【悲報】アンジェリカさん、手加減を忘れ殺っちまった模様。 (にわか)
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Chapter1 「星天を照らせ地の朔月」 
転生、そして平行世界へ


閲覧ありがとうございます。



 人類の存続。

 その為にエインズワース家が起こしたのが聖杯戦争だ。

 それは、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの七枚のカードを互いに奪い合い、他を御し、全てを揃えた者の願いを成就させるという、事実、言葉以上に大きな魔術儀式であった。

 

 あれからもう随分と時が経った。

 あの頃と同じ、学園の高等部へと再び(・・)通うこととなった今、俺、衛宮士郎は当時のことを振り返ってみようと思う。

 

 俺はかつて、もとい前世(・・)で聖杯戦争に参加していた。

 いや、せざるをえなかった。

 

「彼らは――ただ 子の健やかな成長を願った 富も繁栄も思いのままはずなのに

 親から子への…ごく当たり前の願いだけを叶えてきたんだ 四百年もの間 ひとつの例外もなく…!

 それを 悪だと言うのなら…

 俺は悪でいい」

 

 理由はあの人(前世の父)のような正義、救済の為などではない。

 ただ一人の妹のためだった。

 

 そして、妹の**はあの人が人類の救済を求めて最期に俺へと託した希望でもあった。

 彼女は神の稚児を信仰する朔月家の末裔であり、「人の願いを無差別に叶える力」を与えられた子供。その力は非常に強力であり、前世の冬木市で起こった謎の巨大災害で朔月家を覆っていた結界が壊れた際に多くの人々の「助かりたいと言う願い」が押し寄せ**に届いた結果、一瞬で災害が消滅した。ただし当の朔月家はその災害で**を残して全員が死亡している。 

 朔月の家に残された記録によれば、彼らは初代から**の代に至るまでの400年間、1つの例外もなく神稚児の力を自らの富や繁栄に使う事はせず、子の健やかな成長を願い続けていた。

 

 あの人は正義を求めた。

 **を犠牲にして全世界を救うと。

 個と種、救うべきは種であり、そのためなら個を切り捨てると。

 あの人の渇望は**をモノとして扱い、超常的な力に願うことだった。

 

 しかし、俺は違う。

 **と暮らしていく中、疑問に思ってしまったのだ。

 この手で守ろうとするものは本当に愛するものなのだろうか、と。

 

 故に、俺は決めた。

 全よりも個。

 見知らぬ誰かより妹を選択した。

 結果あの人を裏切ることになるとしても、最低の悪だとしても、俺は兄として妹を守ると誓ったのだ。

 

 そんな時だ。

 俺の前に立ちはばかったのは一義樹理庵(ジュリアン)

 またの名をジュリアン・エインズワース。

 エインズワース家を指揮する俺の___

 ___前世での友人だ。

 

 先に述べた通り、彼の目的は人類の救済。

 その為にあの日冬木市に災害を起こした。

 

 そして時は進み、俺が妹に全てを明かそうと、本当を初めようとしたとき、そのジュリアンが現れた。

 

 俺は咄嗟に、**に逃げろと叫んだ。

 だが、**はどこへと聞き返してきた。

 

 そして**は奴らに捕まった。

 魔術など触れてこなかった、一般人である俺に出来ることなどなかった。

 

 とは言えども、これは前世の話。

 現在、エインズワースの聖杯戦争は、いや、そもそもエインズワース家自体がこっちの世界では存在しない。

 代わりにあったのが、アインツベルンの聖杯戦争だ。

 俺も初めは驚き、怒りもしたのだが、なんとかなっているらしいと聞いて落ち着いた。

 詳しくは割愛するが、キリツグが世界を飛び回り芽を摘んでいるとだけ言っておこう。

 

 とにかく、またも聖杯に関わってしまっている以上、俺は聖杯について一度、考察しなければならないだろう。

 だが一体どういう仕組みで聖杯戦争が動いていたかなんて、俺には分からない。それは、例え今世の養父母たる二人に魔術を鍛えられた今でも変わらないし、その養父母も分からないと言っている。

 そもそも時間がかなり経っているため、記憶もおぼろげだという問題もある。当時は魔術なんて理解していなかったのだから覚えられないのも無理はないだろう。だから、ただの風景として大雑把に説明は出来るが、その程度で聖杯戦争レベルの魔術儀式を解明出来る訳もなく、これについては手詰まりだ。

 

 だが、実は一番の問題は、これではない。

 俺が幸せを祈った前世の妹の名前が思い出せない(・・・・・・・・・)ことなのだ。

 この世界では、当然あの闇の爆発は起きてないし、そもそも聖杯、天然モノの万能の願望器たる幼子など存在しない。

 平行世界であるから、つまり逆行では無いため、俺は前世があったと証明することが出来ない。

 故に、夢だったのではないか。

 かわいそうな孤児の妄想ではないか。

 今の幸せな生活に浸る中、何度も自身に問いかけた。

 

 その度、何度も否と答えてきた。

 あれは確実にあったことだ。

 俺は聖杯戦争に勝利し、前世の妹を最後まで守り、死んだ。その事について、悔いは無い。

 

「**がもう苦しまなくていい世界になりますように」

「やさしい人たちに出会って―――

 笑いあえる友達を作って―――

 あたたかでささやかな―――

 幸せをつかめますように」

 

 あぁ、あの時せっかく兄妹として、『本当』を始められそうだったのに。だが、あの世界では彼女は幸せになれないらしく、おそらく別世界に飛ばされた。いや、そんなことは些細なことだ。俺の願いは言った通り。アイリ曰く、聖杯なら必ず願いを聞き届けるとのこと。

 

 俺が都合よく、その別世界がここだったなら良かったのに、と考えてしまうのも必然的だろう。だから調べた。

 

 だが現実は非情だ。

 

 名前が分からず、記憶の中にある声や容姿だけで人物を特定できるなど、表の世界で出来る筈もない。

 ならば裏、魔術の世界ではどうだろうか。

 そう、いたのだ。

 詳しいことは省くが、俺は養父母のコネを最大限に駆使して、(もの)を探すプロに出会った。

 そして結果は、そのような人物は過去にもいないし、今現在も存在しない。とのことだった。

 

 俺はこの時、この世界で初めて泣いた。

 もう、名も知らぬあの妹には会えないのだと突きつけられて。

 俺は心のどこかできっと会えると信じてたのだろう。

 聖杯はきっと愛溢れるモノだと決めつけていたのだろう。

 

 こっちのキリツグにも、妻のアイリにも心配をかけた。

 もう迷わない。囚われない。

 俺はこの時改めて決心したのだ。

 もう二度と家族を理不尽に奪われないようにしようと。

 何がなんでも守り抜いてみせると。

 アイリ、キリツグ、イリヤ、セラ、リズ。

 大事な家族だ。

 

 俺は守るための力が欲しい。

 

 そして、"魔術師殺し"のキリツグと"魔術師"たるアイリの弟子となり、更には、英霊エミヤの投影魔術の鍛練。とにかく努力をした。

 

 俺は、それから本当の意味で、この世界の衛宮士郎として生きはじめたのだ。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 「おにいちゃん!」

 

 

 ……え?

 

 玄関を覗くとそこにいたのは___俺の記憶にある、前世の妹その人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんな感じのやつどうですか?


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転生、そして平行世界へ 2

自信は無いです。



【√アインス!】

 

 

 

 

「とおさっ……あれ、イリヤ?」

 

 少女はその声を聞いた瞬間、胸が詰まる感覚に襲われた。

 それは、ある人物を思い起こさせるものだったからだ。

 

 少女には兄がいた。

 正確には義兄で、たった二人のかけがえのない家族だった人だ。

 その名を衛宮士郎。

 ()の世界で命がけで運命から少女を解放し、幸せを願ってくれた大切な()だ。

 今でも少女は、はっきりとの姿、声、そして温もりを覚えている。

 

「どど、どうも、お兄ちゃん」

「何なんだよ、一体? 訳が分からないぞ……遠坂とルヴィアはどこ行ったんだ。いや、その前にイリヤ。知り合いだったのか」

「あはは、いやぁ、ちょっと。あはは……」

 

 少女は振り返る。

 その姿は___

 

「なんかイリヤ、肌が白く……?」

「ひ、光のかげんじゃない? 気のせいだよ」

「お、おう。そうか……」

 

 ___その先にいる青年と同じ声、容姿、そして雰囲気だったのだ。少女の大切な兄と。大好きな兄と。

 そして、雰囲気。

 祭壇で最後に手を握り、少女の幸せを願ったときと同じ柔和さ、そしてどこか張り詰めたような空気。

 少女の知る士郎とまったく(・・・・)一緒なのだ。

 脳裏に、様々な思い出が一気に浮かぶ。

 

 気付けば、少女の体は動いていた。

 

「おにいちゃん!」

 

 少女はその勢いのまま青年に抱きついた。

 その思いを、青年にぶつけた。

 そしてそれを、青年は難なく受け止めた。

 その体は、抱きついたからこそ分かる引き締まり具合。

 発達した筋肉。

 ぶれない体幹。

 素人目ながらも、並みの訓練で身に付くものではないと少女は感じた。同時に、嬉しさで心が暖かくなる思いで溢れた。

 

 だが、と少女は考えを改める。

 

(いるわけが……ない)

 

 少女はこの年にして、残酷なほど冷静だ。

 故に、夢を抱くことができなくなっていた。

 その思考で考える。

 事実を思い出す。

 

 そう、少女はあの世界では願われたように幸せになれない。

 故に飛ばされた、この世界に。

 ……兄を置いて。

 

 少女はその手をほどき、数歩下がって、内心を悟られまいと必死に感情を圧し殺した声で言う。

 

「み……みみみ、美遊?」

「失礼しました……私の兄に……似ていたもので」

「……」

「な、なるほど。そういう……」

 

 少女、美遊は顔を上げられない。

 今、上げればきっと酷い顔だろうからと。

 頬を伝う感覚はハッキリと感じていた。

 

「えっと、君の名前(・・)は? イリヤとは友達?」

「……っ」

 

 青年は美遊に問う。

 俯いたまま、少女は答えるしかなかった。

 

「はい……クラスメイトの美遊、と言います」

「そ、そうだ。美遊とお兄ちゃんって会ったことなかったんだね……」

「そう……か。みゆ、美遊か……あぁ、ごめん。はじめまして(・・・・・・)、俺は衛宮士郎。イリヤと仲良くしてくれてありがとう」

 

 青年、士郎は、"はじめまして"とそう言った。その目はまっすぐと少女を見据えていた。

 そして、朔月(さかつき)美遊、ミユ・エーデルフェルトを名乗る少女は、この言葉に強いショックを受けた。

 もう、限界だった。

 

「……」

 

 美遊は現実を最考察する。

 希望を求めて。

 だがしかし、それでも___

 

(___私の、お兄ちゃんじゃ……ない)

 

 平行世界。

 ふと美遊の頭にこの単語が浮かんだ。

 頭では分かっていた。

 だが、心のどこかで期待していた。

 今、現実を突きつけられ、美遊は世界に、運命に絶望した。

 

「失礼します」

「美遊?」

 

 美遊は少し早口になったことを自覚しながらも、軽く会釈をし、逃げるように玄関の扉から出ていく。もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 

 結果として、この不意の邂逅は美遊の心に波紋をもたらしていた。

 すなわち、希望は無い。

 美遊は兄のいない世界で生きているのだと。

 

 一方、これは美遊に冷静さを失わせていた証拠でもあった。

 美遊は気付かなかった。

 士郎の顔が、初め顔を合わせた際に少し歪んでいたことに。

 問いかける際、その目は美遊だけを捕らえていたことに。

 そして、美遊の名前を呼ぶ際、噛み締めるように呟いていたことに。

 

 美遊にもっと心を律する術があったなら、士郎の問いかけの意味も解したもかもしれない。

 だがそれはイフの話。

 過ぎた時はもう戻らない。

 

 

 こうして兄弟の邂逅は過ぎ去った。

 降り注ぐ雨はまだ止まない。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 雨上がりの朝。

 まだ完全に日の昇らぬ、薄暗い冬木の街。

 そこにで、二人の男女が特に会話もなく歩いていた。

 

 朝の涼しい空気に包まれ、日の差す光景は、同じ街とはいえ神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 

 何回目かの曲がり角、青年が恐る恐る口をひらいた。

 

「で、今は何してるんだ?」

「……面倒ね。ちょっとはその節穴を広げて観察し、からっぽの脳ミソを使って思考なさい」

 

 女の方はほんとうに面倒くさそうに、青年の方に見向きもせずスタスタと歩き続ける。

 青年もいそいで追って歩くが、その頭ではしぶしぶと考えを巡らせていた。

 青年は女とは長い付き合いだ。

 例の件で、自分で対価を払うと養父母に告げたとき、申し付けられたのが彼女のここでの手伝いだった。

 

「いや冬木市をほぼ一周回るように点々と何か書き上げてるのは分かるんだが……聖堂教会独自のものは流石に……って、急に止まるなよ」

 

 女の足は止まっていた。

 青年がドンとぶつかるが気にもしない。

 女は青年に持たせた鞄をかっぱらい、道具を取り出し、かれこれ何回目かの仕込みを始めていた。

 

 女が青年の方に振り向く。

 白銀の髪をふわりと払う動作に、青年の目は釘付けにされた。

 そんな青年の様子に女は満足したようで、にっこりと笑った。

 青年はドキリとしたが、その様子に女は愉悦に浸るばかりであった。

 

「な、なんだ」

 

 気持ちを隠すように青年は女に問いかけた。

 

「さぁ、やりなさい」

 

 女は紙といくつかの道具を渡して、自分は仕事を終えたと言わんばかりの伸びをした。

 青年は紙を見る。

 どうやら手順が書いてあるらしい。

 様式は部外者の自分でも分かりやすいように、女が青年の為にまとめたものだろう。

 いつものことだ。

 青年は作業に移る。

 

 暫くして、女が口を開いた。

 

「誘眠と人払いの結界」

「……え? どうしてそんなモノを?」

 

 青年の様子に女は呆れたように額に手を当てる。

 

「さっき言ったことを忘れたの? あ、そこもう少し右よ。あぁ、もう。全部書き直して」

「え、紙には左って……」

「さっさとやりなさい、飼い犬」

「なんでさっ」

 

 青年は突っ込みながらも手は止めない。

 女はとある世界ではその性格だけで2騎を従えたと言うが、その手腕、いや素質は彼女にもあるようだ。

 

「間違えたわ、しっかり名前を呼んでしつけないとね、士郎(駄犬)

「変わってない!?」

 

 とは言え士郎も逆らえない。

 言われたように工程をやりなおす。

 その様子を見ながら、女は士郎に話しかける。

 

「お嬢様から聞いてるわ。教会を中継に人探しをさせた対価を自分で払うと言ったのはあなたなのでしょう?」

「くっ、教会というのはもっと慈愛溢れるものじゃなかったのか……」

「……世の中、金です。対価無くして誰も動きません」

「さいですか……ところでもう一度あの人にお願いすることは出来るか? もしかしたら、結果に間違いがあったかもしれない」

「ふふ、喜びなさい。彼を呼ぶ必要はありません」

「……?」

 

 ちょうど終わった士郎は女の方を見た。

 

 「本当はこっちの仕事だし、聞かれなかったから言うつもりはなかったのだけれど」

 

 女はそう前置きしてから告げた。

 

(美遊は……そう、なのか)

 

 それは、士郎に行動を起こさせるには十分なものだった。

 

 

 

 

 




【√ツヴァイ!(没)】




「おにいちゃん!」

 イリヤ(・・・)は思わずそう叫んでいた。
 目の前には呆然と立ち尽くす美遊と、対して、情熱的に彼女を抱きしめる士郎がいた。

 この状況で、数多の戦場を駆けてきたイリヤは、その目でこれを観察していた。

(おにいちゃんが美遊に涙を浮かべながら抱きついてる……)

 イリヤは少しイラっとしたが、自分を抑え、分析する。
 士郎の顔は今までに見たことが無いほど幸せそうであった。

(泣くほど嬉しいの……? だけど、美遊の顔は……控えめにいって気持ち悪がってる。って、あれ絶対私のおにいちゃんだから我慢してくれてるよね!? 美遊、大人すぎだよ……あぁ、そんな目でこっち見ないでぇえ)

 そもそも美遊の顔に、士郎と面識がある様子は見られない。
 他人。
 だけど友達の兄だから。
 突き飛ばすのも失礼だし、こういう挨拶かもしれないし(錯乱)。
 その死んだ魚のような目がイリヤと合った。
 対照に、士郎は抱擁をやめようとする様子は見受けられない。

 イリヤは状況に、ただ頭を抱えるばかりだった。

(にしても、おにいちゃん……よりにもよって私じゃなくて私の友達に手を出すなんて……あれ、美遊とおにいちゃん、会ったことないよね? もしかして○リコン!? 抱きついちゃうほどタイプ!? じゃぁなんで私に手を出さないの! って、美遊。なんか私に同情する目に変わってない? いや、むしろ変わるなら場所を変わってほしいんですけど!)


 イリヤは努めて冷静になろうとする。
 だが内心、引き剥がす方法を考えては、士郎のあの幸せそうな顔を見て、手が止まってしまうのである。
 イリヤには分からない。
 だが、あの雰囲気の士郎は止めてはならない気がしていた。

 暫く時間が止まったように三者は動かない。
 チクタクと、置き時計の針の進む音だけがここ、衛宮家の玄関に響き渡る。

「もう、いい加減にしてぇえええ!」

 とはいえども、流石に長すぎる。
 状況が変わらないことに対し我慢できなくなったイリヤの怒声が轟く。
 はっと士郎が美遊から離れた。
 因みに美遊の目はすでにあの人(前世の養父)並みに死んでいた。

「……イリヤ……私、還るね」
「どこに還るの、美遊!? そんな字が変わるほど我慢しなくても良かったんだよ!?」
「なあ、イリヤ。その子は友達? 名前は?」
「おにいちゃんは黙ってて! って、やっぱ初対面じゃん!」

 イリヤは叫びながらも、壁にドンと拳を叩きつけた。
 すこし拳が壁にめり込んだ。
 その思いを発散するため、壁は犠牲になったのだ。

「いきなりだったのはわるかったけど、仕方ないじゃないか」
「仕方ないって何!? 名前も知らない女の子に抱きつく変態なんて知らない!」
「なんでさっ」
「じゃぁ、さようなら。また明日」

 美遊は衛宮家の玄関の扉を開き、半分顔を出しながらそう言った。
 その目にハイライトは無い。
 それもそのはず。
 友達の兄が変態だったのだ。
 本来なら絶交モノである。
 その点、美遊は寛大であった。

「美遊、ホントごめんね、またね~ハハハ」

 だが問題は何一つ解決していない。
 いやむしろ、美遊が行ってしまったので、フォローをするというタスクがイリヤに追加されたくらいだ。
 これは絶対である。
 ……兄が通報されないために。

「みゆ……みゆちゃんか……」
「そんな噛み締めるように呟かないでよぉ、いつものおにいちゃんに戻って! 初対面の子に抱きつくような変態はやめーてー」
「ん? みゆは義妹だぞ?」
「……は?」

 これにはイリヤも素の声が出ざるをえなかった。



☆☆☆



「おにいちゃん……」

 美遊は自分に与えられた部屋で独り、考えていた。

「どうして……」










【あとがき】




2パターン考えて思考が停止しました。
一応載せてみます。

どちらかの√で続けたいと思います。


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転生、そして平行世界へ 3

fgo,型月タグを追加しました。
相変わらずの糞文+短さで進みませんが、ご容赦ください。



 そう、人類の守護者のチカラは……人類の為に振るわれるものだ。

 士郎はそれを……

 その守護者のチカラを……

 

「くっ」

「ほら、士郎、次はオルガンよ。さっさと運びなさい」

「なんでさ……」

 

 雑務に用いていた。

 

 厳密には、士郎が改めて鍛え上げた筋肉を用いた肉体労働だ。その体は守護者の力を用いるため並々ならぬものに仕上がっている。そして、それを用いてやることは、道具を棚に揃え、箒をはき、雑巾をかけるなど掃除だ。

 これに至った経緯は特に変わった話でなく、結界作成のため冬木の街を一周した後、なし崩し的に道具の整理を手伝うこととなった、というものだ。

 因みにその策を弄した白衣の女はそれを椅子に座って監視している。マスクをつけてちゃっかり防塵対策もしている。手伝う気はやはりみられない。

 

(はぁ、いつものことか……)

 

 士郎はどこか悟った目で、作業を進める。

 現在位置は教会の地下。

 薄暗い蝋燭の灯りと、じめっとした空気が特徴の不気味な場所だ。さらに長年放置されたであろうガラクタが多く転がっていた。

 

「ガラクタじゃないわよ? 触媒や霊装の素材になるものばかりだもの。特に今あなたの手にあるそれは、最強の英雄にまつわる杯の欠片よ」

「だからそれをガラクタと言うんじゃ……まぁ、俺は掃除や整理は好きだから構わないけどさ」

「それは良かったわ。それに、学校もサボれて私みたいなか弱い女の子とふたりっきり。どこのヴィジュアルノベルの主人公かしら。はぁ、妹ちゃんたち(・・)に刺されそうで怖いわ」

「どういう意味だよ。あと……まだそうと決まった訳じゃない」

 

 士郎は、元気のない声でぽつりと言った。

 その顔は苦渋に満ちている。

 カレンはそれにどこかムッとした顔で言う。

 

「あら、そう?」

「カレンが言うのはあくまで推察だろ。さっき友人のハッカーに頼んで、過去数年分の冬木の戸籍データを調べてもらってる」

「私の話が信じられないって言うのね」

「そうゆうわけじゃ……」

「手が止まってるわ。で、そんなことをしてどうするつもり?」

「……」

 

(俺は……確信が欲しいのかもしれない。俺の願いは叶っていない(・・・・・・)という確信が……)

 

 士郎は前の世界で美遊(聖杯)に願った。

 

 美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように。

 やさしい人たちに出会って―――

 笑いあえる友達を作って―――

 あたたかでささやかな―――

 幸せをつかめますように。

 

 それは、思い返せば残酷な話で、

 世界を移動しなければ解決しない程の問題で、

 美遊一人にすることに他ならない話であった。

 

 士郎のように、生まれ変われるならそれでいい。

 しかし、今回は士郎の主観では突然現れたのだ。

 

 ラグ。

 逆行。

 転移。

 

 士郎の脳裏にそれら言葉が並ぶ。

 

 この世界はそんなにやさしくないと知った士郎だからこそ、悔いている。身元保証人も無しに、現代日本で生きていくことはできない。それは出来たとしてとても過酷なことは想像に難くない。

 だからこそ、データで知り、事実を確認したかったのだ。

 間違っていてくれ、と。

 

「でも、それってストーカーじゃないかしら。変態ね」

「いやでも……」

「いいじゃない、本人に直接聞けば」

「……」

 

 士郎は考える。

 それでイエスと答えたとしよう。

 だが果たして、自分に兄と名乗る資格があるのだろうかと。

 

「面倒ね。こんなにシンプルで分かりやすい話なのに」

「え……」

「まぁ、いいでしょう。士郎、お腹がすいたわ。昼食を作りなさい。マーボー豆腐がいいわ」

「……わかった」

 

 椅子から立ち上がり、出ていくカレン。

 士郎は手早く今していた作業を終わらせ、後に続いた。

 残されたのは倉庫のガラクタたち。

 その中の小さな欠片が、鈍く黄金に輝いていた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 士郎はその後、マーボー片手に学校に来ていた。

 なんのことはない。

 これは士郎が頼んだこと(ハッキング)に対する、提示された報酬だ。

 依頼の際、丁寧にレシピまで送られてきたので、カレンに昼食をつくるついでに作ったのだ。

 だが、あの後片付けが終わるまで少し時間が経ってしまったので、今はもう放課後。授業を丸一日サボったことになる。

 

(まぁ、前の世界での記憶もあるし、そう真面目に受ける必要も無いんだけどな……)

 

 学力面で心配はない、赤点を取らない程度には。

 それでも士郎は授業に出たかった。

 それは何気ない平和の象徴。

 いつ、それが崩れてもおかしくないことを士郎は知っているからだ。

 

「やぁ、衛宮じゃないか。どうした、学校を休んで生徒会の仕事を手伝いにくるとは。わけがわからんぞ」

 

 士郎が向かった先、生徒会室の扉を開けようとしたとき、ちょうどメガネの男子生徒と出会った。彼は柳洞一成。士郎の友人だ。

 

「よう、一成。それについては目を瞑ってくれ。それで、書記はいるか?」

「書記……あぁ、うち(生徒会)の書記ならさっき、部費報奨金を即行で使い切った件について、先生に呼び出されたぞ」

「……何やってんだ」

「どうした、用事か?」

「あぁ、ちょっとな」

「そいえば、衛宮が来たら渡して欲しいって封筒を預かっていたな」

「え?」

「ラブレターにしては淡白だな。まぁいい、受けとれ」

 

 そう言われ、士郎は受け取った。

 中には一枚の紙が入っているようだ。

 

「俺は用事があるからいくぞ、じゃぁな」

「あぁ、またな」

 

 去っていく一成を見送って、士郎は封筒の中にあった紙に目を落とした。

 壁に寄りかかり、文字を追っていく。

 

 曰く、

 

 おそらくこっぴどく叱られるから、報酬は個人用のロッカーに入れておいて欲しい。

 そして、結果は黒であった。

 

 とのことだった。

 

 つまり、美遊は士郎の知る義妹である。

 美遊はひとりぼっちででこの世界に投げ出された。

 頼る親類もおらず、味方もおらずに。

 

 士郎はここで顔をあげ、目を閉じ、深く呼吸をした。

 頭の中を整理し、覚悟をして、再び内容に戻った。

 

 後の内容はあってないようなものが綴られ、最後に、エーデルフェルトが犯人と書かれていた。

 

 エーデルフェルト。

 その名前で士郎が知るのは、一人だけだった。

 フィンランドの魔術の名門、エーデルフェルト家のお嬢様で現当主。

 

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト……」

 

 お向かいさんであった。

 

 

 

 

 

 

 



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転生、そして平行世界へ 4

やっと士郎さんのスペック公開。
※戦闘ナシ



「ようこそ士郎様、ささっ、中へどうぞ」

 

 士郎はその日の内に、家の向かい、エーデルフェルト家の屋敷に訪問していた。

 その案内に出たのは、ターミネーター執事こと、オーギュストだ。

 特にアポイントメントもなく、衝動的に来てしまったので返されても仕方ないと思っていた士郎だったが、すんなりと屋敷まで通してくれた。

 だが、だからこそ士郎は気付く。

 

(これは……魔術的な隠蔽術式?)

 

 士郎の持つ魔術の知識は、前の世界での一囓りと、せいぜいアイリに仕込まれたアインツベルンのものぐらいだ。

 だが、それでも"聖杯戦争"の御三家。

 ホムンクルス(人造生命体)の製造で名高い彼らは、その性質上戦闘には特化しないものの、反面、隠蔽や工作といった守りに関しても、他の魔術師家系に引けを取らないレベルのものを持つ。必然的にそれも得たと言ってもいいだろう。

 よって士郎も、分かる。分かってしまう。

 どういう種類のものかまでは分からないが、ここには何か仕掛けられている、と。

 士郎の目が少し険しくなる。

 疑惑。

 からの観察。

 思考。

 凝らせば、この執事、立ち振舞いが出来ている。

 思えば、この時期に2人転校してくるのはおかしい。

 士郎は尚考える。

 

(まさかっ!?)

 

 美遊は言うまでもなく聖杯の力を持つ。

 それは、この世界に彼女が移動してきたことが証明している。

 そしてその力は……知られれば、世界から狙われる。

 特に、魔術師が放っておくはずがない。

 つまり……

 

(敵、か……)

 

 これがまだ一般人なら良かった。

 保護されたのだと、養女になったのならよかった。

 そこに何の目的もなく、ただ彼女の幸せを願って引き取られたならよかった。

 だが、実際は……

 

(こんな……死の匂いを持つ護衛をつけている)

 

 まだ、こんなのが居なければ希望を持てただろう。

 しかし、違う。

 エーデルフォルトは気付いている。

 工房や本拠地を守るのはまだ分かる。

 だが、ただの護衛で、ここまでの者を置くものはいない。

 この執事からは、キリツグの同業者、とはまた少し違うかもしれないが、確実に慣れている空気を感じた。

 士郎はキリツグの魔術師殺しとしてのやり方も、彼に請い、継承している。幼少期より鍛えられたそれは、並みのものを越える。

 その感覚が訴える。

 強い。

 あくまでキリツグの魔術師殺しの本質は暗殺者(アサシン)

 正面から戦うのは避ける。

 まず、士郎は、頭の中で戦闘のシミュレーションを行った。

 こちらは通常火器としてワルサーWA2000及びキャリコM950、魔術礼装としてトンプソン・コンテンダーと一発だけ魔弾「起源弾」を使える。"固有時空制御"も衛宮の魔術刻印を継承しているため、反動はあるが使ってもいい。"投影"は、一番慣れてはいるものの、守護者の力という性質上、鍛練はしているが、実戦で易々と使っていい代物ではない。アインツベルンの魔術は戦闘に向かない。

 だが、この場で争うにしても、狙撃銃(ワルサーWA2000)マシンガン(キャリコM950)はそもそも持ち歩けず、今は使えない。一発の起源弾は秘策中の秘策。お守りみたいなものだ。

 よって、今使えるのは……

 

(コンテンダーと固有時空制御、この2つだな)

 

 口径には.30-06スプリングフィールド、つまりは大口径のライフル弾。個人装備で防ぐには、グレードIVクラスの防弾装備が必須だ。

 まさに一撃必殺。

 並の人間(・・・・)には初見殺しもいいところな代物だ。

 

(守護者(アーチャー)の補正か、射撃に問題はない。あとは、屋敷の遮蔽物と構造を覚えて、回避に注力すればいいか)

 

 こちらの方針は決まった。

 次に、敵戦力だ。

 執事でこれなのだから、恐らく中にも手練れがいる。

 キャリコが欲しいところだが、仕方ない。

 そして、家主のルヴィアがどういう魔術を使うかにもよる。

 支援系で、執事たちを強化されると厄介だ。

 

(情報が無さすぎる……勢いで来たのは間違いだったな)

 

 引く。

 撤退する。

 士郎がこの結論に至るまで、そう時間は掛からなかった。

 これは、士郎の経験と、キリツグの教えからのものだった。

 

(俺は兄を名乗る資格は無いのかもしれない。独りこの世界に放り出して、それで終わりだったから。だけど、それでも美遊を救わないと。次は、自分の手で……)

 

「では、失礼します」

「あ、え……?」

 

 突然、オーギュストが部屋から退出した。

 士郎は驚いて、周りを見渡すと、そこには___

 

「お兄ちゃん!?」

 

 そこにはルヴィアと遠坂、そして愛すべき義妹が3人(・・)いた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 執事、オーギュストは部屋から退出した後、先のことを思い返していた。

 

(衛宮士郎……)

 

 最近、エーデルフォルト家の周りを物理的にも、電子的にも嗅ぎ回る(やから)がいたため、対処に追われていた彼だったが、ここで予期せぬ来客があった。

 衛宮士郎。

 オーギュストは初めてここで彼に会った。

 いや、名前だけは知っている。

 お嬢様の話題によく出ている、学校の同級生とのことだ。

 更には、美遊の友人であるイリヤの兄でもあるらしい。

 彼は、お嬢様に取り付く虫がいるとのことで独自に調べたことがある。

 結果は"一般人"。

 強いて言うなら、家に使用人を雇える程度にはお金持ちであり、士郎自身は養子であるということだ。

 特に戦闘経験があるといったことはない。

 ない筈だが……

 

(一瞬だけでしたが、殺気を放ちましたね……)

 

 その時、自然と腰を落とし、"動ける"体制を取っていたことに、オーギュストは気づいていた。

 それは、歴戦の彼だからこそ気付くことであり、同時に、士郎の戦闘センスがある程度の域まで達していると目星をつけていた。

 

(普段から隠しているなら、あるいは……もう一度、経歴を洗いましょうか。今日暴れるようなら……)

 

 オーギュストの目がすっと細くなる。

 その顔には獰猛な獣が現れていた。

 久しぶりに楽しめそう、だと。

 

 対して、部屋の方からは、かなり離れたにも関わらず、声が響いていた。

 

「笑うがいいわ! 惨めなこの格好をぉおおおお!」

「遠坂!?」

 

 目をやれば、顔を手で覆った駄メイドがこちらにむかって走ってきていた。

 

(ふむ……)

 

 オーギュストの思考はすぐさま切り替わる。

 すなわち、エーデルフォルト家の使用人が粗相を犯しているのを止めるというものに。

 オーギュストにとって、個人の前に執事であり、仕える家が第一だ。

 その品格を落とすことがあってはならない。

 それが、例えばお嬢様の友人(お気に入り)だったとしても、矯正は必要だ。

 

「ふんっ!」

「うぎゃゃぁあ!」

 

 およそ淑女とは思えない声を上げて、通りすぎんとする遠坂をひっくり返した。

 

「ぎゃふん」

 

 当の彼女は、頭を床に叩きつけ、目を回していた。

 

「起きなさい、遠坂凛。貴方は今なんですか?」

「うぅ……はぁ? 何いってんのよ」

「答えは?」

「……メイドです」

「よろしい、先の行動の弁明は聞きません。お客様にお茶を出して下さい。これはメイドにしか出来ません」

「くっ、わかったわ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でキッチンに向かうのを見送ると、オーギュストは当初の目的である執務室に向かった。

 やるべきことは多々ある。

 普段の屋敷の管理は勿論のこと、

 クロエの戸籍操作に、小等部への編入手続き。

 協会への報告書。

 さらには、エーデルフォルトを調べ回るネズミの特定まで。

 

(おっと、衛宮士郎についても、警戒と、もう一度調べ直さねばなりませんね)

 

 執事の激務はこれからだ!

 

 

 

 ***

 

 

 

「それで、お兄ちゃん、どおしてここへ? もしかして、私に会いたくて来てくれたとか? きゃっ嬉しい」

「ちょっと、クロは黙ってて! ていうかそもそもお兄ちゃんがクロのこと知ってるわけないでしょ!」

「じゃぁこれからぁ、じっくりとぉ、知ってもらいたいなぁ?」

「ちょっと、胸元広げるの禁止! 」

「二人とも落ち着いて……」

 

 士郎は席に座らせられ、わいわいする皆を見るばかりだった。皆といっても、2人のイリヤだが。

 

「まぁ、(うち)の駄メイドがお茶を持ってくるまではいいんじゃありませんの? ね、シェロ?」

「あははは……そう、だな」

「その、おに……士郎さん、騒がしくて申し訳ありません」

「あぁ、別にこういうのは嫌いじゃないからいいよ」

 

 メイド服の美遊が申し訳なさそうに言う。

 本来ならおもてなしする側だが、家主であるルヴィアに止められた。一人で持ってこさせようとする、いつものハラスメントだった。

 一方、士郎は、美遊がお兄ちゃんと言おうとして、士郎さんと呼ぶことに、彼自身、少なからずショックを受けていた。

 

(美遊……)

 

 士郎は考える。

 ここで、自分が兄と名乗り出たらどうなるだろう、と。

 美遊は笑って、前のように抱きついてくれるだろうか。

 はたまた、怒って、そっぽを向いてしまうのだろうか。

 

(いや……こんな平和なことを考えれるってことは……ここが、この場が、美遊の居場所なのかもしれない)

 

 もしかしたら士郎が美遊の名前を思い出せなかったように、兄の存在を、美遊は忘れ、もとい、必要としていないのかもしれない。

 お兄ちゃんと呼ぶのは、微かな残り香がそうさせているのかもしれない。

 また、聖杯は、士郎の願いを聞き届けており、美遊は幸せなのかもしれない。

 士郎が考えた、美遊がまた利用されることなんて無いのかもしれない。

 たらればなど、いくらでも考えられた。

 

(……あぁ、なら)

 

「美遊……ちゃん。今の生活は幸せかい?」

「……え? 幸せ、だと思います」

「シェロ、変わった質問をしますわね。あぁ、まさか! この(わたくし)が、義妹を凛のように扱うとでも?」

「あ、いや……そうだな。流石にないよな」

「ルヴィアさん……凛さんを粗雑に扱ってる自覚あったんですね……」

 

 言われてみれば、おかしな質問だったかもしれない。

 士郎は流れに身を任せ、曖昧に答え、笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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命儚い、恋せよ少女よ

前回デイリーランキング入ってました!
ありがとうございます。



 だがしかし、ここに1人士郎の発言に疑問を持つ者がいた。

 

(お兄ちゃん、本当に変なこと(・・・・)を聞くのね……)

 

 クロエ、クロエ・フォン・アインツベルンは先程の様子を、イリヤと戯れながらも、静かに観察していた。

 

(昨日の雨のとき、美遊の態度はおかしかった。そして、お兄ちゃんの美遊へ接するそれも何か引っ掛かる)

 

 クロエは、元々は両親が封印していたイリヤの小聖杯としての機能と人格で、長い年月と地脈およびカレイドステッキの魔力など、様々な影響によって顕現した存在だ。 故に、その在り方は不安定。例えるなら、マスター不在で現界してしまったサーヴァントだ。それは魔力供給をどこからか受けねば、魔力枯渇により消滅するということを意味する。

 

「ちょっとクロ、聞いてるの!?」

 

 その対象は、イリヤ・フォン・アインツベルン。

 詳しくは割愛するが、元が元だけに、効率がいい。

 そして、本来、クロエはイリヤの危機において一時的に人格が交代して彼女の安全を保持するための安全装置だ。 そのスペックは見た目が小等部学生とはいえ、並み一通りではない。元アインツベルンの最高傑作で、当然のように魔術には通じ、その本質は過程を省くこと。擬似瞬間移動などを使える。

 では、これらクロエのスペックの中でも焦点を当てるべきところはどこか。それは、彼女の持つ知識だ。

 魔術刻印というのは、その家の者を識別する目印のようなものにも使われる。なので、知っている者、即ち一族には分かってしまう。

 それは、生まれながらにして知識を植えつけられたクロエも例外ではない。既にアイリとキリツグは夫婦だったため、衛宮の魔術知識も入っているのだ。

 

(衛宮士郎。お兄ちゃん。こうして外に出てまで魔術刻印を感じることから……最初は衛宮家だからかと思ったけど、どうやら違うみ。お兄ちゃんは……魔術師。これに、美遊と一体どんな関係が……? そもそも、美遊はアインツベルンの関係者?)

 

「ていやぁ!」

「あいたっ」

 

 クロエは思わず声を出してお腹を抱えた

 思考を中断せざるを得ない勢いで、イリヤのパンチが決まったのだ。

 

「ちょっと、イリヤ! 何するのよ!」

「だって、クロがお兄ちゃんの方をずーと見てたんだもん。熱っぽい視線で」

 

 クロエは、知らないうちに思考に耽ってイリヤのことをほったらかしにしていたらしい。

 何と言ったものかと悩んでいると……

 

「はいはい、イリヤにクロ。そろそろじゃれあうのはよしてくださいな。いい加減シェロに、クロエ、あなたを紹介しなければなりませんでしょう?」

 

 ルヴィアに言われ、イリヤは渋々ながらも引き下がったようだ。その顔は、ぐぬぬ、と今にも飛びついてきそうな雰囲気を漂わせている。

 

(ハァ、イリヤは子供ね……まぁ、確かにルヴィアの言うように紹介してもらわないといけないし。魔術と美遊については後で聞けばいっか)

 

 クロエは後で士郎に会いに行こうと心に決めながら、士郎たちの方に向き直った。

 

「えーと、紹介? 随分大袈裟だなぁ」

これから(・・・・)のことを考えると、今のうちにと思いまして」

「あ、ルヴィアさん、凜さんが戻ってきました」

「あら、そう……あら? あらあら? 遠坂凜、メイド服はどうしたのかしら?」

「くっ、別にいいでしょ」

「さっきのも可愛かったぞ」

「~~ッ! バカっ」

「いてっ」

「くっ、こうなったら(わたくし)も」

「張り合わないでください……」

 

 美遊ですら呆れた声を出す。

 次第に場はいつも通りの彼女らに戻っていた。

 ……クロエを除いて。

 

「お兄ちゃん、私、クロエ・フォン(・・・)アインツベルン(・・・・・・・)。イリヤの従姉妹(いとこ)になるのかな? よろしくね!」

 

 内心とは別に、にっこりとした笑顔でそう言ったのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その帰り、家に直帰する気分にもなれず、士郎は町をぶらぶらと歩いていた。そして、ふと、先程のことを思い出す。

 

(クロエ・フォン・アインツベルン……アインツベルンか)

 

 クロエの名字、たった数文字だが、士郎はこのワードに表情を強張らせた。

 

 そして、衛宮士郎はこの言葉に反応せざるを得ない理由(・・・・・・・・・・・)がある。

 それは……

 

(アインツベルンは……もう、ない)

 

 そう、魔術師のアインツベルンはすでに存在しない。

 彼らは裏切った魔術師殺しとホムンクルスによって一掃された。

 

(そして従姉妹……そんな話は聞いたことがない)

 

 ならば……

 

(復讐、だろうか)

 

 例えば、かの家に生き残りがいたとして、この数年で力を取り戻したとしよう。

 すると、彼らが考えることは何か。

 復讐。

 魔術師の悲願、根源を目指すための手段である聖杯戦争を止められた怨みの無いはずがない。

 故に、クロエを送り込む。

 あり得そうな話だ。

 しかし、それならわざわざ警戒されるであろうアインツベルンの名前を出す必要は無い。

 

(ならば、彼女は何なのだ? 何かを見落としている……?)

 

 こちらの聖杯戦争のあらましを一通りは聞いている士郎だが、全くもって見当がつかない。

 

 次第に思考の海に耽り、美遊のこと、クロエのこと、そしてエインズワースの、ジュリアンのことを考えていると……

 

(自然の匂い……あっ)

 

 気付けば森に入っていた。

 時刻は既に日をまたぎそうだ。

 

(……しまった、こんな遠くまで。もう暗い。後でまたセラに叱られそうだ)

 

 士郎はひとつ、ため息をつくと、森から出るために足を踏み出した。

 すると____

 

「うわっ!?」

 

 足を踏み出した先に沼があったようだ。

 どうやら底無し沼と言う奴らしい。

 ずるずると引き込まれている感じがする。

 

「はぁ、まだ片足でよかった」

 

 士郎は踏ん張り、足を引き抜こうとする。

 しかし、中々抜ける様子はない。

 しかも、感覚で分かることだが、魔術を阻害する効果もあるらしい。

 

「しかし、なんでまたこんなトラップが……」

 

 士郎がどうしようかと思案していると、ふいに声を掛けられた。

 

「何をしているんだ?」

「あぁ……って、一成? どうしてこんなところに?」

 

 振り返るとそこには、穂群原学園の生徒会長、柳洞一成(りゅうどういっせい)がいた。

 その姿は制服で、とてもこんな森に来る格好ではない。

 

「大丈夫か、ほら、手を貸せ」

「すまない、ありがとう」

 

 不思議に思いながらも、感謝の言葉を告げる。

 因みに、引き上げるときの一成は、士郎の手はがっしりとしていて男らしいな、とポツリとこぼしていたが、士郎には聞こえなかった。

 

 泥を払い、早々に立ち去ることを決めた士郎と一成。

 改めて士郎はどうしてこんなところにいるのか訪ねてみることにした。

 

「街で衛宮を見掛けてな、目が合ったから挨拶しようとしたんだが、何処かに虚ろな目で歩いていて、そのままスタスタ行ってしまったんだ。それで、様子がおかしいと思ったからからつけてきた、という訳さ。しかし、衛宮は歩くのが速いな。追い付くのが大変だったぞ」

 

 なるほど、たしかに一成の手には買い物袋のようなものが握られており、その帰りだったことが伺える。

 

 そして、彼の発言を少し考察してみる。

 

(虚ろな目? 俺が一成に気付かないなんて……しかも、ここまで来る途中の過程を思い出せない)

 

 友人の言う事だ。嘘ではないだろう。

 士郎はこの現象の心当たりを探ってみる。

 虚ろな目。ある一点に向かって誘導する。道中の過程を思い出せない。このことから導かれる解は……

 

(まさか、暗示!? いつ掛けられた? 一体誰が……)

 

 そう、こんなこと普通(・・)はありえない。

 ならば、魔術関連で何かされたと考えるのが打倒だろう。

 士郎は動揺を表に出さないよう、取り繕い一成に向き合う。

 

「そうか……少し考え事をしていたから、そのせいかもしれない。すまない、一成」

「疲れているんじゃないか、週末にいつも一緒にやってる宗一郎兄との鍛錬、今週は無しにしてもらおうか」

「いや、大丈夫だ」

「無理は良くないぞ」

「葛木先生みたいな使い手の指導を受けられるんだ。休むなんて勿体ないだろ?」

 

 葛木宗一郎(くずきそういちろう)は穂群原学園の倫理を担当する先生だ。と、同時に、役割の異なる二つの拳打を用いた特殊な暗殺拳"蛇"の達人でもある。

 その構えは、左は"しなる鞭のように円弧を描く"と"垂直かつ直線的"という二つの軌道を組み合わせての牽制と可変軌道による強襲を担当し、対する右は普段は動かさず、ここぞというときに強力な一撃を放つ、という代物。形が非常に奇特で読みづらく、奇襲についてこの上ないほどに優れるものだ。

 士郎たちは、特に士郎は葛木先生から望んで指導を受けている。

 

「はは、衛宮も物好きだな。その熱意、一体何と戦うっていうんだ?」

「っ……それは……」

 

 士郎は一瞬で思案する。

 

(俺の仮想敵としているのは……エインズワース。特に、最強の英霊、ギルガメッシュのサーヴァントカードを持つ女性だ。彼女に負けないようにするには……手札は大いに越したことはない)

 

 現に、守護者の力だけでは彼女には勝てなかった。なので、キリツグ、アイリからそれぞれ教導を受け、己の戦略の幅を広げた。だが、それでも油断はできない。日々の鍛錬という、出来ることは必ずし、さらに余裕のある範囲で新しい技を習得するのは、この士郎にとって必要なことである。

 その点、葛木先生がそういう使い手で、本人も誰かの役に立つという願いを持っていたのは、士郎にとって幸いであった。両者の目的が合致し、弟子となることが出来たのだから。

 

「あぁ、いや、別に深い意味はないぞ。そんな悩まないでくれ」

「あぁ……」

 

(いつか、話せる時が来るといいんだが……)

 

 秘密という大層なものではないが、巻き込むのは忍びない。

 と、ここで士郎はどこからか視線を感じた。

 

「ところで、衛宮。気付いているか?」

「……あぁ。つけられてるな」

「心当たりは?」

「ない……が、もしかしたらキリツグの顔が割れたかもしれない」

「キリツグ……衛宮の養父か。前に一度会ったときの感じでは、そんなへまをする人には見えなかったんだがな」

 

 とは言え、一成には、多少はぼかしているがキリツグのことを紹介している。先生にも、守るための力が欲しい、と同じような話で通した。

 

「過信は禁物だ。人間ミスする生き物なんだから」

「師匠とも言える人物に辛辣だな。いや、そういう教えと言っていたか。っと、気配が消えたな」

「ああ。街に戻ってきたし、一般人を巻き込むのを避けたのかもしれない」

「父親がその業界(・・・・)では名の知れた傭兵、か。改めて、衛宮の立場は大変だな。フィクションだったら絶好のネタなんだがな」

「ああ……」

「だが、それに準ずればこの場合、相手が一人とは限らないんじゃないか? 早く家に戻った方がいい」

「わかった、そうするよ。そしてすまない。一成もこれでターゲットに入ったかもしれない」

「なに、気にするな。俺も衛宮と同じで宗一郎兄の弟子だ。そう易々とヤられたりせんよ」

「そうか」

 

 頼もしい発言に、気を使ってくれているんだな、と感謝しながら、遂に分かれ道にたどりついた。

 

「じゃぁな、衛宮」

「おう、またな一成」

 

 2人は夜道を分かれ、それぞれ帰路につく。

 そこに立つ街灯は、ぱちぱちと点滅しながらも二人の背中を照らしていた。

 

 

 



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命儚い、恋せよ少女よ 2 ※アンケート有り

保健室イベント
ダイジェスト+ガバガバ設定でごめんなさい



 此度の裏側、クロエはその様子(・・・・)を観察していた。

 

(お兄ちゃん……)

 

 目線の先には、沼に片足を突っ込んだ義理の兄、衛宮士郎。

 クロエはその兄に僅かながら失望していた。

 だがそれは、決して自分と同じ様に、情けなくも沼に嵌まったからではない。

 

(こんな簡単な暗示にかかるなんて)

 

 魔術師としてのレベルの話でだ。

 衛宮の刻印を引き継いでいるなら、その家の1人しかいない跡取り、アインツベルンを名乗ることが出来る魔術師であるはずだ。にもかかわらず、クロエの放った、ルヴィア家の書庫にある適当な(・・・)魔術を行使すると、あっさり引っ掛かってしまった。

 

 クロエは士郎を、自らの存在価値をかける相手に相応しいと予感していた。

 衛宮の魔術に技術、それにアインツベルンのモノを加えた、まさに最高傑作。恐らく切嗣(パパ)アイリ(ママ)も、仕込みに手を抜くことはないはず。最高の作品、それを下せば、何も持たない自分でも何か手に入ると、そう考えていたのだ。

 

 故に、その失望は深い。

 あの様子なら簡単に下せる、いや、そもそも教育を受けていない素人の可能性すら出てくるのだ。

 

(だけど、あの男は……?)

 

 少し前にやってきたメガネの男が、士郎を引っ張り上げていた。彼も相当身体を鍛えているようで、すぽんと簡単に士郎を引き抜いた。その様子からして、かなり親しい仲だろう。

 しかし何故だろう。

 男は引き上げ、その勢いでその腕に士郎を抱える。俗にいうお姫様抱っこだ。二人の顔は近く、士郎も少し驚いている程だ。しかし、それは一瞬。彼はすぐに降ろしてしまった。

 

 そのとき、不意に男がこちらの方を向いた……ような気がした。

 

(っ!? 目が合った?)

 

 だが、士郎とメガネの男は気にせず話続けている。

 と、移動するようだ。

 

(気のせい……よね。なんだろう、あの男、放っておいたら不味い気がするわ)

 

 沸き上がる名状しがたい気持ちに頭を悩ませながら、二人の跡をそっとつける。もう街明かりは目前だ。

 

「ところで衛宮。気付いているか?」

 

 わざと、そう、クロエに聞こえるように男がわざとそう言った。その証拠に、士郎が何と返したかは聞こえない。今までは会話など聞こえなかっが、ここに来てわざわざ言うということは……

 

(っ!? ……やっぱり気付かれてたか。ふーん、魔術師なら神秘の秘匿、市街地で仕掛けてくるなっていう忠告かしら。あの男の方が魔術師っぽいわね)

 

 これは偶然であり、偶々であるが、クロエはそう解釈してしまった。この街にいる、ルヴィアたち以外の魔術師候補1名が入った瞬間だった。

 

(頃合いね、撤収しましょう)

 

 1つ大きく跳躍し、木々の上から遠方の地面に降り立つ。

 そしてそのまま、疑似転移と跳躍で街の家々の隙間を縫いながら、ルヴィア家に戻ることにした。

 

(お兄ちゃんは刻印を引き継ぎこそすれ、知識は無い。もしもの時の保険かしら。それとも本命はイリヤ? 分からないわ) 

 

 考えても、その答えは浮かばない。

 だが、実は書庫の本が世間一般____とは言っても魔術界隈での話だが____で見れば、封印指定の一品であったこと、つまり、並の魔術師では防げない代物だったことに気付くのはまだ先の話。また、クロエが簡単だと言えたのは、彼女の本質、"過程を省く"というものの恩恵だった。そして当然のごとく、これの対策を士郎は怠ることはない。結果、これは彼の強化にも繋がることとなる。

 

(それにしても、あの男、何故私に気付いたの? なにか魔術を使った感じはしなかった。気配とか? まさか、ね)

 

 クロエの考察は的を射ていた。

 士郎と共に男、柳洞一成(りゅうどういっせい)は、葛木宗一郎(くずきそういちろう)から手解きを受けている。

 その本質は暗殺。

 気配を察し、消すことは十八番(おはこ)だ。こと、この分野において、一成は士郎以上に才能があったことも、今回の要因だ。

 

(あっ)

 

 気付けば、足が止まっていた。

 考え事のしすぎで周りが見えていなかったようだ。

 一端思考を中断し、はぁ、と一息つくと……

 

(……帰ろ)

 

 月は高く上り、彼女をやさしく見守るばかりだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 クロエが学校に通うこととなった、その翌日。

 イリヤと美遊はそのことを教室で話し合っていた。

 

「うぅ~」

「あ、イリヤ、その、えっと……一緒に頑張ろ?」

「ありがとう、美遊」

「だから、元気を出して」

「そうだね! 美遊も一緒なんだし、前向きに考えよう! 大体、同じ学校って言っても、クラスが別なら大丈夫だし! 思い出してみれば、うちのクラスにはこの前、美遊が来たばっかだし!」

 

 イリヤは拳を握りしめ、声高らかにそう叫ぶ。

 だが、対照的に、美遊は冷静だ。

 この後の展開が容易に想像できていた。

 

(ルヴィアさんが不確定要素のクロエを一人にしておく訳がない……)

 

 つまり、悲しきかな。

 イリヤの願いは叶わない。

 その事をそっと告げようとするが……

 

「あ、あの、イリヤ」

「同じクラスに連続で転校生が来るなんてことは、無いだろうし!」

「あのね、イリヤ」

「お? この席誰のだ? さては、転校生でも来るんだな!」

 

 チビッ子の一声で、イリヤはようやく黙った。と言うより固まった。

 だが、彼女の持ち味の一つは諦めの悪さ、言い替えると楽観的思考である。

 故に、まだイリヤは足掻く。

 まだ足掻く。

 

「……ぅう、それに、もしかしたら転校の手続きに失敗したりとかも!」

「……うん、ソウダト、イイネ」

 

 美遊はもう何も言えなかった。

 親友の言っていることを頭から否定するのは中々難しいものだ。

 

 そして幾ばくか過ぎ……

 

「初めまして、クロエ・フォン・アインツベルンです。クロって呼んでね? えへっ」

「……」

「なんとぉ、イリヤちゃんのぉ、従姉妹なのです! みんな、仲良くしてあげてね」

「タイガー顔が乙女だぞ!?」

「因みにね、私の初めての人なの」

「タイガー何言ってんだ!?」

 

 案の定、クロエは同じクラスだった。

 そのときのイリヤの表情は、美遊の席だと後ろからになるから見れないが、絶望に染まっていたのは、想像に固くない。

 実際、顔は死んでいた。

 

「今日からよろしくね、美遊ちゃん!」

 

 よろしく、と美遊は返し、そのまま学校生活がスタートする。

 その日、イリヤがやけに静かなのが印象的であった。

 

 だが、事は、体育の授業のときに起こる。

 

「よぉ、クロちゃん」

「ちょっと面貸してくれるかのぉ?」

「んぁあ゛?」

 

「え、何? いぢめ?」

 

 どうやらクロエに魔力供給(キス)された人たちがクロエに決闘を挑むらしい。

 美遊は止める理由も無いので、黙って見守ることにした。

 

「いずれ時が来たら兄貴に捧げる予定だったのに……」

「おぉ、そうだったのか、たっつん! イリヤと同じだな!」

「わぁあ、何言ってんの、何言ってんの!」

 

(イリヤも同じで、お兄ちゃんのこと……好き、なんだ)

 

 好き。この場合、それには"like(家族愛)"か"love(恋愛)"の意味があるが、それはきっと後者だろう。そう美遊は目星をつけていた。

 そして、美遊自身の兄への気持ちは、同じ"好き"でも、今のところ前者である。

 

 とは言え、美遊の兄は、前の世界の義理の兄(士郎)

 決して、今の世界の彼ではない。

 

(それにしても、イリヤのお兄ちゃん、ホントにそっくりだった……)

 

 美遊は、あの雨の日、抱きついたことを忘れられなかった。

 いや、忘れられない。

 あの雰囲気は確実に兄そのものだった。

 

(もし、奇跡でも何でもいいから、お兄ちゃんに会えたら……)

 

 静かに目を瞑り、想像する。

 だが、頭に浮かぶのは、最期の光景……

 

(っ……)

 

 お兄ちゃんはもういない。

 美遊は言い聞かせるように、その言葉を心の中で繰り返した。

 なまじ現実を理解してるが故、甘い幻想は見ない。

 きっとそれに浸って、前を向けなくなると推測していた。

 

「弔い合戦じゃぁー!」

 

 そんな沈む美遊とは対照的な、チビッ子たちの元気な声が聞こえた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ、暇ね。危篤状態の重病人でも運び込まれてこないかしら」

 

「先生、助けて!」

「ボールぶち当たったイリヤが目を覚まさないんだ!」

「あと、何故かクロも……」

 

 あの後、ドッジボールで戦ったイリヤとクロエ。

 勝負は、イリヤにクリティカルヒットし、クロエが痛覚共有の魔術でダウンするという、引き分けに落ち着いた。

 元々は"奪われまし隊(イリヤの友人+先生)"vsクロエだったのだが、なんやかんやあってW(ダブル)イリヤ対決となった。

 

「つまらないわね、ただの軽い打撲。ほとんど外傷らしい外傷は無いわ」

 

 それを聞いて美遊は、ホッと安心する。

 イリヤも寝込んでいることだし、イリヤたちの着替えを持ってくることにした。

 少しこの場に居づらいというのもある。

 

「あ、美遊ちゃん、どこ行くの?」

「2人の着替えを取ってくる」

 

 

 

 ***

 

 

 

「クロ、これ……」

「ん、ああ、ありがと」

 

 保健室に戻ってくると、そこから出てくるクロエに遭遇した。

 

「アイツにはあまり近付かない方がいいわ。見透かされたくないことがあるなら」

「……」

 

 見透かされたくないこと……この口振りから、クロエは何かに気付いているのだと思った。美遊は少し警戒するが、忠告はありがたく受け取っておくことにした。

 しかし、気になるので、どういうことがたったのか、何に気付いたのか問いただそうとすると……

 

「着替え、ありがとね」

 

 察したのかどうか分からないが、そう言ってすぐに去ってしまった。

 いつまでも保健室の前で突っ立っているのもおかしいので、中に入ることにした。

 

「あら、さっきいた娘ね。まだ何か?」

「いえ、その、イリヤの様子を見に……」

兄妹揃って(・・・・・)心配性ね。私が信用できない?」

「いえ、そうでは……?」

 

 カレン先生の言葉に引っ掛かりを覚えた美遊。

 だが、その意を問う前に、来訪者に妨げられた。

 

「イリヤちゃん、目を覚まして! ほら、お兄ちゃんも連れてきたから! 頑張って! 生き返って!」

「ちょっ、藤村先生。あんたが先に落ち着いて、んごぅ」

「保健室では静かに」

「ふぇ、なんで、俺が?」

 

 そこにいたのは、士郎と担任の藤村先生だった。

 士郎は藤村先生に首根っこを捕まれ、連れられてきたようだ。

 今は顔にカレン先生の投げた包帯のようなものがぐるぐると巻き付いている。これは"男性を拘束する"という特性を持った聖遺物、"マグダラの聖骸布"であるが、美遊を含め、この場では本人のみぞ知る話だ。

 

「あ、あの」

「っ!? 美遊、ちゃん……?」

「イ、イリヤは大丈夫です。ボールが顔に当たっただけで……」

「そっか、大怪我とかじゃなくてよかった。この人が大袈裟に言うから……」

「なっ!? 心配して何が悪いっつーの! それでも兄か、コリャア薄情者!」

「そうじゃなくて、もっと冷静に的確な事実確認を……」

「イリヤちゃんがケガをして意識不明って言ったじゃないの! コンチクショウ、アンチクショウ、ほれほれなんか言うてみなはれ!」

 

 仲が良くていいな、とそのじゃれあいを見ながらも、さっきのカレン先生の言葉、"兄妹揃って"という意味を考えざるをえなかった。

 

(妹が私だとしたら、カレン先生は私に義兄がいることを知っている……? でも、何故? 知るわけがない)

 

 カレン先生が誰かと間違えている可能性もあった。

 しかし、あのときの目は、なにか確信をもっているようにも感じる。

 

(そもそも、その言い方なら、お兄ちゃんがカレン先生と知り合いということに……? それこそありえない。文字通り、世界が違う)

 

 ならばやはり勘違いなのか。

 はたまた美遊の聞き間違えなのか。

 

(そもそも、士郎さんは"はじめまして"と私に言った)

 

 あの雨の日。

 士郎は"そう……か。みゆ、美遊か……あぁ、ごめん。はじめまして(・・・・・・)、俺は衛宮士郎。イリヤと仲良くしてくれてありがとう"と言った。

 ……。

 あのとき、何故士郎は"美遊"という名前を大事そうに呟き、暫く間を取ったのだろうか?

 今になって思い出してきた。

 何かがおかしい。

 ずれている。

 だが、それが分からない。

 思考はぐるぐるまわり、美遊は、やはりありえないという結論に落ち着いた。

 "はじめまして"。

 この一言が決め手となる。

 それだけで、他のことは些細なものに思えた。

 

 と、色々と考えていると、いつの間にかそのじゃれあいも終わっていたようだ。

 

「では、カレン先生、イリヤちゃんのことよろしくお願いします。士郎もちゃんとイリヤちゃんのこと見てるのよ。失礼します」

「りょーかい」

「分かりました。藤村先生もお大事に」

 

 去っていく藤村先生。

 これで保健室の中には美遊、カレン先生、士郎、そして寝込むイリヤの4人になった。

 

「カレン」

 

 不意に、士郎がカレン先生のことを呼び捨てにして呼んだ。

 思わず、カレン先生の方を向くが、特に気分を害した様子もなく、普通だった。

 

(え、なんで?)

 

 カレン先生は、どちらかというと呼ばれ方に無頓着そうだが、士郎が、まさか先生を呼び捨てにするなんて、想像できなかった。

 世界が違うので、その辺微細ながら、変わってくるものなのかもしれない、と美遊は結論付けた。

 

「すまないが、荷物を取ってくる。その間イリヤを看ていてくれ」

「そう。いやよ」

「へ?」

「面倒だもの。心配ならそこの娘に頼むか、さっさと戻ってきなさい」

「なんでさ……」

 

 だが、それにしてはよく知った仲に見える。

 美遊が少しむかむかしてしまう程に。

 

「じゃぁ、美遊。イリヤを頼む」

「あ、えっと、はい」

 

 ぶつぶつを言いながらも、士郎は言う通りさっさと出ていってしまった。

 

「……」

「…………」

「………………」

「……………………」

 

 その場は、静寂が支配していた。

 流れるのは、カレンがお茶を啜る音だけ。そして時折ノートをめくる音。

 カレンは自ら何か言うということは少ないし、美遊も、聞きたいことはあるが、この静寂を破る勇気が出なかった。カレンの些細な言葉で、兄はいないと、もう会えないのだと再確認してしまった。そのため、美遊の心はひどく落ち込んでいた。士郎が急いでいたため、美遊を呼び捨てにしていたが、それを気付かない程に。

 

 

 

 ***

 

 

 

「イリヤ、気が付いたか」

「んー……お兄ちゃん!?」

 

 あの後、特になにも起きず、士郎は戻り、イリヤを看て、カレンは書類を整理し、美遊は親友の様子を見守るという形に落ち着いた。

 

「体育の授業中、倒れたって聞いてさ、ビックリしたよ」

「そっか、私、ドッジボールで……」

「でも、大したことないみたいだな、よかった」

「あ、うん。心配かけてごめん」

「まったく、顔は大事にしろよ? 女の子なんだからさ」

「はーい」

「どうする、セラに電話して迎えに来て貰うか?」

「い、いいってそんな、過保護過ぎ」

「イリヤ()大切な家族だからな、過保護なくらいでちょうどいいんじゃないか?」

「それにしたって限度があるよ」

 

 

「……」

 

 2人の様子に、更に気分が沈む。

 本当はイリヤが良くなって嬉しい筈なのに。

 

「(……お兄ちゃん)」

 

 気分を変えるためにも、夕焼け空を眺める美遊。

 遠くで2羽の鳥が仲むつまじく飛んでいるのが見えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 カレン以外、誰もいない保健室。

 椅子に深く腰掛け、物思いに耽っていた。

 

「ふぅ、やれやれ。無駄に面倒な子が揃ったわね」

 

 思い浮かぶのは、イリヤ、クロエ、美遊、そして士郎。

 全てアインツベルンと関係する話というのが、彼女をまたげんなりさせていた。

 

 カレンは聖堂教会の人間だ。

 と、同時に、彼女自身、アインツベルンと協力関係(・・・・)にもある。でなければこの冬木で"聖杯"の監視などしていない。

 その一環として、アインツベルンの話、そして士郎個人の話を一通り聞いていた。

 

「奇跡、偶然、必然……意味があるのかないのか、何かが起きるのか起きないのか」

 

 しばらく目を閉じ、ゆっくりとまた開く。

 

「まぁ、どうでもいいでしょう」

 

 確かに協力関係、教会の情報をアインツベルンに流し、士郎たちを守る報酬を貰う契約だ。とはいえ、むしろ代わりに教会の雑務を士郎にやらせて楽をしているぐらいでもある。始まりは、教会の人脈、もといカレンの人脈を駆使して、名も知らぬ少女を探したことだったか。

 とにかく、契約はあれども、人間関係までは専門外。

 聖杯の監視と、アインツベルンの調査など外部からのものはなんとかしよう。だが、それだけだ。

 

「ふぅ、暇ね。半死半生の患者でも運び込まれないかしら」

 

 ポツポツと独り言を溢しながらも、戸締まりをし、机の中から一冊のノートを取り出した。見た目こそ普通の大学ノートといった風だが、その表紙には、小さく聖堂教会の烙印(・・・・・・・)が押されていた。一応は聖堂教会のシスター、もといエクソシストなのだ。仕事はこなさねばならない。

 ペンを持ち、そのノートにすらすらと文字を綴る。

 

 

 

 

『7月4日

 

 定時報告

 

 ・本日も異常なし。』

 

 

 

 音を立てて椅子を回し、身体を校庭の方を見た。

 太陽はもうすぐ沈む。

 

 と、カレンは書いたノートを引きちぎり、そして、おもむろにそれをかざした。

 すると、その紙に変化が起きた。

 その綴られた文字が黄金に光り、際配列される。

 その出来上がった命令(・・)にカレンは眉をひそめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4 juillet(7月4日)

 

 S'il vous plaît soutenir le suivant.(次の者を支援せよ。)

 

 

 ・Bazett Fraga McRemitz(バゼット・フラガ・マクレミッツ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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アインツベルン城

あけおめことよろです。
お読み頂きありがとうございます!
年は変わってしまいましたが、
引き続き本作をよろしくお願いいたします。

【今までのお話】

士郎「妹だいすき! だけど兄の資格なんて……」
美遊「お兄ちゃんだいすき/// 士郎さんってお兄ちゃんに似てる……?」



 これは、俺の______衛宮士郎のもう1つの後悔。

 あの日、かつての俺は衛宮邸である少女と邂逅していた。

 

『これが、最後です』

『最後なんですっ、私だって本当は、もっとセンパイといたかった!』

『それももう、終わり……聖杯戦争が始まりました』

 

 楽しい一時の後、突如としてこう言い出したのは間桐桜(まとうさくら)。彼女は士郎含め2人だけしかいない弓道部の後輩であり、俺の射形を好きだと言ってくれた少女だ。

 

『間桐はその儀式を作り上げた家系の1つなんです』

 

 その内には、多くのものが秘められていたのだろう。それは話す内容からして想像に難くない。

 だが、俺は最初何の冗談かと、桜の気持ちなど考えもせず、騙していたのかと憤ってしまった。桜の顔を見れば、目尻に涙を浮かべ、今にも泣き崩れてもおかしくない様子だ。

 俺は慌てて口をつぐみ、何か声をかけようとして、何も言うことが出来なかった。

 そんな俺を気遣ってか、何事もなかったかのように桜は続ける。

 

『聖杯戦争は、このサーヴァントカードを使って、自身を英霊化させて殺し会う儀式です』

『このカードの英霊は、英雄王ギルガメッシュ。間違いなく最強の一枚でしょう』

『**ちゃんを助け出したいなら、聖杯戦争の勝者になって下さい。このカードなら、不可能ではないかもしれません』

 

 それは此度の聖杯戦争の在り方(ルール)

 ただ一つ俺が思ったのは、俺の最愛の妹が生け贄になる、そのことだけだった。

 あぁ、そうだ。俺はこの時、選択肢があったんだ。

 桜……

 だけれど、俺は……

 

『けど、もう1つ、許されるならっ、許してくれるならっ!』

『逃げてください! 魔術のことも、**ちゃんのことも忘れて、どこか遠くへ! センパイがそれを選んでくれるなら、私も全部捨てて、一緒に』

 

 俺は……

 桜を選ばず(捨て)______

 

『ダメですよぉ、センパイ?』

『ひどいですセンパイ。センパイにするのもされるのも、私じゃなくちゃダメなのに……』

 

 ……なんだ、これは。

 コイツは何を言っている?

 俺は知らない。

 知るはずがない。

 こんな______

 

『私とセンパイがお話しているのに、どうして知らない女が入って来るんですか?』

『はぁ、後でセンパイお仕置きしなきゃ。センパイを理解出来るのも、センパイを愛するのも、センパイを殺せるのも、私だけなのに』

『センパイ、誉めてくれるかなぁ。こう見えても私、得意なんですよ? 害虫を駆除するの』

 

 ______こんな(記憶)、あるはずが……

 

「っは!?」

 

 俺は思わず飛び起きた。

 その拍子に、今まで座っていたらしい椅子がガタンと倒れた。

 心臓のドクンドクンという音がうるさい。体は冷や汗びっしょりで、服に張り付いて気持ちが悪かった。

 平常心に戻るため深くゆっくりと呼吸しながらも、俺は周囲に目をやった。

 

「夢、か……」

 

 見れば、部屋は消灯され、空は真っ黒だ。

 しかし、窓から差す月明かりでうっすらと内部は照らされて、怪しく設置されたモニタや壁に掛かった銃器が光る。

 ここは……衛宮邸でもなければ衛宮家でもない。

 士郎の自室にこんな秘密基地的な造りはなく、所詮民家である。

 しかし、ここは違う。

 灯りは灯されていないとはいえ、天井には芸術品のような照明とモニタがぶら下がり、武器を描けてある壁は物静かな、しかし温かみを感じさせる石で出来ている。顔を動かせば、窓から見えるのは暗い木々と、輝く遠くの街並み。

 

 そう、ここは士郎にとって見慣れたアインツベルン城。

 今は違うが、かつては基本的に明かりが落とされる事のない不夜城として存在していた。外観は、建造物その物を俯瞰すれば凹字型になっており、中央のへっこみ部分が中庭に当たる。対霊加工は完璧で、半端な幽霊では進入出来ない。出来るとしたらそれは霊格の高い、名のあるモノのみといった仕様だ。

 その城の一室であった。

 

「あぁ、そうか……俺は……」

 

 倒れた椅子を起こし、再び腰掛け、目の前に広げられた黒い光沢のある部品に目を落とす。

 黒い部品はそれぞれは意味を成し、そこには技術者の工夫とかつての使用者(・・・・・・・)の拘りがある。

 それを士郎は思考に耽りながらも銃器を弄ぶ。

 

「……」

 

 士郎は一定の間隔ごとにこの城に訪れていた。

 表向きは親友、一成の家に泊まりに行くと言ってある。

 しかし、本来の理由は、武器のメンテナンスと鍛錬だ。

 まさか、イリヤ達がいるなか、銃を分解したり、投影を使って型の練習をしたりはできない。鉄や硝煙の匂いは中々とれないものだし、銃器や夫婦剣を使っての戦闘訓練となれば、まず場所がない。

 セラやリズはある程度は知っているにせよ、魔術は秘匿するものであるというのもある。

 

「…………」

 

 もう、何度同じことを繰り返してきたことか。

 士郎は目を瞑ってでも、これが何のパーツで、どの順番で組めばいいのか察することができた。その証拠に、体は勝手に動き特別仕様の短機関銃(キャリコ)が一つ組み上がっていた。

 

「もしあの時、この(暴力)があったら……いや」

 

 全ては救えない。

 俺は選択した______**(美遊)を救うと。

 決めたからには果てなく往かなければならない。

 それは独善的で、利己的な考えての元だったかもしれない。

 

「………………」

 

 散らばった弾を集め、ひとつひとつ丁寧に装填する。

 そして徐に完成させたそれを窓の外に向け、空へ浮かぶ黄色い的へ照準を合わせた。

 

 風が強いのだろう。

 雲が流され、的が雲に徐々に隠れていく。

 真っ暗な帳に満たされんとするが______その時部屋に、城全体に明かりが灯る。

 

「……侵入者?」

 

 これは敵のもたらした何かではない。

 士郎が、ここアインツベルン城に組み上げた、登録された人物以外を識別する防衛機構の一つだ。

 何故、目立つように明るくするかと言えば、迷い混んだのが単なるこそ泥だった場合、自然と退散することを期待しているというのと、それでも尚侵入する場合、消灯して視界を一時的に潰した後、強襲できるようにするためである。

 繰り返すようだが、アインツベルンの主な研究はホムンクルスの製造にある。だが、それだけでは防衛に向かず、副次的かつ必然的に、防御系の結界や防壁の研究も並列して行われていた。その一つだ。それ自体は迎撃等のルーチンは組み込まれていないが、これに連鎖して城の管理システムが起動する。

 

「……」

 

 この城は魔術的にも、機械的にも(・・・・・)守られている。

 衛宮キリツグは現代装備を好んだ。それは武器であったり、使い魔としてであったり、多岐に渡る。そのせいで城の周囲には数多のセンサーと監視カメラが設置されていた。

 

「監視システム起動、モニタに対象の映像を映せ」

 

 音声認証により、部屋の設備が稼働する。

 天井から吊るされたモニタに侵入者の様子が表示される。

 そこに映っていた人物は______

 

「______まさかっ! なんでさ……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 時は少し遡る。

 

「いらっしゃいませ、皆様方」

 

 目の前には、魔法少女であるイリヤスフィール、そしてその家族のセラ、リーゼットがいた。

 それを出迎えるのは、白髪に髭を蓄え、眼鏡をかけた老人。かなり引き締まった体つきをしており、体には無数の古傷が刻まれた執事、オーギュストだ。

 彼は恭しく礼をし、彼女らへの歓迎の意を伝える。ひとり、あの男がいないのが些か気掛かりだと思いながらも、家の管理を任される者としての矜恃を以て、職務に従事する。

 

「ところで、本日は士郎様はいらっしゃらないのですか?」

 

 家の扉を開きながら、オーギュストは不自然さを感じさせないように注意深くたずねた。

 

「えっと、お兄ちゃんは今お友達の家にいると思うよ」

「ほう……?」

「なんか、鍛錬がどーのこーのって。朝も早くから出掛けて朝練だって」

「それは感心ですな」

 

 にこやかにそう言う裏で、思考を巡らせる。

 イリヤスフィールは年のせいもあって気付いていないようだが、普通、高等学園に通う生徒は鍛錬などという言い方はしない。よっぽど武道に励んでいれば別だが、お嬢様に伺えばどうもそういう訳ではないらしい。部活はやっておらず、授業後は生徒会に顔を出して何やら手伝いをしていると聞いていた。

 

(……怪しい)

 

 前の一件、オーギュストは士郎の急な来訪時の素振りから多少の心得はあると見込んでいた。それでなにもしていない筈がない。鍛錬……なるほど。朝と夜にどこかで鍛えているのだろう。それは武術か魔術か。あるいは両方か。

 ここで、オーギュストは一つの調査結果を思い出した。それは、何も分からなかったという結果だ。前回の調査よりも深く調べたにも関わらずにだ。これは一見無意味な結界と感じるかもしれないが、この場合は大きな意味を持つ。人にはルーツがあり、親があり、子がある。家系図というのがその最たる例だ。だが、衛宮士郎にはそれが無い。

 

 ふと、主と話す雪の如き色白い肌に紅い瞳を持つイリヤたちに目をみやる。

 

(アプローチを変えてみましょうか……)

 

 衛宮、戦闘家、家系図……今まではオーギュストのキャパシティで収まる表の諜報活動のみしてきたが、アインツベルンとその家系についての調査を怠っていたと気が付いた。これは執事業がメイン故仕方のないことだ。以後は魔術師関連の調査を仕える主にも協力を要請して、進めていくことを決めた。

 

「と、言うわけで……お風呂をお借りしたく参上つかまつったわけですが……」

 

 ちょうど方針が決まる間に、こちらの話も纏まったようだ。

 オーギュストの主がうんうんと頷いて、満面の笑みで彼女らを歓迎する。

 

「もちろん構いませんわ! シェ……イリヤの家族なら私の家族同然ですもの!」

「すみません、突然大勢で押し掛けてしまって……お風呂が何者かに破壊されたとしか言えない現状でして……」

 

 オーギュストは静かに目を閉じ、落ち着くために深呼吸をする。シェ……つまり、シェロ。士郎のことだろう。お嬢様は彼にご執心であることに違いない。

 お嬢様の未来の為にも、早いところ素性をハッキリさせなければ、と改めて決意する。

 

 目をあけ、ちらりと目をやれば、魔法少女たちが何やら話していた。

 

「なにかあったの……?」

「えっと、家の裏で新技の開発してたら手元が……」

「イリヤ、訓練ならもっと広いところで」

 

 なるほど、状況は盗み聞きであれども把握した。

 オーギュストは魔術のことは触り程度にしか知らないが、素直に日々の積み重ねをする姿は応援したいと思った。修理というのも金がかかる。業者の方に少し声をかけておくというToDoリストが追加された。

 

「美遊、浴場まで案内して差し上げなさい。ついでに貴女も一緒に入るといいわ」

「あ、はい」

 

 美遊が彼女らを案内し、場には主とオーギュストのみが残っる。

 

「お嬢様」

 

 オーギュストは、もといエーデルフェルト家はこれで士郎とアインツベルンの正体に着々と近づくこととなる。

 

 

 



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名前のない少女

 忘れ去られた少女の話をしよう。

 彼女はある役目を担う為に、魔術師の一家に生まれた。

 玉のような柔らかな白い肌に、色素が抜け、血の透き通った赤い瞳、その身体はまだ赤ん坊であれども、その"家"の在り方、魔術の知識だけは植え付けられて生まれてきた。

 本来ならば特化した教育により、"最強のマスター"として才を発揮し、勝利は約束されたものだった。

 例え最後は器となり朽ちれども、必要とされることに幸せを感じ、彼女は定めに何ら疑問を感じることなくその生涯を終えただろう。

 だが、そんな少女の未来は一変する。

 何を思ったかその母親は、こともあろうに少女の記憶を、人格を封印したのだ。

 その中には、確かな"個"が存在していたのにも関わらず……

 そして少女の"幸せ"は失われた。

 

 それから幾ばくか過ぎ、かつて少女だった"個"は忘れられ、その上に新たな"個"が生まれ、人格となり、人として生きていた。

 かつて少女だったものは、その表を守る"機構"として存在し続けていた。

 だが、彼女は意志を持たない。

 いや、持っているが表面に出せない故に無いも同然であった。

 表を守り、自身は裏、システムに徹する。徹さざるをえない。

 繰り返そう。表にでなくとも、彼女には意志があった。

 願いがある。

 渇望がある。

 悲しみがある。

 憎しみがある。

 それでも、彼女に出来ることは羨望のみ。

 表を羨ましがるのみだった。

 くやしくても、つらくても、泣きたくても、そんなことは出来ない。

 

 そんな彼女に転機が訪れた。

 そう、"サーヴァントカード"だ。

 いったいどういった運命(fate)か、表は何かに巻き込まれたらしい。

 彼女は防衛機構としての役割を果たすため、つかの間の間、表に出ることとなった。そして、二刀を手に持ち敵をただ機械的に処理する。

 しかし思った。

 思って(願って)しまった。

 寂しさがゆえに。

 "私も、こんな風に仲間と……"

 

 ______喜べ少女。君の願いはようやく叶う。

 

 ニヒルに笑う、あの赤い外套の男の姿が少女の脳裏を過る。

 もちろん、少女は彼のことなど知りもしない。

 因縁……切っては切り離せない縁をもつことなど知らないし、まして、彼に至る可能性の一つに、本来の、この少女の真の幸福を願うものがあったなど知らないのだ。

 されども、その英霊は例え意志がねじ伏せられたカードである。何も手を出すことはできない。だが、ほんの少し、天秤を傾けることはできる。

 

 そして奇跡は起こった。

 彼女のもつ聖杯としての性質と、その英霊との相性、冬木の街というロケーション……

 様々な要因が交わり混ざり反応した結果、彼女はここに顕現した。

 

 名を奪われし、無銘の少女として。

 

 

 

 ***

 

 

 

 空に浮かぶまるい月は、静寂の時が流れる地上を見下ろす目玉のようだった。風は一人寂しく思考に耽る少女に容赦なく吹き付ける。

 少女は目そんな中、目を瞑り先程のやり取りを思い出していた。

 

『そうね、了解し______』

『了解しないわ。勝手に結論を出さないで貰えるかしら』

 

 そう、奇跡から生まれ直した彼女の存在を脅かすやり取りを……

 場はルヴィア邸の浴場。

 この日は、少女の奪われた居場所たるアインツベルン一家が屋敷にやってきていた。

 そこで事は起こった。

 それは、だだ一言、イリヤの発言から始まった。

 

『イリヤ、自分の言ってる意味分かってる?』

『え?』

『"元の生活"って何を指してるの』

『元の生活に私はいた?』

 

 イリヤはやはり、この質問に答えられなかった。

 いや、考えもしなかったと言う方が正しいのだろう。

 少女はそれに酷く絶望した。

 

『嘘、凛たちの望みはなに? カードでしょ!』

 

 カード、暫定的に彼女たちが言うそれはクラス(・・・)カード。

 インクルード、インストールのいずれかを行い、英霊をその身に宿す霊装だ。原理は不明。それを集め、解析するために凛たちは冬木の街へやってきていた。

 だが、アーチャーのそれは……

 

『カードはここにあるのよ』

 

 少女は自身の裸体に手を這わせ心臓の上で手を止め、そう言った。

 それは、自身と一体であるという意。

 少女の命を構成する重要な歯車の1つであることを示唆したものだ。

 

『潮時かな。茶番はお仕舞い。どのみち私に先は無いみたいだし……それなら最初の状態からやり直しましょうか。つまり______』

 

 嗚呼、悲しきかな。

 然り、これより先______

 

『私とあなたは、敵同士よ』

 

 そして、魔力で編んだアーチャーの服装をその幼い裸体の上から纏い、カーボンの弓、偽・螺旋剣(カラドボルグⅡI)を投影し、弦を引いた。

 この素早い動作に、この場の誰一人としてついてこられるものはいなかった。

 

 だが……

 

(あーもう、甘かったわね……)

 

 その矛先は、天井。

 そう、イリヤたちを狙うことは出来たし、ひょっとすれば仕留められたのかもしれない。にも変わらず、逃げの一手として使ったのだ。

 

 クロエは考える。

 それは本当に甘えだったのか。

 ひょっとして、何かに期待を抱いていたのではないか。

 そもそもシステム的に殺すことを躊躇ってしまうようになっているのではないか。

 だが、そんなものは今の少女には分からない。

 考えれば考えるだけ、とりとめのないことばかり浮かび、ただただ時間が過ぎていくばかりであった。

 

(……とにかく、今は休める場所を探さないと)

 

 精神年齢はともかく、クロエの外形は初等部学生のそれである。こんな夜更けにうろうろしていれば、警察に補導されても仕方がない。クラスカード、アーチャーの力があれば実力行使でどうとでもなるが、クロエはそれでもアインツベルン。魔術師であり、その掟が魂レベルで刻まれていた。すなわち魔術は秘匿するものである、と。この鎖はそうそう解けはしない。

 故に、クロエの取れる行動は限られていた。

 どこか人のいない空き家を探すか、暗示で誰かの家にお邪魔するか、はたまた協会に保護して貰うかぐらいしか______

 

「______いえ、確か……」

 

 クロエは電柱の上から、夜の色を醸し出す街を見渡し、あることを思い出した。

 

 ここは冬木市。

 前回の聖杯戦争の結末は知らないが、ここに聖杯を顕現させるための霊脈、及び設備が用意されているのは知っていた。

 そして、アインツベルンが拠点とするための工房、城を建造していたことも。

 だが、クロエの記憶は幾分か古いものであるとは、お兄ちゃん(士郎)のことを知らないということからも察していた。

 故に、どこまで当てになるかは分からない。

 

「確かめに行く価値はあるわね……」

 

 城がまだあるかどうかを。

 魔力残量的に時間があるわけではないが、もしあれば行幸。そのままイリヤを殺すための拠点にすればいい。その場合、放置されて雨風にさらされ、相当汚いことが予想されるが、これから自殺するようなもの。

 いまさらそんなことどうでもよかった。

 無ければ無いで、森の木の上で夜をあかす。

 そう自分に言い聞かせ、森の方への移動し始めた。

 眼下には、これから家に帰るであろう人々が点々と窺えた。

 中には、母親が買い物袋を持つ反対の手で、小さな子供と手を繋ぎ帰宅する姿も見られた。

 その様子に胸がきゅっと痛む。

 

「イリヤを殺して、私も……」

 

 お腹に浮かぶ呪いの印をそっとなぞる。

 遠坂凜が呪術により、イリヤをとの痛覚共有を強制されるものだ。曰く、死すらも連動するそうだ。

 残念ながら、アインツベルンに呪いに関する知識はなかった。

 故に、クロエは覚悟が出来ている。

 自棄になっていることは、薄々ながらも気付いていた。

 だけれど、もう……どうしようもない。

 クロエの存在、それを否定する"敵"は滅しなければならない。

 

「仕方がない、もの……」

 

 それが、今のクロエの根幹。

 生きているという感覚。

 クロエの在り方がゆえ、自分ではもう止められない。

 

「……」

 

 そうこうするうちに、街明かりは遠くなり、辺りは木々に覆われるばかりとなった。月明かりがクロエを妖しく照らす。

 

(そう、これは結界)

 

 アインツベルンのものだ。

 この道、木々、さらには月ですらフェイク。

 幻影に過ぎない。

 

(だけど、まぁ、余裕ね)

 

 クロエはニヤリと笑い、あえて道を外し"1時"の方向へ進んでいく。理由は簡単。アインツベルンがドイツ語で1っぽいからである。魔術などは、元来そういうくだらないモノからできている。

 そこは道無き道。

 街灯もなければ、月光ですら木々に遮られる。

 常人ならば、引き返すところだっただろう。

 だが、むしろそれを味わい、クロエはよりいっそう笑みを深める。

 

(えぇ、寸分たりとも違わない(・・・・・・・・・・)。アインツベルンは、存在するっ! )

 

「見えたっ」

 

 塀を越え、正面から堂々と中に侵入する。

 すると歴史を感じさせる色合いの立派な扉に、不釣り合いな縦線溝の箱が取り付けられていた。

 

(電子カードキー……?)

 

 存在自体、中々お目にかかれるものではない。

 実際クロエは知識にあれど初めて見るもので驚きが隠せなかった。

 勿論、クロエが鍵なんて持ってはいなかったし始めから壊すことになるとは思ってはいた。だが、まさか歴史ある魔術師の一角であるアインツベルンが、現代的なモノを使っていることに、ことさら驚いたのだ。

 既に、結界の性質から、中にはアインツベルンの関係者がいることは間違いない。

 

「……投影開始(トレース・オン)

 

 クロエは静かに夫婦剣、干将・莫耶(かんしょう・ばくや)を両の手に作り出す。

 そして、今まさに扉を破壊せんと大きく振りかぶり……

 

 ピーッ

 

 突然の電子音に、クロエは思わずビクリと仰け反った。

 見れば、今まで赤いランプが灯っていたリーダーの電球が緑色を示している。

 

「……」

 

 クロエは、まさかと思いながらも扉に手をかけ少し力を入れてみれば、どうやらこれは解錠されているらしいということが分かった。

 

(罠……かしら)

 

 こんなタイミング良く、中から人が出てくるわけがない。

 その証拠に、扉はそれ以来沈黙を保っている。

 ただハッキリとリーダーの緑のランプが光るのみだ。

 

 クロエは臆することなく、しかし慎重に扉を開け、中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 



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