絶望の世界に希望の花を (Mk-Ⅳ)
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プロローグ1

始めましての方は始めまして、Mk-Ⅳと申します。
他の作品で知っている方は、本作も目を通して頂きありがとうございます。

本作は、個人的に好きな作品をスパロボ風に掛け合わせたものとなっております。多くの方に楽しんでもらえるよう頑張りますので、アドバイス等を頂けると嬉しく思います。


世界がどれだけ絶望に包まれていても、僕達の世界は壊れることはないと信じていた。

大切な人達と一緒に遊んで笑って、悲しいことがあれば共に泣いて、辛いことがあれば励まし合う。そんな大好きな日常がすっと続くと信じていた。

でも、そんな幻想は空が落ちてきたあの日に崩れ落ちた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

徳島県にある神社の神楽殿にて、10~11歳程と見られる少年が目を覚ました。

 

「起きましたか優君?」

「ん…ひなた…」

 

目を開けた少年――蒼希 優(あおき ゆう)の視界に同年代の少女の顔が映る。

上里(うえさと) ひなた――優の幼馴染の少女の1人である。

優は彼女の膝に乗せた頭を上げると周囲を見回す。

彼らは通っている小学校の修学旅行で、香川から徳島へやってきていたのだった。

位置的には隣り合う県同士であり、その気になれば学校行事と関係なく訪れることもできるが。今の世界情勢では仕方のないことであった。

 

 

 

 

『バアル』――そう総称されている人ならざる侵略者によって、世界はその在り様を大きく変えてしまった。

 

 

 

 

十数年前。突如宇宙から飛来した隕石が南極に落下し、そこから現れた異形の存在『サベージ』が人類に襲い掛かった。

現存するあらゆる兵器を上回る力を持ったサベージによって、多くの都市が壊滅し。人類は滅亡の危機に瀕した。

だが、アメリカにある『ワルスラーン社』が、未知の鉱石『ヴァリアブルストーン』を核とした新型兵装『百武装(ハンドレッド)』を開発したことで、対抗手段を得た人類によって地球上から駆逐された。

この出来事は『第一次遭遇(ファーストアタック)』と呼ばれることとなり。その3年後に再びサベージが出現する、『第二次遭遇(セカンドアタック)』が起きてしまう。

しかし、既にハンドレッドを用いる者『武芸者(スレイヤー)』を中心とした防衛体制を構築していた人類に敗北はないと誰もが信じていた。

だが、セカンドアタック勃発後暫くして。人類に新たな脅威が出現した。

生物に寄生してその遺伝子を書き換え、サベージとも異なる異形の怪物へと変貌させてしまう新種のウィルス『ガストレアウイルス』が世界中に蔓延し。地球上に存在するあらゆる生物が『ガストレア』と呼称された怪物に変異し、サベージと共に人類に襲い掛かった。

非常に強い再生能力と、人間すら瞬時にガストレア化させる繁殖力によって。天文学的に増殖したガストレアに、サベージの対処だけで限界だった人類は瞬く間に駆逐されていった。

今度こそ滅亡するかと思われたが、『バラニウム』と呼ばれるヴァリアブルストーンとは異なる未知の鉱石が、ガストレアとサベージに非常に有効であることが判明した。

さらに、日本の科学者である日野 洋治(ひの ようじ)とミツヒロ・バートランドがパワードスーツ『ファフナー』を開発したことで決死の反抗を行う。

激しい戦いの末、消耗した今の人類では勝機はないと判断した人類は、バラニウムによる巨大な壁『モノリス』を建造し。その内部に立て籠もることで生存することができた。

現在の日本は、バアルによって国土を分断され。残された生存圏は東京・大阪・札幌・仙台・博多、長野、沖縄――そして、優達が暮らす四国のみであり。それぞれが独立した国家として国連に承認されたのだ。

 

 

 

 

セカンドアタックから7年の月日が経ち、崩壊しかけた秩序はある程度の回復を見せ。世界中のエリア間での空路と海路による交通網は構築されているも、それでも100%安全とは言えず。余程のことがない限りは、エリア間を移動することは暗黙の了解として禁止されていた。

そのため修学旅行地が近隣であろうとも文句を言う生徒は殆どいなかった。

優もひなたともう1人の幼馴染と共に修学旅行を楽しんでいたが、そこで強い地震に見まわれた。地震はその後も断続的に起こり、教師達が非常事態と判断して、地域の避難所であるこの神社へ生徒達を避難させたのだ。他にも近隣住民が避難しており、神楽殿には老若男女問わず多くの人が集まっていた。

老人を始めとした大人は、先行きが不透明なことに不安を隠せていない者が多く。逆に学生ら若者は何かのイベントに参加したかのように楽しんでいる者が殆どであった。

 

「具合はどうですか?」

「うん、大分良くなったよ。ありがとうひなた」

 

ひなたが不安そうに問いかけるも、優が微笑んで答えると。ホッとしたように胸を撫でおろした。

優は生まれつき身体が弱く。長時間体を動かすことができないのである。そのため学校にも余り通えず、家に閉じ籠ることが多かった。

だが、必死の治療の甲斐もあり。小学5年生となった今年は体調も良くなり、医師から今回の修学旅行への参加が許されたのだった。

とはいえ、激しい運動は厳禁であり。適度に体を休ませることが条件となっていたが。地震のため今いる神社に休みなく避難したことで、体に負担がかかってしまい。ひなたの好意で膝を借りて休んでいたのである。

 

「――そういえば、若葉は?」

 

優がキョロキョロと辺りを見回し。もう1人の幼馴染を探す。

 

「若葉ちゃんならあそこですよ」

 

そういってひなたが指さした方に視線を向けると。見知った少女が1人立っていた。

凛とした顔立ちをしており、その佇まいかた育ちの良さを感じさせるも。その表情はどこか困ったように曇っていた。

――乃木 若葉(のぎ わかば)優のもう1人の幼馴染であり、学級委員長を務めている。

彼女の視線の先には、クラスメートである3人組の少女がおり。一様に若葉から向けられる視線に困惑した様子であった。

 

「(やれやれ)」

 

その光景見ただけで優は状況を把握し、隣にいるひなたへ声をかける。

 

「僕のことはもういいから。若葉の方に行ってあげてひなた」

「でも…」

 

優と若葉を交互に見ながら戸惑いの色を見せるひなた。若葉の元にも行きたいが、優のことを放っておくことできないのだろう。そんな彼女の優しさに、思わす笑みを浮かべる優。

 

「僕は十分休んだから、動かなければ大丈夫だから、ね」

「…わかりました。何かあったらすぐに呼んで下さいね?」

「うん」

 

一瞬だが逡巡するも。意を決したようで若葉の元へと向かうひなたを、微笑ましく見送る優。

ひなたが携帯で写真で若葉を撮りながら話しかける。彼女の『若葉コレクション』なるものの収集を趣味にしており。早い話が自分で撮った若葉の写真集である。

そこから若葉を交えて3人組と話始め、最後は先程までの気まずさはなく皆笑顔となっていた。

若葉はよく言えば真面目で、曲がったことを嫌うが。逆に言えば融通が利かず、頑固でもあった。人付き合いは得意とは言えず、優やひなたのような見知った相手以外には愛想良く接せられず。それ故、クラスメートからは『鉄の女』などど誤解されてしまっているのだ。

先程3人組を見ていた困っていた表情も、付き合いの長い優やひなただから気づけたが。他の者からは不機嫌そうに睨みつけているように見えただろう。

きっと、仲良く話していた3人組に注意すべきか考え、今の状況なら不安も和らぐから問題ないだろうと思っていたのだろうが。マイナスイメージで悪く見られただけなのだ。

ひなたはそのマイナスがを取り払い、若葉と3人組の橋渡しの役割を果たしたのだ。

 

「(もう、大丈夫か)」

 

心配事もなくなったので、その場から立ち上がる。ひなたにはああ言ったが、夜とはいえど、7月の暑さはなかなかのものなので。風にあたりたくなり神楽殿の外へと歩き出すのだった。

 

 

 

 

神楽殿の外には他に人はおらず。静寂に包まれていた。

古来、神社の鳥居は外界との境界という意味を持っていた。まだ人々が信仰心を忘れていなかった時代、神社は異界とされていたのだ。優は神社の持つそんな意味など知らなかったが、この場の静謐な空気を感じることはできた。

空を見上げると、この神社は住宅地等から離れているためか、無数の星が輝いている。

 

『にゃー』

 

ふと鳴き声が聞こえたので視線を落とすと。一匹の黒毛の子猫が優を見ていた。

 

「おいでー」

 

しゃがみ込んで微笑みながら右手の人差し指だけを伸ばし、上向きにして前後に軽く振りながら子猫を呼ぼうとする。

子猫は最初は警戒した様子だが、やがてゆっくりと優の元へと歩み寄って来る。

 

「よいしょと」

 

優は寄ってきた子猫をそっと抱きかかえると、近くにあった観光者用に長椅子に腰掛け。子猫を膝の上に乗せると背中を優しく撫でる。

 

『ふにゃ~』

 

子猫は気持ちよさそうに鳴くと、丸くなって寛ぐ。

 

「♪~」

 

そんな子猫を撫でながらご満悦な様子の優。

 

「おーい、優~」

 

境内に聞きなれた声が響いた。

 

「若葉どうしたの?」

 

声のした方を向くと、若葉が駆け足気味に向かって来ていて。その後ろにはひなたの姿もあった。

 

「どうしたのって。お前がいなくなったから何かあったんじゃないかと…」

 

安堵した様子で話す若葉。どうやら無断で外へ出た優を心配して捜しに来てくれたらしい。

優の姿を確認すると、ホッとした様子で隣に腰を下ろす。ひなたも優を挟む形で座る。

 

「ごめんね。ちょっと夜風に当たりたくなってさ」

「そうか。だが、せめて誰かに一言話してからにしてくれ。昔より良くなっているとはいえ、何があるかわからないんだぞ?」

 

『もしも』のことを考えてしまったのか、不安そうな表情で俯いてしまう若葉。

優はそんな彼女の頭に手を置くと、そっと撫でる。

 

「心配かけてごめんね。次からは気をつけるよ」

「あ、ああ」

 

若葉は嫌がる素振りも見せず、先程の子猫のように気持ちよさそうに目を細める。

すると、パシャリと機械音が鳴る。

 

「やりました!久々に撫でられ若葉ちゃんゲットです!」

 

そちらを向くと、携帯を片手に目を輝かせるひなたがいた。彼女的には優に撫でられている若葉の姿は、レア度が高いらしく。いつもよりテンションが高くなっていた。

 

「ひ~な~た~!だから撮るな!消せ!」

「嫌です!これだけは何がなんでも死守します!」

 

若葉が携帯を取り上げようとするも、ひなたは優を盾にして対抗する。

 

「あの、ひなた事あるごとに僕を盾にしないで。後、若葉くっつきすぎだから」

 

優の言葉に若葉はハッと自分の状況を把握する。

携帯を取り上げるのに夢中になって、自分から優に体を押しつける形になっており。傍から見れば抱き着いているようにも見えるだろう。

そのことを自覚すると、若葉の顔がみるみると赤くなっていく。

 

「%&#$##%%&&#$!?!?!?」

 

普段の彼女ならまず発しないだろう言語を上げながら、慌てて優から離れる若葉。その顔は最早トマトのように真っ赤で、湯気らしきものまで出ていた。

そんな彼女をひなたは、赤面若葉ちゃん頂きましたー!と言って激写していた。

 

「えっと、大丈夫若葉?」

「&##%&&%#%%&$!!」

 

若葉の状態に不安になった優が声をかけるも。若葉はテンパり過ぎて謎の言語しか話せていない。

そんな彼女を落ち着けようと、これだけ騒いでも優の膝の上で寛いでいた子猫を抱きかかえると。若葉に近づいて彼女の頭にポフッと乗せた。

 

『ゥ~』

 

子猫は、最初は優から離れたことに不満そうだったが。すぐに今の場所が気に入ったのか、上機嫌そうに鳴くと寛ぎだした。

 

「……」

「?どうした優?」

 

どうにか落ち着きを取り戻した若葉は、自分をジッと見て黙ってしまった優に不思議そうに声をかける。

 

「いや、子猫頭に乗せてる若葉可愛いなぁって」

「か、かわッ!?」

 

不意に優が放った言葉に、再び若葉の顔が赤く染まり。ひなたがキャーと歓喜の声をあげて、さらなる速度で激写する。

 

「な、ななななな、何を言ってるんだお前は!?」

「え?何か変なこと言った僕?」

「お前はッそういうことを軽々しく言うなといつも…!」

 

目じりを吊り上げながら優に詰め寄る若葉。しかし、その口角も吊り上がっており、言葉とは裏腹に喜んでいるように見えた。

 

「ブハッ!!」

 

若葉を激写していたひなたが、何かのキャパシティをオーバーしたのか。鼻血を物凄い勢いで噴き出す。

 

「わぁぁぁぁぁぁ!ひなたぁ!?」

「お前はどうしてそうなるんだ!?」

 

優と若葉は慌てて止血に走るのであった。

 

 

 

 

「ふぅ。ごめんなさい、若葉ちゃん優君。ご迷惑をおかけして」

「まあ、もう慣れたけどね」

「そうだな」

 

あれからひなたの出血を抑え、3人は仲良く長椅子に腰かけて談笑していた。

 

「それで、優君。修学旅行は楽しめていますか?」

 

ひなたが、隣にいる優に微笑みかけながら問いかける。

 

「うん。こんな風に外に出たのは初めてだから、すっごく楽しいよ」

 

物心着いたころから優は持病のため、外出できたとしてもたまに学校へ行く時くらいであった。

そのため今回の修学旅行で見たものはどれも新鮮であり、かけがいのない思い出となっていた。

 

「これもひなたと若葉のおかげだよ。本当にありがとう」

「何を言う。友として当然のことをしたまでだ」

「そうです。私達も優君と一緒に来れて楽しいですしね」

 

感謝の気持ちを述べる優に、若葉とひなたは当然とばかりに微笑む。

今回の修学旅行に際して。若葉とひなたは事前に優専用のスケジュールの作成や、体調が悪化してしまった時の対応を考え。担任と掛け合い、他の生徒の迷惑ならないよう3人だけの班合わせをしたりと動いてくれたのだ。

 

「そうだ!さっきですね、若葉ちゃん私達以外のお友達ができたんですよ!」

「それって、さっき話してた子達?」

「はい!」

 

優の問いに、まるで自分のことのように満面の笑みを浮かべるひなた。

 

「おお、よかったね若葉!」

「あ、ありがとう優」

 

優も同じように喜ぶと、照れくさそうに頬を掻く若葉。

 

「優君もせっかくの機会ですから、お友達を作ったらどうです?流石に班行動中は難しいですけど。今みたいに皆でいる時にでも」

 

ひなたが両手をポンッと合わせながらそう提案してくる。これから優も、学校へ通える日が今まで以上に増えていくだろう。だから彼女としても、もっと彼に学校生活を楽しんでもらいたかった。

 

「…僕はいいよ」

「どうしてだ?私だってできたんだ。お前ならもっと簡単にできるさ」

 

だが、当の優は乗り気ではないという風に首を横に振ってしまう。そのことに若葉が不思議そうに首を傾げた。

 

「僕はいついなくなるかもわからないから…。その人を悲しませちゃうかもしれないからアタタタタ!?」

 

優が言い終わる前に、若葉とひなたが彼の頬をそれぞれ抓った。

 

にゃにゃにすふの(な、何するの)!?」

「お前が馬鹿極まりないことを言うからだ」

「そうです。なんですか私達は悲しんでいいってことですか?」

しょしょーゆーわへひゃないひぇほ(そ、そういう訳じゃないけど)ひぇか、ひゃなしてほぉ(てか、離してよぉ)

 

抓られたままの優が涙目で訴える。

 

「もう馬鹿なことは言わないって誓えるか?」

ひかいまひゅ(誓います)

「よろしい」

 

優の言葉に、若葉とひなたは満足そうに手を離した。

 

「うー痛い…」

「自業自得です」

 

頬を摩りながらあーうー唸る優に、ひなたが軽く溜息をつくのだった。

そんな折、優が咳き込み始めてしまう。

 

「優!?」

「大丈夫。ちょっと冷えてきたから…」

 

夏場とはいえ長い時間外にいたため、体に負担がかかってしまったらしい。

 

「戻りましょうか、先生達も心配しているでしょうし」

「そうだな。優歩けるか?」

「うん。それくらいは大丈夫」

 

優を気遣いながら立ち上がると、神楽殿へと歩き出す3人。

2人に迷惑をかけていることに申し訳なく想いながら。こんな自分のことを、友達として大切に思ってくれる彼女達に出会えたことに、優は幸福を感じていた。

願わくは、これからも彼女達と共にいられることを神様に願いながら、夜空を見上げた。

 

「――えっ?」

 

同時に今までとは比べ物にならない程、地面が激しく揺れ始めるのだった。




プロローグなのに書きたいことが多すぎて、分割することにしました。ご了承下さいませ。

※捕捉
ブラック・ブレット原作では、東京・大阪・札幌・仙台・博多のみですが。本作では長野、四国、沖縄が追加されています。
また、乃木若葉は勇者である原作で。若葉とひなたの修学旅行先は島根でしたが。本作の世界観に合わせるために、徳島に変更されています。


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プロローグ2

「(今までで一番大きい!)」

 

人生で体験したことのない激しい揺れに、ひなたは小さな悲鳴を上げて尻もちをつき。優はそんな彼女を庇うように片膝をついて、その華奢な体を支える。若葉は武道の心得があることもあり、中腰になって上手く姿勢を保っていた。

揺れは十数秒程続いた後、次第に収まっていく。

 

「凄い揺れだったな…。優、ひなた、大丈夫か?」

「僕は大丈夫。ひなたは?」

 

若葉が2人の安否を確かめ。優は何事もなく立ち上がり、座り込んいるひなたに手を差し出す。

 

「……」

「?ひなた?」

 

しかし、彼女はその手を取らず。真っ青な顔をして呟いた。

 

「怖い…」

「え?」

 

ひなたの体は小刻みに震え、何かに怯えていた。

 

「ゆ、優君、若葉ちゃん…。な、何か、凄く、怖いことが…」

 

そう言って彼女は空を見上げた。

優と若葉は何かあるのかと思い、顔を上げる。

そこにあるのは、なんの変哲もない星空のようだった。

だが、何かが違う。そう優は直感した。

無数の星々は、まるで水面を漂うように(うごめ)いていた。

星のように見える『それ』は、鳥か何かにも見えた。

しかし、動きが不規則な上に、夜にあれ程の数の鳥が空を飛んでいるの不自然であることは、滅多に外出しない優にもわかる。

そして、星々の幾つかが次第に大きくなっていき――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望が、空から降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星のように見えたものの1つが、神楽殿の屋根に落下した。それは、やはり鳥などではなった。全身が不自然な程白く、人間よりも遥かに巨大で、不気味な口のような器官を持つモノ。陸生動物とはかけ離れた進化を辿った深海生物か、あるいは不完全な状態で生まれてしまった無脊髄動物のようにも見えた。しかし、それは明らかに人間が知る従来の生物とは異なっていた。

 

「(バアル!?)」

 

テレビで放送された、7年前の大戦の特集でその姿を見たことのある優は咄嗟にそう思うも。だが、目の前に現れた異形の存在は、サベージともガストレアとも合致しなかった。

始めてみる怪物は1匹だけでなく2匹、3匹…と次々に落ちてきて、神楽殿の屋根や壁を食い破り、中に侵入していく。

 

「あれはバアル、なのか…」

 

若葉の呟きに、優は何も答えられなかった。目の前で起きている異常な光景を、ただ唖然と見ていることしかできなかった。

そんな中、ゆらり――と何かが立ち上がる気配が彼らの背後からした。ひなただ。しかし、彼女の目にはどこか異様な光が宿り、口からは呪詛のような言葉が漏れる。

 

「――…――……――…――」

 

若葉がどうしたのかと問おうとし瞬間、神楽殿の中から、悲鳴と共に弾かれたように人々が逃げ出てきた。

 

「きゃああああああああああああっ!!」

「な、な、なんだ、あの化け物はっ!?」

 

「(くっ)」

「待って、若葉ッ!」

 

中にいるクラスメートの安否が気になり。咄嗟に若葉は優の静止を聞かず、神楽殿へ駆け出す。その手をひなたが掴んだ。

 

「私も行きます」

「ひなた!?」

 

若葉を止めるものと思っていたひなたの言葉に、優が驚愕の声を漏らす。

彼女の目には先程までの異様な光が消え、代わりに強い意志が感じられた。口調もしっかりしている。

そんなひなたの目を見た若葉は、頷くと共に駆けだす。

 

「若葉、ひなた!!」

「優はここにいろ!すぐに戻る!」

 

若葉がそう告げると、2人の姿が神楽殿の中へと消えていった。

 

 

 

 

「……」

 

阿鼻叫喚の渦に包まれた境内で優は、幼馴染達が駆けて行った。神楽殿を唖然と見つめていた。

若葉の言う通り、優が一緒に行っても足手纏いにしかならないだろう。持病の発作も強くなり、息が苦しい。

 

「(だからって!)」

 

役立たずでも、女の子だけを危険な場所に向かわせることは優にはできなかった。

弾かれるように駆けだすと、自身も神楽殿の中へと入っていく。

 

「ッ――!?」

 

そこで見たものは正に地獄であった。

白い異形の生物達は、その口のような器官で、逃げ遅れた人々を貪っていた。口の中は血で紅く染まり、巨体の下には食い残した人間の欠片が残っていた。食われている者には、優達と同学年の生徒らも多く――その中には若葉と友達となった少女達までが、変わり果てた姿になっていた。

 

「そん、な…」

 

優の口から呻きが漏れる。

目の前の光景が信じられなかった。余りに現実感がない。つい数十分前まで日常を生きていた人々が、今は物言わぬ姿になり果てている。

 

「ううああああああああああああああっ!!」

 

突如耳に絶叫が響いた。そちらを向くと、若葉が木材の切れ端を手に化け物へと駆けだし、その先端を突き刺した。

しかし、化け物は蚊にでも刺されたかのようにものともせず。虫を払うように、若葉をその巨体で体当たりし吹き飛ばした。

その小さな体は、社殿奥にある祭壇の上に落下した。

 

「若葉ぁぁぁぁああああああ!!!」

 

優は無意識に、彼女の名前を叫んで駆け寄ろうとする。しかし、化け物の1匹が立ちはだかる。

 

「どけぇえええええ!!:

 

優は足元に転がっていた野球ボール程の大きさの瓦礫を掴むと、化け物目がけて渾身の力を込めて投げつける。

だが、瓦礫は化け物に命中するも、傷一つくかなかった。化け物は餌を見つけたと言わんばかりに、その巨大な口を開けて優に迫って来る。

 

「(僕にも母さんみたいな力があれば!!)」

 

優の母親はスレイヤーであり。それも日本はおろか世界有数でも指折りの実力者であり『戦女神(バルキリー)』の異名で呼ばれていた。しかし、数年前にとある任務中に帰らぬ人となっていた。

スレイヤーの子にはスレイヤーになれる才能があると言われ、息子の優にも期待されていたが。しかし検査の結果、優にはスレイヤーとしての適性がないことが判明したのだった。

何もできない優に化け物が目前まで迫り、呑み込もうとする。

 

「(力が、若葉とひなたを守れる力があればッ!!!)」

 

出会った当初から守られ続け、今危機に瀕している大切な人達を守る力を、優は神に縋る思いで願った――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、神は彼の願いを聞くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神楽殿内に何かを切り裂く音が木霊した。

同時に優を食らわんとしていた化け物が動きを止め、背後に向き直る。

すると、化け物に亀裂が入ったかと思うと。両断されて形容しがたい鳴き声を上げて消滅してしまった。

 

「――え?」

 

突然の事態に、思わず間の抜けた声が優の口から洩れた。

化け物がいた場所には、見知った少女が立っている。

 

「若、葉?」

 

優がその少女の名を呼ぶ。そう、立っていたのは、先程化け物によって吹き飛ばされた幼馴染だった。

遠目から見ても、かなりに勢いで吹き飛ばされていたにも関わらず。その身には傷一つなく、その手には1本の刀が握られていた。

この神社に祭られていたのであろうその刀は、年代を感じさせる古めかしさがありながらも。その刀身は今まさに研がれたかのような輝きを放っていた。

 

「無事か優?」

「あ、うん」

 

唖然としていた優に、若葉が優しく語り掛ける。その姿には先程の焦燥感はなく、普段の落ち着き払った頼もしさに溢れていた。

そんな彼女に化け物が次々と襲い掛かってきた。

 

「若葉!」

「大丈夫だ!」

 

若葉は刀を鞘に納めると、左足を踏み出して柄を握り、居合を構えを取った。彼女の実家は由緒ある武家の末裔であり、若葉も幼い頃からその武技を修めていたのである。

 

「ハァッ!!」

 

裂帛の声と共に、解き放たれた刃が一刀の元、化け物を次々と葬っていく。その光景を優は、ただ眺めていることしかできなかった。

瞬く間に、神楽殿内の化け物は彼女によって一掃されたのだった。

 

「……」

 

神がかり的な力を発揮した幼馴染を、優は唖然と見つめる。同時にただ守られるだったことに、胸の奥で何かが軋むような音がした気がした。

 

「若葉ちゃん!外にもあの変なのが溢れています!」

 

そんな彼のことなど露知らず、ひなたが若葉に駆け寄りながら、そう叫んだのだった。

 

 

 

 

3人で神楽殿の外に出ると。いつの間にこれ程湧いたのか、神楽殿の外は大量の化け物達に囲まれていた。逃げようようとした人々は、退路もなく絶望にくれている。

若葉は、刀を握り締める。

例え敵が何十匹いようと、負ける気がしない――

 

「…な、何?」

 

化け物達の異変が起こった。

複数の個体が一箇所に纏まり、粘土を集めるように巨大化しつつ姿を変えていく…。まるで授業などで聞いた、ガストレアが他の生物のDNAを取り込んで進化するかのように――

ある個体はムカデのように長い体形となり。

あるものは体表面に矢のようなものを発生させ。

あるものは体組織の一部が角のように硬質化して隆起し。

 

「(…進化…している)」

 

単体では乃木若葉に勝てないことを学習したのだろう。彼らが自分達より強力な存在に対抗するために選んだ手段は『進化』であった。それもガストレアよりも早く、柔軟性をも持ったものであった。

進化した個体の内の1体が、その体に発生した矢を射出した。矢は進行方向上にいた人間複数人を貫き、その先にいた優にも迫る。

 

「あ――」

 

そのことを優が知覚したのは矢が目前に迫った時だった。回避も防御も間に合わず、彼にできるのはただ矢に貫かれることだけ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優ッッッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真横から突き飛ばされる感覚と共に、優の体が地面に倒れる。矢は優の背後の神楽殿をたった一撃で、三分の一程崩壊させてしまっていた。

一瞬何が起きたのかわかららなかったも。自分が生きていることを不思議に思う。

 

「(どうして?))

 

決まっている誰かが助けてくれたからだ。では、誰が?あの時そんなことができたのは――

 

「若葉ちゃんッ!」

 

すぐ側でひなたの悲鳴が響き、優は上半身を起こし。恐る恐るそちらに視線を向ける。

 

「わか、ば…?」

 

視線の先には若葉が倒れ込んでおり、脇腹から血がとめどなく流れており端正な顔は苦痛歪んでいた。

 

「あ、ああ…」

 

どうして彼女が?いや、わかっている。だが、その事実を認めたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を庇って彼女が傷ついたことなど(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、あ、ぁぁ――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

優の絶叫が響き渡る。なんで?どうして?自分を庇った?この絶望的な状況を切り抜けられるのは、彼女だけなのに――

 

「――友を…助けるのは…当然、だろう?」

「!?」

 

優の心を見通したかのように、若葉が息も絶え絶えに精一杯の笑みを浮かべる。

そんな彼女の言葉に、優は強い衝撃を受けた。こんな時でも、彼女は自分よりも友の身を案じたのだ。

 

「(僕のせいだ。僕のせいで、若葉が、ひなたが他の人が…!)」

 

自分が足手纏いにならなければ。きっと若葉ならこの状況でも、この場にいる全ての人救えた筈だ。自分がいなければ(・・・・・・・・)、こんなことにはならなかった。

深い絶望が優の心を蝕んでいく。

そうしている間にも化け物の小型個体が増え、大型の個体と共に押し寄せてくる。

 

「もう、駄目だ…。終わりだ…」

 

その場にいた1人の男性がそう呟くと、両膝を地面について項垂れる。その表情は絶望に染まっていた。

そんな男性の感情が伝播したように、他の人々も次々と死にたくない泣き叫び、怨嗟の声を上げる。

化け物はそんな者達の恐怖を更に煽るように、ゆっくりと迫っていく。

 

「大丈夫です。来ました」

 

誰もが諦めかけた時――ひなたがそう呟いた。同時に上空から無数のミサイルが化け物の群れに降り注ぎ、爆発と炎に包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理不尽な力によって生み出される絶望。ならば、それを覆せるのもまた力なのであろう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オッラァァァァアアアアアア!!!』

 

爆発と炎によって小型個体が全て消し飛び。残った大型個体も体の至る所に亀裂が走っていた。

そんな大型個体の――1番硬質と見られる角つきに、上空から新たに飛来した1つの人影が、両手で逆手に保持していた槍状の武器を亀裂がある箇所に突き刺した。

 

『くたばれやぁ!!』

 

そして、槍の矛が中央から上下に展開し。柄に内蔵されていたレールガンが露出する。矛がレールとなり、そこをバラニウム制の弾丸が走り大型個体を一撃で粉砕した。

 

『よっと』

 

レールガンの衝撃を利用して人影は、他の大型個体から距離を取りながら着地した。

その姿は全長2メートル近くあり。全身を紫の装甲で包まれていた。

 

「ファ、フナー?」

 

優はその人影の名を呆然気味に呟く。『ファフナー』日本の科学者が生み出した、人類を守護するための力である。

そして、大型個体を撃破したのは。『メガセリオン・モデル』と呼ばれる、指揮官あるいはエース用の機種であった。

よく見ると、そのメガゼリオンモデルは優の知るものより装甲が薄く、ブースターが大きなっており。個人用に、機動性重視でカスタマイズされたもののようであった、

 

「自衛隊だ!自衛隊が来てくれたぞ!!」

 

助けが来たことに、絶望に包まれていた人々から歓喜の声が上がる。

 

「それにあれって『マスターオブセリオン』だ!」

 

カスタムモデルの肩部に描かれた666の数字の上に。十の角と七つの頭と、七つの冠を持つ火のように赤い竜のエンブレムを見た者から、更なる歓喜の声が上がる。

 

『マスターオブセリオン』――それはメガセリオン・モデル搭乗者の中のエースには『マスターセリオン』の異名が与えられ。さらに、その中で最も優れた者に与えられる唯一の称号である。

そして、その称号を与えられた者の名は――

 

日野 道陽(ひの みちあき)…」

 

ファフナー開発者の1人日野 洋治の息子であり、テストパイロットとして開発に参加し。前大戦で初の実戦投入型である『ティターン・モデル』で初陣にも関わらず多大な戦果を挙げ。ファフナーの正式配備後は、メガゼリオン・モデルを駆り英雄的活躍を続ける『生きた伝説』とさえ言われる男である。そして、優が最も憧れる人物でもあった。

 

『さぁて、暴れるぜ!行くぞ光輝(こうき)!!』

 

メガゼリオン・モデルの掛け声に応えるように、もう1体のメガセリオン・モデルがパラシュート降下で境内に降り立つ。

こちらは黒色の装甲で従来機より重厚であり。バックパック一体型の2門のレールキャノンと、右腕に装備されたシールドと一体型の大口径ガトリング。さらに、左腕には火炎放射器と見られる物まで装備された重装型のカスタムモデルとなっていた。

 

『てか、遅ぇよ!もっと早く来い!』

『あ?あの高度からパラシュート切り離しなど、アンタのような酔狂しかやらんよ』

 

軽装型が何やら重装型に文句を言うも、重装型は馬鹿を見るような感じで対応している。その声はかなり若く、優達と同年代ではないかと思われる。

そんなことをしていると、矢つきの大型個体が矢を次々と放ってきた。

ファフナー部隊の背後には優達がいるため。避ければ彼らが犠牲になり、その身で受ければ串刺しになってします。まさに、絶対絶命の状況であった。

 

『よっと』

 

だが、軽装型は手にしていた槍状の武器『ルガーランス』を左手にし、背部パイロンに懸架していた折り畳み式の大型ソード『ロングソード』を右手に持つと。1歩前出て、それらを目にも止まらぬ速さで交互に振るい、危険度の高い矢のみを斬り落とすか、刀身と矛先に滑らせ軌道を変えて捌いていく。

放たれた矢は全て両断されて地に落ちるか、あらぬ方向に飛んでいき。自身はおろか、誰一人傷ついた者はいなかった。

 

「凄い…」

 

素人の優でも、今のことを他の者にやれと言われても、不可能であることが理解できる程の絶技であった。しかも、当人は息1つ乱していないことから、逸話通りその技量の高さが伺える。

 

『まったく、しゃあねぇ。俺はムカデモドキをやる。お前は矢生やしてるのをやれ!』

『俺が悪いみたいになっているのは気に入らんが。了解だ』

 

コントのようなやり取りを終えると。軽装型はブースターを吹かし、ムカデ型の大型個体へと向かっていき、重装型は矢つきへとゆったりとした足取りで向かっていく。

矢つきは重装型へ再び矢を放つ。対する重装型は、ガトリングを構えると連なった砲身が回転を始め、次々とバラニウム制の弾丸を吐き出していく。

弾丸は飛来する矢を次々と撃ち落とし、撃ち漏らした矢が装甲に当たるも弾かれる。いや、先程の軽装型同様、危険度の高いものだけを撃ち落とし。その他は強固な装甲と角度をつけることで、威力を殺し受け流しているのだ。こちらも常識外れの技量を持っていることを伺わせる。

やがて、矢つきの体からは、息切れしたかのように矢が生えてこなくなってしまった。

 

『なんだ、もう終わりか。つまらんな』

 

重装型は、まるで興味が尽きたかのように呟くと。装甲の各部が展開し内部のミサイルが露出する。

 

『消し炭になれ』

 

ミサイルが放たれると、途中でその先端が解放され、小型のミサイルが飛び出していくと。次々と着弾し爆発と炎に包まれる。

矢つきは形容しがたい鳴き声を上げて炎に焼かれ、やがて跡形もなく燃え尽きてしまったのだった。

 

 

 

 

『そぉりゃっと!』

 

重装型が矢つきと交戦を始めた頃。軽装型もムカデ型の大型個体目がけて突進していくと。左手のルガーランスを背部パイロンに懸架し、腰部からサブマシンガンである『スコーピオン』を持ち発砲する。

連続で撃ち出された弾丸がムカデ型に殺到するも。大したダメージは与えられず、ムカデ型は煩わしそうに体を振るわせ、体を持ち上げると巨大な口を開け軽装型へと体当たりしてくる。

 

『はいな!』

 

軽装型は軽々と横に跳んで回避すると、ムカデ型がぶつかった地面が深々と抉られ砂塵が舞い上がる。例えファフナーであろうとも、掠れても致命傷になりえる威力であった。

だが、軽装型は恐れなど微塵も見せず再び左手にルガーランスを持つと、接近しすれ違い様にその脚を数本斬り落とす。

ムカデ型は軽装型を捉えようと巨体を振るうも、軽装型はまるで動きが読めているかように避けながら脚を次々と斬り落としていく。

やがて自重を支えきれなくなったムカデ型は、地面に這いつくばり陸に打ち上げられた魚のようにもがくことしかできなくなった。

 

『よっと!』

 

待ってましたと言わんばかりに、軽装型がムカデ型の頭頂部にあたる部分に跳び乗る。ムカデ型はどうにか振り落とそうと暴れるも、軽装型はそれさえ楽しんでいるかのように、難なくバランスを取って立っていた。

 

『暴れるんじゃ、ねぇ!』

 

軽装型はロングソードとルガーランスを交互に振るい、頭頂部を削り取っていく。ムカデ型はより激しく暴れるも、その猛攻は止まるどころかより激しさを増していった。

 

『せい!』

 

止めと言わんばかりに、軽装型はルガーランスを薄くなった箇所に突き刺しレールガンを撃ち込む。ムカデ型の頭部が弾け飛び一瞬ビクッと体を震わせ、動きを止めて倒れ込むと。残っていた体が朽ちるように崩れていき、跡形もなく消滅していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

化け物が全て倒され、境内には静寂が訪れる。

 

「助かったのか?」

 

誰かが呟くと、その声が次々と伝播し。やがて大きな歓声となった。

ある者は側にいた者と抱き合って生の実感を確かめ合い、ある者は涙を流して神に感謝を捧げている。

 

『光輝。医療部隊を呼んでくれ』

『もうやっている』

 

流石、と部下の手際の良さに関心した軽装型は周囲の警戒に入った。

 

「若葉、若葉!」

 

そんな中、優は傷ついた幼馴染に懸命に呼びかけていた。血を流し過ぎたため、彼女の顔色は青白くなっており。呼びかけても返事はなかった。

そんな幼馴染の姿に、優は再び後悔と無力さに苛まれる。

 

「若葉ちゃん…」

 

若葉に膝を貸しているひなたも、今にも泣きだしそうな顔をしていた。そのことが更に優を苦しめる。

 

『おい』

 

そんな彼らに、重装型が話しかけてきた。

 

「あなたは…」

 

優の言葉を無視して重装型は片膝をつくと、若葉の傷口を抑えていた優の手をどかす。

 

「!?何を…!」

『落ち着け。もうほとんど塞がってるぞ』

 

激昂しようとした優に、重装型は冷静に告げる。

 

「え?」

 

傷口を見ると、確かに塞がりかけており出血は収まっていた。顔色もよくなってきていて、息苦しそうだった呼吸も安定しており。辛そうであった表情も和らいでいた。

だが、どう見てもそんなすぐに塞がるような傷ではなかったのにである。

 

『『子供達』…ではないな。なのにこの再生力。こいつ人間か?』

 

さらっと失礼極まりないことを重装型が言うも。優もこの事態には困惑せずにはいられなかった。

ちなみに『子供達』とは。セカンドアタック後、妊婦がガストレアウイルスに接触することにより、ウイルス抑制因子を持ち生まれた子供のことを指す言葉である。

そのためウイルスへの強い耐性を持ち、常人よりもガストレア化するまでの期間が長く。人の形を保ったまま、驚異的な治癒力や運動能力を発揮できるのである。

だが、抑制因子保有者は全て前大戦時に生まれた7歳以下の子供のみであり。若葉が該当することはありえないのである。

 

「きっと、『神樹』様の加護のおかげです」

「『神樹』様?」

 

幼馴染の口から出た聞き覚えのない単語に、優は首を傾げる。

 

『それは、もしや『アレ』のことか?』

 

そういって重装型の向いた方を見ると、優は我が目を疑った。

四国中心部の方角に、巨大な『樹』としか表現のしようがない物がそびえ立ているではないか。

優達がいる神社からかなりの距離があるにも関わらず。高層ビル程の大きさに見えることから、その巨大さを伺うことができる。

 

「何、あれ?」

『わからん。さっきの化け物共が現れるのと同時期に、いきなり現れたそうだ』

 

優の呟きに、重装型が興味深々といった様子で答える。

 

「あれは私達人類を守るために、土着の神々が集まりこの世に現界された姿、だそうです」

「ひな、た?」

 

そう語るひなたに、優は困惑の色を隠せない。

そういった知識はない筈の彼女が、なぜそんなことを知っているのか。

若葉に起きたことといい。優はまるで、幼馴染達が自分の手が届かない程遠くに行ってしまった錯覚に陥るのだった。




※捕捉
本作におけるファフナーの各モデルは、一部を除きAlvis制と人類軍制は同一線上のものとして扱います。


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第一話

セカンドアタックから7年後、人類は新たなる未知の生命体による襲撃を受けた。

各国は持てる総力を用い、多大な犠牲を払うもこれを撃滅することに成功する。

その後。国連はこの新種の敵性生命体を『バーテックス』と呼称し、バアルに分類することを決定する。

それと同時期。歴史の裏で活動していた『大社(たいしゃ)』と名乗る組織が台頭した。彼らはバーテックスが天の神々が人類を粛正するために生み出した眷属であることを世界に告げた。

また、四国に出現した巨大植物は。その天の神々に反抗した土着の神々の集合体で、彼らは『神樹』と呼びその声を代弁者であるとも語った。

大社曰く、神樹を中心とした日本の神々は日本列島を中心とし。世界規模で結界を張り、バーテックスの人間界への侵入を阻むことに成功した。だが、これは一時的なもので。天の神々は近い内に、再度人間界への侵攻を再開するであろうと。

結界は四国の地を中核とし。長野、沖縄、北海道の地がそれを支える形で形成されており。侵攻が再開された場合、天の神々は結界を破壊するため、それらの地が最優先で標的とされるため。対抗策として、神樹ら日本の神々は自らの力の一部をそれらの地に住まう、選ばれた数人の少女に与えたことも告げられた。

これを受け、四国エリア国家元首である乃木 大葉(のぎ おおば)は。日本の各エリアに日本の再統一を果たしこの事態に対処すべきと打診するも、東京、長野以外のエリア元首は『大社の発言は信用できないと』これを拒否したため。四国、東京、長野の3エリア同盟を結ぶに留まる。

第三次遭遇(サードアタック)』と呼ばれることになるこれらのできごとから半年後。予言通り長野、沖縄、北海道エリアにバーテックスが再侵攻を開始。各エリアは神樹から力を与えられた少女『勇者』を中心とした戦力で対抗するも。バーテックスの動きに同調したかのように、他のバアルからの侵攻にもさらされ2年後には長野、沖縄エリアが陥落してしまう。

残る北海道エリアでは、要である『勇者』が突如姿を眩ませてしまう事態が起き。それと同時に、北海道の結界としての機能が失われてしまう。その結果、バアルは興味をなくしたかのように、北海道エリアへの侵攻が止んだことで滅亡を免れる。

そして、支えである3エリアの結界が失われたことで、遂には四国エリアがバアルの侵攻を受ける。四国エリアも所属する勇者を中心とした戦力でこれを迎え撃ち、激戦が展開されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サードアタックから3年の月日が経ち。日本を中心として、世界の混沌が深まる中。蒼希優は、東京エリア外周区の一画で雑草の上に寝ころび、気持ちよさそうに寝息を立てていた。自衛隊が使用している迷彩服を身に纏って――。

 

外周区――

各エリアと、バアルに占領された外界とを隔てるモノリス周辺の区画を指す言葉。

過去の大戦で荒廃したまま一部の発電施設や、ゴミ捨て場等、エリアのインフラに関わる設備以外は整備されておらず。何らかの理由で、内地に住むことのできない物達の隠れ家として利用されている。そのため一般人が立ち入ることはまずない。

 

「zzz」

 

基本無法地帯同然の地である筈にも関わらず、優は無防備も同然であり。寧ろ安らぎを得ているようでさえあった。

また彼の周りには、10歳かそれ以下と見られる少女が数人寄り添うようにして共に眠っていた。彼女達は『子供達』と呼ばれる、ガストレアウイルス抑制因子を持った者達である。

その特徴の1つとして。感情の昂ぶりや能力の使用時に、目がガストレア同様赤く発光するため、ガストレアによって被害を受けたことで、精神的に深い傷を負った親の元に生まれた子供達は迫害され捨てられてしまうことが多いのである。

そういった『子供達』は外周区で孤児としての暮らしを余儀なくされるのだ。だが、僅かによれていたり、汚れが見られる服を身に纏っていて。少々みずほらしさを感じさせるも、彼女達も優同様スヤスヤと穏やかな寝息を立てている。

そんな彼に1人の少年が近づいてくる。

14~5歳程であり、ショートカットの黒髪で。その目つきはかなり鋭く、不良などと言われそうな顔つきをしている。そして、彼も優と同じく迷彩服を身に纏っていた。

少年は優達の元まで近づくと。眠っている少女達を起こさないよう細心の注意を払った様子で、ソロリソロリと優に近づいていく。

 

「おい、起きろ優」

 

そして、優を見下ろせる位置まで辿り着いた少年は、しゃがみ込み優の体を揺する。

 

 

「zzz」

 

しかし、優は起きる素振りも見せず夢の世界にいる。

 

 

「おいこら。起きろ」

 

少年は先程より強めに揺すりながら、再度起こしにかかる。

 

「zzz」

 

それでも一向に起きる気配のない優。すると、少年から何かが切れる音がした。

 

「オラァ!」

「ぐぎゃ!?」

 

男は立ち上がると、片足を持ち上げ優の腹をおもっいきり踏みつけると。その激痛で目覚めた優は、少女達に害が及ばない場所まで飛び跳ねると。両手で腹部を抑えながらのたうち回る。

 

「ちょ、ちょっと、光輝!何すんのさ!!」

 

暫くして痛みが治まった優は起き上がると。涙目で元凶である少年に抗議した。

 

「あっ?お前が呼びかけに応じず、起こしに来てやっても起きないからだろうが」

 

少年――天童 光輝(てんどう こうき)は、不機嫌そうに優を睨みつけながら吐き捨てる。

 

「え?」

 

その言葉に、優はキョトンとして自身の携帯端末『PDA (Private Digital Assistant)』を取り出すと着信履歴を表示させる。すると、確かに彼からの着信が連続でされていることがわかる。

 

「え~と」

「……」

 

優は恐る恐る光輝の方を向くと。彼はさあ、俺のどこに非はあるのか言ってみろ、といわんばかりのオーラを放っていた。

 

「ご、ごめ~んねっ!」

 

テヘッと言った感じで舌を出しながら、右手を頭の上に乗せながらポーズを取り謝罪する優。そんな彼の尻に、光輝はハイキックをかます。

 

「オウッ!?」

「ごめ~んね、じゃねえよドアホウ。なんのためのPDAだ、ん?」

「すいませんでした」

 

眼光だけで人を刺せそうな顔でなじる光輝に、誠心誠意平謝りする優。そんなやり取りをしていると、クスクスと複数の笑い声が聞こえてきた。

どうやら騒ぎすぎてしまい、少女達を起こしてしまったようだ。

 

「悪いが、仕事が入ったから俺達はそろそろ帰るな」

 

光輝が少女達にそう告げると、ええー!と寂しそうな顔をした彼女達は。光輝と優に抱き着いてくる。

 

「お兄ちゃん達もう帰っちゃうの?」

「うん、ごめんね。また明日来るから」

「本当?」

「ああ、約束だ」

 

2人が少女達の頭を撫でながら告げると、渋々ではあるが離れてくれた。

 

「いってらっしゃ~い!」

「お仕事がんばってねー!」

 

少女達の声援に手を振って応えながら、離れていく2人。

少しは離れた場所に止めてあった自衛隊が使用しているジープに近づくと、優は助手席に、光輝が運転席に座りキーを刺してエンジンをかけると、内地へ向けて発車させるのであった。

 

 

 

 

内地に向かってジープを走らせること暫くして、横浜まで移動し。東京エリアに駐屯している陸上自衛隊の活動拠点である横浜基地へと向かっていく。

ゲート手前でジープを停めると、近づいてきた警備担当に、光輝と優はPDAを取り出し身分証明書を表示させると提示する。それを確認した担当者が敬礼した後、ゲートに向けて合図を出すを開放される。

2人は担当者に返礼し、ジープを発進させると基地内を進んでいく。司令部がある建物前で停車すると、ジープから2人共降り、駆け寄ってきた隊員にジープを預け司令部の扉を通る。

エントランスを抜け、エレベーターに乗ると。パネルに備えつけられている読み取り機に、光輝が懐からPADの画面を読み取らせると、エレベーターが降下を始める。

パネルに表示された階数表示が変わっていき、BF3と表示されたところでエレベーターが停止し扉が開く。

扉から先は1本道になっており。少し進んだ先に別の扉があった。2人はそこまで歩いて移動すると、扉の横に備えつけられた装置に、光輝が手の平を押し当て指紋認証と、扉に備えつけられたカメラで網膜認証を行う。

 

『認証完了。天道光輝2尉と認証』

 

天井と一体化したスピーカーから機械音性が流れると、次に優が同じ手順を行う。

 

『認証完了。蒼希優3尉と認証』

 

スピーカーから機械音性が流れると、扉が開き2人はそのその先にある部屋に入っていく。

部屋の中は如何にも研究室だとわかる作りになっており。幾つかある机の上にはビーカーや試験管といった用具や、研究結果と見られる文章が書かれた紙が机に散らばっていた。

 

「ただいま戻りました博士」

 

光輝がそう告げるも、部屋はシンと静まり返っており人がいる気配がしない。だが、2人は慣れた様子で部屋の中を進んでいき、別の扉の前まで移動する。

光輝が扉を開けると、内部は灯りが点いておらず暗闇に包まれている。光輝が扉の側の壁にある電源パネルに触れると、天井にある蛍光灯が光を放ち部屋全体を照らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、美しいよチャーリー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中心にある手術台に、シートによって体は隠された1人の成人男性が横たわっている。そして、その男性に跨り、片手で頬を撫でながら愛の言葉を囁いている1人の白衣を纏った女性の背中が2人の視界に映った。

一見すれば男女の情事にしか見えないだろう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手の男性が死体(・・)でなければ、だが。

 

「博士」

「ああ、君を見ている若かりし日の情熱を思い出すよ」

 

光輝が女性のことを呼ぶも、死体に話しかけることに夢中なのか気づいた様子はない。

 

「博士」

「そう、あれは私がまだ――」

 

光輝は今度は大き目の声で呼ぶも、女性は依然気づいた様子は見られない。

すると光輝から何かが切れる音がした。優はこれから起きることを予見し、両手で耳を塞いだ。

 

「は・か・せェ!!!」

 

怒鳴るように叫ぶと、密閉された地下空間では実によく響き渡った。優の耳がキーンとするくらいには。

 

「おや、2人共お帰り」

 

そこで、ようやく2人の存在に気がついた女性が、呑気そうに顔だけ振り返った。

 

「ちょっと待ってくれ、今いいところだから」

「はっ倒すぞあんた!!」

 

再び死体を愛でようとした女性に、光輝が軽く殺気を放ちながら怒鳴る。

これ以上は身に危険が及ぶと判断したようで、ようやく女性――室戸 菫(むろと すみれ)は手術台から降りて2人に向き合った。

美人なのだが、肌は不健康な程青白く。髪を伸び放題にしており髪で目元が半分隠れており、存在感が希薄で幽霊にさえ見えてしまう程である。

彼女は重度の引きこもりにして死体愛好家であり。寝床にしているこの研究室に死体安置所を作らせ、そこに運ばれてくる死体を勝手に恋人にしてしまう、変態としか表現のしようのない人格破綻者なのである。

 

「やれやれ。光輝君、そんなにイライラしていると将来ハゲてしまうぞ?」

 

菫がやれやれといった様子で、軽く息を吐きながら失礼なことを言ってくる。

 

「誰のせいですか」

 

対して光輝は額に青筋を浮かび上がらせながら、こめかみをピクピクと引きつらせて睨みつける。

 

「だいたい、あなたが機体との同調テストをしたいと言うから戻ってきたのに。なんで死体とイチャついてんですか!」

「ムラムラしたから」

「少しは欲求を抑えろ!」

 

はばかることもせず本音をぶちまける菫に、光輝はツッコミを入れる。

 

「てか、博士~。スーザンさんはどうしたんですか?」

 

優の言うスーザンとは、この前まで菫が恋人にしていた女性の死体である。ちなみに、菫は死体であれば性別をとわない。

 

「彼女は残念ながらもういない。代わりの彼だ。死体はいいよ、無駄口きかないし。彼らだけさ、私の気持ちを理解してくれるのは」

 

菫はそう言って、防腐処理の施された死体に頬ずりをする。ちなみに彼女の座右の銘は「この世には死んだ人間と、これから死ぬ人間しかいない」である。

 

「すいません。僕達博士みたいなド変態さんじゃないので、理解できなくて…」

「優君。思ったことを素直に言ってしまうのは、君の利点であり欠点だな。私はド変態さんでないよ」

 

申し訳んなさそうな顔で、とんでもないことを言い放つ優に。薫はハハハとにこやかに笑いながらツッコミを入れる。

 

「あ、すいません。そうですよね!博士は『超』ド変態さんでしたね!」

「ハハハ、どうしよう光輝君。泣きそうなんだが」

「自業自得でしょう」

 

悪気を一切感じさせず、無自覚に追撃をかます優に。流石の薫も傷ついたようだ。そして、光輝はそんな2人を見て激しい頭痛に見舞われ、片手で顔を抑えるのであった。

 

東京エリア駐屯陸上自衛隊所属――国家代表直属遊撃小隊『Alvis(アルヴィス)

次世代ファフナー開発計画で開発された新型機『ノートゥング・モデル』を実戦運用するために、開発計画兼整備班総責任者『室戸菫』部隊長『天童光輝』副部隊長『蒼希優』を中心に構成された部隊である。

その特異な部隊編成と、従来の部隊より突出した戦闘力を最大限に発揮するために。通常の指揮系統から外され、国家代表である『聖天子(せいてんし)』が直轄し。非常時には独自の判断で行動する裁量が与えられているのが特徴である。

 

「もういいから早くテストを――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光輝の言葉を遮るように、非常事態を告げるサイレンが鳴り響くのであった。




※捕捉
室戸菫
ブラック・ブレットの登場人物であり。原作では1法医学教室の室長だが、本作ではオリ主達の技術面でのバックアップ要員も兼ねてもらうため立場が大きく変わっている。
性格面は変わらず引きこもりの変態である。


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第二話

Alvis専用に設けられた横浜基地BF3エリア。そのブリーフィングルームに光輝と優は並び立っていた。

彼らの視線の先には、壁に埋め込まれた大型モニターに1人の少女が映し出されていた。

雪を被ったような純白のドレスに銀髪――『聖天子』東京エリアを統べる国家代表である。

東京エリアは襲名制であり、聖天子という名は代表が代々受け継ぐ者の象徴と言えるものなのだ。

 

『天童2尉、蒼希3尉――あなた達の力が必要になりました』

 

どこまでも透き通る声で聖天子は厳かに告げる。

 

『未踏破領域にあるとある施設から最重要機密が盗み出されました。奪還に部隊を派遣しましたが、反撃を受け失敗しました。Alvisには彼らに変わり奪われた機密の奪還を命じます』

 

未踏破領域――

バアルによって支配された地域の総称。その全ての土地が、ガストレアウィルスによって異常進化した植物が多い茂り、ジャングル化しており生態系は完全に崩壊してしまっている。

 

聖天子の説明に光輝は顎に手を添えて思案すると。

 

「その最重要機密についての情報は?」

『…それはあなた方であってもお教えできません』

 

光輝の言葉に聖天子は光輝らを一瞥し、躊躇うかのように目を伏せた。直属部隊である彼らにも明かせないとうは、かなりの機密らしい。

聖天子個人としては話したくても、国家元首としての立場がそれを許さず、その板挟みに苦しんでいることは十分に感じ取れたので。光輝としては無理に聞き出す気はないため、深くは追求はしなかった。

 

「では、強奪犯については」

「1組の民警とのことです」

「民警、ですか」

 

民警――

民間警備会社の通称。セカンドアタック後に生まれた業種であり、エリア内に侵入したバアルの対応を主な業務とし、その戦闘力を生かし身辺警護といった業務も受け持つこともある。

『子供たち』であるイニシエーターと、その監視役のプロモーターのペアで行動するのが基本となる。

 

光輝は聖天子の言葉に目を細める。民警はあくまで民間組織だが、その戦闘力はピンからキリまでが激しく。基本はチンピラ程度の実力しかない者が殆どだが、中に単独で軍隊を壊滅させられる者さえいるのだ。

そして、そういった実力者は国に工作員として雇われることが多いのだ。

バアルの出現後、人類同士での争いは終結したように見えるが。水面下では民警による工作員を送り込み合う、かつての冷戦期のような対立構造ができ上がっていた。

 

「了解しました。それではただちに出撃します」

 

光輝が敬礼すると優もそれに続く。

光輝自身としては人類同士で争うこと等、無駄以外のなにものでもないと考えているが。自衛隊員である以上命令に従うだけであった。

そして、光輝は優に目配せすると退出していく。

 

「……」

『……』

 

残った優と聖天子は何も言わず、ただ視線を合わせる。そこに気まずさはなく、寧ろ心地よさがあるようであた。

 

『優さん…』

 

沈黙を破ったのは聖天子であった。だが、今の彼女には先程までの神聖な雰囲気はなく。16歳である年相応の少女のものであった。

 

『ごめんなさい。またあなたを戦場へ送り出してしまいます』

 

今にも泣きだしそうな彼女の口から出たのは、謝罪の言葉であった。厳格な国家代表としての彼女を知る人間が、その弱弱しい姿を見れば仰天することだろう。

 

「泣かないで『(せい)ちゃん』。君はなにも悪くないんだから」

『でも、わたくしがもっとしっかりとしていれば。こんな事態にはならかったかもしれないんですよ?』

 

自分の采配1つで国の生末が決まる。即ち、そこに住む全ての人々の未来を決めることとなるのだ。その重圧と彼女は日々戦っているのだ。

今回の事変への対処も、要所ごとに、自分の判断が間違っているのではないかという不安がつきまとっていた。あの時もっと適切な判断ができたのではないか?そうすれば早期に解決でき、無用な犠牲を――優を危険に晒さずに済んだのではないかと思えた。

 

「君は精一杯やってると思う。他の人はどう言うかわからないけど、僕はそう信じているよ」

「――ッ!」

 

そう言って優が微笑むと、聖天子は頬を赤らめて俯いてしまった。

 

「それにこれは、僕が自分で選んだことなんだ。だから、後悔はしてないよ」

『優さん…』

 

優はモニターに近づいて右手で触れると、聖天子は顔を上げるとその手に自分の左手を重ねた――遠く離れた場所にいる互いの存在を確かめ合うように。

 

「守るよ、君が守ろうとしているもの全てを。そして、君を――それが、僕が『命』の使い道の1つだから」

『どうか、お気をつけて…』

 

モニターから優が手を離すと、聖天子は名残惜しそうにするも。部屋から去り行く彼の背中に、手を合わせて無事を祈るのだった。

 

 

 

 

一足先にモニタールームを出た光輝は、更衣室でファフナー用戦闘服へと着替える。『シナジェティック・スーツ』と呼ばれ、体つきがはっきりわかる形状をしており、両肩・両脇腹・両膝部分には布地がないのが特徴的である。

更衣室から格納庫に繋がる扉を開くと、整備責任者である菫が光輝を待ち構えようにして立っていた。

 

「今更だけど、いいのかい?君と聖天子様は許嫁なんだろ?」

 

腕を組んで前髪に隠されていた目を僅かに覗かせ、問いかけてくる。その目は光輝を案じているようであった。

実は光輝の実家は、東京エリアの政治経済を裏から牛耳る程の力を持っており。彼の祖父であり当主である天童 菊之丞(てんどう きくのじょう)――は聖天子補佐官としてこのエリアの№2の地位にいるのだ。

光輝には政府の要職に就いている多くの異母姉弟や従兄弟らがいるも、祖父は自身の後継者は光輝とすることを決めており。また祖父は聖天子を敬愛しており、光輝は彼女と歳が近いこともあり。いずれは婚姻を結ばせ公私において聖天子を支えさせたいと考えているのだ。

そのため幼い頃から光輝と聖天子は交友があり、幼馴染といえる関係であった。

 

「勝手に決められたことですからね。俺はあの2人はお似合いだと思いますよ」

 

だが、光輝自身は聖天子とは姉弟のような関係で満足しており、正直婚姻には乗り気でなく。そして、とある任務で優と知り合ってから、聖天子が彼を想い慕っていることに気がつき、彼女を応援したいと考えていた。

 

「しかし、優君は優秀とはいえ一介の兵士に過ぎない。いくらなんでも身分が違い過ぎる。君は悲劇的な恋が好きなのかな?」

「そういう趣味はありませんね。今は博士の言う通りですが、あいつはいずれ大きくなりますよ。誰もが無視できない程にね」

「彼を信頼する気持ちは理解できるよ。だが、天童閣下がとても許すとは思えないがね」

 

菫は眉を潜ませて言う。菊之丞は光輝を溺愛し、聖天子には揺るぎない忠誠心を持っている。そんな彼が光輝以外に聖天子を任せるとは思えなかった。

 

「そこは俺がなんとかしますよ。例えおじい様を敵に回したとしてもね」

「そんなことをすれば、東京エリアにいられなくなるぞ?」

「幼馴染と親友の幸せのためなら、喜んで命をかけますよ」

 

そういって笑みを浮かべる光輝。彼は滅多に笑わないので珍しい光景であった。

 

「そうか…。君にそこまでの覚悟があるなら、もう何も言わないよ」

 

そんな彼を見て、菫はこれ以上語るのはやぼだと理解した。

 

「お待たせ。どうかしたの?」

 

シナジェティック・スーツ着替えた優が更衣室から出てくると、光輝と菫から流れる妙な気配に不思議そうに首を傾げる。

 

「なんでもないさ。博士準備は?」

「こちらは終わっているよ。後は君達と輸送機待ちさ」

 

光輝の問いに菫は右手の親指で格納庫の奥を指す。

 

「では行くぞ優」

「うん」

 

光輝と優は格納庫の奥へ向かうと、ハンガーに固定された2体の黒色と空色のファフナーが姿を見せる。

ノートゥング・モデル――次世代機開発のための最新装備のテスト用に開発された試作機であり。最大の特徴は、ガストレアの心臓を加工した『コア』と呼ばれる新型動力を搭載していることである。

そして、ノートゥング・モデルに使用されているコアは、ガストレアでも11体しか確認されていない、ステージV『ゾディアック』と呼ばれる最大級個体の心臓から作られたものである。

 

ステージ――

ガストレアは進化の度合いで区分されており、感染して間もないステージIから完成形であるステージIVまで4段階に分けられる。

ステージの進行段階でさまざまな生物のDNAを取り込むため、ステージII以降のガストレアはそれぞれに異なる異形の姿と特徴を持ち、「オリジナル」とも呼ばれる。主だった個体には星座にちなんだ識別名が付けられている。

ゾディアックは通常は発生し得ないステージVに分類され、なぜこのような個体が生まれたのかは不明である。

 

ゾディアックの心臓――

ゾディアックの内、撃破された金牛宮(タウルス)処女宮(ヴァルゴ)の心臓を、国連より次世代ファフナー開発のため東京エリアへ『譲渡』されたのだ。

当時、貴重なゾディアックの部位を独占させるこの決定には、四国と長野以外の日本エリアから反対の声が大きかったが。ハンドレッドの開発元であるワルスラーン社社長や、一国の王と同等の権力を持つ『神聖教会(ピューリタリア)』教皇等の世界に強い影響力を持つ者達からの賛成の声を受け、実現したのだった。

この結果、コアシステムを始めとする最新技術が搭載可能となり。ノートゥング・モデルは従来機を凌駕した性能を獲得することに成功している。

反面、適性のある者にしか機体を起動させることができなくなり。『特殊な適性を必要としない起動兵器』であるファフナーの利点が潰れてしまったことが、最大の欠点となってしまった。

 

ハンガーに収められた。全身に固定火器が装備され、堅牢な装甲で覆われた黒色の機体――マーク・ツヴァイに光輝が近づき、背中を預けるようにして乗り込む。すると装甲が閉じ全身が装甲に包まれ、空気を抜く音と共に最初から身体の一部だったかの様な一体感を感じる。

優もスマートなフォルムに、背部だけでなく、両脚部に装備された大型ブースターが特養的な空色の機体――マーク・アインに同様の手順で乗り込むと。両者に内部に備えられている両肩・両脇腹・両膝に先端が、剣山のようになっているコネクターが打ち込まれる。シナジェティック・スーツには、この際生じる痛みを軽減する機能もあり、着ていなくても搭乗はできるが最悪激痛で気絶る可能性もある。

もっともスーツを着ていてもそれなりの痛みはあるが、優も光輝もすでに慣れているのでなんともない様子である。

コネクターを通して機体と神経接続がなされ、文字通り機体と一体となり。機体が受ける皮膚感覚が、搭乗者にダイレクトにフィードバックされる。

そして、2人の瞳が紅く(・・)なり、機動を完了する。

 

『2人共調子はどうだい?』

『マーク・ツヴァイ問題なし』

『マーク・アイン同じく』

 

通信ルームに移動した菫の声に2人が答えると、ハンガーのある区画が上昇を始める。

その間に機体の最終チェックを終えると、地上に繋がるゲートが見えてくる。

ゲートが開くと日が沈みかけた空が広がり、機体が地上へと出ると、ハンガーのロックが解除される。

視界の先には、現地までの移動に使用する輸送機が待機しており、その後部ハッチまで2人は機体を移動させるのであった。

 

 

 

 

元千葉県房総半島――バアルによって占領されたこの地は、かつて人類が築いた都市群は軒並みバアルによって破壊され尽くし。ガストレアウィルスによって異常進化した植物に覆われ、人の営みの痕跡は消え失せ化け物が跋扈する密林と化していた。

南米のジャングルと同様の様相を呈している空間で。日が沈み、月が放つ光以外照らすものがない薄暗い森林の中、いくつかの人影があった。

最重要機密奪還のために派遣されたファフナー部隊である。隊長機である一般仕様のメガセリオン・モデルと、正式量産機であるグノーシス・モデル数体で構成されていた。

だが、どの機体も大小様々な損傷を受けており、ただならぬ事態があったことは容易に想像できた。

 

『――様子はどうだ』

「…駄目です」

 

隊長機であるメガセリオン・モデルの問いに、地面に寝かせられた部下を見ていた別の部下が無念そうに首を横に振った。

 

『…そうか』

 

二度と目を覚まさなくなった部下に冥福を祈ると、隊長機は状況を整理する。

強奪犯を探索中、木々に覆われた暗闇から何かが姿を現した。

それは、人であった――1人はタキシードにシルクハットに身を包み、笑顔を浮かべた仮面で顔を隠した長身の男と、黒いドレスを纏い腰にバラニウム製と見られるの小太刀を2本携えた10歳程の少女であった。

恐らく、彼らが強奪犯なのであろう。隊長機はそのことを問いただそうとする。

――が、イニシエーターが小太刀を抜刀すると同時に、姿が消えたかと思うと。隊長機と共に前衛にいた2体のグノーシス・モデルが首から血を噴き出し崩れ落ちた。彼らの側にはイニシエーターがおり、手にしている小太刀には血が滴り落ちていた。

そこで攻撃されたことを自覚すると、隊長機は手にしていたアサルトライフルを構え、部下に攻撃を指示すると同時にイニシエーターへと発砲する。

それに続くように部下のグノーシス・モデルも、腕部と一体化しているガトリングとレールガンを放ち、10機分の弾幕がイニシエーターへと襲い掛かる。

だが驚くことに、イニシエーターはまるで踊るかのように弾幕を掻い潜りながら接近し。次々と部下を小太刀で斬り伏せていった。それもまるで遊んでいるかのような笑みを浮かべて――

このままでは全滅すると悟った隊長機は、イニシエーターを残った部下に抑えさせ、自身はプロモーター目がけて突撃した。イニシエーターは確かに高い戦闘力を持つが、それでも10歳程度の子供なのである。そのため判断を相方であるプロモーターに一任していることが多く、プロモーターが倒されると無力化されることが殆どであった。

その職業柄、民警同士での戦闘になることも珍しくなく。その場合、ただの人間であるプロモーターが優先的に狙われることが多いのである。

 

『はぁぁぁあああ!』

 

そのためプロモーターが狙われれば、イニシエーターはプロモーター守るために動くものだが。小太刀持ちのイニシエーターは、そのような素振りも見せず部下に襲い掛かっていた。

そのことに隊長機は違和感を覚えるも、ライフルをプロモーターへと構えトリガーを引く。撃ち出された無数の弾丸は、まるで見えない壁に阻まれたかのようにプロモーターの眼前で弾かれた。

 

『何!?』

 

その事実に驚愕すると同時に隊長機は理解した。イニシエーターがプロモーターを守ろうとしなかったのは、その必要がなかったからだと(・・・・・・・・・・・・・)

 

『クッ!』

 

隊長機は再度ライフルを発砲するも、先程と同様に弾丸は何もない筈の空間に弾かれた。まるでその光景は、サベージの張る防御フィールドのようであった。

対するプロモーターは、隊長機の行動を仮面の奥で嘲笑っているようであった。

 

『ならば――!』

 

射撃武器では効果がないと判断した隊長機は。ライフルのマガジンを交換し左手に持ち、背部パイロンから近接用ブレードを右手に持ち、プロモーターへと突撃する。

牽制のためにライフルを放つと、やはり弾丸は見えない何かに弾かれるも。接近した隊長機はブレードをプロモーターへと突き立てた。

刃は弾丸同様に、プロモーターに届く前に見えない壁に阻まれ、それ以上前に進まなかった。

 

「無駄だよ。その程度では私には届かない」

 

プロモーターがどこまでも冷え切った声音で言葉を発する。

 

『舐めるなァ!』

 

隊長機がライフルを手放し、腰部からグレネードを取り見えない壁に押し付け起爆させる。

握ったままグレネードを起爆させたことで、集約された威力が見えない壁に炸裂し、その衝撃で後方へ吹き飛び背中から地面に叩きつけられる隊長機。

捨て身の代償として代償として左手が吹き飛び、激痛に顔を顰めながら上半身を起こすと、その視線の先には無傷のプロモーターが立っていた。

 

「ふむ。無能な国家元首に率いられているからと、少し油断してたな」

 

プロモーターは感心したように頷く。そして、右手の指をパチンッと鳴らすとイニシエーターが男の元へを戻った。

 

「もう終わりなのパパ?もっと斬りたい」

「我慢だ娘よ。じきに(・・・)多く斬れるのだから」

 

不満そうに唇を尖らせるイニシエーターを、意味深な言葉で宥めるプロモーター。

 

「では、我々はお暇させてもらうよ。精々足掻いてくれたまえ」

 

そういうと2人組は背を向ると、茂みの奥へと消えていってしまった。それと同時に周囲から獣のよな咆哮と地響きが響渡った。

 

『ッ不味い!森が起きたか(・・・・・・)!』

 

先程の戦闘音で、周囲にいたバアルがこちらに向かって来ているのだ。

隊長機は素早く部下に負傷者を連れて撤退を命じるのであった。

 

 

 

 

あれからバアルに気取られぬよう移動している最中、負傷していた部下の容体が悪くなり、部隊を一旦停止させることとしたのだ。

中隊規模の部隊が1組の民警に半壊させられるなど、悪夢以外の何物ものでもなかったが。現実として危機的状況であることに変わりなかった。

既にことの顛末は司令部に報告しているので、新たな追撃部隊が派遣されているであろう。だが、自分たちの救助に戦力を割く余裕はないため、自力で安全圏まで離脱しなければならない。

そのため部下の遺体は持ち帰る余裕がないので、タグだけ回収し地面へと埋めると部隊は移動を再開する。

 

『クソッ。なんでこんなことに』

 

部下の1人が悪態をつく。本来なら止めるべきだが、この状況では無理もないことであり、隊長機も内心は同じことを思っていたからでもあった。

奪還すべき対象も、強奪した相手に関する情報も伏せられたまま派遣されたことに、口にこそ出さないが上層部に対する不信感は拭えなかった。

 

『うわぁ!?』

 

突然僚機の1機の片足に蔦のようなものが巻き付き、強烈な力で引っ張られ地面に叩きつけられると、茂みへと引きずられていく。

 

『このッ!』

 

側にいた他の僚機が蔦のようなものへと発砲し切断する。すると、苦しむような獣の咆哮と共に、茂みからカマキリ型のガストレアが飛び出してくる。

カマキリを3m程にまで巨大化させた外観に、背部から2本の触手が生えており。他の生物のDNAを取り込んで進化したステージⅡであり、1本の触手が途中でちぎれていて蔦に見えたのは、この個体の触手であった。

カマキリ型は、腕と一体となっている鎌を引きずり込もうとしていた僚機目がけて振り下ろす。

隊長機は狙われた僚機の前に立ち、手にしているブレードで鎌を受け流し、狙いが逸れた鎌は何もない地面へと突き刺さった。

 

『撃て!』

 

隊長の合図と共に、僚機全機がカマキリ型へと一斉射撃を浴びせる。

蜂の巣にされたカマキリ型は、絶叫を上げながら崩れ落ちて絶命した。

 

『大丈夫か!』

『はい。助かりました隊長…』

 

隊長機が助けた僚機の腕を掴んで起き上がらせようとすると、センサーが頭上に新たな反応を捉えた。

 

『隊長!』

 

腕を掴んでいた僚機が隊長機突き飛ばす。すると、僚機は落下してきた巨大な物体に押しつぶされてしまった。

 

『正木曹長ォ!』

 

突き飛ばされた隊長機が地面を転がると、上半身を起き上がらせながら押しつぶされた僚機を呼ぶ。だが、返事が変えてくることはなかった。

落下してきたのはバアルの1種であるサベージだった。甲殻類――特にザリガニ近い形状をしており、黒光りする装甲が不気味さを放っていた。大きさは、先程のカマキリ型ガストレアより5m程と大きいが、サベージの中では小型に分類されるも。今の状況では脅威度ではカマキリ型以上であった。

残っている僚機がサベージへと発砲するも、周囲に展開された防御フィールドに阻まれダメージを与えられない。

煩わしそうに体を震わせたサベージが、ザリガニでは口にあたる部分が開き輝き始める。

 

『いかん!散開しろ!』

 

隊長機が叫んだ直後、輝が強くなり閃光――ビームが僚機目がけて放たれた。

僚機は左右に散って回避すると、ビームは射線上の木々を焼き払っていった。

 

『ギャぁ!?』

『栗須小尉ィ!』

 

回避した僚機の1機が飛来した無数の巨大な針に串刺しとなる。

針の飛来した方を見ると、ハリネズミ型のガストレアが新たな針を生成していた。そして周囲から新たなサベージやガストレアが集まてきており、完全に包囲されてしまっていた。

生き残っている機体同士で背中を合わせて周囲に弾幕を張るも、バアルの勢いは止まることなく群がってくる。

 

「(これまで、か…)」

 

隊長機は状況を分析し、部隊生存の望みは絶たれたことを悟った。

残ったのは自身を含め3機のみであり、最早包囲を破ることは不可能であった。残された手段は、機体に内蔵された機体の機密保持や、搭乗者がガストレアとの戦闘で、ウィルス感染しガストレア化するのを防ぐための措置として搭載された。燃料気化爆弾『フェンリル』を敵を1体でも多く巻き込んで起動させる――所謂自爆(・・)して果てることだった。

ファフナー乗りとなってバアルと戦うことを決めた時から、このような事態になることは覚悟していたことであった。まして、ガストレア化して化け物の仲間入りをして、人類に牙を剥くことだけは避けなければならない。部下達へ視線を向けると、皆語らずとも理解しているように頷いた。彼らも自分同様に当に覚悟を決めていたのだろう。

 

「(許せ…)」

 

残していく者達――妻や生まれたばかりの我が子を想いながら、行動に移そうとした時。センサーが上空にバアルでない反応を捉えた。

 

『あれは…』

 

無意識に上を向くと、月夜に照らされた空色のファスナーが、こちら目がけてパラシュートが必要な筈の高度から真っ逆さまに落下してきていた。

空色のファスナーは空中で姿勢を整えると、ブースターとスラスターを吹かせながら減速を始め、背部パイロンから近接用武装ルガーランスを両手で取り出し逆手に持った。

 

『ハァァァァァァアアアアアア!!』

 

空色のファスナーは、落下の速度を乗せながら1体のサベージの頭上にランスを突き立てた。その威力は、衝撃でサベージの足元の地面が陥没する程であり。ランスは防御フィールドを軽々と破り、頭部にあるサベージの急所である『コア』に突き刺さった。

 

『くらえぇぇぇえええ!』

 

ランスの矛先が展開すると、レールガンが撃ち込まれコア諸共サベージの頭部が吹き飛び、残された体は力なく崩れ落ちた。

 

『救援、ノートゥング・モデルか!』

 

落下してきたファフナー――マーク・アインを見た隊長機が思わず驚愕の声を上げる。

ツヴァイはランスを左手に持ち替え、右手に背部パイロンから取り出したロングソードを持つと、近くにいたガストレアに目にも止まらぬ速さで迫った。

 

『オォォォオオオ!』

 

裂帛の気迫と共に振り下ろされたソードは、軽々とガストレアの皮膚と肉を絶ち両断する。悲鳴を上げる間もなく絶命したガストレアを見向きもせず、アインは他のバアルに襲い掛かった。

アインを危険と判断したのか、バアルは隊長機らを無視してアインに殺到していく。

背部と脚部の大型ブースターと各部のスラスター駆使し。周囲の木々と、バアルの巨体をも足場にして、目にも止まらぬ速さでジャングルを縦横無尽に跳びながら、次々とバアルを葬っていくアインに隊長機らは戦慄した。その強さそうだが、何より戦い方が異常だった。

カメ型のガストレアが前腕をアインへと振り下ろすと、それを僅かに機体を横にズラし。触れるか触れないかギリギリの位置で回避すると、アインはランスをカメ型の喉元に突き刺す。

そこに1体のサベージがビームを放ってくるも、アインは突き刺したカメ型の甲羅を盾にして防ぐだけでなく、そのままブースターの出力を上げサベージへと突撃していく。

ビームによってカメ型の甲羅に亀裂が入っていき、遂には砕けて肉の部分を焼いていく。するとアインは、カメ型が消し飛ぶ前にランスを引き抜くと、スライディングしてサベージの懐に潜り込むんだ。そして、ビームを撃った反動で膠着しているサベージの片足をソードで斬り落とすと、バランスを崩して傾いたサベージの口にランスを突き刺し、レールガンで頭部ごと粉砕した。

 

『あいつ、死ぬのが怖くないのか!?』

 

僚機の1機が、信じられないものを見ているように声を震わせる。

あらゆる攻撃を紙一重で回避していくアイン。それも、そうせざるを得ないのではなく、意図的に行っているのだ。

確かに最小限の動きであれば、反撃に転じやすくなるも。基本一撃必殺になりえるバアルの攻撃を、そんな避け方を続ければ精神が摩耗して最悪自滅しかねない。鋼の精神という言葉すら生ぬるい精神力でなければできない芸当だ。あるいは――

 

『聞いたことがある。聖天子様直轄部隊には、まるで死に場所を求めるように戦う者がいると』

『では、あれが?』

『恐らく、な」

 

アインの戦いに気を取られている間にも、多数の新たなるバアルが茂みから現れるも。飛来したミサイル次々に着弾し、爆炎に飲み込まれた。

 

『今度はなんだ!?』

 

新たに巻き起こった事態に僚機が動転した声を上げると、炎を掻き分けて新たなるファフナーが姿を現す。

従来の機体よりも重厚な装甲をしており、バックパック一体型の2門のレールキャノンと、右手には自身の全長に匹敵する程の大きさのジャイアント・ガトリングを保持しており、左肩背面に固定されている大型ドラムから弾丸がベルト式に繋がっている。さらに、左腕には火炎放射器と見られる物まで装備されていた

 

『こちら聖天子直属遊撃小隊Alvis。これよりそちらを援護する」

 

そう告げると、重装型――マーク・ツヴァイは、自身に迫りくるバアルに対し、ジャイアント・ガトリングを両手で保持すると銃口を向けた。そしてトリガーを引くと、束ねられた銃身が高速回転を始め轟音と共に弾丸が次々と撃ち出されていく。弾丸はガストレアはおろか、サベージをフィールドごと貫き風穴を開けていく。

そして、レールキャノンの長大な砲身から高速で放たれた砲弾は、複数のバアルを巻き込んで吹き飛ばし。装甲各部が展開すると、露出した無数のミサイルが発車され、途中でその先端が解放され、小型のミサイルが飛び出していく。さらに、両脚部に追加されているポッドからは対艦ミサイルも放たれ、それらがバアルに着弾し爆発と炎に包む。

暫くしてツヴァイが射撃を止めると、その眼前にはバアルだった無数の死骸と、それを飲み込むようにして広がる炎のみだった。

 

『――――』

 

その光景を、隊長機らは唖然と見ていることしかできなかった。

たったの2機で大隊規模は必要とするバアルを殲滅した事実に、まるで夢でも見ているかのような錯覚さえ覚える。

 

『このポイントで輸送機と合流します。我々が敵を抑えますので行って下さい』

 

ツヴァイより、ポイントのデータが派遣部隊に送られてくる。それと同時に新たなバアルの群れが押し寄せてくる。

その群れにアインが斬り込み、かき乱したところにツヴァイが火力を叩きこんで薙ぎ払う。

 

『了解した頼む』

 

敵地の真っ只中である以上、敵はとめどなくやって来る。いかにAlvisが強力でも限度があるので、早急に離脱する必要があった。

隊長機は部下を連れてポイントへ移動を始め、追撃してくるバアルをAlvisが迎撃しながら後退していく。

 

『もういい優。俺達も退くぞ』

 

暫く殿を務めていたツヴァイが、派遣部隊が安全圏まで後退したのを確認すると、アイン――優に撤退を指示する。

 

『了解』

 

ガストレアの頭部を跳び退きながらソードで斬り落とすと、アインも離脱に入る。最後にツヴァイが制圧射撃をしながら離脱していくのであった。

 

 

 

 

時は少し遡り。Alvisがいる戦場から離れた場所に生えている木々の中でも、最も高い木の頂点に近い枝の上に派遣部隊を襲撃した仮面のプロモーターは立ち、小太刀使いのイニシエーターが腰かけていた。

 

「ふむ。あれが、ノートゥング・モデルか」

 

バアルと戦っているアインとツヴァイを見て、プロモーターが愉快そうに笑う。

 

「ねぇパパ。あれ斬りたい!」

 

イニシエーターが足をプラプラとさせながら、ウキウキした様子で今にも飛び出しそうであった。

 

「我慢だと言っただろう娘よ。楽しみは最後まで取っておくものだ」

「えー」

 

プロモーターが窘めると、むーとむくれるイニシエーター。

 

「『例の物』がどこかに行ってしまって面倒なことになったが。おかげでいいものが見れた。無能な国家元首にしてはいい仕事をする。これは益々楽しめそうだ」

 

撤退に入ったAlvisを見ながら、獲物を定めたように目を細めるプロモーター。

 

「さて、『例の物』を探しに行くとしようか娘よ」

「は~い」

 

プロモーターが枝から枝へと移りながら地面に降り、プロモーターもそれに続くと。ジャングルの闇の中へと去っていくのであった。



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第三話

四国エリア善通寺基地。四国エリア駐屯自衛隊の総司令部、その滑走路に学生服を身に纏い、旅行鞄等を持った13~15歳程と見られる数人の少女がいた。

彼女らは神樹によって『勇者』と『巫女』に選ばれた者達であり、この四国エリア防衛の要と言える存在であった。

 

「にしても東京か~。上手い食い物とか一杯あるといいなぁ」

 

その中の1人である、土居 球子(どい たまこ)が両手を頭の後ろで組みながら陽気な声で話す。

 

「もぉ、タマッち先輩は食い意地張りすぎだよ。それに遊びに行くんじゃないんだから」

 

そんな球子に、伊予島 杏(いよじま あんず)が呆れを滲ませた声で苦言を呈す。

 

「折角四国から出られるんだから、それくらいの楽しみがあってもいいじゃんかよぉ。なあ、千景?」

「伊予島さんの言っていることが全面的に正しいわね」

 

球子が別の少女、郡 千景(こおり ちかげ)に話を振るも。千景はそっけなく返すのだった。

 

「でも、あっちにしかないゲームがあるかもしれないから、一緒に探してみようよぐんちゃん!」

「…いいの?」

「うん!」

「ありがとう、高嶋さん」

 

そんな千景に高嶋 友奈(たかしま ゆうな)が話しかけると、球子の時とは違い嬉しそうに答える千景。

 

「なんだよ。もう少しタマにも優しくしてくれていいじゃんかよ~!」

「優しくしてるわよ十分に」

「さっきのやり取りのどこが!?」

 

ワイワイと楽しそうに騒ぐ彼女らから少し離れた場所で、乃木若葉はどこか落ち着かない様子で青空を眺めていた。

そんな彼女の耳にシャッター音が聞こえてきたので、そちらを向くと幼馴染の上里 ひなたが携帯を片手に立っていた。

 

「だから、私を撮るなといってるだろうひなた!」

「だって、無防備過ぎたので撮っていいのかと」

 

だって、ってなんだと変わらない幼馴染に溜息をつく若葉。

 

「なんか、東京に行くって決まってからボ~っとしてるよな若葉」

 

そんな彼女らの元に球子らが集まって来る。

1ヶ月前に起きた『丸亀城の戦い』の後。当面の間は、四国がバアルによる侵攻を受けることはなくなったと神樹は信託を下した。

そして、その間に四国エリアは、友好を深めるために同盟国である東京エリアへ勇者を訪問させることを提案し、東京エリアもこれを受諾。そして今日、若葉達が出発の日となったのだった。

また、そのことを伝えられてから、若葉は考え事をするようになり。授業中も上の空になって教師から注意を受けるという、生真面目である彼女には、非常に珍しい光景が見られるようになった。

 

「そんなにフラれた彼氏のことが気になんのかよ?」

「だ~か~ら~、あいつとはそんな関係ではないと言っているだろう!」

 

球子のからかうような発言に、鬼のような形相で睨みつける若葉。しかし、顔が真っ赤でどうにも迫力がなかった。

 

「でも、3年近く連絡取れてないんだよね?」

「何か怒こらせることでもしたんじゃないかしら?」

 

球子のからかいは置いておいて、友奈と千景が会話に混ざる。サード・アタック後、若葉とひなたが、他に勇者と巫女として目覚めた者達共に大社に集められている間に、優は2人に何も伝えずに東京エリアに移り住んでしまったのだった。

それから優からなんの音沙汰もなく。その後、ネットに上げられている『子供達』の保護活動を掲載しているブログで。彼が自衛隊に入り、その活動を支援する任務に就いていることくらいしか、若葉は知ることができないでいた。

 

「いや、そんなことは…ない、筈…」

 

記憶を辿るも、優に嫌われるようなことはなかったと思いたいが。自分では気づいていないだけではと不安になり、ひなたに不安そうに視線を向ける若葉。

 

「…ここで考えても仕方ありません。本人会ったらに直接問いただしましょう」

「?まあ、そうだな」

 

話を打ち切るように言うひなた。確かにその通りだが、何か強引さを感じて違和感を覚える若葉。

そのことを問いかけようとすると、彼女らの側で出発の準備中の輸送機から声をかけられる。

 

「おい、お前らそろそろ時間だが準備はいいか?」

 

輸送機から降りてきた男性――土居 球樹(どい たまき)が若葉らに話しかける。

彼は球子の兄であり、四国エリア駐屯陸上自衛隊所属第1迎撃隊所属のファフナー搭乗者で階級は2尉である。今回の若葉達の派遣に伴い、道中の護衛を彼の小隊が担当することとなっている。

 

「おう、兄ちゃん。いつでも行けっぞ」

「ホントか?忘れ物しててもしらんからな。電話で泣きつかれてもどうにもできんぞ」

「タマのことをいつまでも子供扱いするなよ兄ちゃん!」

 

兄の態度に、プンスカと怒りながら抗議する球子。

 

「もう少しおしとやかになったらな。杏ちゃん悪いけど、この馬鹿妹のことしっかりと見ててくれな」

「はい、もちろん」

「はい、じゃない!タマの方がお姉ちゃんなんだから、そこは逆だから!」

 

球樹と杏のやり取りに、球子が更なる抗議を入れる。球子と杏は姉妹同然の絆で結ばれており。球子は杏を妹として、杏は球子を姉として接している。最も身長や言動で逆に見られることが多いが…。

 

「冗談だってば、向こうでも頼りにしてるよお姉ちゃん」

「む、そういえばなんでも許すと思うなよ。まあ、タマはいつでも頼りにはなるがな!」

 

悪戯が成功した子供のように笑う杏に、腕を組んでムスッとした顔をする球子だが。姉と呼ばれてなんだかんだで嬉しそうであった。

 

そんなことをしていると彼女らの側に1台のジープが停車し、人の少女が降りてくる。

 

「球樹さん!」

「よお、真鈴(ますず)。どうしてここに?」

 

珠樹は、その少女――恋人である安芸 真鈴(あき ますず)の姿を見て少し意外そう顔をする。

彼女はひなた同様大社所属の巫女であり、勇者付きである彼女とは違い、基本的には大社本部にいるのだ。

 

「私が連れてきた。君に渡したい物があるそうだ土居2尉」

「父さん!」

 

真鈴の後に続くようにジープから降りてきた壮年の男性に、今度は若葉が驚いたような顔をした。

乃木大葉――若葉の父であり、彼はこの四国エリアの国家代表を務めているのだ。そのため日夜政務の終われ、この場に来る余裕はないと思っていたからである。

大葉の姿を見た球樹が敬礼をすると、大葉は楽にしてくれと告げる。

 

「お仕事は大丈夫なのですか?」

「何、見送りするくらいの時間はあるさ。お前や高嶋君達にはいつも無理をさせているからな。これくらいのことはせねばな」

 

若葉の問いに、にこやかに答える大葉。

 

「それで、俺に渡したい物ってなんだ真鈴?」

「これ、お弁当を作ったので。よかったら食べて下さい」

 

そういって照れながらも、お弁当包みにくるまれた弁当箱を球樹に手渡す真鈴。

 

「マジか!ありがとうな真鈴!」

 

受け取った弁当を大切そうに抱えながら喜ぶ珠樹。

その様子を見ていた球子がヒューヒューと茶化していたり、恋愛小説を好む杏はいいなぁ~、と羨ましがっているようである。

 

「もう!球子は茶化さない!向こうでくらいは少しは女の子らしくしなさい!」

「は~い」

 

妹を叱るように注意するが、余り効果はない模様。真鈴はやれやれといった様子で軽く溜息をつくと、今度は杏に声をかける。

 

「杏も大変だろうけど、いってらっしゃい」

「はい、お土産一杯買ってきますね!」

 

球子と杏のことを本当に心配している様子の真鈴。そして、球子は態度こそあれだが2人もそのことを嬉しく思っているようであった。

真鈴はサード・アタックの際。彼女が神託により、球子に杏の居場所を伝え助けるように伝えたのが縁で、2人を妹のように気にかけ。球子らも真鈴を姉のように慕っているのだ。

 

「若葉」

「はい、父さん」

 

父親に呼ばれて若葉は姿勢を正す。

 

「今回の訪問だが。最近東京エリアでは反政府勢力の不穏な動きが見られる、十分に気をつけるように」

「はい!必ずやお役目を全うしてみせます!」

 

強く意気込む娘に、大葉は微笑みながら肩に手を置く。

 

「それも大事だが。元気な姿で帰ってくることが大切だ。それを忘れないでくれ」

「父さん…」

 

その言葉に心から嬉しそうに笑う若葉。そんな親子のやり取りを、少し離れた位置で千景はどこか羨ましそうに見ていた。そんな彼女に友奈が話しかける。

 

「いいお父さんだよね、大葉さんって」

「ええ」

「そう言えば、郡ちゃんのお父さんはどんな人なの?」

 

屈託のない笑顔で問いかける友奈に、千景はなぜか言葉を詰まらせる。

 

「私、の」

「うん!」

「(私のお父さんは…)」

 

父のそして、故郷のことを思い出そうとして心がそれを拒絶した。

 

「えっと、ごめんね変なこと聞いちゃって。そうだ!あっちに着いたらどこを見て回るか決めようよ!」

「ええ、そうね」

 

千景の様子の変化から話題を変えた友奈に、内心申し訳なく想いながらも。千景はその気遣いに乗らせてもらうことにした。

 

「……」

 

思い思いに会話を弾ませる若葉らの中で、ひなたは1人何かを憂うように東京エリアのある方角の空を見上げる。

 

「(優君…。私はあなたの選択(・・)を許すことができません…)」

 

ひなたは、これから再会することになる(・・・・・・・・・・・・・)幼馴染に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

横浜基地にある菫の研究室にて、光輝は椅子に腰かけてPCと向き合っていた。だが、その表情は僅かではあるが険しく、苛立った様子を醸し出していた。

 

「光輝君少しは休んではどうかね?ここ1週間碌に休んでいないだろう」

 

菫が話しかけながらコーヒーが入ったビーカーを差し出すと、輝はそれを受け取ると軽く顔をしかめる。

 

「また器具でやったんですか?優に怒られますよ」

「ちゃんと洗浄はしてあるんだ。この方が効率的だろ?」

「単に面倒くさがっているだけでしょうに…」

 

おどけた様子で自論を展開する菫に、光輝は呆れを含んだ目を向けながらコーヒーに口をつける。

様々な理由があり菫の生活能力は壊滅的である。かつては部屋は散らかしぱっなしで、風呂にも滅多に入ろうとせず、果ては死体の胃袋に入っていた物を平然と食べていた程だった。

優が入ってからは、そういった生活態度を徹底的に改めさせられ。毎日風呂とまではいかないがシャワーを浴び、食事もまともな物を口にするようになり大分改善されたのだ。

 

「それで話を戻すが。前回の出撃から、1日3時間程しか寝ていない君は働き過ぎだと私は思うがどうかね?」

「そうですね。この件が片付いたら存分に休ませてもらいますよ」

 

そう言ってPCに向き直る光輝を見て、やれやれといった様子で息を吐く菫。

前回の出撃にて。光輝は現地の状況から判断し、機密の奪還は不可能と判断し友軍の救助を優先したが。結果としては機密の奪還を優先せよという命令に背く形となり、上層部から責任を問われる声もあったが。聖天子の、その場において指揮官は最良の判断をしたとして不問となった。

そして、Alvisは引き続き機密の奪還を命じられたのだが、どうにもややこしい事態となっていた。

その後の調査で、どうやら強奪犯は東京エリア内に潜伏しようとしたが。その途中でガストレアに襲われエリア内まで逃げ切るも、ウィルスに感染してしまっており。そのままガストレア化してしまい、機密毎エリア内に潜伏してしまっているのだ。

そのためすぐに見つけ出し排除しなければならないが、正規部隊や警察を動かすとメディアの目につくので大規模な捜索が行えずにいたのだ。

 

「しかし、東京エリアには至る所に監視カメラがあるんだ。それなのに1週間も経って見つからないのは妙だね」

「恐らく特異能力を持った変異種なのでしょう。それも隠密に優れたね」

 

ガストレアは進化する際に、極稀にだがその個体特有の特殊な能力を身に着けることがあるのだ。そのため外見だけで判断して対処しようとすると、手痛い反撃にあう事例が報告されていた。

 

「私も同意見だ。最早市民の目を気にしている場合ではないだろう。聖天子様に本格的な捜索を進言することを薦めるよ」

「俺も初めからそう言っているんですがね。周りの官僚が反対しているそうですよ。世論の批判が怖いんでしょうね」

「こんな情勢下でも権力という椅子にしがみつくか。どこまで行っても人間の本質は変わらないものだな」

「同感です」

 

そんな話をしていると、キッチンから3つの丼が載ったお盆を持った優が姿を現す。

菫が極度の引きこもりのため人前に余り出たがらず、基地の食堂を利用しようとしないため、彼女の食事は自前で用意していうのだが。そうすると前述したように碌な物を食べないので、代わりに優が作っており。その流れでAlvisの食事は、彼が担当することとなったのである。

 

「お昼できたよー」

「ああ、ありがとう」

 

優から、かけうどん入りの丼を受け取った光輝は早速麺を啜る。

 

「うん、やはり優君の作るうどんは格別だな」

「ありがとうございます~」

 

同じようにうどんを味わう菫に褒められ喜ぶ優。

 

「……」

「どうしたの光輝?何か変だった?」

「いや、ただお前が来てから、うどんかそばしか食ってないなと思っただけだ」

 

優が入隊してからの3年間。Alvisのメンバーは彼の作る物しか食べていないのだ。そして、優が作れるのはうどんかそばのみなので、必然的にそれだけしか食べていないことになる。

それでも不満が出ないのは。麺から出汁に至るまで優の自作であり、季節毎や果てはその日によって最適な味に調整し、常に飽きがこないことを意識し続けているからであろう。

 

「他のが食べたいの?ん~自信ないけど頑張ってみるよ」

「別に不満がある訳ではないが。ただ香川人のうどんへの執念に感服しただけだ」

「そうだね。こっちに移り住む際に、自前の調理道具を持参してきていたくらいだからね」

 

さらには、お気に入りの小麦粉の種まで持ち込んできて栽培を始め出した時には、最早唖然とするしかなかったことを2人は思い出していた。

 

「まあ、そんなお前がそばも受け入れたことは以外だったがな」

「そうだね。歌野には感謝しないとね~」

 

歌野とは長野の勇者である白鳥 歌野(しらとり うたの)のことであり。1年前の長野陥落の際、生き残った人々と共に東京エリアに逃げ延び、現在は外周区の一画を借り受けた地に築かれた亡命政府の代表を務める少女である。

彼女との交流によって、香川人にとって縁のなかったそばの魅力に気づいた優は、以降そば料理も作るようになったのだ。

 

「……」

「え?何、光輝。こっちの顔見つめて」

「いや、なんでもない。(こいつ、その内女に刺されるかもな)」

 

光輝が意味深なことを考えていると。テレビから流れていたニュース番組のキャスターから、興味の引かれる話題が出てきた。

 

『それでは、四国勇者のリーダーを務める、乃木若葉様へのインタビューを始めさせて頂きたいと思います。乃木様よろしくお願いします』

『はい、よろしくお願いします』

 

画面には、椅子に腰かけて司会者と向き合う若葉の姿が映し出される。

彼女は司会者から振られる質問に淀みなく答えており。とても14歳とは思えない程様になっていた。

 

「また彼女か。確かに画面映りはいいが、私としては他の子も見たいんだがね」

「国家代表の娘でもありますからね。その方が都合がいいんでしょう」

 

神に選ばれた『勇者』は人類の希望として英雄視され。人々の不安を和らげるカンフル剤として、マスメディアを通して積極的な宣伝公報が行われていた。

四国エリアには複数の勇者がいるが。基本メディアに露出するのは若葉であり、他の勇者は余り取りざたされていなかった。

 

「それにしても、このタイミングで訪問を受け入れるとはね。政府は何を考えているのやら」

 

いくら友好国とはいえ、最重要機密が奪われている中。他国の要人を受け入れるのはリスクが高いと言わざるを得なかった。

 

「それに、最近は人革連の連中も怪しい動きを見せているんだがね」

 

人革連――

人類革新連盟の略称。

セカンド・アタック後、現在の国連主導の防衛体制では、バアルに対抗できないと考えた者達が立ち上げた反国連組織。

国連を打倒し、全ての国家を統一することで新たなる防衛体制を構築し、バアルから人類を守護することを目的として掲げ。その思想に賛同した世界中の政財界から影ながら支援を受けており、ファフナーを始めとする最新鋭の装備を有する巨大組織へと成長する。

しかし『来る物は拒まず』という姿勢から、政争で敗れた物やアウトロー、果ては過激な思想を持つ者を多く取り込んだ結果。組織の統制がまともに取れなくなっており、無差別テロを多発させていることから、世間からはただのテロ組織として見られることが多い。

 

ここ最近人革連が東京エリアでの活動を活発化させており、今回の機密強奪事件への関与は現状不明だが。近い内に大規模なテロを行おうとしているのではないかと警戒していた。

 

「まあ、何か考えがあるんでしょう。何であれ俺達は命令に従うだけですが」

 

菫と光輝がそれぞれの意見を交わす中、優はただ画面をジッと見ていた。しかし、その表情には不機嫌さがありありと出ていた。

 

「…そんなに気に入らんのか。幼馴染が活躍するのが?」

「……」

 

やれやれといった様子で問いかけてきた光輝に、優は何も答えない。

その間にもテレビでは、司会者が若葉を『救世主』『希望』と褒めたたえていた。そんな司会者に、優は不快そうな目を向ける。

 

「…若葉は、どこにでもいる女の子なんだ。特別なんかじゃない。歌野だってそうさ」

 

ようやく口を開いた優は司会者の言葉を否定した。その声音には苛立ちと憤りを感じられる。

 

「そうだな。だが、大多数の人間にとっては、力を持つ者は特別な存在に見えるのさ。ましてや、自分の命を守ってくれるならな」

「それでも、彼女達だって傷つくし悩むんだ。歌野はどんなに苦しくても、勇者だから、皆に期待されているからって弱音も吐けずに抱え込んで1人で泣いてたんだ」

 

どれだけ超人的な力を宿しても、心は15にも満たない少女なのだ。多くの人を守るという責任と、否応なしに寄せられる期待という重荷に耐え続けている友の姿を思い浮かべ。優は歯を食いしばり、丼を持つ力を強くする。

 

「…だから、彼女達の分までお前が戦う、か」

「うん。それが僕の命の使い道だから」

「少なくとも歌野はそんなこと望んでないぞ」

「それでもいいさ。勝手な自己満足だからね」

 

そういって笑う優。今更考えを変えさせる気はないので、呆れた様に溜息をつくも、光輝はそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、非常事態を告げるサイレンがけたたましく鳴り響いた。

 

それと同時に、その場にいた全員が慣れた動作で行動に移る。優と光輝はブリーフィングルームに駆け込み、光輝がモニターを起動させると、その前で並び立たつ。

すると、モニターに聖天子の姿が映し出される。

 

『こちらへの訪問のため、移動されていた勇者方を乗せた輸送機が。伊豆諸島にて人革連の襲撃を受けました』

「!」

 

聖天子の告げた内容に優の目つきが鋭くなる。

 

「こちらの領域内で、ですか」

『そうです』

「なる程、彼女らに来られると困る者が政府内にいると…」

 

顎に手を添えて何かを察した様子の光輝。

 

『戦況は極めて劣勢とのこと。Alvisには直ちに救援に向かってもらいます』

「勇者が5人もいるのにですか?」

 

告げられた命令に疑問を挟む光輝。

勇者1人で最低ファフナー1個中隊相当の戦闘力があると言われている。それが5人もいるのであれば、余程の事態が起きない限り、人革連が相手でも苦戦することはないというのが光輝の分析であった。

 

『いえ、勇者は戦闘には参加していません。迎撃は全て護衛のファフナー部隊だけです』

「参加していない?何故です?」

『天童2尉。勇者には対人経験がありません(・・・・・・・・・)

「…了解」

 

聖天子の一言で、光輝は自身の分析が誤りであることを理解した。勇者が想定しているのは対バアル戦であり、対人戦はせいぜい訓練のみなのであろう。そんな者達を出しても足手纏いにしかなるまい。

 

「状況は理解しましたが、距離が離れすぎています。今から輸送機を全力で飛ばしても間に合わないのでは?」

『その点については手を打ってあります。司馬重工の新型装備を用います』

「例の装備が完成したので?」

 

その言葉に光輝が興味深そうに反応する。

 

司馬重工――

東京エリアに本社を構える軍事企業であり、日本の基幹産業を受け持つ程の巨大企業でもある。

ファフナーの開発にも深く関わり、日本の各エリアの生産や新装備開発の最大手であり。ノートゥング・モデル用の各種兵装も司馬重工製が殆どである。

 

『…あくまで試作品なので、あなた方次第となりますが…』

「それが我々の役目ですので、どうかご期待下さい」

 

危ない橋を渡らせることに申し訳なさを滲ませる聖天子に、光輝は気にするなと目で応える。

ノートゥング・モデルの開発と並行して、ファフナー用の新装備のテストもAlvisの任務なのである。

 

「それでは、出撃します」

 

光輝が敬礼すると優もそれに続く。そして、いつものように光輝は優に目配せすると退出していく。

優と聖天子は立場上、表立って私的に接することができないため。光輝の計らいで、厳重なセキュリティが施されているこの専用通信で、出撃前に友人として僅かに話す時間を得ているのだ。

聖天子にとっては貴重な瞬間だが。今回はその時間すら惜しまれる状況であり、何より優には今すぐにでも現場に駆け付けたい理由(・・)があるのを理解していた。

だから彼女は――

 

『優さん。どうか、あなたの大切な人を守って下さい』

「うん、ありがとう聖ちゃん」

 

それだけの言葉を交わして退室していく優。

聖天子は、ただ想い人の無事と彼の願いが叶うことを祈るのだった。




※捕捉
本作におけるファフナーの部隊単位は、原作だと明記されていないので。マブラヴ オルタネイティヴを参考に

2機で分隊
2個分隊4機で小隊
3個小隊12機で中隊
3個中隊36機で大隊
3個大隊108機で連隊

としております。


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第四話

伊豆諸島にある島の浜辺に四国エリア所属の輸送機が不時着しており。その周囲を球樹の乗るメガセリオン・モデルと部下のグノーシス・モデルが展開しており。

それを取り囲むように。人革連所属を示す、青色に塗装された数機メガセリオン・モデルと、2個大隊程はいるであろうグノーシス・モデルが展開されており。球樹らへと距離を詰めながら銃撃や砲撃を加えていた。

 

『こっちに来んじゃねぇ!』

 

球樹機は標準装備のアサルトライフルに、両肩に光学シールド発生装置『イージス』と、背部には2門式キャノン砲を装備した拠点防衛仕様であり。イージスを展開して攻撃を防ぎながら、ライフルで牽制しつつキャノン砲を放ち。砲弾は1体のグノーシス・モデルに直撃し、上半身を吹き飛ばした。

また、僚機も同様に拠点防衛仕様であり(キャノン砲は1門)球樹機同様にイージスを展開しつつ射撃と砲撃で弾幕を張っているも。人革連側は物量を持って押しつぶそうと包囲を狭めてくる。

四国エリアを出発してから暫くは何事もなく順調だったが。伊豆諸島にまで差し掛かると、島にある森から対空ミサイルによる攻撃を受け、主翼に被弾した輸送機は島の浜辺への不時着を余儀なくされたのだ。

幸い落ちたのが砂浜だったので衝撃も少なく、勇者や巫女らに怪我はなかったものの。パイロットら非戦闘員に何名かの負傷者が出てしまった。

そして彼らは、浜辺に近い森から現れた人革連のファフナー部隊の攻撃を受けることとなった。

 

「(情報が洩れたってのか!)」

 

完全に待ち伏せを受けたことから、勇者訪問の情報が人革連に漏れていたことに他ならない。彼らのシンパは世界各国にいるので、どこから洩れてもおかしくはないのだが…。

 

『そんなこと考えてる場合じゃないか!』

 

より苛烈さを増す人革連の攻撃に、舌打ちしながらも迎撃する球樹。同時に全周波数帯で通信を開く。

 

『テメェら、自分達のやってることがわかってんのか!勇者に何かあったらどうなると思ってんだ!』

 

万が一にも戦闘を止められる可能性に賭けてみるも、人革連から帰ってきたの予想通りのものであった。

 

『我らは軟弱な国連を打倒し、新たなる秩序を生み出す!故に、現支配体制の象徴である勇者は粛正せねばならん!青き清浄なる世界のために!!』

『『『青き清浄なる世界のために!!』』」

 

青き清浄なる世界のために――

人類革新連盟の掲げるスローガンであり。新たなる秩序が構築され、バアルが駆逐された世界を指している。また、ガストレアウィルスを宿す『子供達』の差別にも用いられている。

 

通信機越しに聞こえてくる人革連の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をする珠樹。やはり彼らとは、どちらかが倒れるまで戦うしかないと再認識させられた。

 

「兄ちゃん!」

 

そんな折、輸送機の亀裂から妹の球子が顔を出しながら声をかけてきた。

 

「タマ達にも戦わせてくれよ!」

『いいから、隠れてろ馬鹿妹!!』

 

今まで聞いたことのない兄の怒声に、球子が怯えた様に体を震わせる。

球樹は球子ら勇者は戦いには参加させず、身を隠しているよう指示を出していた。それは、光輝は分析したように、勇者には対人経験がないこともあるが。何より妹とその友人に、人と戦わせたくないという思いがあった。

彼女らの力は人類を守るためのものなのだ。このようなことに使われるべきではないというのが球樹の考えであった。

 

 

『お前達は戦うな!こんなことは俺達だけで十分だ!』

「でも…!ッ!?」

 

それでも引き下がらない珠子の顔の、すぐ側の装甲に弾丸が当たり甲高い金属音が響き、球子は思わず身を縮ませて隠れる。

 

『妹に何しやがんだオラァ!』

 

その弾丸を放った人革連機を、球樹はキャノン砲で吹き飛ばすのだった。

 

 

 

 

「タマっち先輩大丈夫!?」

 

輸送機内に戻った球子に、杏が抱き着くようにして声をかける。

 

「あ、ああ大丈夫だあんず…」

 

杏を心配させないようにと気丈に振舞おうとするも。その顔色は青白くなっており、体も小刻みに震えていた。

バアルとの戦いで幾度もの死線を超えてきた彼女だが、始めて感じる人から向けられる殺意に怯えてしまっていた。

輸送機内には他にも非戦闘員が集まっており、彼らも迫りくる戦火に不安を募らせていた。

 

「ッ――!」

 

そんな球子らの姿を見た若葉は、歯を噛みしめて拳を強く握ると。自身の武器である『生大刀』を手にすると、スカートのポケットからPADを取り出すと、勇者に変身するためのアプリ『勇者アプリ』起動させようとする。

 

「駄目です若葉ちゃん!」

 

そんな若葉をひなたが慌てて止める。

 

「だが、このままでは…!」

 

こうしている間にも戦闘音は激しさを増しており、今は珠樹らが奮戦しているも。戦力差は歴然であり、いずれは押し切られてしまうだろう。

 

「でも、相手は同じ人間なんだよ…」

「高嶋さん…」

 

俯いている友奈が震えた声で若葉に話かける。彼女は誰よりも優しいため、人と戦うことに一際抵抗感があるのだろう。

そんな彼女の不安を和らげようと、千景はそっと手を繋ぐ。

 

『……』

 

その場を沈黙が支配する。バアルと戦う覚悟こそしていたが、人と戦う覚悟など誰もしてはいなかったのだ。

 

「それでも、私はこのまま見ているだけなんてできない…!」

「若葉ちゃん!」

 

そういって機外に飛び出そうとする若葉を、ひなたは制止しようとする。

 

「皆はここにいてくれ!戦うのは私だけでいい!」

 

人と戦うことへの躊躇いはある。それでも、リーダーとして仲間を守るために若葉は決意する。

仲間たちが自分のことを呼ぶ声がするも、若葉は止まることなくアプリを起動させると機外に飛び出した。

 

 

 

 

『ぐぁッ!?』

『曹長!』

『まだ、やれます!』

 

僚機のイージスが攻撃の負荷に耐えられず、破損してしまう。それでも僚機は怯むことなく左腕のレールガンで反撃すると、直撃を受けた敵機が爆散した。

他の僚機も破損が目立つようになり、継戦が困難となってきていた。球樹機は目立った損傷こそないものの、弾薬が尽きかけており限界が近づいていた。

だが、敵部隊はまだ20機近く残っており。このままでは全滅しか道はなかった。球樹が打開策を模索していると。背後の輸送機から人影が頭上を飛び越えて戦場に躍り出た。

 

『乃木!?何をしている戻れ!』

 

飛び出してきたのは『戦装束』と呼ばれる。神樹の力を科学的、呪術的に研究し、ハンドレッドの技術を取り入れた結果生み出された戦闘服を身に纏った若葉であった。

戦装束を身に纏うことで、勇者はのその力を最大限に発揮でき、起動さえるためのアプリ等も含めて『勇者システム』と呼ばれている。

また、その形状は勇者個人によって違い。若葉のは桔梗を思わせる清楚な青と白の混交が特徴的であった。

 

「私が敵を引き付けます!援護をお願いします!」

 

そういって敵機目がけて駆けだす若葉。

 

『ええい、全機乃木を援護しろ!敵を近づけさせるな!』

 

引き止められないと判断すると、素早く援護するよう僚機に指示する球樹。

 

「ハァァアア!!」

 

球樹らの援護を受けた若葉は1体のグノーシス・モデルに接近すると、刀を振るい両腕の武装だけを斬り落とした。

 

『ぐぉ!?』

『勇者だ!勇者が出てきたぞ!』

 

若葉の姿を確認した人革連部隊は若葉に砲火を集中させ始める。

迫りくる無数の弾丸を、若葉は最小限の動きで躱すか、避けれないものは斬り払いながら接近し。1体ずつ搭乗者は傷つけずに機体だけを破壊し戦闘力を奪っていく。戦場において、敵の命を奪わずに無力化することは、相手よりも遥かに高い技量が求められることであり。若葉自身の日々の鍛錬の結果であると同時に、勇者の力がどれだけ強力であるかの証左でもあった。

 

「くッ!」

 

それでも敵の数はいまだ多く、足元にレールガンから放たれた弾丸が着弾し。その衝撃で地面を転がる若葉。

すぐに起き上がろうとするも、周囲を敵機に囲まれ銃口が向けられる。

 

「(避けられない――!)」

 

若葉は撃たれることを覚悟し、少しでも被弾を減らそうと身を守る。

 

「ヤァァァァアアアア!」

 

敵機が発砲しようとした瞬間。山桜を思わせる桃色の戦装束を纏った友奈が、手甲である『天ノ逆手(あまのさかて)』による拳打を1体の敵機に打ち込んで弾き飛ばし。他の機体を巻き混んで吹き飛んだ。

さらに友奈は四国勇者一の瞬発力を生かし、次々と若葉を包囲していた敵機に肉薄し打撃技を浴びせて蹴散らしていく。

 

『おのれェ!!』

 

別の機体が友奈へ発砲するも、彼岸花を思わせる紅色の戦装束を纏った千景が、獲物である『大葉刈』の霊力が宿る大鎌を目の前で回転させて防ぐ。

そして、発砲した敵機は飛来した矢が膝や肘のに突き刺さり、身動きが取れなくなる。

矢を放ったのは、紫羅欄花(ストック)を思わせる戦装束を纏った杏である。彼女は『金弓箭(きんきゅうせん)』と呼ばれる弩を武器としており。杏は輸送機を盾にしながら引き金を引くと、矢が連射され敵機の関節に突き刺さり行動不能に追い込んでいき。さらに敵部隊の牽制にもなり動きを鈍らせる。

 

『チィッ!まずはあの弩持ちから潰せ!』

 

敵部隊は支援要員である杏を最優先で排除すべきと判断し。森の中に隠れていた、スナイパーライフルを装備していたメガセリオン・モデルが発砲する。

放たれた弾丸は杏の頭部目がけて迫る。だが、姫百合を思わせる橙色の戦装束を纏った球子が、杏と弾丸の間に入り。武器である『神屋楯比売(かむやたてひめ)』の霊力を宿した旋刃盤を、盾に変形させて弾丸を弾いた。

 

「ありがとうタマっち先輩!」

「へへん!タマがいる限りあんずには傷つけさせるもんか!」

 

防御力の高い球子が敵の攻撃を防ぎ、遠距離攻撃ができる杏が攻撃に専念する。互いの役割を最大限に発揮した連携を披露する。

 

『お前らまで何出てきてるんだ!さっさと戻れ!』

 

勝手に戦場に出てきた勇者達を見て、珠樹が近くにいる妹に怒鳴りつける。

 

「兄ちゃん達こそボロボロなんだから退がってろよ!後はタマ達に任せタマえ!」

『いつもの化け物相手とは違うんだぞ馬鹿妹!』

 

互いの主張をぶつけ合って口論になる土居兄妹。そうこうしている間にも、敵の放った砲火が周囲に降り注ぐ。

 

「タマ達は勇者なんだ!悪い奴らはやっつけてやる!行くぞあんず!」

「うん!」

 

兄の静止を聞かず、球子は杏と共に前線に向かっていく。

 

「皆どうしてッ!」

「だって、若葉ちゃんが私達を守りたい気持ちと一緒で。私達も若葉ちゃんを守りたいから!」

 

若葉の問いに、友奈は叫び返しながら敵を殴り飛ばす。

 

「それに、若葉ばかりにいいカッコさせられないからな!」

「皆で支え合って戦う。それが仲間です!」

「危なっかしくて、見てられないのよあなたは」

 

球子、杏、千景、それぞれが戦いながら若葉に語り掛ける。

 

「皆…」

 

そんな仲間の頼もしさに支えられるように立ち上がる若葉。

 

「そうだな私達は仲間だ!一緒に戦おう!」

 

若葉の掛け声にそれぞれ応えながら、敵部隊へ向かっていく勇者達。

 

『隊長、我々は?』

『ダァァァ突撃だ!突撃!あいつらを援護しろ!』

 

部下の問いに球樹はヤケクソ気味に指示を出しながら若葉達の後を追うのであった。

 

 

 

 

『敵部隊の反応消失しました隊長』

『警戒態勢に移行。生き残った奴らを拘束しろ』

 

部下の報告に答えながら周囲を見渡す球樹。

砂浜は荒れ果て、破損した人革連の機体と残骸が散乱し、生き残った搭乗者を部下が一箇所に集めていた。

勇者が戦闘に加わってからは戦局は一転し、不利と悟った敵部隊は撤退していったのだった。

 

「おーい兄ちゃん!」

 

周囲を警戒する球樹の元に、球子が手を振りながら駆け寄ってくる。戦装束に汚れはあるが、傷らしい傷がないことに内心球樹は安堵する。

妹の後ろには他の勇者達が追いかけてきており、彼女らも目立った傷はないようであった。

 

『お前ら無事か?』

「はい、皆無事です」

『そうか』

 

球樹の問いに若葉が答えた。

 

『いいたいことは色々あるが。とりあえずお前達に助けられたな、怖いのによく頑張った。ありがとうよ』

 

そういって球樹は球子の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細める。若葉達も彼に褒められて嬉しそうにしている。

 

「へへ、タマ達も強くなったからな!いつまでも子供じゃないさ!」

『アホ。どんなに強くなっても、お前達はまだまだ子供だっつーの』

 

エッヘン!と胸を張る妹の額を小突く球樹。彼もまた、勇者を特別な存在ではなくどこにでもいる少女と同じで、大人である自分達が支えていく必要があると考えていた。

子供扱いされたことにムーッと拗ねる妹の頭を、今度は少し乱暴に撫でる球樹。髪をクシャクシャにされたことにやめろよー!と抗議する球子。

若葉達は、そんな兄妹のじゃれ合いを微笑ましく見ていると。そんな穏やかな雰囲気を打ち壊すように、PADから警告音が鳴り響く。

 

『ッ!?バアル反応だと!』

 

球樹がすぐに機体のセンサーを確認すると、反応は海から出ていた。

反応が近づくのと同時に、浜辺付近の海面が盛り上がっていき。海水を掻き分けるように20メートルはあろう巨体が姿を現していく。

 

『ステージ、Ⅳだとッ!?』

 

その姿を見た珠樹の口から驚愕の声が漏れた。

現れたのは岩のようにゴツゴツとした赤色の甲羅に、大木と同じくらいの太さをした節足動物特有の無数の足と、甲殻類によく見られる腕が6本も生えており。極めつけは蟹のような胴体部分に目とイソギンチャクに似た口がビッシリと備え付けられており。嫌悪感を抱かずにはいられないような怪物がそこにはいた。

甲殻類を始め多くの海洋生物のDNAを取り込んで進化を続けた結果。最早元の生物を特定するのが難しいまでに変異している。

最近確認されるようになり、アジア各国の沿岸部で猛威を振るっている『デス・フォートレス』と呼称される。ガストレアの中でも、完全体と呼ばれるまでに進化した個体であった。

デス・フォートレスの全身の目がギョロギョロと動き、若葉達の姿を捉えるとその巨体を動かし、地響きを上げながら接近してくる。

 

「(最悪だッ!!))」

 

球樹は心の中で悪態をつく。ステージⅣともなれば、単体であってもその力は計り知れない。若葉達がいたとしても疲弊した今の戦力では対処は困難であった。

 

『全員逃げるぞ!このままじゃ全滅するだけだ!』

 

故に球樹が選んだのは逃走であった。幸いデス・フォートレスの動きは遅く、逃げに徹すれば救援の到着まで持ちこたえられると判断したためである。

 

「でも、人革連の人達が…」

 

友奈の言葉に、周囲を見回した球樹が思わず舌打ちする。

そう。この場にいるのは球樹達だけでなく、捕縛した人革連の生き残りもいるのだ。中には、負傷して自力で移動することができない者も少なくない。

 

「た、助けてくれ!頼むから置いていかないでくれ!」

 

人革連の1人が縋りつくように球樹の足にしがみついてきた。他の者達も若葉達に助けを求める声を上げる。そんな彼らに若葉達は困惑してしまっている。

 

『ッ――!ざけんな!襲ってきたのはテメェらだろうが!こんな時だけ都合のいいこと言ってんじゃねぇ!』

 

こんな事態になったのも、全ては人革連の襲撃があったからである。それなのに、いざ自分達が危機に陥ると、手の平を反して助けを求めてくる彼らの身勝手さに思わず怒鳴り散らす球樹。

その自覚はあるのか人革連の者達は一瞬黙るも。そうしている間にも、デス・フォートレスは近づいてきており。その姿を見て再び懇願してくる。

球樹としては、この状況で彼らも連れて行くのは不可能であり。例え見捨てても自業自得としかいいようがなかった。

そうこうしていると、輸送機にいたひなたらが合流してきており。彼女らも助けを求めてくる人革連者に困惑の目を向ける。

 

『お前ら行くぞ!こいつらに構っている暇はねぇんだ!』

 

これ以上長居すると、デス・フォートレスに捕捉されてしまう。最早迷っている時間はなかった。

 

「ですが…!」

 

だが、若葉達勇者はその場から動けずにいた。彼女らには目の前にある『命』を見捨てることができないのだ。

遂に逃走不可能な距離にまで、接近してきたデス・フォートレスの一部の口から、無数の触手が飛び出してきた。

 

「わぁぁぁあああ!?!?!?」

 

触手は近くにいた人革連者に次々と巻き付き持ち上げていくと、そのまま巻き戻るように口へと運ぼうとする。

捕らえられた者は死を覚悟して目を覆うも、ザンッ!という何かを斬り裂くような音がすると同時に。浮遊感に襲われかと思うと誰かに受け止められた感覚がした。

 

「え?」

 

恐る恐る目を開けると、自分が若葉によって抱きかかえられていることに気がつく。

周りを見ると他の者達も、他の勇者によって助け出されていた。

 

「どう、して?」

 

思わずそんな言葉が漏れる。球樹の言う通り、見捨てられても文句の言えないことをした自分達を彼女らは命がけで助けてくれているのだ。

球樹らの側に降り立った若葉は、抱えていた者を降ろした。

 

「例え敵対していたとしても、助けを求めて伸ばされた手を掴みたい。少なくとも私はそう考えています」

 

そう告げると、若葉はデス・フォートレス目がけて駆けだしていった。

 

『あいつらの底なしの優しさに感謝しろよ。全機勇者を援護する!着いてこい!』

 

呆然とする人革連者に語り掛けると、球樹は部下を連れて若葉の後を追いかけていった。

 

「ああ、そうか…」

 

彼は理解した。なぜあんな少女達に、神からあれだけの力を与えられたのか。それは、どんな命をも尊び他人を思いやれる『強さ(優しさ)』を持ったいたからなのだと。そして、自分がどれだけ愚かなことそしようとしていたのかを悔い、涙を流しながらその場で膝をついて崩れ落ちたのだった。



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第五話

「ハァッ!」

 

群がる触手を若葉は刀を一閃の元斬り落とす。しかし、新たなる触手が襲い掛かってきて後退せざるを得なくなる。

 

「若葉ちゃん!」

 

非戦闘員や人革連の者達を纏め、退避の準備をしていたひなたが若葉に呼びかける。

 

「どうしたひなた!」

「もうすぐ助けが来ます!それまで耐えて下さい!」

「分かった!」

 

まるで未来を予知したような内容だが、若葉は疑うことなく聞き入れた。

大社の巫女は、神樹は自らの意思を『信託』と言う形で受け取り、それを代弁するのが使命である。その内容には未来予知するような内容も多く。今も何らかの信託を受けたのだと若葉は察したのだ。

 

「だぁぁぁあああ!キリがないぞこれ!?」

 

若葉と同じように触手の対処に追われている球子が、苛立ちを隠さず叫ぶ。

他の勇者達も途切れなく襲い掛かる触手に阻まれ、デス・フォートレスに近づけずにいた。

勇者の攻撃にもバラニウムと同じく、ガストレアの再生を阻害する効果があるのだが。ステージⅣともなると、その再生力はケタ違いであり。破損させた触手が瞬く間に再生し、絶え間なく襲い掛かってくるのだ。

 

『―――――!!』

 

てこずらされていることに苛立つかのように、デス・フォートレスが複数ある口から鼓膜をつんざくような咆哮を上げると。6本ある腕の内の1本を砂浜を抉るようにして振り上げ、掻き上げられた大量の砂塵が津波のようにして若葉らに襲い掛かる。

若葉達は散開して退避すると、デス・フォートレスは杏目がけて別の腕を振り下ろしてくる。跳躍して回避したばかりで避けられない杏は、思わず目を瞑り咄嗟に腕を交差させてダメージを抑えようとするも。デス・フォートレスの巨体による一撃の前では焼け石に水でしかない。

 

「ハァッ!!」

 

振り下ろされた腕目がけて友奈が跳躍し、跳び蹴りを打ち込み軌道をそらすと。腕は杏から逸れた場所に叩きつけられ、その衝撃で友奈と杏は吹き飛ばされて、砂浜に叩きつけられる。

 

「あんず!」

「高嶋さん!」

 

球子が杏に、千景が友奈にの元に慌てて駆け寄る。

 

「私は大丈夫だよ、ぐんちゃん」

「私もです。でも、このままだと…」

 

地面が砂浜であったこともあり、2人ともそれ程のダメージは負わなかったが。猛威を振るうデス・フォートレスを見て、杏の表情が険しくなる。

若葉や球樹らファフナー部隊が攻撃を続けているも、多量の触手に阻まれ本体には届いておらず、消耗しているだけであった。そして――

 

『クソッ!弾切れか!』

 

遂にファフナー部隊の主兵装の弾薬が底を尽いてしまった。これで残った戦力は勇者だけとなってしまう。

 

「よーし!こうなったらタマが『切り札で』!」

「無理よ」

 

球子がいきこんで提案するも、千景がバッサリと否定した。

 

切り札――

神樹には地上のあらゆるものが概念的記録として蓄積されており。その記憶にアクセスすることで抽出し、自らの体に顕現させることで強化することができる機能。

 

「なんでだよ千景!?」

「あなた忘れたの?丸亀城での戦いの後、大葉さんの指示で切り札は封印されたことを」

 

切り札は強力であるが、反面使用者への負担が大きく。また、どのような影響を与えるか解明しきれていないため。勇者の安全を優先した四国エリア代表の大葉は大社と検討した結果、システムの解析と改良が終わるまで、一時的に封印処理を施すことを決めたのである。

 

「…あ」

「タマっち先輩…」

 

どうやらそのことを記憶から忘却していた球子。そんな彼女に、千景と杏は呆れを滲ませた目を向けて溜息をつき、友奈は困ったような顔をしていた。

 

「じゃ、じゃあ、どうすりゃいいんだよ!?」

「それは…」

 

事態の重大さに気づいた球子が慌てて問いかけるも、千景もどうすればいいのか分からず言い淀む。

 

「ぐぁ!?」

 

そうこうしていると、若葉の苦悶の声が聞こえ。そちらに意識を向けると、若葉が触手に絡めとられてしまっていた、

 

「若葉ちゃん!?」

「あれ、不味いぞ!」

 

友奈達が急いで助けに向かおうとするも、壁のように群がって来る触手に阻まれてしまう。

 

「このッ…!」

 

若葉は自力で振りほどこうとするも、勇者の力を持ってしても触手はビクともしない。

デス・フォートレスは捕らえた若葉を、無数にある口の1つへと引き寄せていく。

 

「ッ――!」

 

口の中には、刃物のように尖った歯がビッシリと生えており。それがまるで、ミキサーのように蠢き始める。あの中に放り込まれたが最後、粉々に砕かれてしまうだろう。

その光景を思い浮かべてしまいゾッとする若葉。渾身の力を込めるも、触手が肉体に食い込んで痛みが走るだけだった。

 

「(死ぬ、のか…私は…?)」

 

友奈達とは戦い始めたばかりの頃は、友奈以外は互いを信じられず、背中を預けることもせず自分勝手に戦っていた。特に若葉自身は、バアルに命を奪われた人々の仇を取ることしか考えていなく、敵を倒すことに固執して危うく取り返しのつかない事態を引き起こしかけた。

そのせいで戦う理由を見失いかけたが、仲間のおかげで過去に囚われず、未来を生きる人々のために戦うべきなのだと気づけた。

そして、丸亀城の戦いを経て。友奈達とやっと本当の意味で、仲間と呼び合えるようになったばかりなのだ。まだ、彼女らのことを知らないことの方が多いのだ。もっと、仲良くなるためにも死ぬ訳にはいかない。なにより――

 

「(優…)」

 

3年前自分の前からいなくなってしまった幼馴染。もう一度彼に会いたい、そして今までどうしていたのか話したいことが山ほどあるのだ。だから死にたくない。

 

「(優…!)」

 

最愛の人を強く想った時、若葉の勇者システムが接近する反応を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若葉達がデス・フォートレスを引き付けている間に、ひなたら非戦闘員は人革連の者達と共に少しでも離れるため森の中を移動していた。

 

「ひなた様。乃木様達は大丈夫でしょうか?」

 

ふと、1人の自衛隊員が不安な様子で、先頭を歩くひなたに語り掛ける。勇者と言えど、切り札が使えない状態でステージⅣのガストレアを相手に、無事でいられるとは思えなかったのだ。

それは他の者達同様で皆一様に若葉達を案じていた。そして、それは敵対していた人革連の者達もだった。見捨てられて然るべき自分達を、その身を顧みず助けてくれた彼女らに、最早敵意を持つこと等できなかった。

 

「安心して下さい。大丈夫ですよ」

 

ひなたは足を止めて振り返ると、皆を安心させるように微笑みながら話す。

大社の巫女であるとはいえ、自分達よりも遥かに年下の彼女が。このような状況でも落ち着き払っていることは、その場にいる者達に自然と安心感を与えていた。

 

彼ら(・・)が来てくれました」

 

沈みかけた空を見上げながら告げるひなた。しかし、その表情はどこか悲しそうであった。

 

 

 

 

『これは!?』

『何だ!どうした!?』

 

デス・フォートレスに捕らえられた若葉を助けるべく、思案していた球樹は。驚愕の声を上げた僚機に振り向く。

 

『こちらに接近する飛行隊あり!物凄い速さです!』

 

僚機の言葉に自機のセンサーを確認すると。1つの反応がみるみると距離を詰めて接近してきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊豆諸島上空。その空を切り裂くように1機のファフナーが駆け抜ける。

その背部には、4器のロケットブースターと主翼を取り付けた司馬重工製試作装備『緊急展開ブースター(Emergency Expansion Booster)』『EEB』を装備しており。リミッターを外した影響で、ブースターが悲鳴を上げながらも、最新の航空機に匹敵する速度で若葉達のいる島目掛けて直進していた。

島に接近するにつれその輪郭が鮮明になっていき。浜辺には異形の怪物デス・フォートレスがおり。触手に絡めとられた若葉が口の中へと放り込まれそうになっていた。

ファフナーは軌道を修正し、デス・フォートレスへと迫っていく。

 

『なんだ!?ミサイルか!?』

『!飛行隊より、メッセージを受信!』

『読み上げろ!』

 

球樹が命じている間に。飛翔するファフナーは、デス・フォートレスとの距離を詰めると。EEBを切り離し慣性に乗って進んでいく。

切り離されたEEBはデス・フォートレスに激突し、ロケットブースターの燃料が引火し大爆発を起こし。その衝撃とダメージにデス・フォートレスが苦しむように吼えた。

EEBを切り離したファフナーは。水平な姿勢で砲弾のように直進しながら、背部と脚部の大型ブースターを吹かして、慣性を殺さぬようにしつつ機体を起き上がらせる。

 

『ハッ!『東京エリア部隊、戦闘に参加ス!』』

 

僚機がメッセージの内容を読み上げるのと同時に。意識を失ってもおかしくない程の、猛烈なGを受けながらも。意に介した様子もなくファフナーは、背部パイロンからルガーランスとロングソードを取り出すと。若葉に絡まっている触手へと斬撃を放つ。

すると、触手は容易く両断され若葉の体が自由になると、重力に従って落ちようとする。そんな彼女をファフナー――マーク・アインは、両手の武器を手放すと、すれ違いざまに肩から首と膝裏に腕を回すいわゆる『お姫様だっこ』の態勢で受け止めると、ひゃッ!?という可愛らしい悲鳴が若葉から洩れた。

 

『繰り返す!『東京エリア部隊、戦闘に参加ス!』

 

僚機が戦場にいる者全員に伝わるよう。再度、メッセージの内容を読み上げるのと同時に。アインは浜辺に着地し砂浜を削りながら勢いを殺し、最後は片膝をついて停止した。

 

「……」

 

アインに抱きかかえられた若葉は、何が起きたのか理解が追い付かず。固まったままアインの頭部を見つめていた。初めて見る機体だが、そのバイザー越しに見える目にはどこか懐かしさを感じた。

 

『……』

 

アインは何も言わずゆっくりと若葉を降ろすと立ち上がる。そして、彼女の目に出ながら球樹機へと通信を繋ぐ。

 

『こちら、聖天子直轄遊撃小隊Alvis副隊長蒼希優3尉。これよりそちらを援護します』

「え…?」

 

アインから聞こえてきた声に若葉の目が見開かれる。その声は紛れもない幼馴染の少年のものであった。

 

「ゆ…う…?」

 

若葉は掠れるような声で、アインの背中に話しかけるも、返事は帰ってこない。

 

『――――!!!』

 

EEBの爆発によるダメージを回復させたデス・フォートレスは、地面を揺るがす程の咆哮を上げながら、無数の目でアインを睨むように見ると、腕と触手を振り回して暴れ出す。

そんな折、EEBを通常での運用をしていたため、遅れていたマーク・ツヴァイが到着すると。減速しながらEEBをパージし、砂浜を滑りながら着地するのと同時に、全兵装を展開し発射した。

放たれた弾幕は触手の群れを次々と焼き払い、流石のデス・フォートレスも堪えたのか、再び苦しむように吼えた。

 

『こちら、聖天子直轄遊撃小隊Alvis隊長天童光輝2尉。ガーディアン1そちらの状況を把握したい』

 

そう告げると、ツヴァイはジャイアント・ガトリングのトリガーを引くと。吐き出された弾丸の嵐が再生された触手を引き裂いていき、本体の着弾していくも全て堅固な皮膚に弾かれてしまう。

ちなみにガーディアン1とは、球樹のコールサインである。

 

『こちらガーディアン1。我がファフナー部隊は全機主兵装が弾切れだ。勇者の方は全員戦闘に支障はない』

 

通信を受けた球樹の報告を合わせつつ。光輝は過去に起きたデス・フォートレスとの戦闘に関するデータを照合し、現在得られているデータを組み合わせて戦術を構築していく。その間にも襲い掛かかる攻撃を回避しながらである。

ツヴァイは複数の事象を並列的に処理することができ、常に最前線に立ちながらも、戦場全体を俯瞰しながら戦闘と部隊指揮を同時にこなすことができるのである。

 

『マーク・ツヴァイより、ガーディアン1へ。そちらの光学シールドはまだ使えるか?』

『ああ、そちらは問題ない』

『では、こちらの作戦への四国部隊の協力を要請する』

『ガーディアン1了解。好きに使ってくれ』

 

ツヴァイの提案に球樹は難なく了承する。階級が同じとはいえ、自分よりも一回りも年下の相手に仕切られることになるが。自分では打開策が思いつかず、ツヴァイの自身に満ちた態度を信じることにしたのだ。

 

『お前らもそれでいいな!』

 

球樹の言葉に、それぞれの反応で応える若葉以外の勇者達。不安はあるも、ここは球樹の判断を信じることにした。

 

『ガーディアン小隊は、敵の注意を可能な限り引いてもらいたい、その間に、俺と金弓箭様で敵の防御を破り。その後、天ノ逆手様が輸送ユニットが爆発した箇所にダメージを与えて下さい。再生したばかりでそこが一番脆いので。次にマーク・アインが同じ箇所を攻撃し皮膚を破壊し、残った勇者様方がそのポイントに全力で攻撃を』

「それで、あいつをやっつけられるのか!」

『いえ、無理です』

 

期待の籠った目を向ける球子だが、あっさりとその期待を裏切られズッコケそうになる。

 

「な、なんでだよ!?」

『戦力が足りません。デス・フォートレスは、自身の身に危険が及ぶようになると逃げる習性があるので、それを利用します。最も、そちらが切り札を使えるのであれば話は別ですが?』

「それは…」

 

弱気な策に球子が抗議するも。理論整然としたツヴァイの言葉に反論できなかった。

 

「タマっち先輩、ここはあの人の言う通りにしようよ」

「む~あんずがそう言うなら仕方ないか…」

 

杏に諭され渋々とだが納得する球子。杏は勇者の中でも豊富な知識を持ち、戦闘よりもどちらかと言えば参謀として活躍しており。その彼女が他の案がないと判断した以上、球子から言えることはなかった。

 

「よし!頑張ろうぐんちゃん!」

「ええ、高嶋さん」

 

両拳を握り締めて気合を入れる友奈に、静かに答える千景。だが、彼女の手は僅かだが震えていた。

冷静を装っているように見えるが、彼女の死への恐怖は人一倍強く。初陣では杏と共に恐怖に囚われ動けず、友奈に後押しされてようやく戦うことができたのだ。

今回の作戦は、もしも目論見が外れてデス・フォートレスが反撃してきた場合、間近にいる自分達が被害を被ることになる。それこそ最悪死人が出てもおかしくはない。それが自分だったら――

 

「ぐんちゃん!」

 

そんな千景の手を友奈が握る。彼女の手から伝わる温もりが、震える千景の心を支える。

 

「高嶋さん…」

「大丈夫。皆で力を合わせれば絶対上手くいくから!」

 

満面の笑みで話す友奈からは、迷いも疑念も感じられなかった。心の底から仲間達や、会ったばかりのAlvisのことを信じているのだ。

 

「ええ、そうね」

 

そんな彼女だからこそ、自分も信じることができるのだ。友奈がいれば自分はいらない子(・・・・・)ではないのだ――

 

 

 

 

『マーク・アイン、そちらの勇者様はやれるのか?』

 

ツヴァイからの通信に、アインは自分を見て呆けている若葉に向き直る。

 

『若葉』

「え、ああ。何だ優?」

 

声をかけると、ハッとしたように反応する若葉。

 

『作戦は聞いていた?』

「作戦?」

 

ツヴァイの話を聞いていなかったようで、疑問符を浮かべている幼馴染に、無理もないと内心思う優。3年ぶりにこんな再会をすれば当然の反応だろう。

 

『マーク・アインより、マーク・ツヴァイへ。こちらの勇者様は作戦参加は困難、僕がその分を埋めるよ』

『分かった。では、作戦を開始する!』

 

通信を終えると、再度アインは若葉に背を向ける。

 

『そこで待ってて、すぐに終わらせるから』

「あ、優!」

 

若葉の言葉を無視して、アインはブースターを吹かし飛び出すと。手放して砂浜に突き刺さっていたランスとソードを回収する。

 

「優…」

 

事態に追いつけていない若葉は、その背中をただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

『オラァ!こっちだ化け物!!』

 

珠樹らガーディアン小隊が、副兵装である拳銃『デュランダル』を撃ちながらデス・フォートレスの周囲を駆ける。

放たれる弾丸は全て弾かれも、デス・フォートレスは鬱陶しそうに腕や触手を振るい蹴散らそうとしてくるのを。回避するかイージスで受け流しながら耐える。

 

『いきます!』

「はい!」

 

デス・フォートレスの注意が逸れている間に。ツヴァイと杏が放った弾幕が触手を蹴散らし、デス・フォートレスまでの道を切り開いていく。そして、その道をアイン、友奈、千景、球子が駆け抜けていく。

 

「いっくぞぉぉぉおおお!!」

 

最初に飛び出した友奈が、修復されたばかりの箇所に拳を打ち付けると、皮膚に亀裂が走り広がっていく。

 

『オオオォォオオオオ!!』

 

続いて飛び出した優が、亀裂にランスを突き刺し、レールガンを撃ち込み続ける。一発ごとに亀裂がより広ががっていき。そして、遂に皮膚が砕け散って内部の肉が露出する。

 

「喰らえええぇぇえええ!」

「ハァッ!」

 

最後に球子と千景が取りつき、露出した内部に攻撃を加えていくと、デス・フォートレスは悲鳴のような咆哮を上げると体を大きく揺らして暴れ出す。

 

「うわ!?」

「くっ!」

 

激しく揺さぶられ踏ん張れなくなった2人が振り落とされる。

 

「――ッ!」

 

球子と千景は空中で態勢を立て直し着地するも。その際、千景は右足を挫いてしまった。

 

『――――!!!』

 

デス・フォートレスは怒り狂ったように吼えながら、落とされた2人を踏みつぶそうと、大木はあろうかという太さの足の1本を振り上げていく。

 

『(!もう一押し足りんか!)いかん、逃げろ!』

 

若葉が抜けた分ダメージを与えられず、デス・フォートレスを撤退させるには不十分となってしまったことに、球樹が歯噛みする。

 

「ッ!」

 

2人は急いで退避しようとするも、千景の右足に激痛が走りバランスを崩して転んでしまう。

 

「千景!」

「ぐんちゃん!」

 

球子と友奈が助け出そうとするも、それよりも先に千景が踏みつぶされるだろう。

 

「(私、死ぬの?)」

 

千景の目に映る景色全てが、スロー再生されたようにゆっくりと動き。仲間達の自分を呼ぶ声がどこか遠くに聞こえる。

迫りくる足裏が徐々に視界を埋めていき、彼女の命を磨り潰そうと迫る。

死への恐怖から千景は思わず目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヌォォォォォオオオオオ!!!』

 

だが、誰かの咆哮と共に金属が激しくぶつかる音がすると。いつまで経っても何も起きなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え?」

 

千景が恐る恐る目を開けると。千景を庇うように立ったツヴァイが、突き出した両手でデス・フォートレスの足を受け止めていた。

だが、機体の各部に凄まじい負荷がかかっており、装甲み亀裂が入っていき、火花があちこちから散っている。

 

『ユゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ!!!』

『ウァァァァァアアアアアアアアア!!!』

 

ツヴァイの声に応えるように、アインがデス・フォートレスの傷口部分に取りつくと。両手で逆手に持ったランスを突き刺し、レールガンを最大出力で撃ち込んでいんでいく。

 

『――――!!!』

 

苦悶を上げるように吼えたデス・フォートレスが、アインを振り払う暴れ狂う。だが、アインは巧みにバランスを取りなふがら踏ん張る。

負荷によってランス共々紫電が走り悲鳴を上げるも、アインは構わず撃ち込み続けた。そして、遂にはランスが耐え切れなくなり爆発を起こし、その衝撃で吹き飛ばされると砂浜に叩きつけられるアイン。

 

「優、優ゥ!!」

 

その姿を見た若葉が弾かれるように彼の元へと駆けだす。

 

『オラァァァァァァアアアアアアア!!!』

 

その間に、ダメージを受けたことでデス・フォートレスが怯んだ隙に、機体出力を最大まで高めて一気に足を押し返すツヴァイ。

押し返されたデス・フォートレスは、たたらを踏むように後退すると、ふらつくような足取りで海へと逃げ込み姿を消していく。

 

「つ、疲れた~」

 

デス・フォートレスの姿が完全に見えなくなると、気が抜けた球子がへたりと座り込んだ。他の面々も生き残れたことにそれぞれ喜びを表現する。

 

『…ご無事で?』

「え、ええ…。でも、あなた…」

 

ツヴァイが千景の無事を確かめるも、寧ろツヴァイの方がダメージが大きかった。神経接続によって機体と一体化していることによって、ダメージがそのまま搭乗者にフィードバックされているのである。機体の至る所に亀裂が入り、そこからオイルが流れ出ており、満身創痍という言葉が相応しかった。

そのことを千景は知らないも、彼の状態が普通でないことが感じ取れ言葉が出なかった。

そんな彼女に、ツヴァイはしゃがみ込んで右足に触れる。

 

「ッ――!」

『暫しの辛抱を』

 

痛みに顔を顰める千景に、ツヴァイは語り掛けながら状態を確認していく。

 

『骨に異常はありませんね。これならばすぐに治る。他に異常は?』

「特には、ないわ」

 

間近に見つめられて、頬を赤らめて思わず視線を逸らす千景。同年代はおろか、異性と碌に関わったことのない彼女には、刺激が強いようである。

 

『ご無礼を』

 

そういってツヴァイは、千景をお姫様抱っこの形で抱える。ツヴァイの背部にはレールキャノンがあるので、背負うことができず、安全に運ぶにはこうするしかないのである。

 

「え!?あっちょ、ちょっと!」

『お1人では歩けないようなので。ご容赦を』

 

顔を真っ赤にした千景の抗議するも、正論を返されそれ以上何も言えなかった。

 

「優、優!しっかりしろ!」

 

ツヴァイの向かった先には、気絶して倒れ伏しているアインに寄り添い、今にも泣き出しそうな顔で呼びかけている若葉がいた。

その周りには友奈達が集まっており、皆今まで見たことのない程取り乱した若葉に、驚きの色を見せていた。

 

『――ぅ…あ…』

「優!」

 

うっすらと目を開けたアインに、若葉が安堵しながら顔を覗かせる。

 

『若、葉…。敵…は…?』

『撤退した。作戦終了だ』

 

アインの問いに、ツヴァイが代わりに答えた。

 

『そう…。また…生き残ったんだ…』

『ああ、お前は生きてるよ。まだ、な』

 

ツヴァイがの言葉に、自分が生きていることを実感しているアイン。だが、そこに喜びの感情は見られかった。

 

「優…?」

 

そんなアインに。若葉は彼が目の前にいる筈なのに、どこか遠くいるような錯覚を覚えてしまったのだった。



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第六話

「ああ、失敗したの、そう。え?驚かないのかって?そりゃ、成功するとは思ってなかったし」

 

東京エリアにある廃工場内で、1人の男性が携帯で通話をしていた。暗がりで容姿はハッキリとしないも、20代後半といった年齢だろうか。

人革連による四国勇者襲撃作戦の失敗の報告を受けた男は、特に気にした様子は見られなかった。それどころか予見すらしていた節すら見て取れた。そんな彼に、話し相手が不思議そうに問いかけてくる。

 

「あ、なんで分かるのかって?勇者5人と精鋭のファフナー部隊相手に、2個大隊とか少な過ぎるんだよ。おまけにあいつら(・・・・)もいるんだぞ?失敗して当然だろ?あの『羽』共は自分達のことを過大評価し過ぎなんだよ」

 

やれやれとまるで、襲撃計画を立案した者を馬鹿にしたように話す男。

 

「だから、別にこっちの方は問題ないよ。そういう前提で動いてるから。うん、そう。もういい?大事なお話中なのこっちは。じゃあね」

 

通話を終えると、携帯をズボンのポケットにしまう男。

 

「終わったかね?」

 

男の対面には。タキシードにシルクハットに身を包み、笑顔を浮かべた仮面で顔を隠した長身の男と、黒いドレスを纏い腰にバラニウム製の小太刀を携えた少女――機密物資奪還部隊を襲撃した者達がいた。

 

「ああ、悪いね。予定通り四国の勇者一行がこっちに入ったわ」

「ほう、それは素晴らしいことだ。正直、君達の作戦が上手くいったら、どうしようかとヒヤヒヤしていたんだ」

 

プロモーターの男が、両手を広げながら歓喜するように笑う。

 

「いや、そこは、わーどうしようぼくたちのけいかくのしょうがいになっちゃうよ~って慌てるところだけどな」

 

男が呆れの混じった目を向けながらツッコミを入れると、プロモーターは爪先立ちで一回転した。ちなみに、プロモーターの側でに控えているイニシエーターは、男のことをまるで嫌いな食べ物が出てきたような目で見ていた。

 

「まさか、寧ろ僥倖だ。勇者とは一度戦ってみたかったんだ。ああ、どれ程楽しいんだろうねぇ」

 

そういって仮面の奥でクックックッと笑うプロモーター。そんな彼を見ながら、男は呆れたように溜息をついて頭を掻く。

 

「戦闘狂は怖いわねぇ~。ま、お前さんがどう思おうが、別にどうでもいいけどさ。んじゃま、手助けはするから頑張ってくれなぁ」

 

男は背を向けて手を振りながら廃工場を去っていく。

 

「パパ、私あいつ嫌い。斬りたい」

 

男の姿が見えなくなると、今まで沈黙を保っていた少女が、男に対する嫌悪感を隠すことなく吐き捨てる。

 

「いいよ、と言いたいが。今あの男を敵に回すべきではないな」

 

イニシエーターの頭を撫でながら、やれやれといった様子で首を振ると。プロモーターが男が去っていた方角を見つめる。

 

「それにしても皮肉なものだ。日本の、東京エリアの守護者を言われた男が、東京エリアの破滅に加担するとは」

 

プロモーターは、実に愉快そうな笑い声を上げるのであった。

 

 

 

デス・フォートレスを退けた後。無事東京エリアに辿り着けた若葉達は、本来であればすぐに代表である聖天子と会談する予定であったが。彼女の計らいで日をまたいで行うこととなった。

千景だけは怪我の治療のために入院することとなり、護衛の任務を終えた、球樹らガーディアン小隊は四国エリアへと帰還し。残った若葉らは手配されていた高級ホテルで一晩身を休るのだった。

そして、翌日の昼頃。東京エリアの政治の中枢である第一区にある聖天子の住居と職場を兼ねた聖居と呼ばれる建物にて、若葉達は聖天子と会談が行われた。ちなみに、治療を終えた千景も合流している。

会談は。まず、聖天子の今回の人革連による、四国勇者への襲撃に関しての深い謝罪から始まった。東京エリアの領域内でありながら、人革連の動きを察知できなかったこと。そして、東京エリアの政府内から、今回の四国勇者訪問に関する情報が人革連側に漏れていた可能性が高く、その原因の究明と再発の防止を徹底することが告げられた。

その後は、東京、四国の両エリアが今後も手を取り合い発展していくこと。そして、いずれは全ての日本エリアが団結し、バアルから日本全土を奪還できる日を迎えることを願っていることが話されたのだった。

 

 

 

 

会談を終えた若葉達は、聖天子からの見送りを受けながら聖居から出ると、入り口前にはリムジンが止められており。その側には自衛隊の制服を纏った光輝が一切の乱れのない姿勢で立っていた。

 

「勇者様、ならびに巫女様。東京エリアへようこそおいで下さいました。自分は以後、皆様のご案内と警護を務めさせて頂きます、聖天子様直轄遊撃小隊Alvis隊長の天童光輝2尉であります」

 

若葉達がリムジンに歩み寄ると、光輝は敬礼しながら名乗り出た。Alvisという単語に、優の所属と同じであるとことを思い出した若葉が、無意識に彼の姿を探す。

 

「他の隊員が皆様の歓迎の準備をしておりますので、どうぞお楽しみに」

「そうですか。それは楽しみです」

 

それを察した光輝が、それとなく優の不在を告げると。若葉はなんでもないように振舞いながら対応する。

 

「あ、もしかして。昨日タマ達を助けにきてくれた、やたら派手にぶっ放してたファフナーに乗ってた人か!」

「ちょ、タマっち先輩!」

 

光輝ことを指刺してよろしくない言葉遣いで話す球子を、杏が慌てて窘める。

 

「どうか、お気になさらずに。自分に正直な球子さんのことを、わたくしはとても好ましく思います」

 

光輝に代わり、代表である聖天子がにこやかな笑みを浮かべてフォローする。そこには、彼女の嘘偽りのない本心であることが伺い知れた。

 

「お、タマの良さに気づくとは、聖天子様は見る目があるな。100タマポイントを贈呈しよう」

 

そういってサムズアップする球子。歳が近いせいもあるのか、完全に友人感覚で話してしまっている。

 

「だから、タマっち先輩ィィィ!」

「す、すいません聖天子様!球子が失礼極まりないことを」

 

下手をしたら、国際問題になりかねないことをやらかかしている球子に。杏が悲鳴を上げ、若葉が慌てて頭を深々と下げながら謝罪する。残った友奈達もハラハラした様子で見守っている。

 

「いえ、お気になさらずに乃木さん。もう、わたくし達は友人なのですから遠慮なさらないで下さい。立場上、対等に接して下さる相手が少ないのですから…」

 

そういって今度は悲しそうに笑う聖天子。これもまた、彼女の偽りなき本心なのだろう。

 

「そ、そういって頂けると幸いです…」

 

聖天子が心の広い人物でよかったと安堵する若葉。ひなたなんかは、胸を撫でおろしながら、額に流れる汗をハンカチで拭き取っていた。

 

「おう、これからよろしくな聖天子さ、イッタイ!?」

「ちょっと、タマっち先輩は黙ってて」

 

元凶たる球子は反省した様子もなく、再びサムズアップしようとして語気を強めた杏に脇腹を抓られた。

 

「(面白れぇ)」

 

そんな彼女らのやり取りを、光輝は内心で爆笑していた。

 

「聖天子様、お時間です」

 

なんともいえない雰囲気を変えるように、会談の時から聖天子の側に控えていた初老の男性――天童菊之丞が咳払いをしながら聖天子に語り掛ける。厳つい顔つきと、しゃんと背筋の伸びた長身と袴姿の上からでも分かる程、無駄なく鍛えられた体付きをしており。彼こそが聖天子補佐官を務め、東京エリアのNo.2の地位に立っており、光輝の祖父でもある人物だ。

 

「そうですね。それでは皆さん、これで失礼します」

「天道2尉。くれぐれも失礼のないようにな」

「ハッ、承知しました天道閣下」

 

菊之丞の言葉に敬礼しながら答える光輝。祖父と孫ではあるが、公の場ではあくまで聖天子補佐官と一自衛隊員として公私を分けて接していた。

だが、光輝が菊之丞に向ける目には、何か疑念の色が滲んでいるように若葉には見えるのだった。

 

 

 

 

「お~流石東京だな!都会って感じだ!」

 

若葉達を乗せたリムジンが道路を走り。窓側の席に座った球子が、外の景色を眺めながら目を輝かせていた。

 

「もう、小学生じゃないんだから…」

 

そんな球子を見ながら、隣に座る杏が溜息をつく。

 

「ぐんちゃん、足はもう大丈夫なの?」

「ええ、最新の治療を施してもらったから」

 

友奈が問いかけると、千景は微笑みながら答える。

セカンド・アタック末期。激減した人口の減少を抑えようと、医療分野の研究が盛んに行われ。捻挫程度であれば、一日と経たず完治できるまでに発展しているのだ。

 

「それに…。応急手当が適切だったからとお医者様が言っていたわ。だから、その…。礼を言うわ」

 

そういって手当をした光輝に視線を向ける千景。その時のことを思い出してか、少し気恥しそうにしている。

 

「お気になさらず。訳あってその手のことには慣れていましたので」

 

軽く笑みを浮かべながら答える光輝。その目はどこか遠くを見ているようでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イダダダダダダッ!?光輝さん、もうちょっと優しくお願いします!』

『やかましい!毎度、手当させられる身になりやがれ!』

『アギャァァァァァァアアアアアアア!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デス・フォートレスを退け、千景の手当を終えた後の光輝と優のやり取りを思い出し。友奈達はなんとなく心当たりがつくのであった。

 

「天童2尉。その、優はああいった負傷をよく、するのか?」

 

恐る恐るといった様子で光輝に問いかける若葉。沈痛な趣な彼女の雰囲気に、騒いでいた球子も大人しくなる。

 

「…そうですね。私の部隊が、正規部隊が手に負えない任務を担当していることもありますが。あの男は自分の命を顧みらないせいでもありますがね」

「命を、顧みらない?」

 

光輝の言っていることが理解できず首を傾げる友奈。

 

「ええ、大切なものを守るためなら迷わず自分を犠牲にする。優しすぎるんですよ、彼は。あなたならお分かりでしょう?」

 

光輝の言葉に頷く若葉。

そう優は誰よりも優しい。若葉やひなたといた時も、病弱な自分よりも他人を優先させていた。まるで、自分の存在価値を求めるように。しかし、再会した時感じられたのは、それとはまた異質なものだった。

 

「…彼については聞きたいことが多いでしょうが。後は、当人から直接伺った方がよろしいかと。見えました、あれが我々が活動拠点としている横浜駐屯地です」

 

そういって光輝が窓の外に視線を向けるので、それを追うと、基地施設の輪郭が見えてくるのであった。

 

 

 

横浜基地に到着した若葉達は。光輝に連れられAlvis専用ルームへと向かっていた。

 

「凄い警備厳重だね」

「出入りするのがメンドくさそうだよなぁ」

 

設けられたセキュリティの高さに、友奈と球子がそれぞれ感想を述べる。

 

「ここには最新ファフナー開発の全てがありますからね。東京エリアの生命線と言ってもいいでしょう」

 

最後のセキュリティを解除しながら光輝が告げる。

扉が開かれ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁからいつも言ってるでしょうがぁぁぁぁああああ!!」

 

優の怒声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

室内には、縮こまって床に正座した菫を仁王立ちしながら腕を組み、鬼のような形相で睨みつけている優がいた。

 

「ビーカーでコーヒーを入れるんじゃありません!ただでさえ、今日は大事なお客さんが来るんですから!」

「ウチらしさを出そうと思って…」

「そんな独自さなんていらないの!狙い過ぎるとかえってスベるの!」

 

火を噴くのではと思える勢いで説教する優に、自論を展開するも、バッサリと切り捨てられてしょんぼりする菫。

 

「おい、帰ったぞ」

「大体、死体も終わったら元の場所に戻…え?」

 

光輝に声をかけられ、ようやく存在に気が付いた優。若葉達は予想外の展開に、唖然としていた。

 

「えーと…」

 

何とも言えない空気に、嫌な沈黙が訪れる。

 

「何をやってんだお前は…」

 

そんな中、光輝は呆れ果てたように溜息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どうも、初めての方は初めまして。Alvis副隊長を務めております蒼希優3尉です。以後お見知りおきを」

「Alvis所属の整備班並びに、次世代ファフナー開発計画総責任者の室戸菫です」

 

どうにか場の空気を整えると、取り合えず自己紹介を行う優と菫。ちなみに菫は手にしているメモ用紙を見ながらである。

 

「それにしても可愛い子達ばかりだね。死体になった「あんたは必要な時、決められたこと以外喋るな」」

 

何かほざこうとした菫を光輝が黙らせた。

 

「今、死体とか言わなかったか?」

「き、気のせいだよ。きっと…」

 

菫の発言に困惑する球子と杏。

 

「…室戸博士は色々アレなので、変なことを言っても『ああ、そういう人なんだな』とどうか、暖かい目で見て頂ければ…」

 

光輝の説明に、若葉達は曖昧に反応することしかできなかった。

 

「私の扱いが酷すぎないかい?」

「え?そうですか?」

 

菫が優に愚痴ると、彼は本当に疑問に感じていないように首を傾げたので。菫の心は傷ついた。まあ、自業自得なので同情の余地はないが。

 

「さて、本題に入りましょう。蒼希3尉」

「了解」

 

光輝に呼ばれた優が、若葉とひなたの側まで歩み寄る。

 

「久しぶり、若葉とひなた。元気そうでよかった」

「優…」

「……」

 

ようやく再会できたことに顔を綻ばせる若葉。対照的にひなたは、まるで彼を責めるような視線を向けていた。

 

「優、教えてくれ。どうしてお前がファフナーに、いや、私達の前から何も言わずにいなくなったんだ?」

 

若葉には聞きたいことは山ほどあった。なぜ自衛隊にいるのか、ファフナーで戦っているのか…。それでも、一番知りたかったことは自然と口に出ていた。

 

「……。そうすることが君のためになる。そう思ったからだよ」

 

そういって微笑む優の姿は、今にも消えてしまいそうな程儚かった。



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第七話

ブリーフィングルームに移動した優達。モニターの前に優が立ち、その前に椅子に腰かけた若葉達勇者と巫女組がおり、部屋の隅には光輝と菫が立っていた。

 

「…あの、他の方々もお聞きになるので?これっぽっちも面白くないですよ?」

 

当たり前のように、話を聞こうとする友奈らに問いかける優。

 

「個人的に色々気になるし、なぁ」

 

そういいながら球子が視線を向けると、他の者達がそれぞれ同意した。

 

「まあ、それなら別に「ゴホンッ」…そのように希望されるのなら構いませんが」」

 

優の言葉を遮るように、光輝がわざとらしく咳払いする。すると、優はヤベッと聞こえそうな顔で自身の口を抑えると、慌てた様子で言い直した。

そんな彼らを見ていた球子が、腕を組んで不思議そうな顔をしている。

 

「てかさ。お前らなんで敬語なの?話しにくいなら普通にすればいいじゃん」

「え、う~ん」

 

球子の言葉が意外過ぎたのか、思わず困惑の声が漏れる優。そんな彼の声をかき消そうとするように、光輝が数回咳払いした。

 

「あのねタマっち先輩。私達国賓だから、皆さん配慮してもらってるの。だからそういうこと言っちゃ駄目なの!」

 

杏が慌てて窘めるも、球子はうーむと腕を組んだまま納得していない様子であった。

 

「だからって、こういう時までかたっ苦しくされると、正直背中が痒くなるんだよ」

「あ、それ分かるな。私もなんかムズムズした感じがするんだよね」

「高嶋さんまで…」

 

球子に同意する友奈に、千景も困惑している。

勇者に選ばれたとはいえ、一般的な感性を持っている彼女らには特別視されることに違和感があるのだ。

 

「でも、蒼希は若葉とひなたとは普通に話してるじゃん」

「え?まあ、幼馴染だしな」

 

寧ろ優に敬語で話されたら、若葉は正気を疑ってしまうだろう。

 

「若葉とひなたの友人ならタマの友人ってことになるしさ。こういう時くらい普通に話してほしいじゃん」

「立場上そういう訳には…」

 

光輝としては公務員である以上、やはり国賓に軽々しい口を聞くことに躊躇いがあった。そんな彼の肩を菫が突っつく。

 

「何です博士。今クソ忙しいんですけど」

「いや、言い忘れてたことがあってだね」

「はい?」

 

もったいぶるように話す菫にイラっとくる光輝。

 

「君が彼女らを迎えに行っている間に。聖天子様から、こういった話があれば、彼女らの意思を尊重するようにとの命令がきたんだが

「なぜ、すぐに報告しなかった…!」

 

国のトップからの命令を本気で忘れていた公務員に、本気で頭を抱えたくなった光輝。

 

「君が必要な時以外喋るなと言うから」

「なぜ、死体云々言う前に報告しなかった…!」

「真面目にやろうと思ったんだがね。彼女らを見てムラムラしてしまって」

「このド変態がッ!」

 

キリっと最低なことをほざく菫を、光輝は力の限り罵倒した。

 

「で、どうすんのさ光輝?」

「…希望者には合わせてやれ。もう、俺は知らん」

 

疲れ切った顔で投げやり気味に告げる光輝。今にも帰りたそうである。

 

「じゃあ、土居さんはそれでいいんだね」

「おう!後、杏もそれでいいぞ!」

「別にいいんだけど、せめて一言くらい言ってよぉ…」

 

右手の親指を立てて答える球子に、杏がやれやれといった様子ツッコミを入れる。

 

「他の方は?」

「はいはい!私もそれがいい!」

 

友奈が右手を上げて申し出る。

 

「私も一向に構わない」

「私もです」

 

若葉とひなたも同意し、残った千景に視線が集まった。

 

「…私も、それでいいわ。仲間外れみたいだし…」

 

照れくさいのか、横目でボソボソとした声で話す千景。

 

「じゃあ、決まりってことで。さて、何から話そうかね」

「その前に1つ気になっていたのだが。優、お前体は大丈夫なのか?これだけ起きていても、発作が起きていないようだが…」

 

若葉の知る優は、持病によって長時間起き上がっていることができず、定期的に体を休ませる必要があった。とてもではないが、自衛隊員に、ましてファフナーに乗れる体ではなかった。

だが、今の優はそのような兆候もなく、至って健全なようにしか見えない。

 

「ああ、それ?もう、治ったよ」

「!本、当なのか?」

 

その言葉を聞いて若葉は思わず立ち上がると、優に詰め寄ると体に触れる。医師の話では、現代の医学では治療は困難だと聞かされていただけに、その喜びと驚きは大きかった。

 

「うん。今ならバク転でもなんでもできるよ」

「そうか、よかった」

 

まるで、自分のことのように喜ぶ若葉。

 

「だが、どうやって?」

「そこら辺もこれから話すよ。てか、顔が近いよ?」

 

そういわれてハッと現在の自身の状況に気づく若葉。傍から見ると、まるで自分から優に抱き着いているようにも見える。

しかも、互いの身長が近いこともあって、見つめ合っているかのような状態になっていた。

そして、そんな2人を球子や友奈と菫はおー、興味深そうに見ており。杏はキャーキャーと興奮気味に目を輝かせ、光輝と千景は何やってんのお前ら?とてでも言いたそうな顔をしていた。

 

「~~~~~」

 

火を噴くのではないかと思えるくらい顔を真っ赤にした若葉は、脱兎のごとく自分の席へと戻った。

 

「おい、若葉」

「何も言うな」

「いや、でも…」

「い・う・な!」

「ア、ハイ」

 

球子がからかおうとするも。若葉の鬼のような形相に、身の危険を感じて大人しくすることにした。

 

「…脱線してんぞ優」

「ああ、ごめん。それじゃ本題入ろうか」

 

呆れ顔で光輝が指摘すると、頬を掻きながら優は語りだすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――3年前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

徳島にある病院の一室にて。優はベット上で上半身だけ起こし、窓の外の景色を生気の感じられない瞳で見つめていた。

神社での一件の後、優は疲労の余り体調を崩して意識を失い、この病院へと搬送されたのだ。

備え付けられているテレビからは、全世界で新たに出現した怪物について様々な分野の学者による討論が行われる番組が流れていた。

 

――サベージともガストレアとも異なる未知の生物。

――理由は不明だが、バラニウムやスレイヤーによる攻撃のみ有効であったこと。

――この新たなる脅威に対する今後の対策。

 

様々な意見が飛び交わされているも、優はまるで興味を示した様子もなく。ただ景色を眺めているだけであった。

 

『次に、四国エリアに新たに出現した巨大植物についてですが――』

 

討論は次に移り。今回の騒動の最中、四国の中心に突如現れた神樹を呼ばれるものと、それを奉祭する組織についての議論となったが。これにも優は反応を示さなかった。

 

『それで、その大社とやらから発表された少女達についてですが――』

 

ある学者が、大社が報じた神樹から力を託されたと言われる少女ら――『勇者』の話題になると、優はようやくテレビに視線を向けた。

大社は彼女らこそ、神に見初められた選ばれた存在であり、この世界の希望であると告げたが。番組に出演している学者らは、選らばれたのが年端もいかない少女であることや、ついこの間まで只の一般人であったこと等を理由に懐疑的な意見が多かった。

 

「若葉、ひなた…」

 

無意識に大切な幼馴染達の名を呟く優。入院してから彼女らとは一度も会っておらず、あの後どうしているのかさえ知ることができないでいた。恐らくだが、あの日2人が見せた超人的な力は、勇者と神樹の代弁者である巫女に選ばれたからなのだろうと優は推察している。

きっと若葉はこの先バアルと戦わされるのだろう。ただ神とやらに選ばれたからという理由だけで。彼女の性格からしてそのことに迷いはないだろうが、それでも優の心には釈然としない思いが渦巻いていた。

やりきれない気持ちを静めようと毛布を力強く握っていると、部屋のドアがノックされた。

 

「…どうぞ」

 

軽く息を吐いて無理やり心を落ち着けて話すと、ドアが開かれ自衛隊を纏った見知らぬ男性と少年が入ってきた。いや、男性の顔には見覚えがあった――

 

「日野道陽さん?」

 

優は呆然とした顔で男性の名を呟く。そう、彼の前に現れたのは神社で助けられた命の恩人であり。日本を、いや、世界を代表するエースである人物であった。

 

「おりょ?俺のこと知ってるんかい?」

「あ、はい。テレビとか雑誌で何度も見てますから。それに、あなたみたいになりたいってずっと思ってて…!」

 

憧れの人物を目の当たりにし、先程までの陰鬱さが嘘のように興奮した様子で早口で語る優。そんな彼に、道陽は、いやー照れるな~と恥ずかしそうに頭を掻いている。

 

「今まで散々言われてきたことだろうが、今更照れてんじゃねぇよ」

 

そんな道陽に隣にいた少年が呆れ果てた目を向ける。その声から、彼が道陽共にいた重装型メガセリオン・モデルの搭乗者らしい。

 

「いやぁ、だって俺なんかにそんな憧れてるなんてさ~大袈裟だって~」

「…もういい。早く本題に入るぞ」

 

やけに自己を過少評価している道陽に、溜息をつきながら話を進めようとする少年。

 

「せやな。改めて、俺は東京エリア駐屯陸上自衛隊所属、国家代表直属遊撃小隊Alvis隊長の日野道陽1尉だ。よろしくな。んで、こっちの不愛想ヅラしてんのが、いって」

 

道陽に指をさされると、少年は不機嫌そうにその手を払う。

 

「同隊副隊長の天童光輝准尉です」

 

それだけいうと少年――光輝は黙る。そんな彼に、道陽はやれやれと言いたそうな顔で溜息をついた。

 

「おいおい光輝。せっかく同い年の子と知り合ったんだから、もうちょっとなんか言えよ。そんなんだから友達が1人も、痛い」

 

道陽が指摘しながら光輝の肩に手を置くと、彼はより不機嫌そうにその手をはたき落とす。

 

「(もしかして、気にしてるのかな?)」

 

そんな光輝の様子からなんとなく感じ取る優。

 

「さっさと要件を言え」

「はいよ。さて、蒼希優君だよね。今日は君にお話が合ってお邪魔させてもらったんだよね」

 

今までの軽い雰囲気から、少しだけだが張り詰めた様子を見せる道陽に。思わず姿勢を正す優。

 

「言っとくけど、ここで聞いたことは他言無用でお願いね。万が一話しちゃうと豚箱行きになっちゃうからさ」

「は、はい」

 

軽い口調で話しているも、道陽の目は本気だった。言い知れぬプレッシャーに思わず息をのむ優。

 

「俺達の隊は、次世代型のファフナーのテストをするために編成された訳なんだけどさ。1つ問題があるのよ」

「問題、ですか?」

 

道陽の言葉に首を傾げる優。その話題から、何故自分を訪ねてきたのかが繋がらないからだ。

 

「そ、その問題ってのがー―光輝任す」

「あ?」

 

いきなり真面目な雰囲気を優るめた道陽が光輝に振る。彼は突然のパスに、露骨に不機嫌そうに反応する。

 

「いや、こういった話はお前の方が得意じゃん。それと同年代の子と話せる機会だしさ」

「ただ単に面倒くさいだけだろうが」

「いいからやりなさい。命令です」

「このクソ上官めが」

 

肩に手を置いて告げる道陽に、光輝は力の限り吐き捨てるように言うと、優に向き直る。2人のやり取りを見ていると、上司と部下というよりも、まるで兄弟のように優は思えるのだった。

 

「次世代型にはあるシステムが導入されます。『コアシステム』と呼ばれるガストレアの心臓を加工した新型の動力です」

「ガストレアの心臓を?」

 

光輝の言葉に驚愕する優。そんなことをして大丈夫なのかと思わず不安になる。

 

「ええ。それによって、従来の物より高い出力を得ることが可能となるのです。他にも様々な新技術が投入されるのですが…ある問題点が浮き彫りになりした」

「問題点、ですか?」

 

専門的なことは正直よく分からないので、疑問符しかでてこないが。光輝もその点は重々承知してるのだろう、特に気にした様子もなく話を進める」

 

「間もなく2体試作型が完成するのですが。その新型ファフナーを扱うには、ある条件をクリアできた者だけとなってしまったのです。『シナジェティック・コード』と呼ばれる、ファフナーとの一体化に際して理想的な脳を形成で可能であり。コアとの接触媒介となる、ガストレアウィルスから抽出した『ガストレア因子』を投与し定着可能な者です」

「…それって大丈夫なんですか?」

 

話を聞くだけでも、危険だと分かる内容に冷や汗が額から滲み出る優。

 

「無論誰でも因子が定着する訳ではありません。最悪拒絶反応を起こし死に至ります。試算ではこの条件をクリアできる者は、20歳未満の中で10万人に1人とされています。理由としては、高齢になる程シナジェティック・コードの形成が難しくなり、因子が定着しにくくなるからです」

「ちなみに、東京エリアでその条件をクリアできたのはこいつだけね」

 

そういって光輝を指さす道陽。

 

「えっと、つまり搭乗者が1人足りないってことですか?」

「そ、だから同盟エリアの方も探してみようって話になった訳。まあ、でも先に行った長野では見つからなかったけどね」

 

まいっちゃうよね~と頭を掻きながら、困ったように笑う道陽。

 

「で、残る希望をかけてこの四国に来たのよ。そして、1人だけ見つけることができた」

 

そういって真っすぐに優を見つめる道陽。そこで優は1つの結論に行き着くと同時に、彼らが見ず知らずの自分に会いに来たことに合点がいく。

 

「僕が、その適合者なんですか?」

「正確には適合できる可能性が高い、だね。条件をクリアしたからといって、処置が必ず成功するって訳でもないのよね」

 

震える声で問いかけると、道陽が訂正するように答えた。

 

「君の場合、光輝と比べると成功率は低い。ぶっちゃけると失敗する確率の方が高いね」

 

そういいながら道陽は、優の側まで歩み寄り姿勢を下げて優と目線を合わせる。

 

「保護者である乃木代表からは、君の意思を尊重するよう言われている」

 

優の両親は既にこの世を去り、親交のあった若葉の父である大葉に引き取られて以降は、彼は乃木家で暮らしているのだ。

 

「個人的に言わせてもらうと、こんな賭け事みたいなことはしたくない。でも、世界に残された時間は余りに少ない。だから、君の力を貸してもらいたい。俺達と共に明日を切り開くために戦ってほしい」

 

その言葉に優は俯き、何も答えずに押し黙る。そんな彼を見て、道陽は光輝に視線を向けると頷く。いきなりこんな話をされて戸惑うのは当然だろう。元よりこの場で決断してもらうつもりは彼らにはなかった。

 

「何も今すぐ決めてくれとは言わない。代表らともよく相談「やります」してぇん?」

 

道陽が優の肩に手を置いて優しく語りかけると。その言葉を遮って優が顔を上げ、決意に満ちた目で話す。

 

「その適合処置受けます!だから、僕をファフナーに乗せて下さい!」

 

道陽の腕を掴みながら縋るように懇願する優。その姿に道陽も光輝も思わず困惑する。

 

「いや、でも死ぬかもしれないしさ。じっくり考えた方が…」

「必ず適合してみます。だから、僕に戦う力を下さいッ!」

 

どうにか落ち着けようとするも、今にも泣き出しそうな程掠れた声で優は懇願し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――てまぁ訳で、因子の定着やらなんやら上手くいって、ファフナー乗りになったのさ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

優が一通り説明を終えると、若葉が勢いよく立ち上がる。

 

「父さんはそのことを知っていたのか?だったらなんで私に…」

「教えてくれなかったのかって?僕が黙っていてもらうようお願いしたからね。君が知ったら心配するだろうから」

「そんなのは当たり前だ!」

 

優の言葉に憤慨した若葉が再び詰め寄る。

 

「どうしてだ。どうして、そこまで私を遠ざける?私のことが嫌いになったのか?」

「違うよ若葉。君がこのことを知れば戦いに支障が出るかもしれない。もう、僕のせいで君に傷ついてほしくなかったんだ。3年前のように」

「ッ!気にしていたのか、あの時のことを?」

 

若葉の目が驚愕で見開かれる。

 

「優は何も悪くない!私がそうしたいから、お前を守りたかったからしたことだ!」

 

若葉は上着を捲り、右脇腹の傷跡を晒す。それを見た優の目が今度は驚愕で見開かれた。今の時代、傷跡なら消そうと思えば簡単に消すことができるからだ。

 

「その傷、どうして…」

「この傷は私の誇りだ。あの時お前を守れた証だ。だから、自分を責める必要はないんだ」

「そっか。やっぱり若葉は優しいね」

 

そういって笑みを浮かべる優。しかし、その表情は悲しそうだった。

 

「でも、僕は自分を許せないんだ。あの時、君の側にいる資格はなくなったんだよ」

「勝手に決めるな!そんなものなくても、私はただお前が側にいてくれればそれでよかったんだ!」

「それは無理だったろうよ」

 

思いを吐露する若葉に、今まで静観していた光輝が口を挟んできた。

 

「大社はお前達勇者を神聖化しようとしている。奴らにとって、ただの一般人でしかなかったこいつのことは目障りだったろうよ。あのまま四国に残っていても、あの手この手でお前さんから遠ざけていただろうな」

「な、そんなこと…!」

「ならば聞くが。お前さんら大社から可能な限り、身内意外とは会うなと言われなかったか?」

「あーそういや、そんなこと言われたなぁ」

 

光輝の言葉に球子が思い出したように反応する。

 

「でも、それは私達の安全を守るためだからって…」

「ま、それもあるが。お前さんらを無暗に世間に晒すと、『神に選ばれた神聖なる存在』ってイメージを崩したくないのが本音だろうな。最も、俺の勝手な憶測だがな」

 

光輝の語った内容に押し黙る勇者達。そう言われてみると、大社の発言に違和感が感じられ、ただの個人の感想とは言い切れなかったのだ。

 

「別に大社のやり方が悪いとは言わん。だが、個人的に大社と神樹のことを俺は信用していないってだけだ。なあ、優」

「そうだね。僕は神樹も大社も、勇者も嫌い(・・)だ」

「え?」

 

優のカミングアウトに、思わず固まる若葉。

 

「嫌いってなんだよ!タマ達のどこが気に入らないんだよ!」

「おい、それじゃ喧嘩撃ってるだけだぞアホ」

 

憤慨した球子が抗議し、光輝が呆れたように優にツッコミを入れる。

 

「ん?ああ、ごめん。勇者(・・)が嫌いなだけであって、別に君達のことは嫌いじゃないから」

「???」

 

優の言っていることが理解できず、友奈は疑問符を浮かべまくっている。

 

「要は神に選ばれたからってだけで、お前さんらが戦わされているのが気に入らないと、そうこいつは言いたいのさ」

「それは…」

 

光輝の説明に若葉が反論しようとして口ごもる。責任感の強い彼女は、それを当然のこととして当初から受け入れていた。しかし、友奈達は簡単には受け入れられず、初めての実戦では戦いに支障をきたすこともあったのだ。

 

「仕方のないことだっていうのは分かるよ。でも、それで納得しろと言われても、僕はそれでいいとは思わない。だから僕は戦う道を選んだんだ、若葉が戦わくてもいい世界にするために」

「それは、ただの自己満足じゃないか!私はそんなことお前に望んでなんかいない!」

「そうだよ、これは僕のただの我が儘だ。それでも君を守れるなら、それでいいんだ」

 

そういって微笑む優を思わず睨みつけてしまう若葉。不穏な雰囲気になってきたことに、友奈達はどうすべきか困惑し、光輝や菫は予想通りといった様子で静観していた。

 

「…蒼希3尉(・・・・)

 

すると、今まで沈黙を保っていたひなたが口を開いた。

 

「ひな、た?」

 

優への呼び方に違和感を覚えた若葉が呼びかけるも、ひなたは無視した。

 

「あなたが何も言わず東京エリアへ行ったと知った日、どれだけ若葉ちゃんが悲しんだと思いますか?」

「覚悟はしていたよ」

 

責め立てるようなひなたの視線を、逸らすことなく受け止める優。その姿はまるで、裁きを待つ罪人のようであった。

 

「私は若葉ちゃんを悲しませたあなたを許せません。今までも、これからもずっと」

「許しを請うつもりはないさ上里さん(・・・・)

 

幼馴染からの拒絶の言葉を、優は躊躇いなく受け入れるのであった。

 

「優、ひなた…」

 

そんな2人を、若葉はただ見ていることしかできなかった。

優に会えれば、また昔のように戻れると信じていた彼女の希望は、無残にも崩れ去っていくのであった。



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第八話

Alvisからホテルに戻った若葉達。すぐに若葉とひなたはそれぞれの部屋に戻り、残った者達は友奈の部屋へと集まっていた。

 

「にしても、なんかややこしいことになったな」

「うん。あんなに落ち込んだ若葉ちゃんと怒ってるヒナちゃん始めて見たよ…」

 

ベットにうつ伏せに寝転がった球子の言葉に、ベットに腰かけている友奈が同意する。

余りにも予想外過ぎた展開に誰もが困惑の色を浮かべていた。

 

「正直、あの蒼希って奴の言ってることがよく分からん。あそこまで自分を嫌いにならんでもいいだろうにさ」

「…私は分かるかな。私もそうだったし」

「杏が?」

 

球子の隣に座っていた杏の言葉に、球子のがキョトンとした顔で反応した。

 

「私勇者に選ばれる前は病弱で色んな人に迷惑かけてて、『私ってなんで生まれてきたんだろう?』って思うことがあって…」

「杏…」

 

沈んだ趣きで語る杏の肩を、起き上がった球子が抱き寄せた。

 

「そんなこと言うな。タマは杏に会えて良かったって思ってるぞ」

 

不安そうな表情の球子を安心させるように微笑む杏。

 

「うん、大変なこともあったけど。今は勇者になれて、皆に会えて良かったって思ってるよ。だから、あの人にもそう思えるようになってほしいかなって」

「…でも、私達にできることってあるのかな?」

 

杏の意見に友奈が疑問を呈する。彼女としても杏の意見に同意できるが、そのためにどうすべきかが見えてこないのだ。

 

「…軽々しく、他人が踏み込んでいいことでもないんじゃないかしら?」

 

そんな彼女らに、友奈と背中合わせをするように座っていた千景が苦言を呈する。

 

「まあ、それもそうだけどさ…。でも、ほっとけないじゃんか」

「だからって、彼のことを知らない人がどうにかできる問題ではないわ」

 

千景の言い分にむぅ、と押し黙る球子。

 

「じゃあ、彼のことを知ることから始めようよ!」

 

両掌をポンと合わせながら提案された友奈の意見に、球子と杏からおお、と感嘆の声が漏れた。

 

「確かにあの若葉がゾッコンになるくらいだし、興味はあるな」

「わ、私も…」

 

何やらおかしな方向に盛り上がり始める3人。

 

「(大丈夫かしら…)」

 

そんな彼女らを見て、一抹の不安を覚える千景なのであった。

 

 

 

 

時同じくして、若葉はひなたの部屋を訪れていた。

 

「なあ、ひなた。私達はもうあの頃には戻れないのだろうか?」

 

互いに並ぶようにしてベットに腰かけた状態で、若葉はひなたに問いかける。

 

「…もう、無理でしょうね。何も知らなかったあの頃とは違うのですから」

「そう、だな…」

 

幼馴染の言葉に、若葉は沈痛な面持ちになる。よくよく考えれば、勇者となったことで生まれた優との壁を認めたくなくて、過去の記憶に縋りついていただけなのかもしれない。

 

「お前は知っていたのか?優がここ(東京エリア)で何をしていたのかを」

 

優と再会した時、ひなたは妙に落ち着いていたことへの疑問を問いかけてみる若葉。

 

「はい。とは言っても、大亀城での戦いの前に訪問が決まったので、勇者付きの巫女だからと大葉さんに教えてもらったからですけどね」

 

黙っていてごめんなさい、と頭を下げてくる彼女に。若葉はいや、と頭を軽く左右に振る。

 

「戦いの前だったからな、私を気遣ってくれたのだろう?」

「はい。本当なら戦いの後に伝えるべきでした。けど…」

 

そこで言い淀むひなた。今の優の状態を伝えるべきか、彼女中で多くの葛藤があったのだろう。故に若葉は彼女を責める気など起きなかった。

 

「いや、いいんだ。私もひなたが思い悩んでいることに気づかず、無責任なことを言ってしまっていたからな。許してくれ」

「若葉ちゃん…」

 

謝罪の意味も込めてひなたの頭を撫でる若葉。

 

「それで、ひなた。お前はいいのか、優とこのままで?」

「…はい。私は彼の選択を、若葉ちゃんを悲しませることを選んだことを許せません」

 

若葉からの問いに、首を横に振りながら答えるひなた。その目には確かな決意が宿っていた。

優が何も言わずに、東京エリアに移ったことを伝えられた若葉は。リーダーだからと友奈達の前では気丈に振舞っていたが、その陰で涙を流していたことをひなたは知っていたからだ。

 

「…そうか」

 

彼女の意思を尊重するために、これ以上は何も言うまいと決める若葉。すると、ひなたがでも、と言葉を紡ぐ。

 

「私は目を背けてしまいましたけど。若葉ちゃんは彼から目を背けないであげて下さい」

「ひなた…」

 

両手を組んでまるで懇願するように告げるひなた。

彼女が優を拒絶したのは、変わってしまった彼と向き合うことが、怖かったからなのかもしれない。

 

「ああ。もう、昔のようには戻れなくても、私は優と向き合い続ける。それが私にできる、あいつへの報いだ」

 

『何事にも報いを』それが乃木家に代々続く戒めの1つであった。

あの日(・・・)自分の過ちを正してくれた優と共に生きること。それが若葉が課した誓いなのである。

だから、彼が自分のために消えたいと思っているのなら、手を差し伸べ続けよう。いつかその手を掴んでくれると信じて。

 

 

 

 

翌日の朝食後。若葉達は外周区にある長野臨時エリアを訪問することとなっているのだ。

ホテルの前に集まった彼女らを、Alvisを訪れた時のようにリムジンと共に光輝が迎えた。今回は隣に優もいる。

 

「よう、おはようさん」

 

始めて会った時とは違い、何かふっきれたように若葉らに挨拶する光輝。

 

「おはよ~」

 

対して優はどこか眠たそうにしていた。そんな彼らにに対して、若葉達もそれぞれ挨拶していく。

 

「優」

「何、若葉?」

 

決意を込めた目をした若葉の呼びかけに、真剣に向き合う優。

 

「私はもう過去を振り返らない。これからは未来を見ていくぞ」

「…やっぱり、君は強いよ」

 

力強く宣言する若葉。そんな彼女を優は眩しそうに見るのだった。

 

 

 

 

長野臨時エリアに到着した一行が目にしたのは。『ようこそ長野エリアへ!四国エリア勇者、巫女様!』といった歓迎の言葉が書かれた横断幕を掲げたり、歓声を上げる人々の歓迎であった。

紙吹雪が舞い、盛大な音楽が奏でられ、空港を埋め尽くさんばかりの人々の歓声があった東京エリアと比べると、質素と言わざるを得ないが。それでも、彼らが若葉達を心から歓迎していることが伝わってきた。

そんな彼らの中から、ジャージ姿の2人の少女が歩み寄ってくる。

 

「ウェルカム長野エリアへ。私が代表兼勇者の白鳥歌野です」

「四国勇者代表を務めている乃木若葉だ」

 

その中の、ジャージ姿で前開きされた上着から『農業王』とデカデカとプリントされたTシャツがやたら目立つ少女が差し出した手を。リーダーである若葉が握ると、周囲の歓声がより強くなる。

 

「こうして会える日を楽しみにしていたよ白鳥さん」

「私もです乃木さん」

 

感極まったように話す両者。実は四国と長野が同盟を結んでいたこともあり、両エリアの勇者同士による通信での交流が行われているのだ。そして、四国側代表として若葉が歌野と親睦を深めていたのである。

故に、こうして互いに顔を合わせで言葉を交えることは、彼女らの悲願とも言えたのである。

 

「それと、こちらは代表補佐と巫女を努めています藤森水都です」

「よ、よろしくお願いします」

 

歌野が隣に立っている少女を紹介すると、呼ばれた少女はかなり緊張した様子で頭を下げてくる。

 

「四国巫女の上里ひなたです。同じ巫女同士仲良くしましょう」

「は、はい!」

 

そんな彼女にひなたが話しかけるのを皮切りに、他の勇者達も自己紹介をしていく。

 

「……」

 

楽しそうに話す若葉達を見て、優は心から嬉しそうに微笑みを浮かべる。

 

「よかったな。あの2人が会えて」

「うん」

 

そんな彼の方に手を置きながら話かける光輝に、優は頷く。

 

「こうして実際に見てみると、お前につられて俺も命令違反した甲斐があったな」

「ウッ、あの時はごめん」

 

満足そうな様子の光輝の言葉に、何かを思い出したのか申し訳なさそうに謝る優。

 

「別に責める気で言っとらんよ。ただ、お前が命を張ったからあの2人が生きてるって話さ」

「そんなことないよ。2人が諦めなかったから、生きたいって頑張ったからだよ」

 

首を振って光輝の言葉を否定する優。そんな彼の頭を少し乱暴に撫でる光輝。

 

「わわ、ちょ止めてよぉ!」

「そんなあいつらの手を掴んだのはお前なんだよ。だから、それくらい誇れや」

 

そういうと、光輝は優の抗議を無視して撫で続けるのであった。



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第九話

挨拶を終えた一行は、歌野を先頭に最低限の舗装がなされた道を歩いていた。

 

「にしても瓦礫ばっかりだなぁ」

 

辺りを見回していた球子が思ったことを漏らす。エリアとはいうものの、周囲の建物は殆どがかつての大戦で崩壊したままであり。人が住んでいると見られる建物も、木材で組まれた質素なものばかりであった。

そんな彼女に、前を歩く光輝が歩みを止めることなく口を開いた。

 

 

「外周区で作業をしたがる人間はいないのさ。モノリスとて、100%ガストレアの侵入を防げる訳ではないからな」

 

ガストレアを衰弱させる磁場を発するモノリスだが、何らかの理由でその磁場の影響を受けなかったガストレアが、エリア内に侵入してくることがあるのだ。その場合被害を一番に受けるのは外周区にいる者になる。

 

「だから、セカンド・アタック後も、モノリス付近の土地は最低限の整備で済ませていたのさ。そこに長野から逃れてきた人々が碌な物資もない中、自分達の力でどうにか人が住めるまでに復興させたのさ」

「東京エリアからの支援はなかったんですか?」

 

杏が最もな質問をした。難民となった彼らを受け入れたのだから、もっとまともな環境で過ごせるよう手を貸すべきであろう。

 

「長野エリアの人達が住み始めた当初は、聖天子様はそうしようとしたけど。反対の声が多くて諦めざるを得なかったのさ」

「反対?どうしてだよ?」

 

その問いに答えたのは優であった。それに対して球子が疑問を挟んだ。

 

「長野の人達が『子供達』との共存に積極的だからさ」

 

優の返答に、何かを察した千景とひなたを除いた四国組は疑問符を浮かべる。

 

「『子供達』との融和を唱える四国エリア育ちのお前達には不思議だろうが。10年前の大戦を経験した者の大半がバアル――特にガストレアに大切なものを多く奪われた。だから、ガストレアと同じウィルスをその身に宿す『子供達』をも増悪する者が多い、この東京エリアでもな。だから、彼女らとの共存を望む長野の人々に手を貸すことに強い反発が起きたのさ」

「だが、東京エリアの人々は長野エリアの人々を受け入れたのだろう?それなのに…」

「同盟相手だから仕方なくってのが大半の市民の本音さ。元々四国、長野との同盟には反対の声が大きかった。それを結界を守るためやらなんやら理由をつけて、聖天子様が必死に説いたことでどうにか納得させたのさ」

 

若葉の問いに。その当時を思い出しているのか、光輝はどこか遠くを見ているようであった。

 

「だから、長野の人とは関わりたくないって人が多くてね。隣接してはいるけど、関わってるのは政治レベルだけで、市民同士の交流は殆どないのさ」

 

そう語る優の目はどこか寂しそうであった。

 

「あれ?でも、東京エリアの人達は、私達のこと歓迎してくれたよね?」

 

昨日の空港でのできごとを思い出し、不思議そうに首を傾げる友奈。

 

「四国エリアは最大の貿易相手であり、何かと支援してくれるからな。なんだかんだで同盟してからいいことずくしなのさ」

「…つまり、自分達とって益となるかどうかの違いということですか」

 

光輝の言葉に複雑な表情をするひなた。

 

「人間の思想信条なんてそんなものさ。人間にとって一番大切なのは腹を満たせるかどうかさ」

 

そんな彼女の心情を察するように肩を竦める光輝。

 

「それでも、こうして土地を貸してもらえるだけ感謝しています。今の時勢、東京エリアだって難民を受け入れる余裕がある訳ではないですから。だから、自分達でできることは、自分達でやることにしたんです」

 

モノリスの中でしか生きることのできなくなった人類は、その限られた土地を活用するしかなく、外部の人間を受け入れるのは様々な面でリスクを伴うのだ。

そのため少数とはいえ、長野から逃げ延びてきた自分達を不本意とはいえ受け入れてくれた東京エリアの人々に、歌野は感謝していた。

 

「着きました。ここが『青空学校』です」

 

歩みを止めた歌野が手で示した先には、芝生の上に子供達が整列して体育座りしており。その前にあるキャスターつきの黒板に、大人が何かを書き込んでいた。

そんな光景があちこちで見られ、子供達はノートと鉛筆に消しゴムが乗った木のボードを手に、熱心に話を聞いたり黒板の内容をノートに書き写していた。

 

「ここが、学校?」

「はい、本当はちゃんとした校舎を用意してあげたいんですけどね…。今の私達にはこれが精一杯なんです」

 

誰にともなく漏らした若葉の呟きに、歌野がどこか申し訳なさそうに答える。

野ざらしであり、机も椅子もなく使われている文具も古びた物であり、若葉達が知る学校とはかけ離れたものであった。

 

「東京エリアで親に捨てられた『子供達』を、ここ(長野エリア)に集めてな。ああして勉学を教えたりと面倒を見ているのさ。文具は聖天子様の好意で融通できてるが、他の設備はどうしてもな…」

 

光輝が彼女らの疑問に答えるように語る。そう言われて改めて子供らを見ると、10歳かそれ以下の年齢の少女が割合の多くを占めていることに若葉らは気がつく。

 

「捨てられるって…」

「これもお前さんらには馴染みないだろうが。さっきも言ったが、ガストレアを増悪する人間は多い。そんな奴の元に生まれた『子供達』は虐待されて殺されるか、生まれて早々に捨てられるのさ。そうでなくても『子供達』が生まれた家庭は周囲から攻撃されることが当たり前でな、それに耐えられなくて…てのが現状だ。そんな『子供達』が生きていくには、外周区で暮らすしかないのさ」

「そんなのって…!」

「おかしいと言いたいのは理解できるがね高嶋よ。言っておくが、東京エリアなんてまだマシな方だぞ?大阪辺りだと政府主導で『子供達』を殺すか、兵器として扱うか、あるいは『売る』なんてのをしているからな」

「……」

 

『子供達』との共存が、当然のように行われていた四国で暮らしていた若葉らにとって。光輝の語る内容は信じがたいものであった。

 

「光輝」

 

優が光輝を止めるように呼ぶ。その目には抗議の色がありありと浮かんでいた。

 

「ん、これ以上はこの場で話すことでもないか。不快な思いをさせて悪かったな」

「いや、見識を広められた。感謝する」

 

自省した様子の光輝に。悪気がないのは見て取れるし、四国の外について無知であったのは事実なので、若葉としては気にしておらず。他の者達も同様なようであった。

 

「ちなみに、出撃や機体のテストがない時に、子供達の面倒を見るのもAlvisの任務の1つだ」

「東京と長野の友好の証と、その様子をネットに通して『子供達』との共存への理解を深めてもらおうっていう聖天子様のお考えでね」

 

光輝の説明を優が捕捉する。

 

「それなら私もよく見ていた。とても丁寧で『子供達』への思いやりも感じられる素晴らしいものだった」

 

若葉は、優の足取りを探す中で見つけたサイトのことを思い出す。最初こそ優の様子を知ること目当てだったが、見ていく内に『子供達』を含む幼子へ向けられる情熱に触れ、サイトそのものを楽しむようになっていったのだ。

 

「そのサイトを作ってるの実はこのみーちゃん…あ、水戸さんなんですよ!ネットのこととかすっごく詳しいんですよ」

 

まるで自分のことのように水都を褒める歌野。

 

「そ、そんなことないよ!ただ、私にできることってないかなって考えただけで。光輝さんの教え方が上手だったからだし…」

「基礎を教えたら後は独学でやってたけどな。そっち方面ならもう俺より上だろ」

「そん、そんな…」

 

褒められることに慣れていないのか、顔を赤くして両人差し指をつつき合わせながら俯く水都。

 

「そうだよ!水都は頑張り屋さんなんだから、もっと自信持っていいんだよ!」

「そ、そうかな。ありがとう優君」

 

優の言葉にはにかむ水都。

 

「藤森さんのことが本当に大切なんだな白鳥さん」

「ええ、一番の親友ですから!」

 

若葉の言葉に、胸を張って答える歌野。

 

「ところで白鳥さん。こうして話してみると、通信の時に抱いていたイメージと少し違う気がするのだが」

 

ふと、疑問に思ったことを口にする若葉。通信で話していた時は、真面目な委員長といった雰囲気だったが。会ってみると、どこか砕けた印象を受けたのだ。

 

「こいつキャラ作ってたからな。始めて通信しているのを見た時『誰だこいつ?」って正直引いた」

「えぇ!?だ、だって勇者の公式な仕事だし、電話とか手紙だと何となくそうならない!?」

 

光輝の告白に衝撃を受ける歌野、理由を述べながら、水都に助けを求めるような視線を向ける。

 

「み、みーちゃん?」

「ごめん、うたのん」

「目を逸らされた!?」

 

最後の希望にも裏切られ、追加でダメージを受けるのだった。そんな彼女の肩を軽く叩きながら、優が慰めるのだった。

 

 

 

 

一通り長野エリアの案内が終わると、歌野が若葉と2人だけで話がしたいと連れ出し。残った者達は交流の一環として子供達と触れ合うこととなった。

それから暫くして千景は、休憩のため学校区画の内にある瓦礫に腰かけていた。

 

「――ふぅ」

 

疲れを吐き出すように息をつく。友奈達はまだ子供達と遊んでいるが、元々人付き合いが得意な方ではなく、幼子とも接し慣れていないこともあり、思っている以上に体力を消耗していた。

 

「お疲れさん」

 

そんな彼女に、光輝が両手で持っていた飲料水の入ったペットボトルの1本を差し出す。彼も共に子供達を遊んでいたが、疲れたので先に休むと言い、それに便乗する形で千景も休むことにしたのだ。

 

「…ありがとう天童、さん」

 

受け取ったボトルを開け、中身を口に含む千景。

 

「呼びにくいならさん付けせんでもいいぞ」

 

残ったボトルを開けて飲みながらそう話す光輝。

 

「…そう、じゃなくて。同年代の男子と余り、話したことがないだけ」

 

勇者となってからはクラスメートは若葉ら女子しかおらず、同年代の男子と接する機会がなく。その前の学校では――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――触んな、阿婆擦れが移んだろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

過去を思い出し、押し黙ってしまう千景。

 

「…お前、子供は好きか?」

「子供?」

 

いきなり振られた話題に、千景は思わず聞き返す。

 

「そうだ。子供はいい、可能性に溢れている。そこに、ウィルスを持っていようがいまいが関係ない」

 

そういって楽しそうに遊んでいる子供らを見つめながら、口元に僅かに笑みを浮かべる光輝。

 

「……」

「見た目によらず以外、か?俺自身、数年前には考えもしなかった。特に『子供達』にはな」

 

以外そうな目を向けてくる彼女に、光輝は自分のことを愉快そうに話す。

 

「つまらん話になるが。俺の実家――天童家はまあ、財閥みたいなもんでな、家同士の繋がりが無駄に強くてな。現当主のおじい様は妻――おばあ様をガストレアに殺されてからは、ガストレアに関する全てを憎むようになった――『子供達』を含めてな。そのせいで一族全体に『子供達』を嫌う流れができてな、俺もその影響を少なからず受けていた」

 

そこで一旦話を区切り水を飲む光輝。

 

「まあ、受けていたと言っても関わるのが怖い程度だったがな。ともかく『子供達』にいい感情は持っていなかった」

「……」

 

友奈達と遊んでいる子供達を見ながら、千景は何も言わず耳を傾ける。

 

「新型ファフナーの適性があることが分り、自衛隊に入りAlvisへ配属となって『子供達』と実際に触れあって怖がっていた自分が馬鹿だってことを思い知らされたよ。あの子達もちゃんとした人間なのだということをな」

 

それでな、と空を仰ぎ見る光輝。

 

「夢ができた。『子供達』だからとあの子達が差別されることなく、人として生きていける世界を作ろうってな。その未来のために俺は戦っている」

「未来…」

 

千景は無意識にその単語を口にしていた。なぜだか分からないが、それが彼女の心に引っかったのだ。

そんな彼らの元に数人の子供達が駆け寄ってきた。

 

「お兄ちゃんあーそーぼー!」

「分かったか、わかった。すぐ行くから服を引っ張らんでくれ」

 

袖をグイグイと引っ張る少女の頭を撫でる光輝。

そんな中、1人の少女が千景の側にやって来た。

 

「おねーちゃんの髪きれー!」

 

キラキラした目ではしゃぐ少女。そこ声を聞いた他の少女が集まって来る。

 

「本当だ綺麗~!」

「いいなぁ。私も大きくなったらそんな風になれるかな?」

 

尊敬の眼差しを向けてくる少女らから、千景と似た髪をした子が自分の髪に手を添えながら問いかけた。

そんな彼女に、千景はどうすべきか戸惑ってしまっていた。

 

「なれるさ。諦めなければな」

 

すると、光輝がその少女の頭を撫でながら会話に加わる。

 

「そうだろ、郡?」

 

後押しするような視線を向ける光輝に、千景は意を決したように少女の髪に触れる。

 

「…ええ、なれるわ」

「本当?」

「うん。あなたも髪も綺麗だもの」

 

微笑みながら言うと、少女はわーい!と喜びを表すように飛び跳ねる。

そんな彼女の成長した姿を、心から見たいと千景は思うのだった。

 

 

 

 

歌野が若葉を連れて訪れたのは、歌野の力の源である諏訪の神を祭るために建てられた社であった。

作りこそ簡素ではるが、手入れが隅々まで行き届いており。神樹を祭っている四国の大社本殿と似た神聖さが感じられた。

前を歩いていた歌野が足を止めたので若葉も立ち止まると、歌野が振り返る。

 

「ねえ、若葉」

「何だ歌野?」

 

真剣なー―まるで、これから戦いに挑むかのような表情で呼びかけてくる歌野に。思わず身構えそうになる若葉。

 

「若葉のこと、私は親友だと思ってるの」

「それなら私もだ。お前との通信が心の支えでもあった」

 

うどんと蕎麦。どちらが優れているかで争うこともあったが。リーダーとして相応しいのか悩んだ時、親身になって相談に乗ってくれた彼女のことを、優やひなたと同じくらい心許せる存在となっていた。

 

「だから、あなたとは対等な関係でいたいの」

「?」

 

話の流れが分からず首を傾げてしまう若葉。そんな彼女に歌野は言葉を続ける。

 

「話っていうのはね。優君のことなの」

「優の?」

 

彼女の口から出てきた名前に、若葉は眉を潜ませる。わざわざ人気のない場所で話すことなので、余程重要なことだと思っていただけに。幼馴染の名前が出てくるのは以外だった。

 

「若葉は優君のことどう思ってるの?」

「…え?」

 

歌野から放たれた言葉に、若葉は少々間抜けな声が漏れた。

 

「どうって…」

「彼のことが好きかどうかってこと。ライクじゃなくてラブの方で」

「ど、どうして、そんなことを…」

 

話の流れが掴めず、困惑する若葉。脳が警鐘を鳴らしているが、それがどうしてなのかが分からなかった。

 

 

「私ね。優君のことが好きなの。ラブ的な意味で」

「…………………ええええええェェェェえええええええ!?!?!?」

 

その言葉の意味を理解した瞬間、若葉の絶叫が響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くして、社の敷地内にある階段に腰かけている若葉と歌野。

 

「落ち着いた若葉?」

「あ、ああ。すまない取り乱した」

 

親友が幼馴染に思いを寄せていたことへの衝撃は大きかったが。それ以上に問わねばならないことがあった。

 

「通信で言っていた大切な人とは、優のことだったのだな」

 

通信でのやり取りの中で、気になる男子ができたという話題があったが。思い起こせば、話してくれた特徴が、まさに優に合致するではないか。

 

「(というか。なぜ気づかなかったのだろう…)」

 

優は任務で度々長野エリアを訪れているのだ。その可能性があって然るべきであったのに。

若葉は彼に好意を寄せる者は、他にはいないだろうと決めつけて、呑気に話を聞いていたあの頃の自分を全力で引っぱたきたくなった。

 

「うん。彼から自分の名前は出さないでと言われてたか黙ってたけど。騙すようなことをしてしまってごめんなさい」

「いや、それは仕方のないことだ。お前は悪くない」

 

申し訳なさそうに頭を下げてくる歌野の肩に、手を置く若葉。

 

「それで、その…いつ頃から優を好きになったんだ…?」

 

こういった話題の経験が少ないため、尻込みするように問いかける若葉。

 

「出会ったのは1年前。長野エリアがステージIVガストレア『アルデバラン』に侵攻された際に、東京エリアは増援を送ってくれたわ。そして、その中に優君もいてそこで知り合ったの」

 

アルデバラン――口からバラニウム侵食液を吐き出し。バラニウムによる再生阻害が効かず、脳などの急所の損傷すら修復可能で。フェロモンを利用して他のガストレアをコントロールして戦闘指揮できるという、かつてない特性を持ち。ステージVガストレア『タウルス』の右腕でもあった。タウルスが討伐された後も、その特性を駆使し数多くのエリアを壊滅させている。

 

「最初は気の合う友達だったわ。好きになったきっかけは私を『見て』くれたことかな」

「見て、か」

「うん。長野エリアの皆は昔は私のことを勇者・歌野として見ていたわ。それで皆が安心できるならそれでよかったし、私もそうあろうとしたわ。でもね、本当は怖かったの戦うことも、傷つくことも」

「それは人として当然の感情だ。私だってそうだ」

 

歌野の見せた弱さを肯定する若葉。

一見すると怖いもの知らずに見える彼女だが、死がつきまとう戦場で恐怖を感じたことは幾度もあった。

 

「そうね。だから、皆の前ではなんてことないように振舞ってたわ。でも、自分でも気づかない内のため込んでたのが、アルデバランによって長野が壊滅に向かう中で張り裂けそうになったの。そしたらね、優君が『君は勇者だけど、どこにでもいる女の子と何も変わらないよ。だから、怖いって、痛いって言っていいんだ。我慢しなくてもいいんだよ』って言ってくれたの。それを聞いたらいつの間にか泣いていたわ、あんなに泣いたのは初めてだったなぁ」

 

その当時を懐かしんでいる様子の歌野。その顔は本当に嬉しそうであった。

 

「それで私が泣き止むまで、優君は黙って側にいてくれたの」

「そうか…。あいつらしいな」

 

そういうところは変わらない幼馴染に、自然と笑みを浮かべる若葉。

 

「おかげで立ち直れたけど。それでも、アルデバランには勝てなかった。驚異的な再生能力を持ち、巧みな『戦略』を駆使するつアルデバランを倒すことができず。徐々に追い詰められたわ。そして、勝機がないと判断した東京エリアは部隊を撤退させることを決めたの」

「そんな、なぜ!?」

 

告げられた内容が信じられず思わず立ち上がる若葉。それはつまり、東京エリアは長野エリアを見捨てたということだからだ。

 

「光輝君も言っていたでしょう?東京エリアの人々の多くは、長野エリアとの同盟に否定的だったって。増援自体、聖天子様が無理して送ってくれたものなの。だから、勝ち目のない戦いにこれ以上犠牲を出すことに国民が納得しなかった」

「……」

 

気づけば若葉は拳を握り締めていた。人間はどんな苦境にも団結して立ち向かえると信じていた彼女にとって、受け入れがたいことだったのだ。

 

「それでも派遣された部隊からは反対の声が多くてね。だから妥協案として、長野エリアの人々を東京エリアで受け入れてもらえることになったの。だから私は、長野エリアを放棄することを決めた」

 

途中から膝を抱えて話していた歌野は、その当時を思い出してか腕に力が籠り震えていた。

力及ばず、故郷を捨てる決意をする。それがどれほど過酷だったか若葉には計り知れなかった。

 

「長野の人々が安全な場所まで避難するための時間を稼ぐために、私が殿を務めたわ。それと、みーちゃんも巫女として、私の戦いを最後まで見届けると言って残ってくれたの」

「それは…」

「ええ、生きて帰れる保証なんてなかった。でも、例え死んでも長野の人達が『希望』が残るなら本望だって考えてた」

「……」

 

そういって笑う歌野。かける言葉が見つからない若葉は、せめて彼女の言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける。

 

「でも、そんな私達を優君は命令違反を犯してまで助けに来てくれてね。おかげで私とみーちゃんも、東京エリアに辿り着くことができたの。彼は私達に明日(未来)をくれた。だから私は彼に恩返しがしたい、力になりたいの」

「歌野…」」

 

誇らしげに語る歌野に、若葉に笑みを浮かべた。自分以外にも彼を思いやってくれる人がいることが嬉しかったのだ。

 

「ねえ、もう一度聞くけど。若葉は優君のことが好き?」

 

真剣な眼差しで再度問いかけてくる歌野。彼女の心の内を聞いた以上、目を背けてはいけないと真っすぐに見返す若葉。

 

「ああ、私も優のことが好きだ」

 

決意を込めて言うと。歌野はその言葉を待っていたかのように微笑み、右手を差し出してくる。

 

「じゃあ、これからは親友兼ライバルね。どっちが勝っても恨みっこなしってことで若葉!」

「ああ、負けないからな歌野!」

 

若葉はその手を握りながら微笑み返すのだった。



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第十話

東京エリア勾田区にあるとある住宅街――その一画の道路が封鎖され、多数の警察関係者が慌ただしく動いていた。

そんな彼らの中心にあるのは、クモ型のステージⅠガストレア――だったものである。その肉体は、まるで強烈な衝撃を受けたように砕け散り、辺り一面に肉や血が飛散していた。

 

「……」

 

鑑識や処理班が対応しているのを警視庁捜査一課所属の刑事、多田島 茂徳(ただしま しげとく)は火のついたタバコをくわえながら見守っていた。

ことの発端は、この地区のとあるマンションにて、ガストレアによると見られる事件が発生したとの通報を受け。多田島は派遣された民警と共に事件を解決し、その事後処理を指揮していた。

 

「にしても凄いっすね。『呪われた子供達』って素手でこんなことまでできるなんて」

 

側にいた部下の1人の若者がガストレアの死体を見ながら、感心しつつもどこか畏怖の混ざった声で呟く。

 

「なんだ、お前は彼女達のこと嫌ってんのか?」

 

多田島に向けての言葉ではないも、その発言が気になり、彼はくわえていたタバコを右手に持ちながら問いかけた。

 

『呪われた子供達』とは、基本的にウィルス保持者に対する蔑称とし生まれた言葉なのである。

 

「え?いや、そういう訳じゃないですけど。皆そう呼んでいるんで…不味かったですか?」

 

キョトンとした顔で答える部下。セカンド・アタック時に被害を受けたことで『子供達』も険悪する者達の比率が圧倒的に多く。公共のメディアでも、平然とその蔑称が用いられることがそのことを証明していた。

そのため。被害を受けなかったり、まだ生まれていなかったのでそういった感情を持たない者でも、それが当たり前(・・・・)と思ってしまい、意味を知らずに使ってしまっていることは珍しくなかった。

 

「いや、そういう訳じゃねぇが。俺には、彼女達をそうまでして嫌う必要があるのかってな…」

 

多田島は幸い、バアルによって受けた被害は殆どなったこともあり、『子供達』への悪感情をもっていなかった。そのため、社会の『子供達』を排斥しようとする流れに疑問を感じることがあった。

 

「でも、バアルを簡単に退治できるだけの力を持った子供って、なんか怖くないですか?」

「それは…」

 

怯えを滲ませた部下の発言に、言葉を詰まらせる多田島。彼は部下の言っていることは間違いとも言えなかったからだ。子供と同じ体格でありながら、自身の数倍にも匹敵する巨体の怪物と同等の力を持っている。それは言い換えれば、人間を簡単に殺せるだけの力があると言えるのだ。事実『子供達』による殺人も少なくない件数が起きてしまっている。

『子供達』を排斥しようとする社会の流れには、もしかすれば彼女達によって自分達が駆逐されるのではないかという、恐怖の裏返しなのかもしれないというのが多田島の考えでもあった。

 

「だが、彼女達のおかげで人類が生き残っていられるのも事実だろう?」

「それも、そうなんですが…」

 

多田島の言葉に、今度は部下が言葉を詰まらせる。

『子供達』は人類にとって、バアルへと対抗できる数少ない存在であり。その力を活用すべく生まれたのが、民警という制度であった。導入後はバアル、特にガストレアに関する被害は目に見えて減少しているのだ。

 

「世間では化け物だなんだと悪く言ってるが。俺としてはあの子達は『希望』だと思うがね」

「それには同意します」

「ん?」

 

突然背後から聞こえてきた声に振り向くと、見知らぬ10代の男子が立っていた。

 

「子供?なんでここに?」

「失礼。陸上自衛隊所属、聖天子直轄遊撃小隊Alvis隊長天童光輝2尉です」

 

部下の漏らした疑問に答えるように、少年――私服姿の光輝は身分証明書を表示させたPDAを見せた。

 

「自衛隊だぁ?」

 

いたずらかと、訝しみながらPDAを覗き込む多田島。だが、何度見返しても正規の証明書のようであった。

 

「問い合わせてもらっても構いませんが」

「…いや、お前さんと同じくらいの年の奴が民警やってんだ。そういう時代なんだろうよ。疑って悪かったな」

 

多田島と共に、現在処理中のガストレアを駆除したのは、光輝と同年代の少年であったのだ。

10年前の大戦によって急激に人口が減少したため、あらゆる分野で人材が不足しているのだ。特に国防に直結する自衛隊では、入隊可能年齢の引き下げが行われており、光輝の年代でも自衛隊へ入ることは可能となっている。

とはいえ、実際に入隊しようという者は多くはなく。彼の年代の自衛隊員を見るのは初めてのことであった。

 

「いえ、よくあることなのでお気になさらず。それで、今回の件の詳細をお聞かせ願いたいのですが」

「聞かせろって、こんなもんわざわざ自衛隊が出張って来るこたぁないだろ?」

 

光輝の発言に、眉をひそめる多田島。エリア内に侵入したガストレアの対応は、民警と警察の管轄であり。自衛隊が介入してことはまずない筈なのだ。

 

「け、警部。警部、ちょっと!」

「あ?なんだよ、おい!」

 

なぜか青ざめた顔をした部下に引っ張られ、多田島は光輝から離される。

 

「彼が誰だが知らないんですかあなたは!?」

「いや、自衛隊員だろ。証明書は正規のものだから、いたずらとかじゃねえだろ」

 

必死な形相で詰め寄って来る部下に、訝しみながら多田島は答える。すると、部下は仰天したよう顔を向けてきた。

 

「彼は天童家の人間ですよ!『天童でなければ人に非ず』って言われているあの!」

 

そこまで聞いて多田島は部下が慌てている理由にああ、と思い当たった。

天童家といえば東京エリアの政財界を牛耳取っていて、その当主が代表補佐官でもあり、東京エリアの影の支配者とさえ言われている一族である。

 

「しかも、天童光輝っていえば、その天童家の次期当主って噂されている人ですよ!テレビにも出てるじゃないですか!

「そういや、どこかで見たことあるなと思ったんだ」

「思ったんだ、じゃないですよ!下手に彼の機嫌を損ねたら、クビどころの話じゃなくなるかもしれないんですよ!?」

 

まるでこの世の終わりであるかのように語る部下に、おいおい、と肩を竦める。

確かに天童家には黒い噂が絶えないが、少なくとも光輝はそういった傲慢さは感じられなかった。

ちらりと彼の方へ視線を向けると、こちらを静かに待っているが。まるで、見慣れた(・・・・)ような目をして、どこか違った意味合いで不機嫌さを滲ませていた。

 

「ん?」

 

そんな中、不意に猛烈なエンジン音と共に、一台のパトカーがやって来るのが見えた。

 

「ありゃ、署長じゃねーか。なんだってこんな所に…」

 

パトカーが急停車すると、飛び出すように出てきた人物に意外そうな目を向ける多田島。

出てきたのは彼の所属する署のトップであり、肥満気味の腹を揺すりながら、額に脂汗を浮かべながらこちらに駆け寄ってきていた。

 

「これはこれは天童光輝様。このような場所にお越しいただくとは。我が署の者が何か不手際を致しましたでしょうか?」

 

まるで胡麻をするように両手を揉み合わせながら、いかにも媚びを売りますと言っているとしか見えない笑みを浮かべ光輝に語り掛けている。その姿に多田島はギョッと目を見開く。普段は、威張り散らすのが仕事と言わんばかりにふんぞり返っているのとは、まるで別人のようであったからだ。

50代の大人が10代の少年に媚びへつらう姿は、異様としかいいようがなかった。その光景を目の当たりにした者達は、皆手を止めて様子を眺めている。

 

「いえ、彼らの対応になんら問題はありません。私がここに来たのは事件の詳細を把握したいがためです。それで、あなたはなぜここへ?」

 

鋭く見据えてくる目に、署長は気圧されたようにたじろぐ。

 

「い、いえ。部下共があなた様に粗相を働いていないか、その確認に…」

「私は一介(・・)の自衛官ですので、そのような配慮(・・)は一切不要です」

 

胸に手を当てながら軽く頭を下げる光輝。それは、まるで署長だけでなく周囲の者にも宣言しているかのようであった。

 

「あなたの部下は皆さん優秀なようですので、どうか安心して職務にお戻り下さい」

 

礼儀正しい態度こそ取っているも、邪魔者を排除しようとしているようにしか多田島には見えなかった。

 

「いえ、しかし…」

「どうぞ」

 

署長がなおも食い下がろうとするも、有無を言わせぬ光輝の眼光に、逃げるようにして乗ってきたパトカーへ戻って去っていった。

 

「……」

 

現実離れした光景を見せられた周囲の者達は、奇異な目を光輝に向けている。

 

「大変お騒がせしました。さあ、我々も職務に戻りましょう」

 

そんな彼らに、申し訳なさそうに謝罪すると、こちらへ歩み寄ってくる光輝。

 

「さて、事件の概要からお聞かせ願いたいのですが…」

「は、はぁ…」

 

先程の光景を見た後となると、どう接するべきか図りかねてしまう多田島。

 

「私はただの2尉です。それ以上でも以下でもありませんよ」

 

そんな多田島に配慮するように告げる光輝。

 

「そうか、なら…」

 

その目からは、それが彼の偽りなき本心だと感じた多田島は、気負うことなく言葉を交わすのだった。

 

 

 

 

多田島から情報を得た光輝は、私物のバイクを走らせていた。

向かうは事件現場と同じ勾田区にある、今回の事件を解決した民警の事務所である。

古びた雑居ビルの前にバイクを止め入り口を潜り、1階にあるゲイバーの前を通り階段を上がると、キャバクラのある2階を過ぎて3階に上がる。

そして、3階フロアにある『天童民間警備会社』と表記された、古びたプレートが張りつけられたドアの前に立ち、ノックしようとすると――

 

――里見君が『天童民間警備会社ここにあり!』って叫びながら衆人環視の中いきなり燃えるか爆発しなさい!

 

っとドアの向こう側から、少女の声で物騒極まりないことは聞こえてきた。さらに、少年声で、それではテロだろやら抗議の声も聞こえてくる。

それを聞いた光輝は、驚くでもなく呆れた様に息を吐きドアをノックする。

すると、え、嘘お客さん!?さ、里見君お茶の用意して!絶対に逃がしちゃ駄目よ!やら、おう、金づるだ!とか叫びながら慌ただしく人が動く音が響く。

少しすると、ドアが勢いよく開かれ。セーラー服を身に纏った少女がとびっきりの営業スマイルで姿を現した。同姓ですら見とれてしまう程の美女だ。

 

「ようこそ、天童民間警備会社へ!雑草掃除から猫の捜索までなんなりとご用命を――ってなんだ光輝じゃない…」

 

光輝の顔を見た瞬間、営業スマイルが吹き飛び、落胆に染まった不機嫌な表情に一変した。

 

「お久しぶりです、姉さん」

 

光輝は、その少女――数いる兄弟の中で唯一の血のつながった姉であり、この天童民間警備会社の社長である天童木更(てんどう きさら)に優しく語り掛ける。

対して木更は、ガッカリしたと言わんばかりの顔で弟を見ている。

 

「何か用?今、忙しいんだけど」

「何、久々に姉さんの顔が見たくなりましてね。それより、先程なにやら爆発しろやら聞こえました気がしましたが。まさか、テロでも計画なさっている訳ではありませんよね?もしそうなら――俺は自衛官として、相応(・・)の対応をしなければならないのですが?」

 

爽やかな口調の光輝の言葉に、木更はギクリッと体を震わせると冷や汗を多量に流し始める。

 

「さ、さぁ…。なんのことやら…」

「そうですよね。心優しい姉さんが、そんなことを考える訳ないですもんね」

「そうよ。もう、光輝ったら」

 

ハハハハハと笑い合あう両者。

 

「さて、冗談はここまでにして、できれば中に入れてもらえると嬉しいのですが」

「いいわよ入りなさい」

 

木更に続いてドアを潜る光輝。内部は清掃こそ行き届いているが、最低限の家具しか置かれておらず、ビルの外見同様至る所に劣化が見られた。

 

「って客ってお前かよ…」

 

キッチンに通じる敷居にかけられた暖簾を潜ってきたのは、不幸と共生でもしているのではないかという印象を与える表情をした、覇気のない瞳の少年であった。里見 蓮太郎(さとみ れんたろう)――天童民間警備会社所属のプロモーターである。IP序列12万3452位の言ってしまうとどこにでもいる民警である。

 

――IP序列

イニシエーター・プロモーター序列の略。全世界のイニシエーターとプロモーターのペアを、戦力と戦果で序列付けしたもの。

 

「お久しぶりです蓮太郎さん。お元気そうで何よりです」

「そっちもな。最近は四国から来た勇者とやらの面倒見てるそうだな。ご苦労なこった」

「いえ、任務ですから」

 

気軽に挨拶を交わす光輝と蓮太郎。10年前のセカンド・アタックで身内を亡くした蓮太郎が天童家に引き取られたのを縁に知り合い、木更と共に幼少期は家族同然に暮らしていた仲なのである。

 

「よければ、こちらをどうぞ」

 

光輝は土産として持参した紙袋から取り出した菓子折りを2人に手渡し、来客用のソファーに腰かける。すると蓮太郎がお茶の入った湯飲みを、光輝の目の前にあるテーブルに置く。

社長席である革製の椅子に腰かけた木更は、渡された菓子折りの箱を見ると不満そうな顔をする。

 

「何よ安物じゃない、ケチケチせずもっと値の張るのにしなさいよね。聖天子様直轄の部隊の隊長として、いい給料もらってるんだから」

 

これでもかといわんばかりに皮肉を込める木更。姉である自分は、その日の食うものですら困っているのに、弟の光輝は公務員――それも自衛隊の特殊部隊の長として、何不自由ない生活を送っていのだからそうもいいたくもなるのだろう。

 

「弟にたからないで頂きたい。大体姉さんが貧しいのは、こんな物件に事務所を構えるからですよ」

 

文句を言いながらも、さっそく開封して食べている姉に呆れ果てた目を向ける光輝。ちなみにこの事務所の上のフロアには、厳つい顔をした親切なお兄さん方がお金を貸してくれる事務所がある。

当然そんな立地にあるこの会社を訪ねてくる依頼者は極僅かであり、天童民間警備会社の経済状況は常に火の車なのだ。

 

「里見君といい分かってないわね。本当に良い会社なら立地なんて関係ないのよ」

 

腕を組んで堂々と言い放つ姉を、呆れ果てた目で見る光輝。

 

「単に安く売っていたから飛びついただけでしょうに…」

「そ、そんなことないわよ。ウチが儲からないのは里見君が甲斐性なしだからよ!」

「まあ、それもありますね」

「オイ」

 

思わぬ飛び火に蓮太郎がジト目でツッコんでくるも、光輝は涼しい顔で湯飲みを持つとお茶を飲む。

 

「まあ、いいわ。どうせただ顔を見せに来た訳じゃないでしょう?ちょうど聞きたいこともあったし」

 

そういうと、木更は机の上にあるノートパソコンの画面を光輝に向ける。表示されているのはこの地区の地図であり、ガストレアとの交戦があった場所、目撃情報が出た場所を記録している民間機関のサイトだ。

 

「今日、里見君がガストレアを駆除したけど、それは感染者(・・・)だった。でも、その感染源(・・・)が駆除されたという情報がないの」

「なんだって?」

 

その言葉を聞いた蓮太郎が眉をしかめて画面を覗き込む。サイトには、蓮太郎が感染者を駆除後からのガストレアに関する情報がそれ以降記載されていなかった。

 

「ええ、仰る通り感染源の駆除は確認されていません。我々(Alvis)の方でも目下捜索中です」

「どういうことだ光輝。どうして政府は周囲一帯に警告を出さない?これは一大事だぞッ」

 

平然とした態度で答える光輝を蓮太郎は睨みつける。

彼がガストレアを駆除してから既に大分時間が経っており、それだけの時間が経ってもエリア内部に侵入したガストレアが駆除されていない場合。被害の拡大を抑えるためにバイオハザード警報が発令されるのだが、一向にその気配がないのは異常事態だった。

 

「まあ、政府は避難警報といった強硬手段を取りたがらないから、こういったことは別段珍しくもないけど。光輝、今あなたの部隊も動いていると言ったわね?」

「はい、姉さん」

「…言い方はあれだけど、この程度のこと民警で事足りる筈よ。自衛隊、まして聖天子様直轄であるあなたが動く必要があるのかしら?」

 

木更だけでなく、蓮太郎にも懐疑的な視線を向けられるも、光輝の態度に変化はなかった。

 

「機密に関わることなので」

「つまり、これはただのガストレア事件じゃないのね?」

「ええ」

 

機密に関わる――すなわち政府が重大な隠し事をしていることを、あっさりと漏らす光輝に蓮太郎は意外そうな顔をする。

 

「随分素直に認めたな」

「この程度、あなた達に隠しても無駄ですから――む、失礼、電話だ」

 

不意に光輝がズボンのポケットからPDAを取り出すと、断りを入れて通話に出る。

 

「ん、そうか、もう十分だお前は先に戻れ。まだ捜せる?これ以上は無駄だ。体力は温存しておけ、何かあった時対処できなくなるぞ。ああ、ご苦労」

 

通話を切ると、PDAをしまう光輝。

 

「あなたの部下から?」

「はい。感染源を捜させていたのですが、残念ながら見つけられませんでした」

 

木更の問いに無念そうに答える光輝。

 

「部下ってあの蒼希って奴か」

 

優の顔を思い浮かべると、顔を不快そうにしかめる蓮太郎。

 

「あいつ、なんでだが俺のことを気に入らないって目で見てくんだよな」

「仕方ないでしょうな。力に選ばれなかったあいつにとって、力があるのに使わない(・・・・・・・・・)あなたは好きになれないんですよ」

 

蓮太郎の右腕(・・)を見ながら話す光輝に、苦虫を噛み潰したような顔をする蓮太郎。

 

「別にどうしようが俺の勝手だろうが」

「ええ、あいつの我儘ですよ。だから、あなたに何か言う訳ではないでしょう?」

「……」

 

確かに優と顔を合わせることがあっても、何かを言ってくることはない。というより、そもそも自分と関わろうとしてこないのだ。

 

「…それで、あなたからの話は何かしら?」

 

部屋に流れ始めた気まずい雰囲気を切るように、木更が話題を変えた。

 

「明日、防衛省に大手民警会社を集めてある依頼をします。聖天子直々にね。――その中に、あなた達天童民間警備会社も含まれています」

「は?」

 

光輝の告げた内容に、蓮太郎が間の抜けた声を漏らす。木更も声には出さないも、意表を突かれた顔をする。

 

「ちょ、ちょっと待てよ。聖天子直々って…大体、集まるのは大手だけなんだろ?なんでウチみたいな弱小が…」

「それは、あなた自身が一番分かっている筈ですがね」

 

とぼけなさるなと言わんばかりの光輝の目に、蓮太郎は自分の右腕を抑えながら視線を逸らした。

 

「それはあなたが口添えしたことなのかしら?」

「蓮太郎さんを使う(・・)かどうかは、俺に任されていましたのでね」

 

何かを期待するかのような木更に、光輝が肩を竦める。

 

「俺は国の所有物じゃねぇぞ」

「民警なんて言ってますが、実際は国の管理下ですよ。知らない訳じゃないでしょう?」

 

蓮太郎が睨みつけながら不満をぶつけてくると、不敵に笑って返す光輝。

高位序列のイニシエーターは、単独で世界の軍事バランスを左右すると言われており、どの国も民警を自分の管理下に置こうとするのである。

 

「別に依頼を受けろと強制はしません。あなた達の意思を尊重しますので」

 

そう言い残すと、それでは、失礼しますと挨拶し光輝は事務所から出ていく。

 

「…一体何が起きてるってんだよ」

 

光輝の去っていったドアを見つめるながら蓮太郎が呟く。木更はその呟きに反応することなく、椅子ごと体を窓へと向け鋭い目つきで夕日に染まる空を見上げた。



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第十一話

東京エリアの中心である第1区にある防衛省。その内部の第1会議室に蓮太郎は木更と共にいた。

光輝から聞かされていたが、自分達以外にも多数の民警と彼らが所属する会社の代表が物々しい雰囲気に包まれていた。

部屋に入って早々に、他のプロモーターに絡まれ流血沙汰寸前までいきかけたりするも。問題を起こして追い出された自衛隊員や、果ては殺人犯までいる民警では、挨拶のようなものなので珍しくもないが。

楕円卓状のテーブルに各会社の社長が腰かけ、その周りを蓮太郎ら民警が囲む形となって待機する。

暫くして幕僚クラスの自衛官が姿を現し、依頼を聞いた後では辞退できないことを念押すと、壁に埋め込まれた巨大パネルに聖天子――このエリアのトップが映し出された。その隣には木更の祖父でもある補佐官の菊之丞が控えていた。

知っていただけに驚きこそなかったが、モニター越しとはいえエリアの代表を前にしているとなると、自然と体が緊張してしまっている。

 

『楽にして下さい皆さん、私から説明します』

 

聖天子が映ると同時に起立した社長らに、聖天子が優しく促すも、誰1人として着席する者は当然ながらいない。

それに気にすることなく、聖天子は依頼内容を説明し始める。こちらも聞いた通り感染源のガストレアの駆除だったが――

 

『――もう1つは、このガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収して下さい』

 

モニターに別のウィンドウが開かれると、頑丈そうなアタッシュケースと破格な成功報酬が表示された。このことは光輝は話していなかったため、蓮太郎は訝しげに眉を顰める。チラリと木更に視線を向けると、彼女も同様の目を聖天子に向けていた。

その間に他の社長が依頼について質問をしており、それに聖天子が答えていく。そして、木更も質問すべく挙手をした。

 

「回収するケースの中には、何は入っているか聞いてもよろしいでしょうか?」

 

その問いに、ざわりと周囲の社長が色めき立つ。図らずも彼女が全員の意見を代表する形となったのだ。

 

『あなたは天童木更社長ですね、お話は聞いています。それにしても、妙な質問をなさいますね。それは依頼人のプライバシーに当たるので当然お答えできません』

 

よくある常套句ではぐらかそうとする聖天子に、木更は悠然と食い下がる。対象のガストレアはせいぜいステージⅠ。本来ならこれだけの大手を集め、更に破格な報酬をつける必要はない筈である。ならば、相応の危険がケースの中にあると見るべきということを指摘した。

それでも聖天子は答えようとせず、木更はならばと依頼を辞退する旨伝えた。

 

『…ここで席を立つと、ペナルティがありますよ』

「覚悟の上です。そんな不確かな説明でウチの社員を危険に晒す訳にはまいりませんので」

 

そう脅しをかけてくる聖天子に、木更は怯むことなく言い放つ。

肌がぴりぴりするほどの沈黙が降りる中、蓮太郎は1人以外の感に打たれていた。ここに来る道中、彼女は政府の依頼は断れないと言っていたにも関わらず、自分達の身を案じてくれたからだ。

蓮太郎が何か言わなければと口を開きかけたその瞬間、突如部屋中に響き渡る程のけたたましい笑い声が響き渡った。

皆の視線が声の主に集まり、ぎょっとする。

部屋の入口に、燕尾服を身に纏ってシルクハットを被り、仮面で顔を隠した怪人が優雅に立っていたのである。

忽然と現れた仮面の男は、ゆったりとした足取りで卓に向かうと、唖然とする蓮太郎らのすり抜けてよっと、軽く跳ぶと卓の中心に降り立つ。

蓮太郎はその男を知っていた。昨日要請を受けてガストレアが出現したマンションに突入したのだが、既にガストレアは逃走しており、代わりにいたのがこの仮面の男だったのだ。

そして男の側には、先に突入していた機動隊員の死体があり、自分が殺害したと自供したので取り押さえようとしたのだが、こちらの攻撃を意にも介さず軽々と受け流されて、逃亡されるという苦い結果となったのだ。

 

『…名乗りなさい』

 

唯一冷静だった聖天子が男に問いかける。彼女には、まるで男は現れるのが分かっていたかのような落ち着きようであった。

 

「これは失礼」

 

問われた男は、シルクハットを取って体を2つに折り畳んで礼をする。

 

「私は蛭子(ひるこ)、蛭子影胤(かげたね)という。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。端的に言うと私は君達の敵だ」

 

背筋を走る悪寒が、蓮太郎に拳銃を抜かせた。

 

「お、お前ッ…」

 

影胤と名乗った男の首が猛烈な勢いで蓮太郎の方を向く。

 

「フフフ、元気だったかい里見君。新しき我が友よ」

「どこから入ってきやがった!」

「フフフ、その答えに対しては正面から堂々とさ。おおそうだ、丁度良いタイミングなので私のイニシエーターを紹介しよう。小比奈(こひな)、おいで」

「はい、パパ」

 

振り返るより先に蓮太郎と木更の脇を少女が歩き去っていた。それも、気配を悟らせることなくである。

フリル付きの黒いワンピースに、腰に交差させた2本の小太刀を差している少女は、うんしょっ、と言って手をつき足を上げて、難儀しながら卓の上に上ると、影胤の横に来てスカートを摘まんでお辞儀をする。

 

「蛭子小比奈、十歳」

「私のイニシエーターにして娘だ」

 

蓮太郎らが影胤が民警であることに驚いていると、聖天子が口を開く。

 

『蛭子影胤。先日の機密物資奪還部隊を襲撃したのはあなた達ですか?』

「その通りだが?」

 

悪びれた様子もなく答える影胤に、聖天子は感情を押し殺すように目を瞑るとゆっくりと開く。

 

「投降しなさい。あなたが知っていることを全て話すのなら、命の保証はしましょう」

 

その通告に影胤は一瞬呆けるように動きを止めると、すぐに腹を抱えて笑い出した。

 

「ハハハハハッ!まさか、『はい、分かりました』とでも言うと思ったのかね!」

『思っていません』

「ほう、では?」

 

期待していなかったとでも言いたそうに答える聖天子に、影胤が挑発するような目を向けた。

 

『実力を持って、あなたという脅威を排除します』

 

聖天子の宣告に合わせるように、窓を突き破って2つの人影が蛭子親子を挟むように侵入してきた。

 

『陸上自衛隊所属、聖天子直轄遊撃小隊Alvis隊長天童光輝だ。最後通告だ、直ちに武装を解除して投降しろ。従わない場合、命の保証はせんぞクソ野郎』

 

ファフナーを纏った光輝――ツヴァイが、両手にそれぞれ保持した最新型アサルトライフル『ガルム44』を突きつけながら警告した。

その姿はいつもと違い。ジャイアント・ガトリングやミサイル内臓の増加装甲等が外され、代わりに背中と両膝に計4つのウェポンバインダーと、左腕には小型のシールドが装備された、市街地戦用のB型装備と呼ばれる形態である。

 

「Alvisだと?」

「では、あれがノートゥング・モデルなのか」

 

木更を除く社長らが、突入してきたツヴァイらを見てざわめき立つ。そんな中、蓮太郎は光輝の狙いを読み取りその大胆さに驚かされていた。

 

「光輝、あなた最初から私達をあの男を誘き寄せるための餌にする気だったのね」

『ええ。申し訳ありませんが、それが確実だったので』

 

同じく見抜いた木更が、不満そうな顔でツヴァイに問いかけると、素直に認めた。

 

「ふむ。どうりでこの建物に入ってからの道中、警備すらいないと思ったが、待ち伏せされた訳か」

『何を驚いてやがる。貴様程度の思考が読まれないとでも思ったのか?おめでたい頭をしてるな』

 

関心したような口ぶりの影胤に、光輝が馬鹿にしたような口調で挑発する。

 

「パパ。あいつパパのこと馬鹿にしたよ、斬っていい?」

「いや、彼は私が相手しよう。お前はあっちだ」

 

そういってツヴァイの反対側にいる優ー―アインをチラリと見る影胤。こちらは、なぜか戦闘態勢を取るでもなくただその場に立っていた。

 

『その発言は、警告を無視するととらえるぞ』

「無論だ。こんな素晴らしいサプライズを逃す訳ないじゃないか」

 

その言葉に合わせてトリガーに指をかけるツヴァイ。今まさに戦闘の口火が切られようとした瞬間、民警の中から怒号が響いた。

 

「おい、待てやァ!」

 

他の民警より離れた位置にいた、ドクロのスカーフェイスで口元で隠した大柄な男が、憤怒の表情でツヴァイに歩み寄っていく。その手には、柄までバラニウムで作られた身の丈ほどの巨大な大剣が握られていた。

 

「俺達が餌だぁ!?ふざけてんのかテメェ!」

「よせ将監!誰に口を聞いているのか分かっているのか!」

「止めんな三ヶ島さん!こいつは俺達をコケにしやがったんだぞ!」

 

大柄な男――伊熊 将監《いくま しょうげん》に雇い主である社長が止めようとするも、将監は聞く耳を持たず大剣の切っ先をツヴァイに向ける。

蓮太郎以外の他の民警も将監と同じ気持ちなのだろう。皆一様に殺意の籠った目をツヴァイに向けている。

 

『諸君らのプライドを傷つけたのは謝罪しよう。怨んでくれて構わない』

「あぁッ!?」

 

光輝の態度が気に入らず、将監は額に青筋を浮かべる。IP序列1584位という一流のプロモーターの殺気を浴びせられても、ツヴァイは影胤から視線を外すことはなく警戒していた。まるで、彼より影胤の方が脅威だと認識しているようであった。それが、将監の怒りに油を注いでしまっている。

「ブッ殺す!」

「止めろォ!将監ッッ!」

 

将監が大剣を振りかざしツヴァイに斬りかかると、三ヶ島が悲鳴のような声をあげる。

対してツヴァイは、影胤から視線を外さず左手のライフルの銃口を大剣の柄に向ける。だが、何かに気づいたツヴァイが素早く跳び退くと、バシィッという雷鳴音と共に将監の体が何かに弾き飛ばされるようにして吹き飛んだ。

 

「ガぁッ!?」

「やれやれ、せっかくの楽しみを邪魔しないでくれたまえ」

 

そのまま壁に叩きつけられた将監は、ズルズルと壁を滑り床に倒れ伏す。そんな将監に、影胤がつまらないものを見るような目を向けている。

 

「将監さん!」

 

彼のイニシエーターが慌てて駆け寄る。

 

「何だ?何が起こった!?」

 

予想外の事態に蓮太郎は困惑の声を漏らす。一瞬のことだったが、将監が吹き飛ぶ時に青白い燐光が見えた。

 

『なる程、それが斥力フィールドか』

「私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいるよ」

 

正体を知っている様子のツヴァイに、影胤は鷹揚に両手を広げた。

 

「…バリア、だと?お前、本当に人間なのか?」

「人間だとも。ただこれを発生させるために内蔵の殆どを摘出してバラニウムの機械に詰め替えているがね」

「機械…?」

「名乗ろう里見君、私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

影胤が発した言葉に三ヶ島が驚きに目を見開く。

 

「…バアルに対抗するために生み出された特殊部隊?実在する訳が…」

「信じる信じないは君の勝手だよ。まあ、何かね里見君?つまり私はあの時まったく本気じゃなかったのだよ。悪いね」

 

悪びれた様子もなく恭しく頭を垂れてくる影胤に、蓮太郎は思わず両手の拳を握り締めて歯ぎしりをする。

 

『…この場にいる民警は出ていくか離れて動くな。死にたくなければな』

 

そう警告するとツヴァイが影胤へ照準くを合わせてライフのトリガーを引こうと――

 

『待ってツヴァイ』

 

して今まで沈黙していたアインが待ったをかけた。余りに存在感がなく、影胤が告げた内容が衝撃的過ぎて、蓮太郎達にはそういえばいたなと忘れられていた。

 

『なんだアイン?』

『その仮面の人に聞きたいことがあるんだけど』

 

戦場にいるとは思えない程悠長なことを話すアインに、何言ってんだこいつと蓮太郎達から奇異な目を向けられる。

 

『早くしろよ』

『天童2尉、何を…』

『構いません。わたくしが許可します』

『聖天子様?』

 

あっさりと許可そ出したツヴァイに、菊之丞が異論を挟もうとすると、それを聖天子に止められ彼にしては珍しく困惑の色を浮かべる。

 

『あなたは先程聖天子様のことを無能と言いましたが、どうしてですか?』

 

それは影胤が名乗った際に言い放ったことであり。元首を侮辱されてことへの怒りからかと思われたが、アインからはそのような感情は読み取れず、純粋に疑問から問うているようであった。

アインからの問いに、影胤は鼻を鳴らす。

 

「弱肉強食となった世の中で、平和だ愛だのとのたまう者を、無能と言わず何というのかね?」

『なる程、ありがとうございます』

「いや、ありがとうございますって。それでいいのかよ!?」

 

影胤の言い分をすんなりと受け入れたアインに、蓮太郎が思わずツッコミを入れてしまう。

 

『テロをしようとする人によく言われることのなので。あなたは否定できるんですか?』

「それは…」

 

そう聞かれると言葉に詰まる蓮太郎。実を言えば、聖天子の政策を甘いと思うこともあり、影胤の言葉に納得できてしまう部分もあったのだ。

 

「では、私の考えに賛同すると?」

『いいえ』

 

きっぱりとアインは、影胤の言葉を否定する。

 

『あなたの言うことも正しいですけど、それでも平和が好きだって言える聖天子様のために僕は戦います』

「愚かな。そんなことをして何になる?平和になれば真っ先に切り捨てられるのは、君達(戦う者)だ」

『それでいいです。そのために戦ってますから』

 

揺るぎない瞳で語るアインに、影胤は盛大に溜息をついた。

 

「どうやら私と君とでは根本的『時間だアイン。始めるぞ』

『了解』

 

何やら慣れた様子で影胤の言葉を遮ったツヴァイ。そして、応じながらも未だに戦闘態勢をアインは取らない。

 

『マーク・ツヴァイ、戦闘を開始する』

 

ツヴァイが左手に保持しているライフルのトリガーを引くと、無数の弾丸がフルオートで放たれ影胤へ殺到する。

対する影胤は微動だにすることなく、斥力フィールドを発生させる。全ての弾丸がフィールドに受け止められ空中で制止する。

 

「無駄だよ。そんな物では私は殺せない」

 

影胤が右手の親指と人差し指を合わせてパチンと鳴らすと、受け止めた弾丸がツヴァイへと跳ね返される。

ツヴァイは右手側のライフを連射し弾丸同士をぶつけて弾くか、装甲の厚い部分で受け流すかして対応した。そしてロックを解除すると、空になったマガジンが外れ重量に従い床に落ち、腰から伸びたサブアームが新しいマガジンを差し込む。

 

「何だよあれ…。人間じゃねぇ」

 

その光景を見ていた民警の誰かが、信じられないと言いたそうに呟いた。影胤の斥力フィールドは当然ながら、ツヴァイが見せた対応も常識外の絶技だからだ。

 

「そう、君達がしていたのは只の遊びだ。これこそ真なる戦い!選ばれた者だけが到達しうる強者の世界だ!」

『……』

 

心の底から歓喜する影胤に反して、ツヴァイは無反応で、両手のライフルの銃身下部に取り付けられたランチャーからグレネードを左右計2発撃ち出す。

撃ち出されたグレネードの先端は螺旋状になっており、末端の複数の噴射口から火が吹き高速で横回転しながら斥力フィールドと接触する。フィールドを突き破ろうと回転を続けるグレネードだったが、突破できぬまま起爆装置が作動し激しい爆発を起こした。

 

「キャッ!」

「木更さん!」

 

爆発によって生じた炎と煙が近くにいた木更と蓮太郎に迫り、蓮太郎は咄嗟に木更を抱きしめて背中を盾にするように向ける。背中が炎に炙られ熱による痛みと、煙を吸い込んでしまったことで咳き込んでしまう。他の民警も同じ目に遭ったようで、辺りに咳き込む声が響く。

 

「ゲホッゴホッ!おい、光輝!室内で爆発物なんて使うんじゃねぇよ!」

『この場から去るか伏せていろといった』

 

蓮太郎が抗議の声をあげるも、ツヴァイは冷たく切り捨て、右手首の装甲に内臓された先端が鈎爪状のワイヤーを射出した。

ワイヤーも当然ながらフィールドに阻まれるが、そこからツヴァイはワイヤーに電流を流すと、電流とフィールドがぶつかり合い激しいスパーク音が鳴り響く。

電流の出力を上げていくも、影胤には効果が見られず、遂には負荷に耐えられずショートを起こすと、ツヴァイはワイヤーを切り離した。

 

「どうしたのかね?期待外れさせないでくれ」

 

落胆の色を滲ませ始めた影胤に、ツヴァイはガルム44を両膝のウェポンバインダーに格納し、背部右側のバインダーから射出されたガトリングを右手で保持すると脇も使い固定してトリガーを引く。

束ねられた銃身が高速で回転を始め、ガルム44以上の速度で弾丸が吐き出される。それでも、影胤のフィールドは揺るぎもせず、反射された弾丸をシールドと装甲の厚い部分を使い受け流す。

 

「うぉわ!?」

 

跳弾した弾丸が蓮太郎の足元間近に着弾し、思わず情けない声が漏れる蓮太郎。他の民警も同様に跳弾に見舞われていた。

 

「(何だ?光輝は何を狙っている?)」

 

無駄としか見えない攻撃を続けるツヴァイに、蓮太郎は違和感を感じる。

受け流せているとはいえ、ガトリング砲ともなるとダメージの蓄積は無視できず、次第にシールドも装甲も削り取られてしまっていた。

 

「あいつ、ヤケでも起こしちまったんじゃねぇのか?」

 

蓮太郎の側にいたプロモーターが跳弾に怯えながら呟く。

 

「いいえ、違うわ。あの子何かを待っているんだわ」

 

自分に向けられた訳ではないが、その呟きに木更が反論する。

それには蓮太郎も同意できた。待ち伏せていた以上、ツヴァイが何に策もないということは長年の付き合いで分かるのだ。だが、何を?

 

「まさか、あいつか?」

 

蓮太郎はハッとして、小比奈と対峙しているアインに視線を向ける。

両手にそれぞれ手にした小太刀を交互に振るう小比奈。剣速も移動速度も、辛うじて捉えられる程の速さで襲い掛かる小比奈に対して、アインは最小限の動きで回避している。

 

「ちょろちょろ、逃げるな!斬れないじゃん!」

『痛いからやだよ』

 

一向に捉えられないことに苛立った声をあげる小比奈に、アインは心底嫌そうに返す。

 

「あいつ、完全に見切ってやがるのか!?」

 

アインの動きから至った事実に戦慄する蓮太郎。

自身のイニシエーターが小比奈と同じく速度重視型であり、目が慣れている蓮太郎でさえギリギリ目で追えているというのに、アインは小比奈の行動の先をすら読んで回避する余裕を見せていた。

 

「なのに、何で反撃しないんだ?」

 

そう、アインは小比奈からの攻撃を避けるだけで、一切の攻撃行動を取ろうとしていないのだ。それどころか武器を手にすることさえしていなかった。

 

「蓮太郎君。彼もしかして戦う気がない(・・・・・・)んじゃないかしら?」

「は?」

 

同じようにアインの戦いを見ていた木更が、信じられないといった目をしながら口を開く。

確かにアインからは一切の戦意を感じることができなかった。自分を殺そうとしている相手に対してだ。

 

「ねぇ。そろそろ投降してもらえないかな?」

 

何度目かの斬撃を回避すると、唐突にアインが投降を促がす言葉を発した。

 

「…は?」

 

それを聞いた小比奈は、思わずキョトンとした顔で動きを止めてしまう。彼女に限らず、蓮太郎ら民警とモニター越しにいる菊之丞も同じような顔をし、ツヴァイと対峙していた影胤さえも背中を見せることになってまで振り向いてしまっている。そんな中ツヴァイはまあ、そうなるわな、とやれやれといった様子で呟き、聖天子は期待と不安の混ざった目で見守っていた。

回避に専念していたのは、互いの力量差を見せつけて相手の戦意を喪失させようとしていたためだった。

 

『君じゃ僕に勝てないってもう分かったでしょ?君を傷つけたくないんだ』

 

心の底から小比奈を案じているアイン。だが、彼女からしてみれば途轍もない侮辱でしかなかった。

 

「ふざ、けるな…」

 

怒りで紅い瞳の輝きが増し、手が震えだす小比奈。

 

「ふざけるなァァァァアアアアア!!」

 

感情のままに振るわれた刃を、後ろに跳んで回避するアイン。

 

『そう、なら…仕方ないね』

 

無念そうに呟くと。背部のウェポンラックから右手にルガーランスを、左手にロングソードを手にすると戦闘態勢を取るアイン。

それと同時に、先程までとは打って変わり、肌がひりつくような威圧感を放つアイン。

 

『マーク・アイン、これより戦闘を開始するッ!』

 

そう宣言すると、アインの紅の瞳の輝きが増すのだった。



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第十二話

戦闘態勢を取ったアインに対して、小比奈は持ち前の脚力を用いて懐に飛び込もうとし――アインの姿がブレた瞬間、視界がロングソードを振り上げたアインで埋め尽くされる。

 

「!?」

 

本能的に右斜め前へと飛び込むと、背後スレスレを刃が通り過ぎていった。体を丸めて前転しながら起き上がると、ソードを振るった勢いを殺さず両手を広げ、駒のように回転しながらアインが迫ってきた。

小比奈は小太刀を交差させて受け止めるのと同時に、後ろに跳んで衝撃を軽減するも、殺しきることができず腕に痺れが走り顔を顰める。

 

『セィッ!』

 

追撃しながら、今度はルガーランスとソードを地面突き刺し、それを支点に逆立ちした勢いを利用して体を丸めて縦回転しながら突撃するアイン。

小比奈が跳んで回避すると、足場にしていた卓の一部が、アインの振るったソードとランスが叩きつけられ砕け散った。

 

「やぁぁぁあああ!」

 

僅かにできた隙を逃さず、小比奈は右手の小太刀で刺突を放つ。完璧なタイミングで放たれた突きは、吸い込まれえるようにアインの喉元目がけて迫り――空を切った。

 

「ッ!」

 

気配を追って視線を下げると、両膝を床に突いた態勢のまま、頭部が床に着く程に上半身を後ろに折り曲げたアインがいた。

その態勢からアインは、再びランスとソードを地面突き刺し体を固定させると、逆上がりの要領で彼女の顎目掛けて両足を同時に蹴りだす。

首と上半身を後ろに逸らしながら後方に跳び退く小比奈。爪先が顎を掠めて空を切ると、腕の力だけで跳び上がるアイン。

互いに着地すると同時に駆けだし、同時に振るわれた刃がぶつかり合い火花を散らす。

 

「(こいつの動き、あいつ(・・・)みたいで気持ち悪い!)」

 

余りに変則的な機動をするアインに、嫌いな男の姿を重ねる小比奈。

 

「(でも、あいつよりは遅い!)」

 

だが、圧倒的だったあの男に比べれば、アインの動きはまだ粗かった。嵐のような連撃を繰り出すアインの動きを、徐々に見極めながら反撃を挟んでいく小比奈。

 

「……」

 

そんな光景を蓮太郎ら民警はただ見ていることしかできなかった。蓮太郎を除けば、この場にいるのは序列上位に位置する東京エリアでも実力者ばかりなのだが。誰もが目の前で繰り広げられる異次元の戦いに、割り込むことに二の足を踏んでしまっていた。

 

『アイン時間切れだ。プランBでいく』

 

ガトリングで影胤を抑えていたツヴァイが、やむなしといった様子で指示を出す。その姿は反射された弾丸によってボロボロになってしまっていた。

 

『了解』

 

それを合図に、アインは小比奈が放った左右からの斬撃を天井に届く高さまで跳んで回避し、天井にソードとランスを突き刺し足をつけると、天井を蹴って小比奈目掛けて砲弾のような速度で突撃しながら、縦回転斬りを放った。

だが、大振りなため容易く見切られ、1歩後ろに退がられただけで刃は空を切って床を砕き、粉上になったコンクリートが飛散し視界を塞ぐ。

 

「そこッ!」

 

明確にできた隙に、今度は両手小太刀を同時に突き出す小比奈。対してアインは両手を武装から離し、手を広げたまま迫る小太刀へと突き出した(・・・・)。そして、小太刀はその手の平を貫いた。

アインは激痛を無視して(・・・・)さらに腕を押し出し、刃をより深くまで突き刺していき、小太刀を握る小比奈の手を掴んだ。

 

「!?え!?」

 

予想外過ぎる事態に、思わず間抜けな声を漏らして小比奈。その間にアインが屈んだ状態から立ち上がると、身長の関係で小比奈の足が床から離れ宙にぶら下がる状態となる。

 

「この、離せ!離せってばぁ!」

 

小比奈は拘束から逃れようと暴れるも、手は掴まれており、蹴りを放つもアインには届かず虚しく空を切るだけだった。

 

『捕まえたよツヴァイ』

 

小太刀の刺さった手の平からは、血とオイルとが流れ続け激痛が走っているも、アインは気にした様子もなくツヴァイに告げる。

 

「小比奈!?」

 

娘が捕らえられたことに、今まで余裕綽々だった影胤が動揺し、視線ごと意識を完全にツヴァイから外してしまった。

その瞬間、ツヴァイはガトリングを投げ捨て、ブースターを全開に吹かし影胤へと突撃した。

 

『隙を見せたな』

 

ツヴァイが左腕のシールドをパージすると、シールドの下に隠していた物が姿を現す。

 

「!」

 

視線をツヴァイに戻した影胤が見たのは、杭とそれを撃ち出す射出機――パイルバンカーだった。

 

『撃ち抜く!』

 

ツヴァイがアッパーの要領でバンカーの先端をフィールドに押し付けると、射出機を起動させ杭が高速で撃ち出されフィールドに叩きつけられる。左腕の装甲が衝撃に耐えられず無数の亀裂が走り、その衝撃は内部の肉体にまで及びズタズタに引き裂いた。

撃ち出されたバンカーはフィールドを貫通し、その衝撃で影胤の体が宙を舞い天井に叩きつけられめり込む。

 

「ガハッ…!」

 

影胤の口から血が吐き出され、貼り付けられた体が重力によってゆっくりと引き剥がされて落下し、床に叩きつけられる。

 

「…終わったのか?」

 

民警の誰かが呆然と呟く。床に倒れ伏す影胤とアインに捕まりもがいている小比奈、誰もが勝負は着いたと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ、お見事」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思った瞬間、影胤が手を使わずに起き上がると、飄々とした態度でツヴァイへと拍手を送り出した。

 

「素晴らしいこの痛みッ、今私は生きているッ、素晴らしきかな人生!ハレルヤ!」

 

爪先で立ちながら一回転して歓喜の声を上げる影胤。

 

『チッ』

 

血とオイルが流れて混ざり合う左腕から走る激痛に、顔を顰めて舌打ちしながら、使い捨てのバンカーをパージするツヴァイ。想定では今の一撃で仕留められる筈だったのだが、想定よりもフィールドの強度が高かったのか、十分なダメージを与えられなかったようだ。

 

「ここまで追い詰められたのは久しぶりだ。あのような手段で小比奈を捕らえることといい、流石は()の教えを受けていただけのことはあるね」

 

『彼』という言葉が出た瞬間、ツヴァイから殺気が放たれ小比奈を優しく宥めていたアインは、言い知れぬ気配を纏いだした。

 

『そうか、貴様には話してもらうことが増えたな、特別にこの場で話させてやろう。話せないっていうなら話しやすいように手伝ってやる、安心しろ今の時代手足の1本や2本すぐに生やせるからな』

 

冷え切った声を出しながら、右手で膝のウェポンバインダーからガルム44を取り出し、銃口を影胤に突きつけるツヴァイ。

 

「申し訳ないがそれは遠慮させてもらうよ。さて、十分楽しめたし今回はこれでお暇させてもらうよ」

『逃がさん!』

 

ツヴァイがライフルを発砲すると、フィールドを発生させて防ぐも、その輝きは先程までよりも弱弱しくすぐに消えてしまった。

 

「あいつ、もしかして弱ってるのか?」

「あれだけの衝撃を受ければ当然ね。多分、フィールドの発生装置である臓器がいくつか傷ついているのよ」

 

それを見た蓮太郎は影胤に違和感を覚える。飄々と振舞っているも、実際は余裕がないのではと。そして、木更の指摘でそれが確信へと変わる。

だが、イニシエーターは捕らえられ、自身も少なくない負傷をしている状況であっても、影胤からは余裕が感じられていた。

ツヴァイもそれを感じ取っているのか、影胤の一挙手一投足を見逃すまいと警戒している。

 

「できればこうしたくなかったが、致し方ないか」

 

やれやれといった様子で右手の親指と人差し指を合わせてパチンと鳴らすと、窓を割って無数の細長い物体がツヴァイへと殺到してきた。

 

『何!?』

 

予想外の事態に動揺しつつも、跳び退いて回避すると、物体が次々とツヴァイのいた床に突き刺さっていく。

 

『投げ槍だと!』

 

突き刺さったのは投擲用の槍――いわゆる投げ槍と呼ばれる物であった。それも、図鑑で見たことのあるアイヌ民族が用いてものと酷似していた。発射点を探ると、どうやら向かいのビルの屋上のようである。

突き刺さった槍の1本には太いワイヤーが結びつけられており、それを足場にフードで全身を覆った者が駆けてくるではないか。

 

『チィッ!』

 

ツヴァイがその者に向けてライフルを発砲すると、フードの者は右腕だけをフードから晒し、手にしていた短い一対の木製の棒を短い紐で繋いだ――所謂ヌンチャクと呼ばれる武器を振るい弾く。

それを見たツヴァイは、足場にしているワイヤーをフルオートから単発へ切り替え狙い撃つも、特殊な金属で作られたのか数発同じ個所に直撃して切断できない。ならばと、着弾の衝撃で振り落とそうとワイヤーを狙い続けるが、フードの者は驚異的なバランス感覚を持っているようで、ブレることもなく走り続けている。

そしてツヴァイ達がいる部屋まで近づいたフードの者は、軽く跳躍しながら侵入してくる。

 

『アイン!』

『ッ!』

 

その軌道からフードの者の行動を予測したツヴァイが叫ぶ。本能的に狙われていることを察知したアインは、小比奈を捕らえたまま着地地点に移動すると、フードの者が着地しようとするのと同時に、脚部のブースタを吹かしながら顎を蹴り上げる。

フードの者は迫る脚に対処しようとし――たが顔の真横を通り過ぎた。

 

「!?」

 

そのことにフードの者から困惑の色が浮かぶ。首を傾けて回避しようとこそしたが、明らかに蹴りの軌道を変えて外されたからである。フェイントにしても違和感が感じられたのだ。

だが、アインが踵落としへと繋げてきたので、片膝立ちの態勢からヌンチャクを振り上げアインの左脇腹に叩きつける。

木製とは思えない打撃音と共にヌンチャクは装甲を砕き、その衝撃が内部まで伝達しアインの肉体にもダメージを与える。

 

『――ッ!』

 

流石に堪えたのか、吐血したアインは小比奈を掴んでいた手が緩んでしまう。その隙を逃さず小比奈は小太刀を手放すと後ろに跳んで距離を取った。

 

「それでは諸君さらばだ」

 

窓際まで移動していた影胤が飛び降りると、小比奈がそれに続き最後にフードの者が飛び降りていった。

アインが手の平に刺さっている小太刀を迷いなく引き抜くと、傷口から血が溢れ出すが、気にした様子もなく手放していた武器を回収し彼らを追いかけようとして――ツヴァイに蹴り飛ばされた。

 

『イった!?何するんだよツヴァイ!』

 

床に倒れ込んだアインが、素早く起き上がりツヴァイに詰め寄りながら怒鳴ると、ツヴァイは悪びれた様子もなくアインを睨みつける。

 

『あん?テメェこそ何してんだ』

『追いかけるんだよ!今ならまだ間に合う!』

 

興奮した様子で進言するアインに、ツヴァイは盛大に溜息をつく。

 

『自分の状態をよく見ろボケ。くたばりかけでどうにかできる相手じゃねぇよ』

 

影胤らを助けた者達は、少なくとも自分らと同等の実力を持っているとツヴァイは見ていた。仮に追撃したとしても、消耗した今の戦力では勝機はないだろう。

特にアインはフードの者から受けた脇腹のダメージが酷く、臓器に深刻な損傷が出ている状態である。誰が見ても今すぐにでも治療が必要なレベルであり、本来なら安静にしているべきなのである

 

『問題ない!ここで彼らを逃がすくらいなら死んでも構わない!!』

 

にもかかわらず戦い続けようとするアインに、その場にいた民警達は恐怖すら感じられた。

 

『蒼希3尉』

 

そんな彼にモニター越しに聖天子が呼びかける。

 

『追撃は中止し、治療に専念しなさい』

『聖…天子様!僕はまだ戦える、戦えるんだ!!』

『これは命令です』

 

悲痛さすら感じられるアインの叫びに対し、聖天子は表情1つ変えず告げる。

 

『聖――!』

『アイン!』

 

それでもなお食い下がろうとするアインの肩をツヴァイが掴む。

 

『これ以上、あいつを泣かせるな』

『ッ――了解』

 

接触回線でアインにだけ聞こえるようにして語り掛けるツヴァイ。モニターに映る聖天子は悠然と佇んでいるが、その体は側に控えている菊之丞ですら気づかない程僅かに震えていた。それに気がついたアインは、握り締めていた拳を緩めて俯いた。

 

「(最後に現れた連中…)」

 

そんな彼を横目に、ツヴァイは辺りを見回す。床に突き刺さっていた無数の槍は、まるで最初からなかったかのように跡形もなく消えていた。記憶にある槍の形状やその事実から思い当たることが1つあった。

 

「(これは想像以上に面倒だな…。やはりジョーカーを切るしかないか)」

 

これから起こるだろう事態を予測し、陰鬱な趣きになりながらも、呆然として立っている蓮太郎に視線を向けるツヴァイ。

窓の外に広がる東京エリアでは、何気ない日常が続いていた――

 

 

 

 

防衛省から逃亡した蛭子親子は、協力者であるフードの者達と共に東京エリアの外周区にいた。先導しているフードの者達に連れられとある廃屋に入ると、その内の1人が古びた本棚にあるいくつか本を軽く押し込むように触れていき、ガコンッという音が響くと何もなかった壁から隠し扉が姿を現す。

その先には下へと続く階段があり、再びフードの者達が先導し降りていくと開けた空間へと出た。

その空間には様々な家具や最新の家電が置かれ清掃も行き届いており、建物の外観に反して真新しさを感じられた。

 

「お、お帰りギンバイカ、ペチュニアお疲れさん」

 

そしてその空間には数人の人間がおり。その中で、キャスターつきの椅子の背もたれを前にして持たれかかっている青年と、その隣で座布団に座った褐色肌ではつらつそうな少女がテレビに向き合って、格闘ゲームをしており、青年がフードの者達を方へ体ごと向けて労いの言葉をかける。ちなみにコントローラを握る手は淀みなく動き続けている。

 

「ただいま戻った道陽」

「ただいま~」

 

そういって、ギンバイカとペチュニアと呼ばれたフードの者達が、どちらも少女と言える声でそれに応じる。

 

「お前達は部屋で休んでていいぞ、飯の時間になったら呼ぶから」

「分かった」

「それじゃひと眠りしますかにゃ~」

 

青年――日野道陽の言葉にギンバイカと呼ばれた方は頷き、ペチュニアと呼ばれた方はあくびを噛み殺しながら答えると、空間の奥にある通路へと消えていった。

それを見送ると道陽はさて、と蛭子親子に視線を向ける。

 

「ようこそ我らがアジトへ。盛大にはできんが歓迎しよう」

「お招き頂き光栄だよ。できれば君の手は借りたくなかったがね」

 

負傷している影胤を見て愉快そうな笑みを浮かべる道陽に、影胤は肩を竦めながら応じる。

 

「どうよあいつらは、強かったろ?」

「ああ、実に楽しませてもらったよ。流石は君の教えを受けただけのことはあるね、元Alvis隊長殿。いや、今は人類革新連盟特殊作戦部隊『Fuhren(フューレン)隊長日野道陽殿と言うべきか」

「そうやろそうやろ、天塩にかけて育てたけぇのう」

 

皮肉を隠そうとしない影胤に、ゲラゲラと道陽は高らかに笑う。

 

『KO』

「あぁぁあああ!また負けたぁ!!」

 

そんな折、置かれていたテレビから音声が流れると、道陽の隣に座っていた少女が絶叫共に後ろに倒れた。

テレビには格闘ゲームが映し出されており、少女の操るキャラのライフが尽き倒れ、道陽が操るキャラが勝利ポーズの決めていて、KOとい文字がデカデカと表示されている。ちなみに道陽が操るキャラのライフは全く減っていない。

 

「なんで画面全く見てないのにハメコンできるのさ!?」

「ファーハッハッハッハッハッ!ナクリーよ年季が違うのだよ、年季が!」

 

ジタバタ暴れながら憤慨している少女――ナクリー・オルフレッドに、道陽が勝ち誇った笑みを浮かべている。

 

「大人気ねぇ…」

 

ソファに寝ころんでいるナクリーと同じく褐色肌で勝気そうな少年――クロヴァン・オルフレッドが、そんな道陽に呆れた目を向けていた。

 

「覚えておけクロヴァンよ、獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすのだぁ!」

「もう1回、もう1回だかんね!次は勝から!」

「よかろう!かかってこいやぁ!」

 

体を起き上がらせて訴えかけてくるナクリ―に道陽が応じると、再度対戦が始まった。

 

「道陽、準備ができた」

 

すると、奥の通路から現れた褐色肌で少女――ネサット・オルフレッドが告げてくる。名が示すように彼女とクロヴァンは姉弟であり、ナクリーは彼女らの親戚なのだが、とある事情で彼女も同じ姓を名乗っており血の繋がり関係なく家族の絆を持っている。

 

「おう、ネサット。んじゃ影胤、彼女に着いていきな。破損した臓器変えるから」

 

影胤に視線を向けて促す道陽。その間にもコントローラーを操作する手は止まらない。

 

「彼女が、かね?」

 

影胤はネサットに訝し気な目を向けた。彼のメンテナンスには高度な技術が必要であり、執刀医以外に行える者などほんの一握りしかおらず、彼女が行えるとは思えなかったからだ。

 

「だからなんでそんな話しながらハメコンできるのさ!?」

 

そんなやり取りをしている間にも、ナタリーの操るキャラが一方的に攻撃されている。

 

「ネサットは俺の親父の直伝でな。お前さんの執刀医からもお墨付き貰ってるよ」

 

そういってネサットに視線で促すと、彼女は影胤に1枚の書類を差し出す。それを受け取って目を通すと、彼の執刀医のサインに、ネサットにメンテナンスを任せても問題ない旨記されていた。

 

「失礼した。それではよろしく頼むよ」

「なら、こっちに来て。それとあなあたにはこれを」

 

ネサットが手にしていたアタッシュケースを小比奈に手渡す。ケースを開けると、彼女の武器である小太刀が2本納められていた。小太刀を手に取り構えると軽く素振りをすると、以前使用していたのよりも軽量でありながらも強度もあり、なにより彼女の手によく馴染んだ。

 

「私が造った、どう?」

「使いやすい。これならあのファフナー斬れそう」

「よかった」

 

小比奈の答えに満足そうに頷くと、ネサットは影胤を連れて通路の奥へと消えていった。

 

「また負けたぁぁぁぁああああ!!」

 

そうしている間に、再び完敗したナタリーが仰向けに寝ころんで手足を投げ出した。

 

「クロヴァン、ご飯までその子とトレーニングルームで遊んであげなさい」

「あ?なんで俺が…」

 

道陽の指示に面倒くさそうな目をするクロヴァン。

 

「暴れたい暴れたいって騒いでただろ」

「まあ、そうだけどよ…」

「その子の新しい武器の慣らしついでに体動かせ」

 

道陽の言い分に、どこか不満そうに小比奈を見るクロヴァン。

 

「こいつ斬っていいの?」

「あ?」

 

指さしながら言い放つ小比奈に、ビキリッと額に青筋を浮かべると、ソファから降りて歩み寄り睨みつけるクロヴァン。

 

「やれるもんならやってみろチビ」

「チビじゃないもん小比奈だもん」

 

暫く睨み合うと、クロヴァンが来い、と言いながら顎をしゃくると、小比奈と共に通路の奥に消えていった。

 

「ねえ道陽」

「なんや?」

 

寝転がったままナクリーが問いかけてくる。

 

「今回の任務ってさ、あたしらだけで十分じゃん。なのに何であんな奴ら使うのさ」

「スポンサーの意向だよ。今回の騒動は『子供達』が絡んでないと意味がないのよ」

「大人の都合ってやつ?」

「Yes]

 

椅子を回転させながら答える道陽に、メンドくさとぼやく。

 

「もうすぐお前達の出番だけど、嫌なら降りても構わんぞ?」

「でも道陽の『夢』に必要なことなんでしょ?」

「ああ」

「ならやるよ。あたし達は皆道陽に『救われた』んだから。少しでも役に立ちたいもん」

「ありがとうよ」

 

上半身を起き上がらせてニカッと笑うナクリーの頭を優しく撫でる道陽。

 

「それで昔の部下と戦うことになったら、殺しちゃってもいいんだよね?」

「おう。遠慮なくぶっ殺しな」

 

ナタリーからの問いかけに、カッカッカッと豪快に笑いながら答える道陽。

 

「そんじゃもう1戦しよ!」

 

コントローラーを手にし再戦を望むナクリーに、道陽はフッと笑みを浮かべる。

 

「悪いなナクリー。今日は俺が料理当番なのでな。勝ち逃げさせてもらう!」

 

フハハァハハハッ!!と悪役のような笑い声を上げながら台所に去っていく道陽。

 

「ズっる!大人ズッッる!」

 

ナクリーは仰向けに寝転がると、手押しを投げ出して全力で悔しがるのだった。



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