私はヴィラン…多分 (まったいら)
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第一章 孤島編 1〜5歳
1.誕生


初めて小説を投稿するので、ここ変だよとかあったら気軽に教えて下さい。ヒロアカ面白いですよね。


上を向いているのか、下を向いているのか、わからない。

明るいのか、暗いのかもわからない。

でも、とても生暖かい。

ここがどこだかわからなかった。

 

私は誰?

どうしてここにいるの?

ここはどこ?

 

誰も答えてくれない。

 

ここに居たくない…

誰か、出して!

 

 

"よぉー、具合はどうだい、英里?"

 

誰?頭に直接語りかけているような声。

 

「もうすぐ生まれそうです。若旦那様」

 

それに女の人の声が返した。

生まれる?誰が?

 

ギュー

 

っ!何かが私を押してる…

ここから出して…ここは苦しい。狭い。何かが出ろって言ってる!

 

「っつ! 」

 

"おい、英里!大丈夫か⁉︎

陣痛が! 陣痛が始まりやがった!誰かぁ!"

 

痛い、苦しい。ここから出して…

 

ぎゅゅゆゅ

 

苦しい、辛い、痛い…

 

何か、ある、あそこに…

あそこに行けば助かるかも。

 

「奥さま、医者が来ました!」

苦しい…あそこに行くんだ

 

「奥さま、ひっひっふーです!」

辛い…もうすぐ助かる

 

「!もうすぐです!」

痛い…でも…

「見えてきました!」

…光だ!

「産まれました!元気な女の子です!」

 

辺り一面眩しすぎて全てが白く見える。

 

「おぉ、女子かぁ。めんこいのぉ。お爺ちゃんだぞ!」

 

と優しい声が聞こえた。

お爺さん? 私、この人知らない。怖い。

眩しい。何もかもが眩しくて涙が出てくる。

 

「ガハハハ、若旦那のお嬢は元気じゃな!

わしは勇爺じゃぞ」

 

新しい声。笑ってる。…怖くない?

 

「おい、勇士。今度は笑っとるぞ!表情がコロコロ変わるわい。流石わしの初孫じゃ。」

 

…声。敵意のない声だ。ほっぺが何か大きいものにツンツンされる。

 

「誰か体を洗ってやれ。こんな真っ赤だと気持ち悪いだろう、のぉ鯉影(りえい)?」

 

鯉影?…それは私のこと?

…鯉影…鯉影…鯉影。覚えた。

 

「これは失礼しました、お嬢!」

 

お嬢? それも私のこと?

 

「鯉影お嬢様、この婆やが洗わせてもらいまする。」

 

鯉影お嬢様?

 

体が生ぬるい所に入った。でもさっきみたいに窮屈じゃない。気持ちいい。

 

眠い。凄く眠い。

 

「おう、鯉影はお眠じゃ。寝かせてやれぃ!母親になった英里の隣での!」

 

「ふふっ。お父上様、ありがとうございます。」

 

暗い所に安心する匂い。とても好きな所だ。

近くにある温もりが心地よい。

何かこの女性は良い匂いがする。

 

そうして私の意識はシャットアウトした。

 

 

 

 

"おい早くしろ。この女とガキが起きたら厄介だっつってんだろ!"

"すんません、若旦那様。"

 

誰かの声。二人の男。暗かったから目を開けられた。

ぼやけてよくわからないがとても大きい身体が一つと普通のが一つ。

 

若旦那様?さっき暗い所で聞いた名前だ。

 

"ガキが目ェ覚ましやがった!…何で泣かねぇんだ?…気味が悪い。流石あんな奴の姪だぜ。"

 

"流石に御自らのお子をその様におっしゃるなど…"うるせぇ!""

 

「う…ぅん…、若旦那様?」

 

隣の温もりが動く気配がした。

 

"っ! 起きやがったか…おい、縛り上げろ!奴はもう着いたよな。こいつを連れて行け!…気味悪いガキの方もだ!"

 

「何をっ!若旦那様、私にこのような事をして!兄と決裂するおつもりですか⁉︎」

 

"お前の兄貴は正直ヤベェ。だからお前は他に男作って俺から逃げんのさ。俺は只の可哀想な男。お前はどこに行ったかもわからねぇ"

 

「何故この様な事を!」

 

"お前が男子を産まなかったからだ!"

 

若旦那様?は私を指差して言った。ん、私の事で怒ってる?私はこの男と安心する匂いを持つ女性の子供?

 

「この子は偶々女の子でしたが、次は…」

 

"次なんざねぇよ。連れてけ!お前はこの先一生娼婦だ!はっははは!"

 

娼婦?この男は何だか嫌いだ。嫌な笑い方。敵意のある感じ。

 

これが父親?冗談じゃない。

うわっ!

待て!連れてくな!辞めろ!

 

うわぁぁぁん

 

「っ…、あそこまで酷いとは思わなかった…ごめんね、鯉影。」

 

母親が目に涙を溜めて言った。

ごめん?何に対して?貴方は何も悪くない。

悪いのは父親の方だ。向こうに似ないといいけど。

 

"よぉ、今回はおめェが来たか。"

 

"はい。ややっ!これは物凄い上玉じゃありやせんか。コブ付きだけど。"

 

"俺のお古だ。売ってやる。"

 

"これはガッポガッポ間違いねぇですよ。"

 

"お互いにな。はっはっはっは!"

 

子供だからだろうか。こんな時なのに眠くなって瞼が重い。

 

「貴女の事は、私が必ず守ります。命に代えても。何たって母親ですもの。」

 

最後にこんな声が聞こえた。




初めてハーメルンで書いたんですけど、緊張しました。


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2.ヒーローのいない場所

あれから3年経った。

 

この3年間、母とずっと汚い部屋で過ごし続けた。掃いても掃いても綺麗にならない部屋で、毎日ボロボロになって帰ってくる母。

 

毎日が地獄の様だったけど、どんなに気分が悪くとも休まない母は、二人分の生活費を稼ぐのに必死なのだろう。

 

そんな母を助ける為に私はスリを覚えた。きっかけは同じ様な立場の先輩の子が誘ってくれたから。

 

ここに来る客にぶつかるというのは論外。

スリしたての頃、調子乗ったスリ仲間が、お母さんの客にぶつかって次の日死んじゃったから。

 

あれは怖かった。

 

 

私達は孤島って所に住んでいる。ヒーローが来れない場所だ。

 

そしてこの島は二つに分けられている。

 

右半分は上の世界(ノーブル)って呼ばれてる。

お金持ちの人が遊びに来る所。

 

もう一つは下の世界(ダンプ)っていって、

私みたいに捕まった人々が安いお金で働く所。上の世界の人に買ってもらったら、ここから出る事ができるって聞いた。

 

 

だから、私達は同じ島に住むダンプの大人からスキを見て盗む。

ここにヒーローはいないから、盗られた方の自業自得だ。

 

失敗して、捕まったら死ぬんだろう。 けど私は失敗しない。

お母さんの為にも、失敗なんて絶対するものか。

 

「鯉影、何処に行くのですか?」

 

「お母さん…、お外で遊んできます!」

 

「危ないから、お母さんも…」

 

「大丈夫っ、行ってきます!」

バタンッ

 

…ふう。

 

お母さんにはスリをしているという事は言ってない。心配かけたくないから。

歩き慣れた裏道や屋根の上を走り、目的地に行く。

 

「やっと来たわね!もう、毎回待たせて!!」

前方から高い声が聞こえる。

「怒んじゃないの。鯉影んとこはお母さん病弱なんだから。」

もう一つの少し大人びた声。

 

ここの子供達は、外の世界の子供よりも早熟らしい。ここに入る時に頭に薬を入れて、リミットを外すんだって。

 

「コナー、ベラ、おまたせ。」

 

「全くよ!」

 

「今日は何処でスろうか。」

コナーが腕でスリをする動作をしながら言う。

 

「そうだねー、今日は〜」

 

こうして、いつもと同じようにスリをした。当然のように私に失敗の二文字はない。

 

「じゃ、また次回。」

「コナー、鯉影、バイバイ!」

「うん。また今度ね、ベラ。鯉影もっ、ってもういないか。」

 

 

帰りに茶葉を盗んで家に入った。お母さんが好きなやつだ。この頃元気無いから喜んでくれるだろう。

 

「ただいま帰りました!」

 

… 返事がない。

 

あれ?お母さんがベッドに居ない。この頃気持ち悪いって言ってたし。何処に行ったんだろう。トイレかな。

 

"う…うぇ…、ゴッホ…ホッ…"

 

「お母さん⁉︎、どうしたの、…病気に!」

 

「う…、鯉影、お帰りなさい。楽しんで来ましたか?」

 

「そんな事より!」

 

「…別に病気って訳ではありません。

……貴女は、弟と妹ならどっちがほしいかしら。」

 

子供…

私、知ってる。コナーのお母さんがこの間言ってた。

私のお母さんやコナーのお母さんの仕事だと子供はできない方が

良いって。

 

子供を生まれない様にする言葉、確か…

 

「おろす?ことは出来ないの…?」

 

「っ!何処でそういう知識を得てくるのですか、全くもう。

はぁ、無理です。

 

…私の雇い主がそれはそれで客が増えるんじゃないかと…」

 

…、 嫌な奴…あのデブっちょ三段腹が。

 

「そっか。…これからは私も出来るだけ手伝います!一緒に頑張ろう?」

 

「…貴女にはただでさえ、色々やって貰ってるのに、これ以上は母親としての私が許さないのです。

どうか、自分の為に時間を使って下さい。」

 

自分の為に時間を使ってる人…ダメだ。嫌な奴らしか頭に浮かんで来ない。嫌いな目を向けてくる奴らしかいない。

 

「私は、お母さんと一緒に居たいから。ちゃんと自分の為に時間を使って生きてるよ。」

 

お母さんを安心させる為に精一杯の笑顔を向ける。

 

「…そうですか。ならば、私も頑張らなくては。」

 

お母さんもとても綺麗な、でもちょっと悲しそうな笑顔を私に向けて笑った。お母さんは困った時、いつもその顔をする。私は結構この笑顔が好きで、ちょっと前まではわざと困らせたりした。

 

この母の困った笑顔がもうすぐ私以外にも向けられると思うと、まだ見ぬ種違いの兄弟に、少し嫉妬した。




さっき、投稿したばっかなのにもう読んでくれてる人がいて、驚いてます。


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3.独りぼっち

兄弟が増えるという事は、当然お金がかかるという事だ。

 

だから私は、スリ以外にも色々な事に手を出し始めた。

少ないがちゃんとお金を稼ぐものだ。

 

子供だからと労働条件が酷かったり、払うと言われたお金を貰えない事もあった。だが、何とかお金を貯めていった。

 

「鯉影…、そんなに稼げる様になったんですね。」

 

「お母さん、体調はどう?」

 

「赤ちゃん、何とか産まれる事が出来そうです。貴女はお姉ちゃんになりますね。下の兄弟に優しくするんですよ。」

 

「分かってます!お母さん、もう横になって。赤ちゃんも疲れちゃう。」

 

お母さんのこの状態を見ると、兄弟が無事に産まれてくるか少し心配だ。

お母さんが無事に出産出来るか心配だ。

出産って確かお婆さんが雇われて来るんだった。

…この辺りにお婆さんなんて居ない。困ったな。

今度、ベラにお婆ちゃんがまだ生きてるかどうか聞いてみようっと。

 

コンコンッ

 

ドアがノックされた。誰だろう、お母さんの雇い主かな。

いや、あの人ならもっと強くドアを叩く。

私の知り合いなら私の名前を叫ぶ。

私の雇い主はそもそも私の家を知らない筈。

 

 

コンコンッ

 

…誰だ。わからない。こんな上品にノックする人は知らない。

変な奴かもしれないし、居留守にした方が良いな。

 

「鯉影、要件を聞いて来てくれませんか?」

 

「お母さんの知り合い?」

 

「いえ。そうではありませんが…」

 

…うーん。

 

ドンドンッ

 

今度は先程とは違うドアを殴る様な音。それに続いて

 

"とっとと開けろや!"

 

と言うお母さんの雇い主の声が聞こえた。

お母さんが慌てて開けようとベッドを出ようとするので、私が開けた。でも、後悔した。

 

黒いソフトハットを被った真っ黒いスーツの男が雇い主の後ろにいたからだ。一目で金持ちとわかった。

 

その男は私を通り越してお母さんを見ている。その野獣のような目が気に入らなくて、男が何か言うより先に声を掛けた。

 

「この様な所に何か用でしょうか。見ての通り何もありませんが。」

 

男は初めて私の存在に気付いたかのように大袈裟に肩をすくめ、

 

「用が無けりゃこんなゴミ溜め来ねぇよ。俺は俺の雇い主に言われてお前の母親を受け取りに来たんだ。」

 

……受け取りに?…どうして…?

なんでお母さんを、

 

「その腹ん中に居るのが俺の雇い主の子だからだとよ。」

 

目の前が真っ白になった。今何て言った?

種違いの兄弟の父親が迎えに来た?

お母さんのお腹の子の父親…?

 

「手続きはもう済ました。とっとと母親とお別れ言いな。」

 

…そっか。元いた子供を無かったことにすれば、コブ付きはコブ付きじゃなくなる。私はお母さんの子じゃない、ただの鯉影になるのか。

 

この人の雇い主は、たとえ相手が娼婦でも自分の子供が出来たら買い取るイイ人なんだ。外の世界に行けるお母さんを祝福しなくちゃ。お母さんにとってはとても良い事だ。

 

「そんな、私は娘と別れるなんて!」

 

「お母さん、私は平気だよ。この頃仕事も覚えてきたし…」

 

言葉に反して涙が出てくる…我慢しなくちゃ。

 

「この子はとても聡明で年不相応だけど、まだ四歳なんです。私はこの子と離れ離れになりたくない!それにこの子はステラ候補です。お役に立ちます!」

 

お母さんが目に薄っすらと涙をためて言った。

 

「うるせぇ…もう手続きは済ませたって言っただろうが!? 旦那、すんませんねぇ。」

 

雇い主が怒鳴った。

 

お母さんが私と離れるのは嫌だと泣いてくれる何て。それだけで嬉しい。

 

ソフトハットの男はそんな私の心を見透かす様に話しかけてきた。

 

「おい、娘。手続きは済ませたが、雇い主には俺から言ってやってもいいぞ、コブがいる買わない方が良いって。

…ま、母親の将来を考えるとこれが地獄から這い出る最後のチャンスだと思うが。」

 

ズンと心が重くなった。そうだ。ダンプから這い出るチャンスなんて限りなく少ない。

 

ましてや子供二人を抱えて女が一人で生き抜く事なんて 、不可能に近い。私だけでも凄く大変なのに。

 

「…お母さん。行った方が良いよ。お腹の子供にとってもそれが一番いい。私は平気だし、頼る当てがあるから。」

 

…嘘だ。お母さん以外に頼れる大人なんて居ない。でも、

 

「鯉影、私は貴女を置いては何処にも行きま「私の為にも!」っ!」

 

「行って下さい。お願いします。」

 

お母さんに初めて声を荒げた。お母さんには幸せになって欲しい。

私の最初で最後のお願い。

 

でも、お母さんは何も言わなかった。

 

「…子供がこんなに覚悟決めて言ってんだ。アンタはそれに返さなくて良いのかい?」

 

長い沈黙の末、ソフトハットの男が助け舟を出してくれた。

男の言葉で決心着いたのかお母さんは小さく頷く。

 

 

「ごめんね、鯉影。…ごめんね…」

 

お母さんは出て行く時に、ずっと身につけていたブレスレットをくれた。お守りだそうだ。

 

 

「…小娘。悪いな、お前から母親取って。わけあってお前さんは引き取れないんだ。」

 

今は、私とソフトハットの男だけしかこの部屋に残ってない。

 

「自分の子でもないから引き取らないでしょう。大丈夫、これがお母さんにとって一番いい未来だとわかってますから。」

 

「流石、ステラ候補の子だ。甘ったれな金持ちとは違うな。」

 

「これくらいしっかりしてないと、お母さん、私を置いていきませんよ。」

静かにそういうと、男は唖然とした後クスクスと笑った。

 

「そうか。んじゃ人生の先輩としてのアドバイスだ。もっと身嗜みを整えろ。顔はいいんだ、身嗜みさえ何とかすれば、お前はそこそこいい仕事を得られる。」

 

「?有難うございます。」

 

「餞別だ。受け取れ」

 

ソフトハットが頭の上に乗せられた。被ってみてわかるが私じゃ一生かかっても買えそうにない程の値段なのがわかる。我に戻って慌てて返そうとしたら、もう男はこの部屋を出て行った後だった。

 

こんな物をポンと渡せるこの男は本当にただの雇われ人なのか…

 

今は部屋から自分以外の人間の気配を感じない。

初めて寂しいという感情を覚えた。




はい、暗いですね。でもこっからはそうでもない。…はず


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4.社会の現実

シュラルフ様、粉みかん様、拙者の怒りが有頂天様、
評価ありがとうございます!これからも頑張っていきますので、宜しくお願いします。


あれから一年。

お母さんと過ごしていた頃とは全く違った生活をしている。

 

どうして変わったかというと生活費がかからなくなったからだ。何故かって?

 

個性が発現したからだ。

私の個性が誰からの遺伝かはわからない。が、とにかく便利なんだ。

 

私は個性に勝手に名前をつけている。

一つは「風雷」。もう一つは「錬金術」だ。

 

風雷は漢字の通り、雷を遠くで落とす事ができ、風を自由自在に操れるとても強い個性だ。

…が、風は強い風限定であるし、雷は自分に近ければ近いほど、威力が落ちる。遠くに放てば威力が高くなるが、五分に一つ放つのが限界。正直使い方がわからない。

 

役に立つのはもう一つの方。錬金術だ。

本当に錬金術かどうかわからないけど、遥か昔に私は誰かが錬金術を使っていたのを見た事がある気がする。この個性の構造がそれに似ていたから、錬金術と名付けた。

 

この個性は、物質の構成や形を変えて別の物に作り変える事ができるのだ。しかし、作り方が分からないと何も出来ないので、人によってはポンコツ個性でもある。

 

が、私の状況にとっては願ったり叶ったりな個性だ。別に私は高度な物が必要な訳じゃない。素材さえあれば、短い時間で作れる錬金術は最高だ。

 

例を挙げるなら、木の皿、木のスプーン、フォーク、まな板等々。

そういうものを安値で売り、得た金で身嗜みを整え、近場の糸工場等を金払って見学させてもらったり、文字の読み方を教わったりする。

 

そこで新しい知識を蓄え、新たな商品を作って、また売る。その金で知識を高める。その繰り返しで、随分お金に余裕ができた。

最近はスリなんかは辞めて真っ当なお金が入る仕事に力を入れている。

 

「あの…これ、ちょうだい。」

 

木のコップを手にとった客の手はまだ小さい。

3歳くらいだろうか。まだ、ダンプの子が受ける頭の手術の跡が残ってる。

 

「3ベルだよ。」

 

「これで足りる?」

 

「…それじゃ足りない。」

 

申し訳ないが、その値段じゃ売れない。この子には悪いけど、私も自分の為にお金が欲しい。

 

「そっか…」

 

男の子のどんよりとした顔が、いつか鏡で見た母さんが居なくなった頃の自分の顔にそっくりだった。

 

「どうしてコップが欲しいの?」

気がつくと、男の子を引き止めていた。

 

「ママがね、元気なくてね、ガッチャーンって、コップ落としちゃったんだ。」

 

「お母さんの為に新しいの買いに来たんだ…偉いね。」

そういうとはにかむように笑いながら、

 

「だって僕、もう直ぐお兄ちゃんだもん!」

 

男の子の顔は、いつのまにかさっきまでのどんよりとした表情から、満面の笑みに変わっていた。子供は表情がよく変わる。

あ、私も子供か。

 

「お兄ちゃんか…兄弟が生まれるんだ。おめでとう。」

 

「お姉さん、ありがとう!」

 

未来への期待。

良い事しか起こらないと思ってる顔だ。

かつては自分も似た様な顔をしていたんだろう。

 

「…そのコップ、値下げしてあげるよ。」

 

買ったコップを大事そうに抱えて帰った男の子。あの子はきっと未来は明るい方にしか行かないって信じているんだろう。かつての私のように。

 

けど、

未来は明るい事ばかりじゃない。例えば明日、親と離れ離れになる事だってあり得る。ある日突然奴隷の様に売られる事もある。私達は上の世界の住人(ノーブル)じゃないから。

 

私はこの世界に生まれて知った。

 

この世界の名前は弱肉強食。ここは、権力者にだけ優しい世界。

 

上の世界(ノーブル)の方を見ると、高い建物がキラキラ光っていた。綺麗な色の紙や写真がたくさん壁に貼られてる。そこに写っている女性の一人が、とても綺麗な服を着て、自信に満ち溢れた笑顔をしていた。

 

それを見て、思う。

 

人は、生まれながらに平等じゃない。

それが、齢五歳にして知った、社会の現実。




ヒロアカの試し読みの最初の言葉を使ってみた。


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5.売る者、買う者

アンチマテリアル竹輪様、投票有難うございます。


今日は木でできた少し大きめの家具を持って路上で売ることにした。値段はいつも通り、そこらで売ってる物の二分の一。

さぁ、今日も売るか!

……

………

 

「はい、椅子五つ!まいど!」

気前良い客を見送って少し、懐かしい声を聞いた。

 

「…鯉影?久しぶりね。」

 

「ベラ。」

 

「これ、貴女が作ったの?器用だねぇ。」

 

「そうだよ。…あれ。コナーは?一緒じゃないの?」

 

「私はもうスリしてないから、知らないよ。

鯉影は?私よりかは会ってるんじゃない?だってそれ売るだけじゃ、足りないでしょ。」

 

「私、生活費ほとんどかかんないから。」

 

「はぁ?何言ってんの…、?」

 

「私の個性。」

 

「…当たりを引いたってわけ?」

 

「うん。ベラは?今何してんの。」

 

「私は貴女のお母さんと一緒の仕事。幼女趣味の人、結構いるのよ。」

 

…あぁ、あれか。どうりで大人びて悪女っぽい見た目になったわけだ。あれ?ベラはお父さんと二人暮らしだった筈。そんなに金に困るかな。

 

「鯉影が考えてる事何となくわかったわ。私ね、お父ちゃんに酒代代わりに売られたの。でも雇い主には顔が良いからって重宝されてるのよ。」

 

…うわぁ。ベラも父親に売られたんだ。嫌な事聞いちゃったかもしれない。売られたってことは今より立場が下がるんだ。…私よりも下の立場っていうと、奴隷みたいなもんか。

 

「ベラさ、個性何?」

「指が硬くなって伸縮自在になる。まぁ、没個性よ。」

 

指が硬く…ねぇ。確かベラの死んだお母さんがそうだった。いや、別の人だっけ?

 

「…料理上手かったよね。」

「そりゃ父親と二人暮らしだったからね。自ずと上手くなるわよ。」

 

「家事も一通り出来てたよね。」

「まぁ。」

 

「ふぅーん。」

「ちょっと何よ。」

 

貯蓄いくらあったっけ。元々上の世界(ノーブル)から遠い良さげな家を買う為に貯めてたけど、5歳児じゃ売ってくれる人も、良い家も少ないからなぁ。

 

「雇い主のとこまで連れてってよ。」

「なんで?」

「良いから」

 

ベラは私を怪しんでぶつくさ文句を言ってたけど、娼館まで案内してくれた。

お、あれが雇い主か。どうやら雇い主ってゆーのは皆デブらしい。

娼館の雇い主はわたしを見て何を思ったのか、

 

「小せぇの、ここで働きてぇのか。」

 

と言った。木の家具を売るときは服装をわざと見窄らしく、可哀想に見える様にしてる。その時の格好で来てたのを忘れてた。

 

「違う。イザベラを買いに来た。」

 

そう言うと、男は大笑いして

 

「確かにそいつは安いが、お前の小遣いじゃ買えやしねぇよ。」

 

とベラの値段を見せてくれた。

…思ったより高い。重宝されているってのは本当だった。でも大丈夫。何とか買える。

 

「これで良い?」

 

「…あん?……………ちょっと待ってろ。」

男が話がわかる人で良かった。紙にサインをして男と共にベラの元へ行き、ベラを引き取った。

 

家に帰る為に二人で並んで歩いていると、ベラが神妙な顔して聞いてきた。

 

「…いつの間にあんな大金ゲットしたの。」

「言ったでしょ。当たりの個性だって。」

「狡いね。…で、ご主人様、私は何をすれば良いのでしょうか?」

 

ご主人様?あー、そっか。奴隷って買われたって奴隷なんだ。

 

「敬語はいらない。あとご主人様でもない。私は幼馴染を連れ戻しただけだから。…ベラは、解放奴隷ってやつ。」

 

「私は服従以外には何も持ってないよ。」

 

「家で家事して、一緒に物売ったりすれば良い。…後たまに語学の勉強。」

 

「勉強?ここでしたって意味なくない?まぁ、そんな事で良いんならやるけどさ。」

 

「他には……そうだなぁ。身を守る為の、対戦相手とか?」

 

「ん、貴女とケンカすれば良いんだね、わかった。」

 

いやぁ、良い買い物したなぁ。

 

夕焼けの空の下、私達は自分達のこれからについて話し合いながら一人暮らしじゃなくなった家に入っていった。

やっぱり、誰かと一緒だと寂しくないな。

 




ふぅ。短い一人暮らしだったな。


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6.イザベラside

ミカヤ様、神風提督様、黒鵜様、ペラペラ人生様、heatmajin様、投票有難うございます!
今回は主人公じゃなく、イザベラ視点です。


イザベラside

 

「ちょっと貴女、こんなに片付けできない子だっけ?」

 

鯉影の家についてドアを開けると、目の前には大量の服、服、服。一つ一つが私が着てる服よりも高値で少しゾッとする。

 

「あ…時間なくて。だから家事は頼んだ。」

 

私の後方に居た幼馴染は抑揚のない声でそう言ってきた。が、微妙に口角が上がってるのは見間違えじゃないだろう。コイツ面倒臭かっただけだな。

 

「だいたい何でこんなに服があるの、必要ないでしょ。」

 

「身嗜みが綺麗だと仕事に採用されやすいんだよ。」

 

「貴女、5歳の癖して何を語ってんのよ。」

 

「ベラは8歳の癖してもう女になって。」

「うるさいよ。」

 

たわいない会話をしながらも私は服をたたみ、鯉影は晩御飯を作る。…が見てられなくて慌てて服をたたんで晩御飯作りを代わった。

…あの子は右手におたまと左手にフライ返しで何を作るつもりだったんだろう。

 

「出来たら呼んでね。」

そう言って鯉影はとっとと風呂場に行った。

 

あったもので適当に調理する。あ、パン発見!こんな貴重な物をテキトーに置くなんて…あ、牛乳もある!え、これってチーズ…⁉︎

 

私に夕食を頼むって事は全部使っていいって事よね?じゃあ、チーズ使っちゃおっと。

もう煮込むだけなので改めて部屋を見回してみる。前に来た時より色々なものがあった。お父ちゃんと過ごして居た頃でも見なかった物が沢山だ。その中で一際目立つ物が一つ。

ソフトハットだろうか。物凄く高価そうだ。

 

「それ、私の宝物だよ。」

 

びっくりした。まだ髪びちょびちょじゃないの。

「私の一番の財産。」

 

「ふぅーん、売らないの?」

 

「それを売らずに成り上がったらカッコいいじゃん。」

カッコいいって。そんなんでよく今まで生きてこれたわね。名前でも書いて値段下げてやろう。

 

ん…名前?

「あれ。私鯉影の苗字知らないや。」

 

「あー、私も知らない。」

この子苗字ないの?

 

「ま、こんなゴミ溜めじゃ対して必要ないから気にしなくて良いんじゃないの?」

 

そういうと、鯉影は少し思案顔で、

「ベラ…私って戸籍あんのかなぁ。」と言ってきた。

 

父親に母子ともに売られたんだしなさそうだけど、

「さぁ。」と答えとく。

 

…表の世界には憧れる。ヒーローが来るのを待っていれば助かるんだから。

 

でも、私はいつかヒーローが助けに来てくれる、なんて希望はもう捨てた。だって敵がやる様な事沢山したけど、ヒーローは私を捕まえに来なかったもの。

 

ヒーローって実在するのかしら?

 

ぶくぶくぶくぶくぶくぶく!!

 

「っほら!夜ご飯できちゃったから早く髪拭いてきなよ。」

 

風呂場に入ったのを確認して服をタンスの中に入れる。チャチャっと部屋も履こうかな。

 

ご飯を器によそって食器を机に並べる。

 

?机に何か彫ってある。丸い何か。

 

「お。美味しそう。」

後ろから声が聞こえた。

 

「全く、音もなく後ろに立たないでよ。めちゃくちゃ速いけど、ちゃんとお風呂入ったよね?あ、いい匂い。」

 

この家石鹸あるんだ。後で使わせてもらお。

 

「じゃ、ご飯食べよう。誰かに食べて貰うのなんて久しぶりだから腕がなったよ。」

「ん。頂きます。…美味しいよ。」

 

もきゅもきゅと必死に食べる様は年相応で余程お腹が空いてた様だ。

「貴女って本当、年齢不詳よね。」

 

「さっき、ちゃんと私の年齢言ってたよね?」

 

「そうじゃなくて、早熟すぎるって事。かと思えば年相応の顔する時もあるし。いくらリミッターが外されてるとしても、皆が皆貴女みたいにはならないと思うんだけど…」

 

「ステラ候補ですから。」

「…はいはい。」

 

「でもそんな事言ったらベラだって早熟じゃない?むしろオバさんみたい。」

「黙らっしゃい!」

 

初めて鯉影に会った時は、母親から離れないマザコンに見えた。お母さんの前ではニコニコ。お母さんの前でないと無表情な子。

この子の母親が買われて、一人になったって噂で聞いた時は、すぐにのたれ死ぬんだと思っていた。けど今もこうして生きてる。

 

とても太々しくて、マザコン。

でも、こんなゴミ溜めにさえ居なければヒーローになれるだろう才能に溢れた子。

 

「何。人の顔ガン見して。」

 

「いや、何でもないわよ。」

 

私を救ってくれた優しい子。こんなゴミ溜めに居続けるべきじゃない。もっと広い所で活躍するべきだ。誰でもいいから、この子をここから出してあげて。



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7.動きだす歯車

shushuri様、評価ありがとうございます!


イザベラが家に来て早数週間。生活習慣が一人暮らしの時と変わった。一人だと、

毎朝、ご飯を用意しつつ商品を作って、昼に売りに行く。夕方に帰ってきて、ご飯を作りながら洗濯物を個性を使って迅速に乾かし、夜は個性の修行をする。土日には勉強や見学に行く。だった。

 

けど二人になって、

毎朝ご飯を食べ、商品を作って昼に売りに行く。夜に帰ってきてご飯を食べ、個性の修行をしたりベラと組手をする。と生活が楽になった。

治安が悪いここでも長時間家を空ける事が出来るようになったのは素直に嬉しい。

 

 

イザベラは今まで没個性だとお思っていた個性の修行を始めてから、成果が出たらしく、指が刃物の様に壁に刺さったり、壁を剣みたいに切ったり、鞭のように(しな)らせたり出来るようになったらしい。

 

私は指をスナップさせて静電気を強くしたものを前に飛ばす練習をしてみたり、風を弱めてもコントロールできるよう練習をしている。

 

今のところ成果なし。個性を使いすぎてお腹が痛くなる。

 

…が、スナップはできると思っている。理論上可能だし、何故か遠い昔、誰かがやっていたのを見た気がするから。

 

 

そして、

今日は日曜。つまり見学と勉強の日だ。

今日は見学。家に近く、且つまだ見学していない工場に行こうと思っている。門番には金を払ってもういつでも入れる手はずだ。

ベラにとっては未だ3回目くらいの見学で、工場は初めて。朝からテンションが高く、服はどうしよう髪型はどうしようとうるさかった。

 

「ベラ、ここにあるのは全部使っていいから、適当に選んで。」

 

「鯉影はどれ着るの?」

 

「このズボンにワイシャツ、チェーンネックレス、ベスト。あと、この帽子。」

 

「選択が男ね。」

 

「私、髪短いから男装の方が見た目良いんだよ。それに、工場みたいに助けを呼べないところに女の子二人は、襲ってくれって言ってるようなものだし。

 

男装が嫌だったら普通に女の子の格好でも良いよ。いざとなったら助けないけど。」

 

「私、男装以外に選択肢あるのかしら。」

 

のんびりと服を選び工場に向かった。

「お、オメェ、やっと来たか。さっさと入れ。」

 

「あ、おはようございます。…ちなみにここはどういう工場ですか?随分大きいけど。」

 

「オレは知らねぇよ。雇われてここで立ってるだけなんだから。いいから入れ。」

 

予め言っといたのですんなり入れて満足。それに比べて、ベラは少し怖いようだ。うん、確かにちょっと暗い。

 

「ねぇ、ここ、どんな工場なの。貴女は何作ってるか知ってるのよね?」

 

「知らない。」

 

「何で事前に調べないのよ。変なとこだったらどうするの⁉︎うわ、気のせいか今悲鳴が聞こえた気が…!」

 

「門番は何してるかわからないって工場結構あるよ。それに私は何も聞こえなかった。」

 

そんな話をしながら歩いていると窓を見つけた。チラッとしか中が見えなかったが大きなカプセルが6つ程がある。

 

カプセル。暗い。

ベラじゃないけど、確かに少し変だ。麻薬かなぁ。

 

"助けてくれぇ…"

 

…!

 

「やっぱ何か聞こえない?」

 

もしかして、マズい所に来てしまっただろうか。

 

"ぎょぁぁぁぁ…"

 

何処からか奇声が聞こえてきた気がする。

いや、本当に聞こえたのかな?

 

"ギョァアァアァア!!"

 

今度のははっきりと聞こえた。何言ってたかわからないけど。

 

「今のは確実に聞こえたわよね⁉︎…逃げるわよ!」

「うん、これ以上は行かない方が良い。…ッバカ、そっちは逆だ!」

 

"ギョァアァアァア!!"

 

…どうしよう、退路を断たれた。入ってきた方から声がする。

 

「あのさ、さっきより声近くなってない?…とりあえず、こっち来るっぽいし、このロッカーの中に入ってやり過ごすわよ。」

 

「ロッカーだといざとなった時身動きとれない。隠れるならロッカーの影だよ。」

 

ドスッドスッドスッ

足音かな。音から図体が大きくて重いのがわかる。…血の匂い有り。

 

「すごいスピードで近づいてる!早く隠れてよ!」

ベラにロッカーの影に引っ張られた。

 

「鯉影、どうしよう⁉︎」

 

「ッシィ!静かに。足音はこの廊下の隣の部屋に入った。要件が過ぎるのを待とう。」

 

ドスッドスッドスッドスッ…ドスンッ

止まった?壁一枚向こうにいるのがわかる。コッチにはこない。

良かっ………あ、まずった。

 

ドゴォォオオオォォン!

 

私達の横にあったロッカーが後ろの壁ごと吹っ飛んだ。

 

どうやらこの足音の主は私たちが狙いのようだ。



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8.鬼はどちらか

一二三之七氏様、田無火様、評価ありがとうございます。


「ギョァアァアァア!!!」

…なんだ、コイツ…

 

「…鯉影…この人、」

どの本でも見た事ない生物だ。

人間の様に二足歩行だけど私よりはるかに大きい。顔に鳥の様な嘴みたいなのがくっついていて、上半身裸で裸足だ。

最大の特徴は、

「この人、脳がむき出しだ。」

 

バケモノか、それとも個性か。どっちにしろ、一切感情を感じないこの表情で、しかも奇声しかあげないとなると話し合いは無理だ。

 

「ベラ、出口に向かって!あの門番連れて来て!」

 

「あの門番、絶対強くないよ!」

 

「時間稼ぎくらいにはなるでしょ!」

 

さっきの門番には悪いが、逃げる時間稼ぎくらいにはなってもらう。

 

「ベラが走った1分後に私も出口に向かう!」

返事がだいぶ遠くで聞こえる。

 

「ぎょぁぁあぁ!!」

 

脳剥き出し男がこちらを見る。何か不気味なオーラを感じた。

 

……やっぱ1分なんてとても、もちそうにない。こんな化け物どうしろっていうんだ。

 

とりあえず、ベラが行った方以外に逃げよう。後でUターンすれば良い。コイツの見た目からして足はそんな速くないはず…

 

ドスッドスッドスッドスッ

 

…訂正、足は普通に速い。

何コイツ。何でこんなに速いの。

 

「ぎょぁぁぁあ!」

 

うわ、コンクリートの塊投げてくる!

 

「このっ!」

地面に手をついて錬金術でコンクリートの壁を作る。

 

ドカァァアアン

 

壁は1秒ももたなかった。あとちょっと遅かったら、この威力が自分にぶつかっていたと思うと末恐ろしい。後ろ確認しておいて良かった…

 

「ぎょぁあぁあぁあ!」

 

…逃げなきゃ!

 

後ろを確認しながら走る。

チッ…また何か投げてきた。けどこれで何となくわかった。どうやらコイツが化け物並に強いのはパワーだけのようだ。後ろに注意して攻撃を避け続ければ、ベラが連れてくる門番にバトンタッチするまで持ち堪えられる。

 

あ、曲がり角発見!

 

ドンッ

 

「さっきからうるさいぞっ、何だね君は。」

不味い、上の世界の住人(ノーブル)か!

 

「…脳無、何で声帯がまだ?…まさかコイツ例のッ!やめ、誰ぎゃゃやぁああ」

ブチッ

………………

…………、ッ…マジか…

人ってこんな簡単に千切れるんだ。

昔、スリ仲間が上の世界の住人(ノーブル)にぶつかって殺された時だってまだコレよりはマシだった。イシュバール戦だって…

ん…イシュバール戦って何だ?

 

「ギョァアァアァア!!」

 

…!変な事考えてる暇じゃない。マジで死ぬ気で逃げないと、私もこのおじさんみたいな死に方する!

 

グリィイン

 

「うわっ」

脳剥き出しの男、脳無のアッパーをギリギリでかわす。が、壁を背中に感じた。逃げ場がない…もう無理、死んだ。

 

ブワッ

 

余波で被っていた帽子が飛んでいく。それが視界に入り、妙にスローモーションに見えた。

"ごめんね、…ごめんね鯉影。"

 

この帽子をくれたのはお母さんを連れて行った男。でも何故かお母さんと最後に別れた時の事を思い出した。あの時私、お母さんに何ていったんだっけ。

 

「私は平気だから。」

確かお母さんが私を心配した時にそう言ったんだ。けど、このザマ。壁に追い詰められて、拳が振られるのを待ってる。全然平気じゃない。

 

「ギョァアァアァア!!」

何やってんだよ、自分…

 

「嬢ちゃんから離れやがれ、化け物!」

「鯉影、大丈夫⁉︎」

 

ベラ…と門番の人、間に合ったんだ。けど、門番じゃすぐにやられるだろう。さっきのおじさんのように。

 

そうしたら、また生と死をかけた鬼ごっこがスタートする。私はただ、また逃げ続けるだけ。

 

「ほら、早く逃げるわよ!」

門番が化け物の注意を引いてるうちにベラに腕を引っ張られた。

 

「俺の個性は石化!俺が固くなってコイツを止めててやる!」

 

無理だ。あの脳無とかいう化け物は超人的なパワーを持っている。石程度の硬さじゃもたない。

 

「鯉影、あの人が足止めしてる代わりに!」

 

…どうせ死ぬまで追いかけられるんだ。

「先行ってて。」

 

「へ、貴女何言って…」

 

この勝負、私の体力が尽きるまでだと思ってた。けど、

 

「あの化け物には知能がないんだ。どうせおじさんがやられたら、また命がけ鬼ごっこの始まりだよ。」

 

「鯉影ちょっと、どうしちゃったの。」

 

「いつまでも走ってたら、私達の体力がつきる。」

 

「それはわかってる!だからって、、」

 

なら、

「おじさんが注意を引きつけてる間にアイツの脳をかっ切ってやる!」

ベラがわめく。無理だって。でも、お母さんに言ったんだ。平気って。

死ぬまで化け物に追いかけられる事を、平気な人生って呼ぶか?私は呼ばない。

 

「私は、ステラ候補なんだ、簡単には死なない。死んでやるか…!」

 

近くにあった大きめのガラスの破片をもって、脳無の背中に回り込み、奴の背中に飛び乗る。反応は無い。

「やっぱ、知能も感覚もないか。でも、どんな化け物だって生物なら…」

 

ヤツの肩近くまで登って隠し持っていたガラスの破片を取り出す。あ、手がちょっと切れた。が、構うものか。

 

「流石にここを刺されりゃ死ぬだろ⁉︎」

 

ヤツの脳天に持っていた物を突き刺した。

 

「ギュァアアァ…ァア…ァ」

 

バタァァン

 

やった…感覚はあった。

 

ふう。返り血で手がベトベトする。初めて大きい生物を殺したけど、罪悪感ないな。

「…鯉影、やったの。…?」

 

「…ケッ、スゲェな嬢ちゃん。助けようと思ったのに助けられちまった。」

 

そうか…そうだ。私がやったんだ。あの化け物と対峙して、まだ生きてるんだ…

「ふふっ…あははは!私は無事だ、生きてる、平気だ!」

 

お母さん、私は生き残った!

 

「そうね、貴女は無事ね…疲れた。もう帰ろう!」

 

ベラが緊張をといて大きくため息をはいた。

ここには居たくないのか、いや居たいわけないか。

化け物から背を向けて、出口に向かう。

 

「よし、ならオッちゃんが門まで護衛してやる。お前さんにゃ結構な金額貰ったしな。」

 

「え!…鯉影何ベルあげたの?…ちょっと貴女聴いてる?」

 

うーん、まださっきの刺した感覚が手に残ってるなぁ。うぇ…

 

「嬢ちゃんに貰った金で俺ァ、娘に薬買ってやれたんだ。感謝してんだよ。」

 

ふーん…良い親だな。

 

親と言えばさっきはお母さんが…あ

 

「帽子忘れた!」

 

「帽子?嬢ちゃんそんなの気にすんなや。」

「そうよそうよ。命があったんだからいいじゃない。」

 

「いや、大事な物なんだ。取ってくる!」

 

二人の反対を無視して後ろを振り返る。

 

あれ…何か目の前に…

「ギョァアァアァア!」

 

ズドォオォオオン

 

ピキッビキッバキ

廊下の床にヒビが入る。

マジかよッ

あっ、

 

「うわあぁぁぁ!」




最初に出てきた原作キャラは、何と脳無でした。


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9.強敵

ナナシ様、35628様、刃神様、物理破壊設定様、投票ありがとうございます!


さっきの一撃で床が抜けた様だ。脳無の攻撃を直に受けた気がしたけど、何故か擦り傷くらいしか怪我してない。

 

「よっこら…しょ…あ、帽子!」

瓦礫と一緒に落ちたので立ち上がると、目の前の瓦礫に帽子が引っかかっていた。何たる偶然、奇跡だ。

被ると、やっぱ、しっくり来るな。

 

"きゃぁぁぁ"

 

!ベラの声。向こうから聴こえる…あの化け物に追われてるのか?

 

「ベラ…?」

声がした方に警戒しながら行く。するとベラがしゃがみこんでいた。近くにアイツは居ない。なら、どうしたんだろう。

 

……ん?ベラ。石ころなんて持って何してんだ。それも、変なかた…ち…の

 

これ、顔か?

 

「鯉影…門番さん。死んじゃった。」

 

私かベラか、両方か。この格好は守ったんだ。私達を。だから、床が抜けたのに目の前にいた私達は怪我をしてなかったのか。

門番さん、 ありがとう。

 

"ギョァアァアァア!"

 

「…ッ。さっきの悲鳴に惹かれてこっちに来る。ここから離れよう。」

 

「…鯉影は、どうして平気なの。」

 

どうしてって。門番さんの事?

確かに、何でだろう。門番への感謝や寂しさはあるけど、気持ち悪いとか吐きたいとかはもう思わない。もっと惨たらしいの見たから?こういうのは多分慣れだ。

 

「ベラ、時間がない。行こう。」

顔が下を向いていて、どんな表情をしてるかわからなかったけど声をかけた。

 

何秒かたっても動かなかったので置いて行こうかと思い始めた時、

 

「そうね。行きましょう。」

 

そう言って顔をあげたベラは、さっき泣き喚いていたベラとは別人の様だった。

いや、顔は一緒だけど、何か全体的に冷たい感じ。

 

「もう泣き喚くのは辞めたの?」

 

「誰が死のうが、誰が泣き喚こうが、誰も助けてくれない。貴女見てて気付いた。泣き喚くだけ、無駄だって。」

 

皮肉げに笑った顔が悪役チックだ。本当に同一人物か。ま、同じベラでもこっちの方が頼りになりそうなのは確かだ。

 

「ギョァアァアァア!」

 

来たか…

 

すると、ベラが急に立った。

「仇をとる。…鯉影は手を出さないで。」

 

やる気になったか。でも、

「真正面から行っても無駄に死ぬだけだ。私が注意をひくよ。」

 

ベラが黙ったので無言の肯定と捉えた。錬金術で瓦礫の山を脳無にぶつける。

 

「こっちだ、全身グロテスク!」

 

「ギョァアァアァア!」

 

相変わらず速度速いな。

 

っ右の大振りが来る。ならしゃがんで股抜け!

 

グルゥウウン

ザザッ

 

よし!何となく精神が落ち着いてきて、戦闘のコツが掴めてきた。ベラの冷静さが移ったみたい。

 

「ちょっと、後ろ回り込めないでしょ!」

 

間違った。ベラの冷静さを奪ったみたい。

…避けるのに股抜けや横避けはダメって事か。え、縦しかダメなの?

 

今度は鉄槌だ!…横避け!

 

「ちょっと⁉︎」

 

鉄槌を横も股抜けも無しにどう避けろと?

 

「バックステップ!」

あ、後ろがあったか。ごめんごめん!

脳無が大きな瓦礫を持ち上げる。

「ベラ、今なら行けるんじゃない⁉︎」

 

しかしベラはまだやっと背中に飛び乗ったところだ。

なかなかチームワークが合わない。けど、逃げてた時よりもずっと自分達がこの化け物に通用してる事がわかる。

 

!今度はアッパーか…後ろ…いや、上だ!

 

ビュゥゥウウウウ

強風を操って、上に飛ぶ。いや、吹き飛ぶ。

 

「せ、成功!」

…人間とは簡単に戦闘スタイルを変えられる生物じゃない。攻撃こそ最大の防御だと信じてる私は普段後ろにさがらないのだ。否、下がる癖をつけてないので急にはできない。無事に家に帰れたら一通り戦闘フォームを見直そう。

 

さぁ、だいぶ時間が稼げたはずだ。

「ベラ、行け!」

 

 

「わかってる……死ね、化け物!」

イザベラの声とともに脳無の脳が指で貫かれた。

 

勝った…?

いや、さっきも同じ事をしたけど生きていたんだ。ベラも同じ事を思ったのか指は抜いたが警戒は抜いてない。すると、

 

「鯉影、これ、回復してない?」

回復とはちょっと違うだろう。地面に落ちた血が戻ってく…

 

「時間が戻ってる?…逆再生か!」

 

何て厄介な…いや、回復じゃないんだ。逆再生できる時間が限られているはず。

 

「死ぬまで殺し続ける。単純明快ね。」

ちょっと怖いよイザベラさん。やる事はあってるけど。

 

それから五分程度経つと、逆再生が発動しなくなった。

 

勝ったんだ。今度こそ。

 

でも、やっぱ、殺すのはいい気はしないな。

 



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10.判断

かむくら様、俺は優しい女の子は嫌いだ様、チーバ君様、投票ありがとうございます!


「もう逆再生してないわね。」

ベラが化け物から離れながら言う。

 

「うん、でも結構嫌な倒し方になったよ。」

 

死ぬまで殺し続けるのは、例え化け物相手だとわかっていても、嫌な気分になった。

さっきみたいに吐き気がするかと言われるとそうでもない。

慣れたからだろうか。

 

「帰ろっか。」

例えそうだとしても、こういう事には慣れたくないな。

 

「そうね。」

お互いに口数が少なく、沈黙が流れた。

脳無のパンチで空いた穴を見るに、ここは地下数階。だいぶ落とされたようだ。

 

「何かここ、さっきよりも不気味ね。」

 

「変なフラグたてないでよ。」

 

しかし、ベラの言う通りだ。確かに不気味さで言えば地下の方が高い。

 

「あまりここら辺はうろつかない方がいいね。早く上に戻ろう。」

 

そう言って手を地面につく。すると、眩い光が生じてだんだんと身体が上の方へ上の方へと登っていった。それと同時に心も少し和らぐ。

 

「これ、ちょっと楽しいじゃない。錬金術ってすごいのね。」

さっきまで表情がずっと悪役チックだったベラも、いまは少し楽しそうな顔をしている。

 

「床の材料を集めて上に伸ばしているんだよ。はい、一階にご到着。」

そう言って地面から手を離す。うん、楽しかった。そう思って一階を見渡すと、視界の隅に角でぶつかったおじさんが見えた。いや、見なかった事にしよう。

「鯉影、帰ろっ。さっきの奴の仲間とか居たらやだし。」

 

そう言って手を引いたベラは、さっきの悪役顔に戻っていた。嫌なもの見せちゃったかもしれない。

でも、「仲間」は笑えない。ベラは言っといてそう思ってない声だった。けど、仲間がいる事は多分あっていると思う。だって、ぶつかったおじさんが

 

"この脳無、暴走してッ"

 

って言っていたのを聞いたから。少なくとも暴走個体が珍しいくらい、いるんだろう。冗談じゃない。

 

「うん、帰ろう。」

そう言って繋いだ手に力を入れた。私は魔王城に挑む勇者じゃないんだ。例えこの工場が世界破壊を目標にしていようが知ったこっちゃない。今は無事に家に帰る。それだけだ。

 

手を繋いで二人で出口まで歩く。

あと、三歩。

あと二歩。

あと一……!?

 

足が動かない。何だこれ。足が沼みたいのに浸かって取れない。てか臭っ。

 

「鯉影この黒い液体、どんどん私達を飲み込んでる。」

 

黒くて下がどうなってるかもわからない。もう腰まで来た!何なんだよコレ。

 

「うっ!うぇ、、」

口に入った!不味い。だいたいこの液体は何で出来てるんだ?こんな真っ黒で臭いのなんて。

 

「うっ、鯉影!あぶっうぇ…」

ベラがもう鼻あたりまで浸かってる。ベラが連れてかれる…この!潜って下から押してやる。

 

ブクッゴブォ

 

「ゴッホウォッホ、うぇ…臭…」

何か黒い液体は何処かに繋がっていたらしい。

 

ボトッ…

 

「うぇ、うっえ、コホッ。…マズっ」

ベラも来たみたい。無事でよかった。

しかしここはどこだ?さっき見たどの階とも似つかない。何か高価そうな部屋だ。

 

「やぁ、君達。」

 

…⁉︎ 油断した!

何かとても禍々しいものが自分達の近くにいる。身体中から汗がでてきた。自然に私の身体はベラを庇う体勢になった。

「そんなに警戒しないでくれ。」

 

口調は優しげだけど何か違う。

 

「貴方は?」

 

「僕はここの責任者と少し話し込んでいただけさ。」

 

…こんな危なそうな人と話し込んでいた責任者。脳無といい、何なんだよ。

 

「私達も要件が済んだので帰る途中なんです。」

ベラが答える。声は緊張を隠しきれていない。

 

「へぇ、なら僕が出口まで案内してあげるよ。」

 

…ベラめ、余計な事を。無事に帰れたらいいけど。

 

ベラは素直に男の後を歩いて行く。私はその四メートルくらい後を離れて歩く。

私が警戒している事を理解してる癖に無視を決め込んでいるという事は、コイツは大丈夫な奴なのか…

はたまた、こんな子供一人、警戒するに値しないという事なのか。

 

「おじさま、ここは何階ですか。」

 

「ここは地下四階だよ。」

 

大丈夫。少し入り組んでるけど、今来た道はちゃんと覚えている。男とベラがたわいない会話をしている間にこの工場の大方の作りを考えていく。この工場は外から見ると3階建ての様だが男が言ったように地下四階くらいまではあるだろう。さっきの戦闘で行ったし。

 

「フフッ。」

ふと男が立ち止まった。

 

「いや、しかし、君達は真反対の様で同じ考え方をするんだね。二人とも僕に対して凄い警戒している。

そこの帽子の子はいつでも逃げれる様にこの工場の設計を頭に叩き込んでる。

一方の君は、僕から情報を引き出そうとしている。

いやぁ、君達、…気に入ったよ。」

 

男は私達に振り返り、先程とは似ても似つかない獰猛な笑みを見せた。

「脳無はどうだった?」

…コイツ、やっぱ敵か!って当たり前か。

 

「ベラ!」

「わかってるわ、よ!」

 

ベラが指を固めて男を刺そうと動いたが、男は私達より遥かに速かった。

 

「良いと思うよ、人を殺す事に躊躇しないその姿勢。」

 

男がベラの後ろに立つ。

何かする前に私がその間に入り、拳を振り上げる。

 

「小規模だが、二万八千度の電撃だ。悪く思うなよ!」

 

まだ拳から出すのは制御しきれていない為、変なのしか出させなかったが、当たった。確実に死んだだろう。

 

「私、鯉影の後ろにいて良かった…あれまだ上手く出来ないんじゃ無かった?」

 

「…まぁ。でも殺す気でやらなきゃこの人には勝てないと思ったんだ。私に人を殺せる力なんて雷しかないし。」

 

土煙の向こうにあるであろう男の死体を想像した。

 

「もう行こう。」

 

ベラの背を押して階段を探そうとしたその時、

 

「驚いた。姿勢も好きだが個性も二人ともいいね。ますます気に入った。」

 

私とベラの両方の頭に誰かの手が置かれた。

 

私もベラも動けない。動こうとした瞬間頭が消し飛ぶビジョンが見える。

 

「…うん。状況判断力も素晴らしい。

ここで君達に選択肢をあげるよ。

僕に首を切り落とされ呆気なく死ぬか、僕に従ってこの地獄から這い出るか。

何、悪い様にはしないよ。ただ僕は後継者がいなくてね。」

 

「…後継者っておじさんまだピンピンしてるし、必要ないでしょうが。」

 

「いや、保険だよ保険。」

 

「…後継者という事は、一人だけですか?もう一人は殺すと?」

 

「いや、どちらかはその後継者の下について貰おうかな。」

 

ベラと目線だけでやり取りをする。どちらが良いかは、お互いの意思を確認しなくとも決まっていた。

 

「「先程はとんだ無礼を。よろしくお願いします。」」

 

 

 

 



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11.上の世界

あれから男は言葉通り、ダンプから出る手続きをしてくれた。今はこの島の家の前。

「準備は整った?誰かにお別れは言わないのかな。」

 

「別に、別れ言うほど仲いい人居ないんで。」

そっけなく言う私。それとは反対に、

 

「あ、じゃあ私行ってきます。」

っとベラは言った。

あれ、ベラそんな仲良い人居たんだっけ?

 

「私を売った父親の所にお別れを。」

 

あぁ。売った娘が会いに来て、外の世界に行くなんて聞いたらそりゃ嫌な気分になるわな。

 

嫌がらせしに行くのかよ。

 

「君は親にお別れを言わないのかい?」

 

「親いないんで。」

 

「…そうか。」

この人といるとなんか調子狂うな。優しいのが上部なのか心からなのか分からない。

 

男は少し思案顔をしてから

「君達二人とも親がいないなら、僕がそれになってあげよう。」

 

突拍子もないことを言う。親が居ないならなってやるって…親ってそうやってなるものじゃないだろう。

 

「君達は今どこにも存在していない人間なんだ。そうだろう?」

 

「貴方が私達の父親という事ですか?」

 

「不満かな?」

 

「いえ、ただ、私達は二人とも生みの父親には良い思い出がないので。養子縁組の件は喜んでお受けしますが、父という存在だとどう接して良いか、よくわかりません。」

 

「そのくらいの距離感が僕にとっては心地いい。養子縁組の手続きをしてくるよ。」

 

男はあの時の黒い液体とは違う何かで闇に消えていった。

あんな不気味な人と家族になるのは嫌だが、結果をみると、とても良いことだ。男と養子縁組をする事で私もベラも表の世界に行ける。上の世界の住人(ノーブル)になれる。これはチャンスなんだ。

 

「おかえりベラ。」

 

「ふふふっ…ただいま。お父ちゃんの顔、貴女にも見せたかったわ。」

 

「そう。良かったね。でも、もう父じゃないよ。さっきの男と養子縁組する事になったから。」

そう言うと驚いて、次の瞬間には勝手に決めるなと平手がとんできてた。痛い。

 

「ねぇ、そういえばあの人の子になるって事は私達苗字変わるって事よね。まだあの人の事「なんか怖い人」としか知らないのに」

 

「うん、変わるね。けど名前なんて所詮ただの符号。誰を呼んでるか解りさえすればなんでも良いんだよ。」

 

「あんた自分の養父をずっと「あの人」呼ばわりするつもりじゃないでしょうね…」

 

「そんな訳ないじゃないか。」

 

「こっち向いて喋ってくれる?」

 

その後、「あの人」の部下らしき人が来て、家を後にした。

 

この島に空港は無い。使えるのは船だけだ。そして、この島にある浜辺で、使用可能なのは上の世界(ノーブル)にしかない。他の浜辺の前には、巨大な壁があって使えないのだ。ので、

 

「ここが上の世界…キラキラ光ってる。」

 

「凄いわね。色んな色がある。」

 

上の世界に来た。遠目からでも高い建物がたくさん見えていたが、近くで見ると迫力がある。

色んな所をくるくる見回していると、部下らしき人に小部屋に連れてかれて、

 

「お嬢様方、まずはそのお召し物を変えましょう。」

と、半ば強引に服を着替えさせられた。確かに、上の世界(ノーブル)の人は私達を汚物の様に見ていた。この部下も今の私達と一緒にいるのは嫌だろう。けど、

 

「私はこれにして下さい。」

私はスカートがあまり好きではないんだ。それしかなかったら仕方なく着るけど。

 

「大変心苦しいのですが、私の目にはそれを着てしまうと、男性に見えます…」

 

「構いません。こっちの方が見栄えが良いでしょう?」

別に、二度とここの島の人々には会わないんだ。一瞬性別を間違えられようが知った事か。

 

「左様ですか。」

男も別に見た目が良かったらいいらしい。また、港へ案内し始めた。

 

 

お金を少し稼げる様になったと思っていたが、この服は自分が着た事なさそうな高価な服だった。今まで着ていた服が、まるでボロ切れだ。いや、上の世界の人(ノーブル)にとっては事実ボロ切れなんだろう。

 

「この船のSロイヤルスイートルームでお父上様がお待ちです。」

 

お父上様…まあ、そうなんだけど、

 

「慣れないわね。…お父上様だってよ。」

 

そう、慣れない。そもそも父親が一日も居なかった人生だ。急にお父上様とか言われても「あ、はい。」としか思えない。

 

「ここがSロイヤルスイートルームでございます。では、私はここで失礼します。」

 

案内役が一礼して去っていった。意を決してドアをノックする。

 

「どうぞお入り下さい。」

 

中からドアが開けられ、執事服が目に入った。

 

「私、執事の紅羽と申します。どうぞ宜しくお願いします。」

 

執事…どうやら私達の養父は余程の金持ちらしい。あ、この島に出入りしてる時点で金持ちか。

 

「やぁ、遅かったね。ちょっと早いけど夜ご飯にしようか。」

 

そう言ったのは長テーブルの奥の、王様が座る様な椅子に座った養父だった。

それから長テーブルに次々と料理が運び込まれる。

 

「席に座って。好きなもの食べていいから。」

 

それはそれは高価な物ばかりで驚いた。最初は毒が盛られていないか警戒したが、一口食べたら、次の瞬間には全部胃袋に消えていた。

 

死ぬほど美味い。

あまりの美味しさに次々と運び込まれる料理にがっつく。

 

これもあれも私のだ!

 

よくみるとベラも似たような事をしていた。

 

「…君達は良い(ヴィラン)になるのは確かだ。けどその前にテーブルマナーを覚えようか。僕の可愛い娘達。」

 

口元は笑ってるが、声のトーンがこわい。

 

がっついたのが悪かったのか私達のマナーは、専用の先生が雇われて徹底的に直される事となったのだった。



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12.マナーの先生

凛凛凛様、月姫紗奈様、投票ありがとうございます!すいません、学校始まっちゃって更新が前より遅くなりそうです。


ふかふかのベッドにくるまれて、生きてきた中で一番心地よい眠りから覚めた。

 

昨日はご飯食べた後何したんだっけ?幸せすぎて覚えてない。これが幸せボケというものか。

 

「お嬢様、お目覚めでしょうか。」

この声は、執事の紅羽さん。

 

「はい、起きてます。おはようございます。」

 

「マナーの先生がお見えです。」

 

…マナー。マナー…行儀作法の事。

 

今、船の上だよね?どっから来たんだ。

 

「いかがされますか。」

 

「3分下さい、支度を整えます。」

 

隣のベッドに寝ているベラを起こす。顔を洗って歯を磨き、二人でテキトーにタンスやらを開いて服を探す。

 

「ベラ、早く。あと10秒。」

9、8、7、6、5、4、3、

 

「「紅羽さん、お待たせしました。」」

ギリギリセーフとはこの事。

 

 

「ギリギリセーフ…ではありませんわ!乙女の支度が3分で終わってたまりますか。」

誰だこのおばちゃん。

 

「お嬢様方、こちらマナーの先生、「血まみれ婦人」です。」

 

血まみれ?どっかの蛇寮の幽霊みたいな名前だな。

 

「血まみれにはみえませんけど。」

「シッ、馬鹿ね。血まみれになるほど虐められた事があるのよ。きっと。…ほら、あの体型だし。」

 

「聴こえていますわよ。血まみれ婦人とは敵名ですわ。」

 

…血まみれになるほど弱いのか。

 

「相手を切り刻んで、返り血で血まみれになるんです!二人とも何て失礼なのでしょう。少しはお父上を見習ってはいかがです?」

 

お父上?あぁ、すいませんね、まだ見習う程話した事ないもので。

 

「オホン、まぁ下の世界(ダンプ)出身者はこんなもんですわね。」

何かさっきから失礼なおばちゃんだな。このブタ子ちゃんが。

 

「ですが、ご安心を…この、私が、貴女方を立派なレディへと変えて差し上げるわ!」

ヤダな。この人にマナーを教わるのか。

 

「ではまず初めに…そこの貴女!」

ビシッと手のひらで指された。私か。

 

「なんです「レディがズボンなんて履くんじゃありません!」」

 

ズボン履いちゃいけないの…つまりスカートを履けと?

あんな脚がスースーするヒラヒラを?まるで襲ってくれと言わんばかりのあの服を?冗談じゃない。着るわけないだろう。

 

「スカート舐めちゃいけません!」

「そうだそうだ!」

 

ここでベラが先生側に着いた。裏切り者め。

 

「そんなにズボンがよろしいのなら、いいでしょう。紳士マナーでも習ったらいかがです?そこのスカートの貴女だけついてらっしゃい。」

 

紳士マナー…金払ってもらってる先生が授業放棄していいのかよ。

まぁ、お父上殿が満足いく上品さがあれば紳士マナーでもいいや。誰に教わろうかな。身近に思い当たる人いないな。

 

「、…お嬢様、まだ間に合います。追いかけてはいかがでしょう?」

 

…、

いるじゃん、近くに。お父上殿が満足いく上品さを持っていて人に教えられそうなの。

 

「紅羽さん、マナー教えて下さい。」

 

「私は一介の執事にございます。」

 

「執事でも物事を教える事は出来ますよね。」

 

「失礼ながら私は紳士マナーと執事教養しか存じ上げてません。」

 

「ならば紳士マナーを。」

 

「紳士マナーは男子が教わるものです。それにお嬢様にはもう先生がいるでしょう。」

 

「その先生に紳士マナーをしろと言われたので。」

 

…お父上様に言いつけるぞ。

 

「…かしこまりました。この紅羽、喜んでお嬢様にマナーをお教えしたくございます。」

 

勝った…!ダディパワー良いね。

 

 




物語始まってからはじめての平和な1日。


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13.船旅

皆さま、評価ありがとうございます。


「お嬢様、ナイフの持ち方が違うと何度言えばわかるんですか。」

 

「今のは、…すいません、間違えました。」

 

「間違えてはいけません。この後はダンスのレッスンがありますので五分後までにお召し物を変えて下さい。」

 

あれから紅羽さんとひたすらマナーのレッスンをした。最初は優しい紅羽さんがどんどん鬼先生スイッチが入っていくのを見るのは結構辛かった。こんな筈じゃなかったんだ。もっと甘やかしてもらう予定だったのに。

中でも紅羽さんに教えてもらう事になって一番辛かったのは、

 

「あぁ、あと、ダンスの後は帝王学がございますので。」

 

これだ。とにかくこれが辛い…

 

私が習っているのは古帝王学というもの。現代の歪んだ帝王学ではない。昔の帝王学だ。現代のと違うところは、

逃げ、言い訳、責任転嫁は絶対に許されない事とか。今のとは結構違う。まぁ、ベラも習ってるんだけど。

 

紳士マナーは淑女教育よりは結構簡単なので、私は帝王学さえなければハッピーだった。

 

淑女教育に勤しんでいるベラは見ていて本当に可哀想だったよ。

 

何が悪いのか歩いてるだけでおこられてたりする。朝から晩まで、

食事マナーが〜、足を開くな、姿勢がなってない、口が悪い、編み物の柄が庶民的、淑女にあるまじき〜、常に上品に〜、ダンスが出来ないなど論外等々正直うるさい。

 

 

まぁ、ベラほどではないが、私も紅羽さんには怒られた。

常に上品であれ。怒鳴るな、平常心を失うな、じろじろ見ない、話をさえぎらない、年上を敬へ、女性への対応がなってない等。

 

私も一応は女だってーの。

 

私のこの船での生活は、

午前中はマナーや他の勉強。午後は個性の訓練や帝王学。個性の訓練では以前同様ベラと戦ったり、最近は父に言われた通りに他人と戦ったり

する。罪悪感が相変わらずあるが、慣れた。ただ、止めをさす時の感触は嫌いだ。

 

ちなみにベラはこのような事はしてない。罪悪感云々の話ではなく、単純に時間があまりないからだ。

彼女は船旅が終わり次第学校という所で学業に精を出さなくてはいけないらしく、今から行く国の勉強をずっと午後はさせられている。彼女曰く、滅茶苦茶つまらないらしい。

 

国についたら私もベラ同様学校というものに行かなくてはいけない。けど私の場合は母がその国の出らしく、その国の言語が喋れたので、まだ勉強はしない。でもいずれはしなくてはいけないのでそれまでにマナーを全て覚える予定だそうだ(紅羽談)。

 

「お嬢様、お手が止まっています。お食事はお早めに。」

 

「…しかしそれでは品位が落ちてしまいます。それなら早く食べては、「その速度で食べている事が品位を既に下げております。そして!お嬢様、あと3日程で船旅は終わるんですよ?貴女はそれがどういう意味かわかりますか。」

 

「…。」

 

「お返事は人間として返さなくていけません。この三ヶ月、私は貴女に紳士マナーをお教えしました。なのにどうして」

 

「わかってる、わかってますから。マナーはちゃんとこの船旅中に覚えるつもりです。」

 

「お嬢様、話を遮ってはいけません。私、名君とは、聞くことなり。とお教えしましたが…」

 

「…覚えてます、しかし、貴方の話は必要以上に長い。言われた事はやるのでもう下がって下さい。」

 

口うるさくなってきたなぁ。

ん?微妙に喋り方が違うって?

上の立場にいる人間らしく常に上品するよう言われたんだよ。紅羽さんの調教の賜物だね。

 

「貴女、そのキャラ板についてきてるわよ。」

 

正面でご飯を食べていたベラがケラケラ笑いながら言う。何となく褒められた気がしないので言い返そう。

 

「ベラもその悪役令嬢みたいな顔と服、板についてきてるね。趣味の悪いおばさんに教わると趣味の悪い服が好きになるのか。」

 

「数ヶ月前の私なら今、貴女の顔面にフォークを投げていたところね。大先生を馬鹿にしないで。」

 

ベラが澄ました顔で答える。が、額には青筋が浮かび上がっていた。ちょっと面白い。時間外授業だ。習った範囲のやり方で、煽ってやる。

 

「おや、顔色が優れませんね。それに目も少し赤い…昨夜は寝付けませんでしたか?(顔に白い粉塗りたくって…ちょっと目に入ったんじゃかい痛そうw)」

 

「フフッ、そのように見えますの?…私、今とても元気よ?貴女が笑わせてくれるから面白くて。それに、レディは病弱な見た目の方が良いじゃない。(目大丈夫?あ、貴女には良さがわからなかったわね。このレディのなり損ないが。)

あら、貴女スプーンは奥から手前に動かさないと。(マナー大丈夫?)」

 

「おや、それは大変失礼した。私のマナーと貴女が教えられたマナーはどうやら違うようだ。先生が違うからでしょうね。(マナーが通用しないね。ヘッポコ先生に教わってるからじゃない?私が習ってるのはフランスのマナーじゃない。時代はアメリカなんだよ!)」

 

ピキッ

 

あ、怒った。

 

「フフッ……フフフ。。」

 

ヤバ。怒らせすぎたかも。ベラが席を立ち私の近くににじり寄ってくる。

 

「鯉影、…貴女…大先生を」

 

…ど、どうしよう。口論だけのつもりだったのに。ベラの手がどんどん近づいてくる…

 

「そこまでだよ、二人とも。」

 

この声は!

 

「「父様/お父様」」

おぉ、救世主よ二度も私の命を救ってくれるとは!

 

「ケンカはご飯を食べ終わってからにしなさい。」

 

…え。いや、助けてよ⁉︎

 

「そうですわね。みっともないところをお見せしました。申し訳ありません。…鯉影、食べ終わったら覚悟しなさい。」

 

…ノォー

 

………

 

でも、結局ご飯を食べた後は忙しくてお互い別々の部屋で別々の事をして1日が終わった。

 

「お嬢様、明日は5時に起こしにまいります。ではおやすみなさいませ。」

 

「わかりました、おやすみなさい。」

 

…、…

 

"錬金術師よ大衆のためにあれ!"

 

…。何だ…

 

"〇〇、道を誤ることがあれば撃ち殺してくれ。"

誰…

……ッは!夢か。

リアルな夢だった。どっかの戦場に私はいて、銃を持った兵士になっていた。変な夢だ。

 

カチッコチッ

 

夜中の四時か、もう一眠り出来そうだな。それにしても、

「青い隊服、戦場、銃。何か変だけど、懐かしく感じる。それに、

 

"錬金術師よ大衆のためにあれ"

これ、よく聞いた気がする。…寝ぼけてるのか。」

 

"大衆のためにあれ"っか。大衆のためにあってその先に何があるのか、夢なのでわからない。

 

「もう一度寝よう、続きが見られるやもしれない。」

 

次は、大衆のために誰かが頑張った世界を見て見たい。現実は常に闇がある。しかし、夢の世界ではそうとも限らないだろう。

 

 

 




ハガレンわかる人は主人公が元々誰だったのかあたりをつけて見てください。


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14.覚悟

漢字テストやっとおわった。


「おはようございます。」

 

「やぁ、おはよう。」

父に挨拶をして食卓につく。今日はデニッシュパンとエッグベネディクト、それに…うぇ、海藻サラダか。

 

「揃った事だし、食べようか。」

「はい、いただきます。」

 

カチッ…キンッ

 

静かな食卓。ベラは別室で食事マナーを血塗れセンセーに教わってて朝は一緒に食べない。ちょっと前までは私もそうだったけど、紅羽さんからオーケーが出たので今はこうして父と朝食を食べる事を許されている。

…昨日みたいに怒られる事もあるけど。

 

「そうだ、鯉影。食後にイザベラを連れて僕のところにおいで。」

 

「わかりました。」

一体何のようだろう。そっちから話しかけてくるのは珍しい。

 

「それじゃあ、僕は先に失礼するよ。」

そう言って父は席を立った。…てか食べんの早。ハっ、これが紅羽が言っていたちょうどいい早さか。

 

「お嬢様が遅いんです。」

 

「…紅羽さん、心を読まないで下さい。」

 

「大体、年上より後に食卓につくのは人間として」

「ご馳走さまでした。」

 

紅羽さんの話を遮って席を立つ。目指すはベラの部屋だ。さっきの話をベラにも伝えなきゃ。

 

コンッコン

 

「…ベラ?居ないの?」

…しーん

 

留守か。まだ食事マナーをやってるのか?まぁ、良い。物色するか。

 

ギィィイィィ …ドアうるさ。

さてさて、お部屋はどんなか…対して汚れてないだとッ!何かつまらないな。もっと実はレディにあらず!ってのを求めてたのに。

ん…私の後ろに影?

「勝手に部屋に入らないでくれる?」

「いつからそこに?」

「入らないでくれる?」

「だから」

「入らないでくれる?」

「ごめんなさい。」

 

おかしいな。生まれてこのかた雪山で遭難なんてした事ないのに、今遭難したかのように身体が寒い。凍る。

「弁解は?」

 

「…あ、あの、父様が呼んで来いって…」

「ッチ。」

お嬢さん今舌打ちした⁉︎

 

不機嫌なベラと二人並んで父の書斎に行く。まぁ、書斎兼船長室だけど。この船父様のだから。

 

「やぁ、待っていたよ、二人とも。わかってると思うけど後2日で目的の地につく。…大丈夫かなと思って。」

え。そんな事?ならさっきの食事中に言えばよかったのに。

 

「お父様、ご安心下さい。私も鯉影も、心の準備はとうに出来ております。」

そうだ。心の準備なら、島を出た時からしている。なんで今更そんな事を聞くのだろう。

 

「残念。[心の準備]の話じゃない。鯉影はわかるかい?」

 

大丈夫って心じゃないの?てっきりそうだと思ってた。じゃあ身体的な準備とかか?

 

「どうやら二人ともわかってないようだね。[心]じゃなくて、僕は[覚悟]の話をしているんだ。」

 

心じゃなくて覚悟?何を言っているんだろう。心の準備と覚悟は一緒の意味だろう?少なくとも私はそう思っていたが。

 

「確かに一緒だと言う人がいる。だけど、僕は違う意味だと思っているよ。

心の準備とは、何かが起こった時それに対処しようとする事を言う。けど、覚悟は違う。覚悟には二つの意味がある。」

父様はそう言って椅子から立ち上がった。

 

「君達は幼くして悪事に手を染めた。ヒーローは一度でも罪を犯した者を、警察に突き出すまで許しはしない。」

 

コツンッコツンッと足音を鳴らしながら近づいてくる。

 

「これから行くのはヒーローを多く輩出する国、ジャッポーネ。二人は生きる為に罪を犯した。だが、それは表の世界では許されない事だ。例え、仕方なかったとしても。

覚悟とは、危険なこと、困難なことを予想して、それを受けとめようとする事。」

 

悪いと言われた事は沢山やった。父様に大丈夫?って聞かれたって事は、罪を受け止めろと言われたようなもんだ。

なら、捕まる覚悟は出来てるかって意味か?…父様は私を警察に突き出すつもりなのか。

 

「…私達を捕まえるおつもりですか。」

 

「…僕が?君達を捕まえる?…、ハハッ、僕はただ困難な事を受け止めろって言っただけじゃないか。人の話は最後まで聞きなさい。覚悟のもう一つの意味は、迷いを脱し、真理を悟ること。だ。」

 

 

迷いを脱し、真理を悟る?迷いって何だ。私は迷ってなんていない。真理なんて悟ってないし、悟る必要性を感じない。

 

「私達は迷ってなどいません。」

 

「いや、君達は迷っている。何が正義か、何が悪か。何を守るべきか、何と敵対するべきか。」

 

正義だの、悪だの、そんなものわからない。てか頭痛い。知恵熱出てきたかも。真理を悟る?真理ってそもそも

私は[世界]と呼ばれる存在

何だ…よ…?

 

あるいは[宇宙]、あるいは[神]

何処かで聞いた事がある声だ

 

あるいは[全]、あるいは[一]

いつの記憶だ。

 

あるいは[真理]

…何処だ、この声は誰の声だ…私はこの声を何処で聞いた?頭が痛い、爆発しそうに。てか真理って喋らないだろ⁉︎

 

うっ…視界が歪む。何もかもが白く見えてきた…

 

「そして」

 

「私は"貴女"よ」

 

 




ちょっと内容が難しかったかもしれません。次話でもう少し何がやりたかったかわかると思います。


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15.目覚め

改めて読んだら前回謎に終わっていたんで、情報の付け足しです。ちょっと情報過多になってしまったかも。


真っ白い空間に3人の人がいた。

 

一人は金髪に青い隊服の高齢の熟女

一人は黒いソフトハットを被った幼女

一人は紺の学ランをを着た黒髪の青年

 

奇妙な空間だった。幼女の後ろにはひび割れた扉があり、今もなおひびが大きくなっている。

 

「あまり時間が無いな。」

青年が言う。

「早く目覚めて貰わないと錬成陣が壊れるわ。」

と熟女が言う。

 

幼女にはこの状況が分からなかった。分かるのは、知らない空間にいる事と、目の前の2人が幼女に話しかけている事だけだった。

 

故に幼女はこの2人に事情を聞くしか無いと判断し、また、この2人は質問の答えを知っていると確信した。

 

「俺の名前は田中太郎。どこにでもいる高校生さ。転生した事を除くと、だけどな。そしてここは、お前の心の中だ。」

 

心の中?

 

心の中。表には出さない心情や考えのことだ。

 

「貴女には悩んでる時間なんて無いわよ。」

熟女が話す。

 

時間?さっきも「時間がない」とか言ってたけど

 

「心して聞いて頂戴。

貴女はこのままじゃ、10歳を前に死ぬわ。」

 

…与太話なんて聞いてる暇ない。

 

「イザベラは20歳までなら生きれるんじゃないか?」

青年がヘラヘラと笑う。

 

…私達は、普通の人より食べ物を食べられてる。栄養もそこらのおっさんよりとってる。少なくともイザベラの父親くらいは生きれる筈だ!

 

「あんなおっさんと自分を比べるなよ。あの男は精々軍曹(サージェント)レベルだ。ステラであるお前とは身体の作りからして違う。」

 

幼女の言葉に青年が反論する。

 

幼女は言い返そうとして、ある疑問が頭を過った。

サージェントって何。ステラとは違う?

…あれ?そもそもステラって何だったっけ?

 

「貴女達ダンプの人間はわからないわよね。記憶が消されているんだもの。」

 

「ステラってのは星だよ。(ジェネラル)の位を持ってる奴のな。」

青年が言う。

 

サージェントとか、ジェネラルとか、…ここはゲームじゃないんだ。そんな馬鹿げた話し合ってたまるか。

 

「いいえ。ここはゲームよ、金持ちのね。」

 

「おかしいと思わなかったのか?金持ち、お前達の言葉で言うと、ノーブルに気に入られた奴はどんどん外に連れて行ってもらえる。お前の居た、ダンプってのは、でっかい奴隷小屋なんだよ、三等兵(プライベート)から元帥(ジェネラル)まででランクわけされたな。」

 

でっかい奴隷小屋?でもあそこでは確かに人が生活して日々お金だって稼いだし、

「貴女の知ってるお金は、残念ながら外の世界では使えない物よ。」

 

「そんな小石みたいの、金じゃないって。」

 

…じゃあ。ダンプって作られた世界だったの?

 

「見えてる世界が全てじゃない。」

「見えない世界が全てなんだ。」

 

私が信じてきた事って一体…

 

幼女の後ろの扉に大きなヒビができる。

 

「時間がないから、俺が知る限りのダンプを教えてやる。

さっき奴隷小屋って言ったが、あれは半分間違ってる。ダンプってのはおそらく元は人体実験場だ。」

 

人体実験場。非合法の人間を使った実験。

 

「ダンプの住人は頭に手術するだろう?あれは、俺が思うに実験だ。違法のな。」

 

だが、あれは脳の機能を上げる良い手術だ。現にあの手術を受けてから頭が働くようになったという大人が沢山いる。

 

「頭が働くようになった…ね。貴女はその手術に何の対価を払ったかわかってる?」

 

対価?何もしていない。お金はいらないって言ってたらしいし。

 

「ダンプに送られてくる人間は多い。だが、手術を生き残った奴は一割にも満たない。」

 

手術のせいじゃないかもしれないだろ。

 

「貴女が対価に払ったのは、貴女の寿命よ。」

 

貴女はこのままじゃ、10歳を前に死ぬわ。

 

まさか。

 

「何かを得ようとするならそれと同等の対価が必要って事だ。

 

お前がやらされた手術は、お前の残り90年分の寿命と同価値の禁忌の手術。脳のリミッター外し。人間の限界を無理やりこじ開けた、化け物の生産だ。」

 

化け物の生産?あの脳無みたいな?

 

「あれとは少し違うわ。あれも作られた化け物だけど、貴女達に比べて、量産の難易度が桁違いに簡単なの。」

 

「例えばそうだな…イザベラは尉官(ルーテナント)ぐらいだろう。そうすると、今は11%かな。彼女の限界は15%と言った所か。」

 

何の話だ?11%?限界は15%?

 

「人間は脳の機能を10%くらいしか使えないのという。イルカだけは脳の20%を使う事ができ、イルカの能力である超音波機能は人間のいかなるソナーでも太刀打ち出来ないそうだ。」

 

…何が言いたい。

 

「つまり、ダンプは人間の限界を超えた化け物を作る施設って事。」

 

 

「お前は犠牲の上に生まれた、選ばれた化け物だ。」

 

何でそんな事知ってるんだよ⁉︎

ここは私の心の中なんだろ、何で一度も会った事の無い貴方達が存在しているんだ。おかしいだろ⁉︎

 

「それは簡単な事よ、私達が貴女の前世だから。」

 

「今、思い出させてやる。」

 

何言って…、うっ、、頭が、痛い!!!

 

「お前の寿命を伸ばしてやるよ。俺とリザさんの演算処理能力をお前にやれば、13%くらいだったら不可なく使える様になる筈だ。ま、その為には俺達の記憶を全部思い出さなきゃいけないんだけどな。」

 

うっ、、うぁ、、、うわぁぁぁぁあぁあぁあああぁああぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!

 




…情報過多ですね。今回の脳の所の元ネタわかった方は是非コメントして下さい。とある映画を見てこの設定にしようと思いました。結構マイナー所から引っ張って来たので難しいと思います(・ω・)


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16.イザベラside

遅くなりました。


イザベラside

 

「さぁ、君達の答えを聞かせてくれ。」

お父様はそう言って私達を見据えた。

 

わからない。私には難しすぎる。鯉影もさっきからぼーっとしてるし、わかってないみたい。今の私達には答えは出せそうにないわね。

 

「お父様…1日下さい。」

鯉影が怒るかもしれないけど、今はわからない。それが私達の答えでしょ。

 

「今夜よく考えるといいよ。明日の朝、答えを聞く。」

お父様はそう言って部屋を出ていかれた。

半日の猶予。よく考えなきゃ。

 

隣で未だ固まっている相方の頭を軽く叩く。

「いつまで固まってるのよ。早く答えを見つけなきゃ。…悔しいのはわかるけど、あと数時間しか時間がないの、悔やむのは後にして考えましょ。」

そう声をかけるけど、反応がない。

 

あれ、おかしいな。この子、焦点が合ってない?目に何も写してない。

 

「鯉影?…鯉影、ちょっと、鯉影!」

肩を大きく揺さぶる。名前を呼ぶこと4、5回やっと目が覚めたのか、

 

「…ベラ。久しぶり。」

と一言言った。

久しぶり?一緒に居るのに何言ってるんだか。

 

「目開けながら寝てたの?

それより明日までにお父様のだされた問題の答えを見つけなくちゃいけないのよ。」

多分聞いてなかっただろうからと教えてやると僅かに眉を動かし、

「…そう。」

と、返事をした。

 

あれ、この子、こんなにそっけなかったっけ?

 

顔をまじまじと見る。その顔が、あの島に居た頃と重なって、変に感じる。船でマナーを覚えるにつれ、口数が増え、表情がわかりやすくなっていたのに。

また戻ってる。

 

「…何。」

いや、変わった。前はどんなに表情が動いてなくとも何考えてるかわかったけど、今はわからない。

 

「どうしたの?」

思わずそう言った。明らかにおかしい。

 

「何かあったのなら…」

「外行ってくる。」

 

間接的に1人にさせてくれと言われた。

 

私、貴女に相談事されるくらいには信頼されてると思ったんだけど、違ったみたいね。

 

鯉影が消えていったドアを見ながら小さく溜息を吐く。ちょっとこたえた。辛い。

 

「あの子だって、1人で考えたい事があるんだ、きっと。」

自分にそう言い聞かせてみるけど、何かモヤモヤする。

 

…やっぱ追いかけよう。

 

 

 

 

鯉影は船のラウンジにいて、海を見ていた。

 

とりあえず追いかけてみたものの、いつもはポンポン出てくるはずの話題が今日に限っては一つも出ず、重い沈黙が続く。

 

何もする事が無いので隣に立ち、様子を伺ってみる。嫌がる素振りがないので横にいても良いという意味だろう。

 

「あのさ、何か悩んでる?」

勇気を振り絞って聞いてみる。

鯉影は黙ったままでこちらをチラリとも見ない。ダメだ、心が折れる。

 

「…ベラは、」

喋った⁉︎良かったぁ。話聞いてたんだ。

 

「ベラは、身に覚えのない記憶があったらどうする?」

 

「え。」

この子は何を言ってるんだろう。

 

「前から変だとは思ってた。けど、今回ので確信したんだ。」

鯉影はそう言って目線を夜空にやった。

 

「例えば、あの星ができる前の記憶があったら、

例えば文明が発達してない時代の記憶があったら、

例えば個性がない世界の記憶があったら、

ベラならどうする?」

 

鯉影はそう言って私に視線を向けた。

悩んでる事ってそれ?知らない記憶があるって事かしら。でもそんなの簡単じゃない。

もし私が知らない記憶があったら、

「それって素晴らしい事なんじゃない?確かに不気味だけど、貴女は沢山の経験をしたのを覚えてるって意味でしょ。人生イージーモードじゃない。だって人は学んで生きる生物なんだから。」

 

当たり前の返しで申し訳なく思ったけど、鯉影の表情を見るにこれが正解だったみたい。

 

これまで見た事無いほど目を丸くさせて、数秒ほど固まった鯉影。そして次の瞬間には盛大に笑って目元の涙を指で拭ってた。

 

「確かに、そういう考え方もできるね。」

笑いながらそう言われた。どうせだからもう一つ言っておこう。

 

「それに、例え知らない記憶があったって、あるものはどうしようもないじゃない。」

 

そういうとさらに笑い、

「確かにその通り、どうしようもない。ありがとう。幾分か楽になった。」

 

そう言って私に向けた笑顔は、数時間前の私の知ってる鯉影の顔に戻ってた。良かった。

 

「さて、それじゃあ私は自分の部屋に帰るよ。」

 

鯉影はそう言って船内に入ろうとした。その手首を慌てて掴む。

 

「?…何?」

 

「お父様の問題、まだ私達答えられてないでしょ。」

 

そう。お父様の「覚悟」のお話はまだ終わってないわ。半日しか猶予は無いの。

 

「覚悟?…あー、真理を悟るってやつか。アレは簡単だよ。」

鯉影はそう言って空を見た。

 

「真理ってのは、この世の全てのことを言うんだよ。」

この世の全て?蟻とか人間とか?

 

「そう。真理とは世界であり、宇宙であり、全であり一でもある。」

 

「…わからない。つまり、真理って何。」

 

「ベラにとっての真理は、ベラ。君自身だよ。」

 

鯉影はそう言ってニヤリと笑った。

「難しく考えなくていい。要は自分を理解しろって事。」

 

「自分を理解?」

私を理解するってどう言う事かしら。

 

「そこは自分で考えないと。」

 

鯉影はそう言うと、今度こそ船内に戻ってしまった。

 

私はというと、今度は自分を理解するって事がわからなくて頭を回していた。



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17.自分の道

ある方からのアドバイスで色々と他の作品を読んでいると、皆明確な目標を最初らへんで書いていたので私もちょっと遅いけど主人公の目標かきました。


目的地につくまであと1日。昨日同様ベラと二人で並んで父の部屋に来た。

 

「速かったね。答えは見つかったって事かな?」

少し嬉しそうに、だが心配そうに父が言う。

 

「「はい、答えを見つけました。」」

 

「なら、答えを聞こうか。」

父の声が一段低くなった。ベラが一歩前に出る。

 

「私は目的地で、誰もが知ってるような、大物ヴィランになりたいです。いや、なります。」

 

「…理由を聞いても?」

 

「今まで存在を認められていなかったので、誰もが自分を知ってる…

 

私を認めざるおえない、そんな世界を見たいからです。」

 

「それはヒーローでも出来ることだ。いや、ヒーローの方が叶いやすい。」

父様が鋭く言う。確かに、ヴィランならば認知度は一瞬の夢で終わる。だが、ヒーローならば、コツコツ頑張れば認知度は永遠の夢になる。

 

「…私はヒーローみたいな偽善者にはなりません。それに、弱小ヴィランみたいに一瞬で捕まるヘマもしません。

ヒーローの方が叶いやすい?

お父様、私は運頼みで叶う事は望んでません。自分の力で実現させます。」

 

何というか。それこそ理想主義なんじゃないかと思う。たかが子供が何言ってるんだって。

 

でも、親に売られても何やかんやしぶとく生きてるベラなら、いつかそんな存在になれるんじゃないかと思うよ。

 

「…口先だけにならない事を祈るよ。」

 

父様はベラの事を信じてないな。

 

聞いていて思った事だけど、父様はヒーローを酷く憎んでる様に見える。だけど、その理由がわからない。

 

「鯉影はどうかな?」

そう声が聞こえる。

 

もし父様が人を助ける人が嫌いなら、私はここで殺されるかもしれないな。

けど、

 

「私は、この世界を平和にしてみせます。」

これが私が為すべきことだ。

 

言った瞬間、殺気がとんできた。勿論父からだ。ベラも疑わしげにこちらを見ている。

…真理に会う前にこの殺気を飛ばされてたら気絶してたかも。

 

「それは、(ヴィラン)にならないという意味かな?」

質問形だけど有無を言わせない空気がすごい。

 

「…いえ、(ヴィラン)にはなります。」

そう言うと、父の纏ってる空気が少し和らいだ。ならば何故と無言で聞いてくる。

 

「この世界は一見平和です。けど、現実はそうでもない。私やベラの様に夢だの希望だのを知らない人々が大勢いる。

 

個性、家柄、金、容姿。

この世界だと、人は生まれながらに不平等になってしまう。

 

そんな世界は、間違っている。

違いますか。」

父様の目を見てゆっくり喋る。静かに聞いていた父様だったが最後に、

 

「君の話は理解できる。だけど、敵になるというのは?」

 

「国家転覆は立派な犯罪ですよね。」

言ってて自分が大馬鹿者に思えた。だが、それと同時に胸に何か熱いものがこみ上げる。これが先への期待か、不安か、はたまた違う何かか。私には理解できなかったが、

 

「私が、王になります。」

"かつてのわたしの一人"の尊敬する上司は一国のトップだった。ずっと隣で仕事をしてきたから国の政治の仕方はわかる。勿論、間違った政治の仕方も。民衆を上手く使うこともできる。けど、平等を求めるなら、一国を支配しただけではどうしようもない。全世界を手中に収めないと。

 

父様は一言、

「…ジャッポーネは君が思ってる数倍強いよ。」

と言った。国をそう簡単に転覆できるとは思ってない。内戦ですら相当な被害を被ったのを覚えているから。けど、あの島はあってはならない地獄だ。

 

この世界は地獄と天国しかない。だから変える。

こんな腐りきった世界、変えてやる。

 

 

 

「…2人とも、話は聞いた。けど、本当にその覚悟があるかな。」

父様がポツリといった。まだ疑うのか。

 

 

「これから脳無を一体この船のどこかに解放する。それが逃げる前に殺ってくれ。殺った方を僕が死んだ時の後継者とする。」

 

それをやったら私達を認めるのか。後継者云々はどうでもいいけど、脳無は気になる。

 

「さ、行っておいで。」

父様がそう言うと同時にベラがダッシュで部屋から出て行った。そんなに後継者になりたいのだろうか。

 

「君は行かないのかな?」

 

「後継者の位がそんなに魅力的に感じなかったので。」

 

「…ちなみに、止めをさせなかった方はさせた方の部下になるし、…僕の財産とかも全部後継者にあげるけど。」

「いってきます。」

…世の中の全て金だ。

 

 

 

 

…あの全身グロテスク何処にいるんだ。まだ戦闘してる音は聞こえないのでベラも見つけてない筈。

ん、…何か来るな。

 

「…!何だ鯉影か。びっくりさせないで。」

びっくりしたのはこっちなんだけど。

 

「前回はあんなに煩かったのに…だいぶ遠い所にいるってことね。」

ベラはそう言ってまた何処かへ走り去っていった。

 

煩かった?あぁ、ベラは知らないのか。私達が前回会ったのは声帯が何故か機能していた暴走個体だって。

なら、私の方が早く脳無を殺れるかな。

 

父様は"逃げる前に"って言ってた。なら、逃げたいって感情があるってことだ。なら、解放されてすぐに壁を壊して逃げるかコソコソ音を出さない様にして逃げるかどっちかだろう。

壁を壊した音がしないという事は、

 

「…人間の様な感情がある化け物か。まるでキメラだな。…胸糞悪い。」

 

警戒しながらベラが歩いてきた方を探す。

 

…、

 

…、、

 

…?

 

何か今聞こえたな。…後ろにいる。

 

ギュルウゥンン

 

「うぉっと…あたったら痛いよ、それ。」

 

帽子が吹き飛ばないように片手で抑える。見たところ前回見た脳無と似ている。だけど、前回のよりも遥かに小さいな。成人男性の3分の2もない。

 

ドッドッドッドッ

その分足が速い。

 

ドゴォンン

そして威力は低い。

 

「悪いけど、君を始末しないといけないんだ。」

 

ッ!

 

話しかけてみると、僅かに反応が見て取れた。キメラになっても人語を理解しているのか。可哀想に、今、逝かせてやる。

 

「そうはさせないわ。私が億万長者になるの…よっ!」

 

いつのまにか来たベラが脳無の脳めがけ指を伸ばす。それをすんでのところで避けた脳無。

 

「コイツ、前のより素早いわね。」

まぁ、ね。

…ダッ!

 

あ、逃げた。

「ちょっと何で逃げるのよ。」

 

「ベラが来てから逃げた…私にはビシバシ攻撃してたのに。」

 

ベラが脳無の後を追いながら聞く。それを追いながら話す私。どうやら脳無が関わると、私は鬼ごっこをしなければならないらしい。

 

ダッダッダッダッ

 

…あ、窓があそこにある。だけど、出るには少し小さい。あの脳無は威力がそこまでないので、

 

ガッシャヤヤャンンッ

 

あの脳無、今どうやって窓割ったんだ?

「何かの個性よ、きっと。」

 

脳無が外に飛び出したのでこちらも慌てて外に出る。今日は…嫌な天気だな。今にも雨が降りそうで風が強い。

 

「…止まった。」

 

脳無は私達の少し前で立ち止まった。船の上だとようやく気付いた様子だ。海を見て絶句している。

 

「余所見してていいのかしら?」

ベラが脳無に一歩近づく。

脳無が一歩下がる。

 

コイツ、何でベラに攻撃しないんだ?…できないのか?それとも…

 

「…!お前、何で私には攻撃するのかな。」

 

ブルゥゥンッ フワァっ

 

…あ、また帽子とれた。大人用のを被ってるからかな。

 

ッッッ!

ダッダッダッダッ

 

逃げた。今度はベラでなく私から。何でだろう、さっきまで攻撃ばかりしてきたのに。それに、私の顔を見て何か驚いてた?

 

「あっ!貴方海に飛び込むつもりね…させないわ!」

 

脳無が海へジャンプする。その脳無に向かってベラの指が伸びる。

脳無にあとちょっとという所でどういうわけか脳無が避けた。いや、飛んで避けたが正しい。

 

「え、飛んだ…?」

 

私の目にはそう見える。

 

「どうしよう。私達どっちも止めを刺せてない。」

ベラが焦って言う。確かに父様に大口叩いてすぐに出来ませんでしたは格好が悪い。

 

「もうこの際後継者は貴女でいいから何とかして…」

 

「でも、あの脳無」

 

「でもじゃなくて。」

 

…仕方ない。何故攻撃してこないか引っかかるけど後で考えよう。今は父様に認めてもらう為に、倒させてもらう。

 

ビュゥゥウゥゥゥウ

 

強風を操って脳無の周りに空気の壁を作る。

 

「…一瞬だけの我慢だ。すぐ終わるから。」

 

ゴロゴロッ

 

空から一瞬光が見えたかと思えば、もう脳無は黒焦げになっていた。

風で拘束して雷でトドメを刺す。こんな天候だからこそできた芸だ。

 

ビュゥゥウゥゥゥ

脳無の黒焦げ体を船に置きベラに父様に報告する様に言った。

何故って?

その間に私は調べることがあったのだ。

…倒す前、気付いた。もう小さくてベラは気づかなかったみたいだったけど、脳がむき出しになっていたからこかそわかる、手術痕。島の者という事だ。

手術がだいぶ古い時に行われたものだとわかった。少なくとも自分よりは年上だ。けど、大人よりも小柄だった体を見るに子供だ。

そして、攻撃を辞めたという事は私達を知ってる者の誰か。

 

目は薄っすら水色で…、あぁ。…、わかった。だから

 

金髪青眼の男の子が笑っている顔が頭にチラつく。最後にあの幼馴染に会ったのはいつだっけ。

 

「君が私の顔を見て攻撃を辞めた時、もっと考えればよかった…

気付いてあげられなくてごめん。…コナー」

 

静かに言う。声を上手く出せない。けど、涙は出てこない。もしかしたら、私は脳無がコナーかも知れないと心の何処かでわかっていたのかも知れない。

 

「鯉影!お父様が呼んでるわ。」

 

お父様…ね。

 

父様がもしコナーと私達が仲が良かった事に気付いていたとしたら。いや、気付いていたんだろう。だから、あの時みたいな強い脳無でなくコナーを選んだのか。殺す必要があったら例え仲間でも殺せ…か?それとも自分に逆らう気力をなくさせるつもりだったのか。

 

 

私達みたいな売買可能な人間は所詮権力者の駒。そして父様もそう思ってる人の一人だとわかった。

 

…私の進むべき道は、最底辺の身分しか喜ばない道だ。けど、最底辺出身に負ける奴は上に立つ資格なんてない。

王は民に親しまれ主従関係が成立する。飼い主は飼い犬に慕われ主従関係ができる。よく思われてないで上に立つっていうんなら、自分の身くらい自分で守ってみせろよ。

 

「鯉影?」

 

「今いくよ。」




元々考えていたストーリーに繋がる話がやっと書けました。何話か前に初登場したコナー君は、最初レギュラーにしようか迷っていた子です。


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人物紹介

一回整理しようと思いまして。


第1章終わりまでの登場人物

 

主人公:鯉影(りえい)

 

見た目:髪色は黒。瞳の色は金。

 

年齢:5

 

服装: 4歳の時に貰ったソフトハットと母に貰ったチェーンネックレスを常に身につけている。

 

性格 :良く言えば静か、悪く言うとコミュ障。

 野良猫の様な警戒心を持っている。転生したが、いまいち前の自分がどんな人だったかわかってない。

 

個性 「雷風」「錬金術」

雷や強風を操る事ができる。天候等自然のものを使うと威力が上がる。使いすぎるとお腹が痛くなる。

 

 

 

相方:イザベラ

 

見た目:悪役令嬢風。髪は少しウェーブがかかってる。

 

年齢:8

 

性格 :姉御肌、普段は冷静。予想外の事があるとテンパる。見た目に似合わずサバサバしている。主人公の良き理解者で同じ養父を持つ。

個性 「指武器」

指を鞭のようにしならせたり、刀のように何かを切ったり、針の様に刺したりできる。他にも出来る事があるかも。

 

 

養父:????

 

見た目: 不気味。優しそうだけど近づきたくないオーラ。

 

性格 :一見優しいが、ヴィランでヒーローを憎んでいる。主人公達とは養父と養子の関係で仲は悪くない。

戦闘力は化物クラス。

 

個性: ーーー・ーーー・ーー

他者の個性を奪ったり、逆に与えたりできるらしい。

 

 

お母さん:???

 

見た目:黒目で髪が長い美人。

 

性格 :とても優しくて、母性に満ち溢れた人。お偉いさんの妹らしい。主人公の母親で、女手一つで主人公を育てていたが、無理矢理他所に連れていかれた。

 

個性 :不明

 

 

執事:紅羽 魔郎

 

見た目:赤髪を後ろにオールバックしたThe 執事の様な人。割と若い。服の内側ポケットからは予想だにしないものがたくさん出てくる。

 

性格:丁寧で物腰穏やか。が、主人公のマナーの先生になった途端に口うるさくなった。主人公に会う前から執事として養父に仕えている。

 

個性:火鳥

炎の翼で空を飛んだり、火の爪を操ったりできる。

 

 

マナーの先生:血濡れ婦人

 

見た目:悪役令嬢風…いや、悪役年増風。ふくよかでドレスを着ている。

 

性格:上品。が、主人公にはしょっちゅう怒る。人を切り刻むのが好きで、そこそこ名の知れたヴィラン。イザベラを自分の子のように可愛がってる。

 

個性:ブラッディテリトリー

O型の血を操れる。しかし半径3メートル以内の人のみ。普段は血を持ち運びしているらしい。

 

 

友達:コナー

 

見た目:金髪青眼。

 

性格:主人公のスリ仲間でよく主人公とベラの仲裁をしていた優しい子。脳無にされ主人公の個性で亡くなった。

 

個性:超音波

聞こえない程高い超音波で窓を割ったり、空を飛んだりできる。

 

 

その他:門番のおじさん

 

見た目:中年のおっさん。黒髪。

 

性格:娘の薬を買う為に頑張る良い人。最後は主人公達を守って亡くなった。

 

個性:石化

肉体を石化させて防御力と攻撃力をあげることができる。

 

 

その他の設定

 

とある孤島

 イタリア近くにある記録されていない無人島。右半分はノーブルと呼ばれ、金持ちの娯楽施設となっている。左半分はダンプといい、借金や人身売買により売られた者、売り残った者が住んでいる地球上で最も汚れている場所。

 

ノーブル

 金持ちは金持ちでも闇の世界と関わりがある者だけが行ける娯楽施設。また、そこにいる金持ちを指す言葉。

 

ダンプ

人身売買業者に捕まった人々や借金を支払えなくなった者が生活する所。このダンプから逃れるチャンスはただ一つ。ノーブルの人に買って貰う事のみ。

 

 




あれ、この人いないよとかあったら教えて下さい。


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二章 日本と初仕事
19.ネーミングセンス


 

「んんぅー!」

 

ベラが嬉しそうに身体を伸ばす。私も多分ニヤけているだろう。なんたって目的地に着いたのだから。

 

「二人とも、着いておいで。」

 

父様はそう言ってさっさと階段を使って降りていく。

 

「やっと着いたんだからもう少しのんびりしても良いのに…お父様はせっかちね。」

 

「何言ってるの。ここはもう、敵地だよ。」

 

父様の次に後継者の位を得た私が、そのすぐ後にベラが続いた。マナーの先生二人はもう降りているらしい。

 

地上に着くと目の前には黒塗りの高級そうな車が1つ。乗れという事か。

 

「これが車ね。私初めて見たわ。」

 

車に興味津々なベラを残して私はとっとと乗る。随分と広いな。

 

「おや、君は興味ないのかい?」

 

「興味は、なくはないです。でも、足を止める程の価値とは思えませんでした。」

 

「この車は君達の言う、表の人間でも一生乗れないかもしれない車だよ?」

 

「私はこれからずっと乗るのでしょう?」

 

そう聞き返すと、父様はニヤニヤ笑ってそうだねと言って黙った。

この国はとても進んでいる。車なんてあちこちにあるだろう。それに一々反応はしない。

反応なんて、他者の顔色を伺う奴のする事だ。もしくは自分の感情に従順な奴。

 

ベラが目をキラキラさせて車を見ている間、束の間の沈黙ができた。元々自分からは話さない父と私の二人だと、車内から音が消えた。

 

暇なので窓から外を見る。上の世界ほど高い建物が在るわけじゃないが、だからと言って下の世界ほど汚いわけでもない。何と言うか、無駄に飾ってない、平和そうな所だ。

今私が乗っているこの車は工場の裏の様な所にいるが、その少し隣には平たい家が大量にある。想像よりキラキラしていない。屋根などは茶色で目に優しい色だ。

 

「驚いたかい?」

 

「えぇ。それなりに。…ここに住む人は皆ハズレの個性でもひいたんですか?」

出なきゃ表の世界の住人なのにこんなキラキラじゃない家住まないよな。

 

 

「…鯉影、自分の個性についてどう思っている?」

 

「どうとは?」

 

「僕はね、1つ、2つ個性があるだけじゃたかが知れてると思うんだ。」

 

父様は何が言いたいんだ?個性は生まれ持っての能力。数に関してはどうしようもない。それこそ、在るもので頑張るしかないだろう。

 

「在るもので頑張るしかない。確かにそうだ。けど、増えるとしたら?」

 

「それは素晴らしいと思います。けど、不可能だ。」

 

「不可能?そんな事はない。かの有名なゲーテはこう言った。『人類にとっての本来の研究対象は人間である』とね。僕も同じ意見だよ。僕らは僕らを知るべきだ。人類の可能性ってやつをね。」

 

…父は何が言いたいんだ。全く意図がわからない。個性は増えたり減ったりはしない筈だ。だから個性婚なんてものまで出来たのに。

 

「父さ「お父様、おまたせしました!」…」

 

ベラが勢いよくドアを開けた。

それと同時に眩しい光が入ってくる。普段から帽子を被っている為、久しぶりに目にあたった日光は痛い。

 

「二人して何を話してたんですか?鯉影は涙目だし。」

 

「…いや、今後の話を少し、ね。」

 

父様はさっきの話をベラにはしないらしい。まぁ、個性が増えようが減ろうが、私は今の力に満足しているからいいが。

 

満足…うん、しているさ。きっと。多分。

 

ベラが乗ったことで車は発進した。移り変わる景色をぼーっと見ながらも頭では個性の事を考える。個性とは、特殊能力の事を言う。発端は中国・軽慶市。「発光する赤子」が産まれた事からだ。

だが、よく考えるとおかしいな。個性は

「二人とも」

 

「何ですか。」

 

「僕達は家族になったわけだけど苗字はどうする?元のを名乗りたいならそうすれば良いし、新しく自分で作りたいならそうすれば良い。」

 

苗字?名前の後だか前だかにつく表の世界の住人の証か。てっきり父様のを使わせてもらうんだと思ってたけど。自分でつけられるならそれに越した事はない。

 

「苗字ね…何か、心踊るわね。」

 

「うん。良いの考えないと。」

 

「あまり変なのは辞めた方がいいよ。一生名乗らなきゃいけない名だからね。」

 

私はそうだな…やはり鷹が入るのが良いな。でも、今世は鷹関係ないんだよな。やっぱ個性を元に考えよう。

 

風…雷。嵐?いや、安直すぎる。どうしようかな。あ、ちょっとずつ変えていけば…

風+雷=嵐→天候→天

錬金術→等価交換→買い物→腹減った→食いっけ→喰いっけ

 

天喰い…天喰(あまじき)

ありそうな名前にはなったな。だが、錬金術→喰は違うか?いや、今更変えまい。

 

「父様、決めました。私は天喰がいいです。」

 

「…どうやってその苗字になったのかは……聞かないでおこう。」

 

うん?立派な理由があるのに。

 

「じゃあ、私もそれにする。」

 

あれ、ベラも?心踊るって言ってたからてっきり自分のを考えるんだと思っていたが。

 

「私、ネーミングセンスないみたいでさっきからお父様に却下されてるのよ。私は火星(まあず)って壮大で良いと思うんだけど。」

 

……あぁ、そう。



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20.初仕事

日本に来てから一週間が経った。

今日は、ベラがいよいよ学校という所に通う日だ。

 

昨日からベラは緊張してるのか、全く相手をしてくれなかった。なので私も、昨日は家の中で大人しく小学校の勉強をしていた。が、すぐに課題を終わらせてしまったので今日は暇だ。

 

チュン チュン

 

 

この一週間、ここで過ごして来てわかった事が2つある。

 

1つは、この日本という国が平和で暮らしやすい非武装国だと言う事。

 

もう一つは、私の置かれた環境が最高だと言う事だ。お城のような大きさの家。いや、屋敷と言った方が良い。そこで毎日暮らせて設備も最高級。

 

特に、最高級寝具の寝心地はまさに最高級であった。広々としたベッドは眠り心地抜群だし、皺ひとつない真っ白なシーツは清潔感バリバリで肌触りも素晴らしい。流石使用人たち、いい仕事をする。

 

ふと私の部屋のドアが開く音がした。使用人や父はノックをするのでおそらくベラだ。それか私の寝込みを襲いにきた誰か。

 

「鯉影、そろそろ起きなさい。」

 

ベラの声を聞き、もそもそとベッドから起き出す。が、はたと気が付いたことがある。これからどうしよう、今日はやる事がない。

掃除や洗濯は使用人がやってくれるから…勉強?いや、昨日全部終わらせた。なら二年のものに手を出すか?いや、あまり勉強に力を入れなくてもあの程度いつでもできるし。今日は個性の訓練でもしようかな。でも一緒にやる人が居ない。

 

「ベラぁ、やる事がない。」

 

「知らないわよ。公園でも行けば。」

 

「公園って浮浪者が居るって聞いたけど。」

 

「全ての公園にいるわけじゃないでしょ。じゃ、私は学校行ってくる。」

 

薄情なベラは行ってしまったし、どうしようかな。…よし、もう少し寝るか。

 

コンッコンッ

「そろそろ起きたらいかがです。」

 

ノックの後に聞こえた声に私は敏感に反応した。奴にやる事が無くて困ってる事がバレたら、色々なレッスンをするハメになるに決まってる。

 

「何用ですか。」

 

「旦那様にお伺いした所、本日お嬢様はご予定がないと聞きしました。」

 

どうしよう。紅羽に既にバレていた。夜着のまま腰に手を当て周りを見回す。きっと何かやる事がある筈だ。片付けとか、掃除とか、

 

「お嬢様、部屋の中でやる事はない筈です。仮にあったとしても使用人にやらせて下さい。では、下で待っているので着替えてきて下さい。」

 

立ち去ったか。

今日は白いシャツに黒いズボンにしよう。出かける予定もないし。

…ん?…あ、やる事ないし出かけよう。そうと決まれば帽子も被って、紅羽にバレると邪魔しようとするに決まってるから窓から出よう。

 

窓を開けると遠くに地面が見えた。ここは3階だったっけ。でも個性を使えばなんてことない。よっ、着地成功。あれ、父様なんで目の前に?

 

「君に限って無いだろうけど、サボってる?」

 

「父様…やだな。ただの朝の運動ですよ。」

 

「…へぇ、そうなんだ。じゃあ運動ついでに、苦手を克服するバイトをしないかい?」

 

…?どういう事だかよくわからないな。でも苦手を克服できてお金も貰えるならやってみたい。

 

 

 

 

「辞めてくれ…嫌だ!…るな、来るな、来るなぁぁぁあぁあ!」

 

ザシュッ

 

「…はぁ。」

苦手を克服ってこれかよ。まさか暗殺をする事になるとは。確かに人殺しは苦手だ。感触に嫌な感じがする。

 

ピロピロ ピロピロ

 

「…もしもし。…えぇ、終わりました。え、脅迫文ですか。…はい、わかってます。じゃあ。」

 

この死体は回収される予定だった。が、警察がここを嗅ぎつけたらしく自殺に見せかけるようにと父からお達しがあった。剣で首から腰まで切ったのに、今更自殺になんて見せられるわけないじゃないか。しかもここはそこそこ良いところにあるビルの50階。

 

「はぁ、どうしよう。」

 

…少しでも捜査が難航するように死体を隠して、脅迫文でも書こうかな。

 

『お前らのボスはあずかった。返して欲しければ警察に相談せずにアリーナまで5億持って来い。』

 

こんなもんかな。まさか五歳児が書いたとは思うまい。あとは、この男を持ってずらかるだけだ。むっ、意外と重いな。

窓から投げて、風を下から吹かせ…よし、流れに乗ったな。私ももう行こう。

 

ビュゥゥウウゥゥッ

 

ふふっ、空を飛ぶのは楽しいなぁ。表の人間を見下ろせる。

 

ん…。空を飛べる個性が警察側にもいたか。厄介だな。この男が既に息絶えているのを報告されると困る。

 

「待て、ヴィラン!」

 

「待たない。」

 

「その人を解放しろ!」

 

「断る。」

 

「なら、多少荒くなるが…先制束縛!」

 

飛んでる警察が羽を弾丸みたいに飛ばしてきた。嫌だねぇ、危ない。

 

「…!ヴィラン、お前よく見たらまだ子供じゃないか。危ない事は辞めなさい!」

 

何だコイツ、急に偉そうにして。ムカつくな。追いつけない速さで飛んで実力の差を教えてやろう。

 

「っな、待て、ッ待ちなさい!」

 

「だから待たないって。」

 

どんどん離れていく警察。やがて見えなくなったので速度を落として着陸した。重い死体をこれ以上持つのは辛い。結果、どうするか数秒迷い、近くにあった茂みの中に放っぽっといた。

 

…。さ、仕事も終わったし帰ろー。

 




主人公、悪の道を突っ走ってる模様。


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21.噂

いやぁ、久々の投稿。
言い訳はいいません、すいませんしたッ!!(土下座)


「ただ今帰りました。…?」

困惑する。

ドアの前には父とイザベラ、紅羽に血塗れ夫人と我が家のメイド7人の総員が集まっていた。皆気のせいか苛立っている。

 

「…馬鹿が帰って来た。」

 

「イザベラ。喧嘩売ってるの?疲れてるし買わないよ。」

 

「違うわよ。コレ、何だと思う?」

イザベラがラジオの様なものを指差す。ラジオじゃないのか?何でこんな古い機械がこの家に。

 

[ザッザザーッ、発見しました!常実株式会社社長に間違いありません!]

 

「…言いたい事わかるよね、鯉影?」

 

「別に私だとはバレてないでしょ。」

 

[ザーッ、本当に観たのかね?」

[ハッ!犯人の後ろ姿をしかとこの目で見ました!犯人は遺体を持って窓から逃亡、飛行を可能とする個性を持っておりました!]

 

しまった、あの羽の生えた警察官か。余計なことを言ってくれたものだ。しかし闇夜に紛れて姿形は、

[犯人は目測およそ100cm程、黒いソフトハットをかぶっていて性別はわかりませんでした!]

 

なんだ…と。

しまった。そんなにしっかり見られていたとは。本当に余計なことを言ってくれたな、あのフクロウ警察官め。何でそんなに目が良いのか…そういえばフクロウって夜行性だったな。

 

「もう一度言うわよ。この大馬鹿者が!!」

 

「次からは善処しよう。」

 

「いや、残念ながら次はないよ。」

お父様が話に入ってきた。次が無い…まさか、私を無能と評価し、捨てようとなさっているのか?それは駄目だ。そんなことになったらまたあの地獄に戻されてしまう!

「お父様、私はまだ「だから、鯉影はもっと強くならなくてはいけない。」、もっと、強く…ですか?」

 

「そう通り。今回の件で警察は君の存在を知った。次はヒーローが来るかも知れない。今回は初めての暗殺だったからターゲットは無個性にしたけど、いつまでも無個性をターゲットにしておくわけにもいかない。警察側に過剰に評価されている可能性もあるから、今よりもっと強くなるんだ。」

 

お父様の言いたい事はわかる。次はターゲットが反撃してくるかもしれない。そうなった時、相手の動きを完璧に封じられなければ、このご時世だし直ぐにヒーローが来てしまうだろう。

 私にはまだヒーローに勝つ力は無い。ターゲットに助けを呼ばれてしまった時、逃げきる事ができるかさえも怪しい。

 

「僕が手伝ってやろう。そうだな、手始めに気に入った個性を持つ人をここに連れておいで。僕がその個性を君に移してあげよう。」

 

個性を移す⁉︎

そんな事が可能なのか?…でもそう考えると、脳無やお父様の個性に納得がいく。

 

1度目に戦った脳無は少なくとも身体強化系の個性と回復系の個性を持っていた。お父様だって空間系の個性を複数使用していた。

 

可能なのかもしれない。だとしたら私が求めるのは、錬金術の四大元素だ。この世界の物質は、火・空気もしくは風・水・土の4つの元素から構成されるとする。科学が解明された今は違う事がわかるが、個性が錬金術という非現実的な物なのだ。その錬金術の世界だと四大元素で全て作れるそうなので、是非ともこの元素達を手に入れたい。四大元素を成さしめる「熱・冷・湿・乾」の4つの性質である四性質でも全ては創れるという。その事が本当なら火は雷で代用でき、空気も風を起こす事が出来るのだからクリアしている。

 

後は水と土なのだが、これも水でなく氷でもいいのかもしれないし、土も砂とかでもいいのかもしれない。

 

「お父様は水や土の個性を持った人を知りませんか?」

 

「それなら一つ心当たりがあるが、今の君ではまだ無理だね。

 

 「土砂の鯉焉(りえん)」という人を知っているかい?彼は裏社会でも指折りの悪でね。ヤクザ。わかりやすく言うと、ジャパニーズマフィアのトップなんだ。土蜘蛛家のボスだ。

 彼はとても厄介な相手でね。マフィアの癖に一般人を守る、ヴィジランテなのさ。」

 

ヴィジランテと言えど、マフィアか…確かにそれはヤバそうだな。

 しかし、土砂というなら、水と土の個性という事だろう。素晴らしいじゃないか。例え今は敵わなくとも、頭の中に入れておくに越した事はない。

 

「ちょっと、お父様が忠告してるんだから相当不味い相手だって。変な事考えない方がいいわ。」

 

「大丈夫。一時の欲望で全てを無くす様な事はしないよ。」

 

「ならいいけど、その顔は何か企んでない?」

 

「私が敵う相手じゃないかどうかは、私が決める事。大丈夫、ちょっと探って見るだけだから。」

 

 

 

 

あれから何日か経ってお小遣いもだいぶ増えた。特に何か買いたいわけではないが、目の前にお金をぶら下げられると取ってしまいたくなるのは人の性。罪悪感も最初ほどではなくなってしまった。

 

今日はバイトも無く時間がたっぷりあるので、土蜘蛛組の屋敷近くの木の上にいる。

…何故かって?相手を知らなきゃ何も出来ないからだ。奪うにしろ奪わないにしろ、相手を知らなきゃ負け戦になる。

 

土蜘蛛組が住んでいる家は、今はもう珍しい日本家屋だった。平たく広い家の為、木の上からだと全てが見渡せる。

 

さっきから見ていた感想だが、何というか緊張感のない人達だ。子供が作った落とし穴に大の大人が引っかかってたり、ご飯つまみ食いしてる人がいたり。

こういうの、何か心地よくて、嫌いじゃない。けど、無防備だ。

 

さっきから警戒は解いてないが何とまあ、呑気な人達である。これじゃあ、襲われるどころか気付かれもしないだろう。

 

今日はこの辺で帰ろうと思い、乗っている木と微弱な電気でスケボー擬きを作った。今日は個性の練習も兼ねて風だけで移動しようかな。

当然材料に使った枝は消え、私の体は落下する。

風を操って空中に階段があるかのようにゆっくり着地し、そのまま風で楽に帰路につこうとした所、前方から子供が飛び出してきた。

 

む、コイツ土蜘蛛家で落とし穴を作った子だ。こんな所で何してんだ。

 

「あの、さっきね、木から落ちる所見たの!」

 

あぁ。

子供ってよくどうでも良いとこを見てるから、ある意味大人よりも面倒なトコあんだよね。

見られた事が妙に悔しい。

コイツは殺そうか。

 

「あのね、とってもかっこよかった!

服も、個性も、全部!」

 

ほう。かっこいいか。あんま言われた事ないな。ちょっと気分が良い。やっぱり生かそう。

 

「もっと話したいから僕の家に来てよ!皆に紹介するよ!」

 

爆弾発言とはまさにこれの事。唐突すぎるし今日はちょっと準備出来てない。また今度にしてくれ。

 

「今日は予定があるんだ。」

 

「皆んな、いつもそうだ…僕ん家が怖い人多いからって。でも別に怖く見えるだけで悪い人なんていないんだよ!爺ちゃん達はただの強面ってやつだよ。」

 

ほう。コイツ友達いないのか。なら孫を懐かせたらひょっとして爺の個性を奪えるんじゃなかろうか。

 

「…じゃ、ちょっとだけお邪魔する。」

 

「え、いいの?

  …やったー! 初めてのお友達!来て来て。」

 

手をグイグイ引っ張られながら土蜘蛛家につくと、思いの外歓迎された。下っ端に。

 

偉そうな奴らは私を警戒している。この警戒っぷりを見るに木の上で見張ってたのバレてたかな。無防備だと油断したが、そうでもなかったわけか。

 

「お前さんがわしの孫の一番のお友達かね?」

 

威厳たっぷりのお爺さんが私を上から下まで見る。嫁入り前の娘の男友達に接するかの様な何処かで聞いた様なセリフを言う爺。

顔は笑ってるが「目は口ほどにものを言う」。笑ってない目だなこりゃ。…ははっ、絶対バレてやがる。

 

鯉山(りざん)…この子と爺ちゃんは幹部連中とちょいと話してくるから待ってなさい。」

 

警戒してんの隠す気ゼロかよ。

 

「えぇー、僕の友達に何するの!」

 

「話してくるって言うてるじゃろ。」

 

マズい。逃走経絡を確保しなくては。

 

「じゃ、行くぞ。」

 

孫と一緒で手を引っ張るスタイルかよ爺さん!

ズルズル引っ張られてたどり着いたのは

メッサ強そうな人達がずらっと並んだ部屋。

一番奥の少し高い所の席が空いてる。

お爺さんは私の手を離してそこに座った。

あれ、結構ピンチじゃない?

 

「オールフォーワンの所にいる、殺し屋「黒帽子」じゃな?幼いのに腕が立つと噂はかねがね聴いておる。…そんなのが何故わしの孫に近づいた?殺しの依頼でもあったのかね。」

 

ん…殺し屋?黒帽子⁉︎

ていうか、そんなのって言ったお爺さん?

 

「どうやらそう呼ばれている事に気付いとらんかったようじゃな。超新星ヴィラン、

殺し屋「黒帽子」。わしの耳にも入ってくる悪党じゃ貴様は。」

 

わたしが悪党?…まぁ、正解なんだけど。

 

でも人を一人殺しただけで悪党呼ばわりされるとは。じゃあ、この人達にとって昔の英雄は全員悪党なのか。

 

「無個性ではあるが、警備用品を数多く開発している警戒心の強い常実株式会社の社長。彼の発明のおかげで一体何千人の命が救われたか。

 

そんな彼を警備が万全であった社長室で嬲り殺し、畜生どもに喰わせ、無惨な姿にした。姿も警察官一人にしか見られていない正に凄腕の殺し屋。貴様の事は、警察が血眼になって探しているだろうよ。」

 

あれ?そう言われると本当に酷いヴィランに聞こえるな。だが今回の事で疑われるのは心外だ。

 

「…別に貴方の孫に近づいたんじゃない。貴方の孫が勝手に近づいて来たんだ。」

 

「…つまり、孫には興味ないと?」

 

「そうとってもらって構わない。」

 

「主が木の上から我々を観察していた事はわかっている。何が目的だ?」

 

やっぱバレてたか。舐めすぎたな。

さて、どうする。本当の事を言うわけにはいかない。

 

「だんまりか!やっぱ若旦那の倅が目的だったんじゃないか、えぇ!?」

 

…二番目に強そうなのが私を怖がらせる為に怒鳴る。やっぱ何処かで聞いたかの様なテンプレな言葉。主従揃って会ったことあったっけ。

 

てか、

「怒鳴るとは紳士に非ず。」

紳士のマナーを日々習ってる身からするとただただ、下品。その一言につきる。例え相手を怖がらせる為だったとしても、他の方法はなかったのかね?

 

「お前女見てぇな声しやがって男を語るんじゃねぇ!喧嘩売ってんのかワレェ⁉︎」

 

「私は女みたいではなく女だ。女子に声を荒げ、女子を男呼ばわりか。貴方は私より年配の筈だが、ここまで尊敬できる所が見つからない人は久しぶりだ。」

 

ブチっ…お、何か聞こえた。

 

「…大丈夫だ、黒帽子。痛いのは一瞬だからよぅ。」

 

下品な男はそう言って何処からか私の二倍程の大きさの棍棒を持って振ってきた。

 

しかし、私が避ける前に皺くちゃな誰かの片手が危なげなく止めた。

 

「うちの勇士が失礼したのう。…じゃが、お前さんが家を見張ってたのは事実。わしは孫と同じくらいのお前さんを痛い目に合わせたくないんじゃがな。」

 

暗にこれ以上は力づくにすると言われた。

が、私は全く別の考え事をしていた。

 

ずっとここに来た事があると思っていた。

何となく心地良いと感じていた。

聞いた事がある声だと思った。

「勇士」と呼ぶこの声を。

 

『おぉ、女子かぁ。めんこいのぉ。お爺ちゃんだぞ!』

 

『ガハハハ、若旦那のお嬢は元気じゃな!

わしは勇爺じゃぞ』

 

『お前が男子を産まなかったからだ!』

 

『貴女の事は、私が必ず守ります。命に代えても。何たって母親ですもの。』

 

『 ごめんね、鯉影。…ごめんね…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的は、今、変わった。

 

「…母親を捨てた男を、見に来た。」

 

 



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22. 土蜘蛛組

驚いた、ランキングに載ってるだと…⁉︎

読者の皆さま、ありがとうございます!!!


爺の目が泳ぎ、勇士は明らかに動揺した。幹部連中もある者は、視線をずらし、またある者は騒ぎ出した。

 

 そりゃそうだ。自分の家の者が殺し屋(?)の身内に手を出したんだ。報復されても文句は言えない。

 

爺どもは先ほどまで泳がしていた目を幹部連中に移し、何やらアイコンタクトで話し合っている。

 すると、覚悟を決めたのか、鯉焉が話しかけてきた。

 

「…お前さんには悪いんだが、その、どの女の事を言ってるんだ?」

 

長い沈黙が流れた。どの女の事を言っているかだって?フザケテルのか。というか、あの男はそんな事ばかりやっていたのか。

 

「あ、いや、悪いな…何でも無い。

そいつなら、女遊びしすぎてな。…そのツケで刺されて、今は奥で休養中よ。」

 

爺が取り繕ったように言う。

 

「…そうでしたか…、。」

 

その言葉を絞り出すだけで精一杯だった。何というか、呆れてしまった。だがそれ以上に、自分がそんな男の血を継いでいるのが忌まわしい。

 

「…、、あぁ〜。鯉山のお友達はお疲れだ。誰か車を用意して送ってやれ。」

 

さっきまでやいのやいの言ってきていた勇士も、今は空気を察したのか黙ってた。土蜘蛛家は私がショックを受けて意気消沈しているように見えるんだろう。事実その通りだ。

 しかし、別に母親が遊ばれたから怒っているわけじゃない。こんな男を選んでしまった母と、同じ血を継いでいる私にショックを受けているのだ。そこん所、間違えないで欲しい。

 

 

気を遣われたのか、家の近くの表通りまで送ってもらった。フラフラと帰路につく。生みの父親の話を聞いた時、忘れようとしていたお母さんの事を思い出した。

どんなにボロボロになっても守ってくれた母と、

生まれたその日に私と母を捨てた父。

 

 

私には、産まれた時からの記憶がある。

 辛うじて覚えていた記憶で、忘れたかった記憶。どうして私はこんな記憶(もの)覚えていてしまったのか。自分の優秀な頭が今は恨めしい。

 

 

 

 

 家へは門を通って入るのだが、私はいついかなる時も裏門から入る様に言われている。そして、裏門は路地裏をクネクネと曲がらなければならず、よくヴィランの溜まり場となっている。

 

 今日も家への道中、路地裏のだいぶ奥の方で女性がチンピラ3人に囲まれていた。いつもはめんどくさがって無視していたが、今日は胸の奥がムシャクシャして何かにあたりたくて仕方がなかった。

 

「おいチビ。こんな暗い時間に何してんだぁ?ママに習わなかったかよ、こういう場所にくるとボコられるってなぁ!」

 

私に気付いた一番近くにいた男がそう言いながら振りかぶった。

 

ママ?、今それで悩んでたってのに。

 

  たいな。

…いや、私は大丈夫。平常心、冷静に。

 

"見知らぬ相手と戦う時は、まず相手の個性を見極める事が大事だよ"

 

お父様の教えは頭に入っている。

 言葉通り、攻撃を仕掛けてきた男の動作に注意すると、それが酷くスローモーションに見える。怒りや悔しさが逆に冷静さを呼び、頭が冴えていく。

 

腕が一度前に出てから後ろに引かれ、

胸の高さ、顎、唇、鼻、目線と高さが上がっていく。その腕は酷く太く、一見鍛えられているかのように見えるが、よくみると無駄な筋肉が沢山ついてるだけだ。

 

「ぅおおお‼︎」

 

加えて対して必要なさそうなかけ声。無駄が沢山あるこの動き。声に一番力を入れているんじゃないかと思う程、重くない拳。

 

「だっはっはー!見たかオイ、めっちゃ飛んだぞ。

おいおい、オメェ良く見たら随分良い成りしてんじゃねぇか。金目の物は置いてけや」

 

 呆れたな。相手が気を失ったわけでも地に手をついたわけでもないのに油断して笑うとは。おまけに殴った後に相手の身なりに気付く。目的が無いのが明白な発言。取り敢えず金目の物を奪ってみるってか?

 

「きゃぁあ! 誰かぁ!」

 

ありきたりなセリフを女性が叫ぶ。

 

「おいおい黙ってろよネーチャン。大丈夫だって、ガキと違ってアンタは気持ち良くしてやるからよ!」

 

あぁ、つまらないな。こういう奴等を見ていると、むしゃくしゃしていた自分が情けなくなる。こんな奴等に八つ当たりしようとした自分が。

 

落ち着け自分。いつもの、お父様の娘の鯉影になるんだ。

雷で砂鉄を集め、錬金術で砂鉄の刃を作る。

 

「貴方は、敵成り立てかな?」

 

とりあえず片足を切る。それが理解出来なかったのか、男は近寄ろうとしてバランスを崩した。くっついていないのに気付いたのか、痛みにのたうち回る。

 

あぁ、やってしまった。こんな低レベルな奴でも同士(ヴィラン)だ。お父様にも同士を狩るのは行けない事だと言われていたのに。

 

でも、先にふっかけたのはアッチだ。

 

「殴る相手はよく考えないと。敵の相手がヒーローだけとは限らないんだから。」

 

理解できるように、のたうち回る男の頭に足を置いて動きを拘束し、ゆっくりと話す。

男は私の言葉を一生懸命聞いてるのか泣きながら頷いていた。

 

「君達も、私がヒーローとかだったら、今頃皆捕まって豚小屋生活をする事になっていたかもしれない。捕まった奴はよっぽどの事がない限り助からないから、そういう時は見捨てて、とっとと逃げなきゃダメだよ。」

 

男の仲間に言い聞かせるように喋る。

少し父さんに似てきたかな、私。

 

「長ったらしいのは嫌いなんだ。裏の世界の先輩からのアドバイス、頑張って生きてね、雑草諸君。」

 

父さんより良い人の様に見える様に無邪気に笑って男の頭を解放する。もう行って良しと判断したのか男共はこぞって暗闇に消えていった。

 

残ったのは私と女の人だけ。

私が彼女を見ている事に気付いたのか震えながら泣いている。あれ、気のせいかアンモニア臭が…

 

うーん。ここで大通りに返してもこの人恥かいちゃうし。正直丸腰の女の人を殺したり、放っておいたりするのは憚れる。

 

仕方なくきていたコートを錬金術で下着とスカートに変え、その人に手渡した。チビな私のコートにズボンは無理だったのさ…

 

女の人は最初は唖然として泣いてたけど、自分の下半身が濡れている事に気付き、受け取ってくれた。

 

「…ありがとう、僕。」

 

少し冷静になり私が子供と気付いた女性が礼を言った。

 

すぐに礼を言えるのは良い事だ。

 

まぁ、「僕」じゃないんだが…

男だと思ってるんなら、もう男で通そう。2度と合わないだろうし。

 

いつまでもこの人につきっきりというわけにはいかない。壁に背を預け、目を閉じた。布の擦れる音の後、着替え終えた彼女の手を引いて、時々現れる、弱小スライムならぬ不良から守りながら、大通りまで送り届ける。いざ帰ろうと思った時

 

「あの、名前を、名前を教えて頂けませんか!」

 

助けた女性からキラキラした目で聞かれた。けど本名なんか言えない。

…そんなキラキラした目で見るなよ。

 

「…訳あって本名は言えませんが、「黒帽子」と呼ばれています。」

 

「黒帽子君…うぅん、黒帽子さん、有難うございました‼︎」

 

この場合の「さん」は別に女って気付いたんじゃないよね。



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23. 情報

最近何かと忙しくなって来ました。
コロナで気分は萎え萎え、学校は私立なので早め…。
生活が落ち着くまでは週一更新にしますm(__)m



「お帰りなさいませ。」

 

女性を大通りに届けた後、真っ直ぐに帰宅した。

来た道を戻り、暗い道を歩く。

 

私は黒を悪だとか、白を正義だとかは思わない。だが、他の人はそうでもないらしい。暗い所にいる者、日陰に隠れている者は悪。お天道様の元に居る者、大通りを歩ける者は正義。

 

何でお父様はこんな路地裏に通ずる道を裏口にしたのか。

堂々としていたら案外ヴィランだってバレにくいと思う。

 

「随分遅かったね。何処に行っていたのかな。」

 

お父様が話しかけてくる。

いつもは何処に行っていたかなんて聴かないのに。

 

「土蜘蛛の所です。どんな所かなと。」

 

「そうか。何か収穫はあった?」

 

収穫?それどころか酷い目に遭わされた。お父様が言っていた様なマフィアっぽい怖さとは違ったが、別の意味で精神的苦痛だった。

 

「土蜘蛛の若頭が女に刺され重傷を負ったと言う事がわかりました。」

 

父親である事は黙っとこう。それでここを追い出されでもしたらたまったもんじゃない。それに、私の父はお父様であってあの男じゃない。

 

「…へぇ。

 なら、その若頭を狙うといいよ。確かに一番いいのは鯉焉の個性だ。でも若頭である鯉岩も君が求める土系の個性を持っていた筈だよ。正確に言うと土系と風系の個性である砂だけどね。

 彼は鯉焉と違って強個性に甘え、特訓を最低限しかしていない。怪我もしているようだし、鯉焉より遥かに相手にしやすい筈だ。」

 

…土系、しかも砂か。砂なら風を操る容量でやれば扱いやすいのではないだろうか。個性だけはいいな。まぁ、裏社会では個性婚が主流だから、基本裏の上の方の人間ってのは当たり個性が多いんだが。

そう考えると、私の個性が良いのも理解できる。私は得るべくして強力な個性を得たという事か。

 

「鯉影の個性である風雷は大きく強い風を操る。火力は強いが、その分大雑把な操作しか出来ないよね。でもそこに砂の個性が加われば、より繊細なコントロールができ、君の風は竜巻を起こせる様にもなるだろう。」

 

竜巻。まだ本でしか見た事ないが、自然災害の一つで、甚大な被害をもたらすもの。最大瞬間風速は90メートルを超える事もあるという。

そんな力を私が使える様になれば、、、

 

 更なる高みに行く為に、産みの父親には悪いが、その個性。

奪わせてもらおう。

 

「なら今度連れてきます。」

 

「殺さない様に気をつけるんだよ。死んだら個性は奪えないから。」

 

「…気をつけます。」

 

 

 

 

それからは日々土蜘蛛家の事を調べた。マフィアの次期ボスを狙おうとしているのだ。簡単な筈が無いし、私みたいな子供が勝てる相手でもない。ある時はネットで、またある時は現地視察をしながら時間をかけて調べていった。

 

勝てない相手に勝つ為には、なによりも情報が大事だ。

 絶対殺さなきゃいけない相手が居たとして、その相手が格上だった時、私達(暗殺者)は二択を迫られる。負けるか、勝つ(殺す)かだ。何も正攻法じゃなくていい。飯を食べている時、風呂に入っている時、トイレにいる時。どんな汚い手を使おうが、殺せれば、それは勝ちである。

 

前回の視察で、自分の力量なら隠れても相手にバレる事がわかった。

それからはあえて見える位置(近くの公園)に座ってひたすら、監視、もとい視察をした。

 

他のチビ共に混じって何か遊ぶなんて事は流石の私も耐えられない。何かを一緒にやるのは、百歩譲って年上で尊敬できる人だけだ。

 

「あぁー、また居る!」

 

私がここ(公園)に来る唯一の目的。土蜘蛛家若頭の息子、鯉山に接触する事だ。最初は警戒し監視していた土蜘蛛組だが、同じ事を毎日続ける事によって警戒はしても、監視はされなくなった。

 

「エイちゃん、あそぼー、」

 

彼は私をエイちゃんと呼び慕ってくれている。

もし、鯉岩がお母さんを捨ててなかったら

、、、よそう。

 

しかし、鯉山を見ていると心が苦しくなる。実際に腹違いの兄弟だからなのか。

 

「あのねぇ、聞いてよ!皆がね〜」

 

私が何故彼に接触するかというと、彼が情報を持っているからだ。

仮にも次期トップ。真正面から聞いても情報を吐かなかった。ならばとひたすら聞き役に転じると家族にも、同年代の友達にも、言えなかった愚痴を少しずつ喋ってくれる様になった。

 

「へぇ。君のお父さんは、女の人が好きなんだ。…今も女の人の所に?」

 

そう聞くと待ってましたと言わんばかりに

 

「うぅん、悪い事したからてんちゅうが下ったんだ!今はお家の一番左奥の部屋で休んでる!」

 

 鯉岩の居場所はわかった。

鯉焉は奥で休んでるとしか言ってなくて、明確な居場所は分からなかったからな。だが、木の上から見た感じ左奥の部屋は一つしかない。

 

「大変なんだね。いつ治るの?」

 

「お医者さんは全治10ヶ月って言ってた!」

 

…10ヶ月って、相当刺さり所が悪かったのか?

ひょっとして刺されたんじゃなくて、ざっくり斬られたんじゃなかろうか。刺されるだけじゃすぐ治るご時世だし。

 

「お父さんね、ずっとぐったりしてて全然遊んでくれないんだよ。」

 

そりゃそうだ、10ヶ月の重傷じゃ遊んでくれないだろ。

いや、そもそも怪我がなくても遊んでくれなさそうだけど。

 

ずっとぐったりしているのならやられたのは手足じゃないな。臓器のどれかをやられたのか。だとすると、タイマンなら勝てる可能性がある。

 

「お父さんもお爺ちゃん達も遊んでくれない。

  だからエイちゃんが一緒で僕嬉しいんだ!」

 

「…そう。よかったよ。」

 

ごめんな、鯉山。

お前には嫌な思いをさせる事になる。

 

 



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24.チャンス

公園に通い始めて、およそ半年が経つ。この間無事に6歳になり、お父様には誕生日プレゼントにcz75という銃を貰った。因みにベラからは、クローゼットの肥やしとなったスカートを貰った。

正直そっちは要らなかった。

 

お父様のお使いは続いたが、鯉山に会う為少なめにしてもらっている。全ては鯉岩から個性を奪う為だ。

 警戒を解くには少し短いが、そろそろ結果を出さなくてはお父様に叱られてしまう。

 

「チャンスは突然やって来るもの」。とは、誰がいい出した言葉だったのか。それはある日突然、向こうからやってきた。

 

「ごめんねエイちゃん、明日は一緒に遊べないんだ。」

 

「どうして?」

 

「明日は皆で西日本に行くの。」

 

最近西日本で暴れてる新参マフィアを締めに行くのだろう。ソイツ等はお父様の息のかかった奴等だし、激しい戦闘になりそうだ。暫くは帰ってこないだろうな。

 

「でもお父さんはお留守番。足手まといだからだってよ!僕も本当は行っちゃ駄目だったんだけど、社会勉強だって。」

 

…!

 鯉岩は残るのか。それは実に良いな。

 

「あ、それでね〜」

 

チラりと鯉山を見る。

鯉岩は黒髪だから、彼の栗色の髪は母親似だろう。しかし、全体的に顔は父親似であったから、最初の方は殴らないようにと、とても気を付けていたのを思い出す。

 

思えば、鯉山は色んな情報をくれたな。下らない話もあった。爺が誕生日に等身大ケーキ作ったとか、勇士がクリスマスにサンタの格好をしていたとか何とか。

 

 もし、私が捨てられていなければ、その光景を自分の目で見れたのだろうか。

 

「一足早く爺ちゃん達は京都に行ってるんだ!

それでね〜って、え、ちょっとエイちゃん、何処行くの?話はまだ終わってないんだけど⁉︎」

 

もう、この子に用はないだろう。殺すには、少し忍びない。

 

この子には、恨まれるだろうな。

 

「…隣町に新しいケーキ屋が出来たんだ。2人分買ってきてくれないかな?

 

出来合いの物じゃなくて、一から作ったやつ。「黒帽子に言われた」と言えば特急で作ってくれるから、出来るまで店待ってるんだよ。」

 

「え、、わかった。

 …僕すぐ持ってくるから!」

 

鯉焉は今京都にいる。早ければ明日には帰って来てしまうだろう。ならば今個性を貰わずにいつ貰おうか。

チャンスは拾ってくスタンスなんだ、私は。

 

 

 

 

 

「黒帽子? 止まれ、何しに来やがった!」

 

パァンッ

 

下っ端にまで私が黒帽子だとバレていたか。

それにしても、銃を持つ相手に「何しに来やがった」とは。最近は警戒の強い人ばかり相手にしていたから拍子抜けしたよ。

 

いや、この家も裏社会にどっぷり浸かってる家だ。私に対して警戒が薄いのは、大事な鯉山を懐柔したのが大きかったのか。

 

さて、この家に入るのは二度目になる。

前回は鯉山に無理矢理引っ張られて来たから、挨拶が出来なかった。今度はちゃんとしよう。

 

 

「お邪魔します。黒帽子と申します。」

 

バカかって? 別に考えも無く正面からは行かない。ちゃんと考えての行動である。お父様曰く、こういうのは余裕があるように正面から行った方が、相手には精神的に来るものがある。との事。

 

この行動をとった理由としては、一つ目はただただ怖がらせることができる。そして二つ目は、退路を断たれた事を相手にわからせる目的がある。

 

人は誰かを守らなきゃ行けない時、その人が自分より大切だと、自分を犠牲にしてでも助けようとする。皆が肉壁になろうと群がってくるから、殺し漏らしの心配をあまりしなくて済むのだ。

 

でも流石は慣れっこの家だ。

 

「お前さん、何しに来た?」

 

刀を手に今にも抜刀しそうな勇士という男。すぐに切らなかったのは、私の母がここの被害者だからだろうか。

 だか、甘い。その考えが命取りになったな。

 

 

「やるなら「一瞬」が良い。そうは思いませんか?」

 

「ならお望み通り一瞬で沈めたるわ‼︎」

 

勇士が刀を抜刀してこちらに剣先を向けた。

 

今日の天気は曇り時々雨だ。いつもなら流石にこの規模落とすには時間がかかる。だが、それを自然が後押ししてくれていたら、

 

ピシィィイッ

 

帽子が飛ばない様に抑える。

 

「頭上に注意。言ったろ、一瞬って。

抜くとこからスタートしてる時点でもう遅いんだよ。」

 

わらわらと向かってくる敵を倒しながら、一番奥の部屋まで行く。

 

鯉焉は勇士を信頼していたのか、前回来た時に会った強そうな幹部連中は皆留守だった。

 

「ここは通さね「パァンッ」ぐふっ…」

 

やっとだ。

やっと来た。

目の前には障子。

この先に母さんを捨てた男がいる。

 

「させるかぁ‼︎」

 

丸焦げになった男が私を後ろから殴った。

生きていたなら逃げれば良かったのに何で…

 

「逃げるわけねェだろ!

 

その奥にいる若旦那は!土蜘蛛家4代目大将はな、やっと大将っつー立場がどんなもんかわかり始めたんだ!

やっとテメェの命賭けてこの家守るって言ってくれたんだ。

 

俺らの大将は殺らせねぇ…

鯉焉の弟分…水猿、雨竜勇士!

 

いざ、参る‼︎」

 

アツイ男だな。こういう奴は、映画の世界だけにしてほしいよ。

現実世界だと、虐めたくてしょうがなくなる。

雨竜勇士ねぇ…ん?

水猿。水…

 

「貴方の個性、もしかして水だったりします?」

 

「ぁあ⁉︎

それがどぉしたってんだ!?」

 

「いやいや、探し物が一度に二度も得られるなんて

 

 

…チャンスが私を呼んでいる。」

 

嫌だな。

今の私の顔はきっと、

 

お父様みたいな獰猛な顔であろう。



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勇士

私の個性である「風雷」の雷は、量によって落とすのに時間がかかる場合がある。静電気程度ならほぼノータイムで出せるが、雷のような大規模な攻撃は3時間毎にしか落とせない。それも、狙った所に落とすにはかなりのコントロールが必要で、莫大な演算がいる。

 

私でなければ、雷を落とす前に脳がショートしていた筈だ。

…自分の脳が弄られている事に感謝する事になろうとは。

 

まぁ、雷を落とすには、3時間待つ他にも裏技があるのだが…

例えば雲のある場所では落雷が起きやすいというように、現象に働きかける事で早く落とす事もできる。

 

「お前好みの「一瞬」じゃあ!」

 

勇士が刀を思いきり振った。

その威力はとても強く、先程まで私がいた所が屋根ごと吹き飛ぶほどだった。まぁ、当たらなければ意味はないが。

 

 

 「俺が何で留守を守ってるか、わかるか黒帽子。

それは守手という場合、俺が一番強いからだ。

 

先手必勝!逆さ坊主!」

 

勇士が刀の鋒を下に向け、叫ぶ。

一撃で倒せる相手だ。

 

「貴方が一番強い、ね。

 

なら、土蜘蛛は大した事ないな。」

 

 

ポツンっポツンと音がする。

これは、雨?

予報では曇りのち雨だが、降るのは午後8時からの筈だった。今はまだ午後2時である。なのに雨が降り始めた。それも、どんどん雨音が強くなっていく。

 

勇士が屋根を壊した所為で服がずぶ濡れになってしまった。

 

ザーッザーッ

 

「逆さ坊主っつー技はな。二つ意味がある。こんな異常な雨、騒ぐ奴等が居るだろ?

 

仲間に緊急が起こったって知らせる狼煙の様なの

と、」

 

…、先程の技は雨乞いか!

こんな急に大雨が降ったら不自然すぎる。私が出した雷も相まってマスコミが騒ぎ、西日本に行った奴等がすぐに気づいてしまう。狼煙とは上手く言ったものだ。

 

「もう一つは、ここを俺のフィールドにするっちゅう意味だ。」

 

雨がさらに激しくなり、空が更に暗くなってゆく。

 

ザァー

 

ダメだ、雨が邪魔をして、相手が見えない。

チッ…これでは、雷落としたら自分まで巻き添えになってしまう。

 

 

「…お気に入りの帽子が濡れてしまったじゃないか。」

 

「ふんっ、だったらとっととAFOの所に帰ったらどうだ⁉︎

まぁ、後日お礼参に行くけどな!」

 

お礼参りね…お父様に迷惑をかけるわけにはいかない。

 この豪雨。確かに水使いにとっては願ったり叶ったりなフィールドだろう。辺り一面が水だ。

 

 

コイツの個性はどんなのだ…刀を持っていたという事は、個性が接近戦向きではないのか…?

 

チッ情報が足りないな。

 

コイツは今私の目の前にいるのだ。

ギリギリ人影は見える、落ち着いて観察しよう。

 

何処から攻撃を仕掛けて来る?

右か、それとも左、

…不意をついて正面から?

 

グサッ

 

「…後ろ、、、目の前にいるのに、どうやって⁉︎」

 

「俺の個性の名は「水刃」!

自分の半径10メートル以内にある水なら触っていなくとも刀にする事ができる。それも、指の数だけな。

 

…俺は、一刀流じゃねえ。十一刀流なんだよッ!

 

さて、急所を外したのはお前さんが何者か知る為。その顔といい、風と雷の個性といい、、、お前さん、もしかして」

 

刺された脇腹から血がドクドクとでる。早く塞がないと死ぬな、これ。

 

敵は水圧も制御できる。

そして半径10メートルは制御下にある。

加えてこの豪雨。

 

「あんたの個性、チートだね。」

 

「…、、、いや、デメリットはある。俺は自然の水(・・・・)しか操作できねーのよ。だから同じ水個性の奴との相性は最悪だ。ま、それを抜きにしたら俺も自分の個性はチートだと思っとる。

 

鯉焉様が力をくれたんだ。

力が無きゃ、日本一のヤクザ名乗れねェ。

俺は、この土蜘蛛組(・・・・)の守手だ!

 

ここいらの水全てを扱う俺を、

弱点らしい弱点のない俺を、

 

 

 

この俺を倒せるか、黒帽子⁉︎」

 

勇士が水の形をした巨大な龍を造りながら怒鳴る。それは一度天に昇ってから、一直線に私を飲み込まんと口を開けながら突進して来た。

 

おいおい、10メートルの制限は地上だけかよ。

 

 

避けきれない。

こうなったら一か八かだ。さっき勇士が言っていた事が嘘じゃありませんように!

 

竜の口に手を突き出して、それに答える。

 

バリィッバリィイイィ‼︎

 

 

 

よかった、、

間違ってなかった。

 

錬金術をする時の方法は理解→分解→再構築の三つ。万物の根源の一つである水。個性で生み出された物は理解分解再構築の、理解が出来ず、もろに食らうしかなかった。だが、それが自然の物で形を成しているだけならば、分解で形を崩す事ができる。

その後大量の水に暴風で穴を開け、そこに入る。

 

バッシャァアアァン

 

ザッパァーン…

 

 

「…嘘じゃろ…俺の、龍雨天昇が、、、

…!う、うぷ」

 

重力に従って水は地面に落ち、辺り一面が津波が来たかのように大洪水とかした。

 

その後、空が晴れて虹がかかる。もう雨の脅威は無いな。

 

風で全身を乾かす。

 

勇士は何処だ?流されたかな。そうだと良いな…調べた情報によると、体重軽いってあったし。

 

「ふぅん!」

 

頭があった所を刀が通り過ぎる。危なッ。

 

「どうやった!どうやって俺の最強の技を抑えた…答えろ⁉︎」

 

「貴方程お喋りじゃないんで。」

 

またびしょ濡れにはなったら、振り出しに戻ってしまう。

 

「クソォ!行くぞ黒海丸!」

 

勇士が刀を大きく振りかぶる。避けたつもりだったが、浅いが一撃入れられてしまった。

 

「痛ッ、、けど、時間切れだ…さっきと同じで悪いな。」

 

 

そうして、本日二度目の轟音と共に目の前が真っ白になった。

 



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