せないことは分かり切っていたのでレティは別室を取り休ませることにした。ここで同じ部屋にする選択肢はオレの中になかった。年頃の女性を男と同じ部屋に寝かせるなどありえないからだ。ましてや、好ましい女性の無防備な姿など……他の男に見せたくない、というのが本音だが。

 

レティとクペをベッドに寝かせたしっかり眠りについていことを確認し部屋を後にした。それからシャワーを浴びてようやくオレはベッドに腰を落ち着けさせた。

 

「……」

 

部屋にはベッドが四つあり丁度オレたちの人数にはピッタリの部屋だった。ノクトは既に眠りに落ちていてプロンプトはイヤホンで音楽に夢中。グラディオの姿がなかったが、すぐに部屋に戻ってきた。オレがシャワー空いたぞと促すと、グラディオは「ああ」と頷きながらも備え付けのソファに腰かけた。だが落ち着きなさげにまた立ち上がってドアの方へ歩いていく。少しだけこちらを振り返って「イグニス、ちょっといいか」と外を指さしてきた。

 

外に出ろということか?

 

オレはベッドから立ち上がりながらとりあえず頷いてグラディオの後に続いた。

外に出るとひんやりとした風が通り抜けていく。やはり気温差が激しいな、昼間はジャケットを脱ぐくらい熱いというのに。グラディオは年季の入ったベンチに腰かけたのでオレもそれに続いて間を開けて座った。グラディオはすぐに口を開こうとはしなかった。だからオレの方から尋ねてみた。

 

「……どうした?」

「ちょっと、な」

 

珍しく歯切れの悪いいい方をする。これはノクトには話せない内容ということか。オレは急かすことはせずグラディオの言葉を辛抱強く待ち続けた。すると、ついにグラディオが重たい口を開いた。

 

「モニカとさっき連絡を取ったんだが、……王の剣に生き残りがいるらしい。全滅してたと思ってたからな。正直、驚いた」

「本当か?」

 

その報告にオレは驚かずにはいられなかった。モニカから聞いた王都の状態ではとても生存は確認できないと思っていたが。

 

「ああ、こっちと合流するらしいぜ。向こうの奴の話ではな」

「……そうか。戦力は出来るだけ大いに越したことはない」

 

王の剣と言えば移民で構成されている隊だと聞いている。あまり交流ないので彼らの人柄は知れないが実力は確かだと認識しているので、合流ができるのならありがたいことだ。だがグラディオの表情はこの事態にそう喜んでもいないらしい。

 

「そう期待できればいいんだがな」

 

と何か別の不安要素でもあるかのようないい方をする。

 

「……何か不都合でもあったのか?」

「ニックス・ウリック、この名前に聞き覚えはねぇか」

「……ニックス・ウリック……確か、王の剣に所属していた者か」

 

噂では少し耳にしたことがある名だ。王の剣の中で抜きんでた才能を開花させた若者。ドラットー将軍にも認められるほどの実力だとか。しいて言えばそれくらいだろうか、知ってることと言えば。だがその男がどう関係してくるのか意味が分からなかった。

 

「それで、その男が何かあるのか」

 

オレの問いにグラディオは言い難そうに頭を掻きながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「……レティの、密会相手だとよ。親父の話じゃな」

「……」

 

密会相手。その言葉を理解するまでに数秒は要した。いやもっとかかった。いや理解などしていない。密会相手=レティとは関係はまったく接点もない結び付かない言葉だ。否、ありえない言葉だと思うが、今グラディオはなんといった?

 

「やっぱ、ショック受けたか」

「……」

 

オレの戸惑いにグラディオは気の毒そうな顔をした。いや、なぜそんな顔をするんだ。

いや違う、落ち着け。オレはショックなど受けていない。

オレはグラディオに手で制し待ったを掛けた。

 

「いやまて、待ってくれ……、今考えているところだ」

「いや深く考えるなよ、あくまでそういう見方だって話だっての」

 

まったくグラディオの言葉など耳に入らなかった。頭の中を何度も同じ言葉がめぐってばかりだ。どうしたんだ、オレは。レティに関係のないことなんだろう、何を気にしているんだ。そう何度も己に言い聞かせた。だが、自分で声に出してみることで、オレはその意味を思い知る。

 

「……密会、相手……レティ、の?」

 

ぐらりと、視界が揺らいでオレは額を抑えた。

まともに、思考が働かない。受け入れがたい話だ。信憑性の欠片もない、と言いたいところだが、グラディオが話している時点で事実ということか。

 

そもそもなぜそうなった?

 

レティが、その男と密会をしていた?いつだ、いつ城を抜け出して会っていた?いやそもそもどうやって城を抜け出た?あれだけ厳重に警護されていた城に抜け道などないはず。そもそもその男とのどうやって出会った?何が切っ掛けだった?まさか危ない目にでもあって助けてもらったというパターンではないだろうな。それから好奇心旺盛な彼女はその男の逞しさに一目ぼれしお互い意気投合して……。

 

「オレの声聞こえてねぇと思うけど一応言っとくぞ。ノクトには言うな。アイツのことだ。またキレかねない」

「……」

 

ノクト?なぜそこでノクトが出る?ああ、ノクトには言うなということだな。了解した。それは構わない。いやそれよりももっと重要なことがあるはずだ。

 

「勿論、オレはそんな大それたことレティがするはずないと考えてる。大方、外に出たいとか相談してたんじゃねぇか。ニックスは移民らしいからな。親父もそうだとは信じてたようだし。だが『前例』がある。だからのめり込む前にやめさせたらしい」

「……」

 

『前例』?なんだ、それは。レティが今までやってきた騒動ならいくらでも言えるぞ。

……ん、何か違うような?駄目だ、うまく頭が働かない。

 

「十中八九この話が正解なら、ニックス・ウリックの目標はあくまでレティだ。王子の忠誠なんて二の次だろうさ」

「……」

 

ノクトに忠誠を誓わないでレティに誓う?なんだ、それは。まるでレティ目当てにこれから合流しようという魂胆ではないか。

 

「今の状態で余計ないざこざは勘弁だ。……問題はしっかり山積みだってのに、どっからオレ達のことを嗅ぎ付けたんだか……。聞いてるか?」

 

オレの反応がないことにグラディオは様子を伺ってきた。オレは機械的にスラスラと口を動かした。

 

「ああ、聞いているとも。ノクトに言いはしないさ。水を差す真似は彼女の努力を無駄にするだけだ」

「……ああ。けどお前やけに冷静だな」

「冷静?そう見えるか」

 

皮肉を込めてそういうとグラディオは押し黙った。

 

「……ワリィ、冷静どころか今にも倒れそうな青ざめた顔してるわ」

「……話は分かった。もう休もう。明日は早いからな」

 

オレはベンチから立ち上がろうとした。

だがどうにも足に力が入らないようだ。情けなくもベンチに手をついてよろけてしまうところを「おい!大丈夫か?」とグラディオがオ腕を掴んで持ち上げてくれた。

 

「ああ、問題ない」

「いや、問題大アリだろ!?捕まれ、足元フラフラだぞ」

「……すまない…」

「いや、お前にこの話はキツ過ぎたよな。悪い」

 

オレはそうグラディオに謝れながら肩を支えられながら共に部屋に戻った。ドアを開ければ、室内は明かりがついたままプロンプトは寝落ちしていてノクトもすっかり熟睡していた。オレ達もそれぞれのベッドに入り眠ることに。

 

だが、オレは先ほどの話が頭から消えることはなく、悪夢のような想像するのもおぞましい場面(密会現場)ばかりが頭の中でグルグルと回って朝方まで魘される羽目になった。

 

【戦略には強いけど精神攻撃には弱い魔法使い】

20170111

※おまけ

 

レティ「ふわぁ~、おはよぅ……」

ノクト「おはよ、デカい欠伸」

レティ「悪かったわね、デカい口で!……あれ、イグニスは?」

プロンプト「ああ、珍しく寝坊してる。なんか魘されてたんだよね、よっぽど嫌な夢だったのかな~」

レティ「え、珍しい……だから今日は雨なのね」

ノクト「そういえば、外雨降ってんな」

クペ「レティ、髪ちゃんと梳かすクポ。レディの身だしなみはきちっとするクポ」

レティ「うん」

ノクト「イグニス、どうする?」

グラディオ「もう少し寝かせておいてやれ」

プロンプト「おっ、グラディオが理解ある言葉を言うなんてね!」

グラディオ「……それなりに責任感じてるからな」

 

三人「「「?」」」

クペ「意外と繊細ってことクポ」




クペside

慈王の盾はすんなりと回収できたクポ。今までみたいにダンジョンの奥にあるわけじゃなくて森の中にひっそりとあったクポ。でもレティの強行軍は止まらないクポ。次はもっとひどかったクポ。マルマーレームの森にある聖王の杖と、ラバティオ火山の山頂にある鬼王の枉駕。そして最後、グレイシャー洞窟がある獅子王の双剣ときたクポ。レティから言われた時、皆げっそりした顔だったクポ。でもレティの熱意?は伝わってるみたいで文句をいうことはなかったクポ。短期間で叩き込まれた戦闘経験で皆も逞しくなったから強敵ぞろいという感じでもなかったクポ。ただ移動が大変だったというだけクポ。

無事にそれぞれのファントムソードを回収できたクポ。でも他のファントムソードは少し回収が難しいらしいクポ。夜叉王の刀剣はカーテスの大皿にあるらしいけどそこは帝国軍が居を構えていて迂闊に手が出せないクポ。伏龍王の投剣はメルロの森でゲートは開いていないし闘王の刀はまさかの帝国領ときたクポ。レティはタイタンの所へ急ぎたいらしいけどノクト達には言っちゃいけないって釘刺されてるクポ。タイタンはレティに呼びかけてるみたいだクポ。たぶん普通の人間だったら言葉を理解できないはずだから頭が痛くなるかもしれないクポ。
メテオ抱えてるのがタイタンだって教えちゃいけないって。まー、人間はびっくりするしそれには了承したけどなんだか腑に落ちないクポ。

もしかして、レティが勝手に動き始めたのってこの間のシヴァに何か言われたことが原因クポ?あくまでクペの推測で本当にシヴァがレティをたきつけるようなこと言ったとは決まってないクポ。でもあくまで仮説を立てるなら、筋が通るクポ。あの日からレティの様子が無理に明るく振舞っているように見えるクポ。ノクトたちは気づいてないかもしれないけど、でもオーディンと触れ合ってる時は素直に感情だしてるクポ。……あれ、騎神だけど誰も気づいてないクポ。オーディンもあえて言わないみたいだけどいいクポ?
レティに対してフレンドリーすぎるからノクトたちも感覚がマヒしてるかもしれないクポ。人間たちの間じゃ六神なんて言われてるけど本当は七神で性格はバラバラクポ。事実は小説よりも奇なりとはまさにこのことクポ。

召喚獣に過度な介入は認められてないクポ。
世界のバランスが崩れるからってバハムートは言ってるけど、レティを通してなら多少は許されるのかもしれないクポ。だって、レティは特別クポ。

……シヴァに言われたからレティと仲良くなったわけじゃないクポ。クペはレティが大好きだから仲良しになったクポ。そこんとこ忘れるなクポ!シヴァ!

【そこで文章は途切れている。】


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わたしの友達

レティーシアside

 

 

写真とか電話とかでなんとなくイリスだっていうのは知ってたよ。でも私は彼女と面と向かって会ったことは一度としてなかった。

会いたくても会えなかった。私の環境はいくらグラディオラスの身内だとしても容易に面会を許すものじゃなくて、レギス王の側近もしくは信用にたる人物のみに面会を許された。そりゃクレイだってイリスの父親。娘の願いを叶えてあげたい気持ちもあっただろうけど、それとこれは別、なんだってさ。

 

王都が陥落したって新聞で知って、立っていられなくて私、呆然とへたり込んだんだよ。自分の身近な人の、死。突然いなくなる恐怖が蘇ってきて私、混乱しちゃった。

母上の時と同じ。絶対帰ってくるって思ってた人が帰ってこない恐怖がまたやってきたんだもの。……恨んだわ。帝国を、全部壊してやるって。私が望めば、きっとバハムートは力を貸してくれる……。なんて、怖いこと考えてたんだよ。あれだけ、世界に干渉するようなことしないって決めてたのに。私って単純だよね。

でもさ、そんな怖いこともイリスの顔見たら吹っ飛んでた。レスタルムの町に着いてすぐ、町から駆けてきた一人の少女。本当は宿で待ち合わせって言ってたのに、ノクトがイリスにもうすぐ着くって連絡入れたら外で待ってる!って切られたみたい。それで今か今かと期待膨らませて待っててくれたイリス。

 

「「イリス!」」

「レティ!クペ!」

 

私達は初めて出会って、初めて腕を伸ばしてお互いの体を抱きしめ合った。

クペも私達の間に挟まれるように再会を喜び合った。

 

意外と私と似たような身長だってこと。

髪が癖毛だってこと。

やっぱり黒系の服を好むってこと。

前にイリスから友達の証だってもらったお揃いのペンダントをしていること。

私も肌身離さずしてるよ。

 

お互い無事の姿を確かめられた。こんなに嬉しいことはない。

熱く抱擁を交わす私とイリスそしてクペに、ノクトと事情を知らないプロンプトだけは、目を白黒させて驚いてた。

 

「お前ら、マジで知り合いだったのか?いつの間に」

「グラディオの妹ちゃん、だよね。姫の友達だったんだ……」

 

イグニスとグラディオラスが状況がのみこめない二人に分かるように代わる代わる軽く説明した。

 

「ノクトは知らなかったかもしれないが、レティの文通相手がイリスだったんだ」

「そうそう、結構昔だよな。イリスからレティを紹介しろってしつこく迫られてたっけ。レティに関しては、面会とか厳しかったから無理だったけどな。手紙だけはお許し頂けたからそこから文通スタートってわけだ。」

「レティにも同性の友人を、とのレギス様の御配慮もあってのことだ。しかし、無事で何よりだ」

 

イリスは兄であるグラディオラスそっちのけで、眉を下げて私の身を案じていたと泣きそうな顔をした。

 

「レティ、本当無事で良かった!ホントに心配したんだよ!?っていうか電話してよ!ずっと待ってたのに……。クペもよく頑張ったね」

「それは私の台詞だよ!ゴメン、ちょっと立て込んでて…。それよりもイリスこそ、ほんと、無事で……っ」

「クペはずっとレティを守ってたクポ!」

 

イリスからのねぎらいの言葉に誇らしげに胸を張るクペ。

私は込み上げる感情を制御できなくて嗚咽を抑えられずに口元を抑えぎゅっと瞼を閉じた。涙がこぼれそうだったから。

 

「泣かないでよ!私だって泣きたくなってくる……」

「ゴメ、ごめん……」

 

でももう限界だった。結局私とイリスはボロボロ嬉し泣き。

 

「もう、レティ……」

「イリス…」

「クペも泣いていいクポ?」

「「いいよ」」

 

私たち二人と一匹は互いの体温をしっかりと感じるようにまたきつく抱き合った。

大切な友達。私がどうやってイリスと知り合ったかは、十年以上前に遡ることになる。

 

 

私はルナフレーナ嬢本人と会ったことは一度もない。

あの事件、でノクトの療養のために訪れたテネブラエに私は同行を許されなかったのだ。レギス王は徹底して私を外に出すことは拒んでいたもの。ノクトは私が一緒じゃないと行かないと駄々をこねて付き人を困らせていたっけ。けど私は無理して笑顔でノクトを送り出した。お土産期待してるねって。そうしたら、ノクトは悲しそうな顔してわかったと頷いて部屋を出て行った。

 

私は、意地でもあの人とノクトの乗る車を見送ることはしなかった。

あの人が私の存在を無視する瞬間を味わいたくなかったから。

 

社交辞令なんか知らない!赤の他人に家族ごっこなんてしてやらない!

 

羨ましさ、妬ましさ、自己嫌悪。

様々な負の感情に支配され、やるせない気持ちでいっぱいになって気持ち悪くなりそうだった。私は八つ当たりに自室の中で思いっきり魔法連発させて滅茶苦茶にしてやった。使用人が恐れて近づいてこないのを利用してそれはもう、見るも無残にね。でも、それで私の気持ちが晴れることはなかった。むしろ、惨めで馬鹿らしくて、クペが「レティ、泣いていいクポ」って頭撫でられて初めて、ああ、そういえば泣けばよかったんだって思った。クペ抱きしめて声押し殺して泣いたよ。

 

……ああ、話がそれた。まぁ、テネブラエでルナフレーナ嬢と心に残るふれあいをした結果、ノクトはルシスに帰ってきてからも彼女の身を心配ばかり。私がどんな想いでノクトの無事を祈っていたかも分からないで。

 

ルーナがどうした。ルーナがああだった。ルーナが心配だ。そればっかり。

 

幼い私には、あの頃ノクトが全てだった。あの人から受けられない愛情に飢えていた、だから兄として慕っているノクトだけが私の心を支えていた、ってのは大げさかな。

まぁ、ノクトから私以外の名前が出ることが許せなかったのは確か。何より耳にタコだったし。

私はついにある日、今までの怒りが爆発してノクトに怒鳴ってしまった。

 

『ルーナルーナルーナ!!ノクトはその子ばっかり!わたしはノクトのことずっと心配してたのに、一緒に行けたらノクトを守れたかもしれないのに!……ノクトはわたしのことなんかどうでもいいんだ!あの人と一緒でわたしなんか、家族じゃないんだ!!』

『レティ!?』

『ノクトの、ノクトのバカっ!』

 

私は瞳に涙を溜めて睨み付け、動転するノクトから逃げるように部屋を飛び出した。

 

ノクトのばか、ノクトのばか!

 

私は無我夢中で場内を走って、私を呼び止める使用人を無視して逃げて逃げまくって気が付いたら母上が眠る墓所にたどり着いていた。

よろよろと母上の墓前で私は力なくへたり込んでは縋りつくように眠る母上を求めた。

 

「母上、……母う、え、…わたし、ははうえの所にいきたい……。もう、やだ……わたし、やだよぉ……」

 

ポツ、ポツと冷たい雨が降ってきてわたしは一人、寒さの中泣きじゃくった。

そんなわたしに傘を差し出してくれた子、クペだった。一生懸命わたしのために小さな体、小さな羽根で傘を持ち上げて濡れないようにしてくれた。

 

「…レティ…」

「ひっく……、クペ?」

「クペは、レティの家族クポ。レティはそれだけじゃ嫌クポ?」

「ううん、……クペがいい……!」

 

私は首を振って傘を持つクペを抱き寄せた。傘は地面に落ちて、私とクペはぬれねずみ。

でも、温かかった。濡れてるのに、クペは召喚獣なのに温かかったの。

 

「いつか、一緒に世界を見るクポ」

「うん」

「そうすれば、いつか、レティはレティだけの家族に会えるかもしれないクポ」

「わたしだけの、家族」

「レティだけを愛してくれる人間クポ」

「……クペも一緒だよ」

「当たり前クポ!」

 

この日、私とクペは必ず二人で世界に飛びだしてやるって誓った。

 

 

ノクトがルナフレーナ嬢と交換日記するようになって、私は遠巻きにその様子を見つめる日々が続いた。あの一件から少しだけノクトと距離を取るようになった私。ノクトから私に声を掛けようとすると私がそれとなく自室に引きこもるって感じ。話し相手がクペとクレイと限られた人だけになったのは仕方ないね。グラディオラスはノクトの護衛があったから挨拶はするけど仕事も忙しそうだったし。

でもさ、ノクトが幼いイリスを連れて城の外に勝手に出たとかであの人から謹慎を受けたって使用人から聞いた時、絶対それは嘘だ!って直感したもの。その時は、あの人と距離を取っていることも忘れてあの人に執務室に怒鳴り込んだ。

 

『ノクトは悪いことなんかしてない!』

『レティーシア様!どうかお部屋にお戻りくださいっ』

 

私を部屋から出させようとする親衛隊の一人に蹴り入れて必死に抵抗した。

 

『ノクトの父上のくせして、どうしてノクトの話をちゃんと聞いてあげないの!』

『……』

『きらいになるなら、わたしだけでじゅうぶんだもんっ!ノクトを放してっ』

 

あの人はじっと私の言葉を黙って聞くだけで何も言わなかった。結局、私は無理やり抱っこされて部屋を追い出されることに。

 

……ノクトは、やっぱりイリスを連れ出してはいなかった。

ノクトに会いに来たイリスが部屋で待たされている時に庭の隅で見つけた猫を追いかけているうちに城外へでてしまったらしく、その姿を偶然見つけたノクトが後を追いかけてイリスを連れ戻したってことらしい。

イリスからその告白を受けたグラディオラスはあの人に報告することはなく、ノクトは謹慎を終えて普通の生活へと戻った。私があの人に啖呵切って怒鳴り込んだことがすでにノクトの耳に入っていて、そりゃもう大げさなくらい嬉しそうに部屋に飛び込んできた。満面の笑みで無抵抗な私に抱きついてきたっけ。

 

『レティに嫌われてるかと思ってた。でも僕の為に言ってくれたんだね!』

 

でも私はぶっきらぼうに返すだけ。ハグしてやんない。

 

『……別に…』

『違うの?』

『……わたし、調べものあるから図書室行ってくる』

『レティ?』

 

素直になれない私は、戸惑うノクトから逃げるために図書室に向かった。それから連日してノクトは私の部屋を訪れるようになった。チャンスさえあれば一緒に行動しようとさえした。でも、ノクトを見ているとまだ見ぬルーナと親しみを込めて呼ばれる少女がちらついて苛立ちを感じてしまうから。ノクトを傷つけたくないし、私も話したくない気分だったから私は徹底して逃げまくった。

ノクトが、悲しそうな顔してるの一瞬だけ、見てしまった。

 

胸が切なくなってすぐに視線逸らしたけど。

 

ホント、当時の私ってバカなことしてるよねって思うよ。

 

そんな時よ、グラディオラスからある頼まれごとをお願いされたのは。

いつも通り雪崩が起きそうな本に囲まれて本を読んでいると、グラディオラスが『よ!』と軽い挨拶でやってきた。ちゃんと罠は設置済み。ドア開く場所の上にはブリザドで出した氷の塊が何個かふよふよ漂っていたもの。あれ頭に落ちたら痛そうだった。グラディオラスはその罠に気づかないで勝手に入ってきたものだからすごく驚いてたっけ。でもそこはクレイの息子。ちゃんとギリギリで避けてました。わたしがパチパチと拍手をしてあげると『オレだったら良かったものの、他の奴だったら避けられないだろ?危ないからやめろ!』って軽く拳骨されたっけ。

優しくされたから痛くはなかったけど、素直じゃない私はわざと痛がって見せた。

構ってもらえることが嬉しかったから。グラディオラスもそのことになんとなく気づいていたから、何か企むような笑み浮かべて私にこちょこちょ攻撃して構ってくれたっけ。ひとしきり二人で笑いあったってようやく本題へ。

 

『イリス、ちゃんと、文通?』

『ああ。ノクトからレティのこと聞かされたらしくてさ。最近やかましいんだ』

『……いいよ、暇だし』

『助かる!』

『……ノクトも文通してるんだもん。わたしだって』

 

その時の私は、文通したいって気持ちよりもノクトに負けたくない!って気持ちの方が強かったね。グラディオラスは呆れた顔してた。

 

『……まったく、いちいち面倒なやつだな』

『グラディオラスに言われたくない!』

『はぁ、父上が苦労なされるわけだ』

『クレイは関係ないの』

 

そっぽをむいて拗ねる私にグラディオラスは苦笑しながらぶにーと頬を伸ばしてきてまた構ってくれたっけ。ほんと、良いお兄ちゃんだわ。

 

イリスと文通を始めたのはそれから。最初は当たり障りのない挨拶から。

 

”初めまして、イリスさん。わたしはレティーシア・ルシス・チェラム。

貴方のお兄様に頼まれて文通の相手を務めさせてもらうことになりました。

これからしばらくの間、よろしくお願いします。”

 

私は王族らしく粗相のないよう気を遣った文章で送った手紙にイリスは、嬉しい!って気持ちがあふれるくらい素直な文章で返してくれた。

 

”初めまして!わたし、貴方にとっても会いたかったの!

でもお兄ちゃんに頼んでも会わせてもらえないって言われたからこうして文通ができてすごく嬉しい。ねぇ、貴方のこと愛称で呼んでいい?貴方もわたしのことはイリスでいいよ!”

 

私はその手紙を読んだ時、面食らった。だって初めてだったもの。これが普通の女の子が書く文章なんだって驚かされたから。でも私は顔も見知らぬ少女相手に同じ文章が書けるほど器用じゃなかったから、また畏まった文章で送ったら

 

”こんにちは、レティ。駄目だよ?わたしたちもう友達なんだからもっと仲良くしようよ。ね?

そういえばこの間お兄ちゃんがレティは勉強熱心だって教えてくれた。すごい!レティって難しい本をたくさん読めるんだね。レティはどんな本を読んでるの?前にね、女神様が出てる本があるってお兄ちゃんが言ってたの。ねぇ、どんな絵本?レティは知ってる?知ってたら教えて!

 

だって。脱帽したよ。私にはなにもかも初めての体験で戸惑うなという方が無理だ。

 

ただの手紙のやり取りで、友達だって言ってくれるイリスの真っすぐさ。純真で穢れを知らない子。

 

私は、どんどんイリス・アミシティアという少女に興味を持っていった。

少しだけ素を混ぜて文章を綴ってみたらイリスはすぐに反応して喜んでくれた。

それから私は徐々に【自分】を曝け出していった。イリスも私を王女としてではなく、ただのレティとして、友達として扱ってくれた。

 

ただの暇つぶしから始まった文通は、私にとって欠かすことのできない大切な繋がりへと変化を遂げ、逆にノクトと接する時間が減っていった。お互い気まずい空気になってしまい、なんと声を掛けていいのかわからなかったから。ノクトも私を避けるようになってたしね。

 

『レティ、お前ノクトとどうなってんだ?最近の稽古に全然集中できてねぇんだよ、アイツ』

『……わたしのせいじゃないもん』

『まだ喧嘩してんのか?』

『喧嘩じゃないもん、……たぶん』

『……ハァ……』

 

グラディオラスからさっさと仲直りしろと怒られたけど、私は意固地になって嫌だと突っぱねた。でも、内心じゃノクトと話したい、ノクトと遊びたいって叫ぶ私がいて、でもどうやって仲直りできるかわからなくて困ってた。

 

そのことをイリスに相談したら、ちゃんと謝らなきゃだめ!って叱られた。

レティが寂しいって思ってるようにノクトだって寂しいんだからって。

 

イリスに叱られて私はようやく素直になれる気がした。

私がきっとノクトを傷つけてしまったから。

 

だから、ちゃんと謝らなきゃって。

 

そこからはもう速攻ノクトがいつも鍛錬してる部屋に向かったよ。ただ謝らなきゃって思いだけで突っ走ってた。

バンッ!と扉を蹴り開いて(しっかりグラディオラスに叱られた)私は大声でノクトの名を叫んだ。

 

『ノクト!』

『……レティ……?』

 

丁度グラディオラスと稽古中だったノクト目がけて突進するように飛びついた。

 

『いた!?』

 

ノクトは私が飛びついたことで勢いに負けて背中から床に倒れ込んだ。私はノクトの首にしがみ付いてひたすら謝った。

 

『ごめんなさいノクト!ごめん!』

『わたし、わたし、ノクトを傷つけた!』

『レティ…』

『……ごめんなさい……』

 

ノクトはそっと泣きそうな私の頬に手を当てて弱弱しく微笑んだ。

 

『ううん、僕の方こそゴメン』

『ノクト…』

 

私とノクトはイリスのアドバイス通り無事に仲直りすることができた。

その後自分のことのように嬉しがるグラディオラスに

 

『ようやく仲直りだな。よし!ついでにレティも稽古つけてやる。二人まとめてかかってこい!』

『『ええ!?』』

 

とビシバシ稽古つけてもらことになるなんて予想もしなかったけど。

まぁ、いい思い出だよ。

 

……イリスは私にとって大切な存在になった。

それから手紙から電話のやり取り、プレゼントの交換などできる限りの手段で交流を続けた私達は唯一無二の存在へ。クペも届け物をしてくれるうちにイリスと仲良くなった。

召喚獣だって打ち明けた時は、しゃべるぬいぐるみだって疑わなかったらしいよ。そう電話口で聞かされたときは、イリスらしくて思わず吹いちゃったけど。

 

……イリスは、私の事情を知る数少ない人だ。

正直、打ち明けようかどうしようか悩んだんだ。でもいずれ私の素性は明るみに出る時がくるはず。遅かれ早かれ知られることになるんだって、覚悟決めて私はイリスに打ち明けた。

 

私は、ノクトと血が繋がっていないこと。

いずれ私の存在はルシスにとって邪魔になること。

機会をみてルシスを出奔し身を隠すから連絡が取れづらくなること。

 

話せる限り、私はイリスに伝えた。

イリスは、電話口でずっと沈黙を守っていた。

 

そして、全部話し終えての彼女が言った言葉。

 

『辛かったね、苦しかったね、レティ』

 

って嗚咽交じりにイリスはそう言ってくれた。

 

私の為に、涙してくれた彼女。

 

その言葉を聞いた瞬間、ぽろりと涙が私の瞳から流れた。

 

誰にも言えなかった秘密。王族としての重圧。自分の曖昧な立ち位置。理解されない苦しみ。あの人から受けられない愛情。

ノクトへの複雑な感情。ルナフレーナ嬢への嫉妬と羨望。孤独の中で自分を奮い立たせて、ただひたすら外の世界を目指し続けなきゃって。

 

ずっと、抱えてたものが一気になだれ込んだ。そう、私は辛かった。苦しかった。

 

『レティは頑張ったんだね』

 

そう、私は、頑張った。

 

『レティは、すごい、すごいよ』

 

そう、私は、誰かに認めて欲しかった。褒められたかった。私の存在をちゃんと受け止めて欲しかった。

 

『イリ、ス……私、辛かったの。ずっと苦しかった……ほんとは、誰かに助けてほしかった』

『うん』

『イリス、私、少しだけ弱音吐いても、いいのかな?』

『いいよ。私が受け止める』

 

イリスは、私が欲しかった言葉を全部くれた。私はしばらくの間イリスがくれる優しさに包まれて涙した。

 

イリスは私が本当は泣き虫だって知っている。

皆の前で強がっているだけで本当はイリスの前じゃ度々感情を吐露して涙する私。

 

「レティは相変わらず泣き虫だね」

「それは言わない約束でしょ?」

「クペはもう知ってるクポ」

 

私と、イリスと、クペは顔を寄せ合って一緒に泣き笑いした。

事情を知らない男子諸君は頭上にはてなマークだして不思議そうな顔をしていたけど教えてあげない。

これは、私達だけの秘密の話だから。

 

【彼女の存在にどれだけ救われたか、貴方は知らない】

To Be Continued--



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BROTHERHOOD
Episode1 【Before the Storm】


アニメ版を自分なりの解釈と連載風にアレンジしたものです。


ノクトside

 

―――燃え上がる何か。

 

固い地面と鈍い痛み。自分の手に付着するドロリとした何か。虚ろな目でそれを目の当たりにしてもオレはすぐに認識することができなかった。大きな蛇の体がすぐ目の前で移動していて隣には母上が仰向けに倒れていた。オレの手に付着していた血は、オレのものではなく隣にオレを庇うように倒れる母上から流れているものだと知ったのは、救出されてからのこと。

 

オレと母上を襲った蛇の化け物。六本を剣を持ち、六本の腕で獲物を見定めたオレを冷たく見下ろす奴。

 

殺される。漠然とそう思った。背筋が一気に寒くなってオレは息を呑んだ。

けど光る剣が矢次に現れ、蛇の化け物に高速で襲い掛かり奴の意識はオレから其方へと敵意が向けられ、唸り声を上げて其方を奴は睨んだ。

 

「……ち、ち……うえ」

 

ルシスの王である父が助けに来てくれた。王の盾を伴って蛇の化け物を牽制していく。その姿はまさにルシスの王の名に相応しい姿だったことを今でも覚えている。

 

 

レティの隣がオレの指定席。誰にも譲らないこの席は寝るにピッタリだ。だってレティの肩にもたれかかって寝ると最高なんだ。

 

「ノクト、起きろノクト!もうすぐだぞ」

「……ん……?」

 

グラディオの声がする。それでもってレティの怒ってるような声も。

 

「さっさと起きてノクト。肩痛い!」

「いっ!?」

 

頬に鋭い痛みが走りオレはバッと瞼を開けて反射的に痛みがる方を見ると、眉を吊り上げたレティがオレの頬を指先で抓んでいた。

 

「いてぇし!」

「いつまでも寝てるノクトが悪い!」

 

多分赤くなっているだろう頬を抑えて睨むオレにレティはたじろぐ様子もなく機嫌悪く言い返してくる。

 

「なんだよ、いつも同じことじゃん」

「私の最近の悩み知ってます!?若いのに肩こりなのよ?か・た・こ・り!」

「あー、分かった分かった!お前らはとにかく口を閉じろ」

 

つい言い返しそうになるオレにグラディオが先手を打ってくる。レティはぷいっとオレから視線を逸らす。ちぇ、別にいいじゃん。肩貸してくれるくらいさ。

 

つい、オレも子供みたいに拗ねて窓の方を向いた。

―――景色は全然変わらなかった。ますますつまんねぇの。

 

 

昼がてら、見つけた寂れたスタンド件バーガーショップでオレ達は少し遅い昼メシを食うことにした。レガリアから降りる時もレティとオレはまだ些細な喧嘩中で口もあわせなかった。イグニスは呆れたような顔でオレとレティを交互に見てくるし、プロンプトはやたら「さすがに女の子に寄りかかって寝るのは羨ましすぎるよねー」とレティの肩持つし、グラディオは「まっ、腹が満たされればレティの機嫌も直るだろ」と楽観視してるし。クペは言わなくても分かるくらいレティの肩を持っている。オレの肩に乗って散々耳にタコな説教してくるし。

 

「たとえ兄妹でも過剰なスキンシップは駄目クポ!」

「……家族じゃん」

 

一応言い訳はしてみた。本音は違うけどな。だが何かと勘が鋭いクペにオレの言い訳が通用するわけはない。

 

「家族でもそれなりに弁えて行動しておいて悪い事はないクポ。ましてやノクトはルシスの王になるんだクポ。いついかなる時でもビシッとしておかないと部下に示しがつかないクポ」

「部下って…嫌ないい方だな」

「部下に違いないクポ。確かにグラディオやイグニスは幼馴染クポ。でも王という立場に幼馴染という言葉は通用しないクポ」

「………」

「聞いてるクポ?」

「わぁっーてるよ!聞いてる、聞いてる」

 

オレは遅れて皆の後に続いて店の中に入った。クペは不満そうに「まったく聞く耳持ってないクポ!」と不満そうに呟いて先に席についたレティの肩へ飛んで行った。注文もしてない様子だったけどイグニスはレティの好みを把握しているからお任せってことか。

気になって盗み見ているとレティは窓ガラスを眺めて頬杖ついていた。クペが一方的に話しているのに軽く相槌打ったりしている。

 

何考えてんだか。

プロンプトがメニュー表片手にオレに尋ねてきた。

 

「ノクト何にする?」

「ん~?肉」

 

適当に答えておくと、店員の女がオレの名前に反応して「ノクト?……あ」と小さく呟いた。

 

やべ、気づかれたか。

 

一瞬雰囲気が壊れかけたけどグラディオがオレを庇うように追いやってカウンターに身を乗り出すように店員に愛想よく注文を頼んだ。強引にの間違いか。

 

「ハンバーガーと飲み物六つな。アンタのおすすめを頼む」

 

ウインク付き。うげぇ。

 

店員は目を瞬かせて「は、はい」と頷いてレジスターを打ち始めた。

 

強引だけど誤魔化すことに成功したようだった。

 

それからオレ達は席についておすすめらしいハンバーガーを食べることになった。

 

オレはイグニスの隣。レティはなぜかプロンプトの隣でちょっとムカついた。オレがレティの方へ座ろうとしたらプロンプトに先越されてこっち側に座る羽目になった。

少しでも関心を寄せようとオレはバーガーに入っている野菜をレティのプレートの方へ移した。

 

「レティ、やる」

「いらないしノクト食べれば」

 

ポテト摘まみながら一応返事してくれるレティにオレは若干嬉しくなった。もう機嫌は戻ったみたいだな。

 

「じゃ食べさせて」

「……あのね」

 

オレの子供じみた真似にレティは呆れたように眉間を抑えた。けどオレが「じゃ食べない」と返すと諦めたのか自分のフォークでトマトをグサッとさしてオレの方に差し出す。

 

「……、ほら、口開けて」

「あ~」(ぱくっ)

「はい、よくできました~」

 

トマトは嫌いだけど不思議とレティからこれされると食べれるんだよな。咀嚼して飲み込んでいる間にオレとレティのやり取りが気に入らない様子のイグニスはグラディオと何か相談中。なんか甘やかしすぎだろとかなんとか。プロンプトは羨ましそうな顔してレティ「オレにも」なんてねだっていた。

レティは一人やるのも二人やるのも同じねと呟いてプロンプトに実行しようとしている。オレは席から立ち上がってレティの腕を掴んで止めさせた。

 

「おいやめろ!それプロンプトと間接キスすることになるだろ」

「いいじゃない。私ともしてるわけだし」

「それはレティだから言い訳で男としたいわけじゃ!」

 

また言い合いに発展しそうな時、ガタガタとテーブルが揺れ始めた。グラスに注がれたコーラが激しく揺れ始め、頭上から重低音だが周囲に響く音がする。

 

クペが窓の外に注目して声をあげた。

 

「――奴らクポ!」

 

その言葉にオレ達の意識は一気に外へと向けられる。帝国軍の飛空艇が地面に降り立ち魔導兵達が一斉に列をなして降りてきたのだ。そいつらは明らかにオレ達を探りにきた連中だと分かった。

 

「出るぞ」

 

冷静なイグニスの一声でオレ達は逃げるように店を後にした

レティは帝国軍の相手をするのも嫌だったらしく、次に会ったらメテオ落とすと宣言していたので今回は逃げて正解だったと思う。移動するレガリアの中食べかけのバーガー頬張りながらブツブツと怪しい言葉を呟いていたっけか。

 

「……コメテオ、メテオ、ホーリー、アルテマ……何にしようかな。ふふっ」

「鉄くず倒す前に世界を終わらせる気か」

 

グラディオがツッコミの手刀をレティの頭に軽く落とすと、食べてる最中のバーガーにレティは顔を突っ込んだ。

 

「「あ」」

「………」

 

ゆっくりと顔を上げた時、レティの顔はソース塗れになっていてついグラディオと二人で笑っちまった。そしたら腹いせにトードにされた。マジ、あれだけは勘弁だわ。

元に戻った後でも、ついゲコ!って言ってる自分がいるんだからな。

 

 

夜は野宿だったけどクペのテントのお陰で快適に過ごすことができた。グラディオだけは不満そうだったけどな。レティの部屋のベッドのほうが寝心地最高なんだけどイグニスの見張る視線で忍び込む事はできなかった。

朝、レティが珍しく早起きして作った朝食(って言っても爆弾おにぎりしか作ってないけど)を食べてオレ達は魔導兵らが道路を塞いで通れないポイントまでやって来た。

 

岩場に身を潜めて相談中なオレ達だったわけだけど、挙手をして意見を述べるレティは見事にイグニスに却下された。

 

「はい!私がコメテオで奴らをちら「却下だ」ぶー、ぶー!横暴だー」

「君の意見は非現実的すぎる。もっと実用的な案にしてくれ」

 

駄目だしされてレティは頬を膨らませた。面白かったからオレはレティの頬を両手で挟み込んだ。ぶしゅっと空気が抜けるけどまたレティは頬を膨らませるものだからオレもまた同じことをして空気を抜かす。

 

「あー、君達いちゃつくのは後でしてもらえませんかー」

「「別にいちゃついてない」よ」

 

プロンプトからの苦言にオレとレティの声はシンクロした。

 

「ノクト、最初から全力だ。衝撃で半数を潰す。陽動を頼めるか。レティは大人しく後方で援護に回ってくれ。絶対に前線には出ないように。出たら昼食はナシだ」

「わかった」「はーい。イグニス先生~」

「よし」「りょうか~い!」

 

オレ達はいつも通り魔導兵達と戦闘を開始した。

 

でも、まさかアイツが現れるなんて思いもしなかった

 

―――あの、蛇の化け物と。

 

【傷を持つその敵の名は、マリリス】



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Episode2 【Tanquil Slence】

レティーシアside

 

 

母上の亡骸はとても綺麗だった。

殺されたとは思えないくらい、眠っているようで顔を近づけて呼吸が聞き取れるんじゃないかっていうくらい、綺麗だった。―――そう、おとぎ話のブランシュ・ネージュのように。だから、幼いながらも私は棺の中に眠る美しい母上に小さな声で縋りつき願った。

 

『ねぇ、起きて?母上』と。

 

死人が蘇る事はない。おとぎ話の世界に私は生きているわけじゃなくてそこは現実世界。だから母上が瞼を開く事は二度となくそのまま母上は土の中へと還って行った。土砂降りの雨の中、参列した者たちは黒い傘をさしていた。私はクレイラスに抱き上げられながら共に雨の中母上の棺が埋められるのをじっと見つめていた。

 

死。誰しも平等に訪れるもので、抗えようがないものだ。私はその日泣くことはなかった。泣こうと思っても涙が流れなかったのだ。寂しい悲しいと思うけど涙だけは流れない。

でも、大々的な葬式が終わって私は一人部屋を抜け出して母上が眠る墓地を訪れた。

そこで、初めて泣いた。

もういないのだと受け止めようとしたんだ。いつも優しい読み語りで母上が読んでくれる絵本はもう読み手がいない。他の人じゃダメなんだ。やっぱり母上じゃないとって。

父上とノクトと私、アンバランスな三人だけが取り残されてしまいそこから急激に私達の関係は冷たさを増していった。

 

母上という絆を失ってしまったから。

 

 

私の指定席はまったくもって肩が凝る。とくに左肩が凝る。なぜか?ノクトが私の肩に寄りかかって寝るからだ。

 

「ノクト、起きろノクト!もうすぐだぞ」

「……ん……?」

 

人の苦労も知らないで暢気に爆睡しているノクトの頬を思いっきり指先で抓った。

 

「さっさと起きてノクト。肩痛い!」

「いっ!?」

 

するとすぐに痛みで顔を歪めて声をあげて起きたノクト。

 

「いてぇし!」

「いつまでも寝てるノクトが悪い!」

 

そう言い返して睨むとノクトはいかにも自分は悪くないと言った態度をとる。

 

「なんだよ、いつも同じことじゃん」

「私の最近の悩み知ってます!?若いのに肩こりなのよ?か・た・こ・り!」

 

語尾を強くして強調して言うとノクトは今にも言い返そうと口を開く。けど先にグラディオが「あー、分かった分かった!お前らはとにかく口を閉じろ」と喧嘩になる前の言い合いに仲裁に入った。私はふん!と鼻を鳴らしてそっぽを向く。ちなみにクペは我関せずとプロンプトの所へ避難していた。

 

クペ、裏切り者。

 

そう心の中で愚痴ってひたすらグラディオラスのムキムキな腕ばかり見ていた。たまに突いて遊んでいたら頭をぐしゃぐしゃされてムカついた。

 

お昼はいかにも寂れてそうなお店でとることになった。グラディオラスを急かすようにぐいぐい押しやってレガリアから降りる。ノクト側からは降りて上げないんだから。ここまで一切ノクトと会話どころか視線すら合わせていない。向こうはちらちらと構って視線を向けてくるけどここで甘やかしたら駄目なので無視を決め込んだ。

 

「おい。下らない喧嘩してんなよ」

「別にしてないわ。私レベルの低い女じゃないもの」

「いや対抗してんじゃんか」

 

グラディオラスが突っ込んでくるけど無視して先にお店に入る。後ろの方ではクペがノクトに何やら説教たれているらしい。……何言ってるのかしら。ちょっと気になった私は我に返って、首を横に振って邪念を追い払った。

 

駄目よ、レティ。甘やかさないって決めたんだから。

イグニスに注文を頼んでおいて私は奥の方の窓際の席に腰かける。

ホント、窮屈よね。レガリアの中って。やっぱりモンスターの背中に乗った方が快適じゃないかしら、とぼんやり考えながら頬杖ついて外を見つめているとクペが飛んで私の肩に乗った。一応見知らぬ人間がいる所では私が抱えて移動しているか、肩に乗せているんだけど店員の女性はイケメン四人を前にクペの存在には気が付いていなかったみたい。

 

「お帰り、クペ」

「全然ノクトは懲りるって言葉を知らないクポ」

「そうでしょうよ、我が義兄ながら流石図太い根性してるわ」

 

私は苦笑しながらクペの苦労をねぎらってあげる。頭に手を置いて軽く撫でて上げるとクペのご機嫌は元に戻った。割と私からのスキンシップには抵抗がないのだけど、男達からだと話は違うらしい。見た目性別が分からずともクペは立派な女の子なのだ。

 

「クポ~」

「………お腹減った。何してるのかしら」

「なんかバレそうな雰囲気みたいクポ」

「え!それヤバくない?」

 

二人でひそひそ声を潜めながらノクト達の様子を伺っているとグラディオラスが機転を効かせて事なきを得たようだ。多少強引な気もするけど、こんな所でノクトの身分がわれてしまうのは私としても計算外なので助かった。注文を済ませたノクト達が私が座っている方へとやってくる。いかにもノクトは私の隣に来たがっていたけど先にプロンプトが割り込むように身を滑らせて座って来たので不服そうな顔をしていた。

 

ここでも私の隣で寝るつもりなのかしら。そう思わずにはいられなかった。

それからグラディオラスが注文した人数分のコーラとデカいハンバーガーがトレイに乗って運ばれてきた。ポテトもある。これは好き。でも少し塩が掛かりすぎててしょっぱいかな。でもバーガーは結構大きいのでトンベリさんでも呼んで切ってもらおうと思ったけど一般人がいるのでやめとけとグラディオラスに真顔で釘さされてしまい、仕方なく小口で食べることにした。

 

はむ。うーん、パンがぱさぱさする。野菜は美味しいけどちょっとマイナス点。

 

クペは意外とバクバク食べていた。体が小さいだけにその何処にこれだけの量が入るのか気になったけど食事中は黙って食べるのがセオリー。

でもお子様なノクトは自分のバーガーに入ってる野菜を私のプレートに乗せてくる。

 

「レティ、やる」

 

さっきの言い合いはナシにしたいというノクトの意思表示。となれば私も答えないままではいられない。軽~く流してポテト摘まみながら「いらないしノクト食べれば」と素っ気なく言うと、何処かほっとした様子のノクトは「じゃ食べさせて」と呆れたことを頼んできた。

 

「……あのね」

「じゃ食べない」

 

お子様ノクトめ。私は仕方ないので自分のフォークでトマトをグサッと刺してノクトの口元まで持っていく。

 

「……、ほら、口開けて」

「あ~」(ぱくっ)

「はい、よくできました~」

 

しっかりと咬んで飲み込んでいる癖に野菜嫌いとか信じられない姿だと思う。これが真の王の姿なのだ!―――なんちゃって。と!他愛のないやり取りをしている間に隣のプロンプトもノクトに負けじと「オレにもやって!」と私にせがんできた。何?ノクトと対抗でもしているわけ?まぁ、ただ食べさせるだけだし何より……。

 

「一人やるのも二人やるのも同じね」

「そうそう!」

 

私の呟きにプロンプトは調子よく同意を示す。でもノクトは何が気に入らないのか突如席から立ち上がって私の食べさせようとする動きを止めてきた。

 

「おいやめろ!それプロンプトと間接キスすることになるだろ」

「いいじゃない。私ともしてるわけだし」

「それはレティだから言いわけで男としたいわけじゃ!」

 

ノクトの抗議を遮るようにガタガタと小刻みにテーブルが揺れ始めた。グラスに注がれたコーラが中で零れそうなほど揺れ始め、頭上から重低音だが周囲に響く音がする。店員の女性も驚いて声を上げている。

 

明らかに異様な雰囲気の中、クペが窓の外に注目して声をあげた。

 

「――奴らクポ!」

 

来たわね。帝国魔導兵らを乗せた飛空艇が上空を通過しすぐ窓辺の向こう側で私達を捜索する為に、魔導兵達を投下していく。

 

舌打ちしたい気持ちを抑えて私は手早く目の前の食べかけのバーガーを白いナプキンで包む作業に入る。ポテトを抓みつつコーラを一気飲み。ぐっ、キツイ。クペは大口上げて最後の一口であのバーガーを詰め込むように食べた。頬が思いっきり膨らんでいて喋ることも飛ぶことも不可能みたい。私は冷静なイグニスの「出るぞ」の一声に頷いてもごもごと喋ろうとするクペを手で制し急いで抱き込んで立ち上がる。プロンプトは勿体なさげな顔をしたけど後ろ髪引かれる思いで席を立つ。レガリアに素早く乗り込んだ私達は魔導兵達に見つかることなくその場を移動することができた。食べかけのバーガーを頬張りながら次奴らに会ったらどういたぶってやろうか楽しみで仕方なかった。

 

「……コメテオ、メテオ、ホーリー、アルテマ……何にしようかな。ふふっ」

「鉄くず倒す前に世界を終わらせる気か」

 

グラディオラスからのツッコミをもらった所為で食べかけのバーガーに顔から突っ込む羽目に陥った。べちゃりと口元に付くソース。

 

「「あ」」

「………」

 

ゆっくりと顔を上げた途端、ゲラゲラと笑うグラディオラスと噴き出したノクトに容赦なくトードを掛けて強制的に黙らせた。

 

トード二匹(ノクトとグラディオラス)を両手に乗せたイグニスにめっちゃくちゃ叱られた。ケッ!

 

夜は自室で昼間の疲れを取る為早めに就寝。男共?外でテントしてればいいものの、クペのテントで味を占めたのかリビングの方で寝てた。朝食は私が手作りした爆弾おにぎりとイグニスシェフ自らの栄養バランスたっぷりな料理の品々。……別に負けたと思ってないもん!

 

さて、旅がすんなりいくかと言えばそうじゃない。

行く手を遮るように道路を封鎖する魔導兵達から隠れて岩場の影に身を潜めて作戦会議中な私達は、どうやってアイツ等を粉砕するか熱い議論を交わしていた。

 

「はい!私がコメテオで奴らをちら「却下だ」ぶー、ぶー!横暴だー」

「君の意見は非現実的すぎる。もっと実用的な案にしてくれ」

 

コメテオ使って粉砕すれば私達にも優しい!惑星にも優しい!のにイグニスは理解してくれないので頬を膨らませて抗議してみた。でもノクトに弄ばれるだけでまったく無意味に終わる。

 

「あー、君達いちゃつくのは後でしてもらえませんかー」

「「別にいちゃついてない」よ」

 

遠慮がちにプロンプトが指摘してくるけど私とノクトは声を揃えて否定する。

何処をどう見たらいちゃつくという考えに行きつくのか。理解に苦しむわ。そんな私たちのやり取りの横でイグニスだけは真面目に徹しようと努力してたわ。

 

「ノクト、最初から全力だ。衝撃で半数を潰す。陽動を頼めるか。レティは大人しく後方で援護に回ってくれ。絶対に前線には出ないように。出たら昼食はナシだ」

「わかった」「はーい。イグニス先生~」

「よし」「りょうか~い!」

 

戦いなれた魔導兵達との戦闘。そういつも通りに行動していれば勝てる相手だと油断した。

まさか、アイツが現れるなんて。クレイラスからやっと問いただして聞き出した憎き敵。母上を殺し、父上に瀕死を負わされた蛇の化け物。

 

そう、十二年の時を経てようやく出会えた好機(チャンス)。逃してなるものですか。

 

【母上の敵の名はマリリス】



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Episode3 【Dogged Runner】

プロンプトside

 

高校の卒業式で初めて出会ったオレと姫が再び顔を会わせることになったのは、姫に初めて招待されたお茶会の席だった。まるで夢のような世界だったよ。目にする物全てが一級品でお土産で持ってきたお粗末な茶菓子を隠したくなるくらいの世界。手入れされたテラス席に執事さんに案内をされて連れて行かれた先にレティはいた。ドレスの種類なんて男のオレには分からないけど、清楚でとっても綺麗だった。絵本から飛び出たみたいなお姫様みたいで、オレは見惚れてしまったんだ。

 

「ようこそ、プロンプト」

 

まだ王女様の仮面を装着したままの姫はそう和やかな笑顔でカチコチに固まっているオレを出迎えてくれた。ノクト?ああ、本当はノクトも参加したかったらしいけど王子の勉強の方が忙しくてその時同席は無理だった。だからオレと姫の二人だけ。クペは驚かれるだろうからって陰から見守ってたらしい。道理で何処からか監視されてるような視線を感じてたんだよな。

 

「あ、本日はお招きありがとう!……ございます」

 

あ、そんなことよりも、二回目の姫はそれはそれは実にプリンセスらしい振舞いでオレをもてなしてくれた。本当なら侍女の人とか付いてもよさそうなのに自分で銀製のティーポットなんかを準備し始める。

 

「そんなに固くならないで。今日はお約束してた私の入れたお茶、ゆっくり味わってってくださいね」

「は、はい」

 

オレの父さんの給料一か月分でも買えそうにないティーセットに白磁のカップ&ソーサー。つい頭の中でどのくらいの札束が飛ぶのか計算したくなった。でも途中で恐ろしくなってやめた。ぶるると壊さないように気を付けないとと自分を律した。

 

「そういえば貴方の趣味は?」

「え!お、オレはその、写真撮影、かな…じゃなくて、です!」

 

つい言葉が緩みそうになるのを慌てて敬語で話す。でもその時、軽く舌噛んで痛かったな。長い睫毛を瞬かせて姫は驚いた。

 

「写真……とても素敵な趣味ね(勝手に撮るのかしら)」

「?あ、あの?姫も写真に興味があるんですか?」

「わ、私?えーと、少し苦手かもしれないわ」

「苦手?」

 

姫は困ったように誤魔化すような笑みを浮かべてた。

 

「ええ、カメラとか向けられると緊張しちゃうの(引きこもりだしね)」

 

話題はオレの事からノクトの事へと変化してオレ達はお茶会を時間の許す限り楽しんだ。後でノクトに「お前ばっかりずるい」と愚痴られたっけ。

 

それから頻繁とはいかないけどお城に呼ばれる回数も増えた。勿論、姫からお茶会のお誘い。興味を持たれていることが分かって単純なオレは内心大はしゃぎしちゃったな。だって本当なら雲の上の人なのに、オレはとてもラッキーだったと思う。ノクトって親友だけじゃなくて姫と出会えたのは。

 

「ノクトって学校では普段どんな感じだったの?」

「え、いや、えーと。いつも眠そうで女子たちに大人気で遠巻きにいつも視線を集めてるって感じ、だったはず、です」

「そう、結構大変なのね。学生って」

 

感心するように何度も姫は頷きながらそう呟いて紅茶を一口飲んだ。指の先まで無駄のない動きにオレはドギマギしながらつい魅入ってしまう。その動き一つ一つが洗練されていてなおかつ気品溢れていてやっぱり住む世界が違うんだなと感じた。

 

「姫は、学校に通ってなかったんですよね」

「ええ、私の場合は陛下から御許しを頂けなかったから専属の家庭教師から勉強を受けていたわ。でも世間の常識の事は教えてくれないのよ。何のための家庭教師なのかしら」

 

オレは興味本位から話題の種になってくれればとの打算的な意味も込めて尋ねてみた。

 

「世間の常識って、たとえばどんな?」

 

姫はうーんと呻いてから

 

「そうね、女子高生の間で流行っているものとか美味しい食べ物とか穴場スポット?っていうの?そういう世間の常識かしら」

 

と的外れな回答をしてくれた。オレは思わずズッコケてしまいそうになった。でも姫の手前、そんな変な反応は見せられず苦笑するだけにとどめた。

 

「それは、家庭教師の教える範囲じゃないような……」

 

路線が違うっていうか、本当は姫が興味津々な内容なんじゃないかと思った。どこから仕入れた情報なのかは分からなかったけど。遠慮がちにそう言うと姫は少し驚いた様子だった。

 

「あら、そうなの?まだまだ学ぶべきことがあるのね」

「まぁゆっくりとやればいいと思う、です」

「敬語も疲れるでしょう?別に同い年だし普通に喋ってくれて構わないわ」

「でも…」

 

思いがけない提案につい頷いてしまいそうになるのをグッと堪えた。だって立場ってものがあるだろうし、ノクトが何癖つけてきそうだったし。色々と理由を並べてオレは断ろうとした。結局オレは王女様と一般人の線引きを引こうとしていたんだ。その方が分かりやすいし、諦めやすいから。でも姫はそんなオレの気持ちも知らずにぐいぐいと踏み込んできた。

 

「いいのよ、文句言う人には私がサンダー落とすから」

「え、サンダー?」

「あ、御免なさい。独り言よ」

 

フフと上品に笑う仕草は同級生の女子とは大違いだと感じてある意味感動を覚えた。その時は。若干、言葉遣いが砕けた感じだったな。ここで姫の素もちょっとだけ出ていたのに気づかないのは仕方ない。普通はサンダーって言われても分からないよね。うん、オレは悪くないはず。

まだこの時、知人レベルだった。でもその後オレと姫の距離感は徐々に縮まっていった。もっとも決定打となった出来事がある。オレが小学生の頃からノクトと話したい為に頑張ってダイエットを始めた経緯を打ち明けた直後のことだった。姫の感想は

 

「そう、プロンプトはノクトが大好きなのね」

 

という最もシンプルかつ誤解を与えてしまう感想だった。オレは口元をヒクつかせて遠慮がちに頼んだ。

 

「あの流石にその表現は勘弁してほしいっていうか」

「あら、別に男の友情って意味なのに」

「いや、世間ではそういうのって違う意味だと思うんで」

「じゃあどういう意味なの?」

「え!?」

 

そこで素直に訊いてきますか!?オレは返答に困った。姫の緑色の瞳にじっと見つめられて色んな意味でドギマギしてしまう。

 

「知っているんでしょう?」

「いやあの……えーと」

 

どう答えればいいのやら、オレは視線を彷徨わせて何とか逃げ道を探ろうとするけどでも姫はテーブルに両手をついて身を乗り出してくる。逃げられないように瞳がオレを捉えて離さない。

 

「教えてはくれないの?」

「あー、いや意地悪してるわけじゃないんだけど」

 

でもまさか王女様に変な知識は与えない方がいいような気がしたんだ。というか余計な事を言ってノクトに叱られるのが簡単に想像できたからだ。あれでもシスコン王子だって自分で認めてるしね。姫はオレの態度が気に入らないと言わんばかりに両目を細めて、元の体勢に戻ると椅子に背を預けて低い声で不満そうに呟いた。

 

「………ふーん、教えてくれないのね」

「あ、あの」

 

さっきまで和やかだった雰囲気が一気にギスギスしたものへと変貌してしまう。オレは焦って何か言い訳をしようとした。でもその前に、

 

「……プロンプト、ちょっとそこに立って」

 

細い指先でテーブルから少し離れた場所を示される。オレは姫の言葉を理解できずに呆けた。

 

「え?」

「いいから立って。そこに移動しなさい」

「は、はい」

 

有無を言わさず命令口調。さらに視線が鋭くなりオレは言われるがままテーブルから離れた場所に立つ。レティは人差し指を作ってオレに注意を促してくる。

 

「そこから一ミリも動かないように。動いたら感電死するから。さすがの私も蘇生は難しいわ」

「は?」

 

理解不可能な脅しをかけられてオレは一瞬間抜けな顔になる。その時!

 

「サンダー!」

 

バリバリバリ!

 

突如、オレのすぐ近くで目を覆ってしまいたくなるような雷が発生した。

 

「うわ!?」

 

突然の事でオレは驚きその場に仰け反って盛大に床に尻餅ついてしまった。レティは自慢げに口角をあげて椅子から立ち上がると平然と説明し始めた。

 

「驚いた?これ、サンダーっていうの。魔法よ」

「いきなり何!?」

 

王族には当たり前かもしれないけど生まれて初めて魔法というものを体験したオレには理解しがたい状況で半分パニックに陥り半泣きで叫んだ。っていうか体験させるやり方とか間違ってるし。するとレティはケロリとした顔で信じられない事を言った。

 

「何じゃないわよ。脅しよ」

「……へ?」

 

再度サンダーセット(指先ビリビリ)しながらレティはオレにじりじりと近づいてくる。

 

「素直に言いなさい。コレに当たりたくなかったら」

「えぇ!?横暴じゃ」

「サンダー」

 

バリバリバリ。

 

命の危機に瀕していると本能で察知したオレは無難な答えを伝えた。

 

「………えーと色々と知識豊富なイグニスならすぐに答えてもらえると思います。はい」

「素直でよろしいこと。ご褒美にサンダーをあげましょう」

「いらないから!」

 

どっちにしろサンダー落としたかっただけなんじゃん!

 

オレの中で美化されていた姫との出会いは猫かぶりだったという事実であっという間に理想像ごと砕けた。ここで準備万端のいいレティは携帯のアドレス交換というイベントを強制的に行ってオレは姫の使いっパシリにレベルアップした。主に新発売したスナック菓子とか炭酸ジュースとか頼まれて買ってきてたね。イグニスにバレて大目玉喰らうのはいつもレティだけど。

 

八つ当たりと言わんばかりのスパルタ修行を姫から受けたオレは草原に寝転んでクペから介抱を受けていた。そんなオレ達の元にノクトがゆっくりとした足取りでやってきた。軽く手を上げて「今日もご苦労さん」と労われる。

 

「ん、あ~ノクト~」

「イグニスが菓子作ったからレティがお茶会するとよ。呼んで来いって言われた」

「じゃあクペは先に行くクポ」

「うん、ありがとう。クペ」

 

ノクトと入れ違いでクペは羽根を羽ばたかせてテントの方へ向かって行く彼女に手を振って見送る。

 

「今日も派手にやられたな」

「うん、まーね。慣れたもんだけどさ。それよりお茶会?久しぶりだな~」

 

痛む体を起き上がらせて差し出されたノクトの手を取って立ち上がる。二人並んで少し距離のあるクペのテントまで並んで歩いた。

 

「そういや、プロンプトはレティに度々呼ばれてたよな」

「うん。思えばあの頃から目をつけられてたのかも」

「は?」

 

オレの呟きのノクトは怪訝な顔になる。慌てて誤魔化した。

 

「いやいや!なんでもないですなんでもないです。ほら、行こノクト!」

「ちょ、なんか怪しいぞ」

「そんなことないって!ほらほら早く行かないと姫が機嫌悪くなるって」

 

ノクトの背に回り無理やり押して前を歩かせる。ちょっと強引だったかな。

でもノクトに話す気にはなれなかった。

なんでだろう。オレと姫との秘密のままでいさせたいとか?……まさかね。

 

【きっと珍しく独占力が働いたのかも】



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Episode4 【Sword and Shield】

グラディオside

 

 

レティの我儘は唐突に発動する。それも思い付きで、だ。それに苦労させられてきているから大抵慣れちゃいるが毎回毎回斜め上の展開を引き起こすんだよな。

 

「今日はステーキ食べたい!」

「レティ、昨日もそう言って唐揚げ欲張りしてたじゃん。……太るぞ」

「ぬぅ!?ノクトの馬鹿!」

 

さらりと本当の事を言われて怒ったレティはノクトにサンダーを容赦なく落とした。

だがサンダーくらいでは簡単に避けられてしまい、ノクトは余裕そうににんまりと笑みを浮かべた。

 

「当たらねーし!」

「むぅうう!サンダ…」

 

ますますレティの怒りは収まらず今度は遠慮なしにサンダガを放つところでオレが危機一髪止めに入ることでやめさせた。

 

「馬鹿、やめろっつーの」

「なんで止めるの!?グラディオラスの馬鹿力!」

 

と叫びつつ、レティの指先からサンダーが炸裂する。ひょいと首を横軽くやるとその脇をすぐサンダーが走る。

 

「オレに八つ当たりか」

 

ジタバタと暴れようとするのを羽交い絞めにして抑える。これが結構力いるんだよな。どっちが馬鹿力だか。

 

「ふん!ブリザガの雨でも降ればいいのよ!」

 

ぷんすか!ぷんすか!と分かりやすく頬を膨らませて拗ねるレティに一番効果的なのはアレなので、クペに取ってきてもらうことにした。さっそくレティの部屋から持ってきたアレのお陰でレティの怒りは少しおさまった様子でほっとした。

 

例のアレをむぎゅっと抱き込んでふくれっ面しながら黙り込むレティ。あまりに抱きしめる力が強くてアレがねじれかかってるぜ。

 

「まだまだ現役だな」

「当たり前でしょ。グラディオラスにもらったものだもの。まだまだイケるわ」

「クタクタだけどな」

「それだけ大事にしてるってことよ」

 

そう、レティの精神安定剤もとい、サボテンダーのぬいぐるみはオレが苦労してゲットしたもんだからな。

 

 

レティの我儘は大概自分の出来ないことばかりだった。

あの時もそうだな。丁度ノクトがテスト期間でレティを構えなかった頃、レティはノクトの部屋からかっぱらってきたらしい雑誌を手に持ってオレの待機する執務室に飛び込んできたのは。勿論、オレだけの部屋じゃないし他の王の盾の仲間だって一緒だった。

 

「レティーシア王女殿下!?」

 

まさかの王女殿下自らの登場に仲間達はただただ驚きすぐに最上級の敬礼を取った。そんな中、彼らに目もくれずに、

 

「グラディオラスばっかりずるい!」

 

と頬を上気に染め緑色の瞳がオレを捉えたと思ったら、他の仲間達の脇を通り抜けて呆気に取られて動けないオレのところへツカツカとヒール音響かせてやってくる。あの顔は絶対厄介ごとを持ってきたって感じだったな。

 

「あ、ごめんなさいね。私のことはどうぞ気にしないで」

 

オレの前でくるりと方向転換してレティは先程の子供じみた表情とは打って変わって和やかな王女らしい顔で対応する。それに仲間達は呆気にとられながらも「は、はい」と一応頷いて見せるが普段通りの振舞いを王女の前で見せるわけにも行かず、静かに頭を垂れて皆部屋を出ていってしまった。

 

オレは説教する気力も削がれたが一応釘止めはしておいた。後で親父への言い訳にもなるからな。

 

「お前な、いきなりこんなとこ来んなよ。また親父に叱られるじゃねえか」

「クレイは優しいからこれくらいで怒らないわよ。それに仮に怒られたとしても私が一言添えてあげるわ。それよりも!」

 

バン!と両手で机を強く叩くレティの目がキラキラと輝いて好奇心丸出しでオレが腰かけている机にズイッと迫ってくる。反射的にオレは仰け反った。

 

「……何だよ」

 

悪い予感しかしねぇ。案の定レティの口から飛び出たお願いは到底かなうものじゃなかった。

 

「私もゲーセンっていうの行ってみたい!」

「……駄目だ」

「行きたい行きたい行きたい!」

「駄目なもんは駄目だ!」

 

自分の立場を分かっている上でのこの我儘娘に呆れて脱力するしかない。駄目だの一点張りなオレに対してレティは子供のように頬をむくれさせるが、じゃあ!と妥協して別のお願いを訴えてきた。

 

「じゃあじゃあ!このぬいぐるみ欲しい!」

「なんだこの変なの」

 

雑誌を広げてオレに見えやすいように主張するレティは興奮抑えきれない様子で変なサボテンのぬいぐるみについて雑誌から得た知識を語ってはオレの顔に雑誌をこすりつけてきた。

 

「サボテンダーそっくりでしょ!?すっごい可愛いの!これクッションなんだよ。クレーンゲームっていうので売ってるらしいの。今大人気なんだから。ネットオークションでもやってるのよ。私も最初は通販で買おうと思ったけどやっぱり実際自分で買いに行かなくちゃ意味がないわよね」

「いやたぶんコレ景品だろ」

 

雑誌を奪い取ってよくよく内容を確かめてみるとアミューズメント専用と書いてあるじゃないか。よく読んでない証拠だ。レティは目を丸くして首を傾げながら、「景品?売ってないの?」と不思議そうな顔をする。売ってなければどうやって買うのか理解できないらしい。

 

「釣りあげて取るってやつだ」

 

分かりやすく説明するとレティは、様はノクトの釣りと同じってことねと少し違う解釈をしてふむふむと納得した。まぁ、分かればいいんだが。

本人は理解したところでますます欲しいとの欲求が高まったようで、しきりにオレに訴えてくる。

 

「欲しい!取ってきて!」

「あのなぁ~、オレは暇じゃ」

 

ないから無理だと言い聞かせようとしたが、その前にレティは両目を鋭くさせてオレを脅す。

 

「脱走するわよ」

「ぐっ?!」

 

何を言い出すんだこの馬鹿娘は!とオレは信じられないものを見る目でレティを見た。

狼狽するオレとは対照的に本人はいたって本気のようで、

 

「これ欲しいから私脱走するわよ。いいの?」

 

と再度オレに脅しもとい確認をしてくる。条件反射でオレは言い返した。

 

「駄目に決まってんだろ!」

「だったら欲しい!欲しい欲しい欲しい!」

 

しばらく両耳を塞いで無視していたがレティの欲しいコールは収まるどころか大声で連呼しまくる始末に陥り、オレはついに根負けした。

 

「………分かったから、取ってきてやるから大声出すな~!」

「やったぁ~!」

 

レティの我儘でオレは仕事としてゲーセンに通い詰めることになった。あのままじゃ召喚獣でも呼び出して反旗を翻しそうな勢いだったからな。

 

父上とも相談した上での決断だ。そこで学校終わりのノクトとプロンプトと顔会わせることになるとは思いもしなかったが。

 

目的地である王都でも割とデカいゲーセンに入店してみると、耳に五月蠅い雑音が響く。今だオレはあのサボテンダーのぬいぐるみを入手するに至っていない。こういう細かい作業は苦手なんだよな。意外とイグニスの方が上手くいくかもしれない。今日も駄目だったら相談してみようと店内を歩いていくと、見慣れた後ろ姿を発見した。

 

「おいノクト。お前テスト期間だろうが」

「ゲッ!グラディオ!?なんでこんなトコに」

 

どうせ気晴らしで立ち寄ったんだろうがタイミングが悪すぎる。オレは手で追い払う仕草をして帰らせようとする。

 

「それはオレの台詞だ。ったくお前ら見逃してやるからさっさと帰れ」

「いやグラディオこそ、なんでクレーンゲームなんか?」

「………仕事だ」

 

まさかぬいぐるみ入手の為にゲーセンに通い詰めていることは知られたくなかったオレはさっと視線を逸らしながら言い訳をする。ノクトは怪訝そうな顔をして「はぁ?」と納得していない。

 

「いいからさっさと帰れ。でないと陛下に報告するぞ」

「…っチ!」「し、失礼しま~す!」

 

舌打ちするノクトと王子を引っ張っていくプロンプトはあっという間に店から出ていった。しっかりと後ろ姿を確認するまで見送ってからオレは目的のクレーンゲームの前へとやってくる。

 

さぁ、今日も勝負だ!

 

結局オレがそのサボテンダーのぬいぐるみを入手するまでにつぎ込んだ金額はかなりのものだった。最初から通販で買っておけばいいものを。いや、そうなったら金銭感覚がないレティのことだ。高額商品でも当たり前のように購入しているかもしれない。そういう癖がつく前にしっかりと分からせないとな。

 

「うわぁ~!可愛い~」

 

だがこんな無邪気な笑顔が見れるっていう特権があるならオレの苦労も捨てたもんじゃない。ぬいぐるみを抱き込んでレティは満面の笑みで礼を言った。

 

「ありがとう!グラディオラス」

「いいってことよ、お姫様」

 

ぽんっとレティの頭に手を置いて応えると、レティはサボテンダーぬいぐるみに顔をこすりつけながら、

 

「一人じゃ可哀想だから仲間を増やしてあげたいわ」

 

と人の苦労を知らねぇでまた思い付きを口にしやがった。

 

「もう知らねぇぞ」

「いいもん!ノクトに頼むもん!」

 

そう言ってレティはサボテンダーぬいぐるみを抱いたままノクトの部屋に直行。事情を必死に説明しノクトにせがむとあのシスコン王子が断るはずがない。嬉々として任せろと得意げに胸を張ったノクトはプロンプトを誘ってゲーセンへ走った。夕方頃には両手に抱えるほどのサボテンダーのぬいぐるみを持って帰ってきたノクトはそのままレティの元へ向かい大漁だったぜ!と自慢げにレティへサボテンダーのぬいぐるみをプレゼント。レティは黄色い悲鳴上げて滅茶苦茶喜びアイツの部屋の中はサボテンダーのぬいぐるみだらけになった。クペから取りすぎクポ!なんて叱られたらしいがレティはご満悦だったらしい。今もあのサボテンダーのぬいぐるみはレティの部屋にしっかりと飾られている。抱きしめすぎて少しくたびれた感じがまたいいらしい。

 

「そうだ!プロンプト鍛えてあげよう」

 

サボテンダー効果によりレティの機嫌は上昇したようで鼻歌交じりにプロンプトを探しに行った。オレはその後ろ姿を見送りながらプロンプトに同情の念を感じずにはいられなかった。

 

【まったく、手のかかる御姫様だ】



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Episode5 【Bittersweet Memories】

イグニスside

 

 

オレがレティと初めて会ったのはノクトと顔合わせを果たしてから一年ほど経過した頃だろうか。あのテネブラエでの一件からノクトは向こうで出された菓子の味を忘れられないと言っていたのでオレは自分の腕でその味を再現できないだろうかと試行錯誤していた。元々料理は好きだった方なので空いた時間を見つけては城の厨房を借りてその味を再現すべく奮闘していた。丁度その日も試作品の菓子が出来上がったばかりの時だった。

ふとキッチンのカウンターをふと横目で見ると目深に深く被ったフードの怪しい子供がカンターに噛り付くように付いていて口元から涎を垂らしいたものだから思わず引いてしまった。

 

「美味しそう、食べたい」

「………」

 

オレよりも幼い声に年下で表情が上手く見えないが少女であることが伺えた。顔なじみのシェフの子供、もしくは城に仕えている使用人の関係者かと最初は考えた。

 

「君は、誰だ」

 

オレの問いかけに初めて少女はオレがいることに気づき、じゅるりと唇から滴り落ちる涎を袖口で拭いて慌てた様子で辺りを警戒するように見回した。だがオレしかいない事を確認するとふぅと深く安堵のため息をつき困ったように名前を名乗った。偽名だったがな。

 

「わたし?……えーと…サンドリヨン」

「『灰かぶりの娘』?」

「貴方、絵本詳しいの?」

 

身元不明の少女は声を弾ませてオレにズイっと近づいてきた。オレは少女の勢いに負け一歩後ろに下がりながらなんとか返事を返す。

 

「詳しいというか、有名だと思う」

「ふーん。……一個ちょうだい」

「え、いやこれは試作品で」

 

美味しいかどうか分からないと断ろうとした。だが少女は小さな手でオレの手を両手で掴んで「貴方が作ったの、食べたい」と訴えてきた。見ず知らずの少女に翻弄されオレはつい試食を許してしまった。

 

「……別にいいけど」

「ありがとう」

 

少女はお菓子を皿に乗せた。代わりと言ってはなんだけどと自分が着ているローブのポケットを探ってオレにある物を差し出した。それは美しい鳥の羽根だった。少女の手の上で光り輝く羽根は普通の代物とは思えないもの。

 

「これは?」

「んっとね、フェニックスの羽根。欲しいって言ったら何本でも抜いていいって言ったから抜いたの。お礼にあげるよ」

「……フェニックス?……冗談だろう。だってそれは」

 

そう、最初は冗談だと思った。いきなり信じられるか?フェニックスと言えば召喚獣の一種である。どうせそこらの鳥から抜け落ちた羽根だと思っていた。だがその羽根は虹色の輝きを放っていた。

 

「そう。妖精さんだよ」

「は?」

「はい、あげた。じゃあね。お菓子ありがとう」

 

無理やり少女から羽根を渡され、オレは呆けるまま皿に一つだけ乗せたお菓子を持って軽やかに走っていく少女の後ろ姿を見送った。

 

 

それから屋敷に帰り、厨房で不思議な少女に出会った経緯を話し、その輝く羽根をみせると父は目玉が飛び出そうなくらい驚いてこう言った。

 

「ああ、イグニス。その方に不敬な事はしてはいないだろうな」

「え、いえ。そのような事は……ただその少女の勢いに圧倒されてしまいましたが」

 

戸惑いながらもそう答えると父はオレと同じ目線に屈んで輝く羽根が本物であると教えてくれた。

 

「その羽根は間違いなくフェニックスの羽根なのだよ」

「ほんもの?ですが……」

「その御方が仰ったのだろう?フェニックスの羽根だと」

 

少女に対して敬意を払い敬ういい方にオレはあの少女がかなり身分が高い存在なのではないかと疑問を抱いた。だからこそ、誤魔化されないようストレートに尋ねた。

 

「……あの子が誰であるのか、父さんは知っているのですか?」

 

父は少し躊躇いを見せた後、誤魔化せないと思ったのかしばし間をあけた後、教えてくれた。

 

「………まだお前はお目通り叶った事はなかったな。……ノクティス王子の妹君であらせられるレティーシア王女殿下だ。御年九歳になられる。とても聡明で愛らしい御方だよ」

「あの子が!?」

 

つい声を上げてしまうほどオレは衝撃だった。確かに王女殿下がいらっしゃるのは知っていた。それは当然のことだが、まだオレはノクトの傍仕えとして学ぶ身である為、陛下から御許しがない限りお目通りは叶わないとされていた。まさかオレの前で涎を垂らしている食い意地はった少女がまさかルシスの王女だとは思わないだろう。父は何処か納得いかなそうにしているオレに苦笑しながら説明してくれた。

 

「ああ。たまにお部屋を抜け出されることがあると耳にしていたが、活発な御方なのだよ。ノクティス王子のように学校にも通われたいのだろうが、陛下がな。なんにせよ、イグニス。運が良かったな。その羽根は大切にしなさい」

「……はい……」

 

こんな出会いを果たしたが、後にノクト経由でまた顔合わせになるとはこの時オレは考えもしなかった。

 

 

クペのテント内に設置されているキッチンはオレの背丈でもすんなりと動きやすい仕様になっている。クペの説明では使いたい本人に合わせて変わるらしい。何とも便利なことだ。わざわざ宿泊せずともここで思う存分料理の腕を振るうことができる。

今日は久しぶりにあの菓子を作ってみることにした。材料は既に以前の街で購入済みだったがここの所戦闘続きで暇もなかったからな。

 

いつも通りの手順だが、今回はウルワートベリーを手に入れられたので加えてみた。

キッチンに備え付けられているオーブンからそそられるような甘い匂いが漂い、その匂いに釣られてプロンプト強化プログラムと称して遊び終えたレティがテントに戻って来た。今頃外ではいつも通りクペに介抱されて大の字に伸びているプロンプトがいるはず。同情の念を禁じ得ないな。

レティはオレがキッチンに立っていると大抵、何を作っているのか興味津々に覗きにくる。今日もそうだった。甘い匂いで勘付いたのか、オレの隣にやってくる。

 

「あ、これってあの時のお菓子ね」

「ああ、覚えていたか」

 

そう尋ねるとレティは口元に微笑を浮かべ、様になるウインクを一つした。

 

「忘れないわよ、私あの時からイグニスのお菓子のファンになったもの」

「嬉しい事を言ってくれるのはいいが、良からぬ企みでも抱いているわけではないよな」

「まさか!私の素直な感想ですわよ」

 

まぁ、涎垂らすくらいあの時は腹を空かせていたらしいからな。後で知ったことだがあの時家庭教師と粗利が合わずに城中逃げ回っていたらしい。まったく、予想外なプリンセスだ。

 

「ふふ」「フッ」

 

二人で顔を見合わせ笑いあっていると欠伸をかみころしながらノクトがやってきた。

 

「……ふわっ、ねみぃ~。……何二人して笑ってんだ?」

「あ、ノクト。また寝てたの?夜眠れなくなるわよ」

「お生憎様、全然寝れます」

「あっそう。眠れる森の王子様」

 

そう揶揄うレティの隣にやってきたノクトは、オーブンから取り出した出来立てのお菓子に目を光らせ注目した。

 

「また作ってたのか、ん、どれどれ味見してやる」

「あ、私も食べてないのに」

 

まだ熱も冷めないままの菓子に手を伸ばそうとするノクトの手をレティは軽く叩いた。

 

「別にいいじゃん。オレの為に作ってんだから。そうだよな、イグニス?」

「ズルい!イグニス私にも頂戴!」

 

まったく、この二人にはいつも手を焼かされる。だが悪くはない。

オレは苦笑しながら二人の意見をまとめた提案をした。

 

「そう急かすな、皆でお茶にしよう」

 

するとレティは瞳を輝かせてぱん!と一つ手を叩いた。

 

「それ名案!急いで準備しましょう。ほら、つまみ食いしようとしたノクトは皆呼んできて」

「うわ人使いあらっ!」

「いいから行った行った!」

 

レティに手で急かされノクトは渋々皆を呼びに外へと出ていった。オレとレティは小さな茶会の準備のため、専用の食器などの準備を始めた。

そんな中、ふとレティから名を呼ばれ振り返った。

 

「イグニス」

「ん?」

「私、貴方に出会えて良かったわ」

 

心からそう思うの、と最後に告げて彼女はまた茶器選びに戻った。

 

「……ああ、オレもだよ」

 

あの出会いがなければオレは君を穢れを知らない綺麗なままの王女だと誤解したままだろう。

 

【お菓子との出会いに感謝を込めて】



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Episode6 【The Warmth of Light】

飛空艇から落とされたコンテナからぬるりと蛇の肢体で現れた因縁の敵、マリリス。六本の腕に六本の剣。上半身が女、下半身が蛇の顔にレギスから攻撃を受けた時の傷痕を持つシ骸である。その者、視界に捉えるないなや、レティの表情が一変したむき出しになる殺気は普段のお転婆姫のイメージを覆させる恐ろしさがあった。

 

「ノクト!アイツ私に殺(や)らせて!」

「レティ!?」

 

かつて因縁の対決ともいえるマリリスとの戦闘の前にいきり立つレティは、ノクトの返事すら待たずに魔法杖ではなく、双剣を両手に出現させて先ほどまでイグニスに言われた注意などすっかり頭から弾き飛ばし今にも駆けだす寸前だった。

 

「待てレティ!」

「止めないでよ!?アイツは母上の敵よ!」

「危ないクポ!」

 

親友であるクペの引き留めも空しく魔導兵らを蹴り技で蹴とばしながら単身突っ込もうとするレティを寸前でイグニスが間一髪引き留める。だがレティは怒りの形相で自分の腕を掴んで離さないイグニスを睨みつける。だがイグニスは怯まなかった。むしろ叱責を飛ばした。

 

「君が連携を乱してどうする!ここは訓練場じゃないんだ。君だけの身勝手な行動で仲間の命が危険に晒されるかもしれないことを忘れるなっ!でなければ誰かが死ぬかもしれないんだぞ」

「っ!」

 

イグニスの剣幕と誰かが死ぬという言葉でレティは顔を歪ませた。

 

今更マリリスに拘ったところでアウライアが生き返るわけではない。それは分かっている。だが憎しみがレティの中で消化しきれずに残っているのだ。アイツがそもそも現れなければ自分の敬愛する母は生きていたかもしれないのに、と思わずにはいられないのだ。

イグニスとて、レティの気持ちは痛いほど理解していた。だが分かっていて止めた。彼女が暴走すれば確かに敵は倒せるかもしれない。だが感情のままに剣を奮った所で理性の欠片がなければその刃が味方に向けられるかもしれない。もしもの想定を考えておかなければ先読みなどできはしない。

イグニスは言い聞かせるように悔しさから泣きそうになるレティに言い聞かせるように言った。

 

「君は後方にいるんだ」

「………」

 

レティは無言のままだった。イグニスは念を押すように名を呼ぶ。

 

「レティ」

「……分かった」

 

絞り出すような声でレティは掴まれていた腕をだらりと降ろして双剣を消した。イグニスはレティを庇いながら後方に下がる。

 

「レティ!」

「…クペ…」

 

ピュー!と勢いよくレティの胸に飛び込むクペ。

 

「危ないクポ!クペの寿命を縮めないでほしいクポ!」

 

と擦り寄るクペにレティはゴメンと謝りながら軽く頭を撫でてあげた。

その間グラディオやプロンプトが魔導兵を倒していく。必然的にマリリスの標的はノクトへと向けられることになる。

 

一連の二人のやり取りは仲間達にも伝わっていた。

レティの気持ちを汲んでやりたいものの、あのレギス王でさえ倒せなかった強敵にレティが叶うとも思えなかったのだ。だからこそノクトは気を引き締めてマリリスと対峙する。

 

「うらぁぁあああああ―――!!」

 

唸り声を上げて猛然と立ち向かうノクトはその時、マリリスと視線を合わせた事であの頃の記憶がフラッシュバックした。

 

※※

 

魔法障壁に守られた区域内でのことである。とある場所からの車に揺られての帰り道。いつも共にいるはずのレティは王城で留守番をさせられていた。ノクトは

 

『レティも来れれば良かったのに』

 

ととても残念そうな声で母に愚痴のように零した。

 

『そうね、でもお土産のお花は沢山摘んだでしょう?』

『うん!すっごく綺麗だからレティも喜んでくれるよ』

『ええ』

 

そういうノクトの手には花で作った花冠があった。アウライアと二人で作ったそれははレティへのプレゼントの一つである。厳しい父の言いつけに不満そうにしながらもアウライアとノクトを送り出したレティは今頃首を長くして二人の帰りを待っている頃だろう。

早く帰りたくて仕方ないノクトは足をブラブラと揺らした。

 

『でも変なの!【名もなき花】なんて名前。名前がないってことなんでしょ?』

『……そうね。ずっと昔の人が付けた名前なのよ。とても美しいからこそ名前を付けることすら憚られるという意味を持つと言われているわ』

『ふーん』

 

軽く頷いてみるものの、ノクトには理解するには難しかったらしい。アウライアは目を細めて自分に寄りかかるノクトの髪を軽く撫でた。

 

『私の知っている人もこの花が大好きだったのよ』

『へぇ~、僕の知ってる人?』

『いいえ、ノクティスは知らない人よ。けど知り合いになれてたらきっと楽しかったと思うわね』

『そっか、会ってみたかったな~』

 

和やかな母子の会話は突然終わりを告げるのだった。

帝国軍の急襲を受け、護衛車が次々とやられていく中、アウライアとノクトが乗っていた車にもその牙が襲い掛かる。爆炎を上げて車が燃え上がる中、一台、また一台と攻撃を受け警護隊の男達も殺されていく。アウライアがノクトを連れて燃え上がる車から脱出を図り何とか逃げようと二人で走るも後ろから一振りの剣がアウライアの背中目がけて一振りされ

 

『ァア!』

 

甲高い悲鳴と共に地面へと倒れ込む二人。

 

どくどくと温かい血がアウライアからあふれ出ていく中、ノクトはぼんやりとした思考の中今の状況を把握できずにいた。自分を庇うように覆いかぶさりピクリとも動かない母。

冷たい地面、ぬるりとした液体。鈍く広がる痛みとぼやける視界。

赤く染まっていく白い花冠。

 

『ノクト……ノクトォォ!』

 

父レギスの声が木霊して響いて聞こえていた。徐々に遠のきつつある意識の中でノクトは小さく、『は、はうえ……』とアウライアを求めるように呟き、そこで完全に気を失った。

それからノクトが目を覚ました時、王城の自分の部屋のベッドでレティは風邪で寝込んでいることを知る。そして、アウライアの死をレギスから伝えられることになる。

幼心に全てが夢であったら良かったのにと思わずにはいられなかった。――この時からだ。自分たちの家族としての在り方が狂っていったのは。

 

※※

一度は危うくなりそうになりながらも連携技で危なげながらも無事にマリリスを倒すことができたノクト達。満身創痍と言った様子でふらふらとノクトは立ち上がり崖近くへと歩いていく。グラディオやプロンプトは強敵を倒した事で達成感なるものを味わっていた。

 

「やったか」

「やった、……やった~!ノクト!」

 

プロンプトは喜びを分かち合おうとノクトへ駆け寄ろうとした。そこへイグニスがプロンプトに静かに手を出しながら制止をかけた。

 

「待て」

「ん?」

 

首を傾げるプロンプトはイグニスは答えようとはせず、静かにノクトの行動を見守った。レティはノクトから少し離れた場所で唇を噛んで耐えるように見守っている。

 

レティなりに感じ取ったのだろう。ノクトの心境を。

 

ただ倒した。それだけなら単純に喜べるだろう。だが違うのだ。レギスが倒せなかった相手を自分たちは倒した。過去の父がどれだけ王の力を酷使していたか。民を、国を守るために魔法障壁という自分の寿命を縮める行いをしながらも自分を助ける為に駆けつけてくれた父。どれだけ大切に守られていたか。母の温もりに、父の優しさに。自分とレティは確かに守られていたのだ。だからこそ、今の自分たちが存在できるのだから。

キラキラと光を帯びて輝く海を眺めながら柔らかな海風がノクトの髪を揺らし、その風と共に今は亡き父の言葉がノクトの胸を締め付けるのだ。ノクトは初めて、たった一人の父親であるレギスの為に涙した。レティの前で泣く事がなかった青年がここで初めて涙を流した。

 

【父さんが、守ってやるからな】

 

幼い頃、自分を励ますようにそう言ってくれた父親はもういない。最後まで迷惑かけっぱなしだったことを悔いたところで文句の一つもぶつけられない。今はもう、母上同様いないのだと、ノクトは受け止めなければならない。

 

「……親父…」

 

ふらりとノクトは力なく地面に膝をついた。立ち続けることもできなかった。ぽっかりと心に空いた空虚感に今更ながら気づかされたのだ。

 

(もう、親父はいない)

 

『気をつけていくんだぞ。ルシス王家の人間として、――このレギスの息子として、常に胸を張れ』

 

(送り出しだと思っていた言葉が最後の手向けの言葉になるなんて思うわけないだろ、馬鹿親父)

 

そう心の中でノクトは文句を飛ばしてみせた。だがただのやせ我慢に終わる。もう、ノクトの中で限界だったのだ。色々と押し寄せてくる波のようにノクトの悲しみは溢れ出した。

 

「……ふ……っ……く…っ…」

 

ぎゅっと拳を握って声を押し殺し悲しみに耐えようとするノクトにレティはたまらずに寄り添うように膝をついて後ろから覆うように優しく抱きしめた。

 

「ノクト、泣いていいんだよ」

 

母を失い、父を失った二人だからこそ分かり合える感情。レティはノクトが泣く姿を見ていない。今なら自分が覆い隠せる。だから泣いていいと囁くのだ。

 

「………」

 

ノクトの悲しさを共に共有し、温かく包み込もうとするレティ。ノクトはその優しさに縋りつかずにはいられなかった。

 

「…う、……く……ふ、ぅ……」

 

ノクトはレティの腕に縋りついて顔を伏せ、泣いた。

 

愛する父の為、そして、父とさよならをするために。ノクトは父の為に泣いたことはない。だからこそ今は思いっきり泣ける時なのだ。完全に王となってしまえば弱さや辛さを曝け出すことも容易ではない。今ならまだ、許される。

 

今はただ、泣いた。レティという残された唯一の家族と共に。もう一度歩き出す為の束の間の時間まで。

 

【悲しみを乗り越えての光】




アニメとはまた違った内容でしたが、いかがだったでしょうか?こちらは姫を主軸にしたストーリー展開でしたので、タイトルとは若干違った話だったと思います。
この連載小説でのノクトの母、アウライア死亡の原因はマリリスに殺されたという設定となっています。アニメ版ではノクトの乳母となっていましたが、そこら辺少し変えて考えてみました。
彼女に関する情報は少ないのでほとんどが捏造ですがまぁまぁ喋り方も無難な方だと思います。
ゲームの中のキャラクターを生き生きとさせ、なおかつオリジナルキャラを入れて物語が崩れないように慎重に進めるというのは中々大変なことだと思います。話を創り上げるのは想像以上に大変ですが、それでもいつの間にか感情移入しちゃっている自分がいて変な感じでしたね。

これから王子、姫らに待ち受ける新たな困難にどう対峙していくのか。
次のchapterから物語は大きく展開していきます。どうぞ楽しんで読んでもらえると嬉しいです。


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chapter05
雲外蒼天~うんがいそうてん~


レティーシアside

 

 

私が彼を王にするのと、彼女が彼を王にするのとは、何が違うか。それは意思か、強制か、それだけの違いである。

彼女の行いを否定することはできない。それも一つの選択なのだから。でもそれじゃあ王は幸せにならない。知ってる?物語の中じゃハッピーエンドで物語は必ず終わっているんだよ。

 

【苦難を乗り越えて本物の愛を得ることができた王子様とお姫様は幸せに暮らしました。】

 

でももしそれがこんな結末だったら?

 

【苦難を乗り越えて本物の愛を得ることができた王子様とお姫様は夢の中で幸せに眠りにつきました。】

 

何が違うかすぐわかる。それは現実と夢という舞台ということ。現実では二人は結ばれることはなかった。でも夢の中なら一緒にいられる。そんな結末。誰が幸せだって思う?

ごく一部の人間にしてみればこれもハッピーエンドっていうかもしれない。そういう見方もあると思う。けど私は違うわ。

 

私は生ある今だからこそ勝ち取ることができるチャンスだと思ってる。悔やんで何もせずに後悔するよりも、全部やり遂げてから思いっきり後悔したい。それに代償がつきものだってのも理解してる。でも舞台から役者を引きずり下ろす真似はしないわ。そのまま演技を続けてもらう。最後の最後まで。必要なことは全て私が引き受ける。それが裏方の私の仕事だもの。

 

運命を捻じ曲げる。昔からの風習なんて蹴とばしてやるわ。犠牲を出してまで得られる世界の平和なんてくそくらえよ。誰も、死なせない。

 

王は、死なせない。クリスタルの解放は、私がやる。

 

 

レスタルムで感動の再会をした私たちは、思いっきり泣きまくって通行人の注目の的となってしまった。その視線に居た堪れなくなったノクトたちによって無理やり裏路地へ連れて行かれて、とりあえずそこで落ち着くまで待つことになった。

 

「ったく、目立つとこで泣くなよ、お前ら」

「だって、嬉しくて涙が出てくるんだもの。仕方ないじゃない」

「レティ、これで涙を拭うといい」

「…ありがと…」

 

私はノクトに手を引かれて鼻をグスンと鳴らしながらイグニスから差し出された清潔なハンカチで目元の涙を拭った。ヤバイ、マスカラ落ちた。化粧落ちてる!?

慌ててノクトに化粧崩れているかどうかぐいぐい服を引っ張って尋ねた。

 

「ノクト!私ヒドイ顔してるっ!?」

「……ぷっ」

 

途端にこらえ切れないように噴き出すノクト。なおさら私はノクトに詰め寄った。

 

「なぜに笑う?!」

「いや、だい、大丈夫大丈夫!全然イケるから」

「怪しい!」

 

ジト目で睨むとノクトは私から離れてイグニスの首後ろに腕を回して会話に巻き込む形で無理やり同意を求めた。

 

「な、イグニス!大丈夫だよな?」

「……ノクト、嘘はブッ!」

 

けど何か言いかけたイグニスの口元をバチッと手で塞いで慌ててノクトは笑いながら私に言った。

 

「ほら!イグニスも完璧だってさ」

「…なら、いいけど…」

 

どうにも怪しいのだ、あの笑い方。イグニスはもごもごさせて抵抗してるし。

イリスは久しぶりの兄妹のふれあいをしてるから邪魔しちゃ悪いので見てるだけにしておいた。

 

「ぐす、兄さんたちもちゃんと生きてるね」

「いうことがそれか……」

「でも無事でよかった」

「ああ、まーな」

 

ポンと優しい眼差しでイリスの頭に手を置いたグラディオラス。お兄ちゃんですなー。

和やかな雰囲気が発生している側でプロンプトとクペは、予想通りのやり取りをしていた。

 

「あー、感動の再会シーン、最高だったね!」

「ここぞとばかりに写真撮ってばっかりだったクポね」

 

満面の笑みで感無量と言わんばかりにご満悦のプロンプトは肩に乗っているクペからの冷ややかな視線などまったくきにする素振りもなかった。むしろ、

 

「だって男が泣くとこ撮ってもなんか、ねぇ~?」

 

と同意を求めていた。クペは「知らないクポ」とそっぽを向いて知らんぶり。

あとで選別して可愛くない顔のは削除しようと思った。ふとイリスが私の方を見ると、「ぶっ!」と勢いよく噴き出した。おまけにグラディオラスも「ブッハハハハ―――ー!!」笑い出した。それにつられてプロンプトやクペも私の顔に注目した途端、「ぐはっ!?」など「ぷっ!」とか口元抑えて噴き出した。一体何事!?とイリスに尋ねようとすると、イリスが笑うのをやめてこう言った。

 

「レティ、マスカラ落ちてんじゃん。すっごい顔……」

「……やっぱマジか!?ノクトの嘘つきぃぃぃいい」

「いでっ!」

 

八つ当たりにノクトにヘッドロックかけてやった。思いっきり!数秒も経たぬうちに沈黙ノクトの出来上がり。そして急いでクペに化粧落としのシート出してもらって速攻手鏡見ながら落とした。イグニスが教えられなかったことを「すまない」と謝ってくれたので多少は恥ずかしさも緩和できたけど。ノクトは許さん!沈黙ノクトから復活を果たした後で謝ってきても無視してやった。

 

 

数分かけて落ち着いた私たちはイリスの案内でぞろぞろとホテルへと向かった。二階の部屋を取ってあるということで階段を上がりその部屋に入ると見知らぬ人物が二人、私達を出迎えてくれた。お年を召しているようだがどこか品の良さを感じさせる服装で杖を突いたご老人と少年。老人はグラディオラスが歩み寄ると深々と頭を下げた。

 

「グラディオラス様、御無事で何よりでございます」

「ジャレッド、タルコット!お前たちも無事で何よりだ」

「ノクティス様!」

 

対して少年はノクトを見て歓喜に満ちた声でノクトの名を叫んだ。ノクトが「よっ!」と気軽な挨拶をしたので顔見知りらしい。イグニスの背に隠れてコソコソと盗みみている私の姿はさぞシュールに見えるだろう。でも仕方ない。私今すっぴんで酷い顔ですから。

イグニスが少し顔を私の方に向けて

 

「レティ、恥ずかしがり屋なのはわかるが、挨拶くらいしろ」

 

と窘めてきた。でもいい方がおかしい。恥ずかしがり屋じゃなくてすっぴんで酷い顔だから出ないのだ。だから「でも、今顔が」と言い訳した。イグニスはくるっと完全に体を私の方に向けて深くフードを被っている状態の私の顔を覗き込んだ。

 

「っ!」

 

ぐっと近くなる距離に驚いて目を瞬かせた。でもイグニスは気にしてないみたいだし私も気にしないようにしよう。平常心平常心と自分に言い聞かせてじっとイグニスのチェックが終わるのを待つ。

 

「……大丈夫だ。綺麗になってる」

「……嘘じゃないよね」

「ああ。今度は本当だ」

 

疑り深い私にイグニスは可笑しそうに口元を緩ませてそういった。

私は安心してフードを脱いで降ろして完全に顔を彼らの前に出した。すると一番先に老人が息を呑んで驚愕の声を上げた。

 

「その御方は…!」

「……初めまして私は」

 

私が挨拶をしようとすると、老人、名をジャレッドと言っていただろうか。

 

「存じております。レティーシア様。よくぞ、…よくぞ御無事でおられました…!」

 

と恭しく挨拶をしてきた。少年はぼうっと私を見つめていたけどジャレッドに「これ、姫様の御前だぞ」と窘められてハッと我に返ったようで、緊張のせいか声を裏返らせて挨拶をしてきた。

 

「は、初めまして!オレ、ア違った。ボクはタルコット・ハスタです!お会いできて光栄です!姫様!」

「タルコット、というの。そう、レティーシアよ。よろしくね」

 

あえて、フルネームを名乗らなかったけど不審には思われなかった。

本当は、名乗りたくないだけなんだけどね。

 

「は、はい!」

 

微笑んで挨拶をするとタルコットは頬をピンク色に染めて照れてしまったようだ。猶更可愛らしくて口元が緩んでしまう。するとイリスが意地悪そうに茶々を入れてきた。

 

「さっすがレティ~。さっそく男たぶらかしてる」

「ちょっといい方に気をつけなさいよ、イリス?」

 

じろりと軽く睨むと「ゴメンゴメン」と軽く舌を出して謝ってきた。

 

「ん、許す」

「はは~、ありがたき幸せ~。なんてね」

「フフッ」

 

和やかな雰囲気のまま、ジャレッドとタルコットは退出していき私達はイリスからこれまでの詳しい経緯を聞くことになった。ソファにそれぞれ腰かけて、イリスは先ほどとはうって変わって暗い表情で語り始めた。

 

王都襲撃の直後、どうやって逃げてきたか、インソムニアの状況などイリスが見聞きした話を沈痛な面持ちで私たちは聞いた。

時折、声を震わせて涙ぐむイリスに隣に座る私はそっと肩を抱き寄せて身を寄せ合って頭を撫でて慰めた。どれだけ恐ろしかったことか。突然に平和を奪われた者の気持ちは、体験したものでしかわからない。

きっと、この傷は一生癒えることはない。

ルシスは一度王を失った時点で崩壊してしまったのだから。

 

ノクトたちにとって、帰る国がないというのは心にぽっかりと穴が開いているのと同じこと。この体験をニックスたちもしてきたのかと思うと、胸が痛い。

復讐、なんて生易しい言葉で簡単にこの想いは消せない。皆、普段は平気な顔してるけどそんなの無理やり忘れようとしてるだけで現実は変わらないもの。失った人は、二度と取り戻せないし蘇らせたりもできない。二度と。

 

そして他にもイリスが話した中にはルナフレーナ嬢の生存もあった。

これにはノクトたちの驚きを隠せなかったようだ。私は黙って聞いているだけだったけど私の様子が怪しまれることはなかった。むしろそう警戒しなくてもよかったかもしれない。皆、期待の神薙が生きているという朗報に安堵せずにはいられなかっただろうから。この中で唯一、彼女の動向を知っているという裏切りを行っている私。後ろめたさを感じないと言ったら嘘になる。けど、出来れば言わずにいたい。

今必要なのは、彼女が生きているということだけでいい。余計な情報はノクト達を混乱させるだけだから。安堵の表情を浮かべるノクトに私は声を掛けた。

 

「そっか、ルーナが…」

「良かったね、ノクト」

「あ、ああ」

 

ノクトは一瞬言葉に詰まったけど嬉しそうに相槌を打った。ちくっと、胸がなぜか痛く感じたけどきっと疲れからくるものだと思う。話は大体終わったのでイリスは「じゃあ、行くね」と声をあげてソファから立ち上がった。

 

「……、とりあえず今日はゆっくり休んで。また明日」

「わかった。ありがとな」

「うん。レティ、行こう」

 

呼ばれて私も立ち上がってクペを肩に乗せてイリスの後を追った。ドア前で皆の方に振り返って手を軽くあげた。

 

「うん。それじゃあね。おやすみ」

「「「「おやすみ」」」」

 

イリスが借りた部屋はノクト達が泊まる部屋のすぐ隣だった。

部屋に戻った私たちは早速仲良くじゃれ合い出した。勢いよく抱き着いてきたイリスを受け止める為に何とか踏ん張りをきかせたけど、加減してないないな。

 

「レティ~!もうマジ会いたかったよ!」

「それ何回目?」

 

思わず尋ねちゃうくらいに繰り返すイリス。

会えて嬉しいのは分かるけどここまで全力で表現する子だとは思わなかった。分かりやすくて好感もてるタイプではあるけどね。イリスはむぅと口元を尖らせて言ってきた。

 

「何回でも言えるっていう幸せに浸ってるの!だって今まで会えなかったんだよ?いいじゃない」

「まぁ、確かに」

 

確かに正論。かれこれ十年くらいの付き合いになるのに会うのが今日が初めてってあまりない友人関係だ。それだけ私が特殊だって考えると少し複雑な気持ちになった。

少々勢いに負けている気もするけど同意するとイリスの目が一瞬キラっと光った気がした。抱き着いてくる腕にさらに力が篭って甘えん坊さん発動。

 

「ね?だからむぎゅってして?」

「はいはい。むぎゅう~」

「きゃ~!」

 

まったく可愛すぎ。男ばっかりだったから余計に新鮮でならないこの反応。

クペは甲斐甲斐しく寝る準備をしてくれている。一緒に混ざればいいのにと愚痴を零すと「クペは忙しいクポ。お子様とは違うクポ~」だって。お子様と言われてそういえばと思い出し私の腕の中にいるイリスに尋ねてみた。

 

「イリスってよく考えたら私より年下なのよね」

「うん、今年で15だよ」

 

ということはさきほどクペが言ったお子様という意味は私も含まれている、ということか?

 

「うーん、私って同レベル?」

「何それ?」

 

コテンと首傾げるイリスには私の言葉の意味は伝わらなかったらしい。慌てて誤魔化した。分からないならわからないままでいいんだ。

 

「いや別に。それより本当ゴメンね、来るのが遅くなって。その、色々、あったからさ」

「……何かあったの?」

 

苦笑いしながらそう説明すると、イリスは表情を曇らせて何かを悟ったらしい。私から体を離して少し距離を取るとそう遠慮がちに尋ねてきた。私は、イリスから視線を外し小さな声で「……話してると長くなるよ。今日はもう、寝た方が……」と拒絶するように言い返す。するとイリスは私の手に自身の両手をそっと添えて握りしめてきた。私は反射的にイリスを見つめた。

 

「いいよ、今日は夜更かしする気満々だったから!」

「…イリス…」

 

わざと明るい調子で言う彼女の瞳は、僅かに揺れているように見えた。

お互いに、吐き出す必要があるのかもしれない。私よりも年下の少女に気を遣わせてしまうなんて、大人失格だなと心内で自嘲しながら、表情では笑みを作りイリスの調子に合わせて明るく振舞った。

 

「……そっか。なら、まずはシャワー浴びてからね」

「あ、そうだね。先いいよ。疲れてるでしょ?」

「うん、ありがとう」

 

私は礼を言ってクペが準備して置いてくれた着替えを持ってバスルームへ向かった。

 

 

それから色々と準備を済ませて私とイリス、そしてクペは狭いけど同じベッドにもぐりこみ肩をつきあわせて色々と長い話をした。お互いに色々あったこと。辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、色々教え合い共有しあった。

今までの距離を埋めるように。

 

それはどこか癒えない傷を舐め合っているだけの空しいようなものにも感じて冷めた私がいたのは事実。でも、そうでなくては私達は生きていけないんだ。

 

それが、【人】ってものだもの。自分ひとりで世界が回るならいくらでも行動すればいい。一人語りでもなんでもすればいい。でもそれは世間でいうところの独り善がりということを頭の隅に入れておかなければ迷惑な道化と同じだ。

 

演じるならもっと美しく、スマートに、徹底的にミスなしで先の先まで計算しつくさなければ。私は、まだそこまで器用に生きれないから中途半端なまま。

 

気がつけばあっという間に壁に掛けられた時計の針は夜中を回って朝方4時頃になっていた。

 

「いっぱい話したね」

「ね、眠いよ……ぐぅ……」

 

ぽすりと枕に顔を突っ伏して動かなくなるイリス。

 

「クペはもう寝てたわ」

 

私とイリスとの間に体を丸まらせて眠っているクペ。彼女を起こさないように優しく頭を撫でてあげた。こんな小さな体で私の為に色々をやってくれているクペに、苦労かけてるなぁ、としみじみ思ってしまう。

 

「……イリス、寝てなよ。まだ起きるには早いし」

「うぅ、そうする……」

 

と返事したのもつかの間、あっという間にイリスはすやすやと眠りについた。

ここら辺はまだ子供っぽさが残っていて可愛らしい。

 

「……」

 

私は、イリスとクペを起こさないようにそっとベッドから抜け出た。

昨日ブーツは脱ぎ捨てて床に投げてあったはずだけどしっかりとイリスの分も揃えてベッド下に置いてあった。きっとクペが直してくれてたんだと思い、こっそり「ありがと」とお礼を伝えてた。

 

どうにも目が冴えてしまって眠る気にもなれない。ささっと着替えて帽子はフードがあるから部屋に置いておいた。しっかりと鏡で髪の毛が出てないか確認しスマホと私のお小遣いが入ったお財布をポケットに入れてオッケー。

 

そろりそろりと足音忍ばせてドアを開いて廊下へと出た。廊下は明かりがついているもののシンと静まりかえっていてまだ隣のノクト達も起きていないようだった。これは好都合と私は忍び足で目の前を通り過ぎて階段へと向かった。そこから手すりを伝いながら階段を下りて1階ロビーへ。受付の人が降りてきた私に気づいて「おはようございます」とにこやかに挨拶をしてくれた。私も「おはようございます」と挨拶を返した。カウンターまでいきお姉さんに伝言を頼んだ。一言言っておかないと心配するだろうから。

 

「あの、ちょっと出てくるんで、もし連れが私がいないとかで騒いでたら伝言をお願いできますか?少し散策してくるから心配するなって」

「承知いたしました。お気をつけて」

「ありがとうございます。それじゃあお願いします」

 

私は軽く会釈をして玄関を出た。

朝日は既に上がっていた。

 

 

外に出てまずやること。

 

「うん~、今日もいい天気になりそう~」

 

ぐーんと腕を伸ばして伸びをして凝り固まった筋肉をほぐす。背中からコキっと音が鳴った。シングルベッドにイリスと無理やりくっ付いて横になってたから体中が痛いのでちょっとその場で軽く準備体操をした。

 

「うー、やっぱ動かさないとなー」

 

全身の筋肉をゆっくりと解きほぐしていく。

ちらほら人はいるけど仕事に向かう人とか市場の方に行くのかはわからないけどそんなに注目浴びるほどでもない。

一目は気にしなくていいので思う存分できた。準備運動をしている間、そういえばクレイとの練習とかでも必ずこれだけはやっておけってキツク言われたことを思い出す。

何事も体が基本だって。柔軟な体は敵の攻撃も避けやすいし何よりフットワークが軽くなる。戦闘でいち早く敵の元へ駆け抜ける時だってダッシュがものをいうし逃げる時も別の人が抱え上げて逃げてくれるわけじゃない。自分の足で逃げるんだって。

 

そう、私の為に厳しく接してくれた。私の、師匠。

 

「クレイ…」

 

鍛錬とか以外は表情ガラッと変えて優しくしてくれたり、あの人が私を見ない分親代わりみたいなこともしてくれた。少し、クレイのことを思い出して少ししんみりとしてしまった。もう少し状況が落ち着いたらちゃんと弔ってあげたい。クレイも、…ほかに皆も、あの人も。

 

「あ、だめだめ。気持ちが暗くなっちゃう!」

 

私は気持ちを切り替えるため自分の頬をパシッと両手で軽く叩いた。

 

「市場でも行ってみようかな…」

 

これと言って目的もない。ぶらりと行ってみようと足を踏み出した、その時。

脳内に直接語り掛けてくる『声』がした。

 

『――-』

 

通常の言語ではない。遠くから私に飛ばして伝えてくるメッセージ。

自然と歩みは止まった。

 

「え」

 

私を呼んでいる。この声は――。タイタン?

読み取れない羅列した音がただ延々と頭に響いてくる。けど不快なものではない。そのメッセージには私に対する思いやりが何となく伝わってくるものだから。

 

「タイタン?」

 

声が遠すぎてなんといっているのかわからない。けど何かを伝えようとしているのは分かった。何度も語り掛けてくる声に導かれるように、私はふらりと歩き出した。

 

導かれてやってきた場所は町の目の前に広がるペゴラー展望公園。観光客用に何台か望遠鏡が設置されていて辺りには屋台もあった。けど今は店は閉まっているし朝から景色眺めに来る物好きもいないので人気はあまりない。

 

『――-』

 

私だけに聞こえる声。

それは遥か遠くに見えるカーテンの大皿から届けられているようだ。私は手すりにつかまりながら食い入るように景色を見つめた。

 

やっぱり、あそこにタイタンがいる。

けどノイズが混じっているのか、聞き取れない。

 

「……タイタン…、なんて、言ってるの?」

『――-』

 

駄目だ。声が遠すぎて具体的になんて言ってるのかわからない。

けど、私を呼んでいる。来てほしいの?

 

行かなきゃ、あそこに。

意識が一点に集中して周りが見えなくなる。

 

私は手すりの向こう側が崖であることも忘れて手すりから身を乗り出そうとした。

そこにタイミングよく声を掛けられていることも知らずに。

 

「おはよう、可愛いお嬢さん。こんなところで会うなんて偶然だねぇ~」

「………」

「あれ、聞こえてるオレの声?」

「……」

「おーい!もしもし。それ以上身を乗り出すと落ちちゃうよ」

 

耳元で男の声にようやく誰かが傍にいることに気づいた私は飛び上がってそちらの方を向こうとした。

 

赤髪がチラッと見えた。

 

けど自分の今の状況を忘れていた。半分以上身を乗り出していて私の重心はぐらりと傾いてしまう。

 

「ひゃっ!?な、なに!…ってきゃぁああ!」

「おっと!」

 

だが寸前の所で腕を掴まれ間一髪真下に落ちることは免れた。私は心臓が凍りつきそうになりながら力強い男の力に引っ張られて無事に地面に足をつけることができて、思わずその場にへたり込んでしまった。

 

「……し、死ぬかと思った……」

 

ぎゅっと胸元の服を握りしめて感じるバクバクと心臓が鼓動打つ音。

 

あそこで声を掛けられていなければ私は確実に死んでいた。まさかの事故で死ぬとかありえないと私は背筋をぞっとさせながら現実に引き戻してくれた恩人に礼を言わなければと震える足腰に力を入れて立ち上がろうとした。その時に迷惑そうな声音で「朝から飛び降り自殺は観光名所に打撃与えるからやめておいたほうがいいと思うよ~」と辛辣な言葉を投げかけれ、まさにその通りと真摯に受け止めた。私はまくし立てるように謝罪の言葉を述べながら相手の靴元からずずっと視線を上げて行って真正面を見やった。

 

「し、失礼をいたしました!あの、ありがとうございま……」

 

言いかけた言葉は途中で途切れた。

したくてしたわけじゃない。思考も何もかもが瞬時に凍り付いてしまったからだ。目の前の相手を視界に入れた途端に。

よくドラマでやりそうなパターンだ。想像にもしなかった相手と鉢合わせした瞬間の役者の目玉が転げ落ちてしまいそうな迫真の演技。息を呑むその表情。今、まさにその役者の立場になったかのような状況に私は陥っている。

お互いに名も知らぬ間柄だが、確実にわかるのは、私は獲物で、相手は狩人ということ。

 

「どうも、お久しぶり、かな」

「…どう、して…」

 

ガーディナ渡船場で接触して以来の変わらぬ出で立ちで佇む男は、まるで旧友にでも再会したかのような挨拶をしてきた。だがそれは見かけだけ。

 

名も知らぬが、本能で分かる。

 

この男は内に何か恐ろしいものを棲まわせている。召喚獣であるクペに恐れを抱かせるくらいだ。それは、きっと人間が抱えるものではない、恐ろしいもの。

 

私は本能的に恐れを抱いて一歩、一歩ゆっくりと男から後退していく。

 

「なぜここにいるの」

 

最も警戒すべき男を目の前にして無防備だったことに後から心底後悔しながら、逃げれる状況を必死に作ろうとする。けど、奴は私を牽制するように一歩進んだ。

 

「君に用があってきたからねぇ」

「私は、ないわ」

 

怯えていることを悟られまいと咬みそうになる唇を動かしてそう言い返したけど、「ふぅん…」と小馬鹿にするように男は少し口元を上げた。

印象に残る目を引く赤髪に、黒い翼を装飾としてつけている黒ずくめの男。

出会った時から飄々とした態度で、腹の底が見えない奴だと思ったけど、今も変わっちゃいない。

 

「そんなにタイタンの声が聞こえずらかったかい?」

「……」

「いやいや、一人でフラフラと出歩いちゃ危ないでしょ。ルシスのお姫様。危機感ってものを持たないと、悪い奴に攫われちゃうよ」

 

それとなくサラッとルシスの姫だと断定してきた辺り、やはり狙いは私か。

いつでも魔法は発動できるように無言呪文で準備して置いて私は「……人違いよ、失礼するわ」と否定し急いでホテルへと向かおうと歩き出した。けど数歩歩いたところで私の背中に投げかけてきたアイツの言葉が私の歩みを止めさせた。

 

「君の『たった一人のおじいさん』が孫娘の君に会いたがってる」

「…?」

「って言ったら、どうする?」

 

私がその言葉で立ち止まることを分かっていたかのように、振り返ると奴は、狙いが当たったかのように悪戯めいたいい方をして口角を上げた。

私は、言葉の意味をそのまま理解できずに声を震わせた。

 

「何、を、言って」

「オレね、帝国の宰相。アーデン・イズニア。自己紹介しよう。ルシスのお姫様」

 

帽子を取って奴はまるで舞台役者のように仰々しく胸に手を当てて一礼をした。

 

「ほら、挨拶は?君、仮にも王族だろ?」

「……」

 

ニフルハイムの宰相。なんて大物が来てしまったのかと頭抱えたくなった。

しかも、こうも自らの情報を惜しげもなく暴露するなんて、やっぱり何考えてるかわからない男となお一層警戒を強めた。もう逃げるチャンスはない。

 

「ねぇ、レティーシア・ルシス・チェラム殿下?」

 

私に向かってまるで友好を結ぼうとでもいうように手を差し出したイズニア。だがそんな姑息な手に乗るものかと私はヤツに向かって左手を翳し瞬時にブリザラで複数の氷の刃を空中に出現しイズニアの周りを固めて身動きを封じさせる。少しでも動く真似をすれば、勝手に反応して串刺し状態となる。それと同時に右手に双剣の一対を出現させ、構える。

 

もう身分を隠す必要もない。相手は私が誰であるかをもう掴んでいる。

自己紹介など皆無。奴がすでにフルネーム言ってくださいましたし。

目の前の奴は敵と改め、意識を集中させる。隙など作らせるものか。

 

「……一つ、聞くわ。レギス王を殺したのは、誰」

 

私の問いにアーデン・イズニアは利口に口だけを動かした。

 

「オレじゃない」

 

と。私は鼻先でふっと笑い飛ばした。指先をくるりと回して複数ある内の一つの氷の刃を奴の喉元に動かす。鋭利に尖った切っ先が皮膚に突き刺さる寸前で止めた。

 

「信じると思ってるの?」

「それは君の判断だ。オレが決めることじゃない」

「……言葉遊びがお好きなようね」

 

この男、やはり宰相と名乗るだけあって度胸はあるようだ。命の危機にあるというのにビビる態度すら見せない。脅しだと思っているのか、それとも虫も殺せないか弱いプリンセスとでも侮られているのか。どちらにせよ、とさかにきそうだが怒りを無理やり抑え、冷静に振舞わねばと自分に言い聞かせ、詳細を吐かせる。

 

「証拠は」

「証拠って言われても犯人はもう死んでるはずだからオレじゃあどうしようもないなぁ。……うーん、じゃあこうしよう。君をタイタンがいる場所まで連れて行ってあげよう。オレにはその許可が出せる。今ゲートは閉められていて中には入れないからねぇ。……王子に啓示を渡さなくちゃいけないんだろう?あ、違った。渡したくないんだっけ?じゃあ、なおさら君がタイタンに話をつけなくちゃねぇ。啓示を渡されてしまう前に」

「……」

 

やはり、油断ならない奴。啓示のことまで探り当てているとは……。でもただの宰相にそこまでの知識が身に着くもの?もしかして、六神についてかなり詳しいの…?

 

立場ではこちらが圧倒的に優勢なはずなのに、迫られているのは私のようだ。あの見透かすかのような瞳が私を追い立てる。イズニアは両目を細めて「さぁ、どうする?」と私に尋ねた。

 

私は小刻みに顔を振って奴の言葉を否定した。

 

いない、私に家族などいない。ノクトだって所詮他人だ。ルナフレーナ嬢の元に帰るんだから。私の家族じゃない。

 

「……私に祖父などいないわ」

 

私の否定に奴はすぐに言葉を被せてきた。

 

「でもいる。ああ、母方じゃなくて君の父方の祖父だ。君に一目お会いしたいと、君が産まれた時からレギス国王陛下から引き取ろうとしていたんだよ。なんて泣ける話だろうねぇ。君の御父上は相当君を溺愛していたようだ。手放したくなかったんだからねぇ」

 

芝居がかった口調で語る奴はどこか面白がって私見ている。なんてゲスイ奴だと冷静な私だったら罵っているだろう。だがそんなものは私の耳に入ることはなかった。奴の存在すらない。

だって、私の瞳にはあの人が、映っていたから。

 

【レティーシア】

 

別れる時のあの人がすぐそこにいる。

 

溺愛していただ?手放したくなかっただ?嘘だ、狂言だ幻だ、まやかしだ。もういないのに、わかっているのに。あの人は私を呼ぶ。

感情込めぬ冷ややかな瞳で。私をいらない癖に。必要としないくせに。

 

【レティーシア】

 

私の名を呼ぶあの人はいつも無関心だった。その背をいつも目で追っていた私。いつか、いつか私を見てくれると思っていた。時が経てばと、何度も言い聞かせてきた。反抗心剥きだして関わろうとしなかった。けど私を見て欲しかったからだ。

でもあの人は振り返らずに逝ってしまった。ノクトの為に、その身を犠牲にして。国の民すら見捨てて。親子ですらないとあの人は言ったんだ。私に私の娘ではないって!

幼い私に突きつけたんだ!事実を。だから私は我武者羅にここまできたっ!全部全部色々消化して無理やり飲み込んで承知のつもりでっ!

なのにどうして私から消えてくれないのっ?最初から手放せば私はここにいないのに。

アンタが、私をここ、まで追い込んだのにっ!!

 

「……私に、親なんていないっ!!」

 

私は悲鳴に近い声で叫んだ。剣が手から零れ落ちて地面に落ちしばらくしてから消えた。

私はその場に崩れ落ちて瞼をぎゅっと握って頭を抱え込んで全てを遮断させたかった。いや実際そう、全てを拒んだ。

 

「ははっ」

 

だがイズニアのせせら笑う声がした。

身動きできないように追い込んでいたはずなのに、私はヤツに追い込まれていた。精神的に。喉元に見えない刃を突きつけられて奴は言葉という刃をさらに私に突きつける。数ミリ皮に食い込ませ、トラウマ【心的外傷】を私の心に引き戻させる。

 

「けどさぁ、レティーシア姫。君が今ここにいるのはこの世に産み落とされたからだ。その意思関係なく、ね。……抗いようのないものだ、それは。六神、いや七神でさえ君の誕生は知らなかった。……だからオレとおいで。君のおじいさんは帝国領で君が来るのを首を長~くして待ってるよ」

 

知らない。何も聞きたくない!それ以上不快な音を発しないで!!

 

「何、ちょっと顔出してまた戻ってくればいいじゃない。オレが送ってあげてもいいし。それとも、君が『お友達』に頼んでこちらに送ってもらってもいいし。君の『お友達』なら喜んで君の願いを叶えてくれるだろう。なんせ、君は彼らに愛されている」

 

違う違う!!私は、ただのレティなの……。特別なんかじゃない!

ミラなんかじゃない!私は、ただのレティでただの自由を望んでいるだけなの。

私はただ、檻から解放されたいだけなのよぉ…。

 

「オレこんなんでも一応『昔から』知ってるよ。特に王家については、ね。まぁ、考えておいて。期限は……そうだなぁ、君を迎えるための準備もあるし、今日を含めて三日。三日したらこっちに戻ってくるよ。そうだね、約束の時間は、10時頃にしようか。出発するのにちょうどいいし。それじゃあその時まで……ごきげんよう。お姫様」

 

アーデン・イズニアはそんな言葉を残して去っていた。奴がどうやって私の魔法から逃れたのか、何処に向かったのか私に知る術はなかった。

 

それからしばらく時間が経過していたと思う。

 

気が付けば、「大丈夫かい?」としゃがみ込んでいる私の肩を誰かが叩いて、私は「触るなっ!」と声を荒げた。反射的防衛本能が働き、目にも止まらぬ動きで肩に触れる手首を掴み、「うわっ!」と驚く声など気にせずに背後に立つ相手に足払いを掛け体制を崩す相手の勢いをそのまま利用し腕を捻り上げながら地面に叩きつけるようにうつ伏せ崩れる相手の背中に全体重をかけて動きを封じる。

 

全てが一瞬のことで私に触れた相手は痛みと衝撃で混乱していた。

 

「うぐっ!!」

「アンタ何してんのよっ!」

 

連れの女だろうかヒステリックに私に突っかかろうとしてきたがすぐに女は「ヒっ!」と情けない悲鳴をあげた。すぐ女の喉元に剣先が突きつけられていたからだ。私の片方の手に出現させた剣により。険呑を含んだ私の睨みに女はただ恐怖に身を竦ませた。

 

「……っ!」

 

周りの人間たちが騒めきだして、ここでようやく私は事態に気づいた。

一般人らしき男女に攻撃を仕掛けていたことを。

 

「……ご、ゴメンナサイ!?」

 

私は慌てて剣を消して涙すら浮かべている女性と私の下に呻いている男性を解放した。思いっきり頭を下げて二人に謝罪した。

 

「本当にゴメンナサイ!すいませんでした!私てっきりまたアイツが来たのかと思って……」

 

情けないことに私は謝ることしかできなかった。

男性に手を貸そうとしたが我に返った女性が私をドン!と突き飛ばして男性を助け起こそうとした。

 

「邪魔よ!」

「っ!」

 

私は小さく呻いてよろりと体制を崩してそのまま地面に尻餅ついてしまう。痛みに顔を歪めさせている間に、女性の手を借りて起き上がる男性。

 

「……イテテ…」

「…アンタ、一体何して!」

 

私に向かって怒鳴り声をあげて近づいてきた女性は怒りの形相で睨み付けながら、ぬっと左手を伸ばしてきて乱暴に引っ張り上げた。締め上げられ私は苦痛に顔を歪める。

 

「このっ!」

 

そして女性は勢いのまま右手を思いっきり振りかざそうとした。

 

ぶたれる!と私は覚悟して瞼をぎゅっと瞑った。

 

けど、一向に痛みがないことに恐る恐る瞼を開くと、そこには男性が叩く寸前で女性の手を止めていた。

 

「なんで止めて!?」

「やめろよ!わかんないか?彼女、泣いてるだろ」

「ハァ!?意味わかんないしっ」

 

男性は私から女性を引き離し腕を掴んでとにかく別の場所へ連れて行った。そこでしばし言い合いを続けている時に仲間だろうか別の人にその女性を託してまた私の所へ戻ってきた。キーキーと女性が興奮冷めやらぬように私に向かって怒鳴っているが、仲間が宥めているようだ。

私はただ罪悪感と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

かなり人も多くなってきて私達の騒動にギャラリーも増えてきた。

このままでは目立ち過ぎてヤバイと焦りつつ、ちゃんと謝らないといけないという気持ちがせめぎ合う中、男性が私の目の前にやってき好奇の視線にさらされている中、私の腕を掴んで「ちょっと移動しよう」と早口で言いながら有無を言わさず引っ張って町の方へ向かった。私は戸惑いながらその手を振り払うことできずに男性に引っ張られるまま歩くことに。男性に伴われて連れて行かれた先は通りに面したカフェらしき場所。常連なのか、ためらわずに店内に入ってカウンター向かいにいる老齢のマスターらしき人に「なんだ?今度は若い子だな」との冷やかしに男性は一切無視して「うるさいジジイ。それより温かいミルクとおしぼり、大至急で。オレはいつもの」と言い切って奥のテーブル先に向かった。戸惑う私に優しい声で「座って」とテーブル席に座らせて自分は向かい側に座った。

 

「あ、あの」

「ゴメン」

 

男性はいきなりテーブルに頭が付くくらいに下げてきた。

 

「え!いやあのっ頭を上げてくださいっ!?そんなことしないでっ」

 

慌てふためいて席から腰をあげた私に男性は、スッと頭を上げるとこちらが驚くくらいの澄んだ瞳でこういってきた。

 

「君、誰かになんかされたんだよね。さっきアイツって言ってしあんなとこで蹲ってたから。……大丈夫だった?急いで連れてくればよかったけど君の立ち回りが見事だったからこっちも驚いちゃってさ」

「……!なんで、」

 

私はそれ以上言葉にできなかった。ストン、と情けなくも全身から力が抜けてまた席に着いた。

 

なぜ、あんなことをした私にそんな心配をしてくれるのか。間違ったとはいえ力でねじ伏せてしまったのだ。大の男を。連れの女性にだって怖い思いをさせてしまった。謝りだおさなきゃいけないのは私なのに。なのに、この人は私を心配してくれている。親身になってさえ、好奇の人の目にさらされている私をここまで連れてきてくれて。今も気を遣ってくれている。

 

「よっぽど怖いことあったんだね。ゴメン、俺の連れが乱暴な真似するとこだった」

「ちがっ!それは私が」

 

貴方にひどいことをしてしまったからと言い募ろうとした。けど

 

「何かされると思ったんだろ。仕方ないよ」

 

私の気持ちを見透かすかのようにそういってくれた彼。

 

「!」

 

次から次へと私を労わっての言葉が彼の口から出てくる。

駄目だ。じんわりと何かがあふれてきて、こぼれそうになって思わず口元を両手で覆った。

 

「ああ、『また』泣いて!?マスター!」

「急かすな、持ってきてやってんだから。ほれ、温かいミルクとおしぼりとタオル」

 

トレイに乗せてやってきたマスターから柔らかなタオルを奪い取るように取ると男性は身を乗り出して私の頬にそれを優しくあてがった。それとなく口元を覆っている手を外させてタオルで何かを吸い取るようにあててくれる。

 

「わた、わたし……」

 

声を震わせてまともに言葉にならない私に、彼は柔和に安心させるよぅに微笑んだ。

 

「ここは安全だから。昔なじみのちょっとぼろい店だけど君を傷つける者はいないよ。だから、今は……思う存分泣けばいい」

 

泣いていいと言われた。見も知らぬ他人から。でも、それは引き金になるには十分だった。

 

「ぁあ……」

 

ぽろりと、私の瞳から涙がこぼれまるでたかが外れるように私はボロボロと両目から涙を零して声を上げて泣いた。彼とマスターに見守られながら、気がすむまで。

 

色々といっぱいいっぱいだった。

頑張らなきゃノクトを救えないって、ルナフレーナ嬢よりも先に先にって、急がなきゃいけないって。皆に無理させるのが辛かった。文句とか不平不満とか言われるのも怖かった。でも皆黙ってファントムソード集めを頑張ってくれてだから余計に私も頑張らなきゃって。それでもルナフレーナ嬢は次々と召喚獣たちにノクトへの啓示を渡すために動いてる。間に合わない!もっと急がないと頑張らないと!って焦った。夜も眠れなくてもっと確実にファントムソードを入手するための策を練った。でもゲートを封じられているところは帝国軍の監視が行き届いていて危険だった。強行突破できるとかのレベルじゃない!タイタンに会いに行きたくっても行く手を遮られているんだもの。派手に動けばこちらの動きを悟られる。ノクトたちだって危険な目にあう。私の浅はかな考えだけで決められることじゃなかった。

クリスタルを、解放させることだって本当は怖かった。

世界の為なんて知らない。ただノクトを死なせたくないから!それだけなのに、怖いって気持ちはなくならなかったの。だからとにかく考えないように考えないようにって自分を誤魔化してた。ただ前だけを進めば気も紛れるって。

 

でもアーデン・イズニアが現れた。

 

私に祖父がいるって。父方の名も知らぬ人が私が産まれた時から引き取ろうとレギス王と交渉していたって。ずっと幽閉されたままの私はあの人の愛情を求めていた。向けられる眼差しは全てノクトへいき、私はスルーされてドンドン卑屈になっていった。

だからイズニアからあの話を聞かされて、もし、その祖父が本当に私を求めていてくれてその人の所へ行っていたなら今の私はいないって思っちゃった。嘘かもしれないのに、信じてしまった。

 

それぐらい、私は、いっぱいいっぱいだったの。

 

そんな時に彼が声を掛けてくれた。私が蹲って震えていたから。

見かねてだと思うけど。今、初めて彼の容姿に気づいた。

 

ああ、ニックスに似てるって。

少し色黒で髪は黒くて均整の取れた体格。私よりも身長が高くて低い声。でもニックスよりは物腰は柔らかで紳士的でとっつきにくくなさそう。彼と同じ瞳を持つ青年。

 

何処となくニックスと似た雰囲気を持つ彼は、ただ私が泣き終えるのをじっと待っていてくれている。時折、マスターと絡んでいたりするけどそれが笑いを誘って気づけば私は悲しくて泣いていたのに可笑しくて笑って泣いていた。それぐらい私はこのお店の雰囲気に居心地の良さを感じて頬を緩ませた。

 

「俺はユーリー・ウリック。長いからユリって気軽に呼んで」

 

とウインク付きで言われてどことなく女慣れしてそうだったから鼻をぐすっと鳴らしながら言った。

 

「これが女ったらしって言うんだ」

 

そしたらマスターが「正解だ!」と爆笑して腹抱えて笑い、ユーリーは目を瞬かせてから、「……参ったな」と苦笑しながら髪をかき上げた。すっかり冷めてしまったミルクを温めなおしてくれたマスターに礼を言って両手でカップを落とさないように持って口元に持っていく。丁度良い温かさとミルクに初蜜でも入っているのかくどくない甘さが口いっぱいに広がった。身に染みるってこんな感じなんだ。

 

「気は済んだ?」

 

にっこりと微笑まれそういわれて私はコクンと頷いた。目元がヒリヒリして痛かったけど、彼が何も言わずに温かいおしぼりを広げて私に差し出した。なんて至れり尽くせりなのか。私はお礼をいってそれを受け取りそっと目元にあてがった。そうしている間、ユーリーは辺りを見回してマスターに「他の客は?」と不思議そうに尋ねていた。そういえば私達以外に客がいないなんて。マスターは「お前らで貸し切りだ」って気のよさそうな笑みを浮かべた。

その意味が最初は理解できなかったけど、すぐに顔を青ざめてしまった私。

 

「ご、ごめんなさい!まさかお店閉めてしまったんですか!?」

「ああ、いいんだよ。そんな畏まらなくて。ここ、いつも客少ないし」

 

ユーリーが手をパタパタとふって気にするなというけれど、マスターはムッとした顔で文句を飛ばしてきた。

 

「うるせぇ」

「ほんとのことだろ」

「可愛らしいお嬢さんの前で鼻の下伸ばしてんじゃねーぞ」

「そっちこそうるさい!」

 

彼とマスターの仲の良さに、私はこらえきれず「ぷっ!」と吹いて笑った。

 

「はははっ!ほんと、二人って仲がいいんですね」

「いやそんなんじゃないから」

「まったくその通り」

「息ピッタリ」

 

と釘を指せば二人はぐっと黙り込んだ。そこも一緒で猶更笑いを誘う。

 

「「……」」

「はははっ!」

 

一通り笑い終わった後、私は姿勢を正して二人に礼を伝えた。

 

「本当にありがとうございました。見ず知らずの私にこんなに優しくしてくれて感謝の言葉だけじゃ足りません。お礼をと言いたいところなんですが、今その、手持ちもちょっと少なくて…」

「別にそんなものいらないよ」

「そうそう。女が泣いてるんだ。助けなきゃ男が廃るだろう?」

 

二人はそろって真面目くさった顔をしてそういった。本当根っからのお人よしらしい。ううん、女好き?これは失礼か。

 

「それよりマスター、腹減った。なんか食わせろ」

「あぁ?オメェはダメだ。ツケ払いばっかしやがっていい加減溜まった代金払え。育ててやった恩も忘れたか。お嬢さんは何がいい?思いっきり泣けば腹も空いたろ」

 

ユーリーの言葉にはバッサリと切り捨てて、コロッと表情を変えて私には優しくそう言ってくれるマスターに私は大丈夫だと言おうとしたが、ちょうどタイミングよく私のお腹がぐぅぅう~と盛大になりバッとお腹を抑えた。恥ずかしくて顔を俯かせるとユーリーが

 

「マスターの機嫌がいいときに甘えときな」

 

と言ってくれた。マスターも「遠慮しなくていいぜ」と言ってくれたので遠慮がちに

「その、フレンチトーストがいいです」と伝えた。マスターは「おう、待ってな」と準備に取り掛かった。鼻歌交じりに調理を開始するマスターを見ながらユーリーは背もたれに寄りかかり呆れたような声を出した。

 

「あんな浮かれてるマスターなんて久しぶりだぜ」

「そうなん、ですか?」

「ああ。機嫌悪かったら速攻店からたたき出される時もあるしな。だからここひねくれ爺の店って有名なんだよ」

 

そう言って自分の分のカップに口を付けた。その時マスターが「聞こえてんぞ」と釘を指したのでぐっと呻いて変な所に入ったのか、ユーリーはゴホゴホと咳き込んだ。

 

「地獄、みみが……」

「大丈夫ですか?」

 

背中をさすろうと立ち上がろうとしたが、手で制され大丈夫だからと言われ私は座りなおした。彼がなんとか落ち着いた頃、そういえば名乗っていなかったことを今さらながらに思い出した。

 

「あの、私レティって言います。すぐに名乗らなくてごめんなさい」

「そっか。レティ……可愛い名前だね」

「……ありがとうございます……」

 

あえて愛称を名乗った。別に、理由なんてない。なんとなく、レティーシアが嫌になっただけだ。

 

「ところでフードを被っているのって理由があったりするの」

「これは!?そ、の……」

 

ズバリ指摘されて私は反射的にフードを掴んでしまった。この髪を見られたらおしまいになってしまうと怖くなったからだ。

 

「これは、その…先天的なもので、髪が…どうしてもその…、目立ってしまうから」

「……」

 

ユーリーはテーブルに肘をついて縮こまる私を興味深そうにじっと見つめてきた。

 

「だから……御免なさい。取りたく、ないんです」

「ふぅん、そっか。ゴメン、変なとこツッコんだりして」

「いえあの、私の方こそ御免なさい……」

 

さっきから謝ってばかりだ、私。

 

先ほどの和やかな空気から重い雰囲気になってしまった私達。ユーリーは気になったから聞いてきただけなんだろうけど、私の答え方がマズかったのかもしれない。

どうしよう、何か言わなきゃと焦るけど何を言えばいいのかわからない。半分パニックになりかけている私に、ユーリーは突然わざとらしく大きな欠伸をした。

 

「ふあぁぁあああ~~~。すっげぇ、眠い」

「え?」

「俺今すっごい眠くてさ、ちょっと寝るね」

「え?あ、あの?」

「眠たいときにはすぐ寝る。これに限るよ。ってなわけでおやすみ~」

 

私の戸惑いなどお構いなしに彼はテーブルに腕枕をして頭を突っ伏した。そして数秒も経たずして大きないびきをかきだした。

呆気に取られて何も言えない私にマスターが「気にすんな、下手くそな奴だから」と声を掛けてくれた。それで、ああこれって彼なりの空気の壊し方なんだって思った。私が困っていることを勘付いて何気ない風を装ってくれた。ちょっと強引だったけど。

 

どこまでも彼の気遣いに救われている私。

体の緊張感がふにゃりと抜けていく感じだ。

 

ほどなくしてマスターが作ってくれた出来立てのフレンチトーストを頂いてほっこりとしている様を覗きみられていたと知るのは、ちょうど食べ終わった頃に知ることになる。

 

ニックスと似ている彼は、自分をユーリーだと名乗った。

【甘い囁き】




ようやっとchapter05までやってきました。
お気づきでしょうが、既存のキャラクターの一人称は【オレ】。オリジナルキャラ【俺】と一応分けてあります。
別に意味があってしたわけじゃないんですが、私が視点を切り替えて書く上での見分けの意味もありました。
その辺このキャラ何?と思った方は見分けるポイントとして読まれるといいかなぁと思います。

このサイト自体私は初めてなので色々と試行錯誤してはいるんですが、皆様読みにくくないでしょうか?
視点が色々切り替わってごちゃごちゃになってないか心配です。まぁ、でも大体最後までこんな形なので直しようがないんですが、その辺の感想などもいただけると助かります。


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管鮑之交~かんぽうのまじわり~

この手が欲しいなら選びなさい。選択は二つに一つ。どちらか両方を得ることはできない。

彼女を守りたいのなら、この手を取りなさい。

氷の女神は狙いをつけた。


ニックスside

 

 

まさかシドニーの友人がレティだったとは心底驚かされたぜ。あの召喚獣を見れたのはラッキーだった。あの場面を見逃せば今頃まだあっちでハンター業に精を出していたはずだ。それもこれも、やっぱレティのお陰なんだなと思う。シドニーから詳細を教えてもらった時に彼女が持つワックスだったけか?あれがレティからのプレゼントだと嬉しそうにオレに話すシドニーの表情はまるで子供が宝物を見つけたかのようなものだった。

相変わらず、自分に好意を向ける人間にはとことん甘いようで、全然変わっちゃいないらしい。懐かしさと早く会いたいという気持ちがオレの中で風船のように膨らんでいった。少し無茶言って何とかレティに会える手段がないかと頼んだ時。シドのじいさんが丁度困惑するシドニーに詰め寄るオレっていう場面に出くわして無言でスパナ投げられた。

慌てて避けて直撃は免れたが次は何が飛んでくるやらって剣幕だった。オレはすぐに誤解だ!オレはレティに会いたいだけなんだ!と必死に伝えて、シドのじいさんの誤解を解くことに成功した。そこからはオレとリベルトの経歴を説明してとんとん拍子であの不死将軍と名高いコル将軍と連絡を取ってもらうことができた。

 

今はダスカ地方の帝国軍基地を見張っているらしい。直接迎えにいくことはできないらしいが、部下を送るからソイツと合流しろだとさ。使える戦力ならすぐに欲しいらしいが、分かりやすい指示だぜ。レティと合流させてくれる雰囲気は微塵も感じなかったが大丈夫か?……最悪、単身乗り込んでやるがそれはその部下って人物との交渉しだいだ。

 

ああ、そういえば。

シドニーは気を利かせてレティに連絡を入れようか?と申し出てくれたが、オレは首を振って断った。電話じゃなくて直接会いに行くと決めていたからだ。どうやらレティは王子一行とレスタレムを目指しているらしい。ともかく無事ならなんでも良かった。

なんせスマホなんてもんはとうの昔にぶっ壊れてて使い物にならなかったし何より、レティの電話番号なんて知らないしな。別れ際にリベルトに聞こえないようにこっそりと紙を手渡された。盗み見るとそこには手書きで電話番号が掛かれていた。オレは、怪訝にシドニーを見やると、パチンと笑顔でウインクをされた。

 

……レティの電話番号だってすぐに気づいたさ。

オレは苦笑しながら手を上げて礼を言った。そっから二人旅の再開ってわけだ。

 

まぁまずまずの旅と言っておこう。相変わらず、魔法なしの戦闘はキツイがそれなりに敵の避け方とか体が慣れてきて前ほど危なげではなくなった。

 

 

シドの仲介を経てコル将軍と連絡を取ることに成功したオレ達は待ち合わせ場所と指定されたコルニクス鉱油アルスト支店にやってきた。ゲートを超えた瞬間に、乾いていた空気が湿っているのを感じたが、これほどまに大自然が広がっているとはな。雄大に広がる緑の森林に息を呑みながら、王都からかなり離れてきたことをまざまざと感じた。

給油所の前にバイクを停車させ、エンジンを止める。

 

「ここがダスカ地方になるわけか…」

「よっと……、いや、ケツいてぇ~。ニックス~、たまにはオレに運転させろよ」

 

鈍い動きでのろのろと後部座席から降りるリベルトはケツを痛そうに抑えながらそう文句を言ってきた。だがオレは肩を軽くあげて

 

「お前が運転する前に酒飲んでるから無理なんだろ」

 

と正論で言い返すとグッと詰まった表情になり「オレを篭絡させる奴が悪いのさ」と最後には開きなおって、ったく。オレはシドニーからもらった腕時計で約束の時間よりも少し早めに着いたことを確認し、リベルトに続いてバイクを降りた。

 

シドニーの手にかかり整備されたバイク見違えるほど唸るよう音を出して爽快な走りをみせここまで何度か休憩を挟んだが、ストレスも前ほどに感じない。ついでにサービスで洗車もしてくれたから新車並にピカピカだぜ。

さすがだな。聞けば王子が乗っているレガリアってのもシドニーが整備しているらしい。そりゃスゴイはずだ。……ありゃじいさんが可愛がるはずと納得できる。オレじゃなくても別の男がシドニーに下心持って近づいただけですぐに分かるらしく不機嫌そうに周りをうろうろしてるからな。隙あらばスパナが飛んでくるってもんだ。聞けば、その昔陛下と旅をしてたっていうじゃないか。年とっても現役なのか、そこらへんは。

 

リベルトにまだ約束の時間より早いことを伝えると、嬉々としてクロウズ・ネクストに入るぞと意気込んで先に駆けて行った。元気な奴。

 

オレはため息をついてその後に続いた。店内に入ると人はまばらに寛いでいてリベルトはガラガラなカウンターに席を着いた。さっそくアルコールを頼もうとしたのでジュッティーズで我慢しとけと釘刺しておいた。渋々といった表情でジュッティーズとケニーズ・サモーンを頼んだ。ったく、これから待ち合わせしてるってのにべろべろに酔っぱらってたら何言われるか。

 

「しばらくは砂にまみれてモンスター退治かと辟易してたがまさかのシドニーからの姫様ドンピシャ!オレたちゃついてるぜ」

「……それもシドニーには感謝しなくちゃならないな。あの召喚獣がシドニーに会いにこなけりゃわからなかったんだから」

「そうそう!なんつったっ?その召喚獣、えーと名前が……」

「クペ、だ」

 

オレがそう付け加えるとリベルトはおお!と納得したようだ。

 

「そうそう!クポだかクペだかクコだかそのなんちゃらのお陰でこうやって緑あふれる大自然と触れ合えるってもんだ。やっぱ、空気がうめぇぜ」

 

すでに名前候補が三つも上がっているが突っ込む気にすらならない。

 

「……リードとは明らかに気候が違うな。こちらは湿地地帯だから雨も降りやすいと聞くぜ」

「ああ~?そうだな」

「……」

 

すでにオレの話は聞く耳も持たないらしい。メニュー表に噛り付いてみる辺り、他にも頼むつもりの腹積もりのようだ。

仕方ない、付き合うか。

 

リベルトの腹が膨れる頃にようやく約束の男が現れた。

 

「お待たせしました!」

 

若い男の声が後ろから響き反射的にオレとリベルトはそちらに視線を向けると少し肩で息を乱した男が戸口に立っていて他の客も後ろを振り返って注目していた。オレとそう歳は変わらないだろうか。いや、なんか若そうだ。

 

「あの、ニックス・ウリックさんとリベルト・オスティウムさんですよね?」

「ああ、アンタがコル将軍の使いか」

 

折り目正しい男は快活な喋り方で折り目正しい挨拶をした。満面の笑みで。

 

「はい!オレは姫様付の見習い騎士候補のグレンと申します」

 

だがある言葉にオレとリベルトは顔を歪めてしまった。

 

「見習い騎士、候補ぉ?」

「しかもレティの?」

 

レティに専属の騎士を付けさせるつもりだったとは聞いてない。まぁ、オレなんかがレティ近辺の情報など聞かされる身分ではないのはわかっているが、本人からもそのような話は聞いていないので戸惑いはあった。だが人目もある為、そうおおっぴらにできることではない。控えめに態度に出してみたが、こちらの気遣いなど気づいていないグレンと名乗った男はハキハキと清々しい態度で

 

「はい!コル将軍から二人を案内するよう任を仰せつかっています。とりあえず、詳しい話をお伝えしたいのでオレも同席をお許しいただけますか」

 

とご丁寧に同席の許可を求めてきた。目立つからやめろと言いたかったがそれも言えず。

なんか真面目というか、なんというか。堅苦しさは感じないが今までにいないタイプだ。

 

「ああ、座ればいい」

「ありがとうございます」

 

グレンは軽く頭を下げてオレの隣の席に座った。それからオレたちはグレンからコル将軍からの伝言をご丁寧に小一時間かけて語ってくれた。その頃にはリベルトはぐーすかーといびきをかいてカウンターに突っ伏して寝ていたし、オレも欠伸をかみ殺しながらあーだとああと適当に相槌を打っていた。

確かにコル将軍の伝言は聞いた。前半は。

 

やっぱり、すぐにはレティと合流できそうにないようだ。オレ達をこき使う気だな、コル将軍ってのは。どうやらグレンの話じゃオレ達以外にも王都警護隊の生き残りもちらほらいるらしい。あとは、コル将軍の声掛けで集まった陛下に恩ある者とか。こりゃレジスタンスって感じだな。なんでも帝国に対抗するためにレティが人数を集めるよう指示してきたらしい。そこらの軍師よりよっとぽ動きが早い手腕だ。気張って無理してなきゃいいけどな。レティの能力ならできるだろうさ。それだけ人の動かし方が上手いから。

こう、人の心をつかむのが上手というか、助けてやりたいって気持ちを起こさせる何かがレティにはあるというか。本人のひたむきな努力によるものなんだろう。それがレティの魅力または確かな実力として発揮されている。

 

けど、能力が高いかといって精神面も余裕があるとは限らない。レティなんて無理すると周りが見えなくなるくらいに自分を追い込む癖があるようだしな。きっと、オレの予想は当たっているはずだ。……最悪、コル将軍の用事でレティと合流するのが遅くなるようだったらリベルトに後は頼んで俺は単独で動くか。正直、王子はどうでもいい。大体オレみたいなやつよりもすでに立派な護衛がついているらしい。それならオレが守るべきはレティだけだ。文句言われようが気にするか。…やっと近づいたんだ。もたもたしてらんねぇ。

 

さて、決意を新たに固めたオレとしちゃさっさと行動に移したいところだが、そうもいかない。後半はグレンの生い立ちだとかレティの目覚めの一発により正気を取り戻しただとか、まぁとにかく美化されたレティの話ばかりだった。おまけに信じられないこともグレンは語った。

自分は以前は帝国軍に従事していて洗脳されていた時に名乗っていた名前は准将ロキだとか。

頭が痛くなるレベルじゃなくなっていた。

 

一体、何があったんだ?グレンの話じゃレティが関与していることは分かったがここまで感化されている様子を見ると、相当大事だと思うが。

平気でこの男を送ってきたまだ見ぬコル将軍とやらを恨むぜ。

 

オレは自分の話に夢中になっているグレンに気づかれぬよう、忍び足で外へと逃げ出た。

もう外は夕方で、今日はここで寝泊まりすることになりそうだとため息をついた。

 

【そんな彼に忍び寄る影】

 

 

突然だった。

 

黒髪の見知らぬ女がニックスの目の前に現れたのは。

ミステリアスな雰囲気を持つ女はまるで獲物を定めたようにニックスを見つめ、赤い唇でこう囁くように言った。

 

「守護者候補、ようやく会えましたね」

「はぁ?守護者候補?なんのことを言ってるんだ、アンタ」

「ニックス・ウリック。お前に選択肢をあげましょう。力が欲しいなら私の手を取りなさい。」

 

女はそういって手を差し出した。何も持たない手を、ニックスに差し出した。

 

「力?」

「今のお前ではレティは守れないわ。あの子はいずれ遠く彼の地へ赴くのだから。人の身では行けぬ場所。人のお前の手が届かぬところへ」

 

まるで詠うように紡ぐその言葉は歓喜に満ちていた。女の隠しきれない感情を含んでいて、少し不愉快にもなるほど。そう決定づける何かが女にはあると本能で感じとったニックスは警戒の態勢を取った。だが女には隙が何処にもなかった。

それが逆にニックスに違和感を与えた。まるで常人ならざる者と対峙しているようで、言い知れぬ圧迫感を感じて後ずさる。

女は気にした素振りもなく、再度迫った。

 

「選びなさい。私の手を取るか、人のままレティに置いていかれるか」

「アンタ一体なんだ」

 

たまらずに警戒込めた視線を向けるニックスに黒衣の女は自分をこう、名乗った。

 

「私は、ゲンティアナ。神々の遣いであり同時に……七神でもあるわ」

 

自らを、神だと名乗った女は突然現れた。

 

【少しづつ狂う歯車】

 



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半影月蝕~はんえいげっしょく~

起きたらレティがいなかった!と取り乱してた様子で男部屋に駆け込んできたイリスとクペによって飛び起きたノクト達。クペは一足先にレティが感じる方へと窓から飛んで出て行った。ベッドから転げ落ちるように急いで脱いだブーツを履いて一番先に廊下へ飛び出たのはノクトだった。

 

「またか!」

「またかって前にあったの?」

 

イリスが後に続きながらそう聞き返した。

 

「ああ!前にもな」

 

と苛立ちを隠せないノクトに対し、ご立腹な様子でイグニスが「ちなみに常習犯だ」と付け足した。その後ろに続く二人は慌てた様子もなくゆっくりと歩いていた。

 

「この町の治安はそんな警戒するものでもねぇと思うがなぁ、自警団も組織されているはずだ」

「へぇ~、そうなんだ」

 

グラディオとプロンプトは慣れた様子でゆっくりと階段を下りていく。

 

そして一階ではドタドタと騒がしく階段を駆け下りてくる三人にカウンターにいた受付が何事かと目を丸くして驚いた。

 

「あの」

 

ノクトがバッとカウンターに両手をついて身を乗り出して大声を出した。

 

「レティ!いや、あのオレの連れが目の前通らなかったか?!」

「お連れ様、ですか。……ああ、あの伝言を承っております」

「マジか!」

 

ノクトの勢いに受付の女性は反射的に仰け反ったが、急かすような眼差しに慌てて口を開いた。

 

「は、はい。少し散策してくるから心配しないようにと言って朝早く出ていかれました」

「はぁ~?」

 

顔を顰めるノクトに、女性は営業スマイルを崩さずにススッと後退して別の仕事に取り掛かった。つまり逃げた。ノクトは後ろにいたイリスとイグニスの方を向いて舌打ちしながら苛立ちのままに乱暴に頭を掻いた。

 

「散策って、何考えてんだよっ」

「イグニス、レティ迷ってないかな。私探してくる!」

 

イリスはそう言って玄関へと駆けだした。それに慌ててノクトも続いた。

 

「あ、オレもいくっ!」

「オレも行こう。ノクトだけじゃ不安だ」

 

一言余計なことを言っているイグニスは少々機嫌が悪いようだ。ノクトもさらに不機嫌状態に輪をかけて過敏にその言葉に反応するものだからなおの事悪い。

 

「なんだよ!そのいい方っ」

「正直に言ったまでだ」

 

ギャーギャーと喧しい二人はイリスに遅れないように器用に言い合いをしながら外へと出て行った。受付の女性は、嵐が過ぎ去ってほっと安堵のため息をついた。

 

傍観していた二人は複雑な表情で玄関を出て行った三人を見送った。プロンプトとしては、レティにのんびりとさせてあげたかったのだが、あの三人の剣幕にそう助言できるほど気概があるわけでもない。だが行かせた後でやっぱり一言でも声を挟めばよかったと後悔していた。だから彼の表情はどことなく暗いものになっている。

 

「姫も一人になりたかったんじゃないかな。ここの所疲れた顔してたし」

「かもな、少しくらい自由にさせてやりゃいいだろうに」

 

それに同意を示したのは、皆のお兄ちゃんグラディオである。その中でも一番じゃじゃ馬娘のレティには普段から一番手を焼いていたはずだ。だが意外な同意にプロンプトは目を丸くした。

 

「グラディオにしては珍しいこと言うね」

「……少し、羽根を伸ばさないと爆発するだろ。アイツ」

 

的を得た意見にプロンプトは神妙に頷いた。

 

「……確かに。爆発した姫は、手が付けられないから」

「だろう?」

 

主に体験した者だけが分かる真相である。

それにグラディオも束縛したくて行動を制限しているわけではないのだ。ただ彼女の複雑な出自と今の状態、そして帝国軍に狙われていることを考えればやはり常に傍に置いておきたい心境なのである。だがそれはレティに対して特別な感情があってやっているわけではない。手のかかる妹みたいなものとして、だ。その点、ノクトとイグニスは過敏にレティを縛ろうとする。それはレティに対する特別な感情も作用しているからかもしれない。敏いグラディオは出来るだけ平等に二人のレティに対するアプローチを見守っている、つもりだ。たとえ、ノクトが王として正当な伴侶を迎えるとしても、だ。

恋くらいは、自由にさせてやりたいと思っているのだ。それはイグニスに対しても然り。

友人として幼馴染として不器用な恋の応援くらいしてやりたい。

プロンプトもその考えは同じだった。つい、最近までは。

 

「……でもさ、ノクトもイグニスも心配なんだよ。姫が、もし消えちゃったらって考えちゃってるのかも……」

「……」

 

無意識に拳を握って、まるで二人の気持ちを代弁するかのように呟くプロンプトは自分の今の表情に気づいていない。グラディオは興味深そうにプロンプトの様子を見やった。

まるで、お前自身もそう思っているんじゃないか言いたくもなった。

それくらいにプロンプトの表情は真剣そのものだった。

 

「オレもさ、時々そんなこと考えるんだ。……怖い、滅茶苦茶。…でも姫にそんな弱いと見せたくないから。オレ、強くなりたい。姫に頼られるくらいに…って今のオレじゃまだ全然だめだけどさ!」

 

以前と明らかに違いを見せているプロンプトは自分の心境の変化に気づいていないのだろう。その横顔は、確かに【男】のものだった。

 

しっかりと自分の素直な気持ちを吐露していることに気づいていないプロンプトは最後におどけて言った。グラディオは顎に手を当てて面白いものをみたと口角を上げた。

 

「……ほぉ……、いや、ここ最近のお前はスゲェよ」

「イダっ!」

 

盛大に背中に景気よく張り手を喰らいプロンプトは勢いに負けて前につんのめった。すかさずグラディオが「うげっ!」と呻くプロンプトの首周りに腕を回して引き寄せる。

 

「そんな謙遜すんな。しっかり胸張ってノクトの隣に立てよ。じゃねぇとノクトの親友の名が泣くぜ?」

「グラディオ……」

 

励まされたことに気づいたプロンプトは背中がジンジンする痛みと感動から少し涙目になった。そんなプロンプトの頭に手をやってぐじゃぐじゃとかき回しながらグラディオは玄関を方を親指で示した。

 

「おら、行くぞ。アイツラだけじゃ暴走しちまうからな。イグニスもレティに関しちゃとことん素人同然だ」

「…うん!」

 

ゆるゆると表情を緩ませたプロンプトは深く頷いて駆けだしたグラディオに続いて玄関を飛び出た。

 

【伏兵現る】

 

一方その頃、レティは美味しいフレンチトーストをしっかりと食べ終えて満足したところ、そろそろ帰らないとマズいかも!と焦ってマスターにお礼を言ってお勘定を払い飛び出るように店を出ていた。すかさずユーリーが後から続いて「ホテルまで送るよ」とさり気なくエスコートを申し出た。レティは悪いからと断ったのだが、ユーリーは断る隙を与えずににこやかに「まだ君と話したりないんだよ」とキザな台詞を吐いてレティを困惑させた。

レティはどうしてここまで好かれるのか内心首を傾げていたが、じゃあホテルの前までと遠慮がちにお願いした。二人で並んで歩いていると、ユーリーの知り合いに冷やかしの声を受けたり、女性らがユーリーに気づいてフレンドリーに手を振るとそれに気軽に手を振り返したりと。とにかく知り合いが多いなという印象を受けた。

だから、少しユーリーの職業に興味をもったので尋ねてみることにした。

 

「あの、ユーリーって」「ユリでいいよ」

「いや、まだそんなあって間もないですから。それで」

 

質問しようとしたところ、愛称で呼べと言われたがレティは首を横に振って断った。ユーリーは少し残念そうな顔をしたがレティは気づかずに質問を続けた。

 

「それで、普段は何をしてるんですか?」

「俺?自警団のメンバー」

「自警団?それじゃあ町の治安を守っているんですね」

「そんなとこ。でもここもっぱら観光案内とか人手が足りないとこに駆り出されたりとかしっかりと地元に貢献してるよ」

 

苦笑しながら言うユーリーに、

 

「フフっ、いいことじゃないですか。平和は何よりだもの」

 

レティは可笑しそうに小さく微笑んだ。

 

「確かにね、あんな王都みたいなことあったらぞっとするよ」

「……」

 

レティは表情を見る見るうちに表情を曇らせた。沈んだ声で「そうですね」と言い返した。もうホテル前近くまでたどり着いていたが、レティの異変に気付いたユーリーは遠慮がちに「…、もしかして君って王都出身の子?」尋ねた。そしてレティが「……はい…」と頷いて歩みを止めた。途端に弱り切った表情になりユーリーも立ち止まった。

 

「ごめん。不躾ないい方だったね、言葉が足りなかった。本当にごめん」

「いえ、いいんです。本当のことだから。私の友達も王都からここに逃げてきたんです。私、彼女に会いにここにきて」

 

レティは気にしてないと頭を振った。だがユーリーは気がすまないらしい。

しばし思案顔で黙り込んだ後、こんな提案をしてきた。

 

「……そっか、…じゃあさ!俺がここを案内するよ」

「え?」

 

レティは突然の申し出に驚いてきょとんとした。ユーリーはまくし立てるようにやや早口でレティにずいっと顔を近づかせながらこう言った。

 

「詫びってわけじゃないけど、レティはここ初めてだろ?だから俺が案内する。伊達に観光案内してないよ」

「いやでも……その悪いし」

 

そっと身を引くレティにユーリーはさらに詰め寄った。

 

「いや俺の気がすまないんだって!」

「でも」

「いやいやここは素直に俺の誘いを」

 

なんてやり取りをしてる時にユーリーの頭上に向かって何かが急降下。

 

「レティに何してるクポ~~!」

「イダッ!?」

 

後頭部に頭突きかました何か。クペだった。正義の味方ならぬ、正義の召喚獣登場である。だがレティは顔を青ざめてつい叫んでしまった。

 

「クペ!」

 

なんでここに!?タイミングよすぎでしょ!

 

と混乱するレティをよそにクペは嫌がるレティに迫るナンパ男とだと思ったか標的をユーリーに定め可愛らしい攻撃を加えた。

 

「レティに何迫ってるクポ!この変態男~」

「イダダダっ!?なんだ、この変なのってアダダダ!?」

 

ユーリーは自分の頭の上でポコポコと叩いてくる何かから頭を庇いながら防御を取ろうとするがすばしっこいクペはひらりとユーリーの手から頭上に飛び上がって逃げてまた隙を見て追撃をする。さすが数々のダンジョンとノクト達と共に制覇してきただけはある華麗な動きだ。思わずパチパチと拍手を送っていたレティ。だがハッと我に返り、

 

「駄目止めて!違うのっ」

 

クペを止めさせようと声を張り上げた。だがレティを守るという勢いに乗ってクペにはその声は届かず。

 

「イダダダア―――!!」

「天誅クポ――!!」

 

ポコポコと可愛らしい効果音を発生させながらユーリーの頭を叩きまくるクペ。意外と痛いようでユーリーは頭を抱えて逃げ回る。奇怪な行動に一体何事かと行き交う人々が視線を注ぎ始めたことにレティは、これはすぐに捕まえないと事が大きくなると焦り、ユーリーが体を丸めて少し身を屈めた隙を狙ってばっとクペを後ろから捕まえて胸元に確保することができた。暴れるクペが飛び出さないように気を遣ってユーリーから離れた。彼は彼でポコポコ攻撃が止んだことにほっと息をついた。

 

「クペ、あの人は違うの。変態とかじゃないから。ただの女たらしなだけだから」

「女たらし?!だったらますますレティに近づけさせないクポっ!」

 

めきょっと普段一重の目を吊り上がらせて怒るクペに、ユーリーはノリよく突っ込んだ。

 

「全然フォローになってないんですけどっ!」

「あ、ごめんなさい」

 

慌てて謝罪するレティにユーリーは頭をさすりながら近づいてきた。

 

「それよりそれ、何?喋るぬいぐるみ?王都じゃこんなのも売ってるの?」

 

喋るぬいぐるみと言われてクペは吠えるように言い返そうとした。が

 

「違うクポ!クペはもごっ!」

「アハハハ!そうそう。喋るぬいぐるみ~。すっごい流行ってたんですよ~」

 

咄嗟の判断でクペの口を塞ぐことに成功。だが訝しげな視線を注がれてレティは笑って誤魔化そうした。額にびっちりと冷や汗をかいて。

クペはもごもごと口元を動かしてレティに抗議した。

 

『何するクポ』

『しぃ~~!黙ってて』

 

レティは小声でそう言いかえしてすぐにユーリーに笑顔を店ながら「とにかくありがとうございました!それじゃあ~」と誤魔化しながらささっとホテルへと駆けた。その背にユーリーは「あ!」と手を伸ばして、

 

「今日のお昼にまたあの店で待ってるから!」

 

と一方的な約束を投げかけた。

 

 

ホテルに駆け込んだレティはその勢いのま二階へと駆けあげって部屋に飛び込むように入った。そして、バンと勢いよく閉めたドアの前で腰を抜かしたようにへたり込んだ。

 

「はぁ~、つ、疲れた……」

「それはこっちの台詞クポ!」

 

レティの腕の中からぐいぐいと身をよじらせて動いたクペはスポン!と飛び出た。

そしてレティの前でパタパタと羽を動かして「ちゃんと説明してもらうクポ」と迫った。レティは不満そうに「誰のせいだと思って」とブツブツと文句を言った。だがクペはしっかり聞き逃さずに「レティのせいクポ!」と一喝したのでしゅんと肩を項垂れた。

それから事細かく尋問され、ヘロヘロになったレティはベッドへにぼふん!と正面から倒れ伏した。クペが「はしたないクポ」という言葉は聞こえないふり。

 

「うーん、……そういえばイリスは?」

「レティが迷子になってるんじゃないかってノクト達と探しに行ったクポ」

「え!?なんでそれを早く言わないの!」

「言う暇なかったクポ」

 

しれっと答えるクペにレティはイラッときたがそれよりも連絡しなきゃ!とベッドの上で起き上がりスマホをポケットから取り出してタッチ操作してノクトのスマホに電話を掛けた。

耳元に当ててワンコール目ですぐにノクトが出た。レティが「ノク」と言葉を発するよりも先に

 

『今どこだよ!』

 

との怒鳴り声。レティはひぃ~と泣きそうになりながら弱弱しい声で

 

「ホテル……帰ってきてます」

 

と答えるだけで精一杯だった。電話口のノクトは

 

『はぁ~!?……ったく…』

 

と色々と言いたいことがある様子。だが何よりもレティが無事でいることに安心したのか

 

『今から帰るから部屋にいろよ』

 

と釘を指してレティの返事を待たずして電話を切った。レティはぷーぷーと途切れた通話を終了させて、力尽きたようにベッドにまた突っ伏した。

 

「怒られる」

「身から出た錆クポ」

 

レティのすぐ傍に座って当然と鼻を鳴らすクペにレティはのそりと顔を上げた。その表情は苦虫を噛み潰したようかのようだった。

 

「そうだったら、どんなにいいか……」

「レティ?」

「……なんでもない……」

 

レティはそういってまた顔をベッドに伏せた。

 

 

ノクトside

 

不意打ちのキスだった。多分オレを黙らせる為の策だと思うが、こっちにしてみればたまったもんじゃない。余裕なんかない。頭が真っ白になって気がついた時には形勢逆転だ。

家族として向こうは接してるんだろうが、こっちは好きな女にあんなことされちゃあ心臓がもたない。

 

馬鹿レティ。

 

いつもと立場が逆転したような気がした。

 

 

ホテルを飛び出てから20分ぐらいしてだ。 オレのスマホが突然鳴ったのは。全然レティの姿が見つからなくてイライラしてた時にポケットに手を突っ込んでスマホを見れば、ディスプレイに表示されているのはそのレティ本人からの電話。オレはすぐに通話ボタンを押して唾飛ばしながらどこにいるって怒鳴った。レティは恐縮した声でホテルにいると言ってきた。

 

なんだよ、入れ違いかよ…。

 

オレは見つかった安堵感とまた勝手にいなくなったレティに対する苛立ちから頭を掻きながら部屋から出るなよとキツク言いつけて通話ボタンを押した。傍で見守っていたイリスとイグニスにレティが見つかったことを伝えると、

 

「良かった!ホテルに戻ってたんだね」

「……ふぅ」

 

とレティの無事を素直にイリスは喜んでたしイグニスは安堵感からか軽く息をついた。

 

「あ、そういや電話しとかねーと……」

 

レティを探すためにオレ達とグラディオとプロンプトのペアで二手に分かれて探していたからすぐにスマホで連絡を入れおいてオレ達はすぐにホテルに回れ道して走って戻った。道中、すれ違いざまに若い男と肩をぶつけてしまったがオレは軽く「悪い!」と謝ってすぐに意識はホテルへと向けた。男は「いや、大丈夫だ」と言い返していたようだけどオレには聞こえていなかった。

 

「おい!ユーリー!さっきの女の子どうしたんだよ~?」

「うるさいな~」

「さては振られたな」

「違うっ!」

 

 

一番先にオレが部屋のドアを開けて中に入った。その時にノックするのを忘れてたのを目ざといイグニスが顔を顰めてた文句言おうとしてたが、無視した。

 

「レティ!」

「……おかえり…」

 

むくりとベッドから起き上がったレティはどっか不機嫌そうにオレ達を迎えた。イグニスが何か言いかけようとしたがそれよりも先にイリスはオレを押しのけて「レティ~!!」と嬉しそうにレティがいるベッドに飛び乗ってレティを押しつぶした。

 

「ぐえ!」

「レティ~~!心配したんだからね?」

 

抱きつかれた時に鳩尾に一発喰らったレティはカエルみたいな悲鳴をあげたがイリスは気づいてないみたいで甘えるように顔をこすりつけた。くそ、羨ましいとか思わない。イグニスは目を見張って、イリスの行動に驚いたみたいだったが軽く頭を振って「とにかく無事でよかった」と言った。何か言いかけてたな。大体説教だろう。

 

それにしても、あれが無事か?

今にも圧死しそうな顔してるぜ。

 

オレはねめつけるように二人を見て、ああそういや腹減った腹を抑えた。

 

「……そういやメシ食ってなかったな」

 

オレの呟きに傍に立っていたイグニスが壁にかかっている時計を見て相槌を打った。

 

「ああ、そうだな。時間も時間だしどこかいい店がないか……。イリス、少しいいか」

「うん?呼んだ?」

「ああ、朝食を食べるのにいい店を知っていないか?」

「ああ!そっか、うん。知ってるよ。案内する」

 

そう言ってイリスはレティの上から退いてベッドから降りた。レティはよれよれになりながら体を起こして気持ち悪そうに腹を抑えた。

 

「レティ、ご飯食べに行こ?」

「……ああ、シャワー浴びてから行くよ」

「わかった。ノクトは?」

「少し休んでから行くわ」

「オッケー」

 

イリスは先にお店に行って席とってるねとレティとオレに手を振ってクペとイグニスを伴って部屋を出て行った。パタンとドアを閉めた後で、廊下が賑やかになったからグラディオたちが戻ってきたとすぐに分かった。ほどなくして静かになる廊下。

レティはまだお腹を抑えていて、オレは「まだ気持ち悪いのか」と声を掛けてベッドに腰を落とす。

 

「さすがグラディオラスの妹だよ、無意識でいいとこ狙ってるんだから」

「ははっ、かもな」

 

オレは唐突にレティに手を伸ばしててその頬を抓んでやった。

 

「にゃにすんらい」

「…朝から心配させた罰」

 

そう言って、頬を抓んでいた手を離してレティの肩を抱き寄せた。鼻腔を擽るレティの匂い。オレはそれを吸い込んでやっと心から安堵できた。

レティはオレの首後ろに腕を回して子どもをあやすように頭を撫でてきた。

 

「……よしよし、ノクトは寂しかったんだね」

「ちげーし」

 

と言いつつ従順に甘えているオレ。絶対グラディオとかに見られなくないとこだ。なんでかって?冷やかされるにきまってる。

 

「でもちゃんと伝言は頼んだよ。聞かなかったの?」

「聞いたけど普通驚くだろ?」

「……過保護すぎなんだよ、皆は」

 

呆れたようにそう言うレティはオレは思わず本音を漏らした。

 

「……レティが放っておけないからだろ」

 

家族以上の気持ちを持ってるなんて面と向かって言えないけどよ。

好きな奴に怪我なんてさせてたくない。ましてや、帝国軍から狙われているレティだ。隙だらけすぎるんだ。普段から。…この町の男はなんか女に対して軽そうだしな。絶対ナンパされるのは分かりきってる。

 

「……それが……なんだけどな……」

 

ぽつりと呟いた言葉はオレには掠れて聞こえなかった。

 

「え」

「なんでもない!」

 

レティはオレの体を両手でそっと押しのけてベッドから降りた。

オレは思わずその腕をつかんだ。

 

「待てよ!」

「汗かいたからシャワー浴びたいんだけどノクトも一緒に浴びたいの?だったら脱がしてあげようか?」

 

ニマニマと笑みを浮かべるレティはオレの顎を指先でくいっと軽く持ち上げてみせた。

 

「何言って」

「黙って」

 

スッとお互いの顔が近くなる距離。ゆっくりと降ろされる瞼。オレはああ、単純に綺麗だなと見惚れた。

 

「……」

 

頬に軽く触れた唇とわざとらしいリップ音。

それは一瞬のことで頬に軽くキスされたと気付いた時には力が抜けた手から腕をするりと抜いていく後だった。弧を描く口元は桜色だった。

 

「なっ!」

「じゃ、また後で」

 

するりとレティは逃げるようにバスルームへと入って行った。

オレは呆然とキスされたところを抑えた。それからじわじわと顔が熱を帯びていくのが分かって恥ずかしさからベッドの上でゴロゴロと悶絶。

 

「反則だろ!?」

 

普段から家族のキスでさえ恥ずかしがるくせにあの余裕な態度。絶対やり返してやると心に決めて、とりあえず熱が逃げるまでベッドにゴロゴロと寝転んだ。

 

【んでもってベッドからはみ出て床に落ちるオレ】

 

 

レティーシアside

 

緑色のタイルが敷き詰められたバスルームは思ったよりも広くてそれなりに快適。服をポイポイと脱ぎ捨てて素っ裸になった私は手慣れ動きでゴムで軽くまとめてバスに入り込む。きゅっと回すタイプの栓を開けてるとすぐにお湯が出てこなくて冷たい水が出ることはすでに確認済み。なので少し後ろに下がって温かいお湯が出てくるのを辛抱強く待つ。

幸い、こちらの気候は暑いところなので肌寒い思いをすることもない。

 

昨日もシャワーだけ軽く済ませて上がったけど今日の夜はしっかりと湯船に浸かりたい。

足つきのちょっとレトロなくすんだ色のバスは長年大切に使われてきたようで、もしかしてこのホテルが建てられた当初からのかも。

昔からお風呂は大好きでクペに長湯しすぎって怒られることもある。でも昔からよく言うじゃない。お風呂は【命】の洗濯だって。まさに私にピッタリな言葉。

 

おっと、もういいみたい。足先から温かいお湯を感じて私は少し熱めのシャワーを全身に浴びた。ああ、気持ちいい。

 

「…ふぅ…」

 

口から熱い吐息が漏れた。

 

……ふと、先ほどノクトにした行動を振り返る。

 

なんて大胆な行動に出たんだろうか。私は。でもそれには理由がある。

 

あの時のノクトは私の呟きに過敏に反応した。つい口から滑った言葉だった。だから余計なことを突っ込まれると面倒で黙らせるつもりであの行動をとった。咄嗟的な判断だった。

 

頬にキス。頬にキス……。そう、家族なつもりでした。

 

だってその方が手っ取り早く黙らせられると思ったからだ。てっきり嫌がるかなと思ったけど意外と効果はあったようで、ノクトはまるでうぶな少年のように赤ら顔で口をパクパクとまるで魚のようにさせて可愛いとも思った。

……妹だと知っているはずなのにまるで異性として見てるみたいで新鮮だった。

 

こんな顔もするんだ、ノクトは。いつもはべったりな癖してこっちが甘えようとすると途端に取り乱したりして変なの。でも、ふと冷静になって考える。

 

あの表情は、いずれルナフレーナ嬢に向けられるんだと思うと、何か胸の奥でちりっと痛みが走った。僅かなそれに気づかないフリをして私はノクトの反応を楽しんでいる自分に嫌気を覚える。

 

「……嫌な女……」

 

自嘲的な笑みを浮かべる私がいることにノクトは気づかないだろう。

だって、こんな顔見せたくないもの。

 

私は、我儘だから自分でなんでも溜め込んでしまう癖は治らない。

死んでも治らないと思うな。

 

腹は決まらない。けど時間が迫っているんだ。冷静になれ。

今やるべきことを最優先させるんだ。

 

自分に言い聞かせることは決まっている。

 

ノクトの為に、ノクトの為に。

 

何度も繰り返し言い聞かせることで乱れた感情を抑える。

全部、ノクトの為にこなせば問題ない。

 

まずは今日、ジャレッドと話す機会を得る。アーデン・イズニアが直接接触してきた以上、ここがすでにバレていることは承知しておかねばならない。となると、人質としてイリス達が狙われる可能性が十分に高い。もしくはレスタレム全体を標的にするかも。

奴が約束の日にちを破る可能性は低いだろう。落ちそうになった私をわざわざ助けるくらいだ。私の機嫌を損ねる真似は最初のうちにしないはず。

 

だから期限はまだある。そのうちにやるべきことを済ませて、タイタンに会いに行く。

……祖父うんたらの話はまだ完全に信用していない。

とりあえず後回しにしよう。

 

私は瞼を閉じて上を向いた。

 

大丈夫、私はやれる。そう言い聞かせてお湯を止めた。バスから転ばないように気を付けながら出て、用意されていた白いもこもこのバスタオルに手を伸ばして体の水気を軽く吸い取った後、体に巻き付ける。

 

うん、やっぱり戦闘とかこなしてるからボディラインは崩れていない。それなりに見栄えする体だと思う。……胸はそうないような気がするけどノクトに言わせれば好みの胸らしい。別にノクトの好みの胸を目指しているわけじゃないから無視。

体重計は怖くて乗らない。これでも体重とか気にするタイプなのだ。

 

さて、私はそろりとドアに近寄って耳をそばだてる。

汗をかいたから新しい下着と着替えが欲しいところだけど、それはあいにくドアの向こう側だ。もしかしたらまだノクトがいるかもしれない。でも部屋はシンと静まり返っていて誰かの気配は感じ取れなかった。

 

ほっと息をついて私は安心しながらドアをガチャリと開ける。バスタオルがずり落ちないよう胸元を締めながら片手でドアを閉めた。

 

「着替え着替えっと~♪」

 

鼻歌交じりにベッドへと近づいて、そこであるものを目にした私は一瞬にして固まってしまった。

 

「あ、もう終わっ……」

 

私のベッドに寝転んで片手でスマホをいじっていたノクトがむくりと起き上がりながら声を出した。けど、硬直している私を見た瞬間途中で言葉を詰まらせた。

 

「………」

「………」

 

お互い、見つめ合うこと数秒間。私は胸元を締めていた手を緩ませてしまっていることに気づかなかった。

 

ごくりと、喉を鳴らせるノクト。見る見るうちに顔が茹で上がっていくように真っ赤になっていく。それは私も同じだ。

 

なぜここに?なぜこのタイミングで?

 

とにかく全ての事柄になぜ?という疑問を抱いてパニックになる私。

そして最悪なことに、体を巻いていたバスタオルが緩んでバサリと足元に落ちた。

男にとってはラッキースケベなイベント。

 

でも全身、素っ裸なところを見られた私が取る行動はひとつだけだ。

 

「あ」「ぶッ!?」

 

その瞬間、勢いよく噴き出すノクト。ついでに鼻血も。

 

「あ、ぅ…い、…イヤァァアアアアアアアア――――!!」

 

腹の底から全力で悲鳴を上げて自分の体を庇ってしゃがみ込んだ私は、同時にノクトに対して全力でサンダーを放った。

 

「サンダーぁぁあああああ―――!!!」

「うわぁぁああああ!!」

 

バリバリバリと部屋中に満ちたサンダーは部屋の電気関係を全てショートさせただけでなく宿中の電源を落とした。






喫茶サーゲナイトにての朝食時。

プロンプト「うわ!?ノクト!なんで真っ黒に焦げてんの!?しかも頬に立派な紅葉がまぁ……」
ノクト「……いや、ちょっとな……あの、レティ」
レティ「ふんっ!話しかけないでくれるっ」
イリス「レティ、なんか機嫌悪くない?」
レティ「全然!朝から絶好調ですわよ!わたくしサンダガぶっ飛ばしてもようございますわよっ!」
ノクト「ひっ!?」
イグニス「なぜ口調が変わっているんだ……?」
グラディオ「……聞かない方がいいぞ。レティがサンダーセットしてる」
イグニス&プロンプト「「!?」」
クペ「このスープ美味しいクポ~」

仲の良い賑やかな朝食風景でした。


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喋喋喃喃~ちょうちょうなんなん~

プロンプトside

 

ノクトが黒焦げになってきたのには驚いたな。一体姫と何があったんだろう?

 

オレは、一旦皆と一緒に外に出たんだけど。どうにも後ろ髪を引かれる思いで足を止めた。トイレに行くと嘘をついてまたホテルの中に戻り二階まで駆け上がった。そして姫が泊まっている部屋の扉の前まで行きそっとノックした。すると暫く間をあけて、

 

「……何」

 

と不機嫌そうに少しドアをちょびっとだけ隙間開けて鼻先を覗かせる姫が出てくれた。……全然姫らしくない行動だけど姫なんだよなと疑いたくなる気持ちになったし、その鋭い視線に思わずたじろいだ。誤魔化しながらオレは何気ない風を装って笑顔を浮かべた。

 

「いや、その大丈夫かな~と」

「大丈夫よ、ちょっと腹の虫が収まるまで篭るだけだから」

 

まさにノクトと何かあったと言わせるだけの発言だった。

オレは恐る恐る尋ねてみた。

 

「……あの、ノクトと何が」「ああん?何かいったぁ?」

「いえ別に!」

 

ビシッとなぜか敬礼して答えてしまう凄みがあった。ますます姫らしくない脅しの仕方だ。本当にノクトと何があったのか気になった。それとなくノクトに聞いてみるか。

姫は一つふん!と鼻を鳴らした。

 

「ならばよろしい。プロンプト、要件はそれだけ?皆待たせちゃ悪いわよ。早く行ったら」

 

そう言ってちゃんとオレの心配をしてくれた。

ドアを閉めようとする姫。オレは思わず足をガッと挟んでとめてしまった。

 

「いだ!?」

「何してるのよ」

 

呆れた視線を向ける姫。いや、でも反射的でオレも戸惑っている。

何してんだ、オレ?

 

「あ、その。ご、ごめん」

「……足、どけてよ。ドア閉められないわ」

「あ、そ、そうだよね。ゴメン……」

 

とか言って謝るオレだけど、なぜだかこのまま別れたくなくて邪魔してる足をひっこめたくなかった。おまけにドアに手を掛けて閉めようとするのを拒んでいる。

 

なんか、一人にさせたくなかったんだ。

一人で、疲れた顔させたくなかった。できれば一緒に珍しいものをみて笑ってリフレッシュさせてあげたかった。

色々とできもしないことを考えてオレは一人で撃沈する。顔を俯かせて勝手に暗い影を背負うオレに姫はじっと見つめてきた。そして、

 

「おみやげ」

 

とポツリ呟いた。オレは「え」と反射的に顔を上げて姫を見た。姫はそっぽ向きながら照れを隠すようにこういった。

 

「おみやげ、買ってきてよ。プロンプトの気に入った奴なら何でもいいから」

「…!う、うん!買ってくる、いっぱい買ってくるよ!」

 

色々と聞きたいこともある。言いたいこともある。でもオレは不器用だからイグニスみたいにスマートに紳士らしくなんてできない。ノクトみたいにストレートに感情を出すこともできないし、グラディオみたいに豪快にアタックできるわけでもない。でも、それでも姫はオレにこうやって優しく手を差し出してくれる。

こんな時まで、オレを気遣ってくれる姫を少しでも喜ばせたい。その気持ちに、報いたいって強く想った。

オレが力強く頷くと可笑しそうに笑った。お土産ぐらいで力まないのって。

 

「……気を付けてね」

「うん。姫も……その、ゆっくり休んで」

「……ありがと」

 

両目を細めて微笑んだ姫は、オレが足を退いたことを確認して静かにドアを閉めた。

 

「……へへっ…!」

 

胸が、少し温かくなっって自然を頬が緩むのを止められなかった。

ニマニマと頬を抑えながら戻ると、ノクトが怪訝そうに何笑ってんだよと言ってきた。

オレは、別に~と誤魔化して歩き出した。

 

レティーシアside

 

これ幸いとノクト達はレスタルムを観光するらしい。タルコットも一緒らしいのでこちらとしては好都合だ。クペは私と一緒に居ようとしてくれたけど、観光なんてめったにない機会だから一緒に行くように促した。

イリスに一緒に行かないかと誘われたけどやんわりと断った。ノクト?フン!無視よ無視!

タダで女の肌見られただけでも感謝してほしいくらいだわ!

 

謝ってこようと近づいてくるけど速攻部屋に閉じこもって鍵かけた。てっきり皆と出かけたと思ったプロンプトが戻ってきたけど、私を心配しての行動みたいでなんだか気恥ずかしさから視線逸らしてしまった。わざとらしくなかったかな?

とっさにお土産をせびるなんてまさに王女らしくなかったと思う。でもプロンプトはなんだか喜んでくれたみたいで逆に助かった。

気を付けてと送り出して部屋に戻った私は、さっそくソファにドスっと腰かけてスマホを取り出してコルに電話を入れた。なぜかって?

帝国軍に居所を知れたのだ。アーデンとの約束の件は伏せておいて、できるだけ早くコルにもこちらに合流してほしいと頼むため。それと今どれくらいの人数が集まりつつあるのか再確認するためだ。

 

さっそく、履歴からコルの名前をタップし呼び出しを掛ける。コール、三回目くらいで『姫、お怪我などありませんか?』といつもの調子で尋ねてくるコルに相変わらずと苦笑して「大丈夫よ、コル。貴方は無事なの?」と聞き返した。

毎回こんな感じで会話は始まる。まったく、心配しすぎなのよ、コルは。

その内頭が剥げてこないか心配だわ。面と向かって言えないけど。

 

『姫?どうかされましたか』

 

反応がないことを不審に思ったか、コルがそう尋ねてきて慌てて何でもないと誤魔化した。

 

「それで、今コルの首尾はどう。人数は集まってる?」

『はい。やはり警護隊の中にも連絡が取れるものが数名おりました。皆散り散りに逃げることができたようです。それと王の剣の生き残りを二名おりました』

「本当!?そう、良かったわ。それで彼らとはいつ合流できるの?」

 

王都脱出から随分と疲弊しているかもしれない中申し訳ないけど、焦る気持ちがあった。

 

『グレンに迎えを頼んだのでオレと合流次第、レスタルムに向かうつもりです』

「……そう。グレンもよくやっているようね。あとでお礼を伝えておいて」

『わかりました。……それで、姫。何が、ありましたか』

 

来た。こちらが先に言う前に察知してる人。まったく、天晴だわ。

私はくたりと背中からソファにもたれかかった。髪をかき上げながら、少し間をあけて伝えた。

 

「……帝国軍が私たちの居場所を捉えたわ。はっきり言うなら、帝国の宰相にね。ご丁寧に名乗ってくださったわ。……ノクト達はまだ知らない」

 

息を呑んで驚いた様子のコル。

 

『!……できるだけノクトたちと行動を共にしてください。あの男は危険です』

「わかってるわ、言われなくてもね。……期限まで今日を含めて三日。間に合いそう?」

 

そういえば、ユーリーが今日観光案内をしてくれると言っていたっけ。

これは、使えそうね。

 

『間に合わせます』

「わかったわ。ノクトたちには言わないでね。今、ストレス発散してるから。……ファントムソード集めで随分と扱いてしまったもの。今だけは休ませてあげたいわ」

『……心中、お察しいたします。ですが、どうか御身も大事になさってください。……今の貴方は……脆い』

「……ふっ、馬鹿だけが取り柄の私に脆いですって?貴方も言うわね」

 

私の軽口にコルは珍しく感情を込めて荒い口調になった。

 

『姫!貴方は自分が考えている以上にご自分を軽んじすぎだっ』

「……軽んじてないわ。真実を語っているだけよ」

『姫』

 

納得いかないと言った感じだが無理やり話を戻させた。

 

「話を戻すわ。幸い、偶然知り合った自警団の知り合いがいるの。その人物と接触してこの町の警護に専念してもらえるよう交渉してみるわ。最悪、素性を明かすことになると思うけど怒らないでね」

『……わかりました』

 

事前にそう言えばコルはぐっと何かを飲み込んで仕方なく了承してくれた。

まだまだ言いたいことありそうね。けど長話はしてられない。

 

「ここにはイリス達の他にも王都から逃げてきた人がいるみたいなの。……守らなきゃいけない。召喚獣たちにも力を貸してもらうつもりよ」

 

私の決意を汲んで、コルは気遣わし気にこういってくれた。

 

『無理だけはなさらないでください。…』

「ええ。そのつもりよ。……もし、すれ違いになっているようだったらジャレッドに詳細を尋ねて。彼には話すつもりだから」

『……どうかお気をつけて』

「ええ。貴方も」

 

私はそう言って通話ボタンを終了させた。

 

少し、肩が凝った。

【あーあ、ゆっくり本が読みたいな】

 

 

その後、ジャレッドを捕まえた私は少し話をしない?と誘いをかけた。ジャレッドは快く承諾してくれた。さすが執事。ジャレッドは私の為にお茶の準備をしてくれて一緒に小さなお茶会を開いた。そこで色々と話をした。クレイのこと、これからのこと、色々。イリスはまだクレイの死を知らないらしい。ジャレッドは悲しそうに顔を俯かせた。

私はまだイリスに教えないでと頼み、彼をねぎらった。

ここまで無事で良かったと。

初めて会う人だけど心からそう思って伝えた。

するとジャレッドは「……姫様……」と瞳に涙を溜めて肩を震わせた。タルコットの為にも長生きしなきゃねとそっと背中を撫でるとますますひどくなって嗚咽を漏らした。

ジャレッドが落ち着くまで背中を撫でてあげて、それなりに落ち着きを取り戻した頃「申し訳ありませんでした」とすまなそうに謝るジャレッドに構わないわと微笑んで、具体的にこれからの予定を伝えた。

 

帝国軍にこちらの居所が割れていること。

いずれイリス達にはここから別の場所へ避難してもらうこと。

その誘導はコル将軍に任せていること。

そしてこれが重要かつ、大切なこと。

 

カーテスの大皿へ赴く為に、わざと帝国軍を利用すること。ゲートを封じられていてはノクトたちに動きようがないのだ。だから利用する。その際にこちらが手薄になった時、イリス達を守る者が必要だ。もし、コルたちが間に合わなかったときの為に私はとっておきの護衛を頼んでおいた。

 

「それで、その方とは?」

「……ちょっと驚かないでね。今、【呼ぶ】から……。来ていただけますか、ようじんぼう」

 

私の力ある声に導かれて、やってきたようじんぼう。初めて出会った時と同じく、桜の花を散らしながらまずダイゴロウが元気よく異界から登場して呼ばれたことによる嬉しさからか、私に向かってあの巨体で飛びかかってきた。

 

「んぎゃ!?」

『ヘッヘッ!』

「姫様!?」

 

ジャレッドはダイゴロウの登場に腰を抜かすくらい驚いてたけど、慌てて杖を放り投げてまで押しつぶされかかっている私を助けてくれた。

 

「あ、ありがとう」

「姫様、これは、もしや」

「そう、召喚獣。あ、この子はダイゴロウね」

『ワン!』

 

そうだと一鳴きするダイゴロウは私のすぐ横に行儀よくお座りしていて、うりゃうりゃと顔を挟んで撫でてまくってあげた。そして今度こそ彼の登場!

 

だったんだけど。

 

めり。

 

前回と同じく天井が低すぎるようで斜めになりながらこちら側に来てくれた。

召喚獣に対してなんて扱い!本当なら処刑ものだ。私は顔を歪ませて必死に謝った。

 

「本当にゴメンナサイ。狭い部屋でゴメンナサイ!」

『―――』

 

それでも気にするなと言ってくれる彼の優しさに思わず涙ぐんでしまった。

 

「ぐずっ、なんてやざじい…」

「姫様……、なんとおいたわしや……」

 

そっと白いハンカチを私に手渡してくれたジャレッド。執事らしく自分も目元にそっとハンカチを押し当てた。きらり、と涙が光った。

 

『―――』

「今回も破格の値段だ大丈夫なんですか!?……本当に何から何までありがとうございます!」

「わたくしめからも心から御礼申し上げます。ようじんぼう様、ダイゴロウ様」

『―――』

『ワンワン!』

 

こうして無事に護衛の依頼を終えることができた。ようじんぼうには目立つのでひっそりと隠れてもらい、ジャレッドの傍にはダイゴロウを控えさせてもらった。ちょっと目立つけどこれで安心だ。

 

後は、ユーリーが言っていた自警団と直接話さなきゃならない。

私は、ジャレッドと別れてこっそりとホテルを抜け出ることにした。あ、また伝言は忘れずに伝えておいた。ちょっと女の買い物してくるって!

そういえば、大体男は遠慮するはずと考えたからだ。

 

どんな買い物?男には必要ないものよ。

 

【言い方は色々ある。】



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苦心惨憺~くしんさんたん~

ゆっくりと休養する彼らに忍び寄る黒き影。

彼らはつかの間の平穏に浸るだろう。その裏で一人動く白き姫の葛藤など知らずに。
だがそれでいい。少しづつずれていく溝がいずれ、元に戻らないほどの歪に繋がるのだから。


イグニスside

 

額に浮かんでくる汗を拭いたい。だがそれは叶わず。此方の気候は王都にいた頃よりも暑くすぐに汗をかいてしまい服に纏わりつく感覚が気持ち悪いことこの上ない。

ホテルから出発したオレとグラディオはイリスの荷物持ちとなっている。ノクトとプロンプトはこうなることを見越してか、男二人だからこそやることがある!とか力強く宣言して逃げて行った。

 

市場にきたオレたちはルンルンと気分よさそうに鼻歌交じりで店先の品物を取っては品定めをするイリスとその肩に乗っているクペ、そしてイリスを守ると宣言したタルコットの後を黙々と続く。すでにこれで四件目。オレの両腕はすでに店の紙袋で塞がっている。さすがに子供のタルコットに大荷物を持たせることはできずに紙袋のみを持たせているが、本人は不服と言わんばかりに「もっと持つ!オレはイリスを守るんだ!」と強く言ったものの、序盤でくたびれたようだ。

 

「イグニス~、これ持って」

「ああ」

「まだ買い物するのかよ~」

 

タルコットのぼやきなどイリスに届かずか。

子供ながら舐めていた。女性の買い物は恐ろしいというがまさにその言葉通り。

まだ持たせる気のようだ、イリスは。仕方なく腕に引っ掛けるしかなかった。さらに別の店で買い物を終えたイリスはグラディオにも荷物を持てと頼んでくる。甘え声なのは戦略だろうか?断らせまい為の。その仮説が正しいのならオレは策に見事はまっているということか。

 

「お兄ちゃんもコレお願い」

「お前な~、少しは遠慮ってもんを」

 

だがグラディオはそう言いつつ受け取っているから効果はあるらしい。

 

「何言ってるの!?せっかく荷物持ちが来てくれたんだからここぞって時に買わないと!それにまだ旅続けるんでしょ?それなりのもの揃えて置かないと」

「そうクポ!レティの服とかもクペが選んでるクポ。変装用の服も買っておかないとクポ」

 

同調するようにクペが頷く。心なしか興奮しているようにも見える。普段は薄めなのに今はパッチリと目が開いている。

 

「ねー!私も服欲しいしー。逃げてくる時なんて身近な物持ってくるしかできなかったからさ。女だもん。もっとオシャレな服ほしー!下着とかもさ、クペも一緒に選んでよ!」

「いいクポ!レティの下着もクペが選んでるクポ。清純派もえろっちぃのもスケスケのも小悪魔系のも任せるクポ」

「えースゴイスゴイ!楽しみ~!」

 

何も聞こえない。オレは何も聞いていない。レティの下着がどうたらと聞いていないぞ。

げんなりとグラディオがそう呟いた。

 

「……女の買い物にトラウマなりそうだぜ」

「ああ」

「お前、大丈夫か?さっきから『ああ』しか言ってないぞ」

「ああ」

「ダメだこりゃ」

 

確かに駄目だな、今のオレは余裕がない。

どうもあの一件以来、レティに関して過敏になりすぎている。言わずもがな、アレだ。

口に出すのも躊躇ってしまう。それくらいにオレに衝撃を与えた事件だ。

その所為で朝、レティがいなくなったと騒いだノクトと同調して同レベルの言い合いをしてしまったくらいだ。

…臣下として己が情けなく思う。だがノクトに向けたレティ本人からの電話にオレはほっと胸を撫で下ろしたものだ。一言言わずにはいられなかったがイリスに出鼻を挫かれて機会を逃したまま今に至る。

 

無事で良かった。

だが無理だけはしないで欲しい。

 

様々な感情がオレの心を渦巻いていたが、まず伝えたかったのはこの言葉だった。

女性の扱いに慣れているグラディオのように気軽な感じでそう伝えられたら良かったのだが、あいにくオレには無理なようだ。女性経験が乏しいという意味ではない。レティ相手だからこそ口下手となってしまうオレにとって、気持ちを伝えるだけでもモルボルの臭い息にノーマル装備で挑むようなものなのだ。……喩えが悪かったか。だがそれらに匹敵するという意味ととらえてほしい。

不味い、オレは一体誰に向けて語っているんだ?

 

少し休む必要があるか。

 

「そろそろ休まないか?」

 

オレが休みたいという雰囲気を与えずにそう進言してみた。イリスたちは疑う様子もなく

 

「そうだね、冷たいジュース飲みたいし。クペとタルコットはどう?」

「いいクポ。だったらさっきいい店があったクポ」

「オレもさんせ~!」

「いいねそこ行こうよ!」

 

うまく誘導することができたようだ。女子二人はと少年一人は身軽な動きで(何も持ってないから確かに身軽だろう)颯爽と歩いていく。

オレとグラディオは深いため息をついて二人の後を続いて歩いた。

 

 

さて、無事にイリスの買い物地獄から逃げることができた健全な年頃の男子二人は、やっぱ新しい町来たらナンパでしょ!と意気込むプロンプトに無理やり連れまわされて色々な女性に声を掛けたりしたものの、まったく釣れる様子はなくしょぼんと肩を落とす始末。それはプロンプトだけのようだ。ノクトは嫌々付き合っていたが、やはり気になるのはレティらしい。どこか落ち着きなくスマホをいじってはそわそわとしていてプロンプトは、適当な店で休もうとノクトを促して店先で座れるテーブル席にだらしなくへたり込むように座った。それに続いてノクトも座り、やっぱりスマホをいじる。

 

店員が「ご注文は?」と尋ねに来るとプロンプトが手で指を二つ作ってあげて「コーラ二つ!氷沢山でお願いしま~す!」と頼んだ。店員は「少々お待ちください」と営業用スマイルで軽く頭を下げて店内へと入っていく。

【産まれも育ちも】王都生まれの二人にはこちらの気候にすぐ慣れろというのは無理な話である。グラディオが共にいたのなら、軟弱だなと皮肉りそうなものだが。

幸いにイリスの買い物地獄にはまってしまっているので、その心配はない。

 

だが、別の小さな問題はあるだろうか。

それが、落ち着きないノクトである。

 

少し手元を覗き見ると、レティのアドレスは表示されているものの通話ボタンが押せないらしい。あーだの、うーだの鬱陶しく髪を掻きながら呻いては結局スマホをテーブルに置く。

しばし、スマホをじっと見つめてついに覚悟決めたかばっとスマホを再び持つとレティへ電話を掛けた。耳元に持ってきて音を訊けばしばらくして肩を落としスマホをゆっくりとテーブルに置く。そして項垂れるようにテーブルに突っ伏した。

……どうやらレティは電源を落としているらしい。それほどに電話も出たくないという意思表示と受け取るしかなかった。ほどなくしてキンキンに冷えた透明なグラスに入ったコーラが二つ店員によって運ばれてくる。縞々模様の色違いのストロー付き。たとえ角砂糖何個分?という代物でも今の状況ではカロリーoffなんて野暮である。飛びつくようにプロンプトはそれを受け取り、もう片方を突っ伏したままのノクトの傍に置いた。

 

「ノクト―。コーラ来たよ」

「……」

 

生ける屍と化しているようだ。プロンプトはおもむろにノクト用のグラスを持ってノクトの頭に一瞬だけ乗せた。

 

「ツメテっ!」

「ほら、ぬるくなっちゃうから」

 

急激な冷たさから起き上がったノクトに差し出すと、「ありがとよ」とぶっきらぼうに礼を言ってストローを口に銜えた。プロンプトは椅子に背中を預けるようにして同じようにストローを銜えて喉の渇きを癒す。刺激的な炭酸とカロリーたっぷりな味が一気に広がり脳天まで爽やかになる、ような気がする。

 

「ノクトさー、姫と何、あったの?」

「……」

「真っ黒焦げになってくるし、姫は機嫌悪いし」

「………」

「ちょっとは姫も疲れが取れてるといいけどなー。一緒に来たかったけどなー」

「ああもう!オレが悪かったよっ」

 

それとない嫌味に耐えかねてノクトは降参するように叫んだ。

プロンプトはコトンと音を立てて半分まで飲んだグラスをテーブルに置くと偉そうないい方をして尋ねた。

 

「してノクト君。何があったのかね」

「何だよそのいい方。……腹立つ」

 

ズズッと最後にストローで音を立ててすでに飲み終えたグラスをドン!と音を立ててテーブルに置いた。不機嫌に頬肘ついて今にもファントムソード出しそうな勢いにプロンプトは大慌てで椅子から仰け反りそうになって椅子が後ろに倒れそうになるのを鍛えぬいた腹筋で何とか元に戻す。

 

「いやいやいや!?まずは理由を訊かせてから怒ってよ」

 

ノクトは躊躇ったのち、釘を指してきた。

 

「……イグニスに言うなよ」

「うん」

 

小声で囁くように顔を近づけて言うノクトにつられてプロンプトも同じようにした。

はたからみれば、男二人顔を近づけて何してるの?っていう風に他人から見られているのだが、彼らは気づいていない。そういう世界もあるんだとこの町の人々は寛容だった。

 

「……オレが悪いわけじゃないからな。レティがミスっただけだからな」

「うん。分かったからその先続けて」

 

そう促すとノクトは「あー」だの「うぅー」だの呻いて、ついに口を開いた。

 

「……見た……」

「?何を?」

「……そ、の……レティ……の」

「姫の?何?」

 

そこでノクトはなぜか口元を手で押さえて視線を逸らした。

まるで、思い出すのも恥ずかしいように。実際、これからいう台詞も相当恥ずかしいものなのだろう。

 

「……は、だか……」

 

はだか。レティのはだか。

 

何度もリフレインするその言葉。

一度理解すれば分かる言葉。だが健全なる男子諸君よ。女子の裸を見るなんていうイベントが早々あるものだろうか?否、どこぞのエロゲでもなし、ここはしっかりとした現実世界。そりゃ、プロンプトだって若い女子に興味津々だ。だからと言って、そんな稀なイベントいまだ二十年生きてきて、まったくない。

 

ここは大げさに驚くところなのだろうが、プロンプトの心情としてはどうしてもそういう気になれなかった。

 

それ(スケベイベント)は彼の普段抑え込んでいる何かに触れたのだ。俗にいう気に障るという奴である。どうしてかわからないが、ノクトのその発言そのものが気に入らなかった。いや、その場面を思い出しながら恥ずかしがる横顔もムカッとくるものがある。ましてや、その言い訳が何とも男らしくない。

 

「………」

「……好きでみたわけじゃねーし。いや、好きだけどさ!レティのことは。…でも、その見たくて見たわけじゃねぇし可抗力ってやつなんだけどよ」

 

とか言いつつそのにやけた面はなんだと言いたかった。

 

見たくて見たわけじゃない?見られた方はどんなに傷ついたか。

ああ、だから部屋に閉じこもってしまったんだ。本人たちは兄妹と思い込んでいるかもしれないが、ノクトとレティの関係を知っている身としては、なんだかチリチリと胸が焦げつく。

 

普段から鬱陶しそうなレティをいいことにべったりとくっ付いては、イグニスから嫉妬の視線を注がれていることも無視してまるでオレの物扱いして、それだけならまだしも今回のことも休みなくレティが心血注いでノクト達を鍛え上げようとしてくれているというに、本人はレティのたまに一人になりたいと思う時でさえ独占力激しく何処に行った!?と騒ぎ立てる。ノクトの気持ちもわからないでもなかった。

たった一人の家族となってしまったから、何が何でも守りたいと思う気持ちも分かる。

けど、それと恋愛感情では別だ。

まるで鳥籠に閉じ込めるかのように束縛してしまっては、きっとレティは気持ち的に余裕がなくなる。縛られることが嫌だと言っていた本人にそれを強いていることにノクトは気づいていないのだろうかとさえ疑ってしまう。

 

それが、気に入らなかった。

それが、ムカついた。

 

プロンプトは。いつもなら『マジで!?ノクトのエロ~』などとからかったりするだろうがそんな気すら起きない。いや、茶化して終わらせる自分がいないのだ。

 

「…っておい。なんで銃出してんだよ?」

 

しれっと答えたプロンプトはいつになく爽やかな笑顔だった。

そう、親友と信じて疑わない彼の手には、身を守るための武器、愛銃がセットされていた。

 

「……いや、なんとなく」

「なんとなくって顔してねーぞ!」

 

仰け反るようにガタン!と椅子からひっくり返ったノクトは、そう怒鳴りながら退け腰になった。別にノクトに銃口を向けているわけではない。対してプロンプトはノクトの動揺など気にした様子もないようで足を組んで銃を持て余ししているように、クルクルっと華麗に指に引っ掛けて回したり汚れがないかチェックしたりとする。

 

「ノクトってたまーに、オレに目がけて狙ったかのように攻撃してくること、あるよね?」

「いや、それは…」

 

今関係ないだろうと言いかけたが、ふいにプロンプトがノクトの方を向いたことで言葉を詰まらせてしまった。いつもより何かが違う、と本能的に悟ったからだ。

 

「オレもさ、たまに手元が狂っちゃうことも、あるんだよね。……今とか」

「ああ!?」

 

プロンプトは決して銃口をノクトに向けることはなかった。だが言葉の銃で確実にノクトの痛いところを突いた。貫くような視線をノクトに向ける。

 

それは、一瞬ではあるが気圧されてしまうほどの凄みある瞳だった。

ゆっくりと椅子から立ち上がりノクトを見下ろすプロンプト。

 

「姫は、前にオレに言ってた。城から出たことで自分がまったくの世間知らずだってことが分かった。だからオレ達に教えてもらえることが嬉しいって。そうやっていくことが今の自分にとって必要なことだからって。……今のノクトは何だよ。姫姫姫って四六時中姫のことばかり気にしてる!そりゃたった一人の家族なのは分かるさ。好きな人だからってのも理解できるよ。でもそれで姫の自由まで奪うことないだろ?それじゃあ監視と同じだ!そんな縛り付ける好きなんて姫は嫌がるに決まってる!」

「…おい。いくらお前でもどうこう言われる筋合いねぇぞ」

「……オレは間違ったこと、言ってないと思うよ」

 

にらみ合う二人。

まったく彼らの会話が聞こえていない周りの人間にしてみれば喧嘩と色々複雑な喧嘩?と疑念にかられてしまうかもしれない。

 

「……」

「……」

 

そんな険呑な雰囲気の所へ何一つ荷物を持たないイリスが登場。手をぶんぶんと振って二人の元へスカートをはためかせながら軽快な走りで寄ってくる。その後をタルコットが追いかける。

 

「あれ、ノクトー!プロンプト―!」

「ノクテ、あて!」

 

ノクティスと名前を呼ぼうとしたタルコットにすかさずグラディオの待ったが入った。

 

「タルコット、その名前はここで叫ぶな」

「…あ、そうだった。すいません」

「……オレ先にホテル帰る」

 

ノクトは立ち上がってプロンプトの脇を通り抜けてホテルへと向かっていった。

 

「……」

「プロンプト?ノクトはどうしちゃったの?」

「……なんでもないよ」

 

弱弱しい笑みを浮かべてプロンプトはそう言った。だが何か違和感を感じたイリスは尋ねようとしたものの、突如頭の上にどすっと何か軽いものが乗せられ思わず悲鳴をあげる。

 

「きゃ!」

「男にはぶつからなきゃならないときもあるってもんだ」

 

抱えきれないほどの荷物を持っていても余裕そうなグラディオがまるで一部始終でも見ていたかのようにそう答えた。

 

「グラディオ」「お兄ちゃん!ちょっと重たいっ!」

「プロンプト、ノクトはどうした?」

 

同じく、両腕に紙袋などをぶら下げた多少くたびれた様子のイグニスが目ざとく一緒に居ないノクトについて尋ねた。頭にはクペが鎮座している。飛ぶのが面倒くさいらしい。

ノクトとはすれ違ったらしいが声を掛けるも不機嫌そうに無視されたらしい。だからプロンプトに事情を尋ねた、というわけだ。

作り笑みに指先で困ったように頬をかきながらプロンプトが答えた。

 

「ああ、ちょっと喧嘩しちゃった……」

「喧嘩?……何が原因だ」

 

途端に眉を顰める。予想通りの反応にプロンプトは苦笑して

 

「……ゴメン。言えない。オレ、しばらくその辺ぶらぶらしてくるよ。まだ姫へのお土産買ってないから」

 

と、まるで探られるのを拒否するかのようにそう言ってプロンプトは市場の方へかけて行ってしまった。

 

「これは一波乱ありそうクポね」

「だろ?」

 

ピカリンと目を光らせたクペにグラディオはにやりと笑って返した。

 

「何が?」

「さぁ?」

「…わからない」

 

イリスが首を少し傾げながらタルコットを見やっても、タルコットは分からずにイグニスを見上げるとさすがの軍師もさっぱりらしい。

 

「あのー、お代金もらってないですが…」

 

遠慮がちにイグニスに話しかけてくる店員は代金の支払いを頼んできた。イグニスははぁ~と重いため息をついて「連れが失礼なことをした。幾らだろうか?」と荷物を地面に置いてジャケットの内ポケットから財布を取り出した。だがイグニスの腕に飛びついたイリスは

 

「丁度いいじゃない。ここで休もうよ!」

 

と上目遣いにお願いをしてきた。イグニスもどうせ会計を済ませるなら同じかと納得して、店員の方を向くと、

 

「すまない。追加でオーダー頼めるか。連れの分も払おう」

 

と財布をしまって荷物を持ち上げた。店員は「勿論構いません」と新たな客確保に営業スマイルで答えた。そこでしばしイリス達は疲れをいやすために休憩することにした。

 

【一月往ぬる二月逃げる三月去る 】



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深謀遠慮~しんぼうえんりょ~

レティーシアside

 

 

いざ尋常に勝負!と意気込んで私はバッチリと化粧をしつつ(気合いれて変身)、白のピッタリとしたAラインのワンピースを着て髪をぐるぐるまとめてつばの広い帽子をかぶって髪の毛はしっかりとカバーされていることを確認。トントンと床を蹴ってシルバーのハイヒールサンダルの調子を合わせる。……オッケー。ぐらつくことはないわ。

普段よりも高めだけどこんなのおちゃのこさいさい。普段から白の中じゃ素足だったけどいざ公式の場じゃもっと身だしなみに気を付けてたし、周りも五月蠅かった。お高いブランドドレスなんていらないのにね。普通に手作りのでも私は喜んで着るのに。無駄遣いだと思うわ。あれは。

 

ジャレッドにどうかと見せに行ったら「とてもお綺麗ですよ」と柔和に微笑んで褒めてくれた。ああ、優しいお世辞を言ってくれるなんて!さすが執事ね。

お気をつけてと見送ってくれたジャレッドに手を振ってホテルを出発した私は、完全武装でユーリーが待つ、あの店へと向かった。

 

お店に着くまでジロジロと行きかう人から見られたけどこれは怪しいから見られているわけじゃないのよね?ちょっと不安になったけど、今さら着替えている暇はない。なんせ、ノクト達が帰ってくるまでに済ませてホテルに帰らなきゃいけない。

万が一の為に、ジャレッドに口裏合わせは頼んであるけど、これは私の交渉次第で決まる。気が引き締まる思いだ。

そして、着いた。

 

私の、戦場。

 

名を、『Snow Crystal』というみたい。今やっと店の名前に気が付いたおまぬけな私。こんなんで大丈夫かしら。我ながら不安になってしまう。それにしても、Snow Crystalなんて素敵な名前。発想がまず違うわね。この暑い地帯に雪なんて降るはずがない。さすがマスター。

 

「よし!」

 

私は、バチンと自分の頬を叩いて気合をいれてちゃんと店のドアにオープンの看板が下がっていることを確認して、ドアノブに手を掛けた。

 

カランと、戸口の鐘が鳴り、それはゴングの始まりにも聞こえた。

 

【闘いは始まった。】

 

 

店内は昨日と同じようにガラガラというかお客さんの姿がまったくなかった。レトロ調度品、マスターの後ろに並ぶ数十種類のコーヒー豆。その豆を引く為の本格的な年代物のサイフォンに品の良いカップアンドソーサーたち。ゆったりと流れる昔ながらのレコード音。ここだけ別次元かのように錯覚してしまいそうになる。そんな店内に私は入店した。

 

「こんにちは」

「おお、噂をすればだな、お嬢さん。いらっしゃい」

「…あ、来てくれたんだ!」

 

白髪交じりのマスターが最初に気づいて私は軽くお辞儀をした。次いでカウンターに腰かけていたユーリーがぱっと私に気づいて椅子から降りると嬉しそうな表情で出迎えてくれた。

 

「昨日はありがとうございます。ユーリー」

「いや、別に構わないよ。今日はお洒落してくれたんだ……。すごく綺麗だよ」

「ふふ、ありがどうございます」(本当は観光する気ないんだけどね)

 

少し照れたように笑うユーリーに対して私は軽く褒め言葉を流した。

褒めて欲しいわけじゃないし、時間も限られているのでここは悪いがささっと挨拶をすます私。でもマスターにはちゃんとお礼を言っておかないと。

 

「マスターもありがとうございました。フレンチトースト、とっても美味しかったです」

「いやなに、可愛いお嬢さんの笑顔を見れただけでも嬉しいもんさ。それにしても、随分と目かしこんで昨日と偉い気合の入りようだな」

 

そういって茶化すマスターに、なぜかユーリーが慌てた。マスターには鬱陶しそうにしながらも、

 

「あーもう!いいだろ!俺たちいくから!…さぁ、行こうか」

 

私には優しく目尻を下げてどこか嬉しそうにしながら背に手を回して紳士らしく案内をしてくれようとしてくれる。けど私はそんな彼を手で制した。

 

「ユーリー、最初に謝っておきます。ごめんなさい」

「え?」

 

ぺこりと頭を下げた私にユーリーは不思議そうな顔をした。

言わなきゃ。

私は彼の瞳を見つめながら、緊張から喉をごくんと鳴らし意を決して口を開いた。

 

「……お願いが、あるんです」

「どうしたの、怖いくらい真面目な顔して。もしかして、また君にちょっかいだした奴がいたの?」

「いえ、そうじゃないんです。今日は、私観光案内をお願いしにきたんじゃないんです」

「…えーと。それは遠回しのお断り…?」

 

しょぼーんと残念そうな顔をした彼。

やばい!何が勘違いしているんじゃないだろうか!?

 

言葉足らずだったかもしれないと私は慌てて言い直した。

 

「そうじゃないんです!違います。ユーリー、貴方の力を貸して欲しいです。貴方にしか頼めない!」

 

私は頭を振って必死に違うと否定し、彼の手を取って両手で握りしめた。

信じて欲しいと彼の瞳をじっと見つめてながら、

 

「……レティ、大胆だね」

「え?」

「いや!?なんでもないっ」

 

慌てて口元抑えながら誤魔化すユーリーに私は「そ、そうですか?」と戸惑ったが、時間も限られているので気を取り直し、はっきりと要件を伝えた。

 

「…自警団の代表に、会わせてほしいんです」

「……どういうことか、説明してもらえるかな」

 

先ほどとは打って変わって真面目な表情に変わった彼。私が冗談で言っているわけじゃないと悟ったのだろう。

 

私も彼の手から自分の手を離しお腹の辺りで手を組んだ。

マスターは、黙って私とユーリーのやり取りを見守っていた。

 

「……不躾だということは重々承知しています。でもそれを踏まえてお願いします。…この町の未来に関わることなんです。……レスタルムが危険に晒されています。帝国軍により」

 

曖昧に伝えたところで胡散臭いと思われるだけ。はっきりと言わないと分かってもらえないと思った。だから私はきっぱりと言った。レスタレムが危ないと。

 

「……それは…」

 

でも、案の定ユーリーは半信半疑と言った風に言葉を詰まらせた。たぶん、返答に困っているんだと思う。いかにもまだ出会って一日しか経ってない女のいうことを真に受ける人がいるわけがない。

だから最終手段、私の身分を明かすしかないんだ。私は帽子を脱ごうと鍔に手を伸ばした。その時、静観していたマスターがよく通る声でこういった。

 

「ユーリー、会わせてやればいいじゃないか」

「マスター!?アンタなぁ……」

 

思わぬ介入の声に私は驚き、反対にユーリーは咎めるように荒い口調になった。でもそれを黙らせる眼光鋭い視線にユーリーはぐっとつまり言葉を詰まらせた。とてもじゃないが、一般人が出せる眼圧ではなかった。まるで戦いの経験でもあるかのように感じた。

 

「お嬢さん、嘘じゃないんだろ」

「はい。被害が大きくならない為にも急がねばなりません。……自警団の人たちの力が必要なんです」

「……」

 

ユーリーは複雑そうな顔をしてガシガシと髪を掻いた。マスターからちらりと私を見やった。そしてまたマスターを見る。何だか迷っているみたい。やっぱり、駄目かなと肩を落としかけたけど、マスターがふぅっと息をついた。

 

「……連れてってやんな、ユリ」

「……」

 

それでもユーリーは何も言わない。私は縋るようにユーリーの名を呼んだ。

 

「……ユーリー…」

「……ああもう!わかったよ。そんな顔しないでくれよ……。俺が悪者みたいじゃないか」

 

くしゃっと髪を握って困ったように私を見た。

 

「それじゃあ!?」

「いいよ。分かったよ、……ボスのとこに連れてってあげる」

「ありがとうございますっ!」

「ただ少し、ボスにも『準備』がいるだろうからな」

 

なぜかマスターを睨みながらいう彼。どこか含みあるいい方に私は怪訝にマスターを見つめたが、マスターはさっさと行けと私たちを追い出すように手を振ってみせた。

仕方ない、ここはさっさと出ようと私はぺこりとお辞儀をして先に店を出たユーリーの後を小走りで追いかけた。

 

どうしてかマスターが気になって、ちらりとお店を振り返るとなぜかドアの看板は『open』から『close』になっていた。

 

ユーリーに先導されてやってきたのは人気の少ない路地を通ってあるそれなりに大きな建物だった。元々レスタルの町自体が密集して作られている町だけど、ここだけは独立していてなんだか雰囲気も物騒な感じ。一般人が立ち寄らない裏路地みたいな?

道すがら、ユーリーは不愛想な奴もいるけど基本いい奴だからと前置きをして私を中へと誘った。そして中に入ると、ユーリーの助言通りゴッツイ体つきの目付きが滅茶苦茶悪い男性やら眉毛がない人とかまー個性的な人々から一斉に視線を受けました。

 

「……」

「レティ、こっち上に上がって」

 

指でくいくいっと階段を示されたのでそちらの方へ向かおうとするけど、前方を屈強な男に塞がれた。やだ、立派なスキンヘッド!ちょっと写メ撮りたくなってうずうずしてしまった。

 

「待て、ユリ。その女はなんだ」

「……ボスの面会相手だ。どけよ」

 

いつもよりも低い声でそう言い返すユーリーは何処か苛立った様子だった。

 

「……許可は?」

「もらってる」

「……ほぅ……。その女がなぁ?なぜ、顔を隠す?もしや、表に出せない面してるとかか?」

 

知り合いの男の視線は私を値踏みしているようであまりいい気はしなかった。たとえ写メ撮りたくなるほどのスキンヘッドでも、だ。

しかも私が帽子で顔を隠すようにしていることを面白がって言っている様子。でもここで顔をさらすわけにいかない。出し惜しみじゃないけど、もっと場が盛り上がる瞬間というものがある。そこで活用してこそ相手に衝撃を与えられるというものだ。

 

もし、ここで帽子を脱げと言われたらどうするか。

 

はったおす。

という選択肢が一つ頭に浮かんで慌ててぶーん!と外へ放り投げる。

 

じゃあ、ぶったおす。

これも同じだわ!またまたぶーん!と放り上げる。駄目だわ。気がたっているのか、攻撃的な選択肢しか浮かばない。

 

まず耐える。それから考えよう。うん、決めた!

ピンポン!と正解の電気がついた。

 

けどここで耐えなければ代表と面会することはできない。私は黙ってその視線に耐えた。すると肩をぐいっと引っ張られてユーリーの胸へと抱き寄せられた。

 

「あんまり威圧するな。レティが怖がってる」

「あ、の…」(別に怖がってないけど。むしろ写メ撮らせてほしいのですけど)

「行こう」

 

ユーリーに守られるように男の脇を通って共に階段を上がった。

そして、通された小さな部屋に案内された私はユーリーから、ボスの準備が終わるまで待っててと言われた。彼は少し用事を思い出したと言って部屋を出ようとした。そんな彼の背に私は「ありがとう」と礼を言った。

先ほど、頼んでいないとはいえ守ってくれたのだから。するとドアノブに手を掛けてユーリーは少しだけ顔を振り向かせてウインクを一つして笑みを浮かべた。

 

「……いや、女の子を守るのが俺の役目だからね」

 

いや、頼んでないんですけどと言えない私は曖昧に微笑んだ。

そう言って彼は静かにドアを閉めた。

 

代表が待つという部屋に通された私は、まさかそこである人物を顔を合わせることになるとは考えもしなかった。

まるで野次馬のようにそれなりに広い部屋に集まっている男たち。きっと自警団のメンバーなのだろう。年齢や体格など様々だが彼らの私を見る目付きは明らかに一般人の目とは違っていた。戦いを知る者。なるほど、ここの自警団はそこらへんのハンターよりはかなりの経験を積んでいると推察できる。あら、女性もいるみたい。ちらりと見たけど凛々しいおねー様方と印象を受けた。

 

私も負けれられないわ。人から注目を受けることには慣れているもの。

だってこんなんでも公式の場で皆さんに朗らかに微笑んで手を振ってましたからね。

 

胸を張れ、レティ。

 

私はプリンセス、私はプリンセス。頭の上から足のつま先まで可憐なプリンセス。

でも時に大の男に金的入れちゃうちょっとお茶目なプリンセス。

 

そう、心の中で何度も唱えて、よし。ぱっちだ。

よくドラマで出てきそうな社長机に革張りの回る椅子。ここで悪役社長が葉巻銜えながら椅子をぐるっと回転させて登場するのよね。私の予想はあながち外れではないかも。だってそこの代表が座っていらっしゃいますからね。

 

「貴方が、代表ということでよろしいでしょうか」

 

皮張りの椅子に腰かけている男性が椅子を回転させて此方を向いた。

だがそこに私が予想したごついおじさんではなく、先ほどまで顔を見合わせてた人物が悠々と座っていたものだから思わず顎外れるのではないかというくらいに驚いた。

 

「マスター!?」

「よう、お嬢さん。さっきぶりだな」

 

悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべるマスターは、軽く手をあげてみせた。先ほどよりも若いようにもみえる。あ、そうか。服装が白のワイシャツに腰元のエプロン姿からちょい悪親父みたいなビシッとした黒スーツにセンスの良い柄物のネクタイ。胸ポケットからチラ見せする赤いハンカチに目元には少し濃い目のサングラス。元々後ろで無造作にまとめていた髪はしっかりと結んで乱れを一切見せない髪形へチェンジしていたからだ。

 

正直に言おう。恰好良い。

年上のおじ様ってこういう感じなんだと衝撃を受けたもの。ああ、イリスに自慢したい!

 

「……貴方が自警団のリーダーだったんですか」(一緒に写真撮ってもらいたい)

「ああ、お嬢さん。だが聞きたい。なぜ、俺に会おうとした」

 

ガラリと印象を変えたマスターは、自警団の代表の顔つきになった。

机に両ひざをついて見定めるように私を見つめてくる。

いけないわ、レティ。意識を飛ばしすぎよ。私は、自然と引き締まる思いで口を開いた。

 

「……帝国軍がこの町に責めてくるかもしれません。その時に貴方達の力が必要となるんです」

「なぜアンタがそれを知っている」

 

畳みかけるように私に問いかけてくるマスター。私は、口を噤んだ。

こうすることで、皆の注目を集めるためだ。

 

「……」

「レティ…」

 

案の定、間をあけることで一斉に視線を受ける。これでよし。

私は、躊躇ったようにみせて「私は」と小さく呟いた。

 

そして、ゆっくりと帽子を取る。

あくまで優雅に、あくまでわざとらしさを感じさせないよう。

 

まとめていた髪がしゅるんと背中に落ちるのが分かった。それに一斉にどよめきが発生する。私の露わになった髪を、容姿を目にした男(凛々しいおねー様方も)たちからだろう。それは、ユーリーにも当てはまった。

 

「レティ、……あんた」

 

これが、彼に見せたくなかった理由だ。

すぐにわかっただろう。私が異質であると。

 

「ユーリー。騙していてごめんなさい。レティは私の愛称なんです。私の本当の名は。……レティーシア・ルシス・チェラムと、申します」

 

銀の髪に緑色の瞳。白磁の肌に整った容姿。ルシスで一人しかいないというその存在を知る者は多くいる。それこそルシスの民でなくても耳にするくらいに有名なのだ。

こんな時に、目立つ自分の容姿が役に立ったと思える。フフフ、これで流れは我にあり、だ!

 

後は、ぐっと鷲掴みにさせる台詞をスラスラとよどみない口調で言うだけ。でもここで舌を噛んだりすればあっという間に機会を逃してしまう。そう、チャンスは一回しかない。

私は、すぅっと息を吸い込んでよく通る声で皆に語った。

 

「恥ずかしくも私は民を国を捨て、このような姿で人前に偉そうにおめおめと顔を出せる身分ではないと、それは重々承知しております。……数多の苦言暴言は全て私が受け止める覚悟はあります。私達は陛下の温かい御心によりこうして生き恥晒してこちらにたどり着きました。……国を追われた王族に力がないとお思いだと思います。実際、その通りです。あの魔導兵ら相手に非力な私達では対抗することもままなりません」

 

マスターは黙って私の言葉に耳を傾けた。

 

「……」

「……ですが、状況は一刻を争います。我が兄、今は死亡と扱われておりますがノクティス王子も共に生きております。皆さまはご存知でしょう。すでに帝国は大々的に私の捜索を公にし、確保に余念がありません。その帝国軍の一味である男に、私の素性がバレていました。すでにここにいることは敵側に情報が知れ渡っているはず。このままではこのレスタルムも戦火に巻き込まれるかもしれません。その可能性が捨てきれないのは事実です。…私達はすぐこちらを発ちたいと考えております。ですが奴らは貴方方に私たちの行方を吐かせようとするでしょう。…どうか人の出入りを制限してください。できればそれなりに腕の立つものも町の警護に当たらせてほしいのです」

 

次に何を言われるか、想像できないほど私とマスターの見えない攻防。

自警団のメンバーが固唾を呑んで見守る中、椅子から立ち上がったマスターは、私の方に歩いてきた。思わず身構えてしまったけど、ユーリーが自然な形で私とマスターとの間に身を滑り込ませるように入った。

 

「何もしねぇよ、どいてな」

 

そう言って、ユーリーを退かせたマスターはなぜか私の前で急に膝を折り頭をたれたではないか。これには私もつい動揺してしまった。だってダンディーなおじ様を跪かせるなんて何プレイ!?

 

「な、なにを!?」

「数々の非礼、お詫び申し上げます。風の噂で無事にルシスを発ったことは存じておりましたが、……御無事で何よりでございました。レティーシア殿下」

 

先ほどとは打って変わってまるで臣下のような態度をとったマスター。周りも唖然としてしまう中、「…私を、知っているのですか?」と尋ねるとマスターは体制はそのままで顔だけを上げて理由を語った。

 

「……今はこのような身ですが、昔陛下にお世話になった者にございます。恩義を感じており、いつかお返しできたらと常々考えておりました。このような機会を貴方様に頂けるとは光栄にございます」

「……陛下に…」

 

あの人とこんなところで繋がりがあったなんて。

なんだか、助けられたようでちょっと複雑な気分になった。少し沈んだ表情の私に気づかないでマスターは立ち上がりながら声高らかに皆に聞こえるように告げた。

 

「我が自警団、【ヨルゴの軌跡】は全面的に殿下のお力となることをお約束いたしましょう。いいな、お前ら。これは決定事項だ。文句言う奴は俺が尻に蹴りいれてやる」

 

それでも納得していない様子のメンバーたちの態度にしびれを切らしたマスターは腹の底から怒鳴り声をあげた。

 

「喧しい!オメェらは姫の覚悟が分からねぇか?護衛一人もつけずに俺たちを信用させるために身分まで明かしたんだ。もし、俺らが帝国に情報を売るかもしれねぇってのにだ」

 

スイマセン。全然そんなこと考えてませんでした。

ただ必死だっただけなんですと言えない状況となっている。メンバーの皆は、感慨深く頷いていて「さすが、ルシスの姫だ」とか何とか感心していて猶更言えません。だから私は咄嗟に思いついた台詞を吐いた。

 

「……私は、ユーリーを信じていました。この人なら信じられると思ったから」

 

そう言って彼を見つめた。

ユーリーは「レティ…」と感動したようで上手く私の話に乗ってくれた。

 

私の名演技によりうまく場を盛り上げることができた。

 

「…俺は、それでいいぜ」

「オレもだ。帝国軍に好き勝手させてたまるか!」

「私もよ。正直ムカついてたのよね……アイツラに」

「ええ、あたしもオッケーよ。暴れてやるわ!」

 

次々に上がる賛同の声。私は深く頷いてさっと話を繋いだ。

 

「私の仲間にも連絡は入れておきました。コル・リオニスという男です。合流次第こちらと連携をとってもらう形で話を進めています。陛下の信頼厚い者です。戦闘の腕も保証しましょう。それと、『ようじんぼう』」

 

私の声により異界から顔を覗かせたようじんぼう。今回は桜は飛ばさないで普通にぬっと異界から顔を出して現れた。気を遣ってくれたのね。あとでお礼を言わなくちゃ。

 

『―――』

「うわ!?」

「なんだぁ!?」

 

仲間たちが、驚愕した声を上げる。

 

ここは多少天井も高いので頭をぶつけることなく出てこられた。私の足元にはダイゴロウが元気に駆け寄ってきてぐるぐると回る。私は、膝をついてダイゴロウをそっと撫でながら、

 

「私は召喚獣たちと懇意にさせていただいております。今回の事態にも彼らは協力を申し出てくださいました。その他の召喚獣にもレスタルムを守るようお願いしてあります。ですが人の誘導などは人手しか対応できません。貴方方にはもしもの為に避難の誘導などもお願いしたいのです。直接対決は召喚獣たちに任せます。貴方方に決して怪我は負わせません。お約束いたします」

 

私の誠意は彼らに伝わったようでほっと一安心。

 

「スゲェ…」

「カッコいいぜ!」

 

先ほどよりもフレンドリーな雰囲気へと変わった。

 

「俺の名は、ヴォルフラム・カウンだ」

 

私に向かって右手を差し伸べるマスター。私は立ち上がり、彼に向き直った。

 

「……どうか、よろしくお願いします。ヴォルフラム」

「ああ、こちらこそ。レティ」

 

私達は互いに対等という意味を込めて握手を交わした。

 

あれから、自警団のメンバーの方々に必死に謝られたり尊敬のまなざしで見られたり握手を迫られたりとまぁ色々もみくちゃになってしまった。でもヴォルフラムの一喝で助けられた私は他のメンバーと顔合わせをしてほしいと言われた。少し時間が気になったので、少し断りを入れてからすぐジャレッドへと電話。まだノクトたちは帰ってきていないようで快くその申し出を受け入れた。挨拶を交わしていくうちに彼らが故郷を大切に想う気持ちが強く伝わってきた。色々と詳しい話をヴォルフラムとして、そろそろ帰ることを告げ、私はユーリーと建物を出た。

 

「あの、ユーリー。騙してしまう形になってしまってごめんなさい」

「……俺も、敬って姫様って呼んだほうがいいのかな」

「ううん、そんなことしなくていい。私はレティのままでいいの。本当は敬われるのも畏まれるのも嫌いだもの」

「……変わってるな、君は」

「え」

「だってそうだろ?お姫様ならチヤホヤされて嬉しいはずじゃないか。それに人に簡単に頭下げて……安っぽくみえるし」

 

僅かに視線を逸らしながらトゲがあるようないい方をするユーリー。どことなく先ほどとは見えない壁を感じてしまった。王族という存在は彼にとって険悪の対象なのかもしれないと感じとった。だがそれと今の状況は別もの。彼が抱く王族と自分という存在がかけ離れていて申し訳ないと思うが、自分の考えは伝えなくてはいけない。

 

「私は自分に素直でいたいだけ。助けてもらったらありがとうと感謝の言葉を伝え、自分が悪かったらごめんなさいと頭を下げて謝る。そんな当たり前のことに王族だとか一般人だとか関係ないと思う。同じ人間としてそれは駄目なのかな?」

 

あくまで彼の考えは否定しない。それも彼の意見であると言えるし今の自分にそのような失礼なことはできない。ただ、ユーリーに自分という存在を知ってほしかった。せっかく出会えた機会を、ただすれ違い様のまま終わらせたくなかった。

 

「……いや、ゴメン。意地悪ないい方だったね…」

「ううん、そう思われても仕方ないと思う。たとえ、あの人に追い出されたかもしれなくても、私が王族として、民を、国を捨てたことに変わりはないわ。……責任なら必ず取るわ。この命賭けて」

 

そう、ノクトはこれからのルシスに欠かすことのできない人だもの。

民にとってなくてはならない人。だから、全て私が背負えばいいんだわ。

 

「……あの、さ……。その俺なんかが言える立場じゃないけど……レティはよくやってると思う。さっきのだって、格好よかった。女の子は守るもんだって俺は考えてるから、新鮮というか。……ああ、俺もそうなりたいって思えた」

「ユーリー」

「……ユリって呼んでくれないかな。俺も君をレティって呼ぶから」

「……ありがとう。ユリ」

「……どういたしまして、レティ」

 

私達は互いにぎこちない笑みを浮かべた。

けれど、以前とは違う間柄になったような気がする。

ユリは、私から視線を逸らすと、どこか遠くを見ているかのような視線を向けた。

 

「俺、この町の出身じゃないからさ。ホントはアイツラみたいに熱くなるものなんてないと思ってた」

「……どこか違う町から越してきたの?」

「……越してきたっていうか、俺の住んでたとこ帝国に襲われてさ。…家族とも離れ離れになった。…俺は知り合いのオッサンに助けられてここまで連れてこられたんだけど」

「……そう、だったの……」

 

気の毒に、なんて分かったいい方できなかった。どう声を掛けてあげればいいのかわからなくて言葉に詰まってしまった私に気づいたユリは誤魔化すかのように「ゴメン」と謝って力なく笑った。……なんだか、悪いことしてる気分。

ユリは私が落ち込んでしまったことに慌てたようでさらっと話題をすり替えてくれた。

 

「……そういえば、髪、綺麗だね!銀髪ってこの辺じゃ絶対お目にかかれないっていうかさ」

「そう?ありがとう。…私はあんまり好きじゃないわ」

「どうして?俺は、雪の精霊が舞い降りたかと思ったよ」

「雪の精霊?私が?」

「ああ。そう見えた」

 

真面目くさった顔してそう断言するユリに私はこらえきれず噴き出して笑った。

 

「っぷ!あははははっ」

「そんなに笑うことかな」

 

あまりに可笑しくてヒィヒィと腹を抱えてしまった。

 

「ご、ゴメンナサイ。……まさかそんな褒め方されると思わなかったから」

「……もしかして初めて?」

「ええ。貴方くらいなものよ。私を雪の精霊だなんて例えるのは」

 

本当に一緒に居て飽きない人。私は目尻に堪った涙を指先で拭った。

 

「……大体、皆は私をルシスの宝とか、召喚獣に愛されている証とかそんな風に見てるはずだわ……。ノクト達だって……心の中じゃきっと……」

 

きっと、疎ましいと思っているはず。

浮き沈みの激しい私にユリはさぞ困っただろう。本当に扱いにくい女だと自分でも思う。

 

「あのさ!」

「え」

「もし良かったら、少しだけ散歩しないか?」

 

上ずった声でユリはそう誘ってくれたけど、私は軽く頭を横に振って断った。

 

「……御免なさい。すぐにホテルに帰らないと……。抜け出してきちゃったから」

 

これ以上長居してはノクトたちが帰ってきてしまうかもしれない。今、彼らに悟られるわけにはいかないんだ。私の言葉に一瞬肩を落としたが、すぐに気を持ち直して再度誘ってきた。というかなんだか必死みたい。

 

「……じゃ、じゃあ!せめてホテルまで送らせてくれ。」

「……いいの?」

「むしろお願いしますっ!」

「ふふ、変なの……。こちらこそ、よろしくお願いします」

「マジ?やった!」

 

なんだか落ち込んだり喜んだり忙しい人と思った。それから私とユリは適度な距離で色々話しながらホテルまでの道を楽しんだ。



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綺羅星~きらぼし~

ノクトとプロンプトの間に些細なすれ違いが発生していることも知らずに、レティはユーリーの見送りにより無事にホテルへ着くことができた。数分のすれ違いでノクトが隣の部屋に帰ってきたが、ドアをバタン!と機嫌悪そうに閉めて廊下に響かせるほどの音を発生させたことには気が付いていなかった。その後、イリス達が続々と(男二人)大荷物で帰ってきたがその中にプロンプトの姿はなく皆で夕食を食べに行こうとイリスがノクトに誘いをかけてみたものの、ふて寝しているらしく反応はなかった。レティとしては、顔を合わせたくなかったので少し喜んでしまった。だが喜びもあっという間に風船のようにしぼんで罪悪感にすり替わってしまう。

明日は、カーテスの大皿に向かうことになっている。

ノクト達は事実を知らないが、もしかしたら一緒に居られる最後の瞬間になるかもしれない。勿論、レティはイズニアが言う『祖父』に会えたのならノクト達の元へ帰ってくるつもりだ。けど、一度あちらに行ったら戻ってこられるかわからない。

 

だからこそ、皆で揃って夕食の時間を楽しみたかった。

食事中、隣の席のイリスから昼間様子がおかしかったことをコソコソと教えてもらい、ますますその想いは強くなった。

 

だが結局プロンプトにも連絡がつかず、ノクトとプロンプト用にテイクアウトしてホテルへ帰路に着いた。夜になると冷え込みも強くなるようで皆急ぎ足でホテルの中へと入っていく。最後尾のレティがドアを閉めようとしたとき、「姫」と小さな声でレティを呼ぶ人物がいた。自分を【姫】と呼ぶ人物は一人しかいない。レティは怪訝に思いながら歩みを止めて外へ出てみた。だが視界を凝らしてみても辺りに人の気配はない。気のせいかなと首を傾げて再びホテル内に戻ろうとした。

 

そこに「姫!姫ってば、ここだよ!」とレティを呼ぶ者が。今度こそはっきりと聞き取れたその声は、レティのよく知る人物だった。ホテルの壁に寄りかかっていたらしいプロンプトはひょっこりと顔を覗かせて笑みを浮かべてレティに手招きをしていた。

 

「姫!ちょっとこっち来てよ」

「どこいってたの?遅かったじゃない」

 

レティは呆れながらプロンプトの元へ駆け寄った。

なぜコソコソと隠れる真似なんかと尋ねようとしたが、しぃ~と静かにするようジェスチャーしてくるプロンプトに思わず黙ってしまう。レティの腕を掴んでホテルの物陰に連れ込んだプロンプトは辺りを気にしながら、少し誤魔化すように鼻先をこすりながら照れながら、

 

「へへっ、ちょっとね。それより姫。手、出して」

 

とレティに手を出すよう言った。レティは不思議そうに素直に両手を持ち上げた。そこにプロンプトは小さく茶色い紙袋をそっと乗せた。

 

「お土産。本当は食べ物のほうがいいのかなって考えたけど、もう夕飯時だったし。オレの感性で選んじゃったから、……喜んでくれるかわかんないけど」

 

最初、目を見張って驚いていたレティだが、見る見るうちに頬を緩ませて笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう!なんだろ。……これってストラップ?」

 

嬉しそうに紙袋を開いて中身を取り出すとそれは、携帯用のストラップだった。掌に乗るほど小さな星型にかたどられた金属の枠に中は硝子製だろうか、液体の中に七色に光る細かな粒がたくさん入っていた。プロンプトからそれを軽く振ってみてと促され、言われるまま上下に振ってみるとなんと淡く光り輝いたではないか。

 

「うわぁ……、綺麗…」

 

様々な色に輝いてまるで小さなプラネタリウムのよう。

魅了されたようにその小さな星に釘付けになってしまうレティに、プロンプトは満足そうな顔をした。

 

「…ありがとう……すごく嬉しいわ」

「うん。どういたしまして」

「……でもなんかもう一つ入ってない?」

 

片手の紙袋に残る違和感に覗きみればもう一つ同じ形のストラップが入っているではないか。何で二つ?と疑問の意味で彼を見ればおどけるように色違いのもあったから買ってきちゃったという。だが同じ物を二つも付けられないとレティは困った顔をした。

 

「二つも同じの付けられないわ。……じゃあこうしましょ。丁度私もスマホ持ってるから。……プロンプト、ちょっとスマホ貸して」

 

レティはその場にしゃがんでスマホを取り出して早速ストラップを取り付ける。そしてプロンプトに手を差し出してスマホを貸してと言った。プロンプトもレティと同じくしゃがみ込んで言われるまま「オレの?はい」と手渡した。レティは自分のスマホを膝に置いて手早くプロンプトのスマホにもう一つのストラップを取り付けて手渡した。

 

「よし、これをこうしてっと!はい、できた」

「え?でもこれって姫にあげたやつ」

「同じのぶら下げてても虚しいだけじゃない!ほら、私もこれでお揃い!」

 

そう、笑顔でスマホを持ち上げるレティにプロンプトは一瞬言葉に詰まった。

 

どうしてか、嬉しそうに笑うレティに何も言えなくなった。

普通に考えるなら同じストラップを付けていれば、まぁ恋人同士とか思われるパターンが多い。女同士なら友情の証と捉えられるかもしれないが、自分たちの性別は男女で、確かにレティには親愛の情を持っている。レティもプロンプトに対しては友達として接しているようだし何の問題もない。いや、少し語弊がある。問題はレティに好意を抱いている男がいることで、目ざとい彼らはすぐに気づき不審な目を剥けるだろう。

別にそれに対して怯えている彼ではない。

 

ただ、なんというか。

 

こそばゆい、のだ。こう素直な好意に弱いというか。

正直言って慣れていない。

 

今まで女子との付き合いはあるもののペアルックなんてことはやったことはない。そこまでのめり込んだ恋愛はなく、割と見た目で選んでいた事もあった。だからか、付き合っても長続きせず心の何処かでは空しい自分を感じていたプロンプト。仕事で忙しかった両親とあまり接しずに育った少年期により、愛情に飢えていたのかもしれない。ノクトと出会ってからは彼と仲良くなるために自分を磨くことに没頭したため寂しさもなかったが。

 

レティの真っすぐな向けられる好意に耐え切れずに少し視線を逸らしながら「……あ、うん、そうだね」と頷くだけで精いっぱいだった。

すぐ表情に出すレティは不満そうにプロンプトを睨み付けた。

 

「何嬉しくないの?」

「い、いや!?そんなことない!オレ、スゲー嬉しいよ。ただ、その恥ずかしいというか…」

 

自分の手にあるスマホに視線を落としてそう呟くプロンプトに、レティは

 

「何を恥ずかしがることあるのよ。同じのぶら下げてるだけじゃない」

 

と不思議そうな顔をした。まったくこの辺はさすが箱入りお姫様と納得できてしまう。おとぎ話の恋愛には事細かに覚えている癖に現代社会での恋愛となるととことん経験値0なプリンセス。プロンプトは苦笑しながら心内でこっそりと呟いた。

 

「……(それが理由なんだけどね)」

 

プロンプトの気持ちなどまったく察していないレティはよいしょっと声を出して立ち上がった。そしてスマホを少し掲げて星型のストラップを覗き込む。夜だからはっきりと光の加減が見て取れるのかもしれない。人工的に創られた星だが、何処か魅了されるものがある。

 

「綺麗だわ。それにしても……。星ってこうなってるのかしら……」

 

まだ輝きを失わない星を見つめながらレティはそうポツリと呟いた。

今触れていられるのはまやかしで、本来の星なら間近で見ることなど叶わないだろう。夜空に瞬く星々がこのように永遠に輝きを失わずにいたら、これもまた永遠と呼べるのだろうか。

 

母上も、レギス王も、クレイも、あの王都襲撃の惨禍に襲われた人々も、この星のように天上に上る星々となれば永遠となるのだろうか。一生、手が届かない元に彼らはいるのに、この胸に沸く一つの感情はどうしようも抑えられない。

 

会いたい、と。

一目でも、もう一度会えたのなら。

 

…何を今さらとレティは頭を振る。もう、戻れないことは分かっているのだ。

 

「…この辺は景色もいいし綺麗な夜空が見えるって。それにカーテスの大皿は夜でも明るいからね。結構映えるってデートスポットみたいだよ」

「………」

「……?」

「……行こうか。お腹空いたでしょ?ちゃんと美味しいのテイクアウトしてきたから味はばっちり保障するわ」

 

そう言って立ち上がったレティはスマホをポケットにしまって玄関へと歩き出した。だが「あ、あのさ!」と声を上ずらせてプロンプトがその背を止めた。

 

「……ん?」

 

呼ばれて振り返ると、どこか真剣な表情で見つめてくるプロンプトがいた。

 

「前に、オレ色々と姫に教えたいものあるって言ってたよね?あれって、まだ有効?」

「……ああ、王都のこと?今は無理でしょう」

「王都じゃなくても有効!?」

「……?有効も何もプロンプトは約束守ってくれるんでしょ?」

 

そう何気なく言い返せば、プロンプトは意を決したように言った。

 

「じゃ、じゃあ!今度オレとで、」

「で?」

 

その先に続く言葉は。

途中で遮ぎられた。ある者の不意打ちの登場により。

 

「おら!」

「ぎゃ!」

 

乙女らしからぬ悲鳴を上げるレティの首元に腕を回しているのは、大柄な男。

プロンプトは声をひっくり返らせて顎が落ちそうなほど驚いた。

 

「ぐぐぐ、グラディオ!?」

「何二人仲良くコソコソしてんだよ?ああ?」

 

探りを入れるような視線にプロンプトは大いに慌てた。

 

「ち、違うから何もしてないから!」

 

ブンブンと顔を振って全力で否定して見せるが、逆に怪しいことを主張しているようなもの。一方、レティはグラディオの愛の絞め技に涙目になっていた。

 

「いだい~~この馬鹿力が!」

「優しくやってんだろうが、大げさな。…おらお前ら青春してないでさっさと中入れ。風邪ひくぞ」

「青春なんてしてないし!さっさと放してっ、うわ!」

「落ちるぞ」

「グラディオラスがいきなり持ち上げるからでしょうが!!」

 

グラディオは暴れるレティを軽々と脇に持ち上げて先にホテル内へと入っていく。

 

「はぁ…」

 

気疲れしたプロンプトも深いため息をついて後に続いた。

【どこから見てた?】



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悖徳没倫~はいとくぼつりん~

ニックスside

 

突然の七神を名乗る女の来訪にオレは戸惑うことはなかった。もとより彼女が召喚獣から懇意にされていたのは知っていたし、エルという召喚獣に助けられたのだ。畏怖すら抱かなかったな。感覚がマヒしてるのか、レティの影響を受けたか知らねぇが。

 

彼女の為に、全てを投げうつ覚悟があるかと問われた。

 

「ある」

 

オレは、即答する。

氷のような美しさを持つ女は表情変えずに「嘘偽りではないの?」と言い返すがオレは一も二もなく「ない」と強く言い切る。

 

この命は一度あの時に全て失った。全てを捧げて歴代の王たちに喧嘩振ったんだ。今さら惜しいなどと思うほど愚かじゃない。レティの為に使えるのなら本望だ。

いや、レティの為にこそ使いたい。

 

オレを救ってくれたのは彼女だ。彼女がいたからここまで来た。

理由などそれだけで十分だ。

女は満足したように微笑を口元に浮かべた。

 

「ならば、『仮契約』を」

「『仮契約』?なんだ、それは」

 

訝しむオレに女は両目を細めてオレに向かって、一本一本滑らかな動きで指を広げきふぅーと軽く息を吹いた。すると、瞬く間に小さな光の結晶の様なものがいくつも浮かび上がりオレの周りを囲むようにぐるぐると回り始める。女、ゲンティアナがスッと一歩一歩オレに近づいてくる。

 

「完全な契約を済ませてしまえば、お前は人間ではなくなるわ。それでは色々と都合が悪いのよ。それに最後にはレティの許しをもらわなくてはならないでしょう。自分の守護者を選ぶのだから」

「その守護者ってのは何なんだ?いまいち意味が分からないぜ」

 

どうも神の言葉ってのはオレ達人間といまいちずれてる感じがしやがる。こう堅苦しいってか、小難しいというか。

 

ゲンティアナはオレの質問ににべなく答えた。

 

「守護者は守護者。お前たちが言うところの、騎士みたいなものよ」

「騎士?古い言い方しやがる」

「それでは、英雄と言えば?だがそれは私が求めるものではないわ。あくまで、私が欲しいのは、レティだけに心を砕きその身を守る盾であり剣。私達に過剰な介入が不可能な分、お前がレティを支え御守りするのよ」

 

まるでレティに心酔している口ぶりで多少違和感を覚えてたが、長々と説明だけ聞いていてもらちが明かない。何より、オレは急いでいる身だ。もらえる力ならさっさともらって一分一秒でも早くレティに会いたい気持ちが今のでより一層強まった。

オレは降参という意味で両手を軽く上げて見せた。

 

「わかったよ。アンタの言いたいことは分かった。難しい話はパスだがレティを守るってとこは同じ意見だ」

「それでいいわ。ならば、この証を」

 

そういうな否や、ゲンティアナが分かりやすく指をパチン!と鳴らすとオレの周りに回っていた光の結晶がオレの右手に集まりだす。目が眩みそうなほどの光源がオレを飲み込む勢いで広がっていく。それと同時に右手に焼き印でも押し当てられたような鋭い痛みと焼けそうな熱さが生じオレは一瞬気が遠くなりそうになった。

 

「……っ」

 

だが何とか歯を食いしばって耐え抜くと、光が消え去る頃にはどっと全身の毛穴から汗が溢れ出していくのと同時に疲労感に襲われ立っていることすらできずに、右手を庇いながら地面に膝をつく。頭上から感情込められぬ声がオレの耳に届く。

 

「その模様が私とお前との契約の証よ」

「も、よう?」

 

息を乱しながら、視線を痛みがあった右手にやれば確かに見たこともない模様がオレの右手の甲に刻まれていた。複雑に編み込まれた形の意味なんて到底オレには理解できないものだった。レティなら読み取れるかもしれないな。

 

「少しでも私との約束を反故するなら、模様からツタの様に広がりお前の体を蹂躙するでしょう。徐々に体温を奪い血を冷たくさせいずれ心臓を氷で覆いつくすわ」

「……首輪みたいなもんか」

 

仮契約と抜かしておきながら圧倒的にこちらの方が不利に近い。

だが納得するといえば納得できる。

高尚な奴らは縛りがお得意みたいだからな。前回の体験を踏まえての感想だが。

 

「けれど逆に言えばそれは私がお前を認めた証になる。他の七神も迂闊に手が出せないでしょう。一時的ではあるけれどお前はこれでレティと繋がったわ。だから彼女の魔力のパスがほんの少し指の先程度に使えるということ。試しにファイアを使ってみなさい」

「……レティと繋がる?オレはもう魔法は使えないぞ」

「それは以前のお前。今は違うわ、早く試しなさい」

 

きゅっと眉が吊り上がり語気を強くして言われれば、素直に従うしかない。

 

「……わかったよ。……ファイア!」

 

半信半疑。オレは促されるまま、膝に力を入れて立ち上がり渋々と呪文を唱えた。

するとオレの手から想像を絶するものが現れた。

 

以前使っていたものよりも強力な炎がオレの手からあふれ出たのだ。しかもその勢いはこちらが熱くて退いてしまうほどで、圧倒されちまった。自分で出したファイアだとは到底受け入れがたい事実にオレは情けなくもゲンティアナに視線をやり説明を求めた。

 

「どういうことだ。どうして………」

 

魔法が使える――?

 

最後まで言葉に出すことができなかったオレの問いかけに、ゲンティアナは動じた様子もなく淡々とした口調で説明をした。

 

「レティの魔力は底がないわ。そしてその威力も計り知れないもの。無意識に制御しているレティと違ってお前は蛇口の水を思いっきり捻ったようなもの。だからファイア程度のレベルでそのように威力あるものが出たのよ」

 

つまり、分かりやすく言うならオレはレティの魔力という供給源から細いパイプを繋いで仮の蛇口を作った。だがその蛇口からどのくらいの水が出るのか予想できないオレが多く蛇口を回しすぎた結果、大量の水が溢れた。

 

オレが以前使っていたファイアよりも桁違い、いや、根本から違うな。

消そうと思っても消せない意志ある炎。そういった方が正しいか。オレの使い方次第で自分にも被害が及ぶ。元々魔法のセンスにもよるが、やはり天才と努力は違うってことだ。

幾ら努力を積み重ねたとしても生まれ持った天才の一瞬には叶わないこともある。

 

「……これを、レティは普段から使ってたってことか?」

 

これで指の先程度の力って大元であるレティにはどれだけの魔力があるというんだ。

 

以前の記憶の中に何気なく魔法の話題になった時に得意げにレティは胸を張って、

 

『魔法の勉強って楽しいのよ。ニックスにも教えてあげるわ』

 

嬉々として勉強を勧められたがオレは苦笑いしながら『やめとく』と断った。あくまでオレは戦うための力として使っているだけでレティのように普段から生活の中で使うことは考えてなかった。しょんぼりと残念そうな顔をしたレティの頭を撫でながら『悪いな』と謝ると彼女は、『ううん、周りにこういう話をする人はいなかったから。ちょっとはしゃいじゃったの。ゴメンね』とバツが悪そうに謝っていたことが思い出せる。

 

レティは、幼い頃から身の丈に余る魔力をうまく付き合いながら御する力を習得していった。王がレティの為にと思い閉じ込めた城での生活は奇しくも彼女の魔力センスを一級品に鍛え上げる結果になるなどレギス王本人も予測できなかっただろう。

本人の望む望まないに関わらずレティは卓抜とした知識と誰もが想像を絶するような大きな力を手に入れた。

なんて、皮肉な運命だろうな。

 

「そうよ。あの子は生れながらにして備わった力に溺れていたわけじゃないわ。彼女なりに制御しようと毎日毎日夜も惜しまずに本を読み漁って育ったわ。年頃の子供のように同世代との付き合いもなく自分よりも年の離れた大人と接する息苦しい鳥籠の中の毎日。あの子の逃げ場所は図書室だった。そして、お前と出会った時はお前こそがレティの逃げ場所だった。……人間であろうとあの子は努力したわ」

 

悲痛な表情でそう語るゲンティアナの言葉一つ一つがオレの胸に響いてならない。

 

オレがレティの逃げ場所だった。それはアイツが日常の中で助けを求めていたということだ。心の拠り所であったと普段のオレならぬか喜びしてるが、レティのことを想うと怒りがこみ上げてきそうだ。どれだけレティが辛い想いをため込んでオレの元へ通ったか。オレはただレティと会えることだけに喜びを感じていたが、レティは声にならないSOSを発していたというのにオレは自分のことばかりでレティの気持ちを汲んでやることさえしなかった。己の愚かさに度し難い憤りを覚える。

 

「行きなさい、ニックス・ウリック。優しいあの子はその身を犠牲にしてでも王子を救うつもりでいるわ」

「……どういうことだ?王子を救うことにどんな代償があるって言うんだ」

 

ゲンティアナはさっと顔を隠すようにオレから顔を背けた。

だがその横顔からは白い肌がより一層血の気が引いたほど白く見えるほど怯えと恐怖が読み取れた。七神であるゲンティアナにも心底恐れるものがあるということか。

 

「………私の口からはとても悍ましくて言えないわ。けれどお前が成すべきことを見せなさい。でなければ、お前に待つのは、【死】のみよ」

 

宣戦布告されているにも関わらず、オレは口元をあげにやりと笑った。

 

「上等だ。一度死すら体験したんだ。二度目に臆するオレじゃない」

 

むしろこの命、レティの為に尽くせる機会を与えられたことに感謝するくらいだ。

 

仮守護者という役目をもらったオレはレティと合流すべく一刻も早くコル将軍と合流せねばという想いに駆られ、仲間二人の元へ向かった。

だがオレはこの時知らなかった。

 

レティに会うという目標に到達するまで、とことん自分はついてないことに。

【とんと上手く進まないこともある】



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[grow apart~彼編~2]

イグニスside

 

たった一人に課せられた使命はオレ達の想像を遥かに超えたもので、到底人の力だけで敵うものじゃない。

 

大きな力はいずれ彼女の体を蝕んでいくと、なぜオレは予想しなかったのだろうか。

その身に宿る強大で枯渇しない魔力、抜きんでた戦闘の能力。誰よりも才覚際立つその頭脳。敵でさえ篭絡してしまうそのカリスマ性。人の気持ちを汲み取り労わりを持って接する優しさ。臆することなく敵に立ち向かっていく強さ。潔い決断力。天真爛漫でありながら、いざという時は男のオレよりも行動力が早い。度胸も据わっているし頼りがいもある。

 

多面性を持つ彼女故に、自然と人が集まっていく理由も納得ができた。

 

全てが備わっているように見えて、実際はかなり不器用な生き方をしていたが。

 

……召喚獣さえ従わせてしまう何かが彼女に隠されていると早くに気づくべきだったんだ。そうしたら、こうなることはなかったかもしれない。

 

オレは、何度自己嫌悪に陥ったか。

平和になった世界に君はいなくて、オレはノクトを支える立場にいる。日夜執務に追われるノクトを精神面でもサポートしているが、たまに机に頬杖ついてぼんやりとすることがある。

そんな時、ノクトの気持ちは手に取るようにわかってしまう。ノクトもオレと同じようなことを考えているんだと感じたよ。

 

もし、レティがここに居たらどうなっているのか、と。

 

ああ、そうだ。レティが好んでいた図書室は今もまだある。ただ、君が全ての本を持っていったからノクトがレティがいつでも帰ってきて好きなだけ本が読めるようにとまた棚中を本で埋め尽くしているよ。まだまだ空いている棚は何十か所もある。一体全ての本棚を埋めるのにどれだけかかるのやら。予想もできない。

 

オレは、肌身離さず持っている鍵で誰も訪れぬ図書室に足を踏み入れた。

本独特の匂いが充満している室内は、本来の主が不在のまま昔と変わらず、時の中から切り離されたようでオレは自然と君の幻想を見る。

 

レティがいつも座っていたお気に入りの椅子。

 

あの場所で、予期せぬキスをした。

君は心底嫌そうな顔をした。ファーストキスを奪った上、君が憧れていたシチュエーションじゃなかったから、だそうだな。

 

『イグニス、これあげるわ』

 

手渡されたのは、あの図書室の鍵。陛下とレティだけが持つ二つしか存在しない特注の鍵だった。怪訝そうに見返すオレに君はフッと口元に笑みを浮かべて言った。

 

『別に意味はないのよ。ただ、何となくあげようと思って。……どうか、ノクトを支えてあげてね』

 

まるで別れの挨拶だ。

 

そう、後から嫌ってこと気づいた。

あれは未練を断ち切るためのレティなりのけじめだと。図書室の鍵は、レティの過去を縛る楔の一つだった。

 

『私、イグニスの瞳好きよ』

 

さらりとオレの頬を撫でる君の手は少し冷たかったのを覚えている。だからオレは君の手に自分の手を添えて少しでも温かくしたかった。

 

ああ、オレも君の深緑のような深い瞳が好きだ。

すぅっと胸にしみ込むような慈愛に満ちた色だ。たとえ、苛立つことがあっても君の瞳を一目見れば苛立ちなど一瞬で消え去ってしまうように。…まるで魔法だな。

 

君は、以前妃殿下のような瞳が欲しかったと言っていたな。でもオレは君の本当の御父上に感謝したい。最後の瞬間までミラ王女を想い続ける想いの強さ。

君のその強さは御父上から受け継いだものかもしれない。

 

『真っすぐで曲がったことが大っ嫌いでスッキリしてないと落ち着かないところも、そんなに視力が悪くないのにぼやけているのが嫌で眼鏡に拘ってるとことか』

 

君がオレをよく知っていたように、オレも君を知っている。

君の倍以上に、君を見ていた。

 

無邪気で年齢に合わず落ち着きがなくて危なっかしくて目が離せないところも、誰よりも身を挺してノクトを守ろうとする強さも、頑なに泣くところを見せまいとする意地っ張りなところも誰かに寄りかかることを恐れるところも、まだまだたくさんある。一日では語れないほどに君の魅力は有り余るほどにオレを虜にしている。君と過ごした毎日はいつも同じじゃなかった。毎日、毎日が新しい発見だった。

次はどんな顔を見せてくれるのか、期待が膨らむばかりでオレの視線は自然を君を探す。そのたびに君はまったく違う表情をオレに見せる。

 

王女としての君を。

普通の女性としての君を。

一人の戦士としての君を。

 

目の当たりにするたびに、胸に想いが積み重なっていく。

 

ああ、オレは君を好きになって良かったと心底そう、思うよ。

 

何よりも、誰よりも。

 

……もっとも『人』らしい君が、好きなんだ。

 

ただの泣き虫じゃない。ただの強がりなわけじゃない。誰かに寄りかかるだけじゃない。甘えるだけじゃない。偽りの優しさだけじゃない。流されているだけの人形じゃない。飾りだけ人形などたかが知れている。だが君はルシスの王女として責任を立派に果たした。同時にニフルハイム帝国最後の皇族として、その責務を終わらせ帝国に引導を渡した。世界に光を取り戻させた。言葉だけじゃない。君は今まで有言実行していった。全て君の揺るぎない意思と努力して得られた力によるものだ。

 

一体どれほどの功績を重ねていくんだ?

その身一つで、どれだけの可能性を導いていくんだ?

 

成長し続ける君は、素敵で太陽のように眩しかったよ。オレの、心の拠り所だ。今もその気持ちは変わらない。

 

『イグニスはきっと立派な宰相になれるわ』

 

ああ、レティのお陰でオレは今、多忙な日々を送るノクトをサポートしている。たまに仕事から逃げ出そうとするけどな。

 

『わかってる。ノクトのことだから逃げ出そうとするかもしれないけど、そこは先回りして捕まえるのよ。貴方には頼もしい仲間がいるもの』

 

王が逃げ出す場所なんて一つしかないからな。あえて捕まえるようなことはしてない。ノクトは君に会いに行っているよ。時間さえ開けば必ずあの場所を訪れている。……オレは君に会いにいけないのが口惜しいが。

 

『それにルナフレーナ嬢もいるわ』

 

ルナフレーナ様はレイヴス様と共にテネブラエ復興に力を注がれておられる。帝国領から解き放たれたテネブラエはきっと昔以上に豊かな国になるだろう。こちらとも同盟国としてできるだけの助力は行っている。もう、以前の様な蟠りはないのだから。

 

『きっと世界は救われる』

 

ああ、君の言った通り。世界は光を取り戻して全てが正常に元に戻りつつあるんだ。自分たちの力でこの平和をどう、守っていくかが重要課題だ。

 

だから、レティ。君もいい加減目を覚ましたらどうだ。

そもそも君が一番の発端だろう?無責任じゃないか。そのまま後は放り投げというのは。

 

『……私は』

 

言い淀んだのは、ああなることを分かっていたからだろう。全て受け入れていたから言わなかったんだろう。君が泣き虫なのはよく知っているつもりだ。君が、精一杯に強がっているのも知っている。だからこそ、あの時、気づけていたらと何度も後悔の念に襲われているんだ。

 

『……ありがとう、イグニス』

 

記憶の中に残るレティは、泣くのを堪えて無理やりに笑っていた。

縋ることもできない、選べない選択肢を受け入れて笑顔でいることの辛さはオレには理解しがたいことで、もし代われるのならこの両目を失ってでも代わっていただろう。

だがそれすれも彼女は良しとしないはずだ。……なぜなら、それがレティだからだ。

 

オレが好きになった女性。君はオレの光だ。

その想いは今もずっと、変わらない。

 

「レティ、オレは信じている」

 

奇跡は再び起きることを。また、皆で笑いあえる日々が来ることを。

 

ああ、そういえば、もうすぐ君の命日だ。……久しく会っていない仲間が集う大切な日。やはり、君の死を今も皆は受け入れていない。オレもそうだ。

 

レティーシア・ルシス・チェラムがこの世にいないなどと、オレは認めたくないんだ。それでもオレ達は前に進まなきゃならない。それが、君がオレ達に残してくれたものだから。

 

だから。

 

少しでも皆の気が晴れるように、あの頃よりも上達した腕で料理を振舞おうと思う。今でも君が作るあの爆弾おにぎりが懐かしくてたまらない。たまにノクトに作ってくれとせがまれて作るが君のようにうまくいかない。やはり、本人でなくてはな。

 

……オレはここで君を待つ。君と全てが始まったこの図書室で、君の帰りを待っているよ。

 

【この願いが、どうか叶いますように】

 



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[grow apart~彼女編~2]

イリスside

 

おはよう、私の日常。でもこの世界に彼女はいない。

 

私の我儘に苦笑しながら『仕方ないな』って付き合ってくれるレティはもういないの。

本当に、平和になったんだって朝ベッドから起きて窓を開けて朝日を見るたびにそう思うの。澄んだ空気を肺に一杯吸い込んでふぅ、と息を吐く。

 

魔法障壁が無くなった空は透き通るように青くて眩しいくらい。使い慣れた部屋がこんなにも居心地がいいなんて、贅沢な話だね。レスタルムに居た頃は、ちょっとした旅行だと自分に言い聞かせるようにしてたけど、結構無理してたんだ。レティに会えた途端そんなのも吹っ飛んでいったけどね。

 

王都に戻ってきてすぐに普通の生活に戻ることは難しかった。でもルナフレーナ様の声明がラジオに流れた。世界の人々に向けたメッセージは、言葉一つ一つに重みがあった。

 

『世界は平和を取り戻しました。もう夜の闇に怯えることもありません。シガイも全て消え去りました。……神々の恩恵を受けることはもうできません。ですが今度は私達の力だけで世界を守っていくのです。自分たちの力で世界に光を照らし続けていくのです」って。

 

力強く皆を励ましていく言葉だった。……ルナフレーナ様にはもう神薙としての力はもうないんだって。それはレティが、全て持って行ったから。レティには、こうなることを見越してたのかな。

 

事情を知らない人たちから見れば、まるでルナフレーナ様が世界の救世主みたいでなんだか聞いてる私には複雑だった。

 

どうやって世界は救われたか、その経緯を語ることはなかった。ごく限られた人しか知らない事実をわざわざ教える必要はない。ノクトは辛そうな顔して言ったの。

 

「イリス様、おはようございます」

「おはよう、ジャレット」

 

パリッと糊のきいた制服に袖を通して私が階段から降りてくるとさっそくシャキッとしたジャレットが恭しく挨拶してくれる。そう、あの時杖をついてたジャレットがなんと現役復帰!不思議なことに杖なしで歩けるようになったんだって!

今もバリバリ執事で次の執事にって意気込んでるタルコットの執事修行に余念がないみたい。毎朝ジャレットが入れてくれる紅茶を飲んでから学校に行くのが私の日課。お兄ちゃんも新聞読みながら一緒に食卓するのが家の決まりなの。

 

家族だもん。朝食ぐらいは一緒にしたいしね。

 

あ、そうだ!

あのね、私高校通ってるんだよ。そりゃさ、あんな事あったからすぐに学校に通うなんて無理だったけど。でもノクトが、王都に戻ってくる人達の為にって頑張ってくれたんだ。

 

たまに友達の間で帝国の話題があがることがあるの。

あの帝国は悪逆非道で一般人を人として扱ってなかって。最後の女帝は特に酷い。自国から国民を全て追い出して自分は贅沢の限りを尽くして遊んで最後はノクトに攻められて惨めに自害したって。それでクリスタルを取り戻したノクト達の活躍で今の私達がいるって。それが世間に広がってる真実なんだよって自慢げに語ってさ。

 

私、一生懸命に我慢したんだよ。怒鳴りたいのをずっと、我慢して我慢して笑顔で拳握って、そうだね、何も知らない癖に知ったかぶりするな!って心の中で何度も何度も叫んでた。

 

レティがどんな想いで行動してたか知らない癖に!

レティがどんな最後を迎えたか知らない癖に!!

 

腹立たしさに家に帰ってお兄ちゃんに訴えたりもした。どうして、真実を知らせないの!?って。レティは、レティは!私たちの為に犠牲になったんだよ!って。

お兄ちゃんはいつもレティの話になると痛みを堪えるかのように辛そうな顔になる。そしていつも同じ言い訳ばかり繰り返すの。

 

『それが、レティの願いなんだよ』って。

 

願いって何?私たちの未来の為に犠牲になることが?

本当の真実を伝えないことは、世界にいらない混乱を与えない為?

それって皆に嘘ついてるのと同じことじゃない。

 

レティ、あのね。恥ずかしくて言えなかったけど本当は私の理想のお姉ちゃんだったんだよ。兄さんがああじゃない?だから余計に姉妹っていうのに憧れが強くてさ。中学の友達とかでもお姉さんがいる友達が羨ましかったりもしてたんだけどね。

 

私、写真で幼い時にレティのこと知ってた。

初めて、レティの写真見せてもらった時、なんて綺麗なお姫様なんだろうって私は一目でレティに夢中になった。会って話したい!って何度もパパにお願いしたの。でも、レティに会えるのは難しいって。レティは、お城から出られない。ルシスにとって大切な存在だからって。

 

可哀想な御姫様。お城に閉じ込められてずっと寂しい想いをしてるおとぎ話の王女だって勝手に勘違いしてさ。だから私が助けてあげなきゃって幼いながらに色々考えて手紙って方法で励ましてあげることにした。毎回楽しみにしてた文通。

いつの間にか励ますつもりで書いてた文通がいつの間にか私の心の拠り所になってた。パパから直接手渡される手紙を毎回楽しみにしてて、パパが家に帰ってくるたびに飛びついてせがんだの。レティからの手紙はないの?って。

 

フフッ、私ってほんと単純だよね。

……今でも、信じられないよ。もう、レティがいないって世界が。

 

思いっきり大声をあげて泣きたい日がある。

レティがいない現実を受け止め切れてない私は子供みたいに泣きじゃくる。お兄ちゃんに縋って、二度と声を聞けないレティに会いたい会いたいって。

お兄ちゃんは何も言わずに私を抱きしめてくれる。

 

大きな腕に守られてさらに私は涙を零すの。

 

もうすぐ、レティの命日だ。ああ、また来るのか。あの日が。

静かな墓地にノクトのママと陛下の間につくられたこじんまりとしたお墓。

白い墓石に掘られた字にはこう書いてあるの。

 

ルシスに愛された穢れなき王女――

レティ―シア・ルシス・チェラム、ここに眠る。永眠二十歳。

 

まだまだ一緒にやりたいことあったの。

一緒に思い出作りたかったの。遊びに行きたかった。普通の女の子がすること、全部やりたかった。

 

レティの、馬鹿。

先に逝っちゃうなんて言わなかったじゃない。

もっとずっと一緒にいられるっていったじゃない。

 

嘘つき……。レティの嘘つき……。

 

何度私はこの言葉を呟けばいいんだろう。

 

……命日には、ルナフレーナ様とレイヴス様も一緒にテネブラエから来られる。

去年、彼女は両手いっぱいにジールの花束を抱えていらっしゃったわ。今年もたぶん同じなんだろうね。その日だけは時間が巻き戻ったかのように皆が集まる。国民の誰もが知らない、忘れ去られた過去の出来事を皆で偲んで、そしていつか忘れてしまいそうで怖い。

私は、レティを忘れたくない。過去のものにしたくない!

 

レティ、また皆で会いに行くよ。

お兄ちゃんと私とジャレットとタルコット、他の皆もその日だけは学校をお休みしたり、別の人に仕事代わってもらったりして都合をつける。

それくらい大切で悲しい日なの。

 

私の、大切な友達、私の、親友――。だから、その日だけは泣くことを許してよ。

レティがいない寂しさを埋めるためにも。現実を受け入れるためにも。前を向いて歩くために。

 

【私が泣くのはその日だけにするから】



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年災月殃~ねんさいげつおう~

レティーシアside

 

 

王都から見える夜空はそんな大きいものじゃなく、閉鎖的な場所で聳え立つビルなどが空を覆うように並んで隠していて、いかにも閉鎖的。それでも王都の民は守られていることに安堵して変わりない日常を送っていた。私も、その一人。檻から抜け出したい癖に、たまにあの場所をひどく懐かしむ自分がいる。

 

檻の中なのに。

私を見てくれなかった場所なのに。

 

それでも、懐かしいって思っちゃうのはどうしてなのかな。

 

ずっと心に決めていたことを今実行できて幸せなはず。けど私が思い描いていた世界よりもずっと世界は大きくて怖くて簡単に人の命が奪いあえる所だった。そりゃ素敵なこともある。自分の知らないことを教えてくれる異文化交流っていうのかな。そんな体験もできて、沢山の人たちが世界で生きてた。今に至るまでの様々な過去を抱えて、それでも前向きに生きようとしている人もいた。

自分の町を守ろうと決意に奮い立つ人の横で、何処か寂しそうな横顔の彼。故郷を帝国に襲われて家族とも生き別れてしまった彼は、どこか生きる理由を探しているようにも思えた。

 

私は、逃げたいと思う一方この状況から少しでも早く脱出したい気持ちがあった。

何処か、知らない土地へ逃げたい。

 

煩わしい何もかもを捨て去って、新しい自分になれたらって。

出来もしないことを願っては落ちこんで、地面ばかり見つめる。この手で守れるものが本当にあるのかなって疑ってもしまう。

 

私は、卑屈で自分に自信が持てない癖に演技して強がって見せて、いかにも誰よりも一歩先を歩いているように見させる。けどそれは失敗を恐れて誰かを失いたくないから。

だから何が何でも、何を利用してでも歩き続ける。

人はそれを努力や忍耐とか呼ぶかもしれない。

でも私に言わせればやせ我慢だ。体壊してでもいいから進む。最悪自分の命さえも捨ててもいいと。

 

けど、命を捨てることも怖いと思ってしまう。

どっちつかずで優柔不断。まさに他人をイライラさせるタイプに当てはまる。

覚悟なら決めた、と自分に言い聞かせ、だましだまし手探り状態で進む。それで運がよいことに絶好のチャンスに生かされている。だからまだいい。

ここまでは。

 

でも、この先私の行動一つでノクト達の身に、いや、町一つ犠牲になるかもしれない。それだけの危険な行動を私は独断で決めている。誰かに相談するという選択肢はもちろんすぐに考えた。でも今のノクト達に余計な重荷を負わせたくないし、コルだってこれから帝国軍と戦うためにもレジスタンス要員確保に余念がない。そう命じたのは私だけど絶対必要なことだもの。実際、私達だけじゃ王都どころかクリスタル奪還さえ危ういんだ。

だから何事も揺さぶりをかけることは重要。これから王都の基盤となる重鎮を確保するためにもレジスタンス結成は最優先させたい。のちのノクトの助けにもなる。正直、まだまだやらなきゃいけないことはあった。ヴォルフラムと最終的な打ち合わせとか、コルの合流予定がどうなっているのか、召喚獣たちの配置決めとか、まぁ色々。

 

……あと一日、約束の日まで猶予があった。

あったはずなのに、アイツは平然と約束を破ったわ。

 

アーデン・イズニア。

とことん人をコケにしてくれるわ。そっちが最初からその気ならこっちも迎え撃つまでよ。

 

つかの間の休息は一本の電話により終わりを告げるとは誰が考えようか。

 

朝、皆で朝食を食べに外へ出た時「今日こそは買い物付き合ってよ」!と腕にくっ付いてせがむイリスに対して、レティは苦笑しながら仕方なく「オッケー」と了承した。

イリスのお願いに嫌と言えないのはグラディオたちだけでなくレティも同じようで、妹がいたらこうなのかなと自然と頬を緩ませてしまう。緩やかな時間の流れに自分たちの置かれている状況を一瞬でも忘れてしまいそうになるのは仕方ない。常に危険と隣り合わせで気ばかり張っていたせいかそう強く感じるのだ。

 

肩に乗っていたクペも「クペも行くクポ。買い忘れてたのがあったクポ」と付いていく気満々だった。だがクペの買い忘れという言葉を聞いてしまったグラディオとイグニスはつい顔を見合わせてまたあの地獄があるのかとげんなりとした表情になっていることをレティ達は知らない。気まずい雰囲気のノクトとプロンプトはお互いに近づこうとはしなかったので、タルコットは不思議そうな顔をしてジャレッドにこっそりと二人のことを尋ねたりしていた。だが流石年の功。ジャレッドは「お若いからこそぶつかり合いも多いのだろう。邪魔するんじゃないぞ」と言って孫の介入をそれとなく阻止。タルコットはそうなんだとあっさりと納得し、彼の純真さがうかがい知れる。彼がジャレッドの言葉の意味を理解する年齢に達した頃には、懐かしい思い出の一部となっていることだろう。

 

さて、集団での朝食ともなれば普段よりも賑やかでそれぞれに話題は盛り上がり料理もおいしいので猶更朝から食は進んだ。一通り食べ終わった後、まるでタイミングを見計らったかのようにテーブルに置いておいたレティのスマホが鳴りだした。

 

「~♪」

 

ノクトが機械音痴な(本人は認めていない)レティの為に設定したオルゴール調の曲は昔から変えていないものが、流行の廃れ関係なく耳に心地よいメロディを流しだす。

突然の着信に皆の注目を浴びることは必衰。まだ仲直りしていないノクトもレティにバレないように少しだけ視線を向けていた。そしてある部分に目を止める。前にはしていなかったはずの見慣れないストラップの存在に。星型の金属に形どられた透明の液体の中に何か光に反射する物が入っていて光の加減で色が変わるようだ。初めて見る代物にどうしてかそちらが気になってしまうノクトだったが、すぐに意識は着信の方へ引き戻せられる。レティはノクトの視線に気づかずに愚痴を零しながらスマホに手を伸ばそうとした。

 

「まったく、朝から誰よ…」

 

だが軽やかな動きで先にイリスがスマホをさっと取る。悪戯めいた瞳に口元をニヤニヤさせてスマホの画面をのぞき込む。

 

「誰誰?レティの彼氏とか?あれ、登録されてない相手からだ…」

 

レティは「こら」と叱りながらイリスに手を出して返してと促す。

 

「ゴメンゴメン、つい」

 

ぺろっと舌を出して悪びれた様子もなくイリスはレティにスマホを返した。レティはスマホを受け取りながらイリスのおでこに指でデコピンを一発。

 

「いた!」

「お仕置きよ。次はほっぺ抓んであげるわ」

「やだ~」

 

デコピンされたおでこを抑えながらイリスはむぅ~と唇を尖らせた。

さて、確かにイリスの言う通りスマホの画面に映し出される番号はレティの知らない相手からの着信だった。拒否してもいいのだが、もしかしたらコルが違う番号から掛けているのかもしれないと考え出ることにした。席から立ち上がって少し皆から離れた場所に移動してから通話ボタンを押す。その間も粘り強く待ち続ける相手。やはり、コルかと最初は思った。

 

「もしもし」

『やぁ、おはよう』

 

第一声。耳に音として入った瞬間に背中に走る悪寒。ぞくぞくっと鳥肌が全身に走り脳が一瞬その事実を拒否し、思考を急停止させる。石化状態、と言ってもいい。

 

「………」

 

だが電話の向こうの相手側はレティの様子に気づいていない。

 

『おーい。もしもし。オレの声届いてる?また別世界に足突っこんでるの。落ちそうになっても助けてあげられないよ』

 

落ちそうになる。

この言葉でぱっと現実世界へと戻ってきたレティは脳内からあの出来事を思いっきり蹴とばして追い出した。落ちそうになった件については、自分のミスであって、これがアイツとの出会いの切っ掛けではない。断固として認めない。

 

ではどうして奴が?

 

ありえない。そう、ありえないのだ。

この番号を知っているのは、極限られた人物。ましてや他人に知られるなどありえない。

両手で数える以上のアドレスをゲットできたものの、その数はやはり一般人に比べたら極端に少ないと言える。それも仕方ない。

レティは世間では箱入り王女なのだから。

極身近な相手とやり取りするしかない城の生活の中では、スマホをいじるよりも本に触れている時間の方が圧倒的に多かった。なので、機械音痴と本人は頑なに認めていないが、必要な機能以外はまったく使えないという面がある。

レティの意外な弱点を知ったプロンプトは得意げにレクチャーすると張り切ったが、数十分後、ひどく疲れ切った顔して断念した記憶が新しい。

機械オンチにはいくら優秀教師も敵わないというやつだ。

そんな機械音痴な彼女の耳元から聞こえてきた相手は、レティが想像しないまったくの予想外の相手だった。はっきり言うなら、声も聞きたくな顔も会わせたくない人物でレティのトラウマをほじくり返してくれた、アーデン・イズニア本人。レティは明らかに戸惑って「……なんで、……」と呆然と呟くしかなかった。

そんなレティの様子など気にしていない相手、そう、親しい友人にまるで世間話でも始めるかのようにアーデンは尋ねてもいないことを語りだした。

 

『よく眠れたかい。オレの方は色々と準備があって徹夜でさぁ』

 

だが黙って聞き流していられるほどレティは寛容ではなかった。というかそんなことどうでもいいのだ。問題は。

 

「……なんで私の番号知ってるよのっ!?」

 

である。

反射的に怒鳴り返したレティの様子にグラディオが何かを感じ取ってすぐに椅子から立ち上がり「レティ?どうした」と声を掛けながらすぐ傍にやってきた。イグニスたちも同様にレティの様子を気にしているようだったが当の本人はそんなの構っていられないほど混乱していて電話口の相手を殴ってやりたい衝動にかられていた。実際、目の前にいたら殴りかかっていただろう。プリンセスの仮面など脱ぎ去って。それくらいに憤りを感じていたのだ。だというのに、アーデンは露骨に嫌そうな態度をとる。

 

『ああ、そう耳元で怒鳴らないでくれ。耳がキンキンする。君、王女らしくないって言われない?』

 

それとなく嫌味もサラッと。

 

「どうして、アンタが!」

 

ともかくどうして自分の電話番号を入手できたのか問いただそうとした。だがアーデンはあくまで自分のペースを崩さずに間延びしたいい方でこういった。

 

『いいから落ち着いて聞いてくれないか。実は君に朗報だよ。明日の予定だったけど、今日、迎えに行くよ』

「なっ!?」

 

突然の予定変更の知らせに思わず絶句してしまう。

というかしない方がおかしい。自分で約束を持ち掛けておいてあっさりと変更するとか人としてどうか?いや、そもそも此方の予定などまるで無視。やはり、帝国の人間は信用できないと確信した瞬間となってレティに胸に深く刻まられた。

 

『実は『君の御祖父さん』に早く迎えに行けって帝国から締め出されちゃってさぁ、うるさくて敵わないし。手ぶらで帰るとまた怒られるし。オレも二度手間とか面倒だから急遽予定変更して今日になったわけ。だから待ち合わせ場所で待っててくれるかい』

「嫌よ」

 

即答して困らせてやろうなどとレベルの低いことは考えていない。あくまで無理だと言ったまで。が、アーデンに困った様子は感じられなかった。それどころかあっさりと言い切った。

 

『これ、決定事項だから変更できないんだよ。……君も必要な準備は済ませたんだろう?なら、いいじゃないか』

 

まるでこちらの手の内を読んでいるかのような発言にくらりと眩暈を覚えた。

いや、アーデンははっきりとレティが行っていることを示唆しているわけじゃない。

だから落ち着け、私とレティは自分の胸に手を当てて調子を整えようとした。

 

だがそう都合よく気持ちが落ち着くわけもなく、逆に色々と考えをめぐらせて不安に陥ったりしてしまう。レティは不意打ちに弱いのだ。それは本人も認めている弱点でもある。

 

「………(何処まで情報が洩れているの?)」

『とにかく、今日の10時にあの場所で。待ってるよ』

「まっ!」

 

レティの返事を待たずぷつりと電話は切れてしまい、腹立たしさから表情を歪めてギリリと歯ぎしりをした。通話を終えたスマホの画面に映し出される時刻を見れば、約束の時間までそう間がないことに改めてあの男を殴り飛ばしたいと思った。ふと、肩を叩かれそちらに顔を向けると、真剣な表情のグラディオがレティの電話の相手を問い詰めようと、待っていた。

 

「レティ、相手は誰だ。オレたちの知らない相手だな」

 

だがレティは構ってられないと無視して、肩にある手を払って強張った顔でイリスの元へ戻って行く。その後を「おい!」とグラディオが怒気を強くして追いかける。

レティは構わずにイリスの元まで行くと口早に謝った。

 

「ごめん、買い物付き合えなくなったよ。あとでタルコットに付き合ってもらって」

「え、どうして?……レティ、顔怖いよ。どうしたの?」

 

説明できるほどレティには余裕がなかった。とにかく急がねばと簡潔に戸惑うばかりのイリスにそう答え、口早に的確な指示を皆に出していく。その姿は普段のレティのイメージをガラリと変えさせるものだった。

 

「急用よ。ジャレッド、【明日の予定が狂ったわ】。私はコルと連絡を取ってすぐにユリのとこへ説明しに行ってくるわ。ノクト達の荷物とかまとめてもらえる?タルコットも手伝ってあげて。それと皆に状況を軽く説明してもらえると嬉しいわ。クペ、貴方が買ってきた服とか私の荷物すぐに纏めてしまって」

「はい、わかりました。すぐにお仕度いたします。タルコット、行くぞ」

「え、ちょっとまってよ!じいちゃん」

 

ジャレッドは一つ頷いてすぐにタルコットを急かしてホテルへと一足先に向かった。杖伝いの彼にしてははっきりとした力強く足を動かしていてタルコットは驚き目を見張っていた。

クペは何か言いたげの様子だったがぐっと口元を引き締めて固唾をのんでレティの様子を見守っていた。

 

「ちょっと待て!一体何を慌てて」

「そんな、一体どうして」

 

レティは素早くコルのアドレスを呼び出しながら耳にスマホをあてがいながら、戸惑うばかり男子らにこういった。

 

「皆、突然で悪いけど」

 

酷く不愉快そうに眉間に皺を寄せ、邪魔だと片手で帽子を取り去り、まとめて帽子に収めていた美しい銀髪が太陽の光を浴びてより一層輝きを放つ。人目を引くことも厭わずにレティははっきりと告げた。

 

「すぐにレスタルムを出るわ」

 

こうなることも計算済みだったのか、それともただの気まぐれか。どちらにせよ仮初の休息は瞬くまに終わりを告げる。

 

レティ達を新たな戦場へと駆り立てんと歴史の波は彼らの後方から着々と迫っていた。

【数分もしない内にレスタルムは物々しい警備が始まった】

 

 

男はカーテスの大皿を背にして「お帰り」と両腕を広げて迎え、女はただいまとは返さずに双剣を男の喉元に突きつける。

 

男は「つれないねぇ~」と愚痴を零し、女は戯言をと舌打ちしながら殺気を飛ばす。

 

男は「王子にあのことチクっちゃおうかなぁ」と脅しを掛け、女は憎々し気に男を睨み、唇を噛む。

 

男は「それじゃあ行こうか」と女に手を差し出し、女は返事代わりに乱暴に車のドアを開けて後部座席にさっさと乗り込んで足を組む。

 

男は「せっかく君の為にオレの隣を開けておいたのに」と茶化しながら車を発進させ、女は腕を組んでシートに背中を預け瞼を閉じた。

 

男は鼻歌交じりに気分よくドライブ気分を満喫し、女は召喚獣の声にひたすら神経を研ぎ澄ませその声を聞こうとした。

 

男はミラー越しに後ろにしっかりと付いてくる黒塗りの車を肉眼で確認しながらアクセルを踏み込む。女はただ到着するまでの時間を今か今かと待ち続けた。

 

男は大きな門の前で「オレだよ」と声を張り上げて門を開けさせ、女は微動だにせずに車が動き出すのを耐えて待つ。

 

男は、車から降りて「オレはここまでだから後は時間まで、ゆっくりと楽しんできて」と声を掛け、女は「わざわざお気遣い感謝するわ」とひどく不愉快そうな顔をして建前の礼言った。

 

男は声に出さずに口元だけを動かして女を見つめながら『後で迎えに行くよ』と伝え、女は何も言わずに瞼をゆっくりと下してまたあげた。

 

ノクトside

 

『レティを束縛しているだけだ』

 

プロンプトに言われた言葉はオレの心のぐさりと突き刺さった。

 

まさにそのままだった。オレはレティを失いたくない一心でずっと傍に置いておけたらと無意識に束縛してた。姿が見えなくなると急に不安になって急ぎ足で探して見慣れた背中を見つけたらすぐにこの腕の中に捕らえる。不満たらたらに文句言ってくる唇を抓んでアヒル顔にさせて余計怒るレティを宥めて指通り滑らかな髪を撫でて、逃げ出さないように抱きしめてレティの体温を全身で感じる。首筋に顔をうずめて、悪戯にうなじにキスを送っては恥じらいから身をよじらせるレティに忍び笑いしてあふれ出る幸せに浸りたい。

 

ずっと一緒に。

もうオレはレティ以外考えられないんだ。ルーナが生きてるかもしれないってイリスから聞かされた時、オレは純粋に嬉しかったし驚きもした。けどそれは親愛の情であって、愛情じゃない。ルーナとの結婚はオレの中にはもうないんだ。王族としてそういう政略結婚も仕方ないって諦めてたさ。けど帝国と敵対関係にある以上、あの制約は無効だしオレ達が一緒になる理由も存在しない。

 

ルーナがどう思ってるか知らねぇけどな。

 

オレが好きなのは、レティだけだ。

将来を共に歩みたいと思えるほどに愛しいと思う。

決して生半可な想いじゃない。それだけは自信を持って言える。

 

だからその願いを叶えさせるためにもクリスタルを奪還して王都へ戻らなくちゃならない。実のところ、オレがレティの修行に耐えてたのはレティと一緒になれる保証が欲しかったからだ。王になれば誰も文句は言わない。いや、言わせるつもりはないんだけどな。

無事に帝国を潰してクリスタルを奪還してオレが王に即位したのなら、レティに好きだと告げる。後継者を望まれるかもしれないが、別に養子でも迎えればいい話だ。

 

近親相姦だってことは十分よく理解してるさ。……たとえ世間から後ろ指さされても構わない。それくらいは覚悟してる。アイツらは止めるかもしれねぇけど。あー、何よりレティの気持ちが重要だけどな。

 

誰だって打算的なことくらい考えるだろ?

オレだってそうだ。オレが王になる動機は、レティだ。オレはレティの為に王になる。

だから、そう肩肘張って無理すんな。お前の辛そうな顔、もう見たくないんだ。

オレがお前の分まで頑張るから。お前を守る。言葉だけじゃないしそのつもりもない。

 

もう守られてばっかのオレじゃねぇ。守りたい奴は自分で守る力がある。

その力をくれたのはレティだ。守りたいものを守れるだけの力を。

 

コルは王になる為にファントムソードを集めろとオレに示した。

けどそれを逆手に取る。レティを守るためにファントムソードを手に入れる。こう考えるだけで敷かれたレールの上を歩いているわけじゃないって思える。

 

【彼の告白】

 

気が遠くなりそうだ。

うだるような暑さの中、オレとグラディオは別れた仲間と合流するため滴り落ちる汗をぬぐいながら足を動かしている。

 

どうしてこうなっちまったか。原因は主に目の前のタイタンだ。レティに会えた感動だか何だか知らねぇがはた迷惑だっつーの。天然サウナだな、ここは。元々は太古の時代に隕石が落ちてそれが今も活動してるって話だ。

 

心ここにあらずと言ったレティから説明はもらえず、クペから教えてもらったけど何となく納得できないっていうか、いまいち腑に落ちない。この近くにファントムソードは確かにあったさ。レガリアから降りてかなり歩いて登った先にな。

 

だけどそっから情けなくも転落しちまったオレと、オレを助けるために一緒に落ちたグラディオはこうしてレティ達と合流するために歩いてる。

 

いや、よく考えればあのレティにかかってきた一本の電話から全ては始まった。オレ達はレティに急かされるままはっきりとした理由も聞かされぬまま旅の支度をさせらることになった。その当の本人はこっちが止める前に走ってどっか行っちまうし、止めようがないほどの走りっぷりだったぜ。そりゃ急いで追いかけたけどあの入り組んだ路地じゃすぐに見失っちまった。すぐに戻ってくるだろうとグラディオに宥められて仕方なく荷物まとめて、ジャレッドからレガリアで待っているようにとレティからことづけだと言われて渋々駐車場に止めてあるレガリアに向かった。オレ達に会話らしい会話はなかった。

オレとプロンプトは気まずい雰囲気のままだし、グラディオとイグニスは難しい顔して何やらひそひそと話し込んでいる。しびれを切らして探しに行こうと思った時にようやくレティはやってきた。

なぜか見知らぬコブつき。一気のオレの機嫌は落ちるとこまで落ちる。

 

というかクペのぺちぺちビンタよりも衝撃あったぜ。

まさか、レティが男と一緒!?顎外れるなんてレベルじゃない。

メテオ落ちてきた衝撃だった。

 

しかもそのレティについてる引っ付き虫(これで十分だ)の容姿とかも気に障る要因だった。

少し浅黒い肌に女受けしそうな顔、体格の良い体つきで一般人とは違う戦いの心得がありそうな奴だった。前のオレじゃそういうのも見分けつかなかったが、今は大体なんとなく分かるようになってる。これも鍛錬の賜物だな。

 

「ユリ、ここでいいわ。ありがとう」

「レティ、気を付けるんだよ」

 

愛称で呼ばせてるだと……!?

 

「分かってるわ。御忠告、感謝します。……後のことはお願い。彼らには話を通してあるから。もし、その時が来たら」

「……わかってる」

「そんな顔しないで、今生の別れじゃあるまいし」

「……俺にとってはそれに匹敵するくらいの別れだよ」

「変なの」

「……君の鈍さに今は救われてるよ…。違う意味でね」

 

親し気会話をする二人の妙な雰囲気にオレは口を挟まずにはいられなかった。

ああ、手の方もな。王子だからって品行方正にしろって?ああ、そんなの無理。オレ以外の男がレティの瞳に映るだけで嫌な気持ちだ。ましてや、あの男の態度で丸わかりだ。レティに好意を抱いてるってな。

……そういや、どっかでみたことあるような顔だな。まぁ、殴ればみんな同じだよな。

けどオレの考えをあっさりと見抜いていたグラディオに羽交い絞めされて殴れずじまい。

 

「おい!グラディオ、手、離せ」

「離すか馬鹿。ここで暴れてどうすんだよ。注目浴びちまうだろうが!」

「浴びる前に逃げればいいだろ!アイツとレティの関係を吐かせるまでは!」

「だからやめろっての!」

 

オレとグラディオの攻防を横でイグニスはしつこいくらいに眼鏡をくいくいっと指で押し上げてた。背後にオレと同じくらいの嫉妬の炎がめらめらと燃え上がってるようにも見えた。結局、口を挟めないまま男は去り際にさり気なくレティの手を握って去っていた。オレ達のほうをチラ見しながらな。

 

まっさきにオレはレティに駆け寄って喧嘩してたことも忘れて問い詰めようとしたが、「後にして」とすげなく斬り捨てられ軽く落ち込むオレにさらにとんでもない展開が待っていた。レティがオレ達を引き連れて向かった場所に一台の車とそれに寄りかかる人物。

 

「あ!アイツ」

「……どうしてここに」

「あの人って……ガーディナ渡船にいた……お小遣いくれた人じゃ」

「そこはまず置いとけ」

 

クペを抱えたプロンプトの言葉にグラディオがすかさずツッコみかける。

いや、オレも最初はそれ思いついた。

そういや、クペの様子が可笑しかったのを覚えてる。プロンプトの腕の中で体を震わせて、まるでアイツに対して怯えるように「…なんで、アイツが……」と戸惑ってたみたいだな。そりゃ戸惑うよな。オレ達だってそうだったんだから。

 

あの、飄々とした態度の男がレティに気づくと、さも気軽に「やぁ、待ってたよ」と手を上げて挨拶してきたもんだからオレ達は思わずレティと奴との間を何度も二度見しちまった。

 

「彼にカーテスの大皿へ案内してもらうことになってるの」

 

それだけで納得できるわけがない。

 

「レティ、説明してくれ。いつの間にアイツと知り合いになってるんだ」

「そうだぜ!何考えてるんだよ。露骨に怪しいってレティも怖がってただろう?!」

 

強面のオレとイグニスがレティに詰め寄ってそう問い詰めると、レティは酷く冷めた言い方で簡潔に説明をした。

 

「仕方ないわ。ゲートを開いてもらうためには帝国につてのある彼にお願いするのが一番だもの。ノクト達が行かないなら私一人だけ行くわ」

 

と逆にオレ達を驚かせるようなことを言いだす始末。帝国に伝手がある奴だとは思わなかったけどイグニスは、「やはりか……」と納得してる節はあった。流石オレ達のブレーン。其れなりにアイツの素性に違和感を覚えてんだろう。けど、イグニスはまだ納得してない様子だった。アーデンという名前に憶えがあるだとよ。けどはっきりと思い出せなくてもやっとしてる。その当の本人からは

 

「あ、オレの名前。略称だから気にしないで気軽にアーデンって呼んでよ」

 

とかこっちの警戒してる態度すら気にしないで気軽に言いやがって。

レティがやったことに関してはあとでしっかりと反省してもらうことになった。きっとお決まりのお仕置きコースだろうぜ。

 

「よろしく、また君たちと会えるとはこれも何かのめぐり合わせかな。彼女とは縁あって会ってね。困っていた様子だったからオレが申し出たわけ。まぁ、皆でドライブでも楽しもうよ」

 

前回の最悪な出会いをなかったかのように振舞いやがって図々しい奴とオレは不快感を露わにし

 

「言っとくが、オレはお前のこと信用したわけじゃないからな」

 

と視線を険しく睨み付けてそう言い放った。同行云々は仕方ない。レティが一人でも行くって頑なに意見変えないし。

アーデンは、両肩を上げて

 

「まいったなぁ~、君の方からも言ってくれない?」

 

などと気安くレティに話しかけやがって。レティは相手にしなかったけどこれ以上レティと関わらせたくなくてオレは、バッとレティの手を取ってレガリアに向かった。

レティに抵抗する様子はなく、オレが後部座席のドアを開けると黙って乗り込んだ。それに続くようにオレも乗り込む。イグニス達もそれにならってレガリアに乗り込んだ。

クペがプロンプトの腕から抜け出て、羽を動かしながらレティの膝に降り立ち、自分の頭を撫でるレティの手に縋りながら

 

「レティ」

 

と不安そうに細い声で呼ぶが、レティは

 

「ごめん、事情は後で説明するから我慢してくれる?」

 

と強張った笑みを浮かべるだけだった。

 

やっぱ、なんかあったことは確実だった。

それにオレ達が出る頃にはなんだか町の様子がおかしかったし。こう、物々しい警備っていうか、雰囲気がガラリと変わっててますますレティと関係してそうだと直感した。

「……あっちぃ…」

「ふぅ、まるで灼熱地獄だな…」

 

ムッとする熱気に当てられて頭がぼうっとする。さっきファントムソードを回収できた矢先に、猛烈な地震が起きてオレとグラディオがいた場所に亀裂が生じて体を庇いながら下の方に転げ落ちてレティ達と離れちまった。原因はメテオ担いでるタイタンが動いた所為なんだけどな。首がつりそうなくらいに曲げて上を見上げると遥か上の方にイグニスとプロンプトが顔を覗かせていた。結構滑り落ちてきたもんだな。降りるのはあっという間だったけど、上るのは無理そうだ。

よく無事だったと安堵しているとイグニスが声を張り上げてきた。

 

「ノクトー!!無事か――!?」

「おう。レティそこにいるかぁ――?」

 

オレは手を上げてレティの無事を尋ね返した。

やっぱ喧嘩してたって今はそんなの関係ない。心配なもんは心配なんだ。

オレの声にイグニスは一度後ろを振り返って再度見下ろしてきた。

 

「ああ。レティも無事だ。……オレ達も降りれる場所を探してそちらに向かう」

「分かったー」

「気を付けてこいよ」

 

オレとグラディオはそう返して歩き出そうとした。その時、「ノクトぉぉ――!」とデカい声がしてオレ達は思わず動きと止めた。また見上げると気まずそうな顔したプロンプトがいて、言おうかやめようか迷っているようだったけど意を決して口を開いた。

 

「ノクトー!オレ、後で言いたいことあるから!だから怪我しないでよー」

 

必死さも感じてオレはオレはフッと口元が緩んで笑みをつくる。

 

何を言うかと思えば、……素直じゃない奴。

軽く手を上げて、「わかってるってー!お前もな――!!」

 

と同じく大声で言い返した。プロンプトはみて分かりやすいくらいに喜んで手を振り返してきた。……犬だな、ありゃ。

 

早速、レティ達と合流する為に、オレ達は歩き出したけどグラディオが「お前らもう仲直りしたのか?」と茶々入れてニヤニヤしながらオレにヘッドロックしてきやがって!

オレは「いてぇっつーの!」と言い返しながらもにやけ顔になるのを止められなかった。

 

さて、早いとこ合流しちまわないとな。こんときのオレはまだ余裕があった。レティが、どんな覚悟でここにやってきたか知らなかったからだ。

 

オレはやっぱり、弱い。

レティに守られちまったんだからな。この時も。

 

【気付いた時にはアイツの手を離しちまってた】



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年災月殃~ねんさいげつおう~2

レティーシアside

 

 

どうにも居心地の悪い椅子に座って私は、頭を抱えてブツブツと一人悩みまくっていた。

 

何がどうしてそうなった!?

途中までは良かったのに、何が一体原因だったの?

 

自問自答したところで答えが出ることはないと分かりきっている。けどこれが悩まずにいられるか!?と心の丈をぶつけたいところだが、それを実行してしまうと散々小馬鹿にしまくっているヤツに対してさらなるネタを提供することになるのでやめておこう。

 

何やら、じとーとした視線を感じ、ふと顔を上げてみるとバチッと視線が合う。途端に私は顔を「げっ」と顔を歪めてしまう。

私の向かい側に座っている男が退屈そうに欠伸を一つして呆れた様子でこう投げかけきた。

 

「君さっきから百面相ばっかりしてるよ。せっかく可愛い顔してるのに台無し」

「うっさいわ!」

 

反射的に怒鳴り返した私は手近にあった物を掴んで思いっきり奴の顔に投げつけた。

けど掴んだものが妙に柔らかいことに気づいたのは後の祭りというやつで、

 

「ぶっ!」

「グボ~~!?」

 

投げたのは隣に座ってたクペだった。どうりで軽かったわけだ。って納得するな私!

 

「ごめん!?クペ投げちゃった~~!」

 

慌てて目を回すクペを介抱し自分の膝に乗せて丁寧になでなでしてあげたので、多少機嫌は良くなった。あ、ちなみにクペが召喚獣だということはすでにアーデンにバレている。奴曰く、喋るぬいぐるみはさすがにないってさ。

 

「ごめんね、クペ。アイツの顔に思いっきり物を叩き込みたくなったの」

「いいクポ。しょうがないから許してあげるクポ」

「良かったねぇ、心の広い召喚獣サマで」

「だからアンタには言ってない!」

 

どうしていちいちこっちの会話に首を挟むのかしらこいつは。

ブリザガでも放ってやりたいくらいだわ。でも飛空艇の中では私にも被害が及ぶこと間違いなし!さすがにコイツと心中する気はさらさらないのでそこは我慢している。

 

そう、私は今現在帝国軍の飛空艇の中におります。ニフルハイム帝国に向かって進路良好でありまーす。

……なんてふざけてでもいないと取り乱しそうだ。最後の最後まで私の名を必死に叫ぶノクトの表情が脳裏から離れない。恰好はまず置いといて。

他の皆も無理やり担がれて全然サマになってないけど無事に逃げてくれているといい。

いや、逃げていてくれないと困る。行先は、レスタルムかしら?

その方が都合がいい。きっとノクト達の居所を探そうと別動隊があっちに赴いてるかもしれないし。そこで別動隊を叩き潰してコル将軍とうまく合流でもしててくれれば……!

 

「………」

 

私の心を見透かすかのように、アーデンはズバリ私に心境を言い当てた。

 

「ノクト達のこと、気になるのかい?」

 

コイツ、いつからノクトだなんてフレンドリーに呼び捨てしてるのかしら。

 

「気安くノクトだなんて呼ばないで。……もし、彼らに手を出すような真似してみなさい。……帝国にメテオブチ落としてあげるわ」

 

被害?そんなもの関係ない。笑い飛ばせるわ!

王都を奪われ大切な人達を失ったのだ。相応の報いを受けてもらわねば。

 

私の本気の脅しはアーデンは軽く肩をあげてみせた。両目を細めて獲物を定めるかのようにしながらこうも言うじゃないか。

 

「少なくともオレは手を出す気はないよ。せっかく幸運が舞い込んできたんだ。……みすみす金の卵を破壊したりしないさ」

「金の卵?」

 

怪訝に表情を歪める私に対してアーデンは、「物のたとえだよ」と誤魔化した。それから眠そうに欠伸を一つした。……この余裕な態度、呆れて何も言えなくなる。

いや、これも奴の作戦の一部かもしれない。レティ、気を許しちゃ駄目よ!

 

そう自分に叱咤して、警戒しながらちょっと前回の反省点について振り返ってみようと思う。

 

【ここからは回想始めまーす】

 

 

アイツに案内されてゲートの手前で別れた私達は、カーテスの大皿に到着することができた。奴と別れ際、私にだけに聞こえるように合図を送られるも私は皆に気づかれないようにそれらしく振舞うほかなかった。幸いにも、ノクト達に私の動揺を勘付かれることはなかったけど、クペはアイツの異質な気配に気づいていたから移動中も私の腕の中で震えていて可哀想だった。きっとどうしてこうなっているのかと一番に尋ねたかったに違いないわ。

けど、何か考えがあるだろうと悟ってくれて、我慢してくれている。正直助かった。ここでバレたら絶対止められるだろうと思ったから。

でも、私の考えが浅はかだった。

 

奴はこの混乱に乗じて私を連れ去る気満々だったんだ。

 

レガリアからひたすら進んだ先で、これ以上進めないということで徒歩で歩いてようやく王の棺を発見。先頭を歩くノクト達の後ろで徐々に痛み出してきた頭痛に蟀谷を抑えながらなんとか続く私。クペが心配してくれたけど、その時はまだ大丈夫だった。

 

やっとタイタンと会えたかと思えば、何を考えたのかタイタンは、私に会えて嬉しさからメテオを抱えている状態にも関わらず歓喜の叫びをぶつけてきた。それは強い頭痛として私にダメージを与えた。

ここまで激しい頭痛は初めてで立っていられないほどの痛みだった。

 

「うぅ…」

「レティ!大丈夫か」

 

私の異変に真っ先に気づいてくれたイグニスが足早に私の所へ駆けてきた。膝をつく私の横に同じように片膝ついて私の肩に腕を回して抱き寄せてくれた。

 

「……タ、イタンが」

「タイタンがどうした?」

 

イグニスの問いに答える余裕すらない私は痛みに気を失いそうになりながら、何とか声に出してタイタンを呼ぶ。

 

「ああ、タイタン、どうか落ち着いて…」

「レティ!オレの声が聞こえているか!?」

 

イグニスの声が遠く遠く聞こえている。すぐそこに彼の顔があるのに。

 

「レティ!!」

「姫!」

「おい大丈夫か!?」

 

私を心配して駆け寄ってくるノクト達の声。クペの悲鳴。

 

「あ、…あ……!」

 

痛みから目を開けていられなくてぎゅっと瞼を瞑るしかない。

駄目、痛くて、痛くて、このまま気を失ってしまいそうだった。

 

『ついに、ついに来た!』

 

うん、私はここにいる。だから私の声に、応えて……。

 

『シヴァは言っていた!我らが主はついに目覚めの縁に立っていると』

 

シヴァ?目覚めの縁?一体何を言っているの?

お願い、頭が割れるように痛いの…!

 

『時は満ちた。我らが女神の誕生を祝うのだ』

 

女神?もう何を言っているのか分からない。

 

タイタンは興奮状態にあるらしく、こちらの言葉は届かないのにタイタンのメッセージだけが一方通行に聞こえている状態で私の痛みは最高潮に達しようとした。もはや、意識すら手放しそうな痛みに、生理的に涙さえ浮かべてしまった。その時!

大地が唸り声を上げながら大きく揺れ始めたのだ。立っていられないほどの地震が私達に襲い掛かり、ノクト達の戸惑う声が上げている。

 

「うわぁぁ――!?地震!」

「でっけぇぞ!!」

「危険だ!離れろっ」

 

私を抱き抱えて後ろに後退したイグニスと彼の肩にへばり付くクペそしてプロンプトがいた場所は大丈夫だったけど、ノクトがいた足場は崩れていきぐらりと体制を崩したノクトと彼を助けようとしたグラディオラスは下の斜面へと転がり落ちてしまったのだ。

 

「ノクト!」

「グラディオ!?」

 

彼らの悲鳴が私の耳に届き、何とか痛みと闘いながらイグニスの腕に手かけて体を起こした。

 

「私は大丈夫だから早く二人を……!」

「わかった。無理はするな」

 

イグニスはそう言って私からそっと身を引くと崖の方へ走って行く。私も頭を抑えながらよろついた足取りで崖となった場所へ向かい下を覗き込むと幸いにもノクトとグラディオに怪我はないみたいでよかった。イグニスからノクト達は下の道を進んでこちらと合流するとのこと。

イグニスとプロンプトが下の二人と声を張り上げて話している最中、私は崖から離れた所に移動する。

 

クペから「……レティ、アイツと何があったクポ?」と不安そうに尋ねられたけど、「ごめん。落ち着いたらちゃんと説明するから、何も言わずについてきてくれる?」と力なくお願いするしかなかった。

クペが嫌だって言えば無理強いするつもりはなかったし、私がこれから行くところは敵地だったから。でもクペは迷うことなく「クペはレティと何処までも一緒クポ」と言ってくれた。彼女の優しさが十分に伝わってきて、少しだけ肩の力がほどけた気がした。

 

それからよ。

早くタイタンが私に気づく場所に行かなきゃって焦る気持ちが先走ってイグニスとプロンプトから離れた途端、クペがいち早く頭上に浮かぶ帝国の飛空艇の集団に気づいたけど、逃げるには遅かったわ。

 

Out!

 

後ろでイグニスとプロンプトが私の置かれている状況に気づいてすぐに応戦して助けに来ようと向かってきたけど、彼らの進路を阻むように飛空艇から魔道兵らがばらばらと降ってくるし、私の周りにも同様に雑魚クラスの魔道兵たちがうようよと周りを取り囲んで逃げる隙を与えようとしなかった。違う、イグニスとプロンプトは私を釣る為の餌だったのよ。

 

逃げる素振りを少しでも見せたら、二人がどうなるか。

言わなくても分かるわ。

 

かなり強者となっている二人にたかだか低レベルの魔道兵らが束になっても叶うはずがないのよ!!

 

「レティ、すぐに行く!」

「っていうかこいつらマジウザ!」

 

実際にイグニスとプロンプトは鬼の所業で向かってくる魔道兵らをちぎっては投げちぎっては投げという鮮やかな攻撃で倒しているじゃない。

 

ああ、哀れよ、魔道兵ども。せめてその命星の輝きとなるがいい。

 

このレティの目に狂いはなかったわ。

無理して彼らを鍛え上げてよかったと心底嬉しかったよ。あの時は。

強力なモンスターの巣窟と化しているダンジョンに戦闘経験がそれなりにあるとはいえ最初は無謀かなと心配ばかりしていたし、実際ノクト達はボロボロにやられてたもの。陰でようじんぼうが手を貸してくれているとは言え、全て防いでいては意味がないものね。だから限りなく命の危険がない限り手は出さないようにお願いしていた。

けれどどう!?

彼らの成長ぶりと言ったら、もうたくさんの花束飛ばして拍手喝采を浴びせてあげたいくらいだわ。

 

けれども、私の目的はまだ果たせてない。

帝国にいるとされる祖父に会うこと。どのような方なのか見当もつかないし、アーデンの言うことが真実なのかもわからない。もしかしたら、嘘だって可能性もある。

何よりファントムソードは無事に入手できたのは少なくともアーデンが約束を守ってくれたお陰なのだ。……敵との約束を破りたくない、なんて甘すぎだよね。私って。

 

この私の魔力を持ってすれば、魔道兵の大軍など敵ではない。けれど人質を取られてしまったら私は手を出せなくなる。そう、あの無敵っぷりを披露している私の仲間は人質なの、と無理やり自分に言い聞かせる。

 

「いや、見事な戦いぶりだねぇ」

 

奴はまさに余裕綽々といった態度で現れた。

飛空艇のタラップから風の煽りを受けて飛びそうな帽子を片手で押さえながら降りてくる赤髪の男。黒い死神。

 

「やぁ、用事は終わったかい、レティーシア姫」

 

アーデン・イズニアの予期せぬ荒い出迎えによって私は飛空艇へと誘いこまれたのだ。

無理やり、取り押さえられて両脇を固められた私は抵抗することもできないままに地上へ降り立った飛空艇の中へと連れて行かれる。逃げやしないというのに手荒な真似をしてくれるわ。

タラップを上がっていく私の後ろで、クペは私を助けようと躍起になって魔道兵らにその小さな体で勇猛果敢に立ち向かってくれたけど、彼女はあくまでサポートに適している。戦闘に特化した召喚獣じゃない。

どちらにせよ、事情を知らない彼女にしてみれば私を拉致ろうとしているように見えたはずだ。私は腕を拘束されながらも後ろを振り返ってクペに「危ないからもうやめて!」と叫んだ。

 

「レティを放すクポ!!」

「クペいいんだよ!無理しないでっ」

 

小さな体で弾き飛ばされてもまためげずに突っ込んでくるクペ。魔道兵の一体がクペの顔を両手で捕まえて、ああ、口に出すのもむごい!むごすぎる!

乙女の顔(かんばせ)をぐにょぐにょと挟んだり弱めたりクペの顔はタコのように膨らんだり伸びたりと弄ばれてしまっていた。

それでもクペは大声で叫ぶのだ。

 

「嫌クポ!?レティはクペが守るクポっ!!」

「っ!!クペ……」

 

それはもう、胸が張り裂けそうだった。ここまで身を挺して守ろうとしてくれている彼女にこれ以上黙ってみていられるほど私は薄情じゃない!

何より、もう我慢ならなかったのだ。アイツらに対して。飛空艇が上昇している中で、私は我慢の限界地突破!

 

「私の大事な友達に何遊んでくれてんのよぉぉぉお―――!!」

 

両脇にいる魔道兵らの拘束を気合一発!掛け声と共に一瞬にしてぐっと力を込めて、外させて体制が崩れたのを逃さず体を低くして床に片手をついて素早い動きで足払いを仕掛け、両脇の魔道兵二体を倒れさせる。グラついた躰の後方に滑るように回り込んで後ろから回し蹴りを食らわしいとも簡単に二体はタラップから身を吹き飛ばされ地面へと真っ逆さま。すかさず「サンダガ!!」と呪文を唱えて下でもみくちゃにされているクペ以外の対象物に対して容赦なくサンダガの餌食をさせる。焦げ焦げになった魔道兵らの山を背に、クペが嬉しそうに羽根を動かして飛んできた。

 

「クペ!」

「レティ!」

 

私達は互いにしっかりと抱き合って不安定なタラップの上に座り込んで歓喜の涙を浮かべたのだった。呆れたような顔をしてやってきたアーデンは下のほうをひょっこりと覗いては

 

「あーあ、また無駄に倒してくれちゃって。……オレがあの口うるさいじーさんに文句言われちゃうんだけどな」

 

と疲れたような声を出していたが私達は全て関係なし!

飛空艇はイグニスとプロンプトを置いて上空へ上がろうとして、まさかこのまま飛び立つつもりなのとぎょっとした私は、アーデンにビシィイイー!と指さして怒鳴りつけた。(人に指さしちゃいけません☆)

 

「アーデン・イズニア!一体どういうことなの!?こんな真似するなんて聞いてないわっ!」

 

事前に教えてもらってても素直に従わないけどね。

 

「オレの約束は君をタイタンの元へ連れて行くこと、じゃなかったけ?」

「だから今こうして私はここにいるじゃない!破ってるならとっくにとんずらこいてるわ。そうじゃなくて!この、」

 

思わず叩いてやろうかと右手が飛び出たけど難なく交わされて、危うくバランスを崩して落ちそうになった。

ヤバイ、バランスが、保てない!

奴め、ニヤニヤしながら私にひらひらと手を振って別れの挨拶などしてくれおった!

 

「へ、あ、あわわわあ!!?」

「レティ!!フヌヌヌヌ………ファイト~一発クポ~~~!!」

 

クペが寸前で私の服を引っ張って頑張って引っ張り上げてくれたから助かった。

 

「…死ぬかと、思った……!」

「クペが、死にそう、クポ…」

 

涙目になりへたり込む私と、すぐ傍で息も絶え絶えなクペ。

そして、期待外れだと言わんばかりに止めをさしにくるアーデン。

 

「今度は落ちなかったね」

 

コイツ、マジムカツク!怒りのままに私は靴を片方脱いで思いっきりアーデンの顔に投げつけてやった。

 

「アダ!」

 

今度は避けられなかったアイツはスコーンと小気味よい音を出して顔面に靴がクリーンヒット!どかっとお尻から尻餅着いた奴を見て、「よっしゃ!」とガッツポーズして喜ぶ私に対して、アーデンは、

 

「……いたたた、……ホントにルシスでどういう教育受けてきたのか知りたいくらいだ」

 

と赤くなった顔面を片手で押さえながら恨みがましい視線で私を見た。クペが私の靴を拾い上げて持ってきたくれたのを履きなおしてから立ち上がった。

 

「フン!失礼なのはどっちよ?早くノクト達を一緒に助けて。定員オーバーじゃないでしょう?」

 

無駄なやり取りをしている間にも外に横目をやれば、タイタンの暴れっぷりは激しさを増していた。あれじゃあ一種の暴走だ。下手すれば近隣にも被害が及びかねない。

これ以上時間をかけてはノクト達の身も危ういと判断したまで。

だが奴のいうことはズバリ一言。

 

「でもこれ帝国行だけど」

「グッ!いいの!途中で下せばいいじゃない!」

 

語気を強めて言い返す私にアーデンは気が乗らないようないい方をする。

 

「それでもいいなら乗せてあげるけど、ノクト達は君を帝国には連れて行かせないだろうなぁ。君、思ったよりも大事にされてるし」

 

なんだかんだ理由並べて乗せたくないだけなんじゃないか!?

 

「……卑怯者!!」

「いやホントのこと言ったまでなんだけど。………調子狂うなぁ。君はどちらかというとルシスの王様に似ているよ。君が御父上から受け継いだのはその瞳だけみたいだね」

「何を言って?ええい、埒が明かないわ」

 

私はヤツに背を向けて、斜めの状態になっているタラップの上で両足をしっかりと開き、右手手首をくるりと回して使い慣れた杖を呼び出す。

右足のつま先の靴をタンタン!と足踏みして簡易的魔法陣を創りだし、声高らかに叫ぶ。

 

「[来たれ、我が召喚の求めに応じ、出でよ!ブラザーズ]ミノタウロス!セクレト!お願い、力を貸して!」

 

通常ならもっと意識を集中させて呼び出しに応じてもらうのだけど今は一分でも時間が惜しかった。だから位の低い召喚獣を呼び出すことにした。

私の求め【祈り】によって、飛空艇より真下の地面近くに大きなゲート=異界が出現。真っ黒な闇の中からぬっと顔を出して現れる二体の召喚獣。待ちわびた彼らだ!

 

『おう!姫じゃーん。やっとオレたちを呼んだな。待ちくたびれたぜ』

『姫の願いにより参上したが、肝心の姫はどこに……』

 

牛の獣人のような出で立ちで大きな体躯の方が弟のミノタウロス。小さい方だけどどこか落ち着いた雰囲気の方が兄のセクレトの兄弟召喚獣。丁度つりあいの取れている彼らはいつも一緒でどんな時にも前向きで幼い頃よく追いかけっこして遊び相手になってくれた。

兄のセクレトが呼び出したはずの私の姿がないことに戸惑いながら首を動かす。

 

『…しかし姫はどこにいる』

 

私は、タラップに両ひざをついてぎりぎり落ちないように注意しながら顔を覗かせ彼らにわかるように手を振った。

 

「私はここよ!」

『姫!なんでんなとこにいんだよ~?』

『なんと上空から…』

 

ブラザーズ二匹揃って首を動かし驚愕した様子で私がいる飛空艇に注目した。

丁度良いところに無事に合流したノクト達も駆けつけてきた。なんてタイミングだ!逃がすには絶好の機会。

だが、こちらの想いとは裏腹にノクトは「レティ!?レティ!!」

と狂ったように私の名を連呼して叫んでは何をとち狂ったか、ファントムソードとテレポートを駆使してこちらに乗り込んで来ようとした。鬼気迫る表情に気圧されてこのままでは飛空艇ごと沈められると悟った私は、「来ないで――!!」と叫びながら、ノクトに向かって速攻ブリザドで作った氷の塊を投げまくってこちらにくるのを阻止しようとした。いくつか避けられたが、一個がノクトの頭に『ごすっ』と直撃し、

 

「きゅう~」

 

と呻いて気絶したノクトはひゅう~~と下に落ちていく。けどこのままじゃ地面と熱いキッスを交わしてしまう!

 

「セクレト!お願い」

『承知』

 

間一髪セクレトが受け止めてくれたので良かった。デカいたんこぶ一つこさえる程度に収まって良かった、と額に浮かんだ汗を手の甲で拭う私に、クペはぼそっと「鬼クポ」と引き気味だったことは知らない。アーデンが忍び笑いしてたことも知らない。

ノクトは片付いたが、イグニスやグラディオにプロンプトはそううまくあしらうことができない。

 

「帝国軍だと、もしやあの男……。帝国軍宰相アーデン・イズニアだったか!」

「アイツ…!」

「姫――!!今助けるからっ!!」

 

一機団結して私を救い出そうとする気持ちはありがたいがまずアンタらが危ないんだと言いたい。気づいてないのか後ろでタイタンが暴れていることを!君らの足元で魔道兵が地に伏していることを!……これはイグニスとプロンプトがやったんだった。

 

なので彼らには「スリプル!」を掛けて仲良く寝てもらった。

バタリばたりと次々に倒れていく三人。あとは彼らを連れて脱出してもらうのみ!

 

「ブラザーズ!お願い!皆を連れて逃げて!貴方たちじゃタイタンには叶わないわっ」

『おいおい!?姫捕まってんじゃねぇかー!?今助けてやるぜっ兄貴!上まで持ち上げてくれっ』

『だが今王子が』

『王子なんてその辺に転がしときゃいいんじゃね?』

「ノクト転がしたらエアロガ&バイオぶっ放すぞ」

『オッシャー任せとけ!』『安心して行くがいい』

 

私の心からの願い(脅し)により、あっという間にミノタウロスはイグニス達を両脇に抱えて逃げる準備オッケーな体制となる。

素直な召喚獣って、素敵ですね!

 

「レティ!!」

 

私に向かって必死に腕を伸ばすノクトが一番に目に飛び込んだ。いつの間に気絶から復活を遂げたの!さすがに強くなったわねと息子の確かな成長を感じた母親の気分になった。しかしその声が、表情が、私の胸に突き刺さるの。笑っちゃいけない、セクレトに御姫様抱っこされて逃げてるとこは。シリアスな雰囲気が台無しになってしまう。

 

「お願い!私は大丈夫だからっ!ぷっ」

「レティ笑っちゃダメクポ」

「笑って……ないもん」

 

口元抑えてさっと視線を逸らすしか堪える方法はない。

 

「ブッフフフ!」

「完璧吹いてるしね」

 

そこ五月蠅い!

嘘でもなんでもいいから安心させなきゃ。

私のことよりも自分のことを考えて。レスタレムに戻ってイリス達を守って。コルたちがノクト達を待ってるから。きっとノクト達の力になってくれるから。

 

言いたいこと、たくさんあった。

待ってて、……とは言えなかった。何より、

 

「レティ!!」

 

ごめん。その姿がミスマッチすぎてお腹痛い。

ノクトの悲痛な叫び声を聞きながら、私はブラザーズ達に捕まえられて無事に脱出をはかる彼らをずっと見送った。彼らが無事に安全圏に離れたのを確認して、私は不安定なタラップの上ながら、その場に立ち上がって、タイタンに向かって声を張り上げた。

 

「タイタン!私は、ここにいるわ!どうかその力を鎮めてっ」

『―――』(主を彼の地に)

 

私の声、届かない。届いてない。

 

「私は自分の意思でここにいるの。お願い――!!私は大丈夫だから、その力を鎮めて」

『―――』(我らは役割を果たす時がきた)

 

自分の言いたいことだけしか言わない。こっちはそれ[メッセージ]によるダメージがきてるってのに。

 

「だ・か・ら、私の話を、聞けぇぇえええ――――!!」

 

全力でぶっ放したコメテオが発動し、頭上から降り注ぎタイタンに命中していく。

 

ごすっ、どす、めりっ。

 

いつもよりも多く降っておりますコメテオ。その数、……ひー、ふー、みー、よー、いつ、むぅ、なな、やつ、ここ、とう。両手じゃ足りたかった。

暫く振っていたので座って見守ることにしました。空と比例して赤々と燃えて灼熱に燃える隕石が次から次へと落下する姿は見惚れるほど綺麗だったなぁ。

 

「クペ、綺麗だね」

「この世の地獄クポ」

「そうかな?」

「世紀末って感じだなぁ」

「アンタには聞いてないって!」

 

そんな会話を何度か続けてコメテオが落ちてこなくなった頃には、すっかりタイタンは落ち着きを取り戻してくれた。……あたりの地形がちょびっと変わってしまったけどそこは誰も文句は言わないでしょう。元々人が立ち入る場所じゃないし、ちょっとレスタレムの観光事情には打撃を与えるかもしれないけど、タイタンがいなくなったことで見晴らしもよくなってるはずだと無理やり納得させる。

 

『―――』(主よ、目覚めの一発に相応しい瞬間だった)

 

ちょっと凹んだり多少!ボコボコになったタイタンはこれから私に力を貸してくれると約束してくれた。

啓示?忘れてたって。丁度いい、これで彼女の計画は一部だが阻止できた。それにしても、どうしてメテオなんか担いでいたのが疑問に思って質問してみたら、案外理由は簡単だった。自分を鍛える為に担いでたんだって。来るべき時を迎える為にってことらしいけどそこらへんは分からず。とにかく、タイタンはこれから力を貸してくれることを約束してくれた。これで七神の内の三神が私に協力してくれることになった。タイタン、シヴァ、イフリート、後は直接彼らから話を聞かないと。

 

「ありがとう……タイタン!」

 

私は感謝の言葉を伝えて、光と共に消えていくタイタンに手を振った。

胸に手を当てれば、何か満たされていく感覚に新たな力が加わるのが感じとれてたわ。

 

こうして、私とクペは新たな境地へ旅立ったのであった……。

 

ここで回想終了。

 

【ほとんどレティが攻撃加えてた】

 

で、こうして私達は今に至るということです。

私の回想に最後まで付き合ったアーデンの感想は、これでした。

 

「…コントなお別れだったねぇ」

「………」

 

何かしらこの敵対関係であるはずの私達の間に広がる待ったり感。どうにも戦意喪失させる効果があるらしく、私はこのまま引きずりこまれてたまるかと、あくまで奴は敵であると自分に言い聞かせる。それにしても、なんともやる気のないコメント。ここまで回想を続けるのにどれだけ胸が張り裂けそうだったか。

 

「何処まで茶化せば気がすむの」

 

また私の靴を投げつけられたいのかと思って、靴脱いであげたのに奴は「狭い中で飛ばさないでくれるかい。機械って結構君が思うよりも繊細なんだよ」と迷惑そうな顔をする。私だって迷惑だわ!いちいち人の会話に首突っこんできてさ。

 

「狭い狭いってこれのどこが狭いのよ。あんた自身の視野がせまいんじゃないの?」

 

嫌味たっぷりに言い返せば、これまた嫌味で返されるとは、出来る奴!帽子を脱いで自分が座る脇に置くと、アーデンはふさっと髪を掻き揚げながら、

 

「これでも真面目に仕事こなしているんだけどね。君をわざわざ帝国に招いたりとかさ」

 

といかにも仕事熱心をうたうじゃないか。

 

「どこが仕事よ!人を殺しておいてのうのうとのたまわれたものね」

 

だがこちらはちゃんと筋は通してある。

約束も守っている。だが帝国がしたことはどうだ?自分たちの目的の為に沢山の人たちの命を奪ってクリスタルを奪った挙句に、まだ満たされない欲望の為にノクトの命まで狙おうだなんて。お天道様が許してもこのレティーシア様は許さないわ。

 

「……君も散々殺してるだろ。魔導兵を」

「あれは人形じゃない」

 

人形を倒して何が悪いと訴えるとアーデンは意味ありげに含み笑いをした。

 

「…ふっ、そうだよ。あれは『人形』さ。……そうだ。帝国に来るんだ。色々と学ぶといいよ。お姫様。君は世界を知りたかったんだろ?教えてあげるよ。世界がいかに無情で残酷で脆いか、を知るといい。君は、知らなければならない」

 

その表情は最後に少しだけ悲しそうなものになった。

 

「?」

 

だがすぐに飄々とした態度に戻ったので、目の錯覚かと気にしないことに。

 

「……ああ、向こうに着いたらすぐには会えないからね。少し部屋で寛いでいて」

「……監禁しようと?無駄よ」

 

バッサリと切り捨てるようないい方をすれば、アーデンは苦笑しながら顔を横に振った。

 

「監禁じゃないさ。監視はつけさせてもらうけど。お利口な君は知っているだろう?君の身分は『今は』ルシスの王族だって。……君らに個人的に恨みを持つものがいるから用心に越したことはないさ」

「ルシスに恨みを持つもの?」

 

どうにもきな臭いいい方をする。片眉が若干上がってしまういつもの癖がでた。

だって仕方ない。アーデンのいう言葉が不可解だからだ。

個人的という部分がどうにも怪しい。私のような娘を一人いたぶったところで王家に大々的なダメージが行くわけでもなし。今、レギス王が亡き王都は荒廃していく一方だろう。まさに恨みなど晴れたようなものじゃないか。……アーデンのいい方が正しいならその人物は王家の血縁者に対しても恨みを抱いて昇華しきれていないことなる。だから私にも、そしてノクトにも敵意を抱いている?ううん、ただの推測だけじゃ意味がない。

これは、今接触できる内に何らかの対処をしておいた方がいいかもしれない。いずれその被害がノクトにも届きかねないし。

 

私が緊張感から身を固くする一方で、本当に帝国の一宰相かと疑いたくなるほど、余裕ありありな欠伸をした。

 

「……ああ、そうだ。……ふぁ~……どうしてかな。君が傍にいるとさっきから眠くて仕方ない。…今まで眠れたことなどなかったのに……」

 

まるで眠ったことがないようないい方に半分呆れた視線を送る。

 

「……寝首掻かれても知らないわよ」

 

忠告だけはしておいたのに、アーデンはこちらが驚くような答えを返した。

 

「君にそんなことはできないと信じてるから大丈夫さ」

「馬鹿らしい。敵に信用してるですって?頭でも沸いてるんじゃないの」

「……そうかもね、……ああ、本当に眠い……」

 

そう言ってアーデンはゆっくりと顔を俯かせた。慌てて私が「ちょっと!?本気で寝ないでよ」と注意するがどうやら睡魔に襲われているアーデンには抗いようもないらしい。本人でさえその急な眠りに困惑しているようだったから。

 

「……わからない。……どうして、こん、な……」

「……もしかして……残業続きで睡眠不足とかじゃない」

 

適当に返してみたものの、病気とかじゃないわよねと妙な焦りを感じてしまった。……敵の心配してどうするの私!

 

帝国ってブラックだから居眠りとかも普通なのよ、うん。そうに決まってるわ。たとえ、お目当ての姫がいたとしても寝ることを優先させるのよ。……やっぱり悪だわ。暇つぶしの相手もしないとは。

 

「…確かにそうなんだけどね……。これも、きみの力なのか……」

 

そう呟いて、アーデンは寝息を立てて眠ってしまったようだ。

私に癒し効果でもあるのだろうかと不思議に思った。

疑り深い私は、そんな演技じゃ騙されません。

アーデンの目の前まで移動してやめた方がいいとクペが注意するのも構わずに、椅子から立ち上がってアーデンの目の前に移動。顔の前で手をひらひらと動かした。

 

だけど、反応はない。

 

「本気で寝ちゃった……。反応なし……クペ、なんだか変な奴よね。こいつって」

 

せっかくの暇つぶしがなくなったなんてこれっぽちも残念だと思ってない。

 

「………」

 

暫く様子を伺ってたけど反応はなく、戻って椅子に座りなおすと私の膝にクペがちょこんと乗った。先ほどよりは幾分か顔色がよくなったみたいだ。軽く撫でてあげると気持ちよさそうに身を委ねるクペ。

アーデンと一緒にいる空間すら怖いという感じだったから心配していた。しばらく撫で続けていたら、クペが何やら意を決して何かを伝えようとした。

 

「……レティ、この男から……ある気配がするクポ」

「アーデンから?」

「うん。……でも今は言うのやめとくクポ。……もうすぐ帝国領クポ」

「そうだね」

 

帝国に着くまでは時間が掛かるらしいから、今までの鬱憤晴らしということで思う存分、寝ているアーデンの顔に悪戯書きしてあげたわ。勿論、油性で。

 

【帝国領って肌寒いのね】

To Be Continued--



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chapter.06
七転八起~しちてんはっき~


これぞという時にトラブルはつきものである。しかもニックスに言わせるならクソ!急いでる時に限って起こる。特にレティに会いたい会いたい衝動に駆られて気が狂いそうになっている時に限ってばかり。ニックスはとことんついてないようだ。

 

「本当に!申し訳ありませんっ!」

 

道路の往来で土下座して謝罪するグレンとその後ろで「クエー!」と気性荒くニックスとリベルトに対して敵意むき出しな様子の銀色のチョコボがいた。

 

「……チョコボってこんなに荒いもんか?」

「さぁな」

 

何処か疲れた目をしたリベルトと脱力感に襲われているニックスは目の前には大破して見るも無残な変わり果てた姿となったバイクを見つめた。

間一髪、持ち前の反射神経と幾度となく経験してきた戦闘経験から両者共に事故に巻き込まれることだけは避けられ、ガソリンが引火する前に機転を利かせたニックスのブリザラで凍らせることで大きな爆発も免れた。だが魔法が使えないはずのニックスがブリザラを唱えたことでまたリベルトと一悶着あったりもしたが、そこはレスタルムに着いたら必ず説明すると言い聞かせて無理やり納得させた。未だ疑念の視線は消えず、肩身が狭い思いをしていた矢先にこれである。しかし、しっかりと整備やら洗車やらしてくれたシドニーに対して申し訳ない気持ちにもなる。まさか壊した理由がチョコボに襲われてなんて伝えてたところで信じてくれなさそうだからだ。

 

そもそもどうして、こうなってしまったのか。

 

その原因の一端ともいうべきものが、グレンの愛馬ならぬ、愛鳥『トワイライトフェニックス』だ。元々はぐれチョコボだったらしくモンスターに襲われて怪我を負っていたところを助けて懐かれたのでグレンが世話をすることになったらしいが、いかんせん、性格に難ありであった。何をとち狂ったか、トワイライトフェニックスは突如二人が乗るバイクに攻撃を仕掛けてきたのだ。些細な言葉に過敏に反応したらしい。ニックスがグレンに向けた

 

「オレは急ぐがお前のペースで走ってもらっていい」という気遣いの言葉が彼、トワイライトフェニックスにはこう聞こえたらしい。

 

『オレはこの最高のバイクで疾走するがお前は精々オレのケツでも追っかけてな』

 

それで鳥だからトサカにきたのか、「クエ~~!!」と怒りの鳴き声を上げてグレンを振り落とし制止する声も聞かずに二人が乗るバイクに鋭い足でけり攻撃やら嘴攻撃をしてきた、というわけである。どうやら気難しい性格の彼女のようだ。だがグレンはトワイライトフェニックスと名をつけて愛情を一心に注いでいる。多少の荒事もこれが初めてではないらしい。……その愛情はほとほと半影されていないようだが、さらに問い詰めて詳しく話を聞けばグレン以外には攻撃的になりコル将軍にも攻撃を仕掛けたこともあるという。ニックスがため息をつくとなおさらグレンは申し訳なさそうな顔をした。

 

「……はぁ」

「本当に申し訳ありません」

「もう気にするな、仕方ない」

 

土下座をやめさせたグレンはまだしょんぼりと肩を落として気落ちしていて、ニックスはそれ以上落ち込んでいるとまたトワイライトフェニックスに攻撃しかけられると危惧して慌ててフォローを入れた。ギラリンとトワイライトフェニックスの瞳が光っていたようでニックスは背筋がぞくっとした。あの嘴で襲われたらひとたまりもない。なんせ、奴の嘴はまるでドリルのように容赦なく機体に穴を開けたのだ。一体何を食わせればああなるのか、知りたいようで知りたくない。

 

主人であるグレンにばかり愛想振りまくシルバーのチョコボは出会いの最初からしてニックスとリベルトを『ハン?うちのダーリンに比べたら貧相すぎて足元にも及ばないわ!』と言った風に見下した態度だった。予想外に機械音痴らしいグレンは車ではなくチョコボで二人の元までやってきたらしい。それとトワイライトフェニックスがグレンから離れたがらないらしい。彼しか世話を出来る者はいないのでそれも納得できる理由だ。仕方ない。人には得手不得手というものがある。

たとえ、チョコボだろうと世の中には空を飛ぶチョコボもいると聞く。……噂程度だがそれでもバイクの後方でくっ付いてくれば問題はない。

 

と考えていたが甘かったらしい。世界はとことんニックスに厳しかった。

レティに会いたいともがけばもがくほど距離がどんどんと遠のいていく。

 

「で、どうすんだよ。バイク壊れちゃ徒歩しかねーのか?」

 

リベルトの嫌々とした表情にニックスも同調し、「徒歩しかねぇだろ」とげんなりしたいい方をするしかない。

ゲンティアナは急げと言っていたが、これではいつレスタレムにたどり着けることやら。

 

「あ!お待ちください。他のチョコボを呼べますのでそれに乗って行きましょう」

「……性格悪いのは遠慮して置くぞ」

 

ぼそっと苦言を述べるニックスにグレンはキラキラとした笑顔で言い切った。

 

「大丈夫です!トワイライトフェニックス以上のチョコボは中々いませんから!」

「クエ!」

 

親ばかならぬチョコボ馬鹿。

ニックスとリベルトは声を揃えて呆れたようにこういった。

 

「「あっ、そう」」

 

果てしなくどうでもいい。

今さらながら、なぜコルがこの人物を寄越したのかさっぱり意図が分からない。まるで厄介払いをされた気がして何となくまだ見ぬコル将軍に対して恨まずにはいられなかった二人。

 

グレンが呼んだチョコボに跨ってニックス一行は急ぎレスタルムを目指すことになった。道中、コルからの信じがたい連絡に血相を変えたニックスは誰よりもチョコボに激を飛ばして、先頭の風を切って駆けた。

 

チョコボを休ませては走らせ休ませては走らせを繰り返してようやくレスタルムにたどり着いた頃には日付もまたいで日も沈む夕方になっていた。だが町の様子が明らかにおかしいことに気づいたニックス達は驚愕し、声に出さずにはいられなかった。

 

「なんだこりゃ」

「これは……」

 

目を見張るニックス達の前には、情報として聞いていた観光名所とは程遠い厳戒態勢にあったのだ。銃を持った物々しい警備の男数名が町の出入り口各所に配置され、そうやすやすと中には入れてくれ無さそうな雰囲気なのは丸わかり。観光スポットとして有名な展望台公園には閑古鳥が鳴いていて人っ子一人おらず、使われていない屋台がひっそりと現状を物語っていた。歓迎されてない様子だが、事前にコルから指示を受けたグレンは「オレに任せてください」と言って愛鳥から降りた。二人は倣ってチョコボから降りることに。こちらの動きに注目していた警備の男たちはグレンが接近してくると分かると僅かに緊張感に銃を持つ手に力を込めているのをニックスは見逃さなかった。リベルトにだけ聞こえるように小さな声で「なんかあったら下がれ」と耳打ちし、リベルトは表情を変えずに「わかった」と短く答える。

グレンのことを信じていないわけではないが、万が一ということもある。ニックスはいつでも魔法を唱えられるように右手に意識を集中させながら注意深くグレンと警備をしている男と会話を少し離れた場所で見守った。

 

「レスタルムに何のようだ。今現在町への出入りはとある理由により制限されている」

「オレはコル将軍によりある任を仰せつかったグレンと言います。火急の件にて、中へ入る許可を頂けますか?」

 

丁寧な口調でそう願い出るグレンに対して、人一倍屈強な男は自分よりも背の低いグレンを見透かすかのように目を細めてこういった。

 

「………話は聞いている。だが証拠は?」

「信じていただけないのですか!?」

 

まさかそう切り出されるとは予想していなかったらしいグレンは目を見張って大声を上げた。だが男は悪びれた様子もなくあっさりと言った。

 

「悪いな、これも仕事だ。ボスからは怪しい奴は徹底的に疑えと言われてるもんでな」

「そんなっ!」

「将軍の使いともなれば、それなりの証拠があるはずだろう。それを提示願おう」

 

男は顎で他の仲間に指示を出すと他の男たちはグレンを威圧するように銃口をグレンへと向けた。その内一人の男が連絡の為に奥へと走っていく姿が見えた。これは応援を求めたということだろう。これにたじろいだグレンは「くっ!」と小さく呻いた。この時、うっかりグレンの頭の中には直接コルへ連絡を取るという選択肢はスッとんでいた。

そして同じく連絡手段を忘れていたリベルトはまさかの展開に憤りを覚え、

 

「黙って聞いてりゃ……アイツら何様のつもりだっ!」

 

と言いながら腰元に装備してある武器に手をやりながらニックスに視線をやった。

 

「おい、ニックス!いっちょアイツらブッたおして……?」

「………」

 

だがニックスは無言だった。

 

「お、おい!?ニックスっ!!」

 

それどころかここで待てという指示を無視し、なおかつリベルトの掛け声など無視してズンズンとグレンの元へ歩いていくではないか。慌ててリベルトも後を追いかける。

 

「どけ」

「えっ」

 

強面な表情のニックスはグレンを乱暴に横に退かし自分へと標的を変えさせる。一斉にニックスに銃口が向けられるがそれに臆することなく、「さっさと中へ入れろ」と低い声で相手側を威圧する。少したじろいだ男の仲間たちだったが、真正面に立つ男は片眉を少し上にあげて、

 

「ほぉ、お前。相当な腕前だな」

 

とわずかに口角を上げてニックスを褒めてきた。常人ならぬ雰囲気に一発でニックスが戦闘の経験を踏んでいることを看破したということは、相手もそれなりに手練れということ。

 

「だが証拠がなくちゃ、なぁ」

「だったら直接やり合ってみせてやろうか」

 

負けじと相手を挑発するいい方にグレンはぎょっとしてニックスの腕を掴んで止めようとした。

 

「ちょっ、ニックスさん!目立つ真似はするなとコル将軍からキツク言われてますから」

「ニックス!やめろっ」

 

さらにもう片方にはリベルトが同じくニックスを止めようと肩を掴んだ。だがニックスはそれらを乱暴に振りほどいては、

 

「うるさい、黙ってろ。オレは一分一秒でも早くレティに会いてぇんだよ!こんなところで道草食ってられるか!」

 

と怒鳴りつけた。さらに右手を顔近くまで掲げて指関節をぽきぽきと鳴らしながら手の中に赤々と燃える炎を出現させて男たちに「なんだ!?あれは」とそれぞれに動揺を与えて意表を突かせ、身を引かせた。

 

「オレの道を阻むなら、誰であろうと容赦はしねぇ」

 

ニックスの気迫に気圧された男たちは得体のしれぬ恐怖に身を竦ませた。一歩一歩と後ろに下がっていく男たちがもつ銃口は震えていて、まともにニックスを捉えることもできずにいた。その中、微動だにも動じなかった男に一つ変化が生じた。

 

「なぜ王族でしか扱えない魔法を、お前が……?」

「悪いか?オレは特別でね」

 

軽口でそう言い返すニックスに男は目を見張り、しばし互いに膠着状態が続いたがそこに介入する者が現れた。

 

「おい、何してんだよ。マリオン」

 

先ほど連絡に走った男を伴って複数の武装した数人を引き連れて現れた年若い男がそう声を掛けたのに対し、マリオンと呼ばれニックスと対峙している男は

 

「お前か」

 

と体を動かしてそちらに視線を向けた。ニックスはまた邪魔者が現れたかと舌打ちしながらそちらに視線を向けた。そして、その男の顔を視界に入れた途端、「……嘘、だろ……」と呆然と戦意喪失してしまった。グレンはニックスの異変に首を傾げ不思議そうな顔をして、リベルトはニックスが呆然としてしまう理由が分かった。というか、リベルト自身も顎が外れるくらいに驚いてはいた。なんせ、その相手の顔に何となく見覚えがあったからだ。幼い頃から親し気に遊ぶ幼馴染の顔をそっくりそのまま成長させたように瓜二つだったのだ。そして、親友であるニックスと似たような容姿。背丈こそ多少違うものの、雰囲気が似ているのだ。

 

その注目すべき男はニックスとリベルトがガン見するにも気にせずに、くわっと暢気そうに欠伸を一つしながら頭部を軽く掻いた。

 

「怪しい奴来たからって俺を呼ぶなよ、他の奴まわせってぇの」

「俺は呼んだ覚えはないぞ」

「だからって……ん!?」

 

ニックスはマリオンと呼ばれた男を押し退いて、「おい!」と声を上げた。その姿はどこか必死さを感じずにはいられなかった。ニックスに突然声を掛けられたユリと呼ばれた男は最初こそ怪訝そうな顔をしていたが、まじまじとニックスの顔を見つめては徐々に戸惑いを露わにしていく。

 

「あ?………え、……」

 

そこへ畳みかけるようにニックスはこう尋ねた。

 

「お前!お前もしかして、ユーリー・ウリックか!?」

「なぜ、俺の名を………」

「ユリ!オレだ!分かるか!?」

 

ニックスは自分の胸に手を当てて必死に訴えた。

 

「………?」

 

幼い頃、ユリという愛称で村の友達に女らしくてイジメられた経験から自分でも嫌いだと普段からぼやいていた彼に対し、兄妹である兄と妹そして母は『自分たちは好きだ。お前だから似合っているんだ』と何度も言い聞かせてユリという名前が特別であることを伝えた。だからこそユーリーは今でもその意味合いを大切にして自分が気を許した相手にしか愛称で呼ばせていない。レティに対してもそうだ。出会って間もない彼女に愛称呼びを願ったのは自分を知ってほしいという気持ちを込めてこそだった。

 

今の仲間内でも自分を『ユリ』と呼ぶ人間は数少ない。両手で足りるくらいだ。

それに、そもそも初対面で自分を愛称で呼べる人間など彼は知らない。ということは、今自分に向かって叫ぶ男は初対面ではないということ。結論として、ユーリーの中で一つの可能性が導き出された。

 

「ま、さか………。ニックス、ニックス・ウリック?……兄、さん……なのか」

 

幼い頃に別れたままの記憶から飛び出すように互いに成長を遂げた思いがけぬ再会は、突如予期せぬ形で起こった。

 

【これも必然か】



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[grow apart~彼編~3]

プロンプトside

 

残された者に託されたものって何なのかな。

オレは彼女がいなくなった後でも正直、わかってない。ただやらなきゃって想いだけで必死にやってきた感じだ。

 

オレさ、もう少し落ち着いたら旅に出ようって考えてるんだ。

ほら、オレって写真撮るの好きじゃない?なんだか世界が平和になったって考えたら体がウズウズしちゃってさ。色んな場所へ行ってカメラに収めたいって衝動が沸いちゃって……。モンスターは相変わらずいるけど、夜になるとシガイが出ることも無くなったから比較的安全になったよ。外は。

 

ノクトには言ってあるんだ。そしたらいつでも行って来いって背中押されてる。

ちょっと予想外。もっと働けとか言われるかと思ってた。

 

ああ、それと報告。父さんと母さん、無事だったよ。間一髪逃げることができたんだって。

再会した時なんてもう大変だった。

お互い号泣してさ、恥ずかしかったよ。

……色々と訳ありだったオレを、大切な息子だって涙浮かべて抱きしめてくれた、迎えてくれた。今まで傍にいられなくてごめんって。今までのこと、全部教えてほしいって。

 

オレ達、時間をかけてようやく【家族】になれた。

長かったけど、本当に良かった。これで心置きなく行けるなってノクトに言われたけど、まだ駄目なんだ。どうしても後ろ髪を引かれてここから出れずにいる。

 

君が、オレがいない間に目が覚めたらって思うと居ても立っても居られなくて。

……なんか、オレ全然変わってないなぁ。まだあれから二年しか経ってないなんて信じられないよ。

姫が、レティが眠ってから世界は目まぐるしく変わっていったってのに。

王都だって、無事に元の姿を取り戻してきているのに。君はオレ達の前からいなくなった。いや、いなくなったって言葉は違うのか。

 

レティーシア・ルシス・チェラムという王女様は死んだんだ。

この世にもう存在していない。その方が良いってノクトは言うんだ。オレもそう思うよ。彼女はもう静かに眠らせてあげるべきなんだ。

運命に翻弄され続けた彼女の人生でもっとも輝いた瞬間は、きっと最後の瞬間だったはず。レティは最後までノクトの為に行動してた。

 

ただノクトの為。ノクトが王となる為に必要なことをした。おとぎ話に悪い魔女はつきものでその末路は悲しいものばかり。けど、逆に言うなら悪い魔女がいるから王子が輝ける。お姫様がいるから王子は活躍できる。お姫様を助けるのは王子の役目で、悪い魔女を助ける王子なんていない。

 

レティは、悪い魔女になることで、王子とお姫様を目立たせて世界の光とさせた。

世界が光という希望を見られるように。

ノクトの為、ノクトの為って言ってた割にはちゃんと皆のこと考えてるんだよ。本当に、不器用すぎだよ。

でもさ、一つだけ読み間違い、あったよ。

レティはノクトとルナフレーナ様が一緒になることを予想してたけど、二人ともそんなつもりないってさ。だって未だに、ノクトは独身。ルナフレーナ様の方は分からないけど、今はテネブラエの為に尽力したいらしい。

 

世界から七神は消えた。召喚獣っていう存在そのものがいなくなった。元々いた所に還るんだってさ。そこは、生身で行けるところじゃない。けど、人は最終的に還る場所みたい。ちょっとその辺は曖昧だからはっきりと言えないんだけどさ。

 

だからこの世界は、完全に人の力だけで守って行かなきゃならない。誰かの守護を受けるんじゃなくて自分たちの力で全てを守る。

 

オレ達は、馬鹿だからきっとまた争いを繰り返す。それは人でいる以上仕方ないってあきらめがつくかもしれない。でも、さ。

レティが、身を挺して守ったこの世界を、オレは守りたい。

オレにできることなんて、たかが知れてる。弱っちいオレに出来ることは少ない。でも世界の現状を写真に収めて世界に発信することはできるよ。

自分たちの知らないこと、教えるきっかけになると思うんだ。

 

もうすぐ、レティの命日。

ルシスの民はレティの訃報を知らない。だから極関係者だけの集まりになる。

 

もう、区切りにすべきなのかなぁ……。

オレは、レティに恋した期間も短いし片想い歴も日が浅い。ノクトやイグニスみたいにずっと想い続ける、なんてこと苦しすぎるよね。

 

諦めようと、何度も考えた。分不相応な恋だって。

オレみたいな奴が好きになっていい人じゃない。彼女にもっと釣り合う人物こそが相応しいってさ。自分の気持ち押し殺して、笑顔でいれば皆幸せになる。

けど、君が目の前からいなくなって初めて気が付いた。

 

君を思い出さない日はないって。

 

レティ、最後まで【好き】だって言わせてくれなかったよね。

それって迷惑だった?オレからの好意に気づいてたくせにさ、卑怯だよ。

友達以上親友未満って君ならいいそうだ。

もし、未来を変える力がオレにあるなら、君を止めたいって心底願うよ。

サンダーを容赦なく落とされても、情けなく引っ付いてでも止めてやる覚悟はある。

たとえ、君が手が届かない存在だったとしてもオレは実行してた。でも君はきっとそんなこと許してくれないはずだ。だって、どっちにしろ君はノクトが縋って頼んだとしてもやってたはずだから。

 

「…レティ…」

 

君とお揃いの星型のストラップ、まだ未練がましく付けてるよ。

何度も捨てようとした。これを見るたびに君を思い出して辛かったからさ。

それでも捨てられなかった。これも君との数少ない思い出の品だから。

 

とにかく、皆と顔を合わす日を無事に過ごそう。

そして、…それから先のことを考えて答えを出そう。

 

【きっと、進むことは必要だから】



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[grow apart~彼女編~3]

シドニーside

 

 

あーあ、やっぱり、明日は雨なんだね。

 

まるでレティがいない悲しさを現しているみたいだよ。ハンマーヘッドから車を走らせて王都へと向かう道すがら、頭上を見上げればどんよりとした灰色の雲が広がっている。助手席に座りいつもの作業着から普段着に着替えたじいじは、気に入らなそうに鼻をふんと鳴らして窓から空を睨み付けるように見上げた。

 

「『また』雨か」

「そう、だね」

 

私は小さな声でそう返して、それっきり王都に着くまで私とじいじの間に会話はなかった。王都へと続くゲートを前に警備隊の入国審査を受ける為に車の列に並ぶ。私の番になった時に、事前に渡されてたパスを見せると、警備担当の男は畏まった口調で「お疲れ様です!」と敬礼付きで恭しく通してくれた。

 

うわ、なんかVIP対応で戸惑う。じいじはまったく動ぜずって感じで「ほら、開いたぞ」と急かして私は慌ててアクセルを踏む。ちょっと踏み込み過ぎてエンジンが唸っちゃった。あははは、緊張しちゃっただけだからそんな睨まないでよ。

 

ふぅ、安全運転、安全運転。

 

それにしても一気に都会的な風景が視界に飛び込んできて息を呑む光景だ。

 

ルシス国、王都インソムニア。

二年前の、あの日まではクリスタルの魔法障壁に守られていた金城湯池のような都。

けど、何もかもが180度変わったことにより一度ルシスは滅んだ。

 

そして今、新たな王の元に復興を遂げた。

すっかり元の活気を取り戻した王都は、二年前のシガイが蔓延っていた場所とは思えないくらい。それもこれも新国王陛下の元、統率された若い陣営の手腕によるものらしいね。それだけ皆が力を合わせて頑張ったって証拠だ。

王都から逃げていった人たちも徐々に戻ってきたりしてるって話は店でよく聞くよ。

レティが帝国軍と対抗するために集めたっていうレジスタンスのメンバーはそのまま重用したり、身分とか関係なく才能ある若者を育ててるってことも。

外交にだって以前よりも積極的に行っているらしい。ホント様変わりしたよ、インソムニアは。

 

王都の空もどんよりとした灰色の雲が大きくうねるように何処までも広がっている。

まるで飲み込まれてしまいそうなほどで、私はハッと運転に意識を集中させる。

暫くしてぽつぽつと空から滴が降ってきた。

 

私はワイパーのスイッチを入れる。機械的な音と共にワイパーが左右に振り子のようにスローテンポで動き出す。次第に雨脚は強くなっていき、大通りを歩く人達は手元の傘を開いたり、慌てて店の軒先に飛び込んだり駆け足で走ったりと忙しなく動く。

 

去年も、あの日は雨が降っていた。

忘れもしないよ。黒い傘が並ぶ中、皆口を噤んでそれぞれに花束を捧げていく中、イリスが耐え切れずに大声を上げてレティの名を呼びながら泣いてグラディオに縋りついてるの。もうほんと、見てられなかったよ。

胸が締め付けられそうで、私もじんわりと浮き上がる涙を止められなかった。

よく、レティは妃殿下の墓参りをしていたそうだよ。少しでも寂しくないようにって。でもレティの方が寂しかったんじゃないかって思った。あの子は、そういう感情を知られまいと笑顔を作りながら必死に隠していたから。

 

陛下と妃殿下の間に収まるように設置されたレティのお墓はどの王族の墓よりも小さかった。こんなとこにレティが埋まってるなんて信じられないくらいに。

 

レティーシア・ルシス・チェラム。

 

この墓はレティの死を象徴するもので、私に現実を突きつける逃れられない証拠だ。

 

……死んだってコル将軍から聞かされた時全身の力が抜けて立ってられなくてさ。地面に膝ついて呆然としちゃった。

 

嘘でしょって、嘘なんでしょ?って私、何度も弱弱しく笑いながら否定した。

冗談きついよ、コル将軍。だって、【あの】レティが死ぬなんて誰が予想できる?

きっとレティの偽者だよ、よくあるじゃない。替え玉って王族によくあるでしょ?

レティに似せた人形とか、それっぽい人とか。とにかくレティの偽者。

召喚獣を使役できるんだからそういうのだって用意してるかもしれないよ。あのレティだもん。そう、だからレティは生きてるんでしょ?

 

そう息継ぎなしで喋りまくった私に、コル将軍は静かに首を横に振った。

それだけ。たった、それだけで、レティの死亡は確定。

 

でも私は頑なに拒んだ。

レティの死を。だって、私が信じてしまったら、レティは帰ってこないような気がした。

誰か一人でも信じていなきゃ、あの子は迷子になって帰ってこれなくなる。

 

そんなの嫌だ。それにあの子はどんな辛いことがあったって、笑い飛ばして撥ね退けてしまいそうじゃない。だから、きっと何かの間違いなんだって自分に何度も言い聞かせた。

そしたら、じいじがね。

 

『もうやめろ』って悲しそうな顔で膝をついて私をそっと抱きしめた。

 

『否定してやるな』

『レティが報われないだろ』って。

『アイツは、……レティはルシスの為に死んだんだ』って。

 

じいじは、しっかりと受け止めてた。

レティの死を。でも私は受け止めることなんかできなかった。

 

だって、あのレティだよ?

召喚獣だってあの子をあんなに慕ってさ、死なせるわけないじゃない!?

クペだってあの子を守ろうと必死だった!

ニックスだってレティの為に王都から追いかけてた!

ノクトだってイグニスもグラディオもプロンプトも、皆、皆あの子を守ろうとしてた!

 

それなのに、誰も、守れなかったの?

 

誰もあの子を止められなかったの?

 

誰かを失う悲しみなんてもうこりごりだったのに。

また、私は失ってしまった。あの子の発するSOSに気づかずに、私はあの子を送り出してしまった。

 

レティと最後の電話のやり取りを思い出す。

 

『シドニー、私、ね……。ちゃんとやれてるかな』

「うん?どうしたの、急に」

『ううん、ちょっと弱気になっててさ。シドニーに喝、いれてもらおうかと思って』

「喝?そんなの必要ないよ。レティはちゃんとやれてる。ってか、レティなら【大丈夫】だよ!」

 

根拠なんかなかった。ただ、レティなら大丈夫だって漠然と思ってたから。励まそうとしたの。でも、私が大丈夫だという度に追い詰めていたのかもしれない。

 

『……そう、なのかな…』

「うん。私はレティを信じてるよ」

『……』

「まだ不安?」

『……うん、ありがとう…。もう、【大丈夫】』

 

大丈夫じゃなかったんだ。本当は辛かったはずなんだよ。

誰が好き好んで自分から死にたい人がいる?誰が悪役の仮面を被りたがる?

全部、全部レティは耐えて、耐えて耐えて!ノクトの為に実行したんだ。

 

汚名も罵倒も受ける覚悟で。

もっと早くレティの苦しみを知っていたら。

一人で頑張らないでって言えていたら、レティは、死ななかったかもしれない。

今も、何度も夢に魘される。最後の電話で私は何度も同じ言葉をレティに言うんだ。

 

『喝?そんなの必要ないよ。レティはちゃんとやれてる。ってか、レティなら【大丈夫】だよ!』

 

駄目、それはレティを追い詰めてしまう!ってもう一人の私を止めようとするけど、私の体はもう一人の自分をすり抜ける。結局止められないまま、繰り返す。

 

『うん。私はレティを信じてるよ』

 

何度も、何度も繰り返してしまう。そのたびに私はレティの名を叫びながらベッドから起きて目を覚ます。目からとめどなく涙を溢れさせながら、止められなかった自分を悔いる。

ううん、もしかしたら私が原因かもしれない。そうやって知らず知らずにレティを追い込んでたんだ。

じいじは考えすぎだって言ってくれるけど、私は自分が自分で許せない。

 

知っていて傷つけるよりも、知らずに傷つけていることの方が相手にとってどれほど苦痛であるか。相手に良かれと思っていっていた言葉なら尚更怒りをぶつけようがない。

だって、それは善意なのだから。最初から悪意だけならいくらでも怒りようがある。

 

なんて、私は残酷なことをしてしまったんだろう。

 

大通りの道路で出たところで、点滅する歩道の青信号に気づき、慌てて渡ろうとする傘を差した学生たちが目に映った。こっちはそんな急いでいなし、飛ばせば行けそうだけど、無理して事故っても仕方ない。黄色信号でブレーキをゆっくりと踏んで車は止まる。

元からルシスの民なのか、それとも新しく入ってきた住人なのかは知らないけど、元々ルシスのシンボル色であった黒を好んで着ている人は少ない。

自由になったって感じかな。心も、体も、解放されて自分が好きな色を纏っている。

ショーウインドーに飾られている流行もののドレスが目に留まった。等身大のマネキン人形がそれぞれ、ポーズを決めてドレスの魅力を引き出している。どれも高そう。

 

叩きつけるような雨の中、お互い無言だったけどじいじが先に口を開いた。それはもう、気に入ら無さそうにね。

 

「ごちゃごちゃしててオレはどうも好かねぇな」

「都会的って言いなよ」

「……ふん…」

 

まったくじいじはこういうごみごみしたところが苦手みたい。だから陰で偏屈ジジイって言われるんだよ。私はわざとらしく話題をさらっと流した。

 

「……さぁて、城までは結構かかるかな」

「どうせ時間はたっぷりある。観光でもしてくか」

 

思いがけない提案に、私も自然と頷いた。

 

「……それもいいかもね。……レティにあげる花、買いたいし」

 

じいじは少し間をあけて静かに言った。

 

「……ああ。そうしてやれ。レティも喜ぶだろうさ」

「…うん…」

 

じいじが、姫と呼ばずにレティと呼ぶようになったのは、いつだったけ。……確か、ノクトの武器をレベルアップする時だったかな。

必要な材料が足りなくて、しまった!って顔してたノクト達の横でレティが目をキラリンと光らせて何をするのかと見守ってたら、なんと!クペから出してもらった必要な材料が全部揃ってるじゃない。しかも全武器に必要な材料が全て。これにはノクト達だけじゃなくて私もじいじも脱帽するしかなかった。

驚かせてた張本人であるレティは、悪戯成功と言わんばかりににっこりと微笑んでじいじに擦り寄ると、

 

『これで武器とか全部鍛えて欲しいな~?お願い!』

 

とねだった。

最後の決め手は硬直してるじいじに擦り寄って甘えるような声で

 

『ね?じいじ』

 

って囁く悪魔のような手段。私であんな甘え方しないっていうかできない。それをしてやったレティは計算高いともいえるよね。けど、前々からじいじはレティのことノクト以上に気に掛けてたし、それなりに心砕いてたけどあの性格でしょ?

自分から近づくことは性に合わないっていうか職人気質が仇になってたからレティとは微妙な距離感で私ももっと話せばいいのにって何度も言ってたんだけどね。まさか、レティから意外なアプローチ掛けるとは予想外。まぁ、それが切っ掛けでじいじはレティっていう新たな孫娘にデレデレ状態に。

レティから電話があれば飛んでくるように傍にいるのが当たり前になってたり。

 

ほんとすごいよ、レティは。人の心を掴むのが上手くてさ。あ、嫌味じゃないよ?

レティだから相手も気を許してるし、それはひとつの才能でもあると思うから。たとえ話し方が上手くたってその人の気を引かせる魅力みたいなものがなくちゃそれまでだと思う。レティは本当に見ていて飽きないし、個性的?っていうのかな。

ああ、もっと話してみたい!もっと色々と知っていきたいっていう気になる。

当の本人はそういう気はまったくないみたいでぽやっとした顔してわかってないみたいだから呆れちゃった。でもそれもレティの魅力の一つだったよ。

 

 

信号が青に変わって私はまたアクセルを踏んで車をゆっくりと発進させた。しばらく通りを歩いているとふと、右側の歩道に視線が行く。一瞬のことだった。

カラフルな傘をさして歩道を歩く人込みの中に、白いドレス着た女の子の後ろ姿が目に入った。立ち止まっていて傘を持つ人の流れに逆らうように通行人はその人物を避けていく。

 

目立つ格好だった。

まるでその人物に気づいていないようだった。彼らは。

 

雨の中、傘も差さずに彼女は佇んでいて、フィッシュテイルスタイルのノースリーブでレースを何層も重ねたドレスに手足の細さがよく目立っていた。肌も白くて背中に揺れる異様に長い髪も、目を奪われるような銀髪…で……。

 

ぎん、ぱつ…?

 

「レティ……?」

 

思わず、その名を呟いた私。彼女がいるわけない。頭で認識して得る情報よりも本能で出た言葉。完全に意識をそちらに持っていかれていて、運転してる身としては最悪。すぐに前を向かなきゃいけないのに。私はそちらに視線が釘付けになった。

 

彼女は、ゆっくりと振り返り私を捉え、あの忘れられない笑顔を浮かべながら、

 

『シドニー』

 

と唇を動かした。

 

キィィーん!!

 

私は思いっきりブレーキを踏んで車を急停止させた。がごんと車体が大きく揺れてじいじが「うわ!」と驚きの声を上げる。シートベルトが作動してぐっと胸元を締めた。後ろの車も驚いて急停止してぶつかることは免れたようだった。

でも私はそんなこと構ってられなくて、締め付けるシートベルトを震える手で何とか外してドアの施錠を解除して車のドアを思いっきり開けて降りた。

 

「レティ!!」

 

土砂降りだろうと構わなかった。濡れることをいとわずに私は水たまりを蹴って走った。

対向車の車が何事かと止まったのを確認してから私はレティの名を叫びながら歩道へと向かってった。辺りは騒然となって私の行動に通行人は目を丸くして驚くばかり。

でもそんなのきにならなかった。ただ、レティがいた。

この事実だけで私は何度もレティの名を呼びながら辺りを闇雲に探しまくる。すぐにじいじが車を片側に避けて私の所で駆け寄ってきた。

 

「一体どうした!飛び出したりして」

 

そう言ってじいじは私の肩を乱暴に掴んだ。

それでも視線を彷徨わせてる私を無理やり視線を合わせてじいじは険しい顔でそう尋ねてきた。

いた、ここにいたんだ。

私は声にならない声で必死に訴えた。

 

「レティがいたの!ここに、立ってて私を呼んでた。白いドレス着て長くて綺麗な銀髪で……」

「シドニー」

 

私の言葉を遮るようにじいじは私の名を呼ぶ。でも私はそれには答えずにさらに言葉を重ねた。

 

「いたの!!ここにレティが、私を呼んで笑ってた」

 

だから探さなきゃ。私を呼んでた。私を、呼んで笑った。

 

「シドニー!」

「信じてっ!!レティが、いたの……ここに……」

 

ここにいた、はずなの。

でもいないの。

あの子が、あの子の姿が。何処にもいない。

 

「……わかってる。わかってるさ……」

 

私はそれ以上言葉にできずにじいじに縋りつくように膝をついた。じいじの力強く支えてくれる手が温かくて、どうしてか涙を零さずにはいられなかった。

じいじは、しわくちゃの手で私を抱きしめてくれた。

 

「レティが、……私を呼んだの……!」

 

幻を見るほどに私は追い詰めていたのだろうか。それとも何かの予兆なのか。

その時の私には、理解できなかった。

 

ただ、レティに会いたい。

 

そう心の中で何度も、何度も叫んでいたから。

 

お互い、ずぶ濡れるになるまで私達は身を寄せ合うように抱き合った。

 

【幻を見るほどに私は彼女を忘れられない。】



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一陽来復~いちようらいふく~

「ホントキっツイ!」

 

何度目の愚痴になるだろうか、あいにくと女に暢気に数えていられるほど余裕はなかった。得意の魔法が使えない中、一人と一匹で旅をしているなど常識では考えられない話だ。肉弾戦で戦う術はあるものの、利口な頭を持つ一般人なら身一つでモンスターに挑んだりはしない。だが女は一般人ではない。戦闘経験はあるが、それはあくまで魔法での体験に過ぎない。体を張っていたのは主に男の方だった。

 

ふと、今はもういない仲間たちが脳裏をかすめる。

色々と気心知れた仲で、共に故郷を懐かしんでいたころが懐かしい。

だがそれも王都崩壊という事実と共に過去のものとなった。

 

女とゲンティアナは知り合いではなかった。

 

たまたま、通りすがりの所を助けてもらって

気まぐれに、命の危険があることを教えられて、

たまたま、優秀な犬をサポートに当てられて、

気まぐれに、死にたくなければ何があっても素性を明かすなと言われて、

たまたま、女の知り合いがレスタルムを目指すだろうからそこに行けと言われて、

女はこうやってレスタルムを目指している。その道中、王都陥落の記事を読んだり、レギス陛下が崩御されたこと、王子と神薙が死亡し王女は行方知れずという内容を目にしたりしたが、女はゲンティアナの言いつけ通り素性を明かすことも、友人の仇討ちなんてこともしなかった。

 

ここに至るまでの経緯は省くとして、ほとほと今の自分は幸運の元にあると思わざるを得ない。不思議なもので自分の手では余るモンスターと遭遇することもなく、今までそれなりハンターの仕事をこなしながら金を稼いで無事にダスカ地方へ来ることができたのだ。そして目的地ももうすぐというところ。

 

「あー、足いた」

 

節約の為にとチョコボに乗るのはやめておいたもの、やはり脹脛がパンパンでむくれている。女はブツブツと文句を言いながら使い潰してくたびれたブーツで歩き出す。

すぐ自分の横を快適な文明利器、車が走っていく中、ヒッチハイクもいいかもと腕を上げようとするが、はたりと思い出す。あの底冷えするような冷たい瞳を。

謎の女、ゲンティアナに氷漬けされるのではないかというくらいの気迫というか脅し?

はっきり言えば、素性を明かすなと言われているのですぐに諦めて上げかけた腕を下す。どちらにせよその車の男女のカップルは見た目怪しげな女を乗せるほどお人好しではないだろう。王都であのような事件があったのだ。警戒して素通りするのが賢明だろう。だが羨ましげに見つめるのだけは押さえられまい。

 

「あのバイク使えてたら……」

 

自分が王都から持ってきたバイクはあいにくとあの女が氷漬けしてくれたので全く使い物にならず置いていくしかなかった。

その横を軽快な足取りで歩き寄り添う毛並みの白い犬。利口そうな顔つきで女を見上げながら、まるで

『どうしたの?』と問うような瞳だった。

女は短い期間なれどすっかり相棒となっている犬に視線をやりながら

 

「あー、先は長いって思っただけよ」

 

と何となしに答えた。女は犬の言葉が分かるわけではない。

なんとなくそう言っているんじゃないかと考えただけだ。白い犬は少し首を傾げていたが前を向き直した。

 

王都近辺から脱出する時は徒歩。ハンマーヘッドでチョコボに乗れるかと思いきや、謎の休業状態。車を手配しようにも顔は出せないし偽りの名でホテルにも泊まる始末。

しかも徒歩でレスタルムまで行けとはどれだけあの女は鬼なのかと叫びたくなる。氷のような微笑を浮かべて言うことはS気質かと疑いたくなるばかりなことばかり。

 

「いえ、まさかね」

 

女は、そんなことないはずと軽く頭を振って目深にかぶったフードに手を掛けてすっと下した。

だいぶ目的地に近づいてきたからか、熱気のようなもわっとした空気になってフードの中も蒸れて仕方ない。適当に纏めた髪が汗で湿っており気持ち悪さに顔を歪めた。腰元に着けてある水筒に手をやりきゅっとボトルの蓋を開けて口元に持ってきて、残り少ない水で喉を潤す。

 

ああ、生き返る。

 

少量の水だが、全身にいきわたるような清涼感に満たされる。

レスタルムに着いたら速攻ホテルに受かって思いっきりシャワーを浴びてやるわと女は決めている。

 

「でも、……ゲンティアナの話が本当ならニックスもリベルトも生きてるなんて……」

 

そう、ニックスと言えばレティである。

あのいつもフードを被って人目を気にしながらも弾んだ声で自分たちの故郷のことを尋ねてくる様子は子供みたいに無邪気で話しているこちらの方も熱が入るというもの。

しっかりと相槌を打って気になったことはドンドン質問してくる勉強熱心なところも好感が持てた。最初は胡散臭い子と怪しんだが、そんな印象は弾む会話であっという間に吹っ飛んで行った。

 

「レティも人が悪いわ。私が家柄くらいで差別するような女とでも思ってたのかしら。あんな吃驚は一度の人生でこれっきりにしてほしいって」

 

女はレティと面識があった。というか勝手に友人同士だと受け止めている。

だがいつもフードを被っていたし、大抵ニックスと共に見かけることがほとんどで、てっきりニックスの彼女だと思っていたが当のニックス本人は疲れた顔をして『いや、色々とな事情が…』と随分と歯切れの悪いいい方をしてものだ。女は、ああ、片想いなのねと同情の眼差しでそっと肩を叩いて、今日一杯驕るわと慰めずにはいられなかった。ニックスは複雑そうな顔をして、サンキュと礼を言っては深いため息をついた。

確かに恋愛面では初心そうだったので、ニックスも苦労するわけだと納得せざるを得ない。

 

だがどうだ。蓋を開けてみれば、ルシスの王女様ときたものだ。これには鳩が豆鉄砲を食ったような顔にもなるというもの。

自分たちよりもずっと雲の上の人。ドラットー将軍でさえ面会など許されないほど厳重なお城の奥に閉じ込められた王女。どれだけ可憐な姫なのかと思いきや、城から抜け出す常習犯で本に夢中になると寝食さえ忘れてしまうほどだという。自分たちと会う度に城から抜け出していたとは、かなりのお転婆姫であったと窺い知れる。

 

水臭いとも思うし、同情の念を禁じ得ない。

レティが外の世界に強く憧れを抱いていたのはひしひしと言葉のそこかしこから伝わってきたが、まさかこんな形で世界に出るとは本人も予想していなかっただろう。どれだけ今回のことの胸を痛めていることか。孤児である自分にも親を失う悲しみは理解できるつもりだ。けど、この事件の手引きをした人物がまさか自分たちの上司。

 

「ドラットー将軍が謀反を起こすなんて……」

 

今でも信じられないと思うが、実際自分は命を狙われた。

自分は都合の良い駒だったということ。今、助かっているのが奇跡みたいなものだ。でなければ、今頃遺体を保存するケースの中で永遠の眠りについてニックスとリベルトと感動の再会ならぬ涙の一方通行な再会をしているはずだろう。

 

それもこれも全てはゲンティアナとこの託されたプライナのお陰である。

モンスターと出来るだけ遭遇しないルートで案内してくれて、水が無くなった時など不思議と水辺がある場所まで案内してくれたり、お腹が空いていると気が付けば口元に食材など銜えていたり、至れり尽くせりなできた犬。彼女のお陰だ。

 

「アンタって本当にお利口さんだね。プライナ」

 

ちゃんとお座りをした白い犬が「わん!」と元気よく鳴いた。

まるでそうでしょう!と言わんばかりに。女はフサフサの毛に手を伸ばして思いっきり撫でてやる。

きっと、プライナは人間の言葉を理解できる犬なのだと女は考える。

 

さて、近いとは言えもうもう少しで日も暮れそうである。

女は気合を入れなおして、水筒を腰元につけなおすと

 

「さて、気を取り直して歩きましょうか」

 

と旅の相棒であるプライナに一声かけて歩き出した。プライナは「わん」と鳴いて女の後を追いかけた。

 

レスタルムまであとすこし。女は知らないだろう。そこで意外な人物に出会うことを。

【彼女と犬の二人旅】




彼女の正体、誰だか皆様にはお分かりいただけたでしょうか?


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和衷協同~わちゅうきょうどう~

レティの指示によりブラザーズのお陰で無事カーテスの大皿から逃げることができたノクト達一行は、なぜかレスタルムではなくチョコボポストに連れて行かれそこで止む負えなく身を隠すことになっていた。

 

去り際、唯一意識を失っていなかったノクトはブラザーズ二匹に対して「レティは何処だっ!!何処に連れて行かれたんだ!?」と必死に縋りついて居場所を尋ねたが、彼らの言語を理解する力はノクトにはなく、ブラザースもノクト達にレティの様子を伝えようと試みたものの、やはり王の力失くして意思疎通は難しく名残惜しくも、後ろ髪を引かれる思いで異界へと帰って行った。

 

「レティ、……なんでっ」

 

意気消沈と言った様子でノクトはトレーラーに閉じこもりで数日間自分の無力さを嘆いてばかりだった。ベッドに腰かけてくしゃりと髪を掻きむしりながら、何度も何度もレティの名を口にする。

じわりと視界が緩んで、瞼をぎゅっと閉じて何とか気持ちを抑えようとするが思い通りにいかない。

 

「レティ、レティ……」

 

今も脳裏をよぎる、レティのあの悲痛な叫び声とわずかに交差した彼女の深い悲しみを宿した瞳。ノクトがレティを助けようと「レティ!?レティ!!」と何度も名を叫びながら必死に能力を駆使してレティが捕らえられている飛空艇を目指す中、「来ないで――!!」レティは声を張り上げながら、自分に向かってブリザドの魔法を連発したことを。レティが望んでやったことではないことをノクトは分かっていた。その時は混乱してどうしてだ!?と問いたかったが、それも頭に直接ブリザドの攻撃を受けてしまいそこで一旦意識を手放してしまった。次に目を覚ました時は己の体は見たこともない召喚獣の腕の中にあり自分は情けないことに運ばれてカーテスの大皿から脱出する途中だった。仲間たちが意識なく運ばれているのを目にしながら、ノクトはレティの姿を必死に探してようやく見つけた時にはすでに手が届かない域だった。

無我夢中でノクトはレティを求めて声を枯らして叫んだ。

 

レティ、レティと。

 

飛空艇のタラップから身を乗り出してレティは安心させようと「お願い!私は大丈夫だからっ」と気丈に微笑んではいたが、すぐにレティは口元を片手で覆ってノクトから顔を背けた。それ以上言葉にできなかったんだろう。

 

私は大丈夫だから――ノクトは逃げて。

 

囚われの身になることでノクト達を帝国軍から守ろうとした。あの抜け目ない宰相がそうレティに迫ったんだろう。それを断ればノクト達の命は保証しないとかレティの弱みに付け込んでそう脅したに違いない。

 

あふれ出る悲しみを抑えきれなかったんだろうにまるで嗚咽を漏らすかのようにレティの肩は小刻みに揺れていて尚更ノクトは胸が締め付けられ息が詰まりそうになった。

 

その華奢な体をこの手に抱き寄せられたら。

その細い腕を捕まえて顔を寄せ『泣くな』と耳元で囁き悲しみを消せたなら。

瞳から零れるいくつもの滴を指で拭い取り、安心できるようにいくつものキスを送れたら。

 

だがそれも叶わない。

 

二人を別つ距離はあっという間に空けていき、ついにレティの姿はノクトの視界から消えてしまった。無情にもノクトの叫びは届かず、その後何とか召喚獣の拘束から逃れようともがく中カーテスの大皿から無事に脱出したところで空が真っ赤に燃えるようにいくつもの隕石が降り注ぎ自分たちがいた箇所に降り注ぐシーンには絶望すら抱いた。

コメテオが発動したということは、頭ではわかっていても感情が追い付かず呆然と見守るしかなかった。ファントムソードを幾ら集めた所で、今のノクトはただの母国を失った王子。王の資格はあれど確定されたわけでもなく、その証さえない。

 

自分の力に対する認識の甘さとレティに庇われた悔しさ、置いていかれた苛立ち、愛する者を奪われた憎しみ。ごちゃごちゃな感情に心を乱しながらノクトは一人レティの名を、姿を求めた。

 

一方でラジオではレイヴス将軍自ら声明を出し、調印式襲撃に関与した犯人を特定するために帝国軍によるダスカ地方封鎖を指揮したと発表されている。大規模なあぶり出し作戦によりノクト達は暫くの間、そこで身を隠すよう、レスタレムにいるコルからの指示により未だとどまっているのが現状だ。他にも巨神討伐成功などと嘯いている話から推察すると、タイタンは何らかの役目を終えて異界へ戻ったと見受けられる。これは少なからずレティが無事であることを証明している証だった。

 

レティが帝国軍に連れていかれてより早数日は経っているが、一行にレティに関する情報がないまま今に至る。最初こそすぐにレティを助けに行くと意気込んでいたノクト達も日数が経つと同時に不安や苛立ちにより精神的にもピークに達し、イグニスとプロンプトとの間でもめることもしばしばあった。すぐにでも助けに行くべきだ!と強く主張するプロンプトに対して、イグニスは高ぶる気持ちを抑えてこんな時こそ冷静になるべきだと言い返す。だが焦り一つ見せないイグニスに対してプロンプトが気に食わないと食って掛かったりする。またそこで言い争いが始まろうとするので年長のグラディオが間に割って入り何とか場を鎮めるという繰り返し。グラディオも何度も同じやり取りばかりで辟易していたが表情に出すことはなかった。それをしてしまえば元も子もなくなるからだ。今必要なのは落ち着いて時を待つこと。

かつて、父クレイラスから言われた言葉を心に何度も唱えて自分だけは平常心でいようと心に強く念じる。

何度目になるか、今後の相談をするもまた同じような展開になるのではという疑念が頭の片隅に沸くが、今度は大丈夫だと自分に言い聞かせるしかない。こればかりは、己の精神面と時間との闘いなのだ。

 

「これからどうする?」

「……シドニーに連絡はしたが、無事レガリアが発見されることを祈るしかない」

 

中々連絡が着かなかったシドニーとやっと電話が繋がったかと思えば、すでにコルから応援を受けたもののこちらと合流するのにもゲートでの検査を受けねばいけないらしい。そこで手間取っているのでこちらに来るのは時間が掛かるとのこと。しかもレティが連れ去られたことは彼女の耳にしっかりと伝わっており、どうして守れなかったの!?と涙交じりに叱責され、言い訳のしようもないとイグニスが辛そうに謝るとシドニーは言いすぎたと口を噤んで慌てて謝罪した。誰が悪いわけじゃないもんねと付け足す彼女の声は暗く沈んでいたが、わざと声を明るく戻すと、私とじいじも行くから落ち込まないで!一緒にレティを探そうと励まされるもイグニスは力なく頷くだけにとどめた。

 

「でもさ、姫は?レティはどうするのさ!アイツあのアーデンって宰相の卑怯なやり口分かるでしょ!?オレ達、きっと餌に使われたんだよ。だからレティはアイツの言いなりになるしかなかったんだ……。早く助け出さないと」

 

落ち着きなさげにプロンプトは軽く爪を噛んだ。イグニスは深くため息をついて苛立った様子で言い聞かせるように口を開くが、畳みかけるようにプロンプトが詰め寄った。

 

「プロンプト、もうその話は済んだことだ。今は現状を」「イグニスはレティが心配じゃないの!?」

 

勢い余っての発言だろう。だがイグニスにとって最も言われたくない言葉だった。だからこそ噛みつくように声を荒げて、普段の冷静さを金繰りすてて言い返した。

 

「心配に決まっているじゃないかっ!!当たり前のことを言うな!」

「だったら」

「だが心配ばかりしていて現状が変わるわけじゃないだろう。オレ達には今やるべきことをやるしか手はないんだ。幸い、レティにはクペが付いている。オレ達は信じて待つしかないんだ!いい加減わかってくれ」

「……言わなくたって、分かってるよ!!」

 

そう怒鳴り返したプロンプトは拳をぎゅっと握って下を向くとイグニスから視線を逸らした。

行き場のない怒りをぶつけたいのは皆同じなのだ。

力不足により招いた事態。レティの身柄と引き換えに助かった自分たち。

待てば海路の日和ありということわざにもあるように焦らずに待ち続けることが大事だろうが、彼らも我慢の限界だったのだ。

 

そんな時、ついに幸運は現れた。

一匹の犬と共に。遠くから呼びかけるように鳴く犬の声。

 

「わん!」

 

聞きなれたその犬の声にグラディオたちは思わず辺りを見回した。

 

「これって」

 

そこにトレーラーのドアが開いてノクトが出てきた。

 

「アンブラだ……!」

 

暗い表情を吹き飛ばし期待籠った声でノクトはいち早く駆けだしてアンブラの元へ急ぎ足を動かした。それに慌てて続くグラディオたち。

何かが変わる気がしたのだ。このひたすら待つだけのもどかしい環境から打破するだけの何かがあると期待せずにはいられなかった。

アンブラは木々の間から顔を覗かせ「わん!」とまた一鳴きして続けと言わんばかりに走り出した。ノクト達はアンブラの姿を見失わないように小さき先導者の背を追い続けた。

 

「アンブラ!待て!」

 

ノクトの掛け声に止まる様子はなく、しばらく走った先でようやくアンブラは止まり行儀よくお座りの状態でノクトたちを待っていた。だが視線はノクト達ではなく木の陰にいる誰かに向けられていた。

 

「―――ゲンティアナ」

「聖石に選ばれし王子よ。レティを救いたくば雷神の元へ行きなさい」

 

黒衣の女、ゲンティアナは両目を閉じたままそうノクトに行き先を促した。

 

「どういうこどだっ!?レティが今どうなってんのかお前は知ってるのか?!」

「レティは今凍てつく大地、帝国に囚われている。神薙が――「レティは無事なのか?!」………無事よ。でもあの子の心は現実よりも強くはない。だからこそ、お前はルナフレーナが持つ光耀の指輪を手にするのです。あれは召喚獣の声を届ける。今のお前ではレティを助けることは不可能なのだから。ルナフレーナは水都にて待っている」

「そんな」

 

今の自分ではレティを助けるには力不足。そう、ゲンティアナに正面切って言われてショックを隠し切れずにノクトは額に手を当てがいながらよろよろと体を後退させた。

 

「王子よ、お前はまだ『王』ではない。それだけは心にとどめておきなさい」

 

ゲンティアナは風に溶け込むように姿を消していった。

プロンプトは辺りを見回すようにゲンティアナの姿を探すが、本当に消えてしまったことを目の当たりにして愕然とした。

 

「あの人って」

「神話の時代から神薙を支える神の遣いだ」

 

イグニスが完結に説明すると、プロンプトはいまいちわかったような分からないような微妙な顔をした。

 

「神の遣い………でもそれってルナフレーナ様に近い人なんでしょ?なんでわざわざレティの無事を知らせてくれるんだろう……」

「それは、……分からない」

「しかし、話が大きくなってきたな。まー、もうすでに大事だが」

 

グラディオが腕を組んでにやりと笑みを浮かべた。やるべきことが今の出はっきりとしたからだ。後は、ノクト次第なのだが。

ちろりと視線をノクトに向ければ、ゲンティアナから痛烈な一言は相当堪えている様子。

 

「……」

 

ノクトはアンブラの前で膝をつくと、ルナフレーナからの日記を手に取りパラパラとページをめくった。新たに追加された彼女からの絵と労わり込められたルナフレーナ直筆。

 

【ノクティス様もどうかご無事で――】

 

ノクトはそっとその字に指で触れ、瞼を閉じた。

幼い頃の彼女との思い出がよみがえってくる。

 

「……ルーナ……」

 

思い返せば初めて会った頃からルーナは自分の助けになると口に出していた。今もレギスから託された光耀の指輪を手にノクトを待ち続けていると考えると、頭に冷水を浴びせられたごとく乱されていた心がすぅっと落ち着いていくのを感じた。

今の自分に足りない物。それは落ち着くことと静かに諭されているようにも思え、ノクトは瞼を開き、口元に笑みを浮かべ「ありがとな、ルーナ」と礼を言わずにはいられなかった。

 

ノクトはレティを必ず助けるという意味合いも含めて、ハンマーヘッドでレガリアを背にして共に皆で笑顔で写真を撮った一枚を取り出して次のページに張り付けた。そして一言、写真の下に『必ず会いに行く』と添えてパタンと本を閉じてまたアンブラに託した。

 

「レティは、必ず助け出す」

 

しっかりと言葉に出すことで、奮い立てるような気がした。

 

【まだ彼は真実を知らない】



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舐犢之愛~しとくのあい~

レティーシアside

 

 

あの日の誓いは忘れていない。

 

冷たく打ち付ける天から恵みの雨が降り注ぐ中、私とクペは母上の墓前の前で共に泣きながら互いを抱きしめ合って誓った。

 

『いつか、一緒に世界を見るクポ』

『うん』

『そうすれば、いつか、レティはレティだけの家族に会えるかもしれないクポ』

『わたしだけの、家族』

『レティだけを愛してくれる人間クポ』

『……クペも一緒だよ』

『当たり前クポ!』

 

いつか、いつか、クペと共に世界に出る。

そして、私だけの家族を見つける。そうすれば、悲しい気持ちも辛い気持ちも苦しい気持ちも無くなる。私を必要としてくれて私を家族だと受け入れてくれる存在がきっとどこかにいる。そう望みを賭けた幼い私。

外に出るということがどういうことなのか、知らなかったある意味純粋な子供だった。

正直に寂しいと訴えればよかった。私も家族だとあの人に訴えればよかった。

全てを隠さないで打ち明けて欲しいと言えばよかった。でも子供な私にはそんなこと伝えられる勇気はなくて、大人になった今ではもっとそんなことはできないと畏縮している。

ノクトのことだって、彼は私を家族だと受け入れてくれていた。私を妹として大切に守ろうとしてくれた。でも馬鹿な私は意地張ってノクトは家族じゃない、ノクトはルシスの大切な人だから私とは関係ないって。

 

そう思い込むことで自分を追い込んで追い込んで知識を貪りつくすように書物室に篭った。でもそこは私の居場所じゃなかった。ただ、知識だけを頭に詰め込んだって実践しなきゃ意味がない。だから私はクレイと生きるための方法を鍛錬して学んだ。クレイは幼子の私にも容赦なくその技を教えようとしてくれた。生き残る術を与えてくれた。でもそれだけじゃあ足りない。だから私は魔法を極めることにした。外の世界にはモンスターがいるからきっと戦わなきゃいけない。でもクレイに学んだことだけじゃもしかしたら死んでしまうかもしれない。だから限られた者しか扱うことができない魔法を習得しようとした。本来魔法は、ルシスの王族のみ使えるもの。その理は天地がひっくり返ることがあろうと変わるものではない。魔法というのはホイホイ誰でも扱える力ではない、ということだ。この力を使うということは、すなわち責任を負うということだ。

 

正しき想いで魔法を使わなければいずれ、それは自分に跳ね返ってくる。もしくは自分の大切な人に牙を向くかもしれない。その責任を持って初めて魔法が使えるのだ。

 

誰でも出来るわけじゃない。

 

けど私には問題なく使えた。しかも枯渇しない魔力という喜ばしいものまで。

私は、レギス王の娘ではない。王女ではない。

けれど魔法が使える。……分かってた。頑なに拒んでたけど魔法が使えるってことは私の産みの存在どちらかがルシス王族の流れを組む血筋にあったことを。けどそれは今さら関係ないこと。きっとどちらかの身分高い方が下賤相手につくらせた赤子が私だろう。王族に出るという特徴を出していた私を外に出すわけにはいかないと仕方なく引き取って育てたとかそんな感じか。頑なに城から出すまいとしていたくせに私をノクト達と共に出したのは帝国にこの力を奪われまいとしてのことだろう。当て馬でも使い捨てにでもさせればよかっただろうに、そうしなかったのは情けのつもりなのだろうか………。

 

私が魔法を使えるのは必死に勉強をして必死に練習をして得たものだ。

枯渇しない魔力を所持していたのは、『たまたま運が良かった』だけだろう。

様々な努力をした結果、私は大半の魔法を会得した。ただ実践で使うということは城の中では難しく、怪我人がいると聞けばすぐに走って実験台代わりに傷を治させて!とお願いしたものだ。相当変な姫に思われただろうに、彼らはたいそう喜んでくれた。健気に魔法を使う姫は臣下想いの優しい姫だとも褒めちぎられた。

ちゃんと実験だと言っているにも関わらず彼らは(にこにこと笑みを絶やすことはなかった。なんて人が良いのだろうかと呆れると共にきっとこの人達は私を心の何処かで見下しているんだろうと醒めた気持ちで見ていた。歪んだ子供だと自分でも思う。

でもそうでもしないと私は自分の心を保てなかった。

ずっと閉じ込められていると閉鎖的な考えになっちゃうもので、典型的な私はズバリドンピシャ。王女としての仮面とノクト達に見せる仮面と、召喚獣たちに見せる仮面。

上手く使いこなしながらここまでやってきた。けど、たまに考えるの。

 

一体、どれが本当の私なのかって。

レティーシア・ルシス・チェラムという人物は作られた者で私じゃない。

かといって、レティーシアという人物が私かというとそうとも言い切れない。

 

ただのレティだったら、素の私と言えるのだろうか。

 

色々と考えても答えは出ない。それどころか、新たな仮面がまた作られてしまった。

 

少なからず期待を込めていた、祖父との面会によって。

また、私は新たなレティーシアの仮面を与えられることになる。

 

イドラ・エルダーキャプト自らによって。

 

 

アーデンside

 

 

キャンキャンとよく吠える麗しいレティーシア姫は華麗に変身あそばされた。侍女たちが傍で並んで静かに控えている中、オレは顎に手を当て合って素直に感想を口にしてみた。

 

「うーん、馬子にも衣裳だねぇ」

「誰も褒めてくれなんて言ってないわ!」

 

せっかく化粧を施され、鏡の前で椅子に座る彼女は其れなりに姫らしく見えるというのにオレの褒め言葉に目を吊り上げて怒るから全てが台無しなっている。

慇懃無礼に感じたかな?一応ちゃんと王族に対して敬意を払って言葉にしてるんだけどな。だがそれもフンと静かに鼻を鳴らして居心地悪そうに召喚獣サマを胸に抱きしめて黙るとやはり一瞬にして目を奪われる美しさがある。

元々の容姿が整ってるから口さえ開かなきゃ深窓の儚い姫君と言えるだろうに、勿体ない。

 

胸元から肩そして背中にかけて大胆に露出している白のロングドレスを見事着こなし、銀色の髪を上部で分けて編み込んでロールアップされ、残された髪はそのまま背中に緩やかに広がっている。

装飾品を胸元にも宝石をあしらったネックレスを付けさせようとしていたらしいが、頑なに拒否されせめてものワンポイントとして手首に銀の装飾と一部にアメシストが使われたバングルが彼女の右手首に目立った主張もなく収まっている。

鏡に写る彼女は不満を露わに幼い子供のように頬を膨らませた。これは彼女の癖かな?見た目に似合わず子供のような行動や仕草が時々見受けられる。

 

「どうして謁見するだけで小奇麗にしなくちゃいけないわけ?敵国の娘に随分と変わった趣味をお持ちだこと」

「それだけ君が大切な御客人というわけだ」

 

オレの説明に途端に表情を冷たくさせ鏡越しにオレを睨む。

 

「………私を子飼いでもしようって魂胆だったら残念ながらひねくれすぎて使い物にならないわよ」

 

それは随分身をもって体験したからわかっているつもりだ。

人の手を借りて身支度を整えることなど慣れているはずだろうに、くたびれた顔をしているのはどうしてだろうか。カーテスの大皿で汚れた体を侍女自らの手で洗われたらしいが、外に出ていたオレでさえ彼女の情けない悲鳴が耳に届くくらいだ。相当、侍女たちは手を焼いたらしい。だがこの出来上がりには満足そうに笑みを浮かべているくらいだ。

相当磨きがいはあったことだろう。

 

「そうむくれないでくれよ、君の為に用意された部屋もあるわけだし。ゆっくりしていけばいいさ」

「………こんなこと頼んでないわ」

 

困惑するのもむりはないか。

なんせ、ずっと昔から姫の為にと用意されていた部屋だとは言えないな、今は。あの陛下が気もそぞろに落ち着かなくオレを急かして彼女を迎えに行かせるくらいだ。当初の予定だって無理矢理早められたんだ。オレの所為だと彼女は勘違いをしている点はいずれ誤解を解こう。この部屋の主がようやく戻ってきたことに彼らも感無量といったところか。

 

白を好むという彼女の為に装飾全てが白を基調としたエレガントな室内に揃えられている。皇帝陛下の溺愛ぶりが窺い知れる証拠だ。

それだけじゃない。姫の為にと用意された部屋に備え付けられた専用のクローゼットには贅の限りを尽くした様々なドレスや装飾品、宝石をあしらったティアラなどこれまた目が眩みそうになるくらいに集められていた。そこから姫に似合うドレスや装飾品など選んだのは、姫付きの侍女に任命された皇宮内で女官長を務める貫禄ある婦人テレーゼと、歳が近いということで新人女官のシシィ。彼女らもレティーシア姫の境遇は前もって聞かされていることから彼女の帰還を手を叩いて大仰に喜んだらしい。テレーゼに至ってはしっかりと皇女に相応しい教育をなんて意気込んでいるとか。シシィはレティーシア姫との初めての顔合わせで緊張のあまりガチガチに固まって肘先でテレーゼに小突かれたハッと我に返って慌ててレティーシア姫の世話を始めた。

………彼女も色々と訳ありだからねぇ。あのじーさんも可愛がっているのは周知の事実だ。その理由が罪滅ぼしなのか、それともただ単に可愛いだけなのか。それは本人のみぞ知る、か。

 

さて意中の彼女は甲斐甲斐しく女官たちに世話を焼かれて、顔を青ざめて「こんな高価なもの着られません!」などと情けない悲鳴を上げていたが、「まぁ!姫様とんでもございません!全て姫様の為にとご用意されたものにございます!」と言い返され有無を言わさず女官の手により身ぐるみはがされ今に至る。オレはしっかりと部屋から追い出されたけど。

 

「祖父に会わせてくれるのではなかったの?」

「これから会わせるさ。そう焦らなくても逃げやしないよ」

「アンタの言動には信憑性が感じられないのよ」

 

ねめつけるようにオレを睨む彼女だが、その効力は別の意味で効果抜群だ。

人に安らぎを与える深緑の瞳がオレを捉え、久しく忘れていた鼓動が跳ねる音がした。

 

飛空艇から不機嫌を露わにして見る者全てに対して憎悪をぶつけまくって、召喚獣サマ……クペだっけ?変な名前だが彼女に対しては「クペ、周りは敵だらけだけどいざとなったら私と心中してくれる?」と物騒なお願いしているものだから、流石にオレも慌てて止めた。

 

「そう睨まないでくれ。思わず惚れそうだ」

「やめて!!」

 

両手を上げて降参を意思を示すと、彼女は露骨に顔を歪めて嫌そうに拒否をした。

 

なんて分かりやすい姫だろうか。思わず苦笑してしまうと「何笑ってるのよ」とまた睨まれる。オレは、口元に片手を当てがって視線を逸らして

 

「いや、なんでもないよ」

 

と誤魔化す。レティーシア姫は呆れたように軽く頭を振った。

 

「アーデン、貴方ね……」

 

鈴が転がるような耳に心地よい声でアーデンと名を呼ばれるのは非常に気持ちがいい。たとえ当の本人がそう考えていなくとも。

 

ほとほと、自分が知る王族とはかけ離れすぎている人だと思う。オレが知る王族に彼女のような者はいなかった。だからこそ、面白くて目が離せない。とりあえず、オレが知る姫は自分の靴を脱いで遠慮なく男の顔に投げつけたりはしない。そしてはしたなく「よっしゃ!」とガッツポーズかましたりはしない。

 

初めて彼女を目にしたのは自殺寸前の現場だった。まぁ、タイタンに声に集中するあまり周りが見えてなかっただけなんだけどね。オレの希望が自殺志願者だったとは思わなかったよ。……だが彼女こそがオレが長年求め続けた希望であることはすでに身をもって体験した。オレが居眠りをするなんて今までで一度としてなかったからね。期待が大きい分、精神的に脆い彼女がこの場で潰れてしまわないかいささか気になる。

だがそこはあえて見守りの立場でいないといけないな。ここで潰れるようじゃ自分の使命を受け入れることも無理だろう。それまでの者だったと諦めて当初の予定通りに行くしかない。

だが、オレは少なからず彼女に期待している。

自分の運命に潰れるような女ではないと。

 

「さぁ、姫。時間だよ」

「姫って呼ばないで」

 

彼女の元まで数歩歩み寄り、手を差し出すと彼女はほっそりとした手をオレの手にためらいもなく乗せた。慣れた動きでオレの手を支えにスカートの裾を抓みながら立ち上がる。彼女はこうして敵であるオレに躊躇いもなく触れさせる。ここら辺は男慣れしてなくて好感をもてる。すれてる女は願い下げだね。面白味も何もない。

 

ここから彼女の運命が大きく変わる。

オレは、君にこの言葉を送ろう。

 

【お帰り、レティーシア姫、と。】

 

 

ついにこの日がやってきた。

男は歓喜に震え、人知れず涙した。

やっと、やっと!我が手に姫が戻ってきた!

光を纏いし娘と直接面会する日取りが決まり、心はまるで若者のように浮足立った。

 

「レティーシア」

 

孫娘は、自分をなんと呼ぶだろうか?

敵国の皇族の血を引いている知れば、怒り狂うだろうか?

だが事情を説明すればきっとわかってくれるに違いないと男は希望を抱いた。

 

唯一、血の繋がった家族なのだ。

家族、家族と自分とは無縁の言葉がこれほどに胸を響かせるものだったとは。

孫娘は愛情に飢えていると聞く。ならば自分がその愛情を与えようと男は決めていた。

20年もの長きにわたる幽閉の末、今こうして自分の元へ来ることは必然だったのだ。

 

ルシスの王に唯一感謝することがあれば、そう、良い名を与えたこと。

神話の時代より、伝わる女神の隠し名。それが【レティーシア】という。

まさに、孫娘は男にとって女神に勝る存在だった。

 

長年男の腐れ縁である友人は男の歓喜に震える様子に目を細めて、共に喜びを分かち合った。

 

「やっとだな、イドラ」

「ああ、ヴァーサタイル。やっと、だ」

 

来るべき時までやってきた。ここまでの葛藤と孤独な闘いを側で見てきたヴァーサタイルも感無量といった様子だ。

20年前、男は自分の息子を失った。それが意見の食い違いから仲たがいしたまま、病でこの世を去るなど当時予想もしなかったことだった。だが息子に恋人がいたこと、その恋人がルシスの姫であったこと、姫が子をやどしていたことに男は目を付けた。

たった一人の赤子に執着する姿は何処か異様であり、必死さも感じた。自分の血を残そうとする遺伝子上の関係でなく、自分の家族として想う気持ちが勝っていたはずなのだ。それがルシスを滅ぼすことに至ったまでのこと。経緯など些細の問題でしかない。

 

だが問題は、【これから】なのだ。

この、陰りを見せている帝国という大船をどう、舵取りしていくかを。暗礁に乗り上げてしまった大船はどうなるのか?

 

友人であるヴァーサタイルはイドラにはもう舵取りする力はないと悟っている。イドラ自身も己の衰えを感じているはずだ。奴はおくびにも出さないがヴァーサタイルは分かっている。イドラはようやく会えた家族に無理難題は課さないだろう。

 

だからこそ、自分がしっかりと見定めなくてはいけないのだ。

 

帝国に戻った、光こそが、今後帝国をどこに導くのかを。それによっては己の身の振り方も決まるというもの。すでにこの帝国は神から見放されているのだ。いくら、【神に愛されている姫】といえど。

 

【光たる証を求める】

 

レティーシアside

 

贅沢を尽くした豪華な白のドレスで着飾られ化粧を施され、見た目麗しい姫(中身はどうせ野生児だ。)へと無理やり変化させられた私は皇帝との謁見の間に連れて行かれた。まるで見世物小屋の出し物にされた気分で非常に腹立たしい。全然そんなこと望んでないし!という拒否権は私にはないらしい。予想外のVIP対応にドン引きしてしまったが、幸い戦おうと思えば戦うことはできる。最悪、祖父との面会だけしてとんずらこくことも考えたけど、クペは危ないからやめておいた方がいいと止めてきたので様子を見てからこっそり脱出をする案を考えている。私が着替えている間、傍にいたクペは落ち着きなさそうに何度も

 

「あの、レティ?クペ、ずっと言えなかったことがあったクポ」

 

と私に何かを打ち明けようとしてくれていたけど、私はその場その場をやり過ごすのが精一杯でクペの話に耳を傾けてあげられなかった。全てが終わった後にはアーデン自らが迎えに来てエスコートしてくれるとこだったので、結局クペと話すことはできなかった。クペは私の肩にしっかりと掴まって始終不安そうに辺りを見回している。私は、

 

「大丈夫よ、何かあったら私が守るわ」

 

と彼女に囁くとクペは、小さな声で

 

「クペもレティを守るクポ」

 

と緊張と不安から震える声ながら身を摺り寄せてきた。嬉しくて私も「うん」と頷き返して彼女の柔らかな毛並みを肌で感じた。

 

皇帝陛下がおわす玉座の間にたどり着くまでどれくらいの時間を要しただろうか。とにかく広い。無駄に広い皇宮内。

幸いそれほど高くないヒールだったので足が痛くなることはなかったし、普段から高めのブーツを履いていたからドレスの裾踏んづけて躓くなんて恥ずかしいこともない。

 

ああ、やっと着いた。

大きな扉が目の前に入り、そこで一旦歩みを止めて扉の両脇に控える魔道兵によって重たそうな扉は開かれていく。

 

まるでマス目のように乱れなくならぶ魔道兵たちのすぐ横にズラリとならぶ帝国の将たち。奇異なる視線と息を呑む響めきが耳を掠めるが私はふてぶてしい態度でひたすら前だけを見据える。

 

私は、ついにノクトの敵相手と面を合わせた。

足元に敷かれた赤い絨毯が血のように見えて気持ち悪い。固そうな玉座に座る一人の年老いた皇帝。奴の命令一つで王都が滅ぼさせられたと思うと腑が煮え繰り返りそうだ。

 

「レティーシア姫をお連れいたしました。陛下」

 

白髪に少しこけた頬に口元に生やした手入れされた髭。ぎらつくような鋭い瞳は私だけを確実にとらえ逃すまいとする粘着したような気持ち悪さを起こさせる。

私の手を離し、頭を垂れて挨拶をするアーデンに一つ頷いて皇帝の椅子に鎮座する年老いた男は低い声で「前へ来い」と私に命令をした。だが私は、冷たい声で「私は貴方の臣下ではありません」とはっきりと突っぱねた。一部、背後で騒めくような声が聞こえたが臆する私じゃない。皇帝は、なぜか口元に笑みを浮かべ、「似ているな」と零した。

 

「レティーシア」

「気安く私の名を呼ばないでください」

 

不敬に当たるだろう私のはっきりとした拒絶に後ろで控える臣下が息を呑む声がわずかに聞こえた。だがイドラ皇帝は表情変えることなく、

 

「ではレティーシア・ルシス・チェラムとでも呼べと言うか」

 

と切り返してくる。だがそれにも私は首を振って否定する。

 

「違います。私はルシスの、人間ではない」

 

その答えに気をよくしたのか、何度も頷いてはイドラ皇帝は予期せぬ言葉を口にした。

 

「そうだろう。其方はアルファルド皇子の娘なのだ」

「……アルファルド、皇子?」

 

聞き覚えのない名だ。それはそうだ。

敵国の皇子の名など記憶しておいても役に立たない。

 

「其方の父だ」

「私の、父?」

 

ふと、あの人の背が脳裏をよぎった。だがあの人は父ではないと慌てて頭から追い払う。一連の動作にイドラ皇帝は怪訝そうにしたが、気を取り直した様子で私が想像もしないような嘘を語りだした。

 

「レティーシア。其方は我がイドラ・エルダーキャプトの血を引く孫娘、ニフルハイムの正当なる皇女よ」

 

鈍器で頭を殴られたみたいにグラリと視界が一瞬揺らいだ。

 

この男は何を言うんだ?

私は、王女ではない。レギス王の娘ではない。だがこの年老いた男は私を孫娘だという。

私を皇女だという。何かの間違いではないか?

いや、そもそも頭のネジが外れているのではないか?

クリスタルに執着するほどの愚か者だ、それもありうると自分に言い聞かせる。

これは敵の策だ。私を惑わそうとしている。

騙されるな、これは嘘だ。

 

私は静かに頭を振って否定する。

 

「違います、私は、皇女などではない。ましてや、敵国の血など引いていない。私は貴方の孫などではない!」

「だがルシスの王女ではない。そうであろう」

 

静かな口調だが有無を言わせぬ見えぬ圧を感じ、私は不覚にもたじろいでしまった。

 

そうだ、ルシスの王女なんかじゃない。私は偽物だもの。

 

だが屈してなるものかと、視線を鋭くさせて私はぐっと唾を飲み込んで意を決して口を開く。

 

私はただのレティだ。レティーシア・ルシス・チェラムではない。私はただのレティ。レティーシア・エルダーキャプトじゃない。

 

「私はただのレティです」

「……アルファルド皇子は我が息子だ」

 

だから私には関係ない。誰が父で誰が母で誰が祖父だろうと関係ない。私が予想していた祖父とは程遠い存在。いや、これは嘘だわ。嘘よ、………全部嘘よ。

 

「だから貴方が、私の祖父と認めろと?」

 

どうしてそこまで私のこだわるの。どうしてそっとしておいてくれないの。

 

「其方を此方に引き渡すようあの男には再三申し入れた。だが聞き入れなかった。だから攻め落としたのだ」

 

まるで子供の玩具の取り合いのようじゃない。

自分の思い通りにいかなかったから壊す。気に入らなかったら殺す。そして次に壊すのは私か?

 

「………それでは、貴方は私の力欲しさにルシスを狙ったと?」

「其方の力は二の次よ。クリスタルと指輪さえあれば我が帝国は安泰だ。……」

 

皇帝は何を考えたか、私に右手を伸ばした。

 

「おいで、レティーシア。よく顔を見せてくれ」

「………」

 

だけど私はその手を取らずにじっと見つめるだけにとどめた。

いや、侮蔑すら籠った視線だ。

 

馬鹿じゃないか、この男は。私がノコノコとその手を取ると?尻尾振って愛想振りまいてなびくと勘違いしているのか?

 

私を、知らない癖に。

私が、今までどうやって生きてきたか知らない癖に。

今さら誘拐まがいのことして連れてきて何をさせようというの?

 

プチン、と何かの線が切れた。

 

「私が、恐ろしいか、この手を恐れるか」

「………」

「レティーシア」

 

皇帝は、僅かに瞳を揺らした。同情を誘うつもりか。

笑わせる、それくらいの芝居を見抜けない私とでも?

 

『そうだ、あの人の敵をとってあげよう。』

 

耳元で誰かがそう囁く。その手を取るフリをして剣で皇帝の胸を刺して殺せばいい。それであの人の敵は取れる。母上も、クレイも、王都で散った人々も喜ぶだろうって誰かが私に甘い指示を出す。

 

「ええ、今、参ります」

 

私は歪な笑みをつくり、皇帝の元へと歩み寄り、玉座の前に膝をついて皇帝を見上げた。

自分の頬に恐る恐る両手が伸ばされゆっくりと触れた肌はかさついていて痛かった。

 

「レティーシア」

 

私の名を呼ぶ男。イドラ・エルダーキャプトはノクトの敵役。ルシスを滅ぼした男。慈悲も涙の欠片もない非道な男。ルシスに滅びを招いた諸悪の根源で恨むべき対象。

だが不思議なことに皇帝の瞳は微かに潤んでいた。

 

『さぁ、レティーシア。今がチャンスよ。この男の胸を思いっきり刺す。それだけで終わるわ』

 

ええ、そうね。

 

『けど、貴方の罪は消えないわ』

 

誰かがそうひどくおかしそうに笑って言う。

私の罪。それはなに?

 

『貴方は最初からルシス王を裏切っていた』

 

違う、先に裏切ったのはあの人よ。私を突き放した。私が憎いから城に閉じ込めた。

心の中じゃ私をせせら笑ってたのよ、あがいて見せろって死ぬまで。

 

『けれど貴方がいなければルシスは滅ばなかった。ノクトも、大切な父親を失うことはなかった。彼は貴方を恨むでしょうね』

 

………ノクトは優しいからきっと私を受け入れてくれるわ。この男を殺してノクトの所に帰って皆でまた。

 

『イグニスもグラディオラスもプロンプトもイリスもシドニーもシドもコルも皆、みんなぁ貴方の裏切りを知っているでしょうね。今頃貴方を殺す算段でも練っているかもしれないわ』

 

私は、裏切っていた?私を、殺す?

ノクトが?皆が?ありえない、だって私は。

 

『そう。皆貴方を憎むでしょう。殺したがるでしょう!だって貴方は裏切り者だもの。貴方なんか愛していないもの。ああ、貴方の敬愛してやまない母上も貴方を心底憎んでいたでしょう。顔で笑って心で貴方を罵っていたに違いないわ』

 

愛して、いない?

母上さえも私を愛していなかった。唯一、私を愛してくれていると思っていた、母上でさえも。あれはまやかしだったの。

 

『彼らは貴方を憎み死を願うでしょう。だって!貴方がルシスを滅ぼしたのだから』

 

私は、ルシスを滅ぼした。

私は、ルシスをほろぼした。

 

わたしは、るしすを、ほろぼした。すべてを、ころした。

 

「……」

「よくその顔を見せてくれ。……ああ、よく似ておる。アルファルドと同じ瞳よ」

 

この深緑の瞳は父親譲りらしい。

懐かしむようにイドラは私の瞳を覗き込んだ。

 

「………」

「レティーシア、怖かっただろう。もう其方が恐れる者は何もない。我が傍におれば何も怖くはない」

「………」

 

怖れるとしたら、それは私自身に対してだ。

私はノクト達を裏切っていた。私の存在がこの戦争を引き起こしたようなものだから。産まれていなければ、もしかしたらレギス王は生きてノクトとルナフレーナ嬢の結婚式に出席していたかもしれない。若い二人の門出を祝福して感動の涙を流していたかもしれない。私は、その可能性を摘んでしまったのだ。

一つの尊い未来を、私は奪ってしまった。

 

「レティーシア、心寂しかったのだろう」

 

違う、私は寂しかったわけじゃない。全てを失ってしまったからだ。

もう、私には何も残されていない。ノクトの為に彼の為にやってきたことも、全て意味をなさなかった。私が招いた不幸だった。

私は、望まれてはならなかったのだ。この男も私がいなければ力に固執することもなかったかもしれない。

 

この男は私欲しさにルシスを滅ぼし、クリスタルを手に入れた。そして私は、ノクトの元へ帰りたいが為にこの男の首を手土産に彼の元へ戻ろうとした。

 

なんて、浅ましいのだろうか。

私は、この男と同じ行動をしようとしていた。自分の保身の為に。

同じ、血筋。これが、ニフルハイム皇族。己が目的の為に他者を犠牲にする残虐さ。

的を得た。

私は確かにこの男の血を引いている。下劣な娘になり果てた私にピッタリな家族じゃないか。

これが、私の、祖父。皇帝、イドラ・エルダーキャプトが私が待ち望んだ家族。私を、力欲しさに欲した憐れな年老いた男が待ちに待った家族だった。

 

目尻を親指で拭られ、私はそこで初めて涙していたことに気づく。けれど気づいたところで意味はない。抵抗する気力もない。私はされるがまま、涙を流し続けた。

 

「お、じい、さ、ま……」

 

誰でもいい。助けて欲しかった。縋りつきたかった。

この狂いそうになる想いから解放してくれるなら。

誰でも、良かった。もう、何も考えたくなかった。考えることを放棄したかった。

 

「泣くな、レティーシア」

 

イドラは玉座から腰を上げて私を同じように床に膝をついてその腕を私の背に回して、覆い隠すように抱きしめた。

 

『泣くな、レティ』

 

皇帝の姿が、声が、あの人と重なってダブって聞こえた。

抱きしめられた記憶など、とうに忘れた。感触も思い出せない。なのに、ひどく懐かしいとおもうのは、きっと気のせいだ。

 

私は、一切抵抗せずに抱きしめられるがまま身を委ねた。

 

―――ああ、きもちわるい。

 

【同族嫌悪】



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置いてけぼりモーグリ

自分が非力であることは本人が一番理解していることだ。けど認めたくなかった。

まるで自分は守られる側でいろと強要されているようで我慢ならなかった。彼女の性分で黙っていることの方がストレスに感じるらしく、だからこそ溜め込むよりも発散させることで思い切りがよくいつも笑顔を絶やさないでいられるらしい。

普段から明るいと思われている彼女は、そうやって生きてきた。

 

心と体のバランスを保つ秘訣は、笑顔でいること。

だから何があっても笑顔でいようと心に決めた。自分よりも幼い少年に心配を掛けまいと、自分を律して笑顔でいた。

 

だが、ものにも限度がある。

桶に溜め込んだ水がいつも綺麗でいられるのは常に新しい水が沸き上がるから。

では、溜め込んだ水が入れ替えられることなくそのままの現状を保っていたら?

その桶の水はいずれ腐るだけ。

 

辛うじて、彼女は腐る前に友達の前で泣くことができた。

思う存分、自分の気持ちを吐くことができた。それがどれほど彼女にとって嬉しかったことか。吐き出す相手がいて自分の気持ちをありのままに受け止めてくれる存在が何よりも尊かった。この絆を大切にしたいと友達の笑顔を見ては心から願った。

 

だがそれも、突然奪われることになる。

 

 

イリス達はコル将軍自らの護衛と未だレティのお願いを律儀に守って護衛を続けているヨウジンボウのお陰で無事にカエムの岬にたどり着くことができた。新しい新居にはしゃぎだすタルコットと孫を窘めるジャレッドの表情もレスタレムにいた時よりは幾分か和らいでいた。

イリスは自分の荷物もそこそこに大切に車中にも抱きしめている手作りのモーグリ人形を大事そうに抱き上げて車から降りた。それに続いてダイゴロウも車から飛び降りてタルコットの方へ走っていく。王都製の車に比べて、外の車は乗る人数も限られており荷物を運ぶのにも分けて移動する必要があった。先に荷物組としてモニカとダスティンが先行し、その後イリス達が続いたという感じでここまでやってきた。なので大半の荷物は家の方に運ばれているはず。

潮風が風に乗ってイリスの鼻を掠め、塩辛さを感じ取る。

これから我が家になる家は木造建てで元々空き家だったらしいが、手入れは行き届いているらしく掃除をちゃんとすれば住めるレベルだ。

これからは自分たちで全て生活していかないいけないと考えると億劫になるが、すぐに怠惰な考えは振り飛ばして前向きに受け止めようとイリスは考える。

 

「イリス――!何そこでぼけっとしてるんだよ。早く来いよ」

「今行くー!」

 

家の中からタルコットとダイゴロウが顔を覗かせてイリスを呼ぶ声に返事を返してイリスは中へ入ろうとコル将軍にも声を掛けようとした。だがコルは誰かと電話しているらしく見る見るうちにその表情は強張っていく。イリスはどうしようもない不安感を感じてならなかった。通話を終え、コルは運転席から降りると立ちすくむイリスを素通りして、家の中へと早足で入っていく。慌ててイリスもそれに続いた。

 

中ではコルがモニカとダスティンを呼んで何やら話をしていた。

モニカは「まさか!?」と顔を青ざめて口元を覆い普段から無口なダスティンは拳をぎゅっと握りしめて口元を引き締めて何かを必死にこらえようとしていた。ジャレッドもタルコットも異様な雰囲気に集まってきてイリスは尋ねずはいられなかった。無意識にモーグリ人形を抱きしめる手に力が篭った。

 

「コル、一体何があったの?」

 

コルは、イリスに視線を向けるとしばし間をあけて

 

「……王子達から連絡があった。……姫が帝国軍に連れて行かれたそうだ」

 

と説明をした。イリスは、一瞬目の前が真っ白になり腕の力が抜けてモーグリ人形を床に落としたことにも気づかなかった。

 

レティが、帝国に?

 

「……嘘……」「真実だ」

 

イリスの呟きに畳みかけるようにコルは言葉を重ねた。

 

心の何処かでレティは強いのだと確信していた。

召喚獣から大切にされているはずだから、もし何かあったら誰かが助けるだろうという安心感があったのだ。それが単なる思い込みであったと受け入れたくないイリスは、ただ理由を求めた。

 

「なん、で?なんで!?だって、レティは!」

「王子達を庇った。御身と引き換えに」

 

淡々と答えているようでいて、コルは何処か憤り抑えきれないようだった。

それは、レティに対してなのか、それとも自分の力が及ばなかったからだろうか。

 

イリスも突然そのようなことを言われたからと言ってすんなりと受け入れられるはずがない。まだ、イリスは15歳の少女だ。大人ぶっていたところでそれは背伸びしただけ。

 

だって、レティは強いんだよ。

 

そう続けようとした言葉が途中でガス切れのように途切れる。

 

「………オレは、これからモニカと一旦レスタルムに戻る。ダスティン、後は頼むぞ。ジャレッド、シドが来たらすぐに船を直すように伝えてくれ。モニカ、行くぞ」

「「了解しました」」

「承りました」

 

モニカ、ダスティンとジャレッドはコルの指示に頷き返した。

 

「待って!私も連れてって」

 

イリスはそう言ってコルの腕に縋りついた。

焦ったジャレッドは「イリス様、それはおやめ下さい!」と引き留めようとする。だが素直に止めて聞く性格ではないのは十分わかっていたからこそ、「止めないで」と拒むイリスに言い聞かせるように言葉を続けた。

 

「姫様の御気持ちをどうか、お察しください。我々の安全の為に姫様はこのように策を練ったのです。イリス様に危険が及ばないようにとご配慮をしてくださったからこそ、私達はこうして無事でいるのですよ」

 

だからどうかレティの気持ちを汲んでほしいとジャレッドは切実に訴えた。

 

「……わかってるよ。でも、心配なの」

「………」

「お願い!コル、私も連れてって」

 

どうしてもレティを救いたい。その想いに嘘はないんだとわかってもらいたかった。

 

「駄目だ。ハッキリ言おう。足手まといになる」

「これでもアミシティア家の娘よ。それなりに戦える!」

「ただの防衛術だ」

「そうだけど!でも」

 

戦える!そう言い返そうとした。だが、コルの

 

「人を殺す覚悟はあるか」

 

との問いかけにイリスは息を呑んだ。

 

「!」

「少なくとも、姫はその覚悟を抱いておられた。イリス、お前に人が殺せるか?」

 

射抜くような鋭い瞳に射竦められてイリスは言葉に詰まる。

これはただの喧嘩ではない。国と国との存亡を賭けた戦争なのだ。

コルから発せられるプレッシャーにイリスはブルリと身を竦ませた。足がガクガクと震えて立っていられなくなる。

 

殺す、などと無縁の世界だった。

イリスは、守られる側だった。

殺すというイメージそのものが沸かない未知なる領域。

 

戦えるという意味と、

殺す覚悟があるとでは大きな開きがある。

 

「………私は…」

「お前には無理だ」

 

ハッキリと言い切るのはコルなりの優しさだ。レティが守りたかった者を戦に駆り出させるような真似はしたくないと。言葉足らずのコルの不器用な優しさ。

 

「では後は頼んだ」

 

コルは、さっと身を翻し玄関から外へ出て行ていき、モニカも後ろ髪惹かれる想いでイリスをちらりと見ながらコルの後を追って出ていき、パタンとドアが閉められた。

イリスは、その場にペタンと腰を下ろして玄関のドアをぼんやりと見つめた。

 

タルコットが遠慮がちに、モーグリ人形を拾い上げてイリスに差し出した。

 

「イリス……」

「……わかってるもの、自分に力がないってことくらい」

 

イリスは苦し気にそう呟いてモーグリ人形をタルコットから受け取り、縋るように胸に抱きこんだ。イリスが力を込めれば込めるほど気の抜けるような音がモーグリのお腹から鳴り続ける。

色々な生地をつぎはぎして作ったモーグリ人形は元々レティの為にと作ったものでイリスが慣れない針を使って、市場でイグニスとあーだこーだ言い合いながら生地を買ってジャレッドから教わりながら一生懸命に想いを込めて作った人形。

出来栄えは中々のものでイリスも自画自賛するくらいに気に入っている。

 

次に会えた時にレティに渡そうと決めていてどんな顔をして驚くのか目に浮かぶくらいイリスもその時を心待ちにしていた。

絶対喜んでくれるはず。クペも嫉妬するくらいに。

それなのに、レティは連れて行かれたとノクト達から連絡によりその期待も無残に切り裂かれ、行き場のない想いをどうやって昇華するか、その術をイリスは知らない。

 

「レティ、の馬鹿ぁ……!」

 

イリスたちのことには気を配る癖に自分のことはからっきし無頓着で、それが非常に腹立たしい。けどそれが逆にレティの美徳であると知っているからこそ、やりきれないこの想い。

 

「……ひっく、……っ」

 

涙がこみあげてきて、喉を詰まらせてイリスはモーグリ人形に顔を俯かせてさらに抱きしめる。今の自分に出来ることは、ただ待つことだけ。

助けに行くこともできず、彼女の為にしてあげられることもなく、

友達の無事を信じて、待つことだけがイリスにできる唯一のこと。

 

置いてけぼりのモーグリ人形は、ねじれるくらいに抱き込まれて気の抜ける音を鳴らした。

【ぺこん】



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膠漆之交~こうしつのまじわり~

ユーリー・ウリックにとって、ニックス・ウリックは過去の遺物である。育ての親であるヴォルフラムから家族は皆死んだと、教えられた時はすぐに受け入れることはできず毎日抜け殻のように過ごしたものだ。だが生きて行く上で感傷に浸ってられるほど現実は甘くはなく、生きるための知識と技を磨いていく内にユーリーの中で、段々と家族に対する意識執着心が薄れていった。いや、麻痺していったのかもしれない。人生なんてそんなもの、人は脆く簡単に死ぬ生き物で執着していつか別れが来る時自分が辛い想いをするだけ。だから人に対する執着心は薄くなった。浅いだけの関係こそが自分にとって最も最良な選択で最善であると思うようになった。人生諦めが肝心。

だがそんなユーリーを変えた衝撃的な出会いを果たしたレティという女性。

この縁はユーリーの静まり切った心に波風を立てるものだった。だから症状も緩和されたかと思ったらそうでもないらしい。彼女を取り戻すには非力な自分では到底無理だと自覚したら諦めてしまった方が楽だともう一人の自分が囁く。どこまでも希薄な人生に嫌気すらさしている。

 

すぐにでも助けに行きたい。

けれどレティが望んだのは、俺にレスタレムを守れということ。

 

それに予想もしなかった兄の件も重なってユーリーに覆いかぶさる。

今更死んでいたはずの兄が本当は生きていたと知ったところで、冷めきった感情がすぐに会えて嬉しい!などと蘇るわけじゃなかった。そういう風に斬り捨てた気持ちはすぐに掘り出すことはできない。

 

だからユーリーの脳内を占める言葉はこれ一点に限る。

 

どうするか、である。

 

考えあぐねいた結果、ヴォルフラムの店に連れて行こうと判断し、ニックスとリベルトに「こっち、とりあえず来てよ」とついて来るよう促して先に歩き出す。

 

「あ、ああ」

 

ニックスは咄嗟に返事をして素っ気ない弟に戸惑いながら後をついて行くことにした。とりあえず中に入れてもらえたニックスとリベルトはユーリーの案内でヴォルフラムという人物が務める喫茶店へ行くことになった。グレンとはコル将軍と連絡を取るために一時的に別れた。隣に並んで歩くリベルトがこそっとニックスにだけ聞こえるように囁く。

 

「なんかホントにユリなのか?」

「別人だと言いたいのか、お前は」

「いや、そういう気はねぇけどよ。昔よりも淡白というか関心が薄いというか……」

 

目が死んでるような、とは流石に兄貴の前じゃ言えないリベルトは語尾を濁した。

ニックスは苦笑して友人の想いを知ってか、弟の気持ちを代弁するかのように言い返した。

 

「いきなり死んでた兄弟にあって感動の再会があるわけじゃないだろ。オレだって夢でも見てるんじゃないかって思ってるさ」

「抓ってやろうか?」

「いや、遠慮しとく」

 

それはニックスとて同じこと。だが若干ユーリーよりは浮ついているかもしれない。死んでいたと思っていた弟が生きていた!

妹や母そして弟を失った悲しみをバネにニックスは王の剣として毎日戦いに明け暮れていた。自分のために、友のために、家族のために故郷を取り戻すという強い信念を掲げて。ただ我武者羅に前だけを見つめていけば後ろは振り向かなくていい。

けれどニックスの固執する英雄という価値観を打ち砕いたのがレティとの出会いだった。

誰かの為、じゃなく、自分が本当に大切に想える人の為に力を奮うという初めての気持ちを抱かせた少女。彼女を助けたい!守りたい!という強い想いこそが今のニックスの原動力なのだ。生い立ちがどうとか立場がどうとかそんなものかなぐり捨ててニックスは高々と叫べるだろう。

 

オレは、レティの為だけにここまで来た。

彼女の心を守るために、彼女が泣かないようにするために。

今度こそ、傍で守るために。

 

と、彼女への意気込みを語ったところで肝心の弟との距離がいきなり縮まるわけもない。

 

どうしても尻込みしてしまい、何を話せばいいのやら分からない。

 

懐かしき兄弟の再会。

声に出して話してみようと口を開くものの、何を言えばいいのか分からず結局また口を閉ざしてしまう。

 

「……」

「………」

 

主人がいない店に勝手に入ったユーリーはニックスとリベルトをカウンター席に座らせると手慣れた様子で店の機器を使ってコーヒーを入れてそれを二人のテーブルの前に置く。

 

「どうぞ」

「……ありがとう」

 

ユーリーも同じカウンターのリベルトの隣の席に腰かけた。

 

リベルトは、なんでオレを挟んで座るんだ!?と訴えたかったが、微妙な雰囲気に負けて大人しくすることに。

 

男二人に挟まれて喜ぶ男なんていない。オレは絶対違う!

ああ、神よ!憐れな男を救いたまえ!と祈るとこまできていた。

 

お互いに何から話していいのか分からないようだ。突然の再会に戸惑うのも無理はない。だがリベルトとしては、こうむず痒い雰囲気に居心地の悪さを感じて無性に酒欲しさに我慢していた。

とりあえず、兄として先に口を開いたのはニックスだった。

 

「ユリ、お前どうしてレスタルムに?」

 

まずそこから突っ込んだ。ユリも内心、そこからかよと困惑したが省略して話し始めた。

 

「………ヴォルが、俺を拾って育ててくれた」

「ヴォル?」

「俺の、育ての親。もう、じーさんだけど……。それより兄、さん、こそ今までどうやって?」

 

やはり兄さんというにはためらいがあるらしいユーリーは気まずそうに言った。

 

「……あ、オレはその、話せば長くなるんだが……。レギス王に拾われて王の剣に入ることになった。リベルトも一緒にな。ずっと故郷を取り戻すために戦ってた。そこから色々あって……ってコル将軍は!?レティはどうなってるんだ!」

 

過去話を振り返ることで自分の最大の目的を思い出すニックスは急に現状を思い出して叫びだす。

 

「今更かよ?グレンが確かめに行ってるはずだろうが」

 

リベルトのツッコミは彼には届いておらず。だがユーリーは別の所で反応した。

 

「レティ?なんで兄さんの口から彼女の名が……!?」

「ユリ、お前こそなんでレティの名を知っている……?」

 

二人は、驚きを隠せずにリベルトを挟んでまじまじとお互いの顔を見やった。互いの口から出て来た共通する彼女の名に男同士だから分かる違和感なるものを二人は感じ取り、少し雰囲気が変わったような気がした。悪い意味で。そこにリベルトがこそっと口を挟んだ。

 

「お前らオレを無視すんなよ」

「あ、悪い」

 

つい謝るニックスにリベルトは全然悪いと思ってないだろと苦言をこぼす。

 

「オレのことは無視かよ、ヒデー兄弟だぜ……。それよりオレ達はコル将軍と急ぎ合流しなくちゃならなかったんじゃなかったか」

「……そうだ!レティは!?今無事なのか!」

 

急かすようにユリに問うとどこか諦めた表情でボソボソと語り出す。

 

「……レティは、帝国軍に連れて行かれた。俺はこの町を守るよう言われてたから」

「なんだ、と?」

「王子達を庇ったってコル将軍から連絡があった」

「……クソッ!これだから王族は信用ならないんだっ!」

 

そう悪態づいてニックスは勢いよく立ち上がった。リベルトが反射的にニックスの腕を捕まえる。

 

「どこ行くんだよ!?」

「帝国に決まってるだろうが。取り返しに行くんだよ」

 

リベルトの手を振り払おうと乱暴に腕を振るニックスの目は据わっていて明らかに別のスイッチが入っているようだった。

 

「無理言うな馬鹿!あんなとこに単身突っ込んだって死ぬだけだろ!?」

「離せリベルト!アイツらはレティの力を悪用しようとしてんのは目に見えてんだろ!?」

「落ち着けニックス。今はコル将軍の指示を」「待ってられるか!いちいちもう我慢の限界なんだよオレは。……レティを助けに来たってのに肝心の彼女がいないなんて、ここにいる意味はない!」

 

リベルトの手を完全に振り払いニックスは勢いよく喫茶店を出て行った、リベルトもすぐに続きながら、

 

「ニックス!待てっ!?ユリも一緒に追いかけて捕まえろっ」

 

とユーリーに応援を頼んで出ていく。ユーリーは渋々手を上げてゆっくりと立ち上がりカップを片づけてから喫茶店の鍵をちゃんと閉めて後を追いかけた。

案の定、警護している仲間とリベルトがニックスを引き止めようと躍起になっている様子をみて、ユーリーは自分は出る幕ではないなと早々に諦めた。そこに仲間がユリに気づき声をかけた。

 

「………」

「おい、ユーリー。またお客さんがきてるんだがどうする?」

「あ、どういうこった?」

 

また俺がらみとかは勘弁してくれよとげんなりとした表情になる。

 

「いや、白い犬を連れてるフード被った怪しげな女が中に入れろってうるさいんだ」

「女?」

「ああ、なんか町に知り合いがいるとか。王都から来たとか。ほら、お前の連れの隣で同じく騒いでるだろ?」

 

そう言われてみれば確かに騒ぎの元はニックスだけではないらしい。

警護の男に突っかかっているいかにも疑ってくれと言わんばかりの顔を隠すように被っているフードで薄汚れた格好をしている。女とみられる人物の足元には白い犬がお利口さんに座って女と警備の男の押し問答をじっと見守っていた。

女は金切声を上げて怒鳴っている。

 

「だから中に入れてって言ってるのよ!ちゃんと知り合いがいるんだってば」

「だから身分を明かせと言っているだろう」

「それができたら苦労しないっての」

「じゃあ駄目だ」

「この分からずや!魔法が使えてたらトードにしてやるのに」

「なら身分を……」

 

見かねてユーリーが間に割って入った。

ニックスは後回しでも大丈夫だろうと判断したまで。決して女の方が相手するの楽だからとか逃げの姿勢ではない。

 

「おい。俺が相手する」

「ああ、ユーリーか。兄貴はいいのか」

 

もうすでに他の仲間にまで話が回っていることに、正直頭抱えたくなった。

が、そこは軽く流すことにしたユーリー。

 

「ああ、とりあえずそこで押し問答してるからいい。それより、そこの彼女。どういった理由でレスタルムに用事かな?見ての通りこの町は今部外者の立ち入りを制限させている」

「どうせ部外者ですよ。でもね私だって好きでこんなことしてるわけじゃないわ!」

 

というわけで女はまた最初の問答を繰り返す。

ニックスと言えば、リベルトと他の警護の男たちに拘束されかかっている。

 

「だからニックス!待てって!」

「離せっつーの!リベルトお前オレがどれだけ彼女に会う機会を待ち望んでた分かるだろう?!」

「分かるが落ち着けって言ってんだよ!お前一人でどうやって姫を救い出すっつうんだよ!」

「それは真正面から突っ込む」

「余計ダメだろ!?」

 

友人にダメだしされようとニックスの気持ちは変わらない。そこへ「ニックスさん!?何してるんですか!」とグレンまで来て余計話がややこしいことに。もみくちゃにされる男たち。そんな中、

 

「え、嘘」

 

女はようやっと自分の隣でもみくちゃにされている男に注目をした。

口元に両手を当てがってショックを受けたように一時放心状態だったが、すぐに駆けだしてニックスとリベルトの方へ向かっていく。そして両手を広げて歓喜に満ちた声で二人の名を叫んだ。

 

「ニックス!リベルト!」

「「ああ?」」

 

女はフードを取り去りその顔を露わにし目尻に涙を溜めて熱く二人を見つめ歓喜に震える。

 

「ああ、生きてた!本当に生きてたっ!」

 

クロウ・アルティウス。

王の剣でずば抜けて魔法の才際立つ存在で男だらけの紅一点であり、ニックスとリベルトのなんでも打ち明けられる友人。

 

彼女は死んだはずだ。その最後をしっかりと見届けたはずと頭で認識しているはずだが、目の為には確かにクロウが存在している。もしや白昼夢かとニックスは自分の頬を抓ってみた。

 

「…いてっ……、ってことは本物?……嘘だろ」

「………クロウ?」

「そう、私よ。クロウよ!」

「………」(バタン!)

 

かつて彼女の遺体と対面したニックスは昼間から幽霊か?と目を瞬かせて何度もクロウの姿を確認し、リベルトに至っては血の気が引いた顔でその場に倒れて気絶してしまった。

クロウはリベルトが気絶してしまったことに対して腹を立てて腰に手を当てた。

 

「ちょっと!人の顔見て気絶するなんて言い度胸してるじゃないの」

 

喋って怒ってじろりと睨んできて仁王立ちしている。

 

クロウだな。

 

やっと本物であることを受け入れた(まだ半分信じられない)ニックスは、

 

「………そりゃクロウの死に顔と対面してるオレらからしてみれば……」

 

と言い訳をしてみるが、果たして通用するかどうか。

顔色伺ってみれば、やはり言い訳は通用しないらしい。ご立腹と言わんばかりに鼻を鳴らすクロウ。

 

「失礼しちゃうわね。ゲンティアナからバレないように移動しろなんて言われなきゃ優雅にドライブしながらここまで来てたわよ」

「ゲンティアナだと?じゃあクロウもあの女から契約を?」

「契約?そんなもの聞いてないけど……でも、殺されそうになった時に助けてくれたわ」

 

色々と聞きたいことはあったが、お互いに自然と笑顔になった。

 

「……とりあえず生きていて良かったよ」

「ええ、ニックス達もね」

 

二人はそういって熱く抱擁を交わした。

足元に伸びているリベルトを放置して友情を確かめう二人に、暢気に声を掛けるユリ。

 

「今日は本当に尋ね人が多いな」

「ユリ」

 

ニックスが弟の名を呼ぶとクロウは「……え?」と目を白黒させてニックスとユリを交互に見つめて、顎がハズレそうなほど驚く。

 

「え、ユリ?ユリってあのユリ?」

「よぅ、クロウ。まさか同郷の仲間にまた会えるとはな」

 

ニックスとリベルトに接している時の素っ気なさとは打って変わって女向けのスマイルでにこやかに対応する辺り、ユリは女好きに成長したんだなと弟の意外な一面に驚くしかない兄。クロウはクロウでもう混乱状態だった。ニックス、リベルトと続いて共に幼い頃遊んでいたユーリーがいる事実を受け止め切れずに、口をパクパクさせて

 

「……ちょっとニックス!どういうことっ!?ユリって死んだんじゃないの??」

 

信じれないと驚愕するクロウはニックスの首元の服を両手で握りしめてがくがくと激しく揺らす。ニックスは脳がシェイクされる感覚から吐き気に襲われながら

 

「説明するからオレの首を絞めるな!!」

 

と頼まずにはいれなかった。

運命の歯車から『意図的に』外れた四人は、こうしてまた一つの場所に集まったのであった。

 

【仲良し四人組、再集結】



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迂直之計~うちょくのけい~

ゲンティアナの導きによれば、レティを助け出すには七神、召喚獣の助けが必要らしい。今、レティの元にはバハムートを筆頭にイフリート、シヴァ、タイタン、オーディーンが集結している。そこに雷神ラムウと水神リヴァイアサンの助力を得ることが必衰。レティが囚われの今、ノクト自らがラムウの元へ赴きその助力を得る為に力を示す必要がある。本来、レティであればその試練も皆無なのだが代理人としてノクトが赴くならば話は違ってくるというのだ。雷神からの試練に合格すればそれなりに相応しい力があるとみなされ、ノクトの訴えも聞き入れるとのこと。

僅かながらやることが見えた。

 

まずは、ゲンティアナの言う通り、ラムウへ会いに行く。協力を得られたのち、オルティシエに向かいルナフレーナから光耀の指輪を受け取りに行く。その後、水神リヴァイアサンの助力を得る。

やることがはっきりした今、すぐにでも発ちたいところだったがイグニスは「しっかりと準備をしてからでも遅くはない」と焦るノクトに諭すように言うと、ノクトはしばし迷ったが、「そうだな、悪りぃ。ちょっと焦った」と苦笑して謝った。イグニスやいいやと頭を振って「………いつものノクトに戻ったな」と少し嬉しそうに言った。

 

多少、すれ違っていた仲間内で結束力が強まる中、イグニスの通りしっかりとアイテム補充や武器の装備見直しなどをした上でノクト達はチョコボに跨り、目的地を目指すことにした。出発する前ゲートを封鎖されたことによりチョコボポスト付近には行く手を阻まれたドライバーの姿や観光客の姿などが目立っていて、ふと耳にした会話では、女性の何気ない一言が胸に突き刺さった。

 

『早く王都人が捕まってほしいわぁ』

 

ノクトは、無意識に手綱を強く握りしめていた。

所詮、他人事の単なる愚痴で何も怒ることはない。

だがお前らに何が分かる!と怒鳴りたくなる。

追われる者の孤独と辛さを、国を奪われ、大切な人の命を奪われただけではなく、守ると決めた人に庇われ置いていかれた虚しさ、苦しさ悲しさ。

幸い、ノクトの中で王になる理由の位置づけは既に決まっている。だから使命に押しつぶされる、なんてことはなかった。

 

だがレティの話は別枠だ。

出来るだけ考えないように考えないようにしているというのに、無神経な言葉に無性に怒鳴りつけたくなる想いを堪えて堪えて、ただレティを救うために前だけを見つめるんだと自分に強く言い聞かせる。

 

そう、全部レティの為に。

今までノクトの為に心砕いてきてくれたレティ。

身を挺して庇ってくれた彼女の行為を無駄にしない為にも、とにかく今は力をつけることだけを考える。レティの無事を信じて。

 

表情には決して出さず黙って真正面を向き目的地に着くことだけを考えた。

 

ゲンティアナが示す先に天と地を結ぶ強き光があるという。

それは灰色の空から絶え間なく落ち続ける雷の印でそれこそが雷神がいる場所らしい。

まるでノクト達を待っているかのように、激しい雨はずっと周辺に振り続けノクト達は濡れ鼠になりながらチョコボを走らせた。距離で言えば一キロぐらいだろうか。

いつもよりも仲間内で漂う雰囲気は重苦しいもので誰一人として声を発することはなかった。

 

そこへ向かう途中、四度にわたり帝国兵からの襲撃を受けたり待ち構えている魔道兵らを無言で倒しまくる四人に出くわした不運な一般人はさぞ肝を冷やしたことだろう。なぜなら帝国軍を問答無用で倒しまくって無残な残骸を残したままチョコボで風のように去るという荒業など早々見かけたものではないからだ。ノクト達とて一般車を巻き込まないように気を遣ってはいたが、昼間だということもあって交通量も多く自然と人の目を引くことは仕方なかった。森深くチョコボを歩かせて目的の場所にたどり着いたノクト達はそこでチョコボから降りて、雷のような形をした石碑を発見した。

 

「……これがゲンティアナが言ってた印?」

「ノクト、触れてみてはどうだ」

 

イグニスからの提案にノクトは頷いて恐る恐る手を伸ばした。

すると石碑から迸るピンク色の稲妻がノクトに向かって広がっていき、それが激しさを増していくと脳裏にゲンティアナの言葉が響き渡ると当時に過去の記憶がフラッシュバックする。

 

 

それは、12年前のこと。襲撃事件により母を失ったノクトの傷と心の傷を癒すためレギスと共にまだ帝国領になる前のテネブラエでノクトはゲンティアナと出会った。

ふと、眠っていたノクトが目を覚ますと、目の前の大きな窓の手前に置かれた椅子に座っている謎の女性に驚いて声を上げた。

 

『えっ』

『こんにちは。怪我の具合はいかが』

 

驚くノクトに優しくいたわりの言葉を掛けた女性は椅子から立ち上がった。ノクトは戸惑いながら「誰?」と問いかける。

 

『ゲンティアナ、七神の遣い。ルナフレーナから聞いていない?』

『………?』

 

ノクトは最初ピンと来なかったようだが、自分の膝に置いてある絵本を見下ろしてハッと気づき両手で本を持ちあげてゲンティアナに見せた。

 

『これだ!で、でもよく知らない。ちょっと聞いただけ、ルーナに』

 

ルーナは六神とノクトに教えたがゲンティアナは七神の遣いと名乗った。ノクトは自分の聞き間違いだとあえて問い直すことはしなかった。

 

『ルナフレーナに』

『そう!ルラ―――』

 

上手くルナフレーナと発音できなくて恥ずかしさのあまり本で口元を隠すノクト。ゲンティアナは微笑ましいものをみるように微笑んだ。

 

『仲がいいのは良いこと。神薙と王は常に共にあるべき二人。この世界を守るという使命の為に……』

『しめ、い?』

 

当時のノクトには理解することは難しかった。ゲンティアナがいう使命というものを。

特に印象に残っているのは、ゲンティアナが吐露するように呟いた言葉。窓枠の外を見つめながら、彼女は言った。

 

『そう。………あの子を彼の地へと導くために。お前達は【必ず】為さなければならないのだから』

 

彼の地。

ゲンティアナはそう言った。はっきりと誰かの為に想って示した言葉だった。

それが誰なのか、ノクトには分からなかったがその時だけは、ゲンティアナの横顔が冷たく鋭い刃のように感じて本能的にノクトはゲンティアナを恐ろしいと感じてしまった。その想いは今でも残っており、最初にゲンティアナと会うとつい身構えてしまう。

まるで、自分とルーナは使命を負うことは確定されていてそのために犠牲になれと言われているような気になるのだ。

 

 

「今のは………ゲンティアナとテネブラエの―――」

 

現実に意識が戻ってきたノクトに次なるゲンティアナの言葉が脳内に響いてくる。

 

『雷神は王子への力の提示を求めている。急ぎなさい、雷神の元へ』

 

まるで急かすかのようないい方にノクトは小さな声で悪態づく。

命令されるのは気に食わないのだ。これが性分なのか、それとも元々自分自身が神という存在を好まないのか。それは分からないが、とにかく気に入らないのだ。

 

「言われなくたってわかってるつーの」

 

それに気づいたプロンプトが遠慮がちに声を掛けた。

 

「どうしたの?また声がしたとか」

 

ノクトは少しイラついた様子でぶっきらぼうに答えた。

 

「ゲンティアナの声がな。さっさと雷神のとこに急げだとよ」

「神に通じる能力、か」

 

イグニスが顎に手を当てがいながら考え込んだ。散々召喚獣と親し気にしてきたレティが身近にいたが、よくよく考えてみればルシスの王族には神と対話する力が備わっているということだ。何よりノクトよりもその力が強いレティでさえタイタンの声が強すぎて激しい頭痛に襲われて弱っていたのをイグニスは目にしている。

 

「……巨神の時はレティが頭痛がってたよな」

 

グラディオが思い出したように言い、こんなにもレティがいるといないとでは静かなものなんだと思い知る。ここ最近笑うことが減ったノクト達にとって、いつも笑いを起こさせていたのはレティだったんだと痛感するのだ。

 

「ああ、タイタンを前にして一番痛がっていた」

「……なんで、レティは召喚獣に慕われるんだろうな」

 

ノクトはポツリと疑問を零した。

ずっと心のしこりとしてあったもの。明確な理由が分からないまま、ノクトはただレティが召喚獣に好かれている事実だけを受け止めていた。理由を知ろうとしないまま流されてうやむやにされていたような気もする。深く考えさせないようにコントロールされていたというか。だが今レティと離れてみて、ようやっと彼女の存在を根本から見つめなおそうとした。それゆえに生まれた疑問。

 

なぜ、レティは選ばれたのか。

その資格は一体どこから生まれたのか。

ただルシスの王族だけではない、もっとはっきりとした理由が隠されいる。

そんな気がしてならないのだ。

 

「……それは」

 

イグニスははっきりと口に出せずに言い淀んだ。プロンプトに至っては表情に出ないように視線を逸らしたりグラディオは「あー、まぁレティが『特別』なんだろうよ」と適当に誤魔化したり。幸いノクトは仲間の挙動不審な態度には気づいた様子はなく、心ここにあらずと言った様子で「行くか」と一人先に歩いて行った。イグニス達はそれぞれ顔を見合わせてはノクトの後に続いた。

 

それからまたゲンティアナの言葉が続けてノクトを急かすように脳内に響いた。

 

ルナフレーナの手によって神は目覚めている。王に力を与えようとルナフレーナは動いているが、それはレティの力と密接に関係している。王と神薙は使命を負う者。けれどレティは召喚獣を統べる者。故にレティなくして本来の力は発揮されない。

 

「どうした?また声が?」

 

イグニスがノクトの変化にいち早く気づいて声を掛けた。

 

「ああ、ルーナが七神を起こしてるって。でも、レティの力がなきゃ召喚獣の本来の力は発揮されないって……。なんで、そこまでレティに拘るんだ?アイツらは」

「………ノクト、今は考えるよりも急ごう」

「……ああ……わかってる」

 

納得しきれていないノクトを誤魔化すかのようにイグニスはそう言って、チョコボを走らせた。

 

まだ、雨はやまない。

 

出来るだけ帝国軍との戦闘を回避させるため森の中を進みながら次なる雷神の石碑を目指すことにしたノクト達。以前、雨は止む様子はなく体も冷え切ってしまい身も凍るような想いの中、それでも休むことはなくノクトはチョコボを走らせた。絶えずゲンティアナの声はノクトの脳内に響き、回を増すごとにその声は語気を強めていく。

 

急ぎなさい。早く、早く―――と。

およそ神らしくない感情の乱れ。ますますノクトのゲンティアナに対する疑念は増すばかり。レティに対する執着心が垣間見えるのだ。だがそれでも従うしかないノクトは目的の石碑の前に立ち、手を翳す。

 

すると前の石碑の時と同じような現象が起きる。

 

『ノクティス』

 

辟易した様子のノクトは「ゲンティアナ……またかよ」と嫌そうな顔をした。

 

『東の洞窟、フォッシオへ。封印は解かれた。血の底に眠る最後の石碑を目指しなさい。力を、雷神を力を早く――ー』

 

ノクトはゲンティアナの声を振り払うように頭を横に何度か振った。

 

「……次が最後だ。フォッシオ洞窟」

 

そう言って皆に次の目指す場所を教えた。

 

「よし、さっさと済ませようぜ」

「いよいよ、雷神様とご対面かぁ」

「準備はしっかりしておこう」

 

これでゲンティアナの指示は終わりにしてほしいと心底願いながらノクトは、先を目指す。我武者羅にただ進むしかない。

 

レティなしで召喚獣と顔を合わせるのは今回が初めてなノクト達。

だからこそ、いつもより慎重に行動をしなければならないと身構える。

神と人との一対一の対話なのだから。

 

フォッシオ洞窟手前の上り坂で大きな雷が落ちて辺りに鼓膜を突き破るようなすさまじい音が響き渡る。その所為でチョコボから振り落とされしまったノクト達は耳を塞ぎながら、チョコボを落ち着かせてるのに一苦労した。

 

「うわ!」

「今のは近かったな」

 

割と冷静なイグニスが辺りを見回しながら言うのに対してグラディオも頷きながら

 

「急いだほうがよさそうだ」

 

とチョコボから降りた。ここからは降りて探した方が良いと判断したようで、ノクト達もそれに続いてチョコボから降りた。ノクトは「ここで待ってろ」と優しくチョコボの嘴を撫でるとチョコボは「クエ!」と鳴いて応えた。頭の良いチョコボでレティも散々可愛がっていたから余計ノクトも愛着がわいている。

 

「なんか雷神にも急かされてる気するわ」

「あー、そうだね」

「………」

 

さすがに気のせいだとは言えないイグニス達。なぜなら彼らはその雷によってぱっくりと割れた岩を目前にしたからだ。その先に深い闇が広がるフォッシオ洞窟が先を急がせるように現れていたのだから。

 

フォッシオ洞窟の中へ入ったノクト達。だがレティのスパルタ修行のお陰でダンジョン攻略は慣れたもので突如頭上に飛び交う蝙蝠の集団にも驚くことはなく黙々と奥へ進み続けた。人一人やっと通れるぐらいの通路を抜けてインプの集団と闘って、腰をかがめて進み、僅かな日の光当たる場所に生えていたアルロエシャロットを拾ってまたインプの集団と闘い、終わったと思ったら不意打ちでサンダーボムが襲い掛かってきたのを返り討ちにし、オラクルカードを入手。二手に分かれている道は左手に進み奥の崖の下で盗賊の心得を回収し右手の袋小路でさびた金属片を拾い、元の分かれ道まで戻り別の方へ進む。その先左通路行き止まりでマジックボトルを回収し、また細い道を通り抜けようとしたが、あえて、インプの集団が来るまで待機。一匹ずつ細い道から出てきたところを魔法でまとめて倒したノクト。プロンプトは思わず拍手して「お見事!」と掛け声をあげた。だが称賛の声にノクトは関心なく「行くぞ」と構わずに先に進むものだから、プロンプトは「あらら」と残念そうに肩を上げた。

無事に通路を抜けたところでアンモナイトの化石を拾い下へ下へと迷わず走っていく。

 

すると、突然プロンプトが待ったをかけた。

 

「あれ、なんか聞こえない?」

 

言われるがまま、耳を澄ますと、女の声で『ウチの子―――』と不気味なおどろおどろしい気配と声が聞こえてくる。プロンプトは岩で塞がれた道の方が気になるらしくそこらへんで辺りを覗き込んでいた。ノクトは構わずに別の通路から下へ降りようとした。その時!

後方からプロンプトの「ひぁ~~~~!!」という悲鳴が響き渡る。

 

「プロンプト!」

「どうした!?」

 

急ぎプロンプトがいた場所へ戻ってみるとそこに彼の姿はなく、焦るノクト達は先の方へ走った。何かがおかしいと本能的に訴えるからだ。

 

「無事か!おい、返事しろっ!」

 

多少開けた場所で辺りを見回すが、まったく暗くてライトの明かりでもプロンプトの姿を見つけるのは困難だった。鍾乳石があちらこちらに連なっており唯一、プロンプトの情けない声だけが響く。

 

「もうイヤだ――!!ここヤバイってぇ。デカい蛇がいたんだよ!そいつに引きずりこまれたんだって!」

 

声を張り上げるくらい元気な様子だからうまく受け身は取れているのかもしれない。なんせレティのサンダガも避けれるくらいだ。たかだかモンスターの攻撃を避けれないはずがない。ただこう薄暗いところと元々怖がりな部分が相まって油断したのかもしれない。そう、総合的に判断したイグニスは

 

「もしかするとソイツはナーガラジャかもしれない」

 

と冷静に判断するとノクトはなるほどと納得したように手を打った。

 

「それってクラストゥルム水道にいた奴か」

「あー、そういえばレティにしごかれていったとこにいたな。そんな奴」

 

グラディオも頷いては、じゃあ大したことないなと納得する。納得できてしまう。

ノクトはどこかに独りぼっちになっているプロンプトへ向かって大声をあげた。

 

「プロンプト―、ただの顔が付いてるモンスターだ。ビビる奴じゃないってー」

「あ、そっかー!って納得できないから~~!」

 

ノリのいいプロンプトは一瞬騙されかけたが、結局ノクト達が迎えに行くまでプロンプトはビビりまくっていた。

多少のアクシデントと軽い戦闘はあったものの、問題はなくアイテムを残さず回収して無事プロンプトと合流を果たしたので良しとしよう。

また腰を屈めて低い通路を進むと上り坂になっており、そこで怪しげな気配でも感じ取ったのか敏感なプロンプトがビビり腰で唸った。

 

「いる~~、絶対いる~~くそっ出て来い!」

「落ち着け。一回倒してんだから大丈夫だろ?」

「そういう問題じゃないの!気持ちの問題なの!」

 

精神的にトラウマ化しているらしい。軟弱なとグラディオは内心ため息をついた。だが口に出せばキャンキャンと食って掛かってくるのは考えずとも分かるのでそこは雰囲気を察して何も言うまい。

プロンプトの呼びかけに応えて、奴は姿を現した。

ぬるりと巨大な蛇の体を持ったナーガが突如行く手を遮るように目の前に出現しプロンプトは顔を真っ青にさせて「うわぁ――!!出たぁぁあああああ!コイツだぁあ、コイツぅぅう」と悲鳴を上げて思わずノクトの背に隠れた。

 

「いけ!ノクトっ」

「借りは自分で返せよ」

 

自分の背中から顔だけ出して威勢よくノクトに指示を飛ばすプロンプトを呆れたように振り返りながら見た。そのやり取りの間にもナーガは探るようにノクト達を見回し、

 

「ウチの子――知らない?」

 

と声を発して謎の問いをしてきたが、ノクトは冷たく「全然知らねぇし」と言い返す。

するとナーガは「じゃあお前をアタシの子に――!」と案の定襲い掛かってきた。

だがノクト達の敵ではない。1分もかからずして子供を返してと言いながら倒され消えていった。子供を返せと言っていたがナーガの子供と会っているわけではないので不気味がるプロンプトをグラディオが一喝して先へと進ませ、ようやくお目当ての石碑にたどり着くことができた。プロンプトは「良かった~~」とほっと胸を撫で下ろし、イグニスとグラディオはノクトを見つめて

 

「ようやく見つかったな」

「ノクト、頼むぜ」

 

と最後の仕上げを求めた。ノクトは短く「おう」と頷いて石碑の前に移動する。

最後の石碑に手を翳すと、いかずちのような石碑にあの雷が迸り、召喚獣が出現!

 

なんてことはなくあっさりと召喚獣ラムウの協力を得ることに成功した。

その証だろうか、ノクトの脳にあるイメージが突如本人の意思関係なしに浮かび上がった。白髪の髭の長いじーさんが威厳たっぷりにノクトの前に立っていて、呆けるノクトに手招きをする。戸惑いつつもノクトはそれに従ってじーさんの傍に歩み寄るとそっと一枚の折りたたまれた紙を差し出される。怪訝に思いつつもそれを受けとり開いてみると、ノクトが読める字でこう書いてあった。

 

『レティが雷好きな理由=儂が幼い頃レティの耳元で【サンダーサンダーサンダー】と洗脳したから』

 

どうでもいいようで割と重要な告白をされたノクトは、ラムウを見てお茶目なジジイという印象を抱いた。ラムウは何も言わずにウインク一つして(似合わない)ポシュン!と消えた。

 

そこでイメージは終わりノクトは意識を現実世界に戻らせる。

ノクトは感想をぽつりと述べた。

 

「ラムウって割とお茶目ジジイだったわ」

「なんだそれは?」

 

イグニスは理解できずに怪訝そうな表情で問い返すが、ノクトはどう説明していいのか分からず簡略的に「あー、レティのサンダー好きがラムウの仕業だったって話」と説明をした。するとノクトの発言に聞き捨てならないと喰いついてきたのがプロンプトだった。

 

「え?どゆこと?レティがやたら雷系の魔法に拘ってるって意味あったの!?」

「あー、騒ぐな!さっさと戻るぞ」

「ちょっとノクト教えて!」

 

レティの被害を一番被っていたプロンプトとしては重要かつはっきりさせたいところらしい。だがノクトは面倒くさがってさっさと洞窟を出る為に歩き出した。と思ったらピタリと歩みが止まりノクトを追いかけようと続いたプロンプトは驚いて慌てて止まる。

 

「急に止まらないでよ!」

 

そう文句を飛ばすとノクトはゆっくりと振り返り、この場に不釣り合いな笑みを浮かべては、

 

「そういや、お前さりげなくレティのこと呼び捨てにしたよな?」

 

と静かに尋ねた。反対にプロンプトは顔を引きつらせてさっと視線を逸らし、「そんなこと言ったかな?」ととぼけてみせながらジリジリとノクトから逃げようとする。たが他に証人はいたので逃げられない。イグニスがスッと指先で怪しく光る眼鏡を押し上げながら、

 

「確かに言ったな、レティと」

 

とプロンプトに迫り、グラディオが

 

「言ったわ、確かに。愛しのレティと」

 

と意地悪い笑みを浮かべる。途端にプロンプトがぎょっとして慌て否定する。

 

「グラディオ!?そこまで言ってないから!!」

「ああ?そこまで?じゃあどこまでの表現なんだよ?っていうか、前から気になってたんだけど、お前ってレティのこと……」

 

すかさずノクトが鋭く突っ込んだ。

 

「くっ、退避!退避しま―――す!」

 

プロンプト戦線離脱。その後をノクト、イグニスグラディオが「待て!」と納得できずに続く。仲の良い四人は全速力で洞窟を脱出した。ここ一番のダンジョンクリア最短記録を更新した。

 

洞窟から外へ出るとあれだけ止まなかった雨は上がっており見事な快晴だった。

 

「見て、雨あがってる」

「雷神様の用事が済んだからか?」

 

だがノクト達の上空に突如現れる謎の飛行機に一同は息を呑んだ。

 

「なんだありゃ!」

「前とは比べ物にならないよっ」

 

巨大な飛行機はノクト達のすぐ真下を通ってどうやら近くの帝国軍基地へ向かうらしい。

そこへ一本の電話がノクトのスマホを鳴らす。ポケットから愛用のスマホを取り出して画面をタップする。

 

「はい」

『王子?私、シドニー』

 

聞きなれた相手の声にノクトはいつもの調子で答えた。

 

「おう。なんか分かったか?」

『うん。レガリアなんだけど帝国軍の基地に保管されてるみたいなんだ』

「マジか?」

 

予想外の言葉に面食らうノクト。

律儀に回収してまるで取りに来るのが予想されているような展開。

 

『ちょっと相手が相手だから話するのも難しいっていうか……。レティの件で怒鳴りつけたくなるからさ、今そういうのマズいじゃない?だから』

 

シドニーとしても手は打ちたいが今二人はイリス達がいるカエムの岬を目指しているとのこと。もし万が一あの場所が帝国軍にバレる可能性も無きにしもあらず。穏便に済ませるためには、単独で動いているノクト達自身で何とかするしかないらしい。

 

「分かった。オレ達で取り返すわ」

『え、大丈夫?』

「ああ。そんくらいしてやんねぇと腹の虫が収まんないし」

 

ノクトの頼もしい発言に少し落ち込んでいたシドニーも明るく返す。

 

『そうだね。派手に、とは言えないけどしっかりやり返してきてよ!』

「おう。任せとけ。それじゃありがとな!」

『うん。気を付けて』

 

ノクトは電話を切りスマホをポケットに突っ込むとグラディオが電話の相手を尋ねてきた。

 

「誰だ?」

「シドニー。レガリアの場所が分かった。帝国軍の基地らしい」

 

ノクトがそう伝えると、まるで次の行き先が分かっているかのように皆はノクトを見た。

 

「おおー」

「たとえどこにあろうと、だ」

「取りに行くんだろう?」

 

レガリアはもちろんのこと。もう一人の大切な仲間でありトラブルメーカーであり、男だらけの紅一点!

 

「当たり前。―――レティもな」

 

少しは前向きになることができた。少なくとも、この時は。

 

【数歩先の闇に嵌ることに気づいてはいなかった。】



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法界悋気~ほうかいりんき~

私を愛してくれる家族はいた。
たった一人だけ。でもそれは私が望んで得た人ではなかった。
歪んだ愛情の果て、ルシスは滅びあの人の命を奪った罪が私に覆いかぶさる。
数多の命と引き換えに得た、家族という名の新たな鎖は、私の四肢を縛り上げ、心を蹂躙し踏み荒らしていく。
気持ち悪いと感じると同時に、それは自分に対しても同じ気持ちを抱いた。

もしのIFの世界を想像しては、打ちのめされる。
存在そのものが最初からなかったら、別の幸せな未来が待っていたはずなのに。
私を産み出した男女二人は、こうなることを予測すらせずに私を創りだした。彼らと私は所詮別個の命。

それぞれの特徴を受け継いだ私は一つの種だ。
それも災厄の種。

本当に私を育て上げてくれた人達になんて申し訳ないことだろうか。
だからこそ、私は自分を追い詰めることをやめられない。


帝国での囚われの日々はレティの精神を確実に蝕んでいった。イドラとの面会後、レティは部屋に閉じこもりまともに食事もとろうとせずシシィは何とかしてレティに食べてもらおうとするが、レティは頑なに拒み続けた。

温かいスープだけでも飲んでほしいと涙ながらに懇願するシシィを視界に入れないようにレティは冷たく拒絶した。

 

「構わないで、私に、構わないでぇ」

 

夜も魘されまともに睡眠もとれてない上、極度の疲労と精神的ショックで見る見るうちにレティはやつれていき目の下にはくっきりと隈までできてしまった。すっかり生気を失ったレティに、これはいけないとテレーゼの指示で手荒に食事を与えようとするが感情の高ぶりから魔力暴走の兆しが現れはじめ、クペが彼女達に注意を促して無理強いだけはさせないでと涙ながらに頼み込んだ。イドラもレティの容態を伝え聞き胸を痛めては何とかレティの回復に繋がるような手立てはないかと模索する。

だが心が疲弊している以上、たとえ有名な薬を服用させようとも彼女の心を癒すにはいたらなかった。

 

誰もが、手立てなしと諦めきる中一人の男は傍観を決め込んでいた。

 

ある、時までは。

 

何度も何度も私を襲う悪夢が尽きることはない。

 

『はぁ……はぁ……違う、違うの』

 

よろよろと疲弊した体に鞭打って私はそれらから逃げる。奴らが、奴らが来る!!

恐怖で顔は歪み、早く早く!と自分を急かすが体が限界に来ていた。

足をもつれさせ、バタリと前から倒れてしまい、すぐ後ろに奴らが迫っていることを感じる。私は頭を抱えて奴らの声を聞くまいと固く固く身を縮こませる。

 

『違う、違う!』

 

私は、私は。あの人を殺すつもりなんてなかった。

ただ、見て欲しかっただけなの。

私を、愛してほしかっただけなの!

 

私の存在が、ルシスを、インソムニアを、ノクトの大切な人達を奪ってしまった……!

その事実だけが今の私を壊す要因だ。

グラディオラス達は気づいてたんだ。あのコルでさえ気づいていることを彼らが知らないわけじゃない。

 

私が、ニフルハイム皇族の血を引き継いでいると。私が、裏切り者であると。

最初から、知っていた。知っていて、何も言わなかった。責めもしなかった。

私が、クレイを殺したのに、私が国を壊したのに、私が、あの人を葬ってしまったのに?

 

「レティ!!気を保つクポ――!!それ以上は――!!」

 

ああ、駄目なの、何処からかクペが私を止めようと声を枯らして叫んでくれる。

でも、駄目なの。私は、皆を裏切っていた。わたしは、皆に恨まれていた。

 

「あ、ああ、ああああ」

 

現実の世界の私が苦しみに呻いている。

両耳を抑えて蹲る私のすぐそばから彼らの蔑む声が聞こえてくる。

一緒に旅をして大切な仲間だと私は思っていた彼ら声が、蹲る私のすぐ頭上から周りを囲むように追い詰める。

 

『レティの所為でオレの親父は死んだ』

 

グラディオラス?でもクレイは私の師匠だったのよ?

私は殺してなんかない!

 

『まったく、君に付き合うのはもうこりごりだよ。だがもう付き合わなくて済むと思うと清々するものだな』

 

イグニス?なんで?

私のこと、嫌いになった?私が疎ましかったの?

嘘!そんなこと何も言わなかったじゃない!?

 

『アンタの所為でルシスは滅んだんだよ!』

 

プロンプト?

違う、私は、私は!ルシスを滅ぼしてなんかない。壊したかったわけじゃない!

 

『レティ』

 

あ、ああ。ノクト!

ノクトは違うよね?私を、助けてくれるよね?

 

私は顔を上げてノクトの姿を探した

彼はすぐ真正面にいて、縋りつこうした私を、ノクトは汚いものを払いのけるように手で払いのけた。

 

の、ノクト?

『お前の所為で、親父は死んだんだ!お前さえいなければっ!』

 

憎悪。激しい憎悪をノクトはぶつけてくる。私に。

 

やめて、私をそんな目で見ないで、ノクト。ね、やめてよ。

お願い、私達、家族なんでしょう?ね、家族だって言ってくれたじゃない?

妹だって、言ってくれたじゃない?オレは傍にいるって、いって、くれたじゃない?

 

全部、嘘だったの?

 

『汚ねぇ手でオレに触るな、裏切り者』

 

私を蔑む言葉と共に、いつの間にかノクトは隣にいたルナフレーナ嬢の腰に手を回して引き寄せる。ルナフレーナ嬢は私に当てつけるようにノクトの胸に頭を摺り寄せた。

ノクトは愛しむようにルナフレーナ嬢の顎を掬い上げ軽くその唇にキスをした。啄むように何度も何度も二人はキスを交らせる。

 

私の、目の前で。私だけの、王子様だったのに。

王子様は、自分だけの御姫様を愛した。

 

理解できない感情が私の心を支配していく。その勢いに負けて私は瞳を緩ませ視界を揺らした。

 

わたしは、かれにとってなんだったのか。

 

ノクトと彼女のキスを私は長い間見ていた、ような気がした。

まるでそこにいたのかと初めて彼の興味が私に向いた。だから、私を見てくれる!

ほんの少しだけ期待感が産まれた。彼の、死刑宣告を訊くまでは。

 

『オレ、ルーナと結婚する。そしたらクリスタル取り戻す。次に』

 

結婚?わかってるよ。だから私、ノクトの為に頑張ったんだよ?

クリスタル?うん、ここにあるんだよ。だから私ノクトの為に盗ってくるよ?

だから、お願い。私を、見て。

 

『レティを、殺してやるよ』

 

あ、ああ。

ノクトが、のくとが私を殺す?ころしに、くる?

 

「ああ、ああああ」

 

私は、忌むべき存在だったということ?最初から、産まれるべきじゃなかった?

ならなぜ優しくしたの。私を殺すつもりならなぜ温かな眼差しで私を見たの?

――のくとが、わたしをころす。

 

嘘じゃない、これがほんとう。

全部、現実。

 

息が、出来ない。

呼吸が、続かない。

涙があふれ、激しく心臓が早打ちし胸が苦しくなる。

 

「あああ、嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁあぁぁあああああ」

 

何もかもが私を追い詰める。

見えない透明な縄が私の首に回って、締め上げられている気分だ。

 

 

過呼吸を起こしたレティはベッドの上で涙を零しながら自分の胸を掻きむしった。

 

息ができない、手足がしびれ、早鐘を打つ心臓、死への恐怖、自分を取り巻く騒がしい外野、何もかもがレティをパニックに陥らせる要因であり、喘ぐようにレティは口をパクパクとさせた。

 

安心させようとするもクペでは対処できずそれはシシィにおいても同じこと。

ベッドの上でもがき苦しむレティに「姫様!」と抑えようとするが、レティは何度も頭を振って無意識に抵抗してシシィの腕を拒んだ。

 

そこへアーデンが気配なく現れ、レティが暴れるベッドに歩み寄る。帽子をベッドの端に投げて、「……仕方ない。荒療治だけど我慢してくれよ」と何を考えているのかベッドに膝を付けた。クペはぎょっとして「お前!レティに何するクポ!?」と声を荒げた。シシィは「アーデン様?」と訝しんだ。

 

アーデンは面倒くさそうにレティを庇おうとするクペの背中をひょいと引っ掴んで「な、何するクポ!?」と暴れるクペに構わずに呆けるシシィへと投げ渡した。

 

「クポ!」

「キャッ!」

 

シシィがクペを見事両手でキャッチしたのを確認してアーデンは口元で静かにするようにとサインを送った。

 

「召喚獣サマは黙っててくれるかい。御姫様を死なせたくなかったらさ。それとシシィ、これから見ることは他言無用だ。いいね」

「は、はい」

「お前!」

「黙って」

 

アーデンはレティ専用の大きなベッドに膝を乗せて上がり、レティの上に覆いかぶさるように組み敷いて暴れる彼女を閉じ込めた。身長の高いアーデンは難なくレティをすっぽりと自分の下に収めた。

 

「…っ…」

 

爪を立ててレティはアーデンを拒んだ。足をばたつかせようにもしっかりと押さえつけられてそれも叶わない。

だがアーデンはレティの暴れる両手を片手でまとめて掴み動きを封じる。もう片方の手でレティの顎を固定させ、顔を近づけてこう囁くように言った。

 

「先に謝っておくよ。ごめん」

 

それからアーデンは躊躇いもなくレティの唇に自分の唇を押し当てた。

 

「っ!」

 

それは軽く触れる程度のものだったが、レティのパニックを一時的に止めるには効果的だった。クペは全身の毛を逆立ててただただ声にならない悲鳴を上げて、シシィは「まぁ!!」と頬を赤らめさせクペを抱き込む腕に力が篭った。

 

ただの治療で邪な想いは一切ない。

少なくとも、アーデンはそうだった。――最初のうちは。

レティは目を大きく見開いた。

 

「…っ……はっ……」

「息、吸って」

 

そう言ってまたアーデンはレティの唇を吸った。

 

「……はぁ、……は…」

「ゆっくり、ね。そう、いい子だ」

 

親が子をあやすようにアーデンは優しい声でそう励ました。

 

アーデンと涙に潤むレティの視線が絡み合い、またアーデンはレティに口づけた。

顎から手を離し、目尻の涙を指先で拭いキスを何度かしてレティはようやく呼吸を落ち着かせた。

拘束していた両手から力が抜けるのを感じ、アーデンはそっと手を離した。

 

レティは気づいていなかった。

自分を落ち着かせる為にアーデンと口づけしていることを。

 

ただ上の空で「の、くと……のく、と……」と何度もノクトの名を呼んでは幾筋も涙を零しついには意識を手放した。

アーデンは気を失ったレティの上から退いてベッドから降りて、帽子を手に取りまた頭にかぶった。

クペはすぐにレティの体にへばり付いてアーデンを警戒しながら「レティに触るなクポ!」と憤り抑えられずに怒鳴りつけた。シシィも「姫様!」と駆け寄らずにはいられず、落ち着いた様子を確認して安堵感から涙目になった。

アーデンは皮肉を込めて敵意むき出しなクペにこういった。

 

「それがお姫様を助けたお礼の言葉かい?」

「だからって他にやり方があったはずクポ!レティが知ったら、どれだけショックか……」

 

あまりに過保護すぎる庇い方にアーデンは呆れてしまった。

あれが癖になればその度に周りを巻き込むかもしれないというのに。彼女自身が特殊すぎるのはクペが誰よりも知っているはず。

 

「だが一番手っ取り早い方法だったはずだよ。……彼女は精神的に参ると魔力暴走を引き起こすんじゃなかったかな?」

「!どうして、それを……」

「ここでそういうの起こされると困るんだよねぇ。後片付けとか大変だし。それに」

 

アーデンはそこで一旦言葉を切り、意味深な言葉を眠るレティへと向けた。

 

「彼女には、自分の使命を受け入れてもらわないと」

「……お前、レティの何を知ってるクポ?!」

 

使命という言葉に敏感に反応したクペは、レティから離れパタパタと忙しなく羽根を動かして今にもアーデンに飛びかかりそうな剣幕だった。アーデンは驚いた様子もなく、むしろどこか愉悦そうに喉を鳴らして笑う。

 

「おやおや、それを言うなら君も知ってることじゃないかな。彼女に課せられた使命を。だから彼女の傍には常に召喚獣が付き従っている。彼女こそが、選ばれた者だからだ」

 

この男は、確実にレティの秘密を掴んでいる。

人間では知ることすらできないはずのレティの宿命を。

 

「………お前こそ、体にシ骸を纏って何を考えてるクポ!」

 

クペは見抜いていた。アーデンの身に棲まう者の正体を。

最初こそ、得体のしれぬ者に恐怖していたが、外でシ骸と戦う経験を経てそれらの情報を知ったクペは以前ほどシ骸に対して恐怖心というものはない。だがアーデンは別だ。

人間でありながらシ骸に食われることなく動いている。

普通、ではない。異質なのだ。この男の何もかもが。

 

「………色々と事情があってね。細かいことはいずれ話そう。彼女を交えて、さ」

「………」

「それじゃあ後は任せたよ。召喚獣サマ」

 

ひらりと手を振ってアーデンは背を向けて部屋を出て行った。

パタンと静かにドアが閉まるまでクペはその背をじっと見つめて、アーデンが完全にいなくなると静かに眠るレティの元まで飛んで戻って行った。

 

「レティ」

 

クペはジワリと涙を浮かべて窶れてしまった頬を小さな手で優しく撫でた。

 

「大丈夫です。きっと、良くなりますよ」

 

シシィがそう言ってクペを励ますように小さく微笑むとクペはグシグシと腕で涙を乱暴に拭いて「クペが絶対元気にさせるクポ!」とシシィを見上げて力強く言った。

 

 

その頃、すぐ出た扉の横の壁に背を寄りかからせてアーデン自分の唇を軽くなぞっていた。

水分の無くなったかさついた唇だった。魅力も何も感じない。自虐的に染まっている瞳も好きじゃない。むしろイラつかせるだけ。

 

暴れる女を無下に組み敷くほど女好き、というわけでもない。

だからこそ先ほどの自分の行動に驚いていたのだ。

傍観するつもりだったのだ。最初は。試すつもりだった。だが、彼女の心からの悲鳴が耳に入った時気が付けばドアノブに手を掛けていた。そこからは勢いのままあの行為に及ぶ。人助けなどいつ以来だろうか。人で無くなった時からそのようなもの無縁だと思っていたが、まだ誰かを助けるなどという善意というが働くとは思いもしなかった。

それがあの姫からの影響か、それとも自分の心境の変化か。どちらにせよ、自分にとってレティという存在は必要不可欠なのだ。

 

だから、何も問題はない。

だが、一点だけ気に入らないことがある。それは、他の誰かではなくノクトの名を呼んだこと。ノクト以外なら誰でもよかったというのにレティはノクトの名をしきりに呼び続けていた。どれだけ自身が追い込まれようとそれでもノクトを求める健気な一人の女。

 

「オレが、ノクト、ねぇ……。謝らなきゃよかったかなぁ」

 

という呟きは誰にも聞かれることはなかった。

僅かな嫉妬心などきっと気のせいだ。

 

そう、己に言い聞かせて。

 

アーデンは体を起こし今度こそ部屋から離れて行った。

 

【その感情の意味は】



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柳暗花明~りゅうあんかめい~

レティーシアside

 

 

私は、考えることを放棄した。

何もかもが私を追いやるのなら何も考えなければいい。足掻くから苦しいのだから、求められるまま私を演じればいい。だから望んでもいないレティーシア・エルダーキャプトとなった。

 

レティーシア・ルシス・チェラムはもう捨てられたのだ。

また次が来たと思えば気持ちも楽。誰かに甘えることも泣き虫であることも無邪気でいることも強がりでいることも何もかも必要ない。ただ言われるがまま、新たな自分を演じていけば何も悩むことはない。演劇する舞台はルシスからニフルハイムに移った。演劇内容も変更され台詞も定番の言葉ばかり。立ち振る舞いは既にルシスで身についている。作法も皇族としても教養も皇女たる仮面も何もかも私は教わっている。だから、何も問題はない。

 

私をニフルハイムの皇女として正式に迎え入れる。

そう、私の祖父イドラ・エルダーキャプトは臣下たちに高々と宣言した。

それに一斉に頭を垂れる臣下たち。皇宮内で皇帝に謁見できる者は全て集められたらしい。それだけ、このお披露目は意味があるもの。

 

言わずとも分かる。私が、後継に望まれていることを。

 

不服は言わせまいとする祖父の皇帝の威厳を垣間見た。祖父の座る玉座より一段下に控える私に向かって祖父は立ち上がり、私の方へ手を伸ばす。私はゆっくりとその手に自分の手を重ね恭しく腰を引いて頭を垂れた。

 

「レティーシア」

「はい、お爺様」

「其方はこれより、レティーシア・エルダーキャプトの性を名乗るのだ」

「はい、お爺様」

「……そのような顔をするな……、大丈夫だ、すぐに慣れる」

「はい、お爺様」

 

そのような、とは一体どのような顔だろうか。私にはわからない。

私はいつもと同じ顔をしているはずなのに、何か違っただろう。

でも、祖父はすぐに優しい眼差しで私を見つめた。何も問題はないみたい。

 

祖父自らの手によって、私の頭の上に皇族の縛りであるティアラが乗せられた。

これは私を縛る新たな首輪。宝石と見事な銀細工で飾られた豪華な首輪だ。

 

「これで、ニフルハイムは豊かになる」

 

イドラは満足そうに頷いて「良く似合っている」とほめてくださった。私は目を伏せ「ありがたきお言葉、感謝いたします」とお礼を伝えた。

 

民がどうとか、戦がどうとか、クリスタルがどうとか。

 

どうでもいい。

 

全て、与えられた役割だ。

私は求められるまま演じていればいい。何も考えずに、全て委ねて。

ただ、ここに存在していればいい。

 

それは意思無き人形と一緒だと、誰かが耳元で囁いた。

 

【まるでほの暗い世界のよう】

 

シシィside

 

私が姫様付の侍女に選ばれたには理由があります。

一つは年が近いため。イドラ皇帝陛下のご配慮により心寂しい想いをさせないようにと姫様を気遣ってのこと。二つ目、姫様に是非とも叶えていただきたいことがあるからです。姫様でなくてはならない大切なこと。我が帝国の運命を左右させる方。

 

厳かな儀式は秘密裏に国民には知らせずに行われました。姫様の安全第一を優先にさせられたそうです。

姫様はこの日の為に新調されたドレスに着替えられ、銀色の髪を後頭部でシニョンにまとめられ首元には金細工のネックレスで式に向かわれました。私も御側でお着換えをお手伝いさせていただきましたが、その美しさに思わずため息が漏れてしまうほどでした。

大きく胸元が開いた形で胸の部分はふんわりとした半透明のレースが使われ両サイドに小さな花々が胸元を囲むようにつけられていて、スッキリとボディラインに沿う形の部分には光沢ある白の生地が使用され線の細さを嫌味なく強調し、その間のつなぎ目に装飾された同じく花々が縫い付けられていました。

足元へと広がるドレスには春を告げる花々が繊細なタッチで描かれてり、その生地のデザインの上に全体を覆うように半透明のレースがあしらわれ緩やかな波がつくられておりましたし胸元から脇に掛けてざっくり見える部分に対して、背中を隠すようにレースが広がっておりそれと繋がって肩口から二の腕部分に対してレースで作られた袖口が使用され女性らしいほっそりとした腕が見えました。

佇まい、そして容姿に何をとっても完璧な皇女殿下。

 

そして皇女殿下の証である特注のティアラ。

緑が芽生え始めるようにいくつもが重なりあう銀の装飾形の中央に大きく涙目型で大粒の赤い宝石が飾られていて全てが姫様の為にと創られた一級品でした。

恐れながら私も陛下からの御計らいにより、式に出席することが叶いました。厳粛な空気の中、皆様の視線にたじろぐ御様子もなく堂々と陛下からティアラを乗せられ、正面を向いた時の殿下の御顔は忘れることはないでしょう。

 

この方が、レティーシア・エルダーキャプト殿下。

 

他の者が姫様のどのように思っておられるか私には分かりません。

ですが、私はこの御方にお仕えできている我が身の宿縁に喜びを感じずにはいられませんでした。

御父様がおっしゃっていた通りの御方だったんですもの。目を奪われるような美しく指通り滑らかな銀髪、癒しをお与えになる深緑の瞳。整った容姿もさることながら何よりも殿下自身の御姿立ち振る舞い、それに合わせて殿下自身が纏う雰囲気に惹かれておりました。

 

それは、式が終わってからも変わることはありません。むしろ、もっと姫様のことを知ることができました。それはお部屋でお茶の時間でしたのでその準備に取り掛かっていた時です。読書に勤しんでおられた姫様からの唐突のお誘いでした。

 

「シシィ、一緒にお茶しない?」

 

姫様はとても気さくな御方で召使である私にも親しみを持って接してくださりますが、仕事中にそのような大それたことお受けするわけには参りませんでした。召喚獣様、クペ様も一緒に御一緒でしたがここのところ、沈んでおられる御様子。姫様はクペ様を気遣っておられましたが、たぶんあの一件が尾を引いておられるのでしょう。……私の口からはとても言えません。何より、アーデン様とお約束してしまったので反故することはできません。

 

「ですが、私は」

「大丈夫。テレーゼには内緒にしてあげるから。ね?」

 

……そのように仰られても私には。うぅ、姫様のおねだり視線に屈してはなりません。テレーゼ様からもキツク言われておりますもの。……一度叱られるとかなりげっそりとなりますから、出来ればそのような危険から遠ざかりたいのです。私は断腸の想いで頭を垂れ、お断りいたしました。

 

「でも、申し訳ありません」

「……そう、分かったわ。ゴメンね、無理言って」

 

寂しそうに笑みを浮かべては決して私に無理強いなさろうとはしませんでした。

少し、良心がチクンと痛みがあったのは事実です。

 

「申し訳ありません」

「いいの。それよりもテレーゼ呼んでくれる?」

「はい」

 

そう命じられて私は急ぎ足でテレーゼ様の元へ。丁度他の女官のミスに対して厳しく叱っておられた直後でした。私は恐る恐る殿下が御呼びであるとお伝えすると、叱り飛ばしていた時よりは幾分か気が和らいでおられた御様子。

 

「分かりました。すぐに伺います」

 

私はテレーゼ様の後ろに付いて殿下のお部屋まで共に戻りました。長い回廊で運動不足解消にはうってつけと殿下はおっしゃっておられましたが、本当にここでジョギングでもなさるのでしょうか?ああ、これは関係ありませんでしたね。

 

「姫様、私を所望とお伺いいたしました」

「ええ。テレーゼ、待っていたわ。そこに掛けてちょうだい」

 

そう言って、姫様は空いている椅子に腰を掛けるようテレーゼ様に促しました。ですが、テレーゼ様も突然のことに動揺を隠せない御様子でした。狼狽える御姿など私は見たこともございません。かなり貴重でした。

 

「え、いえ、ですが」

「大事な話があるの、お願い」

「………承知いたしました」

 

仕方なくテレーゼ様は殿の勧められた椅子にお座りになりました。ついで私に「シシィ、お茶の準備をお願いできる?」との申しつけに頷いてお答えしすぐに準備にかかりました。ああ、後ろのお二人が気になって手が震えてしまってカタカタと音を鳴らしてしまいました。

 

「……」

「姫様、御話とは?」

「そうね、まずは一緒にお茶をしましょう」

「今、なんと?」

 

テレーゼ様の御声が普段よりもオクターブ一段くらい低くかったのはすぐにわかりました。対して姫様はそれあもう涼やかな御声で、テレーゼ様の圧にも屈することなく仰られていました。

 

「一人だと寂しいの。できれば二人、いえ三人いいえ。四人でお茶をしてみたいの。クペで二人目、貴方で三人目。そうね、あと一人足りないわ。あ、シシィがいたものね。シシィ、一緒にお茶しましょう」

「ひ、姫様?」

 

これは姫様の策だったのだと気付いたのは後からでした。

 

「お願い、シシィも……。でないと私が退屈で死んでしまいそうになるわ。クペも一緒がいいでしょう?」

「……クポ…」

「ね。ほんの少しでいいの。付き合ってくれる?」

「……ふぅ、分かりました。今回限りですが。シシィ、姫様の許可がいただけたのです。そこにお掛けなさい」

「え、あ、……はい……」

 

姫様はほっそりとした指先でカップをお持ちになって口元へ運びになられた。

絵になるというのはこの方のことを言うのだろうか。美しい絵画のように見惚れてしまう姫様は、憂いを帯びた表情で不躾ながら見つめてしまっていた私とパチッと視線が合い、私は慌てて恥ずかしさから顔を俯かせてしまいました。

テレーゼ様が「シシィ」と私の名を呼んで行動を窘めようとしましたが、姫様は、「視線が合ったくらいで気にしないわ。むしろ私に興味を持ってくれているんだと思うと嬉しいもの」となんともお優しい言葉を掛けてくださいました。ですが、やはり私の目から見ても姫様は御無理をされていることは分かりました。

だからこそ、テレーゼ様も今回限りと仰いながら、違う形で誘われてすでにこれで3回目であることをに触れないのでしょう。

 

姫様が皇女らしく振舞われるごとに、姫様の御心が壊れていくような気がしました。

 

 

姫様が御就寝なされたのを確認して部屋を退室させていただき、やるべきことを終えて自分の部屋に戻る途中、廊下に見慣れた姿があり私は嬉しくてスカートの裾を持ち上げて駆け寄ってしまいました。

 

「シシィ」

「御父様」

「そのように駆けなくともいい。転んでしまうぞ。昔の様に」

 

私を窘める言葉とは裏腹に仕方のない娘だ苦笑されて、私は恥ずかしさから「もう!昔のことはお忘れください」と強く言い返してしまいました。

私の父、ヴァーサタイル様。私達の産みの親であり創造主であられる御父様は全てを憂いておられます。このニフルハイムも、産み出された魔導兵らも。そして私達兄弟のことも。

御父様は姫様の精神的に不安定な部分をお気になさっておられた。だから毎回会えば姫様の御様子をお尋ねになられるもの。焼いてしまいそうですわ。

 

「どうだ、殿下は」

「はい。まだこの環境に慣れておられない御様子です。……御側で仕えさせていただく身でありますが、その、とても胸が痛みます。……殿下は、どこか諦めた御様子なんです」

 

御父様は深くため息を吐かれた。

 

「……知りたくもなかった事実を知らされ、あまつさえ祖国を奪ったのは実の祖父と知れば気も滅入るだろう」

「……はい」

 

事実は事実として受け止めるしかないのでしょう。ですが、あまりに突然すぎたと思うのです。20年もの長きに渡る幽閉の御身、私にはその苦しさは到底はかり知れるものではございません。

 

「だが、儂たちには時間がない。クリスタルなど我らの手に負えるものではないのだ。アレは人に過ぎたる力」

 

そのクリスタルも陛下に影響が出ないよう別の場所に隔離されていると聞きます。アレは自ら認めた者でしか反応しないと。

そうそう、姫様の一件から失礼ながらアーデン様に対するイメージがガラリと変わりました。以前のアーデン様はどこか不真面目な態度で本音を絶対に出さない御方だと拝見しておりましたが、姫様をお助けする姿はいつもよりもお優しい表情でおられました。まるで別人とはこの方ではないかと思ったくらいです。アレ以来アーデン様はいつも通りの飄々とした態度で普段通りふるまわれております。でも、時折姫様の前で気が緩んでいるような、そう、気を許している御様子でしたもの。

 

「……アーデン様は一体何をお望みなのでしょうか?」

 

魔導兵を産み出すようアドバイスを送られたのはアーデン様と聞き及んでおりますし。

腹の底が見えない方です。御父様もその点は気にしておられるようでした。私の問いに渋いお顔をなされました。

 

「分からん。彼奴の考えることなど到底はかり知れんよ……。それよりシシィ、体の調子はどうだ」

「はい。今のところ問題はありません」

 

私の体は常人より少し弱いのであまり重いものなどもてません。ですが、姫様の御側に仕えてからすこぶる体の調子が良いのです。

 

「そうか、何かあればすぐに無理せずに言うんだぞ」

「はい」

 

しっかりとお答えすれば以前よりも皺が多くなられたお顔の口元を緩めて微笑んでくださいました。

 

お優しい御父様はご自分の行いを悔いておられる。だからこそ、自分が始めてしまったことに終結させられる方をずっとお求めになられていた。

ですが、私は嬉しく思います。こうして親子として接する時間が与えられたことを。

本来であれば、この身ごと朽ちていたというのに。

御父様は自らの過ちにお気づきになられた。だから動こうとしている。

 

私も、御父様の為に働きたいのです。

そっと、御父様の手を両手で取り、自分の頬にピタリと添わせると御父様は苦笑しながら「どうした」と私の頭を撫でてくださいました。

 

「御父様、きっと、必ずレティーシア様は御協力してくれますよ」

「ああ。……そうだといいな」

「はい」

 

この命、御父様の為に捧げられるのなら本望ですわ。

どうか姫様、その御力をお貸しください。

私のような者を二度と産まないために。

 

【シシィという彼女について】



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応接不暇~おうせつふか~

日が沈みはじめ辺りは夕暮れに染まっていく頃、ノクト達はアラケオル基地から離れた茂みの中から基地の様子を伺っていた。真正面から突っ込めるほどノクト達は強い。レティのスパルタ修行でRPG風に言うならば81レベルぐらいに到達しているのだ。だが万が一、レガリアを壊されたらたまったものじゃないのでイグニスの提案でとりあえず様子見ということでコソコソと男四人は辺りを伺っている。ノクトはしゃがみ込んで【ほかほか備蓄米にぎり】をおいしそうに頬張りながら観察を続けている。

 

「んぐ……まるで要塞だな」

「飛んできたヤツがここに来たのか?随分と立派なカベじゃねぇか」

 

グラディオは大好きなカップヌードルBIGをフォークで掬い上げ豪快に啜りながら注意深く様子を伺う。ちなみに具材はズーの卵である。

イグニスはノクトに「ほら」とコップに注いだ香り立つお茶を渡しながら

 

「あの壁は昔の戦争の名残だ。それを帝国軍が利用しているようだな。どう攻めるか考えよう」

 

と軍師とオカンの両方を器用に掛け持ちしている。同じくイグニスのお手製おにぎりを両手に持って、誰よりもやる気を見せているプロンプトは噛り付くようにおにぎりを食べながら

 

「(もぐもぐ)」『オレ張り切って写真撮るよ!レティに見せてあげるんだ』

 

と意気込みを語った。そこにイグニスとグラディオはプロンプトの言葉を理解した上で同時に突っ込んだ。

 

「「いや写真は撮るな」」

 

ノクトは一人食べかけのおにぎりを見つめて、ああ、そういえばレティのおにぎりはもっとデカくて不格好で食べずらかったなぁとちょっとしんみりしていた。

だが同時に強く誓うのだ。

必ずレティを助けてデカくて不格好で食べずらいおにぎりを作ってもらうのだと!

 

こうしてはおれないとノクトは口元にご飯粒をつけてきりっとした顔でイグニスに尋ねた。

 

「イグニス、何か策は?」

「策というほどではないが、この人数で正面からは攻められるが大元のレガリアを壊されたら元も子もない。潜入した方がリスクも軽減できるはずだ。深夜、オレ達は敵に気づかれるまでに作戦をクリアする必要がある」

 

イグニスは指先でノクトの頬のご飯粒を指摘しながら、軍師の面を発揮する。ノクトは指摘されて初めて気づきご飯粒を取って口に運んでから「それまでは?」と先を促す。

 

「できる限り基地の情報を洗おう。レガリアの場所にも見当をつけておきたい。入手した情報を分析し潜入方法と位置を確定する」

「そこら辺は頼んだ」

 

イグニスからおしぼりを手渡されたノクトはそれを受け取って手の汚れを落とす。

プロンプトは誰よりもやる気を見せながらカメラを構えて意気込みを語る。

 

「いよいよレガリア奪還&激写作戦だね」

「だから写真はやめとけ」

 

カメラを没収しようするがその前に逃げられてしまったので疲れたようにグラディオはため息をついた。

 

【ちょっとレティ不在時にテンションが変わってきてる人達】

 

 

 

アラケオル基地近くのコンテナの影に身を潜めて四人は魔導兵の隙を突いて侵入することにした。ノクトのシフト能力を使って背後から襲い掛かり、最初は問題なく進めた。だが基地内部に潜入するとサーチライトがノクト達の行く手を阻むかのようにいくつも闇の中を明るく照らして忙しなく動いている。しかもそれだけではない。魔導アーマーが何体か基地の中を闊歩しているのだ。できれば相手にしたくないというグラディオの意見に賛同してまずはレガリアの場所を特定するために闇に紛れて進むことに。幸い、コンテナや軍の私物が端っこにはたくさんあるのでそれを壁にして動くことはできる。イグニス先頭の元、ノクト、プロンプト、グラディオと忍び足で進み、また魔導兵を発見。これも難なくノクトのシフトでクリアし周辺の魔導兵は倒せた。奥の方にあるゲートのキーを解除して中へ踏み込むと、少し先に高い塔がありそのてっぺんから放出される赤い光が周囲を取り囲むように拡散されている。

魔導エネルギーを利用した装置らしいが、イグニスの推測によると帝国兵らを強力にするためじゃないかとのこと。壊した方がいいんじゃないかとグラディオから提案が上がるも、まずはレガリアを優先させるとのイグニスの意見により皆はさらに奥のゲートを解除して進み、辺りを警戒しながら行くと念願のレガリアが無傷で発見された。そこで気が緩んだノクト達はレガリアの傍へ歩み寄る。しかし重魔導アーマー【マニプルス】が目ざとくノクト達を発見。攻撃を加えようとするもノクト達の攻撃の方が早かった。出てきて数秒で重魔導アーマー【マニプルス】は倒され、そこからノクト達の快進撃は始まる。敵が哀れとも思えるほどの無残なスクラップ状態となりかくしてノクト達は圧勝した。

召喚獣ラムウは出番がないことに、ノクトが呼んでいないにも関わらず派手な雷を落として愉快そうに笑って消えていった。幸いなことにレティがイグニスにあげた指輪のお陰でラムウの攻撃に巻き込まれずにすんだノクト達。

 

「お茶目ジジイ、はんぱないわ~」

「レティのサンダー好きもラムウからきているなら頷けるな」

「オレは一番の被害者なんですけど」

「そのお陰で耐性ついてるだろうが」

 

プロンプトによりこの作戦名の名は【B2B】に決定され後は貰えるだけのアイテムをもらってレガリアと共に華麗に去るだけ。

とすんなりと見逃してくれる帝国軍ではなかった。ここで思いもよらぬ再会を果たすことになる。

 

いち早く、自分たちに近づく靴の音に反応したプロンプトが驚き、「あ、あれ!」と声を上げる。

 

「ひさしぶりだ、……ノクティス」

「レイヴス!」

 

かつてテネブラエで顔を合わせて以来12年ぶりの再会だった。

あの頃よりも互いに成長した姿を見るのは初めてのはず。なのにレイヴスはノクトに対し、

 

「雷神の啓示を受けたのか?それが何を意味するかもわからずに」

 

ひょっこり勝手に現れて派手に雷を落としていったラムウの一部始終を観察していたのだろう、まるでノクトに対して愚かだと侮蔑を込めた視線を送る。

レイヴスは剣先をノクトの喉元にやり今にも突き刺すほどの殺気を感じとるがノクトは怯まずに睨み付けた。

 

「オレは啓示なんて受けちゃいない。レティを助ける為に協力を得ただけだ!」

「何?」

「おい!」

 

ノクトを助けようと動くグラディオに今度は標的を変えて素早く剣先をグラディオの喉元にそえさせ、少し動いたイグニスに対して左手を翳し、「動くなよ、お前たち」とノクト達を牽制する姿に、プロンプトは「なんか、ヤバイ?」と呟かずにはいられなかった。

色んな意味でヤバイ。写真撮れなくてヤバイ。すっごい勘違いされてる気がしてヤバイ。雰囲気に飲まれてるけどオレ達結構強いはずじゃない?なのに気迫で負かされてるからヤバイ。

 

「ではどうして雷神がお前に従う?誰も叶わなかったというのに、選ばれし王たる男がこうも無力で愚かだとはな。誰にそそのかされたかは知らんが、私の、邪魔をするな!」

 

レイヴスはノクトがラムウの啓示を受け取ったと勘違いしているらしく、苛立ちを抑えきれない様子で自分の左手を動かしてゆっくりと握りしめる。黙ってられないノクトはつい言い返した。

 

「じゃああんたは何やってんだよ。なんで帝国軍でルーナまで狙って――レティを連れ去ったんだよ!!」

「あの皇女の身柄はオレの範疇ではない。よってその質問に答える義務も、ない!」

 

だがレイヴスの痛いところを的確に突いたらしいノクトはレイヴスの左手によって首を絞めあげられる。

 

「ぐあぁぁ!!」

 

そのまま掴んで後ろへとノクトを飛ばす。

 

「ノクト!」

 

咄嗟にグラディオがノクトを背に庇う。

 

「盾のつもりか?」

「わかってんじゃねぇか」

 

レイヴスと対峙し身を挺してノクトを庇うグラディオ。

 

「脆い盾は踏み台にもならん」

 

そう言ってレイヴスはグラディオに向かって剣を振りかざす。

寸前でグラディオは武器を出現させてその一振りを庇う。最初はレイヴスが押しているように見えたが、徐々に力の差はグラディオに傾いてく。

 

「おい、まだまだだなぁ?」

「……少しはやるようだな」

 

レイヴスは勢いそのままにグラディオを一刀両断するかのように見せかけて軽くフッと力を抜きグラディオの不意を突いたところで剣先でいなして、防御が崩れた所、グラディオの腹目がけて腰を少し落とし剣の柄で腹に強烈な一撃を入れた。

ように見えたが、攻撃の一手を読んでいたグラディオは僅かに後ろに体を引いていたことでレイヴスの一撃を多少和らげることに成功。それでも痛みは走り、地面に膝をついてしまう。

 

「グラディオ!」

 

プロンプトがグラディオを助け起こし、イグニスが武器を構え、ノクトが唸るように低い声で「調子、乗ってんなよ」とファントムソードを出現させ、改めてレイヴスを敵と認知した。

かつての、知り合いとは袂を分かつ決断をしたのだ。

 

「フン。ここで死ぬようなら、それがあの姫の為でもある」

 

両者対決の構えを見せた時、その者は現れた。

 

「はい!そこまでにしておこう」

 

アーデン・イズニアが突如としてノクト達の目の前に現れたのである。これにはノクトだけでなくレイヴスも目を見張った。

 

「てめぇ!?」

「貴様っ!!」

 

憤りから声を荒げるノクトたちに「ああ、お元気そうで何よりだよ」と手で制しを掛けながら、アーデンは飄々とした態度でこういった。レイヴスを諫めた。

 

「助けに来たよ」

 

と。ノクトはアーデンの行動に翻弄されまいと

 

「何を言っている?レティは、彼女は無事なのか!」

「ああ。君はノクトの参謀役だったよねぇ。ああ、彼女は無事さ。むしろ手厚く迎え入れさせてもらっているよ。彼女は我が帝国の新たな光なのだから」

「光?」

「勝手なこと抜かしてんじゃねぇ!!レティを返せ!」

 

吠えるようにノクトはアーデンに怒鳴った。

 

「あー、今は自分たちのこと心配した方がいいんじゃない?レティーシア殿下も君たちの身を案じているんだ。だからオレは君たちを助けに来た。彼女の、直々の命でね」

 

まるでレティの臣下のように振舞う言動にグラディオは嫌な予感を覚えた。

 

「レティの、命?………テメェ、ふざけてんのか」

「ふざけてないよ、こんな時に。軍を帰らせるって言ってるの。そうだな、次に会うのは海の向こう?いやその前にも会うかも。うちもあそこの水神様に用事があってさ――ね?」

 

わざとらしく振り返りレイヴスに視線を送るアーデンはまたノクトに向き直った。手を軽く降ってレイヴスに退けと指示を送りながら。

 

「それじゃあ王様、よい旅を」

 

と退いたレイヴスに続いてアーデンも背を向けた。だがノクトが待ったをかけた。

 

「待てよ!」

「ああ、ノクト。まだ教えてもらってないこと。そこのお仲間たちに尋ねた方がいいんじゃないかなぁ。例えば、うちで最近新しくお迎えした麗しの皇女殿下について、とか?」

「皇女、殿下?」

 

ニフルハイム帝国に皇女がいたという事実はノクトでさえ知らないこと。

 

「「「!」」」

「そう。君が知らない真実だ。君は知る時だろう。それじゃあ今度こそ、またね」

 

レイヴスが先に立ち去り続くようにアーデンもその場を去った。

残されたノクトはアーデンの意味深な言葉に引っ掛かりを覚えてならなかった。

 

「………オレに隠してること、あんのか」

「………言い訳はしない。いずれ打ち明ける気だった」

 

イグニスは重い口を開きノクトはカッとなってイグニスの胸倉を掴んで迫った。

 

「何をだよっ!?」

 

自分が知らないことを仲間は知っている。

自分だけ蚊帳の外だった事実と、アーデンがいう【皇女殿下】という存在と、レティが帝国に連れて行かれた理由がそれぞれ主張して一番嫌な結果にノクトを追い詰めようとする。ノクトだって理解できないほど馬鹿じゃない。

 

だからこそ、今、この場で聞き出したかった。教えて欲しかったのだ。

だがグラディオの有無を言わせずの態度にノクトは舌打ちして従うほかなかった。

 

「………場所を変えるぞ」

 

安易に話せない内容だということはそれだけで丸わかりだった。プロンプトでさえも沈痛な面持ちでノクトから視線をそらしている。

 

「……クソっ……!」

 

重苦しい雰囲気の中、ノクト一行はイリス達が待つカエム岬へと向かうことになった。

そこで、驚くべき事実をノクトは知ることになる。

 

【to fall into someone's trap】



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臨終正念~りんじゅうしょうねん~

カエムの岬を出発したコル達と入れ違いでシド達がカエムの岬に着き、早速船の修理を始めたことを報告で受けると休む間もなく王子達からレガリア奪還の報告を受けた。厳戒態勢にあったレスタルムにはレティが懸念していた通り帝国軍の一部がやってきたようだ。一瞬即発の気配もあったらしいが帝国軍はなぜか早々に引き上げたらしい。一部始終を見ていた者からの報告では引き上げるよう指示が下ったとか。

なんにせよ、また奴らが来るとも限らない状況なので今レスタルムは人の出入りを制限している。いつまでも続けられるものでもないが、しばらくはこのままやり過ごすと快活に笑って見せる昔馴染みの男、ヴォルフラムとヨルゴの軌跡のアジトのビルの一室にて、ソファに座りながらこれからのことについて話し合っていると、息せき走ってやってきたグレンによってやっと王の剣を連れてきたと報告が入る。

 

「コル将軍!」

「グレン……随分と時間が掛かったな」

 

この男、以前の高圧的な態度から一変して殊勝で正義感溢れる青年へと変化した時には、さすがのコルでも脱帽したものだ。真面目に自分の下で働いていることに対してねぎらいの言葉を掛けてやろうかと思ったが、今は状況が状況なので後回しにすること。

 

「そ、それについてはオレの不手際なのでいずれご説明させていただきます!それよりも」

「なんだ」

 

その点について尋ねようとしたところ、グレンは思いもよらぬことを報告してきた。

曰く、ニックス・ウリックが魔法を使えるようになったらしい、と。

 

「なんだと?」

「おいおい、どういうこった」

 

これには、コルだけではなく自分の椅子に座っていたヴォルフラムも驚愕して思わず口に銜えていた葉巻をポロリと落としてしまうくらいだった。二割り増しほど視線が鋭くなったコルにタジタジになりながらもグレンは何とか言葉に出した。

 

「それが、その詳細は話してもらえないのですが。ああ、とにかくニックスさんとリベルトさんを連れてまいります!」

「あ!」

 

言うが早いがグレンはまた慌ただしくドアを開けて駆けて行ってしまった。

ヴォルフラムは「忙しい部下だな、お前と真逆すぎるぜ」と苦笑しながら落ちてしまった葉巻を拾い口元に銜えなおす。コルは驚きで前のめりになった状態からトスンとソファの背もたれに背中を預けた。

 

「魔法が使えるとは、一体どういうことだ?」

「……王子と共に行動しているお仲間なら話は分かるな。姫は言わずもがな王家の御方だ。……お前も魔法は今は使えないだろう?」

 

ヴォルフラムの見識にコルは、やはり気づいていたかとため息をついた。昔から先読みというかまるで自分の心でも見透かされているのかと驚かされてきたが、その見識の鋭さに衰えはないらしい。コルは、自分の手を見下ろして正直に打ち明けた。

 

「ああ。今のオレはこの武器を扱うだけも精一杯だ」

「だろうな。陛下が亡くなった今、魔法が使える人間は数えられるくらいな、はずだ」

 

王の剣は全滅。王の盾は散り散りになった仲間を集めたとしても以前よりは遥かにその戦力差はある。その者たちにコル同様に似たような状態になっている。

 

「………」

「可能性としては、姫があげられるな」

「……どういうことだ」

 

コルは俯いていた顔を反射的に上げていた。

ヴォルフラムはその視線にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「王家の者には自分と繋がりの強く持つ者へその力を分け与えられると聞く」

「それは光耀の指輪の恩恵での話しだろう。姫は違うはずだ」

 

コルは頭を振って否定した。

そう。幾ら枯渇しない魔力があるとしても指輪の力なしに他者へ力を分け与えるなど不可能なはず。少なくともミラにそのような力はなかったはずと過去の記憶を思い出す。

ふぅっと白い息を鼻から出しながら、ヴォルフラムは追い打ちをかけるように両目を細めて言った。

 

「だがニックスは姫に惚れてんだろ。なんせ王都の襲撃の中でかなり活躍したらしいじゃないか。死の縁から生還するくらいに、な」

「……」

 

まるで姫とそのニックスという男が恋仲とでも示唆するかのようないい方にコルは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「まぁどういった事情があるにせよ、姫とニックスには何らかの接点があるってこった」

「……」

 

コルに止めの一撃を与えたヴォルフラムは言い逃げするようにくるりと椅子を回して背を向けた。コルは、何も言い返すことはなかった。

 

ほどなくしてグレンに連れられてきたニックスはふてぶてしい態度を隠さずに入室してきた。部屋の内装に目をやるように辺りを見回している。

精悍な顔立ちに少し日に焼けた肌。均整の取れた体格にコルを目の前にして臆することない様子からかなり肝が据わっていると見えた。

 

「お前がニックス・ウリックか」

 

確認の為に名を呼んでみると男の視線がコルへと向けられた。

 

「アンタが不死将軍……と、誰だ」

「あの方は……」

 

説明を求めるようにグレンをチラ見したニックスに対して先にヴォルフラムは手をひらひらさせて「小僧。俺のこたぁ気にするな、ただのジジィだ」と葉巻をふかした言った。ニックスは「はぁ?」と訝しんだが、気にするなという言葉に従ってコルに視線を戻す。

とりあえず座れと指示するもニックスは、「いや、オレは立ったままでいい」と突っぱねてこう続けた。

 

「正直、詳細なんかどうでもいい。王子に関することもどうでもいい。オレはレティの所へ行きたい。それだけだ」

「ニックスさん、いきなり失礼では……」

 

グレンが注意しようと声を上げたが、コルがさっと手を上げるとグレンは「…はい…」と大人しく身を引いた。

 

「姫の行き先については帝国に探りを入れているがまだ情報は入っていない。だが目途は着いている。おそらく本国だろう」

「イドラの所か」

 

仮にも一国の皇帝を呼び捨てする辺り、度胸があるというか命知らずというか。

 

「……報告ではお前は一度光耀の指輪を嵌めたらしいな。それで生きている、と」

「……レティがオレを助けてくれたんだ。エルという召喚獣の守護を宿した腕輪がオレを生かした」

 

ニックスは一度自分の手の平を広げて、感慨深そうに言った。

 

「エル?そんな名前の召喚獣がいたのか?……待て、そいつはもしや額に赤いルビーのようなものがあった緑色の毛並みの獣か?」

「ああ、そうだが」

「それはおそらくカーバンクルだ。守護を受けし者は何からも守られると聞く」

「ふぅん、そりゃすごい」

 

まるで興味ないと言った態度にグレンは横で見ていてハラハラと冷や汗を流していた。

どうやら真面目に受けごたえする気はないらしい。だがコルは質問攻めをやめなかった。

どうにも意地になっていたのだ。ヴォルフラムが言っていた言葉が頭の片隅をよぎる。

つまり、姫とニックスは恋仲なんじゃないか、と。ずっと傍で見守ってきたコルにとって、レティはただの守るべき姫ではない。

 

「ニックス、お前魔法が使えるらしいな。何処でその力を手にいれた?」

「さっきから素直に答えていれば尋問されてる気分だな。……一体アンタはオレに何を探りいれてるんだ。気に入らないなら出ていくが」

 

軽口に対してコルは口調を強めた。

 

「お前と姫は面識はないはずだ。何処で姫と会った」

「……悪いが答える気にならないな。オレは別行動させてもらおう」

「待て」

 

コルの呼び止めにニックスは眉間に皺を寄せ視線を鋭くさせた。

 

「いつまでオレはアンタの無駄な質問に答えていればいい?少なくともここにずっといるよりは確実にレティに会えるチャンスはあるんだ。いいか、将軍。オレは王子を手助けにきたんじゃない。レティを助けに来た」

 

コルは、言葉を失った。

 

眩しいほど、真っすぐな男。

かつて自分にはできなかったことをこの男ならやり遂げるのではないかという妙な期待感さえ抱いてしまうほどに。

初対面でこそ苛立った様子を隠そうともしない無礼な態度には顔を顰めてしまったがニックスと話している内に、どれだけレティに対する想いが強いかが言葉の端に表情に見て取れた。だからといって、認めたわけではない。どうにも気に入らないのだ。

ずっと傍で守ってきた、娘の様なレティを手放したくないと。

 

「………」

「もう用事がないならオレはこの町を出る」

「ちょ、ニックスさん!?」

 

部屋から出て行こうと動くニックスにグレンが手を伸ばしかけた時、コルが声を上げた。

 

「帝国の基地を攻める。そこで准将を捕らえるぞ」

「……オレにそこへ向かえと」

 

ピタリと動きを止めたニックスは、少しだけ顔を振り向かせた。

 

「ああ。上手く捕らえられれば姫への手掛かりになるはずだ」

「……分かった。だがな、これっきりだ。そこで確かな情報が得られないならオレはアンタらとは別行動させてもらう。もう道草はこりごりだ」

「構わない。ただし、バレるような派手な真似はするな」

「わかってる」

 

ニックスはコルに背をむけて手をひらひらと振って去った。

その後を追いかけるためにグレンが慌ててコルに一礼して退出して言った。

 

傍観を決め込んでいたヴォルフラムが椅子を回転させて正面を向いて懐かしむように言った。

 

「昔のお前を見ているようじゃないか」

「ヴォル、揶揄うな」

 

かつて共にレギスと旅をしたコルよりも年上のヴォルフラムにはいつも頭が上がらなかった。血気盛んな若造といつも揶揄われ、苦手意識があるのだ。

ヴォルと愛称で呼ばれた快活な老爺は口端をにぃっと上げた。

 

「揶揄ってねぇよ、……ミラ王女に惚れてた頃のお前みたいだって言ってんだよ」

 

ここでかつての想い人の名を出されるとは思わなかったコルは面食らい、言葉を詰まらせた。決しておくびにも出さなかったひたむきな気持ちにヴォルフラムは気づいていた。当たって砕けろと何度もアドバイスを送ったことか。だが、コルはそうしようとは思わなかった。身分を気にして自分には無理だと諦めることで、逃げていた。だからこそ、ニックスが羨ましくて仕方ないのだ。真っすぐに、自分の気持ちに正直になれる想いが。

だからこそ、吐露するように切なげに声に出していた。

 

「……オレは……あんなに自分に正直ではなかった」

 

ヴォルフラムは労わるようにコルにこう言った。

 

「俺からすりゃお前もアイツも似たようなもんよ」

「………」

 

その気持ちに偽りなどない。ただ実行しなかっただけの話。

コルは、自分の気持ちを徹底して押し殺すことで遠くから眺めるだけの恋を望み、

ニックスは、自分の気持ちに正直でいることを選び、彼女の為に奮闘しているだけ。

 

結果がどうあれ、本人の意思のみが左右されるのだ。

 

【だが昔の話だとコルは言う】



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萍水相逢~へいすいそうほう~

カエムへ向かうレガリアの中でノクトは心労の疲れからか、ついうたた寝をしていた。レティの身を案じるあまり夜も眠れずにいた上、レガリア奪取作戦の時も興奮のあまり寝付けずあのレイヴスと対峙の後はレティを連れ去ったアーデンとの再びの邂逅。しかも何を言うかと思えば、ニフルハイム帝国に新たな皇女が迎え入れられたというまったく関係ない話。

それだけでは終わらずに自分が未だ知らない事実をアーデンは知っていて、仲間から教えてもらった方が良いなどとご丁寧に指図する始末。

戯言かと思いきや、図星と言わんばかりに自分以外の仲間はアーデンの言葉に動揺を隠しきれずノクトは裏切られた気分に陥った。

 

その事実を知っている素振りに正直ショックを受けたノクトは、それからグラディオがイリス達を交えて、カエムの岬で話すという提案にどうでもいいと不貞腐れて彼らと会話を拒むまでで、グラディオ達と明らかに溝を感じてしまっていた。

 

それらがまとめてストレスとしてノクトに降りかかり、行き場のない怒りをどうやって発散せるかも分からぬまま、いつも隣にいるはずの温もりがないこと、いつもよりも広い座席に改めてレティがいない寂しさを感じながら瞼を閉じたのだった。

 

 

夢の中でノクトはどこかのビルが立ち並ぶ町中に立っていた。静まり返った周囲に人の気配は感じられず、ノクトは不安から辺りに視線を彷徨わせる。だが

ふと何かを感じた。

 

この風景、見たことがある。

 

そんなデジャヴから、ここはもしや王都の中ではないかという考えに至る。

満月の光を浴びてノクトに背を向けて一人静かに佇んでいた誰かがいた。

背中で揺れる銀髪が冷たい風に揺れて満月の光に反射されより美しく輝き、黒の段々フリルがついたミニワンピースに半袖の白カーディガンを着ていてそれが誰であるかなど一目でノクトには分かった。分かったからこそ、その人物の名を呼んだ。

 

『レティ!!』

 

ノクトは勢いよく駆けだした。歓喜が体中に満ち自分がずっと求めていた人に出会えたからだと叫ぶ。

彼女は、レティは、ノクトの声に反応するようにゆっくりと振り返る。

その顔は微笑んでいてノクトをほっと安心させた。

 

『ノクティス』

 

変わらない声。

変わらぬ眼差し。

それら全ての情報はノクトが知るレティであると本能に訴えかける。だからこそ、ノクトは熱く熱くレティを求めた。

 

自分の腕に抱き寄せようとすると、レティは僅かに体を逸らして逃げる。

ノクトはショックを受けて『レティ?なんでっ』と弱弱しい声で問わずにはいられなかった。

 

『ノクティス、私、ね。もう、ノクティスの傍にいられないの』

 

顔を俯かせて決してノクトの顔を見ようとはせず、悲しみが滲んだ声でレティは話す。

 

『ど、うしてだよ!?』

『私、ノクティスを裏切っちゃったから』

『裏切る?なに、言ってんだ?』

 

ノクトにはレティの言葉の意味が理解できなかった。

どうして悲しみを含んだ声をしているのか、どうして自分と視線を合わせないのか、

どうして、触れさせようとしてくれないのか。どうして、自分を拒むのか。

 

レティが一度としてノクトを拒んだことはない。

些細な喧嘩などもあったりはしたが、最後には仲直りをした。

だから、今の様な状態はノクトを確実に混乱させた。

 

『ノクティス、……私のこと、嫌い?』

 

レティはそう小さく呟くと双剣の一つを片手に出現させて持った。

ノクトは頭を振って、レティの言葉を否定した。全力で。

 

『そんなわけないだろ!?嫌いになんて!』

『私が、レギス王を殺したとしても?』

 

そういわれた瞬間、ノクトは凍り付いた。だがすぐに何かの冗談かと思った。

だからノクトは『え』と少しだけ口を開き聞き返す。

ノクトの意思とは無関係に苦労して手に入れた王の武器、ファントムソードが現れ、ノクトの周りをぐるぐると回りだす。まるで何かを警戒しているかのように。

レティはなおもこう続けた。まるで自分と戦えと挑発しているかのように。

 

『私が、ルシスを滅ぼしたとしても?』

『レティ、何言って』

 

ノクトの意思とは無関係にファントムソードは王家に仇名す者を許さず、標的をレティへと据え、その剣先を彼女へ向ける。

やめろ、それ以上、言うな!!

 

『私が、ノクティスの敵になったとしても?』

 

レティはもう片方の剣を左手に持って、ついに俯いていた顔を上げた。

その瞳に、迷いは一切なかった。強く、吸い込まれそうなほどの綺麗な瞳だった。

 

『まっ』

 

ノクトの意思とは無関係にファントムソードは光の速さで彼女を串刺しにしようと攻めかかる。けど、彼女の瞳はぐにゃりと揺らいだ。微かに目の端に光何かを見たノクト。

ノクトは分かっていたはずだ。レティが強がりで泣き虫であることを。ただ泣くところを見せるのを極端に嫌うことを。

 

『ノクティスは、それでも私のこと、嫌いにならない?』

 

レティは、泣き笑いをして双剣を、手放した。戦うことを放棄した。わざとレティが逆らう演出をしたのはこうするためと気づいた時には全てが終わる瞬間だった。

自らを犠牲にして、何もかもを終わらせようとする思い。

 

ヤバイ。ノクトは一気に駆けだした。レティへと。

だが必死に止めようとするノクトの手は、レティに届かない。

レティは自分に向かってくるファントムソードを受け入れるかのように両腕を広げて、瞼を閉じた。

 

『責任は全て私が、だから―――』

『あ―――』

 

そして、ノクトへと最後の遺言を残した。

 

『私のことなど気にせずに、自由に生きて―――ノク、と』

 

レティは、ファントムソードによってその身を貫かれノクトのすぐ目の前で散らした。

 

グサ、ドシュ、メキボキ。

体が貫かれる音、肉を裂き骨をたち、砕かれる音。

四肢が体を貫かれる反動の度にあらぬ方向へ動く。

それがファントムソードの数の分だけ行われた。ノクトの目の前で。

 

『あ』

 

串刺しにされ、体中血だらけで染まったレティの体からファントムソードが消えてなくなるとその体は支えを失い糸の切れた人形のように地面に倒れ伏す。

 

『あああ』

 

その周りに大量の血液が溢れ出し血の水たまりを作り出す。その中に倒れたレティの顔は血に染まり、レティの光を失った目と、ノクトの目が交差した。

 

『ノクト』

 

思い出の中のレティと、今の状態のレティとが重なる。

その瞬間、何かがノクトの中で切れた。目玉が忙しなくぎょろぎょろと彷徨い、膝からは力が抜けて立っていられずアスファルトの地面にへたり込み、震える両手で頭を抱えた指先は力が入り爪先が皮膚に食い込んでぶつりと血を噴出させる。

 

夢だ、何もかもが夢だとノクトはそう思い込もうとした。

目の前で死んでいるレティも、自らが欲した力が彼女を敵であると認知したのも、レティが自分を裏切ったという言葉も、何もかもが、夢。

だが、どうだ。幾ら自らの肉体を傷つけても痛みを覚えたとしても夢は冷めない。

レティは血の海に沈み、自分をじっと見つめている。

なにもかわらない。

ノクトは耐え切れなかった。この地獄から。

 

『あああアアアアアアアアアアアァァァアア――――!!』

 

闇夜に慟哭が響き渡った。

 

【悪夢だ】

 

 

道中に上空からヴォラレ基地へ向かう飛行基地を発見したノクト達は、レティへ繋がる情報を入手するため基地へ潜入作戦を試みることにした。ノクトは車中にて魘されていたところをグラディオによって起こされ、夢の内容を思い返しては吐き気に襲われた。だが仲間に打ち明けることはせず、心配する声に大丈夫だと言い張って基地へ急がせた。

コルよりもそのように指示が入り皆緊張感に強張った表情になるのは仕方ない。なお、コルも応援を連れてこちらと合流するらしい。その中には王の剣に所属していた男もいるとノクトが仲間に教えると分かりやすくイグニスは気に食わない顔をしてグラディオが「マジかよ」と頭を抱えた。二人にだけしか分からない内容らしくノクトとプロンプトは首を捻ったりするも詳細を教えられることはなかった。それよりも一行が目指すのはレティへと繋がる情報である。

 

基地周辺での情報収集の為にオールド・レスタで一旦レガリアを停めてその先からはチョコボで移動し気づかれないように向かうと、前回と同じように魔道兵らを強化するための増幅器が基地辺りに蔓延しており、まずはそこから叩くことに。

夕方、辺りが暗くなり始めた頃にノクトたちは一気に突入することになった。

 

「こっからどうするよ、作戦は?」

 

敵と数回戦闘をこなし、監視台へと上がったノクト達はそこで一旦作戦を練ることにした。ノクトがイグニスに意見を求めると、イグニスは「コル将軍よりも言われているが、帝国軍の准将を捕らえる」と意見を出した。

魔導兵ばかりではらちがあかないので人間を相手にするということだ。

これにノクト達も同意見らしい。

 

「それで、具体的にはどうする」

 

グラディオが先を促すとイグニスは説明を始めた。

イグニスの説明では二手に別れ陽動し基地内を攪乱させてあの増幅器を壊すチームと、帝国の准将を捕らえるチームを編成した方が効率がいいとのこと。この案にノクト達は頷いてグラディオとプロンプトが陽動させる側へ、ノクトとイグニスが准将を捕らえる側へそれぞれが行動を開始した。

 

すっかり辺りが真っ暗になり始めた頃、物陰に隠れ奥へと進んだ先で攻略対象の准将を発見。イグニスが小声で指示を出して合図を待って確保すると伝えるとノクトは頷いた。シフトで近くの魔導兵を静かに倒し、尾行を続ける。

 

「まったくこれだから傭兵上がりは――。連絡はまだつかないとは困りましたね。他人の所為で皇帝の消化が下がるのは」

 

ノクトとイグニスは魔導兵を二体連れて一人で愚痴っている男を注意深く観察しながらゆっくりと歩いて後を追った。

 

「宰相もどういうつもりなんだか、アラネア准将に私でも監視させているのか。私があのぽっとでのわいた娘に逆らう意思があるとでも?……くだらない、実にくだらない」

 

娘というキーワードに二人は引っ掛かりを覚え顔を見合わせるが、距離が開いてはマズいので歩きながら准将の愚痴に耳を傾ける。ノクトは准将の歩く方向へシフトを使い、真上にかかっている鉄の渡り廊下から様子を伺うことにした。

 

「向かう先々で彼女と引き合わせてね。彼に言わせるなれば人間的に信頼できるからと、魔導兵なんぞ推進しておいてよくいう」

 

とにかく一人で愚痴を零してばかりのこの男。

周りが魔導兵だけだから気を緩めてぼやいているのか、それとも普段からぼやきの多い人物なのか分からないが、聞いていて心地いいものではない。ある程度の魔導兵をシフトで倒しイグニスと再び合流したノクトはげんなりとした顔で「アイツ、斬っていいか」とイグニスに許可を求めたり。さすがのイグニスもノクトと同意見だったが、「まだダメだ」と待ったを掛けた。

 

「レスタルムでは忌々しい自警団風情が愚かにも我が帝国軍に刃向かってくれましたよ。王子に居所を吐かせようにも町に入らなくては意味がありません。それをあのレイヴスめが我らを撤退させるとは……。だがいずれ、あの傭兵上がりに先を越される前に、このカリゴが王子の居場所を突き止めましょう」

 

レティがレスタルムに事前に情報を与えていなかったら、もしかしたら今頃犠牲者が出ていたかもしれないことに二人は背筋が凍る思いでカリゴの言葉に耳を澄ました。ゲートを超えた所でカリゴが一人になるチャンスが訪れた。

 

「もう一度アラネア准将に連絡をとりましょうか。君たちはここで待機。もしアラネア准将が来たら奥へ通して」

 

そういって一人になったところをすかさずイグニスが「行け」と指示を飛ばしてノクトは頷いてシフト能力を使いカリゴの背後を取り、昏倒させた。無事にカリゴを確保した二人に聞こえるように突如大きな爆発音が周囲に響いた。

 

「作戦開始の合図だ。ノクト、二人と先に合流しろ。オレはカリゴを移送してコル将軍と合流する」

「わかった」

 

ノクトは頷いて二人の元へと駆けだした。

一人で何体かの魔導兵を倒したのち、無事にグラディオとプロンプトと合流することができた。そこで重魔導兵アーマーと戦闘が発生するも難なくクリア。

そこにイグニスとコル、そして見知らぬ男が三人の元へ駆け寄ってきた。

 

「作戦は成功したな」

「コル!」

 

久しぶりに顔を会わせたコルは、以前よりも強くなったノクトの成長ぶりに一目で気づき目を見開いた。

 

「……王子、カリゴは別の場所へ移送させた。撤収するぞ」

「分かった」

 

ノクト達が一斉に走り出そうとしたときに、コルの部下と思われる男がノクトに声を掛けた。

 

「アンタが、ノクティス王子か。……予想よりは色々と若そうだな」

「……お前、誰だ」

 

訝しむノクトに対して男は名乗りをあげた。

 

「オレは、ニックス。ニックス・ウリック。王の剣に所属していたものだ」

「ニックス……?」

 

ノクトは怪訝そうにニックスという男を見る。

レティが以前寝言で言っていた男の名前と一致する。ノクトは驚愕した。

 

「お前が!?ニックス、だと……」

「その顔じゃ、多少はオレのことを知っているようだな」

 

そこでカッと頭に血が上ったノクトは敵地であることも忘れてニックスに怒鳴りつけた。

 

「……レティとどういう関係だっ!」

 

対してニックスは冷静に憤るノクトを一瞥しては

 

「そっちか。コル将軍、オレのことは王子達に伝えていなかったのか」

「いや、話はしたはずだ……それよりも……!?来るぞっ」

 

コルは何かを感じ取り声を荒げて攻撃態勢に入った。

それからすぐに「ハァァアアアアア―――!!」と威勢のいい声と共に頭上からノクトに強烈な槍の一撃が落とされる。

 

「ぐっ!?」

 

擦れずれでその攻撃を受け止めたノクトに対して、攻撃を仕掛けた相手、女は

 

「可愛らしい顔。それと、ぞろぞろと男がこんなにたくさんと、まぁ。集団ピクニックかしら?」

 

と揶揄いの言葉を投げかけると、空中で華麗に回転して地面に乱れなく降り立ち

 

「試してやるよ、ボウヤ!」

 

と戦闘の開始を一方的に始めた。

女一人に対して男六人全員に軽やかな動きで翻弄しながら天から一撃必殺をかまして地面に亀裂を生じさせるほどの容赦ない攻撃を与えた。ノクトもシフト使いながら応戦するも戦闘経験が豊富なのか、一手を読まれてはひらりと攻撃を避けられ、くそっと何度も舌打ちをする。ノクトだけではない、イグニスが放つ魔法やプロンプトの銃、もちろんグラディオの大剣でさえも女にかすり傷一つ負わすことはできない。コルや部下と思われる男との息の合ったコンビネーションで辛うじて、一矢報いることができたがそれでも戦いは平行線のまま突如終わりを告げることになった。

 

「残念、時間すぎちゃった」

 

女は、そう唐突に呟くと建物の上へと移動してノクト達を見下ろした。

 

「はぁ?」

「勤務時間。もう終業。悪いけど帰るから。この後やったって1ギルにもならないし。ああ!でもレティはいいお土産話になるわね」

 

思いもかけぬ女からの名前に一同は驚愕し、ノクトが「レティだと!?待てっ!レティは――」と女を問い詰めようとするも、あくまで自分のペースで話す女はノクトの問いに答えることはなく、

 

「次、また遊びましょ。心配しないで、レティには暴れるくらい元気だったって伝えておくから。じゃあね、可愛い王子様」

 

と名乗らずにひらりと手を振って、華麗に自分の飛空艇へ目指して飛び上がりあっという間に戻って行った。だが、そうは簡単に逃がすつもりがない男がいた。

 

「クソッ!逃がすか――」

 

諦めの悪いというかやっと目的に近い人物に出会ったのだ。諦めてなるものかという執念が男を突き動かした。

 

「待て!ニックスっ」

 

コルの制止を無視して男は武器を飛空艇へと勢いよく投げつけうまく突き刺さると、ノクト達の目の前でシフトを使って移動したではないか。どうにか食らい付いているようだが肉眼ではそれ以上確認することはできない。、

これにはノクト達は驚くしかない。先ほどの戦闘では意図的に使っていなかっただけのようだ。

 

「あれは!?」

「どうしてシフト能力を使ってんだよ!?」

「………」

「あれって、ノクト以外使えないんじゃ」

 

プロンプトの戸惑いに誰も答えられず、コルは珍しく取り乱した様子で舌打ちをしながら、

 

「無理をするっ!……とにかく増援が来る前に退避するぞ」

 

とノクト達に指示を飛ばして先に走り出した。憤り隠せないだが「コル!説明しろよ!?何がどうなってっ!」とノクトが駆けだしてコル肩を掴んで自分の方に無理やり向かせて乱暴に胸倉を掴んだ。だが簡単にいなされ逆にコルはノクトの手を掴むと叱咤した。

 

「冷静になれ王子!今は逃げる。……いいな」

「……」

 

コルはノクトの手を離すと先に走り出す。その際、携帯を取り出して仲間に連絡を入れているようだった。ニックスの行方を追わせるためだろう。

 

「行くぞ、ノクト」

「っ……」

 

ノクトは不承不承にグラディオの指示に従って走り出しイグニスとプロンプトもそれに続いた。結局、飛空艇に追いつくことは叶わずそこでニックスの消息も途絶えてしまった。

 

【彼の登場、彼の先手必勝】




~主要人物紹介~

ルシス国勢

レティーシア・ルシス・チェラム

ルシス王国第二王位継承者。ノクトのただ一人の家族。銀の長髪に深緑の瞳を持つ混血の姫。ただ今クペと共に帝国に出張中。名を改め、レティーシア・エルダーキャプトとなった。

クペ

モーグリの召喚獣。レティの無二の親友でありたまに怒ると怖い女の子。レティーシアの謎を知る内の一匹。ただ今レティと共に帝国に出張中。

ノクティス・ルシス・チェラム

ルシス王国第一王位継承者。レティ奪還の為に力をつけるべく、指輪を所持しているであろうルーナに会いに行くためオルティシエを目指す。レティを妹ではなく一人の女性として愛している。

イグニス・スキエンティア

インテリ眼鏡軍師。レティの幼馴染の内の一人。戦闘では的確な指示を飛ばすもレティが絡むと人が変わったかのようにボケに走る。元、レティの婚約者で一度蹴られたが諦めきれずにまた婚約を申し込んだ猛者。

グラディオラス・アミシティア

【王の盾】の若き総領。レティの幼馴染であり兄貴的存在。レティーシアの素性を知る人物で恋多き弟分達の頼れる先輩。レティの精神面の脆さを知る故に、ノクトの異常な執着ぶりには頭を悩ませている。

プロンプト・アージェンタム

ノクトの親友でメンバーの中で一番の機械に強い人。レティの普段からのスキンシップもとい、強化訓練に付き合わせられていった結果、一番劇的なレベルアップを遂げた強者。でも本命には弱い。

ニックス・ウリック

レギス直属部隊、【王の剣】に所属していた。
【エル】の加護により無事生き延びて、再びレティに会うために動いている。現王と繋がりが絶たれているにも関わらず【魔法】が使える。右手の甲に謎の印を刻んでいる。中々レティに会えない可哀想な星の元にいるらしい。

レギス・ルシス・チェラム

ルシス現国王であり、レティとノクトを城からそれとなく逃がした張本人。不器用ながらも子供らに愛情を惜しげなく注いだレティの育ての父。故人。

コル・リオニス

王都警護隊で不死将軍と異名で呼ばれ恐れられる優れた武人。よくレティが城から抜け出していると彼が出動すれば大抵捕まると期待をかけられていた。現在、レティの命によりノクト達と別行動しレジスタンス立ち上げに動いている。

シド・ソフィア

堅物で素直じゃないツンじいじ。ノクト達のことを気に掛けており、行方知れずとなったレティの捜索に尽力を惜しまない。

シドニー・オールム

ナイスバディ腕利き整備士。
レティの身を心配してハンマーヘッドを飛び出してきた。レガリアを改造して帝国まで飛ばそうと密かに計画している。

イリス・アミシティア

レティの幼い頃からの親友。ジャレッドとタルコットと共にコル将軍に誘導されレスタレムの街を発つ時、ジャレッドからレティの計画を打ち明けられ、意気消沈していたがレティの生存を知り躍起なってコルについて行こうとする。

クレイアス・アミシティア

ルシス王国重鎮の一角を担うレギスの幼馴染であり、イリスとグラディオの父。幼い頃からレティの師匠でもありレティの【もう一人の父】でもある。最後までレギスの為に身を挺して武人らしく散っていった。故人。

リベルト・オスティウム

ニックスの同郷であると同時に親友。生存していたニックスと共に王都を脱出した後、レティーシアと合流するためにレスタレムを目指す。のちにレジスタンス組織【ヨルゴの軌跡】に加入する。

クロウ・アルスティウス

【王の剣】所属。ある任務により故人扱いとなる。レティの外での友人だがレティの素性には気づいていなかった模様。

ユーリー・ウリック

レティーシアと刺激的な出会い方をした二枚目優男。八方美人でありながら、故郷を懐かしみどこか冷めた感情でレスタルムの人と接していた。自警団【ヨルゴの軌跡】の若きホープ。死んだ兄妹がいる。レティにホの字の一人。

ヴォルフラム・カウン

レスタルムの頑固親父と言えば彼になる。『Snow Crystal』の喫茶マスター。自警団【ヨルゴの軌跡】のボスであり、昔レギス達と肩を並べて戦った仲間である。獲物は槍。葉巻銜えながら戦うスタイル。ユーリーの育ての親。

ジャレッド・ハスタ

アミシティア家の有能な老執事。タルコットを未来のアミシティア家の執事にすべくもっと長生きせねばと奮闘する。

タルコット・ハスタ

年相応にやんちゃな少年。ジャレッドからスパルタ執事教育を幼いうちから仕込まれているが中々身に着かない。何かにつけてイリスを守る!と気張っている。

モニカ・エルシェット

王都警備隊所属。クレイアスの直属の部下で、今はコル筆頭の元(本当はレティーシア)にレジスタンス活動に日々身を粉にして動いている。最近レティのおねだりに弱いことを自覚して自分の弱点では?悩んでいる。

グレン(ロキ・トムルト)

品行方正な性格に矯正された青年。元ニフルハイム帝国の准将でレティの攻撃を喰らったのち、強力なコンフォを三回も受けたので以前の記憶をすっからかんにさせて新たな自分、グレンとして誕生した。レティ専任の護衛騎士を目指している。そんな役職は存在しておらず、すっかり騙されているが本人は幸せそうなのでコルもグレンとして接している。現在コルによるスパルタ教育を受けているが全然へこたれないので将来が楽しみらしい。機械が苦手となった。

ディーノ・グランス

色々とコネのある新聞記者。レティ奪還に伴いノクト達に情報提供をする影の協力者。ノクト達に自身の加工した装備品を与えたり、【ヨルゴの軌跡】の装備品調達にも一役買っている。

ミラ・ルシス・チェラム

レギス王の妹姫でレティーシアの産みの母親。帝国の身分低い皇子と出会いを重ねレティを身籠ったが、半狂乱の内にレギスに恨みつらみを吐いてレティを産み落とした後死す。故人。

アウライア・ルシス・チェラム

レティがただ一人の母として敬愛し慕っているノクトの母親でありルシスの王妃。ミラ亡き後、レティを引き取り育てると決めたのはアウライアの意思である。故人。


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前途遼遠~ぜんとりょうえん~

アラネア・ハイウィンドという女は基本的に面倒見のよい姉御肌だ。一応敵味方という区別がついていた先ほどのルシスの王子との戦闘もほんの腕試し程度のやりとり。簡単に言えば、じゃれ合っただけというやつだ。帝都で暇そうなレティに声を掛けた時から彼女の顔見知りとなり数回の暇つぶしならぬお茶会に顔を出すようになってからすっかりと打ち解けた二人は、皇女としてではなくただのレティとして扱うアラネアに素を出すようになった。それまでイドラの求めるままの皇女としての仮面をしていたレティの姿は痛々しいものだった。だから思わず声を掛けた、ということではないが見ていられなかったことはアラネア自身も渋々認めている。

 

本来であれば、余計な介入は控えろと自分で明言しておいてこれでは皆に見せる顔がない。誰よりも自分がレティに甘いことは重々承知である。本体と分離した姿ではこっちの方が割とはっちゃけられるしレティと至近距離で話せるというのはお得感満載である。まぁ今のところ自分の正体を知っているのはゲンティアナだけだろう。あの女も自分の使命に没頭して利用できるものは利用する覚悟でやっているようだしそれはまぁおいおい、話の機会を設けるとしよう。

 

きっちりと時間内の仕事を終えてアラネアは機内で自分専用の椅子に座って寛いでいると、部下でこの飛空艇を操縦しているビックスが警告音がなったことに気づき、ウェッジが無言でタッチパネルを操作してモニターにその部分を映し出す。

 

「お嬢、変なのが付いますよ」

「ううん?あら!根性でへばり付いてる。ふーん、……全速力出して」

 

躊躇いなくスチャッと指先で指示を出すアラネアにビックスは驚きの声を上げた。

 

「鬼っすか!?」

「これくらいで落ちるくらいならレティに相応しくないわね」

 

そう言ってアラネアはひじ掛けに肘をついて髪の毛を弄びながら「あら、枝毛」と顔を顰めた。とりあえず通常運転のままビックスは「姫様、ですか。お嬢、いつから愛称で呼べる間柄に……」と自分の上司の意外な交流関係に困惑するしかなかった。

 

ビックスとウェッジもアラネアの直属の部下としてレティが皇女として正式にお披露目された式に出席したのが、人間離れした美貌とあの若さで皇族とは何かを語るに相応しい堂々とした佇まいにただただ感嘆のため息しかでなかった。それだけレティの存在に引き込まれたという事実だったのだ。その噂の的となっている皇女を愛称で呼ぶとなると、話が色々と違ってくる。ただでさえアラネアの待遇に不満を抱く輩も帝国内の同僚に多くいるというのに、今の話が公のものとなったら今度は嫌味だけでは終わるまい。邪な考えから皇女と親しい間柄となり政権を掌握しようなどと考えているのではないか、と言い出す奴らも現れそうである。なんせ成り上がりの癖にと陰口叩かずに本人の目の前でいう馬鹿な嫉妬心むき出しの男もいるのだ。

 

アラネアはその問いには答えずに、枝毛を忌々しく睨みながら、

 

「そう。それからアンタたち、私暫くしたら鞍替えするかもしれないから身の振りの仕方考えときな」

 

と二人に突拍子もない発言をしまた驚くしかない部下二人。

 

「はぁ!?」

「オレは何処までも姐さんについていく」

 

リアクションは二通りだがおおむね予想通りの返しらしい。鞍替えと簡潔に言っているがその意味を深読みするなら相当大事な話だ。

だがアラネアは部下二人なら勝手についてくるだろうと分かっていたので予想通りの答えに軽く流した。

 

「そう、まーいいけど」

「はぁ。それよりも根性あるな、コイツ」

 

そう言って、モニターに映し出されるニックスの悪戦苦闘している姿を見るが、敵ながら同情を禁じ得ないらしい。ホントにすげぇよと称賛するくらいだ。

だかこれくらいはアラネアにとって普通の範囲内らしい。

 

「それくらいなきゃレティの守護者は務まらないでしょうよ」

「……姫様?の」

「そう。それにゲンティアナの仮とは言え加護を受けてるならこれくらいじゃ死なないって」

 

アラネアは手をパタパタ振って暢気そうに言った。

 

「ゲンティアナって誰ですか?」

「あ、気にしない気にしない。ほらほら全速前進!レティに美味しいケーキ買って帰るんだから!唯一の癒しタイムなのよ」

「は、はい」

 

というわけでニックスが必死にしがみ付いている飛空艇のスピードを上げたのでした。

 

 

その頃、必死に食らい付いているニックス君はというと、

 

「くっそっ!!」

 

死ぬ気で縋りついていました。

よりによって、こんな体験二度としたくないと心底思っていたのに、まさかこうして二度目になるとは。轟轟と耳元で唸る風の音とその風事態に体を持っていかれそうになる恐怖。命綱なしのロッククライミングよりもなお悪い。落ちれば死ぬことは確実。

 

だというの飛空艇のスピードはドンドン上がっていく。まるで眼中にあらずといった感じではないか。ますますニックスの癪に障った。いや、対抗心に火がついた。

 

「上等だ!絶対侵入してやるっ」

 

と固く決意し、夜が明けて日が東側から昇りコルから支給されたスマホがけたたましく鳴っていても無視し(というか出れない)入口を探そうにもそれらしき入口がまったく見当たらずだからと言って諦めるのも嫌なのでニックスなりの色々考えてシフトで動きまくって移動したりした。魔法ぶっぱなしてみるかと思案するも、よく考えるとこの状況で慣れていない魔法を使うことは自分にとってもデメリットでしかないし、仮に魔法がこの飛空艇にダメージを与えられたとしても自分も巻き込まれて事故に合うかもしれない。

 

そうやって打開策がないままどんどんと時間が経過していき、気が付けば太陽は西に沈んでいってあっという間に夜になり、ニックスは飛空艇の上に座りこんで仮眠をとることにした。

 

「次の日は、必ず!」

 

スマホの存在などすっかりと忘れているニックスは力を温存することだけを考えて眠りにつく。いつでも動けるように。

 

だが、ついに飛空艇は到着した。

ズン!と鈍い揺れと着陸した様子の音で目を覚ましたニックスは

 

「着いたか!?」

 

と剣を取り辺りを見回すと、そこには信じられない光景が目の前にあった。

 

「な、んで」

 

ニックスの目の前に広がるのは、大海原というかリゾート地。

まったく帝都と関係のないガーディナ渡船場に飛空艇は着陸したのである。一応観光で訪れている人を驚かせないための配慮か少し離れた海岸に飛空艇は着陸したようだ。

 

「なんで!?」

 

驚きを隠せないニックスに、下の方から「ちょっとー!」と声が掛かった。

怪訝に思いながら下を覗き込むと、そこには王子達と戦った女がニックスに声を掛けてくるではないか。まだ女の名を知らぬニックスにとってはどう扱っていいものやら。

 

「私たちはここで買い物してくるけどアンタもくる?」

「はぁ?」

「レティにとびっきり美味しいケーキ買って行こうと思って。どうせ、帝都に来るなら手土産買ってかないと女の機嫌取るのは大変よ」

「………頭が痛いぜ」

 

もう相手のペースに巻き込まれてしまったニックスは蟀谷に手を当てて痛そうにした。

 

「じゃ、そこで留守番しててくれる。私達行くから」

「よろしく」

「では失礼する」

 

言いたい放題言って去って行く面々にニックスは慌ててその後を追いかける為に飛空艇の上から飛び降りた。

 

「待て!レティのことを教えろっ!」

 

帝都に向かっていたわけじゃなくて完璧私用でガーディナ渡船場に来るとは予想もしなかったニックスは、こうしてレティとの距離がさらに長くなってしまったことを嘆くのであった。

 

「なんでこうなるんだよ……」

 

船の運航が止まった波止場に設けられた椅子に座って己の運の無さを一人嘆くニックスに、買い物を終えたアラネアが声を掛けた。

 

「少しは気を抜いておかないと真実を知った時、もたないわよ」

 

ビックスとウェッジは先に荷物を飛空艇へと運んでいるの席を外していた。

ニックスは八つ当たりするように睨み返した。

 

「あ?どういうことだ」

 

多少、ドス利かせている声にもアラネアは動じることもなく、遥か海のかなたを遠く見つめてこういった。

 

「アンタは、本当の真実を知らなきゃいけないんだから」

 

レティの真実をね。

 

【とまらない真実】




~主要人物紹介~

ニフルハイム帝国勢

アーデン・イズニア

ニフルハイム帝国宰相。レティを連れ去った張本人で最初のイメージよりは軟化した態度をレティには取っている。最近の悩みは【よく眠たくなる】こと。

イドラ・エルダーキャプト

ニフルハイム帝国皇帝。自分の孫娘とクリスタルを手にするために執拗にルシスを攻め落とそうとした。自分の息子はすでに故人。【光】に焦がれている。孫娘との微妙な距離にもやっとしている。

アラネア・ハイウィンド

ニフルハイム帝国軍空中機動師団の准将。レティのことは興味本位で気になっている。その内ハマりだしそう。

レイヴス・ノックス・フルーレ

ニフルハイム帝国将軍。ルナフレーナの兄。前グラウカ将軍より任を引き継ぎ全軍を動かす。レティとは相容れないと考えている。

ヴァーサタイル・ベスティア

ニフルハイム帝国魔道兵研究機関最高責任者。
帝国魔道兵を開発した本人でアーデンの情報提供により量産に成功した。食えないジジイだが帝国の衰退を誰よりも早く察知していた。イドラとは腐れ縁で今の地位を確立させ、のし上がってきた。レティにある提案を持ち掛ける。

シシィ・ベスティア

レティ付きの侍女。意外とお転婆な性格。体が弱い。

テレーゼ

皇宮内を取り締まる女官長。怒ると雷が落ちたように怖いらしい。


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[grow apart~彼編~4.1]

グラディオside

 

手のかかる妹だとオレは思っていた。イリスより危なっかしいし、父上からもよく目を光らせていろと強く言われていたしな。そんなお前からの遺言はこうだった。

 

『私のお墓は、父上と母上の間にしてね』

 

満面の笑みでレティはオレにそう頼んできたんだ。

だからお前の願い通りに墓は陛下と王妃様の間に建てた。少し小さめだが派手さを嫌うお前にはピッタリだと思うぜ。

こうして、皆が集う日が近づくほどに天気は雨ばかり降る。最近の天気予報なんか雨マークばっかりなんだ。カビでも生えてきそうだな。

しかも、王都だけじゃなくて広範囲に渡って雨マーク。それこそ、レスタルムとかテネブラエとかな。不思議なもんだぜ。……なんて、理由なんて分かってるけどな。分からないのは一般人ばかりだ。だが、それでいいとお前は言うだろう。

 

全てを知る必要はねぇんだ。

残してきた影に目を向けたい人はいないでしょうとレティは寂しく笑ったな。

 

近くなったな、その日が。

今、オレが何やってるかお前知ってるか?

聞いて喜べ、王の盾復活だ。オレは統領なのは知ってるよな。ようやっとそれなりの人材も確保できたってこった。それとコルは将軍職を辞職し、若手育成の方に回ってるぜ。そういう御堅いのは若い方に回せだとさ。引退する歳でもないくせにな。

変わりゆく世界の基盤は尊い犠牲達の上に成り立っている。最初からこうなるよう定められていたのかもしれないし、もしかしたらもっと最悪な形の世界もあったかもしれない。そこでオレはもがいて苦しんで耐え忍んで誰かを見送ったかもしれない。

それが幸せだというのなら、別の形の幸せなんだろうさ。

 

同じ言葉、同じ意味でも違うもんだな。

 

オレは今、幸せかと問われたら幸せじゃないというだろう。

代わりに不幸なのかと問われたら不幸でもないというな。

 

何かが足りない満たされることない毎日を送りながらオレは新たな王と国を守り続けている。

 

あれは、仕方のなかったことだ。

それが、世界と救う為だと自分に言い聞かせる。

この世界にレティはいない。だからこの世界が出来上がった。数多の犠牲の上で成り立つ世界にはようやく待ち焦がれた光が世界中に溢れたわけだ。どれだけ年数を掛けたかが問題じゃない。その時の選択次第で世界は目まぐるしく変化する。

 

二年だ。ルシスが復興を遂げるまで二年。

僅かなこの時間で前ほどの生活を取り戻せるなんて奇跡みたいなもんだろ。いや、そこに皆の努力があったこと前提の話だが、それでも以前よりも戻ってきた国民の表情は比べようがないほどに明るいものになった。魔法障壁で閉ざされた世界ではなく、本物の空を手に入れることができた。ルシス独自の通貨だってやっぱり色々とマズいってわけで世界共通のギルに徐々に切り替えようとしている。ルシスが世界と共存しつつあるわけだ。

 

……オレは、ある一つの罪を犯した。

誰にも言うつもりはない。このまま墓にまで持っていくつもりだ。

 

幼馴染であり、手のかかる妹のようなヤツがああなることを知っていた。

知っていて、止めなかった。オレは卑怯な奴だ。自分で自分を貶めるのがすきじゃねぇよ。実際、その通りってわけだ。

 

レティが死ぬ覚悟でいたことを知っていた。死とは直結の意味じゃない。だが似たようなものだ、オレにとっては。

止めることもできた。だがオレはノクトの為に、ルシス復興の為にレティを捨てた。いや、レティはそれでいいと何も言わずに笑みを浮かべた。

だが世間でいうならオレは叩かれる部類だろう。

もしかしたら同情を受けるかもしれない。そういう選択もあっただろうと。苦汁の決断だと。だがオレは、レティを殺したも同然の罪を犯した。

誰も知らないからこそ、オレはその罪の重さに耐えきれなくなる時がある。イリスが、オレに縋ってレティを想って泣く時だ。一時的に情緒不安定になったイリスはオレに、泣いて訴えてくる。

 

どうして、レティが死ぬ必要があったの!?と。

オレはその問いに答えられず、ただ口を噤んで妹を抱きしめる。

イリスはオレの胸をドンドンと力なく叩いては何度も同じ問いを繰り返す。徐々に弱くなっていく拳の手と震え縮こまるようにオレに縋りつく妹にオレは何も言えず、ただ「ごめんな」と謝ることしかできない。

 

レティが何かを覚悟したと直感で知ったのは、アイツがオレを『グラディオ』と呼んだ瞬間からだった。いつもなら普通にグラディオラスと呼んでいた奴が、愛称で呼ぶとか普通何かを疑うだろ?オレもその類だ。

 

ずっと前、ノクトが中学に入った頃だったか、いつも通り自分の図書室に籠って本の虫になっているレティの元へ赴いた時、それとなくさらっとオレを愛称で呼ばない理由を尋ねた。そしたらアイツなんて答えたか分かるか?

 

オレはレティの監視役でレティは監視対象だろうと。

だから節度ある態度を保つための一つの決まり事、だとよ。

 

それはレティなりのけじめだったんだ。

 

『自分はあくまで王族の人間ではない。王位に興味もなければこの国に興味もない。だから深入りするな、自分は出ていく身でノクトこそ誰よりも守らなくてはいけない存在である』と、幼い頃からアイツはその想いを貫くためにオレを愛称で呼ばなかった。だがオレはアイツをレティと呼ぶ。それは監視対象だからじゃない。オレが守るべき相手だからこそ誠意を信頼してほしいという想いでオレは愛称で呼んでいた。オレはレティに愛称で呼べとは言わなかった。それでレティが満足するならいいと考えていたからだ。

 

けど、オルティシエでのあの騒動の後、オレ達と再会をした。レティが一旦あちらに戻る為に船に乗り込んだ中でされた会話から雰囲気が暗くなっていく最中でのことだ。レティがオレを愛称で呼んだ瞬間から壊れた。

 

『言ったでしょう?アレは演技だったって。貴方の疑り深さも流石のものね、グラディオ』

 

グラディオラスではなく、グラディオとレティは呼んだ。

レティ自ら壊したんだ。

それが意味することなんて一つしかない。

 

オレ達の関係が解消されること。観察対象から外れオレが観察する意味もなくなる。レティはルシスから完全に脱し王家からも消えてレティーシア・ルシス・チェラムはこの世から消え去る。全ての条件が重なったことにより、レティはオレを愛称で呼ぶことにしたはずなんだ。

その意味を知ったオレにできることは、ただ一つだ。

 

『―――皮肉かよ、レティ』

 

何も変わらずに振舞うこと。

ノクト達に悟られないように、オレとレティは演技をした。普段通りのオレ達を。少しでも違う素振りを見せたら勘が鋭い奴らだ。すぐに分かるに決まっている。

だがどれほど身を斬る思いだったか、アイツがオレを愛情で呼ぶたびに、ああ、間違いじゃないんだよな。レティは覚悟を決めたのかと疑わずにはいられなかった。

だが嘘ではないと思い知らされる。

 

レティがグラディオとオレを呼ぶたびに。

アイツの意思は変わることはないんだと、気づかされたからだ。

 

オレは冗談交じりに笑いながら、元に戻さないのかとそれとなく尋ねた。

レティは、オレの目を見つめて静かな口調でこういった。

 

『私は、ようやく貴方をグラディオと呼べることを嬉しいと思っているの。その喜びを貴方は私から奪うの?』

 

オレは、何も言えなかった。

何も言えないまま、ただ送り出すことしかできなかった。ずっとつかず離れずの距離でアイツが苦しんでいる姿を見てきた。ただ、見ることしかできなかった。

だからオレがもう一度、愛称で呼ぶのを止めてくれと言うわけにいかないよな。オレにそんな権利はない。ルシスに縛り付ける権利なんか、ないんだ。

 

「お兄ちゃん、早く食べないとお仕事遅刻しちゃうよ?」

「ああ」

 

あの頃よりも髪を伸ばし始めた妹に急かされてオレは埋まりかけた思考から這い上がり、朝食を取り始める。口の中に放りこんで咀嚼するという作業をこなしオレは「ごちそうさん」と席を立って身支度を始める。

 

「お兄ちゃん、運転よろしく!」

「ちゃっかりしてやがる」

 

先に食べ終わったイリスはしっかりと身支度を整えて玄関で待っていた。まだまだ現役と語るジャレッドからバッグを受け取り「じゃ、行ってくる」と挨拶をすると「お気をつけて行ってらっしゃいませ」と完璧な動作で送り出してくれるジャレッド。孫のタルコットは城で執事見習いに出されてたよな。まだまだ修行が足りないとジャレッドは孫に手厳しい。こりゃジャレッドの引退は長引きそうだ。

 

「お兄ちゃん早く早く!遅刻するっ」

「へいへい」

 

オレの腕を掴んで急かすイリスに引っ張られてジャレッドに手を上げて「後頼んだ」と言ってオレは玄関のドアをくぐった。

綺麗に掃除されているガレージを上げて愛車の助手席にいち早く乗り込んだイリスは、荷物を膝に置いてシートベルトを締めた。オレも続いて同じく運転席に乗り込んだ。多少型の古い車だが王都の最新の車にだって負けちゃいない。エンジン手動でつけるとこもイカしてるしな。しっかりとシドニーに頼んで整備は欠かさずしてるから故障とは無縁の機体だ。鍵穴に鍵を差し込んで動かすと、唸るようにエンジンが動き出す。すぐには発進できねぇから暖機運転してから発進するのはいつものことだ。

オレは会話の種で前から気になっていたことを妹に尋ねた。

 

「そういや、お前さ」

「うん?」

「なんで髪伸ばし始めたんだ?まさか、色気づいてきたか」

「違うよ!そんなんじゃないっ!もう、お兄ちゃんってすぐそういう考えに走るんだから」

 

むっとした顔で言い返してくるイリスに「ワリーワリー」と誤魔化すように笑って謝った。

 

「んで、本音は?」

 

正直に男と言われたら悩むがな、イリスの答えは予想とは違ったものだった。

 

「……忘れない為」

「ああ?」

 

イリスはオレの方を向かずに、こう続けた。

 

「レティを、忘れない為に伸ばしているの」

 

オレは、口を噤み、「……そう、か」と返すだけで精いっぱいだった。

会話はそこで途切れ、オレはハンドルを握りしめてシフトノブに手を掛けた。

ウインドウガラスから見える空は、どんよりとした灰色の曇り空だった。

 

【愛称の意味】



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[grow apart~彼編~4.2]

レイヴスside

 

 

分かり合う気も、分かり合えるとも思っていなかった。

オレにとって、ルシスそのものが宿敵であり敵の対象であり、憎悪をぶつける唯一の相手。レギスが死に、残されたノクティスにもその憎悪をぶつけようとした。あの男を負かすことに躍起になっていたからだ。だがそれが無意味であることを、オレはその身をもって知った。左腕を失ったことによりその力の御するに及ばないのは自分であり、指輪の力は単なる力でしかない。王の器にたるに相応しい存在は自分にはないのだとまざまざ思い知らされた。

グラウカ将軍が死んだことにより軍の全権がオレへと移行されオレは将軍職を拝命し、妹のルナフレーナ捜索に全力を注いだ。それこそ王子よりも妹を優先させた。もうオレに残されたたった一人の家族なんだ。たとえ、神薙としての使命を受け入れようとしていたとしても納得できるはずがない。だから見つけたらすぐに確保というなの保護をしてテネブラエから出さないつもりだった。だがルナフレーナの意思は固かった。

周りには悟られることはなかったが、あの宰相、オレのやっていることに気づいている節があった。だからこそ、オレをけしかけるようにあのようなことを言ってきたのだろう。

 

「君さぁ、そろそろ疲れたでしょ」

「何か」

 

滅多にすれ違うことのない回廊でオレを出待ちしていたかのように奴から話しかけてきたが、オレは短く答えるだけにとどめた。話しかけるなと言いたいが、立場的に奴の方が上だからな。

 

「憎む対象がいないってことにさ」

「……」

 

食えない宰相はオレの心を完全に見抜いていた。だからこそ、下らぬ提案をしてきた。

 

「じゃあ、新しい皇女様にその憎悪向けて見れば?」

「………馬鹿馬鹿しい」

 

吐き捨てるようにそう言い返すと、宰相はわざとらしく眉を上げて驚いて見せた。

 

「おや?彼女は君の嫌いなルシスの人間のはずだけど」

「……関係ない、オレには」

 

そうだ。ルシスという括りで見ているわけじゃない。

あの時、オレが助けを求める声を無視して息子を連れて走り去った男が憎いのだ。アイツらが来なければ母上は、……ルナフレーナは…。

取り戻すことのできない過去だからこそ、余計に執着してしまう。

 

家族という関係が壊れてしまったオレには復讐以外の道など知らないのだ。

その時は、まだ。

 

 

オレが皇女と初めて会ったのは、皇帝イドラへと謁見する時だ。大層大事に着飾られた姿は滑稽にも思えオレは唇を震わせて忍び笑いをした。あれが、ルシスの王女だった者。

ルシスで邪魔者扱いされ、自分が憎んでいた帝国に拾われて戻ってきて新たな操り人形となった酔狂な女。そう侮蔑を込めた眼差しでオレは新たに担ぎ上げられた皇女を見つめた。

 

皇女は、生気の抜けきった顔をしていた。

それから暫く日が経ってからだ。それとなく風の噂で皇女が精神的疲労から部屋に閉じこもりがちになっていると聞いた時は、オレは嘲笑い声に出して笑っていた。

 

「馬鹿な皇女だ」

 

愚かな娘。自分から赴いておいてこうも分かりやすくど壺にはまるとは。

滑稽と言えば滑稽。だが数日もしない内に皇女は普段通りの生活を始めたと聞けば、随分と適応能力のある皇女だと驚かされたもしたが、すぐにどうでもよくなった。オレとは関わりなどないと思っていたからだ。だが、皇女との邂逅は予想もしない場所で訪れる。

 

「……ここで何をしている」

 

薄暗く灯りが灯された人気の少ない回廊内に歴代の皇族の肖像画がずらりと並ぶ様をぼんやりと眺めていた。結われた常人ではありえない銀髪のいかにも皇女らしい装いが随分と板についている。腐っても皇族というわけか。

 

「………レイヴス将軍、だったかしら」

 

オレの声に反応するようにゆっくりと顔を向けてまるで待ち構えていたようにも思え、オレは敬う態度など微塵も出さずに声を低くして命令した。

 

「部屋に戻れ。お前に城内を歩き回る許可は下りていないはずだ」

「まだ、ね。でもいずれ降りるわ。だからいいの」

「……」

 

なんとあざとい女だろうか。自分の立ち位置をしっかりと把握しての発言にオレは苛立ちを募らせた。イドラの寵愛を受けていることを盾に今後政治にも介入しようと腹積もりあるのか。どちらにせよ不快であるのは間違いなかった。

皇女はオレの不遜な態度を気にした様子もなく、絹のドレスの裾を両手で抓み、皇女らしく優雅に会釈をした。

 

「初めてではないけれどご挨拶させてもらうわ。レティーシア・エルダーキャプトよ。……貴方ってルナフレーナ嬢のお兄様なのね、シシィから初めて聞いたわ」

「それがどうした」

 

皇女はオレの答えに両目を細めて口元に手を当てがってクスリと笑った。

 

「随分と嫌われたものね。……少し、私の質問に答えてもらえるかしら。ねぇ、兄から見て妹ってどんな感じ?」

 

同じ場にいるだけで不愉快になるというのにオレがその問いに答えるはずがなかった。

 

「お前に答える義理はない」

 

すげなく斬り捨てるような答えに皇女は、

 

「義理はない、ねぇ。『一応』立場的にはノクティスの妹だったのよ。未来の御義姉様について教えてはもらえないの?」

 

そう皮肉めいた言葉を口にしながらオレと徐々に距離を詰めて近づいてくる。

嗅いだことのない匂いが鼻先を擽る。この匂いは、香水か。

 

「……今さら知って何になる。お前に」

「別に。知ってどうするつもりもないわ」

 

素っ気ないいい方をして皇女は一歩、オレに近づいてきた。

 

「………」

「私が、彼女に嫌悪感を抱いていることは知っていて?」

 

また皇女はオレに一歩近づく。

 

「………」

「私は、彼女が苦手。好きじゃないわ。だから彼女が力を使い果たして死んだとしてもなんとも思わない」

「っ!貴様っ」

 

オレは怒りから剣を抜き、皇女の喉元に突きつけた。ぎりぎりの理性でオレは踏みとどまった。でなければ今頃首と胴体が切り離されていただろう。

皇女は、驚く素振りも欠片ほどみせずに凍てついた瞳でオレを見上げた。

 

「貴方は妹に死んでほしいと願っているのね。今、私の首を落とせばイドラ皇帝は真っ先に貴方と、貴方の大切な妹を抹殺しにかかるでしょう。私は、この国を統べる者だもの」

「貴様ぁ!」

 

激昂するオレに、脅してきただろう皇女は「そう。それでも貴方は妹の為に剣を奮うのね」と小馬鹿にするような態度を取った。

 

「貴様には分かるまいっ!オレ達が、オレがどのようにして家族と引き裂かれたかなどっ」

「知らないわ。だって他人ですもの」

「っ!」

 

ぷちり、と剣の先が喉の皮膚に食い込んで赤い血が徐々に溢れ出す。

無防備な皇女はそれでも怯む態度は見せなかった。

 

「でもそうね。私だってみすみす殺されるのは嫌だわ。……一つ、可能性の話をしましょう。もし、私に神薙の力を奪うことができたなら――」

「っ!」

「もし、ルナフレーナ嬢が生きられるなら――貴方は、私に何を捧げる?」

 

戯言だ。オレを誑かそうとしている。できもしないことをでっち上げ、自分の命救いたさに嘘をついていると感じた。だからオレは怒鳴り返した。そんな、ことができるわけない!と。

 

「私は、クリスタルに選ばれているわ。まだ指輪の力を得ていないノクトよりも先に扱うことはできる。ちょうどここにもあるしね」

 

寝耳に水とはこのことだった。レギスはそのようなことは一言も漏らしてはいなかったし、確たる証拠もない。信用する理由がない。

 

「それにね」

 

皇女は、己が喉元に食い込んだ剣先に手を伸ばし、あろうことか強く握りしめた。

目を見張るオレの前で皇女は自分の手から零れていく赤い血を気にすることもなく、

 

「ブリザド」

 

氷の魔法を唱え、掴んでいる部分から凍らせていった。

パキパキと氷が増殖していく様は素早くオレは本能的に異常な者に恐れをなし、剣の柄から手を離して後ずさりした。皇女は、パッと皮膚が裂けて血だらけの手を開き瞬く間に完全に凍り付いたオレの剣を床に落としわざとらしく謝った。

 

「あら、使い物にならなくなったわ。ごめんなさい、貴方の武器には別のものを用意させるわ。大丈夫、これくらいいつものことだから貴方が私を傷つけたことは内緒にしてあげる」

 

そう言って、皇女は次いで「ケアルラ」と唱えると手の平の傷と首元の傷を一気に癒した。また凍らせた剣が落ちた部分から床に氷の増殖が止まらずその辺りを浸食していき周りの部分を凍らせていく。

 

「それで、話の続きだけど」

 

靴先で完全に氷の塊となった剣を横に蹴とばすと、皇女はオレとの距離を完全に縮めてきた。身長差で言えば完全にオレが皇女をよりも上だというのに、どうしてだろうか。

皇女の放つ雰囲気に負けてオレは情けなくも膝をついた。いつのまにか、見下ろしていた立場が逆転したオレは皇女に見下ろされていた。少し体を屈ませて顔を近くまで覗き込まれ冷たい指先で顎先をクイッと持ち上げられる。凛とした声がオレの名をフルネームで呼んだ。

 

「レイヴス・ノックス・フルーレ。―――神薙の血を受け継ぎし者よ」

 

全身の力を奪われる感覚だった。全神経が目の前の皇女に縫い付けられるように集中させられる。オレの意思とは裏腹に。

抗うことができない圧倒的な力。

 

抗うことが許されない力の差をまじまじと見せつけられたから圧倒され屈服したというわけじゃない。皇女自身が放つ雰囲気にオレは飲み込まれたんだ。

 

「答えて。貴方は、私の願いを叶える気は、ある?」

 

偽りなき答え〈誓い〉を、この皇女は求めている。

だが、手立てがないオレにとって皇女の言葉は藁にも縋るものだった。

 

「……本当に、可能なのか?」

 

震える声でそう尋ねた。これほどに弱弱しい声が自分のものなのかとすぐに信じられなかった。

 

オレは、諦めなくてもいいのか。

 

「推測の域で確定ではないわ。でも、可能性はある。貴方の愛してやまないルナフレーナ嬢は生きる『可能性』がある」

 

希望は、あると。

 

「……」

「貴方は、妹に生きていて欲しいのではないの?」

「生きて欲しいに決まっているっ!」

 

最愛の家族に死を願う者がいるか?

少なくともオレは違う。ルナフレーナに生きて欲しい。母上の分まで。

その為ならオレはなんだってできる。だからこそオレはこの手を血で染めてきた。

 

オレの偽りなき答え〈誓い〉に皇女は満足そうに口元に笑みを浮かべた。

 

「そう。なら誓いなさい。私が彼女を助けたなら、私の願いを叶えると」

「願い?」

「そう。私の、願い」

 

ニヤリ、と月を描くように口角が上がる。

 

「その願いとは、なんだ」

 

皇女は、口元に人差し指をつけて悪戯めいた顔をした。

 

「今、言ってしまったら叶えてもらえそうにないから、内緒」

「―――」

「答えは出ない?ならば、こうしましょう。私が彼女の命を救えたなら、その時は貴方は私の願いを叶える。これでお相子でしょう?」

 

正直不可能では、と一瞬そんな考えが頭をよぎった。

だが、それもすぐに払拭される。オレに選択権はないのだ。

 

「分かった。お前が、もし、ルナフレーナを救えた時オレはお前に力を貸そう。どんな願いでも全力を尽くす」

 

半信半疑でオレは承諾した。どちらにせよ、力ないオレはあの頑固で真っすぐな妹を救う術を知らなかったのだから。

 

「そう、約束よ」

 

皇女は、そういって大勢を戻すとオレに手の甲をスッと差し出した。

 

敬愛を示す証だが、皇女はそんなもの求めていないだろう。

ただこうすることで、約束を破るなというのなら従うしかない。

 

「オレの忠誠をお前に捧げる」

 

オレはその手を取り、軽く唇をつけた。語りばかりの契約。

 

「大丈夫よ、きっと。――神薙が不要となる時代はもう、まもなくだもの」

 

皇女、レティーシアはここで初めて年相応の笑い方をみせた。

 

彼女はオレとの約束を偽りない言葉で果たしてくれた。

ルナフレーナは生きている。代わりに神薙の力は完全に無くなりフルーレ家の役割は終わりを告げ、新たな生き方を自由に選べることができた。過去からの柵から解放された妹は溌剌としていた。

 

だからオレは彼女との約束を果たした。

彼女の望み通りに、オレは彼女に引導を渡した。

彼女の願い、それは彼女の命を奪うこと。

 

『ありがとう――レイヴス―、これで私は……』

 

肩から斜めに走った傷は深く、助からないことはわかりきっていた。オレが斬ったのだから嫌でも分かる。喋るだけで辛いだろうに、オレに礼を告げる彼女の姿は忘れることなどできやしない。

姫の仲間である男が彼女の体を抱き上げて顔を覗き込み囁くように「…レティ…」

と名を呼んだ。姫は血だらけの手で男に縋りついた。

 

『ニッ、くす……このまま、つれてって……』

『……ああ』

 

ニックスと呼ばれた男は瀕死の姫を壊れ物を扱うように抱き上げてオレの前から立ち去っていった。おそらく、地下にあるクリスタルの方へ行くんだろう。

オレの手から、赤く染まる剣がカラン!と音を立てて地面へと抜け落ちた。

 

これほどに人を斬る恐ろしさを感じたことはなかった。

たとえ、約束だったとしても相手はルナフレーナを救った恩人だ。

その恩人の命をオレは絶ったのだ。彼女から新しく与えられた剣で。

 

ふと、僅かな時間の間に居眠りをしていたようでその証拠にルナフレーナの声で目が覚める。

 

「お兄様、そろそろ出発しますよ」

「―――ああ」

 

軽く目頭を押さえて頭を振り、微睡を振り払い椅子から立ち上がる。

今日はルシスへ訪問することになっている。彼女への墓参りの為に公務のスケジュールを調整して空けておいた貴重な日だ。だからだろう、あの時の光景が夢に現れたのは。

ルナフレーナは彼女の手向けとしてジールの花束を今年も送るようだ。両手では抱えきれないくらい大きさに結局はオレも持たされることになる。

帝国から解放されたテネブラエを復興させることは決して容易なことではなかった。だが決してくじけることはなかった。新しい風が吹き始め、人々の心に新たな芽が生まれ始めたのだ。

そんな世界の人々はオレが彼女を斬ったという事実を知らずに、彼女自身の手で自害したことになっている。そういう風に根回しされたのだ。いらぬ混乱を避ける為に彼女が遺したもの。ふと、本当に、彼女は幸せだったのだろうかと考えることがある。

だから誰かに尋ねずにはいられない。

 

「彼女は、幸せだったのだろうか――。お前はどう思う?」

「……分かりません。その問いに答えられるとしたら、おそらくレティーシア様本人でしょう」

 

ルナフレーナが彼女と顔を会わせたのは、ほんの数回程度だったはずだ。オルティシエのあの混乱の中で。だから自信なさげにそう妹は頭を振って答えた。

 

「確かに、そうだな」

 

本人にしか分からないだろう。

自分の命を捧げてまでノクティスが犠牲となるはずだった運命を捻じ曲げた。それは彼女の想いからだ。オレにルナフレーナが苦手だとも打ち明けていたはずなのに、ルナフレーナを生かし、オレを帝国の楔から解放させた。

 

だが別の意味では彼女はオレを縛り付けた。

彼女はオレがこうなることを分かった上でオレを選んだのかもしれない。

自分をよく知る人物に、自分を傷つけることはできないから、と。

だから自分を知らないオレに頼むしかなかった。

 

だからわざと煽るように挑発してみせて、圧倒的な力を見せつけ、自分との優劣の差を見せつけて屈服させ、さも高圧的な態度で取引を行わせた。それは一重に彼女の優しさだった。ルナフレーナが好きではないとはっきり言っていたのも、嫌いだと直接言葉にしなかったのも、オレを気遣ってのこと。

 

遠回りのやり方にオレは知らずに救われていた。

お互いに利用し合っただけと言えばそれまでになる。

 

だが、不器用で優しい彼女の命を絶った罪を

【死を与えた役目を忘れはしない】



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游移不定~ゆういふてい~

レティーシアside

 

 

人とは慣れる生き物である。だから、心臓にドッキリしそうなイベントばかり重なると耐性がつく。私もその一例にあたる。実際、私はあの出来事から心が麻痺している。だからこれ以上もっと酷い展開があったとしてもなんとも思わないような気がしてたんだ。だから事実を受け止めた今、前よりも落ち込むことなく過ごしている。

特に色々と爆弾発言してくれたある男に関してはかなり変わった。距離は……どうだろう。変わったと言えば変わったし、さほど変化がないと言えば嘘になる。

 

「暇そうにしてるねぇ。ごきげんよう、レティーシア殿下」

「また来たの、アーデン。……給料泥棒」

 

アーデンはちょくちょくとは言わないけど、暇そうなときにふらりと野良猫のように遊びに来る。優雅にお茶タイムしてる時に限ってだ。私の嫌味をまったく気にした素振りもないこの男は図々しくも帽子を脱いで挨拶をした。

 

「いやだなぁ、オレこう見えてしっかり残業してるよ。世にいうブラック企業だから。ここ」

 

そう言って、シシィが可笑しそうにクスッと可愛らしい笑みを浮かべてアーデンの分を用意するのに対してアーデンは軽く手を上げて私の許可なく真向いに用意されている【アーデンの席でもなんでもない】椅子を引いて座り、はしたなくも私が創った【才能溢れる爆誕フルーツタルト】を「うわ、これデカ盛りしすぎでしょう」とニタニタと嫌味を言って切れやすいようにしっかりと研がれたナイフでフルーツを潰さないように自分様に切り分けてさっと皿に盛りつけた。シシィが注いでくれた紅茶で喉を潤すと、しっかりとフォークを持って口に運ぶ。

 

「うん、前回よりは焼けてるよ。前のは焦げが酷かったからね」

「だったら食べなきゃいいだけの話よ。誰も食べて欲しいなんてこっちは一言も言っていないもの」

 

そう、情報漏洩を徹底的に図ったにも関わらず、この男は現れた。しかも乙女に禁句の言葉をさらりと転がすように遠慮なく吐いてくる。

 

「あまり甘いものばかり食べていると太るよ」

「……アラネアと一緒だもん。二人で半分こするなら太らないわ。それにシシィだっているし」

 

そう言って、後ろに控えているシシィに「ねぇ?」と同意を求めればシシィは「私もそんなに甘いものは……ちょっと」と苦笑して遠慮した。

シシィとはちょっと溝があったけど彼女の方が精神面でも大人だった。あのカミングアウトから顔を合わせて、私はどんな顔して彼女と会えばいいんだろうと悩んでいたのが馬鹿みたいにいつも通りのシシィがいたんだもの。

躊躇ったのち、こそっと、昨日のことはいいの?と尋ねた。そうしたら、『それはそれ。これはこれですよ』だってさ。

 

「アラネア准将が随分とお気に入りのようで何よりだ」

 

何やら含みがあるいい方に私はピクリと片眉を一瞬動かしすぐさま言い返す。

 

「少なくともアンタとお茶するよりは話に華が咲いて楽しいわ。もうちょっと会話のボキャブラリーに長けていたら少なくとももっと有意義になっていると思うの。だからちょっと一昨日きやがれ?」

 

要約するなら、さっさと出ていけ、だ。

私の追い出しにアーデンはいらぬボケをかます。

 

「そう褒めてもらえるとは」

「褒めてないわ」

 

間髪入れず否定すると今度は開き直った。

 

「人を揶揄うのは好きだけど、ほら?オレって色々と長生きだったしルシスの王族に復讐果たすことしか頭になかったからそういうところ鈍くてねぇ」

「だからって暇つぶしに私をおちょくるのはやめて欲しいわ。S属性御先祖様」

「オレも君みたいな破天荒な子孫をイジるのは楽しくてやめられないよ」

 

シシィが私とアーデンのやり取りを訊いて「ふふっ、相変わらず仲がよろしいのですね」と可愛らしい笑い方をした。きっと私たちの言葉の意味なんて冗談と取っているんだろう。その方がいいけど、ちょっと釈然としない。少なくともこのアーデンと遺伝子上血縁関係であることが気に入らない。

だから人差し指を作ってそこからビリビリと雷を飛ばしながらこういった。

 

「じゃあそれ食べ終わったらストレス発散にサンダガ喰らって」

「ああとても美味しかった。おっといけない。用事を思い出したよ。それじゃあまた」

 

すっかりタルトを平らげたアーデンは軽やかに立ち上がり挨拶をして部屋を出て行った。

私は雷をバチバチさせるのを止めてねめつけるように閉じられたドアを睨み、自信作のタルトをフォークで豪快に刺し大きな口に放り込んでむしゃむしゃ咀嚼する。何回か噛んだのち、ごくりと飲み込んだ。美味し。

 

「わざとらしいのよ、全てが」

「でも褒めていただけましたよ。今日のデザートは」

 

我ながら自信作だと思う。才能溢れる爆誕フルーツタルトと名付けたけどシシィには不評みたい。本来なら皇女が料理するなどあるまじき行為ー!なんてテレーゼが鬼に変化してるところだけど、そこら辺は上手くお爺様におねだりして特別に許可くださった。

こっそりとお裾分けしてみたが、表情緩むくらいに喜んでくださって慌ててきりっと元の威厳ある皇帝陛下の御顔に戻られたけど。

 

「そうね。前回のはぼろ糞にけなしてくれたからね。それでも食べてたけど」

「きっとそれもアーデン様の気遣いなのでしょう」

 

暇つぶしに構ってやろうとすればするりと抜け出て尻尾をゆらりゆらりと振って勝手気ままに出ていく。そんな感じに私の所へやってくる彼とは一度だけの過ちを犯した。私が彼を拒んだことで、それは呆気なく終わったけど。

 

……最近、クペとは顔を会わせていない。

それはきっと私にあの話を打ち明けてくれた罪悪感から顔を会わせずらいと思っての行動なんだと思う。だからあえて私も探すような真似はしない。

時間が欲しいと言ったのは私の方だったんだから。

 

 

夜、アンティークなベッドサイドランプの仄かな灯りだけが室内にともる中、ふかふかなベッドの上でクペは涙ながらに私に縋りついて語った。

私が、今こうしている事実をクペは以前から知っていたこと。私が、ルシス王族とニフルハイム皇族の血を引いていることを、グラディオラス達が話し合っている時に盗み聞きしたこと。でも私が傷つくと予想して言えなかった。だから今こんな状況になってしまっていることを涙ながらに語ってくれた。

私は、小さな体をぎゅっと抱きしめて何度も柔らかな毛並みを撫でてこういった。

 

「ありがとう、私の為に。黙っていてくれて」

「なんで、なんでクペのこと怒らないクポ!?クペは、クペは、レティをうらぎって」

 

小さな手で私の服を握りしめ悲しみを露わにするクペが愛しいと思った。

彼女は私を想っていると感じられたから。

 

「裏切ってない。クペは私のことを考えてしてくれたことでしょう?どうして怒るの?」

「レティ」

 

じわりとまた涙を浮かべた小さな召喚獣を胸に抱き寄せて背中をポンポンと軽く叩いてあやした。これじゃあいつもと立場が逆ねと苦笑しながら。

しばらくその状態が続いたあと、私はクペに話しかけた。

 

「……ねぇ、クペ」

「……」

 

びくっとクペの体が震え、また私はあやして大丈夫だと落ち着かせる。

 

「他に、黙っていること、あるよね」

「……言わないクポ」

 

クペは私の胸を押し退いて逃げようとする。けど逃がしてあげない。

これは私の意地でもあったから。私は卑怯だ。自分がしていることは隠しているのに、クペに無理やり言わせようとしている。彼女が抱える秘密を知りたいと思っている。

こんなの対等な関係ではない。分かってる。それを承知で私は尋ねているんだ。

彼女との関係が、どうなろうとも。私は懇願するように言った。

 

「クペ、お願い」

「嫌クポ!言ってしまったらっ!レティはきっと!!」

 

いやいやと駄々をこねる子供のようにクペは涙の粒を振りまく。

彼女にどれだけ大切に想われてきたかが伝わってくる。

 

ありがとう、ありがとう。クペ。

感謝の言葉をいくら伝えても伝えきれないほどクペの存在に支えられてきた。

今も私の為に固く口を閉ざそうとする。けれど、それではクペが参ってしまうだろう。小さな体で今まで無理をさせてきた。私の為に頑張ってきてくれた。

私はクペの顔をすっぽりと両手で覆った。視線を合わせ、ゆっくりと言い聞かせる。

 

「それでも知らなきゃいけない」

「っ!」

「それでも、私は知らなきゃいけないことだと思うの」

 

息を呑んでクペは体を震わせた。それほどに酷な事情にクペは苦しんできたんだろう。私に伝えることをためらうほどに。それでも、彼女は召喚獣。私の願いは決して拒むことはできない。それが、召喚獣だからだ。

 

「レティ……」

「私は、大丈夫だから。だから、教えて。どうして、召喚獣達は私に力を貸してくれるの?無条件で」

 

誰がどう考えっておかしい。無条件で神である召喚獣達が私の願いを叶えてくれるわけがない。人であるただの私に。裏を返せば、理由があるから彼らは私に甘いのだ。優しいのだ。そうせざる負えない理由が、私にあるのだ。

 

「そ、れは……」

 

言葉を詰まらせる彼女を急かすことなく、じっくりと待つ。

 

「……それ、は…!レティ、が」

 

私が、なに。私は、何者。

 

クペは声を震わせて真実を明かしてくれた。

 

「………―――の生まれ変わりだからクポ」

 

一体どのくらいの時代の話なのか。少なくとも王が七神から力を授かった時代よりはもっと古いはず。……途方もない話だ。とても現実的とは思えない内容でよくできたドラマの台本の設定とでも言える。もしくは小説の中での話。だが、納得できしてしまう。

 

なぜかって?それは自分のことは自分が一番よく知っているからだ。幼い頃から、私だけは異質だった。私だけが皆と違っていた。

私だけが一人で取り残されていた。だから閉じ込められていた。

ずっと、もらえない愛を求めていた。

 

求めていた、けど誰も彼もが、私を見てはくれない。

私の形だけを私の名前だけを、求めて、ただのレティを求めてはくれなかった。

 

分かっていたよ。私は、普通じゃなかった。産まれから容姿から立場から状況から何もかもが。決して人ではない。私がなぜ召喚獣に慕われるかも、なぜ、この体は枯渇しない魔力に満ちているのかも、なぜ私がクリスタルに選ばれているのかも。全ての辻褄が重なった。

半狂乱とか、泣き叫んだり、喚いたりできたらどんなに良かったか。

けど納得できてしまったのだ。だから、私はこう呟くしかなかった。

 

「………そっか」

 

色々な意味を含めた一言だった。

 

空音だったら良かったのに、と残念がる私がいたのは事実。両手の力が抜けていくように顔から手が離れ若干声のトーンが低くなったことで私がショックを受けたと思ったクペは慌てて私の手を掴んでフォローに入る。

 

「でも!レティはレティクポ!クペが知ってるレティだけクポ!」

「わかってる」

 

自分でも冷たい声に驚いた。可哀想に、クペはびくりと怯えるように体を震わせた。

私は、誰でもない私だ。その自覚はある。けど、いつか、その何かに支配されてしまうのではないかと危惧してしまう。私が、私で無くなったら、それは、私ではない。

これは不安か。それとも諦めか。

 

「……レティ、……クペはレティが大好きクポ……」

 

一生懸命に気持ちを伝えてくれていた。でも、私はそれが、その時だけは非常に苛立った。だって、それは植え付けられた疑似的感情から来るものじゃないかって懐疑的になってしまった。彼らが私を慕ってくれた根本の理由は、私が生まれた理由にあるんだから。だからクペがいう、【大好き】が信じられなかった。信じたくなかった。初めて、その友情に疑いがうまれた。彼女も、私ではなく、違う私だから慕ってくれていたのではないか、と。

 

「うん。私も好きだよ。大丈夫大丈夫だよ。きっと、何かあるって分かってた。でも私はただ逃げていただけなんだね。全てのことから。もう逃げちゃいけないんだね。そう、私はそういう宿命にあっただけなんだよ」

 

自棄っぱちになって早口でまくし立てるようにクペに言った。

自分から知りたかったこと。聞けて良かったはずなのに、どうしてか感情がぐちゃぐちゃに乱れた。

 

「……」

「私はずっと不思議に思ってたの。どうして彼らは私を愛してくれるのかどうして彼らは私を慕ってくれるのか。やっと理由がわかってほっとしちゃった。うん、スッキリしてる」

「………」

「でもね、もう少し、だけ。時間が欲しいの。いつもの私に戻るまで」

 

そう言って私はクペの手から逃げるように手を退いて、自分の顔を両手で覆った。

それ以上、何も言われないように。私の顔を見られないように。

 

私は、クペから、逃げた。

 

「……レティ……」

 

縋るような声で私の名を呼ぶ彼女から私は逃げた。

無視して自分の体を抱えるように体を縮こまらせた。全てをシャットアウトさせるように。暫くして、クペの気配は蝋燭の灯をフッと息を吹きかけたかのようにか細く、消えた。

 

「結局、……私が、私だから愛してくれる人はいない」

 

少しだけ顔を上げて、私は自嘲気味に笑みを浮かべた。

 

「誰も、いない」

 

これだけ広い部屋なのに、また鳥籠に戻ってきた。場所は違うけれど意味では同じだ。

 

何処まで落ちても、私は結局、一人になる。

大切だった人を死なせてしまって、大切だった人達から恨まれて憎まれて、大切だった友達さえも傷つけてしまった。

 

「一体、なんで生きているの……?」

 

私の呟きに、応えてくれる人はいなかった。

 

【いっそのこと心を凍らせられたらいいのに】

 

 

帝国には影が満ちている。染みついた匂いはちょっとやそっとじゃ簡単に取れない。

しかもその匂いに気づけるのは極極一部の者のみ。私?

勿論、気づいた。匂いというか、シ骸の気配にね。何度も戦闘をこなしているから気づけた事も理由だろうけど、他にもあると思う。それは私自身が死を纏っているからだ。

まだ『彼女』の自覚なんてない。ただ、そうなのかと受け止めただけで『彼女』になりたいとも考えていない。

ただ、流されている自覚はあった。誰も彼もが私に何かを託そうとする。

押し付けようとする。面倒だと突きとばせはいいのに、私はそれさえも面倒だと思った。だから流されるままでいようと半分自棄になってしまった。

 

皇女として最初で最後の仕事を頼みたいと私は、ヴァーサタイルに頭を下げられた。彼のすぐ傍に寄り添うように佇むシシィも共に私に頭を垂れて「お願いいたします、姫様」と声を震わせながら懇願してきた。

 

この帝国に巣食う闇を払い、願わくは帝国に終わりを迎えさせてほしい、と。

 

どうしてそのようなことを頼んできたか。理由はこの帝国の闇そのものに直結していた。

何処まで降りてきたのか分からないほど深い地下につくられた実験場のような研究所『ラボ』に私はシシィに先導されて連れてこられた。神妙な面持ちで「どうか姫様、私を信じていただけますか」と頼まれては無下にできない。短い間だが、彼女には世話になっているのだ。珍しく彼女からの願いに私は了承して黙ってついてきた。

元々機械に特化した国とは情報として知っていたとしても、いくつものゲートをくぐってパスワードを入力して進む先にどんどんと瘴気が濃くなっていくだけでヤバイもの創ってるんじゃなかろうかと或る程度の覚悟はしていた。使われていない休憩室、いくつものモニターが並ぶ監視室。使われてからかなりの時間が経過している研究室など。

人気の感じられぬ地下には不気味な機械音とシシィと私の歩く音が響き渡った。

どれくらい歩いただろうか。

けど実際に見て見ると、思わず口元覆うほどの衝撃を受けた。

 

その先に見たものは、……生命を根底から否定させるものがずらりと並んでいた。

所謂、アレだ。試験管ベビーだ。

母たるお腹の中で十月十日時間をかけて育まれる小さな命たち。、無機質な硝子の中で人工的に産み出されその命は、何に利用されるのか。

ガラス越しに嫌でも目に入るいくつものチューブに繋がれた小さな体。

成長途中で死んだものがそのままになっているのか。辛うじて生命維持装置だけはそのままにしてあるのか。何とも悪趣味で吐き気を催す。

 

非道そのものなことを命令したのは、イドラ皇帝なのか。

 

「……。あの人は、一体何処まで堕ちれば気がすむの」

 

我が祖父ながら、やることが悪役すぎて褒め言葉もでない。

私の辟易とした呟きに「イドラだけを責めないでやってくれ。儂も、イドラを唆した一人なのだ」とあまり交流のない相手、ヴァーサタイルがまるで私を待ち構えたかのように姿を現した。シシィが私から離れ、ヴァーサタイルに「御父様」と心配そうな表情で近づいた。

 

「シシィ、いい。事実なのだ」

 

自分の腕に縋りつくシシィの肩を抱き寄せて気遣う姿はまさに親子。だが訳ありの親子のようだ。まぁ、ツッコミたい所もあるが先にはっきりさせておきたいところがある。

 

「シ骸の気配がするわ。残り香だけど。まさか、ここで捕まえて実験でもしていたの」

 

私の指摘にヴァーサタイルはあっさりと「行っていた」と過去形で認めた。

 

「それは今は行っていない、と解釈してもいいのね」

「ああ。我らではシガイは手に負えないことはわかった」

 

それは利口ことだ。分不相応という言葉はそのためにある。

シ骸がどのように産み出されたかなんて、今の人間が知ることはないでしょう。

実際、私も知らない。ただ、漠然とそうなのだと思うのだ。……きっとこれも影響か。

 

「…これらは…魔導兵にでも利用してるのかしら」

「いや。もう創ってはおらん」

 

私に静かな追及にヴァーサタイルはあっさりと答える。

 

「……それは帝国にとってかなりの痛手でしょうね。駒が減るんだから」

 

今も増産されてると言ったら、すぐにでも潰すつもりだった。

偽善からじゃない。ただ、胸糞悪いからだ。このような力に頼っている時点で皇帝の名など相応しくない。私とイドラ皇帝は同族だ。だからこそ、身内の不始末は私の手で行わなければならないだろう。そう考えていたのは私だけでないらしい。

祖父と腐れ縁らしいこの年老いた研究者なりに考えるところがあるらしい。

 

「だからこそチャンスなのだ。レティーシアよ、この国を見てどう思う。先があると思うか?」

「ないわね」

 

嘘を言っても意味はない。この国に未来はないだろう。今のままでは。遅かれ早かれノクト達は必ずこのニフルハイムを攻めに来る。クリスタル奪還を名目に。

私を、討ち取りに来る。

 

「もはや我らの大船は沈みかけている。舵取りなども不可能だ。だが、最後の責任としてこの帝国を終わらせなければならない」

「……なら、貴方がやればいいでしょう。私には関係ないわ。幾ら後継者と望まれていても今の私に力はないもの」

 

大体、面倒だ。何を好き好んで重い荷物を背負わなければならないのだ。

義理は果たした。私はさっさと地上に戻ろうとヴァーサタイルに背を向けて元来た道を戻ろうとした。突然、ヴァーサタイルは予想外の言葉を投げかけてきた。

 

「……王子一行の中に、プロンプトと名乗る青年がいるな」

「っ!」

 

僅かにシシィの息を呑む声が漏れた。

だがそんなもの、どうでもいい。奴が言った名前こそが起爆剤となった。

 

「……彼に何かしたら許さないわ」

 

凍てつく冷気が辺りに充満し、詠唱なしに放ったブリザラによる氷の刃が十数本ヴァーサタイルを囲んで浮かぶ。ヴァーサタイルは焦り一つ見せずに軽く私を宥めた。

 

「そう殺気だすな。シシィが怖がっている……。彼は赤子のころ養子としてアージェンタム家に引き取られたのだ。儂がその手引きした。少しでも生き残れる可能性を与えたかった。ここにいては何れ意思無く魔導兵の核となってしまうからな。」

 

シシィを庇いながら、ヴァーサタイルは淡々と告白してきた。

 

「出鱈目を」

「彼は、この研究所出身だ。ここにいる、シシィと同じように」

「………」

「ただの自己満足にすぎん。全てを救えぬ愚かな儂はただ、ほんの一握りでも助けられたらと」

 

そう言ってヴァーサタイルは自分の腕にしがみ付く幼子のような顔をするシシィの頭を愛しむような視線を向けて撫でた。瞳を緩ませシシィは「御父様…」とか細い声で縋るようにヴァーサタイルを見上げた。

 

目に見えぬ絆に繋がった親子。

 

私が、喉から欲しくても得られなかったもの。

 

胸が、チリチリと焦げている感じがした。

見ていて腹立たしさと、苛立ちと、羨ましさなどがごちゃ混ぜになって嫉妬心となって燃えていて私は見ることすら苦痛であからさまに視線を逸らす。

 

「レティーシア。お前は彼がこの帝国出身であることを、知られたくないのではないか」

「……」

 

五月蠅い、五月蠅い。

だから私にどうしろというんだ。自由になりたいだけなのに。誰もが私に足枷を強要させる。

 

「姫がこの帝国に引導を渡せば、それで全てが闇に葬られる。彼に知られることもない。遅かれ早かれ王子達がもしこの帝国に乗り込んでくるようになったなら、彼らはいずれ知るだろう」

「………鳥籠の私にどうしろと」

 

爆破でもして証拠隠滅でもしろと?

ああ、其れよりももっといいものがある。メテオを落とす。

一発で滅びるくらいのを空から落としてやろう。そうすれば、皆、死滅だ。

連帯責任でちょうどいいくらいに、清々しい。

 

「それはレティーシアが考えて行動しろ。お前にはそれだけの発言力と後ろ盾がある。何より、お前はイドラの後継者だ」

「…ハッ、狸爺が」

 

吐き捨てるようにそう言って私は今度こそ二人に背を向けて歩き出した。おそらく出る分にはパスコードを入力する必要もない。もし、出られないのなら壊すだけだ。

 

何処までも勝手な人間。勝手に期待を掛けていざとなったら私を捨てるのだ。

だから協力してなんかやらない。自分たちで勝手にすればいい。

 

「姫様……!」

「……ゴメン。シシィ、もうちょっと、考えさせて」

 

もう、疲れた。何もかもが。

私は逃げるようにそこから立ち去った。

 

 

私はクペがいない夜を過ごすのは久しぶりだった。いつもより冷たい寝床は寒くて、ベッドの中で丸まるようにして眠っているがうまく寝付けない。クペが私と出会う前と同じに戻っただけの話なのに、彼女の存在にどれだけ私が依存していたか思い知る。そして馬鹿みたいに落ち込むんだ。あんな態度取るべきじゃなかった。傷つけたかったわけじゃないのに。今更謝ってきっと許してはくれない。

もう、何も考えたくなかった。

ただ肩書が増えたと思えは心も軽くなる。そう、私に抗う術はない。抗おうとしたけど無駄だった。もう、力を出すのも億劫だ。だからもう受け入れてしまえと私は諦める。

最初は、ルシスの王女。次にニフルハイムの皇女。そして、最後―――の生まれ変わり。

 

ほら、たったこれだけのことだわ。

……ああ、そういえば他にもあった。

アーデン・イズニアの正体。彼もまた、運命に翻弄された一人だった。

 

夜、突然の訪問だった。普通なら異性を引き入れることなんてしない。恰好もネグリジェだしいかにも襲ってくださいと言わんばかりの恰好。無防備な状態だったのに、私は彼を引き入れた。浅はかだった。ただ、話し相手になってほしかっただけなのに。

 

「オレの、本当の名は。アーデン・ルシス・チェラム。かつてルシス王家の人間だった。オレは当時に流行していた病気の原因である虫、と言ってもシガイなんだけどね。それを体に取り込んでしまったことでクリスタルから拒まれた。だから王位に就くことはできなかった。……そこまでは仕方ない。元々重苦しいものは苦手でね。そうなのかと納得はした。けど、病気は一向に収まることはなかった。だからオレは病で苦しむ人の所に赴いてはシガイをオレの体に吸収して病を取り除いたりして回った。感謝の言葉を送られるたびにオレにもやるべきことがあると逆に勇気づけられたよ。けど、当時の王の考えは違ったらしい。オレの存在そのものが世界に悪影響を与えるとオレを一方的に攻め断罪した。理由さえ言わせてもらえなかった。だから」

 

彼は、王家を滅ぼそうと憎んで不老不死となった体で、ただ王家だけを憎み続けてきた。

 

「レティーシア、オレは一度絶望しかけたんだよ。長い歴史の中で、歪んでしまった。だがアルファルドのお陰で人としての自分を少しだけ取り戻せた」

 

私の父であるアルファルド皇子は、アーデンの異質な力を見抜いていたらしい。それでも皇子はアーデンを拒まなかった。むしろ、その力を個性と言ってはアーデンの度肝を抜いたらしい。皇子との出会いから友人となるまでの馴れ初め、そこに至るまでの彼と思い出話。長く気の遠くなるような時を生きてきた中で初めての友人だと語るアーデンの表情は始終和やかだった。

 

そんなアルファルド皇子が病により帰らぬ人となる前に、残してきた恋人の身を案じた

 

王族に裏切られ王族を滅ぼすだけに囚われていた彼は、ふと私の存在に気づいたそうだ。

私が、アルファルド皇子の血を引いているならもしかしたら、自分を止める存在になるのではないかと。私が、彼女の生まれ変わりであることを知った上で賭けに出たそうだ。

 

私が何も自覚せずにいるのならこのまま復讐を続ける。

 

でも、少しでも自覚の欠片があるのなら、託すのも悪くはない、と。

結果、彼は賭けに買った。だから彼はノクティスを殺すつもりはなくなったらしい。代わりに私に願った。

 

「……チャンスは今しかないんだ。レティーシア、オレの意識が飲み込まれてしまう前に君の力でオレを殺してほしい。君のその力で」

 

全てを終わらせて欲しいと。

私なら、最悪なシナリオだけは避けられるんだってさ。

 

「……誰も彼もが、私に願うのね。私の願いは叶えてくれないのに」

「君の願いは」

 

静かに問われ、私は口を開いた。

 

「私の、願いは……自由に、なること」

 

幼い頃からの願い。ずっと、夢見てきた。鳥籠の内側から、大空に羽ばたくことを。

でも、アーデンはノクトの名を出す。

 

「ノクトを救うことじゃなくて?」

「………ノクトは、私を殺しにくるもの。皆、私を恨んでいるはずだわ……。今更、私の助けなんかなくても」

 

アーデンは、私の本当の願いを知っていた。

ノクトを救いたい、それは願いではない。ただの言い訳。

自由になりたい、それは願いではない。ただの

 

「君が、本当に欲している願いとはなんだい」

 

それは。

 

「私を、……愛して欲しい……。本当の、私を……」

 

吐露した言葉こそが偽りない言葉だった。

苦しくて切なくてどうしようもない心は救いを求めている。

 

「……っ…」

 

嗚咽を漏らし、肩を震わせる小さな私をアーデンは抱きすくめた。

 

「ならオレが……君を愛そう」

「……」

 

それは魔法の言葉。

背中を介して肩に回された手に力が籠められた。

 

「オレは、本当の君を知っている。ルシスの王女でもニフルハイムの皇女でも彼女の生まれ変わりでもない、素のままの君を、オレは知っているよ」

「………わたし、は」

 

縋ってもいいの。落ちてしまってもいいの。

俯かせていた顔を少し上げると、彼と見つめ合う形にとなった。

 

「レティ」

 

バリトンボイスの声は非常に心地がいい。この声が嫌いだった。聞くのも虫唾が走るくらいに。でも今は、この上なくこの声に聴き入っている自分がいる。

だってその名を呼んでくれる人はもう誰もいない。

 

どうせ、私に居場所などないのだから。いつか、殺されてしまう命なら全て使い切ってしまおう。……そうすれば、ノクティスもきっと許してくれるかもしれない。

私が完全にいなくなれば心から笑ってくれるかもしれない。

 

「ノクティス」

 

私は、もう彼を愛称で呼べないんだ。私と彼は敵であり家族ではなくなったもの。

ノクティス、ノクティス、ノクティス。

 

彼を心の奥底から求めている。こんなにも求めているのに。

私には、もう手が届かない。彼は、あの人のもの。これは愛情ではない。ただの契約だ。分かっている。分かっているんだ。けれど、どうしようもなく彼に縋りたかった。

目の前の現実に押しつぶされそうになった。苦しかった。

自由になりたいと願ったところで、本当の自由など私に得られないことは分かっている。

だったら、残された願いは、ただ『愛して欲しい』。

 

「その名は、今は言わないでほしいな」

 

耳元でアーデンはそう囁いた。いつの間にか私の片頬に手がそえられていて腰にもう片方の腕が回され密着度はさらに増している。それこそ、お互いの唇が触れ合える距離に私達はいる。

 

「……アーデン……」

「お利口さんだよ、レティ」

 

塞がれる唇の温かさが徐々に脳を麻痺させていく。

 

溺れてしまえ。そうすれば、私はただ、愛される温もりに浸れる。

私だけを愛してくれる人。それは誰でもいいんだ。

 

するりと少しだけ開いた先からあっさりと侵入してくる舌が私の舌を絡めとるように強引ではなく、丁寧に隅から蹂躙していく。

 

誰でもいい。

誰でもいいから、私を、愛して。

呼吸を送ってくれる人。息をしていいと囁いてくれる人。

 

私は逃がしてしまわないように彼の首に腕を回して、求めるように後頭部にしがみ付く。

より一層深くキスと、何度も角度を変えて絡ませる吐息と交り合う唾液。体が熱い、迸るような熱さが内側から私を狂わせる。

 

「ちょっと持ち上げるから」

 

そう言ってアーデンは私を軽々と横抱きに抱え上げるとそのまま何処かへ運ぼうとする。

ぼうっとする頭。熱に浮かされ抵抗しないままの私を丁寧に降ろした先はベッドだった。そのまま覆いかぶさるようにアーデンが横たえられた私を逃がすまいと閉じ込める。

 

アーデンのキスは目元へ頬へ下へ下へと行く。首筋をぬるりと這う舌が熱く感じた。そのまま鎖骨へ、胸元へと這うように丁寧に彼の這うようなキスがくる。彼の剃っていない髭がチクチクと地味に刺さって痛い。

痛い?……痛みが急な熱さから冷静さを取り戻させる。

 

今、私を押し倒す男は、誰だ。この先に待つ情事を一体誰と行っている。

私が、本当に求めている人は、誰。

 

「………」

 

ノクティスではない、蒼く深く吸い込まれそうなビー玉のような瞳ではない。私の王子様ではない。榛色の、癒えない傷を宿した瞳を持つ男。王家から追放された男。

 

決して、私が夢見た王子様ではない。

 

「違、う」

「……?レティ」

 

怪訝そうに、アーデンが私の名を呼ぶ。

 

違う、違う。この声じゃない。

私を見つめる瞳はこの色じゃない。

 

冷水を浴びせられたごとく、私は自分の過ちに気づいてしまった。

 

「ち、が………」

 

いつも助けてくれたのは、彼じゃない。榛色の瞳じゃない。

彼じゃない。私が愛して欲しい人は、彼じゃない。

 

くしゃりと、紙を手でつぶしたかのように私は表情を歪めた。

 

「のく、とぉ……」

「……レティ…」

 

アーデンが困ったように眉を下げた。私は、酷い女だ。盛り上げるだけ盛り上げておいて、今さら別の男の名を呼ぶのだから。

でも求めずにはいられない。目頭が熱くなり、じわりと涙が目の端に浮かび上がる。

 

「のくと」

 

嫌いになっていても構わない。私を憎んでいても構わない。

私の命を求めてきても構わない。

 

ただ、会いたいの。

私が欲しい人は、アーデンじゃない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめん、なさい」

 

顔を覆って泣きじゃくる私を見下ろすアーデンは「今さら卑怯でしょ…」とぼやいて、私の腕を掴んで引っ張り上げると彼は私を少し持ち上げて胡坐をかいた膝の上に乗せた。

 

「!」

「泣きたいなら泣けばいい。君はまだ人だ」

 

ポンポンと頭を撫でられ、舌が上手く動かせなくて舌足らずに「……あーでん」と呼び縋りつく私は、幼子の様に声をあげて泣いた。

 

「難儀な子だなぁ……これじゃあ、手なんて出せるわけない」

 

アーデンは私が眠りにつくまで傍にいてくれた。

 

泣いたことで目元がヒリヒリして突っ張るような違和感で瞼を開き少し倦怠感を伴う体を起こして、自分はちゃんとベッドに寝かせられていたことに気づく。

流石に朝になってまで彼の姿が近くにあるとは思っていない。

 

けれど、すっかり忘れて行ったのだろう、残されていたのは彼の愛用の帽子が目についた。枕のすぐ横に無造作に転がっていたのをそっと、手を伸ばし潰れないよう力を抜いて大切に胸に抱きしめた。

 

彼の、優しさが胸に沁みた。

 

【愛し唄】




その他

ルナフレーナ・ノックス・フルーレ

正当な神薙であり、星の病の進行を遅らせることができるとされているフルーレ家の姫。政略結婚で決められたノクトの婚約者であり、次期ルシス国妃と期待されていた。属国であるが自分の使命にしっかりと向き合っている。レティとの直接の面会はないものの、幼少の頃のノクトの話の中で大切にされていると記憶している。

ゲンティアナ

黒衣に身を包む神秘的な雰囲気がある女性。幼き頃よりルナフレーナの成長を見守っていた。色々と個人的に画策してる模様。執着心は誰よりも強い分、冷酷になる。だが制約に縛られているので目立って動きはできない。

アンブラ&プライナ

ふわふわな毛並みの黒と白の犬。アンブラはノクトとルーナの交換日記を運ぶ役目を担っている。電話手段もあるが、あえて待つ楽しみの為にこの方法を取っているらしい。プライナは現在別行動中だが元気な模様。


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隔靴掻痒~かっかそうよう~

全てが嘘だと言えたらどんなに良かったか。けど後悔したところで全ては終わったこと。何より、召喚獣である彼女はそういう風になっているのだ。決して主の意思に背いてはならない。その願いのままに動き、忠実であり続ける。遥かなる創世から全てが始まった。

 

真実を知った彼女がどのように事実を受け止めるのか、クペには分からなかった。

 

心が苦しいクポ。どんな時もずっと一緒にいるって誓ったくせにクペは逃げてきたクポ。レティがクペを拒んだから、

喧嘩。レティとの喧嘩なんて初めてクポ。ずっと小さい時から一緒だったのに、クペはレティをずっと騙してしまったクポ。

 

クペはレティに拒まれたことがショックで一人別の場所へと転移してトボトボと小さな足で当てもなく歩いていた。周りの風景など視界に入らない。今日が何日なのかも分からない。自分の毛をいつも手入れしてくれる親友はおらず、艶々だった毛もぼさぼさと汚れたりしている。

 

クペがレティの髪を手入れしていたように、レティもクペの毛を手入れしていた。

 

『クペの毛って柔らかくてお日様みたいな匂いがするの。大好きだなぁ』

 

そう言ってクペを抱きしめるレティは幼い頃から変わらなかった。

クペが大好きなレティだった。

 

クペは……、一匹モーグリクポ。

 

「…レティ…」

「ちょっと。アンタどこ行こうとしてるの」

 

聞きなれぬ声と共に背中をグイッと掴まれてクペは我に返り手足をバタバタさせて驚いて自分を捕まえ上げた者を見上げて、大声を上げて驚いた。

 

「あ!お前は」

「やっほー」

 

クペに対して馴れ馴れしくひらひらと手を振って挨拶するのはアラネア准将と呼ばれる女だった。アラネアは右手でクペの背中を抓みあげ自分の目線まで持ち上げると暴れるクペにこういった。

 

「あのまま歩いてたら海に落ちてたわよ」

「う、海?……一体、どこクポ?」

 

言われてみれば、磯の香りが風に乗って鼻先を掠り自分が転移してきた場所が分からずにいた。だが何となく見覚えのある桟橋でクペは丁度その桟橋が終わるところで捕まえられていることに気づいた。

 

「ここはガーディナ渡船場の桟橋よ」

「………クポ」

 

だらりと脱力してしまったクペは力なく項垂れてしまった。アラネアはクペをその場にしゃがみ込んでクペを床へとそっと下しクペはペタンとその場に座り込み膝を抱えて丸くなる。クペがズドーンと暗い影を背負った姿を見て、アラネアはズバリクペの心情を見切った。

 

「もしかして、レティと喧嘩ってとこ」

「関係ないクポ!!放っておいてクポっ」

 

普段は糸目な癖に怒ると目がカッと見開き、くわっと小さな歯をむき出して威嚇する姿はとてもレアで、レティの話題作りのためについスマホをかざして写真を撮ろうとしていたアラネアはハッと我に返って一枚だけ写真に収めてポケットにしまった。

 

「あら、そう。残念ねぇ、もうちょっと根性あるかと思ったけど私の見込み違いかしら」

 

ワザとらしく挑発するようないい方にクペは見事に引っ掛かり食って掛かった。

 

「何が言いたいクポ!?」

「喧嘩したくらいで何をしょげてるのかって言ってるのよ」

 

ぐさり。

地味にクペのハートに突き刺さる言葉。クペはこらえていた想いが溢れてくるのを止められずに声を上ずらせる。

 

「お前に何が分かるクポ!レティは、レティは……!」

 

召喚獣でありながら、誰よりも小さく弱虫でそれが一番のレッテルだった。レティと出会ったことでもっと強くなろう、レティの隣にいられるようにと自分を律してきた。

だがずっと罪悪感が付きまとっていたのだ。自分を親友だと言って慕ってくれるレティを騙していたこと。いや、騙しているつもりなどなかったのだ。だが結果的にレティを嘘をついてきていたのは事実。

 

言いたい、レティに真実を伝えたい。

けれど、クペは口に出すことさえできない。

 

もどかしさとじれったさ、後ろめたさにクペは小さな胸を痛め続けてきた。それでもレティの傍に居たいと願ったからだ。

 

じわりとまた涙が浮かび上がらせて一生懸命に手でグシグシと涙を拭いてクペはグスンと鼻をすすった。アラネアは「仕方のない子」とため息をついて女のたしなみである、チョコボ柄のハンカチをクペに差し出した。クペは戸惑いつつもそれを受け取って涙を拭いた。ついでに鼻もズビー!とかんだ。アラネアは、「返さなくていいから」とニコリと笑顔で付け足した。それからクペが落ち着くまで根気強く待ってからアラネアは確信を込めて言った。

 

「クペがレティを好きだという気持ちを疑われて悔しいってとこかしら」

「!?」

 

ズバリ当たりなわけでクペは声に出せなかった。

 

「悔しいならもう一度喧嘩してちゃんと自分の気持ちを伝えればいいじゃない。一度で分かり合えないならもう一度ぶつかってくればいいでしょう。クペがシヴァに命じられるがまま義理で付き合ってきたわけじゃないのは私も知っているし誰よりも努力家なのは私が保証するわ」

 

まさか人間であるアラネアからの【シヴァ】という召喚獣の名にたちまち警戒心を露わにしたクペは羽根を羽ばたかせてすぐにアラネアから距離を取って飛び上がった。

 

「…どうしてシヴァのことまで……お前は一体、何者クポ!」

 

アラネアは「よいしょっ」と声を上げて立ち上がり、悪戯めいた瞳で口元に人差し指を当てた

 

「まぁ、暴露にはちょうどいいけど素直に教えてあげないよ。……あえて言うなら竜騎士ってのがヒントかしら」

 

最後のヒントでピンと来たクペは全身の毛を逆立てて大声を上げてしまった。

 

「!?まさか、………けんしっ!もごごっ!?」

 

けど最後まで言わせないのがアラネア様である。素早くクペの口元を手で塞いで

 

「はい、そこまで。それ以上は駄目よ」

 

とストップをかけた。

 

「所謂お忍びだから、私。今の方が羽根も伸ばせるし思う存分レティとガールズトークできるしこっちも楽しんでるのよ」

 

今のアラネアの姿とクペが知っている召喚獣とはとて同一人物だとは思えないほど天と地の差だった。だが何となくアラネアが纏う雰囲気に覚えがありそれが人間が放つものではないと知ると、ああ、やっぱりそうなのかと納得せずにはいられない。だが疑問が残る。

だから失礼と思いつつも尋ねずにはいられなかった。クペは「ぷはっ」と息を吐いてアラネアの手を外させてから「なんで、女、クポ?」と質問をした。

 

「あら、私達に性別なんかないのはクペがよく知っているでしょう。そっちの方が人に都合よく見分けがつくというだけの話よ」

「……辛辣ないい方クポね」

「気に入らなかったかしら。クペは人間びいきが強いのよね。王子達と長年つるんできたんだもの。仕方ないわ。でも覚えておきな。私達がこの世界にい理由を。決して人とつるむためにいるわけではないのよ。私達には課せられた使命でしかない。レティの意思こそが我らにとってもっとも重要かつ優先させるべきもの」

 

最後の台詞で何となくアッチの素が混じってるなと感じたクペは仕方なく頷いた。

 

「……わかってるクポ。レティもだからクペに尋ねてきたクポ。自分の本当のことを」

「…それで、レティはなんと」

 

茶化していた態度と一変してアラネアは恐ろしく真剣な顔つきに変わった。

 

「………時間が欲しいって」

 

クペは、萎縮しながらもなんとか言葉に出した。それに対しアラネアは顎に手を当てがって思案顔になり「…ふぅん…」と意味ありげに目を細めた。

 

「……なら丁度いいわね。拾い物もしたし帝国に帰るか。クペも来なさい」

「拾い物?でも、クペは……」

 

クペの煮え切らない態度にアラネアは一喝した。

 

「あのね、レティが本当にクペのこと嫌いになるわけないでしょう!小さい時からレティが一番頼りにしてたのは、一体、誰?」

 

クペは言われてハッと泣きそうな弱弱しい声で、言い返す。

 

「………クペクポ」

 

ぐいぐいと片手に持っていたハンカチで拭ってクペは、また鼻をすすった。

 

「でしょう。だったら胸張って言ってやりなさい。自分がレティの傍にいるのは誰の指図でもない。自分の意思だって!」

「……なんだか、変な感じクポ。アラネアにそう励まされるのが。いつも偉そうにしてる癖に」

 

くぐもった声でクペはそう言い返すのが精一杯だった。

だが、先ほどよりは心は晴れやかなものになった。すうっと軽くなり、自分が言いたかったことを伝えていなかったことを思い出す。レティは現実から逃げたかった。クペもレティに嫌われたと思って逃げた。

 

所詮、やっていることは同じことだったのだ。

逃げることはいつでもできる。けど、自分の気持ちを伝えてからでも遅くはない。

というか、逃げたくない!

 

やっとやる気が出たかとアラネアは口角を上げてクペの嫌味に軽口で返した。

 

「そうでしょう。私も変な感じよ……。ん、誰かしら」

 

タイミングよくなる携帯の着信音。

アラネアはそう言ってポケットから携帯を取り出し「はい、もしもし」と電話に出ると途端に表情を露骨に歪めた。どうやら、話したくない相手らしい。不機嫌そうに声のトーンを落として

 

「何か用。こっちはすぐにそっちに帰る予定なんだけど……ハァ?ミスリル鉱石探しぃ?なんで私が!?……嫌よ、せっかくケーキ買ったのに腐っちゃうじゃない。……っチ!しっかり倍額にしてくれるんでしょうね?嘘だったら……斬り落とすわよ」

 

 

どこを斬り落とすクポ、とは訊けないクペは最後の脅しでブチっとボタンを押して一方的に電話を終了させてアラネアから少し離れた。それでもってアラネアはホテルの方へと向かって歩き出し、ベンチに座り込んでいる男に向かって大声を上げた。

 

「ニックス――!一仕事増えたわー」

「帝国に戻るんはずじゃなかったのか!?」

 

アラネアの声に反応してぎょっとした顔でバタバタと慌ただしく駆けてくる男、ニックス・ウリックは

 

「仕方ないでしょう。王子をオルティシエに行かせるためにミスリルがどうしても必要らしいから。代わりに取ってきて配達してもらってこれで任務終了よ!」

「またあの王子か!……オレはいつになったらレティに会えるんだ……」

 

ニックスは悲観し頭を抱え込んだ。色々と彼なりの葛藤があるのだろう。

アラネアがニックスの背中を景気づけに力込めて叩き、「イタ!」と

 

「男が嘆かない、みっともない。それとクペ、アンタも一緒に来なさい」

「クポ?!」

「ミスリル取ってきたらクペに配達してもらうわ。クペならバレないように置いてくることは可能でしょう」

 

なんて人使いの荒い竜、じゃない、竜騎士、とは言えないので心の中で愚痴る。

 

「それは、できるけど……。何、人の顔ジロジロ見てるクポ?」

 

ニックスとは初対面だがあまり凝視されるのは好きではないクペ。

これでも立派な女子なのだ。何やらノクトとも対面しているようなのでそれなりに召喚獣に対しての知識は備わっていると見た。だからこそ、ニックスが自分に用事があるとは思えなかったのだ。

 

「……お前、もしかして、召喚獣、なのか?」

 

いつぞや、ハンマーヘッドで見かけた配達召喚獣だと気付いたのだ。だがクペとしては面識はもちろんないので若干警戒心はある。

 

「……そう、だけど何か用クポ?」

 

怪訝な顔をするクペにニックスは鬼気迫った顔で、

 

「レティのこと知ってるんだよな?お前、今レティがどうなってるか教えてくれっ!」

 

と言ってクペを両手で捕まえた。

切実に訴えかけたつもりだった。だが、最初の一手がマズかった。

レディを鷲掴みにするのは禁じ手。

 

「ちょ、誰クポ!?っていうかいきなり何するクポ!」

 

クペは遠慮なしにぺちぺちビンタかます。ニックスは受け身すら取れずにまともにくらい「いだだ!」と声を上げてクペを離した。

 

「いきなり鷲掴みにするなんて失礼クポ!まず名前から名乗るクポ」

 

クペはフン!と鼻を鳴らし、アラネアはワタワタと買い込んだ荷物に悪戦苦闘している部下二人にこういった。

 

「ぱぱっと終わらせてささっと帝国に戻るわよ!」

 

その後、高速でぶっ飛ばした飛空艇でミスリル採掘に乗り出すアラネア姐さんと御一行の姿がとある某所で見られたとか、見られなかったとか。

強行軍で彼女らが通った後には、モンスター一匹さえいなかったらしい。

 

【やっぱり、ニックスはレティに会えないらしい】



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九腸寸断~きゅうちょうすんだん~

ノクトside

 

 

自分ばっか溜め込んでんじゃねぇよ!アンタだけで解決するも話題なのかよ!?

頼れよ、一人で抱えてんじゃない、オレはアンタにとって何なんだ?

 

オレとレティの関係性。繭に包まれてひた隠しにされてきた事実が露呈し、狂わしい一つの感情がオレを蝕んだ。

 

オレはこの時初めて死んで行った親父を恨んだ。

どうして教えてくれなかったんだ!どうしてオレに黙ったまま死んで行ったんだ!?

 

たった一言だけでもいい。

言ってくれればこんな想いはしなくて済んだっつうのに。

誰もが親父の行為をオレを想う優しさだというだろうな。

だけどオレに言わせればそれは単なる自己満足だ。

オレの為と言っておきながら、ただ知られることが怖かったんだろうよ。

王都が攻められることを知っていたならその時点でオレに打ち明けるべきだったんじゃないか。

オレに王たる自覚がないからか?ギリギリまで平穏に浸らせる為か?

 

そんなもんオレは望んじゃいない。オレが望んだのは、大切な人を失わない世界だ。

母上のことだってそうだ。守れたはずだ。予想できていたなら守れたはずなんだ。なのに、親父は王だからと孤高であろうとした。

王は常に、胸を張り誰よりも率先して国を束ねる者。

けどさ、でもさ。

一人で王になったわけじゃないんだ。誰かの助けがあって初めて王になったんだろ?親父だってそうだったはずなんだ。……そうすればオレは、レティを絶対守れてたはずなんだ。帝国なんかに行かせずに済んだんだ。

 

 

カエムの岬にたどり着いたオレ達は意気消沈したイリスの出迎えで、大体の情報が伝わっていることを確信した。遠くの丘の上に隠れ家がぽつんと立っていて寂しい場所だと思った。

 

「ノクト……」

「…イリス……」

 

腫れぼったい顔でイリスは誰かを探すようにオレ達に視線を彷徨わせた後、落胆したように「レティは、……いないんだね」と蚊の鳴くような声で肩を下げた。

オレは声を振り絞って短く「ああ」と頷くことしかできなかった。イグニス達もそうさ。オレと似たように沈んだ表情で黙っている。イリスは、無理やりに笑って誤魔化した。

 

「ゴメン。分かってて聞いちゃった……。中入って」

「………」

 

そう促すとイリスは先に隠れ家の方に向かって走っていった。いつもの調子なら慰めてやれただろうに、オレにそんな余裕はない。

 

入れ替わるようにシドニーがこちらの方に向かって歩いてきた。すれ違い様に駆けていくイリスを痛ましげに視線で追いかけながらオレ達の方に向き直ると手を振ってくる。

 

「皆!無事みたいだね」

「シドニー」

 

わざと明るく振舞っているらしいシドニーはいつもより声のテンションを上げて、オレ達の無事を喜んだ。

 

「良かった。レガリアも無事みたいだね。どう、結構暴れてこれた?」

「……ああ」

「………あー、その色々あったみたいだね」

 

ぶっきらぼうに答えるオレにシドニーは頬を掻いて困ったように苦笑してコルの方を向くと何かの報告をした。

 

「将軍、例の奴だけど。情報吐いたらしいよ」

「そうか。オレの方でも王子達に話すところだ。皆揃っているか」

「うん。それと、ディーノって記者も来てるんだけど……」

「ああ、奴には情報収集を頼んでおいた。その報告だろう、丁度いい。お前達、中に入れ」

 

コルはそういうと立ちすくむオレ達を中に入るよう指示して先に歩き出した。シドニーもオレ達を気遣うように「大事な話するみたいだから、行こう?」と優しく言ってコルの後に続いた。

 

憤り込み上げオレは拳を強く握りしめた。

自分だけ取り残されている感じが無性に腹立たしかったんだ。

 

だってわかってるんだ。オレだけが知らない。イグニスや、グラディオ、プロンプトはレティに関する何かを知っている。だからこそ、あの女が言っていたことやあのムカツク宰相の言動に驚いてたんだ。

 

「……」

「ノクト、とにかく中へ入るぞ」

 

イグニスにそう促されてオレは低い声で「そこで教えてくれるんだよな」と念を押すように確認をしたけどイグニスの代わりにグラディオが答えた。

 

「……ああ。お前が知りたかった真実を話す」

 

そう言ってグラディオとイグニスはオレを置いて先に家の方へ歩き出した。

プロンプトはそれに続こうかどうしようか迷っている様子だった。重苦しい雰囲気にオレを気遣ってか、「の、ノクト、行こう?」と遠慮がちに声を掛けてくる。オレはそれに答えず、

 

「……プロンプトは、知ってたのか」

 

と主旨を伝えずに尋ねるとプロンプトは、少し間をあけてから

 

「……ごめん」

 

バツが悪そうに謝りオレの視線から逃げるように目を背けた。

 

「……お前もかよ……」

 

何となく疎外感を感じたのは、間違いじゃなかったってことか。

やるせない想いに駆られながらオレは重い足取りで家へと向かった。プロンプトは、遅れて中に入ってきた。決してオレは仲間と顔を会わせようとしなかったが、一瞬だけプロンプトと目があった。……瞳が少し揺らいでいた。

 

 

入ってすぐのダイニングはスッキリしていたが、思いのほか人数で溢れていた。

オレ達四人に、コルとモニカ、ダスティン(初顔合わせ)にグレンと初対面の男女二人にまさかのプライナには驚いた。オレの足元に走ってきて尻尾をパタパタと振って喜びをあらわにしてきたからガシガシと頭を撫でてやった。

それとイリス、タルコットにジャレッド。14人か。それぞれ、椅子に座ったり壁に背中を預けたりとそれぞれのスタイルでオレ達の到着を待っていた。あの、新聞記者、ディーノがいたこともアイツが喋ったことで気付いた。

けどオレとしちゃどうでもよかった。

 

コルが座っている椅子の後ろに控えるのはグレンたち。

オレは無言で正面の椅子を手前に引いて腰を掛けた。

 

「王子、先に王の剣であった二人を紹介しておこう……。頼む」

 

コルはそう言って後ろに控える二人に紹介を促した。それに答えて男女が一歩前に出て浅く頭を垂れる。プライナは女の傍から離れないように横に控えるように伏せていた。

自己紹介とかしてる暇があったらさっさとレティのことを話してほしかったんだ。

無精ひげをたくわえたふくよかな体系の男が先に名乗りをあげた。

 

「初めまして、王子。王様って呼んだ方がいいのか。オレはリベルト・オスティウムだ、イデ!「ちょっとっ」クロウ、痛いって……」

 

隣の女に肘鉄を入れられ、リベルトは苦悶の表情を浮かべて苦言を口にしたが女の睨みですごすごと引き下がる。女はさっと表情を変えて気を取り直して名乗った。

 

「リベルトが失礼な態度をとったこと、深くお詫びいたします。私はクロウ・アルティウスと申します。ニックスとは同じ王の剣に所属しておりました……。王子、少しお聞きしたいのですが…」

「ああ、わかった後にしてくれ。それよりコル!さっさとレティのことを教えろ」

 

クロウとか名乗る女がオレがぞんざいないい方をしたことにムッと眉を顰めて不快感を露わにしたがそんなもの構ってられない。「ちょっとそんないい方は…」とか声を上げようとするクロウにリベルトが慌てて止めに入った。そっちの方が地みたいだな。プライナも体を起こして立ち上がって女、クロウを見上げて「キュゥン」と鳴いた。

……どうでもいい。

 

オレはコルに怒鳴り気味に急かす。

腕を組んで壁際に寄りかかっていたディーノがオレの様子を茶化すように言った。

 

「相当、気がたってるね。王子」

「ディーノ、口がすぎますよ」

 

モニカが目ざとく注意するとディーノは「失礼」とまったく反省していない態度でわざとらしく口笛を吹き始めた。コルは一つ咳払いをしてテーブルに膝をついて、両手を組んだ。

 

「いいか、これから話す内容はあくまで秘密厳守だ。他言無用でいてもらいたい」

 

ともったいぶって強めな口調で皆に前置きをした。緊張に皆口を堅く閉じコルに視線をやった。オレは

 

「もう十分分かったから言えよ」

「…王子、いいか。これから話すことは全てが真実だ」

「………なんだよ、いいから「姫は、陛下の御子ではない」」

 

オレの言葉に被せるようにコルから伝えられた言葉。

 

「なんだ、って」

「姫は陛下の御子ではない。陛下の妹姫であるミラ王女の御息女だ」

 

コルは同じ言葉を二度続けた後に、信じらない言葉を言った。

何言ってんだよ。オレ達は双子、だろ?

 

外野が息を呑む声がする。

 

「……嘘、だ」

「本当だ。ミラ王女は王子、お前の叔母君に当たる御方だ」

「なんで、そうなるんだよ……だったら、オレとレティは兄妹じゃ、ないってことか?」

「ああ、王子にとって姫は従妹となる」

 

ミラ王女って誰だよ。オレは知らない、そんなの。

親父に妹がいたなんて教えてもらってない。そんなこと一言も話さなかったし、写真一枚だって見つからなかった。痕跡さえなかったんだぞ。……そこまでして隠したかった存在?

 

「レティーシア姫の容姿は生前のミラ王女生き写しだ。ミラ王女が亡くなられた後、陛下が姫を引き取られた。先に王子が産まれたことで双子としてお育てになられたのだ。決してこの事実は他のものに明かしてはならないと陛下はお決めになり、姫の為にそして王子の為にこの事実をひた隠しにされてきた。姫は……、その御力だけに限らずその御身自身も」

 

馬鹿じゃねぇの。

双子って、馬鹿じゃん。なんなんだよ、一体何がしたかったんだよ。

 

「だが、それだけじゃない。お前も聞いただろう。……ニフルハイムに新しい皇女が即位したと。」

「それがレティと何の関係があるんだよ」

「レティーシア姫はルシスの王族であると同時にニフルハイム皇族の血を引いている」

「………」

 

頭、爆発しそうだ。

 

「ここからはオレが説明させてもらいましょう」

「頼む」

 

ディーノがコホンと一つ咳ばらいをし、説明を始める。

 

「えー、帝国側で何やら次のイドラ皇帝の後継者が現れたとそれなりに噂になってるようで、詳しく調べてみるとかなり情報操作が行われてまして調べるのに苦労しましたよ。なんせ秘密主義国だ」

「さっさと言え」

 

グラディオが睨みきかせ先を急かすとデイーノはハァ~とため息をついた。

 

「わかりました!……イドラ皇帝は新たな皇女殿下をお迎えになられたそうですよ」

「皇女殿下?その情報は確かか?」

 

どうやらコルも初耳らしい。疑念籠った視線にディーノは申し訳なさそうな顔をした。

奴自身も信じたくない様子だった。

 

「ええ、残念なことに。まだこちら側には大々的に伝えられていませんけどね。時間の問題ではないかと。……なんでもイドラ皇帝が最も寵愛する殿下だとか。今まで身内のことは一切公表してこなかったにも関わらずこのタイミング。まさに次期後継者と噂されるくらいには注目を集められていますよ。彼女は」

「その、皇女の名前は」

「………レティーシア・エルダーキャプト殿下とおっしゃるようです」

「っ!」

 

鈍器で頭を殴られるような衝撃がオレを突然襲った。オレだけじゃない、イグニス達もイリス達も、皆に衝撃を与えた。

 

名前が、一緒なだけだ。きっと、そうだ。そう必死に思い込もうとした。

否定しようと声に出そうとした。けど、声が出なかった。ひゅっと音のない息だけが空しく口から洩れる。

 

「まぁ、名前だけ一緒とかの可能性も……ないですかね?」

 

希望を含ませたいい方をするディーノはコルにハッキリと断言した。

 

「おそらく姫で間違いはないだろう」

「……は、はは」

「レティが、皇女に…?」

「やっぱりかよ」

 

何もかもが嘘だ。妹じゃないってのはいい。オレにとって朗報だ。喜ぶべきとこだ。

けど、レティがインソムニアの皇女だって?だから帝国に連れて行かれて皇女としてお披露目されたって?

そんな、そんな。すんなり受け入れられるかよ。

 

膝に力が入らなく情けなくガクガクと震えている。いや震えているのは膝だけじゃない。自分の手をふと見下ろす。

わかりやすく己の手は震えているじゃないか。

オレは口元をヒクつかせ、空笑いをした。笑うしかなかった。

 

「は、ははっ」

 

何もかもが嘘だと叫びたい。

半複することでオレの中にじわりじわりとインクが紙に滲んでいくようにしみ込んでいく。黒く、黒く、真っ白な紙が染まっていく。

 

「レティが、……インソムニアの、皇女?」

 

誰が信じるってんだ。

 

あの、悪夢は正夢になるのか。オレは親父を恨む。と、同時に決めた。オレは帝国を、ぶっ潰す。どんなことしたって許さねえ。何をしても、誰を殺しても、レティを必ず取り戻す。あんな悪夢の通りになんてさせねぇ。

 

「……ニフルハイム帝国を、潰してやるっ」

「ノクト!?」

 

オレの決断に迷いはない。何があっても、許さねぇ。

心は、オレ達の絆は切れてない、離れてねぇはずだ。断ち切ろうとしてるのは、誰だ。

 

「レティは、オレのだ」

「ノクト、お前……」

「だってそうだろ!?あいつ等が、あいつらがいなければっ!」

 

怨嗟の声はオレの口から止まらずに溢れ出す。

 

親父も、母上も、クレイラスだって、オレが暮らしてきた日常だって、王都だって、壊されはしなかった。全部、この元凶を産み出したのは誰だ!?

 

決まってる、あいつらだ。

 

「イドラ・エルダーキャプト!!」

 

ダン!

強く握りしめた拳をテーブルに叩きつけて、オレは殺意にも似た衝動を抑えきれなかった。

 

【帝国を、ぶっ潰す】



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非義非道~ひぎひどう~

花に散るらむ。煌々と降り注ぐ香しい花々よ。

 

螺旋の渦が天上より釣り下がってきて、私の首に赤い糸を巻き付ける。

細く、頼りない糸は鋭利の刃物で切れるように見えて、実は何よりも強靭な記憶の束である。知りたくもない自分の最後。世界がどうとか、人間がどうとか、他の神々がどうとか。関係ない。私は私だ。何者でもない、私なんだ。

 

私はその糸を解こうと指先を動かすけれど、解こうとすればするほど絡まり合い正しい姿が取り戻せなくなる。この先がどこかにあるはず、きっとあるはず!

 

躍起になって絡まり合ったところを解こうとするけれど、震える指先ではまともに修正もきかない。その内絡まり合った糸に余裕がなくなって私の首に回る糸がピンと張ってくる。

 

苦しい、苦しい、知りたくない、これ以上こちらに入ってこないで

私を消さないで、私を殺さないで!

 

自分で解こうとした糸が、自分の首を絞める結果に繋がっていることにも気づかない愚かな私は、ただただ助けを求める。

 

酸素が足りない、息ができない、肺が満たされない。

欠落していく記憶、吸収されていく思い出、駄目もっていかないで。それは私の大切な欠片。

 

自由などない、偽りの生に執着して何の意味がある。

元々あるべき場所へ還るだけなのに。私は、混沌から産まれ、混沌に還るのだ。

 

様々な言葉、記憶、絆、心、創世から現世に至るまでの全ての歴史が猛烈に私を襲う。

脳に直接焼き鏝を押すがごとくの想像を絶するような燃え盛るような鋭い痛み。限界を超えて人格を汚染されていく恐怖。己が何者であるかさえも消し去ってしまう抗いざる神なる力。私の原理を根本から覆す。

 

『やめて、お願い……!』

 

悲痛な願いが口から洩れるも、細く、頼りない糸が私の首に、食い込んだ。

 

がりがり。

爪を食い込ませて皮膚を傷つけてその糸を断ち切ろうとしても無理だった。

追い込まれる恐怖から混乱に陥った私に正常なコントロールは不可能。

 

がりがり、がりがり。

水にあげられた憐れな魚のように私は口をパクパクとさえ、必死に酸素を求める。

絞められる首、脳みそに受ける焼き鏝のダメージ、全身に突き刺さる鋭い針のむしろ、臓器をかき乱される気持ち悪さ。

 

もがき、苦しむ私を抱き込むように彼女はふわりと舞い降りた。

 

死を、受け入れよと彼女は囁き、死は貴方の故郷と彼女は微笑む。

 

『嫌だ、……嫌だぁぁぁ』

 

生理的に浮かび上がる涙、鼻水が滴り落ち、口端からは涎が零れ落ちて首筋を伝う。

 

『た、すけ』

 

母なる海はすぐ目の前に貴方を胸に抱く為に悠然と広がり、混沌の大地は貴方に手招きを繰り返しその御手を求めている。

玉座に鎮座し、全てを見定め、その稀有な魂で皆に安らぎを与える。

 

『い、…や…』

 

抗うことは許さないと彼女は私の頬を優しく挟み込み、

 

【貴方は私。私は貴方】

 

と何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんども何度も何度も何度も何度も何度もナンドモ何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんども何度も何度も何度も何度も何度も何度もナンドモ何度も何度も何度も何度も何度もなんども何度も何度も何度も何度も何度も何度もナンドモ繰り返し繰り返して呟く囁く唄うように口ずさみ、私の洗脳していく。

次第に侵されていき手足に力が入らなくなり抗うことを止めていく私が出来上がる。

 

上出来と言わんばかりに極上の笑みを浮かべた彼女は、最後に私にこう囁いた。

 

【お・か・え・り】

 

と。

 

ああ、もう、だめだ。

―――私の体は、彼女色に蔓延されていく。

 

【融合率71%完了】

 

 

普通の家庭ってどんな感じなの?とプロンプトに尋ねたら、彼は寂しそう顔で

 

『うーん、ごめん。上手く教えられないや。オレん家、両親が共働きで忙しくてさ。姫のいう普通の家庭ってのに当てはまんないかもしんないから』

 

と言ってそれとなくこの手の話題を逸らした。家庭不和ではないらしい。ただ、すれ違いが多いとのこと。それを家庭不和というのではないかと思ったけどプロンプトは気にしているみたいだったからそれ以上何も言えずに、そうなんだと相槌打つだけにとどめた。

 

ぼんやりと窓から暗い空を眺める。

ここはまったく日が当たらなくていつも寒くて、魔法で出している湯たんぽ代わりのファイアが大活躍である。意外と宮中内でも好評で重宝されている。

 

コンコンとドアがノックされ、「はい」と返事をするとゆっくりとドアが開かれる。

現れた人物はケーキが入っているらしいボックスを手土産に入ってきた。

 

「レティ、暇してないかしら?お茶にしようよ」

「アラネア!」

 

一回り年上の新しい知り合いが部屋を訪ねてくれた。ここしばらく姿を見なかったから何処か遠い所へ仕事に行っていたと思っていた。

監視の目はないにしても、やはり居心地が悪いのは本当なわけで用意してくれた祖父に対して申し訳ない気持ちにもなる。

アラネアは最初興味本位で接してくれていたらしいが、思ったよりも皇女らしからぬところが好感触で暇を見つけては私の部屋を訪ねてくれていた。他の臣下からは皇女に媚びへつらっているなどと陰口叩かれているとシシィにそれとなく教えてもらった時、もう来ない方がいいと頼んだのだが、アラネアはそんなこと笑い返してあげるわよと言って本当に可笑しそうに笑った。だからアラネアといると気が楽になる。

少しだけ、皇女という仮面から解放されるんだ。……それがしばしのものだったとしても多少私の救いとなっている。

アラネアはケーキボックスをシシィに手渡すと、出迎えた私にツカツカと早足で近づいてきてぎゅうぎゅうに抱き着いてきた。

 

「ああ~!唯一の癒し~。お肌も滑々になって健康的になってきたわね。うん、よし」

 

痛いくらいに頬に顔をスリスリさせてくるが、彼女なりに私を心配してのこと、らしい。

そりゃ、食事もまともに取ろうとしてませんでしたからね。お肌なんかヤバかった。これも全て甲斐甲斐しく世話してくれたシシィのお陰です。彼女のゴッドハンドはとてつもなくヤバイ。眠気を誘うこと間違いなし!

とても30過ぎとは思えない姉さんアラネアをそれとなく押し戻して離れてもらった。

 

「……今日は忙しくないの?」

「そりゃもうレティの為に仕事終わらせてきたわよ。それに勤務時間外はほとんどフリーなわけ。当たり前でしょう?休憩は休むためにあるんだから」

 

満面の笑みでおっしゃるアラネア様。ははー、現代社会にこそ物申してもらいたいものです。お互いにいつもの席に腰かけてスタンバイオーケー。

 

「ごもっともです。それにしても何処まで買ってきたの?ケーキ」

「ガーディナよ」

 

ケロッと言っておりますが、あのガーディナですよね。侍女の鏡たるシシィが用意してくれた紅茶で喉を潤しつつ、アラネアが買ってきてくれたウルワート・オペラ(買い占めてきたらしい)がシシィの手によりお皿へとうつされ互いのテーブルの前に用意される。シシィにもちゃんと買ってきてくれているらしいので後でヴァーサタイルと一緒に食べると嬉しそうに笑みをこぼしていた。……祖父にも分けてあげようかな、と思い付きアラネアに「お爺様にもあげていい?」とお願いすると「いいわよ」と快く了承してくれた。

最近イドラ皇帝は体の具合が思わしくないようで、床に臥せる日も多くなった。……元々アーデンに政治のことは任せていたららしいからそちらの事では問題はないらしいけど……、宮中内では密かに次なる後継者について準備がなされているとか。直接耳にしたわけじゃないけどね。イドラ皇帝の病は恐らくシ骸による影響だろう。アーデンのように耐性があるわけではない。そうコロコロ不老不死が産まれても困るが、なんだろう。この焦燥感は。長くはないことは分かっている。私が直接手を出せるものではない。シ骸からの瘴気を取り除いたとて弱まった体が回復するわけでもない。

死とは人間に等しくあるものだ。だから、イドラ皇帝が死んだところで、ああ死んだと受け止めればいいはずなんだ。……そのはずなのに、私は少しでもあの人が長生きできればと、うまく扱えない力を使って瘴気を取り除こうとしている。名目は御見舞いと植物の世話と言って、薄暗く重苦しい部屋から少しでも日の当たる部屋へと無理やりイドラ皇帝を移動させ戸惑う侍女らに構わず私が温室で育てている草花を大量に持ち込んで緑に囲まれるようにして閉じていたカーテンなどは色合い温かな物へ変えさせて、無駄に高そうな装飾品や飾り棚とかは売りさばいてもいいから何処かへやってと頼んで移動させて出来るだけ温もりある部屋へと変えさせた。それと不器用だけど夜なべして縫い上げた小さなクペを模したぬいぐるみをイドラ皇帝へと手渡した。

 

『これは、なんだ』

『クペです。御爺様の安眠を守ってくださいますわ』

『………レティーシアが、作ったのか?』

 

目を瞬かせてイドラ皇帝は私力作クペを片手に持ち上げた。もう片方の手でクペのボンボンを触った。肌触りはいいんです。そこは拘ったポイントだ。

 

『はい。不器用ですが。幼い頃、彼女と一緒に寝ているとふと怖いと思った時もぐっすりと眠れたんです。ですから』

『そ、そうか。すまないな』

『いいえ』

 

ベッド脇に椅子を置いてイドラ皇帝の年老いた手を労わり込めてさすり瘴気を少しずつ取り除いていく。他愛もない話をしながら毎日同じことを繰り返すが作業自体は苦ではなかった。穏やかな時間を二人で過ごした。アーデンのように年季の入ったものではないから。

 

『今日はこんなことがありましたよ』

 

『そういえば温室に今育てている花が芽を出したんです。きっと綺麗な花を咲かせてくれますよ。そうしたら一緒に愛でましょうね』

 

『悪夢を見たとお聞きしました。大丈夫です。私が御傍におります。安心して眠ってください』

 

ある日、いつもは話しかけていれば相槌や返事をしていたイドラ皇帝がぼんやりと私を見つめてきた。

 

『御爺様?』

 

『レティーシア』

 

『はい、御爺様……、あの?』

 

イドラ皇帝はやや躊躇ったのち、意を決して口を開いた。

 

『その、愛称で呼んでも、よいか』

 

『………はい。どうぞ御心のままに』

 

決して、今まで愛称で呼ぶようなこともなかったしその素振りもなかった。大体許可なども求めなくても命じればよいものを、そうはしなかった。私は、

瞼を伏せ、軽く顔を伏せ了承の意を現すとイドラ皇帝はほっと、両目を細められた。

 

『レティ』

 

『はい、御爺様』

 

イドラ皇帝の手を包んでいる両手を握りしめられ、私は思わず顔を見上げた。

そこには、真摯に私を見つめる優しい瞳があった。少し頬がこけてしまったが出会った時よりも、恐ろしいと思わない祖父がいたんだ。

 

『……其方は、幸せか』

 

労わり込められた言葉には、きっとたくさんの意味が含まれていたんだと思う。

今までの事、これからの事。本当に幸せかと問われれば分からないというしかない。

 

けれど、

胸が、ぎゅっと詰まった。私の身を案じているだけのただの、家族が目の前にいたからだ。ずっと、欲しくて欲しくてたまらなかったもの。手に入らないと思っていた人は、孤独の内に血の繋がりだけを求めて他国を侵略した。いや、他にもきっと欲望が渦巻いていたんだろう。けどこうしてイドラ皇帝は私を案じてくれている。

純粋に私だけを想って。

 

敵国同士だった私たちの絆は、今、繋がったように思えた。

 

『……はい、皆よくしてくれていますよ』

 

『そうか』

 

目元に皺を幾筋も寄せてイドラ皇帝は、まるで自分の事の様に嬉しそうに笑った。

 

 

「ガーディナまで行ってきたなんて。……皆驚くでしょう。確かアラネアの飛空艇って赤い機体なのよね」

「大丈夫よ、ちゃんと一般市民には気を遣ってたから。それに拾い物もあったし。あ、そういえば王子様元気にしてたよ」

「………そう」

 

何気ない会話と流して私はケーキをフォークで小さく切って乗せてパクリと口へと運ぶ。

 

美味しい。

ルシスには出回らない果実を使っていて、くどくない味だ。

 

以前、イグニスがノクトの為にと何度も作っていたお菓子が頭に浮かんだ。

このベリー、使ってたような気がする。確か、テネブラエに居た時に出されたお菓子だってノクトが言っていた。『思い出のお菓子』。

 

甘いはず、なのに急に苦さが口の中に広がった。

やだ、気にしないようにしてたのに。

 

「怒れる元気があるくらいよ、レティ、まだ引きずってるの」

 

優雅な仕草で紅茶を口に運ぶアラネアはそう言って静かに私を見つめた。

 

「引きずるも何も事実としてちゃんと受け入れているわ」

「……あのボウヤが大切なのね、レティにとっては」

「………。私は、彼に嫌われてるから。いいの、もう」

 

フォークをカタンと音を鳴らして、お皿の上に置く。

 

「どうしてそう諦めているの?」

「だって、私は……ノクティス達を裏切ってたんだから」

 

自分の声が思ってたよりも沈んでいたからちょっと驚いた。けど表情には出さずに自嘲的に笑って見せると、アラネアは私の虚勢を見破るかのように目を細めた。

 

「………血が理由?レティの意思がなくても?罪悪感」

「血だけじゃない。私の存在はルシスを狂わせた要因だわ」

 

頭を振って否定し私は事実を述べる。なのにアラネアはさらに私を追い立てるように口を開く。

 

「じゃあ、帝国の皇女の立場はどうするの?黙ってすんなりと受け入れる?」

 

急がせないで、

 

「……!わた、しはっ!」

 

これでも頑張って。

 

「レティ、時には自分を甘やかしてもいいんだよ」

「アラネア?」

 

テーブルに乗せた私の手に、アラネアがそっと自身の手を重ねてきた。

 

「我儘言ってもいいんだ。アンタは幼い頃から自分の為と言いながら他人を気遣ってきたんだ。今から自由になったって誰も文句なんかいいやしないよ」

「アラネア、どうして」

 

彼女と初めて会ったのはこの帝国に連れてこられてからだ。

幼い頃のことなど彼女が知るはずがない。だけど知ったかぶりで話しているわけじゃないと分かる。彼女の慈しむような目が私を見ているから。

 

「いいかい?レティ。選択肢はいつもある。けれどどれか一つ最後には必ず選ばなきゃならない時がくる。でもその選択肢を選ぶ前に、下準備はしておける。ゲンティアナだってそうさ。その為に動いてる。全てはレティの為だと言いながらな」

「ゲンティアナって、誰?」

 

アラネアが私の手を取って椅子から立ち上がらせる。

 

「ああ、知らなかった?まぁいいさ。とにかくレティの為に人肌脱いでやるよ。アンタはここで散る子じゃない。何より、じっとしていられない性分でしょう?」

「アラネア……」

 

ズバリそうだ。

 

「実は、ね。あるお得な拾い物をしたんだよ。今なら彼に任せて抜け出せられるわ」

「え」

 

拾い物って、何?

戸惑う私をよそにアラネアは言い聞かせるようにゆっくりと言葉を続けた。

 

「レティ?今のアンタは自分の手で選択できる。ずっとここにいるか、それともやりかけている事を終わらせてくるか。アンタは何を目指していた?やりかけていることを放棄するなんて中途半端なのはアンタが一番嫌いなことだろう?昔からとことん極めるというか勉強熱心だったんだ。その癖はちょっとやそっとじゃ抜けない。王子はラムウへ協力を仰いで無事に得られたよ。啓示としてではなく、あくまで協力だ。残る七神についてレティ自身がカタをつけな。それが始めた者の責任だもの」

「アラネア、貴方、一体誰?」

 

思わず尋ねていた私に、アラネアはウインクをして妙にそれが様になっていた。

 

「私はしがない元傭兵さ。ちょっとお節介好きの、ね。さぁ、レティ。目的地は決まってるね、そこでレティがやりたいことをやり遂げておいで」

 

ほらほらと背中を押してくる。とりあえず着替えろと言いたいらしい。

いつの間にか、シシィが「さぁ、姫様!こちらです」と私の手を取って立ち上がらせようとする。けど私は待ってとストップをかけた。

 

「アラネア、でも私は。この国を」

「生かすも殺すもまだ時間はたっぷりある。あのじーさんには皇位に着く前の羽根伸ばしだって言っといてやるさ。あの宰相もうまく言い含めるだろうし。とにかく!そこでアンタの行く末を決めたらいい。また会うことがあるならその時はレティ、アンタに忠誠を誓うよ。皇帝としてではなくレティ自身に」

「アラネア……ありが、とう」

「うんうん。素直なのが一番さ。それと、もう一つのお土産。シシィ、ごめん連れてきてもらえる?」

「はい」

 

頷いてシシィが一旦退出し外で待機していたのか腕を引っ掴んで中に連れてきたのは、一人の軍人だった。途端、反射的に身を竦めた私だったが彼の顔を視界に入れた瞬間、思わず声を漏らした。信じられなかったからだ。

 

「え、あ」

 

そこに、立っていたのは、服装こそ帝国の准将が纏うような軍服に身を包んでいるけれど私のたった一人の英雄。記憶の時よりももっと男らしさが増してちょっと疲れた顔してたけど私と視線を交わせたことで生気が蘇ったかのように瞳が輝きを取り戻した。

 

「……にっくす……?」

 

精悍な顔立ち、オールバックの髪形に口回りに生える無精ひげ。

ずっとその自由な姿に憧れていた。手を伸ばせばいつか彼のようになれるのではないかと叶うこともないことを願い望んだ。けれど彼との別れにこれが現実なのだと打ちのめされた。

 

「…………」

 

懐かしさが込み上げてきて、鼻の奥がツンとした。

 

嘘だ、きっと、嘘だ。

 

私は信じられなくて頭を振った。

ふにゃりと表情筋が緩み、口元両手で覆い隠し、一気に溢れ出す感情は涙をなって私の目尻から頬へと伝い下に落ちていく。

 

「レティ、綺麗に、なったな……」

 

私のカシュクールワンピース姿を彼に見せたことは一度としてない。というか彼に会いに行くときはカジュアルな動きやすい恰好していたから、女の子っぽい恰好を見せたことは一度もない。だからお世辞で言ってくれたのかも。それとも、他に何を言っていいか分からないほど会話を探すのに苦労してたのかな。

けど、なんでもいい。

この声だ。この声はいつも私が逃げる場所を与えてくれた。ニックスの部屋が私の逃げ場所だったんじゃない。彼自身が私の逃げ場所だったんだ。

 

離れて、今、ようやく分かった。

 

ニックス・ウリックは私にとってかけがえのない人となっていたことを。

 

一歩一歩ゆっくりと歩いてくる彼が目指すのは私。

ニックス・ウリックが、私の目の前に現れたのだ。

彼は、約束を覚えていてくれた。

 

まるで壊れ物を扱うように両肩を掴まれ、自然と背の高い彼を見上げる形になる。

 

「……」

「約束通り、助けに来た。英雄としてではなく、騎士として」

「に、っくす……」

 

ぐじゃぐじゃな顔で恥ずかしいのに、ニックスは私の頬を優しく挟み込んで顔を近づけて覗き込んでくる。彼の胸に手を置いて、ぐっとさらに距離は縮まる。彼は真摯に私を見つめて誓ってくれた。

 

「今度こそ、守らせてくれ」

「うん……、うんっ!」

 

一度は別れた私達。お互いの立場に縛られていた。それは仕方なかった。

けれど、彼はこうしてまた私を探して探して追いかけてきてくれたんだ。

 

私だけを求めてくれた。

胸に沁みいるこの気持ちに名をつけるとしたら何だろうか。

上手く、言葉に表せない。

 

ただ、嬉しいのだ。

嬉しくて涙がこぼれる。彼がいる。彼が傍にいてくれる。

こんな安堵感は……、ノクトと別れて以来だ。

だからだろうか、ニックスの熱を孕んだ瞳に気づかなかった。彼の頬を包んでいた片手がぐっと私の後頭部に回る。ニックスは少し屈んで私と距離を詰める。キスできそうなほどに。

 

「……レティ、悪い」

「え?」

 

短い謝罪の言葉と共に彼は瞼を閉じ、一方的に唇を重ねてきた。

 

「????」

 

軽く、触れあった唇が妙に熱く私は突然のキスになすすべもなく呆然とぴしりと石のように固まってしまう。

 

なぜキス?なぜ彼と?っていうかこれは幻?っていうか私と彼ってどんな関係?!

 

脳内パニック発動中発動中と警報が頭の中で響く中、少々カサつく唇の感触と私が食べたあのケーキの、ウルワートベリーが微かな甘みを引き出していた。

 

【騎士から姫へのキス】



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愛及屋鳥~あいきゅうおくう~

ニックスside

 

 

帝国も間近に迫りつつある中、オレは飛空艇の内部から外を覗ける窓側近くに立っていつになく緊張感に体を震えさせていた。

そんな時、

 

「はい、これに着替えて」

「はっ?……おわ!」

 

気配を感じさせない足取りでいつの間に傍にいたのか、少し離れた場所から佇んでいたアラネアが無造作に投げて寄越した紙袋をオレは慌てて受け取った。「ナイスキャッチ!」と茶化す声に眉を顰めて、「普通に寄越せよ」文句を言いながら抱えている紙袋を覗き見るとそれは綺麗に折りたたまれたニフルハイムの軍人が着る軍服だった。すぐに理解できずに目を瞬かせているとアラネアはオレの隣に移動してきて紙袋を指さしながらこう指示してきた。

 

「それに着替えて。レティがいる宮中の奥は皇帝の許可なく立ち入りできないようになってるからさ。私の部下ってことになってるからよろしく。余計なことはしゃべらなくていいわよ。私の受けごたえにハイハイ言っていればいいわ」

「ふぅん、……大事にされてるようだな」

 

アラネアがレティと親しい間柄だから可能な話らしい。

イドラ皇帝にレティが願い出てアラネアの出入りを許可させてもらったとか。

 

「そりゃ目に入れても痛くないほどにね、自分の念願だった孫娘ですもの。可愛がるでしょうね」

「…なるほどな…」

 

家族、か。何となく面白くない気がするのはオレの気のせいか。

少なくともまだオレの中じゃイドラ皇帝はレティを利用しようとしてる悪の皇帝という印象しかない。それが素直に『家族です、はい仲良くしましょう」と言われてレティが懐くものか。きっと

相槌を打つのも適当になる。オレの答えに対してアラネアはクスリと可笑しそうに小さく笑った。

 

「本人の意思はなんとやらってね」

「揶揄ってるのか?」

 

苦笑しながらアラネアは、

 

「まさか!実際のレティはどう思ってるかってことさ」

 

と意味深な台詞を残してポンと軽くオレの肩を叩くとブリッジへと戻って行った。

 

「……着替えるか」

 

別室で早速ごそごそと袖を通してみるとサイズがピッタリだったことに少し驚いてしまった。

いつの間にオレのサイズ知ったんだ?

 

オレはその時気づかなかった。少し開かれたドアの隙間から怪しいボンボンが激しく揺れ動いていたことを。

 

【クペは有能クポ!】

 

宮殿の中は格式ばった赴きある内装で居心地が悪く別世界にでも迷い込んだかのようだった。慣れぬかっちりとした軍服でオレは視線だけ動かし周囲を観察する。アラネアには必要なこと以外言うなと釘止めされているから彼女の後を付いていくだけでいい。

すれ違う他の軍人に気軽に挨拶をしては怪訝そうに見られたり軽く無視されたりとここでのアラネアでの待遇に不満を抱いていることは丸わかりだった。それでもアラネアは気にした素振りもなく、むしろもっとやっかみなさいと左団扇という感じだ。

ズンズンと迷うことなく宮中の廊下を黙々と進み奥へといくと、ひと際雰囲気が変わる開けた場所へとたどり着いた。どうやらこの先の通路から皇族専用のプライベート領域というわけか。……ここまでたどり着くのに30分以上は歩いた気はするぞ。どれだけ広いんだここは。さすがニフルハイム帝国と納得できた。

 

入口に屈強そうな軍人の男二人がじろりとアラネアとオレを観察するように睨み付ける。

一人の軍人がずいっと巨体を生かして威嚇するようにアラネアと対峙する。

 

「ご用件をお伺いいたします」

「レティに面会したいの。お茶ね、ほらお土産もあるし」

 

そう言ってアラネアは左手に持っているケーキボックスをこれ見よがしに見張りの男に見せつける。本来准将という立場でありながら、軽々しくレティを愛称で呼んでいることに不快感を隠すことなく表情に出しながら男は渋々頷いた。

 

「……分かりました。皇女殿下からその旨の命を拝しております」

 

そう言って目くばせしてもう一人の男にドアを開けさせた。アラネアはねぎらいの言葉をかけながらそのドアをくぐろうと歩き出した。オレも黙ってそれに続く。

 

「ありがとう、いつもご苦労さま」

 

ひらりと手を振ってにこやかに挨拶するアラネアに鋭い視線を向けながら

 

「ですが、節度ある態度を願います」

 

と釘を指されたことに彼女は気にした様子はなく「了解!」と返事してさっさと奥へと引っ込んだ。オレはアラネアに早足で追いつき「あれいつもの事なのか?」と耳打ちした。すると「ああ、あれ?いつもの歓迎の仕方よ。可愛いわよねぇ~。もっと噛みついてくればいいのに」ととんでもないことをサラッという。

 

「アンタが余計なことしてどうするんだ」

「そん時はそん時よ。私、縛られるの嫌いだから」

 

あっけらかんとアラネアは開き直って豪快に笑った。だがその笑い声が広い回廊に響いて侍女やら関係者やらに睨まれてしまいオレは肩身の狭い想いをした。

ほとほとこの竜騎士には苦労させられる。思えば出会いからしてそうだったと遠く思いはせていると「さっさと行くわよ」と遠くから大声で呼ばれ慌てて追いかけた。それから目的の部屋の前にくれば、「御呼びが掛かるまで外で待機」と笑顔でドアを閉められた。

 

待て状態とかアリか?

この扉の向こう側にレティがいると分かっているのにお預けを喰らったオレが辛抱できるわけがない!

 

と己の本能のまま突き進めば今まで耐えてきたことが全ておじゃんになることは分かっているので、オレはただ黙って腕組んで耐えるしかない。

 

好きだ、大切にしたい、もう離れない、ずっと一緒だ、会えなくて切なかった、

待たせて悪かった。オレのこと忘れてないよな。

 

言いたいこと色々あった。でも、レティの顔を見た瞬間全部すっ飛んでいった。綺麗さっぱり。

 

レティと会えなくなった時から、彼女のことは公の場で駆り出された警備の時に映し出されるモニター越しでしか会えていない。オレの一方通行な恋はスッパリ斬られたわけだ。その時は、ああ、オレの助けなんて必要ないよななんてしょげてたのが笑えるぜ。

 

オレはこうして何度も何度もくじけそうになって落ち込みそうになっても、レティに必ず会うと決心して諦めずに来た。さすがにガーディナに戻ってきた時には滅茶苦茶落ち込んだが、あの配達召喚獣、クペに根掘り葉掘りレティに関することを教えてもらったから期待が膨らむばかりだった。

会えたら、どうするか。何を真っ先に伝えようか。

はやる気持ちは、まるで餓鬼みたいに落ち着きなかったと思う。実際アラネアにうるさい!って叱られたしな。

 

ずっと求めていた人とこうして出会えた喜びはどんな幸運よりも勝るものだ。

 

随分と姫らしい恰好をして、一瞬本当にオレが知るレティかと信じられずにいた。オレは間抜けにも見惚れてしまった。

 

「え、あ」

 

彼女がオレを「……ニックス……」と呼ぶまで。

 

当たり障りのない言葉を絞り出すことさえやっとだった。

 

「レティ、綺麗に、なったな……」

「………」

 

実際彼女は綺麗に成長していた。あの頃よりもずっと女性らしく、誰もが彼女の前に手を取って傅いてしまうほどに美しくなった。あの頃よりも伸びている銀髪が彼女の震えから

呼応して少し揺れる。

 

口元に小さな両手を当ててレティは、信じられないと首を振る。

オレは一歩一歩噛みしめるように歩み寄る。見下ろせる位置で止まり、彼女の頼りない両肩を包むように手を置く。前よりも小さく見えてしまうのは気のせいか。ああ、オレが身長伸びたのか?それともこのブーツのお陰か。

理由など些細なことだった。ただ、オレが守りたいと欲した人はこんなにもか弱く小さな女性だったのだと再確認できた。

 

「……」

「約束通り、助けに来た。英雄としてではなく、騎士として」

「ニ、ックス……」

 

レティはいつもそうだった。

子供のように大声を上げて泣いてしまえいいのに、そうしない。静かに肩を震わせて耐えるように涙を流す。溜め込むばかりの彼女が今までと変わらぬ姿でいることに胸が痛んだ。

 

どうして自分の想いを吐き出さないのか。

それは誰よりも自分の立場を弁えているからだ。決して望まぬ地位だからと言って責任感の強い彼女が放棄する真似などしないことは分かっている。我儘一つだって些細なものだ。全ては王子の為にと肩身の狭い想いをずっとしてきた。彼女なりに葛藤もあっただろう。だが決して不安を漏らすことはなかったはずだ。

 

それがレティなりの矜持だった。

もてはやされることをおくびにも出さずに、常に対等であろうとした。

立場に縛られた関係ではなくその相手の良い部分を知ろうと彼女なりの努力を重ねた結果、それが彼女の立場をより強固なものとしたはず。

彼女のように【人間臭い】お姫様なんてオレが知る限り、聞いたこともない。

自分の欲に正直でありながら、それを実行するまでの長い道のりを持ち前の不器用さと努力でひたすら突き進む。多少、召喚獣のフォローなり周りの手助けなりあっただろうさ。けど実行するのは本人で周りじゃない。諦めたらそこで仕舞だ。

 

頬を涙で濡らす彼女の顔を包むように両手を肩からなぞるように滑らせて、彼女がいることを実感するように頬を包み込む。レティの手がオレの胸へと置かれて、距離を詰めるように彼女の瞳にオレを写らせる。

 

「今度こそ、守らせてくれ」

 

そんな彼女を守れることをオレは誇りに思う。

 

「うん……、うんっ!」

 

オレと会えたことを涙して喜ぶ彼女が愛おしかった。

このあふれ出る想いを抑えきることができない。いや、我慢できなかった。

 

触れたい、キスしたい。

 

「……レティ、悪い」

「え?」

 

謝罪の言葉もそこそこにオレは吸い寄せられるようにレティの唇へ吸い付いていた。

重ねるだけのキスだ。子供でもできる。だがその時のオレは心臓が張り裂けそうなくらい鼓動をときめかせていた。

 

好きな女とのキス。

ただ触れあうだけのものだが、こんなにも胸が満たされることは感じたことがない。

愛しい、愛しい。

 

ついにオレは夢にまで見た女との再会を果たすことができた。

 

とここまではいいところだったのに邪魔が入った。

すっかり頭から弾き飛ばしていた。レティが最も誰よりも信頼している人物が後ろでスタンパイしていたことを。人の頬を叩いていた威勢など何処へ行ったやらと不思議なほどに萎縮した姿でレティの名を呼ぶ。

 

「レティ」

 

案の定、そいつの声がした途端レティは、目の色変えてキスしてる最中ということも構わずにオレの胸をぐぐぐっと押し出して

 

「クペ!」「どぁッ!?」

 

と手荒にオレを横に退かして(とても勢いある力だった)クペの方に注目した。

流石に体制を崩しただけで尻餅つくようなみっともない真似をさらすことはなかったが、置いてけぼりな微妙な雰囲気に何も言えなくなる。というか、侍女とアラネアからの視線がビシビシと地味に突き刺さるんだが気のせいだと考えたい。

 

「……レティ、クペはシヴァに言われたからずっとレティの傍にいるわけじゃないクポ」

「………」

「レティが、レティが大好きだから一緒にいるクポ!それだけは信じて欲しいクポ!」

「………うん、……うん……」

「レティ……、泣いてるクポ。クペの為に泣いてくれてるクポ……?」

 

それはオレとの感動の涙のはずだが、あざといモーグリが余計なことを言ってくれたな。

レティも雰囲気の乗せられて否定する素振りもない。

 

「……だって、帰ってこないと思ってた……。私、嫌われてるって」

 

地味に傷つくぞ。

 

「嫌いになんてならないクポ!レティはクペがいないととことん駄目だからクポ!」

「うん!」

 

気まずいオレをよそに感動的な二人はひしりと抱きしめ合った。

アラネアはうんうんと自分の事のように嬉しそうに頷いたり、侍女の方は「姫様……」と感動の涙を流しては白いハンカチで目元を覆った。

 

おい。オレは一体どうしたらいいんだ?

 

「っ、あ、御免なさいってニックス!?突き飛ばしちゃった……」

「……軽く傷ついたぞ」

「ゴメンナサイ」

「片言だし」

 

軽くおでこを小突いてやった。

 

「っていうか!?さっきのキスは!?私全然許してないからっ!」

「あ、いやそのさっきのは衝動的というか抑えられなかったというか…」

 

しどろもどろになりながらもオレなりに気持ちを伝えようとしたがいい方がマズかったらしい。レティは顔を真っ赤にさせて怒った。

 

「衝動的って何?!私の唇は安売りしないって言ったじゃないっ!」

 

予想もしない発言にオレはぴしりと固まった。すぐ傍に羽根を動かして飛んでいるクペがぼそっと「……レティ……、相手が違うクポ…」とフォローみたいなことを言うがオレには聞こえちゃいない。

 

「は!?」

「……どういうことだ…?」

 

逃げられる前にオレはレティをガシリと確保する。わざとらしく挙動不審なレティはオレの追及の視線から目を逸らす。

 

「なななななんでもないわ!ちょっという相手を間違えただけで」

「安売りしない?言う相手を間違えた?待て、どういう意味だよ」

「べべべ別にニックスは関係ないわ!昔の事よ昔のこと」

 

さらっと流そうとしているようだがそうは問屋が卸さないぜ。

 

「昔?どれくらい前の昔だ?オレと会う前か?っていうか、もしかして……他の奴と」

 

ビール瓶で頭殴られるほどのショックだ。このきょどり様……経験ありと見た。

誰だ、一体相手は誰だ!?

 

「ああ、なんでニックスが気にするのよ!?」

 

パニックなっているのか先ほどのキスのことはすっかりと頭からスッとんでいるらしい。だからだろうかオレはたくさんの視線が集中する中、言っちまった。

 

「好きな女のことはなんだって気にするに決まってるだろ!」

「……へ……」

「あ」

 

気が付いて後の祭りとはこのこと。もっとこう雰囲気あるとこで告白するとこだったのに……。

 

「………」

「………」

 

オレとレティはしばし見つめあい、【ボフン!】と噴火するように顔から火が出るほど真っ赤になったのはレティで口をパクパクさせてつい可愛くてクスッと笑いながらオレは彼女の口元を片手でしぼめてやった。

 

「!?」

「可愛いのな」

 

これがマズかった。羞恥心に耐え切れなくなったレティはぷるぷると肩を震わせ瞳に涙を溜めこんで声高らかに叫び魔法を発動させた。

 

「~~~!!サンダァァアアアア――!!」

 

バリバリバリ。

 

「!!」

 

脳天から直接雷魔法を喰らったオレは、体中に走る痺れから立っていることもままならずその場に倒れ伏す。

 

「レティ、とりあえず着替えるクポ」

「………」

 

クペに引っ張られて、ハッと思考を戻らせたレティは「ゴ、ゴメンナサイ――!!」と叫びながらサンダー喰らったオレを介抱するよう侍女に頼んで脱兎のごとくクペを引っ掴んで別室へと駆けこんだ。

ぴくぴくと痙攣しているオレを一瞥して侍女は一つ頷いて、

 

「自業自得ですわね」

 

とにこやかに言うと静々とレティが逃げ込んだ別室へと向かった。

 

駄目だ。アラネアなら助けてくれるかと思いきや、

 

「サンダーごときで死なないわよ。サンダガ喰らってもケロッとした顔してないと王子達に対抗できないわよ?それじゃちょっと準備してくるんで適当に回復しといて」

 

と非情にもオレを放置して部屋から出て行った。

女二人してオレを放置。マジで帝国の女って最悪だ。

 

 

何もなかったかのように振舞うレティにオレは日を改めて告白しようと思った。

すっかり動きやすい恰好で(可愛いが)再登場したレティは、

 

やるべきことをやったあと私は今度こそ自分の意思で自分の道を決めようという。

決意を固めてた瞳でオレを見上げて誓った。

 

きっと今度こそ私は逃げない。

と。

 

オレは、彼女のひたむきな強さに目が眩みそうになる。

彼女は何処にいたって自分の輝きを失わない女だ。

自分自身が強く輝いていることに気が付かないほど真っすぐに人の胸を打つ。

こんなにも、オレの胸を打つのは彼女以外いない。だからこそ、この手をもう離しはしないと決めたのだ。

 

「クペ!ニックス、一緒に行ってくれる?」

「当たり前クポ!」

「ああ、もちろんだ」

 

これからオレ達が向かうのは、オルティシエのようだ。

 

そこでレティは、きっと王子達と再会を果たすだろう。それがどういった結末になるかは分からない。だが行かなくてはと決意に奮い立つ彼女を、彼女の横で支えたい。

 

いずれ、オレは彼女の本当の真実を本人の口から伝えられることになるはずだ。

あのゲンティアナが七神の内の一神なら何らかの形でオレをレティの守護に回したこともレティ自身と関係がある。きっと、人間の手に負えない責務をレティは担がされているんだろうな。

 

オレも変わったもんだ。

 

きっと、彼女と出会う前のオレだったら厄介ごとなんて流してただろうな。ただの正義感からとかじゃ背負えないくらいの使命だ。とてもとてもタダ仕事じゃやってられない。さっさとやること終わらせて故郷復興の為にトンズラこいてるだろうな。

 

今のオレも良しとしよう。

 

「行こうぜ、レティ」

「うん」

 

差し出した手にほっそりとした手が乗せられオレは固くもう二度と離さないと誓う。

 

何があっても。

 

おまけ。

 

シシィ「ところで女性に断りもなく唇に触れるとは万死に値しますわ」

クペ「いくら守護者候補だってそこまではしないクポ」

アラネア「一応広い心持ってるけどさぁ、あんまりいい気はしないわねぇ」

 

ニックス女子三人に詰め寄られてタジタジになってたとさ。

ついでにシヴァがつけた印が反応するようにニックスの頭上にデカい氷の塊を落としたりしてきたとさ。

 

【結局すぐには出発できませんでした。】



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四六時中~しろくじちゅう~

カエムの岬にたどり着いてから数日、ノクトは毎日をぼんやりと過ごしていた。気の合う仲間たちと微妙な距離感が生まれ、差し当たりのない会話などはするもののすれ違いの日々を送ってる。特にプロンプトとはそうだ。一時的に仲直りが済んだのもつかの間、自分だけ疎外感をくらったノクトはプロンプトの前で素直に笑うことができなくなってしまった。何より、容量オーバーなのだ。色々と。

 

ベッドで寝転んでいてもジャレッドの掃除の邪魔になってしまうので仕方なく部屋を出るしかなく、かといってリビングでぐでーっとしていればコルが眉を顰めるのは分かり切っている。情報収集に余念がないディーノは忙しく走り回っているらしく、毎日とまではいかないが電話ではなく直接夜、ここに足を運んでは夜遅くまで念入りにコルと相談などをしている。その中にグラディオやイグニスの姿なども見かけたりするとやるせない気持ちにさせられ、何も見なかったことにしてノクトはふて寝するのだ。タルコットはプロンプトと一緒になって畑の世話などに力を入れている。勉学も必要な歳だがそこはジャレッドやイリスに教えてもらっているらしい。

幼いながらも少しでも力になりたい!と力む少年の姿がノクトには眩しかった。モニカやジャスティンは王の盾再結集の為に準備に勤しんでいる。こちらに出入りする人間も警護の中で見たことある顔や知り合いなんかも複数いた。レティが指示したらしいレジスタンスが本格的なものに変わりつつあるとか。モニカ曰く、王都奪還が夢だと思っていたのが現実に近づきつつあると目に涙さえ浮かべていた。それもこれもレティが手早く指示を出していたからとか、レスタルムのヨルゴの軌跡とか何とかの自警団の力を得られたとからしい。まるで他人事のようにノクトはとらえていた。

シドとシドニーは爺孫娘揃ってオルティシエへ行くための船を修理する最終段階に入っていた。運よく必要だったミスリルも偶然タルコットがそこら辺から拾ってきていて皆驚きを隠せなかった。本当ならこの辺じゃ滅多に採れないらしいからな。加工が必要みたいだからレスタルムに行って職人に頼むのは、元王の剣の二人に任された。

……どうも、あの女苦手。

 

やる気もなくフラフラと行く当てもないノクトはいつも通り灯台へと一人向かっては、旧式のエレベーターを起動させて見晴らしのよい頂上へと上がりぼんやりと空を眺めてる。

来たばかりの頃はジャレッド曰く壊れていて使えなかったらしいがシドの手にかかればチョチョイノチョイ!と魔法のように直ったらしい。使い道は今のところないらしいがノクトには暇つぶしにはもってこいの場所だった。

 

「そういや、レティと初めて行ったドライブの時も高台の方だったよな」

 

ほんの数日しか経っていないような感覚に陥る。今起こっている事実は全て夢で、本当はレティの隣で眠りこけているのかと思ってしまうほどに空は澄み渡っていた。

あの時、夕暮れに染まるルシスを見渡せる高台の上で、同じく夕暮れに反射して光り輝く銀色の髪を風になびかせながら抑える姿に見惚れていた時、彼女はこう口にした。

 

『ノクティス』

 

愛称ではなく、名前でノクトを呼んだレティはゆっくりと視線を交わすと朗らかな笑みで言った。

 

『私、いつかこの国を出るよ』

『………え……』

 

その時のノクトは、ただ戸惑い返す言葉を失っていた。

レティはルシスにいることが当たり前とわかっていたからこそ信じられなかったのだ。勿論、自分がそこにいることも当たり前で。ずっと離れない関係で家族だった。

それはきっとレティも一緒の気持ちのはずだった。

 

コルからの内容を訊くまでは。

 

レティが自分の妹ではなく従妹だったこと。

ミラ王女という隠された王族の存在にその父親が敵国の皇族。

帝国で担ぎ上げられたレティシア・エルダーキャプトという新たな皇女。

敵対関係になってしまった自分とレティの間柄。

すぐにでも帝国を潰してしまいたくなる衝動に駆られるノクトに待ったを掛けたのは意外にも出会って数分経たずのクロウ・アルスティウスだった。

 

『お待ちください、王子』

 

誰もがノクトの豹変ぶりに驚く中、諫めるように静かな声に皆の視線が集まる。それはノクトとて同じこと。

 

『どうしてレティが無理やりに皇女の地位に就いたと思われるのですか?その根拠は?貴方は本当にイドラ皇帝を悪と決めつけるのですか?』

『………』

 

愛称で呼ぶということはそれなりに親しかったはず。

クロウとのやり取りは緊張感漂うものだった。仮にも王族であるノクトに対してクロウは自分の身を顧みずレティの為に体を張って訴えた。不敬罪と処罰されてもいいとまで言い張る彼女はなお追及の言を緩めなかった。

 

「無礼を承知でお許し下さい。不敬罪となること覚悟しております。ノクティス王子」

『おい、クロウ!』

 

仲間であるリベルトがマズいと判断したのか、彼女の肩を掴んで止めようとするが冷静な動きでいなした。

 

『邪魔しないで』

『………』

 

眼光鋭い瞳にリベルトは息を呑んで手を引っ込ませるしかなかった。

クロウの発言が覚悟あってのことと知ったからだろう。

 

『殿下としてではなくレティの一人の友人として言わせてもらいます。彼女は、幼い頃より外の世界へ飛び出ることを夢見ておりました。それがどうしてかお分かりになりますか?レギス陛下より幼少時に自分の娘ではないことを突きつけられ、レティは自分が偽りの王女であることに深く傷つき、自分の居場所を求めてより強く外の世界への憧れを強くしていったそうです。そこでレティは城から抜け出てニックスと、私達と出会いました。王子は知らないでしょう。外での彼女は本当に生き生きと瞳を輝かせて年相応の少女でした。身分を笠に着ることもなく移民出身の私達を当たり前のように受け入れてくれました。恥ずかしながら私は彼女がどういった人物であるかを知りませんでした。ですが、知る前と知った後ではそう大差なく接することができたと今でも考えています。……彼女の人柄に惹かれて私は彼女の友人であることを願いました。

彼女が本当に望む場所はルシスではなかった。なのに、王子はレティが得たかったかもしれない場所を壊すというのですか?貴方にその権利があるというのですか?今まで家族を得られなかったレティから、本当の家族を奪うというのですか?王子のしていることはただの束縛です!』

 

売り言葉に買い言葉でカァと頭に血が上ったノクトは気が付けば怒鳴り返していた。

 

『だったら、そのままにしておけって言うのかよ!!』

『違いますっ!!もっと違うやり方があると言っているんですっ。争いはまた争いしか呼びません!そのうえで犠牲になる者のことを貴方は知っているんですか!?レギス陛下はそれを承知で王都襲撃に備えました。巻き込まれる国民を顧みず、貴方を、ルナフレーナ様を守ることだけを視野に入れて民はどうでもいいと斬り捨てた!王の剣だってそうです!皆命を賭けて闘いましたっ!いつか帰る故郷の為に。皆で、帰る日を夢見ていたのに!この戦いで命を散らしました。私だって、死ぬはずだった!でも運よく私は救われました。こうして仲間と共にいられることを喜ばなきゃいけないのに、死んでいった仲間たちのことが脳裏から離れない。忘れることなんてできやしない!ずっと、私はこの傷を背負って生きていく、そう感じています……。申し訳ありません、話が逸れてしまいまいした。……私が言いたいのは、ただ潰すというのは短慮であると言いたいのです。国には罪なき民がいることを忘れないでください。貴方は、ルシスの王なのですから』

 

全てが事実であり、ノクトは図星と言わんばかりに押し黙るしかなく重苦しい雰囲気に耐え切れずに顔を背けてノクトは『ワリーけど先に寝るわ』と二階へと逃げ込んだ。

 

思い出すだけでも苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。

腐食した柵の上に腕をのせてぼんやりと海を眺めていると、後ろの方でエレベーターに乗ってイリスがつぎはぎだらけのぬいぐるみを抱えてやってきた。

 

「ノクト……」

「……悪い、今一人になりてぇんだ」

 

そう言ってノクトはイリスを避けるようにエレベーターに乗り込もうとする。

だがその背にぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたイリスが叫んだ。

 

「ノクトの馬鹿!」

「………ああ、どうせ馬鹿だよ」

 

歩みを止めて顔だけ振り返ったノクトは自嘲的な笑みを浮かべていた。

イリスは普段可愛らしい瞳をキッと怒りで吊り上げらせて

 

「ノクトはレティを助けたいだけなんでしょ!?人を殺したいなんて嘘だ。衝動的なものなんでしょ!だったらなんで落ち込むのよ。簡単に助けるでいいじゃない」

「……そういう風にいかねぇからアイツらもあんな事言ったんだろ」

 

言わずもがな、アイツらとはクロウたちの事を示しているのだろう。イリスは構わずに言い返す。

 

「でもそれはあの人たちの勝手な考えじゃない!私達には」

 

ちゃんとした理由がと続けようとした。だがそれも抑揚のない声で言い返される。

 

「それもオレ達の勝手な考えだって言い返すだろうな」

 

イリスは、「……あ……」と声を詰まらせた。

結局のところ、本人がいない今勝手に推測するしか手はないのだ。それは堂々巡りということになる。議論したところで事実は変わらない。レティが皇女として即位し次期皇帝の座に期待をかけられているということも変わらない。

 

ノクトは唐突に話題を変えた。

 

「なぁ、イリス……。レティってさ。どんなんだった?」

「え」

 

イリスは一瞬耳を疑った。信じられなかったのだ。ノクトの口からそのような言葉が出ることが。

 

「……オレさ、一番レティを理解してるみたいで全然知らなかったんだ」

 

知っていたつもりだった。

当たり前だったのだ。レティが隣にいるのはいつものことだと。

朝、おはようと互いに朝の挨拶をしてそれぞれ身支度を整えて家族そろっての朝食へ。

冷めた間柄にように振舞う父と娘、そしてその間に挟まれるノクトは自然とそれぞれに会話を振ったりと気を配ったりした。レティに見送られて車に乗り込んで自分が学校に行っている間、当然のように図書室に籠ったり魔法の実験繰り返したり、そういう勤勉に勤しむ彼女がいて、ノクトは学校から帰ってくると真っ先にレティの所へ走って一緒におやつを食べながら今日あったことを話し合う。もしくはプロンプトを引き込んで騒がしくしてイグニスに窘められたりグラディオに鍛錬に付き合わされたりした。そして夜は一緒のベッドでおやすみと囁き合って共に眠り合う。

 

そんなサイクルを繰り返しているうちに、自分が知るレティは変化とは無縁な存在で一生変わらない者と位置付けていた。過信だった。

 

自分が知らない所で何度も城を抜け出していたり、あの男との邂逅を繰り返していたり自分が知らない友人がいたり、クレイラスとの鍛錬だってただ城での生活面で必要最低限な鍛錬だと思っていた。それが事実、いつか外へ出るための鍛錬だと聞かされれば、ショックにもなる。レティがあの時ノクトに告げたのは、直接別れを言わない為の手段の一つかもしれない。前もって言うことで一つの伏線としたのだ。

 

ルシスを出ていくことは確定していて、王女としての生活もいつか終わらせる。

家族と触れあうのもそれが最後になる。

 

今まで自分が知らなかったレティの側面を教えられる度にノクトは自分の愚かさに胸糞悪くなる。どうしていいか、わからなくなる。

 

王となる理由もレティと一緒になるためのステータスでしかなかった。

そのレティが自分が知る人ではないと知った途端、全てが無意味のように感じた。

 

 

「オレ、今までレティの何を見てたんだろうな」

「………」

「……レティは、オレが、嫌いになったの、か……?」

 

切なげに瞳を揺らしてぽろりと吐露した気持ちはノクトの正直な想いだった。

 

家族と思っていたのは自分だけで本当はレティに疎ましく思われていた。

自分を縛り付けた存在であるレギスを憎み、ノクトに怨嗟の念を抱きながら今までずっと過ごしてきたのではないか。だからこそ、あの夕焼けの時に自分は国を出ると宣言したのではないかと思ってしまうのだ。だがイリスはノクトのレティのやり取りなど知らないし教えてもらってもいない。だからノクトの暗く沈んだ表情を前にして苛立ったように乱暴な言葉をぶつけた。

 

「……だったらレティに聞けばいいじゃない。なんで私に聞くの?ずっと、ずっと会えない間柄だった私に。ずっと傍に居たノクトがなんで私に聞くの?」

「……」

「本当にレティが私たちのことを、ノクトの事を嫌いになったのか、疎ましくなったのか直接会って聞けばいいじゃない!なんでレティの気持ち知らないのに勝手に決めちゃうの!?」

 

激昂しながらイリスは乱暴に袖を掴んで無理やり真正面を向かせノクトはされるがまま感情の籠らぬ瞳でイリスを見つめた。それが余計にイリスをイラつかせて、グイッと服を掴んでノクトを怒鳴りつけた。

 

「……」

「今まで一緒にいた癖になんで今さら知らないなんて言い方するの!?私は、私は、ずっと文通しかやり取りしてないし会う機会なんてなかった。それでも手紙の中には必ずノクトの内容が書かれてないことなんてなかった!それだけレティにとってノクトは欠かせない人だったんだよ!?ただ利用するだけの為にずっと同じ人を騙せるほどレティが器用じゃないことぐらい傍で見てて分かってるでしょう!?なんで分からないの!……レティが帝国に行ったのだってノクト達が大切だったからでしょ!?私達に危険が及ばないようにしたかったからでしょ!なんで迷うの?なんでレティの気持ちを疑うの?ノクトの、朴念仁っ!!」

「…イリス…」

 

ノクトは目を見張り感情を爆発させて訴えてくるイリスをただ見つめることしかできず、逆にイリスは悔しさから瞳を揺らしてノクトを睨み付けた。

自分よりも身近にいたはずのノクトがレティを疑っていることを。どれだけ彼女が悩み苦しみ傷つき、それでもノクトの存在に支えられていたか。

これは、嫉妬。

 

どれだけレティにとってかけがえのない存在であるか。分かり切った答えに女々しくなるノクトに苛立ちさえ感じていた。

 

「昔、ノクトが私を庇ってくれたようにレティだってノクトの庇った。それがただの善意だったからじゃないことくらい私は分かる。私のことを考えてくれたから陛下にだって黙ってた。私のことを心配してくれたから!そうでしょ?レティだって同じだよ。ノクトの事心配だから。大事だから守りたかったんだよ。ノクトは、レティの大切な家族だもの!」

「……か、ぞく……」

 

張り手を喰らったような、目の覚める想いだった。

たった一人の家族。

様々な思惑に翻弄されてきたが、ノクトとレティは唯一の家族なのだ。

その関係はたとえ離れた場所に至って、変わることはない。

ドン!とノクトの胸を叩いて、イリスは縋るように頭をこすりつけ悲痛な声で訴える。

 

「だから、お願い、お願いノクト。諦めないで。レティの事、諦めないで……!私は、もう一度、レティに会いたい!!」

「イリス……。ああ、オレも。オレも、会いたい……」

 

色々と一杯一杯だった気持ちの根底にあるのは、ただ『会いたい』その一つのみ。

二人は身を寄せ合うように抱き合った。

 

単純でいい。シンプルでいい。

 

まずは、自分の気持ちに正直になってみよう。それから考えたって悪くはない。

自分にとって何が大切なのか、何を優先させなければならないのか。

 

王という立場を受け入れているノクトは、まず自分の正直であろうと決めた。

 

王である前に、彼は一人の人間で、一人の男なのだから。

 

 

無事に船の修理が終わり、レガリアを乗せシドの運転の元、ノクト達はオルティシエへと向かうことになる。護衛としてクロウとリベルトも同行することになったが、ノクトは以前より気まずさは感じず、頬を掻きながら「その、よろしく頼む」と挨拶するとクロウはきょとんと目を瞬かせたが、すぐに口元を緩ませて「はい」と頷いた。プライナも嬉しそうに尻尾を揺らして「わん!」と鳴いた。

傍で冷や冷やと二人のやり取りを見守っていたリベルトだが、「良かった良かった!これでこれからの旅も気まずくならないな」と喜びながら一言余計なことを言ったばかりにクロウから腹に思いっきり肘鉄くらいノックアウトすることになるとは本人も想いもしなかっただろう。イグニスやグラディオ、プロンプトとはすぐにいつものやり取りとはまではいかなくとも、迷いの晴れた顔になったことで以前よりは明るい話題もするようになり笑顔になる回数も増えた。

 

イグニス達もレティが自らエルダーキャプトの姓を名乗ることを望んだのか、真意は計り知れず最悪のパターンも予想したはずだ。だが自分たちがすべきことをまず優先させることを選んだのだ。即ち、ノクトを支え守ること。

イリス達に見守られながら船へと乗り込んでいくノクトたち。

 

「気を付けて、ノクト」

「レティを無事に助け出してね!」

 

イリス、シドニーからの声援にノクトはしっかりと頷き返した。それからコルへと視線をうつす。

 

「コル、後は頼んだぜ」

「ああ、任せろ……姫を頼んだぞ」

「おう……、イリス。これ絶対渡すから」

 

動き出す船から見えるようにノクトは人形を掲げて見せた。

 

「うん!絶対だよ――!!」

 

満面の笑みでイリスはブンブンと大きく腕を振ってノクト達を送り出す。港で見送る仲間たちの姿が小さくなるまでノクト達は見続けてから、それぞれ椅子に腰を下ろした。

 

「それってイリスが作ったぬいぐるみだよね」

 

プロンプトが興味深そうにぬいぐるみに手を伸ばして軽く触れた。

 

「ああ」

「……なるほどな、レスタルムで布を買い込んで作ったのはそれだったのか」

 

イグニスが納得した顔でそういった。グラディオが感心したように目を細めてぬいぐるみを見つめた。

 

「ああ?イリスがぬいぐるみなんて珍しい」

「モーグリかぁ、きっと姫の配達召喚獣だな」

「ちょっとリベルト、口調」

 

クロウが小さく指摘するとリベルトは「やべっ」と声を漏らして焦るがノクトはいたって気にしていないと首を振った。

 

「ああ、いいよ。別にオレ気にしないし。堅苦しいの苦手」

「そうですか?」

 

礼節を重んじるクロウにとっては正直意外な話だった。幼馴染が割といい加減というか粗忽なので自然とこんな感じになった。だが割と燃えやすい性格でリベルトが冷や冷やしていることに未だに気づいていないらしく、足元に伏せて控えるプライナの毛並みを撫でていた。

ノクトは手をひらひらと振り

 

「ああ、敬語とか省略で。これから向こう着いた時面倒だし」

 

というと、クロウは一つため息をついて苦笑しながら砕けた口調になった。

 

「……分かったわ。それじゃあノクトと呼ばせてもらおうかしら」

「ああ」

 

フランクに愛称で呼ばせることにもしっかりと理由がある。まさか帝国領に属するオルティシエで本名を町中で言うなど命取りにもなりかねないからなだ。イグニスの推測が正しければ帝国軍も水神討伐に乗り出してくるだろうとのこと。用心には用心を重ねての結果論である。

 

「……何かノクトふっきれた顔してる?」

「そうか?だったら、コレのお陰かもな」

 

プロンプトのズバリな言葉に少し口角を上げて見せる。

ノクトの腕には、イリスから託された手作りのモーグリ人形が抱えられて、グッと力を籠めると気の抜ける音が漏れて思わずノクトは「変なのっ!」と可笑しそうに噴き出した。

そして、また水面の方へ視線を向けた。

 

海が、太陽の光を浴びてキラキラと光り輝いて見え、潮風に黒髪をなびかせながらノクトは両目を細め手で光を遮りながら遥か大陸に想いを馳せた。

 

【君に、会いたい】

 

To be continued――



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chapter.07
水平思考~すいへいしこう~


これまでの流れについて。

ファントムソード入手の為に予期せぬ再会を果たしたアーデンとの取引で帝国へ行くことになったレティはノクト達と辛い別れをしてニフルハイム帝国、イドラ皇帝の元へと連れて行かれる。そこで本当の祖父がイドラ自身であることを知らされ、レティはショックを受け自暴自棄に陥る。だが気まぐれを起こしたアーデンの予想外の行動により多少荒療治だが緩和されることになる。新たな皇女という立場と自分の所為でノクト達の大切な人達、場所を奪ってしまった事実に苦しみながらいっそのこと流されるままでいようとやけくそになるが、今まで気にしまいとしてきた不可思議な事をついにクペに問い詰めた。そこで驚愕する事実にまた打ちのめされることになる。自分自身が一体何者であるのか、真実を知ったレティはクペが自分を慕う理由を義務感から発生しているのではないかと懐疑的になりクペはショックでレティの目の前から消えてしまい、ますますレティは孤立してしまう。次にやってきたのはヴァーサタイルとその娘、侍女のシシィであった。怪しげな地下室にレティを案内するとそこで目にしたのは帝国のとある秘密。それらを打ち明けられ、どうか新たな皇帝として帝国に引導を渡して欲しいとレティに願い出る。だがレティは自分にはそんな力はないと頑なに拒否するが、ヴァーサタイルの口から自分の友人であり大切な仲間、プロンプトが関係していると打ち明けられると、なぜ自分ばかりを頼るのだと憤り込み上げながらもその場から立ち去るしかなかった。

もうこれで終わりだ、おわりなはずなんだと思ったがそうではなかった。

そこにまたアーデンがやってきたのだ。以前とは比べるほどもないほどに柔らかな雰囲気で接してくるアーデンは自分の秘密を打ち明けた。全てを打ち明け、戸惑うレティに自分の不老不死をその力で終わらせて欲しいと願う。だがレティは疲れた笑みで、誰も彼もが私に願ってばかりで私の願いをかなえてくれる人はいないと嘆く。するとアーデンは自分がレティの願いを叶えると言い出した。

レティの願いは、【愛されること】だった。
だからこそアーデンはレティに優しくキスをした。
自分が愛すると。ただのレティを愛すると。レティは心細さからその時の雰囲気にほだされて抵抗することもなくアーデンのキスを受け入れた。だが頭の端で何かが違うと気付く。自分が本当に求めている人はアーデンではなかったと涙ながらに謝罪を繰り返しながら気づいたのだ。

恨まれてもいい、憎まれてもいい。
会いたいのは、ずっと一緒だったノクトだった、と。

それが一体どういった感情から来るものなのかレティ本人には理解していなかったが、敏いアーデンは気づいた。だがあえて告げることはせずに、「難儀な子だ」とため息をつくだけに留めた。その後、空虚な毎日を送る中でふと、イドラの体調の変化に気づく。皇帝の体はシガイの影響でそう長くはもたないだろうということに。頭ではわかっているはずでそれも自業自得であると納得しているにも関わらず行動は裏腹にイドラの体から瘴気を取り除こうと必死になる自分がいて、そこでようやく家族を失いたくないだけなのだと知る。憎むばかりの関係に少しだけ光が差し込んだ瞬間だった。
そして任務を終え帰ってきた仲良くなったアラネアとのお茶の席で、自分よりも一回り年上の彼女からこのまま流れるままに身を任せて中途半端に終わらせるつもりか?と問われる。
レティは言い訳を繰り返しながら心内で私を追い詰めないでと叫んだ。するとアラネアはレティの心を見透かしているかのように行っておいでと笑顔で背中を押した。驚くレティにアラネアはある男を引き合わせた。
曰く、拾い物をしたと。最初その言葉の意味を理解できなかったレティだったが、引き合わせられた相手と対面した瞬間、口元を覆って瞳を潤ませずにはいられなかった。

ニックス・ウリック。

英雄と慕った相手がすぐ目の前にいたのだ。
脳裏に湧き上がる懐かしき想いと他愛もない約束。レティにとって優しい英雄なら嫌とは言わないだろうと打算的な考えで提案した約束をニックスは本当に果たしにきてくれたのだと感動の涙に打ち震える。
ニックスとて感動も一入(ひとしお)だった。王都を出発してから長い道のりをめげずにレティを助けに行くと心に固く誓っていればこそここまでやってこれたのだ。その道中で王子と初対面したり心が折れそうになったことも何度か遭遇したが目の前に美しくなったレティを目にした瞬間苦労も何もかも吹っ飛んで行った。

レティーシア・ルシス・チェラムであり
レティーシア・エルダーキャプトであり、
自分が知るレティでもある。肩書は以前よりも色々とふえたが何も問題はない。自分は英雄としてではなく騎士として助けに来たと真摯に伝えるとレティはついに涙を零した。
積もり積もった想いが一気に溢れ出して許可なくレティにキスをしてしまうニックスだったが、さらりと横から美味しくクペに奪われてイイ雰囲気もお流れになってしまうのは彼が不幸の星の元にいるからか。
ニックスと同じくアラネアに拾われたクペは満足そうにレティと抱き合い仲直りをした。

シシィに必ず帰ってくるからと祖父の事を頼んでレティはニックスとクペと共にアラネアの飛空艇でオルティシエと向かうこととなった。

自分が始めたことを終わらせる為に。
ルナフレーナをノクトの元に無事に帰す為に。

染まりつつある大いなる力に飲み込まれないよう己を律しながらレティは飛空艇の窓から近づきつつある水の都を見下ろすのだった。

一方、ノクトも様々な出会いと葛藤を繰り返しながら着実にレティの出生に秘密に近づいて行った。カエムの岬でフルメンバーの前でつい打ち明けられる真実。
自分とレティの関係は双子ではなく従兄妹同士であった事実を。レティがルシスとニフルハイムの血を受け継いでおりレティがイドラ皇帝の孫で皇女として迎えられたことを。
感情を爆発させるように帝国をぶっ潰すと憤るノクトに待ったを掛けたのは王の剣所属だったクロウ・アルスティウスだった。
彼女は自分の気持ちを正直にノクトに伝えた。

レティが城の外で溌剌と年相応の様子だったこと。イドラ皇帝という祖父との繋がりを大切にしているかもしれないこと。皇女となった事が強制ではないかもしれない、少なからず本人の意思が関係しているのではないかということ。
戦わなければ守れないことは重々承知している。けれど必ず戦になれば犠牲になる民が出てくる。国とはそういうものでノクトにはまだ王としての自覚がない。
貴方は犠牲になる民の事を考えてそのような発言をしているのか、と。

諫めるような発言にノクトは冷水を浴びせられるがごとく何も言い返すことはできずに逃げるようにベッドへともぐりこんだ。それから海を渡る為の船の修理が着々と進む中、ノクトは無気力な日々を過ごすことになる。考えれば考えるほど嫌な方向へと進んでしまうのだ。

レティと自分との敵対関係という間柄。
レティとの途切れてしまったかのような絆。
今までの自分が知る彼女は偽りで本当はノクト達を疎ましく考えていたのではないか。だからこそ以前にノクトに告げていたようにルシスを出ようなどと考えていたのではないか。
段々とドツボに嵌っていき息苦しくなっているにも関わらず抜け出すすべを知らないノクトの前に、手作りのモーグリ人形を手にしたイリスがやってくる。
ノクトはつい、ぽろりと年下であるはずのイリスにレティが自分たちのことを嫌いになったのかと尋ねてしまった。すると驚くくらい思いっきり怒鳴られた。

自分に聞かないで!レティに直接聞けばいいことでノクトは自分がどれだけレティに大切にされてきたか知らない。知らないからこそあえて本人に聞くべきこと。
ノクトがレティの家族であることは変わらないから!

一番大切なことを忘れてしまっていたノクト。
不安だけが先走り悪い方へ悪い方へと転がり落ちていく思考が正常に戻りつつあった。
勿論、完全に不安が消えたわけじゃない。ただ一人で考えるばかりで答えが出るわけでもないと気付けたのだ。
もやもやは直接本人へぶつけるべし。

イリスから託されたモーグリ人形を手にイグニス、プロンプト、グラディオに新たな旅仲間リベルトとクロウを連れてノクト達はオルティシエへと向かう。

水神が封印された地にて邂逅するであろう主だった三者。

己の命を削りながらも一途にノクトを想いながら待つテネブラエの神薙、ルナフレーナ。

人智を超えた神なる力の片鱗に恐れを抱きながらも一歩前へと進みだすニフルハイムの皇女、レティーシア。

王という意味と真なる家族の絆を胸に留めて船に揺られるルシスの王子、ノクト。

はたして、彼、彼女らはどのように交差していくのか。
また彼らを取り巻く他の仲間たちもどのように関わっていくのか。

それを知るのは、ただ【彼女のみ】である――。


あれは自分専用の図書室を与えられて間も無くのことだった。天井まで届かんとするたくさんの本に囲まれて私は衣食住すら忘れて本にかじりつくように知識を求めた。実際本当に忘れてた。

 

もっと、もっとたくさんのことを得て見返してやる。

あの人が叶わないようことを成し遂げて見返してやる。

 

幼い子供が考えそうな陳腐な考えだった。捻くれているともいうかな。そんな可愛げのない私に執事や侍女たちはさぞ手を焼いたことだろう。扱いにくい少女に嫌な顔ひとつせず甲斐甲斐しく世話をしてくれた。本当に、感謝している。色々と訳ありな王女で事情を知らされていたのは極側近のみで普通なら王子と同じような環境で育てる所、お城から出さない方針になった為軽く引きこもりみたいになってたかな。実際そうなる手前だった。

王女である私を本気で叱る人はほとんどいなかったし、クレイだって仕事がある。だから私の生活リズムは一般的の子供とは思えないほど生活リズムが狂ったりした。ひどい時は夜昼逆転!

それでもあの人は注意してくることもなく私に無関心な日は続いた。私も意固地になりなおさら本にのめり込んだ。目の下に隈を作ってでも不規則な生活を続けた。それでもあの人は注意すらしてこなかった。

 

そんな中、いつものように夜図書室に閉じこもり、鍵をしっかりとかけて寝た方がいいクポと心配してくれるクペを抱き込んで黙らせドアの外側でノクトがいつも通りにドンドンと叩いて「レティ!ちゃんとベッドで寝ないとダメだよ!一緒に寝ようよ」と誘ってくるノクトにドア越しに覚えたてのスリプルかけて強制睡眠させて黙らせて執事に連れて行かせてさぁ、もっと知識をと、山積みされた本に挟まれながら本を開きかけた時。

 

『ゴメンクポ!』

 

と、謝罪の言葉と共に急な眠気に襲われそのままふらりと倒れるように私は眠りについた。次に朧げないしきを覚ました時、図書室に備え付けてある柔らかなソファに横に寝かされておりタオルケットがかけられていてクペが私の腕の中で『すぴー』と寝息を立てて寝ていた。柔らかな感触に心地よさを感じながら私はクペをもっと抱き寄せて気がすむまで眠りについた。

 

静かな世界で私とクペ二人だけだったらいいのに何度も願いながら、そんなこと叶うはずもないのにと諦める私はいた。勉強とは別に合間に息抜きとして童話を読んでは王子様という夢の人に憧れを抱いた。

 

中でもその時好きだったのは、サンドリヨン。

継母や意地悪な姉二人に虐められて召使いのようにこき使われていた可哀想な少女が舞踏会に出たいと願うと、少女の前に魔法使いのおばあさんが現れ、美しいドレスと装飾品、硝子の靴で少女を可憐に変身させてかぼちゃの馬車で舞踏会へと送り出す。でも魔法使いのおばあさんは少女にある約束事を守らせようとした。時計塔の針が12時になる前に帰らなくてはいけないよ。でないと魔法は消えてしまうから。

魔法使いのおばあさんに見送られて胸をときめかせながら少女は舞踏会へと足を踏み入れた。そこで素敵な王子様と踊ることができたけど楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

12時の鐘がなる前に慌てて少女はお城から出ようとドレスの裾を翻して長い階段を降りていく。その後を追いかける王子様が少女に追いつくことはできなかった。

ひとつだけ少女の手がかりとなるものが残されていた。

それは硝子の靴。

王子様はその硝子の靴を後生大事に持って必ずあの人を見つけ出すと固く胸に誓った。それから国中でお触れが出された。

この硝子の靴をはける少女を王子様の花嫁とする、と。その後は定番の流れで見事意中の少女を見つけることができた王子様は少女を花嫁なら迎えて末永幸せに暮らしましたとさ。

 

少女にとっての転機は硝子の靴だった。

王子、王子様、優しくて格好良くて強くて勇敢で逞しくて秀でた人。誰からも慕われて大人気で女の人にモッテモテ。

そんな凝り固まった王子像が私の中で形成されていた。情報源は主に童話から。そのせいで理想像が高くなったかもしれない。だから私の身近にいる王子は範疇外というか、ああそう言えばノクトも王子だったっけ?と思い出すこともあった。その時は。

でもね、一番印象に残った時があったの。

それは、全然姫らしくない私に似合わないようなシチュエーションだった。ぼさぼさの髪に目の下に隈、山積みの本の中に埋もれるようにして本を読んでいる時の事。大体ワンピース姿で普段はいるんだけど靴は放り投げて裸足で過ごしていた。その方が気持ちいいし自由な感じがしてよかったからだ。私の教育係にしてみればとんでもありません!らしい。けどそんなものむしムシ無視だ。右から左へ聞き流して適当に相槌打っておいてしっかりと反省した殊勝な態度を取っておけば大抵納得するしそれ以上小言は言わない。それでもって誰も見てない所でのんびりと満喫するってことだ。

 

私の図書室に入ってこられる人物は極限られている。いかに教育係と言えど簡単に入室は許可されてない。ちなみにその許可をもらうには陛下の御許しをもらわないといけないけどね。

そういうわけでマイ図書室にいる時だけは自由に過ごせるのだ。でも逆に言えば監視の手が行き届かないので生活リズムも乱れる。そりゃトイレとかお風呂とか入るけど必要最低限で済ませて飲食も部屋の中で食べてるし一日人と会わない時もある。所謂引きこもり状態だ。幼いながらも今考えると恐ろしいことしてたと思う。それぐらいその時の私は他人との接触を拒んでいたんだ。

 

ノクト、以外は。

 

そう、ノクト。彼だけは飽きずに私に声を掛けてきた。根暗な奴なんか放っておけばいいのにわざわざ二つの内の一つの鍵をあの人から借りてきて施錠されているのを解除して無言で入ってきてさ、ドア付近に脱ぎ捨てたサンダルを(よく見つけ出したと思う)おもむろに拾い上げて椅子に座って本読んでる全然可愛い顔してない呆けた私の前にやってきて、

 

『レティ、ほら。靴だよ』

 

幼いノクトは片膝ついて私の足にサンダルを履かせようとした。

 

『なんで』

『だってコレ、レティの靴でしょう?』

 

小首傾げながら不思議そうな顔をしてビー玉みたいな瞳を細めた。

 

『そうだけど、でも自分ではけるよ?』

『そういってレティはいつも裸足じゃないか』

 

ずばりその通りです。だって窮屈なんだもの。

 

『………』

『ほら、僕が履かせてあげるから』

 

私の返事を待たずにノクトの手ずから靴を履かせてもらった。丁寧に優しく労わるようにつま先から入れてくれた。

 

『……別にいいのに』

 

素直にお礼が言えない私は視線を逸らしてわざとらしく言い返す。ノクトはもう片方のサンダルを履かせ終わると立ち上がって私に手を差し出した。

 

『はい、行こう』

『…どこに?』

『庭だよ。一緒に遊ぼ』

『……なんで』

 

顔を顰める私にノクトは笑ってこう言った。

 

『だって、レティ笑ってないんだもん』

『ノクトに関係ないよ』

『関係あるよ』

 

ノクトは私の読みかけの本を取り上げてパタンと閉じて山積みにされている本の上にそっと置いた。

 

『だってレティは僕の家族だもん』

『………』

『最近のレティは難しい顔しすぎだよ。もっと力抜いて?僕がレティを守るから』

 

ノクトの手が私の手に伸ばされそっと握りしめられる。

王子様はお姫様を守ってくれる。強くて優しくて眩しくて太陽みたいな人。人の視線が怖くて逃げるように閉じこもっていた私。誰も彼もが信じられなくて、心の中じゃどのように受け止められているのか怖くて、怖くて、消えたかった。

 

生きる為に知識を得ようとしたところで基礎ができていないんだもの。すぐには無理だったわ。だからもっと、もっと頑張らなきゃって思って自分を追い詰めてた。それでも上手くいかないからもっと本を貪り読んだ。眠くても我慢してその内羅列された字がぐにゃぐにゃなものに見えて気持ち悪かった。目が回って世界が歪んで見えて山積みにした本に倒れ込んだりもした。クペがすぐに助けてくれたけど、あれは参ったなぁ。

……精神的に参っていた私を助けてくれたのはノクトだった。

その時のノクトがただ私の身を案じて言ってくれたもので、深い意味はないと思う。だから縋るような私の声にノクトは迷わず頷いてくれた。

 

『………本当に?守ってくれるの?』

『うん!』

 

王子様みたいに、私を守ってくれる。

 

童話の中の御姫様みたいに、どんな時もずっと一緒にいてくれる。無意識にノクトに理想の王子様象を重ねてみたのはその頃から。じわじわと満たされるような感覚に酔いしれて私は満面の笑みを浮かべた。

 

私だけの王子様。

 

『ノクト、ありがとう』

『やっと笑ったね、レティ』

 

私の為に靴を持ってきてくれて、サンドリヨンのように靴を履かせてくれて、私の手を取って誘ってくれる人。

 

その時の私は大切なことに気づいていなかった。

王子様はお姫様を助けてくれるけれど、必ず結ばれる二人ではないということに。

もしかしたら、王子様はただの【善意】でしただけであって、

【好意】ではないかもしれない。小さな思い込みが日常の中で当たり前のものとなっていつしか独占力の塊に支配される。

王子さまは私のもの。いつもずっと一緒。

そんな物語のように現実は甘くはない。手に入っていたはずのものが幻で本当は手からすり抜けて行ったからみっともなく拾おうとしたけど、それはすでに他人のものだった話。伸ばした手よりも先に拾い上げたのは正真正銘の御姫様。

白くてキラキラしてて目が眩みそうなほど愛されている彼女に近づくことすらできない私は視界を庇いながら後ずさるのが精一杯。彼女のように必要とされたい、愛されたいと願うのはすでに土台が違うから無理な話だった。

 

最初から高望みしすぎたんだ。

 

「レティ、そろそろ着くぞ」

「うん」

 

ぼんやりと思考を現実に戻しながら到着することを教えてくれるニックスに頷いてはそれはそれは大きく美しい水上都市を見下ろす。壮大な造りで端から端まで町の中を見回るのに一体何日かかるのか、予想もできない広さだ。

ここにリヴァイアサンが封印されている。

人間のエゴで利用され用が無くなれば封じ込められる。まるで物の様に扱われさぞご立腹だろう、彼は。……目覚めの瞬間が大荒れになることは目に見えていたが、さてどうしてやろうか。

神薙が目覚めさせればすぐにでもリヴァイアサンの怒りを解くことはできる。私が命じれば一発で彼は応じるだろう。

だがそれでは彼らの為にもならない。

神を使役しようとしている時点でそれは敬う心がないということだ。つまり、私達に救いを求めているわけではない。あくまで都合よく利用しようとしているだけ。

ここは、傍観と手を打とうか。多少痛い目を味わえば神頼みなどと馬鹿げた考えも改まるかもしれない。

 

「……緊張しているのか?」

「うん?私が?」

「ああ」

「そう、見えるのね。ニックスには」

 

緊張、緊張か。意識してなかったけど言われてみれば自分の手が若干震えている。片手で押さえようとするけど反対の手も震えだした。これは苦笑してしまった。

 

「私、初めてなのよ。ルナフレーナ嬢に会うのは」

「ああ、そうだな」

 

会うのは一度きりでいい。それだけで十分だわ。

 

アラネアの話じゃアーデンやレイヴスもアコルトに軍を率いてくるらしい。アーデンめ、一言言っておいてくれればいいのに……。

 

ノクト達もいずれこちらに来るはず。一度アコルドの首相と面会しておくべきかしら。いずれ先のことを考えてここで借りを作っておくのも悪くはないでしょうし、帝国を終わらせるには彼らの【逃げ場所】が必要になる。

 

読みを間違うな。一つでもこじらせたら私の負けになる。

一つ一つ確実にクリアしていくことだけを考えろ。

 

感情は二の次。

 

確実に失敗なく終わらせるためには、ルナフレーナ嬢、貴方のノクトへと想いを利用させてもらうわ。

 

機体が大きく揺れて不時着したことが分かった。

ニックスが私に手を差し出して立たせてくれる。

 

「行くか」

「ええ」

 

私は迷いなき瞳で強く頷き返しニックスの手を取った。

 

【私は私の道を行く】

 

 

水都オルティシエ。ニフルハイム帝国の属国ながら独自に築き上げられた文化が際立つ水上都市。町の中をゴンドラが行き来し、老舗が軒を連ねる大通りには人の姿が絶えず観光名所とされている。カフェや船上市場にコロシアムと娯楽に飽きないスポットも多数存在している。歴史ある建物から異国情緒が感じ取れさながら映画の中に飛び込んだようになる。

さて、普通に正面ゲートから入国するならしっかりと入国審査なるものがある。これをパスしなければ入国できない。だが、私は普通の人ではない。

一応、お忍びとは言っているものの乗りつけているものが帝国の飛空艇だ。しかも外装が赤と目立つアラネアの印の飛空艇。停泊する場所も軍の常駐する基地内。せっかく観光と洒落こもうと考えていたのに、ゲートからニックスに手を引いてもらいながらクペを伴ってタラップを降りると魔導兵らがズラリと列を為して仰々しい出迎えとなった。黒スーツを着込んだアコルドの官僚関係者らの数人待っており、私が完全に地面に足をつけるとそのうちの一人の男性が前に一歩歩み出て私に向かって恭しく頭を垂れて挨拶をした。

 

「ようこそ、オルティシエへおいでくださいました。レティーシア皇女殿下」

「……出迎えご苦労さまです。随分と耳が早いことね」

 

情報規制はされたはずだけどどうやら無意味だったらしい。早くも皇女即位の話はこちらに伝わっている。となると、ディーノも情報を掴んでいるかもしれない。……ノクト達は確実に私のことを知ったということか。

 

「はい。すでに殿下即位の儀は我がアコルド内でも瞬く間に知れ渡っております。殿下の御威光の前に……」「余計な世辞はいらないわ」

 

ぴしゃりと言葉を遮る私に男性は目を丸くして一瞬呆けた。

 

「は…?」

 

だが私の静かな剣幕に気づき徐々に顔を青くさせていく。先ほどよりも声音を低くして命令するように私は言った。

 

「至急、カメリア・クラウストラ首相との会談を要求するわ」

「で、殿下。それは」

 

お願いではなく、あくまで命令であること。この意味はこちらが上位であることを示す証でもある。

どうせ見た目で判断してちやほやともてなしをしとおけば満足して帰るとでも思ってたのかしら。目論見通りにならなくて男性は見るからに慌て始めた。ごちゃごちゃといらぬ言葉ばかり無駄に並べてくるものだからハッキリと伝えた。遊びできているわけじゃないことを。

 

「神薙を匿っている件についてと言えば伝わるかしら」

「っ!」

 

男性は図星だったようで分かりやすく息を呑んだ。ポーカーフェイスもできてない男を出迎えに寄越したのは誤算だったわね。でも逆に扱いやすくてこちらとしては演技しやすい。

 

「急ぎなさい。貴方が私の前で止まっている分、この国が滅亡するタイムリミット迫っているわ。貴方の所為で滅んでもいいのなら、このまま立ち話でもしてましょうか?」

 

そうにっこりと微笑んで滅亡宣言かましてみれば男性はバッと後ろに控えた数名の男らに怒鳴るような大声で命令を出した。

 

「急ぎ!首相に連絡をっ」

 

バタバタと駆け足で走っていく数人の男に私の機嫌を損ねないよう必死に取り繕った笑みでご機嫌伺いに精を出す男らと女性関係者。

 

後ろの方で珍しく静観していたアラネアがぶふっと吹いて慌てて部下二人がフォローしていたけど、無視しておいた。素知らぬ顔で「案内お願いするわ」と歩き出すと、「レティ!」と名を呼ばれ、立ち止まり振り返ると「行っておいで」とにこやかに送り出してくれるアラネアに自然と頬が緩んだ。軽く手を振って案内してくれる女性に行きましょうと先を促して再び歩き始めた。

 

官邸に向かうまでの道中は至れり尽くせりでそれはもう快適でした。オルティシエで有名なパティシエが作ったケーキとやらで舌鼓打ちつつ優雅に紅茶飲みながらクペとニックスと談笑。

 

「レティ、脅かしすぎクポ」

「これくらいしないとあしらわれるだけよ。たかだか小娘ってね」

 

クペが呆れたように私の隣でもぐもぐケーキを美味に頬張りつつ、ニックスは紅茶よりはブラック派らしいので手は付けておらず。

 

「前よりもあざとくなったな」

 

と複雑そうな顔をした。出会った頃の純粋な私でも思い出しているのだろうか。だとしたら申し訳ないけどあの頃よりは成長した証だ。私はフッと笑みをこぼして

 

「やぁね、あざといだなんて。賢くなったって言ってよ」

 

と言い返してつかの間の会話を楽しんだ。

誰も神薙を捕まえるだなんて言っていないもの。ただ、その件について話があるとだけ伝えただけ。相手が勝手に勘違いしてくれたのだから手間も省けて助かった。

さぁて、二人と楽しい会話をして緊張もほぐれた。

これから先は気合を入れて望みますか。

 

レティーシア・エルダーキャプトとして一国の首相と会談するのだから。

一方その頃、官邸では急遽決まった会談の準備のため関係者の人々が慌ただしく邸内を行きかっている。帝国側から引き渡し要求をされているルナフレーナはあてがわれている室内でソファに座りながらその異常さを感じとっていた。

室内から出なくてもいいように一流ホテルのような客室にいるもののドアの外には魔導兵の監視が行き届いており文字通り逃げることはできない。逆に言えば安全と言える状況だったが、それも帝国側との会談によりそうもいっておけなくなってしまった。

 

「………」

 

もしや、身柄を引き渡せと強行手段にでるつもりなのかと緊張から体が強張ってしまう。

自分に叱咤を送り、ノクトの為にまだ捕らえられるわけにはいかない!と言い聞かせるもやはり人間であるルナフレーナから完全に恐怖心が消え去ることはなかった。

その証拠に無意識にドレスの生地を強く握りしめてしまった事を後から気が付いて手を離すと少し皺がついてしまっていた。

 

「あ」

 

吐息のように漏れた声が静かな室内でルナフレーナには大きく聞こえた。いつも傍にいるゲンティアナも今はおらずアンブラは先ほど最後の一言を添えて送り出したばかり。プライナは別の仕事があると教えられて今無事でいるのかも分からない。

「………」

 

一人孤独に使命と向き合う中でここまでやってこれたのは、神薙という立場が前提だとしてもほかならぬノクティスの為だけに行動してこれたことを深く感じた。幼い頃に出会ったばかりの時を思い出しては懐かしさに胸が温めらると同時に切なさもあった。母、シルヴァを失った事。兄と離れ離れにされ一人監禁状態にあったこと。いつかノクティスに再び出会うため、世界を救う王を支える為に己の力を高め神薙としての使命を全うさせること。

辛い経験をしてなおも乗り越えられてきたのは、ノクティスに恋をしていたからだ。初めて出会った時にノクティスに抱いていた庇護欲がいつの間にか恋愛感情へと発展していたと気付くのは文通を続けてそれなりに成長してからのこと。

ノクティスが綴る文章の中には時折、妹姫であるレティーシアの名が書かれておりその仲の良い様子は文面でも感じ取れ、少しだけルナフレーナは会ったこともない姫に羨ましさを抱いていた。お互いが出会った頃もノクティスは置いてきた姫の事を気がかりに心配だと何度もルナフレーナに話しては浮かない様子もあった。

どのような方なのですか?と話題探しに尋ねると、ノクティスは表情を緩ませた。ルナフレーナにとっては仲良くなるきっかけになればよかったのだ。それが意外にも照れ屋なノクティスとは思えないほど饒舌に語りだした。

『危なっかしくて本ばかり読んでご飯も僕が呼びに行かなきゃ食べないくらいの本の虫だし覚えたての魔法を見せにきて僕をスリプルかけて眠らせたりとか夜一緒のベッドで寝たりすると寝相が悪くて夜中に僕を蹴ったりしてベッドから落とそうとするし機嫌が悪くなると簡単に許してくれないんだ。この前は許してもらうのに一週間はかかったんだよ。でも憎めないんだ、どうしても。あ、笑うと可愛いんだよ!妹だから可愛いとかじゃなくて本当に可愛いんだ。だから学校とかでもよくレティの写真はないのとかクラスの女子とかに聞かれたりするけど父さんからそういうのは持っていないと断りなさいって強く言われてるから持ってないって言うんだ。本当は皆に言いふらしたいけど、でも僕だけのレティって感じで独占できてるみたいで嬉しいんだけどね。……本当ならルーナにも紹介できてたはずなのに父さんはレティを連れて行かないって……あ、ごめん!しゃべりすぎちゃった、僕』

 

すまなそうな顔をするノクティスに、少し間を開けてから『大切な方なのですね』と返せばノクティスは恥ずかしそうに頷いて、『僕の大切な人なんだ』と嬉しそうにえくぼを作って笑った。

 

ちくり、と胸に小さなトゲが刺さった。

ノクティスとレティーシアとの絆はほんの心の隙間に入ることもできないほど強いものと当時は強く感じたものだ。それは今も変わらない。初めて婚姻の話を聞いた時も、花嫁衣裳が出来上がった時も浮ついた気持ちはその時だけで、ノクティスの、『僕の大切な人なんだ』という言葉が脳裏をよぎり気持ちも消沈してしまう。

 

彼から直接婚姻を断られたわけでもないのに、ビクついてしまう姿はとても民の前に見せられない。文通の内容にそれとなく書きだすこともできたが、それは自分の矜持が許さなかった。

なんにせよ、直接ノクティスに指輪を渡すまでは限られた命を燃やし続けても生きなければならないのだ。

 

そう意気込むルナフレーナの元にドアがノックされ、「はい」と返事を返すと開かれたドアの先には護衛を伴ったカメリア首相の姿があった。

 

「急で悪いわね」

「いいえ」

 

ルナフレーナは椅子から立ち上がって頭を垂れて挨拶をしようとしたが手で制され「座って」と促されたのでまた椅子に座りなおした。カメリアも向かい側の椅子に歩み寄り腰かけてルナフレーナの顔を見つめておもむろに口を開いた。

 

「貴方も騒がしいことに気づいているでしょうけど、マズいことになったわ。わざわざ帝国の皇女殿下自ら会談の要求をしてきたの。……貴方を匿っている件についてね」

「……皇女、殿下?ニフルハイムにそのような方がおられたとは記憶にありませんが…」

 

戸惑うルナフレーナは何とか記憶を掘り起こしてみる。

ニフルハイムの属国となってからイドラ皇帝に跡継ぎがいた話はとんと聞いてもいないし噂にもなっていない。20年くらい前に身分の低い皇子が病気で亡くなったことで世継ぎはいないことになっていたが。

 

カメリアはルナフレーナの困惑した様子に一つ頷いた。

 

「貴方の記憶は間違いないわ。つい最近なのよ。皇室に迎えられたばかり。てっきり王女の枠に収まってるかと思いきやとんでもない行動してくれたものよ。レギスの娘は……」

 

そう愚痴を零す様は疲れても見えたが、同情するよりも先に聞き逃してはならない言葉にルナフレーナはすぐに喰いついた。

 

「陛下、の娘?……まさか、その方は……レティーシア様?」

「まだ公にしてない話だから他言無用よ」

 

信じられないということよりも瞬時にこみあがってくる怒り。

 

つい衝動的に腰を浮かしてルナフレーナは相手が一国の首相という立場ということも忘れ攻めるような口調で尋ねた。

 

「一体、どういうことですか…?なぜ、彼女が…!?ノクティス様はこのことを知っておられるのですかっ!?」

 

感情に心乱す神薙とは裏腹に冷静な対応でいなすカメリア。

 

「そう興奮しないで、王子のことは知らないわ。でもレギスの息子がそう簡単に死ぬとは思えないし案外タフに生きているんじゃないかしら。ちらほらと向こうの大陸では帝国の基地が次々と何者かの集団に潰されて警戒態勢が敷かれているらしいわよ。……こちらとしてもやれるだけのことはやるつもりよ。でも最悪のパターンもあり得るわ。悪いけど、覚悟だけはしておいてちょうだい」

「……わかっております」

 

また座りなおしたルナフレーナは苛立ちを抑えるように息を整えてそう答えた。だがどうに確かめたい気持ちが強く無理を承知でカメリアにこう願い出た。

 

「レティーシア様にお会いすることは、可能ですか」

 

ほとほと自分でもどうかしていると思った。危険を顧みず自分から首を差し出すようなものなのに。どうしてもレティーシアの真意を聞きだしたい想いから出た言葉なのだ。互いに面識すらない者同士ではちゃんとした会話さえ成り立たないだろう。

それでも、会って話してみたい。

彼女の出自を死に際のレギスから掻い摘んで教えてもらったルナフレーナだが帝国に赴く理由が想像できないからだ。

 

どうして、ノクティスを裏切るような真似をしたのか、と。

 

突然の狂言にカメリアは呆れ果てたように視線を鋭くさせた。

 

「……もっと冷静だと思っていたわ。幻滅させないでくれるかしら」

「無理を承知でお願いいたします。どうか」

 

カメリアの厳しい視線に尻込みすることなく真正面から受け止め真摯に頼み込むルナフレーナに軽く前髪を掻き揚げて瞼を閉じてふぅとため息を吐いた。

 

「分かっているのなら言わせないで。これは貴方だけの問題じゃないわ。我がアコルド存亡にかかわる大事なのよ」

「……」

「今の貴方は国同士のやり取りに私情で割り込もうとしている。少し、冷静になりなさい。それに、レギスの娘がそう馬鹿な真似をみすみすするとは思えないのよね」

「……何か、理由があると?」

「一概に言えないけれど、女の勘かしら」

「勘、ですか?」

 

一国の首相からの言葉とは思えないほど確定には程遠い回答にルナフレーナは眉を下げて困惑してしまう。

 

「ええ。ともかくそういうことだから貴方は少しでも水神復活の為に力を蓄えておきなさい」

「……ありがとうございます」

 

カメリアはこれで用事は済んだわと足早に椅子から立ち上がり部屋を出て行った。また一人になったルナフレーナは、ふと立ち上がり窓辺へ近寄った。

 

ここから見える景色をもしかしたら違う視線から見ているのかと考えてしまう。今、何処にいるのか自分に捜し出す術は残念ながらない。

 

「……ノクティス様……」

 

無事でいるのか、怪我などしていないだろうか。

 

今何もできないことが歯がゆく、自分の力不足を責めてしまう。優しいノクティスならきっとそんな自分を慰めてそんなことはないと否定してくれるだろう。

それでももっと力が欲しいと願ってしまうのはいけないことだろうか?

 

神薙としての立場を蔑ろにするつもりはない。

けれど、叶うのなら一人の女としてノクティスをただ支えてあげたい。

いつもどんな時も共に苦しみや悲しみを分かち合い共に喜びあいたい。すぐ、傍で。

 

「どうか、御無事で」

 

両手を組んで瞼を閉じてルナフレーナは祈りを捧げた。

 

どうか、六神の御守護がありますように。

 

【仮初の神を崇めたてる】

 

 

 

官邸に到着し、表からではなく裏口から入ることになった。(こちらとしても大々的にバレるのは嫌なので承知で)それから応接間に通された私とクペとニックスは魔導兵らが待機している部屋で暇を弄びながら数分くらい待たされただろうか。廊下から近づきつつある数人の気配を敏感に感じ取りながら、私の脇に立つニックスに早口で

 

「何があっても動じないで無言で通してね」

 

と上目遣いでお願いすると彼は

 

「……そのやり方、反則だろ」

 

と口元覆って私から視線を逸らした。若干頬が赤いのは照れているから?よく考えてみたらニックスに告白されてたんだ。しかも許可なしにキスまでされいたわけだし。……やばい、思い出したら私も照れてしまった。暑くて手をパタパタするとクペが私の異変に気づき

 

「レティ、熱でもあるクポ?顔が真っ赤クポ」

 

と心配され、おでこにぺたりとクペの手がつく。けど慌てて手を振って「大丈夫だから!」と上ずった声で言い返した。怪訝そうに「本当に大丈夫クポ?」と再度言われたけどコクコク頷いてやっと納得してくれた。

 

あー、やばいやばい。会談に集中しなきゃ。

 

胸に手を当てて息を整えているとついにドアがノックされ私が「どうぞ」と一声出してからゆっくりと開かれていく。本当なら迎える立場である私は椅子から立ち上がって待っていなければならないだろうけど、もうすでに会談はスタートしている。

どちらが上位であるかを示す必要があるのだ。

だから、あくまで私は両手を膝に重ねて座ったまま相手を待つ。

最初に入って来たのは黒服の護衛の男。それから続いて女性が入室してくる。目に鮮やかな緑色で印象的なバリバリウーマンって感じの女性。きりっとした眉と鋭い視線が私を射貫くように見つめた。けれどすぐに消え去りよそ行きスマイルで対応してくる。

 

「遅くなりまして申し訳ありません。ようこそ、我がアコルドへ。レティーシア皇女殿下。お会いできて光栄ですわ。私がアコルド首相のカメリア・クラウストラと申します」

「初めまして。レティーシア・エルダーキャプトです。突然の訪問に戸惑われたかと思うわ。その点についてはご容赦願いたいの。何分、『火急の件』だから。……どうぞ、お座りになって」

 

此方が客人であるはずなのに、まるで自分の部屋のように手を広げて向かい側のソファに座るよう促す。

イメージは妖艶な魔女。でも私がやると貧相な大根役者になってしまう。うぅ、気迫で負けそうだわ。でもファイトよ!レティ!

私の高慢な態度に険悪一つ隙一つ見せずにカメリア首相はにこやかに対応をして

 

「ええ。ありがとうございます」

 

と彼女は向かい側のソファに腰かけた。絶対あの顔、小娘が何を偉そうに~!とかイラついてると思う。

 

「それで、急がせるようで悪いのだけど。こちらに匿われている神薙ルナフレーナ・ノックス・フルーレが水神を呼び起こすイベントをするとかしないとかで少し小耳にはさんだのだけど。どうなのかしら?カメリア首相」

 

いきなり確信を突けば言い訳すらせずにカメリア首相は開き直ったように認めた。

 

「殿下の仰る通り我がアコルドで保護しております」

「こちらとしては面白くないのよねぇ。属国である貴方方が我が帝国の妨げとなることをしているのは。国が惜しくないのかしら」

「そのようなことはありません、殿下。ですが人道的な立場として保護しただけですわ」

 

それはつまりこっちが悪者ですよって言っているようなもの。肩肘張って強がっているのか最初から舐められているのか。こっちから揺さぶりをかけるか。

 

そう判断して私は目を細めて相槌を打ちながらひじ掛けに片肘をついた。

 

「そうねぇ。世間一般的には世界の神薙を不用意に追い回しているようにも見える。我が帝国の株は大下り。……面白いわよねぇ」

「……失礼ながら、殿下。不用意な発言は避けたほうがよろしいのではないかと思われますわ」

 

あら、意外と優しかった。わざわざ釘を指してくれるなんて。

浅はかな娘に要らぬ発言で身を滅ぼすと年上からの教えらしい。それとも聞き耳でもたてている間者が紛れ込んでいるのか。そのような気配は今のところないし、ニックスも平然と私の傍で控えている。ならば問題なし。

 

「あら。貴方達だっていつまでも属国扱いなんてごめんでしょう?演技しなくてもいいわよ。分かり切っているじゃない?高圧的な恐怖政治に民が付き従っているのはただ怖いから。支持しているわけじゃないわ」

「………」

 

ここは世辞でもそんなことはないと言わないと。

と言っても褒められるようなことはしていないから仕方なく黙るしかないんでしょう。だって本当のことだし。

私は気にせずに演技をあくどい皇女様を演じ続ける。自慢の銀髪を指先で弄びながら軽い口調で暴露話をする。いかにも能天気な御姫様を装って。

 

「ねぇ、カメリア首相。すでに知っていると思うけど私。御爺様の後釜に選ばれてるの。つまり次期女帝。でも国を背負うなんてまっぴらごめんだわ!いつか寝首かかれるかもしれない所の玉座なんて誰が欲しがるっていうの?もうウンザリなのよ。閉じ込められるのは。ルシスでもあの男に幽閉されていたものだしまたあんな想いをするのは嫌!満足に外にも遊びに行けないわ」

「……心中お察ししますわ」

 

私があの男と示唆したら一瞬雰囲気が険呑めいた。わざと演技しているのか、それとも単純に私がレギス王を侮辱したことに怒りでも感じたのか。まだこの人の真意が分からない。

 

「心にもない発言なんかいらないわ!欲しいのは、協力だけよ」

 

吐き捨てるように言い放つとカメリア首相は顔を顰めた。

 

「協力、とは?」

 

もったいぶったいい方をするなということかしら。それとも真意を図ろうとしているのか。たぶん、後者だな。この人はキレ者らしいからアーデンの話じゃ。

 

「貴方は帝国からアコルドを切り離したい。独立したい。けれど今のままでは無理な話。けれど代替わりをして私が帝国を解体させれば貴方達は晴れて自由の身になる。簡単な話でしょ」

「……ふっ……失礼。そのようなことが貴方に出来ると?」

 

失笑され、鼻先で笑う素振りに私はわざと片眉を吊り上げてみせた。

 

「あら、私の素性は御存じのはずよ。カメリア首相。元々はルシスの王女だったのだから。まぁ、今でも名乗れるけれど、裏切ることなどお手のものよ。十分知っているでしょう?」

 

舐めてもらえて結構。腹の探り合いも佳境に入った。

 

「………それで、殿下の条件は一体何なんですの」

 

パンと一つ手を打った私は声を弾ませて身を起こした。

 

「話が早くて助かるわ!さすがやり手の首相さんね。帝国解体の折、我が国民の避難受け入れ先として求めるわ。流石に私情に付き合わせてしまうのは可哀想だもの。路頭に迷わせるなんて私の品位を疑われてしまうから。やっぱり、評判が悪いのも嫌だし。……ね、どうかしら?いい案だと思わない?」

 

小首傾げて微笑みながらそう提案するとカメリア首相は見定めるように両目を細めて口角を上げた。

 

「デメリットが大きいようにも見えますが、それに確実に貴方が帝国解体を果たせるかどうか分かりませんもの」

 

カメリア首相は大きくヒールを履いている足を組みかえてポーズを変えた。

 

「そうね、確かにその通りだわ。でも何か勘違をしていないかしら?私は貴方に協力を求めたの。拒否する言葉はいらない」

 

ここで一気に空気が張り詰めたものになる。

今の言葉で私ははっきりとアコルドに圧力をかけたことになる。ここで一気に畳みかけることにした。

 

ルナフレーナの護衛をずっとお願いしてきた頼れる召喚獣。会いたい会いたいという気配(気持ち)をオルティシエ入りしてからビシビシと感じていたけど忠実に私が良いというまで待っていてくれた。

 

「カーバンクル、シヴァ。来て」

 

待たせてごめん。

 

そう心の中で謝罪を送りつつ、力ある私の呼び声に召喚獣が姿を現す。たちまち部屋の中に冷気が漂い、雪がひらほらと天井から降り注いだ。

室内に、雪である。

 

さぶい。さぶいよ。演技だとしても寒い。でも我慢よ、レティ。ここでくしゃみ一つしてみなさい。今までの悪役皇女ぶりが一瞬で無駄になってしまうわ。

 

相手の反応を伺えば顔を強張らせて僅かに椅子から体を浮かしたカメリア首相と彼女を庇おうと懐から銃でも取り出して牽制しようとする護衛二人だがそこは事前にニックスがシフトで移動して巧みな体術であっという間に男二人を床にねじ伏せた。さすが私の騎士。

 

あ、私が見惚れてると思って口元緩んでる。

いや見惚れてるのは貴方の華麗な動きですよ。

 

私の方ではひやりと冷たい感触が首に触れる。

氷の女王シヴァが私の後ろに浮かんで現れて縋るように私の首元に腕を回して交差させたのだ。

 

『やっと呼んでくれたわね。レティ』

『僕も来たよ!』

 

嬉しそうにカーバンクルが軽快な足取りでジャンプして私の膝にちょこんと座る。私がカーバンクルの喉元を擽ってやると彼は嬉しそうに「キューン」と鳴き、シヴァは自ら顔を摺り寄せてくるのでマジ冷たい。小さく小声で『ありがと』と礼を言ってから、驚愕しているカメリア首相に余裕な態度で向き直る。

 

小馬鹿にするように薄ら笑いをして見せれば蟀谷辺りがぴくっと一瞬だけ痙攣したのを確認した。

 

「知っていらしたかもしれないけど、私。召喚獣達と仲がいいの。だから例えば……私がこのオルティシエを凍らしてと願えばシヴァはあっという間にこの水都を氷の美しい都に変えてしまうかもしれないわ。人も建物も水源も何もかも。ねぇ、シヴァ?綺麗な氷の都とか見て見たいと思わない?」

『レティが望むのなら叶えてあげましょう』

 

通常、召喚獣の言葉を理解することは人間では不可能。指輪の力を得た王と神薙なら意味を理解できるけどね。カメリア首相にシヴァ言葉は理解できないけどそれとなく同意していると説明すれば後は雰囲気で誤魔化せるだろう。

 

私の演技に付き合ってくれるシヴァは私から少し離れると指先をくるくると回して人間の頭くらいある氷の塊を出現させ空中にふわりふわりと浮かばせる。

お見事。ところでそれで何するのかしら、と心の中で疑問を抱いたらシヴァは『イフリートの頭でもこれでかち割ろうかしら?』とぞっとする笑みを浮かべておっしゃいました。

やめてあげてください。マジで。

 

『レティ、私ちゃんと数えているのよ。貴方が帝国に行ってから涙した数を。事前にイフリートにレティに何かあったらしっかりと守れと言い付けたにも関わらず貴方は心痛めながら涙してどれだけ私がイフリートを氷の彫刻にして砕きたかったか……。だからこれくらい可愛いものよ』

 

ウフフとシヴァの笑みが深くなった。この目は本気だ。

ええい、さっさと話を流してイフリートを救わねば!

 

「シヴァも見たいって!……あら、不服そうねぇ。その顔……」

「ええ」

 

オッケー待ってましたこの展開!

隙を逃さず畳みかけるように上から目線で偉そうに言い放つ。

 

「じゃあ、提案があるんだけど。神薙をうまく使って貴方方の株を上げてあげてもいいのよ。独立しやすいように手柄を立てさせてあげる。神薙を保護し続け、非人道的な扱いを強いる帝国に屈しない国家アコルドの新たな伝説を作ってあげるわ。貴方は歴代の首相の中で誰よりも名を連ねる首相になるでしょう。……ねぇ、取引しない?貴方が拒否しない前提での取引を」

 

勿論、受けてくれるわよね。

 

召喚獣の圧倒的な力と帝国という背後『バック』を持つ悪役皇女な私に彼女はどんな選択を下すのか。もし、彼女が私を試すつもりでこの会談に臨んだのならご愁傷様。

 

完全にこの戦、私の勝算だ。

 

誇りで飯が食えるか、矜持の為に命を捨てられるか。

生き残りを賭けて一国の首相が下した苦汁の決断は。

 

「……お受けいたしますわ」

 

絞り出すような声に私はにやりと、口角が上がてカーバンクルを片腕に抱き上げて今まで静観していたクペを肩に乗せて椅子から立ち上がる。シヴァはするりと私の頬を撫でてキラキラと光を纏って消える。ちなみにシヴァからのメッセージは後でゆっくり話しましょう?です。

 

やることはやった。さっさと逃げるべし!

もう緊張感から限界だったんだ。

 

「今後も良い友好関係が築けるでしょう。カメリア首相、貴方のお陰で。ニックス、引き上げるわ」

「はっ」

 

私の掛け声にニックスは倒した護衛を一瞥してからすぐに先導してドアを開けてくれる。そこまでしなくてもいいのに。

 

「私とニックスは民間のホテルで休ませてもらうわ。そちらの方がお互いに気疲れしなくて済むでしょう。計画の詳細については使いを出します。用があればその者に申し付けてちょうだい。それじゃあ失礼するわ」

 

相手の返事待たずに私はさっさとドアをくぐった。ニックスもそれに続いてパタンとドアを閉める。ゆったりとした足取りでなおかつ立ち止まらずに悪役皇女はひたすら官邸脱出に専念。

無事に官邸から出て人通りの多いところから人気の少ない路地裏にたどり着いた時には、膝がガクガク震えてその場にへたり込んでしまった。

 

「つ、疲れた……」

「お疲れクポ」

『レティ、頑張ったね』

 

モフモフのクペとカーバンクルに撫でられ擦り寄られ疲弊した精神が癒されていくのを感じる。むぎゅうと胸に二匹を抱きしめて顔をこすりつけていると、ニックスも隣にしゃがみ込んで頭をガシガシと乱暴に撫でてきた。

 

「よく頑張ったな、レティ。滅多にやらない悪役キャラ結構見ものだった」

「でしょ!?あのカメリア首相って絶対百戦錬磨の女傑って感じだったから内心気が気じゃなかったのよ。なんか怪しまれてるんじゃないかって時もあったし。……そろそろ髪がぼさぼさになるからやめて」

 

褒めてくれるのは嬉しいけどもうちょっと丁寧に撫でて欲しい。クペとカーバンクルを腕から解放してニックスの手を退かそうとする。すると抗議がしっかりきいたようで手で髪形を整え始めた。最初は撫でつけるように徐々に指に髪を通らせてニックスの手が下へと降りてくる。黙って見守っていればとうとう直すという名目で堂々と私の髪の滑らかさを堪能している。それはもううっとりと。

 

「さらさらだな、相変わらず。……怪しいねぇ、まぁ確かに立場的にはこっちが上だけどああいう場数の経験は圧倒的にあっちの首相だろうな」

 

私は頷きながら髪をいじりだすニックスの手を両手で捕まえて動きを止めさせる。

 

「うん。だからこっちは馬鹿だけど権力振りかざす悪役皇女って設定で挑んだけど。違和感なかった?」

 

動きを止めさせたはいいが、今度は悪戯めいた目でニックスがおもむろに私が捕まえている手に力を込めて手前に引いた。すると反動で私にニックスの方に倒れ込む。

 

「うわっ!」

「ゲット」

 

調子のいい発言にムカついた。

体よくニックスの腕の中に捕らえられてしまった私はじろりと睨みあげるとニヤリと笑み返された。誰がゲットされた、だ。まだゲットされてないもん。仕返しに頭突きでもしてやろうと人の頭の上でご満悦と言わんばかりに下顎をゴリゴリ寄せてくるニックスに頭突きしようとしたらさっと顎をグッと持ち上げてタイミングよく逃げた。さらにムカついたので両手をワキワキさせて『バシッ』と小気味よい音を立たせてニックスの頬を挟んでやった。

 

「痛い。……オレはレティの素を知ってるから違和感ありまくりだけど」

 

反逆も一瞬で終わってしまった。私の腰に回している腕とは反対の大きな手で私の手首をきゅっとまとめて掴まれてしまった。もうこうなったら言葉攻めだ!

 

「そういうニックスだって紳士な振舞いして変なの」

「似合わないか?」

 

急にキリっと真面目な表情になって私をじっと見つめてくるから思わず頬が熱くなって視線を逸らした。もごもごとハッキリ声に出せないなんて情けない。しかも認めてしまうし。

 

「……いや、似合ってるけどさ、でも別にそういうことして欲しいわけじゃないもの」

 

そうだ。ニックスは私の騎士であって従者じゃない。

 

「あれは演技だ。でもレティにはなんでもしてやりたくなるんだよ」

 

今まで離れててた分埋め合わせの意味もあるしな、だって。

 

「………そういうこと、今言う?」

「言う。リベンジもしっかり考えてるから覚悟してろよ」

 

なんのリベンジかなんて聞くほど野暮じゃない。

というかニックスに誤魔化しなんてきかない、意味がない。だって私の為だけにあの王都からやってきたくらいなんだもの。彼に嘘はつけない。

だから余計に彼の熱の籠った瞳が、私の胸をじりじりと焦がす。

 

「………聞かなかったことにします!」

「逃がすつもりはないぜ」

 

顔を寄せられ耳元で低く囁かれて背筋がぞわりと逆立った。

 

「いい加減にするクポ!」

『僕も一緒に遊ぶー!』

 

一方的に絡まれていると我慢していたクペとカーバンクルも飛び込み乱入してきてその勢いで地面に転がってしまった私達。せっかくの服が薄汚れてしまって頬膨らませて拗ねる私にニックスはご機嫌取りに服を買いに行こうと私の手を引っ張って有名デザイナーのブティックに飛び込んだ。

どうでもいい服でいいのに!と突っぱねようとする私をにこにこスマイルの店員達に押し付けてたくさん着せ替え人形になって辟易して不機嫌モードに入る私。けどニックスのお眼鏡にかなった服がやっと決まりそれを服と靴と帽子を一式プレゼントされた。

どこぞの可憐な貴族のお嬢様スタイルである。白のフレアワンピースで肩口から袖口にかけて半透明の白のレースでできており涼しさを感じさせる。胸より下のウエスト部分をきゅっと締めるように黒のリボンがワンポイントが特徴的だ。それと鍔の広い麻の帽子は顔が隠されるようにとの意味があるらしい。ヒールもワンピースに合う白のシンプルでそんなに高くないタイプでこれでニックスの身長に少しは近づけたと思う。

 

今まで来ていた服をしっかりと紙袋に入れてもらい(ニックスが持ってくれている)「またお越しくださいませ」と店員に見送られてショップを出た私とニックス。さり気なく手を伸ばされ握られる私の手。

 

「ありがとう。全部高そうだけどお金大丈夫?」

「それなりにハンターやって稼いだから心配するなよ。それにレティとこうしてデートしてみたかったんだ」

「……デート……。初めてかも」

 

考え込んで声に出した結果、ニックスはしたり顔になった。

 

「ふぅん、じゃあレティの『初めて』もらいだな」

「厭らしい言い方!」

 

クペがニックスの肩に乗ってカーバンクルを抱き上げながら私とニックスはのんびりと散策しながらホテルへと向かった。

 

 

フロント係「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか?」

 

レティ「はい。あの二部屋お願いします」

 

ニックス「いや、何かあったら困るから一部屋で」

 

レティ「何言ってるの!?」

 

ニックス「いや真面目な話で、いだっ!蹴るなよ」

 

レティ「馬鹿なこと言い出すからでしょう!?」

 

ニックス「これぐらい大きいホテルなんだ。別に一緒の部屋でも…。大体一緒に昼寝した仲じゃ「馬鹿っ!!」だっ!?」

 

レティ「二部屋でお願いします!!」

 

フロント係「申し訳ありません。あいにくと予約が満杯でしてお二人様用のお部屋が辛うじて一部屋空いているのですが……いかがいたしますか?」

 

ニックス「じゃそこで」

 

レティ「ニックス!!」

 

ニックス「大丈夫だよ。許可もらえるまでは手出さないから」

 

レティ「絶対ないから安心して!」

 

【結局一緒の部屋になりました。召喚獣付き】




かつての、女神の守護者はこう最後の言葉を残した。

【光と闇。強さと弱さ。美しさと醜さ。いっさいが散り乱れる混沌。人は、それを心と読んだ。心は苦難を超える力をもたらす恵み。けれど時に呪いのように抑えがたく荒れ狂って、おのれを傷つけることもある。それでも私は、心を失わずにいたい。希望への想いを守り続けたい。世界に溢れた混沌に、人の心が融けていく今。私は、想いを失わずにいられるだろうか。永劫の夢を見て、私は眠る。永遠すらも終わりを迎える時をまつ。来るべき、目覚めの時を】

彼女が目覚めるのが先か。
それとも、彼女の主が目を覚ますのが先か。それは先読みできないこと。
だが、いつの日か、女神は復活を遂げる。女神の心臓は壊されたが、魂は深く、深く眠りについていた。彼女が望むことは一つだけ。いつか、母なる女神に会いに行くこと。

【貴方は、誰―――】

闇夜に交じる月の光とよく似たそれは、そう疑問を投げかける。
死の国の女神は滅びに散った。人々の記憶から忘れ去られクリスタルを残したまま、核たる【心臓】が破壊された今、元の彼女を前提とした復活はない。
主要たる神々が表舞台から姿を消し、縋るものを求めて人々が崇め奉ったのは残された召喚獣達。人々は長き時代の中で彼らを神と選定仕上げ、心の拠り所としおとぎ話として世界に広めた。召喚獣たちはそれも良しと受け入れた。託された者としての責務を全うしようとしたのだ。一度は神々の手から解放された人間たち。

だが愚かにも人々は全知全能たるその力に魅入り、再びその力に支配されることを望んだ。

縋ることを止められない人間だからこそ、同じことを繰り返す。

【私は、―――】

青き世界で泡がいくつも頭上へと昇っていく静かな音のない世界。

ピクンと瞼が微かに動き、薄くパチパチと瞬きをして、その瞳はゆっくりと露わになる。
深く吸い込まれそうなほどの緑色。

彼女は深き眠りから覚めよとしていた。
自分が何者であるかを自覚しないまま。その大いなる力に導かれるように。

召喚獣達は、騒めきだった。ついに主たる存在がこの世に降臨しようとしている。ついに彼の地に再び迎える時が来た。その責務は彼ら召喚獣にある。女神に傅き来るべき時まで守護し奉る。決して女神の意思に背くことはない。もし、仮に女神の意思に反することならば古からの盟約により相応の罰が発生する。

女神が、歓喜に満ちた産声を上げ、天から祝福の花びらがたくさん舞い落ちる。

【ああ】

身に纏うものはなく生まれたままの裸体で、女神は両手を広げて宇宙〈そら〉から降る花びらを受け止めた。

ひらり、ひらり。
血の様に深く深くしみ込んだようなどす黒く、そして紅く明か(さや)で鼻腔にその香り立つ花びらをそっと握りしめ、瞼を完全に閉じた。

人の形を成したゆりかごに子守歌代わりに聞こえる雑音が心地よくこのまま微睡み続けたかった。女神は心情を吐露する。

【私は、……目覚めたくは、なかった―――】

自ら望んで得た力ではない。
根本から備わっていた力を果たして己の力を言えるのか。それは高慢ではないか。
努力なしに得た力で皆の注目を集めさも努力した風を装い同情を誘う。
それが人間らしい感情の一つであることは理解できる。だが言いたい叫びたい。

【どうして、私なの】
【どうして、私でなければならなかったの】
【どうして】

生まれたくなどなかった。
選ばれたくなどなかった。
最初から混沌に沈んでいたかった。

女神が知りたかった人たる証は、結果的に彼女を人たらしめた。
人よりも人であった。故にその苦悩は誰よりも深く、深く辛く苦しく悲しいもの。自覚してしまえば進むほどその苦悩は大きくなっていく。

彼女は、両手を強く強く握りしめた。
綺麗に整えられた爪先が滑らかな皮膚に食い込んでめり込み、ぷつりと皮膚が裂けてじわりと血が食い込んだところから溢れ出す。

【私は、目覚めたくは、なかった】

女神は怨嗟を吐くように呟いて、また瞼を開いていく。

【私は】

先ほどまで、緑色だった瞳は花びらのように紅く染まる。
近づくほどの融合は深まり後戻りはできない。受け入れる受け入れないの前に彼女には〈拒否〉することは不可能。なぜなら受け入れることを前提でこの世に生を受けるよう誕生したのだ。
あとどれだけの時間が残されているのか。果たしてうまくいくのか。
無謀ともいえる己の行動が果たして幸福に繋がっているのか。

悩むばかりで答えなどでない。だがやるしか道はない。どちらにせよタイムリミットは動き出したのだ。ともかくやるべきことを終わらせる。それまでにこの未練も断ち切れているかもしれないと、彼女は投げやりに思った。

[融合率83%完了]


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水平思考~すいへいしこう~2

レティーシアside

 

甘酸っぱい恋なんて知らない。

胸が痛くなるような恋なんて知らない。

振り返るような過去なんていらない。

取り戻したい青春もない。思い出なんていらない。

結局全て置き去りにするものばかりだ。持っていくものなんて何もないもの。

 

今私がやらなくちゃいけないことは私が始めたことにケリをつけること。

責任もって終わらせなきゃ。ルナフレーナ嬢をノクトの元に生かす為にも。きっと今の状態では長くもたないはずだ。

神薙が時別な存在であれ、彼女は人間だ。替えのきく体でもないし神と同じ土俵に上がることなど生身の体では無理な話だ。それを承知で行い続けているのは彼女に死の覚悟があるからこそ、己の命賭けてまでノクトを王にさせようという想いがあればこそ。

……好きな人の為に命を賭けるって王道のヒロインだしね。

あーあ、私には到底無理な話だ。精々悪役の魔女がお似合いなレベル。別に今さら張り合おうなんて気はない。

 

敵いっこないのはわかってるからさ。

もう、私に残された時間は少ないのだから。

 

ニックスにテイクアウトできる夕飯を頼んで部屋から無理やり追い出した私の元へ音もなく静かに彼女が宣言通りに現れた。

内に眠る力が覚醒に近づきつつあることを知って、人間の姿であるゲンティアナとして。

 

「それがシヴァの仮の姿なのね」

「ええ。大抵はこの姿を成しているわ。ゲンティアナとしてルナフレーナにも接していたの」

 

黒髪の美しい女性の姿でシヴァは朗らかに微笑み、私が座る椅子の目の前におもむろに膝をつき、片手を胸につけて頭を垂れた。

 

「貴方が目覚める時をずっとお待ちしておりました。幾千の時をこの瞬間の為だけに夢見て、ただただ……」

「……苦労をかけたね」

 

そう労うと彼女はバっと顔を上げてふるふると顔を振り声を震わせた。

 

「いいえ!そのような勿体なきお言葉……身に余る光栄です」

 

妖艶な色香を放つ女が私の態度言葉一つに翻弄されでまるで初心な少女のように頬を染める。しおらしい姿に今まで騙されていた憤りなどどうでもよくなった。気が遠くなるような時間の中でよくくじけなかったと逆に褒めてやらなければいけないのだろうがそのつもりはない。一つ確認しなければならないことがあるのだ。もし、手違いが起こっていたのなら間違いはしっかりと正さねばならない。

すわなち、私が気になっていたことである。ニックスと再会した当初感動の場面からうやむやにしていたが彼と接する時間が長くなるほど、その疑念は深まっていった。ニックスの手の模様から感じ取れるシヴァの力の片鱗。これがどういった作用をもたらしているのか分からないが、元々レギス王と直結した指輪の恩恵を受けて魔法が使えていた一般人である彼がレギス王の死後も魔法が使える状態にあるということ。

王族でもないノクトと繋がりがあるとも思えない彼がどうして魔法の力を自在に操れるのか。その絡繰りを創りだしたシヴァから直接説明、もとい釈明をしてもらわなければ今回の事を許すつもりはない。

人間である彼を神の謀りに巻き込むなど許せることではない。

 

私は少し体を屈めて両手を伸ばしゲンティアナの頬を挟んでそっと顔を持ち上げさせ視線を交わせる。

 

「ねぇ、シヴァ。答えて」

 

偽りは許さないと前置きしての問いかけにゲンティアナは素直な返事をした。

 

「はい」

 

どこか恍惚とした表情なのは待ちに待った存在を前にしての歓喜から来るものなのか。

従順なのは私だからこそであり、他の者に対しては氷の女王の名に相応しい冷徹さを持つ彼女がどのようにして彼と接点を持ったのか。脅すような真似をしていないといいが。

 

「……どうしてニックスの手から貴方の力の片鱗が感じ取れるの」

「ニックス・ウリックを貴方様の守護者候補として選定いたしました。その加護を与えたのです」

 

一応シヴァのお眼鏡にかなったということか。

 

「当然それはニックスが同意したものなのよね」

「はい。ですが貴方様の御力に関することは伝えておりません。あくまでニックス・ウリックは候補ですので確実に守護者として認められてからでも遅くはないかと判断いたしました」

 

事情は大体把握した。行きずりで契約をしたわけではないのが分かっただけでも上々だ。私はシヴァの顔から両手を外して背もたれに寄りかかるように椅子に座りなおした。

 

「……なら結論はこうだわ。ニックスを守護者候補から外して」

「…なぜ!?」

 

これはシヴァにとって予想外の答えだったのだろう。目を見開いて驚く彼女に私は窘めるように指摘する。

 

「彼は人間よ。私達とは違う。生ある者に永遠の縛りを与えるというの?そんなこと、私は望んでいないわ」

「ですが、それではいざという時に貴方様を守る者がおりません!どうか、今一度御考え直しを……!」

 

縋りつくように私の手を握ってくる彼女の手は思ったほど温かく、必死な顔が人間らしく思えた。

どうしてそこまで私に守護者を与えようとするのか。

 

感じた疑問をそのまま伝えた。

 

「貴方達がいるじゃない。それではダメなの?」

「それでは足りないのです。いつあの神が目覚めぬとも限らないのに……」

 

私の言葉に頭を振っては悔し気に唇を噛む彼女。召喚獣たるシヴァが力及ばなずに恐れを抱く相手。それは我らが主神たる者しかいない。

 

「……なるほどね。我が母なるあの御方に似せて作ってしまった出来損ないのファルシである女神が煩わしいと。でもどうせ目覚めないんじゃないの?この世界が無くならない限りは。一度神々の支配から解かれた世界だもの。壊れた後での復活については何とも言えないけど。でも、仮に目覚める兆しがあったとしても阻止するけどね」

 

召喚獣の主だった者たちは主神たる者に創られた。けれど支配から解放された彼らは他のファルシに付かずに私を慕ってついてきてくれた。一度、私が滅んだ時、彼らの嘆きの声が胸に響いたのをよく覚えている。そのなかでも一際耳に覚えているのはシヴァのつんざくような悲鳴だ。

 

『――――――――!!』

 

声にならない声。

悲しみと苦しみと絶望と怨嗟が入り混じったもの。

女神としての存在が消えて魂だけが混沌の海に沈んだ私がいつか蘇ることを確信して心血注いで今度こそ守ろうと今まで傍に居続けてきてくれたのは誰よりもシヴァだった。

幼い頃から私を愛しんでくれた彼女の愁える顔など見たくはない。最後の発言で私が無理をするのではないかと、不安げに瞳を揺らすシヴァに安心させるように微笑みかける。

 

「レティ……」

「そんな顔をしないで、シヴァ。貴方が私の身を案じて進言してくれていることはよく分かったから。だからこそお願いよ、ニックスを解放してあげて」

 

ここからは神の領域で人間が足を踏み入れる先ではない。いずれ彼の地に帰る私にはこの世界から何も持っていきたくはないのだ。だがそう簡単には上手くいかないようだ。表情を曇らせ申し訳なさそうに眉を下げるシヴァは躊躇いながら理由を説明してくれた。

 

「……本人がそう望まない限り契約は解消できないようになっています。だからニックス・ウリックが望まない限りは」

 

そういうことなら仕方ない。

ふぅと息を漏らしてシヴァには礼を伝えた。

 

「……分かった。ならそう勧めてみるわ。彼だって自分の命は惜しいでしょう。ありがとう、シヴァ」

「レティ……」

 

まだ言いたげなシヴァに手で制してそれ以上続けるなと止めさせる。これ以上の会話は無意味ではっきり言って答えなどでない。本人の意思のみで結果が分かるのだ。

シヴァは少し悲しそうな表情で「分かりました」と頷いて立ち上がると一礼してからふっと霞みがかるように消えた。

 

一人になった瞬間にどっと疲れがあふれ出て椅子の背もたれにもたれかかった。

自分の知らない古の情報をスルスルと口にだせる異常さ。それをすぐに違和感と捉えることができない感覚。飲み込まれまいとたたらを踏んでいるにも関わらずこの影響の強さ。

いずれ私の人格も消えてしまう恐怖はいつも襲い掛かってくる。ふと気を緩めば私の名前させ忘れてしまうのではないかと怖くなる。

 

「………怖いよ……」

 

弱気な自分を隠すように身をすぼめて体を抱きしめた。

強く強く。痛みで怖さを紛らわせるように。

 

誰にも聞かれてはいけない。

私の本音。

 

【孤独な苦しみ】

 

 

唐突にその事件は起こった。場所はオルティシエの豪華なホテルの一室。不本意ながら仕方なく!二人部屋に泊まることになったんだけど(しっかりと偽名で借りた)、ちゃんと線引きをしてそこから一歩でも立ち入ったらサンダガ喰らわせると脅しので不埒な真似に及ぶことはないと信じたい。というかしたり顔で逆にこんなことを言われた。

 

「前は普通に一緒に寝転んでたけど、ようやくオレの事を異性と認めたってことだな」

 

だって。確かにニックスの部屋でベッドで昼寝してた時にニックスも横にいて一緒に寝てたけど狭いベッドだから仕方ないじゃない。それに寝ていいぞって言ったのはニックスの方だった。決して!私の方から誘ったわけじゃないし、そういう男女のアレコレあったわけじゃないもの。

だというのに、何その余裕!

全然違うし!とムキになって否定したけど頬紅いぞと指摘されてグッと詰まってしまい結局はニックスの顔目がけて枕を投げつけて彼からの抗議の声そっちのけでそっぽ向き無理やり会話を終了させたから今回は引き分けにしておいた。

 

その頃に私には異性に対しての免疫がなかった。

箱入り娘だと思うさ、私でも。……大切にされてきた証なんだって今さら思い知ったよ。どうしてそう思うのか?それはニックスが直接レギス王から教えてもらったことだから。そのことをようやく落ち着いて話せるってニックスは私が座るベッドの隣に腰を下ろして話してくれた。

 

王都襲撃での詳細。どのようにレギス王たちが応戦し勇敢に戦ったかを。命を惜しまずに一人一人地に伏していく中、深手を負いながらも執拗にレギス王を狙うグラウカ将軍の手から逃げるルナフレーナ嬢とニックス、そしてレギス王。辛うじて逃げ込んだエレベーターの中で指輪をルナフレーナ嬢に託したレギス王はニックスに伝言を頼んだ。王子に、お前は私の自慢の息子だ、と。そして今まで辛い思いをさせてきた大切な娘にこう、たった一言だけを残した。

 

「王は最後にこういった。『レティ、ずっと愛している』と」

「……愛して、いる」

 

たった一言だけど確実にそれは私の胸を強く打った。

みるみる内に、瞳が揺らいでいき波打って表情がクシャリと歪んでいく。

 

コルから以前に打ち明けられていたけど間に受けなかった。信じられなかったんだ、その時は。

 

【愛して欲しい】

 

それは私がずっと欲しかったものだった。幼い頃から願い続けてきたもの。欲しいと思っていても与えられなかったもの。

 

「お前は王に愛されていた。ずっと。陰から支えられながらな」

 

でも私は多大な勘違いをしていたらしい。

ずっと欲しかったものは、私が気がつかなかっただけで知らぬ間に与えられていたんだ。

 

愛称で呼ばれることなど等しくずっとなかったというのに。最後の最後でそう、呼ぶなんてなんて卑怯な人。

 

いつでも冷たい瞳で私を見つめてああ、疎ましく思われているんだと誤解している私をあの人は否定しなかった。私をわざと突き放す素振りは全て私の成長の為だったらしい。ミラ姫の二の舞にさせないために、不器用なやり方で遠回しの愛を送り続けてきた。興味ない振りをして過剰に私を閉じ込めさせたのも、破天荒な私を心配してのこと。私が皇族の血を受け継いでいること。情報が少しでも漏れないようにとのこと。

 

ついに溢れてじわりと目の端から零れる涙を隠すように私は両手で顔を覆った。くぐもった声で溢れ出す感情のまま気持ちを吐き出す。

 

「……だったら直接言えばいいのに……。なんで言わないのよ、どうして最後の言葉がそれなのよ!?………なんて、空回りな旅だったのかしら……。結局、私は馬鹿みただけじゃない。……ううん、あの人も馬鹿よ、大馬鹿じゃない……あの人は!親子そろって……なんて、間抜けなのかしら……。父上、父上……ちちうえっ……!!」

 

そっとニックスが私の肩を抱き寄せてくれ、「レティ」と優しく私の名を呼んでくれる。

 

「……ち、ちう、え……!」

 

むせび泣く私の心は温かくてこれ以上にないほど満たされいた。時を戻すことが出来たならもう一度会いたい。

 

直接伝えたかった。この言葉を。

 

貴方を、父と敬えることを嬉しく誇りに思います。

父上、私は貴方の娘で本当に良かった。産まれてきてよかった。貴方に出会えて良かった。

 

貴方が父で、良かった、と。

 

私が落ち着くまでニックスはずっと傍で寄り添い続けてくれた。

 

『私が欲しかった愛は、最初から与えられていた』

 

さて、ようやく私が落ち着きを取り戻し始めた頃。隙を突くように犯人からの犯行声明。

 

「好きだ」

 

白馬の王子様のように格好良く馬に乗って現れたりはしなかったけど私が困っている時、辛い時、心が一杯一杯でパンクしそうな時、彼は敵国の軍服を身を包んで約束通りに助けに来てくれた。でもその時の彼はひどく狼狽しながらこれでもかっていうくらいに目を大きく見開いてて正直、間抜けだった。

飛空艇の中でそれとなく笑い話で振ると彼はバツが悪そうな顔をして「忘れろ」と言いながらそっぽを向いて拗ねた。

 

「忘れないよ」そういって笑って言い返す私に彼は悔しそうな顔して「覚えてろよ」と捨て台詞言ったのが記憶に新しい。

 

彼はベッドから腰を浮かして目を瞬かせる私の目の前に跪きながら決して視線を私から逸らさず真面目な表情で私の両手を優しく包み込むように掴んだ。

 

「レティの想いだけでここまでやってこれた。お前がどんな存在だっていい。オレの命は一度は消えたんだ。王都崩壊と共に消えた。だから今のオレはお前を守る存在だ。そうでありたいとオレは考えてる。……どんな試練だろうと喜んで受ける。全力で勝ち残ってみせる。だから、どうか。……何処までも一緒にいさせてくれ」

 

私を真摯に見つめながらロマンあふれる告白が彼の口から紡がれる。辛うじて人間に片足突っ込んでいる状態の私を愛しいと言ってくれる。好きだと、言ってくれる。

どこまでも優しい彼は、どこまで私を甘えさせてくれるのか。

底がないようで、怖い。

いつか、底が見えてしまうのではないかと危惧してしまう。

 

言い訳を並べて彼の想いを断ろうとする。私は卑怯だ。

手に入りそうになった瞬間に、恐れをなしてその手を拒むんだ。相手も私も傷つかないように。私がもうどんな存在であるか、敏い彼なら薄々気づいているのではないかと思った。

 

「私は、人間じゃなくなるんだよ」

「それでもいい」

 

彼は迷わずに言い切った。

目を見張り驚くがすぐに取り繕うように表情を改める。

 

「馬鹿じゃないの。シヴァとの契約だって軽はずみに受けちゃってさ。七神の影響はニックスが考えているものよりもずっと恐ろしいものなんだよ。せっかく助かった命じゃない。まだ契約は仮だから解消することだってできるわ。もしシヴァが怖いなら私からお願いするから大丈夫よ。それにニックスの故郷だってまだ帰っていないんでしょう?友達のリベルトだって心配してるだろうし私のことは大丈夫だから帰った方がいいわ」

 

辛辣に言い返して私から離れさせようとしているのにニックスの瞳に迷いはなかった。

 

「嫌だ。レティが好きだから離れたくない。……どうしようもなく好きなんだよ」

 

再度の告白と懇願するように手の甲に落とされるキス。思わず「……ばか」と眉を下げて情けない声が出た。

 

お願いだからこれ以上私を甘えさせないで。

 

私の心の声とは反対にニックスは迫る勢いで私の頬へと手を伸ばし上げてくる。逃がさないと言わんばかりに頬を挟まれて視線を逸らすこともできない。

 

「返事は?」

「………正直に言うと、嬉しい。けど……」

「……けど?」

 

言葉を詰まらせる私を急かすように片方の髪を掻き揚げられてニックスの顔が近づき耳にフッと息を吹きかけられて背筋がぞくりと逆立つ。私は肩を強張らせた。

 

「っ!私は、もう特別はもちたくないの!……失うのが怖いから」

「それでもいい。オレはレティを守りたいんだ」

 

そう言ってニックスは私をベッドに押し倒す。スプリングが効いたマットレスの上で軽くバウンドする体とすぐ私の顔の横に押さえつける手と私を組み敷き上気している男。乱れた髪と少しめくれてしまったスカート。逃げ場のない状況でせめてもの抵抗としてニックスの胸を押しやる為に両手をつけているがさほど効果も見られない。

唐突に彼に口から紡がれる言葉は私を篭絡させる勢いはあった。

 

「……愛してる」

「っ、ちょ、反則!」

 

一瞬くらくらしてしまうほどの破壊力ある言葉だった。だが必死に抗議の声を飛ばすもにニックスは喉を鳴らして可笑しそうに笑った。

 

「反則でもなんでもいい。必死なんだよ、それだけ。……不意打ち狙うようで悪いけどな」

 

とか何とか云ってまったく悪びれた様子もない。余裕そうに見えるのに必死だとか嘘だと疑ってしまうくらいだ。このエロ顔め。私の方ばかり焦って馬鹿みたいじゃない。

 

「……なんで私なんか。他にも、もっと素敵な人とかいるじゃない」

 

尻込みしてしまうが、誰だと逆に問われたりしたらハッキリ言えないのが情けない。思い浮かぶ人がいないんだもの。けどニックスは苦笑しながら

 

「無理だな。お前以外見えない」

 

と私に止めに一撃を喰らわせる。駄目だ、今の私では敵わない。そうだ、この際認めてしまおう。彼からの好意を嬉しいと認めるだけでもいいじゃないか。想われてすぐに応えるだけが恋愛の形じゃない。

 

「……」

「レティ、返事は急がない。けど、傍にいさせてくれ」

 

私が戸惑っていると思ったニックスは懇願するように切なげな声を降らせる。

愛されると感覚は心惑わす麻薬のようなものだ。

心地よさに浸り続けて二度と正常に戻れなくなるくらいに私を引き込んでいく。

 

けれどここで飲まれてはいけない。

行きずりの関係に幸せなものはないのだ。

 

今は彼の想いを受け取ることも拒むことも私にはできない。それでもいいと彼がいうのなら私はこう願う。

 

「ニックス……、一つだけ守って。……絶対無理だけはしないって」

 

誰かを失うことはもう耐えられない。

私の心情を察してニックスは「……了解」と頷いてから瞼をそっと閉じながらおでこに軽いキスをした。

 

【親愛のキス】



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波及効果~はきゅうこうか~

カエムを出発してからしばらくは快適な船旅を楽しんだノクト一行。座り心地のよい椅子に腰かけて優雅に海を眺めて冷やしておいたビール片手に乾杯したり、滅多にないチャンスとシャッターチャンスに勤しんだり。

 

「私、海って初めて!」

「オレもだけどな」

 

童心に帰ったかのようにクロウのはしゃぐ姿の隣でリベルトも同意しながら青い海を見つめては遠くに来たもんだと感慨深く感じる。故郷に執着していた自分がまさか大陸を飛び出すとは。それも雰囲気に流されてではなく自分の意思で王子達と共に行動している。あれだけ毛嫌いしていた王族だったはずなのに、フレンドリーに次の王と会話を楽しんだりして。

まだまだ半人前の人生だが変わろうと思えば変わるもんである。

 

リベルトにとって幼い頃にレギスにニックスとクロウと共に拾われたことは生きる上での手段であり、そこから学ぶ中で命の危険もあったが死んだと悲観していたクロウがまさか生きていたし、ニックスの弟である幼馴染のユーリーとも再会できたことは一重にたった一人の御姫様から始まったようにも思える。

 

レティーシア・ルシス・チェラム。

 

癖の強いニックスをのぼせ上らせるだけの魅力を持つルシスの宝とうたわれた彼女と初めてニックスから紹介された時の第一印象は、変な逃走癖を持つ少女だった。それからまさか突然「今まで黙っていてごめんなさい。私はルシスの王女レティーシア・ルシス・チェラムです。レティは愛称なの」と茶目っ気たっぷりに微笑まれては恰好悪くもその場で気絶してしまうのも仕方ないというもの。

慌てて姫自ら介抱してもらった時にはニックスから恨みがましい視線を送られタジタジにもなった。コイツどんだけ嫉妬深いんだよ、と。

 

だが裏を返せばそれだけ破天荒な姫に夢中だったということだ。必ず助けに行くんだと意気込んでいたニックスは果たして無事に姫の元へとたどり着けたのだろうか。

あんな無茶なやり方で飛空艇に飛びかかっていくなど正気の沙汰じゃないがなりふり構っていられないほど会いたいという気持ちの現れなのだろう。ニックスの所在は掴めていないが携帯の方は死んでないようでしっかりと着信を呼び出すコールだけは鳴る。

 

「しっかり会えてりゃいいんだけどな」

 

ため息交じりの声にクロウが「ん?何か言った?」と振り返ってきたがリベルトは曖昧に流して「いや、何も」と水平線の彼方を見つめた。

 

せっかく楽しんでいる彼女に水を差す真似はしたくなかったし、何より自分もこのゆったりとした時間を楽しみたかった。

 

 

海からの専用の水上通路を通ってしばらく見張りの職員に「そこの船!通行証は?」と通行許可証の提示を求められ、ノクト達は一同に顔を見合わせては困惑したが、そこはシドがドン!と構えて「心配すんな、ちゃんとある」と30年前の通行証をわざわざ船に乗り込んでチェックしにきた職員に堂々と提示した。職員の男は怪訝そうに眉をひそめたが、ものは確かなようで「通ってよし!」と声高らかに宣言したのでノクト達はほっと息をついた。

それから船に備え付けのラジオが復活し、女性キャスターが原稿を読み上げる声が流れ出す。

 

『水神を目覚めさせる儀式を執り行うことについては、演説の中で説明すると政府から発表がありました。』

「電波入った!」

 

海の上では音楽もなかったため、プロンプトは嬉しそうにはしゃぎ声をあげるがすぐにイグニスに「しっ」と注意され「ごめん」とすまなそうな顔をした。ラジオからはルナフレーナの近況が伝えられた。

 

『一時は死亡されていたという情報も流れていたルナフレーナ様ですが、この演説で調印式の衝撃事件以来初めて公の場に姿を見せることとなります。なお――』

 

一同はそれぞれの反応をした。

 

「ルナフレーナ様の演説?」

「らしいな」

「ほう、また世界が活気づくな。神薙が与える影響は計り知れんからなぁ」

 

シドのいう通り、世界から支持される神薙の言葉は誰もが耳を傾けるイベントだろう。期待も高まる分責任も重大だ。

 

これまでの道のりを考えてイグニスが感慨深そうに「ようやくお会いできそうだな」とノクトに言うと、

 

「――ああ。指輪、もらわないとだ」

 

とはっきりと自分のすべきことを口に出した。

だが浮かない顔でクロウが抱いていた疑問を投げかける。

 

「でも、すんなりと会わせてくれるものかしら?今ルナフレーナ様はアコルドに保護されている形でしょう?帝国側も指輪を狙っているとしたら身柄受け渡しの要求をしていてもおかしくはないわ」

「確かに。ここはノクトがアコルドの首相に直訴でもしてみるか?」

 

リベルトも同意しながら揶揄うように口元に笑みを浮かべて大胆な発想を提案するとノクトは「オレがぁ?」と怪訝な顔になる。だが意外とイグニスには好評な提案だったらしく、「その策も視野に入れておいても悪くはないな」と同意を示した。

ノクトは渋々と「まー、イグニスがそういうなら」とあまり乗り気ではないらしいが、じゃあ他に案を出せなどと言われたら浮かびそうもないので素直に諦めた様子。

今回の旅の中で一番の年長者であり、誰よりも経験豊富なシドが士気を上げるためか鼓舞の声をあげる。

 

「気合入れてけよ、お前ら。そうなりゃ王子の初めての会談デビューになるかもしれねぇからな」

「お!ノクトがついに王様っぽいことするってことだね」

 

プロンプトがこれは貴重なシャッターチャンスと目を輝かせて話題に飛びついた。だがいい方が気に入らなかったノクトはじろりと友人を睨む。

 

「王様っぽいってなんだよ」

「いやいやただの冗談ですから~」

 

手をパタパタと振って冷や汗をかきながら睨みから逃れようと巧みな瞬発力でサッとリベルトの背にしがみ付くように隠れた。すぐにリベルトから抗議の声が。

 

「おい、引っ付くな!」

「仲間のよしみで助けてください!」

 

必死なプロンプトにノクトが意地悪い笑みを浮かべた。

 

「リベルト、王命だ。プロンプトにヘッドロック刑を執行しろ」

「え!?」

 

サァーっと顔を青ざめ、リベルトから離れようとするがすでに遅かった。いつの間にか向き合う形でリベルトがプロンプトの肩をがっちり掴んでいて、憐みの視線を向けている。

 

「王命じゃ仕方ねぇな。諦めろ」

「そんな!?」

 

無情にもヘッドロックの刑が執行されたそうな。

 

青空をカモメが何羽も飛び交い、潮の香りと異国情緒に人々の喧騒。初めてオルティシエ入りを果たしたノクト達は見るものすべてが新鮮で目移りさせながら入国ゲートへ歩き出す。

そこでも職員に入国の目的を尋ねられ、先頭を歩いていたノクトは慌てて後ろに続くイグニスについつい「イグニス頼む!」と逃げた。イグニスは首を振りながら「仕方ないな」と零して職員の方に向き直るとスラスラとよどみない口調で入国の目的を告げた。ずばりその内容とは、『自分たちはアコルドの文化を勉強しており、今回は郷土料理と食材の研究の為に訪れた』である。一発で職員を納得させることができ逆に仕事がはかどりますようにと労いの言葉させもらう始末。

これで無事に通過できるかと思いきや、職員はぎょっとしてノクトを呼び止めた。

 

「あ、そこのお前!ちょっと待て」

「あ?なんだよ」

「その後ろに縛り付けている人形はなんだ?」

「ああ、これか?」

 

職員から指摘を受けたのはなぜかノクトの背中にひもで縛って背負っているぬいぐるみだった。ノクトが動くと頭のボンボンや手足が揺れる。それはイリスが作ったモーグリぬいぐるみでレティに渡すと約束したもの。

後生大事に背負う姿は事情を知っている者からすればなんとも健気な姿とお涙頂戴誘うものであるが、初めて見た者にしてみれば衝撃的な姿である。下手すれば頭大丈夫かと疑われても文句も言えない。だが成人している男がぬいぐるみ背負って「なんだよ?」と狼狽える様子もなく逆に堂々としていると問い詰めようとしている職員の方が困惑してしまうというもの。

 

もしや、何か深い事情があって仕方なく背負っているのではと敏い職員の男は気づき、ノクトに躊躇いがちに理由を尋ねた。

 

「何か、事情があるんだな?」

「ああ」

 

ノクトは一度瞼を伏せ、辛さを堪えるかのようにまた瞼を開き気丈に笑い返した。

 

「コイツは、オレと大切なアイツとを繋ぐ唯一の絆なんだ」

「!?」

 

職員は驚愕した。

絆。なんの変哲もないぬいぐるみが大切な人との絆を結ぶものであったなど誰が想像できようか。そんな重たい話がその背中のぬいぐるみから伝わるわけもない。だが口にするのも苦しいだろうにノクトは初対面である職員の男にそっと打ち明けてくれたのだ。肌身離さず傍に置きたいからこそ背中に背負うことを決め、世間から後ろ指さされて奇異なる者と思われようと構わないという鋼の決意で今、目の前に立つノクトが眩しく思えた。

 

なんて、立派な奴だよ。

 

職員は、何か込み上げてきそうなものを無理やり抑えて目元を手で覆いながら「わかった。もう何も言うな」ともう片方の手でさっさと行けと促す。ノクトは「ありがとな」と礼を言ってゲートを進んだ。一部始終を見ていたプロンプトは妙な雰囲気についグラディオやイグニス達に「なんかおかしな雰囲気になってなかった?」と同意を求めたが、グラディオやイグニスからは、

 

「別にいいんじゃねぇの。ノクトが好きでやってんだ」

「それに誰もルシスの王子だと疑う者はいないだろう。良い策だと思うが」

 

とそれほど抵抗はないようで口元をヒクつかせて「あっそ」と終わらせる。じゃあリベルトとクロウではと縋るようなおもいで尋ねれば、

 

「ある意味男の中の漢だぜ」

「こういうギャップもありよね」

 

と好印象でやっぱり自分の感覚がおかしいのかと落ち込むばかり。最後の頼みでプライナに抱き着いても「わん」としか返されないのでプロンプトはがっくりと肩を落とした。

 

どうしてノクトが背負うスタイルになったのか、理由は結構単純だった。

それは少し時を遡ることになる―――。

 

まだオルティシエ入りを果たす船の上での出来事だった。ノクトが肌身離さず後生大事に抱えているモーグリぬいぐるみ。

クペによく似た特徴を掴んでいて気が抜けそうな糸目と頭のボンボンがチャームポイントで暇な船上では退屈しのぎにモーグリぬいぐるみを抱き抱えてプロンプトに写真を撮ってもらう行動などがプチ流行っていた。一通り写真を撮ったところでノクトの元に戻ってきたぬいぐるみを抱えて突如思い出したようにノクトがハッと気づき声をあげた。

 

「やばい、これ持っていざ戦闘って時にどうすりゃいいんだ?」

「確かに。それを持ったままではまともに武器も持つことも不可能だろう。シフトで一度安全な場所に置いてから戦闘入をしてはどうだ?」

 

イグニスが真面目な顔で冷静に状況分析をした。なぜぬいぐるみを持った状態のまま戦闘をしなければならないのかという点については誰も突っ込まないので不思議である。

プロンプトは軽くイグニスの提案にツッコみつつ代わりの案を提案した。

 

「いやなんかそれおかしいよ。あ!そうだ、敵に向かって囮として使えばいいんじゃない?こう、身代わりの術!なんつっって――」

 

冗談のつもりだったのだ。これから見知らぬ土地に足を踏み入れようとする仲間の緊張をほぐし場を少しでも和ませようとの心意気だったのに。若干その冗談さえも通じない人が残念ながらいた。自称兄馬鹿を誇るキャンプ大好きにーちゃん。

 

「ああ!イリスがレティの為に作ったぬいぐるみをデコイに使うだと!?」

「ちょ、なんでグラディオがキレるのさ!?」

 

イリス馬鹿である兄貴に反対され詰め寄られて「ちょ暑苦しい顔突きつけないで!」とマジ半泣きにされる憐れプロンプトだった。ノクトもその案には納得できないようで顔を顰めては

 

「レティにやるって約束してんだ。戦闘でボロボロにしたくねぇ」

 

とぼやく。そこにクロウが妙案を思いついた。

 

「じゃあ背負えばいいじゃない」

「え、マジかよ」

 

リベルトは信じられない顔でクロウを見つめるが、クロウはノリノリで長めの紐を準備してノクトも「それイケるかも」と乗り気になってクロウに背中に縛り付けてもらうのを手伝ってもらいあっという間にノクトぬいぐるみだっこverの完成。

 

「これいいじゃん!全然楽だし」

「でしょう!ちょっと見た目はアレだけど誰も王子だとは疑わないわ」

 

クロウも太鼓判を押して絶賛するものだから気分を良くしたノクトも「クロウってセンスあるのな」と照れるとクロウも褒められてまんざらでもないらしく、「私もノクトの事、見直したわ」と言い返しお互いに新たな仲間と親睦を深めた。

 

置いてけぼりなリベルトとプロンプトは

 

「お互いに苦労しますね」

「ああ。まったく」

 

と二人そろって肩を落とした。

 

というわけでノクトは人々から怪しげな視線を送られようが堂々と振舞っているわけである。できるだけノクトから離れて他人の振りしていたいプロンプトだったが残念ながらラディオからご丁寧に首根っこ引っ掴まれて引きずられることに。

 

「お願いだから~~!後生ですから~~!!」

「お前だけ逃がすか。一蓮托生だ」

 

グラディオによりプロンプト確保へと至ったわけなのでノクトは、仲間たちにこれからの行動を相談する。まだ日が暮れるには少し早く人通りも活気づいている。

 

「さて、これからどうするか、だ」

「とりあえず泊まるホテルを探さないとな」

 

イグニスの提案にクロウは一番乗りで答えた。

 

「あ、それじゃあ私とシドがホテルを確保しておくわ。リベルトはノクトの護衛を」

「わかった」

「そうだ、買い物ついでに昔の知り合いに会って来い。オレも後から行く」

「おう、じゃあ頼んだ!」

 

シドとクロウそしてプライナはホテルを探しに。ノクト達は散策ついでにレギスが昔共に旅をした仲間、ウィスカムという人物の元を訪れることにした。

 

【目指すは、マーゴ】

 

 

ノクト達がオルティシエ入りを果たすほんの数時間前、レティはクペの秘密技の内の一つ、ノクトセンサーに反応があることを知り急ぎ、使い(トンベリさん)をカメリア首相の元に送らせた。

 

内容は完結に一言。

 

『水神の儀を急がせよ』

 

である。いきなり召喚獣からの使いに心底度肝を抜いたであろうにカメリア首相の的確な指示により、ルナフレーナの演説が急遽決まり各ラジオ局へと速報ニュースとして流されることになる。さて、レティの仕事は水神の復活まで密かに身を潜ませてノクト達にバレないよう行動すること。

 

「………」

「レティ、このホテルをチェックアウトしよう」

「ニックス?」

「もしかしたら同じホテルに泊まるかもしれないだろ?王子達も」

「……そうかしら」

「ここでばったり顔を会わせたいのか。オレはおすすめしないぞ」

「……そうね。ちょっと嫌だわ、それは」

 

というわけでニックスに手を引かれてレティは別の場所のホテルへと移動してきた。

 

「こっちも中々広いわね」

「ああ」

 

さすが大きい町だけあって他にも快適に泊まれるホテルはあり、今度はちゃんと一人部屋ずつ泊まれることになりホクホク笑顔一人部屋を満喫したレティ。ニックスは残念そうに肩を落としたがさすがに召喚獣の目が狙いを定めたかのようにギラリンと輝いていてはそう簡単に手を出すこともできない。

飢えた狼さんは赤ずきんちゃんを前にしてまた違う意味でしばらくお預けをくらうことになるようだ。尻尾をだらーんと垂らして残念そうな狼さんに赤ずきんちゃんはプレゼントされたワンピースにまた袖を通して(男から服をプレゼントされる意味は知らない)、

 

「ニックス、どうせ時間までは暇だから美味しいものでも食べに行こ?」

 

と大胆にもデートのお誘いをすると、狼さんの機嫌は急上昇。尻尾振って喜びをあらわにしつつ、表情を緩ませて

 

「だな」

 

と返事を返しいつもの様に彼女に手を差し出して二人仲良く手を繋ぎニックスの見張り役である召喚獣を伴ってホテルを出発した。

 

美味しいもの、珍しいもの、娯楽、時間の許す限り二人と二匹は楽しんだ。たとえおまけがついていようとニックスは可愛い姫とデート気分を満喫し、レティは羽根を伸ばしてニックスをこき使って購入した荷物を持ってもらいながらショッピングを満喫した。お互いに楽しんでいるのだから何も問題はなかった。

 

とある、お店の前を通り過ぎようとするまでは。

 

 

人だかりができている先に一番目を引くもの。

行きかう者もつい、足を止めて見入ってしまうほど白く美しいドレスがガラス越しにあった。

 

「………!」

 

レティはそれを目にした瞬間、表情を凍らせ足を止めた。ニックスがレティの様子に気づき、同じように視線を少し先の同じ方へ向けると目の前に展示されていたあるものに息を呑んだ。

 

「………あれは…」

「ルナフレーナの…ウエディングドレス……クポ」

 

複雑そうにクペがそういったのをレティの耳には入らず、食い入るように見つめていた。

 

「やっぱり綺麗よねぇ」

「うん。ああ、あのドレスを着てるルナフレーナ様観たかったな~」

 

二人の女性がうっとりと見惚れながらそう話していて、ズキリと胸が痛み、レティは知らず知らずのうちに自分の胸元を握りしめていた。

 

ルナフレーナが着る予定だった特注のウエディングドレスが彼女の写真と共にショッピングウインドウの中に厳かに展示されてる。当初、ルナフレーナの訃報が伝えられた時ヴィヴィアンの婚礼用のドレスは追悼の為に特別展示されていたが、ルナフレーナが無事であることが分かると今度は無事であることを祝う為に期間延長して行っている最中であった。そこへレティ達は偶然通りかかった。

 

平和の象徴として世界中の人々から祝福される、予定だった結婚式。たとえ政略結婚だったとしても、ルナフレーナは断ることはなかったはずだとレティはぼんやりと考える。

だって彼女はノクトを慕っていたはずなのだから。

 

その為に自分の命を削ってまで召喚獣達に啓示を求めた。

ノクトの為だけに。

 

……本当に敵わない相手に嫉妬していたんだと自分の馬鹿さ加減に反吐が出そうになる。今、ここにいるだけでどれだけルナフレーナが民に慕われているか、嫌でもわかってしまうのだ。

 

ニックスもクペもじっとウエディングドレスを見つめるレティに中々声をかけられずにいた。彼女がどのような想いであのドレスを見つめているのか、分からなかったからだ。下手な言葉一つ発せられないほど、重苦しい空気が続く。カーバンクルが悲しそうに「キューン」と鳴いてレティに頭を摺り寄せた。慰めているのだろうか。レティは擦り寄ってきたカーバンクルの頭を優しく撫でて上げながらぽつりとつぶやくように言った。

 

「……あれ、彼女が着るのよね。それでノクティスの隣に立つのよね。誰からも祝福されてはにかんだりしてノクティスに微笑みかけるのよね」

 

誰に同意を求めるわけでもない、ただ思ったままを口に出していたのだろうレティは自分の本当の気持ちに気づいていない。訝しんだニックスが「………レティ……?」と声を掛けるが届いていないようで、

 

「……いいなぁ……」

 

レティは羨望の眼差しで見つめては素直な気持ちを吐露した。

 

「私も、一度でいいからウエディングドレス、着てみたかった……」

「……レティ……」

 

夢、と言えるほどの願いではなかったけど女の子なら一度は夢見るもの。真っ白なウエディングドレスを着て愛しい人と一緒に祝福されたい。あわよくばお姫様抱っこしてもらってほっぺにキスしてもらって余計に友人たちからヒューヒュー!と冷やかされたりして。

レティの願いは叶わないが、ルナフレーナの願いは叶う。

 

ただ、羨ましかったのだ。レティには。

彼女のことは好きではないが、祝福したい気持ちは確かにある。けれど、羨ましい。

 

でも所詮叶わぬ願い。レティが諦めればすむことなのだ。そう割り切ってレティは弱弱しい笑みを浮かべて謝った。

 

「……ゴメン、足止めちゃって……。行こっか?」

 

そう促して歩き出そうとした直後、ニックスが「………クペ、これ頼んだぞ!」と唐突にクペへ大量の荷物を押し付けた。バランスを崩してクペは驚愕しながら、レティの手を攫うように取って足早に走り出したニックスの背中を怒鳴りつけた。

 

「クポ!?ちょっ、ニックス―――!!」

 

何事かと騒めく人々の波をかき分けながらニックスはレティを引っ張って走る。辛うじてレティの肩にへばり付いていたカーバンクルはその急な勢いに落とされずに済んだが「きゅぅぅ」と抗議の声をあげた。レティは突然のことにただただ足を動かすしかなかった。

 

「ニックス!?ど、どうしたのっ!」

「確かさっきの店でできたはずなんだ」

 

ブツブツと独り言をつぶやいてはレティのことなどお構いなしのニックス。何か目的があるようなのは間違いないのだが。

 

「一体何がっ!ちょ、クペおいてきちゃったし!」

「大丈夫だ。アレ全部収納して追いかけてくるだろうさ」

「それはそうだけど目立つ行動はしないって!ニックス!どこ行くのっ!!ね、一回止まって?」

「いいから!」

 

ニックスに引っ張られるようにして連れてこられたのは、細い通りの一角にある古ぼけた写真館だった。

 

「ニックス?」

「写真、撮ろうぜ」

 

ますますニックスの意図が分からなかった。どうしてそこまで写真に拘るのか。

 

「なんで」

 

この時、レティは知らなかったのだ。写真館というものがどういったものなのかを。

頬を指先でかきながらニックスは照れながらも自分の想いを口にした。

 

「オレがお前の願い事を叶えてやりたいから。っつってもオレに出来ることなんかたかが知れてるし、精々こんなもんだけ。ど……それでも、オレがお前のウェディングドレス姿見たいんだよ」

「私、の?」

 

呆然とレティは呟いた。誰も祝福してくれない女なのに、それでもニックスは自分の花嫁姿が見たいと言ってくれる。

彼が自分に好意を抱いていることは十分に理解しているが、それでもあっさりと見たいんだと素直に言う様は打算がなく、情けなくも惹かれてしまう魅力な提案だった。

 

「ああ。……やれること、全部やるんだろ?後悔がないように……。だから撮ろう」

 

強制ではなく、あくまでレティの意思で決めてくれと最後に付け加えた彼に、じわりと心にしみ込んでいく優しさが嬉しくてレティは眉尻を下げて泣きそうになった。どうにもニックスと共に居ると前よりも涙もろいというか、弱くように感じた。

 

「……まったく、ニックスってば…」

 

自分の気持ちを汲んで実行してくれようとしてくれる想いが嬉しくて、つい口元に手をやって隠してしまいたい衝動にかられる。だがそうさせる前にニックスがその手を奪って少し屈みこんでレティの顔を覗きこむ。

 

「返事は?」

 

と尋ねられ、レティはゆるゆると破顔して「うん」と頷いた。

そこにカーバンクルが僕も忘れないで!と主張するよう「きゅん!」と可愛らしく一鳴きする。

 

「ああ、お前も一緒にな。エル」

「だね、あ、クペも一緒だよ」

「もちろん」

 

こうして二人と二匹で写真を撮ることになった。

 

 

型遅れのドレスかと思いきや、事情アリのカップルと察した店主が知り合いのデザイナーの伝手を頼って丁度新作のドレスの試着を頼めるモデルを探していたところだと知るや、実は、と事情を打ち明けるとそのデザイナーは快くドレスを貸し出してくれることになった。ただし条件があり、撮った写真の中で出来のいいものを広告用に利用させて欲しいとのこと。

ニックスとレティは目立たないようにしてくれるならと了承し、撮影は屋内と一部外で行われることになりメイクや衣装の準備など忙しなくデザイナー側のスタッフが写真館の中を出たり入ったりをする中、

 

「ちょっとそんなとこで突っ立ってないで貴方も着替えるのよ!」

「オレも?いや、オレは……」

「花嫁だけなんてどんな結婚写真よっ!?いいから来なさい!」

「ぐわっ!?」

 

と筋力ムキムキなオカマメイクアップアーティストに問答無用で首根っこ引っ掴まれて部屋へと引きずりこまれた。

 

準備が終わった二人は、満足のいく出来具合とスタッフ達が微笑みあう中でご対面となった。

 

「……」

 

ドキドキと胸を高鳴らせて付き添うに誘われて部屋に入ってきたレティを視界に入れた瞬間、褒め言葉さえ吹き飛んで行った。

 

シンプルでありながらレティのスレンダー体系にピッタリとフィットするマーメイドラインドレスはまるで最初から彼女の為だけにつくられたように思える。後ろの部分では上部と下部に別れてレースがあしらわれ、床に大きく広がって引き摺るほど。マリアベールと呼ばれるベールと額にラリエットをつけることでクラシカルでありながら神秘的な雰囲気を醸し出す。

彼女の相貌をはっきりと主張させるような濃いメイクではなく、あくまでレティの元からある美しさを引き立たせるような化粧の仕方がドレスとマッチし、まるで絵画から抜け出たような魅惑的な花嫁となった。

 

「レティ、綺麗クポ……!」

 

感動のあまり鼻声になっているクペ。超特急でレティの元に飛んできたクペにより赤いバラのセプターブーケが持たれてふわふわと空中に漂う。トゲは全てしっかりと抜かれているのでクペの手で掴んでも刺さる心配はない。

 

「ありがとう」

 

後ろで高く結い上げた銀髪とちょっと顔が動いた時にチラ見する吸い付きたくなるようなうなじに一瞬そそられて慌てて視線を逸らす。

 

「……ニックスも、着替えたの」

「ああ、オレの意思は関係なしみたいでな、ちょっと違和感あるか?」

 

ダークグレーのタキシードを身に纏ったニックスは、着慣れない様子で気恥ずかしそうにしたが、それはレティも同じだった。

 

まるですべてが夢のようで足元がふわふわとして定まらず介添えしてくれているスタッフの支えがなければまともに歩けたかも分からない。いつもと同じようなヒールを履いているにも関わらずだ。

 

自分と全く縁もないだろう願いが、ニックスのお陰で叶ったのだ。どれだけ感謝の言葉を伝えても足りないくらい。そんな相手に似合わないだなんて失礼なことなど言えないし、実際にビシッと着こなしていて堂々たる姿には息を呑んだくらいで、言葉を詰まらせながら頬を赤く染めて彼の衣装を褒めた。

 

「……ううん、そんなことない。……恰好いい、よ」

 

少し頬が赤くなったことに気づいたが、化粧の所為かと納得したニックスはほっと安堵の息をついた。

 

「そっか、ありがとう。レティ、………オレが、その、相手でもいいか?」

 

尋ねた本人もホント今更な質問だと感じたが、訊かずにはいられない。

何の相手と最後まで言わなくともレティには分かっている。そこまで阿保ではない。

だからこそ確認の為にニックスは遠慮がちに尋ねたのだ。もし、ここで嫌だと言われたら新郎役は辞退するつもりだった。だがレティはぷっと吹き込んで口元を手の甲で押さえながら、ふっと微笑んでおどけるように言った。

 

「私一人で寂しい想いさせるつもり?写真撮ろうって言ってくれたのはニックスでしょ。言い出しっぺが責任取らなきゃね?」

「……だな……」

 

お互いに苦笑しあって、二人はとんとん拍子に進んだ写真撮影へと入るのだった。まず雰囲気に慣れる為にレティが椅子に座ってその後ろにニックスが立つという構図で始まるようだ。

レティへと自然に手を差し出すニックスは思い出したように話しかけた。

 

「あ、そうだ」

「ん?」

 

レティの当たり前のように差し出された手を素直に受け取った。

 

「綺麗だ、レティ」

「……ありがとう。貴方も素敵よ、ニックス」

 

そして仲睦まじい姿で身を寄り添いあい互いに微笑みあいながら撮られた写真など、写真家の案で様々なポーズで撮られた二人。

それは見ているスタッフ達にも思わずほうっとため息ついてしまうほど幸せに満ち溢れたものだった。

「もう感動ものよ!最高な仕上がりじゃないっ!」とデザイナーから太鼓判を押されて急遽大手の広告にでかでかと起用されるとは、この時の二人には想像もしなかったことである。

 

【最後は召喚獣二匹と一緒に記念撮影】



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才子佳人~さいしかじん~

ノクトside

 

 

レティ、今、何処で何してる?会いたい。会いたい。会いたい。

 

ずっとオレの胸を占める言葉はこればかり。今までレティがすぐオレの傍で笑って怒って泣いたり喧嘩して仲直りしてすぐ触れられる距離にいたことは、実は結構贅沢だったことを今さらながらに思い知った。イリスから羨ましいなんて言葉言われるまでは。オレってホントついてたよな。

あれだけ仲間に好かされてるレティが家族なんだから。

 

でもその家族はオレの中で障害でもあった。

妙に意識しだしたのはこの旅の最中だったけど、お互いに成人になり始める前からオレは自分自身が気が付かない内にレティを妹ではなく、一人の女として見ていた様な気がする。

あれはルーナとの婚姻が決まった時の事。親父からの話が終わった後でどうにも気持ちが落ち着かなくてレティの部屋を訪れた。返事待たないで勝手に入るとレティはいつもみたいに小難しい分厚い本なんか読んで、視線を此方に向けることもなく『ノックしてから入ってよ』といつも通り注意してきた。オレは適当に相槌打ってレティが座っているソファの隣にドスっと腰かけた。んでレティの肩に頭をもたれかける。

 

構えという合図だ。

 

だがオレの意思表示を無視して本を読み続けるレティがやっと本からオレの方をねめつけてきたのは20分ぐらいしてからか。その間もオレは体勢を変えないでレティにもたれかかったままだ。そろそろ肩が痛くなったはず。

 

『このソファ四人は軽く座れるはずなんだけど、どうしてわざわざいつも私の隣に腰かけるのかしら?そして頭重いから乗せるな』

『やだ』

 

そこがオレの定位置だからと開き直って言ったところで『余計暑苦しいだけだわ』と冷たくされるだけなのは目に見えている。深窓の姫君と国民の間で噂されるレティは『はぁ……』と蟀谷を抑えて瞼を閉じ深いため息をついて、読みかけの本を閉じて膝に置いた。

ついに音を上げてオレを構う気になったと少し心が弾んだ。レティからあの話を切り出されるまでは。

 

『……何を不機嫌になるのやら。逆に嬉しい限りじゃない。陛下からの御話は』

『……知ってたのかよ』

 

まさかもうレティの耳に入っているとは知らなかった。オレは驚きで反射的にもたれかけていた状態から体を起こす。膝に乗せていた本をテーブルに丁寧に置くとレティは頷きながら詳細を話した。

 

『うん。貴方の軍師のイグニスが、色々と詳細を教えてくれたわ。……ノクト、彼女と結婚決まったみたいだね。とりあえずおめでとう』

『………』

 

面と向かって祝いの言葉を送られるとオレはなぜだか胸がもやもやして不快感に襲われた。

オレの様子に気づいたレティが怪訝そうに首を傾げてオレの名を呼ぶ。

 

『ノクト?』

『政略結婚じゃんか……。オレの意思とか関係ねーし』

 

おめでとうと言われても顔が歪むだけだ。

 

親父は恋愛結婚だった。母さんが幼馴染だったから。でもオレはルーナと会ったのは子供のころの話で文通も続けてはいるけど極他愛もないことばかりですぐに愛情が芽生えるわけじゃない。それなりな不満を抱いているオレにレティは諭すように言う。

 

『でもノクトは王様になるんでしょう?だったら仕方ないよ。それとも好きな人でもいるの?』

 

好きな奴。パッと頭に浮かんだのは……目の前の妹で、オレは慌てて頭を振って邪な考えを振り払った。

 

何考えてんだ!?と当時のオレはそりゃもう内心パニックだった。

 

『ん?ノクト~?』

 

目を細めて追及の手を緩めないレティがずいっと顔を近づけて身を乗り出してくるからオレは反射的に仰け反った。癒しを与える深い深緑の瞳に見つめられると嘘がつけない。というかはぐらかせない。手をブンブン振って否定するしかない。

 

『……いない!いないから!』

『そう。残念。でもいないならいないでいいじゃない?もしかしたらその内好きになってくるかもしれないし。彼女のこと』

 

レティがルーナに好感を抱いていないのは薄々気づいてた。

よっぽどじゃない限りレティの口からルーナの名前が出たことはないし、言うとしたら決まって『ルナフレーナ嬢』と呼ぶ。もしくは、『彼女』と示唆する。

 

『でも、それってなんか、……納得できないっていうか』

 

レティの言うことも一理ある。

オレ自身の立場が拒否も許されないものだって理解もしてるしさ。でも感情は、心はそう簡単に割り切れないだろ。

 

レティは本で得た知識からか、さもオレの不安は当然だと言った顔をする。

 

『マリッジブルーみたいなものよ。誰だってそうなるわよ』

『軽く言うし、経験ないくせに』

 

同い年な癖に年上ぶるからレティの髪に手を伸ばして一房掴み軽く引っ張った。

 

オレの子供じみた反撃に呆れつつもレティは『痛いわよ』とオレの手を外しにかかる。でもオレも一旦手を離してはまた片方の手でレティの頬を抓ったりとスキを見て手を出す。

地味な攻防が続き、ついにはキレたレティがいつものサンダーをオレに落として決着は呆気なくついた。オレの負けだ。

焦げ臭い匂いが部屋に満ちてレティは嫌味っぽく『換気しなきゃ!』とテラスへと続くドアを少しだけ開けに行った。

黒焦げになり悔しくてそっぽを向くオレを満足げな表情で見つめてレティはこんなことを言っていた。

 

『もしかしたら私だってノクトみたいになるかもしれないわよ?』

『レティが、結婚?……ありえなさそう』

 

想像できなくてつい本音をぽろっと口に出すと、

 

『何よそれ。失礼ね、私に嫁に行くなって事?生き遅れの王女なんてごめんだわ!』

 

としかめっ面になる。

本当にクルクルと表情が変わるもんだ。見ていて飽きないくらいに。

 

『分かってる。いつかはそうなるって……、でも何となく、嫌だ。オレは』

『……だったらノクトが知らない内に結婚でもしておこうかしら』

『はぁ?』

『だってノクトって私の夫になる人のこと駄目だしとかして認めてくれ無さそうなんだもの。だったら誰にも知られない内に結婚済ませておいた方が文句も言えないじゃない?―――ああ、これが事後報告っていうのか。納得』

 

『レティ!』

『冗談よ冗談。そんな真に受けないでよ』

 

ケラケラと笑う彼女を見て、ようやく揶揄われたと気付いた時にはレティの頭に手刀を落としていた。

それが結構威力が強かったらしくて、「ノクトの馬鹿!」と涙目になったレティにまたサンダーを落とされて部屋から放り出された。それから一週間は口きいてもらえずご機嫌どりに躍起になるオレは最終的に王都で当時大人気だったチーズタルトの行列に並んでレティに献上することでやっと満面の許しをもらえた。

 

『これ食べたかったの!ありがとう、げっそりした顔で長蛇の列の中王子様特権使わずにちゃんと並んで買ってきてくれたのね』

『疲れた。マジで疲れた』

『でしょうね。お疲れさま、一緒に食べましょう!』

『――ああ』

 

食べ物でコロっと態度を変えるところがいかにも女子というか。でも苦じゃなかった。レティが相手なら仕方ないって苦笑して終わらせられるし。

 

自分の結婚でさえすぐに受け入れられなかったのに、レティの結婚だなんて考えたくもない。

家族はオレや親父だけで十分だ、なんて過信してたのはオレの落ち度だったのかもな。

 

【人生の中で変化がないことなどないのに】

 

リウエイホテルにたどり着いたクロウたちは早速格式高いホテルのフロントで宿泊の申し込みをすることにした。入った瞬間に目がチカチカしそうな照明にいかにも高級そうな調度品が置かれたロビーにまずお金の心配をしてしまったクロウだが意を決してフロントへと向かう。

 

「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか」

 

年若いフロントマンがにこやかに対応をしてくる。

このようなホテルなど泊まること自体初めての経験なので多少どぎまぎしながらも平静を装うクロウは自分の声が震えていないかどうか気が気ではなかった。

 

「ええ、お願いできるかしら。えーとノクト達は一緒の部屋の方がいいのよね。シドはリベルトと一緒でも大丈夫かしら?」

「ああ」

「四人部屋はある?」

「はい」

「それじゃあ四人部屋と…ツインとそれとシングルで。ああ、動物はオッケーかしら?」

「専用のお部屋がございます。そちらに変更いたしましょうか?」

「ええ、お願いするわ」

 

つつがなくチェックインすることが出来てほっとするも宿泊料金に目玉が飛び出そうになり、思わず心の中で『たかっ!』と叫んでいた。つい、後ろのソファにのんびり腰かけているシドの元へ小走りに向かい、本当にこのホテルで良かったのかしら!?と必死な形相で相談する。シドは高額な料金に対して驚いた様子もなく、「どうせ王子の懐から出るんだ。滅多にない機会だしゆっくり羽根伸ばせばいいと思うぞ」と意地悪い笑みを浮かべた。これにはクロウも苦笑して「そうね。これも経費みたいなものよね。イグニスからそれなりの金額は渡されてるし」と開き直った。

とりあえずやることはやったので、ノクト達と合流する為に電話を掛けようとスマホを取り出した時、「わん!」と突然シドの脇に控えていたプライナが体を起こして鳴き声を上げた。何かに反応するように尻尾をパタパタとさせて興奮しているようだ。

 

「どうしたの?プライナ」

「ワン!」

 

すると、ロビー内の違う方向からもう一匹の犬の鳴き声がしてきた。クロウとシドもつられてその方向を見つめるとプライナが勢いよく駆けだした。

 

「あ!プライナ!……あら、あの犬は?」

 

プライナと同じく体躯でフサフサの黒い毛並みで賢そうな顔立ち。

まるで自分の片割れのように会えた喜びを全身に露わにして迎え入れている。鼻先をこすりつけたりしてじゃれ合う二匹は見ていて微笑ましいものだ。いつもの仏頂面が消えて表情が緩くなっているシドはきっと自分の状態に気づいていないだろう。

 

「随分と仲がよさそうじゃねーか」

「そうね、じゃれ合ってるわ。もしかしてあの子がノクトが言ってたアンブラなのかしら?」

 

ノクトからの話の中でプライナと対であるアンブラというルーナの犬の話を少し聞いていたのでもしかしたらと首を捻ると、

 

「ワン」

 

じゃれ合いをやめて、まるで正解!と言っているようにクロウを見上げて一鳴きしクロウの足元に走って寄ってくた。

 

「当たりのようね」

「そのようだ。どうする。オレはウィスカムの所へ行くが」

「私も行くわ。プライナ!アンブラも一緒に行く?」

 

クロウはその場に膝をついて甘えてくる二匹を撫でてやりながらそう尋ねると二匹は声を揃えて

 

「「ワンワン!」」

 

と仲良くお供すると返事を返した。

 

とある通りでかなりの人だかりに遭遇したノクト達。プロンプトは興味深そうにノクトに声を掛けた。

 

「ねぇ、ノクト。ルナフレーナ様のドレスがさ」

「観ない。オレ達にのんびり観光してる暇なんてないだろ」

 

だがノクトは素気無く断った。プロンプトは納得しがたいようでイグニスに同意を求めるように視線を向けた。

 

「それはそうだけど……ねぇ、イグニスは観たくない?」

「オレはノクトの意見に従うが」

「ならいいじゃん。行くぞ」

「……」

 

ゴリ押しのような形でルナフレーナのドレスを観ることなく快適なゴンドラの短い旅を経て、海上市場駅オルティシエのレストラン【マーゴ】にたどり着いたノクト達。常連客で賑わう明るい雰囲気の店で辺りを物珍しそうに見回していると、パチリと店主と視線があい、親しみが籠められた声で歓迎をされた。

 

「ようこそ御一行様。さっきシドから連絡があったよ。こちらに向かっている途中らしい。私はウィスカム・アルマ。ノクティス王子、大きくなったぁ。背中の愛らしいぬいぐるみは身分を隠すためのカモフラージュか。よく考えたものだ」

 

感心したように頷いているがノクトにはまったくそんなつもりはない。だがウィスカムは勝手に納得しているので誰も突っ込むような無粋な真似はしなかった。プロンプトは心の中で『違うんでーす!まったく違うんで―す!』と盛大に突っ込んでいたし、リベルトも内心では、素で感心しているのか、ワザと目立ちすぎていると指摘しているのかどちらにせよウィスカムという人物を侮れない相手と感じていた。

 

「ん?」

 

感慨深くカウンター越しに挨拶をされてもノクトとしてはいまいちピンとこず、少し首を傾げる。背中に背負うモーグリぬいぐるみのボンボンも僅かな動きに反応してゆらゆらと左右に揺れた。ウィスカムは残念そうに肩を竦めて両目を細めた。

 

「おや、覚えてないか?ははっ、小っちゃかったもんな……。妖精のような可愛らしいお姫様は一緒ではないようだな」

「アンタ、レティを知ってるのか?オレのことも……」

 

『妖精のような可愛らしいお姫様』というキーワードだけでそれがレティの事を示しているとすぐに分かったレティ馬鹿のノクト。勿論イグニスだってすぐに分かった。

 

「妖精のような姫という特定の相手を示す言葉が現実的に符合するのはレティ以外ありえないだろう」

 

自信満々にスチャッと指先で眼鏡を押し上げる様は彼が聞こえない位置にいる観光客の女性らにしてみれば、格好いい仕草なわけでイケメンじゃない?」とか「そうかも~」なんて黄色い声まで出してそれぞれ特徴的なイケメンにドギマギしていたり。でも流石にノクトが背負うぬいぐるみには首を傾げていた。

さて、自分たちが注目の的であることなどさっぱり眼中にあらずなノクト達は一心にウィスカムの声に集中している。

 

「ああ、よく知ってる。あの小さな愛らしい姫のことは目に入れても痛くないほど可愛がっていたからな、レギスは」

 

まるで当時の事を思い出すかのように懐かしさに表情を緩ませるウィスカムだが、ノクトとしては自分が知るレティに接する父親象とウィスカムが語るレギスの話がずれていてどちらが本当なのか信じがたい話だった。だがまずは現状の把握が優先すべきことであり、ノクトは世間話を後回しにし「……ここって帝国の属国なんだな」と改めて真剣な表情で確かめた。遠巻きにノクト達に視線をやっていた店の常連客だろうか、口々に「あの男、ぬいぐるみ背負ってるぜ」とか「堂々としてるよな。なんか一般人じゃないオーラみたいなの感じるぜ」とますます注目の的になっていた。酷ければ勝手に写メ撮られていたり。でもそれにはいち早く気づいたグラディオがその人物の所へ足早に向かい強面で詰め寄って強制的に削除させていた。さすが王の盾。

 

「ははっ、そこまで警戒することはないよ。ただこの国は自治が認められているだけだからな。帝国の人間もしょっちゅう出入りしている」

「心得ておこう」

 

サラッと教えてくれた情報にイグニスが重々しく頷いた。

 

「確かに立場としては微妙だよ。何かするにも帝国の許可が必要なはずだ。生きていた神薙が街で演説するというし、政府は帝国をどう誤魔化しているのやら」

「帝国軍はよく来るのか?」

「街にも店にもよく来るよ。市民にとっちゃあ彼らの姿は見慣れたもんだ。先日はレイヴス将軍を見たって大騒ぎさ」

「レイヴスを――」

 

皆、顔を顰めて以前対峙した時のことを思い出してしまうのも仕方ない。

レイヴスが乗り込んできたとなれば確実に帝国軍を率いているのは間違いない。問題はその中にレティに関する手掛かりがつかめるかどうかということ。ノクトはすぐにでも聞き出したい気持ちを我慢してウィスカムの声に耳を傾ける。

 

今すぐにでも必要なのはルナフレーナに会って指輪を渡してもらうこと。

 

「ルシスで巨神襲撃の騒ぎがあっただろう?街じゃ次はここだろうって話で持ちきりさ。帝国は世界を征服する為に神々を狙い始めたってんでね」

「まぁ、間違いではなさそうだけどな。……ルーナはどこにいるか知ってるか?」

「街にはいらっしゃるだろうけどお見かけはしてないよ。新聞や雑誌も所在には触れない。政府が厳しく情報を管理しているのかな。そういえば、噂程度だけど派手な赤い機体の飛空艇が2週間前くらいにオルティシエ入りしたらしい。でも一旦不時着してすぐに撤退していったらしいけどな」

「赤い、飛空艇?」

「ああ。どんな用事で来たかは知らないけどね」

「ノクト、もしやアラネアの飛空艇じゃないのか?」

 

彼女のトレンドマークであるあの赤い機体がホイホイと何隻もあるとも限らない。イグニスの読みは的確でレイヴスがオルティシエ入りを果たしている今、その可能性も捨てきれない。だが腑に落ちないことはある。なぜすぐに撤退していったのか。

レイヴスの指揮下に入っているなら共に行動するはずだが、もしや別の任務ですぐに出立したか、はたまた別の可能性があるのか。

はっきりとした答えはすぐに出るわけではないので頭の隅にとどめて他に必要なことを聞き出すことにした。

 

「かもしれねぇ。それで水神に変わった様子はないか?」

「港は穏やかなもんだよ。でも近く政府は神殿を開けるらしいね」

「儀式の為に、か」

「ところが一方で食料や生活物資に奔走しているそうだ。水神が暴れて街に被害が出ると思ってる?ならどうして儀式をさせるんだろうね」

「……ルーナがそう望んだんだろうよ」

「おや、さすが婚約者ということか。彼女の考えもお見通しというわけだ」

 

茶化すようないい方にノクトは気まずそうに視線を逸らす。

 

「そんなんじゃ、ねーよ」

 

婚約者という肩書で縛り付けられている現状が歯がゆく、世間に浸透している政略結婚を解消することが今の自分では不可能であることを痛感させられた。

 

ルシスの亡き王子と神薙であるルナフレーナとの婚姻。

 

オルティシエ入りを果たしてから何処に行ってもその話ばかり。正直息が詰まりそうになり衝動的に全力で声を振り絞って叫びたくなったりもなる。

 

『違う違う!!オレはルーナとは結婚しない。あれはもう無効なんだ。―――オレが好きなのはレティなんだ!』と。

 

自分が考える王と民が期待する王とのズレが少しずつノクトを押しつぶそうとしていた。

その後、クロウ達と合流したノクト達の元にアコルドの首相カメリア・クラウストラが突然訪れ内々に一方的な会談の申し入れをしてきた。明日に官邸を訪れることを約束し、ノクト達はホテルへと帰路についた。

 

レティーシアside

 

 

私達が泊まる一室に突然の訪ね人が現れた。事前に電話で一言言っておいてくれればいいのにとんと気が利かないというかとことんマイペースというか。

 

「やぁ、レティ。お忍び旅行は満喫してるようだね」

 

ノックされたドアをクペが「はーいクポ」と開けると、ズカズカと遠慮なしに入ってくる見慣れた格好の一国の宰相、アーデン・イズニアその人。

 

「クポ!?」

「アーデン!?どうしてこの部屋が……」

 

私はと言えばニックスと顔を突き合わせてソファに座りながら作戦会議中。

カメリアから極秘で送られてきたノクト達の行動スケジュールと国民の避難経路図など水神の儀が始まるまでの間に彼らの誘導をサポートしなくちゃならない。手はいくらでも欲しいところでニックスにも陰ながらノクト達の手伝いをお願いしていたのだが、すげなく断られた。

 

『オレはレティを守る』との一言の一点張りでまったく譲らないのだ。

 

嬉しいけれどそれでは避難の方が間に合わなくなる。それは今後の私の計画にも支障を及ぼすので犠牲が出てしまう前にしっかりと対処しておきたい。けれどニックスは頑なに首を横に振ってばかりで話は平行線をたどるばかり。

今回の水神の儀ではリヴァイアサンに一芝居打ってもらおうと考えているのだがそれも無理そうだとほとほと困り果てた時。

彼の登場である。

 

「意外と元気そうで何より」

「勝手に入ってくるなクポ!」

 

クペがアーデンに引っ付いてぺちぺち叩いて猛攻撃を加えているけど効果はないらしい。見た目は癒し効果があるので疲れた時にはおすすめだ。ああ、話が逸れた。

 

「事前に連絡くらい寄越しなさいよ……」

 

急な頭痛に苛まれる私をよそに、「いや~、探すの大変だったよ。ホテルというホテルしらみつぶしに尋ねたからね」となんとも暢気な様子のアーデンにもっと痛くなってくる。

 

いつものペースで挨拶してくるものだから私はついついニックスに説明しておくのをすっかり忘れてしまっていた。

案の定、警戒心むき出しなニックスはすぐにソファから立ち上がると私の腕を引っ張りあげて無理やり立たせると「後ろに下がってろ」と険呑めいた声で私に指示を出すと返事も待たずに取り出してアーデンを威嚇する。

 

「帝国の宰相自らお出ましとはな」

「レティ、こちらの護衛は一体誰だい?いつの間に飼いならしたの知らないが、躾が足りないようだ」

 

そう言って意地悪く笑みを浮かべて肩を竦めるアーデンにニックスは舌打ちしながら

 

「犬扱いかよ、下種が」

 

と忌々しそうに吐き捨てて自慢の武器を取り出して斬りかかる体勢になる。

ホテルの一室で殺傷沙汰とかマジありえない!というか、

 

「ちょっと待った―――!!」

 

両者雰囲気最悪な状況に慌てて二人の間に割り込んで待ったをかけた。背でアーデンを庇い両手を広げて待ったをかけるとニックスがショックを受けたような顔をして「レティ、なんで…」と蚊の鳴くような声で呟いた。反対に後ろのアーデンから調子に乗って「いやぁ~、これも愛の力かな」なんて馬鹿な事言うので「脇が甘い!」と肘鉄一発入れてやった。

 

「ぐっ!」

 

鳩尾に入ったから腹を抑えて膝をつくアーデンを冷めた視線で見下ろし「調子に乗るからよ」と注意してから呆然と固まっているニックスに向き直り説明をした。

 

「違うのニックス。アーデンはちゃんと知ってるから、私達の事を」

「なんだと?」

 

とりあえず武器をおさめてもらい、三人でソファに座ることにした。ちゃっかりと回復したアーデンが私の隣に座ろうとしたけどそこでまたニックスと一悶着あったので、キレた私が問答無用で男二人を同じソファに座らせて見事黙らせることに成功した。最初からこの手で攻めれば良かった。

 

「―――というわけなのよ。分かった?」

 

さて、ニックスが対抗心燃やしているアーデンの出自(これはあっさりと説明した)と私達の協力者であることを教えると、

 

「とりあえずは分かったからそっち行ってもいいか?」

「オレも同じく」

 

右手を挙手してげんなりとした顔のニックスと、飽きたのかそっぽ向いて適当に返事をしてくるアーデンに口からため息が漏れていく。

 

「はぁ、いいわよ。何処でも座れば」

 

必要なことは伝えたのだ。許可を出せばニックスは嬉々として私の隣に腰かけてきた。

そんなに私の隣がいいのかしら。男二人並ぶと窮屈というソファでもないのに。

 

「それで、アーデンの用事は?まさか私の様子見に来ただけじゃないでしょう」

 

ジロリと睨みを効かせるとアーデンは素直に打ち明けてきた。

 

 

「まぁね、それもあるよ。後は打ち合わせか。オレは『予定通り』に軍を率いて水神討伐の名目で神薙から指輪を奪う、っていう流れでいいのかの最後の確認だよ。コレ、本当にやるの?辛辣だなぁ、ルナフレーナ様には」

「ああ、それね。いいわ、それで。でもあくまで奪う真似よ。手荒な真似はしないわ。それとあくまで演技ですから!私情なんか入ってないわよ」

「分かっております。お姫様」

 

本当に分かってるのかしら。Sっ気が強いから余計なことまでしそうで少し怖いわ。

 

ぎょっとしたニックスが話の途中で割り込んできた。

 

「レティ、ちょっと待て。なんだその指輪を奪うとか物騒な話は!?」

 

そういえば、ざっくりかいつまんで説明しただけでニックスにはまだ教えてなかった。

 

「ああ、芝居よ。ノクトにはリヴァイアサンと直接戦ってもらうわ。彼らの株を高めるためにも必要なことなのよ。それに多少大暴れしてもらって簡単に神を従えさせようなんて甘っちょろい考えを失くしてもらいたいしね。……今回の水神の儀で彼女から完全に神薙の力を消すわ。レイヴスも彼女の生存を条件に協力者になっていることだし。一石二鳥よ」

 

神々の力を頼りとしながらその神々を力で従えさせ人間たちの都合で封印させておいて、やれ危険が迫っている、今こそ御力を借りる時だ!なんて都合よく目覚めさせて人間にとって召喚獣はアイテムか何かだと勘違いしているようだから、鼻をへし折るくらいの勢いでやらないと彼らに戒めと受け止められないだろう。多少荒療治でも実行しなければ意識改革なんて夢のまた夢だ。

 

しれっと説明するとニックスは怪訝な表情になる。

 

「一石二鳥っていうか?まぁ、レティがそれでいいならオレは従うが……」

 

渋々ながらも協力してくれるニックスに礼をのべた。

 

「ありがとう……、さてアーデン。まだ何か言いたそうね」

「うーん、わかった?実はレイヴス将軍から預かりものがあってね」

 

そう言って、アーデンは一つ指をパチンと鳴らすとフッとあるものを出現させた。

ふわりふわりと空中で浮かび上がるその品物に私とニックスは息を呑んで凝視した。

 

「……それ、は。父上の剣じゃないの…!?」

「確かに、レギス王の剣だな……」

 

そう何度も目にする機会はなかったが、間違えようがない。命を賭けて戦った証拠にこの剣は刃先がボロボロでどれだけ全力で挑んだか伺い知れる。

なぜアーデンがこの剣を所持しているのかわからなかった。

 

「本当ならレイヴス将軍が直接ノクトに渡すつもりだったらしいけど、レティから渡した方がノクトも喜ぶだろうってさ。オレが渡すよう頼まれたわけ」

「……私がノクティスと会うかもしれないなんて、決まってないわよ」

「それでも君が渡したほうがいいだろうさ。なんせ君の父親の形見だ」

「………」

 

躊躇う私にニックスが優しい口調で促した。

 

「レティ、受け取ってやれよ」

「う、うん」

 

躊躇いながら両手を差し出すと剣がゆっくりと降りてきて私の両手に乗る。

 

「……父上……」

 

私の両手に乗せられる父上の形見からほんわりと温かみを感じた。

 

【貴方の温もりを感じているようです】

 

 

演説開始前、ルナフレーナの元にカメリアが足を運んでいた。互いに向き合う形でソファに座り儀式に必要な祭壇と水神を呼び起こすための逆鉾の説明をするためだ。だがカメリアはどこかルナフレーナに対して威圧的な態度で接しているのは、彼女なりのけじめなのだ。私情を挟まず、神薙と一国の首相という立場で対話せねば、失うものが大きすぎる。優しさや同情など世界は安易に成り立たない。

以前にレティーシアと会談した時も同じ。

向こうはアコルドが帝国の属国である立場を指摘し自分の策に従うよう強要を強いてきたがカメリアには、あれがレティーシアなりの譲歩の仕方なのだと考えている。互いに譲れぬものがある以上、張り合ったところで得るものも少ない。許容範囲内で可能なことを提供し合えば互いにリスクは少なくすむ。約束だけ守れば後は互いがどうなろうと知ったことはない。

要は覚悟があるかどうかだけの話。

 

今、対峙している神薙もその覚悟をして同じ場に立っているもの。だからこそ、カメリア個人ではなくアコルドの首相として話すのだ。

 

「何かあれば海の底に捨てるって話なら奴らもいうことを聞かざるをえないからね。ちゃんと保管してあるわ。神薙より厳重なくらいよ」

「分かりました。では逆鉾は祭壇で受け取ります」

 

やや緊張感からか強張った表情でルナフレーナは頷いたが、

 

「ああ、帝国兵士の監視がつくことをお忘れなく」

 

と、その後にわざとらしく言葉を付け足されると頷くまで少し間が開いた。

 

「――はい」

「気分は悪いだろうけど儀式のためなら我慢することね」

「ありがとうございます」

 

自分の立場を弁えているからこそ、深々と頭を下げてまで礼を伝えるルナフレーナの心情は果たしてどのようなものか。カメリアには知る必要はない。

 

「全部終わったら行動の制限はないしうちで保護はできないわよ」

「わかっています」

「そろそろ時間ね。演説、頑張ってちょうだい」

 

おざなりな応援の言葉を残してカメリアは部屋を出て行った。

それと同時にわらわらと部屋に侵入してくる帝国兵たち。その手に持つ銃口を無抵抗なルナフレーナへと一斉に向ける。ルナフレーナは微動だにせずにその向けられる銃口を見つめた。

そこに、「ルナフレーナ」ととある人物が現れる。

 

「お兄様……!?」

 

ここで初めて表情を変化させたルナフレーナは驚愕し、自分に歩み寄ってくる兄、レイヴスを見つめた。テネブラエで再会してよりここオルティシエでは敵同士だと互いに線引きをしたはずなのに、自分の兄は温かな眼差しで自分を見つめてくることに戸惑ってしまう。

 

「なぜ、お兄様が」

 

レイヴスは手を上げて帝国兵を隅に下がらせるとルナフレーナが座る前へと片膝をつき妹の手を掬い上げて両手で包み込んだ。

 

「ルナフレーナ、お前に言い忘れていたことがあるのだ。短い時間だがお前に会いたくて来た。……どうか何があってもオレのことを信じて欲しい」

「どういう、ことですか……?」

「オレは、神薙をこの世から完全に消し去るつもりだ」

「!?一体、何を」

 

レイヴスの考えが理解できず声を上げるが、レイヴスはさっと立ち上がると背を向け足早に部屋を出て行こうとする。

 

「―――ルナフレーナ、すまない。これ以上は言えん。だが必ず……」

「お兄様っ!」

 

決意に奮い立つ兄の背に手を伸ばすも、ルナフレーナを取り囲む魔導兵に阻まれてしまう。突然の兄との邂逅と意味深な言葉。もうまもなく演説が始まろうとしている今、ルナフレーナの心は乱れてしまっていた。

 

【一体何があったというの?】



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冶金踊躍~やきんようやく~

レティーシアside

 

 

埋め尽くすような人波の中、ニックスに手を引かれ人波に庇われながらなんとか彼女が見える位置にたどり着けた。私は人の波に攫われないようニックスにグッと肩を引き寄せられる。しっかりと守られている安堵感に包まれながら、まだ演説前だがそれでも彼女の人気が窺い知れ圧巻させられる。

 

「凄い人ね……」

 

すぐ真横には一応変装ということで私がプレゼントしたサングラスをかけたニックスの顔がありあまりこのような場に慣れていない私を気遣ってか声を掛けてきた。

 

「大丈夫か?」

「うん、ありがとう」

 

私は微笑んで大丈夫だと返して彼女の演説が始まるのを待つ。

 

直接指示していないが彼女に演説をするよう求めたのは私だ。ここで決意表明しておけば後々彼女の株を上げることにも繋がるしこの水神復活の儀を正当化させられる。

帝国の重圧にも屈することなく平和の為に身を捧げようとする彼女を美化させることで、より象徴的な存在へと押し上げることができるのだ。

今後、世界情勢が劇的に変化する中、救世主なる存在は必衰。

七神にとって代わる存在が人々には必要なのだ。人々はその人物を支えとして新たな世界に希望を抱くはず。

 

ふと、思考の波に耽っているとニックスが「レティ、出てきたぞ」と軽く肩を叩いて教えてくれたので視線を演説台の方へ向ける。

一際歓声が上がり、青空に映える白く塗られた外壁の歴史古い官邸を背にして、堂々と演説台の前に姿を見せるルナフレーナ嬢。白のタイトロングドレスが神薙らしい印象を与えてさも彼女に相応しい恰好と言えよう。この演説は彼女の決意表明でもあるのだ。

 

「………」

 

彼女を一目見ようと騒めきたつ国民達はルナフレーナ嬢が祈るような仕草をしたことで自然と声を消して食い入るように見つめる。

そして、静かな声がマイクを通して全世界に伝えられた。

 

「皆さん。これから発する私のメッセージが全世界の人々に届くことを祈ってやみません。世界は今、光を失いつつあります。このままでは世界は闇に……覆いつくされてしまうでしょう。闇は人の心に争いや悲しみを生むのです。ルシスで起きた悲劇。停戦協定を結べず、多くの人々が命を失った。あの日の悲劇のように――」

 

痛みを堪えるかのような表情をするのは彼女はもしかしたらレギス王の、父上の最後を思い出しているのかもしれない。指輪を託された責務を重く受け止めているのだろう。そればかりか神薙としての立場も圧し掛かっているというのに彼女はどうして強くいられるのだろうか?

 

そんな疑問がふと私の中に湧き上がった。

そして彼女の瞳が何かを捉え、真っすぐに誰かを見つめているようなそんな違和感を感じ、その視線を辿って広場の方に向けると、見間違いなんかじゃない。……彼が、ノクトが国民達の中に混じって彼女の演説に聴き入っていたのだ。

驚き口元を覆って息を呑む私にニックスが「どうした?」と心配して声を掛けてきてくれるけど私はその問いに答えられなかった。

 

すぐ向こう側、走って駆け寄ればその腕に縋りつくことができる距離に私とノクトはいる。

 

「のく、…と…」

 

無事で良かった!元気そうで良かった!何か背負っているみたいだけど新しいファッションなのかも。ううん、今はノクトに会えて嬉しい!

 

自分から突き放すような卑怯な真似をしておいてころりと態度を変えるなど下種な女だと私も思う。けどどうしようもない。

胸に湧き上がる様々な歓喜の波が押し寄せてきて抑えることができず視界を緩ませる。

 

どうにも涙腺が弱くなってしまっている。クペからこちらに来ていると事前に伝えられているにも関わらず実際自分の視界に入れるまで彼の実感が湧かなかったのだ。今彼女の演説中であることも忘れて私はノクトのしっかりと地に足をつけて佇む姿を目に焼き付けようとして食い入るように見つめる。

 

だが気づいてしまった。

私の存在など、もう彼にとっては過去のものでしかないのだと―――。

 

真摯にルナフレーナ嬢を見つめる彼の口が『ルーナ』と形作ったのを私は見逃さなかった。だからあっという間に有頂天だった自分は愚かであったことを思い知る。彼女の自身に満ち溢れた声が国民を世界の人々を勇気づけさせる。

 

「でもどうかご安心ください。私達には大いなる神々の御加護があります。闇を払い、星々の光を蘇らせ、世界を御守りくださる神々の御力があるのです。私は、ここオルティシエに眠る荒ぶる水神リヴァイアサンの御力を御貸しいただくために参りました。私はこれから水神との対話の儀に臨みます。そして今ここにお約束いたします!神薙の誇りに賭け、世界から闇を払い、失われた光を取り戻すことを」

 

温かい拍手と皆の歓声が一気に沸き上がり、官邸広場は熱気の渦に溢れてくる。彼女は一歩後ろに下がって「ありがとうございます―――!」と頭を下げ一礼をした。そしてまた頭を上げて、ノクトを見つめて両目を細めて口元を少し緩ませた。

 

「………」

「………」

 

お互いに熱く見つめ合う二人はとても輝いて見えて観衆の声が余計に二人を祝福しているように聞こえた。

無事でいて嬉しかった気持ちも会いたかった気持ちも、ノクトと彼女の入り込めない視線で一瞬にして霧散してしまった。

 

私とノクトの絆は、すでにない。

ちゃんと理解して受け止めていたはずなのに、こんなにも胸が苦しいだなんて。

 

「………」

 

顔が歪んでいき見ているのも辛くて視線を逸らす。私は縋るように繋いでいたニックスの手を強く握った。

 

「レティ」

「………ここに、居たくない」

「わかった」

 

一目会えたんだ。これで、これで……いい。

後はもうあの人に任せればいいんだ。

 

私はニックスに連れられて人込みを逆らうようにかき分けて逃げるように移動した。

街の中心部まで戻ってきてある程度離れた場所の空いているベンチに座らせられ「大丈夫か」とニックスが気遣ってくれる。けどその優しさも今の私には煩わしくて咄嗟に嘘をついた。

 

「……喉、渇いた」

 

一人になりたくて、構わないでほしくて見え透いた嘘をつく。

私の我儘に彼は案の定困った顔をした。それはそうだ。辺りは避難の為に誘導に従って移動を開始している住人達がいる。

 

「だが避難はもう始まっているはず、「お願い」……自販機か何かあったはずだな、わかった。何か買ってくるからそこで休んでろ。……そこを動くなよ」

「うん」

 

私の我儘を受け入れ、自販機を探しに行ったニックスの背中を見つめては心の中で御免なさいと謝った。

 

もうルナフレーナ嬢は祭壇に向かっている途中だろうか。

イグニス達の誘導も、密かにレイヴスに命じておいた避難の手助けもきっと順調に進んでいるはず。頭上には帝国の飛空艇が何隻も通り過ぎていき、衝突はもうまもなくだ。

 

もうすぐ水神の儀が始まる。

 

落ち込んでいる暇なんか私にはないはずなのに、足に力が入らない。体全体が重しでもつけているみたいで重く感じる。

 

何も、何もしたくない。

 

怠惰な気分に気圧されて私は慌ただしい雰囲気の中、足元ばかり見つめる。そんな時、座っている状態で急に誰かに肩を揺さぶられ「君、早く避難しないと危ないよっ!」と切羽詰まった声をかけられた。

 

「え?」

 

反射的に帽子越しに自分の肩を掴む人物を見上げた。

 

そこで初めて声を掛けてきた人物が誰なのかを知った。お調子者だけど誰よりも気遣いに溢れた青年でノクトの長年の親友でいつも遠慮なしに修行と称してサンダー食らわしてた人。片手に持つスマホにぶら下がっている私とお揃いの星型のキーホルダー。

 

相手が私と視線を合わせ、目を大きく見開き息を呑み、震える声で【私の名】を呟いた。

 

「……レティ……?」

「っ!?プロ、ンプト……?」

 

まさか、ここで彼と顔を会わせることになるなんて、予想してなかった私はただただ呆然と彼を見つめることしかできなかった。それはプロンプトも同じこと。

 

スカイブルーの瞳の中に映る私の表情が、歪んで見えた。

 

【まさかの騒然とした中の再会】

 

プロンプトside

 

 

ノクトがカメリア首相と極秘会談してルナフレーナ様が行う水神の儀を成功させる為に交わした取引内容は、帝国との対決にオレ達が介入すること。国民を避難させつつ、ルナフレーナ様の身を守りながらノクトはリヴァイアサンに協力を求める。

ルナフレーナ様は啓示を求めるつもりでもノクトは違う。一度会うことは出来るのかと尋ねたところ、帝国の監視が付いていて無理だとバッサリ断られた。でも無事でいるようなのでほっと一安心だったけど追い立てられるようにホテルに戻って作戦会議となった。ノクトを除くオレ達は指示されたルートから国民を避難させる誘導係になり、シドさんにはもしもの為に船の方で待機してもらって後は水神の儀を待つだけという手筈。

 

責任重要なことを任されて気なんて抜いていられない。

 

なのに。

 

それなのに、オレは大切な仕事をすっぽかしてスマホ片手に必死にある彼女を追いかけている。

全速力で走っているけど、中々追いつけない。あれ、オレ結構体力あったはずなんだけどなと疑問を抱きつつ、ひたすら逃げる彼女を追う。途中でオレのスマホがぶるりとバイブして着信を知らせるけど暢気に出てる暇なんかない。

 

目の前で連れ去られる苦しみ、オレだって味わったよ。ノクトだけじゃない、オレだって。あの時、助けられるものなら助けたかった。けど問答無用でレティからスリプルかけられて起きていられるほど魔法の耐性がついているわけじゃない。一般人だからって言い訳するつもりないけどさ。

だから、レティに直接庇われたノクトが羨ましかった。世界中の誰よりも羨ましがるような婚約者がいるのにハッキリと好きな女がいるって宣言できるノクトが羨ましかった。腹立たしかった。

 

オレは、グラディオみたいに力はないし野営能力だってないし誇れるものは何もない。イグニスみたいに頭捻って作戦練りだすこともできないし、舌を唸らせる料理だって作れない。ノクトみたいに背負うものもなければ縛られるものもない。

極一般人なオレに残されているものなんてないと諦めてたよ。

 

でもさ、姫が、レティが教えてくれた。

オレにあるもの。それは誰にも負けないほど自慢できるものだって。

オレを掬い上げてくれたレティに、会いたい。

 

ずっと会いたい会いたいと願ってた人と思わぬところでばったりと再会した。

 

どこぞのお嬢様のような可憐な格好のレティは凍り付いた表情から徐々に顔を歪ませていった。オレを怯えた瞳で見て、オレの掴んでいた手を振り払って、オレの目の前から逃げた。

 

なぜ、逃げるのか。

理解できない感情と反射的に走り出す足。

 

人込みに紛れて逃げる彼女をオレは慌てて追いかけた。

 

「レティ!!」

 

何度も何度も大声を上げながら、腕を伸ばして捕まえようとした。けどするりと抜けるように逃げらないようにオレは彼女を裏路地へと追い込む。水路で塞がれた通路の奥でレティは足を竦ませていた。

 

「レティ!」

「!」

 

オレの呼び声にびくりと肩を震わせて恐る恐る振り向いた彼女の表情は怯えに染まっていた。「来ないで、来ないで」と落ちそうになるくらいぎりぎりまで後ずさる彼女にオレは急いで駆け寄って細い腕を捕まえた。

 

「どうして、逃げる真似なんか!?」

「嫌、離してっ!」

 

悲鳴を上げて頭を振るレティの頭から帽子が脱げて足元に転がりふわりと彼女の綺麗な銀髪が露わになる。

オレは思わずグイッと自分の方に引っ張って「レティ!」と怒鳴りながら彼女の肩を掴んで建物の壁に押し付けた。逃がさないように抵抗できないように片腕を掴んだまま吐息がまじりあうほど顔を寄せて壁とオレとの間にレティを挟み込む。

 

「レティ……、お願いだから逃げないで」

「………」

 

懇願しオレは彼女の肩に頭を乗せた。

 

「お願い、だよ」

「………」

 

レティは何も返してはくれない。ただ、抵抗しようとせずされるがままだ。一体何が君を変えたんだ。どうしてそんな追い込まれた猫みたいになってるの。

 

辛い。オレの気持ちが全然届いてないみたいで苦しい。

ようやく会えたのに。オレは情けないほど声を震わせた。

 

「いっぱい、いっぱい言いたいこと聞きたいことがあるよ!でもさ、今は、君が無事が良かったって心底、思うよ。だから、何か」

 

言ってと言葉を続けようとした。でもその前に蚊が鳴くような小さな声がオレを止めさせる。

 

「だって、私は……わたしは」

 

初めて、レティがオレの質問に答えた。顔を上げてレティの顔を覗き込むとレティはオレの視線から逃げるように視線を逸らして泣きそうな顔をした。

 

「みんなを、裏切っていたのよ…、私は」

「どういう、こと?」

 

彼女の言葉をすぐに受け止めて浸透させるにはオレの頭じゃ無理だった。

裏切っていたなんて言葉すら分からないよ。そんな戸惑うばかりのオレにレティは自嘲めいた笑みを浮かべて衝撃な事実を打ち明けた。

 

「知ってるでしょう、私がニフルハイムの皇女になったこと。御爺様は……イドラ皇帝は私を求めて戦争を起こしていた。クリスタルを奪うことも理由にあったけど、私を求めてあの人はルシスを滅ぼしたのよ」

「そんな、まさか……だって」

 

にわかに信じがたい事実にオレは頭を振って否定する。でも実際にルシスは攻め込まれた。明確な理由はクリスタルだと思っていた。そう思うのが普通だ。それが、レティを手にするための目論見になっていたなんて。

オレは何も言い返せずに黙り込む。

 

「………」

 

レティの腕を掴んでいた手から力が抜けていき、彼女は開放された腕をさすりながら身を縮こませ顔を伏せた。

 

「本当の事よ。だから、私は、貴方達を裏切っていた。たとえ、それが知らなかった事とは言え許されるはずがないわ」

「でも、それはし」

 

仕方なかったと慰めようとしたけれどレティは「何も言わないでっ!」とオレを怒鳴りつけた。さすっていた腕に爪を立てて何かを堪えているかのようだった。

 

「お願い、これ以上、惨めな真似をさせないで」

「………」

 

絞り出すよう声から感じたのは同情心はいらないとのハッキリとした拒絶。

 

仕方ないという言葉で済ませられないことだと分かっているんだ。オレは安易な言葉でさらにレティを追い込んでしまった。

 

一番ショックなのは彼女で誰よりも責任感に溢れているからこそ、誰よりも孤独だったからこそ彼女は耐えるしかないんだ。自分の爪を突き立てて自分の肌を傷つけて叫びたくなるような想いを堪えて事実に耐えている。

だから逃げる真似なんかしたんだと馬鹿なオレはようやく悟る。会わせる顔がないから。それは決して嫌いになったわけじゃないんだと意味づける。

 

オレは不謹慎ながら安堵していた。

彼女の中で大切な部類に位置づけされている。それがたまらなく嬉しくてオレは「レティ」と彼女の名を呼び、自分の皮膚を傷つける行為を止めさせる為に手を伸ばした。

 

「肌、傷ついちゃうよ」

「なんで優しくするのよ、触らないで」

 

言葉で拒絶しながらレティは抵抗しようとしない。

 

「あー、力込めすぎだよ。痕が残ってるし。痛いよね、ゴメン」

 

そういたわりを込めて優しく彼女の手を外して痕になっている部分をさすりながらケアルをかける。ぽわっと淡い光がオレの手から生まれてレティの傷はみるみる内に癒されていく。

最初の旅に出た頃なんて、ケアルすら唱えられなかったオレも精進したよなぁと感慨深く思える。

 

「なんでプロンプトが謝るのよ、なんで、私が謝らなきゃいけないのに……そんな……」

 

目を見張ってオレの行動が信じられないと顔を横に振る。

逃げようと少し身を引くレティをまた壁に押し付けた。壁に片手をついて逃げられないよう閉じ込める。

 

「オレが君を追い込んじゃったから。だからゴメンね」

「……私は、私は会いたくなかったわ。貴方にもノクティスにも」

 

拒絶の言葉を口にしながらどうして自分が傷ついているような切なそうか顔をするのか。

 

……さっき彼女はイドラ皇帝を御爺様と敬って呼んでいた。それってレティがイドラ皇帝を家族と認識したからじゃないかと思った。どんな形でさえ自分の血の繋がった御祖父さんなんだ。立場と間違った求め方をした結果、こうなってしまったけどもしかしたら別の可能性もあったのかもしれない。取り返しのつかないことに責任感を感じた彼女はオレ達と顔を会わせたくなかった。

だから、その人とオレ達の板挟みで苦しんだんだ。レティは優しいから。

 

彼女からノクトの名が出るとオレは不快感から顔を歪ませる。

今目の前にいるのはノクトじゃなくて、オレ。

いつもノクトを優先させてきたレティは今もノクトを想って口に出した。それがたまらなく不愉快で、だからオレの中で抑えようのない衝動がうまれる。

 

「……オレは君に会いたかった」

 

触れたい。

たまらなく、彼女を求めたい。手が届かないと諦めていた人は、今オレの中に閉じ込めている。すぐ、吐息が交じり合いそうなほどの距離にいる。

オレの邪な想いとは裏腹にレティの心を占拠し続けているのは、ノクト。オレの親友でルシスの王様。

 

「だってそうでしょ!?皆に、ノクティスに会わせる顔なんて私にはないのにっ!」

 

また出た。

オレはノクトの名を聞きたくなくて無理やり彼女の口を手で塞いだ。

 

「っ!?」

 

それでもってオレの手の甲の上からキスをした。お互いの額がぎりぎり触れるか触れないかの際どい所。オレは瞼を閉じてるけどたぶん彼女は驚きで固まっているんじゃないかな。なんて予想してわざとらしく軽くリップ音をつけ手をゆっくりと離すと、彼女はやっぱり目を大きく見開いて固まってる。

 

「………言わないでよ、その名前」

 

少し意地悪してみた。だってノクトの事ばかり考えているからレティは。

口に出してほしくないんだ。彼女の中から一時でもノクトを消し去りたいっていうのはオレの我儘?

 

「プロンプ、ト」

 

信じれないと言わんばかりに口元を両手で覆い、目を瞬かせて頬を染める彼女が可愛くて、オレは彼女の瞳を覗き込みながら言い聞かせるように口にした。

 

「オレの名前、呼んで。今レティの前にいるのはノクトじゃない。オレだよ」

 

まさかオレにこんな独占力の塊があるなんて知らなかった。

今こんなことしてる暇なんかない。水神の儀が始まる前に避難を優先させなきゃいけないことは分かってる。でも頭で理解できても心は本能に従ったんだ。

 

レティに、オレを見て欲しいって。

他でもないオレだけを。

 

ただその想いから駆られた行動が果たしてレティにどうとられるのか、それだけは不安だった。

けど彼女に確かめることは無理だった。オレから攫うようにあのニックスって人が現れたからだ。

 

「首を落とされたくなければレティから離れろ」

「……!」

 

一瞬の出来事だったよ。殺意籠められた声とシフト能力でオレの背後に立ち首元に剣を突きつけて脅してくる男。薄皮一枚の手前で止めていてチクりと皮膚が刺さる小さな痛みが走り、これはマズいと冷や汗掻きながらオレは両手を掲げて降参のポーズをとる。

 

「ニックス、やめてっ!」

「こっちに」

 

悲鳴を上げるレティにやや乱暴に腕を掴んで引き寄せると、首元の武器をゆっくりと収めつつオレを牽制しながら、

 

「待って!お願い」

「駄目だ。もうまもなく水神の儀が始まる」

 

と言って何か言いかけるレティを有無を言わさず抱き上げて踵を返して駆けて行った。その場に残されたオレはどすっと尻餅つく。

 

「腰、ぬけた……」

 

ギラついた瞳はまるで獣のようでちょっとでも抵抗の意思を見せれば命はなかったかもしれないと今更ながら恐ろしく感じたんだ。でも、後悔はない。

 

彼女に触れたいと感じたのは紛れもなく自分の意思だから。

 

【吊り橋効果はあるのだろうか】

 

ニックスside

 

 

一人にさせたくはなかったが、あれだけ痛ましい嘘をつかれたらほんの少しだけ一人にさせてもいいかと考えた。だがそもそもそれが間違いだった。ようやっとお目当ての自販機を見つけてレティの好きそうな炭酸を買ったオレは、足早にレティがいたベンチへと戻った。そうしたらそこはもぬけの殻で慌てて彼女のスマホを鳴らすが反応はない。

 

「くそっ!」

 

舌打ちしながらオレは避難の為に移動している通行人に買った炭酸を無理やり押し付けてレティを探すため走り出した。

 

「何処に行ったんだ!?」

 

闇雲に探したところでこの避難の中簡単に見つかるわけがない。配達召喚獣にレティの居場所を探してもらおうにも、今別行動中で呼び出すこともできない。結局自分の足で探すしかなく、オレはどうか無事でいてくれと願いながら町中を駆けまわる。入り組んだ細い路地に入り込み、首を忙しなく四方に動かしながらレティの姿を探すと、見たことのある恰好をした青年の姿を視界にとらえ動きを止めた。

 

「………!?」

 

そして気づく。その青年が壁で挟み込んで閉じ込めている人物を。それがレティであると分かると途端にカァっと頭に血が上り、シフトを使ってその青年の首元に剣を突きつけていた。

 

「首を落とされたくなければレティから離れろ」

「……!」

 

殺気だった声で脅すと金髪の青年はゆっくりと両手を掲げて降参のポーズをした。

 

「ニックス、やめてっ!」

「こっちに」

 

その隙に驚愕しているレティの腕を掴んで自分の方に引き寄せる。思ったよりも力が篭ってしまいレティが痛みに顔を歪めてしまったと内心焦ったが彼女はそれでも青年の為かオレに待ったを掛けた。

 

「待って!お願い」

 

そんなにこいつが大事か。

眉間に皺が寄るのを止められずに、オレは首を横にる。

 

「駄目だ。もうまもなく水神の儀が始まる」

 

早くレティを連れ出したい一心でオレは問答無用で抵抗しようとする彼女を抱き上げて駆けだした。置き去りにした青年など構っていられるか。むしろ、脅しだけで済ませられたオレを褒めて欲しいところだが、レティとしては納得に欠けるらしいな。オレの守護者たる行動は。

 

とりあえず先ほどのベンチまで戻ってきたオレはそこにレティを下し座らせる。ぶすっとした顔で不満そうにそっぽを向く彼女の前に片膝をついた。

 

「……」

「レティ、アイツに何されたんだ」

 

頬に手を伸ばして軽く撫でてやるが、素っ気なく「……何も」

と返されそれとなく手を外され触るなと拒否される。そう簡単に正直に答えるとは考えちゃいない。

 

「何もって顔してないぞ」

「………」

 

だんまりを決め込むレティにオレはワザとらしく沈んだ声で

 

「心配したんだ、オレは。急にいなくなったことくらい説明してくれたっていいんじゃないのか?」

 

と訴える。すると罪悪感でも感じているのかそれなりに効果があったらしい。そっぽを向いていたレティがようやくオレの方をみて、弱弱しい声でぽつぽつと短めに語りだす。

 

「………プロンプトと、バッタリ会って、逃げた」

「それで追っかけられて鬼ごっこして捕まった、と?」

 

オレなりの解釈を伝えれば「うん」と素直に頷いた。

そこはうんじゃないだろう。駄目だ、見た目の可愛さに危うく流されてしまうところだった。気を引き締めなきゃな。

逃げろと言いたいが売り言葉に買い言葉で拗ねてしまうのは目に見えている。我慢だと己に言い聞かせて一番の問題点を追及した。

 

「捕まった罰に何された」

「………口塞がれた。それだけ」

「………」

 

視線を泳がせて明らかに動揺しているのが丸わかりで本当に嘘をつくのが下手くそだ。しばらくじっと見つめてみたが、本人は正直に言う気はないらしい。少しイジメたみたくなった。

 

「じゃあ、オレもレティにお仕置きしないとな」

「え」

 

立ち上がり膝の汚れを手で払うオレを見上げて呆けるレティにニヤリと笑いかける。意味ありげに。この時点ではまだオレがやろうとしているお仕置きに気づいていない。

まだまだ純情な御姫様にはたっぷりと耐性をつけてもらわないとな。

 

「そこにいろって言ったのに約束破った罰だ」

 

逃げられないように肩を掴んで顎を抓みあげ腰を屈めて顔を近づける。ここでようやくこれからするお仕置きの意図が分かったらしい。ぎょっとした顔で狼狽しレティは待ったを掛けようとする。

 

だが待てと言われても待たない。

なんせ、お仕置きだからな。

 

噛みつくような大人のキスでレティを翻弄し、満足してオレは唇を離す。潤んだ瞳に血色の良くなった頬、息継ぎが上手くできない初心さ。どこをとっても愛らしい。必死な抵抗はされたが、本当に嫌なら蹴りでも拳でも入れてくるはずだ。だがそれもないということは少なからず好意はあると勝手に解釈する。

 

「うぅ!」

 

ああ、せっかくマーキングしたのに唇を強くこすぐるなっての。恥ずかしそうに赤面して恨みがましい視線を送ってくるレティが愛らしくて揶揄わずにはいられない。

 

「………覚えとけ。約束破るたびにキス一回だからな」

「なっ!、何それっ!」

「今決めた」

「に、ニックスの鬼畜っ!」

 

負け惜しみにけなされてもまったくダメージなんかない。むしろオレとレティの親密さを現していて優越感に浸れる。

 

何となくレティが王子を気にしているのは知っていた。だがそれはあくまで【家族】としての感情で慕っているだけだと思い込んでいたんだ。神薙の演説で見つめあう二人を。いや、正確にはルナフレーナと見つめ合う王子をレティは切なげに見つめているのを見るまでは。

 

レティはまだ気づいていないだろうな。自分の本当の気持ちに。けどそれでいい。気づいて欲しくない。

このまま、オレに翻弄されていればいい。

 

そろそろ本当に動かねばレティのやりたいことに支障をきたすため機嫌が直らないレティに手を差し出した。

 

「行くか、お姫様」

「……ちゃんと仕事はしてもらいますからね」

 

軽くねめつけられたが、エスコートはさせてもらえるらしい。ほっそりとした手を乗せてきたので、オレは胸に手を当ておどけながら恭しく頭を下げた。

 

「了解。Myprincess」

 

【エスコート役は譲らない。】



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英雄欺人~えいゆうぎじん~

レティーシアside

 

 

私は大丈夫。私は大丈夫。

 

震える両手を組んで祈るように自分の額に当てる。これからやることは全部ノクトの為。彼と彼の愛する神薙の為。

たとえ初めて顔合わせになることになるルナフレーナ嬢と対峙することになっても一瞬たりとも動揺は見せちゃいけない。

 

彼女は敏い人だ。振舞いに表情一つ、目の動きに関しても絶対に完璧でなくてはならない。本当は怖い。顔を会わせるのが怖くてたまらない。私のコンプレックスの塊を刺激させる人だから。私情を挟んじゃいけないのは分かっているけど、辛辣な言葉が口から飛び出てしまいそう。だから役になりきることにした。

 

「私は悪役の魔女。私は悪役の魔女」

 

意識せずに口から洩れていた言葉に私を守ってくれるニックスがぎゅっと抱きしめてくれた。

 

「オレはお前を守る。何があっても、な」

 

彼の言葉は魔法のように体の隅々まで染み渡り私の震えをピタリと止まらせた。

何があっても。言葉通り彼は命を投げ捨ててでも私を守ろうとしてくれるはず。でも私はそんなこと望んでいない。

 

「これからも共に歩んでくれるのならその命は私のもの」

 

組んでいた手をほどいて彼の頬を指先で軽く撫でると、彼はフッと微笑んでその手を取り、私を視線を交わしたままチュッと指先に口づけた。

 

「これ以上お前に溺れてるのに、さらにオレを嵌めるつもりかよ。女神様っていうより小悪魔だな」

 

そう揶揄うようにさらに私の額へキスをする。

 

地獄の門だろうが魂の還る場所だろうが怖くはないぜ。何処までも一緒だ。

 

彼がくれる愛情に返せるだけの気持ちはまだない。けど彼が後押ししてくれるから私は頑張れる。ノクトの為に。彼を死なせない為に。

 

「行こう、ニックス」

 

私は強く頷いて召喚獣を呼び出すため意識を集中させた。

 

赴くは水神の儀、神薙の元へ。

ルナフレーナ嬢、貴方に引導を渡すわ。

 

異界の門が開き、馬の嘶きと蹄のリズミカルな音と共に雷の召喚獣イクシオンが私達の前に姿を現す。私に顔を摺り寄せてくる甘えた仕草につい、口元が緩くなり鼻先を軽く撫でてやる。

 

「お願いね」

『了解した』

 

私達はイクシオンの背に跨って空中へ舞い上がった。

 

 

嵐の前の静けさ。封印されていた祭壇が解放されルナフレーナの透き通るような歌声に導かれて、荒ぶる水神リヴァイアサンが目を覚まそうとしていた。穏やかに揺らめく海面に変化はなく、彼女の目覚めの歌が終わる。

 

何事も変化はないように見えた。

 

だがその時、常人では理解できない言語で語り掛ける謎の声が海面から発せられる。

 

『我が夢域侵す。下劣な種』

 

彼女をけなすかのような見下したいい方に、一切狼狽えずにルナフレーナは逆鉾を左手に持ち右手を胸に当て会釈をして声高らかに名乗りを上げた。

 

「我が名はルナフレーナ。神薙の血を引く者。水神リヴァイアサンよ、王に聖石の力を迎えるため、どうか誓約を」

 

燐とした声に反応するようにルナフレーナの目の前に広がる海から盛大に海面を割って天上へ届かんばかりに姿を現したリヴァイアサン。龍の咆哮を上げながら威嚇するように大きな口を開けて一度ルナフレーナに接近した。

大きな羽をはばたかせ、海水を巻き上げて水しぶきを起こしうねるような波を起こして祭壇へと波を叩きつける。

だが動じることもなくルナフレーナは悠然と佇み、自分の丈よりも何倍もの巨体であるリヴァイアサンを諫めるような視線で見上げる。

 

『人なる種よ、あまねく理を介さぬ種でありながら我が力得るを望むと?』

「はい」

 

淀みない口調でキッパリと言い切ったが、リヴァイアサンは簡単に誓約を承諾することはなかった。轟くような鳴き声を上げる。

 

『我、万物を知り愚劣なる種、万物の石片なり』

 

凡庸な人間に神々と対等であることが不敬に値し、高をくくっているのだ。たかだか人間にできることなどなし、と。

口先を振り子のように大きく横に振って祭壇の一部を破壊させ、ルナフレーナを脅す。

 

「聖石に選ばれし王は星の闇を払い世界を救う。古き時代より託されたその使命を忘れたか?それはお前も承知なはず!」

 

ノクトを愚弄されたことに憤りを隠せないルナフレーナは叱責を飛ばすが、荒ぶる水神は大きな水球を創り上げ叩きつけるような勢いの水を飛ばしルナフレーナを弾こうとする。

 

「ゲッフ、っ、グッ!……」

 

地に膝をつけ逆鉾を地面に食い込ませて何とか攻撃を凌ぐルナフレーナだったがドレスは太ももまで生地が裂け肌が露わになり、右肩に傷を負ってしまう。だがそれでも逆鉾を杖頼りに強き瞳で屈することなくよろめきながらも立ち上がる。

神を前にして己の使命を全うせんと一歩をも引けを取らず凛々しい姿。それは誰もが胸打たれる光景だろうが、リヴァイアサンにとっては違った。

本来の捻じ曲げられた伝承をうのみにし、六神こそが敬うべきであり頼りにするべきものであるかのようないい方に怒っているのだ。六神ではなく正しくは七神で、彼らに課せられた使命はあくまで監視。過度な介入は女神の意思に反することである。それを愚かな人々は尊き女神の存在を軽んじ、創世の始まりを召喚獣達が創り上げたものだと信じ込んでいる。しかも頼むべき立場でありながら殊勝な態度から高圧的な物言いにまで豹変させる姿に呆れを通して愚かであると侮蔑さえ籠っていた。だからこそ、リヴァイアサンは行いと正そうと声に出す。

 

『否!万物守護聖神たる我崇めたてるは彼の尊き女神なり。恩恵無くして種、塵となす。崇めたてよ!』

 

本来の理とはすなわち人間の根本である。

支配されることを拒み、独立したはずの世界は再び得た自由よりも支配される快楽に落ちようとしている。願い与え叶えてもらう。考えることをやめた自堕落な世界はやがて混沌『心』すら不要としてしまうかもしれない。

その影響がシ骸と星の病である。人々の心に陰りが増すごとに次第に世界は闇に覆われるだろう。日が差さぬ昼とも夜とも区別がつかぬまま人々の心は完全に死滅する。

 

無力でありながら心血注いで人間を愛しんだ死の女神はさぞ嘆き悲しむだろうか。始まりから終わりまでを知る彼女が愁えることなど臣下である召喚獣達は望んでいない。

だが無知なる種は自分たちの始まりを知ることはなく、仮に永劫の時を遡ろうとも理解しようがないだろう。

 

「女神?一体何のことを言っているの?人はその慈悲故に神を崇め、神は人に慈悲を与えてこその神。その役割、放棄なさるか!」

 

神の道理を説く人の言の葉。

歪められた伝承により人は神と同等の位置に座していると驕り、無知は時に罪となって現世にその姿を露わにす。

 

『救い難し』

 

リヴァイアサンが咆哮を上げ、巨大な水柱が轟轟といくつも海面から湧き上がり街全体を囲い覆うほどの巨大な大波が発生しオルティシエ全体を飲み込もうとその勢いを増す中、突如馬の甲高い嘶きとどんよりとした灰色の天上から降り注ぐ光輝く稲妻が全てを止めた。

 

ルナフレーナは息を呑みその光景を凝視した。

 

「貴方、は……!?それに、ニックス?」

 

空中を闊歩して現れたのは雷を操る召喚獣、イクシオン。

逞しい角が生えた白髪の鬣と強靭的な体躯の雷を操る馬はリヴァイアサンとルナフレーナの中間的な場所で歩みを止めた。

イクシオンの背に跨るのは一人の女と顔見知りの男。王都で指輪を嵌めたはずの男、ニックス・ウリックは再びルナフレーナの前に現れ女を後ろから抱き抱えるようにお腹に腕を回してルナフレーナを見下ろし少し口元を緩ませた。

 

「よう、ルナフレーナ様。王都以来だな」

 

一瞬、ルナフレーナは現実なのかと疑ってしまった。ニックスが生きているとは思っていなかったからだ。王以外の者が指輪を嵌めて生きられるなどと考えられなかったから。それに召喚獣を従えさせている女は特に目を引く容姿だった。

揺蕩う銀髪を風に踊らせ、射貫くような瞳でルナフレーナを見据える瞳は吸い込まれそうな深緑の色。ルナフレーナはその女が誰であるのか、すぐには理解できなかったが召喚獣を従えさせさせられる人物はこの世界で一人しかいないことを思い出し表情をハッとさせた。

 

幼い頃ノクトの話題に上がった妹である、レティーシア・ルシス・チェラム。そしてカメリアがルナフレーナと話した時に帝国の皇女と仄めかした人物が今まさに目の前にいるとは信じがたかった。しかも、召喚獣を従えさせた状態での邂逅とは。言葉を失うしかない。

 

一方、レティーシアは見下したような態度を取り辛辣な物言いを馬上から投げかける。

 

「神薙であるなら何をしても許されると驕った態度では叶う願いも叶わなくなるわよ」

「レティーシア、様……」

 

互いに初めて対面しあう二人の間にはピンと張り詰めた空気が漂っていてニックスは肩身の狭い思いを感じたが、決して表情にはおくびも出さなかった。仮守護者としての矜持である。そんなニックスを少し一瞥してからレティーシアは一方的に挨拶を始めた。

 

「馬上からご挨拶失礼させていただくわ。初めましてルナフレーナ様。レティーシア・エルダーキャプトと申します。我が腹心リヴァイアサンを目覚めさせてくれたこと、まずは感謝するわ。――リヴァイアサン、鎮まりなさい」

 

まくし立てるような挨拶を終わらせ、ルナフレーナの言葉を待つことなく、リヴァイアサンに命令をした。

 

たった一言。

それで今にも街を飲み込みそうだった大津波は自然と収まっていき、あれほど荒れ狂っていたリヴァイアサンが大人しく首を下げてレティーシアの次なる指示を待っているかのように従順な姿を見せたのだ。

 

人間ではない。

本能的にルナフレーナはレティーシアに対して畏怖の念を抱き、足を竦ませた。逆鉾を持つ手が震えて止めようとしても止まらず、だが自分の動揺を悟られないようにキッと視線を険しく鋭くさせて

 

「六神の一柱に対し腹心などと物言いこそ、ご自身が驕った態度なのではないですか?」

 

と口調を強くして言い返す。これにレティーシアはどこ吹く風と言った様子で

 

「綺麗な御顔が台無しだわ。そのドレスもね。せっかくの晴れの舞台だったでしょうに」

 

と軽い嫌味を言い可笑しそうに両目を細めて小さく笑った。

 

瞬間、カァっと羞恥心から頬が熱くなると同時に悔しさからルナフレーナは自分を軽んじるレティーシアを睨みつけた。

 

「……貴方はその力で一体を何をしようというのです!?なぜノクティス様を悲しませることばかりっ!」

 

レティーシアが皇女であることは先ほどの名乗りで明白のものとなりそれはノクトと敵対関係にあるということ。事実を知ればきっとノクティスは胸を痛めて悲しむだろうに目の前のレティーシアは勝手な行いばかりする。ルシスの王女のままでどうしていられなかったのか。自分の保身の為に皇女に成り下がったのか。言いたいことは他にも沢山あった。だがそんなことよりも、つい口に出た素直な気持ち。

 

「………」

「……なぜ貴方ばかりが、貴方ばかり、ノクティス様に大切にされてっ!」

 

感情をコントロールできずにむき出しになる嫉妬心。幼い頃から気づかない内に少しづつ増殖してきた気持ちが今あふれ出て、神薙としてのルナフレーナの仮面を崩していく。

一人の女として、恨まずにはいられない。

いつもノクティスとの文通の中でレティーシアの影を感じ、家族であるレティーシアには一生敵わないと諦めていた。それでもノクティスの役に立てるなら。二番目でもいいと思っていたのに。それなのに。

 

「どうして、そこまで自分勝手なのですか!」

 

憤りぶつけてくる彼女にレティーシアはさも不快そうに眉を吊り上げた。

 

「自分勝手で何が悪いの?他人である貴方に言われる筋合いは欠片ほどもないわ。……それに、私が気に入らないというのなら貴方が喜ばせればいいだけの話よ」

 

そう言ってレティーシアはおもむろに指をパチンと鳴らした。すると、途端にルナフレーナの体に異変が走った。

 

「……うっ!」

 

急激に全身に襲い掛かる倦怠感と心臓を直接鷲掴みされたかのような鋭い痛み。立っていることもままならず、その場に倒れるように膝をつきへたり込んでしまい手からすり抜けた逆鉾が地面に転がっていく。

 

「いったい、なに、を……?」

 

胸を抑えながらなんとか声を絞りだして耐えているルナフレーナを冷笑し、祭壇へと近づいたイクシオンから降り立ち祭壇の地面にふわりと足をつける。

 

「その力、人には過ぎたる力だわ。自分の命を削ってまでノクティスを助けようとするのは立派だけれども、……貴方にはまだやるべきことがあるのよ。だから、その力全て奪うの」

 

神薙としての力を奪うとレティーシアは宣言したのだ。

もはや人ならざる者と自分で認めているようなもの。

ルナフレーナはどうしても彼女に会って確かめたかったことがよくよく分かった。この身に襲いかかっている状態がはっきりと事実を知らしめている。

 

彼女は、レティーシアはノクティスの敵で世界に仇なす者。

 

ノクティス様に伝えなくては――。

 

そう必死に想い、鉛のように重い体を引きずって転がる逆鉾へ手を伸ばそうとするが、先に逆鉾を拾い上げたのは銀の魔女だった。

 

「これも貴方には不必要なものよね。私がもらっておいてあげるわ」

 

ルナフレーナは唇を噛んで憎々し気に睨み付けて「かえし、て!」と叫ぶが、さらなる痛みがルナフレーナを襲う。

 

「くっ、うぁああ――――!」

 

耐えがたい痛みから悲鳴を上げる神薙を前にレティーシアは、水神の名を呼んだ。

 

「リヴァイアサン」

『我が主よ』

 

悠久の時を超えて再び仕えることの喜びに満ち溢れたリヴァイアサンは素直に応え恭しく頭を垂れる。対してレティーシアは淡々と命を口にした。

 

「お前の力を貸してちょうだい。ノクティスがこちらに向かってきているはず。お前はノクティスの相手をしてあげて。決して殺しては駄目」

『承知』

「………これで、第一段階クリア」

 

地に伏して苦しむルナフレーナを横目にし、

 

『貴方には、ノクティスを幸せにしてもらわなきゃならないんだから』

 

と彼女に聞こえないようぽつりとつぶやいた。

 

舞台は出来上がり、この後予定通り現れたアーデンによって指輪は奪われることになる。

 

最後の抵抗として、

 

「あ、なたは……魔女よ」

 

と罵りを受けるとレティーシアは

 

「ええそうね、私は魔女よ。そして貴方は物語のお姫様」

 

と肯定してみせた。

 

【どうせ悪役の魔女ですもの】

 

 

ノクトside

 

あの巨大な水神と直接対決するなんて自殺行為だ、と平常運転なオレだったら考えるだろう。

 

怒涛のような展開に追いつくのが必死で自分が何をやっているのかわからなかった。ただ、レティに繋がる道だと信じてやってきた。カメリアとの取引だって水神の儀を成功させる為だ。水神と戦うのだってルーナから指輪をもらう為だ。ルーナから指輪を受け取れば召喚獣と対話できる。そうすればレティへの手掛かりを得られる。王になる為なんて二の次だって構わない。

何よりもレティに近づく道が欲しくて、無我夢中で戦った。魔導兵が入り乱れて襲い掛かってきても屁でもなかった。プロンプトの無茶ぶりな運転でリヴァイアサンに飛び乗れと無謀極まりない事平気で言われた時だって、実際にアレと対峙した時だってレティに近づく為なら怖いなんて感情後ろに放り投げた。

 

命惜しんでたら絶対近づけないって分かってたからだ。レティが命がけでオレ達を救ったようにオレも命賭けてレティを助ける。イリスから託されたモーグリ人形背負ってさ、出来るだけ汚さないようにって気遣ってたりなんかして。

 

結果、オレはリヴァイアサンに勝った。

恰好悪く意識失っちまったけどなんとか勝てた。

 

でもさ、変な夢なのか分かんねーけどとにかく変な場所でオレは目が覚めた。ふっと、耳に入る海のさざめきのような音と鼻腔を擽る塩の香り。オレは浜辺に立っていて少し足を動かしたら靴のそこで砂のこすれ合う感じがあった。

海鳥すら飛んでいないそれどころか、周りは人影すらない。無人島かと首を捻ってみた。

けどずっと砂浜にいても仕方ないから適当にぶらつくことにした。意外と落ち着いていたのは自分でも驚いた。

不思議とここは気持ちが落ち着いたんだ。まるで、帰ってくる場所みたいに思った。

そうしたら、古い神殿みたいな崩れかかった遺跡が目に入ってオレはふらりと吸い込まれるように足がそっちに向かった。

 

暫く遺跡の中を探検しまくった。すでに崩れかかっているデカい柱や辛うじて立っている柱とか壁とかあった。でも潮風に吹かれて風化が始まっているのかどこか寂しい印象で昔は荘厳だったんだろうなと柄にもなく感慨深く思った。

遺跡の中央付近までたどり着くとそこには目を引くものがあった。

 

『……あれは』

 

玉座だ。デカいクリスタルがあってさ、その中央に誰かが座る玉座があったんだ。ルシスにあったクリスタルよりもデカいし、なんかオレが知るクリスタルとは何かが違うと思った。天上からはとめどなく純白の羽が降ってきて地に落ちた羽は消えてなくなっていきその場に積もっていくことはない。

 

変なの。暫く見てたけど飽きたオレはそう心の中で呟いて遺跡を出ようと踵を返そうとした。けど、誰かの声がオレの動きを止めた。

 

『……レグルス、か』

 

女の、声にオレは反射的に振り返った。

 

いつの間に背後に!?

 

その女は白い甲冑を身につけていて空の玉座を見上げながら佇んでいた。オレが声を掛ける前にその女は振り返った。鋭い目が印象的な女だった。

 

『アンタは、誰だ』

 

警戒するオレに女は無表情に答えた。

 

『私は、女神の守護者だ』

『女神?女神ってなんだよ……。っていうかここは何処なんだよ?』

『………器用な奴だな。魂だけ一時的に飛ばされたか』

『はぁ?』

 

全然意味わかんねぇし。

 

『彼女はいずれこの地に還ってくる。このヴァルハラに』

『ヴァルハラ?……死の国か?』

 

確か死の女神エトロが住まう場所だったとはず。おとぎ話で子供の時から自然と学ぶことだ。誰だって知ってる常識みたいなもの。

 

女は玉座をまた見上げながら沈んだ声で説明した。

 

『魂が還る場所。玉座はずっと女神が消滅したあの時から空席のままだ』

 

あれがエトロが鎮座する玉座ってことか?

いやいや、オレ死んでないし。縁起でもねぇ、さっさと出る方法を探さねぇと。というかこれは夢なのか?夢だよな。

 

自分の体をぺたぺた触りまくって感触を確かめているけど、確かにオレだ。最後に頬を抓ってみる。痛い。

 

ということはこれは現実なのか!?

 

焦るオレとは裏腹に女は唐突な質問を投げかけてくる。

 

『レグルス。お前は女神を手折ることを望むか?』

『女神……?知らねぇしそんなのオレに関係ねぇよ。大体オレはレグルスとか名前じゃねーし』

 

眉間に皺寄せて否定するとお構いなしに頓珍漢な回答をしてきた。

 

『女神は[忘却【レテ】の禊]を終えれば全てを忘れ完全なる女神へと目覚める。かつて利用された[忘却【レテ】の禊]とは違い、これは完全復活への足掛かりとなる。そうすればお前が知る女神は二度とお前たちの世界に足を踏み入れることはない。―――そしてお前達も女神を忘れ新たな世界に息づくだろう。互いに干渉することなく死後の繋がりだけが唯一無二の世界へと全ては変わる』

『………あーとりあえずアンタがオレに話したいってことはわかった。結局、一体何が言いたいんだ?』

 

構っている暇はないが、この女に言いたいこと言わせればこっちの質問に答えてくれるだろうと考えたオレは肩を落として聞く体制に入った。投げやりな態度が気に入らなかったか女は整った鋭利な眉を不愉快そうに少し上げた。

 

『失ってからでは遅いと忠告しているんだ』

『見ず知らずの女に忠告受けるほど馬鹿じゃねーけど』

 

ただでさえイグニスの説教に耳が痛いってぇのになんで他人から忠告受けなくちゃならないんだ。

どうやら、オレのいい方が気に入らなかったらしい女は窘めるように視線を鋭くさせた。

 

『驕るな、レグルス。お前は、本当に大切な者を手放す恐ろしさを知らない。―――忘れることの辛さを。忘れられていく者の虚しさを。全てなかったことになることが幸せに繋がると思うか?』

『だから!意味わかんねぇっつーの!』

『二度はないぞ』

 

女はもう言うことはないと言わんばかりにオレに背を向けた。一方的に言われ続けて納得いかないオレはおいと声を上げて近づこうとした。けど、グラリと女が背を向けた世界が斜めに傾いた。

 

『おわ!っ』

 

いや、傾いたのは世界じゃなくてオレだった。

ずぶりと地面がぬかるんでバランスを崩した足元がグラついた結果、オレはそのまま横倒しに地面に倒れこむ!

 

強打する痛みと衝撃に瞼を瞑るしかない。

 

だが一向に地面に倒れる衝撃は来なかった。それどころか何かに引っ張られるような感覚に意識が飲み込まれてそのままオレは気を失った。

 

【止まらない指針】

 

 

ノクトが出会ったのは、薄いピンク色の髪と中性的な言葉遣い、それと身に纏う甲冑が昔の絵本から飛び出たような印象を与える女だった。名乗りもせずにノクトをレグルスと勝手に呼び続け彼からの質問には一切答えずに説教までしてくる変な女とノクトは感じただろう。だが、それもつかの間の邂逅。

彼の中から目覚めた瞬間に出会った記憶は消去され、生きている限りこの地に訪れることはない。

 

『時は、近い』

 

空の玉座を仰ぎ見て荒涼とした風景に染まる日没時。

彼女は薄暮の女神の誕生を迎えることを心から望んではいなかった。女神と深い繋がりを持つ彼女ゆえに新しき女神の苦悩と葛藤がひしひしと胸に伝わってくる。人間としての生に執着し未練を感じており、大切な者との別離に深く悲しんでいる。

 

一度女神に忠誠を誓ってはいるものの、それは前女神にであり、今度の女神にはすでに守護者が選出されている。この地に縛られていた自分が果たしている意味があるのかと自問を繰り返しては導き出されぬ答えに釈然とせず、時が止まった世界で一人ただ空の玉座を見つめるしかない。

 

『これが、本当に貴方の望みだったのか。―――』

 

女神の名を呟きながら彼女は来るべき時をひたすらに待つ。

新たな女神の誕生の瞬間を、指折り数えて彼の地から世界を覗き見る。

廃墟と化した神殿に、彼女以外の姿はない。

 

【守護者という立場】

 

 

気が付けば背中に程よい柔らかさがあってノクトはゆっくりと意識を覚醒させていき瞼を開いていく。見知らぬ天井と鳥のさえずりの声。陽の光から夜ではないことを知る。

 

「………ここ、は?」

 

喉がチリチリと痛い。海水でも飲んだのか無性に喉が渇いて水が欲しくなった。

 

「み、ず」

「ノクト!気づいたんだね。良かった……」

 

ベッドのすぐ傍に椅子に座っていた誰かがノクトの声に反応し椅子をひっくり返す音がした。

ほっと息をついてノクトの顔を覗き込むのは親友のプロンプト。

 

「みず、くれ……」

「ああ、ちょっと待って!」

 

ノクトはプロンプトの手を借りてベッドから起き上がり、コップになみなみと注がれた水を受け取るとそれを一気に口に含んで喉の渇きを潤す。ごくごくと喉を動かして最後の一滴まで飲み干し、ぷはっと息を吐いては満たされていく感覚にほっと息を吐く。

 

「……生き返った。プロンプト…ここってどこだ」

 

辺りをきょろきょろと視線を彷徨わせながら空になったコップをプロンプトに手渡した。

 

「ああ、官邸。来客用の部屋借りてるんだよ。ノクト、リヴァイアサンとの戦闘で気を失ってさ。ここに運び込まれたんだ」

 

プロンプトはコップをテーブルに置いてから倒れた椅子を起こしてドカッと座りなおして髪をかき上げた。疲れた表情でノクトに説明をしているが、何か他にも理由がありそうだ。それとなく何かを察したノクトは自分がここに運び込まれるまでの経緯を聞くことはしなかった。

 

「……そっか……。そういや皆は?」

「グラディオはコル将軍と連絡とってる。シドさんたちは別件で街の方に。ルナフレーナ様は……その、眠ってるよ」

 

歯切れの悪い言い方をしているのが引っ掛かったノクト。怪訝そうに尋ねた。

 

「眠ってる?疲れて寝てんのか」

「いや、違う……。もうあれから三日経ってるんだ。それでもルナフレーナ様は目を覚まさないんだよ」

 

衝撃的事実にノクトは驚愕してベッドから身を乗り出した。

 

「そんなにか!?どうして」

 

プロンプトは沈んだ声で、軽く頭を振り困惑した様子で語った。

 

「分かんない。オレ達が駆け付けた時にはルナフレーナ様はノクトを庇いながら眠っていたから」

「ルーナがオレを庇って?」

「うん」

 

ノクトの中に複雑な想いが沸き上がり表情に一瞬影を落とす。

 

身を挺して守ってくれたかもしれないルナフレーナに対してありがたさと負い目を感じてしまい、これから結婚のことについて伝えなければならない言い難さが尚難易度を増してしまった。だが今はルナフレーナが目を覚ましてからだと後回しにさせることにした。軽く流して相槌を打ちながらそれとなく話題を逸らすノクト。

 

「そっか。起きたら礼言わないとだな。あれ、そういやイグニスは?」

「………あの、イグニスは……」

 

言い難そうに言葉を濁すプロンプトを「ん?」と首を傾げて先を促すとついに意を決してプロンプトは重い口を開いた。

 

「イグニス、目を……怪我したんだ」

「怪我?大丈夫なのかよ」

 

ノクトが想像していた怪我はそんなに深い物とは考えていなかった。イグニスに限ってそんな大事に至らないはずと信じていたからだ。だからプロンプトの信じられない言葉に声を失った。

 

「……失明、したみたい」

 

失明。

すぐに頭がその言葉を受け入れられず、ノクトは呆然としてしまった。掠れた声が「………うそ、だ、ろ……?」と声を漏らす。

 

「……」

 

だがノクトの否定したい気持ちとは裏腹にプロンプトは無言で首を横に振った。つまり肯定という意味で。

 

一気に目の前が真っ暗になってしまうくらいにノクトにとってショックだった。項垂れシーツを強く握りしめては悔し気に唇を噛んだ。

 

「魔導兵と戦ってる時にやられたみたいなんだ。幸い、リベルトさんがイグニスを助けてくれてすぐに逃げることはできたらしいんだけどさ。それでも、……オレ達の力じゃ治すことはできなかった」

 

自分がのうのうと寝ている間にイグニスは突如光を奪われた状態に陥りどのような気持ちでいたのか。どう慰めの言葉を掛ければいいのか。いや、そもそもそんな言葉すらかける資格すらノクトにはないと思った。自分がこの戦いに引きずりこんでしまったのだ。ノクトはただレティの為にと気張っていて自分の仲間だから一緒に戦うことは当たり前だと思い込んでいた。だが実際にこうやってイグニスが怪我を負ったことでノクトは仲間の命を背負っている事実を嫌でも身をもって体験した。

自分以外の誰かを背負うということは彼らの責任を持つということ。命を預けてもらうということ。

 

上に立つ者の責任が重く肩にのしかかる。王としてまだ未熟者のノクトには辛い現実だった。

 

「………」

「それで、さ。ノクト」

「……なんだよ」

 

正直、話しかけないでほしかったノクトは沈んだ声でプロンプトの方を向かずに答える。プロンプトはノクトの落ち込んだ様子に躊躇し口を噤みかけたが、意を決して真剣な表情で口を開いた。

 

「……吃驚しないで欲しいんだけどさ。……レティが今官邸の客室にいるんだ」

「レティ?が……」

「うん。実は……」

 

プロンプトがレティが官邸に来るまでの経緯を説明するもノクトの耳には届いていなかった。

 

レティが、いる?

ずっと探していたレティが、同じ場所で同じ時間を過ごしている?これは夢じゃないよな、夢じゃないんだよな。

 

ただにわかには信じがたい話だった。けれど今求めていた人がすぐ近くにいるという事実だけでノクトは求めるようにベッドから腰を上げた。絶望のどん底に叩き落されたノクトにとってレティがいるという話は吉報だった。オルティシエにいる経緯などどうでもいい。ただ、顔がみたい。抱きしめたい。自分の腕に閉じ込めて離したくない。

突き動かされる感情に理性という言葉は吹っ飛んでいく。

 

「レティは!!どこにいんだっ!?」

 

そしてすぐに椅子に座るプロンプトの服を掴んで激しく揺らし問い詰め始めた。

 

「ちょっ、苦しいっ!」

「プロンプト!」

 

鬼気迫る表情にプロンプトは仰け反り大声で「イグニス!イグニスの目を治療してる!」と説明した。当然ノクトは靴を履くことすら忘れ裸足のまま部屋を飛び出そうとした。イグニスがいる部屋も知らずに。それを止めたのはプロンプト。羽交い絞めして部屋に再び押し込めようとする。

 

「待って、待ってってば!」

「離せよっ!オレはレティに会いにっ!」

 

暴れようと抵抗するノクトにプロンプトは険しい視線で声を荒げて言い聞かせた。

 

「今治療中だって!オレ達には治せないけどレティなら治せるかもしれないんだっ!でもすっごい集中しなくちゃいけないくて邪魔するなってキツク言われてる。だから今は駄目なんだよ!もし治療が失敗したらイグニスの目は治らないままなんだよ?ノクトはそれでもいいっていうのっ!?」

「!?」

 

イグニスの命運に関わる治療をもしノクトの身勝手な行動で邪魔して失敗してしまったら、今度こそ責任は取れない。

はたりと我に返ったノクトは冷水を浴びせられるがごとく大人しくなり、苦虫を噛み潰したような顔で、

 

「……わかった……」

 

と渋々、レティの治療が終わるのを待つことにした。プロンプトの話では治療が終わればレティが部屋から出てくるらしい。

本当はすぐにでも走って掛け込みたい気持ちを必死に抑えてベッドにぼすっと再び腰かける。

待つ時間が長く感じ時計ばかりちらちらと見つめてはため息の連続。

 

ノクトは知らなかった。

レティがどのような治療法でイグニスの目を治しているのかを、知らなかった。

 

だから、レティが部屋から出てきたと教えに来たグラディオが浮かない顔つきだったことも気にならずに、一目散に部屋を飛び出た。息急き切って長い廊下を駆け足で喧しく走りレティがいるという部屋のドアを乱暴に開けた。

 

だから、レティが部屋から出てきたと教えに来たグラディオが浮かない顔つきだったことも気にならずに、一目散に部屋を飛び出た。息急き切って長い廊下を駆け足で喧しく走りレティがいるという部屋のドアを乱暴に開けた。

 

一番に目に飛び込んできたのは、窓辺で椅子に座りながら晴れ渡る空を見上げていた見慣れたシルエット。

一日として忘れたことがないノクトにとってたった一人の家族であり大切な人、彼女は、ふとノクトの存在に気づき顔を動かした。彼女の唇が薄く弧を描き、ずっと聞きたかった声が発せられた。

 

「……おはよう。ノクティス」

 

ぴしり、と何か罅が入った音がした――。

 

悲しい顔に笑みを浮かべてレティはノクトを見てそう挨拶をした。ノクトは部屋に足を踏み入れることを躊躇してしまった。

戸惑っていたからだ。本当に今微笑んでいるのは自分が知るレティなのか、と。だからつい、レティの名を呼んでしまう。

 

「レティ……?」

「なあに?」

 

耳に心地いい声も目を引く容姿も何もかもが別れる前のレティと同じだというのに、彼女が纏う雰囲気が全くの別人で、まるで、まるでなんだか、知らない【女】みたいだとノクトは言い知れぬ不安を抱かずにはいられなかった。

 

【愛称で呼ばない理由は】



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水中花

レティとノクトの再会より時は遡る。

 

 

全て必要なことはやり遂げた。レティとニックスはノクトがリヴァイアサンに打ち勝つところをひっそりと見届けたのちすっかり人気が無くなったホテルへと帰った。元々宿代は前払いして置いてあるので勝手に部屋に入ってもさほど問題はない。どさっとソファに背中から座り込んだレティは大きなため息をついた。

 

「……はぁ……」

「お疲れ」

 

労いの言葉と共に冷たいグラスに注がれたアイスコーヒーがレティに手渡される。レティは小さく微笑み「ありがとう」と礼を伝えてグラスを受け取った。

 

二人でソファに寄り添いながら一息つくと、テーブルに置いてあるレティのスマホが鳴り出す。

 

「ん、アーデンだ」

「タイミング良すぎだな」

 

どうにも邪魔されているようで若干不機嫌になるニックスを宥めてからレティは「はい」と電話に出た。

 

『やぁ、お疲れ様。どうだい、そっちの首尾は』

「こっちは大体大丈夫よ。そっちは?」

『いやぁ、オレも今帝国に撤退中なんだけど。実は指輪を奪ってきちゃった。どうしようか?』

「はっ!?」

 

あっけらかんと相談されレティは一瞬卒倒しかけた。

奪う振りをしてとは言ったが、まさか本当に奪ってくるとは……。どうやってそうなった!?

 

『いやぁ、ついつい演技に力入っちゃってさ、奪うつもりなかったけどね。気分は悪役?っていうの、そのスイッチ入っちゃったら気がついたら手に持ってたよ』

「ルナフレーナ嬢に怪我させてないでしょうね!?ふぅ、とりあえずまぁいいわ。指輪は本国で私が受け取ります。大事に大事に扱って。壊さないように!」

 

と痛む米神抑えながら伝え、『承りました、お姫様』と要件だけ伝え早々に電話をブチッと切ったアーデンに対してむっとせずにはいられなかった。その後、すぐにまだ電話がかかってきてついレティは画面の相手を確認せずにすぐ電話に出て声を荒げた。

 

「ちょっと!あのね……」

『………レティ、か?』

 

だが、電話の相手は飄々とした男の声ではなかった。確認するように自分の愛称を呼ぶ男は、昔からレティの兄貴的存在だった人。

 

「………グラディオラス?、どうして、なんで……」

『驚いて電話切ったりするなよ、頼むから聞いてくれ』

「………」

 

どこか切羽詰まった様子にレティは違和感を感じながらも押し黙った。なんというタイミングで出てしまったのか。レティは自分の失態を悔やみながら電話を切ろうかどうしようか迷ってしまった。

その悩んだほんの短い間にグラディオから告げられた言葉は死刑宣告を受けたも同じ内容で、レティの胸に刃を突き立てた。

 

『レティ、イグニスが――失明した』

 

頭が真っ白になり何も考えられなくなった。

憔悴しきった声は本当にグラディオかと思うくらい沈んだ声音で、それが真実だと受け止めたくなかった。

 

「いきなり、何?イグニスが失明したとかって……そんな悪い冗談言わないでよ。いくら私が……」

 

強張った声で言い返すと、グラディオは

 

『冗談じゃない。帝国軍との戦闘で負傷した。両目ともな』

 

とはっきりと言った。スマホを持つ手が震え、レティは今度こそ言葉を失う。

 

「………」

『お前なら治せるんじゃないか。プロンプトから粗方の話は聞いてる。ノクトはまだ知らないがオレ達は官邸で休ませてもらっている』

 

だから、来てくれ。と彼は直接言葉にしなかった。強制ではないということだ。だか彼はあざとい。レティが行かないわけがないことを知ってそのように遠回しな頼み方をした。それはお互いの立場がすでに違う場所にあることを示唆しているようなもの。

レティは案の定すぐに

 

「―――わかった。すぐに行くわ」

 

と返していた。着信を切ってすぐふっと眩暈を覚えたレティは額を抑えると自分の肩にそっと手が回され隣の人物へと抱き寄せられる。レティは縋るようにニックスを見上げた。

 

「―――悪い知らせか?」

「………イグニスが、失明したって……」

「あの軍師か……」

 

ニックスは渋い表情で初めて王子達と顔合わせした時にいた自分を射抜くように見つめていたインテリ眼鏡のことを思い出す。

歓迎はされていないと感じたが、だからといって相手の不幸を喜ぶことなどない。同情心がわいてしまうが自分にできることはないと考えている。だが、自分の隣にいる人物はどうだろうか?何があっても何をされても王子達の元に行こうとするのは明白である。

 

だが今自分たちの立場はとても危ういものだ。なぜなら自ら帝国に籍を置くことと決めたレティは皇女としてオルティシエ入りを果たしている。そしてその情報は既に王子達に伝わっていてもおかしくはない。現にプロンプトという青年が先に接触している以上大体把握されているはず。ニックスとしては出来る限りレティの負担になるようなことは避けたい。だが本人が行くと決めている以上、何があってもレティを守る覚悟はある。

 

敵対関係という隔たりでレティが傷つかなければいいがとニックスは憂わし気な表情でレティを見つめた。

 

対してレティは不安と怯えから顔を青ざめていた。スマホを持つ手がガタガタと震え抑えようともう片方の手をそえるが意味はなかった。その手も同じ状態だったからだ。

 

自分の立ち位置がプロンプト経由でグラデイオラスに知られた事。それでも自分に来て欲しいこと。イグニスの失明の理由が帝国軍との戦闘にあること。

 

全ての事柄はレティが招いてしまった。レティが皇女として自分の立場を受け入れて、レティがノクトの為に王としての舞台を作り上げてしまったこと。その犠牲にイグニスが選ばれてしまったこと。全ては、自分の所為だ。

 

自分を追い詰めずにはいられないレティはニックスの胸に手を付けて身を離そうとした。

 

「……私、行かなきゃ……」

 

だがその手はニックスに簡単に奪われ再び引き戻される。視線を合わせられ、

 

「いいのか、王子に会うことになるぞ」

 

と指摘されるとぶるりと肩を震えさせる。もしレティが逃げたいと一言でも漏らせばすぐにでも彼女を抱えてオルティシエを出発することはできる。だがレティは今にも泣きだしそうな顔で首を振った。

 

「………いいの、いいの!全部私の所為だものっ。イグニスをそのままにしておけない……!」

 

ノクトに会うのが怖い。怖いがそれ以上に自分の責任を野放しにしておくなどできないのだ。逃げたくない。今退いてしまったら後悔してしまう。

 

レティの心の底からの気持ちを聞いたニックスは苦笑した。

やっぱり、オレが好きなレティだな、と。

 

「……レティがそれでいいなら、オレは何も言わない。だが無理だけはしないでくれ」

「うん、ありがとう……」

 

逃げることはいつでもできる。だが逃げずに立ち向かうことはその時でなければうまくいかないこともある。

自分が始めたことは自分でケリをつける。そう決めたのはレティ自身だ。だから逃げない。

 

二人は身支度を整え官邸へと向かった。

 

 

静寂に包まれた部屋の中で、彼は天蓋のレースが引かれたベッドの向こう側で眠りについていた。すぐ側のチェストの上に彼の眼鏡が折りたたまれて置かれていたがレンズにはひびが入っており使い物にはならないようだ。どれだけ衝撃が強かったのかが伺い知れる。

 

恐る恐る、ベッドへと歩み寄る。イグニスの寝息と時計の秒針の音、そして自分の心臓の音がやけに耳に大きく聞こえた。

そっと、レースを引き彼の顔を覗き見る。

 

「…っ……!」

 

声にならない声を押し殺して口元を覆う。

 

浅く上下するイグニスの胸。

 

涙が一気に零れて止めようと拭っても拭っても止まることはなく、私は暫くの間立ち尽くすように見ているしかできずにいた。ベッドに寝ている端正な顔立ちな彼の、両目の部分に不似合いの大きな傷が横に走っていてそれは確実に彼の視力を奪った証だと悟った。

 

そろり、そろりと音を立てずに私はゆっくりと彼の元に向かう。グラディオラスは気を利かせて案内だけ済ませると静かにドアを閉めて私だけにしてくれた。

すぐ傍にある椅子に腰かけて、彼の眠る横顔を見つめる。

 

イグニス。イグニス。

 

ああ、私は彼の大切な眼を奪ってしまった。光を奪ってしまった。

一生、彼はこのままなのか。このまま、杖を頼りに一生を生きていかなければならないのか。

そんなことさせたくない。嫌だ。

私は最大級の回復魔法を眠るイグニスにかけた。手を翳して放たれる淡い光。春の日差しのような温かさが手の平越しに感じられ、効果はすぐに現れる。そう確信があった。けれど、イグニスにさほど変化は見受けられなかった。私は信じられなくて二、三度同じ魔法を試した。けれど結果は皆同じ。自分なら治せる。

そんな過信に満ち溢れた私には目の前の現実はショックで信じられないもので、

 

「どうして……?なんでっ!?」

 

と思わず大きい声が出てしまった。

これしかイグニスの目を治せる方法がないのに。縋る思いだった私にとって、もはや手はなしと絶望の淵に叩き落されたような気分だった。けれど、今の私の状態に詳しい人なら何かもっと間接的な方法を教えてくれるのかもしれないと藁にも縋る思いで私はクペに頼み込んだ。イグニスの目を治す方法を教えて。

今の私では治すことができないの。貴方ならもっと確実に治せる方法を知っているはず!

 

そう頼みこんだ。

 

けど私の力は万能ではないらしい。幾ら魔力が強いからといって死んだ人間を蘇生できないように死んだ細胞を蘇らせることは私にはできない。けど一つだけ方法があるという。

 

「……レティの魔力と直接繋がった状態で使うともしかしたらうまくいくかもしれないクポ」

「私の、魔力?……どうやって?どうやればいいの!?」

 

小さなクペに縋りつく私にはその方法しかない。自分の居場所を得る為に誇示してきた枯渇しない魔力が役に立つ時がきた。暗雲たちこめていた視界に一筋の光が差し込んだのだ。

なのにどうしてクペは苦しそうな顔をして言い淀むの。

 

「そ、それは……」

「……?」

「レティの」

「私の?なに、いいから教えて!なんでもやるから!」

 

この言葉が彼女の何かを押したのか、観念したように重たい口を開いた。

 

「一つは、レティの守護者にすることクポ。レティと繋がりを持たせてイグニス自身の体を強化するクポ」

「……そんなの無理よ。イグニスにはそんなことさせられない……。他には!?他にはないの?」

 

ニックスだから受け入れられたのに、イグニスに背負わせるなんて考えられない。これ以上誰かの命を背負うなんて弱気な私には無理な話だ。

私は必死な形相でクペに詰め寄った。

 

もっと他に確実な方法はないのか、と。

 

クペは泣きそうな顔をして語尾を濁した。まるで口にしたくないように。だが私はどうにかしてイグニスを救いたかった。それこそ、何をしてでも。

 

「……後は、その、レティの……」

「私の、なに?」

 

だから、クペから衝撃的なやり方を教えられた時は何をしてでもと救うと決めた決意が一気に崩壊した。

 

「レティの、レティの―――を直接繋げるしかないクポ……」

「………………」

 

息を呑み、その言葉に胸を突かれて何も言えなくなった私は、死んだ貝のように口を閉じるしかなかった。

 

何を言えばいいというのだ。

ああそうなのねと相槌でも打てばいいのか。そんなことできるわけない。あっさりとできるわけがない。私は、まだ人間で女で下らないけど矜持だってある。イグニスに好意を抱いていると言えばyesとなり、好きな人と問われればnoとなる。

彼の気持ちだって分からない。そういう行為が治療法だと納得して受けてもらえるかどうかもわからない。彼の気持ちなんて、知らない。今の私には分からない……!

 

「手をつなぐとかキスをするとかよりも一番効果が期待できるやり方クポ。……でもそれは……レティの体を傷つける行為クポ。……クペは反対クポ」

 

体を傷つける行為。それでイグニスが救われる。治る可能性がグンと上がる。なら、答えは一つしか、ないじゃない。

私は、逃げるわけにはいかないんだ。

下らない矜持なんて道端に投げ捨ててしまえ。

 

「………いいよ。やる」

「レティ!?」

 

クペが驚愕し、一重の目をクパっと見開いた。

 

自暴自棄?そうかもしれない。

自己犠牲?そういう見かたもあるかもしれない。

なんにしろ、私に選択権なんて最初からないんだ。グラディオラスに呼ばれた時から。ここに自分の意思で来た時から、ない。いや、むしろ彼らを裏切った贖罪をこの身で帳消しできるかもしれない。喜ぶべきなんだ、本当は。

 

右手で左腕を握った。最初はただ掴むだけ。

 

「……イグニスの両目が見えるようになるなら、やるよ」

「でもっ!」

「こうなった責任は私にある。……彼が苦しむ必要は、ないわ」

 

私の所為で誰かが傷つくのは嫌だ。責任を取れるなら取りたい。心残りがないようにしたい。未練がないようにしたい。その為なら、なんだってやる。反対されても意見は変えない。

 

掴むだけの手に力が篭った。ぎゅぅぅううっと強くなる。

 

「……レティ……」

「ありがとう教えてくれて」

 

私は口早に礼を口にし、さっとクペから視線を逸らす。

力を籠めるだけじゃ満足できない私は自分の肌に爪を立てる。自ら自傷行為をし、気分を落ち着かせようとする。けど落ち着かなかった。いつもならこれで終わるのに。

 

クペの柔らかく小さな手が爪を立てている手にぴたりと添えられ自傷行為を止められる。

 

「クペは、クペは……!もっとレティの役にたちたいクポ……!」

「……クペは十分私を助けてくれてるよ……」

 

 

彼が苦しむ必要はない。私が何かを捨てればいいだけだ。

所詮この世に留まる時間は少ない。未練がないようにやれるだけのことをしよう。そう決めたんだ。

 

無駄に本を読みまくった甲斐はある。経験はない。あるわけがない。けど、やり方は知ってる。だから、大丈夫。

大丈夫、大丈夫。

 

だいじょうぶ、だいじょうぶ。

 

きっと痛いのは最初の内だけ。後はきっと快楽に落ちてあっという間に朝になる。そうすれば私は一つ心残りを昇華できるんだ。

 

最優先はイグニスの視力回復。

自分の気持ちなんて後回しにしろ。

 

「………っ…!」

「レティ……」

 

わたしは、だいじょうぶ。

だいじょうぶ、だよ。

 

【大丈夫なはずなのに、この焦燥感と悲痛はなんだろう】

 

 

私は小さな嘘を一つニックスについた。取るに足らない小さな嘘。

 

『あのね、イグニスの目を治す方法が一つ分かったの』

『どんなやり方なんだ』

『うん。一晩かかるかもしれないけどうまくいくかも』

 

質問をはぐらかしそれとなくうやむやにさせる。昔からの常套手段。こうやって私は逃げてきた。

 

『そうか、それはレティに負担が掛からない方法なんだな?』

 

念を押してくるニックスに私は笑顔で答えた。

 

『ううん、少し体力を消耗するかもしれない。けど大丈夫よ』

『本当に、か?』

 

疑念が晴れない瞳で見つめられる。

 

『うん』

 

本当である。体力は使うだろう。あと、精神的疲労もあるだろう。でも大丈夫なのだ。そうでなくてはいけないのだ。イグニスを救えるのは、私だけなのだ。自分に対する嫌悪感とこれからの行いによる不安と猛烈な吐き気が私を襲う。きっと顔色もよくないはずだ。だからか、ニックスは気に入らないと不満そうだ。

 

『……レティはどうしてもそいつを助けたいのか』

『……助けたいわ』

 

だって他にいないもの。私の所為なんだもの。誰が代わりに責任取ってくれるっていうの?私だけしかいないもの。

 

『……何をしてもか?レティはいつも無茶ばかりして、どうして自分の体を労わらない?どうして我慢ばかりするんだよ……!いつも傷つくのはレティじゃないか』

 

傷ついてなんかいない。そう否定しようと思えばできた。けどすぐに口に出すことはできなかった。だって図星だったわけで、私は気まずくてさっと視線を逸らして動揺を悟られないように逃げる。逃げるしかない。

私が行おうとしていることは人として最低なことだ。相手の意思関係なしにゴリ押しで事を進ませようとしている。

 

『……我慢して無茶しないと、うまくいかないこともあるんだよ。それがたまたま今日だっただけ』

『……心が悲鳴上げそうなほど、か?』

『………』

 

それ以上優しくしないで欲しいとレティは思った。

ニックスの優しさが、辛い。

 

ニックスはレティの肩を掴みもう片方の手の甲で愛おしそうに頬を撫でた。

 

『決意は固いのか』

『……うん』

 

無骨な手だがレティはこの手に何度も助けられ励まされ続けた。だから、好ましい。

 

『確認だが、その軍師に恋愛感情は持ってるか?』

『……イグニスに、?……分からない。……でも好きな人かと問われたら違うって思う……』

『分かった。じゃあ一つオレの願いを叶えてくれ』

『願い?』

『……そうだ。それなら【今回】は見逃してやる。癪だがな、仕方ない。レティが責任感から負い目を感じているっていうのは信じるよ。まだオレの方が優勢だって構えてられるからな』

『ニックスの、願い?』

 

目を瞬かせるレティにニックスは真剣な表情で頷いた。

 

『ああ。レティじゃなきゃ叶えられない』

『それってどんなこと?』

『……帝国に戻ったら、な。いいだろ?』

 

私にできることなんてたかだか知れてる。自分自身の力で手に入れたものなんてほとんどないのに。

 

『それって本当に私でできるもの?』

『ああ、レティじゃなきゃ駄目だ。他の奴なんて考えられない』

『……わかった。私で出来ることなら』

 

彼が何を欲しているのか理解せずに私はそれで納得してくれるならと軽い気持ちで承諾した。のちに、彼の私に対する気持ちを明確にさせるものとも知らずに。ただ、熱情を宿した獣の瞳だったことは分かる。

 

『レティ、目、閉じろ』

『うん』

 

最初は抵抗のあったキスも、今は割と受け入れることができている。すんなりとは言えないが慣れてきていると言ったら不謹慎よね。顎先を取られ後頭部に回る大きな手。彼の服に縋りついて私は蹂躙されるような荒々しいキスに飲み込まれてしまわないように必死に耐える。身長差もあることから彼は腰を屈めるようにして私にキスをしてくる。最初は軽く触れあう程度のフレンチキスで次第に私の唇を堪能するようにじっくりとねっとりとしたものに変わる。

 

『っ……』

『レティ』

 

最初は息継ぎのやり方が分からなかったから半分パニックになったりした。けどニックスに鼻で息しろって可笑しそうにアドバイス受けてその通りにやったらちゃんとできた。そうしたらニックスは隙あらばキスをしてくるようになった。

したいからするんだって。全然英雄らしくないわ。

 

少しだけ唇を開いたらすかさずニックスの舌がするりと割り込んできて舌先を絡められて軽く吸われる。何度も何度も、その内私からも遠慮がちに舌先を絡める。互いの唾液を交わらせながら艶めかしい音と共に少し唇を離すとそこから糸を引かれる。

 

私だけを見つめ、私だけを求める彼の瞳は飢えた獣そのものだ。私の守護者ではなく、一人の男。

 

でもそれだけじゃ彼は物足りないらしい。今度は唇から首筋へと降りてくる。強く吸われ気持ちよさでどうにかなってしまいそうではしたなく声が漏れる。

 

『ぁ……!』

 

ニックスはしたり顔で私の首筋から顔を離すと

 

『マーキング完了』

 

と言いニヤリと意地悪く笑った。私はぎょっとして急ぎ彼から飛びのいて首元を手で押さえた。

 

『……マーキング?……もしかしてキスマークつけたの!?』

『オレのもんだって証だ。暫く消えないだろうさ』

『……!ニックスっ!』

 

羞恥心から彼を叱り飛ばすがまったく反省の余地なし。それどころか、ニヤニヤといやらしい笑みまで浮かべて腹立たしいことこの上ない!

 

『レティだって満更でもないだろ』

『そういうことじゃないわっ!』

 

やられた箇所を抑えてながらじわりじわりと熱くなっていく頬。一体いつからニックスは女たらしになったのか。以前の印象などお空の彼方に放り投げたような変化ぶりに私はいちいち翻弄されてしまっている。

まるで調教されている気分だ。

 

『オレに慣れてきた証拠だな』

『ニックス!』

 

それ以上聞きたくない私は一発ニックスの胸に拳を入れた。でも鍛え抜かれた胸板には敵わず、逆に手を掴まれてまた捕らえられ貪るようなキスを味わうことになる。

 

【まるでこれからやることを知られているような】

 

イグニスside

 

 

夢の中でレティが俺の名を慈しむように呼んだ。

夢だ、これは夢だと自分に言い聞かせる。彼女はニフルハイム帝国で囚われの身となっているはず。だからオルティシエにいるわけがない。だがなんて心地いい声だろうか。

 

『大丈夫よ、イグニス』

 

するりとオレの頬を撫で、顔を寄せて吐息を吹きかける。

こんなに彼女を近くに感じたことはない。たとえ夢の中だとしても浮き立つ自分を止められない。

 

『私があなたの目を治すわ。貴方をこのままになんてさせない。絶対に……!』

 

まるで慈愛の女神のように失われし両目に光を再び宿してくれるという。敵から不意を突かれオレのミスで負った傷なのに、自分の痛みのように受け止めてくれているなど、彼女の優しさが心に染み入るようだ。

 

『イグニス、ゴメンね』

 

レティはそう謝ってオレの瞼の上から口づけをする。ふんわりと羽のような軽いキスをしてくる。それから唇に啄むようなキス。ほんの少し開いた唇から先っぽの舌が彼女の伸びてきた舌と軽くタッチする。怯えたように少しずつ少しずつ触れ合いを重ねて徐々に舌を絡ませる。唾液が口元から滴り落ちるまで丁寧に舐めあげられる。だが手探り状態のようでぎこちない動作だ。まるで初々しさを感じる。

 

『―――拒まないで。逃げないで。貴方を助けたいの』

 

そう彼女は懇願し、オレの手首を縄で縛り上げ身動きできないように封じる。助けたいと言っている癖してオレを縛り上げる。まるでオレに余計な動きをされるのを拒んでいるかのようだ。キツク締め上げらられ痛みから声が漏れる。

 

『私はね、初めてなの。だからって恩着せがましいことなんて考えてない。貴方がノクティスに必要な人だから。これからのルシスに掛け替えのない人だから』

 

処女であることを打ち明けながら、手慣れた様子でワイシャツのボタンが一つ一つ外されていく。それと同時に首筋を這うように舐める舌遣いの感触。ざわり、と背筋に鳥肌が走る。艶ある声がオレの口から漏れて、ヤバイと感じた。攻められるってこうなのか。このオレが『受け』だなんてな。

 

『お願いだから。気持ち悪いって思わないで。ね、お願い―――。私、怖いの―――』

 

泣きそうなほど悲しみが含んだ声に胸が痛む。

 

どうしてそんな声を出すんだ?

君との行為で気持ち悪いなんて言葉が出るわけない。むしろ、ずっと浸っていたい快楽だ。君が他の男に微笑むたびに狂いそうなほどの嫉妬心を抱えていた。知らないだろう、レティ。

オレがどんなに醜い存在であるか。

 

普段通りのオレなら紳士らしく振舞うだろう。淑女らしくない君の破天荒な行動を窘めては君から顰蹙を買ってばかりだったが、レティの将来を案じて己を律し続けた。オレぐらいしか君に厳しく接する者はいないと考えていたからだ。だから君がノクトの傍に向かうほどに、惨めな嫉妬心を抱かずにはいられなかった。レティを甘やかす役ならいくらでもやりたかったさ。

 

現実の君を汚すことなどできない。そんなこと当たり前だ。だからオレは妄想の中で君を汚す。この旅を初めて、君を好きだと自覚しなおしてから夜中、仲間が寝静まった頃を確認して一人トイレで君を想い火照った熱を冷ます勢いで吐き出していつも思うことは、自分は一体何をやっているんだということ。

 

ルシスの王女で陛下の愛娘で召喚獣を従えさせられる尊い存在である彼女に対して、己の性欲を満たすため何度オレの欲望で君を染め上げるのか。

 

ベッドに組み敷いたオレの下で君は艶やかに咲き誇る。互いに生まれたままの姿で絡み合い、深く深く繋がりあう。一心同体となったオレと君は果てるまで欲望のまま精を吐き出し合う。身分の差関係なく、一人の男と、一人の女として。

 

いつもいつもこのままではいけないと言い聞かせつつも止まらないんだ。止められない。君を想う気持ちが強くなるほどに、君が欲しいと思ってしまう。抑えられない欲望にいつか歯止めが効かなくなってしまうのではないかと、いつも以上に自分を律した。

 

知らないだろう、こんなオレは。……浅ましい男なんだよ。

君が好きな料理やお菓子を作ることだって君を喜ばすためだ。元々の趣味がいつの間にか君に好かれるための口実になっていた。それでもオレは楽しかった。君との数少ない時間を共有できて独占できた。君の瞳に映るのはノクトじゃなくて、オレだけ。

 

『イグニス、イグニス』

 

下へ下へと伸ばされる手がズボンの中に入っていく。

 

『こわいの、いぐにす』

 

彼女が泣いている気がした。

 

泣かないでくれ、レティ。オレで出来ることならなんでもする。君が望む限りのことをやり遂げると約束しよう。……今のオレでは君の涙を拭うことはできないんだ。手首を締め付けるロープが食い込んで皮膚がヒリヒリする。

 

だから、どうか。

 

【どうか、オレを甘い夢に堕としてくれ。君の手で】

 

 

レティは知らなかった。

ノクトがどのような想いでここまでやってきたかを。どのような気持ちを抱えてリヴァイアサンに打ち勝ったかを。

 

イグニスとの情事のあと、疼く下腹部を抑えながら逃げるように脱ぎ散らされた下着と服を急ぎ身につけよろよろと部屋をでた。イグニスは追ってこようとはしなかったのがせめてもの救いだ。廊下でグラディオラスとすれ違った時、レティの首元に咲く赤い花や歩く様子の違和感からイグニスとレティの戸の間で行われたことを瞬時に悟った。

 

「……レティ……」

「何も、言わないで」

 

掠れた声でレティはさっと視線を避け、ショックを受けたように固まったままのグラディオラスの脇をすれ違い様、レティはこう続けた。

 

「イグニスの両目は回復したわ」

「!」

「私の責任はこれで果たした。……もう、構わないで」

 

吐き捨てるようにそう言い残し、レティはニックスが待つ部屋へと足を動かした。

 

洗いたい。全身をくまなく洗いたい。そんな衝動に駆られているのだ。

 

自分が汚すぎて嫌になる。受け入れてたはずなのに、自分の責任なのに、自分の肌に彩られたイグニスの痕がおぞましく感じる。抉り取りたくなる。

彼を傷つけて、自分を傷つけて本当にこれで良かったのか?もしかしたらイグニスはあのままで良かったと思っていたかもしれない。私との行為を無駄にさせまいと気遣ってあのようなことを言ったのかと勘ぐってしまう。

 

ああ、私は正常ではない。

駄目だ。ここにいては私はおかしくなる。

 

残りかけの理性を振り絞ってレティは外へ出ようとした。

 

「ふっ、ふふっ……」

 

口元から漏れる怪しげな笑い声は歪だった。

やっぱり自分は壊れてしまっている。まともなじゃい。まともじゃないから正解の選択肢も探せない選べない。

 

ふらついた足取りで自分の体を抱き込むように腕を回しレティは人気のない廊下を進もうとした。だが後ろから引き留めるように大声で呼び止める声がした。

 

「レティ!!」

 

余裕ない様子でニックスは呼ばれても振り返ろうとしないレティへと手を伸ばす。だが拒絶するように一言レティは告げた。

 

「来ないで」

 

だがニックスはお構いなしにレティへと距離を詰めると肩を掴んで自分の方を向かせようとした。だがレティは頑なに拒んで顔を背けた。

 

「………」

「私、今汗かいてるから臭いの汚いの汚れてるの」

「知るか」

 

バッサリと一言で斬り捨てるニックスは

レティの首元にある赤い痕を忌々しそうに憎々し気に睨み付けた。

反対にレティは身を縮こまらせニックスから逃げようとする。

知られたくなかった。見られくなかった。

 

「ニックス、お願いだから……放っておいて」

「できない」

「………」

 

ニックスはレティを後ろから抱きこんだ。

 

「頑張ったな」

「っ!」

 

ニックスはゆっくりと言い聞かせるようにレティに伝えた。

 

「これでアイツへの責任は果たしたんだ。帝国に、戻ろう。もう王子は子供じゃない。ルシスの王だ」

「ニックス」

 

レティは聞きたくないと首を横に振った。だがニックスは続けた。

 

「もういいだろ?十分お前は頑張ったんだよ。後は帝国に戻ってさっさと片つけてゆっくりしよう。【あっち】に行く前に二人でのんびり旅に出るのもいい。自由気ままなやつだ。何したっていい。縛る者は何もない。自由なんだ」

 

甘い言葉はレティの鋼たる決意を揺るがせる。

彼の世界に行くことに何の躊躇いも未練もない様子のニックスにレティは寄りかかりたくなる。疲れたと、言いたくなる。

 

「にっくす」

「レティ、お願いだ。……もうこれ以上自分を傷つけるな」

 

肩にニックスの頭が乗る。彼の声は震えていた。レティの痛みに呼応するように。キツク抱きしめられレティは痛かった。体も痛かったが心も痛かった。

立っていることも辛くてレティはズルズルと座り込む。ニックスも同じように床に膝をついた。

 

「だってぇ……わたしの、せきに、ん……」

 

口元に手を当てがって嗚咽を飲み込もうとする。労わり優しさある言葉にレティの我慢の決壊は崩壊した。

 

「もう十分だ」

「……」

 

へにゃりと表情が崩れてぼろぼろと大粒の涙がレティの瞳から零れていく。

 

「もう、レティが傷つくのは見たくない」

 

この言葉で、ようやっと肩の荷が降りた気がした。

 

我慢しなくていい。我慢するたびに自分の皮膚に爪を食い込ませて痛みに耐え続けてきた。我慢する必要があったから。

だがもういい、らしい。

 

「……わたしぃ……もう、もう……」

 

つかれたよ。

そう告げることはできなかった。

 

「いい。もういい。分かってるから」

 

しゃっくり上げながら声をかみ殺して静かに泣くレティをニックスは黙って抱きしめ続けた。

 

【もう十分だ。その言葉だけでどれだけ救われたことか】

 

もう頑張らなくていい。

だからレティは頑張らないことにした。自分の出来る範囲内でやれることをやろうと決めた。

 

だから、誰かが慌ただしく廊下を駆ける音が自分がいる部屋に向かって進んでいることに気づいた時も、

 

ああ、来た。

 

と身構えることなく椅子に座って彼を迎えいれた。

乱暴に開かれるドアから現れたのは、自分の家族元義兄でルシスの王子で新たな王になったもの。

 

たった一人の王子様だった人。

 

過去形にさせることで心がすぅっと軽くなる、『気がした』。

彼女の唇が薄く弧を描き、ずっと聞きたかった声が発せられた。

 

「……おはよう。ノクティス」

 

ぴしり、と何か罅が入った音がした――。

それは私と彼との淡く綺麗な思い出の石。必然に起こるべくして起こった事実を果たして彼は受け入れるだろうか。つい、彼の悲しむ顔を想像しレティは表情を暗くさせる。

 

「レティ……?」

「なあに?」

 

警戒した子猫みたいとレティはクスリと小さく笑った。

 

まるで私ではないことを知っているかのようだ。

そうよ、ノクティス。私は、もう貴方の知る純粋無垢なままのレティじゃない。

 

縋るような声も王という新たな地位に肩書を背負う彼は一人の男だ。紛れもなく自分の兄ではない。家族でもない。

 

敵対関係にある者。これから崩壊を辿るであろうニフルハイムに最後のメスを入れるルシスの王。

 

疲れ切ったレティは割り切ることにした。疲れたのだ。何もかもに。感情を割いて報われない無駄な行いに疲れたのだ。

 

【愛称で呼ぶのは子供の証。だから私は貴方を名前で呼ぶことにした】

 

To be continued――



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chapter.08
羅針盤


神々の熾烈な争いの中、一つの希望の種が地に落とされる。その種は三度変化を遂げてようやく小さな芽を出した。その種が葛藤を続け大きく成長し大輪の花を咲かせる頃には楽園には約束された幸福待っているだろう。その花こそが楽園への鍵となる。

 

エトロの光を得た者は種なる者への道標なり、楽園への渡航を手助けする。

どちらか片方が無くては成り立たない関係が成立するのは奇跡に等しい確率のみ。

 

その奇跡の出会いは今果たされた。

 

後は時、満(みつる)のを待つべきのみ。

 

 

税の限りを尽くされた豪奢で巨大な檻のアクアリウムに泳ぐ色とりどりの囚われの魚[人魚姫たち]。ゆらゆらと透ける水槽の向こう側でビルの明かりがぼやけて淡く見える。天上にはこぼれんばかりの星々が煌々としまるでこの日の為に用意されたかのような印象を与えていた。だが残念ながら今日の主役は滅多に公の前に姿を見せないプリンセスだった。

 

ここは魔法障壁に守られたルシス王国インソムニア。

重鎮の息子貴族が主催するパーティに王の代理としてルシスの王子、ノクトと滅多に城から出ない深窓の姫君、レティが共に出席している。黒服の直属の警護隊に周りをガードされ、ある貴族の青年の残念そうな後ろ姿に皮肉交じりにノクトは呟いた。

 

「さよなら、誰かさん」

 

レティに挨拶をしたいとわざわざ兄であるノクトに許可を得ようとやってきた貴族の青年を適当にあしらい、さっさと追い払った。断った理由は単純にこうだ。

 

『ルシス王からレティーシアの事はしっかりと任されている。のでわざわざ個人的に挨拶しに来なくてもいい』

 

ほとんど私情が入っている。

そう、貴族の青年は愚かにもレティーシア目当てで近づこうとしたのである。過敏に反応したノクトはスラスラと自己紹介する青年の名前さえどうでもよく覚える気もなかったので、誰かさんなわけだ。

 

さて、注目の的であるはずのレティの姿が見当たらない。色めき合う女性たちの黄色い悲鳴など全く意に介さないノクトは辺りをきょろきょろと探してみても姿がないので階段を上がって最上部へ向かう。

すると、遠巻きに人だかりができている先に頭一つ飛びぬけているサングラスをかけた黒服の警護隊を発見。分かりやすくその先にレティがいることを示している。ノクトがやってきたことで人垣が自然左右に別れ、ノクトは客人の視線をモロ浴びながらも平然と目的の人物へと声を掛けた。

 

「レティ!」

 

背中までの銀髪が振り向いたことでふわりと揺れる。

 

「…ノクト…」

 

名を呼ばれたことでレティは少しびっくりしたように深緑の瞳を瞬かせた。どうやら何かに気を取られていたらしい。いつもより気合の入った化粧はレティを王女として輝かせるがノクトとしてはあまり好きじゃなかった。素顔の方が彼女らしい。それにドレスもそうだ。白のマレットドレスがレティのほっそりとした体形に良く似合っている。

 

が!ノクトとしては少し肌の露出が激しいのではないかと衣装合わせの段階で一言余計なことを申すとレティは分かりやすく不機嫌になり、ノクトが着るんじゃなくて私が着るんだから!と案の定怒ったとか。

褒めるならいざ知らず年頃の妹に露出は控えろなんて小姑のように言われては文句言われても仕方のないこと。結局レティはノクトの意見?など一蹴し、マレットドレスに決めて何台もの護衛車に挟まれ、億劫そうな顔を隠しもせずに車に乗ってノクトと共に会場入りを果たした。レティの姿を初めて目にした女性たちからはうっとりとするように吐息が漏れ、男性らは目を引く容姿に視線が釘付けになった。

そんな注目を集める中、寄り添うようにエスコートするノクトに連れられてそれはそれは深窓の姫君が到着したのである。

 

さて、公の場だからと言って砕けた口調で言いかと思えばそうでもない。王子と王女揃っての場なのだ。だがノクトは小声で話せるようにレティの隣へ移動したのでまぁ大笑いしない限り二人の話が聞こえることはないだろう。ノクトはレティの肩に軽く手を置いた。

 

「探した。フラフラいなくなるなよ」

 

なんせレティの傍に控える護衛に彼女の行動を制限する権利はない。後ろからぞろぞろと付いて回り辺りに気を配り不審な者を近づけさせないのが彼らの使命だ。

 

「うん。ゴメン。何だか皆の視線が突き刺さって居た堪れなくなってね。絵があったから魅入っちゃった」

 

そう言ってレティは壁に飾られている一枚の絵を見上げた。言われて初めてそこに絵があったことにノクトは気づき揃って一枚の絵を見上げる。

 

「女神エトロか?」

 

そう、想像ではあるが死の女神エトロを模したモノクロの絵である。神秘的な印象を与えているが、レティは何処か惹かれるものがあるらしい。熱心に見ていたのもそれが理由だった。

 

「うん。おかしいよね。死の女神を懐かしいって感じるなんて」

「まー、確かに」

 

素直に同意してみるとレティはムッとしてぼすっとノクトの腕を拳で軽く叩いた、つもりだったがサッとノクトが手で受け止めた。

 

「正直に言いすぎ」

「同意を求めたのはレティだって」

 

ニヤッと笑ってレティの拳をにぎにぎして遊ぶノクト。レティは一応公の場なので控えめにノクトの鼻を抓んで隙をついて遊ばれていた手をひっこめた。ノクトは「ふぅ」と息を吐いて肩を竦めてみせたが、レティの一睨みで大人しくなった。気を取り直してレティは感慨深そうにある言葉を口にした。それは、古くから言い伝えられている言葉。

 

「――『女神エトロ。死者の魂を迎えんと扉を開く。その時死者の国を照らすまばゆい光、天に漏れ出す。まれにその光をみる者あり。その者死者の国より力を授からん』――だったかな。長いよね、この言葉って。覚えてる自分が不思議なくらい」

「大体エトロの光ってなんなんだ?」

 

ノクトとしては素朴な疑問を尋ねたに過ぎないが、いくら図書室に籠りっきりの本の虫とせ知らないこともあるのだ。渋い表情にもなる。

 

「そんな難しい話を私に振らないで」

「レティでもわかんねぇとなるとイグニスに聞いても無駄そうだな」

「あのねぇ、一応神話に関することは学んでるでしょう?」

「まーな」

「不安な回答ね」

 

レティは目を瞑って頭痛を抑えるように眉間を抑えながら軽く頭を横に振った。

どうにも心配なのでイグニスにこっそり報告しておこうとレティは思いついた。

 

後でイグニスの小言が待ち受けているかもしれないというのにノクトは首を傾げて呟く。

 

「大体、女神なんて実在してるのか?死後の世界が本当にあるかどうかも分かんないんだぜ」

 

死の女神を信仰しているルシスの王子の発言とは思えない考えにもし、他の人間が耳にしていたら大目玉喰らうようなことだ。だが二人にしか聞こえないくらいの小声なので問題はない。

同意を求めるように言われて、レティは考え込む仕草をする。

 

「ヴァルハラのこと?……確かに、死の女神エトロはヴァルハラで死者を迎え入れその魂を癒しまた現世へと送り出す循環の役割があるとされているわ。あくまでおとぎ話の話だけど。――でも事実に基づいた話が湾曲せずに後世へと伝えられる話もあるからあながち間違いはないのかしら?……いやいやでもそうなると神話以前に遡って――」

 

ブツブツと呟いて一人考え込むレティにノクトはまた始まったとげんなりな顔をした。こうなるとストップ掛けない限り永遠と続くのだ。

 

「まぁ、難しい話はいいだろ。せっかくの羽根伸ばし楽しむんじゃなかったのか」

「……そう思ってたけど正直に言うとさっさと帰りたいわ」

 

レティはおどけて言って見せたが、まだまだお開きには時間が掛かりそうだ。かといって見知らぬ人と簡単に話させてもらえるかと言うとそうでもない。さっきのノクトがいい例である。プリンセスという職業もかなり厄介な立場である。

 

だが丁度良くゆったりとした音楽が流れだした。これは暇つぶしには打ってつけかと、ノクトにしては珍しく王子らしい振舞いを見せる。ノクトは恭しく胸に手を当てレティへと片手を差し出したのだ。

 

「一曲踊っていただけますか」

「ええ、喜んで」

 

レティは微笑んでちょこんとドレスの裾を抓んで自分の手を乗せた。

 

誰も踊っていない中、王子、王女からのサプライズに皆興味津々のよう。

余興にはピッタリの展開でいい意味で注目を集めるが、互いの顔だけ見ていれば済む話なのでレティとしてはありがたい暇つぶしだった。そもそも知り合い以外とダンスする機会など与えさせてもらえないだけなので、相手の動きは大体把握できている。

 

「足踏むなよ」

「踏んで欲しいなら思いっきり踏んで差し上げてよ」

 

意地悪には意地悪で返す。だが二人はどちらともなく睨めっこをするかのようにじっと見つめ合いどちらからともなく噴き出して笑みを浮かべた。

 

「変な顔!」

「そっちこそ」

 

まだこの頃の二人は、いつか訪れる別れを知らぬまま幸せの檻の中でじゃれ合いながら、寄り添いながら踊っていた。くるくると。羅針盤の針が回って進路方向が分からないように。何処かへ向かうわけでもない。その地に縫い留められその地こそが己の生きる場所と思いながら。

 

星空の明かりの下で楽しそうに二人は踊った。



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境界線

人を優先させて自分を二の次にさせる。それは決して自分に対して無頓着というわけじゃない。ただ、そうせざるを得ない状況だったからだ。環境が彼女を歪めた。そうあるように仕向けた。
だからそれが性格かと言えばそうでもない。それは上辺だけのもの。
本当の彼女を知る人物は数少ない。彼女の全てを知る人物はもっと少ない。

果たして、ノクトは一体どちらに当てはまるのだろうか。


リヴァイアサンが消え去ったオルティシエの空には晴天が広がっていた。もし、ノクトが勝利していなければこの街自体も今頃海の藻屑になっていたかもしれない。

召喚獣の力がどれだけ人智を超えた存在であるかを恐恐と人間に知らしめたいい機会だっただろう。たとえ、封印されていたとはいえ七神の内の一神。

決して相容れない間柄であり、決して人より下ではない。

線引きをするべきところはするべきなのだ。

 

官邸にある客室ではとある人物たちの再会が催されていた。

 

「レティ」

「……顔色、良くないね」

 

気遣うような優しい声につい涙腺が潤みそうになるが、ぐっと堪える懐かしささえ感じる緑色の瞳を熱く見つめる。

 

ルシスの王子ノクティスとニフルハイムの皇女レティーシア。

 

敵対関係にある二人がこうして出会うことが出来たのは少なくともアコルド首相であるカメリアの計らいに他ならない。兄妹として育った皮肉ともいえる運命的な二人を憐れんだわけではない。

ただほんの少しだけ場所を提供しただけ。アコルドは今回の件に関しては、ルシスとニフルハイムとはまったく関わらない。つまり黙認することで二人の再会を成功させているのだ。だが逆に裏を返せば何が起こっても保証はないということ。それを踏まえた上での再会であることをノクトは知らないだろう。なぜなら、夢にまで見た恋しい人が目の前にいるのだ。少し近づいてみれば手が届く場所に。

 

「レティ、……レティ」

「ここにいるよ」

 

何度も家族の名を呼べば、レティは少し口角を上げて微笑んで応えた。

ずっと会いたいと何度も心に願っていたレティと念願の再会を果たしたノクトだったが、どうしてだろうか二の足を踏んでいた。それは自分が知る彼女ではないと本能的に察知してしまったからだ。姿形が変わったわけではない。ただレティが纏う雰囲気が己が知るものではないのだ。一体、何が彼女を変えたのか。ノクトにはさっぱり分からない。

 

理由が知りたい。だがそれよりも先に自分の腕に抱きしめたい。

触れたい、彼女に。

 

その衝動に駆られたノクトはついに床を蹴ってズカズカと歩み寄る。レティだけを目指して。いや、彼女しか視界に入らない。

だがそれがまずかった。

 

走る戦慄とむき出しの殺気がノクトに襲いかかる。

 

「ッ!?」

 

ノクトは反射的に後ろに仰け反って寸前の所でソレを交わし床に片手と膝をついた。パラリとノクトの前髪が数本床に落ち間一髪だったことを知る。

誰が突然ノクトに攻撃を仕掛けたか。その人物の名をレティは咎めるように呼んだ。

 

「ニックス」

 

そこには誰もいなかったはず。レティだけしか眼中になかったノクトだからハッキリとそうだとは断言できないが少なくともレティの『すぐ前』にはいなかったはずだ。

 

「それ以上近づかないでもらおうか。ルシスの王」

 

本能的に気に入らなかった男が目に前にいる。自前の双剣を構えてまるで『姫を守る騎士』のようにニックスはレティを背に庇い佇んでいた。気配なんてまるでしなかった。いや、ノクト自身が気づかなかっただけなのかもしれないが、一瞬の遅れで今頃その自分の首に刃が食い込んでいるかもしれないと考えるとぞっとした。

動じた様子もないレティはニックスを窘めた。

 

「威嚇するような真似なんてやめて」

「許可なく近づいた方が悪い」

 

不機嫌そうにニックスは言い返すとレティは困ったように頭を振った。

 

「ノクティスは違うわ」

「いまのところは、な」

 

意味ありげに答えたニックスの表情は敵と捉えているようだ。だからこそノクトも防御の態勢に入る。いつでも応戦できるように。

 

互いに火花を散らす男二人に挟まれてもレティは狼狽えなかった。むしり落ちついた声でニックスの行いを窘めた。

 

「それでもむやみやたらに刃を抜かないで。その剣は誰の為?私の為でしょう。私に確実に害を為す者だけに向けられるものよ」

「………」

「ニックス、退いて」

 

不承不承ながらニックスは静かに剣をおさめた。険呑な瞳は変わらずノクトへと向けて。

 

「ありがとう」

 

レティは一つ礼を言ってニックスを自分の後ろに下がらせから「ノクティス、御免なさい」と済まなそうな顔をした。だがノクトは自分よりもニックスを優先させる態度に「レティなんでそんな奴を!」とカァッと頭が熱くなった。怒気を強くして納得いかないと今にもニックスに掴みかかろうとするが、その時ドアがバン!と大きな音を立てて開かれた。

 

「レティ!」「どぅわ!?」

 

ノクトをふっ飛ばしてレティへと飛びついたのは信じられないが涙目のクロウだった。

ふっ飛ばされたノクトは上手く受け身が取れずに「ぐっ!?」と呻いて床に突っ伏してしまう。そんなノクトなどお構いなしに溢れ出す感情のまま彼女はレティへ一直線。

 

「ああ、レティ!無事で良かった!」

「え、え、え??」

 

自分の首に抱き着いて頬擦りされレティはただされるがまま驚くしかなかった。そこに血相を変えたリベルトが次いで入ってくる。

 

「クロウ!いきなり失礼だろっ」

「五月蠅いわよ!感動的な友人との再会を邪魔しないで!」

 

クロウはリベルトを睨みかえし素早く表情を切り替えてレティへと早口で尋ねた。その目はどこか血走っていてレティは「ひっ!?」とたじろいでしまう。

 

「レティ、私の事覚えてるわよね!?ね、忘れるはずないわよね?」

「えーと、クロウ……だよね。久しぶり……でいいかな」

 

おっかなびっくりであるが何とか質問に答えることができた。だがレティが知る記憶の中にあるクロウとは若干違っていた。こうもスキンシップが激しい女性だったろうかと戸惑わずにはいられない。

 

「そうよ、クロウ・アルスティウスよ。貴方の事ずっとユリから聞かされた時から心配してたわ。今ここにいるのも王子の護衛と貴方を助けるためなの」

「護衛?……え、ユリって」

 

すぐに理解できず首を捻りながらクロウを見つめるしかないレティ。

 

(今聞き覚えのある名が出たけど、聞き間違いだったかしら)

 

そのことを尋ねようにも彼女は嬉しさに瞳を滲ませてまたレティの首に縋りついてしまった。くぐもった声でクロウの心情が吐露され、彼女なりに心配をしてくれていたことが伺い知れる。

 

「……無事で良かったわ。本当に……」

 

きっと、彼女も今までに色々と経験してきたのだろう。レティの無事を純粋に喜んでくれる顔なじみにレティは口元を緩ませ、自身の手をクロウの背中に回した。

 

「……ありがとう、クロウ」

 

女子二人の友情の抱擁を複雑そうな表情で胡坐をかきながら床に座るノクトや後から駆け付けた男達は見つめるしかなかった。女同士の感動的な再会を邪魔しようものなら、クロウからの雷が落ちてもおかしくないからだ。だから彼女がレティから離れるまで声を掛けるのは憚られるわけだ。ニックスも友人の熱い抱擁には気を利かせて止めるような真似はしなかった。

 

 

その後、ノクトを追いかけてやってきたプロンプトやイグニスを伴ったグラディオにシドも部屋にやってきた。わらわらと大人数であふれかえる室内にレティは目を細めて喜びをあらわにした。最年長であるシドは「シドさん、久しぶり」と挨拶をするレティに対して感極まり彼女を抱擁するという今までにない行動に皆目を丸くした。レティとて驚いてばかりだ。まさか、シドに抱きしめられる日が来ようとは。

 

「レティ、怪我とかしてねぇんだな?変な事されてねぇんだな?」

「うん。心配かけました。シドさん」

「いや、無事ならいいんだ。―――シドニーにも知らせてやらねぇとな」

 

ニカッと目尻を下げて笑ったシドにレティは「うん」と嬉しそうに頷き返す。

 

だがノクトは悔し気に顔を歪ませていた。まだ自分自身も抱きしめてないというのに先ばかり越され、それどころかシドやクロウの行いは見逃しているのになぜ自分だけはどうして駄目なんだとニックスをギッと睨み付ける。だがどこ吹く風と言わんばかりにニックスはノクトに睨みを無視した。他の面々もそれぞれの事情で複雑そうに二人のやり取りを見守っている。

 

改めて落ち着いて話すためにレティとノクトが向き合う形でソファに座りそれぞれのポジションに皆が落ち着いたことで話は進む。ニックスはしっかりとレティの後ろに控えているのがノクトは気に入らなかった。何もするにも気に入らないがそれでは話が進まないので仕方なく、仕方なく!見逃してやることにした。

 

「……皆、無事で良かった。私はこの通りちゃんと生きてます。心配かけて御免なさい」

 

ペコリとレティは頭を下げ、それに対してノクトは

 

「……レティ、も無事で良かった……」

 

と何とか声を絞り出して答えた。本当は色々とぶつけたい感情もあるが今は冷静に話し合わなきゃならないと自分を抑えた。何とか抑えようとした。レティもノクトの静かな怒りを感じ取ているのか、さくッと本題に触れた。

 

「それとなく噂が耳に入ってると思うわ。私がニフルハイムの皇女になったって話は。そうでしょう?」

 

そうノクトに確かめてみれば、

 

「それは……」

 

と分かりやすく言い淀むノクト。レティは「やっぱりね」と苦笑しながら頭を振った。

情報収集に長けたあの新聞記者からでも聞いたのだろう。ある程度の予測はレティの中でついていた。

 

「いいの、本当の話だから。でも安心して。今の私にノクティス達を捕まえる気はないわ」

「………?今は?」

「そう、今は」

 

まるで敵対関係にあるかのようないい方にノクトは顔を顰めるがレティは気にせずに説明を始めた。

 

「私の生い立ちは既にグラディオラスから聞かされてるでしょうから省かせてもらうわね。向こうでニックスと合流した私はルナフレーナ嬢がテネブラエで匿われていることを知った。帝国は圧力を掛けて彼女を捕まえようとしてたから。だからそれを阻止するつもりで皇女の立場を使ってここまで来たの。そこでノクティス達がリヴァイアサンを目覚めさせる儀式に参加する旨を知ったわ。ルナフレーナ嬢の意識が戻らないのは儀式で何かしらあったのでしょう。今のままオルティシエに置いて行くことはおすすめしない。一度ノクティス達はコルの所へ戻ったほうが得策だと思うの。ノクティス、王の剣は11本全て集めた?」

 

まくし立てるような説明に皆口を挟むこともできずに戸惑うばかりだ。最後に唐突な質問をされてノクトはすぐに答えられず、

 

「11本?……いや、10本のような……」

 

と言葉を濁してしまう。

 

「どういうこと?マルマレームの森で手に入れたのではないの?場所は事前に教えておいたはずなのに……」

 

眉をひそめて咎めるようないい方をするレティにイグニスがさっと説明をするために口を挟んだ。

 

「そちらには向かわなかった。オレ達は、君を助けることを優先にしていたから」

 

しっかりと回復した両目で真摯にレティを見つめるイグニス。先ほどまで同じベッドで一夜を明かした仲だが決して疚しいものではない。なのに、レティの胸に沸く背徳感はなんだろうか。知られたくない。目の前のノクティスにも。

 

二人の視線は一瞬だけ交差し先に逃げるようにレティは視線を逸らした。

 

「……そう。それは悪いことをさせたわ。でも貴方達の行き先はこれで決まった。―――私達はこれでお暇させてもらうわ」

 

もう用は終わったと言わんばかりにレティは席を立とうとする。その際、ニックスが先に動き手を差し伸べレティは自然な動作でその手を頼りに腰を上げた。慌てたのはノクトだ。ソファから勢いよく立ち上がり声を上げる。

 

「ちょっと待て!どこに帰るってんだよ!?」

「ニフルハイムよ」

 

あっさりとレティが答えるとノクトは目を大きく見開いて信じられないと肩を震わせた。

 

「何、言って」

 

(やっと再会できたと思ったのに、なんで…)

 

声を詰まらせるノクトにレティは冷たい瞳で一瞥した。

 

「私の肩書は、ルシス王の敵であるニフルハイム帝国の皇女よ。決してルシスの王女ではないわ。どうにも認識を改めさせる必要があるわね。……なら名乗りましょうか」

 

そう言ってレティは『皇女らしく』見事なカーテシーを行いノクト達に挨拶をし、その動作一つ一つに見惚れるくらいに完璧な動きでこう名乗った。穏やかな口調であるが確かな威厳を込め皆に知らしめる一言を。

 

「ニフルハイム帝国皇帝イドラ・エルダーキャプトが孫娘。レティーシア・エルダーキャプトと申します。―――ルシス王。どうぞ、よしなに」

 

まるで『初対面の人間に向けるような笑み』を張り付けてレティは今にも倒れてしまいそうなほど真っ青なノクトを見つめ、ハッキリと口にした。

 

「クリスタルは、渡さないわ」

 

薄く弧を描く唇と紡ぎだされたノクト達に対する宣戦布告ともとれる言葉。

今ここに敵対関係が確立した瞬間だった。

少なくとも、そうであるように思えただろう。この場にいる誰もが。

だが彼女の真意はどうだろうか?

 

言葉そのままを受け取ったらそうだろう。だが彼女はハッキリとここで言葉にする意味があったのだ。後の為に。

 

きっと、ノクトは気づかないだろうと確信を込めながら。

 

【ずるい彼女はずるいことをした。】



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ムカつく感情

完全に少女の手を離れてしまった王子様への執着心を捨て去るにはどうするべきか。

 

『王子さまはもうわたしのものじゃない。本当の御姫様のものなの』

 

王子様にとって最愛の人を窮地に追い込んで平然としているのも苦痛。大切に扱うように言い含める裏で、本当の自分は嘆き悲しんでいる。

 

『ずっと、ずっと傍にいたのはわたしなのに!』

 

抑制された心の声を表情にはおくびにも出さずに少女は平然と振舞う。それが当たり前だと王子様に言い切る。

 

『だってそれが望まれているんだもの。世界が望んでいるのよ』

 

別の恋に走るか、自らの使命に没頭するか。

それとももっと楽な道に進むか。

 

『わたし、にげたいの』

 

なんにせよ、少女には逃げるという選択肢しか残されていなかった。受け止めるという選択肢は最初から存在しない。

王子様の心など知る必要はなく、最初から諦めていればその分痛みは少ない。最初から駄目だったと思い込んでいればいいだけ。

 

『もう痛いのはいや』

 

マイナス思考の少女に輝かしいばかりの英雄は傅き、その手を恭しく取った。

 

『だったらオレと逃げよう。逃げることは悪いことじゃない』

 

真摯な想いに胸打たれた少女は心ぐらつかせて縋るように英雄を見つめた。

 

『にげても、いいの』

『ああ。逃げたって誰も咎めやしないさ』

 

年上の英雄は朗らかに笑い、少女の心を軽くさせる。

 

『だからオレと―――』

 

思いもよらぬ英雄からの告白に明らかに狼狽した少女。

 

縋る気持ちは恋だろうか。

答えは出ず、少女は英雄と一時の別れを告げた。

 

じっと遠くから見つめている王子さまの存在に気づかぬまま。

 

レティーシアside

 

悪の皇女作戦は成功している模様だ。

けどどうにもノクトの切なそうな顔を見ていると胸が酷く痛む。ズキンズキンと虫歯みたいに痛みが止まらない。

 

あーあ、ノクティスったらなんて顔してるの。この世の絶望全て背負ったような情けない面を簡単に見せちゃ駄目よ。もし私が本当に敵だったらどうするの?言葉だけで屈服させられるなんてこの先王様やっていけないわよ。

 

と心の中でアドバイスを送る私だけどつい手を伸ばして頬を引っ張りたくなる衝動を抑えて手をぎゅっと握りしめる。あんな情けない顔したら慰めたくなるじゃない。卑怯だわ。

家族としてのスキンシップは当たり前だったからこういう顔にはとてつもなく弱いのだ、私は。弱点ともいう。

 

「情けない顔ね」

 

決して本意ではない、辛辣な言葉を投げかけてみれば分かりやすくさらに表情がクシャっと歪んだ。情けない声で縋るような瞳で私を見つめてくる。

 

「嘘、だろ?なぁ、嘘なんだよな!?」

 

ええ、嘘よと種明かしはまだしてあげない。ノクトには心理戦でも強くなって欲しいから。ちょっとした親心、じゃない妹心ってやつだ。

 

「私はニフルハイムの皇女よ。その事実は変わらないわ」

「!」

 

嘘をついてはいない。クリスタルをノクトに渡すつもりなんかない。だってアレは元々私達のものだもの。気まぐれに人に授けたものがいつの間にか人が所有するものになってしまっただけ。アレは人には重すぎるものだから綺麗さっぱり無くなったほうが余計な争いも今度起きないでしょう。

それに、私が本当にノクティスを裏切ると思ってた?演技なのに信じちゃうんだから。本当に心配ばかり掛けさせるのね。私が貴方の敵になるわけないじゃない。最後はそうなるようシナリオは組んでいるけどちゃんと最後には真実が分かるように仕向けるわ。

だからシャキンと胸張りなさい。

 

「……レティ……」

 

確かに私は頑張ることに疲れた。でもだからってノクトを助けることとは関係はないの。

ニックスは私の為を想って言ってくれているのは凄くわかる。けどそうじゃない。

彼の言う通り頑張ることはやめるわ。でもやるべきことはやる。これが私の最後の責務だから。怠けることと放り出すことは私の信条に反するから。

 

さて、私なりの個人レッスンはもういいかな。口元を噤んでショックを受けている皆にもネタ晴らしするいい頃だ。もはや泣きそうなレベルにまで落ち込んでいるノクトにドッキリをかます。

 

「……っていうのは演技」

「……?」

 

ふむ、これだけじゃ理解できなかったみたいだ。目を瞬かせてきょとんとした顔で私を見つめてくる。皆の視線が一気に集中する中、私は呆けたニックスの手からスッと自分の手を離して再度ソファにどっかりと腰を落ち着けさせる。先ほどよりはいくぶんかリラックスした態度で説明をすることができた。ニックスがハッと我に返り口を挟もうかとしているけど、手で制してストップさせる。そこで口挟まれるとややこしくなるから!

 

「この立場ならクリスタル奪還にも手助けしやすいでしょう?だから受けたの。つまり利用してるってことね。だから安心してノクティス、演技は終わりよ」

 

ウインク一つ飛ばしておどけて言って見せればノクトはようやっと私の意味を理解したようで、よろよろとソファに座り込んで片手で顔を覆った。

 

「レティ……マジかよ…」

 

私の言葉の意味を理解したグラディオラスが非難の視線を向けてくる。

 

「つまり嘘ってことか?」

「レティ、君は一体どういうつもりで…」

「マジ吃驚した~」

 

困惑しているイグニスやほっと胸を撫で下ろしているプロンプトも今までの発言が演技であると受け止めたようだ。おおむね彼らの態度は予想通り。ここまではオッケー。

出来るだけ反省している表情を作りつつ、

 

「ゴメンなさい。でもこれくらいの演技も見抜けないとルシスの王様やっていけないと思うの」

 

と嫌味一つ付け足したのは、少しでも彼に王としての自覚を持ってもらう為。

今までの発言が全て演技だと分かるとほっと胸を撫で下ろすクロウとリベルトさんもいた。シドさんに至っては「短い年寄りの寿命を縮めるなよ」と疲れた様子でくたりとソファに座り込む。けどノクトは打って変わって表情を変えた。

 

「レティ!!」

 

と顔を真っ赤にさせてせっかく座ったのにまた勢いで立ち上がって私に怒鳴ってきたのだ。相当おかんむりのようで鼻息も荒そうである。せっかくイケメンなのに美形が崩レティゃってるのはルナフレーナ嬢に見せられないね。ノクティスの怒りはすぐには収まりそうにないみたい。酷ければビンタもらいそうな勢いだ。けど男からのビンタなんてごめんである。それに先手を打たれる前にノクティスに座るよう促した。

 

「とりあえず座って。まだ話はあるから。怒ってもいいから後にして、ね?皆に聞いて欲しいことがあるの」

「ったく!なんだよ、今更!」

 

消化不良と言わんばかりにむしゃくしゃと自分の髪を掻きむしりながらノクトは仕方なく乱暴に腰かけた。えぇえぇ、ほっぺ引っ張りの刑でもなんでも受けますまよ。

まずは一番重要なことを話させて欲しい。

 

私は皆からの視線が集まっているのを確認して静かに口を開く。

 

「……私はニフルハイム帝国を潰すつもり」

「「「!?」」」

 

ドッキリではない。本気の話だ。

誰もが息を呑んで驚愕している。すぐに信じてもらえないかもしれないが時間は残念ながら限られている。私は真剣な表情を作り語りだす。

 

「途方もない与太話だと信じれもらえないかもしれないけど今の皇帝、つまり私のお爺様はもう長くはない」

「それは確かな情報か?」

「疑ってもらっても構わないわ。グラディオラス。何だったらディーノに電話して聞いてもいい」

「………」

 

彼がノクティス側についていると考察して答えるとグラディオラスは難しそうな顔をして押し黙った。

 

「……ある病に侵されているの。それは人が作る薬などでは到底治せないものでもう手の施しようがないわ。御爺様の後継者として私が選ばれているのは知ってると思う。だから私が帝国を内側から壊す。ノクティス達には隙を見て帝国に侵入してもらうつもりよ」

「危険だ!」

 

いの一番に反対の声を上げたのはやっぱりノクティスだった。それに続いてプロンプトやイグニス達も口々に無理だ、危ないと声を上げる。だが私は努めて冷静に言い返す。

 

「そうかもしれないわ。でもアラネアやレイヴス将軍も味方してくれているの。あの宰相には今のところこの計画は気づかれていないし、盗まれた指輪も私の手に入るわ。危険は承知の上。だからノクティス達は一旦コル達の所へ戻って。ルナフレーナ嬢を安全な所に匿わなくてはいけないわ」

 

ルナフレーナ嬢がすぐに目覚めることがないのは私が知っているし、ここに帝国に近い場所に置いておくことはデメリットだ。それとアーデンには最後まで悪役やってもらわないとノクティス達の成長に関係してくるのだ。本人は意外と好んでやっていてくれているからこちらとしても頼り甲斐がある。

真実とほんの嘘を混ぜ合わせることでより信憑性を持たせる。120%嘘じゃないからそうそう疑いは持たないはずだ。

さて私からの提案に速攻反対の意思を露わにしたのはやっぱりノクティスだった。

 

「嫌だ。オレはレティと一緒に帰る!」

 

まるで子供が駄々をこねるようにノクティスは嫌だと切なそうに顔を横に振る。

 

「ノクティス…」

 

肝心のノクティスがこうではイグニス達もそう簡単に納得しない。

 

「レティ、コイツらなりにレティの事心配してたんだ。それにコル達もな。……ここは一度一緒に帰ってくれねぇか?」

「シドさん……」

 

弱々しくも懇願する姿に胸が痛んだ。散々心配かけてきたってことは自覚している。もしかしたら、顔を会わせることもできずにさよならすることになるかもしれないんだ。最後の見納めとして一度帰るのもいいかもしれない。

 

「わかったわ。心配を掛けていたのは事実だしコルにも詳しい計画の話を直接伝えます」

「レティ!?」

 

信じられないと声を上げたのはニックスだ。まぁ、彼にしてみれば素直にニフルハイムに戻るつもりだって考えてたのかもね。ちらりと少し後ろを向いてみた。

 

「ニックス、貴方は先に帝国に戻ってほしいわ。頼みたいことがあるの」

 

私がそう頼むとニックスの眉間の皺が二、三本増えていた。しかもやや乱暴気味に私の腕を掴んで無理やり立たせてくる。目が据わってる、マジで目が据わってるわ!

それ絶対好きな女に向ける視線がじゃないよね。

 

「………、レティ、ちょっと来い」

「……はい…」

 

くっさいモルボルさえ退けてしまいそうな眼力に抗うこともできない弱気な私は素直に頷きむんず!と腕を掴まれて共に部屋を出たのでした。さて案の定廊下にて、キスできそうなほど顔を付き合わせてくる彼からの第一発言は「どういうことだ。納得できる理由をくれ」と予想通りの問いかけをしてきた。ここで選択肢を間違えてはきっと叱られる時間も長くかかりそうだ。

だが時間はそう少ない。私はニックスの手から腕を抜き取って顔を背けながら理由を説明した。

 

「あのままじゃ話が終わらないと思っただけよ。どのみち一度はコルと連絡を取るつもりだったもの。ノクティスが王の剣を確実に手に入れたのを見届けてから帝国には戻るつもりよ」

 

だがニックスはこれだけでは納得できなかったらしい。不満そうに眉を若干吊り上げる。

 

「……どうしてそこまで義理立てするんだ。アイツに」

「必要だからやってるだけよ」

 

ルシスの王子に対して恨みでもあるのか、呼び方が乱暴で私はついムッとなってしまい答え方もぞんざいになった。だがニックスがそれだけで納得するわけがなかった。

私が「この話は終わり。拒否は受け付けません」と強気の態度に出ると乱暴に腕を掴まれてしまい痛みに顔が歪んでしまった。

 

「レティ!」

「ニックスやめて。こんなとこで」

 

誰かに見られたら勘違いされると言いかけたところで、なんて間の悪いところに来るのだろうか。怒気を露わにしたノクティスが絶妙なタイミングで割り込んできた。

 

「テメェ何してんだよっ!?」

「ノクティス!」

 

いつの間に廊下に出ていたのかさっぱり気配も感じられなかったがノクティスは私の腕を掴むニックスの手を掴んで思いっきり振り払い隙をついて私を背に庇いニックスと対峙する。

 

「レティに触るな」

「断る。彼女はオレの主だ。邪魔をするな」

「なんだよそれ!レティが主って頭沸いてんのか?大体レティもレティだ。一体どういうことだよ。全然説明になってなかったしさっきの!なんでそんなノクティスなんて呼んで他人行事なんだよ!?」

 

くるりとこちらを向いて責任転嫁。

ぐ、そこを突いてきたか。

適当に思いついた言い訳で本心は悟られないようにそれっぽい理由を述べてみる。

 

「ここはオルティシエよ。今はカメリア首相が目を瞑ってくれているけど本来なら私と貴方は共にいることはできない位置に立っているの。今こうして言い争いをしているのもね。しっかりと視られているわ」

 

まだ彼は納得していないようだ。苦虫をかみ潰したよう顔で「……んなこと言ったって」

と言葉を途切れさせる。

 

「必要な事をきちんと行わなければ全てを元通りなんて夢物語よ。貴方はルシスの王なのだから」

 

今までが甘かったのだ。痛いところを突くのは不本意だがこれも仕方ない。彼の為にと口を酸っぱくして独り立ちを促すしかない。

 

「…っ…!」

 

突き放すようないい方にノクティスはショックを受けた様子で私の腕を掴む手を緩ませた。

私の好きな瞳が波のように揺れ動いたのに気付いたが見て見ぬふりをした。そうするしかなかった。さっと腕を抜きとった私はノクティスの脇を通り抜ける。

 

「すぐにオルティシエを出る準備をしてもらうわ。ニックス手伝って」

 

すぐにでもこの場から逃げたかった私は、ニックスの返事もまともに耳にせずそぞろに廊下を歩きだす。遅れて「……わかった…」と返事が聞こえた。

 

自分で突き放すようないい方をしておいてノクティスの傷ついた顔を見たくなかった。

逃げたかった。彼から。家族として自分を求めているノクティスから。

 

私はもうノクティスの妹じゃない!綺麗なままのレティじゃない!

ドス黒く汚れてるし意地汚い女だし自分が好きかと問われればすぐに嫌いだと言えるくらい嫌い。私を形成してきた全てが嫌い。

 

どす黒くなっていく私の心をかき乱してさらに真っ黒にさせる彼。

 

ズンズンと廊下を早歩きで進む私に後ろから「レティ、待てっ」と呼び止めの声が掛かる。だが待たない。そこまで頭が回っていないからだ。私の心を埋め尽くすものは。

 

たった一人だけだ。

 

【それは憎らしい君。】

 

眠っているルナフレーナを抱き上げ船に乗り込むのはノクトだ。

彼の為に今の状態になったのだから運んであげてほしいとレティから頼まれてノクトは複雑そうな顔で了承したが、まだ二人っきりで話せていない状況に不満げだった。いつも視線でレティを気にした素振りをみせるが中々話しかけられるチャンスが巡ってこない。いつも誰かが傍にいることが多いので今もノクト達がシドが運転する船に乗り込んでいく中、別れを惜しむかのように顔を見つめ合うレティとニックスに気がヤキモキして仕方ない。グラディオが窘めるように一言。

 

「ノクト、レティが気になるのは分かるがルナフレーナ様を落とすなよ」

「わかってるよ!」

 

それに続いてプロンプトも呆れたように話しかけた。

 

「ノクト、気になるなら話してくればいいじゃん」

「オレが話しかけようとするといっつも邪魔が入るんだよ。ちなみにお前も邪魔してたやつ」

「お、オレも!?」

 

恨みがましく睨まれてプロンプトはタジタジになり、その隣に立つすっかり傷が癒えて完全回復したイグニスがスチャッと眼鏡を押し上げつつ眼光鋭くノクトを窘めた。

 

「ノクト、まずはルナフレーナ様を椅子に寝かせて差し上げろ。今のお前を見ていると危なすぎて心配になる」

「……分かってるって」

 

腕の中にいる世界に光を与える存在、ルナフレーナは、レティの言った通り目を覚ますことなく昏々と眠りについている。彼女の胸は上下を繰り返しており、静かな寝息が耳を澄ませば聞こえてくるほどだ。

 

自分の為にこうなってしまったのかと思うと罪悪感に胸を押しつぶされそうになる。

 

だが感謝すれこそ、友情以外の感情は持ち合わせていない。きっとこれからもルナフレーナに抱くことはないだろう。

 

そんなノクトの意識を奪うのはいつもずっと一緒だった彼女だけ。

レティにあげる予定だったモーグリ人形も本人に渡せる機会は結局得られずプロンプトの背中に括りつけられている。心なしかしょんぼりしているのはノクトの気持ちが沈んでいるからだろう。

レティとノクトの間を隔てている見えない壁は明らかに強固で簡単に壊れるものではない。

分かっていたのだ、ノクトは。実際にそう簡単に上手くいくはずがない、と。

だが認めたくなかったのだ。自分とレティとの絆がそう簡単に切れるわけがないと信じたかった。信じた甲斐はあった。

 

家族であったことをまるで過去形のように扱う彼女はワザと厳しい口調で物言い、冷たく振舞ってノクトと距離を置こうとしている。だがそれもレティなりの優しさの現れとノクトは確信している。そう、まだ優位な位置にいるはずなのだ。レティにとって大切な部類に含まれているはず。

 

絆は切れてはいない。けどそう振舞わなければならないことがノクトには辛かった。

全ては自分の為にと行動してくれているレティが我慢しているように見えて辛かった。

もっと頼ってほしいと思った。家族としてではなく、一人の男として。

 

(――レティ)

 

あふれ出る想いとは裏腹にノクトが熱く視線を注ぐ相手は、別れを惜しむようにある男と見つめ合っている。まるで仲睦まじい恋人のように。

ぽっと出の憎たらしい男。王の剣に属しいつの間にかレティを守る位置にノクトを押しやってすり替わった奴。ニックス・ウリック。

突如沸き上がる嫉妬心から奥歯をぎりっと音を立てノクトは忌々し気にニックスを睨み付ける。

 

その場所はノクトのモノ。ずっと昔からノクトだけが独占してきたモノ。

 

絶対、絶対に――

【掠め盗られて堪るか】

 

船に乗るノクトからの視線にニックスは気づいていた。ビシバシと殺意籠められた視線だ。

当然、他の仲間からの突き刺さるような目線も。

だがこれ見よがしに優越感に浸りまるっと無視する。今まで共に旅してきたんだからそこでお預け喰らっとけと直接せせら笑って言ってやりたいくらいの気持ちだがそこは我慢して愛しの彼女へ意識を集中させる。

 

「レティ、オレに祝福をくれ」

「祝福?ああ、分かったわ」

 

レティはすこしつま先を立たせてニックスの頬に唇を充てがおうとした。

だが先に動いたニックスの大きな手がレティの顎を捉え自分の顔へと近づけた。

 

「ニックス?」

「オレはこっちの方がいいな」

 

悪戯めいた瞳に口角を上げた口元。だがそれはすぐに熱情へと変わる。ニックスの瞳に映る自分の姿は呆けた顔をしていて、彼の瞼が徐々に閉じていき吐息が混じり合うほど肌で感じた時には、吸付けられるように口付けられていた。

決して激しいものではない。舌と舌を絡め会うような情熱的なものでもない。

しっとりと濡れていて程よい柔らかさ。

 

船の上から二人を見ていたノクト達は重なり合う二人を見てはピシリと石化したように固まってしまう。その様子を薄めで確認したニックスは内心ざまぁと優越感に浸りながら笑った。

 

レティがどれだけ心砕いてきたかその苦労を知らずにやってきた王子一行。

今回は仕方なくレティを預けていくが、必ず彼女はオレの元に帰ってくると自信にあふれていた。なぜなら、自分はレティの守護者。

 

人間の視覚で捉えることができない所で二人はしっかりと繋がっている。だから余裕がある。

 

長く甘いキスを終わらせて瞳を潤ませ頬をほんのりと赤く染めるレティを愛おしげにニックスは見つめ、一度彼女の唇を親指の甲で軽く触れて顔を近づけて耳元に囁いた。

レティ以外に聞かれないようにという意味を含めて。

 

「オレの心は常にお前と共に」

「ニックス……」

 

たとえ天と地ほど離れていようと心は繋がっている。彼女が望めばどのような過酷な状況だろうと馳せ参じることなどたやすいほど、ニックスの気持ちは本物だ。

だからこそ、この一言に彼の想いが全て込められていた。

 

「愛してる、レティーシア」

「……!」

 

好きよりももっと重く胸に響く言葉。

 

愛に飢えていたレティにとって惜しみない愛を与えてくれる存在。

予期せぬ愛の告白はレティの心に波風を落とした。

 

「………私は」

 

なぜだか苦しそうに表情を歪めさせるレティにニックスはそっとレティの唇に指先を軽く押し付け優し気な瞳で頭を振った。

 

「いい。今は何も言うな。だがオレは本気だ。それと、な―――」

 

一瞬掠めるように耳打ちされる言葉。

 

「!?」

 

バッとレティは真っ赤な顔でニックスから後ずさって距離を取った。口をパクパクとさせて「あ、え、いやいや!」と動揺しまくる姿にニックスは口元を片手で覆って笑いを堪えた。

 

彼が彼女の耳元で囁いた事。それは、

 

『帝国で、お前をもらう〈抱く〉』

 

というお預けを喰らった狼による宣戦布告。

 

「忘れるな、レティ。約束だぞ」

 

英雄の皮を被った狼さんは目を細めてニヤリと笑った。

ぎょっと目を剥く王子様の前で動揺する悪役皇女を掠め盗る気満々に。

 

【トライアングル・ラヴ】



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ただいまと言わない彼女

突然の連絡に皆の動揺した。ルナフレーナ様が御無事だったことだけじゃない。ほかならぬ彼女が、ノクト達と一緒に帰ってくるってこと。にわかには信じがたい話に私だけは疑念が残っていた。

 

でも、彼女の姿を視界で捉えた瞬間その疑念も一気に晴れた。

 

清楚な白のワンピース姿、レースを使ったサンダルを履いていかにも戦とは無縁と言えそうな深窓の令嬢と言った風貌の彼女は兄、グラディオラスの手を借りて軽やかに船から降り立った。

 

「……本当に、レティだ…」

 

視界が緩みぼやけて見えてしまう。

 

「姫様!」

「皆、元気そうで良かった」

 

タルコットやジャレット他の仲間たちも彼女の帰還を心待ちにしていたからその感激も一入で瞳に涙まで湛えてレティを出迎えた。

私もそう。

 

彼女の姿を自分の目で確認するまでは半信半疑だった話もやっと本当だったんだと実感できた。たまらずに私は彼女へ飛びかかった。

 

「レティ!!」

「……イリス。久しぶり」

 

弱々しい笑みを浮かべレティはどこか疲れた様子だった。きっと色々あったはず。それでも帰ってきてくれた。それだけで私の心は嬉しくて踊る。

 

「お帰り、レティ。お帰り!」

「………、ゴメンね。イリス」

 

レティは、ただいまと返さずに謝り自分の首元に縋りついて嗚咽をもらす私の頭を優しく撫でてくれた。

 

でも私は彼女の瞳が悲しみをら宿していたなんて気づくことはなかった。

 

 

いつまで続くか分からない不安を抱き続ける日常。出来る限り自分が出来ることをやろうと模索するけれど、やはり心に引っ掛かるのは大切な親友の安否だった。

 

イリス・アミシティアは今日も家から少し離れた見晴らしの良い場所で鍛錬をしていた。

 

照りつける太陽に海から吹く風に乗って塩の匂いが鼻腔を掠める。最初見るもの体験するものすべてが新鮮で戸惑っていたものが今では当たり前のように使えるようになったのはきっと自分にとっていいことだとイリスは思っている。

日課となっている鍛錬を終え、額から流れる汗を首に巻いたタオルで拭いとって「……ふぅ…」と息を吐きだした。イリスはあの一件からコルから足手まとい扱いを受けようとも日頃の体力作りだけは欠かさずに行っているのだ。今もレティが護衛として残してくれた召喚獣、ようじんぼうとダイゴロウと共に鍛錬をしている。イリスのフットワークの良さを生かした練習内容は確実にただの普通よりはやや強い女子高生からかなり強い女子高生へと変貌を遂げていた。

 

「今日もありがとう。ようじんぼう」

『―――――』

 

無言ではあるがそれなりに意思疎通が取れるようになったようじんぼうはイリスからの礼の言葉に小さく頷き返してふらりと異界へ戻って行った。だがイリスの足元にはドン!と尻尾振ってなでなでしてもらえるのを全力で待っているダイゴロウがいた。満面の笑みを浮かべてイリスはしゃがみこんでダイゴロウを撫でまくる。

 

「ダイゴロウもありがとうね」

『ワン!』

 

派手な容姿に似合わず人懐っこい性格で誰からも好かれているダイゴロウはイリス達の癒しとなっている。ふと気が付けば傍に控えていてデカい体躯で子犬のように愛嬌を振りまく姿はいつ見ても胸キュンものだ。気が済むまで撫でくりまわしてイリスは再度立ち上がる。

ノクト達がオルティシエへ向かってからラジオから一斉に流れたルナフレーナの声明はどれだけ世界中の人たちに希望を与えただろうか。神薙としての自分の使命を立派に果たそうとする彼女の凛々しく勇ましい姿は、誰もが想像できただろう。それはもちろんイリス達も同じだった。

世界の光たる神薙が生きて世界の闇を晴らすと宣言したのだ。

 

誰もが期待を寄せずにはいられない。けれどイリスは僅かな引っ掛かりを覚えていた。

そうやって皆を励ますのはいいことだろう。だが具体的にどうやって闇を払うというのか。闇とは一体何なのか。

そもそもどのように闇が生まれ出たのか、本当の事は知らない。彼女がオルティシエでやることにどんな意味があるのか。

 

様々な疑問がイリスの頭をよぎった。

 

皆を引っ張っていく立場であればこそ、明確な説明もなしにただ救うでは逆に自分たちには何も知らなくてよいと宣言しているのと同じではないか。余計な混乱を与えたくないとのルナフレーナなりの配慮かもしれないが、それで納得できない人もいる。それがイリスだ。

 

ルシスの王族だけが扱える圧倒的なクリスタルの力。

六神と唯一意思疎通できる巫女、神薙というシステム。

仲たがいが起きた六神の確信的なおとぎ話。

 

今まで絶対的な力で守られていたことで盲目的になっていたが激変する世界情勢を自分の目で耳で目の当たりにしたことから、様々な矛盾点に気づくことができた。ただ与えられるだけの平和など本当の平和ではない。祈るだけで願いが叶うのなら誰だって王になっている。

理が発生するには何かしらの理由が存在するのだ。

その理由を知らずにただ、縋るだけ、願うだけ、希望を託すだけの甘えなど堕落しているも同じじゃないかとイリスは考える。もしかしたらこの考えは異端扱いされても仕方ないかもしれない。実際にこのような話は神薙を侮辱しているも同じ扱いにされるだけだ。

 

けどあまりにも出来すぎてはいないだろうか?

 

ルシスで育ったレティがニフルハイムの皇女だった?

まるで手の平返したように敵対関係になったレティがあっさりとノクト達を裏切る卑怯な真似をするだろうか?何か弱みを握られていたりしないだろうか?あくまで可能性の話だがないと断言できる話でもない。

 

―――まるで、何かの壮大な【劇】を観ているかのような気分になる。

 

悲劇の混血の王女と偉大な王の血を引くルシス王子、幼い頃から才能溢れた神薙。クリスタルの力をめぐっての争い。

古来から世襲制で代々の王がクリスタルの力を使って国を守ってきたことに対して、構築された古いシステムを壊そうとしたのがニフルハイム帝国。舞台設置にはもってこいの勢力図だ。

 

あまりに出来すぎている舞台に観衆は酔いしれどっぷりとその世界に入り込むだろう。けれどその違和感に気づいた者はまるで仕組まれているようだと僅かな違和感に気づく。

 

人智を超えた何かが作用しているのか。

レティが召喚獣を従えさせ慕われる理由もきっと彼女の根本に真実が隠されている。

 

イリスは諦めることはなかった。たとえどのような立ち位置にいようと必ずレティに会いに行ってやる。その意気込みが萎えることはなかった。むしろ火を増すごとに気持ちは増すばかり。確かにコルのように『誰かを殺す覚悟』は今のイリスにはない。持てと言われても無理な話だ。今までイリスは守られる側だったのだから。だがその守られる側から脱皮しようと彼女なりに努力しているのだ。

 

さて、そんなイリスを見守る者が二人いた。

 

「今日もやっているようだな」

「ええ、欠かさずにイリス様は鍛錬に集中しておられます」

 

色々と忙しいコルだがたまたま家の方に寄った時に遠目からイリスの姿を目にした。出迎えたジャレッドが自分の事のように嬉しそうな顔をして最近の様子を語った。

 

そんな彼女の努力する姿を密かにコルが感心して見守っていることにイリスは気づいていなかったが、少なくとも以前より守る対象から少しだけ外してもいいとまで思えるくらいにイリスを見直していた。

 

「コル様、何か進展があったようですな」

「……分かるか」

 

隣に並んだジャレットに少し視線をやり呟くように尋ねると

 

「いえ、年寄りの勘みたいなものですよ」

 

そう言ってジャレットが目尻を下げて口元を緩ませた。コルは「そうか」と短く答えてまたイリスへと視線を向けなおした。

 

「……シドから連絡があった。王子達がこちらに一度戻ってくるらしい。ルナフレーナ様をお連れしてな」

「ルナフレーナ様が!分かりました。すぐにご準備いたします」

「―――それと」

 

コルは一呼吸置いて「姫が同乗されておられる」と続けた。ジャレットは驚きのあまりすぐに声を出すことができなかった。確かめる為に声を出した時は自分でも驚くくらいに震えていた。

 

「……それは、本当の、御話でございますか?」

「ああ。オレも信じがたいがこちらに共に来られるようだ」

 

レティーシアが無事だった。その事実だけで小躍りしてしまいそうだというのに、こっちに戻ってくるという事実はジャレットの年老いて弱くなった涙腺をさらに緩ませる結果となった。片手で口元を覆い、ジャレットは顔を俯かせた。

 

「……あぁ、姫様が御無事であられた…。良かった、本当に良かった……」

「ああ。そうだな」

 

ジャレットもレティーシアの身を案じていた内の一人でこの時ばかりはただの老人に戻り、コルは慰めるようにジャレットの肩に手を置いた。暫くしてジャレットはいつもの老執事の顔に戻った。

 

「……申し訳ありません。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

「気にするな。オレも話を訊いた時は同じだったさ」

「―――何か浮かない顔をしておられますが。もしや――姫様の御立場をご案じされて?」

「姫御自身からオレに今後の事で話があるとのこと。それがどうにもな……胸騒ぎがする」

「……ともかく皆に伝えてまいりましょう。お迎えする準備もあります」

「頼む」

 

ジャレットが立ち去ってからもコルは暫く海の方を眺めて佇んでいた。

 

レティーシアが帰ってくる。それは純粋に喜ばしいことなのだ。だが胸に巣食う不安は何なのか。

 

帝国をすんなりと出してもらえるほどにレティーシアはあちらに順応してしまったのか。いや、それならわざわざオルティシエに滞在する理由がない。そもそもあのレティーシアがノクト達と敵対する理由が見当たらないのだ。あれだけ献身的に心砕いてきた彼女が今さら剣を向けるなど考えられない。それに召喚獣に願えばすぐにでも帝国などあっという間に脱せられたはずなのに彼女はそうしなかった。ということは、何かしら考えがあって行動している。

 

ほかに理由がある?

ルナフレーナを連れてタイミング良くこちらに現れる理由はなんだ?

 

まだ再会も果たしていない中、不安は膨らんでばかりでしぼむことはない。ただの懸念でしかないとコルは軽く頭を振る。

 

「きっと、疲れているだけだ」

 

そう呟く事で余計な考えを誤魔化そうとするが、いかほどの効果もない。今は出来ることをやらなければと己を叱咤しその場を立ち去った。

 

【風がいつもよりも冷たく感じたのは気のせい】



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近くて遠い君

プロンプトside

 

 

ほんの少し離れていただけなのに、もう見えている視界の先が違うなんて。レティが打ち明けてきた計画は衝撃的だった。

 

『……私はニフルハイム帝国を潰すつもり』

 

絵空事と受け止められてもおかしくない話をいたって真面目な表情で口にした彼女はまさに皇女としての立場をしっかりと受け止めている様子だった。クリスタルを取り戻すため、自分の御祖父さんが犯した罪を終わらせる為に決意した姿はとても眩しく見えて羨ましかった。

 

しかもそれだけじゃない。ショックだったのはあのニックスって人とレティがキスした時。

……ああ、思い出すだけでダメージ喰らいそう。どうして胸がズキズキと痛いんだ。どうして悔しいって思っちゃうんだろう。オレは……、レティに対してどういう気持ちを抱いているのか分からない。

ともかくその時、相当ショックを受けたのはオレだけじゃない。グラディオだってイグニスだって、クロウさんやリベルトさんシドさんもだ。そして、仲睦まじい二人の姿に嫉妬丸出しの視線だったノクトもだ。

 

重なり合う二人の姿に視線が釘付けになって顎が外れそうになった。嘘だよね、嘘だよねとついつい瞬きしたけど全然二人の距離も変わらず目の前の現実に変化はない。

 

あ、ノクトが死んだ目して気絶してる。王子にあるまじき顔でちょっとドン引きしちゃうくらいだ。

 

というか、逃げるようにレティは恥じらう顔を隠しながら船に乗り込んできてシドさんが船を動かして港を出る時もニックスさんは遠ざかる船を、ううん、レティを見送っていた。レティもニックスさんを気にしていたし。やっぱ両想いなのかな。

 

ぐは、考えただけでダメージが。

誰もが二人の仲を気にして尋ねたい所我慢して口を閉ざしている中、グラディオが「アイツとできてんのか」とストレートに質問をしてオレ達は耳を大きくさせてレティの答えに注目した。でも、レティからの答えは違った。

 

「恋人、じゃないわ」

 

口元を覆ってどこか不機嫌に答えたレティは小さくなっていくオルティシエの方を見つめた。銀色の髪が海風にたなびいて光って見えて綺麗だなぁとぼーっと見惚れちゃったけどすぐに我に返って気を引き締めた。やばいやばい、今そういう場合じゃないし。

 

レティはやや躊躇いながら言い訳するように答えた。

 

「―――ただ、一緒にいると楽なのよ。気持ちが楽になる」

 

吐露するように吐き出した言葉はレティの正直な今の気持ちなんだと分かってしまった。それって一緒にいたくないってことだよね。顔が歪んでしまったのはオレだけじゃない。

 

「……オレ達は違うっていうのか!?」

「ノクト、声を荒げるな」

 

グラディオが憤りを隠せないノクトを宥めようとするけど、レティからの冷ややかな声と視線に何も言えなくなった。

 

「………だったらどうだっていうの?」

 

開き直るとは思ってなかったノクトはあからさまにショックを受けて固まった。オレもまさか肯定されるとは思ってなかったよ。

 

「!?」

 

どうしてだろう。オレが知るレティと何かが違う。

あまりに冷たすぎるっていうか、ノクトに対して厳しいんだ。わざとらしさはないけど無理してそう振る舞ってるっていう感じ。

 

「『前』と違うのよ。私達は立場も想いも。貴方達に守られねばならないものがあるように、私も譲れないものがある」

「………」

「言ったでしょう?アレは演技だったって。貴方の疑り深さも流石のものね、グラディオ」

「―――皮肉かよ、レティ」

 

何かが確実に変わってしまった。

それだけは嫌でも分かるよ。オレ達とレティとの間には見えない壁のようなもので遮られている。それにレティはグラディオを愛称で呼んだ。ノクトは『ノクティス』なのに。今までグラディオを愛称で呼んだことなんか一度だってない。これで可笑しいって思わない方が変だ。

 

「そうね。そうとってもらっても構わないわ。……少し疲れたからそっとしておいて」

 

そう言ってレティはやっぱりオルティシエのある方角に顔を向けた。これ以上話したくないと彼女の背中は物語っていた。

 

こんなに近くにいるのに、レティがすごく遠く感じてさ。

言い知れない不安がオレの胸の中に渦巻いて気持ち悪かったしもどかしかった。こんなに、近くにいるのに触れられる距離にいるのに彼女の背中が遠いだなんて。

 

まるで【   】している気分だ。

 

胸の痛みと苦しさと切なさみたいなもん抱えて服をぎゅっと握りしめてはじっとレティの背中を見つめていたら、

 

「………」

「……プロンプト、どうした?もしや酔ったのか?」

 

イグニスがオレの様子を気にして声を掛けてきた。

 

「へ?オレ?」

「ああ、胸を抑えているようだったから吐きそうなのか思ったが」

「ううん、酔ってないよ」

 

ニヘラと笑みを作って大丈夫だと答えるとイグニスはいぶかしみながらも納得してくれた。

 

「そうか。ならいいが……」

「ねぇ、イグニス」

 

ほんの好奇心で訊ねてみたくなった。意地悪じゃない、そうだよ。これは好奇心だと自分に言い聞かせる。

 

「なんだ」

「レティって、好きな人いないのかなぁ」

「な、荷を言って……」

 

イグニスは不意を突かれたみたいに目を見開いて驚いたようだ。でもオレは気にせずにレティを見つめたまま喋り続ける。

 

「気が楽になるって安全圏ってことじゃん。だからニックスさんとは友情以上恋愛未満なのかなって」

「………なぜ気になるんだ」

 

眼鏡を指先で押し上げて低い声で逆に訊ねられた。探りを入れられてる感じ?うーん、残念。オレの真意が気になるって?でも正直に答えるしかない。

 

「分かんないや。なんでだろね」

 

本当に分からないや、オレの気持ち。自分の事なのにはっきりと言い出せないのはきっとオレがこの気持ちに名前を付けるのを怖がっているからだ。形にしてしまったらきっと戻ることはできない。

 

【子供だましの手口】

 

 

イグニスside

 

 

彼女の魔力によって治された両目は以前よりも視力が上がったようで視界も良好だ。ただ昔から眼鏡をしていることが当たり前なので今更外すと調子が狂ってしまう。

 

ああ、そう言えば前にノクトの悪戯で眼鏡を奪われたことがあったな。あの時はまたノクトが寝不足なことを理由にレティと一緒に寝たいなどど戯事を言ってきたからつい叱り飛ばしてしまったが、兄妹と言えど肉体的にも健全な男女が同衾するなど常識外だ。その腹いせに眼鏡を奪うなど幼稚な悪戯を繰り出していたあの頃はまだ自由だった。

つい、思い出し笑いしてしまいそうになるのをぐっと堪えてついにカエムの岬にたどり着いた。まさかこうしてまた戻ってくることになるとは思いもしなかった。

 

「レティ、着いたぞ」

 

よほど疲れていたのだろう。船旅の途中でうすらうすらと眠っていたレティの肩に手を置いて軽く揺さぶると「……ん」と声を漏らして目元をゴシゴシとこすぐる仕草はとても幼く見えた。

 

「……何処だっけ、っていうか今何時だっけ?」

 

ぼうっとした顔で状況がまだ把握できていないらしいので「カエムの岬にある隠れ家だ」

と説明すると「……ああ、ここがそうなのね……ハッ!?」と意識がはっきりと覚醒したらしい。バッと飛び上がりオレから離れる動きは速かった。

 

「い、いいいイグニス!?」

「オレだが、どうした」

「べべべ別に!」

 

明らかに動揺しているだろう、それは。猫のような瞬発力で逃げるように船から危なっかしく降りる彼女の背を未練がましく追ってしまうのは情けないだろうか。

これが今のオレと彼女の距離の差をまざまざ感じた。

 

あの一夜をなかったことにする。

 

それはオレの気持ちもリセットしろと強制させられているようで嫌だった。女性としてあのような行為は傷ついて当然だしオレも誠心誠意謝罪しなければならないことだ。だが彼女はそれを良しとしない。まるでノクト達にばれることを恐れているようだ。確かにレティに好意を抱いているノクトに知られてしまえばきっと仲良く旅なんて続けられないだろう。今も暗黙の了解で行動を共にしているはず。もし、オレがノクトに告げてしまえば?と下らない問いが生まれる。

それこそ今のオレ達の関係が崩れてしまうだろうな。

 

「皆、元気そうだね」

 

船から降りた途端に表情を切り替えたレティは朗らかに笑って熱烈な歓迎を受けた。

 

「姫様!」

「よくぞ御無事で……!」

「レティの馬鹿~~」

「あ~はいはい。馬鹿だから歩いて、ね?とりあえず座らせてよ」

「うぇえええええんん!」

 

滂沱の涙を流しレティに抱き着いて離れないイリスを何とか歩かせてタルコットが後ろを引っ付きながら部屋まで手ずから案内を申し出ていた。

 

「ノクティス様方もお疲れ様でございました。ルナフレーナ様にお休み頂ける準備はできております。こちらにお運びください」

 

ジャレットがオレ達に頭を垂れてねぎらいの言葉を掛けてくれたが、ノクトの表情が暗いことに気づいたジャレッドは何かを察してそれ以上喋ることはせずにオレ達を部屋へと案内した。部屋へ向かう途中、気後れしているのかリベルトが若干引き気味にクロウに話しているのがすぐ後ろの方で聞こえた。

 

「……なんかオレ達およびじゃないって言うか」

「ちょっと!リベルト」

 

大方スケールの大きい話になっていくことに怖気づいたのだろう。それも仕方ないことだが。

 

「リベルトとクロウも一緒に聞いてね」

「ええ」「……マジ?」

 

だが間髪入れずにべったりなイリスに引っ張られているレティが振り返り二人に参加を促したのでリベルトはガクッと肩を落としたようだ。残念だったな、リベルト。

 

ノクトとはルナフレーナ様を運ぶために一旦別れてオレ達は先にリビングで待っていたコル将軍と顔を会わせることになった。

ピンと張り詰めた雰囲気に緊張感からかイリスやタルコットは口をピタリと噤んではレティから離れた。彼女は静かに椅子から腰を上げたコル将軍と対峙し、

 

「……久しぶり、コル」

 

とまるで何事もなかったかのような挨拶をした。それに対してコル将軍は、「ご無事で何よりです。姫」とまずは社交辞令から入る。レティは眉を軽くあげで不服そうに目を細めた。

 

「……何か言いたげね」

「ええ」

 

一瞬即発とはまさにこのことだろう。張り詰めた緊張感を先に壊したのはコル将軍は思いもよらない行動だった。

二、三歩進んだかと思うとレティの少し前で止まり突如右手を大きく振りかざした。

 

パシンッ!

 

「なっ!?」

「レティ!?」

 

小気味よい音と険しい顔つきに皆、息を呑んだ。

あっという間の出来事で止める暇もなくコル将軍から出された手によってレティの頬は痛々しくも赤くなる。加減なしに叩かれた頬を抑えつけレティは狼狽えた様子もなく無言でゆっくりと顔を戻すとコル将軍を見つめた。

 

「……」

「……ご自分がした事に対して自覚はおありですか」

 

厳しい眼差しと追及するような物言いに対してレティは痛みを堪えて毅然とした態度で言った。

 

「あるわ」

「謝罪の意は」

「ないわ。あの時の判断は間違ってないもの」

 

間髪入れず堂々と言い切ったレティにコル将軍は怒りを押さえつけるように拳を握る。

 

「貴方の独断でどれだけ皆に迷惑をかけたとしてもですか」

「ええ。その価値はあったわ。クリスタルを取り戻すことができる。それはルシス復興への第一歩でしょう」

 

やり方はどうであれ、レティの言っていることは正しい。だからこそコル将軍はぐっと喉を詰まらせたような表情で何も言い返せないようだ。

 

「………」

「気は済んだ?なら、座って。これからのことについて話し合いましょう」

 

つとめて冷静にレティは椅子を引いて腰掛けた。逆にコル将軍の方が憤り隠せない様子だった。

 

「………貴方は、どうしてそこまで!」

「コル、私情は挟まないで。今は一刻の猶予も残されていないのは貴方だって知っているでしょう。私は『遊び』で戻ってきたわけじゃないわ」

「………失礼、いたしました…」

「なら座って。皆も腰をかけて、聞いて欲しいの」

 

困惑するオレ達にレティは気にせず、丁度ノクトも戻ってきたこともあり説明を始めた。その際、微妙な空気感に包まれたリビングに入ってきたノクトは「なんかあったのか」と周囲に尋ねるも誰か答える前にレティが「さっさと座る!」と椅子に座らせたことで先ほどの件はノクトが知ることはなかった。

 

事前にオレ達に打ち明けた内容をコル将軍たちにも同じように説明し、なおかつ軍部を抑えてルシスから撤退させるよう指示を出すと驚きの一言まで飛び出た。

その時にレジスタンスのメンバーでルシス入りをし、王都の安全を確保しろとのこと。費用の出費は考えずともレティの方で手配済み。シガイが蔓延っているようなら召喚獣を出すともいう、的確かつ無駄がない戦略だが本当に実行できるのだろうかと懸念が残る。だが今まで有言実行だったレティのことだ。今回も下準備は念入りに行ってきたのだろう。でなければこんな大胆な発想は浮かばないはずだ。

大体の作戦について話は終わった。オレとしては一刻も早くレティの頬を冷やしてやりたいのだがレティの用事はまだ終わりではないらしい。

 

「ある人から預かっている物があるの。ノクティス、手をこちらに出して」

「……こうか?」

「ええ、それでいいわ……。父上の剣を預かってきたわ」

 

彼女の手から小さな光が数多く生まれてそれは徐々に剣の形になっていった。

 

「こ、れって……!」

「レイヴスが大切に持っていてくれたの。ノクティスに渡して欲しいですって」

 

それはレギス様が使っていた剣だった。どうしてレティにその剣を託したんだ?

いつかレイヴスと対峙した時のことが脳裏をかすめた。どう考えてもあのレイヴスとレティが親しい様子が想像できないが、レイヴスがレティの存在を認めているということは把握できた。レギス様を憎んでいたはずの彼の心境の変化は少なからずレティの影響だろうか。

 

「アイツ、が」

「………父上のように立派な王になれとは言わないわ。けれど王という責務は決して軽くはないはずよ」

「………」

 

ノクトは黙ってレギス様の剣を受け取りレティはノクトの剣を持つ手に自分の手をそうっと乗せた。

 

「だからと言って自分の命を賭ける真似はしないで。世襲制という王の縛りは決して命を短くさせるものじゃない。クリスタルはそのためにあるんじゃないのよ。あれは、」

 

一度そこで彼女は言葉を切った。何かを思い出してか顔を少し歪めさせる。

 

「あれは人を不幸にさせる癌の元よ。決して幸せなどもたらさない。クリスタルがある限り争いは終わらない」

「どこでそんなこと知ったんだよ」

「……バハムートが教えてくれたの。闇を払う方法、つまりクリスタルの解放を行うことで世界は救われる。私が選ばれたからよ、召喚獣たちに。産みの存在であるミラ王女みたいにね」

「!?」

 

ミラ王女の名にコル将軍が顔を強張らせたのが分かる。勿論それは王女の存在を知るオレ達だって同じだ。やはり彼女は自分の生い立ちを知っていたか。

 

「ミラ王女が死んだ事で必然的に私が選ばれた。私なら闇を払うことができるわ。だからノクティス達にはその補助をしてほしいの。帝国を完全に潰すことでクリスタルの解放もやりやすくなる」

「オレにはできないのか?」

 

椅子を仰け反りそうな勢いで立ち上がったノクトはどこか必死な表情で訴えた。

 

「貴方には召喚獣の声は聞こえないでしょう?」

「そうだけど!?」

 

まだ納得はできないらしいノクトに対してレティは安心させるように小さく微笑んだ。

 

「貴方は正攻法で世界を救って欲しい。私は裏方でノクティス達を誘導させるから。だから信じて、私の事」

 

真摯に見つめられ、あんなことを面と向かって言われてしまえばもう何も言えないだろう、ノクトもオレ達も、だ。

 

「……レティ……」

「もう二度と父上のような人たちをだしたくない。その為に力を貸して欲しいの。お願い」

 

懇願され不承不承にノクトは頷いたが、譲れないところもあるらしい。

 

「分かった……、でも無理だけはさせないから」

「ありがとう。うん、サポートお願いします」

 

大まかな詳細がレティから説明されるやいなや、皆目を丸くして驚くしかない。

 

オレ達はしばし休憩したのち、レガリアに乗って目的地まで向かうことになった。また五人での旅が始まるわけだ。

 

準備はそれなりあったが、レティの様子が気になりオレは家の中を捜したが彼女の姿が見えずイリスにレティの行方を尋ねると灯台の方へ行くと言付け向かったようなのでそちらへ小走りに向かった。それに相棒であるクペを連れてこなかったのか、その理由も知りたかったからだ。あれだけ常に一緒だった二人が離れるということはそれなりにやむを得ない理由があるはず。

 

表側の方にはいなかったので裏手に回ってみると彼女はぼんやりと海を見つめながら壁に背中をついていた。

 

「レティ」

 

名を呼んで彼女に歩み寄るオレの方を見ずにレティは不機嫌そうに「……何」と答えた。

 

「……これで頬を冷やすといい」

 

濡らしたタオルを差し出すと、一瞥され「……ありがとう」とタオルを受け取り叩かれた頬にあてがった。すぐに冷やそうと思えばレティの魔法で冷やせただろうにそのままにしていたということは……。そうすることさえも忘れていたほどに落ち込んでいたのだろうか。……もっと早く動いていればあのようなこと事前に防げたかもしれないというのにオレは自分が不甲斐なく思ってしまう。

 

「これくらいしかオレにはできないからな」

 

少しでも彼女の役にたちたい。罪滅ぼしではないが力になりたかった。けどオレの心を見透かすかのようにズバリ言われてしまった。

 

「………貴方を助けたことは後悔してないわ」

「!」

「それだけは、言っておく。また旅を始めるんだもの。気まずいのはお互いに嫌でしょう?だからあの事はもう忘れて」

 

素っ気なくサラッと言われたが、頭がすぐに理解できずにオレの脇を通り抜けようと動くレティの腕を掴んでしまった。

 

「忘れて?」

「忘れて欲しいの。私も、忘れるから。というか腕、離して」

 

前にもあった。レティとキスをした時のことだ。

あの時は凄い剣幕で忘れるよう強制させられた。だが口から出た言葉は案外強気なものだった。

 

「ちょっと、イグニス。聞いてる?」

「……断る」

「……何ですって?」

 

信じられない顔をされたがオレとしては正直に言ったまで。

 

「忘れることなどできやしない」

「イグニス、貴方」

 

過ちを咎めるかのように低い声で睨み付けられる。が、逆にオレの方が冷静でいられなくなった。瞬間的に沸いた高ぶった気持ちのままオレははっきりと声を上げた。

 

「忘れられるか!」

「!?」

「君が、君がオレの為に体を傷つけて助けてくれたことを。あっさりと忘れてたまるものか!オレはそこまで愚かじゃない」

 

下心は別にしてもはや意地だった。レティにその程度の男と思われるのが嫌だったからだ。声を荒げたオレにレティは目を見開いて驚いた。

 

「……イグニス…」

「レティ、君には悪いがオレは忘れたくない。――――忘れられないんだ」

 

懇願するように彼女を見つめれば、

 

「……勝手にして」

 

レティは逃げるように捕まえていた腕を強引に引き抜いて小走りで行ってしまった。

 

「勝手にして、か」

 

【まるで想うだけなのは勝手なことと言われた気がした。】

 

 

レティーシアside

 

 

ああ、寝不足だわ。

常に無駄に緊張してしまっているから夜も眠れなかった。一人部屋というわけにも行かない隠れ家ではイリスと同じベッドで寝かせてもらったけど彼女は私が消えることをひどく恐れていて夜私にしがみ付くようにくっ付いて寝るので息苦しさも相まって完璧寝不足状態。目の下に隈なんか作っちゃってクロウには吃驚させてしまったな。リベルトとクロウ二人には一足先にレスタルムへ戻ってもらった。彼方でヴォルフラム達と合流してもらい本格的にルシス奪還の為に動いてもらうためだ。メンバー編成などは彼らに一任しているので大丈夫だろう。後はルシスの状態によって召喚獣を派遣するかどうかだけど。……そういえば私が戻ってきたことをコルから耳にしたのだろうヴォルフラムから電話を受けた時はコル以上に怒られると身を委縮させたが、意外にも電話越しの声は優しく純粋に私の無事を喜んでいてくれた。

 

『レティ、無事で何よりだ』

「ヴォルフラム……、色々と心配をかけて御免なさい」

『いや、やんちゃやれるだけ元気してたってことは知ってたからな。』

 

しかも会話中にユリとグレン君が突如割り込んできて電話先でヴォルフラムと一悶着起こすというおかしなハプニングもあったけど三人とも元気そうでなによりだった。

 

『それよりもな、『レティ!?俺だ、ユリだ!』『オレもいます姫!』ちょ、お前ら割り込んでくるなっ!』

 

私命名グレン君も日々立派な騎士になる為に奮闘中とのこと。電話越しに意気込みを語られ、必ず私の騎士になって見せると声高らかに宣言してくれていたがすでにニックスという存在がいることを遠慮がちに伝えると想像できそうなほど落胆した様子だった。

 

『そんな!』

「ご、ごめんね?ニックスの件はどうしてもっていうか本人の意思が強すぎて私がどうこう言える件じゃなかったというか」

 

申し訳なさについ謝ってしまうとグレン君はすぐに気を持ち直した。

 

『だったら姫にとって第二の騎士になります!』

「グレン……そこは諦めないのね」

 

すっかりロキとしての記憶は無くなっているようだけどそれで私はいいと思っている。

彼の帝国での名声など霧として消えるのだ、いずれは。ならば今のグレンとしてしっかりと人生を歩んでほしいと勝手に願っている。

 

レスタルムに寄ることを約束づけられ私は長々を話していた電話を終わらせた。どっと疲れを感じると同時に変わらない様子につい口元が緩んだ。シドニーだけはお店を放りっぱなしというわけにも行かないのでまだ連絡もしていない。本当は直接会いに行きたい。会って謝りたい。心配をかけたことを御免なさいと頭を下げたい。けれど早々こちらに滞在する時間を延ばすことも無理だ。御爺様の容態も気になるし長く彼方を不在のままにしておけやしない。私の存在を良しとしない批判的な人間もいるのだ。即位を前に余計ないざこざは避けたい。

 

……戻ってきても変わらずに受け止めてくれる皆の優しさに救われた。私は恐れていた。ニフルハイムの皇女となった私など嫌われて当然だと。きっと受け止めてもらうことはないと覚悟していたのに。そんな杞憂などすっかり無駄だったことを知る。

 

コルに頬を叩かれた時は自分を律して平然と通したけど本当は凄く痛かった。あの時のコルの表情は覚えがある。一度だけ私の頬を叩いた父上と同じ顔だった。ひどく心配をして怒りを抑えきれずつい手が出てしまいその後の後悔した顔。

 

私は自分が思っていたよりも大事にされてきてたんだなと痛感した。自分よがりでひねくれた性格だけどさ、分かるよ。

 

まだ出発までは時間がある。今回、クペは帝国でニックスと共に一度帝国に付いて行ってもらっているのだ。向こうの用事が終わればこっちに戻ってくることになっている。それまでは話し相手を捜すのも苦労しそうだ。

 

「ここは風が吹いて気持ちいいわね」

 

エレベーターを起動させて上の方に上がってみると大海原が一気に視界へ飛び込んできた。ここを船で渡って来たのかと感慨深くなる。

 

ニックスとの約束の事、イグニスの辺に意固地なとこ、ノクトとの微妙な距離感、プロンプトから感じる気まずい空気感、愛称呼びに変更したグラディオからのぎくしゃくした会話。問題はこの辺かな。さて、どうやって解決させていこうかと頭をひねるも一向に解決策など浮かばない。ああ、ここにクペがいればな。先に用事を頼んだからいつ頃帝国から戻ってくることか。頼もしい相棒を思い出しながら一人でぼんやりと海を眺めていると、後ろのエレベーターが動き出す音がした。振り返ると下から誰かが上がってくるようだ。

 

「レティ、ちょっといい?」

「……イリス」

 

遠慮がちに現れたのはイリスだった。後ろに何かを隠しながらやってきたけど私の所までやってくると前に出して両手で持ち上げなおしてずいっと差し出された。

 

「……これ、本当はノクトからレティにって渡してもらうつもりだったの。どうしてプロンプトが持ってたのか謎だったけど、受け取ってくれる?」

「これは、……モーグリ?」

 

差し出されたのはクペそっくりな手足の長いモーグリのぬいぐるみだった。しっかりと羽まで付けられているし頭のボンボンも同じで愛らしい顔立ちだ。私は戸惑いながらそのぬいぐるみを受け取るとイリスは得意げに胸を張った。

 

「うん。幸運のモーグリ人形。レティに渡そうって思ってさ。作ったんだ」

「私に?イリスが……」

 

初耳だ。ノクトは何もそんなこと言っていなかった。背中になんで背負ってるのか不思議だったけどそれが理由だったのねと納得する。それにしても、私が作ったモーグリ人形よりも出来がいい。……ちょっと妬んだけど表情には出すまい。

 

「……もっと早く渡したかったんだ。でも、レティ帝国に連れて行かれちゃったから渡せなくて。それでノクトにお願いしたのに結局渡してないっておかしいよね。ホント、……私が直接渡さなきゃいけない羽目になるなんて……っ、ごめん。なんか、夢みたいだと思って。レティ、目の前にいるのに、夢なんじゃないかって怖くて…!」

 

喋っている間にイリスの瞳には涙が堪っていく。喋り終わる頃には目元から大粒の涙が零れて手の甲て乱暴に拭っていた。私はたまらずにイリスを片手で抱き寄せた。

 

「イリス」

「ごめん、ごめんレティ。泣いてばっかでごめん……」

「……ありがとう。私の為に泣いてくれて」

 

なんて優しい子だろうか。私はこれからも彼女を傷つけてしまわなくてはいけないことに自分に腹立ってしまった。もしかしたらもっと違うやり方があったかもしれない。

 

礼を言えば彼女は過剰に反応して涙目交じりに怒ってきた。

 

「……レティの馬鹿!私が誰の為に泣くっていうの!?レティしかいないじゃんか!」

「………」

 

毎回毎回イリスと会うと私の心はふっと軽くなる。今もそうだ。

救われているのだ、彼女の存在に。

 

「お願い、レティ。頑張りすぎないで。レティがどんどん遠くに行っちゃいそうで怖いよ、私」

「………」

 

どうしてこう彼女は敏いのか。確信ついた言葉に私は何も言えなくなる。

私が無言になったことでイリスは不安に顔をくしゃりと歪めた。

 

「ね、レティは何処にもいかないよね?全部元に戻ったら一緒にルシスに帰るんだよね?」

「………」

「……ねぇ、うんって頷いてよ。お願い、レティ」

 

腕を掴んで揺さぶられ私はされるがままだ。縋りついてくる手を振り払うなんてできない。でも本当のことも絶対に告げることはできない。イリスを巻き込むわけにはいかないのだ。

 

「……私、出来る限りのことはしたいって思ってる。それって頑張るっていうのかな?当たり前のことをしているんだから別に頑張るとか頑張らないとか関係ないと思うんだ」

「レティ」

 

私はイリスの頭に手を乗せて優しく撫でて言い聞かせるように言った。

 

「イリス。私、やれることはやりたいの(心残りがないように)」

「……レティってさ、昔から頑固なトコあるよね。そんな顔さレティゃもう何も言えないよ」

 

イリスは涙を拭いながら困ったように笑った。

 

「イリスには本当に感謝してるんだよ。こんな面倒臭い私を友達だって言ってくれるだから」

「昔も今も友達だよ。変わるわけないじゃん」

「そうだね、私達どんなに離れてたって立場が変わったって友達だね。イリス!大好きだよ」

「私だって!」

 

彼女と出会えて良かった。私の最高の友達。

 

「フフフ」「あはは」

 

二人で笑いあっておでこをコツンとくっつけた。触れた所から温かさがじんわりとしみ込んで私もつられてもらい泣きしちゃった。

 

【最高の友達だ】



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レガリアtypeーD

レティーシアside

 

 

いざ出発と隠れ家から出ていく男たちの背を視線で追いかけながら気まずい雰囲気を払拭させる為、少しでも旅を快適にさせる為に私、決めました。

 

「私が運転するわ」

 

そう意気込んで静かに、だが力強く宣言してみれば、皆から冷たい視線が突き刺さる。

 

「……いや、さすがにやめておいたほうがいいだろう。大体君が履いている靴は運転に不向きだ」

 

そうですね。オルティシエから来たままの恰好、つまりどこぞのお嬢様スタイルな私。

でもこれ見た目よりも動きやすいのよとスカートを抓んでヒラヒラさせてみせればイグニスの目力が半端なく追ってくる。ちょっと何処見てるの。え、太もも?前よりも二ミリ痩せたって?あら嬉しいこと……。なんで太もものサイズ知ってるのよ?ちょっとそこで黙り込んで視線逸らさないで。

 

「ペーパードライバーだろ、レティ」

 

そうね、ルシスで運転以来だわ。あの時クレイから言われたの。姫は後部座席で十分だって。失礼しちゃうわ。私だって運転できるのに。何よ、ノクティスってば、同情するような顔して。

 

「オレも出発したばっかりで死にたくはないかな……」

 

私の運転に乗った事ない癖にプロンプトはいつも一言余計なのよ。死ぬなんて大げさな!精々酔って吐くぐらいよ。え、それも嫌だって?吐くぐらい何よ!クレイなんて私の運転に同乗する度に拒絶反応起こして吐いてたわ。……どうしてそこでグラディオがもらい泣きしてるのよ。

 

「素直に諦めろ。レティ」

 

嫌だと言ったら頭を抑えられたので脛を蹴とばしてやった。でもお返しとヘッドロック掛けられた。ちょっと!私皇女よ?ニフルハイムの次期女帝よ?この私にヘッドロックしかけるとか何様のつもり!?え、なにオレ様何様グラディオ様?ふざけんな!

 

上からイグニス、ノクト、プロンプト、グラディオといいです偽りないコメント頂きました。がこれくらいでへこたれる私ではございません。悪役皇女らしく我儘で突き通してやりたいと思います。

 

「だったらじゃんけんで決めるのよ!これなら公平だわ」

「運任せかよ!」

 

ノクトからのツッコミなど想定内だわ。

 

「オーホッホッホ!天のみぞ知る!これですわ」

「似合わない喋り方するなって」

「失礼ですわよ!?いいからさっさと皆でじゃんけんしましょ!そーしましょ!」

 

無理やり全員参加のじゃんけんをさせました。

 

『じゃんけ~ん、ぽん!』

 

声を揃えて後だし禁止のじゃんけんによって公平にジャッジが下りました。

 

「私が運転手~!」

 

イリスからもらったモーグリ人形を掴んでぐるぐると回って喜ぶ私と対照的に暗く沈む男達。

イグニスはなぜか黄昏ながら「エボニー、飲んでおくか……」とまるで悔いを残さないようないい方してるし、プロンプトは口元抑えて青い顔で申し訳なさそうにノクトの肩に手を置いている。

 

「ノクト、吐いたらゴメン」

「先に謝るなんて卑怯だろ……。オレも吐くかも」

 

まだ車にも乗っていないのにノクトも酔い始めたのか口元を覆った。きっと陸地で酔ったのね。そしてグラディオに至っては、

 

「父上……、オレはまだ死ねません!」

 

と明日の方向を見上げて誓いの涙を流し始めた。

 

「アンタら何気に酷いことばっかり言ってない?」

 

だが天の采配に逆らえる者などなしである。公平なジャッジは下された。レガリアの主導権は私にある!こんなこともあろうかと事前に用意していた運転用の眼鏡をスチャッとかけて運転席へと乗り込む私。

 

「レティ、本当に大丈夫?」

「心配しないで、大丈夫だから」

 

ちなみにモーグリ人形はイグニスに持っていてもらっている。彼の膝にちょこんと座っている姿はとても見ていて愛らしい。

 

「でもレティ、ハンドルにめっちゃしがみ付いてない?ガチガチだし緊張してるでしょ」

「大丈夫。武者震いってやつだから」

「絶対ヤバそうだしノクト達青白い顔してるよ。助手席にいるイグニスに至っては……ゴメン表現に困るわ。なんかマジ、大丈夫?」

 

やだイリスってば相当心配性だったのね。

私は余裕っぷりをアピールする為に親指をぐっと立てた。

 

「大丈夫大丈夫。これから楽しい旅にはしゃいじゃって蒼い顔になってるだけだから」

「……お兄ちゃん、頑張って。色々と」

「ノクト様!ファイトです」

「皆様、御達者で」

 

皆を勇気づけようと健気なタルコットと白いハンカチを振って送り出そうとするジャレッド。

 

「いいか、アクセルとブレーキ間違えんじゃねーぞ」

「姫、どうか、どうか安全運転でお願いします」

 

シドさんからはアドバイスを、コルからは真面目くさった顔で旅の無事を言われた。

 

心配そうなイリス達に手を振られながら見送られて危なげなく出発することができた私達は……。

 

いつぞやの懐かしいイベントと相成りました。

―――そう、私達の最初のレガリア押して歩きイベント。私と運転を代わってハンドルを握るイグニスは額を抑えて飽きれた様子で言う。

 

「どうして出発して10分で故障することになるんだ……」

「たぶん打ち所が悪かったのね」

 

うんうん頷いて助手席からそう答えると、後ろから抗議の声が色々と飛んでくる。レガリアを後ろから一生懸命に押しているノクトから聞いてあげようか。

 

「真面目な顔して原因はレティだろ!」

「違うわ。不意打ちを狙ってきた帝国軍が悪いのよ!なんで私がいるのに襲ってくるの?馬鹿なの?うちの軍部は馬鹿なの?私がいるのに攻撃するってホント馬鹿なの!?」

 

呆れながら言ってくるのは同じく押し組のグラディオ。

 

「馬鹿馬鹿連呼してやるな。一応、お前の国だろ」

「いいのよ、私の国だもの」

 

そう開き直れば「はぁ」とため息つかれた。それに続くようにプロンプトが

 

「まさか全力でサンダガ×3仕掛けるとは思わなかったな~」

 

と暢気そうに言うので私は得意げに胸を張った。

 

「プロンプト、いいの。だって私に攻撃仕掛けようとしてるんだもの。全力でかかって当然だわ!万死に値する!」

「それをレガリア巻き込んでやるのがおかしいんだよ!」

 

最後のツッコミはノクトでした。

父上の形見であるレガリアがボロボロになってきっと落ち込んでいるのね。

ええ。ピッカピカのレガリアも流石に全力で落としたサンダガには耐え切れなかったみたいです。魔導兵共々巻き込んでしまいあえなく故障となってしまいました。10分間は無事に走っていたので問題なし!

 

というわけでシドニーに電話してレガリアを取りに来てもらうことになったのですが、私としては気まずいことこの上ない!だって全然連絡してないんだもの。しようと思ってたけど怖くてできなかったというかなんというか。でももしかしたらシドさん経由で連絡入っているかも。そうだきっとそうに違いないと考えた私はレガリアの物陰に隠れて彼女のトラックを待つことにした。

 

「皆、急にこっちに戻ってきたってじいじから連絡もらったから吃驚したよー。……あれ、誰かいる……?頭数が多いような……」

 

後ろに回り込まれて座り込んで隠れていたはずの私は彼女にしっかりと発見されてしまう。

 

「ギクゥー!?」

「…その変な反応の仕方は……レティ?」

「……えへへへ、こんちはーってグヘェ!」

「レティ!!」

 

シドニーの殺人的ボインに頭を抱き込まれて窒息しそうになった。暫くしたら離してくれるだろうと思い込んだのが間違いだった。

 

「レティの馬鹿馬鹿馬鹿―――!」

 

離れるどころか私を抱きしめる力はさらに強くなっていく。まるでナーガ系モンスターに絞殺されそうな気分だ。……あ、花畑にいらっしゃる父上と母上が慈愛に満ちた御顔で手を振ってこちらにおいでおいでしてる~。ヴァルハラもう近い~?今参りま~す。

 

「レティの手がぴくぴく痙攣してるぞ」

「ヤバイって!シドニー手加減手加減!」

 

あわや、物理的なやり方であちらの世界に強制送還されそうになってしまった私はノクト達のお陰で難を逃れた。シドニーの胸で死ぬなんて私の計画に予定はされていなかったのでまず助かった。

 

「もう!心配したんだからね。次こんなことしたらレティ専用のGPSでも付けちゃうよ」

「それは勘弁してください」

 

ぷんすか!ぷんすか!怒っているシドニーなんてレアだ、スイマセン、ナンデモナイデス。こってり絞られた私は大人しく後部座席におさまることになりました。強制的にスタート地点はハンマーヘッドになり私は肩身の狭い思いをすることになった。なぜマルマレームの森を目指していたはずなのに出発点に戻ってきてしまったんだろう。気分はニューゲームから始めたようだ。

 

「どうしてこうなったんだろうな」

 

ジト目で言われたのでハッキリと言った。

 

「魔導兵たちの所為」

「堂々と責任転嫁するか」

 

ぽこりとノクトから手刀をもらった。つい懐かしくて笑みが零れたら変なものを見るような目で見られてしまった。おい、そこは一緒に笑えよ。

 

「王子!ねぇ、レティが運転してもいいようにレガリア改造してもいいかな?大丈夫!きっとレティの運転にも耐えきれるスゴイのに仕上げてみせるよ!」

 

目をキラキラさせて自信満々に告げるシドニーと私の顔を交互に見つめてノクトは暫く考えたのち、一言言った。

 

「頼むわ」

「ひどっ!」

 

というわけでレガリアはシドニーの手によって改造されることになった。しばらく時間が掛かるというのでそこらへんで憂さ晴らしにモンハンしに行った。

 

「あ、あれは!?」

「私のアッシー!」

「違う!あれは絶対無理だっ!」

 

途中でアダマンタイマイと出会った時には私の乗りたい病が発生し、ノクト達が必死に止めようとする中、アダマンタイマイの背中に乗ろうと躍起になったりした。デカい体してるけど大人しい亀と同じだし穏やかな性格で甲羅に上るまでが大変だったけど見晴らしは最高に良かった。ただ後からくっ付いてきたノクト達は死屍累々でした。

 

「レティ~、用事が終わったから来たクポ~って、何皆して疲れた顔してるクポ?」

「クペ!」

 

懐かしき相棒、クペがはるばる帝国からやってきたので歓迎の抱擁を交わす私達。ああ、このモフモフ久しぶり。

 

「あ、クペか」

「……ノクト、少し頬がこけたクポ?」

「いや、なんでもない」

 

げっそりした皆をよそにシドニーからレガリアが出来上がったとの連絡を受けてアダマンタイマイに乗ってハンマーヘッドに向かえばそこにはオフロード仕様に早変わりしたレガリアと得意げに胸を張るシドニーの姿があった。

 

「スッゴイのが出来たよ!これならレティが運転してもきっと大丈夫さ」

「本当!?」

「うん!試しに試運転してきなよ」

「わかった!」

 

早速レガリアに乗り込んだ私は男たちの止める声など一切無視してハンドル握ってアクセルを踏み込んだ。

 

「安全運転で行ってきま~す!」

「うん、行ってらっしゃい」

 

レガリアtypeーD、荒廃とした砂地もエンジン吹かして走る走る。ジャンプしたり走ったりジャンプしたり走ったり車体が斜めになったり気絶者が出たりそれはそれは大変楽しく運転できた。でも無事にハンマーヘッドに戻ってきた時にはこれまた死屍累々と化した男たちがおりました。

 

「お帰り~。どうだった?」

「楽しかったよ!私はね」

 

だけど私以外、特にノクトは切実にシドニーに引っ付いて訴えた。

 

「普通に戻してくれ!」

「えー、せっかく改造したのに」

 

むくれるシドニー(可愛い)に対して、

 

「金なら幾らでも出すから頼むから普通のレガリアに戻してくれ!」

「………」

 

お金にシビアなイグニスが藁にも縋るような必死な表情でそうシドニーに頼み込んでいる姿を見たらちょっと複雑な気持ちにさせられた。ちなみにグラディオはクペと共に気絶したプロンプトをテントで介抱していたのでこの場にはいなかった。

 

「分かったよ、じゃあ空も飛べるレガリアなんてどう?」

「楽しそう~!」

 

思いがけない素敵な提案に女子二人で盛り上がっている横で、

 

「オレもうチョコボでいいわ!」

 

ヤケクソになって全力で叫びこの場から逃走を図ろうとするノクトと、

 

「いやオレは遠慮しておこう」

 

と真顔で全力否定しているイグニスがおかしくて二人でふきだして笑ってしまった。

 

【笑うってこんなんだったんだね】



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8月30日

レティーシアside

 

私の人生にとって最も複雑な日がある。それは8月30日だ。そう、ルシス国王子の喜ばしき生誕の日である。国民の誰もがお祝いの言葉を口々にし、溢れかえりそうなプレゼントの山が幼いノクトの頬を緩ませていた。目をキラキラさせてうっとりと見惚れている。

 

『うわぁ~すごいな』

『……そうだね』

 

もちろん私にも誕生日のお祝いはあったが、プレゼントなどは基本お断りしていた。だって私の誕生日ではないし、そもそも私とノクトは双子ではない。誕生日が同じはずないのだ。だが国民はそんな隠された事実など知らずにお祝いムード真っ盛りである。皆が喜びに浸る中、私は早々にプレゼントに夢中になるノクトを気にしながら部屋をこっそりと出ては自分のオアシス(図書室)に戻る。

 

『レティ、お帰りクポ』

『ただいま、クペ』

 

しっかりと鍵を掛けてお気に入りのふかふかソファに腰掛けるとクペは冷たいりんごジュースを持ってきて労いの言葉をかけてくれたな、あの時も。

 

『今年も大変クポね』

『ノクトは皆から大切にされてるからね。当たり前だよ』

『でも!』

 

クペは悲しそうにボンボンを垂れ下げて私の隣に座るものだから毎年彼女を慰めていた。

 

『大丈夫だよ。クペや召喚獣達がわたしの誕生日を祝ってくれるもの』

 

父上からの形ばかりのプレゼントは決まって一つ。本だ。本だけは、知識だけは私を裏切らずに私だけの世界を築けるもの。何が欲しいとクレイから尋ねられれば決まって本と答え、毎年同じ日には新しい本が一冊私の図書室の棚に入れられる。

でも私が父上から【子供ではない宣言】をされてからその年の双子の誕生日に私が願ったのは、

 

『わたしのほんとうの誕生日をおしえて』、だ。

 

幼い私の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう、クレイは悲しそうに顔を歪めては私を抱き込んだ。

 

『すまない』と小さく謝っては痛いくらいに抱きしめられたのを今でも覚えている。

そう、私の誕生日を祝うことが公にできないこととそれを禁じられていること。だからクレイが私におめでとうというのは決まって8月30日だ。

でも逆に言えば私の本当の誕生日には何をしても咎められることはない。

だってその日だけは私の日だもの。

 

だからこっそりとその日だけは私だけの誕生日を祝ったものだ。ケーキは自分で手作り、なんてイグニスでもあるまいしそんな器用なことできないので、こっそりと厨房に潜り込んで馴染みのシェフにおねだりして小さなケーキを作ってもらっていた。それとピッタリサイズなろうそくも用意してもらい部屋でクペと共にささやかなお祝いをした。

 

『レティ、おめでとうクポ~!』

『ありがとう』

 

私が欲しいのは山のように積まれたプレゼントじゃない。私のために私を想って祝ってくれる友達や家族だ。幸いにも私は恵まれていた。召喚獣たちだって姿を変えては私の為にやってきてくれた。シヴァは私の為にその日だけはテラスに雪を降らせて雪合戦をやったり小さくなったイフリートとクペやカーバンクルらでトランプしたりと楽しく一日を過ごした。私の誕生日を知っているのは私とクレイと父上だけ。

さすがにイリスにも言わなかった。どのような形で文通が他人の目に触れるか分からなかったから危険は冒せない。というか上手くはぐらかしていたしね。私はノクトと同じ誕生日でいいって。だってその方が二度手間にならないでしょってね。

 

 

普通に戻ったレガリアの後部座席にお決まりの位置で収まった私は窮屈な思いを抱きながらひたすら寝ることだけに専念していた。だって隣にすぐノクトがいるんだもの。緊張感に胸がドキドキしてたまらなかった。

 

「……なんだよ、もう寝てんのか」

 

狸寝入りしている私にノクトの残念そうな声が耳に入る。

 

「え、レティ寝てんのかよ?」

「さすがにアダマンタイマイはデカすぎだからな」

 

プロンプトとグラディオの会話に続いて助手席のプロンプトの膝に座っているクペも会話に参加した。

 

「クペも乗ってみたかったクポ」

「クペ、アレは乗るものじゃないぞ。アレは……亀だ」

 

イグニスは若干疲れた声で諭すように言った。確かにアレは亀で間違いはないね。少し大きいけれど。

さて、いつも視線で追いかけられ話すチャンスを伺っているようだったけど私はボケたり奇天烈な行動して彼らを翻弄していたからうまくペースを乱していたはずだ。だがドライブ中はしっかりと両側をガードされてしまうので逃げることもできない。

ふざけようにもイグニスのお叱りの言葉が真っ先に飛んでくるし何より運転中は静かにしていろとグラディオから痛いチョップを喰らったばかりなので静かにしているのだ。

 

だから話しかけるな。

 

グラディオには迷惑だろうが彼の肩に寄りかかっている。ノクトには、なんとなく寄りかかれないから。うーん、それにしてもじっと顔を見られているような視線を感じるな。

 

「………」

「……」

「…」

 

い、居心地が悪い。じっと見てる。ノクトが私をじっと見てる。気配で丸わかりだ。

冷や汗が私の額に浮かび上がってくる。どうしよう、疲れてきた。

 

だけどノクトは思いもよらない行動に出た。なんと、私の腕を掴んで自分の方に引き寄せてきたのだ。引っ張られた私はノクトの肩に寄りかかる形で無事に収まる。

 

「何してんだ」

 

訝しんだ声のグラディオに対してノクトは「……べつに」と答えているがちょっと声が弾んでる様子。

 

「オレも寝る、かな」

「嫉妬かよ」

「うっさい」

 

グラディオの茶化しを一蹴してノクトは私の頭に顔を寄せてきてなおかつ私の手を握りしめてきた。

なんだ、寄りかかるものが欲しかっただけなのかと私はほっと安堵する。ノクトはいつも私を抱き枕代わりにしていたから丁度いい枕になるものが欲しかったのかもしれない。

無駄に緊張してしまった所為か少し眠気がやってきた。本当に寝ちゃおうかな。

 

これから行く先はガーディナ渡船場。

マルマレームの森へ行くのがもっとも優先させるべきものなんだけど私が帝国にいる間にすっかりノクトの誕生日が過ぎてしまったのでどうせならささやかながらケーキでも食べに行くかということになった。

今は状況が状況なのでそう浮かれたこともできないけど私が帝国でアラネアと食べたケーキが美味しかったと伝えれば皆はならそれにするかと満場一致。

ハンマーヘッドを出て暫くして車の中での会話でノクトはどこか面白くなさそうな顔で

 

「アイツ、とはどっか行ったりしたのか?」

 

と尋ねてきたのでたぶんニックスの事を気にしているのかと考えた私は

 

「オルティシエの観光スポットとか回ったくらいかしら」

 

と答えると途端にノクトは仏頂面になり

 

「………」

 

無言でさっさとレガリアに乗り込んでしまった。何が言いたかったのか私にはさっぱりでしたね、あの時は。それから寝たふり決め込んで今の様でございます。

それにしても、ノクトの手が温かくて久しぶりだ。

 

なんていうんだろう、ほっとできるような、安心できる温かさ?

まるで人間湯たんぽと少し可笑しくて頬が緩んでしまった。いつもの温かさとノクトの匂いに心とかされて私は眠気に身を任せた。

 

向こうについたら余計な事考えずにノクトを祝ってあげようと思う。

だって来年の誕生日には私はもうノクトの傍にいないから。だから、今の内に精一杯祝ってあげよう。

 

ノクト、誕生日おめでとう。

貴方の未来が光に満ちていますように。



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9月13日

繋いだ指先から温かさがじんわり伝わってきて、胸が一杯になった。ツンと鼻の奥が詰まりそうになる。

 

いつものレティの匂い。

いつものレティの触り心地。

いつものレティの……。

 

当たり前だと思っていた事が実は当たり前じゃなくてふと気を緩めた瞬間に手から零れて落ちてしまうものなんだって、今更ながらに気づいた。気がつけた。

オレは、二度と零したくない。

 

何があったって、手放したくない。

 

 

ノクトside

 

さり気なく眠るレティを自分の方に引き寄せてみた。暫く感じなかった温かさが戻ってきたことにオレはようやくほっと息をつく。

ようやく実感できる。レティがオレの傍にいることが現実だって教えてくれる。

本当は寝るつもりなんかなかったけどレティの寝息に引き込まれて気が付けば無事にイグニスの運転でガーディナ渡船場に着くことができてた。寄り添うようにいたはずのレティもすでに起きて先にレガリアから降りていてオレはプロンプトに肩を揺さぶられて起こされた。

 

「……ん」

「着いたよ!ノクト」

「……あぁ?……レティ、は?」

 

ついつい温もりを捜して手を動かしてしまうのを呆れたように見られていた。

 

「もう降りてるよ。まったく、ノクトってばホント寝るの得意だよな~」

「褒めてんのかよそれ」

「少しね」

 

さらっと言われた皮肉を流してオレは遅れてレガリアから降りてレティの姿を捜す。すでにレティはクペを肩に乗せてイグニスと共に桟橋の方まで歩いていた。慌ててレティの後を追いかけた。

 

「先行くなよ!」

「起こしても寝てるのが悪い」

 

ズバッと言い返されたけど一応起こそうとしては思っていてくれてんだなとつい頬がにやけた。それを隣を並んで歩くプロンプトに見られてしまい変な顔をされたので「なんだよ」と軽く睨むと「別に~」とそっぽ向かれた。なんだよ?

 

「そういうレティはクペに起こされるまで寝てたよな」

「グラディオ!」

 

一言余計だと言ってレティはグラディオの背中をバシッと叩いた。だがグラディオは痛がる素振りどころか悪戯に笑みを浮かべてレティを抱え上げ俵担ぎして歩き出した。

 

「ぎゃあ!」

「もっと女らしい悲鳴あげろよ」

「グラディオがいきなり担ぎ上げるからでしょ!?ってか降ろせ~!」

「面白いからこのままで続行」

「ふざけんな~~~!」

 

ジタバタ暴れてもがいているがグラディオの力には敵わないみたいだな。桟橋の真ん中あたりまで通行人に注目されてるうちに力尽きて暴れることもやめてた。けどついにはイグニスに

 

「グラディオ」

 

と名前を呼ばれて眼力と共にがめられて仕方なく降ろされてた。レティはくたびれた顔をして深いため息なんかついてた。

 

「……はぁ、なんか疲れた。マジ甘いもの食べたいふかふかベッドに寝転びたいお風呂入りたいマッサージ受けたい」

「願望が駄々洩れクポ」

 

クペがレティの肩に乗っかって即ツッコミいれてる様子はやっぱり久しぶりだなって思う。

それから王都を出発した時みたいにオレ達はシーサイドクレイドルに泊まった。金にうるさいイグニスを黙らせて言うこときかせるのはやっぱりレティの特技だ。

 

「私今日はここに泊まりたい!」

「だが……」

「じゃあ私とクペだけで泊まるわ。男たちは外でキャンプでもどうぞ~。クペ~、さっきナンパされてた女の子いたから私もナンパされちゃうかも。きゃっ!」

「ノクト今日はホテルに泊まるぞ」

 

真顔で受付に立つイグニスの姿は異様だった。フロントマンも微妙に顔を引きつらせて笑ってたからな。今までの溝を埋めるみたいに馬鹿みたいにはしゃいだりお互いの心境を語ったりしんみりしたりもした。

 

皆から祝ってもらった誕生日は(過ぎてるけど)特別心に残るもんだった。失ったものもあるがオレにとってかけがえのない日となったはず。

 

 

レティが風呂入ってくるって出ていった時に続いて追いかけようとしたクペを捕まえてレティの本当の誕生日を聞き出すのは簡単なことじゃなかった。なんせクペは秘密主義者だ。こっちがいくら土下座したってそう簡単に教えてくれるわけじゃない。

だからクペの機嫌を持ち上げて持ち上げてこの際イグニス達の力を借りてクペをちやほやしてみた。するとクペは機嫌が良くなってぽろっと零した。

レティには内緒クポってな。それでレティの誕生日を入手したオレ達は、落ち着いたらレティの誕生日会を開いてやろうってことで満場一致。それまでにレティの欲しそうなプレゼントを用意しなきゃならない。けどそこからは自分の力で調達しなきゃなんねぇ。なんせ、レティに好意を抱いている男がメンバー内で三人もいるんだ。他にアイツ、思い出すだけで腹が立つ!ニックス・ウリック!

 

ムカつくけどレティはアイツをかなり信頼している。ムカつくくらいに。

けどオレだって負けてられない。確かに兄妹じゃなかったけど従兄妹同士なら付き合ったって問題ないし結婚だって可能だ。だからアイツがいない隙にオレが一歩リードしてやる!と意気込んでみる。

 

波止場の方でちょっとのんびりしてくると言ってホテルのリビングルームから出ていったレティの後をそれとなく追いかけた。先手必勝ってやつ。クペに仲間の足止め頼んでおいて正解だったぜ。それとなくイグニスがレティの方を見てそわそわしてたからな。話しかけるチャンスを狙ってるって丸わかりだったし。少しでも気を抜かしてたら掠め取られちまうのは痛い経験で学んだことだ。

 

もう日も落ちて肌寒い夜だってのにレティの恰好は薄着のままで波止場に腰降ろして足先を海に浸らせていた。オレは自分の上着を脱いでレティの背中にかける。

 

「レティ、風邪ひくぞ」

「……ありがと。わざわざ追いかけてきてくれたの?」

 

少しだけ顔を振り向かせてオレを見上げたレティの瞳は月の明かりを帯びてより深みを増して綺麗だった。オレはパッと視線を逸らして自然を装ってレティの隣に腰かけた。木の板は少し湿っていてぬるく冷たく感じた。

 

「うん。まー、そんなとこ。……なぁ、レティは欲しい物なんかあるか?」

「欲しいもの?突然どうしたのよ」

「いや、なんとなく」

 

プレゼント考えてるとか悟らせちゃいけないよな。それらしく思い付きだと装って訊ねてみた。レティはオレの焦りなんかきにしちゃいなくて少しほっとした。

 

「……欲しいもの、ねぇ…」

 

顎に手を当てがって考え込む仕草を見つめながらオレはどんな答えが出るのかと期待してごくりと喉を鳴らせる。ぜってぇレティの事だからマイカーが欲しいとか珍モンスターに乗りたいとか無理難題言ってくるはずと考えたけど、首を傾げて思案し終わったレティからの答えは予想外のものだった。

 

「……特にないかな」

「マジ?なんかあんだろ。こー、食い物とか……食い物とか、食い物とかモンスター?」

「私は食い気だけかい!?それとなぜ後半にモンスター?……ったく、失礼しちゃうわね」

 

じろりと睨まれるがここで諦められないオレはしつこく

 

「だったらなんかあんだろ」

 

食い下がってみると、レティはオレから視線を外して海の方を見つめて小さな声で呟くように言った。

 

「……そうね、変わらない日常、かな」

「なんだそれ」

 

訝しむオレにレティはふふっと声を漏らしておかしそうに笑った。

 

「平和って意味よ、これから作って行かなくちゃね!ルシスの王様」

 

そう言ってオレの背中に腕を回して背中を思いっきり叩いてきた。

 

「ちょっ!?やめろよそれ!!」

 

何とか踏ん張って夜の海に飛び込む事だけは免れた。その隙にレティは立ち上がっていて上からオレを覗き込むように微笑んだ。

 

「期待してるわ、ノクティス」

「あ?」

「平和を頂戴。もう誰もが偽らなくていい、悲しまなくていい本当の平和を、頂戴」

「……」

 

寂しげに悲し気に微笑む顔に言葉が詰まっちまった。

 

それって皆が願っていることであって本当はレティ自身が一番強く願ってるんじゃないか?今の立場が辛いのか?弱音吐くの苦手だろ、レティ。

 

辛いなら、辞めちまえ。全部、辞めちまってオレに縋れよ。泣きつけよ。

全部オレが何とかするからだから皇女なんてやめちまえ。

 

「……レティ」

 

交差する視線を先に逸らしたのはレティだった。ガラリと雰囲気を変えていつも通りの態度を取る。ぐーんと背伸びしてわざとらしい欠伸を一つするとレティはオレに背を向けた。

 

「さぁてと、寝ようかな~。美味しい夕食もケーキも食べたし。じゃあ、おやすみ。あ、コレ明日返すわ」

「……おやすみ……」

 

手をヒラヒラさせてレティは自分が泊まる部屋に戻って行った。

 

「……強情な奴」

 

いつもそうだ、レティは。自分の気持ちをため込んでばっかりで誰にも頼ろうとしない。今も変に肩肘張ってさ。

 

そんなレティが珍しく素直に平和を求めている。平和、か。漠然と平和って何なのか実感がわかない。でもレティの為に平和を。

大義名分には少し不謹慎かもしれねぇけどオレにはこれくらいが十分だ。



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ブロークンハート症候群

レティーシアside

 

 

彼は、グラディオラス・アミシティアは王の盾として当然の行動をしている。

 

「グラディオ」

「なんだ」

 

私が彼の名を愛称で呼ぶようにしたのは、私の決意の表れ。

彼も私の呼び方が変わったことを気にしてはいない。きっと私が彼のことを認めた、とか思ってるのかも。それもある。私が彼を名前で呼び続けたのは、未練を残さない為だ。できる限りの距離を保った状態で消える。それに執着してたから。

でも今はそんなのどうでもいい。

 

これは、彼と、私の約束の証だから―――。

 

 

【ブロークンハート症候群】

 

皆にバレないようシーサイドクレイドルに借りた部屋から抜け出て浜辺へと彼を呼びつけた。クペにはバレないように足止めをお願いしている。こうでもしないと勘が鋭いイグニスに悟られてしまうだろうから。今日はノクトの誕生日を皆で祝った。楽しかった。久しぶりに皆と打ち解けた気がして、楽しかった。

でもそれはつかの間の事。

 

私は、グラディオにこう問いかけた。

 

「貴方は、ノクティスを守る為なら何をも厭わない?」と。

 

グラディオは、曇りなき眼で、私の迷う心を射貫いた。

 

「それが王の盾だからな」

 

ああ、この質問は愚問だったと私は苦笑してしまった。

 

彼は王の盾。その鋼たる忠誠心は幼い頃からの教え込まれたものだからではなく、彼を、ノクトを心から支えたいという親愛、友情、家族のような気持ちを抱いているから。

彼は、迷わない。

 

「私、グラディオと出会えて良かったよ」

「……オレも、お前と出会えて良かった」

 

思えばグラディオはいつだって私を遠くから見守ってくれていた。

私にちゃんと考えるように仕向けて自分で答えを導き出させようとする。それでも駄目ならたまにヒントをくれる。

 

「私、自分らしく決めたの」

「……」

 

グラディオはじっと黙って私の言葉聞いてくれた。

 

「私は、……ノクティスを王にさせる」

 

王にさせる。言葉としていうのは簡単だ。ノクトは王の息子。必然的に王になるのは確定されている。けど、そうじゃない。ニフルハイム帝国に引導を渡す王とさせるのだ。私が話した計画の一番の確信はこれだ。一度袂を別けたのだ。再び共になることはない。彼も薄々気づいていたのだろう。驚いた素振りもない。

 

「……それがお前の出した決意、か?」

「うん」

「自分がどうなろうとも?」

「うん」

 

迷わす私は頷いた。

 

「なら、オレはお前を守る」

「……」

 

グラディオはいつも私が迷っている時に背を押してくれる。

 

「最後の最後までレティで通してやれ」

 

それは言葉だったり、行動だったりと多種多様なやり方で。

 

「だがな、絶対後ろは振り向くな」

「……」

 

さりげなくスマートにそれがグラディオなりの気遣いだと周囲に悟られずに私を庇護している。

 

「それはお前の決意を鈍らせる」

「……」

 

私という人物がいかに自分に忠実で平気で人の期待を裏切る女であることを彼ほど理解している人はいない。

ノクトは、私の嘘に騙されて安堵しているんだ。

でもそれでいい。彼に私の気持ちを悟られるわけにはいかない。だから私は気づかれない所で泣き虫になる。弱虫なレティを知るのはほんの一握りでいい。

 

「後ろは振り向くな。お前の背後はオレが守る。だから、前だけ見て進み続けろ」

「……うん……」

 

無骨な手が伸ばされ、指で私の頬に伝う涙をグイッと拭い去る。でもその仕草は普段の荒々しい戦闘をこなす手からは想像できないほど優しいものだった。

 

「馬鹿、泣くな。オレがあとであいつらにいちゃもんつけられるだろ?」

 

なんて苦笑してる彼が本当の兄のように思えた。

 

「……グラディオはいちゃもんつけらちゃえばいいんだ…!」

「…アホ…」

 

ああ、このやり取りももうすぐ終わっちゃうの、なんて感慨に浸れたらいいのに。

そんな甘えは私の決意を鈍らせるだけ。

 

私はもういいとグラディオの手を掴んで離させた。一瞬だけグラディオは悲しそうな揺らいだ瞳をした。でもそれは私の気のせい。きっと。

 

「ノクティスのこと、任せた」

「……ああ」

 

私は拳をグラディオに突きつけた。グラディオも私に拳を突き合わせ、

 

「約束だ」

「約束ね」

 

私達は確固たる約束を交わした。我らが王の為に。

 

私は世界の為でなく、ノクトの為に彼を王にする。

グラディオは、王の盾という誇りを胸にノクト自身の為に彼を王にする。

 

共通の想いだけど他の皆にはどう取られるかは想像、できなくはないかな。

できちゃうところが彼らとの繋がりが私にとってかけがえのないものだって証拠。

 

最後の我儘を彼にお願いした。

 

「今のうちにさよなら、言っていい?」

「……」

「さよならって言ってさ、じゃあなって私にかえして」

「……」

「そしたら、寂しくないかも、しれないから」

「……」

「グラディオ、お願い……」

 

切願する私に彼は、

 

「戻ってこい」

 

と言った。

 

「……送り出しといてそんな卑怯なこと、言う?」

「やることやったら、ちゃんと戻ってこい」

「無理だよ、だって私は」

 

クリスタルと同化するんだから。

 

そう声に出そうとした。けど理解されないだろうから口を噤んだ。すると乱暴な手つきで頭を撫でられた。

 

「だから送り出してやるんだ。バカ」

「グラディオ」

「ちゃんと戻って、ノクトに謝れ。……ちゃんと謝れば許してくれるさ」

 

いつか幼い頃のグラディオと姿が重なった。

ノクトと些細なことで喧嘩して素直になれなくて苛立ってた時、グラディオに言われた。

 

『ちゃんと謝れ。悪いことをしたと自覚があるならな』

 

謝れるならちゃんと謝りたい。直接彼の前に立てるならどれだけいいことか。

触れあえる距離で彼の瞳を見つめながら。

 

「あの頃、は良かったねぇ……」

「レティ」

 

私は瞼を閉じて、あの頃を思い出す。時計が逆回りして過去を脳裏に映し出していく。

 

ただ外の世界だけを我武者羅に求めて知識を漁る毎日。

夢の中に浸って仮初の癒しで傷を癒したつもりになってノクトと兄妹として過ごす。

籠の中は父上の愛で満たされていて安全だった。危険を遠ざけていてくれたんだから。

その事実を知らなかった私は、ある意味で幸せだった。

 

突然愛しい人が奪われてしまう現実を。

苦しみを共に乗り越えてきた仲間との悲しき別れを。

人の欲で膨れ上がった戦火を。

自分の出来上がった理由を。

 

「私は、過去はもう振り返らない」

「……レティ……」

 

ゆっくりと瞼を上げ、彼を見据えた。

 

「グラディオ、ありがとう」

 

もうグラディオのお世話から卒業するときが来た。

目に悲しみを湛えてグラディオは「馬鹿娘が、と」苦しそうに吐き出した。

 

「私のお墓は、父上と母上の間にしてね」

 

【止めないのが彼の最後の優しさ】



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[grow apart~彼編~5.1]

コルside

 

見事な復興を遂げるルシスに期待が膨らむ中、これからは若者の時代なのではないかと考えさせられてくる。

 

「そろそろ潮時、か」

 

ミラ王女を死なせ、陛下を守れず、そして今度は姫さえも失ってしまった。

望まれて今の地位に就いたが一度拝命した責務から逃げようとも思った。この不死将軍とも恐れられた男が、だ。戦地で命を散らす闘いをしていた頃よりも日々の忙しさに飲み込まれそうになる。

 

だが彼女の墓石へと足がふらりと向かう度に今更自分に逃げ道などないのだと痛感させられる。この身を粉にして働かねばならない。新たな陛下が築く世の為に。

 

「……」

 

色とりどりの薔薇のアーチを潜り抜け小鳥の囀りが囁き合う秘密の庭園を通り抜けてひっそりとした場所に墓石はある。かつての想い人であり姫の母であるミラ・ルシス・チェラムが眠る場所へ訪れる人間は限られているが時折オレ以外の人間が花束を置いて行っている様子があった。おそらく陛下だろう。

執務の合間を見つけてはこことは違う場所へ繋がるという部屋に足繁く通っているということを耳にしている。

 

「お久しぶりでございます。ミラ様」

 

オレは墓石の前に片膝をついて花束をそっと地面に置いた。

 

綺麗なほどに純粋で真っすぐな御方だった。一度としてあの御方の御顔を忘れたことなどない。姫よりも柔和な御顔で鈴を転がすような御声でオレの名を呼ぶ度に心臓は早鐘を打った。

 

恋をしていた。胸に秘め続ける恋を。

 

「お変わりございませんか」

 

いつものようにオレは彼女へ話しかける。そうすることでこの何とも言えない気持ちが軽くなるような気がしていた。

 

彼女へ手向ける花は決まっていつも同じ白のマーガレット。オレが花言葉に精通しているわけでもないが、唯一知っている花言葉でありこれがオレの正直な気持ちだった。

男として見られていないことは重々承知だった。だがいつかこの想いに気づいて欲しいと願い慕う愚かなオレには儚い恋の結末など当時は想像できなかっただろう。

 

オレは三度失ってしまった。この手で守ると誓った方を、大切だった女性を手が届かない場所へ向かわせてしまった。しかも、親子共々。なんの因果だろうか、それともこれは呪いか?ただひたすらに機械的に接すればよかったのか。敬愛以上の念を抱いてしまったが故の罰か。

 

今も脳裏から決して離れることはない姫の最後の肉声。

 

最後の電話が鳴ったのはルシスを完全に手中に収めた時だった。丁度ノクト達が帝国に乗り込んだらしいとの情報が入った後でオレは何か胸騒ぎのようなものを感じて急ぎ電話に食いついた。姫の声は苦しさに息切れを起こしていて彼女の身に何かあった事は明白だった。

 

「姫!一体何が」

『コル、貴方に、全権委ねま、す。……ノクト達を、おねがい』

 

まるで遺言のようで頭が真っ白になった。

 

「姫、何をおっしゃって……」

『私、もう戻らない』

「!」

 

決意に満ちた声だった。ハッキリとそれはルシスにこの地に戻らないと宣言したのだ。

荒い呼吸に途切れ途切れの言葉。時折ヒューッと空気が抜ける音がダイレクトに耳に伝わり、姫の状態が思わしくないことが嫌でもわかった。わかってしまった。

幾多の死線を潜り抜けてきた己だからこそ、姫に迫りくる死が目前であることが分かってしまったのだ。姫もあえて自分の状態を伝えることはなく、赤裸々に自分の最後の想いを必死に言葉にしていた。

 

『お、願い、コル。私全部、終わら、せたい、の。も、終わらせ、なくちゃい、けないの。帝国も、クリスタルに、支配されるルシスも、王の、犠牲も、この生ま、れ変わりも。全、部私が、終わ、らせなくちゃ、いけないの』

 

姫の言っている言葉の半分以上も意味が分からなかった。

分かりたくもなかった。

 

「姫!!どうか御考え直しを!」

 

オレは電話口で思いとどまらせようと躍起になった。

向かわせてはいけない。何処へ行くかは分からないが、姫を向かわせてはいけないと思った。だがオレに出来ることなどたかが知れている。ただ電話口でみっともなく叫ぶだけだ。

 

『あぁ、コル。本当に、本当に、御免なさい。それと、今まで側で、見守ってき、てくれて、あり……がとう』

「姫!」

『……さよな……ら、コル』

 

プツリとそこで電話は一方的に切られた。再度掛けなおしても二度と繋がることはなくオレはそれが姫との最後だったと直感してしまった。

 

 

それからしばらくしてグラディオから着信が入った。

内容は、帝国のレティーシア・エルダーキャプトは死亡しクリスタル奪還成功との淡々とした報告にオレは短く「わかった」と答え、共にルシス入りを果たしたリベルトやグレンたちに『敵』である女帝死亡と帝国の終わりを伝えた。皆、言葉を失い悲観に暮れるばかりだったが、オレは己を律して冷静であろうとした。姫が遺した言葉を実現するために動いた。心を凍りつかせるなど簡単だった。割り切ればいいのだ。

 

生と死は紙一重。生きとし生ける者には必ず死がやってくる。

姫は潔く死を選び長年の宿縁に自らの命をもって引導を渡したのだ。それは誉(ほまれ)であり嘆くことは姫の死に対する冒とくとなる。だからこそ口元を引き締めたとえ冷血漢と言われようと忠実に姫から託された責務に没頭した。

姫の死そのものから目を背けるように。

 

気が付けばオレはベッドに横たえられていた。

傍らには看病に徹してくれたのだろう、少し疲れた様子のモニカが椅子に腰かけて居眠りをしていたがオレはベッドから身を起こし額を抑えながら降りようとすると思わぬ視界のグラつきに床に両手をついて倒れてしまった。その音にビクつきながら目を覚ましたモニカにより涙目交じりの顔で引っ張り上げられ無理やりベッドへと戻されてしまった。彼女に押し倒される形でオレの体に乗り上げたモニカの顔は歪んでいた。

 

『貴方だけではありません!姫様の死を忘れたいのは貴方だけではないんです!!それを自分だけは悲しみを押し殺したような気持でいるなんて不愉快で、……不愉快でたまらない!』

 

モニカの泣いている顔など正直初めて面食らい、言葉を失ったが彼女のストレートな気持ちに誘発されオレは今まで自分だけが背負い込んでいた気がした。それが責務だからと。だがそれは多大な勘違いだった。オレだけではなく皆が姫の死を受け止めようと努力していたのだ。その様子に気づかずにオレは体調を怠り情けなくも倒れた。

 

『オレ、は……』

『泣いてください。思いっきり泣いてくださいよ。将軍、貴方は、一度も泣いてないんじゃないですか……?』

『な、く』

 

置き去りにしてきた一つの感情がモニカの言葉によって再びこの胸の内に引き戻されてくる。それと同時にじわりじわりと涙袋から何かが溢れ出そうとしてくる。

あぁ、久しく忘れていた感情だ。

 

『オレは、泣いても、いいのか』

『はい』

 

許しが欲しかった。悲しんでもいいと嘆いてもいいと許可が欲しかった。

モニカは頷き、オレは目元を片手で覆い隠した。目尻から熱い何かが零れ落ちていくのと同時に『戻れない』ではなく『戻らない』と告げた彼女の心境を想わずにはいられなかった。オレの胸に顔を埋めてモニカはくぐもった声で『……姫様……!』と小さく呟いた。

 

どれほどに辛かったことか、苦しかったことか。姫の心境を察すれば察するほど守れなかったことを悔やんだ。必ず守ると赤子である姫を胸に抱きながら陛下に誓った、あの雨の日からずっと見守ってきた。だからこのようなことになるなど夢にも思わなかったのだ。これは自分の驕りであり罪だ。

 

姫は、死んだ。

 

姫の死をしっかりと自覚したのはその日からだ。

 

無事に姫の目論見通りに事は進み世界は新たな救世主であるノクティスとルナフレーナ様を担ぎ上げ闇が払われた事実を大いに喜び合った。六神の存在は根強く民に広がっているのでそう簡単に信仰を止めることはできない。それを心の糧としている人がいるのも事実だ。だが姫が行おうとした意識の改革は確かに芽吹き始めている。

昔から語り継がれてきたおとぎ話が真実ではない。日向に隠されてきた真実にも目を向ける時なのだと気付き始めたのだ。

 

レティーシア・エルダーキャプトは悪役女帝として死に、民に忌み嫌われながら意識の改革を起こし、

 

レティーシア・ルシス・チェラムはルシスの墓石に名を刻まれルシスの民の心に残り続ける。

 

オレが知る姫は既に死んでいる。そう望んだのは姫自身だ。

では、クリスタルの中に眠る彼女は何者なのだと疑問が沸く。

陛下の話では一切身動きせず静かに眠り続けていると聞くが、目覚めることなどあるのだろうか。

 

「あれから二年になります。ミラ様」

 

時の歳月など微々たるものだ。オレの心は疲弊しきって何かを信じ続けることを恐れている。だからオレはこのまま命燃え尽きる限りルシスに忠誠を尽くすだろう。どのようなことになれ、オレの行く先はここしか許されていないのだから。

 

【失くした数(人)だけ心が壊れていく。彼は不死将軍であるが『心』は不死ではない。】

 

20170907

 



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[grow apart~彼編~5.2]

リベルトside

 

 

今日ばかりは忙しいなんて言ってらんねぇな。なんせ今日は大切な日だ。この日ばかりは王城の中もひっそりと静まり返る。

 

「リベルト、準備は良い?」

「おう」

 

耳に馴染んだ声に応えてオレはしっかりと制服に皺がないか鏡を覗き込んで確かめてる。鏡に映るオレは以前よりも顔つきが変わったと言われることがある。自分じゃ自覚もしてないが素直に喜んでるぜ。

 

ニックス、この部屋見て見ろよ。絶対信じられないぞ。

だってよ、壁に雨漏れの染みがないんだぜ?真新しい壁紙だぞ、オレの部屋は。

なんて、鼻高々に自慢してやりたい親友は今別の場所にいる。それもオレなんかが立ち入ることも許されない場所にいるらしい。

 

以前よりもグッとグレードが上がった部屋はまだ慣れていないだよなこれが。待遇もかなり良くなったというか、あー、コル将軍直々の部下になった。大体レジスタンスに加わってた奴もそのまま引き入れられてルシスの主だった部隊に配属されたってわけだ。今までのやり方を壊すみたいに身分出自関係なく本人の能力次第で出世も夢じゃなくなったんだぜ。それもこれも、全部姫のお陰だ。あのお転婆姫がよ、マジあんな過激なことするなんざ出会った時想像できやしねぇよ。

 

ニフルハイムをぶっ潰してくれた姫様はオレ達の英雄だ。スゲーよ、姫は。あんなちっさい体でプレッシャーにも負けずに踏ん張って最後ドカンとデカい花火打ち上げてくれたんだ。残されたオレ達はしっかりと整えてくれた土台を盛り上げていかなきゃならねぇよな。……なんて偉そうに言っちゃいるが実際に一度崩壊したルシスを立て直すのは容易なことじゃなかった。全部一からだからな。ノクトも苦労してたがオレ達だって同じだ。血反吐吐きそうなほど精神削ってルシスはこの短期間で復興を遂げた。

 

部屋から出るとリビングでクロウがソファに座って必要書類をまとめていた。

 

「支度は終わった?」

「完璧」

 

ワザとらしくぐるりと回って見せると「何子供みたなことを」と呆れたようにため息をつかれた。

 

「なんだよ、ノリの悪い」

「リベルトはいいかもしれないけどまだ処理が終わってない仕事が溜まってるのよ」

 

滑らかに指先を動かしてパソコン専用の眼鏡を掛けて画面とにらみ合いする姿はもう見慣れた。

魔法を使えなくなったクロウにはピッタリの天職らしい。最初はクロウに機械が扱えるか?って心配したが杞憂だったぜ。意外と順応が早いクロウにはドンピシャだとさ。

 

オレはキッチンに向かって腹ごしらえに何かないかと冷蔵庫を開けた。そこには昨日の残りのサラダがキッチリとラップされて入っていたのでそれを取り出す。ちなみに料理担当はオレで洗い物はクロウだ。

 

「制服汚さないでよ」

「分かってるって」

 

オレの行動パターンなど把握済みのクロウがそう声を掛けてきたのを適当に相槌打ってフォークもってリビングへと戻る。

 

―――オレが姫と再会できたのは、あの時が最後だった。カエムの岬で別れて以来姫の訃報を耳にするまで信じられなかったもんな。あの時、コル将軍は上に立つ者らしく冷静に徹していたがオレ達にとっちゃ痛々しいものだった。だって自分で姫の死をオレ達に伝えておいて涙一つも流しやしないだぜ。今じゃ貴重な飲み仲間になってるグレンだってあまりにも冷たすぎやしないかって将軍に対して不信感募らせてたっけか。でもあれは現実を受け止められていない証拠だったんだよな。そりゃそうだ。こっそりとコル将軍と姫の関係を尋ねてみればそれは姫が生まれる前から、つまり亡きミラ王女との関係から続いていたらしい。もう自分の娘みたいなもんだよな。産まれた時から見守ってきたんだ。傷つかないわけがない。最近じゃオレが冗談飛ばせば少しだが笑うようになったんだ、コル将軍。それまでは笑うどころか険しい顔して入ったばっかの奴らをビビらせてばっかりでオレがフォローするなんて場面も度々あった。グレンはあの性格だからな、役に立たねぇよ。

 

―――故郷へ帰ると意気込んでいた二年前のオレと今のオレを比較するならどうしてそうなったと突っ込まれそうだな。お人よしだって言いたいんだろう?なぁ、ニックス。

 

そりゃガラードに帰って故郷を復興させようって気はもちろんあったさ。クロウが生きてるって知るまではな。

 

あーあ、色男め。好きな女のために人生捧げて後悔も何もないだろうさ。

お前、前に言ったよな。姫様が目覚める時にもう一度会えるって。その言葉信じてるぜ。というか信じるしかないだろ、オレ達には。

 

リビングに戻りクロウの隣にドカッと腰かけて無言でサラダをバリバリ食べるオレ。

 

「………」(ムシャムシャ)

「………」

 

クロウが打ち込むキーボードの音が静まり返った室内に響く。

おもむろにオレは食べるのをやめ視線を窓の方へ向ける。

 

「今日も雨だな」

「――ええ、そうね」

 

窓に打ち始めた雨の滴とどんよりとした曇り空が去年と同じ天気だったことを思い起こさせる。今日は姫の二回目の命日で、事実を知る者だけが集まる唯一の日だ。

 

【姫の命日は雨。】



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リヴァイアサン、ちっさ!

マルマレームの森までまだまだ距離はある。ガーディナ渡船場からレガリアをイグニスの安全運転で走らせること数時間。あっという間に夜はやってくる。

そんなとあるキャンプをした夜のこと。

イグニスの美味しい夕飯を済ませ、それぞれ自由に過ごしている時のことだった。

レティがクペのテントからいそいそと出てきては、背中に何かを隠しながらたき火を囲んで椅子に座り談笑していたノクトとグラディオの所へやってきた。

零れんばかりの満面の笑みを浮かべているレティの様子に違和感を感じたノクトが不思議そうに尋ね、

 

「何、笑ってんだよ」

「またろくでもねえこと考えてんじゃねえだろうな?」

 

グラディオが怪しむようにレティの隠し持っている何かに目ざとく気づいた。歓喜を抑えるのがやっと言わんばかりにレティはテンション高めに

 

「フフフ、成功したのよ!やっと。今日までどれだけ頑張ったか……、思えば最初の召喚から失敗の連続だったわ。波長は合ってるんだけど環境に左右されるってことは頭になかったから細心の注意を払ってようやく形にできたのよ……。これも私とこの子の努力の賜物なのね」

 

と今までの苦労を振り返り始め一人で感動にふけってしまった。レティの肩に乗っているどこか疲れた様子のクペはぼそっと小さな声で

 

「……クペは会いたくなかったクポ……」

 

と呟いていた。そこへプロンプトとイグニスもやってきて、

 

「あれ、姫何持ってるの?……木の桶?」

「……また何か企んでいるつもりじゃないだろうな」

 

とやっぱり普段の行いの所為だろうか、悪だくみを企んでいるのではないかとさっそくイグニスに疑われてしまった。けどレティは心外だ!と眉を顰めては

 

「あのね、私がいつ皆に迷惑かけた?」

 

と自覚ない発言をする。すると皆綺麗に声を揃えて

 

「「「「いっつも」」」」

 

と返した。レティは一瞬、口元引きつかせてサンダー落としてやろうかと思ったが、そんなことをするために来たわけじゃないと頭を振って気分を入れ替えた。

 

「見て驚きなさい!ジャーン!」

 

隠していたものを皆の前に出して見せた。

 

「ね、見て見て!可愛いでしょーキュートでしょ!?」

 

何を自慢げに見せてきたと思ったら、木の桶に水が張ってありその中にある生き物がいたのだ。ノクトたちはその生き物、ではない、モノに目を見張った。

 

ぴゅーと愛らしく水を吐き出して髭を優美にゆらゆらと揺らせてはノクトたちに威嚇するように鳴き声を発するそれ。

 

「リヴァイアサンだよ」

『ピシャー』

 

下手すれば掌に乗るサイズではないかという召喚獣をレティは召喚したらしい。本来のサイズから考えれば絶対ありえないことだが、今目の前の桶の中にいるのは確かに召喚獣リヴァイアサン。レティ曰く、普段のサイズの極小サイズだとか。

中々レティが召喚してくれないことに寂しさを感じたリヴァイアサンが強引にレティの入浴中に出てきたらしい。けどその所為でバスルームが大変な事態になったので慌てて待ったをかけた。するとリヴァイアサンはシュンとして切実に召喚してほしいことを訴えた。それで胸キュンしたレティが奮闘してようやくこの形で召喚することができたので、ノクトたちにお披露目にやってきた、というわけである。

結構、嫉妬深いリヴァイアサンはレティ以外眼中にあらず。ノクトがちょっかいだそうとすると、見るんじゃねーよ、触るんじゃねーよ!と容赦なく牙を向ける。

 

「うわ、ちっさ」

 

本音がポロリと出たプロンプトにレティは不満そうに言い返す。

 

「ちっさって何よちっさって。可愛いって言いなさいよ」

 

うりうりと自分の顔近くに桶を持ってきて「ねー?」とリヴァイアサンに話しかけると、リヴァイアサンはハートマーク飛ばして身を乗り出して嬉しそうに自らレティの頬に身を擦り寄せた。

 

「いや、それも違うし」

 

召喚獣相手に可愛いはないだろとノクトは突っ込むが、レティは華麗にスルー。

 

「しかし、このサイズでも呼び出せるものなんだな。通常ならそれなりの水ポイントでなければ召喚できないはず。さすがはレティだ」

「そこ感心するとこか」

 

レティ馬鹿となりつつあるイグニスにグラディオが冷静に突っ込んだ。クペはレティの肩からプロンプトの肩に移動しぷるぷると体を震えさせて

 

「皆はリヴァイアサンの真の姿知らないからそんな恐ろしいこと言えるクポ…」

 

と怯えていた。プロンプトはクペのただならぬ様子に気遣わし気に声を掛けた。

 

「クペ、超震えてるけど大丈夫?」

 

するとクペはなんとも不吉なことをプロンプトに語り掛けてきた。

 

「さっきちっさって言われたこと絶対根に持ってるクポ。……プロンプト、無事に生還するクポ…」

「何その不吉な台詞!?お願いだから危険なフラグ立てないでっ!」

「……」

「なんか言ってよ!?」

「クペからは、もう何も言うことはないクポ……。あえて言うなら、思ってもすぐに口に出さないでよく考えるクポ……フフッ、遅いけどねクポ」

「変なアドバイスもらったけどそれって今さら遅くない!?」

 

プロンプトは妙な不安感に襲われながらまさか、ねとレティに構われているリヴァイアサンへと視線を向けた。一瞬だけこちらに視線を向けたリヴァイアサンに「ひっ」と反射的にビビってしまった。だがすぐに興味が失せたようにまたレティに構って構ってと甘えだしたので、気のせいかとほっと胸を撫で下ろすプロンプトであった。

 

 

定番となりつつある帝国からの贈り物、もとい鉄屑軍団を倒しまくったある午後のこと。

次に召喚獣を呼ぼうとしたとき、レティは以前言っていたことを思い出した。

どうせだったら通常のサイズのリヴァイアサン呼んで皆を驚かせてやろうと。どれだけリヴァイアサンの威力が強力かということと、トラブルメーカーのレティにだってスゴイことできるだって思い知らせてやるという個人的な感情もあったり。

けど困ったことに辺りに大きな水場はない。だから仕方なく魔法で水を大量に発生させ、そこをポイントにして呼び出そうと考えたのだ。だがかなり疲れることを理由に断念しもっと軽量化させた結果。ウォータを唱え丸い形に整え宙に浮かせてそこを媒体に召喚させることのしたのだ。そうしたらなんとも微妙な召喚になってしまった。

リヴァイアサンの本体が無理なのでその一部、片方の髭が水の媒体からにょろっと出ているのだ。

 

「なんか」

「間抜けだね」

 

ノクトとプロンプトは宙に浮かぶゆらゆらと揺らめく髭の一部を見上げながら言った。

ちなみに間抜けと言ったのはプロンプトである。

 

「しょうがないじゃない。これが限界だったんだもの」

「レティでも限界という言葉を知っているんだな。……成長したものだ」

「そこ感動するとこか?」

 

もう定番となりつつあるイグニスとグラディオの会話である。

クペはおどろおどろしい気配を放ちながら、プロンプトに忠告をした。

 

「気を付けるクポ」

「うわ!?背後に立たないで!びっくりした」

「……あれは敵を狙っている髭クポ。標的を見定めているクポ」

「何不吉なことを……。あれ、なんか髭がこっちに近づいているような」

「気を付けるクポぉぉおお!来るクポ!奴は来るクポォォオオオ―――!」

「何その取り乱し方っ!?不安煽らないで―――」

 

とか言ってる間にプロンプトに迫りくる謎の、髭。

しゅるしゅると体にまきついてひょいっと軽々と持ち上げると、

 

「え」

 

戸惑う暇もなく、きゅ、としめられた。

 

「ぐえ」

 

プロンプト、ダウン。

 

「「プロンプトォォォォオオ―――!?」」

 

ノクト、グラデイオが同時に叫んだ。

 

「ふむ、髭で相手を絞め殺す技か。初めて見たな。地味ではあるが確実に相手の息の根を止めるやり方だ」

「だからイグニスは感心すんなっての!」

「大丈夫だよ、リヴァイアサンは遊んでるだけだから」

 

レティにはアレが戯れているという風に見えるらしい。

 

「いやあれは確実にとどめに入っているクポ」

 

クペが律儀に突っ込んだ。

 

「レティ!ぼけっと見てねぇでアレ止めやがれっ!」

 

グラディオの怒号に「えー?」と不満そうにぶーたれたレティだけど仕方ないと、リヴァイアンの髭にプロンプトを解放するようお願いすると、リヴァイアサンの髭がしゅるりと気絶したプロンプトを放した。何とか昇天する前にプロンプトご帰還。

リヴァイアサンの髭は悪いことをしたと反省のつもりなのか、プロンプトの頬を数回軽く引っ叩くことにより意識を回復することができた。だが彼の頬はぷっくりと膨れているのは気のせいだろうか。クペは声に出さずに心の中で分かった。

あれは報復だクポ、と。

 

「ありがとう、またね」

 

レティの頬にスルリと髭の先が擦りついて別れの挨拶をするとリヴァイアサンの髭は異世界へと帰って行った。

 

「水、水怖い怖い」

 

しばらくの間、プロンプトは水を怖がるようになったのは余談である。

 

【意外と根に持つタイプ】



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[grow apart~彼女編~5.1]

クロウside

 

使い勝手のいいパソコンに巡り合えたのは運がいい。最初のころなんてついついキーボード打ち込む力が強すぎて何度修理に出したことか。数えきれないわね。だって事務仕事なんて初めてなんだもの。いきなり預けられても困るわ。

それでも人間って慣れる生き物よね。魔法だけが唯一の取り柄と思い込んでいた自分が馬鹿馬鹿しいわ。それなりに体術の心得はもちろんあるけれどまさか秘書みたいな仕事任されるなんて。信じられる?レティ。しかも今若い子達の間で超人気者のイグニス宰相の、よ。インテリ眼鏡は変わらずに少し以前よりも髪形を変えたかしら。彼のファンがもう、スゴイのなんのって。もしかしたら陛下と並ぶ支持力かしら。

お陰で私は同性から嫌われたり嫉妬交じりの視線やら罵りなんて日常茶飯事。

最初のころは家に帰るまでが戦闘状態だったわ。今じゃどこ吹く風とかわしてるけどね。

 

ああ、そろそろ着替えた頃かしら。私はソファから立ち上がって彼の部屋を一応軽くノックして顔だけをドアから覗かせる。

 

「リベルト、準備は良い?」

「おう」

 

私に背を向けながら鏡を覗き込んでいるリベルトの後ろ姿を確認してまたドアを閉めリビングに戻る。

 

今日ばかりはいつも型崩れしていない卸したての制服をリベルトに渡して着替えさせたわ。普段からだらしない恰好のくせして彼が作る料理は美味しいだなんて卑怯よね。一緒に暮らし始めて一年半かしら、もうリベルトなしの生活は考えられないくらい。これって軽く依存ってことなのかしら?

 

「ふぅ」

 

二人で選んで買ったソファに座ってパソコン専用の膝置きを使って仕事を再開させる。後もうちょっとなのよ。これ終わらせないと次の会議に間に合わない。

 

この私が地位ある職に就いてる孤児院にいた時には想像できないことだわ。

共に故郷を取り戻すと約束した仲間達は既に旅立っていて今は私とリベルト、それにニックスしか残っていない。以前よりも住みやすくなったルシスは私の第二の故郷になったわ。故郷を取り戻すと意気込んでたリベルトでさえなんだかんだ言いながら定住しちゃってるし。私もだけどね。

 

足音でリベルトがやってきたことを察知した私はパソコンから視線を変えてリベルトを見つめた。

 

「支度は終わった?」

「完璧」

 

私の前で子供のようにはしゃいで回って見せる姿に呆れてしまう。

 

「何子供みたなことを」

「なんだよ、ノリの悪い」

 

あれから少し健康的に引き締まった体のお陰か、それとも元々面倒見のいい性格が女受けしているのか知らないけど私の知らない所でもてているみたいね。……やだ嫉妬なんてしてないわよ。

 

「リベルトはいいかもしれないけどまだ処理が終わってない仕事が溜まってるのよ」

 

ああまともに付き合ってる暇ないわ。私はすぐにまたパソコンへと視線を向けて集中し始める。

 

レティが身を挺して守った国だもの。大切にしていきたい。この力の及ぶ限り守っていきたい。でも彼女は本当に帰ってくるのか時折不安になったりする。国民の誰もが知らないことを私は知っている。彼女の大切な親友でさえ知らないことを私は知っているのは少し気が引ける。

レティがいつか目覚める時が来るかもしれないことを期待せずにはいられない。他の皆がどうかは知らないけど、だからその時まで私は私の出来るだけの力でルシスに貢献していきたい。だって今の私が存在しているのはレティのお陰なんだもの。

そしてその時にはニックスと再会できるはずだわ。レティとニックス二人でセットって感じだしね。

 

どうやら腹ごしらえにリベルトが冷蔵庫を漁りに行ったらしい。それとなく釘を指しておきましょうか。

 

「制服汚さないでよ」

「分かってるって」

 

本当に分かってるのかしら?前にも同じやり取りして見事に制服汚してくれたような。

 

「………」

「………」

 

私が打ち込むキーボードの音が静まり返った室内に響く。リベルトが静かに呟いた。

 

「今日も雨だな」

「――ええ、そうね」

 

言わなくても分かってるわ。今日が雨だってことくらいはね。だって去年も同じだったんだから。嫌でも学習するわよ。私達が知っているレティは存在が強すぎてかき消すことはできない。

 

【レティの命日が近づくと必ず雨は降るわ。】



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[grow apart~彼女編~5.2]

ルナフレーナside

 

目が覚めて起きて見ればそこは何もかもが終わった世界でした。

 

戸惑う暇もなく自分の役割は消えていて、兄は帝国軍から脱しテネブラエの独立を宣言しました。これからは怯えて暮らす日常ではない。自ら行動を起こして自分の意思を伝えられる世界になるのだと民らに心から訴えかけ希望を皆の心に届けました。

 

どうしてこんなことに?

祖国を取り戻した嬉しさよりも疑問が沸きあがりました。

 

そこでようやくニフルハイム帝国が終わりを告げた事を知るのです。それは長年続けられた戦争が終わりを告げたということ。最後の女帝、レティーシア・エルダーキャプトが自滅したことで元々崩壊の兆しを見せていた帝国は生きていたルシスの王子達に一気に急所を責められあっけなく終わったと風の噂でそう耳にしました。

 

全ては、貴方の読み通りなのですね。レティーシア様。

 

私は、……私は貴方を憎いと思います。

 

ノクティス様の為に命を削るつもりでやってきた、それを邪魔しました。

私は―――死を覚悟していました。神薙であるから当たり前だと自分に言い聞かせてきました。生きたいと願った事は幾度とあります。ですが、使命を捨てることなど許されない。

私はルナフレーナ・ノックス・フルーレ。

 

代々の神薙達は王の為に在りました。そして私も同じようにノクティス様の為に在りました。一人の女として生きられるならどれだけ幸せだったか。

けれど私なりの覚悟を持って六神達に誓約を求めたのです。それを貴方は横やり入れました。歴代の王達が行ってきた事を覆したのです。それは歴史を繰り返し続けてきた王家の在り方を根底から覆すもの。けれど王達は決して貴方の行いに怒ることはないのですね。

 

なぜなら、貴方は我ら人を創りし女神。誰が母たるものにたてつきましょうか。そのような打算的な考えも最初からあるなどしたたかなのですね、貴方というは。

 

 

貴方はきっとこのやり取りは忘れるとおっしゃっておりましたね。でも覚えていたんです。不思議とあの世界での出来事を。

 

幼い頃の記憶を模したような世界でジールの花々が咲き乱れる中、私とノクティス様は仲睦まじく共に二人で遊んでおりました。幼少期の姿のままで。

 

『ほら、ルーナ。こっち向いて』

『……ノクティス様?』

『はい。ジールの花で作った冠だよ』

 

そう言ってノクティス様自ら作ってくださった花冠を私の頭へとそっと乗せてくださいました。私は戸惑いながらも礼を伝えました。

 

『……ありがとう、ございます』

『どうしたの?やっぱり嬉しくない?』

『いいえ!そんなことはありませんっ!ただ、……ただ夢みたいで』

 

そう、夢のように実感がないのです。幸せになりたいと願ったのは私でした。ですが、使命を捨てることなどできない。

 

『夢じゃないよ。だってルーナは僕のお嫁さんになるんだよ』

『……え』

『ルーナは嫌?僕のお嫁さんになるのは』

『………ノクティス様』

 

貴方は本当にノクティス様ですか?

今まで違和感というものを感じることはありませんでした。だって私達は『いつからここにいるのか』覚えていないのです。時間の概念が崩れ去った世界は変わることなく日の光を温かく私達を包み込む。それは初めてここでおかしいことだと気付きました。

 

『ルーナ、気づいちゃったね』

 

ノクティス様は幼い顔に似合わず、苦笑して降参と言わんばかりに肩をあげる仕草をされた。

 

『貴方は……!』

 

フッと掻き消えるようにノクティス様の姿は消え去り、一時的に強い風が吹いて思わず目を瞑りました。風が弱まりまた恐る恐る目を開くと花畑には私だけ取り残されてしまいました。まるで幻と戯れていたような感覚にここはまがい物の世界、そう気づいた時代わりに現れたのは。

 

『こんにちは。ルナフレーナ様』

『……なぜ、貴方が』

 

そこにはノクティス様と背丈も変わらない少女がいました。

一目で目を引く銀髪に緑色の瞳。可愛らしい顔立ちに似合わない私に向けられる冷ややかな視線。それが誰だかすぐに分かりました。

 

『レティーシア様』

『せっかく懐かしき幼少時代のままでいるのにその顔は子供らしくないわね』

 

小馬鹿にしたような言い方につい感情をたかぶらせてしまうところ、これは相手のペースに惑わされてはいけないと自分を律して何とか冷静に努めようと思いました。

彼女は私のことなどお構いなしに余裕な態度でその場に屈んでジールの花を一輪摘ままれ、目を閉じて匂いを嗅いでおりました。その姿は子供でありながらどこか女らしさを漂わせていて少々不快に感じます。

 

『このような茶番はやはり貴方の仕業なのですね』

 

問い詰めてみれば彼女はあっさりと肯定なさいました。手にしていたジールの花を手から滑り落とすと花は落ちる過程で霧散して消えていきました。

 

『ええ、傷ついた魂を癒すにはこの環境がもっもと適しているからそうしたまでよ』

『そのようなこと頼んだ覚えはありません!』

『でしょうね。だからわたしが勝手にやっているわ。貴方にはもう神薙としての力はない。残念だけど奇跡の力を頼りにすることはもう無理な話』

『……』

 

私から奪ったのは貴方ではないですか!と反論しようとしましたが私にもなけなしの矜持があります。何とか抑えることができました。

だというのにまるで私の反応を揶揄うかのように彼女から挑発めいた言葉は続きます。猫の様に目を細めては可笑しそうに喉を鳴らして口元に手をあてがいました。

 

『そう悔しそうな顔をしないで。普通の女として生きられるんだから逆に喜ばしいことではなくて?ノクトも気位の高い女よりは従順な女の方が好みでしょうし』

『そうやって人を見下して楽しいのですか。貴方は』

 

そう切り返せば興が削がれた顔をして「ふぅ」と小さくため息をついては

 

『……どうやら、これ以上話していてもお互いの為にならないようね。簡潔に伝えます。――-貴方にノクトを託すわ』

 

と耳を疑うような事を口にされました。

 

『……なぜそれを私に言うのですか。そんなこと貴方が言うべき権利などないのでは?』

 

まるでノクティス様を我が物のように扱っていることが許せませんでした。

 

『そうね。わたしにはもう、関係のないことだものね。ええ、貴方の言う通りだわ。出過ぎた真似だった。……時期に目が覚めるでしょう。それはわたしの終わりである証』

『終わ、り?』

『……ああ、時間のようね。貴方と顔を会わせることはきっともうないわ。貴方も清々するでしょう。お互いに』

 

そういうとレティーシア様を包み込むかのように突如発生した霧が彼女を覆い隠していくのです。

 

『あ!』

『さようなら、ルナフレーナ様』

 

彼女が別れを告げると同時に私の意識は何かに引きずられるように終わったのです。

そして私はカエムの隠れ家にあるベッドの上で目が覚めました。グラディオラス様の家に仕えておられた執事の方に事情を説明されそこで初めてレティーシア様の訃報を耳にしました。その時には彼女が最後の女帝であった事は知らず私は動揺を隠せませんでした。

グラディオラス様の妹君がむせび泣く姿や執事の方のお孫さん、それに彼女の訃報を知らせに来た使いの方の苦しそうな表情に貴方がどれだけ沢山の方に慕われていたのかが窺い知れました。

 

まるで天邪鬼のような人。私にあのように辛辣な物言いで接してこられたのもわざとなのでしょう。どうしてそんなことをしておられたのか、私には理解できませんでした。

 

 

テネブラエを発ち、友好国であるルシスに入国すれば仰々しい警備の人数に警護され王城へ招き入れられる私達兄妹を温かく迎えてくださった。

 

「お久しぶりです。ノクティス様」

「ああ。久しぶり……ルナフレーナ。それにレイヴス」

「元気そうで何よりだ。ノクティス」

 

新たなルシスの王、ノクティス様は以前よりも凛々しい御顔立ちになられてますますレギス様に似てきておられます。

 

「そういえば、ルナフレーナは髪切ったんだな」

「ええ。気分転換にと」

 

自分の中で色々と整理させたかったのです。これは一つの選択した結果。

 

「結構バッサリで吃驚した」

「似合いませんか?」

「いや、似合ってるよ」

 

朗らかに笑ってノクティス様自ら案内の元、談笑を交えながら王城の中を案内してくださいました。

 

お分かりですか?今ので。ノクティス様は私を『ルーナ』とはお呼びにならなくなりました。それは幼い頃からの脱却であり、決別でもある証。

……私、ちゃんとノクティス様に自分の想いを伝えたんです。去年の貴方の命日に雨降る中皆が王城へと戻っていく中、黒い傘を差したまま貴方の墓の前から離れようとしないノクティス様に、私は自分の想いを伝えました。

 

嫌味な女だとお思いでしょう。でも私もこの想いに決着をつけたかったのです。

ハッキリさせたかったのです。貴方の目の前で。

 

『私は、ノクティス様が好きです。お慕いしております。幼き頃よりずっと』

 

想いを込めて口に出しました。

そうしたら、ノクティス様は目を瞬かせて驚かれました。でもすぐに困ったように眉を下げられて『……ありがとな』と言われましたがその先の言葉は知っておりました。

しっかりと私の目を見てノクティス様は、

 

『でもオレ、お前とは一緒にならない』

 

なれない、ではなくならない。これはハッキリとしたノクティス様の御気持ちなのです。

国がらみの婚姻は既に形すら残っていない。ノクティス様の中にいらっしゃるのは昔からずっとお一人だけ。

 

『オレ、レティが好きなんだ。アイツが目を覚ますのを待ってる。そしたらオレの気持ち、伝えようと思う』

 

嫉妬するのも消え失せてしまうくらいノクティス様の澄んだ瞳にはレティーシア様しか映っていませんでした。最初から私の初恋は実ることはなかったのです。

貴方なりにノクティス様を託したつもりでしたがとんだ誤算でしたね。

 

『だから。ルナフレーナ、ごめんな』

 

そう言ってノクティス様は私に謝られました。もう、『ルーナ』とは呼んでいただけない。それは少し寂しく感じました。ですが純粋で淡い恋はもう終わったのです。これからノクティス様が愛称で呼ばれる女性はただこの世で一人だけ。

 

未練がましく想い続けるのは私の性分に合いません。

だから私は今度はテネブラエの姫としてノクティス様の御力になりたいと思っております。貴方が目覚めるその時まで。友人としてお支えしていくと約束いたしましょう。

 

ですから。

 

早く、ノクティス様を安心させてください。

それと一つ、訂正を。貴方を魔女と罵ってしまったこと謝りません。ですが貴方は魔女などではなかった。歴史に名を残す大国に終止符を打った立派な御方だと思います。……ですから、もしもう一度会うことが叶うのならばその時は、貴方と普通に話してみたいです。

 

【去年も貴方の墓前には溢れんばかりの花束がありました。】



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魔導インビッシブルが欲しいなんて言ってない

レティーシアside

 

 

一つ、罪の告白をさせてください。

知らなかったんです。あんな事になるなんて……。決して、決してあのじーさんとは共犯者じゃないんです!

 

あれは、知り合いの策略(嫌がらせ)でした。えぇ、本人に問いただしてませんがきっとそうなんでしょう。私にとってははた迷惑、いや超迷惑……いやいや!あんなモノ作る暇あんならもっと国のほうに集中してくれよって感じです。御爺様は床に伏しておられるしアーデンは……。王様候補だったはずなので国民に変な事はしないはず。

 

ああ、今ニフルハイムはどうしているのか。……心配でたまらないです。これが祖国を想う気持ちなのねと感慨深く感じてますがそれで何か変わるわけでもなし。

 

ガーディナを無事に出発した私達は、じゃんけんで勝ったプロンプトの運転によるレガリアで無事にダスカ地方へと戻って参りました。

 

「どうせこっちに来たんならチョコボポスト寄ってかない!?」

 

とプロンプトたっての希望でまた寄り道をすることになりました。私は少しでもシリアスに持って行こうと真面目な表情で頷きました。

 

「異論はないわ」

「んでその意図は?」

 

すると隣に座っているノクトから茶々入れられたので私は無理やりにでもシリアスな雰囲気を演出しつつ、欲望を吐き出しました。

 

「チョコボに癒されたい」

「本能丸出しだな」

「それがレティクポ」

 

膝に乗っているクペの頭を優しく撫でながら問います。

 

「クペは褒めてくれてるのよね?」

「……ノーコメントクポ」

 

おい。

 

私がもらったはずのモーグリ人形を膝に乗せたグラディオから的確なツッコミされた私はつい感情的に熱くなってしまいました。つい座席から立ち上がってクペが転がるのも構わずにグラディオの胸倉掴んで揺さぶりをかけます。

 

「別にいいでしょ!?だってここまで来るのに128回も襲撃されてるのよ?癒されたっていいじゃないチョコボに会いに行ったっていいじゃないチョコボに跨って逃げたっていいじゃない!」

「逃げるな」

 

勢い余って本音をぽろりさせたら、ぽこっとモーグリ人形からチョップくらいました。

あ、少し癒された。

 

「帝国皇女とは思えない緩すぎな顔だな」

「うっさい!」

 

まったく!グラディオったら一言も二言も余計なのよ。

もう、忘れようそうしよう。頭の切り替えを行った私は心落ち着かせてイグニスから

 

「運転中に立ち上がるな。危ないだろう。大体君は……」

 

後半まったく耳に入らない注意をスル―しては早くチョコボに会いたいな~と期待感に胸膨らませていました。

 

129回目の戦闘(ゴング)が鳴るまでは。

 

だがそこへ向かう途中いつにもまして襲ってくる無能な我がニフル帝国の飛空艇。

も、ね。信じられないのよ、ヴァーサタイルの言葉がさ。

何処に生産終了してるって?まだまだわんさか来やがるんですけど?一体どれだけ創り上げてたの魔導兵らをさ。

それに学習能力というものは備わってないのか?あいつ等は。空から塵のように降ってくる魔導兵らをしばき倒すのも飽きてついつい私は、杖をグサッと地面に突き刺して眩いばかりの魔法陣を足元に大きく展開させたのです。

 

「よぉしぃぃ!野郎ども緊急避難しろー!バハムート呼び出す」

 

がしっ。

 

引っ付き虫よろしく男共が私の召喚を必死な形相で止めようとするじゃありませんか。見事な連携プレーに感心するばかりです。

 

「待て待て待て」

「レティ!それは駄目クポ~!」

「全部吹っ飛べ。賛同する人今すぐ離れてくださ~い」

「だから待てって!?」

「待たない絶対待たない!実行してやるぅうう」

 

男共(イグニス除く)にへばり付けられて召喚を邪魔されてしまいましたが、その隙にイグニスが魔法を放ち魔導兵らは呆気なく倒されました。

っチ、全部ぶっ壊してやろうと思ったのに。あ、イグニスが目ざとく私が舌打ちしたのに気付いたらしくまた小言がうんたらかんたら。もうイグニスの事はオカンって呼ぶよ!と叫んだらすごく嫌そうな顔してた。

さて、そこまではいいんです。そこまでは。

偶然、ブツを拾ってしまったのです。

 

魔導兵を落とすだけ落として一機逃げていく飛空艇が最後に落としたのがスーツケース四個でした。明らかに罠が設置されているのではないかというくらいに見た目怪しい銀色のスーツケース。とりあえずそれらを囲んで観察する私達。まずは生贄としてプロンプトがしゃがみ込んで棒切れでツンツンと試しにつついてみた。

 

「なんだろ、これ」

「飛空艇から落とされたようだな」

 

イグニスは眼鏡を光らせて鋭い観察眼を発揮させる。たぶんライブラでもかけてるのかしら。でも何やら魔法を遮断させる特殊加工でもされているのか私の力をもってしても中身を見ることはできなかった。ちょっと生意気じゃないとイラっときた。

 

「もしかして中身って危ない奴とか?」

「面白がってんじゃねーよ」

 

ノクトは珍しく同意せずに窘めているけどプロンプトは視線をノクトへと向けて逆に訊き返している。

 

「ノクトは何が入ってると思う?」

「オレに聞くのかよ……、んー、肉?」

 

もっとまともな回答はないのかい。

しかも食い物とは。まったくノクトは食べるか寝るかどっちかなのかしら。

 

「ノクトは食べることと寝ることばっかだよねー!後、レティの事とか?」

「ば、馬鹿!余計なこと言ってんじゃねーよ!」

 

どうしてそこで私の話題が出るのか理解できない。慌てたように赤面しながら逃げるプロンプトと無邪気に追いかけっこし始めた幼い王様は放置しておこう。面倒見の良いグラディオが二人の面倒を見てくれているので安心して真面目にスーツケースを観察することができる。すると紙切れのようなものがくっ付いてるのを発見した。私は紙だけをさっと取り去ってみる。うん、一応ただの紙のようだ。

 

「魔導インビッシブル……って書いてある……。随分とご丁寧に取り扱い方まで……。」

「レティ、むやみやたらに触らない方が良い」

 

イグニスが心配そうに私の肩に手を置きながら紙を渡せともう片方の手を出して催促してくる。私は素直に紙を渡しながら

 

「でも、触りたくなるでしょ。これ、パワースーツみたいなものみたいよ。試しに開けてみない?」

 

と提案してみた。ライブラも跳ね返すスーツケースなのだ。何か利用価値もあるかもしれない。けどイグニスは私の提案に渋い表情になる。

 

「だが」

「もしもの時はバハムート呼ぶから大丈夫よ」

 

茶目っ気たっぷりにウインクして安心させようとしてみれば、

 

「それはやめてくれ」

 

何よりの保険だと思うのだけれどやっぱり彼らには不評のようだ。両肩掴まれてマジ顔で攻められてしまった。端正な顔立ちがすぐ目の前に!

条件反射でついイグニスの顔を両手で押し退けてしまった。

 

「顔ちかっ!」

「ぐっ!?」

 

勢いが強すぎたのか彼の首がぐぎっと嫌な音をたてたような……。

おそるおそる彼の名を呼んでみた。

 

「……イグニス?」

「……首、が…」

 

だが嫌な予想通り、押されたままの姿勢で固まってしまったイグニスに慌ててケアルガかけたのは言うまでもない。

 

※※

 

グラディオによって首根っこ引っ掴まれて回収されたノクトとプロンプトが無事に戻ってきたことでついに謎のスーツケースを開けることに。

 

「うわぁ~!スゲ~」

「これは……丁度人数分あるというということか」

「サイズもピッタリだな」

「なんか黒いな」

 

各々関心は様々ではある。私としてはこのスーツの特性も気になるので皆に着替えを促してみた。

 

「試しに着てみたらどう?」

「おう。じゃ、着替えるか。クペ、テント出してくれ」

「オッケークポ」

 

ノクトがお願いすると快くクペのテントを取り出して男たちはスーツを各自持ってテントの中へ。外で待っている間、私はクペと説明書なるものを細かく読んでみることにした。大体理解できたが最後の文末にまさかまさかの見慣れた名前が書かれていたことに気づいた私は、咄嗟に紙をファイアで燃やした。

 

「レティ、これって」

「クペ。何も言わないで。私達はこれを見なかったことにするのよ。その方がお互いのためだわ」

「そうクポね」

 

幸いにもこれに目を通したイグニスの目に留まることはなかった模様。

これの製作者とか知らない絶対知り合いじゃない。

それからしばらくしてテントからのっそりと出てきた四人の姿に目が釘付けとなり私は言葉を失ってしまった。だって、ねぇ。

 

「なんか戦隊モノって感じするわ」

「でもなんで皆同じ色なんだろうねぇ~。全身黒黒」

「何か意味があるのではないか?」

「だとしてもまぁルシスのシンボルは黒だからな。オレはイケてると思うぜ」

 

上からノクトにプロンプト次いでイグニスにグラディオでありますが、私の正直な感想を述べてもいいだろうか。実際にこの目で確かめた事はない。王城の私の部屋にはあの存在は確認できていないからだ。毎日ピカピカに掃除してくれていたお陰でその存在を図鑑で確認するくらいしかなかったが。

 

今、まさに黒光りしている姿に触覚でも付ければあの生物に見えてしまう。

戦隊モノ?いやいや、そんな夢と希望溢れ子供たちを夢見させる存在じゃない。あれは人類史上最も滅ぶべき存在であるはず。

 

「レティ、どうだ?」

 

少しテンション高めに私に感想を求めてくるノクト。それに続いてビシッとポーズ決めたりなんかしちゃうグラディオ達。

 

「うわー!テンション上がる~」

 

プロンプト、その恰好で無駄にはしゃいだりしないで。見た目怪しい人なのよ。アレ絶対親子連れなら逃げてくタイプよ?子供に夢を与えるんじゃなくて恐怖を与える方だと思うわ。

 

「なるほど……、見た目の印象よりも軽く動きやすいな」

 

イグニスってヘルメットの中でも眼鏡してるのかしら。いえ、流石に外したわよね。でもあの眼鏡クイってあげる仕草してるからやっぱり眼鏡かけてるのかしら?うぅ、聞きたいけど聞けない。

 

「確かにな」

 

やめてグラディオ!貴方その恰好で一通りのボディビルポーズ披露しないでよ。誰に向けてのアピールなの?笑いを堪えるのに私必死なのよ!?マジ笑わせないで!ちょっとクペ!貴方滅茶苦茶震えてるじゃない。笑い堪えてるの丸見えよ!

 

……ここは空気を読むべきなのだろうか。今まで何かとクラッシャーしてきたけど今はせっかくはしゃいでいる皆のテンションを下げたくはない。私は表情筋を動かして笑みを作り上げる。でもクペがこっそりと『レティ引きつってるクポ』と指摘してきたが聞こえないふりをした。

 

「あー、うん。……ちょっと吃驚したかな」

「だろ?でもイカスじゃん」

「あー、そうね。イカスね」

 

もはや台詞も棒読みである。それでも受けごたえ出来たことだけでも立派なもんだ。

出来るだけ距離を置きたい。じりじりと後退しながら距離を置いていることにノクト達はまだ気づいていない。できれば今すぐにでもチョコボで逃走したい!と心の中で何度も願ったがそれは叶わず。私達は妙な格好の怪しげな集団として周囲に怪しまれながらチョコボポストへと向かったのであった。

 

……当然の如くチョコボ達を驚かせてしまいチョコボポスト始まっていら以来の大脱走事件まで引き起こしてしまう始末。ノクト達含め私もそのチョコボ捕獲に駆り出されヘトヘトになったのは言うまでもあるまい。全てのチョコボを捕まえるのに一週間以上もかかってしまった。それでもってしっかりと厳しいお叱りを受けたノクト達が再びあの魔導インビッシブルを着ることは二度となくひっそりとお蔵入りを果たしのである。

 

自室でのこと。ゆったりとソファに座りながら読みかけの本を膝に置いて一息つくレティとその隣で寝そべって寛ぐクペ。

 

レティ「これでアレを見ることもなくなるわね」

 

クペ「そうクポね」

 

レティ「ホントあのじーさん何を考えてこんなの作ったんだか……」

 

そう言ってレティは本に目を落とすと後ろから予想外の声がした。

 

イグニス「あのじーさんとは一体誰のことだ?」

 

レティ「ギクゥ!?いつの間に背後に立ってるのよ!?」

 

クペ「気配すらしなかったクポ……!」

 

レティはばさりと本を床に落としクペはメキョっと目を見開いて驚いた。

 

イグニス「夕飯を伝えに来たんだが……それで、レティ。あの『じーさん』とは一体誰の事を示しているんだ?もしや、あのスーツの製作者である『ヴァーサタイル』という人物の事を言っているんじゃないか?」

 

知り合いのじーさんの名前がイグニスの口から出た途端にレティは分かりやすく声をド盛らせた。

 

レティ「ぜぜぜぜ全然そそそそんなことないわ!」

 

クペ「レティ!動揺しすぎて逆に丸わかりすぎクポ!」

 

イグニス「―――なるほど。今回の一件は君が絡んでいるというわけか」

 

一つ頷いてはイグニスから冷ややかな視線がレティへと向けられる。

 

レティ「違うわ!あのじーさんの独断での嫌がらせであって私が関与してるなんて」

クペ「レティ」

 

イグニス「……」

 

レティ「あ」

 

イグニス「詳しく、説明してもらおうか」

 

レティ「うぅ、私のせいじゃないから~~!」

 

上手くヴァーサタイルの事ははぐらかすことに成功したレティだったが、連帯責任ということでキツイお説教された挙句、夕飯没収され(レティだけ)たまらずにお腹減ったとグラディオに泣きついた。兄心でイグニスに内緒でこっそりとカップヌードル分けてもらえたので多少腹は満たされたけどやっぱり足りないので夜中にこっそりと冷蔵庫を漁っていたら運悪く水を飲みに来たイグニスに遭遇してしまいまたその場でお説教され、レティは目の下に隈を作って次の日を迎えた。

 

ノクト「……レティ、隈ひどくね?」

レティ「……ウフフフ、……フフッ」

プロンプト「こわっ!」

 

しばらくの間、薄気味悪い含み笑いをするレティが度々目撃され男たちは出来るだけ距離を取ったとか。

 

【帝国に戻ったら覚えてろ、ジジイ】



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怪奇現象

レティーシアside

 

 

それはまるで呪いのように続いた怪奇現象。そう、誰かの言葉を借りるのならこう言えるだろう。

 

―――カップヌードルの呪いと。

 

 

ノクトがおかしい。戦闘中ではあるがどうしても彼が気になって集中できない。

 

「……」

 

何が楽しいのか頭にカップヌードルを装着している。被り物のそれからは湯気が立ち上っており美味しそうな匂いが辺りに漂う。最初にその現象を見た時私は目を疑った。魔導兵との戦闘も185回に突入しているから疲れているのかと思って目をこすぐってもう一度よく見て見たけど変化は見られなかった。

 

「ん?どうしたんだよ」

「……あの、頭……が」

「あ?頭って、オレの頭がなんだよ?」

「いやいや、なんでもないわ」

「?変なレティ。どうでもいいけど危ないからオレから離れるなよ」

「……うん」

 

武器を構えて私を守ってくれようとしてくれている姿はとても格好良く見えるがうまくしまらない。ファントムソードの代わりに彼の周りをぐるぐると回るのがドでかく輝く銀のフォークだったこともきっと私の見間違いだと思う。マジ疲れてるんだな。

 

そういえばノクトは昨日腹減ったと言ってグラディオからカップヌードル分けてもらって食べていた。だからと言って頭がカップヌードルになるわけがない。そう、きっと疲れているだけなのよね。私は頭を振ってノクト達の援護に回るべくブリザガを連続放った。

 

……誤って威力が強すぎてノクト達を巻き込んでしまいグラディオにヘッドロックの刑を執行された。いつもならやり返す気力もあるのに半分もやり返せなかった。

 

「まったくいつも通りだっつーの!」

 

グラディオの戯言は無視して今日は早々に夜更かしもせずベッドに入った。

 

きっと明日には何もかも元通りになっているはず―――。

 

 

「どうかした?オレの顔になんかついてるとか」

「……ううん、なんにも付いてないけど……その、頭、が」

 

今度はプロンプトだ。恒例となっている趣味の写真撮影に私も付き合っているのだけど、どうしても彼の後頭部が気になってガン見してしまう。風景は最高なんだが彼の後頭部が気になるってどんだけ?

 

「頭?……ああ、コレ?」

「そう!それなのよ」

 

分かってくれたか!と歓喜の声を上げる私にプロンプトは表情を緩ませて

 

「えへへへ、流石レティ!ワックス変えたんだよ。どう?決まってるでしょ!オレの髪形」

 

とプロンプト本人は自分の髪をかき上げる仕草をしたと思っているようだが、私から見ればカップヌードルの表面を撫でているようにしか見えない。

 

「………」

 

無言かつジト目で対応するとプロンプトは見るからに焦った顔をした。

 

「え?アレ?」

「………ちょっとカメラ貸して」

「え、いいけど」

 

私の急なお願いに戸惑いつつも自分のカメラを差し出してくれた。私はそれを受け取ってカメラのレンズをプロンプトへと向ける。

 

「はいチーズ」

 

パシャリとシャッター音が鳴り、突然の事に驚きを隠せないプロンプト。

 

「うわ!いきなり撮る?せめてもうちょっと間が欲しかったのに」

「うん。実験だからすぐ撮る。それで今撮った写真ってどうやってみるの?」

「えーと、ちょっと待って……ハイ」

 

手渡された画面をのぞき込めば……そこに映っているプロンプトの姿は。

 

「………普通、だわ……」

 

どういうこと?どうして写真の中のプロンプトは普通に被り物をしていないの?

もしかして、写真には写らない?

 

私のコメントに文句ありげな顔をしてどうでもいいアピールをしてくるプロンプトに正直イラッときた。

 

「え、普通、なの?オレ的にはちょっと角度が違うかなって」

「どうでもいいわそんなこと」

「ひどっ!」

 

私は再度目の前の彼と写真に収まっている彼を交互に見る。

どうして肉眼で捉えられて写真では写り込まないのか。私の心の眼がまやかしを捉えているという解釈でいいのか?ああ、駄目だ。頭ぐるぐるしてきた。

あ、でも一つ共通点に繋がるとこがあった。ダメ元でプロンプトに訊いてみる。

 

「ちょっとプロンプト。少し聞きたいんだけど……もしかしてカップヌードル食べた?」

「食べたよ。グラディオからもらったやつね。それがどうかした?」

「なんでもないわ」

 

ここでもグラディオから差し入れカップヌードル。

いや、これは偶然。仲間を疑っちゃいけない、いけないぞ、私!

 

でもこれで二人目の犠牲者が出てしまったわ。まるで感染力が強いウイルスようだ。私にしか見えていないという点もきっと私の中に眠っている女神の力が成せる技なのだろう。

だったら何とかして未然に防ぐ方法を探らなくては……!

 

207回目の戦闘を終えての夕飯はカップヌードルだった。

美味し……。

 

 

朝、起きてキッチンで朝食を作っているイグニスの後ろ姿を見た途端、脱力感に襲われその場に膝をついてしまった。

 

一体どういうことなの?どうしてイグニスまで感染してしまっているのよ。

 

「イグニス……貴方まで…」

「珍しいな。起こされずに起きてくるなど。……一体どうしたんだ?レティ」

 

黒のエプロンがお似合いのイグニスに私は何とか力を込めて立ち上がりながら弱弱しい声で訊ねた。

 

「……参考までに聞いておきたいの。貴方カップヌードルを食べた?」

 

するとイグニスはきょとんとした様子で、

 

「食べたも何も昨日の夕食にグラディオ特製肉カップヌードルを食べただろう?」

 

というじゃあーりませんか。私は首を捻ってない記憶に困惑するしかない。

 

「……そうだった?」

「……レティ、体調が優れないなら言ってくれ。顔が真っ青だ」

「……私も、食べた……?」

 

イグニスから心配されるも私に彼を相手する余裕はなかった。

 

嘘、無意識のうちに食していた?思い出して、レティ。貴方、何か忘れてない?

 

そう自分に問いかけてみる。

 

よくよく思い出してみると、貴方207回目の戦闘で疲れてアルテマ放とうとしたじゃない。全力で。

そこでツッコミならぬグラディオからまた「アホかぁぁあああ―――!」とヘッドロック仕掛けられ「きゅ~~」と可愛く気絶したのだ。

 

私は、食べた。ノクトとイグニスとプロンプトと同じく食べてしまった。

ならば、今私の頭部はどうなっているの。

 

ごくり、と唾を飲み込んでそっと自分の頭部に手を伸ばしてみた。

きっと大丈夫だと自分に言い聞かせて。

だがそこには自分が考えていた感触が一切なかった。

 

カサカサとした感触がそこにはあって自慢じゃないけどサラサラな触り心地抜群の髪の感触が一切ない。それどころか、自分の顔を包み込んでいるコレはなんだ?

 

ぺたぺたと触ってみる。

 

まるで被り物を被っているみたいじゃないか。こう、四角くて容器みないな感じで湯気みないな温かい上気みないなのが感じられて美味しそうな匂いが鼻先から漂ってきて………。もしかして私、皆とノクト達と同じ状態に陥っている?

 

そう、自覚してしまったら。ただぶわりとせりあがってくる恐怖から叫ぶしかなかった。

つんざくような悲鳴が私の喉から溢れ出す。

 

「嫌ぁぁあああアアア―――――ー!!」

 

私まで、私までカップヌードルの呪いがー!!耐え切れない。こんな悪夢耐え切れない!

 

「レティ!?」

 

悲鳴を上げ走りだす私を制止するイグニスの声を振り切って、転びそうになりながら自室に駆け戻った私は必死にクペに助けを求めた。

 

「クペ!」

「どうしたクポ?朝から悲鳴なんかあげて」

 

きっと、私の親友なら助けてくれる。そんな願いも空しく、ベッドメイクをしていた彼女がくるりと振り返った。彼女のあらぬ姿を目の当たりにし、私は愕然とし腰が抜けぺたりとへたり込んでしまった。

 

「……」

 

彼女の、頭部にはカップヌードルの被り物がしっかりとあったのだ。

私と同じく、いかにも今が食べごろと言わんばかりに少しめくりあがった蓋から湯気を上がらせて。異様だ。これは異様なのだ。私にしか見えない悪夢が、周りの仲間を襲い、私を襲いまさか私の親友にまで悪夢を広げるなど。

 

「………」

「レティ、一体何があったクポ。今にも倒れそうなほど真っ青クポ」

「………いや、いや……!」

 

私はへっぴり腰のまま後ろに後退して、クペのテントを抜け出した。

 

信じられない、信じられないと頭を振るたびに頭の上の中身の具材が飛び散っているような気がするが心底どうでもいい!

エビとかたまごとか肉とかもったいなく飛び散ってるけどマジどうでもいい!!

 

なぜこうなった?どうしてこうなった?

 

目尻に流れる涙を拭うことすら忘れて私は想いのまま走って走って、草原に飛び出して声に出して叫んだ(召喚)。

自分を守護し愛しんでくれる存在に助けを求めて。

 

「バハムートォォォオオオ――――!」

 

通常、それなりの手順を踏んで行われる召喚だが今の私に簡略化など朝飯前。自分の足元に展開される大きな魔法陣から膨大な光が溢れ出し、私をも飲み込んでいく。

 

晴天だった天候があっという間に崩れ去りゴロゴロと灰色の雷雲がたちこめていく。不穏な風がどこからともなく吹き草原の草を激しく揺らす。激しい地響きが起こり私は立っていることすらできずに地面にしゃがみ込んでしまう。

 

「―――――――!」

 

鼓膜を突き破るような鋭い鳴き声というよりも音に思わず両耳を塞いでしまうくらいの威を放ち、天空を真っ二つに裂いて大きな両翼を猛然と広げ私の召喚に応じたのは、七神の一神担う絶大な力を持つ剣神、バハムート。

だが彼のものの姿は決して鎧を纏い剣を携えているわけじゃない。下手な小細工抜きに強いからだ。召喚獣らを率いる立場としていつもなら威厳ある態度をとっているが今は急な召喚により私の身を案じて急ピッチでやってきてくれた。

 

『我が主に仇名す者よ、死すがいい!』

 

咆哮をあげぎょろりと血走った竜の眼で標的を捕捉しようとするがその姿は確認できずに終わる。ですが全力で呼んだ私は色々と疲弊してしまいそこで意識を飛ばしてしまった。

 

『レティーシア!?』

 

ああ、ゴメン。バハムート、後は、頼んだわ。

 

・・・。

 

それからしばらくして目が覚めると自分のベッドに寝かされていた。疲れた顔をして看病してくれていたクペの説明によると色々あったらしい。

 

体調も戻ったのでクペのテントから出た時視界に広がる辺り一帯の景色が様変わりしていた。なんと焦土化していて草一つ生えていなかったのだ。

 

一体、何があったのだろうか?

 

首を少し捻って思い出そうとしても何がなにやらさっぱり。

 

私、何したんだろ。まったく記憶が残っていないというのはおかしすぎる。

……何か嫌な事があった気がするが、どうにも記憶に霧がかっていて思い出せない。

ま、思い出さない方が私にとって都合のいいことなんだろう。あまり深く考えるのはやめておくことにした。

 

 

レティが混乱の内にバハムートを召喚した結果、召喚者であるレティの気絶した姿にバハムートはついぶちっと血管キレてしまい、見えぬ敵を根こそぎ殲滅しようと全力のメガフレアを放ってしまったので近くの山がいくつかごっそりと無くなってしまい見晴らしのよい風景が水平線の向こうまで続く景色となってしまった。死傷者はいないものの色々と人的被害はありそうである。

 

ノクト「……マジ、死ぬかと思った」

プロンプト「激しく同意」

イグニス「今生きているのが奇跡だな」

グラディオ「………」(もうレティには食わせねぇ方がいいな)

クペ「ラストで呼ぶ出すはずの真打をこのタイミングでとかスゴイクポ。来る方も来る方だけどクポ」

 

(その後、カップヌードルの呪いが起きることはなかった)



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お約束な展開

草原のど真ん中、夜の月明かりがそっと優しく一組の男女の修羅場を和ませるように照らし出す。都会の喧騒ならいざ知らずこんなだだっ広い場所、しかも夜はシガイが辺りを徘徊して危険なため、一人で出ることさえ躊躇う時間帯だというのに、もし他人が一部始終でも見ていたらああ、よくあるあるカップルの喧嘩ね、なんて思うかもしれない。

 

だが、1組の男女は決してカップルなどではない。

と絶対認めなくない青年二人がいるのであえて、まだ、カップルではないと言っておこう。

 

騒ぎの一部始終を目撃し慌てて追いかけてきた貧乏王子とその仲間二人は、固唾を呑んで見守るしかなかった。下手に話しかければ自分たちに被害が来ることはわかっていたからだ。その証拠に、自分たちの周りの地面は彼女の烈火のごとく怒りを現すように容赦なく落とされたコメットの傷痕が痛々しく大地に刻み込まれていた。大地にえぐりこむ隕石は未だ高熱冷めやらず表面が赤々と燃えている。

貧乏王子の心境と言えばすぐにでも彼女の露出した肌を覆い隠してやりたい衝動に駆られていたのだが、それを許さないのが、この修羅場のような雰囲気。

他人が介入すればもっと火に油を注ぐようで恐ろしい。

一言でも口を挟めば、自分たちは巻き添えを食うことになる。

だから今は苦しくても空気にならなくてはいけない、そうアイコンタクトを送る年長者に苦渋の決断で従う貧乏王子とその過保護補佐。歯を食いしばって我慢するしかないのだ。

 

少し肌寒いと感じる気温なれど、湯上りには少し、結構、いや相当寒いであろうバスタオル一枚といういかにも襲ってくださいと言わんばかりの無防備な姿で女、王女と敬われる身分である、銀髪の麗しき皇女、レティーシア・エルダーキャプトがさめざめと透明な滴を瞳から零し座り込み悲し気に声を震わせ、両手で顔を覆って泣いていた。

 

「もう、お嫁にいけない……」

 

彼女の心を苦しめる要因は一つ。それは目の前に土下座し続ける男だ。同じく下半身にまいてあるバスタオルだけが唯一の装備と言っても過言ではない、金髪の青年、プロンプト・アージェンタム。彼は連発された魔法の影響でボロボロだが誠心誠意、彼女に謝り続けている。

 

「ほんとにゴメン!」

 

決して他意があったわけじゃない!

どんな償いでもする、と真摯に訴えた。

 

姫は、両手で顔を覆ってただ泣くばかりでほとほと青年は困り果てた。

だが姫の心を傷つけてしまった責任は自分にあるとしっかり受け止めて、彼はただただ謝り続ける。

 

「本当に、ゴメンなさい。おぼろげで確実に見えたわけじゃないんだ。ぎりぎりセーフだと、思う」

 

湯気で見えたのは、ほんの一部……と言いたいが本当は確実に見えていた。

思い出すだけで鼻血が出そうで思わず鼻を抑えてた。

そうしながら少し顔を上げて言い訳しようとしたら、レティが一瞬、底冷えするような声音で

 

「みただろ」

 

とプロンプトを威圧する。プロンプトは

 

「バッチシ見えましたー!!スイマセン――!」

 

と素直に白状した。またレティはしくしくと泣き出した。

 

「やっぱり、私、もう乙女じゃなくなったのね……」

「いや、まだだいじょう「あ?」サーセンでしたぁぁあ!!」

 

ゴツン!と痛々しい音を出して再びプロンプトは土下座GO。

レティは冷ややかな視線を容赦なくプロンプトに浴びせる。

 

一体二人の間に何があったのか、それは男四人、女二人旅につきもののドキドキハプニング!という奴である。離れた場所から一匹、傍観を決め込むクペは、いつかは起こると思ってたクポと冷静に自分の手帳に今日の出来事を書き込んでいた。

 

分かりやすく説明するとこんなことがあった。

その日、プロンプトは注意力が散漫していた。

この旅での自分の役割や一緒にいていいのかという葛藤。

それぞれが己の信念に基づいて行動している中、自分だけが足元が不安定であること。色々思い悩んだ末、起こった悲劇がバスルーム遭遇事件である。

もし、レティがこの旅に同行していなかったら男たちはどうやって清潔を保たさせるのか。男四人むさ苦しくキャンプの中で身を寄せ合って雑魚寝したりして汗をかいたり戦闘で負った傷を癒すのが治癒魔法でも疲れまでもとれはしない。

きっと手段はあるだろうが、お手軽にシャワーを浴びれる環境がすぐそばにあるかと問われれば否、であろう。

 

そんな中、救世主のごとく現れたのがレティの頼もしき友人、クペである。

彼女が出すクペのテントは、見た目は小さなテント。だが摩訶不思議な力によってさながらホテルのスイートルームのように優雅でリッチな寛ぎやすい部屋を提供することができるのだ。それも全ては紅一点のレティの為。彼女が旅で困ることがないよう生活に必要なすべてのものが用意されている。

その中でも大切なものが快適なバスルームだ。レティの趣味に合わせ白を基調とした内装にシンプルでありながら品を感じさせるエレガントな造りは、女性ならば思わずうっとりとため息を零してしまいそうになるほどの見事なもの。

王族として一級品に囲まれて育ったレティには当たり前の光景でも、一般庶民のプロンプトにしてみれば、オレ場違いすぎません!?とコンフォ状態に陥ってしまうほどの衝撃的な光景である。

 

男たち四人もそこで日々毎日の戦闘での疲れを癒し心をほぐしているのだが、その日は、タイミングが悪かった。先にバスルームに先客がいると気付かなかったのだ。

プロンプトは浮かない表情でああ、風呂入らなきゃとバスルームのドアを開けた。

用意していたパジャマを台において服を脱いで、すっぽんぽんになって腰にタオルを巻いて、仄かに香るレティが好むバスソルトの匂いを嗅ぎながら。乳白色のバスから立ち上る湯気の中、人の気配にようやく気づいた時は遅かった。

 

絹のようなしっとりとした肌に銀色の濡れた髪を軽くまとめ上げ色香溢れるうなじ。

ゆっくりとこちらを見つめる、瞳が、大きく見開かれる。

 

数十秒もの間、お互い視線を逸らせずに見つめ合った。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

プロンプトは無言のままスッとドアまで引き返して静かに閉めた。

 

あれは幻、夢、オレ立ったまま寝てたんだと自分に言い聞かせようとした。

 

だが、すぐに

バンッ!と叩き壊すような勢いでドアが開かれた。いや、蹴り開かれた。

恐恐と振り返ると、そこには入浴中の麗しのレティの姿が鬼の形相で立っていた。

 

「ひぃっ!?」

 

情けない声を出してプロンプトは顔を青ざめ、

 

「きき……きゃぁぁああ――――!」

 

自分の体を抱きしめながら女のような悲鳴を上げ、その場に蹲った。

 

「見ないで――!!」

 

レティは怒鳴り返し、

 

「誰が見るか!それに私が叫ぶ方だわ、このっ!」

 

レティもバスタオルで体を、腕で胸元を隠しながら、瞬時に双剣を出現させてプロンプトに向かって勢いよく飛ばした。

 

「……」

 

ひゅっと頬に剣がかすり血がたらりと流れ、剣二つはプロンプトのすぐ後ろの壁に勢いよく突き刺さる。

 

がくっと腰を抜かしてプロンプトは恐怖から涙目になった。だがレティは容赦ない。

血走った目付きで指をゴキゴキと鳴らしてデスを発動させた。

 

「デスで死んで詫びれ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「誰が許すかぁぁああああああ―――」

「ギャァァアアアアアアア――――!!」

 

プロンプトはコメディよろしく両手を上げて一目散に逃げ出した。レティは鬼の形相で追いかけた。そこから仲良く追いかけっこが始まった。

 

と冒頭に至るのである。

 

 

プロンプトにとってはアンラッキーともいえる事件。

ちなみに、さっきのレティはコメットやデスを乱発して確実にプロンプトの息の根を止めよう、目をギラギラさせてひたすら逃げまくるプロンプトを執拗に追いかけまわしていた。

 

だが一向に雰囲気は良くならない。むしろ悪くなっている。

このままいけば、確実にやられる。

ついにプロンプトは意を決して叫んだ。

 

「オレが!オレが責任もって姫を!……レティをお嫁さんにもらいますっ!……っていうかオレをもらってくださいっ!」

「「「……」」」

 

ノクト達は、呆気にとられ言葉を失った。

気でも触れたかとプロンプトを疑うくらいだった。だが彼にとっては捨て身の作戦でもあった。その場の雰囲気を逆に利用して少しでも死亡フラグをへし折ろうと考えたのだ。レティはプロンプトの作戦にまんまと引っ掛かった。

 

「……ほんと?」

 

ブンブンとプロンプトは首が取れるのではないかというくらい何度も頷いた。

もう自棄になっていたのだ、彼は。これくらい言えばきっと嫌な顔して『いらない』とか一蹴されるに違いないという淡い期待もあったが。だがレティは反応は予想外のものだった。

 

「……じゃ、よろしくお願いします」

 

と小さく頭を下げたのだ。

 

「へ」

 

呆けるプロンプトにレティは、

 

「給料三か月分の指輪、期待してるね」

 

と照れくさそうに微笑んだ。これが、策士策に溺れるということだろうか。

 

ズッキューン!

 

古臭い効果音であるが、それが彼には一番合っていた。

恋の銃で見事胸を撃たれたプロンプトは、全身が沸騰しそうなほど熱くなるのを感じながら給料三か月分どうやって稼ごうかとぼんやり考えた。

だがレティはぺろっと舌を出して可笑しそうにネタ晴らしをした。

 

「なーんて嘘ぴょん!」

「…え…」

「裸見られたぐらいで泣きやしないわよ。そこまで恥ずかしがる歳じゃないし。事故事故。仕方ないわ」

 

手をパタパタと振って気にしないのと軽くレティは笑った。

 

「え、嫌でも!オレ、姫傷つけたし……」

 

というかさっきのは絶対本気で殺しにかかっていたはず。

と言おうとしたが、一睨みされその言葉も引っ込んだ。レティは気を取り直して、コホンと咳をした。

 

「だからって責任取ってもらうのに結婚とかないじゃない。私、そこまで悪女じゃないしなりたくもないわ。プロンプトは自分の好きな人をちゃんと見つけて給料三か月分、渡しなさいね」

 

そういうとレティは立ち上がってさっさとテントに戻ろうとした。

 

「え、あっ!」

 

プロンプトは条件反射でレティの腕を掴んでしまった。

どうしても行かせたくなかったのだ。誤解されたままでは。

 

「?……もう、いいよ?怒ってないし。次から気を付けてくれればいいから。それに、もう寒いから中入ろう」

「あ、あの……オレ…」

 

言葉を詰まらせながら何かを意を決してプロンプトはレティを見つめ

 

「?」

「オレ!」

「はいはい。茶番は終わりだ」

 

さりげなくグラディオにレティの腕を掴んでいた手を外され、ハッと我に返るプロンプト。

 

「グラディオ!?いたの!」

「いたっつーの。それよりさっさと中入れ。風邪ひいたらシャレにならねぇぞ」

「うん」

 

レティはグラディオに促され寒い寒いと体をさすって足早に中へ入る。プロンプトはグラディオに「お前もさっさと戻れ」と声を掛けられても反応できずにしばしそこで立ち尽くしてしまった。なぜなら、自分の行動が、言いかけた言葉が理解できなかったからだ。

 

オレ、なんて言おうとした?

 

給料三か月分?

違う、オレをもらってください?

違う!違う!

 

オレは、本気だって、言おうとした。

 

プロンプトは口元を片手で覆い、今言おうとした言葉の意味に戸惑うしかなかった。

頬が徐々に熱をもっていくのを感じた。

 

オレが、レティを?

いやいや、まさか!

 

自分に限ってそれはない、断言したいところだけど、先ほど言おうとした言葉はまぎれもなく、好意を持つ相手にいう台詞。

 

あんな、普段からがさつで乱暴で無茶苦茶で世間知らずで子供っぽくて猫かぶりで人見知りする姫。ルナフレーナ様の方が何倍もお姫様らしくて自分の憧れだったのに、それでも自分が姫と呼べるのは、たった一人だけだと思ってしまうのは、……。

 

時たま見せる、自分だけ一線引いて寂しそうにする横顔。

ノクトがルナフレーナ様の話するときに見かける拗ねていじける分かりやすい態度。

彼女が作れる爆弾おにぎりが美味しいって皆に褒められた時の嬉しそうな笑顔。

ルシス国の姫として凛と佇むその美しさ。敵対国の皇女として背負うべきものへの責任感の重圧に押し潰れそうなのにそれをおくびにも出さない強さ。

 

くるくると表情が変わる子供のような姫。

でもオレは知ってる。彼女がどんな【覚悟】でルシスから出奔しようとしていたのか。

ううん、彼女は宣言通りに出奔を果たした。

ノクトの為に、ルシスの為に。自分の為とか言って、結局はルシスにいらない混乱を招かない為じゃん。馬鹿みたいにお人よしじゃないけど、彼女なりの不器用な優しさを、オレは知っている。

 

オレ、姫が、好き、なのかな?

 

親友の好きな人だからとそのカテゴリから無意識に外していた。それが仲間とうまくやってくコツだと思ってるし、今でもその気持ちはある。

けど、オレは……。

 

【気づいちゃったから】

 

 

思わぬことで自覚してしまった気持ち。果たして、どう転がるのか。

でもその前に嫉妬深い仲間からの粛清が待っているかも。



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10月25日

レティーシアside

 

 

そういえば今日は何日だっけと何気なしにクペに尋ねれば、10月25日クポと教えてくれた。私は、ふーんと気のない相槌を打って、何かあったような妙な引っ掛かりを覚えて、なんだったけなんだったけ?と部屋の中をぐるぐると歩き回って思い出そうとした。けどやっぱり思い出せなくてクペを伴ってプロンプトを構いに行った。

私が声を掛けた途端、「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げてぷるぷると体を震わせて怯えだした。どうやら私が声を掛けるのを待っていたらしい。愛い奴愛い奴。

私は首根っこ引っ掴んでズルズルと草原に引っ張り出した。

 

「お願いだから遊びの誘いで魔法連打しないで――!」

「遊びは遊びなの暇なの退屈なの思い出せないの何とかして!」

「それ明らかな八つ当たりじゃっ!?」

「ほらほら!まだまだ動きが鈍い」

 

いつものサンダー+エアロガ効果でビリビリしながら吹っ飛ばされるプロンプト。

ちなみにノクト達は私がテントから出てきてプロンプトに話しかけたと同時にそそくさと逃げた。解せぬ。

 

「うわぁぁあああああ―――」

 

うん、今日も見事にプロンプトが空を舞った。

レベルも上がっていることで上々。一応言っておきますがこれは私なりのプロンプト強化作戦の一環であるのです。皆の中で足手まといじゃないかと悩んでいる彼の手助けになればと思いついた案。レベルが釣り合わないならレベル上げればいいだけの話じゃない、と思ったわけ。そこで私の魔法の出番!幸い私は魔力が枯渇しないのでいくらでもプロンプト相手に発動できるし場所も選ばない。プロンプトもすっかりレベルの低い魔法に耐性がついたようで大げさにビビることはなくなった。今は中級クラスの魔法で相手している。

 

あれ、プロンプトが空を舞う……。プロンプト、プロンプト……。

ハッ!?

 

なんてこと、私は今日があの日だということをすっかり忘れていた。

 

ショックのあまり、よろりとその場に膝をついてしまった。

すぐ向こうで大の字になって目を回しながら地面に気絶しているプロンプトを回収しようとしているノクトたちは全然気にならなかった。

 

今日がプロンプトの誕生日だということを……!

なんてこと、大切な友人の生まれた日を忘れてしまうなんて。

レティーシア一生の不覚っ!

 

けどまだ取り戻せるわ!

今日という日はまだ、終わっていないもの。

 

「レティ、頑張るのよ!」

 

私はぎゅっと拳を握りしめ、みなぎる闘志を奮い立たせた。

 

「またろくでもないこと考えてるクポ」

「戻るわよ」

 

私の頭に乗っかっているクペの発言は無視。

私はこそこそとテントの自分の部屋に戻ってクローゼットを漁りながらクペに今日がプロンプトの誕生日であること。サプライズプレゼントをしてあげようと思っていることを教えた。

 

「クペ、良い作戦があるわ。前にグラディオが読んでた雑誌に書いてあったのを覚えているの」

「あの暇つぶしに読んでグラディオから奪い取った雑誌クポね」

 

クペは私が放り出した服を畳んだりまた、綺麗に整えながら話を聞いていた。

 

「一部必要ない説明があるわね。そうよ、そこにこう書いてあったわ。ずばり、あることをしてもらうと男は有頂天になって天国にでもいるような気分になるんですって!」

 

前、手に職を付ける練習用として気分でも味わおうと密かに買っておいた衣装があるはずなのだ。城の部屋にあったものは大概全てクペに持ってきてもらっているはずだからこのクローゼットにあるはず……。

 

私がごそごそと漁り始めてから三十分後。部屋中私の服だらけでぐちゃぐちゃだけど仕方ない。クペはソファに横になりながら気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 

「見つけた!」

「クポ!?」

 

私の歓喜溢れる声にクペが何事と飛び起きた。

私はそれを自分の体に当てて笑顔でクペに向き直った。

 

「やったよクペ!ついに見つけた。男の欲望を満たすに相応しい衣装……メイド服!」

「レティがメイド、クポ?」

「そうよ、これでプロンプトにご奉仕するの。きっと最高のプレゼントになるに違いないわ」

「……血を見ることになりそうクポ。メイドはやめておいた方がいいクポ」

「?血?そんな物騒なことあるわけないじゃない。ほらほら、クペはイグニスに誕生日ケーキ作るようお願いしてきて。あ、プロンプトには内緒だからね?」

「一応、クペは止めたクポよ」

 

クペはパタパタと羽を動かして部屋を出て行った。

まったく、私にメイドが務まらないって言いたいのね。血を見るだなんて遠回しな嫌味に負けるレティじゃなくってよ!

 

「見ていなさいプロンプト!貴方の誕生日、一生忘れられないくらい最高なものにしてみせるわ!」

 

高笑いさえしてしまいそうな高揚感に包まれ、私はさっそくメイド衣装を着ることにした。勿論、メイクも抜かりはなし。

……そういえば、これ初めて袖通すんだった。城の中じゃ使用人の監視の目があるから着る機会がないままクローゼットに入れっぱなしだったし。

ちょっと胸元が開きすぎてスース―するし背中もがばっと開いてるしスカートの丈も短すぎて落ち着かないけど、仕方ない。これもプロンプトの為と腹を括って、猫耳カチューシャを装備。

 

「頑張るのよ、レティーシア!」

 

グッと拳を強く握りしめてやる気に満ちた私はいざドアノブに手を掛けたのだった。

 

プロンプトside

 

途中までは良かった。レティのスパルタ修行に捕まりいつものグラディオに介抱されれて意識を回復させて、体調を気遣ってくれるノクトに肩を叩かれ「よく、耐えたな」とねぎらいの言葉をかけられて思わず涙ぐんでしまった。グラディオもノクトと同じように、「今日は一杯、飲もうぜ」と誘ってくれたりして感極まったプロンプトはつい、零れそうな涙を無理やり腕で隠しながらコクコクと頷くだけで精一杯。イグニスが「仕方ない、今日はプロンプトの好物にしてやる」とまで言われしまえば感涙するしかない。

 

自分にはこんなに親身になってくれる仲間がいる。

たとえ、鬼コーチ(レティ)に辛く当たられようとも(八つ当たり)自分は頑張れる。仲間が一緒にいてくれるなら――!

 

だがその仲間、ノクトとイグニスはすぐに掌返してプロンプトを敵とみなして、女ならハンカチ噛んで悔しがるところ、武器携えて今にも襲ってきそうな血走った目つきになっている。

 

確かに今日は、プロンプトの誕生日だ。自分でも今の現状を忘れていたくらいに。

 

どうしてこうなったと数分前の自分に問いたい。

どうして自分の膝に彼女が乗っているのか。

どうして自分は敵役を見るような目で仲間二人(ノクトとイグニス)に攻められているのか。

 

そう、全ては今日がプロンプトの誕生日である故!

 

麗しいメイド様はプロンプトに熱心に奉仕することで頭がいっぱいなので射殺さんほどの殺気を向けられていることに気づいていない。

普段はこんなこと絶対しない癖に、いざヤル気になるととことん頑張ろうとする彼女の前向きさはとても好感が持てる。もし普通の出会いだったら一発で恋に落ちているだろうと思う。

 

「ご主人様?ほら、あーん」

「あ、あーん」

 

小悪魔ミニスカメイドのレティが硬直状態にあるプロンプトの膝に座り、小さく切ってフォークに乗せたケーキをプロンプトの口元に運ぶ。促されるままプロンプトは口を開いてケーキを食べさせられる。レティの視線が見守る中、もはや恐怖で味がしないケーキを咀嚼して「おいしいですか?」と尋ねられれば「うん、おいしい」と答えるしかないだろう!

 

「レティ、今日はうーんとご主人様にご奉仕しちゃいますね!」

 

絶対わざととしか思えないそのたわわに実った豊満な胸を強調するような仕草。ってか、どうしても視線が釘付けになってしまうこの距離。ご奉仕って意味わかって言ってんの!?男は違う意味で受け取っちゃうん生き物なんです!その恰好マジで目の毒になんで着替えてきてください!ってかオレ、殺されるかも。マジでやめて!と思わず叫びそうになった。

 

殺気が、俄然と増した。グラディオが無言でプロンプトに親指を立て、静かに席を立つとテントへ逃げた。

 

「ほらほら、まだいっぱいありますから」

「あ、う、うん。あの、姫」

「駄目です。ちゃんといつも通りにレティって呼ばないと」

 

ぷっくりと吸い付きたいような柔らかい唇をツンと尖らせてレティはプロンプトを軽く睨む。

 

「あ、う……」

 

もう色々と限界に近いプロンプト。ただでさえ、性格を除けば可憐な容姿のレティにここまで傅かれれば思わず錯覚してしまいそうになる。え、もしかてこのメイド姫って自分の?お持ち帰りオッケーですか?って。

自分の膝に乗っかるレティのお尻がぷるるんぷるるんしててあ、下半身疼いてヤバイ。絶対領域から覗かせる白のニーソックスが艶めかしすぎて眩しいくらいです。拝みたいくらいです。高鳴る心臓がイカレテしまいそうになる。

数々の女子たちと仲良くなったプロンプトでも特定の女子は作らなかった。

 

なぜなら、本気になれなかったから。

 

だが吊り橋効果だろうか。

嫉妬に狂う男たちの殺気の中、普段とギャップの差が激しすぎるレティにプロンプトは、これは落ちてもいいのだろうかという問いさえ浮かんできた。というか彼は既に落ちている。なのでいくらでも落ちても構わない。

 

なんだかんだ言ってレティのお気に入りポジションにいるプロンプトは、ある意味イグニスよりも有利な立場にいる……はず。しかし、すでに恋の合戦に二人の男が名乗りを上げている現状、果たしてプロンプトに勝敗があるだろうか。

……否、考えるな感じろ!と彼の有名な故人は名言を言い残した。

今、プロンプトがやらなければならないのは、レティとちゃんと名前で呼ぶこと!

しどろもどろになりながらも、プロンプトは意を決して名前を呼んだ。

 

「そ、の…あ、うぅ……レティ…」

「はい」

 

照れくさそうに頬をピンク色に染めてレティは頷いた。

 

ズッキューン!

 

「はぅ!」

 

プロンプトのハートは見事撃ち抜かれた、というよりぶち抜かれた。

 

「きゃあ!」

 

大げさに仰け反った所為でレティも一緒に倒れてしまい、その反動で地面にレティを下敷きに覆いかぶさる形になってしまったのを目撃した二人は、無言で戦闘態勢に入ったとか。

 

ちゃんちゃん。

 

【Happy Birthday!プロンプト】



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真実はなく、許されることなどない。

レティーシアside

 

バクバクと激しく鼓動するを手で抑えながら息を殺し、壁に身を潜ませるようにピタリと張り付き周囲の気配を探る。……良かった。まだ追っ手は近づいてはいない。

 

「………」

「やったクポね」

「ええ」

 

ふぅと小さく息をついた。裏路地とは言え逃げ場所を間違えれば一気に袋の鼠だ。ましてや、私はこの地に慣れていない。下手な場所に入れば一瞬で命取りとなる。

一応動きやすい恰好で助かった。ショートパンツにニーハイブーツだが踵はそんなに高くないので走りやすいと言えば走りやすい。元々高い靴で慣れているのだ。やたらぺちゃんこよりはそれなりに踵があった方が動きやすい。それに追っ手は今の所、……そういえば応援を呼びつけたんだった。ユリの指示でレジスタンスのメンバーも捜索の為に乗り出したのだ。だから人数は私とクペ、対数十名。

 

足の速さでは自信があるがいつまでも逃げ切れるものではない。地の利が相手に有利ならこちらは早々に安全な場所ににげおおせるだけだ。

屋根の上を走ったり人込みに紛れてやり過ごしたり、高いところから盛大にスカイジャンプを楽しんだりアサシンみたく、使用されていない家に侵入して誘い込んだ所をきゅ!っと気絶させたり、ゴミ箱に隠れて相手が通り過ぎた隙を狙って引きずり込んで、またきゅ!っと気絶させたりと恰好はアサシンではないが気分はアサシンのつもりだ。

 

クペからゴミ箱に入ったからゴミ姫って嫌味言われた。ちゃんと中身が入ってないの確信したもん!

 

それはそれはいつもよりも二倍にアクティブに動いたが、これもクレイに様々に必要なことを叩き込まれたお陰だ。だがきっとクレイが生きていたならこのために鍛えたわけではないと叱り飛ばされていそうである。

 

「……お腹、減った」

 

ついつい、お腹を抑えてしまう。空腹にはさすがの私も勝てない。携帯食など持ち合わせていないしクペも困った顔をしている。

 

「今テント出すわけにもいかないクポ」

「うん。分かってる。後は隠れ場所に逃げるだけだから」

「そうクポ。善は急げクポ」

 

時刻は夕暮れ時。闇に紛れて気配を遮断させ隠密活動するにはもってこいの時間帯へと突入する。かれこれ二、三時間は経過しているが追っ手の方も躍起になっているはず。

だがここで見知った気配を感じ取りゆっくりと其方に向き直る。

 

そろそろこの追いかけっこを終わらせる時が来たか。

 

「やっと見つけたぞ。レティ」

 

おどろおどろしい雰囲気を隠しもせずにその追っ手はじりじりと私を追い詰めようとするルシスの王様。心なしか目が荒んでいる。これは捕まったら報復が恐ろしいことになるだろう。だってさっきスロウ掛けて顔に悪戯書きしてあげたもの。ピエール髭はうまくかけた。でも水性だから無理やり落とされてしまったみたい。彼の鼻下部分が赤くこすれている。

 

「……悪いけど捕まるわけにはいかないわ」

 

こちとら腹が減って少しイライラしているのだ。たとえ事の発端が私だとしても根本的な原因を作ったのだ彼らだ。その責は彼らが負うべきものだろう。私は被害者だ。逃げて何が悪いと開き直ると怒気が膨れ上がり此方に向かって駆けだしてくる。

 

「レティ!」

「じゃあね……。バニシュ!」

 

だが私はひらりと手を振って自分とクペに透明になる魔法を掛けた。

そう、これを掛けると視覚的に姿を捉えられなくなる。一瞬にして透明になった私はするりと相手の脇を走って見事逃走を計った。

 

後は目的地であるあそこへ向かうだけ。幸い匿ってもらえるよう事前に電話で連絡はしてある。だからここが一気にラストスパートだ。

 

はぁ、しかしなぜこんなことになってしまったのか。

思い起こせば数時間前に至る―――。

 

 

 

ついにレスタルムにたどり着いた私達。だがそこへ行くまでの道のりは決して平坦ではなかった。疲労の色がにじみ出ている声でノクトが呟いた。

 

「やっと来れた……」

「だな」

 

それにグラディオが同意しては、じとーっとした視線を私に向ける。しばし無視していたが耐え切れずに睨み返す。

 

「何よ」

「いや、別に」

 

そう言ってわざとらしく視線を逸らすがまたちらちらと様子を伺うように視線を向けたりする。構ってちゃんなのか、それともはっきりと口に出せない何かがあるのか。あまり心地いいものではない。

 

「何か言いたいことがあるんでしょう。主に私の所為だとか」

「何も言ってねぇだろう」

「だったらその視線は何?」

 

ビシッと悪役女帝らしく指さしてみる。

 

「まぁまぁ!レティもそう怒らないでさ。『無事に』レスタルムにたどり着けただけでも儲けものってことで」

「やけに無事にってところを強調してるわね」

 

一言余計なプロンプトを睨み付けるとささっとイグニスの背に隠れやがった。なんて身動きの速さ。自分で鍛えてきたつもりだから仕方ないといえば仕方ないけどなんか腹立つ。イグニスは迷惑そうな顔をして、一つため息をした。

 

「ハァ、身に覚えがあるからそう突っかかるんじゃないのか?」

「イグニスは誰の味方なわけ?」

「オレは平等に接しているつもりだ。普通なら、な」

 

含みがある言い方についカチン!ときた私は皮肉を込めて言った。

 

「私がトラブルメーカーってことね」

「そうとも言うな」

 

あっさり認めたイグニスはこめかみを抑えて痛そうに目を閉じた。

ここまで色々ありましたよ。ありすぎて疲れた印象しか残っていない。道中、イリスやシドニーとも連絡を頻繁にしていたが、まだレスタルムに着いていないことを説明すると口酸っぱく言われたものだ。

 

寄り道しないの!ってね。

別に寄り道してるつもりはないんだけどな。と納得できずに街の中へと入っていく。警戒態勢は解除されたようで普通に観光客などがうろついているが、所々に一般人とは思えない武装した人間が複数街の中を巡回しているようなので、異様と言えば異様な光景だ。

やはり町中で私の銀髪は目立つのですっぽりとフードを被っているが、それを看破して駆け寄ってくる者がいた。

 

「レティ!」「姫!」

「……」

 

町中で人の視線があるというのに一切気にした素振りも見せず、それどころか私目指してまっしぐらに駆けてくる男二人。色々と迷惑をかけたユリと私の騎士目指して奮闘しているグレンである。

 

ヤバイ、注目を集めてしまう。グレンに至っては「姫~!姫~」と嬉しそうに手をふりながら姫連呼しまくりである。私が咄嗟にとった行動は走って逃げるであった。

 

裏路地の方へ行かねば!

 

「あ、おい!?」

「レティ!?」

 

ノクト達が慌てて私の後を追いかけてくるのと、ユリ、グレンもそのまま続く。

きっと異様な光景が住民の皆さんには見えているだろう。小柄な人物が疾走していく後ろを大の男たちが血相を変えて追いかけている姿は。

 

だが好きでこんなことしているわけじゃない!

悪いのは主に後ろの二人だ!場を考えずに姫と連呼しているグレンはもっと悪い。

 

それに加えてノクト達も参加し始めて私は止まるに止まれなくなった。最初こそ逃げ出した説明をしようとしたが、こちらが口を開く前になぜ勝手にいつもいつも走って逃げるのかと叱り飛ばされた。それにムカッときてこちらも自棄になって逃げ回るという事態に陥っている。

 

というわけで私は愉快な仲間たちとレスタレムの中で追いかけっこすることになったのだ。だがそれも終わりだ。

 

なぜなら。

目的地に到着したからであーる。元気よく扉を開けると設置してある鐘が心地よい音を奏でる。店内に入ると真っ先に鼻腔に香るのは引き立てのコーヒー豆の香り。カウンターの向こう側でサイフォンを動かしながら私が入ってきた事に驚いた様子もなく出迎えてくれたのは初老の男性。かつて父上と共に肩を並べて戦った人、ヴォルフラム・カウン。ヨルゴの軌跡の統領でもあり、この、『Snow Crystal』の捻くれマスターとしてレスタレムで彼を知らない人はいないほど有名人である。

 

「ヴォルフラムー!」

「……よう、レティにクペ。元気に町中逃げ回ってたらしいじゃないか。ウチの若い連中ごっそり駆り出されてんだぜ」

「うん。知ってる。返り討ちにしたりしたから」

 

そう自慢げに語りながら私はカウンター席に座りクペはカウンターの上にちょこんと座った。ヴォルフラムはケロッと答えた私に呆れて額に手を当てた。

 

「おいおい。お転婆姫と訊いていたがまさかこうして目の当たりにするとはな」

 

情報は統領であるヴォルフラムに筒抜けらしい。だが彼の態度で私を捕まえる気がないのはなんとなく伝わった。大体こんなのお遊びみたいなもの。

 

「だって町中であんな大声だされて私の方が吃驚するわよ。だからこれは不可抗力よ、不可抗力。それに小娘一人捕まえられないようじゃヨルゴの軌跡もまだまだってことね」

「言ってくれるな。まぁ、それよりもたくさん動いて腹減ったろ。なんか食ってけ」

 

その言葉待ってました!

私は満面の笑みを浮かべて礼を言った。

 

「ありがとう!」

「レティ、いいクポ?こんなところでのんびりして」

 

クペが心配そうに周りを見渡しながら言うが私は手をパタパタ振って余裕で言い聞かせた。

 

「いいのいい!だってお腹減ったんだもの。腹が減ってはなんとやらってね」

「ちょっと待ってろよ」

 

そう言ってヴォルフラムはなぜかスマホを取り出して何処かへ電話を掛け始めた。

 

「あー、他の奴に伝達しろ。Cheeky Kittenは捕まえた。餌付けを開始するが逃げられないように周囲を包囲しろ。なお、合図があるまで突入は認めん。キングはふんじばってでも抑えとけ。あ?暴れたらどうする?そんなもんお前らで考えろ。以上」

「ヴォルフラム?子猫でも捕まえたの?」

「ああ。まぁな。それより何食べたいんだ」

 

誤魔化された気分だがそれよりもお腹の減り具合が半端ないのでスルーした。

 

「えーとハンバーグ!」

「よし、待ってろ」

「やったー!」

 

厨房に入っていくヴォルフラムの背中を見送りながら私はクペの異変に気付いた。

 

「………」

「クペ?どうしたの、黙り込んで」

「………レティ、叱られる時は一緒クポ」

「え?」

 

なぜそんな諦めきった様子なのかすぐに理解できなかった私はヴォルフラムの手作りハンバーグを心待ちにしていた。だがなんということだろう!

ヴォルフラムが用意してくれたのはただのハンバーグではなかった。所謂、ある特定の年齢層しか食すことが許されない究極のプレートを作ってくれたのだ。

それは、

 

「これが、お子様、ランチ…!」

 

綺麗に型にはめて盛られたチキンライス。。デミグラスソースにしっかりと煮込まれたハンバーグに大きなのエビフライ。目玉焼きにタコさんウインナー。

 

「レティにピッタリだと思ってな。ほら、旗も作ってみたぜ」

「ホントだ!ルシスの旗にこっちはニフルハイムの旗?スゴイ、これが芸術というものなのね」

 

もはや口から出るのはため息ばかり。

しっかりと右手にフォークを準備していただきま~す!

 

その後、しっかりと味わっていただいたお子様プレートはまさに夢心地と言わんばかりの美味しさだった。こう、許されないモノに手を出してしまった禁断領域という感じだ。だが束の間の幸福もあっという間に逃げ去ってしまった。どうしてかって?

 

それは勿論。すでに私は奴らに包囲されていたからだ。

 

「レティ~~~~~~!」

 

地を這うような声を出すノクトによって背後をとられ、

 

「なっ!?なんで!?いつの間に!」

 

私はぎょっとしながら逃げようとするが時すでに遅し。ノクトに力いっぱい肩を掴まれ「イダダダ!」と悲鳴を上げるしかない。しかもそれだけじゃなかった。

 

「み~つ~け~た~~」

「クポ……」

 

強面なユリによってクペという人質を確保されてしまい私はついに御用となったのだ。

 

その後イグニスからこってり叱られた。しかも公開処刑で。店の中にはレジスタンスのメンバーが勢ぞろい&ノクト達が私が逃げられないように出入り口封鎖していて私はひたすらすいませんすいませんと謝罪を繰り返したのであった。でもグレンだけは、彼だけは私の罪を軽減してくれようと皆に訴えてくれた。

だがグレンを覗く者で満場一致により私は一日レスタレムのゴミ拾いの刑に処された。

だが私は頭脳派なので手間を省くべくエアロを駆使してゴミ集めに勤しんだが、つい手元が狂って屋台をふっ飛ばしてしまった。

 

「ああ、オレの屋台が!?」

「スイマセン~~~!!」

 

……弁償代が高くついたので人生で初めてバイトをすることになった。ノクトは反対していたけどイグニスは割と賛成していた。お金を稼ぐ苦労を学ぶいい機会だとむしろ後押ししてた。

 

ヴォルフラムはそこら辺厳しくて自分の事は自分で始末をつけろと、たとえ元ルシス王女現ニフルハイム皇女の私であっても関係ないと言い切りSnow Crystalでのバイトを命じられた。

 

「レティ、いいか。分からない事は分からないままにしておかないで俺に訊け。疑問を残したままじゃ気持ち悪いだろう?」

「はい。マスター!」

「よし」

 

仕事内容はウェイトレスで初心者の私にとってやること教わる事全てが初めての体験だったが慣れると楽しかったし、制服も可愛いしお店も客がひっきりなしに訪れて繁盛した。

大体が顔見知りで(ノクト達とかユリとかグレンとかレジスタンスメンバーとかナンパしてきた人とか屋台の主人とか)ヴォルフラムもいい看板娘が出来たと嬉しそうだった。

 

なんと五日で弁償金額到達し、私も嬉しいヴォルフラムも嬉しいのダブルハッピーで初バイトは無事に終了したのであった。夜ホテルにて、報告がてらにイリスに電話したらまだ終わってないの!?と驚かれた挙句お説教された。なぜに?



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プリンセスの疑問

最近、恋の合戦図に新たな勢力が加わったことはご存じだろうか。

なんと意外な伏線、プロンプト・アージェンタム。途中参加だがその勢いは他の勢力と負けず劣らずで、チャンスを見つけたらすかさずアタックするのは、はやりナンパ慣れしているからだろうか。だがその彼の頑張りもレティ相手になれば空回りしてばかりいる。

二人のやり取りに毎回やきもちしている二人にはサムズアップしたいところだろう。

が、逆に自分の立場が危うくなる時も、たまにある。

 

それがたまたま、今日だっただけの話。

レティのバイト帰り、皆で温かな食事を終えて一息ついた頃。

イグニスから手渡されたココアを一口口に含んで、レティはほうっと息をつく。

思い出したようにレティはある話題を口にしてきた。

 

「……そういえば、気になってたんだけど」

「どうした?」

「イグニスって女性経験あり?あ、例外(私)は覗いて」

 

途端イグニスは

 

「ぶっ!?」

 

と口に含んでいたコーヒーを噴き出してしまう。その被害を被ったのはグラディオで

 

「おわ!?」

 

と反射的に椅子から仰け反ろうとしたが失敗して椅子ごとひっくり返ってしまった。

 

「レティ、いきなり確信突いてきたな」

 

ノクトは笑ってしまいそうなのをかみ殺して声を震わせながらそういった。

イグニスはすぐに体制を立て直し、ノクトを一睨みしてからレティに名誉挽回の言い訳をし始めた。

 

「いいか、レティ。確かにオレは君との婚約を破棄されてから数々の見合いをしたりそれなりに女性との付き合いもあった。だがやはり心のどこかで自然に振舞えない自分がいた。オレという人物を見てくれるがオレが逆に相手に対して別の何かを重ねてしまうんだ。そこで相手の女性も違和感を感じ取っていたのだろう。そんなことを何回か重ねている内に自然消滅に近い形で終わるんだ、いつもな」

「あー長いから切らせてもらうけどようはあるのね。それと手、どさくさに紛れて握らないで」

「……すまない……」

「別に責めてるわけじゃないから安心して。ただ皆はどうなのかなって素朴な疑問」

 

どうやら標的はイグニスだけではないらしい。

次の生贄は……。

 

「……何ですか、姫のその視線は」

 

プロンプトだった。じーっと見つめられて少し冷や汗をかいてしまう。

嬉しさと気まずさとイグニスからの流れで、これはヤバイようなという危機感が募った。

わざと姫と呼んだのに訂正させられる。

 

「レティ、でしょ?」

「…う、その、レティ……(あぁ!公開処刑だ!?しかも二人の視線が獲物を狩るような物騒なものにチェンジしてんですけどっ!)」

「何怯えてるんだか。変なの。それでプロンプトは?」

「へ?」

 

きた。

やっぱり、来てしまった。

 

「へ、じゃなくて女性経験、あるの?」

「……オレニキクンデスカ」

「なぜ片言に」

「……」

 

絶対言わなきゃ許さない、という無言のプレッシャーがビシビシとプロンプトに突き刺さる。

 

「……いや、そのあんまりないです」

「へぇ、意外。よく町中でナンパしてたから。こう、年上のオネーサンとか?」

 

ズバリ当たっている。

 

「それは前の話!今はしてないし年上には、興味無くなったというか……(だってすぐ目の前にいますから!)」

「どういう心境の変化かしら?あ、もしかして……」

 

緑色の瞳がきらりと光り、プロンプトは鼓動を早打ちさせる。

 

「……」

「あれでしょ!よくお昼のドラマである彼氏持ちの子と浮気しちゃって彼氏にその現場抑えられてぼこぼこにされちゃってトラウマになってるとか?」

「ぶっ!!違うからっ!ぜんぜん違うから!だいたい現場って何ですか現場って!」

 

あやうくイグニスと同じことをしそうになってしまったが、幸いプロンプトのカップはあとちょっとで飲み干しそうだったのでセーフ。いや、セーフじゃないとプロンプトは頭を振る。

 

「なんだ、残念」

「残念なの!?レティの中じゃオレは浮気者扱いなの!?」

「浮気は良くないよ浮気は」

「いやだから浮気とかしてないし。オレはこう見えて一途だって!」

 

必死に訴えた。指摘されて顔近づけるくらいにプロンプトは必死だった。

それとなくレティに両手で顔を戻されるくらいに。

 

「どこら辺が?それと顔近いわ」

「……、そのオレ、軽そうに思えるかもしれないけど!レティには一途だからっ!」

 

思いがけない告白にノクトとイグニスは息を呑んだ。

 

「「!?」」

 

レティは瞬きを繰り返して頬を蒸気させたプロンプトを見つめる。

 

「……」

「……」

 

しばらく静寂が続いたのち、レティがゆっくりと口を開いた。

 

「……それって」

「……」

 

プロンプトはごくりと息を呑んだ。

 

「私にずっと鍛えてもらいたいってことなのね」

「えぇ!?なんでそうなるの!」

 

思わずツッコんでしまうくらいのボケっぷり。わざと言っているんじゃないかと疑いたくなるくらいの展開だがレティはお構いなしに暢気に笑って手をパタパタと振りながら、

 

「やだぁ~、照れなくてもいいのに。大丈夫、プロンプトの根性は出会った頃に比べれば俄然逞しくなってるわ。その証拠に私が放つサンダガは余裕で避けられるようになったでしょう?」

 

と太鼓判押されてては困惑するしかないプロンプト。

 

「それは確かにそうだけど……」

「そうなのかよ」

 

何かが可笑しいとグラディオはツッコまずにはいられなかった。

ノクトとイグニスはほっと一息ついた。

 

「グラディオは、一応聞いておいてあげるわ」

「ノーコメントだ」

 

ニヤリとグラディオは笑って返した。

 

「そうくると思ってたわ」

 

レティは呆れてもう話題は尽きたように口を閉ざした。だがノクトが納得いかないとばかりに声を上げた。

 

「待てレティ。オレには聞かねえのか?」

「いやだってノクトは分かってるし」

「!?」

 

レティは恥ずかしげもなくこういった。

 

「ノクト童貞でしょ」

「~~~!?」

 

顔を真っ赤にさせて金魚のように口をパクパクさせて言葉を失うノクト。

 

「それこそごく最近まで一緒に寝起きしてたんだから分かるわよ。いくら私が城から出てないからってそういう性知識はあるつもりよ。一応、それなりの教育は受けてきたんだし……。たまに、その、ノクトのアレ、当たってたし……」

 

後半の台詞にはやはり、ぽっと頬を染めて視線を逸らしながら気まずそうにいった。

アレ、とあやふやな表現として言っているが、もう十分理解できた。だからこそ、男たちはノクトに同情の視線を送ることしかできなかった。

 

「……」(終わった、オレ)

 

ノクトは100メガショックをくらい椅子の上で膝を抱え込んで沈黙し、ついでと言わんばかりにグラディオが質問すると、

 

「ちなみにレティは……あー、失言でした。スマン」

 

最後まで続かなかった。無言の圧力で言葉が途切れたからである。

訊きたかったらデスを喰らえ、ともレティの顔には書いてあると読んだグラディオ。

イグニスは明後日の方向を向き、、無言で徹した。

 

「……」

「何も言ってないぞ、オレは」

「よろしい」

 

レティはふわぁ~と欠伸一つして「寝るね、おやすみ」と挨拶してクペのテントへと戻っていった。

 

「……ノクト撃沈だね」

「レティは、恋のABCのAまではいってるクポ」

「クペ!?」

「乙女の唇は安くないクポ」

 

ひそかな復讐を遂げたクペは普段の愛らしさを感じさせないあざとい笑みを浮かべさっさとクペのテントへ入っていった。

ここでノクトが完全復活を遂げ、プロンプトとタッグを組んだ。

 

「どういうことだ、イグニス」

「ちょっと詳しく教えてほしいかな~、なんて?」

 

珍しく、ゴキリゴキと手の関節を鳴らして満面の笑みを浮かべるプロンプト。

慌てふためいたイグニスは手で制しながら後退しながら必死に口を滑らせる。

 

「いや待て!まずは冷静に物事を見極めてだな。大体アレは事故であって決して他意があったわけでは…!」

 

だが、これがいけなかった。いつもなら冷静沈着な彼も恋に関しては冷静さを失うくらい取り乱すこともある。今まさに不意打ちを突かれ気が動転し余計なことまでするっと喋ってしまった。それを見逃すはずがない二人は、

 

「事故、だってぇ?」

「他意、どういうこと?」

 

とさらにイグニスを追い詰める。我関せずと言った風にグラディオは二人に発破を掛ける 。

 

「イグニス、今夜は二人とハッスルして来い。いい、礼は言うな。オレは静かなテントで快適に寝かせてもらうさ」

 

くわぁ~と大きな欠伸をひとつすると椅子から立ち上がりイグニスに手を上げてテントへと戻っていく。

 

「ま、待て!?何を勝手に」

「「ちょっとこっちきてもらうか」」

「なっ、ま!」

 

有無を言わさずノクトとプロンプトによって連れて行かれる憐れイグニス。

 

【そういう話題だってしたいじゃない】



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夢見草

レティーシアside

 

 

意外と楽しかったバイト生活を終えその中で得たある情報を活かすためにも私は最後のファントムソードをノクトに回収させる為、まったりと過ごす男達の尻を叩くようにレガリアに詰め込んで走らせ行きついたのは私達の本来の目的地であるマルマーレム。真面目に行けば結構早くつくもんだと今更ながらに気づいた。ベリナーズ・マート ラバティオ店でとりあえず運転の疲れを癒してからマルマーレムの森へ行くことになったのだが。

 

「ったく。もう少しゆっくりしてても良かっただろ」

 

むすっとした顔で私に文句を言ってくる隣の椅子に座るルシスの王様。

せっかく美味しくお昼を食べているというのにこの顔では美味しいものもまずくなるというもの。

 

一体何が気に入らないというのか。ノクトは人が必死にバイトしてる間にやけ顔でジュース飲みながら緩んでたくせに。それに知っているんだぞ、スマホであのゲームしてたよね。プロンプトと。私がバイトしてる時に!

ゲラゲラ笑っててさ、お店の雰囲気ぶち壊してたの気づいてた?

それとグラディオがとっかえひっかえと女の人にナンパしているのもクペによって確認済みだ!イリスに報告済みなのでその内イリスの雷がグラディオに降り注ぐであろう。

ケケケケ!

 

「あくどい顔してるぞ、レティ」

「まったくそんなことはないわ!イグニス。私達の目的はノクティスのファントムソード回収。これのみ!」

「……ふん」

 

ハッキリ言い切ってやればノクトは行儀悪くテーブルに頬杖ついて不貞腐れそっぽを向いた。

まぁ!なんて品がないんでザンショ。

イグニスは私達のやり取りに呆れながら尋ねてきた。

 

「それでこの先に聖王の墓所があるんだな」

「ええ。貴方達なら軽く倒せるレベルだわ」

「レティにかなり鍛えてもらってるから楽勝かもねー」

 

なんて余裕そうにプロンプトはお腰の銃を手に取って軽やかにくるりと回した。

 

「油断は禁物だ。プロンプト」

「そうだ。予想外の出来事だって起きるかもしれねーぜ。たとえば、レティの我儘発動とかな」

 

にやりとグラディオは意地悪い笑みを浮かべた。

 

「ふん。言ってなさいグラディオ!この私がそんな足先乱すようなことするわけないじゃない」

 

自信満々に言ってやったが、私の膝に座っているクペがぼそりと呟いていた言葉は耳に入らなかった。

 

「きっと何かあると思うクポ」

 

レガリアからチョコボに乗り換えた私達はさっそくマルマーレムの森まで全力疾走した。すでに夕暮れ時でモンスターと遭遇率も高くなっていたがそんなものノクト達の敵ではない。私ならもっと余裕だ。というか私では敵と認知されずに貢物を持ってきてくれるのでガンガン来て!という感じだ。これぞモテ期というやつではなかろうか。

だが相手がモンスターだから虚しくない?とイリスなら言いそうである。無料でもらえるのだから別に構わないだろう。別に求愛受けてるわけじゃあるまいし。

 

バンダースナッチ。乗ってみたくなる背中をしていた。抑えていた衝動が沸き上がりつい、暴走してしまった。乗りたくてたまらない。乗りたい、アレに乗って走ってみたい。

全身で風を感じ取りたい!

 

「ちょっくらアレに乗っても」

 

隙を見て飛び乗るくらい私ならいける!と地面を蹴りだそうとした時、ガシッと抗えない力によって私の行動は抑えられた。

 

「レティ」

「………はい。諦めます」

 

ああ、悲しきかな。乙女として扱われないこの虚しさ。振り返らずとも分かる強面のグラディオによって頭を鷲掴みされるといういらないイベントによって私の野望は見事破れてしまったのだった。

 

バンダースナッチはノクト達の華麗な立ち回りによりあっけなく倒されてしまった。ちなみにグラディオは私の見張り役です。だからって頭を鷲掴みしなくてもいいと思うのに。

 

「お前の足意外と速いからな。駆けだされたら終わりだ」

「さいですか」

 

ぶーと頬を膨らませて拗ねる私の手をノクトは「ほら行くぞ」と引っ張って率先して聖王の墓所へ向かう。途中でバンダースナッチの亡き骸が目に入り、うぅ乗りたかったと未練がましく追ってしまう。ムカついたのでノクトと繋いでいる手をブンブン振ってみた。

 

「なんだよ」

「別に!」

 

ツンとそっぽ向いて拗ねるとノクトは仕方ないと肩を落としては、一旦歩みを止めた。そこで私に向かって背中を見せしゃがみ込んだ。

 

「おんぶしてやるよ。ほら。昔よくやったろ?」

「あ!そっか」

 

ぽん!と一つ手を叩いて納得した私は躊躇いもなくノクトの背中にしがみ付いた。するとノクトは小さく「……う」と呻いた。全体重をかけているからもしや重たいと感じたのか。だったらショックだ。これでも私なりに体重に気を付けているのだ。主に戦闘でシェイプアップしているというのに。

 

ついとげとげしい口調になってしまう。

 

「何よ。言いたいことあるならハッキリ言いなさいよ」

「いや、重くはないけど(……胸が柔い)」

 

後半の言葉がぼそぼそと小さすぎて何言ってるか聞こえなかった。あれ、そういえば斜め前方にいるイグニスの気配が少しおどろおどろしいような?

 

「ブツブツ……(ちょっとポヨン!と当たっただけだ。そうだ冷静になれオレ。アレは兄妹としてのスキンシップであって恋人同士のスキンシップではない!決してない!)」

 

プロンプトは激しい歯ぎしりしてこちらを睨んできている。

 

「………(あれ絶対当たってるマジ当たってる!!役得?あれって役得!?)」

 

もしかして、ノクトに背負われたかったのか。だからそんな射抜かんばかりの目で私を睨んでいるのね!?羨ましいのね!?だが譲らん!

 

私はノクトの首に腕を回して離すまいとさらに密着させるとビクン!と分かりやすくノクトが反応したが気にしない。ノクトを急かすよう私ははしゃいで大声を上げた。

 

「ほらほら!走れノクティス号~!」

「いやここ斜面だから!」

 

昔懐かしやり取りに胸躍らせてしばしの戯れをした後、ノクトは無事に最後のファントムソードを入手することができた。でもそれは私がノクト達と別れなければならないというタイムリミットを過ぎた証でもある。

もう少しだけ、もう少しだけと誤魔化し続けてきた時間は私を追い立てる。

 

その日はもう遅いので一旦ベリナーズ・マート ラバティオ店まで戻って休息をとることになった。クペのテントを出してもらって自室のベッドに豪快にダイブ。

遅めとなった夕食が出来上がるまで少し横になることにした。

 

【さよならはどのタイミングで言えばいい?】



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夢の中の君

レティーシアside

 

 

一緒にいられるならどんな形だって構わない。結局、私はノクトに甘いのだ。昔からそう。

依存しあってきた私たちは結局変わることを拒んだ。でもいつまでも続くわけがない。

だから彼が私を不必要とする終わりの日まで期限を設けることにした。

 

ノクトが立派な王様になるまでと決めた期限までに、私はこの世界にいられないんだ。

 

理由?それは単純。知ったからだ。

私が召喚獣たちに慕われる理由、自分の内に秘めている膨大な枯渇しない魔力の謎、自分の源である魂の経路。これら全てつながる先にあった一つの真実。

それは途方もない神話の時代まで遡るおとぎ話のような、本当の話。

 

私の器は限界点まで達しようとしている。達してしまったら、私は再び『混沌』へ還り、『母』を探しながらまた生まれ変わりを繰り返さねばならない。それはもう終わりにしなきゃならない。何度も繰り返していいものじゃない。その度に私ではない私が犠牲になるのだ。

 

正直混乱しなかったと言ったら嘘になる。でも割と受け入れようと思ったらすんなりといくものだ。だって合点がいったもの。普通の人間じゃできないようなこと、私はできてしまったから。ああ、私、違うんだなって。諦めでもあった。

 

でも彼らは諦めてなかった。

私を深く愛しんでくれる彼らはそれを防ぐために、バハムート筆頭に私をあちらの世界に招こうと必死だったんだ。世界に繋ぎとめようとしてくれた。ミラ王女の時は失敗したけど私の時こそって上手くいかせようとした。あくまでも私の意思を尊重してのことだけど。

 

私は、ノクトたちと違うからこの世界にいられないんだなって諦めようとした。共にいられない世界なら消えてしまえばいいと自棄になりもした。でもそんなの私の勝手な都合で世界には関係ない。この世界に生きている人たちはこの世界の存続を願っている。

 

ノクト、も、この世界に生きている。プロンプトもイグニスもグラディオもイリスもシドニーもコルも、今まで出会った人たち。

 

私の大切な人、ノクティス。

 

……アーデンも難儀なものよね。苦労しながら無理して演技して付き合ってくれてさ。

たとえ、それが世界と敵対する行為だとしても。

 

――彼は、王となる。『父上』の跡を引き継ぐ唯一の人。彼を待っている人は大勢いる。

父上、あの人の息子を死なせはしないわ。貴方が命賭けて守った存在ですもの。

それに、彼を眠りにつかせなどさせない。世界の闇は私が払う。それくらいの力はあるつもりよ。

 

幸い、私はこの世界から消えかかっている存在。何の問題も足枷もない。

彼の傍にいられる手段なら喜んでその役目、受け入れる。アーデンは私の決意を汲んで協力すると約束してくれた。レイヴスも最後の瞬間に引導を渡してくれるわ。彼には嫌な役を引き受けさせてしまうわね。でも、ルナフレーナ嬢を救ったことでチャラにしてもらいましょう。ニックスは共に旅立つ覚悟を持っている。一人旅じゃないのが楽かも。

 

これで、後は実行を待つのみ。

 

だから、ノクト。安心して、貴方は立派な王様になって。

後世に名を残すような偉大な王になれとは言わないわ。

 

民が一人、一人と、【レグルス】となれるように貴方が守るの。自分の子供のように愛しみ、彼らの未来を守る。それが【レグルス】を束ねる王となる、貴方の役目。

 

だから、私が貴方にさよならを言うのではなく、

 

【貴方が、私に、さよならと言って】

 

 

ここではないどこか――。

暗く冷たい世界に私は意識を体を横たわらせていた。どこだろうとぼんやりとする意識の中、体を起き上がらせようとする。けど体が鉛のように重くてなかなか自分の思うように動けない。それでもなんとか時間をかけて膝をついて顔をあげることができた。

そこでひらけた場所に、ある人物がいるのを視界で捉えた。

 

「……ノクト?」

 

数メートル先、暗闇の中から現れている鎖に両腕を拘束され、身動きを封じられたノクトが気を失っていた。

 

「ノクト!?ノクト!」

 

どうしてこんなことに?イグニスたちはどうしたの!

 

頭が瞬時にパニックになって早く助けなきゃと状況を確認しないまま私は膝をついて立ち上がろうとする。踏ん張ろうとしたの。けど力が入らなくてふにゃりと倒れ込んでしまった。まるで動く意思を吸われたみたいに私は呆然とした。

でも諦めるわけにはいかない。私は何度も何度も試した。けどそのたびに何かに阻まれるように動かない。私は自棄になって叫ぶ。

 

「どうして、なんで!この、動いてぇぇえ―――ー!」

 

ノクト、ノクト、ノクト!!

 

彼の身に何かが迫っている。危険がすぐそこまで来ている。歯を食いしばって両腕に力を籠め体を這うように引きずって前へ進もうとした。

 

「ノクトぉ、……待ってて、すぐに…たすけ、るからっ!」

 

何が何でも彼の元へと気が焦る私には状況の把握など頭になかった。ただノクトを助けなくちゃ!って。

けど、アイツが、私の行く手を阻む者が突如現れた。

 

『この者がそんなに惜しいか、―――』

「!?……私をその名で呼ぶな!!」

 

反射的に私は怒鳴っていた。違う、まだ私はまだ人なのだと。

女神ではない!死の、女神ではないのだ!

 

と。

 

私は初めてその声で、ここに私とノクト以外に人がいたことを知った。ノクトの影からスッと音もなく現われ出でた奴は炎のような赤髪に、いつもの飄々とした態度で私を哀れむような視線を向けてくる。姿形はアーデンかと見間違うくらいだが何かが違うのだ。第一声はアーデンとは違う声。冷たくて蔑んだかのような見下したような印象を与えてくる。

 

『―――。久しいな』

 

アーデンじゃない。奴だ。

我が創世の父でありながら裏切り者。自分の理想だけを追い求める凝り固まった最低最悪の下種野郎。名前を口にするだけでも怒りが全身から溢れてくる。

 

ブーニベルゼ!!

 

ハッキリ認識した瞬間、腹の底からこみ上げるような怒りが生まれ一気に溢れ出しだ。アイツがノクトを捕らえた首謀者だと直感したからだ。私は怒鳴るような声でアイツの名を叫んだ。

 

「ブーニベルゼぇ――――!!」

 

奴はわざわざ私に王族に挨拶する動きをして見せた。安い挑発だ。まともに相手にしなければいいのだ。だがそれは明らかに私の怒りを増長させる挑発行為。

 

『弱い人。一捻りしたら脆く崩れる儚い命だ』

「ノクトを放せ!」

『自身の産み出したものほど尊いものか。そればかりにかまけお前は足元掬われて自滅に追い込まれたというのに。愚かなことだな』

 

以前の女神消滅の出来事を語っているのか?

だが奴に何がわかるというのか。死の女神は最後まで人を慈しむ心を持っていた。彼らの行く末を心から案じていたのだ。

この万能の神を名乗る奴はどこまで人をコケにすれば気がすむのか。

 

「こ、の!」

 

怒髪天を衝く私に奴は怖い怖いと大袈裟に怖がる素振りをした。

 

「さぁ、人よ。眠りの時間だ、ゆっくりと落ちるといい。約束された時まで、ゆっくりと」

 

まるで奴の言葉がスイッチのようにノクトは見る見るうちに闇の中に溶け込もうとしている。まるで本当に深い眠りに誘われるように。

私は、必死に声を張り上げてノクトに叫んだ。

 

「駄目、落ちないで!ノクト、起きて起きなきゃ!」

 

だけど、必死な私を嘲笑うようにブーニベルゼが私と彼の間を隔てるように前に出た。

 

『まだ未完成のお前では神には抗えぬ。潔く滅するがいい。いずれ世界は闇に眠り新たな再生と創造が始まるのだ』

「戯言を言ってそんなこと許すものか!!お前に…!?」

 

巧みな言葉に操られている間に一瞬だけノクトから意識が削がれてしまった。それが罠だった。

 

「ノクト―――!?」

 

ずぶり。

まるで、底なし沼に埋まっていくかのようにゆっくりと、ノクトの体が呑まれていく。

繋がれた手、腕、足首、太もも、胴体。順々にノクトが呑まれてしまう。私は限界まで腕を、手を伸ばして必死になって叫んだ。

 

「だめ、やめて返して――ノクト、ノクト!」

 

駄目、駄目―-。彼の姿が完全に闇と同化してしまう!

行かないで、行っちゃいやだ!

 

あ、ああ。

ノクト、ノクト、ノクト、ノクト、ノクト、の、くと……。

 

私の前から、いなくなってしまう。

 

とぷん。

 

彼は、完全に闇の中へ溶け込んでしまった。

絶望が、一気に私に襲い掛かった。

 

「いやぁァァアアアアアア――――!!」

 

気が、狂いそうだ。

 

 

バッと瞼を開くと、いつもの見慣れた自分の部屋の天井だと分かった。

 

「……!?…はぁ、はぁ……夢…?」

 

そう、だ。

疲れたから少し横になると皆に言って自室に戻って来たんだ。

 

私はゆっくりとベッドから上半身を起き上がらせる。全身に汗をかいてたようだ。

汗特有の体にまとわりつくベトベトさに不快を感じると同時に、アレが現実ではないことに少し安堵した。

 

「……夢、で良かった……」

 

胸元の服をぎゅっと握りしめて、夢、夢だと何度も自分に言い聞かせる。

まだ、心臓がバクバクしている。あれげ現実【リアル】だと勘違いしてしまいそうで怖かったのだ。

 

つい、出た言葉。夢というキーワード。

夢なはず、なのに、まだ信じられない。

妙にリアリティがありすぎで、ふともう片方の自分の手に視線をやると、若干震えていた。

 

「なんで……」

 

夢のはずなのに。手の震えは収まらない。無理やり押さえてみてが、どうにも震えは止まらない。それが不安感に繋がった。

 

「なんで、怖い、の」

 

思わず自分の体を掻き抱いた。

 

怖い、怖いよ。あんなの夢なはずなのに……。

 

そんな時、彼がやってきた。まるで私の不安を吹き飛ばすかのように。

 

「おい、レティ!起きてるか?入るぞ」

 

ノクトがひょっこりを部屋に顔を覗かせて入ってきた。

 

「……」

 

生きてる、彼が、生きてる!

 

私はたまらずに彼を求めてベッドから転がるように降りて呆けるノクトの胸に飛び込んだ。ノクトは私が飛びついた反動で「うわ!?」と体を仰け反らせたけど、踏ん張りをきかせて私を受け止めてくれた。

 

「……!」

「…何があった?」

 

私のただならぬ様子に異変を感じ取ったノクトは、声を低くして様子を尋ねてくる。

私はノクトの胸に顔をこすりつけて軽く顔を横に振った。

 

「……ゴメン、なんでもない。怖い夢みたの」

 

そう、あれは夢よ。あんなこと現実に起こるわけない。

ノクトが、消えるわけない。ノクトは、……王様になるんだもの。

絶対、王様にならせて見せるもの。

 

「顔が真っ青だぞ。やっぱなんかあったんだろ」

 

打ち明けるわけにはいかない。

ノクトは私を心配して聞き出そうとしたけど、私は口を噤んだ。

 

「…レティ…」

「……お願い、しばらくこのままでいさせて」

 

私は蚊が鳴くような小さな声で懇願した。ノクトは黙って私をそっと抱きしめてくれた。

 

「……」

「……(温かい、ノクトの鼓動、ちゃんと動いてる)」

「レティ」

 

私はノクトの胸を両手で押して軽く距離を開け、弱弱しくだがなんとか笑顔を作れた。

 

「……ありがとう、ごめんね。変なことしちゃって」

「……謝るな、誰だってあるだろ」

「うん」

「……イグニスが夕飯作った。行くぞ」

「うん」

 

当たり前のように差し出される見慣れた手。

私はその手を当たり前のように取る。

 

きっと、あれは夢。ノクトは眠らない。ブーニベルゼなんかに渡しやしない。

何があっても、……ノクトだけは。

 

そうだと無理やり納得させて私はノクトに手を握られて共に部屋を出た。

 

【ペチュニア=心の不安】



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夢の中のアイツ

ノクトside

 

 

いつだって一緒で離れる未来を想像すらしなかった。考えることはあってもきっとオレ達は腐れ縁みたいなもので、ずっと一緒だと、信じて疑わなかった。

でも、それはオレの一方的な思い込みだったなんて、な。

 

レティはオレのちっぽけな考えよりもずっと先を見据えていて、共にいる未来よりもオレが生きれる世界を望んだのかもしれない。

どんな形だろうと、オレが生きれるのなら。

 

……なんで、いっつもオレのことばっかなんだよ。

……なんで、自分のこと考えねぇんだよ。レティは欲がなさすぎなんだ。

 

なりふり構わず馬鹿みたいに一生懸命で、失敗したって懲りずにまたやり直そうとする。今度は失敗しないようにって作戦変えてさ。それで成功するとさ、してやったりってオレ達に向かって嬉しそうにvサイン作って笑うんだ。

私だってやれるんだぞ!って顔にありありと浮かんでて思わず吹いちまうくらいわかりやすい。そんなわかりやすいレティだけど、自分に自信をもてない気持ちがあることは前々から知ってた。

でもオレは、オレ達は、レティがどんなに人の倍以上勉強して戦う術を学んできたか知ってる。それぞれレティの魅力を知ってる。

声張り上げて叫んで自慢してやりたいくらいだ。

 

努力家で負けず嫌いで一度始めたら放り出さない責任感とかさ、結構オレたちのお手本になってんだぜ?それとレティの毎度毎度のトラブル。アレも結構場数踏むと度胸がついてそれなりに敵から不意打ち喰らっても大抵は動揺せずに対処できるようになったんだ。

これって少なくとも、レティがいたからできたことなんだ。

 

……皆、レティの凄さ知ってる。

レティは皆に必要とされてる。いるだけでオレたちの原動力になるんだ。

それだけじゃ理由にならないか?それだけじゃ不安か?

 

レティがなんだって、どんな存在だってオレはいい!この気持ちに変わりなんかないんだ。神話?意味わかんねぇそんなの!

 

【女神】だろうとなんだろうと関係ねー!

 

愛してるんだ、レティーシア。

 

だから、

いなくなるなよ。傍にいてくれよ……。

 

もう、誰も、手放したくないんだ……!

 

【それでもレティは、笑みを浮かべてオレに別れを告げる】

 

明けない夜が来た――。

世界が闇に沈み込んだ時、全ての絶望を払おうとアイツが奮い立った――。

 

自分の状況がいまいち頭に入らなかった。オレは――だったはず……。

徐々に意識を覚醒させていく。

 

そう、皆はどうした?イグニス、プロンプト、グラディオ!それに、レティ、そうレティだ。オレが守るって決めた、最愛の人。

 

レティ!

 

オレは焼けつくような光の存在を瞼の裏から感じとり、ゆっくりと開く。するとそこには眩い光の世界が広がっていてすぐにまた目を瞑ってしまうくらいだった。

オレはうつ伏せで倒れてわずかに顔をあげることしかできなかった。

 

体が、体が動かねぇんだ。

鉛みたいに全身が重いなんてレティのグラビデ喰らった時くらいだ。

クソ!

 

オレは自分に叱咤して、両手で踏ん張りをきかせ少しではあるが周りを見渡せるくらいには起き上がることができた。

変わらず体が重いのは変わらないが、さっきよりはマシな体勢になれたことで辺りを警戒する余裕はできた。

武器召喚をしようとしたが、何かに阻まれているのか不発で終わる。

 

「ノクト、私が貴方を守るから」

 

白のアシメントリーデザインのドレスに身を包み、素足のままのレティが立っていた。

温和に微笑む様がどこか自分が知るレティとは違う、神秘的な印象を受けた。

 

レティの後ろには煌々と白く輝く先の見えない長い階段が続いていた。

 

「レティ、無事だったのか!?良かった、今そっちに」

「ノクト、もう、大丈夫だよ」

 

そういって、レティはオレに背を向けようとする。

 

「……何言って?……駄目だ、そっち行くな!」

 

そっちに行っちまったらオレの手が届かない。どうしてだかわからないがひどく焦ったオレは声を張り上げて叫ぶもレティは朗らかに微笑むだけで、

 

「大丈夫だよ、私はずっとノクトの傍にいる。どんな形でも」

 

と態度を変えようとはしなかった。いや、その言葉が可笑しかったんだ。

いつものオレが知るレティじゃない。

 

「何言って」

 

レティは瞼を伏せ、自分の胸に手を当てて落ち着いた声でこういった。

 

「元々ね、この『器』はもう少しで壊れるところだったの。ノクトが王様になる頃まで持ち堪えられるかなって頑張ってみたけど間に合わなかったみたい。だからノクトを見守っていけるように願ったの。そしたらね、わかった。私が私としてあり続ける方法。きっとこの形が全て丸く収まるわ。ホントは凄く痛いみたいだけど、我慢するよ。私はまだ、まだアレになるわけにいかない。だから皆には悪いけどちょっと待っててもらおうと思って」「レティ、お前」

 

まるで自分の死期を悟ったみたいないい方をじゃないか……。

 

ゆっくりとレティはまた瞼を開いてオレを見つめた。

 

「そうだよ、レティーシア。君は世界を救う鍵となる」

「お前、アーデン!?っ、レティから離れろっ!」

 

アーデン・イズニア。なんでこいつがレティと並んで佇むんだ!?

 

こいつが現れたことを理解すると頭にカッと血が上ってすぐに掴みかかって殴ってやりたい衝動が沸いた。だが奴はオレがうまく動けない状況を見抜いて無様だとせせら笑った。

 

「ノクト、世界の重さとたった一人の人間の重さ。どちらが価値あるものか君に理解できるだろう、王となる君なら。嫌でもわからなくてはならない、それが王という存在。数多の犠牲の上で成り立つ、不浄の王だ」

「ふざけたことぬかすなっ!」

「レティーシア、君は最後まで立派なお姫様だよ。さぁ、行こうか」

「……」

 

アーデンから差し出された手を一瞥してレティはゆっくりと手を乗せた。

そして二人共に光り輝く階段を上っていく。

 

嘘だろ、どうしてそいつの手を取る!?

どうしてオレの元からいなくなるんだよっ!

約束したじゃんかっ!オレの傍を離れないって、ずっと傍にいるって約束しただろ!?

 

情けない声でオレはレティの名を叫び続けることしかできなかった。

 

「レティレティ!行くなレティ!」

 

レティは一度、オレの方を振り向いた。悲しい顔に無理やり笑みを浮かべていて、その時初めてオレが知るレティを見た。

 

「ノクト、立派な王様になって。『父上』のように」

 

そういって、レティはまた前を向いてしアーデンに伴われて歩き出した。

 

「レティーシア!」

 

精一杯伸ばしたオレの手は、レティに届かなかった――。

 

【届かないこの手】

 

 

クペのテント内にある寝心地のいいソファに横になっていたオレはベッドから飛び起きてレティの名を叫んでいた。

 

「レティ!!」

「おわっ!?びっくりしたー」

 

向かい側のソファに寝転んで雑誌を読んでいたプロンプトが大げさに驚いてみせたがオレは飛びつくようにプロンプトの服を掴んで

 

「っ!プロンプト!レティは何処だ!?」

 

と早口で尋ねた。

 

「ちょ!?首元締めないで!くるじぃ」

「レティは!?今どこだよっ」

「レティなら欲しいものがあるって嫌々なグラディオ引っ張って買い物行ったじゃんか。忘れたの?ってか、放して苦しい!」

「……」

 

オレはプロンプトの服を掴んでいた手をふっと緩めてドアへ足早に向かった。

 

「どこ行くの!?」

「レティのとこだよ」

 

プロンプトの制止を無視してテントを飛び出したオレは、すぐに見慣れた後ろ姿に安堵して飛びついた。

 

「レティ!」

「ノクティス!?うわっ!」

 

小柄な体はすっぽりとオレの腕の中に納まっちまった。

嗅ぎなれたレティの匂いを一杯吸い込んでオレは、なんとか気持ちを落ち着かせようとする。けど駄目だ。全然消えないんだ。

あれが、夢だって信じてぇのに。

 

「……」(レティは消えない。オレの前から消えない)

 

オレに飛びつかれたように抱きしめられ驚いているレティが

 

「……ノクティス、どうしたの?」

 

と心配そうに声を掛けてくる。オレは何も答えられずにさらに抱きしめる腕に力を込めた。グラディオが困惑しながら頭をガシガシと乱暴に掻いた。

 

「お前らなぁ、もっと場所考えていちゃつけよ」

「……今の様子見て言える?」

 

店内で大声を上げてレティに飛びついたオレはかなり客から注目を集めていた。だけどそんなの構ってられるか。

 

レティがポンポンとあやすようにオレの頭を撫でながらグラディオに指摘した。

 

「ノクトって呼ばないと動かない」

 

子供みたいな駄々こねるとレティは思いっきり盛大にため息をついた。

 

「……はぁ、ノクト。不安なのはわかるが移動するぞ。ここは人が多すぎる」

「ほら、行こう?大丈夫。おねーちゃんがちゃんと手、繋いでるから」

 

レティに促されオレたちはまばらな公園へ向かった。

グラディオは、ちょっくらその辺ぶらぶらしてくると言ってレティの荷物しっかりと持って行ってしまった。

オレは設置されてるベンチでレティを膝に乗せたまま離してなるものかと抱きしめている。

 

「……」

「引っ付き虫にでもなったのかな~?仕方ない子ですね~」

 

さっきから子供をあやすみたいないい方にムッとした。大体おねーちゃんってなんだよ。

同い年の癖して。それに、オレたちは兄妹じゃない。

真実を知ったオレたちに障害なんてないんだ。自由に恋愛だってできる。

 

実際、背中をポンポンと優しくリズミカルに叩かれてあやされてる気分だけどな。けどすぐにあの夢を思い出しちまったオレは、情けない声でぽつり、ぽつりと口を開く。

 

「……夢を、みた」

「ん?」

「……レティが、いなくなる、夢。笑っていなくなるんだ」

「……」

 

レティは撫でる手を止めた。

 

「その前にも、レティがいない時に怖い夢見たんだ。……王都でオレはレティを探してた。ずっと夜の中走って探してた。そしたらレティがいたんだ。月明りの下でオレを待ってた。でも、どうしてかレティはオレに剣を向けたんだ。そしたらファントムソードが反応して、オレの意思とは無関係にレティに……!」

 

それ以上は恐ろしくて口に出せなかった。尚更怖くなってレティをきつく抱きしめた。

 

「……そう。確かに立場上はそうなってるわ。あながち間違いでもないでしょう」

「でもそれは!演技だろ!?」

「……そうね。演技よ、ノクティス。貴方をルシスの王として立たせる為」

 

オレは少しレティから身を離すと、視線を合わせ懇願した。

 

「なぁ、レティはいなくならないよな」

「……ノクティスは、立派な王様になるんだよね」

 

レティはオレの言葉に違う返答をしてきた。

 

「……」

「大丈夫だよ、ノクティスが立派な王様になるまで。私、見ててあげるから」

「オレは、レティと離れたくない」

「………」

「レティ、言ってくれよ。離れたくないって」

「……うん。そうだね」

 

レティはオレの顔をほっそりとした両手で挟むと、目元にキスをしてきた。

オレは黙ってそれを受け入れる。慰めるように降り注ぐキスの雨。触れた箇所がじんわりと温かくて、冷え切った心をゆっくりと温めてくれるようだ。

 

確かな愛情を感じる。

でもそれがオレが本当に欲しい愛情なのか、わからない。

レティは、オレがレティに抱く好意に気づいている。けどあえてその話題に触れようとしない。オレも、もし勘違いだったら今の関係が壊れることが、怖くてこの想いを告げることができない。臆病なんだ、オレ。

 

こんなんでルシス背負うとか、笑えるだろ?

 

嘘じゃないと信じたいんだ。

その言葉が。

 

「レティ、…あい…し…てる」

 

はっきりと言えない弱気なオレにレティは想いを込めて言ってくれた。

 

「……私も、大好きだよ。ノクティス」

 

家族以上の気持ちはないと言われているようで切なくてどうしようもなくなったオレは、日が暮れるまでレティを抱きしめ続けた。

 

【愛してるとは言ってくれないもどかしさ】



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選ぶべき先

兆候がついに現れた。漠然とそうなると知識としてあったとしてもその時の動揺は予想外だった。だから、人に神と崇められる彼らとの絆はあるべくしてそうなったのだと
永遠不滅の関係は最初から定められていたんだ。
でも、ようやっとこれでわかったよ。思い知らされた。これが、私が選び取る世界なんだって。



レティーシアside

 

前兆は確かにあった。自分が自分でなくなる。そう例えるなら体が乗り移られているような、そうじゃないような曖昧な感覚。はっきりとこれだと言えるものはない。

ノクト達と接していると、ふと感情というものがリセットされ彼らが他人のように思えてしまう時がある。そして、気づく。

私は、一体、誰と話しているんだろう、と。

 

私が何かに変わっていく違和感は、確証へと変わりそれは人間が持つ未知なるものへの恐怖となる。

夜中のことだ。ふと息苦しさを覚えて私は目を覚ましてベッドから降りてキッチンへと水を求めてドアを開けた。その時何か引きずるなぁなんて寝ぼけ眼な私は、きっと気のせいだと思った。でもキッチンについて水を飲んでさぁ、寝るかと部屋に戻ろうとした時、ふと姿見の脇を通り過ぎた時、横目で何かずるずると自分の後ろをついてくるものがあるのに気付いた。見間違い、だと思った。きっと目の錯覚だって。

でも、鏡の中の私は確かに変わっていた。

 

……目的は一応達することができた私達は報告がてら、今一度レスタレムに戻るということになった。行きすがらそんなに焦って戻る必要もないということで夜はのんびりとキャンプをすることになったのだが……それがいけなかったのか。僅かな油断が僅かな変化をもたらしたのだ。

 

「嘘」

 

信じられなかった。信じたくなかった。

私の体にある変化が訪れていたことを。信じたくなかった。

 

「髪が」

 

すっと自分の髪に指を通す。いつもなら背中くらいまでしかない髪が先が見えないくらい伸びていて私は腰を抜かして呆然と床にへたり込んだ。

姿見に写る私の髪が異様なほど伸びていたのだ。床に引きずってしまうほどに。どこぞの童話に出てくる髪の長い姫のように様変わりした私が平常運転に戻れたのは数分かかった。

 

「どうしよう、なんでこんな……」

 

予想外の出来事に半分パニックになってしまった。まだ心構えがキチンとできていない証拠だった。クペを起こすにしてもすぐにノクトたちの方へ飛んで知らせに行ってしまいそうで怖かった。知られなくなかった。だから、知っている者に直接尋ねるしかないと私はこっそりとテントを抜け出た。着替えもせず、着の身着のまま飛び出してきた後で、予想外に外が寒かったことを思い知らされ一度戻ろうとも考えたが、今度はバレるかもしれないと考え、白のロングネグリジェのまま私は意を決してキャンプ地から離れた草原を目指した。長い髪を引きずって走った先で彼を呼び出す。

力ある呼び声に応えてくれたのは、

 

「オーディン」

 

スレイニプルで異界を駆けてやってきてくれた騎神、オーディン。

 

――呼んだか、主よ。

 

私は切羽詰まった表情で訴えた。

 

「私を、バハムートの所へ」

 

オーディンは私の変化に気づいたようでスレイニプルから降りると、

 

――急を要するようだな。さぁ、こちらに。

 

と私を軽々と抱き上げて馬上にあげた。

 

「あ、まって髪が――」

 

私の声にオーディンは黙って髪をくるくると纏めて私の膝に乗せてくれた。そして髪が落ちないように私をすっぽりと抱きしめるように乗ると

 

――少し急ぐゆえ手荒な走りになることを失礼する。

 

と忠告した上でスレイニプルを走らせた。私はぎゅっと瞼を瞑りオーディンの胸にしがみ付いた。瞼を閉じていても分かる圧倒的な光の強さに、世界を飛んでいるという意識が伝わる。

 

 

しばらく、その時間が経過した。

 

オーディンから着いたと言われてようやく私は瞼を開き、クリスタルの力に包まれた神秘的な世界に着いたことを自覚する。

空気が澄んでいて空間の境目が存在しない不可思議な場所。ここに住まうモノはきっと召喚獣か、彼らが認めた者以外ありえない。

 

この場所を訪れたのは懐かしく感じる。夢を介してここへと導いてくれたクペとカーバンクル。

なんて思い出していると、彼の大きな存在に気が付いた。いつからいたのかわからないけど驚きはしなかった。

 

「レティーシア、よくぞ来た」

「…バハムート…」

 

大きな体躯に全てを圧倒するかのようなその強大な力の持ち主。

誰もがひれ伏してしまう神々しさを持ちながら、私に向ける視線は愛しみに溢れている。

彼が以前私に伝えてくれた、彼ら召喚獣と私に結ばれた絆がひしひしと伝わってくる。

快く迎え入れてくれた彼に私は縋る思いで相談した。

 

「私の髪がこうなってしまったわ。これは前兆なの?」

「ああ。いずれ力が覚醒していく予兆だ」

「……」

 

身体の変化。それは始まりにすぎない。

私はこちら側との接触が多くなるにつれて身体面でも影響が出始めているという。

此方との関わりが強くなればなるほど、人間としての器に悪影響を及ぼす。

現にミラもそうだったらしい。ミラは頻繁に召喚獣と接していたから私のように長い髪をしていた。だがある時期から別の人間と接触する機会が増え、代わりに召喚獣と接する時間が少なくなったことにより元の人間らしさを取り戻すことができたとか。

でも私は私だ。ミラじゃないと訴えた。

 

「レティーシア、我らはお前が大切だ。それが女神であるからというわけではない。其方だから護りたいと思うのだ。星を守護する我らにとって感情、などと不必要なものは元来必要ない。だが女神は我らにもその恩恵を与えたもうた。愛しむ心をくれたのだ。其方だけは特別だ。庇護を受けるに値する者だ。我らの絆を其方は受け入れてくれる者」

 

愛しむようにバハムートは私にそういって、大きな翼で私を包み込んだ。

ぐっと守られている気持ちにさせてくれるバハムートの温かさ。

 

「レティーシア、案ずるな。神の力は決して其方を傷つけたりはしない」

「……わかってる。……わかってるよ」

 

選べるわけない。

バハムートは私の戸惑う気持ちを見透かしていた。

 

「戸惑う理由もわかる。未練があるのだろう、あの者たちに」

「未練っていうか……」

 

ノクトたちと別れることは決めてた。そう、私はあそこから飛び出たくて、外の世界にずっと憧れていた。でも、私が求めていたのはこの世界なのかな。召喚獣たちがいて私を守ってくれる守護者がいて課せられた使命をずっと全うしていればいい世界。

悲しみも苦しみも痛みもない、慢性的な幸せだけがサイクルしている世界。

 

ヴァルハラ。あそここそ、私にもっとも相応しい場所?

 

……わからない、思考がまともに働かない。

 

「其方が選び取るのだ。我らは其方の意思のみに従う。どのような結果であれ、それだけは忘れるな」

「バハムート…」

 

念を押すように何度もいう彼に私は思わずクスッと笑ってしまった。バハムートは不思議そうに「どうした?」と尋ねてきたけどなんでもないと首を振って誤魔化した。

 

「其方のその髪だが、しばらくは慌てずに様子見をすることだ。落ち着けば自然と元に戻るはず」

「切ってはいけない?」

「別に構わぬだろうがまた元に戻ろうとするぞ」

「…じゃあしばらくはこのままってことなのね」

「我には美しいと思うがな、其方の髪は輝いて見える。…オーディン、送ってやれ」

 

バハムートに促されて再びオーディンが姿を現した。

 

――主よ、こちらだ。

「……」

 

オーディンに手を引かれて私は元の世界へと誘われたが、ふと少しだけ後ろを振り返った。バハムートは初めて出会った時と変わらないように私を送り出してくれた。

 

「また来るがいい、レティーシア」

「…ありがとう…」

 

バハムートはきっと、変わらない。人と違ってずっと私の存在を気にかけてくれていた。

それが嬉しくもあり、同時に人との違いを思い知らされる。彼らは私を裏切りはしない。

愛しんでくれる。ちゃんと言葉で態度で示してくれる。

 

自分の人生を振り返ってみると当初の願い通り私は世界を旅した。どんな状況だったにしろ、私の願いはほとんど叶えられた。望み通りと言ってもいい。

私を、幼い頃から献身的に支えてきてくれたのは召喚獣たち。

 

妖精さんと最初は幼い私を怖がらせまいと気を使ってくれた彼ら。クペと出会って彼らに与えられる知識に心躍らせて外の世界への憧れが強くなった。

彼らは星を守護するもので、人との接触は極限られた者しかないと教えてくれた。

ノクトも召喚はできるとのこと。その資格がある。

 

けど、彼らはノクトではなく、私を見てくれた。

ノクトの妹だからじゃない。ノクトのおまけじゃない。

 

ただのレティーシアとして愛してくれた。

彼らなら、私を喜んで受け入れてくれるはずだと思う。

自分だけの世界を得られる。

 

きっと、小さな頃の私なら喜んでその誘いを受け入れているはずだ。

あのころは色々と純粋だったから。

 

でも、今の私の心は揺らいでいる。

先延ばしにさせようと必死に考えている。

未練があるんだ。でも断ち切ろうとした。シ骸化したミラ王女を葬ってからしっかり自分で受け止めたはずなのに。それなのに、私は迷っている。

 

答えを出せずに私はずっとこの時間が続けばいいと、密かに願った。

 

【誤魔化し続ける進路】



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何かの欠落した音

ノクトside

 

 

レティがいなくなったと急に夜中にオレらのテントに突っ込んできたクペにたたき起こされて、オレ筆頭に転がり込むようにクペのテントへとなだれ込んだ。レティへの部屋のドアをたたき壊しそうな勢いで開けるとベッドはもぬけの殻。どこを探してもレティの姿は消えていた。忽然と。まるで神隠しにあったかのように。服にも着替えていない、靴もそのまま。荷物もスマホも持たずに消えた。オレが考えなしにレティへ電話を掛けてすぐそばで鳴るスマホの着信音に愕然とした。

 

レティがいないという事実を叩きつけられるだけだった。

それは時間が過ぎていけばいくほど嫌でも強くわからせられた。

とりあえず今動くのは賢明じゃないという判断で、すぐにでも探しに行きたいオレの意見はグラディオに却下された。だがそんなもん当然オレが素直に頷くわけはなく、探しに行こうとするオレを引き留めようとするグラディオに、ついカッとなって殴りかかりそうになった。

だが寸前のところでイグニスに止められ、厳しく諫められオレは少しだけ冷静に戻れた。その時は。でも朝方になってもレティが戻る気配はなかった。

クペは取り乱して悲しそうに泣いてばかりいた。

 

「クペが悪いクポ。レティが起きたことに気づかなかったクポ」

「クペが悪いわけじゃないよ、そんなに気に病まないで」

 

プロンプトが慰めるがクペは自分を責めてばかりいる。クペによるとレティの反応がないらしいのだ。クペとレティ独自の繋がりみたいなもんがあるらしい。それを感知することでレティの居場所を探ろうとした。だがレティの気配が感知できないという。

 

まるでこの世界から消え去ったみたいじゃねえか。

 

オレの不安はピークに達していた。

 

自分じゃどうしようもできない状況に歯がゆさを感じて、すぐにでもレガリア走らせて探しに行きたかった。

けどイグニスが冷静になれとオレを押しとどめようとした。

 

グラディオだって同じだ。やっぱわかってねえ。

もう少し状況を見極めろって馬鹿なこと言いやがる!

 

「状況なんかわかってんだろうが!レティがいねえんだよっ!ここに、この世界にだ!」

 

怒鳴り散らしながら叫ぶオレは冷静になんてなれなかった。

レティがいない、その事実だけでこんなに取り乱すとは思っちゃいなかった。

 

オレに約束したんだ。レティはオレの前から消えないって。

約束したんだ。だから、絶対帰ってくる。

 

レティが帰ってきた。だが明らかな異変にオレたちは戸惑った。

レティは普段着ているネグリジェのままオーディンの手を借りて地面に降り立った。

 

「……みんな……」

「レティ…お前!」

 

オーディンはレティに一つ頷いてあっという間に消え去った。どうやらアイツを召喚して何処かへ行っていたらしい。だがそんなことはどうでもよかった。

あまりの変化に、オレ達は呆然とするしかなかった。昨夜とは違い、レティの髪が

まるで緩やかに流れるように地面に這うほど長いのだ。

 

「レティ、その髪…」

 

オレは駆け寄ることを一瞬だけ躊躇した。自分が知らないレティだと少しだけ思ってしまったからだ。でもオレは何考えてんだ、レティはレティだ!と自分に叱咤して、とにかくレティの無事を確かめようと彼女の元へ駆け寄った。

腕を伸ばして無抵抗なままのレティを抱き込む。

 

「良かった、無事で…」

「…ノクティス…」

「怪我、してないか?どっか痛いとことか」

「ないよ」

 

どこか疲れ切った声で返すレティにオレは事の重大さに気づかなかった。

ただ、何かあったとしかわからなかった。

 

「レティ…、一体何があったんだ」

 

そう静かに尋ねると、レティは心ここにあらずといった感じで呟くように小さな声で言った。

 

「髪が、ね。起きたらこうなってた。だから聞きに行ってた」

「誰に」

 

そう尋ねたがレティは口を噤んで喋ろうとはしなかった。その時、クペがオレを無理やり押しのけてレティにしがみ付いた。

 

「レティ!!」「おわ!」

「クペ」

 

泣きじゃくるクペをレティはなんとか受け止めた。

なんて馬鹿力だ。地面にキスするところだったぞ。

 

「心配したクポ!どこ行ってたクポ~!?」

「ゴメン、ちょっと吃驚して置いていっちゃった」

「クペを置いていかないでクポ!どんな時だって離れないって約束したクポ!」

「……、そうだね。ゴメンね…。私、どうか、してたのかも…」

「レティ、とにかく少し休め。顔色が悪いぞ」

 

グラディオにそう促され、レティは青い顔で額に手をあてがって小さく頷いた。

 

「ん」

「レティ、捕まれ」

 

グラディオがレティを横抱きしようとすることに気が付いて、オレはすぐに立ち上がった。グラディオの手を制して

 

「いい、オレが運ぶ」

 

と突っぱねてレティを抱き上げた。レティは抵抗することなく、くてりと力なくオレに寄りかかって身を任せ瞼を閉じた。

 

「ノクト!ちょっと待って。髪が引きずられたちゃうから」

 

プロンプトが慌ててレティの髪をまとめて持ち上げてくれた。オレは「サンキュ」と礼を言ってクペのテント向かって歩き出す。クペも心配そうにオレの肩にしがみ付いてレティを見やる。

 

「…………」

 

一体、何があったんだ。

 

言いようのない不安がオレを確実に追い込んだ。

 

 

レティをベッドに寝かせてオレは椅子を引っ張ってきてベッド脇でレティの手を握り見守った。よく眠っているから相当疲れていたのだろう。その眠りは昏々としていてちょっとやそっとじゃ揺らしても起きなさそうだった。

 

レティはいなくならない。オレの前から消えない。けどこの不安はなんだ?レティが言ってたじゃないか。皇女となったのには帝国を潰すための手段だって。オレと一緒にルシスに帰る気持ちがあるから頑張ろうとしてくれてんだろ。……でも何処かオレと一線引いているような気がするんだ。仲間たちとのやり取りだってそうだ。他人行儀っていうかなんて表現していいか分かんねぇ。

 

ともかく、疑問がいくつも浮上しては答えの出ない結果に打ちのめされていく。

 

「…レティ…」

 

縋るように名を呼んでも、レティはオレを見ちゃくれない。

 

いつもレティはオレの先を歩いている。知ってたか?

オレ、レティを追い越すことを目標にしてたんだぜ。最初は妹に負けて堪るかって気持ちだった。

でも大人になるにつれて、この気持ちを抱くようになって自覚して、ああ、好きな子にオレは格好いいところ見せたいだけだって思った。

 

でもさ、結局、オレだけ取り残されてるよな。

親父も、ルーナも、レティも譲れない信念みたいなもん掲げて行動してた。だから迷いがなかった。でもオレは?オレは、王になる理由が不純だ。レティの為にってそれって結局自分の為じゃないよな。ましてや民の為でもない。じゃあ、どうすればいいんだ?

オレは本当に、王になっていいのか?

 

「わかんねぇよ、…レティ…!」

 

親父も、レティもアイツらも何考えてんだかわかんねぇ。

オレはどうすればいいんだ。

 

「教えてくれよっ…、もう、何が、どうなってんだよ…」

 

答えを求めても、手を差し伸べてくれる親父はいない。あの糞ムカツクアーデンに盗られてなかったらと収まっていた指輪はオレの手にない。

あれは足枷だ。

 

王である意味を示すための首輪みたいなもんだ。だから少しだけ安堵した。まだオレは王じゃない。ただ一人の男なんだと言い訳できるから。

 

【答えへの出口はまだ見つからない。】



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Confessions of a 2 second

何度だって君にこの想いを伝えたい。許されるなら――。

 

イグニスside

 

 

突如レティの身に起こった変化から数日が経ち、その間レティはテントに閉じこもりがちになった。レスタレムへ急ぎ戻りたい所だが本人があの状態では動かしようがない。

クペが外へ出るよう誘っているようだがやんわりと断ってはベッドの上で丸まっているらしいのだ。無理に連れだすことももちろんできたが、そんなことをすれば精神的に落ち込んでいる彼女のことだ。今後においてどんな行動に走るか想像できない。……今までも予想だにしない破天荒な行動で何度激しい胃痛を感じたことか。

下手に刺激するような真似は避けたがったが、やはりこのままではいけないと腹を括りレティの部屋を訪れた。

 

「レティ、少しいいか」

 

控えめにノックをし、返事を待たずしてドアノブに手を掛けた。多少強引にいかねばと思ったからであって普段であれば女性の部屋に勝手に許可なく入ったりはしない。

今はあくまで緊急事態と自分に言い聞かせる。

部屋の主、レティはベッドに寝そべっていたようだ。億劫そうに上半身を起き上がらせて、普段よりも低い声と無表情で

 

「……イグニス、何か用?」

 

オレの訪問を出迎えた。やはり歓迎はされないらしい。

 

オレはひるまずにパタンと扉を閉めて改めてレティの状態を確認する。

……やはり、見慣れないというか落ち着かない。

元々レティの容姿は整っているほうだと思うが、それに神秘的な髪の長さが相まって猶更人間めいて見えない。まるで妖精の女王……。

正直、一瞬見惚れてしまっていた。

ベッド上に散乱するように広がるレティの髪は毛先が何処だかわからないくらい伸びている。

 

「いや、そのコホン!」

 

オレはわざとらしい咳をして間をつくった。

レティが怪訝そうな顔でオレの言葉を待つ。なんと言いだそうか迷ったが、やはりストレートに言うのが一番と考えオレはゆっくりと口を開いた。

 

「……少し君の髪を結ばせてもらえないか、と」

 

オレの突然の申し出に、レティは肩を竦めては軽い嫌味を言ってきた。

 

「……いつから貴方はノクティスのお目付け役から私のスタイリストに転職したの」

「したつもりはないが、ダメか?」

 

正攻法で言い返すと、レティは戸惑った様子で言葉を詰まらせ、少し間をあけて

 

「……別に、構わないけど」

 

と小さな声で了承してくれた。オレは

 

「そうか、ありがとう」

 

と礼を伝えベッドに近づき、レティに手を差し出した。

レティはしばしオレの手を見つめていたが、「はぁ」とため息をついて自分の手を乗せてベッドを降りた。

誘う先は、レティ専用の鏡台へ。

 

 

初めてにしては上々な出来栄えとなった。

オレは満足げに頷いた。

 

「よし、できたぞ」

「……すごい!綺麗に編み込んであって長さも短くなってる。可愛い…!」

 

鏡台備え付けの椅子に腰かけたレティは色々な角度から自分の様変わりした姿に喜んでくれた。少しレティの髪を編み込んで動きを軽やかにしつつ、レティの元々持っていた髪留めなどを使ってみたんだが。三つ編みされた髪の束を耳の横に持ってきて、「おお!」と感嘆の声を上げるレティを見てある種、達成感を感じられずにはいられなかった。

 

「喜んでもらえてなによりだ」

「さすがイグニスね、手先が器用でも一発でできる人はそうはいないわ。あ、ごめんなさい、もしかして慣れてた?」

 

慣れてた?それは主に女性との交流という意味なのか。

 

思いっきり勘違いされる前に訂正しなければとオレは内心焦った。

 

「……どう思われているのか言わないでおくが、他の女性にこんなことはしたことがない。その、レティが初めてだ。レティだからしてやりたいと思った」

「……そう、ありがとう……」

 

割と本気で言ったつもりなんだがあっさりと礼を言われ、レティの興味はまた鏡の方へと向いてしまった。このままではさっさと戻っていいわよなんて言いかねない。オレはこのチャンスを逃すまいと行動に移した。

 

「その、ついでといっては失礼なんだが。……これを、受け取ってくれないか」

「ん?」

「手を出してほしい」

「こう?」

「君にこれを渡そうと思って」

 

内緒で購入していたもの。

ジャケットの胸ポケットから取り出し、レティに差し出した。

訝しみながらレティはそれを受け取る。

 

「……これは?」

「開けてみてくれ」

 

オレに促されおそるおそる箱を開くと、

 

「…あ、イヤリング?」

 

そう、ある店で買ったんだがレティに似合うと思って買ったものだ。

 

「ああ。君に、似合うと思って選んだんだ。気に入ってくれると嬉しい」

「……これを。私に?随分と装飾も見事だし高そうだけど」

「そうでもない。君が値段など気にする必要はない。オレが好きで買っただけなんだ」

「……でも」

 

どうにも受け取ってくれ無さそうな怪しい流れだ。

 

「……気に入らなかったか?」

「そうじゃない!……どうしてこんなことを」

「……レティ……」

「どうしてそこで頭抱えるの」

 

わかってはいた。こういうところも好ましいと思っていた。

だが贈り物をされて好意を抱かれていると予想できないものか。そいうところは箱入り娘だと思った。

 

「やはり、君にはちゃんと確認をとらなければならないな」

「確認?」

 

オレは腰かけているレティの前に片膝をついて、上向きに見つめながら彼女の手を両手でとり真摯に想いを告げた。

 

「……聞いてくれ、レティ。急にこんなことを言われるのは驚くかもしれない。君はあの時の、その、キスをなかったことにしろと、忘れろとオレに迫った。オレもアレは忘れようとした。でも日がたつにつれて君が気になり始めた。最初はただの興味本位だった。王女らしからぬ振舞いをし、全力で城から逃げ出そうとするなんて正直、頭のネジが取れてるとしか思えなかった」

「……頭のネジが、取れてる……」

 

キスという発言に驚くよりも先に後半の言葉に反応してレティは「ブ・リ・ザ・ラ」と魔法を発動させ、オレの頭上に先が鋭い氷柱を複数出現させた。オレは思わず告白の途中だということを忘れてレティから手を放してバッと条件反射で後ろに下がった。

 

「待て!まだ続きがある。ブリザラで串刺しにしようとしないでくれ。……ふぅ、そう思ったこともある。過去形だ。だが少しづつ君の隠された部分を知る内に自分の中で君の存在が日に日に増していくのがわかった。大きくなっていったんだ。いつの間にか、君の背を追いかけるオレがいた。きっかけは馬鹿みたいだが、あの頃から君を大切にしたいと思う気持ちは誰にも負けない。負けたくない。

それに、君がオレの両目を治すために施術を施してくれたことだって感謝している。君を傷つけた責任を取りたいなんて言わない。それは君に対してもっとも失礼なことだと思うからだ。こんなことを言うのは卑怯だと分かっている。だが言わずにはいられないんだ。

……好きだ、レティーシア。君を守りたい、君を憂えさせも悲しませもしないしさせたくない。全てのことから君を守ると誓う。今こんなことを言うのは不謹慎かもしれない。だがオレは後悔したくない。この旅で君を失うのは嫌なんだ。誰にも、渡したくない。帝国側にも召喚獣にも、全ての者に(ノクトにも)」

「……イグニス…」

「オレの気持ちは誤魔化せないんだ。君は聞きたくなかっただろうが、オレは君に伝えたかった」

「……」

「……その、……返事は気持ちが落ち着いた時で構わない。ただ知ってほしかった。オレは本気なのだと、……では、失礼する」

 

レティは呼び止めることはなくオレはテントから出た時緊張のピークに達しどっとその場に腰をついてしまった。我ながら、なんてざまだろうか。

 

好きな女性に、一度、いや、二度目の告白をし終わった後で腰を抜かすなど。

だが後悔はない。

 

不安はある。レティの精神は不安定で

だが言わないで後悔するよりもはっきり伝えた方がこっちもスッキリする。

 

何より弱っている彼女を見ていたくはないんだ。

いつものレティに戻ってほしい。

 

【ただ君に笑って欲しくて】



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First Love

本当の気持ちに気づいたって私と彼の関係が変わることはない。彼は、彼女(お姫様)のものだから。

 

レティーシアside

 

 

イグニスが去った部屋に一人残された私は、鏡台の上で腕枕をして目の前に置いたイグニスからの贈り物のアイオライトで作られたイヤリングをじっと見つめていた。

鏡に映るのは、彼に髪を結われて劇的に変化した私がいる。

静かな室内には、装飾が施された時計のカチカチという秒針が回る音が酷く耳に大きく聞こえた。

 

イグニスはこれを買う時、どんな気持ちで買ったのかな。

アイオライトって確か意味があったような…。膨大な書物の知識を詰め込んだ頭から宝石、宝石と思い出しながら引っ張り出す。

 

確か、アイオライトの石言葉は【初めての愛】。

 

そっか、イグニスにとってこれは私への愛の証なのか。

 

まるで他人事のように感じてしまう。その実感がまるでわかないのだ。私の感情はドコか壊れてしまっているのだろうか。いいや、そんなことはない。壊れているどころか私は最低な女だと思う。

 

彼の気持ちを利用しようと思ってしまった。一瞬でも脳裏をかすめたのだ。

この世界にとどまる理由にしようと。

彼の存在を私がこの世界に繋ぎとめる理由にすれば私はこの世界にいることができる。

 

彼が私を好きだと言う純粋な気持ちを、邪心な考えで汚してしまうところだった。

 

……ノクトの傍にいることができるという理由で。

 

なんだかんだいって結局、私の世界の中心にいるのはノクトだ。

いつも一緒に手を繋いで共に育ってきた。誰かのものになることがわかっていたのに、ルナフレーナ嬢との手紙のやり取りにさえ嫉妬していた。それは独占力から来るものだって思い込んでたけど、違うみたい。いつもノクトの背中をどこかで探してた。ノクトも私を見ていてくれた。それが当たり前だとずっと続けばと願った。

 

妹として必要としてくれる彼に感謝さえした。

 

イグニスが真剣な表情で愛称ではなく、私の名前を呼んで好きだと告げた彼の顔を見た途端、この胸に沸いたのは嬉しさよりも戸惑いと、どうしてこの人はもっと違う人を好きにならなかったのだろうとの疑問だった。

 

こんな素敵な人が私を好きになるなんて、信じられない。

なぜ?私のどこに好まれる要素があったの?

 

そう尋ねたかったけど、声に出せなかった。

 

言葉に詰まった。今声に出しちゃいけないって。彼の気持ちを否定しちゃ駄目だって思ったから。イグニスの声が震えていたもの。いつも冷静沈着で皆のことに気を配って困った時には助言をくれる頼もしい参謀。

ノクトの将来を支える人っていうのもあるけど、イグニスなら安心して任せられるって勝手に期待かけてるんだもん。そんな人が、私を目の前にして緊張していた。

 

でも、だからって彼の気持ちを利用するなんて馬鹿な真似はしない。できないし絶対やらない。

 

嫌になる。

こんな自分は、嫌いだ。

 

「ばっかじゃない、最低すぎ、私」

 

いくら自分を罵ってもこのどんよりとした気持ちは晴れることはない。

今さら気づいたって遅いのに。っていうか遅いとかない。もうこの関係は終わっている。

ユリと再会した時に痛いところを突っ込まれたっけ。

 

『それって変じゃねぇか?』

『何が?』

『今まで愛称で呼んでた癖にいきなり名前呼びとか。まるで異性に切り替えたみたいだし』

『いせ、い?』

 

私がノクトを異性として見ている。

 

ノクトはルシスを背負う王で、私は偽物の王女だった卑しき女。そしてこれから私は悪逆に身を染める。それがシナリオの上であろうとこの想いはノクトの将来に傷をつけてしまう。これ以上距離が縮まることはない。この手はもう彼に届かない。

 

「諦めなきゃ」

 

私は顔を上げて腕枕をといてイグニスから送られたイヤリングが収まった箱をパタンと閉じた。

 

イグニスの想いは受け取れない。これは折を見て返そうと思う。

それまでは鏡台の引き出しにしまっておくことにした。

 

私の初恋はオーディン様!なんて騒いでたのが懐かしいくらい。って言ってもそんなに時間もたってないけど。

……認めよう、違ってたみたい。その頃の私は【恋】というものがどういったものかわからなかったから。憧れてたし早く世間の常識というものを学ばなきゃなんて急ぎ足だった気持ちもあったからすぐにそうだと思った。

でも今さらだけど気づいた。

遅い!なんてクペに相談したら怒られそうだけどね。

 

私の初恋は既に始まっていた。

自分が自覚する前から、すでに始まっていたんだ。

 

「…ノクト…」

 

ため息のように漏れる彼の名。声に出すだけで胸が苦しくなる。

締め付けられそうで痛い。

 

ぎゅっと胸元の服を握った。それでも苦しさは抑え切れず胸の内に広がっていき疼く。

 

私が昔から見ていた人。

ずっと見ていてほしいと願った人。

 

「……ノクト……」

 

そう、私。

 

ただのレティーシアは、ノクティス・ルシス・チェラムが好きです。

きっとレティーシア・エルダーキャプトだったら何も伝えられないまま終わる。

でも今なら、認めた直後の私なら言える。

 

認めようと思う。今まで逃げ続けてきた本当の気持ちに。

 

子供っぽくて負けず嫌いでいっつも眠たそうにして面倒くさがり屋な割に妙にプライドが高いところがあって人見知りだけど心から信頼する人の前じゃ自分を曝け出したりして常に周囲の人から王子として期待を寄せられててそれなりに悩んだりもして、でも皆の期待を背負うって決めたらどんどん立派な王様に近づいていってるノクトが、好き。

 

私と彼の行く道が最後まで一緒かどうかは分からない。

けど、別れの瞬間まで傍にいたい。ノクトにとって妹として見られていたとしても傍にいたい。

 

「好きだよ。ノクト」

 

ノクトへの温かな愛しさを感じながら私の【本当の初恋】は今、認めた時点ですでに終わりを迎えようとしていた。でもそれでいいんだ。それが私の物語だから。

 

【初恋の掟】



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Gifts for the first time

「嬉しい、ありがとう」

 

その溢れんばかりの嬉しそうな顔と言葉だけで今までの苦労が一気に吹き飛んだ。

 

ノクトside

 

 

初めてレティに贈り物をした。っていうかおごることはあったけどそれはオレの小遣いから払ってたわけで労働して得た金なんてもったことなかったし、王子として働くという選択肢はオレの手元になかった。でも国を出て色々あって学んでいく中に初めての労働がモンスターハントだった。最初はレガリア修理するのに金足りなくて仕方なく懸賞金賭けられたモンスターを退治してたけどな。

 

最初は簡単だったけど段々と場数を踏んでいくことに敵の強さとか有効的な倒し方や戦い方、敵の攻撃をどうやったら回避できるかって多くのことを学べた。

モンスターハントをして稼いだ金はオレにとって初めての価値のある金。最初は何に使うかワクワクしてたな。結局、レティがお腹減ったとかぼやくからそれでおごるはめになったけど。あっという間にすっからかん。

レティの我儘はいつものことだけど今回は違う。

 

オレにとって、初めての贈り物になる。

閉じこもりがちだったレティがテントから出れるようになってレスタレムへと移動を始めたオレ達が立ち寄ったのはとある小さな町だった。

 

「んじゃ行ってくる」

「行ってきまーす」

「クペ、はぐれないようにね」

「それはレティだと思うクポ」

 

オレとレティとプロンプトそれにクペ。三人と一匹で町を散策してくると宿に残った二人に言い残し、オレたちは意気揚々と町に乗り出した。たどり着いた場所は活気ある広い市場だった。

 

「うわぁ!スゴイ見たことない果物がたくさんある~」

「おいしそうクポ」

「勝手に食うなよ」

「食べないよ!ノクティスの意地悪っ」

 

頬を膨らませて拗ねるレティに悪かったと苦笑しながら謝ってオレ達は色々見て回った。

でも人の波と物珍しさからレティとクペが一人はぐれてしまい慌ててオレとプロンプトはレティを探しに走った。

 

「クソ、なんでお約束なことすんだよ!」

「愚痴ってないで早く探さないと!この辺人込み多そうだしレティ一人だったら確実にナンパされる!」

「わかってる、んなこと!」

 

レティの可愛さは折り紙付きだ。嫌でもわかってる。だから常に一人にさせないよう、誰かオレ達が側にいるってのに。自分の魅力にまったく関心すら寄せないレティはまるで、飢えた狼の群れの真ん中に放り込まれた無垢な羊と一緒だ。

今頃、レティを虎視眈々と狙い近づく男がいるかと思うと腸煮えくり返るほど怒りがこみあげてくる。

 

「ノクト、顔怖いよ」

「分かってんなら探せよ。……らちがあかない。二手に分かれるぞ」

「分かった!ノクトも気を付けてよ」

 

「おう!」とオレはプロンプトと別れて人込みの中に飛び込んだ。

 

いない、いないいない。

 

何処を探してもレティの姿が見つからず、焦る想いばかり先走って通行人に何人か体当たりしてしまったりした。文句が飛んでたがオレは「悪い!」と簡潔に謝罪して先を急いだ。

少し人波が引けた露天商の店みたいなところを通った時、物欲しそうな顔で何かをしゃがみ込んで見つめていたレティがいた。

 

「レティ!」

「……ノクティス?」

 

オレに名を呼ばれ、座り込んでいたレティが気づいて振り返りながら立ち上がった。

オレは駆け足でレティの傍に行くとその細い肩を掴んで大声で怒鳴った。

 

「馬鹿レティ!何一人ではぐれてんだよっ」

 

オレの剣幕に眉を下げて萎縮してしまったレティはか細い声で謝った。

 

「ゴメン、こんなに人がいっぱいなところなんだか吃驚して…、ノクティス呼んだんだけど気が付いたらいなくて……」

 

オレには言い訳に聞こえてさらに言い募ろうとした。でも先にクペがバッとオレの顔の前に飛び込んできた。

 

「レティを怒らないでクポ!」

「クペ」

 

クペは両腕いっぱいに広げてレティを庇う真似をした。クペのボンボンが怒りからか激しく上下していてクペの感情を表しているように見えた。

 

「ノクトとプロンプトが悪いクポ!男二人で話に夢中になって人の波にさらわれたレティが助けを求めてたのに気づかなかったクポ!仕方ないからレティとクペは少し人波から外れたとこで休んでたクポ。レティは全然悪くないクポ」

 

一気に立場が逆転した瞬間だった。レティに落ち度はなく、オレ達に原因があった。

クペはふん!と鼻息荒くオレを睨み付けてくる。

やばい、クペのぺちぺちビンタがお見舞いされそうな予感。

 

なんとも気まずい雰囲気がお互いの間を流れた。

けどレティがぺちぺちビンタする準備をしたクペを後ろから両手で抱き寄せた。

 

「……クペ、いいんだよ。私が悪かったから。ゴメンね」

 

すぐに謝ればよかった。

なのにオレは、自分の非を認めなくないという下らない意地から謝るチャンスを逃した。

 

「……その、……。気を付けろよ。レティは目立つんだから」

「うん、ゴメンね。気を付けるよ。……でもね、色々見れて楽しかったんだよ。ね?クペ」

「レティは優しすぎクポ……」

 

弱弱しい笑みを作っては気まずい雰囲気を流そうとしてくれたレティ。

クペは納得いかなかったようで、激しくボンボンを振らして始終不愉快を露わにしていた。レティが抱きしめていなければ襲い掛かられていたに違いない。

 

結局、プロンプトと合流して宿に戻るってからもオレとレティは言葉を交わすことはなかった。レティは夕食の席でも口数少なくいつもならイグニスに御代わりを求めているのに、食欲がないといって残して部屋に戻った。明らかなレティの異変にイグニスから問い詰められたり、グラディオに喧嘩もほどほどにしろと叱られたりした。

 

やっぱりクペからぺちぺちビンタを食らった。

全然痛くはないが精神的に参った。さらにお仕置きとして一晩中枕元でおとぎ話の王子がどんなに姫に優しいかとか、大切にしているかという話を延々と語られた。

お陰で目の下に隈ができたと同時にオレの中じゃ王子の美徳の数々が嫌でも刻まれた。……オレだけじゃなく同室のプロンプトも同じような状態で朝を迎えたらしい。

 

なんとしても謝らなきゃならない。

オレは次の日、再びプロンプトを連れてレティが商品を見ていた露天商の所へ行った。

 

「おい、ちょっといいか」

「ああ、昨日の彼氏か。随分と彼女を叱ってたみたいだな。今日は一緒じゃないのか」

「彼女!?いや、違うし……今は」

「なんだ、じゃあ友達か。なんにせよあの叱り方はまずいだろう。心配なのはわかるが」

「んなことどうでもいいだろ。……」

 

どうやら話を聞くと駆け出しのアクセサリー職人が自分の作品を売っているらしい。

人の好さそうな顔をした男でオレとレティの仲を若いのはいいねぇ~とからかってくる。

オレはその話題を遮ってレティが見ていた品物が何なのか男に尋ねた。

 

「お嬢さんが見てたの?あー、確か、これだ」

 

それは控えめの装飾が施された指輪だった。

なんでも近くに咲く【名前がない花】という野花をイメージして創った銀の指輪らしい。

その野花の群生地からヒントを得たとか。それってあのメリュジーヌを倒した時のポイント地点だったような気がする。そういえばとふと思い出した。

 

あの時、レティの態度が少しだけおかしかった。

まるで、誰かを失ったかのような寂しそうな顔をしていたんだ。でもそれはあのメリュジーヌを倒した時だけですぐに消えた。だから単なるオレの気のせいだと思ってたけどやっぱりなんかあったのか?

 

オレはふーんと相槌をうって、とりあえず「それをくれ」と男に頼んだ。

男はニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべながら「うまくいくことを願うよ」と余計なおせっかいを言ってその指輪を箱にしまおうとした。けどオレは箱はいらないと断って商品を受け取って代金を払った。

プロンプトが割り込むように「レティにあげるの?ふーん」と面白くなさそうな顔をしてきたがオレは、「レティには黙っとけよ」と念押しした。

 

これでプレゼントは手に入った。

 

後は、勇気を出すだけだ。

 

 

宿に戻ったオレはチャンスあらばレティを誘い出そうとした。けどイグニスが常に目を光らせてレティの近くを陣取っていた。クペもオレを警戒していたから話しかけることさえ難しかった。レティもそれとなくオレと距離を置こうとしていてこのままじゃマズいと悟ったオレは、レティが一人になった瞬間を狙って強引に誘いだした。すでに夕方になっていた。

 

「レティ、ちょっと来いよ」

「何?」

「いいから」

「え、ノクティス?」

 

誰にも邪魔されたくなくて強引にレティの手を取って二人っきりになれるところへ行った。そんなに宿から離れてないところだ。

そこへ行くまでレティは戸惑いながら「どこ行くの?」としきりに尋ねてきたがオレにはそれに答える余裕がなくて、「いいから来いって!」と少し口調が荒くなってしまった。レティはオレの様子に何かを感じたらしくそれっきり口を閉じてしまった。

オレは、内心やべぇと焦ったが、なるようになれと腹を括って、ポケットに手を突っ込んで指輪を握りしめて全ての賭けに出た。

 

いらないってつっかえされるかもしれない。

これじゃなかったと文句言われるかもしれない。

 

ただレティに喜んで欲しくてしたことだしな。

結果がどうあれ、オレのレティに対する気持ちは変わらない。

 

 

あまり人気がない場所でオレは勇気を出してぐるりと勢いよく振り返った。するとレティは目を瞬かせて吃驚したらしいが、オレとしちゃいっぱいいっぱいで気遣ってやれる余裕はない。

 

自分でもいい方がぶっきらぼうすぎだと思う。

でもこれがオレの精一杯の表現だったんだ。

 

「これ、やる」

「…?ゆび、わ……」

 

レティは両手を広げてぽとっと落とした指輪を見て目を丸くした。

気恥ずかしさからレティの顔を見れずすぐに横を向いて、

 

「それ、レティが欲しがってたやつ、だと思った。だからその、やる!昨日は、ごめんな。次はないように気を付けるから」

 

と言葉を途中で詰まらせながらなんとか伝えた。謝ることも忘れずに。

レティはじっと指輪を食い入るように見つめて、押し黙った。

 

「……」

「違ってた、か?」

 

レティの沈黙にオレは若干不安になり、遠慮がちに尋ねた。レティはハッと我に返ったかのように首が折れるんじゃないかってくらい横に振った。

 

「ううん!これ!これが欲しかったの」

「…そっか、良かった」

 

安堵のあまりほっと息が漏れた。

レティは指輪をぎゅっと両手で包み込んで感慨深そうに瞼を閉じて

 

「ノクティス」

 

とオレの名を呼んだ。オレは

 

「ん?」

 

と答えると、レティはゆっくりと瞼を上げて

 

「嬉しい、ありがとう」

 

顔をほころばせてレティは笑った。

最上級の笑顔だった。

 

「っ!」

 

衝動的にオレはレティをがばっと抱きしめてしまった。

 

「レティ」

 

ああ、ちきしょう。その顔マジで反則だわ。

この腕に抱きしめているのはオレの妹じゃないことがこんなに嬉しいだなんてオレ末期だ。……オレの、何より大切な、好きな人。

 

一旦体を離すとレティはオレをじっと見つめてきた。勿論、オレも。

 

「ノクティス」

「レティ……」

 

いっそこのまま言ってしまおうかと思った。

好きだと、言っちまえば。

でも続けようとした言葉を飲み込んだ。無理やり。

 

「……貸せ、つけてやる」

「うん」

 

レティから指輪を受け取って、指に嵌めようとして、少し迷った。

どちらにしようかって。

本音は左手にしたい。けどオレが躊躇してる間にレティはスッと右手を差し出してきた。

オレは仕方なく右手を取って薬指に嵌めた。

 

レティは右手を上げて見せてオレに、

 

「似合ってる?」

 

と小首傾げながら尋ねたのでオレは

 

「似合ってる。オレのセンスだからな」

 

と茶化しながら言うとレティは目を細めて微笑んだ。

 

「私のセンスでもあるからね」

 

と言って。

 

皆の所へ戻る時、オレ達はどちらともなく手を繋いで帰った。

レティは歩きながらオレを横目で見上げて、

 

「ノクティス、ずっと大切にするね。ずっと、一生大事にする」

 

とオレに言ってくれた。

 

「当たり前、ってかオーバーだしそのいい方」

 

と余裕そうに言い返したが、あまりに嬉しすぎて繋ぐ手に力が篭っちまった。けどレティはお返しと言わんばかりに一旦繋いだ手を解いた。怪訝に見やるオレに「へへっ!」と照れながら再び手を繋ぎなおした。所謂、恋人繋ぎという奴で。

 

「今日くらいはおまけしてよ」

「……今日くらいは、な」

 

普通な恋人のように。一時でも普通な日常を。

 

握りしめた温もりに愛しさを感じ取った。

 

【無性に愛しさが込み上げた】



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I like you very much just as you are

たとえ勝ち目がない戦いだからって諦めたくない。彼女を想う気持ちは紛れもなくオレの正直な気持ちだから。

 

プロンプトside

 

 

明らかにイグニス、ノクト、レティの雰囲気が変わったと気付いたのはつい最近の事。まずはイグニス、それからレティに続いてノクトだ。

何がどう変わったかなんて言わなくても分かる。皆、それぞれが勝負に出たんだ。自分の気持ちに正直になったって意味だけど、その中じゃオレは出遅れてる。かなりね。

 

だから、オレ、プロンプト・アージェンタムは一世一代の告白を今からする。手には冷や汗がびっしり浮かんでいて気持ち悪いし、喉もカラカラ心臓バクバクで今にも倒れそうだ。というかさっきからレティの部屋を前をうろうろと行ったり来たりしていてイグニスに怪訝な顔をされた。

 

「どうしたんだ。落ち着きがないぞ」

「ちょっとイメージトレーニングしてる最中だから話しかけないで!」

「?そ、そうか。すまない」

 

イグニスは戸惑いながら謝ってオレの奇行に頭を傾げては夕飯の支度に戻って行った。クペが戻ってきてからイグニスは外で作らずにクペの中にあるキッチンを利用するようになった。やっぱりこっちの方が使いやすいんだって。そりゃ確かに、コンロに流し台に冷蔵庫完備至れり尽くせりなキッチンの方がイグニスにとってはいいだろうけどね。

その所為でグラディオは少ししょぼくれているの知ってるのかな。たまにはキャンプしたっていいだろってレティに訴えてるのを見かけたけどレティは一人でキャンプすれば、私はふかふかのベッドで寝かせてもらうわってあっさり言い返してた。グラディオはクッ!卑怯だぞって悔しそうに呻いてたっけ。とか何とかいって、誰よりもソファに寛いで読書してるのはグラディオなのにな。

 

ああ、どうでもいいんだそんなことは。うぅ、さっきから何回もイメトレしてるけどうまくいかない。告白する前にミスって爆死とかしてるし、オレ。

 

でもここでそう簡単に倒れるオレじゃない。今までのオレとは一味違うんだと自分を叱咤して、いざレティの部屋を尋ねた。

 

コンコンと2回ノックしたところでハッとオレは顔を青ざめた。

 

これ、トイレの時の奴じゃん……!

 

って時すでに遅しとはこのことだよ。ノックしてからすぐレティが「はーい」と声を上げてドアを少し開けて顔を覗かせた。少し化粧していたちょびっとドキっと胸が高鳴ったのは内緒だ。

 

「なんだ、プロンプト。どうしたの、ここトイレじゃないわよ」

「……うぐ、スイマセン。間違えました」

 

オレは気まずくなって回れ右しようとしたけどレティに服の裾を掴まれて動きを止められた。ついレティの顔を見ると揶揄い含んだ悪戯っ子のような顔をして両目を細めて笑っていた。

 

「ゴメンゴメン。意地悪だったわね、用事があったんでしょう。入って」

「……失礼します」

 

なんだかんだで最初の難関は突破したオレはレティの部屋に入らせてもらった。相変わらず豪華だよな~と感想を抱くくらい実にお姫様らしい部屋って感じでオレはレティと向かい合うようにソファに座った。

 

「それで、何か用事?」

「うん。……その、えーと」

 

こう改まって面と向かいあって今さらながらレティを見ると、ああ、やっぱり彼女はオレとはまったく違う人なんだなって思う。

言葉遣いとか態度が時々乱暴になったりするけど佇まいとか元から備わってて気品っていうのがあふれ出てる。指の先から足のつま先まで。きっとレティ本人は辺り前のように小さい頃から馴染んでいるものでもオレみたいな庶民からしてみれば感嘆しか出ない。

 

「あ、そうだ。最近体調の方がどう?」

「……は?まぁ、別に普通というかいつも通りだけど」

「髪はまだ伸びてる?」

「……最近は落ち着いてきたかしら」

 

突然の異変によってレティの綺麗な髪は驚くほどの長さにまで伸びてしまった。最初は彼女本人も動揺して引きこもってたけど今はイグニスやクペに髪を結ってもらってヘアアレンジを楽しんでいるみたいだ。しっかりと後ろで三つ編みに結われた髪を少しいじりながらも、脈絡もない突然の質問にレティは腑に落ちない表情をしながらもちゃんと答えてくれた。オレは内心、何下らない質問してんだよ!と叫んでしまったが、してしまったのだから仕方ない。

 

レティは「それで?」と先を促してきた。でもオレはまだ決心が定まらなくてつい話題作りの為にとんでもないことを口にしてしまった。

 

「そ、そういえば!お祖父さんの様子とかどうなの?」

「………」

 

途端にオレはしまったと口を手で塞いでしまった。無神経にもほどがある。

案の定、レティはさっと顔を曇らせてしまった。

 

「ご、ゴメン!オレ」

「いいのよ。別に。だぶんノクティス達だって気になっているでしょうしね」

 

レティは自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「………」

「……容態は良くないわ。正直いつまで持つか」

「……それじゃあ!?」

 

レティは躊躇いを見せた後、吐き出すように重たい口を開いた。

 

「……私の目的は果たしたわ。もうここに留まる理由はない」

「っ!」

 

ついに目を逸らしていた現実が迫ってきたんだ。レティがニフルハイムの皇女に戻る時が来た。彼女がオレの手が届かないところに行ってしまう。そう考えたらつい、オレは必死に口走って頼んでた。

 

「オレも連れてって」

 

って。レティは嫌悪感を露わにしてオレを厳しい視線で見据えてきた。

 

「……プロンプト、冗談でもその言葉は嫌いよ」

 

軽蔑さえ籠っていたその視線にオレは、

 

「違う!冗談じゃないよ!?オレ、オレ…、レティの事…!」

 

と衝動的にソファから立ち上がって『好きだから』そう勢いのまま伝えようとした言葉にレティは視線を逸らして、その先を言わせてくれなかった。

 

「……それは友達として、でしょ?」

 

先手を取られた。そう受け止められても仕方ないよね。だってオレは態度にハッキリと現さなかったから。でもオレは食い下がった。

オレはレティの方へと歩いて許可なく彼女の隣に腰かける。レティは驚いて少し身を退いたけど逃げられる前に彼女の手を掴んだ。

 

「最初はそうだった。最初の出会いをレティは覚えてるかな。……あの時、高校の卒業式の時オレ達初めて出会ったんだよ。そりゃ最初は見かけだけは可憐なお姫様で儚くて守ってあげたくなるような人だと思った。でもそれは君の虚勢に過ぎなかった。不自由な割にはハチャメチャなお姫様でオレ振り回されっぱなしでそれは今も変わらないよ。でもだからオレ、君の力になりたい。君が帝国を潰したいって言うなら全力で応援したいんだ」

 

まくし立てるようなオレの言葉にレティはしばし黙ったままだったけど、

 

「………それが、恋愛感情、だから私に付いてきたい、と?」

 

どこか不快感を感じているようで眉が少し上向きになった。

ああ、違う。駄目だ。きっとレティはオレがただ好きで一緒にいたいから先走ったと思われたようだ。オレは焦ってミスらないように自分に冷静に冷静にと言い聞かせて、しっかりとレティと視線を合わせて説明をした。思い付きで言ったわけじゃないことを知って欲しかった。口下手なオレだけど、自分の気持ちはちゃんと伝えたいから。

 

「それもあるよ。……でも、それだけじゃない。スモーク・アイと戦った時、オレの身勝手な行動でレティは怪我をした。オレが弱いばかりにって嘆くオレに君は言ったよね。『誰だって怖いことはある』。そうだ、オレは怖かったんだ。死ぬことが怖かった。何もできない足手まといだから自分よりも弱いはずの姫に負けたくないって張り合おうとした。けどそんな君に庇われた。正直、オレ情けなくて泣きそうになったよ。でも落ち込むオレにレティはこう言ってくれたんだ。『その弱さをちゃんと認めているプロンプトは、強くなれるよ。大丈夫、私が鍛えてあげる』ってね」

「………」

「どれだけ君の言葉に励まされたか、レティは知らないでしょ?どんなに辛いことだって耐えようって思えた。……君を守れるくらいに強くなりたかったから。庇われるだけじゃない。君を守れるくらい強い男になりたいって心底願ってそれに見合うだけの修行を君からこれ以上ないってくらいしごかれた。そしてオレは君を守れるくらいに強くなったって思ってる。だからこれはオレの恩返しでもあり願いなんだ」

 

長々と語ったけどちゃんと伝わってるかな。レティはじっと黙って聞いてくれたけど小さな声で呟いた。

 

「プロンプトの、願い?」

「うん、だからオレは君が」

 

伝えようとした言葉は物理的に塞がれた。レティの伸ばされた手によって。

 

「言わないで」

「……」

 

懇願するようにレティはそう言ってゆっくりと手を下した。

どうしても言わせてくれないんだ。それほどにオレの気持ちは嫌なんだって落ち込みそうになった。でもそうじゃなかった。オレはレティという人がどれほど不器用な人なのかすっかり頭から忘れ去っていた。

レティはオレから視線を逸らして、『わざとらしい冷たい声』を出した。

 

「………私が、貴方に隠し事をしていてもプロンプトはまだそんなこと言えるかしら。貴方の出生に関わることよ」

「………え」

「貴方の腕にある番号の意味。私はその秘密を知っているわ」

 

レティは薄々気づいていたんだ。オレが、この痣みたいなのを気にしていることを。

つい自分の腕に縛っているバンダナに手をやって上から強く握る。昔からずっと気になってたことがある。オレだけにあって他の友達にはないもの。両親にコレの事を尋ねてもはぐらかされるばかりでまともな答えは返ってこなかった。だからどこか不信感が募ってたんだ。両親に対して……。きっと、オレの知らない何かを知っている。それを隠そうとしているからこそ、オレと両親の間に溝は深まっていったんだ。

 

苦々しい思い出と共に顔を歪めてしまうオレ。

 

「………帝国に、その秘密が隠されてるってこと、なんだ」

「そうよ、もしかしたら貴方は絶望するかもしれない。それでも貴方は私と共に帝国に行くというの?」

 

これはオレの気持ちを確かめてる?……ううん、違う。そうじゃない。

これは……。

 

「オレ、は」

「ノクティスよりも私が大事だって証明してみせてよ。……選べないでしょう。貴方には。できもしなくせに軽々しく行きたいだなんて言わないで」

 

キツイ口調で突き放すようないい方をしてるけど、きっとレティはオレの為にわざわざ卑怯ないい方を選んでいるんだ。わざと自分とノクトを天秤に賭けて選べないようにしてる。親友をしっかり守れって。自分に付いてきたって意味はない。真実よりも知らないままの幸せを選べって。

遠回しすぎ。不器用すぎ。

 

すぐに分かったよ。オレの為なんだって。

こんな時まで自分の気持ちを後回しするなんて……。でも悪いけどオレは自分で決めたんだ。

 

「………行くよ」

「………本気?貴方は帝国ではルシス王の護衛と認知されているのよ。私が連れて行ったところで捕虜扱いか、もしくは……銃殺とかあり得る話だわ。自分の命の危険もあるのよ」

「………それでもいいよ。オレは」

 

オレの迷わず言い切った言葉にレティは信じられないと顔を歪ませた。

 

「……なんで、そこまでして…」

 

切なげに声を震わせてる彼女を真摯に見つめてオレは言った。

 

「―――レティを守りたい」

 

からだと。

 

「…………馬鹿じゃないの」

 

言葉は非難しているがレティはついこらえきれずにクシャりと仮面を壊していく。やせ我慢してばかりの彼女はオレにさえ寄りかかってくれない。頼ろうとしてくれない。

 

「だって……そんな顔のレティ、放っておけないよ」

「どんな顔よ」

「……我慢してる顔。心細くて寂しそうで辛くて泣きたくても泣けない顔」

 

そう指摘するとレティはカッと眉を吊り上げて怒気を露わにした。

 

「………分かったようないい方しないでっ!!私は、……私は……!」

 

勢いよく振り上げられた手がオレを叩こうと掲げられた。

でも最後までその言葉が、手が続くこともなかったし振り下ろされることもなかった。

色々とこらえきれないものがあふれ出てきたんだと思う。レティはだらりと腕を下して顔を俯かせた。

 

細い肩だ。ホント、頼りないよ。でもオレは今までそんな彼女に頼ってきた。

情けないけどさ、好きな女の子に助けられ続けるなんて。

 

……彼女一人じゃ背負いきれないモノがもっとありそうでオレが知らないだけで彼女は今にも潰されそうなのかもしれない。それでも立っていられるのは彼女が強くて弱いからだ。

 

「………」

 

きっとオレじゃ本当のレティが抱えるものを理解することは難しいかもしれない。あのニックスさんが相手じゃ確実に負けそうだ。でも、諦めたくない。諦めるなって教えてくれたのはレティだから。

 

「一緒に行かせて、レティ。一人にしないから」

「馬鹿よ、ほんとに。……プロンプトは」

 

レティは泣くのを我慢して失敗したような笑みを浮かべて、オレはそんな彼女の手をぎゅっと握りしめた。

 

「よく言われるよ」

 

君なら馬鹿って言われても許せる気がする。

 

 

レティの右手薬指に収まるノクトからもらった名前のない花【There is no name flowers】の指輪がきらりと光っていた。何だかひどく目について気になった。

 

オレは彼女に着いていくことにした。きっとノクトなら理解してくれると思う。だって放っておけないんだよ。

 

レティは、「ノクト」とそう小さく呟いて指輪に軽く口づけた。

まるで別れを言うみたいに。普段は愛称で呼んでないくせにオレの前じゃ呼ぶなんて卑怯だと思った。だから言わずにはいられなかったんだ。

 

「前にも言ったよね」

「え」

「君の前にいるのはノクトじゃない。オレだって。……だから、オレの名前を呼んで」

「……プロンプト」

「うん。レティ……」

 

彼女の目尻から零れた涙を指で拭って、オレはレティの頬にそっとキスを送った。

 

ゴメン、皆。オレ、レティが好きなんだ。

だから行ってくるよ。もしかしたら、死んじゃうかもしれない。

レティの事だから単なる脅しだと思うけどさ。万が一ってことはあるじゃん。

 

だから、先に謝っておくよ。

 

ノクト、イグニス、グラディオ。ゴメン、オレは。

 

【好きな人の為に、自分の為に動きたいんだ】



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瓶墜簪折~へいついしんせつ~

別れは唐突にやってくるものだ。前触れもなく、嵐の前夜のように。
だからこそ気持ちが切り替えられるのだ。たとえ、もう会うことが叶わないと分かっていても、これで最後の見納めと瞳に心に焼き付けることができる。
そんな一瞬を得られただけでも私は幸せなのだ。さよならは一瞬でいい。少しでも皆の、ノクトの瞳を見てしまったら未練が残るから。


レティーシアside

 

 

時間を見計らったかのようなタイミングでレガリアでレスタレムへ向かって走行中、道路の真ん中で私たちの行く手を阻むように降り立ったのは赤い飛空艇。相変わらず目立つ機体だ。

 

「おわ!」

「っク!」

「ぎゃ!」

 

イグニスの運転でぶつかる前に斜めで停まることに成功したレガリアはかなりのスピードを出していたことから道路にタイヤ痕が残ってしまった。私はシートベルトをしていたものの体が踏ん張り効かずグラディオの肩に顔面強打してしまったが、泣かなかった。えらいと思う。

 

随分と乱暴なこととまるで他人事のようだ。

でも迎えに来ると宣言した通り竜騎士は私にタイムリミットが終わったと告げに来たんだ。ゆっくりと着陸する飛空艇のタラップが降りてきてそこからアラネアは姿を現した。そしていつもの茶化すような雰囲気とは違う実に竜騎士らしい表情で私に向けた声に出した。

 

「レティ、時間だよ」

 

と。

たったその一言だけですぐに理解できてしまった。御爺様の容態が思わしくないということ。ああ、来たな。その時が。だがもうずいぶんと待たせたのだ。ここでごねる私ではない。もう、中途半端なままは嫌なんだ。ノクト達が戸惑いを露わにしてレガリアから降りていく。痛む鼻を抑えながら私とプロンプトは遅れて続いた。

 

「おい、一体突然現れてなんなんだ!?」

「……時間が来た、ということだ」

 

複雑な表情でイグニスがアラネアの代わりにノクトに説明するととノクトはハッと焦ったように私を振り返った。

 

「レティ、もう行っちまうのかよ…!?」

「うん」

 

私は一つ頷いてノクト達の脇をすり抜ける。だがノクトは反射的に私の腕を掴んだ。

 

「行くなっ!」

 

私は何も言わずにノクトに視線をやると、彼は飼い主から捨てられる子犬のような目をしていた。

 

離したくない。行かせたくない。そう彼の必死に私を繋ぎとめようとする気持ちがひしひしと伝わってくる。けど駄目だ。これは私の未練に繋がってしまう。

私は断腸の想いでノクトの手を乱暴に振り払った。

 

「え」

 

ノクトは私がそんな行動を取るとは欠片ほども考えていなかったのだろう。

まるで空気が漏れるように戸惑いの声が彼の口から出た。拒まれたノクトの手はだらりと下がり私は今度こそノクトの脇を通り抜けてアラネアの元へと向かう。その歩みの中、肩に乗っているクペに最後の挨拶をするよう促した。

 

「クペ」

「クポ」

 

クペは一度私の肩から飛んで離れくるりと振り返ると「皆、今までありがとうクポ」と頭をちょこんと下げて再び羽根を羽ばたかせて私の肩に戻って来た。

やけにあっさりとした挨拶だけどこれでもクペだって悲しいのだ。今までずっと一緒だった。それこそ、イグニスやグラディオ、ノクトとは幼い頃から何かと共にやってきた。それこそ兄妹のように。だからその悲しみも一入(ひとしお)。今だって彼らにばれないように小さく鼻を鳴らしているもの。私はポンポンとクペの頭を叩いてあげた。

 

大丈夫。分かってるよ、クペの気持ちはって。

 

いつでも彼方に戻れるようノクト達の荷物はしっかりと分けてあるので彼らが旅を続けても支障がでることはない。万が一の場合、コル達にサポートを頼んでいる。ノクト達は私がいつも通り平穏と過ごしていると勘違いしていたようだが、そうじゃない。できる女は違うのだと虚勢を張ってみる。でないとノクトの涙につられて私まで涙ぐみそうだ。

 

「なんで」

 

私はキリッとした表情で呆然と立ち尽くすノクト達に向き直った。

 

「プロンプト、今一度その真意を問うわ。私の手を取る、覚悟はある?」

 

彼に手を差し出し最後の確認をする。ここで怖気づくようでは帝国に来ても彼にとって幸せに繋がることはないはずだ。本来知らなくてもいいことを彼は自らの決断で知ることを受け入れたんだから。でも私の心配など杞憂に過ぎなかった。

 

「行くよ、レティ」

 

プロンプトは迷わずハッキリと宣言し、ノクト達に視線をやった。

 

「ゴメン、皆。オレ、レティと一緒に行く」

「プロンプト、何を言っているんだ」

「オレ、本気だよ。イグニス」

「嘘だろ、レティ、プロンプトまで!?ふざけんなよ!なんでそんないつも勝手に!……勝手に、いなくなるんだよっ」

 

語尾を震えさせてノクトは悲痛な胸の思いを私にぶつけてきた。

そうだ。私は勝手にいつもいなくなる。今度こそ、永遠にだ。だが私は決めたんだ。

だからこそ、彼を、愛称で呼んだ。家族という意味を含めて。

 

「ノクト」

「!?」

 

弾かれたように俯かせた顔を上げたノクト。

 

「私は、私のやり方で貴方を真の王とさせるわ。ルナフレーナ嬢とは別のやり方で」

「……ルーナ?……それにレティ、ノクトって…」

 

今まで散々愛称で呼ぶのを拒んていたから戸惑っているらしい。それはそうだ。

これで最後なんだから。それと最後にルーナだなんて私の前で呼ばないでと言いたくなった。醜い嫉妬だ、勝ち目がない相手に抱いた所で惨めになるだけ。

たかが愛称、されど愛称。彼の口から別の女の名前が出るだけで胸が痛くなる。それがどんなことであれ、だ。意外と恋心を自覚したら許容範囲が狭い私だ。

 

「貴方は私の未練だわ。ノクト。貴方の存在が私の足枷になっている。正直邪魔よ」

 

不愉快であること表情に出し吐き捨てるように言えばノクトの瞳は揺らいだ。

 

「なっ、なんでっ」

「貴方の存在は私を鈍らせる要因でしかない。……これで清々できて嬉しいってことよ」

 

本当に捨てることが出来たなら、忘れることができるならどんなにいいか。でもそれができないのが、まだ人である証なんだ。きっと私が完全に目覚めてしまったらこの感情ともお別れになる。

 

「ま、待てよ!レティ、レティ!」

 

縋るように追いかけてこようと頼りない足取りで歩き出したノクトにプロンプトが一歩、私を守るように前に出る。そしてある行動に出た。ノクト達は目を見開いた。

 

「ゴメン、ノクト」

「プロンプト?お、い、何してんだよ。ソレ。なんで、なんで!!」

 

ノクトは信じられないと顔を引きつら悲痛な叫びを上げた。きっとノクトの中にあるのはプロンプトに裏切られたという最悪のシナリオだろう。でもプロンプトはノクトを裏切ってなどいない。私のお芝居に即興で付き合っていてくれてるだけ。でも意外とグラディオも私の意図を理解して付き合ってくれている。さも狙われているノクトを守ろうと王の盾に相応しい行いを見せてくれた。

 

「お前、自分が何してるのか理解してんのか?」

「………」

 

低い声で脅すような尋ね方をするグラディオに怯むことなくプロンプトは銃口をノクトへと向けている。そう、親友であるノクトにだ。これ以上私に近づかせないためのを牽制を親友へと向けているのだ。私は動揺一つ表情に出すことなく静観している。その方が上手くことが運ぶような気がしたからだ。

 

しばしの両者の睨みあいが続いたのち、プロンプトは酷く冷静な様子で言った。

 

「理解してるよ。オレは自分の意思でレティに付いていくって決めたから」

 

これが精神的に弱り切ったノクトに最後のダメージを与えたようだ。

よろりと膝に力が入らなくなったのが立っていられずその場に膝をつくノクトは最後に助けを求めるように私を見つめてきた。だが私はその視線を無視し、アラネアの手を借りてタラップを登る。

 

「プロンプト。いいわ、そんな小物に構ってないで乗って」

「わかった」

 

プロンプトは変わらずに銃口をノクト達に向けながらゆっくりと後退して飛空艇へやってくる。彼が遅れて乗り込んでくるとゆっくりと飛空艇は浮上して行った。

私は最後の別れを頭上から送った。

 

「時は満ちたわ、さよなら。ルシスの王」

「………レティ」

 

声にならないノクトの慟哭が酷く胸を締め付けた。徐々に小さくなっていくノクト達。

これで、果たすべき義務は果たした。私達が完全に飛空艇内に入るとタラップは格納され赤い飛空艇は全速力を上げてその場から動き出した。

 

 

飛空艇に入ってからアラネアに手を引かれて用意された場所に腰を落とす。

 

「レティ……別れは、言えたかい」

「……うん。言えたよ。大丈夫、アラネアが来てくれた時点で私はもう【レティーシア・エルダーキャプト】だから」

 

疲れた笑みを浮かべる私に隣に座ったプロンプトが気遣わし気に私の名を呼んだ。

 

「……レティ……」

「心配しないで、プロンプト。貴方に一切手出しはさせないよう配下の者には言い聞かせる。貴方の事は私が守るわ」

「オレなんかより、自分の事心配してよ。オレは守られる為に行くわけじゃないから」

「……そうね。そうだったわね。ごめんなさい」

 

そうだ、未練は断ち切らなくては。ミラ王女の二の舞になるのは御免だ。

窓の外から遠ざかっていく大地を見下ろす。

 

「………」

「レティ」

「大丈夫よ、クペ……。大丈夫」

 

クペは瞳に涙を溜めながら私の横顔にぎゅっとしがみ付いてきた。

 

「レティの代わりに泣くクポ!クペは悲しくて泣いてるわけじゃないクポ!」

 

そう言って声にならない声で泣き出す私の小さな親友。

今の私の立場を重んじてそう言ってくれているようだ。だからこそ、私は心からお礼の言葉を伝えた。

 

「……ありがとう、クペ。……ありがとう」

「うぅ、ぐず……クポ~」

「覚悟は、いいんだね」

 

アラネアは最後の問答を私にしてきた。だけど私の答えはもう決まっている。

 

「……帰りましょう、帝都グラレアへ。……我が、帝国へ」

 

まだ最後の大仕事が残っているのだ。今だかつて、誰もやり遂げたことがないことを私はやり遂げなきゃいけないんだ。重圧だって尋常ではないほどきっとある。でもきっと、必ず為してみせる。でないと、……でないと。

 

【私に残された時間はもう少ないのだから】



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The last Empress

レティーシアside

 

 

帝国に戻った私は真っ先に御爺様の所へ向かった。宮廷内の奥。皇帝直属の者や許された者しか踏み入れられない場所は無駄に広く豪華に造られていてその広さはルシスの王城よりも大きかった。あまり煌びやかなものが好きではない私は常々御爺様に申し出ていた。シンプルな方が落ち着くしゆっくりリラックスもできますよ、と。

御爺様も実の所あまり派手な装飾はお好きではないらしい。賛同を得られた時は意外にもつい可笑しくて吹き出してしまったのがつい昨日のように感じた。

恭しく頭を下げていく侍女たちの間を急ぎ足で通り抜けて御爺様の寝室へ入る。

 

「御爺様!」

 

寝台に寝ておられた御爺様の御顔は以前よりも線が細くなっておられた。私が帰ってきたことに気づくと閉じていた瞼をゆっくりと開いてしゃがれた声で

 

「……レティーシア、ああ、帰ってきてくれたか……、顔を見せておくれ」

 

と私に向かって皺々の手を伸ばそうとする。すぐに椅子に腰かけて御爺様の震える手を両手で握りしめ顔を近づけた。

 

「レティーシアはここにおります。御爺様」

 

命の灯が消えようとしていたのだ。私は労わり込めて囁くように言った。

 

「お爺様、もうお疲れでしょう」

「レティーシア、ああ、もう私は疲れた」

 

酷く憔悴しきった声だった。様々な出来事があった。様々な別れがあった。

酷く胸を打つ。御爺様の手から痛みが伝わるようで私は何度も頷いた。

 

「ええ。分かっております。私は、御傍におります。お爺様」

「ああ、もう、手放したくないのだ。誰も」

 

御爺様は一度瞼を閉じて目尻の端から涙を零した。その涙は誰を想い誰の為に涙したのか。私には分からない。けれどそれでいい。御爺様の涙は御爺様のものなのだから。その想いも、御爺様のものだ。

 

「分かっております。だから、もう、眠りましょう」

「眠っても、良いのか……?」

「はい。もう、眠りましょう。眠りは決して恐ろしいものではございません。いずれ、私もそちらに行きますから」

 

私は御爺様の手を自分の頬にあてがう。

ヴァルハラは死者の傷ついた魂を癒し来世へと繋ぐ輪廻の巡る場所。きっとあちらなら御爺様の魂も安らかにつけるはず。

呼吸がゆっくりとなってくる。もう、すぐだ。御爺様はゆっくりと瞼を薄く閉じていく。

 

「……あぁ、……わたし、は……お前と共にいられ、て幸福だった」

「私も、私も幸せでございました」

 

短い時間だったけど、家族として過ごせた。何より私を愛してくれていた。どんな形であれ、それは紛れもなく愛情だ。こみ上げる何かに突き動かされ涙腺が崩壊しそうになる。

お別れの時、だ。また、私は大切な人を見送ることになる。

これで何回目だ。もう、見送るのはこれで最後にする。次は私が見送られる番になるはずだから。

 

「さらば、だ。愛しい、レティーシア」

「お休みなさいませ、御爺様」

 

イドラ皇帝はこうして静かに崩御召された。

それから葬儀は内々に行い墓な仰々しいものではなくひっそりとした場所に皇子と並んで墓を造らせた。この国はすぐに荒れることになる。宮廷も荒らされてしまうだろうからせめてお墓だけは静かな場所にしてあげたかった。だから帝都からかなり離れた場所に墓を造らせてアルファルド皇子の墓も同じ場所へ移動させ二人は共に並んで眠ることになる。

だが所詮これは体をおさめるだけの棺だ。本来の魂はきっとヴァルハラへたどり着いているはず。だから悲しむ事は何もない。ただ、ほんの少しの別れがやって来ただけ。いずれ、私も彼方へ行くのだから。

 

それから喪に服すのも間も無く、私にはやるべきことが課せられることになる。それは私の最終計画には必要な手段だ。

 

信頼できるものだけを数人、玉座の間に呼び込み準備は万端。

宰相であるアーデンが私に恭しく頭を下げてきた。

 

「では、新たな陛下に置きましては今度の方針はどのようにいたしますか」

「帝国を、潰すわ」

 

皆には驚いた様子もない。最初から私の意図はわかった上で賛同しているからだ。でなければここにはいない。

 

「デカくでたねぇ」

「完全に潰すわ。アーデン、貴方ももちろん協力してもらうわよ。共犯者なんだから」

 

視線でそう促すと彼は

 

「わかってるよ」

 

とニヤリと板についた底意地の悪い笑みを浮かべた。これほど頼もしく見えるのは不思議なものだ。次いで私は頼もしき騎士の名を呼ぶ。

 

「ニックス」

「オレは最初からレティの意思に従う」

 

そうね。愚問だったわ。

貴方は誰よりも私に心尽くしてくれる存在。そう、いうなれば私の剣。

害成す者全てを殲滅するだけの力を有した存在。

 

「レイヴス将軍」

「……全て陛下の御望みのままに」

 

レイヴスは胸に手を置いて軽く会釈をした。彼の大切な者の命は助けた。契約という縛りのもとに彼は私に傅いているがあまり嫌というものでもないらしい。なら喜んで使わせてもらうとしよう。

 

「ヴァーサタイル」

「準備は出来ているぞ」

 

最後の役目と意気込んでいるが彼なりに自分の最後を決めているとか。魔道兵を産み出した存在であるのは間違いないが、シシィの為にも長生きしてほしい。だからそこら辺は上手く手を打とうと思う。彼の技術をもっと別の形で活かせるはずだから。

 

「アラネア」

「こっちも準備オッケーよ」

 

パチンとウインクをして不敵に微笑む女竜騎士。思えば出会ってから彼女には何度も助けられていた。色々な意味でサポートしてくれていたしね。召喚獣の中で一番甘やかしてくれたんじゃないかしら。これからも彼方で私の為に力を尽くしてくれることだろう。

そして単身共に来てくれた人。最初の頼りなさげな印象を吹き飛ばしたかのような男前に成長を遂げた私にとって異性の友人であり微妙な関係にある人。

 

「……プロンプト」

 

何処か居心地悪そうにしていたけど、私が彼の名前を呼ぶとハッと私を見つめてしっかりと声に出してくれた。こちらに来てからプロンプトは軍服に着替えたらしい。今までの頼りない姿は何処にも感じられないほど立派な姿だった。本人の心境としては複雑かもしれないが、少々我慢して欲しいと思う。

 

「………オレは、君を助けるって決めたから」

「ありがとう」

 

これで人数は確保した。では、始めようじゃないか。

 

私は玉座の上で足を組んで見せた。トントンと二度ひじ掛けを指先で叩いたのち、両手を膝の上に重ねる。

 

「ニフルハイム帝国は、私、レティーシア・エルダーキャプトの代で終わらせる。誰にもこの玉座は譲らない。私が、最後の女帝となるわ」

 

不敵に微笑を浮かべた私に一斉皆は了承の意を表し、頭を下げた。

 

※※※

 

ニフルハイム帝国始まって以来の初の女帝が今ここに誕生した。後に彼女は最後の女帝として歴史にその名を刻むことになる。

 

かつての大国を破滅に追い込み、国民を邪魔者扱いして自国から追い出しては悪逆非道を掲げながら無血であることに拘り、ルシスの王を前にして命乞いすることなく潔く毒を煽り、その命散らした女帝だと。

 

名を、レティーシア・エルダーキャプト。

 

イドラ・エルダーキャプトの唯一の寵愛を受けし孫娘であり、その美しき容姿に幾人ものの男を篭絡し襤褸切れのように捨てては楽しんでいたと言われる美姫と後世に悪名高く伝えられることになる。

 

【私は悪役女帝】

To Be Continued--



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chapter.09
ファブラ ノヴァ クリスタリス


エトロの光は祝福の証であると誰かが云った。だが何のための祝福なのか。
死を予見しても悲しみは消えない。ましてや近しい者の死を誰が喜ぶのだろうか、と人は思うだろう。

だが女神はこう人に教えた。

死とは終わりではない。生の世界を終えた後の始まりなのだと。繰り返される生死の中でその始まりを知る事はとても幸福なことだと女神は云う。だが残念なことに女神の言葉と人の言葉では天と地ほど差があり、その真の意味を人は理解することができなかった。
故に死の女神は時代と共に表舞台から追いやられ、偉大な王達の陰日向で息を潜めてきた。だから彼らは自分たちの出生【ルーツ】を知らずに忘れてしまった。

だが女神はそれもよしと受け入れた。なぜなら彼女は人を産み出し母である。
常に心砕き慈しむ存在である。どのような者であれ女神にしてみれば自分の子なのだ。

だからこそ、我が子らに仇名す存在である主神の存在を良しとしない。敵対関係にある創世の主神に逆らってまで我が子たる人を守ろうとした。

たとえそれが我が子たる人々に知られずとも。女神が消滅する道を辿ろうとも。

彼女はそれを良しとした。だが死の女神とて不死身ではない。ある事柄により死の女神は消滅してしまった。だが魂だけは永遠であり廻るものである。
いつか、新たな女神が復活することを予見した召喚獣たちは来るべき時の為に密かにそれぞれ眠りにつくことにした。そして、時満ちたり。

【私は、きっと覚醒するのだろう】

新たな死の女神はこの世に見事復活を果たした。いずれ完全体となり彼の地、ヴァルハラへ臣下を伴って赴くだろう。

だが彼女にはまだ自我が残っていた。人としての心だ。
いずれ女神の力に飲み込まれてしまう小さな、小さなもの。
だからこそ、彼女は決めた。

【私は、最後の賭けに出る】

女神になることは決まっている。だが足掻いてみることにしたのだ。それは邪道とも言えなくもない。自分の命を削り、下手すれば息絶えてシ骸化してしまう危険性もある。
身をもってその現象を目の当たりにしたのだ。

だがそれでも試したいと挑む。自分が残れる可能性が高いことを信じて。でなければ諦めなければならない。だがそんなこと彼女の辞書に一文字も書かれていない。なぜなら彼女は変なところで誰よりも頑固だからだ。

完全体になるまえに、少しでも共に居られるのなら。
クリスタルは想いを閉じ込める棺だ。もし、仮にこの世に留まれる方法があるのならそれだけが唯一の方法。

彼女は女神である前にただの人。そうであるよう願った。ただ一つの為に。

【あの人の為に】

そう決意してしまえば死など恐るるに足りず。誰にも真似などさせはしない。
できるならやってみろというのだ。私以外にこの想いを貫ける者などいやしない。
ましてや、私と同格の者など、ミラ以外にはあり得ない。そのミラも穢れに身を堕としたのだ。私はミラのようにはならない。足掻いてみせる。この力を使って。

その証拠に彼女の瞳は、癒しを与える深緑から深く混じりけのない紅い瞳へと変化していた。それは女神に近づいた証であり、少しずつ自我を失う証であった。

【薄暮の女神】

[融合率91%完了]


出会いは神によって計画され――レグルスは消えゆく命の目を授かった。

 

これは現実に基づいた幻想であり、真実の世界である。

 

疑いなく信じていた世界は常に変化し、今終わる。そうでなければならないというものは本来ないのだと誰かが云う。

だがそれもまた一つの思想である。

人は己の命賭けて誇りを、または大切な者を、譲れない願いの為に戦う。どこかで交差している事実を知りながら人はそれを気のせいだと認識せずに愚かにもすれ違い続ける。

 

もしかしたら、分かり合えるかもしれないのに。

もしかしたら、共になれるかもしれないのに。

 

一つの可能性を踏みつぶしていることも知らずに救いようがないほどに人はすれ違う。

 

言葉だけでも。

態度だけでも。

想いだけでも。

 

伝わらないことはある。もしかしたらその全てをもってしても伝わらないかもしれない。

だからこそ、人は諦めずに何度もぶつかっていくのだ。

繰り返し、繰り返していくことで見えてくる未来もある。

 

分岐した未来で得るものがあるか、ないのか。

それは試した分だけ得られる数。

 

―――出会いは神によって計画されていた。

 

清浄なる理想の世界を根本から創ろうとする主神、ブーニブルゼ。

 

それを阻止せんと幾度も蘇りを繰り返す死の女神、エトロ。

 

これは古からの神々による熾烈な争いの一部でしかないのだ。その一部であるレグルスもただ一つの歯車でしかない。故に、【何が起ころうとも不思議ではない。】

 

 

重厚な石造りの神殿の奥深く、静寂に包まれた場にて中央に位置するクリスタルでできた玉座に鎮座するのは一人の若い女だった。

 

「ねぇ、エクレール」

 

自分の背丈よりも長い銀髪を玉座から垂らしながら彼女は静かに自分の守護者へ尋ねた。

 

「私って、一体誰だったのかしら」

「死の女神である前か」

 

銀の甲冑を身に纏った女騎士はゆっくりと女を見上げて答えた。常に女の身辺警護に当たっているもう一人の守護者はただいま留守中である。彼、男はたまに下界へ降りては珍しい食べ物を土産に持ってくるので女はそのたびに子供の様に喜んでいる。その顔をみたくて実は下界に降りている事は女には内緒だった。

 

「そう。記憶は消えてしまったけど時々寂しくなってしまうの。ニックスは教えてくれないわ」

 

女は子供のように分かりやすく拗ねてみせた。すると女騎士は男の苦労に同情の意を示した。

 

「だろうな。思い出して欲しくないのだろう」

「そう。思い出そうにも記憶にないから困っているのよ。ねぇ、エクレール?」

 

女はひじ掛けに頬杖ついて可愛らしく不貞腐れた。エクレール、そう呼ばれた女騎士は

 

「思い出したいのか、レティは」

 

と女神の愛称で呼び静かに尋ねた。

 

「思い出せるなら思い出したいけど。無理なのよね。だから貴女なら知っているんじゃないかと思って」

「………レグルス。今はこれだけしか言えない」

「レグルス?小さな王という意味ね」

「そうだ」

「小さな、王?小人ってことかしら」

「さぁな」

「自分で考えろってこと?うーん、これは難問だわ」

「どうせ時間は有り余るほどある。ゆっくりと答えを出せばいい」

「そうね」

 

スッとクリスタルの玉座から女は降り立った。女騎士はさっと手を差し出す。すると女は喜んでその手を取った。

 

「ありがとう」

「ああ」

 

ふわりとドレスの裾をはためかせて音もなく磨かれぬいた石畳へと着地する。引きずりそうなほど長い髪が遅れて地面へと落ちる。

 

「それじゃあ今日も散歩にでも行こうかしら」

「ニックスが戻るまで大人しくしていろ」

 

だが女騎士は女のいつもの行動を咎めた。一人で出歩く事は許していないのだ。たとえ、この地に女神を害する者がなくとも、警戒は怠ることができないのだ。ましてや今は片方の守護者は留守中である。だからこそ、女の行動は目の上のたんこぶでもある。だが女は自分がいかに重要な立場に位置しているか自覚できていない。

 

「だったらエクレールが付いてきてくれればいいわ!」

「私はここを離れることはできない。何度言えば分かるんだ」

 

もう何回目になるか分からない言い合いにエクレールは頭を抱えそうになる。だがなんだかんだ言って自分も女には甘いのだ。整った容姿を持つ女は子供のような分かりやすい拗ね方をする。

 

「………」

「そう睨んでも駄目なものは駄目だ」

「ケチ!」

「ケチで悪かったな」

「うぅ……」

「泣き真似も駄目だ」

「ケチケチ!」

「けちで結構コケコッコーだ」

「なにそれ?」

「………聞かなかったことにしろ」

 

つい勢い余って口先が滑って普段の女騎士なら言わない事を口走ってしまったので気まずさから顔を背けようとする。だが女は興味津々と言わんばかりに瞳を輝かせて顔を近づけてきた。

 

「ねぇねぇ!それって何?どういうこと?なんでコケコッコーな?鶏?エクレールはけちな鶏なの?今人間なのに?」

「うるさい!」

「教えて!」

 

ニックスが戻るまで二人の仲の良い会話は続いた。

 

【彼女と守護者のやり取り】



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わたしのさいしょのいっぽ

レティーシアside

 

 

母上、私は貴女の言いつけを破っております。

家族であるノクトを捨て、敵国に身を置いているのだから。でも安心してください。

私はノクトの為に帝国を潰します。彼が導くルシス国千世の為に。

彼の為に、終わらせます。だから許してくださいますか。

 

王は孤独である。

だから家族が寄り添えばいいと私は母上に自信ありげに誓いました。

 

でも家族である私がノクトの傍を離れている。

ノクトの為に、……矛盾していますよね。本当に私は親不孝者です。

 

でも私は貴方の娘でいられてよかった。

私の産みの母は確かにミラ・ルシス・チェラムです。でも私は貴方こそ、私の真なる母であると思っています。

 

アウライア・ルシス・チェラムの娘であることを誇りに思います。

 

再び愛する父上との出会いが来世でありますように。

 

 

―――昔懐かしい夢を見た。

 

あれは父上と母上とノクトと本当の家族のように過ごしていた時だ。その頃、ノクトは風邪を引いて別々の部屋で寝起きしていた。一人で眠る私の為に母上は夜、絵本を読み聞かせてくれた。私は母上が読んでくれる本だけじゃ足りずもっと別の本を読んでとせがんだ。母上は困った顔をしながらも、これで終わりだからね?と私に言い聞かせて私の大好きなサンドリヨンを読んでくれた。

 

可哀想なサンドリヨンは素敵な王子様と出会うまでのストーリー。何度聞いても飽きる事はなく、むしろ憧れは増すばかりだった。

 

『わたしもいつかおうじさまにむかえにきてほしいなぁ』

 

興奮冷めやらぬ私を寝かせようと母上は微笑を浮かべながらこう言ったのだ。

 

『レティ、どうかノクトを支えてあげてね』

『母上?』

 

支えるという意味は子供の私には難しすぎた。クエスチョンマークを飛ばして母上を見上げる私に母上は酷く辛そうな顔をした。きっと、ノクトの行く末を案じていたんだろう。クリスタルに選ばれし運命にあるということは、いずれ死が訪れるということ。王都を守る魔法障壁は王の寿命を縮めるものだから。戦争が長引けばそれだけノクトの生存率は落ちていくのだから。

 

『あの子はいずれ孤独になってしまうわ。レギスのように』

『父上とおなじ?なにが?』

 

母上は父上の王としての立場を誰よりも理解し押しつぶされそうな体を支えていた。日常の中でも、精神面においても。可能な限りサポートしていたはず。それでも王自らが先頭に立たねばいけない時がある。その時ばかりは、胸が張り裂けそうな想いで父上の背中を見つめていたのだろう。じっと耐えるように。

 

『………覚えておいて、レティ。王とは孤独なの。沢山の命をその肩に背負って生きていかなければならないの。たとえ辛い決断を迫られたとしても王は一つの命よりも千の命を救わなければならない。それが王の使命なの』

 

いつも優し気な父上が独りぼっちなのだと教えられ、私は反射的に声をあげていた。

 

『……いや!』

『レティ?』

 

ベッドから飛び起きて私は驚く母上に縋って訴えた。

 

『父上がかわいそう!わたし、そんなのいや!!』

『………』

 

母上は酷く驚いておられた。私の口から【可哀想】などと言葉が飛び出るとは思いもしなかったのだろう。私は勢いのまま自分の気持ちを母上に伝えていた。

 

『わたしは一人にさせないもん!ノクトはわたしの家族だもんっ』

 

そう、ノクトは私の家族。大切な家族。

母上も、父上も欠かすことのできない家族。純粋であるがゆえに口から飛び出した奇跡のような言葉だ。母上はゆるゆると破顔していき私の顔を両手で包み込んだ。

 

『………そうね。ええ、私達は家族よ。レティ』

『わたしとノクトと父上と母上、みんなであつまればいいんだよ。そうすればさびしくないね』

『フフッ、確かにその通りだわ。王が孤独だというのなら私達家族が傍にいれば孤独ではないものね』

 

そのままおでこをぴったりとくっつけてきて母上は瞼を閉じた。何かを堪えるかのように、嬉しそうに笑って。

 

『母上?どうしたの?どこかいたいの?』

『……いいえ、レティ。貴方がとても真っすぐに育ってくれてとても嬉しいの』

 

母上の目尻には涙が堪っていた。嬉し涙だったのかもしれない。今となっては知ることのできないものだが。

 

『母上?』

『レティ、愛しているわ。―――私の大切な娘。たとえ、どんなことがあっても、私達家族の絆は永遠よ』

 

おでこにそっとキスをされ温かな腕に抱きしめられた。母上の匂いはいつも私を安心させてくれた。いつも、私の母であることを感じさせてくれた。

 

私は、いつも守られていた。

母上に、父上に、私を慕ってくれる者たちに。

 

でも、今私は自分の足で立っている。国を動かす者として責務を負っている。それはかつての父上と同じ事。ううん、若輩者の私には父上のような立派な政治とは程遠いもの。それどころか、国民を欺くことをするんだから。最低最悪の女帝だ。

 

でも、やらなきゃならない。

ノクトの為に。皆が生きる世界の為に。

 

 

「おはようございます。陛下」

「………おはよう」

 

使い慣れた寝室にて、朝の挨拶はシシィから始まる。恭しい態度で私の着替えを手伝ってくれる侍女達にされるがまま姫様から陛下へとクラスチェンジした私、レティシア・エルダーキャプトが行うべき仕事は、まず陛下らしくあることらしい。自分で着替えるのではなく、手取り足取りやってもらうこと。

長すぎる髪を櫛で丁寧に梳かれ複雑に編みこんで髪形を整えられ、化粧を施されいくらするかも検討がつかないドレスを着させられ、邪魔ならない程度にアクセサリーを付けられ(ノクトから送られた指輪だけは断固として外さなかった)、椅子に座って鏡にうつりこむのは確かに、女帝の名に相応しい女だ。

 

「ご苦労さま」

 

労いの言葉を掛け部屋の脇に控えている侍女たちをねぎらう。扉が開けられ私はドレスの裾を持ち上げて腰を上げる。これから食事だ。それもしきたりやら伝統やらのがんじがらめにされている朝食だ。黙って食べろ、大口開けるなうんたらかんたらと耳にタコができている。だがルシスで慣れていた王女教育に完璧にこなしていた私にできないレベルではない。私が即位してから周りの者が満場一致で女帝即位を受け入れたかと言えばそうではない。複数の者はほとんど懐疑的であるはずだろう。なんせ、喪も開けぬ間に強硬的に即位したのだから。

 

今は大人しく国政はアーデンに任せているが、今日はそろそろ頃合いかと思いアーデンとも相談して一芝居打つことにしている。それを皮切りに色々と一悶着起こさせて邪魔な人間を排除して行こうという作戦だ。さて、まず私の第一の被害者となるのは宮廷内で働く料理長だ。なぜかって?よくあるテンプレだよ。

 

大人しく宰相の傀儡と言われていた女帝は実はとても食事にうるさい人でした。ある日、いつもの朝食の席で静かに美しい作法で食事をしていましたが、ある料理を口に入れた瞬間、眉間に皺を寄せフォークを手から落としました。

 

カラン!

 

その音はとても室内で響き、皆の注目を集めました。女帝が一言言い放った事。

それは、

 

「不味いわ」

 

の一言でした。それから女帝は口元をナプキンで拭いて椅子から立ち上がり自室に戻りました。誰もが顔を青ざめて見送る中、思い出したように傍に控えていた護衛の男にこういいました。

 

「料理長を呼びなさい」

 

それから魔導兵らに抑えられ玉座の間へと引きずられてやってきた料理長に女帝自らにっこりと微笑んでこう言い渡しました。

 

「お前、オルティシエへ行って修行しなおしてきなさい」

 

事実上の左遷でした。昔から宮廷に仕えている古参の料理長はこうしてニフルハイムを去りました。誰もが惜しむほどの人格者でありその料理は誰の舌を唸らせると評判の男でした。だから女帝に対する不満は尚更増すばかり。そんな中、料理長を戻すよう勇気ある者が抗議することもありましたが、その者は次の日から宮廷内で見かけなくなるようになりました。きっと女帝を怒らせたから生意気だと口封じされたのでは?ともっぱら噂になりました。ですが女帝の機嫌はそれで収まるわけではありませんでした。次は先代イドラ皇帝の時から仕えている軍人が標的になりました。彼は無知な女帝を諫めようとしました。悪戯に政治を乱すなと。だが女帝はその偉そうな態度が気に入りませんでした。

 

あっさりとちょきん。

所謂首刎ね(リストラ)を行いました。躊躇いもなく行った事で軍部内は大乱れ。女帝に反旗を翻そうとする者たちも現れました。ですが女帝暗殺は未遂で終わり、首謀者たちは消され一族ものともニフルハイムからオルティシエへと追い出されました。勿論抵抗しようとしましたが、無駄でした。女帝には召喚獣という強大なバックが付いていたのです。脅され泣く泣く彼らは国を出ていきました。生活するに困らないお金を【たくさん与えられて】去りました。

それから女帝の評判は民たちの間で再下降していきました。誰もが女帝の怒り(被害)に合わないようびくびくしながら生活していきました。それは宮廷内でも同じこと。時にヒステリックに叫んで部屋に閉じこもったり、宮廷内にモンスターを呼び込んでそれらと戯れたり、性格破綻者と陰口叩かれてそのたびにそれらを口にしたものを追い出しているものだから宮廷から去る者が続出するばかりでした。

その内、女帝は放り投げしていた国政に首を突っ込み始めたのでした。

 

我儘し放題に財政を乱し湯水のごとく国民が必死こいで納めた税金を使いまくって贅沢三昧したとかしないとかで噂は大概そんな内容でした。狂っている、あの女帝は狂っている!と国民達はこの国は何れ崩壊してしまうのではないかと危惧し、身の危険を感じた国民は我先にと国外へ逃亡していきました。幸いにもオルティシエでは帝国民を受け入れする準備はできており、アコルド首相の迅速な対応に彼女の人気はうなぎ登り。反対にニフルハイムの若き女帝の評判はドンドン地に落ちていきました。それでも彼女は我儘でした。今度はお金欲しさに宮廷内の調度品やら美術品やらを次々と売りに出していきました。そのお金で愛人達と遊ぶためです。その中にはイドラ皇帝が特に気に入っていた絵画などもあったという話です。まさに金の亡者。彼女は帝国皇帝の中でも一番の浪費家と後世に語り継がれることでしょう。

 

よし、何となくこれからの流れは頭の中で想像できた。私は美味しい食事を最後まで食べきりたい気持ちを押し殺してフォークを派手に音が響くよう狙った位置で落とすことにした。

 

どうか私の顔が引きつりませんようにと願いながら。

 

【私の演技はここから始まる】




設定(真実ver.)

名前
レティーシア・エルダーキャプト

ニフルハイム帝国最後の女帝。
女神エトロの魂の欠片の持ち主。消滅したはずのエトロの魂の欠片が人間として転生したもの。欠片と言ってもその身体に宿る力は強大なものであり制御するのは難しい。そのためサポート役として召喚獣が必要不可欠である。召喚獣たちはレティの体を保つため異世界へ誘っているが、あくまで強制ではなくレティの意思で来てもらいたいと願っている。
女神エトロとしての記憶は徐々に蘇りつつある。段々と汚染されていくように自我が飲み込まれていく感覚はあるが、辛うじて抗っている現状。

人として生きたいという彼女の願いが具現化した存在で母親であるミラ王女はもう一人の自分のようなもの。彼女も同じ魂の持ち主。その証拠として銀髪とその身に宿る枯渇しない魔力が証。モンスターに好かれるのは彼女の力の影響。彼女が最終的に望むのは、人の混沌【心】を学び、知る。そして生を終え、母なる女神ムインへ会いに行くこと。

ノクトへの恋心をやっと自覚したが、自分の運命【最後】を受け入れ潔く身を引こうとしている。だが世界の事情とノクトに課せられた必然を認めず己の命賭けて『とあること』を実行しようとしている。それは五分五分の賭けに近い。クペはレティの気持ちを知って共に最後までいく覚悟がある。イグニスやプロンプトからの好意に気づきつつも、あえて知らないふりをしていた。

未練はある。だから未練はないと自分の気持ちを断ち切ろうとしている。


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君という存在

プロンプトside

 

 

帝国に着いてまずオレがやった事は軍服に着替えさせらることだった。機械文明に特化しただけあって建物とかルシスで見るもの全てが大違いでオレは興味津々に辺りを見回したりしたら、アラネアの部下っていう人に田舎者扱いされた。むしろルシスの方が都会って感じがするけどな。ここって空気悪そうだし、天気もずっと曇り空。

飛空艇の中で、帝国は寒いから風邪には気を付けてねってレティからアドバイスされたけど、これは本当に風邪を引いてしまいそうになると思った。

 

軍人が主に出入りするという場所にレティと別れて早々連れて行かれたオレ。

 

アラネアからホイッと軍服を投げ渡され何とかそれを落とさずに受け止めることができたオレは呆けながら自分の手にある物を見下ろす。

 

「これって……」

「そ。ここの軍服。アンタは私の部下ってことで通してるから。そのつもりでね」

「部下……」

 

美人なおねーさんの部下になるなんて未だかつてない事件だ。若干浮かれ気味なオレの内情など知らずにアラネアはまったくもって余計な爆弾をさらっと投げてきた。

 

「私の部下なんて名誉な事よ?なんせ私を気に入らない奴からやっかみがられるからねぇ。陰湿な虐めとか日常茶飯事」

「え!」

 

口元引きつらせ固まるオレに呆れたようにアラネアは呆れたように整った眉を若干吊り上げる。

 

「なに、まさか平々凡々と過ごせるとか思ってたわけじゃないでしょうね」

「え、そんなことはない、ですけど……」

 

ズバリ図星ってわけじゃないけど少しは当たっていて語尾がしぼんでいく。

でももっとこう、安全とはまではいかなくともレティが守るって言葉を信じていたからかな。そんなに緊張はなかった。

 

「ここに来たって事は二度とルシスの地を踏めないって思わないとやってけないわよ。まぁ今更逃げるってのも難しいでしょうけど」

「………」

 

オレの弱さを見透かすかのようにアラネアは厳しい視線でオレを射貫く。

 

二度と故郷に戻れない。ルシスに戻ってもオレはやりたいことが見つかっていない。目標なんかも曖昧だ。ただノクトのオマケとして旅に同行してきた。そこからレティの事を知って、皆の強い意思を感じて、ああ、オレも腹決めなきゃなって思ってた。

それがそう簡単に決まるかって言われたら、決まらない。そう、オレは優柔不断だから。でも、そんな自分を受け入れて前に進もうと思った。レティを守りたかったから。

その手段を得られるならオレの居場所はここだ。

 

もし、仮に戻れないことがあっても後悔はしない。だからアラネアが驚くくらい大声を上げた。

 

「オレは逃げません!」

「あら」

 

年上の姉さんアラネアは意外なものを見たように目を瞬かせてオレの反応を伺っている。

 

「オレはレティを助けるって決めてるんです。オレを見くびらないでください!」

 

強きに宣言するオレの様子を観察するように目を細めてしばらく、してからぽつりと言った。

 

「………ふーん、威勢だけは一丁前ね」

「オレはしっかりやります。オレを信頼して連れてきてくれたレティに迷惑かけないように」

「なら見させてもらうわ」

 

ニヤリと意地悪く笑みを浮かべて腕を組んで壁に寄りかかったアラネアは「とりあえじ着替えてきなよ」と案内された先の部屋を顎先で示した。

 

慣れない軍服は見た目ほど窮屈って感じじゃなかった。グレンが着てたの見てたからイメージよりも機能性が重視されているのかも。それにサイズもピッタリだし。

さすがアラネアと着替え終わった後に彼女の見立てを褒めたら、クペが用意したものだと教えられて少し複雑な気分になった。

 

いつの間にオレのスリーサイズはかってたの?

 

それからオレはすぐにアラネアの部下として周囲に溶け込めるよう努力した。レティとは暫く顔を会わせていない。なんせ、こっちに戻ってきてから御祖父さんがすぐに亡くなって慌ただしい日々だったから。オレになんて構ってる余裕すらなかった。それでオレはアラネアの元で働く事になったんだけど、その慣れない日々の間もレティの噂は絶えず宮中内で囁かれていた。

 

無能の女帝。傀儡だとかそれは酷い中傷ばかりでオレは辟易していたし腹立たしさもあった。言い返したくなったりもしたけどアラネアに止められた。

今、アンタが何を言ったって無駄だって。それよりもレティが頼れるくらい強くなれって。

 

説得力ありすぎてオレは黙るしかなかった。まさにその通りだから。オレはアラネアからの無理難題に何とか応えて乗り切って見せた。レティ以上のスパルタぶりだった。死ぬかもと思ったことも両手じゃ足りないくらい。ニフルハイムの周辺は雪山が連なっていてそこでサバイバル演習なんていうのもあったりした。あの時のアラネアの顔、鬼婆そのもの。あ、別に何も言ってません!……ふぅ、ヤバいヤバい。口は災いの元だってクペに何度も注意されたっけ。つい気が緩むとぽろっと言っちゃうんだけど。クペとは何回か顔を会わせてるけどレティとは会えていない。

 

なんせ、向こうは【女帝陛下】だから。そう簡単に会える関係じゃなくなってしまったんだ。ついこの間ようやく謁見できるってことになった時もあのニックスって人が傍にいたしね。その他にも兵の姿がちらほら。レティは魔導兵達は好まないみたいで警護を任せていないみたい。それもそうだ。あれだけ煮え湯を飲ませられた相手達だ。オレだって未だに彼らと接するのは慣れてないし緊張もする。

 

玉座の間にオレは呼び出されて、椅子に座って前を見据えてオレを見る彼女の姿を見た途端ついいつもの調子で名前を呼んで駆け寄ろうとしてしまった。

 

「あ、レティ!」

 

けど鋭い声でオレの動きは止められ、鋭い視線と殺気で咎められた。

 

「控えろ。陛下の御前だ」

「……あ……、も、申し訳ありません」

 

オレは指摘されすぐに後ろに下がって片膝をついて頭を垂れた。そうだった、今のオレの立場はアラネアの部下で簡単に顔を会わせられる間柄じゃなくなったんだ。

寂しい、って思っちゃいけないのかな。

 

何処か叱られた子供みたいにシュンとしてしまうオレにレティの声が静かに室内に響く。

 

「他の者を下がらせて」

「……しかし」

「ニックス」

「……了解しました。ですが私は御傍に付かせていただきます」

 

妥協案と言った感じ?仕方なくレティは数秒間をあけてから「………構わないわ」と呟くように言った。オレとレティとニックスさんだけになった部屋の中で、オレは妙な緊張感から心臓をバクバクさせていた。

 

「プロンプト、立ちなさい」

 

と促されてオレは頷いて立ち上がった。するとそこには女帝の顔ではなくオレが知るレティの笑顔があった。ほっとするようなそんな笑顔だった。

 

「うん。すっかり男らしくなったわね、元気にしてた?」

「うん、その。レティ……もだね」

 

お互い様変わりしてしまった環境に気まずさも曖昧ってぎこちない笑みになってしまう。それでもレティはオレの事を心配してくれている。

 

「御免なさいね。人前ではこんな風に気軽に話せなくなるなんてプロンプトも心細いでしょう?」

「そうでもないよ。アラネアが良くしてくれてるし」

 

実際アラネアはオレが困らないよう配慮してくれているし、アラネアの部下であるビッグスとウェッジとは年上だけどそれなりに仲が良い。ビッグスはちょっかいばかり掛けてくるしウェッジはオレのミスを黙ってカバーしてくれる。ホント頼りになる人達だよ。

 

「ええ、報告で聞いているけど頑張っているみたいね。そういえば雪山で遭難しかけたって?」

「え!なんで知ってるの!?」

「だから報告受けてるって言ったでしょ」

 

レティは可笑しそうに小さく笑いながらそういった。

雪山で遭難したのはオレのサバイバル能力を高める為なんだって。アラネアって見た目通りスパルタで時々鬼教官って感じに怖くなる時がある。でもこれもレティの為にって繋がるなら無駄じゃないって思うんだ。

 

ほんの短い時間だったけど話せて楽しかった。レティは時間が取れる時はまた会いましょうって約束してくれたし。

 

薄暗くて重苦しい雰囲気に押しつぶされそうになる。

 

「……ふぅ…」

 

オレは息を思いっきり吸い込んで気を落ち着かせようとする。今日はとある人物と会う為、アラネアにある場所に連れてこられた。そこは宮廷内の地下にある研究所。つまり、オレに関係する場所、らしい。隣を歩くアラネアがオレの様子を見て声を掛けてきた。

 

「緊張してるようね」

「そりゃ、まぁ」

「喰えないジジイよ。気をつけなさい」

「御忠告ありがとうございまーす」

 

これから会いに行く相手は相当一癖も二癖もある人物らしい。そんな人とオレに一体どんな繋がりが隠されているのか、正直知りたくもない気持ちだ。でも、逃げちゃいけないと自分に叱咤激励を送る。ここで逃げたらレティに付いてきた意味も無くなるんだ。

 

余裕そうに見えて全然余裕すらないオレ。そんなところもアラネアには見透かされてんだろうなと思うのは、彼女の元で一緒に行動している内に学んだことだ。アラネアは凄い。

 

「私、忙しいから後はジジイに任せるから。よろしく~」

「鬼ですか!?」

「泣く子も黙るアラネア様よ」

 

アラネアは最後にポンとオレの肩を軽く叩いて「健闘を祈るわ」と手をヒラヒラさせて戻って行った。自動で開く扉が開いた先にその目的の人物が佇んでいた。オレの存在に気づいたように振り返る。

 

「……よく来たな。プロンプト・アージェンタム」

「……貴方が、喰えないジジイ……あ、違った!スイマセン!?ついっ」

「いや、構わぬ。陛下に言わせれば狸ジジイらしいからな」

 

白髪の威厳ある老人、ヴァーサタイルさんは苦笑しながらオレを出迎えてくれた。

 

「君の勇士を湛えて隠された真実を教えよう。……ただし、どうか最後まで聞いてくれ。それがワシの願いだ」

「……はい…」

 

切願するように悲しみを含んだ声音でそういわれてしまえばオレは頷くしかない。

オレはそのために来たんだから。

ヴァーサタイルさんに案内されて奥の研究所へとオレは意を決して足を踏み入れた。

 

 

オレが一体どんな人間だったのか。

どうやって生まれて、どうやってルシスに渡ったか。事細かに今まで知りたいと思っていた真実をヴァーサタイルさんは教えてくれた。

 

そう、オレは真実を知った。それはオレの出生に関わることで脳が全てを拒否していた。無我夢中で走った。後ろからヴァーサタイルさんが呼び止める声がしたが耳に入らなかった。ただ、真実から目を背けたかったからだ。

 

気が付けばオレはレティの私室に向かっていた。

 

会いたい。会ってどうにかなるわけじゃない。でも会いたい!

 

勿論、そう簡単に入れるわけじゃない。途中途中で警備の軍人に捕まりそうになった。けど見知らぬ女性がオレを助けてくれて、半分パ二くって言葉もまともに話せないぼろ糞に泣いてるオレに優しくしてくれた。レティの所まで手を引いて案内してくれたんだ。

 

助けて欲しくて、苦しくてどうにかなりそうだった。自分で決めた癖にオレは逃げた。

逃げ出してみっともなく好きな人の所へ向かっていた。

 

でもレティは取り乱すオレを優しく迎えてくれた。

 

「プロンプト、大丈夫よ。大丈夫」

 

何度も嗚咽を漏らしながら涙を零すオレを安心させるように背に腕を回して軽く叩いて安心させてくれる。オレはレティに縋りついて泣きまくった。声を上げて泣くなんて、冷静に考えれば恥ずかしい。けど大の男がそんな姿見せてもレティはオレを馬鹿にするようなことはなく、むしろもっと泣いていいと言ってくれた。

 

「プロンプト、よく頑張ったね。真実と向き合うことはとても勇気のいることだと思う。それでも知って君は私の所へ来てくれた。助けを求めてくれた。だから私はこうやって君を安心させてあげられる」

「レティ、……レティ…」

 

オレは嗚咽を漏らしながら何度も彼女の名を呼んだ。彼女にしがみ付くように抱き着いた。今は傍に居て欲しくて。離れたくなくて。何も考えたくなくて。

 

そんな一杯一杯のオレの乱れた心にレティの声はじんわりと温かく広がっていく。

オレの涙で濡れた頬を両手で優しく包み込んで視線を合わせて彼女は微笑んだ。

 

「ありがとう、真実を知ることを決断してくれて。君がこうして私と出会えたことを奇跡だと思っているよ。―――生まれてきてくれて、ありがとう」

 

何もかもが信じられないドツボに嵌っていたオレをその言葉は掬い上げてくれた。

簡単に言える言葉じゃない。全てを知って受け止めているレティだからこそ、言える言葉だ。

 

レティと会えたことが嬉しくて、こうしてオレを抱きしめてくれているレティが好きすぎて。君が傍にいてくれることが嬉しくて。

 

「ありがとう」

 

オレもそう返していた。

 

君に出会えた奇跡が何より幸運だよ。

 

【こうしてオレは自分の出生を知った。】



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不器用な彼ら、彼女達

目を背けたかった事実はノクトを確実に追い込んだ。

だがそれだけではなく、親友と信じていたプロンプトの突然の裏切りはノクトの心に思わぬ傷を負わせた。

 

なんで、なんでだよ!

 

いくら心の中で葛藤し続けても答えは出ない。

意気消沈しているノクトを引きずって一旦はコルが待機するレスタルムへと帰還した一行。人数の少なくなったレガリアの中は、ぽっかりと空いた穴のようにノクト達の心に隙間風を落とした。皆、口を噤んだまま会話という会話もないままコル達の元へ向かった。

隠れ家であるカエムの岬にて暗い表情のノクト達を最初に出迎えたのはいつにも増して表情が固いコル将軍だった。

 

「事情は大体把握している。ともかく無事で何よりだ」

「コル将軍……っ、なんだよ、それ」

「他に何がある」

「っ!?コル!」

 

建前上の労いの言葉を掛けられてもまったく気が晴れる事はなく、むしろどうしようもない苛立ちで八つ当たりしそうになって怒鳴り声を上げかけるノクトだったが、その気配を察してジャレットが先に二人の間に挟み込むように一声掛けた。

 

「ノクティス様、皆さまお疲れでござましょう。どうぞ、中へお入りください。話はそれからでも遅くはありません」

「ジャレット…」

「さ、ノクティス様」

 

腕を引かれイグニスに背を押されてはノクトも根負けするしかない。

 

「ノクト、今は少し休もう」

「~~わかったよ!」

 

ジャレットの気遣わいによりその場は何とかノクトとコルの衝突は避けられた。グラディオは二人に伴われて部屋に入っていくノクトの背を視線で追いながら、コルに迷惑を掛けたことを詫びた。

 

「すまない、コル将軍。アイツ気が立ってて自分でもどうしようもねぇんだよ」

「分かっている。それくらいはな」

 

コルとて今回の件は事前に知っていたとは言えあまり気分いい話ではない。だがノクトのように落ち込む暇などレティは与えてはくれないのだ。ノクトの力になるようレティが求めるならコルは全力でかかるつもりでいる。それが昔、レギスと約束したことに繋がるのだから。

 

ノクト達はしばし休息をとることにしたが、休む間もなく駆け込むようにやって来たディーノによってレティーシア・エルダーキャプトが帝位に就いたとの情報がもたらされ、来るべき決戦の時が間近に来てしまったのだとノクト達は身震いを覚えた。だがそんな彼らに叱咤激励して励ましたのはほかでもない以前よりも逞しく成長したイリスだった。

 

「馬鹿じゃないの!?」

 

開口一番そう言い放ったイリスは遠慮なしに精神的に弱り切ったノクトの胸倉を掴んで強引に引き寄せ怒鳴りつけた。

 

「レティが演技してるのなんて傍で見てきたノクトなら見飽きてることでしょ?プロンプトだってレティの為に演技に協力しただけじゃない。本気で間に受けて落ち込まないでよ!ノクトはルシスの王様になるんでしょ!?」

「…イリス…」

「王様はノクトしかいないんだよ!シャキンとしてよっ!!」

 

目の覚めるようなイリスの励ましによりノクトは平手打ちを受けたように目を見開いて驚いた。そうだ、自分だって分かっていたはずだ。自分に銃口を向けるプロンプトの躊躇いない瞳が今でもノクトの脳裏に焼き付いている。

縋る思いで腕を掴んだノクトの手を無造作に振り払ったレティの冷たい瞳も忘れられない。

 

だがイリスの言う通り、レティの瞳は僅かに潤んでいた。悲しみを堪えるかのように耐えていたのだ。ハッキリと敵対関係にさせるつもりがあった自分たちの間柄。

 

でなければレティはニフルハイムに戻ることはできないのだ。だからこそ、あのような別れ方をする必要があったのだ。いつもいつもレティはそうなのだ。自分の事を後回しにしてでもノクト達を守ろうとする。

 

確かにレティの作戦(ニフルハイム帝国滅亡)は実に功利的でルシス復興に欠かすことのできない要因だ。だがそれに伴うレティ自身の危険についてしっかりと安全が保障されているかと言えばそうではない。むしろ、最悪な展開すら予想できてしまう。

幼き頃より帝王学を学んできたノクトだからこそ、レティが行おうとしているのはその真逆な政治なのではと考えている。つまり内側から壊すには当主であるレティが真っ当な政治とは言えない舵取りをするということだ。

 

容易なことじゃない。ましてやあのレティにそのような器用なことが出来るかどうか怪しいもの。だが現状帝国入するにしても今のノクト達だけ単身突っ込むのは無謀というもの。だからこそ、レティから指示を受けていた通りコルは王都奪還に乗り出すことのした。そのメンバーの中には当然ノクト達も含まれているらしい。

 

「オレ達は姫の指示通り王都奪還へ向け行動を開始する。ノクト、イグニス、グラディオ、お前達も共に来るよう事前に姫から指示を受けている」

「オレ達もか」

「不満か」

 

コルの問いにノクトは頭を振って真剣な表情で頷いた。

 

「いや、行く」

「そうだな。まずはオレ達の地盤をしっかりと固めることが先決だろう」

「だな」

 

三人は深く頷き合い先行しているリベルト達の後を追うべく新たにコルをレガリアメンバーに加えて、イリス達の見送りを受けながら王都へ向けて出発した。

 

いつまでも彼女に守られている彼らではない。成長し続けるのは人の証。

 

新たなニフルハイムの最後の女帝、レティーシアが目指す理想(大切な人の為)の世界。

真実を知ってなお、傍にいることを願うニックス、プロンプト。

親友との再会を夢見る最古の王、アーデン。

終わりを願うヴァーサタイル、シシィ親子。

命の尊さを知りながら対価として重き剣をレティから授けられたレイヴス。

最終的判断はレティに委ね自身は彼女の意思のまま従い続けるアラネア。正当なる主の為に身を粉にして動こうとするゲンティアナ。

 

ノクトが目指すルシスの王の在り方〈意味〉。

若き王と支えようと動くイグニス、グラディオ。

交わした約束を胸に秘め剣を奮うコル。

親友の為に、自分の為に変わりたいと強く願うイリス。

自分達の国を取り戻す闘いに身を投じるリベルト、クロウら若き戦士達。

友人たちの無事を信じて待つシドニー。若者の輝かしい未来奪還を応援するシド。

 

昏々とした夢の世界で未だ眠り続ける神薙、ルナフレーナ。

 

ここから全ては佳境に進む。それぞれの想いが交差した先に待つのは果たしていかなるものか―――。

 

【これが生きるということ】



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我儘女帝の散財事情

まるで映画のワンシーンにでも出てくるような煌びやかで豪華な世界が目の前に広がっている。耐性のない人間ならそのあまりの光景に気後れしてしまいそうになるが、あいにくと彼女はもっぱら見慣れた一部と化しているので驚くこともなければ緊張することもない。

 

「皆、暇人なのね」

 

紳士淑女の皆様に対しての感想がコレである。忙しい身の上恨みがましい視線を送らずにはいられないニフルハイム帝国初の女帝陛下、レティーシア・エルダーキャプト。

 

「姫さ、……レティ様、あまり離れませぬよう」

 

いつもの癖で言ってしまった言葉と途中で終わらせ、コホンをわざとらしく咳をしてから愛称で呼ぶのはもはや友人と言っても良い侍女のシシィである。そんな二人を守るように傍に控えているニックスが自信ありげにシシィに話しかけた。

 

「大丈夫だ。オレがいるんだ」

 

だがシシィの態度は冷ややかだった。

 

「あまり過信しすぎるのもどうかと思いますが」

「……いつもいつも思うがアンタはオレには一言二言厳しいよな」

「気のせいでは?」

 

笑み一つ浮かべずに冷たく斬り捨てるようないい方をするシシィにニックスは苦笑いを浮かべる。そんな対照的な二人を伴ってある目的の為お忍びでオルティシエへと出張中な女帝陛下。どうやってバレずに抜け出してきたかというと親友のクペに身代わりとして自国に残ってもらっているのだ。今頃部屋に閉じこもって優雅にお茶でもしているに違いないだろう。なんせ彼女の得意技声真似はちょっとそっとじゃ見抜かれないほど素晴らしいものなのだ。難点を上げるとすれば語尾に『クポ』がついてしまうことだが些細な事だろう。たまには誰だって『クポ』と語尾に付けたくなる時もあるかもしれない。

 

さて、今なんかと話題の彼女がどうしてこんなところにやって来たかというとぶっちゃけ、お金を作りにやってきたというわけだ。いい具合にばらまかれている噂もそれなりに浸透しつつあるが、まだまだ国外ではそう広まることがなく、その一手も視野に入れつつお忍び中。無論、アコルドの首相の元には一報入れてある。

 

其方の貴重な文化的財産を譲って(金で)差し上げましょうか?というものである。

 

元々ニフルハイム帝国が勢力を伸ばす際、歴代の皇帝たちによって収集あるいは略奪されてきた貴重な歴史的価値の高い美術品やら資料などがごっそりと宮中内にある。長年使われていない部屋の調度品などの中にそういった物も数多く存在しており、初めてその存在を知った時はレティはあまりの宝の持ち腐れに思わず歴代皇帝たちに文句を飛ばしたものだ。『なんてもったいないことを!』と。

 

だがその歴代皇帝達のお陰で国民達に重荷を貸すことなく資金作りが得られることとは喜ばなければならない。だが恩義あるアコルド首相にへこへこしてタダで返すというやり方はどうにもレティの性に合わない。どうせやるならとことん悪役を極めるという意味で、レティは大胆にもその一報を送ったのである。首相も今回の事には驚きを隠せないものの、レティのやることには何か勘付いているのかレティが思っていたよりも高額で買うことを約束してくれた。しかもオルティシエで毎年密かに行われるという闇オークションの詳細なども教えてくれこうやってレティ達はその秘密の闇オークションに参加しているわけである。当然警備も厳重で身分証明などもあったが、そこはアコルド首相の知り合いということですんなりとパス。楽して会場入りを果たすことができた。

 

身分高そうな仮面をつけた老若男女に溢れる会場内でドレスコードに身を包んだレティは目立たぬよう長い銀髪を高く結い上げ黒のピッタリとしたロングドレスを着こみ身元がバレぬよう湊同じように仮面をつけている。シシィも着慣れぬドレスをしっかりと着こんでレティの隣に並ぶ。そんな咲き誇る可憐な花を守る騎士、ニックスは黒のタキシードで注目を集める二人に見惚れる男達にグラス越しに牽制の意味を込めて睨みを利かせる。

シシィは自国を出ることは今回が始めてらしいのでいつも余裕もなくやや緊張した落ち着きなく辺りに視線をやっている。

 

「レティ様、この皆さんがコレクターの方々なのですか?」

「そうよ、シシィ。自分の趣味に糸目はつけないっていう人達ね。だからこそ私達にとっては恰好の相手ってことよ」

 

ひらり扇子を一煽りながらパタンと静かに閉じ、レティは獲物を定めるように目を細めて口角を上げながら扇子で隠す。そう、周囲にいる会場客は全てレティにとって顧客となりうるかもしれない相手なのだ。だがそう簡単に安値で売り飛ばすような真似はしない。出来るだけ高く売りつける必要がある。自分の為の金稼ぎではないのだ。これから先路頭に迷うことがないよう国民達が生きていくための資金作りなのだから。普段よりも力が入っている。

 

「確かに金持ち連中って感じだよな。性格悪そうだが」

「それは偏見というものよ、ニックス」

「かもな。だが率直な感想だ。あー、それにしてもオレは駄目だ、この匂い!」

 

会場内に溢れるご婦人方がつける香水の所為か、ニックスは顔を顰めて臭そうに鼻先を軽く抓んでみせた。レティとシシィは小さく笑って同意するように頷いた。

 

「私もあまりこういった所は苦手です」

「私もよ。でも今回は仕事ってことで我慢してね」

「はい。それは承知しております」

「お姫様方、そろそろ始まりそうな雰囲気だ」

 

ニックスが親指で指し示す方に視線をやると確かにそろそろ時間のようだ。人の流れが変わりつつある。レティは頷いて仮面がずれていないかシシィにチェックしてもらい、しっかりとニックスのエスコートで人の波の紛れて会場へと入った。今回、彼らの反応を見る為にいくつかレティが持ってきた美術品を紛れ込ませている。それのどれもが本物であることは明白だが如何せんレティは美術品の価値にはド素人である。プロではないので相場の値段が分からないのだ。だから下見ということもある。さて、どうやって自分の持ち込み品を闇オークションという場に滑り込ませたかという点については悪役なりの裏技というものを使った。オークション主催者に直接会い直談判というひじょうにシンプルかつ高等な手段である。勿論、手を汚すような真似はしないが人の恐怖心を利用したやり方なのであまり推奨されるものではない。要は脅しである。黙認されている現状、アコルド首相と知り合いと名乗る人物に警戒しないわけがない。すぐに信用されない事は分かっているので魔法で脅して会場ごと大火事にされたくなければ黙って言うことを聞けと強面ニックスに攻めらせれば相手は恐怖に染まった顔でオークション主催者はコクコクと怯えた表情で頷いた。勿論、しっかりと口止めした上で。でなければこうなると見本変わりに傍にあった観葉植物を姿残らず燃やすことで彼が死んでも口を割ることはないだろうと予測される。レティ達が部屋を出る頃には彼は気の毒に青い顔して最高潮に達した恐怖のあまり気絶していたのだから。しっかりと仲介料は払うつもりでいるのでそれでチャラにしてもらうつもりだ。

 

時にはやらなくては実行できない時もある。やむを得ないということで今後もあまり実行されることがないよう願うしかない。

 

さて、暗い会場内に入ると一段高い檀上が目の前に広がり沢山の椅子が並べられている。すでに沢山の客が腰かけていて埋まっていてレティ達は視線を巡らせて最前列がすでに埋まっていることを知り仕方なく一番後部座席に三人並んで座ることにした。独特の緊張感に包まれる中、ついに始まったオークションは出だしから飛び上がりそうな金額が提示されていく。そこら辺にでも転がってそうな花瓶から絵心しれないレティには到底理解できない絵画やら、次々と高額で落札されていきレティは欠伸を噛み殺しながら自分の持ち込んだ品物を今か今かと待っていた。

闇オークションと噂されるくらいの品物も中にはあった。生物も売買の取引にされていて胸糞悪いものを感じたが、今公の場で動くわけにはいかないので黙認することにしたが、気分がいいものではない。

 

「レティ、来たぞ。アレだろ」

「ん?……寝てた」

「レティ様、このような場で居眠りはいけませんわ。お風邪を召してしまいます。もう少しで終わりますから」

 

ニックスに軽く肩を叩かれ、過保護なシシィにあやされレティは眠たい目をこすぐって寝ぼけ眼で壇上に現れた品物を確かめる。涎は今の所垂らしていないので一安心である。時間かかりすぎと愚痴ると同時にどれくらいの値がつくのか期待もしていた。次々と競い合うように高値の声が上がる中、ひと際大きな声が会場内に響いた。

あまりの高値に眠気も一気に吹き飛ぶほどだった。

 

「……あんなのに6憶ギルですって?」

「……はぁ……、物好きもいるのですね」

「どんな金持ちだよ」

 

そのあまりの金額に競い合っていた人々も手が出せないと諦め皆の注目を集めるその人物実に嬉しそうにご満悦の笑みを浮かべて会場内の熱気からか、それも自身の新陳代謝が活発なのか分からないが白いタオルで何度も顔の汗を拭っているのがレティの中で印象に残っていた。はち切れそうなお腹で無理やりタキシードなんぞ着ているものだからボタンが悲鳴を上げている。仕事でなければレティのスパルタ修行魂に火がつきそうな体型の持ち主。だがなんとな~く、レティの勘が告げている。

 

あの人物、只者ではない、と。

 

その後も、レティが出品した物を次々と競り落としていくのはオールズ氏と名乗る人物である。きっと偽名に違いないがあの独特の風貌は一度見れば忘れはしないだろう。これは接触してみる価値はあると考え、レティはオークションが終わるのを見計らってその人物に声掛けするようニックスに頼んだ。ニックスは嫌そうな顔をしたがレティの願いならば仕方ないと諦め、レティ達が別室にて待機する間早々に帰ろうとするオールズ氏を「ちょっと面貸してもらおうか」と紳士らしくひっ捕まえてレティ達の所へ案内した。

 

「ひっ!君達はなんだい!?」

 

首根っこひっ捕まえられて部屋に乱暴に部屋に押し込まれたオールズ氏は怯えた様子で大きな体を縮こまらせ床にへたり込んでいる。椅子に座って二人を出迎えたレティは仮面を取りながらニックスを窘めた。

 

「ニックス、紳士らしく連れて来たんじゃないの?」

「オレなりの紳士なやり方さ」

「もう」

 

ニヤリと意地悪く口角を上げる騎士に対してレティはため息をつかずにはいられなかった。だがそれもすぐに終わりオールズ氏に対して視線を向けると謝罪を述べてから席を勧めた。

 

「乱暴な真似をして申し訳ありません。オールズさん。どうしても貴方と御話をしてみたかったんです。―――『私が出品したものばかり』お気に召されていたものだから」

 

いずれも歴史上滅多に世に出ることがない逸品ばかり目をつけている辺り、かなりの目利きと推察できる。オークション内では作者不明と称しているにも関わらずあの高値。品の価値を理解していると分かる。しかもレティが持ち込んだものばかり目をつけているということは……。事前に情報をリークしていた可能性が高い。

 

「へっ、き、君は…いや、貴方は…!」

 

レティの目立つ容姿に気づいたオールズは青くなっていた顔を興奮したように上気させていく。

 

「レティーシア・エルダーキャプト陛下!!こうしてお会いできるとは思わなかった。ぜひ握手を!」

 

ピクンとニックスの眉が僅かに動き瞬時に武器を出現させいつでも飛び出せる状況の中、オールズは背後の殺気立つニックスに気づかぬまま興奮のあまりレティの方に腕を大きく広げて大股で歩み寄ろうとする。シシィが咄嗟にレティを庇う為前に出ようと動いた。

 

が、それよりも先に動いた者がいた。

 

「っ!?」

「それ以上動かない方がいい。血だまりの中で死にたくなければな」

 

首元にピタリと押し付けられた剣と険呑めいた殺害予告にオールズの顔色はまた青色に戻る。不用意に近づかないようにと一声かけておけば良かったと内心後悔しながらもレティは偉そうに足を組んでみせた。

 

「私の事をよくご存じのようね。オールズさん。ああ、これもきっと偽名でしょうね。――一体どんな方なのか、教えてくださるかしら」

 

名乗るよう促すも相手は一言も発せずにいるらしい。シシィが小さな声で助言してみる。

 

「レティ様、もしかしたら喋りたくとも喋れないのでないのでしょうか」

「それもそうね。ニックス、外してあげて。これからは私の大事なお客様よ、きっと」

 

返答次第によっては客で無くなるかもしれないということをやんわりと含めてニックスに言えば、頼れる騎士はふんと気に入らない様子で鼻を鳴らして答える。

 

「コイツ次第だ」

「それもそうね。ねぇ、オールズさん。とりあえず座って御話しましょうか」

 

ニッコリと微笑んで今度こそ、椅子を勧めればオールズはコクコクと何度も頷いてニックスが剣をしまうと俊敏な動きで椅子に腰かけた。

そこからはレティのペースで話は進んだ。やはり名前は偽名であることとと、ある出版社の社長であること。かなりの財産家である為、金に困りはしないが出版社は彼の生きがいそのものらしい。時々若いハンター相手に仕事を頼んで記事の目玉になるような写真を撮ってきてもらうとか。それとやはりレティの情報はオークション関係者からリークしていたらしい。後で縛り上げるかと物騒な事を真顔で言うニックスを宥めてレティは改めてビルに頼み込んだ。

 

「ビルさん、貴方はよほどの収集家とお見受けいたします。それも好きな物に関してお金に糸目をつけない所がある御様子。それでしたら我が帝国にある物を御譲りすることも難しい話ではありませんが、如何でしょう」

「いや、それはいくら僕でも無理な話が」

 

スケールのデカさにビルは困惑して乗り気ではない雰囲気になる。それはそうだ。いくら価値あるものとは言えその量が倍以上になればとても個人で買える金額ではない。だがレティは別の視点から考えていた。よくあるコレクターツアーなるものを主催するのだ。

 

「それでしたら、貴方くらいの方ならコレクター仲間という方々も大勢知っておられるよう。その中で貴方が信用できるという方に御譲りしても良いと思っております」

 

一人が駄目なら他の人間を同時に懐柔する。その顧客が上客ならば良し、駄目なら次に当たればいいだけの話。一番肝心なのは情報漏洩に関することだがその点はあまり心配することはない。なぜなら問題が発生するのならその記憶ごと消せばいいだけの話。幸い、レティの魔法は一回程度なら二三日の記憶が無くなるだけと実験結果から学んでいる。

 

「……どうしてそこまでして国宝級の宝を売るのですか」

「単純ですよ。遊ぶお金が欲しいからです。家の重鎮共は厳しくて私が国政に関わるのも嫌がるほどですから」

 

そうレティは素気無く答えればビブは心の内を見透かすかのように細い目をもっと細めてレティを見つめた。

 

「僕はこう見えても人を見る目は確かだと思います。……貴女は『噂』とは違う御方だとお見受けします」

「……あら、…噂って?」

 

わざとらしく小首傾げて問えばビルは躊躇った様子もなく答えた。

 

「貴女が傀儡の女帝である、と」

 

実際自分に出来ることなど数少ない。傀儡と言えば傀儡と言えよう。人それぞれどのように噂を受け止めるかは自由な話である。それにいちいち構っていられるほどレティは暇ではないのだ。彼がどう考えようがレティには関係のないこと。レティはのらりくらりとはぐらかした。

 

「……さぁ?どう受け止められようとも私には関係のないことですわ。それで貴方の答えは?私、気が短い方なので答えはできればyes以外聞きたくないわ。それ以外なら一仕事増えてしまうもの」

 

脅す物言いに先ほどとは一転し、自分に不利な状況であるにもかかわらずビルは堂々を言い切った。

 

「僕の仕事を受けていただけたのなら、yesと答えましょう」

「……仕事の依頼ですって?このレティーシア・エルダーキャプトに?フフッ、可笑しな方!」

 

予想外の反応に一瞬素で驚きつい間が開いてしまう。レティは内心しまったと舌打ちしつつ、だが何とか隙を突かれぬよう取り繕った笑みを作る。だがそんな下手な猿芝居もビルには効果がなかったようだ。正当な意見を述べる姿は堂々として見えた。

 

「でなければyesとは言えないですよ。ビジネスを行うにはどんな相手が確かめる事は必要でしょう。お互いに」

「………」

「陛下に対してなんという物言いな!」

 

レティの後ろで控えていたシシィがビルのレティに対する発言にカチンときたらしく、一言物申さずにはいられない所をサッと手で制してレティは苦笑しながらビルを見つめ本音で話しだした。

 

これ以上下手な演技は通じないと思ったからだ。

 

「いいのよ、シシィ。彼を試すような真似をした私が悪いのだから。―――ビルさん、貴方の依頼受けましょう。なるほど、伊達に鋭い観察眼でそれぞれのレベルに合ったハンターたちに仕事を与えているだけはありますね」

「いいえ、それほどでもないですよ。僕のはあくまで趣味の範囲内ですから。―――陛下。貴女のように『大きな志』があるわけでもないですから」

 

謙遜しながらも傀儡(かいらい)を演じて周囲の人間を欺きながら誰よりも国民の未来を守ろうとする国主としてのレティの政治的手腕を褒めつつ、その隠された大望をこの流れで大体推察しているビルこそ、レティにとっては侮れない人物である。

 

何処まで見抜かれているのか、まったく肝が冷えそうになる。

立場はフェアでなくては信頼あえる関係にはなれない。まさにその言葉通りと納得せざるを得ない。

 

舐めてかかっていた自分が実は最初から相手に試されていたとは、やっぱり外の世界には色々な人がいるんだなと改めて勉強させられたレティだった。

 

【それで依頼の内容って?】



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心霊写真よりもウチの御姫サマ!

ビジネスとして信用を得る為ビルからの依頼を受けたレティ達。その内容とはオルティシエにて、名画として有名な【ラクシュミ】に憑りついた怪奇現象を調査するというものだった。何やら凄腕ハンター達でも手こずる仕事らしく噂も相まって中々解決の糸口が見つからないらしい。そこで戦闘にも特化したレティに白羽の矢が立ったというわけである。

ビル個人としてもレティの実力を試すチャンスと考えているようだ。

 

「というわけでラクシュミを調べる許可が欲しいの」

 

正直、ビルとの縁はこのような所で断ち切りたくないのが本音なのでニックスやシシィの反対を押し切って久しぶりにハンターとして動くつもりでいるレティだが、相談した相手であるアコルド首相、カメリアはあまり良い顔はしなかった。お忍びでやってきているだけでも迷惑なのに、一国の主が一度きりでもハンター稼業をやるなどと突拍子もないことを言い出すのだから驚かないほうがおかしいというもの。だが度々無理難題を突き付けられているのでそれなりの耐性は出来てきているようで今回も驚くというよりは迷惑そうにレティに釘を指した。

 

「あまり目立つような真似だけはご勘弁いただきたいですわね」

「それは勿論用心するわ。私だって自ら宣伝するようなバカな事はしたくないもの」

 

レティも手慣れたようにはっきりと皮肉交じりに言い返す。

 

「ならばこちらとしても支障はありません。アレに関して一部過剰にマスコミが騒ぎ出してオカルト扱いを受けていたものですから。今回の陛下自らの御活躍で解決するよう祈っておりますわ」

「それはどうも。それじゃあお忙しそうだからこれで失礼させて頂くわ」

 

おざなりの応援を受けてレティは後ろに黙って控えていたニックスを伴ってさっさと部屋を出た。必要最低限の会話だけで十分なのだ。こちらもあちらも馴れ合いは望んでいない。共に国の利益、あるいは国民の為に動いている上での合意でしかない。

一応名目として許可が欲しかっただけなのだ。

その許可も首相直接に貰えたのでこれ以上の成果はない。早々にやるべきことを終え、ニフルハイムに戻らねばいけない。だが依頼を終えてから少しだけ観光をしていこうと考えている。国外から出たことのないシシィの為に少しでも楽しい思い出を作って欲しいとの考えからだ。レティよりも二歳年上のシシィは今回の旅の同行に珍しく積極的に名乗りを上げ、ヴァーサタイルの心配ぶりをよそに元気に行ってきますと手を振って初めての飛空艇乗艇を一番誰よりも楽しんでいた。

 

病弱という話は聞いていがそのマイナス部分を払拭させるくらいの堂々たる姿に拍手を送りたくなる。そんなシシィも観るもの触れるもの初めての体験には子供のように瞳を輝かせて色々と目移りしていては、レティからの微笑ましいものをみる視線に慌ててコホン!とテレーゼ直伝の誤魔化しの咳をしたりしてつい笑ってしまったりもした。

そんな彼女の為、依頼は明日に回して今日は三人で観光廻りをしようとニックスと計画している。

 

「さて、早くホテルに戻ってシシィを連れ出しましょう」

「そうだな。まずは軽く観光巡りしてから……昼メシでも食いに行くか」

 

絡めとられる手を自然に繋いで二人は泊っているホテルへと戻った。

 

レティ考案オルティシエ美味しい物食べ放題ツアーを終え、満面の笑みでシシィから感謝されご満悦のレティは、メインともいえる依頼クリアの為、シシィ、ニックスを連れて指定された場所にやって来た。見張りの男から依頼のハンターである事の証を見せ、暗がりの地下へと案内される。奥の壁に設置されているレティの倍もありそうな大きな絵に三人はゆっくりと近づいた。

 

「ここが、依頼の【ラクシュミ】が飾られている場所ですか……。それにしても見事な」

 

シシィが吐息交じりに壁に設置されている絵画に見惚れながらそう呟いた。その隣でレティは少し首を捻りながら

 

「これが名画、ね。私にはゲイジュツとやらはきっと縁がない言葉ね。シシィのような感動はないみたい」

 

と肩を竦めた。赤いドレスを着た貴婦人が描かれているが、作者がどういった意味を込めてこの絵を描いたか凡人なレティには全然理解できないらしい。だがその意見に賛同する者もいた。周囲に警戒を怠らず二人をいつでも庇える位置でニックスは

 

「オレも同じく」

 

と素直な感想を述べる。その反応にシシィは「ニックスは別として姫様まで……」と呆れたような視線を向けた。お淑やかな淑女とは到底程遠いレティにはあまり関係のないジャンルである。たとえ国主と言えど、だ。まぁ、有名な作者の名前を憶えているだけでも良いほうなのでレティはさっさと終わらせましょと手を振った。

 

「それにしてもこうやって来たはいいけど……禍々しい気配よねぇ」

「……?そうなのですか?」

 

シシィは分からないと少し首を傾げて絵を見つめた。

 

「そうよ。バシバシ伝わってくるわ。ってなわけでシシィは危ないから後ろに下がっててね。あ!写真撮ること忘れないで」

「は、はい!お任せください」

 

ニックスが剣を構え、レティは両手に双剣を出現させカメラを構えたシシィを入口付近まで下がらせる。今回の依頼、心霊写真を撮るというMissionは欠かせないアイテムだ。

するとタイミングを狙ったかのように絵画から霧のような靄が溢れ出す。

 

「あれは……!?」

 

驚き息を呑むシシィは思わず声を上げた。レティは「お出ましのようね」と口角を上げる。

 

絵画から白い女の両腕がにゅっと出てきたかと思うと全裸の金髪の女が妖しい笑みを浮かべながらレティ達の前に現れた。プロポーション抜群のその姿にニックスは厭らしい笑みをうかべて思わず口笛を吹いた。するとレティは気に入らないように隣にいるニックスの脇を軽く小突いた。

 

「ちょっと真面目にやって」

「分かってるって!」

 

そう言いつつ、鼻の下を伸ばしていては説得力の欠片もない。レティは冷たい視線を向け嫌味を言った。

 

「あらそう?顔がにやけてるわよ。シシィ!写真スタンバイ!」

「はい!」

 

レティは双剣を構え、ニックスは顔をにやけさせ、嫉妬してもらえている事に嬉しさを露わにし、シシィはしっかりとカメラを構えて絶好のチャンスを狙い、皆でチャダルヌーク戦へと突入した。幸いにも場所は地下であってかなり広いので派手な魔法を使わない限り被害が及ぶことはない、はず。極力レティは力を抑えつつ、魔法集中で相手をし、ニックスは素早い動きで囮役に徹しつつ、そのスピードを生かしてチャヌルダークを翻弄した。

妖艶な女の姿から醜い本性を露わにしたチャヌルダークは唸り声を上げながらレティ達に襲いかかるが、所詮小物。レティとニックスのタッグには足元及ばず僅か15分程度で戦闘は呆気なく終わった。最後の断末魔を上げながら消えていくチャヌルダークを見送りながら、レティは双剣をしまいシシィの元へ小走りで向かう。ニックスも遅れて続いた。

 

「シシィ、どんな感じ?」

「バッチリ撮れましたわ」

 

自信満々に言うシシィから見せられた写真のほとんどはレティの華麗な活躍ばかりだった。

 

「シシィ!これほとんど私じゃない!?」

「確かに、オレのはないのか?」

 

ニックスの言葉は華麗に無視をしつつ、

 

「ご安心くださいませ、ちゃんとチャヌルダークも撮れてますよ」

 

そう言ってシシィは証拠写真を見せた。

 

「たった一枚だけじゃない……。アングルは良いけど」

「フフッ、実はプロンプトに少し教わったんです」

「そうなの?いつの間に」

「オレは無視か」

「レンズの視界に入っていなかっただけです。残念でしたね」

 

キッパリとシシィは見事な言い訳をするとニックスは「根性悪…」と呟いた。すると地獄耳なシシィは眉を吊り上げて「何か言いましたか、エロ騎士」と嫌味を返す。

ニックスはピクリと蟀谷を動かしながら「別になんでもないさ、ファザコン娘」と言い返す。

 

まるで水と油な二人にレティは頭痛がして額に手を当てた。

 

「あ~、頭痛いわ。私お腹空いたから先に出るわ」

 

だがこれで無事に依頼はクリアできた。レティはにらみ合いをする二人を置いてさっさと部屋を出ようと手をヒラヒラとさせながら背を向け歩き出した。

 

「姫様!お待ちを」

「おい待てって」

 

慌てて二人は後に続いた。それから見張りの男に悪霊は無事に払ったことを告げて三人は美味しい夕食を食べに行く為、人々で賑わう街の中に溶け込むように混じった。

 

次の日、ビルに約束を取り付けて証拠写真を渡して無事信頼を得たレティはその後、帝国に戻りガッポリと儲かるコレクターツアーを主催出来ることができた。その際出来るだけ値段をつり上げようと強かに出ようとしたレティだったが、シシィがしっかりと目を光らせていたのでその計画は無駄に終わった。

 

【ガッポリ儲けようと思ったのに~!】



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熱情と冷静の狭間で

ニックスside

 

 

待ちに待った約束の時が来た。中々その機会が得られずヤキモキしていたがやっと本人から了承を得たオレは一国の主となった想い人の寝所に滑り込むように侵入する。普段厳重に警護されているであろう部屋のドアの前は人払いされており、ドアを静かに開けると広い室内にはぼんやりとした灯りだけが灯されていた。

 

この部屋の主人であるレティーシアはいつも傍に引っ付いているはずの配達召喚獣を下がらせて待っていた。肌が透けて見える白いネグリジェを着込み、ベッドの端に座って顔を俯かせて。

 

「レティ」

 

オレが名を呼ぶとビクリと肩を揺らして反応し、ゆっくりと顔を上げた彼女の顔色は緊張に染まっていた。香油で侍女手ずから手入れされている美しく足元まで届きそうな銀髪が動きの反応して揺れ動く。

 

癒しを与える緑色の瞳に一瞬吸い込まれそうな感覚に陥る。

今、この時間を迎えられたことがどれほど幸福な事かと思う。

オレはもう一度愛しい彼女の名を呼ぶ。

 

「レティ」

 

そうしながら一歩一歩彼女の元へ歩み寄る。がっつくような男と思われるのは嫌だが、夢にまで見た約束がついに果たされるかと思うと自然と喉元が鳴る。

オレはニックス・ウリック。彼女の守護者でもあり第一の騎士でもある。いつもなら彼女の敵になり得るもの全てを研ぎ澄まされた瞳と刃で敵と認めた者は容赦なくこの牙を振るい全てを滅するところだ。だが今レティを見つめる瞳はただ熱情に溢れた一人の男に過ぎない。

 

「ニックス」

 

やや躊躇った後、レティは潤んだ瞳でオレを見上げる。ベッドに腰かけるレティの前に片膝をつきオレはゆっくりと手を彼女の頬に伸ばし軽く触れる。肌が少し冷たかった。

 

「……寒いか?」

「ううん、大丈夫…」

 

レティの手がオレの手に遠慮がちに添えられる。こっちの気候は明らかにルシスとは大違いで最初に来た時は驚いたもんだ。雪なんて初めて見たしな。宮廷内も決して温かいとは言えない環境の中でレティの創りだす炎の魔法はじんわりと冷え込む体を包み込むように温かく、触れても火傷しないという点でシシィ達には好評だったはず。

 

オレ達は見つめ合いながら一言二言言葉を交わすがそれもすぐに終わり互いに無言になる。いつもなら軽い触れ合いやスキンシップもこの時ばかりは互いに緊張が増す。

 

レティと約束した事。それがついに果たされる時が来た。

 

『帝国でレティを抱く』と宣言してからオレの中で一度たりとてその想いは鈍ったりしなかった。レティが身をもってやった事を今さらとやかく言うつもりもないしオレに口が挟めることじゃない。レティが自分の意思で決めた事をどうやって反対できるというのか。

それに何より、まだレティの気持ちはケリがついているのか、いないのか。それが微妙な所だ。だが拒むこともできるはずなのにその様子が見られないということは少なからずまだ望みはあるということ。

 

「私……」

「……いいか?」

 

懇願するようにそう問えば、レティは顔を俯かせ小さく、「……うん……」と頷いた。

その瞬間、オレは今まで我慢してきた気持ちが溢れ出し、乱暴にレティをベッドに押し倒しながら口づける。

 

「っ!」

 

何度も角度を変えて彼女の柔らかな唇を堪能しつつ、ほんの隙間が開いたのを見逃さずに舌先でねじ込むようにこじ開けて逃げようとする彼女の舌と絡ませ合う。

互いの唾液が混じりあい、レティは必死にオレの胸に両手をついてキスに応えようと彼女なりの賢明さが伝わり、尚更オレは想いを止められない。

 

キスをしながらレティの太ももを撫であげつつネグリジェをたくし上げていく。滑らかな肌はオレの手に密着するように吸い付いてくる。最初からこの時を待っていたかのように。オレの手で全てを曝け出させるつもりだった。そうさせるつもりだった。

 

本人の合意の下で。でも、できなかった。

ふとキスをしている最中、レティの表情に目をやるとオレが知らない指輪をしたままの手でシーツを握りしめて必死に耐えようと口元を真一文字に引き締めぎゅっと瞼を閉じていた。まるで【耐えているかのように】。……一気に暴走しえいた気持ちがしぼんでいった。

オレの方が無理強いしているみたいで繋がりたい気持ちも吹き飛んで行く。

 

「………」

 

そんな顔させたいわけじゃない。こんな形で彼女の体にオレを刻み込みたいわけじゃない。

 

「………」

 

オレは押し倒したレティの上から退いて反対側のベッドの縁に腰かける。

 

「……え……?に、ニックス?」

 

重さが突然消えた事に不審に思ったのか、少しだけ振り返り視線を彼女にやればレティははだけたままの恰好で不安げに胸元を抑えながらゆっくりと上半身を起こしオレの名を呼ぶ。

 

まさか、見抜いてないとでも思ってたのか。オレは少し苛立ちを感じ、乱暴に髪を掻きながら

 

「あのなぁ、オレが無理強いする奴だと思うか?そんな最低な事、好きな女にしない」

 

と多少いじけたように言い返す。するとレティは慌てたように言葉を詰まらせながらも言う。

 

「………で、でも!やく、そくが」

 

やっぱ、無理してたのか。

 

「オレが一方的に押し付けた約束だ。それに、レティに気持ちの方が大切だ」

「……ニックス……」

「アイツの事、好きなのか」

「………」

 

レティは黙り込んで指輪をした右手を覆い隠すように左手の手で重ね合わせ、眉を悲し気に下げ何かを耐えるように口元をきゅっと結ぶ。沈黙は肯定の証、だな。それもアイツからの贈り物か。どれだけ自分の宝石やら服やら高価なものを売りさばいていたくせにそれだけは肌身離さず大切にしていたようだったからな。

 

……本当にレティは分かりやすい。オレは髪をかき上げてため息をついた。すると可哀想なくらいにレティはビクりと肩を震わせた。オレが怒っているとでも思ったのか。

 

「……そう怯えないでくれ。そりゃ、正直に言えば面白くないさ。…でも、好きなもんは、仕方ないことだろ?」

 

その想いは誰よりも理解できるつもりだ。オレの言葉にレティは戸惑いを隠せない様子だった。

 

「……いいの?だって」

 

体を繋げる行為をしたかったわけじゃない。それが無理やり押し付けた約束だろうとも。だからその先を言わせたくなくてオレはそれ以上言わなくていいという意味で手で制した。

 

「……無理やり好きな気持ちを辞められるわけないだろ?人はリセットできる機械じゃない。―――オレがレティを好きなようにな」

 

苦笑しながらそういうとレティはついに涙を零して申し訳なさそうに眉を下げ瞳を潤ませていく。ああ、泣かせるつもりなどなかったというのに。

 

「………ご、っめんなさい」

「謝るな、レティ。オレの為に謝らないでくれ」

 

余計惨めになるしなとは言えないオレはレティの顔を両手で包み込んで視線を合わせる。時々涙を親指で拭ってレティが落ち着くまでそうしていた。

 

「………ありがとう」

「………ただし、夜はオレと寝ること」

「え」

「安心しろ。手は出さない。誓って」

 

両手を上げて宣言すればレティは少し恥ずかしそうにしながらも尋ねてきた。

 

「………でも、その……辛くない?」

 

色々、と心配される。主に男【雄】の機能の方だな。確かに辛い。だが最低最悪の獣になるよりは遥かにマシだ。

 

「………辛くなったら別の手段考えるさ……。それよりもオレはお前と長く居たいんだよ。今だけは独占させてくれ」

「……ニックス……!」

 

感極まったレティは今度こそ本格的に泣き出してしまった。

オレはあやすようにレティを抱えてゴロンとベッドに寝転んだ。胸に縋りついてくるレティの頭を撫でつつ、ため息をつかずにはいられなかった。

 

 

それからオレとレティは毎夜同じベッドに寝るようになった。噂はあっという間に宮廷内に広まり、さっそく愛人を作ったとだらしがない女帝だとレティは拍が上がったとおどけるようにオレに教えてくれた。

 

愛人で、騎士か。それも悪くない。

本当なら恋人と言い切りたいところだが今のレティではそれも無理だろう。譲る所は譲る。だが主張するところは主張する。それくらい欲張ったって罰は当たらないだろう。

 

どんなことがあろうとも、二度と彼女と離れることは、これから先ないのだから。

 

【好きだから独占したいだけ】



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Last spurt

王都奪還へと乗り出したノクト達がそこで見たモノは凄惨な光景だった。王都襲撃の生々しい傷跡が残る街の中は瓦礫と化した建物や放置された車などで見慣れた王都とは一変しており戸惑う者がほとんどだった。誰もが逃げ出した街中にはシガイが蔓延り中へ侵入しようとするものを拒んでいる。ノクト達が手分けして倒そうにもその数は予想外を上回りとても倒しきれるものではなかった。だがそんな時、以前レティが提案した通りに召喚獣達が颯爽と現れ彼らの危機を救いに現れた。

 

シヴァやイフリート、イクシオンやオーディンと言った名だたる召喚獣達から見慣れぬ三頭の頭を持つ地獄の番犬ケルベロスや以前に世話になったブラザーズ、トンベリさんやジャボテンダー(髭)などなどそうそうたる顔ぶれが一斉にシガイ相手に戦いを挑んであっという間にシガイ達は倒されていく。高レベルの相手でさえ召喚獣達の足元にも及ばず、あっけなく倒されていく。小一時間程度でほぼ王都内のシガイは駆除され召喚獣達は異界へと帰っていった。やはり、レティは自分たちを裏切ってはいなかったことが証明され、ノクトは小躍りしそうな勢いでイグニスやグラディオ達に訴え決意を語った。

 

レティを必ず助けに行くと。

 

そんな中、トンベリさんとジャボテンダー(髭)だけはノクト達の所へ近づいてくると何やら伝えたいことがあるらしくノクトに理解できな言語で話しかけてきた。ノクトはおっかなびっくりしながら対応してみる。

 

「な、なんだよ」

 

だがまだ王の指輪を所持していないノクトにとって召喚獣の言葉は理解できず困惑するしかない。だがトンベリさんは器用にその場に蹲って何処から取り出したのか赤いペンキでアスファルトに、

 

『腹ぺこり也』

 

と達筆な字で書きだすではないか。だがやっぱり理解できない言語なので困っているノクトの元にゲンティアナが突然現れた。

 

「困っているようね」

「あ、ゲンティアナ。相変わらず神出鬼没だな」

「私が通訳してあげましょう。トンベリの言語は王子が思っているよりも複雑なのよ」

「オレには同じにしか聞こえないわ」

 

度肝を抜かれつつもそう言えば、と以前にトンベリさんは召喚獣の中でも年長なので色々と知識豊富なのだとレティが言っていたのを思い出したノクトはしゃがみ込んで観察しつつゲンティアナが訳してくれるのを待った。

 

トンベリさんと付き添いで残ったジャボテンダー(髭)はカクカクと手足を必死に動かしながら何かをゲンティアナに訴えている。

 

「こう言っているわ。お腹と背中がくっつきそうなので何か食べさせろ、と」

「……メシ、食いたいのか?」

 

ノクトはまさかの要求に面食らい、困ったように頭を掻いた。

 

『所望する』

「早く寄越せと言っているわ」

 

赤いペンキでそう書いている様子(まったく読めない)ぐぅ~とトンベリさんの腹が鳴る。ジャボテンダー(髭)も同調するように髭を下げた。心なしかしょぼくれているようにも思えてノクトははぁとため息をついた。

 

「………わかったよ。イグニスに頼んでみる」

 

トンベリさんは瞳を輝かせてぺこりと小さくお辞儀をした。

 

『ありがとう』(ぺこり)

「当たり前だ、だそうよ」

「なんかゲンティアナの言う事間違ってるような気がすんだけど、オレの気のせいか?」

「気のせいよ」

 

平然とそう言うゲンティアナの言葉を信じたノクト。トンベリさんは可愛く頭を下げていたがジャボテンダー(髭)は嬉しそうに辺りに針千本を飛ばそうとしたので慌ててノクトが止めた。

その後、ノクトから事情を説明されたイグニスによってトンベリさん用に簡単ながらイグニスマジックで作られた料理を与えられトンベリさんは満足そうにお腹をポンポンと撫でで気分良くノクト達に見送られながらジャボテンダー(髭)と共に異界へと帰って行った。

 

皆、圧巻され言葉を失う中ついに王城までたどり着くことができた。ガランとした城内に足を踏み入れると戦火の影響か、所々崩れかかったところもあったが比較的綺麗に残されていた。『ヨルゴの軌跡』はここを拠点とするために荷物などの運搬を始めるらしい。

その準備のためイグニスやグラディオは率先して協力し始め、ノクトは手持ち無沙汰な様子でふとレギスの部屋を訪ねることにした。普段本人のプライベートに立ち入ることはなく、単なる思い付きからだった。

 

レギスと母であるアウライアが共に過ごしていた部屋に足を踏み入れるのは何時振りか。幼い頃の記憶を掘り返してみると様々な胸温まる出来事が脳裏に蘇っていく。

サイドテーブルに置いてあった一枚の写真立て。それはノクトが初めて見るもので興味本位でそれを手に取ってみると、ノクトはそれに吸い込まれるように魅入られる。そこには自分とレティ、そしてレギスとアウライアが写った家族写真が飾られていたのだ。

 

まだノクトとレティが四歳頃の写真だろうか。椅子に座る母の膝にレティが、父レギスの腕にはノクトが抱き上げられ柔和な顔立ちで微笑む二人の姿がある。取り戻せない過去が形として残されている事にノクトは悲しさと懐かしさを感じながらそれをまた元の位置に戻した。

 

一通り部屋の中を見回してもう立ち去ろうとノクトは背を向けた。すると、

 

『ガタッ』

 

小さな音が背後から発生しノクトは条件反射で振り向いた。

 

「なんだ?」

 

訝しみながら音がした方に向かうとそこは壁に飾られた一枚の絵画がある。何かの拍子でずれたのか斜めの状態でぶら下がっている。そのずれた部分から何かの一部分が現れノクトは絵画を外してみることにした。すると、

 

「……金庫か」

 

そう、絵画で巧妙に隠されていた隠し金庫があったのだ。四桁の暗証番号を入力して開けるタイプでノクトは好奇心が沸き試しに自分の誕生日と父の誕生日、母の誕生日を入力してみた。だがそのどれもが駄目でノクトは思い付きでレティの本当の誕生日を入れてみた。すると、カチッ!と音を立てて金庫の扉が開いた。

 

「………」

 

素直じゃねーな、とノクトは呆れつつ金庫の中身を確認してみる。

中には一冊の本が中央に置かれているだけでお宝というお宝は見当たらずノクトは「なんだよ、つまんねぇの」とため息をつきその本を持ちだして空っぽになった金庫を閉め両親が共に寝起きしていた大きなベッドへと腰かけた。

 

本の表紙には何も書かれておらず、ノクトは軽くパラパラと捲ってみる。すると羅列された見慣れた字が目に飛び込んでくる。

 

「……え、これって、もしかして親父の日記か?」

 

亡きレギスの日記。わざわざ隠し金庫に隠すほど重要な内容が書かれているのかとノクトは緊張感を感じた。本来であれば読むことも憚られることだが、ノクトは意を決してそれを読んでみる。

 

「…………」

 

そこには信じがたいものが書かれていた。なんと日々語られることのない父の本音が詰まったものだったのだ。

 

『今日、レティが初めて私の事をパパと呼んだ。素晴らしき記念日にしようじゃないかとアウライアに相談したら一蹴された。一応クレイラスに相談したが鼻先で笑われた。納得がいかない』

 

『ノクトとレティが私の絵を描いてくれた。額縁に入れて正面玄関に飾らせるつもりだったが、王の威厳がどうたらとクレイラスに止められた。なぜだ?』

 

『レティがあまりに可愛すぎるので今の内に私の息のかかった婚約者を決めてしまおうかと思ったが、娘に相応しい候補が見つからないのでやめることにした。やめておいて正解だった。嫁に出すにはもったいないほど出来た子だ。……アウライアに行かず後家にさせるつもりかと責められた。一週間は口もきいてもらえず私が謝ってようやっと許しを得た。その間レティとノクトに触れることも許されず禁断症状が出た。……あれは地獄だ。』

 

レティの事、ノクトの事。レティ、レティ、ノクト、ノクト。

隅から隅までびっしりと書き込まれた字には国の事よりも娘と息子を想う一人の父としての想いがびっしりと詰まっていてノクトは文句を言わずにはいられなかった。

 

「……なんだよ、…やっぱ親子じゃん。オレ達、似た者家族だわ。だってさ、家族そろって不器用なんだから」

 

あれだけレティに厳しかったくせにベタ甘しすぎてそのギャップの差に笑えてしまう。

 

ノクトは泣き笑いをして偉大なルシスの王、そしてもっとも敬愛する父の想いが篭った日記を最後まで読み切りそっと閉じまた同じ場所に戻した。

 

レティもレギスの似た所を受け継いでいる。それはノクトも同じこと。だからこそ、自分たちは家族であると言える。誰よりも強く胸を張って言えるのだ。

 

今度こそドアを開けて部屋を出た所で壁に寄りかかるように待っていたイグニスに気づき、こう尋ねた。

 

「策はあるか?十倍返しぐらいの」

 

レティにはしてやられた。だから今度は自分たちがやり返す番。

 

「百倍返しで考えてやる。勿論、完璧に仕上げてみせるさ」

 

頼もしいイグニスの策に敵うものはいない。自然と口角をあげたノクトは軽く手をあげ挨拶をしてその場を立ち去った。

 

 

歴代の王達が鎮座していた場所にノクトはやって来た。全てはここから始まった。父、レギスに呼び出されてあの旅は始まりを迎えたのだ。そこから今までずっと長かった。帰ってくるまで様々な出会いがあり、世界はもっと大きく広く想像以上に冷たくて温かいものだとノクトは知った。

 

一人佇んで玉座を見上げては、父レギスの威厳に満ち溢れた姿を脳裏に思い出させる。

ルシスの王として、一人の父さんとして彼は尊敬に値する人物だった。

 

「親父、行ってくる。レティは、オレ達の家族は、必ず助けてみせるから」

 

固い決意を込めてノクトは声に出して宣言し玉座の間から背を向けて立ち去った。またここに戻って来るときは自分の戴冠式の時であると決めたのだ。

 

ついにノクトは固く決意した。

 

そう、王として為すべきことをする。

その為に今こそ自分の家族を救い出す。今度こそ手放さない為に。

そして、ニフルハイムに終止符を打ち込むのだ。ルシスの王として。それがノクトが王としてやると決めた事。だがノクトはこの時知らずにいた。それがどのような結末を迎えるということなのかを。

 

【それは大切な家族との決別の瞬間でもある】



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真実は残酷なほど君を傷つける

ノクト達が王都にてしばし待機する中、グラディオとコルは車を飛ばしてある場所へと赴いていた。剣聖ギルガメッシュへの試練を受ける為、ダスカ地方とクレイン地方をわける大峡谷『テルパの爪跡』を眼前に二人は霧が立ち込め、視界が悪く足元も平面ではない険しい谷の中を二人は黙々と歩いていく。コルがそれとなく緊張に震えるグラディオに話題を振った。

 

「ノクトとイグニスにはなんと言って出てきたんだ」

「詳しくは話してねぇよ。今それどころじゃないしな、アイツラは」

「気遣われたくないということか」

 

ずばり図星というわけでグラディオは気まずそうに顔を背けた。

 

「別に……」

「フッ」

 

コルは可笑しそうに笑った。それに反抗するようにグラディオもコルに尋ね返した。

 

「そういうアンタこそ、オレの我儘に付き合っていいのか」

「構わん。やるべき事はやっている」

「ふぅん、……レティの為に、か」

「………」

 

二人はそれっきり黙って歩き続けた。

互いに関連することは今巷で噂が持ちきりであるニフルハイム帝国の若き女帝の事。

 

グラディオなりに今この場に赴いた理由はレティの真意を知りたかったからだ。絶対に大きな何かを隠しているに違いない。そう考えて自分なりに昔の資料や人づてに話を訊いて回り、模索した結果、剣聖ギルガメッシュの試練を受けることを思いつく。グラディオは生半可な気持ちで来ているわけじゃない。コルにも何度として止められたことか。それでもグラディオは意見を変える事はなかった。

 

手段がコレ以外に残っていないのなら選ぶ余地はない。

グラディオは逸る気持ちを何とか抑えながら濃くなっていく霧の中を登った。

 

試練を望む者をより緊張感に震えさせるような空気の冷たさとゴツゴツとしたむき出しの広くはない岩壁の中をグラディオは自分に叱咤しながら進んだ。

 

(覚悟はいいな、もう戻れねぇぞ)

 

左右に灯りがある中、ここに足を踏み入れた時点でコルのサポートを期待してはいけないつもりで挑まなければきっと剣聖ギルガメッシュは相手にもしないだろうなと予感しながら足を進めると、段々と下へ下へと道は降りていき大きく開けた場所にたどり着く。そこにはまだ先が見えていたが、一瞬足がすくんでしまうような光景がそこには広がっていた。いつの時代の人間だろうか、鎧を身に纏い死してなおこの地に呪縛される剣士たちがグラディオとコルに襲い掛かって来たのだ。

 

「来るぞ」

「っ!」

 

冷静に対処して動くコルに対して一歩出遅れてしまうグラディオは震えを追い払い、大剣を構えて迎え撃つ。多少不意打ちのような所はあったものの倒せない相手ではなく、グラディオとコルはズンズンと奥へと向かう。幾度と繰り返される戦闘の中、コルはグラディオにこう説明した。彼らはルシス兵であり今も忠義に尽くして試練を受ける者を迎え撃っていると。グラディオはなるほどな、と納得し先代達の胸を借りるつもりで応戦した。

 

「アンタらにとっちゃ、オレみたいなのは気に入らねぇ対象かもしれねぇな」

「………」

 

今まで試練を受けてきた者は皆、王の為に望んできた者かもしれない。だがグラディオは王の為ではなく、レティの為に赴いている。その不純な理由を彼らは受け入れてはくれないかもしれないという不安からグラディオはそんな言葉を呟いた。コルはそれに返すことはなく、黙って刀を振るった。

 

 

急斜面で流れる川に身を滑らせて落ちた先で大きな水場で二人を待ち受けていたのは巨大な体躯のプルンオルムだった。水柱を上げて登場したモンスターに度肝抜かれたがそれも一瞬の事。先ほどよりも敵の動きを予測しながらのグラディオの容赦ない叩き割るような強力な斬り技とコルのスピードを生かした連携技でプルンオルムは5分と立たずしてその巨体を水場に倒れ伏した。勢いで跳ね返る水を腕で制しながらグラディオは軽くため息をつく。

 

(まだまだ奥は深いってか)

 

そんなグラディオの周囲で異変が起こった。空気がガラリと変化したのだ。皮膚に容赦なく突き刺さる殺気を全身に感じ取りグラディオはすぐに警戒態勢に入る。

 

「これは!?」

 

まるで強敵を目の前にしたかのような身が震えるような雰囲気の中、周囲を確認すればコルの姿が消えてなくなっておりグラディオはなんか来たなと冷や汗を垂らす。案の定、ある方向から紫色の炎を纏った何かが姿を現した。右手に長剣を持ち禍々しい気配を周囲に放つ左腕を失った鎧姿の剣士だった。両目を赤く光らせて甲冑の音を一歩一歩響かせてグラディオへ歩み寄ってきた。一切隙を与えぬその姿にグラディオは心内でスゲェの来たぜと思いつつ剣を構えると剣士は異質な声でグラディオに問いかけた。

 

『王の盾を名乗りに来たか』

「アンタが―――剣聖ギルガメッシュ」

『試練に何を望む。王の盾たる証か』

 

グラディオは鼻先で笑い飛ばし、眼光鋭く睨み付けた。

 

「そんなもの、オレ自身の力で手にするさ。誰が決めるでもない、これはオレの問題だからな。そんなことはどうでもいい。……オレが欲しいのは、ルシス王家に稀に産まれる特異的な力を持つ王女の話だ。アンタは知っているんだろう。王女に隠された謎を!」

 

グラディオなりに隠された資料を基に歴史を辿って分かった事。王家に稀に産まれるという王女は何かしら特異的な体質を持っていたという。それゆえにその存在は公されず幽閉されるように隔離されたりしていた。自由の権利され奪われる憐れな王女。なぜそんな力を持って産まれてくるのか。なぜそれが王女である必要があるのか。全ての謎は初代の王の頃から始まっているのではないかとの推測に行きついた。

剣士はグラディオの叫びに愉快と言わんばかりに声を震わせた。

 

『これは面白いことを言う。お前は王の為ではなく、呪われた王女の為に来たと?』

「呪われた?どういうことだ!」

 

聞き捨てならぬとグラディオは声を荒げた。だが剣聖ギルガメッシュは、

 

『それは私から勝利を奪ってから尋ねることだ』

 

と言うと長剣ではなく別の剣に武器を切り替えてグラディオに容赦なく襲い掛かった。迎え撃つグラディオは怯むことなく猛然と駆けだす。勝つことでレティを知る手がかりを得られるのなら必ず勝利して見せるとの意気込みで。

一対一という状況でなおかつ相手は今までいくつもの試練相手を潰してきた剣聖ギルガメッシュというグラディオにとっては、劣勢を強いられる強敵。やはりその経験と力の差は歴然であり、グラディオは何度と地に膝を着いたが諦めることはなく、その様は剣聖ギルガメッシュの興味を引いた。

 

『ほう、喰いついてくるか。不純な理由で試練を受けし者なりに矜持があるか』

「違う!オレは、オレなりにアイツを理解したいからだ!兄貴っぽい役回りだとかお目付け役とかそんなもん全部捨ててレティを助けてやりたい!オレのちっぽけな矜持なんてなんの役にもたちゃしねーよ」

『………ならば進め、己が道を進む者よ。食らいついて最後まで来るがいい』

 

剣聖ギルガメッシュはそう言い残して溶け込むように消えていった。グラディオは疲労のあまり大剣を地面に突き刺して地面に腰を落とし荒い息を肩で繰り返した。

さすがは剣聖ギルガメッシュ、ハンパねーなと力の差をしっかりと感じ取っていたが、それで引き下がるほどグラディオは諦めてはいなかった。むしろ、強敵を前にして武者震いにより口元には笑みが浮かんでいた。

 

「行ってやるよ、アンタの望みのままにな」

 

グラディオの瞳に宿る不屈の闘志は衰えず轟轟と燃え盛る炎のように勢いはさらに増していた。

 

コルは確かに若かった。若いからこそ無茶も利いた。不死将軍という名に相応しい身であろうと努力もした。だが昔からのしきたりに抗おうとはしなかった。

なぜ、ミラ王女が特別な存在である事に違和感を覚えなかったのか。

なぜ、その力の源に何かが隠されていると知ろうとしなかったのか。

 

古くから言い伝えられてきたことを鵜呑みにし、そのまま信じ切っていたからこそもしかしたらミラ王女は死ぬ運命だったのではないかと、今更ながら考えてしまう。剣聖ギルガメッシュと一線を交えたグラディオと合流し、一旦は休憩を取る為にたき火ができる場所で暖を取った二人。グラディオは大好きなカップヌードルを食べ終わった後少し寝ると地面に横になってひと眠りしている。とても剣聖ギルガメッシュの試練を受けている最中とは思えないその豪胆な姿に呆気に取られつつも、王都を出発した頃よりも確実に成長している頼もしい姿にコルはつい口元が緩ませる。

 

自分は確かに強さを求めて試練を受けた。そして奴の左腕を斬り落とし試練を乗り越えた。だがそれは結局は自己の強さを示したいがためであり王の為とは言えず、自分の中で長年消化しきれずにいた。だが自分よりももっと他の理由で試練に挑む者が現れるとは考えもしなかった。

 

忘れ去られた歴史を、繰り返されてきたルシスの王女に迫る謎を解き明かしレティの助けになりたいと熱願するグラディオの背はコルに眩しく見えた。

王の盾としてその理由は決して許されるものではなく、歴代の王の盾達にしてみれば不純な動機と罵声を浴びせられてもおかしくはない。

だが理由などほんの些細な切欠でしかないのではないかと、コルは今に至って考える。

王の盾に相応しいお手本となるべき存在など、他人からみた評価でしかない。

本人とその周囲が認めていればそれは誰であれ王の盾。歴史に名を刻むほどの存在になりたいと願うのであれば偉大な功績を残せばいい。

 

だがグラディオが願うのはそんな偉大な王に傅く王の盾ではない。

自分の意思で王の盾であることを望み、大切な者を守る知恵を身につけその者を手助けしたいという極普通な願いを持った王の盾だ。

 

「……馬鹿正直とも言うべき、か」

 

かつての自分のように真っすぐに信じて疑わず折れる事がない若さゆえの行い。

いびきをかいて眠るグラディオの隣でコルは昔の自分とグラディオとを重ねて思い出してはきっと、グラディオの方が自分よりも大物だなと苦笑せずにはいられなかった。

 

【きっとそれは新たな風の予感だろう】

 

コルからそれなりのアドバイスを受けてグラディオは憶することなく前へ前へと進んだ。地の底へと繋がっているのではないかと錯覚してしまうくらいに深く道を進めるとグラディオに新たな試練が待ち受けうけていた。それは試練の間を一人でクリアするというもの。

 

「ここから先は一人で挑まねばならん。覚悟はいいか」

 

コルからの静かな問いにグラディオはバシッ!と気合を入れて拳を掌に打ち付けながら、

 

「ああ」

 

と力強く頷いた。コルから「では行って来い」と背中を押されグラディオは試練の間へと足を踏み入れた。そこで待ち受けていた者は大量のスケルトンを従えたネルガルという英霊だった。グラディオは相手にとって不足なし!と勇猛果敢に挑み、次なる試練の間、エンキドゥとの戦い、そして最後の試練の間でのフンババとの戦闘でも無事に勝利を収めることができた。道中の休憩がてら、昔この地を訪れた時のコルの話を訊くことでグラディオは当時のコルがどのような気持ちでこの試練を挑んだのか知りたくなった。理由がどうであれ、挑もうとするにはそれなりの覚悟がなくては無理だろうと思ったからだ。

だがコルの口から語られる当時の若き姿は今ととても正反対なくらい無鉄砲であるという印象を受けた。それこそ、ひたすら突き進むレティのように。グラディオは思ったまま言葉にした。

 

「なんか、レティと似てるな」

「……オレが?」

 

意外にもコルにはグラディオの言葉は意表を突くものだった。目を見開いて驚くコルにグラディオは面白いものを見たと思いながら理由を説明した。

 

「ああ。親父に止められても耳貸さなかったんだろ?レティだってアンタの言うこと右から左に聞き流してたからよ。似てるもんだと思ったくらいだが」

「………そうか。いや、そのような事は初めて言われた」

「小さい時からよく振り回されてたもんな、アンタも、オレも。正直に言えば、面倒だとか思わかったのか?」

「………そのような事は考えた事はない。……ただ元気すぎて怪我をしないかと心配だったがな」

 

小さい頃から家庭教師から逃げるたびに何処かに隠れたりしてはそのたびにコルが捜索の手に駆り出されていて大概最初に見つけるのはコルだった。影でコルは【姫様ハンター】なる称号が侍女たちによって面白可笑しく付けられていたとか。いつも小脇に抱えられてコルにより確保されたレティは毎回同じようにヘソまげて仏頂面になりそのたびにノクトやグラディオがレティの機嫌を浮上させるのに躍起になったりと今ではいい思い出話だ。

姫という役には収まりきれないほど活発だった。だからこそもしもの世界を想像してみたくなる。

 

「それは言えてるわ。レティがもしノクトみたいに学校なんか通ってたりしたらきっと猫被らずに餓鬼大将みたいな感じになってたかもな。んでもって学校で何かあるたびに陛下が呼ばれてたりして」

「否定はできん」

 

IFのたとえ話をして二人はしばし談笑に浸った。ありえないだろう話だったとしても、暗い雰囲気から脱却するには十分すぎる話題なのだから。

 

 

ついに剣聖ギルガメッシュが待ち受ける場へと辿り着いたグラディオとコル。

 

「必ず帰ってこい、グラディオ」

「おう」

 

声援を受けてグラディオは余裕そうに手をヒラヒラさせながらコルに背を向けて歩き出した。待ち受けるは初代王に仕えていた最強の王の盾。その気迫と佇まいに以前のグラディオなら地に屈していたかもしれない。だが今のグラディオならば怖気ずに堂々と対峙できる。強くなったのだ。成長する心と共に。王の盾として振舞う以上に大切な者を守るという気概を胸に抱き、グラディオは大剣を肩に担いで

 

「来たぜ、剣聖ギルガメッシュ」

 

と声を張り上げた。背を向けて佇んでいたギルガメッシュがゆっくりと振り返る。

 

『覚悟を持ってお前はここに来た。そう解釈していいのか』

 

そう静かに最後の問いを投げかけた。文字通り、これが最後の情けとなろう。この先に待ちつけるのはどちらかが地に伏す時のみ。グラディオは改めて自分の確固たる想いを叫んだ。

 

どれだけレティに負担を負わせていたのか。知らずにいた己を殴りたい衝動に陥るほどに以前の自分達はレティを頼りすぎていた。イグニスの怪我の件もその内の一つだ。自分達では治せずともレティなら何とかできるはずとの期待感から卑怯な手を使ってレティを呼び寄せた。結果、確かにイグニスは再び両目に光を宿すことができたが、それは女性であるレティにって身を斬られるよりも辛い責務を負わせることになってしまった。

 

あの時の、イグニスの部屋から出てきた時のひどく傷ついたレティの瞳を生涯グラディオは忘れることはない。自分達はどれだけ頼りすぎていたのか。自分よりも年下の妹みたいな娘に重圧を背負わせ本人の隠された気持ちを理解することなく期待ばかり寄せる。

 

どれだけ苦しい想いをしただろうか。どれだけ切なかっただろうか。

 

「……オレは、オレ達はあれだけレティと共に同じ時間を過ごしていた癖に、アイツの苦しみを悲しみを抱えているデッカイもんを知らずにいた。それじゃあオレはアイツからの期待に満足して応えられねぇ。アイツ自身が抱えているものを知りたい。知ってオレなりに手を貸してやりたい」

 

グラディオの意思を確認した上でギルガメッシュはスラリとした剣を構えた。

 

『ならば刃を抜け。お前の覚悟、見定めさせてもらおう』

「上等!」

 

今まで培ってきた全てをぶつける時がきた。グラディオは全力で剣聖ギルガメッシュに挑みかかった。

 

 

力押しではなく相手の流れを読みつつその逆手を取る動きでグラディオは剣聖ギルガメッシュに勝つことが出来た。完敗と言わんばかりに片膝ついていたギルガメッシュはゆっくりと立ち上がり、勝者であるグラディオの望み通り彼が知る事実を語りだした。

 

『………私が知る事は少ない。心して聞くがいい』

「…………」

 

グラディオは固唾を呑んでギルガメッシュの話に耳を傾ける。

 

『遥か神話の時代、創世の神たる八神により世界は成り立ちを得た』

「八神?……一体どれだけ歴史は歪められてんだか、先人達の考えは分からねぇな」

 

グラディオは吐き捨てるようにそう顔を歪めて言った。

一体先代達は何を思って事実を湾曲させたのか。そうしなければならない理由でもあったのか。今となってはどうでもいいことだとグラディオは頭を振って「続きを頼む」と先を促した。ギルガメッシュは頷き、言葉を続けた。

 

『剣神バハムートはこのような予言を残したという。ルシス王家に生まれし白銀の王女、その清らかな御魂こそ、ヴァルハラの玉座へ還るに相応しき身となる。とな』

「ヴァルハラ?」

 

『今の時代の王にはその伝承伝わることはないようだな。だからこそ、お前がここにいるということだが。―――このような身になってこそ初めて分かる。ヴァルハラ、我ら人間が最終的に行きつく場所。母なる死の女神、エトロが住まう世界であり、【混沌】に満ち溢れし楽園』

「死の女神、エトロ……」

 

ルシスが信仰する死の女神、エトロ。それはおとぎ話でも表舞台に出てくることはない女神の名。今ではその存在を信じている者は数少ないだろう。

 

『今ヴァルハラにはエトロがおらず、混沌が徐々にこの世にあふれ出ようとしている。その証拠にシガイは世界へ蔓延しつつある。そして同時に星の病も進行している。これがどういうことか、理解できるか』

 

ギルガメッシュの問いかけにグラディオなりに順々に話をまとめる。

 

「………ヴァルハラには統治するはずのエトロがいない。……シガイ、星の病、ルシス王家の白銀の王女、ヴァルハラの、玉座……、ま、さか……」

 

全て繋がっていないように見えて、実際は一本の線で繋がっていた。

その事実にグラディオは顔を強張らせた。

 

『歴代の王達が稀に産まれし白銀の王女を鳥籠に閉じ込めようとしたのはなぜか。それは、特別な存在であると知っていたからだ。死したとしても永遠に同じ容姿で再び現れ続ける力ある王女。その魂こそが選ばれていたからだ』

 

選ばれていることを前提で産まれてくる。それは仕組まれていることと同じ事。

それが示す真実は、ただ一つ。

 

「………レティが、……死の女神、エトロだからだと?」

 

あの破天荒娘が、死の女神エトロ。

とても信じがたい話だ。状況が状況なら間に受けない話。だが今グラディオの目の前にいるのは剣聖ギルガメッシュ。生き証人ともいうべき相手にそれが嘘ではないと事実を突きつけられる。くらりと眩暈を感じグラディオは額に手を当てがった。だが踏ん張りをきかせて耐えた。まだ話は終わっちゃいないのだ。

 

『彼女らは数奇な運命を辿る。その命短き時もあれば長き時もある。だがそのいずれも幸福に満ちた人生とは言えずに終わる。それを繰り返し続ける。再びヴァルハラに戻るまで。彼女達は繰り返し続けるのだ。そうなるよう定められている』

「なんだよ、それ。なんなんだよ!?報われなさすぎだろっ」

 

まるでそれでは選ばれ続けるまで同じことを何度も強要させられているのと同じ事ではないか。グラディオは激高し、納得いかないと叫ぶ。だがギルガメッシュは『それが彼女らの運命だ』とグラディオに言い聞かせる。

 

「じゃあ、レティも同じ道を辿るってか?……冗談きついぜ!」

『………もし、仮に自分の使命に気づけたとしたら、それは新たな女神誕生に繋がるだろう』

 

その仮説が正しければ全ての謎は繋がる。レティの無謀ぶりな作戦の裏に隠された事実。最終目的は……。

 

「レティはヴァルハラに還るつもりでいるってことか!?」

『もし、気づいて受け入れているのならな。女神の力は人の身には強大すぎる。いずれ飲み込まれるか、力に押しつぶされるか。いずれにせよ、人間のままではいられまい』

 

逃げることも隠れることも許されず、受け入れる前提で残された時間をレティはノクト達の為に使おうとしている。自分の事など顧みずに。

 

「………レティ……お前はってバカ娘はっ!」

 

ダンっ!

 

行き場のない怒りを抑えられず、グラディオはその場に膝まづいて地面に拳を叩きいれた。

 

なんでもかんでも背負って結局は自己犠牲と締めくくるのはレティの悪い癖だ。

逃れられない道をレティになり唇噛みしめる想いで堪えて受け入れ、それでも大切な者の未来の為に突き進む。それがレティの美徳とであると言ってしまえば確かにそうだろう。だがグラディオにしてみれば胸糞悪いものでしかない。相談できる距離にいるのに胸の内を曝け出すことを恐れている。嫌われてしまうことを恐れ、逃げている。それは諦めていることと同じではないか。

 

「オレは、諦めねぇぞ。諦めて堪るか!」

 

確かに見送ると決めた。レティの決意を無駄にしないために。だがそんな事実が隠されていると知っちゃあ黙って見過ごすことなどできるものか。

 

グラディオはギルガメッシュからかつて自分の腕を斬り落とした男が使っていたという剣を受け取りコルの元へ急ぎ戻った。まだ時間はある、何か手立てがあるはずだと信じて。

 

だがグラディオの想いとは裏腹に事態は大きく世界を巻き込みすぎていた。人の意思が及ばぬ神の掌の上で結局は踊らされ続けることしかできないことを、グラディオはレティの死と直面してから思い知ることになる。そしてその出来事はグラディオの琴線に触れ一生消えることのない傷跡を残すのだ。

 

【やるせない想い】



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最古の王に相応しい晴れ舞台

ふざけるな。私がどれほど身を斬られる想いでここにやってきたと思う。

ルシスを、父上を、母上を、ノクトを、皆を、捨てるつもりで来たんだ。死ぬ覚悟を持ってやってきたんだ。それを馬鹿だと嘲笑うなどと、中傷するだけの小物が。

直接罵倒する勇気もない癖に影に隠れてこそこそと集団でつるむだけしか生息できない溝鼠などそこらで腐っているがいい。

 

私を、直接潰しに来い。

私は、逃げも隠れもしない。この玉座を終わらせる為。

二度と、悲しき帝国魔導兵達を産み出さぬように根本から消し去るのだ・

 

この地こそが私の最後の地だから。故に、私は最後の女帝としてこの帝国を滅する。

その責務が私に課せられているからだ。先代皇帝がしでかした始末を私が負う。誰でもない、このレティーシア・エルダーキャプトが。

 

できるものかと高を括る言うならばお前が実行してみろ。

自分の全てを捨て去る覚悟があるならな。

 

 

ガランとした玉座の間にはひとつだけ皇帝に相応しい椅子がある。地位と権力と富全てが併せ持った最高の椅子だ。だがその見た目とは裏腹に意外とお尻が痛くなるらしい。だから正直に言えば長時間座っていたくない代物。誰も見た目だけではわからないことがある。教えられて初めて知ることもあればその逆で経験して知ることもあるだろう。要は見た目だけでは真に理解したとは言えないということだ。

 

重厚で古めかしい扉を両手で押して開き、忠実な守護者が女帝たる彼女の元へゆっくりと歩み寄る。玉座の座るレティの前で胸に手を当て軽く頭を垂れ、

 

「レティ」

 

と静かに名を呼んだ。瞼を閉じて沈黙を守っていたレティはゆっくりと瞳を開いていく。深緑の瞳ではなく血の様に赤い瞳で見えぬ彼らを見据えるように言った。

 

「………ノクト達は、帝国入りしたようね」

「ああ」

「それじゃあプロンプトにも動いてもらいましょう。彼には案内役を頼んでいるから」

「……」

 

ニックスは気に入らないような顔をして無言になる。彼はあまりプロンプトに好印象を抱いていないらしい。オルティシエでの一件から何かと目をつけるようになった。レティは言い聞かせるように言った。

 

「大丈夫。彼は知らないわ。この後のことは貴方に任せてるから」

 

信頼しているからこそ、レティはニックスだけを伴うことを決めたのだ。二人だけにしかない絆の証。自分だけが特別であることを言われるとニックスは少しだけ嬉しそうに目を細めた。

 

「レティ」

「行きましょう」

 

促すようにレティは玉座から立ち上がりニックスの脇を通り抜けようとする。だがその際細い腕をニックスが捕まえ自分の胸へといとも簡単に抱き寄せた。するりと腰に腕を回しレティの滑らかな頬に手を添える。

 

「一人で気張るな」

「……気張ってるように見える?」

 

レティはニックスの顔を両手で包み込んで視線を合わせて静かに尋ねた。

 

「ああ。ガッチガチにな。―――オレがいる」

「……分かってるわ」

 

安心させるようにニックスはレティの額に軽くキスを送った。レティは黙って瞼を閉じてそのキスを受け入れる。

 

これから起こす奇跡の為に、誰もいない部屋で二人はしばしの短い時を過ごした。

 

【これから物語は急変するのだ】

 

 

一度は世界の崩壊を望んだ男がいた。自分の血筋全てを滅ぼして自分自身も滅してしまいたかった。そう考えるしか救いはないと思っていた。だが男の悲しみはふとした事で取り除かれることになる。

 

一人の男のお陰で。

アルファルド皇子。初対面で男の嘘を一発で見抜いた不器用な男だった。

 

『変な笑い方だな。まるで笑うことを知らないようだ』

 

何気ないその一言は彼にとって衝撃的だった。大抵いつも通りの顔をしていれば相手は彼の内面に気づくことなく騙されてくれているというのに、アルファルド皇子だけは違った。彼はアーデンの外見ではなく、中身を見ているようだった。

ニフルハイム帝国の皇子の身分でありながら母親の地位が低い所為で周りから腫れ物扱いされていたにも関わらず、向上心が強く誰よりも祖国に尽くしてきた男。

 

『アルファルド皇子、だったかな』

『皇子と敬称はいらない。俺のはいらぬ肩書なだけだ』

『ふぅん、珍しいねぇ』

『そういうお前こそ、下手な笑い方だな。そんな顔して何が楽しいんだ?』

『………!』

 

アーデンはまるで引き込まれるように自然とアルファルドと交友を持っていった。最初こそ、興味本位だったが段々と彼の人となりを知るにつれて惹かれていったという言葉が正しいだろうか。気が付けば彼を『アル』と愛称で呼ぶほどな友人関係を築きあげていた。

アルファルドもアーデンの秘密を知っても動じることはなく態度が変わることはなかった。それよりもアーデンの年が幾つなのか気になり真面目に計算し始めたりと少し天然な面もあり、アーデンは大声を上げて腹の底から笑うという久しぶりにやった。その時の清々しさはアーデンの中で消えることはない。

 

『ハハハッ!まさか、そんなこと言われるとは思いもしなかったよっ』

『なっ!普通は気にするところだろう!?』

『いや、あまりそんなことは……ぷっくくっ!』

『アーデンッ!!』

 

アーデンが片時も外すことはないお気に入りの帽子も実はアルファルドからのプレゼントである。赤髪が目立つことを気にするアーデンにアルファルドはこっそりとプレゼントを用意して置き、誕生日すら忘れてしまったと寂しく笑う彼の為に誕生日プレゼントとして贈ったものだ。

 

『男からプレゼントなんて嫌だよな』

 

と苦笑しながら目を瞬かせたまま固まるアーデンにアルファルドは箱から帽子を取り出して勝手にアーデンの頭に乗せて一人で満足げに頷いた。

 

『やはり俺の見立ては当たりだな、どうだアーデン?』

『………』

『……アーデン?……お前、泣いて…?』

『……あ、れ……。なぜ』

 

呆然としながらもアーデンは恐る恐る自分の頬を触ってみる。確かに、温かな滴が流れていた。アルファルドはやや乱暴に帽子を下げてアーデンの視界を遮った。

 

『………お前は化け物なんかじゃない。泣けるってことが何よりの証拠だ』

『……ほっんとに、調子狂うなぁ』

 

友人関係を築けたことが何よりの奇跡だというのに、アルファルドのお陰でアーデンは人としての己を取り戻すことができた。この絆をずっと大切にしていきたいと思えるほどに。復讐の炎を一瞬にして消化してしまうほどに彼の存在がアーデンを確かに変えた。

だが、その楽しい時間もそう長くは続かなかった。突然の病によりあっけなくこの世を去ったのだ。一人残されたアーデンを再び絶望が襲った。消化しきったはずのルシス王家への復讐心が再び燃え上がろうとさえしていた。だがある事実を知ることになり、望みを賭けることにしたのだ。

 

即ち、アルファルドから生前秘密にしてくれと打ち明けていた他国の恋人の存在が切っ掛けだった。それがルシスの王女だったというなんとも出来すぎな話だったが、その王女がなんとアルファルドの子供を身籠っていたというのだ。父親であるアルファルドは知らないかもしれないがその情報が確かなのはイドラ皇帝も認めたことなので祖父であるイドラ皇帝以上にアーデンは期待感が高まった。

 

もしかしたら、今度こそ自分に光を与えてくれる存在になるのではないか。

 

アーデンは気が遠くなるような歳月を過ごしてきてこの世界の成り立ちをバハムートから聞く機会を得ていた。そこでエトロの魂を宿して産まれる者がいるということ。ルシス王家から稀に産まれること。女神の特徴を受け継いでいること。これらの情報からミラ王女がそうなのではないかと推測していたのだ。なんという因果だろうか。アルファルドが選んだ相手こそがエトロの魂を宿し者と知った時には運命という言葉はこれこそピッタリだと思ったものだ。そして、ミラ王女が遺した赤ん坊こそ、次の女神候補であるレティーシア姫。イドラ皇帝がレギスに掛け合ってルシス存続保障するという代わりにレティーシアを渡せとの破格の条件でもレギスが手放さなかった籠の鳥だった彼女は、アーデンの予想を裏切るように快活で自由な姫だった。誰よりも人間らしく、時折アルファルドと共にいるような懐かしい感覚にさせてくれる稀にない相手だからこそ、アーデンは二度目の告白をした。

 

自分をこの闇から解放してくれ、と。

 

レティーシアを信じて打ち明けたからこそ、彼女も一つの切っ掛けとして女神への道を歩き出したことはきっとノクトにとって許しがたい行為なのかもしれない。だがそれでも願わずにはいられないのだ。この永遠の生から解き放たれて、再びアルファルドに出会えるのならと。

 

 

アーデンside

 

ちらりと胸ポケットから古ぼけた懐中時計を取り出して時間を確認する。

そろそろ彼女の方は仕上げに入ろうとしてるかな。ただ、レイヴスがそう簡単に頷くかどうかが微妙な所だが。ゴリ押しでもなんでもレティの事だからやらせるだろう。

と考えている間に複数の走る足音が近づいてくる。オレは懐中時計をしまって其方の方に顔を上げる。

 

「……待ってたよ、ノクト」

「アーデン・イズニア!」

 

宮廷内に入る前の広場でオレは彼らを出迎えた。プロンプトの案内により順調にやって来た彼ら。うんうん、前よりも顔つきが凛々しくなったかな。特にノクトは王としての自覚が出てきた証拠にオレを敵役を見るような目つきで睨んでくる。うんうん、悪役冥利に尽きるねぇ。ではこちらも最大限に演技をしてやらなきゃね。

 

「君達の愛しの陛下はあいにくと今最後のパーティー(演出)の準備をするのに忙しくてね。悪いけどオレがお相手させてもらうよ。あぁ、礼はいいよ。オレも楽しみにしてたからさ」

 

お決まりの台詞に対して彼方さんもお決まりの台詞を言ってくる。

 

「ふざけた事言いやがって」

「そこを通してもらおう」

 

怒りの感情を露わにするノクトと静かな怒りを抱いている軍師殿から帰れコールを頂いた。けどオレは悩むフリをして「うーん、嫌だ」と意地悪に言い返す。

 

「テメェ!」

「アーデンさん!」

「プロンプト、君だけは先に行ってもらおうかな。ヴァーサタイルのじーさんはシシィと何やら物騒な事考えてるらしくてねぇ。……事情を知る君だけが止められる事じゃないかい?それとも素通りするとか?」

 

そう言葉を投げかければ彼は拳をぎゅっと握りしめ唇を強く噛んだ。

 

「……ノクト、ゴメン!オレ、先に行かなきゃいけない」

「プロンプト!?………いいよ、行って来い。後でちゃんと説明しろよ!」

「うん!ありがとうっ!」

 

プロンプトはそうノクトに言って走り出してオレの脇を通り抜ける。その際、小声でオレに『ありがとうございます』とノクト達に聞こえない声で囁いて行った。

……上手く間に合うといいけどこればっかりはオレが止められる相手じゃないからねぇ。あのじーさんも見た目通りの頑固だしその娘も同じようなもんだし。おっと、今はこの局面に集中しないと駄目か。

 

パンッ!とわざとらしく手を一つ叩いて意識を此方に向けさせる。

 

「さて、ではまずは正式に名乗ってから始めようか。それがルシスの王としての礼儀だからねぇ」

「何言ってんだ!」

 

怪訝な顔をするノクト達。警戒心を抱きながらオレの一挙一動に注目しているのが分かる。いいねぇ、こういうの結構楽しいかもしれない。行動が読めないレティと違って期待通りの反応を返してくれるからやり甲斐があるというものだ。

 

「初めまして、ルシスの王。ノクティス・ルシス・チェラム陛下」

 

帽子を取り、胸に片手を当て恭しく挨拶をした。

ここはビシッと決めないと、最初で最後のオレの晴れ舞台だから。

 

「オレは―――。アーデン・ルシス・チェラム。かつてクリスタルから見放され、王家から忘れられた最古の王だ」

 

そして、復讐心から解放された過去の置き土産。だからこそ、ここでけじめをつけるんだ。

 

「さぁ、ノクト。王の名を賭けて勝負と行こう」

 

その強さ、確かめさせてもらうよ。

久しぶりに本気を出す最後の機会だ。思う存分やらせてもらうさ。

 

【それがオレの最後の役目だから】



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生きるということ

薄暗い所は正直言うと苦手だ。それでも我慢して必死に走っている理由はただ一つだけ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

間に合う、間に合わないの問題ではなく間に合わせるという気概でプロンプトは走った。息せき切って全力で走った。アラネアから超スパルタで鍛えあげられた体力のお陰で以前よりも体が軽く感じており、研究所まで向かう道のりはさほど苦ではなかった。だがそれよりもどうか早まらないでという祈る気持ちばかり浮かんでしまう。アーデンがどういった人物であるかというのは大まかにレティから教えられており、多少驚いたがアーデンの人となりを知れば最初に出会った頃よりも警戒心は和らいでいる。自分よりも相当長生きしていることで知識も豊富なのかと思えば、プロンプトが暇つぶしにやっていたゲームを見ては子供のように興味津々な様子でつい「……やってみますか?」と遠慮がちに尋ねてみると、アーデンは素直に受け取ってみせた。すぐにハマりだしゲーム仲間として時間を見つけては共に肩を並べてやりあう姿にレティとシシィが微笑ましいものをみるように温かく見守っていたのを後にアラネア経由から知らされることになる。

知らないと知った後で抱く印象が変わるというのは実際に接してみて分かること。

相手の表面だけを捉えた所で理解したとは到底思えないことをプロンプトは実体験で得られたことはとても貴重な事である。

 

それはヴァーサタイル相手にも同じことが言える。プロンプトががこの世に生を受けることになった要因を作った本人。遺伝子上の繋がりは一生を賭けても消えることはなく途切れることはない。それでもプロンプトとヴァーサタイルは一人の人間としてまったく異なった一つの種である。そうだと受け止められるようになるまでそれなりの葛藤もあったが、それはこれから生きていく上で徐々に軟化していくかもしれない。

 

姉ともいえるシシィとて然り。そういった話は一切お互いにしていないが、物腰柔らかな表情につい姉弟がいたらこうなるのだろうとふと思うことがある。

他愛もないやり取りが日常のものとなれるとは思わないが、これからも交流を途切れさせたくない絆の相手であるとプロンプトは考えている。

 

そう、まだこれからなのだ。

 

まだ始まってもいないというのにアーデンが示唆する内容ではニフルハイム崩壊と共にあの親子は自分の命を絶つつもりだというじゃないか。

止めなくてはいけない。普通ならそう考えつくだろうが、プロンプトが真っ先に思った感情は悔しいという気持ちだった。自分達は勝手に自己満足して消えようとしている。役目を終えたと言わんばかりに。それが腹立たしく思うのはいけないことなのか。

 

「マジないって!」

 

暗い通路を全力疾走しながら一人声を上げる。まさかもう手遅れになっていないよなと一抹の不安に襲われたりするが、いいや、そんなことはないとプロンプトは顔を横に振って前を目指して走り続けた。

どうか間に合え!と心の中で何度も何度も祈りながら。

 

 

 

あの忌まわしい研究所に再び足を踏み入れた先で目に飛び込んできたもの。

出来ることなら視界にも入れたくなかったが、そうもいかない。

丁度二人が赤い液体が入ったゴブレットを煽ろうとする瞬間に間に合うことができた。駄目だと叫ぶよりも想いのまま叫んでいた言葉。

 

「逃げるなんてズルすぎだ!」

「!?」

「プロンプト…、どうして」

 

ビクリと肩を揺らしてゆっくりとプロンプトの方へ顔を向ける一気に老け込んでみえるヴァーサタイルと青ざめた顔いろのシシィは驚愕の表情で見つめてきた。

自分達の計画がバレた事にも驚いているようだが、本来ここにいるはずのないプロンプトが突然現れたことに現状を理解できずにいるのだ。

 

プロンプトはどうにか間に合った事に安堵しながらもふつふつと沸き上がる怒りを何とか

抑えながら固まる二人に早足で近寄り、両方のゴブレットを無理やり奪い横に乱暴に投げ捨てた。投げられたゴブレットから毒薬であろう液体が飛び散って周囲に飛散する。

この為に用意されていた薬だろうが、どうせ楽に死ねるとか考えていたに違いない。

プロンプトは二人に向かって大声を上げて荒ぶる感情をそのままぶつけた。

 

どれだけその行為が無意味であるかを。死ぬことで全てを終わらせようという根性が気に食わないことを。あまりにも身勝手すぎること。

 

「なんでだよ、なんでそんなことしちゃうんだ!」

「プロンプト、貴方どうして」

「それはオレの台詞だ、シシィさん」

「………」

 

射抜くような視線で見つめられシシィは返す言葉も見つからず押し黙る。

どうして?と本来なら責められるべき立場なのは自分達なのだと自覚しているからだ。会わせる顔がなく、この場から立ち去る余力もないのでシシィはプロンプトの厳しい視線から逃れたくて顔を伏せた。ヴァーサタイルとてそれは同じこと。シシィとはそれなりの交流はあったものの、複雑な関係にあるヴァーサタイルとはある程度の距離を取っていたはず。それなのに、どうして抑えようのない怒りを抱いているのか、すぐには理解できずにいた。いや、彼の心境そのものが理解できなかった。

 

恨まれていてもおかしくはないというのにプロンプトが王の傍に居ることよりも自分たちを止める為に別行動をとっていること自体。

 

「オレは逃げなかった。レティがいたから!ノクト達と出会えたからオレは今ここにいられる。それを、罪がどうとか償いがどうとか、卑怯じゃないか。逃げて全部終わらせようなんて楽したいだけだろっ!オレは逃げないで今を生きる。だからだから貴方も逃げないでとにかく生きてよ!アンタが逃げたらオレも逃げたことになるだろ!?アンタは、オレの、オレの産みの親なんだ!!」

 

逃げることは簡単だ。死を呼び込むことも簡単だ。だが命はそう簡単に生まれ変わりはしない。今世の罪をそのまま残したままで綺麗な状態になれるとでも思っているのか。罪は生まれ変わっても後ろに付いて回る。

 

「それに、シシィさんを巻き込んで死なせて貴方はそれでいいの?親としてアンタはそれでいいの!?」

「………」

 

プロンプトの言葉攻めにヴァーサタイルは自分の愚かな選択に娘を巻き込んでしまっていることを今さらながらに気づいた。自分を慕って最後まで共にと望んでいてくれたはずの家族の命を自分の手で奪わってしまうという行為。

 

「お、父様……」

 

ヴぁーサタイルは震える両手でシシィの顔を包み込むように手を添えた。

 

「シシィ、……お前を巻き込もうとした愚かな父を許してくれ……。儂だけ逝けば良かったのだ。お前を道ずれにするなど」

「御父様!……いいえ、いいえ!私は……」

 

その先の言葉を告げようとするもシシィは声に出せなかった。

共に死ぬなら本望だというつもりだったのだ。死を恐ろしいと思うことよりも、もっと共に居たいと願っていた。

プロンプトはシシィの気持ちがなぜだか手に取るように分かり、自分ならと思う気持ちを代弁した。

 

「……生きることがどれだけ辛いか、オレは知ってるよ。生意気だって言われるかもしれないけどさ。それでも生きたいって思うことは人として当たり前のことだ。シシィさん、ハッキリ言わなきゃ駄目だよ。貴女は本当は一緒に生きて欲しいっておもってるんでしょ?」

 

親の死を願う子がいないように、親も子の幸せを一番に願う。

 

「………申し、訳ありません、御父様。私は、私は……!」

 

生きたい、御父様と共にとシシィは嗚咽交じりに吐き出した。

彼女なりの父の望みを叶えようと思っていたのだろう。だが心の奥底で秘めていた思いを曝け出すことで彼女は今までで初めての我儘をヴァーサタイルに言った。

 

一緒に生きて欲しい。それは人としてごく当たり前の願いだった。

 

「まだ終わりじゃない。貴方達はまだ未来がある。それを見届ける為にも貴方は逃げちゃいけないんだ」

 

プロンプトは顔を覆って泣きじゃくるシシィの隣に膝をついて背中に腕を回し慰めるように抱きしめた。

 

逃げられるなら簡単に逃げ道などいくらでも作りだし実行できる。だが生きていられるチャンスは人生一度っきりしかない。途中で終わって後悔するよりも全力で生きて最後に思いっきり反省して次を生きればいい。

 

ここに来た時よりも一回り大きく成長した姿にヴァーサタイルは眩しいものを見るように目を細めた。

 

「プロンプト、君は強く成長できたのだな」

 

プロンプトはシシィを立たせるのを手伝いながらどこか誇らしげに笑みを浮かべて言った。

 

「オレを信じてくれてる仲間とここまで支えてきてくれたレティのお陰ですよ。ここもいつまでも安全じゃないと思います。とりあえずアラネアが誘導してくれるはずだから出ましょう」

「……ああ、案内を頼む」

「了解です」

 

こうしてプロンプトはヴァーサタイルとシシィをアラネアの所まで連れて行く為、地下研究所を出た。きっともう二度とこの場に足を踏み入れることはないはずだからと、大勢の眠る『兄弟』達と生まれた場所に心の中でさよならを告げた。

 

プロンプトが振り返ることは一度としてなかった。

 

【逃げることは簡単だ。でも生きることは一度だけ】



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約束の重さ

なぜ、死を目前にしながら彼女が微笑んでいられるのか不思議でならなかった。

未知なる脅威を目の前にした様で恐ろしくなる。死ぬ恐怖すら感じていないようで、人間ではないと疑ってしまうくらいに。だが己の掌に残っている嫌な感触が生々しく感じては逃げることは許されないのだと無理やりに再認識させられる。

 

レイヴス・ノックス・フルーレは確かに彼女を手にかけた。

妹の目覚めという約束の対価と引き換えに。だが後から考えみればあれも彼女なりの嘘だったのかもしれない。彼女は、レティーシアは下手な嘘が得意のようだから。

 

 

計画の段階ではノクト達と一騎打ちして最終的にクリスタルが設置されている地下まで連れてくるという流れだった。打ち合わせの段階では、だ。だがその計画の首謀者たる本人からレイヴスは予想もしなかった約束を突きつけられることになるとは、その時予想もしなかっただろう。アーデンを第一関門として第二、第三とノクト達の行く手を阻む為、仕組まれた対戦相手。レイヴスはその第三の相手として待ち構えている所だった。そこへ予告もなしにニックスを伴ったレティが現れたのだ。女帝に相応しい装い、大胆に太ももが露わになっている白のロングドレスに銀色のピンヒールを見事履きこなしカツカツと靴音を周囲に響かせ右手に長杖を携えて。レイヴスは臣下の礼を取ろうとしたが、先にレティに手で制され途中でやめ元の体勢に戻る。一体何事かと視線で問えば、レティは目的の人物達がやって来たことを報告しにきたようだ。

 

「ノクト達がこちらに向かっているわ」

 

なるほど、周囲に漂うピリリとした緊張感はそれから来るものなのかとレイヴスは納得した。だがまだレティ自身が来る理由が分からず、冗談を交えて言った。

 

「そうか。分かった。それで陛下はわざわざオレに鼓舞でもしに来たか」

「まさか。貴方の腕ならその必要もないでしょう」

 

軽い言いあいに緊張しきった体が多少緩むような気がして場違いながらもレイヴスは「それもそうだな」と少し笑った。レティも「でしょう」と微笑んだ。

 

「それで正直な所一体何の用で来た」

「貴方の剣で斬られに来たわ」

 

まるで忘れものを取りに来たという風にレティはさらりと答えた。

 

「……今、なんと言った」

 

聞き間違いであることを願いレイヴスは震える声で再度目の前に佇む最後の女帝に尋ねた。レティーシアは緑から赤く染まった瞳でキッパリと言った。

 

「私が貴方に授けた剣で私を斬りなさいと言ったの。理解できた?」

「……正気か?」

 

レイヴスの動揺も想定内なのか、眉尻ピクリとも動かさずレティは頷いてみせた。

 

「ええ、私はいたって真面目よ。気が狂ったわけでもないわ。貴方の願いは叶えているわ。ルナフレーナ嬢は生きている。私を斬れば彼女は目を覚ますよう呪いを掛けているの。貴方に選べる選択肢などないのよ、レイヴス」

「……なぜ、そのようなことが必要なのだ」

 

聞き間違いではない。目の前の女は平然と自分を斬れと強要してきている。

普通ならまともではないと考える所、あいにくとレイヴスはレティが真剣な話をしている事はすぐに伝わった。だから信じられなかった。なぜそれがよりにもよって、対価にするのか。レティは「それがこの世界を救う術だからよ」と云う。

 

「自ら命を絶つことが必要な事だというのか!?」

 

筋書きでは確かに女帝は自害を選びニフルハイム帝国は滅亡すると教えられていた。本来ならばただの演技で済む話をレティは実際に殺せと言っているようなもの。とても素直に同意できる話ではなかった。だからこそ、レイヴスは事の真意をハッキリさせるために理由を求めた。レティはこの時初めて、苦渋の表情を浮かべた。

 

「そうよ。でなければ私は………シ骸になるしかない」

「シガイだと?なぜ」

 

レイヴスにはどうしてそこでシガイの話をされるのか理解できなかった。いやもはやレティの話に付いて行けないほど混乱していた。だというのにレティはお構いなしに言い訳のように説明を続ける。

 

「アレは元々ヴァルハラに還ることが叶わない人間の魂の末路。この世界には魂の循環から外されてしまっている者が多くなってきている。それに加えてヴァルハラを統治するはずの女神は不在のまま。このままでは世界はシ骸の影響から闇に覆われてしまう。それが星の病。本来であれば此方と彼方の門【ゲート】は固く閉ざされているはず。けど奴【ブーニベルゼ】が女神の不在をいいことに年月と共に門【ゲート】が綻んでいくよう下手な小細工を仕掛けていたわ。ヴァルハラには【混沌】が溢れている。アレは人にとって薬にもなり毒にもなるもの。世界のバランスが崩れ去る前に門【ゲート】を修復させなくてはならないわ」

 

まったく理解できない言葉の羅列にレイヴスは問わずにはいられなかった。

 

「なぜそのようなことをお前が知っているのだ」

 

レティはハッと我に返り喋りすぎたことを悔いて誤魔化すように話を続けた。

 

「……長々と喋りすぎたわね。これ以上は時間の無駄だわ。アーデンが時間稼ぎが無駄に終わってしまう。さぁ、やりなさい。それとも私の魔法で操ってあげましょうか?それなら貴方の意思は関係ないもの。優しい貴方にはそれがいいかしら。――どちらにせよ、早くして頂戴」

 

レティの本気を感じ取ったレイヴスは己の責務を果たす為、最愛の妹の為自分の意思で剣に手を掛け鞘から引き抜いた。だが本当にこのまま実行していいのかと理性が止めにかかる。

 

「………」

「怖がる事はないわ。貴方はただ約束を果たすだけなのだから。逆に胸を張ってよ。悪役女帝に名誉ある制裁を加えるのだから。……さぁ、やって……お願いよ」

 

無防備に両腕を広げ受けの姿勢に入るレティは瞼を閉じてその時を待った。

レイヴスはの一振りを待ち受けた。

 

レイヴスは約束の為、妹の為に自身の剣を意を決して重き剣を振り上げた。

 

「ハァァア――!!」

 

掛け声と共にブシュリ!と吹き出す赤い血と剣先が皮膚に食いこんで肉を裂いていく感覚が掌から直に伝わりレティの飛び散った血がレイヴスの顔にピッ!ピッ!と付着する。

 

「っぁ!!」

 

耳を塞ぎたくなるような小さな悲鳴に近い声がレティの口から漏れ右肩斜めから斜めに走った傷は相当深く入ったようで辺り一面にレティの血が飛び散る。レティは横にゆっくりと力なく倒れ込んでいく。レイヴスは後ろに後ずさって力なくへたりこんだ。手が、震えて仕方ない。命令されたから、妹の目覚めの為に手を掛けた。

 

言い訳などいくらでもできる。だが地に横たわる恩人を手に掛けたのは確実に自分なのだと責めずにはいられない。

 

首元や顔に飛び散った血を纏いながらレティは、

 

「ありがとう――レイヴス―、これで私は……」

 

と微笑みながら礼を言った。すぐにニックスが駆け寄ってきて血まみれのレティを抱き上げ「…レティ…」と苦し気に名を呼ぶ。事前に手を出さないよう言い含められていたのだろう。唇を少し切っている様子から噛んで耐え忍んでいた様子。

レティは力なく震える手を何とか上げて憔悴しきったニックスの頬へと触れ、安心させるように口元に笑みを浮かべた。

 

「ニッ、くす……このまま、つれてって……」

「……ああ」

 

レティの願いのまま、ニックスは出来るだけ優しく丁寧にレティの体を抱き上げる。去り際、力入らない体でレティは最後にレイヴスへ別れを告げた。

 

「さよ、な、ら」

 

去り際のレティは本当に嬉しそうに笑った。だが約束を果たしたレイヴスにはその挨拶は届かなかった。彼の掌からレティの血で赤く染まった剣がカラン!と音を立てて地面へと抜け落ちる。

恩人であるレティの直接の死に関わってしまったことに後悔の念に囚われていたからだ。

 

「お、……れは」

 

余りの恐ろしさから自然と涙が溢れてしまう。ぐしゃりと己の髪を握りつぶす。

 

「お、れ………は、何てことを……」

 

逃れられない証拠としてレティの血に染まった剣がレイヴスの視界から消えてはくれず、ノクト達が駆け付けるまでレイヴスは己を責め続けた。

 

【彼女の望みは――?】



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死の間際の初恋

レティーシアside

 

私はもはや体を動かすことさえできない致命傷を負いながらニックスによって抱えられてクリスタルを目指している。暗く冷たい地下はまるで地獄への入口にようだ。

 

「はぁ、は…ぁ……」

「レティ、頑張れ。あともう少しだ」

「……う、……う…ん……」

 

ニックスから励ましを受けながらなんとか受けごたえするのが精一杯だ。

 

痛い、痛い。

 

体中が切り裂かれるような痛みに意識が飛びそうになる。口を真一文字に引き締めて痛みを堪えているけど気を一瞬でも緩めてしまえば悲鳴が漏れそうだ。

 

今はまだいい。痛みで意識があるから。でもいつまで持つか分からない。この痛みを感じなくなってしまったらもう終わりだ。

 

でもまだ駄目。まだクリスタルにたどり着けてない。その前に死んでしまってはきっと私はシ骸化してしまう。それだけは避けなきゃ。

 

「……クソッ!」

 

抑えようのない苛立ちにニックスは舌打ちをした。きっと虫の息である私を助けられないのが歯がゆいと思っているのね。でもこれは大切なことだ。

 

私が瀕死の状態であることは必要なこと。

アーデンの魂をゆっくりと時間かけて浄化すること。

すぐにヴァルハラへ赴くことないよう自身を追い詰めてクリスタルの中で眠りにつくこと。

これは賭けに近い。

 

ニックスは私の血に汚れても私に出来るだけ走る振動が来ないよう気を遣ってくれているんだ。私も我慢、しなきゃ。

 

「………」

 

レイヴスには本当に申し訳ないと思ってる。最後にこんな真似させて、きっと心優しい彼のことだ。自分を攻め続けるだろう。

 

でもそれは私から彼への罰だ。

 

私から父上を奪った罪は深い。たとえ私怨だろうとその報いはしっかりと受けねば。

私を手に掛けた事を一生悔やんで生きればいい。

 

この時の為だけに残しておいた魔導兵達は一斉にノクト達に襲い掛かっているだろう。それが上手く足止めとなってくれればいいけど。自分で鍛え上げた精鋭たちだけに少々不安だ。そう思考の波に揺られながらニックスはついに実験施設を抜けて地下へと続く唯一のエレベーターへと乗り込んだ。そこで膝をついて動けぬ私の顔を覗きこんだ彼は、そっと深い悲しみを宿した瞳で私を見下ろして顔についた血を手で拭ってくれた。

 

「……レティ……」

「……に、……くっ、す……」

「無理に喋らなくていい」

「で………、も……ゴフッ!!」

「レティ!?」

 

喉元からせりあがってきた血の塊を口から吐き出し私は大きく咳き込んだ。必死な形相のニックスが私の頬に震える手を添えて何度も私の名を呼ぶ。

 

遠のきそうな意識をニックスの呼び声でなんとか繋ぎとめる。

 

「………(まだ、大丈夫)」

「レティ……!」

 

ゆっくりと自分の頬にあてがわれている手に自分の手を添えた。声に出すことはできない。だが安心させるように両目を細めて彼を宥める。まだ私は死なない。

死んでたまるものか。ここでシ骸化してしまっては全てが終わりだ。今まで身を斬られるような想いをしてきたというのに無駄にさせてたまるか。

この想いも、なかったことにさせてたまるか。

 

ああ、そういえば。

 

私の初恋はあの時から始まったんだった。まるで走馬燈のようね。

小さい頃の思い出からここ最近の出来事が駆け巡るように思い出せるの。

 

初恋。はつこい。

 

私の初恋は決して叶わない。私が眠る代わりにルナフレーナ嬢が目を覚まして心の傷を負ったノクトに寄り添うのだろう。私の代わりに。

よくある三流ドラマみたいな展開を自分が体験するなんて思いもしなかった。

 

「………」

「……痛いか」

 

そっとニックスが尋ねてくる。

これは痛みによる生理的な涙だ。きっとそう。

 

「………(心がね、泣いてるの)」

「………」

 

ニックスは黙って私の涙をキスで吸い取ってくれた。その部分が嫌に熱く感じた。

 

……ニックス、私だけの英雄で騎士。彼とも長い付き合いになる。今までもこれからも。

きっと私が消滅するその時まで共にいるだろう。だからこそ、私だけに向けられる眼差しから時々目を逸らしたくなる。でも彼は強引だからそれすら許してくれない。

主従関係なら私が上なのにこういう時だけは彼に主導権を奪われるのだから面白いものだ。

さて、私の終わりの時間は刻々と迫っている。感傷に浸るのはこれでやめておこう。ニックスに頼んで私の携帯を取り出してある人を呼び出してもらう。耳元に当てがってもらいワンコール、ツーコール、スリーコールの途中で相手が電話に出た。

 

ヒュー、ヒューと自分の口元から息が漏れる。まるで風船に穴が開いたかのような音だと思った。

 

『姫!一体何が』

 

電話口で酷く狼狽したような声を出すコルに私は何とか苦しい中、声を絞り出した。

 

「コル、貴方に、全権委ねま、す。……ノクト達を、おねがい」

『姫、何をおっしゃって……』

 

信じられないと言った様子だった。本当に彼にはいつも迷惑ばかりかけて申し訳ないと思っている。でもこれ彼の肩の荷も下りるはずだ。

 

「私、もう戻らない」

 

戻るつもりもない。今更私に戻る場所はもうないのだ。紛い物の王女は既に死んだ。なら今この私、レティーシア・エルダーキャプトも死ぬべきなのだ。新たな時代に私の影は必要ない。

 

『!』

 

彼が息を呑む声がした。ああ、息をするのも苦しくなってきた。でもまだ頑張らなきゃと自分に言い聞かせる。痛みで意識が飛びそうな中、伝えられるだけの言葉を口に出した。途切れ途切れで詰まりそうになる言葉を、必死に紡ぐ。

どうか彼に伝わりますようにと願って。

 

「お、願い、コル。私全部、終わら、せたい、の。も、終わらせ、なくちゃい、けないの。帝国も、クリスタルに、支配されるルシスも、王の、犠牲も、この生ま、れ変わりも。全、部私が、終わ、らせなくちゃ、いけないの」

 

それが私の役目。私の使命。私の、意地だ。

 

『姫!!どうか御考え直しを!』

 

コルは私の意思が固いことを知っていて縋るような声を電話口であげる。

けど、もう遅い。私は思い込めてお礼を伝えた。今まで迷惑を掛けた詫びと、今までの彼の身を挺して守ってくれた事に感謝を込めて。

 

「あぁ、コル。本当に、本当に、御免なさい。それと、今まで側で、見守ってき、てくれて、あり……がとう」

『姫!』

 

どうか、今度は自分の為に生きて欲しい。私やミラ王女に囚われた人生で終わらせるのではなく、自由に生きて。

 

「……さよな……ら、コル」

 

一方的な最後の別れを告げてニックスに目配せして通話ボタンを押してもらう。これで未練は終わった。

 

永遠とも言えるエレベーターでの時間は終わりを告げる。静かに扉が開きクリスタルへ道は開かれた。ニックスは私を抱え上げて立ち上がりゆっくりと歩き出す。

光さえ届かないもっとも深い場所が私、レティーシア・エルダーキャプトに相応しい墓場だ。相応しいとも言える。ニフルハイム帝国はノクト達の声明により全世界へとその滅亡が告げられ観衆は歓喜の雄たけびを上げるだろう。

 

世界に光が戻り、意識の改革が芽吹くのだ。

 

長い廊下を抜けてようやくライトアップされたクリスタルへと近づいた私達の前で佇んでいたのは挨拶代わりの嫌味を言う男だった。

 

「まだ生きてるね。レティ」

「アーデンか」

 

相変わらず飄々とした態度だがノクト達と一線交えてきたのだろう、お気に入りの帽子がないのはきっと激しい戦闘で駄目にしてきたのかもしれない。

まだ生きていると意味を込めて睨み返してやったらニヤリとアーデンは笑った。

 

「だったら良かった。君に死なれたらオレも救われないからねぇ」

「………」

 

ムカつく。

ムカつくムカつくムカつく。

 

契約を結んでいるとは言え、なんかコイツムカツクと無性に苛立ちが生まれた。

 

とっとと去ね!

 

最後のサンダーでも落としてやろうと思ったけどもはやその体力もない。指先一つ動かすだけでも一苦労だった。

 

「そりゃ去る前にやることやってもらわないとオレもこの世から去れないからね。君がクリスタルに入るのを見届けてからにしようと思って」

 

べーだっ!

 

最後に舌を出してあっかんべーをしてやった。するとアーデンは可笑しそうに笑った。

 

「これならしばらくの間は退屈しなくて済みそうだ」

 

だってさ。ふん、精々向こうの中でこき使ってやるわ。

 

さて、束の間のリラックスタイムは終わりだ。ニックスはゆっくりとアーデンの脇を通り抜けてクリスタルへ近づく。青く光り輝くクリスタルは早く私を迎えようと入り込めそうな割れ目を出している。

 

もう、終わりだ。この世界とも。

私は一度クリスタルを見つめてからニックスの方を見上げ、彼へ感謝の気持ちを告げる。

 

ありがとう。

 

私は口パクでそう伝えた。覚悟を決めていたはずのニックスは苦しそうな辛そうな表情で私を見下ろし、

 

「……ずっとオレは傍にいる。お前が目覚めるまで」

 

そう言って私の唇に軽くキスを落とす。私は黙ってそれを受け入れた。

彼は私の守護者。いついかなる時も傍で守ってくれる。絶対的な存在だ。

 

「………(またね、ニックス)」

 

一体目覚めるまでどれくらいの時間が掛かるのか分からないが、きっと彼は変わらずに私を抱きしめてくれるだろう。

ニックスとの別れを済ませた私はついにクリスタルへと手を伸ばす。すると私の手に絡まるようにクリスタルから放たれる力が私を吸い寄せる。それはお帰りとも温かく迎えてくれているようだ。

 

だが

 

「レティ―――――!!」

 

慌ただしい複数の足音とノクトの悲痛な叫び声。

 

私は最後に心から微笑みを浮かべた。皆に向けて。ノクトに向けて。

私へと必死に届かぬ手を伸ばそうとする、まるで泣き虫なノクト。でももう手遅れ。

私はクリスタルの中へと吸い込まれるように引き込まれていく。次に目覚められるとしたらいつになるのか。それは私にも分からない。もしかしたら、ノクト達がいなくなった世界の時に目覚めるかもしれないし、違うかもしれない。

 

未練はある。けれど未練はない。

 

とりあえず、言えることはある。声に出して伝えたいけれどそれも無理。だから、ここから言わせて―――。

 

【バイバイ、みんな】



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後の祭り

『急げ、まだ間に合うはずだ!』

 

何を急がせるんだ。何が間に合うんだ。

生まれる疑問など一瞬にして脳内から消え去る。

 

血濡れの剣を床に転がして力なく座り込むレイヴスに急かされ、ノクト達は足早に地下へと進む。

 

嫌な予感がする。レイヴスが足場に放り投げていた剣に付着していた、あの血は一体誰のものなのか。そう、尋ねるよりも先にノクトはレイヴスの脇を通り抜けていた。

 

早く!早く!

自分を急かす一方、この先に待ち受けている現実が恐ろしくてたまらない。予想が的中していることをノクトは否定したかった。

誰もが祈るような気持ちで最下層へのエレベーターのドカドカと乗り込み、永遠とも勝る体感時間を経てようやく扉を開いて薄暗い最下層まで降りたノクト達は延々と続くような廊下を走る。

 

 

『まだ間に合うはずだ』

 

レイヴスが声を張り上げて叫んだその意味は何を示している。

この先にはプロンプト曰くクリスタルが安置されている格納庫らしい。その先にレティがいる。だがどうしてまだ間に合うのだとレイヴスは叫んだ。

血濡れの剣と急かすレイヴス。そして向かう場所がクリスタルへの通路。点々と続く小さな血の跡。それが誰のものなのか想像すらしたくない。いや、絶対信じたくない!

だが結びたくない接点を結び合わせた時、最悪の結果しか頭をよぎらないのだ。

 

急かすレイヴス。放り投げられた血濡れの剣。

 

二つの感情にせめぎあうノクトはただただ息を切らして走るだけだ。

 

切迫した状況に息が上がりそうになる。それでもノクトは走り続けた。勿論仲間たちも。

ノクト達が何とかたどり着いた時には、元は白のドレスが半分以上血に染まったドレスを着たレティがクリスタルの中へ吸い込まれる瞬間だった。

 

「レティ!!」

 

声を張り上げノクトは必死の形相で朗らかに微笑むレティへと精一杯に腕を伸ばす。

 

これが最後だなんて嫌だ!

 

だがその手は届かなかった。レティは唇だけを動かして何かを伝えてきた。

 

『        』

 

だがノクトは嫌だ嫌だ!と駄々っ子のように首を振る。

 

行かないでくれ!

 

そう声を出そうにも、ノクトは声に出せなかった。間に合わなかった。

そんなノクトにレティは満足そうに微笑んでゆっくりと瞼を下すと同時にクリスタルはまばゆい光を放ち、ノクト達の視界を奪う。

 

「うっ!」

「なんだ!?」

 

驚愕するノクト達の前には信じがたい光景があった。

 

「……うそ、だろ」

 

そう呟きながらノクトは立っていることもできずに膝から力が抜け立っていられなくなりその場にへたり込む。

 

「……こんなことが、…」

「……」

「レティ……、なんでっ、さ!」

 

皆がショックを隠しきれず呆然と立ち尽くすノクト達の前には先ほどとは形を変化させた宝石のようなクリスタルの中へ収まっているレティの姿があった。

血濡れに染まったはずのドレスは汚れが綺麗さっぱりと落とされ、その眠る姿は清廉されており、一つの芸術作品と表現してもおかしくはなく、この世に一切の未練を感じさせないほど美しいものだった。声を出すこともできないノクト達の前でクリスタルはスゥゥと淡い光を放って薄く消えていく。

 

「あ!い、行くなレティ!!」

 

縋るようにクリスタルへと這いずってノクトは追いかけようとした。だがイグニスがノクトの背に覆いかぶさり動きを止める。

 

「待て!危険だノクト!」

「離せよぉっ!」

 

振りほどこうと暴れるノクトはまともな判断すらできずにいた。ただ、レティに会えなくなる。そのことだけは本能で理解していた。たから必死だった。その姿を見てアーデンは今までの復讐の氷が完全に溶けて行くのを感じた。ルシス王女の最も大切なものを頂くようなものなのだ。これで満足したのかもしれないと考え、

 

「さて、オレもこれでようやくお役御免だ」

 

と満身創痍なノクト達に最後の挨拶をした。

 

「アーデン!!お前っぇぇ」

 

イグニスを完全に振りほどきファントムソードを一人出現させて激昂するノクトに対してアーデンはあっさりと口元に笑みを浮かべて別れの挨拶をした。

 

「ノクト、じゃあね」

 

それは今まで王家に執着してきた自分との別れでもあった。アーデンの体は徐々に光を浴びていく。レティがアーデンを呼んでいるのだ。深く、深く、眠れと誘っている。

 

瞼をゆっくりと閉じて最後に思い起こせるのは、たった一人の親友アルファルドのこと。

 

(アル、オレもようやく彼方に行けそうな目途がついたよ。少し、時間が掛かりすぎたけど、また会えるといいなぁ―――)

 

アーデンは満足そうな顔をして光に包まれてこの世から完全に消え去った。静寂を取り戻した場にて、取り残されたノクト達。そこに良く通る声が響いた。

 

「ルシスの王」

「お前は……!」

 

思い出したかのようにグラディオが大剣を出現させてノクト達の前にさっと飛び出てその男を警戒する。ノクト達の前に現れたのは帝国の軍服を着たニックス・ウリックだった。

 

「この帝国はまもなく滅びる。その前にとっとと逃げることだ」

「どういうことだ!?」

 

イグニスが信じられないと声を荒げ逆にニックスは淡々と答える。

 

「簡単なことだ。ここにメテオを落とす」

「「「!?」」」

 

ノクト達に戦慄が走った。あの、メテオを落とす?

尋常ではないことだ。レティでさえ冗談で済ませていたものを実行しようというのか。

しかもこの男にそれが可能だということなのか。魔法を操れるノクトでさえ高位魔法は容易なことではないはずなのに。

 

「何だと、正気か……?」

 

まともな思考じゃないとイグニスは困惑した様子で呟いた。それにニックスは平然と答えてみせる。

 

「あいにくと正気だ。いうなればこれはレティの最後の願いだ」

「レティ、の?」

 

それがどうしてメテオを落とす事に繋がるのか、ノクト達は理解できなかった。

だからこそ、ニックスは分からせる為に説明をした。でなければレティの想いを受け止める事はできないだろうと判断したからだ。本当ならさっさとアラネアの元へ送りクリスタルの元へ馳せ参じたい所をぐっと堪えて我慢をする。

 

「この国はもう必要ない。むしろ過去の遺物として残るべきものではない、とな。魔導兵らも静かに寝かせてやるべきとの判断だ。だから滅ぼす。すでに他の人間は安全な場所に転移させた。後はお前らだけだ」

 

ノクトは頭を抱えて取り乱した様子で叫ぶ。

 

「でもレティが、レティが!!」

「……彼女はもうこの世界にはいない」

「!?」

 

容赦なく現実の刃を混乱し取り乱すノクトへと突き刺す。

 

「ルシスの王。詳細はアラネアにでも聞け。お前がやるべき役割はもう終わった」

「そ、んな……そんな…!!」

 

もう質問タイムは終わりだとニックスは顔を横に振り、

 

「さよならだ」

 

そう言ってニックスはノクト達へ掌を翳して転移魔法を唱えた。

 

「まっ」

 

伸ばしかけた手はニックスに届かず光の速さでノクト達はアラネアが所有する飛空艇に転移させられ帝国から強制的に脱出させられる事になる。

強制転移によりアラネアの飛空艇へ迎えられたノクト達は自分たちに一体何が起こったのかすぐに理解することができなかった。だからこそ、彼女、アラネアは窓辺から視線を向け

 

「ルシスの王、最後をしっかりと見届けな。アンタにはその義務がある」

 

とノクトにニフルハイム帝国の終わりを見届けろと伝えた。

のろのろとノクトは言われるまま、プロンプトの手助けを借りて窓辺から誰もいなくなった暗く灯りもない帝国を見下ろした。

 

先ほどまで自分たちがいた場所を遥か上空から見下ろしている。不可思議な話だが、全て今先ほど実体験したこと。全てが真実であり、これがレティの願いなのだ。

 

「……レティっ……!」

 

天から煌々と燃える巨大な破壊の星が降り注ぎ、大地を大きく揺るがしながらついにニフルハイム帝国はこの日をもって滅亡を迎えた。一つの世紀末が終わった日として後世に記録されることになる。

 

【ニルフハイム帝国滅亡】



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シンクロニシティー

召喚獣。おとぎ話のような高尚な性格なのかと思えば意外と庶民派で趣味は人間観察だというモコモコの白い糸目のモーグリにイリスはあるお願いをした。

 

『ねぇ、あのさ。クペに届けて欲しいものがあるんだ』

『何クポ?』

 

流行りの読み終わった雑誌をレティへ届ける為、いつも通りクペに来てもらった時の事である。イリスは後ろに隠していた綺麗にラッピングされたプレゼントをクペに見せた。

 

『えへへ、あのね。これをレティに渡して欲しいの』

『分かったクポ。もしかしてレティへプレゼントクポ?』

『うん。中身はまだ秘密だよ』

『レティ、きっと喜ぶクポ!』

 

配達召喚獣クペにかかればイリスの家からお城まで一瞬ワープ!思いがけないイリスからのプレゼントにレティは『なんだろう』と胸高鳴らせて長方形の箱の包み紙を丁寧に開けていく。白い箱の上蓋を開けるとレティは感嘆の声を上げそれを手に取ってみた。

 

『うわぁ……可愛い……』

 

シルバー素材で作られた羽根が下向きで形どられていてその一部分に色が塗られているペンダントだった。共に添えられていたメッセージカードには【大切な親友へ】とイリスの綺麗な字で書かれていた。レティはすぐにイリスへと電話を掛け、5回目のコールで電話に出たイリスに飛びつくように興奮した様子で『イリス!ありがとうっ!』とお礼の言葉を伝えた。

 

『届いたみたいだね、どうかな。気に入ってくれた?』

『当たり前だよ!すごく嬉しい』

『へへ、そっか。良かった……。実はそれ私とお揃いなんだ』

『イリスと?』

 

吃驚した様子のレティにイリスは内心ドキドキだった。レティの事は友達にも話せないし、親友はいるんだよと説明しても誰かと尋ねられたらイリスは答えられず曖昧に誤魔化すしかない。本当はハッキリとルシスの御姫様だと自慢したいが、それをしてしまうと馬鹿にされるか、もしくは兄や父に迷惑をかけてしまうかもしれない。なのでイリスは適当に誤魔化すしかないのだ。曰く、事情アリの子なのだと。嘘はついていない。一度も会った事ない親友だが小まめに文通や電話のやり取りもしているし、お菓子の差し入れなんかもしている。ただ直接顔を会わせられないだけの話。

 

『うん。今さ、親友とお揃いの物身につけるの流行ってて私もつい便乗しちゃった』

『そうだったの』

『本当は一緒にどっか遊びに出かけたりしたいけど無理だから。せめて一緒にいれる感覚になれたらって…』

『……イリス……』

 

自分だけが寂しい訳だけじゃなくて、レティももしかして同じ気持ちだったらと望まずにはいられない。

 

『迷惑だった?』

『そんなことない!そんなことないよ、イリス。私、嬉しいもの』

『レティ』

『きっと、会える日が来るわ。だって同じところに住んでるんだもの』

『うん。そうだね!』

 

自己主張が激しいものではないので公の場以外、日常的に身につけていても問題はないとレティは声を弾ませてイリスに言った。イリスは喜んでもらえてよかったと電話口ではにかんだ。同じ王都内で暮らしているにも関わらず、会える見込みは零に等しい。それでもお互いに希望は捨てていなかった。いつか、いつかと胸に秘めて毎日を過ごしていた。あの王都襲撃の事件が起きるまでは。それから流されるようにレスタルムへと身を寄せるようになったイリスだったが、レティ達の無事を知らされるまでは生きた心地すらしていなかった。どれだけ気丈に振舞っていたか。初めて顔を会わせる親友との再会についに今まで我慢していた丈が外れ、レティとクペと抱き合いながら泣きじゃくるという歳相応の顔を見せることになったが、後悔はない。むしろ、不安が一気に吹き飛んだくらいだった。

これからの事もきっと皆でなら共に乗り越えていける。そしていつか一緒にルシスに帰るのだと期待は膨らむばかりだった。たとえ、レティが敵国の皇女だったとしても、イドラ皇帝の跡継ぎとして女帝としてニフルハイム統治へ赴いたとしても、絆が途切れていない限り大丈夫だとイリスは思っていた。

 

思い込んでいた。来るべき時までは。レティとお揃いのネックレスはイリスにとって宝物同然である。それがあの運命ともいえる日に突然切れたのだ。丁度外で鍛錬中の事である。

 

「え」

 

金属音がこすれ合う音を出しながら床にこつんと跳ね返って落ちる。頑丈な金属で切れることなど滅多にないはずなのにどうしてだろうとイリスは不安を抱かずにはいられなかった。イリスは困惑しながらすぐにしゃがみ込んで拾い上げる。つなぎ目の部分は異変は見当たらず、鎖自体がパキンと割れている。

 

「……なにか、あったのかな」

『キューン』

 

共にいるダイゴロウがイリスの隣で不安そうな鳴き声を上げ、イリスはよしよしと撫でてやる。だが一抹の不安がイリスの中に生まれ、どうしても気になりペンダントを握りしめてその足でジャレッドの元へ向かう為、駆け足で家の中に飛び込んだ。ジャレッドは丁度台所から出てくる所で人数分の食事をタルコットと共にテーブルへ運んでいる最中だった。

 

「ジャレッド、ちょっといい?」

「あ、イリス。丁度いい手伝えよ~あ!ダイゴロウは大人しくしてろよ」

『わん』

「ああ、うん。分かった分かった……え?地震?」

 

突如、大きな地震が発生し、イリス達は立っていられず床に急いでテーブルの下へ避難した。数分間にも及ぶ激しい揺れに何とか耐え忍んでいる間にも家具などが激しく横揺れしバタリと勢いよく倒れたり、飾ってあった花瓶が落ちて派手な音を立て割れて飛び散ったりろ家の中は滅茶苦茶な足場もおぼつかないほど滅茶苦茶な状態になってしまう。おまけにやっと揺れが収まり、外の様子を確かめに玄関を飛び出すと昼間であるはずの大空が夕焼けのように赤く染まっているではないか。真上から灼熱に燃える隕石が次々とある地点へ集中的に落ちていくのがはっきりと肉眼で確認でき、イリス達は言葉を失った。

まるで、この世の終わりを見ているかのよう。

 

明らかに異常な現象にイリスはすぐにコルへと連絡を取る為携帯を取り出した。だが電波障害なのか、電話も通じず歯がゆい思いをさせられる。まだ目覚めぬルナフレーナがいる以上、そう簡単にカエムの隠れ家を離れるわけにはいかず、とりあえずメールだけは使えたのでそでコルへ連絡を入れイリス達は家の中の片づけをするため、再び家へと戻った。それから二三時間してから、コルを乗せた車が隠れ家に到着する。イリスとタルコットは急ぎ足でコルの元へと駆け寄った。

 

「コル将軍!一体どうなってるの!?」

「………」

 

コルは青ざめた顔で口を噤んだまま無言でイリスを見つめた。その後ろに控えるグレンも辛そうな苦しそうな顔で顔を伏せていて明らかに何かあったことを物語っていて、イリスはたまらなく不安になり、縋るようにもう一度コルの名を呼ぶ。

 

「……コル将軍?」

 

ねぇ、一体何が。そう続けようとした言葉は淡々と事務的に語るコルの言葉によって遮られた。

 

「……グラディオからオレの所へ連絡が入った。―――ニフルハイム帝国はメテオにより壊滅状態。……レティーシア・エルダーキャプトは死亡した、とな」

 

レティーシア・エルダーキャプトが死亡。

耳を疑う言葉だった。それこそ信じられない一言にイリスは全身が凍り付いた。

 

「……え……」

 

ぽとりと手から力が抜けて鎖が切れたペンダントが地面に落ちる。

 

カチャン!

 

二人の親友である証。宝物である思い出のペンダントをイリスは落としてしまった。永遠に。後にあれはレティが死んだ時と丁度同時刻だったことを兄、グラディオから知らされることになる。

 

【虫の知らせ】



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海闊天空~かいかつてんくう~

空は泣き、大地は悲しみに震え、風は嘆きの声を運ぶ。

 

ニフルハイム帝国最後の女帝、レティーシア・エルダーキャプトの訃報は瞬く間にラジオで全世界へと駆け巡った。大いに喜びを露わに者、悲しみに暮れる者、戸惑う者、世界の行く末を案じる者。様々な人たちが様々な想いを抱きながら、世界の闇が払われることを心から願った。そして、ついに世界は光を再び取り戻せた。

 

数少ない人々の深い悲しみに気づかないまま、世界の人々から喜びの声が上がる。

 

救世主となったルシスの新たな王とその王を支える神薙。この二人がこれから世界の新たな光を灯す象徴となるだろう。全ては彼女の思惑通りに事が進む、予定だった。

 

そう、あくまでも予定。残された人たちの感情がその後の予定にどう影響を与えるか、その計算を彼女はミスしていた。彼ら、彼女たちの心を計算するまでには至っていなかった。新たなルシスの王の戴冠式にはルシスを追われた国民達、いや全世界の人々からたくさんのお祝いムードの中盛大に行われた。城前に溢れかえる人々は期待に胸膨らませて若き王の誕生を心から喜び祝福し祝いの花束を投げた。

 

喧騒賑わう城外とは打って変わりルシス王が鎮座する玉座の間には、極限られた信頼できる仲間達が新たな王の誕生瞬間に立ち会っていた。

 

「………」

 

ゆっくりと一段一段踏みしめるように階段を上っていくノクトを見守る、新たな王の盾であるイグニス、グラディオ、プロンプト。古参であるが新たな王に誓いを立てしコル将軍にその部下となったリベルト、クロウにグレン、ユリ。ヨルゴの軌跡からの代表としてヴォルフラムとレギスの旧友シド。普段ならば立ち入ることもできない場所だが共に参加して欲しいとのノクトの願いで立ち会っているイリス、シドニー、ジャレッドにやや緊張した素振りのタルコット。そして、無事に旧帝国から独立宣言を果たしたテネブラエのレイヴスとルナフレーナ。

 

皆、共に苦楽を共にしたノクトにとって大切な仲間達である。そんな仲間達に感謝しつつノクトは、玉座の前にたどり着き、ゆっくりと皆の視線が注がれる中、玉座に腰かけた。かつて父、レギスが見慣れていたであろう景色が今、ノクトの前に広がっている。

 

ツンと鼻の奥が痛くなった。様々な感情が一気にノクトの胸を押しつぶそうとする。

失った者は二度と戻らない。過去に戻れない代わりに得られた掛け替えのない未来がある。

 

瞼の裏がカァと熱くなってノクトはぎゅっと瞼を閉じ、しばらく耐えるように唇を真一文字に引き締めた。仲間達はノクトの言葉をただじっと待った。しばしの静寂が玉座の間を支配すし、ノクトは口を開いた。

 

「皆」

 

たった一言だがそれは仲間たちの胸に浸透していくものだった。

ノクトは、王としてありながら今にも泣きそうな笑みを浮かべ想いを込めて礼を伝えた。

 

「ありがと、な」

 

今までも、これからも感謝を込めて。

そして、今この場にいない彼女に向けて、ノクトは沢山の感謝を気持ちを込めて礼を言った。

 

【この日、ルシス114代目ノクティス王が即位した。】

 

 

いつ見てもクリスタルの中に眠る愛しい彼女に変化はなかった。

 

「レティ、行ってくるな」

 

ノクトはクリスタル越しにレティへとキスを送り名残惜しげに部屋を出ていった。今日は亡き王女の命日の為にそれぞれ都合をつけて集まる仲間達と顔を会わせる唯一の機会。ノクトはこの日、ハッキリと宣言しようと心の決めていた。自分の今後について。

 

王政という昔からのやり方を変えていく事はすぐには難しいかもしれない。だがもうこの新たな時代に王という存在は不要ではないかとノクトは考えている。

 

偉大な王とはなんだろうか?

 

ノクトは常々考えているがそれでも答えはいまだ出せずにいる。

もしかしたら、答えなどないのかもしれない。人々にとって偉大な王とはそれぞれ価値観や考えがあり多種多様である。人の数だけ答えがある。もしかしたら、難しく捉えずにシンプルに受け止めてしまえばいいのかもしれない。

 

自分らしく生きれる世の中にする。

それはかつてレティがノクトに願った事。そんな世界をレティは欲していた。

だからノクトはそんな世界になるよう努力した。いつレティが目覚めてもいいように。

彼女が生きやすい世界になればもしかしたら目を覚ますのではないかと小さな期待を賭けて。

 

自分のできる範囲内だが仲間達と協力し合って個人の尊厳と自由を保障できるよう全力を注いだ。いきなりすぐには無理な話でも何度でも諦めずじっくりと説明をしてようやっと受け入れてもらえた案もあった。それでも最初の頃よりは着実に進んでいて、王として役目も終わりなのではないかと考えることがある。今まで築き上げたものを壊す。それはとても簡単なことのようでいて難しい問題だ。今まで慣れ親しんだものが突然姿形を変えるのだから。だが変革とはそういうものだ。

 

ノクトはその日、皆に打ち明けると決めていた。

何れルシス王家の役目は終わる事、自分は生涯伴侶は得ない事。

そして――――。

 

※※※

 

後にノクトは第114代でルシス王政を廃し元老院を解散させ、貴族制を廃止させ移民との差別化を失くした。すぐに反発はあったもののほとんどの多くは自由や平等性を望んでいた。最後のルシス王としてノクティスは国民の為に粉骨砕身し、その生涯を全うした。

 

後に観光名所となっているある有名な花畑にはこんな逸話が残されている。

 

『ルシス王は生涯独身を貫き、その左手薬指には名もなき花を象った指輪がいつも嵌められていたという。それはかつての想い人を偲び特注で造られた世界でたった二つだけの指輪。もう片方の在処は分からないがきっとルシス王にとって大切な人の手元に残されているのだろう』

 

名もなき群生地。。

そこには今も純白の白き花々が絶えず咲き乱れている。

 

fin




[FFXV]レグルスの子供たちご愛顧いただきありがとうございました。
これにて、完結でございます。如何でしたでしょうか?

ノクトが下した決断もまた王としての責務。続けることもやめることも結局は選ぶという事。ノクトなりに考え抜いてのやり方として書かせていただきました。
最初は出奔を狙っていた訳アリ王女の暴走話かと思いきや、最後は世界の在り方を変える壮大なストーリーとなりました。自分でも書き始めた当初はこうなるとは思いもよらなかったでしょう。

ただのキャラとして見るのではなく、そこで息づく様々な人間を描きたかった。気持ちの変化、様々な苦悩、葛藤。生きる上で必要不可欠な感情というもの。【混沌】。まさにそれぞれの混沌の成長を描いた物語になった、私の作品を書く上での永遠のテーマともいえる目標は達成できたのかなと思います。ヴェルサスと共通する部分も入っていること気づいた方はいますでしょうか。
これも私なりの拘りの一つでした。きっと、ゲームとして触れることはできないでしょう。だからこそ、少しでも物語の中で自分なりの文章で活かせたらと頑張った結果、ああなりました。
原作のゲームが嫌いというわけではありません。ただ、違う可能性があったらどうなっていたかな?という願望が強くなっただけです。

もしかしたらのIFの世界、ここまでお読みくださりありがとうございました。
番外編も上げる予定なので最後まで楽しんでくださると嬉しいです。



おまけ。



青く輝くクリスタルの封印はついに解けた。眩い光を放ってクリスタルからゆっくりと目覚めたのは白銀の女神。長い杖を右手に持ち、地面に這うほどの銀髪を優雅に白のロングドレスと共に引きずりながら彼女はゆっくりと瞼を開く。彼女の瞳は赤々と燃え盛る炎のように赤く、久しぶりに声を発した。

「……ああ、……外は、……こんなにも美しいのですね」

美しい、そう思える人間らしい感情が自分の中に芽生えている。これほど嬉しいことはない。これも、人間としての生を受けた彼女のお陰である。そんな歓喜に震える彼女の前で黒いフードの男は感慨深く片膝をつき彼女の前で頭を垂れた。

「……長きに渡る目覚めよりお待ち申し上げておりました」

男は語尾を震わせてすぐにでも顔を上げて彼女の相貌を己の両目に焼き付けたかった。だがまだ誕生したばかりの許可なしには頭を上げることもできない。守護者としての縛りか、それとも自分が想像する彼女とかけ離れていたらとの不安からか。

「………貴方にも苦労をかけました。ニックス」
「いいえ――。そのような勿体なきお言葉光栄にございます」

労いの言葉を掛けられ、ニックスは歓喜に震え顔を上げた。そこには慈愛に満ちた笑みを浮かべる女神がいてニックスは彼女から差し出された手を両手で取り滑らかな手の甲にキスを捧げる。彼女は辺りに視線をやると、

「ここは異界、となると――あちらの世界に繋がっているのですね」

と確認するようにニックスに言った。

「はい」
「………では挨拶せねばいけませんね。子供らに導きを与えているのはレグルスなのですから」

その場から歩き出そうとする彼女をニックスは前に出て引き留めた。

「……。しかしまだ目覚めたばかりで貴女様はまだ安定されてはおられぬはず。無理はいけません。すぐにヴァルハラに還るべきかと」
「まだこの体に慣れていませんが、大丈夫ですよ。そう心配しないで。それに私は貴方を信頼していますから。ニックス」
「……しかし」
「人の世を見て見たいのです。いけませんか?」
「……御意に」

不承不承にニックスは頷き、女神の手を引いて手を翳して外の世界へと繋がるドアを出現させた。彼女は手を引かれながらそちらに向かって歩き出す。一歩一歩足を進めるごとにまるで子供のように女神の心は踊っていた。

一体どんな光に満ちた世界なのか。子供たちはどんな風に変化しているのか。

外の世界を目指して。

【融合率98%】


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番外編
A flower without a name


私の母上は一人だけ。

 

私のお母さまは一人だけ。

 

そして私は二人の母を弔った。

 

未練をこの世に残すということは、自分のシ骸化を認めるようなもの。

 

だから私は学んだ。この世に未練を残さぬように完全に断ち切らなくては。

 

 

レティーシアside

 

 

ミラ王女に関する資料はない。この世にいた痕跡が残っているのは彼女の名が刻み込まれた墓石だけ。母親?それは遺伝子上での関係。それにミラ王女が失敗したから次なる女神候補の私が誕生することになったのだ。それは替えがきいただけの話。所詮彼女はスペアだったのだ。

 

産みの母親に対して抱く感情も何もない。ただ私は彼女から産み落とされた。彼女は私を創造し産み落とした。愛情の関係はなくただ利害だけが一致する存在。

 

―――だと思っていた。つい、最近までは。

レスタレムでのバイトを終え、ふらっと立ち寄ったレストランで話題の種から上がった亭主に聞いた話だ。

 

「名もなき花の群生地に現れる女のシ骸?」

 

「ああ。昔から咲いてる花なんだが、そこに度々女のシガイが現れてはハンターに危害を加えているらしい。違う、違う!と叫びながらな。かなりの強敵だ。どうだい、腕に自信があるなら試してみるかい?」

 

亭主の話ではかなりの強敵で死亡者も多くでているとか。だがそれだけで興味が惹かれるわけじゃない。もっと違う何か。

 

そう、何かが引っ掛かるのだ。

 

普段なら適当に済ますところだが妙に気になってしまう。ノクト達が談笑している横で私は考えこんでいたようだ。

 

「………」

 

それが難しい表情にでもなっていたのか、普段よりも進まない食事にイグニスが気遣わしげに理由を尋ねてきた。

 

「……どうした、レティ。なんか気になるのか?」

 

「……その依頼、受けたいの」

 

いつになく真剣な様子に違和感でも覚えたのだろう。どこか探るような視線を向ける。

 

 

「何か思い当たりでもあるのか?」

「……ちょっと、気になってね」

 

曖昧に答えて彼の探るような視線から逃げた。ノクト達から追及される事はあったがやんわりと誤魔化した。たまには体動かさないとね。最近お店に入り浸りだったでしょう?と意地悪く言えばノクト達は不承不承に賛同した。

 

彼女の魂はヴァルハラに還ることなく現世を彷徨っているはず。だがまさか仮とは言え女神の候補者であった者がシ骸に陥ることなどあるはずがない。

 

そうだ。あってはならない。

 

だから確かめてみたかった。自分の目で。

 

「その依頼、うけさせてもらいます」

 

女神は、シ骸化しないという事実が欲しかった。

 

 

目的地である場所にたどり着いた時には夜になっていた。幸い出現する時間帯は関係なく、この地に足を踏み入れる者に対してのみ過剰に反応するようだ。まだシ骸は出てくる気配はない。

 

「……綺麗…」

 

思わず息を呑む美しさだった。

見渡す限り花々が咲き乱れていて香しい匂いが充満している。

見事な群生地だった。『名もなき花』。あえて名をつけようにもその花の美しさを表現するに値する言葉が見つからない。

否、人の言葉だけでは表すこともおこがましいと言えるほどに一瞬にして目を、息を奪われる。

 

だからあえての『名もなき花』、なのだ。

見る人々によってその花が与える印象はきっと違うはず。昼間は可愛らしい可憐な花々だが、夜には月明りを受けて真っ白な花びらを咲き誇らせて私はここにいるわと風に揺られながら耳元で囁きかける。その存在は決して小さなものではなく、胸の中に種を植え付けるのかもしれない。

 

切欠という名の種を。

 

サァーと一陣の風が私達を飲み込むように吹き出した。つい目を瞑ってしまうほどの強烈な風と共に白い花々が風に舞い上げられる。

 

「うわ!」

 

「クッ!」

 

ノクトに抱きしめられながらなんとか強風を乗り切ることができた。

私はノクトの胸に手をついて「ありがとう」と礼を言うとすでにノクトは険しい視線で違う方向を捉えていた。違う、ノクト達だけじゃない。イグニス、プロンプト、グラディオもだ。すでに武器を構えていつでも応戦できるように警戒態勢に踏み込んでいる。

 

気づいていないのは私だけだった。

 

『だァれ』

 

『大切な大切な約束の場所にハイリコムのは』

 

歪なエコーが鼓膜に響いてくる。胸糞悪くなるような瘴気を放ちながらソレは現れた。

 

メリュジーヌ。全裸に蛇を巻き付けて妖艶でいて毒々しさを放つ女形のシ骸。もはや自己はなく、死ぬ間際の想いに囚われてその場所を訪れる者全てを敵とみなす。

 

『ア、…フぁ…、ど』

 

恋人の名をしきりに何度も呼んで女は紅の涙を流す。その身は化け物であるのにまるで人のように涙を流す。

 

『ずっと、ズット、待ってるのヨ』

 

女神に為り得たであろう存在も落ちぶれてしまうのか。

恋に落ち、愛という鎖で縛られ盲目となった己の使命さえも軽んじてしまうのか。

それはもしかしたら私でもありうる可能性。これは私の未来かもしれない。

 

人として生きたいと願った結果、彼女は歪められてしまったのだ。世界に生ずる穢れをその身に受けて溜め込んだ結果、彼女は病んでいった。心も体も蝕まれ辛うじて残されていた自我さえも風前の灯火であったとに最愛の恋人の死が彼女に最後の打撃を与えた。

 

『……あの人じゃない!あの人は、ドコ―――?』

 

その憐れな女、いやシ骸か。

帰ることのない待ち人をずっと待ち続け、みっともなくもシ骸に落ちてしまった憐れなもの。幸いにもノクト達にはあの嘆きの声は理解できていないようだ。特に彼の名前部分には。ノクトは私を後ろに隠すように一歩前へと出ると武器を手に出現させた。

 

「アレだよな。クエストの対象は」

 

「ああ、かなりの強敵だ。気を付けろ」

 

「了解」

 

イグニス、プロンプトがノクトに続いて武器を出現させ戦闘態勢をとる。だが今回ばかりは守ってもらう立場におさまるつもりはない。

 

「今回は私も参加させてもらうわ」

 

「はぁ!?お前な……」

 

反論しようとしたノクトを制したのは意外にもグラディオだった。射貫くような視線に真っ向から立ち向かう私。

 

「レティ、手加減はなしだぞ」

 

「……うん。分かってる。するつもりもない」

 

敏いグラディオはアレが元は何であるかを悟ったのだろう。この世に不遇の死を遂げた者がどうなるか、彼は事実を知らない。だが皇子の名前とこの名もなき花の群生地。点と点と結び合わせていけば行きつく先は一つのみ。

だからこそ、私の意思を尊重して加勢させようとしてくれている。

 

「……グラディオがそういうなら。まぁいいけど。……無理するなよ」

 

「うん。分かってるよ」

 

心配性なノクトに微笑んでみればノクトは不承不承ではあるが納得はしてくれたようだ。

 

「行くぞ!」

 

ノクトの掛け声で戦闘の幕が開けた。

 

かなりの苦戦を強いられた。数々の強敵を相手にしてきたノクト達でさえも長期戦に持ち込まれ荒い息ともともに疲弊した体で何とか耐えていたが、かく言う私もかなり体力を消耗した。

 

「……まったく、なんて想いの強さかしら」

 

「レティ、大丈夫か!?」

 

「ええ。大丈夫。まだイケるわよ」

 

「その調子だ」

 

ポン!と軽く肩を叩いてきて励ましてくれたのはグラディオだ。

魔法で倒せばいいと思うかもしれないが、私は自分自身の力でケリをつけたかったんだ。元から備わっている力ではなく、自分で努力して身につけた技で。

 

協力技を駆使しながら戦った結果、メリュジーヌは耳につんざくような悲鳴を上げて光と共に消えていった。

 

「終わった」

 

「………」

 

これで彼女の魂は無事にヴァルハラへとたどり着けることだろう。そこでアルファルド皇子と出会えることを願ってやまない。

 

『――――』

 

「……あ…」

 

最後の瞬間を私は目に焼き付けた。すると、一瞬だけ彼女が微笑んだ気がした。

目の錯覚かもしれない。もしかしたら、私がそうであって欲しいと願った故の幻なのかもしれない。

 

だが、悪い気はしなかった。最後だ。最後だから私は誰にも聞こえない小さな声で別れを告げた。

 

「さよなら、お母さま―――」

 

かつてルシスに産まれ父上に慈しまれながら成長し囲われた鳥籠からそっと抜け出し、人を愛することを学び最後まで恋人だけを信じてルシス王族の家系図から姿を消した幻の王女、ミラはこの世から完全に消え去ったのだ。

 

愛とは愚かで残酷で儚く脆く、それでいてとても尊いものなのだと私は深く胸に刻み付けた。

 

【私は自分の責務を果たす】



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正しい鍵の渡し方

レティーシアside

 

 

私は少しでも未練を失くすため、鍵を彼に託すことにした。

小さい頃から私の居場所だった図書室の鍵。これはすでにこの世で一つしか存在しない。なぜならもう一つの鍵は失われてしまったからだ。……もう片方の鍵は父上が所持していたはずだから。

 

さて、問題はこれを誰に託すか、だ。

 

ノクトは……パス。あれで結構ズボラだからすぐ失くしそう。自分で片づけとか一切しなかったしね。いつもイグニスに任せっきり。

 

グラディオは……アリといえばアリだけど、やっぱパス。きっと本を読む暇とか無さそう。部屋も掃除してくれ無さそうだしね。むしろ鍛錬の部屋になって健康器具とか沢山持ち込みそう。汗臭くなるのは嫌。

 

プロンプトは……やっぱりご両親が待つ家に帰るわよね。趣味の部屋とかいいかもしれないけど、うーん。ちょっと趣向に合わない。

 

となると、やっぱりイグニスか。消去法だけど一番彼に持ってもらいたい。整理整頓に関しては誰にも負けないと思う。

 

ちなみに私の中で捨てるという選択肢は最初から存在しない。

なぜなら、勿体ないからだ。私好みの内装に家具など拘りぬいたそれぞれの逸品はどれも思い出深いものだし、何よりあの雰囲気を壊す真似はしたくない。どうせなら、私がいなくなった後でも誰かに使ってもらいたい。あれだけの本を収められる部屋などそうそうない。私の大切だった場所。

 

これからも大事に使用してもらいたいから、それを実行して叶えてくれそうなイグニスに渡したいと思う。受け取ってくれるか、分からないけどいつまでも彼に逃げてるわけにいかない。正面から向き合う必要がある。

 

彼もきっと私にとっての未練の一つだから。

 

 

緊張感に震えながらも私は彼に鍵を渡した。

 

「イグニス、これあげるわ」

 

古ぼけた鍵をぽいっと彼の掌に落とす。怪訝な顔で「これは、図書室の鍵じゃないか」と

私を見やる彼に誤魔化すように笑った。

 

「別に意味はないのよ。ただ、何となくあげようと思って。……どうか、ノクトを支えてあげてね」

 

イグニスは頑張って欲しいからご褒美とも言っておこうか。本人には言わないけど。

私の残り香が微かに残る図書室は彼のものになる。ノクトではなく、イグニスだけのもの。……彼の気持ちに応えられない私なりの答え【別れ】。

 

「私、イグニスの瞳好きよ」

 

理知的で時に厳しく冴えわたり時に砂糖菓子のように甘くなる。

貴方は最初私と出会った時はどこか一線を退いて観察するように接していたよね。私という人間を見極めるように。きっと幼いながらノクトを支えようと考えていたんでしょう。私が成長したノクトの邪魔にならないかどうか。

そうよね。やることなすこと全て滅茶苦茶だった私に貴方は呆れて言葉も出ない様子だったし。

 

手を伸ばしてイグニスの頬を軽く撫でる。触れた箇所は熱を帯びていて私の冷たい指先がとけてしまいそうだった。イグニスが自分の手を添えてくる。きっと温めようとしてくれていたんだ。

 

「真っすぐで曲がったことが大っ嫌いでスッキリしてないと落ち着かないところも、そんなに視力が悪くないのにぼやけているのが嫌で眼鏡に拘ってるとことか」

 

イグニスの良いところ、悪いとろろ、幼馴染としてたくさん知ることができた。きっと、将来のイグニスのお嫁さんになる人に嫉妬されちゃうくらい、知ってるって自慢できるよ。それくらい貴方の事を知れた時間は尊い。

 

軍師として、参謀としての貴方を。

ノクトの友としての貴方を。

一人の戦士としての貴方を。

 

「イグニスはきっと立派な宰相になれるわ。―――わかってる。ノクトのことだから逃げ出そうとするかもしれないけど、そこは先回りして捕まえるのよ。貴方には頼もしい仲間がいるもの。それにルナフレーナ嬢もいるわ」

 

何か言いかけた唇を指先でそっと抑える。何も言わせないズルい女と思うでしょう。

そう、貴方は何も言わなくていい。自分の心にそっとしまい込むだけでいい。

 

「きっと世界は救われる」

 

ルシスの王と神薙という新たな光がこの世界に新しい息吹を吹き込む。

それは前世界へと広がり、いずれ人々の【混沌】はしっかりと成長を遂げていくだろう。何年、何十年、何百年掛けてゆっくりと。

 

イグニスの口が『君は』と動く。私がどうなっているか知りたいのね。

ええ、私は。

 

「……私は」

 

どうなるか分からないから。そう続けようとした言葉を飲み込んだ。

言って何になる。今更変えられることじゃない。

 

「……ありがとう、イグニス」

 

泣くのを堪えて無理やりに笑うしかできない。私は泣けないの。

泣くことは許されない。

 

【この願いは私を縛るものだから】



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いふ、れぐるすのこどもたちぃ

昔々でもないお話のことです。るしす王国の首都いんそむにあにて、歴代113代目の王、レギス陛下の子供、二人の双子である王子と姫が国民達へと御披露目されました。沢山の拍手や祝福を受け二人は国民から愛され慕われることになるでしょう。

ですが、片割れである姫にはある秘密が隠されていました。それはレギス王の妹、亡きミラ王女の娘であること。父親は敵国にふるはいむ帝国の皇子アルファルドであること。全てを承知でレギス王はレティーシアと名付けて産まれたばかりであるノクティスの双子の妹として育てることにしたのです。

 

「よく眠っているようだな」

 

「しぃー」

 

妻であるアウライアがジェスチャーで口元に指を当ててレギスに静かにするようお願いをした。どうやらゆりかごの中で子供たちは静かに眠っている様子。レギスは忍び足でゆりかごへと近づいていく。

 

「………」

 

「可愛いわね。男の子もいいけどやっぱり女の子もいいわ」

 

「ああ」

 

愛らしい二人の赤子が仲睦まじく顔を摺り寄せて健やかに眠っている姿は身悶えそうなほどである。だが王としての面子でなんとか耐えているレギス陛下。

 

「大きくなるなんてあっという間よ、きっと。レティはきっと素敵な女の子に成長するわ。貴方、もしレティがイケメン確保してきたらどうするのかしら?」

 

「嫁にはやらん!」

 

断固としてレギス陛下は認めたくないらしい。鼻息さえ荒くなっている。アウライアは頬に手を当てて、

 

「あらあら困った人。どうでもいい意地張ってこの子に厳しく当たろうなんて考えてる人とは思えないわねぇ」

 

と軽い嫌味を吐いた。それにたじろぐ一国の王。

 

「いや、それは将来レティの為にだな」

 

「下らないわね」

 

色々と理由を並べたところで妻から一蹴されてしまえば一国の王とて、勝ち目はない。レギス王は痛いところを突かれて呻いた。

 

「ぐっ!」

 

「そんな面倒くさい事なんて綺麗に水に流せば済むことでしょう。可愛い可愛いレティが傷つく姿なんて見たくないわ。貴方だってそうでしょう」

 

「……う」

 

確かに可愛い愛らしいレティが泣くところなど想像したくもない。

アウライアの追い打ちはさらに続きレギス王を容赦なく追い詰める。

 

「想像してみてくださいな。レティが物心ついた時に将来貴方のお嫁さんになりたい~だなんて甘えてきたら。父親としてこれほど嬉しいことはないでしょうに。でも貴方はレティの為と言って突き放す愛情を与えようとなさっておられますものねぇ~。自分で一つの可能性を摘んでいるようなものだとおもうのですけどねぇ~。自分勝手なやり方で自業自得というのかしら~。ほんと、残念でならないわ~」

 

「ぐはっ!」

 

レギスは想像以上のダメージを負い苦しそうに胸元を握りしめながら床に両膝をついてしまう。あまりにも愛らしくて胸を突き破る勢いだったらしい。

もしアウライアの話が本当だったらレティの為に突き放すような愛情はその輝かしい未来を消し去ることに繋がる。

 

「私は、……」

 

だがまだ渋っている様子のレギス王にアウライアはトドメの一撃を言った。

 

「貴方、レティならきっとイケメン選び放題よ。その内、駆け落ちなんてことも……」

 

「やめだ!レティは私が全力で愛情を注ぐ!誰にも嫁がせないぞ!」

 

「あらあら。それじゃあ行かず後家では……」

 

さすがにアウライアもそれはレティが可哀想だと訴える。だが何かの火が付いたレギス王を止めるだけの効力はなかった。

 

「私が認めた男でなければ認めてなるものか!ノクトとて同じこと!この私を倒してこそレティを得る資格があるというもの」

 

「ほほほほ。将来が楽しみだわ~。ねー、ノクト?」

 

なんだかんだでアウライアの掌で踊らされていることも気づかずに、こうしてレギス王が当初予定していた計画は白紙に戻され、レティ溺愛路線へと変更された。

それからレギスは一目憚らずレティやノクトを猫かわいがりしたりした。特にレティに関しては長年の友人であるクレイラスに馬鹿親と言われるレベルまでレティを可愛がりまくった。そのお陰か、ノクトとレティが丁度一歳になった頃。

レティが初めて喋った言葉は

 

「ぱー、ぱー」だった。

 

レギス王は大はしゃぎしてレティを軽々と抱き上げて頬擦りしては

 

「アウライア!私の事をパパと言ったぞ!よし、今日はレティが初パパ呼びした日の記念日にする!すぐに休日の設定を!」

 

と喜びまくった。静かに寝ているノクトを抱いているアウライアは

 

「良かったですわね~。でもそんなことで勝手に祝日作らないでくださいな」

 

とのんびり答えつつしっかりと釘を指した。レティは頬擦りされ髭が痛くて小さな手でレギス王の顔を叩いた。

 

「ぱー!」

 

「いた!ああ、嫌がる顔もなんと愛らしいのだ!」

 

しまりのない顔で嫌がるレティにさらに髭頬擦りを続けるレギス王。

 

「うー!」

 

「いだっ!」

 

今度は髭を引っ張られたようだ。

 

「あまりにも溺愛しすぎて将来嫌われないといいわねぇ~」

 

「……ぐぅ」

 

家族四人仲の良い姿は国民らに微笑ましいものと受け止めら理想の家族像として広く王都内で話題となった。

 

【物語改変!】



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余計な気遣い

一体誰がこんな長い廊下を作ったのかと文句を飛ばしたくなるくらいその長さに彼女はイラついた。でもよく考えたら自分の祖父じゃない?と疑問が沸いたが無視した。今はそれどころではない。そう、彼女が真っ先に向かうべき所。

 

絶対、絶対用事がない限りで向かない場所がある。それは忌まわしい根源を生み出した膿のような場所。だが仕方ない。

文句飛ばしたい相手がそこにいるからだ。もっと日当たりの良い場所に研究所を作ればいいのにと後で助言してやろうと彼女は考える。どうせだったら温室辺りの隣とか。

 

……ああ、そんなことどうでもいい!

 

陰気臭い地下研究所に慌ただしい足音が響く。バンッ!と勢いよく開かれた先にははしたなく足蹴りをして扉を開けた人物がいた。

 

「この偏屈ジジィっ!」

 

怒鳴り込んできたのはニフルハイム帝国始まって以来の初めての女帝であるレティーシア・エルダーキャプトである。大股でドレスの裾で転んでしまいそうになりながらも怒りを抑えきれない様子である人物の元へ怒鳴り込んできたのだ。

 

真っ先に文句を飛ばす相手、祖父繋がりでレティの計画に協力している魔導兵の産みの親、ヴァーサタイルである。ファイル片手に億劫そうにレティーシアへと視線を向けた。ふかふかの回転チェアが何とも座り心地よさそうである。レティのお尻が痛くなる豪華な玉座など売り飛ばしてこれに変更したいぐらいである。おっと、今はそんなことどうでもよかった。

 

「おや、陛下。わざわざ陰気臭くかび臭いと申していた地下研究所に何か用事でもおありかな」

 

「わざとらしいのよ!白々しいいい方して。よくもあんなもの送り付けてくれたわね!」

 

お下品にも中指おったてそうな勢いの女帝陛下は鼻息荒くヴァーサタイルに詰め寄った。

 

「あんなもの、はて歳を取ると極最近の事までド忘れしてしまうからなぁ」

 

首を傾げてとぼけたフリをするヴァーサタイル。レティの目がギッ!と吊り上がった。

 

「しっかり自分で製作した説明書があっただろうが!あんな魔導スーツやらわけわかんない物作りやがって私に一体何の恨みがあるのよ!」

 

そう以前ノクト達が装着した帝国兵がわざとらしく落としていった呪われし防具魔導インジブル。彼らが嬉々として装着した結果、チョコボポストにて多大な被害を出してしまいそのお陰でレティがイグニスから嫌がらせの共犯者として長々と説教をくらった事件である。あの時の事をレティはずっと根に持っていた。なので帝国に戻ったら真っ先に文句言いに行ってやると前々から思っていた事を今日実現しに来たわけである。だがレティの怒りなどどこ吹く風とヴァーサタイルは素知らぬ顔でかわす。

 

「恨みも何も王子達の役に立てばと思ったまでだが。そうか、陛下はお気に召さなかったようだ」

 

レティは近くにある机に手をバンッ!と音を立てて勢いよく叩いた。実は勢いよすぎて掌がジンジンだったとは言えない。

 

「お気に召すも何もあれじゃ正義の味方じゃなくて悪役面子せいぞろいだってぇの。それに大きなお世話だわ!アンタの所為で私はイグニスからお仕置きのオンパレードでしたよ。どれだけ精神的屈辱だったか分かります?」

 

「いや分からんな。そうか、そうか。様は仲間外れにされて悔しかったとな」

 

「分かるわけないよねだったら体験させてあげましょうかぁ?あのさぁ、話がもう噛み合ってないんだけど頭耄碌してる?」

 

ぐぐぐっと拳を握りしめてメンチ切る女帝陛下。だが圧力に屈しない偏屈ジジィはバッサリと言い切った。

 

「断る。儂は陛下と違ってそんなに暇ではない」

 

くるりと背を向け用は済んだと言わんばかりに謎の設計図を書き始める。何かアイディアでも浮かんだのか。もうレティの声は届いていない、ように見える。

 

「くぅぅぅぅ!!私だって忙しい中わざわざ時間を割いてきてあげてんでしょうが!」

 

そう叫べばしっかりと答えは帰って来た。

 

「あいにくと儂の予定に陛下と戯れる時間は確保しておらん。出直してこい」

 

「きぃぃ―――!!」

 

地団太踏む麗しい女帝陛下は頼もしい守護者に引っ張られて地下研究所を後にした。というか強制的にお帰りになった。

 

「まーまー、おやつでも食べて落ち着けって」

 

「まだこの恨み晴れさでおくべきか~~!離しなさい~~」

 

ジタバタと暴れるレティを強制的に抱き上げてニックスは来た道を戻る。

 

「あのじーさん相手にやり合ったって勝てっこないって」

 

「勝つもん!絶対勝つもん!」

 

「疲れるだけだろ。いいから少し休もうぜ」

 

「うぅぅうぅぅ」

 

獣が唸るような声を発する女帝陛下。品位の欠片も感じさせないのが素晴らしい。

結局シシィのお手製お菓子を食べた事で多少、イライラは緩和された模様。だが後日ヴァーサタイルから送られてきた謎のプレゼントがまたもレティの怒りを誘発させるとは誰も思わなかっただろう。

 

※おまけ※

 

シシィ「レティーシア様、父からレティーシア様に贈り物が届いております」

 

レティ「なんだろ。この間のお詫びってやつ?」

 

ニックス「さぁ、あのじーさんそんなに気を遣うタイプに見えるか?」

 

シシィ「私の父を貴方と一緒にしないでください。不愉快です」

 

ニックス「どうも嘘がつけないタイプなんでな。根が正直なもんで。どっかの腹黒タイプと違ってね」

 

シシィ「あら?そういえば小物風情のミニクロ男が大口叩いてアラネア様に喧嘩吹っ掛けた挙句ボロボロのけちょんけちょんにのされた風の噂で耳にしましたが一体どこの誰でしょう?確か一戦でも勝利することが出来たならば恐れ多くも我らが麗しい女帝陛下とのデート権を許可してもらうなどとほざいたとか?まぁ見るも無残な姿で負けてしまったから当人にしてみれば羞恥心に耐え切れずとっととこの地から消え去ってしまいたいと思っていることでしょう。私でしたら喜んで応援いたしますのに。その際はぜひご相談いただきたいですわ」

 

ニックス「誰がするか」

 

シシィ「あら、誰も貴方の事と一言も言っておりませんけど」

 

ニックス「……女に手を出す気はさらさらないが、我慢にも限界ってものがある」

 

シシィ「フフフ、どうぞご安心を。少々私にも戦の心得はありますので。レティーシア様の侍女なら当たり前ですもの」

 

レティ「あー、はいはい。喧嘩するなら私の部屋からでてやってね」

 

シシィ「申し訳ありません!すぐに片づけてまいります」

 

レティ「いや片づけなくていいから。いつの間にお淑やかなおねーさんから攻撃系おねーさんになってるのよシシィ」

 

シシィ「これからますますレティーシア様には困難と大いなる敵(ニックス)が待ち受けておられるでしょう。私も微力ながらお力添えしたく己の身を鍛えております。アラネア様から直々に指導していただき以前のか弱い己をかなぐり捨て新たな私を必ずやレティーシア様の御前で披露させていただきますわ」

 

レティ「一体何目指してるのシシィは。私よりも最恐になりそうで怖いわ」

 

シシィ「あらあら、そんなに褒めないでくださいな。つい調子に乗ってポッキリやってしまいそうです」

 

ニックス「………」

 

レティ「………ニックス、ここは男らしく退くべきよ」

 

シシィ「それよりも父からの贈り物とはなんでしょうね」

 

レティ「そうだったそうだった!すっかり頭から弾き飛ばしてた。……ご丁寧にアタッシュケースなんて入レティゃって厳重なのね。………ナニコレ」

 

ニックス「なんだそれ」

 

シシィ「まぁ、なんでしょう。……何やら衣装のようですが」

 

レティ「………全身真っ白。しかもどこかで見たことある品物……。これノクト達が着てた魔導インジブルじゃない」

 

ニックス「レティ、手紙が付いてるぞ」

 

レティ「………えーと、何々。『仲間外れにされて拗ねている捻くれ陛下に贈ろう。これで彼らの仲間入りを果たすといい』ですって……。私に変身しろと?コレを着て?」

 

シシィ「良かったですわね。レティーシア様。これで正義の仲間入りです」

 

ニックス「……黒と白の二色ヒーロー。もうちょっとカラフルさが欲しいよな」

 

レティ「~~~!そういうことじゃない!」

 

ヴァーサタイルの余計な気遣いでレティの怒りのボルテージは収まるどころかさらにヒートアップし今度は殴り込みに行ってやる!と双剣両手に装備して乗り込もうとした。それを止めるのにニックスが苦労したとかしないとか。



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エトロの涙
居酒屋の親父、旅に出る


移民たちが住まう地域で人々の喧騒の中に紛れ込むようにしてたつ居酒屋。王都で大人気の屋台でもあった。客はそれぞれ様々な年齢層で老若男女問わず客に愛されていた。

料理の腕前はさることながら、店の親父自身にも熱い人望があった。

王都で有名なグルメ雑誌で星五つ星と評価されるもそんな余計なもんはいらねぇと格好良く辞退したり、ガラードという同郷のよしみである王の剣に所属する若い衆に付け払いオッケーにしたり、恋に悩みやけ酒する青年の愚痴をひたすら黙って聞いてやったり、コソコソと城から抜け出してきた右も左も分からないお姫様には優しく「嬢ちゃん、これ食っていきな」とサボテンダーソフトクリームアイスおごってあげたり、お迎えに来た配達召喚獣に追加で「嬢ちゃんも食いな」とプリンソフトクリームアイスをあげたり、ご満悦と幸せそうな女子二人の後ろの方でコソコソとフード被った怪しいオッサン二人を盗み見ては、ああ保護者(王と宰相)かと納得しオッサン二人の背後に瞬間移動してあんパンと牛乳を差し入れして大層驚かれたり、そのオッサン二人が(王と宰相)居酒屋の親父を気に入って密かに贔屓にして自分の息子をこっそりと連れてきたり、世間を知れとの名目でそこの居酒屋でアルバイト経験させたり、宰相の息子も親父の心遣いに胸打たれしょっちゅう幼馴染の眼鏡軍師連れて一緒に飲みに行ったり、眼鏡軍師が親父の作る料理を口にした瞬間後頭部に雷が直撃したかのような衝撃を受けてひっそりとレシピ探りに通ったり、オッサン(王)の息子の友達も巻き込まれてアルバイトに来たり、イケメンアルバイトの二人の噂に女子から人気度が上がったり、抜け出す姫を見つけ出して無事城に連れて帰った仕事終わりの不死将軍と有名な男も親父の前では一人の普通な客であった。チョコボの手羽先に噛り付いて「親父、頼む」とライスで作られた美味い酒を一升瓶丸まるオーダーして昔の好きだった人を懐かしんだり。

 

それは本当に色々なことがあったものだ。

 

王都がきな臭いことを始めると本能で感じ取るまでは。

馴染みの客がついていることは親父も嬉しいが、正直戦争に巻き込まれるのは勘弁だ。

いつも生き生きと常に新鮮な味をモットーにしている親父には他の居酒屋とは違った食材の仕入れ方法があった。きっと熟練のシェフですら真似できないだろうその神業。

 

下駄をふっ飛ばしてシフトさせてモンスターに捨て身で突っ込んだりとか、【明日天気にな~れ】で下駄を飛ばして落とす攻撃とか、自分の身の丈以上もあるモンスター相手に足蹴り一つで動きを止めたりとか。自分で倒してきたビッチビチ新鮮なモンスターをさばいてお客に提供する。彼はそれこそ全力でこの食材探しを日常的にこなしていた。誰もが彼の人柄に惹かれ通うことをやめなかったが、居酒屋の親父はついに決断する。肩に乗っている彼に親父は静かに尋ねた。

 

「旅に出るか、なぁ?相棒」

「くぴゃ〜!」

 

縁あって助けた小さなモルボル、通称看板モンスター[もるぼるくん]が同意するように可愛く歯を見せた。目をキラキラとさせて恩人とともに広い世界へと旅立つことを待っていたと彼は喜んで歯を見せカチカチと鳴らす。親父はもるぼるくんを優しさ撫でると

 

「そうだな、ここいらも潮時だと思ってたぜ」

 

親父はツルツルの頭を一つポンっと軽快に叩くと、

 

「屋台引っ張って世界のモンスターさばいてみるか」

 

夢は大きく、スケールでかく。

親父は本気で屋台を引きながら旅をすることを決めたようだ。小さなもるぼるくんには親父の手助けをすることは無理そうだが親父の為に応援を送ることはできる。

臭い息ならぬ、【香り高い息】という技をもつ特殊個体であるもるぼるくんは常に親父に心地よい香りを提供している。カップルで来た常連客の雰囲気作りも彼の仕事である。もるぼるくんもまたさらなる高みを目指す香りの達人。

 

最強のタッグを組んでいる二人(人間と一匹)は常連客に店を閉めることをこっそりと伝えてひっそりと王都から姿を消した。二人がまず目指したのはハンマーヘッドである。

果たして、そこでどんな出会いが待ち受けているのか?

 

目指せ、世界一の居酒屋親父!



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女神の誕生

昔々、豊かな可視世界を治める母なる女神ムインがいました。

七つの世界を治めし彼女には跡継ぎがいませんでした。ムインは自分の後継者として全能神ブーニベルゼを創りだしましたが、彼は女神ムインに反旗を翻しムインを不可視世界へと追いやってしまいました。

七つの可視世界を手に入れたブーニベルゼでしたが、命の循環が行われているのは母、ムインの呪いのせいではないかと勘違いをしました。不可視世界に逃げ込んだ母、ムインを追う為、ブーニベルゼは三人の従神(ファルシ)を創りだしました。

 

男神パルス、女神リンゼ、女神エトロ。

 

パルスは世界の開拓と不可視世界への扉を見つけることを命じられました。

リンゼはブーニベルゼを守護し世界の終わりを知らせる役目を命じられました。

エトロは誤って母、ムインに似せて創ってしまったのでその存在を疎まれて何の役目も与えられませんでした。

 

ブーニベルゼはそれぞれ二神からの吉報を待ちながらクリスタル化して眠りにつくことにしました。

 

エトロは他の二神が役目を受けていて自分だけが無能で何もないことに嘆き悲しんで自分の体を引き裂いて不可視世界へと飛び込みました。

自分に似ているという母、ムインに会いたかったからです。その時、彼女の体から流れた血で人間が出来上がりました。人間達は沢山数を増やして可視世界に住むようになりました。

 

不可視世界に飛び込んだエトロの前でムインは混沌に飲み込まれていようとしていました。最後にムインはエトロに向けてこう言い残しました。

 

『世界の均衡を崩さないよう見守って欲しいのです。エトロ、頼みましたよ』

 

そう言い残してムインは混沌に飲まれてしまいました。母、ムインの言葉を理解するにはその時のエトロには難しすぎました。ですが彼女なりに理解しようと必死でした。彼女には大それた力はありませんでしたが他者に幸福を授ける特別な力がありました。

それは人間に会うことで知恵をつけ、想いを育んでいく中で学んで自力で得たエトロだけの特別な力でした。

 

混沌の世界に身を置く彼女の元に寿命を迎えるようになった人間が訪れるようになりました。

 

『彼らは不思議な者だわ。でも嫌じゃない』

 

エトロは彼らを温かく迎え入れ、【混沌】を分け与えるようになりました。

それは何時しか人間の中で変わって【心】となり彼らは大切にしていき、エトロを敬愛していくようになりました。

エトロは長き時の中で人々から沢山の事を学びました。空っぽだったはずの中が満たされていくのを感じては、人々を慈しみました。いつしか、人間のように世界を歩くことが彼女の密かな夢となっていました。そして再び、母ムインに会うことを願っていました。

 

『いつか、きっと願いを叶えたいわ』

 

彼ら人間もエトロを敬い、信仰を世界に広めていきました。そんな中、自身をクリスタル化して母ムインを倒す事を目標にしていたブーニベルゼはエトロの事を快く思っていませんでした。隙あらば自分に反旗を翻すのではないかと疑っていたのです。

 

『あの者はムインに似ているだけではなく【中身】も似てしまったか』

 

エトロも完璧さを求めるブーニベルゼの存在を良しとしませんでした。

 

『きっとあの方は私を滅ぼしに来るわ。永遠だけに囚われて目の前の命の儚さ、尊さに目を向けることはないもの』

 

互いに意見が交わることはない。

ここから主神ブーニベルゼと女神エトロの七つの世界と混沌を巡った長きに渡る争いが始まりました。ファルシに選ばれた数奇な運命を辿るはずのルシ達を憐れに思い、自分の力で産み出した召喚獣達を送り出し手助けをさせたりしました。

彼らが幸せになるように、エトロなりに心を砕いていました。ですが、クリスタル化しているはずのブーニベルゼの策により隙を突かれてエトロは自分の力を使い果たしてしまいました。エトロを慕う召喚獣達は彼女の復活を願いました。

 

どうすれば女神が再び蘇ることが出来るのか。エトロは自分の守護者、召喚獣達にこう言い残しました。

 

『私の心臓は戻らないわ。でも魂は循環するもの。だからいつの日にか私は再びエトロとして蘇りこのヴァルハラに戻るでしょう。その時、また私の守護者をしてね』

 

エトロはそう言って母、ムインのように混沌の海に沈んでいきました。

召喚獣達やエトロの守護者は永遠の時の中でエトロ復活だけを願って静かにその時を待っていました。ブーニベルゼの干渉に目を光らせながら。

 

可視世界では召喚獣達が気づかない内に女神エトロの魂を宿した者が何度も転生しては死の循環を繰り返していました。ですがその魂はヴァルハラに戻ることはなく、召喚獣達はしびれを切らして不可視世界から可視世界へとそれぞれ舞い降りました。すると様変わりした世界で召喚獣達を目の当たりにした人間達は彼らこそが創造主であると勘違いをし、勝手に信仰を開始しそれは瞬く間に世界中に広げました。

自らを産み出し母であるエトロは影日向の存在に変わり、表立って召喚獣達の活躍により世界は創造されたと人間達に間違って認知されました。召喚獣達の中で意見は真っ二つに別れました。

 

女神の恩恵を忘れし罪深き者たちに制裁をと意気込む召喚獣と

 

女神復活まで静観するのが望ましいと考える召喚獣達。

 

その中で長たる八神のバハムートは皆の意見を取り入れつつ、あくまで静観を貫き通すと決めました。ですがそれは各々の判断に任せると条件をつけたのです。気まぐれな性格のアレクサンダーは可視世界にいたく興味を持ち、人間に紛れ込むとそれ以降仲間の前から姿を消しました。それから人間達には八神ではなく六神と認知されていくのです。

 

女神復活までの長すぎる幾千年、ついに時が満ちました。

召喚獣達が多大な期待を寄せる中、小さな小さな産声がある国から上がったのでした。

 

 

白銀の王女は産まれるたびにその命悲しみの中に散らしていきました。

まるで産まれ散ることが性(さが)とされているように。どれだけ召喚獣達が心砕いたとしても彼女たちの運命だけは変えられない。そう、いうなれば彼女達は運命から逃れられないマリオネット。女神たる証を持ちながら、その数奇な運命に翻弄され鳥籠の中で朽ちていくしかない。

未来を羨望しながら動こうとしなかった故、彼女達は同じ結末を辿る。

それは同じ輪の中で腐っていくことと同じ。

 

だが遂にある姫がその産声をあげて誕生しました。

その容姿、歴代の姫達と瓜二つだが瞳の色だけは違いました。

 

深く慈愛籠った深緑の色。ルシスの血とニフルハイムの血を受け継いだ混血の姫。

複雑な出自でありながらも向上心高く常に最善の手を尽くそうと努力を惜しまない彼女は、今度こそ新たな女神をヴァルハラへと意気込む召喚獣達によって蝶よ花よと大切に大切に育てられた。常に傍に居ることで自分たちの存在を必要不可欠であると小さな姫に植えつけ様、まるでインプリンティングのよう。

だがそれが功を奏し姫は明るく快活に育っていきます。父王から与えられぬ愛情を召喚獣達から注がれ、いつか外の世界に出てやるという決意を幼い身ながら心に誓って日々読書漬けという大人顔負けの毎日。それだけではなく、外の世界で生きていけるように体術や武術を身につけ、教養や不特定多数の相手に対しての話術など学べるだけのもの全てを吸収しようと努力をし怠ることはありませんでした。

 

姫のその健気な様を見守る者にとっては胸打たれるもので、誰もが姫を好いていました。

その見た目に囚われるわけではなく姫の様々な面に心惹かれ助力を惜しみませんでした。ですが姫自身は自分の事だけで精一杯でとても視野を広げることはできず、自分に向けられる愛情に気づくことはできませんでした。それは父王から注がれる隠された愛情とて同じこと。

 

『愛して欲しい』

『愛されたい』

 

今まで理由を並べて姫が自分磨きに注いだ時間は根底を覗いてみればこの理由にありました。

見返してやりたい、自分の存在を見せつけてやりたい。

人誰しも一度は思うであろう感情を抱いていた姫は決して他人にその胸の内を曝け出す事はなく語ることもありませんでした。なぜならそれが姫にとって矜持でもあったのだから。もし下らないと他人から評価をされたとしても姫は気にも留めないでしょう。

 

それは紛れもなく人である証だから。だから姫は夜空の星のように強く光り輝いていました。その意思を表すように。姫は愛されていることを知らずに育ち、そして念願叶い世界へ飛び出る機会を得ました。それが策略に呑まれた王子の結婚式だとしても。それが父王の愛情の証でした。戦火に巻き込まれる王都にいては必ず姫は狙われる。そう危惧した王によって王子と共にルシスを旅立たせることで姫を皇帝の手から守ろうとしたのです。

不器用な愛を交差させる父娘(おやこ)は、二度と会話を交わすことなく別れることになりました。

 

王都陥落。

その一報は王子達に衝撃を与え、姫を錯乱状態にまで陥れるほどに最悪なニュースとなりました。

 

姫はどれほど嘆き悲しみを堪えようとしたか。

愛情を求めていたがそのやり方を知らず、子供のような癇癪の仕方でしか父王に表現できなかった姫にとって父は、やはり父だった。

たとえ血が繋がっていなくとも、姫にとって敬える親は父王、そして母である王妃だけ。

大切な家族だった二人を失った姫にとって、もう家族と言えるのは王子だけ。

だが王子と姫は血の繋がりはない。そう信じていた姫にとってただ孤独に耐えるしかなかった。婚約者の元へ向かうであろう王子に自分の元にいて欲しいなどと懇願できるわけがない。だから姫は耐えて耐えて、王子の為に動きました。

 

彼を真の王とさせる為に。

婚約者である神薙の目指す、真なる王とは別の邪道なやり方で。

 

清廉潔白の塊のような神薙と対照的である姫は、召喚獣達の元を回って王子の為に啓示を集める彼女の逆の手を取りました。召喚獣と親しい間柄である姫はその啓示を王子へ渡さないよう召喚獣達に願うことにしたのです。

それは神薙の想いを踏みつぶす行為であると知っていましたが、王子が最終的に行きつく先は選ばれし者という名誉ある死のみと姫は知っていました。だからこそ神薙の行いを否定したかったのです。

 

王子を生きさせるため。

 

どれほど困難な道であろうと姫は諦めませんでした。なぜなら姫は馬鹿がつくほど一途。たとえ道端に不意に転がろうとも痛みを堪えて立ち上がる根性が備わっていました。誰よりもずる賢く誰よりも卑怯で誰よりも優しい。

そんな姫は自分が思ったよりも多くの人々に慕われている事を知りませんでした。姫には周りを見る余裕がなかったのです。ただ、王子の未来の為に。我武者羅に進んで土壇場で機転を効かせて自分の流れに持ってこさせる。簡単なようでいて運が備わっていなければできないことを姫はやって見せました。

 

元からある力なのか、それとも姫自身が学び得た力なのか。隠された事実を知ることになるのはまだ先の話でした。

 

 

姫にとって神薙という世間的に認められている王子の婚約者は太陽のように眩しく思えました。月の名前を与えられながら皆にサンサンとした輝きを与える存在。唯一無二の存在であり、妬ましくもありました。幼い頃より我慢を強いられて誰よりも孤独に耐えてきた姫にとって、王子だけは自分を庇護してくれる者であり縋ってもいい、心を許してもいい存在であったのに彼女の存在がそれを揺らがしていました。

奪われてしまう。自分の唯一無二が。

毎夜、姫は夢の中で魘されながら涙を零して目を覚ますという行為を何度と繰り返しました。

酷い時は朝目元が腫れているくらいに。それでも姫は誰にも打ち明ける事はありませんでした。指摘されたとしても誤魔化して事実を語ることもありませんでした。

 

言えるわけがない。自分が彼女に嫉妬しているなどと。

 

奪わないでと言える立場でないことを十分理解しているからこそ我慢するしかない。その度に姫は自分の腕を傷つけて耐えました。今は王子を『借りている』だけなのだ。いずれ彼女の元に返す。そう、そう考えることで自分の気持ちを押し殺してきました。溜めてきました。だからこそ、彼女は拠り所となっていた男の元で静かに涙を流すこともありました。無防備に男のベッドで横になるくらい彼女にとって男は大切な部類に入っていました。

その気持ちが愛情なのか、友情なのか知らぬまま。

男の無骨な手が眠る姫の髪を丁寧に梳くのを許しながら二人は微妙な距離を保ち続けました。

 

王の長年の友であり宰相に知られるまでは。

 

悪役の魔女、悪役皇女、悪役女帝。

全て彼女にとっては誇るべき立派な経歴となっていました。それは自分が生きた証であるから。王子の為に粉骨砕身して身を捧げる姫を心から慕い付き従う守護者となった男はいつ、いかなる時も傍を離れぬと姫の手の甲に口づけをして誓いを立てました。その男、姫とは運命づけられた出会いを果たしてからも密かに城を抜け出てくる姫と身近な逢瀬を繰り返していました。最初こそ興味本位からの付き合いだったがいつの間にか姫の存在は男の中で強くなっていくのに時間はかかりませんでした。くるくると表情を変える姫にいつからか心惹かれるようになり身分違いであることを理解しつつも、姫を想う気持ちは加速する一方でした。城を抜け出ていることを知られ、二人の関係に終止符が打たれ姫と会うこと叶わなくなるとも男の気持ちは募るばかり。

王都襲撃事件で命を落とすはずだった男は姫からもらった王妃の形見のブレスレットのお陰で難を逃れ、姫に再び会うために親友と共に王都を脱出し、様々な出会いをして度重なる苦労の末にようやく愛しの姫との再会を果たしました。それからどんな時も姫の傍を片時も離れなかった男は、ついに姫の秘密を知ることになりました。

 

なぜ彼女は召喚獣を従えさせられるのか。

なぜ彼女は神と崇めたてられる召喚獣達に愛されているのか。

 

隠された真実を目の前にしても彼の意思は鋼のように揺らぐことはありませんでした。

 

この命、全て彼女の為に。

惜しいものは何もない。むしろ光栄なことだ。彼女の傍に居る権利を得られるのなら。

 

男は守護者として彼女を守ることを選び取りました。

姫は男の決断に困惑しました。なぜそこまで自分の身を犠牲にするのかと。

人であることを捨ててまでなぜ私に。

その問いに男は笑いながらこう答えました。

 

『お前を愛しているからだ』

 

姫は何も言えずただ涙を零しました。自分を愛してくれることを嬉しいと思いながら、自分はその想いにすぐ応えることはできない。すぐに返事を返すことができない。姫の中で何かがあったからです。

それでも男は構わないと姫を抱きしめました。

 

『お前の傍にいさせてくれ、レティ』

 

懇願するように言われ、姫は小さく頷きながら男に願いました。

 

『どうか私の為に命を捨てる真似だけはしないで』

『分かった』

 

姫の願いを男は受け入れ、姫を支えることを誓いました。たとえどんなことが待ち受けようとも全力で守ると。

男の腕の中で姫はひと時の安らぎを得ました。すぐ目の前に厳しい現実が待ち受けていること、承知の上で。

それでもその時だけは誰かに寄りかかっていたかったのです。

ずっと待ち焦がれていた王子の腕ではないと知っていても。後に男は女帝の愛人と周知されるようになりました。

どんな時も女帝の後ろに控えその身を守り続けていた、と。



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最初の出会いは盗み食いから

王子の側仕えとして城に登城することになった少年は姫の存在は知っていましたが、実際に顔を拝見するには至っていませんでした。なんせ王の許可なしに会う事はできないという深窓の姫君と有名な方。それも歴代の王家の証をより濃く受け継いで生まれた容姿である故、大切に育てられているという。整った容姿であるという事だけは知っていましたが、まさか、まさか自分の目の前で涎を垂らして家庭教師から逃亡しているとは夢にも思いませんでした。

それも常習犯であると後から聞かされては何も言えなくなってしまう。姫と改めて顔合わせとなったのは、王子からの紹介の場でした。

 

『イグニス、この子が僕の妹のレティだよ』

 

『【初めまして】、イグニス』

 

王女に相応しい見事なカーテシーをし、愛らしい微笑みを浮かべて挨拶をする姫はワザとらしく、初めましてと王子に気づかれることなく強調してみせました。少年は呆気に取られましたが、姫の意図にすぐ気づき胸に手を当てて頭を垂れました。

 

『初めまして、レティーシア殿下。イグニス・スキエンティアと申します。――お会いできて光栄です』

 

『ええ、ノクトから貴方の事は聞いてます。お料理がとてもお上手なんだと。わたしもぜひ頂きたいわ』

 

『―――光栄な事です。殿下』

 

とても食い意地をはり涎を垂らしていた不審人物とは思えないほど姫は可憐であまりのギャップの差に少年は同一人物かと内心疑っていました。それから和やかに三人でお茶会をして少年は退出しようと挨拶をして二人に背を向けようとしました。その時、姫が『イグニス、待って』と小走りに駆け寄ってきました。

イグニスは咄嗟に振り返るとすぐ後ろで姫が顔を近づけて少年の腕を引っ張って悪戯めいた緑色の瞳に口元に愛らしい笑みを浮かべました。

 

『またアレ作ってね。食べたいわ』

 

耳元で囁き、目を見開いて驚き固まる少年からすぐに離れ王子の元へと戻っていきました。

軽やか風が心に擽るような人波を立てていく感覚を感じながら少年は二面性を持つ姫に興味を抱くようになりました。家庭教師から逃げるほど自由奔放な癖して誰よりも知識に貪欲で寝食さえ忘れてしまうほど本に依存し、王族として相応しい佇まいを持ちながら王女の仮面と素の自分を使い分ける不思議な幼い姫。

まだ真実を知らぬ少年にとって姫は未知なる存在でした。だからこそ、のめり込むように姫との時間が増えていきました。王子を介して姫という存在を徐々に知っていき、実は彼女が誰よりも努力家であることを知るのです。

その延長線での付き合いで徐々に心境に変化が訪れるのはお互いに婚約者を得てもおかしくない年頃になった頃でした。姫に相応しい存在として少年は立派な青年へと成長し、姫もますます深窓の令嬢として見目麗しく可憐になりその反面性格とのギャップの差は激しいままでした。青年との婚約話は以前から水面下で決まりかけていましたがついに顔合わせとして設けられたある日。その日、とあるハプニングで二人の関係は一気に急展開になるかと思いきや、婚約話はそれから数日後には白紙に戻り二人は微妙な間柄となりました。

 

『イグニス、お腹減ったわ』

 

『……さきほど食べたばかりだろう』

 

呆れたように青年はため息をつきながら幼馴染の姫を見下ろしました。姫はワザとらしく目を瞬かせてから口元に笑みを作りました。

 

『あら、私イグニスのファンだもの。お菓子ならなおの事、別腹よ』

 

『そう言って体重計に乗るたびに後悔しているのは誰だ』

 

ピキリと姫の笑みが固まりました。

 

『………最近は戦闘続きだからちゃんと自己管理できてるわよ』

 

『甘い物ばかり食べていると虫歯になるぞ』

 

『歯磨きはしっかりしてます!』

 

『それに君は―――』

 

永遠と続く青年の小言に姫はついに耐え切れず両耳を塞ぎながら大声を上げました。

 

『あーもういいわ!イグニスはいつからノクトのオカンから私のオカンにジョブチェンジしたのよ!』

 

『またわけがわからないことを』

 

『それはイグニスの方だって!』

 

平行線をたどる言い合いは青年の根負けしたため息によって終止符を打ちました。姫はビシッ!と青年に向けて指をさしては偉そうに

 

『とにかくお菓子作って!イグニスの作ったの食べたいのっ』

 

と訴えました。青年は内心、これで無人格なんだからまったくと口元が緩むのを止められませんでした。

なんだかんだ言って青年もこうやって姫に餌付けしている事は確信犯なのでしょう。

自分だけの特権。自分だけの姫とのやり取り。意外と独占力が強い青年は王子にバレないよう姫にいつもの口止めをしてお菓子を作ることを約束するのです。毎回、毎回。

 

『分かった、分かった。君だけに【特別】だ』

 

『やった!』

 

子供のようにはしゃいで喜ぶ姫を見つめながら青年は、特別なのは君だけなんだがなと心の中で呟きました。

 

【青年と姫の秘め事は王子には内緒】



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その瞳が何よりも印象的だった

王の盾次期統領である幼き少年は、決して誰にも打ち明けてはならない秘密を父親から受け継ぎました。

王子と傍仕えである少年と顔見知りとなった頃、まだ少年は姫と顔合わせはできていませんでした。その前にと宰相である父親から別室に一人呼ばれてこう静かに告げられたのです。

 

『いいか、心して聞け。グラディオラス。レティーシア殿下は我がルシスにとって宝ともいうべき存在だ。決して他国に渡ることがあってはならない。お前はあの子から目を離してはならないのだ。ミラ様の二の舞になることだけは避けねばいけない』

『ミラ?とは一体誰の事ですか、父上』

 

首を傾げて尋ねてみると、父はふぅと小さく息を吐いて何処か遠い記憶に想いを馳せるようにゆっくりと呟きました。

 

『ミラ様は、彼女は……レギスの妹姫だ』

『………でも陛下には兄妹がいたとは知らされておりません』

 

少年は戸惑いながらもそう言いました。事実、国民の誰もがそう受け止めているはずなのに少年は信じられませんでした。ですが父は嘘ではないと顔を横に振りました。

 

『そうなるよう記憶操作されている。ミラ様の存在は王家から抹消されてしまっているからな』

『……抹消……』

 

それも全ては陛下の力によるものだと聞かされ少年は、王という存在がどれだけ強大なのかを幼いながらに感じ取りました。まだミラという王女が一体何をしでかしてしまったのかはその時教えられることはありませんでしたが、いずれ話すと暗い顔の父に退出を促され、少年は一礼をして部屋を出ました。気分転換にと王子を稽古に誘い出そうと王子の部屋を目指して長い廊下を歩いていた時、ふと大きな庭先へ視線をやると白いフードを被った子供が宙に浮かんでいる小さな白いモフモフした生き物と顔を合わせて何やら喋っている姿を見かけました。子供の腕には小さなバスケットが下げられていていかにもピクニック行きますという王城の中では考えられないスタイルに少年は目を疑って思わず二度見しました。

 

『なんだ、アレ』

 

少年にガン見されていることを知らない怪しい子供とモフモフした生き物は仲良く手を繋いで庭先の奥へと走っていきました。少年は咄嗟に追いかける為、駆けだしていました。どうしてか分からないがとにかく見失ってはいけないと思ったからです。子供の足ながら素早く少年は足音を頼りにズンズンと奥へ進んでいきます。

すると少し開けた木漏れ日が降り注ぐ場所で子供とモフモフした生物は仲良く地面に座り込んでいました。ハンカチを地面に引いて服は汚れないようにしており、手慣れていると少年は木の陰から観察しました。

 

『クペ見て。頼んで作ってもらったの。今日はいつもよりも量も多めよ』

 

『スゴイクポ。美味しそうクポ』

 

子供、どうやら少女らしいその子は声を弾ませてバスケットから出来立ての箱に入れられたマドレーヌを取り出しました。それを用意した紙皿に乗せて分けていきます。モフモフした生き物は頭についているボンボンをぴかっ!と光らせて大き目の水筒とカップ二人分を出現させて小さな手で飲み物を用意し始めました。

 

『今日はアップルティーソーダ作ってみたクポ』

 

『うわぁ!それ大好き』

 

少女は手を叩いて喜ぶとモフモフした生き物は得意げにしてみせて、

 

『だと思ったクポ』

 

と頷きました。仲良さげな少女と不思議生き物のやり取りをじっと観察していた少年は意識せずに距離を近づきすぎた所為でカサっと足音を出してしましました。

 

『誰クポ!』

 

『っ!?』

 

モフモフした生き物は声を上げつつ怯える少女を庇う動作をしながら木の陰に隠れる少年がいる方を睨みつけました。先ほどまで薄めだったのに警戒心バリバリに両目を見開いている姿は少し怖くもありました。

少女はモフモフした生き物の背に隠れるように身を縮こまらせて少年を警戒している様子。少年はこれ以上隠れているのは無理だよなと判断して両手を上げながら姿を見せました。

 

『悪い、邪魔をするつもりはなかったんだ。ただ、怪しい奴を見過ごすわけにはいかないからな』

 

『怪しい奴クポ!?クペ達が怪しいだなんて酷いクポ!』

 

ボンボンを激しく揺り動かしながらご立腹なモフモフした生き物は少年を睨みつけました。すると少女が立ち上がってモフモフした生き物を後ろから抱きしめました。

 

『クペ、いいよ。怒らないで』

 

『でも……』

 

『大丈夫』

 

言い聞かせるようにモフモフした生き物を抱き込んで少女は少年に向き直りました。先ほどまでモフモフした生き物に話していた穏やかな雰囲気とは一変、空気が研ぎ澄まされるような感覚に少年はピリリと肌で感じました。まるで陛下を目の前にしているような印象を目の前の少女から受けるのです。

 

『貴方の事、クレイから聞いてるわ』

 

『クレイだって?』

 

それは父の愛称であり、親しい者しか呼ばせぬ特別の名でした。だからこそ少女の口から出たことに驚きを隠せませんでした。

 

『クレイラス。クレイラス・アミシティア。貴方の父上よね』

 

『……父上の名をどうして知っている』

 

『あの人からよく鍛錬の指導受けているの、わたし』

 

『鍛錬?……まさか、お前』

 

噂の脱走姫!と口から出かかって慌てて言葉を飲み込みました。怪訝そうにしながらも少女は気にした様子もなく名を名乗りました。

 

『初めまして、グラディオラス・アミシティア。わたしは、レティーシア。いずれ、ルシスを出る者よ』

 

そう言いながら少女はフードに手をやって降ろしました。

深い深緑の瞳と目を奪われるような白銀の髪を持ち、ルシスの宝と言われる姫は堂々たる姿でいずれ王の盾を率いる少年に挨拶をしました。そして、ハッキリと宣言をしたのです。ルシスを出奔すると。

レティーシアは年齢にそぐわぬ自嘲的な笑みを浮かべました。

 

『きっとクレイの事だから、貴方にはうちあけているんでしょう。問題を起こしたっていう【ミラ】の事を』

 

『お前、知って』

 

いたのかと続けようとした言葉は少年の口から続けられることはありませんでした。なぜなら眼光鋭く射抜くような少女の瞳に気圧されたからでした。

 

『わたしはミラなんかにならない。絶対ならない。わたしはわたしだわ。……絶対この国を出てやる』

 

姫は憎々し気に少年を睨みつけました。たとえ少女と言えど少年にとって憎悪ともいえるその視線はたじろぐものがありました。圧倒されるようについ後ろに下がってしまうと少女はさっさと手早く広げたものを片づけるとモフモフした生き物の手を取ってポケットから何かを地面に投げつけました。

 

『クペ!逃げるよ』

 

『クポ!』

 

『うわ!?』

 

白い煙が瞬く間に周囲に立ち上り、少年が驚く隙をついてあっという間に姫とモフモフした生き物は少年の前から逃走しました。少年が咳き込みながらも辺りを見回した時にはすでに少女たちの姿はなく、なんだか複雑な気持ちにさせられた少年は、仕方なく父に報告する為再び王城の中へと向かったのでした。

 

それから数日後、少年は陛下自らの指示により姫の護衛を務めることになりました。本来王子の護衛として勤めている所、王子と親しくしていることもあり年の近い姫にはどうかとのクレイラスの推薦により叶った事でした。

初めてとなる部屋での顔合わせでは、それはそれは愛らしい姫らしく振舞う姫がいました。ドレスの裾を抓み、完璧なカーテシーを披露した小さな姫は歓迎の意を示しました。

 

「初めまして。グラディオラス。レティーシアよ」

 

「お会いできて光栄です。レティーシア殿下」

 

恭しく胸に手を当てグラディオラスは自分よりも背の低い姫に対して頭を垂れた。

心の中では猫かぶり姫だなと愚痴っていました。

 

「わたしの護衛役を務めてくださると陛下より伺いました。これからよろしくお願いします」

 

「身に余る光栄です」

 

お互い笑みを浮かべること数秒、演技は終了と姫の方から音を上げました。

 

「………つかれた。今日はお姫様負終わり~。じゃわたしはこれにてさよなら」

 

「待て」

 

ですが逃げようとする前に動いたのが少年でした。遠慮なしに麗しの姫の後頭部を掴んで逃がすまいと押さえつけます。

 

「いたい!変態!」

 

「変態じゃない。何処に行くつもりだ」

 

「わたしの癒しルームよ!」

 

「引きこもりの間違いだろ」

 

ジタバタと暴れる姫でしたが、身長差+力の差は歴然で逃げることできませんでした。少年はやっぱりこっちが素だよなとため息をつき、色々と問題児な姫の世話に不安を抱かずにはいられませんでした。根性で諦めずに逃げようとするので最終的に担ぎ上げて部屋で大人しくお勉強をさせにいきました。

 

これから少年の苦労の絶えない日常が始まるのです。

 

【腐れ縁ってやつ】



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約束のデート

いつかいつかと夢見ていた念願のデートがついに叶う日がやってきました。姫を取り囲む男事情はかなり複雑ではありましたが、皆それぞれ隙を狙っては姫の興味を引こうと日々、アピール合戦を行っていました。その中でも王子の親友である青年の得意とすることは写真撮影でしたが、姫自身写真と撮られることが苦手のようでいつもカメラの前では顔を強張わせたり、カメラから視線を逸らしたりととにかくカメラから逃げてばかりでした。なので青年も意地になって姫のシャッターチャンスを逃すまいと追いかけてばかり。しまいには怒った姫によってサンダー喰らったり、カメラを壊されたりもしました。それでも諦めない青年についに姫は根負けして「勝手にやれば」と諦めカメラを気にしなくなりました。けどたまに八つ当たりにサンダー落とされたりしていました。

 

「それもついに報われる時が…」

 

一人感動の涙を流す青年の前に「お待たせ~」と手を振って現れたのは意中の姫。青年はハッと我に返り慌てて姫へと視線を向けて、その可憐な姿を目の当たりにし言葉を失いまいました。

 

「………反則だし」

「は?」

 

姫は目を丸くして呆ける青年を見つめます。

確かに姫はいつも青年に容赦なく修行と称して魔法連発仕掛けるほど鬼畜ではありますが、見た目は深窓の姫君と表現してよいほどの容姿をしていました。そう、いつもよりもお洒落をすればあっという間にどこぞの可憐なお嬢様の出来上がり。

目立つ髪を結い上げて帽子で隠し淡いブルーのワンピースを着こなして小さなポシェットを肩に掛けて足元は可愛く高めのサンダルを選んでいるのでいつもよりも目線が高い印象を受け、いつもの姫のギャップの差に青年は耐え切れず両手で顔を覆って呻いてしまいました。

 

「………」(これぞ姫って感じでサイコー!なんだけど普段の姫あってこそのギャップ萌えだよねいやいやでもこれってオレの為に選んでくれたコーデなわけでなんか褒めなきゃいけないよね?!でも下手な事言ったらまたサンダーとか落としそうだしどうするオレ!?)

「あのー、もしもし」

「くぅ………」(直球で可愛いです!って褒めるとか?それも安易すぎるか、じゃあ!珍しすぎて写真撮りたいくらいだよとか?いやいやすぐにこれもサンダー落とされそうだよねヤバイ!どうやって褒めればいいかわかんない!いっつもの調子が出てこないなんて馬鹿オレ!)

「……あのー、プロンプト君」

「もうヤバイ」

「何が!?」

 

何回も声を掛けていた姫は青年の呟きについ声を上げてツッコミをしてしまいました。ようやく姫が自分のすぐ近くに居ることに気づいた青年は「うわっ!」と驚いてゴロンとその場に尻餅ついてしまいました。姫は飽きれた様子で青年を見下ろして言いました。

 

「一体さっきから何をやっているのよ。見てる方が心配になるわ」

「うっ、スイマセン」

 

青年は起こすのを手伝ってくれた姫の手を借りて立ち上がりました。

 

「ほら、それよりも何か言うことあるでしょう?」

 

ひらりとワンピースの裾を掴んでくるりとその場に回って見せた姫は青年に意味ありげに催促しました。青年はすぐにその意図に気付き、

 

「全力で似合ってます!」

 

と姫のファッションを褒めました。姫は微妙な顔で

 

「うーん、まぁ及第点ね。次はもっと褒め言葉を増やしてね」

 

とスタスタと青年を置いて歩き出しました。青年は次という言葉でまた一緒に出掛けられると期待が沸いてついにやけ顔なりますが慌てて青年は姫の後を追いかけました。

 

「ま、待って!」

「ほらほら時間は待ってはくれないのよ。今日しか動けないんだから」

「分かってますって」

 

意外と足が速い姫の隣に並んだ青年はさり気なく姫の手を取って自分の手を絡めました。姫は驚いた様子もなく青年の手を握りました。帝国の女帝となってから姫の日常はガラリと180°変わってしまいました。それでもたまには悪役の仮面を脱ぎ捨てて普通のレティに戻りたいと思っていました。そんな時に勇気を振り絞って青年からのデートのお誘いにこれもいい機会とお忍びで宮廷を抜け出てきた二人。無論、姫の守護者であるニックスはおかんむりでしたが、それも姫の為ならと我慢に我慢して送り出しました。帰ってきたら思う存分お仕置きしてやるという気持ちで。恋する男の嫉妬を舐めたらいかんです。

 

さて、そんな守護者の心知らずの姫は自分が治めている国の様子はほとほと知らずにいました。それは資料として知っていたとしても実際に町の中に行ったわけではないので見るもの全てが初めてで興味津々と言った様子。元々姫の最終目的は帝国の解体。民に危害を一切加えず自国から追い出すことを目的としています。まだその段階にかかるには莫大な費用がかかるのでまずは民たちの暮らしぶりを観察するというのが今日の主な予定です。姫の護衛としてプロンプトが選ばれたのは単なる竜騎士アラネアからの推薦なわけで本当はデートでもなんでもないのですが、青年はデートのつもりでいます。設定は初々しいカップル。なので手を繋いでいても問題はないのです。今日の天気は晴れではありますが、少し肌寒いかもしれません。そこら辺の対策はすでにバッチリ。姫の火魔法により全身温かくいくら見た目的に寒そうな恰好でもオッケーなのです。

二人でぶらぶらと目的地なしに散策を続けて一休みということで喫茶店に入って揃って温かいカフェオレを注文する二人は窓際からどんよりとした天気に変わって来た空を見上げながら今更の感想を言いあいます。

 

「それにしても、ニフルハイムって豊かな国なのね」

「うん、確かに。王都よりも緑が少ないって感じだけど」

「それはそうね。温室で栽培してる花も珍しいって言われるくらいだし。土地柄なのかしら、それともシヴァの影響かしらね」

 

さらっと召喚獣の名前が出た事で青年は、いつぞやの雪山サヴァイバルを思い出してぞっとし腕をさすりました。あれは二度と体験したくない、死の恐怖を存分に味わった修行でした。アラネアのスパルタぶりと言ったら目の前の姫が可愛いと思えるくらいの雲泥の差。二度とアレはゴメンだと青年は思っています。

 

「……シヴァと言えばどうしてあんな形で体が残ってるのかな」

 

話の流れというか興味本位で青年は尋ねました。姫なら理由を知っていると思ったからです。ニフルハイム帝国により攻撃を受けてシヴァは一度死んだ後再び復活したのだそうですが、青年が知る召喚獣が皆巨体なのになぜかシヴァだけは人間サイズなのが気になっていました。

 

「ん?ああ、アレ?本人曰く怒り故の暴走らしいわ。若気の至りよなんて朗らかに笑ってたけど目が笑ってなかった。きっとイフリート関連ね。シヴァったら何かとイフリートを目の敵にして一方的に締め上げてたから」

「……何も聞かなかったことにしておく」

「ええ、その方がいいと思わ」

 

店員が運んできたカフェオレをお互い静かに飲んで話題を流す二人。

 

「温かいわね」

「温かいね」

 

外を見たら季節外れのブリザードが降ってきて町中を歩いている人にちらほらと被害が発生。お店の店主も慌ただしくストーブなど付けたりし始めました。騒めきだす店内で二人は何も見てない何も関係ないフリをして、

 

「心に沁みる温かさね」

「そうだね。心に沁みるね」

 

と現実逃避に走りました。

 

それから季節外れのブリザードが通り過ぎてすっかり元の天気を取り戻した頃、喫茶店を出た二人はまたブラブラと散歩へ戻りました。その道中あるブライダル関連のお店の前のショーウインドーで立ち止まった青年に釣られて姫も立ち止まりました。そして一気に顔を歪めて「げっ」と呟きました。

そこで目にしたのは一枚のポスターとウェディングドレス。仲睦まじい若い男女が身を寄せ合って微笑みあっている姿。ヴェールを被った花嫁の顔はよくよく目を凝らさなければ顔の表情など分からないようになっていますが、青年には花嫁が誰なのか一発で分かりました。

 

「あれってさ、レティだよね」

「……そうです」

「それで隣に映ってるのが、ニックスさん」

「……そうです」

 

ズズッと逃げようとする姫の手を青年は逃がす事はありませんでした。いつもなら姫のペースに巻き込まれていますが、今度ばかりは青年の先制攻撃。

 

「どういう経緯でこうなってるのか聞いてもいい?」

「顔が近い近い!」

 

ドアップで顔を近づける青年につい姫は悲鳴に近い声を上げて青年の顔を片手で押し退けました。青年からの猛攻撃に姫はタジタジになりながらも説明しました。曰く、ウェディングドレス着ないまま終わるの嫌だなと言ったらだったらニックスが写真撮ろうということになり流れで知り合ったデザイナーの新作ドレスのモデルになることになりその流れで評判が良かったので広告に使うことになったと必死に説明しました。それで納得してもらえると姫は考えていましたが、青年は仏頂面で気に食わないと不満げな様子。

 

「ふーん、つまりレティはウェディングドレス着たいなら誰でも良かったわけだ」

「違います!まさかこうなるだなんて誰が思うわけよ。それにその場の勢いってやつね。その時の私は精神的にキテたのよ。だからニックスの押しに負けたわけだわ。うん」

 

強く頷きながら説明してみせるけど青年には通じなかった模様。

 

「言い訳っぽく言ってるけど嬉しかったんだね」

 

青年は恋敵であるニックスに嫉妬せずにはいられませんでした。要は彼が相手だから姫も了承したのだろうと受け止めたからです。ですが姫はポリポリと頬を掻いてこう気まずそうに返しました。

 

「……それは、まぁ新作ドレスだし」

「そっちか!」

「悪い!?私だって女よ、結婚にだって夢見てたんだから!それが今流行りのデザイナーの新作ドレスなら尚更よ!」

「そ、そうなんだ」

「そうよ」

「………今からだって遅くないと思う」

 

青年はそう言って姫の手を強く握りしめました。反対に姫は視線を逸らして自嘲的な笑みを浮かべました。

 

「………無理よ、今の私評判知ってるでしょ。愛人までいるふしだらな女って世間でバッシングされてるんだから」

 

有名になればなるだけ注目を集める。それは今後の為にも喜ぶべき話なのだが、内容が内容だけに素直に喜べないらしいのです。

 

「その愛人にオレも入ってるし?」

「下手すればヴァーサタイルのジジイまで愛人候補だって。流石に勘弁してほしいわ。どれだけ守備範囲広いのよ、私は」

 

自分で言って精神的ダメージを喰らったのか姫は暗い顔でポスターを見上げました。アレがまだニックスで良かったと心底思うのです。流石にヴァーサタイルが隣に並んだ日には女帝の座を放り投げてでも逃走を計ろうと思うかもしれません。何だか話が可笑しな方向に走っている姫の頭の中は青年には分かりませんが、何となく表情から察して

 

「それはないない」

 

と手を振って否定します。姫も

 

「そうね。それはないわ」

 

と同意しました。何となく疲れた二人はそろそろ戻ろうかと元来た道を戻りました。その道中、公園で一休みすることに。誰も座っていないベンチに姫を誘って青年はポケットからスマホを取り出しました。姫とお揃いのキーホルダーがブラブラと動くたびに揺れます。

 

「レティ、ちょっと寄って」

「なんで」

「一緒に写真撮ろう。初デート記念に」

「これってデートなの?」

「オレ的にはデート」

「そう。なんでもいいわ」

 

姫は言われるまま青年の隣に寄ります。それでは物足りないと青年は姫の肩に腕を回して一気に距離を縮めました。

 

「ちょっと近くない?」

「これくらい平気平気」

 

そう誤魔化して写真を撮ります。

青年は隙をついてスマホのカメラを見上げる姫の頬に不意打ちでキスをしました。その瞬間もバッチシ写真に撮れているはず。

 

「ちょっ、ちょっと!」

「いいじゃんオレ達カップルだし」

「そういう設定でしょ!?」

 

せめてもの意趣返しと青年は慌てふためく姫を堪能しながら帰路に着いたのでした。




※おまけ※

ニックス「随分と仲良くしてたらしいなぁ」
レティ「なっ!なんで」
ニックス「まさか本当に二人で送り出すと思ってたか?しっかりと尾行してたんだよ。クペが」
レティ「ク、クペ!裏切ったわね!?」
ニックス「ってなわけで今夜はお仕置きだ。たっぷりと、寝かせてやらねぇぞ」
レティ「ひぃぃぃ!」

次の日、げっそりしたレティと清々しい顔したニックスの二人がいましたとさ。


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思い出よりも消え去った影よりも

いつもいつも小さな姫は家庭教師から逃げていました。学ぶ事は嫌いではありません。ですが押し付けるような無理やりな教え方に姫は幼いながらも辟易していました。要は家庭教師と反りが合わなかったのです。その度に部屋を飛び出しているのでいつも脱走姫が逃げたー!と城内は大騒ぎでした。毎度毎度の事でしたが、小さな姫を捕まえる役目は王の信頼深い臣下である不死将軍と呼ばれる男でした。彼の身分からすれば姫の捜索に自ら関わる事などあり得ないのですが、彼自身姫の事は産まれた時から守って見せると心に決めていたので何かと小さな姫には心砕いていました。

 

「コル将軍、あのまた姫様が……」

「……分かった。オレも捜索に参加しよう」

 

申し訳なさそうに謝罪する姫専属のメイドを手で制して将軍はふぅとため息をついてから城内を捜索することにしました。いつも姫を捕まえるのは将軍の役目のようなものになっているので、他の者から姫様を捕まえるプロ!とまで称賛されていました。本人はそんな気はまったくなく、姫の行動パターンを予測するといつもそこに隠れているというパターンが何回かあっただけなのですが、他の者にはやはり不死将軍は目の付け所が違うと尊敬を集めていました。

 

「さて、今回は……」

 

前回は図書館の中に逃げ込んで籠城していたように思えたが、王から借りた鍵で中に突入すればそこには身代わりのクペしからおらず姫の姿は何処にもありませんでした。フェイクか!?と焦った将軍でしたが、厨房で馴染みのシェフに餌付けされて捕まっていた姫を見つけた将軍はずる賢いのか間抜けなのかつい頭を抱えてしまいました。

今日は一体何処に隠れているのか。それとももう誰かに捕まっているのか、はてさて検討はつきません。

とりあえず姫の行動パターンを推察して時計に目をやるとそろそろおやつの時間なのでお腹を空かせている頃かと思い、厨房へ向かいました。ですがそこには姫の姿はおらず、シェフもおやつ(トラップ)を用意して待っていたようでしたが、まだ来ていないと首を横に振りました。

 

「分かった。姫が来たら足止めを」

「了解しました」

 

シェフにそう頼んでから将軍は今度は中庭の方へ向かいました。前々回はここでサヴァイバルと称して顔中にペイントをして木の上に隠れていたところを発見しました。降りられなくなっていた所を無事に見つけられて姫はほっとしていました。一体どうやって上ったのか尋ねるとイフリートに上げてもらったと姫は答えました。将軍は姫を担いだまま、あまり召喚獣にお願いするのは控えるよう姫に進言しました。姫は小さく首を傾げて「なんで?」と尋ね返しましたが、将軍は曖昧に誤魔化してとにかくやめて欲しいと伝えました。姫はむぅと唇を尖らせて納得してなさそうでしたが、強面の将軍に怒られるのが嫌なのでとりあえず「わかった」と渋々頷きました。

 

姫は召喚獣と共にあることを自然であると受け止めていますが、将軍からしてみれば召喚獣らの存在は神に等しい存在であり、決して雪遊びしたいから雪を降らせてと頼むような存在ではないのです。姫は当たり前のように彼らと接していますが、それが恐ろしい事と思わないことが将軍にとっては恐ろしいと思っていました。特別な存在であるが故に、今後姫の身に何か起こるのではないかといつも不安に駆られるのです。

 

「ここも違うか」

 

姫専用の図書館にも寄ってみましたが、もぬけの殻で誰もいませんでした。思いつく当たりの所を訪ねてみましたが、皆姫の姿は見ていないと首を横に振るばかり。これはいよいよ焦って来た将軍はふと思いついたある場所へ向かいました。

 

そこは、普段なら足を踏み入れない場所でした。

 

限られた者しか立ち入ることが許されない王家の者が死後眠りにつく場所、墓地でした。歴代の王は専用の棺に葬られますが、その家族は王家専用の墓所に埋葬されます。そこに真新しい墓石がありました。ある衝撃的な事件により命を落としてしまった、王子と姫の母である王妃が眠る墓でした。

 

将軍は王妃の墓の前で座り込む小さな背中を見つけました。

 

「…姫…」

 

姫は将軍が来たことに気づかずに小さな声で墓石に話しかけていました。

 

「母上、あのね。今日はクレイとね、しゅぎょうしたの。わたし、泣かなかったよ。ほんとうはね、うでに怪我しちゃったの。でもわたしクレイに嘘ついて大丈夫だって怪我なんかしてないからもう一回お願いってたのんだの。……泣かなかったよ、母上……。わたし、…えらい?……ははうえ、わたし、ないてないよ。母上に会いたいけど、ないてないよ……、えらい?」

 

姫のか細い腕には鍛錬の時に負った怪我がありました。ですが姫は痛みを堪えて鍛錬続行を続けたようです。

弱音を吐かない為に。いや、弱音を吐けないのでしょう。

 

姫は、幼いながらに自分の立場を嫌と言うほど理解しているのですから。

 

声を震わせて小さな姫は肩を震わせて墓石へと顔を体を擦りつけました。目を閉じて身を寄せるように姫は「はは、う、え」と泣きそうな声を出して。

 

「………」

 

将軍は胸が締め付けられそうでした。幼いながらも我慢を強いられ痛みを堪えて小さな体で大の大人相手に鍛錬をするなどとても考えられませんでした。ましてや、彼女は大切にされるべき姫。たとえその身分が偽りであろうと将軍にとって姫は守るべき大切な人でした。ですが何と言って姫に声を掛けようかと悩みました。変な所で将軍は不器用でした。

ですがその前に、姫が先に将軍に気づきました。

 

「……だれ?……コル……」

「……姫、随分とお探ししました」

 

将軍は先ほどの事は見ていないフリをしてゆっくりと姫に近づきました。姫は墓から身を離すと将軍に一旦背を向けて乱暴に目元を手の甲で拭いました。そして再度将軍の方へ向き直りました。姫の目は真っ赤に充血していましたが、将軍が指摘することはありませんでした。姫の前で歩みを止めて片膝ついて姫と視線を合わせその両肩に手を置いてできるだけ安心させるように話しかけました。

 

「今日は遠くまで来られましたね。御一人で迷われませんでしたか?」

「大丈夫。わたし、一人で来られたよ」

 

どこか得意げに目を細めて笑みを浮かべる姫はやせ我慢をしているように見えて将軍は逆に辛く感じました。

 

大人相手ばかりの環境で姫は必死に背伸びしていて、本来なら褒めるべき王の言葉を直接向けられることもない。

だから一人で亡き王妃の墓前までやってきて、一人で泣こうとする。

 

「…姫…」

 

どうしてこのようなことになってしまったのか。

将軍はついぞこらえきれず小さな体を抱き寄せました。

 

「わっ!」

 

自分の腕の中でぽっきりと折れてしまいそうな小さな命を愛しいと思い、その存在に救われていると同時にただ抱きしめることしかできない自分が歯がゆく、何の役にも立てないことに将軍は自分に対して憤りを感じていました。

 

「コル?どうしたの?……どこか痛いの?」

 

姫は突然抱きしめられ驚いてしましたが、痛みで震えているのかと勘違いしました。自分の腕の怪我よりもコルを治さなきゃと姫は細い腕をコルの首に回して

 

「痛いの治してあげるね!せーの!ケアル」

 

と治癒魔法を唱えました。みるみる内に温かな光に包まれる将軍は姫の幼気な姿に尚更胸が詰まる想いでした。

 

「………」

「コル、痛いの治った?」

「……もう少しだけ、このままでもいいでしょうか」

「やっぱり痛いんだ。いいよ。痛いの飛んでくまで撫でてあげる」

 

姫はそう言って将軍の後頭部に手を伸ばし優しく撫で始めました。

 

「痛いの痛いのとんでけ~!」

 

そう言いながら再び将軍の為にケアルを唱える姫は自分の腕よりも将軍を優先し続けました。

誰よりも辛いはずなのに他人を気遣う姫の優しさに触れて、なお将軍の心はやるせなさに溢れました。

 

この優しき姫を何が何でも守り通そう。

 

将軍は胸に固く誓いました。

自分の命に代えても、姫を守れるのなら本望である。王を守るはずの男は、この時姫の為なら命すら捨てる覚悟を決めました。

 

王への忠誠心とは別に芽生えた一つの感情。

 

それは将軍にとって初めての意地でもありました。

失った恋を偲ぶよりも今目の前にある掛け替えのない命を守り切ろう。何があっても。

 

それから将軍の表情が幾分か柔らかくなったと部下の間で噂されるもはもう間もなくのことでした。

 

【貴方を守る】



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