妄想墓場 (ひなあられ)
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おおかみくんが幼女を拾うお話

幼女戦記より


 ヨーロッパの古森は、南の森と違って閉塞的だ。拒絶し、拒み、隔て、恵みを産まず、慈悲を遮断する。南はとても平和な木々が立ち並んでいた。暖かで感情を持ち、一年というサイクルの中で様々な感情を見せてくれる。

 

 それに比べてここはどうだろう。常に深い霧と静寂が支配し、四季による変化もどこか薄暗い。特に冬などは死が支配する鈍銀の迷宮と化す。何人たりとも立ち入る事を許されない土地。そんな古森に俺は住んでいる。

 

 人を拒む不気味さは、俺のような者からすると全く違う意味を持つ。静寂は静謐。薄暗さは安寧。死の象徴は見事な芸術品。全てを包む神秘に理解を求める方が無粋と言うもの。知りたがりの人間は、知らない物に恐怖しか抱かないのだから。

 

 そんな森の中を獲物を求めて彷徨い歩く。この辺り一帯は俺の縄張りであり住処。侵入する不埒な輩は全力で排除するに限る。この季節だと東の大熊か、それとも西の蝙蝠か。

 

 かつて崇められた神の跡を踏み、森の途切れをなぞるようにして見回っていると、嗅ぎ慣れた匂いが鼻をつく。

 

 また、あの空か。

 

 そうだった。最近は空からもやってくるのだった。大熊が空を舞う古鷲をはたき落としてやったと自慢していたのを思い出す。しかしアレには敵わないのだろう。

 

 曰く名状しがたい混ざった匂い。人と信仰と新しい神の匂い。喰み殺してやろうかとも思ったが、今更一人二人を殺した所で止まらないだろうと考え直す。

 

 

 その内一際大きな爆発と共に、ボロ切れが目の前に落ちて来た。強い新しい神の匂いを感じる。使徒でも遣わしたのだろうか。はて、見る限りまだ終末ではなさそうだが。神話の始まりでも語り出したのか?

 

 落ちたボロ切れを確かめるべく、久方ぶりに森の外へ踏み出す。近頃急速に力を高めた神の切れ端。気まぐれな感情に誘われるのも悪くは無い。

 

 近づいて見てみれば、それはボロ切れなどではなく人だった。それも幼げな女。否、幼児に等しい齢の貧弱な子供。まだ10にも満たないであろうか弱い命は、黒焦げに焼けた身体を外気に晒して空を睨んでいた。

 

 何を怨むのか。人か定めかそれとも人を外れた者共か。その有様に一片の興味を抱く。成る程面白い。この幼子に宿る魂、輪廻を外された堕ち者か。

 

 それは情け。或いは憐憫。そして好奇心。かつてそうであった俺と同じ境遇ならば、助ける理由になり得よう。

 

 僅かに残った布切れを喰み、自身の住処へ持ち運ぶ。血と硝煙に揉まれた荒々しい匂いを鼻に焼き付けながら、入り組んだ古森を駆ける。

 

 俺は白。白闇の大狼。霧を引き連れる者。人の名残を宿し、銀と言う弱みを持つ男。人の信仰により人の知恵を得た者。

 

 呼び名は数あれど、人は俺をこう呼ぶだろう。

 

 即ち狼男と。




神や悪魔の存在や、その他の空想上の生き物が認知されている割に、そう言った神秘は無いんですよね。フェアリーとかサラマンダーとか。

なので狼男を出して見ました。全長10メートルを越す文字通りの怪物。元ネタはモロとヘルシングのあの人です。


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緑の少年

まさかのクロスオーバー。


「いやー助かりました。これ、お礼です」

 

「あ、どうも」

 

「学生さんも大変ですね。こんな仕事普通引き受けないでしょうに」

 

「んー、そうでもないですよ。自分の本職でもありますし」

 

「はい?」

 

「いや、此方の話です。それでは」

 

 

 下水管の清掃はたしかに学生の仕事じゃ無いよね。この都市ならではと言うか何というか。

 

 数日前、この近くで能力者同士が争ったのか下水管が破裂した。その影響で流れ出た汚物の清掃に各地の職員はてんやわんやの大騒ぎ。自分も近所に住んでいたので、その手伝いをした次第だ。

 

 それに色々とお世話になっている。何せ僕の能力の起点となる存在だしね。これが無いと不便なんだ。

 

 特徴的なエンブレムの付いた緑の帽子をかぶり直し、他人よりも大きな鼻を弾く。一仕事終えた後のルーチンという奴だ。

 

 明日はいい日になりそう。空は快晴だし、都会にしては珍しく星も見える。良いことをしたと言う実感もあるし、スッキリとした気分である。また明日も頑張っていこうか。

 

「おっと、危ない」

 

 目の前に黒猫が飛び出して来た。僅かに靴が滑ったけど、幸いにも止まる事が出来た。黒猫の方はビックリして立ち止まっている。

 

 しゃがみ込んで目線を合わせ、手を開いてみせた。意味は伝わらないだろうけど、こういうのは気持ちが大事。動物にだって心はあるんだよ。

 

「ほら、怖くないよ。そんなに慌ててどうしたんだい?」

 

「…にゃー」

 

「ふむふむ」

 

「にゃにゃにゃ!」

 

「ほうほう」

 

「にゃぁー!にゃっ!」

 

「ごめんね、流石に猫語は習得してないんだ」

 

「にゃぁ!?」

 

「でも何となく言いたい事は分かったよ。友達がピンチなんだね?」

 

「にゃあ!」

 

「それじゃあ案内してくれないかい?もしかしたら力になれるかもしれないよ」

 

「にっ!」

 

 付いて来いと言わんばかりに威勢良く走り出した黒猫を追うべく、能力を使いながら走り出す。この子にこんなにも思われている人が、何かしらの助けを必要としているなら助けてあげるべきだ。その人はきっと良い人だろうから。

 

 表の通りを抜け、踏み入れたのは薄暗い裏路地。何処かすえた臭いの漂うその空間に、嗅ぎ慣れない臭いが混じる。

 

 鉄の混じった命の臭い。それは嗅ぎ慣れずとも分かる臭い。誰かが助けを求めて足掻く証。

 

 それが分かった時点で、いの一番に駆け出す。懐から禍々しい色のキノコを一本取り出してすかさず飲み込む。グンと加速する足、靡く風がより強くなり、抵抗を受けながらも更に加速する。

 

 やがて暗闇の中に倒れ臥す栗色の髪の毛と、白く嗤う人影が見えた。迷う事なく飛び出し、倒れている人を助け起こして飛び退く。今はこっちが最優先。足元で心配げに鳴く黒猫をよそに、首筋に手を当てた。

 

 

「……あァ?誰だお前ェ…」

 

「しがない配管工さ。それよりも、この状況を説明してくれると助かるかな」

 

 

 腕に抱き抱えた人影…まだ幼さの残る少女は無残に事切れていた。息を引き取ってから然程時間は経っていない。それは目の前の人間が、彼女に手を出した事に他ならなかった。

 

 

「キヒッ!愉快な野郎だなァ?そいつを見てそんな事言えるなんざァ、お前ェ大した奴だぜェ?」

 

 

 酷い、いや酷い。手足は潰され、胸に穴は開き、顔は判別出来ない程削られている。正直、どうしてこんな事が出来るのか不思議なくらいだ。

 

 それでも僕にとっては些細な事。大丈夫、この程度なら『生き返る』。

 

 懐を漁って取り出したのは、緑に光る禍々しいキノコ。それを開いた胸に押し当てる。

 

 ピロリロリーン!

 

 

「……こほっ、けほっ!…ここは…?とミサカ00002号は疑問を呈します…」

 

「なんっ!?」

 

「やぁ、目が覚めたかい?君はもしかしたら悪夢でも見ていたんじゃないかな?酷く魘されていたよ」

 

「そんな、そんな筈はありませんとミサカ00002号は困惑します」

 

「こんな夜更けまで遊ぶのは感心しないなぁ。さ、あっちに行けば表通りだ。歩けるかい?」

 

「…わかりました。親切にありがとうございますとミサカ00002号は報告が先だと判断して立ち退きます」

 

 

 パタパタと走っていく少女を見送り、クルリと闇の方に向かい直る。驚愕に眼を見開きながらも、油断なく構える白い男…。さて、どうしたものやら。

 

 

「…テ、メェ、なンだ?何の力だそりャ?」

 

「さあなんだろう?実は僕もよくわかっていないんだ。だけどそうだね…まるで『ゲーム』の様だと、僕は思うよ」

 

「ざけんじゃねェぞゴラ!」

 

 

 白い男がダンッと地面を踏む。するとアスファルトが次々とめくり上がり、僕に向けて殺到するではないか。

 

 どんな能力なんだろう?でもきっと強力な能力に違いない。今の一撃で、僕は一回『死んだ』。

 

 てぃうんてぃうんてぃうん…

 

 

「ん、と。危ないなぁ…。普通だったら死んじゃうよ…」

 

「…あァ!?んだそりャ!」

 

「ここまでされたら黙っていられないね。ちょっと御免よ」

 

「にゃっ!」

 

 

 足元に縋り付く黒猫を拾って、懐に『仕舞う』。明らかに物理法則を無視した挙動の筈なのに、とても自然に黒猫は懐に消える。

 

 さっきの一撃で跳ねた緑の帽子を被り直し、オーバーオールの内側から奇妙な花を取り出した。花らしく極彩色でありながら、どう見ても花と言うにはファンシー過ぎるソレ…。顔ついてるけど花だよね?うん、キノコも顔ついてるけどキノコだし問題はない。

 

 その奇妙な花は左手の平の上で弾ける様に消え、オーバーオールと服の色を反転させる。青かったオーバーオールは緑に、緑の服は白に。

 

 そして…。

 

 豪、と手の平から炎の玉が飛び出した。グッと腰を捻り、ボールを投げる様にして火の玉を投げる。

 

 相変わらず物理法則の物の字も無い挙動を見せる火の玉。地面の上をボールの様に跳ねながら白い男に向けて飛んで行く。

 

 

「マルチスキル…か?益々訳分かんねェなこの野郎!」

 

 

 再び突風が吹き乱れ、火の玉は呆気なく四散。しかしその突風は、火の玉に当たったところでピタリと止んでしまった。まるで攻撃同士が相殺してしまったかの様に。

 

 もう一度眼を見開く男目掛けてダッシュ。舌打ちと共に放たれた金属の柱がすっ飛んで来て腹に突き刺さる。…が、気の抜けた音が辺りに響くとアッサリ再生。色の反転は元に戻ってしまったが、速度だけは落ちる事なく向かっていった。

 

 

「ンの、野郎がァ!」

 

 

 ガバリと突き出された手。触れた途端、全身に感じた事も無い激痛が走り、視界が真っ赤に染まる。皮膚の下に蠢く血管が破裂した感触を直に感じながらも、右の手をグーの形に握りしめた。

 

 テレッテテレッテテー♪

 

 復活。

 

 

 その場でギュンと一回転。スピンアタックと呼ばれるその攻撃は、白い男の下顎にクリーンヒットして吹っ飛ばす。

 

 一回、二回とバウンドして、地面にぐったりと伸びる男。きっと訳が分からないだろう。何をされたのか、何をしたのかすら分からないと思う。安心して欲しい。僕も原理は全く分からないんだ。

 

 でもこれだけは言える。僕はきっと不死身に近い身体を持っていて、攻撃だけでなく相手を癒す事すら出来てしまう。大抵の物事は器用にこなせるし、こなした物は不思議な力が宿る事さえある。

 

 この街では原石と呼ばれていて、僕自身は『ゲーム』と認識している力。大体の人はその訳の分からなさに戸惑う事だろう。そりゃそうだ。僕だって戸惑う時があるし。この前なんて紙みたいにペラペラになった。ワケガワカラナイヨ。

 

 

「あぁそうだ。言っておくけど、僕を殺したかったら後99回殺さないと駄目だよ。さっき一回死んだから後98回だね。…あれ?」

 

 

 動かないよ…?ヤバ、もしかして今のでダウンしちゃった感じ?どうしよう、この時間まで病院やってるかなぁ…?

 

 診療時間外だけど、取り敢えず行きつけの医者の所まで運んで行こう。きっと表の病院だと断られてしまうだろうし…。

 

 うーん、軽いなぁ…。ちゃんと食べてるのかなぁ?そりゃ打たれ弱い訳だよ。やった事は許される訳じゃ無いけど、かといって放っておくのもねぇ。

 

 

「…あ、晩御飯どうしよう…。カップ麺でいいかな…」

 

 

 そんなどうでもいいことを呟いて、暗い裏路地を抜け出した。空の星は都市の明るさに塗り潰されてしまっているけども、遠くの月が眩しく輝いて街灯の侘しい光に色を添えている。

 

 暗がりより明るい方が歩き易いねぇ…。うん…なんだか面倒事が起こりそうな予感がするよ…。




という訳で、とあるとマリオのクロスでした。しかもルイージだし…。

理由?マリオよりルイージの方が好きだからです。あまり深い意味は無い。

色々チート系の能力ってあるけど、多分マリオシリーズよりチートな物って無いんじゃ無いかなぁ…?そんな事を考えて書きました。概念を力にする奴ら相手には丁度いいんじゃないですかね?

ざっと思いつくだけでも、巨大化、発火能力、発冷能力、極小化、岩石化、召喚能力、亜空間能力、透明化、無敵化、etc…。RPGも合わせればもっとですよ?その上で車も医者もゴルフもテニスもバスケもサッカーも出来るって…。

あ、ちなみにアクセラレーターを殴れたのは、ダメージ後の無敵時間によるものです。どのシリーズでも一貫したシステムなので、攻撃に使えるんじゃ無いかと。


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リアルラック最低のSAO

 デスゲームという単語を知っているだろうか。

 

 その名の通りただのゲームが死に直結するというふざけた代物だ。

 

 有名どころで言えばカ○ジや神様の○う通り、未来○記辺りだろう。

 

 負け=死という方程式はどのデスゲームにもお馴染みであり、それがなければデスゲームとして成り立たない。

 

 

 何故俺がこの話をしたかって?そんな事言って、本当はもう分かってるんじゃないか?

 

 

 つまり俺もそのデスゲームを体験しているということだよ。しかもクリアには2年以上かかると予測されている、最低のクソゲーだ。脱出条件はただ一つ、このゲームをクリアするしかない。

 

 問題はそのデスゲームクリアにおいて、必須の条件が俺には欠けているということ。

 

 

 反射神経?頭脳?確かに大事だ。それなくしてはゲームを進められないし、持っていればきっと有利に進める事が出来るだろう。

 

 だがそうじゃない。どんなにゲームが上手くても、どんなに頭脳に優れていても、死ぬ時には死ぬ。それはもうアッサリと。

 

 愚鈍でも愚かでも白痴でも害児でも悪人でも狂人でも殺人鬼でも、そいつがあればどんな奴にだって勝てる。胸糞が悪い話ではあるが、その条件に人格は関係ない。ただ持ってる奴だけが生き残れるのだ。

 

 

「ぅ、ぉおおおおおお!」

 

 

 ポリゴン片が弾け飛ぶ。それは敵の物か自分の物かさえ判別出来ない。無数に繰り出される触手を避ける。避けて避けて避けて、やっと出来た隙につけ込んで仮装の命を刈り取った。

 

 HPはとうに危険域を通り過ぎている。真っ赤に染まったゲージが焦燥を煽る。それでも足は止めない。ただ駆けて疾って切って切って切り刻んで、また駆ける。

 

 形振りなど構っていられない。少しでもダメージを与えるために、振るわれ終えた触手に噛み付く。その上で滅多刺しにして、耐久力の残っていない剣をぶん投げた。

 

 

 リトル・ペネント

 

 

 リトルと名はついちゃいるが、軽く人の数倍はある巨躯と、長い二本の触手を持つウツボカズラ型のモンスター。攻撃の頻度は並であり懐に潜れば対処は容易いものの、溶解液という液体をかけられると装備の耐久値が削られてしまう。

 

 単体で行動することが多く、ぶっちゃけ雑魚レベルの思考ルーチンしか無いので、慣れれば対処は容易。

 

 ただしこのモンスターは『実付き』という個体がいる。そいつの実を攻撃してしまうと、一定範囲内にいるペネントを無数に引き寄せた上で袋叩きにされる。

 

 その『実付き』の個体が二体。既に実を割られ、周囲に独特な匂いのする粉を撒き散らしていた。

 

 

 ビッグ・ペネント

 

 

 その名の通りデカイ個体。あまり特筆すべき事はないが、単純にデカイので攻撃範囲が増大している。HPも多い。

 

 

 マザー・ペネント

 

 

 で、こいつ。マジお前ふざけんな。こちとらレベル5だぞ。スキルだって吟味中のバリバリ初心者プレイヤーだぞ。しかもここ第一層なんだが。なんでテメーみたいなクソモンスが湧きやがるんだオイ。

 

 他のペネント共と違い、その根はしっかりと地面に埋まっている。ウツボカズラ状の袋が無数に並んだ大木の様な姿をしており、気を抜くと枝から降りてきた袋に飲み込まれそうになる。

 

 しかも地面にもその袋が存在しているようで、まるで落とし穴のように底が抜ける。周囲の地面と比べるとその色は一目瞭然なのが救い。…穴の中に猪の骨が入っていたんですがそれは。妙なところ拘らなくていいんで、このクソゲーどうにかして下さい。

 

 一番問題なのは、幹にあたる部分からリトル・ペネントを量産する事にある。つまりこいつがいるだけで無限リポップ状態なのだ。ほんとマジふざけんな。

 

 お陰様でレベルも2つ上がったよ。まるで嬉しく無いけど。死神が小躍りする姿が見えるんだけど。レベルアップしても喜んでくれるのは死神だけってどういう光景だよ。シュール過ぎて笑うわ。

 

 攻略本必至に読み込んだし、色々と装備も整えたし、周りの奴らが引くくらい草原で猪狩って練習した上で挑んでこのざまだよ。いやほんと、クソだなこのゲーム。茅場死ね。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 日が沈んで朝になり、その先はよく覚えてない。半分寝ながらの攻防だったように思う。ただ死にたく無い一心で戦い続けた結果、俺は装備を全ロストしながらも、マザーペネントを打倒する事に成功した。

 

 そんで今現在、おそらく戦い始めてから2日目の昼。俺は村の門前で土下座してます。

 

 念の為もう一度いう。土下座している。

 

 それはもう綺麗な土下座だ。誠意を込めた、誰に見せても恥ずかしくない土下座。しかし門番は渋い顔で入門を拒否する。

 

 何故だ、何が駄目なんだ。勢いか?勢いが足りないのか?

 

 そうか勢いが足りなんだな。ならばよし。

 

 

 俺は立ち上がり、数十メートル程距離を取る。両手の指を地面につけ、腰を高く上げる。右足を引き、低い体勢からの猛ダッシュ。

 

 陸上競技でもっとも使われるといっても過言ではないその姿勢。クラウチングスタートを華麗に決めた俺は、門番の手前数メートルの付近で倒れこむようにジャンプ。

 

 両足を畳み、地面に擦り付けるように頭をさげ、手は額に添えるように八の字を保つ。そのままの姿勢で地面に着地し、残り数メートルを減速に使った。

 

 見たか、この流れるようなスライディング土下座を。

 

 お願いします。入れてください。もう2日も寝てないんです。限界なんです。ご飯も食べてないんです。お金ならあります。なんならスイートルームとって村に貢献します。だから入れて下さい。

 

 

「駄目です」

 

「そんなご無体な。あ、お靴お舐め致しましょうか?」

 

「あなたの格好はハラスメント行為に該当します。それ以上ここにいるのであれば、強制的にジェイルに送ります。10秒前…8、7」

 

「ぬがぁぁぁああぁあ!クソ茅場ぁあのやろう絶対ぶち殺す!死ね!マジ死ね!すぐ死ね今すぐここで死ねぇえええええァァあああ!」

 

 

 その日、とある村の門前で咆哮するパインチ全裸の変態が居た。

 

 

 というか俺だった。

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 食うことは喜びだ。全生物に許された快楽。これ以上の至福などあるものか。あぁ、俺は生きている。生きているぞ世界よ。俺は世界に感謝する。食うという行為を与えた神を賛美しよう。

 

 ただし茅場、テメーは駄目だ。とりまリンチな。

 

 

「なはははは、よく食べるねェお兄サン」

 

「貴女が女神であらせられたか。神よ、この出会いに感謝致します」

 

「ちょっと大袈裟じゃないカ?」

 

「大袈裟なものか。捨てる茅場あれば拾う女神だ。…ファッキンクソ茅場、地獄に落ちろ…」

 

「うーン、見事にダークサイド決まってるねェ。ま、私じゃなくても助けるヤツはいただろうけド」

 

「何を言う。ifはどこまで行ってもifだ。だから助けてくれた事に感謝する。ありがとう、君は命の恩人だ」

 

「まぁ、流石にパンイチ全裸で行き倒れてたらねェ…。手を出さない訳にもいかないシ」

 

 照れ隠しのようにそっぽを向く恩人を微笑ましく思いながら、目の前の料理を完食した。パンイチ全裸の変態から、半袖短パンに身を包む一般ピープルにジョブチェンジ。これは大きな進歩に違いない。服は文明の証だとしみじみ思うね。

 

 

「それにしても、どうして倒れていたんだイ?ここら辺りに苦戦するようなモンスターはいないはずだけド」

 

「………聞いてくれるか?少し長くなるんだが」

 

「いいゼ。職業柄、聞かない訳にもいかないしナ」

 

 

 少し間を置いて話を整理する。そうだな、事の発端はアニールブレードの確保からだった。

 

 アレの取得にはリトルペネントの胚珠が必要と攻略本には書いてあった。だからリトルペネントのスローターを開始した訳なんだが…。

 

 初っ端で実付きにエンカウントしてな。流石にヤバイと思って逃げたんだ。あぁ、初っ端からだ。正直ふざけるなと思ったよ。

 

 それでも道中で何匹か狩りながら進んでいたんだが…。帰り道に件の実付きがいてな、泣く泣く遠回りをしたんだ。そしたら遠回り先でも実付きが出現してな…。このままでは帰れないと思って、取り敢えずそいつを処理する事にしたんだ。

 

 ん?勿論安全は確保したとも。石畳みが敷き詰めてある祭壇みたいな所があってな、ここにはデカイ切り株があるんだが、不思議とリトルペネントが湧きづらい所なんだ。攻略本にもあったろ?あそこは準セーフティーエリアとして活用出来るって。

 

 そこで戦えば、万一実付きを割ってしまっても数匹狩るだけで済むからな。取り敢えずトレインして戦ったんだ。

 

 おまけで一匹くっ付いてきた事を除けば計算内だったし、安心して戦っていたんだが…。その内の一匹の消化液を避けた時にな、事件が起きたんだ。

 

 奴等ってフレンドリーファイアするんだよな。ちょっとふざけんなって思ったよ。そうだよ、ご想像の通りだ。吐き出された消化液が、よりによって実にぶち当たって割れたんだよ。

 

 それでも現れたのは数匹。危ないがなんとか切り抜けれると思ってたんだ。…なのに、よりによって実付きが呼び寄せられてな。ホント死ねよと思った。クソゲー過ぎないか?

 

 割と被弾しながらなんとか善戦してたんだが、やっぱり限界が近くてさ。ふと目を離した隙に実付きの野郎が逃げ出したんだよ。別に逃げる分には構わないし、放っておいても害はないだろうと高を括ってた訳だ。

 

 そしたらそいつ、逃げる時に実を枝に引っ掛けて割りやがったのさ。もう変な笑いしか溢れなかったね。狭い範囲に破れた実付きが二体って、なんのシャレにもならんわ。

 

 もう絶体絶命。これは死んだと諦めた時、更にクソッタレな出来事がぶち上がりやがった。ホント茅場死ね。何がデスゲームだよ、ただのクソゲーだろこれ。

 

 あの祭壇っぽい場所にある切り株、アレがなんか知らんが再生しやがった。しかも明らかにボス臭い名前を引っさげて、咆哮みたいな演出付きの豪勢なヤツをな。

 

 一瞬で真顔案件だよ。アイツ頭おかしいんじゃねーの?なんなんだよあのクソコンボ。ゲームですらない何かだよ。死ねよ茅場。

 

 そんですったもんだあって、消化液のせいで装備全ロストして今に至る。

 

 

「………と、言う訳だ。いやー、ほぼ死にかけだったから助かったよホント…」

 

「おおゥ、よく生きてたなお兄サン」

 

「後半辺り意識無いよ?気づいたらパンイチで朝日浴びてんだもん。未だに生きてる事に実感が持てないわ」

 

「それだけ聞いたらギャグなんだけどなァ…」

 

「まぁなんだ、暫くはまた猪で練習するよ。レベルは上げたいけど、死にたくは無いし」

 

「いやいや、そこまでやれるンならもう少し前に進んでも良いと思うヨ?お兄サンプレイヤースキルは高そうだシ」

 

「………そうか?ならちょっと進んでみようか」

 

「うんうん、お兄サンなら行けるサ!ま、なんか見つけたらこのアルゴを呼ぶといーヨ?」

 

「なんでだ。…もしかして攻略組なのかアンタ」

 

「ナハハハハ、違う違う。オネーサンは情報屋なのサ。だから常に新しい情報に飢えているって訳ヨ」

 

「へー情報屋ねぇ…。あ、もしかしてあの攻略本の作者って、アンタか。いつもお世話になってます」

 

「いーよいーよそんなの。…で、幾らで売るんだい?初回利用って事で色は付けてあげてもいいけド?」

 

「ん?…あぁ、この情報も商品になるのね。中々悪どい商売してんなアンタ。…別にいくらでもいいわ。売りたい奴に売ってくれ」

 

「おー太っ腹だねお兄サン。それじゃ、売れたら連絡するから、フレンド登録だけお願いするヨ。売りたい情報があったら是非呼んでくれナ?」

 

「りょーかい」

 

 

 女神ことアルゴ様のフレンドコードの入手に成功したぜ。これは幸先が良いな。まだクエスト報酬の片手剣は入手してないが…ま、どうにでもなるだろ。適正レベルは余裕で超えてる訳だし。

 

 適当に量産の剣でも買い占めるかな。金ならあるんだ金なら。…もう二度とあんなピンチはごめんだが。

 

 防具と武器を買い揃え、早速始まりの街を出る俺。

 

 この数十分後、腕慣らしのためにスローターしていた猪のリポップが止まり、意気揚々と森に入った所で『クイーンエリザベートボア』とか言うリジェネ持ちのクソエネミーとエンカウント。

 

 始まりの平原でHPと装備耐久値半減させた雑魚PS野郎がへばっていた。というか俺だった。

 

 

「ファァァァァァァ○ッッッッッッーーーーー!」

 

 

 あぁそうそう。デスゲームにおいて必須の条件は何だったか言ってなかった気がする。

 

 もう分かるだろう。この世で一番必要で、デスゲームおいて必須の要素。それはある意味世界の法則であり、絶対に抗えないルールでもある。

 

 

 

 俺には絶望的に『運』が無かった。

 

 

 

 

 この先、やっていけるのだろうか…。



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リアルラック最低のSAO 2

 このゲームは何ゲーなのか?

 

 いや間違いなくクソゲーの類なんだが、そういう話じゃない。かと言ってRPGと言うのも少し的外れだ。

 

 俺が言いたいのは、このゲームは何を主体にしているかと言うこと。スキル制なのか、それともステータス制なのか。その違いによって、育てるべき方向性が定まる。

 

 結論から言ってしまうと、SAOはスキル制のスキルゲー。ステータスは然程重要視されていないようで、割振れるステータスの値は力と素早さしかない。

 

 ………非常に残念な事に、このステータスに関しては選択の余地は無い。何故かって?俺のリアルラックがクソだからだ。秒間辺りのダメージは、おそらくどちらの極振りでもあまり差はないだろう。敢えて言うならバランス型が最も効率がいい。敵に攻撃を当てれる速さと、殺しきれる火力を併せ持てるからな。

 

 しかし、俺に関して言うとそれは当て嵌まらない。多分バランス型だと近いうちに積む。それは素早さ特化でも同じ事だ。その理由を、今から実演してやろう。

 

 セーフティーエリアから一歩踏み出す。その途端、俺のすぐそばでエネミーがポリゴン片と共にリポップ。ここにきてから20回は見たその光景に思わず眼が腐るが、それはそれ。もう慣れたものだ。

 

 

 コボルトABCが現れた!

 

 

 とりあえず真ん中のお前、ちょっと死んどけ。

 

 片足ブッ刺して片膝ついた瞬間に顎を蹴飛ばす。仰向けにひっくり返ったコボルトの脳天に全力で片手剣を振り下ろした。これを三回繰り返せばコボルトパーティーは全滅する。な?簡単だろ?

 

 ただまぁ、相手も無抵抗というわけじゃ無い。当然両側から追撃が入るが、それをバックステップで躱す。互いを棍棒で叩きあったお馬鹿二匹の首を、ソードスキルであるホリゾンタルで斬り飛ばした。

 

 無抵抗ではないが、馬鹿ではないとは言ってないぞ。あいつら割と脳みそクルクルパーだし、バレッバレの罠でも簡単に引っかかるからな。

 

 さて、ここからが本番だ。

 

 

 コボルトABC

 コボルトリーダー

 コボルトアーチャーが現れた!

 

 

 こ れ だ よ 。

 

 クソが、なんでテメーら徒党組んでやがんだ。ABC共々盾を構えてるし、派手な兜被った奴が指揮とってるし、遠距離攻撃持ちの奴が後方で待機してやがる。

 

 特に厄介なのがあの派手な兜を被ったリーダー格。あいつがいるだけでパーティーの知能指数が爆上がりする。ついでにプレイヤーに対して有利なバフを味方にかける特殊技能付きだ。ちょっとふざけんなって思いますね。須らく死ね。

 

 

 取り敢えず愚痴はここまでにしよう。

 

 

 このふざけきったエンカウント率、ここにステータス振りを限定される要因がある。こうまでして囲まれるとブン殴って殲滅するのが一番手っ取り早いのだ。そして、もし仮に負けたとしても簡単に逃げ出す事が可能。…そうなってくると、AGIを上げる必要性が薄いんだよなぁ。

 

 コボルトの特徴。人型で背が低く、武器を扱う器用さはあれど知能が低い。ここでネックになるのは『背が低い』こと。それは攻撃が当たる範囲が小さくなるのと同時に、走るのが遅くなるのを意味する。

 

 コボルトのくせにこいつらは致命的に足が遅い。しかも短足なので結構な確率で転ぶ。足を引っ掛けると、これまた面白い様に転ぶ。俺は面倒なのでブッ刺すが。

 

 何が言いたいのかって?つまり力に極振りしようが、背を向けて走れば振り切れるのだ。挟まれてもその脇をくぐり抜けて突破可能。お馬鹿なので追いかける判断を下すまでが遅い。

 

 で、だ。

 

 レベル云々ではなく、裏技的な安全マージンを確立出来ているならば、速さに振る必要性が薄れる。それだったら力に振った方が有意義だ。

 

 そしてもう一つ理由がある。それは俺のリアルラックが雑魚ということ。つまり…分かるだろう?俺は他人よりも多く狩らないといけないのだ。

 

 ちなみに、今連続100回くらい物欲センサーに邪魔されている。なんで目玉が出ないんだこんちくしょう。アレか?抉れば良いのか?ジュネーブ条約なんぞ糞食らえだ。徹底的に解体してやる。

 

 

 放たれた弓矢を掴み、リーダー目掛けてぶん投げる。運のいい事に目玉に突き刺さった。これでリーダーは封じれたな、幸先がいい。

 

 生意気にも盾を構えるコボルトに近寄り、ガッチリと立てられた盾を掴む。そして盾に隠れていない足を払い、無様にすっ転んだコボルトを殴りつけて盾を奪取。捻って攫うようにぶん回すと楽に取れる。これ豆な。

 

 剣を抜いたリーダーの目前まで接近し、奪った盾の縁で殴り飛ばす。今のステータスだと確定でスタンが入るのが有難い。確定万歳様様ご苦労さんってか?

 

 奪った盾は俺の所有物ではない。…何を言ってるんだと思われるかもしれないが本当だ。これのダメージ判定は『アイテム』であり『武器』でない…。要するに装備状態に無いので、武器として扱われていない。

 

 なので当然ながら与えるダメージも低い。だが攻撃を防ぐ事においてこれ程優秀な物も無い。なんせ元手はタダだしな。ただし物理演算による微量なダメージからは逃れられないが。

 

 盾は良いぞ。なにせこれ一つで、防御攻撃奇襲の全ての動作ができる。さっきやったように殴れば攻撃になるし、当然ながら防御にも使える。そして、相手のタイミングに合わせて突っ込めば、相手の武器を奪う事だって可能だ。

 

 やり方は簡単。相手の武器を弾くのではなく、手をぶっ叩くだけ。振るわれてる最中の武器は重くなる。そんな物を緩んだ手で保持しきれる筈もないし。

 

 しかしその攻撃で盾が壊れてポリゴンと化す。だがそれがどうした。

 

 

「待てやコラ」

 

 

 武器を失い逃走を開始したコボルトの耳を掴み、肉盾にして弓矢の攻撃ともう片方のコボルトの攻撃を防いだ。全く、コイツら血も涙も無いな。なぜ仲間を攻撃出来るんだ嘆かわしい…。

 

 瀕死のコボルトなんぞ何の役にも立つわけもなく、邪魔なので剣の柄で脇腹を殴ってトドメを刺した。何だかんだ使える小技の様なものである。こうすると耐久値をあまり減らさずに攻撃出来るのだ。

 

 盾を奪ったコボルトを転ばして滅多斬り、邪魔しようとした無事な方のコボルトには盾を投げつけておいた。こうなってくるとアーチャーなど者の数ではない。だってあいつ攻撃外すし。

 

 ちなみにリーダーはまだ伸びている。呑気なもんだ。

 

 顔面に盾がクリーンヒットしてのたうちまわるコボルトの首を刎ね、ついでにリーダーの顔面を踏みつけて殺す。武器の耐久値勿体ないからね。仕方ないね。

 

 健気にも腰の短剣を抜きはなって突進して来たアーチャーを、すれ違いざまにホリゾンタルで真っ二つにして戦闘は終わった。今日も普段と変わらないようで安心である。

 

 

「…あ、クソ、目玉抉るの忘れた…」

 

 

 ………目玉は…ドロップ無し。武器の強化に必須なモンスターのドロップ品。それが出ないならば、当然俺の装備は最低ランクという訳で。

 

 武器の強化が出来ない。なら何をもって狩を効率化させる?そんなもん、自分自身が強くなるしかないだろ。俺のステータス振りが決定されている理由の一つである。

 

 他にも、素手で殴り合うなら速さよりも力を上げておいた方が色々お得だとか、裏技的ソードスキル利用法には力のステータスが重要だとか、敵の装備を奪いやすいとか、スタミナに多少の補正がかかるとか、本当に色々だ。

 

 これでもバランス型とどっちにするか悩んだ。それはもう真剣に悩んだ。でもさ、なによりも致命的な理由が一つあるんだよね。

 

 さっきの戦闘でも浮き彫りになったようなモンだけど、この短時間に比較的強キャラと連続でエンカウントしている。パワーレベリングも良いところだが、俺が言いたいのはそうじゃない。

 

 運が悪すぎてしょっちゅうピンチになるという事だ。

 

 考えてくれ。そんな奴にパーティープレーが可能だと思うか?答えは当然NOだ。むしろ全力で排他されるに違いない。

 

 MMORPGというジャンルでそれは致命的。クソデスゲーのくせして縛りプレイとはまた高度な話だな。茅場の野郎を積極的にブチ殺したくなるような話だ。

 

 運が悪いって…それもうどうしようもないような気がするんだが。いや昔からそうだし、諦めついてる節もある。だがそれでもこれはないだろ。………よくよく考えたらこれデスゲームじゃねぇか。既にどん底だったわ。

 

 

 割とどん底で色々とアレでアレだが、まぁまだなんとかなっている。せいぜい2日に一回くらい準エリアボスと殴り合うくらいだ。…アレ?割と命の危機じゃね?

 

 …む、足音。これはプレイヤーか。なら隠れるか。ちょっと諸々の諸事情で姿を現わす訳にはいかないからな。

 

 そんな訳で柱の陰に隠れていると、ワイワイガヤガヤとプレイヤー一行が現れた。前衛3人に後衛2人。理想的で堅実そのものって感じの編成だ。

 

 

 えーっと、あったあった。アルゴの攻略本。…『第一階層。主なモンスターはコボルト。基本的に一匹のみとエンカウントし、場所によっては三匹程で徒党を組む。ごく稀に5匹以上のパーティーを組むが、同数であれば対処は容易。ソロの場合は逃走を優先。前衛3、後衛2が理想的』。

 

 …大丈夫そうだな。もしパーティーに当たっても対処できるだろ。いざとなりゃ逃げればいいし。

 

 この辺りは主に俺のせい…俺のせいか?…非常に遺憾だが、俺のせいで強力なモンスターがポップする。恨み言は俺ではなく茅場に言って欲しい。乱数くらい調整しとけやクソが。

 

 ほら噂をすればパーティーのお出ましだ。…いきなり眼前ポップかよ、壊れるなぁ。

 

 

「なぁ!?おい戦闘準備!集団だ!」

 

「お、ラッキー。経験値稼げそうだな」

 

「ここら辺は一匹でしかポップしないもんなぁ。流石にこの人数だとレベルも上がりにくいぜ…」

 

「文句言うな。命大事に、だろ?」

 

「それもそうだな」

 

 

 うんうん、アレこそ理想のプレイスタイル。俺のような常時ピンチの背水スタイルとは違うね!…言ってて悲しくなってきた。

 

 前衛が攻撃を受け、後衛が後方から突く。アーチャーの攻撃も大きな盾で堅実にガード。体制を崩せば隙の少ないソードスキルでHPを削る…。

 

 いいなー、仲間いいなー、俺もパーティープレイしたいなー…。…はぁ…。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「おい!あんなん見た事ないぞ!」

 

 

 ん?…んん?なんだ?

 

 ヒョイっと柱の影から顔を出すと、そこには大きな陰。体躯はコボルトだが大きさが桁違いで、人の3倍は優に超える。手には巨大な肉切り包丁。不気味にこびり付く赤黒い染みは、控えめに言ってもおぞましさしか与えない。

 

【ザ・コボルトスローター】

 

『ゴルァァァォア!!!!』

 

 

 化け物に相応しく野太い雄叫びを上げ、眼前にいるコボルトを『寸断』しながら包丁をぶん回す。圧倒的な体躯から繰り出されたその一撃は、コボルトを斬り飛ばして尚勢いは衰えず、前衛の一人を吹き飛ばした。

 

 場は一気に阿鼻叫喚の坩堝と化す。連携もクソもないソードスキルが飛び交い、そんな攻撃など意にも解さない化け物が変わらず包丁を振るう。五人のうち2人のHPがイエローに入った時点で、プレイヤー達の間には濃厚な死が影を落とす。

 

 

 …なんだアイツか、そういえばもう2日経つな。狩をしてると必ずと言っていいほど現れやがるんだよなー。もう見飽きたわ。

 

 うん、アイツらには悪いけどアレは俺が貰おう。どうも荷が重そうだし。…でもなー、この格好で出るのはなー…。でも人の命には変えられないしなー…。

 

 ええいままよ。

 

 

「フゥ☆エエエエエァァァォァア!」

 

 

 おいそこの、そんなヤバイ薬を決めたヤバイヤツを見る目で見るんじゃない。これはれっきとした戦法だ。システム外スキルとか呼ばれるヤツの一つだ。

 

 このSAOにおけるモンスターには、全てに共通した特性がある。それは乱入したプレイヤーに対して、必ず視線を向けるということ。芸が細かいと言えばいいのか、『音がする方とプレイヤーがいる方を必ず向く』ようにモンスターの行動パターンは固定されている。

 

 更に言えばそうやってタゲが移動したモンスターは、行動を最初に巻き戻す。…要するにエンカウントした時に起こすモーションを、必ず行うということ。

 

 それはどのモンスターでも殆ど変わりない。若干の違いはあれど、絶対に起こすのだ。

 

 ついでに音と存在を同時に曝け出すことで、視線を移す条件を二重に達成させる事もできる。するとソードスキルでいくらタゲを奪おうが、それを帳消しできるほどのヘイトも稼げる。

 

 

 新たな小蝿が飛び込んできたとでも言いたげな、見下したように一瞥。取り敢えずは目の前の小蝿を叩き、それから相手しようと顔を正面に向け…。

 

 思いっきり二度見した。

 

 

『ヴェ…ゔぇぁっ?』

 

「ィィィィィイイイイヤッフゥゥゥ↑☆」

 

 

 手前でジャンプ!そしてドロップキック!見よこの滞空時間!あとその反応は予想外!二度見はないだろテメェ!何処に二度見する要素があるというんだ!

 

 確かに諸々の事情で全裸パンイチの頭がウツボカズラだけど!どう見ても変態のそれだけど!

 

 

『ゴ、ゴルァァァォア!!!』

 

「ンーフフフフ…死に晒せゴルァォア!」

 

 

 そうだよ、そっちの反応だよ。その『威嚇』のモーションだよ。その反応が欲しかったんだよ。

 

 このエンカウントしたモンスターが必ず行う『威嚇』のモーション。この間モンスターは基本無防備だ。このモーション時にはどんな攻撃をしても反撃は来ない。

 

 そしてこの反応を応用し、意図的に『威嚇』を誘うように動き回る…大声を出しながらの奇襲を繰り返すと、『威嚇』のモーションをさせ続ける事ができるのだ。

 

 そうすればソードスキル叩き込み放題、しかもタゲだって1人に固定できるというハメ技が可能になる。な?小技どころか壊れ技だろ?ちなみにこの情報のお値段10万コル。アルゴ曰く、そう簡単に流出させていい情報では無いらしい。

 

 この場合はタゲ取り以外に用途は無いけどな。知らぬが身のためだよパーティー諸君。

 

 

「ヘイそこの!」

 

「な、なななな、なんだテメェ!?」

 

「喋った!?コイツ喋ったよ!?」

 

「モンスターか!?いやイベントか!?なんだコレ!ホントなんなんだお前!」

 

「足腰立つかい?元気は一杯だな!ならば良し!さぁ全力で逃げるのだ!コイツは俺が引き受けた!」

 

「よし逃げよう。無理だ。なんかもう無理だ。取り敢えず帰って寝るぞお前ら。きっと疲れてんだ俺達」

 

「賛成」

 

「右に同じ」

 

 

 人間度を越したパニックを起こすと冷静になるよね。さぁ帰った帰った。ここからは俺のターンってな。

 

 バックステップ、しゃがみ、宙返りで大振りな攻撃を躱し、本命の突きを片手剣でいなす。ツバのない包丁は手をガードする物が無いので、そのまま指を攻撃。カウンターに近い要領だったものの部位欠損は起きなかった。いつも思うがタフ過ぎんだよテメェ。

 

 返す剣で手首の筋、なぞるように腕の筋繊維、すれ違いざまに脇の下、刃を返して内太もも、振り返られる前に脇腹を切り裂く。轟、と振るわれた包丁を剣の腹で流し、遊んでいる片手を斬りつける。

 

 

『ゴ、ル、ォォオオオオァァア!!!』

 

 

 来たな狂乱状態。コイツただのレアモンスの癖して、ボスのような暴走状態が存在するのだ。この間は基本的にスーパーアーマー状態なので仰け反らない。つまりソードスキルを使うと、ほぼ確定でカウンターを叩き込まれてしまう。

 

 だからといって何も手がない訳じゃない。それに今の俺は超レア装備を持っているので、対処はごく容易い。最近はボーナスモンスみたいな扱いだ。

 

 ブンブン振り回される包丁から大げさに距離を取り、隙を見計らって身体を反らせる。何気に高度なAIを積んだコボルトスローターが警戒して立ち止まった。その硬直が命取りってね。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 思いっきり身体を倒す。ものすごく大げさなお辞儀にも見える行為だが、当然のようにモンスター相手にはなんの意味もない。プレイヤーなら動揺を誘えるかもしれないが、それはそれだ。

 

 そうしてぶん回された俺の頭部…ウツボカズラを模した、というよりその物な被り物から、ベッと黄土色の液体が飛び出した。

 

 粘着質でスライムにも見えなくもないその液体は、コボルトスローター目掛けて飛んでいく。大きな体躯を持ち、なおかつ迷宮の狭い壁に阻まれたコボルトは、避ける事なく包丁の腹でその液体を受けた。…受けてしまった。

 

 

 ジュウウウウウ

 

『…ルルルゥ』

 

 

 武器防具の耐久値を大幅に低下させる溶解液。リトルペネントの持つ特殊攻撃だが、なにもプレイヤーが使えないとは言ってない。

 

『マザーペネントの未成熟捕虫頭陀袋』

 

 それがこの頭装備の名前だ。見た目はモロにウツボカズラ。効果は絶大かつ強力で、見た目さえ気にしなければ非常に優秀な装備である。

 

 日に10回使える溶解液攻撃、回復速度と回復量の補正、耐久値の自動回復、STRに補正…。もう装備なんてこれ一つで十分と言えるくらいのぶっ飛んだ性能だ。

 

 ただし溶解液攻撃をするには大げさにヘッドバッキングする必要があるし(変態度+20)、食い物でも飲み物でも摂取するには頭に放り込まないといけないし(変態度+50)、耐久値の回復はHPと変換な上に、回復モーションは何故かツタに身体を貫かれる(変態度+30)。

 

 どう見ても取り憑かれてるよね?しかもこれ装備解除には窓を開かないと外れないし。外力じゃスナッチだろうが奪取不可能ってどんだけだよ。確実に寄生されてんじゃねーか。

 

 しかも溶解液が自身に若干降りかかるせいで、防具の類の損耗が激しい。今俺が全裸なのは、アンダーウェアに耐久値が存在しないからだ。決して趣味で全裸な訳じゃないぞ?もうなんだか慣れて来たけど。

 

 そんな訳で俺の見た目は、全裸パンイチで片手剣を持ち、頭はウツボカズラに寄生されている人型をした何かである。…あれ、これ二度見必須じゃね?

 

 

『ヴォルルルルルォア!!』

 

 

 ギラッと一際大きく輝く包丁。ソードスキルの前兆だ。コイツ理性失ってるくせにいっちょまえにそんなもん使いやがってクソ野郎…。

 

 だがチャンスでもある。

 

 上段から袈裟斬りに振るわれるであろう包丁を前に、こちらは下段から斜切りにする軌道でソードスキルを放つ。片手剣単発ソードスキル、スラント。

 

 体躯の差の関係から、こちらの腕の回転速度の方が早い。よって相手のソードスキルが命中する前にこちらのソードスキルがヒットする。

 

 その着弾場所は相手の身体のどこでもない。狙ったのは巨大な肉切り包丁の方だ。溶解液で耐久値を削られ、目に見えて金属の光沢を失っていた包丁は、これといった抵抗もなく断ち切れた。

 

 

『ヴァル!?』

 

「ヘイヘイ袋叩きの時間だオラァ!」

 

 

 武器破壊による強制的なソードスキルの阻止。いかにスーパーアーマーといえど硬直まで無効化する訳ではない。

 

 こうなったらもうやることは一つだ。剣の耐久値も勿体ないので、ひたすら殴打に限る。コイツの行動ルーチンはどこまで行ってもコボルトなので、武器を失うと逃げる一択なのだ。

 

 取っ捕まえて馬乗りからの殴打。ひたすらに殴打。悲鳴を上げようが呻き声を上げようが命乞いしようが殴打。そら死ねすぐ死ね今すぐ死ね。貴様の顔面ボコボコにしたるぞコラ。もうしてるけど。

 

 

「シャオラァ!」

 

 

 殴り続けること五分。ついにポリゴン片と化したコボルトの残骸の上で勝鬨を上げた。もう慣れ過ぎてなにも感じないんですが。

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 迷宮区最終区域。巨大な大扉を前に、俺は感動で咽び泣いていた。

 

 …すまん言い過ぎた。咽び泣きはしなくとも、感動で少し足が震えている。こんなクソリアルラックの俺でも、ゲームプレイは可能だという事が今、証明されようとしているからだ。

 

 長い…本当に長い道のりだった。ここに至るまで一ヶ月と二週間。同時期に攻略に挑んだ奴等はもう遥か先の階層まで進んでいる。だがそれはそれだ。まずはこの瞬間を喜ぼうではないか。

 

 もう既にボスは倒されているので、俺がすべき事は階段を上がるだけ。たどり着く先は二階層の街だし、当然ながら多くのプレイヤーもいるだろう。

 

 それでもこの感動は誰にも邪魔させない。そうだ、何よりもこの俺がこの場所に立っている事。それこそが奇跡のような物なのだから。

 

 あぁ、この一歩はきっと小さな物だろう。だけど俺にとっては偉大な一歩だ。未来の確固たる希望への一歩。

 

 いざ二階層へ!

 

 俺は大扉に手を掛け、その扉を押し開けようとした。

 

 

 

 

 開かない。

 

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

 

 押す、引く、スライドさせてみる。…開かない。

 

 

 

「…んん?」

 

 

 

 フッと、扉横の松明が消えた。

 

 

 

「お?なにこれ?」

 

 

 

 次々と消えていく松明。光が消えていく筈なのに、何故かボンヤリと光る大扉。そして発光する俺。

 

 …何これ。隠しイベ?

 

 

 俺の身体からボッと四つの光球が飛び出す。その光球はくるくると回転して扉の前へ。そして大扉に空いていた窪みに次々と嵌り、重々しい重低音を奏で始める。

 

 大扉に刻まれたレリーフがギチギチと変化し、4本の肉切り包丁をクロスしたような紋様に変わる。赤々と輝いていた松明は寒々しい青に変わり、大扉の表面を舐めるように揺らめいた。

 

 

「………おい。…おい、待てよ」

 

 

 ガゴン、と扉が開く。いっそ清々しい程の重圧、流れ込む熱気にも似た圧力、これっぽちも隠しきれていない不気味さ。

 

 開いた扉の奥には大広間が広がっていた。それは迷宮の終点、そして今はもう何の役目も果たさない筈の空っぽの部屋。

 

 …行くしか、無いんだろうな。

 

 ここまで来て引き下がるのもバカらしい。今までどれだけ辛酸を舐め続けたと思っているんだ。今更一階層のボスが再復活した程度で狼狽えるなよ、別に楽勝だろう?

 

 なんせ俺の今のレベルは25だ。スキルもこのレベルにしてはイかれてるとしか思えない程に熟練度が上がっている。どれもこれも、ふざけたエンカウント率が起こす唯一の報いのようなもの。ただしアイテムは寄越さないがな。

 

 本気だ。本気で行く。

 

 今まで温存していた武器防具。狩に出れば連戦は必須な為に使ってこなかった強力な武装。それらを全て装備した。流石にグレードは一階層のものだが、そこいらのプレイヤーの物よりも遥かに上だ。

 

 ただし強化は全て失敗している。…貴重なドロップ品なのになぁ…。念願のアーニールブレードすらフルコンボで失敗したんですがそれは。一番試行回数多い筈なんだけど。

 

 

 扉の枠を踏み越えた。押し潰すようなプレッシャーは更に濃くなり、青色の灯りがボンヤリと部屋を照らす。

 

 その広間の奥。王座の前で跪く大きな人影。…いや、あれはコボルトだ。コボルトにしてはかなり痩せ気味で、醜く膨らんだ腹も短い手足も無い。より人型に近付けど、根本が犬であるような存在。人型の器用さを示すかのように、手には長い杖を持っていた。

 

 

『………ルル…ルルォゥ…ルルォゥル…』

 

 

 王座の前に跪いて何事かを呟く。コボルト語なんてものは当然わからないが、何と言っているのかは何となくわかった。

 

 多分アレは王の旅立ちを嘆いている。モンスターが『泣く』なんて初めて見たが、さほど驚きはしなかった。このゲームのAIは、時として人間さえ超えかねない情緒を見せるからな。さっきの二度見だって、普通はあんな事しないだろ。

 

 

『……グル…ルォゥ』

 

「よぉ、別れの挨拶は済んだか?」

 

『ルルルルゥ…ルルルォオオゥ…』

 

「言葉わかんねーっての。それに、俺達がすべきことはそうじゃ無いだろうが」

 

『…ルル』

 

 

 人影が立ち上がる。化け物に相応しいが、少々小柄な2メートル強程の身長。手には長い杖、翻るようにはためくローブ、コボルトの物とは思えないほど深い知性を見せる銀の眼。

 

 

 

 

【リベンジング・ザ・コボルトミニスター】

 

 

 

 

 

「上等だ雑魚犬野郎!その間抜けなツラしこたま殴ってやるから覚悟しやがれ!」

 

 

 開幕ブッパ広範囲薙ぎ払い炎攻撃をソードスキルで強引に相殺し、硬直が溶けた瞬間にインファイトに持ち込む。

 

 驚いている暇はねーぞ犬っころ。まだまだ先は長いんだからな!



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ヘタレクソ雑魚男の暗殺

 俺には自慢出来るような特技がない。

 

 勉強が出来るとか、運動が出来るとか、そういう類の才能が無い。だけどそれに対する焦りも無い。なんとなく、周りの指示に従って生きているだけの人形のような生き方をしている。

 

 だからまぁ、俗に言うお受験というヤツをして、名門の中学に入ったのも別に他意はない。親からそう言われて入っただけだ。

 

 そんなモチベーションで入った中学に、思い入れなど起きる筈も無く。

 

 部活にしてもクラブにしても、どれもこれもがガチガチのガチなやり方だし、勉強に至っては一つ抜けるだけで一切付いて行けない。当然と言えば当然だがやる気はカケラも起きず、テストではいつもドンケツ。

 

 結果、E組という最底辺のクソ雑魚クラスに追い落とされた。

 

 親からは勘当的な宣言を頂き、自分の全財産と多量の荷物を持って追い出され、割と底辺彷徨った一年の夏休み。親曰く『A組になるまで戻って来るな』との事。

 

 普通に育児放棄じゃないのかと思ったが、案外なんとかなったので良しとする。元々自炊もしてたくらいだし、今の懸念なんて貯金や保険が効かないとかそんな程度だ。

 

 そんなもん成人すればどうにでもなるだろう。ならなかったら適当な人を頼れば良いし。

 

 他の人から見れば甘ったれたクソ野郎みたいな目で見られるのは百も承知だ。しかしモチベーションが全くない。むしろ生きる事にさえモチベーションが持てない。

 

 もう高校卒業したら普通に就職しよ。そんで底辺の生活でも最低限生きてればそれで良いわ。

 

 割と社会から見放されたような生活を送る内に、反抗する気概すら失せてしまい、そんな破滅的な考えを持つようになった。それでも何かしようとする気力も湧かず、最近の悩みといえば高校の学費をどうするかと言うことぐらいである。…バイトか、それとも奨学金で何とか行けるか…。でも勉強する気は全く無いしなぁ…。

 

 サボるために入った物置小屋の隙間の空いた天井を眺め、先の見えない未来を漠然と思ったが、やはり何も思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 そんなこんなでのんべんだらりと春休みを過ごし、三年新学期初日の今日。いつものように机に座って退屈な授業を受けようと教科書をだしていたら、なんかとんでもない物が入ってきた。

 

 一言で言おう。タコだ。しかも真っ黄色で人の背丈ほどもあるタコだ。何故か服を着ている上に、頭の部分に顔の付いたタコが入ってきた。

 

 …なんだアレ。いや、待ってくれ。…なんだアレ。

 

 多分五度見くらいした。それでもタコはそこに存在している。ここから建てられる推論を述べよう。

 

 1.ここはまだ夢の中である

 2.俺の頭がトチ狂って見せた幻

 3.冗談ではなく新種の生物

 4.キャトられた前任の先生

 

 …よし、大分落ち着いて来たぞ。まず1と2は有り得ない。それなら他の奴らも同じように狂っている事になるからだ。残るは3と4。果たしてどちらなのだろう。

 

 

「初めまして皆さん。私が月を殺った犯人です」

 

 

 はい決定3ですねー。キャトられたってそんな事しないでしょ普通。マジモンの新生物かよ。いやその前に2、3個突っ込ませろ。何で当たり前のように日本語喋ってんだコイツ。

 

 

「来年には地球も殺る予定です。君達の担任になったので、どうぞよろしく」

 

 

 もう5、6個突っ込んでもいいか?うーん、ダメだ。全っ然理解が追いつかない。もう脳味噌パンク寸前なんで寝ても良いですか?

 

 反応する気力すら失せて、呆然と事の成り行きを見守っていると、となりに立っていた男から説明が入った。

 

 男は防衛省に所属していて、名前は烏間。なんでも、ここにいるタコもどきを殺して欲しいそうだ。それも秘密裏に。つまり暗殺しなければならないと言う。

 

 理由はさっきタコ本人が語った通り。地球を破壊されたらたまったものでは無いからだ。

 

 で、何でそんな事になったのかと言うと。

 

 このタコ、殺せないらしい。各国の政府が総力を挙げてこのタコの殺害を試みたのだが、その悉くが失敗に終わってしまった。その理由はタコの恐ろしい程の速さ。

 

 速いなんてモンじゃ無い。マジの瞬間移動に等しい速度だ。その最高移動速度は驚きのマッハ20。現に烏間さんがナイフを振り回しても、まるで当たる事なく避けられていた。それどころか眉毛の手入れまでされている始末である。

 

 いや、うん、無理だろ。つまりこの世に存在するあらゆる兵器の速度を超越した速度で避けるって事だろ?弾丸を追い越す速度を叩き出せる相手にどう渡りあえと。しかも無力に等しい中学生が。

 

 そんな超生物がわざわざこんな所に来た理由。タコ曰く、面白くないからだそうだ。普通に逃げ回っていたら誰にも捉える事が出来ない。そして一年後に地球を爆破…。それじゃダメらしい。

 

 なのでこの教室の担任をする事にしたとか。いやはや、ホント訳分からん話だよ。しかも俺たちが卒業するまでの一年の間は、逃げ出さない上に俺たちに危害を与えないと確約したとの事。

 

 そして暗殺成功の報酬は100億円。みんな頑張って殺してね♡

 

 …うぉえ気持ち悪。やらなきゃ良かった。

 

 

 さて、そんな訳でこの後の俺らの授業は完全に潰れる事となった。このふざけた超生物は国家機密級の存在であり、俺たちは暗殺を実行するが、それにあたって色々と制約があるらしい。

 

 今は個人ごとに呼び出されて契約書的なものを書かされている最中だ。俺は出欠番号が真ん中くらいなので、呼ばれるのはどっちにしろ少し経ってからだ。

 

 タコは相変わらずヌルヌルしている。当然だが誰も話しかけず、会話らしいものは成立しない。それに横に立つ男から尋常じゃないプレッシャーを感じる…。普通に怖いんですがそれは。

 

 しかしやることも無くて暇だ。本でも読んでるか、別に何も指示されてないし。

 

 だがいざ読み始めてみると、あのタコがどうにも気になってしょうがない。存在感が強過ぎて本に集中しきれないのだ。無駄ににゅるにゅる動いてやがるのも一役買っている。

 

 

 イマイチ集中しきれない本の文字が目を滑って行く。代わりに思うのはあのタコの事だ。ヤツは一体何者なのか、そんな事をぽつぽつと空想してしまう。

 

 …現状、分かっている事を纏めてみようか。

 

 ポケットに突っ込んでいた黒いメモ帳を開く。新しく何も書かれていない白紙のページを出して、思いついた事を書き連ねてみた。

 

 まず、タコについてだ。奴は地球生まれの地球出身と名乗っていた。つまり宇宙生命体ではない。…となると、何故あんな生物が生まれたのかって話になるよな。

 

 考えられる可能性その一、自然発生。

 

 いや、無いな。その可能性は限りなくゼロだ。自然発生であんなモン生まれるかフツー。それに烏間さんとのやり取りや、政府相手に交渉した事を考えると、人間としての常識を弁えているという事になる。

 

 自然発生した超生物が理性を持っていて尚且つ対話による交渉をした?そりゃ一体何の冗談だよ。どう考えてもあり得ない。次。

 

 可能性そのニ、人工的な生物。

 

 …これだよなぁ。パッと思いつくストーリーとしては、生物兵器の実験で人間並みの知性を持つ生物を作り出そうとして失敗、脱走した超生物は人間の子供の形態に興味を持ち、この学校にやってきた…とかそんなんだろうか。

 

 いやいやいや、今時B級映画でもねーよそんな事。そもそもアイツ、人間に対して明確な殺意持ってんじゃねーか。初っ端から色々破綻してるし。

 

 

「竹林孝太郎、竹林孝太郎は居るか?次だ」

 

 

 あ、呼ばれた。…良かった、なんかヘタレそうな眼鏡だ。あの烏間って人、めちゃくちゃ怖そうだしな…。

 

 教室を出て、向かう先は使われていない空き部屋。言われるままに椅子に座り、早速説明が始まる。

 

 

 

 ー数分後ー

 

 

「…となります。宜しければこちらにサインを」

 

「すいません、少し考えさせて貰っても良いですか?」

 

「はい、どうぞ。決めるのは貴方自身になりますので」

 

 

 ふー…。落ち着け?まずは落ち着こう。ちょっとマジで予想外にヤバくてドン引きなんだが。うわ、震えが止まんない。足ガックガクじゃんかよ。

 

 色々言いたいが、これだけは言わせてくれ。

 

 

 記憶消去ってなんだよ!?

 

 

 き、きき、記憶消去だぞ!?せいぜい口止め料握らせる程度だと思ってたら、予想以上のとんでもない提案ぶちかまされたよ!

 

 何?何故そんなに動揺してるのかだって?いや考えてもみろよ!ここで仮に俺がこの提案を断り、記憶消去を受けたとするだろ?するとあら不思議、いつのまにか俺は同意書にサインして暗殺を行うハメになる。

 

 記憶を消すって言うのは、『消された間の記憶が全くない』って事だ。今ここで俺が拷問されて、無理矢理に同意書を書かされたとしても、その記憶を消されてしまうと何も言えなくなる。どんなに記憶に無いと言い張っても、物的証拠は揺るがない。ついでに世間一般的には記憶消去なんて技術の情報は全く無いと来た。

 

『記憶消去という技術がある』という情報さえ消してしまえば、完全犯罪なんて幾らでも可能だ。記憶消去ってのはそういう事だ。

 

 …しかもコレ、どう考えてもウソじゃ無いんだよなぁ…。世間一般に知られてない技術という事実が、この上ない証拠になっている。その事を口外しようとしたヤツは、例外なく記憶を消されたんだろうよ。そうすれば技術の漏洩なんて絶対に起き得ない訳だからな。

 

 

 どうにかしてこの状況を回避できる方法を模索してみたが、俺の貧相な脳味噌では解決策を思いつく事が出来なかった。どう考えても詰み。王手。チェックメイト。

 

 同時に、それだけ今の状況がヤベーって事になってくる。こんな幼気な中学生如きにここまでの圧力をかけてでも、暗殺を成功させなければならない。俺が一生掛けようとも届かないであろう人達の、焦り具合が伺えるようだった。

 

 俺たちが一番チャンスがある、か。烏間さんの言ってた事は、どうしようもなく事実らしい。

 

 

「……あの、少し相談があるんですが」

 

「はい、何かご不明な点でもございましたか?」

 

「この暗殺、命の危機があるとかそういうのは無いんですか?」

 

「…そうですね…絶対に無い、とは言い切れませんが、私たちも全力をもってサポート致します。その可能性はかなり低いと思われますよ」

 

 

 …よし、感情に変化は無い。ある程度の質問なら大丈夫そうだ。疑問を持った時点で、問答無用に記憶を消されたらたまったもんじゃ無いからな…。

 

 これは賭けだ。しかも恐ろしく分の悪い賭けになる。目的は武力の所有を認めさせること。いざというとき反抗出来る武力が無ければ、なす術なく記憶を消されてしまう。

 

 いや、結局変わらないのかもしれないが、無いよりは絶対マシだ。考えろ、目的を達成させるに当たって必要な事は何だ?

 

 武力…つまり実弾の入った拳銃が理想的。それをどう揺すり取るか…。必要なのは最もらしい真実と、本音を隠す忍耐。迂闊に本音を喋れば俺の負け。その瞬間に何をされるか分かったもんじゃ無い。

 

 

「この生命保険に関する事なんですけど…。ここに『死亡理由が何であれ、全て事故死で処理される』って書いてありますけど、これはどんな死にも適応されるという事ですか?」

 

「…はい、この暗殺はどうしても機密が第一になります。仮に君たちが死亡した場合、例外的な超法的処置を行ったのち、保険の限度額に近い金額が貴方達の親御さんに振り込まれる事になりますね」

 

「はぁ、成る程。……では僕が死んだ時はこの住所の家主に振り込む事は可能ですか?超法的処置というのがどこまで適応されるのかはわかりませんが、流石にウチの親にそんな大金やるのは癪なので」

 

「…えぇ、構いませんよ。辻褄合わせの為、少額ですが振り込ませる事になると思いますが、それでもよろしいですか?」

 

「辻褄合わせ以外で活用しないのであれば、それでお願いします」

 

 

 よし、一先ず仕込みは出来た。超法的処置の適応がどこまで及ぶか、その範囲がよくわからなかったが、どうやら割と広く適応されるらしい。

 

 人の生き死にを簡単に隠蔽できることを匂わせてくる辺り、なんとも嫌らしいやり方だと思うが、今はそんな事に苛立っている暇はない。この分厚い資料から穴を見つけ出さなければならないからだ。

 

 …ありがとう正人。君の将来の夢について散々調べた事が、こんな所で役に立つなんて思いにもよらなかったぞ。ただ正人君よ、散々自衛隊と警察官と弁護士について調べさせた挙句、一月経って宇宙飛行士に鞍替えすんなよ。虚無感半端無かったぞ、アレ。

 

 資料に書かれた項目を確認し、目的のページから攻撃材料を抽出する。急げ、時間があるとは限らないんだからな。

 

 

「それと…この項目なんですけど」

 

「はい、『例外的に外部の講師を呼ぶ事も可能』…あぁ、これは」

 

「生徒の技術向上における、外部講師の導入…。ぶっちゃけこれ、その手の人達を招き入れる口実ですよね?」

 

「そうですね、残念ながら否定は出来ません。具体的には殺しに特化した職業、暗殺者の方々を招き入れる事になります」

 

「そうですか…」

 

「当然ですが、人物は厳選いたします。過去の素行に問題のある方や、人格的に問題のある方は書類の選考でふるい落とします。それに、防衛省より選りすぐりのエリートを護衛に付けますので、危険性はかなり低いかと」

 

 

 はいはい言い訳乙。そりゃ平和そのものな日本で過ごしてきた中学生より、そういう奴らの方が暗殺の成功率が高いのはわかる。それに自衛隊は組織力によって防衛力が維持されている組織だ。こういう状況では真価を発揮できないんだろ?

 

 暗殺者…そんな奴が本当に居るのかどうかは別にして、そういう道のエキスパートを呼び込む理由。そんなもん、あのタコへのプレッシャーの為に決まっている。

 

 万が一にもタコが遠くに逃げ出した時、交渉を有利に進めるには何かしらの材料が必要になる。俺らは都合のいい人質って訳だ。クソッタレ。

 

 …くそぅ。どう考えても逃す気がないぞコイツら…。こりゃ何が何でも自衛手段を確保しないと。ええいままよ、多少のリスクは承知の上。ぶっちゃけもうちびりそうだが、ここが正念場だ。耐えろ膀胱。

 

 

「んー、流石にそれはちょっと厳しいと言うか、あまり気が乗らないというか…。いやね、分かるんですよ。あのタコが提示した条件に、『生徒に手を出した場合には賞金が出ない』ってのがあるのは。それがある限り、自分達に手が向く可能性は低い。それに加えて、国が全力で守りに付くならその可能性は更に下がる…」

 

「はい、その通りです。現時点でこれ以上の安全の確保は難しいと思われますが…」

 

「普段の状況ならこの条件で幾らでもサインするんですけどね…。でも今の状況って、かなり特殊ですよね」

 

「確かに、それは否めません。なにせ相手はあの超生物ですから」

 

「……そんな特殊な状況で説明が口頭と書類のみ。猶予もありませんし、断れば記憶消去の処理が施される」

 

「…」

 

「残念ながら、僕は貴方たちを信用できません」

 

「…理由をお聞かせ願っても?」

 

「記憶消去なんて脅しをかけておいて、その発言は些か配慮に欠けるのでは?どうせこの会話も録音されているのでしょう?不利な発言をするつもりはありませんよ」

 

「申し訳ありません。意図した訳では」

 

「それはそれで問題だと思うんですがねぇ…。まぁ、話を続けましょう」

 

 

 俺は説明の時に渡された、ゴム製のナイフとエアガンを机に置く。それぞれの側面には英語でロゴが入っており、オモチャのような外見に反して、政府公認のマークすら入っている。

 

 対超生物武器。これらにはあのタコの細胞をグズグズに溶かしてしまう特殊な素材が使われており、例えBB弾一発でも触手を分断出来てしまえるらしい。

 

 

「このプラスチック、どの様にして作られたのですか?」

 

「…はい、これは予めあの超生物の成分を分析し「嘘」…。」

 

「嘘、と言ったのですよ。貴方達はこう言いました『超生物は殺せない』と。それは攻撃が全く当たらず、当たったとしても損傷すら与えられない。それなのに対抗できる素材は揃っている……。矛盾、していますよねぇ」

 

「…」

 

「隠蔽があまりにも必死過ぎる事も気にかかります。他国の牽制にすらなり得る記憶消去という技術。それがどの様なもので、どの様に作用するかはわかりませんが、強力なカードには違いない。そうまでしてたかだか中学生の口を封じる理由……」

 

「…」

 

「匂うんですよねぇ、これはかなり危ない嘘の匂いです。底が知れないにも程がある。きっと僕には想像も出来ないような陰謀が渦巻いているんでしょうねぇ?」

 

「貴方はとても頭が回る方のようだ。…どうすれば貴方の信用を得ることが出来るのでしょうか?」

 

「……では銃を下さい」

 

「…はい?」

 

「銃ですよ。貴方たちが常に持ち歩いているであろう銃です。僕はそれが欲しい」

 

「…それがどうして信用の回復に繋がるのですか?」

 

「おや、理由が必要ですか?信用できない貴方たちに対する牽制ですよ。どんなに鍛えられた人間でも、銃口を向けられれば躊躇する…。貴方たちに無抵抗で捕まる気は無いと言うことです。それが許可されるのなら、僕はサインしましょう。

 

 

 …クソ、やられた。暗殺者の厳選方法まで事細かに記してやがる。それが正しいのか正しくないのか、今の俺には判断出来ない。ていうかそんな特殊過ぎる状況の対処なんてすぐに思いつかねーよ。

 

 本当なら『そんな信用もクソもない暗殺者と日常を過ごせるか、なんでもいいから自衛の手段を寄越せ』とか揺さぶるつもりだったのに、これじゃ手出しが出来ない。

 

 その『暗殺者』が、本当に政府公認の合法組織だった時、完全に手詰まりになるからな。そこから『国そのものが信用できない』なんてほざいても、悪足掻きにしかみえないだろ。

 

 …それにこいつ、ポーカーフェイス上手いな!反応が全く読み取れないぞコレ。…俺のハッタリ、ちゃんと通用してくれよ…。

 

『嘘の匂い』とかカッコ付けたけど、ぶっちゃけなんで隠すのか見当も付かないし。それっぽいこと並べただけだ。まぁ、怪しいのは確かだし、当たらずとも遠からずって所だろうけど。

 

 とにかく、もう行く所まで行ったんだ。もうなるようになるしかない。懸念は勢いあまって本音まで語ってしまった事だ。もう少しやりようがあるだろ俺。

 

 

「…いいでしょう。銃の携帯を許可します。ただし、保管方法や銃弾の管理については烏間1佐に一任いたします。それで宜しいでしょうか」

 

「ダメ元でも言ってみるものですね。……僕はどうしようもなく臆病でしてね、こうでもしなければ安心出来ませんでした。……もしや、怒ってます?」

 

「いえ、至極真っ当なご意見でしたので。こちらとしても配慮が足りず申し訳ございません。ほかに質問はございますか?」

 

「他には特に無いです。ここにサインすれば良いんですか?」

 

「はい、こちらにフルネームでお願いします」

 

 

 こうして俺は、途轍もなく異常な教室で勉強する事となった。一年後の未来が読めない世界で、謎の超生物を教室で暗殺するという日常。

 

 暗殺が成功しなければ俺の寿命が一年以内という事実に、キリキリと胃が痛くなってしまった。…なんでもいいから平和な日常を下さい。割と切実に。



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リアルラック最低のSAO3

「いやー流石は兄貴ですぜ。まさかこんな隠しクエがあるなんて」

 

「おいおい、偶然だ偶然。ま、先を越されていたのは業腹だったが、ラッキーとも言える」

 

「クリアして登って来た奴をグサッ!そんでもってレアドロは頂きってね!いやー美味しい殺しだわー」

 

「別に、殺さなくても、いい。奪えれば、それで」

 

「あ?何生温いこと言ってんだテメェ。皆殺せばそれで済む話だろうが」

 

「非効率、だ」

 

「俺もそいつに賛成だな。悪いが今日は我慢してくれ」

 

「えーっ!アニキまで何いってんすか!ぶっ殺しましょーよー!」

 

「黙、れ。少しは、考えろ。…向こう、は、最高、だと、フルレイド、だ。人数、で、押しつぶされ、る」

 

「…ちぇっ!わかったすよー。でも殺すときは俺っすからね!」

 

 

 悍ましい会話が回廊に反響する。声の主は揃って黒づくめの不気味な集団。夜の闇に紛れるようにして、朗らかとも言える雰囲気を醸し出していた。

 

 デスゲームにおいて、決して許されない禁忌。その禁忌を容易く破ってしまう者達。それがPKプレイヤーだ。

 

 彼らは既に様々な手段をもって人を殺していた。人の恐怖する姿を嘲笑い、その生き方を否定して無残に殺す。そんな血も涙もない殺し方をする彼等は、PKの中でも特に悪質な者達でもあった。

 

 彼等が今いるのは、既に役目を終えた筈の迷宮区。レイドボスを打倒した末に登れる神聖な回廊だが、夜の闇に沈んだ今となっては、むしろ不気味な雰囲気を漂わせている。

 

 そんな回廊に異質な音が混ざり始めた。それは彼等の足音ではない。石床とブーツが当たるゴム質に近い鈍い音ではなく、金属をこすり合わせるざらめく様な音。

 

 

「AーHa…勇者様方のお出ましだ」

 

「いやいや、羊の間違いっしょ」

 

「どちら、に、せよ、殺す、だけだ」

 

 

 武器をしまい、顔を隠すようなフードを被る3人。人影は未だ見えず、耳障りな金属音だけが回廊に響く。

 

 そんな様子に、PKのリーダーは違和感を覚えた。先程から響く音は一つだけ。どう聞いても複数には聞こえない。それにこの音はなんだ?足音も混じってはいるが、あまりにも静か過ぎる。…いや、これは靴すら履いていないのか。

 

 つのる不確定要素に、自然と剣に手が触れる。そんなリーダーの様子を見て、他2人も同じように武器に手をかけた。

 

 ゆっくりと時間が流れる。張り詰めた空気の中、不気味な音だけが回廊に響き、その音はだんだんと大きくなっていく。やがて音の反響も近くなり、その反響も止み始めた頃にソイツは現れた。

 

 

 

 それは、一見して人ではなかった。

 

 

 

 それは、武器を持っていた。

 

 

 

 それは、人としての動きを辞めていた。

 

 

 

 それは、あまねく全ての防具が壊れていた。

 

 

 

 それを言い表すなら、たった一言で済むだろう。

 

 

 

 それは、狂人であった。

 

 

 

 

 

 俯かれた顔は視線を読めず、覚束ない足取りはどこに進むかわからない。ほぼ全ての防具が破損しており、ブーツや小手などの末端部分は地肌が見えている。

 

 満身創痍という言葉がぴったりと当てはまるような立ち姿なのに、手に持ったボロボロの片手剣だけはガッチリと握られていた。ただ、持ち上げる力が無いのか、常に床を引きずっていたが。

 

 

「………あー、おい、そこの。止まれ」

 

「…アレ、何っすか?どう見ても普通じゃ無いっすよ?」

 

「知る、か。…ただ、俺達、の、やる事、は、楽になった、な」

 

「そっすねー。どう見てもソロっすもんねー」

 

「…おい、止まれ。それ以上動くな。…聞いているのか?」

 

「………」

 

 

 狂人は止まらない。呼びかけを正しく理解しているのかも怪しい。虚ろな瞳孔は何も写さず、ふらついている足は今にも転びそうであり、どう見てもマトモではない。

 

 これを見て3人は、この狂った人物を格下と判断した。どれだけ高いプレイヤースキルを持っていようと、意識が朦朧としているなら関係ない。そのパフォーマンスはガタガタだろう。

 

 

「あ、これ俺がやっちゃっても良いっすか?この分ならサクッとやっちゃえるっすよ」

 

「Fooom…そうだな。むしろ赤子でも殺せそうなもんだが」

 

「手、を下さず、とも、死にかけ、とは、珍しい、な」

 

「大方死にに来たんだろうよ。限界まで戦ってこの様ってこった。…待てよ、となるとあの裏クエをクリアしたのはコイツか。こりゃ都合がいい!」

 

「鴨、ネギ、か」

 

「ほんじゃ、ズッポシ行きましょうかね。…ソードスキルも勿体ねーわ。おらよ、死ねや」

 

 

 何の変哲も無い片手剣の刺突。避ける力すら残っていないのか、その凶刃は狂人の胸を容易く貫いた。

 

 1秒、2秒、3秒…どれだけ経っても狂人は動かず、刺された体勢で固まっている。それを見て気が抜けたのか、剣に込めた力を解いて後ろを振り返るPK。

 

 

「はは、みて下さいっすよ!マジで動かなっ」

 

 

 その言葉は、それ以上続けられる事はなかった。PKは突如として訪れた浮遊感と、猛烈な衝撃に晒されて思考が止まる。何が起きたのか把握した時、彼は回廊の床と激しいディープキスを味わっていた。

 

 何のことは無い。ただ後頭部を鷲掴みにして地面に叩きつけられただけだ。しかし速度が恐ろしいほどに早く、PKの足は未だに宙に浮いている。

 

 そのまま何度も床に打ち付けられるPK。床の属性判定が鈍器に当たる為、容赦なくスタンのバッドステータスが加算される。それを見たリーダー格の男が、剣を抜きざまにソードスキルを放つ。

 

 一瞬。そう、それは一瞬の出来事。刹那に満たない時間の中で、狂人は歯を剥き出しにして威嚇する。もはや人間なのかどうかも怪しい挙動で、青色に染まる片手剣に『噛み付いた』。

 

 

「what!?」

 

 

 単発水平切り『ホリゾンタル』。自身の前方を180度から100度の範囲で斬り払う軌道を描く。その対処は多岐に渡るが、少なくともこの狂人の対処は真似しない方がいいだろう。

 

 それは噛み付いたうえで、剣の軌道に沿うように身体を動かす事。ソードスキルのダメージ判定は、剣そのものには存在しない。あくまでも『刃』の部分に判定がある。

 

 エフェクトに騙されがちだが、剣の『腹』には一切の当たり判定は無いのだ。噛み付くと言う動作は一見不合理なように見えて、実は真剣白刃取りに近い防御法だった。

 

 果たして本人にその認識があるのかは不明だったが。

 

 

「Shit!」

 

 

 ソードスキルの発動が終了し、剣に宿る燐光が失せた瞬間、PKの身体は宙を舞っていた。狂人が、剣に噛み付いたまま全身をぶん回したのだ。

 

 その動きは既に人の物ではなく、対処は困難を極める。次に来る手が全く読めない。細剣使いの男が滑らかに走り出し、驚異的なスピードで突きを繰り出したが、刺さったままの剣でパリィされ、バランスを崩した瞬間に片目を奪われる。

 

 そう、片目を奪った。それは何も比喩ではなく直喩だ。片目に手を直接突き入れて毟り取ったのだ。あまりの出来事に、たたらを踏んで崩れる細剣使い。狂人はその大き過ぎる隙を見逃さない。

 

 反転するやいなや、助走付きのサッカーボールキック。下から上へ空気を切り裂いて放たれた一撃は、細剣使いの股間を易々と捉えた。

 

 

「ーーーーーッッッッッッ!?!!!?」

 

 

 フードに隠れてその顔色は見えないが、きっとこの世の全ての苦痛を一身に受けたような凄まじい形相をしているに違いない。フワリと地面から打ち上げられ、そのまま無様に床を転がった。

 

 細剣使いの未来が断たれた瞬間である。これが現実で無くて良かったと、彼は神に感謝するだろう。

 

 股間からダメージエフェクトを撒き散らして転がる男に、顔面を起点としてシャチホコのポーズを取る男、そして運の悪い事に、壁に取り付けられた燭台に引っかかって降りられない男。

 

 実に混沌として死屍累々とした有様の空間を、狂人はトドメを刺す事なく立ち去った。

 

 

 尚、剣は刺さったままである。

 

 

 

 ーーーーーー

 

 

 

 時が経ち、持ち主のいないボス部屋。三人の男達が満身創痍といった風情で休息を取っていた。言わずもがな、あのPK達である。

 

 

「…なんっなんすかね?アレ」

 

「さァ、な」

 

「いやいやいや、なんかもう、人じゃねーわ。人っぽいっつーか獣だわ。手当たり次第攻撃っつーの?暴れ回るっつーかなんつーか」

 

「…」

 

「つかよ、いつまで黙ってんすかボス。あんた二人掛かりだったんだろ?なんで負けたんだオイ」

 

「…口、を、慎め」

 

「テメーもだよボケ。それともなんだ?負けたのはボスのせいですぅー、僕チンなぁーんにも悪くありしぇーんとか言いてぇのか?あぁ?」

 

「貴様…」

 

「お?やんのか?歓迎すんぜ、今この場でボッコボコにしてやるわ腑抜け」

 

 

「……少し…黙れ」

 

 

 ビリッと、押し込められた殺意が雷撃のように空間を駆ける。その気迫に当てられ、口をつぐむ二人。その最中で男は一人、口の端を僅かに歪ませて嗤っていた。

 

 それは答えを見つけ出した学者のような、残酷な悪戯を思い付いた子供のような嗤いだった。薄ら寒く陰湿で、人に不快感を与える醜悪な嗤い…。

 

 暫くの沈黙の後、男はこう切り出した。

 

 

「なぁお前ら、人は何故睡眠を必要とするのか知っているか?」

 

 

 唐突な質問。首を傾げる短剣使いと、心当たりがあるのか身動ぎをする細剣使い。やがて細剣使いがボソボソと意を決したように喋り出した。

 

 

「…わから、ない。…わかって、いない」

 

「はぁ、なんだそりゃ」

 

「へぇ?知ってたのか。意外に博識だなお前」

 

「ほへ?」

 

「何故人が眠るのか…。実際のところ、全く解っちゃいない。頭でっかちな学者共が80年間、頭付き合わせて得た結論だよ、笑っちまうだろ?」

 

「そ、そうなんすか?」

 

「人を眠らせないとどうなるか…。その答えは未だ出ちゃいない。当たり前だよなぁ?動物はどう足掻いても睡魔に勝てないんだからよぉ」

 

「…マウス、の、実験、では、二週間で、死ぬ」

 

「よく知ってるなお前。そうさ、眠らなきゃ死んじまう。人も同じように死ぬと考えられている。睡眠不足は遠回しの自殺、そう言い換えてもいいだろう」

 

 

 人に限らず、哺乳類は必ず眠る。どんな手段を用いてでも眠るのだ。鳥は飛びながら、イルカなどは脳味噌を半分ずつ使いながら眠る。しかしそれ程までに睡眠を必要としながら、何故眠るのかは全く解っていない。

 

 眠らなければ何が起こるのか…。マウスを使った実験では、二週間という短期間でマウスは死んでしまう。死因はストレス及び敗血症。栄養的には全く問題は無く、脳から発せられる刺激で死に至ってしまう。

 

 眠らなければ死ぬ。餓死を待たずして死んでしまう。それも過度のストレスによって。…その死に様は、どんな死にも勝るだろう。

 

 人が打ち立てた不眠の最長記録は266時間。約11日間である。その記録を打ち立てた人物は、日を追うごとに狂っていったという。

 

 初めは眠気と倦怠感、続いて誇大妄想、幻覚、視力低下、被害妄想、最終日には極度の記憶障害…。全て脳が起こした結果であり、それだけ睡眠がいかに大切なのかを知らしめる事となった。

 

 だが彼の首から下は至って健康であり、大きな障害は見られなかった。…ここが、恐ろしい所である。

 

 この話を聞いて、何か思い当たる事は無いだろうか?…そう、例えば、身体の信号をシャットアウトしてしまい、純粋に脳だけを動かせる機械があったとしたら。そんな夢のような機械があったとして、果たして睡眠はどうなってしまうのか。

 

 

「システムの穴?そんな生易しいもんじゃねぇだろ。ハハ、よく考えりゃこの機械は、ある種のリミッターをぶち壊す。どれだけ脳波が乱れようがシャットアウトされない…。最高の拷問器具だぜ」

 

「…なら、あいつ、は」

 

「ぶっ壊れたんだろ、単純にな。レイドボス相手にたった一人?この俺でも御免被る。攻撃がかするだけで死が見える、直撃すればほぼ即死、デバフを貰ったあかつきには絶望の内に死ぬ。そんな極限状態、一時間持つかどうかだ」

 

「あの、男…。それ程まで、レベルが、高い、のか?」

 

「そりゃ無いっすよ。ならなんで俺っちの攻撃が入ったんすか。そこまでレベル差あるなら擦り傷っすよ?」

 

「三日だ」

 

「な、に?まさ、か、そん、な」

 

「どういう事っすか?」

 

「…あの、男。三日の、間、戦い続けた、という、こと、だ。あり、えな、い」

 

「そうだ、その有り得ねぇ事態が起きやがった。その結果あいつは完全にぶっ壊れ、意識の無ぇ状態にも関わらずオートで反撃した。…それしか考えられないな」

 

 

 男の眼前に輝くパネルには、男の仲間が伝えた情報が載っていた。その内容はボス部屋が三日の間閉ざされていた事。その仲間も他人からの又聞きな為に、詳細は少々あやふやであった。

 

 しかし信用に足りる情報である。何故なら、そうでもしないとレイドボスは倒せないからだ。たった一発が致命傷になりかねない戦闘の中、確実な有効打を与え続けたとして、その膨大なHPを削るのに幾ら必要なのか?

 

 最大規模で48人、それらが高効率でスキルを回転させ、討伐に至る時間は約15分。数とは力、そして暴力だ。隙を突いて攻撃出来る回数も当然ながら増える。

 

 それらの恩恵が一切無い、ソロという特性。あの男はそれを成し遂げた。代償に思考能力のほぼ全てを投げ捨てながらであったが。

 

 

「…あぁ…最っ高の気分だ、なんて面白い玩具なんだよお前は」

 

 

 だが違う。この男は違う。決定的に破綻しきったこの男は、その異常性を目の当たりにしても揺るがなかった。寧ろ歓迎するかのように笑みを深める。

 

 

「前々から考えてはいたんだ、システムはどうやって犯罪を判定するのかを、な」

 

「…ボス?」

 

「…」

 

「なぁお前ら。もしアイツがグリーンの善良なプレイヤーを攻撃したら、どうなると思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 暗い広間にて、悪意は浸笑う。このゲームで最も不幸な男に、最悪の死神が取り憑こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここ何処だ」

 

 

 目が覚めた。なんだかスッキリ快調である。…ごめん嘘ついた。なんで半裸な上に剣ぶっ刺さってんの?死ぬの?馬鹿なの?

 

 今は…夜中か。…あー、疲れた。腹減った。何にもする気起きねーわ。

 

 

「…んァ、ん?…おい?おい!大丈夫カ!?死んでないか!?いや生きてるけド!」

 

 

 突然隣から大声で叫ばれた。思わず振り返ると、そこには金髪の女の子がボロボロ涙を零しながら喚いていた。彼女の周りには大量のポーションとアイテムが転がっている。

 

 …誰。え、誰。俺こんな子と知り合いだっけ?

 

 

「は、はぁ。大丈夫っす。見ての通りピンピンしてるんでご心配なく」

 

「おいらもうどうしようかと…!人だかりが出来てるんで来てみれば、こんな広間のど真ん中でぶっ倒れてるシ!しかも半裸だし剣も刺さってるシでどう見ても死体にしか見えなかったんだヨ!?」

 

「それは、はい、すいません」

 

「一体何があったんダ?普通そうはならないゾ」

 

「あの、はい、えと、すいません。どなたかわかりませんが、心配していただきありがとうございます。自分ちょっと疲れていてですね、出来ればその、休ませていただけないかと、はい」

 

「……ン?」

 

「はい。その、はい。ちょっとそんな訳で失礼します。今日はありがとうございました。その、お礼は後日でもよろしいでしょうか?昼頃にここに来て頂ければ、必ずお礼を致しますので」

 

「…ア、ふーん、そっカ、成る程ねェ。うんいいヨ。オネーサン期待して待ってるゾ」

 

 

 …なんでジト目?俺なんかしただろうか。ごめんやめて、俺人覚えるの苦手なんだよ。俺が忘れているだけで、実は何処かで会ってたりしないよね?

 

 いやでもこんな美女を覚えてないとかあり得ないだろ。…まだ寝ぼけてんのかな。

 

 取り敢えず何処でもいいから眠れる所を探さないと…。いやガチで眠い。しかもなんだこの倦怠感は。まるで三徹明けのテンションのようじゃないか。

 

 

 なんだか後ろ髪を引かれつつも美女と別れ、足を引きずるようにして宿に向かった。飯よりも先に睡眠欲が勝ったらしい。宿のドアを閉めた辺りで、俺の意識が急速に闇に落ちて行く。

 

 …あぁ、これ絶対遅刻するわ。…そうだ、アルゴ…に、蓮…絡…。



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死神(偽)のアカデミア

 腐る、淀む、朽ちていく。それを止める術は無く、瞬く間に強烈な臭気を放ち、ジュクジュクとした嫌な音を立て始めた。ここにまた一つ、私の個性の犠牲となってしまった物体が沈黙を博す事となる。

 

 

 その醜悪極まる物体を私は………。

 

 

 冷蔵庫の奥に深く封印した(ビニール袋)。これで頼まれていた依頼(お手伝い)は終わり。相変わらずというか、なんとも呑気な家族だ。

 

 奥深くに封印したのは納豆。ホカホカの大豆が腐、発酵したもの。『自家製手作り天然酵母』がマイブームの母が、お手軽で丁度良いと私に頼んだものである。

 

 一応断っておくが、私の個性はそんな生易しいものではない。触れるだけで相手の命を奪い、骨も残さず無に帰す事の出来る強力なものだ。断じて美味しいご飯のお供とか、自家製肥料の量産とかに使うものでは無い。

 

 尚、この個性を生かして水入らずの皿洗いを敢行させようとする母親は、一度父に怒られた方がいい。私は便利器具じゃないぞ。既にゴミ処理を担当させられているので、手遅れかもしれないが。

 

 

 そして個人的に、この扱われ方は少々居たたまれなく思う。何故なら、この個性はとあるキャラクターが使用していた物にソックリ…いや、その物だからだ。

 

 創作物の中とは言え、その人物は圧倒的な力を持ち、死神と呼ばれる物たちを寄せ付けない男だった。多くの配下を従え、本人の能力も非常に優秀。負ける要素の見当たらない絶対王者だったのだ。

 

 そんな彼が使っていた能力が、この体たらくである。更には私の性別は女、威圧感など望むべくもない貧相な身体、そして平和そのものな世の中…。

 

 どうしてこうなったと、嘆かざる終えない。更に今の世の中は、ヒーローと呼ばれる職業が空前絶後の大ブームとなっている。そんな中でどう立ち回る?私の能力を行使する場面など限られているし、無闇に力を振るうのは法律で禁じられている。

 

 そんな世間で、わざわざ目立とうとは思うまい。常識的であると自負する私もその考えだ。ヒーローなど、やりたい奴にやらせておけばいい。

 

 しかし私の考えはどうやら異端らしく、同年代の子供らはこぞってヒーローを祭り上げる。中身の年齢が既に二十歳を超えていると言えど、些か短絡的に過ぎると思う。魅力的な職業ならば、他に幾らでもあるような気がしてならない。

 

 大人しめな者達ですらその道を志すのだ、其れ程までに大きい存在なのだろうか?

 

 私も偶にヒーローを見かけるが、どうにもコスプレした気のいいお兄さんにしか見えなかった。前世がある故の偏見だろうと自分を納得させるものの、やはりどうしても違和感が残る。

 

 

 秋の空に諦観を混ぜた溜息を吐き、残されたゴミを庭先で消滅させるのであった。私がどう考えようと世の中に何も影響はない。個性以外どこにでもいる一般市民に過ぎない私は、変わりばえのない小6の冬休みを過ごすのだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 唐突だが私の前世の話をしよう。当然だが、前世の私にこんな力は無かった。口調だってこんな感じの物では無い。一人称も『俺』であったし、本当に無害な草食野郎だったのだ。

 

 他人からは寂しい奴と評価を下される生涯ではあったが、実に平和で事件らしい事件もない人生であった。変わった事と言えばこうして転生を果たした事だけである。

 

 何故私がこんな話をしたのか?それは目の前で頭を下げる男児に起因する物だ。端的に言おう、私は前世合わせて初の告白をされたのだ。

 

 

「…何故私を選んだ?他に幾らでもいるだろうに」

 

「ひ、ひ、一目惚れです!他の事が考えられないくらいです!」

 

「そうか…。すまない、気持ちは嬉しいのだが…」

 

「やっぱり…ダメ、ですか?」

 

「あぁ、残念だが君に全く興味を感じないのだ。どうにも個人的な理由に過ぎないがね」

 

 

 私は男だった。男女の性差の価値観など、生死の有り様と比べてしまえば些細な物。性別が変わった事に特に抵抗も嫌悪も無かったが、その代わりに情緒が薄れてしまった。

 

 かつてなら驚いたであろう物事も、恥じ入るべき物事も、等しく無。ただただ無なのだ。あらゆる物事が退屈であり鬱屈としており、とてもではないが興味をそそられるものではない。

 

 今こうして告白されていても、私の心は小揺るぎもしていなかった。逆に理性の方がそれに待ったをかける始末である。前世の経験が無ければ、きっと気にもせずに横を通り過ぎたに違いない。

 

 しかしこのままと言うのも憚られる。どれもこれも経験でしかなく、心などかけらも込められないのが若干心苦しいが、やはり何かしらケアをすべきなのだろう。

 

 項垂れたままの男児に対しての言葉を探しはしたが、やはり心が動かない。結局は何処かで聞いた慰めの言葉を口にするしかないようだった。全く、呆れる程にクズだな私は。

 

 

「しかし、君が悪い訳ではない。寧ろ好感が持てる部類に入ると思うぞ。大抵の女性であれば今ので落とせるな」

 

「…はい。…はい?」

 

「君は見目も良いし実に努力家だ。才能もある、人望もある、個性とて強力なモノ…。この私以上の女など幾らでも簡単にモノに出来る。あぁ、だからな、そう落ち込む事は無い。次の恋愛は大いに楽しめば良いのではないか?」

 

 

 ポカンとした表情をして、それから顔を真っ赤にして、彼はそのまま立ち去ってしまった。…やってしまった、これでは単なるトドメだ。素直に彼の言葉を待つべきだったのだろうか。

 

 やはり人の心は難しい。前の生とて機微に聡い訳ではなかったが、今世は更に酷いようだ。もう少し言いようがあっただろうに。

 

 

 春を抜けた風が桜色を運ぶ中、私はオトコゴコロを少し思い出した。しかし次の瞬間には風化して錆びつき、色あせたセピア色のアルバムに挟まってしまう。

 

 あぁ、懐かしさすら感じない。寂しいと思う事すらない。それが今の私なのだと自問自答を終え、校舎裏の日陰を後にした。



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おもちゃ開発記

幼女戦記より。

1人の男にヤマハコピペインストール。




 時は戦乱の真っ只中。物資は不足し男どもは徴兵され、街中は沈み込むような雰囲気が立ち込めていた。

 

 そんな陰気臭い外を眺めて溜息をつき、俺は目の前の作業に没頭する。

 

 それは見るからに複雑な文様の描かれた『何か』。見るものが見ればそれは何であるかは一目瞭然だが、それがわかるのは軍事関係者だけだろう。

 

 半々に分かれた青色のガラス体。それをピッチリと合わせて周りをサークルに嵌めた。

 

 更にそれを熊の縫いぐるみのチョーカーに取り付け、そこで俺の仕事は完遂される。後はこれを児童養護施設に送り届けるだけだ。……全く、祖父の代から続いたこの仕事も、随分と血生臭くなったな。

 

 

 俺の店は代々続く宝珠店だ。軍事として宝珠が開発される以前、素養のある子供達に魔導を触れさせる為に、簡素な宝珠を作り続けて来た。

 

 大人は複雑な術式も理解して発動出来るが、子供はそうはいかない。なので初歩的な浮遊の干渉式や移動の干渉式などを込めた宝珠を作るのだ。そして子供が親しみやすいよう、オモチャにそれを取り付ける。

 

 そうすると子供達は遊びながら、魔導とは何かを感覚的に掴む事ができる。軍事に利用される以前は、貴族などの高貴な家庭や裕福な家庭などにそれらを売っていたのだが、今では各児童養護施設にこれらを送り出す毎日が続く。

 

 そのオモチャ達の行く末に思う事はあるし、結果として未来ある子供達を戦場に送り出す手助けをしてしまっている事も理解している。だがこうして触れ合える機会が少ない魔導士は、どうしても魔導の練度に差が出るのだ。

 

 それがどんな結果を生むのかは、想像に難く無い。だから俺もこうして、血塗られたオモチャを作り続けている。

 

 

 それに今は、なによりも憂鬱な事があるのだ。こんな仕事をしている以上、何かしらの形で軍とは関わりがある。そして軍は常に人材を欲していて、それがどんな人物であれ使えればそれでいいのだ。

 

 作業台の隅に置かれた封筒。そこに広げられた手紙には、エレニウム工廠への招待状が。

 

 おもちゃ屋に勤続して15年。俺は遂に、ぬるい日常から硝煙が匂い立つ戦火へと送り出される事になったのだった。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 さて、やたらと古い歴史を持つ我が工房も、こうして兵器の開発に携わっている訳だが……。

 

 

「何をしているルカス!貴様はただ計器を操作しておれば良いのだ!」

「し、しかしシューゲル技師、この数値には些か問題が」

「想定の範囲内だと言うことが分からんのか!?えぇい、これだから凡人は!」

 

 

 ……帰りたい。猛烈に帰りたい。あのひっそりとした古屋に帰りたい。一体なんなのだろうココは。地獄?

 

 装備開発団…だったか。上のお堅い物言いは聞くだけでも辟易とするので、正直全ての説明が右から左だった。なのでどこそこの何に配属されたとか、そういうのも何となくしか分からない。

 

 そもそも強制的に連れてきておいて、いきなり訳の分からない仕事の手伝いをやらされるとか、本当に勘弁なのだが。

 

 それだけでも色々と参っているのに、職場の雰囲気がは見ての通り最悪。毎日毎日、自分至上主義のいけすかないクソ老害が喚き散らす声で一杯だ。

 

 職場、雰囲気共に最悪。技術は完全に専門外。やらされる事は下っ端の雑用で宝珠と全く関わりが無い。

 

 俺と同じような境遇で集められた人は沢山居たが、俺のように宝珠と携わっている人は極少数だった。……いや、それだと語弊があるか。

 

 たしかに関わってはいる。だがそれは、宝珠の生産地でピッケルを振るっていた人や、かつての祖先が魔術に携わっていたなどの、本当に関わりの薄い人たちだった。

 

 俺もそういう人らと似たようなものだ。毎日すし詰めで狭い士官用の小屋で寝泊まりし、飯とも思えないような薄いスープを啜る。仕事はお偉いさん方の書類の処分や演習地の片付け、後は清掃に整頓に機材の整備。

 

 正直うんざりである。ただ一つ利点を上げるなら、それはあまり仕事が少ない事だろうか。

 

 主任のシューゲル技師は、工廠に他人が入るのを馬鹿みたいに嫌う。故に中の清掃などはほぼ無い。実験に使う機材などは大抵全壊するので、細かい清掃など無意味だとみんな考えている。実際その通りなのだが。

 

 なのでやる事と言えば演習地の清掃なのだが、これもあまり関わらない。例え失敗したとしても、その結果を工廠の人間が残したがるからだ。

 

 そして実施検証が終わる頃には、その辺りに破片などが散らばっている事はほぼ無い。仕事は楽と言えばそれまでなのだが、あまりの無味乾燥さに欠伸が出る。

 

 同僚はその職場に不満は無い。日がな一日ポーカーをして、一日に数度来る命令を愚直にこなし、日が沈めばただ眠る。そんな毎日を送っていた。

 

 まぁ、俺はそんな生活も二日で飽きてしまったが。

 

 こんな所で腐りながら仕事?まっぴらゴメンだ。趣味兼仕事を奪われ、やりがいなど微塵も感じない仕事を強要される?そんなもの、俺が一番嫌いな事だ。何がなんでも俺は宝珠を作る。

 

 人の行く先を憂う心もあるが、その前に俺は技師だ。物を作ってなんぼの人間なのだ。それは俺の生き甲斐だし、それは邪魔されて諦めるようなものでも無い。

 

 

 

 早速俺は材料を集めた。

 

 毎日のように装備が吹き飛ぶこの工廠では、当然のように廃棄物が存在する。それらを規定に従って壊し、集積所に捨てるのも俺らの役割なのだ。……後は分かるだろう?

 

 装備をちょろまかし、ポケットに入れる。それだけだ。ここには軍人がほぼいない。それに奴等は装備を扱えても、装備の如何まで興味がない。古ぼけた繋ぎを着た奴が、ゴミ袋を背負って歩いていても何も思わないのだ。

 

 それに同僚には金を握らせて黙ってもらうことにした。元より出不精で酒もタバコも女もやらない俺は、常に金が余る。飯など食えればそれで良いので、住む場所も確保されているならそれでいい。

 

 工具は工廠内から失敬した物がある。管理が杜撰な上に物が散らばりがちなので、一つ二つ工具が無くなっても問題無いらしい。工廠内の清掃中にチャンスはいくらでもあった。

 

 

 さて、バラバラになった装備やらなんやらを四つほど寄せ集め、使える部位と使えない部位を選り分けて再選定した結果、なんとか一つの完成品ができた。継ぎ足しだらけで見るからに不恰好だが、取り敢えず既製品は出来たように思える。

 

 ……演算宝珠、その補助具がそこにあった。

 

 色々と調べてみたがその全容はまだあやふやにしか掴めず、せいぜいどの部位がどのような効力を持っているかが大雑把に分かる程度だ。それがどのようにして使われるかなどは、散々目にしてきたので頭に焼き付いている。

 

 ただ推測として、この補助器から使用される宝珠はべらぼうに性能が高い。いや、出力が大きいと言うべきか。

 

 今まで俺が作ってきた宝珠が自転車なら、これは間違いなく戦車のそれ。付いている機能も精度も桁違いだ。

 

 ただ、今まで作ってきた宝珠と基礎の部分は何も変わらない。軍事行動に必要な干渉術式…。これの諸元と図が見つかれば、あるいは演算宝珠の複製も可能かもしれない。

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 そもそも演算宝珠とは何か。

 

 俺はその答えを持っていないが、曾祖父さんの言葉を借りるなら『政治家』だそうだ。

 

 干渉式とは演説のスピーチ。魔力とは政治家の持つキャリア。演算宝珠は政治家そのもの。そう考えると分かりやすい、と。

 

 例えば政治家の語るマニフェストが、社会にそぐわない内容だった場合、賛同する民間人は極少数だ。当然のように政治家の持てる力は弱くなり、世を動かす力も弱くなる。

 

 これは干渉式の精巧さを表す。精巧に作られ、魔力のロスが少なければ少ないほど、事象に干渉しやすくなる。つまり上手いスピーチは人民の心を動かすのだ。

 

 しかしそんな演説も、発言する者が全くの無名の一般人ではお話にならない。名も知られず、学もないと分かっている者に、果たして人民の心は付いていくのだろうか?…答えは当然のように否だ。

 

 そういったキャリアこそが魔力。個々人によっての素質に左右され、力の大小が激しい。それに演説の内容が良くても、それを上手く伝える事が出来なければ人民は動かない。つまり干渉式の駆動のさせ方だ。総じて言えば、個人の素質が物を言う。

 

 演算宝珠とは、事象に干渉する道具である。それは人民に己の考えを訴えかける事に似ている。行き過ぎれば破滅し、弱過ぎれば見向きもされない。そんな所さえも似ていると曾祖父さんは笑っていた。

 

 

 さて、例の通りパクってきた設計図がある。と言っても複写だが。

 

 あの研究室にある専門書や設計図なんかを片っ端から記憶して、帰ってから書き取りをしていたのだ。持ち出すのは厳禁だが、それを記憶してメモするなとは言われてないしな。

 

 ただまぁ、流石は軍事と言うべきか。その宝珠は俺の作っていたものとは想像を絶する程に格差があった。

 

 まず材料が違う。俺は水銀に様々な触媒を入れて宝珠に式を書き足すのだが、ここでは針先に銀を備え付けた器具で掘るのだ。それもナノ単位で。

 

 なので宝珠が持つ干渉式の度合いは、俺の作るものの数十倍から数百倍に及ぶ。ペンで直に書き入れていた俺が馬鹿みたいだ。確かにこれならあれだけの性能が発揮できるのも頷ける。

 

 そんなこんなで色々とありはしたが、なんだかんだで宝珠は完成した。多分きっと恐らく動くであろう宝珠だ。……仕方ないだろう、試験してくれる者が誰も居ないのだから。

 

 ここに来て半年も経つ。その期間でどうにかここまで漕ぎ着ける事が出来た。あるいはここから発展させるのが、俺の使命なのだ。

 

 

 さて、ここまで緻密に掘れる道具が揃い、砕けているとはいえ上質な宝珠もある。これならば今まで容量不足で実現できなかった、様々な干渉式が試せるというものだ。全ては未来ある子供達の為に。

 

 幻覚、あるいはデコイと呼ばれる干渉式がある。元々の起源は大昔の魔女の技、ルキフゲ・ロフォカレの宝を見出す術に起因する。

 

 ルキフゲ・ロフォカレとはラテン語で光から逃げる者を意味し、あらゆる宝物をルシファーから命じられて守っているのだ。故にロフォカレを召喚し願うと、隠されていた宝を見出す事が出来ると言うわけである。

 

 これを逆手に取り、悪魔との契約として恐れられていた神秘を解体してできたのが、この光を用いてデコイを作る干渉式なのだ。基本的に干渉式は、かつての黒魔法の技を現代に改修した物が多い。中には完全新規の干渉式もあるが、そんなものは極少数に留まる。

 

 黒魔法とは言うが、そこに願う悪魔達の元の姿は神に他ならない。神の御技を模しているだけなのだ。

 

 ちなみにこの干渉式を少々弄って、『存在感を薄れされる干渉式』『音を遮断する干渉式』『認識を阻害される干渉式』を組んだ事がある。今までならこの三つで宝珠が一杯になってしまったが、この分だと余裕で入りそうだ。

 

 そしてこの、同業者が作った防護服。…防護服と言っても、それはフリルがふんだんにあしらわれた女児用の服なのだが。

 

 このドレスにはブローチの代わりに宝珠があしらわれている。これを着るだけで、外部から来る危害に自動で防御殻を張ることが可能だ。宝珠は俺が作ったが、ドレスは同業者に依頼して作ってもらっている。

 

 しかし…なんなんだろうな、この防護服は。彼女は趣味としか思えない服を作る事が多々あるが、これは色々と逸脱し過ぎている。

 

 貞淑さだとか貞操観念だとかを全力で殴り捨てたような服…。いや、確かにデザインは良いんだ。斬新ではあるし、個人的にとても好感を持てる服ではある。

 

 なんというかこう…夢と希望に満ち溢れたような可愛らしい装いなのだが……いささかスカートが短すぎるし、これでもかと外側に膨らんでいる。パンツが思いっきり見えそうだ。足はかなり長めの靴下がセットで付いているし、靴など蛍光色かつどピンクで派手派手しい。

 

 まぁ、時代を先取りしているのだと納得しよう。売れそうにないからと譲られた品ではあるが、これなら元手はタダだからな……。それに女児向けというコンセプトもしっかりと踏襲されてはいるんだ。受けるかどうかは別として。

 

 ついでに気が狂ったとしか思えない王笏を添えて、それらを構成するデータを抽出して宝珠に書き足す。これでもまだまだ容量はあると言うのだから驚きだ。

 

 そこに子供受けしそうな、いかにも魔法といったエフェクトが出るように調整された干渉式を書き連ねていく。とは言っても基本は全てルキフゲ系統のものなので、干渉式に齟齬が起こることはまずない。安全性だけは一番に考えないといけないのだ。

 

 一番に多用するのは、やはり幻覚の干渉式。それらを歪めに歪めて、星やハートといった可愛らしい形に整形し、溢れるような光と弾むような音を追加していく。大げさに魔法陣が出てくるぐらいが丁度いい。子供は単純に可愛いのが好きなのだ。

 

 それでいて使用する魔力は出来るだけ小さく抑える。なんと言っても、使うのは小さな子供達。よって我が家の伝統干渉式をちょっとだけ使わせてもらう。

 

 それは誓約干渉式と呼ばれるもの。何かを代償として何かを伸ばす、簡単に言ってしまえばそんな干渉式だ。例えば『魔力消費量が少なくて済む、そのかわり大人は使えない』といった具合に。

 

 更に小さな子供でも取り扱えるように、表向きの干渉式はごく簡単なものにした。つまり起動と使用、それだけに絞っている。

 

 本来なら小難しい式を呼び出し、色々と調整しなければならないが、これに限ってはその辺り自動で算出する。おもちゃ屋としての歴史が長い故に、そういう類の干渉式は得意中の得意なのだ。

 

 もちろん、それだけだと危ないので呪文に頼る事にした。表向きは決め技のようになるが、それが宝珠に与えられた式を起動するキーになる。これなら子供も覚えやすい。

 

 

「………よし…完成だ」

 

 

 バキバキと凝り固まり過ぎた足腰を伸ばす。なんだかんだで二週間も作業してしまった。やはり宝珠製作は人生の糧だ。これなくして俺はあり得ない。

 

 名称は…いや、ただの宝珠にご大層な名も必要ないか。いつも通りおもちゃとでも呼称しておこう。

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 元魔導師による念入りな試験を終えて、この宝珠の安全性が証明された。同業者に一旦預けている間に、何故か子供好きのする装飾が与えれていたけれども、まぁいいかと思っている。大人が持つにはいささか色調が強過ぎるが。

 

 試験は……あらゆる意味で精神的苦痛を伴う作業だったとだけ報告しよう。宝珠内に登録されている防護服は、同業者が更にグレードアップした物を詰め替えた。流石にアレは子供に使わせられない。

 

 おっさんにフリル…なんとも正気が削られる光景だったな…。

 

 被験者も害はないとだけ聞いていた為に、試験が終わった後は壮絶に目が死んでいた。あれはあれで口止めの必要性がなくなったので、もうそれで良しとしよう。

 

 ただ同業者から少し忠告があった。この干渉式は、その中身を二・三個変えるだけで致命的な殺傷力を持つ兵器になると。実際にその通りだったので俺は何も言えず、この宝珠は封印が決定した。被験者の彼には申し訳ない事をしたな。

 

 改めて誓約干渉式を当てはめ、少し迷った末に攻撃用の干渉式を彫り込んだ。今が平和なご時世ならいいが、もしかすると有事の際に使われる事もあるかもしれない。

 

 そんな時にこれが自衛の手段になってくれればと思う。これは大人が使えない。もし仮に誓約を外して使っても、十分な火力は得られないようになっている。願わくば、この国の行く末を人物の手に委ねられる事を願っている。



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魔弾の射手

 パチパチと焔が燻る。空は暗雲、風は無く黒い煙が空に昇る。静寂とは程遠い、だがどこまでも物悲しい風景。それは正しく世紀末であった。

 

 息を吸う、吐く。また吸う。それの繰り返し。視界に映るカーソルを意識の隅に置き、ゆるりと鉄に手を添える。

 

 周囲の風景を一度に観察する意識を保つ。どこから来る?下か、上か、それとも後ろか…。

 

 ………発見。

 

 

「《spot》」

 

 

 広げたマップに赤い点とネームが表示されたのを確認。ブラッド・レパードの表示がこちらに向けて南下する。その速度は驚異の一言。多様な障害物を一切無視するかのような軌道を経て尚、その速度に衰えは見えない。

 

 そのlevelは6。古参でありながら未だに6に拘り続ける、生粋のバトルジャンキー。とてもlevel4である俺が立ち向かえるような相手ではない。

 

 しかし相手にしてはならないという規則が無いのもまた事実。ダイヤグラムは3:7とこちらが圧倒的に不利ではあるが、勝てないことも無い相手だ。

 

 

「………ッ、」

 

 

 ダァァァアン!!

 

 しのぶ気などさらさら無い轟音が大地を叩く。バイポッドが車のボンネットを凹ませ、噴き上がる砂塵が視界を塞ぐ。硝煙の煙が晴れる頃には、全力でその場から退避した。

 

 攻撃の結果など見なくても分かる。俺の放った弾丸は華麗に避けられた事だろう。あの人間よりも獣の方に感性が偏ったアレは、本能だの勘だので音速の弾丸を避ける化け物だ。

 

 身の丈の2倍はある銃を俊敏とは言い難い動きで担ぎ、視線から逃れるように建物の影に入る。相変わらずのじゃじゃ馬ぶりで苦労するが、ここまで長い付き合いであれば慣れもする。肩にかかる重みを頼もしく感じつつ、次の狙撃ポイントへと向かう。

 

 この銃は重い。そして長く、何よりも使いづらい。様々な制約を持ちながらDPSはほぼ最低であり、同レベルのアサルトライフル使いと比べるべくも無い。

 

 その代わり、他のプレイヤーを軽く凌駕する極大火力を放つ事が出来る。たったそれだけ、それだけの為に全てを犠牲にした銃。それが俺の強化外装なのだ。

 

 グルグルとボルトハンドルを回して空薬莢を輩出。空いたチャンバーに極太の鉛弾を叩き込む。ロックを解除すれば、ハンドルが逆回転してリロードが完了する。

 

 速射性を鼻で笑うレベルの手間と暇をかけてリロードした銃と共に、トラックの荷台へ潜り込む。狭いスペースではあるが、バイポッドに足をかければ構えれないことも無い。

 

 マップに表示されたマーカーが辺りを探るようにして動き回る。この辺りは比較的構造物が多く、尚且つ入り組んだ地形をしている。しかし建物内への侵入が不可能な為、行動経路は限られて来るのだ。

 

 スナイパーにとっては鬼門の地形であり、裏をかくにはうってつけの地形。マーカーは着実にこちらへと進んでいるが、大通りなどの射線が通りやすい地形を通らない。ならば視認できない箇所から、一撃で仕留めるしかない。

 

 ビルの隙間、幅は僅か10センチ。更には崩れたオブジェクトが邪魔して、通る射線など無いように見える。

 

 だがコイツなら、20ミリ口径を誇るこの銃ならその限りでは無い。対戦という都合上、どうあがいても射距離過多になりがちだが、それは脆い遮蔽物を容赦なく粉砕出来るという事でもある。

 

 マーカーが通路前10メートル付近まで来た。スコープはトラックの影に遮られ、半分も映らない。だが十分だ、これだけの情報があれば狙撃を行える。

 

 再び轟音。

 

 鼓膜を突き破るような雷鳴にも似た湿った音。5.56ミリの銃声が子犬の鳴き声なら、これはまさしく龍の咆哮だ。心胆震わせる爆音が轟き、トラックの細かいパーツを粉々に粉砕する。

 

 20ミリの凶弾が数多の遮蔽物を喰い千切って猛進。飛び出した真紅の豹の左前脚を抉り取った。

 

 HIT

 

 まるでトラックにでも跳ねられたかのように吹き飛ぶレパード。脚を喰い千切った後も猛進する弾丸は、ほかのステージと比べて比較的脆い構造物の柱を叩き折る。

 

 次弾を急いでリロード。あの機動力の化け物は、ここで仕留めないと勝ち目がほぼ無くなる。

 

 吹き飛んだレパードは弱いスタン状態にある。しかしこの銃のリロード速度と比較すると、若干レパードの方が回復が早い。故に再狙撃の機会は無いと見ていい。

 

 だから俺は他の手を使う。あの速度に対抗するにはそれ以上の機動力で追いすがるか、有無を言わさぬ範囲攻撃が有効。俺には機動力など全くないので、使うのは必然的に後者の攻略法だ。

 

 三度轟音、そろそろ耳と肩が馬鹿になりそうだ。所詮仮想の世界とはいえ、痛みは生じる。流石に半分程度の痛みではあるのだが、行動に阻害がかかるくらいには鬱陶しい。

 

 放たれた弾丸はドラム缶の束の横を掠め、割れた窓に侵入。こちら側からは見えないが、建物の後ろは粉々に粉砕されている事だろう。

 

 ……これで3つ。そして掠めたドラム缶は燃料が詰まっている。掠めただけにもかかわらず、横腹をゴッソリと抉られたドラム缶は、地面に残る火に着火して燃え上がった。

 

 吹き飛んだ事により回る視界。側にあるドラム缶の着火。思考能力を鈍らせた上で危険物の起爆は、レパードの行動を単純化させる。

 

 そして炎を飛び越えるという選択肢は存在しない。油は容易には消えないからだ。もし仮に付着してしまうと、消えない炎が全身を包む事になる。炎熱に耐性がある者以外の消化は絶対におススメしない。

 

 レパードは超ベテランのバーストリンカーだ。それが危険物であることをよく理解している。当然ながら火と反対の方向へ退避した。

 

 

 ドンッ!

 

 

 爆炎。避けた先で爆風に煽られて転がる赤い影。態勢を立て直そうと必死にもがいているようだが、もう遅い。

 

 噴き上がる黒煙に煽られるようにして、3本の支柱を叩き折られた建物が倒壊する。これまでの3発、確かにレパードを狙った狙撃ではあるが、それ以上にこの現象を起こす為の布石でもある。

 

 あのビルは現実でも色々と問題の多いビルだ。ソーシャルカメラの圏内には入っているものの、年代が昭和で止まっているんじゃないかというくらい古い。配管も未だにガスを使っているし、染料の工場という事もあってか異様に可燃物が多い。

 

 これまでの対戦で、あのポイントが妙に爆発物が多くなる事も把握済みだ。ついでにガス管の位置が支柱の付近を通っているし、ステージ特性で廃墟と化した場合は崩れる事もある。要するにかなり脆い。だからこそトラップにはもってこいのポイントだ。

 

 この為だけに、遮蔽物からの狙撃を選んだのだ。あんなカッスカスの廃車なんぞ、レパードの機動力の前にはゴミ同然。危険を晒してでも誘き寄せた甲斐があった。

 

 そして今事が起きているのは、ビル群を挟んだ向かい側。並大抵のバーストリンカーならここで確実に決まる。そう思わせるだけの一手だと自信を持ってそう言える。

 

 しかし、しかしである。彼女はバーストリンカーなのだ。それも黎明期から存在する、俺と同期の凄腕。そう簡単に勝ち星を握らせてはくれない。

 

 

 マーカーが動く。入り組んだ地形にもかかわらず、迷いのない動きで地を駆ける。廃墟が傾ぎ、無数の瓦礫を降り積もらせながら倒れ行く中で、体力ゲージを削りながら走っている。

 

 もうマーカーを見る余裕は無い。この距離で生き残っているならば、確認している間に倒される確率もあるからだ。

 

 レパードが登れそうな場所はほぼ潰している。…しかし、どんな不利な状況であっても覆して来るのがレパードだ。さてどこから仕掛ける?

 

 

 神経を尖らせながら、思考だけは鈍らせない。頭の奥底でレパードの行動を先読みしようと画策し続ける。ビルが倒壊し、瓦礫の降り注ぐ豪雨のような重低音を聴きながら、ふと脳裏に疑問が浮かんだ。

 

 そういえば、落下物によるダメージと爆炎によるダメージ、どちらがデカイんだ?

 

 …いや、そんな物は分かりきっている。落下物によるダメージだ。このゲームのアバターの装甲は、アバターの色や出で立ちに強く影響を受けるが、大抵は無機物の装甲である。油や氷などの炎にマイナス補正がかかる物でない限り、そのダメージ比率が反転する事はない。

 

 例えば、である。もし爆炎と瓦礫のダメージ、どちらかを取らなければならない状況であり、尚且つ爆炎を意図的に起こせる状態にあった時、俺ならどちらを選ぶ?

 

 決まっている、爆炎だ。あのビルはドラム缶の炎で着火する前からガスで充満していた筈だ。建物の構造上、ドラム缶付近のガスは燃え尽きるだろうが、その反対側は?

 

 …残っている。初弾が命中した箇所、あそこは廊下からも遮断された倉庫だった筈だ。もしそこに、火のついた油を纏って飛び込んだのだとしたら?それによって生じた爆炎が瓦礫を吹き飛ばしたのだとしたら?

 

 ビルは倒壊しきった筈なのに、winnerの表示が出ない。視界に映るHPゲージは僅か数ドット。しかしヤツは持ちこたえていた。

 

 

 …来る、上だ!

 

 

 足を失い、全身の装甲にヒビを入れ、アバターの素体をあちこちにに覗かせながら、真紅の豹が飛び上がる。バラバラと零れ落ちる装甲、砕けたアイレンズから灼熱の如き闘志を迸らせ、一気呵成に言葉を叫ぶ。

 

 

「『ブラッド・ジェット・カノン!!』」

 

 

 予想外、しかも悪い方に予想外だ。ここに来て自爆技を撃ち放って来るとは。だがこれ以上に有効な手札も無い。普通に近寄られるなら、100メートル圏内で仕留め切る自信がある。遮蔽物を使用されたとしてもそれは変わらない。

 

 ヤケクソに奇襲を仕掛けられても対処しきれる。それを成すだけの構造物は全て把握しているからだ。だが必殺技、それもlevel6が放つただ一つの技。外れれば自身がダメージを負う、捨て身の一撃はどうやっても避けきれない。

 

 20ミリ口径を鼻で笑う、まさに大砲の一撃。自身を砲弾にして撃ち放つ、こちらの完全な上位互換。避けられない、ならば迎撃しかないだろう?

 

 腰肩肘が軋むのも構わず、俺の相棒を腰だめに構える。レパードの手足が折り畳まれ、その周囲に真紅の砲身が形成された瞬間、俺はトラックから後向きに飛び降りた。

 

 

 数瞬置いて響き渡る轟雷。音速の弾丸同士がクロスカウンターのように交差してーーー

 

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな時間の流れる放課後。どこかクラシックな匂いを漂わせる上品なカフェで、随分と対極な二人が対面していた。片方は傾国の黒い美少女、片方はまん丸とした少年である。少年の方はお世辞にも見目が良いとは言えず、どうにもアンバランスな組み合わせとなっていた。

 

 その首には銀色のコードが伸びており、俗に言う『直結』による会話が行われている事が分かる。

 

 

「なに?最強のバーストリンカー?」

 

「は、はい。ちょっと疑問に思ったんですけど、現時点で最高のlevel9は例外として、今いるバーストリンカーの最強って誰なのかなって思いまして」

 

 

 少年から呈された疑問に、深くため息を吐く少女。失望とまではいかないが、どこか呆れを含んだ表情をしていた。

 

 

「…ハルユキくん、こんな事は言いたくないのだがな…。それだと、レベルごとに最強がいる事にはなるまいか?同レベル同ポテンシャルを忘れたのか」

 

「……え?あ、そ、そうか」

 

「それにレベルが違えど、相性という事もある。遠距離型と近距離型ではどうしても遠距離型の方が強い。しかしそんな物はステージで幾らでも変わる。レーザー持ちは都市ステージだと厄介だが、自然系の前には殆ど無力と化すからな…」

 

「えっと…すいません、変な事聞いてしまって…」

 

「いや、いい。どうせこの前の事を引きずっているのだろう?」

 

「うっ」

 

 

 言葉に詰まる少年。その脳裏には赤毛のあどけない女児の裸体がチラついているのだが、それを黒い美少女が知る事は無いだろう。ただ何かを察知したのか、微妙に顔が顰められたのだが。

 

 その複雑な感情を飲み下して軽い溜息を吐き、少女は言葉の先を続けた。

 

 

「…だがまぁ、強ち間違いでもないな。確かにハイランカーの中にはレギオンの幹部を務めている者が多いし、そう言う意味では最強…と言い換えてもいいかもしれん。…だが対戦は何が起きるかわからん。一概にハイランカーが最強と断じるには無理があるぞ」

 

「あ、あはは。…じゃあ大丈夫かな…」

 

 

 ポツリと漏れた思念。しかし彼等の首に付けられた機械は、そんな微小な想いも量子回路に乗せてしまう。少年にとってはただの呟きのつもりだったようだが、少女には伝わってしまっていた。

 

 

「うん?何が大丈夫なんだ?」

 

「う、うぇえあ!?き、聞こえてました!?」

 

「…君、今は直結中だぞ?殆ど筒抜けに決まっている。で、何か心配事かい?」

 

「えーっと、その、ですね…」

 

「うん」

 

「タクムが、『level4になったら気を付けて』みたいな事を言ったんです。そんな不安になる事を唐突に言われると、どうしても気になって…それで問い詰めたら、『最強のバーストリンカーが付け狙ってるかもしれないから』って言われまして…」

 

「タクム君がそんな事を…?」

 

「は、はい」

 

「…ふーむ、level4最強、か」

 

 

 少女の脳裏に、膨大な数のデータが流れていく。最強の称号を得たバーストリンカーである、クリムゾンの大きなネジが思い浮かんだが、おそらくそれでは無いだろうと首を振る。

 

 やがて思いついたのは、変わり種の中でも特に変わり種のバーストリンカー。樹木の装甲に身を包み、身長以上の銃を背負う寡黙な男。

 

 ややあってその男の呼び名を、少女は口にした。

 

 

魔弾の射手(フライクーゲル)

 

「え、バームクーヘン?ですか?」

 

「フライクーゲルだ!…魔弾の射手とも言われている。その他には『傭兵』『王殺し(キングスレイヤー)』『首狩り処刑人(ヴォーパルエクスキューシュナー)』『災禍殺し(ディザスタースレイヤー)』などとも呼ばれている男だ」

 

「ひ、ひえぇ、なんだか強そうな二つ名ですね…」

 

「強いも何も…奴は加速世界の伝説だ。何せ、タッグマッチや領土戦で一度も負けた事が無いのだからな」

 

「一度もですか!?そ、それってかなりすごい事なんじゃ…」

 

「うむ、奴は本当に凄まじい。しかしあまりにも多くを語らな過ぎる。グランデ以上に得体が知れないからな…」

 

 

 喋らない緑の王よりも!?と驚愕する少年。それに苦笑を返しつつも、少女は理由を語る。その表情は何かを懐かしむようでいながら、少しの呆れを含んでいるように見えた。

 

 

「グランデの奴は、喋りはしないが目的がハッキリとしている。そうでなければレギオンなど作らんだろう?だが奴は違う。ひたすらに戦い、ひたすらに闘争を求める。何の為に戦うのか、何の為に挑戦者で居続けるのか…その理由を誰も知らんのだ」

 

「挑戦者…ですか?」

 

「奴が今でもlevel4で居続けているならそういう事だろう。奴は同格か格上しか戦おうとしないのだ。勿論、挑戦を受けた場合は別だが」

 

「でもそれは…格ゲーなら当たり前の事じゃ…」

 

 

 その言葉に一瞬唖然とした表情を浮かべる少女。しかしそれはクツクツと含むような笑いに変わり、肩を震わせて俯いてしまった。

 

 それを見て慌てふためく少年。何かおかしな事を言ってしまったのでは無いかとオロオロし、何やら小動物のような有様である。

 

 

「いやすまんな、確かにそうだと思っただけだ。案外奴も同じような理由でその立場を貫いているのかもしれないな」

 

「は、はぁ…」

 

「いずれ分かる時が来るさ。今は目一杯楽しみたまえよ少年」

 

 

 不敵な笑みを浮かべて蠱惑的に誘う少女。しかしその笑みには、大きな哀しみが覗いているようでもあった。まだまだ人付き合いに慣れ切らない少年がその事に気付く事は無かったが、それでも敬遠する人からの言葉は重く響いた。

 

 情けなさが多く残る表情ではあったものの、しっかりと頷き、思念で元気よく返事を返す少年。

 

 しかしその噂の男との会合がかなり間近まで迫っている事を、彼等は知る由も無かった。



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おもちゃ開発記2

さて諸君、開発だ。未来ある子供達に大いなる希望のあらん事を。

 

 

 今もなお、初めて制作した宝珠型の女児向けおもちゃは改修が進んでいる。周囲に飛散する残存魔力を有効に使えれば、もっと派手な技が使えるのではないかと、新たな干渉式を模索中だ。

 

 取り敢えずはその研究を続けていたのだが、今回は同業者から仕事の依頼が入った。女児向けを作ったのなら、男児向けも作るべきだと。

 

 それはまさにその通りであるので、女児向けおもちゃで使った技術をベースに、新たなる分野へ挑戦しようと思う。

 

 同業者から受け取ったのは、相変わらず趣味が多分に発揮されたスーツであった。

 

 それは…前回以上に形容しがたい何かだった。ベースはよく伸びるゴムのような布。腕を通してみれば、ピッチリと肌に張り付く。

 

 肩や肘の関節部にはプロテクターが付属しており、胸や背中などの急所にはよりゴツい装甲が貼ってあった。それは見ようによれば騎士の甲冑に見えなくもないが、より機動力を重視して作られているように思える。

 

 相変わらず斬新であるものの、何か心の奥底を擽ってやまない魅力がある。乙女心があるなら男心もある、そんな男心を刺激する魅力的なデザインだった。

 

 俺が小さい頃にこれに出会っていたのなら、これを着て無敵感に酔い痴れ、悪党どもを討伐しなければならない使命に駆られていただろう。このフルフェイスのヘルメットが、その衝動に拍車をかける。正体不明の秘密のヒーロー。なるほど、これは良いかもしれない。

 

 

 

 早速このスーツをフルに活かす宝珠を作った。

 

 この見た目にはベルトしかあり得ない。なのでベルト型の補助具をベースに、組み込むべき干渉式を選定する。

 

 このスーツは見るからに空中にあるべきではない、地上において堂々と敵を討つべく存在するのが道理だろう。よしよし、良い感じにテンションが上がってきた。

 

 装甲、プロテクター、呼び名は何でも良いが、これを軸に干渉式を組めば中々凝った作りになると思う。防殻はルキフゲ系統のビナー色を強めれば良いので、光や音を入れる干渉式との相性は保たれるだろう。

 

 この防殻は、いわゆる紙風船だ。衝撃を受ければ光と音を伴って割れる。男児たるもの遊びも戦いなのだ、こうして勝敗が決まる要素も必要に違いない。

 

 少し干渉式の相性は悪いが、身体強化術式と爆裂術式を彫り込んだ宝珠も用意する。これは俺の開発した新要素であり、他には類を見ない機構であると断言できる。なにせ元いた工房で密かに温めて続けていたアイデアなのだから。

 

 

 突然だが、宝珠をパワーアップするにあたって必要な要素は何か分かるだろうか。

 

 干渉式のロスを少なくする、強大な魔力に耐えられる回路を作る、必要に応じた機能を取り付ける……そのどれもが正解であるし、あるとしても答えは無いのかもしれない。

 

 だが馬鹿でも出来るパワーアップの方法がひとつだけある。それは宝珠を複数同時に使用する事だ。

 

 これはもう、本当に誰でも思いつく理論だ。銃を2丁構えれば二倍の火力、人が2人いれば二倍の戦力、当たり前のようだが真理に近い答えだ。一つよりも二つの方がデカくて大きい。

 

 だがそれが何にでも当て嵌まる訳では無い。むしろ当て嵌まらない事の方が多い。

 

 銃を2丁構えれば装填や狙いが甘くなるし、2人いたとしても連携出来なければ個人と変わらない。一人で二つのと言うのは、いつの世も挫折と失敗を経験した要素なのだ。

 

 ではそれを使うには、それらの要素をクリアしなければならないのだ。そして実用性に足るだけの理由が無ければならない。

 

 二つの演算宝珠…これを同時に使うなどとても出来はしない。出来たとしても不安定過ぎて使える代物では無いだろう。ならば、その二つの演算宝珠を『連結』させるならどうだろうか。

 

 同発で使おうとするから問題なのだ。二つ目の演算宝珠を一つ目の演算宝珠の後付けとして使用する。そうする事で一つのものに特化した演算宝珠がその場で出来上がると言う寸法だ。

 

 このスーツに合わせて言うなら、モードチェンジが正しい言い方だろうか。身体強化に優れた起動型と、爆裂術式をそれぞれ使い分ける…。通常状態で普段の魔力を抑え、有事の時のみ全力で戦う。これがこのベルトのコンセプトだ。

 

 同発ではなく連結というのは、かなり苦労した。そもそも魔法の核となる力の中心を二つ繋げるというのだから、その苦労は押して図るべし。相当な年数を費やしたものだ。

 

 結果として行き着いたのは、魔法の核を半々に分けて入れ替える事。そうする事で核同士で一つの塊と魔法陣が誤認する。大昔のご先祖が悪魔同士を融合させるという、どう考えても馬鹿の発想が元だ。ちなみに融合召喚は成功したらしい。でなければこんな事をしないが。

 

 ちなみに同発もこの方式で試したが、正直連結の方が遥かに効率がいい。同発は核同士を連結出来ず、外周同士を繋ぐ事しか出来ないのだが、それだと概算の30%ほど出力が落ちるのだ。

 

 

 さて、この通常形態のベルトの宝珠は、三つの核に分けてある。それぞれの形態に変化する為だ。

 

 そして他二つの宝珠はカード式にした。これをベルトに設けた挿入口に差し込んで横に回す事で、宝珠同士の連結が完了する。魔力の消費は上がるがその出力は端数を除いて約三倍だ。

 

 これは子供達の魔力の暴走を防ぐ目的もある。まだ魔法に慣れないうちは通常形態で使用し、いざ暴走が起きた時は追加のカードを指して宝珠の容量を増やす。強制魔力排出が追いつかなかった時の為の安全機構だ。

 

 逆にカードを指して暴走した場合は、カードに過剰な魔力を送って強制排出する。これなら暴走が起こっても、子供の近くで爆発する事も無いだろう。

 

 更に今回は誓約を設けていない。子供が使うのもアリだが、個人的には世のお父さんが使って貰いたい一品だ。親から子へ、意思を受け継ぐ感じで渡すと尚良し。それを考慮して、どちらかというと大人向けに宝珠を組んである。

 

 

 今回のは中々に大作であり、音や光などのノウハウは前回の宝珠で学んだ為に何とかなったが、この連結式はかなり手を焼いた。完成するのに一月半かかった。だからこそ感動もひとしおなのだが。

 

 早速同業者に完成品を持って行く。試験者は引き続き元魔導師の男だった。

 

 試験は…動作、機能共に問題なし。暴走状態でも問題なくセーフティーが作動し、使いやすさも前作と同じだった。

 

 試験者の男は、これを大はしゃぎで使用。一作目より遥かに効率良く試験を終える事が出来た。やはりそうだろう、これは男を魅了してやまない何かがある。

 

 そして勝手に決めポーズなどを決めて、格好付けた変身なんて物をやっていた。最初は痛々しいと苦笑いしていたのだが、その動作にキレと慣れが出てきた所でその考えを打ち切った。

 

 これは使える。絶対に使える。

 

 そうだな、この決めポーズを宝珠に保存しよう。いや、いっそ姿が変わる瞬間も何かしらの工夫を入れよう。一作目も同じような改良が可能だ。やらない道理はない。

 

 カッコいい、そしてカワイイは永久不変の真理に相違ない。この胸の高鳴りと燻りは、きっと遥か未来の世界でも通用するだろう。あぁ、この感情はなんだろうか。あるいはこれを浪漫と言うのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、俺は宝珠の試験場ではなく重砲の試験射撃場にいた。ズンと低く轟く砲声は、目視出来る一杯まで煙を噴き上げて巨大な鉛を飛ばす。

 

 遠く、遥か彼方に着弾したそれは爆炎を撒き散らし全てを焼き尽くした。その光景はあまりにも衝撃的で、俺の魂の奥深くを揺らされたようであった。

 

 これが戦場。俺の作る宝珠の真の姿。おもちゃと言う子供の希望を、根こそぎ奪って消し去ってしまう驚異。

 

 アレに対抗する術は無いのか?ただただ蹂躙されるだけの命なんてとてもでは無いが耐えられない。…そうだ、力がいる。圧倒的な力が。

 

 

 

 全ては力だ。力こそ全てなのだ。

 

 

 

 早速俺は宝珠を作った。目指すはただ一つ、至上の宝珠。さてそれを製作するには何が必要だろうか。

 

 綿密な干渉式、完璧な効率、淀みなき魔力の流れ。基礎にして至上、これを成さねば最上級はあり得ない。

 

 だがそんなものは皆分かっている。問題はそれを成した後の力の求め方だ。

 

 俺は前回、連結式という新型宝珠の製作に成功した。ならばやる事は一つ。それを倍にして更なる火力を得るのだ。理論上に必要な魔力量は成人男性のそれを超えるが、それは起動時のみに限った話。

 

 その後の起動は通常の半分以下の魔力で十分だろう。勿論、魔力を込めた分だけ出力は増加するが。

 

 2の2倍で4つ?そんなまどろっこしい事など出来る訳がない。魔法的にも意味のある6にしよう。6連式の超精密演算宝珠だ。これは脳が震えるな。

 

 操作性?魔力消費量?知るか、つまりはそれを超える馬鹿力を叩き出せば良いのだろう?

 

 第一宝珠に魔力を込めた状態で、更に魔力を込めれば第二宝珠が自動で起動する。意図的に繋げなければロックが外れない仕様な為、揺れた魔力が勝手に第二宝珠を動かす事はない。

 

 ロックを解除すればするだけ魔力消費量は跳ね上がり、発揮される出力は指数関数的に跳ね上がる。身も蓋もない言い方をすればギアチェンジに他ならないのだが、核の構成は更に先の改良が施されている。

 

 核を分けて核同士の連結を図る方式は、仕組みは簡単だが切替時と接続中の魔力のロスが大きく核に掛かる負担もあって、あまり長く使えなかった。

 

 だったら魔法陣ごと重ねてしまえばいい。

 

 第一宝珠は中央に核を配置した典型的な魔法陣だ。ここに込められた魔力は魔法陣を通して干渉式となるが、出力は通常の範囲を出る事はない。

 

 第二から第六までの魔法陣は『円環型の宝珠』だ。核を真ん中に配置せず、それそのものを魔法陣としている。

 

 当然ながら起動しない。力の点が円の中心から外れた力は、力として認識されないからだ。しかしこれには例外が存在する。魔法とは得てして認識の誤認であり、つまるところあやふやな論理で成り立つ奇跡でしかないからだ。

 

 この円環を起動時に『回転』させるとどうなるか。魔法陣は動くように出来ていない。しかし動かしても効果は変わらない。だが事象が認識する範囲は魔法陣ではなく、『魔法陣が描く記号』を認識するのだ。

 

 暗闇でライトを点けたとしよう。君たちは事象だ。故に君たちはそれを『光の点』として認識する。そしてこのライトを何度も往復させてみよう。すると君たちは光の点を『光の線』として認識する。それと同じ事がこの宝珠内で起こると言えば、なんとなく掴めるだろうか。

 

 核を内包した魔法陣は第一宝珠の外縁と接続される。事象はそれを『一つの魔法陣』として誤認するのだ。すると矛盾が起きてしまう。魔法陣内に起動した核と起動されてない核が同時に存在するという矛盾が。

 

 そして事象はまたしてもそれを誤認する。回転する宝珠が描く外縁を『核の外縁』と解釈して第二宝珠が起動するのだ。しかし第一宝珠は効力を失わず、そのまま起動し続ける。その現象を事象は更に誤認して『一つだけの宝珠だが出力は二つ分の宝珠』とするのだ。

 

 このシステムを便宜的に『タロットシステム』と名付けた。今はただ出力の増大に絞られているが、行く行くは発動する宝珠の組み合わせで無限の干渉式を使う事も可能になるだろう。

 

 問題点として、あまりにも製作が難しい事が挙げられるだろうか。こんなもの、大隊分を揃えるだけでも相当な時間がかかる。ネームドに持たせて士気の高揚を図るのが一番良い。

 

 このダウングレードとして量産出来る範囲の三連式を作った。こちらは試作的に五つ。もし改良点があれば随時改良する予定だ。

 

 

 

 ……あぁこれが力。俺の求められる最良の物。コレがあの恐怖に対抗しうる力とならん事を願うばかりだ。



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魔法少女まどか⭐︎マギカに不死が現れたようです

 地面に叩きつけられた。なんだか懐かしい記憶を感じる。………はて、俺はここで何をしているのだろうか。そもそも俺は死んだ筈では? 最後の生き残り……いや、死に損ないとして、薪を燃やしながら英雄に立ち向かった筈だ。倒されるべき敵として。

 

 地面に仲間の屍が無い。冷たく暗い石床でも無い。俺が生きているとするのなら、他の仲間たちは何処へ行ったのだ。既に狂って幽鬼達に討たれたのだろうか? ではあの英雄は? 世界はどうなったと言うのだ。

 

 

「……いや、どうでも良いか」

 

 

 そうだ。俺は託したのだ。深淵を狩続けた使命が終わり、ただ仲間だった物を殺し続ける不毛な争いを止める為に。その為なら朽ち果てても良いとすら思っていた。だがあの英雄は、他の者らと違った。幾ら撃ち倒されようと、光が消える事は無かったのだから。

 

 灰は火を求める。あの英雄は火を求めながらも、何処か他とは違う特別な何かを感じた。だから俺は託したのだ。悍しい儀式と知りながら、彼に王の薪を。あの英雄も、それを知りながら薪を手にしようとしていた。戦いの最中で、そんな事がわかる筈も無いのに。

 

 だから良いのだ。ここが何処であろうと、確かに託した。俺の内に何が燻ろうとも、それは託した後の成れの果て。もはや儀式に使えようはずも無い。

 

 

 ………しかしそれはそれとして、これはどう言う事なのか。

 

 

 右も左も、上も下も、まるで見た事のない物ばかり。極彩色……とでも言おうか。とにもかくにも不可思議な色合いをした奇妙な空間だ。もしやここは深淵の底か? あの近寄る事すら憚られる泥闇の底は、こうなっているのだろうか。

 

 そう考えてみれば成る程、何処か深淵に通ずる物がある。冷たく凍える事もないが、何処か優しい世界。何かのゆりかごのような、あるいは疎まれた者の居場所となるような。そんな場所を一つ知っている。深淵に近い薄汚れた場所。幽鬼達の囚われた果ての地。あの絵画世界に。

 

 絵画世界は、何処にもない特殊な顔料で作られていると言う。ある奴隷の話を信じるならば、それは暗い魂の血で描かれるのだとか。深淵や闇に近い暗い魂で描かれたのなら、深淵に近しい匂いもするだろう。

 

 ではここは絵画世界の何処かなのだろうか? それにしては暖かく湿っているような気もするが……。

 

 

『? ………?』

 

「…………?」

 

 

 それは唐突に現れた。絵画のような、掴み所のない背景の中からひょっこりと。いつか見た花の綿毛のような頭に、訳のわからん棒のような胴体、そして蝶の羽のような足。生意気にも整えられた髭を生やしたそいつは、こちらを伺いながら首を傾げているように見える。

 

 さっぱりもって訳が分からん。こちらも首を傾げて疑問符を返す。だが僅かに香るこの悍しい匂いには覚えがあった。と言うよりも、俺の使命そのものたる忌まわしき匂い。随分と薄れてはいるが、確かに深淵の香りがする。

 

 ……深淵、か。もはやとどめる事すらできぬ程に溢れ返ったそれを、今更狩ることに何の意味があろうか。ましてやこの身は既に託した後の成れの果て。そう奮い立つ事も無いのだろう。灰は灰らしく、崩れて吹き消えるのが似合いだ。

 

 しかしそれが深淵を狩り取らぬ理由にはなるまい。俺は、いや、我らはファランの不死隊。深淵が湧くのならば、一国を滅ぼしてでも押し留める。それが狼血の誇りという物だ。

 

 起き上がり、身を翻し、最後の最後まで側にあった剣を取る。身の丈程に長い剣を中腰に構え、かの大狼を模した剣技を放つ。低空にて迅速に振るい、不死人の技のように命を顧みない。故にこの剣は深淵の化生すら断つのだ。そうでもしなければ断てぬのだ。

 

 

『っ!?』

 

 

 手応えは……軽い。深淵のあれらと比べて、随分と脆い存在らしい。宿る闇も極々薄いものだった。……しかし、そう一筋縄ではいかぬのだろうな。

 

 うぞり、うじゃりと気配が増す。まるで絵のような背景から出てくる大量の綿毛。そしてよく分からん化生の類に茨の蔦。前も後ろも塞がれた。仲間はもういない。あれだけ軽口を叩き合った彼等は、皆亡者と成り果てた。

 

 よく分からん土地でよく分からん化生を相手にただ一人。成る程、最悪だ。だが残念な事に、淀みきった滅びの地では良くある事なのだ。なに、どうせ2、3回死ぬくらいだろう。

 

 この俺を殺さんとするのだ。殺されても文句は言えまい。

 

 

「……皆殺しだ。血肉をぶち撒けて無様に死ね」

 

 

 返答は叩きつけるような殺気と、溢れんばかりの攻撃の波だった。



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おもちゃ開発記3

 俺は……俺は一体何を……いや、何だ? 俺は……ナニカサレタヨウダ。記憶が曖昧で、今目の前にあるあまりにも攻撃的な宝珠を作った覚えがない。

 

 その事を考えようとすると、ミヤザキと名乗る中年の男が耳元で『全てを焼き尽くせ』と囁くのだ。……あぁ、そうだ、焼き尽くさねば。全てを焼き尽くす暴力のあらん事を……。

 

 

 …………いやいやいや、断じて俺にそんな趣味はない。試験運用されている榴弾砲を間近で見た辺りから記憶があやふやだが……その時にナニカあったんだきっと。

 

 

 さて、そんな事はどうでもいい。あの試作品のベルトは、同業者をして好評だった。危険な機構もなく、何より安心して楽しめる。カードに込められた爆裂術式も、結局は派手な音と光を出すだけの無害な代物だと証明された。

 

 防殻が割れる事で勝敗が決するのも、シンプルかつ安全で子供に負荷を与えない。出来れば敵役が欲しい所だと彼女は言っていた。そこら辺のデザインは少し苦手らしい。

 

 それと決めポーズの設定も順調に進んでいる。あと数週間もすれば完璧に仕上がる筈だ。……まだ試作機なので、その方式は随時変更していくと思うが。流石に直接脳神経に干渉して無理やりポーズを取らせるのはどうかと思うしなぁ……。

 

 あぁそれと、第一作目の女児向け宝珠を少し改良した。王笏らしき物をデータから除外し、補助具と兼用して宝珠を付けたのだ。見た目は可愛らしい杖のような何かだが、決めポーズを省略して干渉式を放てるようにした。補助具と一体になっているので出力も上昇し、ベルトと大差ない範囲に収まっている。

 

 どうにかして危険性を取り除こうとしているのだが、使っている干渉式は軍のものをパクっている箇所が多いので難しい。ベルトの方は八割方俺のオリジナルだったのでそんな事も無いのだが……。

 

 

 なので新しく作る事にした。

 

 

 デザインは例のごとく同業者に頼み込み、一作目の雰囲気を出来るだけ崩さないような見た目にしてもらった。貴族の服を戦闘用に魔改造したような見た目と言うべきか。

 

 不吉な色として嫌われる黒も、こうしてみれば中々どうして映えるものだ。優雅さと鋭利さを兼ね備えた衣装は、やはり斬新さの中にも心を掴んで離さない何かがある。きっとこれだけでも売れるだろう。

 

 組む干渉式は二作目の干渉式を応用し、尚且つ一作目のエフェクトを入れたもの。比較的安全であり、軍からパクった技術はほぼ使用してない。

 

 そして色々悩んだのだが、俺はあの馬鹿みたいな宝珠をもう一つ作る事にした。

 

 この頭オカシイとしか思えない6連結宝珠。頭のネジが五、六本抜け落ちて無いと発想すら思い浮かばなかっただろう。しかし応用の余地は多分に含まれる。

 

 第一宝珠を段階的に繋いでいくのがこの宝珠の特徴なのだが、少し配置を弄るだけで第一と第三だけを繋ぐ事も可能なのだ。その組み合わせによって専門の干渉式を構築し、使用する魔力のロスを減らす事が出来る。

 

 ただひたすらに出力の事しか考えられていないが、その技術は実に応用が効く。状況によって瞬時に得意な干渉式を構築するコレは、各国に存在する宝珠のいいとこ取りと言っても過言では無い。

 

 何せ干渉式同士による干渉が一切無いのだから。事実上は幾多もの宝珠を一つに纏め上げているようなものだ。

 

 序でに宝珠が自己判断で干渉式を選択するような干渉式……。干渉式というよりも自律式と言った方がいいかもしれないが、一応そんなものも作っている。過去に何度かやった事があるので、そこまで難しい作業でも無いだろう。

 

 

 しかしまぁ、あの魔法陣がこうも進化するとは。御先祖様方も予想出来なかっただろう。科学と魔法の融合、その結晶たる宝珠。……個人的には、これはもう宝珠ではないと考えている。もっと技術が進めば、魔法は科学に成り代わる筈だ。

 

 ……作っていて思ったんだが、軍の宝珠とはこんなものなのだろうか? 使っている素材はかなり上等な物の筈なのだが、干渉式の製作難易度は極めて低く、その解析も実に用意だった。所々……というか、ほぼ全ての干渉式が意味を成していないし、これでは魔力のロスがあまりにも大き過ぎる。

 

 いや、そもそも宝珠の歴史自体が浅いのだ。確かに干渉式は稚拙な物が多いが、機械自体は見事な物である。干渉式は元より秘術であり、秘匿されてきた歴史もかなり長い。この宝珠を作った人物は、きっと一から干渉式を構築したのだろうな。それを触媒によって強引に出力を引き出しているようだ。

 

 だが俺はこれと同じ物を木材から作り出せるだろう。触媒とは宝珠の力の源だが、それ単体ではただの無機物に過ぎない。そこに宿る干渉式を構築してこそ、真の宝珠だと俺は思っている。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 その日の仕事中の事である。爆発四散した装備の回収ついでに、暇そうにしていた研究員の男に声をかけた。いつもより爆発の仕方が派手だったので、少し不思議に思ったのである。その男の話によると、今回から実験の被験者が変わったらしい。

 

 ターニャ・デグレチャフ少尉。僅か9歳の幼子でありながら、軍のエリート街道をひた走る真性の傑物。その叡智は恐るべきゼートゥーア閣下を唸らせ、その武勇は銀翼突撃賞を授与する程。

 

 そんな将来有望で優秀な少女に目をつけたのが、我等がマッドのシューゲル技師。頭がおかしいのではないかと思える実験を少女に対して敢行し、職員は辟易とする毎日を送っている。

 

 そしてつい先程、デグレチャフ少尉が真っ当な意見具申を突き立て、足音荒く自室に帰っていった所だとか。シューゲル技師はそれに腹を立て、工廠を吹っ飛ばす勢いで怒鳴り散らしているらしい。

 

 思わず悪態が漏れた。研究員の男も、憎悪を隠そうともしないで悪態をついている。デグレチャフ少尉に同情し、シューゲルをこき下ろす罵倒を思う存分吐き出して、研究員の男と別れた。取り敢えずシューゲルは死ねばいいと思うよ。

 

 その後は普通に作業をこなして一日を終えた。デグレチャフ少尉に少しでも救いがある事を願うばかりである。

 

 明日は軍のお偉いさんが、この馬小屋にやって来るらしい。とは言っても状況の視察程度で、俺たちは大人しく中で待っていれば良いそうだ。

 

 つまり明日は実質休みの日。それが仲間内にも伝わり、今から酒場に入り浸る気満々の奴が沢山いる。あんまり羽目を外し過ぎるのもどうかと思うけどね。

 

 殆どの仲間が外出し、ガランとした部屋で一人物を作る。もう少しで宝珠の調整が終わるのだ。明後日の休みには同業者に持って行って成果を報告しないと。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

「……ほう? 貴様、軍事施設内で堂々と反逆行為とはいい度胸だ。処刑は免れないだろうが……。私も鬼では無い、一応言い訳を聞いてやろうじゃないか」

 

「ひ、ひぃ!」

 

 

 父さん母さん、ごめん。俺死んだかもしれない。

 

 こんな朝早くにデグレチャフ少尉直々に視察に来るとか聞いてない。しかも抜き打ちでの官舎チェックなんてもっと聞いてない。確かにここは軍属の機関ではあるけど、立ち位置は民間業者に過ぎない筈なのに。

 

 そして見られちゃヤバイ宝珠の数々。……いや、戦闘用の物は一切存在しないのではあるが、果たしてこれを子供用の玩具として認識されるかどうか……。

 

 と言うかデグレチャフ少尉怖い! これで9歳とか嘘でしょ? 背丈は自分の腰くらいしか無いのに威圧感半端無いんですけど。見た目は背伸びして軍服を着た子供なのに、中身は冷徹な殺戮マシーンのようだ……。

 

 

「ど、どうかお許しを。これは私の家業にございます。徴収された手前、このような物を作るのがご法度なのは百も承知にございます。しかし、これが無ければ私の家は潰れてしまうのでございます……」

 

 

 自分より遥かに歳下の子供の前に這いつくばり、必死に許しを乞う。その間にも随伴した二人の兵士が机の上の宝珠を弄り、それが未完成品である事を少尉に告げた。

 

 抜き打ちの対策なんてしている訳もなく。ベッドの下に布で包まれた完成品が露わになってしまった。男児向けのベルトに女児向けの杖。杖の方は黒い方だけ残っている。前作の物は改修中で実家に置きっ放しだった。

 

 

「……貴様、これは……なんだ?」

「こ、子供向けの玩具に御座います。私の家業は代々続く玩具店。特に魔力を発現した貴族様のお子様に向けて、商品を販売しておりました。……今となっては、昔の話でございます」

 

 

 それを見た少尉の顔は……。何とも言えない微妙な表情をしていた。まるで思いもしなかった物がここにあったような、何かを懐かしむ感情のような、一言では言い表せない複雑な顔。

 

 暫くして何かを問いかけるような目をこちらに向けて来たが、俺には何を問いかけられているのかが分からない。地面に伏したまま顔だけ上げて、キョトンとした馬鹿面をしていたと思う。

 

 

「ふん、まぁいい。しかしこれは頂けない。いくら子供向けと言えどこれは間違いなく宝珠。軍の機密保持法に接触する代物だ。どれ、早速試してみるとしよう」

「……少尉殿? 一体、何を……」

 

 

 ギラリと、まるで野生の狼のような笑みを浮かべた少尉は、例の黒い杖を部下から受け取る。

 

 そして背負った銃を替りに預け、黒い杖を構えて魔力を練り上げ始めた。超常の現象を起こす魔力の粒子がゆっくりと吹き上がり始める……。

 

 ま、まずい。それはまだ試作段階の代物なのだ。決して害のある効果は無いが、それでも色々とまずい。特に少尉にとっては致命的過ぎる! 

 

 

「おやめ下さい少尉殿! それはまだ試作段階なのです!」

「反逆者の言いそうな事だなおもちゃ屋。いくら偽装を施そうと宝珠は宝珠。その攻撃性は軍の物と変わりあるまい」

「な、何を言っているのです……?」

「本来で有れば軍規に反した愚か者への懲罰として用いる術式なのだが……。まぁ強度を強めれば尋問にも使えん事はない。これを経れば、口の硬い貴公でも口を割る気になるだろう」

「ですから何を言っているのですか!? まるで訳が分かりません!」

 

 

 必死の説得も虚しく、ついに宝珠が光り輝く。

 

 あぁ、やってしまった。俺は終わりだ……。

 

 

 

 

 

 

「マジカル少女⭐︎パワーアーップ」

 

 

 

 

 

 

 響き渡る可愛らしい声。鳴り響く陽気でファンシーな音楽。シャラリン⭐︎とかシャランラ⭐︎とか付きそうな擬音を高らかに響かせて、少尉がゆっくりと変わっていく。

 

 堅苦しい軍服は謎の光に覆われ、虹と星を模したエフェクトが掛かり、黒のレース付きのリボンが全身を絡めとる。

 

 ポップな弾ける効果音と共に光が弾け、中から黒を主体とした貴族の服を限りなく崩したような先鋭的な衣装が露わになる。

 

 それはまず手から始まり、黒く薄いレースの付いた婦人用の手袋、足には子供らしい羽の生えた少し高いヒール。頭にメイドの付ける髪飾りが現れ、首にはリボン。

 

 その変身とも言える不思議現象は宙に浮いた状態で行われ、変身が進む度に丁寧なポージングが決まっていく。顔の表情は勿論優しげな笑顔。

 

 ただその後ろに恐ろしい鬼が見えるのは気のせいではあるまい。

 

 俺は全力で顔を横に向けた。部下と目が合ったが即座に逸らされた。なんでや、お前の少尉がご乱心中やぞ。助けんでええんか? その間に逃げ出したい。

 

 

 

「皆んなの願いを魔法に込めて!」

 

 くるっと華麗なターンが決まる。

 

「今こそ悪を打ち倒す!」

 

 杖を振ってエフェクトが弾ける。

 

「願いの天使! マジカル⭐︎ブラック! 

 ……悪い子には、オシオキしちゃうぞ♪」

 

 

 ピースサインを目に当てて、舌を小さく出したあざといポーズと共に、舞っていたエフェクトがキラキラと消えていった。

 

 後に残るのは、酷く虚しい沈黙だけ。

 

 

「「「…………」」」

 

 

 

 

 ツカツカツカツカ……ドグッ

 

 

「ゲフッ」

 

「おい、こいつを連れて行け。独房送りだ」

「「はっ!」」

 

 

 デグレチャフ少尉に脇腹を蹴り飛ばされ、むさい男に両脇を固められ、俺はコンクリートに固められた檻の中へと蹴飛ばされた。

 

 その男達は、去り際に何故かグッドサインと晴れやかな笑みを浮かべて去っていく。

 

 ……背景、天国の父さん。俺は今、地下の独房で臭い飯を食べています。あの件は確かに俺が悪かったのだろうけども、デグレチャフ少尉にも2割程度問題があると思うのです。

 

 彼女が警告通りに魔力を込めなければアレは起こり得なかった。だから俺は悪くない。そう思いたいのです。

 

 きっと神は人の運命をサイコロで決めてるに違いありません。でなければこんなオモシロイ捕まり方普通しないでしょうに。

 

 父さん、俺は今日から神を信じないと決めました。どうか親不孝者の自分をお許し下さい……。



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おもちゃ開発記4

「なんだ……これは」

 

 

 その日、宝珠研究所に激震が走る。

 

 騒めく技師達が取り囲むのは一本の杖。まるで小さな女の子が夢に描いたかのような、何処か夢見心地のするデザインは、この状況ではあまりにもシュールだった。

 

 ある男が作り出したという一つの宝珠。素材の構成が軍に使われている物と酷似しており、おそらく盗まれたのは確かだった。しかし問題はその中身。

 

 

「誰が、誰がコレを作ったのだ!?」

「有り得ない……最早神の領域ではないか?」

「何が何に干渉しているのかまるで見当もつかん……」

「コレを作り出した奴は狂っていたのか? それとも神に愛されていたのか?」

「巫山戯るな! 何故こんな物を作れる奴が今の今まで埋もれていたのだ……!」

 

 

 それは、余りにも異質。

 

 攻撃性能は皆無と言って良いほどに無い。しかしそれ以外の全てが破格の技術を持ってして作られていた。

 

 エフェクトは未知の光彩技術。変身時の浮遊は使用者の意図を無視する形で行われる自立式とも呼べるようなナニカ。加えて防殻の形成さえも自動で行い、魔力暴走さえも防ぎきる謎のカード。カードは魔力を貯蔵するというこれもまた未知の技術であり、魔力の放出に関するロスも驚く程に低い。

 

 極め付けは何処からともなく現れるドレスだ。質量保存の法則を軽く無視し、あまつさえ自在に操って見せている。この何処からともなくという部分さえ完全に未知であり、どうやって人体に着せ替えているのかすら不明。

 

 

「なんなのだ……これは。……どうすれば良いのだ……」

「これが個人の創作物だと? 古代の超技術と言われる方がまだ納得できる」

「同感だ。技術格差がどうこうの話ではない。50……いや100年は先の技術だろう」

「魔力をここまで緻密に操る干渉式……。是が非でも紐解きたい。だが……あまりにも異質過ぎる」

「このカードシステムだけで何人の魔導師が救われると言うのだ? 思いつくだけでも使い道は20を超えるぞ」

 

 

 議論は白熱し、夜中まで解析の手は止まる事が無かった。しかしどの技師も、その技術の一端すら掴み取る事が出来ない。

 

 彼等は技師の中でも中堅に位置する存在。兵器の開発ではなく他国の宝珠の研究を行う機関であり、シューゲル技師との関わり合いはそれほど深くはない。

 

 更にはその成り立ちにも少々問題があった。彼等はシューゲル技師に歯向かった技師達であり、新たなアイデアを産む事を拒否されたあぶれ者である。技術は確かなのだが、それ故に我が強く、上手く世を渡れなかったのだ。

 

 故にシューゲル技師とは反りが合わず、あまり積極的に関与する事も無かったのである。

 

 しかし研究所自体は同じ場所を使っていた為、ふとした時にシューゲル技師が割り込んでくる可能性も多いにあった。だが幸か不幸か、シューゲル技師はこの時神の啓示を受け、その狂気的な発想に酔いしれているばかり。

 

 足元の陰気な分解屋の事など気にも留めなかったのである。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 翌日、シューゲル技師の考案した新作宝珠が見事起動を果たし、その名声は研究所全体を覆っていた。

 

 その歓喜に湧く研究所で、場違いな雰囲気を漂わせる男達。

 

 あの解析班の技師達である。

 

 

「くそ、あの程度で馬鹿騒ぎしおって……」

「やめろ、聞こえたらまずい」

「ならば問うが、お前はアレに納得出来るのか? たかだか宝珠を四つ繋げただけだろう……」

「しかし我々ではアレは作れまい。確かに不安定だったが、二つでも難しい宝珠を四つ繋げる事は凄まじい事だろう」

「あの杖を見てもか?」

「……うむ……」

 

 

 単純な出力で言えばシューゲル技師の作った宝珠が圧倒するだろう。だが中の干渉式を加味すれば、その評価は圧倒的に謎の宝珠へと傾く。

 

 例えばカードシステム。戦闘時に魔力が切れ、更には敵に囲まれるという最悪の状況に陥った際、このカードシステムが有れば最低限の防殻を作り出す事が出来るだろう。それだけで使用者の命を救える。

 

 更には使用者の意思を無視して自動で起動する干渉式。こちらは使用者の意識が途切れた時、自動で防殻を貼ることが出来るのである。カードシステムと併用すれば、兵士は余程の事が無い限り死ぬ事は無くなる。

 

 未知の光彩技術も恐ろしい。今まではデコイを振りまく程度にしか使われなかった光学術式の発展とも言えるこれは、使用者の全身を透明にする事だって出来るだろう。

 

 それに加えて干渉式を発動する際にどうしても漏れる魔力光の隠蔽、範囲が広過ぎて不可能だった煙幕、弾丸自身に使用してのデコイ弾、被弾したように見せかける偽装、随時変わる空の色に紛れる偽装……。

 

 挙げ出せばキリが無い。

 

 極め付けは質量保存を無視した干渉式。これはもう戦争の形を変えてしまうと言っても過言では無い。

 

 魔導師といえば高い機動力と不可視性。爆撃機、戦闘機未満の火力と、それを上回る俊敏性が持ち味だ。当たらなければどうという事はないのと同じように、爆撃機や戦闘機に対してある種のイニシアチブを取れる。

 

 だがそれも万能ではない。魔導師の致命的とも言える欠点として、抱えられる装備の少なさがよく問題視される。

 

 いかに訓練されていようと、魔導師は人間。極端に重い火器を持つ事は出来ず、大量の弾薬を抱え込む訳にはいかない。そこに救命具や野営開設の荷物、飛行補助装置も合わさる。

 

 そんな問題がこの干渉式一つで全て消え失せる。兵士の負担の軽減は計り知れない物となるだろう。何なら補給任務にすら就かせる事が出来る。それはもう、魔導師の運用を根本から変えてしまう程の技術だった。

 

 

「どんなに議論したところで、解析出来なければ意味がない。なんとしてもアレを複製出来れば良いのだが……」

「……難しいだろうな」

「あぁ。全くだ」

「干渉式だけでも未知だと言うのに、それを応用して更なる干渉式の在り方を作り出しているようにも思える。……これは勘だが、我々が把握している何倍もの未知なる干渉式が埋もれている事だろう」

「我々の間で語られた夢物語の立体干渉式まで当たり前のように鎮座しているのだからな……。そうであっても不思議はない」

 

「そう言えばなんだが、良いかね?」

「なんだ。もう今更驚く事も無いぞ」

「先程、改めて少尉に使って貰ったのだがな……。やはり充填魔力と消費魔力が釣り合わないのだ。それも時間を経る毎に充填魔力が減っている。……聡明な諸君なら分かるだろう? この意味が」

 

 

 その言葉に、今度こそ男達は机に突っ伏した。可視化出来るほどに暗いオーラが立ち込め、中には怨嗟の言葉を吐く者もいる始末。

 

 無理もない。現在の宝珠には少なからずロスがある。込められた魔力に対して消費される魔力は少なくなってしまう。全ての魔力を拾い切る事など不可能とされているからだ。

 

 魔導師の練度によってその差は大きくなるが、新兵であれば6割から7割。熟練の兵士でも4割から5割のロスが出る。新作宝珠など更に酷く、かのターニャ・フォン・デグレチャフ少尉をもってしても6割のロスが出ていた。

 

 それを6割に抑えたと褒め称えるべきか、そんなにロスが多いから余剰魔力が暴走するのだとなじるかは個人の自由だろう。

 

 それに比べてこの杖はどうだ。

 

 充填魔力は減るのに消費魔力は変わらない。それはつまり、宝珠としての常識が根本から覆る問題だ。充填魔力が少なければ魔力の消費は抑えられる。しかしそれでは消費魔力も抑えられ、干渉式の出力も落ちてしまう。

 

 それが常識。だからこそいかにロスを少なくするかが技師達の使命でもあった。それが逆転しているのだ。質量保存の法則を軽く無視したかと思えば、今度は魔力量への矛盾。彼等に何かを言う気力は残されていなかった。

 

 ちなみに、この矛盾した魔力消費の答えは、周囲に飛び散る残存魔力を再利用する事による消費魔力量の削減であり、時間が経つ毎に周囲の魔力レベルも上がる為、必然的に消費量も少なくなるというカラクリがある。

 

 だがその干渉式には『ロスした魔力を粒子と捉えて周囲空間に固定する干渉式』『周囲の漂う使用者の魔力を収集する干渉式』『消費される魔力に沿わせて干渉式への魔力レベルを調整する干渉式』『これら全てを残存魔力で補う干渉式』と、かなり複雑な物となっている。

 

 大雑把に分けるだけでも五つ、その他諸々を含めれば50は下らない。そんな物が掌サイズの宝珠に収まりきっているのだ。どうやって書き込んだかすら見当も付かないのは当然と言える。

 

 

「……あぁお前たち、集まっているな」

「おや班長」

「お疲れ様です。ささ、席は空けておきましたぞ」

「酒は足りませんが、それなりの一本はご用意させていただきましたよ」

「こうでもしなければやってられませんからね……」

「ありがとう、では一杯失礼するとしよう」

 

 

 そう言ってグラスの酒をあおる壮年の男。技師としては比較的若いものの、優れたアイデア力と確かな技術によって、この解析班の班長をやっている。

 

 人当たりと優しげな性格から、我の強い班員の中で矢面に立つ事の多かった彼は、班員から深く慕われていた。それぞれが一癖も二癖もある班員が曲がりなりにも解析を進められるのは、彼のお蔭とも言える。

 

 

「……皆には悪いが、先程シューゲル技師に例の杖を受け渡した。我等には手に負える代物では無いからな」

「む、それはどういう事か。我等に相談も無いとは……」

「どうせ反対するだろう? 秘匿して厄介な事になるよりも、とっとと上に上げてしまった方がいい。我等はただでさえ目を付けられているのだ。解析出来ずにずるずると引き摺るよりはよっぽどいい」

「し、しかし、アレは未知の塊で……」

「ただの厄ネタだ。抱えるだけ不利なのは我等の方だろう」

「うむ、それは、確かに……」

 

「……まぁ、そうは言っても、杖は今この手にあるのだがな……」

 

「「「は?」」」

「いやすまんな、先ずは経緯を話そうと思ったのだ」

「それならそうと前置きして下さいよ。それで、何故その杖がここに?」

「受け渡しを却下されたのだよ……。気が狂っているとしか思えん」

「なぜ却下されたのです?」

「奴曰く、『神に祝福されていない物なぞ、塵芥にも劣る。分かるかね分解屋? 我等に必要なのは技術でも何でもないのだ。ただ神に祈る。これだけで良いものは作れる。そんな物、解析した所で何の役に立つのかね?』とな。いつから奴は狂信者になったと言うのだ?」

「確かに気が狂っている。いや、それよりも酷い……」

「あんなのが主任なのは本当に納得出来ませんよ……」

 

「……優秀なのは優秀だが、それは周りを食い潰した上での優秀さだからな。切り捨てた我等の事なぞ、どうでも良いのだろう」

 

 

 そう言ってまた一杯グラスをあおる班長。班員はそのお通夜のような雰囲気を隠そうともせずに、杖を真ん中に置いて語り明かした。

 

 これを作った男は稀代の天才に違いないと誰かが言えば、それ以上に変人だろうと誰かが返す。

 

 そうして酒を片手に盛り上がる彼等は、常よりも輝いていた。技師にとって未知とは、それだけ得難い宝石のような物なのだろうか。

 

 気付けば、暗い雰囲気は何処かに消えて行ってしまっていた。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 その翌日。同研究所にて。

 

 

「うん? 聞き取れなかったか? ならばもう一度説明しよう」

 

 

 そう言って部下に持たせたベルト型の宝珠を指し示すのは、僅か9歳程の幼子。ターニャ・フォン・デグレチャフその人だった。

 

 彼女曰く、先日届けた物は押収された宝珠の一部に過ぎない。他のものは安全性を確かめる為、軍の人員を割いて爆発物の有無を確認した後、ここに後送するという、ただそれだけの話。

 

 だがここに居る者達にとって、それは死刑宣告に等しい。たった一つでも何が何だか分からない宝珠が、押収品の一部だという。

 

 つまりあれと同程度の物があと何個かはあるという事だ。……それがベルト型で、杖と同型でない事にある種の希望を見出す者もいた。同型で無ければ比較が出来ると言うことであり、何も分からないなりに、何かしらの糸口が掴めるかもしれないと考えたからである。

 

 しかし班長はそのベルト型を間近に見て、そんな考えなど吹き飛んでしまっている。

 

 昨日の時点で死屍累々だった解析班の男達は、更なる激務の予感に暗い表情を隠せない。しかしその比でないのが班長その人だ。

 

 デグレチャフの部下から震える手でベルトを受け取り、無言で片眼鏡型のルーペを除く。その瞬間、班長は倒れた。

 

 

「「「班長!?」」」

「ブクブクブク……」

「泡を吹いてやがる! くそ、何を見たと言うんだ!?」

「ちくしょう、こんな物がまだあるのか!? なんだ、何なのだ! 一体何が起きてやがるんだ!」

「しっかりして下さい班長! まだ覗いただけでしょうに!」

 

 

 死屍累々が阿鼻叫喚に変わり、今度こそ蜂の巣を突いたような騒ぎに発展する解析班。班長は速やかに医務室に送り込まれ、ベルト型の宝珠は研究室の机に置かれた。

 

 それを見て唸る者。へたり込む者。茫然として空を見上げる者。頭を抱えて座り込む者……。

 

 そのあまりの様子に、さしものデグレチャフといえど引いていた。それはもうドン引きであった。彼女の部下は班長を医務室に送っているので今は一人だけである。その彼も引いていた。

 

 

「あー、貴公ら、何故そんなにも疲弊しているのかね? たかだかおもちゃ屋の作った宝珠だろうに」

「………………おもちゃ、屋?」

「そうだとも。市内の小さなおもちゃ屋の店主が作った物だ。攻撃性など皆無の無害な宝珠なのだろう? 私もそれは確認しているが」

「……少尉殿、貴女は本気で、これがおもちゃだと言うのですか?」

「他に何がある? どう見ても子供向けのおもちゃでは無いか」

 

 誰かが笑う。それに釣られるようにして笑いが伝染する。

 十何人の男達が乾いた笑い声を上げる姿は、それはもう不気味であった。囁くような笑い声は、どんどんと激しさを増し、遂には大声で笑い出した。

 

 その光景は凄まじいもので、デグレチャフの部下は涙目になっている。不動で屹立しているものの、足が若干震えていた。

 

 

「これが! これの何処がおもちゃだって!? お前達の脳味噌には蛆が湧いているのかね!」

「超技術? そんな陳腐な代物では無い!」

「確かにおもちゃだ! これに比べれば他の宝珠なぞおもちゃ同然だろう!」

「エレニウムの同発式なぞ塵芥だ! この宝珠は遂に領域を超えたのだ! 人の扱える領域をな!」

「我等のしてきた事は何だったのだ……? 恥ずかしい。あの程度の事を誇っていた事が……」

「おもちゃとは皮肉にも程がある。軍事にも転用出来るおもちゃだって? ハハッ! 我等の宝珠はおもちゃにも劣るのか!」

 

「なんだ? 一体どう言う事だ? 誰か説明出来る者は居ないのか!?」

 

「……あぁ、少尉殿、失礼致しました。では少尉殿にも分かるよう、副班長を努めます私から説明させていただきましょう」

 

 

 いまだに笑い声の治らない中、説明を買って出たのはこの解析班の副班長の男。彼はベルト型の宝珠を手に取ると、いくつかの器具と共にデグレチャフと目線を合わせた。

 

 彼は「分からない事の方が多いので憶測になりますが」と前置きした上で、器具の使い方を説明し、ベルト型宝珠の中心点を覗くように指示する。

 

 

「少尉殿、それが宝珠の核です。宝珠を宝珠たらしめる最重要部品の一つであり、これによって出力が決まる重要な物。……さて、こちらが通常の宝珠になります。違いはお分かりになるでしょうか?」

「……ベルト型の方は核が二つあるようにも見えるが……まるで同位置に存在しているようにも見えるな」

「えぇ、その通りでございます。これは宝珠を二つ使用した、同発型の宝珠です」

「それがどうかしたのか? やる者は少ないが、何も発想がない訳では無いだろう?」

 

 

 デグレチャフ少尉は苦虫を噛み潰したような表情でそう語る。彼女が装備するエレニウム95式は、まさにその同発型の宝珠であり、前代未聞の4つ同時発動を可能としていた。

 

 だが副班長は深い笑みを浮かべるばかり。その目線がデグレチャフ少尉のエレニウムに向いている事に気がつき、同じように器具を用いてエレニウム95式の宝珠を見るデグレチャフ少尉。

 

 エレニウム95式の核は、四角形を描くように離れて配置されていた。ベルト型の宝珠とは違い、出来るだけ離れるように、円形のギリギリを陣取っている。

 

 それを見て副班長は「それが普通なのです。同発型は、核同士を離さなければならない」と答える。

 

 

「何故だ? ……と、聞くまでも無いか」

「魔法陣同士が干渉し合い、干渉式の構築に大幅なロスが出る。その他諸々あらゆるトラブルの原因となる……。それが故に同発の開発は難しい。デグレチャフ少尉ならば身を持って知っている筈です」

「となると、このベルト型の宝珠は失敗作という訳か? ……いや、貴公らの反応からしてそうではあるまい」

 

 

 同発として失敗作としか思えない形状のベルト型宝珠。しかしこの宝珠は正常に起動する。その事に存在Xの事が頭をよぎるデグレチャフ少尉だったが、彼等の反応はそれとはまた別だった。

 

 この宝珠はいかにして動いているのか。軍人であり、宝珠そのものに詳しい訳では無いデグレチャフ少尉では、その答えに辿り着くのは難しいだろう。

 

 何故ならこの宝珠は……。

 

 

「核同士が融合しているのですよ」

「核同士が……融合?」

「えぇ。このベルト型宝珠の核は、半分ずつ別の核で構成されているのです」

 

 

 それは、絶対に有り得ない事だと言う。

 

 磁石のNとNをくっつき合わせて、手を離してもくっついたままのような状態だと言う。魔法陣学の根本を踏み躙るかのような発想と、それを成した技術力。そして杖型より劣るとはいえ相変わらず存在する未知の干渉式。

 

 干渉式がその矛盾を埋め合わせているのか、それとも核に対して未知の技術を使用したのか、それすらも不明。

 

 あまりにも異質。そして異常。何故存在出来ているのかすら証明出来ない謎の塊。それがこのベルト型の宝珠だと言う。

 

 

「貴女は魔法も使わずに生身で空を飛ぶ人間を信じますか?」

「……いや信じないだろうな」

「ではそれを間近に見たとしたらどう思います?」

「何かしらの原理はあるだろうと探るな。魔力か、それ以外の力の存在を疑う」

「同じですよ。これはそう言う物です。何かしらの原理はある。だがそれが何なのかさっぱりわからない。我々の技術をとうに超えた物なのです。断じておもちゃ等と片付けてはなりません」

 

「……ではこれを作れる者が、軍用の宝珠を作ったとしたら?」

「考えたくもありませんな。既にこれだけでも魔導師の運用が根本からかわってしまうでしょう。100年は先の技術です。我等の宝珠が木の枝とするなら、これは爆撃機にも匹敵する。それだけの代物ですよ」

 

 

 その言葉を受け、デグレチャフ少尉は研究所を後にした。

 

 残ったのは抜け殻のようにベルト型宝珠を眺める技師達の姿。

 

 その存在は、彼等のこれまでの努力を不意にするだけの力があったのだ。

 

「もしこれを作れる者が戦前に軍に入っていたのなら、戦争は半年で終戦していただろう」そんな副班長の呟きは、研究所の中に虚しく響くのだった。

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 後日。同研究所。

 

 

「ゴパアッ!?」

「あぁっ!? 班長が血を吐いた!」

「この人でなし! 班長を殺す気か!」

「班長……? そんな、班長ォ──!」

「くそ、なんて綺麗な目をしてやがる……」

「嘘みたいだろ? 死ぬかもしれないんだぜこの人……」

 

 

 6連式宝珠(・・・・・)という規格外な代物が研究所に届けられ、研究所の床は血に濡れたという……。



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おもちゃ開発記5

「起床──!」

 

 

 喧しいラッパの音が鳴り響く。もう聴き慣れた物だが、やはり鬱陶しい。

 

 硬過ぎるベッドから身を起こし、朝の点呼に並ぶ。満足に着替えも出されない囚人達の匂いは酷い物で、近寄る事すら億劫だった。

 

 それが終われば再び牢にぶち込まれる。飯は朝夜に一回ずつであり、それ以外はとにかく暇だ。

 

 まだぶち込まれてから日が浅い為か、仕事が割り振られる事は無かった。軍の組織としての独房という事もあり、課せられる仕事は銃の整備が占めているようだったが。

 

 あぁ……宝珠を弄りたい。何故こんな目に合うのだろうか。やはりあの一件が不味かったのだろうか。

 

 いや普通に考えれば激マズじゃ無いか。上官どころか遥か高みにいる人間をマジカルチェンジ⭐︎(同業者命名)してしまったんだぞ。

 

 くそぅ、やはり軍の宝珠をパクったのが一番ダメだったのだろう。仕方ないじゃないか。俺の使う宝珠店に卸されて来る宝珠は、宝珠の名をしたガラス珠なんだぞ? その容量なんてたかが知れてる上に、複雑な式を組むと容易く吹っ飛ぶ。

 

 調子に乗ってヤバイ物を作ってしまった自覚はあるが、元は廃棄分のガラクタなんだ。干渉式も多少はパクったが中身はほぼ別物だ。なんならアレで特許が取れるくらいには別物な筈だ。

 

 表層の…つまり表に出る式は帝国法をそのまま模したが、裏に書いた補助式と反転式と中間式と異空間式と亜空間式と多重論理化式とマーリン式の複合専用式まで同じとは言わせない。

 

 それをして盗作呼ばわりはなんか納得いかない。まぁバレた俺が間抜けなだけなのだが。

 

 あの少尉も少し勤勉過ぎると愚痴るのはお門違いなのだろうか? …それにしても怖かったな…。ちょっとちびりかけた。

 

 

「666番…。666番! 返事をしないか!」

「ハイィッ!?」

「出ろ! 少尉殿がお呼びだ。お前の処分が決まるだろう」

「へ、へぇ」

「返事はどうした!」

「は、ハイッ! 謹んでお受け致しますぅっ!」

 

 

 さっきの言葉を訂正する。やっぱガタイの良い軍人に怒鳴られるのが一番怖いわ。ちょっ、やめ、ケツを棒で叩かないで! 歩く、歩きますからぁ! 

 

 

 そうしてヒイコラ言いながら辿り着いた重々しい鉄扉を潜り、二人の軍人に横から銃を向けられる形で尋問が始まった。

 

 対面するのはもちろんターニャ・デグレチャフ少尉。あんなことをした手前、なんだが胃が痛い。いや、ここでの会話で俺の処遇が決まるのだ。なんとしても処刑だけは逃れたい所である。

 

 

「さて、あー…666番。まずは君の名前を聞いておこうじゃないか」

「…はい。私はハッターと申します。帝国の首都の郊外でしがないおもちゃ屋を営んでおりました」

「なるほど。ではハッター君。これから我々がする質問に正直に答えたまえ。返答の肯否によっては、それなりの後悔が待っている事を忘れるなよ」

「わ、わかりました…」

 

 

 その後の質問答は、意外にも詰められるような内容では無かった。家族構成や犯罪歴の有無。普段の職場での勤務状況などなど…。

 

 尋問というよりは事情聴取に近い形である。だがそれが逆に不安を煽る。何故俺はこんな形の聴取を受けているのだろう? 爪の2、3枚を覚悟するくらいには覚悟を決めていたのだが。

 

 そう身構えた瞬間、少尉の口からあの件についての言及が始まった。つまり帝国の使用する宝珠を模倣した事によるスパイ容疑である。

 

 

「ほう、つまり貴様はあの残骸からアレらを作り出したと言うのかね?」

「…その通りでございます。工具なども、同じようにあの工廠から持ち出した物です」

「…だ、そうだ。技師班長? 聞こえていたか?」

『はい。しっかりと』

 

 

 部屋の隅から突然声が聞こえてきた。落ち着いた男性の声であり、彼等の会話からすると技師の一人のようだった。

 

 

「技師班長。お前はあの残骸から宝珠を作り出せるか?」

『…恐れながら、不可能にございます。私共も技術の漏洩は非常に重く見ておりまして、彼等に渡す崩壊した宝珠はとてもではありませんが復元出来るものではありません。もしあの状態から復元出来るのならば、そこらに落ちているガラスを使っても宝珠が作れてしまうでしょうな』

「なるほど。では干渉式の方はどうか?」

『同じように、見て記憶するなど一般人にはとてもとても…。例え完全記憶能力の持ち主だとしても難しいでしょう。あの図の通りに陣を刻んだところで、干渉式が発生するとは思えません』

「では技師班長。今回の件をどう見る?」

『そうですな…。私が思うに、彼の作った宝珠はただの玩具なのでしょう。その玩具がたまたま帝国の使う干渉式に似通っていたのではありませんか?』

「だが宝珠のコピーや流出は重大な軍規違反である。そこの所はどうだね?」

『お戯れを。彼のしていた事は単身赴任先の内職に過ぎません。彼の本職が玩具屋である以上、それを非難する事は難しいでしょうな』

 

「さて、結論は出たぞハッター君」

「は、はぁ」

「疑いは晴れた。君の拘束を解くことにしよう」

 

 

 何が何やら分からない内に、俺の手錠に鍵が入れられた。そして薄い囚人服の上から厚手のコートを被せられ、更にはコーヒーまで出て来る始末。

 

 二つ出たコーヒーのうち、一つのカップを手に取りゆっくりと嚥下する少尉。それにならい、俺も久しぶりの暖かい飲み物で喉を潤した。

 

 疲労で凝り固まった頭がゆっくりと解けていく感覚に、束の間のため息をつく。

 

 その後は机の上に様々な書類が並べられ、釈放書に少尉が印を押した所でまたひと段落が付いた。その頃には俺も着替えとシャワーを浴び終え、幾分かサッパリとした気分で解放の時を待つ。

 

 釈放されたとしても、自分の持っていた持ち物の再検査の為にまだ時間がかかるらしい。その間はあの少尉と一緒の空間で他愛の無い世間話をする事となった。

 

 

 暫くして、少尉は横に付いていた二人の軍人を追い払う。ここまで来れば護衛は必要ないと言って。

 

 その言葉に多少不信感を抱いたようだが、少尉は銀翼の勲章を持つエースの一人。こんなヒョロ男に負ける筈は無いだろうと言って席を外した。…少し傷付いたが、その通りで何も言えなくなる。

 

 重い音を立てて閉まり切ったドアを見届けた少尉は、こちらに向き直って意味深な笑みを浮かべる。

 

 その表情で自分の直感が警鐘を鳴らした。これはロクでもない事になりそうだと。

 

 

「さてハッター君。私は君に恩を売った。それは理解しているかね?」

「…えぇ、ここまでされれば馬鹿でも分かります。私に何をお求めになるのですか?」

「これからの事は全て『無かった』ことになる。ハッター君も肝に銘じてくれ」

「それはもう」

「よろしい。では早速本題に入ろうと思う」

 

 

 そんな前置きと共に、少尉が取り出したのは一つの宝珠であった。

 

 一見すれば何の変哲も無い機械の塊であるが、中には宝珠の核が4っつ仕込まれている。それは他でもない、あのエレニウム95式であった。

 

 …だがこれは。この感覚は。

 

 知っている。この真水よりも純粋で、深海の何処よりも深く、空のように透き通った炎の煌めきを。

 

 自分達の家系が常に敵視し続けた忌々しい上位者の産物。我等の運命をねじ曲げんと差し迫る悪魔にも似た唾棄すべき下郎共の遺した呪物。

 

 かつて大国を救い、そして滅し、数多の人間の生き方を狂わせた。英雄や勇者を創り出し、その駒にする悍しいクソの塊。

 

 それこそを人はこう呼ぶのだ。

 

 

「聖遺物…!」

 

 

 …この神秘の薄れかけた人の時代に。まさかまだ名乗りを上げようと言うのか。こんな、こんな幼子を駒に仕立て上げて悲惨で残酷な運命を辿らせようと言うのか。

 

 人の産み出した人による人の為の忌むべき化物が、この荒れ果てた大地を更に均そうと言うのか。

 

 成る程。全て理解した。

 

 これは我等に対する宣戦布告だな? 

 

 ならばよろしい。貴様らを骨肉の一片すら残さぬ。

 

 後顧の憂いを断つ為ならば、このハッター…。

 

 いや、我等一族の誇りを持って受けようではないか。

 

 

「…スゥー…ふぅ。…少尉殿、つかぬ事をお聞きしても?」

「…あぁ、なんだ?」

「貴女は神を信じますか?」

 

 

 その時の自分の顔は、ハッキリ言って見れた物では無いだろう。穏やかな笑みをたたえた老獪な老人が呟くように発するべき言葉に、あらん限りの憎悪と怨嗟を込めて言い放ったのだから。

 

 それは一種の賭けであった。普通の幼子であれば既に精神は汚染と汚辱に濡れ果て、その言葉に満面の笑みを持って答える筈だ。

 

 しかし幸か不幸か、少尉はそれを嗤った。全ての憎むべき敵はこれにありと言わんばかりに嗤った。その上で彼女はこう答えたのだ。

 

 

「勿論だとも! むしろ君は信じないのかね?」

 

 

 あぁ良かった。まだまだ反抗の気概は折れていないようだ。なんたる鋼の精神。今はこの僅かばかりの幸運に感謝しよう。

 

 

「はは、私は信じたり信じなかったりしますよ。救われれば信じますし、裏切られれば信じない。まぁ褒められた話ではありませんが」

「確かに。それは褒められた話では無いな」

 

 

 だがまだだ。自分にはすべき事がある。その為にはなんとしてもここに食らい付かなければならない。

 

 正直に言って戦争なぞまっぴらごめんだ。自分の作った物が敵を引き裂く事なんて、想像するだけで身がすくむ。だがそれでもやらなければならない。あいつらをのさばらせれば、必ず破滅が訪れる。それだけは阻止しなければならないのだ。

 

 

「…少尉殿。どうか、私のお願いを聞いて下さいませんか?」

「内容にもよるがな」

「どうか、私を技師として雇って下さいませんか? ここに来て確信したのです。私の技術は僅かなりとも貴方達の役に立てるのではと。ひいては少尉殿に救って下さった恩もあります。昼夜を問わず、技術の向上に努める事を約束したいのです」

「ほう? 成る程、それは願ってもない条件だな。よろしい、その約束を忘れるなよ」

「勿論にございます」

「だが私とて一少尉に過ぎん。少し時間は掛かるだろうが、その間は私の知る技師班長のところに世話になるといい。積もる話もあると思うのでね」

 

 

 あぁ、こんな時にこそ神に感謝するものだな。幸運こそ我が女神だ。時には塩を撒いて祓いたい邪神の類でもあるが。

 

 そうとなれば話は早い。まだ疲れも残るが、これ以上のタイミングも中々無いだろう。

 

 

「ありがとうございます少尉殿。…それとお疲れのところ悪いのですが、夜中に工廠にお越し下さいませんか? 少し気になる事があるのです」

「分かった。時間は?」

「いつでも構いませんとも。今夜は寝るつもりはありませんので」

「そうか。…うん? もう時間か。改めて、疑ってすまなかったなハッター君」

「いえいえ。少尉殿の勤勉さの証ですとも。恨みなどある筈もありませんよ」

 

 

 そうして自分達は握手を交わし、その場を後にした。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 その日の夜の事。俺は何故か上がるテンションの赴くままに様々な道具を作っては工廠のあちこちに設置していた。会って一時間で仲良くなった技師班長も一緒にノリノリで進めて行く。

 

 副班長は白目を剥きながらポトフを作っている。有難い、夜食は技術者の常らしいからな。

 

 他の者らも何故かブチ切れながらポトフを煮込んでいた。楽しいのだろうか? 出来れば手伝って欲しいのだが。

 

 眠気を覚ます為に鼻からコーヒーを啜っている班長をよそに、この前作った6連式の改良を進める。あの『アルカナシステム』を形態毎に保存しては図面に書き出し、カードにその式を仕込めないかと試行錯誤中だ。

 

 とっかかりは掴めたような気がするので、3日後くらいには出来るだろう。

 

 

「やぁハッター君。約束通り来て…やった…ぞ?」

 

「完っ全にブチ切れたからポトフ作るわ!」

「いいぞやったれ!」

「ダメだ! そのウィンナーだけは駄目だ!」

「あぁっ! やはりカフェインは鼻で吸うのが一番だな! よくキマルぞこれは!」

「見える! 見えるぞ! …ガチタン? なんだその魅惑の響きは! ええい邪魔だなこの壁」

 

 

 ドン引きしていた。あの鉄面皮の少尉が、である。とりあえず班長は顔を拭きたまえ。流石にレディに見せられた物ではないぞソレは。

 

 それと副班長、そいつを超えると戻って来れなくなるぞ。異界の秘密結社の侵攻は脳に来るからな。その囁きは悪魔の物と思え。でないと火薬と大砲の事しか考えられなくなる。

 

 さて、ポトフも出来た事だし一旦落ち着こうか。…班長、宝珠をポトフに入れてしゃぶるのはやめたまえ。うむ、駄目だな。目がイッてる。

 

 

「では少尉殿、お荷物を預かりますよ」

「…ここは変人の巣窟か? それとも狂人の溜まり場か何かなのか…?」

「どうでしょう? 私的には比較的まともであると思うのですが…」

「何処を見てそう思うのかお聞かせ願おう」

「雪山に全裸で登って朝日を拝みながらコサックダンスを披露した私の父の話を致しましょうか?」

「…まさかとは思うが、貴様の名の由来はマッドハッターではあるまいな」

「おや鋭いですね。ちなみに私の父の名はオーフィリアです」

「ハムレットの狂人ではないか!?」

「はは、冗談ですよ」

「いや全く冗談に聞こえないのだが…」

 

 

 おやおや、顔が引きつっておいでですよ少尉殿。さて諸君、いい加減戻ってきたまえ。これからエレニウム95式の解体を始めようと思う。

 

 作業台の前の机に行儀悪く腰掛ける少尉殿と、少しネジの緩んだ我等が同士が集う。預かったエレニウム95式を設置し、まずは小手調べとその機構を観察する。

 

 なるほど。機構自体はさして難しいものではない。組み込まれている干渉式も、一見した所では普通そのものだ。人の範疇を凌駕するわけでもなく、ここに存在している。

 

 まぁ当然ながら見せかけでしかないのだろうけどな。

 

 

「……いやはや、中々に悪辣な代物ですな」

「ハッター。昼間は聞きそびれたが、一体何をするつもりなのだ?」

「これに施されたクソにも劣る下劣なゴミを滅殺するのですよ。多少時間は掛かりますが、いきなり壊すような事は無いのでご安心を」

「クソ…なんだって?」

「要は精神干渉の干渉式を解こうと言うのです。…何か不都合でもありましたか?」

「そんな事が出来るのか!? …あ、いや…」

「あぁ、口外は致しませんよ。そんな事をすれば私達もただでは済みませんから」

 

 

 流石に不穏な気配を感じ取ったのか、周りの技師から少なからぬ疑念を感じ取る。…これは丁度いい機会だろう。俺の知る『神』とは何なのか。

 

 それは先祖代々が命をかけて滅さんとした存在である。いや、そもそも存在と言っていいかすら疑問ではあるのだが。

 

 

「貴様は…『神』を知っているのか?」

「『神もどき』です。厳密にはあれらは神ですらない。デグレチャフ少尉はアレを何と呼ぶのです?」

「…存在Xだ。とても神などと呼べた物ではないからな」

「素晴らしい! では私もそれに倣うとしましょう」

 

 

 解析完了。…一般的な宝珠に無理やり神威を浴びせた物か。本気でやらないのはたかが人間にそれ程の神威を与えると耐えきれずに破裂するからであろう。

 

 これに手を出す以上、俺にもその危険性は常に付き纏う。慎重に越した事は無いが、手早く終えてしまう方がよほどいい。早速必要な道具を見繕い、机の上にどちゃりと置いた。

 

 

「すまん、先程から何の話をしているのかさっぱりわからんのだが…」

「班長…。そうですね、少し説明不足でした」

「君らの言う…あー、『存在X』とは何なのだ? 我等の信じる神ではないのか?」

「いいえ、同じ物です。ただし人の神ではありますが」

「それは…当たり前なのではないか? 我等の主であろう?」

「その考え方がそもそも違うのですよ。班長、この世界に神は何柱いると思いますか?」

「一柱だ。主以外は存在していない」

「なるほど。では私達が存在する前はどうなっていたと思います?」

「いや、主がこの世界を創られたのだ。私達はその時と同じく創られたに決まっているだろう?」

 

 

「確かにそれが通説です。正しく神が創りたもうた世界だ。

 ですが自然現象はどう説明するのです? 火が熾り、風が生まれ、水を運び、土が流れ、木を養い、そこからまた火が熾る。それらも全て神が創ったと?」

「それこそ神の御技だろう。海も陸も空も、我等の主が総ている」

「いえいえ、それはあり得ません」

「何故だね?」

「私の使う干渉式は、その自然現象が元となっているからですよ」

「何だと? あの解析もできぬ未知の干渉式が、自然現象に習ったものだと言うのか!?」

 

 

 価値観の違い、あるいは見聞の相違と言えば良いのか。それこそが俺の構築する干渉式との徹底的な違いである。

 

 解析して判明したのは、帝国の作る干渉式は『聖書に基づく事実の曲解』が主である。聖書に記された様々な奇跡を、現代側から人類的に解釈した奇跡の体現…。それこそが帝国式の干渉式だ。

 

 一方で俺の構築する干渉式は『あらゆる伝承に記された現象を自然現象に則った形での表現』となる。構築された式自体は単なる呼び水であり、そこにあまり意味は無い。

 

 

 例えば、である。

 

 

 水を得るための干渉式を構築しようとした時、両者には徹底的な違いが現れる。

 

 帝国式が活用するとするならば『主の遣わした聖人が、水をワインに変えて我等に御恵下さった』という一節か『赤い血の体現たるワインこそが、この者を形作る血そのものである』という一節を引用する事となる。

 

 そこから出来上がるのは強引に水を作り出す術式。いくら曲解と式の短縮を行っても、その聖書に綴られた一節の範囲を逸脱する事は無い。それを超えれば容易く式は崩れ去ってしまうからだ。

 

 

 一方でこちらの使う干渉式はもっと単純で柔軟な捉え方が出来る。使うのは各地に散らばるあらゆる伝承。『川に住む龍神』『無限に清水の溢れる壺』『雨の女神』『霧の魔獣』『水脈を探し当てた仙人』などなど。

 

 大気中に存在する水蒸気そのものを川と捉えて集めるでも良いし、魔力を壺と捉えて水を作るでも良い。なんなら霧と雨の伝承をベースに仙人の伝承を構築すれば、大気中から溢れるように水を得る事も可能だ。

 

 また川に住む龍神の怒りを記して放水の術式を直接書き込む事も出来るし、仙人の伝承を元に熱水を地雷のように吹き上がらせる事も可能だ。

 

 それらを使って一単語にその意味を凝縮させる事だって出来る。帝国式とは根本から違うのだ。更に言えば伝承を使うのも魔力に対する呼び水に過ぎない為、独自に文の構成を弄る事も可能。

 

 なんなら口伝の伝承を元にして『書き込まないのに存在する架空式』すら構築が可能だ。帝国式に比べれば遥かに自由度が高い。

 

 まぁ当然ながらデメリットもある。そんな構築の干渉式なぞ一見しただけでは分からない為、それを干渉式として捉えられる人間が少ないのだ。信仰心なんかが育ちきっていない子供なら十全に扱えても、価値観の定まった大人が使うと十分な効力を発揮しなかったりする。

 

 なので表の式に帝国式を使い、初めて使ったとしても容易く取っ掛かりが掴めるようにしていた。裏に何を書こうと、それを認識出来るのは技師ぐらいしか居ないのだから。

 

 そんな単純な思い込みでどうにでもなる辺り、神やら信仰心やらも随分いい加減だなと思わなくもない。

 

 

「なんたる事だ…我等の祈りそのものが、干渉式の可能性の幅を狭めていたとは…」

「極論を言ってしまえば、そこらの道具にすら神と呼べる存在は宿るのです。…まぁこれらの術式は、遥か東国に位置する島国から得た着想なのですがね」

「あぁ、八百万の神という奴か」

「知っておられたので? 流石は少尉だ」

「偶々だよハッター」

 

 

 班長がかなり落ち込んでいるようだが、実際のところその責任はこの宝珠を軍用に転換した者にあるのではと考えている。

 

 自然界の化学反応式を、魔導反応に変化させて術者に認識させる補助とする。その方針はまだよかった。しかし干渉式を構築した人間は、連綿と続く魔導師の作る術式を嫌ったのだろう。

 

 産業革命黎明期に置いて、古い物は全て悪と断じられた時期があった。更には差別や迫害により魔導師の地位は底辺に近く、宝珠の開発を認められただけでも勲章ものだろう。

 

 だからこそ、心象の回復の為に聖書を引用したのでは無いだろうか? 怪しげな呪文を唱えるよりも、輝かしく荘厳に映ったに違いない。まさに奇跡そのものが現出したのだから。

 

 

「さてと。計器の準備は整いました。そちらはどうです?」

「こちらも大丈夫だ。配線に間違いはない」

「こっちも準備完了。…だが何に使うんだこのアンテナ?」

 

 

 これから神々の秘密を暴く。…もっとも、神と言うにはいささか卑小に過ぎるのだが。



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おもちゃ戦記6

 そこいらに転がっていた普通の宝珠を取り出す。それを『投影機』と呼んでいる装置へとセットした。

 

 僅かな起動音と共に複数の計器のメーターが針を振り、台座が宝珠を浮かび上がらせる。その下から溢れる光が、宝珠の上に幻を作り出した。

 

 それは紛れもなく刻まれた干渉式の陣。円形に広がり、中に緻密な文字が書き入れられている。我等なら見慣れたその図式。

 

 

「コレは…」

「中に刻まれた魔法陣を可視化した物ですよ。少し工夫すれば、この幻から陣を直接弄る事も出来ます」

「…いや、もう驚かんよ。君はまさしく天才なのだと、改めて思い知らされた気分だ」

「世辞は結構。さて、今ここに写されている物こそ、帝国式の魔法陣だ。ここで諸君に問いたい。ここに新たな文字を入れる事可能かどうか」

 

「ふむ?それはどう言う意味かね?」

「そのままの意味ですよ班長。このギチギチに詰め込まれた魔法陣に、新たな干渉式を書き込むにはどうすれば良いのか。ただそれを質問しているのです」

 

 

 その言葉に、皆は頭を悩ませた。それはそうだろう。この陣は既に完成されきっている。これ以上に書き込む余地など何処にもない。更には書き込むとしても何を書き込むかでも問題が出てくる。

 

 緻密に計算され尽くして構築された陣は、つまるところ高級な懐中時計に似ている。完成された時計に余計な物をくっつけようとしても、とてもでは無いが上手くいかないだろう。それだけ困難な問題なのだ。

 

 

「式を圧縮してみては?」

「この陣にそんな余裕があると思うのかね」

「では文字そのものを小さくすると言うのは…」

「それでは式として陣が認識しない。全体を縮めることになるぞ。そうなれば結局同じ事だ」

「…ではどうすると言うのです?」

「わからん…。陣とは円形であるべきで…。

 ………円?コレを円と言っていたのか我々は?」

「班長、何か気付いたのですか?」

 

「円、いや、円ではない。コレはヒモだ」

「は?」

「そうだ、コレは円なぞではない。ヒモを輪っかにしただけでは無いのか?そうだろうハッター君。そうに違いない!」

「は、班長?まさかカフェインをキメ過ぎたのですか…?」

 

「素晴らしい!まさかこんな短時間でそこに気づくとは!」

「ハッター殿!?まさか貴方まで狂ってしまわれたのか…?」

 

 

 その通り。コレは円などでは無くヒモなのだ。平面に描かれた図形ではなく、空間にZ軸を持つ三次元の『立体』。それこそが先の問いの答え。

 

 つまりこれ以上に術式を書き込みたいのならば、『円を重ねて球体にすれば良い』。コレこそが『裏の式』。自分達が眺める平面を表とするなら、球体に張り巡らされた式こそを裏と言う。

 

 球体に描かれた物を平面に投写すれば、そこに出来るのは一見して式として成り立つ筈もない真っ黒な落書きと化す。しかし干渉式そのものが球体として成り立っていたのならば、そんな状態でも干渉式は一切の狂いなく発動するのだ。

 

 

「し、しかし、どうやって球体の陣を描くと言うのです?」

「それは私の曾祖父が考案したのです。ある時に地球儀を見て思いついたと聞きました」

「……あぁそうか。ガラスの球体に図を描き、光を投写すれば円の式が出来上がるのか……」

「流石の慧眼ですね班長。曾祖父もそうやって式を書いた。今はこの投影機を使い、そこに書き込めばそのまま式となる。これは父の発明ですな」

「空想の産物と笑っていた立体式…まさかこんな方法があったとは…」

 

 

 まだ驚くのは早い。これは大前提に過ぎないからだ。平面にしか刻めないという認識があった宝珠。当然ながら書き込める量には限界がある。

 

 帝国流の式の構築では平凡な成果が精一杯の筈だ。だがしかし、ここにその前提を覆す存在がある。

 

 俺がその宝珠を手に取ると、皆の視線は自然とその宝珠に集められた。神の奇跡の体現とすら謳われたそれを見て、誰もが驚きに目を見開く。

 

 気付いたのだろう、このカラクリが。表向きはどう見ても失敗する筈の干渉式が当たり前のように起動する奇跡。その正体は誰の目にも明らかだ。俺の誇るべき曾祖父が見つけ出した式が、その不可能を解き明かしたのだから。

 

 

 手に握るエレニウム95式を投影機に置く。僅かな振動音が徐々に大きくなるも、投影機はそれに耐えている。

 

 やがて黄金の光が寄り集まり、その禁忌を解き明かし始めた。宙空に浮かぶ『球体』の干渉式。それが星の数程に散りばめられる中、一際大きな4つの球体が鳴動していた。

 

 縦横斜めに縦横無尽に円陣が組まれ、その表面は重なり合う式によって干渉式を構築している。その中には幾つもの球体を抱え込み、これもまた表面に干渉式があった。

 

 人の手では絶対に辿り着けないだろうと言う緻密さの極地。そんな言葉が似合う程にその式は完成され切っていた。

 

 それを見ながら僅かに口元が歪む。その理由など言うまでも無いだろう。

 

 

「諸君、見たまえ。神の欺瞞だ」

 

 

 それは神の干渉式。暴かれる訳が無いとタカを括った奴等のこれ以上無い醜態。ここに今その干渉式は余す事なく晒されている。絶対の不文律を人が超えた瞬間とも言えた。

 

 観測出来るのなら真似が出来る。真似が出来るのなら応用が効く。応用を成せるならば開発が出来る。

 

 つまりは神の力だ。その僅かな一片とはいえ、ここに神の持つ権能の一部を横領せしめたのである。

 

 

「ハッター、これはなんだ…?」

「少尉殿。これは神の干渉式でございます。我等は今ここに奇跡と呼ばれていた力を、ただの干渉式に表したのです」

「だが仮にもあの存在は神を自称していた!悔しいがその力は本物だったぞ。本当に、コレが奴等の干渉式なのか…?」

「ではお確かめになりますか?気は進みませんが、確かな方法が御座います」

「…いいだろう。やってくれ」

 

 

 神の干渉式。見れば見る程に気色悪い。人としての尊厳を根本から踏みにじり、人格を全て否定して強大な力を得る。美学も何もあった物ではない。

 

 その中でも特にえげつない、もとい精神を汚染し神の考えを強引に捻じ込む非道な干渉式の一部を抜き出し、まだ何も刻まれていない宝珠にそれを移し替えた。

 

 無論だが神に連なる物、例えば信仰と呼ばれる力を送る物や神力を発生させる物は入念に取り除いた。だがそれを抜いても干渉式は複数の小さな球体の形を保っている。神の力の恐ろしさの一端だ。

 

 

「さて、見ていただいた通り、コレは神の干渉式のほんの一部。都合の悪い物は全て取り除かせてもらいましたが、それでも尚我等の技術を軽く飛び越えていく物です」

「…この中身はなんだ?」

「劣化精神汚染干渉式とでも言いましょうか。神を讃える言葉を意思に関係なく紡がせる非道極まりない干渉式です」

「そうか。…いや待て、それはお前の作った宝珠でも使われていなかったか?」

「全くの別物ですよ。アレは決められた言葉と動きを術者の身体の電気信号を使って強制的に動かしているのです。早い話が人体の機械化ですな。精神への汚染は皆無です」

「それはそれで非人道的過ぎやしないか…?」

「ですから試作品と言ったでしょう?何が起こるか分からないとも言った筈です」

「決めたぞ。私は得体の知れない宝珠には絶対に触れないと」

「賢明な判断ですな」

 

 

 出来上がったばかりの宝珠を少尉は手に取り、その魔力を込め始める。干渉式から溢れる魔力が周囲の埃を僅かに浮き立たせ、干渉式を巡った魔力が答えを叩き出す。

 

 現れたのは鉄面皮が嘘のように綻んだ満面の笑みの少尉。純粋無垢を体現したかのような表情で、神を賛美する歌を歌い出す。

 

 手振りに身振りまで加えて、それが楽しくて堪らないといった様子で歌い続ける。何も知らぬ者が見れば敬遠なる神の信徒と信じて疑わないだろう。

 

 だがそれを見て技師達は一斉に顔を顰めた。神のもたらした『奇跡』の正体が突き詰めた干渉式に過ぎぬ事と、それを神がもたらした理由。

 

 どんな馬鹿でも分かるだろう。神は欺瞞によって覆い隠し、欺瞞によって人を操る。個人の意思なぞ微塵も考えないその所行は、神などと言うより悪魔と言った方が当てはまる。

 

 

「…これが神なのです。私の一族は世に動乱が起こる度に、この未知の存在を観測してきました。

 奴等の目的はおそらく人類の発展。そして涅槃に至る事でしょう。

 耳触りだけはとても良い言葉です。ですが人類の発展とは無意味な戦乱を意味し、その被害がどこまでも大きくなるよう差し向ける。

 人は神に縋り、神は祈りで力を得る。そして十二分に苦痛が集まったところで神の尖兵を送り出すのです。

 力を得た神による尖兵は無敵にも等しい。その口で仕組まれた讃美を歌い、強大な敵を討ち滅ぼす。…非常に効果的で無駄がなく、そしてあまりにも無慈悲だ。罪のない人々が、神の名でどれほど死んだ事か。

 

 そうまでして至るという涅槃。これもまた悪意の塊と言える。

 人の苦しみたる煩悩を捨て去った人の姿。それを想像すれば容易く答えは見つかるのです。

 涅槃とは欲の無い姿。つまり性欲や食欲や睡眠欲などを必要としないのです。欲がない為に誰にも惑わされ無い事でしょう。食事も睡眠も必要ありませんので一日中行動が出来ます。

 何かに気を取られる事も無いでしょう。仮に銃を持って敵を射てと指示すれば、瞬く間に一騎当千の兵士となるでしょうな。それも昼夜を問わず戦い続ける理想の兵が。

 そして涅槃に至るには神への絶大な信仰心が必要です。涅槃に至り、完成した人間。それは神々にとって都合の良い駒に過ぎないのです。

 

 慈悲もへったくれも無い。契約を破れない悪魔の方がよほど健全だ。奴等を呼称するのに『神』などと言う神聖な言葉を使うのも腹立たしい。

 人の願う神が、人の隷属と滅びを至上とするのです。

 

 だからこそ私は神の良いように扱われるなどまっぴらだ。進めど地獄、立ち向かえど地獄、立ち止まれば意思なき奴隷。ならば進み踏み超え、神ですら踏みにじる断固たる姿勢が必要だ。

 

 …班長、どうです?神に仇為す不貞の輩。そんな不心得者になってみる気はありませんか?」

 

「それは魅力的だ。とても魅力的な提案だよハッター技師。だがどう立ち向かうと言うのかね?存在Xは神のように触れ得ぬ存在なのだろう?」

「なに、ごく簡単な事です」

 

 

 戦争に勝てばいい。

 

 

 奴等の弱点は極めて単純。こちらに肉体を持たないが故に干渉出来る事象に限りがある。13代前の祖先が初めて上位者との接触を持った際、あらんかぎりの憎悪を持って軛を打ったのだ。

 

 それにより奴等は無敵の存在では無くなった。手強い相手ではあるが、こちらにも使える手札が残されている。そして賢しい我が祖先は、その方法こそが最善であると見抜いていたと言う。

 

 もはや歴史の影に埋もれて確かめる術など何処にもないが、それ以降の祖先達がそれによって脅威を遠ざけて来たのは間違いない。

 

 それは人間の思考に住み着く限り無敵の奴等を、限りなく封じ込めるという手段。つまり徹底的な反逆こそが奴等の力を弱らせるのだ。

 

 神はさして賢い存在ではない。

 

 …いや、全知全能であるが故に、賢くある必要が無いと言った方が正しい。あらゆる物が滅び去ったとしても、その時すら歪めて元に戻せると言うのだから笑うしか無いだろう。

 

 こちらが幾ら歯向かったとしても、虫ケラに払う労力などたかが知れている。勿論、そんな反則とも言える手段をむざむざ取らせる程こちらも優しく無いのだが。

 

 

「神を封じる上で、最も有効なのは『限りない無関心』なのですが、それはほぼ不可能に近い。故に神の目的そのものを粉砕する必要があるのです」

「…神の目的?先程の君が語るところの人類の発展と涅槃ではないのかね?」

「それはいわば最終目標。その前に仕込みが必要なのです。いかに神といえど人類を一度に信仰心に目覚めさせるなど不可能に近い」

「そうか、神が利用するのは人々の苦しみ。つまり戦争だな」

「…この戦争がいつ終わるのかは定かではありません。ですが今ここにデグレチャフ少尉が選ばれている。人々の苦しみを救う英雄として」

「では勝ってしまったら本末転倒ではないのか?」

 

「デグレチャフ少尉。貴女ならお分かりになるのでは?」

「…胸糞悪いが大方の筋書きは読めてしまったよ。つまり私は戦争の火に油をかける役割か」

「その通りです。貴女の為す事は全て裏目に出るようになるでしょう。どのように行動したとしても、結果は戦争の激しさに拍車がかかるだけです」

「そしていつか私を超える何かが私の命を奪う。そいつは神の敵たる強大な悪を屠ったとして英雄となり、晴れて神は信仰を得るわけか。

 そしてこちらが勝ったとしても、私は神の尖兵として祭り上げられ、その信仰は神に届く。どっちに転んでも奴等の得にしかならないと?」

「その通りです」

「まさしくfuckin GOD。奴等に災いあれ、だ」

 

「ですから今ここで、片方の利益を切り取るのです」

「…そいつをどうこうして奴等に影響があるとは思えんがね」

「いいえ、大有りですとも。こうした神の力を受けた遺物……聖遺物は、どんな物にしろ凶悪な精神汚染を発揮するのです。これによって成された出来事は神の祝福による物と強く誤認する。

 そして力ある者は頻繁に戦場へ駆り出され、そこで多くの人々の目にそれを焼き付ける事でしょう。

『この戦争には神がついている』と意識の奥深くで願わずにはいられないのです。それはこの戦争に勝ったとき、英雄を神のもたらした奇跡だと認識する事に繋がります

 ですがその認識が無かったら?

 確かに人によっては神によるものだと言う者もいるでしょう。ですが中には居るはずです。これは人間による勝利なのだと」

「つまり神は信仰を得にくくなると?」

「むしろマイナスですな。人が死んだ分は確実に信仰が減るのです。それを上回らなければならないのですから」

「…そんな重要な物をあっさりと解析したのか貴様は?」

「私の御先祖に感謝ですな」

 

 

 ホログラムに映る干渉式に向け手を走らせる。分かっていた事だが恐ろしく手強い。宝珠に魔力の通わない状態でさえ、周囲の魔力を取り込んで式が勝手に起動している。それも明確な防壁でもってしての抗戦だ。

 

 黄金の干渉式がにわかに騒めき始め、あらゆる形に変化させながら侵入する物を排除せんと動き出す。だがこちらとて物心ついた頃から魔術に精通してきた身。この程度でどうにかなる程やわではない。

 

 探知の式を逆探知の式に変換、続いて現れた接触による探知を持つ式を乗っ取り、奥に潜む司令塔を粉砕。裏切り者狩りに出た式の認証を読み取り、同じだけの攻勢式を順次展開。

 

 あぁ懐かしい。昔はよく父とこうして遊んだものだ。干渉式だけの静かな戦争。あの時は戯れに過ぎなかったとしても、今この時だけはその日々に感謝する。

 

 今まで見たこともない複雑で緻密な干渉式。はっきり言って俺の生涯全てをかけたとしても思いつくかどうか怪しいところだ。

 

 それでも俺は今それを見た。そして見たのならば再構築できる。敵の使う力を全て自分の物にできる。

 

 本気で争う必要はない。ただ今は撹乱と防御に集中する。やがて来る好機に目を光らせるだけでいい。

 

 これに失敗したならば、俺は肉体どころか魂までも摩滅し、僅か数秒の間に1万年にも及ぶ苦痛を味わった上で絶叫しながら死に至るだろう。神に歯向かうとはそういう事だ。遠回しならばともかく、直接ならば尚更である。

 

 

「…さて班長!謎かけをしましょう!」

「随分と忙しいようだがいいのか?」

「勿論です!これから死ぬかもしれないと言う時が一番楽しいのですよ!このスリルは共有するに限ります!」

「なに!?今やっているそれはそんなに危険なのか!?」

「問題!目を見張るほどに高度で、どんな物でも演算可能な電算機を黙らせるにはどうしたら良いでしょう!」

 

「その電算機とやらは今我々の目の前にあるコレかね!?神の干渉式を黙らせるなど考えた事もないのだが!」

「ぜ、ゼロを掛け算で打ち込んではどうでしょう?それならば答えはゼロとなります!」

「残念!その過程は電算機の記憶装置に保管されてしまう!私が欲しいのは完全なる沈黙なのだ!」

「は、はぁ!?そんな事は不可能だ!…いやまて、記憶装置の磁気テープを抜いてしまえばいい。そうすれば記憶も残らん」

「ではパルスはどうするのだ!?一度入力されれば機械全体を電気信号が駆け抜けるぞ!それも超高速でな!」

「ならば考えつく限りの高度な数式を読み取らせればいい!どれだけ高度であろうと、演算の限界はあるはずだ!」

「どんな物でもと言ったでは無いか!オーバーヒートなぞあり得んよ!」

「ならばどうせよと言うのだ!?まさに無敵の機械では無いか!」

 

 

「答えはある!どんな機械も黙らせる最終手段!」

 

「い、一体どんな手段だと言うのだね!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「電源をぶっこ抜く事だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅かな、本当に僅かな隙。それは隙などではなく干渉式を切り替える間にできる残存魔力が干渉式を霞ませているに過ぎないソレ。

 

 その一瞬の隙を突き、100万をゆうに超える干渉式の間隙を高速で縫い合わせる。一瞬が数秒程の長さに拡張され、強い干渉式を叩き込めるだけのラインが揃った。

 

 練りに練った渾身の干渉式がその間をすり抜け、細かい物は吹き飛ばし、奥へ奥へと突き進む。

 

 最後に当たるのは神力の流入口。つまり電源である。その入り口が僅かに揺らめき、力が細波のように寄り集まるがもう遅い。

 

 

 突き抜けた干渉式は、その入り口を完膚なきまでに粉砕せしめたのだった。





Q.結局コイツは何をしたの?
A.超々高度なクラッキング


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