召喚勇者は死にました (黒桜@ハーメルン)
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序章 エインズ王国
1 始まりは紅い光から


 揺れる紅葉の隙間から、赤く染まった半分の月が覗き見る。手を伸ばせば届きそうだけど、その両手はもうどこにもない。

 

 頬を、生暖かい感触が伝る。鼻孔を突き刺すのは、湿った土の匂いと鉄の味。

 

(腹が、熱い)

 

 炎は燃える。命を喰らい、糧とするかのように。

 

「……まだ……死ねない……」

 

 血塊とともに吐き出されたかすかな言葉は、火花の散る音にかき消された。

 

 

 

 連休明けの昼下がり、もうすぐ2時15分を指す時計に、最前列のオレは大きな欠伸をする。夜更かしが習慣になっているオレには腹も膨れるこの時間が一番つらい。教壇に立つ国語科の話す言葉も、まるで頭に入って来やしなかった。

 

 秒針が進み、分針が3を指す。十秒ほどのタイムラグの後に、教室の隅のスピーカーから授業の終わりを告げるチャイム音が鳴り響いた。

 

「それじゃあ、今日の授業はここまで。あ、今日ホームルームはないから、もう部活行っていいぞ」

 

 手に持つ教科書を籠に放り込むと、国語科教師はいそいそと教室から出ていく。途端に、静かだった教室がしゃべり声と片付けをする雑音で埋め尽くされた。

 

 オレは椅子の背に寄りかかり、座り続けていたことで凝った肩を伸ばす。

 

「時雨、今日は起きてたね」

 

 首を回すストレッチをしていると、不意に後ろから声をかけられる。

 

「仕方ないだろ。席替えで一番前になっちまったんだから。寝たところですぐに起こされるし」

「あはは、勉強ができるって考えればいいことじゃないか」

「……その分、お前はいいよな幸助。なんせ勉強も大してしてないのに、いつも学年トップ取ってるんだから」

 

 藍原幸助(あいはらこうすけ)、160センチほどの小柄な身長にかなりの童顔である彼は、女子と間違えられることもしばしば。

 

「それを言うなら時雨。お前はもう少し勉強をしたらどうだ」

 

 幸助の後ろに立つ短髪の巨漢。182センチもの体格を持つ榊原優(さかきばらゆう)が、ため息交じりにそう言った。

 

「いやだね面倒くさい。なんでわざわざ楽しくないことする必要があるんだよ」

 

 オレの反論に、優は再び深くため息を吐く。

 

「まあまあ優、追試になっても補修になってもそれは時雨の自業自得だしさ。とやかく言っても意味ないよ」

「おい幸助。お前さりげなくオレのこと馬鹿にしてないか?」

 

 確かに入学後すぐの実力テストで追試になったけどさ、確かに高校一年生なのに連休中に補修入ったけどさ!苦手教科なんだから仕方ないだろ!

 

「……それもそうか」

「……なんか腑に落ちねーな……というかお前ら、もう帰る準備はできたのか?」

 

 オレの言葉に、幸助はスカスカのリュックを、優は野球部のようにパンパンに詰め込まれたドラムバッグを見せて答える。この学年二位の秀才サマは、どうやら毎日全教科持ち帰っているらしい。

 

「それにしても、みんなが部活してる中帰るのって今だ慣れないね」

 

 教室に残るクラスメイトを見渡して、幸助がそうつぶやいた。職員会議か何かで早まった今日の時間割は、どうやら部活の時間にも余裕を生んでいるよう。大会の為早々と練習着に着替えている野球部、適当な席に集まって雑談をしている女子テニス部、はたまた教室の隅で女子二人を相手にナンパまがいなことをするサッカー部期待のエースと、それぞれがそれぞれの時間をつぶしていた。

 

「なら、お前もバスケ続けてればよかったじゃねーか」

「そうもいかないよ。高校に入った今僕らにはそんな余裕はない」

「まあ、それもそうだな」

 

 時間的な余裕もだし、金銭的な余裕もそんなにない。ちょっとした買い物なら問題ないが、高校の部活は何かと金がかかると聞くしな。

 

 それにしても、今日はどうしようか。こんなに早く終わった上に今日はバイトのシフトも入っていない。久しぶりにラノベでも買って読もうかな?ちょっとした買い物をする程度の金銭ならオレは今月はまだ使っていないし。

 

 そんなことを考えながら、親友二人に続き廊下に足を一歩踏み出す。

 

 異変は、その瞬間に起きた。

 

 突如足元から、一筋の赤い光が生まれる。それは生き物みたいに動き始めると、あっという間に幾何学的な模様―まるで魔法陣のような模様を描いた。

 

 驚いたオレは、思わず足を引き戻そうとする。しかしまるで地面にくっついたかのように、一ミリたりとも足を上げることはできなかった。

 

 そして急速に、何かに吸い込まれるように意識が遠ざかっていく。教室の隅に現れた閃光を視界に収めたのを最後に、オレの視界は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 気が付くと、不思議な部屋に立っていた。天井も、床も真っ白。幾本もの柱には精巧な彫刻がなされており、松明に灯る燐光が部屋を明るく照らし出す。

 

 ……どこだここ。

 

 オレ達が立つ一段高い台には血のように赤い、円形を基準とした複雑な紋様が描かれている。そしてその台を囲むように白いローブを着た百人以上もの人間が、祈るように手を合わせて跪いていた。

 

 ……一体これは、どういう状況なんだ。

 

 ツンツン。

 

 突然、オレの肩が何かにつつかれる。振り向くと、幸助が困惑を多分に含めた表情で立っていた。その隣には優もいる。

 

「……ねえ時雨、一体何が起きてるの?」

「……オレにわかるわけないだろ」

 

 天才神童の脳みそでも、この事態を処理することはできないらしい。秀才優クンに至っては呆然としたまま身動き一つしていない。

 

 ……あれ? 今、オレは何語で話した?

 

 咄嗟に手で自分の口を押えてしまう。この違和感が気のせいではないことは、同じく口に手を当てた幸助を見れば明らかだ。

 

 オレが混乱の極みに達していると、突如白ローブの集団が動き出した。一本道を開けるように左右に退くと、赤い宝石のついた長杖を持った老人が、モーセのごとくゆっくりとオレ達の方に歩んでくる。跪く者たちと同じ真っ白いローブを着ているが、ところどころに施された金の刺繍がその身分の高さを証明していた。

 

「ようこそ勇者様、我々の世界へ」

 

 知らないはずの言語で、老人は確かにそう言った。

 

 ……もうわけがわかんないよ。

 

「驚かれるのはもっともです。しかしまずは、私の話を聞いていただきたい」

 

 心の中でひそかに頭を抱えていると、老人が再び口を開く。やはりオレ達の知らない言語――それもおそらく、オレと幸助の口から出たものと一緒の言語だ。

 

「勇者様方の持つ疑問は、それによってほぼすべて解決するでしょう」

 

 そういわれてしまえば、オレはただ頷くことしかできなかった。

 

 

 ローブの老人――グリム・モルドールの話をまとめると、まず重要なことが一つ。この世界は、オレ達のいた世界とは違う世界、つまり異世界らしい。

 

 そう、異世界なのだ。伊勢海でも伊勢海老でもなく、というか伊勢海なんて海はないのだが、異世界なのだ。

 

 それも、魔法やスキル、“神格”と呼ばれる特殊能力的なものが存在するファンタジーな世界。オレ達がここにいるのも、召喚魔法で召喚をしたからだそうだ。

 

 なんとも心躍る話――とはならない。モルドールはまだ、何故オレ達を召喚することになったかの経緯を何一つ話していなかった。

 

「それで、あなた方はなぜ僕らをこの異世界に呼んだのでしょうか?」

 

 モルドールの話す言語と同じ言語で、幸助が質問をする。オレ達がそれを話せるのも、理解することができるのも魔法によって知識を与えられたかららしい。

 

「申し訳ございません。私の口からそれを言うことはできないのです」

 

 ふーん……まあ、だいたい予想はできる。

予想に近ければ近いほど、オレにとっては良くない話ではあるが。

 

「勇者様方には、今からエインズ王に謁見していただきます」

 

 エインズというのはオレ達を召喚した国、つまりエインズ王は、その国王というわけである。

 

 ……いきなり国王サマと会うとか、ハードル高すぎやしませんかね……

 

 しかしオレのそんな心の嘆きなど聞こえるはずもなく、「ついてきてください」と一言いったモルドールは踵を返しゆっくりと歩き出す。慌ててオレ達は台から降り、人垣の道を後を追っていった。

 

 白い部屋の先は、石造りの廊下だった。飾られている甲冑や壁に立てかけられた消防画を見るに、どうやらここは城の中らしい。

 

 ガラスのはまった窓から見えた風景に、オレは思わず息を飲む。そこに広がっていたのは、まるで中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたかのような、鮮やかな異世界の街並みだった。

 

 しばらく進むと、意匠の凝らされた巨大な、白い部屋の扉よりも大きな扉の前にたどり着く。

 

「中に入ったらゆっくりと十五歩、右膝を地に着け、顔を伏せてください。謁見の時の礼儀作法です」

 

 ぽつりとモルドールがそう言ったのと同時に、巨大な扉がひとりでに開かれた。

 

 白と黒の大理石が交互に並べられた床に、赤い絨毯が入り口から真っすぐ伸びる。キャンドルによって照らし出された煌びやかな室内には絨毯を挟んで幾人もの文官・武官が並び立ち、一様に直立する彼らは視線さえもこちらに向けない。

 

 モルドールの後を一歩一歩、細心の注意を払いゆっくりと踏みしめる。教えられた通り十五歩数えたところでオレ達は左膝をつき、顔を下へと伏せた。

 

「面を上げよ」

 

 重厚な、威厳のある声が室内に響く。赤絨毯の伸びる先、部屋の奥中央にある王座に座る人物――28代目エインズ王国国王、クラウス・レクス・エインズが発したものだ。

 

 命令の通り、オレは顔を上げる。王座の背後の窓から日光が差し込んでいるせいでよく見えないが、声の割には若い容姿だ。だいたい20代後半から30代前半だろうか?西洋風の顔立ちなので、いまいちよくわからない。

 

「アルス教教皇グリム・モルドール。勇者の召喚、大儀であった。控えるがよい」

「はっ。ありがたきお言葉」

 

 国王の言葉に、モルドールは立ち上がる。そして並び立つ文官たちの、ちょうど一つぽっかりと開いていたスペースへと下がっていった。

 

 ……モルドールさん、超偉い人じゃねーか。

 

 国王の視線が、オレ達へと向ける。

 

「そう硬くなるな、楽にせい」

 

 そういわれて楽にできる人物が、果たしてどれほどいるのだろうか。少なくともオレにはできない。先輩然り上司然り、なんで目上の人はそんなにオレを楽にさせようとするんだろうか。

 

「まずは、そなたらの名が聞きたい。一人ずつ名乗り上げよ」

「華宮時雨です」

「榊原優と申します」

「藍原幸助です」

 

「ふむ……名前が先で合っているか?」

「いえ、苗字が先でございます」

 

 優が返事をする。オレ達の中で一番礼儀正しいのは優であり、優もそれをわかっているのでこういう時はだいたい任せていた。

 

「なら、今後は名を先に言うがいい。この国ではそれが当たり前だ」

 

 なるほど。これからは気を付けないと。

 

「それでは本題に入るが…そちらを呼んだのは、我らの世界に危機が訪れようとしているからだ」

「危機、と申されますと?」

「うむ。……魔王という存在を知っておるか?」

 

 それからの国王の話をまとめると、数か月前、この国の聖職者が『5度季節が巡る後、魔の王が現れこの世界に危機が訪れる』といった神託を受けたそうだ。過去にもそういった神託は出ており、そしてそのたびに魔王は現れていた。

 

 過去の人たちはその魔王を倒すために、毎回特殊な力を与えられた異世界の人間――勇者を召喚して平和を取り戻していたらしい。

 

 その勇者役が、今回はオレ達ってわけだ。まさにテンプレ。そして同時に、オレが予想していた通りのものでもあった。

 

「勇者たちよ。魔王討伐をそなたらに頼みたい。もちろん報酬は何なりと用意する。受けてくれるか?」

 

 言葉では選択肢があるように言っているが、実際はないようなものだ。ここで断ったら、何をされるかわからない。

 

「「わかりました」」

 

 だがオレは、即答することができなかった。

 

「…ハナミヤといったか。そちはどうなのだ?」

 

 無言のままのオレを、国王が訝しむような視線で見つめる。そしてどんどん強くなっていく周囲からの視線に嫌悪感を覚えながらも、オレは何とか言葉を紡ぎだすことに成功した。

 

「……受けます」

 

 その返事に、国王は満足したように大きくうなずく。

 

「快い返事を聞けて何よりだ。……よい、もう下がれ」

 

 その言葉にオレはやっと、この堅苦しい空気から出られると安堵するのだった。

 

 

 

「こちらになります」

 

 謁見室から出たオレ達は、あらかじめ待機していた侍女さんに連れられ一つの、謁見室からかなり離れた部屋へと案内された。

 

 シックな内装の部屋だ。それもかなり広い。7,8人は座れそうなL字のソファに、広々としたローテーブル。天井にはシャンデリアが吊り下げられており、奥には食卓が。

また部屋の奥には、同じような三つの扉があった。

 

 この部屋が、オレ達がこれから住むことになる部屋である。

 

「そちらの扉は寝室へと繋がっております。今はこの通り共有となっておりますが、ご要望であれば別々にすることも可能です」

「いえ、このままで大丈夫です」

 

 そんなことをオレ達が気にするわけがない。とある事情により、オレ達三人は同じ家に住んでいるのだ。

 

「かしこまりました。もし何かおありでしたら、そちらの呼び鈴を鳴らしてくださいませ」

 

 そういうと、侍女さんは部屋から退場していく。三人だけとなったオレ達は、やっと緊張の糸から解放された。

 

「あー、緊張したよ。時雨が何かやらかしそうでやらかしそうで」

「おい、いくら適当なオレとはいえさすがにやっちゃいけないことはわかってるっつーの」

 

 ソファにどかっと座り込みながら、からかってくる幸助に反論する。うお!このソファめちゃくちゃ柔らかい!?

 

『それだけお前の信用がないってことだろうな』

「失礼な!って優、今日本がしゃべった?」

『日本語を意識すると普通にしゃべれるぞ』

『リア充爆破しろ!…あ、ホントだ』

『寄りにもよってなんでそれで試すのさ…』

 

 なんでって言われても、なんとなく?

 

「まあ、三人の時は日本語で話すか。忘れちゃまずいしな」

「うん、そうだね。……ところでさ時雨。本当に良かったの?」

「うん?何がだ?」

「国王様の依頼を受けることにだよ。……討伐って言ってたから戦うことは間違いないよ?」

「……あそこで断ったら、もっとヤバいことになってたと思うぞ」

「でも、時雨は……」

「五年以上も前のことだ」

 

 幸助の言葉を遮って、突き放すように答える。

 

「……まあ、こればかりは俺たちが口を出せることじゃない。時雨、無理はするなよ」

「わかってるさ」

 

 お前らが心配してるってのは、よくわかってる。ただ、これはオレの問題だ。

 

「ところでさ、ごはんってまだなのかな?いつもだとそろそろ夕食の時間だから、お腹がすいてきちゃった」

「どうなんだろうな。時間的には夕方ではあるのだが、こちらの人の生活がオレ達と同じとは限らない。もしかしたら朝と昼しか食べないっていう場合もありえる」

 「まあ、最悪呼び鈴鳴らせばいいでしょ」

 

 明らかな話題転換、オレに気を使ったのだろう。心の中でひそかに二人に感謝をしながら、オレ達はたわいもない雑談を続けた。




初めまして、黒桜です。本日は二話投稿します


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2 トラウマスイッチはいきなり作動する

 

 朝、日の光によって目が覚める。いつもの部屋じゃなかったので一瞬驚くが、すぐに思い出した。

 

 ああ、オレ達異世界にいるんだったな。

 

 洗面台で水を汲み、顔を洗う。立てかけられている鏡をのぞくと、そこにいたのはぼさぼさの髪の毛の、どちらかというと整っている方の少しけだるげな顔。異世界に来たからといって変わることのないそれに、オレはいくばくかの安心感を覚える。

 

 洋タンスを開き、昨日侍女さんに用意してもらった服を取り出して着替える。学校帰りに召喚されたので、当然着替えは持っていない。

 

「おはよう。珍しく起きるのが早いな」

 

 寝室を出ると、優はすでに起きていた。椅子に座ってテーブルに置いてある朝食を食べている。

 

「おはよう。幸助は?」

「まだ寝ている。だから珍しいと思ったんだ」

「ああ、なるほど」

 

 確かにオレはいつも一番遅く起きている。そのため今も幸助はすでに起きているものだと思っていた。

 

 優の向かいに座り、オレも料理に手を伸ばす。昨日の夕食もそうなのだが、この世界の料理はかなり味がいい。

 

「おはよーう。あれ?時雨が起きてる」

 

 オレが朝食をほとんど食べ終えたころに、幸助は起きた。

 

「おはよう。お前っていつもこの時間に起きているのか?」

「うーん、どうだろう。僕は優ほど体内時計がしっかりしてないからわかんないや。ここには時計もないみたいだし」

「いつもより遅いな。いつもはもう5分速い」

「そこまでわかるお前おかしいから」

 

 席に着く幸助。パンを三つとると、あっという間に食べつくした。半分以上残っていた料理も、すぐになくなる。

 

「ところで、今日って何をするかとか聞いていない?」

「いや、朝食を摂ったら呼び鈴を鳴らせと言われたから、その時に教えられるんじゃないだろうか?」

「あ、そうなんだ。もう僕も食べ終わったから、呼んでもいいんじゃない?」

 

 優は頷くと、机の上のベルをとって振る。侍女さんはすぐにやってきた。

 

「みなさま。朝食はもうよろしいので?」

「はい。それで、今日は何をすれば?」

「モルドール様から礼拝堂へと呼び出しがかかっております」

「礼拝堂?」

「私が案内いたしますので、ご安心を」

 

 なんだろう、礼拝堂に行って、オレ達を召喚するよう指示した神サマに祈りでもささげるのだろうか?

 

 

 

 侍女さんの後に続くこと20分ほど

 

 オレ達は白い、召喚された部屋と非常によく似た雰囲気の部屋の前へと案内された。

 

「ご武運を」

 

 侍女さんは入らないらしく、入り口の外で一礼するとどこかへ立ち去る。いや、ご武運って何かと戦うわけじゃあるまいし。

 

 ……いや、ここは異世界だから何かと戦うことになる可能性もゼロじゃない…?

 

 しかしそんなオレの脱走した思考を優と幸助が察するはずもなく、部屋へと入っていく二人をオレは慌てて追いかけた。

 

「勇者様、おはようございます」

 

 先客がいた。オレ達をこの世界へと召喚した張本人、教皇モルドールだ。右手には昨日同じく赤い宝石のついた杖を持ち、直径1メートルほどの小さな(?)魔法陣の前に立っている。

 

「おはようございます、モルドールさん……オレ達をここに呼んだのって、モルドールさんですか?」

 

 挨拶もそこそこに、オレは早速本題を切り出す。

 

「ええ。そうですよ。勇者様方には今日、鑑定の儀を受けていただきます」

「鑑定の儀?」

「はい。鑑定の儀とは、我らが神アルス様の力を借りて、神格を調べる儀式のことです」

 

 神格――元の世界にない、この世界特有ののシステムの一つだ。理性を持つすべての生物がこれを持ち、魔法を行使するためには必要不可欠なものであると言われている。

 

 え? 特殊能力なんじゃないのか? だって?

 

 確かに神格は特殊能力を持つが、それは“覚醒”した神格に限った話。ほとんどの神格は“種”の状態で眠っており、覚醒するのは数十万人に一人らしい。召喚時に神格を与えられたオレ達はもちろん、“種”の状態だ。

 

 “種”の状態の神格には効果は皆無といっていいほどないが、宿主の魔力の性質を決めるとされている。魔力とはMP、つまり魔法の燃料だ。そして魔力の性質は魔法の適正に直結しているとのこと。

 

 まどろっこしくなってしまったがつまるところ、神格を調べるというのは魔法の適正を調べるという認識で合っているだろう。

 

「流石は勇者様、頭がよろしいのですね」

 

 正解したみたいだ。

 

「それで、僕たちは一体何をすれば?」

 

 話を進めるために、幸助がモルドールにそう聞く。するとモルドールは彼の後の、祭壇のようなものに乗っている三つの水晶玉をオレ達に渡した。

 

「これを持って、魔法陣の中央にいてください。ただ、少々の不快感を伴うことがありますが、決して玉を離さないようにお願いします」

「それだけでいいんですか?」

「はい。術は私が制御するので、勇者様はただじっとしていれば問題ないです」

 

 オレ達は頷いて、魔法陣の中央に立つ。

 

「それでは、始めます」

 

 魔法陣の外に出たモルドールが何かを唱え始める。よく聞こえないが、何やら“神”や“祝福”といった単語が聞こえた。魔法もそうだが、こういうのを見ると高一だけど中二心がうずいてくる。

 

 ふと違和感を感じる。なんというか、体の中に何かが入ってくるような、体中をまさぐられているような、そんな違和感だ。モルドールの言っていた不快感なのだろう。

 

 もし儀式が数十分もあるんだったら、ちょいときついぞこれ。

 

 だが、うれしいことに十分ほどで儀式は終了した。

 

「それでは勇者様。最後に玉に一滴の血をたらしてください」

 

 祭壇にあったナイフを持って、モルドールはそういった。

 

「安心してください、ちゃんと魔法で治療をいたします」

 

 最初に優が行う。渡されたナイフで、指先を小さく切った。

 

 垂れた血が玉に触れると、玉が発光する。垂らした血で染まったのではないかと思うほどに赤く、紅く光った

 

「『汝の者を癒せ』……おお、どうやらユウ様は赤色魔力をお持ちのようだ。その上この色の濃さ。かなり相性が良いのでしょう。まさしく勇者にふさわしい」

 

 この魔力の色が魔法の属性に対応しているらしい。赤色だから、優の適正魔法は赤魔法となる。ちなみに魔法の属性は、赤、青、黄、緑、白の六つだそうだ。

 

「コウスケ様は……なんと!赤、青、黄、緑…それに白も!コウスケ様は全色の魔力使いのようだ!」

 

 幸助の水晶玉は虹色に輝いていた。全属性を持っているのって、やっぱり珍しいことなのかな。

 

「珍しいなんてものじゃあありません!ここまで濃い光となると、数十万人に一人いるかいないかというほどです!」

 

 なるほど、とりあえずすごいってことはわかった。

 

 最後にオレだ。ナイフを受け取って、指に触れる。

 

 が、オレはそれ以上のこと――ナイフを滑らせ、ほんの小さな傷をつけるだけのことがどうしてもできない。腕を動かそうにも、まるで石になったかのようだ。

 

「……シグレ様?どうかなされましたか?」

 

 やらないとダメだってわかってるけど、できない。心に残っている深い傷が、オレの行動を妨げる。

 

 額から脂汗がにじみ出るのを感じる。呼吸は乱れ、視界はぼやけていく。

 

「時雨、ちょっとごめん」

 

 幸助がオレの手を軽くたいた。その衝撃によってナイフはずれ、浅い傷からは赤い血液がにじみ出て、玉へと垂れていく。

 

 血が玉に触れた瞬間、強烈な光が発せられた。

 

 ……あれ、色がない?

 

「……?どういうことでしょうか?儀式が失敗?いえ、今までにそんなことは一回も起きていない…まさか……」

 

 オレの玉を見て、モルドールは首をかしげる。しかし何かに思い至ったようで、深刻そうな顔つきへと変わっていった。

 

「何か問題が起きたんですか?」

「……シグレ様、どうやらあなたの魔力は、属性を持たないようです」

「属性を持たない?」

「はい。無色魔力、とでも呼ぶのが適切でしょう。前代未聞のことです」

 

 そういう割には、モルドールの声には二人の時のような高揚感がない。むしろ、お通夜みたいな雰囲気である。

 

「えーっと、それは何かだめなんですか?」

「……属性がないということは、おそらく適正である魔法は無色魔法ということになりますが…無色魔法に、攻撃魔法は存在しません」

「……え?」

「つまり、シグレ様は魔法を使った戦いが難しいということです」

 

 ま、マジかよ……魔法といえばファンタジーの醍醐味なのに……

 

「あの、神格は変わったりすることは……?」

「残念ながら、神格は一生変わることはありません……」

「マジっすか……」

 

 無慈悲な宣言に、オレの意気は完全に消沈する。

 

「ともかく、鑑定の儀はこれにて終了です。部屋に戻っておやすみになってください」

 

 

 

 部屋に戻ると、オレは椅子に座り込む。運動をしたわけではないのに、なぜかひどく疲れている気がした。

 

「……時雨、大丈夫?」

 

 心配そうに幸助が声をかけてくる。

 

「ああ、思いっきりはずれって言われたようなもんだけど、まあ仕方が……」

「そっちじゃなくて」

 

 言葉の途中を遮られる。見ると、真面目な表情で幸助はこちらを見ていた。

 

「……どうなんだろうな。割り切っていたつもりだし、実際刃物を怖がることもなかったんだが…やっぱり、トラウマって消えないんだな」

「仕方ないさ……両親が目の前で殺されたんだ、忘れられるはずがない」

「……両親がいないのはお前らも同じだけどな」

 

 オレは、いやオレ達は孤児である。

 

 優は捨て子で、幸助は物心つかないうちに交通事故で親を亡くしている。

 

 オレの両親は、優が言ったように殺された。九歳のころに起きたことだ。

 

 犯人は、一人の強盗。金品を盗るために、オレの家に侵入してきた。

 父は通報をしようとして背中を刺され、母は幼いオレをかばって殺された。

 

 ここでオレも殺されていたのなら、一家惨殺といったありふれた事件の一つとなっていただろう。

 

「……いってはいけないと思うんだけど、時雨ってよく生きていたね」

「それはオレも思っているんだけど、何故か記憶がないんだよなあ」

 

 これは嘘である。本当は覚えているんだけど、二人には言いたくない。孤児院でずっと共同生活をして、家族同然な二人だからこそ、言いたくないのだ。

 

「……話を戻すよ」

 

 咳ばらいを一つして、幸助がそういった。

 

 「時雨、おそらくだけど、この世界は地球の中世当たりまでしか文明が発達していないと思う。魔法があるからわかんないんだけど、おそらくこの世界の武器といったら剣や弓といったものだろうね。……魔王がどんなものかわからないけど、討伐をするとなると戦いは避けられないだろう。時雨、本当に大丈夫なの?」

 

 ようするに、刃物にトラウマがあるオレが刃物で戦えるのか心配なのだろう。

 

「大丈夫だ。問題ない……トラウマくらい、すぐに克服してやる」

 

 微妙にフラグっぽいけど、やるしかない。

 

 何もできないのは、もう嫌なんだ。

 

 

 

 

 

 深夜、礼拝堂にて

 

 金の刺繍の入った、白ローブを来た一人の男――教皇グリム・モルドールが祈りをささげていた。

 6時間、それがモルドールが微動だにしていない時間である。日が落ちる前から、ずっと祈っているのだ。

 

「……神よ、それは事実なのでしょうか」

 

 モルドールの口が初めて開かれた。その声は、どこか震えている。

 

 部屋の中にはモルドール以外誰もいない。

 

「……仰せのままに」

 

 再び発せられたその声には、覚悟を決めたような色が含まれていた。




読んでいただきありがとうございます。
次話は明日


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3 武器と教官

 翌日

 

 非常に豪勢な昼食を取ったオレ達は、今度は訓練場――数百人もの人間が掛け声とともに剣を振っている、広大な土の広場の端に立っていた。

 

「初めまして、俺の名前はリオ・グレイスだ。一応騎士団長なんてたいそうな役職についているが、リオでもグレイスでも団長でも好きな呼び方で呼んでくれ」

 

 そう自己紹介したのは、騎士風の、いや実際に騎士だから騎士の格好をした大柄な男。身長は優よりも高く、また筋肉質というわけではないがその鍛え抜かれた身体は服の上からでもわかるほどだ。

 

「あ、初めまして、オレは……」

「まあ待て、お前たちの話はすでに聞いている……ユウ・サカキバラ、シグレ・ハナミヤ、コウスケ・アイハラだろ?」

 

 どうだ、と言わんばかりの表情でグレイスは、オレ、幸助、優の順に指さした。

 

 すみません、思いっきり外れてます。一体どんな話の聞き方をしたらこうなるんだ。

 

「ありゃ?そいつは失敬!わかった、がたいがいいのがユウ、そこの美少年がコウスケで、最後の少し眠そうなお前がシグレか」

 

 今度は正しかったのでオレ達は頷く。しかし徹夜していないから目覚めは最高だったはずなのに眠そうとはこれいかに。

 

「それで、なぜ撲たちはここに呼ばれたのですか?」

 

 美少年呼ばわりされたが、幸助は動じることなくグレイスにそう聞く。

 

「ああ、少しやってもらわないといけないことがあってな。戦いの素人のお前たちを一人前の勇者にするためにだいたい一週間後から訓練が始まるわけなのだが、そのために武器や防具を準備する必要があるんだ」

 

 ちなみにこの世界には、勇者専用の伝説の剣とかそんなものはない。なのでオレ達は、普通に鍛冶屋かどこかで作られた普通の武器を使うことになる。

 

「それで今ここに来てもらっているわけだ。非常用だが、ここにはすべての武器がそろっている」

 

 グレイスがオレ達の背後を指さす。振り返ってみると、南京錠のかかった無骨な扉の上に、知らないはずの文字で「武器庫」と書いてあるのが見えた。

 

 グレイスが腰にかかっていた鍵束を取ると、内の一つを南京錠に差し込み解錠する。外開きの扉の内側を視界に収めたオレは、思わず感嘆の声が漏れた。

 

「すげえ……」

 

 奥へと長く続く部屋の壁に掛けられているのは、無数の長剣や盾。壁際の床には幾本もの槍が寝かせられており、また部屋を二分割するような棚にも斧、弓、ハルバード……数百はくだらない数の武器が、暗い部屋の中を埋め尽くしていた。

 

「『光よ、ここに《点灯(ライト)》』 奥の方にもたくさんあるから、好きなのを選ぶといい」

 

 呪文を唱えたグレイスの掌から丸い光源が生まれる。そこまで強い光ではなかったが、室内を照らすのには十分なものだった。

 

 唾を飲み、石製の床に一歩踏み入れる。

 

 やはり使うとなると、剣が一番無難かな。

 

 剣はすべて壁にかかっている。同じ型のが何本かまとめて並べられているが、ナイフより少し長い程度のものから、2メートルはありそうなもの、フェンシングで使うようなレイピアから、もはやロマンの域ではないかと思えるような鉄塊まで長短太細様々だ。

 

 試しに一本、刃渡り1メートルちょいのロングソードを手に取ってみる。

 ずっしりとした重さが手に伝わる。2キロぐらいだろうか、つやのない刀身は等しい幅で伸びており、先端のみが三角に尖っている。両手で持つのか柄は長く、棒状の鍔は刀身と垂直に交わっている。

 

 うーん……

 

 一旦壁に戻し、その隣の別の型の剣を取る。

 先のと比べて軽いのは、刀身が短いからだろう。刀身は根元が太く、剣先に行くにつれてだんだんと細くなる形だ。柄は短く、鍔は手を覆うような歪んだ半球。

 

 ……うーん……

 

 その後、計5種類の剣を手に持ったオレは結論を出す。

 

 うん、何一つわからん。

 

 好きなのを選べって言われても、素人だからどれがいいのかもわからん。唯一わかったことといえば、刃物を持っただけではトラウマスイッチがオンにならないことくらい……いや、今日の今日まで鋏でもカッターでも包丁でも何ら問題はなかったのだから、再確認ができたって程度か。

 

(適当に選んでも問題はないかな……これから訓練をするわけだし)

 

 そう割り切ってオレは、最初に手に取った剣を壁から取る。一番よく見る西洋剣の形であったし、一番持ちやすい感じがしたからだ。

 

 武器庫から出ると、すでに選び終えていた2人がいる。手にする武器は、幸助が片手剣を2本、優はちらっと見えたロマン鉄塊――かの有名なゲームで言うところの大剣だった。

 

「……なあ、優。お前それ使う気なの?」

 

 幸助はまだわかる。手数重視の双剣スタイルでもやる気なのだろう。だけど優、いくらゲームで一撃重視なお前だとしても現実でそれ選ぶか普通。

 

「ああ、もちろんだ」

「というか、お前それ持ち上げられるのか?」

「不思議なことにな」

 

 そういうと、優は地面に突き刺さった大剣を両手で抜く。

 

 軽々といった様子ではなかったが、数十キロはありそうなそれを両手で持ちあげて構えて見せた。

 

 ……マジかよ。これがあの国王の言っていた勇者の力ってやつなのか?

 

「お、全員選べたようだな」

 

 どこかに行っていたグレイスが帰ってきた。その腰には、さっきまではなかった1本の剣がかかっている。

 

「よしお前たち、1人ずつ順番にかかってこい」

「……え?」

 

 ちょっと待て、グレイスさん今なんて言った? かかってこい? 蚊買ってこいの聞き間違えじゃないよね? いやそんな聞き間違えはないか。

 

「かかって来いというのは、その、グレイスさんと戦うという意味ですか?」

「当たり前だ。それ以外に何かあるのか?」

 

 いや無理ゲーだろ! 騎士団長相手に戦うとか、秒殺される未来しか見えないんですけど!

 

「安心しろ、武器の使い心地を試してもらうだけだから俺は攻撃をしない。というか、素人を甚振るような趣味なんて持ち合わせていねーよ」

 

 心外だなと言わんばかりのグレイス。それなら安心……なのか?

 

「それで、最初は誰から来るんだ?」

「では、俺が先に行かせてもらいます」

 

 大剣を引きずって、優がグレイスの正面へと立つ。これから振り回されるであろう鉄塊に巻き込まれないよう、オレと幸助は壁際まで下がる。

 

「遠慮はいらんぞ。好きなように攻撃して見せろ」

 

 鞘から剣を抜いたグレイスは自然体のまま。ただその言葉には、騎士団長としての絶対の自信が含まれていた。

 

 優が一歩踏み出す。そして間合いに入ったグレイス目がけて大剣を、遠心力頼りに横薙ぎに振る。

 しかし一瞬早くグレイスは後ろに跳ぶ。大剣は、紙一重のところで回避された。

 

 空振った大剣を、優は器用に体を捻らせて勢いを保ったまま上段へと持ち上げる。そして勢いよく振り下ろされた大剣は、半身を引いたグレイスに躱され彼の足元をえぐるにとどまった。

 

 ……優のやつ、全く容赦がないな。いやグレイスさんに攻撃が当たるとは思えないけど、普通はもうちょっと躊躇したりしないのか?

 

 その後も大ぶりな攻撃を繰り出す優だったが、ことごとくグレイスに躱され受け流されていく。

 優の袈裟懸けの一撃をグレイスが正面からはじき返したのを最後に、二人の戦いは終わりを迎えた。

 

「体の軸もしっかりしているし、今の時点でそれを振り回せるパワーもある……うむ、ユウはその武器で問題ないだろう」

 

 膝に手をついて息を整える優と対照的に、グレイスは涼しい顔でそう分析する。どうやらこの模擬戦には、オレ達が選んだ武器を扱えるかどうかの確認の意味合いもあったらしい。

 

「さて、次はどっちだ?」

「時雨、先に行かせてもらうね」

 

 汗だくの優と入れ替えに、短剣を両手に幸助が出た。

 

 グレイスの前に立つと、幸助は深呼吸を一つ。

 

「……行きます!」

 

 掛け声とともに、幸助が突っ込む。そして繰り出される連撃を、しかしグレイスは剣一本ですべて捌く。

 

 突きを躱し、斬撃を弾く。下段からの切り上げを左に跳んで躱したとき――

 

「む!」

 

 どこか見たことのあるステップで幸助が、グレイスの正面にぴったりと張り付いていた。そして幸助は振り上げていた剣を、そのまま斜めにグレイスへと叩きこむ。

 

 が、やはりそこは素人と玄人。左足で急な切り返しを行うと同時に身体を沈め、頭上で剣を円を書くように降り、幸助の一撃を受け流した。

 

 勢いが強かったのか、幸助がバランスを崩す。そして転びそうになったところを、グレイスが幸助の腕をつかんだ。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「なに、大したことじゃない」

 

 ……ラブコメでも始まりそうなセリフだな。両方男だけど。

 

「そうだな、コウスケも大丈夫だろう。……それにしても最後のは少し驚いたな。何か武術でもやっていたのか?」

「武術と言いますか、スポーツですね」

 

 ああ、なんか見覚えあると思ったらあれバスケのディフェンスの動きか!いやしかしバスケのステップを戦闘に応用するとか……幸助ってやっぱり何か持ってるだろ絶対。

 

「すぽーつ?なんだそれは?」

 

 おっと、どうやらこの世界にはスポーツがないらしい。まあこの世界殺伐としてそうだから、そんな余裕はないのだろうな。

 

「あー……娯楽としての運動?かなあ」

「ほう……やはりお前たちのいた世界は平和だったのだな」

 

 グレイスが感心するような、どこか羨むような声でそう言った。

 

「それじゃあ、最後にシグレか」

 

 その言葉を聞いた瞬間、重い何かがのしかかったような感覚を覚えた。

 

 ゆっくりとオレはグレイスの前へと進む。一歩歩くごとに、足取りが重くなっていった。

 

「……お願いします」

 

 そういって、剣を構える。握る手が汗ばみ、かすかに震え始めた。

 

 今にも押しつぶされそうな心を奮い立たせ、視線を真っすぐグレイスに向ける。春先であるというのに、一筋の冷や汗が頬を伝って落ちる。

 

「さあ、どこからでもかかって来い!」

 

 わかってる。オレ如きじゃあこの人には傷一つ与えられない。見ただろ? さっきの2人との試合をさ。大丈夫、大丈夫なんだよ。

 

 足を一歩前へと出す。そしてオレは自分の身体とは思えないほどの俊敏さで、一気にグレイスに詰め寄り剣を振り上げ――

 

 

 

 

 結論から言うと、半分ほど押されていたトラウマスイッチが完全に押し込められたオレは剣を振り下ろすことができず、さらには突っ込んだ勢いを上手く抑えることができずに盛大にこけてファースト頬ずりを父なる大地に捧げることになった。

 

 誰だよトラウマなんて克服してやるとか言ったやつは。全ッ然克服できる気がしないんですけどちくしょう。

 

「時雨、はい」

 

 地面で胡坐をかくオレに、幸助が濡れた布巾を差し出す。これで汚れを拭き取れってことなのだろう。

 

「大丈夫?」

「ああ、もう大丈夫……いつっ」

 

 布の水分が傷口に染みる上に、あまりよろしくない布地が傷口に擦れて地味に痛い。

 

「『彼の者を癒せ』……どうだ、少しは良くなったか?」

 

 綺麗になった傷口にグレイスが魔法をかけてくれた。触ってみると、完全に塞がったのか血は一滴も手についてない。まあ擦り傷だから、見た目はひどくても実際は深い傷などなかったが。

 

「それで、一体どうしたというんだ?」

「……いえ、その、昔にいろいろと……」

「……いや、すまない。無理に言わなくてもいい」

 

 言いにくそうに言葉を濁すと、グレイスはそういってオレを制した。

 

 どかりと、グレイスがオレの正面に座る。

 

「刃物が怖いのか?」

「……どうなんでしょう」

 

 刃物を振るのが怖いのか、傷つけることが怖いのか……どちらにせよ、剣を振れなかったという事実に変わりはない。

 

 (これだけ聞くと、オレが善人みたいだな……)

 

 オレは思わず、自嘲じみた笑いを浮かべそうになった。

 

「そうか……シグレ、魔法の適正はどうだったんだ?」

「え?えーっと、あんまり……というか、ほとんどダメ……」

「……そうか」

 

 眉を顰め、顎に手を当てるグレイス。オレの身勝手な心傷を親身になって考えてくれている彼は、きっといい人なのだろう。

 

「……そうだな、今すぐというわけにはいかないだろうけど、その心傷はやはり治す必要があるだろう。魔法士が無理な以上、戦い方は限られてくる」

「まあ、そうなりますよね」

 

 結局そこなんだよな。攻撃魔法の適正が欲しかった……

 

「この話はまた訓練が始まるときでいいだろう……立てるか?」

 

 立ち上がったグレイスが右手を差し出しながらそう聞く。オレは頷いて、まだ少し震える膝に手をついて立ち上がった。

 

「一応、武器はこれで決まったわけだが、これからのことは聞いているか?」

「いえ、何も……」

「……あー、まじか。一応鎧や普段着の為に採寸するって聞いたんだが……俺が送るわけにもいかんしな」

 

 困ったように頭を掻き、グレイスがちらっと訓練中の騎士たちの方を見る。オレ達が来た時から今まで剣をずっと振り続けている彼らには、オレ達の話が聞こえるはずもないのに表情に期待の色が混ざっているように見えた。

 

 ……グレイスさん、鬼教官なのかなあ。

 

「御心配には及びません、グレイス様」

 

 自分の将来にわずかな不安を感じていると、突然背後から声が聞こえた。驚いて振り返るとそこには、侍女さんが音もなく立っていた。

 

「私が案内いたします故、グレイス様がなさる必要はございません」

「お、そうか、なら頼んだ」

 

 まるでいきなり現れるのが普通のことであるかのように、グレイスは眉一つ動かさない。

 

「そんじゃ、また訓練が始まったときにな」

 

 グレイスはそういうと、振り返って訓練中の騎士たちの方へ。彼らの顔に絶望の色が現れたのをオレはしっかりと見てしまった。

 

 ……グレイスさん、鬼教官なんだな。

 

 その後、部屋に戻されたオレ達はいつの間にかスタンバイしていた侍女さんズに服を脱がされ身体の隅々まで調べつくされるという人生初の経験をしたが、特に面白味も何もなかったので割愛する。




読んでいただきありがとうございます
少しばかりの間は一日二話、そこからは一日一話ずつ投稿していきます。なので今日も二話


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4 訓練開始

 異世界生活一週間目。

 

 勇者のお披露目会が王宮で開かれたり、馬車で街に出かけたときにセシリア第二王女様が乱入していたりと多少のイベントはあったものの、比較的平穏な――戦うために召喚されたのだとは思えないほど平和な一週間だった。

 

 しかしそんな平和な生活は、今日を持って一転する。召喚されてからちょうど一週間、今日は訓練が始まる日だ。

 

 早朝、オレ達は訓練場へと向かう。午前中には武技の訓練、それが終わって午後には魔法の訓練を行う予定である。

 

「なんだそのへっぴり腰は!もっと一回一回大事に剣を振れ!」

 

 剣を振る騎士たちの気合が響く中、グレイスはすでに訓練場にいた。前回会った時と同じような格好をしており、素振りをしている騎士たちに時折怒号を飛ばしている。

 

「……ん?お、来たか」

「おはようございます」

 

 果たして声をかけていいのかとオレ達が迷っていたら、グレイスの方からオレ達に気付いてくれた。 

 地面に刺していた剣を抜き、鞘に納めながらグレイスがこちらにやってくる。

 

「時間通りだな……さて、早速訓練を始めるわけだが」

「あの、もしかして騎士の人たちに混ざってやるのでしょうか?」

 

 オレがそう聞くと、グレイスは笑いを返す。

 

「それはない。流石に素人があの訓練をこなせるわけないからな。特別メニューだ」

 

 その言葉にオレはとりあえず胸をなでおろす。この一週間で何回か覗いたことがあるのだが、滅茶苦茶つらそうな訓練ばかりだったんだよな。

 

「まあ、将来的にはあれくらいの訓練を難なくこなしてもらわないといけないが……今はまず体力作りだな」

 

 体力づくり――確かに運動をするうえで体力は大事だ。部活然り、クラブ然り。学校の授業ですら、冬には体力作りと称したマラソンがあったのだ。

 おそらく、グレイスのいう体力作りも走り込みとかそう言ったものだろう。嫌いだけど、覚悟を決めねば。

 

 ――しかしこのときのオレは知らない。このスカスカの覚悟が、1時間と持たないことに。

 

「まずはこいつらをつけてくれ」

「え、これなんですか?」

 

 グレイスがオレ達に渡したのは、鉄でできた鎧のようなもの。全部で五つの部品に分かれたそれは、それぞれ両手両足、そして胴体に着けるのだろう。

 しかしオレが鎧と断言できなかったのは、その構造に違和感を感じたからだ。

 

 なんというか、防御をするための構造に見えない。腕と足の部品は分厚い鉄板をいくつかつなげただけの形で隙間だらけだし、胴体の部分のはまるで亀の甲羅のように鉄塊が背中側にきている。リュックのように背負うそれは、前面の防御力が皆無であった。

 

「重りだ」

 

 お、重り?

 

「体力作りでは走り込みをするのだが、こいつらをつけて身体への負荷を高めたほうが効率がいいからな……ひょっとして足りないか?」

「い、いえ!そんなことありません!」

 

 目測だけど、この重り絶対全身で10キロは超えている。米袋を4つ抱えるだけでも限界なのに、これ以上増やしたら果たしてオレは立つことができるのだろうか……

 

 グレイスに手伝ってもらいながら、オレ達三人は重りをつけていく。まずは脚部に、同部に着けて最後に腕部。

 

 全部つけたオレは、予想よりも軽く感じたことに少し驚きを覚えた。もちろん結構しんどいのだが、走れないことはない。やはり異世界に召喚されたことで身体能力が上がっているのだろう。

 

「それじゃあ、早速始めるぞ。走る経路はこの訓練場の壁に沿ってだ」

「あの、何周ですか?」

「何周?何を言ってるんだ。俺がいいというまでに決まっているだろう」

 

 え。まさかのゴールが見えないパターン。

 

「ああ、もちろん全力で走れよ? 楽しているところ見つけたらその分だけ後の素振りの回数に上乗せだ」

 

 しかも罰ゲーム式。一筋の冷や汗が、オレの頬を伝う。

 

「そら、始めるぞ! 3、2、1、走れ!」

 

 強引なグレイスの号令に、オレ達は慌てて走り出す。

 

 やっぱりグレイスは鬼教官だったよ……

 

 

 一体、何週走ったのだろうか。

 

 元々あまり運動しない体は2週目から悲鳴を上げ始め、5周目を迎えるころには限界に達する。しかしそんなオレの様子をグレイスが気にすることなどなく、むしろ重くなった足取りを指摘され素振りの回数が募ること募ること。グレイスが止めるまでに走った時間は約3時間、オレ達3人は一様に地面に転がり、指一本動かせないほどに疲れ切っていた。

 

「なんだ、このくらいでへばるのか……予想以上に体力がないな」

 

 このくらいじゃない……絶対このくらいで済ませられる量じゃないと断言する。だって騎士の人たちの、訓練の合間に休憩している彼らのこっちを見つめる目に憐れむような色が入ってた。

 

「しょうがないな……悪い!こいつらにもかけてくれないか!?」

 

 のどの痛みにしゃべることすらままならないオレたちにグレイスがため息を一つつくと、手を振りながら大声で誰かを呼ぶ。

 

「グレイス団長……流石に最初ですし、もう少し手加減してあげましょうよ」

「これでも手加減をしたつもりなのだが?」

「……はあ、団長はそういう人でしたよ」

 

 グレイスが呼んだのは女性のようだ。寝っ転がる視界の端にしか見えないが、その声には呆れがありありとにじみ出ている。

 

「俺のことはいまはどうでもいいだろ。それより、頼めるか?」

「はいはい、任せてくださいな……『彼の者らに、より高き癒しを』」

 

 女性が呪文を唱えた途端、オレ達を黄色い光が包む。まるで何かが流れ込んでいるような感覚を覚えると、光が消えるころには疲労感もきれいさっぱり消え去っていた。

 

 死にそうなほどの疲労が消えたことに、オレは生き返ったかのような錯覚を覚える。

 

「流石に流れた汗とか失ったものは戻せないから、水分補給はちゃんとしてね」

「ほら、これでも飲め」

 

 上半身を起こしたオレに、グレイスが革製の布袋――水筒なのだろう、円錐の底に半球を付けたような方をしており、先端には金属製の蓋が取り付けられている――を投げて寄越した。

 

 スクリュー式の蓋を回してとり、中の水を喉へと流し込む。容量一リットルはありそうな水筒の中身を、オレは瞬く間に飲み干した。

 

「……ふう、ありがとうございます」

 

 まだ痛みは残っていたが、直に治るだろう。それにしても魔法って疲労とかもとれるのか。

 

 オレが魔法の利便性に感心していると、グレイスが一発拍手を打つ。

 

「さて、それじゃあ次のメニューに行くぞ」

「……へ?」

 

 いやあのグレイスさん?オレ達さっきまで死ぬほど走ったんですよ?流石に休憩が欲しいんだけど……

 

「そのための回復魔法だろう。さあ時間がもったいない!次のメニューは筋肉鍛錬だ!」

 

 グレイスの無慈悲な言葉に、オレは絶望という2文字を理解する。

 

 どうやらあの女性は救いの女神ではなく、三途の川の死神だったようだ。

 

 

 

 創作物では、異世界の鍛錬法には欠陥があったり、そもそも筋肉鍛錬をしない世界だったりといった展開がよく見られる。それはおそらく文明の発展度合いを考えた結果なのだろう。そしてもしそれが転生ものだった場合は、正しいやり方を知っている主人公が幼少期からそれを行いチートな身体スペックを手に入れるといった展開が見られる。

 

 しかし、そんな異世界独特の設定は、この世界には存在しなかった。研究が進んでいるのか、それとも過去に召喚された勇者が伝えたのか、どちらにせよこの世界の鍛錬法は地球と遜色ないレベルだと思う。いや、もしかしたら効率はよりいいのかもしれない。

 

 結論何が言いたいのか――滅茶苦茶つらい筋トレをしてオレはもう死にそうです。

 

 いやマジで。体力作りの重りランニングよりつらかった。

 なにせまず重りを脱がない。そのため腕立ての時にはオレの細腕にプラス10キロの負担がかかり、召喚で上がったスペックでも体を数回押し上げるのがやっとのレベルだった。

 そこにグレイスは100回とか無茶ぶりな数を課せてくるものだからもう苦しいこと苦しいこと。

 

 ただ、訓練を一番つらくした要因はやはり回復魔法だろう。これが終われば少し休めると思って最後を頑張ると、待っていたのは回復魔法による次の地獄へのエレベーター。筋肉がつろうと断裂しようと回復魔法でそんなものはきれいさっぱりに消えてなくなり、怪我はしてもそれを言い訳に休むことができない。

 

 結果、回復魔法で肉体は非常に健康的だというのにグロッキー状態で倒れているオレ達が訓練場に生まれていた。

 

「おいおい、もう疲れは全くないはずなのに、なんでお前らは地面に寝っ転がってんだ?」

「すみません……流石にこれ以上の訓練は勘弁してください……」

「うぅ……やばいよ……お腹の中何もないはずなのに何かでそうだよ……」

 

 不思議そうな表情をするグレイスにオレは全力で懇願する。隣の幸助は青い顔で口を押えており、さらに隣の優は顔を土にうずめて表情が見えない状態だ。

 

「そう頼まれなくても、今日の訓練はこれで終了だ。もうそろそろ昼だし……」

 

 グレイスが昼と口にした瞬間、獣の吠えるようなものすごい轟音が鳴り響いた。

 

 隣を見ると、青かった幸助の顔は今は少し赤くなっている。

 

「……そうだな、食べるのも訓練だ。しっかりと食べてこい」

 

 この日、オレ達はいつもの三倍は食べた。

 

 

 

 午後

 

 腹の服れたオレ達は、魔法の訓練の為に城の一角へと向かう。ここ一週間の生活で、城の間取りは立ち入り禁止の場所以外はだいたい把握していた。

 

 自分たちの部屋から歩いて約20分。装飾も何もない扉の前に、オレ達はたどり着く。

 

 グレイスの話によると、オレ達に魔法を教えるのはこの国の宮廷魔法師長、言い換えればこの国で一番の魔法師であるとのこと。グレイスさん然り、モルドール教皇然り、この国のトップの方々は暇を持て余しているのだろうか。

 

 少し緊張した面持ちで、幸助が無骨な扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

 女性の声が聞こえた。許可の言葉に従い、扉を開く。

 

「失礼しま……」

 

 思わず言葉を失った。

 

 広大な部屋の天井は高く、壁一面を占める本棚はその天井に届くほど。またそれに隙間なく詰められた本は一冊一冊が装飾されており、全部で一体どれくらいの価値になるのか想像すらできない。

 

 床には大小さまざまな魔方陣が描かれている。しかし用途が多いわけでないのか、それらの上に見たこともない器具が無造作に散らばっており、わずかに埃をかぶっているよう。

 

 そしてそんな部屋の中央。コの字の形をした長い机に本を積み重ね、一人の女性が本を片手に何か作業をしていた。

 

「……おや? 君たちは……ああそうか、もうそんな時間なのか」

 

 こちらを見た女性が首をかしげるが、すぐに思い至ったようで本を山に積み上げると立ち上がる。

 

 身長はオレより少し低いくらい、女性の中では高いほうだろう。歩を進めるたびに長い金の髪が、彼女の背中で左右に揺れる。

 

「初めまして、私の名はエルシア・ロールス。あなたたちが異世界の勇者ね」

 

 そう自己紹介をしたロールスは、凛としたという言葉がよく似合う美しい人だった。




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5 魔法

「さて、早速始めたいのだけれど、あなたたちは魔法についてはどれくらい知っているかしら?」

 

 それぞれ自己紹介を終えたオレ達は、ロールスがどこからともなく取り出した椅子に座って机越しに彼女と向き合う。

 

「ほとんど何も知らないです。僕らの世界では魔法はおとぎ話のものでしたから」

「なるほどね……ちなみに魔法を見たことは?」

「それは何回か」

 

 ほとんど回復魔法だけだけど。

 

「ふむ……なら、簡単にだけど魔法がどんなものか説明しておくわね」

 

 魔法とは、魔力を原動力に引き起こされるさまざまな現象。ロールスの説明を一文でまとめるとそういったものだ。

 

「それで、魔法には分類があるんだけど……」

「赤、青、黄、緑、白、無色の六種類ですね」

「あら、それは知ってるのね」

「分類の名前だけですけど……」

「そんなに難しいものじゃないわ。大まかに言うと赤魔法は火や燃焼に関する魔法、青は水や冷却、黄は土や変形、緑は植物や回復、白は光や雷に関する魔法ね」

 

 なるほど、とオレは自分の適正魔法がないことに気が付く

 

「あの、無色魔法は?」

「うーん……無色魔法は難しいのよ。誰でも適性を持つから今の五つの魔法に分類できない魔法って考える人もいれば、魔法未満の魔法っていう人もいるし……ほとんど残っていないけど、空間に関する魔法は無色魔法に分類されているわね」

 

 空間魔法……よく見る転移魔法とかかな?

 

「あ、そうそう。これは魔法を学び始める人によくあることなんだけど、スキルと魔法の違いって分かるかしら?」

「……すみません、スキルがどういうものかわからないです」

「あら、もしかしてあなたたちの世界にはスキルもなかった?」

 

 幸助が頷くと、ロールスは少し難しそうな顔をする。一応オレは過去の知識(ラノベ)からある程度の推測はできるのだが、知っていると言って間違った理解をしてはまずいので何も言わない。

 

「……そうね、いい機会だからスキルについても教えておくわ」

 

 そしてこのロールスの説明もまとめると

 

 スキルとは、簡単に言うと特殊能力の一種。ただしそれは天賦の才のようなぽっと出るようなものではなく、才能の影響はあるが鍛錬の結果に手に入るもの。ややこしい話だが縄跳びで例えた場合、二重とびができたら『二重とび』というスキルが手に入る、といえばわかりやすいだろうか。もちろんスキルはそこまでショボい感じのものではないが。

 

「さて、スキルというものが何かわかった時点でもう一回改めて聞くけど、魔法とスキルの違いって何だと思う?」

「……魔力、ですか?」

 

 ロールスの問いかけに、オレは少し考えて口を開く。

 

「残念。スキルの中には魔力の関係するものもあるのよ」

 

 ……これ、オレらが答えられるわけないだろ。魔法もスキルも今さっき話に聞いただけなのに。

 

「流石に難しかったわね……正解は、使い方よ」

「使い方、ですか」

「ええ。スキルというのは念じれば発動する。いくらか例外はあるけど、基本的にはそうね……対して魔法は、使うのに術式を編む必要がある」

 

 術式?

 

「そう。術式。魔力の流れ方とでもいえばいいのかしら。……まあ、私みたいに研究するわけじゃないならそういうものがあるって認識で十分よ」

 

 これ以上は込み合った話になるのだろう。オレにとっても理解できない話に頭を痛めるのは馬鹿らしい。

 

「魔法師がみんな同じ魔法を使えるのはこの術式のおかげ。同じ術式を編めば、同じ魔法が使えるのよ……もちろん、個人の適性や魔力量によっては使えないこともあるけど」

 

 適正……オレ、無色魔法にしか適正ないんだよなあ。やっぱり適正がない魔法は使えないのか?

 

「術式っていうものはどうやって編むんですか?」

「方法はいろいろとあるわね。魔方陣に描く、詠唱をする、体感で魔力を操作する一般的には無詠唱と呼ばれている三つの方法……魔方陣に描く場合は魔力を流せばいいけど、詠唱の場合は魔法のイメージをする必要があるし、無詠唱の場合にはその術式を完璧に理解する必要があるわ。詠唱と無詠唱の中間に魔法名だけで魔法を使う詠唱短縮ってのもあるけど……まあ、それはまたその時になってからでいいわ」

 

 ふむふむ……当たり前だけどゲームのようにコマンド一つで、というわけにはいかないか。

 

「さて、話すだけじゃあつまらないだろうから実際に魔法を使ってみようか」

 

 ロールスの提案にオレは内心大いにはしゃぐ。これだよ!これを待ってたんだ!

 

 立ち上がったロールスは、ついて来いとばかりに歩き出す。ロールスの研究室を出て、その隣にある扉へと。

 

 重そうな鉄製の扉をくぐった先は四角い、床に魔方陣が描かれている以外何もない灰色の部屋だった。部屋上部の窓から差す日差し以外、光源がない。

 

 オレ達が入ったのを確認したロールスは、部屋中央しゃがんで魔方陣に手を当てる。すると魔方陣は仄かに輝きだし、同時に何かがオレ達を包んだのを感じとった。

 

「私の実験部屋だ。防壁魔法を貼ったから魔法が暴発しても城には一切影響は出ないわ」

「……暴発したら城に影響が出るんですか?」

 

 物騒な言葉に思わず反応してしまうが、ロールスは笑って手を振る。

 

「安心して、流石にそんな魔法は今は試さないから」

 

 ……今じゃなければ試すこともあるんですね。いやそのための防壁魔法か。

 

「それじゃあ、まずは私が一回魔法を使うから、ちゃんと観察していて」

 

 オレ達は頷き、深紅のローブから伸ばされたロールスの右手に視線を集中する。

 

「『火よ。我が手に生まれ玉となれ』」

 

 ロールスが唱え終えた瞬間、上を向く掌の上に拳大の赤い火の玉が生まれる。

 

「これが初級赤魔法《火球(ファイヤーボール)》。攻撃する際にはこれを飛ばしたりするけど、殺傷力はかなり低いわ」

 

 光り輝く火の玉は絶えず輪郭を変形させ、まるで鬼火のように宙に浮き続ける。

 

 ロールスが握りしめるように手を閉じると、火の玉は跡形もなく消え去った。

 

「これで魔法のイメージはわかったわね。詠唱は私の唱えた通りだけど、覚えているね?」

 

 オレ達は頷く。流石にあれだけ短いんだし、こんな短期間に忘れることはない。

 

「そ。なら早速……あ、危ないから人に向けちゃだめよ?」

 

 横一列にオレ達は並ぶ。そして壁に向かって手を突き出し、同時に詠唱を始めた。

 

「『火よ、わが手に生まれ玉となれ』」

 

 若干の気恥ずかしさを感じながらも、間違えずに唱え切る。それと同時にオレは、体内から何かが突き出した右手を通って流れ出たのを感じる。おそらくこれが、魔力というものなのだろう。

 

 優の手には人の半身を包み込めるのではないかと思うほど巨大な火の玉が、幸助の手には人間の頭ほどの火の玉が、そしてオレの手元にはビー玉程度の火の玉が生まれていた。

 

 どうやら、適性のない魔法も使うこと自体はできるらしい。《火球》が初級魔法というのもあるだろう。

 ……威力はもうお察しだけど。

 

「うお!?」

 

 あまりの大きさに驚いたのだろう。優が動揺の声を上げるのと同時に火の玉が掻き消える。

 

「全員成功したわね。大きさとかは特に気にする必要はないわ。適正が高ければそれだけ威力も効率も上がるから、シグレはきっと赤魔法が適正じゃないのよ……いや、あなたたちって魔法の適正はもう調べたのかしら?」

「ええ、召喚された次の日には」

「あらあら、先にそれを聞くべきだったわ。……それで、三人はそれぞれ何が適正だった?」

「俺は赤魔法って言われました。色の濃さから、かなり強い適正だ、とも」

「赤魔法のみ、ね。まあ最初であれだけ大きいのが生み出せれば全然問題ないわね。むしろすごいわ」

 

 満足げにロールスは頷くと、視線を幸助へと向ける。

 

「僕は全色でした。どれがいいとかは特に何も」

「あら、それなのにあの大きさが出たのね。全色持ちってだけでも珍しいのに、均等に適正が高いとなると宮廷魔法師にもそうそういないわよ……シグレは何が適正だったのかしら?」

 

 幸助も優同様褒めちぎられた。そして次はオレの番なのだが、鑑定の時のあのモルドールの表情を思い出すとどうしても気が引けてくる。

 

「……無色魔法、です」

「え?」

 

 結果どうしても声が小さくなってしまう。聞き取れなかったのか、聞き取れたけど意味を理解してもらえなかったのか、ロールスは首をかしげる。

 

「無色魔法のみって言われました」

「あ、うん、それは聞こえたんだけど……聞き間違いじゃなかったのね」

 

 後者の方だったようだ。途端に眉を顰めるロールスに、オレは居心地悪く感じる。

 

「……無色のみ……普通であればどれかの属性に絶対に属すはずなのに、一体どういうことなのかしら……」

 

 思案顔でぶつぶつ独り言を続けるロールス。しかし結論は出なかったのか、首を左右に振ると視線をオレへと戻した。

 

「とりあえずシグレ、あなたが少し特殊なのはわかったわ。適正云々も、神格を変えることはできないからどうしようもない」

「でも、適正じゃなくても今のように魔法は使えるんですね」

「使えると言ってもせいぜい中級までなら、ってところよ。それに威力も低いし、実戦に使うとなるとかなり厳しいわね」

「そうですか……」

 

 やっぱりロマンは諦めるしかないのか……

 

「でも、無色魔法にも実戦向けのものは多くあるわよ。ほとんどが近接のサポートだけど……」

「それを教えてください!」

 

 オレが食いつくと、ロールスは少しだけ身を引くようなそぶりを見せる。

 

「流石に無色魔法が簡単でもいきなりは無理よ。基礎から順番に段階を踏まないと」

 

 それもそうか。基礎問題も解けないで応用に手を付けられるわけがない。先走る気持ちは恥ずかしさによって少し収まった。

 

「なら、その最初の一歩を教えてください」

「そうね、二人もそれでいいかしら?」

 

 ロールスの問いかけに、優と幸助は首を縦に振る。

 

「それじゃ、まずは……《開門》」

 

 そう短く唱えると、ロールスの目の前に直径30センチほどの魔方陣が生まれる。ロールスがそれに手を通し引き抜くと、その手に赤、青、黄の宝石が握られていた。

 

「あの、ロールスさん……今のは?」

 

 恐る恐るオレが質問を口に出す。非常に聞き覚えのある魔法名に、もしかしてと好奇心が沸き上がる。

 

「今のは無色魔法《アイテムボックス》で、物をしまえる程度の魔法だけど……」

 

 大当たりだ。オレは思わずガッツポーズを取りたくなる。

 

 アイテムボックス。ライトノベルの中では定番中の定番と言っていいものだ。作品によっては名称が違ってたり、魔法じゃなくてスキルだったりと差異はあるものの一番よく見かけるだろう。

 

「もしかして、今からそれを教えていただけるので!?」

「そんなわけないでしょ。確かに便利魔法って感じのこの魔法だけど現存する数少ない空間魔法の一つだから、難易度はものすごく高いわよ。少なくとも今のあなたたちが使える代物じゃないわ」

 

 なんだ、残念……

 

「私が教えるのはこっちよ。《理力》」

 

 《理力》。どこかの宇宙大戦争にも出てきたような魔法名を唱えると、何も触れていないにも関わらず宝石がひとりでに浮き上がった。

 

「詠唱短縮は行ってないわ。無色魔法ってのは特殊でね、イメージさえ持てれば魔法名のみで発動する魔法なのよ……ゆえに魔法未満の魔法って扱われているわけだけど」

 

 ロールスが話す間にも、宝石は宙を飛び回る。上昇、下降、平行移動。三つそろって飛んでいると思ったら、それぞれが意志を持っているかのようにバラバラの軌道を描く。

 

 幻想的な光景に、オレ達は息を飲んだ。

 

「慣れればこれくらいのことは簡単にできる……《理力》の操作感覚は攻撃魔法、特に何かを飛ばすタイプの魔法の操作に通じるものがあるから練習して損はないとは思うわ」

 

 ロールスが手を鳴らすと高速飛行していた宝石は急停止し、重力に引かれオレ達の足元に落ちた。

 

「一人一個、手に持った方がやりやすいと思うわ」

 

 アドバイスに従い、宝石を拾い上げる。ずっしりとした重さを持つそのサファイアは、吸い込まれそうな深い藍色をしていた。

 

 宝石を握って右掌を上に向け、指を開く。

 頭の中に浮かび上がる宝石を生み、口を開く。

 

「《理力》」

 

 魔法名を唱え切ると、先ほどと比べて緩やかな、魔力の抜ける感覚とともにサファイアが宙へと浮かび上がった。

 

 顔の高さまで登ったところで、サファイアはその場に静止。右手を動かしても、石は一ミリたりとも動かない。

 

「あれ……? 意、外と難、しい」

 

 隣を見ると、幸助がふらふらとするとパースに四苦八苦している。無言のままの優のルビーは、掌から5センチくらいしか上昇していない。

 

 この違いはさっきの《火球》同じく、適性の差なのだろう。グレイスは何も言わなかったが、オレの適正は結構高いようだ。

 

 ふと好奇心が沸く。一発目でここまで安定したのだから、ロールスがやったように自由自在に操ったりできたりしないかな?

 

 やり方はわからなかったが、試しに右に動けと念じてみると――

 

「お!?」

 

 魔力の流れ出る感覚とともに、サファイアはゆっくりと右へと動き始める。どうやら《理力》は物を動かすと魔力を消費するようだ。

 

 少しずつ軌道を複雑なものにしていく。鋭角軌道、曲線軌道、円軌道、螺旋起動。オレの思考のままに、サファイアは自在に飛び回って見せた。

 

 これが、これこそがオレが求めていた魔法なんだよ!

 

 得も言えぬ興奮が、心の奥底から沸き上がってくる。

 

「……初めて使うとはにわかに信じられないわね。これが無色魔法の適正、なのかしら」

 

 感嘆したようなロールスの言葉がオレに耳に入ると、高揚していた気分はさらに高まる。

 

 《理力》の手を広げ、優と幸助の石をも支配下に置く。そして初めにロールスが魅せたような光景を、オレの手で再現して見せた。

 

 再び生まれる幻想の空間。しかしオレがそれを、長く維持することはできなかった。

 

 突然、視界が揺れる。まるでノックアウトでもされたかのように足がふらつき、オレは後ろに倒れる。

 

 いったい何が起きたのか。そう考える暇もなく、オレの意識は遠のいて行った。

 

 

 

 目が覚めると、鈍い痛みを後頭部に感じる。

 

 後頭部をさすりながら起き上がると、そこはオレ達の住む客間だった。ソファで寝ていたようで、毛布が体に掛けられている。

 

 ……オレ、倒れたんだったな。

 

 窓から差す日光はすでに朱色に染まっている。昼過ぎにロールスさんのところへ行ったから、そこまで長くは寝ていないようだ。

 

 毛布を退かし、オレは立ち上がる。自室にいるのかどこかに行っているのか、優と幸助の姿は見当たらない。

 

 床に降り、幸助の部屋のドアをノックする。

 反応はない。優の部屋も試すが、結果は同じだった。

 やはりまだ帰ってきていないようだ。

 

(喉が渇いたな)

 

 食器棚からカップを取りだす。卓の上に乗っている金属製のポットを取り、侍女さんが入れ置きしていた紅茶をカップへと注いだ。

 

 なんでオレは倒れたんだろうか。

 

 ソファに戻って紅茶を飲みながらオレは考える。可能性としては貧血、もしくは頭に血が上ったのが原因……興奮につられるまま自分の行ったことを思い出し、少しだけ顔を覆いたくなる。

 

(貧血は……ないと思うけど、午前中に滅茶苦茶無茶してたからなー。回復魔法でも失ったものは戻せないとかそんなことを言っていた気がするし……あれ? 汗って血が原料だっけ?)

 

 生物の授業で聞いたような聞いてないような気がするが、捨て教科だったのでよく覚えていない。

 

(やっぱり血が上りすぎたのかな? ……流石に血管が切れたとかそんな大ごとは嫌だけど)

 

 オレがあれこれ推測を並べていると、人の足音を耳がとらえる。そして、客間のドアが開かれた。

 

「ただいまー……あ、時雨起きたんだ」

 

 入ってきたのはやはり優と幸助。今やっと終わったようで、二人の顔には若干の疲れが浮かんでいる。

 

「おかえり。悪いな、急に倒れちまって。運ぶの大変だっただろ?」

「大丈夫だよ、ぶっちゃけちゃうと運んだの僕たちじゃなくて侍女さんたちだったし……それより時雨、体の調子はどう?」

 

 オレの隣に座り心配そうな顔で、幸助がそう尋ねる。

 ……なんだろう、異世界に来てからずっと心配されっぱなしな気がするんだけど。

 

「少しだるい感じはするけど、それくらいかな。というかなんでオレは倒れたんだろ」

「あ、ロールスさんが言ってたんだけど、魔力を使いすぎたかららしいよ?なんでも魔力が切れると意識を失ってしまうんだって。初心者によくあることだって笑ってた」

 

 ただの愚痴のつもりだったんだが、予想外なことに明確な答えが返ってくる。

 どうやらオレの症状は貧血でも血管断裂でもなく、異世界特有のものだったらしい。調子に乗った結果だというのがなんとも情けないが。

 

「これからは自重しよう」

「多分、その必要はないと思うぞ」

 

 右隣に座る優がそう言う。

 

 どういうことだ?

 

「時雨が倒れた後の話なんだが、ロールスさんにいくつかの課題を出されてな。その中に一つ、睡眠前に魔力を使い切って寝るように、というのがあるんだ。魔力が減っている状態で寝ると、過剰回復(オーバーヒール)によって魔力量が増えるらしい」

 

 へえ……というと、オレが今日調子に乗って倒れたのは一応意味のあることだったのか。完全な結果論だけど。

 

「いくつか、ってことは課題は何個か出されたのか?」

「ああ。といってももう一つだけで少し被るところがあるのだが、魔力を使い切るための行動に魔力を放出して扱い方を覚えろ、というものだ」

「魔力の放出?」

 

 ナニソレ、オレそんなの学んでない……オレが寝てる間にやったのか?

 

「僕たちはもうできるけど、そこまで難しいことじゃないよ。感覚は時雨も知っていると思うし」

「そうなのか?」

「ほら、時雨は魔法を使った時に何か出ていくような感じがしなかった?」

 

 魔法を使った時……ああ、そういえば。じゃあやはりあの時に出ていったものが魔力で正解なのか。

 

「なんでわざわざそんなことをするんだ?」

「僕たちに魔力というものをしっかりと認識させるため、って言ってたっけ。自分の魔力を認識できないと、魔法の調整ができないし気づかないうちに魔力切れを起こす危険性もあるんだって」

 

 あ、なるほど。確かにそれは重要だ。もし戦っている途中に魔力切れでも起こしたら目も当てられない結末になる。

 

「……それにしてもお前ら、随分とこの世界に順応してんだな」

 

 ふと、いまさらながらオレはそんなことを思う。ファンタジー好きのオレと違ってこの二人は小説なんてほとんど読んでないから、魔法とかにもっと戸惑っててもおかしくはないんじゃないか。

 

「え? そうかな?」

「そうだろ。普通魔法とか見たらもっと戸惑うと思うんだが」

 

 オレがそう聞くと、二人は首をかしげる。

 

「どうだろ……確かに魔法は驚いたけど、知らないことを見るのは勉強してても同じだしさ」

「あるって事実は変わらないんだ。それなら受け入れてそういうものだと理解すればいいだろ」

 

 そういえばこいつら天才と秀才だった……思考回路がオレとは違っているんだった。恐るべし才能の思考。

 

「どうしたの時雨? そんなに難しい顔をして」

「オレがお前らと根本的に違うって理解しただけだ」

 

 えー!とぶー垂れる幸助。そのままオレ達の会話は雑談へと転換し、夕食の時間になるまで続いた。

 

 

 ――夜――

 

 自室のベットにオレは横になっている。暗い部屋の中、炎とはまた違った仄かな灯りのみが、室内をゆらゆらと朱色に照らしあげていた。

 

 いつもならこのまま寝るのだが、今日からはやることが増えている。

 

 昼間の記憶を思い起こす。《火球》《理力》を使った時の、あの感覚。

 ……出したっていうより、勝手に出てきたっていう方が近い感覚なんだよな。二人はどうやってこの感覚でできるようになったんだろう。

 

 仰向けになり、右手を天井向けて伸ばす。重力の向きを除けば、《火球》を使った時と同じ体勢だ。

 

 さて、どうしよう。踏ん張れば魔力は出てきてくれるのか?

 ……そんな馬鹿な話はないか。もしそうだとしたら、トイレに行く度にオレは魔力を放出していることになる。

 

 いやでも、本当にどうすりゃいいのかわかんない。ここは一回、ダメもとで試してみるべきか……?

 

「ふんぬ!」

 

 右手に思いっきり力を込めるが、やはり魔力の流れ出た感覚はしない。ただ無為に二の腕を疲れさせるだけに終わった。

 

(どうすりゃいいんだ?)

 

 右腕を下げて再び横になる。いっそ二人に聞くか?この時間ならまだ寝ていないだろうし……いや、もし二人が課題をすでに終えてたら絶対寝てる。

 

 うーん……何かヒントがあるかもしれないし、ロールスに教えてもらったことを一通り復習してみるか。

 

 目を瞑り、今日の記憶を昼食後から順に辿る。

 

 そして術式の編み方へと至ったとき、オレはあることに気付いた。

 

(魔力は、人間の意志に感応して作用する?)

 

 フィクションでよくあるありきたりな設定そのものだが、根拠はいくつもある。

 

 術式を魔方陣で構築するときは魔力を流すだけで十分なのは、魔方陣の形がそのまま術式になるからだろう。しかし詠唱で魔法を発動するときはどうか。もし詠唱だけで術式が導けるのならイメージする必要などいらないはず。

 

 つまりイメージ=人間の思考は、魔力に何らかの作用を与えているのではないか。

 

 そしてもう一つ、話に聞いただけの無詠唱について。術式を完璧に理解している必要があるということは、つまりは術式そのもののイメージを持っている必要があると言い換えられるのではないか。

 

 術式の正確なイメージが魔力に作用し、術式を編み上げる。無詠唱のからくりとは、このようなものなのではないだろうか。

 

(……おっと、思考がずれたな。今は無詠唱のことはまだどうでもいい。重要なのは、魔力が意志によって操作できるのか、というところだ)

 

 閉じていた瞼を開く。気付かないうちにそれなりの時間が経っていたようで、キャンドルの炎はすでに消え室内は真っ暗になっていた。

 

 再び右手を宙に伸ばす。魔力は認識できないが、確実にオレの体内にある。まるで空気のようだと思ったオレは、右手から噴き出る魔力の風を頭に浮かべた。

 

 途端に、昼と同じような感覚を覚える。しかし昼と違ってオレは、わずかにだがまるで水のように右手を流れる魔力の流れをも感じ取った。

 

 仮説は正解だった。そして魔力の認識能力も、わずかにだが上昇したようである。

 

(だけどまだ魔力残量とかはわからないな……流れてるって事実だけだし)

 

 とりあえず、毎日少しずつ地道にやればいいか。魔力の放出を維持したままオレは目を瞑り、五分もしないうちに眠りへと落ちた。




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6 模擬戦と能力差

 時というものが経つのはあっという間だ。気が付くと季節は秋になってるし、気が付くと異世界生活に順応してきている。気が付くと刃のない剣であれば人相手に振れるようになってたり、また気が付くと親友が滅茶苦茶強くなっている。そして気が付くと俺は、その友人と剣を向かい合わせていた。

 

 

 異世界生活半年目。二階席の厳つい騎士団の面々に見守られる中、決闘場にオレ達は立つ。

 

 訓練の一環として今からオレは優と、ほとんど実戦に等しい模擬戦をする。武器も(優のみ)真剣、魔法もなんでもあり。勝利条件は、相手に一発致命傷(クリティカル)を入れることだ。

 

 普通に考えたらどっちか死ぬじゃねーかって思う。グレイスから聞いたときはオレも思った。

 だが今現在、オレは何の気負いもなく立っている。その原因は、オレ達の立つこの決闘場に有った。

 この決闘場は、例えどんなけがを負おうとも外に出れば一切合切消えてなくなるというのだ。まさかそんなとオレ達は疑ってたのだが、グレイスが文字通り身を削って実演して見せたので信じるほかない。

 ちなみにこの決闘場、何代か前の勇者が建てたものでその構造は未だに解明されていないという。戦闘狂だったのだろうか。

 

 審判のグレイスが右手を上げる。その手が振り下ろされたときが、開始の合図だ。

 

 剣を握る手に力がこもる。

 正直、オレが優に勝てる可能性はかなり低いだろう。この半年の訓練の結果、優はその鉄塊みたいな大剣を見事に使いこなしており、また大ぶりという隙を埋めるように魔法も多く習得してきた。対してオレは剣術一本。一応サブ武器に投げナイフも習得したが、魔法はほとんど剣術をサポートするものばかり。

 

 だが同時に、確率は決してゼロではないことも真実だ。

 

「それでは……はじめ!」

 

 開始の合図とともに、腰の投げナイフへと手を伸ばす。慣れた手つきで三本抜くと、そのまま優めがけて投擲。決闘場のおかげか、優への信頼か。刃の付いたナイフでも、トラウマがよみがえることはなかった。

 

 優は大剣を立て、幅の広い剣腹でナイフを弾く。当然だろう。見え見えの投擲なんて防がれるに決まっている。

 

 だが、優の視線はオレから外れる。

 

「《身体強化(フォース)》!」

 

 オレは身体能力を上げる魔法を使い、全身を駆け巡る魔力を感じながら地面を蹴る。瞬きの内に優の側面へと接近し、脇腹の鎧へと身体を捻り突きを放った。

 

 長い柄の端と端を持った優は、てこの原理で大剣を跳ね上げ突きが弾かれる。剣の勢いを殺さぬよう二撃、三撃と攻撃を続けるが、大きさに見合わぬ素早い剣捌きに防がれ続けた。

 四撃目に剣を捉えられ、つば競り合いへと持ち込まれる。といっても拮抗したものではなく、オレが一方的に押し込まれていくだけだ。

 

「『万物を燃やせし破壊の炎よ……』」

 

 優が詠唱を始めた。咄嗟にオレは後ろに跳び、魔法を喰らわないよう距離をとる。

 同時に妨害にナイフを投げるが、一瞬遅くはじけ飛んだ。

 

「《灼炎》」

 

 詠唱を終えた優は、燃え盛る炎をその身にまとっていた。

 

「ちょ、しょっぱなから本気モードかよ……」

「小出しにしているうちに負けてしまっては敵わないだろう?……行くぞ!」

 

 数十キロもの鉄塊を抱えているとは思えない速度で、優がこちらへと突っ込んでくる。

 

 威圧するような大ぶりな横薙ぎ。宙に飛び上がりそれを躱すと、優の纏う炎がまるで蛇のようにその咢を開く。

 

「《空歩》」

 

 魔法名が術式を編み、オレの足元に不可視の足場を構築する。それを踏み台にすることでさらに遠くへと飛び《灼炎》の間合いから逃れ、上下反転の世界でオレはナイフを投擲した。

 

 炎の蛇は動きを変え、二本のナイフを吹き飛ばす。

 

 厄介だな。

 

 体勢を整えて着地すると、すぐそこまで優が迫っていた。

 

 半身を引き、優の上段からの振り下ろしを紙一重で躱す。燃え盛る炎を鎧越しに感じながら身を後ろに引き、縦一文字に下から斬り上げる。

 

――キィン――

 

 金属に当たる手ごたえが帰ってきたが、浅い。優の右手の鎧をかすめただけだったようだ。

 

 優の大剣に炎がまとわりつく。今のような回避をさせないためだろう。踏み出しながら体を一回転させ、縦に持ったままの大剣で面での攻撃を仕掛けてきた。

 

 まともに受けるのはまずい。かと言って上に避けようにも、また《灼炎》の追撃が待っているだけだ。後ろに下がるのは同じことを繰り返すだけ。

 

 一瞬に満たない思考の末、迫りくる大剣から離れるように横に跳ぶ。鎧を付けた両足の裏を大剣の腹に向け――

 思いっきり吹き飛ばされた。膝を曲げて衝撃を殺したんだが、炎の熱まではどうしようもなく足裏が焼けて滅茶苦茶痛い。

 

 だけどこれが多分一番いい手だろう。かなりの距離を稼げたので優もすぐに追撃とはいかないはず……おいおい、あいつ何してんだ?

 

 着地したオレが見たのは、溜め切りを行う体勢で立ったままの優。どう考えてもここまで斬撃が届くはずがないのに――

 

 おいおい、まさか。

 

 頬を一筋の冷や汗が流れる。

 

「《飛炎斬》!」

 

 同時に優が大剣を振り下ろし、岩の砕ける音とともに炎の斬撃が高速で飛んできた。

 

「ちょ!?」

 

 地面を転がってかわすと、再び溜め切り体勢の優。そしてまた飛んでくる炎の斬撃。

 

「おま! それ! 飛ばすのは! 反則だろ!」

 

 途切れ途切れになりながらもしっかりと文句を言うが

 

「投げナイフ使ってるくせに何言ってんだ!」

 

 ごもっともである。攻撃をかわしながらも、オレはナイフによる牽制を行っている。

 

(くそ! これじゃあ近づけねえ!)

 

 斬撃の周期は比較的長いのでかわし続けられるが、このままでは一方的にあぶられ続けられるだけ。

 

 どうにか接近して一太刀浴びせたい。

 

 オレが攻めあぐねていると、優の構えが変わった。剣先を地面につけ、両手は腰の横に。

 

「はあ!」

 

 優の前方180度。そのすべてへと、斬撃が広がった。

 

 これは飛んで躱すしかない。そして宙のオレへと、優がまた斬撃を飛ばす。

 

 オレが《空歩》を使って躱したところで、優は斬撃を飛ばし続けるだけだろう。だったらオレは、賭けに出る。

 

「《空歩》!」

 

 《身体強化》で上昇した脚力で精いっぱい空を踏み、オレは前へと出た。

 

 炎が体に纏わりつき、全身にいくつものやけどが生じる。が、跳躍の勢いはそがれずに、炎の中をオレは進んだ。

 

 賭けに勝った。この炎は《灼炎》本体と違い焼くことはできても、押すことはできないようだ。

 

 優、お前はオレが自ら攻撃を喰らいに行くと予想できたか?

 

 右手を引き、剣を真っすぐ視線の先へ向ける。炎を抜けた先には、《飛炎斬》を打とうと構えた無防備な優が――

 

「!?」

 

 振り下ろされる鉄塊を認識した瞬間、オレは反射で剣を間に挟み込む。

 

「時雨ならそうすると思ったぞ」

 

 押しつぶさんとばかりの圧力が、剣を支える二本の腕にのしかかる。

 

「……読まれたか」

「ああ。《飛炎斬》の弱点は俺が一番知っているからな。お前が仕掛けるなら、このタイミングしかないだろう」

 

 話をしながらも、優が力を抜いたりしない。むしろ一層圧力は増し、さらには《灼炎》が燃やし尽くさんとばかりにオレの長剣へとまとわりついてきた。

 

 腕が、焼かれていく。長剣は赤熱化し始め、形が歪んでいく。

 

「今のが渾身の一撃だったんだろう?」

「……ああ、そうだな」

「……まだやるのか? 正直言っちゃあ悪いんだが、逆転は無理だと思うぞ。お前の身体強化も、二分も続かないだろうし」

 

 明らかな降伏宣言。しかし、事実だ。自分の魔力が残り少ないのは、半年間の持続練習でちゃんと把握している。

 この状況では確かに、勝敗はすでに決したと言ってもいいだろう。

 

 オレも素直に認めよう。正規の方法じゃあ、オレはどうやっても優には勝てない。

 

「やるさ……オレばっかり見てると、痛い目に合うぜ?」

 

 だけど非正規の方法(奥の手)なら、まだ一つ残っていた。

 

「……どういうこと――」

「《開門(オープン)》!」

 

 今までの戦いの間に密かに仕掛けていた布石。残りわずかな魔力を対価に、鍵言葉によって起動した。

 

 決闘場のあちこちに散らばるナイフの柄――幾何学的な模様が光り輝き、直径10センチほどの魔方陣が浮かび上がる。それらすべては優の方に向いており、直後、無数のナイフを射出する。

 

「な!?」

 

 身を削った奇襲が予想されたのは驚いたが、流石にここまでは予想できなかっただろう。

 

 オレが使ったのは《火球》のような攻撃魔法でも、《身体強化》のような支援魔法でもない。無色魔法最高難易度の収納魔法(アイテムボックス)だ。

 

 オレの《アイテムボックス》は、ロールスの使ったそれとは少し違う。彼女から教わった魔法なのだが、オレの《アイテムボックス》は魔力をさらに消費することで改造ができるのだ。

 例を挙げると容量増加、フィルター追加、ボックス増加……などなど。流石にボックス内の時間を止めることはできなかったが、それ以外のことであれば大抵のことは可能だった。

 

 そしてオレが《アイテムボックス》に施した改造は運動保存。つまり、物を投げ入れた場合は出口から物が勢いよく飛び出てくるようになる改造だ。

 

 別に火薬で発射されたわけでもないから、ナイフが飛び出るときは無音のはず。それなのに反応した優は、もはや常人の域から一歩踏み出しているのではないか。

 

 片手で大剣を持ちオレに圧をかけ続けながら、優は空いたもう一方の手と炎の蛇でナイフを処理していく。

 《身体強化》の切れたオレでは優の剣を支えるだけで精いっぱいであり、十秒もすれば弾幕も切れるだろう。そうなれば、オレの負けだ。

 

 だからオレは弾幕を囮にして、最後の一手を発動する。

 

(開門(オープン)!)

 

 頭の中で念じると、オレの手元にもう一つの魔方陣が浮かび上がる。

 オレは《アイテムボックス》をただ覚えたんじゃない。《アイテムボックス》含めたすべての無色魔法を、無詠唱で行使することができる。

 今まで短縮詠唱をしていたのは、優に『魔法を使うときは声が出る』という先入観を持たせるためだ。

 

 音もなく、一本のナイフが射出される。優の視線はこちらを向いておらず、気づいた様子もない。

 

(勝った……!)

 

 そう思った途端

 優の姿が、まるで煙のように掻き消えた。

 腕にのしかかっていた圧力も急に消え去ったことによって、オレは前のめりにバランスを崩す。そして、優がいなくなったことによって射出されたナイフが一本、オレの眉間に向かって飛んできていた。

 

 体勢が崩れている今、躱すことができない。沸き上がる恐怖心を感じながら、即死しないことを緩やかに流れる時間に祈りながら、オレは目を瞑った。

 

 痛みは、やってこなかった。代わりに渇いた金属音が、いくつも鳴り響く。

 

 恐る恐る目を開けると、距離十センチのところでナイフは止まっている。そして、それを止めたのは――

 

「俺の勝ちだな」

 

 優だった。《灼炎》ではなく赤いオーラを纏った優は、ナイフを放るとオレにデコピンを一発かます。

 

 その赤いオーラに見覚えなどなかったが、何なのであるかは直感的にすぐに理解した。

 

 オーラの正体は、魔力だ。『魔装』と呼ばれるそのスキルは、わずかな使い手がいない。それはスキルを手に入れるより最上級魔法を使えるようになる方が簡単な難易度の高さだけではなく、魔力を常時消費するというデメリットの影響が大きい。

 魔装というのは、近接戦闘用の技術だ。対して魔法は、基本的に遠距離攻撃。最上級魔法を使える者というのはそれだけでも重宝されるので、近接戦闘もできないと意味がない魔装を使おうとする変わり者はほとんどいないということだ。

 以上、すべて過去にグレイスから聞いた話である。ちなみにグレイスさんも、優同じくその“変わり者”の一人なのだそうだ。

 

「……ああ、まさかそんな隠し手があったなんてな。小出しにしないんじゃなかったか?」

「奥の手は別だろう。それに、こいつは燃費がすこぶる悪くてな。一分も維持出来たら上出来なんだ」

 

 そういう優のオーラはもう既にかなり薄い。本人の言う通り、数秒で消え去るだろう。

 

 落ちているナイフを一つずつ拾い上げ、まとめて一気に《アイテムボックス》へと回収する。どうにも弾幕が予想より薄いなと思っていたのだが、拾い上げたナイフの中には彫り込まれた《アイテムボックス》の魔方陣が炎によって形を成していないものがあった。

 

(これ、彫るの結構苦労したんだよなー)

 

 フィールドから降りると、手に光が集まる。消えたときには、やけどがすべて消えていた。

 魔力を回復させたら幸助との模擬戦が待っているので、けがが無くなるのは本当に助かる。いやそもそも、この効果があるから本気の模擬戦ができるのか。

 

 心のどこかに、安堵する自分がいた。

 

 

 

 一時間ほどの小休憩で体力を回復させ、失った魔力は魔法薬ポーションを飲んで取り戻したオレは意気揚々に幸助との模擬戦に臨んだのだが……結果だけ言うと惨敗である。

 開始早々全色の様々な魔法を連発してくるわ、それをやり過ごしたと思ったら弓を連発して放ってくるわ、弓も切れたら体力も魔力もほとんどないオレを双剣で嵌め殺しに来るわでもうほんとひどい惨敗。試合後本人に文句を言ったら「これが僕の戦い方だから仕方ない」と返されて何も言えなくなった。

 

 

 

 その日の晩

 

 テラスの柵にのしかかり、夜空に浮かぶ削れた半月をただぼーっと眺める。

 

 眠れないわけではない。実験も兼ねた《アイテムボックス》の改造をやれば魔力はすぐに尽きるから確実に安眠はできる。

 今のオレは、ただ寝たくないだけだ。

 

 昼間の記憶が、最後に行われた優と幸助の模擬戦が脳裏に浮かび上がる。

 

 光の奔流、水の濁流。雪崩れ込むような土砂の拳に、意志を持つかのような植物たちの輪舞。幸助の魔法はオレが相対したときより何倍も盛大で、猛烈で……そして、容赦がなかった。

 その魔法の嵐の中を、優は《灼炎》を纏った状態でただただ突き進む。防御もくそもない。水は蒸発し、土石は融解し、植物は燃え……苛烈極まりない幸助の攻撃は、《灼炎》一つと拮抗を示した。

 

 最終的な試合結果は『魔装』を発動した優の勝利。だけどオレは、そんな結果にはさほども興味がない。

 明らかに二人とも、オレの戦いで手を抜いていた。

 

 そもそも優は、オレのナイフを防ぐ必要はなかった。

 逃げ場をなくすような大規模魔法を連発していれば、幸助はすぐにオレに勝つことができただろう。

 

 それなのに優は律儀に攻撃を防ぎ、幸助の攻撃は点を突くようなものに限定されていた。

 

 同じ時間だけ訓練したはずだ。わかっていたことなのだが、この差は一体どこから生まれてきたのだろうか。

 

「時雨」

 

 不意に後ろから声をかけられる。振り返ると、カップを二つ持った幸助が立っていた。

 

「紅茶淹れたけど、飲む?」

 

 無言でうなずき、カップを受け取る。唇をつけ温度を確かめると、半分ほどを一気に飲んだ。

 強い苦みとわずかな酸味が、口の奥を刺激する。

 

「眠れないの?」

 

 オレの横で幸助は柵に寄りかかり、香りを楽しむかのように少しずつ紅茶を飲んでいる。

 

「別にそういうわけじゃない……ちょいと考え事をしててな」

「ふうん……なんで模擬戦で手加減をされたんだ、一体いつこんなに差が生まれたんだ、といったところかな?」

「……幸助お前、エスパーかなんかだったのか」

 

 思考をドンピシャで当てられ、つい揶揄するような言葉が口から出る。

 

「そんなわけないでしょ。何年一緒にいると思ってんのさ」

「……八年?」

「答えを求めたわけじゃないんだけど……」

 

 苦笑する幸助。オレだって、そんなことはわかっている。

 

 八年。決して短い時間などではない。インコであれば一生、犬猫は半生、そして人間で言っても人生の一割をも占める。

 

 それだけ長い時間を共に過ごしてきたのだから、お前の思考なんてお見通しだと幸助は言いたいのだ。

 

「そうだね……確かに僕は、時雨と戦った時に手加減をしたさ」

「……なんでか聞いてもいいか?」

「言い訳っぽくなっちゃうんだけど……獅子博兎って言葉知ってる?」

「シシハクト?いや、わかんないな」

 

 四字熟語なのだろうが、残念なオレの頭の辞書には載っていない。

 

「じゃあ、獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、ならどう?」

「あ、それならあるな……それ、どんな時にでも本気を出すべきって意味の言葉じゃね?」

 

 むしろ幸助たちの所業はその真逆だと思うんだが。

 

「まあまあ、今はそんな一般的な話は置いといて……この言葉だけで考えたら、獅子は狩りの対象が何であれ全力を出す、という意味が含まれているでしょ?」

「まあ、そりゃことわざの元になっているんだからな」

「だけどさ、捻くれた考えをすると、獅子が全力を出すのは狩りの時のみ――つまり、勝つ必要がある戦いのときのみっていう意味にもなると思うんだよね」

「……つまり、オレとの模擬戦は勝つ必要もない程度のものだって言いたいのか?」

 

 声に棘が混ざる。いくら幸助といえど、何でも許せるほどオレは人間ができていない。

 

「いや、うん、そうだけどそうじゃないんだよ」

「じゃあどういう意味だ?」

「……そもそも時雨、今日の模擬戦はなんで行われたのかわかってる?」

「そりゃあ、訓練の一環だろ?」

「うん。……今日の訓練で、勝つことは重要だった?」

「重要……じゃないな」

「そうだよね。じゃあ、重要だったことは?」

「……オレ達の実力の確認?」

 

 確か、グレイスさんが始まる前にそんなことを言っていた。

 

「そう。……だから僕らが全力を出さなかったのはそのため。もし優がただただ強引に攻めてたら、もし僕が押しつぶすように魔法を使ってたら、時雨の実力が発揮されることなく模擬戦は終わっていた」

 

 つまり幸助は、模擬戦の目的を果たすために手加減をしていたのだろう。

 

「……まあ、理由は分かった。ものすごくもやもやするけど、そういう理由だって納得するしかないか」

「時雨は実力の差にも思い悩んでいたようだけど、そこは僕は何も言えないね。そんなのはただの結果だから」

 

 歯に衣着せない容赦ない言葉に、オレはむしろ清々しさを感じる。

 

「だったら、次の機会には今日の結果をひっくり返してやる」

「うん、その意気だ」

 

 挑戦的にオレが言い放つと、幸助は穏やかに微笑む。

 

「それじゃあ、僕は先に寝かせてもらうね……そうそう、最後に一つだけ。僕らは確かに全力を出さなかったけど、手加減は一切していないよ」

 

 最後にそう言い残して、幸助は部屋へと戻った。

 

 ……下げてから上げるとか、随分と卑怯な手を使う。

 

 手元に映る赤い月をしばらく眺め、オレは温くなった紅茶を一気に飲み干した。




読んでいただきありがとうございます


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7 課外研修と思わぬ敵

 実戦形式の訓練が行われた次の日

 

 本来なら訓練場内で剣を振ってる今この時間なのだが、今日はオレは全く違うこと――王家印の馬車に揺られ、王都の外へと向かっていた。

 

 目的は実地訓練。要はいつか訪れる独り立ちの時に備え、人間以外との戦闘をあらかじめ経験しろということなのだ。

 実地訓練の情報は昨日の模擬戦の前にはすでに聞いていた。が、その時のグレイスは数日中といっていたのに、昨日の今日は流石に急すぎるのではないか。

 

 ちなみに馬車の中に優と幸助は乗っていない。グレイスさんからの指示で、オレ達三人は別々の場所で訓練を行うと言われたのだ。代わりにサポートとして一人の魔法師――エミールがオレと同行して馬車に乗っている。

 

(分ける必要あるのか?)

 

 指示を聞いたときに心に浮かんだ疑問である。幸助も同じものを持ったのか、出発前にグレイスにその理由を聞いていた。

 聞いていたのだが、その時に返ってきたのは、「実は俺もよくわからねえ。昨日の夜に突然下ったんだ。国王様の勅命だ、ともな」という、逆にわからなくなる答え。そのあと「お偉いさんの命令なんてわからないものなんだから、聞くだけ無駄さ」と大人の黒い部分を言われたので、幸助もしぶしぶと聞くのを諦めていた。

 

(こうして別々になった以上、考えるのも無駄か)

 

 そう割り切って、オレは思考をこれから戦う敵――魔物へと思考を移す。

 

 魔物とは何か。イメージとしては、ファンタジーでよく出てくるものと同じようなものだろう。この世界の定義に従って言えば、生命活動に魔力を使用する生物のことを指す。

 

 魔物は体内に、魔力を貯め込む性質を持った物質“魔素”によって作られた特殊な器官――核を持っている。核の持つ役割は不明だが、どんな魔物でも核を壊せば死ぬことから生命活動の中心的役割を担っているのは確実だろう。

 

 魔物は基本的に、人間にとって害悪だ。どこにでも生息し、何とでも対立する。かつての魔王の中には、長年を生きた魔物が知性を持ち魔法を行使するようになり、そして魔王となった魔物もいるらしい。

 

 したがって、勇者たるオレ達は一人前と認められた後は魔王が現れるまでは魔物を退治することを仕事とするらしい。ちなみに同じように魔物を狩ることを生活の糧にする職業には冒険者があるそうだ。ぶっちゃけオレの中では異世界でなってみたい職業1位なのだが、勇者なのでなれないと言われた。勇者って職業なのかよ、夢が叶えられねーじゃねーか。

 

 そんな風に思考が迷走していると馬車が止まる。どうやら目的地に着いたみたいだ。

 

 馬車から降りると、目の前に広がるのは広大な森林。しかし日本でよく見るような人の手が加わったようなものではなく、完全なる自然の森林。心なしか空気もおいしく感じる。

 

 実地訓練は、この森で行われるのだろう。

 

「エミールさん。訓練はこの森の中で合っていますか?」

「え!?あ、はい、ここで合っています、おそらく……」

 

 隣に立つエミールに確認を取ると、少しうろたえたような様子の返事が返ってくる。彼とは馬車に乗る前に自己紹介でしゃべった程度なのに、なんだろう、この漂ってくるポンコツ感は。

 

 少し嫌な予感を感じながらも、オレ達は森へと一歩踏み出す。訓練場の石畳とはまた違った、柔らかい抵抗感が鎧を通して足裏に伝わる。

 

 周囲を警戒しながら、オレ達は森の中を進む。グレイスは凶悪な魔物はいないと言っていたが、魔物は総じて危険なものだ。もし何かあっても助けは容易に来ないので、どうしても慎重になる。

 

 20分ほど奥へと進んだところで、オレの耳が草を踏む音を――オレ達のものではない、何者かが接近する音を捉えた。

 

 杖を両手で握りしめ、後ろをびくびくと歩くエミールを手で止めながら音のする方向に注意を配る。

 

 いた。

 

 およそ15メートル先、並び立つ樹木の隙間から緑色の肌、小柄な身体に見合わぬ巨大な醜い頭部、額には小さな角の生えた魔物――ゴブリンだ。

 

「エミールさん、ここはオレが……エミールさん?」

 

 さっきまで近くにいたエミールがいない。振り返ってみるといつの間に移動したのか、後方の木の陰からエミールは顔だけ出してこちらを見ていた。

 

 ……いや逃げるんかい!

 

 想定外の行動にオレが呆気に取られていると、ゴブリンがこちらに気付いた。甲高い鳴き声とともに、その手に持つ短い棍棒を振り回しながら接近してくる。

 

 剣を構え、臨戦態勢を取る。

 

 走る勢いのまま、ゴブリンが棍棒を振り回す。技術も何もない単調な攻撃をオレは余裕を持って躱し、そしてゴブリンの首めがけて右腕を振る。

 

「ギャ!?」

 

 訓練用ではない、白金の刃は緑色の皮膚へと侵入し、そして侵出。

 

 あっさりと、実にあっさりとオレの剣はゴブリンの首を跳ね上げた。

 

 司令塔を失った胴体は勢いのまま地面を転がり、痙攣をしながら赤黒い液体が周囲へと広がる。

 

 つんざくような汚臭が漂い始める中、思い出したように震えが身体を支配した。

 

 嫌悪感が沸き上がる。今オレは、生き物を殺した。例えそれが魔物であろうと、命を奪ったという事実は変わらない。

 

「やりましたね勇者様!一発でゴブリンを倒すなんて!」

 

 エミールの賞賛の声も、ただただ嫌悪感を強めるだけ。元から殺すことが目的の訓練だというのに、オレは抑えきれずに嘔吐をしてしまった。

 

「あの、勇者様?……どこかその、具合が悪いのですか?」

 

 流石にオレの様子がおかしいことにエミールも気づき、心配する言葉をかけられる。

 

「……いえ。すみません、気にしないでください」

 

 吐き出したものには感情も含まれていたのか、いくばくか吐き気が和らぐ。

 

 これはオレの問題だ。……解決するために、他人の手は借りたくない。

 

「ところでエミールさん、さっきすごい離れてましたけど……」

 

 これ以上踏み込まれないために、オレは話題を強引に変えた。

 

「いやー、実は撲、新人でして……魔物を実際に見たのも今日が初めてなんですよ」

 

 へえ、だからあんなに逃げて……ちょっと待て、今新人って言ったか?

 

「はい、今まで宮廷魔法師として修行してきたのですが、実戦は今日が初めてです」

 

 ……グレイスさん。新人(オレ)のサポートに新人(エミール)をつけちゃあダメでしょ。

 

 心の中で我らが鬼教官に文句を言う。聞こえるはずもないが、きっと彼は今くしゃみをしただろう。

 

 ふと、嫌悪感が薄らいでいることに気が付く。この気が抜けるようなやり取りが功を成したのだろうか、体を支配していた震えは収まっていた。

 

「基本的には私は手出ししないよう言われているので、問題ないと思います!」

「何があったときどうするんですか……まあいいや。先に進みましょう」

「勇者様、具合はもう大丈夫なので?」

 

 オレは頷きを返す。そしてゴブリンの死体をその場に放置したまま、オレ達は再び探索を始めた。

 

 10分後、再びゴブリンを発見する。先ほどとは違い3匹で行動していたが、オレの姿を認めた瞬間一体目と同じく奇声を上げながら襲い掛かってくる。

 

 腰からナイフを一本、抜くと同時にゴブリンへ投擲。眉間に深々と刺さって、ゴブリンは地を転がった。

 

 心の奥からトラウマが手を伸ばしてくるが、敵が残っているので無理やり殴り返す。

 

 残っているゴブリンは仲間が殺されたことを気にした様子もなく、オレへ向かって短剣を振りかざす。後ろへ飛んで躱そうと試みるが、一瞬だけ出が遅れ短剣が胸鎧をかすめた。

 

 攻撃が躱されることを想定していなかったゴブリンたちは前のめりにバランスを崩す。好機とみてオレは剣を横に一閃、致命傷を負ったゴブリンはそのまま倒れて動かなくなった。

 

「ふう……」

 

 一体目同じくあっさりと戦闘は終了する。そしてオレは、沸き上がる感情が明らかに薄くなっているのを自覚した。

 

「3匹同時に……流石は勇者様です!」

「……ありがとうございます……次、行きましょう」

 

 

 その後、30分に1回のペースでオレ達はゴブリンと遭遇。ゴブリンを殺すたびに、自分の中の嫌悪感が薄らいでいくのを感じた。

 

 いいことなのだろう。勇者となるには、どうしても克服しないといけないことなのだから。

 だけどまるで麻痺していくかのような自分の心に、オレはわずかな恐怖を感じる。まるで、あの日のような……

 

――ギギギ――

 

 突然、そんな奇怪な音が聞こえた。ゴブリンのものとは明らかに違う、低い唸り声のような音。

 

「え?今のは……?」

 

 エミールも聞こえていたようだ。きょろきょろと周りを見まわしている。

 

「……あっちの方からですね……魔物の鳴き声か何かだとは思いますけど、どうします?」

「……どうしましょう?」

 

 いや、オレが聞いてるのに聞き返してどうするのさ。

 

 うん、とりあえずゴブリンから逃げる姿といい、新人である点といい、間違いなくエミールはポンコツだ。ここはオレが判断するしかないか。

 

「とりあえず、見に行くだけ見に行きましょう。ちなみにこの森で、強い魔物はどれくらいのが出るとか知ってますか?」

「えーっと……確か、オーガ種程度って聞いた記憶が……」

 

(Cレート下位か……)

 

 魔物には、その種の危険度によってレート付けがされている。最下レートはEであり最高はSSSなので、Cはかなり下の方に位置するだろう。最もSSSレートに分類されるのは魔王とかそのレベルだから、実際には弱いほうの魔物として分類されるギリギリといったところだ。

 ちなみにゴブリンはDレート下位。Eじゃないのは、最下レートであるEレートには、スライムなどの危険度が皆無に等しい魔物が分類されているためだ。

 また魔物が群れであったり、同種と比べて特異的に強力であった場合はいろいろとレートに変動があるのだが……まあ、それは今はどうでもいいだろう。

 

「オーガであれば戦う許可は下りてるので、確認の意味も込めて調べてみませんか?」

 

 オーガ種は強靭な肉体を持ち、怪力を武器にする魔物だ。並みの剣ではその外皮を貫けないし、彼らの拳を喰らえば一発でお陀仏となる。しかしそんな魔物のレートが低いのは、彼らの足の遅さに起因する。

 どれくらい遅いのか例えると、小さな子供と競争しても負けるほど。そのためオーガ種から逃げることは非常に簡単で、軍でも新人には「オーガ種とあったらとりあえず逃げろ」と教えているらしい。

 

「いやいや!無理ですって!」

 

 ここにも教えられている人間がいた。別に逃げるのは簡単だからそう怖がる必要はないと思うのだが……

 

「大丈夫ですって、いざとなれば逃げますから……」

「いやでも危険ですし……」

 

 危険。確かにそうだ。別に絶対に侵さなければいけない危険ではないので、行く必要などないのだろう。このまま声のした方向へと行かずにゴブリンを倒していけば、安全なまま訓練を終えることができるだろう。

 

 でも、そうじゃないんだ。あの二人と並び立つためには、それじゃあダメなんだ。

 天才と凡才は違う。凡才のオレが天才の二人と同じ訓練をしただけでは、絶対に勝つことはできない。才能の時点ですでに一敗しているのだから、最後に勝つためには二勝、どこかで勝ち取る必要がある。

 不要の危険を冒すのはマヌケだが、転がっているチャンスをただ見送るのもマヌケだろう。

 

「……今まで通りエミールさんは何もしなくていいですから」

「うぐっ、わ、わかりましたよ……だけど危なかったらすぐに逃げますからね!」

 

 若干恥ずかしそうに言葉を詰まらせ、エミールはそう釘をさす。

 

「わかってますよ」

 

 声の下方向へと、オレ達は進路を変更した。

 

 このときのオレはまだ知らない。この森で待ち受けていたのはオーガ種などではなく、もっと恐ろしいものであるということを。

 

 

 声を聞いてから約30分。途中に現れたゴブリンを倒しながら、オレ達は声がしたと思われる場所にたどり着いた。

 

 たどり着いたが、何もいない。代わりにいくつかの魔物の残骸と、踏み倒された草の跡が一直線に伸びていた。

 

「どうやら移動したみたいですね……方向もわかっていますし、後を追いますか」

「あの勇者様?なんかこれ、オーガの足跡にしてはおかしくないですか?」

 

 言われてみれば、確かにそうだと感じる。二足歩行型ではなく、爬虫類の這った後に近い。

 

 やっぱりオーガ種じゃなかったのだろう。追跡するか一瞬だけ迷い、そしてすぐに結論を出す。

 

「エミールさん、後を追いましょう」

「うえ!?マジっすか?」

「万が一強力な魔物だった場合、さっさと逃げ帰ってグレイスさんとかに任せますよ」

「わかりましたよ……行けばいいんでしょ行けば」

 

 ふてくされた様子でエミールは同意する。

 

 そして足跡をたどること五分。生い茂った暗い茂みの向こうに、もぞもぞと動く巨体を発見した。

 

「跡が続いているから、あいつですかね……」

「……なんか、変な輪郭してません?」

「……確かに。……いや、灯りをつければわかることです。お願いできますか?」

「え?まあ、それくらいなら……《点灯(ライト)》」

 

 エミールが唱えると仄かに光る光の玉が生まれ、ふわふわと影の方まで飛んでいく。そして停止したそれは一瞬のうちに明るく輝き始め――

 

――ギギギギギ――

 

 鈍重そうな巨大な胴体から、横に生えた短い四肢。そしてその胴体の付け根には、蛇のように長い首が三本。

 

 地球では伝説までとなった怪物。ヒュドラが、そこにいた。

 

 

「「な!?」」

 

 ヒュドラを視界に収めた途端、オレ達二人は思わず驚きの声を上げてしまう。そして同時に、それ以上声を出さないよう自分の口をふさぐ。

 

 この世界で一番強いとされている魔物は、竜に分類される魔物である。彼らは他の魔物とは一線を画す戦闘性能、知恵を持ち、そして魔力を操り強力無比なブレスを放つ。

 その末席であるが、ヒュドラは竜に分類される魔物であった。

 

 オレ達が戦ったら勝つのは少々、いやかなり厳しいだろう。

 

「ゆゆゆゆ勇者様!?ヒュドラが!ヒュドラが居やがるんですけど!?」

 

 慌てふためきながらも、しっかり小声で動揺するエミール。

 

「とととととりあえず落ち着きましょう!慌てたらだめでござりまする」

 

 同じく小声でエミールを落ち着かせようとするが、うん、まずオレが落ち着かないとダメだ。

 

「ふう……とりあえず、様子を見ましょう。幸いなことにオレ達の存在には気が付いてないようです」

 

 食事後なのだろう、蛇のような咢を赤く染めたヒュドラは、3本の首で周囲を警戒している。どうやら声は聞こえてたようだが、その発生源までは特定できていないようだ。

 

「奴が警戒を解いたら、ゆっくりと逃げましょう。耳はそこまでよくなかったはずなので、ある程度離れられれば安全になるかと」

 

 ヒュドラから逃げられるのは、見つかっていないときに限られる。なぜならヒュドラはその鈍そうな図体に反して、実際の動きはかなり速い。もし補足された状態で逃げようものならあっという間に追いつかれ、巨大な口にパクリと行かれるだけだ。

 

 全身全霊で、ばれないことを心の中で念じる。

 

 やがてその思いが届いたのか、ヒュドラは三つの首を前へと戻す。それを確認したオレ達はお互いに頷き、逃走の為の一歩を――

 

 なぜ小枝の折れる音というのはあんなにも響くのだろうか。

 

 パキッといった軽快な音と同時に、ヒュドラの三つ首がこちらへと一斉に向けられた。

 

 目と目が合う瞬間、オレは気づいた。

 

 あ、これアカン奴だ、と。

 

 不協和音のような咆哮を上げ、ヒュドラがこちらへと接近する。

 

「く!《身体強化》!」

 

 ばれた以上、背を向けるのは非常にまずい。エミールが巻き込まれないためにも、オレは剣を抜きヒュドラへと相対する。

 

 ものすごい迫力だ。胴体だけでもオレの身長より高いし、人一人を丸々飲み込めそうな蛇の首に三方向から睨まれては、オレがカエルだったらもはや即死するレベルである。

 

 左の首が勢いよく噛みついてくるのを、宙に飛び上がって回避。二段構えで迫る右の首を《空歩》で飛び越え、目の前に迫っていた中央の首を斬りつける。

 

(硬いな!)

 

 だが、斬れないほどではない。現にオレの剣はその鱗を通り、その肉を半分ほど切り裂いた。

 

 間は与えない。体勢を逆さに再び《空歩》を使い、重力も乗せた一撃を斬られかけの中央の首へとかます。

 

 嫌な感覚とともに硬い骨の隙間へと剣は入り込み、太い首が二等分にされた。

 

「ギュアアア!!」

 

 残る二本の首が叫び声をあげ、滅茶苦茶に暴れだす。

 

 巻き込まれないよう、ヒュドラのそばから離れる。

 そしてヒュドラを見て、オレは思わず目を見開く。

 

「おいおい……回復力高すぎねーか?」

 

 切られた首口から肉が盛り上がる。赤い肉は咢の形へと変貌し、鱗が現れ、瞬く間に元通りとなっていた。

 

 ヒュドラ含めた魔物の生態は一通り雨の日の座学で学んでおり、当然ヒュドラの才視力が高いのは知っている。けれど知識として知っていても、実際に目の当たりにすると驚かざるを得ない。

 

 再生したてのその首はこちらをにらみ、口からは炎が漏れ出る。

 

 まずい、ブレスだ。

 

 身を隠そうにも、周りにあるのは植物ばかり。

 

 無色魔法《防膜》を使い、オレは痛みに備えて目を瞑った。

 

「《土壁》!」

 

 魔法名を唱える声とともに前から何かが盛り上がるような音が、そして燃え盛る炎の音が耳の横を通り過ぎていった。

 

「エミールさん!」

 

 いつの間にか後方に下がっていたエミールが、震える手で杖を立てながらこちらを見ている。今の《土壁》は彼が使ってくれたもののようだ。

 

 間一髪で助かった。炎に突っ込んだことがあるとはいえ、竜のブレスは《防膜》程度じゃあ防げなかっただろう。エミールの張った《土壁》も表面が融解してガラスのようになっていた。

 

「ゆ、勇者様無事ですか!?」

「はい!助かりました!」

 

 後方のエミールへ声を張って返事するが、一息つく暇をヒュドラは与えてくれない。

 

 最初とは違い、逃げ場をなくすような攻撃をヒュドラは仕掛けてくる。それを体術で躱し、剣でいなし、魔法でしのいでいく。チャンスがあればそのたびに攻撃を入れるが、すぐに再生されて全く聞いた様子がない。

 

 拮抗したように見えるやり取りは、しかし長くは続かなかった。

 

 突然視界が揺れる。そこだけぬかるみがあったのか、足を滑らせてしまった。

 

 すぐに体勢を立て直すことに成功するが、目の前に凶悪な白い牙が迫る。咄嗟に剣を挟み両手で受けるが、踏ん張りきれず土壌を削った。

 

「く……『炎よ、矢となり我が敵を打て』!」

 

 今にも食いちぎらんとばかりに開かれている咥内へと、初級赤魔法《炎矢(ファイアアロー)》をぶち込む。オレでは高威力の属性魔法など使えないが、敏感な口の中となれば弱い炎程度で十分だ。

 

 タンの直火焼きはかなりの痛みを誇るのだろう、ヒュドラの首全てが悶え暴れ出し、オレへの攻撃が途絶える。

 

 やっと一息つける時間が生まれた。額の汗を手で拭いながらオレは呼吸を整える。

 

 しかし、どうしたものか。切ってもすぐに生えてくる再生力とか厄介すぎる。

 

(ヒュドラの倒し方は学んだはずだ。思い出せ、確か……首を三本全部切ると死ぬんだったか?)

 

 だけどあの再生力じゃあ、切ってもすぐに治る。あの再生力を止めないといけないのだが……

 

(そういえば、神話じゃあ切った傷口を炎で焼いたら再生が止まったとか……やってみる価値はあるな)

 

 一つの案が頭に浮かんだオレは、エミールへと協力を求める。

 

「エミールさん! 手を貸してください!」

「へ? あ、な、なにをすれば?!」

「オレがヒュドラの頭を斬り飛ばしますので、エミールさんはそれを魔法で焼いてください!」

「や、焼く?! 無理ですよそんなの! 暴れまわられて狙えるわけがない!」

 

 首がちぎれんばかりの勢いで横にぶんぶんと振るエミール。首を斬れば途端に暴れだすヒュドラを狙撃するのはきっと難しいことだろう。

 

「オレが斬ると思ったら打ってください! 暴れだす前なら狙えるでしょ!」

「そ、そりゃあもちろん! ……わかりましたよ! 巻き込まれても知りませんからね?!」

 

 売り言葉に買い言葉でエミールは了承し、恐る恐るといった様子で木の陰から歩み出る。オレは彼に頷きを返し、そしてこちらを一層忌々しそうに睨むヒュドラへと視線を戻す。

 

「ギュオオオオ!」

 

 噛みつきを主体としていた攻撃は、頭突きを主体とした攻撃へと変わる。よっぽど直火焼きが堪えたのだろう、威力も範囲も狭くなった攻撃は随分と躱しやすくなっていた。

 

 二連続でヒュドラの首が上から突っ込んでくるのをバク転の連続で躱し、着地と同時に腰からナイフを三本、唯一こちらへと向けられている目へと投擲。内一本が眼球へと刺さり、ヒュドラの視界を一瞬だけ奪い去る。

 

 そしてその一瞬のうちに、オレは地に刺さった首の一本へと全力ダッシュ。跳躍し、勢いのまま深緑色の左の首を一刀両断した。

 

「《炎球》!」

 

 直後、飛来した魔法の炎がその傷口へとまとわりつく。肉の焼ける匂いとともにヒュドラが悲鳴を上げ、そして攻撃が苛烈になっていく。

 

 どうやらエミールは正確こそ臆病なものの、その腕はかなりのものであるようだ。

 

 一旦オレは防御に専念しながら、ヒュドラの傷口を観察する。十秒、二十秒……肉が盛り上がるようなことも、骨が突き出るようなことも何も起きなかった。

 

 仮定が確信へと変わる。やはりヒュドラは、傷口を焼けば再生ができない。

 

 勝ち筋が見えてきた。

 

 重心を前に倒す。上からの押しつぶす頭突きを進出して躱し、攻撃の届かない胴体付近へと潜り込む。

 

(2本同時、行けるか!?)

 

 鎧の足で地面に踏ん張り、剣を両手で持って左から斜め上に振る。

 

 硬い。その一言に尽きる。鱗も厚く、骨も太い。さらには筋肉ですら、その繊維一本一本がまるで鉄線でできているようだった。

 

「う……らぁ!ってうわ!?」

 

 魔法《理力》をも剣に乗せ、何とか切断することに成功し体が右へと傾くと、そのすれすれを炎が飛来する。

 

 ……あっぶねえ……切るのにもうちょいでも時間がかかってたら巻き込まれてた。

 

 内心冷や汗を掻きつつも、ヒュドラから視線を外さない。

 

 首を二本失ったヒュドラは激高して攻撃が激しくなっているも、三本の時と比べて攻撃の隙間が大きい。

 単調化した攻撃をオレは余裕を持って捌き続け、確実に首を取れる隙を探す。

 

 そして、それはすぐにやってきた。

 

 今までに何度も放ってきた、上からの頭突き攻撃――その予備動作を捉えたオレは宙に飛び上がり、上下反転した姿勢で剣を構える。

 

 地面へと突き刺さった最後の首へと、《空歩》で飛び落ちようとすると――

 視界の端に、焼けただれた肉が迫ってきていた。

 

(まず……!)

 

 何とか剣を挟み込み防御するが、頭のない左首に吹き飛ばされてオレは地面を転がる。

 

 切られた首が動くはずがない――そう思って完全に油断していた。

 

 そして、不幸はさらに積み重なる。

 

 回転する視界は進行方向から接近する炎の玉を映し出し――

 

 森の中に、轟音が鳴り響いた。

 

 

 

「勇者様!?」

 

 爆煙の広がる森の中、エミールの悲痛そうな声が響く。彼の瞳には、自分の放った魔法へと突っ込む時雨をしっかりと確認していた。

 

 誤射なのだろう。もし時雨が首を斬ることができていたのなら、確実にその傷へと当たる軌道だった。

 

「そんな……勇者様……」

 

 直撃したのは間違いない。煙で姿は見えないが、無傷というのはありえないだろう。致命傷を負った可能性も十分にある。

 

 どちらにせよ、エミールにとっては望ましくないことだろう。時雨が戦えなくなれば、エミールはヒュドラになす術がない。

 

 やがて煙は散っていき、視界が通るようになる。

 

 そこにいたのは――

 

 全身に軽いやけどを覆いながらも五体満足の時雨と、3本の首全てを切られ倒れ伏すヒュドラであった。

 

 

 今のはかなり危なかった。

 

 炎の玉を認識した瞬間、オレは《空歩》を使って転がる勢いを殺した。そのまま跳んで炎球を躱そうとしたのだが間に合わず、足に振れた瞬間に爆発。

 だけど幸運なことに爆発の威力はオレを吹き飛ばす推進力に使われ、また飛ばされた方向にはヒュドラの首があり、勢いを乗せた斬撃で首を斬り落とすことに成功したのだ。

 

 結果的には炎球はいい方向に作用したが、もしそれを認識するのがあと少しでも遅くなったら、確実に爆発で足の一本はやられていただろう。

 

 ひりひりする頬をさすりながら、オレはほっと胸をなでおろす。

 

「勇者様!無事だったんですね!」

 

 晴れた煙の向こうから、安心したような表情でエミールが駆けてくる。

 

「はい。結構危なかったですけど何とか……」

 

 オレが笑って返すと、エミールは途端に顔をしかめて頭を下げる。

 

「あ……その、申し訳ありません!」

「いや、今のは仕方ないですよ。オレも斬ると思っていたので魔法を打っても仕方ないです」

 

 というか、別に誤射してもいいから!ってオレが言ったからなんも文句言えないんだよな。

 

「しかし……」

「それより、回復魔法を使ってほしいです。顔も手もひりひり痛くて……」

「は、はい! わかりました!」

 

 何を言ってもエミールは自分を責めそうだったので、オレはそう頼んでこの話を終わらせた。

 

 

 

 

 夕方

 

 ヒュドラを倒したオレ達はしばらくその場で休み、体力と魔力をある程度回復させてから帰路に着いた。

 

「しっかしヒュドラ、倒せてよかったですよ!見つかったときは軽く死を覚悟しちゃいました」

 

 エミールはさっきからこんな調子だ。よっぽどヒュドラを倒せたのが、生存できたのがうれしいのだろう、さっきから何度も同じことを繰り返している。

 

 まあ、うれしいのはオレもだけどさ。

 

(勝てないと思っていたヒュドラを倒すことができた……昨日の模擬戦じゃあよくわかんなかったけど、あんな化け物を倒せるってことはオレも成長してたんだな)

 

 少し自信が沸いてくる。昨日は思いっきりネガティブになっちゃったけど、そこまで悲観する必要はなかったかもしれない。

 

「でもほんとなんでこの森にヒュドラがいたんですかね。魔物は弱いほうだから新米冒険者に優しいこの森に」

 

 これもさっきから何回も言っている。オレもそれは疑問に思っており、色々と原因を考えていた。が、わからなくてすぐに断念する。

 やっぱり原因とか対策とかを考えるのはそういう専門家に任せるのが一番だからな。決してわからないから思考放棄しているわけでは断じてない。

 

「元からいたなんてことはありえないし、かといってどこかから来たと考えるにはこの近くにはこんな強力な魔物な魔物が生息する環境はないし……」

 

 おお、これは初めての言葉だ。なんだエミール、てっきりうれしさのあまり同じようなことしか喋れない魔法師になったのかと思ったぜ。

 

「もしかして、誰かによってここに連れてこられたり、とか?」

「……いや、エミールさん。流石にそれは飛躍しすぎなんじゃ?」

「まあ、そうですよね……」

 

 再び思案顔になるエミール。しかしオレは自分から否定したはずなのに、なぜかエミールの発想がどこかあり得るものに感じられた。

 

(誰かが連れてきた、か……)

 

 そんなことができるのは、地球のゲームで言うところの召喚士や調教師、といった者たちだろう。

 

 残念ながら、この世界でもそれらは幻想のものであるが。

 

 人間は魔物を手なずけることができない。それが、この世界の常識である。

 

 まだどこかでこの世界が非現実的なものだと思ってるから、エミールの言葉に可能性を感じたのだろうか。

 

「は~わっかんないですね……あれ勇者様、どうしました?」

「え?何がですか?」

「いえ、どうも難しい顔をしていたので……あ、もしかして何か気づきました?」

 

 期待の眼差しでエミールが聞いてくる。やべ、顔に出しちゃってたか。

 

「あー……いえ、とくには。エミールさんの案が少し気になっただけですよ」

「そうですか?自分で言っておいてなんですけどほとんどありえませんって」

 

 手を振りながらエミールは笑って答える。

 

「……まあ、こういうことは専門の人に任せちゃえばいいでしょ。オレ達か解決する必要なんてないですし」

 

 推理小説を読んでも犯人が誰なのか考えずに、最後の解説を読んでふーんって納得する人間だ。

 

「それもそうっすね……あ、勇者様、もうすぐ森を抜け……」

 

 前方を見ていたエミールの言葉が途切れる。魔物でも出たのか?と思い警戒しながら前方を見ると――

 

 普段と同じく赤いローブを纏ったロールスが、覆面黒装束の集団とともに森の出口に立っていた。

 

 迎えに来たのだろうか?それにしては少し、いやかなり異様だ。

 

「あれ、ロールスさん?どうしたんですかこんなところに?」

 

 ひとまず知っている人物がいたので、警戒を解いて話しかける。

 

「……少し、貴様に用があってな」

 

 だが返ってきたのは、重々しく冷たい声。普段とは一転したロールスの様子に、不安が顔をのぞかせた。

 

 突然、エミールがオレの肩を掴んで前後に思いっきり揺さぶってきた。よく見ると顔色も少し青ざめている。

 

「勇者様! いったい何をしたんですか!?」

 

 何をした?オレは何もしていないし、そもそもエミールがここまで取り乱す理由がわからない。

 

「異端審問会の方が出てくるなんて、いったい、何をしたんですか!」

 




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8 逃走と闘争、そして……

「異端審問会の方が出てくるなんて、いったい、何をしたんですか!?」

 

 とりあえず今の状況を整理してみよう。異端審問会――多分あのロールスさんの周りにいる黒装束の奴らのことだ。元の世界の異端審問会というものは確か、宗教的な異端者を裁く機関だったと思う。

 

 もしこの世界の異端審問会も同じようなものだとしたら……

 

 え? オレがその異端者扱いされているのか? いやでもそんなことした記憶ないんだけど?

 

 状況を整理したら余計訳が分からなくなってきた。ていうかエミールそろそろ方揺らすのをやめてほしい。なんか気持ち悪くなってきた。

 

「うぇ……ち、ちょっと待ってくださいエミールさん。マジでわからないんっす。てか揺らすの止めてください、吐きそうっす……うぇ……」

「あ、す、すみません」

 

 エミールはとりあえず離してくれたものの、まだ顔が青い。異端審問会とやらが出てくるのは、そこまで大したことなのか。

 

「シグレ、貴様が何かをしたというわけではないから、心当たりなどないのも仕方がない」

 

 ロールスの言葉と入れ替わるように、一人の黒装束が前に出てくる。

 

「勇者シグレ、貴様には魔の眷属である疑いがかかっている! よって、ここで我々異端審問会が貴様を死刑に処す!」

「……へ?」

 

 覆面越しの少しくぐもった声につい間抜けな返事が出てしまう。

 

 唐突な、あまりにも唐突な死刑宣告。なんの冗談だと思ったが、オレを見つめる目に笑っている者はない。

 

「い、一体何のことだ! 魔の眷属!? そんなものオレは知らない!」

「神託によって下された事実だ。貴様が知ろうが知るまいが関係のないこと」

「そもそも魔の眷属って何なんだ! 疑いだけで人を殺すのか!?」

「魔の眷属とは、世界に害をなすもの、または可能性を持つ者を指す。例え貴様が勇者であろうと、可能性がある以上は見逃すわけにはいかない」

 

 ダメだ、こいつら全く聞く耳持ってねえ……神託を根拠にするとか、まるで魔女狩りじゃねーか。

 

 いらだちが沸々と沸き上がってくる。

 

「……おーけー、なら百歩譲って、オレは絶対違うけど百歩譲ってそうだとしましょう。……ロールスさん、勇者のオレを処刑してもいいんですか?」

「……これは教会の判断であると同時に、王令でもある。私にはどうすることもできない」

 

 少しためらいがちな声でロールスは答える。

 

 くそ、よく考えたらロールスさんが止めてない時点で国はこれを容認してるってことじゃねーか。

 

 八方塞がり。少なくとも、話をして何とかできる状況ではない。

 

 舌打ちしたくなるような気持ちが、頭の中を悶々と渦巻いていた。

 

「そこの魔法師、両手を首の後ろに組んでゆっくりと歩いてこい。貴様は処刑対象ではないため、抵抗をしなければ危害は加えん」

 

 その言葉にエミールは、逡巡するようにオレと黒装束を交互に見る。そして悔しそうな表情で、ゆっくりとその指示に従った。

 

「……すみません」

 

 通り過ぎざまに、そんなエミールのつぶやきが聞こえた。

 

 そのままエミールは、2人の黒装束にどこかへと連れて行かれる。

 

「さて、勇者――いや、罪人シグレよ。何か言い残すことはあるか?」

 

 まるで死刑囚に言い放つように、リーダーらしき黒装束がそう聞いてくる。いや、捕まっていないだけで実質オレは死刑囚か。

 

「……そうだな、じゃあ、一つだけ」

 

 これに答えれば、死刑が始まるのだろう。果たしてそれが彼らの持つ剣で首をはねるのか、十字架にでも張り付けて心臓を貫くのか、それとも魔法で焼き殺すのか……

 

 もちろんオレは殺されるつもりはない。こんな理不尽な理由どうやっても納得できないし、例え納得したところでおとなしく死ぬつもりなどないのだ。

 

 だからオレは、できる限り憎たらしさを表情に込めて――

 

「誰が簡単に殺されるかよ!《白霧》!」

 

 魔法名とともに、真っ白な霧があたり一帯を覆いつくした。

 

 

 

 

 

 

「な!?目くらましか!?」

 

 突然の魔法の行使に、異端審問会執行部隊――通称、暗部の彼らは騒ぎだす。生まれた煙は濃厚で、視界はほとんど通らない。

 

(まったく、たかだか水蒸気の煙じゃない。国の裏組織も聞いてあきれるわね)

 

 逃げていくシグレをスキルで眺めながら、ロールスは内心ため息をつく。

 

 魔法で霧を吹き飛ばすことも可能だったが、ロールスはそれを実行に移さない。暗部の者たちに手出しは無用とくぎを刺されていたのもあるが、彼女自身、どうにもこの任務に乗り気ではなかったのだ。

 

 

 

 

 ロールスがそれを知らされたのは、今日の朝だった。

 

「シグレ・ハナミヤは人類の敵となる」

 

 知らせてきたのは、モルドール教皇。一大組織のトップであるにも関わらず、フットワークが軽い方だ。今日の知らせはとても重いものであったが。

 

「それは、事実なのかしら?」

 

 ロールスの問い返しに、頷くモルドール。

 

「彼を鑑定した日の晩に、神託が降りました」

 

 シグレ・ハナミヤ。召喚された三人の勇者の中で、最も才を与えられなかった勇者だ。剣の才も決して特出したようなものではなく、魔法の才は悪い方向で特出していると言えるだろう。

 客観的に考えれば、人間に仇をなすほどのものには到底思えない。しかしロールスは多量の驚きを覚えていても、疑いはなかった。

 

 このエインズにおいて、神託とは絶対のもの。幾たびもこの国の危機を知らせ繁栄を促したそれに、疑いなどというものが侵入する余地はないのだ。

 

「……それは、すでにエインズ王に?」

 

 再び頷く教皇。ロールスは卓に置かれたカップを取り、紅茶を一口。はぁ、とため息を一つ吐いた。

 

「今日の内に処刑せよ、との命が下っております」

「今日中……なるほどね」

 

 今のモルドールの言葉で、ロールスはだいたいを理解する。

 

 つまり、森で魔物に襲われて死んだように見せかけるつもりなのだ。残りの二人の勇者に恨みを持たれ、勇者として支障をきたさないように。

 

「……グリム殿、それを伝えるためだけに?確かに教え子が神敵であるというのは衝撃的だけど、私は優先するものをわかっているつもりよ」

 

「ええ。ロールス魔法師長、あなたには処刑の同行を願います」

 

 不可解なその要請に、ロールスはわずかに眉をしかめる。

 

「私が? 処刑を行うのは暗部ではないのかしら?」

「その通りです。しかしまだ話していないというのに、よくお分かりになりましたな」

 

 モルドールの感心は、しかしロールスにとって大したことではない。こんな表沙汰にできない仕事を行えるのを、ロールスは暗部以外知らないだけだ。

 

 暗部は、そのほとんどが謎に包まれている。魔法師長であるロールスでもその戦力のすべてを知っているわけではないが、その仕事が露見することがないという事実が実力の高さを知らしめているだろう。

 

 果たしてシグレを相手に、暗部が後れを取ることなどあるのだろうか。

 

「万が一が起きるかもしれない、と神はおっしゃられました」

 

 返ってきた答えに、ロールスは手に持つカップを思わず落としそうになった。

 

 絶対であるはずの神託。それが可能性というあやふやなものを下すなどとは想像だにできなかった。

 

「……なるほどね。わかったわ」

「感謝します。それでは、『太陽が橋を下るころ、白き門にて』」

 

 最後にそう言って、モルドールは立ち去る。

 

 残されたロールスは紅茶を飲むと、また重く息を吐いた。

 

 

 

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 巨大な岩の陰に座り、荒くなった呼吸を整える。

 慣れない森の中だからだろう、いつもの数倍は疲れやすく感じる。

 

 煙幕を使った逃亡は大成功だった。不意を突かれたあいつらの顔を見てみたかったが、流石にそれは無理な話だろう。

 

 籠手から両手を抜き、胴、腰を守っていた鎧を取り外す。流石に足のは外せないが、今の状況では鎧は不快で不要なものでしかない。

 

 《アイテムボックス》を開き、紫の液体の入った瓶を取り出す。

 魔力回復薬(ポーション)だ。エミールと休んだ時は本当に体を休めたのみで、寝てもいない状態じゃあ魔力はそんなに回復していなかった。

 

 (何かあれば、ってことでグレイスさんからもらったやつだけど、まさかこんな形で使うことになるとはな)

 

 栓を抜き、一気に呷る。胃袋に液体が流れ込むのと同時に、身体の芯に魔力が満ちていくのを感じる。

 

 さて、ここまで逃げてきたはいいもののここにずっといるわけにはいかない。一時間もすれば、捜索の手はすぐにあちらこちらに伸びてくるだろう。

 

 オレに選べる選択肢は三つ。逃げるか、隠れるか、それとも戦うか。

 

 まあ、戦うは論外だ。そもそも戦わないために逃げたんだし。

 

 隠れるのは……これも悪手か。サバイバル知識がないオレじゃあこの森で生き続けるのは難しい。

 いや、数日程度なら可能かもしれないが、奴らは数日程度じゃあ諦めないだろう。数週か、あるいは数ヶ月か……オレが死んだかすでにいないか、そう判断してもらえるまで果たしてどれだけ長い期間潜伏する必要があるのだろうか。

 

 結局、逃亡が最善の手のようだ。その後どうすればいいかわからないが、時間がない今出ることを最優先に考えないと。

 

(どっちが出口に近いかはわからないけど……来た方向の逆へ向かうのが安全か。下手に方向転換して迷ったら目も当てられない)

 

 そう結論付けて、オレは立ち上がる。まだまだ体は休憩を欲していたが、休みすぎても体が動かなくなるだけだ。

 飲み干したポーションの瓶、不要になった鎧を《アイテムボックス》にしまう。痕跡は残さないほうがいいだろう。流石に走った足跡はどうにもできないが。

 

「さて、急がないと」

 

 向かう先を確認し、オレは再び走り出した。

 

 

 

 

「ちくしょう、こっちもかよ……」

 

 遠くに黒装束の姿を認めたオレは、茂みの中に隠れ潜み悪態をつく。

 

 あれからだいたい三十分。森の出口にたどり着くことができたのだが、そこにはすでに審問会の奴らが見張りに立っていた。

 一か所だけではない。視界の通る範囲に必ず二人以上の黒装束が見張っていた。このままではバレずに森を出るのはほぼ不可能だろう。

 

(困った展開になってきたな……)

 

 森を出るだけでいいのならバレるのを承知で走ればいい。だけど森の外は見たところ草原だ。身を隠す場所がないのでは、追っ手をまくのはかなり難しくなる。

 

 やはり、こっそり抜け出せるような箇所を探すしかないのか?……いや、そう考えて進んできた結果が今の状況だ。もしすでに森が完全に包囲されているのなら、ただただ時間を浪費するだけになる。

 

 思考を張り巡らせるも、妙案はそう簡単に思いつかない。

 

 解決策の出ないまま、いたずらに時間が過ぎていく。そして周囲への注意が薄れてしまっていたのだろう。後方、かなり近い位置から人の足音が聞こえた。

 

 心臓が跳ね上がる。確実に見つかっているだろう。

 

 どうすればこの場を切り抜けられる。

 

 いや、方法はわかっている。だがそれはオレが最も忌避しているものであり、果たして身体が言うことを聞くかどうかわからない。

 

 だがもう既にどうしようもない。それ以外に、方法などないのだ。

 歯を食いしばり、震える右手をゆっくりと腰の剣に掛ける。オレが気づいていることを知られないよう、剣の留め具をこっそりと解除する。

 

 耳を澄ませ、足音の場所に集中する。

 

(…………今だ!)

 

 間合いに入ったのを確信した瞬間、オレは振り向く勢いのまま剣を振り抜こうとし――

 

「わあ!?」

 

 聞き覚えのある声に、オレの動きは止まった。

 

 オレの後ろまでこっそりと接近し、今は驚いて尻もちをついているのは

 

「……エミールさん?」

 

 審問会に連れて行かれた時と何ら変わらない格好の、魔法師エミールその人だった。

 

「ちょっと勇者様、いきなり振り向かないでくださいよ!?」

「え?あ、すみません」

 

 状況が理解できず咄嗟に謝るが、よくよく考えるといろいろとおかしい。なんでエミールがこんなところにいるんだ?

 

「なんでって、抜け出してきたから?」

 

 違う、そうじゃない。オレが聞きたいのはそういうことじゃないんだよ。

 

「そりゃあもちろん、勇者様を助けに来たんですよ」

「いや助けに来たって……エミールさん、あいつらの言ってたこと聞いてなかったんですか!?」

 

 いうなれば今のオレは国家レベルの悪人だ。そんなオレを助けたとなると、罰則は免れないだろう。オレに降りかかった理不尽に、今日に会ったばかりのエミールが巻き込まれる理由などどこにもないのだ。

 

「そんなわけないじゃないですか」

「なら、一体なんで――」

「勇者様が、彼らの言う悪には思えなかったんですよ」

 

 まっすぐオレを見るエミールに、思わず言葉を失う。

 

「たった半日の付き合いですけど、私にはどうしても、勇者様が悪い人間には見えなかった。……私は、恩を返すためにここに来ているんです」

 

 ひどく真面目な表情で、エミールはそう言い切る。

 

 最初に感じた頼りなさはもうどこにもない。今のオレには、彼がどうしようもなく頼りがいのある男に見えた。

 

「……ありがとうございます、エミールさん」

「あ、敬語はいらないです。ただでさえ勇者様は目上の人だというのに、敬語を使われるのはひどく申し訳なく感じるんですよ」

「わかった。なら、オレも時雨でいい。勇者様って呼び方、どうにも、むずかゆかったんだよ……どうもオレはもう勇者じゃないようだし」

 

「それは……わかりました」

 

 少しためらうような表情を見せるが、エミールは了承してくれた。

 

「それで、エミールさん。ここまで来れたってことは、どこか抜け道があったのか?」

「もちろんですよ!私が先導するので、シグレさんは後ろからついてきてください!」

 

 四面楚歌の手詰まり状態は、思わぬ援軍によって解消されたようだった。

 

 エミールの後を追って、森道を慎重に進む。途中追っ手の姿を見かけるが、隠れ潜んでやり過ごす。

 

 そうしておよそ三十分ほど、まるでそこだけ忘れ去られたかのように、見張りの一人もいない森の出口へとたどり着いた。

 

「ここからは草原ですけど、草の丈が高いのでゆっくり進めばばれにくいはずです」

「わかった……行こう」

 

 お互いに頷きあい、屈み歩きでゆっくりと進む。ここを抜けさえすれば、審問会の奴らから逃げられるんだ。最後ほど慎重に気を引き締めていかないと。

 

 だが、その追っ手を警戒する心が仇を成したのだろうか。足元に注意を向けっていなかったオレは何かに足を引っかけ――

 

 カランコロン

 

 軽快な木琴のような音が、静かな森の中に響き渡った。

 

(しまった!?鳴子か!?)

 

 動揺するももう遅い。鳴子の鳴ってしまった今、追っ手に自分の位置は完全に知られた。

 

「シグレさん!走って逃げますよ!」

「あ、ああ――っつ!?」

 

 動揺しながらもエミールに従い走り出そうとした瞬間、何かが顔の横を通り過ぎ、同時に頬に痛みが走った。

 

 剣を抜きながら咄嗟に振り返る。

 

 黄昏時の悪い視界の中、振り降ろされた黒い刃を白銀の剣ではじき返した。

 

「ほう……伊達に勇者ではないということか」

 

 黒い覆面の奥から男の声が響く。

 

 最後の最後で、オレ達は追っ手に見つかってしまった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「どうやら、罪人は発見されたようだ」

 

 掌に青く光る石を見つめ、暗部総隊長はそう口にする。

 

「その石、共明石かしら?」

「その通りだ。流石魔法師長、博識でいらっしゃるな」

 

 小馬鹿にしたような口調に、しかしロールスは眉一つ動かさない。魔法師長という立場の彼女にとって、妬みやっかみはとっくに慣れ切っている。

 

「驚いたわね。非常に高価なはずのそれを隊に一つ……いえ、一人に一つ配っているのかしら?」

「我々の仕事上、遠距離で連絡ができるこの石は非常に重宝するもの。それに高価といっても、我々の持つ資金にとっては微々たるものだ」

 

 共明石は、魔力を流すと発光する。ただしそれは魔力を流した石のみではなく、リンクするすべての石が、魔力を流した石との距離によって違う色に発光するのだ。

 つまりこの石を使えば、離れた位置の仲間に自分の位置を知らせることができる。まさに審問会にとっては必須といってもいいものなのだろう。

 

 共明石の輝きは3秒続いて消える。彼らにとって、それが発見したという合図のようだ。

 

「……何もしないのかしら?」

「必要がない。ひよっこ勇者の始末など、すぐに片が付く」

「その割には逃げられているわね」

「……それは我々を挑発しているのか?」

 

 ロールスの言葉に、総隊長は不快そうな返事を返す。

 

 (ちょっとした仕返しのつもりだったのに、暗部って随分と正直なのね)

 

 シグレに逃げられた時といい、もしかして暗部は経験が少ないのだろうか?

 

 ロールスが審問会にさらなる呆れを覚えていると、総隊長の共明石が再び光りだした。

 

 ただしさっきのような持続的な光ではなく点滅している。ロールスは審問会の合図など知ってるわけないが、総隊長の眉間を見るにあまりよい合図ではなさそうだ。

 

「何かあったのかしら?」

「……緊急事態を知らせる合図だが、我々が行動を起こす必要はない。他のものが駆けつけてすぐに処理するはずだ」

 

 共明石の光の色――青色が示すのは、合図の発生元からかなり離れているというものだ。これが近づけば緑、黄色と変色していき、最後には赤となる。

 

 総隊長の言う通り、遠くにいるロールス達が動く必要はないだろう。

 

 間もないうちに、点滅が止む。緊急事態とやらが解決したのだろうか。

 

「……なに!?」

 

 しかしそんな期待にも似た予想は、再びの点滅に裏切られる。

 

 一度目と比べて、点滅の間隔が短い。焦っているのだろうか。

 そして二度目が終わった数秒後、3度目がやってきた。

 

 明らかに、おかしい。

 

『万が一が起きるかもしれない、と神はおっしゃられました』

 

 ふとロールスは、モルドールの言葉を思い出した。そして同時に、得体のしれない不安が這い上がってくる。

 

 まさか、今がその万が一なのか?

 

「……仕方がない。第四隊、援護に向かうぞ」

 

 4度目の点滅を苦々しそうに睨みながら、総隊長は残っている暗部に指示を出す。

 

「魔法師長、申し訳ないが我々とともに来てもらいたい。できれば貴女の手は借りたくなかったのだが……」

「この異常じゃあ、そうも言っていられないようね。……元からそのつもりよ」

 

 総隊長は頷く。そして5度目の点滅と同時に、彼らは宵口の森へと突入した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 剣を構え、油断なく目の前の黒装束の男を観察する。

 

 男の両手には黒く塗られた双剣が。しかし先ほどの飛来物――おそらくナイフ――からもわかる通り、武器はそれだけではないだろう。

 

「……どうやら、戦わないとダメなようだな」

 

 きっと逃げたところでいつまでも追いかけてくるだろう。安全に逃げるためには、こいつを倒す必要がありそうだ。

 

「シ、シグレ様、私はどうすれば?」

「魔法で援護を。ただしできれば音と光の出にくいほうがいい」

 

 視線は男に向けたままエミールに返事する。

 

 鳴子の音はもうどうしようもないが、森に散らばっているであろう他の追っ手に無駄にオレ達の位置を知らせる必要はないのだ。

 

 男が、動く。オレは無詠唱で《身体強化》を発動し迎え撃つ。

 

 躍るような動きで連打が繰り出される。その一つ一つを冷静に躱し受け流し、二本同時の振り下ろしを受け止める。

 

 つばぜり合いとなった瞬間、オレは男の腹へと蹴りを放つ。しかし確かに直撃したはずなのに返ってきた足応えは軽く、まるで軽業師のように男は空中で一回転。着地したと同時に、腕を横に振ってナイフを投擲した。

 

「《土壁》!」

 

 地面が盛り上がり、軽い音とともにナイフはそれに刺さる。横に跳んで視界を確保すると、男は目の前まで迫っていた。

 

 再び剣と剣が交じる。何度目かの打ち合いの瞬間、隙を見たオレは剣に力を込めて振り、男の右手から剣を弾き飛ばした。

 

 追撃を仕掛けようとするが、一瞬だけ早く男が後方に逃れる。そして荷物など持っていなかったように見えるのに、どこからともなく新しい武器――鎖鎌のようだが、分銅の付く位置に短剣がつけられている――を取り出す。

 

 先ほどとは違い、大ぶりで変則的な軌道の攻撃が飛んでくる。予測のできないその攻撃は、まともに相対すれば厄介なものだろう。

 

 だがオレにとっては、むしろ楽なものだ。

 

「《理力》」

 

 短剣を弾き上げた瞬間、オレは《理力》をそれにかける。放物線を描いていたそれは突如軌道を変え、操者である男へと襲い掛かった。

 

 短剣が男の肩に刺さる寸前に、男はそれを手で掴んで止める。また《理力》をかけられるのを警戒してか、鎖鎌と短剣で直接切りかかってきた。

 

 鎖がある分、さっきのように簡単には奪えない。再び始まる剣の打ち合いに、オレは一つ確信をしていた。

 

 こいつは、そこまで強くない。手数は圧倒的に幸助の方が多いし、一撃の威力も優の方が断然上。武器に多彩さはあったが、オレが対処できないような攻撃は何一つなかった。

 攻勢に移れば、確実に勝てるだろう。

 

 ただ果たしてオレに、人を相手に攻撃ができるのだろうか。

 

 しかし攻勢に回らないといずれ他の審問会の奴らが合流して、勝ち目が無くなってしまう。

 

 生きるためには、これが最後のチャンスなのだ。できるできないじゃない、やるしかないんだ。

 

 覚悟を決め、オレは一歩前へと踏み出した。

 

「む!?」

 

 鎧を履いた右足が、垂れ下がる鎖を捉える。同時に剣を強く振り鎖の根元を破壊、蹴りを放ち、鎌を遠くへと弾き飛ばした。

 蹴った勢いのままオレは体を一回転、突き出された短剣を、その刃ごと叩き折る。

 

 男は後方へと跳ぶ。またさっきのように、どこからとなく武器を取り出すのだろうか。

 

 そんなことはさせない。肉薄するように跳躍し、がら空きの腹へと拳を叩きこむ。手ごたえあり、今度はちゃんとダメージが通ったようだ。

 

「くっ……」

 

 覆面の下から苦しそうな声が漏れる。その一瞬の隙に、オレは回し蹴りを男の脇腹へと放つ。

 咄嗟に男は腕を盾にしたが、勢いを殺せずに地面へと倒れ込む。仰向けに転がる男ののどへと剣先を向け突き出し――

 そしてあと一センチといったところで体が動けなくなった。

 

 生き延びるための最初でおそらく最後のチャンスは、たった一つの心傷によって台無しとなった。

 

「どうした、殺さないのか?」

 

 違う、殺さないんじゃない。殺せないんだ。

 

(やれよ! 覚悟を決めたんだろ!?)

 

 だがダメだ。やはり覚悟程度じゃあ、そんな簡単に決められるものじゃあ足りなかった。やるやらないじゃない、できないんだ。

 

 全身が震えに包まれていると言うのに、男に向けられた剣先は微動だにしない。まるで見えない鎖が、四方八方から腕を縛り上げているようだ。

 

「う……あ……」

 

 汗が背中を伝う。視界が揺れる。

 

 意識が眩み今にも消えてしまいそうな中

 

 突き刺す鋭い痛みとともに、視界の端でエミールが、薄氷のような笑みを浮かべていた。




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次の投稿で序章は終わり、一章は一日ひとつのペースで投稿を行います


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9 裏切られた勇者は

 森を進みながらも、総隊長の持つ共明石は点滅を繰り返す。

 

 受け取った緊急事態の合図は、すでに十を超えるだろう。ゆっくりと変色していく石の光に、ロールスはおそれを募らせていく。

 

 繰り返される合図は、一体何を伝えるためのものなのだろうか。罪人に何度も逃げられた? 抵抗が激しく始末ができない? 第三者の介入?

 

 予想を立てることはできる。が、ロールスが一番恐れているのは、予想を超える何かが起きることだ。モルドールの言葉が、再び頭の中をぐるぐると巡る。

 

 しかし頭は別のことを考えていても、ロールスの歩調に変化はない。魔法師であるというのに、審問会の速い進行に遅れることなく追走する。

 

 共明石に赤みが差し込む。合図の発生源まで、もうそう遠くはない。

 

 そして深紅の明滅が途切れたとき、ロールスの鼻を、何度も嗅いだ慣れ親しんだ臭いがくすぐった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「え?」

 

 理解できない現状に、素っ頓狂な声が口から洩れる。

 

 なんでエミールは、オレに冷笑を向けているのだろうか。

 

 なんでオレの腹から、黒い細い刃が飛び出しているのだろうか。

 

 なんでその刃が、エミールの手から伸びているのだろうが。

 

 焼けるような感覚に、しかしオレの脳は麻痺したように回らない。黒装束がオレの剣を除けて立ち上がるのも、何もできずにただ見送る。

 

「……二〇九、随分と遅い動きじゃないか」

「いや、ちょうどよかったでしょ。それに俺が何もしなかったところで、二〇六はやられなかっただろうし」

 

「……まあ、それもそうだが。だとしても今回は随分と我慢したものだな」

 

 わからない。この二人は、一体何の話をしているんだ。

 

「最高のタイミングを待っていたからね。見ろよ、元勇者サマの顔、傑作だよ」

 

 嘲るようにエミールは目を細め、からかうように口角を吊り上げる。

 

「エ、エミールさん?これって一体……」

「ありゃりゃ?どうやら勇者サマは未だに状況を理解なさってないようですねぇ……なあに、簡単なことですよ」

 

 下卑た表情のまま、ゆっくりとオレの耳へと顔を近づけていく。

 

「……俺も異端審問会の一員だった、それだけだよ」

 

 そうささやくのと同時に、オレの腹に刺さっていた剣を抜き取った。

 

「が……!?」

 

 思い出したように脳が回転を再開する。

 

 エミールは異端審問会、その告白にオレは初めて、エミールが敵であることを認識する。

 

 逃げないと。しかしその意志に体は答えることなく、糸の切れた木人形のように地面へと崩れ落ちた。

 

「へえ? 毒がもう回ったのかな? 初めて使う試作品の一つだったんだけど……うん、大成功だ」

 

 満足げな様子のエミール。オレは必死に起き上がろうとするが、まるで首から下が飾り物のように動かすことができない。しかしそれなのに右腹の、エミールに刺された傷は激しい痛みを主張し続ける。

 

「それにしても勇者サマって馬鹿ですよね。これから処刑するという人物に、関係のない人間を同行させると思いますか?」

 

 エミールはオレの頭に足を乗せ、そのままぐいぐいと踏みにじってくる。

 

 騙された。初めからエミールは、オレを殺すためのスパイだった。

 

 オレを信じるという言葉も助けたいという言葉も全部演技。オレを騙す茶番劇でしかなかったというわけだ。

 

「さて、種明かしも終えたことですし、そろそろお楽しみタイムと行きますか」

 

 突然、エミールの声音が一変、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような、この場にはまるで合っていない陽気な声だ。

 

「えーっと、二〇六、アレは持ってきてくれている?」

「ああ、持ってきているが……お前は相変わらず趣味が悪い」

「どーせ殺すんだから問題ないでしょ」

 

 そういうとエミールはオレ右手を引っ張り、這いつくばったオレの視界の内へと持ち込む。

 

「さて勇者サマ、俺はこれから何をするでしょーか?」

 

 覗き込むようにしゃがむエミール。彼の手には、黒い一振りの歪な剣――いや、刃の粗いのこぎりだ。

 

 最悪な可能性が頭に浮かぶ。

 

「……まさか、それでオレの腕を……」

「せいかーい! 流石勇者サマ、こんな時でも聡明でいらっしゃる」

 

 馬鹿にしたように拍手をし、動かない右腕へとのこぎりがあてがわれる。

 

 背中に冷たい何かが流れ込む。

 

「待て、やめろ……やめてくれ……」

「い、や、だ」

 

 あっさりとのこぎりは引かれた。

 

「あぁぁぁァァァぁぁァァァァ!」

 

 燃え盛るような、腹の刺し傷がかゆく思えるような凄烈な痛みが脳を突き刺す。

 

「そう、これだよ! これなんだよ! この声が溜まらないんだ!」

 

 のこぎりは何度も引かれ、そのたびに皮が裂かれ肉がえぐられ神経が断たれ骨が削られる。

 そして同時に、“死”というものが近づいて来ているのを理解した。

 

 沸き上がる恐怖心に抗う術などない。右腕が完全に切られたときには、オレの正気など簡単に砕け散っていた。

 

「まずは一本!……あれ?勇者サマ、もう壊れちゃいました?」

 

 額の汗を拭ったエミールは時雨の目の前で手を振るが、帰ってくるのは「いやだ……死にたくない……死にたくない……」といったうわごとのみ。

 

「……ちょっと、早すぎでしょ。俺まだ全然満足してないんだけど?」

 

 ため息をつき、イラつきを隠そうともせず時雨の右腕を放り投げる。

 

「二〇九、趣味の時間はもう終わりか?」

「もっと楽しみたかったんだけどねえ……二〇六、連絡は済ませたの?」

「発見したとだけな。お前のが済み次第任務完了の連絡を入れるつもりだ」

「そうかぁ……あ、そうだ!」

 

 何かを閃いたエミールは、未だぶつぶつとうわごとを続ける時雨の髪を鷲掴みして持ち上げ、その耳に口を寄せる。

 

「勇者サマ、最期にいいこと教えてあげますよ。……貴方を除いた他の勇者2人、確か、ユウ・サカキバラとコウスケ・アイハラでしたっけ?」

 

 ささやく言葉に虚空を見つめていた時雨の目がエミールへと向けられる。反応有りと見て、エミールはさらに言葉を続けていく。

 

「魔王を倒してもらうために召喚した彼らですが、魔王を倒した後は今のあなた同じく、処分されるそうですよ?」

「……う、そ、だ……」

「信じるか信じないかはあなた次第。だけどいつの世でも、過ぎた力は邪魔でしかないとだけ言っておきましょうか」

 

 薄ら笑いを浮かべながら、エミールは時雨の反応を待つ。しかし時雨はわめくようなこともせず、目線は再び虚空へと戻っていた。

 

「……なんだよつまんない。せっかく極秘情報を教えてあげたってのに、これじゃあ完全に興ざめだよ」

 

 今度こそ興味を失ったように手を放し、エミールは地面に刺さる剣――時雨を突き刺したそれへと手を伸ばす。

 

 エミールは知らない。時雨の瞳に映るのは、絶望などではないことを。

 

 生まれては消えるノイズの向こうには、かつての光景――時雨の両親が、強盗に惨殺された夜が浮かんでいる。

 

 父と母が倒れ、床に生まれる赤い湖。いつかあの2人も、彼らのように殺されてしまうのだろうか。

 

 憎悪が掻き立たれる。そんなこと、許せるわけがない。

 

 ならばどうするか。

 

 生きてやる。2人の為にも、まだ、死ねない。

 

――あのとき、どうやって生き延びたんだっけ――

 

「じゃあね。殺されるために召喚された勇者サマ」

 

――そうだ、ひどく簡単な方法じゃないか――

 

 何かが壊れ砕ける音とともに、鮮血が宙を舞った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あぁぁぁァァァぁぁァァァァ!」

 

 共明石に魔力し合図を送っていると、罪人の悲鳴が響いてくる。

 

 どうやら、二〇九がいつもの悪趣味を始めたようだ。

 

 やれやれと肩をすくめ、俺は共明石を懐にしまう。

 

 二〇九とは長い付き合いだ。奴が暗部に入ってから、かれこれ5年くらいだろう。歳が近いからか、俺と二〇九は何かと気が合うところがある。

 ただまあ、やはり今行われている、無力化した相手を嬲る趣向は共感できない。どちらかというと俺は、万全の相手を打ち負かす方が好きだ。

 

 つまるところ戦闘狂というやつなのだろう。

 

(……満足できたかといえば、今回の任務はそうでもないな)

 

 俺は元勇者との戦闘を思い出す。流石騎士団長が直に師事しただけあり、剣術、体捌き、対応力のどれをとってもかなりのレベルだ。油断があったとはいえ、倒されたときは少しだけ焦りを感じた。

 しかしダメだ。二〇九に奪われたこともあるが、元勇者は、俺にとどめを刺すのをためらった時点で戦士としては完全に失格である。そんな奴を打ち負かしたところで、たいして満足心なんて感じやしない。

 

 悲鳴が止んだので二〇九の居場所に戻ると、ちょうど彼が元勇者の腕を切り終えたところだった。

 

「二〇九、趣味の時間はもう終わりか?」

「もっと楽しみたかったんだけどねえ……二〇六、連絡は済ませたの?」

 

 人も殺せないような未熟な心では、やはり二〇九の趣味には耐えられなかったのだろう。まるで無理矢理犯された女のような目だ。

 

「発見したとだけな。お前のが済み次第任務完了の連絡を入れるつもりだ」

 

 無様な元勇者に軽蔑を覚えながらも、俺は二〇九に返事する。

 

「そうかぁ……あ、そうだ!」

 

 そう言いながら二〇九は拳をポンと掌に打ち付け、再び転がる元勇者の方へと歩く。

 

 また何かろくでもないことを思いついたのだろう。

二〇九は元勇者の髪を掴み上げ、耳元で何かしゃべる。

 

 あまり長くはならないだろう。そう判断し、俺は先に本隊へと連絡を入れようと再び懐に手を突っ込むと――

 

 赤い噴水とともに、黒剣を握った腕がぼとりと落ちた。

 

 惚けたような声の後、苦悶の音が二〇九の口から漏れ出す。

 二の腕を押さえる彼の正面には、毒で動けないはずの元勇者が立っていた。

 

「……な、なんであんたが……なんで動けるんだ!」

 

 二〇九の問いかけに、元勇者は答えない。かわりに左手に持つ剣を右肩に構え、一切の躊躇なく剣撃を放つ。

 

 二〇九は咄嗟に短剣を抜き迫る剣を迎え撃つ。

 

 しかし鋼鉄であるはずのそれがまるで藁にでもなったのか、白刃は腕ごと短剣を分断し、二〇九の胸部を左肩から右脇腹へと斜めに切り裂いた。

 

「がああ!」

 

 膝が崩れかける二〇九に対し、元勇者は再び腕を振り上げる。それを見た瞬間今までの硬直は何だったのか、一直線に二〇六へと駆けだした。

 

 剣閃が二〇九の首を斬り落とすより一瞬早く、俺の手が二〇六へと届く。

 

 二〇六が地面を転がるが、そんなことを気にするほどの余裕はない。

 痛みに顔を歪ませる二〇九の傷を簡単に調べ、俺は軽く安心を覚える。出血はひどいが、どの傷も致命傷は免れていた。

 

「ぐぅぅぅ……ごめん、助かった……」

「二〇九、お前は逃げろ」

 

 起き上がろうとする二〇九に俺は冷たく言い放つ。

 

「何が起きたのかわからんが、そんな傷じゃあ戦えん。無駄に命を失うより、逃げて応援を呼べ」

 

「……わかった」

 

 彼も自分の状態は理解しているのだ。反論など返ってくるはずもなく、二〇九は俺に背を向ける。

 

「これで連絡を取れ……持てるか?」

「ああ……死なないでくれよ」

 

 最後にそういって、二〇六は森へと消え去った。

 

「さて……少しはましな顔つきになったようだな」

 

 剣を二本取り出し、たたずむ元勇者と相対する。

 

 何故動けるのとか、そういったことはどうでもいい。今のオレにとって重要なのは任務の遂行と、この高揚感のみだ。

 

 10秒……20秒……お互いに向き合ったまま、お互いが微動だにしない。

 

 30秒……勇者の右腕が動き、未だに血のあふれ出る切断面がこちらに向けられる。

 

 まるで無意味に見えるその動作に警戒心を強めるが、元勇者はそれ以上何もしてこない。

 

 お互いの姿勢が多少変わったのみで、再び場に鎮静が降りる。

 

(まさか、ただのこけおどしなのか?)

 

 もしそうなら、俺はまんまとはめられたことになる。

 いらだちと諦観が沸き上がる。その感情のままに俺は均衡を破り、攻めの一歩を踏み出した。

 

 次の瞬間、視界が宙返りした。

 

 回る視界は地面を、黒い服の胴体を、木の葉と漏れる月明かりを通り過ぎる。

 最後に見た者は、黒く爛々とする青年の瞳だった。

 

 

 

 ロールスが最初に見たのは、そこら中に転がる大量の死体だった。

 

 四肢や頭部のないもの、縦に横に二等分にされたもの、五体満足でもずたずたに切り刻まれているもの

 

そして今、体中に穴ぼこが空いたものが屍に追加される。血溜まりに倒れるそれの向こうには、血まみれのシグレがこちらを睨んで佇んでいた。

 

 この惨状を、たった一人で作り出したというのか。

 

「……総員、戦闘準備。標的を囲み次第、一斉にかかれ」

 

 総隊長の号令に従い、暗部は闇に紛れて素早く行動、あっという間にシグレを囲み込み、退路を断った。

 

 シグレは周囲の暗部を一瞥するが、剣を構えることすらしない。

 

 熟練した動きで、暗部は同時にシグレへと切りかかる。

 

 次の瞬間、すべての暗部の背中から、黒い刃が飛び出してきた。

 

 シグレは何もしていない。剣を下ろした状態で、何もしていないように見える。

 

「馬鹿な……何が起きた!?」

 

 隊長が叫ぶが、もちろんシグレが答えることなどない。

 

 代わりに、風が一陣吹く。

 

 木の葉が揺れ、月光が散る。

 

 淡く青白い光がシグレを照らしたとき、ロールスははっきりと彼の背中に、黒い異形の羽が生えているのが見えた。

 

「……なんだ、あれは……」

 

 慄くように総隊長が呟く。しかしそんな総隊長とは違い、ロールスにはそれが何なのかはっきりと理解していた。

 

「あなた、覚者と合間見たことはあるかしら」

「いや……まさか!?」

「ええ。……背中に生えているあの羽、覚者の持つそれで間違いないわ」

 

 覚者というのは、覚醒した神格を持つ者のことだ。

 目覚めた神格は名を持ち、力の象徴として背中に羽を具現化する。

 

 シグレの背中の羽は異形で片翼。しかしそれでも、覚者のそれに間違いなかった。

 

 モルドールの言葉は、神託は正しかった。

 

「あれの相手は私がするわ。あなたたちは撤退しなさい」

「だが……」

「まだわからないの?あれはあなたたちの手に負える相手じゃない……自分の部下と同じようになりたいのかしら?」

 

 迫力のこもった鋭い言葉に、総隊長は思わず身をすくませる。

 

 エインズ最強と言ってもいい魔法師長エルシア・ロールス。彼女がそこまで言うということが、事態の由々しさを裏付けている。

 

 総隊長は何も言わず踵を返し、木々の向こうへと消え去る。

 ロールスはシグレの前へと進む。シグレはまだ、何かをしてくるような気配はない。

 

「『竜をも滅す――』《氷壁》!」

 

 ロールスは魔法の詠唱を開始するが咄嗟に中断、右手側に氷の壁を生み出すと、甲高い音とともに何かが突き刺さった。

 

 暗部を全滅させた黒い剣だ。

 

 魔法の発動が一瞬でも遅れていたら、そこらに倒れる暗部と同じ運命を辿っていた。

 

 冷や汗が流れる。シグレの神格を、その能力を見極めないと。

 

 黒剣が外れたのを見て、シグレが動き出す。ロールスの方に向かって、一直線に走り出した。

 

 近接戦闘はこちらに不利がある。

 

 そう判断し、無詠唱で初級青魔法《氷矢(アイスアロー)》を放つ。数十本の透明な矢は、一斉にシグレへと襲い掛かった。

 

 シグレは躱そうとせず、次々と矢を手に持つ剣で切り落としていく。驚くのはその速度、全くと言っていいほど、左手の動きが見えない。

 

 あっという間にシグレは矢の壁を抜ける。しかし足止めにもならないと判断した瞬間、新たな魔法の準備を始めていた。

 

 まっすぐにロールスへと突き進むシグレを、黄魔法《連土槍》で迎え撃つ。が、地面から生えだす槍をシグレは巧みにかわし、一本も掠らない。剣を使うことなく、シグレは槍山をも突破した。

 

 そして、剣の届く距離までシグレが接近、驚きに目を見開くロールスを真っ二つに切り裂いた。

 

 次の瞬間、切られた“ロールス”が溶け出しシグレの体に纏わりつく。液体のようなそれは瞬く間に氷に変化、彼の四肢を縛りつけた。

 

「!?」

 

 お面のような無表情が初めて崩れる。そして拘束から逃れようともがくが、絡む氷はびくともしない。

 

 シグレが動けないことを確認し、ロールスは木陰から歩みだす。

 

「シグレ、これでもうおしまいよ……なにか言い残すことはあるかしら?」

「……これで、終わりだと思うか?」

 

 遠回しな降伏勧告に、返ってきたのは挑発するような言葉。

 

 直後、ロールスは背後に悪寒を感じる。咄嗟に勘に従い横に跳ぶと、さっきまで立っていた場所を黒剣が通過した。

 

 地面を転がりロールスはシグレから距離を取る。

 

 黒剣で拘束を破壊したのだろう、氷を踏みつけながらシグレは立ち上がる。

 

 そして切れた右腕を突き出すと暗闇から、十を超える黒剣が現れ彼の周囲で止まった。

 

(剣を生み出して操作する能力、といったところかしら……厄介ね)

 

 二、三本程度なら魔法で防げるが、流石に十数本となれば躱すのも容易ではない。

 

(できれば使いたくなかったのだけれど……致し方ないわね)

 

 こちらに刃を向ける無数の黒剣を眺めながら、ロールスは心の中でため息を一つ。

 

 目を瞑り、鍵言葉を唱える。

 

「『解放』」

 

 途端に体内の魔力が暴走、あふれ出た魔力は炎の奔流となり、飛来する黒剣を焼き払う。

 

 炎が収まった先には、ロールスの背中に三対の燃え盛る羽が現れていた。

 

 

 

 そこからの戦いは一方的なものとなる。

 

 力の抑制を取り除いたロールスの魔法はすべてを燃やしていく。新しくシグレが黒剣を生み出そうと焼き尽くし、直接攻撃をしてきたところで炎を使って返り討ち。

 

 その結果シグレは四肢をすべて失い、戦うことも逃げることも叶わなくなる。

 

 決着だ。

 

「もう一度聞こう。最後に、何か言い残すことはあるかしら」

 

 同じことを聞くが、返ってきたのは無言と、闘志が消えていない炯々とした睨み。

 

 突然、シグレの腹から赤い、血を材料にしたかのように赤い剣が飛び出し、ロールスの瞳へと一直線に伸びる。

 

 しかしすでに限界であったのだろう、後少しといったところで、赤剣は砕け散った。

 

(……一体、シグレは今何を考えているのかしら。こんな絶望的な状況なのに、なんで諦めない)

 

 幾多もの戦場を駆け巡ったロールスは、しかしこんな敵を知らなかった。

 

(……いえ、考えても無駄なのかしらね。所詮は異世界人、それも神敵となる者の考えなんて、私には理解できるはずもない)

 

 魔力を手元に集中させ、拳ほどの炎の玉を生み出す。

 

「さようなら、大罪を背負いし勇者よ」

 

 煌々と燃え盛る小さな炎は、シグレの体に落とされた。




読んでいただきありがとうございます
タイトルは回収するもの
序章はこれで終わり、幕間を挟んで明日から一章を一日一話の感覚で投稿します


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幕間 勇者を失った勇者たちは

「時雨が死んだ……? どういう意味だよそれ!」

 

 突如舞い降りた親友の訃報に、幸助は驚きを隠せないでいた。

 

「そのままの意味だ。勇者シグレは本日、実戦訓練として赴いた王都西の森にて死亡した。護衛の魔法師二人の死体とともに彼の死体も発見されて……」

「嘘だ!」

 

 淡々と突きつけられる事実に、幸助は思わずといった様子で話し手――騎士団長リオ・グレイスの胸倉をつかむ。そしてその口から、次々と言葉があふれ出てきた。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 時雨が死ぬはずがない! そうだ! ねえ、リオさん! ドッキリなんでしょ? 時雨が仕組んだいたずらなんでしょ? ねえ!」

「幸助! もうやめろ!」

 

 そばに立っていた優がそういいながら幸助の肩を掴み、無理やりグレイスから引き離す。

 

「ねえ、優。嘘なんでしょ? 時雨が死んだのって、あいつが企んだドッキリなんでしょ?」

「やめろ幸助……あいつは死んだんだ、もう、やめてくれ……」

 

 優の声は震えている。それだけで、長い付き合いである幸助はそれだけで、友の訃報がどうしようもない真実であると理解してしまった。

 

 幸助の全身から力が抜ける。膝は折れ腰は崩れ、座り込んだ彼の目からは、涙があふれ出ていた。

 

「……すまない」

 

 表情一つ変えずに、グレイスが謝る。

 

「シグレを殺したのは、本来ならいるはずのないヒュドラだ。…………城内の反対の声を押し切ってでも、事前に森の調査を行うべきだった。完全に、俺の責任だ」

 

 床に、赤い液体が零れ落ちる。幸助はそれが、硬く握りしめられたグレイスの手から落ちたものだということに気付いた。

 

 教え子が死んだのだ。師であるグレイスが、どうして悲しまないのだろうか。

 

「……グレイスさん、彼に、時雨に合わせてください」

「彼の遺体はすでに回収したが……正直、損傷が激しく見ない方がいいだろう」

「……それでも、お願いします」

 

 鼻声で、幸助はそう懇願する。

 

「……わかった。だが許可をとる必要があるので、明日まで待ってほしい」

 

 うつむきながらも、頷く幸助。それを確認したグレイスは踵を返し去っていった。

 

「……幸助、今日はもう遅い。一旦部屋に戻ろう」

 

 優はそういいながら、幸助の右手を自分の肩にかける。

 

 二人が自室に戻るまでに、すれ違う人間は誰一人として居なかった。

 

 

「そうですか……シグレ様が……」

 

 翌日、部屋に最初に訪れたのは、エインズ王国第二王女、セシリア・エインズだった。

 

「彼と行うチェスは私の楽しみだったのですが…悲しいことです。」

 

 目を瞑り、両手を胸の前で合わせる。ささげる祈りは、逝ってしまった盤上の友の冥福を願うものだろうか。

 

「……ありがとう」

 

 そういう幸助の赤い眼には、もう既に涙はない。一晩で涙が出なくなるほどに、幸助は泣きはらしていた。

 

「私には、これくらいのことしかできませんから…」

 

 

 次に訪れたのはカルラとクリステル。それぞれ幸助と優の武術の師であり、2人とも時雨と訓練で面識があった人物だ。

 

 いつもは声の大きいクリステルも、このときばかりは神妙な顔つきだ。入ってきた彼らは何も言わない。無言の時間が、しばらくの間室内を充満していた。

 

「……ユウ。実をいうとな、今の俺は悲しみよりもむしろ安心しているんだ」

 

 やがて、クリステルが口を開いた。

 

「ひどいことを言っている自覚はある。だがユウ、俺個人は死んだのがお前じゃなくて、安心をしているんだ」

 

 優は何も答えない。その視線は、ただクリステルの言葉を待っていた。

 

「お前はオレの弟子の中で、一番出来がいい弟子だ。……いや、もう俺を超えているのかもしれないな。そんなお前が死んだとなれば、オレはきっと耐えられないだろう。……だから、俺は今安心しているんだ」

「……そうですか」

 

 その言葉に、非難するような色は含まれていない。かといって喜色が含まれているかといえばそうでもなく、感情のまるでないひどく平坦な声であった。

 

「……コウスケ、私もクリステルと同じ気持ちだ。言っては何だが、君がヒュドラのいた森に行ってなくて、私はとても安堵している。…………コウスケ。戦場に出れば、友が死ぬことなんてざらにある。慣れろとは言わないが、乗り越えろ」

 

 幸助はうつむいたまま。垂れ下がった前髪によって、カルラからは彼の表情を見ることができなかった。

 

「…………それじゃあ、私たちはもう去ろう」

 

 2人が去った室内を、再び沈黙が支配する。布のこすれる音ですら、二人から発っせられることはなかった。

 

 そして最後の来客、グレイスがやってくる。

 

「ついてきてくれ」

 

 二人はその言葉に立ち上がり、グレイスの後を無言でついて行く。

 

 通路を10分ほど歩き、階段を下る。鉄格子の張られた部屋を通り過ぎると、その先には鉄製の、何重にも錠前のついた扉があった。

 腰に掛けられた鍵束をとって、グレイスはその錠前を一つ一つ開けていく。

 

 暗い部屋の中、灯りは蝋燭のみ。だがその弱弱しい光でも、中央の台に横たわる人物――正確には、遺体――を認識するには十分なものだった。

 

 遺体のいたるところにつけられた切り傷。右腕は肘から先が消え去っており、その腹部には焼きただれた、胸部にはえぐれたような大穴が開いている。

 

「時雨……!」

 

 だが、見間違えるはずがない。最後に会った時とは随分と違うが、それは紛れもなく自分たちの親友、華宮時雨その人だった。

 

 心許ない足取りで、ゆらりくらりと歩み寄る幸助。遺体のそばで膝をつくと、その両手が時雨だったものに伸ばされる。

 

「う……うぅ……」

 

 枯れたと思っていた涙は、どうやら勘違いだったらしい。冷え切った身体に触れた幸助は、親友の明確な死を今一度実感することとなった。

 

「う゛あ゛……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………」

 

 ついに抑えられなくなり、声に出して幸助は泣く。優はその震える肩に手を添え、濡れた目で友人の亡骸を見つめていた。

 

 

 泣き止んだ勇者二人を部屋まで送ると、グレイスは自分の執務室へ戻る。机上に積まれた書類の山を見て、思わずため息がこぼれた。

 

 一枚一枚、ゆっくりと処理をしていく。時雨の死という事実は、彼の心にも少なくないダメージを与えていた。

 

 しばらくの間、室内は紙がめくれる音と印を押す音のみで満たされる。

 

 トントン

 

 扉の叩く音が聞こえた。「許可する。」とグレイスが一言いうと、静かに扉は開かれた。

 

「失礼しますよ、グレイス騎士団長」

 

 入ってきたのは一人の老人。真っ白い髪と顔に刻まれた皺からかなりの老齢であるはずなのだが、ピンと伸ばされた背筋は彼がまだまだ健全であることを示していた。

 

「グレゴリオ様でしたか……いかがなされましたか?」

 

 宰相グレゴリオ。先代エインズ王から国に仕えている彼は、今のエインズを支える暗躍者の一人だ。

 役職的には、グレイスは彼とはよく顔を合わせる。だがグレイスは、彼のことをどこか苦手としている節があった。

 

「重要な情報が入りましてな……これを見てくだされ」

 

 そういってグレゴリオは、一束の書類をグレイスに差し出す。読み進めていくうちに、、グレイスの表情はどんどん驚きに染まっていった。

 

 書類の内容は、時雨の死因についての情報部の調査結果をまとめたもの。しかしそこに書かれている事実から導き出された結論は、信じられるようなものではなかった。

 

「……魔王を奉じる者たちによる、人為的な殺害……だというのですか?」

「ええ。少なくとも我々情報部は、その可能性が高いと考えています」

 

 頭を抱えたくなるグレイス。だが、グレイスはその結論が確かに理にかなっていると感じた。

 

 魔王を奉ずる組織が存在する。その考えは、すべての疑問を解決するものだった。

 

 まず、森に現れたヒュドラ。ずっと発見されなかったと考えるよりは、何者かに連れてこられたと考える方がしっくりくる。亜人の中には魔物を手なずける能力を持つ者がいると聞いたことがあるし、彼らが魔王を奉じていてもおかしくない。

 

 次に、ヒュドラの死とシグレの死。双方とも、腹部に空いた大穴が致命傷となって即死している。相打ちなんて果たしてあり得るのだろうか?それにそもそも、ヒュドラが一体どうやってシグレの身体に穴をあけたのかも不明である。ヒュドラの牙は、人一人を貫けるほど長くはないのだ。火を吐く能力を持っていても、熱線を吐く能力はない。ヒュドラがシグレを殺したとは、非常に考えにくかった。

 だがここに、組織を絡めると簡単だ。ヒュドラを倒し疲弊したシグレを、隠れていた組織の人間が襲う。こうすればつじつまが合うのだ。

 

 グレイスは、居ても立ってもいられなくなった。発覚した真実を一刻でも早く二人の勇者に伝えようとグレゴリオの渡した報告書を懐にしまうと、机上の書類の山を崩しながら駆けだした。

 

 

「リオ・グレイス……ぜひとも私たちの計画に欲しい人物だが……」

 

 一人になった部屋の中、グレゴリオからつぶやきが漏れる。

 

「……手駒とするには、いささか正義感が強すぎる」

 

 散らばった紙を、一枚一枚拾い上げる。

 

道化(勇者)とともに、せいぜい踊り続けるがいい」




読んでいただきありがとうございます


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1章 アラクネの村
10 正義的?転生


新章突入です


 いつからここにいるのか、覚えていない。

 ほんの数分前からかもしれなく、数十時間もここにいたのかもしれない。

 

 朦朧としていた意識がはっきりとしてくる。目を開けると、そこは真っ白で、何もなかった。

 何故オレはこんなところにいるのだろうか。

 記憶を掘り返す。確か、訓練で森に行って、ヒュドラと遭遇して、何とか倒したっけ。そのあと、帰ろうと森を抜けたら……

 そこで、記憶は途切れていて、それ以上は何も思い出せなかった。ここはどこなのか、なぜオレはこんなところにいるのか。

 それらのことに関する記憶も一切思い出せない。こんな変なところに来るほどなんだから、絶対何かがあったはずなんだがな。

 

 結局何も思い出せないから、オレは思い出すのをあきらめてここがどこなのか考えてみることにした。

 そして、すぐに結論が出た。

 

 ああ、ここ多分夢の中だわ。

こんな変なところ実在するとは思えないし、きっと森を出た後に寝ちゃったんだろう。

 

 自分の出した結論に、うんうんとオレは一人納得する。ていうか、夢以外の可能性なんてないだろ。

 そんなフラグっぽいことを考えて、オレはごろんと寝っ転がった。こんな何にもないところじゃあ、やることもない。せいぜい起きるまで適当に休むとするか。

 

「しっかし、こんな夢見るって。オレ疲れてんのかね」

「お目覚めのようですね。マスター。ちなみにここは夢の中じゃあありませんよ」

 

 突然、声がした。男性とも、女性とも取れない、不思議な感じの声。

 驚いたオレは、起き上がって周りを見回す。が、誰もいない。

 ついに疲れのあまり幻聴でも聞いたのか?と思ってしまうが。直後目の前の地面が盛り上がり、人の形をかたどった。

 

「始めまして、マスター。私はマスターの神格、名を『ルシファー』と申します」

 

 人型からさっきの声が聞こえた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なに? 神格? 神格って喋れたの? ていうか人格有ったの? あと夢じゃないってどういうこと? ならそもそもここはどこなんだ?」

 

 わけがわからずオレは一度にいくつもの質問をしてしまった。が、目の前の人型は特に困るわけではなく、一つ一つ答えていく。

 

「はい、マスターの記憶で言うところの神格です。ただ意志があるのはおそらく私だけでしょう」

 

 そういえば半年前にそんなこと聞いた気がする。適性の微妙さに軽くショックを受けていたからすっかり忘れてた。まあ、覚えていても意味なかったと思うけど。

 

「次に、ここはどこだという質問ですが……マスターの記憶に欠損が見られますね」

 

 人型がそういった瞬間、後ろから何かに頭をつかまれる。

ちょ、なんか頭の中に入り込んでる感覚がするんですけど! めっちゃ痛いんですけど! オレ今何されてんの!?

 

「マスターの精神を少々いじらせていただいています。多少の痛みを伴いますが、これなら確実に記憶が復活しますので、我慢してください」

 

 オレが悶絶しているにも関わらず、人型は言葉を続けていた。頭の中では、入ってきた何かがうねうねと動いて、非常に気持ち悪い。

 

 もう記憶なんてどうでもいいから、早く頭の中をいじくるのをやめてくれ! と最初は感じた。

が、時間が経つにつれてその気持ちも消えていく。なにせ、次第に蘇っていく記憶があまりにも衝撃的だったのだ。

 

 森の出口で待ち伏せしていた暗部。突然の死刑宣言。森の中での暗部との交戦、エミールの裏切り。嬲られながら聞いた真実。そして、ロールスとの闘い……

 

 5分ほどすると、オレはすべてを思い出した。

 そして、自分は死んだのだという事実を理解するとともに、2つの感情が頭を支配した。

 

 理不尽な仕打ちに対する怒りと、2人にこれから訪れる可能性のある危機を自分がどうしようもないということへのくやしさ。

 

「……くそ。結局オレには何もできないのかよ……」

 

 だから、ついそんな愚痴がこぼれてしまう。

 

どうにかしたい。どうにかしたいのだけれど、死んだからどうしようもない。

 諦めるしかないと理性ではわかっているが、感情はそれを受け入れようとはしなかった。

 

「マスター。私には、マスターを一度だけ転生させる力があります」

 

 人型は唐突にそんなことを言った。

 

「転生……? できるのか、そんなことが?」

「ええ、可能です。ただし、いくつかの条件はありますが」

 

 その言葉に、オレはわずかながら希望を感じる。

 なんでもいい。例え化け物になったとしても、家族を助けられるのなら、何でもいい。

 

「その、条件は?」

「まず、人間などの物質的生物に転生できないというのが一つです。」

「物質的生物?」

「魔素や魔力を生命維持に使用していない生物のことを指します。まあ、魔物ではない、といえばわかりやすいでしょうか。」

「つまり、魔物にしか転生できないということでいいか?」

「はい」

 

 なるほど、人間をやめる必要があるのか。まあ、特に問題はないはず。ていうか、案外人間に生まれ変わるよりいいかもしれない。

 

「もう一つは、転生する時間と場所を特定できない、という条件があります」

 

「え!」

 

「ああ、心配はいりません。過去に転生するというのはまずありえません、せいぜい数か月遅れるくらいのことです。場所もこの世界のどこか、マスターのいた世界のような別の世界に転生するというようなことも起きませんので」

 

 な、なんだ、よかった。数十年後とかになったら洒落なんないからちょっとビビったぜ。

 ん? てことは何一つダメな条件がないじゃないか。

 

「条件の範囲内ならマスターの要望通りの生物に転生させることができますが、マスターはどうなりたいのですか?」

 

 人型は最後にそう聞いた。

 どうなりたい、か。

 

「そうだな……強くなりたいな、オレは」

 

 どうせ生まれ変わるんだ、やれるだけのことをやりたい。

 

 この弱肉強食の世界で、やりたいことを成し遂げるにはどうすればいいのか?

 簡単だ。なによりも強くなればいい。

 

「ルシファー。オレを一番強くなれる魔物に転生させてくれ」

 

 オレの返事に、心なしか人型―ルシファーのない口が笑った気がした。

 

「はい、了解しました」

 

 ルシファーの言葉とともに、意識が薄れていく。それは眠りに落ちる感覚に似ていて、わずかな心地よさを感じた。

 

 ああでも悪役は嫌だな。またあんな風に理不尽に襲われるのは勘弁だ。

 

 最後にそんなどうでもいいことを最後に、オレの意識は暗転した。

 

 

 

 

 目が覚めるとそこは、真っ暗な森の中だった。満月の光も、分厚い林冠に遮られて地表まで届かない。

 

 オレが殺された森ではないのだろう。木の種類も、一目見て違うものだとわかる。

 

 とりあえず体を動かしてみると、うん、特に動かない箇所はないし、違和感とかもない。

 人型の魔物にでも転生したのだろう。手を見ると、やはり人の手だった。

 ただどうにも小さく感じる。よくよく見ると、視点がいつもより低いことに気が付いた。

 

 転生の影響で縮んだのかな?

 

 ふと、自分の姿を見てみたくなる。それはちょっとした思い付きというか、なんとなく気になっただけに過ぎないのだが、直後見えるはずのない自分の姿が視界に映る。

 

 そして、言葉を失う。

 

「な、な、なんじゃこりゃー!?」

 

 子供の様に高い声が、誰もいない森に響き渡る。

 

 視界に映ったオレは布に穴をあけただけのような服を着ており、身長が150センチほど、肌も髪も真っ白で、美少女か美少年か区別がつけられないような容姿をしていたのだ。

 性別は不明、というか胸もアレも視た限りなさそうである。

 

(おはようございます、マスター。身体の方はいかがでしょうか?)

 

 混乱状態のオレの脳内に、無機質なルシファーの声が伝わる。

 

「どうっていや、ちょ、おま、なんですかこの体!?」

 

(転生に当たって新しく構築した、マスターの要望に最もふさわしい肉体です)

 

「違う、そういうことじゃない! なんでオレの体がこんな、元と似ても似つかない姿になってんだ!?」

 

(私がそう構築したからですが?)

 

 まるでそれが何か? とでも言いたげな返事である。

 

 うん、一旦落ち着こう。焦っても意味がない。深呼吸だ深呼吸。

 

「……なんでこんな見た目にしたんだよ」

 

(それはマスターが、意識を直前に悪役は嫌だと考えていたためです)

 

 うん、思ったよ、確かに思ったよ、だけどなんでそれがこの体に繋がるのさ。ていうかルシファー、人の考えを読めるのね。

 

(その願望をかなえるためにマスターの記憶を解析、マスターの持つ“正義”に従った次第です)

 

 む?オレにとっての正義だって?思い当たることなんて……いや待て、まさかお前……

 

(……その正義ってまさか、“かわいいは正義”のことを言ってるのか……?)

(はい。それです)

 

 ビンゴだった。いや確かにそうだけどさ!確かにそう思っているけどさ!他に正義なんてないけどさ!

 

(ちなみにマスターの“正義”には男性も女性もいたため、外見も中性的なものにしました)

 

 違う、そうじゃない。そういうことじゃないんだよ!

 

(では、今後マスターがその容姿で活動したとして、何か問題がありますか?)

 

 そりゃあもちろん……あれ、思いつかない。

 

 別に元々の自分の外見が大好きだったわけじゃないし、というか罪人扱いされたんだからむしろ変わって好都合である。見た目がいいっていうのも人に好印象を与えやすいというし。

 性別がないってのは……まあ、彼女いない歴イコール年齢のオレにあっても意味がないからいいや。

 

(問題がないのならいいのではないですか?)

(なんか無理やり言いくるめられた感じで悔しいけど……)

 

 ため息を吐くが、まあ、新しい命の代償って考えればむしろ安い。

 

 ……慣れるしかないか。

 

 

 

 奇跡のような第二の人(魔)生は、驚きと諦めから始まった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(ところで、オレの身体ってどうなってるんだ?呼吸も心拍もないし、夜目が聞く上に変な視界まである。正直ロボットにでもなった気分なんだが)

 

 岩の上に腰かけ、オレはルシファーにそう尋ねる。

 

 最初から疑問に思っていたことなのだが、自分の容姿の変化に驚きすぎて聞くことができなかったのだ。

 

(では、順番に。……マスターの肉体は、そのほとんどを魔素によって構築。骨格や皮膚は魔素を変質させて似せておりますが、不要である内臓、筋肉などは存在しません。左胸部に存在する核が脳を、生命活動のすべてを担っております)

(……よくわからないけど、なんかすごいのだけはわかった)

(つまり、マスターは核を破壊されない限り死ぬことはない、ということです)

 

 お、おう……流石は最強というだけある。ほとんど不死身じゃねーか。

 

(ただしそれは核を破壊されれば終わりということでもありますし、今のマスターはそれほど強いわけじゃあありません)

 

 あ、そうなのね。

 危ない危ない、調子に乗って痛い目に合うところだった。

 

 (まあ頼んだのは強くなれる身体だし、鍛えれば……あれ?オレ筋肉とかないのにどうやって鍛えれば、というかどうやってオレの身体は動いてるんだ?)

 

 さっきは思いっきり流したけど、よくよく考えればそこも疑問だ。

 

(魔力を消費することでマスターの身体を動かしています。わかりやすく言うと、魔法《理力》で身体を操っているというイメージです)

 

 へえ……うん、どんなものかはだいたい分かった。

 

(……ということはオレは、魔力を使い切ったら身動き一つできなくなる?)

(いえ、それはご安心を。魔力が無くなった場合、核を消費して魔力を生み出すことができます)

(なんだ……いや待て、核はなんか、滅茶苦茶大事じゃなかったか?)

 

 生命活動のすべてを担っているのに簡単に消費していいのだろうか。

 

(はい、なので核を消費するということはつまり命を削る行為です)

 

 ……魔力はできるだけ使い切らないように注意しよう。命を削るとか怖すぎる。

 

(ちなみに魔力制御の能力を高めれば、魔力の消費を抑えていくことも可能ですが……)

(魔力を増やすのが最重要、ってことか)

(先に説明しますと、マスターの場合過剰回復オーバーヒール方法を行うのは危険ですのでご注意を)

 

 まあ確かに、魔力を使い切ったら死んじまうけど……

 

(でも、そしたらどうやって増やすんだ?)

(魔物の核を食べてください)

 

 ……え?

 

(核って、あの核?細胞核じゃなくて?)

(魔物の体内にある核のことで間違いありません。取り入れた核の魔素を自分の核に吸収することで、魔力容量は増えます)

 

 マジかよ。核って、あんな硬そうなもの食べれるのか?

 

(可能ですよ)

(……まあ、それは実際食べるときに試そうか)

 

 とりあえず、この身体については大まかに分かった。何かあったらその時に確認すればいいだろう。

 

 オレは最初から抱いていたもう一つの疑問、自分ですら見えたこの不思議な視界についてルシファーに尋ねた。

 

(スキル『魔力感知』によるものです)

(魔力感知?)

(はい。魔力感知というのは、周囲に存在する魔力の濃度、流れを感知するスキルです。視界のように感じるのは、私が得た情報をそうなるよう処理しているためですが)

(手に入れた記憶はないんだが……)

(その身体は元から魔力を感知するのに適したものですから、構築の時点で獲得していました)

 

 マジかよ……生前スキルなんて一個も手に入らなかったから、てっきり獲得しにくいものとばかりに思っていたのに……

 

 内心ショックを受けながらも、オレは改めて『魔力感知』の視界に意識を傾ける。

 

(なんていうか……本当に不思議な感覚だな)

 

 直接目に見えるわけではない。『魔力感知』の視界は、直接脳内に滲み出てくるというのが一番しっくりくるだろう。

 

 白黒のように見えるのに、物体の色彩も視える。遮られているとわかるのに、遮られた向こうもしっかりと視える。

 

 前方の葉っぱの揺れも、後方の木の枝の動きも等しく同時に理解することができた。

 

 このスキル……絶対有能だ。

 

(なあルシファー。これって今どれくらい遠くまで見えるんだ?)

 

(鮮明に感知できるのはおよそ50メートル、といったところでしょうか)

 

 50メートル……随分とあるな。しかも鮮明にってことは、精度を落とせばもっと先まで見えるってことか。

 

(そういえばこれ、『魔力感知』なんだよな。ということは、魔力も見えるのか?)

 

(魔力も、というよりかは本来は魔力そのものを感知するスキルです。スキルから魔力のデータを私が処理し、一つの“視”界として機能させているのですが……マスター、ご自分の身体を視るのがよいかと)

 

 言われた通り自分の身体に目を向ける。するとさっきまでは気が付かなかったが、周りと比べて濃い何かの中を、似て非なる何かが流れているのが視えた。

 

(色濃く視えるものが魔素、流れているのが魔力です)

 

 へえ……ということは、この左胸の一段と濃い塊が核ってところかな。

 

(ちなみに、その処理をしないとどうなる?)

(こうなります)

 

 ルシファーの言葉とともに視界が暗転、同時に大量の情報が頭の中になだれ込み、処理しようとないはずの脳が悲鳴を上げた。

 

(ちょ!ストップ、ストーーップ!)

 

 奔流はすぐに止まり、激しい痛みもゆっくりと引いて行く。

 

(いかがでしたか?)

(少なくとも、今後一切処理を切ってほしいなどとは言わないと誓えるくらいは痛かった)

 

 というかこんな大量な情報をノータイムで処理できるルシファーって、一体どんだけハイスペックパソコンなんだよ……

 

(マスターは処理方法を知らないだけですので、訓練をすれば行えるようになりますよ)

(絶対にしたくない……)

 

 もう今後このスキルは全部ルシファーに任せよう。

 

 心の中でそう硬く決心していると、ふと視界の隅っこで何かがゆっくりと動いていることに気が付く。

 

 距離は100メートルくらいだろうか、鮮明に視える範囲外であるためそれが何かは不明

 ただその魔力の色が、周囲より濃くなっているのがわかった。

 

(なあ、あの動いてるのってなんだ?)

 

(魔物ですね。反応から考えると、小型種と中型種の中間程度でしょうか)

 

 ふーん、魔物ね……え、魔物?

 

(このままいけば鉢合わせになるかと、マスター、戦闘の準備を)

(え、ちょ、逃げるって選択肢はないのか?)

(ありますよ。この距離ですし、おそらく相手はこちらには気が付いてないでしょうね)

 

 よかった、なら襲われないうちにさっさと……

 

(ですがマスター、核を手に入れる機会をみすみす逃すので?)

(うっ)

 

 そうだった。オレが成長するためには、魔物の核を食う必要があるんだった。

 

(……そうだな、倒そう。殺して、核をいただいてやる)

 

 今である必要はないが、今じゃない必要もない。なら踏み出しにくい第一歩目は、できるときに行う方がいいだろう。

 

 岩から腰を上げる。

 

 渇いた摩擦音が鳴った瞬間、魔物の動きが変わる。

 草を踏むわずかな音に気が付いたようだ。一度立ち止まったと思うと、一直線に駆けだす。

 

 随分と耳がいい。一分もしないうちに、直接見える位置までやってくる。

 

 頭の中で《開門》と唱える。主武器は今はないけど、アイテムボックス内には確か予備として長剣が一本入ってたはず。外した鎧も入れてたから、多分大丈夫だ。

 

 だがしかし待っても魔力が減ることはなく、魔方陣も生み出されることがなかった。

 

(ちなみにアイテムボックスは、中身とともに消失しております)

 

 お前それ先に言えよ!武器なしでどうしろってんだよ!拳か?拳でやれってか!?

 

 予想外過ぎる事態に、しかし敵は止まることなどない。100メートルの距離はすぐに半分ほど詰められ、そして脳内に鮮明な情報が流れ込んできた。

 

 数は四。狼の体躯に、岩のような分厚く硬い毛皮を持つ魔物。ストーンウルフと、その上位種のロックウルフの小さな群れだ。

 

(拳は無理そうですね)

 

 元からやる気ないって!どうすんの!?これどうすんの!?

 

(武器でしたら、私の能力で生み出すことは可能ですよ?)

 

 え、能力?

 

(一度使ったではありませんか)

 

 ……あ、あれか!あの黒い剣か!

 

(『創剣』という名の能力なのですが……)

(名前とかどうでもいいから!早く作ってくれ敵が来る!)

 

 もう距離は30メートルを切ってる。もうそろそろ目視できるようになるだろう。

 

(不可能です)

(え?いや、え?)

(私はあくまでも補助しかできません。まずはマスターが能力を発動して、剣の創造を開始していただかないと)

 

 いやちょ、そういわれてもオレやり方知らないんだけど!

 

 ついに期の背後から現れた石狼達が視野に入り、そして石狼達もオレを捉えた。

 初めて見る獲物に戸惑ってるのだろうか、すぐに襲い掛かるような様子ではない。頭をこちらに向けたまま、威嚇するように低く唸る。

 

(一度使ったことがあるので、マスターは感覚的にそれを覚えているはずです)

 

 覚えているはずって……一応直してもらいはしたけど、あの時の記憶ってまだあやふやなんだよ!

 

 こちらを様子見していた岩狼が、一匹の石狼に行けとでも言う風に頭を振る。石狼は頷き返すと、その身を深くかがめた。

 

(ちくしょう!こうなったらもうやけだ!)

 

 どうせ核が破壊されなけりゃあ死なないんだ。失敗したとしても腕の一本や二本くれてやる。

 

 あやふやな記憶に従って手から魔力を放出した瞬間、石狼が飛び掛かってきた。

 

 鋭く長い純白の牙と、真っ赤な咥内が視野全体に広がる。

 

 あと1センチで噛みつかれる。それくらい至近距離で、石狼の身体は止まる。

 

 石狼の背中から伸びる黒く細い刃。オレの両手から伸びるそれは石狼を貫き、宙に縫い付けていた。

 

 唖然としたように動かなくなる石狼達。しかし岩狼の唸り声一つではっと身を震わせ、一斉に飛び掛かってくる。

 

 刺殺した石狼の死体から剣を抜くのと同時にしゃがみ、回転するように一閃。赤い血しぶきを上げながら石狼達は岩にぶつかり、息絶える。

 

 次は岩狼か?そう思って身構えるが、どうやら部下が全滅したことで恐怖を覚えたのか、しっぽ巻いて一目散に逃げだしていた。

 

 無理に追いかける必要はない。剣先を下げ、身体を岩に傾ける。

 

(ま、間に合った……)

 

 マジで怖かった。特に噛みつかれそうになった時、四肢の一本は覚悟していたけど、流石に頭部を奪われんのは覚悟もくそもない。誰だって怖い。

 

 地面に座り、危機一髪で石狼を刺した剣に目を向ける。『魔力感知』で視たところ、どうやら魔力で構築されているようだ。

 

 だけどなんだろう……改めて見るとこの剣、ものすごく頼りにならなさそうである。剣身は薄いし、刃もところどころ歪んでいる。少なくともこれが店前においてあったら絶対買わないだろう。

 

(時間も魔力も不十分であるため、このような中途半端な魔力剣しかできませんでした。おそらく、数分もしないうちに消滅することでしょう)

(持続性全然ねーのな……)

 

 数分しか持たないとか、戦闘毎に能力使う必要があるじゃねーか。

 

(マスターが行っていないだけで、永続的に存在する物質剣を生み出すことも可能ですが……マスターの魔力制御が甘いので、使用することは不可能ですね)

 

 ここでも魔力制御。身体のことといい、やはり鍛えたほうがよさそうだ。

 

(魔力制御の技能は魔法の行使にも影響が存在します。ただ、適性を覆すほどのものではありませんが)

 

 ……魔力制御、どんだけ重要ポジションなんだよ。

 

(それよりもマスター、血液臭によって他の魔物が集まってくる前に、核を回収しておくことを推奨します)

 

 おっと、そうだそうだ。今の状態で何回も戦闘はしたくないし、剣が消えないうちにとるもの取ってとっとと立ち去るか。

 

 石狼の横にしゃがみ、柔らかい腹部を切り裂く。

 『魔力感知』を頼りに核を探し出し、真っ赤に染まった硬い物体を取り出す。

 

 こびり付いた血を拭き取ると、その下から薄紫色をした水晶が現れた。

 

 そういえば、何気に核を見るのって初めてだ。というか視る機会なんてなかったし。

 

(まさしくイメージ通り、って感じの形と色だな)

 

 同じ手順を繰り返し、掌に合計四つの核が集まる。

 

 ……こんな、どう見ても鉱物にしか見えないこれは、果たして食べていいものなのだろうか。

 

(問題ありません。体内に取り込んでいただければすぐに統合されます)

(やっぱり、口に入れないとだめなのか……)

(いえ、取り込むのに喉を経由する必要はありません、身体のどこからでも取り込むことは可能です)

 

 へ?そうなのか?

 

(はい。ただ核から遠い部位では統合に時間が必要になるので……胸部あたりから取り込むことを推奨します)

(まあ、そういうんなら……)

 

 半信半疑ではあるが、この身体に一番詳しいやつが言うのであればできるんだろう。

 3つの核を胸に当て、少しずつ力を込める。するとどうだろう、まるで砂場に手をうずめる時みたいにゆっくりと沈み込んでいく。

 

 3つすべてが体内に入ってオレが手を抜いても、胸には跡も何も残っていない。

 

 直後、身体に熱を感じる。『魔力感知』に映る自分の核の色が、さっきと比べて少しだけ濃くなっているのが分かった。

 

(ルシファー、これでどれくらい増えたんだ?)

(およそ5パーセントほど増加、といったところでしょうか)

(……数字で言われても、今までどれくらいの速さで増えてたかわかんないから比べられないんだった)

(個人差もありますがマスターの場合、過剰回復(オーバーヒール)方では一日に1パーセント未満の増加です)

 

 驚きの効率5倍以上。差は圧倒的だった。

 

(こりゃあ、魔物を狩る以外の選択肢はないな)

 

 狩れば狩るほど強くなる。この身体の最強たる所以を、今ここで強く認識した。

 

 

 さて、核も取り込むことができたことだし、そろそろ移動するとしよう。風は吹いてないので臭いはそんなに広がってないはずだけど、いつまでも長居する意味もない。

 

(ところでマスターは、これからどうなさるつもりですか?)

 

 立ち上がったオレにルシファーが尋ねる。

 

(そうだな、今のままじゃあ弱いって話だから、しばらくはこの森にいるつもりだ。ここなら魔物も狩り放題だし)

 

 そのためには、まずは拠点探しだろう。雨風がしのげて、魔物が寄ってきそうにない場所。

 

 時間はあるんだ。ゆっくりと探せばいい。

 

(自分を鍛えて力を……2人を助けられる力を、絶対に手に入れてやる)

 

 そのための第二の命なんだ。できることは全部やってやる。

 

(全力でサポートをさせていただきます。マスター)

 

 ああ、これからよろしくな、相棒。

 

 

 東の空が、かすかに明るみ始めた。




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11 サバイバル生活と、新たな仲間?

ちょっと短いです


 森林から始まったサバイバル生活。それは予想よりも、精神的にひどくつらいものだった。

 

 なにせ安心ができない。いつどこから、どんな魔物が現れてくるのかわからないのだ。

 

 探索をしているとき、魔物を解体しているとき、野宿で睡眠をとっているとき……『魔力感知』のおかげで不意打ちされることはないものの、一晩で計12回も襲われたときは流石に何かが切れそうだった。

 

 唯一救いだったのはそれが長く続かなかったことだろう。

 

 転生からおよそ2週間、ついにオレは、「拠点」を見つけることができたのだ。

 

 それは高さ数百メートル、根本周りでも20メートルはある大樹。最初は一晩だけの宿のつもりだったのだが、不思議なことに魔物は、大樹のそばに寄ってこようとしなかったのだ。

 

 最初はたまたまかと思ったけど、夜を超すごとに確信してくる。大樹には、魔物を嫌がらせる何かがあるようだと。

 

 まあ観測したのはオレじゃなくてルシファーなのだが、スパコンみたいな相棒が間違えることもないだろう。

 

 そうしてオレは拠点を手に入れたと同時に、生活にリズムが生まれた。

 

 朝、日の出とともに起き、森に狩りに出て、日の入り前に大樹に帰還。核を取り込み、魔力制御の能力を鍛え、そして床に就く。

 

 ひどく単調で、味気のない単純な日々の繰り返し。必要だけで満たされた生活を、今思えばよく続けられたものだ。

 

 だがまあ、万物流転とかいう有名な言葉があるように、こんな生活にも変化は訪れる。

 

 転生してから4ヶ月ほどたったある日、オレはそいつらと出会った。

 

 

 

 西の太陽が赤く染まり、細長い影が林立してくるころ。一日の狩りを終えたオレは、大樹の下で獲物の解体をしようとしていた。

 

 新しく新造した魔物用のアイテムボックスを宙に開く。このころになると獲物が巨大なものばかりになって、そして量はせいぜい一日に2体ほどになっていた。まあ巨大な分核も大きく、そして質もいいため狩りの効率はむしろ上がっているので何の問題もないが。

 

 浮かぶ直径三メートルほどの魔方陣から落ちてくるのは、2匹の巨大な赤い大蛇。レッドサーペントというそのまんまな名前のこの2体は(つがい)だったのか、戦った時にはお互いに連携を取り抵抗してきた。苦戦するレベルではなかったが、おそらく過去一番に強かっただろう。

 

 その分、オレの期待も高まるってもんだ。

 

 早速解体を始めるために、武器用アイテムボックスから一本の短剣を取り出す。そしてそれを放り投げると、短剣は生きているかのように動き出し、赤大蛇の胸部に刃を突き立てた。

 

 皮が切り裂かれ肉が取り除かれ、あっという間に紫色の核が姿を現す。

 

(やっぱりこれ、便利だな)

 

 剣がひとりでに動いたのは、ルシファーの持つもう一つの能力《操剣》によるものだ。本来なら生前にロールス相手に使ったような使い方をするんだろうが……まあ、こういう使い方もアリだろう。

 

 取り出した2つの拳大の核を胸部に当て、一気に押し込んで取り込む。慣れ切った熱が、統合の開始と終了を告げる。

 

 『魔力感知』で見ると、だいたい5パーセント程度の増加かな?この4カ月で魔力が増えまくっていることを考えたら、今日の獲物はかなりの上玉だろう。

 

 狩りの結果に満足し、オレは余った大黒蛇を処理しようとする。

 だがその時、死体の裏に何やら動くものがいるのを発見した。

 

 いつからいたのだろうか。咄嗟に能力で魔力剣を生み出し臨戦態勢を取る。

 

 相手方の動きに変化はない。ゆっくりと歩み寄り覗き込むと、そこにいたのは――

 

 赤と緑に染まった二つの半透明の球体、いや、その中心に核が視えるから魔物なのだろう。今だにオレには気づいていないのか、赤大蛇にくっついたままもぞもぞと動いている。

 

 もしかしてこいつら、俗に言う、スライムなのか?

 

(その通りです。神経も内臓も持たず、細胞の一つ一つがすべての生命活動を行う魔物。しかし知性は著しく低く、マスターを害することは不可能と判断したため警告を行いませんでした)

 

 大当たりのようだ。

 

 警戒を解き、オレはスライム二匹を観察する。

 

 ふむ、あの某国民的ゲーム型じゃないけどアメーバみたいなグロさのある容姿でもない。ゼリーと表現するのが一番合っているだろう、動くたびに丸い身体がプルンと揺れる。

 

(なあ相棒、こいつらって今何をしてるんだ?)

(ブラックサーペントの捕食中です)

 

 へえ……お、今赤大蛇の鱗が一枚剥がれた。

 

 黒い鱗は半透明の赤の中を漂い、ゆっくりと削られるように小さくなっていく。

 

 まあ、どうせ使い道もないし上げちゃっていいか。覗き込む姿勢のまま、オレはスライムたちを眺め続ける。

 

(……マスター、魔力制御の鍛錬はしないので?)

 

 そんなオレの様子に思うところがあるのか、若干呆れたような声でルシファーが問いかけてくる。

 

 いやなんていうかさ、ほら、転生してからずっと殺伐とした生活だったから物珍しいというか、どうにもこのスライムたちが気になってくるというか、

 

(簡潔にまとめますと?)

(どうにもかわいく感じたのでつい見入ってしまいました)

(……)

 

 オレの答えに相棒は何も言わないが、ため息を吐かれた気がするのは勘違いなのだろうか?

 大事な鍛錬をサボってるんだから呆れられて当然かもしれないけど。

 

 と、その時、スライム2匹が不意にビクッと動く。どうやらやっとオレの存在に気が付いたようだ。

 スライムたちは転がるように赤大蛇から降りると、まん丸い形状に見合わない速度で一目散に後退。木の裏に隠れるが、まるでこちらの様子を伺うかのように一部だけ飛び出していた。

 

 どうしよう。別に取って食うつもりはないんだが……

 

 とりあえず、両手を上げながらゆっくりと下がる。地球流・敵意ないですよアピールが異世界で通じるか知らないが、ここは通じると信じるしかない。

 

 10メートルくらい下がったところで、やっとスライムたちは木陰から出てくる。そしておずおずといった感じで赤大蛇に登り、食事を再開した。

 

 こりゃあ、完全に警戒されちまったな……一歩でも近づいたらまた逃げられそうだ。

 

 まだ眺めたい気はするけど……仕方ない、おとなしく日課に戻るか。

 思考に区切りをつけ、オレは大樹の根元に立つ。

 

 分厚いその幹に手を当て、心で『吸魔』と唱えると、大樹の中で色濃い流れが分岐。触れる右手を通って、瞬く間に減った魔力が満たされていく。

 

 実は大樹を拠点にしたのには、この「魔力を回復できる」ということも理由に含まれていた。なんせオレは魔力が燃料の魔物、睡眠以外にも補填方法があるというのは非常に助かるのだ。

 

 ちなみにただの植物に魔力が流れているのは地脈がどうのとかとルシファーが言ってたけど、全然理解できなかったしまあそう重要なことじゃないだろう。

 

 閑話休題

 

 満タンになった魔力を使って、魔力制御の鍛錬を始める。といってもそう複雑なことを行うわけじゃなく、能力『創剣』を発動して物質剣を生み出すだけだが。

 右手を前に突き出し、魔力を放出。そして感覚のみを頼りに魔力を操作し、空に散ろうとする魔力を剣の形に抑え込む。

 やがて、魔力の濃い部位からゆっくりと実体化。装飾も何もない真っ白の剣が、オレの足元へと転がった。

 

 手に取ってみるが、性能は高くないとすぐにわかる。真っすぐ創るはずの刀身は歪に曲がっており、刃もうん、まあ、切れないこともないかなって程度にしか鋭くない。

 

 また失敗か……短剣程度ならもうそこまで難しくないのに、多少長くするだけで全然できなくなってる。

 

 とりあえず武器箱に失敗作を投げ入れ、2本目の創成を開始。

 

 そして失敗。魔力が減ってきたので『吸魔』を使って回復し、3本目に挑戦、失敗。

 

 計3本の失敗を生み出したところで、オレの集中力に限界が訪れた。

 

 もう、今日は寝るか。そう考えたところで、オレは頭の上の重さに気が付いた。

 

 手を伸ばすと、何やら柔らかい感触が。そのまま鷲掴みにひっぺ剥がすと――

 

 赤大蛇の死体を食べていた、赤いほうのスライムだった。そしてすぐそこには緑スライムもいる。

 赤スライムはオレに掴まれているというのに、全く暴れたりしない。

 

 さっきはあんなに警戒してたというのに、いったい何があったんだ?

 

(おそらく、マスターがブラックサーペントの死体を譲ったことによって、マスターを仲間と認識したのだと思います)

 

 え、あれだけで?

 

(食物連鎖の最底辺にいる彼らにとっては、餌をとるということはかなりの困難を要します。それに、最底辺ということは、必然的に敵も多くなるわけです。そんな中、餌を分け与えそして攻撃をしてこないマスターを味方だと認識してもおかしくないでしょう)

 

 へえ。そういうもんなのか。

 

(それで、マスターは彼らをどうするのですか)

(どう、って?)

(彼らを殺して核を回収するのか、ということです)

 

 ええ……正直殺したくはないな。かわいいし。

 

(ならば、飼う、ということで?)

 

 うーん、まあ、そうなるか。というかぶっちゃけるとものすごく飼いたい。

 実際問題はないはずだ。スライムの飼い方なんて知らないけど、少なくとも餌は十分に手に入る。

 

 

 ふと、オレに捕まれたままの赤スライムがうねうねともがきだす。その柔らかい身体を器用に伸ばしオレの掌から逃れると、そのまま腕を伝って再び頭の上へと戻ってきた。

 

(どうやら、そこが気に入られたようですね)

 

 相棒の言葉にオレは苦笑いし、そして未だに何もしてこない緑スライムへと歩み寄る。

 

 こいつはどうなんだろう。

 

 半透明の身体に触れる。すると緑スライムはビクっと身体を震わせたが、逃げるようなことはせずにおとなしく撫でられた。

 

 まだ警戒心は残ってそうだけど……時間をかければ何とかなるか。

 

 これから始まるスライムのいる日常は、きっと今までより楽しくなるだろう。

 

 

 

 あれからおよそ一か月たった今。なんていうか、保護者の苦労ってやつを思い知った。

 

 あまりにもスライムたちが自由すぎるのだ。毎日毎日オレの狩りについてくるし、しかもその先でいろんな魔物に喧嘩を売ってはオレが全部狩る羽目になるし……別にオレ一人なら問題ないが、襲われたら真っ先に引っ付いてくるスライムたちを守りながらってなるともうつらいことつらいこと。

 

 だったら連れて行かなければいいだろうって話になる、実際オレも何度が試した。

 だがすべて失敗。寝てる間にこっそり抜け出そうと、全速力で離れようと、あげくには黄魔法でスライムたちを閉じ込めようと、狩りの間には必ず追いつかれるのだ。

 

 怒ったところで馬に念仏。結果的にオレは早々に諦め、スライムが狩りについてくることに慣れるしかなかった。

 

 ただまあここまで文句を言っといてなんだが、オレは別に今の生活が、自由すぎるスライムたちが嫌いなわけじゃない。食事の姿はやっぱりいつみても和んでくるし、寝るときには布団と枕代わりになってくれるから大助かりだったり。

 

 そんな負担が大幅に増えたサバイバル生活は、厄介ごとなども起こらずにゆっくりと過ぎていった。

 




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12 魔物生初のコミュニケーション

 生い茂った木の葉が日光のほとんどを遮り、視界の通らない森の中。一つの巨大な影が、のそのそと動いていた。

 何をしているのか、暗くてよくわからない。ただ、時折ぐちゅ、といった音やぶち、といった音のみが響いている。

 

 しばらくすると、風が吹いた。あまり強くなかったが、それは木の葉を揺らし、木漏れ日を生んだ。

 

 巨大な影に木漏れ日が当たり、断続的にその一部を照らす。

 

 太ったわにのような胴体に、5本の首が生えている。ヒュドラと呼ばれるその魔物は、そのすべての首を降ろし、足元にある魔物にかじりついていた。

 

 おそらく、ここら一帯の主なのだろう。周りを全く警戒することなく食事をしている。

 

 しばらくすると、突然ヒュドラにとてつもない危機感が襲い掛かる。この場にいるのは危険だ、といったそれに慌てて首を上げて周りを警戒するが、原因となるようなものはなにもない。しばらく見まわしてから気のせいだと結論付けて、食事を再開する。

 

 このときヒュドラは自分の勘に従い、すぐにその場から離れるべきだった。自分より強い魔物はいない、という慢心が、ヒュドラの運命を決定づけた。

 

 一応の警戒として上げたままにした首が、一体の魔物をその視界にとらえる。大きさは、ヒュドラより多少小さいくらいだ。

首をすべて上げ、臨戦態勢をとる。が、直後何かをする間もなく、すべての首がはじけた。

何をされたかわからないままヒュドラは絶命し、先ほどまで食べていた死体の上に崩れ落ちる。

 

 魔物はいつの間にかヒュドラのそばに立っており、その後ろ脚に比べて長い前足は両方とも赤に染まっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ギャッ!」

 

 首を切られたゴブリンが、断末魔の声を上げる。切った本人のオレは剣の勢いのまま回転し、後ろに近づいていたもう一匹も両断する。

 

「ギュゥッ!」

 

 周りを視てみると、魔物の反応はない。どうやら、今のが最後の一匹だったようだ。剣を魔力に還元し、戦闘態勢を解いた。

 

「よし、食っていいぞ」

 

 オレの声に、頭の上と懐のスライムが地面に降りる。そして別々の死体にくっつくと、瞬く間に端から溶かし始めた。

 

「それにしても、ゴブリンばっかだな」

 

 スライムたちの食事を眺めながら、そうこぼした。

 

 

 転生から7か月。巨木の近くの魔物を狩りつくしてしまい、やむなく新天地を目指して遠出をしている。

 

 一応今日で3日目。距離にして100キロは離れただろう。なのに、現れる魔物は一向にゴブリンやクレイウルフ、ホーンモンキー(頭に牛のような角が二本生えたサルの魔物)といった低級魔物ばかりだ。

 

「はあ……」

 

 自分が転生した場所。巨木周辺が、いかに恵まれていたかをつくづく実感する。ルシファーの計算によると、元に戻るには少なくとも1年はかかるみたいだ。

 

 5分ほどたつと、数十体はあったゴブリンの死体は、きれいにあと型もなくスライムたちに食いつくされた。

 

 出会いからおよそ5カ月、スライムたちはかなり成長している。見た目には出ていないが、それはスライムに種族能力『胃袋』があるからだ。

 

 『胃袋』がどんな能力か、簡単に言うと、取り込んだものを『アイテムボックス』のように亜空間に収納する能力だ。

 そして、この『取り込んだもの』には自分の体も対象になるらしい。スライムたちは増えた肉体の体積を収納し、見た目を保持しているのだ。

 ちなみに、保持させているのはオレだ。もしでかいまま頭の上に乗っかられたり、懐に入り込んでこられると、オレは動けなくなってしまう。それほどまでにスライムたちは成長していた。

 

「さて、もう行くぞ」

 

 食べ終えたスライムたちにそう声をかけて、ダラーっとしている赤スライムを掴んで頭に乗せ、緑は脇に抱えた。数ヶ月の共同生活によって、緑のオレへの警戒心はもう欠片も残っていない。

 

 

 5か月でスライムたちが成長したのは肉体だけではない、知能もだ。少なくとも、オレの言葉を理解できるから、いぬ以上の知能はあるだろう。「待て」といえば、食事をするのを「食っていい」というまで待つし、事前に「戦闘中は食事をしてはいけない」といったような「取り決め」を決めておけば、それをちゃんと守ってくれる。

 

 ただ、「ついてくるな」という指示だけは未だに聞いてくれない。理解できていないのか、それとも理解しているうえで無視しているのか。まあ、もはやスライムを連れた狩りには慣れたからたいして問題はない。

 

 

 一時間後、そろそろ日が暮れるので、移動をやめて寝床を作り始めた。別に夜でも魔力感知で視えるから問題はないのだが、日が暮れるとスライムたちが寝てしまうのだ。寝たスライムを頭の上にのせておくのはかなり大変で、そんなことをして狩りを続けるくらいなら、潔く早めに寝て次の日に早起きするほうが楽だ。

 

 

 寝床といっても、大したものではない。邪魔な木を伐ってから、土魔法で堀と壁を作る、五分で終わるような作業だ。

 

 

(マスター。2時の方向から戦闘音、距離はおよそ700メートルです)

 

 木を伐り終えたとき、ルシファーがそういった。

 

 他の魔物が縄張り争いでもしているのかな。だったら寝ている間に襲われるのは嫌だから、今のうちに片した方がいいかもしれない。

 

(いえ、金属音が聞こえるので、少なくとも知性のある魔物だと思われます。また、ごくわずかですが人間の可能性も)

 

 ほう、知性のある魔物か。

 よくよく考えてみると、転生してからルシファー意外と会話したことがないな。魔物にしても、スライムたちに対するのは『指示』であり言葉を交わす『会話』ではないし。

 

(様子見に向かおう。魔物にしても人間にしても、益になるか害になるかは会ってみないとわからないしな)

 

 ルシファーにそう返すとともに、体内の魔力を循環させ、臨戦態勢をとる。赤スライムを頭に乗せ緑スライムを抱え、一気に走り出した。

 

 

(人間は……いない。全員魔物か)

 

 距離が300メートルを切り、魔力感知の範囲内に入ったことで目標の正体を把握する。

 

 どうやら、4匹の魔物が戦っているようだ。うち3匹は人型。仲間のようでお互いに攻撃はしておらず、連携を組んで残っている一匹と戦っている。刃物を持っているのも感知できたし、知能があるのは人型で間違いないな。ただ―

 残っている一匹。見た目と魔力量から察するに、おそらくサーペント種の、それもレッドサーペントより上位の種だと思われる。対して、人型の魔力量はあまり大きくない。正直、3匹いても倒せないだろう。

 

 そんな思考をしているうちに、300mの距離はもう目と鼻の先になった。というか、すでに木々の隙間から目標が見える。巨大な黒い蛇だ。一旦止まり、アイテムボックスから一振りの剣―解体用の短剣ではなく、自分の身長以上もの長さを誇る細身の両刃剣。大型の魔物を一撃で仕留めるために、半月前に作った―を取り出した。

 

 背後に生えた木の幹にバク宙するように足をつけ、某忍者漫画のごとく魔力を流して張り付く。そして右手に持った剣を、抜刀でもするように自分の左に構えた。

 

 獲物の動きが止まった瞬間、オレは黒大蛇に向かって跳躍した。

 

 大黒蛇との距離は一瞬にして縮まり、腕一本と少しまでの時に右腕を振り抜く。

 跳躍の勢いと腕を振る速度が乗った剣は黒大蛇の首をあっさりと通り過ぎ、その命を刈り取った。

 切られた首は重力に従い、胴体から滑り落ちる。

 

「……! 誰だ……てうわぁ!」

 

 人型がこちらを誰何するが、落ちてきた首に驚き、なんとも情けなくなっていた。

 

「え……死んでいる?」

「いったい……? 何が……?」

 

 恐る恐るといった感じで蛇を調べていたほかの2匹―いや、二人が、信じられないといった表情で声を上げていた。

 最初に誰何していた一人も、それを聞いて2人と同じような表情になる。そしてそれをやったオレの方を3人(全員女性の見た目)が同時に向いてきた。

 

 さて、どう答えればいいものか。

 

「敵対するつもりはない。安心してくれ」

 

 とりあえず、知性がないスライムにも通じた敵意ないですよアピールをしながら、口でも敵意がないことを伝える。

 

「あ、ああ。もしかしてこれをやったのはおまえか?」

 

 3人のリーダーなのだろう、誰何していた女性――身長は170ほどの、服装はショーパンに上がさらしを巻いているのみ、露出度がかなり高い格好だ。ちなみに髪型は赤髪ポニテ――が問いてきた。

 

「そうだけど、もしかして余計だったか?」

「いや、むしろ助かったよ。武器も壊れてしまったあたいたちだけじゃあ、多分勝てずに誰かが死んでたね」

「いや、たまたま通りかかってね。大したことじゃない。……ところで、そいつの核、もらってもいいか?」

 

 日本人の特性:謙遜を発揮しながらもさらっと自分の要求も混ぜる。だって数日ぶりの大物なんだから、欲しくなるのは仕方ないと思う。

 

「何を当たり前なことを。むしろ私たちがそいつの肉を分けてほしいくらいだね」

 

 あれ?あっさりともらえた?核って、魔物からしたら、栄養満点なのに?

 

(ほとんどの魔物はそれを知りませんし、石みたいな核を進んで食べる変な生物なんていないでしょう)

 

 へぇ。っておい。さりげなくオレが変な生物だと言ってない?

 

(気のせいです)

 

 いや、絶対気のせいじゃないだろ!……まあいいや。今は目の前のことの方が重要だ。

 

「別にいいさ。オレにとってはそっちこそ不要だ」

 

 そう返すと、魔物たちが不思議そうな顔をしてきた。え?なんか変なこと言った?

 あとスライム、お前ら暴れんな。食べたいのはわかるから、分けると言っても全部じゃないから。

 

「ところで、一体どうやってそいつを倒したんですか?」

 

 スライムたちがあらぶっているのをスルーして、ショーパンじゃない一匹(160センチ)が唐突に話を変える。こちらは露出度が低く、青い長めのスカートをはいていた。上も白いパーカーみたいな上着と、その下に白いシャツを着ていた。髪の毛は青で、腰あたりまで伸びたストレートだ。

 

「どうやってって……普通に剣でぶった切っただけ?だよ」

「え……よくあの鱗を切り裂けましたね。私たちじゃあ傷一つすらつけられなかったのに」

 

 へえ、そんなに硬いものなのか。確かにゴブリンよりは多少の抵抗を感じたけど、それでも多少ってくらいだ。

 

「多分、武器のおかげじゃないかな?こいつなんだけど」

 

 言いながら、アイテムボックスから取り出し、3人に見せる。

 

「……これは……人間の技術は、これほどのものなの……?」

 

 真っ先に食いついたのは、まだ一回もオレと話していない、最後の一人。多分、一番防御が硬いだろう。黒の長袖長ズボンの上に分厚いコートみたいなものを着ており、手には手袋、そしてマフラーみたいなもので口元まで隠している。髪も黒で、方より短いショートヘアーだ。

 

「いや、一応それ作ったのオレなんだよね」

 

 とりあえず、勘違いを正しておく。必要はなかったが、なんか他人の成果のように扱われるのが嫌だったのだ。

 

「え?じゃ、じゃあ刃物の加工ができるの!?」

 

 予想外にさらに食いつかれる。え?今の発言にそんな要素あったか?

 

「あ、うん?」

 

 どう答えたらいいか思いつかず、咄嗟に肯定してしまった。

 

「な、なら、私たちの村に来てほしい!?ぜひとも、その技術を教え「馬鹿者が」

 

 もう食いつくされたんじゃないかっていうほど食いついてきたが、赤髪に頭を殴られ、最後まで言うことはできなかった。

 

「すまない、この馬鹿が失礼した」

「いや、いいさ」

「ところ「ところで白髪さん、私たちの村に来ていただけませんか?武器云々の話などではなく、単純に命の恩人をもてなしたいのです」

 

 赤髪にかぶせて、今度は青髪がそんなことを言った。

 村か。それは何とも魅力的な提案だ。もともと目的地のない旅なのだし、村みたいなところに住んでみるのもいいかもしれない。てか野宿よりは絶対いいだろう。

 

「そうだな……せっかくだし、お邪魔させていただくよ。」

「なら、急ごう。日が暮れてしまったら、色々と厄介だからな」

「ああ、ちょっと待って。あの蛇を回収したい」

「え? いや明日でもよくないか? これほどの大きさなら明日でも残っていると思うのだが……そもそも、どうやって?」

「ちょいと、魔法でね」

 

 言いながら、蛇を無属性魔法《念力テレキネシス》で浮かせ、その下にアイテムボックスを開いた。

 《念力テレキネシス》を解き、蛇を落とす。すべて収納されたのを確認し、アイテムボックスを閉じた。

 

「な、なんだ?今のは……蛇が、消えた?」

「これが……魔法ですか?」

「まあ、そうだな。もしかして、魔法を見たことない?」

「いえ、たまに村に訪れてくる人間が使ったのは見たことはありますが、せいぜい火を出したりする程度のもので……ところで蛇は、一体どこへ?」

「ああ、大丈夫。亜空間にしまっているから、あとで取り出す」

「あくうかん?」

「おっと。とにかく、オレが持ってるってことだよ」

 

 青髪が頭にはてなを浮かべてしまったので、話題を早々に切り上げる。

 

「急いだほうがいいんだろ?早く行こうぜ」

「あ、ああ」

 

 いまだに呆然としていた赤髪に声をかけると、はっとしたようにそう言い、そしてついて来いという風に踵を返して走り出す。黒髪と青髪の後に続いて、オレも後をついて行った。

 

 

 

 約30分後、太陽が完全に沈み切る前に、オレ達は無事村の門につくことができた。門とはいっても、村の周りをかこっている柵がないだけで、扉なんてものはない。

 

「一日お疲れ様。ところで、そちらの方は?」

 

 木に寄りかかっていた門番らしき女性がこちらに近づき、ポニテたちに話しかけた。しかし門番まで女性って、男はいったい何をしてるんだ?もしかして、男のいない種族なのか?

 

「そちらもご苦労。この人はあたいたちの恩人で、大蛇にやられそうになった時に助けてもらった」

「え、大蛇って……そんなの近くに住んでいたかしら?」

「いや、おそらくどこかから来たのだろうな。あんなのがもし昔からいるのなら、我々はここに住んでいないさ」

「そ、それは災難だったわね……」

「ところで、通っても問題はないか?」

「あ、うん、もちろん」

 

 そういうと門番は元の位置に戻り、赤髪が歩き始める。

 

 村はとても質素な感じだった。道といえるような道はなく、ボロボロな木造の家が向きも大きさもバラバラに建っている。灯りとかもない様子で、家の中は真っ暗だった。

 

「ついたぞ」

 

 赤髪がそう言って一軒の家の前に立つ。人間からしたらこれもぼろ屋に含まれるだろうが、ほかの家に比べると立派に見える。そして、他の家と違って、この家だけ隙間からわずかな灯りがこぼれていた。

 なんの躊躇なく、赤髪はその家に入っていく。オレも入ろうとしたら、止められた。

 

「先に話をしてくるから、少しだけ待っていてくれ」

 

 言われた通り五分ほど待つと、家の中から赤髪が「入ってくれ」といったのが聞こえた。

 

「お邪魔しまーす」

 

 家の中は、とても暗い。自分の足元が全く見えなかった。まあ、魔力感知があるから問題はないんだけどね。

 

 廊下を曲がると、広間があった。中心で一本の蝋燭が燃えおり、薄暗くも部屋にいる者の姿を照らし出す。

 

「座ってくれ」

 

 凛とした女性の声が響いた。部屋の中にいるのはオレと赤髪たち、そして蝋燭を挟んで向かいに、一人の女性が座っているのみだ。

 

 女性を視たとき、少しの驚きを覚えるが、顔には出さない。

 

「まずは自己紹介といこう。私はこのアラクネ族族長、名をアラルという」

 

 目の前の女性―背中から八本の蜘蛛の足が生えたアラクネ族の族長は、初めにそう名乗った。




読んでいただきありがとうございます


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13 アラクネの村

「まずは自己紹介といこう。私はこのアラクネ族族長、名をアラルという」

 

 暗い部屋の中、下半身が蜘蛛の魔物アラクネと対面して座っている。一緒に来た青髪たちは、先にオレの右に座っていた赤髪の横に座っていた。

 

 ……自己紹介か。今世にはまだ名前がないんだよな。前世の名前って名乗っていいのか?

 

 「初めまして、アラルさん。残念ながらオレには名前がないので名乗れませんが、まあ、呼ぶときは好きな呼び方で構わないです。」

 

 とりあえずないことにしておく。だが、そのオレの(ほとんど紹介していない)自己紹介を聞いて、アラルは不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「え、えと……なんか、オレおかしなことでもいいました?」

「ああ、いや……名前のない人間には会ったことがなくてな」

「え、人間?」

 

 今度はオレが頭にはてなマークを浮かべることになった。

 人間?なんでここで人間の話になるんだ?ていうか、アラクネなのに、人間とあったことがある?

 

(おそらく、赤髪がマスターを人間だと勘違いしたのでしょう)

 

 あ、なるほど。それはありうるな。

 

「あのー、族長さん。オレの種族、なんて聞いてます?」

「おお、娘から人間だと聞いて居るが……」

 

 ルシファーの推測通りだ。まあ、確かに人型だし間違えるのは仕方ないことだな。

 

 てか、ポニテお前族長の娘だったんかい。

 

「オレ、魔物です」

 

 直球に宣言する。

 

「えええ? そうだったのか?!」

 

 ポニテが驚きの声を張り上げる。そこまで驚くことか?

 

「…………」

 

 部屋にいる残りの2人は無言だったが、黒髪は多少驚いたようで、表情に現れていた。

 

「これ、少し落ち着け」

 

 族長の声に、赤髪が恥ずかしそうに座りなおす。青髪は気づいていたのか、相変わらず微笑んだままだ。

 

「すまない、娘たちが失礼をした」

「いえいえ、オレが言ってなかったのが悪いですし……ところで、オレが魔物だとしたら何かまずかったりします?」

「いや、何もない。ただ……どう礼を返したものか困ってしまってな。人間の客は良く訪れてくるものなのだが……」

「ああ、ならしばらくの間、ここに滞在していいですか?ちょうど生活の拠点を探しに旅をしていまして」

 

 ここぞとばかりにオレが提案をする。

 

「代わりと言っては何ですが、オレは武器を創れます。作り方は教えられないのですが――」

 

 そういいながら、アイテムボックスから解体用の短剣を取り出し、族長に見せた。

 

「これくらいなら、一日に一本は創れますよ」

「ううむ、しかし、それではお前さんがむしろ損をしてしまうのでは?」

「いえ、大丈夫です。オレが武器を創るのにコストはほとんどかかりません」

「うううむ……まあ、お前さんがそれでいいのなら……」

 

 なおも族長は悩むが、結局いい案を考え付けなかったようだ。

 

「それで、どこに住むつもりだい? 人間が来た時の為の家はあるが、そこで構わないかい?」

「ええ、かまいません。屋根さえあれば大丈夫です」

 

 話はそこでまとまり、今日はもう遅いとのことで早速これから住むという建物に案内してもらうことにした。

 

 

 族長の家を出て、歩くこと五分、村の端にあるその家は、多少の小さい損傷はあるものの、がっしりとした木造の家だった。丸太が壁になっているから、ログハウスっていうのかな?ぶっちゃけ、族長の家の何倍も立派で、違和感が半端じゃない

 

「……これ?」

「ええ、これです」

 

 ちなみに案内してくれたのは青髪だ。

 

「……立派すぎない?」

 

「建てたのは私たちではなく、昔訪れた人間です」

 

 なるほど、なら仕方がない……のか?

 まあ、そんなことはいいや。とりあえず早く入ってスライムたちを下ろしたい。こいつら日が暮れたらすぐに寝るから、頭に乗せるのがつらいのだ。

 

(この村唯一の)扉を開き、中に入る。

 中は一つの部屋があっただけで、思ったよりきれいだった。

 家具とかはほとんどなく、窓際にベッドが一つと、そのすぐ横に木箱、そして天井から一つの白いハンモックがつるされているのみ。…………ハンモック?

 

 気になったので近づいて触ってみる。予想外にハンモックの縄は弾力性があり、とても寝心地がよさそうだった。

 しかしいったいなぜこんなところにハンモックが?

 

「? どうかしましたか?」

 

「いや、なんでこんなところにハンモックがあるのかなって思ってさ。埃もないし、誰かが最近まで住んでたのか?」

 

「はんもっくが何なのかは知りませんが、誰かが、というより私が住んでいますよ。」

「え、ここに住んでいるの?」

「ええ、そうですけど何か問題でも?」

「いや、問題があるわけじゃないけどさ……家には帰らないのか?」

「五年ほど前魔物に襲撃されたときに全壊してしまいました。親もその時に亡くしてしまっているので、立て直す必要性を感じずにここを借りて住んでます。」

 

 あれ、話がなんか重くなったぞ?どこで地雷踏んだ?

 

「へ、へぇ。しかし、よくここが借りられたね」

「ええ、族長には族長の家で済んでもいいって言われたのですが、ずっと迷惑をかけるわけにもいかないので……母が族長と仲良かったおかげか、ここを借りることができました。」

 

 ダメだ。話題を変えることに失敗した。このままではまずい。なにがまずいって、青髪の顔ずっと笑顔のままなのに声がどんどん沈んで行ってるんだよ。

 

「そ、そうだったんだ。と、ところでその寝床って、寝心地よさそうだな」

「これ以外で寝たことはないので比べられませんが、試してみますか?」

 

 青髪の声が元に戻る。よ、よかった。今度は成功した。

 

「ああ、ぜひ試してみたい」

 

 スライムたちを木箱の上に置きながら、青髪に返事する。

 

 振り返ってみると、青髪がハンモックを引っ張って上りやすい位置まで下げてくれていた。

 

 気遣いに感謝しつつ横になってみる。

 

「……これは、いい」

 

 驚くほどに寝心地が良かった。ハンモックの網が体に食い込むこともなく、それでいて体が沈みすぎないほどの弾力性。正直、地球にあるベッドよりも寝やすい。

 

「気に入ってもらえましたか?」

「ああ、最高だ。これから毎日これで寝たいほどだな」

「なら、お作りしましょうか?」

「え? いいのか?」

「ええ、3分ほどかかってしまいますが」

 

 たった3分も待てないほど子供ではないので、お願いする。てか3分でできるってすごいな

 

 すると、青髪の背中が少し膨らみ、裾から蜘蛛の足が出てきた。

 そしてまるで某アメリカンヒーローのように手首から糸をだし、合計十本の手を使って器用に編み始める。

 

 その様子を眺めているうちに三分が経ち、青髪のと同じような、けれどよく見るとほんの少し小さくなった、オレの身長に合わせたハンモックが出来上がっていた。

 

 早速赤スライムを頭の来る位置に置き、枕として寝てみる。

 

「どうでしょうか? 一応サイズは調整しましたが、余計でしたか?」

「いや、むしろいい。ありがとよ、えっと……そういえば名前聞いてなかったな」

 

 というか、族長の名前しか聞いてない。

 

「私たちの種族で名を持つことができるのはのは族長のみですので、好きな呼び方で呼んでもらって構いません。」

 

(へえ、そりゃあ不便そうだ)

(アラクネ族は同種でのみ使えるテレパシー能力を持っています。ほんのわずかな情報しか送受信できないですが、名を持たないのはそのおかげかと)

 

 心の中に思い浮かんだちょっとした疑問に、ルシファーが丁寧に回答してくれた。流石相棒。

 

「ふむ、なら…………ラピスラズリ、ってのはどうだ? 綺麗な青い髪の色しているし、長いから愛称でラピス、とか……」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 笑いながら青髪――ラピスはそう返した。ずっと微笑んでいたから表情はあまり変わらなかったが、喜んでいるのが分かった。

 

 緑スライムを念力で持って、掛布団のように体の上に降ろす。木箱はすぐそこにあるのだが、あまりの寝心地の良さの為にそのくらいの手間すら面倒だと思ってしまった。

 

「それじゃあ、ラピス。おやすみ」

「? おやす、み?」

 

 同じく寝床に入ったラピスが不思議そうに返してくる。いつの間にしまったのか、蜘蛛の足は見当たらない。

 

「ああ、オレのいた場所の習慣でな。寝る前に言うんだ」

「そうなんですか。……いえ、そうなんでしょう。おやすみ、白髪さん」

 

 ラピスはそういうと、目を瞑る。一分もしないうちに、静かな寝息が聞こえてきた。

 

(寝るのが早いな。……しかも、今日あったばかりのオレがいるのに。まあ、信頼されている証だと考えればうれしいことなんだが、オレが野獣だったら危なかったぞ)

 

 あまりにも無防備だったので、ついそんなふざけたことを考えてしまう。

 だがラピス手製のハンモックはそんな無駄な思考をオレから奪い去り、代わりに速やかな安眠を与えてくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ――次の日の朝――

 

 まだ日が昇っておらず、かすかに空が明るくなってきたころに目が覚める。

 同時にスライムたちも起きたようで、もぞもぞと動き始めた。いつもはオレが少し早いのだが、昨日寝る時間が遅かったから多少ずれたのだろう。

 

 先にスライムたちを降ろしてから、自分もハンモックから降りる。ラピスはすでに起きたようで、部屋の中にはいなかった。

 

 とりあえず背伸びをして、体をほぐす。別に筋肉がないから伸ばす必要もないのだが、気持ちの問題だ。

 

「あ、お目覚めですか?」

 

 突然扉が開く音とともに、ラピスの声が聞こえた。どうやら外に出ていたみたいだ。

 

「ああ、今さっ……」

 

 振り向いて返事をするが、その言葉は途中で止まってしまう。

 

 開いた扉の所に立っていたのは水浸しになった、肌色90%のラピスだった。

 

「? どうしました?」

 

 特に気にする様子もなく、部屋に入ってくるラピス。あまりにも突拍子的だったため、オレの思考回路は軽く麻痺していた。

 

「……服は?」

 

 辛うじて出た言葉がこれである。なんとも情けない。

 

「水浴びしたついでに洗いました」

 

 答えるラピスの顔は、それが何か?と言いたげな表情だ。

 

「いや、そうじゃなくて……とりあえず服着ようぜ」

 

 思春期男子にとって、女性の生まれたままの姿というのは精神を潤s間違えた破壊しかねない危険なものなのだ。元思春期男子のオレも、理由は違うが多少のショックを感じていた。

 

「洗ったのでないです」

 

 なん、だと……?

 予想外だ。オレの中の女性の衣服に対する常識にひびが入る。

 いやでもアラクネ族って魔物だから人間の常識が通じる方がおかしいのか……?

 

「……まあ、いいや」

 

 最終的にオレは、思考を放棄した。裸のラピスが気にしていないのに、オレが気にするのもおかしな話だし。

 

「ところで白髪さん。今日は何をするんですか?」

 

 思い出したように、ラピスは聞いてきた。

 

「特には考えてないな。聞いてきたってことは、何か考えていたのか?」

「ええ、白髪さんしばらくはこの村にいることなので、村を案内しようかと。あと村の人たちにも滞在することを知らせる必要がありますし」

「なるほど、なら今日はそうしよう」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 3時間後

 ドアを開けて外に出ると、まだ朝の今でも十分に強い夏の日差しが焼き殺さんとばかりに降り注いでくる。まあ、転生したオレは不自然なほど真っ白なのでむしろ焼けたほうがいいのかもしれないが、この体って色素作れるのか?

 

 オレに続いて、ラピスが出てくる。スライムたちはすでに定位置についており、オレ達はそのままラピスが先導するままに村を廻り始めた。

 

 最初についたのは集会場らしき建物だった。ラピスに聞いてみると、この村の【狩人】たちが使っている場所らしい。

 

「どうもー、おはようございまーす」

 

 ラピスに続いて、オレも中に入る。

 

 中には――

 

「おはよう、昨日のことは聞いたわ。災難だったわね」

「ねえねえねえねえどんな魔物だったの?大猿?銀狼?それとも――」

「こら、少しは自重しなさい。……でもあなたたちが負けそうになった魔物、気になるわね」

 

 地球の町中を歩けば10人中8人は振り向くような美女たちがいた。そんなアラクネたちはラピスに気付くと、次々と話しかけた。

 

「ところで助けられたって言ってたけど、もしかしてその子?」

 

 ラピスと会話していた一人が、オレの存在に気付く。180センチはあろうかという高身長の、“お姉さん”な見た目の人だ。いや、“お姉さん”な見た目なのはオレとラピス以外のここにいる全員だ。

 

 その言葉に、室内の注目が一気にオレに集まる。注目されることに慣れていないオレなので、どうすればいいかわからずとりあえず笑ってみた。

 

「「「…………」」」

 

 無言でじーっと見つめてくる“お姉さん”たち。え、なに?なんか変なことした?つーか転生してからこんな状況に合うの多いな、オレのコミュ力のせいなのか?

 

「……かわいい……」

「え!? こんなかわいい子があんたたち三人より強いの!? こんなかわいい子がその、あんたたち三人でも負けかけた大蛇を一撃で倒したの!?」

 

 人によっては貶しているようにも聞こえるいいようだが、普通に驚いているだけだろう。

 

「ええ、すごかったですよ。私たちの武器じゃかすり傷しかつけられないような硬い鱗をあっさりと首ごと真っ二つに切っちゃってました」

「そういえば、人間が“鉄”とかいうもので作った武器を使っていたっけ。骨なんかよりよっぽど切れる鉄でそれって、本当に災難だったわね」

「というかどうやったらそんなの切れるのよ!ねえ、えーっと白髪ちゃん?いったいどうやったの?」

「え?あ、えーと……なんか木に乗ってジャンプして近づいたらそのままばっさりと?」

 

「「「いや、それじゃわからないわ」」です」

 

 ですよねー。ていうかラピス、お前見てたのになんで説明求める側にいるんだ。

 

「なら、実演しますか?ちょうどいい的があればだけど……」

「なら森に行こう。よし、そうと決まれば早速出発だ!」

 

 オオーー!男勝りなアラクネの掛け声に、周りのアラクネ全員で返す。どうやらここにいたのは全員体育会系だったようだ。

 

 

 

 静かな森の中に、突如轟音が響き渡る。直径2メートルもある大木が倒れたことによって発せられたそれは、森の生物たちを騒ぎ立たせた。

 

 言わずもがな、大木を倒したのはオレである。黒大蛇に比べてはるかに柔らかいただの大木であるが、まあ実演するにはちょうどいい太さだったから的に選んだ。

 

「こんな太い木を簡単に切り倒すなんて……疑ってたわけじゃないけど、本当にすごいわね」

 

 実演を見についてきたアラクネたちは唖然としていた。誰かが上げた驚きの声は、みんなの心を代弁したものだろう。

 

「剣のおかげでもあるよ。ぶっちゃけこの剣、自分でも性能がおかしいと思うし」

 

 そういって、剣を地面に突き刺して見せる。すると真っ先に3人ほどのアラクネが食いついた。黒髪といい、結構武器に興味津々なアラクネがいるのは何故なんだ?

 ちなみに言葉使いがフランクになっているのは、そんな堅苦しい喋り方じゃなくていいって言われたから変えた。しかしラピスもいつも敬語なのに、いいのかね?

 

「鉄みたいな見た目してるけど、こんな細身の鉄剣じゃあ切れるわけがないし……他の金属か?」

「そういえば、過去に“みすりる”なる金属でできた武器を持っていた人間がいましたけど、それでしょうか?」

「いや、あれとは色が違う。“みすりる”はもっと、こう……」

 

 他の人を置いてけぼりにして、3人は議論を始めていった。他にも剣に興味があったらしいアラクネがいたが、3人のノリについて行けず一歩踏み出した姿勢で硬直してた。残りはラピスを残して惚けている。

 

「えっと……とりあえず、あの剣って人間が作ったものなの?」

 

 惚けていた一人がオレに聞いてきた。

 

「ああ、いや、オレだよ」

「え?」

「だから、創ったのオレ。あとまだ勘違いされてるっぽいから言っておくけど、オレ人間じゃないからな?」

「ええ!?てっきり人間か「「「この剣キミが作ったの!?」」」」

 

 質問したアラクネの驚きの声に、議論していた3人が驚きの声をかぶせてきた。いや、驚きというよりは、こっちに食いついてきた声かな。

 

「あ、ああ」

「作ってくれとは言わない!せめて作り方だけでも教えてくれ!いや教えてください!」

 

 もう土下座しそうな勢いだ。

 

「いや、なんというか……能力で作ってるから、教えるのは無理なんだ」

「マジ……ですか……?」

「うんうん、マジだからさその絶望しているような表情止めて」

 

 悪いことしているように思えてからマジで勘弁して。すごい心に刺さる。

 

「ほしいなら作るから。武器ぐらい作るから」

「マジですか!?」

 

 さっきと全く同じセリフなのに、籠っている感情は全く逆だった。

 

「うん、マジだからさちょっと離れてくれ。そんなに近づかれるとこいつらが驚いちゃうから」

 

 今は懐いているとはいえスライムたちの警戒心はかなり高い。気を許していない相手が間近にいるというのはその警戒心を煽り立てることだ。実際、青スライムはプルプルと震えており赤スライムは今にもとびかかりそうな様子だ。

 

「ところで白髪さん」

 

 ん?

 

 今までほとんど空気と化していたラピスが、何かを聞きたそうに話しかけてきた。

 

「少し気になったんですけど、白髪さんって種族何ですか? ここら辺には人型の魔物って私たち以外いないはずだから、どこか遠くから来たということはわかるんですが……」

 

 種族。種族ねえ……

 やべえ、わからん。相棒、オレってなんていう種族なんだ?てか種族として存在するのか?

 

(存在しません。マスターみたいな不死身性のある魔物が種単位で存在していたら人類は滅んでいます)

 

 やっぱりな。てか、オレそんな化け物に転生しちまったのか。改めて考えると、ルシファーってすごい。

 

(褒めても何も出ませんよ)

 

 で、ラピスにはなんて答えたらいいんだ?

 

(……さあ?)

 

 デスヨネー。

 

「……あー、なんていうかその、だな」

「? 答えられない理由があるのですか?」

「いや、そうじゃ無くてな……オレ、自分の種族がないんだわ」

「……?………………あ」

 

 少し考えるそぶりをすると、何かに気付いたような声を出し、深々と頭を下げてきた。

 

「心中、お察しします」

 

 そして真剣な声でそう言った。え?なに?なんかひどい勘違いされてない?

 

(恐らく、何かしらの事情で種が滅んだのだと勘違いしていると思われます)

 

 ああ、なるほど。って違う違う!なんで今の発言でそんな勘違いが生まれるんだ!

 

(「自分の種族がない」を「自分の種族はもうない」と解釈したのでしょう)

 

 分析ありがとうございます。じゃない。

 

「あー、ラピス? 種族がないって、そっちの意味じゃなくて……」

「いえ、いいんです。今の質問は忘れてください。」

「いや……だから「そういえば、キミが狩った大蛇はどこら辺にあるんだい?できれば他の魔物に食われる前に回収したいんだけど」

 

 誤解を解こうとするもラピスに止められ、それでも諦めなかったら話を変えられた。何なんだこの一体感は。テレパシーでも使えるのか?

 

(昨日説明したようにアラクネ族は簡易的なテレパシーが可能ですが)

 

 そうでした。

 

「あー……今持ってるよ」

 

 まあ、オレの種族は実際たいして重要じゃないから、変えられた話に乗る。

 

「え?どこに?」

 

 案の定、首をかしげる。

 

「魔法でちょちょいとな。なんなら出して見せるか?」

「そんな魔法があるのか……ああ、聞いたところかなりでかいんだろう?」

 

 コクリと頷く。

 

「なら村の解体場に入らない可能性があるから、ここで解体を済ませてしまいたいな。お願いする」

「ああ、了解。」

 

 言いながら、アイテムボックスを空中に開く。実演に木を切ったおかげでできた広場に、ドスンと鈍い音を発しながら大蛇が落ちた。

 

「この後も村を回ってみたいから、ちゃっちゃと終わらせよう」

「……今のが、魔法?」

「ん?そうだけどどうかしたか?」

 

「いや……すごいな、魔法って」

 

 感動したように、そうこぼす。

 

「とりあえず、解体を始めようぜ」

 

 アイテムボックスから短剣を取り出し、再度そう声をかけた。

 

 

 魔物の核さえあればいいオレと違って、アラクネたちが必要なのはむしろそれ以外だ。なので解体も皮を剥ぎ、内臓を取り出して骨と肉を分ける丁寧なものになる。

 

 結局解体が終わったのは、太陽が頭上を通り過ぎて傾いてきたのが見てわかるほどの時刻となった。




読んでいただきありがとうございます
書いてるうちにめっちゃ脱線しちまったやつです


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14 勘違いと先入観って消えないんだな……

「結構時間かかったな……」

 

 解体を終えた黒大蛇の運搬を終えた後、武器好きな3人に捕まった。なんでも一回だけでもいいからオレが剣を創るところをみたいらしい。押しに負けて、魔力消費の少ない一回だけ魔力剣でやった。

 それで終わればよかったんだが…だいたい予想通りにもう一回と頼まれる。結局5回ほど実演して、それでもアンコールする三人を他のアラクネたちが押さえつけて、そこから逃げて現在に至る。

 

 スライムたちは相変わらず定位置だ。ただ、食後(蛇の核と一緒に肉を少し分けてもらった)だからなのか、いつもよりダラーっとしている。

 

「ところで、今度はどこに向かっているんだ?」

「集会場ですね。ただ、今から行くところは【物作り】たちの使うところです」

「物作り?服とか武器とか、あとは家とか作っているのか?」

「武器は【狩人】が自分で調達するので作っていませんが、それ以外はそうですね。あとは食物の加工とか」

 

 へえ。生活を支える職業、といったところかな。

 

 そこからは適当な雑談をしながら歩き、五分ほどでその集会所に着いた。

 

 村の中央南あたりに位置するその建物は奥に細長く、そして今までで一番ぼろい。てか、いつ崩れてもおかしくないと思えるようなありさまで、隣接しているかなり広い建物がしっかりしたものに見えてくるほどだ。

 

「……たしか【物作り】って家建てるんだよな…?」

 

 思わずつぶやいてしまう。

 

「どうも【物作り】達は自分らのことに疎いらしくて。仕事場も雨風さえしのげればそれでいいと前に言っていましたし」

 

 オレの気持ちを察したのか、ラピスが回答をしてくれた。

 

 そのままラピスは入り口にかけられた布に手を伸ばし、先に中へと入っていく。

 

 後に続いて入ると、視界の飛び込んできたのは――

 

 下半身が蜘蛛、上半身が筋肉質な人間の男の魔物たち――数は5人――が壁際に置かれた机に向かい、黙々と裁縫をするという、どことなく地球の工場みたいな雰囲気のある風景が目に飛び込んできた。

 

(アラクネって男もいたんだな)

 

「……白髪さん、大丈夫そうですね」

 

 意外そうにラピスがそう聞いてくる。

 

「え?いや……なんかおかしいところあるのか?」

「いえ……外からの人がここに来ると、だいたいみんな驚いてたものでして」

 

 うーん……マッチョが裁縫をやってるのがシュールに見えるからなのか?

 実際、優と幸助と3人で暮らしていたから、家事とかも男3人で済ます必要があり、裁縫とかそういったものはすべて優の仕事だったから筋肉質な男の裁縫姿なんて見慣れている。

 

「あ?誰だ。……ってお前さんか。ここに来たってことは、今回はそこの白い嬢ちゃんか? なんでスライムを抱いて頭にのせてんだ」

 

 どうやらこちらの存在に気付いたようだ。奥で裁縫をしていた一人が手足を止め、声をかけながらのしのしと歩いてくる。つーか嬢ちゃんって。見た目少女でも中身男なんだが。

 ……あれ、スライムのことを突っ込まれたのこの村に来てから初めてじゃん。

 

「いえ、白髪さんは……まあ、昨日色々ありまして。簡単に言うと、私の恩人でお客さんですね。しばらく滞在するので、こうして顔合わせに村を回ってるんですよ」

 

 ちゃっかりスライムのことはスルーするラピス。

 

「へえ。お前ら3人が助けられるって、その嬢ちゃん、本当に人間か?【物作り】の俺らには強さなんてよくわからんが、前にお前ら3人組が『並みの冒険者じゃ歯が立たない』って褒められていたの聞いたことあるぞ」

「まあ、白髪さんは人間じゃないですし」

 

 お、ラピスナイス!そのまま嬢ちゃん呼びも訂正してくれるとなお嬉しい。

 

「なぬ?つまりその子は俺らと同じような魔物なのか?いろんな人間の話を聞いたことがある俺でも、そんな魔物は聞いたことねーぞ」

「……白髪さんの種族は、その……」

「……ああ、なるほどな。済まねえな嬢ちゃん、気ぃ悪くしちまったか?」

 

 ラピスが言葉を濁らせたことに、何かを察したようで謝られる。

 ……やっぱり種族の勘違い解くべきか。

 

「あのー。実はだな……」

「今ちょいといいかい?」

 

 オレの言葉に、聞いたことのある声が被る。

 入り口の方を見ると、そこにはこの村の村長、アラルがいた。

 

「一応先客がいるんだがな……それで、今日はいったい何の用だ?」

「おっと、それはすまないね……簡単に言うと、今日開こうと思うのだが、できるかい?」

「ふむ……狩人たちの成果によっては、できると思うが……」

「あ、その点なら問題ないです。行けばわかりますが……」

 

 そういってラピスも話に入っていった。が、オレは全くついて行けない。いったい何の話をしているんだ?

 

「ふむ。こういっているのだし、頼めるかい?」

「ま、そうだな。やってやらあ。……済まねえな嬢ちゃん。急用が入っちまったから、また今度話そうや」

 

 そういうと男は部屋の中にいた他の男たちを連れて、奥の出入り口からどこかへ行ってしまった。話についていけなかったオレは、頭上にはてなを浮かべることしかできない。

 

「…もしかして、何か大切な話でもしていたかい?」

 

 アラルが苦笑を浮かべながら、そう聞いてきた。

 

「いえ、雑談してただけなので、大丈夫です」

「ならよかった……というのもおかしいかね。……ところで、今から何か予定はあるかい?」

「予定……なあラピス、まだどこか行くところってあるのか?」

 

 完全に任せっきりだったので、オレが知っているはずもない。ラピスにそう聞くと、帰ってきたのは首を横に振るといったジェスチャーだった。

 

「む? ラピス、とな?」

「あ、いえ、多分これからしばらく世話になるんだし、オレとしては呼び方があればって思ってそう呼んでいるだけです」

「ほう……」

 

 興味深そうにそう頷くと、アラルはニヤリと笑う。しかしそれも一瞬だけ、すぐに表情は元に戻った。

 

 ……なんだったんだ? 今の。

 

「なら今から私の家に来ないかい?昨晩はあまり話せんかったが、私もお前さんには興味があってな」

「オレはかまわないですけど……」

 

 ラピスはどうするんだ?という気持ちを込めて、ちらりと見る。

 

「あ、なら私はあっち手伝ってきますねー」

 

 そういって、ラピスも奥の出入り口から出ていく。思いっきり気を使わせてしまったから、あとで謝っとこう。

 

 先を行くアラルに続いて歩くこと数分、結構近かったのでほんの数分で村長宅に着いた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ほう。そのような魔物までいるのか」

「ええ、剣が通らなくてその時は多少焦りましたよ」

「それでも倒してしまったのだろう? あの3人でも倒せない魔物を圧倒したのだから、大した強さだ」

「ええまあ、熱に弱かったようで、赤魔法を打ったらあっさりと倒せましたね」

 

 アラルとの初対面の時は厳格そうな人だと思ったが、話してみると意外と気さくな人だった。話題が尽きない、というほどではないが、会話が弾む。かれこれもう2時間以上は話しているだろう。今話していたのは、オレが過去に狩ったことのあるロックタートルという魔物についてだ。

 かなり前のことで、当時の魔力じゃあのくそ硬い甲羅を切れるほどの武器を作れなかったんだよなあ。今の長剣を使えば、確実に切れるだろうが。

 そういえば、長剣創ってから魔法ってほとんど使ってないな。

 ふとそんなことを考えるが、所詮どうでもいいことだったので、すぐに頭から消え去った。

 

「というか、圧倒はしていませんよ? 大蛇に気付かれないように、隙を見て不意打ちしただけですし」

 

 そして、アラルの性格に対して思ったことがもう一つある。

 

「そう謙遜せんでいい。娘に聞いたところ、我らの武器じゃかすり傷しか与えられないような硬い鱗を、あっさりと切ったのだろう?たとえ良い武器を使ったとしても、相応の技量がなければできないはずだ。お前さんは間違いなく強い」

 

 この人、驚くほどに裏表がない。今のような褒め言葉も、すべて本音なのだと確信できる。

 

「……ありがとうございます」

 

 純粋な好意にはあまり慣れていないので、そう返すことしかできなかった。

 

「ところでお前さん、一つ聞きたいことがあるのだがいいかい?」

「何でしょう?」

「お前さん」

「どう、とは?」

 

 あまりにもあやふやな質問に、つい聞き返してしまう。

 

「そのままの意味さ。見ていて感じた違和感とか、そういったことがあれば教えてほしい」

 

 返事の声は、先ほどとはトーンが全く違う。それだけで、真剣な話だということが分かった。

 

 しばらく考えてから、ゆっくりと口を開く。

 

「……他の人と、多少の距離があるように感じましたね」

 

 そう考えたのに、根拠と呼べるような根拠はない。本当に、なんとなく感じたことだ。

 

「……そうか」

 

 アラルはそうつぶやいただけだった。しばらくの間、沈黙が部屋の中を支配する。

 

 やがて、それを破ったのはアラルだった。

 

「あの子は少々出自が特殊でな。心配だから共に狩りをしている娘に聞いたりしているのだが…」

 

 その言葉は、オレに発せられたわけではなく、どちらかというと独り言のようだった。

 

「お前さんよ、1つ、いや2つ頼みがある」

「何でしょう?」

「恐らくお前さんは、あの子とともに行動することが多いだろう。その時に何か新しく感じることがあったのなら、私に教えてほしい。ああ、別に教えると言ってもことあるごとにじゃなくて、話す機会があるときにで構わない」

 

 ふむ、それくらいなら問題ないな。

 

「わかりました。それで、もう一つというのは?」

「……あの子に対して、両親のこと、特に父親のことを聞いたりしないでほしい。詳しくは言えないけど…」

「……いえ、詳しいことは大丈夫です」

 

 昨日の夜にラピスにうっかり聞いてしまった時の反応で、嫌だということは十分にわかっている。むしろあれで分からない奴っているのか?

 それに……

 

「親を失う気持ちは、オレも知っていますから」

 

 今こそ吹っ切れてはいるが、過去のオレもその手の話題が嫌で、小学生の時に親なしとバカにしてきた同級生を殴って脳震盪を起こしたこともある。

 ラピスの感情も、完全にではないが共感できるものなのだ。

 

「……助かる」

 

 そういって、アラルは頭を深々と下げた。

 

「さて、しんみりとした話はここまでにして……おそらくもう集まってるから、そろそろ行こうかね。」

 

 立ち上がりながら発せられた声には、先ほどまでの真剣さはない。雑談をしていた時の抑揚に戻っていた。

 

「なら、オレもそろそろ帰りますか」

「何言ってんだい。お前さんも行くんだよ」

 

 ? 今からいったいどこに行くんだ?

 

「それはまあ、来てからのお楽しみだ。ついてきな」

 

 よくわからないままだが、言う通りにすることにした。

 

 実を言うと、オレの能力、魔力感知を使えば村全体を調べることくらいできる。が、それをしようとは思わない。ついてからのお楽しみって言われたんだ、先に知っちゃあ野暮ってものだろう。

 

 歩くこと数分。どうにも知ってる道しか歩いていないなと思っていたら、たどり着いたのは一度入ったことのある、物作り達の集会所の横の建物だった。

 

 ……あ、なるほどそういうことかな?

 

 魔物の身体は人間時と比べて聴覚と嗅覚が敏感なので、この時点でオレはすでに何があるのかを察した。

 

 布のかかっていない入り口から入ると、まず見えたのは大勢の人だ。4脚の長卓に、奥2つに男性、手前2つに女性が座っている。長卓の上には、大量の料理が並べられていた。

 

「え、あの子なの?」

「そうよ。最初に会った時は私もそう思っちゃったけど、本当にすごいのよ。これくらい太い木をばっさりと切っちゃったし」

「あんな嬢ちゃんがか? オレの娘と同じくらい小さいぞ? ……やっぱり人は見かけによらねえなあ」

 

 そして、オレへの興味も高いよう。今のような会話があちこちから聞こえる。

 

「お前さんの席はそこだ、ひとまず座ってくれ」

 

 そういってアラルが指さした卓は、ちょうどオレの正面にあり、同時に部屋の正面であろう方向にある。

 座布団が2つあったが、アラルが奥の一つに座ったためオレは手前に座った。よくは知らないが、こういう席のことを上座って呼ぶのだろうか?

 

「皆の物、沈まれ」

 

 族長の一声で、すべての会話が消えた。それに満足するように一度頷くとアラルは立ち上がり、そして話し始める。

 

「まずは、彼を紹介しようと思う。おそらくみな知っているだろうが、彼には我らの同胞の危機を助けてもらった。なんでもその相手は鉄よりも硬い鱗を持っていたそうだが、それを一発で切り裂くほどの実力の持ち主だ」

 

 驚きの声がいくつか上がる。おそらくそれはオレの所業に対してであり、きっと彼の部分に反応したのではないと信じたい。

 

「さて、お前さん。一言何かお願いしたい。挨拶でも、何でもいい」

 

 いきなりこっちに振られる。いや、ちょ、急に言われても思いつきませんって。

 だが、周りがそんなオレの心情に気付くはずもない。期待のまなざしに負けて、しぶしぶ立ち上がった。

 

「えーっと、はい。こんにちは?先ほど紹介された……名無しの魔物です。呼び方は好きにして構わないです。一番呼ばれているのは……髪の色から、白髪ですかね?」

 

 もうグダグダであった。仕方ないだろ!? ここ数ヶ月まともに会話とかしたことないんだしさあ、そもそも生前でもこういうことほとんどなかったんだからさあ!

 

 だが、周りの誰もが気にした様子がない。ええい、こうなりゃやけくそだ! ついでに今まで訂正できなかった勘違いも訂正してやる。

 

「このスライムたちはオレの仲間?というよりペットですね。ほとんどオレと一緒に行動してますけど、仲良くしてあげてください。もちろん人は食べませんよ。それと最後に一つ、オレは女じゃなくて男です!」

 

 一気にそういうと、そのまま座った。部屋の中は「え…嘘…」とか「本当に…?」といった驚愕の声が飛び交っていたが、そのすべてがオレの最後の発言に対してではないと信じたい。

 

「さて、それでは皆の者。同胞を助けてもらった感謝の意と、これからしばらく滞在する彼に歓迎の意を込めて、今日は存分にもてなそう!」

 

 アラルが話し終わると同時に、室内が沸きあがる。

 オレが連れて行かれた先は、宴会場でした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「はい、あーん!」

「あ、あーん」

「白髪ちゃん、こっちもこっちも!」

 

 宴会の開始から約十分。早々にアラクネのお姉さんたちに捕まったオレは、このようにかわいがられて?いた。中には初対面の人もちらほら……いやこれちらほらっていうか、半分以上がそうだな。

 

「いやあの、オレあまり食べる方じゃないから、もうお腹いっぱいなんですけど」

 

 この言葉はほとんど嘘である。そもそもの話、この体に普通の食事はほとんど意味がない。ぶっちゃけた話、無駄にしていると言っても過言ではない。

 ではなぜ食べているのかと思うだろうが、それはまあ、純粋にうまいからだ。

 なにせ魔物になってから八か月、サバイバル生活で食べたものなんて核を除いたら皆無なのだ。食べ物の味なんて忘れきっちまてる。今の状態なら納豆だろうとシュールストレミングだろうと美味しく感じるだろうな。いやシュールストレミング食ったことないけど。

 

 ただ、自分の食事をほったらかして世話されるのも申し訳ないので、彼女らから逃げることを試みた。

 

「大丈夫よ! 全然苦しそうじゃないから、まだまだいけるわ! それに、昨日から何も食べてないんでしょ!」

 

 そして見事に失敗する。

 

「いやあむぐっ!?」

 

 こうなったらもう直接言おうと思って口を開いた瞬間、でかい肉を詰め込まれた。

 

「全くもう、子供はちゃんと食べないとだめよ? あなたのペットたちだってあんなに食べているのに」

 

 ペット?あ、スライムのことか。自分でそう紹介しておいて忘れかけるって…

 そこまで考えて、スライムたちがいないことに気付く。慌てて周りを視ると…

 赤スライムは隣のお姉さんたちの輪の中心で多くの人から、緑スライムは人の輪から外れたところでラピスに抱かれながら食べ物をもらっていた。

 

「ほら、あれくらい食べなきゃだめよ?はい、あーん」

「あーん」

 

 驚いたな、まさか緑がオレ以外に気を許すとは。出会った時からだけど、緑ってすごい臆病なんだよな。オレに完全に気を許すのに一週間はかかっていたのに、それがまさか会って一日目の人に懐くとは……

 

「ほらこっちも。はい、あーん!」

「あーん」

 

 まあ、悪いことではないな。ラピスとはこれからしばらく一緒に住むし、むしろずっと警戒しているほうが失礼にあたる。

 

「なんだ、まだまだ余裕そうじゃない」

「え?」

「ほら、料理はまだまだあるし足りなかったらまた作ってもらうからじゃんじゃん食べて!」

 

 あ、やばい。考え事をしたせいで、周りがよく見えてなかった。

 

「「「はい、あーん!」」」

 

 ……もういいや、どうにでもなれ……

 

 それから一時間後。おおよそ10人前は食っただろうオレは、アラクネたちが満足するとともに料理が残り少ないことに気付き慌てて自分の食事を確保しに行ったことで、やっと解放された。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「散々な目にあった……」

「はっはっは!嬢ちゃん……いや、男だから坊ちゃんの方が正しいか?」

 

 手持無沙汰になったオレは、男性陣に混ざって話すことにした。ほぼ全員が初対面ではあるが、彼らはそれを気にした様子もない。

 

「……正しいはずなのに、違和感が大きいのはなぜだろうか」

「こまけ―ことは気にすんな! というか坊ちゃん、大勢の女に囲まれてキャーキャー言われるなんざ羨ましいじゃねーか!」

「いや、あれは愛玩動物に対するキャーキャーだと思うんだけど……」

 

「それでも言われたいってのが男ってもんだろ!」

 

 そういって隣に座る会話相手――【物作り】の集会場で話した、アラクネ男性の中で唯一の顔見知り―は手元の水呑を取り、中身を一息に飲み干した。まるで酒でも飲むようなそぶりであったが、匂いからして酒ではないようだ。

 

「ッか~! やっぱり仕事後の一杯は格別だな!」

 

 よう、だ……え、おっちゃんなんで顔赤くなってんの?なんで目がとろんとしてきてんの?

 

 わけがわからず目を白黒させるオレを見て、周りから笑い声が漏れた。

 

「アハハ、いや反応が予想通り過ぎてね。外の人間が来るときも宴会を開いているんだけど、彼らも君みたいな反応をするんだよ。」

 

 右斜め前に座っていた、アラクネ男性としては珍しい、華奢な体つきの男が答えてくれた。

 

「いや、それはいいんだけど……酒ではなさそうなのに、なんで酔っているんだ?」

 

 地球には存在しないアルコールの入った飲み物とかなのか?

 

「人間は“さけ”とやらで酔うようだけど、僕たちは人間じゃないからね。今飲んだ木の葉を煮でできる飲み物や、あとは外の人間が持ってくる炒った豆を煮てできる黒い飲み物で酔うんだよ。黒いのは希少だからホント数年に一度飲めるかどうかだけど」

 

 木の葉と炒った豆を煮てできる飲み物……それってお茶やコーヒーのことか?

 ……そういえば、蜘蛛はカフェインで酔うってどこかで聞いたことがあるぞ。アラクネも一部が蜘蛛だから、その体質を持っていてもおかしくはない、か?

 

「それにしてもよお、白髪の嬢ちゃんって、なんかところどころ人間みたいだな。今の反応もそうだが、その見た目や“敬語”を使うところとか。嬢ちゃん実は人間ってことはねーか?」

「……証拠を見せたりできないけど、オレはれっきとした魔物だ」

 

 何気ない一言。その一言は、まさに真実の的の中心を射ていた。

 

 返す言葉には、どこか薄暗さがある。それがいったい何なのかは、自分でもよくわからなかい。

 

「はっはっは! いや別に嬢ちゃんを疑っているわけじゃねーんだぜ? それに、どっちであっても、俺たちが嬢ちゃんを歓迎することには変わりねーぜ!」

「……ありがとう」

 

 予想外のうれしい言葉に、そう返事することしかできなかった。

 

 ……それにしても、いつの間にか呼び方が嬢ちゃんに戻ってるな。オレってそんなに見た目が男らしくないのだろうか……

 

(なあ、ルシファー(お断りします)まだなんも言ってねーじゃねーか!せめて最後まで聞けよ!)

(姿を変える理由が存在しません。それに私もその姿を気に入っているので、マスターの要望は却下します)

 

「ほら、嬢ちゃんも飲め!嬢ちゃんの歓迎会なのに、嬢ちゃんが楽しまないでどうする!」

 

 ……もう、どうにでもなれ……

 

 その後、性別のことを諦めたオレはやけになったようにお茶を飲み、盛り上がった会話は自分を含めた全員が寝てしまうまで途切れることはなかった。

 

 




読んでいただきありがとうございます


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15 新たな発見

試しに少し遅くしてみました


 知らない天井だ。

 

 いや、よく見たら天井じゃない。頭だけがはみ出るように卓に突っ伏して寝ていたようで、視線の先は床だった。

 

 頭だけを起こして、周りを見る。男は卓に突っ伏すように、女は床や卓の上で横になって寝ていた。

 

 それにしても、昨日の記憶が朧だ。男性陣で話をしていたところまでは覚えているのだが、会話の内容といったものがさっぱりだ。

 こういうとき記憶がない原因は大体酔いによるものだけど、酒は飲んでないしな。雰囲気酔いってやつか? いやでも雰囲気酔いで記憶って無くなるのか?

 

 少し考えるが、早々にまあいいやと割り切る。こうして忘れるってことは別に対して重大な話をしていたわけでもないのだろう。

 

 とりあえず体を起こそうとすると、背中に重みを感じた。見ると、赤スライムが寝ている。頭まで登ってこなかったのは、オレの体勢が体勢だったからかな。

 

 赤スライムを横に退かして、今度こそ体を起こした。そういえば、緑がいないな。

 

 さっき見たときはいなかったから、視て探す。すると、いた。ラピスに抱き枕にされながら寝ていた。

 

 起こさなくていいか。

 

 足音を立てないように歩き、こっそりと宴会場を出る。本日も天気は快晴で、洗濯物でも干したらあっという間に乾いてしまうだろう。

 

 影の長さから推測すると、日の出から2時間ほどか。転生後は大体日の出とともに起きていたから、大寝坊もいいところだ。

 

 さて、どうすっかな。

 

 外に出たのはいいものの、特に何かをするとか考えていたわけではない。

 

 そんなわけで、村をぶらぶらしてみることにした。昨日も見て回っていたが、全部みたわけではないし、それでも暇になったら森に行って一狩りすればいいだろう。

 

 直進して右に曲がって左に曲がって。しばらく適当に歩いていると、ちょっとした広場に着く。そこでは、6人の子供たちが追いかけっこをして遊んでいた。

 

 見たところ、全員が人間の足だが、女の子なのか?顔がどう見ても男の子なのもいたから、確信が持てない。

 

「あ、白いおねーさんだ!」

 

 一人がオレに気付き、走り寄ってくる。そういえばこの子見たことがあるな、確か、宴会にいたはずだ。てか確か赤スライムに食べ物あげてたから、いたのは間違いない。

 

「おねーさん、こんなところでどうしたの? 赤ぷよは?」

 

 赤ぷよ……スライムのことか。確かにぷよぷよしているから、合ってるな。

 

「ああ、起きたのはいいけど赤ぷよや他のみんながまだ起きていなくてね。暇だったからこうして村をみて回っているんだよ」

「だったらさ、一緒に遊ばない?すっごい楽しいよ!」

「うーん、そうだね。いいよ、何する?」

 

 よくよく考えたら気が抜けないサバイバル生活をずっとしてきたんだ、たまには童心に帰って思いっきり遊ぶのもいいかもしれないな。

 

 

 

 第一ラウンド……鬼ごっこ

 

 アラクネの子供たちの足はかなり早かった。ルシファーに聞いてみると、100m10秒ほどらしい。この世界の人間にとっては、ある程度の鍛錬をしていれば出せる速さだ。ただ、子供でもこの速さというのはやはり魔物だからなのだろうな。

 

 第二ラウンド……かくれんぼ

 

 ぶっちゃけかくれんぼが一番大変だった。なにせつい最近ここに来たオレと、生まれたころから住んでいた子供たち、どちらに地の利があるのかなんて一目瞭然だ。おかげでオレが鬼になったときは、全員探し出すのに一時間近くかかって、最後に見つけた子なんて軽く寝ていた。魔力感知を使ったらすぐに終わっただろうが、遊びにそんな反則技を持ち出しても面白くないので使わなかった。

 

 第三ラウンド……球落とし

 

 ノーバンといったらわかりやすいかもしれない。何人かでボールを蹴り上げ、最初に落とした人や、あらぬ方向に飛ばした人が負けとなる、小学生とかがよくやっている遊びだ。

 何回も勝負した結果、オレが落としたのは実に4割ほど。これは手加減をしたわけではなく、普通に下手だっただけだ。

 ボールの落ちる位置はわかる。蹴るタイミングもわかる。わからなかったのは、ボールを上に蹴る蹴り方だった。

 元々オレは運動神経がとてもいいとは言えないし、サッカーとか何かスポーツをしていたわけではない。知ってる蹴りなんて、こっちに転移してから習った体術くらいだ。人を蹴る蹴りで、うまくボールを蹴れるはずがない。だいたい変なところに吹っ飛ぶ。

 おかげで散々な結果になっている。ただまあ、後半に多少は慣れてきたことで、4割に収まった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「疲れた~……」

 

 現在の時刻はだいたい正午。流石に午前中遊び通したら子供たちの体力もなくなったようで、木陰で休んでいる。

 

「のどは渇いてるかい?」

 

 オレがそう聞くと、こくんと頷く。

 魔法を使って水を生むか。あ、でもコップがないな。取りに行くのは面倒くさいし……こうすれば問題はないか。

 

 魔法で水球を生み出し、魔力制御の要領でそのまま空中に浮かせる。魔力とは違って実体だからか、少し難しいな。

 

「え……おねーさん! 水が宙に浮いてる!」

 

 いきなり現れた水に、子供たちは大驚きしている。中には怯えた様子の子も。

 

「あ、ごめんごめん。あの水はオレの魔法だから、安心して」

「まほー? まほーってなに?」

「えっと、魔法っていうのは……」

 

 アレ? 魔法って何なんだ?知ってるのが当たり前だから、説明が思いつかん。

 

(魔法とは、生命体が魔力を介して……)

 

 待てルシファー、そんなオレが理解できなさそうな模範解答子供に言ってもちんぷんかんぷんなだけだろ。

 

「……魔法っていうのは、今みたいな不思議なことのことだよ」

 

 そうそう、こんな感じの回答なら子供たちにもわかるはずだ。

 

 実際、子供たちは「へ~~」といった感じに水球を見つめていた。

 

「……ってアレ?」

 

 今の、誰の声だ?

 咄嗟に後ろを振り向く。そこに立っていたのは――

 

「……どうも、一昨日ぶり」

 

 オレが助けた3人組のうちの一人、黒髪が立っていた。服装は相変わらずで、見ているオレの方が暑くなりそうだ。

 

「……いつからそこに?」

「……ついさっきから。あなたが子供たちと休んでいるのを見て気になった」

 

 答える声は、どこか眠そうな感じがする。初対面の時はテンションが高かったけど、こっちの方が普段なのだろう。

 

「……あなたに用があって探していたし、ちょうどよかった」

「オレに用?」

「……うん。まずはお礼。助けてくれて、ありがとう」

「……助けたのはたまたまだって」

「それでも助けてくれたことに変わりはない」

「……まあ、受け取っておくよ。それで、他の用ってのは? “まず”って言ってたんだから、あるんだろう?」

「先に言われた……まあいいけど、一つお願い」

 

 彼女が口にしたお願いとは――

 

「私の武器を、作ってほしい」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 10分後、【狩人】の集会場にて。

 

 昼頃だからなのか、オレたち以外誰もいない。

 

「それで、どんな武器がいいんだ?」

「私より長くて、横幅も私以上に広い剣」

 

 え? つまり大剣ってことか? しかもロマン武器方面の。

 

「……もしかして、できない?」

「ああ、いや、ちょい驚いただけだ。なんていうか、体格的にそういうの使うのはあの……髪が赤色の方かと思ってさ」

「……それが普通なの?」

「いや、ただのオレの偏見だ。気にしなくていい」

「なら、できそう?」

「うーん、試してみないとわからないな」

 

 剣のくくりに入っていれば『創剣』で作り出せるはずだが、オレが確信できなかったのはオレの魔力が持つかという点だ。

 『創剣』の消費魔力は、創るものの性能、そして体積によって変動する。今まで作った剣って細身な奴ばっかりだから、大剣を作るとなると10倍以上の魔力を使うことになりそうなのだ。

 

「今から素材もらってくるから、それで試してみて」

 

 そういうと黒髪はあっという間にどこかに行った。いきなりすぎて、止める暇もなかった。

 

 素材って、別に必要ないんだよな。あ、でも黒髪に言ってなかったから、オレのミスか。あとで謝っておこう。

 

 というか試すって言ったけど、『創剣』ってあまりむやみに試せる能力じゃないんだよな。消費が大きいから、一日に何回も使うことができない。

 

(なあルシファー。今のオレの魔力は大剣を創るのに十分か?)

 

 とりあえず、オレよりもオレの体に詳しいルシファーに聞いてみた。

 

(マスターの構想通りのを創るのなら少々危険、といったところでしょう)

 

 危険かあ……ここならそんな危険が沸いてくるようなこともないと思うけど、念には念を入れて魔力は残したい。

 

(制御能力がもう少し高ければ魔力も十分な量余るのですが……“解放”を行えば、十分な域にまで達することが可能です

(……アレはいやだな……)

 

 “解放”というのは、神格の能力を完全に引き出すためにリミッターを解除すること、らしい。正確なことはオレが理解できなかったが、おそらく認識としてはあっているはず。

 “解放”すると、人それぞれのメリットとデメリットが発生する。詳しいことは省くが、むやみに“解放”を使うことはしたくないとだけ言っておこう。

 

 性能を落とすのは論外だ。

 

 しかし困ったな……いっそ後で森に出て一狩りするか? 魔物の核でもあれば、それを魔力に還元できるんだが……

 

 あ、そういえば黒大蛇の核まだ取り込んでなかったっけな。あれなら十分な量の魔力を補充できるはず。

 

「……お待たせ」

 

 少し待つと、黒髪が両手で大量の素材――大半が骨で、少し皮らしきものもあった――を抱えて戻ってきた。

 

「何が必要?」

「ああ、実はオレの能力で作るから、素材は必要ないんだよ。わざわざ持ってきてもらったけど、ごめん」

「能力?」

「あー……説明難しいな。とりあえず見ていてくれ」

「わかった。」

 

 そういって黒髪は抱えていた素材を地面に降ろす。そして、オレの横に正座で座った。

 

 

 さて、始めるか。

 体内にある魔力を意識し、突き出した手のひらから放出。同時に放出した魔力が剣の形をとるよう制御した。

 この時点では、まだ肉眼では見えない。そのため横の黒髪もすでに創り始めているとはわからず、まだかまだかとそわそわしていた。

 

 少しすると、ぼんやりと見えるようになった。黒髪がそれを見た途端、当たるんじゃないかというくらいに顔を近づけてそれを凝視する。

 

 5分ほど経つと、ぼんやりとした剣の輪郭もはっきりしたものへと変化しており、例えるならガラスで作った剣、といったところだろう。

 

 完成までもう少しというところで問題は、突如起こった。

 

「ッ!?」

 

 背中に衝撃が入り、吹き飛びかける。剣に集中していたせいで、全く気づくことが出来なかった。

 

 咄嗟に地面に手をつき、ロンダートの要領で前に回りながら後ろを向く。敵である可能性もあったため、手にあった大剣をいつでも振れるよう構えた。

 

 が、それは杞憂となる。

 いたのは、敵などではなかった。驚いたような顔のラピスと、その腕に抱えられてダラーっとしてる緑のスライム。そして、ついさっきまでオレが立っていた場所で赤いスライムがぴょんぴょんとはねていた。

 

 …………なるほど。状況から察するに、オレにぶつかってきたのは赤の奴か。こりゃああとでとっちめる必要があるな。

 

「……びっくりした。」

 

 全然驚いてなさそうに、黒髪がそう漏らす。

 

「えーっと……ごめんなさい!」

 

ラピスはそういって、頭を下げた。

 

「目が覚めたときに白髪さんがいなかったので、この子たちと一緒に探していたんですが……まさか、見つけた途端飛び込むなんて……」

「あー、いやラピスは悪くない。全部こいつのせいだし、何なら教育できてなかったオレの自業自得でもあるから、気にすんな」

 

(申し訳ありません、マスター。接近は察知していたのですが、かなりの近距離だったため警告が間に合いませんでした)

 

 いや、ルシファーのせいでもないな。完全に赤の奴が悪い。後でとっちめておく必要があるな。

 

「……ところで、それってもう完成?」

 

 黒髪のその言葉に、一瞬何のことかわからなかったが、すぐに剣の話をしているのだとわかる。

 

「いや、多分失敗し、た? アレ?」

 

 タックルされたことで魔力制御は確実に乱れたから、ギリギリの魔力で作りかけていた大剣は魔力に戻って霧散しているはず……手に持っているこの大剣はなんだ?

 そして、もう一つ違和感を感じる。黒髪の運んできた素材、結構な量あったそれは一部が、具体的にはオレが地面に手を付けたあたりにあったものがぽっかりと無くなっていた。

 

「え……失敗? その剣が?」

 

 首をかしげる黒髪。声音には少々驚きも入っていた。

 

 改めて、手に持っている剣を見てみる。

 左右非対称、片刃の刀身は白く非金属的な、骨に近い色をしている。中心に一つ、剣先よりの方に一つ直径10センチほどの穴が開いており、爬虫類の頭蓋骨のようにも見えた。

 剣が素材を取り込んだ? 状況からして、そうとしか考えられない。

 いや、考えるのは後回しにしよう。

 

「いや……多分完成だな。試して見てくれ」

 

 そういって手渡す。黒髪はそれを軽く振ってみたり叩いてみたりしていると、表情が見る見るうちに驚愕したものへと変化していった。というかあの体でよくそんな大剣が振れるもんだ。

 

「……ちょっと試し切りしてく。」

 

 いうが早いか、あっという間に出入り口から出てどこかへ走り去った。

 

 取り残されたオレとラピスは唖然としてしまい、奇妙な沈黙が生まれていた。最もスライムには及ばず、動かないオレをこれ幸いに頭へ上ってくる。

 

「すまない、ここに……あれ、白髪殿じゃないか」

 

 突然背後から声が聞こえた。見てみると、後ろにいたのは、オレが助けた最後の一人、少しだけ話題にも出てきた赤髪だった。

 

「一昨日ぶりだな、昨日の宴会は楽しんでいただけたか?」

「あ、ああ。それなりにな」

「そうかそうか、それは何よりだ!」

 

 あっはっは、といった感じに赤髪は笑う。

 

「と、そうだそうだ。あいつを見なかったか?」

 

 その言葉はオレに向けられたものではなく、ラピスがそれに答える。

 

「さっきまではここにいたんですが……白髪さんが持っていた武器を受け取ったら、いきなり『試し切りしてくる』って言ってどこかに行っちゃいましたよ」

「武器?」

「ああ、オレが作ったんだよ。アラルさんとも武器を提供するって話はしていたし」

「……なるほど、全くあの武器馬鹿は……今日は守りの日だというのに勝手に森に、それも1人で行くとは……」

 

 そういって赤髪はこめかみに手を当て、ため息を一つ。

 だがその赤髪の様子よりも、一つ気になったことがあった。

 

「守りの日?」

「ああ、白髪殿が知らないのも無理はない」

 

 そして赤髪は【狩人】たちの決まりごとについて説明してくれた。

 重要なのは

 森に行くときは複数人で行くこと

 森に一日狩りに行ったら次の日は休み、その次の日には村の守りを行うこと

 村の守りの間、基本的には森に出ないこと

 この3つだ。黒髪思いっきり破っているじゃないですか。

 

「いつもはしっかりしているのだが、ホントにこと武器に関係するとな……」

「あはは……そういえば、ラピスはここにいて平気なのか? 一緒に森にいたのだから、今日は同じ村守りの日じゃないのか?」

「まあ、私はちょっと他の人と戦い方が違いまして……」

「え? そうなの?」

「まあ、その分あたいたちにできないことをやってもらってるから、かなり助かってるよ。……ところで白髪殿。あたいからも一つだけ頼みがあるのだが、聞いてもらえないだろうか?」

 

 うん? なんだ?

 

「その、だな……あたいの武器も作ってほしいのだ」

 

 ああ、そういえば大蛇相手に壊れたんだっけな。

 

「かまわないけど、今日は無理だな。さっきの一本で魔力が尽きた。明日なら創れる」

「……そうなのか。明日は狩りの日だからできればその前に作ってほしかったのだが……」

「ああ、大丈夫。十分ほどで終わるから」

「そうなのか? なら、明日の朝にまたここに来てくれ!」

 

 オレがコクリと頷くと、赤髪は入ってきた裏口から出て行った。心なしか、少しうれしそうに見える。

 

 部屋の中は再び二人だけとなる。

 

「そういえば、ラピスの武器は壊れていないのか?」

「私のですか……壊れてしまっていますね。ただまあ、あまり戦うことはないので、ありあわせでも大丈夫ですよ」

「ふーん……ちょっと気になったんだけどさ、ラピスってどんな戦い方をするんだ? あの二人のはだいたい察しがつくんだけど、それと違うって言ってたからさ」

「うーん……正面から戦わない、といえばいいんでしょうか? 糸を使って罠を張ったり、死角から投げナイフで攻撃したり……」

 

 わーお、邪道寄りの戦い方だったよ。いや、別に邪道はいけないってわけじゃないよ?つーかオレだって不意打ちで一発の戦い方好んでるし。

 

 それにしても、投げナイフか。生前は使っていた投げナイフも、転生してからは全く使わなくなったな。 まあ、単純に必要なくなっただけだが。

 今の身体なら、剣一本でたいていの魔物は倒せるからな。

 

 と、オレの話はどうでもいい。

 

「……いざというときのための武器くらいはあったほうがいいな。一つくらい作っとくか」

「え? いや。必要ないですよ。いざというときの武器ってほとんど使うことないと思いますし、白髪さんの負担になっちゃいます」

「いや、全然負担はかかんないんだけどな……そうだな、剣を創ることで一つだけ試してみたいことがあったから、それでできたものをあげるってのは?」

 

 試してみたいっていうのは本当だ。大剣に起こった現象、それが偶然だったのか必然だったのか、それによって剣に出た影響など確かめてみる必要がある。

 

「それでしたら……ありがとうございます」

 

 そういって頭を下げた。

 

 ふと、アラルの言葉を思い出す。彼女曰く、出自が少々特殊。ラピス敬語はそれによるものなのだが、この気遣いもそうなのだろうか。

 2日間で、オレはいろいろなアラクネと関わっているが、あまり遠慮をしないなと感じている。もちろん悪口ではない。なんと表現すればいいのかよくわからないが、オレはそんな彼らの性格が好きだ。

 

 ただ、ラピスの性格は彼らと違ってどちらかというと……

 

 そこまで考えて、頭を振る。世話になっているとはいえ、オレは部外者だ。プライベートなことをどうこうできる立場じゃない。

 

「ところで白髪さん、今日も村を案内しますか? 正直な話、あまり行くところはないんですが……」

 

 結局その後、村の中を再びブラブラして、再び会った子供たちと夕方まで遊んで、その日を終えた。




読んでいただきありがとうございます
ところで全く関係ないんですけど、10部のアクセス数が異常に多いのはなんででしょうかねえ……


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16 アラクネ達と初めての――

 翌日、まだ東の空も明るくならないうちに起きた。外は真っ暗であり、こんな時間帯に活動するのはオレを除いて夜行性の魔物くらいだろう。スライムたちも起きていない。

 

 扉を開けて、外に出る。なにも見えないが、魔力感知を使えば問題ない。そのまま音を立てないように、森に入った。

 

 さて、なぜオレがこんな時間に行動しているのかというと、昨日言っていた能力の実験を行うためだ。一応、知っていそうなルシファーにも聞いてみたが

 

(私も初めて知りました。咄嗟に解析はしたのですが、時間があまりにも短かったので詳しいことは何も)

 

 とのことだった。まあ、逆に言えば解析できるから、実験で詳しいことがわかるのは間違いない。

 

 200メートルほど歩いただろう。ここらへんなら、ある程度物音が出たとしても誰かが起きるということはないはずだ。

 

 まずはシンプルなナイフを一本、小さいのと性能をうんと落としたことによって少ない魔力で生み出せた。

 それを使って、木の幹を切ってみる。ついたのは、かなり荒い傷だった。

 試しに手で触っても切れない。せいぜいペーパーナイフほどの切れ味だ。

 

 次に、物を混ぜてみる。幸いにも、過去にオレが狩った魔物のほとんどはスライムたちの餌となっているが、骨や牙といった食べられない部位は残っていた。

 適当に一本の骨を取り出し、創りかけのナイフに触れさせてみた。

 

 振れた端から、骨が消えていく。30センチの骨の半分ほどが消えたところで、短剣は完成した。

 色は、やはり骨のように白い。形も、なんというか、ワイルドな感じになっている。

 

 作るときのイメージを変えたわけじゃない。どうも、物質を混ぜると混ぜたものに性質が引きずられるようだ。まあ、オレが創るものなんてヨーグルトのプレーンみたいな形ばっかだし、バリエーションが出ていいかもしれないな。

 そして――

 木の幹を切ってみると、ついた傷の粗さは減っていた。

 多少性能の上昇もあるようだ。

 

 それからも、色々な素材を混ぜたナイフを創っては試し、創っては試しを繰り返した。

 

 数十本を創ったところで、ある程度のことが分かった。

 ルシファーの解析結果と合わせてまとめると

 

 創り途中ならば物質を剣に取り込むことができ、その性能は取り込んだ物質のみで作られる剣の性質を下回ることはない。また、意識すれば体積以上の物質を取り込むこともでき、その場合頑丈さが上がっていた。

 

 例えば、土や木材を取り込んでもゴミ性能な剣しかできないし、魔物の素材、特に強力な魔物ほど性能は良くなっていた。ルシファー曰く、魔素を多く含んでいるほうがよりいいものになるらしい。魔素の塊である核を混ぜたらどうなんだろうって気になるが、持ち合わせがなかったのでまたの機会に試すか。

 

 さて、できることはほとんどやっ――てない、まだラピス用の武器を作っていなかった。

 

(うーん、何で作ろうかな)

 

 アイテムボックスを開いて、よさそうなものを探す。

 結局、湖の畔で見つけた氷晶を使うことにした。

 この氷晶は氷の結晶のことではなく、この世界の魔法金属の一種。ちなみに魔法金属とは魔法的な性質を持つ金属のことでありこの氷晶の場合、魔力を流すことで周囲を冷却する性質を持っている。ソースはルシファー。

 

 まあ、素材としては申し分ないだろう。能力を発動し、ちゃっちゃと創る。

 できたのは、藍色の透明な短剣だ。

 

(解析した結果、また新しいことが判明しました)

 

 うん? 新しいこと? 

 

(はい。どうやら素材が魔力的性質を持つ場合、それが剣に受け継がれるようです)

 

 ほう。てことは

 

 短剣に魔力を流し、水に触れさせてみる。かなりの速さで水は凍っていった。

 

 こいつは面白いな。

 

 さて、今度こそやることがなくなったから戻るとしよう。まだ東の空がわずかに明るくなったかといった時間だけど、早い人はもう起きているかもしれないな。

 

 来た道をそのままに、ログハウスに帰る。隙間から灯りが見えたから、どうやらラピスはすでに起きているようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あ、白髪さん。こんな朝早くにどこ行っていたんですか?」

「まあ、ちょっとね。というか、まだ明るくもなっていないのに、起きるの早いな」

「…………昔からの癖でして」

「ふーん、まあ悪いことじゃないか、早起きは三文の徳っていうし」

「三文の……? どういう意味でしょう?」

「早起きするのはいいことだって意味だよ。オレのいたところのことわざ……言い回しだ」

 

 そういいながら、ハンモックに腰かける。ちなみにオレは早起きしない派だ。三文って現代日本の通貨に直すとだいたい100円もいかないらしいから、だったら寝ていた方がましだ。

 

「ことわざ……ですか。不思議なものですね」

「不思議なのかねぇ? あ、そうだそうだ」

 

 アイテムボックスを開き、さっき創った短剣を取り出す。

 

「ほい、昨日言ってたやつな」

「昨日……あ、武器を作っていただけるという話のですか?」

「そうそう。扱いやすい短剣にしたけど、よかったか?」

「はい。ありがとうございます。……きれいですね」

 

 オレが渡した短剣を眺めて、ラピスがそうこぼした。

 

「あ、そういやそれちょいと面白い性質ついてるんだよ」

「面白い性質ですか?」

「ああ、その短剣魔力を流すと周囲を冷やすんだよ」

「魔力?」

 

 あ、やっべ。

 

「ごめんごめん。魔力ってのは……」

 

 よくよく考えてみると魔法そのものがあまり知られていないのに魔力なんて用語が通じるわけがないな。

 

「……よくわかりませんが、魔法の元、ということですか?」

「うーん、まあそれで合ってるよ」

「ふーん……ところで、その『魔力』とやらはどうやって流すんですか?」

「あ、あー……」

 

 結局、ラピスに魔力操作について一から教えることになった。

 

 

 太陽がそこそこ高い位置まで登ったころ、オレ達はログハウスを出た。

 日の出から二時間ほどだろうか? どうやら狩りは朝一に始めているわけではないらしい。まあ確かに初日に集会所に行ったのは日の出3時間後くらいだったけどアラクネ達は出発前だったな。

 

 ラピスはこの3時間ほどで、すでに魔力操作がかなりのレベルになっている。魔力の放出、調整はお手の物で体外に出した魔力の操作もある程度が可能になっていた。わかりやすく言うと、オレの一か月間の努力に3時間であっさりとたどり着いたということだ。

 そして驚くことに、ラピスは生まれつき魔力感知ができるらしい。放出した魔力を指さして「見えるか?」って聞いたらあっさりと「見える」って返された。わかってたら魔力の説明もする必要がなかったってのに……

 そういえば、そのあとにラピスに「魔法を教えてほしい」って頼まれたな。オレとしてはかまわないのだが、アラクネには魔法の適正はあるのだろうか? 

 

(個体によって違います。アラクネにも“種”は宿るのでそれに左右されます)

 

 え? そうなの? てっきり人間にしか宿らないのだと思ってたわ。

 

(実際のところは知性ある生物なら宿ることが出きます。というか、その論理ですとマスターに私が宿ってることがあり得ないことになりますよ?)

 

 いや、オレ元人間だし、というかすでにルシファーとして覚醒してるし。

でも困ったな。こんなところに鑑定の間みたいな場所ってあるわけないから調べられないじゃないか。

 

(多少大雑把になりますが、可能です)

 

 流石相棒。帰ったら早速やるか。

 

 そんなやり取りのうちに、集会場に着いた。ちなみに赤スライムはいつも通りオレの頭上にポジショニングしてるが、緑はラピスの懐に収まっている。よっぽど懐いているみたいだ。

 

「おはようございまーす」

「おはようございまーす」

 

 布をくぐりながら挨拶をする。

 

「おお、おはよう」

「白髪ちゃん、おっはー!」

 

 中にいたのは赤髪とそのほかに三人がいた。全員知った顔である。

 

「早速で悪いのだが、武器の方を頼めるか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 そう答えると赤髪はそそくさと裏口から出て、すぐにくそでかい袋を引きずって戻ってきた。予め準備でもしてたのか。

 

「こいつらを使ってくれ」

 

 袋の中身は、大量の素材。それも昨日黒髪が持ってきた量の二倍はある

 

「……多すぎない?」

「白髪殿の武器作りはどれくらい使うかわからなかったのでな。それに実のところ、あまり使うことが多くないからどんどん溜まってく一方なんだ」

「そうなんか……ところで、どんな武器がいいんだ」

「ああ、言ってなかったか。あたいは双剣だ。ただ、短い剣じゃなくて、長剣の二刀流といったほうがわかりやすいかもしれない」

「なるほどな……」

「この材料で作れそうか?」

 

 若干心配そうに聞いてみる。

 

「問題ない。あの黒髪の剣を創ったんだぞ?」

 

 そういうと、赤髪が安心半分呆れ半分といったような表情をして笑った

 

「はっはっは……あの後あいつに見せてもらったが、確かにアレが作れるのなら大丈夫だな」

「ははは……もう始めちゃってもいいか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 許可も出たので早速素材を選び始める。魔素を含む方がよりいいものができるので、魔力感知による選別だ。

 

 最終的に使う素材は元の3分の1ほどの量になったが、軽く長剣4本分の体積はある。

 

 さてと、準備は整った。

 

 『創剣』を発動。右手から出た魔力が剣の形、オーソドックスな長剣の形を取り始める。どうせ素材を混ぜたら変わるのだからここでこだわる必要はない。

 

「おおお…………」

 

 黒髪、ではなく他にいた二人のだ。限界まで顔を近づけて凝視してくる様子はひどく既視感がある。

 ……こいつらも愛好家か……宴会の時じゃ普通だったから気づかんかった

 

「すまない、彼女たちは白髪殿の能力をぜひ一度見てみたいって言ってきかなくてな。邪魔なら引っ張って出すが……」

「いや、問題はない。ただ触らないでくれよ? 何が起きるかわからないし下手したら顔を持っていかれるかもしれない」

 

 朝の実験では生き物までは試していない。ていうかまず生きたまま素材にすることとか基本ないだろ。

 

 オレの忠告に二人は首を縦にぶんぶんと振った。それでも顔を遠ざけたりしないところに二人の本気を感じる。

 

 数分経つと剣の形が安定してきたので、空いている左手で素材を適当にとって剣に混ぜた。

 

「「「!?」」」

 

 これには、愛好家二人だけじゃなく赤髪も驚いている。やはり骨が粉になって消えていく様子は摩訶不思議なのだろう。

 

 あっという間にすべて取り込まれたので、左手でどんどん追加していく。最終的に選別した素材の半分ほど取り込んだところで剣を完成させた。

 

 一メートルほどの細い刀身。大黒蛇の鱗も混ぜたのでいろは黒になっているが、形状はやはり予定とは違いワイルドになっている。

 

「……もうできたのか?」

「片方だけだけどな」

 

 同じ作業を繰り返し、ちゃっちゃともう片方も創る。

 

 だいたいの形は同じだ。が、やはり細かい差異がいくつもある。二つ一組で扱う双剣としては少々まずいかもしれない。まさか形が勝手に変わることにこんなデメリットがあったとは……

 

「……一応、できたな」

「何か問題でも起きたのか?」

 

 赤髪が不思議そうに聞き返してきた。

 

「見た通り、同じ形にできなくてね。……とりあえず振って見てくれ。なんか違和感を感じたらまた作り直すから」

 

 そういって、ポーンと投げ渡す。

 

「どう見ても同じに見えるのだが………………というより、あたいたちは武器を手作りしてるから同じ形の物なんて使うことないぜ?」

「それもそうだが……武器は万端な方がいいだろ?」

「ははっ。確かにそうだな」

 

 赤髪は陽気に笑うと、その場で構えた。ちょ、室内でやるのかよ!

 

 そんなオレの内心を赤髪が知る由もなく、“試し振り”を始めた。

 横に切り、縦に切り、突き。時には両手同時に、時にはバラバラのタイミングで仮想的に対して攻撃をしている。武道の型みたいなものでもあるのだろうか? その動きは洗練されており、まるで演武のようであった。

 

「……ふう」

 

 思わず見とれているうちに演武が終わった。一応幸助の双剣術も見たことはあるのだが、ここまできれい、というか洗練された感じではなかった気がする。

 

「で、使い心地はどうだった?」

「問題ない。むしろ今までで一番使いやすいほどだ」

「それならよかった」

「ねえ、それが新しい剣? 「なにそれかっこいい!「というかさっきのもう一回やって!」」」

 

 会話が途切れた瞬間、赤髪に大勢の人が群がった。剣の製作途中か、演武途中に来たのだろう。

 

 結局、赤髪が解放されたのは一時間ほど経った後だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……私も呼んでほしかった」

「寝坊したお前が悪い」

 

 黒髪の拗ねたような愚痴を、赤髪がばっさりと切り捨てる。赤髪解放五分前に集会所に来た彼女は、オレの刀剣製造を(もう一度)見たかったらしい。

 

「……寝坊じゃない。いつもあの時間だから」

 

 どうやら常習犯のようだ。

 

「はいはい、ならいつもから早起きしましょうね」

「……むぅ」

 

 ラピスの正論に、ぐうの音は出ないようでそう唸った。

 

 

 黒髪も合流したことにより、オレと3人は森に出ていた。もちろん、狩りである。3人もずっと狩りをしているから別にオレがいる必要はないのだが、「一緒に行こう」って誘われて断るほどオレは無粋じゃない。

 ちなみにもちろんのことスライムたちも一緒である。相変わらず赤スライムはオレの頭上、緑スライムはオレの懐だ。

 

 しかし、魔物がいない。かれこれ20分ほどは歩いているはずなのだが、オレの魔力感知に一体も引っかからない。

 3人は周りを警戒していないように見えるから、いないのが自然なのだろうか? 

 

 だがオレのその考えは、次の瞬間間違いだと知る。

 

「……いました。向かって右斜め方向に3匹」

 

 突如、ラピスがそうつぶやいた。

 

「え?」「距離はどれくらいだ?」

「400メートルほどです」

「了解だ。ああ、白髪殿。こいつは特殊な技能を持っていてな、遠くのことがよくわかるらしい」

「ほら、朝に白髪さんが『魔力感知』って呼んでいた能力ですよ。いつもはこういう風に使っているのです。」

 

 驚いた。

 いやホントに驚いた。なにに驚いたかというと、生身の脳なのに『魔力感知』で広範囲を見れることに対してだ。

 

 魔力感知で収集する情報はハイスぺなこの体ですらルシファーの補助がないと処理が追い付かないほどの量。それを生身の脳で処理しきるとか、どんな頭してんだ。

 

(おそらく、視る範囲を境界線ギリギリに集中しているのでしょう。それでも常人では処理しきれる情報量ではありませんが)

 

「それにしても驚いたな。前まではせいぜい300mまでじゃなかった?」

「そうなんですよね……白髪さんのおかげでしょうか?」

 

 いや違うだろだろ絶対。オレがしたことなんて魔力操作を教えたくらいだぜ? 

 

「……おしゃべりはそこまで。行くよ」

 

 黒髪のその言葉に、二人が気を引き締めた。赤髪を先頭に一列縦隊をとると、ラピスの指し示す方向に走りだした。

 

 1分ほど走ると、オレも魔物の存在を感知する。大きさは一メートルほど、体型は太く短い蛇のような魔物――たしか、アースワームだっけな――が3匹。たいした相手ではないが、オレとしては相手したくない魔物だ。

 

「キシャァァァァァァァァァァァ!!」

 

 なんせ、超キモイ。短い胴体には口以外のパーツが何もなく、その口もナツメウナギのようでとにかくキモイ。さっきは短い蛇といったが、芋虫といったほうが表現としては正しいかもしれない。

 

 だがそんなキモイ魔物であろうと、獲物には変わりない。ラピスを除いたオレ達三人はそのまま突っ込む。

 

「はああ……!」

 

 二人の見事な連携に、アースワームは一分も耐え切れずその命を失った。

 

「残りにひ……き……」

 

 連戦に身構えていた赤髪は、オレの方を見て言葉が続かなかった。

 

「……さすがね」

「うん? いやまあこいつらあの時の蛇より何段も弱いし、大したことじゃないぞ?」

 

 残りの2匹は、オレがすでに狩っていた。実際こいつらは動きも鈍重だし、体が硬いってわけでもないから苦戦する理由がないんだがな。

 

「……まあ、白髪殿がすごいのはみんな知ってるからいいとして。血の匂いで他の魔物が寄ってくるから、こいつらを解体して早く離れよう」

「ん? 解体?」

「ああ、何か問題が?」

「いや、オレの魔法があるから必要ないんじゃないかって思ったんだよ」

 

 そういうと、一瞬赤髪ははてなマークを頭上に浮かべるが、それはすぐにビックリマークになった。

 

「……ああ! そういえばそうだったな。頼めるか?」

「勿論」

 

 アイテムボックスを開き、念動力で地蟲を持ち上げて中にぶち込む。青い体液がべっとりついててマジで触りたくない。過去に狩ったときもほとんど使っていない『操剣』を使って解体したほどだ。

 

「ところで気になったんだが、解体したものはどうやって持って帰っていたんだ?」

「私が袋を作って、そこに入れて持って帰ってました」

 

 へえ、糸で作る袋ね。なんかすごい蜘蛛っぽいな。

 

「さて、いつもは収穫を置きに一回帰っているが……白髪殿、このまま狩りを続けても平気か?」

「ああ、問題ない」

 

 もとより一日中の狩りには慣れている。

 

 再び森の中を獲物も留めて歩きまわる。が、なかなか獲物が見つからない。いや小さな魔物であればちょくちょく見つかるのだが、食えないやつだったり狩ってもうまみが少ない奴ばっかりであった。

 

 そして昼も過ぎて太陽が傾いたかなーって感じる時間帯。ラピスが一匹の魔物を感知した。

 

「……いました。ここから前方に一匹、かなりでかいです」

 

 ちなみにラピスの感知じゃあ魔物の形まではわからないらしい。

 

「それと、かなりの速さでこちらに向かってきています。」

「なるほど……待ち伏せをした方がいいな。アレを頼むぞ」

 

 アレ? 

 何のことかわからないオレだったが、どうやらラピスに対しての言葉だったらしい。

 

 服の裾から蜘蛛の脚を出すと、糸で何やら作り始めた。そしてできたそれを、近くの木の根元に張り巡らせる。

 

「今何やってるんだ?」

「……罠を張ってる」

「ああ、なるほど」

 

 確かに、待ち伏せするなら使うべき手段だな。しかし、糸の罠ってますます蜘蛛っぽい。

 

「終わりました」

 

 まだ一分もたってないのに、すでにスタンバイできたようだ。

「それじゃあ、誘導は頼んだ。白髪殿、私たちは獲物が罠にかかったら強襲する」

 

「了解」

 

 オレの返事を聞くと、赤髪は罠の真上の木の上に登る。上からの攻撃をするようだ。

 オレは、多少遠くの木の幹に待機することにした。大黒蛇を倒したときと同じようにやる算段である。

 

 十秒ほどで、魔物がオレの感知範囲に侵入する。

 

「こいつは……」

 

 その姿を視て、少々驚いた。

 形はほとんどただのトカゲと同じだ。だがその大きさは優に5メートルを超えており、そして何よりその頭には巨大なとかさがついていた。

 

(確か……バシリスクといったっけな?)

 

 名前と特徴は知っていたが、視るのはこれが初めてだ。

 バシリスクは、竜に最も近い魔物だと言われている。その姿もさることながら、一番の理由はその戦闘力だ。

 竜種で一番弱い魔物はヒュドラだが、そのヒュドラとほぼ同格らしい。ならなぜヒュドラだけ竜種に数えられているのかというと、その個体数の少なさだ。

 少ないゆえに、危険性は多少低くなる。それなら個体数も多いヒュドラを竜種としてカウントすることで、注意を促そうと考えたのだろう。

 

(……ま、オレにとってはどうでもいいことだ。石化能力を持っているらしいけど、一発で仕留めるから関係ないな)

 

 身を潜め、じっと接近を待つ。

 

(……ところで、なんでコイツは走っているんだ? あんな遠くからじゃあ、オレ達の匂いを感じたとは思えないし……)

 

 ふとそんな疑問が頭をよぎるが、バシリスクが見える距離まで接近してきたのですぐに思考から消えた。

 

 PI―――――――――――!

 

 黒髪が口笛を吹いた。それに気づいたバシリスクは餌を見つけたとばかりに進路を変え、一直線に向かって行く。

 

 罠にかかるまであと5秒、4、3、2、1

 

「ギュルゥゥゥ!?」

 

 バシリスクが転んだ。ラピスの作った罠は足に糸を絡ませるもののようで、抜け出そうと必死にもがいている。

 

 その上から赤髪が飛び降り背中に一撃を加えた。突然の痛みに、バシリスクはさらに激しくもがき始めた。

 

 正面に立っていた黒髪が、頭に大剣で一撃を加える。が、暴れているため直撃はせず深い傷を与えただけとなった。

 目の前の小さい生き物に攻撃されたことに気付き、バシリスクはそれを初めて敵だと認識した。

 首をもたげ、その口を開く。こんな矮小な生物、石化ブレスを放てばたちまち死ぬだろう。

 だが、ブレスを吐くことはできなかった。放つ直前に、オレがその動きのなくなった首を両断した。

 

「……ナイスタイミング」

 

 剣で防御態勢をとっていた黒髪は、サムズアップとともにそう言った。

 

「それにしても、こいつは何なのだ? 始めて見るな」

 

 へえ、やっぱりここら辺に住処があるわけではなさそうだな。ならなんでこっちまで来たのか……待てよ? こいつは走っていた……急いでいた。何故急ぐ必要があった? 

 

「おーい、白髪殿。とりあえずこれの収納を頼んでいいか」

「ん? あ、ああ。わかった」

 

 念動力で持ち上げ、下に開いたアイテムボックスに落とし入れた。

 ……あれ、何考えてたっけ? ま、いっか。

 

「にしても、ラピスの糸ってすごい丈夫なんだな。こんなでかいのが暴れても切れないなんて」

「いえ、いつもは結構早く切れるのですが……魔力を込めてみたからでしょうか?」

「え? 魔力を込めた?」

「はい。なんとなく丈夫になるような感じがして試してみたんっですが……何か問題でもありましたか?」

 

 驚いた。今日は驚いてばかりだな。

 無色魔法には『強化リインフォース』という基礎魔法があって、それは今みたいにものに魔力を流して強化する基礎的な魔法だ。だけど教えていないのになんとなくでそれを使うとは……

 あれ? でもラピスって糸にずっと触れていたっけ? ……まあ、いいや。

 

 

 そのあとも森の探索を続けたが、バシリスクがいたせいか魔物が全く見つからなかったので村に帰ることにした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 すっかり日の落ちた村の中を、満足したような顔のラピスと疲れたような顔をしたオレが歩いている。

 

 

 村に帰った後。オレ達は集会所に向かった。今日が狩りの日の人たちはすでに帰ってきており、オレ達が入ると今日の成果はどうだったのかを聞かれた。

 疲れた原因はそのあとだ。オレが今日の成果であるワーム三体とバシリスクを出すと、アラクネたちが沸き上がり、色々と聞かれたあげく何故か宴会が始まったのだ。

 

 そこからは一昨日と同じく、アラクネ達に甲斐甲斐しく世話され続けたってわけだ。しかも今回は男性たちがいなかったので、逃げ場所すらない。結局のところ、宴会が終わるまで耐え続けるしかなかった。

 

 

「白髪さんどうしました? そんな疲れたような顔をして」

「いや……大丈夫だ」

 

 ちなみに満足そうなのは、ラピスだけではなくスライムたちもだ。今は赤スライムはオレの頭上で、緑はやはりラピスの懐でぐっすりと眠っている。こいつらが消費した食料は実にワーム二匹分、今日の成果の半分ほどであった。そりゃ満足するわな。

 

 ログハウスの扉を開け、中に入る。

 

「さて、ラピス。今朝お前はオレに魔法を教えてほしいって言ったな」

 

 ハンモックに座り込んで、オレはそう切り出した。

 

「はい。……何か問題でも?」

「いや、ちょいと魔法を教える前に調べることがあってね」

「調べること?」

「ああ、ラピスの魔法適性を調べる」

 

 オレの言葉に、ラピスは途端に心配そうな表情になった。

 

「あ、適正が全くないって人はむしろ珍しいから大丈夫だと思うぜ?」

「そうなんですか……お願いします」

 

 安心させようとするも、ラピスの表情から不安は消えない。まあ確かに、珍しいからと言って自分がその珍しいにならない保証はないからな。オレがそのいい例だ。

 

(さて相棒、どうすればいいんだ?)

(まず楽になれる姿勢になってもらってください)

 

「とりあえず、横になってくれ」

 

 素直にハンモックの上に寝るラピス。

 

(胸に手を当てて、ラピスさんの体内を循環するように魔力を流してください)

 

 む、胸か……いや、オレに下心なんてないから問題はないはずだ。

 

「今から魔力を流すから、苦しかったら行ってくれ」

 

 ラピスが頷くのを確認してから、オレは魔力を流し始めた。

 

「んっ……」

「大丈夫か?」

「あ、はい。問題はないです。ちょっと声が出ちゃっただけなので」

 

 本当に問題がなさそうなので、オレはそのまま続けた。

 

(完了しました)

 

 五分ほどで、ルシファーのそんな声が聞こえた。

 

「終わったぞ……って寝てる?」

 

 どうやら寝てしまったらしい。オレの声に反応を示さなかった。

 

(まあ、明日教えればいいか……それで、どうだったんだ?)

(ラピスさんの魔力は、黒色でした)

(黒色?)

(はい。マスターの無色と同じで、現代ではほとんど使い手がいません。というのも、黒色魔力というのは後天的な魔力なのです)

(……どういうことだ?)

 

 魔力の性質は先天的に決まるんじゃないのか? 

 

(詳しい説明は省きますが、黒色魔力は負の感情によって発現するものです)

(……負の感情っていうと、恨みや怒りか?)

(はい。……それで、何故使い手がいないかという話に戻りますと、黒色魔力が発現した者は、高確率で魔力に自我を飲み込まれる。簡単に言うと、理性が無くなります)

(ラピスにそんな様子はなかったぞ?)

(稀なケースなのでしょう)

(簡単に言い切るなぁ……)

 

 それにしても、負の感情、か……

 

 魔力が変わってしまうほどの恨みや怒り……ラピスの過去には何があったのだろうか。




読んでいただきありがとうございます
この作品はr15です


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閑話 靴は使い捨て?

多分ほのぼのとした一日の話です。本番も追加で投稿しています


「嬢ちゃん、まぁた壊したのかい……もうこれで何足目なんだ?」

 

オレの手にある壊れた靴を見て、おっちゃんがそうぼやく。

 

「……えーっと、……10くらい?」

 

 答えるオレの目は、確実に泳いでいただろう。

 

 この靴は、おっちゃんが作ったものだ。いつも薄布一枚裸足でいるオレを見かねて、服一式と合わせて一足の靴を渡されたのが始まりである。

 

 それからわずか一ヶ月ほど。流石に壊しすぎだということは、オレもわかっていた。

 

 原因は、10割オレにある。オレの無茶な戦闘が原因だ。

 

 元々エインズで剣術を学んだオレだが、道半ばで死んでいる。転生後の戦闘スタイルはその学んだことが基礎になっているが、魔物の肉体に合うよう改良した我流のものだ。裸足で編み出したものであるため、靴の考慮などしたことがない。

 

 結果、靴が耐え切れずに何足も壊れていく。

 

「はあ……いや、嬢ちゃんにいっても仕方ねーか」

「あはは……」

 

 戦闘スタイルを直す気は無い。だったら、裸足に戻ったほうが楽だ。

 

「明日の朝にまた来い。それまでに一番いいのを作ってやらあ」

「いいのか? 他の仕事は……」

「なあに、ちょうど手が空いたところだ」

「そうか……ありがとう」

 

 オレとしては断る理由がないので、素直に礼を言っておいた。

 

 

 翌日

 

「来たか……ほれ、こいつだ」

 

 オレが集会場に入ると、おっちゃんはすぐにオレに気付いた。そして机の上に置かれている白い靴をオレに放る。

 

 キャッチしたそれは、ひどく軽い。わずかに青味のかかった灰色は、既視感がある。

 

「随分と頑丈だな……なにでできているんだ?」

「名前は知らねえが、蛇の胴体をちょん切りだしたような魔物の皮だ」

 

 蛇の胴体……ああ、ワームか。

 

「丈夫さは保証するぞ。なんせ切り出すだけでも大変だったんだからな」

 

 がっはっはと笑うおっさん。そんなに苦労したんだったら、呼んでくれれば切ったのに……

 

「とりあえず履いてみろ。大きさとかは問題ないか?」

 

 言われた通りに履き、つま先やかかとを地面にトントンとして確認する。

 

「大丈夫だ、問題ない」

「そうか……なあ嬢ちゃん」

「うん? なんだ?」

 

 急に深刻そうな顔になるおっさん。

 

「……自信作なんだから、一日で壊さないでくれよ?」

「あはは……善処するよ」

 

 断言はできない。この靴の丈夫さはまだ確かめてないし、断言したら壊すフラグが立ちそうで怖い。

 

「……なんか怪しいが、まあいい。ほら、さっさと狩りにでも行ってこい」

 

 

 

「……へえ、そんなことが」

 

 オレが【狩人】の集会場に着いたとき、すでに3人はいた。今は黒髪に遅れた理由を聞かれたので話していたところである。

 

「確かに、白髪殿はいったいどうやったらそこまで壊れるんだ? と思えるくらい何足も壊しているな」

「結構不思議ですよね、私たちと同じ靴なのに」

「……原因はわかってるんだがなぁ」

 

 頭を掻きながらオレはそう答える。ほんとどうしようもないからな。

 

「……話もそこまで。そろそろ行こう」

「うーい」

 

 

 

「……来ない」

「いないな」

「いないですね」

 

 森に出て5時間、もうすでにかなりの距離を歩いたのだが、魔物の魔の字すら出てきていなかった。

 

「……珍しい日もあるんだな。お、ラピス。あれって食べられるやつか?」

 

 そういってオレは上方に大量に実っている赤い木の実を指さす。採取は基本的に魔物が見つからないときにやるおまけみたいなものだが、今日はこれが主になりそうだ。

 

「あれは……はい。取ってください」

 

 その言葉が言い終わるが早いか、赤髪はすでに動いていた。10メートルはあろうかと思われる木を、あっという間に登っていく。そして木の枝を次々と切っていき、木の実はどんどん落ちてきた。

 

 地面に落とさないよう、オレ達が右に左に動いてキャッチする必要はない。アイテムボックスを広範囲に開けば、それで済む。

 

 5分後、回収した木の実は全部で30を超えていた。

 

(マスター、魔物の大群の接近を感知しました)

 

 突然頭の中にそんな声が響く。

 

(大量の魔物?)

 

 オレの感知にもラピスの感知にも引っかかってないぞ? 

 

(はい。非常に小型でありますのでラピスさんも無視しているのだと思いますが、数が数でしたので報告に値するかと)

 

(そんなに多いのか?)

 

(数百になります)

 

 数百……は! ? 多すぎねーか! ? 

 

 慌てて感知を広げると……わーお、前方400mのあたりに小さい反応が密集してやがる。反応はひどく小さいが……多分、小虫型魔物だ。

 

(って……アレ? なんか接近してないか? なんかここ向かって一直線に向かってきてない?)

 

 正直、小虫型は嫌いだ。小さいから剣があまり有効ではないし、そのくせ数が馬鹿みたいに多い。そのため殲滅には時間がかかるのだ。

 

 普段なら相手にしないが、小虫型の進行速度はかなり速く、オレ一人はともかく3人では逃げ切れないかもしれなかもしれないほどだ。

 結局、隠れてやり過ごすことにした。

 

 魔物の大群は、すぐに肉眼でとらえられる位置まで接近する。

 魔物の正体は、蜂だった。体長は6cmほど、スズメバチのような風貌のそれは本来黄色であるはずのところが赤色に染まっている。

 

「……え、あれって……」

 

 どうやらラピスは見覚えがあるらしい。

 

「ラピス、アレを知っているのか?」

「……はい。何回かですが、見たことがあります。アレはその、結構まずいです」

「まずいやつなのか」

「まずいやつなのです。あのハチに刺されると、爆発します」

「爆発しちゃうのか」

「爆発しちゃいます」

 

 ソレは確かに、ヤバいやつだな。

 

「とにかくここに隠れてやり過ごそう。こちらから手を出さなければ奴らも放っておくはずだ」

「……てか、あいつら何してんだ?」

 

 蜂の大群は、さっきまでオレ達がいたところにとどまっている。それも、赤髪が取った木の実が生えていた上空の方に。

 

「……なんか、嫌な予感がするぞ?」

「……私も。奇遇」

 

 直後、カチカチと何かを打ち付けるような音が響いた。

 

「……あいつら、なんか怒ってない?」

「……怒っているようにしか見えませんね」

 

 蜂の大群がその鋭い牙を打ち付ける音だった。羽音とも合わさって、非常にうるさい。

 

 ちょうどその時、一匹の蛇が蜂の視界に現れた。昼寝でも邪魔されたのか、蜂に対して威嚇的な行動をとる。

 

 それに気づいた蜂が一匹、一直線に飛んでいく。そしてその短い針が蛇に刺さった次の瞬間――――

 

 蛇の胴体が爆ぜた。破裂ではない。熱膨張による爆発だ。真っ二つになった蛇も爆発の中心にいた蜂も即死である。

 

「……威力、高すぎやしないですかい?」

 

 蛇の死体の断面は黒焦げになっていて、それだけでかなりの熱量だとわかる。

 

「……これ、早く逃げたほうがよさそうですね……」

「……ああはなりたくないな」

「……同意、超同意」

 

 オレ達が逃亡への第一歩を踏み出したとき――――

 

 カチカチカチ

 

 虫の羽音とともに、すぐ近くからそれが聞こえた。

 

「! しまッ……」

 

 赤髪が言い終わらないうちに、爆発蜂をオレの剣が貫く。頭部が真っ二つになり、蜂は地に落ちた。

 

 今の音は、確実にオレ達の存在を仲間へ知らせる合図なのだろう。できれば気づかれていないことを願うが――――

 

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ――――

 

 まあ、そんなうまい話はなかった。

 

「白髪殿、これどうすれば! ?」

「……やるしかないんじゃないかなぁ」

 

 おそらく、このときのオレは引きつった笑いを浮かべていたと思う。

 

 万を超える蜂の大群が迫ってくる様子は、ただただ圧巻だった。

 

 

 切っても打っても、蜂の軍団は一向に減っていかない。もうかれこれ数時間はやっているのではないだろうか

 

 引火性があるのか、《フレイムアロー》が当たった蜂はことごとく爆発四散する。ただ流石に自分たちの特性を知っているので、誘爆は期待できなかった。

 

「……いいこと思いついた」

 

 ハエたたきのように大剣を振り回す黒髪が、ぽつりとそういう。ちなみに蜂はほとんど叩けていない。

 

「いいこ……なるほど、そういうことですか」

 

 言いかけたラピスの額に、黒髪の左手が触れる。テレパシーを使ったのだろう、一瞬だけであったがラピスは黒髪の考えを理解したようだ。

 

 オレと同じく魔法で応戦していたラピスが下がる。そして服の裾から蜘蛛足を出すと、高速で糸を編み始めた。

 

「白髪さん、これを!」

 

 そういって投げ渡されたのは、網のようなもの。触った感じ、べたべたとしていた。

 

 ……なるほどね。そういうことか。

 

 網の端っこを探し出し、それぞれ赤と緑に掴ま(?)せる。そして、蜂の大群の向こうへ左右60度の角度をつけてスローイング! 

 

 オレ、赤、緑の3点を頂点に、空中に網が張られる。そしてそれはスライム2匹の落下とともに、蜂の大群の大部分をとらえることに成功した。

 

 あがく蜂であったが、羽が糸に張り付いて上手く飛ぶことができない。そのまま彼らは、戻ってくるスライム2匹の餌食となった。

 

「……なんとかなったな」

 

 その光景を眺めながら、赤髪がぽつりとつぶやいた。

 

「何とかなりましたね」

「……死を覚悟しかけたかもしれない」

 

 おい、それほとんど覚悟してねーじゃねーか。

 

 それにしても……終わるときはあっさりと終わったな。

 

「とりあえず、今日はもう帰ろう。日もそろそろ暮れそうだし、収穫も十分なはずだ」

 

 まあ、確かにあの量の木の実があれば十分すぎるほどだ。

 

「そうだな。今日はもういいだろう」

 

 同意し、オレが一歩歩き出したとき――――

 

 何かが左足に刺さった感覚がした。

 その正体に気付き、思わず体の動きが止まる。

 だが、数秒経っても、何も起きなかった。

 

「……どうしたの?」

 

 オレの奇妙な硬直を黒髪が不思議がった。

 

「いや、爆発すんじゃないか、って一瞬ビビっただけだ」

 

 そういって靴裏を見せる。やはり予想通り、刺さったのは爆発蜂の死体だった。

 

「……なるほど。確かにそれは怖い」

 

 とりあえず歩くのに邪魔だし、さっさと抜いてしまおう。そう思い、右手で死骸に触れ力を入れた途端――――

 

 死骸が、爆発した。

 

 

 結論から言うと、オレは無事だった。足は足底の3分の1ほど、手が手首ほどまで吹き飛ばされたが、すぐに再生した。むしろ、心配する3人を安心させる方が大変だったかもしれない。

 

 ただ、一つだけ巻き込んではいけないものが巻き込まれていた。

 おっさんに作ってもらったワーム製の靴。自信作なだけあって靴の形は保っていたのだが、ほとんど全部が黒焦げになっており素人目から見ても修復は無理だろと思うほどになっていた。

 一応帰ったあとおっさんに見せたのだが、やはり修復はできなかった。

 その時のおっさんが沈んでいるように見えたのは、きっと気のせいではなかったのだろう。次の日から、オレの靴は元のグレードに戻っていた。

 




読んでいただきありがとうございます


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17 異常

ふと思い出したんですが、白髪の読み方は「はくはつ」です


 アラクネの村に来てから、3ヶ月がたった。

 

 村での日課は、一人でサバイバルしていた時とは随分と変わっていた。

 まず、ラピスたちが狩りの日は、オレは彼女らと一緒に狩りに出る。ほんのたまに他のグループと行くこともあったが、基本は彼女たちとだ。朝に出て森を歩き回り、獲物を見つけ次第倒しにかかる。戦力的にはオレが突出している感じではあるが、うまく連携を取れているとは思う。

 

 そして狩りの次の日、すなわちラピスたちが休みの日だ。

 その日にすることは、だいたい3人との模擬戦だ。どうも3人は自分たちが強くないと思っているようで、訓練をつけてほしいと頼まれた。オレからみりゃ3人の連携は生前見たエインズ王国の騎士たちの連携よりよっぽど上手く見えるのだが、本人たちが満足していないので付き合うことにした。実戦形式なのはオレが教えられないからだ。だって学んだことないし。

 

 最後に、赤髪たちが守りの日。この日にはオレは午前と午後で2つのことをしていた。

 まず午前中には、ラピスに魔法を教えている。ラピスだけが暇なこの日は、魔法を教えるのにちょうどよかった。

進捗状況は、かなり順調である。適正が弱い有色魔法は初中級ほどまで、無色魔法はかなりのレベルまで使えるようになっている。黒魔法は残念ながら教えられないので、全く進んでいない。でも無意識に魔力感知を使っていたラピスのことだ。黒魔法もいつの間にか使えているようになってるかもな。

 ちなみにラピスが村守りに参加しない理由は、異常があれば魔力感知で気づけるからだそうだ。

 

そして午後には、オレは単独の狩りに出ていた。いやオレが核を求めているってだけじゃない。スライムたちの食事のためだ。

 元々大食いなこいつらだ。3人と狩りに出たときなら自分の取り分を多少増やしてもらうのはできるが、自分が何も働いていない日に大量の食糧をもらうのはできない。いや、スライムたちはアラクネ達にひどく気に入られてるから、もらうことは可能かもしれない。けどオレの良心が痛むので、それならばと自分の為にもなる狩りに出ることにしたのだ。

 

 

 さて、このような日ごろに命の危機がある生活を果たして平穏だと言っていいのかわからないが、オレ自身はこの日々を平穏なものであると思っている。だがしかし、平穏は壊されるものだという地球の相場は、どうやら異世界でも通じるようだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ソレは、森の中で戦っていた。始まりは、餌になりうる小動物を見つけたことだった。

 ソレは、数日も何も食べていなかった。本来群れの王であるソレが飢えることなどなかったのだが、ソレのいた群れはすでに存在していない。長らく感じていなかった飢えによって、ソレはひどくイラついていた。

 

 そんなときに、視界に現れた小動物。満たすことはできなくても、多少の腹の足しになるだろうと考えたソレが、小動物を襲うのに躊躇いはなかった。

 

 ここで襲わなかったとしても、結果が変わっていたかどうかは誰も知らない。だが、少なくともソレが選んだ選択はソレを確実に殺すものだった。

 

 

「はあ!」

 

 大剣の重く鋭い一撃に右前脚を切られ、痛みによって思わず距離をとってしまう。

 その行動は悪手であり、待機していた者による追撃を受けることとなった。

 

「ギュア!?」

 

 それは致命傷には至らなかったが、ソレは本能的にこのままでは殺されると悟る。そして本能のままに、逃亡を試みた。

 

「今だ!」

 

 だが、それすらも叶わない。意識が消える直前に辛うじて理解できたのは、白い何かが高速で飛んできたということのみであった。

 

「……いつみても、すごい」

「大したもんじゃないよ。本当にただの不意打ちだし」

 

 乱れた上着を直しながら、そう返す。

 真っ白なこの上着は一か月ほど前に靴、ズボン、シャツと一緒に一式でもらったもの。フードがついており、ひどくパーカーに似ている、というかフードのないパーカーである。

 

「……ところで、こいつもか?」

「……ああ、初めて見る魔物だ」

 

 オレの質問に、赤髪が答えた。

 

 実はここ最近、奇妙なことが起きている。いや、3ヶ月前から起きているのかもしれない。本来住んでいるないはずの魔物が、ここ最近に何回も見つかっているのだ。

 

 三か月前というのは、大黒蛇と石蜥蜴。それ以降は普段通りに戻っていたらしいのだが、一週間前にグランドタートルという水辺に生息するはずの魔物を発見して以来、今さっき倒した大猿(初めて見る魔物で、名前はわからない)も含めて5体もの生息していないはずの魔物を発見している。

 

 原因はある程度の目星がついていた。

 

(獣が住処から離れるのは元の住処にいられなくなった場合か、もしくはより良い住処を見つけた場合が考えられるが……前者だろうな。グランドタートルが湖のないこちらに来ている時点でおかしいし)

 

 そうすると今度は元の住処にいられなくなった原因になるが、これは何らかの強力な魔物の出現という可能性が高い。異常気象という可能性もあるが、村近くの天候に異常は起きていないし天候の影響がないほど遠くから魔物が来たとも考えにくい。なので可能性としては低いのだが……

 

(オレとしてはその低いほうであってほしいね。ヒュドラと同程度のバシリスクが逃げ出すほどの魔物とか……どう考えてもヤバい匂いしかしない)

 

 確かにオレは強い魔物を求めてるけど、命を懸けて強さを求めているわけではない。目的の為に死んだら元も子もないし。

 

 ただまあ放っといても、他のアラクネ達に危険が及ぶから何とかしたいものだ。

 

 大猿の死体にくっついて、ものすごい速度で侵食するスライム2匹を眺めながらそんなことを考える。

 

「とりあえず、もうちょい奥まで行ってみないか? まだまだ時間はあるんだし」

 

 毛皮だけが残った大猿をアイテムボックスにしまいながら、オレはそう聞いた。ちなみに今の時間はだいたい昼過ぎ、村までは30分も走ればつく程度の距離だ。

 

「そう、だな」

 

 同意する赤髪は、どこか歯切れが悪かった。

 

「? 何かあるのか?」

「ああ、いや。なんでもない。ただ……なんか嫌な予感がしてさ」

 

 ふうん。野生の勘ってやつかな? いやアラクネは別に野生ってわけじゃないけど。

 

「多分、気のせいだ。気にしないでもらえると助かる」

「まあ、そういうなら」

 

 赤スライムを頭に乗せ、大猿が向かってきた方向に向かって歩き出す。

 

 この後に、とんでもないものと出会うことになるとはつゆほどにも思っていなかった。

 

 

 

「……いました。左前方向、かなり大きいです」

 

 一時間ほど歩くと、ラピスの感知にまた一匹魔物が見つかったようだ。

 

「どっちに動いている」

「いえ……どうも動いていないようで、その場でじっとしてます」

「……とりあえず近くまで行こう。緑。」

 

 オレの言葉に、ラピスの懐に収まる緑はするりと地面に降り立つ。オレが緑を抱えるのを皮切りに、ラピスの指さす方向へと走り出した。

 

「……!」

 

 すぐにオレの魔力感知も魔物をとらえる。鮮明に視えた姿に驚きを感じた。

 

「地竜、か」

「……ヤバい相手?」

「ああ。……もしかしたらこいつが原因なのかもな」

 

 地竜。その名の通り、立派な竜種である。ヒュドラと同じく下位種ではあるが、ヒュドラよりかなり強い。というか、ヒュドラは竜種の中では特出して弱い種であるのだから当たり前ではあるのだが。だいたいヒュドラ<<下位竜種<<中位竜種<<<<<上位竜種といった感じだ。いや上位種と戦ったことはないんだけどね、オレの知識ではそうなってる。

 

 まあ、今のオレが倒せない相手ではないので、たいして問題ではないのだが。

 

「……あいつか」

 

 視界に入る位置まで接近したので、足を止めて木の陰に隠れる。

 

 地竜は俺たちの接近に気付いた様子もなく、ただそこでじっとしていた。

 

 改めて、その姿をよく見る。

 

 ごつごつとした灰色の身体。戦うために発達したような前足に、深く折れ曲がった後ろ足は二足歩行をするからなのだろう。体長は、尻尾を除けば7mほど。尻尾を含めたら15mにもなる。身体と比べて小さい頭には一本の角が生えており、その右目は一文字の傷で潰されていた。

 

「……さて、どうやる? 正直、竜種相手にいつもの訓練がてらなやり方は危ないと思うが」

「……正直竜と戦ったことはないからどれほど強いのかわからないのだが……白髪殿がそこまで言うとは……」

「オレ一人ならやりようはあるが……お前らと一緒に、となると難しいところだ」

「そうか……わざわざ危険に飛び込む必要もないし、頼んでしまってもいいか?」

 

 人間相手に言ったらむっとされるような言葉ではあるが、赤髪はそれを素直に理解した。実際、何度も模擬戦はしているから強さに差があるのをわかっているのだろう。

 

「任せろ。ただ、万一があるかもしれないから、準備だけはしておいてくれ」

 

 スライム二匹を地に降ろしながら、一応の注意喚起をする。

 

「それなら、今罠を張っちゃいますね」

 

 そういうとラピスは手首から糸を出し、それを動かずに付近に張り巡らせた。『操糸』と呼ばれるスキルを覚えたラピスは、こうして敵の付近にいても罠を張れるようになっていた。ちなみに糸に魔力を流すという技は、『剛糸』というスキルに変化している。糸を作るときに魔力を流すことでより強靭な糸を生み出すスキルだ。

 

「準備オーケーです」

「そんじゃ、やるぞ」

 

 アイテムボックスから剣を出し、同時に身体に魔力を流す。次の瞬間、地竜向かって一気に飛んだ。

 

(な!?)

 

 地竜の目が、オレを見ていた。

 

 同時に魔力感知が、下方から何かが接近していることを知らせてくる。咄嗟に剣を盾にして、何とかその地竜の左腕を防いだ。

 

 いくら魔物の体とはいえ、体重を自由に変えることはできない。見た目通りの体重なオレは、そのまま空高くまで吹き飛ばされた。

 

「白髪さん!?」

 

 体勢を立て直そうとする中、ラピスの驚きの声が聞こえた。

 下を見ると地竜はすでにオレを見ておらず、視線の先には3人がいた。

 

(まずい!完全に狙ってやがる!)

 

 だがこの距離じゃあ落ちるのを待ってても間に合わない。咄嗟にオレは、魔法を使った。

 

「『氷槍』!」

 

 オレの周りに、10本前後の氷の槍が出現する。それらの槍は重力に引かれ、地竜めがけて落ちていった。

 

 地竜はそのほとんどを回避するが、地面に突き刺さった氷の槍は地竜から視界を奪っいさる。

 

「厄介だな……」

 

 3人の隣に着地し、そう零した。

 

「白髪殿!大丈夫か!?」

「問題ない。あーでも服がダメになっちまったな……」

「いや、気にするところそこ?」

 

 オレにとってはそこだな。腹の部分が思いっきり破れちまってる。

 

「体の方は全く問題ないよ。骨も折れていないし」

 

 実際は折れたのだが、すぐに治っただけだ。

 

「それよりお前ら、あいつはやばい。正直3人を守りながら戦うのはきついから、できれば逃げてもらいたいのだが……」

「おいおい、あたいたちも戦えるぜ?」

「……一人で戦わせるわけにはいかない」

「いいのか? 危険に飛び込むようなもんだぞ?」

「確かにそういったが、誰か一人に危険を押し付けたいとも思わん」

「……なら、援護を頼む。ただし自分の安全を最優先に」

「了解」

「……っ!来るぞ!」

 

 振動とともに氷の柱にひびが入り、2度目の振動で完全に砕けた。結構魔力つぎ込んだのにこうもあっさり砕くのか……やっぱりこいつが原因で間違いなさそうだ。

 

 姿を現した地竜は、オレを見るなり前脚で殴りかかってくる。が、先のとは違い警戒していたので半身でかわし、同時に剣で切りつけた。

 ナイフでは傷をつけられないほど固い鱗は、オレの剣の侵入に抵抗こそできても拒むことはできず、前脚に深い切り傷がつく。

 

「は!」

 

 ひるんだすきを見逃さず、接近していた黒髪が大剣を振り回し、後ろ左脚に思いっきりぶち当てる。

 

 やはり身体を支えているだけあって、わずかな傷しかつかない。が、その衝撃で地竜は土煙を上げながら派手にこけた。

 

 地面に這いつくばる形となった地竜の背中に、赤髪が上からの落下攻撃。そして右前脚に向かって、オレは再び跳躍する。

 

「グルァァ!?」

 

 結果的に赤髪の双剣は深々と刺さり、また右前脚はその身体から離れることとなった。

 

 暴れる地竜の背中から剣を抜いた赤髪は、地竜の右側に降り立つ。奇しくも、前後左右をオレ達が囲む形となった。

 

「っ!」

 

 このままでは勝てないと判断したのか、ラピスのいる方に向かって走りだす。一瞬焦るが、すぐに杞憂だとわかった。

 

「!?!?!?!」

 

 最初にラピスが仕掛けていた罠が起動し、地竜の脚に糸が絡みつく。『剛糸』によって生み出された鋼よりも硬い糸を、地竜が引きちぎることはできなかった。

 

「とどめだ!」

 

 地竜の首を狙い、三度目の跳躍を行う。手足の封じられた地竜が対応できるわけもなく、剣は地竜の首に吸い込まれ――

 

 ガギィィン、といった、金属質な音とともに弾かれた。

 

 え? 

 

 そして、真っ黒い何かにぶつかりまたも大きく吹っ飛ぶ

 

(何が起きたんだ……?)

 

 幸い痛みは感じないので、岩にぶつかりながらも思考は冷静を保つことができた。

 

 状況把握のため、地竜の姿を視る。異常は、誰の目にも明らかだった。

 

(なんだ、アレは?)

 

 切った腕の断面から、黒いナニかが漏れ出ている。それは腕の形をとっており、オレはおそらくアレに殴られたのだろう。首筋あたりもおおわれているので、かなりの硬さのようだ。

 

(相棒、あれっていったい何なんだ?)

(視た通りのものです)

 

 え? 視た通り? 魔力が濃い何かにしか見えないのだが。

 

(……アレは魔力そのものですよ。それも、黒色魔力と分類されるものです)

 

 黒色魔力……って、呑気に話してる場合じゃねえ!

 

 慌てて6人の方に向かってダッシュする。惚けているラピス向かって、地竜が黒い腕を振り上げていた。

 

 振り下ろされる前に、何とか間に合う。剣を上段に、防御する体勢をとった。

 

 黒い爪を、白い刀身が受け止め―なかった。黒い爪は白い刀身を切り裂き、同時にオレと右腕をも分断した。

 

 咄嗟に背後を蹴り、ラピスを遠ざけることだけには成功する。だが転生後初めて受けた大傷――それも生前にも受けたことのあるトラウマな大傷によって、オレの思考は大いに乱れていた。

 

 魔法の構築も未完全に、大量の魔力を前方に放つ。効率もくそもない攻撃であるが、地竜が吹き飛ぶ威力を出すことはできたようだ。

 

「は、白髪殿!」

 

 地竜の変貌に、唖然としていた2人が駆け寄ってくる。

 

「ああ、無事か?」

「私たちは無事だけど……腕……大丈夫なの?」

 

 黒髪が指さしているのはオレの切れた腕だ。血の流れていない体だから、こうしてみると精巧な人形の腕のようである。

 

「大丈夫だ、直るから問題ない。それよりも、早く逃げるぞ。……想像以上にヤバい相手だ」

 

 オレの言葉に、2人がコクリと頷いた。

 

「ラピスも……ラピス?」

 

 さっきからずっと何も言っていないラピスを見ると、何やら様子がおかしい。オレの言葉に全く反応を示さないところもそうだが、何よりいつも笑っているラピスが笑っていなかった。見開かれた目に移るのは、憎悪の感情。

 

「……どうした?」

 

 肩をたたいてもやはり反応がない。

 

「グラァ!」

「ッチィ!もう帰ってきたのか!おいラピス、逃げるぞ!」

 

 こうなったら力ずくでも連れて帰るか。そう考えたとき、ラピスがぽつりとつぶやきを漏らす。

 

「…………死ね」

 

 思わず肩に伸ばしていた手が止まる。え……ちょ、オレなんかしたぁ!? 

 

 だがラピスはオレに見向きもせず、地竜の方へと歩み出た。

 

「……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺してやる」

 

 

 ラピスから魔力がどんどんあふれ出る。その色は、黒に染まっていた。

 

「《幻矢げんや)》」

 

 聞いたこともない魔法名が、ラピスの口から紡ぎだされる。それに周りの黒色魔力が呼応し矢へと形を変え、地竜に襲い掛かった。

 

 ……よかった、死ねの対象がオレじゃなくて。って違う。どうやらまだ思考が乱れているらしい。

 

 ……もしかしてラピス、魔力に飲まれた……? 

 

(おそらくまだ違うかと。少なくとも地竜を攻撃している以上、自我は残っています)

 

 どういうことだ? ……いや、帰ってから説明してくれ。

 

「お、おいおいおいおい。あいつどうしたんだ?」

「……………………なに? 変な夢でも見てるの?」

 

 親友の豹変に、2人も動揺していた。赤髪はおろおろして、黒髪は頬を抓っていた。いや、夢でも痛みって感じるらしいぞ。

 

「残念ながら夢じゃない。……お前らは赤と緑を拾って、先に村に戻っててくれ。オレはあいつらをどうにかする」

「いや、しかし……」

「お前ら2人じゃあどうしようもない。むしろこの状況じゃあ足手まといになるだけだ」

「…………!」

「……仕方ない。行こう」

 

 赤髪は尚も言い募ろうとしていたが、それを黒髪が止めた。踵を返し走り出す黒髪の後を、しぶしぶといった感じで赤髪が追って走り去る。

 

 改めて、一人と一匹の戦いに目を向けた。

 

 ラピスの周りに《幻矢》が生み出されては地竜へ向かって飛んでいく。物質的な攻撃ではないのか、当たった《幻矢》は刺さりながらも血が一切流れ出ていない。

 

 一方、地竜の攻撃はラピスに当たらない。突き出された腕はラピスのすぐ横をえぐり、回された尻尾は何もないところを空廻る。

 

(どうやら、魔法《幻矢》は媒質魔法のようです)

 

 媒質魔法? 

 

(はい。別の魔法を上乗せすることを前提とした魔法のことです。先ほど《偽世にせ》《心蝕しんしょく》と唱えていたのでそれらが上乗せされているかと。効果はそれぞれ幻覚効果と精神攻撃だと推測します)

 

 精神攻撃ねえ。……暴れまわってて全く効いていないように見えるんだが。

 

(実際、効果は微妙といったところですね。魔力に多少の乱れが現れていますが、それくらいです。……マスター、手を出さないのですか?)

 

 ……そうだな。ラピスの魔力もつきかけそうだし、今のうちに何とかしたほうがいいかもしれない。

 

 ただ、今の状況じゃあ地竜を倒すのにはやはり無理がある。武器も壊れてしまったし、魔力も思いっきり使ってしまった。

 

 ……仕方ない。使うか。

 

 正直マジで使いたくないんだが、背に腹は代えられない。深呼吸して覚悟を決めると、鍵言葉キーワードを唱えた。

 

『開放』

 

 途端に感覚が鋭利になっていき、周囲の時間が遅くなったのかと錯覚しそうになる。

 

 背中から生えるは、異形の羽。真っ黒なそれの表面には、骨格のような赤い模様。

 

 神格開放。こいつを使うのは数か月ぶり、いや戦闘に使うのは死ぬ直前以来の一年ぶりといったところだ。

 簡単にいうと、神格のリミッターを解除すること。神格の能力は生物には扱いきれないものが多く、それによる暴走が起きないためにリミッターがかかっているのだ。

 

 とどのつまり、本気モード。そして黒髪の武器を作るときに嫌がった“アレ”だ。

 流石に副作用がひどいからと言って、こんな状況に使わないのでは何のための本気モードだとなってしまう。

 

 

 地竜の懐へ一瞬で潜り込み、腹に掌底突き。突然の介入に地竜は抵抗できず、仰向けにひっくり返った。

 

 この隙にラピスの無力化を図る。半ば暴走状態のラピスには敵味方の判断ができておらず、オレに向かって《幻矢》を打ってきていた。

 

 高速移動をしてかわし、今度はラピスの横に。“開放”を行ったことで上昇した魔力操作能力は、ミリ単位の精密な移動を可能にしていた。

 

 気絶をさせるために、狙うは首筋――ではなく、顎だ。脳を揺らすのには、顎を狙うのが一番簡単で安全だ。いや脳に影響でる時点で安全もくそもないかもしれないが。

 

 骨を砕かないように十分に手加減して下からの突き。ラピスは数歩たたらを踏むと、前に倒れこんだ。

 左腕で受け止め、肩を組んで支える。できればこのまま帰りたいんだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 亀じゃないので当然ながら地竜は起き上がっている。右前脚を引いて、今まさにオレ達に殴りかかろうとしていた。

 

 だが、問題ない。すでに魔法は構築されており、鍵言葉を唱えるのみで完成する。

 

「《転界てんかい》」

 

 高速の拳が当たる直前に、オレ達の姿は霧散する。

 目標を失った拳は空振り、地面を陥没させるだけとなった。

 

 

 

 一瞬暗転した視界は、すぐにまた明るさを取り戻す。視える情報の全更新に多少の不快感を覚えるが、今はそんなことを気にする余裕はない。

 

 周囲を確認する。村の門に転移するよう設定したはずだが、どうやらいくばくかズレたらしい。スキル魔力感知を頼りに、森の中をゆっくりと進む。念のために、《解放》はしたままだ。

 

 土を踏む音と、落ち葉が引きずられる音だけが聞こえる。ラピスより身長が低いオレだと、どうしても足を引きずってしまうことになる。背負おうにも、右手がない今の状況じゃあ難しい。

 

 (これじゃあ靴、ダメになっちまうな。……まあ、緊急事態だからおっちゃんも許してくれるだろ)

 

 どうでもいいことを考えながらも、オレの足取りは少しずつ重くなっていく。《転界》は解放状態でしか使えない切り札中の切り札であり魔力消費も激しく、すでにオレの魔力残量は限界だった。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。村の門が見えたころには、命核を削ることをも覚悟しかけていた。

 

 門の前に、赤髪と黒髪を発見する。どうやら無事に帰れたようだ。まあイレギュラーは地竜だけだったので、当然と言えば当然だろうが。

 

「…………!帰ってきた!」

 

 オレ達を見つけた二人が、急いでこちらに駆けてくる。

 

「よかった……!無事だったみたいだな」

「ああ……悪いが、ラピスを頼んでもいいか?」

 

 頷く赤髪、しゃがむ彼女の背中に、オレはラピスを背負わせた。

 

「……そういえば、あいつらは?」

 

 スライムの姿が見えないことに、いまさらながらに気付く。もしかして、まだあの場所にいるのか?

 

「大丈夫。ちゃんと連れて帰った……すぐに家に戻っちゃったけど」

 

 よかった、ととりあえず一安心。戦う能力のないあいつらが地竜に見つかったりしたら確実に死んじまう。

 

 安心した途端に、急激に睡魔が襲ってくる。緊張の糸がほぐれたのだろう、思考にも靄がかかってきた。

 

「……白髪、大丈夫?」

 

 必然、足取りも不安定となる。

 

「大丈夫だ……多分」

 

 結構ヤバいけど、ここでぶっ倒れるわけにもいかない。睡魔を全力で抑えつけながらなんとかログハウスに着き、ドアを開けた途端にとびかかってくるスライムを躱したオレは、ハンモックに横になった瞬間眠りの世界へと落ちていった。




読んでいただきありがとうございます


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18 明かされる過去

 かけられている布をどけると、日の光が部屋の中を照らし出す。

 

 暗い部屋の中には、一人の女性が眠っている。いや、身じろぎ一つもしないのでまるで死んでいるようでもあった。

 

 そのそばにしゃがみ、額と額を合わせる。伝わるのは自分と比べてわずかに低い、生命のぬくもりだ。

 

 しばらくそのまま当て続けたが、やがて立ち上がる。ため息を一つ吐くと、部屋の外へと戻った。

 

「……族長、どう?」

「……ダメだね。まったく起きる気配がない」

 

 私が答えると、聞いてきた黒髪の女性は明らかに残念そうな表情をする。無理もない。寝ている彼女の親友は、もうかれこれ丸一日も目を覚ましていないのだ。

 

「“伝心”で呼びかけてはみたものの、何も返ってこなかった。おそらく意識が全くない状態なのだろうな」

 

 私たちの伝心――人間はテレパシーと呼んでいるこの能力は、相手の脳と近ければ近いほど強い意志を伝えられる。額と額を当てる方法だと、寝ている人でも起こすほどの効果があった。

 それでも起きないというのは、つまりそういうことなのだろう。

 

「黒い腕の竜、か。……やはり、奴なのだろうな」

 

 あの子が暴走する原因となった黒い腕の竜。私はそれに、心当たりがあった。

 

「生きて帰ってこれただけ、マシなのかもしれん……そういえば、白髪は?」

 

 まだ私は今回の騒動の活躍者の状態を知らなかったことに気付く。村の仕事やらなんやらで余裕がなかったのだ。

 

「……白髪は、今ものたうち回っていると思う」

「のたうち回ってる? ああいや、腕が切られたからその痛みか……」

 

 私はそんな大けがを負ったことはないからわからないが、まあ一日たってものたうち回るほどの痛みなのだろうな。

 

「……いや、それじゃなくて――

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 村の端。木を組んで作られたログハウスの中から、ゴン、ゴンといった音が周期的に響く。まるで何かを打ち付けるようなその音は、中の住人から発せられるものだった。

 

 

 頭が痛い。とても痛い。

 

 あまりの痛みに、ログハウスの中を転げまわる。そうすると痛みが和らぐってわけではないが、そうでもしないとこの頭が割れそうな痛みを紛らわせられない。

 

 右に転がっては壁に衝突。左に転がっては壁に衝突。ぶつかった痛みなんてないし、あったとしても感じないだろう。それほどまでに、耐え難いものだった。

 

 朝から止むことなく続く頭痛は、しかしついに止まるときを迎える。

 

 痛みがゆっくりと引いて行くのを感じながら、オレは何とか身体を起した。

 

「昼、過ぎてるじゃねーか……」

 

 

 この頭痛が、“開放”を行ったことの副作用である。開放状態は脳に多大な負担がかかっており、解除するとそのかかった負担分の頭痛に見舞われるのだ。

 特に今回使った《転界》は脳への負担が特に大きい。軽く5時間も頭痛が続いたのはそのためだ。

 

 とりあえず起き上がると、乱れていた服装を整える。ちなみにパーカーは着ていない。殴られて開いた腹の穴と切られた右腕、羽が破いた背中の部分を【物作り】に直してもらっている。

 

 ハンモックに腰掛けると、ルシファーの声が聞こえてきた。

 

(マスター、ご無事で?)

(……いや、戦いじゃないから無事なのは当たり前だろ)

 

 いやでもある意味戦いと呼べる……かもしれない。

 

(あと二回ほどですね)

(マジかよ……それで、どこまで説明してもらったんだっけ?)

 

 頭痛が起きるまでに、オレは相棒に昨日のことについて聞いていた。もっともすぐに来たため、たいして多くは聞けていなかったが。

 

(地竜の黒色魔力について説明をしていました)

(ああ、そうだった)

 

 黒色魔力が感情によって発現する特殊な魔力だというのは、すでに前に聞いている。今朝聞いたのは、より一歩踏み込んだものだった。

 

 黒色魔力というものは、ある特定の際立った性質を持つとのこと。例えばラピスの場合は精神に干渉できるという性質、地竜の場合は魔力が物質化する性質、といった具合だ。

 

 ただ、地竜の場合はさらに特殊なもので、相棒曰く普通じゃありえないことだそうだ。そしてその不可能を生み出した黒色魔力の異常性質を聞く直前に、オレは頭痛に襲われて悶絶していたというわけである。

 

(黒色魔力の持つ異常性質。それは、宿主の精神を侵食する性質です)

(精神の侵食?)

(はい……黒色魔力が自我を乗っ取った後、残るものは魔力を発現させるに至った感情のみです。感情には理性も知性もほとんど宿りません。ゆえに乗っ取られたものは感情のままに暴れ狂う存在となります)

 

 暴れ狂うだけの存在……ラピスも危うくなりかけたってことか。

 

(そしてここからが地竜に深く関係することなのですが……暴走者には、ある一つの共通の行動が存在します)

 

 共通の行動? 感情のままに暴れるだけじゃないのか? 

 

(暴走者は、黒色魔力の宿主を探し求めます。わずかに残っている理性や知性が、自分は不完全だと認識するのでしょう。そして不完全な理性や知性を補うために、自分と同種の存在を取り込もうとするのです)

 

 ああ、なるほど。つまりあの地竜はその完成形なのか。

 

(はい。地竜の魔力の特性――物質化というのは、数多の魔力を統合していった結果なのでしょう。本来黒色魔力の特性はもっと局所的なはずです)

 

 へえ……しかしこのままじゃあ、かなりまずいな。

 

 おそらくだが、地竜はいつかはここにたどり着くだろう。ラピスという魔力の宿主を食らい、その魔力を取り込むために。

 

(はてさて、いったいどうしたものか……)

 

 懐の緑スライムをなでながら考えてみるが、妙案は思いつかない。やはり地竜をどうにかしない限り、根本的解決はできないようだ。

 

「邪魔するぞ」

 

 突然ドアが開かれる。入ってきたのは、村長アラルだった。

 

「あ、アラルさんおはよ……こんにちは」

「うむ……体の方は大丈夫か?」

 

 オレの右腕を見ながら、心配そうにアラルが尋ねてくる。

 

「うーん……どうなんでしょう。どうも今のままだと治らないようです」

 

 この原因も、地竜だ。それも地竜の黒色魔力。

 普通ならオレの体なんて欠損しても魔力さえあればすぐに直せる。だが、地竜の魔力だけは別だった。どうも攻撃を受けたときに魔力がこびりついてきたらしく、直そうとしてもそれが阻害してくるらしい。ホント黒色魔力って邪魔ばっかしてくるな。

 

「……そうか、一応これを拾ってきたらしいのだが……」

 

 アラルはそういうと、手に持つ布袋から白い――地竜に切られた右腕を取り出した。

 

「……ダメですね。でも、ありがとうございます」

 

 アイテムボックスを開き、中に放り込む。空中で消えた腕にアラルは驚いたような顔をするが、すぐに表情を戻した。

 

「あともう一つ、物作りからの預かりものだ」

 

 同じ袋から取り出したのは、修復を頼んでいたパーカー。昨日の今日なのに、完璧に元通りになっている。もぎ取られた右腕部分も、修復跡なんてまるで見当たらなかった。流石はおっちゃん、仕事が早い上に丁寧だ。

 

 受け取って、それを着る。右腕がないので念力で浮かせて左手を通し、右の肩にかけた。

 

「そういえば、ラピスは今どんな感じで? もう起きましたか?」

「いや、まだだ。まったく起きる気配がない」

「うなされていたりはしていますか?」

「? いや、そういったこともないと思う」

 

 ふむ。なら今のところは大丈夫そうだ。少なくとも暴走者にはなっていないはず。

 

「……お前さんよ、少し、時間はあるかい?」

「特にやることはないですけど……どうしました?」

「あの子の過去について話しておこうと思う。お前さんならあるいは何かがわかるかもしれん」

「え? いやでもオレ部外者ですよ?」

「こんだけ長く住んでおいて、部外者なわけなかろう」

「……確かにそれもそうですね」

 

 アラルの返しに、オレは苦笑をするしかなかった。

 

「……さて、どこから話そうか。……やはり、あの子の母親のことからだな」

 

 

 

 この村にはかつて、一人のアラクネがいた。

 

 そのアラクネは特段何か変わったところがあったわけではなく、ただ他の者よりも腕っぷしが圧倒的に強かった。

 

 彼女が狩りに出かけると、いつも大物をしとめてきた。

 村に大量の魔物が襲ってきたときも、彼女がそのほとんどを倒した。

 

 村の者が束になって彼女にかかったとしても、勝てるかは微妙なところだろう。それほどの強さだった。

 

 ある日、彼女が森の中獲物を探し歩いていた時だ。一人の人間が魔物に襲われているのを発見した彼女は、魔物を倒しその人間を村に連れ帰った。その時の族長は私ではなく私の母であったが、人間との交流は今のように存在していたので私たちにも彼女にも人間に対する忌避感はなく、当然彼は受け入れられた。

 

 彼は戦いができない人間であったが、多くの知識を持っていた。この家も、彼が住むにあたって建てたものである。

 

 彼がここに住むことになった後、彼女はよくここに訪れた。目的は彼だったのか彼の話だったのか、今では分からないが彼女は彼との時間を心一杯楽しんでいた。

 

 そして彼が人間の世界へ戻るとき、彼女はついて行くと言い出した。彼女は彼に恋心を抱いていたのだ。

 

 さすがに族長はそれを許可しない。だが彼女は勝手について行った。もとより自由気ままな彼女を止められるものはおらず、族長も半ば止めることを諦めていたのだろう。彼女が出ていく際、邪魔するものは何もなかった。

 

 そして10年後、彼女はひょっこりと帰ってきた。片方の腕をなくし、一人の娘を連れて。

 

 あまりの突然さに、私たちは彼女を質問攻めにしたよ。外の世界はどうだったか、彼との生活はどんなだったか、彼はどうしたのか、といった風に。

 

 ただ、彼女はあまり多くを答えてくれなかった。外の世界は想像とは違った、彼との生活は楽しかった。

 そして彼はどうしたという質問には、ただ一言「死んだ」としか答えなかった。

 

 何があったかはわからないし、彼女に聞いても答えなかっただろう。帰ってきた彼女は、どこか“悲しそうな”感じがした。そして、戻ってこれたことにひどく安堵している様子だった。

 

 さて、ここで彼女の娘、つまりあの子に話が移る。

 

 あの子はここに来た当初、ひどく無口だった。私の娘が話しかけても頷くか首を振るかのどちらかしかしない。伝心をしても、あの子から何かが返ってくることはなかったそうだ。

 

 他人を信用していなかったのだろう。

 

 ただ、戻ってきてからの母の様子から私たちは信用できると判断したのだろうか、ある日、言葉が返ってきたらしい。そして時が経つにつれて、最初は敬語だったのが徐々に取れていった。

 

 彼女も娘が心を開いた姿をみて、徐々に元気を取り戻していく。

 

 そのまま、過去の辛いことを乗り越えて生きていけるだろうと誰もが思った。

 

 だが、悲劇は唐突に起きた。彼女たちが帰ってきてから5年後、一匹の地竜が、村を襲ったのだ。

 

 戦える者たち全員で対処するも、何人もが死ぬ。いよいよ追い込まれ、先代が移住を決意しようとしたとき、彼女が動いた。

 

 剣を片手に森へ行こうとした彼女を、片手では戦えないと私たちは説得した。だが、彼女はやはり聞かない。それどころか、力ずくで止めようとした私たちを返り討ちにした。

 彼女は腕を失った位では弱くなっていなかった。止める理由を失った私たちをよそに、彼女は地竜へ挑んだ。

 

 そして彼女は帰ってこなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……その地竜が……」

「ああ、お前さんが昨日戦ったやつなのだろう。……あの子はそれ以来、また心を閉ざしてしまっている。5年たった今もだ」

「そうなんですか? 普通に話しているように見えますが……」

「あの子は、本音をあまり言わないのだ。よそよそしい敬語もそう。自ら距離を置こうとしている」

 

 その言葉に、納得してしまう。

 

 過去にオレも、他人と距離を置きたいと考えたことはあった。ちょうど両親が死んだときのことだ。

 

 また大切な人ができて、それを失うのが怖かった。ならば大切な人がいなければいい。結局今じゃあ優と幸助がいるけど、もし彼らにあっていなかったら今もそう考えてふさぎ込んでいたかもしれない。

 

 いや、オレの話はどうでもいいとして。

 

「アラルさん。ラピスが起きたらオレを呼んでください。ちょいと話をしてみます」

「元からそのつもりだが……何か考えがあるのかい?」

「ええ、まあ」

 

 オレは頷いた。アラルはそれを見て、思わずといった感じに失笑した。

 

「……そうか。なら、頼んだぞ。私はそろそろお暇しよう」

 

 立ち上がり、扉から出ていくアラル。ギィ、といった音とともに扉は閉じられた。

 

 ……少なくとも夜までは時間があるはずだ。それまでに、やれることはやっておこう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 雲一ついない夜に、満月が空に浮かんでいる。

 

 太陽を反射した弱い光は、しかし遮るもののない村の中を照らし出すのには十分だった。

 

 一つの動く影が、映し出された。

 

 人型のそれは、村の道を音もたてずに進んでいる。世界が違ったのなら不審者扱い間違いなしのその動きだが、残念ながらここに警察なんて存在しない。人影が門をでて、森に消えていくと思われたその時――

 

「こんな真夜中に、どこに行こうとしているんだい」

 

 想定していなかった声に人影は驚き、慌てて振り返る。ここまで来るのに、誰も視えなかったはずなのに。

 

「……白髪さんこそ、こんな時間にどうしたんですか?」

「いやなに、こんな時間に村の中で歩いている誰かを見つけてな。怪しいから、見に来たってわけだ」

「私の方からは視えなかったんですが……」

「おいおい、『魔力感知』を教えたのはオレだぜ? 隠れる方法も当然知ってるに決まってるだろ」

 

 思いっきり嘘をつく。実際は相棒に教えてもらって必死に練習しただけだ。

 

「流石ですね……不審者じゃないとわかっていただけたと思うので、そろそろ行ってもいいですか?」

「ああ、ダメだ」

 

 即答する。

 

「大まか一人であの地竜に挑むつもりだろ? ……お前じゃあ、死ぬだけだ」

 

 図星だったようで、ラピスは眉をわずかにしかめる。

 

「……違いますよ。なんで私がそうすると?」

「アラルさんから話を聞いた」

 

 オレがそう答えると、ラピスの表情が珍しく、苦々しいものへと変わっていた。

 

「……そうですか。……なら、なんで私を止めるのですか?」

「言ったろ? 死ぬって」

「……あいつさえ殺せれば、私は死んでもいいです」

「ダメだね。死んだら何もできない」

「……貴方には何がわかるんですか!」

 

 声を荒げるラピス。彼女の魔力が、乱れ始める。しかしすぐにはっとしたような表情になると、申し訳なさそうに俯いた。

 

「……すみません。白髪さんは親どころか……」

「あー、そういやそうなってたんだっけな」

 

オレは左手で頭を掻く。すっかり忘れてたけどまだ勘違い解いてなかったんだっけ。

 

「ソレ、誤解なんだわ」

「え……誤解?」

「まあ、何だ。確かオレには種族がないって言ったと思うけど、それは無くなったじゃなくて元からない、ってこと」

 

 困惑するラピス。しかし彼女の疑問はよそに、オレは言葉を続けた。

 

「オレ、もともとは人間なんだよ。ひょんなことから死んで、魔物になった――生まれ変わったんだ」

「……それじゃあ、結局私の気持ちをあなたがわかるはずないじゃないですか。なんで、私を止めるんですか」

 

 驚きにラピスは目を見開く

 

「ただ、オレは人間の時に親を亡くしている。お前と同じようにな。……だから、仇を討ちたいっていう気持ちはよくわかる」

「……わかるっていうのなら、行かせてくださいよ……」

 

 ラピスの声は、今にも泣きそうなものだった。

 

「誤解がないように言っとくけど、オレは別に敵討ちを否定するわけじゃない。死にに行くのをやめろって言っているだけだ」

 

 一回死んでるからな。あの時の無力感ときたら、たまったものじゃない。……

 

「……なら、どうしろと。村で一番強かった母ですら勝てなかった奴を殺すのに、誰を頼ればいいんですか……」

「オレを頼れよ」

 

 その言葉に、豆鉄砲を食らったような顔になるラピス。おいおい、オレそんなに頼りにならなさそうか?

 

「あいつに腕奪われてんだ。仕返ししないと気が済まねーよ」

「いやでも白髪さん……右手がないのにどうやって……」

「片手で十分だ。覚えているんだろう? 自分が暴れていた時の記憶」

 

 この場にいることが、それを証明している。

 

「武器なんてまた作り直せばいいし、最悪ダメなら逃げて期を待てばいいし。……少なくとも、一人で行くのはやめろ」

 

 人間生きてたら何とかなるもんだ。いやここに人間は誰もいないんだがな。

 

「……ッフフ、アハハハハハハ!」

 

 突然、ラピスが失笑すると、それは大笑いに変わった。

 

「……アレ? なんか変なこと言った?」

「フフフッ……いえ、何もおかしなことはないですよ……フフフ」

「……まあ、いいか」

 

 オレにはわからない何かがツボに入ったんだろう。笑うラピスの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「とりあえず、今日は寝ないか? 昨日寝不足だから、今すっごい眠いんだよ」

「……そうですね。また明日にしましょう……白髪さん、頼らせてもらっても、いいですか?」

 

 そう言って微笑むラピスは、いつも通りに見えた。

 

 

 家に戻った後、白髪さんはすぐに眠りにつきました。昨日の疲れがまだ残っていたのでしょう。

 

「オレを頼れ」

 

 その言葉を聞いたとき、私の心には驚き以外にもうれしさを感じていました。そして、同時に不思議な感情も。

 

 どういったものなのかは、まだよくわかりません。少なくとも自分の中には、今までなかった感情です。

 

「……ふぁ」

 

 おっと、どうやら私にも疲れは残っているようです。今日の昼まで寝たというのに、体がまだ眠りを求めています。

 

 考えるのはまた今度にしましょう。横になった私は、すぐに眠りの世界へと落ちていきました。




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19 訓練、そして新技

 翌日。

 

 ログハウスの、屋内の中央にラピスが座る。両足を折り曲げ、太ももとふくらはぎ、両方の膝をくっつけるいわゆる“正座”をする彼女の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

 

 彼女の前には、黒い塊が浮かんでいる。肉眼でも見えるその魔力はなめらかに形を変え続け、一定の形をとることはない。

 

 ハンモックに座ってオレが眺めていると、突如、魔力が乱れ始めた。

 

 歪み、潰れ、何かが内部から突き出ようとする。ラピスの顔に苦悶が浮かんだのを確認したオレは《封魔》を使い、魔力はラピスの体内へと戻った。

 

 

 ラピスの魔力は、あの暴走以来ひどく不安定なものとなっている。平時は何ら問題はないのだが、感情の高ぶり、もしくは魔法を、いや魔力を使おうとすると暴走しかけるのだ。

 魔力が今だにラピスを乗っ取ろうとしているのだろう。平静を保てる今だからこそ、この程度で済んでいる。が、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えるようなこの状況は非常にまずいので、魔力を制御する訓練を始めることにした。

 

 方法は、そう複雑ではない。オレが昔やったように魔力を出して形を変えることで制御能力を鍛える。暴走しそうになった時は《封魔》――魔法を封じる無色魔法だが、魔力を鎮静させる効果もある――を使って抑えるだけだ。

 

 正直、難易度はかなり高いと思う。例えるなら暴れ馬に鞍なしで乗るくらいはある。

 

「ふぅ……白髪さん。次、行きます」

 

 ただラピスは非常にやる気だった。そのおかげなのか制御時間も徐々に伸びていたのだが……

 

「いや、一旦休もう。さっきより短くなってる」

 

 朝からずっと続けていので、集中力も魔力も、そろそろ限界だ。無理やりやったところで大した効果が出るとは思えない。

 

「一回寝たほうがいい。魔力がもうほとんどないだろ?」

「……わかりました」

 

 そしてラピスも自覚はあったのだろう、素直にオレの言葉に従う。

 

 ハンモックに横になった彼女は、数分もしないうちに寝息を立て始めた。

 

 

「白髪、いる?」

 

 手持ち部沙汰になったオレがスライムたちに餌を与えていると、突然ドアが開き、黒髪の顔が覗き込んできた。

 

「いるよ。何かあったのか?」

「いや、様子を見に来ただけ」

「……今日って守りの日じゃなかったっけ?」

「大丈夫。ここは村の端」

 

 つまり自分はさぼってないと、そういいたいわけですねわかります。

 

「それで、様子はどう?」

「まあ、順調ではあるかな。魔力が切れたから、今は眠ってるけど」

「魔力? ……疲れてるってこと?」

「ああ、まあそういうことだ」

 

 そういえば魔法を教えたのってラピスだけだから、魔力って言ってもなんのことかわかんないか。

 

「ふーん……ところで、武器、どうする?」

「うん? まあぶっ壊れたし、新しいのを作るしかないけど」

 

 どんなもので創るかとかの算段はすでに立っている。二度と壊れたりしないよう、全力で創るつもりだ。

 

「素材、必要なら使っていい」

「いや、大丈夫だ。素材はすでに手に入っている」

「……そう」

 

 答える黒髪は、どこかそわそわしていた。

 

「……と、ところで、いつ作る?」

 

 ……あー、そういうことか。

 

「別に時間があるときでもって思ってるんだが……今から創るか。時間もちょうどあるし」

 

 オレの言葉に、黒髪は目を輝かせた。

 

「それじゃあ、集会場に来て。見たい人はきっと多いはず」

 

 声こそ平静を保っていたものの、明らかに興奮していた。

 

 ……素材がアレだから創るところを見せたくない、なんていえねえ……

 

 

 集会場に、15人ほどのアラクネが集まってきた。この全員が、オレの武器創りを見るためだそうだ。

 

「結構集まったな、白髪殿」

 

 赤髪もいた。

 

「……なんでお前までいるん?」

「なに、白髪殿が全力で作ると聞いてな。普通に作ってあの使い心地なのに、全力で作ったらどうなるのだろうと気になって」

 

 おい、黒髪。なに変なデマまで流してんだ。いや事実だけど。

 

「ところでそろそろ始めたほうがいいのでは? みんなが待ちきれないといった風に凝視しているぞ」

 

 うわ、ホントだ。まるで獲物を狙う猛禽類のごとくこっちを見てる。

 

 仕方ない、諦めてアイテムボックスを開き素材を取り出した。

 

「え……」「それって……」「本当に?」

 

 驚きの声がいくつも上がる。

 

 まあ無理もない。オレが取り出したのは、地竜に折られた白剣と切られた自分の腕だった。

 

「……それ、使うの?」

「まあ、オレも魔物だしな。素材としては申し分ない、はず」

 

 被造物と体の一部だから、相性もいいはずだ。

 

「そう、ますます楽しみになってきた」

 

 ちょ、勝手にハードルが上がってやがる……周りからの視線も熱がこもり始めていた。

 

 ……もういいや、さっさとやってしまおう。

 

 左手から魔力を流しだす。生まれた靄に折れた剣と腕を念力で投げ入れた。

 

「!?」

 

 途端に、異常が起きた。魔力が際限なく吸われていく。

 

(どうやら、マスターとの相性が良すぎたために起きているようです)

 

 落ち着いた様子で、ルシファーが冷静な分析結果を出す。

 

(そんなことより、これまずくないか!? もう魔力半分切ったぞ!?)

(強制的に魔力の流れを止めてください)

 

 言われた通りにすると、魔力の流出が止まった。そして、目の前で浮いているもやは剣の形をとると、床に突き刺さった。

 

 形は、少々細いがいたって普通の長剣だ。刀身はまっすぐで、装飾なども特についていない。ただ、柄も合わせて全体が真っ白だった。

 

 床から抜いて、持ち上げてみる。折れたせいか、長さは1.5m、つまりオレの身長と同等になっていた。

 

 周りに当たらないよう、2、3回素振りをしてみる。まるで長年使い続けてきたかのように、白剣は手になじんだものだった。

 

 オレはふと、周りが静かなことに気付く。

 

 アラクネ達は、オレの手に持っている剣を、ただじーっと見ているだけだった。

 

 ふと黒髪と目があった。その眼は、近くで見てもいいかと言っている。

 

 ……おかしいな、オレにテレパシー能力はないはずなんだが。

 

「……しゃーない。いいぞ」

 

 その言葉で、アラクネ達全員が一斉に飛んでくる。テレパシー使って根回しでもしてたのか? と思うくらいの連携だった。

 

 慌てて剣を離し、その場から離れる。途端にアラクネ達がなだれ込んできた。

 

「……うわあ」

「ははは……あたいもあそこまでとは思わなかった」

 

 若干、赤髪も引いていた。

 

「……これ、どうすればいいと思う?」

「……さあ?」

 

 結局、剣がオレの手元に戻ったのは3時間ほど経った後だった。

 

 

 

「あ、白髪さんお帰りなさい。どこに行っていたんですか?」

 

 ログハウスに変えるとラピスはすでに起きていた。

 

「新しい武器を作りにな。……予想外に時間がかかったけど」

「……そういうことですか」

 

 だいたいを察したようで、苦笑するラピス。

 

「ところで白髪さん。続き、やりませんか?」

「かまわないけど……もう大丈夫なのか?」

 

 まだ4、5時間しか経っていない。しかしオレの心配に、ラピスは強く笑い返した。

 

「これくらいで、へばってなんかいられませんよ」

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 時刻は夕暮れ。あと30分もしないうちに日が沈み夜が来るだろう。

 

 横座りになって床に手をつき、息を整えるラピス。一日目の成果としては、約10分魔力を制御し続けられるようになっている。もちろん制御のみに集中するとなので、実戦ではせいぜい3分くらいだろう。

 

「はぁ、はぁ……」

「いや、もう夜になるし、今日はこれで終わりな」

 

 ラピスも見ただけで明らかに限界だとわかる。息遣いは荒く、冷や汗の流れる額。体を支える腕には、震えが生まれていた。

 

「でも……」

「体壊していざっていうときに戦えなかったら本末転倒だ」

 

 オレの言葉に、ラピスはしぶしぶといった感じで頷く。

 

(頑張りすぎるってのも、問題だな)

 

 まあ、そもそも頑張るっていうことが怠け癖のオレには無縁だったんだが。

 

(……オレは、もう少し頑張るべきなのか?)

 

 目的のある転生人生。それを達成するために、この村に留まっていていいのか? 何も情報が入らないこの村にいて、本当にいいのか? 

 

 不意に二人の顔が脳裏に浮かぶ。あいつらは今頃、何をしているんだろうか。

 しっかりしてる2人のことだから、きっと大丈夫なはず。魔王とやらが現れるのも、一年以上後の話。

 そう信じていても、不安は収まらない。

 

(……まずはラピスの問題を解決しよう。オレのことは、それからだ)

 

 だが結局、後回しにする。住み心地のいいここには、正直ずっといたいって思えてくる。

 

 ハンモックに横たわり、目を瞑る。まだ日は落ちていないはずなのに、すぐにオレの意識も消えた。

 

 

 

 さらに翌日。

 

 前の狩りから3日後の今日は、すなわち狩りの日だ。

 

 森の中を、オレ達3人は歩く。ただし、地竜のいない方向の森をだ。

 

 族長からのお達しがあったっていうのもあるが、ラピスがまだ戦えるレベルになれていないっていうのもあった。本人はものすごく行きたそうにしてたが。

 

「……いました。右前方向、距離500mほど」

 

 感知能力は健在だ。別に魔力を使うわけでもないので、暴走の心配もない。

 

「数は?」

「35……いえ、40匹です」

 

 なるほど……小型種の群れ、といったところか。

 

 獲物の大まかな予測を立てながら、オレ達は走り出す。果たして予想通り、居たのはコボルトの群れだった。

 

 アイテムボックスから、二代目の白剣を取り出す。わざわざ使う必要はないのだが、試し切りだ。

 

 あえて不意打ちはせずに正面から、ゆっくりと歩くオレにコボルトたちは奇声を上げる。そして飛び掛かってきた一匹向かって、右から左に剣を振った。

 

 驚くほどに抵抗を感じない。まるで豆腐を切ったときのように、コボルトの身体は上下に真っ二つにずれる。

 勢いのまま、コボルトは前に倒れこむ。すれ違いざまに見えたその眼は、何が起きたのかまるで理解していないものだった。

 

 血が吹きでる上半身が地に落ちるのと同時に、後ろから赤髪黒髪が飛び出す。そしてうろたえるコボルトたちと、それぞれ交戦を開始した。

 

 黒髪が大剣を振ると、白い刀身に紅が塗られる。コボルトがたちが攻撃をするも赤髪をとらえることはなく、少しずつ斬撃を浴びていく。

 

「……しまった!」

 

 このまま出番なく終わるかと思われたその時、黒髪に問題が起きる。そばに生えている木の幹に、大剣が半分ほど食い込んだ状態で抜けなくなったようだ。

 

 好機! とばかりに残っているコボルトが一斉に詰め寄る。そして一匹の腕が掲げられ、無防備な黒髪に錆びた短剣が振り下ろされそうになった時

 

「《偽世》!」

 

 黒い矢がコボルトの後頭部に突き刺さり、短剣はあらぬ方向――黒髪を囲んでいた他の一匹の脳天へと直撃した。

 

 予想外の攻撃に、脳漿を散らせながら絶命するコボルト。おそらく、最後まで何が起きたのか理解できなかっただろう。

 

 仲間の凶行に、周囲のコボルトは一瞬動きを止める。その隙を見逃さず、オレと赤髪は集まったコボルトを一掃した。

 

 

「……危ない危ない」

 

 無事に愛剣を回収できた黒髪は、刀身をなでながら安堵の一言を口にする。

 

「まったく……しかし、不思議だな。何故あの犬頭は仲間割れしたんだ?」

「……私には、変な黒いのが刺さったのが見えた」

 

 どうやら二人は、黒い矢の正体がラピスの魔法だとは気づいていなかったらしい。

 

「あの黒いのは私の魔法ですよ」

「え?そうなのか?」

「はい。相手の見える物を変えて、仲間を敵のように見せました」

「……ほえー」

「……魔法ってすごい」

 

 2人ともよくわかっていない感じだけど、仕方がない。実際に使っていたラピスですら原理はよくわかっていなかったんだ。え? オレ? 勿論よくわかってないよ。ラピスに説明するときには相棒に頼ったし。

 

「それでラピス。大丈夫だったか?」

 

 実戦で使わせようかと考えてはいたが、こんなに急になるとは思っていなかった。

 

「これくらいなら大丈夫です。一発だけでしたし」

「……まあ、無理はするなよ」

 

 裏を返せば使い続けるのは危険だということではあるが、そこはラピスが一番よくわかっているだろう。視たところ今は特に問題はなさそうだ。

 

 転がるコボルトの死体をアイテムボックスに収納し、オレ達は再び移動を開始した。

 

 

 

「おかしい……」

 

 転がっていた岩に腰を掛け、スライムの食事を待ちながらオレはそうつぶやく。

 

 時刻は昼過ぎ。約4時間の間で、オレ達は実に7回、コボルトの群れを発見していた。個体数で言えば、200匹前後。

 

 あまりにも多すぎる。いくら冬が近くて天敵が少ないとはいえ、このコボルトの数は異常だった。

 

 収穫が多くなるという点ではありがたい話かもしれないが、

 

(コボルトの肉ってそこまで上手くないしなあ……)

 

 半本ほどは回収していたが、多すぎても食べきれずに腐らせてしまうので、後半に会った群れは今みたいにスライムたちに食べてもらっていた。

 

(これもあの地竜が原因なのかねえ)

 

 適当に推測を上げてみるが、意味があるわけでもない。

 

 そろそろスライムたちが食べ終わるかと思われる頃に、ふとラピスが体を強張らせた。

 

「ラピス、どうした?」

「白髪さん……まずいです」

 

 こちらを向く表情には焦りが浮かび、額には冷や汗が浮かんでいる。

 

「魔物の大群が、こちらに向かって真っすぐ向かっています!」

「……数は」

「全貌が視えていないのでわかりませんが、視えている部分だけでも2000は」

 

 2000……2000!?

 

 あまりの数の大きさに、一瞬思考が停止しかける。今までに千程度の大群なら何回か相手したことはあるけど、2000は完全に予想外だ。しかもそれでまだ全部じゃないって……というか、なんでそんなに大量の魔物が群れてるんだ? キング種でも確か率いるのは1500程度が限度だった記憶があるのだが……

 

(おそらく、最上位種であるロード種が率いているのでしょう。知能も高いロード種なら、万を超える数を率いることも可能です)

 

 キングの上いたのかよ。

 いやそんなことは置いといて。

 

「……流石に避けた方がいいか?」

 

 敵は2000以上の軍勢。4人で挑むには、どう考えても分が悪い。

 

「いえ……それが……」

 

 ん?何かまだ問題が?

 

「魔物の軍勢の進行方向と、村の位置がかなり近いです……」

 

 頭を抱えたくなった。マジかよ、これじゃあ追い返すか殲滅しないと、もっとヤバい事態が起きるぞ。

 

「……やるしかないってことか……二人とも、悪いが」

「白髪殿、今回はあたいたちもいかせてもらうぞ」

 

 危ないから一人で行くと言いかけたところに、赤髪がそう割って入る。

 

「安心しろ。大群てことは、犬頭がゴブリン、せいぜい豚どもだろう?」

「そいつらに後れを取るなんてありえない」

 

 いやまあ、確かにそうだけどさ。

 

「2000以上だぞ?たとえ一体一体は弱くてもそんだけ集まったら十分に脅威だ」

「あたいたちが村を守らなくてどうするのさ」

「同意。それに……」

 

 黒髪が言葉を切ると、まっすぐにオレを見つめてくる。黒髪の言葉の続きを受け取ったのは、ラピスだった。

 

 「いざというときは、白髪さんが何とかしてくれますよ」

 

 ……あのー、いつの間にオレの株はこんなに上がったんでしょうか……

 

 はあ、とオレはため息を一つつく。

 

「わかったよ。4人で村を守ろう」

 

 ここまで言われて引いたら、男が廃るってものだ。

 

 

 

 森の中に、雑多な足音が響く。

 

 数千もの魔物――コボルトが進軍する姿は、一言で言えば圧巻だった。

 小さな都市であれば、一日もしないうちに滅ぼされるだろう。

 

 最上位種であるロード種に率いられるコボルトの軍勢。

しかしもし犬の表情がわかる者がいたのなら、彼らが意気消沈しているのがわかるだろう。

 

 彼らは進軍者ではない。縄張り争いに負けた、敗走者だった。よくよく見ると、けがをしている個体が何匹もいる。

 

 王のコボルトロードも顔色がよくない。長年を生き上位種へと進化したことで、高い知性を得た彼だがこのままではのたれ死ぬと理解していた。動物を見つけたとしても、数千の軍団を満たすには足りない。何としても新しい安息の地を見つける必要があった。

 

 担がれた輿の上に座る王に、一匹のコボルトが駆け寄る。口から出るは犬の鳴き声であるが、彼らにとってはそれが言葉なのだ。

 

 内容は、敵の出現。自分たちと同程度の大きさの敵数匹と聞いて、コボルトロードはすぐに興味を失う。彼らを倒した地竜ならいざ知らず、弱小魔物数匹程度が千を超える軍団の敵になるとは到底思えなかった。

 

 下す命令は進軍の続行。そんな敵なんてすぐに片が付くだろうという想定によるものであり、同時に軍全体の進行を止めるほどの余裕などどこにもなかったのだ。

 

 前方へ帰っていく部下。しかししばらくすると、慌てた様子で帰ってきた。

 

 一体今度は何だと、不満げにコボルトロードは部下に報告を促す。

 が、その不満は、一瞬のうちに驚きへと変わっていく。

 

 数匹の個体に、我が軍はなすがままにやられている。

 

 何を馬鹿なことを、と王は耳を疑う。しかしすぐにとある考えへと至った。そうだ、奴らは勢いがあるだけ。すぐにその勢いも弱まり、我が軍の餌食となるだろう、と。

 

 自分の予想に満足した指揮官は、でもと言い募る部下を吠えて追い返す。

 

 このときコボルトロードは、撤退もしくは進軍のルートを変更すべきだった。

 

平穏の王で居続けた彼の慢心が、大惨事を生むことになる。

 

 

 

 切っても切っても、絶えずコボルトは流れてくる。終わりの見えない戦いに、オレは少しずついらだちを募らせていた。

 

「はあ!」

 

 的確に急所を狙い、流れるような動きで赤髪が双剣を振る。倒れ伏した死体のせいで足場はもうほとんどないというのに、彼女の動きには淀みがなかった。

 

 左後ろでは、黒髪が死体の山を築いている。彼女がすっぽりと隠れられるほどの大剣は近づくもの全てを切り飛ばし、積み重なる死体が足場をなくし、さらなる犠牲者を生み出すための罠として機能していた。

 

「《偽世》……はぁ、はぁ……」

 

 後ろからはラピスの魔法が飛ぶ。《偽世》を乗せた黒い矢が刺さったコボルトは、気狂いのように仲間を攻撃し始める。

 しかし周りすべてを囲まれているせいで、せいぜい5,6匹を倒すとすぐに袋叩きに。そのたびに魔法を放つラピスは、すでにかなり消耗していた。

 

 それぞれが、それぞれで奮闘する。しかしいくら倒しても終わりがいつ来るのか、もう終わりがないのではないかと思えてくるほどに敵の数は圧倒的だった。

 

 いらだちが、だんだんと募っていく。例え豆腐のように簡単に切れようと、数が多くなれば飽きてくるのだ。

 

 左手で握る剣に、少しずつ力がこもっていく。そしてついに、じれったさに限界がきた。

 

(あーもう、まとめて吹っ飛びやがれよ!)

(?! マスター、それは!)

 

 ルシファーの声が聞こえたが、もう遅い。剣に籠った魔力が放出され、前方半径30m、扇状の空間がまとめて切り裂かれ、コボルト、樹木関係なく真っ二つとなった。

 

 ……え?

 

 今、何が起きた? いや、何が起きたかは視えている。視えているのだが、よく理解できない。

 剣が、伸びた……?

 

(簡単に説明しますと、能力《創剣》が限定的に発動しました)

(え? 悪い、もう少し詳しく)

(では、段階的に。まずマスターは、白剣に魔力を注入。そして“まとめて吹き飛べ”という意思によって能力《創剣》が発動。白剣を媒体に、一瞬のみ魔力剣が生まれました)

 

 へえー……オイちょっと待て! 何? もしかして今の、前から使えた!? もしかしてオレ、今まで殲滅するのに余計な手間かけてた!?

 

(いえ、マスターが無意識に《創剣》を使った時点までは私も認知できませんでした。それと分析の結果、媒体とするにはマスターとの同一性が必要です。おそらく、今までの武器では媒体としては不十分だったでしょう)

 

 同一性……オレの魔力でできたものと身体の一部が材料なんだから、同一性があるのは当たり前か。

 

 まあ、細かい理論は置いといて。

 

 前方を見ると、広がる光景は死屍累々。運よく斬撃から逃れられていたコボルトたちは、怯えて近づこうとしてこない。

 

「……殲滅が楽になるなあ」

 

 悪そうな笑顔を浮かべ、死体の山へと一歩踏み出した。

 

 

 

 ありえない。

 

 コボルトロードは、部下の報告に今度こそ開いた口がふさがらなくなる。想像を絶する報告内容。しかし王が、それを疑うことはできなかった。

 

 犬頭の鼻孔をつく、鉄の匂い。耳に響く、同胞の断末魔。徐々に近づいてくるそれらは、部下の報告がすべて真実であると証明していた。

 

 早く、撤退せねば。すでに多くの犠牲が出てしまった今であるが、これ以上の犠牲を出さないためにコボルトロードは指示を、撤退を意味する遠吠えを発した。

 

 しかしそれは、いささか遅すぎた。

 

 風が、吹く。

 

 そして前方50m先、武器を構えていた同胞と、乱立していた樹木が、まとめて斬り倒された。

 

 一気に広がった視界には、立つ者はただ一人。真っ白い長い毛を生やし、純白の毛皮をまとったそれはこちらに目を向けると、自分たちに理解できない言葉を紡ぐ。

 

「見ーつけた」

 

 

 輿を見つけた。木で組まれているそれはひどくボロボロで不格好だが、それ自体は重要ではない。

 8匹のコボルトに担がれたそれの上に座る、一際大きいコボルト。魔力反応も一番大きいそいつが、この軍団を率いるコボルトロードで間違いはないだろう。

 

 こいつを殺せば、この軍勢は統率が取れなくなるはず。

 

 彼我の距離は50m。魔法を打てば届く距離ではあるが、せっかくなのでさっき思いついた新技――わかりにくいので、《魔刃(まじん)》とでも呼ぶか――の応用技を試させてもらおう。

 

 腰を落とし、剣を持つ左手を引く。右手を突き出したいところではあるが、ないものは仕方ない。

 剣に魔力を込める。斬るときとは違う、ただまっすぐに剣を伸ばすイメージで、左手を突き出した。

 

 瞬時に、魔力の刃が形成される。音速に届きそうな刃は一瞬のうちに50mの距離を超え、狙いすました一点――コボルトロードの脳天を貫いた。

 

 何が起きたのか、コボルトロードはわからぬまま死んでいっただろう。ぐらりとコボルトロードの体が揺れ、輿から地へと滑り落ちた。

 

 

 

「何とかなるもんだな」

 

 倒れた木の幹に座り、思いっきり背筋を伸ばす。

 

 指揮官を失ったコボルトの軍勢は、あっという間に瓦解した。指揮官の死を直接見た者は逃げまどい、そして逃走は伝染。戦おうとするコボルトなど一匹もいなく、数分のうちにすべて視界から消え去った。

 

「全くだ。これもやはり白髪殿のおかげだな」

「全く持って同意」

 

 手で汗を拭いながら赤髪がそう言い、地面に座る黒髪が同意する。ちなみにオレ達の周囲の地面には既に死体が一つもない。ごちそうの山を目の前にしたペットスライムたちが、今も積極的に食事をしているのだ。

 

「ありがとよ……しっかし、ラピスは頑張りすぎだな」

 

 隣に寝かせられているラピスを一瞥し、オレはため息を吐いた。

 

 《魔刃》を見つけてからコボルトロードを殺すまでの間、オレはコボルトをすべて殲滅してきたわけではない。進路に幅40mほどの大通りを作りながら進撃していったが、コボルトロードを視つけてからは一直線に向かったため、取り逃がしは結構多いのだ。

 

 そして、残った大勢のコボルトはオレという脅威を襲うことなどしない。オレがロードを倒すまでの間、彼女らがそのコボルトの対処をしていたというわけである

 

「別にそんななだれ込むように来たわけでもなかろうに……」

「一応あたいたちも止めたんだけど……あんな真剣な顔で『やらせてください』なんて言われちゃったら、どうしようもないさ」

 

 だからと言って暴走しかけるまでやり続ける必要はないと思うんだがなあ……《封魔》で落ち着かせた瞬間気を失ったし、かなり消耗したのは間違いない。

 

(とりあえず、ラピスには自重を知ってもらわないと)

 

 遠くで嬉々として食事をするスライムを眺めながら、心の中でそうつぶやいた。

 

 

 

 スライムたちが死体を食いつくすのを待っていると、日が赤く染まり始めるころにやっと村へ帰ることができた。

 

 赤と緑はぐったりとしている。食後の休憩ってやつだ。ちなみにあれだけ食ったのに体積どころか重量さえ全く変わっていない。流石『胃袋』だ。オレに優しい。

 

 ラピスは最後まで起きず、赤髪に背負われて村まで戻ってきた。今はログハウスのハンモックでぐっすりと寝ている。

 

「白髪殿」

 

 集会場に獲物を置いてさて帰ろうというときに、赤髪に呼び止められた。

 

「どうした?」

「礼を言いたくてな」

「礼? ……コボルトのことなら、礼は必要ねーぞ。オレだってこの村を守りたかったし」 

 

 思いついた推測を口にするが、どうやら違うらしい。苦笑いとでもいうのか、やっぱりとでも言いたげな表情で、赤髪は言葉を続ける。

 

「それもあるのだが……まあ、ともかくありがとう」

 

 それだけと、踵を返して去っていった。

 

 マジで何に対する礼だったんだ? 

 

 

 あの子がわがままを言ったのは、いつ以来だっけな。

 

 あの日以来、一言も言っていなかった。それが今日はどうだ。言葉使いはそのまんまだけど、わがままを言ったじゃないか。

 

 5年かけても、あたいたちじゃああの子の心は開けなかった。それを成してくれた白髪殿には、感謝しても感謝しきれない。

 

 なにに対するものか言わなかったのは、せめてもの嫉妬心だ。

 

 

 

 3日後の朝。

 

 けたたましいサイレンの音によって目が覚めた。




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20 命を削る戦い

ボス戦、少し長いです


 まどろんでいた意識が、久しぶりに聞く音によって引っ張り上げられる。

地球にいたときにも何度か聞いたそのサイレン音は、日本人の神経を逆なでするものだ。

 

 慌てて跳び起き、ハンモックの下へと潜り込む。弾力のある赤スラを頭にのせて防御態勢をとることもちゃんと忘れずに。

 

(マスター、地震じゃあありません)

 

 相棒のその言葉に、我に返る。いけないいけない。あのトラウマ音でつい反射的にやってしまった。

 

(じゃあいったいなんだ? 起こすにしてもあのトラウマ音だけはやめてほしいんだけど)

(地震と同じくらいの緊急事態です。……地竜が感知範囲内に侵入しました)

 

 へーそう。地竜がね……はぁ!? 

 

(ちょ、え!? マジなん!?)

(マジです)

 

 予想していたのより早い……村までたどり着く前に何とかしないと。

 

(地竜はここから南へ約350mほどの位置で動いていません。村に気付いた様子もないので、時間的余裕はあるかと)

 

 それでも急いだほうがいいことに変わりはない。

 

 まずはアラルさんを起こして、えーとそれから……

 

 いや、まずはラピスを起こそう。

 

「おい、ラピス起きろ。緊急事態だ」

 

 ハンモックを軽く揺さぶると、ラピスはすぐに起きてくれた。

 

「……白髪さん、どうかしましたか?」

 

 目をこすりながら体を起こすラピス。床に降りると、思いっきり背伸びをした。

 

「緊急事態だ。地竜がすぐ近くまで近づいてきた」

 

 オレの言葉に、眠そうな目が一気に見開かれる。そして魔力感知を使ったのだろう、見る見るうちに表情が引き締まっていった。

 

「白髪さん、すぐに行きましょう!」

「待て待て、先にやることがある」

 

 先走りそうになるラピスを掴んで止める。

 

「族長への報告が先だ。万が一の場合、ここまで被害が出るかもしれない」

 

 そうならないようオレが努力するが、やはり可能性はゼロじゃない。そのための備えはしておくべきだ。

 

「……それもそうですね。なら、早く行きましょう!」

 

 ラピスはそういうと勢いよく扉を開け、あっという間に走り去る。慌てて追いかけようとするも、背中に感じる鈍い衝撃に足を止める。

 

 赤スライムが、オレの背中にへばりついていた。一瞬、睡眠を邪魔された仕返しか? と思ったが様子が違う。服を引っ張るようなその動作は、まるで行かないでくれとでも言いたげなものだった。

 

「……心配してるのか?」

 

 肩に登ってきた赤をなでながらオレがそう聞くと、頷くような動作が帰ってきた。

 

 ……いつの間にこんなに賢くなったんだろうか。

 

 しかし、今は時間がない。感慨深くなりそうな心を抑え、オレは口を開く。

 

「大丈夫だ、次は負けない。……危ないから、ここで待っててくれ」

 

 思いが通じてくれたようで、ゆっくりと赤は地面へと降りる。ポヨンと一回飛び跳ねると、部屋の奥へと戻っていった。

 

 ……さて、急がないと。

 

 振り返ってオレは、族長宅へと駆け足気味に向かう。

 

 3分もせずにつくと、入り口前に立つラピスを見つけた。寒空の下を走ったからなのだろうか、どうやらオレを待っていたようである。

 

 建物の壁をたたき、アラルを呼び出す。扉がないこの村では、こうするのが通常なのだ。

 

「なんだい? 朝っぱらに……」

「緊急事態です。地竜が村の近くに現れました」

 

 出てきたアラルは眠そうだったが、なりふり構っている暇はない。オレの言葉に、アラルの表情が引き締まった。

 

「誠か?」

「はい」

 

 短くオレがそう答えると、アラルは眉間をひそめる。しかし時間がないのをくみ取ってくれたのか、すぐに答えを出してくれた。

 

「……ううむ……村の者たちは私たちが何とかする。お前さんには、地竜の相手をしていただきたい」

「勿論ですよ」

「私も行きます」

 

 ラピスの宣言に、アラルは迷うそぶりを見せる。気持ちはわかるが、危険だといったところだろう。

 アラルの視線がオレに向けられた。

 

「問題ないと思います。問題が起きても、オレが何とかしますが」

 

 オレの返事に、アラルはやれやれといった感じで頷く。そしてオレに「頼んだ」と一言いうと、足早に去っていった。

 

「白髪さん、行きましょう」

「ああ」

 

 地竜のいる方向へと、オレ達も走り出す。閉じられている村の門を飛び越え、五分もしないうちに地竜のそばへとたどり着いた。

 

 彼我の距離は30m。視界も悪い森の中、地竜はオレ達の存在に気付いている様子だった。

 初対面の奇襲でも気づかれていたあたり、こいつも何か特殊な感知能力を持っているのだろう。

 

 “右腕”の形をした透明な型でもあるかのように、あふれ出す黒い魔力は形を整える。どうやら今日は手加減するつもりはないようだ。

 

「『解放』」

 

 もちろん、オレにもないが。明日の頭痛など、覚悟はとうに済んでいる。

 

 冴えわたる感覚に、背中に現れる異形の羽。直してもらうときに穴を開けてもらったので、服をまた突き破るようなことはなかった。

 

「ラピス、無理だけはするなよ」

 

 ここ数日の特訓でかなり持つようにはなったが、仇敵の前でもそうだとは限らない。コボルトと戦った時でさえ無茶した彼女のことだ、意味のない言葉に違いない。

 

 アイテムボックスから白剣を取り出し、構える。

 

「……わかってますよ」

 

 ラピスの返事によって、戦いの火蓋が切られた。

 

 

 地を揺らすような咆哮を発し、地竜は真っすぐこちらに突っ込む。

 

「《魔刃》!」

 

 上段から振り下ろす魔力の剣で迎撃するが、地竜の右腕に阻まれる。すぐに霧散する《魔刃》に地竜は一瞬足を止めるが、すぐに突進を再開する。

 

 仕返しのように頭上から振り下ろされる黒い右腕を、白剣で防御する。先代は容易く折られてしまったが、二代目はしっかりと受け止めることができた。

 

「《幻矢》《偽世》!」

 

 後方から、ラピスが魔法を放つ。一度食らったことのある地竜はしかしそれを避けようとはせず、黒矢が地竜の左腕をとらえた。

 

 《偽世》によって偽りの視界が形成され、地竜がオレの姿をとらえられなくなる――ようなことは起きない。両手で支える白剣には依然押しつぶそうとする圧力がかかっており、またその眼はしっかりとこちらを見据えていた。

 

 何故だ? と思うも地竜の左腕が魔力を纏うのを視たオレは、咄嗟に後ろへと飛び退く。直後、ついさっきまでオレが立っていた場所から土煙が上がった。

 

(魔法が効いていない?)

(抵抗(レジスト)されたのでしょう。本来、かなり高等な技術のはずですが……同じ魔法は二回とは効かない、と考えた方がよろしいかと)

 

 なるほど……厄介だな

 

「ラピス、あいつに《幻矢》と《偽世》はおそらくもう通じない。どうやら一度使った黒魔法は二回目からは通じないようだから、別の魔法を使ったほうがいい」

 

 さらに後ろへと下がり、ラピスに指示を出す。

 

「わかりました……《炎槍》」

 

 中級赤色魔法《炎槍》。オレが教え、滅多に使われることはなかった魔法だ。3本の炎の槍は、一直線に地竜へと放たれる。

 

 そして握りつぶされた。

 

 別に比喩じゃない。結構な速さで飛ぶ槍を掴んで、そのまま握りつぶしたのだ。

 

 無茶苦茶だろ……

 

 と、しかし呆れている場合ではない。地竜の狙いがラピスに向かないようオレは接近し、同時にアイテムボックスを開く。取り出したのは五本の黒い柄のない大剣、オレは《操剣》を発動し、それらを背中に宙に浮かせた。

 

 普通に攻撃しても効かない以上、第二の手を打つ必要がある。そしてその次の手とは、二本の腕では対応させない、飽和攻撃だ。

 

 正面から、オレは地竜とぶつかる。再び白剣と黒腕がつば競り合いとなるが、しかし浮く剣は地竜の背後へと周り、その背中めがけて刺突を繰り出す。

 

 地竜は二本の剣を左腕で振り払い、二本の剣は体表を覆った魔力の鎧に弾かれる。そして一本は地竜のわき腹を切り裂き、深々と傷を残した。

 

 よし、予想通りだ。オレはひそかにほくそ笑む。やはり地竜は魔力を全身に展開できないようだ。

 

 勝ち筋が見えてくる。傷を受けたことに地竜がひるんだ隙にオレは間合いを脱し、後方のラピスのもとへと戻った。

 

「作戦ができた。今から魔法は速度重視、手数重視で奴の背中に打ってくれ」

 

 ラピスが頷くのを横目で確認すると同時に、地竜が憤怒に吠える。こちらを睨む目は紅く染まっており、半開きの口からは白い吐息が漏れていた。

 

 再びオレと地竜は正面衝突を起こす。しかしつばぜり合いにはオレがさせない。右に左に地面をえぐる攻撃をかわしながら、同時に白剣で反撃、空中からは、黒大剣による嫌がらせも途絶えさせない。

 

「《氷矢》!」

 

 そして後方からの援護射撃によって、地竜の背中には少しずつ傷が増えていった。

 

 だが、決定打にはならない。もう少し、あともう少しだ。

 

 おそらく地竜ですら気づいていないだろう。黒い鎧は、少しずつ背中側へと集中して行っている。背中側への集中攻撃によって、無意識に地竜は鎧をずらしていったのだ。

 

 つまり今、地竜の正面は鎧もなくがら空き。そんな決定的な隙を生み出すことに成功したオレは、振り下ろされた右腕を全身によって回避しながら跳躍。魔力感知に映る地竜の核に、まっすぐ左手を引き構えた。

 

「《封魔》!」

 

 胸部を覆おうとする魔力は、目に見えて勢いがなくなっていく。守るものがない灰色の鱗を白き剣が貫き、胸部中央の核へと到達した。

 

 そして、弾かれた。

 

(は?)

 

 一体どういうことか、思考が一瞬だけ止まる。そして今度は、地竜がその隙を見逃すようなことはない。

 

 自由な左手が殴りつぶそうとばかりに迫ってくる。が、剣を抜いて防御したのではわずかに間に合わない。かといって剣を刺したまま自分のみ回避するのは、下手したら致命的なものとなるだろう。地竜の攻撃をしのげる武器は、今のところこれのみなのだから。

 

 咄嗟の判断で宙に浮く大剣をすべてオレと黒腕の間に滑り込ませる。拳を防げるほどの強度は持っていないのであっさりと砕かれてしまうが、威力と多少なりとも削ぎ剣を抜くまでのわずかな時間を稼ぐことに成功。

 

 白剣を盾にして吹き飛ばされたオレは宙を舞い、岩に衝突して停止した。

 

 衝撃で体のあちこちが傷つき、ひしゃげ、潰れる。しかし痛みは全くなく、またすぐに直すことのできる程度の怪我だ。

 

 まずいな。

 

 地面に倒れ伏したまま、内心で冷や汗をかく。

 

 今の攻撃は、完全にとっていた。相手が生き物であれば、絶対に防御できないものだったはずなのだ。

 

 しかし、地竜は防御した。背中を覆っていた鎧を体内へと侵入させ、核を覆うという手段を使って。

 これをわかりやすく例えると、つまり心臓めがけて刺さるナイフを防ぐために、脇腹から鉄板を差し込むようなもの。

 

 生き物のやることじゃない。そしてそんな手法を取れた地竜の命を、一体どうすれば刈り取ることができるのだろうか。

 

(実は肉体はすでに死んでて、あの黒色魔力が体を動かしてるってオチだったりするのか?)

 

 オレと同じように。結構思いつきな仮説だが、そこまで外れてはいないのではないか。

 

(この考えが正しい前提で行けば、奴も魔力が無くなれば死ぬはずなのだが――)

 

 奴の魔力を視ても、そんなに減った様子はない。持久戦に持ち込んだところで、おそらくオレの方が消耗が早いだろう。

 

(手足を切ったところで、あの魔力が補填――――)

 

 唐突に、視界に異常が発生した。

 

「……許さない……」

 

 ラピスが、暴走を始めた。

 

「ラピス!……く、まずいぞ!」

 

 今の状況での暴走は、かなりまずい。慌てて修復された身体で駆け寄り《封魔》をかけてみるも、全くとどまる様子がなかった。

 

 ラピスの焦点は、自分には向かない。オレの後ろの、こちらを睨んだまま動かない地竜に向けられていた。

 

「……《|崩魔(ほうま)》……」

 

 今までに聞いたことのない鍵言葉を唱えると、空中に1本の矢――槍が生まれ、高速で飛翔。突然の攻撃に地竜は右腕で防御をとると、槍の刺さった箇所がボロボロと崩れ落ち、そして右腕が地に落ちた。

 

「《崩魔》《崩魔》《崩魔》《崩魔》《崩魔》」

 

 一つ唱えるごとに、一つの黒い槍が飛んでいく。矛を盾を穿ち、鎧を崩壊させる。

 

 地竜は、反撃も何もできないでいた。このまま続ければ、地竜の魔力はすべて消え去り絶命するだろう。

 

 しかし、オレは気づいていた。ラピスが魔法を一つ使うごとに、彼女の体が、精神が魔力に蝕まれていることに。

 

「ラピス!もうやめろ!」

 

 オレの声は、彼女には届かない。

 

 一体、どうすれば。

 

「よくも……よくも彼を……」

 

 ……彼?

 

 どういうことだ?あの地竜は、ラピスの母親のはずじゃあ……

 

 あ

 

 オレのことか?

 

 ラピスはさっきの攻撃で、オレがやられたと思ったのか?

 

 確証はもちろんない。何ならオレが自意識過剰なだけかも知れない。

 

 だけどラピスが暴走したタイミングを考えると、そう考えるのが正しいように思えるんだよな。岩にぶつかって体のあちこちが潰れ、動かなくなったオレを死んだと勘違いしてもおかしくない……むしろ正常なまである。

 

「……間違ってたら恥ずかしいなあ」

 

 そしてどこかくすぐったくなったオレは、こんな事態だというのについ呑気なつぶやきをこぼしていた。

 

 

 まずはラピスをどうにかしよう。地竜の相手はそのあとだ。

 

「《|断界(だんかい)》」

 

 空間同士のつながりを断つ絶対防御の魔法(断界)。オレとラピスをすっぽりと包むように、真っ黒の球状のドームが出来上がった。

 

 効果時間は約3分。残存魔力の大半を注いでもそれだけしか持続させることができない。このわずかな時間に、オレはラピスを正気に戻す必要があった。

 

「……邪魔、しないでください」

 

 光も遮断されているのでドームの中は真っ暗闇。にもかかわらず、暴走したラピスはともに中にいる|誰か(オレ)のことを認識しているようだ。

 

「やだね。……なあラピス。なんでお前はそんなに怒ってんだ?」

「……白髪さんが殺されたんですよ。怒らないわけないじゃないですか……」

 

 あ、正解だった。にしてもこうやって面と言われるとやはりうなじら辺がくすぐったくなってくる。

 

 いや、そんなどうでもいいことは置いといて

 

「じゃあ、今お前の前にいるのは?」

「何を変なことを……」

「いいから答えてみろ。今こうやって話してるオレは、誰だ?」

「それは……白髪さん?いやでも白髪さんは……え?アレ?」

 

 言葉に矛盾が生じ、そして自分でもそのことに気付き戸惑うラピス。

 

(侵食による判断力の低下、マスターが質問するまで気づかなかったのでしょう)

 

 突如、ラピスは頭を抱えてうずくまる。口からは苦悶の声が漏れ出ており、体内の魔力が暴れているのが視えた。

 

「あなたは白髪……違ウ!彼は死んダ!だけど目の前にいるのは……一体ダレ?」

「何言ってんだラピス。ちゃんと視ろ」

 

 頭を押さえながら血走った眼でこちらを睨むラピスに、オレは笑いかける。

 

「お前が頼るって決めたやつは、そんな簡単に死ぬ奴だったか?」

 

 荒波が、収まる。

 

「……よかった……」

 

 最後にそうつぶやき、ラピスは地面に倒れ伏した。

 

 

 森に現れた黒い塊を、地竜はずっと見つめ続ける。

 

 魔力を視る能力が携わっており、また集合した黒色魔力であるため高い知能を持つ地竜には、黒いドームを壊すことはできないと理解していた。

 

 だが同時に、魔力の薄まりにも気づいている。ドームの壊れる瞬間を狙い、地竜はただ頃合いを見続けていた。

 

 黒いドームが、一瞬のうちに崩壊する。それを予測していた地竜はすでに飛び出しており、ドームに潜んでいた強敵へとその凶悪な突きを繰り出していた。

 

「《魔刃・穿牙》!」

 

 そして、地竜は地面を転がった。

 

 

 《断界》が切れた瞬間、地竜が目の前まで来ていた。

 

 いや驚いた。なにせ《断界》は感知能力も遮ってしまうから、外の様子を知ることができなかったのだ。

 

 幸い、《断界》のドームを破壊しようと攻撃しているんじゃないか? という予想もしていたから対処はできたが、まさかドンピシャで来てたとは……

 

 それにしても、地竜はやっぱり硬い。かなりの出力で《魔刃》を発動し、さらには刃を伸ばすことなく武器にエネルギーを貯め、突きのインパクトの瞬間に解放する派生技の《穿牙》を使っても刺さりもしないとか、もはや感動を覚えるレベルである。

 

 え? そんな大技、魔力が少ない今の状態で使ったらまずくないかって?

 問題ない。例え魔力が尽きたところで、()を削ればなんとかなる。というか、すでに少し削った。

眠気がガンガンに脳を揺さぶっているし、頭痛やら普段感じないはずの全身からの痛みやらで相当きつい状況であるが、意識だけははっきりしている。

 

「……白髪、さん」

「ラピスは休んでな。大丈夫だ。こっちには来させない」

「……ええ、わかりました」

 

 倒れ伏したままのラピスは、はたから見るとただの死体の様である。このあたりに野生生物は視えないので、そのままでも大丈夫だろう

 

 さて

 

「来いよ、化け物。第二ラウンドだ」

 

 今だ転がったままの地竜に手招きし、オレは不敵に笑って見せた。

 

 

 

 

 格好つけたものの、正直状況は好転してない。暴走ラピスの《崩魔》によって地竜はかなり消耗していたが、それでも魔力は最初の半分程度残っている。

 

 ラピスと違って、オレは地竜の魔力を直接削る方法がない。地道に戦い続ける耐久戦以上に、効果のある方法が思いつかないのだ。

 

 激化する攻撃をいなしながら、オレはどうしたものかと作戦を考え続ける。

 

(魔力は核を削ればどうにかできるけど、補給したいなあ……ん?)

 

 補給という言葉に、ふと何かが引っかかる。

 

(そういえば……大樹を拠点にしていた時、確か大樹から魔力を補給していた?)

 

 そこでオレははっとする。そうだ、魔力を奪う手段が一つあるじゃないか。

 

 《吸魔》

 

 すっかり記憶の山に埋もれていた、使い道がほとんどないスキルである。

 

(だけどあの魔力の塊から、果たして奪い取れるのか?)

 

 魔物から魔力を奪ったことはない。奪う必要などなかったし、そもそも大樹以外から魔力を吸い取るって発想がなかった。

 

(可能です。が……推奨はできかねます)

(え? なんでだ?)

(侵食性を持つ黒色魔力を体内に取り込むのは危険だということです。下手を打てば最悪、マスターが食われます)

 

 ああ……そういうことか。

 

 だけどせっかく見つけた勝利手段をみすみす諦めるのはなあ……よし、ルシファー。試すだけ試してみよう。推奨できかねないってだけなんだろ?

 

(……わかりました。ただし吸収した魔力はなるべく早く消費してください。体内に留まらせ続けることが一番危険です)

 

 なんか呆れられたような気がするのだが……まあいい。これで許可も下りた。

 

 今までは防勢に回っていたが、反撃開始だ。

 

 地をえぐる黒い拳を半身で躱し、《吸魔》を乗せた白剣で切りつける。

 

 傷一つつかなかった黒腕を、少しばかりではあるがえぐり取ることができた。

 

 同時に、痛みとはまた違った、何かにまさぐられるような不快感が身体を襲うが、同時に空っぽの身体に魔力が注がれたことも感じとる。

 

 すぐに消費しろという相棒の言葉を思い出す。

 

《吸魔》のスキルを付与したままの剣に吸い取ったばかりの魔力で《魔刃・穿牙》を発動し、迫りくる地竜の左腕へと突きを放った。

 

 《穿牙》へと吸収した魔力を注ぐことで、うねるような不快感は消えてなくなる。そして、白剣と衝突した黒腕にはひびが入り、表面を纏っていた黒い鎧が割れた。

 

 地竜から苦悶の音が聞こえる。鎧を突き破った剣は地竜の腕へと深々と突き刺さっており、また剣を通して魔力が――地竜の体内を流れる、物質化していない魔力が流れ込んでくるのがわかった。

 

 吸収量が多かったのだろう、体内を幾匹もの蛇がうごめいているかのような不快感と、食い破られるような痛みが同時に襲う。

 

 しかし、こんな絶好のチャンスを無駄にはしたくなかった。

 

 流れ込んできた魔力を、強引に剣へと流し込む。《魔刃》によってせき止められた魔力は、今にも爆発しそうなほど圧縮されていった。

 

(弾けろ!)

 

 そして、《魔刃》を解除。オレが取り込んだことで宿主を変えた黒色魔力は、“白剣”という体外から出たことによって物質化。無数の剣山となって、地竜の左手を内部からずたずたに切り裂いた。

 

 地竜が暴れだす。しかしボロボロになった左手は肩の動きに追従して振り回されるだけとなり、遠心力でオレは宙へと投げ出された。

 

 《空歩》を使い体勢を整える。無事に着地に成功したとき、オレはありえないものを見た。

 

(生き物じゃねーな……)

 

 ささくれを爪でとるように、地竜が左腕をもぎ取っていた。

 

 ボロ雑巾のような腕を、地竜は無造作に投げ捨てる。そして体中の黒鎧が肩口に集まり、新しく腕を3本(・・)生み出した。

 

 おいおい……2本でもきつかったのに4本腕とか……どんなハードモードだよ。

 

 だがしかし悪いことばかりでもない。魔力感知で視ると、奴の体内にはもうほとんど魔力が残っていない。つまり今生えている4本の腕は、同時に地竜の命の尺度でもあるのだ。

 

 攻撃が通りにくい以上、果たしていつ削り終えられるかわからない。だけど初めて見えた終わりに、オレの士気は最高潮に達していた。

 

 根競べと行こうじゃないか。

 

 

 

 どれくらい時間がたっただろうか。

 

 3方から迫る凶腕を躱し、切りつけて魔力を奪いながらオレは思考する。4本腕になってさらに激化した地竜の攻撃は周囲を巻き込み、あたり一帯を更地と化していた。

 

 地竜の魔力は少しずつ削れ、3割を切っている。すでに右腕は一本消滅しており、最初よりいくばくか攻撃は緩和していた。

 辛いことには変わりないのだが。

 

 一発でも攻撃を食らってはいけないという緊張感、ほとんど存在しない反撃のチャンス。綱渡りのような気の抜けない戦いに、オレの神経は疲弊しきっていた。

 

 ゆえに、視落としてしまう。着地した足元の木は脆く、強く踏めば砕けてしまうことに。

 

 突然の視界のぶれに、疲れ切った思考は一瞬止まってしまう。そして再開したときには、2つ腕が上から、横から逃げ場をなくしていた。

 

 《空歩》を使ってももう間に合わない。片方を食らう覚悟で剣を左に立て、核を生贄に《断界》で上の攻撃を防ごうとすると――

 

「《崩魔》!」

 

 振り下ろされた左腕の根元が分解され軌道がずれ、左から迫っていた地竜の右腕に衝突。さらに軌道をずらし、オレに攻撃が当たることなく足元の倒木ををえぐるのみに終わった。

 

「ラピス!」

 

 《空歩》を使い崩れる倒木から脱出しながら、魔法を打ったであろう人物の名を呼ぶ。

また暴走をしたのか、という考えが一瞬脳裏を横切るが、しかし膝に手を当てふらふらと立つ彼女を視てオレは安心した。

 

「!? 逃げろ!」

 

 安心もひと時に終わる。地竜が、ターゲットをラピスに変えた。

 

 再び《空歩》を使おうとするも、一瞬早く地竜が駆けだす。疲弊した今でなおその突進は速く、例え追いつけたところでどうその突進を防げばいいのだろうか。

 

 《断界》で防ぐにも、あまりにも距離が遠い。いったいどうすればいいのかと思考を張り巡らせていた時――

 

 ラピスが、笑った。死を間近にして沸き上がる狂笑ではなく、勝利を確信した笑み。

 

 地竜と彼女の距離が5mを切ったとき、その理由を理解した。

 

 踏み出した短い後ろ足に、糸が絡みつく。そしてそれを引き金に、無数の糸が地竜を縛り上げた。

 

 必死にもがく地竜。しかし拘束が緩むようなことはなく、むしろ動くたびにより強く締め付けていった。

 

「白髪さん……今です!」

 

 もうラピスには余力なんてないのだろう。そう叫ぶと彼女は、地面へと倒れ伏した。

 

 全力で彼女は隙を作った。ならばオレも、全力で答えないでどうする。

 

 視界に、《崩魔》で崩れ落ちた地竜の腕が入る。根元が崩壊したことによって地竜から分離したそれは、腕の大部分が残っていた。

 

 手を伸ばし黒い腕に触れる。頭の中に響く警告を無視し、《吸魔》を発動。四肢が引きちぎれるような痛みに襲われるがどうでもよかった。

 

 魔力を剣へと流しながら、地竜の正面へと歩み寄る

 

「《魔刃》……」

 

 白剣を白黒の両手(・・)で握り高く構える。先端に魔力を集める《穿牙》とは違い、流し込んだ魔力を側面――刃の部分へと集中。

 

「《絶爪(ぜっそう)》!!」

 

 一呼吸の後にて、黒腕の根元へと渾身の力を込めて振り下ろした。

 

 剣が腕に触れ、そして通り抜ける。絶対的な硬さを誇る地竜の腕は、今まさに一刀両断に切り落とされた。

 

 糸が、空を舞う。斬撃に巻き込まれた糸はことごとく切断され、その役割を果たすことができなくなる。

 

 だが、もう必要ないものでもあった。

 

 腕を切断された――――体内にほとんど魔力の残っていない地竜は動こうとしない。動けないのか、諦めたのか。

 まあ、それこそどうでもいい話だろう。

 

 地面に転がる腕に、黒く染まった右手(・・)を伸ばす。せっかく切れたのに、地竜に再び戻ったりしないように。《吸魔》で沸き上がる頭痛にも、もはや慣れてきた。

 

 倒れたままの地竜の背中に、素足で上る。耐えきれるはずもなかったのだが、いつの間にか靴も壊れてしまっていたようだ。

 

 地竜の、核の真上に立つ。とどめを刺すべく、白剣をその灰色の鱗に突き立てたとき――

 

「待って……ください……」

 

 ラピスの声が聞こえた。

 

「……とどめは……私が……」

 

 とっくに限界は来ているというのに、ラピスは立ち上がる。今にも倒れそうな歩みで、彼女はオレの横まで登ってきた。

 

「わかった。……武器はあるか?」

 

 ラピスは頷く、そして彼女は上着の内側に手を入れると、青い短剣――オレが彼女の護身用に渡した短剣を取り出した。

 

「……このために渡したものじゃないんだがな」

「……いいじゃないですか、私がもらったものなんですから」

「まあ、確かにな」

 

 苦笑が漏れる。

 

 ラピスが短剣を鞘から抜く。そしてオレの横にしゃがむと、両手で短剣を握り核の真上へと突き立てる。

 

「……これで、終わりです」

 

 ラピスが体重をかけ短剣を押し込み、地竜の核は2つの欠片に分断された。痙攣を一つ、それを最後に地竜の眼から光が消えた。

 

 仇を打つことができたラピスは、ゆっくりと横に倒れる。緊張の糸が切れた今、彼女はすでに意識を手放していた。

 

(これ、またオレが背負うことになるのかなあ)

 

 やれやれと思いつつ、しゃがみこんで彼女の腕を肩にかける。

 

 しかしオレは、立ち上がることができなかった。

 

(ああ、やっぱり限界か)

 

 先ほどまではっきりとしていた意識が、急に朦朧とし始める。かつてないほど強く感じる睡魔に、耐えられる理由も耐える理由もどこにもなかった。

 

 少し、眠らせてもらおう。

 

 ごろんと仰向けに転がり、オレは目を瞑った。

 

 

 

 腹部に感じる圧力に、意識が引き上げられる。

 

 寝返りを打とうとしたが、何かが乗っているようで体を転がすことができない。そのまま意識は覚醒し、瞼裏に見える明かりにオレは目を開ける。

 

「……え?」

 

 真っ赤な髪の幼女が、オレの腹部にまたがっていた。

 




読んでいただきありがとうございます
ボスは倒しましたが、一章はまだ少し続きます。二章に入ったらら多分投稿ペースをまた下げることになると思いますがご容赦を


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21 おかしな進化

 気が付くと、上も下もわからなくなるような白い空間にいた。

 

「……既視感あるなー」

 

 転生前に来た空間で間違いない。こんな独特な風景、他にあるとは思えないのだが――

 

「……なーんでオレここに来たんだ?」

 

 前回とは違い、記憶はある。朝起きたら村の近くに地竜が来てて、ラピスと2人で倒しに行って、オレもラピスもかなりの無茶をしてやっと倒して――

 

 え? もしかして無茶のし過ぎで死んじゃった? 

 

「安心してください、今回は死んではおりませんよ」

 

 声とともに、足元から人型が現れる。転生時ののっぺら坊とは違い、今回はちゃんと“人”だった。

 

「……なんでオレの姿」

 

 ただしその“人”は、転生後のオレだったが。

 

「私の姿形はどうでもいいことです。……それよりマスター、2つ報告が」

「報告?」

「はい。まず、マスターは黒色魔力を取り入れすぎたために、精神の一部が侵食されました」

 

 え

 ちょ、それまずくない? いや確かに後先考えずに取り込んだオレが悪いんだけど……もしかしてオレがここにいる理由って、ソレ? 

 

「いえ、あくまで一部です。私もできる限り止めましたので、主導権はマスターにあります」

 

 あー、よかった。てっきり体乗っ取られたからここにいるのかと思ったよ。軽く腕三本分取り込んだし。

 

「てことは、今オレの中にはあの魔力が存在するってことか?」

「そういうことです。そしてそれは、半ばマスターの魔力となりました」

 

 オレの魔力になった? どういうことだ?

 

「精神の一部が侵食、同化した影響です。半ばというのは、双方の大部分が分離されているためです」

 

 よくわからんが、そういうことだって思っとこう。

 

「……ちなみにそれでオレにデメリットは?」

「ほとんど存在しません。逆にメリットとして、黒色魔力が扱えるようになりました」

 

 てことは……あの防御力を手に入れたってことか? この体の欠点である紙防御じゃなくなるのか? 

 

「そういうことになります。ただ、使用時に唯一のデメリットがありますが……実際に試すときでいいでしょう」

「それで、もう一つの報告というのは?」

「私の能力が新しく解放されました」

 

 ……へ? 

 

「え? 解放? 剣創るのと剣浮かすのだけじゃないのか?」

「正確に言うと、回収した、というべきなのでしょう。そして調べてみたところ、あと3つ未回収能力が存在していました」

 

 合計5つの能力……他の神格がどうかはわからないのだけど、多いな。

 

「へぇ……解放された能力ってのは?」

「重力干渉です」

 

 おっふ……またなんかすごいの来た。まさか残り全てがこんな感じなのか? 

 

「というと、自分にかかる重力なくして浮いたり、逆に敵にかかる重力を強めてつぶしたりできるってことか?」

「はい。応用方法は多いかと推測します」

 

 ふむ、まあ起きた後にいろいろと試してみるか。

 

「報告は以上です」

 

 ルシファーの言葉とともに、オレの意識は遠のいて行った。

 

 

 

 そして次に目が覚めて最初に見た者が、自分のお腹に乗る赤い髪の幼女(裸)、というわけである。

 

 ……おまわりさん、こいつです。

 

「あ! 主が起きた!」

 

 オレがぼーっとしていると、馬乗り幼女がオレの眼を見てうれしそうに叫ぶ。

 

 ……この幼女はどこの子なのかなんでオレを主って呼ぶのかツッコミどころが尽きない。一体オレが寝ている間に何があったというんだ。

 

 オレが驚きに身動き一つとれないでいると、ログハウスの扉が開かれた。

 

「白髪さん、起きたよう……」

 

 入ってきたラピスの言葉が、途中で途切れる。「え?」といった表情で目をぱちくりさせていた。

 

 ……この状況、どう説明しよう。

 誤解されること間違いなしのこの状況。だがラピスが次に発した言葉は、予想もしないものだった。

 

「あれ? スライムの赤い子ですよね? その姿どうしたんですか?」

 

 ……一体オレが寝ている間に何があったというんだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「――なるほど、つまりお前は今日気づいたらその姿になっていたってことか」

 

 オレの確認に、幼女――赤スラはこくこくと頷く。裸はさすがにまずいので、棚にあった布を巻いてもらった。

 

(……ルシファー、これどう思う?)

 

 (進化ですね。知識などを与えることで促してはいましたが、人間の姿をとるのは予想外でした)

 

 お前が犯人か!

 

「というか、ラピスはなんでわかったんだ?」

「魔力を視たら、すぐにわかりましたよ?」

 

 そういわれてなるほどと納得すると同時に、少しの意外さも感じていた。

 

「赤の魔力、よく覚えていたな」

「この村の人なら、全員覚えています。……ところで、赤の子に何が起きたのか、わかりましたか?」

「ああ、どうも進化したらしい」

「……! それはおめでたいことですね」

 

 一瞬、進化って言葉が通じるか心配してしまったが、どうやら問題ないらしい。そしてめでたいことらしい。

 

 ……ん? 

 

「緑、お前は進化してないのか?」

 

 ラピスの懐にいる緑に聞くと、うなずきが帰ってくる。どうやら2匹同時に進化したようだ。にしても姿が変わってないということは進化先が違うのか? 

 

 オレが首をひねっていると、緑はラピスの懐から出て赤の頭に登る。

 

「えっとねー、人間の姿になれるって」

 

 どういう原理か知らないが、赤は緑の言葉を代弁できるみたいだ。

 

「あ、そうなのか。なら一回なってみてよ」

 

 ちょっと興味がある。赤がこうなったんだ、一体どんな風になるのだろうか。

 

「うーんと……面倒くさいって」

 

 おい。

 面倒くさいってなんだよ面倒くさいって。ちょっとなるだけだろ。

 

「……わかった、ちょっと離れてだって」

 

 そういわれたので、壁際による。赤も緑を下ろすと、ハンモックの上に登った。

 

 部屋の中心にいる緑が、形を変えていく。伸びた体は上に1m90cmほど、がっしりとしたその体は人間の性別だと男に分類されるものだ。

 

「主、これでいいっすか?」

 

 色が肌色に変わると、緑はけだるげに言葉を発した。

 

「……ああ、一旦戻ってくれ……」

 

 頭を押さえながら、そう答える。もしここにラピスがいなかったら、オレは声一杯叫んでいただろう。

 

 なんせ、その容姿が人間時代のオレだった。

 流石に丸々一緒というわけではないが、9割オレだ。残りの一割は、身長の違い、いや成長したオレと考えれば9割9分に上がるかもしれない。一分は髪の色である。

 

 てか、緑ってオレの人間姿知らないはずだよな。たまたまその姿になるって、どんな確立だよ。

 

(いえ、マスターの記憶にある容姿を情報として与えたので、偶然ではないかと)

 

 やっぱりお前の仕業か! ! 

 

「……なあ緑、その姿じゃなくって、他の姿にはなれないのか?」

 

 スライムに戻り赤の頭でぐでーっとしている緑にそう聞くが、横に振るようなしぐさが返ってきた。ノーってことなのだろう。

 

(個体としての造形は進化時に確立されていますので、無理ですね)

 

 ……これから毎日自分を見ることになるのか……

 

「ところで白髪さん、赤や緑っていうのはこの子たちの名前じゃないですよね?」

「うん? ああ、適当にそう呼んでいるだけ」

 

 区別がつけられればいい、ってくらいの気持ちだ。

 

「なら、進化もしたことですし名前を付けたらどうですか?」

「ほう」

 

 ラピスの提案は、なるほど名案かもしれない。人間体になったことだし、名前くらいはあったほうがいいだろう。

 

「名前? 名前もらえるの?!」

 

 赤もうれしそうだ。目をキラキラさせて右に左に揺れている。

 

 にしてもどうすっかな。名前って考えるの結構難しいんだよね。

 

 ……よし、ラピスみたいに色から取ろう。まずは赤だけど……レッド、スカーレット、クリムゾン、カーディナル……レッドはそのまんま過ぎるし、他のは長いから切るしかない……スカーレットは切ってもだめだな……リム……ディナ……よし、ディナにしよう。

 

「赤、お前の名前はディナだ」

「ディナ……うん、わかった!」

 

 気に入ってくれたようで、赤――ディナは満面の笑顔だった。

 

 それじゃあ、次は緑だが……エメラルド、は切ってもしっくりこないし……和名で……萌葱色(もえぎいろ)織部(おりべ)柚葉色(ゆずはいろ)天鵞絨(びろうど)……ユズハかな。ちょっと男の名前っぽくないかもしれないけど、まあいいだろう。

 

「緑、お前はユズハでどうだ」

 

 オレの提案に、緑――ユズハは縦に揺れる。問題ないみたいだ。

 

「それじゃあ、ディナ、ユズハ。これからもよろしくな」

 

 2匹はオレの言葉に、大きくうなずいてくれた。

 

「それで白髪さん。久しぶりの平和な日ですが、今日は何をしますか?」

 

 今日、か。いろいろとやりたいことはあるけどまずは――

 

 

 

 入り口の布を除けて中に入る。いくつもの机が並んでいる部屋の中、目的の人物はいつも通り奥の方にいた。

 

「誰だ……お、嬢ちゃんか。なんかずっと寝てるって聞いたが、もう大丈夫なのか?」

 

 おっちゃんはオレ達の姿を見ると仕事の手を止め、オレ達のそばまで歩いて来た。

 

「ああ、心配させて悪いな」

「はっはっは!心配はしとらんぜ!嬢ちゃんならきっと問題ないってな!」

 

 なんだろう、信頼されているからだと思うのだが、なんか微妙な感情になる。

 

「それで今日は一体……嬢ちゃんが増えてる?」

 

 入ってきたディナを見て、おっちゃんが首をかしげる。

 

「あー……なんというか、こいつはいつもオレが頭にのせてたスライムだよ。進化したらこうなった」

「進化か! そいつぁめでたい!」

 

 やっぱりめでたいようだ。てことはアラクネも進化するのか? 

 

「それで、ここに来た理由なんだが……こいつらに服を作ってくれないか?」

 

 オレの依頼に、男は不思議そうに聞き返す。

 

「かまわねえが……こいつら? 小さい嬢ちゃんだけじゃないのか?」

 

 あ、そっか。ユズハは人間フォームとってないからただのスライムにしか見えんもんな。

 

「ああ。ユズハ」

 

 ラピスに抱かれていたユズハに、人間体になるよう言う。ユズハは地面に降りると、瞬く間に形を変えていった。

 

「そいつも進化してたのか……それにその姿、人間の男だな」

「まあ、なんでこうなったのか知らんが……頼めるか?」

 

 オレの不安に、おっちゃんはニヤッと笑い返す。

 

「問題ねぇ。任せな!」

 

 おっちゃんは他のアラクネ達に声をかけると、すぐに2人の採寸を開始した。

 

 

「うぅーごわごわするー……」

 

 2時間後、2人の服が完成した。

 ディナの服装は下が黒いショートパンツ、上が白いシャツに紅い半そでパーカー。そろそろ冬だというのにひどく寒そうな服装だ。

 

「なんか変な感じするー! 主ー、脱いでもいい?」

「ダメだ」

 

 最も、ディナ達は寒さを感じていなさそうだが。

 

「主、歩くの面倒くさいんでスライムに戻っていっすか?」

 

 ユズハは、黒いズボンに深緑色のワイシャツを腕まくり、その上に黒のベストを着ていた。執事風のできる男な服装だが、ユズハのけだるげな表情が台無しにしている。いや、オレの顔なんだけどね、自分の顔ってここまで気だるげなものだったんだ。

 

「ダメだ。てかお前、そんな性格だったのか?」

 

 確かに自分で動くことなんてほとんどなかった気がするけど、まさかのだらけ魔だったとは。

 

 もはやあの何処か癒されるような可愛さはそこにはまるでない。

 

「ところで主ー、今どこに向かってるの?」

 

「森だ」

 

 村に持ち帰っていない地竜の核の回収と、新能力の実験をしたい。ちなみにラピスはなんか用があるようで【物作り】の集会場に残っていた。まあ、別れ際に「早めに帰ってきてください」って言ってたし、アレかな。

 

 オレの森という一言に、ディナは途端に目を輝かせる。もう何を考えているのかすぐに分かったが、ごめんよ。多分期待は外れる。

 

 

 門を出るときにも門番に二人が誰かなのを聞かれたが、スライムが進化したというと納得して祝ってくれた。

 

 20分ほど歩いたところで、地竜の死体を見つける。よかった、野生の魔物に持っていかれなかったみたいだ。

 

 死体の背中に登り、背骨左側にナイフを突き立てる。そのまま縦にナイフを引き表皮と肉の間にナイフを差し込み、硬い鱗を取り去る。

 

 肉を少しずつ切り開いていくと、深い紫色の、オレの頭以上は大きいんじゃないかと思うほど巨大な、割れた地竜の核を発見した。

 

「……思ってたより綺麗だな」

 

 魔力が真っ黒だったから、てっきり核も真っ黒かと。いや真っ黒なのよりこっちの方が食べるときの抵抗感が少ないから全然いいんだけどね。

 

 頭部大の核はもちろん口に入らないので、シャツの裾から中に入れて胸元に当てる。そのままゆっくりと押し込み、核の半分がオレに吸収された。

 

 続けてもう半分の核も体内に押し込む。一瞬入りきるのか? と割とどうでもいい疑問を持ったが、無事に全部入ったので本当にどうでもいい疑問に終わった。

 

 魔力量を確認すると……わーお、まさかの2.5倍。オレが核を多少削ってたのも考えると、つまり地竜はオレの1.3倍ほどの魔力量があったってわけか。

 

「ねえねえ主!これ食べていい?」

 

 ディナが地竜をつつきながらそんなことを言う。隣のユズハも、立ったまま目でオレに訴えていた。

 

 うん、つまり期待というのはこういうことだ。スライムの時は食いしん坊だったのに人間体になったら違うとかそういうことはないのである。

 

 しかし、どうなんだろう。地竜って外皮も骨も結構いい素材になるから、とっておいた方がいい気はする。肉はどうか知らんけど。

 

「今はダメだな。一回村に持って帰って、使わない部分を聞かないと」

「ええー、いいじゃん主がやっつけたんでしょ?」

 

 いや、ダメージ量で言ったらラピスもなかなかだぞ?というかラピスが魔法で削ってくれてなかったらぶっちゃけ勝てるかも危うかったと思う。

 

「多分肉とかはいらないってなるだろうからさ。一日くらい待ってくれ」

「むー……ディナお腹減ったー!」

「主、オレもそろそろ我慢できないんでディナと狩りに行っていいっすか?」

 

 いやいや狩りって、戦闘能力ないお前らがどうやって……アレ?もしかして戦闘能力あったりする?

 

(ディナはそこら辺の中型種であれば問題ない程度の戦闘力を持っています)

 

 うん、全く持って十分。大型種なんて滅多にいないし、いざとなれば逃げれば大丈夫だろう。

 

「主、どうしたの?」

「うん?ああ、いや何でもない。それで、狩りに行きたいんだっけ?」

「……ダメ?」

 

 頭半分ほど低いディナが上目遣いでオレを見つめる。まるで子犬のようなそのしぐさに、果たしてきっぱりとノーと言える人間はいるのだろうか。

 

「いいけど、危なくなったらすぐ戻って来いよ?」

 

 そもそもオレはノーという気は無かったが。

 

 途端に満面の笑顔に戻るディナ。そしてオレ達2人が止める暇もなく一気に駆け出し、あっという間に姿が見えなくなった。

 

「え、ちょ、ディナ? オレも行くんすからちょっと待ってくださいよ!」

 

 慌ててディナの後を追いかけるユズハ。まるで娘を追いかける父親のようだな。出会った時はディナの方が保護者っぽかったのにどこで入れ替わったんだろうか。

 

 さて

 

 あの2人はおそらくしばらくの間帰ってこないだろう。今なら、誰かを巻き込む心配をする必要はなさそうだ。

 

 転がる地竜の死体をアイテムボックスに回収し、オレは思いっきり背筋を伸ばす。

 

 実験の時間が来た。

 




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22 実験と宴会の時間

 地竜との死闘の末、オレが得た物は2つ。

 

 一つが、魔力。夢の中でルシファーが報告していた通り、絶対的な硬さを誇る地竜の“黒色魔力”だ。

 

 右腕を見る。戦闘中にいつの間にか生えていたこの右腕、真っ黒だったのが今では左腕と変わらぬ白色だ。しかし右腕を視ると、その内に映るのは真っ黒の魔力。

 

 右腕に、黒色魔力が宿っているのだ。外部組織は同じでも、内部組織は他の器官と比べて全くの異質。いうなれば、黒色魔力という筋肉を白い魔素製の外骨格が覆っているのである。

 

 果たしてオレに宿ったことにより、変化はあるのか。

 

 右腕の魔力に意識を集中させ、体外へと引っ張り出す。手の甲が割れ、一気にあふれ出した黒い魔力は胴体を目指すように腕を上り、そして片口あたりで進行を停止した。

 

「……なんか違うな」

 

 地竜の場合確かな形として存在していたが、今のオレの腕にまとわりつく魔力はまるで炎――ちょうど優の使う《灼炎》のようにゆらゆらと揺れ、一定の形を保つことはない。

 

(マスターとの繋がりが弱いためです。一応その状態でも防御性能は高いので、問題はないかと思います)

 

 叩いてみると、面白いことに揺れる魔力に硬い感触を感じる。どうやら見た目は心もとなくても、その性質までは失われていないようだ。

 

 地竜がやっていたように魔力を動かしてみる。引き延ばして盾の形にしたり、体の方へと伸ばして鎧にしてみたり……どうやらオレの場合、魔力を体から、というか宿っている右腕から大幅に伸ばすことができないようだ。胴体を覆おうとしても右半分しか覆えず、また下半身を覆うこともできない。

 

 そういえば

 

 オレは地竜に放った一撃、決着をつけたあの一撃を思い出す。がむしゃらでやったからよく覚えているわけではないが、確かこの魔力で《魔刃》を発動したような感覚だった。

 

 地竜の防御を破った最強の一撃《絶爪》、今の状態でも使えるのだろうか?

 

 思い立ったが吉日というわけではないが、試してみるか。アイテムボックスから白剣を取り出し、右手で前に突き出す。そして腕に纏わりつく魔力を、一気に剣へと流し込んだ。

 

 幾本もの黒い筋が剣に浮かぶ。そしてほのかに漏れ出す魔力の煙は何かのオーラのようになっており、一言で言えば、ものすごく禍々しいです。

 

 とりあえず、性能だけでも確認してみよう。周囲を見渡し、一番頑丈そうな大岩を見つける。黒い《絶爪》をその岩目がけて軽く振り下ろすと、あっさりと大岩は両断された。

 

 ……うーん、別に《魔刃》も何も使わなくてもこれくらいはできるんだよなあ。抵抗感は少し減った感じはするけど、これじゃあよくわからん。

 

 しかしこれ以上に頑丈そうなものは見当たらないので、試せないものは仕方ない。少しもやもやしたままオレは《絶爪》を解き、剣をアイテムボックスへとしまった。

 

⦅…………よこせぇ…………⦆

 

 突然、頭の中に声が響いた。ルシファーのじゃない、ひどく低いその声は、生物の嫌悪感を掻き立てる不気味なもの。

 

 聞こえたのは一瞬。されど聞こえたことに間違いはない。

 

(今のが……)

(はい。取り込んだことによるデメリットです。……黒色魔力を使えば、魔力の意志はマスターから体を奪おうと精神に働きかけます)

(……結構危ない能力じゃねーか)

(主導権を奪われない限り、なんら問題はありません。マスターが恨みや怒りによって我を忘れるようなことがなければ、問題はないのです)

 

 ……前科があるから、気を付けていこう。

 

(そういや相棒。この能力って名前ないのか?)

 

 魔装っぽいんだけど、どうも違うっぽいんだよな。かといって魔法ってわけでもないし。

 

(ないですね。マスターがつけてみたらいかがですか?)

 

 能力の名前を決める……やばい、中二心がくすぐられそうだ。

 っていかんいかん、オレはもう中二は卒業したんだ。ここは冷静にならないと。

 

 にしても、今日は名前を付けてばっかりだな……うーん、どんな感じにするか……装備する……纏う……黒い魔力……よし、黒纏(こくてん)、というのはどうだろうか? 

 

≪スキル:『黒纏』を生成、獲得しました≫

 

 あ、天の声さんお久しぶりです。だいたい半年ぶりくらいかな。

 

 ……名前を付けるとスキルになるって、どういうことやねん。

 

(名をつけたことによって、システムがスキルへと昇華させたようです)

 

 なんかすごい。てかシステムってなんだよ。

 

(マスターが天の声と呼んでいるものです)

 

 へえ、ちゃんとした名称あったんだな。

 

 まあ、システムさんのことはいいとして

 

(スキルになったってことは……『吸魔』みたいに念じたら使えるのか?)

(はい。試してみたらどうでしょう?)

 

 心の中で黒纏と念じる。すると、右腕から魔力が勝手にあふれ出て勝手に纏わりついた。

 

 緊急防御としても使えそうだな。

 

 

 

 黒纏はここら辺までにして、次はルシファーの新能力、重力干渉を試そうと思うのだが……この能力、というか干渉とつく能力は、上位魔法を使うための能力らしい。なので正確には、上位魔法である重力魔法を試すと言う方が正しいのだろう。

 

 重力魔法には、《過重》《減重》《創重》の3つがある、というかその3つしかないらしい。自分で開発しろってことなのだろうか。

 

 《過重》、《減重》はそのまんま重力の強弱を変えるものだ。

 

 実験台には、まずそこら辺の石。手に持ったそれに、重力干渉《過重》をかけてみる。

 

 石の重さはどんどん重くなっていき、試しに落としてみると十数センチ地面にめり込んだ。

 

(今ので、だいたい10倍といったところでしょうか)

 

 え、もう? 全然魔力消費してねーぞ? 

 効率いいんだな、上位魔法。

 

 その後も、木の葉や生えている木、果ては自分の体にも《過重》と《減重》をかけていろいろと実験した。そしてその結果、いくつかのわかったことがある。

 

 まず、どうやら個々にかける場合はオレが振れているか、もしくはオレが生み出したもの、例えばオレが創った剣や魔法で生み出されたものなどでないとできないらしい。そして前者の場合、接触が無くなっても効果はある程度持続するが、さらに《過重》や《減重》をかけることはできなかった。

 また、特定の範囲に魔法をかけることもできたが、その場合は範囲内にあるすべてのものに無差別に影響が出ていた。

 

 次に、《過重》や《減重》の限界。過重の場合、オレの魔力が持つ限り増やせるが、減重の場合マイナスに、つまり斥力に変えることはできなかった。まあゼロにできるだけでも結構便利である。自分をゼロにしてみたところ浮くことができたし、重いもの運ぶ時も問題ない。アイテムボックスあるからあまりないと思うが。

 

 

 さて、それじゃあ最後に《創重》を試してみるか。これは、重力源を創り出す能力とのこと。

 

 手のひらの上を起点に、発動する。小さな黒点が、手のひらの上に生まれた。

 込める魔力を増やしても、黒点に変化はない。だがある程度込めたところで、風が吹いた。

 空気が、黒点に吸い込まれているのだ。魔力を増やすにつれ、その風も強くなっていった。

 

 ……アレ、これだけ? てっきりもっとなんか、こうばーっと派手なのかと思ってた。

 

(もっと魔力を込めれば派手になりますが、安全性が低いのでお勧めはできません)

 

 へー……よし、思いっきりやってみるか。

 

 今ある魔力の5%ほどを、一気に黒点へと流し込む。すると、ダイ〇ン顔負けなものすごい勢いで、周囲の空気が吸い込まれていった。

 

「うおお! ?」

 

 空気の吸引は一分ほど続いたと思う。手のひらの黒点を見ると、その先にある自分の手が少し歪んでいるように見えた。

 

(5%でここまで引力が発生するのか……てかなんでオレは引っ張られないんだ?)

 

 かなり強い引力場が発生しているはずなのに、オレを含めて周りのものは何一つ吸い込まれていない。

 

(安全の為に重力の影響範囲を制限しています)

(へえ、そんなこともできるのか……ちなみにその制限を外したらどうなる?)

(範囲2mほどに存在する物質が吸い込まれて、マスターは潰れます)

 

 ……まじかよ……これから能力試すときにはもう少し慎重になろう。

 

 とりあえず、新能力は全部試したし今日はここまででいいだろう。そう思い、オレは『創重』を解除する。

 

 直後、森の中に破裂音が鳴り響いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「おいおい……マジかよ」

 

 爆発の反動で紐なしバンジーを行ったオレは、足元に広がる惨状を見てついそうつぶやく。

 

 なんせ、オレがいたところを中心に10mほどが吹き飛んでいた。結構大きめの岩も飛んでたあたり、威力はかなりだと思われる。

 

 ……重力で空気が圧縮されていたの、すっかり忘れてた。まさかここまで早く黒纏が役に立つとは……

 

 と、そんなちょっと違う感想を抱いてた時

 

「主! 大丈夫!?」

「なんすか今の爆発は!?」

 

 魔物狩りに出かけていた2人が、非常に焦った様子で帰ってきた。ちょうど食事をしていたようで、ディナの口回りには血らしきものがついている。

 

「ちょっと能力の実験をして失敗しただけだよ。問題ない」

「心配したよ!」

 

 口を膨らませるディナ。対照的にユズハは、何故かため息をついていた。

 

「ディナに振り回されたあげくの主がいる方向の爆発音……正直、疲れがどっと押し寄せているんすよ」

 

 お、お疲れ……発言と違って性格は意外と真面目……なのか? 

 よくよく考えると、オレはディナとユズハとは初対面といっていいのかもしれないな。二人の性格なんて、知る由もなかったし。

 

「それで、どうだった?」

「うーん……魔物が弱かった!」

 

 思わずずっこけそうになる。

 

「違う違う、その体の調子はどうってこと。魔物狩って食べたんだろ?」

「パンチが強かった!」

 

 うん、とりあえず調子はいいってことでいいのか? てかパンチって。

 

「ユズハは?」

「戦ってないのでわかんないっす」

 

 え? あー、ディナに全部取られたってことか。

 

「いや、面倒だったのでディナが狩ったのを食べてたっす。ディナめちゃくちゃ大量に狩っていたんで」

 

 寄生じゃねーか! いいのか保護者そんなで! 

 

「体動かして戦うのすごいだるいんすよ……体動かさない戦い方とかないっすか?」

 

 あるわけねーだろそんな都合のいいも……いや、魔法があった。

 

 でも、スライムって魔法使えるのか? 

 

(彼らはすでに進化して理性を持っていますので、神格も宿っています)

 

 つまり、魔力にも性質があるということか。

 

 ちなみに余談ではあるが、理性を持たない、つまり神格の宿らない魔物にも魔力は存在している。ただ彼らの魔力には性質が存在しないので、魔法を扱うことはできない。ちなみにこの性質が存在しない、というのはオレの無色魔力の性質がない性質とはまた違う。わかりやすく言うと、魔力一歩手前の魔力、ってところだろう。逆にわかりにくいか? 

 

 まあ、オレもよく理解できていない話はここまでにして

 

「……仕方ない、魔法でも教えるか」

 

 ここで怠けるな、と言わないあたりオレは彼らに甘いようだ。

 

「お、マジっすか!」

「ああ。ただ、100パー使えるってわけじゃあないからな」

 

 とりあえず、神格を鑑定して適性を知る必要がある。

 

(すでに完了しております)

 

 ……いつの間に……それで、2人はどうだった? 

 

(ユズハは緑色魔力、ディナはわずかに赤色魔力の性質を持っていました)

 

 なるほど……ディナは、あまり魔法に向いていないということか。

 

「ユズハは使えるみたいだ」

 

 オレの言葉に、非常にきびきびとした動きでガッツポーズをとるユズハ。どんだけ動きたくないんだよ……

 

「ねえねえ、ディナは?」

「ディナはあまり魔法に向いていないみたい。使うことはできるけど、どうする?」

「ディナも魔法使いたい!」

 

 ならそうだな……夕方までまだまだ時間はあるし、今のうちにいろいろと教えておこう。

 

 

 

「《促進》……やったっす! 使えたっすよ!」

 

 緑魔法の基礎的な魔法《促進》。ユズハの手に持っている種から、小さな双葉が覗いてきた。だいたい開始から1時間ほど後の出来事である。

 初めての魔法に、ユズハはハイテンションだ。眠そうだった目が、子供のようにわくわくしている。

 

「これが、楽な戦いの第一歩に……」

 

 思考は変わらないようだが。ほんとどんだけ体動かすの嫌なんだよ。

 

 ちなみにディナだが、開始数分で飽きていた。「お腹減った!」と言ったかと思ったらまた森に飛び出していき、まだ戻っていない。見た目相応に小難しい話は苦手なようだ。

 

「ほらほら、次に行くぞ。次の魔法は……」

 

 

 ユズハが中級魔法の壁を突破したのは、夕暮れになる前のことだった。

 

 

 

 赤い日に照らされた森の中、村に向かって歩く影が2つ。

 

 思う存分魔物を食べたディナは、満足そうにお腹をさすっている。ユズハは、疲れたとか言ってオレの懐でぐでーっと垂れ下がっている。

 

 村の入り口に着いた。出るときはいたのに、だれ一人いない。そのまま開いている門をくぐり、村の中央へと歩いて行く。

 

「あれ? 主、家はこっちじゃないよ?」

「いや、今日はこっちでいいんだよ」

 

 オレの言葉に首をひねるディナだったが、何かに気付いたように手をポンッと打った。

 

「ラピ姉のお迎えだね!」

 

 ……ラ、ラピ姉? いつからラピスは姉さんになったんだ? 

 

「え? ラピ姉は最初からラピ姉だよ?」

 

 ……まあ、確かに年上かもしれないけど……アレ? そしたらオレにとっても年上なのか? まあいいや。

 

「惜しいけど、ちょっと違うかな。まあ、行ってみればわかるさ」

「わかった!」

 

 無邪気な返事をして、スキップするディナ。この子、超純粋だ。いつか悪い人に騙されそうで怖い。

 

「さて、ユズハ。そろそろ人間になれ」

 

 オレの指示に、いっそうぐでーっとするユズハ。めんどいっていう気持ちがひしひしと伝わってくる。

 

「悪いな、家にいるときは好きなだけぐでーってしていいから外にいる間は人間体で頼む」

 

 スライム体じゃあ魔法も使えないらしいから、自衛的な意味でもそちらの方がいい。

 

「……わかりましたよ」

 

 地面に降りたユズハが、あっという間にベストを着た青年に変わる。胃袋を応用した技で、わざわざ服を着るという手間を省いたものだ。あれだ、ユズハは怠けるためにはどんな努力も惜しまないタイプだ。

 

 そのまま3人で歩いてついたのは、【物作り】の集会場――の横にある建物、宴会場だ。

 そう、今から宴会があるのだ。ラピスの用事ってのは、宴会の準備のことである。ちなみにこの推測に間違えはない。村に入ったとき、視て確認した。

 

 宴会場の近くで、ラピスが外にいるのが見えた。オレ達が来るのを待っていたようである。

 

「やっぱり気づいてましたか」

「まあ、2回目ともなればな……ここで話すのもなんだし、中に入ろう」

 

 頷き、布を除けて中に入るラピス。それに続いてオレ達も入っていった。

 

「来たか。……お前さんらの席はこっちさ」

 

 アラルさんが指した方には、席が4つ。2人のこともちゃんと伝わっていたようだ……アレ? 一個多い? 

 

「どこに行く? お前の席もそっちだ」

 

 その言葉が向けられたラピスは、まさに部屋の奥の方の空いている席に向かおうとしていた。

 

「……え? 私もですか?」

 

 頷くアラル。なんで? といった様子で、ラピスはオレの左の席に座った。

 

「皆の者、静まれ」

 

 アラルの声が会場中に響き渡ると、あちこちで聞こえた雑談はすべてなくなった。

 

「昨日、5年ぶりにあの悪魔が返ってきた」

 

 地竜のことだな……あの凶悪さは、確かに悪魔といってもおかしくない。

 

「もしかしたら、我々の村は無くなっていたのかもしれない。……だがそのようなことにはならず、我々は今もここにいる。……これも、彼のおかげだ」

 

 みんなの視線が、一斉にオレに集まった。どうもこそばゆくなるな。

 

「それを感謝するとともに今日はもうひとつ、めでたいことがある」

 

 ……ん? めでたいこと? まさか……

 

「彼がいつも連れていた2匹のスライムが、今日進化した」

 

 やっぱりそれか……もしかして、地竜のあれこれがなかったとしても宴会をするほどめでたいことなのか? 

 

「それでは皆の者、杯を持て。我らの英雄に……そしてそれを手助けし、敵討ちを成し遂げた我らの同胞に、乾杯」

 

 まさか自分が主役になるとは露ほども思っていなかったラピスが、驚いて杯から手を離してしまう。落ちて中身が飛び散る前に、オレはそれを空中でキャッチした。

 

「……私も……?」

 

 自分が落としたことにも気づかないラピス。それほど驚いたのだろう。

 

「よかったな、ラピス」

 

 ラピスの訓練中、赤髪や黒髪以外の人とも結構あっている。ラピス自身は気づいていないが、みんな知っていたのだ。ラピスが努力をしていたことも、その努力が実ったことも。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 ラピスの声は、少し震えていた。

 

 

 宴が始まった。前回同様、開始早々捕まるかと思っていたのだがそれは杞憂に終わる。

 

「ディナちゃん、もっと欲しい?」

「うん!」

 

 なにせ、幼女のディナがいるのだ。アラクネのお姉さんたちは、ほとんどがそっちに行っている。

 

「ユズハ君、これもどう?」

「あ、くださいっス……世話されて食べるご飯、さいこー……」

 

 そして残りは、ユズハを世話していた。どうもあのぐでーっとした感じが世話焼き心にツボらしい。

 

 そんなわけで、今オレの周囲にいるのはアラクネの男性陣。

 

「ははは、大人気だなあの2人!」

「……ディナちゃん、かわいい」

 

 プラス赤髪黒髪、そしてラピスである。

 

「にしてもいいのか? 主役2人がこんな男くせー場所にいてよ」

「おい、今あたいたちのことを男くさい、と言わなかったか?」

「……断固抗議する」

「言ってねーよ!」

「まあまあ、2人とも落ち着いてください」

 

 女性陣のおかげ(?)で、こちらも会話が大いに盛り上がっていった。

 

 

「にしても、あたいたちが助けられたのはこれで2回目か……恩を返すどころか、逆に増えているな!」

「別にオレはここに住めるだけでも結構助かっているんだから、そんな気にする必要はねーぞ」

「はっはっは! ほんと、嬢ちゃんにはずっとここに住んでもらいたいものだな!」

 

 何気ない一言。その一言が、オレの心の奥深くに突き刺さる。

 

「……ひどく同意。白髪がいると、私たちも安泰」

「そんな事抜きでも、あたいはここにいてほしいって思っているぞ」

 

 そんなうれしい言葉も、耳に入らない。何気ない一言について、つい考え込みそうになる。

 

「ふふふ……白髪さん? どうしました?」

「うん? ああ、いや。なんでもないよ」

 

 いや、今は宴会だ。考えるのはまたあとにしよう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 縁側に腰かけ、空を眺める。雲は寝てしまったのか、一つも空に浮かんでいない。あるのは幾多の星と、わずかに満月に満たない月であった。

 

 宴会も終わり、誰も彼も寝てしまっている。そんな中でオレだけは、どうにも眠れなかった。

 

 この村は、住み心地がいい。もう一生、ここにいてもいいと思えるくらいに。

 だが、目的のためには、やはりここにいてはダメなのだ。あの2人を助けるためには、ここにいては何もできない。

 

 そう、理解しているのに、どこか甘い考えが湧き出る。2人はオレの助けなどなくても何とかなる。ここにいて、楽しい生活を送ってもいいじゃないか。

 

 ようはオレは、迷っているのだ。自分の幸せか、親友の幸せか。もしこれが物語の主人公なら、迷うことなく親友をとっているだろう。

 

 自己中な自覚はある。矛盾しているという自覚もある。だがオレは、その矛盾を生み出すほどにここを気に入ってしまっているのだ。

 

(……また時間があるときに、考えよう)

 

 後回しにするのも、オレの悪い癖だ。

 

(今日はもう帰って寝よう)

 

 そう思って、立ち上がろうとした瞬間――――

 

 全力を出した代償が、一日遅れで襲ってきた。

 




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23 来客

 葉の生い茂る森の中、通りゆく石狼の群れを木陰でじっとしてやり過ごす。10匹ほどの群れはレートとしてはCレートであり自分たちが勝てない相手では決してないが、無駄な体力を使う必要はない。

 

 群れが見えなくなってから、俺たちは動き出す。何回もこの森にきているだけあって、皆勝手をわかっていた。

 

「もうそろそろでつくはずだ」

 

 仲間にそう声をかけ、歩を進める。自分の記憶が正しければ、目的地までは一時間もしないだろう。

 

 ただ、若干の不安もある。なんせそこに最後に行ったのは、2年前だ。記憶違いの心配もそうだが、災害か何かでその目的地が無くなっている可能性もあった。

 

 いや、その可能性は低いか。戦士が何人もいるあの村が、そうやすやすと滅ぼされるとは思えない。

 

 彼らがその目的地に着くのは、それから30分ほど後のことだった。

 

 

 

「んー……食べた食べた!」

「もう動けないっす……主、スライムなっていいっすか?」

 

 赤髪たちが守の日の今日、オレはスライムたちと狩りに出ていた。朝吐く息が白くなるほど寒い季節となったのだが、森に生える樹木は依然青々と茂っている。そのためか動物、魔物ともに活動を続けており、今日も2人が満腹になってもあまりが出るほどの獲物を手に入れることに成功している。

 

「だからダメだ。てか、『胃袋』あるお前が満腹で動けないなんてことあるわけないだろ」

「ばればれっすか……」

 

 残念、といった風のユズハ。それに対して、オレはため息をする。

 

「ああ。……もう一ヶ月なんだから、そろそろその体に慣れないのか?」

「寝るときはスライムっすからね」

「……いい加減慣れないと、人間体のまま寝させようか?」

「それだけは勘弁っす!」

 

 ユズハが必死に拒否する。そんなにスライムが心地いいのかね、ディナは最近寝るときも人間体なのに。

 

「まったく……ん? なんか村が騒がしい?」

 

 真冬の今、家の外に出る人はあまり少ない。もちろん食料の為に狩りは行われ続けるが、それは村の中の騒々しさとは関係のない話である。

 

「なあ、村がなんか騒がしくないか?」

 

 ちょうど門番をしている赤髪に聞いてみた。

 

「お、帰ってきたか……来たんだよ」

「来たって何が?」

「外からの人間の来客さ。前回来たのが確か三年前だったから、みんな盛り上がっているんだ」

 

 外からの来客、ねえ。

 

「白髪殿もあってみたらどうだ? いろいろと面白い話を聞けるかもしれんぞ?」

「そうだな……今、どこにいる?」

「多分宴会場だ」

「わかった、ありがとう」

「礼には及ばない」

 

 赤髪と別れ、村の中を歩く。宴会場までの距離でも、かなり多くのアラクネとすれ違った。

 

「主、興味あるんすか?」

「興味っていうか……まあ、そうだな」

 

 いろいろと外の情報が欲しいのだ。特に優と幸助についての。外から来た人がエインズ王国の者とは限らないが、まあ2人は勇者。噂くらいなら広まっていてもおかしくない。

 

 宴会場の中は大勢の人で埋まっていた。男も女も関係なく、何かを手にもって入っては何かを手にもって出てくる。出てくる人が持っている物がこの村では見たことがないものばかりだから、物々交換で商売でもしているのかもしれない。

 

 とりあえず、人がいなくなるのを待とう。日も赤く染まっているし、そう長くはならないはずだ。

 

 予想通り、30分もすると人がほとんどいなくなる。最後の一人が出てくるのを見て、オレ達は中に入った。

 壁際に置かれた卓の奥に、男2人と女1人がいた。女性は座っているが、男性2人は横に積まれた物品を持っている袋に詰め込んでいた。

 

「さて、今日はこれで終わり……ん?」

 

 男の一人が、入ってきたオレに気付いた。

 

「どうも、外から来た人ですよね?」

 

 念のため、一応確認しておく。

 

「ああ、そうだけど……君は? 一昨年にはいなかった気がするんだが……」

「まあ、新入りみたいなものですよ」

「……それで、その新入りクンは、私たちにどういったようなのかしら? 見たところ何も持っていないようだけど……」

 

 女性が立ち上がり、いぶかしそうに聞いてきた。その視線を正面に受け、オレは口を開く。

 

「外の世界について教えてほしい」

「外の世界、ね……いいけど、とりあえず座らないかい? ずっとアラクネ達の相手をしてちょっと疲れているんだ」

 

 頷いて、床に座る。

 

「それじゃあ話をする前に……俺はオリヴァー。こっち無口なやつがアドルフで、このイノシシ女がアンナだ」

 

 オリヴァーは髪の短いさわやかそうな男だ。背中に短めの剣を背負っている。

 

「よろしくね……って、誰がイノシシ女よ!」

 

 アンナは気の強そうな長髪の女性。横に杖が置いてある当たり、魔法師なのだろう。

 

「…………」

 

 アドルフはがたいのいい高身長なイケメンだ。無口なのも合わさって、どこか圧力みたいなのが漏れ出ている。

 

 自己紹介されたからには、こちらも返すべきなのだろう。

 

「この子はディナ、こっちの眠そうな奴がユズハです」

「よろしくー!」

「よろしくっす」

 

 ディナが子供らしい声で、ユズハがどこか間の抜けた声であいさつをした。

 

「それでオレは……」

 

 とここで、オレは名前がないのを思い出す。いや正確には使っていないだけなのだが、「白髪」で呼び名が定着していたからすっかり忘れてた。

 

「まだ名前がないです。他の人には白髪って呼ばれていますので、そう呼んでいただければ」

「へえ……うん、ディナちゃんにユズハクン、それと白髪クンでいいかい?」

「ええ」

「ねえオリヴァー、なんでディナちゃんは『ちゃん』なのに白髪クンは『クン』なの?」

 

 オレが女に見えるのだろう、アンナがオリヴァーにそう聞いた。

 

「え? 白髪クンは男の子でしょ?」

 

 なん……だと……? 

 

 転生してから、初めてオレを初対面で女と思わない人に会った気がする……

 

「ええ!? 嘘! 白髪ちゃん、どうなの!?」

「……オレは『クン』ですよ。アンナさん」

 

 精神的には、という但し書きがつくが。

 

「信じられない……こんなかわいい子が……」

 

 崩れ落ちるようなしぐさをとるアンナ。そ、そんなにショックか? 

 

「ははは、大げさだよアンナ。……ところで白髪クン。俺たちに敬語は使わなくていいよ。なんていうかこう、ちょっとむずがゆくなる」

「なら、普通にしゃべることにするよ。敬語はオレもあまり好きじゃあないし」

 

 オレが言葉遣いを変えたことに、満足そうに頷くオリヴァー。

 

「それで、君はどんなことが聞きたいんだい?」

 

 

 

 

 彼らが来た国、すなわちこの村に一番近い国はエインズ王国ではなくノクタニア帝国という国らしい。地図も見せてもらったが、エインズ王国とはちょうどオレ達のいる森――大陸一広大なであるため大森林と呼ばれているそうだ――を挟んで大陸の逆側だった。地理には疎かったので、ノクタニア帝国についても教えてもらった。

 ノクタニアは国ができてからすでに600年以上、帝国とつくだけあって軍事国家だった。過去形なのは、今は違うらしい。彼ら曰く、帝国政府は腐敗しているとのこと。

 そしてここで、重要なことを教えてもらった。

 どうやら帝国は、アラクネみたいな亜人――帝国ではアラクネとか、魔物としての核を持っていても人間に近しい姿を持ち、人間と同等の知性を持っている場合は亜人に分類されるらしい――を排斥しているらしいのだ。それも問答無用に殺せ! というくらい。そしたらオリヴァー達のやっていることはかなり危険なんじゃ……と考えたところ、それは問題ないらしい。どうもその考えを持っているのは中央の人たちのみで、彼らのいた都市を含めた帝国の都から遠く離れた地域、いわゆる辺境の地域では全く逆なのだそうだ。つまり、亜人大歓迎。

 そのおかげで、今帝国の情勢は不安定とのこと。まあ、真逆の思想を持っているのだから対立は致し方ないのだろう。

 

 さて、ある程度の情報を知ったところで、オレは本命である「エインズの勇者」について彼らに聞いたのだが……どうも、ノクタニアとエインズは昔から仲が悪いらしく、情報もほとんど行き通わないそうな。

 

 そんなわけで、彼らは「エインズの勇者に」については一切何も知らなかった・ついでに、魔王についても聞いてみたのだが、

 

「魔王? 昔にいたと言われている人類の敵でしょ? それがどうかしたの?」

 

 と返された。どうやら魔王が現れるとかいう神託も広まっていないらしい。まあ、オレからしたらその神託自体が怪しいんだよね。死ぬ前に聞いた話が真実なら、だが。

 

「それで、他に何か聞きたいことは?」

「いや、だいたいはわかった。ありがとう」

「どういたしまして……お礼の代わりに、ってわけじゃあないんだけど、少し聞いてもいいかい?」

 

 立ち上がろうとしたオレを、オリヴァーの言葉が引き止める。

 

「いいけど……答えられる奴でな」

「そんな無茶な質問じゃないよ。……君たちは、人間と魔物のどっちなんだい?」

 

 その質問の意味を理解するのに、わずかな時間を要した。

 

「オレ達は魔物だけど……なんでだ?」

「いや、ちょっと気になっただけ。なんというか、君とユズハクンはアラクネらしくなかったからさ」

 

 ……ああ、下半身か。確かにアラクネの男は下半身が蜘蛛だからな、そこが気になったんだろう。

 

「そうだな……ユズハとディナはスライムだ」

「「え!?」」

 

 オレの言葉に、オリヴァーとアンナの驚きの声がハモる。まあ、むしろわかるやつがいる方がおかしいか。

 

「ユズハ、ちょいとスライム体型になって」

「いいっすけど……戻るのがめんどいっす」

 

 こいつほんっと怠惰だな。この一ヶ月で思い知ったけど、やっぱそう思わざるを得ない。

 

「……ディナ、お願いしてもいいか?」

「もちろん!」

 

 返事とともに、あっという間に丸いスライムとなる。『胃袋』に服を収納する技は彼女も習得していたので、服が脱ぎ散らかされるというようなことはなかった。

 

「本当にスライムだ……」

 

 卓の上でぴょんぴょんとはねるディナを驚愕の目で見る2人。そこに、一人の手が伸ばされた。

 

 アドルフだ。伸ばした手がディナに触れると、そのまま撫で始める。

 

「……アドルフって、こんな人間なのか?」

「……いや、俺も初めて知ったよ……」

「……意外な一面ね……」

 

 無言でディナをなでるアドルフと、それを見守るオレ達。やがて何かがおかしくなったのか、オレ達は笑い出した。

 

「そういえば、白髪クンもスライムなのかい?」

 

 ひとしきり笑ったあと、オリヴァーがそう聞いてきた。

 

「オレか……えーっと……とりあえず、スライムじゃない」

「その言い方だと、何かあるのかしら?」

「……まあ、色々とわけありでね、一代限りの魔物、っていえばいいのかな?」

 

 前回のような誤解を生むいい方はしない。

 

「へえ、それはまた! 彼らみたいに、人間以外の姿はあるのかい?」

「残念だけど、この姿だけだよ」

 

 それからオレ達はしばらくの間雑談を交わし、アドルフがディナ撫でに満足して解散するのは、もう月も高くなったころだ。

 

 

 

「それじゃあ、オレ達はここらで。情報、色々と助かったよ」

「どういたしまして。それじゃあ、また明日」

 

 踵を返して帰ろうとしたとき、ふとあることを思い出す。あれ、オレが今住んでるあのログハウスって、たしか人間が来た時用のだったよね……どうすんだろ。

 

「……オリヴァーたちって、今日どこに泊まるんだ?」

「うん? この建物に泊まるよ。いつもは別の建物だったけど、どうも今年は埋まっているらしくてね。ここでも十分なのに申し訳ないってアラルさんに謝られちゃったよ」

 

「ごめん、その家埋めたの、オレなんだわ」

「あ、そうなんだ。大丈夫大丈夫、冒険者生活をしていると野営なんてしょっちゅうだからここでも十分だよ」

 

 申し訳なくなって謝ると、オリヴァーは笑ってそういった。

 

「そういってくれるとありがたい……それじゃあ、おやすみ」

 

 今度こそ踵を返し、帰路に就いた。

 

(冒険者、か……)

 

 彼らの職業、冒険者。勇者だったころになってみたいなって思ったっけ。いや、今でも思っている。 

 

(しがらみのない今なら、なれるかな)

 

 だがそれは、この村から出ていくということだ。何回も葛藤を繰り返し、結局後回しにしてきたこと。今なら、決心できるかもしれない。

 

(……この機会を逃したら、オレのことだ、またグダグダと先延ばしするだろう)

 

 気持ちはかなり傾いている。あと一押し、といったところだ。

 

「……? 主? どうしたの?」

 

 どうやら考え事をしているうちに、足が止まってしまっていたようだ。再び歩き出そうとしたら、代わりに口が開いた。

 

「……なあ、ディナ、ユズハ。お前らはこの村が、好きか?」

 

 出てきたのは、そんな質問。

 

「もちろん! 大好きだよ!」

「好きに決まっているじゃないっすか」

 

2人の答えを聞いて、自分のことのようにうれしく感じた。

 

「……そうか……オレも、この村が好きだよ。ずっと居たくなるほどに……」

「主、どうしてそんな質問を?」

「……オレは、この村から出ようか迷ってる」

 

 何も言わず、先を促してくる。

 

「オレには目的があってな。それを遂げるためには、ここにいられないんだ。……もしオレがここを出ると決心したら、ついてきて、くれるか?」

 

 即答で、2人は頷いてきてくれた。

 

「当たり前だよ!」

「オレ達は主に拾われた身っすよ。もちろん、どこまでもついて行くっス」

「いや、拾われた身って、大げさすぎんだろ。……でも、ありがとよ」

 

 笑うオレに、2人も笑い返す。振り返って歩き出す2人の後を、しっかりとした歩みで追いかけた。

 

 ……ダメだな、やっぱり。たった一つの決断をするのに何度も後回しにし、あげく他人に理由をつくる。ホント、ダメな奴だよ。

 

 ……だけどまあ、一歩前には、進めたのかな。

 




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24 旅立ち

「村を出る、ですか……」

 

 翌日の朝、ログハウスにいるラピスにオレは自分の意志を伝える。真冬の早朝の今、突然のオレの言葉にラピスは擦り合わせていた手を止める。

 

「ああ。……前にオレは元人間だって言っただろ?」

「ええ、それに関係が?」

「オレが人間やめてまで生きてるのには目的があってな。……そのためにここから出て外の世界に行くことにした」

「……そうですか」

 

 返事をするラピスの声は低かった。それだけで、優柔不断なオレの昨日の決心が揺らぎかける。

 

「それは、寂しくなりますね」

 

 笑顔のラピスだが、明らかに無理をしているとわかるものだった。

 

「っ! なあ……」

 

 お前も一緒に行かないか。出かけたその言葉を、どうにか抑えることに成功する。

 

「? どうしましたか?」

「いや……何でもない」

「……そうですか」

 

 ラピスはそう返事をすると、扉から出て行った。直前、何かをつぶやいたようだったがうまく聞き取れなかった。

 

「……主、言わないでいいんっすか?」

 

 いつの間にか人間体になっていたユズハにそう聞かれる。オレはそれに、ただ首を横に振った。

 

 

 

 翌日、スライム2人を狩りに送り出してから、オレは宴会場に泊まっているオリヴァーたちのところへ行き、戻るときにオレ達を連れて行ってほしいと頼んだ。自分らだけで行くより彼らと行けば問題が起きにくいだろうと打算的な考えだったが、彼らは快く受けてくれた。もちろん、ただで、というわけではない。ちゃんと対価は支払うつもりだ。

 

「それで、いつくらいにここを出るんだ?」

「だいたい10日後の予定だよ」

 

 10日後か……それまでに、やることはやっておかないとな。とりあえずまずは、あいさつ回りでもするか。

 

 

 まず最初に、隣の【物作り】の集会場に行く。いつも世話になっているおっちゃんは多少残念そうだったが、「しっかりやれよ!」と励ましの言葉をくれた。

 

 次に、【狩人】の集会場に向かう。ギリギリ狩りに出る前のようで、赤髪黒髪もいた。

 彼女らの反応は劇的だった。オレがここを出ると言った途端、驚きの声が室内に響き渡る。そして、「え、嘘?」「冗談でしょ?」といった声はだんだんと「そう……残念ね」「さみしくなるわね」といった声に変わり、最終的には「行かないでほしい」という声が出て、中には泣いている人もいた。まあ、そのほとんどが武器愛好組だったけど。

 

 ラピスは、集会場にはいなかった。

 

 赤髪黒髪に狩りに行かないかと誘われたが、どうも今日はそういう気分になれなかったので今日は辞退した。代わりにいかにもお腹が減ったという様子のディナとユズハを置いてきたから、問題はなかろう。

 

 集会場を出るとき、ふと会っていない人がいることを思い出す。族長のアラルだ。

 族長の仕事があるアラルは、基本的に村の一か所にとどまっていない。家にいることもあるし、集会場にいることもあるし、村の中を歩き回っている可能性もある。

 

 とりあえず一回族長宅に行って、いなかったらまた探せばいいか……そう思い歩いていると、村の広場から子供の声に混じって知っている声も聞こえた。

 

「ほれ、高い高い!」

 

 ちょうどオレが今探しているアラルが、子供たちと遊んでいた。子供たちを代わりばんこに抱き上げては高い高いをしている。

 

「アラルさん」

「ほーれほれ! ……ん? お前さんか。どうしたんだい?」

「ちょっと話……報告がありまして」

「……なにやら、大事な話のようだな」

 

 抱き上げていた子供を地に降ろし、オレに向き直るアラル。先ほどまでの柔らかそうな雰囲気からは一変、族長としての顔に変わっていた。

 

「いや、そこまで大きな話じゃないですよ」

 

 あまり重大に受けられてもオレが困る。苦笑するオレを見て、アラルの表情も若干和らいだ。

 

「……近々、この村を出ようと思います」

「……具体的な日は決まっているのかい?」

「10日後かと。今、村にきている『来客』たちとともに行きます。目的地は、人間の社会なので」

「なるほど……まったく、どこが重大じゃあないんだい」

 

 くっくっく、と笑うアラル。いや、地竜の件と比べたら断然重要じゃないと思うのだが。

 

「できればお前さんにはもっといてもらいたかったんだが……そういえば、村の掟には外の世界へ行くことを禁ずるものがあったな」

「残念ながら、オレはよそ者ですから」

「今更それを言うか……私含めて、村の全員がお前さんを同胞同然に思っているだろうに」

「……それでも、オレは行きますよ」

 

 グラグラの決心だが、だからと言って曲げるつもりはない。アラルも、元からオレを止める気など初めからないのだろう。

 

「時間はある。今のうちにやることやっておきな」

「わかっていますよ」

 

 

 

 夕方になって、ディナとユズハが帰ってきた。少々心配だったが、何事もなく狩りを終えることができたらしい。赤髪が「すごい食うから収穫がいつもの半分に……」って愚痴ってたのは想定内だ。

 その後帰ってきた2人を引き連れて、オリヴァーたちのところへ行った。外の世界に行くと決めた以上、知るべきことは多い。常識とか、社会の仕組みとか……なにせこっちの世界では人間としての生活より、魔物としてのサバイバル生活の方が長いのだ。エインズで学んだものなんて、結構忘れている。

 

 話の最後に、ノクタニアに行った後の身の振り方について聞かれる。冒険者とやらになると答えると、3人は心配そうだった。まあ、ユズハはともかくオレとディナは見た目が子供だから、それも仕方ない。戦えることを示すために、明日ともに狩りに行く約束をして今日はログハウスに帰った。

 

 ラピスは、帰ってこなかった。

 

 次の日も、その次の日も。

 

 オレが出るまでに2回あった狩りの日にも、彼女に会うことはなかった。魔力感知で探っても、反応が見つからない。

 流石に心配になって黒髪と赤髪に聞いても、心配ないとの一言。居場所を知っているようだったけど、教えてはくれなかった。こうなってしまうと、オレもどうしようもない。

 

 そして、時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 旅立ちの前日

 

 アラルに呼ばれたオレは、今アラルの家に来ている。何の用事かは、まだ聞いていない。

 出された果実水を一口飲み、オレは口を開く。

 

「それでアラルさん、今日は何の用で?」

「用というほどものじゃないさ……最後に、お前さんとゆっくり話をしたいだけだ」

 

 正面に座るアラルは、そういって苦笑した。

 

「話……ですか。確かに、アラルさんとゆっくり話したのは来た当初以来ですね。……それで、どんな話がご所望で?」

「そうだな……お前さんから見た今のあの子について聞かせてもらおうか」

「ラピスですか……そうですね」

 

 少し考えて、オレは言葉を紡いでいった。

 

「いい方向に、成長しているかと……地竜の件以前に有った他人との距離も、埋まっているように感じました」

 

 アラルは頷いて、先を促してきた。

 

「それに、本音を言うようにもなりましたね……今まで狩りの時はいつも意見を言わない彼女が、やはりあの件以来言うようになっています。この間も……」

 

 オレの話を、アラルは静かに聞いている。時折相槌を打ってはいたが、話を遮っては来なかった。

 

 そしてオレの話が終わると、自分のを一口飲んでアラルが一言。

 

「お前さんは、あの子を気に入っておるのだな」

「……まあ、否定はしません」

「ふむ……話が変わるが、お前さんは自分の旅に、あの子についてきてほしいと思っておるか?」

「……なぜそんな質問を?」

「なに、少し気になっただけさ。もし望むのなら、特例で許可を出してもいいと思っている……あの子も、お前さんのことをひどく気に入っているようだしな」

「……だめですよ。彼女にはここでの生活があります。それをオレが邪魔していい理由なんてないですよ」

 

 やっと周りとうまくやっていけそうなのだ、オレについてきたらその努力が無駄になる。

 

「連れて行きたいという気持ちは否定せんのかね?」

 

 オレはその言葉にうなずいた。

 

 打算的に考えると、彼女の能力は極めて珍しく極めて有能だ。黒色魔力を手に入れたオレでも黒色魔法は使えなかったので、精神攻撃ができる彼女はきっと重宝することになるだろう。

 打算的に考えなくても、やはりオレは彼女に来てほしいと思っている。気に入っているから、来てほしい。理由なんてそんなもんだ。

 

「いや、お前さんの気持ちがわかれば十分だ。すまないね、湿っぽい話になってしまった」

 

 それからは、何気ない雑談が続く。この村はどうだったか、外の世界ではどうするのか……話すうちに日は落ちて、夜が始まっていた。

 

 

「それでは」

「ああ」

 

 短い挨拶を交わし、白髪は帰っていった。門で曲がって見えなくなるまで、私はそれを見送る。

 

「白髪はもう帰ったよ」

 

 そう声をかけると、部屋の壁がめくれ青髪の子、ラピスが中から出てきた。

 

「聞こえていただろう? ……あやつに何か言わんでいいのかい?」

「……はい。……私には、理由がないので」

 

 理由、かい。どうもこの子は父親に似てどこか強情なところがある。それがいいことか悪いことかは状況が判断するだろうけど……少なくとも、今は悪いほうに働いているな。

 

(そんな表情をするくらいなら、素直になればいいだろうに)

 

 今にも泣き出しそうな、何かに怒っているかのような、そんな表情。正直、見ていられないね。

 

 ……少しだけ、手助けするかの。

 

「今から私は、独り言を言う」

 

 私の突然の宣言に、ラピスは驚いている。が、かまわずに私は言葉をつづけた。

 

「この村には、かつてとある風習があってな」

 

 ラピスは、何も言わずただ言葉の続きを待った。

 

「我らアラクネに名を与えるのは、与えられる者が与える者を主と認めたとき。……忘れ去られた風習さ」

 

 背中越しでも、ラピスが息を飲んだのがわかる。

 

「……従者が主のそばにいずに、どこにいるというんだい?」

 

 振り返りながら、私はそう告げる。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 彼女はそれだけ言うと、踵を返して去っていった。

 

 ……しまったね。最後のは独り言というのは無理があるかの。

 

 風に揺れる入り口の布を眺めながら、どう言い訳をしたものかと私は微笑んだ。

 

 

 

 翌日、村の門にて

 

「それじゃあ、達者で」

 

 朝一だというのに、村のほとんど全員がオレ達の見送りに集合していた。

 

「……いってらっしゃい」

「うあーん! 白髪ちゃんやっぱり行かないで!」

「ディナちゃんが……私の癒しがぁぁぁ……」

 

 若干違う声も混ざっているが、赤髪黒髪がそれらの声を黙らせている。何というか、馬鹿なこと言う後輩を殴る先輩、のような絵面だ。

 

「白髪よ、ここを出るのは何も追放ってわけじゃない。いつでも帰ってきていいさ、私たちはみんな歓迎する」

「アラルさん……ありがとうございます」

「オリヴァー、お前さんたちもまた来ておくれ」

「ええ、もちろんですよ」

 

 オリヴァーはそういうとアラルと固い握手を交わした。

 

 「白髪の嬢ちゃん、受け取りな!」

 

 そんなおっちゃんの声とともに、突然何かが飛んできた。

 

「うおっと! ……これ、何が入っているんだ?」

 

 飛んできたのは2つの布袋だ。片方の感触は柔らかく、もう片方は固い。

 

「餞別だ! 中を見てみろ」

 

 言われた通り、まず柔らかいほうの袋を開く。

 中に入っていたのは、4着の黒いコートだった。ただし大きさも仕様も四者四様。

 

「嬢ちゃんら全員の分が入ってる。破れたりしても自然に治る布で作ったから、戦うときにでも着てくれ」

 

 そんな服が存在するって、完全にファンタジーじゃあねーか。いやここファンタジーの世界だけど。

 

「こんな服を作れるって、初めて知ったぞ」

「あーいや、誤解しないよう言っとくと、それ作ったの俺じゃねー。あの青い髪の嬢ちゃんだ」

「ラピスが?」

「ああ。なんか新しい能力が手に入ったとか言っててな。初めて見たときは俺も驚いた」

 

 いつの間に……

 

「俺が作ったのはもう一つの袋の方だ」

 

 今度はそっちを開いてみる。出てきたのは、4足のブーツ。大きさも

「地竜の皮で作ったブーツだ。嬢ちゃんいつも靴を壊していただろう? そいつなら壊れない自信あるぜ」

 

 思わず苦笑する。まあ確かに20足以上は壊してたからなぁ……自信作ももらったその日に壊しちゃったし、悔しかったんだろう。

 

「ってアレ、4足? 一足多いぞ」

「ああ、それでいいんだよ」

「??」

 

 そういえばコートも一着多かったけど、一体何なんだろう。

 

 よくわからないままそれらをアイテムボックスにしまおうとすると、おっちゃんに止められた。装着品だから今使ってみてほしい、とのことだ。

 

「こいつが白髪の嬢ちゃんので、こいつはディナちゃんの。このでけーのがユズハの坊ちゃんのだ」

 

 おっちゃんがオレに渡したのは、フードがなく裾の長いコート。しかしそれは他の3つと違いボタンで留めるのではなく、腰回り、胸部に水平に、右の鎖骨に沿うように斜めにつけられたベルトを使って止めるという特徴的なものだ。

 

 細部まで調整がされているらしく、ブーツもコートもぴったり。地球のコートにある動きにくさも、不思議なことにこれにはなかった。

 

「主!どう!?」

 

 そういって一回転するディナのコートは裾が短いが、対照的に袖が長くまた肘上あたりでボタン止めされている。ディナに似合った非常にかわいらしい格好なのだが、残念なことにボタンをかけ間違えていた。

 

「ディナ、ずれてるっすよ」

 

 そう言いながら、ユズハがしゃがんでボタンを直す。ユズハの服は元の世界の冬によく見る、確かダッフルコートって名前のコートに非常に似ている。唯一の違いは、背中に水平に切れ目が見えるくらい。

 

 ディナの裾も、ユズハの切れ目も2人の能力を考慮して設計されたものものだろう。しかしその設計者のラピスは、最後だというのにどこにも見当たらなかった。

 

「……いったいどこに行ったんだろう」

 

 何かが変わるわけでもないのに、ついそんなつぶやきが口からこぼれる。

 

「白髪クン。そろそろ出よう」

「……ああ、わかった。ディナ、ユズハ、行くぞ。……それじゃあ、また」

「ああ、またな!」

 

(せめて別れの挨拶くらいはしたかったな。あんな別れ方は、すっきりしない)

 

 十日前の自分の行動を後悔するも、もう遅い。踵を返して歩き出そうとしたその時

 

「ちょ、ちょっと待って! 靴紐が、靴紐がまだ結べてない!」

 

 どうやらディナは、靴紐結びに苦戦しているようだった。

 

 

 

「それじゃあ、ここからは俺達が先導するよ」

「ああ」

 

 森をある程度進んだところで、オレ達はあらかじめ決めていた陣形になる。先頭にオリヴァー、その左右後方に近接戦闘の得意なディナとアドルフが、最後方はオレが立つ。魔法が主戦力のアンナとユズハを囲うような形だ。

 

 オレが彼らに頼んだのは護衛ではなく、案内だ。なのでオレ達が戦うのは当然と言えよう。一回見せたことがあるので彼らもオレ達の戦力を知っている。決して引かれたりはしていない。

 

(にしても、そんなに警戒する必要はないと思うんだがなぁ……)

 

 オリヴァーの歩みは、非常に慎重なものだった。一歩一歩、確かめるように歩いている。

 

「魔力感知でも、何もないってわかってるし……」

「いえ白髪さん。警戒はするに越したことはありませんよ?」

「それもそうか……ん?」

 

 久しぶりに聞く、ここにいるはずのない声。驚いて横を向くと――――

 

「私に気付かないあたり、注意力が落ちてるようですし」

 

 声の持ち主、ラピスがオレの隣を歩いていた。

 

「え? え?」

 

 わけがわからず混乱する。魔力感知では何も視えなかったのに、いつの間に……というか、なぜここに……

 

「来ちゃいました」

「いや、来ちゃいましたってお前……」

「あ、ラピ姉!?」

 

 ラピスの存在に気付いたディナの歓喜の声がオレの言葉を遮った。

 

「ラピ姉、どうしてここに?」

 

 ユズハのその質問は、オレの心を代弁したものである。

 

「私も白髪さんについて行くことにしたんですよ」

「え!? じゃあ、一緒に旅できるの?」

「ええ」

 

 やったー! と一際大きい歓声を上げるディナ。オレは完全に蚊帳の外に追い出されていた。

 

「ちょ、ちょっと待て。ラピス、細かいごたごたは今は置いとくとして……ついてくるって、本気なのか?」

「はい。本気ですよ」

「……掟があるから村には帰れないぞ?」

「大丈夫です。挨拶はすでに済ませてます」

「……面白い旅になるかはわからないぞ?」

「楽しくなくても面白くなくても私は一向にかまいません」

「……村と違って安全は保障できないぞ?」

「ご冗談を。白髪さんのそばほど安全な場所はありませんよ」

 

 ダメだ。まったく引く気がない。

 

「……もう一度だけ聞くけど、本気なんだな」

「はい」

 

 答えるラピスの瞳に確たる意志が宿っているのが見えた。

 

「私、ラピスラズリはこの名を授けた我が主に忠誠を誓うとともに、旅路への同行の許可をいただきたい」

 

 突然の仰々しい物言いに、笑いがこみあげてくる。

 

「フフフ…………いつからオレはお前の主になったんだ……?」

「私たちにとって名を与えれられるということは与えた人物を主と認めることと同義らしいですよ?」

「フフフフフ……アッハッハッハーㇵッハッハ!」

 

 もうだめだ、我慢ができない。オリヴァーたちがいるにも関わらず、オレは大声で笑い始めた。

 よくよく考えると、オレには彼女を止める理由なんてない。誘わなかったのは彼女に気を使ってだし、その本人がいいっていうならもう文句なんて出ないのだ。むしろオレもついてきてくれるのはうれしく思う。

 

「ハッハッハッハ……ハー、ハー……あー、なるほどね……こういうことだったのか」

 

 一つ多かったコートとブーツ、おそらくこの、背中にいくつもの切れ目が入ったコートを作ったのもあのおっさんなのだろう、その余りの意味を、オレはやっと理解することができた。

 

 アイテムボックスからその2つを取り出し、ラピスに渡す。

 

「これは……私は3着しか作っていないはず……?」

 

 渡されたものを見て、ラピスはひどく驚く。

 

「どうやら、あのおっさんお前がこうするってわかってたようだぜ。……旅立つ奴が同行者に餞別を送るって、ずいぶんとおかしな話だな」

「……仕方ないじゃないですか。昨日決心したんですから」

 

 頬を膨らませるラピス。不満を表したはずのその表情は、全く説得力を持たないものだった。

 

「ははは……それじゃあ、これからもよろしくな。ラピスラズリ」

「はい!」

 

 差し出したオレの右手を、ラピスは強く握り返した。

 




読んでいただきありがとうございます
一章はこれで終わりです。幕間を挟んで二章に入りますが、二章からは3日に一回の更新にします。あと、書きだめもあまりないので途中で止まりますがご容赦を


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幕間 勇者を失った勇者たちは2

 薄暗い森の中、駆ける影が一つ。木の枝に当たり擦り傷ができようと、土にまみれた素足から血が流れ出ていようと、男はただ一目散に走り続ける。時折背後を振り向くその様子は、まるで誰かに追われているようだった。

 

 いや、事実男は追われていた。

 

 悪魔だ。

 

 平穏に暮らしていた我らの前に突然現れ、不条理に同族の命を奪い去っていく。悪魔と言わずして、果たして何というのだろうか。

 

 抵抗したものは即座に殺された。抵抗しなかったものも、早いか遅いかの違いでしかなかった。女子供関係なく、命乞いをしても届くことはない。今自分が生きて逃げているのは、たまたま奴らの虐行に居合わせなかっただけのこと。

 

 歯ぎしりしたくなるような感情を噛みしめ、ただ前へと走る。恨みも悲しみも飲み込み、ただ生き残るために走り続けた。

 

 風切り音を耳がとらえる。そして右のふくらはぎを、強烈な痛みが襲った。

 

 矢だ。それもおそらく鉄製の。突然の痛みに、男は思わずバランスを崩した。

 

 そしてそれを見計らっていたかのように、第二の風切り音。銀色に光る矢が、今度は左の肩をとらえる。

 

 男の足は止まった。足に刺さった矢を抜こうと後ろを振り向きながらしゃがむ。が、接近する銀色が見えた瞬間、考えるよりも先に体が動いた。

 

 頭を右に傾けながら、転ぶように倒れこむ。しかしそれでも完全にかわし切ることはできず、銀の矢は側頭部を掠り、右耳をわずかにえぐりとった。

 

 ここにいては、ただの的だ。

 

 足の矢も抜かず、痛みを我慢しながら男は再び走り出す。しかし銀の矢が止むことはなく、右腕、左太ももと立て続けに矢を受けた男は、たまらず目の前の洞窟へと飛び込んだ。

 

「はあ……はあ……くそ」

 

 呼吸を整えた男は悪態を一つ、ふくらはぎに刺さっている鉄矢に手を当て、勢いよく引き抜く。太ももの矢を抜いたら頭に巻いていた布を乱雑にとり2つに引き裂き、血のあふれる箇所にしばりつけた。

 

 露わとなった頭の上で、2つの三角形が動く。後ろ半分が毛に覆われたソレは、痛みの波を代弁するかのようにぴくぴく動いていた。

 

 男の住む里は、亜人たちの隠れ里だった。男のような獣人だけではない。エルフやドワーフ、魔物とみなされる者たちや、迫害を受けた人間も村に住んでいた。

 表社会で生きられない彼らにとって、村は唯一の安息地だったのだ。

 

 頭の上の耳が、落ち葉を踏む音をとらえる。どうやらもう追いつかれたらしい。

 

 背中の短剣に手をかけ、音を出さないようゆっくりと引き抜く。洞窟へ逃げ込んだ時点で、男はすでに後がないことを理解していた。

 

 ならばせめて、我らの平穏を奪った悪魔に一矢報いよう。

 

 男は覚悟を決め、じっとその足音に耳を澄ませる。あと10歩……あと5歩……

 

 今だ!

 

 腰に短剣を構え、一直線に飛び出す。そのまま、にっくき悪魔を一刺しに――

 

 怨敵は、どこにもいなかった。行き場を失った短剣は、身体とともに勢いを失う。

 

 どういうことだ? 確かに足音は聞こえたはず。獣人の自分が、聞き間違えるはずが――

 

 背中に衝撃を感じる。同時に胸から剣が生え、のどにせりあがってくる赤い体液が口からこぼれ出た。

 

 矢を受けた時とは比べ物にならない、激しい痛みが遅れて脳を襲う。どうにか首だけを動かし背後を見ると、子供のような悪魔が、感情のない表情で立っていた。

 

 読まれていたのか。男はそう理解するももう遅い。彼の命は、ここで散ることが決定した。

 

「……貴様らは……」

 

 報復したくとも、もう上手く体を動かすことだできない。精いっぱいの憎悪を込めて、男は口を開く。

 

「なぜ貴様らは、俺達の村を襲った! できるだけ平穏に生きようとした同胞を、一体貴様らはなぜ殺した! 一体貴様らは――」

 

 だが、すべてを吐くことはできなかった。

 

 悪魔の右手がぶれる。そして男の視界は回転し、赤い噴水を最期に視界に収めた。

 

「――うるさいよ」

 

 

 物言わなくなった死体から短剣を抜き、こびり付いた血を布でふき取る。

 

 幸助が鞘に剣をしまうのと同時に、男女三人が森の中から現れた。

 

「……優。遅かったじゃないか。もう僕一人で終わったよ」

 

「お前が速すぎるだけだ。……どうやらこいつで、最後の一人のようだ」

 

「お、やったね。今日の仕事はもう終わりかな?」

 

「気は抜くんじゃないぞ。一応、ここは魔物のはびこる森の中なんだ」

 

「大丈夫だって。ここら辺の魔物に苦戦するわけないでしょ」

 

「……それもそうか」

 

 ジャグリングをするように短剣を回す幸助。

 

「それにしても、これで17個目なのか……一体、どれだけの|ゴミ(・・)がこの国に潜んでいたんだろうね」

 

 その瞳は、何かに取りつかれたかのように爛々と黒く輝いていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 時雨を殺したのは、魔王を奉じる亜人の組織である。

 

 そう聞かされた時、それほど驚かなかったのを優は覚えていた。

 そもそも、その可能性はよく考えれば出てくる。別に勇者の存在は隠されていたわけではないし、もし自分がその立場だったら同じような行動を行うだろう。

 

 最も、納得と憤りは別のものであるが。

 

「……グレイスさん。それは事実で?」

 

「いや。確実なことではない。が、ほとんど事実といってもいいだろうな」

 

 そういいながら、グレイスは懐から書類の束を取り出す。これが確信の裏付けということなのだろう。

 

 グレイスが机に置いた書類に、優は一枚一枚目を通していく。そこに書かれた一つ一つの情報すべてが、先の結論に至るのに十分足るものだった。

 

 ……?

 

 ふと、優は違和感を覚えた。まるで家具が一つだけ位置がずれたときのような、わずかな違和感。

 

 しかし優が、その違和感の正体に気付くことはなかった。

 

「……グレイスさん。どこの誰がやったかは、まだわかってないですか?」

 

「……そこに書かれていることが、調べてわかったすべてのことだ」

 

「……そうですか」

 

「ああ……すまないが、俺はもう席を外させてもらう。……どうするかは、お前たちが決めるんだ」

 

 読み終わって元の位置に戻された紙束を手に持ち、グレイスは席を立った。

 

 扉の閉められる音を最後に、再び室内に沈黙が降り注ぐ。

 

「……ごめん、優。僕ちょっと風に当たってくる」

 

 先に破ったのは、幸助だった。そして優の返事を聞くことなく立ち上がり、足早に部屋から出ていく。

 

 一人きりの室内。グレイスの問いが頭の中をループする。

 

 どうすれば、いいのだろうか。

 今更何をしたところで失った親友は戻ってこない。ならば俺は一体、何をするべきなのだろうか。

 

 考えても考えても答えは出ない。

 

 その日、幸助は帰ってこなかった。

 

 一睡もできず食事も喉を通らないまま、夜が明け、太陽が頭上を越え、そして遠く見える山へと沈む。

 

 思考の渦は、より激しさを増し出口が見えない。いやもしかすると、初めから出口などないのかもしれない。安楽を手にすることも叶わぬまま、再び太陽が空に登る。

 

「……ただいま」

 

 日輪が天を三度渡った夕に、幸助は帰ってきた。充血した目の下に真っ黒な隈を作り、肌は死人のように青白い。

 

「……随分とひどい顔をしてるね、優」

 

「……それをお前が言うか?」

 

 丸一日口に何も入れてないのだ。鏡を見ればきっと、幸助と同じ痩せこけたパンダがそこに映ることだろう。

 

「……どこに行ってたんだ?」

 

「答えを探してた」

 

 あやふやな優の問いかけに、幸助は即答する。

 

「帰ってきたってことは、見つけたのか」

 

「うん、時間がかかっちゃったけどね」

 

「そうか」

 

 視線を天井へと向け、瞑目する。

 

「……そうか」

 

 再びそうつぶやくと優は視線を幸助をへと戻し、手を卓上の――すっかり冷めきった紅茶へと伸ばし、口に入れた。

 

「……優。明日の午後に、時雨の葬式を行うらしい……そこで僕は、僕の答えを提出するよ」

 

「そんなもの、誰が採点をするんだ」

 

「時雨さ」

 

「死ぬまで正誤がわからないな。……いや、そもそも時雨のことだから、めんどくさいとか言って採点しないんじゃないか?」

 

「その時はその時、直接聞けばいいだけでしょ?」

 

「違いない」

 

 2人は同時に笑いあう。愉快そうに軽快そうに、そしてどこか寂しそうに。

 

「幸助、お前は一旦寝たほうがいい。そんな顔で葬式に出たら、あいつが馬鹿笑いするぞ」

 

「そういう優だって、ちゃんと食事をとりなよ。時雨が見たらきっと、お前は誰だって問い詰めてくると思うよ」

 

 目頭に浮かぶ涙をぬぐい、お互いに軽口を叩きあう。

 

 3日3晩考えても俺は答えを出せなかった。きっとこれからいくら考えたところで答えは出ないだろう。

 

「幸助。俺はお前の答えに従おう」

 

「……いいの?」

 

「ああ……お前なら、きっと正解を出すだろうからな」

 

 優の言葉に、幸助は照れたように笑う。「また明日」とふらふらと寝室へと入る幸助を見送って、優も自室のベッドへと潜り込む。

 

 3日ぶりの安眠を取り戻した優だったが、このときの彼は気が付かない。

 

 親友の眼に、狂気の片鱗が滲み出ていたことに。

 

 

 

 そして翌日。

 

 勇者の葬式は、王都最大の広場にて行われた。

 

 時雨とかかわりのあった王城の人間以外にも多くの貴族、商人、そして王都の住民が参列しているが、彼らの内の8割以上は故人の顔すら知らないだろう。王家への媚売りか、参列者とのコネづくりか。ばれないと思っているのかモルドールの説教を背景に小声で話をする彼らは、遺族からしてみれば不愉快なものだった。

 

 やがて説教も終わり、モルドールが壇から降りる。そして代わりに上がったのは、勇者の格好――防具を身に着け剣を携えた幸助だ。

 

「初めまして、僕の親友の葬儀に参加してくれた皆さん。おそらく僕の顔を知っている人間なんて、この中ではほんのわずかだろう」

 

 観衆からざわめきが上がる。

 

「なんだなんだ?」

「あれはいったい誰だ?」

「なぜあんな礼儀も知らぬ若造が上に立って居る!」

 

 非難するような声がところどころ聞こえてくるが、幸助はそんなことお構いなしとでも言いたげにただ薄ら笑いを浮かべる。

 

 「まずは自己紹介だ。僕はコウスケ・アイハラ。この世界に呼ばれた勇者の、その一人だ」

 

 ざわめきが変化する。

 

「あれが噂の」

「随分と若いな」

「本当に勇者なのか?」

 

 非難の声は消えたが、ところどころに上がるのは疑惑の声。やはり、召喚時から変わらない幸助の見た目ではなめられてしまうのだろう。

 

「興味がない人もいるだろうが、少しばかり僕に話をさせてほしい……そこに眠る僕の親友。シグレ・ハナミヤは魔王によって殺された」

 

 ざわめきが加速する。「魔王?」「そんな。もう復活したのか?」「魔王がこの国までやってきているのか?」

 

「すまない。少し語弊のある言い方をしてしまった……魔王の影響を受けた、亜人たちの手によって、勇者は殺されてしまった」

 

 観衆は、一旦のおちつきを取り戻す。

 

「僕は悲しんだ。なぜ、こんなことになってしまったのか。なぜ、時雨は殺されなければいけなかったのか……夜も眠らずに考え続けた。

 そして僕は答えを出した……時雨が殺されたのは勇者だったから、こうなってしまったのは、亜人たちが勇者を脅威に感じたから」

 

 観衆は戸惑いを覚え始める。何故彼は、我々にこの話をするのか。

 

「亜人たちは活動を続けるだろう。魔王が復活するその日まで、脅威になりうる勇者――僕らを、そしてそのあとは、あなた方の中で力を持つ者から片っ端に」

 

 勇者の死は、決して他人事じゃない。そのことを理解した観衆は、息を飲む。

 

 幸助が指を鳴らす。すると黒装束に身を包んだ集団が、両手両足を縛られ猿轡をかまされた五人の男――頭に獣の耳が、そして臀部からは獣の尾が――を壇上に引っ張り上げ、幸助の足元に、首から先が壇から飛び出るように並べて転がす。

 

「今僕の足元に転がっているのが、僕の親友を殺した犯人だ」

 

 観衆は沸き上がる。大罪人め! 殺せ! 我々の安全の為に!

 

「彼らは所詮、氷山の一角だ。亜人たちは、この大陸中に散らばっている。そしてこの国を――この世界を脅かしている」

 

 幸助が腰に付けた、一振りの長剣に手をかける。

 

「だから僕は誓う! この世界に運びる病巣を、一匹残らず駆逐することを! そして――」

 

 抜かれた白刃の剣が、彼の足元へと振るわれた。

 

 赤い噴水が壇上から降りそそぐ。鈍い音とともに、五つの頭蓋が地面へと落ちた。

 

「この処刑を持って、決意の証明とする」

 

 怒号のような歓声が、広場を覆いつくす。

 

(幸助……それがお前の、正しい答えだっていうのか)

 

 熱狂に包まれる中、優は親友の背後に骸を幻視した。

 

 

 

 例え未来を知っていたとしても、優は幸助を止めることはしなかっただろう。

 

 初めて失うことを知った優は、残っている絆を失うような決断を下せるはずがなかった。たとえそれが、解れて今にもちぎれそうなボロボロの絆であろうと。

 

「――勇者様?」

 

「…………なんだ?」

 

 瓜二つの顔が優を覗き込んでいる。亜人を排斥する活動にあたって、ともに活動するようつけられた補助要員だ。平均より少し低めの身長に、子供っぽさが抜け切れていないような顔立ち。赤みを帯びた金の髪を持つ方をネヴェーレと言い、優に言葉をかけたネーリスは対照的に青灰色の髪である。

 

「いえ、もうそろそろ戻りませんかと声をかけたのですが……どうなされましたか?」

 

「すまない。少しぼーっとしてしまったようだ」

 

「もう、しっかりしてください」

 

「そうですよ、勇者様はしっかりしていないと」

 

 同時に頬を膨らませるその姿は、彼女らが双子だとはっきりわかるものだった。目の形、輪郭、雰囲気……髪の色を除いて、まるで鏡合わせのような2人である。

 

「あはは、優は最近よくぼーっとするよね。……そろそろ、帰ろっか」

 

「ああ、そうだな」

 

 四人は来た道をゆっくりと辿る。途中に、誰のものかわからない腕を踏みつけながら。

 




読んでいただきありがとうございます
次回から二章です


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2章 辺境都市アデゥラル
25 始まりの町と、最初の関門


時間間違えました、新章です


 森を抜けた先は、広大な黄色い草原だった。見渡す限り草ばかり。ポツリポツリと生えている木以外、視界を遮るようなものはほとんどない。

 

 そんな草原を、進む馬車が一つ。

 

「あれが見えるかい?」

 

 御者台からオリヴァーの声が聞こえた。御者台に顔をだしオリヴァーの指さす先を見ると、数十キロ先に城壁らしきものが見えた。

 

「もしかして、アレか?」

「うん。アレが俺たちの住む町、アデュラルさ」

 

 アデュラル。話に聞いていた、辺境の都市だ。まだまだ遠いはずだが、それでも圧倒的な存在感を放っている。

 

「主、もうすぐ着くっスか?」

 

 座って寝ていたはずのユズハがそう聞いてきた。沈め目をこするその姿は、全然寝たりなさそうである。

 

「あと2時間、ってとこかな?」

「なら、あと一寝はできそうっすね。着いたら起こしてほしいっす……」

 

 そう言い残し、ユズハは再びコートの襟に顔を沈めた。馬車に乗ったのは5時間ほど前、一晩寝たはずのユズハは馬車に乗った瞬間今みたいに寝ていて、逆に疲れないのか? と思えてくる。

 

 

 旅路は順調だ。村を出てからの5日間、特に何も起きていない。せいぜい魔物の群れを数郡相手にしたくらいだ。

 

 ラピスもディナも特に問題ない。今はディナがラピスの膝の上で、摘んできた花などを食べている。

 え? 花の楽しみ方が違う? ディナだから仕方ない。

 

「はむはむはむ……なんかこれ美味しくない」

 

 紫の野苺みたいな植物を手に持ちながら、ディナがそうつぶやく。珍しいな、ディナが好き嫌いをするとは。いやそこら辺に生えてる植物を食べる時点で好き嫌いもくそもないか? 

 

「ディナちゃん、それ、毒草よ?」

「ぶ!」

 

2人の隣に座るアンナのカミングアウトに思わず吹き出す。ちょ、毒草!? 大丈夫なのか!? 

 

「ディナ。大丈夫?」

 

 上から覗き込んでそう心配するラピス。どちらかというとかわいらしい顔つきなラピスであるが、こうしてみるとお姉さん感が出ている。

 

「大丈夫だと思うよー? 同じような味、何回か食べたことあるし」

 

 おいおい、てことはアレか? 今までまずいと感じていたのはすべて毒だったのか? ……道理で持って帰ったとき誰も食べなかったのか……

 

「ディナ。それ食べないんだったらくれっす」

 

 またいつの間に起きたのか、というかもしかしたらずっと眠っていないのかもしれないユズハがそう言って手を差し出す。

 

「いいよ。ほーい!」

 

手に持っている紫野苺を、ユズハ向かって放るディナ。ユズハがそれをキャッチすると口に入れ、そのまま飲み込んだ。

 

「……うーん、いまいちっすね」

 

 ディナとはまた別の意味で顔をしかめるユズハ。これで二人とも毒草を食べたわけだが、ユズハの心配はオレ達の誰もが全くしていない。

 

「まあ、そこら辺に生えている草だし仕方ないだろ」

 

 外を軽く見渡すだけでも、黄色の中に紫が混ざっているのがちらほら見える。この草原では、結構ありきたりな草のようだ。

 

「ちなみにアンナさん、これどのくらいの毒っすか?」

「えーっと……3日間お腹壊す程度?」

「つくづくいまいちっすね……」

「はむはむはむ……ん? アドルフ、これは?」

 

 本来は荷物を置くだろう場所に、アドルフは座っている。予定にないオレ達がついてきたことで、座るスペースが無いのだ。連れて行ってもらっているオレ達がそこに座るべきなのだろうが、アドルフは頑なにそれを聞き入れなかった。ちなみに今荷台に荷物はほとんどない、彼らが取引で得たものはオレのアイテムボックスに収まっている。

 

 さて、そんなアドルフが背負っていた袋から取り出したのは一枚の干し肉。彼はそれをディナに差し出した。

 

「……腹がへってるなら、食べていい」

「ホント!? ありがとう!」

 

 ディナはそれを受け取ると、一気に全部口の中に放り込んだ。

 

「ちょっとアドルフ? 保存食も限りがあるんだから注意してよね?」

「ははは、アドルフは本当にディナちゃんを気に入っているからね。……それにアンナ、もうそろそろつくんだしいいんじゃないかな?」

「それはそうだけど、あんたたちは時々やりすぎなのよ。金銭管理している私の身にもなってほしいわ」

「……報酬、もらった分だけ増やしておこうか?」

 

 別に文句を言ってるわけじゃないんだろうけど、何回も貰ってるせいで申し訳なくなってくる。

 

「いやいやいやいや。アドルフが勝手にやったことなんだから、気にしないでいいよ」

「それに、今もらう予定の分だけで十分多いわよ? ……って、そういえばあなたはこっちの常識は知らないんだったかしら」

「あれで多いのか? ディナの2食分にしかならないんだが……」

「……ディナちゃん、そんなに大食いだったんだ……」

 

 それからも会話が会話を呼び一時間後。オレ達は無事に、城壁までたどり着いた。

 

 城壁の高さは、約20m。すべて石で組まれたそれは、近くで見るとかなり迫力のある物だった。防壁としては、申し分ないだろう。こんなのを崩せる魔物など、早々いるとは思えない。

 

 時刻は昼過ぎ。なのにというか、だからというか、高さ10mもある城門には、100メートルを超える長蛇の列ができていた。

 

「……これ、並ばないとダメなのか?」

 

 見たところ、進みもかなり遅い。いったいいつになれば入れるのか、考えるだけでも萎えるものだ。

 

「いや? アレは外来者用だよ」

「……つまり、オレ達は並ばないといけないと」

「いや、必要ないよ?」

 

 おかしい、話がかみ合わないぞ? 

 

「オリヴァー、ちゃんと説明してあげなさいよ」

 

 アンナがあきれ顔でため息をつく。

 

「あの列はね、商隊の人たちが並ぶところなのよ。税を取るためってのもあるけど、治安の為っていうのが大きいわね。……だから、身分を証明できない流れ者とかもそこに並ぶことになるわ」

「それだとオレ達もじゃないのか?」

 

 身分証なんて持ってるわけない。こちとら(転)生後1年過ぎなんだ。

 

「私たちが証明するから問題ないわ! こう見えても冒険者ランクは7と高いし、信頼もあるわよ」

「へえ……」

 

 なんというか……異世界、緩いな。ちなみに冒険者ランクは1が最低で10が最高。上に行くほど人口は少なく、オリヴァーたちはアデュラル現役2番目らしい。

 

「あ、その顔は信じてないって顔ね?」

「いやいや、信じてるって」

 

 ジト目で見てくるアンナに、つい苦笑が出てくる。ホントはちょっと疑ったってことは黙っていた方がよさそうだ。

 

「それで、ならオレ達はどこに?」

「ほら、あそこさ」

 

 オリヴァーが指さすは門の右側。御者席に出てみると、たしかにそこには、馬車十台ほどのみとはるかに短い列が存在していた。

 

「馬車がなかったらもっと早い入口もあるんだけどね」

 

 オリヴァーはゆっくりと馬車を進め、その最後尾に着く。列事態に差はあっても検査に差は無いようで、こちらの列も非常にゆっくりとした進みだった。

 

「……オレ達、ホントにこっちで問題ないのか?」

 

 無性に心配になり、ついそう聞いてしまう。何事もないのにこういうところはやはり日本人らしさが抜け切れていないようだ。

 

「問題ないよ、検査といっても大部分が荷物だから。聞かれることも名前とか、目的とか……」

 

 言いながらはっとするオリヴァー。同時に、オレも問題に気付く。

 

「……オレ、まだ名前ないじゃないか……」

「……まずいね。白髪クン呼びがすっかり定着してたから失念してたよ」

「……どうしようか……」

「……今決めるしかないんじゃない?」

 

 そうするしかないか……

 

 御者席に出ていたオレは車内に引っ込み、同行メンバーに事の次第を話す。そして熟睡中のユズハを叩きおこし、会議を始めた。

 

 

「それでは、白髪さんの名前について誰か案がある方」

 

 司会兼進行役はラピス。その言葉に、真っ先に手を上げたのはディナだ。

 

「はい! 太郎!」

「なんでそう来る!」

 

 なんでいきなり日本一多い名前が出てくるんだよ! 異世界にきてまでその名前はないだろ! 

 

「ディナ、それじゃあ格好良さがない。もっとクールなのが主にはふさわしいっすよ」

 

 お? ユズハがやる気に満ちた表情をしているぞ? これはもしかしたらもしかするかもしれない。

 

「ディオ・ブ……」

「ちょっと待てィ!」

 

 慌てて止めに入るが、何故怒られたのかユズハはよくわかっていない様子。首をかしげながら聞き返してきた。

 

「……主、何か問題があるっすか?」

「大ありだ! 共通点全くねーだろ!」

 

 あんなに筋肉ねーし、そもそも見た目が百八十度逆だわ!

 

「あるじゃないっすか。ほら、両方人間やめてるし」

「何も上手くねーよ!」

 

 というかなんでこいつ知ってんだよ……

 

「ユズハ、主はそんなのじゃあ満足しないよ! やっぱり花子みたいな普通なのが……」

「いやソレ全然普通じゃない」

 

 違和感バリバリだから。渋谷を戦国武将が歩くくらい違和感あるから。

 

「なら、ルーク・スカイ……」

「それもどっかで聞いたことあるやつ!」

「なら、美紀帝(ミキティー)!」

「最近のになった! モダンなのになったけど!」

「なら、エドワードエルリ……」

「そろそろ自前のネーミングセンス発揮してくれ!」

「なら、アルフォンスエルリ……」

「ディナに伝染(うつ)っちまってんじゃねーか!」

 

 ヤバい、本格的に収集がつかなくなってきた。

 

 どーすんの、これ……

 

 

 

 まるで漫才であるかのような、主従ペットのやり取りを見守る4人。大人と幼女のボケを半幼女が反論している様子は、ほほえましいものに見えるのだろう。

 

「それにしても、結構おかしな話だよね」

 

 オリヴァーがぽつりとつぶやいた。

 

「おかしな話ですか?」

「うん。だって、君たち3人に名前があるのに、その主の彼が名無しなんだよ?」

 

 そういわれ、確かにと納得するラピス。同時に、ふと過去に聞いたことを思い出した。

 

(そういえば、白髪様はかつて人間だったと言っていましたね……なぜ名を持っていないのでしょうか?)

 

 違和感を感じるラピスであったが、すぐに思い直す。

 

(名があったとしても、それを名乗らないのは何か理由があるのでしょう。わざわざそれを聞こうとも思いませんし、聞く必要があるとも思えませんね。ついて行くと決めた以上、私は従うだけです)

 

 盲目的な考えであるが、ラピスが聞いたところで答えは変えてこなかっただろう。こだわり続ける本人ですら、その理由を理解していないのだから。

 

「おっと、行き詰っている様子だ。そろそろ俺達も参加しよう」

 

 顔だけ車内に突っ込んでいたオリヴァーは、そういって車内に潜り込む。そして空いているユズハの隣に座ると、難しい顔の3人そっちのけに名前案を出し始めた。

 

「……私も少し考えてみましょうか」

 

 オリヴァーの乱入により再び騒がしくなった車内、ラピスのつぶやきは、誰に聞かれるもなく消えていった。

 

 

「……よし、問題ないな。通っていいぞ。……次の組!」

 

 衛兵の指示に従い、馬車が前へと進む。中にいた者たちはすべて馬車から出て、代わりに入った衛兵が荷物をチェックし始めた。

 

「……まずいですよ……」

 

 名前が決まらないまま、ついに順番は次にまで回っていた。オリヴァーの乱入で現地民の意見をいただけると思っていたのだが、まさかのオリヴァー、ネーミングセンスが壊滅的である。アンナは名づけは苦手だと言って辞退、アドルフはそもそもあんま喋らない、つまり現参加者にはネーミングセンスなししかいないのだ。

 

 時間的猶予は、もってあと2、3分。絶望的なこの状況を、打破するだけの妙案を思いつくのは不可能に近かった。

 

「……こうなったら、妥協するしかないのか……」

 

 微妙なラインのは何個も出てきている。が、日本感性なオレには受け入れがたいものでもあった。

 

「なら、やっぱりオレの考えたセフィロスがいいっすよ!」

「いや、ディナの考えた白吉がいいと思う!」

 

 やめて、そんな期待に満ちた目でオレを見つめないで。妥協するにしてもその二つはないから! 

 

「……というか主、俺たちの意見全否定するくらいなら自分でも考えてくださいよ」

 

 ふてくされた様子のユズハにそういわれて、オレは言葉に詰まった。

 

「いや……それはその、アレだ、ほら、おかしな話だろ? 自分に名づけなんてさ?」

「いや、そうでもないよ。出世して改名する人なんて結構多いし」

 

 捻りだしたわずかな反論は、異世界の常識に一刀両断される。

 

「ほら、オリヴァーもそういってるんですし主も考えましょ。ダメ出しはするっす」

 

 ダメだし以外がほしいです……いや、そもそもダメ出しするのか? 今までされた記憶がない、無条件で肯定ばっかされてる気が。

 

 こんなやり取りでも時間は容赦なく進んでいく。諦めて思考を切り替えたオレであったが、まったく思いつかない。人間ダメ出しは得意でも発案は難しいのだ。

 

 こりゃあマジで妥協案でどうにかするしかねーのか……?

そう考え始めたとき、ずっと不参加だったラピスが口を開いた。

 

「ブラン、というのはどうでしょう?」

 

 車内の注目がラピスに集まる。少し恥ずかしそうなそぶりを見せるが、ラピスはそのまま言葉をつづけた。

 

「あまりよく覚えてないんですが……たしか、母と旅をしたときに聞いた異国の言葉だったと思います。意味は純粋とか、誠実とかだったかと」

 

 純粋、誠実……オレには全く似合わねーな。

 

「……あ、えっとその……どうでしょうか?」

 

 おずおずといった感じに尋ねるラピス。その表情には緊張がありありと浮かんでいる。

 

 まあ、もしこれが性格に合った名前を付けろコンテストとかだった場合、予選落ちする程度の的外れさではある。だが……

 

「ナイスだラピス! それで行こう!」

 

 今はそんなコンテストは開催していない。オレがいいと思えば、それで決まる。今までの名前がひどかったのもあるが、それを除いてもオレはラピスの案が気に入った。

 

「いいじゃないっすかブラン。オレのネーミングに負けず劣らずのかっこよさを感じるっす!」

 

 いやユズハ、お前自前のネーセン一回も発揮してねーから、不戦敗だから。

 

「うんうん! 流石ラピ姉だよ!」

「いやー、俺も結構頑張ったつもりなんだけどね……一撃でノックアウトされちゃったか」

「ブラン……うん、いい名前じゃない。同じ名前は聞いたことはないけど、近い名前は結構あるしいたって不自然さはないわね」

 

「……(コク)」

 

 やはりしゃべらないアドルフ。だがその頷きは、賛成ということなのだろう。ディナが関係していないと表情も全然変わらないんだよな。

 

「あの、本当にいいんですか? 名前なんて初めて考えましたし、ユズハやディナみたいに工夫もしていないですよ?」

「いいんだよ。オレもみんなも気に入っているから、問題ないだろ?」

 

 ネーセンなしも、現地民も全員賛成の満場一致。そこにいったいどんな問題があるとでも? ……ネーセンなしの同意は時によっては問題かもしれんが、少なくとも今は問題ない。

 

「ありがとよ、ラピス」

 

 オレの言葉に、ラピスの顔に不意打ちを食らったような驚きが現れる。が、すぐにそれは照れたような笑みに変わり、

 

「……どういたしまして、ブラン様」

 

 そういって右手で頬をかいた。

 

 

 

 最大の関門であったオレの名前。それを突破したオレ達に隙はなく、無事に城門を通ることができた。

 

 広い大通りを、馬車は進む。窓から見える風景は初めて見るはずなのに、どこか懐かしさを感じるようなものだった。

 

 行きかう人々に、賑わう店頭。色とりどりに飾られた看板や客引きの声は、世界が違っても似るものなのか。

 ただまあ似ていても違いはある。一番大きな違いは、行き通っている人々の方だろう。

2メートルを超える毛むくじゃらの大男、紫にも近い肌の長い耳を持つ女性、はたまたは蜥蜴の頭部を持った傭兵らしき人と、オリヴァーたちの話を裏付けるように異種族の人々が自然に生活をしていた。

 

「……すごいな」

 

 思わずつぶやきがこぼれる。ファンタジーの町と言われて思い浮かべるような光景を、まさか現実に見ることになるとは。

 

「まあ、俺達にとってはこれが普通だからね。じきに慣れてくるよ」

 

 これなら、オレ達がいたところで何ら問題はなさそうだ。むしろ、ここまで容姿の違った種族が多いとなると、オレ達が異種族だということを見抜ける人の方が少ないだろう。

 

(……いや、普通にいないか。オレ達四人全員見た目はただの人間だし)

 

 まあ、バレても何ら問題ないという点では非常に助かる話だ。

 

 

 馬車に揺れることさらに10分。街の華やかさから置いてけぼりにされたような、しかし閑散という言葉とは程遠い、五階建てほどの石造りの建物の前にオレ達は降り立った。

 




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26 冒険者ギルド

 冒険者ギルド。

 異世界ファンタジーといえばほぼ確実に出る。竜の討伐から迷子の猫探しまでの様々な依頼を冒険者に斡旋する機関のことだ。

 かつての勇者が創った対魔王の組織が転じてできたソレは、おそらくこの世界で一番有名な公的機関だろう。三千年前から国の垣根に関係なく活動しているため、どんなに田舎の知識のない人間でも存在を知っている。

 冒険者になるために、何か特殊な条件はない。例えどこぞの農村出身でも、大国を統治している王族の人間でも、ギルドに行き登録すればその時点で冒険者だ。

 そして冒険者に必要なものも至極単純だ。腕っぷしがあれば、それで十分。それだけあれば、成り上がることができるのだ。

 ゆえに人々は、冒険者になろうとする。あるものは名声を欲して、あるものは伝説上の英雄に憧れて。理由など人それぞれだが

  

「かく言うオレも、冒険者に憧れた一人だったり……まあ、理由が他と全く違うだろうけど」

「主、さっきから一人でどうしたんすか?」

「いや、何でもない」

「……まあ、別になんでもいいっすけど」

 

 木製の扉をくぐり、ギルドの中に入る。上手く設計されているのか、日光だけでも十分に明るく照らされていた。

 

 入り口の右手側に窓口が7つ、L字型に設置されていた。ただ受付嬢は一人しか座っておらず、その一人も窓口に突っ伏している。冬の、それも昼だから人も少なく暇なのだろう。寝ていいのかは知らないけど。

 

 左手側を見ると、どうやら酒場に繋がっている模様。こちらも昼だから人はほとんどおらず、2、3人のグループが酒と食事をとっていた。

 

「レヴィちゃん、起きて起きて。お客が来たよ」

 

 オリヴァーが寝ている受付嬢――レヴィをゆするも全く起きる気配はない。幸せそうな顔で熟睡したままだ。

 

「……仕方ないか……レヴィちゃん。ギルマスが来たよ?」

「ひい!? ごめんなさいもう寝ませんからでも仕方ないじゃないですかこんな人のいない時間…………うぇ!? オ、オリヴァーさん!?」

 

 がばっと勢いよく起き上がるレヴィ。必死に言い訳を言っているうちに目が覚めたようで、顔を赤らめて驚いていた。

 

「おはよう。ギルマスはいないよ」

「よかったぁ……オリヴァーさん。起こすにしてもその嘘はやめてくださいよ……」

 

 ひどく安堵したように胸をなでおろすレヴィ。そしてむっとしたように赤い頬を膨らますが、いつものことのようでアンナはにやつきながら、アドルフはいつも通りの無表情でそれを眺めていた。

 

「ってアレ? 確かオリヴァーさんたちは指名依頼を受けていたんじゃあ……」

「今帰ってきたんだよ」

「ほえ~……あ! えっと、その……」

 

 急にしどろもどろになるレヴィ。顔は下を向き、指が胸の前でせわしなく動いている。

 

「……お、お帰りなさ、い……」

 

 赤い顔をさらに赤らめて、レヴィはそう絞り出した。

 

「うん、ただいま」

 

 さわやかな笑顔を返すオリヴァー。砂糖を飲んだように実に甘い光景である。

 

「……あいつら、できてんの?」

 

 なので、つい呟いてしまった。

 

「そう見えるでしょ? 残念ながら、アレでできてないのよ。オリヴァーは鈍感だからねえ」

 

 未だなおにやついているアンナ。あそこまでアピールして気づかれないとは……レヴィさん、ドンマイです。

 

「それじゃあ、今からギルマスに……あれ? その人たちは?」

 

 と、ここでやっとレヴィはオレ達に気付いたようだ。

 

「うん? ああ、ちょっとした縁でね。紹介するよ」

 

 

 

「ふむふむ……高い順からユズハさん、ラピスさん、ブランさん、ディナちゃんね。初めまして、この冒険者ギルドで受付を担当しているレヴィです」

 

 そういってレヴィは一礼。さっきまでとは打って変わって落ち着いた様子だった。

 

「それで……オリヴァーさんたちと縁があるというと、彼らも冒険者で?」

「いや、話すと長くなるんだけど、彼らは冒険者じゃないよ」

「へえ……いったいどのような縁か、少々気になりますね」

 

 笑顔のレヴィであったが、心なしか目が笑っていないように感じた。

 

「はは、知りたいなら後で話すよ」

「うぇ!? ほ、ほんとですか!?」

 

 何をどう解釈したのか、オリヴァーの言葉にレヴィの顔がまた赤に染まっていく。

 

「うん。もちろんだよ。……ところで、そろそろギルマスに依頼を報告したいんだけど」

「え、あ、ああ! しょ、少々お待ちを!」

 

 そういってレヴィが窓口の奥に走り去ると、階段を駆け上がる音が響いてきた。

 

 なんていうか、いろいろと忙しい人だな……

 

 

「おま、たせ、しました……」

 

 5分後、かすれ声のレヴィが帰ってきた。居眠りがばれたのだろう、目じりに涙がうっすらと浮かんでいる。

 

「ギルマスが部屋でお待ち、です。どうぞこちら、に……あと、ユズハさんたちも」

「オレ達も?」

 

 オリヴァーたちはわかるが、なんでオレ達まで? 

 

「とりあえず来てくれ、とのことで。私にはわからないです」

 

 ふうん……まあいいか。敵に会いに行くわけでもないし、断る理由はない。

 

 窓口横の職員専用と書かれたドアをくぐり、螺旋階段を上る。3階に上がったところで、目の前にギルドマスター執務室と書かれた扉を発見した。

 

 オリヴァーがノックをすると、中から「入ってどうぞ~」と返事が返ってくる。声変わりしていない、少年のような声だ。

 

「失礼します。……お久しぶりですね。ギルドマスター」

「たったの2週間程度だけど、うんお久~」

 

 椅子に座っていたのは声の主としてはふさわしい、見た目が10歳ほどの、尖った耳が特徴的な少年。ただ見た目通りでないということは、オリヴァーの態度から明らかだった。

 

 テーブルをはさんで、オリヴァーたちはギルドマスターの正面に座る。ちょうど3人分のスペースしかなかったので、オレ達四人は立ったままだ。

 

(……マスター、警戒を)

 

 突然、頭の中に声が響く。相棒(ルシファー)の声だ。

 

(……何か問題が?)

(明確にあるわけではありませんが……魔力を視たとき、不明瞭な違和感を見つけました)

 

 その報告に、オレは魔力の視界に意識を向ける。すると確かに、ギルドマスターの魔力におかしな点があるのを見つける。なんていうか、まるで靄がかかったようにはっきりとしていないのだ。

 

 オレが警戒心を強めていると、ふとギルドマスターと目が合う。するとギルマスの口が小さく素早く、言葉を発するように動いた。

 

(のぞき見はばれないように……だと?)

 

 どういうことだ? いやおそらくオレの魔力感知に対するものなのだろうが……どうやって気付いたんだ? 

 

「? どうかしましたか?」

「いんや、なんでもないよー。それよりも報告お願いね。伝書鳩の報告はすでに来てるけど、本人から聞かないとやっぱり意味ないから」

「そうですね……まず――

 

 

 

「――うん。おおむね依頼は成功ってところかな。ご苦労さん。品物とかは……まあ、明日にでも持ってきてよ。報酬はその時に渡すから」

「わかりました。……あとは頼みましたよ」

「わかってるって……ってあーちょっと待って。そこの白髪の子……えーっと、ブランくん? で合っているのかな? 君達4人はちょっと残ってほしいんだ」

 

 報告は終わったらしく、オリヴァーたちが立ち上がる。オレ達もそれに続こうとすると、ギルマスに止められた。

 正直もうすぐにでも去りたい気分ではあるが、名指しで止められた以上残らないわけにはいかない。座るよう勧めるしぐさに、仕方なくオレは中央席に腰を掛けた。続いてユズハが右に、ラピスが左に。ディナは相変わらずラピスの膝の上である。

 

「さて、自己紹介がまだだったね。僕の名前はネブラ・ロートス。見ての通りエルフで、こんな辺境の地のしがないギルドマスターさ」

「あ、どうもご丁寧に。冒険者でも何でもないブランです」

 

 やられたらやり返す。これも日本人の性か……

 

「初めまして、ブラン様の配下、ラピスラズリと申します」

「同じく、ユズハっす」

「ディナだよ! スライムやってるよ!」

 

 ちょ! ディナ! 今は敵前も同然なのにそこまでばらしちゃダメだろ! いや警戒しているのはオレ一人だから仕方ないかもしれんか……

 

「あー! そういうことね! どうも君ら亜人らしくないと思っていたんだけど、スライムか! それなら納得だよ!」

 

 ……亜人らしくない? このギルマス、オレ達の正体を見破る何かを持っているのか? 

 

「いや、でもブランくんはいったい何者なんだい? スライムとも違うし、というか体のつくりが根本的に違うし……と、やだなあブランくん。そんなに警戒しないでよ」

 

 無理です。もう警戒心バリバリだわ。少なくとも魔力に怪しい動きがあった瞬間首を狙いかねないほどに警戒してるわ。

 

「ほら、今ものぞき見してるしさ……気に障るようなこと何かしたかなあ?」

 

 首をひねるネブラ。その要領を掴めない感じの態度に警戒してるんだよ……

 

「あはは、冗談だよ。反応が面白かったからつい、ね。ちゃんとネタばらしはするから、そろそろ警戒といてほしいなあ?」

 

 ケラケラと笑うネブラ。なんだろう……オレ、このギルマスとはうまくやっていけない気がする。

 

 ふいにネブラの手が動き、目元を隠していたエメラルドグリーンの前髪がかきあげられる。

 

「魔眼、ってわかるかい?」

 

 現れたのは青い双眸。ただしその右の瞳には幾何学的な模様が浮かんでおり、うっすらと光を発していた。

 

「まあ、一応」

 

 視ることに関係した特殊能力が宿った眼。それがオレの魔眼に対する認識である。もちろんファンタジー由来の認識であるためこの世界で正しいかは知らないが、少なくともネブラに聞こうとは思わなかった。嘘をつかれるかもしれない。

 

(問題ありません。おおむねあっています)

 

「なら話が早い。オリヴァーたちの報告書の中には君たちのことも書いてあってね、非常に知識が偏っているって書いてあったから少し心配だったのよ」

 

 非常に知識が偏ってる……全くその通りだから否定できねえ。

 

「まあそれで僕の魔眼なんだけど、この眼には魔力を視るという能力があるんだ。君と同じく、ね」

 

 無言でオレは魔力を操作。本当に見えているのなら、今オレがなんて書いたのかもわかるはずだ。

 

「うん? 何々……本当か? もうこれで分かったんじゃないかな」

「……そうだな、よくわかったよ」

 

 ひとまず警戒心を緩める。

 

 だが、これで納得した。確かに魔力が視えるんならオレ達の正体に気付くのもうなずける。ディナ達は元が人間体じゃない分魔力の流れが違うし、オレはそもそも魔力と魔素の塊なのだ。視る人が視れば一発で分かる。

 

「覗いているのはお互い様だったってわけですか」

「そゆこと♪ にしても君、器用なことするねえ」

 

 覗きはばれないように、か……確かにオレにはバレなかったな。

 

「いや、でもそしたら一体どうやってオレの覗きに気づいたんです?」

「それは話すと長くなるから端折るけど、魔力を視るって行為はね、周囲の魔力にわずかな影響を及ぼすんだよ」

「わずかな影響?」

「そうだねえ。揺らぎというか波というか、そんなものが見えているね」

 

 そういわれ、オレはネブラを注視する。すつと確かにネブラの右目の周辺の魔力が、ギリギリわかるかどうかといった程度にわずかに揺らいでいるのが視えた。

 

「確認は終わったかい?」

「……よくこんなわずかなものが視えますね……」

 

 正直、言われない限りずっと気づかないでいただろう。

 

「まあ、僕の眼は特別だからね。肉眼で見える範囲しか視えないけど、その分君たちと比べてかなり精密に視ることができるんだよ」

 

 君たち……ということは今までにも魔力感知を使える人間に会ったことが何回もあるのだろう。

 

「実力がある程度まで達するとね、多かれ少なかれだいたいの人が魔力を感知できるようになるよ」

 

 へえ。それは初耳。

 

「さて、ブラン君。君の疑問は解決したから、そろそろ僕の疑問にも答えてくれないかなあ?」

「オレが何者か、ってやつですか?」

 

 コクリと頷くネブラ。その様子は、新しいものに好奇心を向ける見た目相応の子供のようにしか見えなかった。

 

「といわれましても……正体も何もないですよ」

 

 種族ないし。元人間っていうことはまだ伏せておこう。

 

「本当なの?」

「本当ですよ」

 

 魔法陣の瞳が、一直線にオレに向けられる。しばらく見つめあったあと、ふいにネブラは笑った。蛇が獲物を見つけたときのような、口の端が吊り上がった笑み。

 

「……いいねえ、ますます興味がわいてきたよ」

「……怖い(気持ち悪い)のでやめてほしいものです」

 

 マジでこのギルマス(ネブラ)とうまくやっていける気がしないわ……

 

「それで、俺たちへの用はまだありますか? なければそろそろオリヴァーたちのところへ戻りたいのですが」

 

「まあ、待ちなよ。これだけなわけないでしょ? 今までのはちょっとした雑談だよ」

 

 全然ちょっとしていない気がするのだが……そういわれたら去るわけにもいかない。おとなしくオレは座ったまま、先を促した。

 

「オリヴァーくんたちに頼まれていてね。君たちにいろいろと手助けをしてほしいって」

「オリヴァーたちが?」

 

 オレの問いに、ネブラは頷いた。

 

 ……正直ありがたいけど、少し疑問が残る。なんでオリヴァーたちはそこまで手を焼いてくれるんだ? 

 

「長い付き合いだからわかるけど、彼らって世話焼きさんの集まりなんだよ。君たちが心配なんだろうね」

「……それで引き受けるギルマスって、実は結構暇なんですか?」

「あはは、手厳しいねえ」

 

 一本取られた、という風にネブラは自分の頭を軽くたたく。 

 

「さっき言った通り長い付き合いだからねえ。……それに、彼らには借りがあってね。新人一人を相手とるだけでチャラにしてくれるのなら楽なもんだよ」

 

 おいおいマジかよ……依頼の報酬、こっそりと増やしておこう。五割くらい。

 

「ところでさ、引き受けてなんだけど……手助けって、具体的に何をすればいいのかな?」

「……さあ?」

 

 来たばっかりだし、特に何かに困ってるわけでもないし。

 

「うーん…………あ、そうだ! 君たちの冒険者ランクを一気に6くらいまで上げるってのはどうかな?」

「遠慮願います」

 

 6ってオリヴァーたちの1個下じゃねーか。いきなりそこまで上げられても面倒ごとが起きる未来しか見えない。具体的に言うとこんなガキが俺よりランクが高いはずがない! 的な面倒事(テンプレ)だ。

 

「えー……そしたら、どんなことがいいのさ」

「どんなことって言われましても……」

 

 正直、今は特に必要ないんだよな。普通に冒険者になって普通に活動していくつもりだし。

 いや、そうだな。

 

「……それじゃあ、少し教えてほしいことがあるんですけど」

「なんだい? 僕の年齢かい?」

「違いますよ。少し気にはなりますが……エインズ王国の勇者について、何か情報はありますか?」

 

 オリヴァーたちは当たり障りない噂程度しか知らなかった。が、ギルマスっていう地位についているネブラであれば、より詳しい情報を知っているかもしれない。

 

 オレの問いに、ネブラの目が細められる。

 

「へえ、なんでそんなこと聞くのか非常に気になるけど……そうだねえ、ある程度なら情報はあるよ?」

 

 

 

「――と、僕が知っているのはこれくらいだけど……その表情を見るに、あまり役に立たないようだね」

 

 残念ながらオリヴァーに聞いた噂が多少付け加えられた程度のものであった。いくら国境のない冒険者ギルドでも、敵対状態だと情報も行き通いにくいのだろう。

 

「いえ、そうでもないですね」

 

 ただまあ、一つだけ収穫はあった。曰く、今広まっている噂はエインズからやってきた冒険者がソースとなっているようで、その彼は直に勇者を見たことがあるとのこと。つまり、幼馴染の2人は今も元気にやっているということが確認できたと言っていい。

 

「それじゃあ、他に何かあるかい? 多分今日を逃したら、しばらくの間は暇ができないよ僕」

「いえ、これだけで十分です」

 

 オレがそういうと、ネブラは少し残念そうに笑う。

 

「そうかい……それじゃあ、何かあったらまた来るといいよ。君の正体もすごい気になるし」

「だから正体も何もないんですけど」

 

 つかみどころがないしいろいろと怖いが、何かあったら頼らせてもらう程度には信用してもいいだろう。上手くやっていける自信はまったくないが。

 

「それじゃあ、失礼します……ディナ、ユズハ」

 

 長々と話していたから飽きたのだろう。寝ている二人を起こし、椅子から立ち上がる。

 

 扉から出たとき、ふとネブラが口を開いた。

 

「ちなみに僕の年齢は永遠の11歳だよ☆」

 

 オレは無言で扉を閉めた。

 

 

 

「ジョークはお嫌いなのかねえ?」

 

 ブランが去った扉を眺めながら、ネブラはそうつぶやく。その手にはいつの間に淹れたのか、一杯のコーヒーが湯気を立てていた。

 

 実に面白い。ここまで興味をそそられたのは、一体何年ぶりなのだろうか。

 

「2種類の魔力……生物の域からはみ出たような身体構造……」

 

 300年余り生きているネブラ。すべてを知っているとも思っていないし、すべてを見通せるとも思ったことはない。知れば知るほど、より多くの未知をも知ってきた。

 しかしここまで巨大な未知は、生まれて初めてだろう。

 

「……一回解剖させてくれないかな?」

 

 ブランはきっとさせてくれないし、例えしたところで理解できる自信もないが。

 

「それに、覚醒者、ね。……面と会うのは『彼』以来かな?」

 

 それも数十年前の話。今彼がどこで何をやっているのか見当もつかない。が、生きてはいるだろう。『彼』が死ぬなんて、不可能だと思える話だ

 

「それにしてもブラン君も対外だけど……ユズハ君にディナ君。2人も対外だよねえ」

 

 人間の姿になった魔物はいることにはいる。が、それらはどれも強力無比な魔物で、スライムなどという最弱層が人間の姿になるなんて想像もつかなかった。いったいどういう経緯がそこにあったのか……

 

 ネブラが楽しく想像を張り巡らしていると、扉がノックされる。どうやら自由時間も終わりらしい。

 

 飲み終えたコーヒーカップを消すのと同時に、ネブラの秘書が大量の書類を抱えて入ってきた。

 

 

 

「あ、ブラン君。こっちよこっち」

 

 階下に降りると、オリヴァーたちは酒場で食事をとっていた。

 

「悪い、待たせたみたいだな」

「大丈夫よ。時間的にもちょうどよかったしね」

 

 8人席の丸テーブルの余っている席に座る。

 

「ブラン君たちも何か食べたらどうだい? 別に急いでいるわけじゃあないから、気にしないでいいよ」

「いや、オレらお金持ってないんだが」

「私たちが払うわ」

 

 おおう。アンナさん太っ腹だ。流石パーティの財布握っているだけある。だが……

 

「え!? いいの!?」

「最近味ない肉ばっかで飽き飽きしてるんすよね……腹いっぱい食っていいんすね?!」

 

 この大食い2人の前で絶対に言っちゃいけない言葉ですよ……

 

「え? い、いやー、なんていうかその……」

「お前らなあ……一食分だけにしろ」

 

 奢ってもらうことは機会があるときに返せばいいから問題じゃあない。けど破産させる勢いで食うのはマジでまずいから。

 

「うー、わかったよ」

「あ、なら私も一つ頼んでも? 外での食事は覚えていないほど久しぶりですし、少し気になりますね」

「いいよいいよ。全然問題ないわ!」

 

 破産の危機を回避できて、アンナは非常にうれしそうである。それからトークはどの料理がおいしいかというものに変わっていった。

 

「ところで、ブランくんは食べないのかい?」

「うん? いや……もう決めた」

 

 壁に貼られたメニューをちらっと見たときに、非常に興味をそそられる文字列があったのだ。それが見えたからには、もう他の奴なんて眼中に入らん。

 

「早いなあ。他のはいいのかい?」

「ああ。今は無性にアレが食いたい」

 

味が同じじゃない可能性もあるが、それはそれで面白そうだ。

 

「じゃあ、もうみんな決定ね! すみませーん!」

 

 どうやらあちらも決まったようで、アンナが店員を呼ぶとパパッと注文を済ませる。

 そして十分後、料理がやってきた。

 

「ほえええ」

「……こりゃあ、思ったより食べごたえがありそうすね」

 

 それぞれの前に、注文品が置かれる。

 

 ディナの前に置かれたのはラーメンを入れるような大きなどんぶりだ。ただしそこに詰まっているのは麺ではなく白いスープとさいころに切られた肉や野菜、とどのつまりどんぶりいっぱいのシチューである。セットなのかでかい黒パンも付いていた。

 

「ユズハ! 足一本ちょうだい!」

「んじゃ、代わりにいくらか肉くれっす」

 

 もちろんユズハの足じゃない。ユズハの前に置かれている鶏の丸焼きのことだ。おそらく、というか絶対ただの鶏を焼いたものではない。全長1メートルはあろうそれは、確かに食べごたえ満点だろう。

 

 いただきますも何もなしに2人は食べ始める。世界が違うので咎める人などどこにもいない。

 

「……ラピスちゃん結構がっつり食うのね」

 

 ちなみにラピスが頼んだのはステーキだ。しかも肉厚。草食そうに見えて、ラピスは結構肉食なのだ。

 

「そうですか? 村じゃみんなこれくらい食べていましたよ? ……ところでブラン様、それ、なんですか?」

 

 ラピスがオレの前の皿を指しながら聞いてきた。まあ確かに、この料理はある意味異色なので、不思議がるのも仕方ない。

 

「これか? ……これはな、焼きそばパンだ!」

 

 エコーがかかったように、オレの声は酒場内に響き渡る。

 

 焼きそばパン。主食に主食を掛け合わせたそれは、中学時代からお世話になっていたため一番親しみのある食べ物といってもいい。なんせ高カロリー低値段と、コスパがとてもいいのだ。小遣いをほとんど渡されなかったので、焼きそばパンで昼食代を節約して自分のことに使っていたのが懐かしい。

 

 焼きそばがこぼれないように持ち上げ、一口齧り付く。途端にソースの味が口の中に広がり、同時に含んだ黒パンに絡みつく。

 

「……うまい……」

 

 思わずつぶやきがこぼれる。細かい差異はあったものの一年以上ぶりの故郷の味だ。これを開発した人間には感謝しても感謝しきれないだろう。それにしても再現度たけーなオイ。

 

「そういえばその料理、なんでも冒険者ギルドの創始者が広めたっていう言い伝えがあったっけ。本当かどうかは誰もわからないけど」

 

 ギルドの創始者……三千年前の勇者か! なるほど、その勇者はきっと日本人だったに違いない! 

 

 大きめの焼きそばパンはあっという間に消えてなくなる。もう一つ食べたいという欲もあったが、3個、4個と続きそうだったのでやめておいた。

 

 他の3人もすぐに食事を終えた。が、おかわりを頼もうとするディナをどうにか止めようと四苦八苦していたその時――

 

「おいおい、こりゃあいったいどういうことだ? ここはてめえらみてーなガキが来るところじゃあねーぞ?」

 

 喧騒の種(テンプレート)が舞い降りた。




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27 テンプレからは逃げられない

「おいおい、こりゃあいったいどういうことだ? ここはてめえらみてーな女子供が来るところじゃあねーぞ?」

 

そういってこちらへと、縦にも横にも大きな男が歩み寄ってくる。背中には鉄塊のような大剣、かつて優が使っていたものよりも大きな一振りを担いでいる。

 

 ……参ったな。面倒ごとの予感しかしねえ。

 

「……どちら様っすか?」

「ああ? このお方を知らねーだとぉ? なめてんのかわれぇ!?」

「てめえ、初めて見る顔だなあ。よそもんか? ああん?」

「処す? 兄貴こいつ処す?」

 

 ユズハの問いかけに、大男の背後から3人の中肉中勢な男が3人食いついてくる。メンチを切ってくるその姿は、ヤクザというよりは粋がるチンピラにしか見えない。

 

「いや、あんたたちには聞いてないっす」

 

 あっさりと言い放つユズハ。ちょ、おまそれ……

 

「な、なんだと!? なめやがって!」

「よそもんが粋がってんじゃねーよ! ぶっ殺すぞ!」

「処しましょう! 兄貴こいつら処しましょう!」

 

 ほら言わんこっちゃない。こういう輩に真面目に返しても火に油なんだよ。

 

 さてどう収集付けようか。そう思った時、元凶の大男が口を開いた。

 

「待てお前ら。ガキなんてやったところで面白くも何ともねえ」

「いや、しかし……」

「そんなもんより、もっと楽しいことがあるだろ?」

「!?」

 

 チンピラABCは、その言葉にはっとする。

 

「おい、ガキ。俺は今すこぶる機嫌が悪い。お前みてーなガキがここにいるせいでなあ」

 

 高圧的に、威嚇するように大男がしゃべる。ガキって、まあ確かにユズハはひょろいし童顔気味だからガキに見えるかもしれないけどさ。

 

「本当なら今すぐにでもてめえをぶちのめしてえところだが、俺たちにも慈悲はある。……言いたいことはわかるよなあ?」

「……何が言いたいんすか?」

 

 ユズハのだるそうな返しに、大男の額に青筋が浮かぶ。が、どうやら取り巻きと違い我慢は知っているようで、咳ばらいを一つ。そしてユズハの耳に顔をよせ、小声でつぶやいた。

 

「てめえの横の女3人、ここに置いて消えろ。そうすりゃあ許してやるよ」

 

 あーはいはい、そういうパターンね。聞こえないように小声で話したんだろうけど、丸聞こえだっての。

……ってえ、女3人? まさか、それにオレも入っているのか? 

う、なんだが鳥肌が……

 

「……さいですか。それで、結局どちら様で?」

 

 ユズハはそういってあくびを一つ。思わず吹き出しそうになるほど鮮やかな話題転換に、大男の手はその背中の大剣へと伸びていた。

 

「それ以上はやめておきな?」

 

 が、その手は途中で止まる。いつの間に動いたのか、オリヴァーが大男の手を掴んでいた。

 

「誰だ! ……あ、あんたは!?」

「やあ。久しぶりだね、ヴァイン。……もう少し周りを見るようにした方がいいよ」

「周り、だと……!?」

 

 そういわれ、大男――ヴァインはやっと気づいたようだ。オレ達の正面にアンナとアドルフが座っていることに。そして、オリヴァーが出てきた理由に。

 

「ッチ!」

 

 オリヴァーの手を振り払い、ヴァインは舌打ち一つ。そのまま取り巻きABCを連れてギルドから出て行った。

 

「ふう~……何とか収まったかな。大丈夫かい?」

「……いや、ある意味大丈夫じゃない」

 

 一応鳥肌は止まったけど、精神ダメージがヤバい。ここまで嫌悪感が強いとは……もう二度とナンパなんてしない自信あるわ。したことないけど。

 

「……言葉のみで吐き気を感じたのは初めてです……」

 

 ヴァインの言葉はラピスにも聞こえたようだ。眉をひそめて口を押えている。

 

「? 2人ともどうしたの?」

「ディナにはわからないことだよ……一生わからなくていい、というかわからないままでいてくれ」

 

 ディナの純粋さが唯一の救いだわ……

 

「それにしても、一体何しに来たんすかねえあの豚は?」

 

 ぐでーっと椅子の背にもたれかかったままのユズハ。恐喝された本人なのにぴんぴんしてんな。

 

「いや、全然怖くないっすよあんなの」

 

 それには同意するが。

 

「なあオリヴァー。とりあえずここから出ないか? あいつらがいつ帰ってくるかわかんないし、正直もう会いたくない」

「ははは……そうだね、旅帰りだし、僕たちも少しゆっくりしたい気分かな」

 

 へえ……全くそう見えないけど、やっぱり疲れはあるのかね。

 

 結局、明日の昼にギルド集合ということで今日はもう解散することになった。

 

 

「ブラン君、これを」

 

 ギルドを出たところで、オリヴァーが何かを投げる。何かじゃらじゃらとしたものが入った布袋で、結構な重みがあった。

 開けて見ると、中身は金貨一枚に大銀貨数枚、銀貨と銅貨が10枚ほど入っていた。

 日本円に換算すると、十数万円分くらいはある。

 

「結構な大金じゃないか。どうしてオレに?」

「そりゃあブラン君、今日の宿はどうするつもりだったんだい?」

「普通に野宿で……あ」

 

 そうだ、ここはもう町なんだった。こんなところで野宿でもしたら不審者扱いまっただなし。全員黒いコートなのも合わさって、発見=即通報だ。

 

「いや、でもこれは多すぎだろ。せいぜい銀貨5枚あれば泊まれるはず」

「サービスだよ。それくらいあれば半月は生活できるはずだ……身分証がないと、街の外に出たら入るのが大変だし」

 

 ……なるほど。ということは一週間街から出られない可能性があるってことか。

 

「なら、ありがたく借りておこう」

「……もらうとは言わないんだね」

 

 苦笑するオリヴァー。まあ、どこかで返すつもりだしな。孤児院育ちなためか、金銭関係に細かい性格は簡単には治らないものだ。

 

「それじゃあ、また明日」

「ああ」

 

 お互いに手を振り、逆の方向へと歩き出す。オレ達は宿外に、オリヴァーたちはそれぞれ自分の家に。

 

 

 その後、大き目の宿に泊まろうとしたら身分証明できないやつを泊めるわけにはいかないと追い出され、同じようなことが3回も繰り返され、これでダメだったら野宿しようと覚悟を決めて入った、”止まり木”という小さい宿で無事泊まることができたという出来事があったがそれはまた別のお話である。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「試験?」

「うん。一週間に一度、冒険者になりたい方が受ける試験があるのよ」

 

 時刻は昼の少し前あたり。オリヴァーたちが来る前に冒険者として登録でもしておこうと考え受付のレヴィに話したところ、そのような答えが返ってきた。

 

「あ、でも合否がある試験じゃなくて実力を測るためのものでね。よほどのことがなければ最低でもランク1冒険者にはなれるし……あ、ランクってわかる?」

「流石にわかるよ」

 

 ちなみに余談ではあるのだが、魔物のレートはこの冒険者ランクから定められていたりする。具体的に言うと、Eレート魔物はランク2の冒険者五人が協力すれば確実に倒せる程度、そこからランクが一つ増えるたびにレートも上昇し、SSレートの魔物に対応するのがランク10だ。最も、SSレート魔物なんてほとんど存在しないが。

 

「実力ある人にランク1から初めてもらうのは効率が悪いってことでね。最高ランク4まで跳ぶことができるのよ」

「へえ……その試験、やらないってのは?」

「無理だと思うよ。新人は全員行うのが決まりだから」

 

 だろうな。できれば早く冒険者になって身分証もらいたかったんだが……一週間ってのはこういうことか。

 

「次となると……確か4日後だったかな? うん、ちょっと確認してみる」

 

 そういうとレヴィは窓口の奥に消える。

 

 4日後か……一週間後とかじゃない分助かったけど、それまで暇だなあ……面倒ごと覚悟で2日間外に出るか? 

 

 と、そこでギルドのドアが開いた。オリヴァーたちが来たのかな? 

 

「あ、兄貴! 昨日のガキが!」

 

 違った。昨日のデブ&取り巻きだ。会いたくないがために昨日は解散したのになんでまた……

 

「よお、昨日ぶりだなあ?」

 

 ほら来たよ、デブが早速ユズハに絡んだよ。昨日よりも威勢がいいし。

 

「今日の俺はついてるなあ……ガキ、てめえらの保護者はいねえぞ?」

 

 オリヴァーたちがいないから安全だと思っているらしい。にやつくその顔は見ていてひどく不愉快になるものだ。

 

「……いや、だから何が言いたいんすか?」

 

 昨日と同じく煽り一回で青筋を浮かべるヴァイン。こいつ、我慢は覚えていても挑発耐性はねーんだな。

 

「……そうだな。てめえみたいなガキじゃあ理解できねえようだからはっきりと言ってやる。死にたくなかったら女どもを置いて、2度とここに来るんじゃねえ」

「嫌っすよ」

 

 あたりまえだが、即答である。

 

「……そうか、なら望み通り――」

「ヴァインさん!? いったい何を……」

 

 ヴァインが背中の剣に手を伸ばす。ここまでは、昨日とほとんど同じ流れだ。違うのは、その手を止める人間がいない点。ちょうど戻ってきたレヴィの眼には、ユズハが大剣で真っ二つにされる光景がありありと浮かんでいただろう。

 

 もっとも、そうはならないが。

 

 ユズハに当たる直前、ガギィィィンといった金属音とともに大剣が停止する。その刀身は一本の短剣が刺さっており、まるで空中に縫いつかれたようにびくともしなかった。

 

「な……!? なんだ!?」

 

 驚くヴァイン。必死に剣を抜こうとしているが無駄だ。そんな脂肪だらけの筋肉でオレの『縫界』を破れるわけない。

 

「レヴィさん。こういういざこざって、ギルドが仲介したりしてくれるのか?」

「え? あ、ちょ、ちょっと担当の人呼んでくる!」

 

 きょとんとしているレヴィは、オレの言葉にはっとしたようにそう言いまた奥に駆けていった。

 

「て、てめーら! 兄貴に何しやがった!」

「何もしてないっすよ?」

 

 嘘じゃない。だって何かしたのは剣に対してだし。

 

「くそ! 兄貴の仇だ!」

「調子に乗りやがって! 死にさらさあ!」

 

 取り巻きABCが殴りかかろうとしてくる。だがその動きは、まるで時間が止まったように途中で止まった。

 

「ラピス、ナイスだ」

 

 3人の動きを止めた正体は、ラピスの糸だ。天井と床から伸びる糸が絡みつき、一歩踏み出すことを許さない。

 

 これで、取り巻きどもの確保が完了した。

 

 

 油断大敵ってやつだ。

 

 にっくきガキの後頭部を狙い、俺は拳を握る。一体どんな奇術を使ってやったのか知らんが、剣が動かない以上どうしようもない。それに俺から気をそらしているこのガキを黙らせることくらい、剣を使うまでもない簡単なことだ。

 

「しねぇぇぇぇぇ!」

 

 突き出された拳がガキの頭にぶち当たると、赤い血が吹き出す――俺の手から。

 

 声にならない痛みが腕に走った。まるで大樹でも殴ったようだ。

 

 ガキにダメージはない。俺の方を見て、薄く笑ってやがる。怒りが込みあがってくるが、2撃目を入れることはできなかった。

 

「やあやあブラン君、昨日の今日でまた会ったね?」

 

 

 

 

「……レヴィさん。なんでギルマスが?」

「人事の人に話したんだけど、いきなりギルマスが現れて……僕が請け負うよって言ったから任せたんだけど、どうかしたの?」

「……いや、何でもない」

 

 怖いから会いたくないなんて、言ったところでもうどうにもならないだろう。

 

「そんなに嫌わないでよブラン君。僕は君に会いたかったんだからさ」

「……だからそこが(キモ)いんですよ」

 

 あからさまに嫌な顔をしてアピールするも、ネブラは気にした様子がない。

 

「ッチ、ギルマスか……」

「ヴァイン君、また問題でも起こしたのかい? 一応両者の言い分は聞くけど……ラピス君。彼らを離してあげてよ」

 

 やっぱりわかるか。ホント、このギルマスは油断なんねーな。

 

「……わかりました」

 

 オレが頷いたのを見て、ラピスの糸が緩められる。急に拘束が外れたので、取り巻きどもは床にしりもちをついていた。

 

「さて、一体何があったんだい?」

「このガキともが喧嘩を売ってきたから買っただけだ。ギルマスの出る幕じゃねーぜ」

 

 最初から嘘をつくヴァイン。それにしても、見た目も身長もガキなギルマスなのに素直に従うんだな。

 

「ブラン君、今なんか失礼なこと考えていなかった?」

「考えてませんよ」

「……まあいいや、それで、ブラン君は売ったのかい?」

「むしろ売られましたね」

 

 人の食後を邪魔されて女をおいていけって脅される……これをどうやったら喧嘩を売ったと言えるのだろうか。

 

 とりあえず、オレはギルマスに事の顛末を説明する。時折ヴァインの「嘘つくんじゃねー!」とか「ガキは説明もちゃんとできねーのか?」といった声が挟まれたが、ネブラ笑顔を向けるとあっさりと黙った。

 

「ふむ、全く話が合わないねえ。直接見た人が他にいない以上、うかつに判断することもできないし……」

 

 困ったなあ、とネブラはケラケラと笑う。いやいやいやいや、どう考えても先に手を出したのはヴァインだってわかるだろ。それくらい事細かに説明したはずだぞオレ? 

 

「そうだねえ、ここは冒険者らしく決闘で解決するってのはどうだい?」

 

 決闘。冒険者同士でいざこざが起きて、ギルド員じゃあ仲介できなさそうな時に行われるものだ。勝った方は負けた方に言い分を飲ませることが可能で、過去に奴隷に売られたものがいるほどの危険なものでもある。

 

「全然かまわねえ……なあ?」

 

 そういってヴァインは取り巻きに笑いかけると、同じような下卑た笑いを返した。

 ……狙いバレバレすぎんだろ。

 

「ブラン君はどうだい? 断ることもできるけど、その場合面倒なことになるよ?」

「……そうだな。受けてたつ」

 

 ギルマスの狙いはだいたいわかる。別にそれを叶える義務も借りも何もないのだが、オレはその提案に乗ることにした。

 

「え!? 大丈夫なの!?」

 

 レヴィはオレが受けるとは思っていなかったようだ。まあ、確かにはた目からは何が起きたのかわからないしな、心配するのも仕方ない。

 

「うんうん、そういってくれると思っていたよ」

 

 そういうネブラは、ひどく楽しそうである。

 

「それじゃあ、明日の今と同じくらいの時間にでも行おうか」

「ああ、わかった」

「ガキども、逃げんじゃねーぞ?」

 

 小物感満載な捨て台詞を言って、ヴァイスは冒険者ギルドから出て行った。

 

「じゃ、僕も仕事に戻るね~。……明日の仕事分、今日で終わらせなきゃ!」

 

 職員用と書かれた扉を開け、ネブラも帰っていった。

 

 残されたのは、魔物四人と受付嬢一人。何故かぼーーとした感じのレヴィだったが、突然オレの肩をわしづかみにするとものすごい勢いで揺さぶり始めた。

 

「ブランさん! やっぱり決闘なんてやめた方がいいよ! あの人たち人格は悪いけど結構強いんだよ!? 腕っぷしでランク五はあるんだよ!?」

「ちょ、ま、ストップ、ストップ!」

 

 声をかけるも、レヴィの手は止まらない。ちょ、え、力つよ!? 

 

「レヴィちゃん、ストップ!」

 

 その声は、入り口の方からだ。ユズハとディナでも全く止まらなかったレヴィが、その声一つでピタッと止まる。

 

「あ、アドルフだ!」

 

 どうやら、オリヴァーたちがやっと来たようだ。

 

「遅れてごめんなさい。この二人が全然起きなかったの」

「ごめんごめん。……それで、一体何があった?」

 

 レヴィの慌て様から察したのだろう、真剣な顔つきでオリヴァーはそう聞いた。

 

 

 

 

「――という感じに、決闘することになった」

 

 昨日食事をとった席と同じ席で、オレは事の顛末を説明する。

 

「またあの馬鹿たちか……ホント、反省しないわね」

 

 あきれたように、アンナがため息をつく。オリヴァーは表情に苦笑を浮かべ、アドルフはいつも通りの無表情。ただ組まれた手のその指が、怒りを表すようにせわしなく二の腕を叩いていた。

 

「ちょ、ちょっと! 皆さんそれだけですか!? もっとこう、ブランさんたちを止めたりしないんですか!?」

「うーん、大丈夫なんじゃない?」

「そうね。ガツンとやっていいと思うわ!」

「……(コクコク)」

 

 レヴィの必死の訴えかけは、しかしオリヴァーたちには届かなかったようだ。え? え? と理解不能と言いたげな表情をするレヴィ。

 

「むしろ俺は、ヴァインたちが少し心配かな?」

「何言ってんのよ。あいつらの今までの悪行を考えたら受けてしかるべき罰でしょ」

「オレは悪魔かなんかなのか?」

 

 流石にそこまでひどくやらねえよ。せいぜい骨をいくらか折るくらいだっての。

 

「え? なんでブランさんそこまで信頼されてるの? もしかして実はすごい人なの?」

「あれ? そういえば言ってなかったっけ? ブラン君、僕たちより断然強いよ?」

「……え?」

 

 まあ、こんな見た目じゃあ絶対そう見えないだろうな。|あのデブ(ヴァイン)もそう思って絡んできたわけだし。

 

「俺の方が剣一本多いはずなのに、模擬戦をするといつも防戦に追い込まれるんだよね」

「魔法をぶつけあっても、絶対に私のが押し負けるし……」

「……力でも、ブランには勝てない……」

「あ、あとオリヴァーはいつも口足らずだから付け加えると、ディナちゃんもユズハ君もラピスちゃんもかなりすごいわよ?」

 

 固まるレヴィ。返事がない、ただの屍のようだ。

 

「というか、今更なんだが勝手に受けちまったけど問題ないか?」

「なし!」

「同じく、何も」

 

 事後確認になっちゃったけど、2人は文句などないよう。

 

「え? 選択権あるんで――」

「お前は強制な」

 

 勘違いしたユズハはばっさりと切り捨てるが。

 

 と、ここでレヴィが復活。

 

「……ごめんなさいブランさん、そんなにすごいお方だとは知らずに馴れ馴れしい態度を……」

「ちょ、レヴィさん!?」

 

 やめて! そんなよそよそしい態度だけはやめて! 

 

「普通でいいから、普通な接し方でいいから!」

「え? そう? ならそうする」

 

 ……この人、意外に順応性が高い? 

 

「ところでレヴィ、俺たちのところにずっといるけど仕事はいいのかい?」

「どうせこの時間、来る人なんてほとんどいませんよ」

「ははは、なら、ちょっと働いてもらおうかな?」

「え? 働く?……」

 

 直後、レヴィの顔が真っ赤に染まった。

 

「……何を考えたのかはだいたい想像できるけど、そういうことじゃないわよ」

「え!? あ、そ、そうですよね! あはははは……」

 

 その後、品物の納品を行うついでにオレが元の10割増しな報酬をオリヴァーたちに渡したところレヴィが立ったまま気絶したというのはちょっとした笑い話だ。

 

 

 

 

 アデゥラルには、外壁の他にももう一つの壁が建っている。貴族街と、その他を隔てる壁だ。街の中央部に位置する貴族街には、平民は無断で立ち入ることはできない。

 

 できないはずなのだが、どう見ても貴族には見えないような服装の人影が四つ、貴族街の裏通りを歩いていた。

 ヴァインと、その取り巻き達である。

 

 「兄貴、どうするつもりで? 確かに決闘に勝てば上玉が手に入りやすが、あいつら、妙な魔法使いますぜ?」

 

 一人がそう聞いた。沸点の低い彼らでも一応は冒険者。このままでは分が悪いということは、4人の誰もが理解していた。勝てないと言わないのは、果たして矜持なのかそれとも本気で思っているのか。

 

「黙ってついてこい」

 

 振り向くこともせずそれだけ答えるヴァイン。尊敬する兄貴に言われちゃあ、取り巻き達は従うことしかできない。

 

 やがて4人は、一つの大きな建物の裏口にたどり着く。

 

「兄貴……ここは一体?」

「あ? ポルコ商会の、その親玉の住んでる館だ」

「ポルコ商会!?」

 

 ヴァインの答えに、取り巻きどもは声を荒げてしまう。

 

「静かにしろ! バレて捕まりてーのか?」

 

 だが取り巻き達が動揺してしまうのも仕方のないこと。なにせポルコ商会はこの街の三大商会の一つ、それもこと武具に限定して言えば最大の商会であるのだ。

 

 そんな大商会に、一体我らが兄貴はどんなようがあるのか。取り巻き達の興味半分尊敬半分期待半分の五割増し目線を浴びながら、ヴァインは目の前の扉をノックする。

 

 コン、コンコンコンコン、コンコン

 

 暗号じみた拍子だ。いや、実際に暗号となっているのだろう。

 

「……あなたでしたか、どうぞ、中へ」

 

 少し待つと扉が開かれ、燕尾服を着た男が出てくる。

 この館の使用人なのだろう。踵を返す男に、ヴァインら一同は後をついて行く。

 

 通されたのは、20畳ほどの広々とした客間。その壁に大剣を立てかけると、ヴァインは中央に置かれたソファにどかっと座った。

 

「それで、本日は一体どのようなご用件で?」

 

 ヴァインの正面に座り、男はそう尋ねる。

 

「そうせくなトレメル。客人が来たってのに、茶の一つも出ねーのか?」

「……少々お待ちを」

 

 明らかに煽るようなヴァインの言葉に、しかしトレメルは反応を示さない。

 数分もすると、盆を片手に男が戻ってくる。

 

 4人分の紅茶が卓上に置かれる。なんの遠慮もなくヴァインがそれを手に取ると、一気に飲み干した。

 

「はぁ!やっぱうめーな! ほら、てめーらも飲んどいたほうがいいぜ?俺らの稼ぎじゃあ絶対に飲めねー高級品なんだからよ」

「……ヴァイン様。茶をたかりに来たわけではないのでしょう? 私も暇ではないので、早く本題に入っていただきたいものだ」

 

 無礼千万としか言いようのない態度。そんなヴァインに、トレメルはすっと目を細める。

 

「まあまあ怒んなって……そうだな、お前の主にとって、飛びつきたくなるようなおいしい話だ」

 

 

 

 

 

 決闘に、専用の場所はない。そもそも行われるのが稀なので、需要が供給に足りえないのだ。そんなわけでここアデゥラルのギルドでは、訓練場が決闘の場として使われている。

 訓練場の大きさは縦50m横60mほど、二メートルほど高さの壁で囲まれており、外から中の様子は見えない。また、訓練場の地面は縦横2mほどの石で敷き詰められており、中央がリングのように一段高くなっている。

 

 時刻は昼食前、太陽がまだ少し傾いているときに、ヴァインたちはやってきた。

 

「ほう? 逃げずにおとなしく待つことはできたようだな」

 

 会って一言目が挑発である。こいつら、挑発以外の言葉も言えないのか? 

 

「お前らと違って、逃げる理由なんてどこにもないからな」

 

 だが予想外なことに、ユズハの挑発(本人にそのつもりはなかったが)一発で青筋を立てるような奴らが、オレのあからさまな言葉にただにやついたままだった。その眼には、自信がありありと浮かんでいる。

 

「は! その強気、どこまで持つか楽しみだな!」

 

 ヴァインはそう言い残すと、オレの前を通り過ぎていった。その背中を見たとき、オレはあることに気付く。

 

(武器が新しくなってんな……アレが自信の元とみて間違いなさそうだ)

 

 オレが昼に刺した大剣は、ただ無骨で巨大、そしてろくに手入れがされておらず刃がボロボロになった大剣だ。それが今では、表面に複雑な模様が彫られた銀色に輝く大剣に変わっていた。

 

(ルシファー、念のために解析を頼めるか?)

(かしこまりました)

 

 まあ、武器が変わった程度でどうこうなるとは思わないが……用心に越したことはない。

 

「ごめんごめん、少し遅れちゃったよ」

 

 と、そこでネブラがやってきた。心なしか、午前中より少しやつれている気がする。

 

「と、全員そろっているみたいだね」

 

 訓練場にいるのは、オレ達四人とヴァインら四人、そしてネブラのみ。オリヴァーやレヴィたちは、酒場の2階にて観戦だ。このギルドの二階は、ちょうど訓練場が見えるところにバルコニー席があるのだ。

 

「それじゃあ、ルール説明をしよう。といっても簡単。一対一の試合を人数分行うだけ、それぞれの勝ちが多いほうが最終的な決闘の勝者だ。ただ今回は偶数なため、勝ちが同数となった場合は大将戦に勝った方を勝者とする」

 

 ふむ、確かに単純だ。それだけにルールの曲解とかによる面倒ごとも起きなさそうで、オレとしては助かる。

 

「個々の戦いは、どちらかがリタイアするか気を失った時点で終了とする。万が一相手を殺してしまった場合は、問答無用で殺害側が敗者だ。……それじゃあ、最初の選手を決めてね」

「なら、オレが行くっす」

 

 最初の立候補はユズハ。特に問題はないので、そのまま出てもらうことにした。

 

 対する相手は、取り巻きのどれか。おそらく、取り巻きA、のはずだ。覚えていたくないやつらなので確証性はない。

 

 ネブラの指示に従い、2人は壇の上に上がる。ここで少し意外だったのが、取り巻きAがちゃんと構えをとっていたのだ。先ほどの態度から終始なめてくるんじゃないかと思っていたのだが、どうやら腐っても中ランク冒険者のようである。ちなみにユズハは構えていない。いつものようにけだるげに立ったままだ。あ、今あくびした。

 

 2人が位置に着いたことを確認し、ネブラが手を上げる。そして、振り下ろされると同時に、開始の合図が響き渡った。

 




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28 決闘

日付間違えました


 酒場2階、バルコニーにて。

 

 決闘が行われるという噂でも広まったのか、バルコニーの席はすべて埋まっている。そこに飛び交う会話の大半は、訓練場に立つブランたちに対する憶測であった。見たことのない顔だ。女子供が決闘するのか? 相手は誰なんだ? 

 

そんな中、バルコニーのフェンスに体重をかけ、オリヴァーたち4人は立って訓練場を覗き込む。周りの会話など意に介した様子もなく、ただ決闘の開始をのんびりと待っていた。

 

 と、そこでバルコニー席が喧騒に包まれる。大半の人から発せられた驚きの声は、訓練場に入ってきたヴァインを見たためであった。

 

「相手があのヴァインって、本気か?」

「人間としてはクズだけど、実力だけはあるからな……かわいそうに……」

 

 そして彼らの次の言葉は、ブランたちの正気を疑うようなものや憐れむようなもの。オリヴァーたち以外、誰もブランたちが勝つとは思っていなかった。

 

「あわわ……やっぱり、やめた方がよかったんじゃあ……」

 

 訂正しよう。オリヴァーたちと一緒に立っていたレヴィも、周りの声に引きずられ始めている。順応性が高いのは、こういうときでも同じなのだ。

 

「やっぱり彼らが心配かい?」

「……はい」

 

 オリヴァーの言葉に、レヴィは顔を赤らめて頷く。確かにレヴィはブランたちの実力を見たことがあるわけじゃないので、不安になるのも仕方のないことだ。例え事前に聞かされていても、それを本心から信じることは難しい。

 

「まあ、ギルマスが審判を務める以上は、誰かが死ぬことはないと思うよ」

「でも……」

「大丈夫さ。俺を信じてよ」

 

 思い人にそういわれては、レヴィも反論ができない。のどまで出た言葉を飲み、視線を訓練場――壇上の上に立つユズハに移した。

 

 

 

「それでは……はじめー!」

 

 ネブラの声は見た目相応の子供声。そのために、どこか締まりのない決闘の開始である。

 

 だがそんなことは戦う当人にとってはどうでもいいこと。合図と同時に、取り巻きAはユズハ向けて剣を突き出した。

 

「食らいやがれ!」

 

威力の乗った、決して素人には出せない突き。ヴァインのと同じく銀色に輝く剣先が、ぼーっと立ったままのユズハの額を貫き鮮血を散らせる――取り巻きAには、その光景が目に浮かんでいたのだろう。

 

 だが、甲高い音とともにその光景は幻想に終わった。銀の剣は弾かれ、その反動をもろに食らった取り巻きAは痛みに剣を落としかける。

 

 すかさず距離を置く取り巻きA。一方攻撃を食らったはずのユズハは、まるで蚊に刺されたかのように額を掻いただけだ。

 

(このガキ、どんだけかてーんだ!?)

 

 敬愛する兄貴の拳が通らなかったのは見ている。が、まさか自分の武器――ポルコ商会の最高級品ですら効かないというのは予想外にもほどがあった。

 

(まあいい! この剣の真の力を使えば手も足もでねーはずだ!)

 

 だがすぐに切り替えて、取り巻きAは呪文を唱え始める。ほんの数時間前に教えてもらった、真の力を引き出すためのものだ。

 

「『身刃強化』」

 

 鍵言葉(キーワード)とともに、取り巻きAの剣が二倍ほどの大きさに増大、そして重量が増したはずのそれを、取り巻きAは片手で軽々と持ち上げていた。

 

「……でっかいっすねー」

 

 ソレを見たユズハは相変わらず呑気である。むしろ、興味がほとんどないのではないか? そんなユズハの態度に、沸点がエタノールな取り巻きAは頭に青筋を浮かべる。

 

 「死にさらさあ!」

 

 もはやルール忘れたんじゃね? と思うような物騒な言葉とともに取り巻きAが跳躍する。そして落下の威力を乗せた一撃がユズハの脳天に炸裂し、壇を構成する石が蜘蛛の巣状にひび割れていった。

 

 

 

「な、な、……なんなのあの剣!?」

 

 突如巨大化する剣。レヴィはそれを見て、大いに驚いていた。

 

 いや、レヴィのみではない。酒場にいるほとんどの人が、驚きの声を上げていた。

 

「ちょ、オリヴァーさん!? 巨大化しましたよ!? 今剣が巨大化しましたよ!?」

「ああ、うん、ちゃんと見えたから。とりあえず落ち着こうよ」

 

 今にも叫びだしそうなレヴィを、オリヴァーがなだめて落ち着かせる。彼らがバルコニー席内で平常な、数少ない人間であった。いや、驚いてはいるのだが、レヴィ含めた他の人間とは理由が違うので取り乱しはしなかった。

 

「あ、す、すみません……と、そうだユズハ君は!?」

 

 取り巻きAの一撃により、訓練場は土煙に覆われている。そのため今の状況は見ることができないが、取り巻きAが放った一撃をレヴィはしっかりと目にしていた。

 

 レヴィの背中に、冷たい予感が駆け抜ける。やはり、あの一撃では手も足も出ずに……

 

「大丈夫さ。ユズハ君はアレくらいじゃあ傷一つつかないよ」

 

 そんなレヴィの心を読んだかのようにオリヴァーはそういう。そしてそれを裏付けるかのように土煙は晴れ、巨大な剣の刃を掴み立っているユズハが現れた。

 

 

 

「な……!?」

 

 目の前の光景を、取り巻きは信じることができない。なにせ、自分の必殺の一撃が止められたのだ。しかも腕一本で。一体どれほどの力があれば止められるのだろうか。驚きのあまり思考が停止しかけていた取り巻きAは、今度こそ剣を離してしまった。

 同時に、巨大化していた剣は元の大きさへと戻る。取り巻きAが剣を離したことで、燃料であった魔力が供給されなくなったからだ。

 

「さて、今度はオレの番っすね」

 

 銀色の剣を、ユズハは無造作に放り投げる。そしてストレッチでもするように肩を回しながら、ゆっくりと取り巻きAに近づいて行く。

 思わず、といった感じで、取り巻きAは一歩後退った。

 

「食らえ……せい!」

 

 素人丸出しのパンチが、取り巻きAの腹に炸裂。

 

「……は?」

 

 ダメージはゼロである。再び繰り出される素人パンチを、取り巻きAは片手で受け止めた。

 

「せい! はあ! とう! やあ……っととと」

 

 ダメージゼロ、ダメージゼロ、ガードされて最後は空振り。バランスを崩したユズハはたたらを踏む。

 

 両手をグーパーグーパーさせるユズハ。やがて何かを悟ったように口を開いた。

 

「あー……審判、降参しまーす」

 

 そう宣言して、颯爽と取り巻きA背を向けるユズハ。

 

「「「「……はあああああああああああああああああああ!?」」」」

 

 今まで一番の驚きが、バルコニー席を襲った。

 

 

 

「ただいまっす」

「お疲れ。流石に無理だったか」

 

 訓練場の端に戻ってくるユズハをねぎらう。この結果は予想していたことでもあるので責めるようなことはしない。

 

「そうっすねぇ……使えば余裕だと思うんすけど、流石にこの状態じゃあ」

 

 実のところ、ユズハはこの戦いでほとんど本気を出していない。それはユズハがだらけて出さなかったわけではなく、オレがそう指示していたのだ。

 

 ユズハとディナの能力は、非常に特殊なものである。通常の生き物の域から確実に乖離したもの。それ故に、むやみに人前で使わせることはできないのだ。

 

 敵の剣が巨大化したときは少々驚いたが、ユズハがやられる心配はしていなかった。いざとなれば、能力を使っていいとも言っていたし。

 

 それにしてもあの剣、実に面白いな。決闘に勝ったときの報酬はアレにしてもいいかもしれない。

 

(いえ、その必要はありません。すでに解析は終えました)

 

 お、流石相棒仕事が早い。それで、あの武器は一体どんなものなんだ? 

 

(魔法の媒体となる武器、というのがちょうどいいかと。あの表面に彫られている模様は魔力回路でして、魔力を流すことで魔法が発動する仕組みです)

 

 なるほど、ということは、魔道具に近いものなのか。

 

(ん? あいつ、詠唱もしていなかったか?)

 

 魔力を流すだけなら詠唱はいらないと思うのだが……

 

(詠唱を行ったことで、それ以降は魔力が半自動的に供給されていました。おそらく近接戦闘の為の仕様でしょう)

 

 あー、そういや魔法使いながらの近接戦闘ってできる人が少ないんだったか。思考が追い付かないとか何とかで。

 ……生前じゃあ優とか幸助とかリオさんとかが普通に使ってたし、オリヴァーも普通に使ってるんだよなあ。あれ? オレの知ってる人間って実はすごい人だらけ? 

 

 まあ、そんなことはどうでもいいとして

 

「そんじゃ、次の試合だが……ディナ、ラピス、どっちが出る?」

「うーん……ディナはどっちでもいいや」

「なら、私が行きますね」

 

 なんの問題もなく即決。ラピスは割れた壇上に上がり、戦いの相手を見据えた。おそらく取り巻きの……処す処す言っていたCの方だと思う。他の二2と比べて体が丸い。

 

「……おでは相手が女だろうと、手加減は一切しない。おでに処されるか痛い目に合わないよう降参するか、好きな方を選べ」

 

 おお? まさかの降伏勧告か? 余程勝つ自信があるみたいだな。

 だがまあ、そんなんじゃあうちのラピスを降伏させることはできない。なんせ地竜を相手取ったこともあるんだ、ぽっちゃりの脅しなんてかわいいもんだろ。

 

「そうですね。なら、3番目のあなたを処すを選ぶことにします」

 

 すまし顔でラピスはそう言い放つ。途端に、背後上方の酒場バルコニーが沸きだった。

 

「いいぞ! もっと言ってやれ!」

「ははは! ダニエル相手にそこまでいうか! 嬢ちゃんいい度胸してるぜ!」

 

 へえ、ダニエルって名前なのか。どうでもいいな。

 

 しかしどうやら、今のラピスの発言で観客たちは完全にこっちの味方らしい。だからと言ってどうこうあるわけじゃあないが、まあ、気持ち的にね。

 

「……その選択、後悔するじゃねーぞ?」

「さあさあ、言いたいことは全部試合に込めてね。それじゃあ第二試合、開始ー!」

 

 第一試合の緊張感はどこに行ったのか、緩さマックスの合図で第二試合が始まった。

 

 

 

 開始とともに、ラピスの指が素早く動く。そしてダニエルの方も、最初から本気のようで詠唱を始めていた。

 

 一足先に、ラピスの糸が剣に絡みつく。そのまま体の方にも伸ばそうとしたところで、剣が燃えた。

 

「『炎剣』!」

 

 燃え盛る剣。それがダニエルの武器に埋め込まれた魔法のようだ。持っている彼に、熱さを気にしている様子はない。

炎が糸を伝るより早く、ラピスは糸を放棄。次の手を打とうとしたところで、ダニエルがラピスに剣を振りかざしていた。

 仕方なくラピスは攻撃を諦め、回避に徹する。燃え盛る炎の剣を紙一重で躱し、何とか距離をとることに成功した。

 

「……おでのいったことが分かったか? 燃えたくなかったら、さっさと降参しろ」

 

 剣を担ぎあげ、ダニエルはそういった。意外と取り巻きーズの中では良心があるのかもしれない……? 

 

 しかしその降伏勧告は、おそらく自信過剰で言っているのではないのだろう。なにせ糸と炎、相性は最悪といってもいい。もしオレがラピスを知らなかったら、きっと勝てないだろうと考える。

 

「そうですね……確かに私とあなたの相性は良くないのでしょう。おそらくこのままじゃあ、私が負けます」

「わかってんなら、早く降伏し……」

「だが断ります」

 

 どこのおしゃれヘアー漫画家だと突っ込みたくなるようなセリフを、ラピスは堂々と言い放つ。対するダニエルは、何を言っているんだという風に眉をひそめていた。

 

「このままでは、と私は言いましたよ? なら、もう少し本気になればいいだけです」

 

 そういうと同時に、ラピスの背中、コートに空けられた6つの穴から、蜘蛛の足がはい出てきた。

 

「……そんな飾りが増えた程度で図に乗るな。おでの炎に糸が通じないのは変わんねえ……!?」

 

 ラピスを睨むダニエルの視界に、きらりと光る何かが映る。咄嗟に剣を薙ぎ払うと、幾本もの糸を切った感覚と、空中には十を超える炎が灯った。

 

 いつの間に……とダニエルが思う暇もなく右足に糸がかかる。それを突き刺して燃やすと、今度は左手が糸に縛られた。

 

 切っても燃やしても、次々に糸が絡まってくる。右手に持った一本の剣じゃあ、四方八方から迫りくる糸に対応できなくなってきたのだ。

 

 ダニエルは焦りだすも、攻撃の密度はどんどん上がっていく。そしてついに、ダニエルの右手が糸に捕まってしまった。

 

 咄嗟に左手に剣を持ち替え、右手の糸を燃やす。が、その持ち替えたことによるラグは、ダニエルにとって致命的なものとなった。

 

 地を這っていた糸が、ダニエルの両足をとらえる。それによりバランスが崩れ、咄嗟に地面に触れた左手も捕獲。そして剣を持つ右手にも糸が絡まり、ついにダニエルはしゃがんだ姿勢で指一本動かせなくなった。

 

「さて、これで詰み、ですね」

 

 ゆっくりとダニエルに歩み寄るラピス。そしてダニエルの眼のすぐ前にしゃがむと、笑顔のまま

 

「あなたは私に降参を勧めましたが、私はあなたに勧めたりはしません。少々痛いかもしれませんが、気絶するまで我慢してくださいね」

 

 同時に、ダニエルの首周りの糸が少しずつ引っ張られていく。慌てて口を開こうとしたが、ラピスの拘束はそれすら許さなかった。

 

 そして10秒後、ダニエルは意識を失った。

 

 

「ふぅ~、緊張しました」

 

 戻ってきたラピスに第一声がそれである。いやお前、緊張っていうか結構ノリノリだったよな? □ハン決めてきたよな? 

 

「つーか、とどめの刺し方がえぐすぎんだろ……」

「そうですか? あの方法は私の知る限りで最も早く気絶させる方法なんですが……」

 

 ……まあ、確かに早いけどさ。それまでの演出トラウマものだよ。上の観客席も未だにざわめいているし。

 ……一瞬両手で肩を抱いて悶えている人間が視えた気がするんだが、きっと見間違いだ、うん。

 

「まあ、それはあんなこと言ってきた仕返しですよ……これでも私、結構怒っているんですよね」

 

 そういってフフフと笑うラピス。おかしいな、病み属性が追加されている気がするんだが? 

 

「ま、まあ、とりあえずお疲れさん。結構いろいろと危なかったように見えるが無事でなによりだ」

 

 特に最初、当たるかと思って一瞬飛び出しかけた。ルールなんて知ったこっちゃない、仲間の安全の方が大事だ。

 

「……あれ? ところでディナは?」

 

 そういえばさっきから姿が見えない。次だというのに一体どこに行ったのだろうか。

 

「ディナなら、もうあそこにいるっすよ」

 

 ユズハが指し示すのは訓練場中央。すでにディナはスタンバイしており、対戦相手の取り巻き……Bと何やら言い合っているようだった。

 

「いつの間に……って、何か問題でもあったのか?」

 

 少し心配になるが、ディナが一歩前に進んだとき、ギルマスが双方を止めた。そして始まりの合図である右手を、高く上にあげる。

 

「第三試合、はじめー!」

 

 合図の終了と、轟音が鳴り響いたのはほとんど同時であった。

 

 

「こんなガキの相手でいいとか、ずいぶんと俺は運がいいみてーだなあ! ああん?」

 

 見え透いたような挑発を、取り巻きBは目の前のディナにかます。仲間が悲惨な負け方をしたというのに、彼の様子は余裕そのものであった。

 

「人を見た目で判断しちゃいけないよ? おじさん、そう習わなかったの?」

 

 対するディナは、いたって真面目な顔でそう返す。純粋なディナには、その程度の挑発は通じなかったようだ。

 

「誰がおじさんだガキ! ぶっ殺すぞああん?」

 

 両手に持つ直槍をディナに向け、青筋を立てる取り巻きB。どうやらコイツは、4人の中でも一番沸点が低いようだ。取り巻きAがエタノールなので、だいたいアセトン、といったところだろう。

 

「ったく、こんなガキまで引っ張り出してくるとか、てめえらのリーダー頭おかしいんじゃねーか? しょっぱなに戦ってすぐに降参するしよぉ」

「何言ってるの? 主はまだ戦ってないよ?」

 

 ディナのその発言に、取り巻きAは一瞬目を丸くする。そしてそれが指している人物が誰なのか察したようで、取り巻きAは声に出して笑い始める。

 

「うあはははははっはっは! てことはアレか? てめえらの主ってのはあの白いガキの子とか?! こいつぁ傑作だぜ!」

 

 明らかにブランを馬鹿にするような発言。流石のこれには、ディナも怒りを覚えるところとなった。

 

「……主を馬鹿にしないで」

 

 さっきより一段低くなった声で、ディナはそういう。当然だが取り巻きBがその程度でやめるわけなく、むしろより笑いを大きくしていった。

 

「なるほど! ガキの脳だから強いやつ2人を先にやらせたのか! だがルールをわかってないようだな? いくら先に2勝したところでよお、大将戦で勝てばこっちのもんなんだよお! ……おっと、そもそも一人は手も足も出ていなかったなあ。こりゃあてめえらが勝つなんて万が一にも起こらねえぜ!」

 

 よくもまあ、ここまで他人を煽れるものだ。というか、手も足も出なかったのは自分仲間もだということを取り巻きBはまるで気づいていないのだろうか? 矛盾だらけのその挑発に、しかしディナは拳を強く握りしめる。

 

 そして一歩踏み出したその足は、ネブラの手によってやんわりと止められた。

 

「まだ試合は始まってないから、我慢ね。……君も、言いたいことは試合が始まってからにしな」

 

 ネブラのその言葉に、ディナはしぶしぶと足を戻す。取り巻きBも、それ以上笑うのを止めた。

 2人の様子を見て、ネブラは満足そうに頷く。そして右手を上げ、開始の合図を放った。

 

 

 取り巻きBは、自分に何が起きたのかまったく理解できなかった。それは子供を相手とることへの油断か、それとも鎧を着ていることから生まれる慢心か。気付いたときには、自分の体はすでに吹き飛ばされていたのだ。そして、状況を飲み込む時間も与えられず、彼の意識は闇へと落ちていった。

 

 

 バルコニー席にて

 

 あまりにも早い決着に、観客一同は言葉を失っていた。

 

 いや、おそらくその大半は、状況を飲み込めていないだけだ。一体どうやったら、あんな小さな体から人一人を吹き飛ばす力が発揮されると想像できるのだろうか。

 

 静まったバルコニー席は、やがてざわめきに埋め尽くされる。それは出来事を確認する声だったり、誰何の言葉だったり……

 

「……オリヴァーさん。本当に、ディナちゃんたちって、何者なんですか……?」

 

 レヴィも、そのうちの一人だ。想像の斜め上を行く彼女らの強さに、ただただ驚きが頭を埋め尽くしていた。

 

「……残念ながら、さっき話したこと以上のことは何も聞いてないんだよ」

 

「ラピスちゃんとは過去に2、3回あったことはあるのだけれど……今のラピスちゃん、昔とは随分と違うのよね。ディナ君やユズハ君は生まれたてといっても過言じゃないし……」

 

「え? 生まれたて?」

「あら、そういえば言ってなかったかしら?」

「言ってないも何も、生まれたて?ってどういう意味?」

「それは……まあ、いいかしら」

 

 言っていいものか一瞬悩んだのだが、すぐに大丈夫だろうとアンナは判断する。本人たちも特に言わないでほしいとは言っていなかったし、まあ、レヴィなら大丈夫だろうと。

 

「実はね、レヴィ。ディナちゃんとユズハ君って人間に見えるけど違うのよ」

「え? いやまあ、あそこまで強い人間がそうそういるわけないし……やっぱり亜人種?」

「いえ、亜人種じゃなくてね……」

 

 

 レヴィの話し相手が完全にアンナに変わった一方。

蚊帳の外になったオリヴァーは2人の会話を聞いていたが、何とはなしにふと周りを見まわした。特に理由のない、無意識の行動であったが、その時オリヴァーはある違和感を見つけた。

 

一人の男だ。白いワイシャツに黒ズボン、その上に燕尾服を羽織ったいわゆる正装というものをしており、ひどく場違い感がある。また彼のその、周りの喧騒から離れたようなひどく冷静な態度も違和感を強めるものとなっていた。

 

(見ない顔だ。服装から考えると、どこかの貴族の従者、ってところかな?)

 

 高ランク冒険者なだけあって、貴族の相手をすることも少なくない。その時の貴族の付き人は、だいたいそのような服装をしているのを覚えていた。

 

(それにしても、一体何故こんなところに?)

 

 貴族が冒険者に用があるなんてことは多くない。せいぜい依頼がある場合か、私兵としてスカウトするかの2択に絞られている。さらに後者は極めてまれだ。

 

(依頼するだけならわざわざこっちに来る必要もないはずだし……かといってスカウトにしても訓練場にいるのはヴァインたちとブラン君たちだけだし……)

 

 まさか、ブラン君たちを? いやでも、彼らはここに来たばっかり。例え噂が広まっていたとしても慎重な貴族が動くとは考えられない。ヴァインたちって可能性もあるけど……

 

(悪名ばっかり広まっている彼らを取り込む貴族なんて、それこそいないなあ)

 

 いわば暴れ馬に馬車を引かせるようなもの。よほどうまい御者でもいない限り大怪我間違いなし、好んでやる人間なんていないだろう。

 

「大将戦、はじめ!」

 

 どうやら考え事をしてるうちに、最後の試合が始まってしまったようだ。わからないことは仕方がない、オリヴァーは思考を切り替え、ブランの戦いに目を向ける。

 

 

 

 迫りくる大剣を、最小限の動きでひらりひらりとかわし続ける。細かい装飾のされた大剣は、地面に当たるごとに敷かれている石を割っていった。

 

 縦の攻撃じゃあ分が悪い。そう判断したのか、ヴァインの攻撃が横薙ぎに変わる。

 最初の一撃は、首を狙ったものだった。リンボーダンスをするように、後ろに反ることでそれを躱す。ヴァインは剣の勢いのまま一回転すると、今度は中段に剣が迫ってきた。

 軌道を読み、タイミングよく剣へ向かって跳ぶ。そして大剣の腹に手をつけ、ハンドスプリングの要領で一回転。頭上を大剣が通り過ぎ、白銀の髪が舞い散った。

 

「……つくづくふざけたガキどもだ」

 

 振り抜いた剣を構え直し、ヴァインはそう毒づく。今までのやり取りは、どちらも本気ではない。ヴァインは武器の能力を使っていないし、オレはそもそも武器すら取り出していなかった。

 

「そうか? オレにとってはお前らも十分ふざけていると思うんだが」

 

 はっきりとした怒気を込めて、オレはそう返す。

 

「ああ? ガキ、俺たちのどこがふざけてるってんだ?」

「人が食後にゆっくりしているときに因縁つけてきたり、人の仲間脅してきたり……」

「は!」

 

 聞かれたので答えたら鼻で笑われた。

 

「いいかガキ。てめえに教えてやるよ」

 

 余裕の表情でしゃべりだすヴァイン。別に聞く気は無いのだが、オレは黙って続きを待つ。

 

「この世の中はな、弱肉強食だ。強いものは横暴が許され、弱いものは奪われる。ここじゃあてめえが弱者で、オレが強者なんだよ!」

「……」

「俺があの馬鹿どもと同じくよええと思っているんなら、そりゃあ勘違いだ。……てめえなんかじゃあ、俺には勝てねえよ!」

 

 脅すように、大剣を地面へと叩きつける。すると、たたきつけた箇所から爆発が発生し、ヴァインごと周囲の石を巻き込んだ。

 

「ガキ、さっさと降参しろ」

 

 周囲の石はことごとく破壊されていたが、ヴァイン自身にはダメージが見られない。おそらくこれが、奴の剣の魔法なのだろう。

 

 今までで一番気持ち悪い、背中に悪寒の走るような笑みを浮かべて、ヴァインは剣を肩に構えた。

 

「そうすれば、今まで味わったことのない快感を与えてくれる奴のところに連れて行ってやるよ……命は保障しねえがなあ!」

 

 一瞬。今までの動きとはかけ離れた速さで放たれた大剣は、オレの脳天めがけて振り下ろされる。

 

 リング全域を巻き込んだ、特大の爆発が発生した。

 




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29 面倒ごとは積まれるもの

 ヴァインという人間は、ひどく野性的な人物である。

 これは彼の、欲望に忠実な行動を馬鹿にするものではない。彼の本質が、普通の人間と違って動物に近いということだ。特に彼に備わっていたのは、野生の勘ともいうべき危険察知能力だろう。今の冒険者ランクまで上り詰められたのは、その勘のおかげであると言ってもいい。

 

 そんな頼れる彼の勘は、リングの上でブランに相対したときから警報を鳴らし続けていた。

 

 見た目はどう見てもただの小娘。されどそこには何か、得体のしれない何かが潜んでいる。勝てるか勝てないかではない、戦ってはいけないものだ。

 

 しかしその警報は、ヴァインには正確に届かなかった。ヴァインが感じとれたのは、言いようのない不安のみ。それが、ヴァインに判断を誤らせた。

 口から出る言葉は、半ば自分に言い聞かせるもの。湧き出す不安は、勘違いだと自分に言い聞かせるものでもあった。ポルコ商会の援助でもらったこの魔導剣さえあれば、俺が負けるはずなどないのだ、と。

 

 振り上げた大剣に、目の前の小娘は何の反応も示さない。爆発能力を乗せた一撃は、そのまま小娘の脳天へと吸い込まれたかのように見えた。

 

 刹那、視界が煙に覆われる。ヴァインごと周囲一帯を巻き込んだ爆発は、地に張られた岩を砕き、粉塵を巻き上げた。

 

 剣の能力によって、ヴァインに爆発の影響はない。完全にとったとヴァインは一瞬思考するが、同時に感じる不安が無くなっていないことにも気づく。むしろ、より強くなっている。

 

 そして、おかしなことにも気づく。

 

剣が振りきられていなかったのだ。馬鹿な、自分の一撃を受けるなんて、それも生身で、ましてやこの爆発を直に食らって、無事なはずなんてない。だがしかし持つ剣が、人間ほどの高さの何かに止められているのは明らかだった。

 

 冷や汗が、顔をゆっくりと伝る。やがて粉塵は落ち着き、視界が通るようになっていく。

 

「……さっきから好き勝手に言いやがって……」

 

 現れたブランは、真っ黒に染まった右手で大剣を鷲掴みしていた。

 

 

 

 

 頭(あったま)来た。あった日から少し、いやだいぶ嫌悪感はあったが、完全に切れた。

 

「……好きかって言いやがって……」

 

 人の仲間を脅しかけるわ気持ち悪いナンパするわ言いたいことはめちゃくちゃある。めちゃくちゃあるんだが、その中でも特に言いたいのは――

 

「見た目はこんなんでもなあ、オレは男だ!」

 

 散々女扱いしやがって! アラクネのおっさんらと違っててめえだと吐き気しかしねーんだよ!

 

 『黒纏』をまとった右手を思いっきり振り抜く。それだけでヴァインは剣を離し、簡単に投げ飛ばされていく。

 

 手に残った剣を無造作に、尻もちをつくヴァインに向かって放る。

 

「なんだよ……なんだよその手は!」

 

 慌てて立ち上がり、転がる剣を持ち直すヴァイン。しかし腰が引けており、明らかに虚勢だとわかるものだ。

 

「お前らの剣と同じように、オレらにもとっておきがあるとは考えなかったのか?」

「く……う、うおおおお!」

 

 雄たけびを上げ、ヴァインは突っ込んでくる。右手で大剣を受けると同時に魔力で盾を張り、爆発を防御。同時に空いている右手で、ヴァインの胸に突きを入れる。

 

「ぐふ!」

 

 情けない声を出して、地面を転がる。ディナに殴られた取り巻き……Bほどじゃあないが、黒い拳はヴァインの軽鎧を陥没させる。

 

「ぐ……て、てめえ……」

 

 立ち上がるヴァイン。そこまで大きなダメージは食らっていなかったようで、再び剣を持ち上げ横方向に切りかかってくる。

 

 また爆発かと思い、魔力の盾で受ける。

 しかし予想に反し爆発は起きず、視界の端でヴァインがニヤリとしたのを捉える。

 

 ヴァインの右手が剣から離れる。そしてオレの腹部を狙った突きを左手で防ぐと、ヴァインの右手から小規模な爆発が発生。

 

 左手の肘から先が爆発に巻き込まれ、爆煙に包まれる。好機と見たのだろう、そのまま横っ腹目掛けて回し蹴りを繰り出してきた。

 

「な!?」

 

 焦げ跡一つない左手でそれを防ぐ。

 きっとヴァインには、オレの左手が四散したように見えていたのだろう。

 

 実際四散した。じゃあなんで無事かって? 

 爆煙が消える前に再生しただけだ。

 

「お返しだ!」

 

 ヴァインの右足を掴んだまま背負い投げ。ヴァインは壁に背中から衝突し、その反動で前のめりに地に膝をつく。

 

 立ち上がったところに、オレが跳躍をして急接近。ヴァインが咄嗟に盾にした大剣を、超硬度の右手が粉砕。その衝撃でヴァインは剣の柄から手を放し、再び地面を転がる羽目となった。

 

「ぐ……こ、こうむぐ?!」

「言わせないよ?」

 

 今ので心が折れたのか、ヴァインが降参と口にしかける。が、その言葉がすべて吐き出される前に、魔力でかたどられた右腕がヴァインの口をふさいだ。

 

「人にけんか売ったからには、返り討ちに遭う覚悟ができてないなんて言わせねーぞ?」

 

 手の中の男の眼には、すでに戦意は見当たらない。だが、やられたからにはお返しをするというのが礼儀というものだろう。

 

 右手を引きながら左手を突き出す。アッパー気味に放たれたそれはヴァインの腹に命中し、彼の巨体を宙に打ち上げる。

 

「沈みやがれ!」

 

 そして、落ちてきたところに渾身の正拳突き。鎧を粉砕しながらヴァインは水平に吹き飛び、顔面で石畳を滑って壁に衝突。

 

 ボロ雑巾の様に転がるヴァインは動かず、時折痙攣をするのみ。意識も飛んでいるのだろう。

 

「ふう~……」

 

 怒りも晴れ、同時に面倒ごとも解決した今、オレが思うことはただ一つ。

 

「「「「よ、容赦ねえ……」」」」

 

 すなわち、やりすぎた。

 

 

 

「お疲れブラン君。まだ冒険者じゃあないのに幸先悪いねえ」

 

 決闘終了後、早速ネブラに怒られるかと思いきや、かかってきたのはねぎらいの言葉だった。

 

「誰のせいですか誰の……というか、オレ完全にやりすぎた感があるんですけどお咎めなしなんですか?」

 

 内心ドキドキしながらも、表面上は取り繕ってそう聞く。しかしネブラは首をかしげただけだ。

 

「お咎め? なんで?」

「え?」

「いやだって、ブラン君何一つルール違反していないじゃん。降伏宣言だって明確にされたわけじゃあないし、ヴァインも死んでいないし」

 

 ちなみにヴァインらは終了宣言直後に回収され、治癒魔法師3人がかりで治療がなされている。結構ダメージがひどいみたいで、彼らがヴァインを見たときに苦い顔をしていた。

 

「……随分と判定が甘いんですね」

 

「まあ、彼らもここ最近粗暴が目立ってきていてね。そろそろお灸をすえないとなって思っていたところだからむしろよくやった!と君たちに賞賛を送りたいね」

 

 おいおい……このギルマス、結構腹黒いぞ? 

 

「それに、もう一つの目的も半分は果たせたしね」

「オレ達の実力を見る、という目的ですか」

「あら、気づいてた?」

 

 そりゃあ、あそこまで露骨にやられたんだ。少し考えればすぐに思い至る。実際ネブラも隠す気は無かったようで、声は驚いているもののあっけらかんとしている。

 

「それで、満足していただけましたか?」

 

 ため息を一つつき、オレはそう聞く。実をいうと戦いで使った能力が『黒纏』なのはこのためで、決して一時的な感情に身を任せた結果ではない。魔力が視えるネブラだから、『黒纏』の存在はばれているだろうと判断してのことだ。

 

「あははははは……僕は半分って言ったよ、ブラン君……君の全力、早く見せてほしいねえ」

 

 耳元でそうささやかれた言葉に、オレは背筋に冷たい何かを感じる。ほんっとにこのギルドマスター、超やりずれぇ! 

 

「あの、ギルドマスター。その、少々よろしいでしょうか」

 

 と、一人のギルド員がやってきた。何か面倒ごとでも起きたのか、とても困ったような表情をしている。

 

「うん? ああ、何かあったのかい?」

「はい、実は……」

 

 ネブラの耳元に顔をよせ、内緒話をする体勢になる。ハイスぺなこの身体の前じゃあ意味はないが、ヤバい話だったら聞いてないふりして忘れれば問題ないはずだ、多分。

 

「ポルコ商会の会長補佐と名乗る人物がギルドマスターへ面会を求めておりまして……」

 

 ポルコ商会……どっかで聞いたな。えーっと……確か、この街の三大商会の一つで、武器関連については独占している商会、だっけ? 

 

「へえ……大商会サマが、ね……どんな用でとかは、聞いているかい?」

「残念ながら、それはなんとも」

「まあ、仕方ないか。それじゃあ、今から後片付けをするからあとでギルマス室に通して……」

「その必要はございません」

 

 2人の会話を遮って、一人の若い男が現れた。黒いズボンに白いワイシャツ、赤い燕尾服に蝶ネクタイと随分と堅苦しい服装をしている。

 

「おや? もしかしてあなたが?」

 

「お初にお目にかかります、ロータスギルドマスター。ポルコ商会会長補佐、トレメル・クロークと申します」

 

 そういって男は手を腰に当て一礼。着ている燕尾服とも合わさって、いい言い方をするのなら優雅な動作である。……悪く言うと、すごくキザったらしい。

 

「それで、わざわざここまで来たのはいったいどのような用件で? 補佐ともあろう方が、こんなところまでやってくるとはよほどのことがあったようで」

「ええ、全くです。まさかこんなことは起こるとは……」

「おっと、こんなことと言われても、僕はまだ事情を把握していないのだが?」

「これは失礼。聡明と噂高いネブラ様なら、きっとすでにご理解されていると思っていたのですが……」

「あっはっは。君たちはいつも人を買いかぶる。……その癖、早く直さないと痛い目にあうだろうね」

「我々の仕事は信用することから始まりますゆえ、致し方ないことです。が、その時の対処も心得ているため心配は無用でございます」

 

 なんていうか……この2人、会話が聞いているだけで怖い。表面上は和やかな感じなんだけど、ギルマスは発言に毒がたらふく塗ってあるしそれを笑顔で受け流すクロークも目が笑っていないし……初対面の人間の会話が醸し出していい雰囲気じゃねーぞこれ。

 

「と、そろそろ本題に入ろう。一体ポルコ商会は、冒険者ギルドにどのような用があるので?」

「ええ……ここから先は申し訳ありませんが、部外者には聞かせられない話ですので……」

「それもそうか。それじゃあ、場所を移そう」

 

 ネブラが踵を返し、ギルド建物内に向かって歩き出す。と、その時、ネブラの魔力が不自然に動いた。指から流れ出たそれは細く形を変え――

 

 すまないけど、僕が戻るまで待っていてほしい。おそらく、君とも関係のある話だろうから。

 

 文章をかたどった。オレが昨日やったことを、そのまままねされた形になる。ずいぶんと器用な人だな。

 

(待つのは別に問題ないけど、オレにも関係がある話?)

 

 心あたりなんてあるはずがない。つい数日前に来たばっかりなのに、商会と関係のある話なんて全く予想できない。

 

 とりあえず、わかりましたと魔力でネブラの目の前に描く。大した距離でなければ、魔力を伸ばして操作することも可能だ。もちろん伸ばせば伸ばすほど精度は落ちるが。

 

 すると、ネブラの魔力文字が再び変形を始める。現れたのは――

 

 なんなら、盗み聞きしてもいいよ? 

 

 ……本人の承諾あったら盗み聞きって言わないだろ。

 

 とりあえず遠慮しますとだけ返し、オレ達はギルドの中へ戻った。

 

 

「やあ、お疲れさん」

 

 酒場の2階に、オリヴァーたちは端の方の4人席に座っていた。ついさっき注文したばかりなのか、卓の上にはほとんど手つかずの料理がいくつか置いてある。

 

「疲れたってほどでもないんだがな……あいつら、そこまで強くはなかったし」

 

 すぐ近くの席を動かしながらオレはそう答える。どこかおかしかったのか、オリヴァーは苦笑い、レヴィはどこか引きつった笑いを浮かべ、そしてアンナはため息をついていた。

 

「……あの人たちをそんな風に言える人って、そうそういないよ……」

「レヴィ、ブランたちはこの街に住むのよ。今のうちに慣れておかなきゃ、この先ついていけなくなるわ」

「……一体何をするつもりなんですか……」

 

 いや、なんで? 

 

「なんでオレ達が変なことする前提になってんだ……?」

「いや、ブランだし」

「アンナさん、意味がわかんないんだが」

 

 なんでこんなに信用低くなってんだ? 別に今まで好んで非常識なことをしているわけじゃないのに……

 

「ブラン様が無茶苦茶するのは当たり前ですもんね」

 

 ラピスまで。なに? 一体オレが何をしたっていうんだ? 

 

 周りからの意外な評価に打ちのめされていると、ふとディナの様子がおかしいことに気付く。その上半身は力なく机に倒れ伏しているが、顔だけは前を向いている、そしてその、ひどく真剣なまなざしの先には――

 

「肉……食べたい……」

 

 そう、言わずもがな、アドルフの手に握られた鳥のもも肉だ。かじられたところからは肉汁があふれ出ており、ディナの口からもよだれがあふれ出ている。

 

「……ディナ、なんか注文するか?」

「え!? 主、いいの!?」

 

 すごい食いつきようだ。確かにもう昼時は過ぎているし、運動後だから仕方がない……はたから見たらワンパンでも、ディナはあの一撃に結構なエネルギーを消費しているしな。

 

「ああ、いいぞ。というか、腹減ったなら普通に言ってくれていいんだが」

「いやったー!」

 

 今にも飛び上がりそうなディナ。別に禁止しているわけじゃ何だけど……昨日も一昨日も普通に宿の食事をとったし。

 

「一昨日の主は無一文だったけど、今日の主はお金を結構持っている……は!」

 

 何かをつぶやくユズハ。そして、期待に満ちた眼差しをオレに向けながら

 

「主! 今日はお腹いっぱい食べても!」

「ダメだ」

 

 村にいたときは自由だったからいいものの、人間社会だと規則やらいろいろある。2人(主にユズハ)に自重を覚えてもらわないと、後々面倒くさいことが起きる、絶対。

 

 ……え? お前が一番自重しろって? 何のことかなぁ? 

 

「というか第一、オリヴァーから借りたお金だってそんなに多くないんだよ。お前らが腹いっぱい食べたら確実に破産するわ」

「えー……いいじゃないっすか。無くなったらまた魔物でも狩って売れば……」

「そもそもまだ冒険者じゃないんだから、狩りに行けない」

 

 アイテムボックスにはまだ魔物素材は残っているけど、その場合は明日からの食事が半減するだけだ。

 

「なら、僕が出すってのはどうだい? 君たちの勝利祝いとして、さ」

「いやいや、こいつらが腹いっぱいになるのはそれこそ常人一ヶ月分の食料が必要だっての。一体どこにそんなお金があるんだ」

「大丈夫さ。僕はギルドマスター、収入もかなりあるし何なら経費で落とせるよ♪」

「あー……え?」

 

 今更ながらに、自分が誰と喋っているのかに気付く。後ろを振り向くと、そこにはやはりネブラが立っていた。

 

「……いつからそこに?」

「ついさっきだよ。具体的に言うとユズハ君が腹いっぱい食べても! って叫んだところ」

 

 マジでついさっきだった。それにしても、ギルマス戻ってくるの早いな。

 

「随分早いですけど、もう話は終わったんですか?」

「まあね。用件だけ聞いて後のことは部下に任せてきた。あ、ユズハ君にディナ君、好きなだけ頼んでいいよ。費用は僕が持つからさ♪」

 

 その言葉に喜びの声を上げる2人。早速店員を呼ぶと、「メニューの全部4人前!」とかいう無茶苦茶な注文をしていた。

 

というか部下に任せたって……おいギルマス、いいのかそれで。

 

「いいんだよ。僕の部下は優秀だし、今回の案件はそう難しいことじゃなかったし」

「あの、ギルドマスター。何か起きたんですか?」

 

 と、そこでアンナが割り入ってくる。そういえば、3人には説明していなかったな。

 

「決闘後にちょっとした来客が来たんだよ」

「うん。ポルコ商会の会長補佐。正装していたから偽物はないと思っていたし、実際本物だった」

「正装……もしかして、紅い燕尾服を着ていたのでは?」

 

 どうやら、オリヴァーに何か心当たりがあるようだ。

 

「正解。よくわかったね」

「観戦しているときに、そんな服装の人物がいたんですよ」

「観戦……なるほどねえ……」

 

 オリヴァーの情報に、ネブラはうんうんと頷く。

 

「ところでギルマス。その燕尾服、確かクロークだったっけ? そいつは一体何の用だったんですか?」

「え? 気になっちゃう感じ?」

 

 いや、あんたがオレ達に関係あるって言ったんでしょうが。いやでも気になるわ。

 

「あはは、冗談だって。……端的に言うと、決闘を行っている人物の使っている武器が、数日前に盗難に遭ったものかどうかの確認をさせてほしい、ってものだったんだよ」

「……それとオレ達にどんな関係が?」

 

 武器って言っても、ヴァインたちのもののことだろう。そもそもオレ達は誰一人武器を使っていなかったんだから。

 

「……なるほど、ずいぶんと面倒なことになりましたね」

「すいません、話がまったく伝わってきません」

 

 一体何が面倒なんだ? もしヴァインたちが犯人だったらそれで解決な気がするんだが。

 

「そうだねえ……ブラン君。君はヴァインたちが持っていた剣がおかしいとは思わなかったかい?」

「おかしい? まあ、確かに魔法が使えるようになる剣なんて初めて見たけど……それがどうかしたんですか?」

「あれはここ数年で生まれた最新技術でね。それこそ白金貨数十枚あってやっと変えるような代物なんだよ」

 

 え、白金貨? 確か交換レートは金貨100に白1だったから……

 

「……めちゃくちゃ高級品じゃないですか……」

 

 オレが生前に買った剣(結構いいやつだったらしい)ですら金貨10枚だったっていうのに……一生遊んで暮らせる金だぞそれ。

 

「そう。そしてそんな高級品を、大商会が盗まれるようなところに置くと思うかい?」

 

 確かに……そんなものが簡単に盗まれちゃあ、あっという間に破産する。

 

「それに、ヴァインたちは盗みのプロってわけでもない。そんな芸当ができるっていうんなら、とっくに冒険者なんてやってないよ。……つまりここから、一つの可能性が生まれるのさ」

「……商会が意図的に援助した、という可能性ですか?」

 

 オレがそう答えると、ネブラが拍手をする。どうやら正解のようだが、なんかむかつくな。

 

「僕はその可能性が高いと思っているよ。おそらく、クロークがやってきたのは後始末の為だろうね」

 

 後始末……使えなくなったら、始末してハイおしまい。それはオレがエインズ王国にされたこと、そして親友の二人に将来訪れる結末と同じではないか。ヴァインはむかつくやつだったが、それ以上にオレはポルコ商会に対して腹が立っていた。

 

「……その商会、つぶしていいですかね」

「ぶ!」

 

 ついそんな言葉が口からこぼれる。驚いたレヴィが、飲んでいた水を盛大に噴出した。

 

「ダメダメ。確かにポルコ商会は悪いうわさが絶えないけど、まだ証拠がないから、やったら君たちが犯罪者になるよ」

 

 ですよねー。

 

「ただまあ、もしかしたらつぶしてもいい日が来るかもしれないね。近い将来」

「……?」

 

 どういうことだ? 

 

「これが、オリヴァー君の言っていた面倒ごとだよ。ポルコ商会がヴァインの援助をしたということは、ポルコ商会にとって何かの見返りがあるはず。そして、ヴァインたちが出せるものは限られている……たとえば、決闘に勝ったときの要求権とかね」

「……!」

 

 ここにきてやっと、オレはその面倒ごとを理解することができた。

 

「ポルコ商会がちょっかいをかけてくるかもしれない、ということですか」

「そういうことさ」

 

 つまり、ポルコ商会はヴァインの決闘相手のオレ達に、何らかの価値を見出したというわけだ。それが何かなんて全く予想はできないが……おそらく真っ当なものではないだろう。そして、あそこまでの高級品を持ち出してきたということは、その見出した価値は相当なものになる。大商人がそれを簡単に逃すはずもない。

 

「まあ、悪いうわさが多いって言っても大商会は馬鹿じゃないから、そうすぐに手を出すとは考えにくいけどさ……警戒ぐらいはしておきな?」

「……そうですね。ありがとうございます」

 

 オレは素直に礼を言う。もし何かが起きたときに、知っていたのと知らなかったのではそれからの行動に大きな差が出てしまうから、ギルマスのもたらしてくれた情報はかなり助かるものだった。

 

「さて、それじゃあ暗い話はここまでにして……実はもう一つ、重要なお知らせがあります♪」

 

 先ほどまでの雰囲気からは一転。真面目な表情は変わっていないのに楽しそうな目をするネブラに、何やらオレは悪い予感を感じた。

 

「ブラン君、君たち4人をランク4冒険者に任命します!」

「……は?」

 

 はああ!? 

 

「ちょっと待ってくださいギルマス。あれですか? 手助けの一環で一昨日言ってきたあれですか? ならもう遠慮したはずなんですけど」

「アハハ、違うよー? 君たちは十分な能力があるって僕が判断したからさ」

「というか、冒険者になるには明後日の試験を受けないといけないってレヴィさんに聞いたんですが……」

「そこはほら、僕のギルドマスターの特権だよ……新米一人のランクなんて、僕の権力でどうとでもできる」

 

 しょ、職権乱用だろ……いいのかそれで……

 

「というかブラン君、ランク4冒険者になったとして何か問題でもあるの?」

「ありますよ。こんな見た目でそんなランクあったら、絶対認めない人が……」

「今日の決闘を見た人が、果たしてそう考えるかな? それに見てないとしても、君たちのことは否が応でも噂になるだろうし」

「いや、でもオレ達に冒険者のノウハウなんてありませんし……」

「誰だって最初はないよ。基本的な知識だって、新人の為の勉強会もあるからそこで学ぶこともできるし」

 

 いやでも他にも……他にも……

 

「あれ……案外問題ない?」

「でしょ?」

 

 別に問題が多かったわけじゃないけど、こうして考えてみると問題はすでに解決した後だった。

 

「というか、もう既に書類にサインしちゃったから手遅れなんだよねー」

 

 随分と仕事が早い。いつの間に書類なんてつく……まさか。

 

「まさか、あの決闘はこれも計算に入れていた……?」

「お? そこに気付くとはブラン君、実は頭が良かったり?」

 

 実はってなんだよ実はって。確かに成績は学校じゃあ中間程度だけど、ボードゲームじゃあ負け知らずなんだぜ? うん、いいって言えないな。

 

「まあ、冒険者証とかも作る必要があるし他にもいろいろと手続きがあるから、活動できるのは四日ほど後になっちゃうけどさ」

「それじゃあ、試験受けるのと変わりないじゃないですか……」

「まあまあ、有名になれたんだからいいじゃないか。それとも、有名になるのはまずかった?」

「いや……」

 

 別にオレはよくあるラノベ主人公みたいに有名になりたくないわけじゃないし、むしろある程度はあったほうがいいと考えているが……なんか、ギルマスの思惑通りに進んでることが釈然としない。

 

「それじゃ、この話も終わり! 料理もそろそろ来るだろうし、ここからは普通に祝賀会と行こうじゃないか!」

 

 

 

 それから運ばれる料理をディナとユズハはことごとくその胃袋(ブラックホール)に飲み込み、全品4人前を平らげた後も満足せずにどんどん料理を頼み、品書きが長くなっていくにつれネブラの笑顔が引きつり始め、2人が満足するころには酒場の食料がほとんど食いつくされ、1メートルを超える勘定書を乾いた笑みでネブラが眺めるというのが今日の顛末だ。「今月の給料が……3分の1が消えていく……」と嘆いていたのだが、不思議なことに罪悪感とかは一切わかなかった。

 




読んでいただきありがとうございます
ストックが無くなってきた…


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30 おとめバー

「……本当にここで、本当にこの建物で合っているのか?」

 

 昼前だというのに、薄暗く寂れた裏街道。灰色に染まった道路に通行人など一人もおらず、ネズミとカラスの歩行者天国となっている。

 

 そんな道端に、たたずむ人影が5つ。彼らの目の前にある建物は塗装がほぼほぼ剥げており、かかっている看板の文字も潰れてしまっている。かすかに読めたのは、“バー”という一番下に書かれた文字のみであった。

 

「……本当にここなのか……?」

 

 再び口から疑問がこぼれる。自分たちの目的地が、本当にここなのか確信を持つことができなかった。

 

 

 始まりは、決闘から3日後の今日の朝。ギルドに赴いたオレ達はレヴィの手から冒険者証を渡され、晴れて冒険者デビューを果たす。そして冒険者の規則やらを説明されたのち、そのまま食料補填も兼ねた初依頼に出かけようとしたところ、レヴィの言葉に引き留められた。

 

「実はこの後中ランク冒険者のためのノウハウ講座があるんだけど、ブラン君たちは参加する?」

 

 そういえば、ネブラがそういう勉強会があると言っていたっけな。それを思い出したオレは、素直に参加することに。ちなみに本来新米が参加するのはもう一つ別のものらしいが、そちらでは主に魔物の狩り方や解体の仕方、死なないための術などを教えているとのこと。サバイバル生活を続けていたオレ達にとっては、そんな知識はとっくに身に着けていた。

 

 レヴィに参加する旨を伝えると、一枚の手書き地図を渡された。曰く講師は元凄腕の冒険者で、引退した今は店を開いて生活しているとのこと。そして月に一回、講座を開いているらしい。

 

「ちょっとわかりにくいかもしれないけど、地図通りに行けばつく、はず」

 

 そして微妙に不安になるレヴィの見送りを受けたオレ達が地図を片手にたどり着いたのが、目の前の“バー”なのだ。

 

「……ユースティさん、オレは今までにどこかで道間違えていないか?」

 

 ちなみに、この講座を受けたのはオレ達4人だけじゃない、最初に言った通り、もう一人の参加者がいる。

 

「うーん……私の見たところブランさんは間違っていないと思うけど……」

 

 顎に手を当て思案顔になる青年、ユースティ。細身で童顔気味、身長も平均より少し低い彼は、オレ達同じく冒険者には見えないだろう容姿をしている。

 

「主、なんでそんな悩んでんの? 入ってみて、間違えだったらまた探そうよ」

「……ディナ、それはものすごく勇気のいることっすよ……」

 

 なぜオレが躊躇しているのかわからないディナを、半笑いで止めるユズハ。おそらくユズハも、この“バー”に不穏な何かを感じているのだろう。

 

「……ただまあ、ディナの言うことももっともか。……よし!」

 

 覚悟を決めて、入り口の前に立つ。

 錆の広がった、獅子ようなの装飾の付いたノッカーを3度打ち鳴らす。

 

少しすると中から、「はーい」と野太い男の声がした。

 

 一分もしないうちに、内側から扉が開けられる。

 

そして、出てきた人物の姿を見て、オレ達一同は言葉を失った。

 

 2mを超える長身、ボディビルダー並みの筋肉、堀の深い厳つい顔。頭に巻かれたタオルからは、長く黒い髪が肩まで伸びていた。

 

 しかし、それだけなら言葉を失う理由にはならない。オレが思考を停止してしまったのは、男のファッションに起因する。

 

 引き締まった肉体を覆うのは、ピンク色の薄い布一枚。エプロンとしか呼ぶことができないその布は巨体の全面しか隠すことができておらず、振り返れば裸同然の姿となるだろう。そして顔には今どきの女子高生でもなかなかしないような濃いメイクがなされていたが、その厳つい顔には全く似合わず、違和感をより一層引き立たせる。

 

「誰かしら……あらぁ、いい男じゃない」

 

 オレ達を――その中でユズハとユースティを視界に収めた目の前の大男は、その太いイケボで一言。

 その一言で、オレは悟る。

 

 ああ、ユズハ、終わったな……

 

 

「ごめんさないね、あまりにもいい天気だったからつい、煽情的な格好で出てしまったわ」

 

 バーのカウンター席に座るオレ達に、カウンターで何やらハンドルのついた器具を回しながら男はそう謝る。オレ達を案内した後すぐに着替えており、ジーパンにタンクトップといたって普通な服装に変わっていた。

 最もメイクはしっかりと残っているし、今が冬なのを考えると違和感はまだまだ強烈だが。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。あたしはアンジェリーナ。元ランク8冒険者だけど、今はこんな街の端のバーのしがない店長よ」

 

 今度はやかんに水を入れ、湯を沸かし始めるアンジェリーナ。やはり日本人として、されたらし返すというのが礼儀だろう。

 

「あ、ランク……4冒険者のブランです」

「同じくディナだよー!」

「え、えと、ユズハと申します、はい」

「ブラン様の配下のラピスラズリです」

「初めまして、ユースティと申します。噂はかねがね聞いております」

 

 三者三様ならぬ五者五様の自己紹介。ユズハの声に怯えが混ざっているように感じたのは、きっと気のせいではないだろう。

 

「あら、うれしいわ。ユズハにユースティ……かわいい名前ねぇ」

 

 ユズハが震えあがったのが手に取ったようにわかる。うん仕方ない、もしオレが対象だったら逃げ出す自信あるもん。初めてこの見た目に助けられたかもしれない。

 それに比べてユースティはすごい、アンジェリーナの口撃を苦笑いで耐えきってる。

 

「……食べちゃいそう」

「い、いやあの、主!ブランも男っす!」

 

 アンジェリーナの連続爆弾発言に、とうとう精神が耐えられなくなったユズハが主たるオレを売りやがった。ちょ、お前ふざけんなよ!? 

 

「あら? そんなこと気付いているわよ?」

「え?」

 

 気づいていた? それならなぜユズハとユースティだけ? ……いや、自分が獲物になるなどまっぴらごめんだが。

 

「うーん。確かにブランちゃんは女の子みたいにかわいいけど、あたしはいい男が好みなのよねぇ。だから、ブランちゃんは対象外なのよ」

 

 よ、よかったぁ……この体にしてくれた相棒、マジ感謝っす。

 

(これを想定していたわけではないので、いささか不本意なのですが)

 

「そ、そんなあ……」

 

 崩れ落ちるユズハ。意気消沈しているようだが、主を売った罪は重いぞ? 

 

「冗談よ冗談! 流石のあたしでも、無理矢理襲ったりしないわよ。……ところで、さっきラピスちゃんが配下とか言っていたけど、あなたたちって一体どんな関係なのかしら?」

「主の配下!」

「右に同じく、っす」

「何故か3人の主です」

「今日初めて4人とは会いました」

 

 順にディナ、ユズハ、オレ、ユースティである。

 

「あら? てっきり全員同じパーティなのかと思っていたわ。……そうねえブランちゃん、主としてユズハ君を後で貸してくれたりしないかしら」

「……すみません、勘弁してやってください」

 

 一瞬、主(オレ)を売った罰として差し出そうかと迷ったが、流石に勘弁しておく。なんせユズハの見た目は生前のオレなのだ。自分が男に食われる姿なんて想像すらしたくない。

 

「それは残念ねぇ……はい、おまちどおさま」

 

 そこまで残念そうでもない声でアンジェリーナがそういうと、オレ達の前にカップを置く。中に入っていたのは黒い飲み物――コーヒーだった。

 おそらく、さっき回していた器具はコーヒーミルだったのだろう。どうにも見覚えがあると思っていたけど、やっとわかった。

 

「ちょっとしたサービスだから、遠慮しなくてもいいわよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 とりあえず、一口。コーヒーは特に好んでいたわけではないのだが、不思議とこのコーヒーはおいしく感じた。

 

 しばらく、無言の時間が流れる。それぞれがそれぞれに、コーヒーをゆっくりと味わう。

 

「それじゃあ、飲み終わったしそろそろ『どきっ☆!アンジェリーナの中ランク冒険者講座!』を始めようかしら」

 

 ……それが正式名称なのだろうか。

 

 

 

 講座の内容は結論から言うと、今までの会話と一転して非常に為になるものだった。問題の起きない依頼の受け方や起きた場合の対処法、ランク4から受けられるようになる護衛依頼における注意やはたまた貴族との接し方について。豊富な冒険者としての経験談を混ぜながら、非常にわかりやすくアンジェリーナは解説をしてくれた。

 

「こんなものかしらね……何か気になることはあるかしら?」

 

 一息ついたアンジェリーナは、ポットに残っているコーヒーをカップにそそぐ。

 

「いえ、大変ためになりました」

「あらそう。最近の子は物分かりがいいのねぇ」

 

 見た目に似合わない、優雅で繊細な動作でアンジェリーナはカップを口に運ぶ。すでに覚めてしまっていたコーヒーだが、特に気にした様子はない。

 

「主、お腹がすいたよ」

 

 隣に座るディナのその言葉で、オレはもう昼時かと気付く。アンジェリーナの店には窓が一切なかったので、すっかり気が付かなかった。

 

「あらごめんなさい、できれば何かを出してあげたいんだけど……あたしは料理ができないから無理なのよ」

「あ、いや、気にしないでください」

 

 コーヒーを無料(ただ)でいただいたのに、そこまでしてもらうと申し訳なくなる。

 

「ハニーが帰ってくれば何か出せるかもしれないのだけれど、買い出しに行ってもらっててねぇ……」

「……え?」

 

 待て、アンジェリーナさんは今なんて言った? 

 

「……結婚なさっているんですか?」

「あら、言ってなかったかしら?」

 

 驚いた。ユズハやユースティを(性的に)食らおうとするくらいなんだからてっきり女性に興味はないのかと……いや、待てよ。ここは別に地球じゃないんだ、同性婚も許されていたり……? 

 

 と、そこでオレは、外が何やら騒がしいことに気が付く。人のしゃべり声ではない、店の周りに大勢の人が集まり、何やらこそこそと動き回っているのを魔力感知で発見したのだ。

 

 ……怪しい。こんな人通りの少ないところに人が集まるのもだし、しゃべり声が一切しないのも変だ。これではまるで……

 

 コンコン

 

 ノック音が、室内に響く。

 

「あら? ハニーが帰ってきたのかしら?」

「アンジェリーナさん、待っ……」

 

 何の躊躇もなく、アンジェリーナは鍵に手をかける。そしてオレが止める言葉を紡ぎだす前に、扉は開かれた。

 

「……あれ? どちら様かしら?」

 

 戸を叩いていたのは、五人ほどの男たち。身長も風貌もバラバラの彼らだが、誰もがやせこけているという共通点がある。

 

「こ、こここにブランという冒険者はいるか!」

 

 アンジェリーナの巨体にビビったのか、男の声はわずかに上ずっている。裸エプロンで出迎えられなかっただけまだましと言えよう。

 

 しかしこの男たち、強盗か何かかと予想したのだが、違うのか? オレがいるか聞いていたけど……こんなやつとはもちろん面識がない。

 

「ブランちゃん? ちょうど今いるけど……」

「そうか、ならてめえに用はねえ!」

 

 アンジェリーナがそう言った瞬間、聞いた男は違う男が飛び出す。その手にはナイフが握られており、その切っ先はまっすぐにアンジェリーナに向いていた。

 

 まずいと感じ、咄嗟に飛び出しかける。いくらがたいがよくても、刃物が相手では――

 そんなオレの心配は杞憂に終わる。

 

「ぶへらぁ!?」

 

 ものすごい勢いでナイフを持った男は吹っ飛び、向かいの建物の壁に轟音を発しながら衝突。そのまま地に倒れこみ、壁にはひび割れが発生していた。

 やったのはもちろんアンジェリーナ。右手を振り抜いたその姿勢に、外にいた男らは唖然としている。

 

「んもう。ナイフで刺してくるなんて物騒ねぇ」

 

 いや、あんたの拳の方が物騒だわ!

 

「なんだ! 一体何があった!」

「な!? ジェフ!?」

「おい! てめえ何をしやがった!」

 

 今の音で、ぞろぞろと人が集まる。その全部がさっきまでこそこそしていた奴らであり、状況を把握した途端アンジェリーナに向かって武器を構えた。

 

 総勢11人。加勢しようとオレが席を立つと、アンジェリーナがそれを止める。

 

「ブランちゃん。心配無用よ」

「……大丈夫なんで?」

「あら、引退したとはいえあたしは元ランク8よ? そう簡単に後れを取ったりしないわよ。それに……」

 

 胸の前で、アンジェリーナは指をバキゴキと鳴らす。その顔には、凶悪と呼んで差し支えない笑みが浮かんでいた。

 

「あたしの店を襲うようないたずらっ子には、ちょーっとお仕置きしないとねぇ」

 

 

 

 圧倒的だった。元ランク8の腕前は、まだまだ健全のようである。

 

 アンジェリーナが腕を振るごとに、一人の敵が吹き飛ばされる。一発で相手を先頭不能にするその拳は、まさしく一撃必殺。

途中キスとかハグとか、攻撃じゃない攻撃を繰り出していたように見えたのはきっと気のせいなのだろう。

 

 5分もしないうちに、店の前に集まったごろつきどもが一掃される。

 

「骨のない子たちねえ。もっと鍛えなきゃあたしは落とせないわよ?」

 

 非常に物足りなさそうなアンジェリーナ。手を払う彼の額には、汗の一粒すら浮かんでいない。

 

「これが、ランク8……」

 

 一方、オレの隣、入り口に一番近い席に座っていたユースティはアンジェリーナの戦いぶりに感動を覚えているようだ。

 

「さて、この子たちはどうしようかしら」

「あ、私が衛兵を呼んできます!」

 

 そういうと、ユースティは駆けだす。華奢な体つきだというのに、実に見事な疾走だ。

 

 ……とりあえず、ユースティが戻るまでに逃げないようごろつきどもを拘束しておくか。

 

「ラピス、あいつらを縛っておいてくれるか?」

 

 声をかけるも、返事がない。不思議に思いつつ、オレはもう一度呼んでみた。

 

「ラピス? 何かあったか?」

「主、ラピ姉寝ちゃったみたいっすよ」

 

 ユズハの隣を見ると、ラピスが卓に突っ伏していた。

 なんでこんな真昼間に? 疑問に思いながらも、オレはラピスを揺する。

すぐにラピスは起きてくれた。

 

「……あれ? ぶらんさん? ここどこれすか?」

 

 ……ん? ラピスの様子がおかしいぞ? 呂律が回ってないし、頬も赤い。それに、目の焦点もどことなくあっていないような感じだ。

 

 これは……まさか……

 

「ラピス。お前、酔ってないか?」

「ええー? そんなことないれすよー?」

 

 うん確実に酔ってる。だけどなんでだ? 別に酒を飲んだわけでもな……

 

「あ」

 

 ほとんど減っていないラピスのカップを見て、オレは思い出す。

 

(そういえば、アラクネはコーヒーでも酔うんだっけ……)

 

 すっかり忘れてた……ていうか、何気に酔うラピスって初めて見るな。村じゃあ全く飲んでいなかったし。

 

「ラピス。外の奴らの捕縛を頼みたいんだけど、できそうか?」

「もちろん、れきまふよー」

 

 答えるラピスは立ち上がると、千鳥足のまま外に歩みでる。

 

「あれ? あれれ? うまくれきない?」

 

 手から糸を出したはいいものの、酔いのせいでうまく操作できないようだ。あらぬところに絡みついては、瓦礫などの関係のないものばかり縛り上げていく。

 

「あーもう、めんろくらいなあ……よし!」

 

 じれったくなったのか、ラピスがすべての糸を放棄。そして蜘蛛の足を背中から生やし、再度ごろつきの拘束に取り掛かった。

 

「あら? ラピスちゃんってアラクネなのねぇ」

「知ってるんですか?」

 

 アンジェリーナの言葉にオレは意外さを感じる。

 

 ぶっちゃけ、この街でのアラクネの認知度は低い。決闘で蜘蛛足を出したときでも、観客たちはまるで知らない様子だったし。

 

「ええ。あたしもアラクネとの交易に携わったことがあってね。もう二十年以上前の話よ」

「へえ……」

 

 20年前……アンジェリーナさん一体何歳だよ。

 

「もう! 漢女(ヺトメ)に年齢を聞くのはいけないことよ!」

「お、乙女?」

 

 一体どこら辺が乙女なのだろうか。

 

「違うわブランちゃん! 乙女(おとめ)じゃあなくて漢女(ヺトメ)よ! ほら復唱! さんはい!」

 

 どうやら、漢女の発音にはかなりのこだわりがあるらしい。咄嗟の無茶ぶりに、オレは戸惑うことしかできなかった。

 

「え? ぼ、ぼとめ?」

「違うわ! よく聞きなさい! ヺトメ! はい!」

「ヴぉ、ヴォトメ?」

「違うわ! もっと漢女らしく! せーの!」

 

 

 その後、漢女の発音練習は衛兵を連れてきたユースティをも巻き込み、およそ2時間ほど続くこととなった。

 

 一体どうしてこうなったんだろう……

 

 

 

「ブランさん。明日一緒に依頼を受けませんか?」

 

 地獄の漢女発音講座から解放され、げんなりした気持ちでバーを出たとき、唐突にユースティがそう切り出してきた。

 

「随分と急だな……というか、なんでだ?」

「ちょっと個人的な理由なんだけどね。実はブランさんたたちがあのヴァイン一味に勝ったって噂に聞いてさ」

「あー、まあ、そうだな」

 

 やっぱり噂になってるのか。

 

 「それで私としては、ぜひその強さを直接見てみたいんだよ。あ、別に疑っているわけじゃないよ!? 本当に気になっただけだから!」

 

 いや、別に疑われたとは思ってないんだが。というか、疑われても別に気にしないし。こんな見た目だから侮られるのも仕方ない。

 

「ちなみにオレの噂って、どんな感じなんだ?」

「え? えっと、人間の丈以上もある巨剣を片手で受け止めたとか、指一本触らずに相手を気絶させたとか、全身鎧(フルメイル)を殴って吹き飛ばしたとか、化け物の右手を持ってるとか、爆発を食らってもぴんぴんしているとか、降参する相手にも容赦なくとどめを刺す鬼畜だとか……まあ、噂は誇張されるものだからね」

「あ、あはははは……」

 

 同意を求めるようなユースティの言葉に、乾いた笑いが口から洩れる。

 ごめんなさいソレほとんど事実です。誇張なんて全くされていないです。

つーか鬼畜ってなんだよ鬼畜って。言ったやつ出てこい。

 

「同じランク4冒険者同士、親睦を深めたいってのもあるけど……どうかな? もちろん、冒険者の財産である手の内を見せてって頼んでるも同義だから、断ってもらっても全然いいんだけど……」

「ああ、いいぞ」

 

 決闘の時に使った手の内なんてほんの一部だ。というか、オレ達の戦いなんて見たところで真似できるものじゃないからぶっちゃけ晒してもおそらく問題はない。念のために晒さないが。

 

「本当!?」

 

 申し訳なさそうな表情から一転、笑顔になるユースティ。

 

「手の内なんて結構見られているからな。今更隠せるわけないし……ラピス、ディナ、どうだ?」

 

 振り返って二人に確認すると、頷きが返ってくる。ちなみにラピスの酔いは、飲んだ量が少なかったおかげか比較的早く解けた。

 

 え? ユズハには確認しないのかって? 怠けてばかりのあいつに選択権はない。

 

「あ、決闘の時か……」

「そういうことだ……あと、冒険者としてはオレ達は何もやったことがないからな、色々教えてくれると助かる」

 

 アンジェリーナの講座でもいろいろと教えてもらったけど、話に聞いただけじゃあわからないこともある。

 

「任せてくれていいよ!」

 

 そういってユースティはドンと胸を張る。地道にランク四まで登った彼ならきっと経験も豊富だろう。

 

「それで、明日はいつくらいに集合する?」

「そうだね……この時期は依頼も少ないし、朝の鐘が鳴る前でいいかな?」

 

 この街、いやこの世界に時計はない。なのでこの街では、四方の城門の上に取り付えられている鐘を使って時間を知らせている。鳴るのは、日の出約一時間後、太陽が南中したとき、そして日の入り約一時間前だ。この街のだいたいの商店や冒険者ギルド含む公的機関は、その鐘の音を頼りに仕事を行っている。つまり、鐘が鳴る前というのはギルドが開く前ということを指しているのだ。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 明日の予定も決まったことだし、オレ達とユースティは別れる。

 

 さて、やることが無くなってしまった。街の探索はここ3日で十分にやったし、街の外に行こうにも時間が時間だ。3時間もすれば日が落ちてしまう今、森に出たところで対して成果は得られないだろう。日が落ちてしまうと門が閉まり、翌朝の鐘が鳴るまで開かなくなるから外泊も論外だ。

 

 困ったなあ、とオレは右手で頭をかく。そしてその手が後ろ髪に触れると、オレはあることを思い出した。

 

(そういえば、決闘の時に半端に切れちゃったんだっけ)

 

 転生当初から伸ばしっぱなしの白い髪。最初は肩口ほどしかなかったそれは気づけば腰まで伸びており、そして決闘で切られたことによって今は左右で5センチほどの不均一さが生まれていた。

 

 このままじゃあ非常に見栄えが悪い。何とかしたほうがいいだろう。

 

(短くなった髪の毛のみ伸ばすことも可能ですが、いかがいたしますか?)

 

 え、そうなの? ……いや、せっかくだし切ってしまおう。今までずっと放ったらかしていたし、少しくらい意識してみるか。

 

 3人を見てみると、やはりみんなの髪も長い。ユズハは目元が完全に前髪に隠れていたし、短かったディナの髪も肩にかかってきている。元から長かったラピスに至っては、軽く結わえられた後ろ髪がすでに膝に届くぐらい長くなっていた。

 

 ……オレだけじゃなくて、皆のも整えてしまうか。

 

 そう結論づけて、オレ達は“止まり木”へと帰った。

 




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31 依頼という名の好き勝手

 早朝。冒険者ギルドにたどり着くと、そこにはすでに多くの冒険者がいた。おそらく彼らはいつもこの時間にきて、貼りだされたばかりの依頼を狙っているのだろう。昨日ギルドに来た時に人が少ないと感じたのはなるほどこういうことか。

 

 すこし見回してみると、見つけた。冒険者の集団の中で、ユースティは何やら話をしているようだ。相手を見て見ると、若い女性の3人組。

 

「……あ、ブランさん!」

 

 なんの話をしているんだろうかと少し気になっていたら、ユースティもオレ達に気付いた。手を振りながら、こちらに歩いてくる。そして先ほどまで話していた女性たちはむっとしたような表情をオレ達に向けたかと思うとすぐに驚きの表情に変わり、顔をそらした後ひそひそとしゃべり始めた。そしてそれを見た周囲の人たちも、オレ達の方を見てすぐに顔を伏せる。

 

 …………うん、軽く小一時間ほど問い詰めたいんだが。

 

「おはよう、ユースティ。髪切ったのによく一発で分かったな」

「そりゃあ、ブランさんたちは特徴が多いからね。髪型が変わったくらいじゃあ、見間違える人なんていないと思うよ」

 

 それもそうか。確かに、ここ数日いろんな人に会ったけど真白い髪の人も黒コート着こんだ人も見たことがない。……冒険者としても、オレとディナの容姿がどう見ても子供だし。

 

 ちなみに昨日の散髪の結果だが、オレは肩にかからない程度のショートに、ディナはウルフカットになっている。なんでウルフなのかわからないが、非常に似合っているとだけ言っておこう。ユズハとラピスは細部を調整した程度でほとんど変化なしだ。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

「それにしても人が多いな。まさか、この人数の中で依頼の取り合いをしなきゃいけないのか?」

「あはは……その通りだよ。でも春になれば依頼とかは激増するから、それまでの辛抱だよ」

 

 春って、全然まだまだ遠いじゃないか。あと一ヶ月はあるぞ。

 

「あ、安心して。私が誘ったんだから、責任もって私が依頼を確保するよ。……慣れてないとかなり危ないし……」

「え? 危ない? なんで?」

 

 もしかして、依頼を巡った乱闘でも起きるのか? 

 

「こんだけ多い冒険者がギルドが開いた途端なだれ込むんだから。屈強な人が多いし、新米冒険者は大体怪我するかな。私は今でもたまにするし……」

 

 ……危ないなあ冬の冒険者ギルド。

 

「あ、ならユズハにやらせたらいいんじゃない? ユズハ、すごい硬いし」

 

 ディナがそう提案すると、推薦されたユズハは首をぶんぶんと横に振る。

 

「嫌っすよ! オレが行ったところで踏まれるだけじゃないっすか」

「あ、そっか。ユズハ耐久はあるのに筋力ないもんねー」

「その通りなんすけど、釈然としねえ……」

「あはは……私が行くから2人は待っててくれればいいよ」

 

 口先を尖らせるユズハに、あくまでも自分が行くというユースティ。オレとしては別にけがをしてまでいい依頼を入手しようとは思わないんだが。

 というか、別にユズハが行かなくても安全に入手する方法はあるし。

 

「なあユースティ。参考に聞きたいんだけど、どんな依頼を受けるつもりなんだ?」

「え? えっと……狩猟型の依頼で、できれば数に応じて報酬があがる、って感じのかな? 中型魔物の討伐もいいけど、それは居場所がわかんないとリスクが高いし、多分ない」

「ランクは?」

「四のがいいかな。身の丈以上というのは怖いし」

 

 ふむ…………なら、この辺か? 

 

 と、その時、鐘の音が町中に鳴り響く。同時にいくつもの戸を開く音が生まれ、街の朝が始まった。

 

 そしてそれは、ギルドが開くことをも意味する。

 

「「「うおおおおお!」」」

 

 屈強な冒険者たちは、その自慢の身体頼りに入口へと突進。入り口を開けたギルド員は心得ていたようで、一目散に奥へと退避していた。

 

 そしてユースティは突進する軍団に紛れ、蹴られ殴られながらも掲示板へと到達。再び蹴られ殴られ戻ってきたときには、体中にあざができていた――そんな未来は、しかし起きることはなかった。

 

「ちょ、ブランさん! 力つよい! 弱めて! ちょっと弱めて!」

 

 どこからかって? 最初からだ。突っ込もうとするユースティの右腕をオレが捕まえる。しかしどうやら力加減をいささか間違えたようで、ユースティからギブアップの声が飛ぶ。

 

「いてて……ってブランさん、なんで私を止めたの? これじゃあ依頼が……」

「依頼ならもう取った」

 

 腕をさするユースティの前に、2枚の紙を持った右手を掲げる。

 

「いやいや、中にも入っていないブラン君がいった……い……どうやって? え、どうやったの?」

 

 初めは信じていないユースティだったが、オレの持つ紙をよく見るにつれて、純粋な疑問へと変化していた。

 

「残念ながら企業秘密だ」

「……そう言うと思ったよ……ってブランさん……君、やらかしたね……」

「え?」

 

 やらかした? 何が? ちゃんとユースティに聞いた参考通りに取ったはずなんだが……

 

「その顔じゃあ、絶対わかってないよね……まあ、仕方ないか」

 

 ため息を一つつくと、ユースティはオレの選択の何がいけないのかを説明してくれた。

 

「まず、この常駐依頼の『ゴブリンの掃討』。確かにゴブリンを倒せば倒すほど報酬は上がるけど、ゴブリンって単価が低いしこの季節だとなかなか姿を現さないんだよ」

 

 ふむ。

 

「ソレのどこに問題が?」

「え? いやだって、見つからなかったら全然儲け出ないんだよ?」

「え? 見つければいいだけじゃないか」

 

 オレとラピスからすれば、そんなの朝飯前である。またユズハとディナに限っても問題はない。食物センサーとでもいうべきなのか、こいつらは獲物の位置が勘でわかるのだ。

 

「いやいや、それが難しいんじゃん……うん、まあ一旦置いといて、もう一個の方」

 

 難しいのかけらもないんだがなあ……まあ、いっか。

 

「依頼名『ワームの皮の納品』、依頼主は工業ギルド。場所も西の大森林、約一時間の圏内にいると、信頼できる依頼だね。Cレート下位のワームでも最低4匹分っていうところが結構大変そうだけど……」

 

「それが、なんでダメなんだ?」

 

 聞いた限りじゃ問題が思いつかない。というか、普通にいい依頼だってユースティ自身も言っているんだが。

 

 ちなみに、西の大森林というのはオレが転生し、サバイバル生活を送り、そしてアラクネの村があるあの森のことだ。

 

「うん、この依頼にダメなところはないね……だけどブランさん、君はゴブリン掃討の依頼の場所をちゃんと見たかい?」

「え? ……いや、見てないけど。同じ西の大森林じゃないのか?」

「まさにその通り、ゴブリンの依頼は、東の森なんだよ」

 

 ……なん…………だと…………? 

 

 いや、森の存在は知っていたよ? 一応アンジェリーナのなんとか講座で話に出たし……はいごめんなさい、すっかり失念しておりました。

 

「いやなら、片方だけ受けるとか……」

「それはできるけど……取った依頼は原則受ける。破棄する場合は、報酬金の2割が罰金に取られるんだよ」

 

 え、マジで? やだ聞いてないんですけど。そしてお金も全然ないんですけど。

 

「アンジェリーナさんは複数の依頼は同時に受けないほうがいいって言ってたじゃないか……」

「いや、てっきり実力的な意味かと……」

「……まあ、とっちゃったものは仕方ない……少し高くなるけど、ゴブリン掃討の依頼を破棄しておくよ」

 

 ため息をつき歩き出そうとするユースティを、オレは再び腕を掴んで止める。今度は力加減を間違えることはなく、ユースティも痛みの訴えを上げることはなかった。

 

「ユースティ、なら両方受けよう」

「…………え? いや、確かにゴブリンは期限が3日あるけど……」

「何を言ってるんだ? 一日で終わらせる」

「…………え?」

 

 何言ってるんだこいつ? とでも言いたげな表情になるユースティ。いやまあ、自分でもかなりの無茶苦茶を言った自覚はある。

 

「……ブランさん、それは流石に……片方だけでも一日は必要な依頼だよ?」

「問題ない」

 

 まあ、ただの人間にとったら、だが。

 

「オレ達の実力が気になるんだろ? この依頼2つこなすことできっとわかるはずだ」

「いや……もういいや、任せるよ」

 

 呆られたのか諦められたのか、ユースティはため息をつくとそういった。

 

 

 

「……え? ブラン、それはやめた方がいいんじゃない?」

 

 ですよねえ。

 

 ずっと外で話していたオレ達は、ギルド内に入るとすぐに受付の列に並んだ。まだギルド内にいた人たちは依頼版に行かないオレ達を不審な目で見たが、オレが視線を向けるとすぐに目を逸らす。

 …………いったい、オレが何をしたっていうんだ…………

 

 まあ、周囲の様子は置いといて。

 

 順番が回ってきたので、オレは受付――レヴィに二枚の依頼書を渡したところ、予想通りの反応が返ってきたってわけだ。

 

「といってもな、もう取っちゃったし、今オレ達に余裕はないし」

「あー、それで罰金を払えないから受けると……ブラン、一応言っておくけど、罰金の方が依頼失敗の時の違約金より低いからね?」

「大丈夫だ。失敗するつもりはない」

 

 オレの宣言に、額に手を当てため息を吐くレヴィ。一体今日何回目のため息を吐かれたんだ? 

 

「……ま、君たちが強いのは私も知っているし、冒険者は自己責任だから私が止めても意味ないんだけどね。……ところで、ブランたちってまだパーティ組んでないでしょ?」

「あー、そういえばそうだったな」

 

 パーティとは数人の冒険者で作るグループ、まあファンタジーでありふれたアレだ。詳しい規定では、最低3人最高9人までが一パーティに入ることができる。ただランクに制限があり、一番ランクの高い人と一番低い人の差が3ランク以内というものだ。おそらく、寄生行為を防止するためだろう。パーティで依頼を受けた場合、全員に平等に評価が与えられるのだ。

 

「なら、今手続きをしてくるから冒険者証をちょうだい」

 

 言われた通りに、コートの内ポケットから取り出してカウンターに置く。レヴィがそれをとって奥に行こうとすると、ユースティがそれを引き留めた。

 

「あの、私も今日彼らと一緒に依頼を受けますので、臨時パーティの手続きお願いできますか?」

「え? あ、はい。わかりました」

 

 若干驚いた顔をするも、差し出された5枚目の冒険者証を取り、レヴィは今度こそ奥へと去っていく。そして1分もしないうちに戻ってきた。

 

「手続きは終わったから、はい。…………それにしてもユースティさん、パーティを組むなんて珍しいですね」

「そうですか? たまに誘われたときは臨時組んでますよ」

「というより、そもそもパーティ組んでいない人が珍しいですよ」

「あはは…………」

 

 はぐらかすように苦笑するユースティ。そういえば冒険者になってから3年くらいって言ってたけど、未だソロで活動するのは何か理由でもあるのだろうか? 

 

 

 

 冒険者ギルドを出たオレ達は、まず東門に向かう。先にゴブリンの依頼をこなすと決まったためだ。

 

 街を出るときには、特に検問などはない。もし何か重大な事件でも起きてたら敷かれることはあるが、まあそんなことがいつも起きるわけない。外壁に寄りかかる衛兵に見送られながら、オレ達は堂々と門をくぐった。

 

 東門からは、遠く見える東の森へと一本街道が続く。両脇には広大な畑が広がっており、冬場の今そこにはわずかに雑草が生えているのみだ。

 

 

 

「それでブランさん、やっぱり私には今日中に依頼2つを終える方法が思いつかないんだけど……」

 

 道中、ユースティが心配そうに聞いてきた。

 

「どうって言われてもな……とりあえず、ゴブリンを狩るのは午前中だけで、午後は大森林に行こう」

 

 ブランの返答に、ますます不安を感じるユースティ。彼の経験からして、ゴブリンを午前いっぱい狩ったところで大した数になるとは思えなかった。またワーム4匹という依頼も、午後だけで終えるというのは到底不可能に見える。地下にすむワームを探し出すのは結構大変なことであり、地上に出したらすぐに殺さないと地下に逃げ戻ってしばらく出てこなくなってしまう。以前臨時パーティで同じような依頼を受けたときは、確か丸一日かかった記憶がユースティにはあった。

 

 だが、今日の自分は頼んで連れて行ってもらっている側。彼らの実力を見るためにも、あまり余計な口出しは控えることにした。

 

 しばらく歩き、一同は森の入り口にたどり着く。大森林に比べ木と木の間隔が広く、また葉が全て落ちた森の内部は結構な明るさがある。

 

「ユースティ、ゴブリンってだいたいどっちの方向に生息しているんだ?」

「えーっと、確かこっちの方向だったかな?」

 

 そういって指さすのは、林道から外れ、森の表層に沿うような北の方向。

 

「なるほど……よし、行くか」

 

 

 

 森の中を歩くにあたり、オレ達は一列の縦隊をとる。先頭にはディナ、続いてオレが前衛につき、ユースティ、ラピスと続く。殿はユズハだ。

 

 ディナが先頭だとオレが言ったとき、ユースティは何か言いたげな表情をしていたが、特に何も言わなかった。まあ、大まかこんな幼女を先頭にしていいかとかそういったことだと思うけど。戦いを見れば納得してくれるだろう。

 

 全く気負いした様子もなく、軽い足取りで森を歩くディナ。というか森に入る程度でオレ達が緊張するわけもなく、唯一弓を構えているユースティが浮いてしまう始末だ。

 

 20分ほど森の中を進むと、不意にディナが駆けだす。あっという間に、薄暗い森の奥へと消えていった。

 

「え?! ディナさん!?」

 

 あまりにも急だったために、初動が遅れるユースティ。しかしすぐにディナの後を追おうとしたので、また肩を掴んで止める。

 

「ブランさん!? ディナさん追わなくてもいいんですか!?」

「いいんだよ。それより……」

 

 掬うような動作で、虚空にナイフを三本創り出す。そして上がった腕を振り降ろし、ユースティの背後上空へとナイフを投擲した。

 

「ギャ!」

「グェ?!」

「ギギャ?!」

 

 断末魔が3つ生まれ、木の上からゴブリンが3匹落ちてくる。ナイフはゴブリンの額へときれいに命中しており、落ちたゴブリンたちはすでに瀕死の状態だ。

 

「……木の上にいたのか……」

「ああ。もし気づかずに下を通ってたら、頭にナイフが刺さったのはオレ達かもしれんな」

 

 冗談交じりにオレがそういう。だがユースティはそれが冗談に聞こえなかったようで、心なしか顔が青くなっていた。

 

「主ー、四匹いたよー!」

 

 ディナも帰ってきた。その手には、左右2匹ずつのゴブリンの腕を掴んでいる。死体には頭部か腹部に拳大の穴が開いており、流れ出る血によって腐葉土に赤い線が引かれている。

 

 うん、ちょっといろいろと危ないな。横目でユースティを見てみると奇妙な笑いで軽く引いてるし。

 

「お疲れ。いろいろと見た目がヤバいから、頭に穴空けるのはやめような?」

「えー……頭つぶした方が暴れないから楽なのにー」

 

 なんとも物騒な文句を言うディナ。

 

「と、とりあえず解体しないかい? といっても耳を切って核を取るだけだけど……」

「あ、こっちはもう終えました」

 

 ユースティは何とか話を逸らすが残念、うちのラピスは仕事が早いのだよ。 

 

 ……ディナが持ってきた4匹はオレがやるか。グロいし。

 

 アイテムボックスから解体用ナイフを取り出し、ゴブリンの胸部を解体。耳もそぎ落とし、核とそれをラピスの作った2つの袋に別々にしまう。

 普通なら用済みなその余った肉塊は、我が家の食いしん坊たちの為にアイテムボックスにしまい込んだ。

 

「ブ、ブランさん……今のってもしかして、収納魔法……?」

「ん? そうだけど?」

 

 オレがそういうと、ユースティは半笑いを浮かべる。もうどういえばいいのかわからないといった感情がありありと読み取れた。

 

(確か、空間魔法って使い手が全然いないんだっけな)

 

 いろいろと追及されるのは好きじゃないので、何も聞いてこない今のうちに探索を再開してしまうか。

 

 

 

 そしておよそ15分後。

 

「ストップ」

 

 先頭のディナを右手で引き留め、後ろを歩く三人を左手で制する。

 

「どうしたんだい?」

「ゴブリンの巣だ」

 

 ユースティの質問に短くそう答える。

 

「え? 私は何も見えないけど…………」

「200m以上は離れているからな」

「……どうしてそんな遠くなのに見つけられるのさ」

 

 彼の言う通り、木の密集する森の中では視界は10mも通らない。だがそれは肉眼に限った話であり、『魔力感知』のあるオレには関係のない話だ。

 

「企業秘密だ」

「だよねえ。……それで、どうする? 普通ならギルドに報告して、レイド依頼をギルドが発行することになるんだけど……」

 

 言外にオレらは普通じゃないって言われているのだが……事実なんだよなあ。

 

「どうもしないさ。このままオレらで片つける」

 

 数は……全部で183か。巣にしては小さいな、さっき倒したやつらみたいに森に散ってるのかな? 

 

「……なんとなくそういう感じはしてたよ。それで、私はどうすれば?」

「ユースティはただぼーっとしてくれればいいさ」

 

 今度こそ、ユースティは表情に驚きが現れた。が、苦笑いとともに頷きが帰ってくる。

 

 急ぐことなく、ゴブリンの巣へとオレ達は歩む。100メートル、50メートル……低い崖に空いた洞窟の入り口で、3匹のゴブリンが立っているのを発見する。

 

「ギャギャ!」

 

 一匹がオレ達に気付き、耳障りな鳴き声を上げる。そして手に持つ錆びたナイフでとびかかってくるのを、瞬時に構築した魔力剣で切り落とした。

 

 門番のいなくなった、日の差し込む洞窟の中を覗き込む。そこまで広くはないが、大人数人が並んで歩けるほどの幅と高さはありそうだ。

 

「そんじゃ、突入しますか……ユズハとラピスは入り口を頼む。戻ってきたゴブリンを片つけておいてくれ」

「へーい……」

 

 オレの指示に、全然乗り気ではない声で返事するユズハ。

 

「ああそれと、耳を切ったら残りは好きにしていいぜ?」

 

 その言葉に、一転嬉々とした表情となる。ほんと、食い意地だけは立派だよな。

 

 元気になったユズハとラピスを残し、オレ達三人は洞窟に潜る。

 

「ちょ?! 真っ暗なのになんでそんなに早く!?」

 

 あ、やべ。魔力感知があるおかげで洞窟内が暗闇だってこと忘れてた。

 

 《|点灯(ライト)》を使い光源を生み出し、洞窟内を照らし出す。うん、これくらい明るければ十分だろう。

 

 灯りを付けた時点でこそこそもクソもないので、オレ達は堂々と洞窟内を歩く。途中、壁や天井に空いた横穴にゴブリンが潜んで待ち伏せをしていたが、すべて事前に察知し魔法で処理。奇襲をするはずが逆に奇襲されたゴブリンたちは、抵抗も逃亡もできるはずがなかった。

 

「……しかし、ゴブリンが奇襲を仕掛けてくるなんて……ブランさん、上位種が生まれていると考えたほうがいいかもしれない」

「わかってる。とっくのとうに確認済みだ」

「え?」

 

 確認済み? その疑問は、しかしユースティは言葉にしなかった。言ったところで、企業秘密と言われておしまいである。この短時間で彼はそのことを学んだ。

 

 突然、轟音が響き渡った。甲高く、それでいて重圧感のある、生き物の鳴き声。進行する3人は、その正体に瞬時に思い至った。

 

「どうやら、奴さんもオレらに気付いたらしいな」

「……この声ってまさか……」

「ああ、クイーンゴブリナだ」

 

 ゴブリナ――ゴブリンという種族は、基本的に他種族の雌をとらえ、孕ませることで繁殖する種族である。が、それはゴブリン種に雌がいないというわけではない。稀に、本当に稀に雌が生まれることがあり、ゴブリナという言葉はその雌を指し示す単語である。

 

 ゴブリナの出現は、人間からしてみれば非常に厄介なことである。なんせ他種族に無理やり生ませるだけでも蠅みたいに鬱陶しい数が生まれるのに、同種のゴブリナが、それも最上位のクイーンが現れたとなると、その繁殖力はもはや黒光りするアイツ(ゴキブリ)を超える。一匹見たら30匹? ノンノン、一匹見たらゴブリンが300匹いると思え。

 

「…………これは流石に……帰ったほうがいいのでは…………?」

 

 ユースティがそう言ってくるのも仕方ないだろう。普通のランク4冒険者に、3桁のゴブリンに対処する術などない。

 

「いや、行こう。オレとしては多いほうが嬉しいし」

 

 なんたってこの依頼、倒せば倒すほど報酬が増すんだろ? スライム2人の食事にもなるし、一石二鳥で万々歳じゃねーか。

 

「……危なかったら逃げるよ?」

 

 おや、この反応は意外だ。てっきり強く止めてくるかと思っていたんだけど……説得する手間が省けたぜ。

 

(ルシファー、奥までの最短経路を表示してくれ)

(かしこまりました)

 

 途端に、視界に光線が生まれる。青色のそれを辿って洞窟を歩き、穴を降りて穴を上って……

 

10分後。広い空間に、大勢のゴブリンと中心に居座るキングゴブリナを発見した。

 




読んでいただきありがとうございました
この話で書き溜め、というか小説家になろうの方でも公開してる範囲になります。なので次の更新からはなろうの方と同時に、でも私は今受験期で次話からは全然上がらないかと思います


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32 少しは自重を覚えようか

 

 なぜ私は、彼がそういった時に止めなかったのだろう。

 

 いや、別に後悔をしているわけじゃない。後悔するような事態なんて起きなかったし、その時の私は何故かそうならないと確信を持っていたようだ。

 

 地底で見たあの光景を、私は一生、忘れることはないだろう。

 

 

 小さなコンサートホールくらいはありそうな大広間を、大小さまざまなゴブリンが埋め尽くしている。中央のゴブリナを背に武器を構えるその姿は、普段のゴブリンからは想像もできないものだ。

 

 彼ら普通に戦うとなれば、例えランク6冒険者であろうとも苦戦は免れないだろう。ゴブリンのレートは最底辺だが、それは連携を取らないことに起因する。彼らには連携をとるほどの知能がないのだ。

 しかし彼らは、その頭脳となる指揮官を手に入れた。その結果何が生まれるか。

 簡単だ。知能のないゴブリンたちは、知能を持つ上位種に絶対服従。命令さえあればその命すら投げ出す、死すらも恐れることのない軍隊が生まれてしまうのだ。

 

 

「……ブランさん。なんか思っていたのより多くない?」

 

 広場に繋がる洞窟の、曲がり角に隠れて様子をうかがう。ゴブリンたちは洞窟に住んでいるので暗視はできても、耳や鼻はあまりよくないようだ。こちらに気付いた様子は全くない

 

「そうか?だいたい予想通りだとは思うんだけど……」

「いや、アレどう見ても200匹はいると思うんだけど」

 

 うんだから予想通り。というか、視た通り242匹いる。入る前に視たときより多くなっているのは、外に出ていたのが戻ってきたからだろう。

 

「大丈夫だ。問題ない」

「……まあ、そう豪語するからには何か作戦が―」

「作戦なんてないぜ?」

「え?」

 

 当たり前だろう?ゴブリン如きに作戦なんていらない。

 

「正々堂々、正面から叩き潰すさ」

 

 曲がり角へと一歩踏み出す。同時にそれはゴブリンの視界への侵入を意味し、甲高い奇声が空間を支配した。

 

「ディナ」

「うん? 主、なに?」

 

 鼓膜を破りそうな反響の中、オレはディナへと“指示”を出す。

 

「使っていいぞ」

 

 途端に、ディナの表情が喜一色へと変わる。まるで小学生の、1日に1時間だけのゲーム時間がやってきたときのようなそんな表情。事実オレはディナに、指示があったときと緊急時以外はそれを使うことを禁止していた。

 この数であれば、使わないで殲滅するのは面倒だろう。

 

 ディナはコートの袖に手をかけ、ボタンをはずしていく。すると袖の肘より先が取り除かれ、同時にディナはその外れた袖を《胃袋》へと収納。

 

「よーっし、《喰手》!出ろ!」

 

 能力(スキル)鍵言葉(キーワード)を唱えると、掌が紅に染まる。そして一瞬のうちに紅は広がり、肘あたりまでを覆いつくした。

 

 さて

 

 アイテムボックスから白剣を取り出し、大広間へと一歩踏み出す。

 

 蹂躙劇の始まりだ。

 

 

 こちらに短剣を構えるゴブリンに向かって、ディナが一直線に突っ込む。当然のごとく待ち伏せをしていたゴブリンはディナへと短剣で攻撃をするが、ディナがそれを紅の腕で触れると、振り下ろした短剣は刃の部分が消滅していた。

 ありえない事態にたじろぐゴブリン。その頭狙って、ディナが進む勢いのまま右手を振るった。

 

 全身鎧(フルメイル)をも殴り飛ばすディナの一撃が、ゴブリンの上頭部をえぐり取る――破裂したのではない、まるでプリンをスプーンですくった時のように、硬い頭蓋の手の振れた部分がきれいさっぱり無くなっていた。

 

 身体を制御することができなくなったゴブリンの死体は、その場に崩れ落ちる。その間にもディナは次の獲物を定め、慄くゴブリンの軍団の中へと猛然と突入していった。

 

(久しぶりの狩りでテンション上がってんなー)

 

 間合いに入るゴブリンを次々と切り捨てながら、ディナの戦いを眺めてオレはそんなことを考える。このペースでいけば、多分五分ほどで殲滅が終わるだろう。《魔刃》を使う必要もなさそうだな。

 

「ガギャギャァ!」

 

 突然、ゴブリンにしては野太い鳴き声が洞窟内に反響する。するとオレの周囲にいたゴブリンが一斉に離れ、そしてクイーンゴブリナがいる方向から、身長2mはある一匹の巨大なゴブリンが現れた。他のゴブリンと違い、装備もしっかりしており肉付きもがっしりとしている。

 ゴブリンの上位種、ジェネラルゴブリンだろう。女王を守る親衛隊といったところか。

 

 「ギャギャギャ!!」

 

 再度ジェネラルゴブリンが吠えると、オレに向かって錆びの乗った大剣を構える。周囲のゴブリンは武器こそ手放していないものの、突っ立っているオレを中心に円を作っていた。

 

 これはアレか? 一騎打ちの誘いなのか?

 

 とりあえず剣をジェネラルに向けると、醜い顔がさらに醜くゆがむ。一際大きく吠えたと思うと得物に見合わない俊敏さで接近し、オレの脳天目がけて大剣を振り下ろした。

 

 単調すぎるし、遅すぎるんだけどね。

 

 右足を引き、斬撃を躱す。そして回転する勢いのまま剣を振り、ジェネラルの首を刎ねあげた。

 

 くるくると回る首が地に落ちるのと同時に、ジェネラルの巨体が前のめりに倒れる。

 

 周りを囲むゴブリンは動かない。いや、動けないと言ったほうが正しいだろう。頼れる親分が、一瞬のうちにやられてしまったのだから。

 

「まあ、そんなことオレには関係ないけど」

 

 再びオレは歩き出す。そして動かない肉の的を、ただ斬って斬って切り進んだ。

 

 見る見るうちに、足元がゴブリンの死体であふれていく。そしてついにクイーンゴブリナと取り巻きジェネラルが2匹、偶然にも蹂躙から逃れることができたゴブリンが数匹だけとなる。

 

 逃げようにも、クイーンはこの広間から逃げることができない。惰眠と生殖のみの日々に巨大な体は太りに太り、どの通路も通ることは不可能。

 追い詰められたクイーンは、悲鳴にも似た怒号を上げる。それに呼応するようにジェネラルたちは武器を構え、2匹がかりでディナへと襲い掛かった。

 

 一対一より、二対一。強力な個を数で押すというのは常套手段ではあるが、この場合はいささか、いやとてもじゃないが十分であるとは言えないだろう。現に今、2匹のジェネラルはディナに心臓を食われて血だまりを作っている。

 

 クイーンはここで、自分を守る術をすべて失った。それでもなお手下を招集しようと吠え、必死に重い体で逃げようと這いずる。

 

「やー!」

 

 無防備なその背中を、ディナは躊躇なくえぐり取った。

 

 一瞬、大きく痙攣するクイーンゴブリナ。口から血を吐き足がもつれたかと思うと、そのまま周りと同じ、物言わぬ肉塊と化して地面に倒れ込んだ。

 

 ディナは《喰手》を解除すると、大きく背伸び。とてとてと無邪気に走り寄るその姿は、頬に着いている返り血とのギャップが半端じゃない。

 

 ……少しは躊躇い持とうよ。ほら、ユースティも引いて――引いてない?

 

 ディナに顔を向けるユースティは、しかしどことなく焦点が合っていない。どこか遠くのものを見つめているような目だ。

 

「ユースティ、大丈夫か?」

「……ゴブリンの軍団が、こんなに早く……」

 

 どうやらユースティは、衝撃的な光景に放心状態の様である。このままではどうしようもないので、オレはどこかの本で読んだ、大きな音がでる手の叩き方を彼の耳元で試してみる。

 

 パァン!

 

「うわ!?」

 

 洞窟全体に響くような乾いた音に、ユースティは驚きの声を上げ耳を抑える。

 

「え? え? 何? 今度は何?」

「オレだよ、ユースティ」

「……なんだ、ブランさん、驚かせないでよ」

 

 ほっと溜息をつくユースティ。

 

「と言われても、お前が放心してたからこうするしかなかったんだけどな」

「……いやだって、こんな状態を見たら誰でも腰を抜かすと思うんだけど」

 

 そういって彼は、オレ達が起こした死屍累々の惨状に目を向ける。ちょうどディナが転がるゴブリンの死体を、一か所に積み上げていた途中であった。

 

「そうか?そんなに大したことじゃないと思うけど」

「……こんな簡単にゴブリンの巣を全滅させられたら誰も苦労しないよ」

 

 先ほどとは明らかに違う意味でため息を吐くユースティ。まあ確かに、それもそうか。

 

 ちなみにユースティ、お前は一つ忘れている。確かにオレ達は狩りでは苦労しないが、今から別のことで苦労するのだ。

 

 獲物を得た狩人が、必ずしなければいけないこと――すなわち、解体作業である。

 

 

 

 結局その後、30分の時間をかけてオレ達はゴブリン200匹弱の解体を終えた。たった30分で終えることができたのは、ひとえに獲物がゴブリンだったからだろう。耳と核を回収できればそれで終わり。骨も皮も使い道などなく、肉は人間にとっては臭くてとても食えたものではないらしい。

 うちのスライム2人はそれを食うわけなのだが、骨皮肉関係なくすべて食す彼らに解体は不要だ。

 

 そんなわけで目の前には3つの山が。一番低い山はゴブリンの核が積まれており、中間の山は討伐証明部位である耳。そして一番、他2つと比べて圧倒的に大きい山はゴブリンの死体を積み上げたものだ。少し離れた位置のその山は、麓に赤い湖を作っている。

 

「こんなもんか……ディナ、まだ駄目だからな?」

 

 物欲しそうな目で肉の山を見つめるディナにそう注意をする。食べるのはいいんだけど、流石に人前だしな。最近ずっと人型になってたせいか、食事の時もスライムに戻らなくなってるし……未調理の魔物は《喰手》を使って食べているのが唯一の救いか。

 

「えー……わかったー」

 

 口を尖らせながらも、ディナは素直に従う。そして山から飛び出た1匹のゴブリンの頭を突っつくディナを横目に、オレは大きめの布袋を2つ取り出した。

 

「ユースティ、悪いけど核回収するの手伝ってくれないか?」

「え?あ、うん、わかった」

 

 頷くユースティに布袋をいくつか渡す。そしてオレも耳の山に手をかけ、無造作に広げた袋の中へと放り込んでいく。

 

 解体作業とは違い、ものの数分で山が消えた。

 

「ブランさん……これ、結構重いね……」

「まあ、200個近くあるからなあ」

 

 同時に回収を終えていたユースティから袋を受け取り、耳の入った袋ともどもアイテムボックスに放り込む。

 

「……ブランさん達って、ほんととことん苦労しなさそうだなあ」

「ん?どういうことだ?」

「なんでもないよ」

 

 なんか呆れられた気がするんだが……まあいいや、さっさとゴブリンの死体も回収してここから出よう。時間的にはまだ昼になっていないはずだ。

 

「あ、ブランさん、ゴブリンって素材に全く使えないから持って帰っても意味ないよ?」

「うん?あー……まあ、気にしないでくれ」

 

 流石に食べるためって言えない。それもディナ達が食べるって言ったらどんな顔されるかわからない。

 

「さて、出るか」

「道は覚えてる?」

「もちろん」

 

 視界に映る光の筋を辿れば問題ない。流石相棒、オレが忘れていたことを平然とこなしてくれる。

 

 灯りをともしながら洞窟を進む。ゴブリンのいなくなった帰路は、しかし上り道であったために往路と同じくらいの時間がかかった。

 

「あ、ブラン様。ユースティさんもお帰りなさい」

「やーっと返ってきたっす」

 

 洞窟を出ると、出迎えたのはなんら変わった様子のない2人。つい2、3時間前に分かれたばかりだから変わるはずもないけど。

 

「中のゴブリンはもう全部倒したので?」

「ああ、バッチリな……外の方はどうだったんだ?」

「この通りですよ」

 

 そういってラピスは、丸々膨れた袋をオレに見せる。かなりの数を狩ったみたいだ。

 

「……ユースティ? どうしたんだ?」

 

 ラピスたちの成果を受け取ってアイテムボックスに放り込むと、後ろのユースティがしきりに周囲を見回していることに気付く。

 

「いや……ゴブリンを倒したにしては随分ときれいだなって思って……」

 

「ああ、そういうことね。まあ気にするな」

 

 やったのがユズハだしな……血の一滴も残さないって、ほんとどんだけ食いしん坊なんだか。

 

 釈然としない、って表情のユースティにはあえて触れずに、オレは四人に声をかける。

 

「ゴブリンはこれで片が付いたし、もう一つの依頼――大森林に向かおう」

 

 その後オレ達が東の森を出るまで、ゴブリンの一匹とも会うことはなかった。

 

 

 

「……よし、通っていいぞ」

 

 真新しい冒険者証を衛兵から受け取り、オレ達は西の門をくぐる。

 時刻は黄昏時。太陽は森の向こうに沈んでおり、赤い陽光が雲に映る。

 

 午前中と違い、ワームの依頼は順調に終わらすことができた。獲物が見つからないというようなこともなく、また大量発生とかいった予想外の事態が起きることもなく。

 せいぜいスライムたちが欲張って森を駆け回り、10匹ほど余分に狩ったあげく夕の鐘に遅れそうになったくらいだろう。

 

 「ふう……何とか間に合ったようだね」

 

 帰り道はほとんど走りっぱなしだったため、ユースティは軽く息が上がっている。それでもへとへとに疲れ切っていないのは、伊達にランク四まで登ってきただけではないようだ。

 

 「悪いな、こいつらのわがままのせいで」

 「はあ、はあ……主、オレも頑張ったんですから労って欲しいんすけど……」

 「お前は知らん」

 

 原因が何言ってるんだ原因が。

 

 「あはは……ユズハ君、お疲れ様。それにしてもブランさんもだけど、ディナちゃんもすごいよね。あんなに走ったのに全然疲れているように見えないよ」

 

 まあ、ディナだからな。食べたもの全部が『胃袋』に栄養として収納されてるわけだし、軽く1年くらいは何も食べなくても生きれるくらいは溜まってるんじゃないか?

 

 「フンフーン♪」

 

 ちなみに当の本人は今も軽快な足取りで前を歩いており、鼻歌まで歌いだす始末だ。

 

 大通りに出たところで、夕の鐘が鳴り渡る。しかし商業街であるそこが閑散とするはずもなく、むしろここからが本番だとでも言いたげな賑わいを見せていた。

 

 人波に流され、飲まれつつもやがて商業街を抜け出す。そしてすっかり暗くなった街並みの中、ほどなくしてオレ達は冒険者ギルドにたどり着いた。

 

 木製の扉を引き、中に入る。外とはまるで対照的に、ギルド、酒場は明るく、そして人であふれかえっていた。

 

 「あ!やっと帰ってきた!」

 

 受付に座るレヴィがオレ達に気が付き手を振ってくる……今まさに手続きをしている冒険者をほったらかしにして。

 

 とりあえず仕事しろとジェスチャーを送ってから、レヴィのいる列に並ぶ。特に長い時間を待つこともなく、オレ達の順番が回ってきた。

 

 「ブラン。ずいぶんと遅かったじゃん」

 「そういわれてもな……まあ、確かにギリギリだったけどさ」

 「ふーん……依頼は確か、ゴブリンの討伐とワームの皮だったわね。どうだった?」

 

 特に心配した様子もなく、レヴィは気軽にそう聞く。

 

 「ちゃんとこなしてきた。討伐証明とかはここで出してもいいのか?」

 「……ねえ、それってもしかしてかなりの量だったりする?」

 

 初日の件があるせいか、声を落としてレヴィがそう聞いてくる。

 

 「結構多い……とは思う」

 「よしわかった、ブラン倉庫に行こう。君がそう思っちゃうなら絶対多いから」

 

 なんだろう……馬鹿にされたわけでも何でもないのに、こう、釈然としないんだが。

 

 受付から出たレヴィの後に着き、いつぞやにも入った倉庫へと入る。流石にここには明かりがついておらず、手提げランプで照らさなければ何も見えない。

 

 「じゃあ、ここにお願いね」

 

 頷き、アイテムボックスを開く。まずはゴブリンからかな。

 

 「あれ?これだけ?」

 「……いや、これだけでも十分な量だろ」

 

 どんだけ警戒されてたんだよ。一応巣を丸々一個壊滅させてるんだぜ?

 

 「ちょっと驚いた……でも、これだけだったら私でも何とか出来そうかな」

 

 そういってレヴィはランプを持ったまま、片手で器用に袋を開き――

 

 そして、動きが止まる。

 

 「……ねえ、ブラン、ちょーっと聞きたいんだけどさ……」

 

 ぎこちない動きで、レヴィがゆっくりと振り向く。その表情は驚きと困惑と、若干の怯えを混ぜ合わせたようなもの。

 

 「もしかしてこの4つの袋って、全部ゴブリンの耳、だったりする……?」

 「そうだけど……」

 

 オレが答えたのとほぼ同時にレヴィは頭を押さえる。

 

 「……うん、とりあえずこれは一旦置いておくわ。ブラン、ワームも……流石にこの倉庫に入るよね……?」

 「多分大丈夫だ」

 「……ものすごく不安を煽る返答ね」

 

 まあ、おそらく横に並べたら入らないかもな。ここって結構小さめだし。

 

 とりあえず、狩ったものの中でも大きい個体を5体、地面に並べる。数匹程度の超過は予想していたのだろう、レヴィの表情に変化はない。

 

 2段目にワームを4匹、一段目のくぼみに載せるように積み上げたところレヴィの表情が強張り始める。続いて3段目、4段目……最後に頂上に1匹積み、きれいな3角形が出来上がるころにはまるで笑い方を忘れてしまったかのような、ものすごく吊った笑顔がレヴィの顔に浮かび上がっていた。

 

 「これで全部だけど……レヴィ、大丈夫か?」

 「え、ええ……ちょっと狩りすぎじゃない?」

 「こいつらが欲張っちゃってな。帰りが遅くなったものそれが原因だ」

 「……そういうことだったのね」

 

 はあ、とため息を吐き、レヴィは再びワームの山に目を向ける。

 

 「とりあえず、この量を今日中に解体、裁定するのは無理ね。明日の夕方……いや、昼くらいまで待ってくれるかしら」

 

 別に今すぐ報酬が必要ってわけでもないから、オレとしては問題ない。

 

 「ユースティさんはそれで大丈夫ですか?」

 「はい……というより、私何もしてないから報酬を受け取っていいのかな……」

 「……あー、なるほどね」

 

 ユースティの言葉から察したのだろう、曖昧な苦笑いを浮かべるレヴィ。

 

 「報酬の分割方法は当人同士で決めることだから、私からは何も言えないわ……基本報酬ならすぐに出せるけど、どうする?」

 

 少し考えて、オレは頷きを返す。

 

 「じゃ、表に戻りましょ。ここに置いたものはギルドが責任もって保管するわ」

 

 

 

 

 ギルドの外に出ると、真冬の乾風が頬を撫でる。夜の帳が降り切った今、薄暗い街灯と窓から漏れる明かりが唯一の道標だ。

 

 「ブランさん、今日はありがとうね」

 「どういたしまして……それで、どうだった?」

 

 オレがそう尋ねると、ユースティは半笑いを浮かべる。

 

 「なんていうのかな……想像より上で、もうよくわからなかったよ」

 「まあ、自分でも多少の無茶苦茶をしてる自覚はあるからな」

 

 でもこれがオレ達の実力であり、通常なのだから仕方ない。

 

 「ユースティ、これを」

 

 ポケットから大銀貨を5枚取り出し、ユースティに渡す。

 

 「え?でも私、ほとんど何もして……」

 「ワームを一体倒しただろ?あの依頼の報酬が大銀貨4枚だったから、これでちょうど4等分だ」

 「……ホント、ブランさんたちはすごいよ」

 「こういうことはしっかりと決めときたいだけだ」

 

 少しためらいがちに、大銀貨を巾着にしまい込む。下を向く彼の横顔は、どこか寂しそうに見えた。

 

 「……機会があったら、また一緒に依頼でも受けるか?」

 「え?」

 

 なのでオレのこの言葉は、きっと意外なものだったのだろう。

 

 「まあ、なんだ。今日みたいにオレ達の依頼にユースティが混ざるのは厳しいだろうけど……なんか困ったときは、言ってくれれば手伝うよ」

 

 言いながらもだんだんと小恥ずかしくなって、オレはついそっぽを向いてしまう。

 

 「……ありがとう。その時は、よろしく頼むね」

 「ああ。任せろ」

 

 差し出された右手を握り返し、オレ達はお互いに硬い握手を交わす。

 

 「それじゃあ、また」

 「バイバーイ!またねー!」

 

 ディナが元気よく手を振り、オレ達はそれぞれ逆方向に帰路に着いた。

 




読んでいただきありがとうございます。明後日に次の話を投稿します


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33 そういえばそんなことも

 翌日。

 

 報酬のこともあるので、今日は依頼は受けなくてもいだろう。

 そう考えオレは昼頃まで宿で時間を潰し、一人で冒険者ギルドへと向かう。

 

 ギルドに入って最初に見えたのは、受付に突っ伏して居眠りするレヴィの姿だった。

 

(またかよ……)

 

 そう思いつつも、起こすべく彼女の身体を揺らす。が、返事がない。ただのレヴィのようだ。

 

(どうしたものか)

 

 他の受付口に人はいない。なのでレヴィに起きてもらわないと困るんだが……

 

 そういえば、とオレは初日の、オリヴァー流のレヴィの起こし方を思い出す。悪戯心が沸き、ちょっと試してみることにした。

 

「レヴィ、ギルマスが来るぞ」

「ひい!?」

 

 同じように耳元で囁いてみると、バッタの如き速さで彼女の頭が跳ね上がった。

 

「ごめんなさいあまりにも暇だったからついでも人が全然来ないのも悪――あれ?ブラン?」

 

 ひどくデジャブなその様子に、つい笑いが込みあがってくる。

 

「くく……レヴィ、おはよう」

「……ねえブラン、なんでその起こし方知ってるのよ」

「いやまあ、見たことがあるから?」

「……そういえばそうだった」

 

 ため息を吐き、背伸びをするレヴィ。

 

「あれ?他のみんなは?」

「報酬を受け取るだけだし、オレ1人で十分だと思って連れてきてない。それで、清算は終わったのか?」

「もちろん。私が寝るのって、仕事がなくて暇だからよ」

 

 ふーん……サボり魔ってわけじゃないのか。

 

「えーっと、確か……あったあった」

 

 引き出しがあるのだろう、レヴィが机の下から1枚の、びっしりと書き込まれた書類を取り出す。

 

「かいつまんで言うと……まずゴブリン306匹で大銀貨3枚銅貨6枚、ゴブリンジェネラル4匹で大銀貨1枚銀貨2枚、クイーンゴブリナ1匹で大銀貨3枚……ねえブラン、ゴブリンの群れでも殲滅してきたの?」

「群れというか、でかい巣を発見したから、それを潰しただけだ」

「……できれば報告が欲しかったね。潰したとしても、そこに別の魔物が住み込む可能性もあるから看過できない情報なのよ」

 

 それもそうか。完全に失念してたな。

 

「まあ、それは後で調査依頼が出るとして」

「依頼が出るのか? 情報が要るんだったらオレが話せるけど」

「ギルドとしては他にもいろいろと欲しい情報もあるしね、こうして依頼にすることにも意味があるのよ。でも、場所を教えてくれると依頼がスムーズになるかな」

「了解」

 

 オレが頷くと、レヴィは白紙の紙を机上に取り出す。

 

「方角と、だいたいの距離。あと巣の特徴をお願い」

「方角は森の入り口から北北東、距離はだいたい2キロメートル、ってところかな。結構低い崖に空いた洞窟が巣だから、そんなに見つけにくくはないはず」

「ほい……っと、ありがとね。それじゃ、次はワームの方だけど……依頼上五匹目からは少し安くなっちゃうんだよね。11匹で合計金貨4枚大銀貨4枚、核も合わせたら金貨5枚と大銀貨5枚、。肉は使い道がないから買い取るのは無理かな」

「あ、すまん。できれば核は売りたくないんだが。あと肉も欲しい」

 

 オレがそう言うと、レヴィはきょとんと首をかしげる。

 

「肉はあの子たちがいるからわかるけど……核も?」

「個人的に使い道があるんだ」

「……詮索するのはマナー違反だから聞かないけど、そうね……できれば売ってほしいけど、本人が言うのなら従うしかないわ」

 

 ちなみに核は魔道具――地球で言う電化製品の、動力が魔力に代わったようなもの――の燃料になる。ゴブリンのような小さなものでも、日常生活に必要なものである以上ギルドとしては欲しいのだろう。

 

 だけどよかった。理由を説明しろってなったりしたら実演するしかなかったし……魔力が化け物級に多い今でも、増やせるときに増やすべきだろう。

 

「じゃあ……ワームの皮から解体費用を抜いて、合計金貨5枚といったところね」

 

 ということは解体費が約5万円……うっわ、滅茶苦茶高いな。時間なかったからあのまま渡したけど、これからはちゃんと解体しよう。

 

「合計で……金貨5枚、大銀貨7枚、銀貨8枚と銅貨6枚。普通のランク四冒険者が1ヶ月でやっと稼げる額くらいあるじゃない」

 

 へえ……何気に冒険者、月収高いな。いや、武器とかそういうのにお金を使う必要があると考えたら妥当か?

 

「素材とかは倉庫にあるけど、今もう回収しちゃうかしら?」

「そうだな、できるのなら早めがいい」

 

 アイテムボックスにしまっちゃえば腐らなくなる。基本的に何でも食べるうちのスライムたちだけど、腐ったものはあまり好きじゃないとのことだ。

 

 レヴィとともに倉庫に赴くと、解体されたワームが部位別に綺麗に積み上げられている。オレはその中から肉を回収すると、別の部屋からレヴィが2つの麻袋を重そうに抱えてきた。

 

「これがワームの核で、これが報酬金よ。一応確認しておいてね」

「いや、大丈夫だ」

 

 レヴィから麻袋を受け取り、核は直接、金銭は財布にしまってからアイテムボックスに収納。別に不用心なわけではない、ちゃんと視て確認済みだ。

 

「それじゃあ、オレはこれで」

「あ、ブラン待って、まだ帰らないで」

 

 用事が済んだことだしオレが帰ろうとすると、レヴィに引き留められた。

 

「実はブラン達に対してギルマスの呼び出しがかかってて、用事とかがないんだったら今から行ってほしいんだけど……」

 

 えー……なんでまた。正直会いたくないから行きたくないんだけど。

 だけど一応上の立場の人だし、重要な話の可能性もあるから行かないわけにもいかない。

 

 渋々とオレは頷き、レヴィの案内に従い最上階の執務室へ。

 

 ノックすると、中からネブラの「どうぞー」という声が帰ってくる。

 

「お? やあやあブラン君、こんなに早く来てくれるとはねえ」

「……どうも、ギルドマスター」

 

 オレを視界に入れた瞬間、ネブラは少年みたいな笑顔を浮かべる。この人どんだけオレのこと好きなんだよ。

 

「結構急だからお茶とかは出せないけど……あ、レヴィちゃんご苦労様。居眠りしていたことは今回は見逃すよ」

 

 驚きに言葉を失うレヴィを放置し、執務机からソファへと移ったネブラが手招きする。

 

「ギルドマスター、今日はどんな用で?」

「簡単に言うと、一昨日の事件に関することだよ」

 

 一昨日の事件?

 記憶を探ってみるも、少なくともオレの関与したことに心当たりはない。

 

「ほら、アンジェリーナ君の店をごろつきたちが襲撃したじゃん」

 

 ……あ! そういえばそんなこともあったな。すっかり忘れてた。

 

「あれの調査が今朝方終わってね、君も関係者だから、報告する必要があるんだよ」

「はあ」

「随分と興味がなさそうだねえ」

 

 実際、正直なところどうでもいい。どうでもいいからこそ忘れていたし、なんでオレを狙ったかという疑問にもある程度の予想はついている。

 だけどこうやって呼び出された以上、話を聞くしかないだろう。

 

「それで、あいつらは結局何だったんですか?」

「せっかちだねえ……ただ残念ながら、それは僕からは教えられない、というか知らない話なんだよね」

 

 はい? じゃあなんでわざわざオレを呼んだんだ?

 

 訝しむ視線を向けても、ネブラはにやにやと笑ったまま。

 

「というわけでブラン君、今から衛兵所に行くよ」

 

 

 

 都市アデゥラル北西部。

 

 冒険者ギルドとは貴族街を挟んで正反対側の地区。そこには役所や衛兵所といった、政治的治安的な機関が集まる地区だ。そのため商業区が一番賑わう昼頃であっても、北西地区には人通りが多くない。

 

 ただ、多くないというのはつまりいないわけではもちろんなく、そしてその少ない人は今、そろって奇異の視線を向けている。

 

 言わずもがな、オレ達に対してだ。特にどう見ても子供なネブラは、ただの迷子に間違えられそうである。

 

 ただ、職業柄視線には慣れているのだろう、特に気にするようなこともなく、オレ達は衛兵所にたどり着く。

 

 装飾の「そ」の字もない、石積みの無骨な建物だ。どこか砦の様にも見えるが、役割的にあながち間違いでもないと思う。

 

「ん? ネブラさんじゃあないか」

 

 扉の横に立つ警備の兵が、とことこと近づくネブラに話しかける。どうやら顔見知りのようだ。

 

「やあ、久しぶり。一昨日の件で来たんだけど、入ってもいいのかな?」

「ああ、もちろん……と、そっちのが?」

 

 軽くネブラとあいさつを交わし、警備兵はオレに目を向けた。

 

「そうだよ、僕のお気に入りのブラン君。最近冒険者になったばかりだけど、かなりの実力者だよー」

 

 衛兵所の入り口に手をかけたネブラが、そう言い残しながら中へと入っている。

 

 おいちょっと待て、なんだよお気に入りって初耳だしめっちゃ嫌なんだけど。

 

 不穏な言葉とともに暴露されたオレの名前を聞いて、警備兵が少し眉を顰める。

 

「ブラン……ってまさか、決闘でヴァインの奴らを一方的に叩きのめした期待の新人って言われてるあの!?」

 

 疑い半分驚き半分に警備兵はこちらをまじまじと見る。どうやら決闘の件は、すでに冒険者間だけでなく町中にも広まっていたようだ。

 

 ……つくづく不思議なんだが、オレの容姿についての噂は何故一緒に広まったりしないのか。

 

 そんな微妙な心情が表情に出ていたのだろう、衛兵ははっとしたように首を振り、咳ばらいを一つ。

 

「し、失礼。あまり女性をじろじろと見るものではないな」

 

 違うんだよなあ……

 

「一応、こんな見た目でもオレは男ですので……気にしないでください」

「ブランくーん、受付済んだから、そろそろ行くよー」

 

 無駄だろうなと諦めながら訂正するとほぼ同時に、開け放された扉の奥からネブラが戻ってくる。

 

「それじゃ、失礼します」

 

 これ幸いにとオレは衛兵に軽く会釈し、あんぐりと口を開ける彼をおいて建物内へと入っていった。

 

 

 衛兵所内は非常に簡素な作りだ。通路には装飾など何もなく、石敷きの廊下も窓ガラスの代わりの鉄格子もただただ機能性を重視したもの。

 

 ネブラの先導に従い、3番と書かれた札の下げられた部屋に入る。

 

 室内にあったのはシンプルな長方形の机と、それを挟み込むように3つずつ並べられたこれまた質素な椅子。

 

「ブラン君はそっちね」

 

 ネブラはそのうちの入り口から遠いほうを指さし、自分は壁際にポンと置かれた椅子に腰かけた。

 

 ……なんだろう、何をどう見ても、取調室とかそんなのに見えるんだけど。

 

「……捜査の結果を聞きに来てるんですよね?」

「そうだけど、どうかしたの?」

「いや、まあ……なんでもないです」

 

 不思議そうに首をかしげるが、オレは言葉を濁す。きっと地球の知識があるがゆえに、感覚がずれているだけなのだろう。

 

 ネブラは壁際の椅子に腰かけると、どこからともなく対象の書類を取り出し、床に積み上げていく。

 

 視たところ、収納魔法の効果を持つ魔道具のようだ。非常に珍しいものだと聞いたことはあるが、ネブラなら持っていてもおかしくはない。

 

「ところで、いつくらいに始まるんですか?」

「そうだねぇ……多分だけど、少し待つことになるとは思うね」

 

 書類から目を離さずに少し考えるそぶりを見せ、ネブラはそう答えた。

 

 正直なところさっさと話だけ聞いて、それですぐに帰りたいところであるが……役所仕事は時間がかかるものだしな。

 暇つぶしがてらに、衛兵所内を少し観察してみる。3階……2階……どうやら、衛兵所は全然繁盛していない模様。多分、1時間も待たなくてよさそうだ。

 

 1階に視界を移したところで、上がる階段とは別のところに地下への階段を発見する。覗いてみると、地下階は牢屋だった。

 

 10人程度が入る牢が4つ。内2つには囚人が入れられており、またその人数は片方が11人でもう片方が5人。11人の方が店を襲撃した奴らだろう、残念ながら覚えていないが。

 

(……ん?)

 

 視界を地下2階に降ろすと、既視感のあるやつらを発見する。

 地下1階とは違う12個の独房の中に四人、ヴァインたちと、その取り巻きABCだ。

 

 そういえば、ポルコ商会の高級品を盗んだっていう疑いがかかってたんだっけか。冤罪の可能性もあるって話だったけど、結局今こいつらはどういう状況なんだ?

 

「ギルドマスター、ちょっと聞きたいんですけど」

「うん? ヴァインたちのことかい?」

「……人の心読まないで下さい」

 

 なに? 実はアラクネのハーフだったりするの? もしくは妖怪?

 

「このタイミングだからそれかなって思ったけど、大当たりみたいだね」

「それで、教えてくれるんですか?」

「反応が冷たいなあ……うーん、そうだね、ブラン君も関係あることだし教えてもいいかな」

 

 書類から目を離し、こちらを向く。

 

「彼らの罪状は窃盗。普通ならもっと軽いけど、今回のは物が物だったから彼らは懲役奴隷行だよ。期間は30年」

 

 懲役奴隷。言葉通り期間限定の奴隷のことだ。

 

「30年って、長くないですか?」

「恐ろしく高価なものだったからね。むしろ、彼らが終身奴隷になっても全額弁償できないから短いくらいだよ。盗品大破しちゃったし」

 

 ちなみにアデゥラルに限っていえば、奴隷は懲役奴隷、終身奴隷、身売り奴隷の3つに分けられる。終身奴隷も言葉通り一生奴隷な奴隷を指し、また懲役奴隷と終身奴隷は一般的に犯罪奴隷とも呼ばれている。

 

「あの、その盗品破壊したのオレ達なんですけど……」

「大丈夫、ブラン君たちが責任に問われることはないよ。ただ申し訳ないんだけど、犯罪を犯した以上は僕の管轄外になるから、決闘勝者の権利が無くなっちゃうんだよね」

「権利って、何でも言うことを聞かせられるってやつですか?」

 

 オレの確認に頷きが返ってくる。

 なんだ、そんなことか。

 

「かまいませんよ。思いっきりぶっ飛ばせたからすっきりしたし、奴隷落ちする予定ならギルドでまた絡まれる心配もないから正直要求なんてないんですよ」

 

 というかこれ以上関わりたくない。あんな寒々とする経験(ナンパ)なんてこりごりだ。

 

「君ならそう言うと思ってたよ」

 

 そういって、ネブラは書類に視線を落とす。それが終了の合図となり、ただひたすらに暇な待機時間が帰ってきた。

 

 

 

 

 そして、時間は2時間ほど過ぎていった。

 

 ……遅い、いくら何でも遅すぎる。

 

 役所仕事が長くなることはよく知っている。だけど人があふれかえってるわけでもないのに、一体何が原因でここまで待たせるのだろうか。

 

「……ギルドマスター、これ、遅くないですか?」

「うーん……普通だったらこんなに遅くはないはずだけど……」

 

 ネブラに聞いたらこう返ってきたから、オレの感覚がずれているというわけでもなさそうだ。

 

(オレ達がこうして待ってる間に何か事件でも起きたのか?)

 

 だが魔力感知で衛兵所内を探っても、2時間前同じく穏やかな様子だ。

 

 理由のわからない時間の浪費に、わずかばかりの不満といらだちを覚える。

ここからまた1時間とか待たされたら、絶対に文句を言う自信があるな。

 

 だが幸いというべきか、少しばかり待ったところで室外から、近づいてくるような足音が響いてきた。

 

 やっと来てくれたか。ぼーっと上に向けていた視線を扉の方に向けるのと同時に、勢いよく扉が引き開かれる。

 

 そしてその向こうに立っていた人物を認識すると、オレはしばらくの間――具体的に言うと、その人物が口を開くまでの間、一切の思考が停止してしまった。

 

 引き締まった筋肉に張り付いているような衣服、堀の深い厳つい容貌にはどっかの狩猟民族が如き分厚いメイクが施されており、また衣服の上には飛び散るように赤い斑点の付いた、ピンクの可愛らしいエプロンが。

 

 間違いない、というか見間違えることなど絶対にありえない。

 

 元ランク8冒険者、そしてアデゥラルの町の漢女(ヺトメ)バー店長、アンジェリーナがそこに出現していた。

 

「ごめんなさい。待たせてしまって」

 

 艶めかしさが混ざった重低音に思考は再稼働を始めるも、脳内をぐるぐると回るのは疑問(ツッコミ)だけ。なんであんたがここにいるんだ? とか外でもその化粧なのかよ! とかその赤い斑点絶対血だよな!? とか。

 

「君がここまで送れるってのは珍しいね。何かあったの?」

「ちょっと食材を切らしちゃって、この季節じゃなかなか見つからないのだったから探すのが大変だったのよ」

 

 オレの心内など知る由もなく、ネブラとアンジェリーナは言葉を交わす。

 

「ブランちゃんホントごめんねぇ。退屈だったわよね」

「い、いや全然!大丈夫でしたから気にしないでください!」

 

 慌てて否定すると、「あとでお詫びするから、それでお相子にして頂戴♡」とアンジェリーナがウィンク。

 なんだろう。アンジェリーナさんがものすごいいい人なのは知ってるんだけど、第六感が覚悟しろって訴えてきてる気がするんだが。

 だが不思議なことに、今のウィンクがどう作用したのかわからないが、思考がかなり落ち着いてきていた。

 

 とりあえず左に一個椅子を移動しながら、オレはネブラに魔力で囁く。

 

『なんでアンジェリーナさんがここにいるんですか?』

『そりゃあ、襲撃があったのは彼の店だし実質襲われたのは彼なんだから、被害者として呼ばれるのは当然だよ』

 

 あ、確かにそういわれてみればそうか。

 

 どうやら落ち着いてきたとはいっても、正常運転には戻ってなかったようだ。

 

『ところで、なんでブラン君はそんなにアンジェを苦手にしているんだい?今もこうして彼にわからないようにしてるし』

『苦手っていうか……うん、苦手か』

 

 奇抜すぎるというか、そこが見えないっていうか……意識の外からフルスイングでぶん殴られる、といえば一番しっくりくるだろうか。

 

『アンジェも昔は違ったんだけどねえ。こうなったときは、流石に僕も驚いちゃったよ』

『え、なにそれものすごく気になるんですけど』

『残念だけど、僕は教えないよ。知りたいのなら本人に聞くといい』

『苦手、って言った後にそういうのはずるいと思います』

 

 オレ達がそんな風に内緒話をしていると、再びノックが鳴らされる。

 

「失礼する」

 

 入ってきたのは衛兵所の職員男女2人。キリッとした雰囲気の男性に、後ろの女性は何やら分厚い冊子を抱えている。

 

「待たせてしまったようで申し訳ない。早速事情徴収を始めたいのだが……君が、ブランで間違いないのか?」

 

 案の定、2人はオレを見た途端に首をかしげる。そういう反応はもう何度もされているし自覚があるから気にならないけど、逆にオレは彼らのその前の言葉に疑問を感じていた。

 

「そうですけど……事情徴収? あ、これ冒険者証です」

 

 ユースティが衛兵を呼んできたときに、発音練習を中断して一回済ませたはずなんだが……

 

「……本当に本人なのか……ああ、私はマルコという。といっても、事実確認程度のものだな。変に気負いすることはない」

 

 オレの掲げた冒険者証を確認して、マルコがそう答える。

 なんだよかった、なんかの間違いでオレ達が疑われてるとか、そういうことじゃなかったか。部屋の内装も内装だったし。

 

「本人の確認もできたし、早速始めようか」

「あら?衛兵さん。私とギルドマスターは確認しないのかしらん?」

 

 オレ達の対面に腰かける2人に、アンジェリーナが腕組みしながら聞く。

 

「いや、なんというか……貴方たちは有名過ぎて、間違えることなんて絶対にないから必要がないんだ」

「そんな有名人なんて、照れるねぇ」

「随分とうれしいことを言ってくれるじゃないの。お姉さんうれしいわ」

 

 完全に意味をはき違えている2人の様子に、職員2人の口元が固まる。

 ……その気持ち、ものすごくわかります。

 きっとオレも、彼らと同じ表情をしていただろう。

 

 

 

 さて、肝心な事情徴収の中身だが、マルコの言った通り事実の確認のみだけで5分もしないうちに終わった。

 

「ふむ、記述内容と相違ないようだ……時間を取ることになってすまない、協力感謝する」

 

 もちろん、なんの問題もなく。

 

「それではこちらの調査の結果なのだが……ジェシカ」

「かしこまりました」

 

 部屋に来てから一度もしゃべっていなかった女性職員――ジェシカが、マルコの呼びかけに答えて初めて口を開く。

 

「あなた方を襲った男たちは全員が元冒険者、そして現在はスラム街に根を張っている者たちです。容疑については肯定しており、また尋問の結果動機は『敬愛する兄貴分がブランという冒険者との決闘に敗北し、そのせいで捕まったので仕返しをしようと店を襲った』というものであると判明しました」

 

 オレのせいで捕まった兄貴分……もしかして、ヴァインのことか? 捕まったかははっきりとは教えられてないけど、それ以外だとすると全く心当たりがないし。

 というか、完全な逆恨みじゃねーか。

 

「以上が調査結果です。これを踏まえたうえでアンジェリーナさん、ブランさん、どのような刑罰を望みますか?」

「……うん?」

 

 え、ちょっとギルドマスター? どういうことなのこれというか聞いてないんだけど。

 

「もしかして、ご存じないので?」

「……すみません、この街には来たばっかりでして」

「いえ、それでは仕方のないことですね」

 

 少し恥ずかしさを感じながらもオレが頷くと、ジェシカはこの街の法について説明をしてくれた。

 

 どうもこのアデュラルの町、というか実際のところ辺境地域では犯罪を犯した場合、その被害者が罪の重さと同程度までの刑罰を決めることができるらしい。例えば物を盗んだら、それと同程度のものを没収される、とか。ただ同程度って言ってもその基準はかなりあいまいだし、やりすぎってならない範囲なら基本的にはいいとのこと。また殺人、強姦は最低でも犯罪奴隷、死刑も十分にありうるのだそうだ。

 まるでメソポタミア文明のハンムラビ法典だ。

 

「今回の場合ですと殺人未遂、ただし被害は極めて少ないので、腕を切るといった今後の生活に大きな影響の出る罰は不可能といったところでしょうか」

 

 ふむふむ、なるほど……どうしよう。

 被害を受けたわけじゃないし、すっかり忘れられる程度のことでしかなかったから、刑罰を決めろと言われても全然思いつかないんだよな。

 

「刑罰を望まない場合は、アンジェリーナさんかこちらに一任することも可能ですが……」

「ねえ、あなた。私を襲った子たちと会うことってできるかしら?」

 

 ジェシカの提案にそれでいいかと思っていると、ふとアンジェリーナがそう切り出す。

 

「規則上は可能だが……」

「なら、お願いしてもいいかしら」

「……す、少しだけ待っていただきたい」

 

 そう言い残し、マルコは一旦室外へと出ていく。その口元が若干引きつり気味だったのは、きっとアンジェリーナさんがウィンクしながら“お願い”したことに関係があるのだろう。

 

 ……これ、戻ってこないとか、そういうことはないよな?

 

 だがそんなずれた心配はもちろん杞憂に終わる。おおよそ五分もしないうちに、鍵束を携えてマルコが戻ってきた。

 

「お待たせした。地下牢へ案内するので、私について来てくれ」

 




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34 噂ってものはホントろくな仕事しない

 階段を下りて、頑丈な鉄製の扉を開けて地下階へと入る。

 地下牢という言葉は暗くてじめじめとしたものを連想させるが、実際は牢内の天井付近に鉄格子付きの狭い通気口があり、そこから日光も差し込むおかげで結構明るい。

 

「起きろ、お前らに話があるそうだ」

 

 4つの牢の内右手前。マルコの言葉に、牢内の11人の男たちはオレ達に目を向ける。

 

「ひぃッ!?」

 

 そしてアンジェリーナの存在を認めた途端、悲鳴が上がった。

 

「んもう!人の顔を見て叫ぶなんて失礼ね!」

 

 プンプン! と口を尖らせるアンジェリーナに、男たちは慌てて壁際へと退避する。

 過剰にも見える怯え具合だが、無理もないことだと思う。なんせなすすべもなく一方的にボコられた上に、ハグとかキスとかをされたやつもいるんだ。オレだったら一生もののトラウマになる。

 

「アンジェ、どうどう。怒ってないのはわかるけど、大声を出すと彼らが怯えちゃうから少し押さえてね」

「だらしないわねえ……ほら、私は何もしないから、こっちに来て頂戴」

 

 なだめるようにアンジェリーナが手招きすると、恐る恐るといった挙動で数人が鉄格子のそばへと這ってくる。

 

「お、俺らに一体なんの用があるんだよ」

「……ちょっとお話があるだけよ。そんなに怖がられちゃお姉さん悲しいわ」

 

 やれやれと、額に手を当てるアンジェリーナ。

 

「は、話? 衛兵どもに聞かれたことは全部正直に答えたってのに、まだ何かあんのか?」

「確かに一通りのことは彼らから聞いたけど、こういうのはやっぱり本人と話すのが一番なのよ。あなたたちが本当に嘘をついてないかどうかもわからないし、ね」

 

 アンジェリーナのごつい掌が、おもむろにオレの肩へと乗せられる。

 

「さて、話してもらうわよ。あなたたちがこの子を襲った理由を、もう一度」

 

 このとき男たちはやっと、アンジェリーナの横に立つオレの存在に気が付いたのだろう。「そうか……そいつがか……」と憎々し気にオレを睨むが、観念したように男たちは座りなおした。

 

 

 

 アンジェリーナによるお話ことやんわりとした尋問だが、結果として収穫はほとんどない。せいぜいオレがヴァインの捕まった原因扱いされているのは、スラムが故の情報伝達の不完全性によるものだとわかったくらいで、彼らの口から吐き出されたものはジェシカの報告を多少脚色する程度のものだった。

 

「嘘は言ってないのね?」

 

 アンジェリーナが凄んでも、彼らは何度もうなずくばかり。アンジェリーナへの怯え具合から考えれば嘘はつかなさそうなものだけど……

 

「うーん……なんか違和感があるわねえ」

 

 尋問者は満足していない様子。腕を組み、5人組に対して眉をひそめている。

 

 こんな時にラピスがいれば一発でわかるんだが…いない人に期待しても意味がない。

 

(ルシファー、お前なら嘘かどうかわかったりしないか?)

(残念ながら、私では不可能です。が、そのこととは関係性が薄いのですが、一つだけ不明瞭な点が)

 

 ダメもとで相棒に聞いてみると、返ってきたのはそんな報告だ。

 

(不明瞭な点?)

(はい。なぜその男たちが、マスターの居場所を認知していたのか、という点です)

 

 相棒にそういわれオレも気が付く。

 

 確かに……こいつらはどこでオレの居場所を知っていたんだ?アンジェリーナさんの店に行くってことはせいぜいレヴィやユースティ、その他ギルド職員が知っているだろう程度だ。ギルド職員がそうぺらぺらと喋るようには思えないし、元冒険者とはいえスラム住人の彼らがギルドまで聞きに行くというのも少々考え難い。

 バーに向かう途中のオレをたまたま発見し、尾行してきたという可能性はあるが……あんな人通りの少ないところでそんなことをすれば、ルシファーが感知しないわけがない。

 じゃあ、誰かにオレ達の居場所に関する情報を与えられた? この場合はその情報源がどこから来たのかってなるが……

 

 いや、グダグダ考えても仕方ないか。張本人たちが目の前にいるんだから、彼らに聞くのが一番手っ取り早い。

 

「なあ、一つ聞きたいんだが」

「あん? なんだ? 襲った理由は何度も話したろ?」

 

 オレが口を開くと、アンジェリーナの時と比べ明らかに態度が高圧的なものへと変わる。実際のところオレは彼らとは戦ってないから、舐められるのも仕方ないのだが……なんかむかつく。

 

「……アンジェリーナさんの店に襲撃したとき、お前らはオレがいると知っていたようだけど、一体どこでそれを知ったんだ?」

 

 努めて冷静に疑問を吐き出すと、明らかに男たちの様子がおかしくなる。一瞬前までの高圧的な態度が一変、受け答えする口がどもりだし、仲間たちと何度も視線を交わしていた。

 

 ……あっれー? こんなに露骨な反応が返ってくるなんて想像してなかったなー。まあ、絶対に誤魔化せないくらい露骨だから、何かあることは簡単に確信できたが。

 

「ど、どこで知ったも何も俺らは――」

「お姉さん、嘘をつく子にはお仕置きするのが一番って思ってるのよねえ」

「ひぃッ!?」

 

 バキボキッ、ともはや骨を折ってるようにしか聞こえない音がアンジェリーナの指から発せられると、男たちは再び悲鳴を上げる。

 

「どうかしら。正直に話してくれれば、お姉さん何もしないわよ?」

「……」

 

 だが男たちは怯えつつも口を割ろうとしない。漢女のお仕置きよりも、真実を話す方が彼らにとって不都合が大きいのだろうか。

 まあ、だからと言ってアンジェリーナの脅しかけは終わったりしないけど。

 

「うーん。最近運動不足で、身体がなまってきちゃってるのよねえ」

「……」

「筋肉にもちょっとだけ柔らかさが出てきちゃったし」

「……」

「ねえ衛兵さん。これを開ける鍵って持っているのかしらん?」

「なっ……」

「いや、流石にそれは規則違反になるので開けることはできない」

「……」

「あらそう……まあ、これくらいの太さなら、簡単に曲げられるのよね」

「すみません! 実は雇われていたんです!」

 

 鉄格子に手をかけるアンジェリーナに、ついに耐え切れなくなったのだろう。一人の男が綺麗に五体投地をしながらカミングアウト。

 

「ちょ、お前何ばらしてんだ! これじゃあ――」

「はーい、そこのあなた。ちゃんと話してくれたいい子なんだから、暴力を振っちゃだめよ?」

「は、はい!」

 

 もちろん、脅しに耐えていた他の奴らに叩かれかけるが、アンジェリーナの一言で一瞬でおとなしくなった。

 

「それで、雇われてたってのは一体どういうことなのかしら?」

 

 

 

 

「――つまり、その仮面の男があなたたちをそそのかし、ブランちゃんたちを襲わせた、ってことでいいのかしら」

 

 確認するアンジェリーナに、男たちは首を縦に振る。

 

 男の話をまとめると、どうやら最初彼らはオレに怒りつつも、仕返ししようとは思っていなかったらしい。敬愛する兄貴ことヴァインを決闘で倒したという噂が流れていたおかげで、自分たちでは勝てないと半ば諦めていたとのこと。

 だがそこに現れてきたのが仮面の男。そいつはスラムの男達の集まりに突然割り込んできたと思ったら、彼らの知りたがっていることについて詳しく教えた。

 もっとも、『決闘の相手は卑怯な手を使った』『君たちの兄貴分が捕まっているのは、その相手がそう要求した』『ギルドの制止などもあったが構わず強行した』などといった完全に男たちを焚きつけるための嘘の情報。そしてそれを聞いて頭に血が昇る彼らに、男は提案をしたのだ。

 『君たちの兄貴分を倒した冒険者――ブランという冒険者を誘拐して欲しい』

 そういった旨の依頼とともに、男は金貨が50枚余り入った布袋を彼らに渡したらしい。『それは前金で、成功した暁には同じだけの金貨を払おう』とも付け加えて。

 もちろん、日々の生活も苦しい彼らが大金を手に入れられ、そして仕返しもできるその依頼を断るはずもなく、詳しい事情も効かずに男の情報をもとにバーを襲撃。

 その結果が、今に至るというわけだ。

 

「あなたたちがその男とあったのはいつ頃?」

「襲う2日前です。というより、やつの依頼を受けてから二日後にそのガ……子供の動きを伝えられたので襲いやした」

 

 ふむ……やはりどうやってオレの行動を把握していたのかが気になるが……この様子じゃあこいつらは知ってなさそうか。

 

「念のために聞くが、お前らはその男について何か知っていたりするか?」

「ああ? 知るわけないだろ? 話ちゃんと聞いてたのか?」

 

 ……念のためって言ったよな?お前らは人の質問にもまともに答えられないのか?

 思わずそう言い返したくなったが、すんでのところで何とか飲み込む。落ち着け、切れても何の得もないんだ。

 

 と、オレが引きつりそうになる頬を押さえていると、ふとネブラが口を開いた。

 

「ねえ、ちょっと思ったことがあるんだけどさ。話がそれるかもしれないけど、言ってもいいかな?」

「ええ」

 

 アンジェリーナが頷くのを確認すると、コホンとネブラが咳ばらいを一つ。

 

「もしかして君たちがそれを隠したがってたのって、釈放された後にまたブラン君を襲おうと考えてたり……やっぱり、図星のようだねぇ」

 

 隠し事がばれたときと同じように露骨に目が泳ぎ回る男たち。

 こいつら……アンジェリーナさんのフルボッコに懲りてないのかよ。

 

「まったく、無謀なことを企むものだねぇ君たちも。そもそも、君たちの刑すらも決まってないのに」

「く、こうやってバレたんじゃあやりたくてもできやせんよ。……バレなかったとしても、そいつのいるところじゃできねーが」

 

 横目にアンジェリーナを一瞥しながら、男はそう吐き捨てる。

 

「うん? ……あー、そういえば君たちって、正しい情報を聞かされていないんだっけ」

 

 何言ってるんだ? とネブラは首をひねるが、すぐに男たちの勘違いの理由を察した。

 

「正しい情報?俺らが嘘を教えられたっていうんですか?」

「まさにその通り。まず一つ訂正するとブラン君、ヴァインをぶっ倒すのに卑怯な手は一切使ってないよ」

 

 楽しそうに目を細めるネブラと対照的に、信じられないという様子で男らの目は見開かれる。

 

「はぁ?! あんた、マジで言っているのか?」

「マジマジ。決闘の審判を務めた僕が言うんだから、嘘なわけないでしょ」

 

 だがネブラのおちゃらけた言い方が悪いのか、男たちは半信半疑、いや七信三疑といったところだろう。オレを見るその目線は格下のものを見下すそれから、得体のしれない気味の悪いものを見るそれに代わっていた。

 

「僕を疑うかは君たちの自由だよ。だけど忠告を一つ。……彼らに今度喧嘩売ったら、確実に死ぬよ」

 

 最後だけトーンが下がり、表情から笑いの消えたネブラに男たちは思わず唾を飲む。

 ……流石に殺しはしないんだけどなぁ。まあ、また喧嘩売られるのは面倒だし、脅しになってくれればいいか。

 

「あと、ヴァインが捕まったのも彼らのせいじゃないよ。彼らは君達同じく罪を犯したから捕まっただけ。そうでしょ?」

「え? ああ、その通りだ」

 

 衛兵であるマルコの肯定によって、男らはこれが確実に嘘ではないと理解する。そして彼らの驚きの表情は、見る見るうちに神妙なものへと変化していった。

 

「なんだよ……結局俺らがやったことって意味のないことだったのかよ」

「……どういうことだ?」

 

 思わずオレは聞き返してしまう。

 

「お前を捕まえたら、兄貴への要求を取り消してもうつもりだったんだよ」

「……意外だな。てっきり金だけかと」

「はっ。確かに金も欲しいがな……そんなもんより、俺らにとっては兄貴が重要なんだ」

 

 卑屈めいた笑いを浮かべて、男はそうこぼす。不思議なことに、オレはそれが男の、牢内に座る全員の本心であることがすんなりと理解できた。

 

「そんで、まだ聞きてーことはありやすか?」

「いや、もうない」

「私もないわね。あなたたちの事情はよく分かったし……」

「なら、むち打ちでも奴隷行きでも、何でもさっさと刑罰を決めて下せえ」

 

 殊勝な態度の男らに、ネブラは二、三度瞬きを繰り返す。

 

「随分と素直なんだねぇ。てっきりもうちょい抵抗してくるかと思っていたんだけど」

「こうなった以上、俺らにゃ何も出来やせんからね。牢に入っても結局兄貴とは会えずじまいだしよ」

「ふぅん……ま、ごねられたら時間が無駄になるだけだし、僕としては好ましいね。それでブラン君。どうするんだい?」

 

 どうするって言われても……やっぱり、直接な被害が皆無だったせいか、話を聞いた後でも怒りとかが全く沸いてこない。

 やっぱり、アンジェリーナさんに任せるのがよさそうだ。

 

「ま、そうだろうとは思ってたよ。アンジェ」

 

 やれやれと肩をすくめ、ネブラはアンジェリーナへと視線を流す。

 

「そうねぇ……」

 

 アンジェリーナはすぐには答えない。頬に手を当て、考えるようなしぐさで男たちを見下ろす。その細められた瞼の裏から覗く瞳には、まるで値踏みでもするかのような冷たさが宿っていた。

 

 ごくり。

 

 誰かが唾を飲む。やがて少しばかりの静寂の後、アンジェリーナはその口を開く。

 

「……じゃあしばらくの間、私の店で雇わせてもらおうかしら」

「「「「「「……へ?」」」」」」

「あら? もしかして嫌かしら?」

 

 そう問いかけるアンジェリーナに、男たちは困惑の眼差しを向ける。

 

「えと……つまり、奴隷落ちってことですかい?」

「あらやだ違うわ、“雇う”って言ったのよ。奴隷みたいに不自由を課すつもりもないし、給料もだすわ」

「……マジですかい」

「あら? もしかして嫌だったかしら?」

 

 一斉に男たちは首を横に振る。

 

「自分で言うのはおかしいんだろうが……軽すぎやしやせんか?」

「だって、好きに決めていいのよね? 前々からちょっと人手が欲しいって思ってたからちょうどいいのよ。今私の店は2人しかいなくて、買い出しとか大変なのよね」

 

 呆然とする男達。そりゃそうだ、罰を与えられるとしか思っていなかったのに、舞い込んできたのは雇用要求。しかもその上――

 

「だ、だが俺はあんたをナイフで刺そうと……」

「気にしなくていいわ。少しだけ刺激的なアプローチだったわよん」

 

 ぶるり、自ら名乗り出た男は身を震わす。

 命を狙ってきた人間を自らの懐に招き入れる。そんなことができる人間は、果たしてどれほどいるのだろうか。

 正直なところオレも驚いてるし、職員2人も口が半開きだ。ただ唯一ネブラだけは予想していたようである。

 

「じゃ、それで決定でいいかな?」

「ええ。……念のために確認するけど、問題ないわよね?」

 

 職員二人に振り返り、アンジェリーナが尋ねる。

 

「あ、ああ。おそらく……ただ、前例がないので私たちだけでは刑期などの判断が……そもそも、刑になっているのだろうか」

「私としては3、4年は働いてほしいわねえ。その間ずっと私の監視下にいるわけなんだし、あなたたちとしても文句はないんじゃないかしら?」

「……なるほど」

 

 マルコが納得の声を漏らす。

 

「彼らへの用事はもう済んだと考えていいですか?」

「そうだねえ、2人ともまだ何かあったりする?」

 

 ネブラの問いかけにオレとアンジェリーナは首を横に振る。

 

「では、一旦先ほどの部屋へ戻りましょう。申し訳ありませんが、上の判断が下るまでお待ち願います」

「わかったわ……あ、あなたたち、私の店で働くからには覚悟してねん」

 

 ウィンクとともに、男たちにそう言い残すアンジェリーナ。

 何かを察したように震えあがる男たちを後に、ジェシカに案内に従って先ほどに取調室へと戻った。

 

 

 

 

「思ったよりも長くなっちゃったねぇ」

 

 衛兵所から出ると、朱色の陽光が建物を照らす。

 昼頃に冒険者ギルドに行ったことから、4時間以上衛兵所にいただろう。アンジェリーナの提案がマルコ達だけじゃあ判断できないと聞いたときはまた長くなるなと思ったが、やはり暇な日なのだろうか30分も待つことなく結果が帰ってきた。ちなみに何の問題なく許可は下りたが、やはり前例がないので手続きに数日必要とのこと。完了次第通達するということで、オレ達は解放されたのだった。

 

「ねえ、ブランちゃん。あなた達今日はまだ忙しいかしら?」

 

 相変わらず一通りのない政務区を3人で帰っていると、アンジェリーナにそう尋ねられる

 

「いえ、特に何もないですけど……」

「なら、私のお店に来ないかしら? 待たせちゃったお詫びもしたいし」

 

 ……うーん、あのバーか……この時間、普通にお客がいそうなんだよな。もしオレの想像通りだったら正直なところあまり会いたくないんだが……

 

「ハニーもいるだろうから、自慢の料理も出せるわ」

 

 なんですと?

 付け加えられた一言に、行きたくないという気持ちが大きく揺らぐ。

 前行った時は会うことができなかったアンジェリーナの奥さん。どんな人かものすごく気になる。果たしてどんな女性……いや、そもそも女性だと決まったわけじゃない。というか男性の方が可能性は高い気が……いやいや、流石にないか?……もし女性だったとしても、かなり変わった趣味を持っていそうだな……

 

「……行きます」

 

 一分程度の逡巡の結果オレはそう答えた。

 所詮、怖いもの見たさには勝てなかったのだ。

 

「じゃ、決定ね。ギルマスはどうかしら?」

「そうだねえ。思ってたより時間かかっちゃったし、仕事がまだ残っているから僕は無理かな」

「あらそう、残念ね」

「あはは、時間ができたときに顔を出させてもらうよ」

 

 苦笑いを浮かべそう返すネブラ。

 そう話しているうちにオレ達3人の足は、商業区へと侵入した。

 




読んでいただきありがとうございます
予定よりも多く書き溜めを吐き出してしまったので、次の更新までまた時間が空くことになります。具体的には数カ月程度には


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