魔法科高校のアトラス院生 (きりさき)
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プロローグ

ほんとに滅茶苦茶設定なので、後悔はありませんね?


 アトラス院。

 世界を救うために世界を7回滅ぼすと言われる兵器を作り上げ、滅ぼせるが故にそれを封印した禁忌の穴倉。

 

 そこで少年、四条秀次は毎日研究に明け暮れていた。

 

 ここでは日本人の血が流れているのは珍しいらしいが、自分の工房から外へ出ることはほとんど無いので問題はなかった。

 生まれた時から太陽なんて見たことがない、1度も外へ出たこともないし出たいと思ったこともなかった。

 ただ根源へ至るため、親の研究を継いで毎日を過ごしていた。

 

 幸いにも自分は平均的な魔術回路と、思考分割技術の才能は持っていた。

 しかしその程度の才能では根源へはあまりにも遠すぎる、その影さえ見えない。

 

 だから四条は自らをさらに上の存在へと変えようと考えた。

 今までの錬金術の研究を用いて、自分自身を錬成する。

 大丈夫、失敗するはずがない。

 自分を分解し、流転させ、根源を通ってくることでさらに上位の存在へと組み替えてこの世界に戻ってくるのだ。

 

「錬成!」

 

 一ヶ月かけて工房一杯に描かれた魔法陣が起動し、必要な魔力を吸い上げていく。

 自分の存在そのものが分解されていく感触を感じながら、成功を確信して目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 瞼の上が明るい。それだけじゃない、皮膚が焼けていくようだ。

 既に錬成が完成しているのか分からず、四条は恐る恐るゆっくりと目を開いた。

 

「……なんだ、これは」

 

 そこは地表。青い空の下で、人々がそこら中を歩いている。

 初めて見る太陽は情報で聞いた以上に明るく熱く、全てを照らさんとするようだった。

 

「どこなんだ、ここは……!」

 

 理解が追いついていない四条に、派手にクラクションが鳴らされた。

 

「なんだ急に人が、危ないぞどけぇぇぇぇぇ!」

「っ……!」

 

 振り向いた時には既に金切り声をあげた車がスリップしながら四条に突撃してきていた。

 どうやら四条は十字交差点の中心に突っ立っていたようだ。

 車の制動距離は圧倒的に足りない、衝突は必至、避けるにも時間が足りない。

 だが四条は焦ることなく睨み返す。

 

「魔術を使うまでもないか。礼装起動」

 

 元よりアトラス院の者が車程度で怪我をするわけがない。

 紫を基調としたスーツのようなものに黒いコートを羽織ったもの、研究に行き詰まった気休めに作った礼装だったが今は充分だった。

 

「障壁展開、オシリスの塵」

 

 今こんな人目が多いところで車の破壊など大々的に魔術など使えない、神秘の秘匿は絶対事項だ。

 なのでこのまま礼装がショックを吸収するのに身を任せようとしたその時。

 四条は目を見開いた。

 

「礼装が、魔力が上手く回らない――!」

 

 魔力が上手く通らず、礼装の中で弾けたり詰まったり歪んだりして本来の力が発動しない。

 そんな四条に容赦なく、車は正面から叩きつけた。

 声を出す暇もなく軽そうな華奢な体は簡単に吹き飛び、数10メートル飛んだ後アスファルトに転がった。

 

「キャアアアア!」

「おい、誰か轢かれたぞ! 救急車を呼べ!」

 

 周囲から悲鳴があがり混乱に陥る。だが四条は何事も無かったかのようにむくりと起き上がった。

 

「強化の魔術と併用してこれか。くそ、魔術基盤が安定していない。どうなっているんだここは、ここは本当にどこなんだ?」

「あの、君大丈夫なのかい?」

「あぁ、気にしないでくれ。その救急車とやらも不要だ」

 

 そう言って一人ふらふらと街の中へ消えていったのだった。

 裏路地へ入った瞬間、偽装礼装を起動させて魔術的に姿を眩ませる。これ以上姿を不用意に見られるのは避けたかった。

 

「監視装置は誤魔化せたが、やはり魔術が安定しないな。魔力がかなり持っていかれる。ペルシー」

 

 懐から刻印が刻まれた布を取り出す。錬金術のホムンクルス技術の応用で、魔力を通すことで一時的に使い魔のように行使が可能なものだ。

 布は魔力を通されると自動的に折りたたまれ、やがて折り紙の鳥のようになった。

 これは幻惑を使うことで一般人には本物の鳥のように見えているだろう。

 

「ピィー!」

「空からこの街の情報を探ってこい。言語的に日本だとは思うが、地理が知りたい」

「ピィ!」

 

 布の使い魔は本物の鳥のように空へと舞い上がっていった。

 

「こっちはこっちで調べるか」

 

 通りを歩く適当な男を見つけると、四条は魅了の魔術を発動させた。

 魔術師なら簡単に弾くようなものだが、いとも容易く掛かりそのまま路地へと入らせる。

 

「おいここはどこで今は西暦何年だ」

「ここは日本西暦2094年です」

 

 魅了により朧気な声で男は答えた。

 それは四条を驚愕させるに値する内容だった。

 

「やはり日本か、アトラス院はエジプトだというのに。それに2094年だと!?」

 

 場所どころか時代まで違う。これはもはや簡単な転移事故なんていう話ではなくなっていた。

 

「時間的転移? いや、そんなことが出来ているのなら俺は根源に近づいているはず。だがそんなものは全く感じない」

 

 むしろ根源、魔術そのものから遠ざかっているような、切り離されたような見放されたようなものを感じていた。

 

「ひとまず使い魔経由で様子を見るべきか」

 

 使い魔の視点を同調し、空から街の様子を見る。

 あまり詳しくはないが建築様式の変化などから比較すると、やはり四条のいた頃の日本から様々な進化を遂げているようだった。

 つまり未来のようなところに来たのは間違いがないということだ。

 

 そのまましばらく偵察を続ける。

 

「ん? いや待てなんだあれは」

 

 とあるところで四条の目が止まった。

 市街地とは少し違う、一括りの広大な敷地を保有する場所だ。

 大人が極端に少なく、子供たちが同じ服を着て生活しているそこで、四条の目は釘付けになった。

 

「あれは……魔術か?」

 

 閃光が煌めき、手も触れることなく物体を浮かせてみせる子供たち。

 物理法則を嘲笑うようなそれは、四条が知るところでは少し違うものにも感じられたが魔術のようなものとしか定義できないものだった。

 

「おい、ここでは魔術が知られているのか!」

 

 未だ魅了が掛けられていた男に問いかける。

 

「魔術……魔法ならあります。それを扱う魔法師という奴らも、不気味な連中ですが」

「魔法と呼んでいるのか? だが一般人にも知られているとは、神秘の秘匿はどうした!」

 

 壁に拳を叩きつける。知れば知るほど今の状況の不明さに頭が混乱していく。

 

「……いや魔術協会がこんな極東であろうと神秘の公開なんてものを見逃すはずがない。この年代のズレの間に魔術協会が神秘を秘匿しなくなった? いや方針の転換なんてありえない、なによりアトラス院がそんなこと看過するはずがない」

 

 様々な思考を巡らせ、四条はある仮説に行き着いた。

 

「ならば――魔術協会が存在しない?」

 

 自分で言って馬鹿馬鹿しいとは思ったが、考えれば考えるほどその説が正しく思えてくる。

 更なる思考と議論の果て、四条は自分でも信じられないとんでもない結論に至った。

 

「ここは平行世界、またはそれに準じる別世界なのか……?」

 

 魔術によく似た、しかし異なる魔法という力が一般人にも普及し、魔術協会も聖堂教会も彷徨海もない世界。

 一体なぜこうなったかは分からないが、そう思えば全ての歯車が噛み合っていった。

 

「は、ははは、ハハハハ!」

 

 思わず笑いが零れ出た。

 だがそれはヤケになったとか自暴自棄になったとかではない。

 

 感謝と喜びのものだった。

 

「これが神の導きというやつか! ここには誰も知り得なかった未知の技術がある!」

 

 手を振りあげ、太陽に重ねて掴み取るように拳を握りしめる。

 

「あぁ、ならばなんだってやってやろう。この世界の知識全てを吸収し、根源へと手をかける」

 

 アトラス院は人類の滅びを回避させることを目的としているが、四条本人はどちらかと言えば自身の根源への到達を第一に考える時計塔寄りの考えだった。

 ならばアトラス院も消えた今、自身の目的のために全力を注げるというのならやる気に満ち溢れるのも道理。

 

「そのためにまずは、この世界の魔法というものを学ぼう。何か手がかりになるかもしれない。今からだって、ゼロからだって追いついて見せる――この世界に!」

 

 

 

 

 ※※※※※

 

 

 

 四条がこちらの世界に来てから1年ほどが経過した。

 ひとまず戸籍は市役所で魅了の魔術でなんとかし、金は錬金術で貴金属を作り出して売り捌いた。

 犯罪行為なのかもしれないが、元より魔術師とは目的のために人殺しだって辞さない集団。

 四条はこれでもまだ常識のある方である。

 

 そして独学で四条はこの世界の常識と魔法というものを学んでいた。

 

 魔法師のみが持ち、その才能を左右する魔法演算領域。当然四条が持っているわけも使えるわけもなかったので、アトラス院生なら全員が使える思考分割と高速思考で代用した。

 本来無意識領域で行うものを無理やり行っているが、思考分割には天才的素養を持っていた四条はそれを可能にした。

 

 そしてCADという術式補助演算機のメンテナンスなどは、元より兵器を作ることを得意とするアトラス院生にとってはそれほど難しいものでもなかった。

 

 しかし四条は同時に独学での限界も感じ始めていた。

 ならば学校というものに入学してみようと決定したのである。

 入るのは当然一流でなくては意味がない、国立魔法大学付属第一高等学校のみ。

 

 ※※※※※

 

 桜も舞い散る季節、新しい学校に胸踊らせる新入生の姿は今はない。それもそのはず。

 四条は入学式二時間前に校門の前に立っているのだから。

 そして身に纏う八枚花弁のエンブレムがついた制服は第一高校生であることの証である。

 

「魔法実技はまだ慣れなかったが、まぁ総合なら余裕だったな」

 

 軽く笑い、敷居を踏み越えた。こんなに朝早く来たことには理由がある。

 まずこれからの学舎となる場所の把握、そして単に人が多いところが好きではないからだった。

 今まで工房に引きこもり続けていた四条が急に人だかりに放り込まれるなど、面倒にしか感じない。

 叶うなら一人で教育を受けられればいいのにと思わずにはいられなかった。

 

「……何故お兄様さまが補欠なのですか?……」

「……おれの実技能力は……」

 

 何やら講堂の前で揉めている二人の男女。口ぶりとお兄様と呼んでいる様子から兄妹だろう。

 

「朝に来ても煩かったな」

 

 二人を鬱陶しそうに見ながら、四条は適当に校内の散策を始めた。

 天気も良く、ただ静かな中を歩いているだけで気分が落ち着く。

 

 時折忙しなく走り回る在校生たちと会釈を交わしながらある程度校内を把握し終わり、ベンチで休憩でもしようとしたその時だった。

 先客としてベンチに座り、携帯端末を見つめる男子生徒がいた。

 四条が近づくと、その男子生徒は顔を上げて目が合う。

 

「あの時の喧嘩兄妹か……」

「そんな風に言われたのは始めてだ、さっきのを見られてたのかな」

「あぁ聞こえたならすまない、悪気はないんだ」

 

 その落ち着いたというか、自分とどこか似たような雰囲気をもつその男子生徒との会話にストレスがあまりないことに気がつく四条。

 その男子生徒に少し興味をもった。

 

「隣、いいか?」

「あぁ構わない」

 

 三人がけのベンチなので間に妙な空間が生まれるが、それもまた程よく四条には良い。

 

「同じ新入生だろう? 俺は四条秀次だ」

「俺は司波達也。しかしこんな早くに来るなんて、四条は何かの代表とかなのか?」

「いや? ただこの学校の散策だよ。それと人が多いところが苦手なんだ」

「あぁ、もう今頃校門は新入生と親で溢れるだろうからな」

 

 本当は地脈や霊脈の調査がメインだったが、それを言う必要はないだろう。

 四条は魔術は人前では絶対に使わないと決めているのだから。

 

「そういう司波は何してるんだ?」

「俺は妹の……」

「新入生ですね? 開場の時間ですよ」

 

 二人に唐突に声がかけられた。まず目についたのは制服のスカート。

 

「ありがとうございます。すぐに行きます」

「すいません。俺もすぐに」

 

 ベンチから立ち上がると分かる、女性としても小柄な身長。

 美少女なルックスと小柄ながらも均整のとれたプロポーションと相まって、高校生になったばかりの男子生徒が勘違いしても仕方がない蠱惑的な雰囲気を持っていた。

 にも関わらず、二人の新入生男子生徒の目に一切の揺らぎも感じられなかったが。

 

「それにしても感心ですね、この早朝にもう友人を作ってしまうなんて。このための早起きですか?」

「ご冗談を。たまたま四条から話しかけてきてくれただけで、自分は恥ずかしながら一人でした」

「あら、あなたから?」

 

 その目には少し驚きが含まれていた。

 それは一科生が二科生に自主的に話しかけたということへの驚きだが、四条はそれを全く理解できていないので何故驚いているのか分からないでいた。

 四条にとっては自分の興味外のことは等しくどうでもいいことなのだから。

 

「へぇ、それは素晴らしいことね!」

 

 なんとも人懐っこそうで親しみやすい先輩だと思った四条だったが、達也は正反対だったようで微妙な距離を保っていた。

 

「あっ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます。よろしくね」

 

 最後にウインクでも添えられていても不思議のない口調で締めくくった。

 それに対して達也はより一層顔を顰めそうになっていた。

 

「俺、いえ、自分は司波達也です」

「俺は四条秀次です。よろしくお願いします」

「司波達也くんに四条秀次くん……そう、あなた達が……似たもの同士って引かれるのかしらね」

 

 事情の分からない二人を置き去りにして、真由美は楽しそうな含み笑いをした。

 顔を見合わせる二人に、真由美は笑顔で話す。

 

「司波くんは入学試験、七教科平均九十六点。特に魔法理論と魔法工学は両教科とも小論文を含めて文句無しの満点! 前代未聞の高得点だったのよ」

「司波、本当か?」

 

 目を丸くして驚く四条に無言で答え、しかし達也は一歩引いて真由美に答えた。

 

「ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけならの話ですよ、評価されるのは実技の方でしょう」

 

 そう言って苦い愛想笑いで自らの左胸を指さした。しかし真由美は笑顔で顔を左右に振る。

 

「そんな凄い点数私には取れないわ。それと凄いといえば四条くんもね」

「俺ですか?」

「七教科は平均八十六点。更に魔法理論と魔法工学は司波くんに次いで二位だったわ。それも今までに見たこともない切り口からの小論文だったって」

「……なんか司波の後だとイマイチに聞こえますね」

 

 今度は四条が苦い愛想笑いを浮かべる番だった。

 

「そんなことないわ。私が入学試験と同じ問題を出されても絶対に二人みたいな点数は取れないと思うなぁ」

「そろそろ時間ですので……失礼します」

「あ、司波。すいません、では俺も。またどこかで機会があれば」

 

 達也はまだ何か話したそうにしている真由美にそう告げて、返事を待たずに背を向けて講堂へと入っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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入学編

 生徒会長と話し込んでしまったせいで二人が講堂に入った時にはすでに席はほとんど埋まっていた。

 

「適当な席に座ろうか」

 

 空いていた最後列の席に座る。

 

「……いいのか?」

「何が?」

「いや、いいのなら別に俺は構わないんだが」

 

 言いづらそうに言葉を濁らせる達也。それは席を前列は一科生、後列は二科生と分かれていることに対するものだった。

 それは決まりではないが、生徒達の暗黙のルールだ。

 

「お隣、いいですか?」

 

 見れば女子生徒のグループ。恐らく横に並んで座れる場所を探していたのだろう。

 

「えぇどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 最後尾の席に座っているので、当然というべきか声をかけてきた二人も左胸に花はない二科生だった。

 

「私、柴田美月っていいます」

「あたしは千葉エリカ。よろしくね」

 

 エリカと名乗る方はまたも美少女でスレンダーなスタイルと明るい髪色が特徴だった。

 美月の方は癒し系のようなおっとりとした雰囲気で、なによりこの世界ではあまり見かけない眼鏡をかけていた。

 四条はその眼鏡が伊達やファッションでないことは一目見ただけでも気がついた、魔術師の勘のようなものだ。

 一年前の四条なら探究心に任せて質問攻めにしていたか、もしくは最悪奪い取っていただろうが、1年で学んだ常識は無駄ではなかったようだ。

 何も追求などはせず、気づかないフリをして流す。

 

「俺は司波達也だ」

「俺は四条秀次。よろしく」

「司波くんに四条くんね。でも面白いね、私以外し、から始まる名前じゃない? 司波、柴田、四条って」

「……なるほど」

 

 達也は微妙な返答だったが、そんなことは歯牙にもかけずエリカは次々と話を広げていた。

 そしてやはりというべきか、出来る限り気配を消していた四条にもエリカの手は伸びてくる。

 

「そう言われれば四条くんって一科生だよね?」

「一応そうだな」

 

 サックリと回答して終わらせよう。

 

「ブルームなのに、四条くんは前に行かなくていいの?」

 

 瞬間、話していた何人かの生徒が凍りついた。皆あえて触れていなかった部分に触ったエリカに、いや……、あの……、のようなまごついた声がかかる。

 が、エリカの目に悪意のようなものは一切なく純粋なる好奇心しかないことは四条からすれば見れば分かる。

 なにより――。

 

「なに? ブルームって」

「……え?」

 

 今度は四条の言葉で周りが固まった。ただ達也だけが納得したような顔で頷いていたが。

 その周囲の反応を見て四条は内心かなり焦る。

 

(やばい。そんな常識なのか? だって入学案内にだって書かれてなかったし、直訳したって意味がわからん)

 

 全力でこちらの世界に溶け込もうとする四条にとって、些細な認識のズレも危険なのだ。

 

「ええっと……」

「四条、ブルームとウィードっていうのは一科生と二科生の別称だ」

 

 言いずらそうにするエリカの代わりに達也が説明を始める。

 

「なるほど、それでブルームは前列って決められてると。それなら行かないといけないな」

「いや決められてはいない。だがその分け方から一科生は二科生より魔法力的に勝っている。その心理がこうして勝手に仕切りを作っているだけだ」

「ふーん……つまり見せしめとかそういうのか」

 

 通路で仕切られた別々の空間で、一科生と二科生が混じり合うことなく話している様子を見つめる。

 そういえば時計塔の方では権力闘争などがかなり激しいらしい、そういうものかと四条は解釈。

 

「つまらんな」

 

 そしてそれを一蹴した。

 

「そんなもの勝っていても何の価値もない、才能を持って何も成し遂げられない者だって大勢知っている。他人のことなんて見ている暇があったら、自分の研究にその力を費やすべきだな」

 

 自分たちの研究をひたすら研鑽しそれを秘匿、協力などなく互いに監視するだけの存在であった魔術師らしい言葉だった。

 だがそれはこの世界では少し変わり種ではあったが。

 

「へぇなるほど」

 

 エリカの目つきが少し変わり、さらに周りの生徒達から好奇の目線を向けられていることに気がついた四条は、これで話は終わりだと言いたげに背もたれに深くもたれた。

 幸いすぐに話題は変わる。

 

 それに加えて席順は左から、通路、四条、司波、柴田、千葉。

 これがもし四条と達也が逆だったなら、恐らく四条の持つ対人キャパシティはとっくにオーバーし、心無い適当な相槌を打っていたことだろう。

 ならば余計な波風を立てる必要はない。達也には悪いが、このまま防波堤になっておいてもらおうと四条は耳だけを傾けつつ気配と影を消したのだった。

 

 

 新入生代表の答辞は滞りなく終わった。

 初々しくも堂々と、そしてその可憐さはなるほどこれが自分たちの代表かと思わせるに十分なものだった。

 

「じゃあ、IDカードの交付に行こっか!」

 

 式の終了と共にエリカが立ち上がる。

 

「あれ? 四条くんは?」

 

 達也の隣にいたはずの四条の姿が忽然と消えていた。

 

「四条なら、式が終わる数秒前にちょっと行ってくる、って言って消えていった」

「司波くん見てたなら止めてよ!」

「流石に用事があるという人を無理やり止める気にはなれなかった。それに四条は一科生だ、クラスは絶対に同じにはならないさ」

「まぁそれはそうだけど……」

 

 一塊となって窓口へ移動を始めつつも、未だ納得しない様子で口を尖らせるエリカ。

 

「そんなに四条が気に入ったのか?」

「うーん、なんていうか気になるっていうか。面白そうだし」

「それが大部分じゃないのか?」

「当たり!」

 

 全く躊躇いなく返答したエリカに、達也は困ったような顔でため息をついたのだった。

 それから二科生の三人、達也とエリカと美月は同じクラスとなり、もう一人西城レオンハルトという少年と知り合っていた。

 

 

 場面は変わり、達也たちの集団から脱出した四条は一科生の方へそれとなく紛れ込んでいた。

 あのエリカという女子生徒の気が強そうな感じか、どことなく苦手なノリだったのである。なによりあのまま行けば人混みの中心に放り込まれそうでもあったので、単独行動を選んだのだ。

 

「クラスはA、か。まぁ顔だけでも出しにいくか……」

 

 この世界においてホームルームや担任教師などとうの昔にほとんどの意味は無くしているらしいが、それでも一年間同じ教室で過ごすのだから顔くらい見ておくべきだ。

 人だかりが多い通路を酔いそうになりながらすり抜けて進む。

 

「この席か」

 

 専用の個人用デバイスが設置されていた。特にすることもなさそうなのでデバイスを起動させ、諸事項のチェックやカリキュラムの確認、学校規則なども必要ないとは思うが一応覚えることにした。

 6個のウィンドウを画面を六等分して全て表示させ、それぞれに違う内容が書かれているものを同時進行でスクロールする。

 思考分割をこんなことに使うのもどうかと思われるかもしれないが、使えるのだから使わないともったいない。

 単純計算に普通の6倍の速度で必要事項を確認し終わり、一人下校しようと席を立った。

 

「……」

 

 隣の席に座っていた女子生徒が、ジッと四条の画面を覗き込んでいた。

 しかし見るだけで何も言わない少女との間に気まずい時間が流れ、それに耐えかねた四条は恐る恐る話しかける。

 

「……何か?」

「六つの画面を一気に見てたの?」

 

 無表情で唐突にそんなことを聞かれた。

 別に見られて困るようなものではなかったが、それ以前にすでに対人会話で疲れていたのも相まってその不躾な少女につい不機嫌な目線を向けてしまった。

 

「駄目じゃない雫! ちゃんと自己紹介もしないでそんなぶっきらぼうに」

「ごめん……」

 

 もう一人雫と呼ばれた女子生徒を窘める茶色がかった髪をもつ女子生徒が走り寄る。

 

「雫が失礼しました! 私は光井ほのかです、ほら雫も」

「北山雫です」

「……俺は四条秀次。別に気にしてないから安心してくれ」

 

 ほのかの過剰な反応も自分の険悪な目のせいだろうと遅れて気がつき、四条も少し罪悪感を感じないでもなかった。

 

「で、さっきの質問だけど俺は並列処理が得意でな。この方が効率的だろ?」

「……すごい、それって先天的なもの?」

「まぁそうだな、その部類だ」

 

 本当は思考分割なのだが、他人からそれを見分ける術はないだろう。

 それに思考分割数は才能に左右されるものだ、嘘はない。

 

「そういえば聞きたいことがあったんだが、俺の後ろの席の人を見かけなくてな。欠席なのか?」

「あぁ、その席は司波さんですね。今日答辞してた人です。今も多分色々と忙しいんじゃないでしょうか」

「司波、司波さんね。そういえばあの二科生も司波だったな……」

 

 だが兄弟にしては顔が似ても似つかない。絶世の美少女と言われても不思議はない女司波と、目つきの鋭さ以外特に特徴のない男司波は兄妹には到底見えない。

 だが、雰囲気というか纏うオーラのようなものは確かに似たところもあると感じていた。

 

「光井さーん!」

「あ、呼ばれてる。四条さんは……」

「俺は今日は帰るとするよ。じゃあ光井さん北山さん、また明日」

「そうですか? じゃあまた明日」

「うん」

 

 一科生のグループに呼ばれるほのかと雫を横目に見ながら、これ以上集団の中にいると発狂する気がする四条はさっさと退散した。

 

 ※※※

 

 四条は家に帰った途端ベッドの上に体を放り出す。

 

「やばいな学校って。あんな中で学ぶだと?」

 

 家系のなかでのみ研究を続ける魔術師、なかでも地底に引きこもり続けるアトラス院生にとっては未だに慣れないことの一つだった。

 

 だが神秘の秘匿を重要視する魔術とは違い、軍事目的や魔法師の大量生産を目標とするこちらの世界なら、この集団的教育機関で体系化された技術や知識を学ぶことが効率的なことも理解出来ていた。

 理解出来るからこそ、四条は心の中で叫ぶしかなかった。

 

(人多いの無理!)

 

 確かに人を跳ね除け孤独の中で学ぶこともできるのだがそれでは学校に通う意味がない。

 故に四条は明日の登校の準備をしてから、こちらでも続けている錬金術の研究を開始した。

 

 ※※※

 

 入学二日目にしてナイーブになろうとは、四条も考えてすらいなかった。

 この数日は授業もなく良いことといえば、国立学校だけあってかなりの蔵書数をもつ図書館とサーバ、閲覧規定のある蔵書まで自由に使い放題見放題ということだろうか。

 

 この時間は普通見学のために用意された時間だが読書で時間を潰していた四条は携帯端末に表示された時計を確認し、昼食を食べるために一人学食へと向かう。

 

 そこからだ、四条に次々と不幸が舞い込んだのは。

 

 まず一人で昼食を食べていると、仕切りを挟んだすぐ後ろの席で一科生と二科生の席の取り合いが始まった。気まず過ぎる。

 その次は散策ついでに寄った遠隔魔法用実習室でちょうど三年生が実技していたので覗いていると、後ろから二科生一科生混じりあった他の新入生たちが押しかけてあれよあれよと言う間に揉みくちゃにされた。

 

 そして今、事務室からCADを返却してもらい帰ろうとしたところで何故か言い争う新入生たちに出くわしている。

 普通なら空気を読んで遠目に見ているのだろうが、正直心身ともに疲労が限界値を上回っている四条にとって最優先なのは帰宅だ。

 

「深雪さんはお兄さんと帰るって言ってるんです!」

「うるさい! ウィードごときが僕達ブルームに口出しするな!」

 

 校門のすぐ横に陣取っているせいで凄く邪魔だ。

 

「あなたたちブルームがどれだけ優れていると言うんですかっ?」

「……どれだけ優れているか、教えてやろうか?」

「おもしれぇ! 見せてみろよ!」

「だったら教えてやる!」

 

 一科生の生徒が拳銃型の特化CADを抜き放ち、二科生の生徒へと突きつけたのだ。

 緊張が走り、見物人からの悲鳴があがる。CADを相手に向けるなど、それは明確とした敵対行為であり攻撃的な魔法の起動式が多く組み込まれた特化型なら尚更だ。

 だがその悲鳴の半分は確かにCADを向けたことに対する驚きだったろうが、もう半分は別の人物に向けてのものだった。

 

「ちょっとそこ、退いてくれる?」

 

 CADを向けている一科生森崎と、それを向けられている二科生レオの間にふらっと割って入った少年がいたのだ。

 何の緊張感もなく周囲が呆然とするなかCADの射線上に入ったのだ。

 

「なんだお前、ブルームか?」

「あぁそうだよ。いいからどけ、校門の近くで邪魔だろ」

 

 クラスの違う森崎とは面識がなかったが、その先にいた人物と目が合う。

 

「司波?」

「はやく避けた方がいいぞ四条」

「四条くんじゃんいいところに! いい? あなた達一科生の中にだって二科生だからって差別しない人だっているんだから!」

「なに?」

 

 都合良く四条を巻き込むエリカ。それによって森崎たち一科生は眉を顰めたり目つきを変えたり、各々だが少なくとも悪いイメージへと傾いていく。

 

「本当かお前、ウィードの肩を持つのか!」

 

 森崎は吠えるように問いかけるが、今の四条はそれどころではない。

 帰りたいという欲望と、知り合いだし一応一緒に帰るべきなのかという理性がせめぎあっているのだ。

 その脳内議論は結果的に森崎を無視したことになってしまい、それが更に苛立たせることになってしまう。

 

「おいどうなんだ、答えろよ!」

 

 森崎が特化型CADの銃口を、二科生の男子から四条へと変えた。

 

「……お前それ、人に向けることがどういうことか分かってんのか?」

「あ、あぁもちろん。家の家業はボディガードなんだ、実戦経験だってある」

「そうか」

 

 その瞬間、それまで黙りしていた四条が態度を急変させて半身を振り向かせ、人差し指を森崎へと突きつけた。

 CADだって持っていないただの人差し指。にも関わらず謎の気配と圧迫感が森崎を襲い、たじろぐ。

 

「な、なんだよ。何のつもりだ?」

「これだけだ」

「は?」

 

 何を言っているのか森崎には分からない。だが四条にすればこれは牽制。魔術師にとって指さされるなど、すぐに魔術を行使されてもおかしくない状態なのだから。

 

「これだけで足りる、お前を倒すにはこれだけで足りる」

「何をいって――」

「つまらない事は止めておけ。他の人にも迷惑がかかってるだろ」

 

 この言葉は嘘ではない。礼装により北欧の魔術の一つガンドを再現することが出来る。

 シングルアクションの魔術ならCADより早く発動できる自信もあった。

 魔術師にとって命の奪い合いなんて日常茶飯事、アトラス院内でもいくつも行われていた倫理観なんて崩壊した実験を目にしてきたのだ。

 

 しかしそんなことが森崎に分かるわけもなく、四条の言葉を完全な侮りと捉え我慢の限界を超えた森崎がついにCADの引き金を引いたその瞬間だった。

 

「止めなさい! 自衛目的以外の魔法による対人攻撃は犯罪行為ですよ!」

「君たち新入生だな。事情を聞く、ついてきなさい」

 

 森崎の起動式が破壊され、次いでその隣の女子生徒――よく見れば四条のクラスメイトのほのかだった――の起動式も消し飛ばされた。

 CADを構えて現れたのは入学式で出会った七草会長と、三年生。

 

「すいません、悪ふざけが過ぎました」

 

 雰囲気に萎縮する新入生の中から前に出たのは達也だった。

 その後しばらくの問答の後、達也が上手く言いくるめたのか三年生の方が引いたのかは分からないがひとまず場は収まったようだ。

 

 ならばこれ以上無関係の自分が留まる理由もない帰ろう、とそそくさと校門を出ようとした四条。

 

「待ちたまえそこの君」

「はい?」

 

 まだ何かあるのかと、苛立ちから少しぞんざいな口調になってしまった。

 

「CADや武力を使うことなく仲裁しようとするのは良いことだが、それで刺激してしまっては意味がない。出来れば次はもう少し君にとっても安全な方法をとってほしいな」

 

 風紀委員長を名乗る渡辺摩利という人だった。

 

「すいません。でも多分次はないので」

 

 出来る限り手早く済ませたい四条の受け答えはかなり礼節に欠いたものだったが、摩利はそれを咎めることもなく値踏みするような眼差し。

 

「それはどうかな? 一応名前を聞いておこう」

「……四条秀次です」

「君のことも覚えておこう」

 

 嫌な予感がし、結構ですと反射的に答えそうになった口を何とか紡いだのだった。

 そして先輩方の姿が見えなくなった後の森崎の達也への認めないぞ宣言と捨て台詞、そしてついでに四条も一睨みされた。

 

「……なんで俺が睨まれなきゃならんのだ」

 

 だがこれで、これでやっと帰れるのだ。深く考えたり悩むことはあるまい。

 そう、一人ふらふらと帰るのだ。

 

「あ、四条くん! 助かったよ、あの状況で入ってくれなきゃこの馬鹿が何かやらかしたかもしんない」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは! ……でもあんたが止めてくれなきゃどうなってたか分からないのは本当だ、ありがとな」

 

 神は我を見放したり。と四条は心の中で三回唱えた。

 エリカと四条の知らない二科生の男子生徒がまず駆け寄り、その後離れて話していた達也たちも四条の方へ集まってくる。

 

「四条くん、今回の件はありがとうございます。お陰で比較的穏便に済ませることが出来ました」

「私からもありがとうございました!」

「私からも……」

 

 何故か司波妹と光井と雫にまでお礼を言われた。

 

「いやほんとに俺なんにもしてないし、お礼なら全部司波につけといてくれ。……あぁ司波兄のほうな」

「言い難いなら達也でいいぞ」

 

 そこから、じゃあ私も! という声が止まらず最終的に全員名前で呼ぶことが決定してしまった。

 

「そうだ! ちょうど全員知り合いみたいなんだし、秀次くんいい感じに間取り持ってよ!」

 

 エリカの悪意なき無茶ぶりだった。確かに一科生のほのか達と二科生の達也たちを両方知っているのは四条だけ、そして一人で帰ろうとしていたのだから他の連れがいるなんて嘘はつけない。

 断る理由がみつけられなかった。

 

「あぁ分かった。じゃあ皆で帰るか!」

 

 半ばヤケクソ気味にテンションを上げて、四条は初めての集団下校というミッションを開始したのだった。

 

 初めは不可能かと思われたミッションだったが、四条が取り持ったのは初めの紹介だけで後は勝手に話が盛り上がってくれた。

 それに意外にも四条の興味をそそるような話題が多かったことも助けになった。

 

「秀次、さっきのあれなんだが」

「あれ? どれだ」

 

 四条と同じく少し話の輪から引いたところにいた達也から、突然話がふられる。

 ちなみに呼ばれ方もいつの間にか四条から秀次へとチェンジしていた。

 

「森崎に指をさしてたあれだ」

「あれ凄かったよね! なんかこう目が本気だったっていうか、殺気だってたっていうか」

 

 周りからもエリカに同意するような声があがるが、四条は苦虫でも噛み潰したような顔だった。

 実際に魔術は使っていないが、魔力を通すところまでは行っていた。

 四条が想子というこちらの魔法師なら感じ取れるものを感じられないように、こちらの世界の人間が魔力が感知できないのは確認済みではあった。

 しかしそんな予兆だけでも見せるべきではなかったと、今は後悔している。

 

「あれはハッタリだ。気迫と演技で押し切っただけさ」

「そうなんですか? あの時秀次さんの指に精霊に似たような光が集まってたので、てっきり何かしていたのかと」

 

 なんとか取り繕った表情の下で、四条は驚きというよりもショックと焦りを受けていた。

 

「へぇ美月は精霊なんて見えるのか」

「はい、普段はこの眼鏡をかけて制限していますが。それでも見えるほどだったので」

 

 そう言われれば、初対面の時眼鏡に違和感を覚えていたことを思い出した。

 あの時ちゃんと聞いていれば、という自責にかられる。だが今はそんなことより誤魔化すことだ。

 

「なんだろう。もしかしたら想子が暴走したのかも」

「なるほど! 秀次さんは一科生ですもんね、魔法力だってお強いはずです」

「あ、あぁ」

 

 とにかく美月の前では魔術は使えない。魔力を通すだけでもバレてしまう可能性がある、自分がこの世界の存在ではないことを。

 

「……」

 

 そして四条を注意深く見つめる視線がもう一つ。

 精霊の眼というイデアにアクセスできる能力をもつ達也もまた、その正体までは分析はできなかったが四条の指に何かが集中する様子は視えていた。そしてそれを隠しているということも。

 心の中で達也は四条に対する警戒レベルを少し引き上げたのだった。

 

 

 

 



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入学編Ⅱ

「では師匠でも全く情報が掴めなかった、と?」

 

 早朝、達也と深雪が来ていたのは小高い丘の上にある寺だった。普段はここの僧侶であり忍術使いである九重八雲に武術の稽古をつけてもらっているが、今日二人が来た理由はそれではない。

 

「そうだね、四条秀次という人物の親族、経歴一切の情報が掴めなかった。まるで世界から消されていたようにね」

 

 四条秀次について、達也が八雲に情報の収集を依頼していたのだ。

 

「先生でも全く掴めなかったなんて……もしかして相手は十師族ですか?」

「仮にそうだとしたら、四なんて数字を使う胆力を賞賛するけど今回は違うと思うよ。それに僕にも捉えられない、という情報が得られただけでも十分だろう?」

「……そうですね」

 

 八雲が達也に目配せで何かを伝えそれに無言で頷く。四条は十分以上に警戒するべき相手だと分かっただけでも、幸運というべきだからだ。無警戒の敵の強襲に備えることは非常に難しい。

 登校時間も迫り、朝食も食べ終えた二人は縁側から立ち上がった。

 

「あぁそれと彼の住所なら分かったよ。一応見てみたけど結界のようなものが張られていたね。それも昔からの大家ではなく比較的新しい普通の一軒家に、ね」

「なるほど、ありがとうございます」

 

 ※※※

 

 朝、エリカ、美月、レオに司波兄弟ともう『いつも』、と呼べるメンバーで通学していると七草会長に強襲を受けた。そのまま流れるように放課後の約束を司波兄弟と取り付けると嵐のように過ぎ去っていった。

 その約束を果たすため、今司波兄弟は生徒会室というプレートのついた扉の前に来ている。

 

「いらっしゃい。遠慮しないで入って」

 

 何がそんなに楽しいのか、ニコニコとした笑顔で正面奥のテーブルから真由美は話しかけた。

 生徒会室には他にも風紀委員長渡辺摩利と、達也も知らない役員の先輩が二人。一度部屋の中をぐるりと見渡そうとした達也の目は、途中で停止した。

 

「秀次? 何してるんだ?」

「あぁ達也か。俺は朝七草会長に襲われてな、約束を破るわけにもいかず……」

 

 達也の深雪の分であろう二席が空いている長机の下座で頭を抱えた四条の姿があった。微かに小刻みに震えているのは、絶対に演技などではないだろう。

 お気の毒様、と心の中で手を合わせ、達也と深雪も長机の椅子に腰掛けた。

 達也たちが来ることを知っていたのか単に距離を取りたかったのか、一番下座に四条が座っていたので上から深雪、達也、四条となった。

 

 その後、会計の市原鈴音と書記の中条あずさという高等2年の先輩を紹介された。

 そして勧められるままに昼食会が始まる。

 ちなみにその頃には四条も現実を受け入れ、ある程度の落ち着きを取り戻していた。

 

「お兄様、わたしたちも明日からお弁当にしましょうか」

「深雪の弁当はとても魅力的だが、食べる場所がね」

「……まるで恋人同士の会話のようですね」

「そうですか? でも確かに、兄弟でなかったらと考えたことはありますね」

 

 鈴音によって投下された爆弾は、達也によって不発処理された後見事に投げ返されたようだ。

 

「もちろん冗談です」

「おもしろくない男だな、君は」

 

 淡々と告げるその姿に摩利は心底つまらなさそうに評した。

 

「同学年として、この兄弟には君から何か言ってやってくれ」

「いいんじゃないですか、別に二人が恋愛感情を持っていようとも。俺は口を挟む気はありません」

 

 摩利の突然のパスには驚くほど冷静に返答する四条。これは全て興味外に対する冷徹なまでの無関心さからくる本音だった。

 ちなみに横から聞こえる、そんなお兄様となんて……と聞こえてくる満更でもないような声は努めて無視した。

 

「そうは言うが、毎日隣でこんなふうにされては君も困るだろう?」

「いえ、隣でやるのなら問題ありません。流石に俺を挟んでやられたりすれば困りますが」

「はいはい摩利ももう止めようね。どうやら今年の新入生達は一筋縄ではいかないようだし」

 

 このままではキリがないと、真由美が話を強引に断ち切った。

 

 その後は四条の予想通りの展開だった。

 深雪が生徒会に勧誘され――なにやら兄のことで一悶着あったが説得された――それを受諾。

 高校の昼休みは特別長い訳では無い、そろそろ時間も差し迫っている。何故自分が呼ばれたか四条は未だ理解していないが、このまま予鈴が鳴ってくれればそれでいいと考えていた。

 

「ちょっといいか。確か風紀委員会の生徒会信任枠が空いていたよな? そこは二科の生徒を入れても規定違反にはならないのでは?」

「それよ!」

 

 なるほど、そんな抜け道があったのかと感心する。この学校の規則はてっきり、全ての組織がブルームによって回されるためにあると思っていたのだが。

 

「ちょっと待ってください! まだ説明すらも受けてないんですよ!」

 

 それを極端にそれを拒否する達也。まぁ同じ立場なら四条も絶対同じことをするとひっそり確信していたが。

 

 珍しく助け舟でも求めるように達也の視線が順に動く。

 鈴音の目には同情があった。

 隣

 摩利は楽しげに笑っている。

 隣

 あずさの瞳は彷徨うばかりのようだ。

 隣

 最後に四条の目にも同情もあった。が、その目に映る面白がっている感情は全く隠せていなかった。四条も内心で少し気晴らしのように感じていた部分も否めない。

 

 達也はこの生徒会の中から助けはないと諦め、即座に理論で武装する。

 

「俺は二科生です。デスクワークならともかく、力づくで止める役目の風紀委員なんて」

「それは心配するな。秀次くんが補佐に入る」

「――ん?」

 

 聞き捨てならない言葉が摩利の口からこぼれ出たような気がした。

 

「あぁ、まだ言ってなかったか? 秀次くんも一科生枠で風紀委員に推薦しておいた」

「はっ? 何も聞かされておりませんが?」

「忘れていた、すまない!」

 

 何の目的もなく連れてこられるわけはない、そう甘くはなかった。しかし四条もそのまま大人しく風紀委員にさせられる訳にはいかない、魔術研究と魔法研究をこなすだけで手一杯だというのに余計なことに時間をとられている暇などないのだ。

 どんな手段を用いてもお断りしようとしたそこで、ちょうど予鈴が鳴り響いた。

 

「もうこんな時間だ。ではまた放課後、来てもらえるかな?」

「……分かりました」

 

 全て先輩方の手のひらで転がされている気がしてならなかったが、四条にそれを断れる選択肢は存在しなかった。

 

 生徒会室を後にし、次の授業のため直接実習室へと向かう四条と深雪。同じクラスの二人とは違い達也は二科生なので途中で別れた。

 そのせいなのか、というか十中八九深雪が横にいるからだろうが今日は人目が集まる。

 

「でも秀次くんが入ってくれるのなら安心ですね。知り合いがいてくれるだけで大分安心するので」

「ま、深雪的には達也がいればそれだけでいいんだろうけどな」

「い、いえそんなことは!」

 

 会話だけ見れば四条の嫌味に聞こえるかもしれないが、二人の間にそんな雰囲気は皆無であり楽しげな笑いもこぼれる。

 

「秀次くんがいるのが安心するのは本当です。なんというか、変に意識しないというか。私一科生のクラスでもあんまり馴染めてないので」

「みんなが近寄り難いっていうのもわかる気はするけどな」

「私そんなに無愛想でしょうか……」

「そうじゃない。魔法力を特に重視する一科生にとって深雪は憧れだからな。それに深雪は可愛いし礼儀も完璧、まるで隙がないんだよ」

 

 その証拠に一科生で深雪を知らない人間はいないだろうし、いつも深雪と距離をとる生徒達が強すぎる羨望の眼差しを向けていることもよくあった。

 特に男子生徒でそれは顕著なのだが、全く気づいていない様子の深雪に苦笑する。

 

「あ、深雪ー。それに秀次さんも!」

 

 実習室に入った途端、声が飛ぶ。据え置き型CADの前で元気に手を振る姿が見えたり

 

「ほのか、後ろの人が待っているのだから早くしたほうがいいわ」

「あ、すいません……!」

 

 慌てて手を戻し、ほのかはCADを起動する。

 今回の実習内容はこの教育用CADを用いて台車をレール上を三往復させるもの。一科生にとってはかなり簡単なものだが、初めの授業ということで操作確認が主なためだ。

 ほのかのCADが起動式を展開、魔法式を発動することで台車が動き出す。

 

(やはり見えないか……)

 

 四条は心の中で歯噛みする。

 魔法を行使する際、起動式と魔法式で使い切れなかった想子と呼ばれる非物質粒子が漏れ出てしまう。これは普通肉眼では見えないが、魔法師にとっては知覚できるものであり魔法の腕や異変を感じ取る指標となる。

 しかしそれが四条には全く感じ取れない。魔法が使える以上体内に想子はあるのだろうが、意識的に使用できないのだ。

 

「次は秀次さんの番ですよ」

「あぁ、ありがとう」

 

 課題を終え笑顔で譲るほのかに促され、四条は据え置き型CADに手を置いた。

【思考分割、開始】

 本来は無意識下の魔法演算領域にて半ば自動的に演算されるものを、四条は起動式を自力で読み込み脳内で演算する。

 単純な魔法でもアルファベット三万文字の情報を有する起動式を全くの誤差なく読み込み、変数入力の後魔法式を構築しなければならない。

 

 思考分割とは思考を仮想的に分割し、並列して処理を行うため単純な二倍三倍より更に加速する。にも関わらず四条の魔法発動速度は一科生の中でも平均的に留まっている。

 確かに魔法演算の時に行う思考分割は絶対に2つ以上にしないという制限はかけている。自身のキャパシティを超えて暴走なんてすれば取り返しがつかないからだ。

 だがそれでも三倍にはなっているはずの思考速度でも追い越せないとは、魔法演算領域とは相当魔法に最適化された機能だと分かる。

 

「……」

 

 加えて想子が認識できないためか、魔法効率が極端に悪い。

 

「見てください秀次さん! 深雪さんの魔法です!」

「おいほのか、俺はまだ実習中だ」

 

 無駄にテンションが高いほのかに袖を引っ張られ、仕方なく魔法演算は思考分割に振り分けてほのかの方へ目を向けた。

 ――それは圧倒的だった。

 想子が感知できない四条には分からないが、見えているのならそれはもう文字通り目を奪われるものだろう。凄まじい事象干渉力をもって走り出した台車は最短で加速され最小の時間で減速される。

 恐らく一科生の中でも突出したタイムを記録するだろうことは、最後まで結果を見るまでもなかった。

 

「あれがトップか」

 

 その時四条の心に感じたことのない感情が湧き上がった。その正体に四条は気づけないが、それは紛れもなく純粋なライバル心。

 自身の工房に引きこもり続けていた四条には感じることもなかったそれが、こちらの世界に来たことで芽吹いたのだ。

 

 ※※※

 

 終業のチャイムが鳴る。いつもなら歓喜の鐘が、今はただただ煩いものだった。

 いっそ生徒会の約束など放り出してやろうかとも思ったが、真後ろに深雪がいる状況で逃走など出来る訳もない。

 結局途中で四条と似たような顔をする達也と合流し、生徒会室の扉を開いたのだった。

 

「失礼します」

 

 そこには見覚えのある役員の先輩方ともう一人見覚えがない男子生徒がいた。

 実は彼は入学式で挨拶もしていたのだが、四条はそんな役に立たない情報などとうに消し去ってしまっていたので初対面だと感じている。

 

「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、四条秀次くん、生徒会へようこそ」

 

 服部はそのまま達也を無視して席に戻った。深雪はムッとした気配を漂わせるが、流石に自制してすぐにかき消す。

 達也は深雪が暴走しなかったことを心の内で密かに胸を撫で下ろした。そう、完全に油断していたのである。

 

「……? 司波達也もおりますが?」

 

 四条の完全に空気を読まない一撃だった。達也だけでなく深雪、そして生徒会の面々もあちゃーという顔で苦笑する。

 だが同時に真由美は一人計画通りと笑っていた。

 

「四条くん……。良いでしょう、この際なのでハッキリ言わせていただきます。私は副会長として司波達也の風紀委員就任に反対します」

「何故だ?」

「風紀委員は実力で取り締まる役目です。力で劣ったウィードにそれが務まるとは思いません」

 

 服部と摩利の論争が始まってしまった。そこに至ってようやく失言だったと気がつく四条。

 

「実力にも色々ある。達也くんは、展開された起動式を読み取り魔法を予測する目と頭脳がある」

「なんですって?」

 

 自慢げに言い放った摩利の言葉にショックを受けたのは服部だけではない。四条もまた内心で驚いていた。

 

(俺だって思考速度を三倍にしてよくやくまともに読み込めるものを、達也もできるだと? ならば達也の分析能力と処理能力は単純に俺の三倍なのか!)

 

 そしていつの間にか今度は服部と深雪の言い争いが始まっていた。お兄様大好きの深雪が耐えきれずに暴発したのだ。

 テーマはいつの間にか達也の有用性についてというものへ移り変わり、深雪が決定的な言葉を言い放った。

 

「お兄様の本当の力を以てすれば――」

「深雪」

 

 何か言いかけた深雪を達也が止める。だが達也の表情と性格を知る人ならば、達也がこのまま引き下がる気などないだろうということは簡単に予想できる。

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか」

「なに……?」

(シスコンめ……)

 

 四条以外の先輩たちは、達也の大胆な反撃に呆気にとられた。

 

「思い上がるなよ、補欠の分際で」

「あるがままの対人戦闘スキルはやってみないと分かりません。それに、妹の目が曇ってないと証明しないといけませんから」

「……いいだろう、身の程を分からせてやる」

 

 模擬戦。真由美と摩利によって、喧嘩沙汰ではなく正式なものとして宣言されたのだった。

 

 

 

 第3演習室。

 

「秀次も来るのか。迷惑をかけて悪いな」

「いいさ元は俺の失言が原因だ。それより今は達也の戦いぶりを見せてもらうとするよ」

「期待に添えるかは分からないがな」

 

 そうは言うものの、実際四条は達也の直接の勝負に関しては全く興味がない。興味があるのは魔法師同士の戦い方とCADだ。

『自らが最強である必要は無い。最強であるものを作ればいいのだから』

 これがアトラス院の教えであり、四条にも根付いた基本思想。だから四条は達也や服部の直接的な戦闘力はどうでもよかったのだ。

 

「いつも複数のストレージを持ち歩いているのか?」

「特化型CADが起動式の格納数が少ないからか。達也は相変わらずマメだな」

「処理能力が足りないから、こうするしかないだけさ」

 

 この達也の返答に四条は首を傾げた。

 

(そんなはずはない。達也が起動式を読み取れるなら、俺の思考速度の三倍と同じで処理できるはず。一科生の平均的な力は有しているはずだ)

 

 そんな四条の疑問をよそに模擬戦のルールが説明され、服部と達也が開始線に立ち準備は完了。

 

「それでは、始め!」

 

 摩利の宣言で、戦いの火蓋は切られた。

 服部は単純な魔法によるスピード重視の戦法をとった。三倍の思考速度で見ていた四条にすら、服部の起動式を一部読み取り落としたほどの速度で展開が完了される。

 

 が、一瞬だったはずの時間に達也は服部の後ろを取っていた。達也のCADの銃口が服部を捉え、服部の意識はそのままなす術なく刈り取られた。

 

「そ、そこまで! 勝者、司波達也」

 

 淡々と達也は勝利を収めたのだった。

 

「待て。今の動きは自己加速術式か?」

「あれはただの身体的な技術です」

「では服部くんが倒れたのは……?」

「あれは魔法師なら感知できる想子波によって酔ったんです」

 

 先輩の疑問にこともなげに次々と答える達也。

 

(想子波、ね。なら俺にはあれが効かないんだろうな)

 

 自虐的に笑う四条。今の戦闘を見ても、四条には想子の波動も何も感じ取ることはなかった。

 何とか起動式を読み取ることでどんな魔法を使っているのか、そもそも魔法を使ったのかを見ることしか出来ないのだから。

 

「あの、司波くんのCADはもしかしてシルバー・ホーンじゃないですか?」

 

 ピクリ、と反応したのはあずさと四条。

 

「シルバー・ホーン? トーラスシルバーの?」

「そうです! シルバー・ホーンというのはですね、ループキャストシステムに最適化されたかの天才トーラス――」

 

 そしてシルバー・ホーンについて熱弁を始めるデバイスオタクことあずさを横目に、四条は達也の元へと走りだしそうになる足を抑えてゆっくり近づいた。

 

「達也、少しそのCADを見せてくれないか?」

「……構わないが」

 

 達也にしては珍しく一瞬の迷いのあと、銀色に輝く特化型CADを手渡した。

 それを見た瞬間、四条は驚愕する。

 

 オリジナルを見たことはないが、それでも市販のものからはかけ離れているだろうことが分かるほど様々なチューニングが施されていたからだ。

 恐らく並の高校生ではこれが一体どれほどのものなのか分かる人すらも少ないだろう。

 

「……ふぅ」

 

 ため息をつきながら達也にCADを返す。

 

「どうした?」

「いや、最近自分に自信がなくなってきてな。そんなもの見せられたら、自分の腕に絶望するよ」

「……そんなことはないさ。俺はこういうことだけが取柄だからな」

「達也にそれを言われても慰めにもならないな」

 

 かつて世界を滅ぼせる兵器すら作ったアトラス院。それほどではないが、街程度なら消し飛ばせる魔術礼装だって作ったことがある四条にとって、屈辱的とまで言えるほどの敗北感だった。

 自分ではCADの調整はかなり上達したと思っていたはずが、こんな身近に更なる上が存在したのだから。

 

「そうだ、せっかくなら秀次くんと達也くんも戦わないか? 今ならすぐに出来るぞ?」

 

 摩利からの提案。悪ふざけの類いだったのだろうが、張本人たちは一瞬のうちに互いに睨み合う。

 両者とも相手のことが得体の知れない存在として認識し、要警戒対象として監視しあっているのだ。可能性は限りなく低いとはいえ、下手をすればここで殺し合いにすら発展する模擬戦となりかねない。

 

「……いえ、今の試合の後に達也に挑む気はしません。黒星を無駄に増やす必要もないでしょう」

「俺も秀次と交える気はしません。何か、特大の隠し玉を持っている予感がするので」

「そうかい。まぁいい」

 

 結局二人にとってはこれが最良の選択だった。

 

「さて、それでは予想外のイベントは起こったが風紀委員会本部へと向かおうか」

 

 逃がしはしないと出口に立つ摩利。

 達也と四条は顔を合わせて諦め混じりのため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




三人も評価をつけていただいて、ありがとうございます!


※補足
三点リーダに関する誤字修正案を送っていただいてありがとうございます。
ですが私が現在使用しているキーボードでは今の三点リーダしか表示できませんでした。申し訳ありません。

他にも誤字修正などがあればお気軽にお教えいただければ有難いです。


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入学編Ⅲ

3話から急に伸びて嬉しいような、怖いような、ありがとうございます。
三点リーダに関してまだ解決できておらず、違和感を与えてしまうかもしれません。申し訳ありません。


「あぁくそ、魔法工学の基礎から学び直すべきか……?」

 

 自宅のいくつか用途別に分けてある研究用の部屋のうち、こちらの世界の技術、すなわち魔法に関する研究を行っている工房の机に四条は突っ伏していた。

 思い出せば思い出すほど、谷に張られた縄を渡るかのような危なっかしい調整を実現している達也の腕が遠く思える。

 

「いやいや何を言うんだ、俺だって追いつけるさ」

 

 首を振り、悲観的考えも振り払う。

 精密機械であるCADは細かなチューニングが必要であるが、それなりの調整をしようとするとやはりそれなりの高価な専用機械が必要となるのだ。

 簡単な機械程度なら構造を把握して錬金術を用いれば自前で用意できる。しかし学校のものですら構造はかなり難解なもので分析に時間がかかりそうだった。

 元より魔術師が機械オンチの傾向にあることもある。魔術的魔法的なシステムはまだ理解できるとして、現代科学のみとなると流石の四条も少し苦手なのだ。

 錬金術でまた貴金属を錬金して購入することも考えたが、美月という魔力すら感じ取る人間がいると分かった以上魔術による副産物を市場に流すのは危険度が高すぎた。

 

「いや、魔法師たちと同じ道を辿る必要も無い。試作品は完成したんだから、魔力と想子のハイブリッドシステム……」

 

 腕輪型のCADから模倣した形の、魔力を用いた魔法を可能にする魔力駆動式CADだ。非物質であるという点で魔力と想子は共通した性質をもっている。

 CADの中枢部品たる感応石は、想子波動を電気信号に変換し、電気信号を想子波動に変換することができる。ならば電気信号を魔力で出力できれば、魔力を使って起動式を組み立てることができるのではないか。

 その仮説を証明するための実験作だ。

 

「魔術回路オン」

 

 同時に思考分割六つと高速思考を全力稼働。今の四条は擬似的な未来予測まで可能なほどの処理能力を、ただ目の前の実験に全て注ぎ込む。

 

【魔力式CADへの魔力供給開始】

【魔力を電気信号へ変換】

【起動式を展開開始――】

 

 咄嗟に四条が腕でガードした次の瞬間、バチッ、という火花が飛び散り魔力を注がれたCADは破片を撒き散らしながら爆散した。

 防御用礼装を身につけていたので身体的なダメージは皆無、工房内なので部屋の外への影響もなかっただろう。

 

「くっ――!」

 

 魔力式CADが爆散した時から、魔法演算を担当していた二つの仮想思考にノイズが発生した。

 原因不明のノイズが治らないとみるや、その仮想思考をすばやく切断する。

 

「……実験は失敗、か」

 

 恐らく仮想思考に発生したノイズは普通の魔法師なら魔法師としての能力に深刻な傷を与えるものだったはずだ。魔法の演算は魔術と同じほどに繊細なもの、こんな力技で実験を続けられるのは四条だけだろう。

 瞼を閉じて椅子にもたれ掛かる。

 

「魔術の方の研究は順調。だが魔法の道のりはまだまだ遠い、か」

 

 すでに部屋一つが四条が作った魔術礼装でいっぱいになっている。失敗作ではない、成功作だ。本来の目的である魔術の方は何の障害もない。

 ――ないというのに、四条の心には妙な燻ったものが残っていた。

 

 ※※※

 

 昼休み。生徒会室で達也は深雪がつくった弁当をじっくりと味わっていた。

 深雪は四条も誘ったらしいが、割りと本気でやんわりと拒否されたようだ。確かに四条の性格を考えるならわざわざこんな所に来るようなことはしないだろう。

 

「しかし欠員補充が間に合って助かった。いつもこれからの時期は各クラブの新入生勧誘で騒がしくなるからな」

「デモンストレーションとしてCADの携帯も許可されるとなれば、まぁそうなるでしょうね」

「あぁ、殴り合いから魔法の撃ち合いまで例年通り無法地帯のようになるだろう」

 

 魔法科高校において部活動、特に魔法競技の実績は各校の評価から個人の評価まで様々に作用する。有力な新入部員の獲得は各部の勢力図に直接影響をもたらすものであり、重要課題なのだ。

 学校側も入部率を高めるため魔法行使などを黙認している節がある。

 

「君には期待しているぞ?」

「各部の標的は一科生でしょう。俺はあまり出る幕はないと思いますが」

「遠慮はいらんよ。即戦力として期待している」

 

 すっぱりと却下された。こうなると二の句も告げず、達也は諦めの息を吐いた。と同時に何か思いついたように摩利を見つめる。

 

「それなら秀次をサポートに付けても構いませんか?」

「む? まぁ元よりそのつもりだったから彼がいいのなら構わないが、君なら単独でも十分ではないか?」

「いえ、秀次には色々と助けてもらおうかと思いまして」

 

 ニヤリと笑う達也は、少し悪い顔をしていた。

 

 

 

 場面は変わり、昼休みの中庭。

 昼食は軽く済まして四条はぶらぶらと校内を徘徊していた。癖というか習慣というか、四条は放浪癖のようなものがあった。特に考え事をしている時はアトラス院の工房内を無意識のうちにぐるぐると歩き回ることも少なくなかったほどだ。

 そんな訳で昨夜の魔力式CADの試作品が失敗した理由について考えるため、こうして四条はふらふらと校内を歩いているのだった。

 

「何が駄目だったんだろー……。やっぱりこっちの技術と魔力は相容れない存在なのか……」

 

 魔術が使いにくい原因は魔術基盤の不安定さによるものと仮定できたが、そもそも世界という規格に魔術が適合していないという可能性も否定出来ない。

 

 そうやって無意識で徘徊していると、いつの間にか校舎裏まで来てしまっていた。元々高等学校というよりは大学のような出で立ちのせいで、色々と校内図は複雑になっているのでこういう人気のない影の部分も少なくない。

 

「午後の授業が始まる前に帰らないと、ん?」

 

 普段は滅多に人が通らないはずの校舎裏で、こそこそと携帯端末で会話する男子生徒を見つけた。わざわざ昼休みにこんなところで密談をしている時点で怪しいものだが。

 

「まぁいいか」

 

 四条はすぐに興味を無くして特に何をすることもなく立ち去ったのだった。

 

 

 

 放課後、風紀委員会本部。

 気は進まなかったが深雪に、お兄様が放課後風紀委員会本部にちゃんと来るようにと仰っていました、などと釘を刺されれば仕方ない。

 後で達也には文句を言おうと、風紀委員会本部の扉を開いた。

 

「いくらなんでもそれは非常識だろう」

「なにぃ!」

 

 森崎が達也に掴みかからんとする現場に出くわした。達也が絡むと大体揉め事が起こるのは何故なんだろう、という現実逃避的思考に入り込もうとする頭を何とか引っ張りあげる。

 

「なに揉めてるんだ、達也?」

「いやなんでもない。ただの突っかかりだ」

 

 達也の言葉が森崎の更なる興奮を招く。だが。

 

「新入り、早く席につきたまえ」

 

 摩利の一言によって三人とも口をつぐみ、大人しく席に座った。最下級生なので仕方が無いが、下座で向かい合った達也も森崎の無言の睨み合いは続いたが。

 

「今年もあの馬鹿騒ぎの一週間がやってきた。風紀委員会にとっては新年度最初の山場となる。今年は幸い卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう、立て」

 

 三人の新入生、と言っても表情は見事に違う。

 緊張を隠そうともせずそれを熱意の表れとする森崎、落ち着きながらも肩の力を抜きすぎているような達也。

 上下に厳しいタイプなら森崎が好ましいだろうし、実力主義なタイプには達也が頼もしく見えるだろう。

 では四条はというと、恐ろしくどちらにも好まれないし嫌われることもないというところだろう。

 

 三人の中では起立が一番遅く、緊張しているようでそれは何か他のもの向けたようなもので支障があるほどではない、そんな雰囲気を持っていた。

 

「1ーAの森崎駿、同じく1ーAの四条秀次。そして1ーEの司波達也だ。今日からパトロールに加わってもらう」

 

 生まれたざわめきは達也が二科生であることについてだろう。

 

「誰と組ませるんですか?」

「部員争奪週間は各自単独で巡回だが、本人の希望もあって四条と司波だけは組ませることにした」

「役に立つんですか?」

 

 形式上は新入生三人への言葉だったが、それ以上に達也の左胸へ向けられた視線が語っていた。

 一科生にお守りをさせてまでその二科生を入れる価値があるのか、と。

 

「あぁ、森崎と四条は成績も問題ない。司波の腕前に関しては、私は単独でも十分以上に働いてくれると思っているのだが本人が希望したのでね」

 

 摩利の、まるで達也が一科生と同じかそれ以上の力を持っているかのような口ぶりに、ざわついていた周囲が鼻白む。摩利はその様子を見て満足げに頷き。

 

「ではこれより行動に移る。新入りは私から説明するので待機、それ以外の者は出動!」

 

 そして様々な風紀委員会のルールを説明され、事件現場を撮るためのレコーダーも受け取った。その間も森崎はずっと険悪な雰囲気で達也を睨んでいたが。

 

「CADは風紀委員会の備品を用いてもよろしいでしょうか?」

 

 達也の質問は意外なもので、摩利四条どちらも少し驚いた。昨日見た達也のCADは見たこともないほどハイレベルであり、わざわざ備品を使う理由も分からなかったからだ。

 

「構わないが、旧式だぞ?」

「旧式ではありますが、エキスパート仕様の高級品ですよ」

「そうか、そういうことなら好きに使ってくれ」

 

 摩利は達也の説明で納得したようだが、四条は未だに疑問を拭いきれないでいた。

 エキスパート仕様だろうと高級品だろうと、あのフルチューニングCADに勝るとは思えなかった。何か自身のCADが使えない理由でもあるのか、と疑ってしまう。

 

「ではこの二機をお借りします」

「二機? 本当に面白いな、君は」

 

 迷いなく左右の腕に一機ずつ装着する達也の姿を、摩利はニヤリと笑って、森崎は唇を歪めて、四条は冷徹な研究者の目で見ていた。

 

 

 

 風紀委員会本部を出たあと、達也は森崎から謎の因縁をかけられていたようだ。

 

「達也はまだ分かるが、俺まで巻き込まれたのは納得いかないな」

「悪かった、先輩方の反感を抑えるにはこれが手っ取り早いと思ってな」

 

 無論達也がそれだけのためにあんなことをするはずがない。達也の真の目的は、必ず起こるであろう不正魔法使用を取り締まる時に分かる四条の戦闘力の確認、そして何かあった時に一科生である四条が横にいればそちらに目をそらすことが出来るということだ。

 入学数日にしてすでに注目されているなかで、四条を立てておけばひとまず他の一科生からの目も和らぐという目論見だ。

 

「あぁ、それとエリカと回る約束をしていてな。巡回は合流してからでいい、か……?」

 

 達也が言い終える前にエリカ、という名前が出ただけで露骨に嫌な顔をする四条。

 

「もしかして、嫌だったか?」

「いや、なんていうかな。悪い人ではないと思うし嫌いって訳でもないんだが、まだ苦手でな……」

 

 その苦々しい顔に偽りがないことは誰が見ても明らかなほどだ。達也としても、要注意人物とはいえ今のところ何もないただの友人である四条を無理やりエリカと突き合わせるのは気が引けた。

 

「ならエリカとの約束は断るしかないか」

「いやその必要は無い、達也はエリカと回ってやれ。俺は単独で巡回するよ、その方が気楽だし」

 

 達也は深雪以外のことになると途端に鈍くなる節がある。それとも気づいた上なのかは分からないが、流石に女子との約束を破らせるべきではないことくらいは四条にも分かる。

 

「そうか? 悪いな、巻き込んでおいて」

「いいさ、達也なら一人でも怪我はしないだろ。それに達也が一緒に回るって言うなんて、何か事情でもあるんじゃないか?」

「俺は別にいつもそんなに考えてるわけじゃない」

 

 肩を竦めて否定はするが、まぁ嘘だろうなと四条は心の中で即座に否定。その四条の思いも分かってか、達也の言動もどこか白々しい。

 

「それじゃあまた風紀委員会本部で」

 

 手を軽く振り、達也とは別方向へ別れた。幸いにも一人でふらつくことは慣れている四条、特に悩むこともなく適当に巡回を開始した。

 不本意でなった風紀委員とはいえ、これがこの教育機関の一部なら少なくとも与えられた仕事くらいは全うしよう。それに四条に絶対的に足りないもの、経験の差を埋めるには実践が一番だ。

 魔法師たちの魔法戦を特等席で解析できるというのなら、まぁそれほど悪いものでもない。

 

「待て、萬谷、風祭! 新入生を解放しろ!」

「……?」

 

 後ろから突然怒鳴り声が聞こえた。その声の主に心当たりを覚えながら、四条は慌てて振り返る。

 

「摩利のやつ、腕を上げたな!」

「もっとスピード上げるか」

 

 四条の方へと凄まじい速度で走ってくるスケボーに乗った人が三人。

 先頭をスケボーに乗って走る二人は四条には見覚えがなかったが、後ろからそれを猛追するのは風紀委員委員長の摩利だった。

 場面としては分かるが、状況は全く理解できない四条は呆然として近づいてくるスケボー衆を見つめている。

 

「そこにいるのは秀次か! ちょうどいい、多少手荒でもいいからそいつらを捕まえてくれ!」

「はっ?」

「おいおい、摩利の後輩か?」

「新入り風紀委員に私たちが捕まえられるかしら?」

 

 スケボーの速度は魔法で加速されており、軽く自動車ほどはあるだろう。

 こちらの世界に来た最初の時の記憶が不意に蘇り、摩利の指示よりも身の危険を感じた四条は条件反射的に防御用礼装に魔力を通そうとしてしまった。

 

「っ! 違う、こっちだった!」

 

 すぐに気が付きCADの操作に切り替えるが、その魔術師としての一瞬の判断ミスが更なる失敗の連鎖の原因となってしまった。

 

(しまった、やっちまった!)

 

 先ほどの判断ミスのせいで不必要に焦ってしまった四条は、絶対に外での魔法演算に思考分割は二つしか使わないという制約を忘れて三つの思考分割と高速思考まで併用して魔法式の演算をしてしまったのだ。

 自らのミスに気がついた頃にはすでに魔法の演算は終了しており、展開された魔法式がエイドスに干渉し事象を書き換えていた。

 

 スケボーの速度を減速させる魔法だったが、いつもの処理速度でちょうどの座標で変数を入力しているため、当然ズレが生じる。

 つまりスケボーの数メートル前で魔法を発動してしまったのだ。

 二台のスケボーは何事もなかったように、事実何事もなく四条の横を掠めるように通り過ぎていった。

 

(何も無かったから良かったものの、最悪扱いきれずに暴発してたかもしれない……)

 

 自分の手を見つめ、やってしまったミスを省みる。

 

「今の彼、凄い処理速度だったね」

「まだ安定性に欠けてたけど、鍛えれば化けるわね。彼もSSバイアスロン部に欲しいところだけど、今はこの子達を届けてからにしましょうか!」

 

 摩利の猛追から逃げながらスケボーに乗る二人。SSバイアスロン部OGの風祭と萬谷は、後輩のために有望な新入生を勧誘のために強制輸送中だった。

 そうして輸送中――小脇に抱えられている――のは四条のクラスメイトであるほのかと雫。二人共部活勧誘で囲まれているところを、目をつけていた風祭と萬谷に確保されたのだ。

 

「おい四条、付いてこれるか? 二人の確保に協力してくれ」

「あ、はい!」

 

 ひとまず自責の念は置いておき、思考分割を二つに直して高速思考を切ってからCADを操作。

 走る時のキックするときの加速力と減速力を増幅させる魔法を用いて二人を追いかける摩利の後に続いた。

 

「委員長、何故かクラスメイトが抱えられていた気がするのですが」

「捕まえられてた二人は知り合いか? あいつらOGのくせに新入生を奪取してな、好きにはさせんぞ!」

 

 より一層速度をあげて風祭と萬谷の後を追いかけるのだった。

 

 

 

「おいバイアスロン部! おまえたち在校生もグルなのか?」

「いえ、私達は無関係です!」

 

 結局最後まで風祭と萬谷を捕らえきれず、ほのかと雫はバイアスロン部の元へ届けられて首謀者兼実行犯の二人は何処かへと逃走していった。

 

「ほのか、雫、お前達はどうする?」

「雫がちょっと興味ありそうだし、私も説明だけ聞いていこうかなって」

「そうか」

「秀次くんは?」

「俺は風紀委員の仕事に戻るよ。それじゃ、また後でな」

 

 何かに感化されたのか、妙に目を輝かせる雫。四条は何となく、このままバイアスロン部に雫が入部して、流れでほのかも入るような気がした。勘だが。

 

「委員長、どうしますか?」

「二人のことは私が対処しておく。君はいつも通りの巡回に戻りた――ん、達也はどうした?」

「あー、えっと」

 

 本当のことを言うべきか言い淀む四条。真実を言えば間違いなく摩利は達也のことを揶揄うだろう。

 

「あぁいい分かった。あいつのことだ、また色々とやっているんだろう」

「……助かります」

 

 摩利は何か勘違いしたようだが好都合、そのまま頷いておいた。

 

「秀次」

 

 巡回に戻ろうとする四条を呼び止める摩利。

 

「さっきの魔法、君は処理速度が驚くほど速いようだ」

「……焦って雑に処理しただけです、魔法も発動しなかったでしょう?」

「いや、発動はしていた。座標変数の設定を間違えただけだ」

「同じことです」

 

 背中で冷や汗を流しながら表では肩を竦める。何だか達也に似てきたな、と密かに四条は思っていたりもした。

 対して摩利はニヤリと笑いながら。

 

「もし変数入力が苦手なら特化型CADを使うのはどうだ? あれは汎用性は無くなるが、座標変数なんかを代わりに入力してくれるからな。上手く使えば、魔法実技でトップだって狙えるんじゃないか?」

 

 何かを見透かしたような瞳。困ったような笑顔を作るが、今の自分がしっかり取り繕えているかは分からない。

 久しぶりに心臓の動悸が速まっていく。

 

「……検討しておきます」

「そうか、ではな」

 

 思ったよりもあっさり引いてくれた。

 だが摩利が去った後も、四条の汗は止まらずに流れ続ける。

 

「この学校の生徒達は――優秀すぎるぞ」

 

 それは四条の本心からの一言だった。

 

 

 

 

 

 

 




多数の感想と評価と誤字修正ありがとうございます。
それと私、三点リーダについて話しすぎじゃないですか?もう三点リーダが予測変換に出ちゃうんですよ、三点リーダ。

※投稿した数話で、三点リーダのみ修正して下さった心優しき皆様、ありがとうございました!


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入学編Ⅳ

大分更新が空いてしまい申し訳ありません。エタったわけではありませんよ!


 その後はとくに記すべきこともなかった。

 何やら達也が呼ばれてどこかへ連れていかれたが、四条は簡単な報告のみで特に呼び出しなどもなかった。

 達也には先に帰って良いと言われていたので、一人ぼうっと空を見ながら通学路を歩いていた。

 

(達也はまた何かしたんだろうな。あいつのことだ、きっとまた新しい厄介事を作りながら事件を解決したに違いない)

 

「⋯⋯なんだろう、俺何を考えているんだ?」

 

 はたと足を止め、四条は自分自身に疑問を抱いた。

 いつもは研究のことで一杯のはずで、他のことを考えている余裕などないはずだ。それに研究より考えることがあるわけがないのだ。

 だというのに、四条の心の中に残り続けるもの。

 

「アトラス院にいた時は、こんなことなかったのに」

 

 もう一年以上前になってしまったが、その頃の記憶は鮮明に思い出せる。

 朝起きて研究して昼ご飯食べて研究してシャワー浴びて研究して寝る間も惜しんで研究する。

 根源へ至るためなら、親の夢を引き継ぐためならそれも苦ではなかった。

 

「⋯⋯親?」

 

 記憶の中にノイズが混じる。

 それ以上昔に遡ろうとすると、何故か何の記憶も出てこない。代わりにノイズのようなものが生まれるばかりだ。

 今まで自分の指針であったはずのものが、まるで最初から無かったかのように歪んでいく。

 

「一体どうしてしまったんだ、俺――」

 

 星の瞬く夜空を見上げる。

 

「さすがに一年も見てると、飽きるな」

 

 そう誰に言うでもなく零したのだった。

 

 ※※※

 

「何事ですか!」

「遅いぞ秀次!」

 

 四条の疑問に対して摩利が怒声で答える。

 学校で普通に授業を受けていると、急にすっ飛んでこいとの連絡を受けたのだ。

 遅いと叱られる言われはないと思うが、同じ新人の達也がすでに到着していたのだから文句も言えまい。落ち着いてもう一度聞き直す。

 

「申し訳ありません。それで、何が起こったのですか?」

「一部の生徒達が結託し、放送室を占拠してしまったのだ。すでに回線は遮断しているが、そのまま引き篭もってしまってな」

「それは⋯⋯十分すぎるほどの犯罪行為では?」

 

 聞けばマスターキーも盗み出されたようで中にあるのだという、学生のやっていることとはいえ許される行為ではないだろう。

 これがもし普通の学生というのならまだ可愛いものだが、相手は未熟ながらに魔法という兵器を持つ魔法師だ。

 下手をすれば死傷者まで出るかもしれない。

 

「ちなみに相手は何と?」

「我々は学内の差別撤廃を目指す有志同盟である。と言ってその名の通り、学内の差別撤廃を求めている」

「有志同盟、ですか」

 

 これに対して四条は苦笑を隠せない。見れば達也も大体同じような感想のようだ。

 

「達也はどう思う? 俺は今すぐにでも扉を吹き飛ばして確保するべきだと思うが」

「それには俺も同感だ。しかし⋯⋯」

 

 ちらりと達也は先輩達、つまりこの場の指示権を持つ人達を見た。

 どうやら先輩の間でも方針の対立によって膠着状態となっているようだ。緊急事態においてはあまり良くない状況だろう。

 

「十文字会頭はどうお考えなんですか?」

 

 達也が意外にも切り込んだ質問を投げかけた。

 

「俺は彼らの要求に応じても良いと考えている。この場でしっかりと反論することが、後顧の憂いを断つことにもなる」

「ではこの場は待機、と?」

「それについては決断しかねている。不法行為を放置すべきではないが、学校施設を破壊してまで性急な解決を要するほどの犯罪性があるとは思えない」

 

 つまり強引な事態収拾は図らない、という結論に落ち着いたようだ。

 これに対して四条は自分の常識との違いに軽く驚いた。

 

「寛大ですね。俺の元いた所なら、こんなことをすればまず間違いなく殺し合い。良くて普通に殺される、でしょうか?」

 

 アトラス院に限らず、魔術師が他人の工房に少しでも足を踏み入れれば容赦なく言い訳すら言う暇もなく殺されるだろう。

 放送室はそこまで厳重ではないのだろうが、どの道魔術師達の公共スペースを占領ということをすればタダでは済むまい。

 こちらの魔法師というのはやはり魔術師とは根本的に全く違うということなのだろう。

 

「君はどんな紛争地帯にいたんだ⋯⋯」

 

 摩利の唸るような声。同時に四条の周囲の人間の目が冷ややかなものに変わりつつあることを即座に感じ取った四条は慌てて言葉を継ぐ。

 

「冗談です」

「目が笑っていなかっただろうが!」

「冗談です」

 

 頑として真顔でそう言い放つ四条に、大きなため息をつく摩利。

 

「全く、達也君といい冗談が下手すぎるぞ⋯⋯」

「それは心外です」

「君も変なところで突っかかるな⋯⋯」

(危ない危ない。ちょっと気を抜くと余計なことを喋ってしまう。常に気を配らなければ)

 

 内心で四条は冷や汗を滝のように流しながら、何とか作り笑いをうかべる。

 

「それでは十文字会頭、学校施設を破壊しなければ、このままの膠着状態を望んでいるわけではない、ということでいいですか?」

「その通りだ」

「分かりました」

 

 達也は頷き、内ポケットから携帯端末を取り出して音声通話モードを立ち上げた。

 

「壬生先輩ですか? 司波です」

 

 ぎょっとした視線が突き刺さる。

 

「今どちらに? はぁ、放送室に居るんですか。それはお気の毒です」

 

 わざわざ余計な一言を足してしまう達也を細目で見る四条だが、自分も人には言えない立場だと身にしみているので何も言わない。というか言えない。

 

「それで、十文字会頭は交渉に応じると⋯⋯はい。というわけで交渉の打ち合わせをしたいので⋯⋯いえ、先輩の自由は保証します。我々に牢屋に閉じ込めるような権限はありません。では」

 

 通話ユニットを耳から外し、携帯端末と一緒にしまいこんだ。

 

「すぐに出てくるそうです」

「流石だな達也。よし、俺はいつでもいける」

「ま、待ってくれ。君たちは一体何の話をしているんだ?」

 

 頭にクエスチョンマークでも浮かんでいそうな顔で達也と四条を見つめる摩利。

 何を言っているんですか? という顔で二人は摩利を見返した。

 

「達也が折角扉を開けてくれたんですから、中のヤツらを拘束するんですよね。あれ、違ったか達也?」

「それで合っている。CAD以外の武器を携帯している可能性も考慮しないとな」

「⋯⋯君はさっき、自由を保証すると言っていなかったか?」

「俺が自由を保証したのは壬生先輩だけですが」

 

 摩利も鈴音も、あの十文字克人でさえも呆気にとられたような顔をする。

 

「そもそも口約束を守る必要もないでしょう。相手は紛うことなき、不法行為を行う違反者なんですから」

 

 四条もさらに続けて、あっけらかんと言い放ったのだった。

 

 

 制圧作業は驚くほどスムーズだった。

 放送室にいたのは壬生紗耶香を含めて五人。全員素直に達也の言葉を信じて、マスターキーまで自分達が持っているからの油断なのかCADの起動準備すらしていなかった。

 沙也加が扉を開けた瞬間、問答無用で押し開けて侵入。四条も適当に目についた男子生徒にCADを突きつけて接近、そのまま押さえつけた。

 あの死にそうなほど多忙だった部活勧誘週間の成果なのだろうかと、四条は喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙な感情であったが。

 

「私達を騙したのね!」

 

 向こうでは沙也加が達也に飛びつきそうな勢いで叫んでいるが、四条はさほどそちらに興味はなかった。

 どうせ達也なら何とかするのだろう、という信頼のような諦めのようなものがすでに四条の中で確立しているからだ。

 

「ふざけるな風紀委員の犬どもめ! 離せ!」

 

 何より手の下で暴れながら罵声を浴びせてくる男子生徒の方に気を使わなくてはいけないからだ。

 手を緩めて逃がすのは論外だが、必要以上に力を加えて余計な傷を与えるのも風紀委員としては失格らしい。

 何故そこまで違反者に優しいのか四条には未だに分からないが、それがルールなのだから仕方がない。

 

「はいはい、あんまり暴れないでください。この手をへし折りますよ」

 

 真顔でそう言われた方は余程の恐怖だったのか、ひとまず大人しくなってくれた。

 

「⋯⋯十文字君。彼らを放してあげてもらえないかしら」

 

 扉の方から聞き覚えのある声がしてそちらへ顔を向ける四条。そこには予想通りの小柄な影、生徒会長七草真由美の姿があった。

 

「壬生さん一人では交渉の段取りも出来ないでしょう」

「⋯⋯」

 

 どうするべきかと悩みながら見ていると、四条と真由美の視線がバッチリと合った。そしてウィンク。

 それに含まれた意味を理解し、四条は組み伏せた男子生徒から手を離して解放した。他の風紀委員もそれに続く。

 

「壬生さん。これから貴方達と生徒会の交渉に関する打ち合わせをしたいから、ついてきてもらえるかしら?」

「⋯⋯えぇ、構いません」

「じゃあ達也くん、深雪さん、貴方達は今日はもう帰ってもらっていいわ」

「⋯⋯それでは会長、失礼いたします」

 

 深雪と達也は一礼の後扉を閉めた。

 しかし風紀委員としては一応拘束はしないといっても監視をしないわけにもいかない。四条はCADからは手を離さず、占拠メンバー達を睨み続けていた。

 

「秀次君、君ももう帰って構わないぞ。後は我々二、三年生で対処しよう」

「そうですか? では、失礼します」

 

 摩利に言われるがままに、四条も放送室を後にしたのだった。

 怒涛の勢いで進んだ放送室占拠事件は、生徒会と生徒側で話し合いをするということで、一応の集結を迎えた。

 

 

 

「お疲れ達也」

「あぁ、お疲れ様。しかし放送室の占拠とは思い切ったことをやってくれたな」

「あの生徒達の処分はどうなるのでしょうか?」

「生徒会長のことだ、真剣に正面から話し合いをするだろう。それにそれが解決への一番の近道だからな」

 

 途中まで通学路が一緒なので、あまり二人の兄妹の間に入るのははばかられたが是非というので三人で歩いていた。

 

「一科生と二科生の差別の撤廃、か」

「秀次さんはあまり気にしませんよね、そういうこと」

 

 一瞬何か怪しまれたかと思ったが、少なくとも好意的に見える深雪の視線を見て胸を落ち着かせる四条。

 

「こういう差別的思想はどの時代どの世界でも無くならないからな。学校教育で直るものでもあるまいし、無駄なことだと思うがな」

「秀次は入学式の時もそんなことを言っていたな」

 

 その達也の言葉に驚いたのは深雪だった。

 

「入学式ですでに知り合っていたのですか!」

「あぁ深雪には言ってなかったか。深雪と別れた後本を読んでいたら、秀次が話しかけてきてくれたんだ」

「今思い返すと読書の邪魔をしたかな、と後悔してる」

「そんなことはないさ。まぁその後の行動には少し驚かされたが」

 

 肩を竦めて笑う達也と四条。話についていけない深雪は少しふてくされていたが、詳しい話は後で達也がするだろうと考えていた。

 なによりその話をするにはもう時間が無い、すでに帰路の分かれ道なのだから。

 それに何より、今日は達也に言うべきことがあったのだ。

 

「⋯⋯なぁ達也。達也ってCADとか魔法工学って得意だよな?」

「得意といえば得意だが⋯⋯」

「ご謙遜なさらなくてもいいではないですか! お兄様のCADの調整はいつも完璧です!」

 

 歯切れの悪い達也を妙に嬉しそうに褒める深雪。いつもの構図といえばそうだが、今の四条にとってはそれが何よりありがたかった。

 

「なら一つ、頼みがあるんだが――」

 

 

 

 ※※※

 

 放送室占拠から数日後、事は講堂を使っての生徒会と生徒達の公開討論会にまでなっていた。

 占拠事件から同盟(学内の差別撤廃を目指す有志同盟の略称)の活動は一気に活性化し、授業以外の時間に賛同者を募る同盟メンバーで校内が溢れていた。

 しかしまさかここまでのことになるとは四条は考えていなかったので、講堂討論会の連絡を受けた時は大いに驚いた。

 そしてその護衛というか、監視のために風紀委員が駆り出されることを聞いて倒れ伏したというわけだ。

 

「風紀委員は別途の手当をもらうべきでは⋯⋯?」

 

 などと益体もないことを考えながら、講堂の中をぐるりと見回した。

 実に全校生徒の半数が集まっており、舞台袖からでもなかなか壮観たる景色だ。

 ちなみに四条の仕事は真由美と討論する同盟メンバーの三年生四人を監視することだが、風紀委員の三年生が横に控えているのでそうそう何かすることはないだろう。

 

 反対側の袖にいる達也達から目で合図される。即ち討論会の開始だ。

 

 

 

 結論からいえば、このパネルディスカッション方式の討論会は生徒会、というより真由美の圧勝に終わった。

 元々扇動活動を行っていたような同盟が表舞台で正面からの対決という場に引きずり出された時点で、敗北は決まっていたのだ。

 討論会はやがて真由美の演説会へと変化していき、講堂には真由美の最後の一言によって満場の拍手が鳴り響いていた。

 今、この瞬間、この場所だけは、ブルームやウィードという壁が取り払われていたのだ。

 

 

 

 そしてそれは驚くほど脆く、早く瓦解した。

 突如轟音が講堂の窓を震わせ、拍手という一体行動に身を委ねていた生徒達の方が一斉に飛び跳ねる。

 そして一般生徒の戸惑いの声よりも早く、風紀委員が一斉に動いた。

 流石というべきか、四条よりも一足早く動いた三年生の風紀委員が目の前の同盟メンバーを押さえつけた。

 見ればすでに四条が目星をつけていた同盟メンバーのほとんどが制圧されつつあった。

 

「くそっ!」

 

 目の前の押さえつけた同盟メンバーが袖から仕込みナイフのようなものを取り出す。

 

「危ない」

 

 占拠事件の経験からCAD以外の武器を携帯してくることを予想していた四条は、迷いなく握った手ごとナイフを蹴り飛ばした。

 悲鳴をあげてナイフを手放す同盟メンバー。

 

「助かった!」

「いえ、ここはもう大丈夫ですか?」

「あぁ、予定通り他の場所の鎮圧に向かってくれ」

「了解」

 

 第一高校への外部勢力による侵入、奇襲攻撃という前代未聞の事件が幕を開けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 




なかなか時間が取れず、遅くなってしまいました••••••。もうストーリー忘れたわ! という方、すいません!
これからも更新は続けていきますので、どうかよろしくお願いします。
それでは皆様良いゴールデンウィークを。


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入学編Ⅴ

「やっぱりというか、セキリュティの甘さがここにきて出たな。アトラス院の迷宮とまでは行かなくてももう少し危機感を持った方がいいだろうに」

 

 そう四条は呟きながらも頭の中では理解していた。

 ここは最高レベルの魔法科高校。それに伴って授業のレベルも比例して上がり、その魔法実技を扱える一流の魔法師である教師が常駐している。

 小国の軍隊程度は単独でも退けられる力を持つこの学校に襲撃するものが現れるなど、誰も警戒していなかったとしても仕方がない。

 

「それよりも今は対処の方が先か!」

 

 ゲリラに対するCADの使用は全種解禁されている。魔法的な加速を受けて駆けつけたのは、四条が担当を任されていた実技棟だ。

 すでに実技棟を取り囲むように複数の人影、そして爆発音と共に壁から炎が吹き上がった。

 

「小型炸裂焼夷弾!? こいつらどこまでの大きさの組織なんだ?」

 

 動揺は顔には出しつつも、CADを動かす指に迷いや揺れは現れない。

 電気工事の作業員のような格好をした男を吹き飛ばして壁に激突、そのまま男達は倒れ込んだ。

 それを確認すると急いで実技棟の鎮火へあたろうとするが。

 

「フリーズ・フレイム」

 

 四条がCADを操作するよりも早く、後ろから放たれた魔法が一瞬で炎を消し去った。

 これほどの魔法を使える魔法師は、この魔法科高校といえどもそうそういない。四条が知る中で生徒では唯一人だが、その一人はこちらの場所が担当ではない。

 つまりこの魔法の主は。

 

「木崎先生!」

「大丈夫か、四条君」

 

 振り返ると四条の想像通りの人だった。魔法科高校の教師で、何度か魔法実技の授業も受けもってもらっていた。

 男性で強面だが教え方はとても丁寧な人で、振動減速系魔法を得意とする人だ。

 

「今の敵の戦力配置は分かりますか?」

「不明だ。今教師達で鎮圧行動と情報収集を並行してやっている。洗い出されるのも時間の問題だろう」

 

 流石に事態への対処は早い。木崎先生の言う通りならば、ここからゆっくりと収束に向かっていくだろう。

 

「何か指示はありますか? なければ私は私で状況を見つつ動きますが」

「CADを持っていない一般生徒達の援護と誘導を頼みたい。ゲリラは私達教師で何とかするが、誘導の方は人手が足りなさすぎる」

「了解しました」

 

 後ろから聞こえる爆音と、人が薙ぎ倒されていく音を背に四条は本棟へと向かった。

 

 

 

 

 本棟の中には以外にもゲリラは少なく、ほとんどの生徒達は無事避難、或いは戦闘へと加わっていた。

 四条は残った生徒達を警護しつつ、一時避難所となっている講堂へと走っていた。

 

「慌てないで下さい! ゆっくりで大丈夫ですから!」

 

 集団の場合で一番避けたいのはパニックによる暴走だ。急かしつつも焦らせないように、ゆっくりと校内を移動させていく。

 幸いにもほとんどのゲリラはすでに倒されて道端に転がっており、遭遇戦は起こっていない。

 

「このまま何事もなく終わってくれればいいんだが••••••」

 

 講堂まであと少し――その時だった。

 

「後ろ、危ない!」

 

 避難の列にいた二科生の少女が叫び、四条が後ろを振り返ろうとした時にはすでにゲリラの男の魔法式の構築は終了していた。

 

「しまった、まだ意識がある奴がいたか!」

 

 想子を感じ取れる魔法師なら分かったのだろう、事実二科生の生徒ですら気づいたのだ。

 しかし四条にはそれが出来ない。

 

「だめだ、間に合わな――」

 

 シングルアクションの魔術ですら、追いつかない。

 スローモーションのように流れる視界の中、放たれた魔法は危険を伝えようとしたばかりに狙われてしまった二科生の少女へと••••••。

 

「させるか!」

 

 魔法発動のほんの直前、魔法式が吹き飛ばされゲリラの男も後方へ飛んだ。

 

「ぼうっとしてるな、早く講堂に!」

 

 そこには入学式に見た特化型CADを持つ森崎の姿があった。

 

「助かった森崎」

「礼を言われるほどのことじゃない」

「いや、森崎のクイックドロウだからこそ間に合ったんだ」

 

 四条の本心からの褒め言葉だったが、森崎は怒ったのか困ったのか黙って顔を背けた。

 

「それにしても二科生もちゃんと助けるんだな」

「当たり前だ。俺達は一科生なんだ、二科生に負けてなんてられない」

「そうか••••••そうだな。達也には負けてられないな!」

「だ、誰があいつのことなんて言った!」

「なんだ、違うのか?」

「いや違うとは言わないが••••••」

 

 まごまごとしてはっきりしない森崎。しかしゆっくりとその答えを待っているほど、状況はまだ落ち着いてはいなかった。

 爆発がまたも数度。

 

「森崎、急いであっちに向かうぞ」

「あ、あぁ!」

 

 生徒達の避難を終わらせると、一息つく間もなく今度は爆発音のする方向へと走ったのだった。

 

 

 

 

 出来るだけ早く激戦区へ駆けつけたい四条と森崎だったが、如何せんゲリラの妨害に手間取り上手く進めない。

 かと言って無視するわけにもいかず、結局目に付いた敵から排除していっていた。

 

「森崎後ろだ」

「右から来るぞ四条」

 

 淡々と処理していく二人。ナイフや銃で武装しているといっても所詮は素人、CADを持った魔法師に勝てる道理もない。

 

「このままゆっくりと••••••ん、あれは。レオ!」

「おぉ秀次、良いところに! ちょっと手伝ってくれないか、こいつら倒しても倒してもどこからか出てきやがってな」

 

 硬化魔法を展開した拳でゲリラ達を殴りつけるレオの姿があった。

 硬化魔法は衣服にも展開されていて、さながら鎧を着た戦士のようだ。

 

「分かった。達也たちはどうした?」

「達也たちなら図書館に向かったぜ、何でもそっちが相手の狙いらしい」

「図書館か、なるほどな」

 

 レオに後ろから襲おうとする男を吹き飛ばしつつ、状況の把握。

 

「秀次は••••••げっ、そいつと一緒かよ」

「それはこっちのセリフだ」

 

 森崎の顔を見るや露骨に嫌そうな顔をするレオ。入学式以来の因縁は未だに続いていたようだ。

 

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。早くこいつらを蹴散らして達也の援護に向かうぞ!」

「おうよ! パンツァァー!」

 

 レオの音声認識のCADが雄叫びに反応し、レオを魔法の鎧で囲う。

 そしてその拳で放たれる一撃は、加速術式を使っているものと遜色がないほどの威力を発揮する――はずだった。

 

「なんだこりゃ!」

 

 レオが叫ぶと同時に、大きく後方へ下がって間合いを取った。

 

「なんだこれ!」

 

 そして森崎も似たような奇声をあげた。その原因は二人共同じものだった。

 そして四条も同様、魔法式を構築しようとするがどうにも上手く作用しないのだ。

 

「魔法が使えなくなったぞ!」

「これは、キャストジャミングなのか?」

「森崎、これが何か分かるのか?」

 

 実質的に丸腰となった三人は互いに背をつけてゲリラの様子を伺いつつ、森崎に尋ねた。

 

「キャストジャミングは魔法式がエイドスに干渉することを阻害する想子波動だ。だがこれにはアンティナイトという特別な鉱石が必要だったはず••••••」

「発信源は分かるのか?」

「分からない、そもそもこれが本当にキャストジャミングなのかも••••••」

 

 答えを出す暇もなく襲いかかるゲリラの攻撃を何とか躱す四条。

 魔法が使えないとなると魔法師などただの人間。武器を携帯しているゲリラとの交戦は危険が大きすぎる。

 

「一度撤退して様子を見るか」

「それしかないか。ひとまず魔法が使えるまでは••••••」

 

 レオがそこで言葉を切り、何度か拳を握っては開いてを繰り返す。

 

「何だか空気が変わった気がするな。これがキャストジャミングなのか?」

 

 魔法師にしか分からない感覚なのだろう。

 似非魔法師である四条には使えなくなった時も使えるように戻った時も何の変化も感じなかったのだから。

 

「なんだかよく分からんが••••••パンツァー!」

 

 もう一度硬化魔法をかけ直す。今度は魔法式はきちんとエイドスを書き換え、情報が更新されていく。

 

「よし、これならいける! さぁもう一勝負だ」

 

 

 

 

 

 数十分後、表だった騒乱は全て鎮圧された。結局達也への援護は間に合わなかったが、どうやら必要もなかったらしい。

 教職員らによる迅速な対応によって、警察への侵入者の引渡しもすでに始まっていた。

 役割をひとまず終えた四条たち風紀委員は、残党がいないかを確認するためにバラバラになって校内を巡回している。

 

「結局敵の狙いも何も、分からずじまいか」

 

 独り言を呟きながら、四条はあてもなくふらふらと教職員が使うための駐車場に足を運んだ。

 

「ん」

「秀次」

 

 そこには司波兄弟にエリカとレオ、そして十文字克人の姿があった。

 オフロードタイプの大型車に次々とその面々が乗り込んでいく中、四条の存在に気がついた達也が歩み寄ってくる。

 

「何してるんだ?」

「今からブランシュの拠点を叩く」

 

 達也の答えは非常に簡素だった。

 

「ブランシュってのは?」

「今回の襲撃の犯人だよ」

「なるほどね」

 

 どうやってそのアジトを突き止めたのか、など聞きたいことはあったが今はそれをのみ飲んだ。

 

「どうする、秀次も来るか?」

「いや遠慮しておく。俺は足でまといになるだけだ」

 

 達也としてはまだ警戒を解いていない四条の力を測りたいという思いを含んだ提案だったが、四条はそんなことを考えることもなく答えた。

 意味がない。

 いつもはなし崩し的なものや仕事だからやっているが、今回のことについては全く関係がない。

 言ってしまえば四条にとっては無駄な労力なのだと、合理主義な錬金術師は叫ぶ。

 だと言うのに四条の心にはもやもやが残っていた。

 

「そうか。俺はそうは思わないが、無理にとは言わないからな」

 

 それだけ言い残して車へ向かう達也。その後姿を見て、四条はある言葉を思い出した。

 

 ――達也には負けてられないからな

 

 自身の言葉を。

 

「••••••達也、ちょっと待った! やっぱり俺も連れていってくれ」

 

 達也はそれに、車を指さして答えたのだった。

 

 

 

 

 

 レオの硬化魔法がかけられた大型車は閉ざされた工場の扉をいとも簡単に突き破った。

 

「お疲れ、レオ」

「なんの、チョロいぜ」

 

 そうは言いつつも車から降りたレオの額には脂汗が滲んでいた。

 高速移動する車を一瞬硬化させるという荒業をやってのけたのだから、当然だ。

 

「レオとエリカはここで待機して退路を確保、逃げる奴を始末だ。会頭と桐原先輩は裏口から、俺と深雪はこのまま正面から、秀次は」

「俺は上から行く」

 

 達也の指示を待たない秀次の言葉に、あえて達也は黙って頷いた。

 そして各々が行動を開始する。

 

 

 ※※※

 

 事件は呆気なく幕を閉じた。

 何をしたのか四条は知らないが、悪魔でも見たような顔で走ってきたブランシュのリーダーらしき男だったが、その先の部屋にはすでに屋上から侵入した四条が待ち構えていた。

 後は四条が投げ飛ばし、激怒した桐原が腕を切り落として終わりだった。

 

 

「それにしても珍しかったな、秀次が自分から事件に入ってくるなんて」

「そうですね、あえて関わる理由もなかったのに」

 

 後始末は克人が済ませてくれている。

 警察に身柄が引き渡されていくのを見守りながら、三人は命がやり取りされるような戦闘があったとは微塵も感じさせない雰囲気で話していた。

 

「いや、俺も達也には負けてられないと思ってな」

「秀次は俺よりももう十分優秀だと思うんだが••••••」

「謙遜は過ぎると嫌味になるぞ。今回の事件を解決したのは間違いなく達也だ、もっと誇れよ」

「そうです、お兄様はもっと堂々としているべきですよ!」

 

 秀次の一言のせいでまた目の前で始まった兄弟のイチャつきをスルーして、四条は茜色に染まる空を見上げた。

 まったく合理的ではない自身の行動を振り返って、しかしどうして四条の心は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドン時計塔。

 白髪に白髭を蓄えた、もう老人と言えるだろう年齢の男が手に持つ宝石を様々な方向から覗いていた。

 

「この光は••••••」

「どうしました?」

 

 老人の怪訝そうな声に、長髪の男が反応する。それは気遣いなどではなく、単なる危機感知センサーが働いた故のものだったが。

 

「これは、儂にも見えぬ世界か」

「大師父でも見えない世界、と?」

 

 今度に怪訝そうな顔をするのは男の方だった。老人はくっくっと笑い、その宝石をじっと見つめた。

 

「面白い。これは平行世界ですらない、異世界かのぅ? ならばそこに通じる穴を開けた何者かがおるということか」

「いかがなさるおつもりですか?」

「どうにもならんな。今の儂にはここまで手が出せん」

 

 老人は椅子から立ち上がり、手に持つ宝石をローブのどこかへとしまいこんだ。

 

「だがしかし、ここからどうなるかはまだ分からんがの」

 

 彼の者は死徒二十七祖第四位。

 宝石翁、カレイドスコープなど数多の二つ名を持つ現存する魔法使いの一人。

 

 魔道元帥キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これでようやく入学編終了ですね。
いやぁ長かったですね! 読者の皆様すいません!


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九校戦編Ⅰ

九校戦へ突入です!


「何のつもりだ。――達也」

 

四条は驚愕と冷静さが入り交じった顔で問いかける。しかしそれに対する達也の行動はまるで機械かのように淡々としていた。

 

「それはこちらのセリフだ。そろそろ正体を明かしてもらおうか」

「本当に何のことを」

 

パキ、と達也の後ろ。即ちそれまで黙って控えていた深雪の足元から氷結されていく。

溢れ出るほどの事象干渉力が無意識の内に魔法を発動させているのだ。そしてその暴威の主は、その感情を隠そうとすることもなく冷徹な眼差しを四条へ向ける。

 

「この後に及んでまだ言い逃れするのですか。私や先輩方の選手だけではなく、お兄様すら標的にして私が見逃すとでも思ったのですか?」

「さっきのことで確信が持てた。秀次――お前はどこか外部から送り込まれてきたスパイだな」

 

突きつけられたCADの銃口は、四条の額を貫いていた。

 

 

 

 

 

 

時は数時間前へ遡る。

 

八月一日。

九校戦へと出発するバス、その技術スタッフ用の車両に四条は乗り込んでいた。

ある日突然十文字会頭に呼び出されたと思えば、技術スタッフとして九校戦への出場を言い渡されたのだ。

 

九校戦とは正確には全国魔法科高校親善魔法競技大会という名前で、魔法師の卵達が行う大会。己の学校の威信をかけて優勝を掴み取ろうと必死に争うものだ。

 

魔法実技は一科生としての平均的な成績を超えていないが、理論に関しては少し覚えのある四条はまさにうってつけの人材だったのだろう。

だが四条としても教えを受けるなどではなく、同程度の技術の中でわざわざ力を競うことに対して意味を見い出せず断ろうとしていた。が。

 

「自信がないのか? 己の技術に」

 

普段の十文字ならばこんなことは絶対に言わないだろう、つまり四条をこの大会に引っ張り出すためにわざとけしかけているのだ。

しかしあえて四条はそれに乗った。

こんなことを言われて引き下がるわけにもいかなかったということもあるが、十文字の言葉に少し納得してしまった。

達也という大きすぎる壁を知り、自分の能力に自信が持てなくなってしまっている。それを回復させるにはやはり、正面から達也を超えるしかない。

 

「そろそろこっちの世界に完全に染まりつつあるな、これは」

 

薄らと、しかし楽しそうに四条は呟いた。

 

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないよ、達也」

 

肩を竦めて誤魔化す四条。

技術スタッフ用の車両は多くの機材が詰め込まれており、バスというよりはトラックの荷台に放り込まれているような気分だった。

狭い車内の中、肩を寄せあって皆がそれぞれ端末と睨めっこをしている。四条と達也も隣に座りながら端末を弄っている。

 

「それにしても秀次、凄いクマだが昨日何かしていたのか? 睡眠不足はパフォーマンスを下げる、特に魔法師にはそれが致命的になるぞ」

「あぁすまない、ちょっとな。学校襲撃事件があっただろ、その時にちょっと閃いたものがあってな。調整に時間はかかったが、それに見合うものが出来た。きっと達也も驚くはずだ」

「俺達が戦ってるわけじゃないんだが••••••まぁ秀次なら言わなくても分かっているか」

 

技術スタッフとして達也は一年女子を、四条は一年男子をそれぞれ担当している。

だが一高代表として出場している以上、全てを総合した成績が一高の成績となる。

 

「分かってる。俺は全力で森崎達、そしてこの一高を勝たせるために動く、だろ?」

 

それでいい、というように頷く達也。

しかし互いに一高の代表として出るということは分かっているものの、達也を驚かせてやりたいという思いが消えることは無い。

その秘策は今四条の手の中にある。驚く達也の顔を思い浮かべて、四条の端末を動かす指は踊っていた。

 

――突如として轟音と甲高いブレーキ音が鳴り響く。

 

「なんだ、何が!」

 

激しい車両の揺れに揺られながら車両の窓から見えたのは、急制動により道路に対して横になった選手達が乗っている先頭バス。

そして正面から炎を纏いながら猛スピードで迫ってくる大破した車だった。

迫る車はブレーキを踏む様子すら見えないことから、このままいけば衝突は必至。そうなれば中に乗っている選手達も無事では済まない。

 

「やばい、このままじゃ選手達が!」

「大丈夫だ! あそこには七草生徒会長も十文字会頭も乗ってる、一高の精鋭達が乗ってるんだ!」

 

向かいに座っていた一年のスタッフがそう叫んだ。しかし四条は静かに胸元のCADへ手を伸ばす。

 

「••••••だからこそやばいんだ」

 

瞬間、迫る車に展開される多数の魔法式。四条が認識できるほどの余剰想子量の多さから、皆の焦りが伝わってくる。

魔法式は通常、一つの物体に同時に展開されると効果が失われるか予測不可能な事象が起こるかの二択となる。

一つ程度ならば十文字会頭が上から強引に上書きできるだろうが、こうも大量に展開されるとそうもいかない。選手達の優秀さが裏目となっているのだ。

 

「まだ最終調整が済んでいないが••••••しょうがない。一か八か、やるしかないか」

 

取り出したのは銀色に光る拳銃形態の特化型CAD。

とある一つのことをするためだけに四条が調整した一点物。

前回の学校襲撃事件の時の経験から、今回の九校戦での切り札として森崎達に提供するはずだったもの、そしてこの状況において唯一想子流が渦巻く車へ干渉できる手段だった。

CADの銃口の先は迫る車ではない。選手達が乗るバスへ向けてトリガーを引く。

 

「――キャスト・ジャミング」

 

迫る車へと向けられていた発動前の魔法式は、四条によって放たれた無意味な想子波によって干渉を妨害され、乱され、やがて魔法式そのものすらも無意味な想子へと散っていく。

それを見届けると、四条は急いでトリガーから指を離してキャスト・ジャミングを停止させる。

直後燃え盛っていた車両は鎮火され、バスに衝突するギリギリのところで不可視の障壁に阻まれた。

バンパーはひしゃげ、部品を周囲に飛び散らせながら車は完全に停止した。

 

「何とかなったか••••••」

 

四条は安堵の息を吐いた。

キャスト・ジャミングで一旦魔法式を除去してから再度防壁をつくるのが間に合うかどうかの賭けだった。

それを十文字の魔法は、バスに多少接触するという四条の予想を遥かに上回る速さで展開された。

 

「何とか無事そうで良かったな、達也」

「あぁ••••••」

 

しかしいつもの達也ならば光のような速度で深雪の元へかけ寄りそうなものだったが、この時の達也の反応はどこか冷たかった。

なにより不自然だったのは、達也がその後もCADを離そうとはしなかったことだ。

 

 

 

 

 

 

「それがまさか、こんなことになるとは」

 

九校戦の会場に到着。バスを降りると達也と深雪に呼ばれて裏路地の方へ連れて来られた、と思った時にはもう遅かった。

CADを突きつける達也の顔を見ては、冗談ではないかという一抹の願いすら浮かばない。

四条は何とか敵対の意志がないことを伝えようと笑みを浮かべようとするが、それすらも引き攣ってしまう。

 

「一応聞かせてくれ、一体何を根拠に俺がスパイだと思ったのか」

「前々から秀次のことは警戒していた。だがどう調べても何も情報が出てこない、まるで突然現れたかのように数年前からの記録があるだけだった。

そして今日のキャスト・ジャミング。あれは明らかに選手が乗っているバスを標的にしたものだった。魔法を妨害して確実に事故へ繋げるために」

「――っ!」

 

確かにキャスト・ジャミングは敵味方の区別などなく全ての魔法を打ち消す。

しかしあの状況においての最善手はあれしかなかった。あの想子の渦の中で魔法を使える魔法師などいる訳がない。

そう、このことをしっかりと説明すれば達也が分からないはずがない。

 

「違うんだ、あれは多重にかけられた魔法式同士が互いに阻害するのを防ごうと••••••」

「貴重な軍事物資であるアンティナイトを使って? 一般人という言い訳は通じないぞ」

「いや違うんだ! 俺はアンティナイトは使っていない、自分の演算領域で想子波を作れば」

「それは出来ない」

 

しかし四条の反論は無慈悲に切って捨てられた。

 

「魔法師は無意識の内に自身の魔法を阻害するノイズをつくることを拒否してしまう。だからこそアンティナイトという鉱石を使っているんだ」

「いや、そんな馬鹿な••••••じゃあ、俺は••••••」

 

だが考えてみれば当たり前だ、こんな簡単なことを他の魔法師が思いつかない訳が無い。四条の魔法演算領域が意識的に強引に演算しているものだからこそ出来たことなのだ。

自分の理論が実現したことに浮かれて、周りのことを考えることをしなかった。

ここに来てまだ忘れていたのだ、自分がこの世界において異質な存在であると。

 

「あの時にお兄様が手を貸してくださらなければ魔法を使えず、あのまま事故へ繋がっていました」

「••••••また」

 

四条の予想を遥かに上回る速さでの鎮火と防御だったのは、こういうことだった。

 

「また達也••••••なのか」

「さぁ、詳しく吐いてもらうぞ。深雪に手を出した罰は償ってもらう」

 

恐らく達也に一片の慈悲も躊躇いもありはしない。

それほどにこの場に溢れている殺意は、それこそ地獄すら生温いものになるだろうと四条に感じさせるものだった。

説得の余地はなく、ここまで全てを隠してきたツケが回ってきたのだ。

 

「••••••なぁ達也。別の世界、異世界ってあると思うか?」

 

ポツリと、言葉が零れ出た。

 

「別の技術体系があって、そこでただただ研究をしていたら、突然運悪く異世界に飛ばされる」

 

何故こんなことを喋っているのか四条自身にも分からなかった。ただ理解されることなどないと知っていても、言葉は止まらず迸る。

 

「その世界で戸惑いながら過ごして、新しいものに触れて。やっと馴染んできたと思ったら、ちょっとした誤解から殺されるっていう話さ」

「何を言っているのですか。お兄様、耳を貸す必要などありません。ここは私が」

「深雪――」

 

深雪がCADを操作しようと指を動かした瞬間、四条はギリッと歯を噛み締めた。

そして同時に起動する、高速思考と分割思考六本中の四本の併用。

深雪を侮っている訳では無い。分割思考のフル稼働は負担が大きいということもあるが、それ以前に深雪相手ならば――魔法が使えない二人を相手に逃走ならばこれで足りると冷静に判断した結果だ。

 

「キャスト・ジャミング!」

 

キャスト・ジャミングは魔法式がエイドスに作用する働きを妨害する。

つまり起動原理の違う魔術ならば関係がない。どうせもう二度と会うこともないのだ、隠す必要も無い。

 

「強化。プラス、オシリスの砂塵」

 

一蹴りで後ろへ大きく飛び上がりながら、同時に礼装を用いて目くらましの魔術を使用する。

体全体に魔力を通し、身体能力を向上させる基礎的な魔術。しかしそれすら一部が上手く作動せず弾けたような光が生まれた。

 

「魔術基盤が薄すぎるか••••••! だが、大丈夫。達也達は魔法を使えない、一度視界から外れてしまえば――」

 

直後、何の前触れもなく四条の右足が穿たれた。

唐突に現れた痛みに目を見開き、バランスを崩して数メートルほどの高さから地面へと落下する。

土埃を上げて顔面からコンクリートと叩きつけられた。

 

「••••••何故、まだキャスト・ジャミングの有効射程内のはずだろうが••••••」

 

強化の魔術が発動していた部分はともかく、展開が出来ていなかった部分は数メートルの高さから防具なしで叩きつけられたのだ。

無事で済むはずもなく、肉は打ち付けられ骨は粉砕している場所すらあるだろう。

それでも地面にうつ伏せで倒れながらずるっと顔を上げると、滲む視界に映るのは変わらずの無表情でCADを四条へ向ける達也の姿。

 

「そうか。事故の時に達也が手を貸したっていうのはこういう事か」

 

魔法師への限られた対抗策であるキャスト・ジャミング。軍でも使用されるほどのそれを簡単に無効化してしまうそれは、もはやエリート魔法師などと言われるものですらなく。

 

「畜生、この化物め」

 

悲鳴をあげる体に鞭を打ち、何とか両足で立ち上がる。

しかし策はない。

アトラス院の魔術師であった四条は魔術回路が時計塔の魔術師達と比べて極端に少ない。故に達也達に致命的なダメージを与えられるほどの自然干渉系のような魔術は全く使えない。

 

「詰み、か」

 

そう口には出しながら、四条はもう一つの可能性を模索する。

 

まさか、魔術師だったはずの俺がとれる今一番の最適解が魔術じゃなく魔法なんてな――。

 

そう心で笑いながら、キャストジャミングを切った。

と同時に撃つのは、思考分割六本、高速思考を使った四条ができる最大最速の魔法。

時が止まったような錯覚を感じながら他のどの魔法師すらも追いつけないだろう展開速度で、先手どころか対抗魔法さえ打たせない速さの一撃。

深雪の驚く顔がチラリと映る。

その刹那に、ゼロコンマ以下で四条の魔法式は展開される――。

 

「術式解散」

 

そしてその魔法式は、エイドスに干渉する前に塵となって消し去られた。

震える手からCADが滑り落ち、カランと虚しく転がった。

 

「••••••ったく達也、お前ちょっと可笑しいだろ••••••」

 

集中力もぷっつりと途絶え、もう立っている気力すらない四条はそのまま前に倒れ込んでいく。

 

「ガン••••••ド••••••」

 

そして最後の抵抗とばかりに、フィンの一撃と呼ばれる物理的な効果すらない、体調を崩す程度の嫌がらせのような弱々しいガンドを放って、四条の意識は途絶えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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