ダンジョンへ行かずに恋人と過ごすのは間違っているだろうか? (翠星紗)
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豊穣の女主人で恋人と生活するのは間違っているだろうか?

広大な地下迷宮――ダンジョン――を中心に栄える迷宮都市――オラリオ――

唯一の地下迷宮を保有し、世界の中心として繁栄してきた都市のオラリオでは毎晩冒険者たちでにぎわう酒場…「豊穣の女主人」があった。

さすが冒険者たちを相手に店を構えていることもあってか、そこで働く店員も強者ばかり。料理長としてミアに認められたこの男性――カイト――も同じである。

 

 

そんな彼の日課は同僚であり、彼の恋人であるエルフ―-リュー・リオン――の日課になっている朝稽古の付き添いである。

近くにある木箱に座りながら彼は目の前で鍛錬を行う彼女の姿を楽しそうに見ていた。

彼女、リューこそカイトが自分の稽古を見るようになった初めは気恥ずかしくて集中できなかったが、今となっては慣れたもの。

そこそこに稽古を終えて一息入れると、目の前に手ぬぐいが差し出される。

 

 

「いつもありがとうございます」

 

 

差し出された手ぬぐいをとり額に少し見える汗を軽くふき取る。その姿を静かに見つめるカイトはニコニコと笑みを見せていた。

 

 

「いつもカイトは見ているだけですが、たまには私と一緒にどうですか?」

 

 

そんなリューの申し出に一瞬だけキョトンとした表情を見せるカイトだったが、そのあと苦笑いを見せて首を横に振り…

 

 

『僕じゃ、リューの邪魔になるだけだよ』

 

 

と、空中を指でなぞるとそこには光の線でなぞられた文字が映し出されていた。

よくそんなことを言うもんだ、とリューは目の前で困ったように笑うカイトに思ったが口には出さなかった。

彼の力量は自分自身よく知っている。昔、地下迷宮で見た……

 

 

「そうですか。でも、気が向いたらよろしくお願いします」

 

 

一瞬、呼び起こされた記憶を振り払い彼女はそういってカイトに手ぬぐいを渡す。

手ぬぐいを受け取りながらも、困ったように頬を描いて笑みを見せていたカイトであった。

 

リューは、自分の横を静かに歩く彼を見ていた。

カイト。酒場の店員であり、ガネーシャファミリア所属の元冒険者で魔法使い。人間で17歳。自分より少し背が高い。青色の髪に空を思わせる瞳、どこか幼さが抜けない顔立ちをしており、クロエにお尻を時々触られて困っている。それを目撃したときは、いつの間にか手にナイフを持ってクロエに襲い掛かってしまったことを思い出してしまう。

 

余計なことを思い出して少し気恥ずかしくなるリューだったが、隣で歩く彼は特に気にする様子もなくまだ活気を見せない静かな街を眺めながら歩いていた。

そんな彼の喉元は酷い傷跡が残されている。彼がまだ冒険者だった時に負ったもので、命は取り留めたものの代償として声を失った。それが原因でファミリアを脱退後、豊穣の女主人で働いている。

 

 

「?」

 

「いえ。なんでもありません」

 

 

彼をずっと見つめていたようで、カイトが少し首を傾げてきた。

これ以上は勘の良い彼のことだから気づいてしまうだろうと、少し早歩きで彼より先に歩き出す。

それを見て少し不思議そうにしていた彼だったが、これ以上の詮索は意味がないだろうと判断して彼女に追いつき、並んで歩き出すのであった。

 



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同室で暮らす2人に間違いが起きるのは問題だろうか?

朝稽古も終わり店に帰宅すると、中ではすでに数名の店員が開店の準備を始めていた。

カイトとリューの帰宅に気づいた店員――シル・フローヴァ――が嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

 

「お帰りなさい。リュー、カイトさん」

 

「遅れて申し訳ないシル。すぐに着替えて私も手伝う」

 

「気にしなくてもいいのに。それに…二人の時間を邪魔しちゃ悪いでしょ♪」

 

「なっ!?/// わ、私達は稽古に行っていただけです!!///」

 

 

そういって、顔を真っ赤にさせたリューはすぐに店の奥に入って行った。そのあとをカイトがついていこうとすると、シルが彼の服の裾をクイクイっと引っ張る。

どうしたの?と、首を傾げるとシルはどこか楽しそうに笑みを見せた。

 

 

「二人の時間を邪魔しない様に、朝から頑張ってたんです」

 

 

腕を胸元に持ってきて私頑張りました!!とポーズを見せるシル。ただ、彼女が何が言いたいか分からないカイトは首を軽く傾げていた。

そんな彼を見て今度はお腹辺りに両手持っていき…

 

 

「朝から頑張ったからお腹が空いちゃいました♪」

 

 

あぁ、そういうことか……。理解したカイトは笑みを見せて頷き、制服に着替える前に調理場に向かった。

ついでに他の皆の分も作っておくかな、と考えているとひょこっと厨房をのぞき込む頭が出てくる。

 

 

「朝からデザートなんかあったら、より頑張れちゃいます♪」

 

「……」

 

 

別に良いんだけどね。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

豊穣の女主人は夜だけの営業ではない。朝から喫茶店を行い、夕方頃から酒場として営業している。

なので、主に朝や昼に来る客は冒険者以外の迷宮都市に住む住民が来ることが多い。

 

 

「お客様、二名入りまーす」

 

 

店内にシルの声が響く。昼時の忙しさが過ぎた時間帯でもお店にお客が来るのは、シル目当てのお客が多い。他にも女性の店員……カイト以外は全員女性のため、それぞれ女性店員目当ての客がいてることだろう。

そんな女性店員の中でキャットピープル――猫の獣人――二人組がカウンターに座り込みダラダラと怠けていた。

 

 

「この時間帯はまだマシニャンだけどニャ~」

 

「これが夜になると酒に飢えた冒険者どもが押し寄せ来て…」

 

「憂鬱だニャ~」

 

 

ニャアニャアと鳴いているユルフワな髪が目印のアーニャと黒髪のクロエの獣人二人組。

そんな二人組を見てため息を漏らすのはルノア――人間――だ。

アーニャ、クロエ、ルノア、シル、そしてカイトとリューもこの豊穣の女主人で住み込みながら働いている。ただ、カイトとリューが付き合い始めたのをミアが知ってからは…

 

 

「アンタら付き合ってんなら二人で一つの部屋にしな。無駄に部屋を使うんじゃないよ」

 

 

とのことで、カイトの部屋が取り上げられてリューと一緒に暮らしているのは、ここでは別のお話。

 

 

 

 

だらける二人に近づきルノアは腰に手を当てて注意する。

 

 

「おーい、そこの猫二匹。サボってると、またミア母さんにどやされるよ」

 

 

何時ものやり取りを厨房で聞いていたカイトは楽しそうにクスクスと笑っていた。そんな彼を見てリューは少し笑みが漏れる。

相変わらずのやり取りでこの後ルノアが二人を仕事に戻すのだが…

 

 

「だって今日は少し眠いのニャ」

 

「仕事中に欠伸しない。寝不足になるほど何してたのよ」

 

 

ふわぁ~と、口を開けて欠伸を見せるアーニャ。それを窘めるルノアだったが……

 

 

「隣の部屋が昨日はお盛んでうるさくて眠れなかったのニャ」

 

 

パリィンッ!!

 

 

カウンターに上体を預けて今にも眠ろうとするアーニャの出た言葉に一同停止。彼女を掴み起こそうとしていたルノアはほんのり頬が赤くなっており、クロエに至っては何処か楽しそうにカイトを見つめる。

仕込みの準備をしていたカイトは危うく指まで切り落とすところだった。

リューに至っては手に持っていた皿を床に落としてしまい、そのまま硬直状態。その音を聞きつけたシルが接客から慌てて戻ってきた。

 

 

「どうしたの? お皿が割れる音が聞こえてきたけど……って、リューッ!?」

 

「シル……ち、違います/// あれはカイトが!///」

 

「えっと……なんのこと?」

 

 

どうやら客や接客をしていたシルたちには聞こえていなかったようで、顔を真っ赤にして自分に訴えてくる彼女の言動がよくわかっていなかった。

ただ、言動がしどろもどろで目をぐるぐると回すリューにシルも動揺しているみたいで、唯一正気なクロエがやれやれとカウンターから離れてシルの背中を押した。

 

 

「別に問題ないからシルはクロエと接客に戻るニャー」

 

「え? ちょ、ちょっとクロエ。本当に大丈夫なの!?」

 

「ルノアー。あとは任せるニャ」

 

「へぇ!?/// う、うん///」

 

 

クロエに声を掛けられて意識を取り戻したルノアは、煽情的な妄想を頭から払いのけてカイトとリューを見た。

カイトは仕込みに戻ってはいたが、異様に汗が流れてどこか挙動不審。リューに至ってはしゃがみこんで頭を抱えてブツブツと何かを言っている。エルフ特有の尖った耳は先端まで真っ赤に染めあがっていた。

 

 

「ちょ、ちょっとリュー大丈夫だから! こ、恋人同士ならそれぐらい当たり前だから!!///」

 

 

「違うんです…あれはカイトが声を出させるようなことをするからであって/// 私は我慢していたのですが///」

 

 

「お願いそれ以上は言わないで!!/// 私まで想像しちゃうから!!///」

 

「うニャ~。リュー静かにするニャよ」

 

「アンタが変なこと言いだすからでしょうがぁ!」

 

 

 

そのあとミア母さんがやってきて寝ているアーニャは叱られて、リューとカイトに関しては…

 

 

 

「やるなら静かにやりな!!」

 

「「/////」」

 

 

とても恥ずかしい思いをしたのであった。



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ダンジョンじゃなくても事件が起きるのは間違っているだろうか?

ミア母さんに厳重注意されたカイトとリュー。

ルノアにはどこか距離を置かれ――二人の顔を見ると要らぬ妄想をしてしまうから――アーニャとクロエにいじり倒されていた……

 

 

「「リューはエロいにゃ~♪」」

 

「え、エロくなどありません!!///」

 

バキィッ!!

 

「「ふにゃあぁ!?」」

 

「あ、す、すいませんやり過ぎてしまいました…」

 

 

ただ、弄るたびにリューに反撃されてボロボロになって戻ってくるのだからいい加減やめればいいのに。

また今回の騒動を理解したシルは……

 

 

「リュ…リュー///」

 

「シル? 少し頬が赤いようですが? もしや風邪でも―――」

 

「こ、子供ができたら私にも抱っこさせてね!!///」

 

「こ、こどッ!?///」

 

 

本気か冗談か……毎回リューの脳内をクラッシュさせる発言を繰り返していた。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

あれから一週間が経ち、ようやく今回の件が落ち着き始めたころ。

開店と同時にお客が豊穣の女主人に数名入ってきた。それぞれ接客をこなし、カイトも注文された品を造り終えて一息していたその時…

 

 

「あんたはアンナを売ったっていうのかいっ!?」

 

 

店内に女性の怒号が響き渡った。それは厨房で昼の仕込みをしていたカイトの所まで届いており、流石に視線を店内に向けていた。

 

 

「厄介ごとなら止めてきな」

 

 

共に準備していたミア母さんがそれだけ言うと仕込みが優先とばかりに作業に戻る。

彼はミア母さんに頷いて、店内に入ると今度は人の男が叫び出していた。

 

 

「何見てやがる……見せもんじゃねぇんだぞ!! てめぇらは不味い飯でも食ってろ!」

 

 

叫びながらコップの水を周囲の客や店員にぶちまけた。

それを見た同じ席に座っていた女性は止めに入っているが、頭に血の昇った男には聞こえるはずがない。

これ以上暴れられてはさすがに迷惑だと思ったカイトは、すぐさま止めに入ろうとしたが自分よりも先に動く女中の格好をしたエルフの姿が見えた。

 

そのエルフはすぐさま男の腕をとると関節を決めて抑え込んだ。ギリギリと悲鳴を上げる腕に男は痛みの余りに叫び声上げる。

 

 

「あだだだだだだあぁぁっ!? な、何しやがる!!」

 

「……訂正しなさい」

 

 

テーブルに男の身体を打ち付けてさらに攻撃を止めないリューに対して、流石のルノアも慌てて彼女を止めに入った。

 

 

「ちょ、ちょっとリュー!? 流石にやり過ぎだから!!」

 

「この男はカイトの料理を食べもしないで不味いと罵った。腕の一本でも折るに値する」

 

「そこまでする!? あんたも腕折られたくなかったら早く謝りなさい!!」

 

「いでででぇッ!! わ、悪かったエルフの嬢ちゃん!!」

 

「謝るのは私ではない」

 

「あだだだだっ!? 料理を悪く行ってすまねぇ!! 頼むから離してくれぇーッ!!」

 

 

数秒後、リューは男を開放して少し離れた。

男はその場で倒れ込み、彼の奥さんであろう女性が近づき安否を気遣う。

そんな二人にリューは…

 

 

「気を付けてください……私は少しやり過ぎてしまう」

 

「「「「「「「「「(やり過ぎだ!!)」」」」」」」」」

 

 

と、この場にいた全員が心の中で想いはしたが口には出さなかった。

目の前にエルフはまだ怒りが収まっていないからだ。

そんな状況で動き出したのは二人だけだった。

 

 

クシャ…

 

「んっ……どうしたのですかカイト。人前で頭を撫でられるのはその…///」

 

 

少し困った笑みを見せながらリューの頭を優しく撫でるカイト。

彼のおかげで怒り心頭のエルフは急激に熱を冷やされて、今では別の要因で熱が上がりかけている。

そんな二人をよそにもう一人――シル――は騒ぎの原因である夫婦に近づいた。

 

 

「ちょっと物騒な話が聞こえてきましたけど。何かあったんですか?」

 

 

歩み寄ってきたシルに対して、二人は顔を見合わせて言いにくそうにしている。数分の沈黙の後、夫を支える妻の口が静かに開いた。



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なくなったファミリアに救いを求めるのは間違っているだろうか?

店の騒ぎも落ち着き、シルとリュー、そしてカイトは夫婦の話を聞くために同じテーブルに座り話を聞いた。

彼等…クレーズ夫妻は魔石製品製造業と商店の手伝いで日々の生活を送っていた。夫:ヒューズは大の賭博好きで妻:カレンはそんな夫の賭博癖に頭を悩ませない日はなかった。

そして、ヒューズの賭博好きが原因で家と最愛の娘:アンナが賭博の返済分として奪われていった。

 

シルは言葉を失い口元を覆う。カイトは話を聞いていくうちに機嫌が悪くなっていくのが見えて今にもヒューズに掴みかかりそうになる。

リューも同じことを感じていたようで、ヒューズに対して嫌悪感を抱いていた。

 

 

「それは自分が招いた種だ。失ってから気づくとはあなたは愚か者だ」

 

「リュー! それは言い過ぎよ」

 

「シル、貴方は優しすぎる。本当にそう思っているんですか?」

 

 

「俺だって好き好んで娘を賭けたわけじゃない!!」

 

 

ダンッ!!とテーブルに両手を叩き付け頭を抱えるヒューズ。その横でカレンは口を押えて涙を流していた。

カイトは聞いてられないと席を立とうとしたがシルに袖を掴まれて動くことが出来ない。彼女を腕を無理に振りほどきたくなかったカイトはいまだに頭を抱えるヒューズを見て、肺いっぱいに深呼吸をして席に戻る。

ただ、席に座ると腕を組み静かに目を閉じていた。彼なりのもう話は聞きたくないという最後の抵抗なのだろう。

カイトが席に座ったのを確認すると、シルはまた話を進める。

 

 

「賭博をしていた相手は……もしかして冒険者たちですか?」

 

「……あぁ。ファミリアも違うバラバラのチンピラの集まりだったよ。あいつら最初は遊びだって言ってたのに。俺の負けが込んできたら、いきなりすげぇ剣幕で脅して来てよ…そしたら――」

 

 

 

 

―――お前の自慢の娘なら。ひとまず掛金に変えてチャンスをくれてやるって…―――

 

 

「…ッ」

 

 

腕を組んで目を閉じていたカイトだったが、ヒューズの言葉を聞いて閉じていた瞼を上げた。彼の言葉に引っかかったからだ。

カイトはヒューズの肩を軽くたたき自分の方を向かせる。そして、空中で指をなぞりだす。

指でなぞられた後を追いかけるように光の線が浮かび上がり、それをヒューズは読み上げた。

 

 

「む…すめに、ついて…おし、えろ?」

 

「私もあなた方の娘について聞かせて欲しい」

 

「「……」」

 

 

夫妻は二人の言ってる理由がわからないみたいで顔を見合わせていたが、すぐに自分たちの一人娘であるアンナについて話してくれた。

 

アンナ・クレーズ。気立てがよく美麗。男神達に求婚を求められるほどの容姿の持ち主。

 

 

「彼女はよく外出していましたか?」

 

「えっと……働いている花屋の手伝いでよく街に出て品物を届けに行ってたけど…」

 

 

夫妻の話を聞いてカイト、そしてリューは最悪の見解に気づいてしまった。容姿端麗で気立てがよく、よく外出することで周りからみられる頻度が多い。

男神が求婚を求めるほどだ。そうなれば…

 

娘はもとから狙われていた―――

 

 

カイトはリューに視線を送ると、彼女はそれに気づき静かに頷いて見せた。二人の仲で同じ見解に至ったことを確認できたようだ。

 

 

「でしたらギルドかガネーシャ・ファミリアに助けを求めてみたらどうですか?」

 

「無駄だよ。こんな届は、都市には毎日のように溢れかえってるんだ。すぐに取り合ってもらえっこないよ」

 

 

シルの提案にカレンは視線を落とし涙を堪えて口を動かす。

都市の管理機関――ギルド。そして、それと連携するオラリオの憲兵と名高いガネーシャ・ファミリア。

非公式の冒険者依頼――クエスト――を依頼しようにも、報酬に見合った金品を彼らは用意できないだろう。

 

彼等だけではすでに手詰まり、か。とカイトは顎に手を添えて静かに考えていた。もし、自分自身がガネーシャにまだ所属さえしていれば、話を通すことは出来ただろうが…

 

 

むせび泣きながらもカレンは必死に声を出す…

 

「アストレア・ファミリアがいてくれたら―――」

 

「「……ッ!」」

 

「おいやめろよ。もうなくなったファミリアの名前を出すのは!」

 

「でもアストレア様がいてくれたら、こんな私達にも手を差し伸べてくれていた筈さ!!

……どうして、優しいファミリアばかりいなくなっちゃうんだ!!」

 

カレンはこらえきれなくなった涙を止めることなくその場で泣き崩れてしまう。ヒューズとシルは彼女をなだめようとするが、シルの視線の先には黙り込んで泣きわめくカレンを無表情で見つめるリューの姿があった。

 

 

アストレア・ファミリア

女神アストレアの派閥。都市に「悪」が蔓延っていた暗黒時代。強気を挫き、弱気を助け。オラリオの秩序安寧に尽力していた組織。

そして―――

 

かつてリュー・リオンが所属していた、今は亡き正義のファミリアだった。

 

 

目を伏せ何も語らないリューの姿に豊穣の女主人の店員は彼女を静かに見つめていた。



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落ち込む彼女を抱きしめるのは間違いだろうか?

クレーズ夫妻が帰り、豊穣の女主人は普段通りの仕事に戻る。ただ、リュー・リオンだけは淡々と仕事をこなしていた。

仕事も終わり掃除、明日の仕込みを各自が行うなかリューがミア母さんのもとに近づいていた。仕込みの準備をしていたカイトは静かにそれを眺める。

リューはミア母さんに頭を下げ自室に戻って行った。それをミア母さんはため息を漏らす。

 

 

「ねぇ、カイト。リューのそばにいてあげないの?」

 

 

いつのまにかシルが近づいており、ひょこっと彼に顔を見せた。気配もなく現れたシルにカイトは少し驚いた表情を見せたが、彼女の問いに答えるかのように苦笑いを見せてシルの頭を軽く撫でて仕事に戻った。

そんな彼をシルは不満げに見つめ口を尖らせたあと、そのまま厨房を出て行った。

 

数分後……

 

 

「カイト! あんたも今日はあがんな」

 

「…?」

 

 

仕込みの途中にミア母さんから声がかかり近寄ると、さっさとあがれと言われた。なぜ、そんなことを急に言ってくるのかと首を傾げたカイトだったが、ミア母さんの後ろでシルがいたずらっ子のようにペロッと舌を出している。

どうしてもリューの所に彼を行かせたいようだったのだろう。だから、自分からミア母さんを説得したとしか考えられない。

ミア母さんも面倒だと言わんばかりにため息も漏らして少し苛立ちを押さえているように見えた。

ここまでされてはしょうがないと、カイトは深々とミア母さんに頭を下げると軽いゲンコツが後頭部に当たった。

 

 

「ったく。面倒なことは起こすんじゃないよ」

 

 

それだけ言うと、ミア母さんはシルを連れて明日の準備に取り掛かった。シルがすれ違いざまに「お願いします♪」とお願いしてきたが……お願いされるようなことではない。

こっちはシルとミア母さんに感謝したいぐらいだと思っても顔には出さず部屋に戻るカイトであった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ミア母さんに無理を言って早めにあがらせてもらったリューは、部屋に戻っても電気もつけずベットに座り込み自分の手のを眺めていた。

 

 

――アストレア・ファミリアがいてくれたら…

 

――アストレア様がいてくれたら…

 

――どうして優しいファミリアばかりがなくなっちまうんだ…

 

 

夫妻の言葉によって思い出されるのは過去の記憶。仲間の記憶、仲間を失い捨て去ったもの……

 

 

「(…やめた筈だ。何も知らない他者の救済など。見返りも求めない無償の人助けなど―――

 

自分の手の届くのは身の周りの者達だけ、それ以上でもそれ以下でもない――

 

復讐という名の炎に身を投じてしまった自分に。冒険者の地位と名誉をはく奪された自分に――

 

正義を背負う資格はないのだから…)」

 

 

ギュッ…

 

「ッ!? いつの間に来ていたのですか?」

 

 

前から抱きしめられた感覚に驚きを見せるリューだったが、それがカイトだ気づいた瞬間に体から力が抜けた。

彼女の返答に彼は応えない。ただただ、優しく目の前の恋人を抱き寄せた。

リューは彼の胸に手を添えて頬を寄せた。血塗られた自分がこのような幸せを手にしてはいけない。そんな資格なんてない…

 

エルフ特有の長い耳から聞こえる彼の穏やかな鼓動が自分を落ちるかせる。カイトを求めるかのようにリューは瞼を閉じ、彼の背中に手を回した。

いつも凛々しいエルフの彼女。時たま見せる彼女の小さな陰に飲み込まれないようにカイトは優しく支えていた。

 

 

 

数分後…

 

「先ほどはすみませんでした///」

 

「♪」ニコニコッ

 

 

落ち着きを取り戻したリュー。頬を赤くして小さくなっていた。

そんな彼女を嬉しそうに見るカイトは、彼女の頭を優しく撫でてご機嫌な様子を見せている。

このまま彼女を愛でていたかったカイトだが、本題に話を戻すため彼女の肩を触り自分の方を向かせる。少し頬を赤くして視線を逸らすリューにドキッとしたカイトだったが、指で文字を書いていった。

 

 

『リューは考えすぎ。自分のしたいようにすればいいよ』

 

「…っ。あなたは彼女たちと同じことを言いますね」

 

 

彼女たちとはアストレア・ファミリアの仲間たちの事だろう。カイト自身、ガネーシャ・ファミリアに所属しながら二つのファミリアを行き来していたためよく知っている。

真似る気はなかったんだけどな、と思いながら頬をかくカイト。そんな彼を見て、リューは何かを決意したのか立ち上がる。

 

 

「少し出ていきますがカイトはここに居てください」

 

 

給仕服から白のワンピースと深緑色のマントを取り出す。カチューシャを外して、エプロンの結び目を解く。皴にならない様に綺麗にたたんでから、彼女は背中にあるファスナーへ――

 

 

「あの…見られていると、気持ちが落ち着きません///」

 

「♪」ニコニコ

 

 

自分の身体を隠すように抱きしめるリュー。注意されたカイトだったが、特に気にせず笑顔のままだった。

この辱めは何ですか/// と、心の中で悪態をつく彼女であったが、彼を無理やり部屋から追い出すことはせずにできるだけ彼に見られない様に着替えようとするリュー。

しかし、意識しすぎて頬を火照り自らの肢体を隠しながら着替えようとするリューの姿はあまりにも煽情的に映っていたことはカイト以外知らなかった。



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恋人と一緒に夜道を歩くのは間違っているだろうか?

豊穣の女主人が閉まりミア母さんやほかの従業員たちがいないのを確認したカイトとリューは静かに部屋を出て店を後にする。

ワンピースを身に纏い肩まであるフードを深く被るリューは、何処か恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

夜も更けていることからすれ違う人は少ないが、誰か彼女の横をすれ違うものなら過剰に反応する姿が見られたため、彼女を不思議がる人は少なくない。

そんな彼女の後ろを静かに歩く彼は何処か可笑しそうにクスクスと笑っていた。

 

 

「誰のせいでこうなったと思っているんですか…///」

 

 

自分の後ろを歩く彼に振り返り、ジッと睨むリュー。その頬を少し赤く、フードで首元を隠すようにしっかりと両手で隠す。

彼からは隠そうとしている彼女の首元は見えており、首元に赤い痕が見えていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「カイト。貴方はここに残っておいてください」

 

 

リューが着替えて部屋を出ようとしていたが、カイトはそれを拒み続けること数十分。

危険な場所に彼を連れて行きたくないリューと一人で危険な所に向かわせたくないカイトの一歩も譲らない硬直状態。

 

ドアノブに手をかけ回そうとするリューの手を軽く押さえて行かせようとしないカイト。

 

 

『君一人で行かせると思う?』

 

「貴方にこれ以上傷ついて欲しくない」

 

『それはこっちも同じ』

 

「「……」」

 

 

数秒のにらみ合いの末、カイトは何やら笑みを浮かべた。

急にどうしたと彼を怪しむリューだったが、彼が指をなぞり…

 

 

『連れて行かないと……悪戯する♪』

 

「なにを…ひぅ!?///」

 

 

急に何を言いだすかと思った矢先。

カイトはリューを抱き寄せて彼女の首元にキスをした。唐突のことに対応しきれなかったリューだったが、悪ふざけを始めたかのような彼から離れようとした瞬間―――

 

 

「か、カイト!! ふざけるのも………ふぁ!?///」

 

 

今度はキスされた箇所を強く吸われた。それも何度も角度を変えては彼女の首筋に跡を残していくカイトであった―――

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

結局、いろんな個所を悪戯されたリューが根負けして現状に至る。

その時のことを思い出したのかまたも頬を赤くして彼を睨むリュー。そんな彼女の訴えなんて気にも留めていないカイトは、彼女を抱きしめようと手を伸ばした。

しかし、過敏に意識しているリューは彼が手を伸ばした瞬間に距離をとる。

 

 

「貴方には節操というものはないんですか///」

 

 

苦笑いを浮かべるカイトに対して、リューは大きなため息を漏らした。

こんな大通りで言い合いをしているわけには行かないと、彼女は足を動かす。歩き出すリューの後ろをカイトは静かについていった。

 

ヒューズから聞いた表通りから裏通りへ入り込むと、もともと少ない人気がさらになくなる。すれ違う人間から嫌な視線を感じた。

カイトの前を歩くリューはそんな人間たちなど気にもせず、目的の酒場へと歩を進める。

裏路地のさらに奥、暗い階段を降りたところに酒に酔う下賤な笑い声が聞こえる酒場はあった。

 

 

リューは自分の後ろを歩くカイトを見ると、彼は静かに頷いた。それを確認した彼女は酒場の戸を開けて中に入った。



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甘すぎたので少し控えめにしてみたのは間違っているだろうか?

戸を開けて中に入ると、そこには多くの冒険者たちが酒を煽り外からも聞こえていた笑い声が酒場を埋め尽くす。

賭博をしていたり、女を抱き寄せては下賤に笑う彼らを見て、客の質が低いと一瞬で確認したカイトだったが、ミア母さんがそうした客は追い出していたことを思い出していた。

 

しかし、リューはそんな彼らなど見向きもせずただ一つの卓に向かって歩き始める。ウエイターが彼女を止めようとしたが、カイトがそれを手で制して彼女の後ろを歩く。

彼女が向かうのは酒場の奥。取り巻きたちと女を侍らせている男のもとだった。

 

卓にはお金と酒にカード。おそらくポーカーでもしていたのだろう三人の男とそれを見守る二人の女たち。リューが近くに来たことで五人は彼女と彼の存在に気づいた。

 

 

「…見かけねぇ顔だな。こんな場所になんの様だい? エルフの嬢ちゃん」

 

 

両側に二人の女性を侍らせていた男がリューを見る。カイトの存在に気付いているだろうが、興味が無いのか男はリューにだけ返事を求めた。

遠回しな質問や回りくどいことが嫌いな彼女は素直に返答する。

 

 

「アンナ・クレーズという名前に心当たりはありませんか?」

 

「……なんだ? あの女の知り合いか」

 

 

アンナ・クレーズ。その名前が出てきた瞬間に店の空気が変わった。入口の近くに居た男たちは戸を固め始める。

どうやら、ここに居る全員が今回の件に関係しているようだ。

目の前の男の言葉からもどうやら当たりであることは確認できた。

 

 

「……彼女がどこにいるのか、教えて欲しい」

 

「教えて欲しいって言われても、ただではなぁ?」

 

 

その言葉を合図に周りにいた男たちは立ち上がり二人に詰め寄ってきた。別に襲おうとしているだけではない。

逃げ場を無くし、リューとカイトに恐怖を与えようとしているだけ。いわば威嚇。

二人は心の中でため息を漏らしながら、相手の動きを注視する。

 

 

「ここに二人で来たってことは相当腕に自信があるようだが、俺は暴力は好かねぇ。だからちょっとしたゲームをしないか?」

 

「…ゲーム?」

 

「あぁ、俺は嬢ちゃんの欲しい情報を賭ける。そっちはチップか、嬢ちゃんを掛金にしてもいいんだぜ?」

 

 

ヒューズも同じような状態にはめられたんだろう。周りに逃げ場はない。ここから出るためには、男が提示した彼の有利な戦場――フィールド――を受けるしかなかったんだろう。

周りからはリューを舐めまわすような視線で見ては、笑みを覗かせる。

 

 

「…あの時も、冴えねぇ親父とこうして賭けをしてな?

 

 

譲ってもらったんだよ。親父の娘を、な」

 

 

これは挑発。こちらを怒りを覚えさせ、自分の領域に誘い込むためのもの。

こうした相手はさらに追い打ちをかけてくる。

 

 

「さっきから、そっちの兄ちゃんは黙ってるが? もしかして喋れ―――」

 

「彼のことは関係ない。あなたの勝負は私が受けよう」

 

 

カイトの方を見て男はバカにしたような笑みを見せ、自分の喉に指をあてながら話しているとリューが彼の言葉を遮り、

マントの内側からお金の入った袋を取り出し、机に叩き付けた。

 

感情には出ていないが、その姿から怒りを感じられたことに男は小さな笑みを零す。

 

 

「じゃ、嬢ちゃんが勝ったら俺の知っている情報でいいな?」

 

「全てです。貴方のしっている情報、全て話してもらいます。それと、

 

 

彼を罵った件について、謝罪をしてもらいます」

 

「…分かったよ。ただ、そっちが負けてチップが足りなかったときは分かってるよな? 自分の身体で何とかするしかないだろ?」

 

 

挑発からの脅しの誘発。この男の心理戦はすでに始まっていた。

男は卓に散らばるカードを集めシャッフルを行う。

 

 

「ゲームはポーカーでどうだい?」

 

「良いでしょう」

 

 

ポーカー。

手札のカードから役をつくる単純なゲーム。しかし、これは手札の役を作る以上に騙欺―ブラフ―が重要となってくる。最弱手がハッタリで、相手を殺す最強手に進化することがある。

それゆえ、相手の心を揺さぶることが出来ればそれは勝利したも同じだ。

 

カードを組み終わった男が手札を配り始める。それを静かに見つめていた二人だったが…

 

 

「言い忘れていましたが…」

 

「あ?」

 

 

さっきまで黙っていたリューがぽつりと喋り始めて、男は間の抜けた返事を返してカードを配っていた手が止まる。

その瞬間…カードを持っていた男の指と指の隙間に短刀が突き刺さった。

一瞬の出来事、男は指の間に刺さった短刀を見つめ生唾を呑んだ。額からは一筋の汗が流れ卓に落ちる。

周りは何が起きたか理解できずに目の前の出来事をただ眺めていた。

 

 

「私たちは不正は許さない」

 

 

男は意識を目の前のリューに向けるが彼女は何もしていない。次に後ろで佇んでいたカイトに慌てて視線を向ける。

すると、何処か楽しそうにクスクスと笑みを浮かべる姿があった。

この場にいる者はエルフの女と無口の男に恐怖を覚え、彼等から離れるように後ずさりする者もいた。

 

リューは静かに卓に刺さった短刀を引き抜くと、カイトに渡した。

 

ただ、彼らが動くだけで周りは少し恐怖を感じて軽く身構える。これもまたハッタリ、この場を支配するにはまさに有効。

 

 

「気を付けることだ。私たちはいつも

 

やり過ぎてしまう」

 

 

「…ッ」

 

 

リューにおびえる姿を見せた男には先ほどまでの威勢は消え去っていた。彼女の一挙手一投足にただただ怯えるだけになる。

こうしてポーカーは始められた。



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やり過ぎてしまう二人を止めることが出来ないのは間違っているだろうか?

こうして始まったゲームは終始リューが優勢で進んで行く。卓に積み重ねられた掛金も一勝負終われば彼女の方に飲み込まれる。

男の掛金が減るばかり、騙欺―ブラフ―を仕掛けても目の前のエルフの女は表情を変えることなく淡々と手を温めていく。

 

 

「レイズだ」

 

「…レイズ」

 

「……ッ」

 

 

男はブラフを張り相手の表情を伺うが、動揺した表情など見せることなく自分と同じように掛金を上乗せするだけ。

相手を陥れるためのゲームに彼自身が陥れられていた。まるで底知れぬ沼に足を取られ、気づいた時には―――

 

 

「フルハウス」

 

「マジかよ!? あのエルフこれで九連勝目だぞ!」

 

 

息する間もなく死んでいく。

 

 

「ふざけんじゃねぇ!! イカサマだ、そうに決まってる!」

 

 

目の前で起きた結果に周りにいた男たちは口々にざわめき立つ。

男はカードを握りつぶし息を荒立て席を立ち、目の前のエルフに怒声を浴びせる。

目の前で声を荒げ肩で息をする男にリューは淡々と語る。

 

 

「心外だ。あなたが降りなければ勝てた勝負もあったはず」 

 

「グッ…」

 

「私の勝ちだ。あなたの知りうる情報と彼に謝罪を」

 

「……てめぇ等、何もんだ?」

 

 

ふり絞ったような声で男はリューに問いかけた。

それは怒りに任せて荒れ狂う一歩手前。下手な回答は要らぬ争いを呼ぶ。

しかし、そこは愚直なまでのエルフだ。

目の前の男の感情に興味など無い。あるのは情報と謝罪――

 

 

「あなたに名乗る名など無い」

 

「……ッ」

 

 

怒りに身を任せた男は鞘から剣を引き抜く。それを合図に周りで観戦していた男たちも己が得物に手を伸ばす。

 

 

「てめぇら、こいつらをやっちまえ!!」

 

「「「おおおぉぉぉぉ!!!」」」

 

 

野太い掛け声とともに男たちは二人に斬りかかる。

周囲にいた女たちは巻き込まれまいと体を小さくして蹲る。しかし、聞こえてきたのは斬りかかった男たちの喘ぐ声と何かが吹き飛ばされる衝撃音と振動。

蹲る女の真横に壁にぶつかる音と振動が響いた。女は恐る恐る目を開けると、そこには壁に男が光の棒で貼り付けにされている。

まるで虫の標本のように手足、肩や腹に複数の棒が突き刺さっているが、何処からも血が出ている様子はない。男の意識はないが壁にぶつかった衝撃で意識を失っているからであろう。

女は周囲に目をやるとそこには異様な光景が彼女の瞳を捉える。

床や壁、天井にまで何百という光の棒が突き刺さり、その先には男たちが貼り付けにされていた。意識を失い脱力する者やかろうじて息のある者が喘いでいるぐらいだ。

ただ、その中で一人のエルフと無口の男性が静かに立っていた。

 

 

「やり過ぎてしまうとは言いましたが、流石にやり過ぎでは?」

 

 

リューの言葉にカイトはただ肩を竦めるだけ。それを見た彼女はヤレヤレとため息を軽く吐いて、壁の絵と化した男のもとへ近づいた。

 

 

「意識はあるようですね」

 

「なん、だ。これはよ」

 

「応える義理はありません。それより、あなた達が最初からクレーズ夫妻の娘を狙っていたのは知っています。彼女はどこにいる?」

 

「はっ。誰がこたぶへぇ!?」

 

「……早く答えなさい。私はいつもやり過ぎてしまう」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ひ、ひひまひゅ。いひまひゅひゃら」

 

 

顔中がぼこぼこに晴れ上がった男はほぼ意識がない状態で口を割り始めた。ただ、表情を変えることなく殴り続けるリューの姿に周囲の者は恐怖を覚えていた。

カイトに至っては軽く頭を抱えてため息を漏らす。

 

晴れ上がった顔のせいで聞き取りずらい箇所はあったが、アンナ・クレーズを攫ったのは交易所の人間からの依頼だ。

交易所は様々な品が取引されるなか、秘密裏に人身売買も行われている言わば迷宮都市(オラリオ)の裏側である。

結局はこの男も利用されていただけで、交易所の人間も同じだろう。

 

自分の知りうる情報を曝け出した男はこれでこの悪夢から解放されると思い込んでいた。

 

 

「……これ以上の情報はなさそうですね。なら、最後に」

 

「へぇ?」

 

「彼に謝罪を入れて貰いましょうか?」

 

「ッ!!?!」

 

 

先ほどまでの冷静な表情とは一変して、目の前のエルフからは身震いするほどの殺気が感じられた。

殺されると感じた男は涙を流しながら、ままならない声でカイトに謝罪を続けたのであった。




いつも読んでいただきありがとうございます。

カイトが使用した魔法。
BLEACHの縛道六十二の百歩欄干をもとにしています。カイト自体がスキルとして詠唱破棄を所得しているということで、魔法(縛道)も使用できるという無理設定です。

それでは…


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突き付けられた難問に頭を抱えるのは間違いだろうか?

酒場の男から情報を聞き出したリューとカイトは、裏路地を抜けて表の通りに戻った。店を出たのが深夜過ぎであったこともあって、今は少し明るくなり始めていた。

カイトは豊穣の女主人に戻ろうと歩き始めたが、リューはそこで立ち止る。

 

 

「すみません。少しよるところがありますので、先に戻っておいてはいただけないでしょうか」

 

『どこに行くの?』

 

「ヘルメス・ファミリア……アンドロメダの所に行こうと思います」

 

 

アスフィ・アル・アンドロメダ。

ヘルメスファミリアの団長にして広い情報網を持つ彼女に、今回の件を調べて貰おうということだろう。一緒についていこうとしたカイトだったが、リューに止められてしまった。

 

 

「危ない所へは行きません、手紙を出し次第すぐもどります。それにカイトはすぐに戻らないと店の準備に間に合いません」

 

 

確かに夜中抜け出した挙句、仕事に間に合わないと来たらミア母さんに怒鳴られるだけで済むはずがない。

少し葛藤した結果、カイトはため息を漏らして渋々と笑みを見せた。

それを理解したリューは「急いで戻ります」とだけ告げてカイトとは反対の方角へ進もうとした直後、カイトに腕を掴まれた。

どうかしたのかと振りむいたリューの頬に手を添えて彼女にキスをする。急な出来事にリューは目を見開いて頬を赤く染め上げる。

数秒の口づけのあとカイトはゆっくりとリューを見つめ―――

 

 

『無事に帰ってこれる、おまじない』

 

 

クスクスと楽しそうに笑みを見せていた。そんな彼の姿を見てハッと意識を取り戻し、赤くなった顔を隠すようにフードを深く被って彼に背中を向ける。

 

 

「と、とにかく! カイトも気を付けるように!!」

 

 

彼から離れるように早歩きで向かってしまった。そんなリューを静かに見送ると、彼は軽く体を伸ばしてからゆっくりと店に帰って行ったのであった…

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

翌日の夕方―――

 

仕事をしていたカイトとリューのもとに一人の客が現れた。

二人はミア母さんから許可を取り、現れた客――アスフィ――の座る席に向かった。

 

 

「昨夜の手紙でこんなにも早く来ていただけるとは思いませんでした。まさか、もう?」

 

「えぇ、貴女の手紙に書かれていたアンナ・クレーズという娘の行方を調べました」

 

 

差し出された紅茶に舌鼓しながらアスフィは、昨夜リューが置いていった手紙をテーブルに置いて応えた。

仕事の速さに二人は感嘆をした。

 

 

「あなた方には借りがあります。すべては主ヘルメスさまが迷惑をかけている原因ですが…」

 

 

そういうとアスフィは頭を押さえてため息を漏らしていた。色々と思い出すことが多いのだろう。

気苦労が絶えなさそうだと、そんな彼女にカイトは苦笑いを見せた。

彼女の言う借り…それは神ヘスティアのファミリア所属のベル・クラネルとルイ・ホークを含めた4名救出の件である。

リューとカイトはダンジョンへ救出で18階層までの同行を神ヘルメスに頼まれたのだ。

 

 

「それは構わない」

 

「いいえ、行っている生業が生業です。借りを作っておくことが私は一番怖い。返せるときに返すに越したことはありません。もちろん、報酬は要りませんが……

 

決して善意ではない。勘違いしない様に」

 

「分かっている。ありがとうアンドロメダ」

 

 

急に見せたリューの言葉と柔らかな表情に思わずたじろいだアスフィだったが、軽い咳ばらいをして眼鏡を上げる。

 

 

「ですが言わせてください。あなた達が何に首を突っ込んでいるのか知りませんが、今回の件に関わらない方が良い」

 

「…なぜ?」

 

 

思わぬ忠告にカイトは顔をしかめ、リューはアスフィに聞き返した。

一瞬の沈黙の末、アスフィは静かに口を開く。

交易所での人身売買でアンナ・クレーズが引き取られていたこと。しかし、すでに彼女は交易所におらず、取引がすでに行われていた。

 

アスフィはそこまで話すと紅茶に口を付け、軽く周りに視線を送る。彼女は静かに口を開き…

 

 

「彼女を買い取ったのは大賭博場(カジノ)の人間です」

 

「「っ!!」」

 

 

大賭博場(カジノ)

迷宮都市(オラリオ)に存在する巨大産業の一つ。ギルドでさえ、その運営に口だすことが出来ない、まさに治外法権。

過去、世界の中心とまで言われたこの都市にただ一つ欠けているものがあった。

それは”娯楽施設”だ。

 

神々の要望に応えるべくギルドは様々な国家や大都市の協力を誘致した結果、繁華街に娯楽施設が建設された。

中でも大劇場(シアター)大賭博場(カジノ)

 

この二大娯楽施設は本国本都市を上回るほどの目まぐるしい発展を遂げ、今やギルドでさえ蔑ろに出来ない経緯もあり、あくまで運営するのは出資者である他国の移設側になる。

それゆえ迷宮都市(オラリオ)の中で唯一の治外法権と比喩されている。

 

もしこの大賭博場(カジノ)に足を運ぶ都市外の大富豪たちに何かあれば都市の威信と風評に大きく関わってしまう。大賭博場(カジノ)はギルドに協力を取り付けて、認められたもの以外を排除するため都市大派閥を守衛に用いて施設に張り巡らせている。

その派閥は…

 

 

「カイト、あなたが所属していたガネーシャ・ファミリアです」

 

 

アスフィの言葉にカイトは考え込んでしまう。今回の件で自分は元家族(ファミリア)と争わなければいけない。果たしてそんなことが出来るのだろうか?

静かに黙り込んでいるカイトを見ていたアスフィはリューに視線を移す。彼女も何かを考えているのか黙り込んでいる。

 

 

大賭博場(カジノ)への侵入は不可能です。よしんば出来たとしても逃げきれず拿捕されるでしょう。リオン、Lv.4の第二級冒険者であった貴方でもあっても例外ではありません」

 

 

それからアスフィは二人を危ない橋から遠ざけるためかのように考えうる危険性を上げていく。そんな彼女の言葉を聞いていたカイトがテーブルを指で叩いて注目させた。

アスフィが視線を向けたのを確認すると、文字を書いていく。

 

 

「アンナ、を、買い取ったみ、せは?」

 

 

彼女が読み上げた文字にカイトは静かに頷いて返答を待っていた。リューも同じようで静かに彼女の応えを待つ。

カイトの問いかけにアスフィは応えるべきか悩んだが、二人を見て静かに息を漏らし口を開いた。

 

 

「”エルドラド・リゾート” 娯楽都市(サントリオ・ベガ)最大賭博場(グランカジノ)。そして、アンナ・クレーズを買ったのは最大賭博場(グランカジノ)の経営者である、ドワーフのテリー・セバスティン」

 

 

最大賭博場(グランカジノ)の経営者がアンナ・クレーズを買い取った。それは交易所とゴロツキ達を利用して、全てその男が裏で手を引いていたことが分かった。

しかし、突き付けられた難問に二人はまたも黙りこんでしまう。

 

 

「カイト、リオン…忠告はしましたよ」

 

 

これ以上言うことはないと、アスフィはお金をテーブルに置いて立ち上がり豊穣の女主人を後にした。

 



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同僚に翻弄されるの間違っているだろうか?

アスフィの忠告もむなしく、リューとカイトは大賭博場(カジノ)へ乗り込みアンナを救い出すための準備を始めていた。

資金や武器の準備は着々と進められているが、如何せん重要な問題の解決が見つかっていない…

大賭博場(カジノ)への侵入。仕事が終わった後に二人で様々な作戦を探りあったが決定打となる案が見つからない。

 

攻め手が見つからないまま二日が経過した晩。いつもの用に部屋で話し合っていると、扉をノックする音が聞こえてきた。

二人して顔を見合わせてリューが扉を開けに行くと、そこにはシルが立っていた。

 

 

「シル? どうしたのですか、こんな夜更けに?」

 

 

そこにいたのは寝間着姿のシルだった。急な訪問にリューは疑問に思い声を掛けたのだが、何故か訪問してきた彼女の頬をどことなく赤くなっていた。

どうしたのだろうと首を傾げたリューにシルは申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

「ちょっと話したいことがあったんだけど。も、もしかしてお取込み中だった?」

 

「なッ!?」

 

 

もじもじと上目遣いでリューをみつめるシルだったが、恥ずかしそうにするシル以上に反応したのがリューだった。

顔を真っ赤にして言葉を失う彼女を見て、奥に座っていたカイトが扉に近づきシルを中に招く。

 

 

「入っても、良いの?」

 

『別に何もしてないよ。それより用事があったんでしょ?』

 

 

恥ずかしそうにチラチラとカイトを見ては頬を染めるシル。

何を期待してたんだと軽いため息を漏らしながらも話を進めようとしたが、未だ扉の前で硬直状態にいる彼女を思い出す。

いい加減、こういったことにも慣れないものかと彼女に近づくと何やら耳まで真っ赤にしてブツブツと喋っていた。

 

 

「い、今はそういったことをしている暇は残念ながらないのですが……でもそれをカイトに打ち明けることなど私から出来る訳もなく…うぅ」

 

 

嘘を付けないエルフのせいなのか、それともリュー自体の性格か。小さな声で本音をぶちまける彼女を見て、鼓動が早くなってしまう自分を何とか抑え込んで彼女を現実の世界に戻した。

意識を取り戻したリューだったが、カイトの顔を見ると徐々に頬を染め上げる。まるで生娘のような反応にカイトも抑え込んでいたものが溢れそうになるが、自分たちの目の前で両手で顔を隠しながらも確りと指の隙間から二人を見つめるシルの存在に気づいた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

全員が落ち着くのに数分要したが、ようやく全員席について話が進められた。

先ほどの失態から少し頬を赤くして恥ずかしそうにしているリューだが、シルへ部屋に来た理由を問いかける。

 

 

「それでシルはこんな夜更けにどうしたのですか?」

 

「えっとね。二人にこれを見て欲しいの♪」

 

 

徐に取り出されたのは一通の封筒だった。二人は顔を見合わせてからシルを見ると、ニコニコしたままこちらを見ていた。

カイトはテーブルに置かれた封筒を受け取り、中身を確認する。封筒の中には一枚の手紙があり読んでいくとカイトは目を見開き驚愕する。

一緒に中身を確認していたリューでさえも手紙を見て息を呑んだ。

それは、二人が欲してやまなかった難問を解く大賭博の招聘状(カギ)だったからだ。

 

どうしてこんなものをシルが持っているんだと、二人は彼女を見る。すると、何処か申し訳なさそうにするシルの姿があった。

 

 

「どういう…ことですか…?」

 

「実は、この間のリュー達の話を聞いちゃって。無理かなって思ったんだけど、大賭博場(カジノ)に入れませんかって、この酒場で仲良くなった人に頼んだの。そうしたら――」

 

 

開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。

あれだけ侵入方法を模索していた二人の前に、堂々と入場できる通行証から転がり込んできたのだから。

カイトはシルが持ってきた招聘状を静かに見つめる。

本来は国の要人たちへ送られるはず。偽物でもなければ、これを譲り受けた人物と知り合いなれるシルの人脈の広さに驚くばかりだ。

 

 

”シルは魔女ニャ!!”

 

”純朴そうニャンて嘘ニャ!!”

 

 

アーニャとクロエの言っていたことに同意してしまうリューとカイトだった。

 

 

しかし、これで大賭博場(カジノ)に入り込む鍵は手に入れた。流石に招聘状の人物になりきる為にそれ相応変装は矢無負えないだろうが、ブラックリストに載っているリューとガネーシャ・ファミリアの数名に顔を知られているカイトが乗り込むのだから問題点ではない。

二人は顔を見合わせて頷きシルにお礼を言おうと口を開けた瞬間…

 

 

「私も付いてって良い?」

 

「…はい?」

 

 

予期せぬシルの言葉に二人はまたも言葉を失うのだった。



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恋人の嫉妬におびえるのは間違っているだろうか

今回の作戦、招聘状は伯爵夫妻2名のみ。伯爵の護衛で入ろうにも事前に申請していなければ人数を増やすことは出来ない。シルが行きたがっている以上、どちらかがはずれなければならない。

どうしたものかとリューとカイトが考えていると、スススゥ-…っとカイトに近づくシル。何事かと彼女を見ると……

 

 

「それじゃ♪ カイトさんが夫で私が―――」

 

「シル。いくらあなたでもそれ以上は言ってはいけない」

 

 

今まで聞いたことが無いくらいに殺気の籠った声を出してくる目の前のエルフ。

顔は無表情で瞳に光がない。まるで人形かのように瞬きもせずにシルを見つめるリューに、目の前の二人はギョッと体を強張らせた。

 

 

「っと、言うのは冗談でカイトさんには今回お留守番になってもらいます!!」

 

コクコク!!

 

 

流石のシルも慌てたようにすぐさま言葉を訂正する。それに同意するかのように何度も頷いて同意して見せるカイト。

この冗談は二度とやらないと決めたシルであった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

なんとかリューが正気に戻り。

 

 

「先ほどはやり過ぎてしまいました…」

 

 

自らの失態を思い返して気まずそうに謝ってくるリューに対して、苦笑いなカイト。

ただ、元凶である彼女は特に気にすることなく。

 

 

「ううん。それより、リューにはこの衣装を着て貰おうと思うの!!」

 

 

ドドン!!っと、何処から取り出したのであろう数着の男物の衣装がベットの上に並べられていた。

何処から出した?と、カイトはニコニコ顔のシルを見つめた。

 

 

「どこから出したんですか?」

 

 

流石のリューも軽く引いていた。

 

 

「それは重要なことじゃないの♪」

 

 

ベットに置かれた一着のタキシードを掴んでは楽しそうに笑顔を見せるシル。

その笑顔に何も言えずリューも言葉を詰まらせる。

カイトはベットに置かれた数着の衣装を見て、疑問が浮かび上がった。置かれている衣装すべてが自分のサイズに合わない、それどころかリューに合わせて作られている。

もし、ここに来る前から彼女がこの展開を予想……いや、確信していたのなら?

 

カイトは目の前でリューを着せ替え人形にして遊ぼうとするシルに視線を向けると彼女も気づいた。

 

 

「それじゃ、服が決まるまでカイトさんは外を散歩してきてください♪」

 

 

またも素敵な笑顔でとんでもないことを言いだす彼女にカイトは驚きの表情を見せたが、言葉を描く間もなくシルに背中を押されて部屋を出されてしまった。

閉められた戸を見つめながら”やるんならシルの部屋でやってくれよ”と、軽い悪態を付きたくなりつつもため息で我慢したカイトは頭をかいて部屋をあとにした。

中からリューの呼ぶ声が聞こえたが、確実に入ることは出来ないだろう。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「貴方から訪ねてくるのは珍しいですね」

 

『ちょっと調べて欲しいことがあってね』

 

 

部屋を出されたカイトはヘルメス・ファミリアのアスフィを訪ねていた。深夜に尋ねたことで用件だけを書いた手紙を扉に挟んで戻ろうとした際、扉が開きアスフィが姿を現したのだった。

流石に団員を起こしてしまう恐れもあったため、屋敷の外で話している。軽い会話を重ねた後、アスフィはカイトの書いた手紙に視線を移した。

全て読み終わった後、彼女の口からは軽いため息が漏れる。

 

 

「やはり私の忠告は聞き入れられなかったようですね」

 

『……ごめん』

 

「いえ。それより、このエルドラド・リゾートの経営者……テリー・セルバンティスについて調べて欲しいですか」

 

『難しいのは重々承知だが…頼まれてくれないかな?』

 

「……正直、この件に関しては私も関わりたくはありません。危険すぎるんです」

 

 

返された手紙をカイトは静かに受け取った。

確かにそうだ、治外法権の娯楽都市―――その中でも最大賭博場ともなれば話は別だ。

彼女にはヘルメス・ファミリアの団長だ。このような危険な依頼は安易に受けれるはずがない、ファミリアに迷惑をかけてしまう。

これ以上彼女を困らせる訳にはいかないと、カイトは”ありがとう”と告げてその場を去ろうとした。

 

 

「ただ、貴方にまだ借りを返せていません。主神を救っていただいた借りを」

 

 

ベル・クラネルたちの救出時に現れた階層主ゴライアスと戦った時のことを言っているのだろう。

彼女の方を振り向くとこちらに一通の封筒を差し出していた。

カイトが封筒を受け取ったのを確認するとアスフィは屋敷に戻って行く。

 

 

「貴方たちが賭博場に張り込もうとしていたのは知っていました。私にできることはここまでです」

 

 

アスフィが屋敷に入り扉が閉まるまでカイトは彼女に頭を下げた。パタンと戸が閉まる音と”気を付けてください”と彼女の声を最後に聞いて、カイトは受け取った封筒を開け、中身を読んでいく。

 

 

『―――ッ!?』

 

 

手紙の内容にカイトは息を呑んだ。



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作戦のため行動を別にする恋人に思い馳せるのは間違いだろうか?

作戦当日―――

 

 

シルが手に入れた大賭博の招聘状を手に大賭博場区域のメインストリート沿いの巨大アーチを潜っていた。用意しておいた馬車をカイトが馬の手綱を持ち馭者に扮していた。

馬車の中ではアリュード・マクシミリアンに扮して男装するリューと、その妻役であるシルがいる。タキシードを身に纏い眼帯を付けるリューは端整なエルフに見えるのだが…

 

 

「ねぇ、リュー! 私、大賭博場に来るの初めてなの!!」

 

「分かりましたから、シル。静かにしてください」

 

 

先ほどから楽しそうに馬車の窓から顔を覗かせては外の風景を楽しそうに眺める。それをリューは窘めていたが、無駄だと分ったようで軽く肩を落としていた。 

馬車内部からシルの楽しそうな声が聞こえてくるのに緊張感がないなと苦笑いをカイトは見せていた。

 

アーチを潜り目的地に近づこうとしたが、馬車は区域の入口付近までしか入れないようだった。先に来ていた馬車が列をなして中に居る要人たちを出していく。

馬車の揺れが収まったことにリューは窓から少し外を眺めた。

 

 

「どうやら馬車はここまでの様ですね」

 

「それで、リュー。アンナさんがいる場所は?」

 

「この区域の奥にある最大の賭博場……”エルドラド・リゾート”です」

 

 

二人を降ろした後、カイトは馬車を予定の位置にまで運びそこで待機しなければならない。仕方ないとはいえ、カイトは納得できていなかった。

列はカイトたちの番になり、馭者であるカイトは馬車の扉を開ける。

馬車の中から出てきた男装姿のリューを見て、周りにいた女性たちは見惚れている。当たり前だ、男のカイトでさえ彼女の凛々しく端整な顔立ちには見惚れしまう。そんなリューに対して男たちは視線を強めていた。

そんな周りの視線など気にせず、リューは馬車へ振り返り手を差し伸べた。

 

 

「ふふ、ありがとう貴方」

 

 

馬車から女性の声が聞こえ、差し伸べられた手に自らの手を添えた。胸元が大胆に開いた紫色のドレスを身に纏い、シルは馬車から降りてくる。

今度は男たちが彼女の姿に視線が釘付けになった。女性たちに至っては連れの男を急かしたり、腕を抓ったりしていた。

ここに居る誰もが、彼女らは酒場で働いているなど思いもしないだろう。カイトは二人に軽く頭を下げて扉を閉める。

 

 

「カイトさん、それでは行ってきます」

 

「それでは予定の位置にお願いします」

 

 

了解の意味を込めて再度頭を下げて馬車を動かした。リューは馬車が去るのを静かに見つめていると、横からクスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。

 

 

「どうしました?」

 

「貴方ったら、馭者の方がそんなに気にったのですか? まるで愛する男性を見つめる乙女の様です♪」

 

「なッ……か、からかうのは――」

 

「それじゃ、行きましょ?」

 

 

顔を真っ赤にして否定しようとしたリューの口を指で押さえ、シルは彼女の腕を取り先に急がせるのだった。

 

 

 

 

 

予定した場所に馬車を止めたカイトは静かに時がたつのを待っていた。馬をブラッシングしてどうしようかと考えていると、こちらに近づく足音が聞こえてきた。

二つ……いや、五つの足音が近づいてくる。カイトは最悪の状態を予想して振り返るとそこには……

 

 

 

「やっぱりカイトさんですね!!」

 

「ッ!?」

 

 

そこにいたのはヘスティアファミリアのベル・クラネルがいた。なぜ、彼がこんな大賭博場にいるのか驚いていると、さらに声が近づいてきた。

 

 

「ベルちん、何してんのって……あんたどっかで見たな?」

 

「ったく、リトル・ルーキー勝手に行動すんじゃ……って!?」

 

 

ベルと同じファミリアに所属するルイ・ホークとベルたちの捜索の際に18階層で出会ったモルドとかいう冒険者たちだった。

ルイはあまり覚えてないようでこちらを興味ありげに見ていたが、モルドたちはすぐに気づいたらしく驚いて声を張り上げようとしていたので、すぐに近づいて彼らの腹を殴る。

 

 

「ごは!? な、何すんだよ……」

 

『こえをだされるのはまずくてね。すまん』

 

「か、カイトさんやり過ぎですよ!?」

 

「ありゃりゃ……もるっちたち情けねぇ。一人気絶してんよ?」

 

「………ブクブクブク」

 

「ガイルゥーーッ!!」

 

 

口から泡を出して気絶する男を見てやり過ぎたと少し反省するカイト。

モルドとスコットがガイルの胸元を掴んでたたき起こそうとしており、ルイは笑って腹を抱え、ベルはあたふたとしていた。

どういたものかと考えていたカイトだったが、倒れたガイルを見て一つ思いついた。




読んで頂きありがとうございます。
新しいオリジナルキャラについて……

ルイ・ホーク
種族:人間
性別:男
年齢:17歳
職業:冒険者・魔道具作成
クラス:3
アビリティ:解析・錬金
武器:弓(舞姫)
魔法:サンダーアロー

元ヘルメス・ファミリアの眷属だったが、自由気ままに魔道具の作成ができないことを理由に脱退。フラフラと作成したアイテムを売って暮らしていた時、ベルとヘスティアに出会う。
ヘスティアファミリアの眷属になり、自分の部屋で好きなように魔道具作りに明け暮れる日々。二つ名の”マッド・アルケミスト”とおり、変なアイテムばかり作ってはベルたちを困らせる。


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ダンジョンで助けた冒険者が弟のように懐いているようだが間違っているだろうか?

仕事が忙しくて手を付ける暇がありませんでした。今回はカイトとリューの絡みはありません。あしからず!!


娯楽都市最大賭博場”エルトラド・リゾート”

他国から来た貴族、王族のご子息など多くの招待客がこのカジノで金をばら撒く。貧乏人には無縁の世界。しかし、ある条件を満たせば一般人でも商人でも冒険者でさえこのエルドラド・リゾートに入ることが許される。

 

それが……

 

 

「よくこんなカードのために頑張ってねぇーモルッち」

 

 

ルイの手の中に輝く一枚のカード。金色に輝き綺麗な装飾が施されたそれは招待客とは別に娯楽都市に入るための別の切符。第三等級(ブロンズ)から始まり、第二等級(シルバー)第一等級(ゴールド)となる。

等級ごとに娯楽都市に入れる施設は制限されるが、ゴールドにもなると全ての施設が利用可能になる。しかし、そこに至るまでには多くの金を湯水の如く使わなければならない。

そんなカードをモルドたちは所持していたのだ。いつも肌身離さず持っているゴールドカードだがエルドラド・リゾートに入る際に取り出した瞬間、ルイが奪い取ってマジマジと眺めていた。ほへぇーっと、興味があるのかないのか表情で眺める彼にモルドは顔を青ざめる。

 

 

「早く返せ! それを手に入れるのにどれだけの金が……」

 

「へぇ……別に要らないから返すわ」

 

「投げんじゃねぇ!!」

 

 

興味が無くなり手にあるカードを投げ捨て施設内で面白いものがないかキョロキョロと辺りを見渡し歩き出していく。

モルドとスコットは投げ捨てられたカードを慌てて拾い傷がないか熱心に眺めて無事なのを確認すると胸を撫で下ろす。カードを胸元にしまい、先ほどまでルイがいた場所を睨みつけた。

 

 

「ったく。あのマッド・サイエンティストめ」

 

「にしてもよ、あいつ放っておいていいのかよ?」

 

「ほっとけ。あいつがいると何されるか分かったもんじゃねぇ」

 

「けどよ……あいつが何かしたら、ここに連れてきた俺たちのせいにならないか?」

 

「………」

 

 

スコットの言葉にモルドは動きを止めて最悪の状況が頭に浮かんだ。この場に飽きたマッド・サイエンティストが騒ぎを起こしたら、彼を連れてきた自分たちのせいになる。最悪の場合、ゴールドカードの剥奪。

先程よりも見る見る顔が青ざめ、冷や汗が流れる。

数秒固まっていたモルドにもう一度声を掛けようとしたスコット。口を開いた瞬間、モルドは振り返り彼の肩を掴み顔を近づけてきた。

 

 

「あのマッド・サイエンティストを探せ……俺たちの今までの努力が!!」

 

「おう!!」

 

 

二人は行方をくらましたルイを探すためカジノ内を走り出す。周りの客は何事かと見つめ、モルドたちを見て品がないと嘲笑する姿が見られたが、今のモルドたちには関係なかった。

そんな慌ただしい三人を静かに見ていたカイトとベル。気絶したガイルの服を借りて施設内に入り込んだカイトだが、嵐のように目の前から去って行った彼らに呑まれていた。

 

 

「どうしましょ、カイトさん」

 

『……とりあえず、中を見て回ろうか』

 

 

苦笑いしながら声を掛けてきたベルに文字を綴り中を見て周ることにした。

煌びやかなドレスに身を纏い、輝く宝石は淑女を彩る。彩られた淑女をエスコートする紳士。カジノに一喜一憂する招待客たち。

見るもの全てが新鮮なベルは圧倒されたようで口が開く。それを見たカイトはクスクスと笑い、ベルの頭をクシャリと撫でる。

急に頭を撫でられて驚いたようなベルだったが、周りの光景に当てられて呆けていたことに気づき少し恥ずかしそうに笑みを見せた。

カイトはそんな彼にまた笑みを見せ頭を軽く叩く。ベルにはそれが”気にするな”と言われているようで、まるで弟のような扱いにどこかむず痒い感覚を感じた。自分よりも背が高く、落ち着きのある大人。

以前、神様と一緒に自分たちの救出に来てくれた時には驚いたが、突然現れた階層主にリューと共に戦う姿に見惚れていた。

前を歩く彼の背中を見つめていると、突如足を止めてある一転を見つめていた。何を見ているのだろうと視線を向けるとそこには恰幅の良い男性とひげがよく似合う細身の男性が話している。どうしたのか口を開こうとした瞬間、カイトの人差し指で口を添えられた。それから指で文字を綴っていき…

 

 

「こ、こで……まってて?」

 

 

読み上げるとカイトは静かに頷き、またベルの頭をクシャリと撫でた。急に頭を撫でられたことで少し驚いたが、彼はそれ以上何も語らず。静かに男性たちのもとへ歩いて行った。

急に一人残されたベル。なぜ、彼が去って行ったのか。そもそも、彼はここに何しに来たのか?

それさえも聞かされていないベルにとっては謎ばかりだ。頭の中で整理が追い付かない。けど、分かっていることは一つある。

 

 

「あの……ここで一人にされても僕はどうすれば良いんですか?」

 

 

元々、モルドたちに以前の詫びということで無理やり連れてこられたカジノ。ファミリアの仲間はフラフラと消え去りモルドとスコットは彼のお守。ガイルは馬車で気絶しており、ガイルのタキシードを着て一緒に来たカイトは自分を置いていく始末。

一人になった途端不安が込み上げて来て、少しずつ焦りが見え始め…

 

 

「……ベルさん?」

 

「え?」

 

 

心臓がバクバクとなり始めた時に耳に届くのは聞きなれた女性の声。こことは違う聞きなれた冒険者の笑い声が響く酒場で働く少女の声。そんなはずない。ここは娯楽都市にあるグランカジノだ。

聞こえるはずのない少女の声を辿る。ゆっくりと振り返るとそこには―――

 

 

 

 



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誰かと仲良くする恋人に嫉妬するのは間違っているだろうか?

書いて即投稿。
これが俺のスタイル!


「いやぁー、経営者(オーナー)は羨ましいですな。多くの美女を見の周りに置いているんですから」

 

「全くです。少しは私達にもそのお相伴にあずかりたいところです」

 

 

 

カジノに併設してあるバーで楽しそうに話に華を咲かせる男たち。カイトは彼らの話が耳に入りベルを置いてバーカウンタで一人カクテルを頼み会話に集中する。

身分が高いはずなのに笑い方はゲラゲラとあまりに品のないことだ、と肩を竦めながら彼はひとくち酒を口にする。ベルくんを連れてこなくてよかったと心から思った。

すると細身のひげ紳士は手に持つグラスを傾け、楽しそうに恰幅の良い男性に話しかける。

 

 

「しかし、その美女たちを拝むにはあの扉の先に行かなければなりません。ゲイルリィッヒ公爵殿が羨ましいですな」

 

「ワハハ! いえ、なにあの時は勝っていたのでオーナーの目に留まったのでしょうな!!」

 

「いえいえ、なにを―――」

 

 

そこからは貴族同士の社交辞令ともいわれる話し合いが長々と続き、カイトは開いたグラスを返して席を離れた。彼らの言うことが正しければ、入口とは別にオーナーのお眼鏡にかなった人が連れられる部屋がある。そして、そこに彼が財力に物を言わせて集めた女性たち(コレクション)がいるはず。さらに扉の前には警備する人間を配置され、いまカイトの目の前でガネーシャ・ファミリアが警備しているような部屋のはずだ。

 

 

「あなたが見つめる先は貴賓室(ビップルーム)です。あまり眺めていると怪しまれます」

 

 

カイトに近づいた一人の紳士は二人だけに聞こえるように小さい声で話しかける。いや、紳士に扮した美しいエルフだ。

彼女を見てカイトは少し苦笑いを見せた。なんせ、計画では馬車に残って出てくるのを待つはずだった。それがこうしてカジノの中にまで勝手に乗り込んでいる。なんと説明しようか合わせた視線を逸らして頬をかいていると、クスクスと笑い声が聞こえてくる。

笑い声の主は綺麗なドレスに身を包むシルだった。その後ろにベルがついて来ている。まだシルをエスコートするにはベルには早すぎるな、なんて考えているとシルと目が合った。

 

 

「うふふ♪」

 

 

瞬間的に嫌な予感がする。何かを企んだ時のシルの笑いだ。

大きく胸元が見えるドレスを着こなす彼女。先ほどまで普通に歩いてきてたのに、急に胸元を隠しだす。

 

 

「そんなに見つめられると照れてしまいます。主人がいるのに♪」

 

 

えげつない爆弾を投下し始めたシル。というより、見てないのに見たとかどんな冤罪ですかと思いたいカイトだったが、横にいるリューには通じるはずがなく。

 

 

「……私の妻に不埒な視線を送らないでいただきたい。例え貴方でも」

 

『……』

 

 

視線だけで相手を殺さんとばかりにカイトを睨むリュー。無表情、目に光なし。本気で怒ってるやつです。場所が場所だけに手を出してこないが、あとで話がありますと目が語っている。本気で怖い。

何をしてくれたんだと、軽くシルを睨むと…

 

 

「てへ♪」

 

 

舌を出して”やり過ぎちゃった♪”と言いたげだ。本当にやり過ぎだと、心の中で叫ぶカイトであった。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

あんな貴賓室の前でにらみ合っていたら目立ちすぎるため場所を変える。先ほど得た情報をリューとシルに伝え、どうにかして中に入らなければいけない。その為にも、オーナーの目に留まるように派手に動く必要がある。

ここで目立つ行動と言ったら一つしかない。

 

 

「派手に勝ち続けることですか。確かにそれなら目にも止まるでしょうが、それをするにしても私達には手持ちが心もとないですね」

 

 

リューの言う通り、今回用意した資金も最低限の金額。勝負するにしても慎重に選んで動かなければ―――

 

 

「あの、僕そろそろ帰っても…?」

 

 

ベルがおずおずと手を上げる。今回の件にベル・クラネルは関係ないため、無理に巻き込む必要はないだろうとリューとカイトは視線を合わせて頷く。

リューが口を開こうとした瞬間、シルがベルに近寄り手を握る。

 

 

「ベルさん! 折角賭博場(カジノ)に来たんですから。少しくらい遊んでかれたらどうですか?」

 

「え? でも…」

 

「ルーレットなんてどうです? 掛札(チップ)を置くだけですし、簡単ですよ?」

 

「シル? 何を…」

 

 

彼女の行動に疑問を持ったリューが問いかけるがシルは笑みを見せただけで、目の前にあるルーレットの方へベルを誘導させる。楽しそうに話すシルの姿にカイトとリューは何も言えなくなり、二人の後に従う。

一人で遊ぶのは仲間に悪いとベルが放つ。少しくらいなら仲間や神様は怒らないとシルが掴み押さえこむ。

金がないとベルが次弾を撃つ。ないなら貸す、色を付けて返してね♪とシルが弾き飛ばす。

 

 

「けど……」

 

「もうこんな機会はないかもしれませんし、ね?」

 

「う、うぅ……」

 

 

逃げ道を奪われた子ウサギのようになってしまったベル。

にしても、なぜそこまでベルにルーレットをやらせようとしているのだろうか? 静かに彼女を見つめる。楽しそうにベルの背中を押し、ルーレットの前まで連れて行く。目の前の女性ディーラーはベルに優しく微笑みかける。逃げ場を失ったベルは静かに頷いた。

 

 

「どうぞ。好きな所にお賭けください」

 

「えっと……このシートの上にお金を置けばいいんですか?」

 

「クラネルさんはルーレットをやられたことは?」

 

「初めてです」

 

「分かりました。それでは私が説明します」

 

 

リューはルーレットのやり方を簡単に説明を始めた。ベルは一つ一つ静かに聞いていき、シルからチップを渡される。

渡されたチップを見てベルはシルを見返すと、楽しそうに微笑む。

 

 

「それじゃやってみましょう♪」

 

「は、はい……」

 

 

渡されたチップを握りしめテーブルのシートを見つめる。赤と黒、38個の数字を見回しベルは恐る恐るチップを置く。

ゆっくりと置いた場所は赤色。色掛けという配当の中では一番低いものだが、まぁ初めてなら様子見という所か。

ただ、チップを置いただけなのに軽く一呼吸入れていた。

 

 

「ふふ、ベルさん。もし勝てたら色を付けてチップをくださいね?」

 

「色だけにですか…」

 

「あ、あはは…」

 

「それでは始めます」

 

 

ディーラーはウィールを回しボールを指ではじく。ウィールの回転と共にボールも淵をなぞるように回り続ける。

四人は静かに止まるのを見守り、徐々に勢いは落ちていく。ボールは勢いを無くし、回転速度を落とし始めるウィールに近づく。はじかれながらボールは不規則に踊りだし、カランと音を立てて一カ所に止まる。

ベルは一人生唾を呑み込んで結果を見守る。

 

赤の1番

 

ベルは静かにボールの止まった個所を静かに見つめた。

そんな彼の肩をシルは優しく叩く。ビクリと肩を震わせシルを見る、彼女は微笑んだ。

 

 

「やりましたね、ベルさん!」

 

「か、勝ったんですか僕?」

 

「はい。お見事です」

 

「カイトさん!」

 

 

やりました!と言わんばかりにカイトを見つめるベル。少しキョトンとしたカイトだが、すぐに笑みを見せて頭を撫でた。

嬉しそうに喜ぶベル。やれやれと肩を竦めるカイトだったが、ふと彼の両サイドから視線を感じた。

 

 

「むぅー」

 

「……」

 

 

むくれるシルと静かに睨みつけるリュー。ベルが好きなシルは二人で楽しそうにしているのを見て嫉妬のようなものなのだろう。けど、リューはなぜ機嫌が少し悪くなっているのだろうか?

 

 

「さぁ、ベルさん。次、賭けましょう!」

 

「え、えぇ!?」

 

「色ではなく他のをかけてかけてみませんか?」

 

「じゃ、じゃあ……数字の縦一列で――」

 

 

シルに押し切られベルはおずおずとチップを賭けていく。それを見たディーラーはまたウィールを回し、ボールを弾いた。

シルとベル、カイトはゆっくりと結果を眺める。ただ、リューだけは静かにカイトの顔を見つめていた。

 

 

「(どうして私は見過ごせなかったのだろう。ただ、クラネルさんの頭をカイトが撫でただけなのに)」

 

 

エルフとして潔癖症のせいなのだろうか?

いや、それだけであそこまでの不快感を覚えるだろうか? 違う、それだけじゃない。いつも私を見ていた彼の瞳がベル・クラネルに向けられていたからだ。優しく見つめる彼の瞳。大きな彼の落ち着く手。私を包み込んでくれる落ち着く手……そして――

 

 

「ふふ。カイトさんの手を握ってどうしたんですか、あなた?」

 

「え? ッ!!」

 

 

シルの言葉で意識の世界から戻ってきたリュー。言われたことが分からず、彼女の方を見ると困ったように笑みを見せていた。

今度はカイトの方を見ると彼も同じように困りながらも笑みを見せている。その時になって初めて自分の右手が何かを握りしめていることに気づいた。

触りなれた落ち着く温もり。ゆっくりと視線を落とす、案の定自分の手はカイトの手を握りしめていた。自分のしていたことに気づいた彼女は一緒にして顔を真っ赤にして手を離した。

凛々しいエルフの紳士は消え去り、タキシードに身を包んだ恥ずかしさに頬を染めるエルフの少女がそこにいた。

 

しかし、ルーレットに夢中になっていたベルは気づかず、また的中したことに喜んで振り返った。

 

 

「これ、またあたりですよね! ……って、どうしました?」 

 

「い、いえ。お見事です、クラネルさん」

 

「はい。お、お見事です」

 

 

赤い顔を見られない様に背けながら答えるリュー。何かおかしそうにクスクスと笑いを堪えるシル。

カイトもシルと同じように笑みを見せる。

 

 

「は、はい。ありがとうございます?」

 

ただ一人ベルだけは何が起きたか分からず首を傾げていた。



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女神の微笑みは白兎だけに向けられているのは間違っているだろうか?

ビギナーズラックという言葉を知っているだろうか。賭け事などで初心者が往々にして得る幸運のことを言う。

カジノで働くディーラーに話を聞くと時にそうした人はいるとのこと。賢い者は引き際を知り多くの金を得る。しかし、引き際を見失いカジノの沼にはまり抜け出せなくなる者もいるという。

ビギナーズラックとは引き際を見失うと金貨で輝く世界が一瞬にして何もない暗闇の世界に変わってしまう。

 

ルーレットのディーラーをしていたウサギの獣人の女性は奇蹟を見たという。

綺麗な少女に連れられてやってきた白髪の少年を相手にゲームを始めた。少女の旦那であろうエルフの男性にルールを教えてもらっていた。

明らかに素人。進められて数枚のチップを置いたのは一番配当が少ない赤一色。

ウィールを回しボールを弾く。止まったのは赤の1番。プレイヤーの勝利。配当分のチップを渡すと白髪の少年は真後ろに立っていた青年に嬉しそうにはしゃいでいた。

青い髪の青年は優しそうに白髪の青年の頭を撫でる。その際、両サイドの二人に睨まれていたのは見ないことにしよう。

次に置かれたのは数字縦一列にチップを置く。それを確認してウィールを回しボールを弾く。結果は的中。二連続的中はそう珍しくもない。運を多分に含むこのゲームに関してよく見る光景である。さらに初めてということでビギナーズラックだろうとディーラーは思った。

 

少年はまたチップを置く。チップ8枚横二列数字六つ賭け。配当6倍。

 

 

的中―――

 

 

チップ10枚。線上数字四つ賭け。配当9倍。

 

 

的中――

 

「あ、ははは……ま、まぐれ」

 

 

チップ30枚。横一列数字三つ賭け。配当12倍。

 

 

ウィールは回転を失いボールはランダムに動き出し、カランと音を立てて止まる。回転が止まりそれを見たディーラーは口元を引き攣らせる。

 

 

「う、嘘……」

 

 

またも的中。最初は数枚のチップが今では360枚のチップまで増え続けた。これをビギナーズラックで片付けていい物だろうか?

そんなはずがない。でも不正は見られない。彼の周りにいる人たちも現状の光景が信じられないようで目を疑っている。冷や汗が止まらない。こんなことありえない。

 

 

「つ、次は―――」

 

 

少年に浮かれた様子はない。それどころか最初の戸惑いはなくなり慎重になっていく。まだ続ける気かこの少年はと…ディーラーの女性は悪い夢だと言い聞かせる。

少年のゆっくりと、しかし迷うことなく置かれたチップを見て息を呑んだ。

 

 

高額チップ300枚。一点数字一つ賭け。配当36倍。

 

 

配当も高いが当たる確率などかなり低い。これで少年は負けるはずだ。なのに、ディーラーは底知れぬ恐怖を感じていた。そんな簡単に当たるはずがない。自分に言い聞かせボールを弾く。

全員が回るボールを見つめ息を呑む。

 

この時、ディーラーの女性には一瞬だけ白髪の少年に今まで見たこともないような美しき女神が見えたという。見惚れてしまった。そして、女神は自分の方を向き優しく笑顔を向けてきた。

 

あぁ、これはやっぱり悪夢だったんだ。こんな幸運なんてあるはずがな―――

 

 

「やったぁあああああッ!!」

 

 

女神と視線が逢い微笑みに魅入られていた時、大声が聞こえハッと目の前を見る。ありえない……ルーレットを眺めるとボールは彼が賭けた黒の2番。

ディーラーの女性は両腕をテーブルに着き項垂れた。あれは私に笑いかけたのではなく、目の前の少年に幸運を呼び込む女神だった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

ベルの騒ぎ声に周りの客は視線を向ける。テーブルの上には多量のチップ。それを見た客はさらに声を上げ、騒ぎは水面に落ちた水滴の波紋のように広がっていく。

 

 

「あの白髪の少年が勝ったのですが?」

 

「おぉ! あの白髪は間違いなくリトル・ルーキーではないですか!?」

 

「先日、戦争遊戯(ウォーゲーム)の覇者!!」

 

「お? ベルちんどったのこのメダルの量?」

 

「やるじゃねぇか、リトルルーキー!! お前はどんだけ幸運なウサギなんだよ!!」

 

「ウサギって何ですか!?」

 

 

騒ぎの合間を抜けてルイとモルドたちが戻ってベルに詰め寄る。それに対応しきれずあわあわと動揺し始めた。

カイトも一瞬この勢いに呑まれかけたが、すぐに意識を戻しシルとリューの肩を叩く。それに気づいた二人は静かに頷いた。

 

このチャンスを見逃すわけには行かない。シルが言った通り色を付けて返してもらう。

 

リューはすぐにチップをかき集めて騒ぎがこれ以上大きくなる前に撤収作業を開始する。その間、シルはベルに近づき彼の手を握る。

 

 

「ありがとうございますベルさん! この恩はまたお店で♪」

 

「え? あ、はい!」

 

「よし! 次は俺達の金でもう一勝負だ!」

 

「えぇ!? そ、そんなの無理ですよぉ!!」

 

 

モルドに焚きつけられるが首が取れんばかりにブンブンと振って断るベル。そんな彼らを見ながらリューとシルは足早に離れていく。ここから先は二人で行動してもらわなければならない。マクシミリアン夫妻として招待されている二人に馴れ馴れしく近寄る人間が居てると怪しまれる。

カイトが出来ることと言えば、彼女らが手に入れたチップをもとに起こす騒ぎを早く広めるために噂を流すことだろう。

 

そうして、カイトもこの場を離れようと静かに足を動かす。ルイだけはこちらを見ていたが、それよりベルが弄られている方が面白いのかこちらに来ることはなかった。

リュー達が向かう場所は恐らくカジノが有利に働くディーラーとの勝負を行うゲームではない。客同士の勝負となるゲーム”ポーカー”を狙うはずだ。

 

 

 

「ずいぶんと見知った顔がいると思ったら、まさか貴様まで居るとわな」

 

「ッ!!」

 

 

目の前に現れた女性にカイトは顔を強張らせた。自分と似た碧い髪と瞳を持つ少女。現ガネーシャ・ファミリア団長。二つ名象神の杖(アンクーシャ)

 

 

 

シャクティ・ヴァルマ



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元ファミリアの団員と対話するのは間違っているだろうか?

リトル・ルーキーの騒ぎに周りが湧きだすカジノ。そんな周りの騒ぎなど彼等には届かない。視線を交わすカイトとシャクティ。

いつまで続くのかと思われた硬直を最初に破ったのはカイトだった。

彼女に見えるように文字を綴っていく。その姿にシャクティは眉を細める。

 

 

『久しぶりだな。相変わらずガネーシャは好き勝手やってるか?』

 

「……勝手にファミリアを抜けたお前が気にすることか?」

 

 

問いかけも返されることなく吐き捨てられる。カイトは少し寂しそうな笑いを見せるとシャクティはまだ表情を見せない。ただ静かに彼に近づく。カイトも何をする出なくシャクティを見つめる。

 

 

「ついてこい」

 

 

ただそれだけ。

それだけ言うと、シャクティはカイトを確認することなくコツコツとヒールの音を鳴らしながら歩いていく。こんなところで騒ぎを起こすことは出来ないと、彼女の後ろを静かについていく。

大広間を離れ、庭園を通り過ぎ人気の少ない道を通る。途中、警備を行うガネーシャ・ファミリアの団員に何度かすれ違ったが、シャクティと数度会話を交わすだけで去って行く。

庭園を通り過ぎ今ではカジノの裏手側に来ていた。周りが警備されていないのは先ほど団員と話した中で彼女が人払いをしてくれたからだろう。

こちらを振り返らない彼女をカイトは静かに見つめる。数分の沈黙がまた二人を覆うが、今度はシャクティの方から沈黙を破った。

 

 

「今は豊穣の女主人で働いてるらしいな」

 

『よく調べたな』

 

「リオンのいる所にお前は必ずいるからな。主神の暴走とお前の失踪癖を止めるのが私の役目みたいなものだった」

 

 

失踪癖。と言ってもほとんどリューに逢いにアストレア・ファミリアに行ってただけだ。帰りが遅くなるとシャクティが連れに戻しにやってくる。その際、素直に帰るかアストレア・ファミリアと一緒に呑みにつれてかれるかの二択だった。

あの頃は楽しかった。街に慣れてないリューのお守と言いながらデートに誘い、それを団員にからかわれて顔を赤くするリューの姿。

俺とリューが一緒に歩いているのをシャクティが見つけ連れ戻そうとした時、リューが何を勘違いしたのかシャクティと喧嘩し始めたり。

数えきれない思い出が頭の中で蘇り、それをカイトは楽しそうにクスクス笑っていた。そんな彼の姿を見ていたシャクティは大きめのため息を漏らし、呆れたような表情を見せる。

 

 

「………元気になってよかった、団長」

 

 

カイトの目の前にいるのは隊長たる風格を消し去った女性。昔よく見た柔らかな表情に戻っていた。

馬鹿するカイトを見つけては呆れたように態とため息を吐き笑みを零す、その姿に。

 

 

『”元”団長だ。俺は自分の地位を捨てて逃げた出したんだよ』

 

「すべてはリュー・リオン。あのエルフのためだということは私や主神も承知していました。あの頃のあなたはとても見ていられませんでした」

 

 

当時のことを思い出したのか、シャクティは自らの腕を抱きしめ視線を逸らした。彼女の言葉にカイトは文字を綴ることは出来なかった。

 

あの頃――

 

 

アストレア・ファミリアとの共闘で迷宮探索を行っていた時、敵対するファミリアの罠"怪物進呈(デス・パレード)"により、リューとカイトを除く構成員全て死亡。その時に喉を切り裂かれ無理やり炎で傷口を治療。

迷宮から逃げる際、カイトは絶命しかかっていたが、敵対ファミリアの動きに気づいたシャクティたちの救援により脱出。

意識を失っていた数週間、リューは主神アストレアを都市外に逃がし都市の闇へ消え去った。意識を取り戻したカイトは怪我の後遺症で声帯がひどく損傷してしまい、声が出ることはなくなった。しかしそれ以上にアストレア・ファミリアの壊滅、リュー・リオンの失踪に心を蝕まれ日に日に彼は酷くやつれていった。

そんな状態にも関わらず、彼は彼女の足取りを探すことだけはあきらめなかった。彼がこの世界にいられるのは姿を消したエルフの少女のおかげだろう。

 

 

「そして、一人の団員にリオンの行方を見つけさせて団長は消えた」

 

『僕を恨んでいるかい?』

 

「あなたが元気な姿を確認できただけでこんなにうれしいことはない。主神にも伝えておくさ」

 

『暴走して店に来ないといいが』

 

「迷惑をかけた罰だ。それぐらいは我慢してくれると助かるな」

 

 

その光景が目に浮かんだ二人は少しおかしそうに笑みを零しあった。自分勝手な振る舞いで団長という地位を捨てで間で愛した女の下に逃げた男をガネーシャ・ファミリアは決して許してくれないだろうと、カイトは一人考え決して彼らと接触することはなかった。

しかし、今回シャクティと話すことでカイトの心を縛り付けていた鎖が緩んでいくのを感じ、言葉には出さないが目の前の女性にお礼を告げたカイトだった。



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そろそろ終焉に話を進めていくのは間違っているだろうか?

シャクティとカイトの昔話も終わり。彼女は団長として、このエルドラド・リゾートの警備を任された者としての本来の姿に変わる。

 

 

「それで、何故お前がここに居る? 姿は見えないがリオンもいるはずだ。貴様たちは何を企んでいる?」

 

『……』

 

 

彼女は職務を全うしようとカイトを問い詰める。下手な嘘は見抜かれてしまう。顎に手を添えて考え込むカイトは、一人頷き指先を綴る。

 

 

『攫われた娘を助けるために』

 

「……どういうことだ」

 

 

綴られた言葉を見て、シャクティは目の色を変え眉間の皺が深くなる。お前の知っていることをすべて話せと語っているようだ。

カイトはタキシードの胸ポケットに手を入れ、一枚の封筒を取り出しシャクティに向けて投げる。投げられた封筒はシャクティの手に渡る。何の変哲もない封筒、カイトを見ると”それを読め”と言っているようで何も動きは見せなかった。

もう一度封筒に視線を戻し、封筒の中身を確認する。数枚の紙が綺麗に折られて入っており、手前にあった紙を読み始めたシャクティ。そこに書かれているのはエルドラド・リゾートのオーナー、テリー・セルバンティスについて。紙に羅列された文字を読むに従いシャクティのは目を見開き声にならない音が口から洩れてしまう。

封筒の中身をすべて確認したシャクティは少し茫然としたまま硬直してしまう。カイトもどうしたのかと心配になっていると、今日一番ともいえる大きなため息が彼女の口から洩れだした。

 

 

「ここ数か月、我々が苦労を重ねて計画を練っていたのが、この封筒一つで水の泡だ」

 

『…さすがに気づいていたのか』

 

「当たり前だ。しかし、決め手に欠けていてな。それで、これからどうするつもりだ?」

 

『リューが貴賓室に入り込み騒ぎを起こす。それに乗じて囚われた少女を連れ出し逃げる。あとは……』

 

「こちらの好きにさせて貰う」

 

『それと……』

 

 

そうして、カイトは一つの小瓶を取り出すとシャクティに投げつける。それを受け取り確認すると、それは”開錠薬(ステイタス・シーフ)”だった。

 

 

「用意周到だな。昔から変わらない………だが、もし他の団員がお前たちを捕まえても私は知らんからな」

 

『僕たちを捕まえられるかな?』

 

 

軽く挑発しながらクスクスと楽しそうに笑うカイトは中に戻ろうと足を進める。そんな彼の後姿をシャクティは止めることなく静かに眺めた。

正義感に強く仲間想い、若くしながら団員たちを導いてくれていた団長の姿が目に浮かぶ。あの頃の彼はもういない。居るのは愛する者のためにすべてを捨てた自分勝手な男だけ。

すべて捨てて逃げたと言いながら、根本は何も変わっていないことに彼女は可笑しそうに一瞬だけ笑みを見せたが、これから彼らがが行うのはエルドラド・リゾートを壊滅させるほどの大騒ぎになる。それを知って放っておくわけには行かない。

 

 

「(今のファミリアを纏めているのは私だ。そう簡単に逃げられると思わないことだな)」

 

 

カイトとは反対方向に歩き出すシャクティ。その表情は何処か楽しそうな表情を見せていた。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

カジノに戻りリュー達が居るであろうポーカーの場に向かおうと足を速める。シャクティと話していたことで思いのほか時間を取られていたようだ。会場を見るに特に騒ぎが起きてない様だ。まだ、アンナを救えていないのは判断できる。

人ごみをかき分け進んで行くカイト。急ぐ彼の腕を唐突に誰かに捕まれる。驚いたカイトは視線をそちらに向けると、息を切らして必死に彼の腕をつかみ肩で息をするベル・クラネルがいた。

 

 

「はぁ、やっと……み、見つけました」

 

 

彼はモルドたちと一緒にルーレットをやっていたはずだ。それが息を切らしてまで自分を探していたということは、リュー達に何かあったのではないか?

 

 

「―――っ!!」

 

「カイトさん!?」

 

 

カイトは無意識に声を出そうと口を開くが音を発することが出来ず、その場で咽てしまう。そんな彼の姿を見てベルは彼に手を添えて心配そうに顔を覗かせた。

こういったときに声が出せないのが腹立たしく思いながらも、カイトは指で綴っていく。その字はいつもよりも荒々しく殴りかかれていた。

 

 

『何があった?』

 

「はい。シレーネ……いえ、シルさんからなんですが……」

 

『詳しく頼む』

 

 

文字を読んだベルは静かに頷き、聞かされたこと見たものをすべて話してくれた。

 

知らない男たちに呼び出されて部屋に連れられたとのこと。中は数人の護衛と多くの美女たち。そして、一卓のテーブルに数人の男性たちが座りゲームをしていた。そこにリューとシルが居て、ベルはシルに呼び出されたとのこと。

シルが彼に駆け寄ると自分をシレーネと言い、彼女は彼にこう告げた―――

 

 

 

”良いですかクラネル様。この貴賓室はガネーシャ・ファミリアの皆さんも入られてはいけない場所。だから誰も通ってはいけないんです。例えもしここで何かあったとしてここに来てはいけません。勇敢な貴方もです”

 

 

「これってどういうことなんでしょう?」

 

『………』

 

 

焦燥感を見せるベルに対してカイトは一人顎に手を添えて頭を回転させる。

彼の言うことが正しいなら、これから中で騒ぎを起こす。貴賓室の中に誰も入れない様に騒ぎを起こしてくれ。その騒ぎでガネーシャ・ファミリア達の目を引き付けて欲しいとシルは言いたいのだろう。

 

ならやることは一つだ。

 

 

『ベル君、今から書くことをルイやモルドたちに伝えてすぐに実行してくれ』

 

「はい!

 

 

………え、えぇ!?」

 

 

次々に綴られていく文字を目で追いかけて行くうちにベルは目を見開き。驚きの余り声を叫び声を出してしまうのであった。




読んで頂きありがとうございます。
こんな駄文を読んで頂けるだけでもうれしいですが、感想など書いていただけると励みになります!!


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一人の少女がゲーム流れを変えてしまうのは間違いだろうか?

少し時は遡り、カイトとシャクティが二人で話し込んでいた頃に戻る……

 

リュー達の策は見事はまりエルドラド・リゾートのオーナー、テリーと会うことができ貴賓室の中に招かれた。そこでは限られた招待客とオーナーで高額なゲームをしているところだった。

そして、中には護衛と客人たちをもてなすためにテリーが侍らせている集めた女性たちがいた。その中にアンナがいることを確認したリューは、テリーが仕掛けてきたゲーム”ポーカー”に一つの条件を出した。

 

勝者のの願いを一つ叶える―――

 

それを快くテリーは了承し、ゲームが開始される。

しかし、そのゲーム自体仕組まれていたものだった。店側であるオーナーやディーラーだけでなく、客として招かれている他のプレイヤーでさえもすべてテリーと共謀者(グル)だった。リューが気づいた時にはもう遅かった。リューの勝負を彼らは最初から放棄し、ただ陥れることだけに徹していた。自分の失態をどう挽回するか策を巡らせるリューに対し、テリーは負けたらシルを貰うと挑発を仕掛けた。

それに憤り、最終手段で暴れようとしたリューを止めたのはシルだった。リューの代わりにシルがゲーム入ることとなった―――

 

 

 

 

「では始めたいと思いますが、奥様はポーカーのルールはご存知ですかな?」

 

「はい。お店のどうりょ…ンンッ。屋敷のメイドたちに誘われて主人の目を盗んで興じておりました」

 

「……」

 

 

テリーの言葉に思わずぼろを出しかけたシルだが、何とか言い直して笑顔で答えた。それを横で聞いていたリューの頭の中には”みゃーたちはメイドじゃないニャーッ!!”と叫ぶ同僚たちとミア母さん(主人?)の姿が思い浮かんだ。

シルの返答にゲームを進めても大丈夫と判断したテリーはディーラーにカードを配るよう指示を出そうとするが、シルはさらに言葉をつづけた。

 

 

「お恥ずかしいのですが。私あまり難しい種類のは詳しくありません……ドローポーカーでもよろしいでしょうか?」

 

「ふむ……」

 

 

ドローポーカー。数あるポーカーゲームの中でもシンプルなものであり、配られた5枚の手札の中から役を作り一度だけカードを変更することが出来る。

先ほどまでやっていたゲーム自体変わっても、それぞれのチップに変動はなく。テリーたちの優位は変わらない。

 

 

「えぇ、問題ありません。それでは パンッ! ッ!」

 

 

突然、手を叩く音が響き沈黙が広がる。何事かと音の発信源を見るとそこには静かに目を閉じたシルの姿があった。一体どうしたのかと、周りの人間たちは彼女を注視する。

数秒の沈黙のあと、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

 

「勝負を降りる際には参加料の2倍の額を払うというのはどうですか? これ、メイドたちとよくやっていたルールなんです♪」

 

 

先ほどまでしおらしく貴婦人漂う姿を出していたかと思うと今度は少女のような楽しそうな笑みを見せた。

周りは彼女の言った参加料2倍の言葉に気を取られている者いたが、何よりそれに彼女を不振に思ったのがテリーだった。しかし、それもこの部屋の中では無意味だと考えを切り替える。どんな条件にしても自分の優位には変わらない。この部屋に置いて―――いや。

 

この最大賭博場(グラン・カジノ)ではギルドでさえ介入することが出来ない。ここでは彼が王なのだから。

 

 

「えぇ。良いでしょう」

 

 

 

こうしてゲームは開催された。ディーラーがカードを配りそれぞれのプレイヤーにカードが渡される。配られたカードを手にして自らの役を確認する。カードが配り終えたのを確認したディーラーが口を開く。

 

 

「それでは皆さん、ゲーム開始としましょう。それぞれチップを―――」

 

「わぁ!! 貴方見て、同じカードが4枚! これってフォーカードっていうのよね?」

 

「「「「「「「っ!?」」」」」」」

 

 

リューにカードを見せて喜ぶシル。その姿に誰しもが目を疑い息を呑んだ。

自分の役をバラしたのだ。それも全員に聞こえる大きな声で。流石のリューも驚き彼女の行動に目を疑った、しかしその姿は無垢な少女のように楽し気にカードを見せてきている。シルが何を考えているのかリューは分からず。彼女に同意しるように頷くしかなかった。

周りのプレイヤーもさすがの行動に驚きを隠せない様だが、これを騙欺(ブラフ)と判断した。あまりにも子供じみたブラフだ。世間知らずの貴婦人を装い、参加料の2倍のチップを払う条件で自分たちにプレッシャーをかけて、今のブラフで先手を取るつもりだと。

テリーはプレイヤーたちに目配せをする。それを確認した者たちが視線を交わし、一人の参加者が手を挙げた。

 

 

「君、アルテナワインの30年物を頼む」

 

 

手を挙げたのは初老のキャットピープルの男性。給仕をする男性に声を掛け、ワインを頼んだ。端から見れば、ゲーム興じる際に喉が渇いたから頼んだように見えるがこれは彼らが考えた暗号の一つ。30年物のアルテナワイン。これは手役に3枚以上の同名カードがあるフルハウスを意味している。こうした暗号が様々な所に隠されており、初めてこのゲームに参加した獲物を狩る為のものだ。

後は、彼が勝てるように周りの者は不自然の内容にこのゲームから降りるだけだ。

そうすると…

 

 

「おや? どうやらこの老いぼれとの一騎打ちになりましたな。どうなさいますかな奥様?」

 

 

こうして獲物を仕留める下準備が出来上がる。老人は優しい笑みを見せながらシルに尋ねる。

しかし、シルは自らのチップに手を伸ばし…

 

 

「じゃあ、レイズで」

 

「ふふふ。ずいぶん強気でいらっしゃる。なら私もレイズで…」

 

 

さらにシルを追い込んでいく。ここでおりても掛けられたチップは奪い取ることは出来る。

どう転んでも―――

 

 

「レイズ♪」

 

 

「「「「「っ!!」」」」」

 

 

彼女の行動にまたも息を呑む面々。普通なら考え思考を巡らせ次の一手を決める。しかし、彼女は何のためらいもなく勝負に来た。

これは本当にフォーカードなのだろうか?

シルの方に視線を向けた老人、それに気づいたシルは笑みを返すだけ。焦り一つも感じられない。それにただ、彼は恐怖を覚えていく。

そんなはずない、これはブラフだ。幼稚な駆け引きだ!と、彼は自分に言い聞かせ雑念を払った。

 

 

「ははは、よろしい。それでは勝負しましょう。私はフルハウスです」

 

 

老人は手役を見せる。そして、皆の視線はシルに集まる。さぁ、お前の負けだ見せてみろ!

そんな視線を送られる中、彼女は楽しそうに手役をテーブルに広げた。

 

 

「フォーカード」

 

「ッ?!」

 

 

彼女が出したのはジャックのフォーカード。彼女の勝利だ。増えたチップを見て、楽しそうに微笑むシル。

しかし、周りはそれどころではなかった。ブラフではなかった。自分たちの考えすぎか、それとも……

 

まだ1戦のがしただけだ。次がある、と彼らは次のゲームに意識を戻した。

 

 

だが、彼等の疑いは晴れることはなくなっていく。

 

 

 

「すごい! 貴方、今度は全部同じマーク!」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

また同じ手を使う彼女に周りは動揺が走る。今度も本当に、揃っているのか? いや、それともブラフか?

それを確かめるために彼らは降りることを選んだ。人間はこうした局面に立たされると逃げの一手を選んでしまう。これは様子見ではなく、明らかな”逃げ”。時間に身を任せようとする逃げなのだ。

 

そして、彼女が見せる手役はクラブのフラッシュ。

 

 

「また私の勝ちです♪」

 

 

最初に宣言したとおりの役が目の前に広げられる。そうして、彼女の前に多くのチップが運び込まれる。

これを見たプレイヤーたちは一つの答えを導き出した。

 

ブラフじゃなくここまで強い手が続く。これは単純に彼女の引きが強すぎるんじゃないか?

 

そこからは彼女の独断場になった。

 

 

「ストレート♪」

 

「お、降りる!」

 

「私もだ!」

 

 

彼女の手役宣言に臆したプレイヤーは足早に勝負を手放す。そして最後には彼女しか残らず―――

 

 

「あら? 皆降りてしまったんですね」

 

 

シルの不戦勝となる。彼女のもとにチップは集まり伏せられたカードをディーラーが回収し、シルも手にあるカードを伏せて渡す。

これが何度も繰り返され、他のプレイヤーよりも一番少なかったチップが今では追いついて来ていた。

粛々とゲームを続ける彼女に対して、テリーは疑いの目を向ける。しかし、ディーラーや周りを囲む護衛達にも視線で確認を行うが不正はしていないと首を横に振られるだけ。

そして、何度目かのゲームが終了したとき―――

 

 

「あら、いけない」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

彼女の手からカードが滑り落ち手役を見て、周りは目を疑った。

このゲームのはじめ彼女はフルハウスを宣言した。しかし、テーブルの上に落ちた手役を見ると何役も揃っていない。いわゆるブタだったのだ。

この時、周りのプレイヤーは彼女に踊らされていたことに気づいた。すべてはブラフ。ただ、遊ばされただけ。

そんな周りのことなど気にしてないシルはディーラーにカードを返却して何食わぬ顔で座っていた。そんな彼女の態度に周りは苛立ち、こんな小娘に弄ばれていたのかと剣幕を変えた。

 

そして次のカードが配られ、シルは先ほど変わらず。

 

 

「フルハウスだわ!」

 

 

全く同じ手を用いてきた。

我慢の限界を超えたプレイヤーたちは己のチップを掴むと場に荒々しく出していく。しかし、この状況をテリーだけは焦り見ていた。

これは明らかな挑発。ここで勝負に出れば明らかに相手の思うつぼ。

 

 

「私もレイズだ!」

 

 

周りの共謀者に視線を向けるも、頭に血が昇りきった彼等には届かない。プライドを汚された彼らは、目の前の女性を力づくで落とそうとするのみだった。テリーは心の中で叫び続けるしかなかった。

声を出して止めれば、自分たちが共謀していたのがばれてしまう。それは避けねばならなかった。

だが、彼の言葉は届くことなく……

 

 

 

「そ、そんな……」

 

 

彼女の手役は宣言通りフルハウスだった。

安い手で挑んだ彼等が彼女にすべて奪われてしまう。一人のプレイヤーの前からはチップがすべて消えていた。

彼女の前には誰よりも多くのチップが置かれており、それを見て初めてあれが挑発だとプレイヤーたちは気づきこの光景に息を呑んだ。テリーだけは頭を抱え現状を周りのプレイヤーの短慮さに嘆く。

そんななか、シルは用意されていたカクテル入ったグラスを取ると一口飲み、淡々と喋り出した―――




シル無双発動中!!


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幸運の白兎が少女の下に訪れるのは間違いだろうか?

あれ?
主人公不在が続いてるんですが……ま、いいか


ディーラーがカードを配り、ルーレットを回し、プレイヤーが勝ったと叫び、時には負けたと嘆きそれを見ている観衆も共に声を上げる。様々な音が響き、その一つ一つがカジノを盛り立てていく。しかし、同じカジノに居るだけで、一つの扉を隔てているだけのこの部屋に、今は音が無い。

いつもの様に連れられたオーナーが選んだ獲物を弄び、狩るだけのゲームなはずだった。それなのにどうだ?

弄ばれ、狩られているのは自分たちではないか……

 

誰も言葉を発することが出来ない部屋で、この原因を作り上げた少女が口を開いた―――

 

 

 

「皆さん、知っていますか?」

 

 

静かに問いかける。この卓についている人間しか聞こえないであろう声量のはずなのに、それは部屋中にいるすべての人間が彼女の声に反応した。

全員の視線が彼女、シルに集まるなか。手に持つグラスを傾け、カクテルを少し流し込む。最初のしおらしさや少女のような笑顔ではなく。気品ある女性のような姿を今度は魅せていた。

 

 

「神様の中には”魂”の色を見抜いてしまう女神が居るそうですよ? なんでも…彼女の瞳は魂の揺らぎを見て、子供たちの心まで暴いてしまうのだとか」

 

 

急に何を出だすのかとゲームに参加するテッドたちは彼女を見つめる。グラスに入ったカクテルを静かに見つめ、物思いに耽るようだった。

誰一人口を開くことが出来ない、抑制されているわけでもない。ただ、何かに縛り付けられているようで…

 

 

 

「もちろん。私にはそんな女神さまの瞳は持っていませんが、好きなんです人を視ることが…

 

たくさんの人がいると、たくさんの発見があって目を輝かせてしまう。それで、人間観察ってことを続けてるうちに、なんとなーく分かるようになったんです

 

 

 

その人が今何を思っているのかを―――」

 

 

「………」

 

 

この話を聞いたテリーだけは彼女の真意を探ろうとしていた。

何が言いたい? これもブラフか? それとも本当に…考えれば考えるほど彼女という沼に飲み込まれてしまいそうになる。

他のプレイヤーに関しては、もう考えることは出来なくなっていた。彼女の言ってることは真実だ。だから。すべて見破られた。何をしても、見抜かれてしまう。息が詰まる……早くここから抜け出させてくれ!!

そんな状況でも彼女の言葉は重ねていく。

 

 

「本当か嘘か? 怒っているのか悲しんでいるのか? 焦っているのか苦しんでいるのか? 白か黒か?

 

瞳は色んなことを教えてくれるんです」

 

 

彼女が言葉を発するたびに彼らは沼に引きずり込まれる。抵抗ができない。しても無駄なら早く殺してくれ!!

シルを見て恐怖する者、絶望で声を発することが出来ない者、ついには頭を抱えて現実から目を背ける者まで現れた。

ただ一人、テリーだけは彼女を静かに見つめる。王たる俺がこんな嘘かどうかも分からない言葉に放浪されている?

ふと、テリーの視線に気づいたのかシルが視線を向けた。ジッとテリーの姿を見て

 

 

クスッ―――

 

「ッ!」

 

 

可笑しそうに笑ったのだ。

何故、自分を見て笑う? 彼女の視線を辿る、そしてテリーは気づく。自分の手が震えていることに。

意識とは別に体が彼女に恐怖している。底知れぬ何かにおびえていたのだ。

 

 

「おい! 次のカードを配れ!!」

 

「は、はい。それではゲームを再開します」

 

 

これ以上、彼女の好きにさせてはならないとゲームを無理やり開始した。

配られたカードを取り、恐怖を払いのける。しかし、テリーの中には彼女に対し憤りを感じていた。

伯爵夫人? 若奥様? あれは”魔女”ではないか! 言葉という魔法を使い、次々にプレイヤーを恐怖で包み込んでしまう悪辣な魔女だ。

 

あの不気味な予告手役も、参加料の二倍払いという追加ルールも

 

起死回生の手役を待つことが出来ず、弱小の手役で勝負に出なければならないタイミングで、この魔女は確実に刈り取っていく。

全てが彼女の掌の上の出来事だった。

 

しかし、気づいた時にはもう遅く。シルに恐怖したプレイヤーたちが、一人また一人とチップをすべて無くしていき。

最後にはオーナーのテッドとシルの直接対決になった。二人だけの対決。周りに控えるテリーのコレクションで集められた女性たち、護衛の男性たちでさえ息をするのを忘れたのではないかと思うほど静かに、この勝負が最後になるであろう配られるカードを見つめる。

 

ついに二人だけになってしまい、ディーラーから配られるカードを見つめながら打開策を考える。どうやってこの局面を乗り切ろうか。

底知れぬ恐怖で押しつぶされそうになるテリー。しかし、配りきられたカードを見て彼の表情から恐怖という恐れは消えて行った。

 

 

キングのフォーカード

 

 

カードを持つ手が震える。それは恐怖ではなく、自分に訪れた奇跡にだ。この引きの強さこそまさに王。最後に勝利の女神が微笑むのは俺だ!!

漏れ出す笑みを堪えるのでテリーは必死だった。彼女が人の手役を見透かせようともはや関係ない。手にあるカードを卓に伏せ、自分の持つチップをすべて押し出す。ここで一気に流れを変えるために!!

 

 

「オールイン!!」

 

 

突如、響くテリーの声。全額札投入。オールイン。

この状況下でそのようなことが出来るのは、愚か者か絶対に勝てる手役を持っているかしかない。周りのプレイヤーは知っているテリーという人物が勝負事で愚行に走るような男でないことを。

彼等の中に一筋の光が見えた。

 

 

「……ドロー」

 

 

しかし、そんな中でもシルは一人手役を見つめているだけ。ゆっくりと二枚のカードを選び卓に伏せ、ディーラーに渡す。それを見たディーラーは伏せられたカードを回収し、新たなカードをシルの前に二枚渡す。

伏せて渡された二枚のカード。シルはそれを手に取り確認すると少し驚いた表情を見せたかと思うと、嬉しそうに笑みを漏らした。

 

 

「ふふ、ちょっとだけあやかれたら……なんて思っただけなのに―――」

 

 

カードを胸元に抱くようにして嬉しそうに笑うシル。何を引き寄せたんだ、とテリーは彼女を見つめると視線が逢った。

 

 

「ッ!?」

 

 

テリーの背筋に底知れぬ悪寒が走った。

かち合う視線。先ほどまで幸せそうに笑っていたはずの彼女の表所は消え去っており、静かに自分を見つめている。その瞳は自分を覗き込んできているような感覚を覚えた。

だが、それは彼女がこの場で作り上げたまやかしだと自分に言い聞かせ、睨み返す。すると、シルは自分のカードにまた視線を戻して自らのチップに手を伸ばす。

 

 

「私も、オールインで……」

 

「では……ショーダウン!!」

 

 

躊躇うことなくシルもテリーと同じようにすべてのチップを賭ける。この一戦ですべてが決まる。この場の全員が固唾を呑んで見守るなか、ディーラーから手役開示の掛け声でた。

 

 

「フォーカード!!」

 

 

宣言と共にテリーは自分の手役を卓に叩き付けるようにして見せる。

K(キング)のフォーカード。彼の見せるそれは、この場において自分が王だと誇張しているかのようだ。それを見たプレイヤーの数人はこれなら勝てるのではないかと少しの希望が湧いた。しかし、それを目にしてもこの卓にいる少女の顔色は一つも変わらない。

全員の視線が彼女に集まる。

 

 

「今日の私は、どうやら”幸運の兎さん”にされているみたいです」

 

 

そうして、彼女は手役をこの場に居る全員に見えるように開示する。

それを目にした者たちは驚愕の余り息をするのも忘れ彼女の手の中にあるカードから視線が外せなくなった。

 

 

 

10、(ジャック)(クイーン)、ジョーカー、エースのスペード

 

 

ポーカーのゲームで最強の役―――

 

 

「ロイヤルストレートフラッシュ」

 

 

「ぁ……そんなことがッ」

 

 

テリーはディーラー、そして彼女を監視させていた周りの護衛に不正があったのではと睨みつけるが誰一人として首を縦に振るものはいなかった。

不正でないとしたら、この土壇場で引き当てたのか!? テリーは額に青筋を浮かべるほどに怒りを露わにする。

しかし、そんなことは気にも留めずシルはもう一度手の中にあるカードを見つめ笑みが漏れる。それは道化師と共に映る一匹の”白い兎”。それが彼女には恋焦がれる一人の少年に思えてくる。自分に幸運を運んでくれたのは彼なんだと、白いウサギが描かれたジョーカーを優しく慈しむ様に抱き寄せた。

 

そうして、ディーラーによりシルの下にチップが渡される。シルはこの卓に置かれていたチップがすべて自らの手元に置かれているのを確認すると、ずっとそばで見守ってくれていたリューの方へ振り向く。

 

 

「ねぇ、リュー? これって……」

 

「はい。

 

 

――あなたの勝ちです」

 

 

 



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恋人のピンチに駆けつけるのは間違いだろうか?

全てのチップを手中に収め、完全勝利を果たしたシル。後ろに控えるようにして立っていたリューは彼女の勝利に軽く頭を下げる。それはまるで女王に使える騎士の様にも見えた。

目の前の二人に怒りを露わにするテリー。それに気づいたシルは優しくテリーに微笑んで口を開く。

 

 

「それでは約束通り。主人の願いを聞いていただけますか?」

 

「……っ」

 

 

苦虫を嚙み潰したように顔をさらに顰めるテリー。リューと最初に交わした条件”勝者の願いを一つ叶える”というもの。

たかが口約束。しかし、他のゲストが居る前で交わした約束である為、あの口約を破棄することなんてできない。

テリーはアンナの方を静かに見つめた後、落ち着きを取り戻すために軽く息を整えた。

 

 

「……よろしい。彼女にはしばらく暇を出すことにしましょう。思えば異国から来たばかりで疲れているでしょうからな」

 

「……ッ」

 

 

テリーの言葉にアンナは本当に自分は助かったのかと信じられなかった。しかし、テリーは黙り込み。勝負に勝ったマクシミリアン夫妻は自分を静かに見つめていた。自分は助かった、自分を救い出してくれた二人の下へ歩いていく。

それを確認したシルは席を立ち、こちらに歩いてくるアンナを招いて優しく抱き寄せた。彼女の方は不安からか、それとも助けられた安堵からか静かに肩を震わせていた。

 

その姿を静かにテリーは怒りを抑えながら見ていた。まだ手に入れたばかりで一度も愉しんでいないというのに、手放してしまうとは……

目の前にいるエルフの男。自分に恥をかかせたことを後悔させてやろうと考えながら、とりあえずこの場は終わらせようと話を切り出す。

 

 

「これでよろしかったですかな、マクシミリアン殿? それでは…」

 

「いや、まだだ」

 

 

眉がゆがむ、口元が怒りで吊り上がる。

抑えきれない怒りを何とか抑え込む、目の前のエルフはまだ何かを要求するつもりだ。確かに”アンナを連れて帰る”とは言ってはいない。

しかし、ここに来たのは娘が理由であるのは明確。それなのにまだ要求する強欲なエルフに殺意を覚える。なんとか冷静を保ちつつ、目の前の強欲エルフに問いかけた。

 

 

「いやはや、マクシミリアン殿はエルフにも関わらず強欲でいらっしゃる。私にどれだけ愛する者達を手放さなければいけないのですかな?」

 

 

 

 

「……すべてだ」

 

 

この場にいるテリーによって攫われてきた女性全員がリューの言葉に驚き彼を見つめた。周りのゲストはあまりに強欲すぎる要求に信じられず固まり、テッドに至っては目の前のエルフが何を言いだしたのか理解できずに耳を疑った。

これで何度目かの静けさが貴賓室を覆う。しかし、そんな中で可笑しそうに笑い声を抑える少女がいた。テリーはその声の主であるマクシミリアンの妻を見た。

 

 

「主人はとても欲張りなんです」

 

 

 

「ふざけるなぁッ!! たかが一度ゲームに勝ったぐらいで、何様のつもりだ!!」

 

 

ついに怒りを抑えられなくなったテリーは荒々しく立ち上がると椅子は勢いよく倒れ込んだ。

目じりを吊り上げ両眼は血走り、形相が怒りで歪む。それは今まで誰も見たことのない姿。彼から溢れ出る憎悪と殺意に周りにいる人間は恐怖のあまりに身を震わせる。

 

 

「この俺を敵に回して生きていけるとでも思っているのか? ギルドが守ってくれるなんて大きな間違いだ! 娯楽施設(サントリオ・ベガ)から出向している俺は――― 「違う」 」

 

「貴方はサントリオ・ベガから来た人間でも……そもそもテリー・セルバンティスなどという名前ですらない。貴様の名前は

 

 

テッド」

 

「ッ!?」

 

 

テッド。

目の前のテリーに告げられた聞き覚えのない名前に周囲はどよめきだす。しかし、当の本人は先ほどの怒りが消えうせ目は動揺で揺らいだ

 

 

 

「何を根拠にそんな戯言を…」

 

「…自身が潔白であると言うのなら、コレを使えばいい」

 

「ッ!(開錠薬(ステイタスシーフ)!!)」

 

 

懐から出された一つの小瓶。それは神が眷属に刻んだ恩恵を暴くアイテム。どこかのマッド・アルケミストが趣味で作り上げた代物。

もし、テリーが神の眷属であるのならば、このアイテムにより神の名と共に刻まれた本当の名前が明かされる。マクシミリアン夫妻と名乗る二人とテリー以外の周りの人間は、彼等が何を言っているのかが分からなかった。

もしかして、このエルフの若者が言っていることが本当なら……

 

 

「ふふふ…これはとんだ言いがかりをつけられたものだ。くだらないでまかせに耳を貸すつもりなど毛頭ないが―――」

 

 

テリーは静かに手を上げる。すると、テリーを守るようにマクシミリアン夫妻を取り囲むように護衛の私兵が詰め寄ってくる。

 

 

「この俺。ひいては店の沽券に関わる戯言を吹聴して回る輩を生きて返すわけには行かん」

 

「お、オーナー。どういうことですか…」

 

「……」

 

 

事の異変に気づき始めたゲストや店のディーラー達。テリーに声を掛けるも、彼は返事を返すことなく静かに目の前の二人を見つめるだけ。

ここに居たら自分たちも巻き込まれてしまう。みの危険を感じ始めたゲストたちは椅子から立ち上がり周りにいる女性たちを払いのけ距離を取り始めた。

周りがざわめき始めるもテリーの耳には届いていなかった。考えるのは、何故目の前のエルフが自分のことを知っているのかということ。

 

 

「一応……そう一応、殺す前に聞いておいてやろう。貴様、何者だ」

 

「………借ります」

 

 

手にあるアイテムを胸ポケットにしまい。シルの身に付けている薄紫色の半透明のショールを借り、ふわりと頭に巻き付けた。

ショールによって顔のほとんどが覆われ、見えるのは眼帯をしていない右目のみ。

 

 

「私に覚えはないか?」

 

「……?」

 

 

テッドは目の前のエルフが何を言ってるのか分からなかった。ショールにより隠された顔を見るが判断できない。

見えるのは右目の空色のひと、み……

 

 

「ぁ……」

 

 

テッドは気づいた。自分を見下ろすようなあの空色の瞳を思い出してしまった。それは過去の記憶、記憶の片隅にあった過去の恐怖はフラッシュバックされ身を震わせる。

 

 

「ま、まさか…」

 

 

常に覆面で顔を隠し、当時から素性が不明であった名うての第二級冒険者。

 

 

「リオン……」

 

 

彼の剣姫と事あるごとに比べられていた実力者であり、同時にアストレア・ファミリアのもと数多くの悪を断罪してきた正義の執行者。

 

 

「疾風のリオン! 貴様、生きていたのかッ!!」

 

「……」

 

 

アストレア・ファミリアが敵対する敵の罠に嵌められ、彼女以外の団員は全滅。さらに愛していた恋人は一生消えることのない傷を負い絶命寸前。

復讐者としてリューは激情のままに、正義とは言えない方法ですべての者に報復し力尽きていた。そこからは生きる希望を失った彼女をシルに助け、ギルドのブラックリストに載っている自分自身を”豊穣の女主人”で匿ってもらえるようにとりなしてくれた。

さらにファミリアを捨てでまで自分を探し続けてくれたカイトまでをもミア母さんは店に迎え入れ、おかげで二人は今の自分たちがある。

 

だからテッドには敵のファミリアと”疾風”は相打ち、それを知ったカイトは絶望して姿を晦まし無残に死に絶えたという噂を信じていたのだろう。

二人の亡骸が無くても”疾風”と”夜叉”の噂がオラリオから途絶えたから。

 

 

「噂、か……。テリー、いやテッド。名を偽ったお前の所業は噂で聞いていた」

 

「ッ!」

 

「大賭博場区域に出没する悪党の特徴や情報。灰色の行いの手口。それは私たちの良く知っている者だったからだ。そして、今日お前を見たときに確信した」

 

「…なんだと…」

 

 

完璧だと思われた偽装は全て目の前のリューに暴かれていた。次々に暴かれる彼の素性に息を呑む。

ふと、リューは部屋の隅に視線を向けた。テッドは何があるのかと同じように彼女の視線の先を見る。そこには関係者用の入口があるだけだった。何かあるのかと疑い始めたテッドだったが、リューの喋り出したことでその考えは消え去った。

 

 

「なぜ、私達がお前の悪行を見逃してきたのか……分るかテッド?」

 

「……ッ」

 

「理由は二つある。一つは私達にもう正義を語る資格がないから……そして、もう一つ―――

 

 

ひれ伏して懺悔するお前をアストレア様がお許しになる機会を与えたからだ」

 

 

 

彼女の言葉にテッドの脳裏にあの時の光景が呼び起こされる。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

あれは悪事に手を染めた違法者たちと若かりしテッドをアストレア・ファミリアと共闘していたガネーシャ・ファミリアのカイトが一網打尽にした。

最初は抵抗したが圧倒的な力を前にテッドは怯え恐怖し、震えながら膝間づき泣きながら懺悔をした。

 

 

【助けてください! たすけてくださいいいぃぃぃッ!!】

 

【もう二度とこんなことはしませんから! どうか! どうかぁ……】

 

 

地面に何度も頭を打ち付けて許しを請うテッドの姿にアストレアは慈悲をもってテッドの言葉を聞き入れた。あるいは、信じたかったのかもしれない。子供たちの改心と更生、不変ではない下界の住人が変わることが―――

 

 

 

―――――――

 

 

 

「しかし、お前はアストレア様の厚情を無下にした。私欲を止めず、貪りつづけた。だから―――

 

 

お前にはもう免罪の余地はない

 

 

「や、やれぇ!! お前らぁ!!」

 

 

テッドを射殺すかのように瞳を鋭く光らせるリュー。その姿にテッドは怯え、自分と彼女たちを取り囲むように控える私兵に命令を出す。

テッドの命令通り私兵たちはリュー達に襲い掛かる。アンナは怯えてシルに抱き付く、シルは抱き付いてきた彼女を優しく抱きしめ小声で話しかける。

 

 

「大丈夫。リュー達が助けてくれるから」

 

「…え?」

 

 

優しく声音で囁いてくれるシルの声。しかし、アンナはふと疑問を感じた。

リュー”達”が助けてくれる?

その間にも襲いかかってくる私兵たち、しかしリューは動こうとはしなかった。ただ静かにテッドを見つめ―――

 

 

「私はなにも二人でここに来ていない」

 

「――――――ッ!?」

 

 

自分を見据える目の前のエルフにさらなる恐怖を感じた。

いつも疾風の横には必ず夜叉がいた。彼女と同じ空色の瞳を持つ男。聞いたことのない術を用いてはアストレア・ファミリアと共に共闘をしていたガネーシャ・ファミリアの元団長。疾風のあとを追うように姿を晦ませ死んだと噂が流れていた。

しかし、目の前には死んだと思われていた疾風がいる。疾風が生きているならあの男が死んでいるという噂も―――

 

 

「があッ!?」

 

「ひっ!」

 

 

そう考えた瞬間、テッドの目の前に数多くの光の柱が降り注ぎ私兵たちを貫き地面に抑え込む。苦しみもがく目の前の兵たち。しかし、死んではいない。押さえつけられた痛みに声が出ていない。

テッドは昔に味わった痛みが蘇る。怯えて声が出てしまう。恐怖が押し寄せる。息ができない。

 

周りにいた女性やゲストたちも急に現れた光の柱に戸惑う。

 

 

「来てくれると思っていました」

 

 

リューは静かに話しかける。しかし、それは誰に向けて言われた言葉なのだろうとアンナは不思議そうに見つめる。

周りも何が起きたのか、彼女は誰に話しかけているのか分からずただ静かに見つめた。ただ、テッドだけはこの光の正体も誰が使用したのかを知っている。

 

 

コツ、コツ………

 

 

静まり返るなか、足音だけが聞こえてくる。ゆっくりと確実に近寄ってくる足音にテッドは思いえぬ恐怖を感じ、リューの表情が和らいだ。それを見たシルは何処か可笑しそうにクスクスと笑みを見せる。

訳が分からないと、シルに抱き付くアンナは混乱していくだけ。

 

自分たちの近くまで聞こえてきた足音は不意に止まり、何も聞こえなくなる。すると、急に目の前から一人の青年が現れた。アンナを含め周りも驚き目を見開く。蒼い髪にリューと同じ空色の瞳。喉元は切り裂かれたような大きな傷跡。彼の右手の中には黒いヘルムが握られていた。

 

リューの横に現れた青年は彼女と視線を交わし、優しそうに微笑んだ。そして、目の前にいるテッド睨みつける。

テッドは彼の姿を見た瞬間、疑惑から確信に変わった。

 

 

「あの方に代わって、私達がお前を裁く!!」

 



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気配もない恋人の姿を視認できるのは間違いだろうか?

今回はカイト視点でお送りします。


カイトに伝えられた言葉にベルは大きな声を上げて驚いた。周りがそれを聞いてベルの方を振り向くがそこには誰もおらず、首を傾げた。

ベルが声を上げた瞬間、カイトは彼の口を押えてその場を離れた。一緒に連れてきたベルは口を押えられて、彼の腕を叩いて放してくれと示した。

 

 

「もごご!」

 

『騒いじゃだめだよ?』

 

 

広間の端にまで移動したカイトと口を塞がれながら連れられたベル。

彼の忠告にベルはコクコクと頭を何度も下げる。それを見たカイトはゆっくりとベルの口から手をどけ、ベルは大きく息を吸った。

 

 

「大きな声を出してごめんなさい。けど、どうしてそんなことをする必要があるんですか?」

 

『……理由はいえなんだが、君の協力が必要だとシルが判断したんだ。俺達を助けて欲しい』

 

「……僕で良かったら!」

 

「なになに? 楽しそうなこと話してるねぇ♪」

 

「うわぁ!?」

 

 

ひょこっと急に出てきたのはベルと同じファミリアのルイ・ホークだった。神出鬼没な彼はベルが驚いた姿を見て楽しそうに笑った。

 

 

「ルイ! いつの間に……」

 

「ベルッちがなんか変な所に連れられるのを見てからずっと近くに居たんだけど……気づかなかった?」

 

「へ? で、でもあそこには僕しか連れられてなかったよね……」

 

「これを使えば簡単さ♪」

 

 

そうして、彼がヒョイッと取り出したのは黒いヘルム。カイトは何処から取り出したのかと疑問に感じたが、それ以上に驚いたのはベルだった。

 

 

「えぇ?! それ、ハデス・ヘッド! なんでルイが持ってるのさ!?」

 

「元はヘルメス・ファミリアに所属してたんだよ? それにこれを最初に考え着いたのは僕で、万能者(ペルセウス)が僕の考えをもとに創り上げたのがあの時のだよ」

 

 

あの時とは、以前18階層でモルドがベルトの試合で使用したアイテムのことだった。使用者をあらゆる視覚から姿が消えるように作られたアイテム。そのハデス・ヘッドはベルが戦いの際に破壊していた。

呆気にとられるベルを無視して、指でクルクルとヘルムを回しながら話をつづけた。

 

 

「つまり、考えたのが僕なら作れないわけないよね♪」

 

「でも、ホームやルイの部屋で見たことなかったんだけど?」

 

「そりゃ、今日のために昨日作り上げたからさ。いやぁ、”マッド・アルケミスト”の名は伊達じゃないね」

 

「そ、そうですか」

 

 

額っと肩を落とすベルを不思議そうに見ているルイ。”おーい、どったのベルちん?”と頭をつついている。

そんな二人のやり取りをカイトは静かに見ていた。いや、正確にはルイの手にあるハデス・ヘッドに視線が向く。それに気づいたルイがハデス・ヘッドを見つめるカイトの視線に無理やり入り込み、彼の瞳を除いてくる。

急に視線に入ってきたルイにカイトはギョッと驚いた表情を見せる。

 

 

「どうにもこれを使いたそうに見えるよ……確かにあの中に忍び込むには必要不可欠だよねぇ?」

 

「ちょ、ちょっとルイ!」

 

『何が望みだい?』

 

 

分かりやすい挑発を見せるルイ。慌ててベルが間に入り込みルイを止めようと試みるが引くつもりはない様子。

カイトも同じように静観していたが、指で文字を綴る。面白そうに指でなぞられた光る文字を眺めるルイだが、描かれた文字をすべて目に通すと楽しそうに笑う。

 

 

「話が早くて助かるよ。なら、豊穣の女主人で一週間僕たちが頼んだ料理は全てタダってことで、どう?」

 

「ちょっと、ルイ! ぼくはそんな事――」

 

『良いさ。明日からでいいか?』

 

「カイトさん!?」

 

「ククク、じゃ。商談成立ってことで……はい。あげる」

 

 

無造作に投げられたヘルムをカイトは慌てて受け取る。ルイは楽しそうに笑みを見せてベルの肩に手を回す。

急に肩を組まれてベルは少し態勢を崩しかけたがなんとか踏みとどまる。

 

 

「さ、明日からの宴会がなくならない様にモルっち達にも協力して騒ぎましょう!!」

 

「ちょ、ちょっとルイ!?」

 

「あ、そうだ。ついでにこれもあげるよ」

 

 

作戦をすべて盗み聞ぎしていたルイはさっさとモルドたちの下に行こうと足を進めていたが、思い出したようにクルリとカイトの方へ振り返った。

何かと思えば、折りたたまれた紙を投げ飛ばされる。宙に舞う紙を受け取り眺める。

綺麗に折りたたまれていた上質な紙を広げる。そこに描かれていたのはこのカジノの見取り図だった。流石の代物に驚き、地図から目を離しルイを凝視する。

そんな彼の姿を面白そうにクククと笑ってみている。

 

 

「初めての場所に来たら探索するのが冒険者の性じゃん? いろいろな道具を拾ってしまうのも仕方ないよねぇ」

 

「いや、それって泥棒おわぁ!!?」

 

「それを言っちゃダメだよ、ベルちん? さっさと行くよぉーーー」

 

 

またも急な方向転換でルイに肩を組まれているベルは視線がグルっと回ったことにまた驚く。ほぼ引きずられるように連れていかれるベル。

騒ぎを起こしてほしいとは言ったが、現状彼らが通る周囲の人たちは不思議そうに眺めていた。そういう意味じゃないんだけどな、とカイトは頬をかきながら二人を見つめ、手の中にあるハデス・ヘッドと地図に視線を落とした。

好奇心旺盛なマッド・アルケミストに今回は感謝し、カイトはヘルムを装着して周囲から姿を消した。

 

 

――――――

 

 

 

そうして、カイトは関係者用通路へ侵入しルイが手に入れた?地図をもとに貴賓室への通路を進む。ディーラーや給仕たちが開ける扉を素通りし、警備が厳重になっていく通路を慎重になりながらついに貴賓室にたどり着いた。

中を見渡すと一つの卓にエルドラド・リゾートのオーナーであるテリー・セルバンティスに扮したテッドと複数のゲスト。そして周囲に様々なドレスを着飾りゲストたちに給仕する女性たち。彼女たちはテッドが集めた女性たちであろう。

 

そして、今回の救出するべきアンナはシルに寄り添うように抱きついており、リューは彼女たちを護るように取り囲むテッドの私兵を見つめていた。

すでにアンナを救出するところまで成功したみたいで、今はリューの名推理の所だった。

 

 

「大賭博場区域に出没する悪党の特徴や情報。灰色の行いの手口。それは私たちの良く知っている者だったからだ。そして、今日お前を見たときに確信した」

 

「…なんだと…」

 

 

リューの言葉にテッドは驚きを隠せず狼狽える姿を見せる。

ハデス・ヘッドを装着しながら機会をうかがうために近づく。周りはリューを見つめていたが、リューは何かに気づいたのか視線を関係者用の入り口近くを見つめてきた。

周りはどうしたのかと彼女の視線の先に向ける。しかし、向けた先には何もない。

 

ハデス・ヘッドを装着したカイトしか。

 

 

『………』

 

 

流石にリューと視線がかち合いドキッと心臓が飛び上がる。何を発するでなく静かに確実にこちらを見据える彼女の姿。

周りはこちらを見ているが彼のいる周りに視線を泳がしているだけ。リューに見られた瞬間、ハデス・ヘッドを装着していないのかと慌てて頭を触るがしっかりとついている。

一人あたふたとしていると、またリューはテッドに向かって話し続ける。

 

彼の過去と今まで行ってきた彼に関する噂の数々、そしてアストレアに許されたにも関わらず私欲を肥やしていたテッドに対しリューは言い放った。

 

 

「お前はもう免罪の余地はない」

 

「や、やれぇ! お前らぁ!!」

 

 

テッドの掛け声で私兵たちは三人に詰め寄る。リューなら大丈夫だろうと思いながらも術発動の準備を始めたのだが、リューが動く気配がない。シルに至っては怯えるあんなに何か言って落ち着かせているが、何故落ち着いてるんだとカイトは不思議そうに見つめると――

 

 

「私はなにも二人でここに来ていない」

 

『ッ!?』

 

 

テッドに告げられたその言葉だが、それを聞いた瞬間カイトはすぐさま術を発動した。発動と同時に百歩欄干により私兵全てを光の棒で動きを止める。

急に現れた私兵を貫く光の棒に周りの人間は驚き息を呑む。テッドに至っては見覚えのある光の棒に恐怖で顔がゆがむ。

 

 

「来てくれると思っていました」

 

 

それを見たリューは何処が誇らしげに見えるのは気のせいではないだろう。謎の演出を見せようといたリューにカイトはため息を漏らしながら彼女に近づく。

静かな部屋に響く足音だけに周りは恐怖していたが、確実に足音の聞こえる先をリューはしっかりと見つめている。すでに気づいているのであろうシルは少し笑みを見せていた。

リューの横に立ちハデス・ヘッドを取り外す。急に現れた青年の姿に周りは驚きどよめく、ただテッドだけは見覚えのあるカイトの姿に震え恐怖した。

 

昔より恰幅がさらに良くなったテッドを見て、横にいるリューを見つめる。先ほどとは違い普段見せるリューの素顔に笑みが漏れる。彼女も嬉しそうに笑みを見せた後、二人はテッドを睨みつける。

 

 

「あの方に代わって、私達がお前を裁く!!」

 

 

かっこよく決めたね、リュー。そんな事を思いながら目の前のテッドを眺めるカイトだった。



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