銀河英雄伝説:転生者たちの輪舞 (madamu)
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序幕:フェザーンの黒ビール

長い話ではなく、フリだけ。


「シドーニウス」

「ヘンドリク」

オーディンの宇宙港で二年ぶりの再会だ。

俺は少将で、彼は上級貴族。つり合いとしては彼の方が格が上だ。年齢も確か一つ上だったかな。

彼はしっかりと俺の手を握り生還を喜んでくれる。

たんなる運命共同体ではなく、友人として接してくれるのは嬉しい。

あの大それた目的を目指す同士でもあり、2000年代の日本のアニメの話が出来る文化考古学者の仲間でもある。

 

シドーニウス・フォン・ブラウンシュヴァイク。

かの大貴族、門閥貴族の黒幕、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクの年の離れた弟。

今は首都星オーディンと領地を往復しながら、兄の補佐をする凄腕の政治家で行政家だ。

小柄で丸々とした体からは想像もできないが士官学校卒業生で、今より体重は20kgは痩せていた。

茶色の髪と少しそばかすの残る童顔で、33歳とは思えぬほどだ。

首都星の貴族は彼を「ブラウンシュヴァイクのお荷物」と侮っているが、ブラウンシュヴァイク家の現在の隆盛を支えているのは彼だ。

 

領地の主星では「面倒は農民共にやらせればいい」という建前のもと貴族院と衆議院を設置し、二院制を導入し非貴族階層に一定の発言権を与えている。

「農民共が文句を言うなら貴族院で否決すればよい」と二院制に懐疑的な者に言ってはばからないが、本人としてはゆっくりと読書や上手くもないチェスが出来るので喜んでいる。

性格的にはやや人見知りで、人前だと口数は少ないが優しく聡明だ。

 

「ヘンドリク、良かったら近くのレストランテを予約してあるからどうだい?」

「黒ビールはあるかな?」

「もちろん」

シドーニウスは微笑む。

暗号だ。黒ビールは【フェザーンの情報】だ。「フェザーン産の黒ビール」から付けられた二人だけの暗号。

 

俺こと、ヘンドリク・フォン・ハンマーシュミットは32歳。

帝国軍少将 第13装甲擲弾大隊、通称「野蛮人大隊(バーバリアンズ)」を統括する。

叔父はあの、オフレッサー上級大将閣下。

「ミンチメイカー」と呼ばれる宇宙最強の戦士だ。

叔父譲りの長身に鍛えこまれた肉体。自慢するわけじゃないが、模擬戦で叔父の相手が出来るのは俺だけだ。

つまりは俺は宇宙で二番目に強いことになる。

 

宇宙港のロビーを抜け、迎えの車に乗り込むとシドーニウスが口を開いた。

「先に伝えておくけど金髪くんが中佐になったよ」

「あいつが。流石に早いな。たしか18歳だったな」

ラインハルト・フォン・ミューゼル。今のところローエングラムの家名を継ぐこ予定はない。

姉のアンネローゼは皇帝の寵姫ではない。

ベーネミュンデ侯爵夫人の侍女というか、皇女「クレメンティーネ」の家庭教師というか、お付きという立場である。

 

あのうるさい小娘が皇女と言うのだから驚くばかりだ。

 

帝国側には俺、シドーニウス、そしてうるさい小娘の三人が転生している。

 

そして同盟側には・・・

 



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序幕:銀河の反対側で

同盟軍参謀本部ビルの比較的高い階層にその部屋はある。

【同盟軍情報部戦略調整室】

情報部なので部署プレートなどない。

 

「これでヤン・ウェンリー准将が昇進か」

やや批判的な口調で呟き、イワヌマ・アユミ大佐は一つ嘆息する。

東洋系でやや疲れたような容姿をしている40代の、もうすぐ50歳の女性佐官。

20代から30代にかけて帝国首都星オーディンに7年間スパイとして滞在し、多くの情報を回収してきた女傑である。

通称「首都星から帰ってきた女」というそのままの渾名がついている。

 

「なにか問題なのですか?」

副官のラピン少尉が訪ねてくる。

少尉は情報部配属という内勤者のイメージとは違い体格は非常に良い。2mに近づく長身だが、専門は言語学であり、同盟領内だけでなく、帝国との接地宙域の地方言語にも精通しているインテリだ。

 

「なにか問題?問題だらけだ。この男の昇進は大敗のカモフラージュだ。そうなるとフェザーンあたりで情報戦が熱くなる。下手をすると評議会で外交交渉問題の可能性もある。もっと言えば、大敗のしりぬぐいを嘘でごまかすのは、軍内士気に関わる。完全な上層部の隠蔽人事だ」

ラピン少尉は上司が口調鋭く、多弁になる時は大抵機嫌の悪い時だと1年半の付き合いで何となく理解していた。

この部屋から出ると、鉄仮面もかくやというポーカーフェイスだが室内では上層部批判も呼吸のように出てくる毒舌だ。

 

「まあ、軍内士気ならまだいい。問題は市民の交戦意欲が高まることだ。天才の英雄様の登場でメディアも取り上げ、いやおうなしに興奮する馬鹿どもと、興奮させようとする者どもが出てくる。何人死んだんだ。万単位の人間が数時間の戦闘で死亡だぞ。それでいて帝国への敵対意識を煽るための准将の昇進など糞以外の何物でもない」

そう言いつつイワヌマ大佐は自席から立ち上がる。机上のベレーを頭に乗せ形を整える。

「ラピン、車を回してくれ。閣下のところだ」

「はっ」

ラピンの返事を背中に受けつつイワヌマは部屋を出た。

行先はただ一つ。

かつて少将の地位まで行き、退役軍人会の支持をとりつけ、20年前に41歳で政界進出し、現在は国防副委員長と人的予算委員会の委員を兼任するユーリ・ドゥビニン氏だ。

イワヌマが頼りにする転生者の一人だ。

 

 

「これで、どうなりますか?」

「予想されるのはイゼルローンの流れは起きるな」

イワヌマの来訪を予期していたドゥビニンはオフィスから人払いをし、比較的大きい音で音楽を流し始めた。

盗聴対策だ。それ以外にも遮音フィールドを利用するなど、極力会話を気取らせない工夫はしている。

イワヌマも調整室とは違う落ち着いた口調だ。

「そうですか。そうなると原作通りなのはそこまでですね」

「うむ、そうなるな」

ドゥビニンはテーブルの紅茶を一口飲む。そうなのだ。この世界で原作通りに進むのはここまでだ。

差異は起きている。だがそれでも大きな時代のうねりには勝ち得ていない。

アスターテは起きた。そしてヤン・ウェンリーは英雄として帰還した。ジャンロベール・ラップの生還のおまけをつけてだ。

 

「ではイゼルローン奪取後は」

「予定通り、条件付きの講和をフェザーン経由で交渉できるかもしれん」

「そうですか。ではリンチは動くと思いますか」

「君の意見は」

「将官は一律情報部の監視下に置くのが良いかと」

「参謀本部は受け入れるかね」

「受け入れさせます」

 

ドゥビニンは艦隊運用の面で評価されていた将官で軍内政治や軍内調整に関しては、目の前の女傑に全幅の信頼を寄せている。

彼女がさせるというと、大体のことは実現する。

 

 

フェザーンの外交官事務所に勤めるバン・ケンドリックはイワヌマからの暗号通信を解読し、頭をかいた。

想像以上に原作と乖離してきたのだ。

 

現時点でアスターテにおいて帝国側に勝利をもたらしたのは、メルカッツ上級大将旗下の分艦隊司令のミューゼル少将だ。

もうすぐ、ミューゼル中将の辞令がでるはずとケンドリックは踏んでいる。

帝国内の門閥貴族の専横はあるが、OVAで見たほど腐敗しているようには思えない。

軍事面ではメルカッツ上級大将が現場をまとめ上げ、軍務三長官と若手との意識の溝をうまく埋めているという話がいくどか耳に入ってくる。

 

一枚岩と言わないまでも、今後起きる可能性を残す帝国内内乱の規模も原作ほど大規模にはならないだろう。

 

「イワヌマさんもどうするかね?」

三人の中で唯一の現役軍人の動向が同盟側転生者の行動を決める。

ケンドリックは当面フェザーンを離れるつもりはない。地球教の動向調査は、文化学者志望としても、銀英伝ファンとしても最優先事項としているからだ。

 

ケンドリック、イワヌマ、ドゥビニンの三人は協力関係だが運命共同体ではない。

イワヌマとドゥビニンは戦争での勝利、ヤンのいう恒久的平和ではなく、数十年の平和を目指している。

だがケンドリックは少し違う。最前線の観測者を自称している。

帝国の情報をハイネセンに送っているが、同盟の情報を時折帝国にも流している。

二つの陣営に複数の転生者。これほど面白い状況は中々ない。

 

「さて」

ジャケットを羽織り、ケンドリックは情報交換に向かう。

今日は先日フェザーン駐在帝国武官に仲間入りしたキスリング中尉と落ち合う予定だ。

今朝からあのキスリングと出会えると思うとケンドリックは仕事に身が入らなかった。

 

銀河の彼方と銀河の此方。そして間を結ぶこの地。

小説で読むよりも銀河は広く、秩序と混沌が入り混じっていた。



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序幕:夜明け前の世界で

銀河帝国皇帝死後、帝国の混乱は「門閥貴族」対「軍部」が予想されていたがその予想は大きくずれた。

同盟軍情報部戦略調整室のイワヌマ・アユミ大佐はこの状況を冷ややかに見ていた。

帝国の転生者の立ち位置や行動は称賛に値する。

だからこそ、この結果は当然でもあり、これほど上手くいった状況には多少の嫉妬もある。

 

「大佐。追加の資料です」

ラピン少尉が新しいデジタルデータフィルムを持ってくる。

軍のデータベースに載る前の最新情報だ。

 

 

皇帝死後、門閥貴族側からは殉死者が複数出た。

一番の大物はオットー・フォン・ブラウンシュバイク だ。

皇室への忠義という点では疑問視されがちな人物だったが、無気力帝とも揶揄されたフリードリヒ4世の死去に合わせて、一つの時代の終わりに自ら幕を引いた様でもあった。

この数年は時折民衆と交流し、ブラウンシュバイクの家督も弟に譲りほぼ隠居生活を楽しんでいた。

 

次期皇帝に名乗りを上げる者はほぼ皆無だった。

結局はエルウィン・ヨーゼフ2世が即位することとなった。

ブラウンシュバイク家としては殉死した手前、女帝候補を立てられず、またリッテンハイムも女帝擁立へ水面下での動きが出来なかった。

エルウィン・ヨーゼフ2世擁立にリヒテンラーデ、軍部、ブラウンシュバイク率いる門閥貴族が大きな流れを作る中で逆行する動きを出来なかったのだ。

 

リッテンハイム家は多少のフラストレーションはあるものの「門閥貴族の雄」という立場は変わらず、損も得もない状態で新皇帝を迎えた。

 

軍部は反面大忙しであった。軍三長官が前皇帝死去の喪が明けると共に辞任。

ミュッケンベルガーが代表し「一つ時代に区切りをつける」という発言を残している。

後任はヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将が宇宙艦隊司令長官に任官した。

新皇帝フリードリヒ4世の即位時に元帥へと昇進し、元帥府を開いた。

 

ただメルカッツ以外の人材においてはやや乏しかった。

前宇宙艦隊司令長官であったミュッケンベルガーの最側近であったグライフス上級大将が統帥本部総長の任に。

ハウプト中将が大将に昇進し、軍務尚書代理へと着任した。

 

ラインハルト・フォン・ミューゼルは上級大将となり、宇宙艦隊副司令の要職を与えられ「戦争の天才」という評価を得ていた。

現在の三長官は元帥一人に上級大将と大将であり、役職に対して格が不足している。

これは5年後を想定した中継ぎ役でもあった。

ラインハルト・フォン・ミューゼルが元帥へと昇進し、元帥府を開き宇宙艦隊司令長官へと就任。

メルカッツ元帥は軍務尚書となり、統帥本部総長はグライフスが続投かその時にもっとも優秀なものが選ばれるのだろう。

 

現在の帝国軍は若返りのための冬の時代だ。

 

国務尚書はリヒテンラーデが続投だが補佐役としてシドーニウス・フォン・ブラウンシュヴァイクが着いた。

地味でやや共和主義的な政治形式を運用するが有能な政治家であり官僚であった。

 

 

 

イゼルローン要塞を守るヤン・ウェンリー中将はこの時の帝国の皇帝即位を「誰も損しないという最高の結果」と評した。

「まいった」

カップに残った紅茶を飲みほし、ヤンは独語した。

執務室ではヤンは得意でもない書類仕事を片付けている。

 

現在の帝国は消耗もなく、リッテンハイムを中心とした門閥貴族グループはあるが内部崩壊の兆しはない。

軍部も上層部の入れ替えはあったものの、戦力が低下したわけではない。

そして新皇帝即位の恩赦として200万人の捕虜交換の話がフェザーンを経由して惑星同盟本国へと打診された。

 

イニシアチブは今のところ帝国だ。来年あたりには親征の名のもとにイゼルローン奪還作戦が行われるか、フェザーンを経由した同盟本国への攻撃が行われるか。さもなければ、同盟内乱の種が200万人の捕虜の中に紛れるか。

 

対応方法がヤンの手元にはない。ビュコック提督に協力を依頼してみようか。そんなことを考えていた。

 

同盟軍歴史上の大侵攻作戦は立案段階で崩された。

情報部からの指摘で補給路の確保に大きな難点を指摘された上に、作戦立案者のアンドリュー・フォークが連日の会議の疲労から交通事故を起こし、長期入院を余儀なくされた。

キナ臭い噂もあったが、噂の範疇だとヤンは自分に言い聞かせている。

 

今現在帝国も、同盟の戦力を十二分に蓄えた状態で次の開戦を待ちわびていた。

大戦の予想がされる。

 

 

「ラグナロクは起きるのか?!」

「答えとしてはイエス」

ヘンドリク・フォン・ハンマーシュミットの前に座る十代前半少女の名はクレメンティーネという。

母親譲りの黒髪をポニーテールに束ねている。大人びている、聡明などと周囲からは言われるが

ヘンドリクとしては「狡い」という印象が強い。

 

ヘンドリクの答えに鼻息荒くなるクレメンティーネ。

彼女は絶対に戦場には出れない立場だ。

だが原作を知る立場から「ラグナロク」作戦の実施可能性の興奮している。

 

「では!フェザーンに行けるのだな!」

「ユリアンに会える保証はありませんが」

 

ヘンドリクは困ったようなに答える。

新無憂宮の一区画にあるクレメンティ―ナ用に造られた応接館。

幼少から多くの知識人を呼び、時には泊まり込んで話を聞くことから、応接館を作りクレメンティーナはここで年の半分は過ごしている。

 

ヘンドリクとシドーニウスの最大の理解者であり、知恵袋。

アニメを6周。原作を7周。舞台も10回以上で、同人誌も20冊は作った剛の者。

同盟側にも転生者はいるが、帝国側の最大のアドバンテージはこの皇女の皮をかぶったマニアだろう。

 

「早ければ来年ですが、再来年か遅くても再々来年かと」

「ラインハルトの体調はどうなのだ!?」

これだ、とヘンドリクはいつもの鼻息荒い質問攻めに辟易している。

好奇心で目が輝いているのもいつも通り。

 

やれ、オフレッサーは強いのか、キルヒアイスの声はどうなんだ、双璧は身長差はどの程度だ。

そんな質問をクレメンティーナは聞いてくる。

帝国側唯一の軍人転生者であるヘンドリクに容赦ない質問ばかりだ。

 

帝国内の内乱についてはヘンドリクは苦労した。

 

オフレッサー上級大将は若年の将校たちがミューゼル上級大将を旗頭に、軍内部の世代交代を迫っていることに不満を感じている。

先帝が亡くなっての人事に関していば仕方のない所があるが、だが実績が十分でないものまでミューゼル上級大将を引き合いに出して人事の話をする。

 

リップシュタット派と呼ばれる門閥貴族とオフレッサーの水面下での接触を知ったヘンドリクは

メルカッツ元帥に相談し、ある無理な作戦を行った。

軍内の反ミューゼル派の集会を、軍法違反として強制解散させるべく憲兵隊を引きつれ訪問。

 

そこで「装甲擲弾兵総監」の座をかけてヘンドリクはオフレッサーと殴り合ったのだ。

ヘンドリクが勝てば総監の座とそれに伴う大量の擲弾兵の掌握。

オフレッサーが勝てば、ヘンドリクが抱える蛮族大隊が反ミューゼルとして行動を起こす。

 

3時簡かけての殴り合いで勝利したのはヘンドリクであり現在は入院中のオフレッサーに替わり擲弾兵総監代理を任されている。もう少しすれば代理の部分も外れるだろう。

 

ヘンドリクは顎の骨がヒビだらけになったがこの時代の治療の凄さを身をもって再確認した。

 

「今のところは問題ないようです。キルヒアイス中将と共に先日健康診断に行かれたそうですよ」

「そうか・・・是非とも13艦隊の面々に毒舌浴びせられるシーンは見たいものだ」

クレメンティーナはラインハルトの健康状況に納得して、ふんす、という鼻息とともに納得する。

 

ヒルデガルド・フォン・マーリンドルフとフレデリカ・グリーンヒルの会談。

 

これこそがヘンドリクとシドニーウスの目指すものである。

銀河英雄伝説における女性キャラ中心人物。この二人の会談を観たい!と言ったのはヘンドリクだった。

シドニーウスも笑いながら同意してくれた。

 

皇女にこの目的を伝えているが、「キルヒアイスとアンネローゼの結婚が先だ!」と彼女は譲らない。

もうすぐ、アンネローゼとキルヒアイスの結婚式が行われるはずだと、ヘンドリクは感じていた。

 

 

「君は世界はこれで変わると思うかい」

黒狐、ルビンスキーの言葉にバン・ケンドリックは息をのむ。

50代のルビンスキーと30代のケンドリックでは格の違いが出ている。

夜の高級クラブでの一対一で会うのも数度目だ。

 

「そうですね。徐々に緊張は高まると思いますよ。数か月後には戦争の足音を銀河中が聞くことになると思います」

「現実的な話ではないよ。銀河の片方の支配階層が穏当に変わったのだよ。それによる影響は計り知れない」

手元のウィスキーを一口煽り、ルビンスキーは話を続ける。

「現皇帝は子供だ。それを支える貴族、官僚、軍人は今まで以上に親平民派が多い」

「では、帝国では平民が中心になると」

「結論はその先にある。平民の生活が向上し、帝国の政治に今までより小さくとも平民の声が届くとなれば同盟はどう思う?」

ケンドリックはグラスの中の溶けかけの氷を見た。

同盟は帝国を貴族による権利と自由を弾圧する悪の国家と見なしている。

 

「敵とみなした国が、自分たちの掲げる自由と権利を政治体制に取り込もうとすれば?」

「それは・・・敵ではなくなりますね」

ブラウンシュバイク領での二院制の話題は、同盟には伝えられていない。

悪の帝国が平民の意見を聞く体制を持っていることは知られてはいけないのだ。自由と権利の国の人たちには。

 

「それは・・・世界に平和になりますかね?」

「一つの主義信条によって世界が一つに統一されないことなど歴史が証明している」

「では、貴方はどう進むと」

「帝国は幼帝の権威付けに戦争を起こす、同盟は悪の帝国打倒を下げれぬまま戦争に突入する。体面と隠蔽の結果が戦争だ」

 

ルビンスキーから見ればこの若い自称社会学者は生徒なのだ。

自己の思想や社会を見る視野を伝えることで、世界に「黒狐」を伝え、思考を伝染させる弟子を作っているのだ。

 

「ではフェザーンは?このタイミングで何をするんですか」

「世界は夜明けの前なのだよ。そしてその時が一番闇が深い」

 

答えぬならぬ答え。

バン・ケンドリックはこのフェザーンこそ銀英伝の闇だと感じた。

 

銀河の両陣にいる二人の天才と、多くの転生者たち。

どちらが先に昇る太陽を手にするのか。

 

世界はまだ夜明け前なのだ。



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