千雨が引きこもり生活を取り戻す物語 (MRE)
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序章
※ハーメルンが先行掲載となります。
「はーい、入ってま―――って、うぇえええええ!? 誰だ君は!?」
先ほど私が来たとき同様に、誰も来ないはずの時間に扉が開いた事に驚いたDr.ロマンがビクッと大きく体を強張らせせて驚いている。
やって来たのは綾瀬と本日到着した一般枠最後の候補者である藤丸立香だ。
ちなみに、ハッキングした監視カメラの映像で彼女が入館後居眠りしてた事や、所長に平手打ちされたシーンを見ている。
綾瀬が私にじとっと、あきれたような、胡散臭そうな視線を向けている。胡散臭そうな目で見られるのは不本意だが、詳しい説明をせず、とにかくレイシフト実験がはじまる前にこの部屋にやってくるよう指示したからには受け入れるしかない。
私は軽く頭を下げて挨拶に替え、そのまま視線を手元のPC画面に戻す。
見られても困らないよう、〇chの掲示板を表示させたまま、裏では私のアーティファクトである電子精霊の千人長七部衆が集めたカルデアの真っ黒な情報を吟味する。
人理保障機関カルデアという、標高6,000kmの山に建てられた天文台という触れ込みの秘境にやってきたのは、自発的なものではない。
ここに来て良かったと思えるのは、自分の目で天空で煌めく光のカーテンであるオーロラを見れた事くらいだ。写真も撮ったが、流石にリアルタイムで『ちうのホームページ』にうpしようものなら、身バレする可能性があるから当分の間はスマホの肥やしにするしかない。
「実際、ロマンって響きはいいよね。格好いいし、どことなく甘くていい加減な感じがするし」
「はじめまして、ドクター」
Dr.ロマンと挨拶を交わす藤丸が怪訝そうな視線を私に向ける。部屋の本来の主に挨拶もしない私に文句の一つもあるのだろう。
あいつらの話が本当かどうか分からないからこんな僻地まで来るはめになったが、もしもカルデアが爆破された後に、あいつらが言うような人類が滅亡するような事態が起こらなければ、すぐ日本に帰れるのだから、積極的に交流する気はない。
「千雨さんは本当に引きこもり生活が板についてしまったです」
綾瀬はおおげさに深く溜息を吐きながら、オーバーリアクションで天を仰いだ後、マントの中から紙パックの『アケビ山椒ジュース』を取り出してストローに口をつける。
綾瀬をはじめとする同級生たちは私の事をガチの引きこもりと思っているけど、実際は結界で閉ざされた土地で無理矢理厳しい修行を強要されていたんだぞ。これで本当に事が起きたら嫌イヤだけど、起きなければそれはそれで私の数年間を返せと言いたい。
いや、神隠しに遭ってちゃんと週末は帰宅でき、非常勤の特別顧問としての仕事がある日も帰ってこれたのだからあまり文句は言えないのだが……。
「飲みますか?」
Dr.ロマンと藤丸にじっと見つめられているのに気づいた綾瀬は、欲しがっていると勘違いして別のジュースを手渡す。どれどれ、『一日分の野菜が採れる焼き鯖ジュース』と『杏キャビアジュース』か。
Dr.ロマンが綾瀬の被害を受けるのは自業自得だ。電子精霊が集めた情報にはカルデアに運び込まれた物資のリストも含まれている。レイシフトの適応者が希望した嗜好品を全て揃えたのは目の前の優男だ。今日、この日に関与するためとは言え、電子精霊を使ってデイトレードで稼いだえらい金額をスポンサーとして提供している私はムカつくけどな。こんあ物に散財しやがって! 綾瀬のゲテモノジュースを適応者への支給品として搬入させたのも目の前のコイツなのだから。きっと本人の好物である団子や和菓子を大量に紛れ込ませたのもコイツだ。その結果が、断れずに飲んでしまい変顔をするDr.ロマンというわけだ。
一口以上飲みたくないのか、Dr.ロマンが話題を変える。
「あぁっ、紹介しよう。
彼女はISSDA(国際太陽系開発機構)特別顧問にして、人理保障機関カルデアのスポンサーの一人でもある長谷川千雨さんだ。今回はカルデアに視察のためにやって来たんだ」
藤丸はDr.ロマンが最後まで言う前に驚きの声を上げる。
「ISSDAって、あの魔法と科学技術を融合させて宇宙開発してる組織ですよね!?
もしかして、長谷川さんも魔法使いなんですか!?
火星にも行った事はあるんですか!?」
「あー、藤丸さん。カルデアであんまり魔法とか言わない方がいいぞ」
一般候補枠であまり事情を知らない藤丸に一応軽く注意する。
「そうだね。ここカルデアは神秘を秘匿する魔術と科学技術を融合させた技術体系の組織でね。一般に公開されている精霊魔法とは別系統のものなんだ」
Dr.ロマンに続いて綾瀬も補足する。
「魔術師の方からすると、『魔法』という言葉には並々ならぬ思い入れがありまして、私たち精霊魔法の使い手は魔法使い(笑)なんて嘲笑されてますからね」
「選ばれた者しか扱えない上に、何百・何千年と一族で研鑽を重ね、神秘の秘匿を絶対とする魔術師の連中からすると、誰でも使える精霊魔法は専門性の違う同業他社というか……」
改めて説明しようとするとめんどくせーな。
「正義の魔法使いは非人道的な事をしでかす魔術師については敵視してますが、内に篭って研究してる魔術師については、なんとも思ってないです」
「よくある本家と元祖みたいな感じですか?」
藤丸は一般的にイメージされる魔女が被るようなとんがり帽子を自然に着こなす綾瀬を見ながら言う。カルデアで支給された魔術礼装の上からマントと帽子を被る綾瀬は、カルデア唯一の精霊魔法使いであるため、なんだかんだと目立っている。女性用の魔術礼装は胸が強調されるデザインだから、藤丸と比べてしまうと綾瀬の控えめなバストは涙を誘う。
もしかすると、藤丸はカルデアに来て早々ダメな連中とつるんでしまったと思っているのかしれない。
「あ~、まあとにかく仲が悪いって事だけ分かってくれればいいさ
ところで、君の肩にいるはマシュが話してた噂の怪生物?
うわあ、はじめて見たよ!」
Dr.ロマンは「マシュの想像上の見えないお友達かと思ってた」と呟きながら手なずけようとし、フォウに無視される。
フォウを初めて見た時は思わず固まったが、納得もした。妖怪の連中も見た目は可愛いのに、えげつない奴らがだったしな。
「ならボクと同類だ。何を隠そう、ボクも所長に叱られて待機中だったんだ」
藤丸は一緒にするなと不満そうだが、間違いなくDr.ロマンの同類だ。
「もうすぐレイシフト実験が始まるのは知ってるね?
スタッフは総出で現場に駆り出されているけど、ボクはみんなの健康管理が仕事だから、やる事がなかった」
「コフィンに入った魔術師たちのバイタルチェックは機械の方が確実だしね。
所長に『ロマニが現場にいると空気が緩むのよ!』って追い出されて、ここで拗ねていたんだ」
満面の笑みを浮かべて綾瀬と藤丸を見た後、じとっと私を見るDr.ロマン。
「でもそんな時に君たちが来てくれた。
視察に来たはずなのに、一度施設を案内されたら、後は客室で引きこもっていた長谷川さんはカルデアの一大イベントであるレイシフト実験の立ち合いもせずに、ボクのサボり部屋にやって来てネットサーフィンしてるし……」
おい、お前らそんな目で私を見るな。
スキマ妖怪と超、胡散臭い二人から情報を元に、カルデアの監視カメラ映像を確認して最も安全そうな場所に避難しただけだぞ。
「所在ない同士、ここでのんびり世間話でもして交友を深めようじゃないか」
「そうですね。でも、ここはDr.ロマンの部屋ではなく、わたしの部屋だし」
その後、Dr.ロマンが藤丸に人理保障機関カルデアの概要を説明したり、藤丸の疑問に情報公開できる範囲で麻帆良で建設中の軌道エレベーターやISSDAについて答えてた後、何故か話題が好きなアイドルに移る。
「ボクはバーチャルネットアイドルのマギ☆マリが大好きなんだ!」
Dr.ロマンがアイドルは2.5次元に限ると熱弁をふるう。
続けて綾瀬はアイドルではないが、TVでもよく露出しているネギ先生を挙げ、私は無難に最近売れている男性アイドルグループを答える。
「バーチャルじゃないけど、ネットアイドルと言えば、ちうって知ってます?」
藤丸の言葉にむせそうになる。
「もう十数年も続いてるコスプレネットアイドルですけど、いつまでたっても若いままですし、絶対に写真加工ソフト使ってますよね。
こういうのも2.5次元になるんですか?」
「加工してまで若く見せようとするのは2.5次元じゃないよ。
ババア無理スンナって言ってあげたいね」
おい、綾瀬! 正体を知ってるからってクスクス笑ってんじゃねー!
加工なんてしてねーよ!
年齢詐称薬使ってるだけだ!
ファンの大きいお友達はJCがストライクゾーンなんだよ!
ランキングを維持するためには仕様がないんだよ!
怒りに震えていると、カルデア顧問のライノールから連絡が入る。
Dr.ロマンは仕事を頼まれたにも関わらず、藤丸にライノールの紹介をしだした。さらに、続けてカルデア驚異のメカニズムを紹介する。おい、仕事はどうした。
「おしゃべりに付き合ってくれてありがとう。
落ち着いたら医務室を尋ねに来てくれ。今度は美味しいケーキくらいはご馳走するよ」
Dr.ロマンが部屋を出ようとしたところ、照明が消えた。
「緊急事態発生。緊急事態発生。
中央発電所及び、中央管制室で火災が発生しました」
緊急アナウンスに動揺したDr.ロマンがモニターに管制室の状況を表示させる。
映像を確認したDr.ロマンは私たちに避難を促すと走り出す。
「分かってる。マシュを助けにいこう!」
藤丸はフォウと意思疎通できるのか、駆け出す。
「放ってはおけません! 私も行くです!」
「もしも、あいつらの言う通りに事が運んで私がレイシフトされてしまった時は、観測頼んだ」
一人残された私は、電子精霊に指示を出しながら遅れて管制室に向かう。
最悪だ!
事前に知らされてたけど、本当に起こるなんて最悪だろ!
八雲紫に拉致されたのも!
古明地さとりに前世を想起させられて死に様を思い出させられたのも!
前世があんなに我儘で短絡的で自分勝手だったのも、いくら私が転生同位体だからって、平行世界の生きてる私を師匠として修業させられたのも本当に最悪だ!
同族嫌悪でイライラさせられっぱなしだったし!
大体、なんで大学卒業後に無理矢理前世を思い出させられて異能力を持たされるんだよ!
異世界転生なら普通、子供の頃に思い出してチートするもんだろ!
子供の頃から力があれば、あんな思いもせなくても済んだのに!
あ、やっぱり子供の頃じゃダメだな。すぐに学園にバレて魔法生徒として強制労働させられそうだし。
でも、魔法世界に放り出された時に力があればどれだけ助かった事か……。
Dr.ロマンと入れ違いで管制室に入る。
「システム レイシフト最終段階に移行します。
座標 西暦2004年1月30日 日本 冬木」
アナウンスを聞き流しながら、先に来たはずの綾瀬達を探す。
「ラプラスによる転移保護 成立
特異点への因子追加枠 確保
アンサモンプログラム セット
マスターは最終調整に入ってください」
見つけた!
綾瀬と藤丸は瓦礫に押しつぶされたキリエライトを助けようとしている。
「人類の痕跡は発見できません
人類の生存は確認できません
人類の未来は保証できません」
覚悟を決め、綾瀬達のそばに走る。
「レイシフト定員に達していません。
該当マスターを検索中。
発見しました」
「どうしたらいいですか……。ネギ先生と、のどかと、3-Aのみんなと救った世界が……」
綾瀬は茫然とつぶやいている。
藤丸はキリエライトの手を握りしめ、励ましている。
「マシュ、一緒にいるからね」
「適応番号47 綾瀬夕映
適応番号48 藤丸立香
適応番号暫定49 長谷川千雨
以上3名をマスターとして再設定します」
綾瀬とキリエライトが驚いて私を見る。
「アンサモンプログラム スタート
霊子変換を開始します」
ポケットに手を入れてパクティオーカードとスマホに触れる。予備バッテリーもある。
体が光の粒に変換されていくのを見ながら、ようやく本当に覚悟を決める。
「全行程完了
ファーストオーダー実証を開始します」
こうして、私の引きこもり生活を取り戻す物語が始まった。
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特異点F 1
みんなー、げんきー?
最近あんまり更新できなくてごめんねー。
気まぐれで友達の海外旅行に付き合ったのね。
そしたら、なんと!
危険情報が入ってきて、もう大変!
外務省の基準でいうと、たぶんレベル4に相当すると思うんだ。
一応、ちうは出発前に行くのやめようよって言ったんだよ?
でも、友達がどうしてもって言うから出発しちゃったんだよーーーー。
でね、せっかく海外まで来たのに、テロを警戒してずーーーっと、ホテルに缶詰めだったんだよ!
ホントは、すぐにでも帰りたかったんだけどね、船も飛行機も、滅多に出ないからホテルにいるしかなかったの。
もうね、周りに何もないし、晴れてればオーロラが見えるのが唯一の楽しみだったの。
でもでも、普段からけっこう家に居るのは慣れてるから、あんまり苦でもないし、インターネットも使えるから、住めば都かなって思ってたら本当にテロに巻き込まれちゃったの!
ホテルは爆発するし、街に逃げ出せば一面火の海で瓦礫の山だし、誰か助けてーーー!
いや、ホント☆ネタじゃないってば、証拠に写メうpするよーーーー。
普段の方針変えて、リア友とつるもうとか考えたのが運の尽き。
スマホに『ちうのホームページ』の日記を下書き保存すると、電子精霊に指示を出す。
「お前ら! これよりこの街の監視カメラや警備システムを掌握して何が起きたのか確認しろ!
警察署とか、警備会社や燃えていないビルやなんかで、非常電源が生きてるところもあるだろうし、何らかの情報は集められるだろ」
「ちうたま」
「どうした、こんにゃ」
「ぼくたち、もう消えます」
「はぁ!? スマホのバッテリーならまだ90%以上残ってるぞ。それにモバイルバッテリーだって用意してあるんだぞ」
スマホの待ち受け画面を表示させ、電池残量を見せつける。
「電気じゃありません」
「はんへ゜!?」
「ネギ・スプリングフィールドが死にました」
しかし、電子精霊は力なく告げると次々と消えていく。
「きんちゃまでって、本当にパクティオーカード死んでるじゃねーか!」
「というか、人類は滅亡しました」
その言葉を最後に、ちくわふも消える。意味消失を避けるため、カルデアに残って私を観測するよう指示してた電子精霊も消えている事だろう。
しばらく茫然としていたが、内から話しかけられて歩き出す。
事前に八雲紫と超の二人から人類滅亡する事を聞かされていても、MMRの人類滅亡説を読んでいるような気分だった。
カルデアで爆発が起きた時でさえ、事件の影響はカルデアだけに留まり、世界は明日も続いてゆくと信じたかった。
幻想郷に連れ去られ、古明地さとりに前世を想起させられ、前世に覚醒して力の使い方を覚え、弾幕ごっこを覚え、ごっこではない戦い方を覚え、カルデアに介入するための資金を稼がされ……。
全部自分の意思ではなく、やらされた事だからこそ、当事者意識なんてなかった。
最初こそは嫌々だったけど、弾幕ごっこや気のいい連中とのつるむのが楽しかったのも事実。
レイシフトする直前に覚悟したつもりになっていたが、なんだかんだと長い時間共に過ごした電子精霊が居なくなった事で早々に揺らいでいる。
「あーあ、どうしようかなって、こうなったらやる事は考えるまでもないんだがっとっと……」
愚痴をこぼしながら歩き、道路にまであふれ出した瓦礫に躓いてバランスを崩す。
それでも、私は無力ではない。
仲間と離れ離れになり、魔法世界に放り出された時とは違う。
身を守る力もあるし、自身にはサポートしてくれる妖怪が憑いている。ひとつの小さな世界のサポートを受けられるのだから、心強かった。視線は足元ではなく、前に。
そして、右手を目線の高さに掲げ、甲に宿る令呪を確認して歩き出す。
「キャア―――っ!」
悲鳴を聞いて駆け出した私が見たものはスケルトンに追われるアニムスフィア所長だった。
「何なのよコイツら!? なんだってわたしばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」
(こいつ、幽霊じゃねーか!)
レイシフトした結果、生きている人間のように見えているが、本物の幽霊を知っている私には分かってしまう。
「もうイヤ、助けてよレフ!」
「知らないとはいえ、自分を殺した相手に助けを求めるなよ」
小さく呟いて、スケルトンに弾幕を放つ。
「ガント!? って全然効いてないじゃないのよ! この役立たず!」
「うるせーな、いつもの癖で、見た目だけ派手なのを撃っちまっただけだ。
魔術の名門なら自力でなんとかしろ!」
「先輩、指示を!」
「千雨さん、今助けるです! 雷の斧!」
私たちが口喧嘩している間に駆け付けた綾瀬とキリエライトがスケルトンを始末した。
マシュがデミ・サーヴァントになっている事にひと悶着あったが、カルデアと通信を確立し、アニムスフィア所長とDr.ロマンが方針を決定する。
「これより綾瀬夕映、藤丸立香、マシュ・キリエライトの3名を探索員として特異点Fの調査を開始します」
ここで夕映がアニムスフィア所長の言葉に疑問を挟む。
「あの、所長。千雨さんも適格者なんですが……。それと、さっき千雨さんも魔法を使ってましたけど、いつの間に覚えたんですか?」
「そうよ、そもそも長谷川はなんでこの時期に視察に来たのよ?
視察を受け入れないと綾瀬の派遣を認めないなんて、ISSDAを使って圧力までかけて!」
魔法という言葉に眉をしかめながら無視して怒鳴り散らすアニムスフィア所長。
モニター越しも含め、多くの視線に晒され、口を開く千雨。
「詳しくは言えないけど、こうなるって知ってたからだよ」
「そんな事言って、本当はあなたが爆破したんじゃないでしょうね」
「爆破の犯人なら、映像記録がある」
私の言葉に従い、Dr.ロマンが監視カメラの映像を再生する。そこにはカルデア各所に爆弾を仕掛けるレフ・ライノールの姿があった。
作業中に通りかかった魔術師に笑顔で挨拶する場面すら映っていた。機械に疎い彼らは技術顧問がレイシフト実験を前に施設の点検・整備をしているとしか思わなかったのだろう。
「…………」
重い沈黙が流れる。
アニムスフィア所長は頭を抱えてしゃがみ込んでカリスマガードし、「どうしてよ、レフ…」と呟く。
「私は人類が滅亡する可能性のリークを受けて、それに備えてきただけだ。
その映像も事前に確認していたが、私があんたに忠告したとして、信じたか? 話を聞こうともしなかったんじゃないか?」
「そうね」と呟き、アニムスフィア所長はさらに視線を落とす。
「どうしてネギ先生や私たちに相談してくれなかったんですか?」
「お前たちも知っての通り、レイシフトするには適正が必要だ。そして、ネギ先生をはじめとした3-Aの連中で適正があるのは綾瀬だけだった。それも分かったのは今年の4月だ。事前にお前の私物として魔法溶液を大量にカルデアに輸送する事で綾瀬が戦うための手筈だけはしておいた。他に手がないのに混乱されるのも困るから、話はしなかったけど、レイシフト実験がはじまる前に避難するよう言っておいただろ。
あと、私がレイシフトできるのは、詳しく言えない方面の伝手だ」
「それに、私もここに来るまで、半信半疑だったんだよ。信じたくなかったと言った方が近いか……」
納得していない表情を浮かべるも、それ以上の追求は無かった。
その後、散発的に襲い来るスケルトンを綾瀬とキリエライトが順調に蹴散らしていたが、ついにその時がやってきた。
「も、もるです~~」
綾瀬は戦闘が始まる前に各種呪文を練り込んである溶液を数リットル飲むため、トイレが近いのだ。
ただでさえ、レイシフトする前に変なジュースも飲んでいるというのに……。あの巨大フラスコ、1ガロンは入りそうだよな。
「っ!」
運の悪い事に、綾瀬がトイレから戻る前にスケルトンがキリエライトに殺到する。
大盾振り回すが、多勢に無勢。デミ・サーヴァントになって間もないため、戦い方を確立していない。
「マシュっ、瞬間強化!」
藤丸が令呪を切り、キリエライトが大盾で暴れまわる。
「やったわ!」
「おい、フラグ建てんじゃねーよ」
そして、アニムスフィア所長が建てたフラグが即回収される。
私も弾幕を放つが、次から次へに集まるスケルトンを前に焼け石に水だ。
人類の滅亡を無かった事にできたとして、後が面倒になりそうだがもっと力を出すべきかと考えたところで、体の主導権が奪われる。
『完全憑依』
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「大変だ! 冬木中のスケルトンが集まってるぞ。
早く撤退するんだ!」
ロマニの言葉にマシュが反応する。
「先輩! みなさん!
ここは私が食い止めますから、行ってください!」
決死の覚悟をしたマシュだが、返事はなかった。
ただ、フォウの唸り声だけが聞こえる。
隙を見て振り向くと、空間の裂け目に腰掛ける金髪の女性が居た。
「え? サーヴァント?」
オルガマリーの疑問を無視し、口元を扇子で隠した女性は音を立てて扇子を閉じ、スケルトンの集団に向ける。
『無人廃線車両爆弾』
スケルトンの集団の周囲にいくつもの空間の裂け目が出現し、電車が飛び出してきて大爆発を起こす。
「え? 何これ……」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
八雲紫が私の体から離れると、ようやく体が動くようになる。
「スレイブのくせに、勝手に主導権持っていくのはどうなんだ」
軽口を叩くが、八雲紫は浮いたまま、冷やかに私を見下ろす。
「な、なにがあったですか!?」
綾瀬が険しい表情で問う。
「違う、これはサーヴァントじゃない!
現代にこんな怪物が生き残っていたなんて」
「ねえ、千雨」
騒がしい外野の言葉は耳に入らない。眼前の妖怪の背筋が凍るような声だけが頭に突き刺さる。
「どうして着替えてないのかしら。頑丈な服、こっちでは礼装と言ってもいいものがあるでしょ」
目の前で指を立て、ゆっくりと言葉を放つ妖怪。
「どうして貸与された宝具を手にしてないのかしら」
顔がすごい近い。
「こっちの世界では舐めプと言ったかしら。力を出し惜しみして死なれると、困るのよ」
普段の胡散臭さはなりを潜め、ただただ冷たい視線が突き刺さる。
「千雨は違うと思っていたのだけれど、前世のあなたのように油断してあっさり死なれてしまうと、幻想郷を救うために協力している皆さんが困るのよ」
プレッシャーを受けて方向感覚が狂う。自分が立っているのかどうかも分からなくなる。
「今回の件で、私は千雨を見限りました。
貴女が死に次第、過去に戻って『また』やり直します」
膝が崩れ落ち、両手を地につけて、ようやく自分がどのような姿勢なのか把握する。
私の顔の位置に合わせてか、スキマをさらに下げて顔を覗き込む八雲紫。もう地に足が着いている。
「一応、後ほど別の妖怪を憑けます。まあ、精々頑張りなさい」
八雲紫は言い放つとスキマに消えた。
「イイっ! これが養豚場の豚を見るような視線ってやつか。うらやましいぞ」
Dr.ロマンは黙ってろ!
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
あれから、他の連中にはものすごい残念な奴という扱いを受けている。
今を生きる同位体である比那名居天子から貰い受けた礼装(サイズ違いの同じデザインの服)を着て、世界の危機故に特例で貸し出された宝具緋想の剣を振るってばったばったとスケルトンを斬り捨て、要石で押しつぶして大活躍するも、最初から全力出せよと言われる始末。
心機一転。スケルトンを倒した場所で広い集めた聖晶石を使い、サーヴァントの召喚を試みる。
待望のガチャタイムだ。
藤丸はキリエライトとの契約に加え、連戦して消費した魔力が回復していないので、後でガチャを回す事になった。
「では、私から召喚するです」
大盾から光の柱が立ち上る。
「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。
ここに参上つかまつった」
優雅な陣羽織の剣士は「此度のマスターは可憐だな」と呟き、目を細める。
「マスターの綾瀬夕映です。よろしくお願いいたします」
「佐々木小次郎だってー! 有名な剣士じゃないか! なんでセイバーじゃないんだ!?」
相変わらずDr.ロマンが騒がしい。交流を深める綾瀬主従を横目に宣言する。
「さぁ、次は私の番だ。ソシャゲーで数々のSSRを引いた運を見せてやる!」
「ゲームとサーヴァント召喚システムFateを一緒にするんじゃないわよ!」
アニムスフィア所長の言葉を無視して、教わったばかりの呪文を唱える。
「すごい霊基だ!」
Dr.ロマンの言葉に期待が高まる。
「キャスター、ネギ・スプリングフィールド。
本日からこのクラスの担任になります」
「今を生きる人物じゃないか!
そうか、星の開拓者だ!
まだ建設中の軌道エレベーターに、ブルーマーズ計画による火星のテラフォーミング!
どれも実現した未来からすれば間違いなく星の開拓者だ!
しかも魔術師じゃないけど、魔法世界の英雄だ! 英霊になっていてもおかしくない!」
もう、Dr.ロマンは雷電に改名した方が良いのでは……。
ようやく光が収まる。
「って、なんでだよ!」
現れたネギ先生は、麻帆良女子の担任の頃の容姿。
子供先生だった。
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特異点F 2
「そもそもカルデアスを灰色にする異変って何なのよ……。
未来が見えなくなるって事は人類が消えるという事……」
アニムスフィア所長の独り言の『異変』という言葉につい反応してしまう。
幻想郷の異変のように、解決した後は昨日の敵は今日の友とばかりにわいわいやれる敵だと良いのだが、初手で人類滅亡させるような奴だし、無理だろうな。
というか、この私と綾瀬に抱き着いて泣きわめいてるネギ先生をどうするべきか……。
「うわああああん、夕映さんごめんなさい―――!!」
「ネギ先生ただ謝られても、何の事だか分からないですよ」
綾瀬は困った顔をしながらも、笑みを湛えてネギ先生の頭を撫でる。
ごめんなさいを延々と繰り返すその様は、見ていてイライラする。
「いつまでも抱き着いてるんじゃねー!」
綾瀬の手をどけて、ネギ先生にゲンコツを落とす。
「召喚早々、取り乱して泣き喚いてんじゃねー!
なんで謝ってるのかちゃんと説明しろ!」
「英霊の座は平行世界の記録も見れるんです」
涙を拭い、目を真っ赤にしてる顔が懐かしい。最近のネギ先生は男らしく成長してドキッとさせられるから、昔の子供先生時代も可愛い。今なら雪広の気持ちが少しは分かる。なんて馬鹿な事を考えてしまう。
「だから、始まりの魔法使いとの戦いに敗北して体を乗っ取られた世界で、死なせてしまった夕映さんを紐付けして生かして何十年も利用してしまったのが申し訳なくて……」
「え、死んだ後も一緒に?」
綾瀬、顔を赤らめるな!
「千雨さんの方は、魔物化のせいで僕は若いままなのに、千雨さんがしわくちゃのおばあちゃんになって死別したのを思い出して悲しくなっちゃいました」
自分で紅潮しているのが分かるくらい、顔が熱い。
「あー、中学時代の恩師と年の差婚した大統領もいるし、私とネギ先生なら中学生の頃ならアレだったけど、今なら普通か……」
綾瀬、私を睨むな!
「その言い方だと、いろいろな可能性の世界の記録を見たんですよね?」
「はい、3-Aの生徒とはほとんど結婚してます!
もちろん、夕映さんもですよ」
「そんな事を誇らしげに叫んでんじゃねー!」
さらにゲンコツを落とす。
まさか、孫の超にまで手を出してたりしねーだろうな。
頭を押さえて涙目で見てくるネギ先生。綾瀬を除く面々からはジト目で見られてる。
「そんな事よりも、ネギ先生!
今起きている事件の犯人や犯行動機はご存知ですか?」
自分とも結婚していた事が分かると、何とも言えない表情で話題を変える綾瀬。
佐々木小次郎がニヤニヤとマスターを見ているのに気づき、さらに恥ずかしがっている。
肩をつかんで揺さぶる綾瀬の髪がネギ先生の鼻先に触れている。
「ふぇ、は、は」
あ、ヤバイ。これは懐かしのアレだ。
「令呪をもって命ずる。ネギ先生、くしゃみをする時は私の方を向くな!」
「はっくしょん!」
ネギ先生の武装解除の魔法が暴走し、藤丸とキリエライトが燃える街で強制的にエクストリームストリップする。
「くだらない事に令呪使うんじゃないわよ!」
アニムスフィア所長の怒鳴り声を聞き流して裸にされた二人に謝る。
Dr.ロマンに指示して、すぐに藤丸の替えの服を転送してもらった。
キリエライトはデミ・サーヴァントだけあって、自分の意思で甲冑という名のハレンチ衣装を再度着れるようだった。
今後の不安を解消するために、再度令呪を使いネギ先生がカルデアの仲間に向かってくしゃみをしないよう縛った。
「1日に1画補充されるとはいえ、2画も無駄遣いするなんて信じられません」
「でもさ、マシュ。これでもう裸にされる心配はないよ」
最初からこの調子だと、この先が思いやられる。私自身も半信半疑だった時の態度のせいで、カルデアでの人間関係がマイナススタートだから、本当にどうしよう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
結局、ネギ先生はこの先の展開を知らなかった。
別の世界の私と綾瀬は守秘義務を守って話さなかったのか、巻き込まれなかったのか、はたまた人類滅亡が起きなかったのかは分からない。
医療班トップのDr.ロマンによる休憩の指示で食事の時間となった。
転送してもらったレーションだけでは味気ないので、仙桃を配る。
「なによ、この神秘の塊。後で入手先教えなさいよね」
アニムスフィア所長は無理してる感じが伝わるせいか、ついつい優しい目で見てしまう。無事に世界を救った後の事を考えると彼女が生きている方が良いだろう。
所長が亡くなった後の責任追及に槍玉にあがるのは、どう考えてもスポンサーでありながら当時現場にいて犯行を阻止できなかった私だろう。
「伝説みたいに食べるだけで不老長寿になるわけでもないけれど。
体は丈夫になるから、困難に立ち向かうマスターとデミ・サーヴァントのキリエライトは食べてくれ」
と言いながら、アニムスフィア所長にも手渡す。
「仙桃といえば、麻帆良の世界樹の正式名が『神木・蟠桃』でしたね。実がなるという話は聞いた事がありませんでしたが、何か関係あるのでしょうか」
「麻帆良とは別口で手に入れた物だが、仙桃の木は生えてる場所が天界ってだけで、現実の桃の木と高さは変わらないぞ」
「学園長の風貌を思い出すと、仙人そのままのイメージです」
青褪める綾瀬。
「まさか、世界樹の実を食べ続けて仙人になったとか……。ははは」
ネギ先生が乾いた笑いを浮かべると、綾瀬は食べかけの桃を見ながら声を荒げる。
「千雨さん、いくら体が丈夫になるからって頭が伸びるのはイヤですよ!」
「大丈夫だって、私が会った事のある天人と仙人の中に学園長みたいな頭の人はいないから安心して食べてくれ」
「天界に天人、仙人、仙桃……。
長谷川や精霊魔法の使い手と話をすると、魔術師としての常識とかけ離れていて頭が痛くなるわね」
「千雨さんと精霊魔法を一緒にしないで欲しいです」
おかしい、人類滅亡を防ぐために一致団結しないといけないのに、私をだしに他の連中が仲良くなっていく……。
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特異点F 3
食後に歓談しつつ体を休めていると、Dr.ロマンが通信越しに叫ぶ。
『ごめん、話は後あと! すぐにそこから逃げるんだ!』
何事かと、皆に緊張が走る。
サーヴァントは即座に周囲を警戒するが、私たちマスターとアニムスフィア所長は一拍おいてゆったりと立ち上がる。
『そこにいるのはサーヴァントだ!』
「サーヴァントか、丁度良いじゃないか、ネギ先生と佐々木小次郎。知名度補正抜群のサーヴァントの実力を見せてもらおうじゃないか」
「そうね、そうよね」
アニムスフィア所長も胸元で拳を握りしめながら追認し、さらに指示を出す。
「マシュも戦いなさい! 同じサーヴァントよ、三対一だし、なんとかなるでしょう!?」
「……はい、最善を尽くします!」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「はああ――ッ!」
黒い、小さな影が鎖のついた大鎌のような武器を振り回す。
「ええ!? 鎌の方を投げるのですか?」
綾瀬の驚きに共感して頷きながら言う。
「鎖鎌みたいに分銅の方を投げるんじゃないのか。英霊ってのは私たちの一般常識を覆す戦い方をするんだな」
「貴女が常識とか言っても説得力ないわよ」
アニムスフィア所長の言葉に藤丸が大きく頷いている。というか、そんなに大げさに何度も首を振るな!
「というか、長谷川のサーヴァントも小さいけど、敵も小さいじゃない!
英雄って普通は歴史に名を残した戦功を持つはずでしょ!
あんなに小さな鎌使いの女の子がどんな英雄譚を残したっていうのよ!?」
確かにそれは気になる。天界での退屈な生活の反動か、魂が娯楽に飢えていたのか、今生では前世を思い出す前から貪るようにオタ趣味に没頭していた。当然、世界の神話なんてものにも目を通した事がある。
「確かに、神話や歴史に該当する英雄はいないな」
「そうですね、一体どんな英雄なんでしょう」
綾瀬ですら分からないとなると、正体を探るのも難しい。
「所長は敵の正体が分かれば倒し方のヒントになるって言ってたよね。でも、このまま数で押しつぶしちゃえば、倒した敵の名前なんてどうでも良いよね」
「藤丸の言う通りね。あなた達、しっかりとサーヴァントをサポートしなさいよね!」
相手のクラスすら分からないまま、戦いは続く。アサシン佐々木小次郎の物干し座をの間合いから逃れるように敵は素早いステップで飛び回り、鎌で刈り取ろうと凶刃を振るう。時には懐に入る事もあるが、小次郎も軽やかに避けたり刃を合わせて鎬を削る。
縦横無尽に飛び回る二人に合わせるため、ネギ先生は杖に乗って空から敵に魔法を打ち下ろす。小次郎への誤射を避けるため、魔法を放つ回数は少ない。
「魔法の射手・連弾・光の11矢!」
ダメだ。何度か直撃しているがまるで効いてない。
「高ランクの対魔力スキルを持ってそうね……」
アニムスフィア所長の言葉に知ってるのか雷電と言いたくなるのを堪える。
「雷の暴風」
敵が大きく下がり、小次郎から離れた瞬間にネギ先生が大呪文を放つのに合わせて私も弾幕を撃ち込む。
爆風から鎌が飛んで来る。私への反撃ではなく、狙いは藤丸だ。
「先輩!」
倒しやすい奴から始末しようとしたのだろうが、キリエライトが盾で防ぐ。
「あ……、ありがとう、マシュ!」
藤丸の引き攣った笑顔とマスターを守り、気を引き締めるキリエライト。
「そういえば、ネギ先生の宝具を聞いてなかったな……」
小さく呟いて念話で確認する。隣のアニムスフィア所長は「え? 確認してないの?」と驚き、綾瀬は「闇の魔法じゃないんですか?」と首を傾げる。
「えっと、本人が言うには今の霊基では闇の魔法は使えないらしい。しかも、闇の魔法は宝具じゃないらしい……」
綾瀬がアニムスフィア所長にゆっくり問いかける。
「さっきから見ていると、いくら背格好が子供先生時代のものだとしても、その後の記憶があるにも関わらず、私たちの知るネギ先生と比べて、魔法の威力が低いうえに中国拳法も使ってなかったりするのですが……」
「えっと……」
アニムスフィア所長は見るからに大粒の汗を浮かべて視線を彷徨わせる。
「私の小次郎さんは純粋な剣術の腕で戦っている? これが知名度補正?」
綾瀬に続いて口を開こうとしたところで、もう会えないかと思った声が聞こえた。
『ちうさま!』
『うわああああ!? なんだこの謎生物は!』
相変わらず騒がしいDr.ロマンを無視して、カルデアに残してきた電子精霊に声を掛ける。
他のカルデアスタッフも大混乱しているようで複数の悲鳴が聞こえる。
「はんぺ! お前消えたんじゃなかったのか!?」
『ちうたまがネギ・スプリングフィールドを召喚した後になぜか復活しました』
『たぶん、サーヴァントという、マスターと同一の存在がいる事でパクティオーカードが復活したものと思われます』
はんぺの言葉に、綾瀬と同時にパクティオーカードを確認する。
「本当にカードが活きてるです」
綾瀬は大事そうにパクティオーカードを胸元で抱きしめる。
『カルデアの守護英霊召喚システムフェイトは英霊の複数召喚とマスターの負担軽減を両立するため、意図的に劣化した状態で召喚しています!』
「ちょっとーっ、なんでそのポケモンみたいなヤツがカルデアの機密を知ってるのよ!
貴女使い魔に何させてんのよ!」
アニムスフィア所長に胸元を掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。
『あーっ! 長谷川さん、カルデアのシステムをハッキングしてるね!』
「実行犯ははんぺだ」
「使い魔がやってるんだから、結局貴女がやってるんでしょー!
何が視察よ! 同じ国連の組…」
「小次郎さん! ネギ先生! 爆発的な魔力の高まりを感じます!
敵は宝具を使う気です!」
綾瀬の言葉に、アニムスフィア所長が咄嗟にしがみ付いてくる。
震えているのに気づき、ここでヒステリックにわめかれても迷惑なので抱きしめ、子供をあやすように背中を軽くぽんぽんと叩いて落ち着かせる。
所長の視線を感じるが、口を閉じているので無視して戦いの行方を見守る。
いつでも令呪を切れるように、拳を握りしめる。力みすぎたのか、所長を抱きしめる力が強くなってしまったのか、アニムスフィア所長が「あ……」と熱い吐息を漏らす。それが首筋にかかるが、気にする余裕はない。
「その指は、その髪は」
敵の足元から瘴気が噴き出す。
綾瀬はアーティファクトの図鑑を展開して正体を暴こうとしている。
今のネギ先生の防御魔法で宝具を防げるとは思えない。令呪で転移して回避させても、マスターが狙われたら終わりだ。
「その囁きは天砕く」
敵は瘴気を纏い、地を駆ける。幸い、狙いは佐々木小次郎のようだ。
ネギ先生は時々魔法で援護しているだけだから、優先度が低いのか。
敵は大鎌で滅多打ちにするが、小次郎は全てを防ぐ。
流石は伝承に残る剣士だ。これで劣化しているというのだから恐れ入る。
敵が大きく後退し、周囲に漂う瘴気、魔力、神気を眼に集める。
怪しく光る瞳に恐怖を感じた私は宙を舞い、即座にスペルカードを発動する。
要石「天地開闢プレス」
「これがわたし」
間に合え!
「きゃああああ――っ!?」
アニムスフィア所長の悲鳴を聞いて、集中するあまり、抱きしめたままである事に気づく。
巨大な要石を召喚し、敵に叩きつける。
「カレス・オブ・ザ・メドゥーサ!」
瘴気を纏った閃光が溢れる。
衝突の衝撃で要石が砕ける頃には光が収まる。
間一髪で宝具を防ぐことに成功。
距離を取る。
すぐ脇を佐々木小次郎が駆け抜け、白刃を振るう。
「秘剣、燕返し」
長刀物干し竿で三つの円を同時に描く斬撃により、初めて敵サーヴァントを倒した。
「敗北、しました。姉様……」
力なく、今わの際に言葉を残して光の粒となって消えていく。
「死に際にそんな事を言われると、なんだか悪い事をしたような気分になります」 キリエライトが辛そうに呟き、藤丸が彼女を背中から抱きしめる。
『今倒した敵の正体はギリシャ神話に登場するメドゥーサだ!』
敵が宝具を使う際に叫んでいたので、みんな分かっている。しかし、情報の整理と共有をするため、Dr.ロマンが通信越しに伝達する。
「い、いつまで抱いてるのよ! 敵に飛び込むなら離しなさいよ!」
真っ赤な顔で怒鳴るアニムスフィア所長を離し、MVPを眺める。
桜咲の使う京都神鳴流という、とんでも剣術を見慣れたはずのネギ先生をはじめ、皆が小次郎を囲んで勝利を喜んでいる。
知名度補正があっても、今の霊基のネギ先生はあまり戦力にならなかった。
敢えて劣化した状態で召喚しているというのだから、何か対策があるのだろう。
改めて砕けた要石を見る。石になった注連縄を見て足が震える。
私はあくまでも、中途半端だと再認識して気を引き締める。
天竺イベは周回するために周回するのが面倒でしたが、北斎ちゃんが無事にスキルマできました。
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