Beautiful Word (炉心)
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Beautiful Word


 いつだって世界は醜くて残酷で、でも美しくて優しい。

 きっとそう思えるのは、人間がひとりじゃないからだと思う。




 

 

 ――――どうして君ばかり、見つめてしまうのだろう?

 

 

 

 退屈な午前中最後の授業が終わって、ようやく迎えた昼休みの開放感にはしゃぐ声が教室のあちらこちらから聞こえる。

 

 使っていたノートと教科書を片付けながら視線を教室のある一角へと動かすと、授業を終えた後すぐに行動を起こした一人の女子生徒がある男子生徒に対して楽しげに絡んでいるのが見えた。

 

「熟睡していたみたいだね。寝癖が残って髪が面白いことになってるよ」

 

「え、本当? どこに?」

 

 目を惹く特徴的過ぎるピンクブロンドの長い髪、印象的で意志の強そうな目元をした傍から見ても圧倒的な美貌を持ったクラスメイトの少女は、授業中に貼り付けていた表情とは真逆の揶揄いを含んだ表情と言動をみせていた。

 

 少女の指摘を受けた少年は、慌てた様子で自身の髪に手を当てている。先程までの授業時間をずっと睡眠学習に充てていたせいだろうか、顔全体が多少眠たげで頬には寝跡も幾分か見て取れる。見た目も性格も素直そうな印象の少年のわかり易い反応の一挙一動は、どこか可愛く思ってしまうような無防備さがあった。

 

「ふふっ。そんな慌てなくてもいいのに。やっぱりボクのダーリンは面白いね」

 

「ええっと、前から言っていることだけど。その呼び方。『ダーリン』って呼ぶのは流石にやめて欲しんだけど……正直言って、かなり恥ずかしいんだけど」

 

「なんで? ダーリンはダーリンじゃないか? ヒロはボクのダーリンで、ボクがそう呼びたいんだ。やめる必要なんてないさ」

 

 少女からの一定以上の関係を匂わせる呼ばれ方に赤面しながら口を開く少年に対して、然も当然とばかりの表情を浮かべた少女は、楽しげにそれでいてどこか誘いを向けるかのような視線を投げかけながら少年の顔を覗き込むようにその距離を近付けてゆく。迫る少女の美貌に少年の顔に浮かぶ赤面度が加速的に増している。

 

(どうしてそんな目で――――)

 

「……相変わらずの光景だな。ヒロの奴は完全に手玉に取られている感じはあるが」

 

 『イチゴ』と、自身の名の呼び掛けに続いて不意にかけられた声。教室の一角で繰り広げられている異性交遊を眺めていた中でかけられたその声は良く知った男子のもので、声への反応を示すようにそれまで常に一ヶ所に向けていた視線を外す。

 

「しかし、クラスの他の奴等もあの二人のやり取りを見慣れたせいか、もうほとんど反応を示さなくなっているな」

 

 イチゴが視線を移した先には、いつの間にか自分の座っている席のすぐ横にまで着ていた幼馴染の少年であるゴローが苦笑気味の顔で立っている。

 

「迷惑なら……。嫌ならもっとちゃんと言えばいいのに。あんな風にヒロが甘い対応をとるから、あの子があんな感じで調子に乗って好き勝手しているんだ」

 

「いや、ヒロの性格的にはあれ以上強く言うのは難しいだろ。別に本当の本気で嫌がっているわけでもないだろうしな。それに、何だかんだで本気でヒロが嫌がることはしてないだろう」

 

「それ。そう言うの。男子のさ……ヒロも……あの子も……わたしは……」

 

 顔の筋肉が嫌な方向に動く。

 

 自分の表情が少しだけ険しくなっていくのを自覚して、そんな顔をゴローに見られるのが嫌だと思ったイチゴは、逸らした顔を俯きがちにして口を開いて閉じる。掠れたような呟きはイチゴ本人すらも聞き取れないくらいに小さかった。

 

「イチゴ?」

 

「……ごめん。何でもない。気にしないで」

 

「――――そうか。……しかし、天気予報では今日は一日曇りの予定だったんだけど。晴れてきたな」

 

 微妙な空気が流れた気分を変える為だろうか。明らかに取って付けたような台詞を吐きながら軽い笑顔を浮かべたゴローは、イチゴの傍から離れて教室の窓際へと寄ると締まっていた窓を勢いよく開いた。

 

「――――あっ」

 

 開かれた教室の窓の外から澄んだ季節の風が流れてくる。

 

 髪を揺らす風を受けて、思わず深く吸い込んだ息がイチゴの胸を一杯にしてゆく。不思議と一瞬前の沈んだ気分も晴れていく気がした。

 

「学食じゃなくて、購買で買うか。皆に声かけて久々に屋上で食べるのもいいかもな」

 

 射し込む陽射しに目を細めた先には、鮮やかな青空が手を伸ばせば触れるのではないかと思わせるくらいに鮮やかに広がっている。

 

 薄雲の切れ間には飛行機雲が一条奔っている。何故か切なさすら込み上げるような青空は、「悩むようなことなんて何ひとつないよ」と囁いているかのようだった。

 

「お~い、ヒロ。昼飯どうすんだ? どうだ、一緒に食わないか?」

 

「ああ、いいよ。ちょうど今から学食に行こうかと話していたんだ。ゴロー達も学食だろ?」 

 

 ゴローの呼びかけに答えるように、少年と少女がゴローの方へと歩み寄っていく。

 

「ゴロー達も一緒でいいよね?」

 

「うん? まぁ、別にダーリンの好きにしていいよ。誰と一緒に食べることになろうと、ボクがダーリンと一緒に食べること自体は変わらないんだからね」

 

「だってさ」

「オーケーオーケー。ヒロ達がいつも通りなのはわかった。じゃあ、どうするかな……」

 

「あれ? 学食に行くんじゃないの?」

 

「それなんだけどな。どうしようかと思ってさ。さっきイチゴとも話していたんだが」

 

「どうでもいいけど、早く決めて欲しいな。ボクはさっさとダーリンとお昼にしたいんだけど?」

 

 どうにも優柔でのんびりしたところのある男子二人の会話に、急に面倒くさげな表情になった少女の催促の声。

 

「向こうで待ってる子もそんな顔でこちらを見てるしね」

 

 不意に向けられた視線。コロコロと変わる表情に合わせてどこか挑発的なものを混じえた少女からの視線に、イチゴの片眉が僅かに跳ねる。その瞬間、何か言い様のない不思議な活力が湧き上がってくるような気がした。

 

「イチゴ」

 

 名前が呼ばれた。

 

 ただ、それだけだったのに。声に出して呼ばれた自分の名前の響きに、言葉にならない嬉しさが込み上げていた。

 

「お昼に行くよね。ゴローがさっきイチゴと相談してたって言うんだけど、イチゴに何か希望がある? そろそろ行かないと学食も混雑するするだろうし」

 

 少年の視線がイチゴを捉え、昔から変わることのない笑顔が向けられている。ずっと見つめていても変わらない。何ひとつ変わらない笑顔が。

 

「そうだな。流石にそろそろ移動しないとヤバいな。どうするんだ、イチゴ。俺達で決めていいのか? と言うか、イチゴも一緒に食べるんだよな?」

 

「当然だよ、ゴロー」

 

 湧き立つ感情が止まらない。

 

「――――ねぇ、ヒロ! 学食じゃなくて購買に行こう! 天気良くなってきたし。多分、ミクやココロ達は屋上に行っているだろうから。他の皆も誘ってさ、屋上に行って皆で食べよ!」

 

 誘われる感情に胸を衝き動かされ、イチゴは今日初めて素直で自由な気持ちの声を出した。

 

 

 

 







 ダリフラの女の子達はみんな可愛い。

 勿論、男の子達も好きですけどね。



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 無自覚だろうと自覚していようと、悩むのが人生。

 そんな甘酸っぱさを表現できるようになりたい今日この頃です。





 

 

 

 想像より世界は――――――――

 

 

 

「何を見てんの?」

 

 初めて話し掛けられたのはもうずっと昔。放課後の教室で一人だけでボンヤリと外を眺めていた時だった。

 

 陽気で能天気でぶっきら棒に、だけでどこか少しだけ優しい声で。

 

 それからいつの間にか話すことも気にかけることも増えて、思えば随分と時間も流れてしまった。その間に窮屈だったそれまでの世界が、ちょっとずつだけど変わってもいった。

 

 居る場所ができていた。

 

「ホントだって! こないだの大会でのオレの活躍を見ててくれた? それでさ、来月は強化選手候補として招待試合にも出る予定なんだぜ。その前にも幾つか試合があるけどさ、是非とも応援しに見に来てくれよ。オレ、超頑張るからさ」

 

 今日の退屈な授業も終わり、各々が放課後の予定に向けた行動を取る教室の中で一人帰り支度をしているミクが視線を向けた先には、数人のクラスメイトの女の子に向かって自慢げな態度に陽気な声で話をしている少年の姿があった。

 

 ある意味でよく見る光景。

 

 少年はある分野では同年代と比較しても優秀であり、多少の尊大な態度も許容されるくらいの成績を収めている。どちらかと言えば小柄で、子供っぽさを残した少年の姿は生意気ながらも根の素直さからか愛嬌も感じられるため、恋愛対象云々は兎も角としてクラスメイトの女子の中でも人気はあった。

 

「ゾロメくん? この前の大会で入賞していたからか、随分と機嫌がいいね」

 

「……うん。でも、ちょっと調子に乗り過ぎ」

 

 少年のことを昔のニックネームで呼ぶ人間は限られている。ミク自身を含めて数名。いつものように優しくもどこか甘さを含んだ声で話し掛けてきたココロもその一人。

 

「サマースクールに参加していた頃からずっとあんな調子で、昔からアイツってば全然成長してない気がするんだけど? それに何? あのナンパな感じ。頭軽過ぎじゃない?」

 

「そうかな? ゾロメくんは凄く頑張っていると思うよ。結果も出るようになってからは特にそう。それに、陽気で前向きな性格自体はゾロメくんの長所だと思うけど」

 

 ダメ出しをやんわりと否定される。ミクはそれがココロの長年の友人関係故の感想だとわかってはいるが、それでも何故か釈然としない感情が頭の片隅で僅かに芽生えていたりする。

 

「そう言えばココロ、時間大丈夫? 今日は放課後に委員会の用事が入ってるから、授業が終わったらすぐに行くって言ってなかった? 環境整備委員会だっけ?」

 

「うん。もう行くから。その前に挨拶だけしにきたの。それじゃあミク、また明日ね」

 

 律儀にもそれを言う為だけに声を掛けたのかと、そんな性格の良さが容姿の良さと相俟ってココロに対する男子生徒達からの絶大な人気へと繋がっているのだと実感させられる。

 

(ココロは彼氏とか作らないのかな? すぐに出来そうなのに)

 

 基本的にココロは誰に対しても分け隔てなく接するタイプだが、それでも仲の良い男子は何人かいる。特に低学年時代に参加したサマースクールの頃から付き合いが続くメンバーはそうで、ミクも含めた数名は同じ学校進学したこともあっていまだに関係性が深い。

 

(ミツルとは前に何かあったよね? でも、今のところそんな感じには見えないし。フトシとは……昔から仲が良いし、今更か)

 

 仲は良くとも、明確に恋人関係かと問われればなんとも言えない。友人以上恋人未満が普通に当て嵌まるそんな状態。

 

 ココロ本人から直接聞いたわけでもないので、ミクとしては下手に詮索して地雷を踏むのは避けたいところではあったが。

 

「どっちのだろう……」

 

 自身でも掴み切れない台詞が漏れる。

 

 恋愛事はドラマや小説などでは素敵なことのように描かれていることが多いが、ミクにとってはまだ実感に至らない、わからないことだらけなことだった。

 

 不意に昔の記憶が甦る。

 

 子供の頃、一人で外を眺め続けていたあの頃。

 

 周りよりも少しだけ早く訪れた反抗期の中で誰もわかってくれないと思い込み、窮屈な鳥籠のような世界が好きじゃなかったあの頃。

 

 居る場所を見つけられず、今の自分など想像も出来なかったあの頃。

 

「お~い、ミク。聞いてんのか?」

 

「……何?」

 

「なんだよ、ぼーっとして。オレが話し掛けてるのに全然反応しねぇし。大丈夫かよ?」

 

 いつの間にか傍に着ていたゾロメが、ミクの顔を伺う様にして珍しく心配げな表情を浮かべている。ゾロメのそんな表情を見て、ミクは何故か自分の鼓動が少しだけ早くなった気がした。

 

「なんでもない。ちょっと考えごとしてただけ。色々と考えることは多いの。それこそ女の子と話す時にはいつも鼻の下を伸ばしてる誰かさんとは違って」

 

 少し皮肉な言い方をしているのは、ミクが今感じている感情を誤魔化す為だと自覚しているのだが、この際そんな事実には目を向けないことにする。どうせ相手は気がつかないだろうから。

 

「なっ!? だ、誰も鼻の下なんて伸ばしてねぇしぃ」

 

「あれ? 何を焦ってるの? ミクは特に誰とは言ってないけど? もしかして……意外と自覚あるの?」

 

「な、何を言ってんだ! オレは……そう! ミクに変な勘違いをされるてる誰か達が可哀想だと思ったから。だから、そいつらの為にフォローをしてやったんだよ」

 

 子供っぽいその態度に苦笑したくなった。成長はしているはずなのに、そんな部分は全然変わっていない。それが少しだけ嬉しいような気がする反面、クラスや他の女子達がゾロメに対して好意を向ける結果に繋がっているという事実に何故か少しだけ苛立ちを覚えることもある。

 

「ふ~ん。まあ、いいけど。それで、何か用でもあるの? ミクはもう帰るつもりなんだけど」

 

「ああ、そうだった。なぁ、ミク。今度の試合だけど、女子の方は特に参加者はいないって聞いてるからさ、当日は当然暇だよな? ゴローやヒロが応援に来るって言ってたけど、お前もモチロン来るよな? オレの活躍、見せてやるからよ」

 

「ミクの都合は無視? 勝手に予定に組み込まないで欲しいんだけど?」

 

 どこか早口で捲し立てるような調子で誘いを掛けるゾロメの様子に少しだけ疑問を抱きつつ、まるでミクが応援に行くことが確定事項であるかのような最後の物言いに少しだけムッとする。

 

(さっき誘っていた子達みたいに、自分が誘えばミクが必ず来るとでも思っているの?)

 

 心外だった。ミーハーな部分がないわけではないが、だからと言ってそんな単純で軽い性格なわけではない。ゾロメがもしもそんな風にミクを見ていたのだとしたら、流石にそれは正さないといけない。

 

「もしかして、予定あったのか? いや、その、前も来てたし。今回も来ると思ってたんだけど。……来ないの?」

 

(あ~、その顔……)

 

 あまり見せない表情が覗く。昔から知っているほんの数人前でしかゾロメが見せない、普段の前向きで陽気な性格とは真逆の表情。

 

 その意味をわかっているから、ミクは無駄に意地を張ろうとするのをやめる。

 

「仕方ないな~。でも、ミクがわざわざ応援に行ってあげるからには、恥かくような結果にはならないでよね」

 

 でも、ちょっとだけ素直じゃない自分がいる。

 

「はっ。当然だろ」

 

 眩しいと思った。

 

 ミクに言葉に笑顔を浮かべ、いつもの陽気な声で答えるゾロメ。そんな真っ直ぐな少年の目と目が合った瞬間、思わず逸らしてしまいそうになった。

 

「確か今週末だよね、今度の試合。予定、大丈夫だったかな?」

 

 自然と視線を外せるよう、ミクは予定の確認をするかのように鞄から手帳を取り出してスケジュールのページを開く。

 

 教室のカーテンが風に誘われて揺れるのが視界の隅に映る。それは、まだちゃんと掴みきれていない自分の感情と一緒のような気がして、その湧き上がるような嬉しくも切なくなる感情に対してもどかしさすら覚える。

 

 でも、

 

「悪くないんだ」

 

「ん~? 何が? 何か悪くないんだよ、ミク」

 

 想像していたよりも、ずっと。

 

「自分で考えれば? まあ、頭の中がお子様なゾロメにはまだわからないかもしれないけど」

 

「はぁ? なんだよそれ……」

 

 一瞬の呆けの後に不貞腐れた顔になったゾロメに向けて、ミクは今日一番と思える笑顔を浮かべた。

 

 

 

 







 次はどうしましょう。

 個人的にはイクノが好きなんですけど、そうするとタグを追加しないといけないかな?

 もう少し軽めに皆で海に行く話とかも考えているけど、本編の話と内容がダダ被りになりそうだし……。



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