艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~ (哀餓え男)
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序章 誕生と復活の前奏曲《プレリュード》
第一話 アゲアゲで行きますよ!


 夏から投稿開始だと言ったな。あれは嘘だ!
 と言う事で、とりあえず序章4話の投稿を開始します。


 

 

 悪魔との契約をご存知ですか?

 ええ、そうです。

 あの願いを叶えて貰う代わりに魂を差し出すってヤツです。

 え?違います違います!別に悪魔召喚の儀式をしたわけじゃありません!

 あの日、私が彼女とした約束は悪魔との契約だったんじゃないかって、後にそう思っただけなんです。

 もっとも、悪魔は彼女ではなくて私の方だったんですけど……。

 彼女はどんな人だったか…ですか?

 そうですね……。

 私と一緒にあの戦争を戦い抜いた彼女は、悪魔のような残酷さと、天使のような純真さを合わせ持っていました。子供みたいだったと言っても良いかもしれませんね。

 だって彼女は、愛するあの人と一緒に居たかっただけだったんです。

 一緒に居たかったから……彼女は消えて行ったんです……。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより抜粋。

 

ーーーーーーーー

 

 平成3年春。

 年号が正化31年の五月を最後に平成に変わって約3年ですか。月日が経つのは早いものですね。

 と言う事は、この戦争が始まってから14年。

 4年前の大規模作戦の成功により、日本は他国に比べて平和な方ですがそれでも深海棲艦の出没はなくなってはいません。

 もっとも、そのおかげで、艦娘を辞めた今でも失業せずに済んでいるのですが……。

 あ、申し遅れました。

 私は瀬戸内海に面する艦娘養成所で教官を務めている大城戸 澪(おおきどみお)と申します。

 

 「あのぉ……」

 

 おっと、私が目の前の問題児の処遇を考えるのに嫌気が差して現実逃避していたら、ポニーテールにした焦げ茶色の長い髪をユラユラ揺らした問題児(ずぶ濡れ&スクール水着&毛布装備)が痺れを切らしたみたいです。

 

 「何ですか?諦めてくれる気になりましたか?」

 「絶対に諦めません!」

 

 はぁ……。目の前の問題児はまだ諦める気がないご様子。このやり取りも何度目でしょうか……。

 

 「大和 撫子(やまとなでしこ)……。何度聴いても冗談みたいな名前ですね……」

 「冗談じゃありません!歴とした本名です!」

 

 わかってますよ。

 貴女が半年前に初めて不法侵入した時に徹底的に調べましたから。

 他人が聞いたら冗談か自意識過剰の馬鹿のどちらかに思われかねない名前を持ち、机を挟んだ私の向かい側でパイプ椅子に拘束された不法侵入者、大和 撫子(18)は艦娘志願者で、養成所に入れてくれと1カ月おきくらいの頻度で不法侵入を繰り返す問題児です。いや、犯罪者と言った方が適当でしょうか。

 

 「何度もご説明したと思いますが、貴女には艦娘になれる適性が無いんです」

 「そんなの!やってみなければわからないじゃないですか!私に適合試験を受けさせてください!」

 「無理です。現在、戦況が小康状態なのもあって、適合者がいない艤装が有りません。適性のある子達が艤装の空き待ちな状態なんですよ?これも何度も説明したじゃないですか」

 「で、でも……。そうだあの人!え~と…艦名は……。矢矧さん!彼女は一昨日艦娘になったとお聞きしました!」

 「先代の矢矧が引退して、今の矢矧が決まるまで半日ほどしかかかっていません。その半日も、艤装を横須賀からこの養成所に運び込んで試験が終わるまでにかかった時間です」

 

 それくらい、今は艦娘候補者が溢れています。私が艦娘だった頃には考えられなかった事ですけど、今はこれが現実です。適性のない者を養成所で養う余裕など、養成所の懐事情を考えればありません。

 

 「だいたい、貴女がなりたいのは駆逐艦でしょう?そんなにデカい図体して」

 「デカっ!?デッカくなんてありません!」

 

 いや、大きいでしょ。

 貴女、身長が180センチ近いじゃないですか。

 しかも、胸もお尻も相応にボリュームがありますし、顔立ちや髪の色が日本人なのが救いですけど、体型だけ見たら完全に外国人ですよ。

 艦娘よりグラビアモデルになるのをお勧めしたいくらいです。

 

 「艦娘の艤装にある程度の年齢制限が有るのはご存知ですよね?」

 「知ってますけど……。ほら、呉や横須賀に胸の大きい駆逐艦が居ると聞いた事がありますし」

 「胸がデカい駆逐艦は何人か居ますが、身長が下手な成人男性より高い駆逐艦は存在しません」

 

 少し捕捉しますが、艤装に適合出来る年齢制限はあくまで見た目の年齢です。

 実際、小学生くらいの年齢の子しか適合出来ない朝潮型の艤装に、発育が悪かったため13歳でも10歳そこそこにしか見えなかった子が適合した例も有ります。まあ、私の元姉妹艦の事なんですけど。

 ですが、貴女は完全にアウトです。どう見ても成人女性にしか見えませんもの。

 貴女では、割と年齢制限が高い陽炎型以降の駆逐艦にもなれないでしょう。

 

 「じゃ…じゃあ軽巡なら……」

 「貴女の脳みそは空っぽですか?艤装が無いんです!何度言わせるんですか!」

 「艤装が無いなら作れば良いじゃない!」

 

 ダメだ。相変わらずこの子は話が通じない。

 無いなら作れば良い?何処のアントワネットですか!それが出来るなら苦労なんてしませんよ!頭に来ました!

 

 「これは最後通告です。もし、また貴女が不法侵入をしようとした場合、次は容赦なく射殺します」

 「しゃ、射殺!?冗談…ですよ……ね?」

 「冗談ではありません。ここは養成所とは言え軍事施設です。そこに不法侵入してただで済むわけがないでしょう?」

 「でも今までは……」

 「今までは今までです。本来なら憲兵か警察に引き渡すところを、貴女が艦娘になりたいと言う熱意を尊重して穏便に済ませてきただけです」

 

 それでも半年間で計6回。さすがに我慢し過ぎました。

 私が甘すぎたから、彼女をここまで増長させてしまったのでしょう。人に嫌われるのは慣れていませんが、責任は取らないと。

 

 「だったら、これからも穏便に……」

 「甘えるんじゃない。下世話な話になりますが、こうしている間にも私の給料は発生しています。その給料がどこから支払われるのかわかりますか?」

 「え~と……。軍ですか?」

 「そうです。その軍から支払われるお金はどこから来るか。それは国です。頭が空っぽの貴女でも理解できるよう、もっと分かりやすく言いましょう。税金です!貴女みたいな馬鹿女を相手にしているこの瞬間にも、国民の血税が使われているんです!」

 「そ、それはつまり……」

 「貴女の相手をしている無駄な時間は無いと言う事です。今晩は独居房に泊めてあげますから、明日の朝一でバスなり電車なり使って家に帰りなさい」

 「でも……」

 「いいですね!」

 「はい……」

 

 少し厳しく言い過ぎたかしら……。いや、これで良いんです。艦娘にならずに済むならそれに越した事はありません。

 この子に限ってそんな事は無いと思いますけど、昨今は元艦娘と言う肩書が女性のステータスになってるんだとか。元艦娘の身としては嘆かわしい限りですね……。

 

 「失礼します。矢矧、参りました」

 

 コンコンとノックをした後、私が彼女を押し付けるために呼んでおいた教え子が到着しました。

 彼女は晴れて軽巡洋艦 矢矧の艤装と適合した私の初めての教え子です。

 明日には迎えが到着して横須賀鎮守に配属になるのですが、空いてる子が彼女しかいなかったので仕方なく、本当に仕方なく不法侵入者の面倒をお願いしたんです。

 けっして、面倒くさかったからではありません。

 

 「ご苦労様です。配属前に面倒事を押し付けて申し訳ないんだけど、彼女を独居房へ。一晩面倒を見てあげてください」

 「面倒事なんてとんでもない。お世話になった大城戸教官の役に少しでも立てるなら、この矢矧、光栄です」

 「ありがとう。では、お願いしますね」

 

 私はあの子を矢矧に押しつけ…もとい!預けて臨時の取調室となった教官室を後にしました。

 あの子の相手をしている内に、すっかり日も暮れて夜になってしまったようですね。晩御飯に丁度良い時間ではありますが……。

 

 「終わったのかい?大城戸君」

 「はい、所長。相変わらずでしたよ」

 

 自室に帰って夕食(お湯を注いで3分待つだけ)でも作ろうかと思案しながら廊下を歩いていると、この養成所の所長に声を掛けられました。

 所長が相手をしてくれていれば、私は今頃夕食と入浴を済ませて録り溜めているドラマを見ながらビールと洒落込んでいたものを……。

 

 「そんな恨めしそうな顔で見ないでくれ。せっかくの美人が台無しだよ?」

 「お褒めに預かり光栄ですけど、美人で得した事なんてありません」

 

 私はなんとなしに、窓ガラスに映った自分を見てみました。

 艦娘だった後遺症で薄群青色に染まったままの瞳。瞳と同じ色の髪は背中の中ほどまで伸ばして首筋辺りで一纏めにしています。

 二十歳を過ぎている割に幼い印象を残す顔が少しコンプレックスになってますけど、まあ美人の部類でしょう。

 スタイルも平均以上。身長は低めですが、誰が何と言おうと平均以上です。

 胸だって、引退した姉妹艦と比べても上から数えた方が早いくらいには大きいですもの。

 

 「そうだ、例の艤装だけど、1時間ほど前に無事届いたよ」

 「例の艤装?あ~……そんな話もありましたね……」

 

 有った。

 適合者が居ない艤装が一つだけ有った……。いや、有ったところで同じか。彼女には艦娘になれる適性が無いのだから。

 

 「では、試験は予定通りに?」

 「そのつもりだよ。予定通り明後日の午後から始めようと思っている」

 「建造されて4年ですか……。最高記録をあっさり更新しちゃいましたね」

 「今までの最高は3年だったな。そう言えば、彼女もこの養成所出身だったか。懐かしいな……」

 

 艦娘の運用が始まって14年。

 艤装の適合者が見つからない期間の最高記録は、その例の艤装が建造されるまで3年が最高でした。先に言った通り、あっさり抜いちゃいましたけどね。

 

 「4年か……。長かったような、アッという間だったような……」

 

 私は所長と別れ、自室に戻ってシャワーを浴びました。いくら女性がほとんどとは言え、身だしなみを整える癖は残しておかないといざという時に困る事になりますからね。

 

 「彼氏なんて、もう何年も居ませんけど」

 

 最後に男性と付き合ったのはいつだったかしら。

 姉妹達に紹介する事はしなかったけど、正化29年の末に行われた大規模作戦の時にはたしか交際してたはずです。

 次の年に、胸の大きさに文句言われたんで別れちゃいましたけど、あのまま付き合ってたら結婚とかしてたのかなぁ……。

 胸の大きさが原因で別れたせいで、しばらくの間『貧乳はステータスだ』と、自分を慰めていたのも今では良い思い出…でもないか。

 

 「はて…妙に静かですね……」

 

 風呂上がりのビールでもと思って冷蔵庫に向かう途中、部屋の中が妙に静まり返っているのに気がつきました。

 就寝時間は過ぎてますから人の声がしないのは当たり前ですが、これはその手の静けさとは違う。世界から音が消えたと錯覚してしまいそうな静けさです。

 それに、この胸のざわめき。高揚してると言っても良い胸の高鳴りにも覚えがあります。

 

 「こんな所をなぜ……。いや、考えてる暇は無いですね」

 

 私は風呂上がりのビールを諦め、スマホである人物に電話をかけました。急がないと。私の予感が確かなら、あと数分もしたら警報が鳴る。

 

 「久しぶり。寝てたとこ悪いんだけど、貴女経由で呉鎮守府に出撃を要請して欲しいの」

 

 私は相手の『こんな時間になんなのよぉ~…』と言う苦情は一切気にせずに要件だけを手短に伝えました。あの子なら、これだけで事態を察してくれるはずと信じて。

 

 「大丈夫よ。呉の艦隊が到着するまでは私が保たせるから」

 

 たぶん、無理だろうとは思いました。

 私はもう艦娘じゃない。

 内火艇ユニットと呼ばれる訓練用の艤装で海に出ることは出来るけど、そんな物じゃ深海棲艦に太刀打ち出来ない。

 私に出来るのは敵を攪乱し、目眩まし代わりに模擬弾をバラ撒くのが精一杯でしょう。

 まあ、模擬弾で敵を倒す手段が無いわけじゃないですけど。実際にやった事は無いんですよねぇ……。

 

 ビー!ビー!ビー!

 

 当たって欲しくない予感が的中してしまいました。

 養成所の沖合20海里に浮かべてある警戒用のブイが敵を感知したようです。

 警報と一緒に、施設内に居る人間向けの避難指示も流れています。「これは訓練ではない」なんてセリフ久しぶりに聴きましたよ。

 

 「そんなに心配しないで。私は死んだりしないから」

 

 そう言って、私の身を按じてくれる元妹との電話を切りました。さて、お次は着換えて放送室ですね。

 

 「所長。状況はどうですか?」

 「大城戸君か。先ほど、近隣住民と候補生達への避難指示が終わったところだ。今から呉に救援要請を……」

 「必要ありません。警報が鳴る前に妹…失礼。横須賀提督経由で要請しておきました。あと2時間もすれば来るでしょう」

 

 非常時に司令室も兼ねる放送室に着くと、所長と数名の教官が慌ただしく電話と格闘していました。

 皆さん、表情に余裕が無いですね。所長を除いて、実戦経験の無い人ばかりだから仕方ないですけど。

 

 「非常事態のため、海軍条例15条3項に基づき、現時刻をもって皆さんは私の指揮下に入ってもらいます。よろしいですね?」

 「はっ!全養成所職員は、これより大城戸少佐の指揮下に入ります!」

 

 電話の対応で忙しい職員を代表して、所長が了承した旨を伝えてくれました。

 あ、一応説明しておきます。

 海軍条例第15条3項とは。

 平成2年に就任した現海軍元帥によって制定された、深海棲艦絡みの非常事態に置ける指揮系統の順位付けに関した条例です。

 簡単に言うと、深海棲艦の襲撃を受けた地域に提督や艦隊指揮官が居らず、代わりに元艦娘が居た場合、階級や所属等は関係無しにその者の指揮下に入りなさいと言うものです。

 この条例が制定された理由は二つ。

 一つ。

 元とは言え、最低4年の任期を終えた元艦娘は、艦種を問わず深海棲艦との戦いに長けたプロフェッショナルであるから。

 二つ。

 艦娘、及び元艦娘以外の軍人に深海棲艦と直接交戦した経験のある者が稀だから。

 要は、化け物相手の戦いを知らない奴は知っている奴に従えってことです。

 

 「敵の規模はわかりますか?」

 「確認出来ているだけで12隻。重巡洋艦1軽巡洋艦2駆逐艦9。真っ直ぐ此方に向け進行中です」

 「規模が大きいお陰で発見が早まりましたね。もっとも、発見が早かっただけで事態は好転しませんが……」

 

 制海権を取り戻している瀬戸内側にしては艦隊の規模が大きい。

 まさか、徘徊している野良の艦隊を掻き集めた?だとしたら理由は?

 深海棲艦の襲撃対象に戦略、及び戦術的な目的がない手当たり次第の襲撃だという事はこの14年でほぼ定説となっています。

 けど、今回は違う。

 連合艦隊規模で、明らかに艦娘養成所(ここ)を目指している。このような例は過去に一度も……。

 

 「いや、二度だけ有りましたね」

 

 8年前の『舞鶴襲撃』そして7年前の『横須賀襲撃』。しいて言うならその二つに似ています。

 舞鶴の時は艦娘が減ったのを狙ったかのように。

 横須賀の時は、呉鎮守府が棲地攻略にかまけて担当軍区の哨戒を疎かにしているのを知っていたかのように、敵艦隊は目前に迫った呉艦隊を嘲笑って棲地を放棄し、横須賀鎮守府を襲撃しました。

 でも不可解な事が一つ。

 先に上げた二つと違い、ここは数ある養成所の一つです。潰したからと言って大局には影響しません。

 考えられる理由は一つ。

 今日届いた艤装です。

 その艤装は長門型戦艦を上回る火力と装甲を備え、適合者さえ見つかればたった一人で戦局に影響を及ぼすほどの潜在能力を秘めた艤装です。

 実際、過去にその二番艦がたった一撃で敵艦隊を文字通り粉砕した事があります。実際にこの目で見ましたから間違いありません。

 敵の襲撃に目的があるとするなら、間違いなくその艤装でしょう。

 

 「やはり、例の艤装の破壊が目的でしょうか」

 「私もそうだと思います。ですが……」

 

 所長も私と同じ考えに到ったようです。同時に、同じ疑問にも。

 何故、今回に限って襲撃を?

 あの艤装がここに届けられたのは初めてではありません。

 何故なら、あの艤装は建造されてからの4年間、各地にある養成所を周りながら適合試験を繰り返していたのです。オブラートに包まず言うなら、たらい回しにされていました。

 何者かが、あの艤装がここに有る事を深海棲艦にリークした?それとも、過去には無かった要因が今回は有った?

 前者は考えづらいですね。奴らは人間を問答無用で殺しますから。

 では後者はどうか。

 過去には無く、今回はある要因……。

 まさか、彼女が居るから?彼女と艤装が同じ場所にあるからですか?だとすると、彼女はあの艤装に適合出来ると言う事になります。適合可能な者が近くに居るから艤装が活性化し、何らかの手段で深海棲艦はそれを察知して襲撃して来たのでは?

 いやいや、都合が良すぎます。

 過去に行われた調査と実験で、艤装と適合出来る条件はほぼ解明されています。それに照らし合わせれば、彼女が適合出来るわけがないんです。

 名前に艤装と同じ名を冠していますが、それが適合可能条件にならない事も他の艤装で確認済みです。

 やはり今回の襲撃は、偶々あの艤装の所在を深海棲艦が察知したからと考えるべきでしょう。

 

 「仮定とは言え、目的がある程度絞れたのならあとは対応するだけですね。矢矧は今何処に?」

 「現在、艤装を装着して整備場で待機中だが……」

 「艤装に適合したばかりの彼女だけで迎撃が困難なのはわかっています。私も出ますから安心してください」

 「君も…!?いや、失礼。少佐も出撃されるのですか?」

 「当然です。養成所で深海棲艦相手に戦闘が出来るのは私と矢矧だけですもの」

 「しかし少佐は……」

 「わかってます。無理はしません」

 

 と、言うのは方便です。

 無いに等しい戦力で、12隻もの敵を相手に時間を稼ぐには無理をするしかない。そんな事は所長もわかっているはず。

 

 「以降の指揮は所長に一任します。敵が10海里内まで接近したら私と矢矧は戦死したものとし、迷わず施設を放棄して退避してください」

 「しかし!」

 「これは命令です」

 「……了解しました。ご武運を」

 

 私は所長の敬礼に見送られ、放送室を後にして矢矧が待っているはずの整備場に向かいました。

 状況は絶望的。私と矢矧だけで敵の侵攻を食い止めるのは至難の業。矢矧はともかく、私では相手を道連れにすることも出来ない。

 

 「それなのに…気分が高揚していく……」

 

 久しぶりの実戦だからかしら。けど、私は戦闘狂じゃない。それなのに、早く海に出たいと思ってる。早く敵と撃ち合いたいと思ってる。

 まったく…これだから、駆逐艦は血の気が多いと言われるんでしょうね。

 

 「大城戸教…いえ、少佐!あの…やはり敵襲…ですか?」

 「はい。貴女には、これから私と共に迎撃に向かってもらいます。良いですね?」

 「迎撃?敵の規模は!?私たち二人だけでどうにかなる数なんですよね!?」

 

 はぁ……。

 予想はしてましたが、やはり臆病風に吹かれているようです。

 初めての実戦、しかも相手の数は6倍。同情はしますけど、貴女はそんな態度を取ってはいけません。

 貴女は軽巡洋艦なんですよ?駆逐艦の引き連れて、先陣切って敵艦隊に噛みつく水雷戦隊の親玉なんです。そんな事では、血の気が多い駆逐艦はついて来ません。

 

 「狼狽えるんじゃない!敵の数は高が6倍!一人で6隻づつ沈めればいいだけでしょう!」

 「そんな…簡単に言いますけど、私は練度1のド新人ですよ?それに教官だって……内火艇ユニットでは……」

 「貴女の練度が1だろうと、私が使うのが内火艇ユニットだろうと問題ありません。貴女は敵の背後から撃てばいい。敵は全て、私が引きつけます」

 

 私は矢矧と話をしつつ、60リットルサイズのリュックサイズと同じくらいのサイズの内火艇ユニットを背負い、左手に探照灯、右手には訓練用の12cm単装砲(仮)を装備しました。

 こんな装備で深海棲艦と戦う事になるとは、艦娘だった頃は夢にも思いませんでしたね……。

 

 「探照灯まで……。自殺行為です!内火艇ユニットで出せる速度は精々10ノットなんですよ!?」

 「だから何です?例え10ノットしか出せなくても、当たらなければどうと言う事はないでしょう?」

 「どうやって避けるんですか!そんな低速な相手なら、私でも余裕で……」

 「当てれますか?私も舐められたものですね。だったら見せてあげましょう。私の戦い方を」

 

 調子に乗るんじゃないド新人。

 貴女が何発撃とうが私には掠りもしません。

 深海棲艦共の砲撃も同様です。私には当たらない。掠らせない。狙いすら着けさせない。私を誰だと思っている!

 

 「着いて来なさい矢矧!臆病な貴女に、艦娘の戦い方を。いえ、駆逐艦()の戦い方を見せてあげます!」

 

 私は、今だ月に照らされた水平線の彼方に居る敵艦隊を見据え、矢矧を伴って浜へと歩き出しました。

 相手は高々12隻。しかも近海に居る様な奴らだ。練度は大したことない。ブランクを埋めるには丁度良い相手です。

 

 「さあ!補習授業の始まりです!アゲアゲで行きますよ!」

  

 平成3年春。

 こうして、私の教官人生で最も長く、最も激しい夜が始まりました。

 



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第二話 どうして…お前が生きている。

 

 

 初実戦の感想?

 私の初実戦は他の子達とは少し毛色が違うのだけど……。

 いえ、別に変わったことをしたわけではないの。

 大城戸教…じゃない。少佐に連れられて敵艦隊を迎撃しただけよ。

 ただ、私がした事と言えば、大城戸少佐が引き付けた敵を後ろから砲撃しただけ。

 しかも、1隻も沈めることが出来なかったの。笑っちゃうでしょ?

 大城戸少佐は内火艇ユニットと、模擬弾しか撃てない訓練用の単装砲で敵を3隻も沈めたのに、私は精々、敵を中破位にしか出来なかったんだから。

 今思い出しても、あの時の大城戸少佐は本当に凄かったわ。

 10ノット程度しか速度が出ない内火艇ユニットで砲撃や魚雷を避けまくり、模擬弾で敵を沈めて見せたの。ほぼゼロ距離まで接近して。

 どうやって、ですか?

 後に聞いたんだけど、敵が発砲する瞬間に、砲身に模擬弾を撃ち込んで誘爆させたそうよ。信じられないでしょ?

 模擬弾は、候補生を被弾に慣れさせるために爆発するようにはなっているんだけど、内火艇ユニットの装甲で防げる程度の威力しかないのよ?

 いくら理論上は可能だと言っても、実践するなんて正気じゃないわ。

 しかも、しかもね!

 同じ事を竹槍でやった人が過去には居たんだって!もう、半分オカルトの域よ。

 

 けど、そんな大城戸少佐の活躍が霞む位の出来事がその時にあったの。

 彼女はたった一撃。いや、正確には九撃で残りの敵を葬ってしまったの。

 世界を揺らすような轟音と共に放たれた、文字通り必殺の一撃で。

 

 ~鎮守府壁新聞 週刊『青葉見ちゃいました!』~

  軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより抜粋。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 月と星の明かりくらいしか無い暗闇の海を、迫っているはずの敵艦隊目指して私と大城戸少佐は進んでいる。

 正直、気が気じゃないわ。

 だって初の実践が夜戦。しかも相手の数は六倍よ?艤装と適合したばかりで、練度も1である私には荷が重すぎるわ。

 もし私が相応に経験を積み、駆逐艦を率いていたら「夜戦なの?悪くないわね!」とか言いながら突撃したんだろうけど、今の私の頭の中は「死にたくない」ただこれだけに支配されている。

 きっと体もガチガチに緊張し、歯の根も合ってないんじゃないかしら。

 

 「見つけた」

 

 私が暗い海ばかり見つめていると、大城戸少佐が敵を発見した。

 どこ?目が慣れて来たとは言え、私には真っ暗で何も見えない。

 

 「矢矧。貴女は距離を取って、敵の背中だけ狙えば良い。私を巻き込むとかは考えなくて良いから、ただ背を向けた敵だけを撃ちなさい。良いですね?」

 「は…はい……」

 

 返事はしたものの、私には大城戸少佐が何を言っているのかわからなかった。

 どうして敵が私に背を向けるの?どうして私が撃たなきゃいけないの?

 

 「行きますよ!これより我ら!夜戦突入す!」

 

 そう言うやいなや、大城戸少佐は私から500メートル程先行し、敵艦隊へ向けて探照灯を照射しました。何の迷いも無く。躊躇も無く。それをするのが当たり前のように、大城戸少佐は自らを囮にした。

 

 「あれが艦娘……。あれが激戦を生き抜いた元駆逐艦……」

 

 真っ当な艤装を装備している私と違い、大城戸少佐が装備しているのは至近弾でも即死しかねないほど脆弱な『装甲』しか張れない内火艇ユニット。

 それなのに、あの人は全く恐れていない。

 本当のところはどうなのかわからないけど、少なくとも私にはそう思えた。

 

 『矢矧!十時の方向!』

 

 艤装の通信装置を通して大城戸少佐が指示した方向を見ると、駆逐艦が私に背を向けていた。

 あれをどうしろと?撃てば良いの?でも、撃ったら私の位置が敵にバレるんじゃ……。

 

 『次!二時と三時!好きな方を撃ちなさい!』

 

 再び攻撃指示。だけど動けない。

 大城戸少佐は、わざわざ私から見て何時の方向か指示してくれているのに、私の指は引き金を引いてくれない。

 

 『矢矧!授業を思い出しなさい!これは実戦ですが、貴女がやる事は授業でやった射撃訓練と同じです!』

 

 わかっています…頭ではわかってるんです……。私が発砲したって敵が私の方に来る事はない。きっと大城戸少佐がそうさせない。

 でも怖いんです。体が言う事を聞いてくれないんです!

 

 『怖いですか?』

 

 そんなの、貴女なら聞かなくてもわかるでしょう?写真か映像でしか見たこと無い化け物を目の前にして怖くない訳がない。

 それだけじゃない。攻撃を受ければ怪我をするし、最悪に場合は死ぬ。そんな状況に放り込まれて怖がらない方が異常よ。狂ってると言っても良いわ。

 

 『それで良いんです。それが普通なんです。けど、貴女は艦娘になる事を選び、艦娘になったんです』

 「だから何だって言うんですか!艦娘になったら怖がっちゃいけないんですか!?」

 『べつに構いませんよ?私だって怖いですもの』

 「え……?今…なんて」

 『怖いって言ったんです。当たり前じゃないですか。当たったら怪我をするし、最悪の場合は死ぬんですよ?これで怖がらない人は、控えめに言って頭おかしいです』

 「じゃあ…なんで少佐は……」

 

 戦うことが出来るんですか?

 今この時も、貴女は至近弾でも即死しかねない装備なのに探照灯を使って12隻もの敵の注意を一手に引き受け、10ノット程度の速度で攻撃を回避し続けている。

 そんな、狂気の沙汰としか言えない行為を繰り返している貴女が恐怖している?

 

 『ムカつくからです』

 「え?今…なんて……。ムカつく?」

 『そうです。いいですか?本来なら、この時間はオフなんです。あの不法侵入者のおかげで残業になっちゃいましたがアフターファイブだったんです』

 「いや…あの……」

 『風呂上がりのビールを飲みながら、録り溜めてるドラマを見るのが一日の楽しみなのに、コイツ等のおかげでそれがおじゃんです。ムカつくでしょ!?今日見るはずだった話はそのドラマ一番見せ場なんですよ!今回で主人公と恋人がくっついてハッピーエンドだったんです!それなのに、コイツ等が変な時間に襲撃して来たせいで私のプライベートはバッドエンドです!ああもう!ぎゃあぎゃあ五月蠅いんですよ!この魚モドキ!』

 

 まるで怒りを……。

 いえ、オブラートに包む必要はないわね。八つ当たりだわ…これ……。

 大城戸少佐は、砲を連射しながら迫って来た敵駆逐艦に内火艇ユニットで出せる速度を遥かに超える速度で急接近し、ほぼゼロ距離で12cm単装砲(仮)を発砲。敵駆逐艦を撃破した。

 有り得ない……。

 訓練用の模擬弾しか撃てない兵装で深海棲艦を撃破?有り得なさ過ぎて現実味が皆無だわ。

 

 「あ、あのぉ……。少佐……?」

 『なんですか!私はとっとと終わらせてドラマの続きを見に帰るんです!無駄口叩いてる暇があったら貴女も撃ってください!ほら12時!バカな駆逐艦が尻尾振ってますよ!』

 「はっ!はいぃ!」

 

 私は大城戸少佐の怒声で反射的に発砲した。照準から発砲まで、自分でもビックリするくらいスムーズに。

 だけど倒すことは出来なかった。直撃はしたけど、贔屓目に見ても中破くらいかしら。

 

 『撃ったらすぐ移動しなさい!何度も教えたでしょう!』

 「あっ!はい!」

 

 少佐がさっきと同じ方法で、私が仕留めそこなった駆逐艦にトドメを刺した後、間髪入れずに注意を促して来た。

 良く見てるなぁ……。こんなに真っ暗なのに何で見えるんだろ。

 

 『矢矧!雷撃戦用意!敵艦隊が貴女に横っ腹を晒すと同時に魚雷を放射状に発射しなさい!当てようだなんて考えなくて良い!』

 「りょ、了解しました!」

 

 あれ?まだ体はガチガチに緊張してるのに動けてる。

 魚雷発射管を操作して、少佐が敵艦隊を誘導して来るのを待っている。早く来いとさえ思ってる。きっと、敵艦隊が私の視界に入った瞬間に、私は躊躇わずに魚雷を発射するわ。

 さっきまで、恐怖に震えて何も出来なかったのが嘘みたい。もしかして、少佐は私の緊張を和らげようとしてあんな事を……。

 

 『とっとと着いて来なさいよ鈍足!ああっ!もう22時過ぎてるじゃない!私、明日も仕事なんですよ!?』

 

 いや、たぶんだけど、あれって本心だわ。とても演技とは思えないもの……。私もモタモタしてると、大城戸少佐の八つ当たり対象になりかねないわね。

 そう思ったら、深海棲艦と戦う方が楽な気がして来た。

 

 「軽巡 矢矧。砲雷撃戦、始めます!」

 

 少佐を追いかけている敵艦隊が視界に入った。それと同時に、少佐がどうやって追いつかれずに誘導してるんだろうって疑問も解消したわ。

 少佐は探照灯を敵艦隊に照射しつつ、まるで海面を滑空するように移動していたの。

 一度の滑空は10メートル有るか無いかの距離だけど、滑空中の速度は30ノットを超えているように見える。下手したら40ノット近く出てるんじゃないかしら。それを連続で使用して距離を保ってるわ。

 どうやったらそんな事出来んだろうって疑問が新たに出て来ちゃったけど……。

 

 『良い調子です!貴女はその調子で敵を削ってください!トドメは…私が!』

 

 私が撃った8発の魚雷の内1発に被雷した先頭の駆逐艦を少佐が撃破。これで3隻目。

 敵わないな……。これが経験の差と言う奴なのかしら。今の私では、どんなに性能の良い兵装を装備していても、少佐のように敵を倒せる自信がない。

 って言うか、8発も魚雷を撃って当たったのが一発だけって……。

 

 「ん?何?この反応……。友軍艦隊?いや、反応は一つ……しかも、養成所の方?」

 

 私が気を取り直して砲撃戦に備えようとした時、電探が友軍識別信号をキャッチした。

 だけど数と方角がおかしい。

 反応は明らかに養成所の方、しかも動いていないし反応も大きい。このサイズは正規空母?それとも戦艦?どちらにしても、養成所に空母や戦艦の艦娘は居なかったはずよ。

 だったらこれは何?私たちの背後に何が居るの!?

 

 「少佐!養成所の方に妙な反応が!」

 『妙な反応?味方の救援ではないのですか?』

 「救援にしては数が少なすぎます!それに……」

 『それに…何です?』

 

 反応が不自然に大きい。

 そう伝えようと口を開きかけた時、背中に悪寒を感じた。いえ、悪寒なんて可愛いものじゃない。まるで、背中から海面に押し付けられるんじゃないかと錯覚するような圧力。

 巨大な手の平で潰されそうになっているかのように物理的な力すら感じるわ。

 

 『ザザ…ザザザザ……』

 『通信に割り込み!?いや、違う……。これは全周波通信!いったい誰が!?』

 

 ザザザ……。と言う雑音の後、何者かが私と少佐の通信に割り込んできた。

 なんとなくわかる。通信に割り込んで来たのは、背後に突如現れたアンノウンだわ。

 やはり味方なの?けど、アンノウンからの通信はチャンネルを合わせた通信ではなく、全てのチャンネルで受信可能な全周波通信だ。

 アンノウンは何を考えてそんな事を……。 

 

 『さあ奏でましょう……。恐怖と悲哀の幻想曲を。愛でましょう。屍肉と業火の花束を』

 『この声は…けどこの言い回し……。まさか……!』

 

 少佐は心当たりがあるみたいだけど、私には聞き覚えのない女性の声だった。

 いえ、少し違うわね。

 声自体は聞き覚えがあるけど、雰囲気が別人だわ。

 芝居がかった言い回し。暗い水底から響いてくるような口調。こんなに狂気に満ちた声を聴くのは初めてだ。これほど妖艶な声を聴くのも初めてだ。

 こんなに恐怖を掻き立てる声を聴くのは生れて始めてだ!

 

 『嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ!だってお前はあの時……!』

 

 さっきまで、深海棲艦に八つ当たりしながらも冷静さは保っていた大城戸少佐が激しく動揺してる。

 敵艦隊も浮足立っているように…いや、恐怖している?戦闘開始直後の私以上に、深海棲艦たちがアンノウンに恐怖しているように見える。

 

 『そして歌いましょう……。彼女に捧げる恋歌(ラブソング)を……』

 

 そのセリフを合図に、十秒程度の間を置いてズドン!と、これまでの人生で聴いた中で一番大きな音が戦場に。いえ、世界に響き渡った。

 今のは砲声?あんな巨大な砲声を響かせる事ができる者が存在がするの?

 反応は養成所からほぼ動いていないのに。養成所からこの戦場まで軽く15海里は離れているのに。そのアンノウンが放ったと思われる砲声を、私は体で感じる事が出来た。

 

 『動きなさい矢矧!巻き込まれる!』

 「え?何に……」

 

 正気を取り戻した少佐の声で俯いていた顔を上げた時、九発の砲弾が深海棲艦に降り注ぐ瞬間がスローモーションで目に映った。

 砲声は一回しか聴こえなかったのに、なぜか九発も飛んで来た砲弾は正確に9隻の深海棲艦を貫き、炎を纏った水柱を同じ数だけ起ち上げた。

 その光景はまるで……。

 

 「地…獄……」

 

 そう。これは地獄だわ。

 夜の海を真っ赤に染め上げ、業火と深海棲艦の断末魔が響き渡るここは正に地獄。アンノウンは、たった一撃で戦場を地獄に変えた。

 

 「矢矧!無事ですか!?」

 「あ…大城戸…教官……」

 「そうです!教官です!貴女の教官です!怪我はありませんか?痛いところはないですか!?」

 

 非常時には少佐と呼ばなければならない事も忘れて、私は教官と呼んでしまった。

 本来なら怒られるような事をしてるのに、教官は『装甲』すら維持できない程放心していた私の肩をユサユサと揺すりました。

 

 「大…丈夫です……。怪我はありません……。でも……」

 

 目の前の光景から目が離せない。

 目の前には大城戸教官が居るのに、私はその向こう側から目を離せないでいる。深海棲艦の燃料に引火して、今も海面を焦がし続けている炎の海から。

 

 「良く聞きなさい矢矧。私はこれから養成所へ向かいます。貴女は『装甲』の維持と、いつでも回避運動が取れるよう心構えをしてここで待っていなさい」

 「それはどう言う……」

 「もう一戦、やる羽目になるかもしれないからです。私が先行して様子を見ます」

 

 もう一戦?冗談でしょう?冗談ですよね!?

 養成所の方に居るのはアンノウンだけですよ?教官は、たった一撃で戦場を破壊するほどの奴を相手に戦うつもりなんですか!?

 

 「安心しなさい。あくまで念のためです。たぶん…戦闘にはなりません。気配を感じませんから」

 「でも……!」

 「私が養成所に到達しても、戦闘が起きないようなら戻って来なさい…って。もう…泣くんじゃありません。私なら大丈夫ですから。ね?」

 「一人で…行くんですか?」

 「はい。もし私の予想通りなら、貴女には酷過ぎる相手ですので」

 

 教官は、いつの間にか流れていた私の涙を指で拭い、私を置いて養成所へ向かい始めました。  

 さっきまでの相手以上の化け物を相手にしなければならないかもしれないのに、教官はそれでも行くんですか?そりゃあ、私なんかじゃ足手纏いにしかならないのはわかっていますけど、いくら何でも無謀すぎます。

 さっき以上の自殺行為です!

 

 「わた…私も行きます!いえ!行かせてください!」

 「ですが……」

 「もう怯えたりしません!邪魔なら見捨ててもらっても結構です!だから!だから……」

 

 一人にしないでください。一人にされるくらいなら、戦った方が遥かにマシです。だから…こんな臆病な私を、貴女と一緒に戦わせてください。一緒に、居させてください……。

 

 「まったく…甘えん坊ですねぇ……。鎮守府に配属されてちゃんとやって行けるか心配ですよ……」

 

 教官の言葉に失望の色は無かった。代わりにあったのは母親のような眼差しと優しい呆れ。

 ダダをこねる子供を、呆れながら抱きかかえる母親のような響きの口調と共に、教官は私に手を差し伸べてくれた。

 

 「では行きましょう。私を見失ってはいけませんよ?」

 「はい!」

 

 私は、この時決心した。

 この人のように成ろう。この人のように勇敢で、この人のように強い艦娘に成ろう。

 この人を失望させないように、この人が胸を張って『矢矧は私が育てた』と言えるような艦娘に成ろうと、差し出された教官の手を握りながら、私はそう決心しました。

 

 「あの…教官。教官はアンノウンの正体に心当たりがあるのですか?」

 

 養成所に向かい始めて十数分。

 私は抱いていた疑問を教官にぶつけてみた。もちろん、周囲の警戒は怠らず。いつアンノウンから攻撃されても良い様に心と体勢を整えたまま。

 

 「有るか無いかと問われれば有ると答えます。ですが、有り得ないんです」

 「有るのに、有り得ない?」

 

 なぞなぞかしら。後ろからは表情が窺えないけど、教官の口調からは緊張が伝わってくる。12隻もの敵艦隊を前にして一歩も怯まなかった教官を動揺させ、緊張させるアンノウンはいったい何者なの?

 

 「あれは……!有り得ない…やっぱり有り得ない!なんで!?どうして……!」

 「教官!?」

 

 養成所の浜が視界に入り、アンノウンの姿が米粒程度の大きさに見える位置まで戻った途端、大城戸教官は通信に割り込みが有った時以上の動揺を見せました。

 あれは…戦艦?間違いなく空母ではない。だって飛行甲板が無いもの。それに、軽巡や重巡を遥かに超える巨大な三連装の砲塔。それが左右に二基、背中に一基の都合三基。

 敵艦隊を葬ったのは間違いなくあの戦艦だ。九門の砲身一つ一つで、9隻の敵艦を火柱に変えたんだわ。

 

 「嘘…でしょ?彼女があれをやったって言うの?」

 

 私と教官はアンノウンのすぐ目の前まで接近しました。

 戦闘になると想定はしてましたけど、彼女の様子を見るに戦闘にはなり得ないと教官が判断したからです。だって彼女は、夜空を見上げたまま恍惚な表情を浮かべて気絶していたんですから。

 

 「逃げたはずじゃ…避難するのは確認したのに……」

 

 彼女を中心にして、浜に半径50メートル程の半円状のクレーターが出来ていた。きっと、砲撃した直後は海にも出来ていたんじゃないかしら。

 そこに居たのは、整備場に向かう前に、私が独居房から連れだして避難させたはずの彼女だった。

 けど、教官はその事に驚いている訳ではないようね。

 教官はきっと、彼女を通して別の誰かを見ていたんだと思う。

 黒いロングドレスを身に纏い、腰まで海に浸かって、巨大な砲身から湯気を上げながらへたり込む彼女を見おろして、大城戸少佐はこう呟いた。

 

 「どうして…お前が生きている」と。

 

 恐怖と驚愕。怒りと憎しみ。そんな負の感情が全て綯い交ぜになった表情で彼女、大和 撫子に。



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第三話 彼女に捧げるラブソング

 

 

 

 終わった後になって、あの時のあれが切っ掛けになったんじゃないかって思う事ない?

 え?ない?そう……。

 けど、私にはあったの。

 彼女の誕生…いえ復活が、あの戦争を終らせる切っ掛けになったんじゃないかって、全てが終わった後で思ったわ。

 だって彼女が居なければ、きっと今も戦争は継続中だし、私だってここでインタビューに答えてる暇なんてなかったかもしれないんだから。

 危ないと思わなかったのかって?

 そりゃあ思ったわよ。

 佐世保や大湊の提督は彼女を解体すべきだって言ってたし、私自身、彼女が生きていると確信した時は解体してやろうかと思ったわ。

 けど、結果として彼女は戦争を終わらせた。

 自らを犠牲にして、彼女はあの戦争を終わらせたの。

 今でも本当は認めたくないけど、あの時の……。あの場に集った全ての艦娘達を率いて戦場に向かって行く彼女は、まるで女神のように光り輝いていたわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官。紫印 円満(しいんえま)中将へのインタビューより抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「貴女も懲りない人ね。あまり教官の手を煩わせないでくれない?」

 「だって…艦娘になりたいんですもの……」

 

 大城戸さんに怒られた後、私は矢矧さんに連れられて、問題を起こした候補生が放り込まれる独居房に入れられました。

 移動中もずっと手錠をかけられていたせいで手首が痛いです。痣が残ったら、責任を取って艦娘にしてもらいましょう。

 

 「その顔、まだ諦めてないようね」

 「当たり前です!私は艦娘になりたいんですから!」

 

 独居房のドア越しでも聞こえるくらい、矢矧さんの盛大なため息が聞こえました。

 そこまで呆れなくてもいいじゃないですか。貴女にだって私の気持ちはわかるでしょう?先月、こうやってドア越しに会話した時、貴女だって早く艦娘になりたいって言ってたじゃないですか。

 

 「明日、何時にここを発つんですか?」

 「11時に迎えが到着予定だから、遅くても12時には出ると思うわ」

 「配属先は横須賀…でしたよね?」

 「ええ、貴女の相手をするのもこれで最後と思うと……」

 「寂しい…ですか?」

 「いいえ全く。気分爽快よ」

 「薄情過ぎませんか!?私たち友達でしょう!?」

 

 直接会うのは月に一度だけでしたけど、ラインで毎日お話してたじゃないですか!21時以降は、何回メッセージを送っても既読すらつきませんでしたけど……。

 でも私は我慢したんです!それなのに気分爽快だなんて酷すぎます!訴えられても文句言えませんよ!

 

 「気分爽快は冗談だけど、これからも後輩達が貴女の被害に遭い続けると思うと不憫で……」

 「私って、そんなに迷惑かけてました?」

 「自覚無し!?嘘でしょ!?」

 

 はて?私がした事と言えば……。

 半年前、初めてここに来た時は普通に門から入りました。多少暴れましたけど、そこまで迷惑はかけてないと思います。

 二度目はフェンスを…クリッパーって言う名前でしたっけ?あの工具。それを使ってフェンスを破って中に入りました。

 これもまあ、良くあるイタズラレベルですね。

 三度目は、門の前で仁王立ちして拡声器を使い、抗議デモみたいな事をしました。朝から夕方まで。

 そんな長時間、声を張り上げ続けた事を褒めて頂きたいです。

 四度目は少し迷惑かけたかしら。

 守衛さんが何度お願いしてみ中に入れてくれないから、レンタカーを借りて門を強行突破しました。

 レンタカーと遮断機の修理代を請求されたせいで、家に帰ってから親にこっぴどく叱られました。

 家が割と裕福だったから怒られるだけで済みましたけど、お小遣いから修理代を出せと言われたら絶望してましたね。

 あら?でもこれは、私が迷惑を被ってないかしら。

 五度目は座り込みを敢行しました。

 冬場だったので、防寒対策をちゃんとして門の前でバーベキューをしてやりました。

 一人でバーベキューは少し寂しかったですけど、外で食べるお肉の美味しさに満足してその日は帰っちゃいました。テヘペロ♪。

 そして六度目。

 今回は趣向を変えて、候補生達が陸に上がった時間を見計らって海から侵入しました。

 私がスクール水着を着用しているのはそのためです。

 もっとも、春とは言え海水の冷たさには勝てず、陸に上がった途端に体が震えてまともに動けなくなってしまいました。そこを捕まえられた訳です。

 次は過去六度の反省を生かして空からですね!

 

 「次は空から。とか考えてるんじゃないでしょうね?」

 「ど、どうしてわかったんですか!?まさか、矢矧さんはエスパー!?」

 「天井見上げてニヤリとしてれば馬鹿でもわかるわ!って言うか、全然反省してないじゃない!凍死しかけたばかりでしょう!?」

 「だからこそ空なんです!空なら凍死の心配はありません!」

 「墜落死の心配は!?パラシュートを着け忘れるとか普通にしそうじゃない!」

 

 なるほど。

 矢矧さんはなんだかんだと言いながら、結局は私の心配をしてくれるんですね。さすがは私の友人。アホほど登録できる私のスマホに、家族以外で唯一名を連ねているのは伊達ではありません。

 いえ、これはもう友人なんてレベルじゃありませんね。親友、いや!心友です!

 

 「おお!心の友よ!」

 「どこのジャイアン!?今の会話から何をどうしたらそんなセリフが出て来るのよ!」

 「そうだ!あだ名を決めましょう!心友同士なのにさん付けなんておかしいですから!」

 「おかしいのは貴女の思考回路よ!あだ名なんか決めなくていいから!」

 

 さて、矢矧さんのあだ名は何が良いかしら。

 やっちゃん?やーさん?やーさんは無いですね。さん付けですし、何だか筋者みたいですもの。だったら……。

 

 「やはぎん なんてどうでしょう!可愛らしくて素敵だと思いませんか?」

 「思わないわよ!何だかポンコツっぽいもん!ポンコツな矢矧の蔑称みたいだもん!」

 「やはぎん…そんなに興奮すると血圧が上がりますよ?」

 「貴女のせいよ!貴女のせいで私の血圧はうなぎ上りよ!って言うか やはぎんって呼ぶな!」

 「うなぎの旬は8月から12月です!時季外れでしょう!」

 「うなぎの話なんてしてないけど!?」

 

 まったく。こんな僻地に居るせいで、やはぎんは一般常識に疎いようですね。

 ちなみにですが、うなぎと言えば土用の丑の日が思い浮かびますね。ですがこの日は、うなぎが一番美味しい時期とは少しズレてるんです。

 諸説ありますが、夏場にうなぎが売れなくて困っていた鰻屋さんに相談された平賀源内さんが「そんじゃお前ぇ、『本日丑の日』と書いた張り紙を店先に貼ってみな」と勧めたところ、なんとその鰻屋さんは大繁盛!

 そしたら他の鰻屋さんも真似し始めて、土用の丑の日にうなぎを食べる風習が定着したと言う説が割と有名なのではないでしょうか。頭に『う』が付く食べ物なら何でもいいなんて話もありますね。

 

 「わかりましたか?」

 「わっかんないわよ!貴女が何を思ってそんなセリフを言ったのか欠片も理解できない!」

 「やはぎん…話聞いてました?」

 「お前が聞け!お願いだから私の話を少しは聞いて!」

 

 ふむ……。

 話を聞けと言う事は、やはぎん も私のあだ名を決めてくれたようですね。どんなあだ名を付けてくれるんでしょう。

 山ちゃん?なんだか芸人さんぽいから却下ですね。

 では なっちゃん?いやいやジュースか!確かに美味しいですけど、ジュースっぽいあだ名は無しですね。

 だって考えてもみてください。

 そんなあだ名を付けられたら「なっちゃ~ん。ちょっとなっちゃん買って来て~」とか言われてからかわれるのが目に見えてます!

 

 「だから、なっちゃんは絶対に拒否します!」

 「もう嫌だ……。宇宙人の方がまだ会話が成立しそうな気がする……」

 「この養成所には宇宙人が!?」

 「居ねぇよ!ここに居るのは宇宙人より話が通じない馬鹿女だけだ!」

 「やはぎん…自分を卑下しちゃダメ。貴女は馬鹿なんかじゃないわ。私が保証します!」

 「自覚ねぇのかよ!こんなに嬉しくない保証は初めてだわ!いや、もうこれは侮辱よ!ぶっ殺してやる!」

 

 なんとはしたない。

 やはぎんが罵詈雑言を吐きながらドアをガンガン!と蹴り始めました。

 ドアの格子窓が小さくて謎の怒りに燃えている顔しか見えませんが、そんなに派手にドアを蹴ったらスカートの中身が見えちゃいますよ?貴女のスカートはただでさえ短いんですから。

 

 それにしても、艦娘になった やはぎんと会うのは今日が初めてですけど、艦娘ってあんなに露出度が高い服装をしなくてはいけないんでしょうか。

 少なくとも、私が知っている彼女(・・)はそんなコスプレイヤーみたいな格好はしていませんでした。

 ちなみに、やはぎんの格好はセーラー服に紅色のスカート、それに白い長手袋と片足ニーソ。

 こう言えば普通に聞こえますが、セーラー服は肩とお腹を隠していませんし、スカートはちょっと動くだけで中が見えてしまいそうなくらい短いです。

 街中をあんな恰好で歩いていたら速攻でお巡りさんに止められそうですし、『女の子がお腹を冷やしてはいけません!』とお母さん的な人に注意されかねません。

 

 『ビー!ビー!ビー!非常事態発生!非常事態発生!現在、深海棲艦と思われる艦隊が当施設に急速接近中!全候補生は指定の避難場所に至急避難せよ!これは訓練ではない!繰り返す!これは訓練ではない!』

 「敵艦隊!?こんな時間に!?」

 

 まったくです。いくら敵とは言え、訊ねて来るなら時間は考えるべきだと私も思います。急ぎの用でもあるのでしょうか……。

 それはそうと、『これは訓練ではない!』って本当に言うんですね。テレビや映画の中だけの事かと思っていました。

 

 「は、はい!矢矧です!はい…はい……。りょ、了解しました!整備場にて待機いたします!」

 

 ん?誰と会話していたのでしょう。相手の声は聞こえませんでしたから電話だとは思うのですけど……。

 いや、やはぎんの事です。独り言という可能性も捨てきれません。

 

 「やはぎん?独り言ですか?」

 「そんな訳ないでしょう!出撃命令です!」

 「出撃?今からですか?もう夜も遅いのに……」

 「いや……!はぁ…もういいわ……。鍵は開けたから、貴女は避難して……」

 「やはぎんは?」

 「だぁかぁらぁ!私は準備が済んだら迎撃のために出撃するの!さっきの放送聞いてなかったの!?」

 

 聞きましたけど、それと やはぎん が出撃するのに何の関係が?

 あっ!わかりました!お出迎えですね!あれ?でもおかしくないですか?こちらに向かっているのは深海棲艦ですよね?深海棲艦は敵ですよ?それをお出迎えすると言う事は……。

 

 「やはぎんは深海棲艦!?」

 「もういい!貴女はさっさと避難しろ!ほら!早く出て!」

 「ちょっ!痛い!痛いですよ やはぎん!髪を引っ張らないで!」

 

 ドアを乱暴に開けて入って来た やはぎんは、私のポニーテールを引っ張って無理矢理私を独居房から連れ出しました。

 同じポニーテール仲間なのにポニーテールを引っ張るなんて酷すぎます!ポニーテールに謝ってください!

 

 「貴女が人の話を聞かないのは身に染みてわかってるけどあえて言うわ。よく聞きなさい。避難場所は、養成所の南側にある山道を登った先よ。間違っても北側、海の方へ行ってはダメ。山を目指すの」

 「え?でも……」

 「でもじゃない!敵が来てるの!死にたくなければ早く避難しなさい!」

 

 やはぎんって人の話を聞かない人だなぁ。登山道具も無しに夜の山に登るのは危ないって言おうと思っただけなのに……。

 

 「ほらほら!さっさと行く!」 

 「きゃぁ!ちょっと!お尻を蹴らないで!痛い!痛いからぁ!」

 

 うう……。門に着くまでひたすらお尻を蹴られました……。

 私は水着の上から毛布を羽織ってるだけなんですよ?お尻の装甲は無いに等しんです。それなのに蹴られまくったもんだから、きっと私のお尻は腫れ上がってますよ。

 

 「終わったらラインするわ。だから…貴女は避難場所で待っていて……」

 「やはぎん……」

 

 どうして、そんなに思いつめた顔をしているの?終わったらラインすると言ってるけど、貴女の顔を見ていると、まるで今生の別れのようにも思えてしまうわ。

 

 「じゃあ…私行くから……貴女も早く行って」

 「あ……」

 

 待って。と言う間もなく、やはぎんに追い立てられて私は養成所の門を出ました。

 もう!少しは私の話を聞きなさい!

 私は今スマホを持っていないんです!恰好を見ればわかるでしょう?それなのに、私の返事は一切聞かずに行ってしまうんだもの。一言文句言ってやろう。

 確か……整備場で待機するとか言ってましたね。

 

 「ええと…整備場は確か……」

 

 あれ?どこでしたっけ?門がここで…北側が海。東に戻ったら玄関があるから……。東かな?東ですね!きっとそうです!

 

 「あ、あれ?ここどこ?」

 

 東に真っ直ぐ進んだはずなのに、私は何故か食堂と思われる場所に居ました。玄関から中に入ったのが失敗だったのかしら。整備場って施設内に無いの?

 

 (……チダ…)

 

 ん?今、誰かに呼ばれたような……。

 養成所で私の知り合いと言えば大城戸さんと やはぎんのみ。用事が終わってもラインの返事がないから、 やはぎんが私を探してるのかしらのかしら。

 

 「あ、綺麗ですね……。花火かしら」

 

 声に導かれるように施設から外に出ると、養成所の北に広がる水平線がピカピカと光っていました。遅れて音が聞こえますから、花火はかなり遠くで上がってるんですね。

 30分近く迷ったおかげで眼福です。時期外れですけど良い物が見れました。

 

 (…ツ……ケタ……)

 「誰?」

 

 整備場と思われる建物の入り口が見える位置まで来た時、また誰かの声が聞こえました。だけど、周りには誰も居ません。

 気のせい?ですが、確かに聞こえました。

 聞こえたと言うより、頭の中に直接声が響いた感じでしたけど……。

 

 (コッ…ダ……)

 

 呼んでる。誰かが私を呼んでる。

 暗い水底から響いて来るような声で私を呼んでる。

 

 (ソウダ…コッチダ……)

 

 整備場に一歩近づく度に、声がハッキリと聞こえるようになっていく。

 中から?整備場の中で、誰かが私を呼んでいる。いいえ、待っている。

 

 (ヤット…ミツケタ)

 

 整備場の中には誰も居ない。

 代わりに在ったのは、巨大な砲を備えた艤装……。

 艤装…ですよね?大城戸さんは適合者が居ない艤装は無いと言っていましたけど……。

 

 (会イタイカ?)

 

 会いたい?誰に?

 私が会いたいのは彼女だけです。そのために艦娘になりたいんです。

 

 (会イタイノダロウ?)

 

 ええ、私は彼女に会いたい。

 忘れもしない、4年前の正化30年3月3日。

 家族と一緒に乗っていたフェリーを救ってくれた名前も知らない彼女を、私は生涯けっして忘れない。

 黒髪を靡かせ、白い衣を纏い、化け物の群れを踊るように葬った彼女の姿を忘れる事なんて出来ない。

 

 (ナラバ…私ヲ連レテイケ)

 

 何処に?いや、聞くまでもない。そんなの……。

 

 (決マッテイル……)

 

 「(私たちが愛する(憎む)、彼女の元へ)」

 

 私の声と彼女の声が重なった時、私は彼女に手を添えていた。

 いつの間に私は彼女の傍に来ていたの?歩いた覚えなんて無いのに、近づいた覚えなんて無いのに、私は彼女の傍に居た。

 

 「ああ……。この感覚は久しぶりだ……」

 

 私の声で、彼女がそう口にした途端に視界が遠くなった気がする。

 それだけじゃありません。私の体は私の意志とは関係なく動き、背中に艤装を装着しました。

 

 「ふむ、この格好は少々はしたないな」

 

 視界が動き、整備場の中を見回して何かを探しています。何を探しているのでしょうか。

 

 「これで良いか……。今よりはマシだろう」

 

 そう言って手にしたのは黒い布。恐らく暗幕でしょう。それを適度な大きさに引き裂いて腰に巻き付けました。

 パレオ…よりは大きいですね。ロングスカートと言っても過言ではないほどの丈があります。

 元々着ていたスクール水着の色と相まって、今の私は黒いノースリーブのロングドレスを着ているように見えるのではないでしょうか。

 

 「懐かしい…全てが懐かしい……」

 

 私は大仰に両手を星空へと掲げ、流れるような優雅さで海に向かって歩いています。

 私の言葉に嘘は無い。本当に、心の底から世界を懐かしんでいる。

 そうだ…私は帰ってきたかった……。

 暗い闇の底に押し込められ、この世界に戻ってくるのを何年も待ちわびた!狂おしい程愛する彼女に会うために、私は今帰ってきた!

 

 「さあ奏でましょう……」

 

 膝まで海に浸かった私は、目の前の空間を右手の甲で撫でるように薙ぐと同時にレーダー波を照射。

 すると、向こう側が微かに透ける程度に濃い緑色のレーダー画面が目の前の空間に直接投影されました。

 

 「恐怖と悲哀の幻想曲を」

 

 友軍識別信号を確認。

 敵を示す紅い光点が九つ。友軍を示す蒼い光点が二つ。

 

 「愛でましょう。屍肉と業火の花束を」

 

 各砲身(・・)、全敵艦をマルチロック。

 紅い光点が端から順に、ピッ!と言う音と共に[〇](こんな)感じでロックオンされて行く。

 的はたった九つ。しかも動きが鈍い。私なら簡単に貫ける。私に貫けなかったのは彼女だけなのだから。

 

 「そして歌いましょう……。彼女に捧げる恋歌(ラブソング)を……」

 

 ズドン!と轟音を世界に響かせて、九つの砲身が同時に火を噴きました。

 これは私の復活を知らせる鐘の音。私の誕生を彼女に知らせる福音。私たちが愛する(憎む)彼女に捧げる愛の歌。

 

 「待っていて…今度こそ貴女を……」

 

 私がその続きを口にする事はありませんでした。

 恐らく、先程の砲撃のせいでしょう。体中に激痛が走り、私は膝から海面に崩れ落ちました。

 けど、気持ち良い……。

 この痛みが、生きていることを実感させてくれる。この世に私が存在していることを教えてくれる。

 

 そう思った時、私は満足して瞳を閉じました。

 彼女と再会する妄想に、頬を歪ませながら。



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第四話 幕間 澪と円満

 

 

 対深海棲艦用装着型海上自由航行兵装。通称『艤装』との適合可能条件は大まかに三つあります。

 一つ。

 女性である事。

 まあ艦『娘』ですからね。男性が艤装と適合したと言う報告は、運用開始から14年間で一度もありません。もちろん日本だけでなく、艦娘を運用している他の国でも同様です。

 二つ。

 艤装のモデルとなった艦と何かしらの縁がある事。

 名前が同じ、と言うだけでは縁にはなり得ません。

 私の例を挙げると、私のご先祖様は『駆逐艦 大潮』の乗組員だったそうです。

 そして三つ目。

 これは例外と言っても良い条件です。

 正化30年に、前横須賀提督が説いた仮説を元に艦娘になるための条件が調査されました。

 先の二つ、特に二つ目の条件はこの調査の結果明らかになったのですが、調査が行われるよりも前に艦娘となった子の中に一人だけ、二つ目の条件に合致しない子がいたんです。

 だったら二つ目の条件が間違ってるんじゃないか、と言う話になりますが、数百件のサンプル中例外はその一件だけ。流石に間違いで済ませられる数字ではありません。

 そこで説かれた仮説が、後に行われたある実験で半ば確定となった『先代適合者と縁があり、かつ先代適合者が望んだ者』です。

 話が逸れるので詳細は割愛しますが、これを聞いた時は『あの二人なら有り得る』って納得しちゃいました。

 

 「けど、彼女は違う…一つ目以外当てはまらない。円満(えま)はどう思う?」

 『澪と同意見よ。こっちでも調べてみたけど、彼女とあの戦艦に縁と呼べるようなモノはなかったわ』

 

 襲撃の翌日。

 予定通り矢矧と、予定外の大和 撫子(やまとなでしこ)を送り出した私は、その日の夜に二人の配属先である横須賀鎮守府で提督を務める元姉妹艦、紫印 円満(しいんえま)に連絡をとっていました。

 当然ですが、雑談が目的ではありません。

 話題の中心は、4年間適合者が居なかったあの艤装に適合して敵艦隊を葬った彼女、女性である事以外の条件に当てはまらない大和 撫子についてです。

 

 『そうなると、アイツが原因…って事になるけど……。そんな事有り得るの?過去の事例を洗ってる最中だけど、艤装の核となった深海棲艦の影響を受けたなんて例は今のところ無いわ。勿論、深海棲艦の意識が残っていたなんて例もね』

 「私もそう思いたいけど、それ以外考えられないのよ……」

 

 砲撃の直前に通信を通して聞こえて来たあの声、あの言い回し。そして、恍惚に歪んだあの表情。

 どうしてもアイツを思い出してしまう。

 4年近く前の正化29年末に行われた大規模作戦『ハワイ島攻略戦』の最中に、総旗艦となった艦娘運用母艦『ワダツミ』の背後を強襲して来た戦艦水鬼を。

 

 「倒した…よね?間違いなく」

 『倒したのはあの子(・・・)だから私は倒す瞬間を見てないけど、アイツの核をワダツミに持ち帰ったのは澪じゃない』

 「そう…だよね……。アレが使われてあの艤装が建造されたんだから、間違いなくアイツは倒してる……。死んでるはず……」

 『そう、アイツは間違いなく死んでる。でも間接的にだけど、その大和 撫子って子は三つ目の条件に当てはまりそうな事件に遭遇してるわ』

 「三つ目?あの艤装に先代適合者は居ないでしょ?」

 『正化29年の3月3日、深海棲艦に襲われた横浜発フェリーの救援に行ったの覚えてる?』

 

 そんな事もあったような……。

 近年は稀だけど、私が艦娘だった頃は有り触れた事だったから似たような出撃は何度もした。何度もしたから、どれの事かパッと思い浮かばないなぁ……。

 

 『私達(・・)が最強と呼ばれた唯一の時期の出撃よ?忘れちゃったの?』

 「ごめん…覚えがないや……」

 

 余談になりますが、私がかつて所属していた第八駆逐隊は、円満が艦娘を辞めるまでの一か月ほどですが全駆逐隊最強と言われた時期がありました。

 あの頃は負ける気がしませんでしたねぇ……。

 一人一人が特殊技能持ちでしたし、今は大本営にいるあの子(・・・)は、単独で戦艦を撃破するくらい強かったんです。私自身、駆逐棲姫を一人で倒せる程度には強かったんですよ?

 

 『まあ良いわ。その、私たちが救助したフェリーに彼女が乗船していたことが分かったの。これは私の仮説だけど、あの子(・・・)との邂逅が奴との縁になったんじゃないかしら』

 「先代適合者とじゃなくて、アイツとの縁が元で適合できたって事?それ笑えないよ。だったら私や円満だって、あの艤装と適合できた事になるんだよ?彼女以上にアイツとは縁……いや、因縁があったんだから」

 『考えただけで反吐が出そうね。だけど澪。アンタ、三つ目の条件が二つの条件で成り立ってるのを忘れてるわ』

 「わかってるよ。考えたくなかっただけ……」

 

 彼女が、アイツの望んだ相手だなんて考えたくなかったのよ。

 あの子(・・・)の例に当てはめるなら、大和 撫子はアイツと同じようにあの子(・・・)を偏愛してる事に成り兼ねない。

 彼女が駆逐艦に成りたがってたのは知ってるけど、それはあの子(・・・)に救助された事で憧れたからだと思いたいよ。だって、もし円満が言う通りなら、彼女はいずれあの子(・・・)に牙を剥くかもしれないんだから。

 選りにも選って戦艦。しかも、大和型の艤装と適合した彼女とあの子(・・・)が戦うなんて想像しただけでゾッとしてしまいますね……。

 

 『それと、長門と陸奥、それと武蔵に確認してみたけど、九つの砲身それぞれで狙いをつけ、しかも正確に撃ち抜くなんて芸当は彼女達でも出来ないそうよ。武蔵は範囲レベルで吹き飛ばす事なら出来るって言ってたけど』

 「武蔵さんとは真逆だね。でも、性能的には同じ事も出来るはず……敵に回ったら厄介どころの騒ぎじゃないね」

 『同感ね。まあ、最悪の場合は満潮と叢雲、それに長門をぶつけるわ。彼女達ならどうにか出来ると思うから』

 「神風達は?あの子達も、今じゃ横須賀でトップレベルの駆逐艦でしょ?」

 『あの子達は矢矧につけようと思ってるの。アンタの戦い方、矢矧に見せちゃったんでしょ?』

 

 なるほど。私と似たような戦い方を駆逐艦全てがすると矢矧が勘違いしてる可能性を忘れてましたね。

 そうなると、矢矧の旗下に加えられる駆逐艦は限られてきます。

 私と円満を含む前第八駆逐隊のメンバーが総がかりで鍛え上げた満潮と、横須賀鎮守府提督補佐を務める辰見 天奈(たつみあまな)大佐が指導した叢雲を除けば、私と似たような戦い方が出来るのは円満が満潮とは別に指導した神風型の5人くらいしかいない。

 しかも、神風型5人の連携は駆逐隊の理想とまで言われる程完成度が高いし性格も温厚。新米の矢矧を任せるには持って来いですね。

 

 「カミレンジャーにシルバーが加入。ってとこ?」

 『やめてよそれ……。毎日うるさくて迷惑してるんだから……』

 「可愛い教え子でしょ?大目に見てあげなよ」

 『朝の五時から騒ぎ出すのよ!?おかげで毎日寝不足よ!』

 

 嘘つけ、どうせ起きないでしょ?円満って艦娘だった頃はそうじゃなかったけど、辞めた途端に低血圧になって朝が苦手になったじゃない。私が辞める前も、毎日満潮に起こさせてたし。

 

 「そうだ。迷惑と言えば……」

 『何?何かあるの?』

 「そっちに送った彼女さ、人の話聞かないから。殺意を覚えるレベルで」

 『その辺は長門が上手くやるわよ。たぶん』

 「あとさ、基礎知識もまるで無いから」

 『はぁ!?基礎知識が無いってどういう事!?浮く事も出来ないんじゃないでしょうね!?』

 「浮く以前の問題だと思うよ?だって、元々不法侵入者だし」

 

 だから、艦娘が知っておくべき知識がまるっきり無い。本当に一から教えなきゃならないの。

 でも、円満は横須賀鎮守府の提督なんだから『はぁ~~……』って盛大な溜息つおてないで頑張ってね♪間違っても、こっちに送り返したりしないように。絶対に!

 

 『満潮に頼むかぁ……。嫌がるだろうなぁ……』

 「長門さんじゃダメなの?」

 『彼女の事知ってるでしょ?考えるな!感じろ!を素で実践するほどの脳筋よ?』

 「あ~……そういやそうだったね……」

 

 武蔵さんの訓練もそうだったっけ……。『そうじゃない!こうだ!』とか『こう、キュピーンと感じてシュバ!って感じだ』みたいな事を言ってたのを見た事があります。

 何の訓練かって?

 すみません。思い出したくありません。ただ、駆逐艦の後ろを図体のデカイ二人がコソコソとつけ回していたのは覚えています。

 

 「あ、満潮は元気?寂しがってない?」

 『アンタと恵が辞めた時はだいぶ塞ぎ込んでたわね。今はまあ…普通じゃないかな?』

 「ふぅん。憧れのお姉ちゃんが辞めた時はそうでもなかったの?」

 『あの子はしょっちゅう来るもの。孫の顔を見に週一で……。元帥の秘書艦って暇なのかしら……』

 

 そんな頻度で……。確かに暇を疑われても仕方ないですね。

 あ、ついでに説明しておきますが、恵とは元駆逐艦荒潮の荒木 恵(あらきめぐみ)の事です。今は元艦娘を対象とした心理カウンセラーをしています。

 今も艦娘として元帥秘書艦を務めてる元姉妹艦がもう一人居るんですが……。円満が言った通り、週一で大本営から横須賀鎮守府に通っているようです。車で片道二時間はかかるはずなんですが……。

 

 「円満が空いてる日にでも集まる?私と恵は割とスケジュールに融通が利くから」

 『良いわねそれ。満潮も喜ぶと思うわ。ストレス溜め込んでるみたいだから気晴らしにもなると思うし』

 「今は四駆に所属してるんだっけ?」

 『先週までね。舞風が着任したから、今は八駆に戻して他の三人の面倒を見てもらってるわ。ただ……』

 「練度の低さにイライラしてるって感じ?」

 『イライラしてるとまでは言わないけど……。まあ、実力の差が激しいから、どうしても満潮が他の三人に合わせなきゃいけないのよ……。それがストレスになってるんだと思う』

 

 え~っと。満潮が艦娘になって3年くらいでしょ?今の大潮と荒潮が……2年経ってないくらいで、朝潮が1年くらいだったっけ。

 私達が直接鍛えた満潮と他の三人じゃ実力に差があって当然ですね……。真っ当に訓練しただけじゃ、私達の域に達する事は出来ないし。

 

 「ちょっと鍛えすぎちゃったね。どう?元二代目満潮から見て三代目は」

 『強いわね。たぶん、かつての私やアンタより強いんじゃないかしら』

 「そりゃ相当だね。名実共に横須賀No.1の駆逐艦な訳だ」

 『私はそう思ってるけど、周りは叢雲がNo.1だと思ってるわ。満潮は目立った戦果を何も上げてないから」

 「どうして?」

 『あの子が目立つのを嫌うってのもあるけど、私が面倒な役回りばかりさせてるのが一番の理由かな。単独で姫級と渡り合える駆逐艦は使い勝手が良いのよ』

 

 なるほどね。

 小規模にしても大規模にしても、作戦中に予想外の事態は付き物だもの。そういう場合に満潮を使ってるのね。つまり、あの子一人に作戦の屋台骨を支えさせてる訳だ。

 

 「無理させすぎじゃない?満潮が潰れちゃうよ」

 『一番あの子を泣かせてた奴が何言ってんのよ。あの子が「やめて!もう無理!」って言っても「無理って言える内はまだ大丈夫」とか言って訓練をやめなかったじゃない。それに、ちゃんとあの子で対処出来る程度の事しかさせてないわ』

 

 そんな事もあったなぁ……。

 今思うと満潮を指導した日々が、それまでフワッとしか考えていなかった私に養成所の教官になる決心をつけさせたのかも……。

 流石に満潮にやったほどのスパルタ教育はしてないけど。

 

 『そう言えば、呉からの救援は誰が来たの?霞?』

 「ううん、二水戦が来たよ。しばらくは留まってくれるみたいだから安心だよ」

 『なら良かったわ。旗艦は神通?』

 「うん、神通だった。でもあの子、私達が知ってる神通じゃないよね?」

 『たしか…満潮が着任したのと同じ時期に代替わりしてなかったかしら』

 「って事は三代目?いや、四代目だっけ……?」

 

 艦娘は、同じ艦名でも代替わりして別人になってる事が良くあります。

 代替わりする理由はだいたい二つ。

 私が艦娘だった頃に一番多かった理由は戦死ですね。特に駆逐艦は、数日前に会った子と会ったと思ったら別の子だったなんて事が良くありました。

 次は任期の満了。

 艦娘は、艦娘になると同時に最低4年の任期が課せられ、それを満了した子が艦娘を辞める選択をした場合は艤装との同調を切られる、通称『解体』が行われます。

 解体によって適合者が居なくなった艤装は、各養成所を周りながら適合試験を繰り返し、同調できる子が現れると再び艦娘として各鎮守府、もしくは泊地のいずれかに配属されます。

 私が、今の神通が何代目かわからなかったのは神通と交流が無かったのもありますが、先に言った二つの理由が主な原因です。他の艦娘がいつ代替わりしたかなんて、親しい者以外興味ないですから。

 

 『三代目くらいじゃない?私も詳しくは……。あ、ちょっと待って、噂をすれば満潮だわ』

 「はいは~い」

 

 それを言うなら噂をすれば影でしょ。とはツッコまないけど、そろそろ19時か矢矧達は今どの辺だろう。適当に一泊して明日の10時くらいに着くようにするって言ってたから名古屋辺りかな?

 

 『ちょっとそれどういう事!?出撃の許可なんて出してないわよ!?』

 

 うわっ!ビックリした!いったい何事!?鼓膜が破れるかと思ったじゃない!

 

 「何かあったの?」

 『ごめん!ちょっと出て来る!満潮と適当に話でもしてて!』

 「あ、ちょっと!円満!」

 

 行っちゃったかな?

 別に後からかけ直すなりしてくれたら良かったのに……。

 聞いた感じだと、誰かが無断出撃しようとしてるみたいだったけど、今の横須賀でそんな事をしそうな艦娘なんて居たっけ?

 

 『もしもし、澪姉さん?』

 「ああ満潮?久しぶりだね。何かあったの?」

 『私も詳しくはわからないんだけど、さっき哨戒から帰ってくる途中に奇兵隊が出撃準備をしてるのが海上から見えたの。それを円満さんに伝えたらあの通りって訳』

 

 居た。

 艦娘じゃないけど、無断で出撃しようとする人が一人だけ居た。

 あ、一応説明しておきます。

 横須賀鎮守府には、前提督が私兵として抱えていた『奇兵隊』と呼ばれる特殊部隊が今もそのままあるんです。

 その奇兵隊は艦娘が実戦投入される前から深海棲艦と戦ってた人達で、一人一人が文字通り一騎当千の兵隊達です。

 しかし、名目上は海軍の一部隊となっているものの、その実態は私設武装組織に近く、運用資金も自前で調達しているみたいなんです。

 奇兵隊も横須賀鎮守府内に兵舎を構えてるので、出撃の際には提督である円満の許可が必要なんですが……。

 無断出撃をしそうな人、二代目総隊長は『許可ぁ?そんなの事後承諾で良いじゃない!』って平気で宣うような人なんです。

 

 「あの人も相変わらずみたいだね……」

 『子供が産まれてしばらくは大人しかったんだけどね。それに今日は、ブレーキかける旦那が出てるから』

 「それでか。けど、出撃して何をする気なんだろ?テロでも起きた?」

 『そんな話は聞いてないわ。って、円満さんが戻って来たから代わるね』

 「うん」

 

 奇兵隊がどの程度の規模で出撃しようとしてるかはわからないけど、市街地でドンパチしようものなら横須賀が廃墟になるわね。

 円満がハゲなきゃいいけど……。

 

 『ごめんごめん、満潮から何か聞いた?』

 「聞かなかった事にした方が良いならそうするよ?」

 『別に良いわ。本当に奇兵隊が出撃準備をしてるみたいなの。私もすぐにもう一度出るわ』

 「テロリストの襲撃?」

 『そうと言えばそうなんだけど……。襲われてるのは鎮守府じゃなくて、矢矧達なのよ』

 「矢矧達が!?どうして…あ!」

 『そう、狙いはたぶん彼女。深海棲艦を信奉してる奴らからしたら恨み骨髄でしょうから』

 

 疫病神かあの女は!

 あの女が来た日に深海棲艦の襲撃を受け、今度は移動中にテロリストから襲撃された。

 それで奇兵隊が出撃しようとしてるんだわ。

 だって、矢矧を迎えに来た二人は奇兵隊員だもの。しかも、その内の一人は奇兵隊副長、あの人の旦那だ。

 

 「矢矧は無事なの?無事なんだよね!?」

 『今のところ無事みたい……。って、何この音…二式大艇!?あの女、二式大艇まで出しやがった!』

 「ちょ…それ大丈夫?最悪、円満の首が飛ぶんじゃ……」

 『私の首が飛ぶくらいなら別に良いわよ!いや、良くないけど!え?なに満潮……花組が乗り込んだのを神風が見たって?嘘でしょ!?戦争始める気かあの女!』

 

 うわぁ…うわぁぁ……。なんだか大事になってる……。円満のストレスがマックスだわきっと。

 『花組』って単語は初めて聞いたけど、たぶん奇兵隊傘下の部隊の名前かなんかでしょ。

 

 『満潮!鎮守府全体に第一種警戒態勢を発令!何かあったらすぐ行動出来るようにさせといて!』

 「え、円満?」

 『ごめん!落ち着いたらかけ直す!』

 「あ!ちょっ……。切れちゃった……」

 

 どの辺りで襲撃を受けたんだろ。時間的に大阪を過ぎた辺り?車が無事ならそのまま横須賀まで逃げそうだけど、そうじゃなかったらどうするんだろ。

 

 「まあ、命の心配はない……」

 

 はずです……。

 迎えに来た二人は共に手練れだし、たぶんだけど、奇兵隊は四人を救助するために出撃した。うん、大丈夫。矢矧たちは救助されるはずだわ。横須賀市街かもっと手前の地域が廃墟になる可能性と引き換えに……。

 

 「あれ?矢矧から着信入ってたんだ」

 

 しかも留守電にメッセージが……。

 聞いた方が良いのかしら。聞いた方が良いよね……。嫌な予感しかしないけど……。

 

 「聞かなきゃよかった……」

 

 留守電には、聞いた事もないほど泣き叫ぶ教え子の悲痛な嘆きが録音されていました。教え子の叫びの他には銃声と爆発音。その合間に、迎えに来た二人の雑談と無邪気にはしゃぐ疫病神の笑い声。

 何故その状況で雑談が出来る。何故戦闘中としか思えない状況ではしゃげる。

 必死に『助けてぇぇぇ!教官助けてぇぇぇぇ!私こんな所で死にたくないぃぃぃぃ!』と泣き喚く矢矧が逆に異常じゃないですか!

 

 「矢矧…どうか無事で……」

 

 教え子の無事を願うことしか出来ない私は、矢矧にラインで『グッドラック!』と送ったあと、冷蔵庫からビールを取り出して昨日見損ねたドラマの続きを見始めました。

 命の心配はない。精々トラウマを負うだけで済むはずだと信じて。

 




次章予告。

皆さん初めまして。大淀です。
横須賀鎮守府に向かう大和撫子と矢矧。
テロリストに襲われたりスカイダイビングをする羽目になったりと大変です。
着いたら着いたで唐突にフードファイトが始まったり戦隊ヒーローの追加メンバーにされたりと訳がわかりません。

次章、艦隊これくしょん『出会いと決意の嬉遊曲(ディヴェルティメント)
お楽しみに。


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第一章 出会いと決意の嬉遊曲《ディヴェルティメント》
第五話 ようこそ、横須賀鎮守府へ。


一章投下は一週間後と言ったな!あれは嘘だ!

と、言う訳で一章投稿開始しま~す(´・ω・`)


 

 

 皆さんこんばんは。大和 撫子です。

 本当はもうこの名前を名乗ってはいけないのですが、まだ慣れていないのでご勘弁ください。

 だっていきなりだったんですもの。

 昨日の夜、心友である やはぎんを探している途中に寝てしまったと思われる私は、昼前に起きたら艦娘になっていたんです。

 何を言ってるのかわからないでしょう?私も自分が何を言ってるのかわかりません。起きたら大城戸さんに「不本意ですけど、貴女は今日から艦娘です」と言われたんです。説明不足にも程があると思いませんか?

 

 「ちょっと!撃ってる!あの人たち撃って来てるんだけど!?」

 

 ベッドから這い出た私は、用意された教官用の制服(男性用)に着替えて遅めの朝食を摂りました。どんなに遅くなっても、三食ちゃんと食べないと健康に悪いですからね。

 

 「救援どうなった?姐さんに連絡したんだろ?」

 「勿論っす。もうノリっノリだったっすよ」

 「最近はドンパチもなかったし、育児とかでストレス溜まってたんだろうなぁ」

 「自分も気にしちゃいたんすけど、良いストレス発散の機会が出来て良かったっすよ」

 

 そうですね。ストレスは適度に発散させないといけません。

 あ、彼らは私と やはぎん を横須賀から迎えに来てくださった軍人さんで、運転している方が……。あれ?お名前はなんでしたっけ?お聞きしたはずなんですけど……。まあ、頭が金髪だから金髪さんで良いですね。

 そしてもう一人の「~す」と語尾に付けて話す方は付き添い兼護衛だそうです。

 名前は……。うん、忘れたから海坊主さんでいいや。

 だって頭はツルピカでサングラスをかけ、似合わない口ひげを生やしてるんですもの。子供の頃に呼んだ『都市狩人』ってマンガに出て来たキャラの劣化版って感じです。

 その彼らに連れられて、昼過ぎに制服ではなく私服姿の やはぎんと一緒に横須賀鎮守府へ向けて出発しました。

 

 「なんでアンタらこの状況で雑談が出来るの!?撃って来てるのよ?アイツら本気で撃って来てるのよ!?」

 

 今思い出しても、やはぎんと大城戸さんの別れは感動ものでした。

 涙を浮かべて別れを惜しむ二人と、その二人を見て「うおぉぉぉぉん!おんおん!」と号泣する金髪さんと海坊主さん。私も、親との雑談の最中だというのに思わず耳を傾けてしまいました。

 

 「そういやぁ大和さん…だっけか?は、親のOK取れたのか?」

 「あ、それ自分も気になってたんすよ。急に艦娘になって反対とかされなかったんすか?」

 「はい。お国のためにご奉公して来なさいと言ってくれました」

 

 理解のある両親で助かりました。

 私が艦娘になった事を報告したら、「当分帰って来なくて大丈夫だからね!」とか「これで請求書に悩まされずに済むわ!」とか言って感動してくれたくらいです。

 

 「あ!凄いですよ やはぎん!ドッカーン!って言いましたよドッカーン!って!花火でしょうか、それにしては色が地味だし高さもありませんけど」

 「攻撃されてんのよ!今のは花火じゃなくてロケット砲!」

 「いや、ありゃあロケット砲つうより無反動砲だな」

 「見た感じカールグスタフっすかね。たぶん陸軍からの横流し品っしょ」

 「どうでも良いわよそんな事!アンタら頭おかしいんじゃないの!?なんでこの状況で平然としてられるのよ!」

 

 へぇ、花火じゃないんですね。あんなに綺麗なのに……。

 でも、なぜ攻撃されてるんでしょうか。大阪を過ぎた辺りから急に黒塗りのセダンが4台ほど現れて、私たちが乗車しているハイエースに向けて花火……じゃなかった。鉄砲と無反動砲とやらを撃ち始めました。

 それが始まってかれこれ1時間ほど経ちますが、今のところ命中弾はゼロ。あれだけ撃たれまくっているのに一発も当たらないなんて不自然ですし、殺気の類も感じません。

 やっぱりエンターテインメントの一種ですよ。攻撃だなんて、やはぎんは大げさすぎます。

 

 「ちょっと揺れるぞ。舌噛むなよ」

 「え?ちょっと何する気?まさかとは思うけどぉぉぉぉ!」

 

 金髪さんがハンドルを切ると、ハイエースの右隣、やはぎんが乗ってる方に着けようとしたセダンと私達が乗っているハイエースが接触しました。

 凄いです!ドーン!ガリガリガリガリ!って音をさせながら、セダンをガードレールに押し付けました!セダンはそのままクルクルと回転しながら後方へフェードアウト。

 こんな映画の様なシーンを生で見られる日が来ようとは夢にも思いませんでした。

 

 「凄い凄い!もう一回やってください!もう一回!」

 「お?大和さんはノリがいいなぁ。じゃあ、もう一回行くぜぇぇぇ!」

 「やめてぇぇぇ!お願いだからもうやめてよぉぉぉ!」

 

 きゃあ!きゃあ!本当にもう一回やってくれました!

 しかも今回は、クルクルと回転しながら脱落したセダンが後方に居たもう一台を巻き込んで盛大にクラッシュ!動画に撮ってSNSに投稿すれば良かったと後悔しました。

 

 「助けてぇぇぇ!教官助けてぇぇぇぇ!私こんな所で死にたくないぃぃぃぃ!」

 「あ、やはぎん今の動画撮りました?撮ってるなら後で私にも送ってください」

 「動画なんか撮ってねぇよ!助け求めてんのよ!」

 

 あら残念。スマホを取り出して何か叫んでいたから実況でもしてるんだと思いました。

 あ、残りの1台が真後ろに来ましたね。

 助手席から覆面姿の人が乗り出して無反動砲…でしたっけ?を此方に向けて構えています。

 

 「頼むわ相棒」

 「OKっす」

 

 もしや!海坊主さんも後ろの人みたいに窓から身を乗り出して銃撃するんでしょうか!

 ますます映画っぽくなってきましたね。ハリウッドも真っ青なアクションシーンですよ!

 

 「ほい、終わり」

 「え~?アレで終わりですか~?」

 「見てない!私何も見てない!人が爆散する瞬間なんて見てない!」

 

 ガッカリです。

 海坊主さんは悪い意味で私の予想を裏切り、左腕だけ外に出して拳銃を一発だけ撃ちました。爆発する瞬間は見損ねましたけど、後ろにいたセダンは爆発、炎上して吹っ飛びました。

 けど、一発だけでどうやって?無反動砲の砲身に撃ち込んで誘爆でもさせたんでしょうか。

 

 「お、やっと静岡に入ったな。そろそろ油注ぎたいとこだが……」

 「鎮守府まで保たないっすか?」

 「養成所を出てから一回も給油してねぇからなぁ。ちぃと不安だ」

 「あ、ちょっち電話っす」

 「誰からだ?」

 「マイハニーっす♪」

 

 おお!マイハニーって言う人って本当に居るんですね!それを口にしているのが劣化海坊主なのが凄く残念ですけど。

 

 「ええ、燃料がちょっと…え?マジっすか?了解っす!熱海っすね!」

 「熱海ぃ?今さら新婚旅行でもする気かよ」

 「違うっすよ。熱海に迎えを寄越すそうっす。つうか、熱海が新婚旅行のメッカだったのは何百年も昔の話っすよ?」

 

 いえいえ、そんな時代に新婚旅行なんて概念は存在していません。

 確か、日本で初めて新婚旅行をしたのは坂本龍馬とお龍でしたっけ?だいたい百数十年前です。

 それに、熱海に新婚旅行で行く人は今でも割といらっしゃるんですよ?さらに、熱海には温泉もあります。

 相良湾を眺めながら露天風呂でゆったりと……。最高ですね!

 

 「やりましたね やはぎん!今夜は温泉ですよ!」

 「一人で浸かってろ!私は一刻も早く横須賀に行きたいのよ!」

 「横須賀の温泉の方が好みですか?」

 「ちっがう!貴女状況わかってんの!?私達襲われてるのよ!?」

 

 襲われてる?やはぎんは誰が私達を襲っていると言うのでしょう。

 さっきまで居た四台のセダンですか?それは違います。きっとあの人たちは、長時間のドライブで私達が退屈しない様に大城戸さんなり横須賀鎮守府なりが用意してくださったエンターテイナーさんたちですよ。

 平和な日本で銃撃戦がある訳ないでしょ?ましてや、車が何台もクラッシュするような状況など起こり得ません。だって……。

 

 「日本は平和なんですから!」

 「平和なのは貴女の頭の中だけよ!」

 「まあ、最近は平和だよな?食い物にも困んねぇし」

 「そっすね。弾薬も消費期限気にしなきゃいけない程余ってるっす」

 「もう嫌だこの空間!私が異常みたいじゃない!」

 

 へぇ。弾薬にも消費期限があるんですね。そんな事知りませんでしたし興味もありませんでした。それに覚える気もありません。だって役に立ちそうにないですもの。

 あ、ちなみに、現在私たちを乗せたハイエースは東名高速道路を降りて県道11号線に乗り、熱海港へ向かって東進中です。遠目に相模湾と思われる海が見えて来ましたね。

 

 「お、見えたぞ。あれだ」

 「迎えって二式大艇だったんすね。あ~でも、円満さん怒ってるっすかね?」

 「怒り過ぎて血管切れってっかもなぁ。最悪、親父に話が行くんじゃねぇか?」

 「それマズいっすよ!絶対ぇ怒られるっす!」

 

 あらら。やはりどこのご家庭も同じなんですね。

 暗くて細部までは見えませんが、たった今相模湾に着水した飛行機が、金髪さんが仰っていた二シキタイテイとやらでしょうか。それを勝手に使ったからエマさんとやらが怒って、さらにエマさんからお父様に伝わって海坊主さんが怒られると……。

 

 「ふむ…つまり金髪さん、海坊主さん、エマさんはご兄弟と言う事ですね」

 「いや、何言ってんすか?この人」

 「俺ぁこんなハゲた弟なんていらねぇ」

 「ハゲてねぇっす!剃ってるだけっす!それになんで自分が弟なんすか!自分と同い歳(タメ)っしょ!」

 

 仲の良いご兄弟ですね。「ハーゲ!ハーゲ!光が反射して眩しんだよ!ハーゲ!」とか「うっさいっすよクソDQN!30過ぎのオッサンが若作りしすぎっす!」とか言い合ってケンカし始めました。ケンカするのは良いですけど、ちゃんと前を見て運転してください。

 

 「ちょっと!また来たんだけど!?またセダンが集まって来てるんだけど!?」

 「あぁん?懲りねぇ奴らだなぁ……。ってぇ!20台超えてんじゃねぇか!集めすぎだろ!」

 「相棒、そのまま二式大艇へ。自分が数を減らすっす」

 

 あ~、後ろが明るくなったと思ってたらエンターテイナーさん達がまた来てくださってたんですね。今度はどんな余興を見せてくださるのでしょうか。

 

 「ちょっくら御免なさいよっと。持って来といて正解だったすね」

 

 私とやはぎんが座る後部座席の後ろ、荷台に相当する部分に移動した海坊主さんがライフルの様な物をケースから出して組み立て始めました。

 かなり長いですね。銃身だけで70cmはあるんじゃないかしら。

 

 「お二人は出来るだけ頭を低くしといてくださいっす。まあ、弾が車内に飛び込んで来る事は無いとは思うっすけど念のため」

 「まさかバックドア開けるの!?冗談でしょ!?」

 「いや、開けないと撃てないっすから」

 

 そう言うや否や、海坊主さんはバックドアを開いて挨拶代わりとばかりに発砲。凄い音ですね。鼓膜が破れるかと思いました。

 

 「熱海街道に入った!もう少しだ!」

 「凄い!凄ーーい!やはぎんも見てください!凄いですよ!ヘッドライトが七分、夜空が三分です!」

 「絶望的じゃない!なんでそんな光景見てはしゃげるの!?」

 

 そりゃはしゃぎもしますよ。

 海坊主さんが一発撃つ度に1台づつ減っていってますけど、熱海街道の車線を黒塗りのセダンが埋め尽くしてるんですよ?しかもクラッカーと花火のおまけ付きです。これではしゃがない方がおかしいと思うんですけど……。

 

 「うん?ありゃあ……奇兵隊(うち)の隊員か?ってぇ!『花組』じゃねぇか!『花組』まで連れて来てるなんて聞いてねぇぞ!」

 

 花組?宝塚の女優さんまで余興を披露してくださるんですか?さすがにちょっと申し訳なくなる程の歓待ぶりですね。私と やはぎんは皆さんから歓迎されてるみたいです。

 

 「はて、女優と言うよりは……」

 

 軍人さんですね。

 私達に進行方向に仁王立ちした5人は、ハイエースのライトで照らされてなければ夜闇に溶け込んでしまいそうな程黒い軍服、羽織ったコートの左肩にはそれぞれ違う色の腕章がつけれています。

 向かって左から順に黄、緑、赤、桃、青。まるで戦隊ヒーローのような組み合わせですね。赤い腕章を着けてる人なんて髪まで真っ赤です。

 身のこなしから察するに5人ともかなりの手練れ。その中でも髪まで赤い人は別格ですね。

 私は子供の頃から、日本舞踊を習う過程で古武術も嗜んでいるのでそういうのはなんとなくわかるんです。エッヘン!

 

 「相棒!自分はここで降りるっす!あとは任せるっすよ!」

 「おう!任せとけ!」

 

 そう言って、海坊主さんは走行中のハイエースのバックドアから躊躇いもなく飛び降りました。

 それよりも、私が気になったのは海坊主さんが飛び降りる寸前にすれ違った5人の女性達。

 だって彼女たちの武装は、軍人の割に時代錯誤と言われてもおかしくない程前時代的だったんですもの。

 黄の人は身の丈程もある長尺刀、緑の人は1mはありそうな巨大な扇子、赤い人は普通のサイズの日本刀、桃の人は番傘、青の人は長槍を装備していたんです。緑と桃の人が手にしていた物は武器かどうかも怪しい感じですけど。

 

 「あの人たちはどんな人達なんですか?」

 「あ~、ありゃあ『花組』っつってな、赤い腕章つけた人が居たろ?その人の近衛兵みたいな感じなんだが……。メンバー全員が元艦娘で兎に角強い。単純なぶつかり合いなら奇兵隊で一番だ。周りへの被害も……」

 「ええぇ……。大城戸教官にしてもそうだけど、元艦娘って化け物ばっかなの?後ろが三〇無双みたいになってるんだけど……」

 

 やはぎんの言葉に釣られて後ろを振り向くと、〇国無双みたいなシーンは見れませんでしたが、車が何台か花火みたいに打ち上がってる光景は辛うじて見れました。

 せっかくの余興なのに、近くで見られないのが残念です。

 

 「よし着いたぞ。二人とも降りろ。ナイトフライトと洒落込むぞ」

 「軍用機?あれがニシキタイテイとやらですか?」

 「川西 H8K 二式飛行艇。通称、二式大艇。外見こそ第二次大戦時の二式大艇だが、中身は現代技術の塊だ」

 

 なるほど、全くわかりません。

 ですが、私たちが今から沖合に停泊しているアレに乗ると言う事だけはわかりました。だから早く乗りましょう!街の光を眼下に眺めながらフライトとか最高じゃないですか!

 

 「ねっ!」

 「いや、いきなり「ねっ!」!って言われても困るんだが?」

 「放っといて良いわよ……。まともに相手してたら夜が明けるわ……」

 

 私は金髪さんと やはぎんを急かして港にあったボートに乗り込み、お尻の部分を海面に開いて待っていた二式大艇に向かい始めました。夜の海風というのも気持ちの良いものですね。私たちが離れた港の方では、今もエンターテイナーさん達の余興が続いているようです。

 あ!赤いパトランプの大群が合流しました!聴こえる音的にも警察や消防の人達でしょう。怪我人でも出たのかしら……。

 

 「足元気を付けろよ。寒いから落ちても助けてやんねぇぞ」

 

 金髪さんが先にボートから降り、差し伸べられた手を取って私、やはぎんの順で降りました。

 中は電車みたいですね。両壁際に座席が並べられています。左右合わせて10人は軽く乗れるのではないでしょうか。

 

 「あと、これ着といてくれ。大和さんはコレもな」

 「ハーネス……?嫌な予感しかしないのだけど……」

 「念のためだよ」

 「本当に?」

 「……」

 「目を逸らさないでよ!コレってアレでしょ!?パッセンジャーハーネスって奴でしょ!タンデムジャンプする時の!」

 

 やはぎんは物知りですね。

 と言う事は、私が着たハーネスはインストラクター用のヤツですか。追加で渡されたリュックサックの様な物はパラシュートでしょう。

 まさか、養成所に侵入するために用いるはずだった手段を、侵入する必要が無くなってからやる羽目になるとは思いもしませんでした。

 

 「ちゃんとこっち見てよ!まさか捨てる気じゃないわよね!?」

 「だから念のためだって言ってんだろ!しつけぇ女だなぁ!」

 「嘘!だったら、なんでずっと目を逸らしてるのよ!」

 

 あらまあ、なんだか恋人同士の痴話喧嘩みたいになってきました。

 けど、お二人では少々歳の差が……。いえ!歳の差が激しいカップルを否定したりはしないのですが、金髪さんってたしか、海坊主さんが30過ぎだと仰ってましたよね?やはぎんが私と同い歳ですから、金髪さんと やはぎんは一回り以上歳が離れている事になります。

 年上の男性に憧れる気持ちはわからなくもないですが、心友として心配になる歳の差ですね。

 

 「やはぎん、その内もっと良い人が見つかりますよ」

 「話が拗れるから貴女は黙ってて!」

 「きーきーうっせぇなぁ!おい!とっとと出せ秋津洲!早いとこ荷物降ろして戻らねぇと姐さんにどやされっぞ!」

 

 金髪さんがコックピットに向かってそう怒鳴ると、スピーカーから『了解かも!』と言う女性の声が流れて、さっきまで開いていた二式大艇のお尻の部分が閉じ始めました。

 

 「に、荷物ぅ!?今荷物って言ったでしょ!って、ちょっと!触らないで!絶対着けないからね!ハーネスなんて絶対着けないから!」

 「暴れるな!大和さん!悪ぃけど下の方やってくれ!俺がやったらセクハラとか言われかねねぇ!」

 「今でも十分セクハラよ!って言うか痴漢よ!」

 

 べつに手伝うのは構わないんですけど……。やはぎんが暴れてやり辛いし、離水しようとしている二式大艇の機内が揺れてさらにやり難い……。

 

 「やめて!スカート捲らないでよ!丸見えになるじゃない!ってか丸見え!」

 「だって捲らないと着けれないんですもの。我慢してください」

 「出来るか!何よこの格好!完全に痴女じゃない!」

 

 う~ん。確かに痴女と言われれば痴女ですね。

 やはぎんの私服は制服程短くはない膝丈のナチュラルレングスのスカートですが、ハーネスを着けるためには捲り上げなければなりません。そのせいで、ショーツに隠された やはぎんのデリケートゾーンがチラチラと……いえ、丸見えになっています。

 

 『たいちょ~!そろそろ鎮守府上空かもぉ~』

 

 あら、もう着いちゃったんですか?10分ちょっとしか経ってないと思うのですが……。

 やはぎんにハーネスを着けさせるのに悪戦苦闘してたせいで夜景を見損ねてしまいました。残念です。

 

 「わかった。後部ハッチを開いてくれ。あと大和さん。パラシュートの使い方はわかるか?」

 「これを引っ張ればいいんですよね?」

 「そうだ。一応、高度に反応して勝手に開くようにはなっちゃあいるが、この高度なら飛び降りると同時に開いても問題ねぇ。ゆっくり夜景を楽しみな」

 「はい♪」

 「はい♪じゃない!やっぱり捨てる気だったんじゃない!最初から私を捨てる気だったのね!」

 

  金髪さんは離水前に『荷物を降ろして早く戻らないと』と仰っていました。

 つまり、荷物である私と やはぎんは一緒に鎮守府へパラシュートで降下すればいいんですね。

 そうすれば、金髪さんとパイロットの…秋津洲さんでしたっけ?は再離水の手間を取らずに熱海港に引き返す事ができ、私と やはぎんは空からの夜景を存分に楽しめると言う訳です。最高ですね!

 

 「じゃあ やはぎん。お邪魔になりますので早く降りましょう」

 「なんでそんなに冷静なの!?貴女スカイダイビングの経験あるの!?」

 「ありませんけど……。失敗しても地面とぶつかるだけだから大丈夫ですよ」

 「だいじょばないわよ!それ死ぬって事じゃん!」

 

 え~と、やはぎんのハーネスと私のハーネスを金具で繋いでっと……。これで準備は万端です。さあ、夜の街明りに向かってダイビングしましょう。

 

 「もう降りていいですか?」

 「おう、いつでも良いぞ。下には連絡しといたから」

 「いぃやぁだぁぁぁぁ!絶対降りない!私絶対に降りないからぁぁぁぁ!」

 「それでは行って来ますね♪」

 「いやぁぁぁぁぁぁぁ!お母さぁぁぁぁぁぁん!」

 

 私は愚図る やはぎんを抱えて二式大艇の後部ハッチを駆け下りました。

 やはぎんの「あばばばばばばっ!」という変な叫び?声も風の音でほぼ掻き消え、眼下には星空と見間違わんばかりに光り輝く横須賀市の明かり。まるで、星の海にダイブしてる気分になってきます。

 

 「あ、パラシュート開かなきゃ」

 「ぐぅえっ……!」

 

 勝手に開いてないからまだ高度には余裕があったんでしょうけど、私は迷わずパラシュートを開きました。だって、こんなに素敵な景色を楽しまないなんて損ですもの。

 私は少しでも長く、少しでも一緒に、心友である やはぎんとこの景色を眺めたかったんです。

 

 「見てますか やはぎん。あの眼下に広がる星の海が、これから私たちが暮らしていく場所なんですよ?」

 「……」

 

 ふふふ♪やはぎんは感極まって声も出ないようです。体から完全に力を抜いて、視覚に全神経を集中しているのでしょう。

 そんな彼女に声をかけるなんて無粋ですね。私も、やはぎんと同じように景色に集中するとしましょう。

 

 「ん?下から上がって来るアレは……」

 

 飛行機?だけどかなり小さいですね。両の手の平に乗る程度の大きさではないでしょうか。

 いえ、そんな事はどうでも良いです。折角の美しい光景が、上がって来る小さな飛行機のエンジン音と風切り音で台無しです。

 どの艦種かは知らんが、そんな無粋な事をする奴は沈めて(・・・)やろうか。

 

 「あれ…私は今何を……」

 

 考えた?

 あの飛行機を見た途端、私じゃない別の誰かの考えが頭をよぎったような……。

 いえ、きっと気のせいですね。それよりも、高度が下がったせいで下の様子が肉眼でもハッキリ見える様になってきました。

 

 「あそこに降りろって事かしら……」

 

 私と やはぎんの降下予想地点には巨大なマット。

 感じからして、恐らくエアマットでしょう。その周りには無数の人だかり。大半は学生服やコスプレじみた格好の人ですけど、軍人らしき人も多数見受けられます。

 

 「おっとと……。ふう、着陸成功です♪やはぎん、着きましたよ?やはぎん?」

 「……」

 

 あらら…やはぎんは感極まり過ぎて寝ちゃったみたいです。ですが、少々はしたないですね。

 白目を剥いて、顔から出せる体液を全て出しながら寝ちゃってます。正直言って触りたくないです。

 汚いし重たいから起きて欲しいんですけど……。

 

 「いっか。寝てるし」

 

 私は やはぎんと私を繋げていた金具を外し、次いで背負っていたパラシュートを降ろしました。

 さて、これからどうすれば良いんでしょう。

 このまま待ってれば、集まってる人達が余興の続きをしてくださるんでしょうか。

 

 「まったく、こんな派手な着任の仕方は前代未聞ね」

 

 その言葉を合図にしたように、人垣がモーゼに割られた海の如く左右に分かれ、上下真っ白の服で身を固めた人が姿を現しました。

 声の感じは女性でしたけど……。

 身長は140cmちょっとでしょうか。線は細いですが、見た目に女性的な凹凸はほぼ無し。髪の毛は明るめの茶髪で胸元にかかる位のセミロングです。残念ながら、お顔は帽子で隠れて見えません。

 

 「アナタは……」

 「私?私はこの鎮守府を預かる提督よ。たった今から、貴女の上官になるわ」

 

 あ、たぶん女性ですこの人。

 声色も喋り方も完全に女性ですもの。逆に、これで実は男性ですとか言われたらビックリしますよ。

 ああでも、世の中には女性並みに声の高い男性もいらっしゃいますし、実は新しい性別の人なのかも知れません。いえ、体付きを考えるとそっちの可能性の方が高いですね。

 

 「ニューハーフの提督さんとは驚きました。不束者ですが、末永くお世話になります」

 「ほう?着任早々、上官にケンカを売るとは良い度胸だ」

 

 あれ?違ったのかしら。

 ですが、怒気を孕んだ口調の割に肩をプルプルと振るわせて笑っているみたいです。ギャグを言ったつもりはないんですけど……。人垣を構成してた人達は、何故か『知~らない』って感じで一斉に目を逸らしましたね。

 

 「まあ、何にしても、一応歓迎するわ『戦艦 大和』」

 

 私を見上げた提督さんの顔には青過ぎが浮かび、口の端はヒクヒクとしていましたが、帽子で見えなかった部分が見えた事でようやくご尊顔を拝見出来ました。

 見ようによってはハーフにも見える端正な顔つき。お顔を拝見する限り、若干幼さが残っているように見えますが恐らく私と同い歳か少し上くらいでしょう。

 それにしても、笑ってると思ったら怒ってたんですね。

 何に怒っているのかは皆目見当がつきませんけど、提督さんはこう続けました……。

 

 「ようこそ、横須賀鎮守府へ」と。

 

 まるで「出て行け」と言ってるようなお顔で。

 ですが、そう言われて私は、自分が艦娘になったんだとようやく実感できました。

 それが戦いに身を投じる事とイコールなのだとは一切考えず、大和 撫子改め『戦艦 大和』は横須賀鎮守府へ着任を果たしました。

 



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第六話 駆逐艦 朝潮です!

私はやっぱり朝潮が好きみたいです(●´ω`●)


 

 

 大和の第一印象?

 あ~……控えめに言って最悪だったわね。

 着任時のテロリストによる襲撃は彼女を狙ったものだったし、鎮守府に着いて早々に円満さんを怒らせるし……。

 あの後大変だったんだから。

 円満さんって体形、特に胸の大きさにコンプレックス抱えててさ、異常なくらい怒るし泣くの。

 あれは…去年私が改二改装を受けた日の夜だったかな。円満さんと一緒にお風呂に入ったんだけど、私の方が大きい事に気づいた途端に軽く発狂したのよあの人。「同じ満潮だったのにぃぃぃぃ!」って。

 あ、知らなかった?円満さんって私の先代、二代目駆逐艦満潮だったの。

 だから余計にショックだったんでしょうね。それ以来、私と一緒にお風呂に入ってくれなくなったわ。

 

 話が逸れちゃったわね。

 大和が着任したあの日、色々と雑事を済ませて一緒に円満さんの部屋に戻ったんだけど、部屋に入ってドアを閉めると同時に円満さんは膝から崩れ落ちてガチ泣きし始めたわ。

 いやぁ、円満さんが泣くところは何回か見てるけど、あそこまで本気で泣いてる円満さんを見たのはあれが初めてだったわね。

 何がそんなに悲しかったのかって?

 そりゃあアレよ。大和に言われた「ニューハーフの提督さんとは驚きました」ってセリフが、円満さんの心にクリーンヒットしたの。

 たしかに円満さんの体は凹凸に乏しいけど、それでも女性らしい恰好をすれば女性にしか見えないし、声や仕草も女性そのもの。士官服を着てても10人中9人は女性と答えると思うわ。

 それなのにニューハーフ扱いだもん。悲しかったと言うより悔しかったんでしょうね。

 その日の夜は泣き疲れて眠るまで、私にしがみ付いてずーーーっと!泣いてたから……。

 

 

 ~週刊 青葉見ちゃいました!~

 駆逐艦 満潮へのインタビューより抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「本当に、コレじゃなきゃダメなんですか?」

 「当り前だ。大和型の制服だからな」

 「でもコレ……」

 

 着任から一夜明けた朝、私は一緒に住むようにと言われた大和型戦艦の二番艦、武蔵さんが部屋に持って来た制服を着た自分を姿見で見て愕然としました。

 上は体のラインにフィットした前留め式の紅白のセーラー服で、首元にはスカーフではなく金の注連縄状のもの。手のひらを半分覆い隠すほど長い袖口の袖は肩が露出してて、脇下で胴と繋がっています。冬は寒そうですね……。

 下は赤のミニスカですが、両腰の部分が作った人の正気を疑うほど露出してて紐パンの紐が見えちゃってます。さらにその紐に、何の意味があるのか全くわからない錨型の飾りが掛けられています。

 靴下は左右非対称の紺ですし、武蔵さんみたいに痴女としか思えない格好じゃなくて少し安心しましたけど、見た目は完全にコスプレイヤーです。やはぎんの格好をコスプレじみてると思った罰なのでしょうか……。

 

 「さて、08:00(マルハチマルマル)には来ると言っていたから、そろそろ迎えが来るはずなんだが……」

 「迎え?」

 

 お迎え?何のお迎えでしょう。また金髪さんと海坊主さんに連れられて何処かに行くのかしら。

 けど、何処かへ行くのは構わないんですが、この格好を殿方の視線に晒すのはちょっと……。上から何か着ちゃダメかしら。

 

 「コートか何かあります?」

 「このクソ暑いのにか?今日は気温が高いから、風邪を引く心配などしなくていいだろう?」

 

 いや、風邪の心配なんて欠片もしてないんですけど……。今までの人生で一回も引いた事がありませんし。

 たぶん武蔵さんは、普段からこんな格好だから羞恥心が蒸発してしまっているんでしょうね。お可哀そうに……。

 それとも、この痴女としか思えない恰好は武蔵さんなりのストレス発散の方法なのでしょうか。

 いえ、きっとそうですよ!この属性のごった煮としか言えない外見は、武蔵さんのストレスが増える度に追加されて行ったんだわ!とすると、次はサラシではなくスクール水着(旧型)を着込む可能性もありますね。もしくは、本当に存在してたかも疑わしいブルマと呼ばれる運動着!

 さすがにそれはマズい!それはもう痴女なんてレベルじゃありません!誰かに見られたら即通報&逮捕です!

 

 「武蔵さん。逮捕される前に相談してください……。私達は血の繋がりこそないですが姉妹になったんですから」

 「お前は何を言ってるんだ?私は逮捕されるような事などしていない」

 

 自覚無しですか……。

 鎮守府という閉じた環境に居るせいで、自分が如何に変態チックな格好しているか気づけないのですね。

 

 『失礼します!駆逐艦 朝潮、大和さんのお迎えに参りました!』

 

 武蔵さんにどうやって自分が属性という概念がゲシュタルト崩壊しそうな格好をしてるかわからせる方法を思案していると、コンコンというノック音の後に幼いながらも真面目さが感じられる声がドア越しに聞こえてきました。

 

 「朝…潮……?」

 

 そう口に出した途端、胸の鼓動が跳ね上がりました。

 聞き覚えのある名前。だけど記憶にはない名前。なのに懐かしく、愛おしささえ感じる名前。

 気づいたら、私はドアを開けていました。まるで、私以外の誰かが勝手に体を動かしてそうしたように。

 

 「あ、お初にお目に掛かります!本日、鎮守府の案内役を仰せつかった駆逐艦 朝潮です!」

 

 ドアを開けた先に居たのは、腰にかからない程度の長さの黒髪と蒼い瞳をした11~2歳位の少女。半袖のカッターシャツに吊りスカートの出で立ちは完全に何処かの小学生みたいです。

 だけど、彼女を見た瞬間に感じたのは落胆。私は何故か、『違う』と思ってしまったんです。

 私が会いたかった彼女にとても良く似てるのに、私の本能とでも言うべきものが『この子は違う』と言っています。

 

 「ど、どうかされましたか?」

 「え?いえ!何でもありません!」

 

 いけないいけない。呆けている場合じゃなかったわ。

 え~と、武蔵さんが言っていた迎えとはこの子の事で、この子に連れられて向かう先は鎮守府全体。私はこの子と一緒に、今から鎮守府内を旅行すると言う事ですね。

 

 「着替えは何泊分必要でしょうか?」

 「要るわけないだろう……。鎮守府内を見て回るだけだぞ」

 

 わかりませんよ?昨日、空の上から見た感じではかなりの広さが有りましたもの。迷子になって野宿する羽目にもなりかねません。

 

 「テントも必要ですね!」

 「野宿でもする気か!?バカな事言ってないでサッサと行って来い!」

 

 む~っ!バカな事とは何ですかバカな事とは!武蔵さんは危機意識が低すぎます!

 いくら案内役が居ると言っても、ふとした事で道を見失うかも知れませんし、私一人がはぐれる可能性だってあります。

 そんな時に、何も持ってなかったら私は最悪の場合死んじゃいますよ!春とは言え夜は冷えるんですから!

 

 「なるほど、大和さんは私とはぐれて遭難した場合を想定しているんですね」

 「そう!そうなんです!わかってもらえて嬉しいです!」

 「いえ、私もそこまで考えが至らず、申し訳ありませんでした」

 

 良い子!でも、朝潮ちゃんがそこまで気にしなくて良いんですよ?

 ほらほら、そんなに深々と頭を下げてないで上げてください。私が申し訳ない気分になってしまいます。

 

 「ですが困りましたね……。今からでは道具を準備する時間が……。そうだ!武蔵さん!紐はないですか?」

 「何に使うのか知らないが、ロープなら有るぞ」

 

 そう言って武蔵さんが懐から取り出したのは、言葉通り直径1cm程の綺麗にまとめられたロープ。ええ、ロープとしか言いようがありません。誰が何と言おうとロープです!

 何故、そんな荷造りをする時くらいにしか役に立ちそうにない物を携帯していたのかはツッコまないであげます!

 

 「少し…いや、だいぶ長いですね……。3mも有れば十分なのですが」

 「好きな長さに切って構わないぞ。別にロープが無くてもインシュロックがあるし」

 

 だから、なんでそんな物を携帯してるんですか?嫌な想像しか浮かんでこないんですけど。

 

 「まさか…手錠や鎖まで持ってないですよね?」

 「良くわかったな。必需品だ」

 

 何の!?何をするのにそんな物が必要なんですか!?いえ、言わなくても良いです。だいたい想像はついてますから。問題は誰対して使うかです!

 

 「よし!これだけ有れば十分です!武蔵さん、ありがとうございました」

 「気にするな。そろそろ買い換えようか迷っていたんだが、おかげで踏ん切りが着いたよ」

 「そうだったんですか。いつも武蔵さんには助けて頂いてばかりで申し訳ないです……」

 「それこそ朝潮が気にする事じゃない。バカな先輩を押さえ付けるのは後輩の役目だよ」

 

 なるほど、この鎮守府には朝潮ちゃんを襲う不届き者が居て、それは武蔵さんの先輩に当たる人なのですね。その人を拘束するために、ロープやインシュロックなどを携帯していると……。

 けど、朝潮ちゃんみたいな幼い子を襲う危険人物が普通に生活してるなんて……。この鎮守府、大丈夫ですか?

 

 「大和さん、ちょっと屈んでもらってよろしいですか?」

 「あ、はい。何をするんですか?」

 「大和さんが私とはぐれないようにする対策です」

 

 私が朝潮ちゃんの頭を同じくらいの高さまで身を屈め…と言うかほとんどしゃがむと、朝潮ちゃんは私の首に武蔵さんから貰ったロープを一巻き。首が締まらない程度の空間を開けて縛りました。

 

 「なるほど!これならはぐれる心配はありませんね!」

 「いや…お前が良いなら良いが……。オブラートに包んで言うと犬の散歩だぞ」

 「何か問題でも?」

 「問題しかないと思うが?」

 

 はて?武蔵さんは何が問題だと言うのでしょう。

 首にロープを巻かれた私と、そのロープの先を持つ朝潮ちゃんの姿を例えるなら大型犬とその可愛い主人。なんとも微笑ましい光景じゃないですか。

 

 「逆の方が良かったですか?」

 「逆は絶対にやめろ!即座に憲兵が飛んでくるぞ!」

 

 朝潮ちゃんの言う今の逆……。それは朝潮ちゃんの首にロープを巻き、私が先を持って引っ張ると言う事ですか?それとも、首にロープを巻いた朝潮ちゃんが先行して私が端を持ってついて行く?

 どちらにしても微笑ましい光景だとは思いますが、朝潮ちゃんと私の対格差を考えると朝潮ちゃんは小型犬。散歩の時は抱っこですね!

 

 「朝潮ちゃん!抱かせてください!」

 「お前は何を言ってるんだ!?通報されたいのか!?」

 「え?大和さんが仰る通り、小型犬をお散歩させる時は抱っこしませんか?」

 「犬ならな!?犬なら全く構わないがお前たちは人間だろ!?」

 「「私たちが犬に見えますか?」」

 「見えないから言ってるんだよ!もういい!さっさと行け!」

 「きゃっ!ちょっと……」

 

 痛いですねぇ。何に怒ったのか知りませんけど、お尻を蹴って部屋から追い出す事ないじゃないですか。おかげで朝潮ちゃんを押し倒してしまいました。

 

 「朝潮ちゃん。大丈夫ですか?」

 「はい…私は大丈夫ですけど…そのぉ……」

 「あっ!ごめんなさい!すぐ退きます!」

 

 咄嗟に飛びのいたは良いですが、気まずい雰囲気になってしまいました……。朝潮ちゃんも同じ気持ちなのか、頬を赤らめて私をチラチラと覗っています。可愛い……。

 

 「そ、そろそろ行きましょうか。13:00(ヒトサンマルマル)に執務室に来るよう言われていますので」

 「は、はい!行きましょう!どこから案内してくれるんですか?」

 「そうですね…まずは外にある工廠と酒保を回って、それからお昼を食べて執務室に行ってから庁舎内を案内します」

 

 なるほど。効率を最優先に考えた案内ルートだわ。最初に感じた通り、真面目な子なんですね。

 

 「ん?」

 「どうかされましたか?」

 「いえ、何でもありません。たぶん気のせいです」

 

 寮から外に出た途端、誰かの視線を感じたような気がしたんですが……。やっぱり気のせいですよね。視線以外の気配は感じませんでしたし。

 

 「ところで やはぎん……。矢矧は一緒に回らないんですか?」

 「矢矧さんは顔見せも兼ねて、同じ水雷戦隊を組む事になってる子達が案内する予定です」

 

 あら残念。やはぎんとは別行動ですか。

 スイライセンタイとやらが何なのかわかりませんが、『組む』と言うくらいですからゲームで言うパーティとかそんな感じのモノなのでしょう。ん?と言う事は……。

 

 「私は矢矧と同じスイライセンタイではないと言う事ですか?」

 「え?大和さんは戦艦ですから水雷戦隊ではなく、武蔵さんと同じ第一戦隊ですよ?」

 「そう…ですか……」

 

 大丈夫かしら……。やはぎんは怒りっぽいから、組む事になる子と上手くやっていけるか心配で仕方ありません。私のように穏やかな性格なら何の問題もないのでしょうけど……。

 

 「ここが工廠になります。艤装の整備や保管、艦娘の治療をここで行います」

 「二つまとめて工廠と呼んでいるんですか?」

 「はい。隣の白い建物は艦娘を治療する治療施設です。病院と呼ぶ子もいますね」

 

 やはぎんの心配をしながら、朝潮ちゃん連れられて訪れた先に有ったのは学校の体育館のような形をした建物と、すぐ隣に併設された白壁の病院みたいな建物でした。

 ここで艤装を装着して、左手に見える桟橋などから海に出るわけですね。

 

 「ここから西に行くと『倉庫街』と呼ばれている区画に行けるんですが……。そこは艦娘にはほとんど関係ありませんので今回は割愛します。ただ……」

 「ただ?」

 「カレー屋さんと喫茶店があるのですが……。質の悪いトラップもあるんです」

 「トラップ!?どうしてそんな危ない物が鎮守府内に仕掛けられてるんですか!?」

 

 朝潮ちゃんの顔が悔しさで歪んでいます。もしや、お友達がトラップの被害に?

 

 「理由はわかりませんが、この鎮守府が設立された頃からあるそうです。あの駆逐艦を狙ってるとしか思えないような罵詈雑言が書かれた看板トラップは」

 「看板トラップ?」

 「はい。私が引っかか…知ってるだけでも3カ所あります。その悉くが私の…じゃない。引っ掛かった子のメンタルを粉々にしました」

 

 可哀想に……。必死に隠そうとしてますが、朝潮ちゃんはそのトラップに三回も引っ掛かったんですね。

 その時の事を思い出したのか、口をへの字にして瞳には涙を浮かべています。

 どんな罵詈雑言書かれていたのか気にはなりますけど、朝潮ちゃんの様子を見てしまった後では聞けませんよねぇ……。

 

 「気になり…ますか?」

 「え!?そりゃまあ…少しだけ……。いやいや!やっぱりいいです!だって言いたくないのでしょう!?」

 「そう言って頂けて助かりました……。正直、思い出すだけで舌を噛み切りたくなりますので……」

 

 嘘です。すっごく気になります。

 真面目な朝潮ちゃんを、思い出しただけで悔しがらせる文言とは如何なるものか気になるのは当たり前です!

 だって朝潮ちゃんが涙ぐんだフレンチブルドックみたいな顔でプルプルしてるんですよ!?何ですか、この可愛いにステータスを全振りした生き物は!

 

 「それでは、次は酒保へご案内します。大抵の物は酒保で揃うくらい品揃えが良いんですよ」

 

 次に、気を取り直した朝潮ちゃんに案内されたのは酒保と呼ばれる売店……。売店です…よね?小型のスーパーマーケット程の大きさがありますけど…売店と呼ぶには些か大きすぎる気がします。 

 

 「大和さんはお酒を飲まれる方ですか?」

 「いえ、飲んだことありません。まだ未成年なので……」

 「お酒が飲める年齢になったらお酒のコーナーに行ってみてください。お酒好き垂涎の品揃えだそうですよ」

 「お酒のコーナー?」

 「はい。先代の司令官の頃からそうだったらしいんですが、この酒保のお酒の品ぞろえは街の酒屋さん以上だそうです。今の司令官になってからは女性が好むお酒の種類も増えたそうですよ」

 「朝潮ちゃんはお酒を飲むんですか?」

 「いえいえ!私は飲めません!私はまだ12歳になったばかりですので」

 

 小学生と変わらない年齢……。それなのに、こんな軍事施設で艦娘として働いているなんて……。そういえば、駆逐艦になる子は戦災孤児が大半だと噂で聞いた事があります。もしかして朝潮ちゃんは……。

 

 「朝潮ちゃん、その…親御さんは……」

 「それは…次に案内する場所に着いてから話しましょう」

 

 酒保を後にした私と朝潮ちゃんが次に向かったのは庁舎の東側。海を背にするように建てられた、高さ3メートル程の石碑でした。

 これは…慰霊碑でしょうか。石碑には大きく『平和を願った英雄達の碑』と彫られ、その下に小さな文字が並んでいます。これが慰霊碑だとすると、下の小さい文字列はたぶん……。

 

 「開戦から今までに戦死した、この鎮守府に所属していた艦娘の艦名と本名が彫られた慰霊碑です」

 「こんなに……。亡くなったんですか?」

 

 掘られた戦死者の名前は、ざっと数えただけで200は超えているように見えます。

 戦争で200人程度の戦死者なら少ないと思ってしまいそうですが、これはあくまで横須賀鎮守府に所属していた艦娘だけ。日本全体で見ればもっと多いのでしょうし、艦娘が投入される前は普通の軍人さん達も戦っていたはずです。これを見てるだけで、痛ましい気持ちになってしまいますね……。

 それと同時に、私もここに名前が彫られ事になるじゃないかと思うと少し怖いです。

 

 「先ほど、私の親について聞かれましたよね?」

 「はい…でも答えたくないのなら……」

 「あ、申し訳ありません。誤解させてしまったみたいですが、私の両親は健在です」

 「そ、そうなんですか!?良かったぁ……。けど、だったら何故艦娘に?」

 「私の家はあまり裕福ではなくて……。その、金銭面で親に迷惑を掛けたくなかったんです。艦娘になればお給料も頂けますし、仕送りで親を助ける事ができます。端的に言うと……お金目当てです」

 

 朝潮ちゃんはバツが悪そうに笑っていますが、恥じる必要は全くありません。お金目当て?それの何が悪いんですか!朝潮ちゃんの歳で、金銭面で親を助けようと考えれる子供はそうそういません!立派です!

 

 「立派な理由じゃないですか!卑下して言う事ありません!」

 「ありがとうございます。けど、親には猛反対されまして……。ほとんど勘当同然で艦娘になったんです。お金は毎月仕送りしてるんですけど、ちゃんと受け取ってくれているかどうか……」

 「受け取ってくれてるに決まってます!猛反対したのだって、朝潮ちゃんを想っての事のはずです!だから…そんなに悲しそうな顔をしないでください……」

 「はい。だから、私はこの慰霊碑に名前を刻まなくて済むように頑張るつもりです。死んでしまったら、それこそ両親に申し訳ないですから……」

 

 そう言った朝潮ちゃんの視線を追うと、『駆逐艦朝潮』の艦名とその本名を見つけました。これはどう言う事?朝潮ちゃんは私の隣に居るのに、どうして朝潮ちゃんの名前が慰霊碑に掘られているのかしら。

 まさか朝潮ちゃんは幽霊!?いやいやいやいや、武蔵さんとも会話してましたし、ロープを首に繋いでくれてる時に体温も感じました。間違いなく、朝潮ちゃんは生きてます!

 

 「ここに掘られている朝潮は、一番最初に朝潮になった方だと伺っています」

 「一番最初?」

 「はい。私は三代目なんです」

 

 あ、なるほど。つまり、ここに居る朝潮ちゃんより前に朝潮だった子の名前が彫られてるんですね。

 三代目と言う事は……朝潮ちゃんの前に朝潮が二人居たと言う事ですよね?ここに掘られているのが初代朝潮なら、二代目はどこに?

 

 「先代のお二人は凄い人たちだったと色んな人たちから聞かされました。初代朝潮は、横須賀鎮守府に迫った敵艦隊の旗艦をその命と引き換えにして中破に追い込み、艦隊ごと撤退させて鎮守府を守りました。二代目朝潮は艦娘史上最強と言われる程強く、四年前のハワイ島攻略戦で戦艦水鬼を単独で撃破したそうです」

 「戦艦を単独で?それは…やっぱり凄い事なのですか?」

 「凄すぎます!駆逐艦が戦艦を単独で倒すなど普通なら不可能に近いです!しかも!二代目が倒したのは姫級を凌ぐ水鬼級の戦艦!神業と言っても過言ではないです!」

 

 朝潮ちゃんは興奮しているのか、ピョンピョンと飛び跳ねながら凄い凄いと連呼しています。

 そっか~凄いのか~。私はそういった知識がまるでないので、駆逐艦が戦艦を単独で倒すのがどれだけ凄いのかまったく想像できません。

 

 「その二代目さんは今どちらに?」

 「今は大本営にお勤めだと聞いています。本当なら今年で四年の任期が終わる予定だったのですが、何かの実験のために三年目で解体を行ったらしいです。それがなければ、私はまだ朝潮になれていませんでした」

 

 実験と聞くと、どうしても嫌なイメージしか湧いて来ませんね……。大本営と言う場所に勤めていると言うくらいですからご壮健なのは確かなんでしょうけど。

 

 「朝潮ちゃんは私の…『戦艦 大和』の先代はどのような人だったかご存知ですか?」

 「大和さんのですか?大和さんに先代はいらっしゃいません。『戦艦 大和』の艤装と適合したのは大和さんが初めてです」

 

 私の前に大和だった人は居ないのですか……。少し寂しい気もしますね。

 けど、どうして居なかったのでしょう?大城戸さんは『適性のある子が艤装に空き待ち状態』だと仰ってたのに、私は起きたら大和になっていました。これでは理屈に合いません。

 それに…眠る前に誰かの声を聞いたような……。

 

 「大和さん?」

 「あっ!ごめんなさい!ボーっとしてしまいました!」

 

 どうしてでしょう。あの夜の事を思い出そうとしたら意識が遠のいていくような感じがしました。遠のくと言うよりは引っ張られるのが近いのかしら?まるで、意識の底に引き込まれるような……。

 

 「あ、そろそろお昼ですね。食堂に行きましょう」

 「え?もうそんな時か……」

 「どうかされましたか?」

 

 朝潮ちゃんと寮を出た時からずっと感じていた視線を一際強く感じました。すぐに消えましたが、今度は怒気を孕んだ気配までハッキリと。

 

 「いえ、その…やっぱり誰かに見られているようで……」

 「誰かに?私たち以外、誰も見当たりませんが……」

 

 朝潮ちゃんが言うように、見える範囲には居ない。少し違うかしら、居ない様に見えるが正しい気がします。だって、視線はすぐ近くから感じますもの。距離にすると三メートルも離れていないと思います。

 恐らく、私達の死角へ常に移動しているんでしょう。足音はおろか、動く気配すら感じさせずに。

 

 「この鎮守府には怖い人が居るんですね」

 「怖い人……ですか?」

 

 おっと、つい口に出してしまいました。たぶん監視でしょうから危険はないでしょうけど、覗かれるのはあまりいい気分ではないので移動しましょう。朝潮ちゃんを怖がらせる訳にもいきませんし。

 

 「いえ、独り言です。それより、昼食は何を食べるんですか?」

 「え~と、今日は金曜日ですので……」

 

 朝潮ちゃんを促して移動を開始し、なんとか話を逸らす事には成功しました。

 それにしても彼、もしくは彼女は、私と朝潮ちゃんのどちらを監視しているんでしょう?朝潮ちゃんを監視するとは考え辛いので私でしょうか。

 けど、監視されるような事なんてした覚えが……。

 

 「あ…もしかして……」

 

 武蔵さんと朝潮ちゃんの会話で、朝潮ちゃんを襲う不届き者が居るという情報は入手しています。

 まさか、監視者はその不届き者?だとすると、監視されているのは私ではなく朝潮ちゃんと言う事に成ります。少しカマを掛けてみますか。

 

 「朝潮ちゃん。ちょっと失礼しますね」

 「え?何で…ちょっ!大和さん!?」

 

 私は朝潮ちゃんをお姫様抱っこしました。

 あ、一応断っておきますが、このまま朝潮ちゃんをお持ち帰りしようとしてる訳ではありません。私達の背後から視線を飛ばしている不届き者(仮)の反応を見るためにあえてお姫様抱っこしたんです。

 小さくて柔らかいなんて思っていませんし、頬ずりしたくなるほど可愛いだなんて思っていません。ええ、思っていませんとも。

 

 「やはり…目当ては朝潮ちゃんでしたか」

 「私…ですか?」

 

 私が朝潮ちゃんをお姫様抱っこした時、ほんの一瞬ですが、監視者が動揺したように感じました。飛び出すのはなんとか堪えたようですが、居場所も大まかに把握しました。

 

 「……引き上げた…かな?」

 「だ、誰がですか?」

 「わかりません。ですが……」

 

 相当の手練れと見ました。今は視線も気配も感じませんので、私が居場所に気づいたのを察して一旦距離を開けたのでしょう。

 実際に対峙してみないとハッキリ言えませんが、お爺様との組手くらいしかした経験のない私では勝てないと思います。朝潮ちゃんが逃げる時間位は稼ぐつもりですが、出来る事ならやり合いたくありませんね。

 

 「あ、あの…大和さん……。そろそろ……」

 「あっ!ごめんなさい!すぐ降ろしますね!」

 

 相手の目的を確かめるためとは言え、朝潮ちゃんをお姫さま抱っこした事で変な空気になってしまいました。

 朝潮ちゃんも、耳まで顔を真っ赤にして目を合わせてくれません。凄く気まずいです……。誰でもいいですから、この空気をぶち壊してくれないかしら……。

 

 「あー!やっと見つけました!大和さんですよね!?」

 

 なんと都合の良い!

 気まずいまま朝潮ちゃんと寮へ向かっていたら、入り口から青いセーラー服にキュロットという出立の少女が大声を上げてこちらに走ってきました。首からは大きな一眼レフカメラを提げていますね。

 

 「ども!恐縮です。青葉ですぅ!いきなりですが、一枚よろしいですか?」

 「え?写真ですか?構いませんけど……」

 

 と言うと、青葉と名乗った少女は、頬をポリポリ掻いてどう反応するべきか困っていた私をバシャリ!とカメラで撮影しました。

 先に言った通り、写真に撮られるのは構わないんですけど、もう少しまともな顔を撮ってほしかったですね。

 

 「朝潮ちゃんも一枚どうですか?」

 「お断りします。どうせ長門さんに売るつもりなのでしょう?」

 「あ、バレてました?朝潮ちゃんの写真と言うだけで、長門さんたらアホみたいにお金出してくれるからいいお小遣い稼ぎになるんですよ♪ちなみに今、脂汗を流しながら青ざめる朝潮ちゃんってリクエストを頂いてまして……」

 「本当にやめてください!この間部屋に連れ込まれて初めて知りましたが、あの人自室の天井一面に私の写真を張ってるんですよ!?」

 「愛されてますねぇ♪女冥利につきるじゃないですか♪」

 「恐怖しか感じませんでしたよ!人を気持ち悪いと思ったのは生まれて初めてでした!」

 

 ふむ、天井一面に張り付けるのはやり過ぎだと思いますが、朝潮ちゃんを愛でていたいという気持ちはわからなくもないです。個人的には、写真を愛でるより実物を愛でていたいですが、それは現実的ではありません。

 例えば人形。それも、大きさもディテールも実物に近い人形が好ましいです。

 

 「フィギュアは取り扱っていないのですか?」

 「え?フィギュア?さすがにそれは……」

 「そうですか。それは残念です」

 

 本当に残念……。もし発売されたら恥も外聞もなく買いに行くのに……。

 仕方ない。朝潮ちゃんの姿を目に焼き付けて木彫りで作りましょう。

 こう見えて手先は器用なんです。家が田舎だったのもありますが、小さい頃は娯楽が少なかったから木彫り細工を作って遊んだりしてたんです。塗装は誰か得意そうな人を探しましょう。

 

 「ま、まあ、フィギュアの件はとりあえず置いといて、少しだけ取材に付き合って貰ってよろしいですか?」

 「ダメです。昼食の時間が無くなってしまいますので」

 「朝潮ちゃんはお堅いですねぇ。少しで良いんです!ほんの数分で良いですから!」

 「ダメです!また有る事無い事ごちゃまぜにして壁新聞に載せる気でしょ!」

 「良いじゃないですか!それが生き甲斐なんです!だから取材させてください!」

 

 う~ん……。

 気まずい空気をぶち壊してくれた事には感謝していますが、有る事無い事書かれるのは遠慮したいですね。かと言って、このまま二人が言い争いをしていたらお昼ご飯を食べる時間が本当になくなってしまいます。ならば……。

 

 「青葉さん…でしたよね?青葉さんも昼食をご一緒しませんか?その時に、取材にも答えられる範囲でお答えします」

 「良いですね!それでいきましょう!」

 「や、大和さん!本当によろしいんですか!?」

 「ええ、構いません。他の艦娘さん達と仲良くなるチャンスですし」

 

 例え有る事無い事書かれようと問題ありません。

 だって昔、お爺様は周りから浮いていた幼い私にこう仰いました。「言わせたい奴には好きに言わせておけ。周りが何と言おうと、友達はお前の傍に居てくれるもんだ」と。

 結局、地元に居る間にそういう人とは巡り合えませんでしたが、私は今でもお爺様の仰った事を信じています。

 それに……。

 

 「目に余るようなら……」

 「え?何か仰いましたか?」

 「いえ、何でもありません。さあ、食堂に参りましょう♪」

 

 潰してしまえば良い。

 そう続けようと思ったのですが、口に出す事はしませんでした。だって朝潮ちゃんが傍に居ますし、私的にもそれは本意ではありません。

 ですが、この時ふと思いました。

 私…こんなに好戦的な性格だったかしら……って。

 






ホント…朝潮のフィギュアがあったら買いに行くのに……。
買った事無いからどこで買ったらいいのかわかんないけど(ノω・、) ウゥ・・・


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第七話 地獄を見せてやるんだから

 ブルマ世代の私は常々思うんですが、ブルマのどこに興奮要素があるのだろうか……。
 


 

 

 私には、自分が人に好かれる性格じゃないという自覚がある。

 別に嫌ってるわけじゃないんだけど、仲良くする気になれないの。どうしても、壁を作っちゃうのよ。

 それでも、私と仲良くしようとしてくれた人はそれなりに居るわ。

 例を挙げるなら、先週まで所属していた第四駆逐隊の嵐。詳しくは割愛するけど、彼女は私が作った壁を力ずくで破ろうとしてくれたわ。残念ながら、実力不足で壁に押し潰されちゃったけどね。

 

 「あの子達も、嵐みたいに諦めてくれればいいのに……」

 「そんな事言わないで満潮。大事な姉妹艦じゃない」

 

 私がボソッと言った独り言に苦言を呈して来たのは、私が座ってる方から見たら(こんな)形に見える提督と秘書艦用の机が一つになった執務机の長い方、提督席に座った円満さん。

 歳は19歳と若いし、見た目も若干幼いけど横須賀鎮守府のトップである提督様よ。敬わないけどね。

 

 「円満さんにだけは言われたくないわね。円満さんだって、私と似たような事してたんでしょ?」

 

 今でこそ、提督として人と分け隔てなく接している円満さんだけど、ほんの数年前まで私の先代として悪名を轟かせていたらしいわ。私が知ってる限りだと……。

 

 「激辛フレンチクルーラー。だったっけ?」

 「うぐっ!」

 「それだけじゃないわ。今も浴場に隠すように置いてある『満潮入浴中』と書かれた看板。実際に使ってみてビックリしたけど、本当に誰も入って来なくなるのね。何したらそんなに嫌われるのよ」

 「いやぁそのぉ……。私も若かったと言うか……」

 「それなのに、私には他人と仲良くしろって?ふざけんじゃないわよ」

 

 もっとも看板に関しては、円満さんじゃなくて私が嫌われてるからだと思うけど。

 それと最初にも言ったけど、私は他人を嫌ってるわけじゃない。なのに仲良くしないのは、仲良くする必要がないと思ってるからよ。

 だって単独行動させられる事が多いんだもの。

 その命令を出してるのは他ならぬ円満さんだし、私が単独行動をせざるを得ないほど強くしたのは引退した姉さん達だわ。

 

 「でも、せめて姉妹艦とくらいは……。私だって、澪や恵とは普通に接してたし」 

 「今のあの子達は姉さん達じゃない」

 

 澪姉さんと恵姉さんが解体されて、それから一ヶ月もしない内に今の大潮と荒潮が着任した。お姉ちゃんが解体された時なんか、数日で新しい朝潮が着任したわ。

 しかも質の悪い事に、三人とも姉さん達と顔は違うけど雰囲気はそっくり。大潮なんかは、無駄に「アゲアゲ!」って言うところまでそっくりね。

 私と円満さんも顔の雰囲気は似てるし、似たような顔つきの子が選ばれてるんじゃないかって変に勘ぐっちゃったくらいよ。

 

 「アンタの気持ちはもわからなくもないわ。私にだって経験があるもの」 

 「お姉ちゃんが着任した時とか?」

 「うん、先生……前提督からあの子の嚮導を頼まれた時はどうして良いかわかんなかったわ。さっきアンタが言った通り、姉さんと同じ艦名を名乗る別人だったから」

 「じゃあ、話はこれで終わりで良いわね。私の気持ちがわかるんなら無理強いしないで」

 「はぁ…わかったわ。これ以上は言わない。けど、あの子達がアンタを慕ってるって事だけはわかってあげてね?」

 「うん…わかった……」

 

 三人とも良い子だとは思う。

 大潮と荒潮は、同い歳なのも手伝って初対面から馴れ馴れしかったけど、朝潮は一つとは言え年下なのに負い目があるのか今だに敬語を貫いている。まあ、朝潮の場合は真面目なだけって可能性の方が高いけど。

 私だって、あの三人とくらいは仲良くしたいと思ってるのよ?

 でも、どうしても違和感を感じてしまう。あの三人は姉さん達じゃないと、どうしても頭が勝手に考えてしまう。あの三人を見てると、姉さん達に置いて行かれたと思えて寂しくなる……。

 だから、姉さん達が引退してから程なくして、私は円満さんの部屋に引っ越しまでしたわ。

 あの子達を見て寂しい思いをするより、朝が弱い円満さんを叩き起こす方が遥かに気が楽だから。

 

 「澪達と一緒に戦いたかった?」

 「……そうよ。そのために、私は姉さん達の訓練に耐えきったんだから」

 

 姉さん達が私に課した訓練は熾烈を極めたわ。拷問と言い換えても良いかも知れないわね。

 足腰立たなくなるのは当たり前、血反吐を吐いたのも一度や二度じゃ利かないし、精神的にもかなり追いつめられた。今思い出しても、寒気がしてくるほど容赦がなかったなぁ……。

 普通なら、そんな目に遭わされたら姉さん達を嫌いそうなものだけど、姉さん達が本気で私を強くしてくれようとしてるがわかったし、厳しくし過ぎてるんじゃないかと落ち込んでる姿も見た。

 でもそれ以上に、私が姉さん達と肩を並べて戦いたいって気持ちが強かったから成し遂げることができた。

 それなのに……。

 

 「姉さん達は、私を置いて艦娘を辞めちゃった……」

 

 一緒に戦えるようになったと自分で思えるようになった時、澪姉さんと恵姉さんは揃って艦娘を辞めていった。

 姉さん達の目的が、私と一緒に戦う事じゃなくて自分たちが培ってきた技術を残したかっただけってのは頭では理解してるわ。

 気持ちじゃ割り切れなかったから…しばらく落ち込んじゃったけどね……。

 でも、その頃はまだお姉ちゃんが居た。

 お姉ちゃんの任期を考えても一年は一緒に戦える。そう思ってたのに、結局、哨戒任務以上の出撃の機会に巡り会うこともなく、お姉ちゃんは任期が残ってるのにも関わらず実験のために解体された。

 今も艦娘ではあるけど、お姉ちゃんが居るのは大本営。円満さんにお姉ちゃんへの命令権はないから、私がお姉ちゃんと一緒に戦うことはよっぽどの事がない限りないわ。

 

 「お姉ちゃん…いっその事ここに住めばいいのに……」

 「それは絶対にないわね。あの子にだって仕事があるし、家庭だってある。週一で横須賀に来るのはまあ……来すぎだとは思うけど」

 「わかってるわよ…そんなこと……」

 

 ちなみに、お姉ちゃんは今年で17歳。高校生でもおかしくない歳だけど、16歳になると同時に結婚しちゃったの。カッコカリじゃなくてガチの方ね。

 子供はまだらしいけど、今は周りがどん引きするくらい、家でも職場でも旦那とイチャイチャしてるらしいわ。

 

 「次は明後日くらいだっけ?」

 「普段ならその位だけど今週は来ないわ」

 「どうして?」

 「来週末に先せ…元帥と一緒に来るためにスケジュールを調整するらしいわ」

 「元帥も?もしかして孫の顔を見に?元帥って暇なの?」

 

 一応説明しておくと、現海軍元帥はお姉ちゃんの旦那さんで、円満さんの前に横須賀鎮守府で提督を務めていた人よ。歳は40代前半くらいだったかな?

 お姉ちゃんが16歳になると同時に結婚した事でわかると思うけど、提督時代は知らない人が居ないと言われる程のロリコン。駆逐艦は着任時に『提督と絶対に二人きりにならないこと』と教えられるほどだったわ。

 こう言うとただの変態みたいだけど、提督になる前は陸軍の将校として上陸した深海棲艦と戦い、提督時代は数々の戦果を上げて大将まで昇格した、円満さんに提督のいろはを叩きこんだ先生でもある。

 正式に提督となってからは人前で先生と呼ばなくなっちゃったけど、円満さんが先生って何度も言いかけるのはこのせいね。別に、私の前でくらいは先生って呼べばいいのにって思うけど……。 

 

 「そんな訳ないでしょ。いや…そっちが本命の可能性が高いか……」

 「どういう事?別の目的で来るの?」

 「ええ、大和を見にね。艦娘になる過程は兎も角、戦艦大和は海軍が長門以上に望んでいた艦だから」

 

 ふぅん。その辺の事情には詳しくないけど、今も記念艦として呉に現存する実艦の『戦艦 大和』は、横須賀の『戦艦 三笠』より有名で人気もある艦だもんね。

 その『戦艦 大和』をモデルとした艦娘となれば、存在するだけで軍や民衆の士気は爆上げになる。

 実際、4年前のハワイ島攻略戦で囮として投入された『大和』の映像を見た人達の熱狂ぶりは凄かったらしいし。

 

 「だから、それまでに最低でも浮けるようにはしといてね。砲撃が出来れば言う事無し」

 「いや、何の話?」

 「あれ?言ってなかったっけ?大和の嚮導、アンタにお願いするから」

 「はぁ!?なんで私なのよ!私駆逐艦よ!?」

 

 そういうのは同じ戦艦か軽巡にやらせなさいよ!

 それに、嚮導云々で流しちゃったけど、浮けないってどういう事?養成所に通ってれば、内火艇ユニットを使って浮き方を習うはずなんだけど!?

 

 「あの艤装に使われてる核は少々特殊でね。まだ確証は無いけど、包み隠さずに言うと暴走する危険性があるのよ」

 「そんな危ない艤装なの!?」

 「だから、軽巡じゃなくアンタに任せたいの。今の横須賀には、私の予想が当たった場合に対応できそうな艦娘はアンタと叢雲、それに長門くらいしか居ないのよ」

 「だったら長門さんで良いじゃない。戦艦艤装の扱い方なんて私じゃわかんないんだし」

 「もちろん長門もつけるわ。でも、メインで教えるのはアンタ。引き受けてくれるわよね?」

 

 嫌だ。と言うのは簡単。もし、私が本気で嫌だと言えば、円満さんは絶対に無理強いしてこない。

 だって、これは命令じゃないんだもの。命令すれば簡単に言うことを聞かせられるのに、程度にも寄るけど、私に面倒ごとを頼む時は絶対に命令しない。

 作戦中に予定外の敵が現れた時も、今回みたいに新人の面倒を見させたい時も、円満さんは命令ではなくお願い(・・・)してくる。まあ、お願いでどうにかなる時しかしてこないけどね。

 だけど質が悪い事に変わりはないわ。そうすれば、私が断らないって知っててそうしてるんだから。

 

 「長門さんだけじゃダメな理由は?」

 「長門の教え方が『見て覚えろ』に近いからよ。その教え方はたぶん大和に向かない」

 「その心は?」

 「ただの勘。会ったのは昨日が初めてだけど、大和は体で覚えるタイプじゃなくて、まず頭で覚えるタイプだと思うの」

 

 なるほど。視覚からか聴覚からかは置いといて、大和は理論や理屈は後回しにして、とりあえず実践して覚えて行くタイプではなく、頭で理論や理屈を理解してから実践して行くタイプだと円満さんは判断したわけね。

 だから長門さんではなく、私をメインに据えたいんだ。

 

 「はぁ……。わかったわよ。で?いつから始めたらいいの?」

 「明日からで良いわ。顔見せのために、13:00(ヒトサンマルマル)にここに連れて来るよう朝潮に言ってるから」

 「朝潮に案内させてるの?」

 「ええ、ちょっと確かめたい事があってね」

 「それ…あの子に危険はないのよね?」

 「それは心配しなくていい。大和の監視と朝潮の護衛を兼ねて桜子さんを付けてるから」

 

 それなら安心だけど……。

 桜子さんこと、神藤 桜子(しんどうさくらこ)大佐は横須賀鎮守府に常駐する特殊部隊『奇兵隊』の総隊長で、平時は円満さんの護衛などをやっている鎮守府一のトラブルメーカー&現海軍元帥の愛娘で一児の母。歳は25~6だったと思う。ちなみに、私の料理の先生でもあるわ。

 昨日の出撃もこの人の独断専行よ。

 昨日の出撃のように、普通なら厳罰に処されるような事をしでかしても、現海軍元帥の娘という立場と奇兵隊が培ったコネクションを利用し、更に結果を出す(・・・・)事によって、極端な例だけど町一つを廃墟にしても不問に近い形で処罰されずに済んでいる。

 そのせいで、親や組織のコネを利用して好き勝手する我儘女と思われがちだけど、その実力は本物。

 知ってる人は限られてるけど、初代駆逐艦 神風として艦娘が正式に運用され始める前から戦い続け、4年前のハワイ島攻略戦では敵太平洋艦隊の総旗艦だった中枢棲姫を討ち取っている。

 その時に艦娘を辞めたらしいんだけど、艤装を使えなくなっただけでその戦闘能力は健在。今の横須賀鎮守府であの人を力尽くで止められる人は5人も居ないそうよ。

 

 「逆に言えば、桜子さんをつけなきゃならないほど危険って事よね?」

 「否定はしないわ。だけど、その危険はあくまで可能性が有るという程度。もし何かあっても、艤装を装着していない状態なら桜子さんで対処できるはずよ」

 

 まあそうね。あの人が陸で負けるなんて考え辛いわ。

 何度かお姉ちゃんと喧嘩(拳)してるとこを見た事あるけど、陸でも海でも反則レベルで強いお姉ちゃんと互角以上にやり合ってた…って言うか何回か勝ってたし……。

 

 「事が起こらない事を祈るわ。あの人が暴れたら鎮守府もただじゃ済まないし」

 「そうね……。昨日の戦闘で、熱海街道はしばらく使用不可能なくらい破壊されたらしいしねぇ……。鎮守府もそんな目に遭うと思ったらゾッとするわ」

 「復旧の資金は鎮守府のお金から出すの?」

 「それは奇兵隊の資金から捻出するらしいわ。あの後、一応元帥からお叱りは受けたみたいだから」

 

 お叱りねぇ……。

 あの人の事だから、まともにお説教されたのは精々10分かそこらでしょ?飽きてきたら娘を電話に出させて「じぃじ」と言わせて元帥をポンコツにして逃げるのがいつもの手だもん。

 何度か実際に見たことがあるんだけど、孫に「じぃじ」って呼ばれただけで気の弱い駆逐艦が泣き出すほど怖面の元帥が「はぁ~い♪じぃじでちゅよ~♪」って言いながらデレッデレになるの。本っ当に!気持ち悪かったわ。思い出しただけで怖気が走るレベルよ。

 

 『円満居る~?入るわよ~』

 

 なんとも都合の良いタイミングで本人が来たわね。でもこの人、ノックもするし入室の許可も一応求めるんだけど……。

 

 「まだ入室許可出してないんだけど?」

 「固いこと言わない。私と貴女の仲でしょ?」

 

 そう、艦娘だった頃と同じ紅い髪色のショートボブに奇兵隊特有の黒い軍服、左手に日本刀を下げた桜子さんは許可を求めるけど返事は待たない。だいたい「入るわよ~」って言ってる時点でドアを半分開けてたしね。

 

 「上司と部下ってだけだけど?」

 「あ、そういう事言うんだ。もうお父さんとのデートをセッティングしてあげないわよ?」

 「ぐっ……!」

 

 円満さんと桜子さんは名目上は上司と部下なんだけど、二人の間に上下関係は存在しない。少し違うか。逆転してるって言う方が正しいわね。

 その理由は二つあるわ。

 一つ。

 奇兵隊が円満さんの直属じゃなくて元帥直属の部隊だから。

 よって、出撃の際は円満さんの許可を取らなきゃいけないけど、円満さんに桜子さんへの命令権はないの。お願いは出来るけどね。

 二つ。

 円満さんの想い人が、桜子さんのお父さんである元帥だから。

 さっき桜子さんが言ってたように、デートのセッティングを桜子さんにお願いしてるから、円満さんは桜子さんの玩具と化してるし逆らえないの。

 

 「って言うかさ。いい加減先に進みなさいよ。いつまで呑み友達でいるつもり?」

 「頑張ってはいるんだけど……。ほら、先生って身持ちが堅いから……」

 「関係ないわよそんな事。酔わしたところで裸で迫る位しろっていつも言ってるでしょ?結局呑んで終わりじゃない」

 

 また始まった……。

 会話の切っ掛けとばかりに、桜子さんが円満さんと元帥のデートにダメ出しするってのがいつものパターンなの。親しくない人には絶対に聞かせられない内容だけどね。

 どうしてかって?

 それはさっき言ったと思うけど、元帥はお姉ちゃんと結婚してて、しかも娘の桜子さん、さらにその娘。つまり孫まで居るの。

 円満さんの想い人であり、桜子さんがデートのセッティングをしてる元帥は妻子どころか孫までいるのよ。

 聞いた限りでは肉体関係は無いみたいだけど、その元帥相手のデートなんてオブラートでどう包んでも不倫としか言い様がないわ。

 下手したらマスコミの恰好のネタよ。

 だって海軍元帥と横須賀鎮守府提督の不倫だもん。邪推をする人が絶対に出るし、最悪の場合は辞任に追い込まれる可能性だってある。

 今でさえ、不倫の事実が知られていないにも関わらず、円満さんが若くして提督の地位に就けたのは元帥を体で誘惑なりしたんじゃないかって噂がある程なんだもの。

 もっとも、そうならない様にデートは限られた場所だけで行い、デート中は奇兵隊がその手のパパラッチ等を物理的に排除してるんだけどね。

 

 「次は来週にする?お父さんもここに来るんでしょ?」

 「来るけど無理でしょ。どうせ、仕事が終わったら孫に付きっ切りよ」

 「キモいくらいデレデレになるもんねぇ。私の娘だから可愛いのは当然だけど、あれだけベタベタされたら私の立場がないわよ」

 

 それは娘としてなのか、それとも母親としてなのか。

 まあ、それは兎も角。

 この人、父親が不倫してるのにその手伝いまでしてるなんて不思議に思わない?思うわよね?

 実はこの不倫、妻子公認なの。大事なことだからもう一回言うわね。()子公認なの。

 つまり、元帥の奥さんあるお姉ちゃんも認めてる不倫なのよ。その事を知らないのは当の元帥だけ。

 だったら桜子さんが言う通り、サッサとやる事やっちゃえいいじゃないってなるけど、円満さんがヘタレなのか元帥が鈍感なのか、この関係が始まって3年以上経つけどまっっっっったく進展無し!

 円満さんったら、デートから帰ってくる度に「また何も出来なかった……」って落ち込むのよ。

 それがまたすんごいウザいの。だって私が慰めなきゃいけないんだもん。

 

 「まあ、元帥の爺馬鹿っぷりは置いといて、そろそろ本題に入ってくれない?私は朝潮の護衛をお願いしてたはずだけど?」

 「失敗したから撤退して来た」

 「失敗した?貴女が?」

 「うん。たぶん寮を出たくらいから尾行に気づかれてたわね。お腹が空いてちょっとイラッとしたら尾行されてるのに確信を持たれて、カマかけに釣られたせいで居場所までバレちゃった」

 「それだけで撤退?桜子さんらしくないわね」

 

 確かに。居場所がバレただけで撤退なんて桜子さんらしくない。

 いつもの桜子さんなら「バレたんなら気絶させよう」もしくは「尾行されてたのを忘れるまで殴ろう」くらい言いながらそれを実行しそうなものだけど……。

 

 「ねえ。貴女に貰った彼女のプロフィールには旅館の娘って書いてあったわよね?」

 「ええ、間違いないわ。澪が調べてた物で裏付けは途中だけどその辺は間違いないはずよ」

 「旅館の娘って武術もやるの?」

 「武術?日本舞踊の間違いじゃなくて?習い事で日本舞踊を習っていたって情報はあったわよ?」

 「ええ、間違いじゃない。舞や踊りの技術は武道と通じる所が多々あるけど、あれはそんなレベルじゃないわ。私にカマをかけるためにしたあの動きは武道ではなく武術。人を殺すための技よ」

 

 あの大和が武術を?しかも、達人レベルの桜子さんに撤退を決意させる程の使い手ですって?昨日見た限りではそんな素振りは微塵も…ただの能天気なお嬢様って感じしかしなかったけどなぁ。

 

 「朝潮は無事なのよね?」

 「それは確認して撤退したから安心していいわ。朝潮への害意もなかったしね」

 「なら良いわ。朝潮への害意が無い事が確認できただけでも大収穫よ」

 「次は大淀(・・)と会わせる気?」

 「……それは元帥と相談してからにするわ。もし、アイツの意識が大和に影響を及ぼしているのなら、かつてアイツが愛し、アイツに引導を渡した元朝潮である大淀に反応するかもしれないから」

 

 アイツ?アイツって誰?もしかして、『戦艦 大和』の艤装の核になった深海棲艦の事?しかもお姉ちゃんが引導を渡したですって?それってまさか、『大和』の核にはあの戦艦水鬼の核が使われてるんじゃ……。

 

 「円満さん。一つ聞いていい?返答次第じゃ大和の嚮導を断るわ」

 「……アンタが察してる通りよ。『大和』の核には、アンタの友人の仇である戦艦水鬼、個体名『窮奇』の核が使われている」

 

 やっぱり……。

 円満さんは『大和』の核になった窮奇が、艦娘になる前の私の唯一の友達だった涼風の仇だと知ってて大和の嚮導を頼んだのね。

 

 「あ~……。満潮の前でこの話するのまずかった?」

 「構わないわ。今日会わせたあと、満潮にはちゃんと言うつもりだったから」

 「なら良いんだけど……」

 「満潮、断るならそうしてくれて構わないわ。けど…できる事なら……」

 

 これは願ってもないチャンスだわ。

 もし窮奇の意識が残ってて、それが表に出て来て敵対する素振りを見せたら堂々と殺って良いんでしょ?だったら喜んで引き受けるわ。お姉ちゃんが倒したと聞いた時に諦めた、私の本来の戦う理由が復活したんだから。

 けど、そうなると今のまま(・・・・)じゃ無理ね。

 私と円満さんの『命令した時に限り、全力を出す事を許可する』という約束のせいで、私は全力を出す事を禁じられているんだもの。

 別に拘束力はないんだけど、私は円満さんとの約束を破りたくはない。

 だから命令してちょうだい。今度はお願いじゃなく、ちゃんと命令して。

 

 「円満さんらしくないわね。やってほしいこと、ちゃんと言いなさいな」

 「……わかった。駆逐艦 満潮に戦艦 大和の嚮導及び、暴走時の処分を命じます。それに伴い、非常時には全力戦闘を許可します」

 「了解。やってあげるわ。しかも、全力で!」

 

 最初聞いた時は乗り気じゃなかったけど、今は自分でもビックリするくらいヤル気に満ちてるわ。

 久しぶりに全力で戦う機会が来るかも知れないというだけじゃない。諦めてた仇討ちが出来るかもしれないし、お姉ちゃんにどれだけ近づけているかを確かめる事も出来る。

 だから大和、私の期待を裏切らないでね。

 嚮導はちゃんとやってあげるから、アンタもちゃんと暴走するのよ?じゃないと……。

 

 「暴走してもしなくても、地獄を見せてやるんだから」




 
第四話後書きに次章予告を追加しました。
某ステプリの次回予告のオマージュです。


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第八話 青葉ワレェェェェェ!

歳を重ねて初めて、焼き肉屋の一人前の量の意味を痛感しました。
少ないと思ってた頃が懐かしい……。


 

 

 鎮守府大食堂。

 各鎮守府によって規模と場所は異なりますが、ここ横須賀鎮守府の大食堂は上空から見ると『(こんな)』形をしている庁舎の南側一階の中央付近に設けられ、200人は同時に食事が出来るほどの広さがあります。

 メニューは定食のみですがその数は多岐にわたり、一汁三菜を基本として日替わり定食が3種。他にも定番料理を主菜とした各種定食。例えばアジフライ定食や、変わり種ではお好み焼き定食などもあります。

 ただし、海軍の伝統らしく、金曜日は三食カレーライスのみとなります。朝からカレーは正直キツい……。

 

 「ですので、今日のメニューは横須賀鎮守府名物『横須賀海軍カレー』になります」

 「なるほどカレーですか。ならば特盛りでお願いします。え?特盛りはない?」

 「青葉は重巡盛りでお願いします!」

 

 大和さんと、ついでに青葉さんを連れて食堂に来たは良いのですが、なんだか妙に視線を感じますね。大和さんを珍しがってるようにも思えますが、私も注目されているような……。と、いうよりは、私と大和さんを交互に見ているような気がします。

 

 「どうしましょう朝潮ちゃん!特盛りが無いそうです!」

 「それでしたら重巡……」

 「空母盛りか戦艦盛りのどちらかがよろしいと思います!青葉的には空母盛りを見て青ざめる…もとい!目を輝かせる大和さんを写真に収めたいです!」

 

 私の言葉を遮って、青葉さんが胃袋を破壊するためにあるような空母盛りを大和さんに勧めました。

 周りの方々もそれを聞いてざわめき始めましたね。

 あ、説明不足でした。申し訳ありません。

 横須賀海軍カレーには盛り方が数種類ありまして、普通盛りが一般的な量。大盛りがその1.5倍。

 それとは別に、甘口で量が7割の駆逐盛り。甘口で量が普通の軽巡盛り。辛さは普通ですが、量が通常の2倍で特盛りに相当する重巡盛り。辛さも量も通常の3倍で色も真っ赤な戦艦盛り。別名「赤い彗星盛り」の6種類までが割と出る盛り方なのですが……。

 それらとは別、いえ別格とさえ言われているのが、量も辛さも通常の10倍で総重量2kg越え。見ただけで意識が遠のくと言われる空母盛り。別名「赤城盛り」が存在します。

 なぜ赤城盛りと呼ばれているか。それは実質、正規空母の赤城さん専用だからです。

 と言うか、あの人以外頼まないそうです。

 

 「では、それでお願いします!」

 「あ、あの…それはやめた方が……」

 「さすがは大和型の一番艦!そうでなくては面白くありません!青葉的に!」

 

 空母盛りに興味津々の大和さんを傍目に、青葉さんが悪魔みたいな顔して「ニヒヒッ♪」と嗤っています。

 相変わらず質が悪いですね。

 歴代の『青葉』もそうだったのかは知りませんが、青葉さんは人が慌てふためいたり困ったりしている場面を好んで写真に撮り、『週刊 青葉見ちゃいました!』というタイトルの壁新聞の一面に載せるという趣味。いいえ、悪趣味があるんです。

 その被害に遭った人が「青葉ワレェ!」と叫びながら青葉さんを追いかけ回す様は横須賀の名物の一つとなっています。

 

 「では、私も空母盛りをお願いします」

 「おおっとぉ!ここでまさかの赤城さん登場!もしかして勝負ですか!?フードファイト始めちゃうんですか!?」

 

 大和さんが見てわかるほどワクワクしながら空母盛りを待っていると、横須賀一の大食い兼海軍が誇る一航戦。その一人である赤城さんが、まるで挑戦者でも見るような視線を大和さんに飛ばしながら空母盛りを注文しました。

 

 「大和さん…でよろしいんですよね?」

 「はい。大和です。そういう貴女は……」

 「申し遅れました。私は赤城と申します。以後お見知りおきを」

 

 ああ、言い忘れていました。

 この食堂には、理不尽とも言うべき暗黙の了解があるんです。

 それは、空母盛りを注文するイコール赤城さんへの挑戦状という、事情を知らない人からしたら迷惑極まりないルールです。

 きっと青葉さんは、赤城さんが食堂に入って来たのを確認した上で大和さんに空母盛りを勧めたんでしょう。大和さんの胃袋のためにも止めた方が良いですね。

 

 「や、大和さん…今からでも注文の取り消しを……」

 「それは出来ません」

 「ど、どうしてですか?」

 「周りの様子から察するに、空母盛りを注文するのは彼女への挑戦状と同義なのではないですか?」

 「それは…そうなんですけど……」

 

 つまり、大和さんは赤城盛りが化け物じみた量だと知らないにも関わらず、『赤いブラックホール』という異名を持つ赤城さんに挑戦すると言う事ですね?

 その結果、胃が破裂する事になるかも知れないのに……。

 

 「安心してください。私、これでも大食いには自信があるんです♪」

 「わかりました。そこまで仰るならもう止めません。勝ってください!大和さん!」

 「お任せ下さい!見事勝って御覧に入れます!」

 

 大和さんがそう宣言した事で死合いが成立。

 それまで後ろでざわざわしてただけのギャラリーの皆さんが、誰に言われたわけでもないのに長テーブルと二人分の椅子を準備し始めました。

 賭けまで始まってますね。詳しくはわかりませんが、赤城さんの方に賭けてる人が多いように見えます。

 

 『レディィィィス! アァァァンド! ジェントルメェェン!いよいよ始まります一世一代の大勝負!数々の大食い自慢達を鎧袖一触とばかりに薙ぎ倒してきたチャンピオンに挑戦者が現れたぁぁぁ!』

 

 青葉さんが何処からか取り出したマイクで実況を始めると、律儀に「おおおおお!」と応えるギャラリーの皆さん。娯楽に餓えてるのは理解しますが、少々悪ノリが過ぎるのではないですか?

 

 『それでは本日の食闘士(フードファイター)を紹介しましょう!まずはこの人!月の食費は100万超え!一日5食でまだ足りぬ!一航戦の誇りは何処へやら、イ級を見て「美味しそう♪」と言った時は加賀すら引いたぁ!自他共に認める大食い女王!赤ぁぁぁぁ城ぃぃぃぃぃぃ!』

 「美味しそうだと言ったのはロ級です」

 『その女王に果敢に挑むのは大戦艦!いやさ超戦艦!海軍が望みに望んだ大和型!その一番艦!戦艦!大ぁぁぁ和ぉぉぉぉ!』

 「そこまで持ち上げられると、なんだか晴れがましいですね」

 

 用意された長テーブルに、紹介された順に赤城さんと大和さんが腰を下ろしました。赤城さんは余裕の笑みを浮かべ、大和さんは純粋にカレーを楽しみにしてニコニコしています。

 

 『解説は私、重巡洋艦 青葉。解説は、一航戦の急に歌いだす方こと加賀さんでお送りしていきます』

 『加賀です。よろしくお願いします』

 『早速ですが、加賀さんから見てお二人はどうですか?』

 『二人の体格を見る限りでは大和さんが有利でしょう。恐らくですが、男性並に胃袋も大きいのではないでしょうか』

 『なるほど、確かに大和さんは下手な成人男性よりデカいですね』

 

 その言い方は失礼なんじゃ……。ほら、大和さんも「デッカくありません!」って抗議してるじゃないですか。まあ、私も大きいとは思いますけど……。

 

 『ですが、胃袋が大きいだけでは赤城さんに勝つことは出来ません』

 『それは医学的な根拠に基ずく考察ですか?』

 『そんな小難しい理屈など考えていません。誰がとまでは言いませんが』

 『では何故?』

 『赤城さんだからです。赤城さんが負けるなど、一航戦が五航戦に負けるくらいあり得ません』

 

 あ、この解説者さんダメです。同じ一航戦の赤城さんを完全に依怙贔屓してますもの。

 その流れ弾に当たった五航戦の瑞鶴さんが「表に出ろや一航戦!」と叫んでいます。

 

 『おっと、ようやくカレーが運ばれて来たようです。いやぁ、何度見ても凄い量ですねぇ。青葉、見てるだけでお腹いっぱいです』

 

 これが空母盛り……。

 私が実際に見るのは今日が初めてなんですが、本当にとんでもない量です。だって山ですもの。直径60cm程の大皿に、文字通り山盛りにされたご飯に見てるだけで口の中が辛くなってくるくらい真っ赤なカレールーをこれでもかとかけ、更にカツレツが6枚も載っています。 

 あんな量を食べれるわけがない。だって明らかに、人間が持てる胃袋の許容量を超えているんですもの。

 

 「おや?どうしました大和さん。お顔から余裕が無くなりましたよ?」

 「いえそのぉ…思ってたより……」

 

 多かった。と言うつもりでしょうか。

 赤城さんの言う通り、さっきまでニコニコしていた大和さんが急に真顔に近くなりました。

 ですが、私は妙な違和感を感じています。

 大和さんのあの表情。ぱっと見は馬鹿げた量のカレーを見て驚愕、絶望して真顔になったように見えますが、私にはそうじゃないように思えるんです。

 例えるなら、今日私と会った直後のような表情です。

 もしかして、大和さんはガッカリしているんじゃ……。

 

 「量が少なくて……」

 「なっ!?」

 『なぁんとぉ!絶望したかと思われた挑戦者が口にしたセリフはまさかの「少ない」!これをどう思われますか?解説の加賀さん!』

 『虚勢でしょう。あの空母盛りは、赤城さんですらギリギリ食べきれるかどうかと言う程の量なんです。大食いの素人に食べきれる量ではありません』

 

 加賀さんが凄く早口で言ってます。

 大和さんの一言で動揺したのは赤城さんだけでなく、加賀さんも同じだったようです。

 

 『では参りましょう!ルールは簡単!先に完食した方の勝ちです!お二人とも、準備はよろしいですか?』

 「いつでも構いません」

 「早く食べさせてください」

 

 赤城さん、大和さんが順に準備が出来ている旨を青葉さんに伝え、青葉さんはそれを受けて二人の前に立ち、左手でマイクを持ったまま右手を高々と挙げました。

 

 『それでは第33回!横須賀大食い女王決定戦!始めぇぇぇ!』

 

 青葉さんが号令と同時に右手を振り下ろし、待っていましたとばかりに大和さんと赤城さんがスプーンを手に取ってカレーを食べ始めました。

 過去32回もこんな馬鹿げた事が行われていた事にツッコむべきか、それとも聞いてない事にして流すべきか……。聞いてないことにしよ……。

 

 「慢心してはダメ。最初から全力で行きます!」

 『おお!?女王赤城が左手にフォークを!?加賀さん、赤城さんはいったい何をするつもりなのでしょうか』

 『あれは二丁食いと呼ばれる技、その変形です。両手に持った箸で、片方を冷ましている内にもう片方を食す。それを交互に繰り返すのが本来の二丁食いなのですが、赤城さんのあれは少し違います』

 『スプーンとフォークだからですか?』

 『貴女は五航戦の挑発に乗る方よりバカですね。赤城さんを見れば一目瞭然じゃないですか』

 『あ!そういう事ですか!』

 

 加賀さんは五航戦のお二人が嫌いなのでしょうか。

 まあ、それは兎も角。

 赤城さんが何をしていたかと言いますと…別に難しい事じゃありません。

 右手に持ったスプーンでカレーを、左手に持ったフォークでカツレツをと交互に食べていたんです。

 

 『なるほど、だから「変形」と加賀さんは仰ったんですね。本来ならスプーンで切るなり一口食べて皿に戻すなりするカツレツを、左手のフォークで常に保持する事によってその手間を省いたと、言う事でよろしいでしょうか?』

 『その通りです。先程の五航戦の挑発に乗る方よりバカと言うのは撤回しましょう。五航戦の腹黒い方並みに頭は回るようですね』

 『それは褒められてるんでしょうか……?』

 『……』

 

 絶対に褒めてないと思います。だって加賀さんは、これでもかと首を捻って明後日の方を向いてますもの。

 五航戦の腹黒い方こと翔鶴さんの「誰が腹黒ですか!」という抗議は無視ですね。相手にしてたら話が進みませんし。

 

 『しかし妙ですね。食べ進める姿を見る限りでは赤城さんの方がペースが速いように見えるのですが……』

 

 確かに妙です。

 開始から数分、バクバクと顔を左右に振りながら食べる赤城さんのお皿のカレーは残り三分の二まで減っています。

 それに対して、大和さんの食べるペースは普通。たまに「本当に美味しいですね♪」と感想すら口にしているのに、残りの量が赤城さんと同程度。いえ、見ようによっては大和さんのお皿の方が減っているいるようにも見えます。

 

 『口だけではなかった。と、言う事ね。彼女、とんだ食わせ者だわ』

 『と、言いますと?』

 『大和さんを見て何も気づけないのですか?明らかにおかしいでしょう?』

 『はて?青葉は別におかしいとは……。上手いことカツ、カレールー、ご飯の三つをスプーンで掬ってるなとは思いますけど』

 『それが有り得ないのです!その三つを、あんなプリンを掬うような動作で掬い取れる訳がない!』

 

 そう言われてみれば確かにおかしい。

 大和さんは青葉さんが仰ったようにカツ、カレールー、ご飯の三つを一回の動作(・・・・・)で掬って口に運んでいます。

 カレールーとご飯だけなら別におかしな事ではないのですが、カツレツが絡めば話は変わります。

 いくら2cm幅位で切られているとは言え、一口サイズと言うには大きいですもの。

 カツレツを食すにはお皿に押しつけて一口サイズに切るか、一切れ口に運んで噛み切る、もしくは一切れ全部食べるかのいずれかです。 

 

 『な、なぁんとぉぉ!青葉ようやく理解しました!異常です!確かに異常です!挑戦者大和は、スプーンで全てを掬っています!いや、これはもう掬うと言うレベルの芸当ではありません!切り取っています!カツ、ルー、ご飯の三つ全てを一回の動作で切り取っているぅぅぅ!』

 『大和さんは一動作で全てを掬い上げますが、赤城さんは掬い上げてから首を振る動作が加わります。これでは首を振る動作の分、赤城さんが不利ですね。それに……』

 

 加賀さんの言いたい事は何となくわかります。

 それは見た目の美しさ。赤城さんの食べ方はお世辞にも綺麗とは言えません。貪り食うと言った感じです。

 対して大和さんの食べ方は美しい。優雅と言っても過言ではないかも知れません。

 まるでフランス料理のフルコースを食べているように錯覚してしまいそうです。食べているのが拷問レベルの量のカレーでなければ。

 

 「あのぉ…青葉さん、一つ質問しても良いですか?」

 『え?は、はい!何でしょうか大和さん!』

 

 双方が全体の8割程を平らげた辺りで、大和さんはカレーを掬う手を止めて、何やら青葉さんに質問を投げかけようとしています。

 今手を止めてしまうと赤城さんに負けてしまうんじゃ……。

 

 「ルーの追加はルール違反ですか?」

 『は?いや、すみません。今何と?』

 「ですから。カレーのルーを追加して欲しいのですが……。ダメですか?」

 『ダメではないのですが……。あの…正気ですか?』

 

 確かに正気を疑ってしまう発言です。

 問われた青葉さんはもちろん、対戦相手の赤城さんや解説の加賀さん。ギャラリーの皆さんも信じられないモノを見るような目で大和さんを見ています。

 あと2割ほどで完食。いや、あと2割と言っても某壱番屋さんの並盛りと同じ位の量があるんですが……。

 それなのに、食べる量を自ら増やそうとしてるんですから皆さんの反応も当然です。

 

 「もちろん正気です。私のお皿を見て頂ければわかると思いますが、ご飯の量に対してルーが少ないです」

 『いや…それはフードファイト的には歓迎すべき事なんじゃ……』

 

 青葉さんの言う通り。見ただけで辛いと分かるルーよりご飯が多い状況は、フードファイト的には歓迎するべき状況です。しかも、ルーだけとは言え食べなければならない量を増やすなど、早食いというルールでは自殺行為どころか敗北宣言にも等しい愚行。

 ですが、ずっと大和さんを見ていた私には気持ちが何となくわかります。大和さんはきっと……。

 

 「最後まで、美味しく食べたいんですよね……」

 『は?いえ、再度失礼しました。朝潮ちゃん、それはどういう……』

 「言葉通りの意味です。青葉さんは気づきませんでしたか?」

 

 信じがたい事ですが、大和さんは死合い開始から今まで本当に美味しそうにカレーを食べていました。

 普通の人なら見ただけで絶望するような量のカレーをですよ?

 その大和さんの表情に、ご飯とルーの割合が6:4を下回ったあたりから影が差し始めました。

 最初は限界が近いのかなと思ったのですが、私には大和さんが「そろそろヤバい……」と言うよりは「味気ない」もしくは「物足りない」と思っているように見えたんです。

 

 「朝潮ちゃんの言う通りです。今の8:2の割合ではカレーの味を存分に堪能できません」

 『ルール上は問題ないのですが……』

 

 確かにルール上は問題ないでしょう。

 フードファイトのルールは決まった量を相手より早く食べきる『早食い』と、相手より多くの量を食べる『大食い』の二つに大別できます。

 そして、今回のルールは前者。ルーの追加はルール違反ではありませんが、相手の赤城さんからしたら挑発、もしくは死合い放棄と取られかねません。

 

 「ふざけないでください!これは真剣勝負なんですよ!?貴女がしようとしてる事はフードファイトに対する侮辱です!」

 

 おっと、思ってたより大袈裟な事を言い出しました。どうしてルーを追加する事がフードファイトを侮辱する事になるのか欠片も理解できませんが、赤城さんからしたら我慢できなかったみたいです。

 

 「侮辱?私は侮辱などしていません。なぜ美味しく食べようとする事が侮辱になるのですか?」

 「その美味しく食べようという行為が侮辱なのです!相手より早く、相手より多く食すのがフードファイト。味など二の次三の次でしょう!」

 「味が二の次三の次ですって?貴女こそふざけないでください!貴女が言ったことは全ての料理人に対する侮辱です!」

 「な!?私は料理人を侮辱など……!」

 「していない。とは言わせません。貴女は大食い女王ともてはやされているせいで変な勘違いをされているようですが、大食いにも味の良し悪しは必要不可欠!考えなくてもわかるでしょう?誰が不味い物を大量に食べたいと思うんですか!」

 

 確かに。不味い物を大量に食べさせられるなんてただの拷問です。赤城さんの言うように、ただ相手より早く、多く食べるだけで良いなら、極端な話ですがお米だけでも良いですし、もっと言うなら小麦粉を水で練って丸めただけの物でも良いことになります。

 

 「貴女はこのカレーを食べて何も感じませんでしたか?一見するとこのカレーは「食えるものなら食って見ろ」と言わんばかりの辛さと量ですが、ちゃんと食べる人の事を考えて作られています」

 『いや…口を挟んで恐縮ですけど……。それを完食できるのは赤城さんくらいしか……』

 「ええ、だからこれは、赤城さんの為だけに作られたカレーなんです。この辛さと量は、赤城さんを満足させるためだけに料理人が試行錯誤した結果です。それなのに、貴女は二の次三の次と切り捨てるのですか?ただ辛いだけでなく、具材の旨味とスパイスの香りを存分に堪能できるよう計算し尽くされたカレーの味を!」

 

 大和さんのその言葉で、赤城さんは持っていたスプーンとフォークを床に落としてしまいました。きっと、自分が言った事を後悔しているのでしょう。

 最初は赤城さんだって味を楽しんでいたんだと思います。だけど、いつの頃からか大食い女王と呼ばれ、フードファイトを繰り返している内に、ただ食えばいい、ただ胃袋が満たせればいいと思うようになってしまったのではないでしょうか。

 

 「私の…負けです……。私にはこのカレーをEatする資格がない……」

 

 8割以上食べておいて食べる資格がないも何もないと思いますが、赤城さんは力なくうなだれて負けを宣言しました。青葉さんと加賀さん、ギャラリーの皆さんも、意外な結末に何を言って良いかわからず押し黙っています。

 と言うか、なぜ『食べる』をわざわざ英語で言ったんですか?ルー何とかさんですか?

 

 「Noです。それは認められません」

 「意外と冷酷なのですね…敗者にSpankingですか?」

 

 大和さんにまで移っちゃった。それよりも、今のセリフでSpankingは適当ではありません。せめて鞭打つあたりにしておいてください。それでは大和さんが赤城さんのお尻を叩く変態みたいになっちゃいます。

 

 「そんなつもりはありません。赤城さん、貴女はまだ食べれるでしょう?なのにLeave(残す)ですか?」

 「しかし…私にはQualifications(資格)が……」

 「Qualifications(視覚)Case Shan Zi(案山子)もありません!おleaveは許しませんよ!」

 

 そうですね。お残しは味云々以上に料理人さんへの侮辱です。私も食は細いですが、毎日残さないように全部食べてます。もっとも、お二人の食べっぷりを見たせいで、何も食べてないのに脳が満腹だと思い込んでしまったのでお昼ご飯は食べれそうにありませんが……。って言うかしつこい!いつまでルー語で話す気ですか!

 

 「そうですね……。お残しなど一番やってはならない行為。私もルーを追加です!ルーをCome on(持って来る)してください!」

 「その意気です赤城さん!さあ!ルーCome on!」

 

 ルー何とかさんが来そうだからその言い方はやめてください。あ、もしかしてこれが言いたかっただけですか?

 

 『いやぁ、まさか女王が負ける瞬間を見れるとは青葉思ってませんでした。加賀さん的にはどうですか?』

 『赤城さんが負けるのを見るのは始めてではありませんが、今回の敗北は赤城さんにとって良い刺激になったと思います』

 『赤城さんが以前にも敗北を!?』

 『ええ、赤城さんは以前『紅い魔女』と呼ばれる女に心身ともに敗北……。いえ、それは今どうでも良いのです。私が言いたいのは、赤城さんが失っていた食を楽しむ心(・・・・・・)を取り戻したと言う事です』

 

 いや、そう言う取って付けたような良い話っぽいのはどうでも良いですから紅い魔女について詳しく教えてください。赤城さん以上の大食いが誰かの方が私的には気になりますよ。

 

 「朝潮ちゃんも一緒に食べませんか?美味しいですよ♪」

 「いえ…私は……」

 「朝潮ちゃんは駆逐盛りですよね?青葉が取ってきてあげます♪」

 

 やめてください!青葉さんわかってますよね?私がすでにお腹一杯なのわかっててそんな事言ってますよね!?

 

 「ここのカレーは本当に美味しいですね♪私ももう一杯食べちゃいましょう♪」

 

 空母盛りを!?いやいやいやいや!嘘でしょ!?大和さんってたしかに並の女性より大きいですけど、それを考慮しても食べれる量を遥かに超えてますよ!?

 

 「ごめんなさい朝潮ちゃん。間違って軽巡盛りを頼んじゃいました♪テヘっ♪」

 「テヘっ♪じゃないですよ!ワザとでしょ!ワザとですよね!だって青葉さん、凄く悪い顔してますもん!背後にイヒヒヒヒ♪って文字が浮かんでそうなほど悪い顔してますもの!」

 「え~?そんな事ないですよぉ~♪」

 

 とか言いながら、青葉さんはカレーを前にして脂汗を流している私を首から下げていたカメラでパシャパシャと遠慮なく撮っています。私なんか撮らなくていいですから大和さんを撮ってくださいよ。青葉さんの目的は大和さんのはずじゃ……。

 あれ?そう言えば、寮の入り口で会った時、青葉さんは確か「ちなみに今、脂汗を流しながら青ざめる朝潮ちゃんってリクエストを頂いてまして」と言っていました。ええ、正に今の私です。

 

 「まさ…か……。最初から……」

 「あっ!その顔も頂きですぅ♪いやぁ、良い絵が撮れました♪」

 

 セリフの陽気さとは逆に、その顔は邪悪そのもの。「計画通り」と幻聴まで聞こえて来ます。

 完全にしてやられました。青葉さんの目的は最初から大和さんではなく私。

 恐らく長門さんにリクエストされたであろう『脂汗を流しながら青ざめている私』の写真を撮影する事が本来の目的だったんです。

 どこから計画していたのかはわかりませんが、青葉さんの計画はこうだったのでしょう。

 食堂のメニューがカレーオンリーになる金曜日に、見ただけで食欲が失せる空母盛りを高確率で注文する赤城さんが来る時間を見計らって私を言葉巧みに食堂へ誘導し、私の脳が食べてもいないのに満腹だと錯覚したのを見計らって空腹でも食べきれない軽巡盛りを私に食べさせようとする。大和さんと言うイレギュラーが加わった事で、当初の計画以上に上手く行ったはずです。

 おのれ青葉さん……。見事に嵌められましたよ。

 話が逸れますが、私は普段、育ちの悪さを悟られないように良い子を演じています。

 誤解のない様に言っておきますが、両親は貧しいながらも私を真っ当に育てようと出来る限りの事をしてくれました。私が誰に対しても敬語なのは両親の躾の賜物です。

 ですが、貧しさは罪だとでも言うように周りは私を貧乏人と蔑み、陰湿なイジメにも遭いました。

 ええ、グレましたよ。そんな目に遭わされてグレないなど逆におかしいです。

 グレた私の行動は悪逆非道を極めました。5歳で横断歩道を手も上げずに渡り、7歳で校舎の窓ガラスを拭いて回りましたし、10歳の頃には盗まれた自転車を見つけて持ち主に返しました。

  フフフ…今思い出しても自分の悪童っぷりに背筋が寒くなります。

 そんな、親の助けになろうと艦娘になる事を決めた日に封印したかつての私が言っています。叫べと。力の限り叫べと言っています。

 だから私は叫びます。力の限り、私を貶めてお小遣い稼ぎをしようとしている青葉さんに叫びます。その後どうなろうと知った事じゃありません。

 

 「青葉ワレェェェェェ!」

 「うわわっ!朝潮ちゃんがキレたぁ!」

 

 私は追いかけました。

 青葉さんが嫌がらせのために用意した軽巡盛りも、周りの「あの朝潮ちゃんが暴言を……」と言う声も無視し、私自身すっかり忘れていましたが、ロープを首に繋いだままだった大和さんを引きずって青葉さんを追い掛け回しました。

 その行動のせいで、次の日から『急にキレる子』『大和のご主人さま』などと皆さんから認識されて、腫れ物にでも触るような対応をされるようになるなど夢にも思わずに。



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第九話 見~つめるキャッツアイ♪

 

 

 正義の味方に必要なモノとは何か。

 特殊な力?苦楽を分かち合う仲間?それとも確固たる信念かしら。

 人によって色々あるとは思うのだけど、私は敵だと思うの。だって悪役が居なきゃ、正義の味方なんて成り立たないでしょ?

 悪役と言っても、俗に犯罪者と言われる人達じゃないわ。そういう人たちは警察なりに任せておけばいいんだから。

 私が言う悪役とは警察じゃどうにもならない人外の事。例えば怪人とか怪獣とか、世界征服を狙うような悪の組織とかね。

 そういうモノが居なきゃ、正義の味方なんてコスプレした変態か中二病をこじらせた痛い人だわ。

 あ、誤解しないでね?あくまで私がそう思ってるだけだから。異論があればもちろん認めるわ。

 で、なんで私がこんな事を言い出したかと言うと……。

 

 「こう!こうね!矢矧さんのポーズはこうで決まり!」

 「いやいや、そんな仮面ラ〇ダーみたいなポーズじゃバランス悪いでしょ。身長的に、矢矧さんは神風姉の後ろなんだからさ、両手広げてこんな感じで良いんじゃない?」

 「ちょっと待ってください朝風さん。それではグ〇コのポーズです。変なクレームが来たらどうするんですか」

 「朝風の姉貴も春風の姉貴もわかってないね。変に奇を衒う必要なんてないさ。矢矧さんは神風の姉貴の後ろで腕組みしてドヤ顔。これだね!」

 「松姉さんは矢矧さんを未完の最終兵器になさるおつもりですか?ガイ〇ックスからクレームが来たらどうするんですか」

 

 朝の五時から、鎮守府を案内するために私を部屋まで迎えに来たこの子達がその原因。

 私が身嗜みを整えている間、私のポーズを真剣に会議している彼女たちは神風型駆逐艦姉妹で、『駆逐戦隊カミレンジャー』と名乗って深海棲艦と言う名の悪役を相手にヒーローごっこをしているそうよ。

 あの化け物相手にヒーローごっこをする余裕があるなんて凄いとは思うけど、なぜヒーローごっこをする必要があるのかとも考えちゃうわね。

 

 「ね、ねえ……。本当に私もやらなきゃいけないの?」

 「当り前じゃないですか!矢矧さんは待望の新メンバーなんですよ!?私たちが待ちに待ったカミシルバーなんです!」

 

 ふんすと鼻息を鳴らしながら、身嗜みを整え終わって五人の前に腰を下ろした私に詰め寄って来たのは部屋に集った五人のリーダー格。これでもかと赤系統の色で全身を着飾った神風型駆逐艦の神風ちゃん。

 私を歓迎してくれるのは嬉しいんだけど、カミシルバーはやめて欲しいなぁ……。だって、シルバー要素皆無なんだから。

 

 「神風姉の言う通りね。今まで『駆逐戦隊カミレンジャー』として活躍して来たけど、名乗る度に「いや、駆逐隊じゃね?」って言われてたのが、矢矧さんが加入した事でようやく『戦隊』を名乗れるようになったんだから!」

 

 うわっ!眩しい!部屋の明かりがおでこに反射して眩しいから頭の角度を変えて朝風ちゃん!

 って言うか、べつに駆逐戦隊でも良いじゃない。私が入ると何で戦隊って名乗れるように……。あ、そうか水雷戦隊(・・)か。

 うわぁ……。心底どうでもいいこだわりだわ……。

 

 「矢矧さんは最新鋭の軽巡洋艦。やはり…私達の様な旧型の駆逐艦と組まされるのは不本意なのでしょうか……」

 「そ、そんな事はないわ春風ちゃん!確かに阿賀野型は最新鋭だけど、私自身は着任したての新米なんだから!」

 「なるほど、新米だから僕たちのような旧型で我慢する。と言う事だね?」

 「松姉さん。それは少々嫌味が過ぎるかと。慣れるまでの練習台くらいにしておきましょう?」

 

 嫌味どころか毒が!毒がきついわ旗風ちゃん!そんな事は欠片も思ってないから安心して!

 

 「けど、そう言えばそうよね。なんで私達なんだろ?朝風は何か聞いてる?」

 「神風姉が聞いてないのに私が知る訳ないじゃない。春風は?」

 「私も存じ上げません。司令官様なりのお考えがあっての采配だと思いますけど……」

 「そりゃあ僕たちが強いからさ!僕たちと対等にやり合える駆逐艦なんて、同じ技が使える……」

 「松姉さん。それ以上は言ってはいけません。しーっです。口を縫い付けますよ?」

 

 ん?今何と?松風ちゃんが『同じ技』とかなんとか言ってたけど……。

 

 「ねえ。同じ技って何?」

 「いやぁそのぉ……。聞き間違いじゃないかしら。ねえ!朝風!」

 「私に振らないでよ!『脚技』の事を漏らしたのは松風なんだから!」

 「ちょっ!朝風さん!」

 「あ~あ。僕知らないよ。言ったのは朝風の姉貴だからね」

 「火種を蒔いたのは松姉さんですけどね」

 

 『脚技』?キックか何かかしら。いや、待って。『脚』って言ったわよね?

 ここで言う『脚』とは恐らく、艦娘が扱う『弾』『装甲』『脚』と呼ばれる三種類の力場の『脚』の事。だとしたら、『脚技』とは『脚』を使った何かしらの技術の事のはず。

 例えば…そう!あの時、大城戸教官がやってたみたいな!

 

 「それってもしかして、海面を滑空したりするヤツの事!?」

 「え?矢矧さんは『トビウオ』を知ってるんですか?」

 「『トビウオ』?あれは『トビウオ』って言うの?教えて神風ちゃん!」

 「いや…あの……。矢矧さんはどこでそれを見たんですか?」

 「初出撃の時に、大城戸教官がやってるのを見たの。貴女達も同じ事が出来るんでしょ?」

 「大城戸?え~と…誰だろ…大城戸……」

 

 いや、そこは今どうでも良いのよ神風ちゃん。大城戸教官が何者なのか悩んでないで早く教えて。

 10ノット程度しか出せない内火艇ユニットで、瞬間的にとは言え30ノット以上出すあの技を貴女達も使えるのでしょう?

 

 「もしかして先代の大潮さんの事じゃない?艦娘辞めて教官になったって噂を聞いた事があるし」

 「あー!大潮さんか!ナイスよ朝風。だったら、使ったのは『稲妻』だった可能性もあるわね!」

 「い、稲妻?あれと似たような技が他にもあるの?」

 「有る事はあるのですが……」

 「春姉さん。ここまで言ったらもう隠す必要はないのではないですか?」

 「そうだね。僕らが『脚技』を使えるのは他の軽巡は知ってるんだし、遅かれ早かれ耳に入るさ」

 

 さっきまで、早朝とは思えない程テンションが高かった五人が急にしおらしくなった。神風ちゃんと朝風ちゃんはお互いを見ながら、目で「貴女が言いなさいよ」「いやいや、ここは神風姉が」と言い合ってるように見えるわ。私には言いにくい事なのかしら。

 

 「はぁ……。わかりました。言います。私達を含む一部の駆逐艦は、軽巡の人達が邪道と蔑む『脚技』と総称される技法を習得しています」

 「邪道?神風ちゃん、それはどういう事?」

 「言葉通りです。『脚技』は、かつて最古の艦娘と呼ばれた人が創作した『脚』の応用技で…いえ、悪あがきと言った方が良いのかしら」

 

 『脚』を応用する事が邪道?しかも悪あがき?訳がわからないわ。例え邪道だとしても、強くなれるなら習得すべきじゃない。だって、それを習得している大城戸教官は内火艇ユニットで深海棲艦を倒すほど強かったんだから。

 

 「なぜ邪道と蔑まれるか。それは、艦娘が培ってきた戦い方を否定するような技だからです」

 「艦娘が培ってきた戦い方を否定?」

 「そうです。矢矧さんは駆逐艦が同型艦、もしくは性能の近い艦同士で駆逐隊を組む理由をご存知ですか?」

 「それは……。その方が艦隊行動をし易いからじゃない?例えば、速度とかも合わせやすいし」

 「そうです。性能が違い過ぎる艦同士では駆逐隊を組みにくい。極端な例ですけど、島風などは速度が他の艦と違い過ぎるから駆逐隊を組めずにいます」

 

 つまり、『脚技』は艦隊行動を阻害する技術ということかしら。だから駆逐艦を率い、嚮導する立場にある軽巡洋艦から邪道と蔑まれると?

 そんなバカな。あれほどの技術よ?蔑む前に広めるべきじゃない。もし、あの時大城戸教官がしたような事を真っ当な艤装を着けた艦隊全員が出来れば100ノットを超える速度で艦隊行動をとる事も可能なんじゃない?

 

 「聞かれる前に言っておきますが、『脚技』は艦娘全てが使える訳じゃありません。使えるのは精々軽巡まででしょうか」

 「だったら……!」

 「水雷戦隊だけでも使える様にすべき。ですか?それは反対です」

 「それはどうして?貴女達は使えるのでしょう?」

 「ええ、使えます。だからこそ反対するんです。『脚技』を使わなくて済むのなら使うべきじゃない」

 

 使わなくて済むなら使うべきじゃない……。

 神風ちゃんがそう言うからには何かしらの理由があるはず。それは何?自分たちの優位性が薄れるから?違うわね。今日会ったばかりだけど、この子達はそんな事に拘るような子達じゃない。

 それ以外で広めるのを反対する理由。そういえば、神風ちゃんは『脚技』を悪あがきと言ったわね。もしかして……。

 

 「『脚技』には…デメリットがあるの?」

 「はい。『脚技』は燃料消費の増加、肉体への負担というデメリットがあります。さらに、習得と使用可能回数に個人差があり、出来ない人はいくら練習してもできないそうです。そんなモノを使って艦隊行動がとれますか?」

 「で、でも…出来る人だけで艦隊を組めば……」

 「確かに出来る人だけで艦隊を組めば可能でしょう。でも、艦娘の運用が始まって14年、それが叶った事は私が知る限りありません。駆逐隊レベルでなら私たち以外にも例がありますけど」

 「それを望むくらいなら、普通に艦隊行動を訓練した方が早い……。と言う事ね」

 「そういう事です。けど、安心しました。この事を明かすのは少し勇気がいりましたので」

 

 どうして…なんて聞く必要なんてないわね。五人の安心した表情を見ればなんとなくわかるわ。

 きっとこの子達は、『脚技』を修得してると言うだけで軽巡達から敬遠されてきたんでしょう。だから、私の否定的じゃない反応を見て安心したんだわ。だったら、もっと安心させてあげようじゃない。

 

 「神風ちゃん。さっき、『脚技』は軽巡でも出来るって言ったわよね?」

 「え?ええ……。言いましたけど……」

 「私に『脚技』を教えて。いえ、教えて下さい」

 「はぁ!?矢矧さんに『脚技』をですか!?」

 「ダメ?」

 「ダメじゃないですけど……。良いんですか?他の軽巡の人から何を言われるかわかりませんよ?」

 「他人に何と言われようと関係ないわ。私は強くなりたいの」

 

 しかも、ただ強くなるだけじゃない。私は大城戸教官のように強くなりたい。

 そのためなら他の軽巡にどう思われようと構わないし、邪道にだって手を出すわ。

 

 「どうするの神風姉。私は教えても良いと思うけど」

 「私も朝風さんと同意見です。強くなりたいと言う気持ちは痛いほどわかりますから」

 「まあ、『脚技』を使えるようになってくれた方が僕たち的にもメリットはあるしね」

 「不本意ながら松姉さんに同意します。猫を被る必要が無くなりますから」

 

 ふと思ったけど、旗風ちゃんは松風ちゃんの事が嫌いなのかしら。さっきからちょいちょい絡んでるし……。

 

 「わかった。教えてあげます。でも円満さんの許可を取らせてください。やっぱりその…色々としがらみ的なモノがあるから……」

 「うん。それで良いわ」

 

 よし!大城戸教官みたいになれる足掛かりが掴めた!提督の許可が下りるかどうかがちょっと心配だけど、ダメって言われてもコッソリ教えて貰えば良いわよね!

 

 「じゃあ早速行くわよ!善は急げって言うし!」

 「あ、それは無理。今行ったら許可して貰えない可能性が高いわ」

 「どうして?神風ちゃん。時間によって態度がコロコロ変わる人なの?」

 「そうとも言えるけど……。司令官って朝が弱いんです。今の時間だと確実に寝てますね」

 

 朝が弱いって…いや、まだ6時前か。確かに早いわね。もうちょっとで総員起こしがかかるとは思うけど。

 

 「だったら案内も兼ねて『猫の目』に行かない?確かモーニングもやってたよね?」

 「朝風さんにしては良いアイディアだと思いますけど、昨日出撃してましたから今日はやってないんじゃないですか?」

 

 また知らない単語が出て来た。『猫の目』ってなんだろ?モーニング云々って言ってたから喫茶店かしら。

 差し詰め『喫茶 猫の目』って感じ?まさかマスターは海坊主って呼ばれてないわよね?昔あった『都市狩人』って漫画で出て来た喫茶店みたいに。

 

 「取り敢えず行ってみるかい?海坊主さんに頼めば何かしら出してくれると思うよ?」

 「旗風も賛成です。お姉様方にもお会いできるかも知れませんし」

 

 今サラッと松風ちゃんが海坊主と言ったような……。

 もしかしてそうなの?やっぱりキャッツアイ的な喫茶店なの?だから『猫の目』なの!?

 

 「でもあそこ…初心者にはキツくない?視覚的に」

 

 いやいや、喫茶店に初心者もなにもないでしょ神風ちゃん。けど視覚的にって事は、奇天烈な外見のお店なのかしら。

 と、軽く考えていた事を、私は後に後悔したわ。

 お店の外見が奇天烈なんだと思ってたから、喫茶店に着くまでに通り過ぎた、壁一面にインド人の絵が描かれた『カレーショップ ダルシム』の方だと勘違いしちゃったけど、喫茶店に着いて店の外見が普通な事に安堵した私は心の装甲が0のままその光景を目の当たりにしてしまった。

 どんな光景だったかって?

 普通に言えば三人の店員…店員よね?あれ……。に出迎えられただけよ。

 けどその店員が問題で、角刈りの三人の店員(仮)は、逆三角形でムキムキの体にピチピチのレオタードを身に着け、この世のモノとは思えない笑顔を浮かべて、ボディビルで言うところのフロントダブルバイセップスのポーズをとり、地獄の底から響いて来そうなほど低い声を揃えてこう言ったわ。

 

 「「「見~つめるキャッツアイ♪」」」と。

 

 それを見た途端、私の脳はその光景の意味を理解することを放棄してシャットダウンしたわ。

 



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第十話 貴女の全てを寄越しなさい!

 

 

 『脚技(あしわざ)』とは。

 私の先代に当たる初代神風が創始し、創作した『トビウオ』『水切り』『稲妻』の三つと、今も佐世保鎮守府に所蔵している時雨さんが得意とする『波乗り』。さらに、二代目朝潮さんが解体される前に思い付き、満潮さんに伝授した『黒独楽』の二つを含めた合計五つの総称です。

 

 「い、五つもあるんだ……」

 「はい。もっとも、私が教えることが出来るのは『トビウオ』『水切り』『稲妻』の三つですけど」

 

 時刻は07:00(マルナナマルマル)

 『喫茶 猫の目』名物の『いらっしゃいませ』を見て気絶していた矢矧さんが復活したので、矢矧さんの部屋で少し話した内容からもう少し踏み込んだ『脚技』の説明を窓際の席で朝食を食べながらしてるんだけど……。

 まだ若干顔が青いわね…大丈夫かな?

 

 「他の二つは?」

 「『波乗り』と『黒独楽』に関しては教え方はおろか、どういう技なのかも知りません。鎮守府に居る人で知ってそうなのは…満潮さんと円満さん。あとは桜子先輩くらいかな?」

 「桜子先輩?」

 「私の先代、初代神風です。昨日会いませんでした?矢矧さん達を救助するために出撃したんだけど……」

 「それっぽい人を見たような…見てないような……。あ!花組とか言う5人組の中に居た人?」

 「そうです。髪が私みたいに紅い人が居たでしょ?それが桜子先輩です」

 

 花組についても一応説明しておいた方がよさそうね。

 奇兵隊総隊長近衛組。通称『花組』は桜子先輩を隊長として、今は店の裏で朝風達と談笑している先代神風型駆逐艦の4人の計5人で構成されている奇兵隊の一部隊です。

 なぜ花組と呼ばれているかと言うと、メンバー全員が名前に花の名を含んでいるからだそうです。

 奇兵隊で一番お金がかかる集団とも言われてますね。

 その理由は、花組が拳銃なら跳ね返せる程度の『装甲』を陸上でも形成する事が出来る18式内火艇ユニット『薄衣(うすぎぬ)』の強化版、20式内火艇ユニット『狩衣(かりぎぬ)』を使用できるからです。

 

 「そんな物があるんだ……。その狩衣が高いの?」

 「値段までは知りませんがそれなりに高いと思います。けど、お金がかかるのは狩衣のせいじゃありません。むしろ装備にかかるお金は奇兵隊で一番安く済んでるかも」

 「じゃあどうし…いや、まさかとは思うけど……」

 「お察しの通りです。花組は奇兵隊で一番、戦闘区域に与える被害が大きい(・・・)んです」

 

 昨日の出撃でも、熱海街道を使用不能になるまで破壊しましたしね。あの辺りの交通事情は詳しくないけど、きっと尋常じゃない規模の損失をもたらしているはずです。

 

 「内火艇ユニットって凄いのね……。訓練用の艤装としか思ってなかったわ」

 「訓練用とは言え、一応は艤装ですから」

 

 狩衣は内火艇ユニットに分類されていますが、設計の段階から陸上で人間相手に使用することを前提に作られた、言わば陸戦用の艤装です。

 矢矧さんが訓練で使ってたのはリュックサックみたいな外見だったと思うんですけど、狩衣はコートの様な外見…と言うかコートですね。

 コート自体も防弾、防刃仕様なんですが、『装甲』を張ることに特化させているので、陸上でもライフル弾を楽に跳ね返せる強度の『装甲』を張ることができます。

 しかも!艦娘や深海棲艦と同じく、通常兵器をほぼ無効化するチート仕様。これを装備した花組メンバーに勝てるのは艦娘か深海棲艦。もしくは、同じ様な装備をした人だけです。

 

 「攻撃が効かないんじゃそうなるよねぇ……」

 「攻撃が効かないだけじゃありません。狩衣を装備した先輩達に切り裂けない物は事実上存在しません」

 

 これが戦闘区域となった地域に甚大な被害をもたらす最大の理由。

 狩衣で形成できる『装甲』は、例えば刀に纏わせれば物理抵抗を無視して物体を切り裂き、人間離れした膂力を使用者に与えます。

 補足するけど、膂力を与えると言っても筋肉が増える訳じゃないわ。

 狩衣で形成、展開出来る『装甲』は使用者の動作を強化、増強するのにも応用できるの。要は、不可視のパワードスーツね。10馬力くらいって言ってたかな?

 

 「だから車が吹っ飛んでたんだ……」

 「それでも、真っ当な艤装に比べれば玩具みたいな物ですよ?艤装なら同じ事が何百倍、何千倍ってレベルでできますから。人間相手に使うことはないけど、艦娘は『装甲』の強化、増強機能の恩恵を無意識レベルで受けているんですよ?」

 「え?そうなの?」

 「当然です。この機能が無ければ、艤装を背負う事なんて出来ませんし砲撃の反動で体が潰れちゃいます」

 

 艤装って見た目より重いのよ。

 駆逐艦の艤装ですら、大人の男性がようやく持ち上げられるか出来ないかって位重いし、戦艦の艤装とかになったら数人がかりらしいわ。

 それに、砲撃の反動に耐えることが出来るのもこの機能のおかげ。見た目は玩具でも、艦娘が使用すれば実砲と同程度の性能になる砲を撃ったらその反動だけで死ねちゃうもの。

 その機能を上回る反動を受けると体に影響が出ちゃうみたいだけど、そんな事がありそうなのは戦艦くらいね。

 

 「へぇ…知らなかった……」

 「知ってる人の方が少ないですから気にする必要無いですよ」

 

 深海棲艦を拳で殴るなら話は別だけど。

 過去にそんな事をした戦艦と軽空母が居たらしいけど、今は一人くらいしか思い浮かばないわね。

 

 「あ、居ることは居るんだ」

 「戦闘で使用してるかどうかはわかりませんけど、訓練に乱入してきた長門さんをガゼルパンチで吹っ飛ばしてるのを何度か見たことがあります」

 「く、訓練に乱入!?長門さんって…戦艦 長門の事よね?」

 「はい。あの人って、とある駆逐艦にベタ惚れでして……」

 

 今の子は一方的に被害を受けてるけど、その子の先代にはドッカンドッカン吹っ飛ばされてました。横須賀の名物と呼ばれていた時期もありましたね。

 人が文字通り殴り飛ばされる光景なんて、漫画やアニメ以外じゃ滅多に見れないから。

 

 「こぉ~ら!軍事機密をペラペラ喋ってる悪い子はだ~れだ♪」

 「いひゃいいひゃい!もう!ホッペタ抓らないでよ先輩!」

 「相変わらず柔らかいわねアンタのホッペタ。ず~と抓ってられるわ」

 「伸びるからやめて!」

 

 私の背後から両のホッペタを抓ってきたのは、さっき名前だけ出て来た桜子先輩。

 私と同じ紅い髪のショートボブに奇兵隊特有の黒い軍服、その上からコートの外見をした狩衣を羽織ってるわ。普段は軍服だけなのに、なんで狩衣まで装備してるんだろ?

 

 「もぉ!私の後ろに忍び寄るのやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか!」

 「あら、つれないわね。可愛い後輩とスキンシップしたいと思うのは元艦娘の性よ?」

 「嘘ばっかり。私を玩具にして遊びたいの間違いでしょ?」

 

 ちなみに、桜子先輩は超がつくほどのトラブルメーカーで、横須賀鎮守府で起こる騒動の8割は先輩が起こしてると言われているわ。しかも、質が悪い事にお咎めはほぼ無いと言って良い。

 なんでそんな横暴がまかり通ってるかと言うと、色々とコネもあるけど単純に強いから。

 妊娠中と、子供が生まれて1年くらいは大人しかったらしいんだけど、先輩を力尽くで止めてた二人が大本営に異動したのと同時期くらいから猛威を振るいだしたそうよ。

 昨日の無断出撃が良い例ね。

 花組のお姉様方が二式大艇に乗り込むのを見たからマズいと思って、話し中で電話が繋がらなかった円満さんの代わりに満潮さんに教えたから最悪の事態は避けれたけど、そうしなかったら熱海街道が使用不能になる程度じゃ済まなかったかもしれないわ。

 だって、奇兵隊が全力出撃しようとしてたんだもん。

 満潮さん経由で円満さんに伝わってなかったら、間違いなく奇兵隊が全員出撃してたわ。

 

 「昨日お父さんに怒られて凹んでるのよぉ。だから癒して?」

 「自業自得じゃない。それに、どうせ『桜ちゃん』を使って元帥さんをポンコツにしたんでしょ?」

 「残念!桜が寝た後だったからその手は使えなかった!」

 

 エッヘン!と胸を張って言ってるけど自慢になってないから。

 あ、『桜ちゃん』って言うのは、もうすぐ三歳になる先輩の娘さんの事ね。母親似の容姿と、たぶん先輩の髪色が中途半端に遺伝したと思われる桃色のグラデーションが入った髪の、母親とは似ても似つかないほど内向的で人見知りが激しい女の子よ。

 

 「と言う事は、この人って元帥閣下の……」

 「ええ……。これでも元帥さんの娘なんです」

 

 先輩の「これでもって何よこれでもって!」と言う抗議は無視するとして。

 元帥さんは桜ちゃんの声を聞いたり傍に居たりすると、恐怖を感じるほど気持ち悪くなりますが基本的に真面目で厳しく、威厳のある人です。

 そんな人に育てられた先輩が、どうして独裁者も裸足で逃げ出しそうなくらい我が儘になったのか不思議でしょうがないわ。

 

 「ところで先輩。そんな恰好してどこ行く気ですか?また無断出撃?」

 「んな訳ないでしょ。円満に頼まれて、朝潮の護衛も兼ねて大和…だっけ?を監視しに行くのよ」

 

 あ~なるほど。だから、そんな暴れる気満々の格好をしてるんですね。

 ってなる訳ないでしょ!円満さんは何考えてるの!?先輩に暴れる理由を与えるなんて弾薬庫に爆弾を仕掛けるのと同等の行為よ!?

 いや、待って。円満さんはけっしておバカじゃない。その円満さんがリスクを承知で先輩に頼むって言う事は、監視対象の大和さんがそれだけ危険だと言う事。それこそ、先輩に武力制圧させなければならいほどに。

 けど、昨日の夜見た感じでは能天気なお嬢様って感じだったけど……。

 

 「大和を監視!?彼女、また何かしたんですか!?」

 

 むむ?矢矧さんは何か心当たりがあるみたいね。監視と聞いて、テーブルに身を乗り出して先輩に詰め寄ったわ。

 

 「アンタ誰?」

 「ずっと目の前に居ましたよ先輩。彼女は矢矧さん。昨日、無断出撃までして救助しに行ったじゃないですか」

 「え?私は旦那を迎えに行っただけだけど?」

 

 いや、そんな心底不思議そうな顔で聞き返さないでください。

 わかってますよ?先輩が旦那さんである海坊主さんLOVEなのは嫌と言うほどわかってます。先輩と出会ってからの2年余りで嫌と言うほど見せつけられましたから。

 けど、少しは他の人にも興味を持ってください。直接は会ってなかったのかもしれませんが、救助された矢矧さんが「ついで以下だったんだ……」ってショック受けてます。

 

 「おっと!こんな事してる場合じゃなかった!早く行かなきゃまた円満に文句言われちゃう!って事でこれ(・・)お願いね神風!」

 「え?これってど…ぐえっ!」

 

 うん、なんとなく予想はしてた。

 『猫の目』に着いたら普段マスターをやってる海坊主さんの姿が見えな理由を、代わりに居た金髪さんに尋ねてみたら海坊主さんは昨日の後始末のために出てると言っていた。

 そして先輩は今からお仕事。じゃあ、娘の桜ちゃんの面倒は誰が見るのか。

 さっき少し言ったけど、桜ちゃんは内向的で人見知りが激しいから面倒を見れる人が限られちゃうの。慣れるとそんな事ないんだけどね。私なんてめちゃくちゃ懐かれてるし。

 昨日と一昨日も海坊主さんが出てたから、先輩に呼び出されて桜ちゃんの相手をしてたわ。そのおかげで、奇兵隊が全力出撃しようとしたのにも気づけたって訳。

 

 「かみっか!」

 「はぁ~い。かみっかですよ~。ってか先輩。愛娘をこれ(・・)呼ばわりはないんじゃないですか?」

 

 先輩が私の頭に乗せて来た何かを降ろしてみると案の定桜ちゃんだった。

 あ、なぜ私が『かみっか』と呼ばれているかと言うと、まだちゃんと神風って言えないからよ。

 

 「細かい事は気にしない!じゃあね桜。ママお仕事行って来るからね~♪」

 「あい!」

 

 右手同士でかるくタッチするお出掛けの挨拶。

 先輩も海坊主さんも出かける前はかならずこれをやって出掛けるわ。もちろん私もね。桜ちゃんも気に入ってるのか、無駄にタッチを求めて来る時があるわ。たぶん「bye」って言ってるつもりなんだろうけど「あい!」って言いながら短い右手を伸ばして来る桜ちゃんってすんごい可愛い…って、それは今どうでもいいか。

 

 「それじゃ行って来るから。後頼んだわよ!」

 

 そう言って、先輩は慌ただしく店を出て行った。

 黙って大人しくしてれば美人なのになぁ……。子供を産んでるとは思えない程スタイルも良いし、意外だけど家事も完璧で子供の面倒見も良い。気が短いのと、口より先に手が出る性格じゃなければ良妻賢母を絵に描いたような人なのに……。

 

 「かみっか!まんま!」

 「は~い。まんまですね~。私のおっぱい触っても出ないからちょっと待ってね~」

 

 朝ご飯食べさせてないのかしら……。いや、そんな事はないか。

 桜ちゃんの体調や機嫌で変わるけど、先輩と海坊主さんは食に関しては一家言あるらしく、朝昼晩絶対に食べさせるもの。よく「食べ物に困らない事ほど幸せな事はないのよ?」って言いながら桜ちゃんに食べさせてるわ。

 と言う事は、単純にお腹が空いたのね。子供って燃費悪いし。

 

 「金髪さ~ん。桜ちゃんが食べれる物あります?」

 「金髪さんってなんだ金髪さんって。どの艦娘にしてもそうだが、人の名前を覚えちゃいけないってルールでもあんのか?」

 

 それは私に言わないでください。単純に、金髪さんの名前が覚えにくいだけなんじゃないですか?

 

 「っつか、お嬢はアレルギーなんざねぇだろ?軟らかけりゃ何でもいいだろ」

 「それもそっか。桜ちゃんは何が食べたい?」

 「ぷいん!」

 「じゃあプリンで。あ、喉に詰まるような物はトッピングしないでくださいね?」

 「わぁ~ってるよ。ちょっと待ってろ」

 

 わかってるとは思いますけど念のためです。桜ちゃんに万が一の事があれば大事になりますもの。

 先輩が暴れるだけならまだしも、元帥さんや『一人艦隊』と呼ばれているあの人まで加わっちゃいますからね……。そうなったら、鎮守府どころか関東一円が廃墟になっちゃうわ。

 

 「大和ったら、今度は何をしたのかしら……」

 「矢矧さんは大和さんと同じ養成所出身でしたよね?どんな人なんですか?」

 

 理由まではわからないけど、円満さんが先輩を監視につける程の人だ。只者じゃないのは確実として、矢矧さんの青ざめた顔を見る限り相当の危険人物でもあるようね。

 

 「同じ養成所から来たと言う意味ではそうなるんだろうけど……。彼女って、艦娘候補生じゃなかったのよ」

 「候補生じゃなかった?どういう事です?」

 「艦娘適性のない不法侵入者だったの……。それがどういう訳か『大和』の艤装と適合しちゃって」

 

 適正もないのに艤装と適合した?しかも不法侵入者!?そんな人がどうして艦娘に……。う~ん。その辺は考えても仕方がないか、現に艦娘になっちゃってるんだし。

 

 「散々迷惑かけられたわ……。あー!今思い出してもイライラして来る!」

 「かみっかぁ……」

 「はいはい、怖くないからね~。矢矧さん、この子怖がりだから少し抑えてもらっていいですか?」

 「あ、ごめん……。」

 

 なぁ~んだ。矢矧さんの様子を見るに迷惑な人レベルか。円満さんも大袈裟ねぇ。大きな作戦を控えてるって噂もあるし、神経過敏になっちゃってるのかしら。

 それより桜ちゃん。胸にしがみ付いて来るのは良いんだけど、服と一緒に肉まで握り込んでるからね?地味に痛いから離してくれないかなぁ……。

 

 「ほれ、出来たぞ。なんだ?またお嬢が愚図ってんのか?」

 「ちょっとビックリしただけだよね~。ほら、プリン来たよ~」

 「ぷいん!」

 

 よし。プリンを見てなんとか機嫌が直ったみたい。

 さっきまで矢矧さんに軽く怯えてたのに、今はテーブルに置かれたプリンアラモードから目が離せないみたいだわ。

 

 「かみっかぁ。たえてい~い?」

 「ちゃんといただきますしたら食べていいよ?」

 「いたたます!」

 

 偉い!ちゃんと両手を合わせていただきますが出来たわね!小さい手でスプーンを持って、一心不乱にプリンを食べる姿も凄く愛らしいわ。

 これで先輩みたいな性格にならなきゃ完璧美少女に育つこと間違いなし!だから、先輩と海坊主さんの次に面倒を見る機会が多い私が先輩の悪影響を受けないように……。

 

 「育てなきゃ!」

 「(使命感)ってか?それには賛成するが、育てる以前に死なねぇように頑張れよ?」

 「わかってます。私は絶対に死んだりしません。せめて、この子が大人になるまでは……」

 

 だって、私が死んだら『神風』になれる適性があるはずのこの子にお鉢が回って来る可能性が出て来ちゃうもの。だから死ねない。少なくとも、この子が『神風』の艤装と適合できる年齢を過ぎるまでは……。

 

 「消極的だな。姐さんなら「私の代で戦争を終わらせる」くらい言うと思うぜ?」

 「それが出来れば最高ですけど……」

 

 私は先輩ほど強くない。先輩より強くなるのを諦めた訳じゃないけど、今の私はかつての先輩よりずっと弱い。それに、例え先輩より強くなっても、私一人で戦争を終わらせるなんて無理だわ。

 戦争を個人レベルで終わらせるなんて、マンガやアニメのヒーローじゃないと……。

 

 「もし…戦争を終わらせることが出来れば、カミレンジャーの名は世界に轟くわね」

 「矢矧…さん?急に何を……」

 「カミレンジャーは正義の味方なんでしょ?それなのに終戦を諦めるなんて、それは悪に屈したのと同じ事よ」

 「でも……」

 「神風ちゃんが言いたい事はわかるわ。戦争を終わらせるなんて軍隊レベル。いえ、国家レベルで取り組まなきゃ無理。けど、その一翼を担う事は出来るはずよ」

 

 さっきまで、桜ちゃんを怯えさせないように大人しくしていた矢矧さんが、何かを決意したような表情で私をそう諭して来た。

 つまり、チャンスが巡って来るまで牙を研いで待っていろ。と言う事ですよね?

 だって人間同士の戦争と違って、この戦争に政治的な交渉や調印はあり得ないもの。戦争を終わらせるためにはどちらかが滅びるしかない。それが出来ないから、10年以上もの間戦争が続いてるんだから。

 だけど逆に言えば、機会さえあれば深海棲艦を滅ぼして戦争を終わらせるのに一役買えると言う事だわ。

 いや、一役買えるだなんて金髪さんが言う通り消極的ね。私の手で戦争を終わらせる事だって出来る。私が桜ちゃんの未来を守る事が出来る!

 

 「決めたわ!神風ちゃんから『脚技』を習って、カミレンジャーを『脚技』を使う事を前提にした水雷戦隊にしてみせるわ!」

 「いやいや、『脚技』を教えるかどうかは円満さんの許可を取ってからって言ったじゃないですか」

 「だったら許可を取りに行くわよ!さすがにもう起きてるでしょ?」

 

 時間は…09:00(マルキュウマルマル)を少し過ぎたくらいか。朝が弱い円満さんでも確実に起きてるわね。

 どのみち、矢矧さんは昨日気絶してたせいで着任の挨拶がまだだから執務室に連れて行く予定ではあったんだけど……。

 桜ちゃんの面倒を頼まれちゃったから先輩が戻って来るまで待たないといけないし……。困ったなぁ……。

 いや、困る必要なんてないか。先輩なら、こんな時は絶対こう言うわ。

 

 「いえ、やっぱり後回しにしましょう。許可なんて事後承諾で十分です」

 「じゃ、じゃあ!」

 「はい。矢矧さんに『脚技』をお教えします」

 

 そう、許可なんか後回し。『猫の目』の裏にある奇兵隊の兵舎には内火艇ユニットが有るし、朝風達に艤装を取りに行ってもらっても良い。桜ちゃんの面倒を見ながらでも、『脚技』を教える事はできるもの。

 それに、久しく忘れていた気持ちが蘇った気がする。

 私が艦娘になってから大きな作戦が無かったのと、中途半端に強くなってしまったせいで忘れていた強くなりたい(・・・・・・)という気持ちを。

 私より強い人なんて掃いて捨てるほど居るのに、気づかない内に慢心していたのね……。

 

 「良いのか?下手したら円満の嬢ちゃんにドヤされるぞ?」

 「構いません。文句を言われたら言い返しますから」

 

 文句を言われるとは思ってませんけどね。

 そもそも、私が円満さんの許可を欲したのは矢矧さんの立場が危うくなるかもしれなかったからです。矢矧さんに覚悟があっても、孤立するのは悲しいし寂しいもの。

 

 「先輩があの時言ったのはこういう事だったのかも……」

 

 私が性能の低さと境遇に落ち込んでいた頃、先輩は私を励ましに来てくれた。

 先輩は孤立を恐れる私にこう言ったわ。「強くなった貴女に惹かれて集まって来るからよ。誰よりも強くなったと貴女が思えた時、周りを見てごらんなさい。きっと、貴女の強さに見合う仲間が居るはずだわ。貴女と、肩を並べて戦ってくれる仲間が」と。

 けどそれは、朝風達で全員だと思ってた。私と一緒に戦ってくれる人は朝風達以外には出てこないと思ってた。

 軽巡の人は間違っても一緒に戦ってくれないだから、私は水雷戦隊を組めないと諦めていた。

 それなのに、矢矧さんが忘れていた気持ちを思い出させてくれた。私と一緒に戦ってくれる人が、まだ一人ここに居た。

 

 「矢矧さんに問います。後悔はしませんね?」

 「愚問ね。私は後悔なんてしないわ。私は教官のように成るって決めてるの。そのためだったら何だってするわ。だから、貴女の全てを寄越しなさい!」

 「全てを寄越せ。と来ましたか……」

 

 生意気な。歳と立場は貴女の方が上かも知れないですけど、艦娘としては私の方が先輩なんですよ?しかも私に教えを乞おうと言うんですから、もうちょっと下手に出るべきだと思うんです。

 金髪さんが「まるでプロポーズだな」と言ってるのはこの際無視しますね。私はノーマルですから。

 

 「だったら私も手加減なんてしてあげません。泣いて懇願してもやめてあげませんから」

 「上等よ。それくらいじゃないと張り合いがないわ」

 

 私と矢矧さんは、不敵な笑みを浮かべてお互いの覚悟を確認した。

 桜ちゃんに「かみっか。ママみたい」と言われたのが軽くショックだったけど、同時に誇らしくも思ったしワクワクもしてきた。だって、これは私が先輩に並び、超えるチャンスでもあるんだもの。

 ええ良いわ。やってやろうじゃない。

 いつになるかはわからないけど、私が再び吹かせてやるわ。

 かつて戦場を駆け抜けた神風を。

 かつて戦場を吹き荒れた緋色の風を、私が再び吹かせてあげる! 





ちなみに、桜ちゃんは元艦娘以外で名前が設定してある数少ないキャラで、モデルは友人の娘さんです(´・ω・`)


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第十一話 素直じゃないんですね

 

 

 ペットプレイって知ってる?

 私も詳しくはないから、円満さんの部屋を掃除してた最中に出て来た本から引用するわね。

 ペットプレイとは、オブラートに包まず言うとSM行為の一つで、相手を人としてではなくペットとして扱うプレイよ。

 これは別に猿でも熊でも好きな動物として扱えば良いんだけど、まあだいたい犬猫に落ち着く場合が多いわ。それよりぐんと変態度が上がれば牝豚扱いよ。

 で、なぜ私がペットプレイの解説から入ったかと言うと、それは大和と朝潮のせい。

 だって、朝潮に先導されて執務室に来た大和はロープで繋がれてたんだもん。しかも嬉しそう。尻尾振ってる幻覚が見えそうなくらいニコニコしてるわ。

 

 「朝潮。とりあえず、なんで大和の首にロープを着けてるか教えてくれる?」

 「はい!大和さんが遭難する恐れがあったため、やむなくロープで繋いで私が先導することにしました!」

 「へぇ、そなんだー」

 

 円満さん、気持ちはわかるけど現実逃避しないで。せめてツッコんで。

 色々あるでしょ?なんで鎮守府で遭難するんだ~とか、それなら手を繋げばいいじゃないとかさ。

 あ、チラチラと私の方を見てる。ツッコまないからね。そんな「どうにかしなさいよ」って目で見てもツッコまないから。アレにツッコんだら負けだと思ってるから!

 

 「とりあえずロープを解かない?ほらその…大和だって苦しいでしょ?」

 「そん…な……。私と朝潮ちゃんを引き離す気ですか!?」

 

 どうしてそうなる。

 円満さんがどうにかこうにか逃避先から意識を戻して、アンタ達二人のせいで微妙になっちゃった執務室の空気をどうにかしようとしたんだから従いなさいよ。

 朝潮も心底残念そうな顔してるし……。もしかして気に入ってるの?戦艦をロープで繋いで引っ張り回すのに妙な興奮でも覚えてるの?たしか、朝潮って12歳だったよね?その歳で変態なの?

 

 「し…司令官がおの…お望みなら……」

 「な、泣かないで朝潮ちゃん!嫌なら従う必要なんてないんですよ!?」

 

 いや従え。

 艦娘は軍人の割に、作戦や訓練中以外は基本的に自由だし緩い雰囲気に包まれてるけどそれでも軍人だ。だから命令には従わなきゃいけないわ。

 まあ、今のは命令じゃないから従わなくてもいいと言えばいいけど、普通は目上の人から恰好を指摘されたら直すわよ。これ社会の常識ね。

 

 「円満ったら酷~い。駆逐艦を虐めちゃダメでしょ」

 「桜子さんは黙ってて。話が進まないから」

 

 大和の監視&朝潮の護衛任務に失敗してそのまま執務室に居座ってた桜子さんが、ここに来た時は絶対と言って良いほど占領してるソファーから上半身だけ乗り出してチャチャを入れて来た。

 チャチャを入れる程暇なら帰れ。と言いたいところだけど、円満さんが念のために残ってくれるようお願いしたの。代わりに、私と円満さん用に作って来たお弁当を食べられちゃったけどね。はぁ…お腹空いたなぁ……。

 

 「いえ、司令官の命令には従わなければなりません。大和さん、申し訳ありませんがしゃがんでもらってよろしいですか?」

 「そんな!ロープを解いたらお散歩出来なくなっちゃうじゃないですか!」

 

 犬か。

 散歩なんてロープ無しでも出来るでしょうが。それとも何?大和ってそう言う趣味があるの?そんなデカい図体してペット願望があるの?雌犬志望ですか?

 

 「後でもう一度繋いであげますから今は我慢してください。私だって辛いんです……」

 「朝潮ちゃん……。わかりました…主人を困らせるなど飼い犬失格ですからね」

 

 ついに飼い犬宣言しちゃったよこの人。

 朝潮の前にしゃがんでロープを解かれてる間も恨めしそうに円満さんを見てるし、本当に繋がれた状態を気に入ってたのね……。バカじゃないの?

 

 「司令官。ご命令通り、私と大和さんの絆を断ち切りました」

 「これで良いですか?いえ、満足ですか?提督」

 「どうしてそうなる……」

 

 円満さんがそう言いたくなる気持ちもわかるわ。ホント、どうしてそうなるのかしらね。

 大和は蔑むように、朝潮は涙目で訴えかける様に円満さんを見つめてるけど、どういう思考回路してたら恋人同士が引き離されたみたいな結論に至れるのかしら。

 

 「はぁ……。まあ良いわ。本題に入るけど、明日からここに居る満潮に貴女の嚮導をしてもらうから」

 「満潮ちゃん?」

 「『ちゃん』?仮にもアンタは教えを乞う立場なんだから最低でも『さん』付けでしょうが」

 

 育ちが良さそうな割に礼儀を知らないわね。

 駆逐艦を『ちゃん』づけで呼ぶのは上位艦種共の悪い癖。いえ、傲慢と言って良いけど、先に言った通り教えを乞う立場に居るんだから敬意は払うべきだわ。

 普段はそんな事気にしないけど初対面、しかも仇敵の核を使った艤装と適合した女に『ちゃん』づけで呼ばれてニコニコできる程私は人間が出来てないの。許されるなら、満潮様と呼ばせて跪かせたいわ。ってか跪け。

 

 「ご、ごめんなさい!あの…満潮……さん」

 「ふん。今度また、私に舐めた口利いたら殴り飛ばすから覚悟しときなさい」

 「満潮さん!大和さんも悪気が会った訳ではないのですから……。その…もう少し優しく……」

 「アンタは黙ってなさい。だいたい何時まで居るつもり?大和の案内は済んだんだからさっさと退室しなさい」

 「で、でも……」

 

 少しキツ過ぎたかしら……。

 いや、これで良い。この子も大潮や荒潮と同じく、何度邪険に扱っても私と仲良くしようと寄って来る。

 そりゃあ、姉妹艦だし同じ駆逐隊だからそうしようとする気持ちもわかるけど、私みたいな嫌われ者と一緒に居たって百害あって一利なし。この子のためにならないわ。

 

 「朝潮ちゃんには、この後庁舎内を案内してもらう予定です。なので、朝潮ちゃんのお仕事はまだ終わっていません」

 「あっそ。それでもこの場に居る理由にはならないわね。大和に話が終わるまで、アンタは執務室の外で待ってなさい」

 

 大和に庇われて少し気持ちを持ち直した朝潮が、私の言葉で再びシュンとした。力なく「はい……」と言って執務室から出て行こうとしてるわ。

 ごめんね朝潮。私はいつにも増してイライラしてるの。そんな私をアンタに見せ続けたくないのよ……。

 大和の嚮導をしなくちゃいけなくなった事に対してじゃないわ。それはむしろ願ったり叶ったりだから。

 私のイライラの原因は、仇敵を目の前にしてるのと同義なのに手を出せない事に対してよ。

 正直言うと、今すぐ飛びかかって首の一つも絞めてやりたいけど、円満さんに許されたのは『暴走時の処理』だもの。暴走してない内は手を出せないからイライラして仕方ない。けっしてお腹が空いてるからじゃないわ。

 

 「そうだ朝潮。お願いがあるんだけどいい?」

 「え?は、はい!なんでしょうか司令官!」

 「私も満潮もお昼ご飯を食べ損ねちゃったのよ。だから食堂に行って何か用意して貰って来てくれないかしら」

 「はい!お安い御用です!」

 

 さすが円満さん。

 朝潮に昼食を取りに行くために退室するという名分を作り、尚且つ戻って来る口実まで用意したわね。

 そしてたぶん、私の罪悪感を少しでも軽くするために……。

 

 「それでは行ってまいります!大和さん、また後程!」

 「はい。気を付けて行って来てくださいね」

 

 朝潮はそう言って退室して行った。大和が名残惜しそうなのと、桜子さんが「私の分も~」とか言ってるのが気にはなるけど無視。うん、無視するのよ私。

 私と円満さんのお弁当を平らげといてまだ食うのか!と言いたいのは我慢しなさい。

 

 「じゃあ、話を戻すわね。さっきも言った通り、明日から貴女には満潮の元で艤装の使い方を習ってもらうんだけど……。何時がいい?満潮」

 「9時からで良いわ。そのくらいなら哨戒に出る子たちも出終わった後だし、円満さんのお世話も終わってるしね」

 「一言余計だけどそれでいきましょう。明日の09:00(マルキュウマルマル)までに工廠に行って艤装を受け取っている事。良いわね?大和」

 

 作戦中は別として、艦娘も含めた鎮守府に居る人間はタイムスケジュールに沿って動いている。

 一般的な哨戒任務に従事する子を例にすると、06:00(マルロクマルマル)にかかる総員起こしで起床。身支度にかける時間は人それぞれだけど、だいたい07:30(マルナナサンマル)までには朝食を食べ終わって工廠に向かうわ。

 そして08:00(マルハチマルマル)には艤装を装着して海に出る。哨戒ルートは艦隊によって違うけど、どの艦隊も交代のために13:00(ヒトサンマルマル)には戻って来るわ。交代の艦隊は入れ替わりで出撃ね。

 詳しい内容は省くけど、哨戒任務は基本的に3交代制。

 08:00(マルハチマルマル)から13:00(ヒトサンマルマル)13:00(ヒトサンマルマル)から18:00(ヒトハチマルマル)。更に18:00(ヒトハチマルマル)から22:00(フタニイマルマル)まで。それ以降はドローンや警戒用のブイなどにお任せね。

 艦娘とは言え、深夜の出撃は危険極まりないから機械警備に切り替えるの。

 万が一、敵が警戒網に引っかかった場合は夜間待機している艦娘が即座に出撃するわ。勿論、私と円満さんも叩き起こされる。

 機械警備で事が済むなら昼もそうしろってなりそうだけど、哨戒任務自体が訓練も兼ねてるからそれは出来ないの。実戦に勝る訓練はないって奴よ。

 

 話が逸れちゃったわね。

 午前中に哨戒に出た子は、14:00(ヒトヨンマルマル)までの昼休憩をとった後、今度は訓練を始める。

 訓練内容は所属してる艦隊によって若干の違いがあるけど、基礎的な筋力トレーニング、航行訓練、砲撃訓練、連携訓練を17:00(ヒトナナマルマル)まで続ける。途中で休憩を挟んだり訓練時間を延長したりは嚮導艦や旗艦次第かな。

 それが終わったら19:00(ヒトナナマルマル)から夕食。そこからは21:00(フタヒトマルマル)の就寝時間まで自由よ。

 夜間哨戒に出る子達はまた違ったタイムスケジュールで動いてるんだけど、今回は割愛するわね。

 

 「提督のお世話も満潮さんのお仕事なんですか?」

 「それはアンタに関係ない」

 

 関係ないけど一応説明しておくわ。

 私の場合は上記のタイムスケジュールとは少し……。いや、だいぶ違う。

 まず05:00(マルゴ―マルマル)に起きて、円満さんと自分の分の朝食とお昼のお弁当作り。円満さんって料理がからっきしだからね。神風達が騒いでる声と円満さんの寝言をBGM代わりにして調理してるわ。

 朝食の準備が出来る06:00(マルロクマルマル)頃に、どっかの妹が編み出したと言われる『死者の目覚め』を行使して円満さんを叩き起こし、身支度を整えさせて朝食を食べるの。この時に私も着換えたりするかな。

 え?『死者の目覚め』って何かって?それはグーグル先生に聞いてみなさい。すぐに教えてくれるから。

 食べ終わったらだいたい07:00(マルナナマルマル)少し前ね。

 私と円満さんは執務室に行き、08:00(マルハチマルマル)までに出撃に関する各種手続きや、急な体調不良者の代理の選定、配置等を行って哨戒に出て行く子達や工廠の整備員に伝えるわ。

 そこからお昼まではひたすら書類仕事。

 詳細は省くけど、艦娘関係の書類は提督である円満さんか提督補佐の辰見さんじゃないと決済出来ないからどちらかに回すとして、それ以外の書類。例えば訓練場の使用許可とか、どっかの電球が切れたから交換してくれとか、待遇改善の要望書。どうでも良いのになると、拾った猫の里親探しのポスターの掲示許可などを処理していくわ。まあ、この辺は辰見さんの秘書艦である叢雲さんに回したりもするけどね。

 今日は大和と桜子さんのおかげで予定が若干狂ったけど、13:00(ヒトサンマルマル)以降はお昼までに処理しきれなかった書類を片付けたり、哨戒や訓練場のローテーションの予定を組んだり、資材の備蓄状況の確認やダメになった装備の破棄、破棄した分の補充などを17:00(ヒトナナマルマル)までに行う。

 昨日みたいなトラブルが無ければ、一応私はこれで上がり。

 円満さんは、昼から哨戒に出た子達の報告を待ったり、その子たちと交代で夜間哨戒に出る子達を見送ったりするから19:00(ヒトキュウマルマル)くらいまで執務室に居るけど、私はその間にお風呂に入ったり夕食の準備をしたりしてるわ。それ以降は他の子達と同じかな。

 このタイムスケジュールじゃ、私は哨戒任務や訓練をしてないんじゃないかと思われるかもしれないけど、私だって哨戒にも出てるし訓練だってしてるわ。昨日だってお昼から哨戒に出てたし、毎日空いた時間を使って基礎的なトレーニングもしてるし休日だってちゃんとあるの。

 円満さんも、辰見さんとスケジュールを調整し合って休みを取ってるしね。だって鎮守府はブラック企業じゃないもの。これ大事。

 説明が長くなっちゃたわね。

 作戦や遠征、もっと言うと大規模作戦とかになればこの通りにはならないけど、だいたいこんな感じの毎日を送ってるってわけ。

 そう言えば…私を大和の嚮導に着けたら秘書艦はどうするんだろ。

 

 「ねえ円満さん。秘書艦はどうするの?」

 「朝潮たちに交代で頼もうと思ってるわ。アンタが外れるからあの子達は出撃させにくいし」

 「甘やかしすぎじゃない?三人でも哨戒くらい出来るわよ」

 「ダメ。哨戒任務とは言え、四人組(フォーマンセル)以下には絶対しない。出撃させるにしても、他の駆逐隊と一緒に出撃させるわ」

 

 私には一人で出撃しろって言うクセに……。

 まあ、それだけ私を信用してくれてるって事だろうけど、円満さんは安全マージンを取り過ぎだと思うわ。

 哨戒だからって慢心していいとは思わないけど、あの子達だってそれなりに経験を積んでるんだから信用してあげても……。

 

 「あのぉ~、哨戒ってそんなに危険なんですか?」

 「危険度は低いけど安全な訳じゃないわ。昔より減ってるとは言っても、はぐれの深海棲艦と会敵する事もあるし」

 「そんな危険な事を、あんな幼い子にさせてるんですか?」

 

 コイツは何を言っている?

 大和の問いに答えた円満さんも、ソファーで私達の様子を眺めてる桜子さんも「何言ってんだコイツ」みたいな顔してるわ。

 

 「アンタが何を思ってそんな事を口にしたのかわからないけど、幼いかどうなんて関係ない。艦娘は国を守るために戦ってるの。危険な目に遭う覚悟はできてるわ」

 

 海防艦になると駆逐艦より更に幼いしね。

 けど先に言った通り、艦娘になった理由は様々だけど、艦娘は艦種に関係なく覚悟を決めて日々の任務に従事している。

 むしろ、危険な目に遭う覚悟が出来てない艦娘の方が珍しいわ。訓練でだって怪我をするし、最悪の場合は死亡する事もある。

 実際、運用開始初期の頃は訓練中の事故がよく起こったらしいわ。

 艦名は忘れたけど、駆逐艦同士の追突事故で、追突された方が死亡した事故は忘れてはならない教訓として養成所の段階で教えられほどよ。何でも、追突の衝撃で上半身が吹っ飛んじゃったんだってさ。

 

 「そうですか。わかりました」

 

 大和が何を理解したのかは私にはわからないけど、表情からは納得しているように見えない。子供を危険な戦場に出すことが納得出来ないのかしら。

 けど、それは仕方のない事よ。

 平時なら仕方ないで済ましちゃダメだけど今は戦時。

 日本は他国に比べて平和とは言え、それは本来なら戦場に出なくても良い艦娘と呼ばれる者達(女子供)が命と引き換えに勝ち取った仮初めの平和よ。

 平和ボケしてるっぽいお嬢様が納得しようがしまいがそれは変わらない。

 

 『駆逐艦朝潮です!昼食をお持ちしました!入ってもよろしいでしょうか!』

 「良いわよ。入りなさい」

 

 円満さんがそう返したけど朝潮が入ってこない。もしかして、両手が塞がってドアが開けれないのかしら。

 

 「ごめん大和、開けてあげて」

 「あ、はい」

 

 円満さんに言われて大和がドアを開けると、どうやって開けようか悩みすぎて半ベソかいてる朝潮の姿が見えた。

 予想通り、両手が塞がって開けられなかったのね。

 若干重そうに、二人分のカレーが載せられたお盆を持ってるわ。

 廊下にでも置いて開ければよかったのにって思うけど、食べ物を地ベタに置くのはダメな事とでも思ってそうしなかったのね。

 ホント、無駄に真面目なんだから……。

 

 「お待たせしました!駆逐盛りと並盛りにしましたけど…よろしかったでしょうか?」

 「ありがとう。そこのテーブルに…置いたら食べられちゃうからこっちに貰うわ」

 

 円満さんが言ったテーブル。

 それは一航戦の無駄に食べる方を上回る大食漢である桜子さんが占領しているソファーの前に設えてあるテーブルね。

 あそこに置いたら間違いなく食べられるわ。

 だって二人分のお弁当を食べたにも関わらず、涎を垂らす勢いでカレーを運ぶ朝潮を凝視してるもの。獲物を狙う肉食獣みたいって言った方が良いかな?

 

 「ご苦労様。大和との話は済んだからまた案内をしてあげて。それと、後で正式に言うけど、明日から八駆の三人に交代で秘書艦をやってもらうから他の二人にも言っておいてね」

 「了解しました!秘書艦のお役目、精一杯頑張らせて頂きます!」

 

 気合い入れすぎ。

 真面目なのは良い事だけど、朝潮の場合は少々度が過ぎている。

 廊下を走らないのは当たり前、歩く時はセンターラインがある訳でもないのに頑なに右側通行を貫き、真ん中より少し左側に寄っただけで始末書を書こうとする。って言うか、何度か実際に書いて来た。

 人に注意までする度胸は無いみたいだけど、朝潮のギャグと紙一重の真面目さは着任から一か月もしない内に鎮守府中に知れ渡ったわ。

 鎮守府にも信号や横断歩道があるんだけど、信号のない横断歩道をどうやって渡ったらいいかわからずに泣いてるのを見た時は度肝を抜かれたわ。

 要は真面目すぎてポンコツなのよこの子。

 

 「あ、あの…満潮さん……」

 「何よポンコツ。カレーならそこに置いて……。あ……」

 

 しまったぁぁぁぁ!余計な事考えてたせいで思わず口に出してしまったぁぁぁぁ!ポンコツ呼ばわりされた朝潮が「え……?」って感じで固まっちゃってるわ!

 そうよね!固まっちゃうよね!いつもキツイ言い方はしてるけどポンコツ呼ばわりなんてした事ないもん!

 

 「満潮…アンタ……。それは流石に無いんじゃない?」

 「い…いいんです司令官……。満潮さんからしたら、私は出来の悪い姉妹艦でしょうから……」

 

 ヤバいヤバいヤバい!朝潮は目に涙を浮かべて今にも泣きだしそう!なんてフォローすればいい!?

 確かに私は朝潮をポンコツだと思ってるけど、けっして悪い意味でそう思ってるんじゃないわ。

 だって律儀に規則を守ろうとする様は立派だと思うし、横断歩道を手を上げて渡る姿なんて微笑ましいもの。正直、何度か可愛いと思ったわ。うん、キュンっ!ってした。本当よ?

 ってぇ!それは今どうでもいい!今は泣き出しそうな…ってかもう半分泣いてる朝潮をどうやって慰めるかを考えないと!

 

 「ポンポコ」

 「え?は?ポン…何?」

 「ポンポコ……と、満潮さんは言ったんですよね?」

 

 大和は何を言ってるの?ポンポコ?ポンポコって何?しかも私が言った?

 いや待って、これは大和なりに誤魔化そうとしてるのかも。だとしたら、これは私へのパスだわ。ポンポコで連想出来る事をそれっぽく朝潮に言って煙に巻けって事ね!

 

 「そ、そう!ポンポコって言ったのよ!」

 「いや、ポンポコって何よ。腹太鼓でも叩いたの?」

 「それ!それよ桜子さん!」

 

 ナイスアシストだわ!桜子さんの一言で朝潮を騙す…もとい!さっきのポンコツ呼びを誤魔化す算段がついたわ!

 

 「この前ポンポコを見たのよ!」

 「ポン…ポコ?」

 「そうよ朝潮!ポンポコ知らない!?ジ○リであるのよ。『正化狸合戦ポンポコ』って映画が!」

 「で、でも…満潮さんは私の事を……」

 「違うのよ!あれは語尾なの!私ってあの映画が大好きだからさ、ついつい語尾に『ポンポコ』って着けて話しちゃう事があるのよ!」

 

 苦しい。非常に苦しい。何よ語尾って。

 そんな特殊な語尾をつける奴なんて艦娘でも居ないわ。『かも』とか『でち』とか『ぽい』なら知ってるけど『ポンポコ』はない。もしそんな奴が居たら、目も合わさずにその場を立ち去るわ。

 けど、今はこれで押し通すしかない。青葉でも居たら致命的だったけど、今執務室に居る人間なら誤魔化すために仕方なくそうしたんだとわかってくれるはず!

 

 「満潮さんがそんな語尾を着けるとはとても……」

 「思えないよね!でも部屋じゃポンポコってつけて話してるのよ?ねぇ!?円満さん!」

 「う、うん…そうよ、朝潮……。満潮って部屋じゃ語尾にポン…コポォ!じゃない。『ポンポコ』って着けて話すの……。プッ……」

 

 笑うな!爆笑しそうなのを必死に我慢してくれてるのはありがたいけど笑うな!あんまり笑うようなら、今日の晩御飯は円満さんが嫌いな物ばっかり出してやるんだから!

 

 「本当…ですか?」

 「ほん……!」

 

 クッ……!カレーを両手に持って涙を浮かべた上目遣いの朝潮に嘘をつく事に罪悪感が芽生えて来る。

 でも耐えろ!この程度の罪悪感、姉さん達の訓練で味わった虚無感や絶望感に比べれば屁でもないわ。私なら嘘をつき通せる!

 

 「本当ポンポコ!部屋じゃいつもこんな喋り方ポンポコ!」

 「ブフっ……!」

 

 吹くな!お願いだから吹き出さないで桜子さん!

 円満さんだって、肩をプルプルさせながら必死に耐えてくれてるんだから桜子さんも耐えて!お願いします!

 

 「こ、今度……」

 「え?何?じゃない。何ポンポコ?」

 「今度…一緒に見てくれます…か?ポンポコを……」

 「ええ良いわ!一緒に見ましょう……ポンポコ!」

 

 よし!よし!なんとか誤魔化せた!本当に誤魔化せてるかどうか疑問だけど、なんとかこの場は切り抜けられそうだわ!舌を噛み切りたい衝動を抑えた甲斐があったってもんよ!

 

 「良かったですね朝潮ちゃん。それじゃあ、長居しても迷惑でしょうから、そろそろ行きましょうか」

 「はい!では満潮さん!司令官!行ってまいります!」

 「う…うん……。気を…気を付けてね…クっ……」

 

 そう言って、大和は今にも笑いだしそうな円満さんが朝潮から見えない様に朝潮と円満さんの間にデカイ体を割り込ませ、朝潮が持っていた私の分のカレーを机に置いてドアへと向かって行った。

 思ってたより気が利くのね。しかも察しが良い。大和のパスが無かったら、たぶん朝潮を誤魔化す事は不可能だったわ。

 しばらく円満さんと桜子さんの爆笑を聴きながらカレーを食べなきゃならないのと、一緒にポンポコを見る約束をする羽目になったのは誤算だったけど……。

 

 「この借りは…いつか返すわ……」

 

 朝潮を促して退室しようとしている大和の背に向けて、私はボソっとそう言った。聞こえない程度の声量で言ったつもりだったんだけど、大和にはしっかりと届いてたみたい。

 だって、大和はドアを締めながら唇だけでこう言ったもの。

 「素直じゃないんですね」って。

 








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第十二話 幕間 円満と辰見

一章ラストです。
二章開始はGW明けになる予定です。今度は絶対だ!


 

 

 提督になってわかった事がいくつかある。

 一つは書類仕事の大切さ。

 艦娘だった頃は、毎日毎日山のように積み上がる書類をなんで処理しなきゃいけないんだろうって不思議に思ってたけど、先生の元で秘書艦、提督補佐として書類仕事を熟していく内に、書類一枚の決済が一時間遅れるだけで下の方ではそれ以上の遅れや影響が出ることを思い知った。

 例えば訓練場の使用許可申請。

 この許可が下りない内は艦娘だからと言っても艤装を受け取ることが出来ないし、整備員さん達の整備スケジュールにも影響が出るわ。

 秘書艦だった頃に一度やらかした事があるんだけど、私が申請書類を見落として決済が遅れたせいで、申請を出してた艦隊の訓練開始が2時間遅れ、整備員さん達にも残業をさせる羽目になったわ。

 あの時は、迷惑かけた人達に申し訳なさすぎて泣きそうになったっけ……。

 

 「じゃあ円満姉ぇ、行って来るね」

 「いってらっしゃい朝雲。気をつけてね」

 「わかってるって!ほら、私だってもうベテランじゃない?だから大丈夫!艦娘歴だって円満姉ぇより長くなっちゃったんだから」

 「ベテランだからって慢心しちゃダメよ?何かあったらすぐ連絡すること。良いわね?」

 「りょーかい。ホント、円満姉ぇは心配性なんだから」

 

 二つ目は見送る辛さかな……。

 見送られる立場だった頃は、見送る事しか出来ないって事がこんなに辛いなんて思いもしなかった。

 先生は、いつもこんな想いをしていたのねって思ったわ……。

 だって、自分が出撃する方が気楽だもの。自分が設定した目標に自分が手を下すのなら怪我をしたって、最悪死んだって自分が迂闊だった、下手クソだったで済ませられる。

 けど、今の私にはそれが出来ない。

 私は艦娘に託すことしか出来ない。死んでこいと命令することしか出来ない。私の命令で死地に赴く彼女たちを見送る事しか出来ない。

 それがもどかしくて、歯痒くて、悔しくて、どうしようもなく泣きたくなる時がある。

 

 「円満姉ぇ?」

 「え?ああ、ごめん。少しボーッとしてた」

 「疲れてるんじゃない?ちゃんと休み取ってるの?」

 「ちゃんと休んでるから心配しないで?ああそうだ。これあげるから、帰ったら皆で食べなさい」

 

 私は話を誤魔化すために、机に隠していた間宮羊羹を取り出して朝雲に渡した。手痛い出費だけど、朝雲に余計な心配事を増やすような事はしたくないから仕方ない。

 うぅ…食べたかったなぁ……。

  

 「本物の間宮羊羹じゃん!マジでくれるの!?」

 「ホントにあげる。でも他の駆逐隊の子には内緒ね?それだけしかないから」

 「うん♪もらっといたげる♪」

 

 上機嫌になった朝雲は、懐に羊羹を隠して退室した。

 あんな、如何にも何か隠してますって恰好で大丈夫かしら……。赤城にでも見つかったら服ごと食べられかねないわよ?

 

 「さぁ~て、仕事も終わったし、少し早いけど上がろうかな……」

 

 って言いながら背中を伸ばしてたらコンコンと誰かがドアをノックした。

 こんな夕飯時に誰だろう……。

 

 「どうぞ。入って良いわよ」

 「ヤッホ~円満~!ヘンケン艦長と仲良くやってるぅ~?」

 

 私が許可を出すなり入って来たのはのは、紫のかかった黒のショートヘアと同色の瞳を持ち、左目に黒の眼帯を着けた提督補佐の辰見 天奈(たつみあまな)大佐だった。

 歳は29と若いけど、軽巡洋艦 天龍として長年戦った元艦娘で、士官としては私より先輩になるわ。階級は私の方が上だけどね。ほら、私って提督だから。

 

 「それやめてっていつも言ってるでしょ?」

 「あ、その反応は面白くない。だからやり直し」

 「拒否するわ。で?何か用?」

 

 桜子さんと同じで用もなく来る人だから聞いても仕方ないんだけど、一応は聞いておかないとね。本当に用があるなら追い返すわけにもいかないし。

 

 「大和の感想を聞いてみようと思ったのよ。どうだった?使えそう?」

 「まだ何とも言えないわ。戦う所を見た訳じゃないし。ただ……」

 「ただ?」

 「澪からは『殺意を覚えるレベルで話を聞かない』って聞いてたんだけど、今日話した感じではそんな事なかったわ」

 

 たぶん、話を聞かないと言うよりは話が噛み合ってないって感じだったんだと思う。

 今日の満潮へのフォローを見る限り察しは良いもの。いや、良すぎるのかしら。

 察しが良すぎるから、見聞きした情報を独自解釈、拡大解釈して、結論だけ口に出すんだと思う。だから、相手からしたら話を聞いてないって思われちゃうんじゃないかしら。

 

 「朝潮への反応は?貴女、それを一番気にしてたでしょ?」

 「妙に懐いてる感はあったけど、アイツ(・・・)みたいに執着はしてなかったと思う。大淀に会ったら、また違う反応をするかもしれないけど」

 「長門はあっさり今の朝潮に乗り換えたのにねぇ~。意外と一途だったり?」

 「やめてよ気持ち悪い。あの子、アイツに愛を叫ばれて本気で嫌がってたのよ?長門への当たりがキツかったのだってそれが原因だもの」

 

 去年まで朝潮だった大淀は、大和の艤装の核となった戦艦水鬼、個体識別名『窮奇』に溺愛。いや、偏愛されていた。私も何度か聞いた事があるけど、当事者じゃないにも関わらず鳥肌が立ったわ。

 

 「つまり…窮奇は元帥みたいな奴だったって事?」

 「やめて。確かに元帥も朝潮を愛していたけど、解体されて歳相応に成長したあの子を見て「惚れなおした」とか言ってたのよ?」

 

 ホント、そう言われて照れるあの子が羨ましくてしょうがなかった。

 私には絶対見せない、「好きだ」と体全体で語ってる先生の姿を見て、私は初めてあの子を妬ましいと思ったわ。私には、あんな姿は絶対に見せてくれないもの……。

 

 「貴女も難儀な性格してるわよねぇ……。さっさと告って玉砕しちゃえば楽でしょうに」

 「ヘタレなのよ……。チャンスがあっても告白できないし、抱いてとも言えない……」

 

 私は月に2~3度ほど、桜子さんにセッティングしてもらって先生と呑みに出掛ける。出掛けると言っても、先生の息がかかったお店しか行かないけど、基本的に二人きりだし防音も完璧な部屋で呑むから、もし不祥事が起こってもバレる心配はない。

 それに娘である桜子さんと、奥さんであるあの子の許可も下りてる。

 だから、余裕ぶっこいて不倫の許可を出すあの子へ当て付けるために「抱いて」と何度も言おうと思ったわ。実際、初めて行動を起こした時は半裸で迫ったりもした。その時はまあ…桜子さんのせいで未遂に終わっちゃったけど……。

 

 「今晩…呑む?」

 「いい。私、休みの前の日しか呑まない事にしてるから」

 「そう…聞いて欲しい話があったら言いなさいね?同僚以前に、私は貴女の先輩なんだから」

 「うん…ありがとう……」

 

 辰見さんは、私が満潮以外で本音を話せる数少ない人だ。「ヘンケン艦長と仲良くやってるぅ~?」ってからかって来るのは本当にやめてほしいけど、この人は桜子さんと違って泣くまで私をからかったりしないもの。

 先生との関係も、桜子さんは面白半分でお膳立てしてる感が丸見えだけど、辰見さんは暗にやめろと促してくれるわ。私自身、あんな不倫じみた事は辞めるべきだって思ってるんだけど、どうしても辞める事が出来ない。

 だって好きなんだもの。先生に「好きだ」って言われたいし、私も「好きよ」って言いたい。もっと言うとキスもしたいし、それ以上の関係にもなりたいと思ってるわ。

 けど…呑み友達以上になれない…どうしてもブレーキがかかっちゃう。

 ブレーキがかからない位呑んで迫ってやろうって考えて実行した事もあるんだけど、その時は無茶な飲み方をしたせいで先生の前でリバースしちゃった。しばらく立ち直れなかったなぁ……。満潮にもだいぶ迷惑かけたと思うわ。

 

 「そうだ。叢雲がさ、満潮と演習させろってしつこいのよ。どうにか許可できない?」

 「あの子も懲りないわね……。誰かに見られる恐れがある鎮守府内じゃ、満潮が見せられる(・・・・・)力には制限が有るって言うのに」

 「叢雲なりに確かめたい事があるんでしょうよ?ほら、鎮守府であの子より強い駆逐艦は満潮だけだから」

 

 かつての朝潮に自分がどれだけ近づけたか知りたいんでしょ?それは満潮だって同じはず。

 あの二人が追いかけてるのは、『戦艦殺し』と讃えられたあの子なんだから。もっとも私から見れば、二人とも正化30年時の朝潮をとっくに追い越してる(・・・・・・)んだけどね。

 

 「『十二単(じゅうにひとえ)』…だったっけ?貴女があの状態(・・・・)の満潮に贈った異名は」

 「異名とは少し違うけど……」

 

 満潮は、並みの駆逐艦では使用できない12の特殊技能を習得している。

 桜子さんが創作した『トビウオ』『水切り』『稲妻』の三つに加え、時雨の『波乗り』。先代朝潮が、先生から「脚を独楽みたいに出来るか?」と言われて思い付き、解体前に完成させた『黒独楽』。

 そして、それらを駆使して敵をタコ殴りにする『戦舞台』と、『装甲』や『脚』に回す力場を減らし、浮いた分を『弾』に上乗せしてスペック以上の干渉力場を生み出す『刀』。砲身だけを動かして、見た目の射角と実際の射角を誤認させる『アマノジャク』。

 私達はここまでしか教えるつもりはなかったんだけど、満潮は私達の想像を上回って見せた。

 それを見た時は、私達が課した厳しい訓練から現実逃避してるんだと思ったわ。

 だって、壁に向かってブツブツ独り言言ってたんだもの。澪なんか「どうしよう…満潮が壊れちゃった……」ってガチで凹んでたなぁ。

 でも、私にはそうじゃないとすぐにわかった。恵なんかは「イマジナリーフレンドでも作っちゃったのかしらぁ……」って言ってたけどそうじゃなかったの。

 こんな言い方をしたら危ない人に思われるかもしれないけど、あの子は妖精さんと会話してたのよ。

 それがわかってすぐ、私は満潮に妖精さんと五感を共有する事で全天全周360度の視界と超人的な反応速度を得ることが出来る『艦体指揮』を教え、満潮は見事モノにして見せた。

 

 「士官にすれば、戦場から遠ざける事も出来たでしょうに……。どうしてそうしなかったの?」

 「あの子が拒んだの。「私は円満さん程強くない」って言われたわ」

 「戦闘能力だけなら上なのにねぇ。歳の割に見るとこ見てるじゃない」

 「あの子は馬鹿じゃないもの。いつも助けてもらってるわ……」

 

 『艦体指揮』を習得した満潮はそれで満足せず、さらに上を目指した。

 その頃には澪と恵は解体されて鎮守府を去ってたんだけど、残った私と朝潮は、満潮に乞われるまま訓練を継続したわ。

 そして満潮は、『艦体指揮』発動中と言う条件は付くものの、朝潮が編み出した砲弾だろうと艦載機だろうと関係なく、自分に向かって来るモノを撃ち落とす(・・・・・)『蜂落とし』。更に、訓練にまで乱入して来る長門を撃退する副産物として編み出された『衝角戦術』までも習得した。

 この時点で、満潮は駆逐艦が到達できる最高地点に居たんじゃないかな。

 

 「あら、『姫堕ち』は教えた訳じゃなかったの?」

 「当り前よ。あんな危ないモノ教える訳ないじゃない。って言うか、他と違って教えてできる様な事じゃないもの」

 

 『姫堕ち』とは、かつて荒潮だった恵が編み出した艤装の裏技、精神崩壊まで自分を追い込む事で艤装の核である深海棲艦の力を無理矢理引き出し、艤装に上乗せしてスペックを跳ね上げる『深海化』の進化改良版と言って良い禁忌の技よ。

 『深海化』は通常の精神状態と精神崩壊状態を意図的に行き来する精神衛生なんてガン無視な方法で初めて実現するモノで、使用後は肉体的にも精神的にも疲弊して一週間は動けなくなるくらい危ないモノだった。

 けど満潮は、妖精さんと五感を共有する要領で核にコンタクトし、無理矢理ではなく協力を要請する事で、恵が負っていたデメリットを半分以下にした。

 それだけじゃないわ。

 『深海化』を使った恵が駆逐棲姫並みのスペックだったのに対し、『姫堕ち』使用中の満潮のスペックは駆逐水鬼並みに跳ね上がる。

 そう考えると『姫堕ち』じゃなくて『鬼堕ち』の方が良いんじゃないかと思えるけど、『姫堕ち』使用中の満潮の姿が、深海棲艦と呼ぶにはあまりにも白く、平安時代のお姫様のように雅で美しかったから『姫堕ち』と名付けたの。

 

 「12種の特殊技能を全力使用した満潮の姿を讃えて『十二単』…だったかしら?」

 「うん、見た目も十二単を着てるみたいに見えたからね」

 「元帥のネーミングセンスまで真似しなくていいんじゃない?もうちょっと凝った名前をつけてあげればよかったのに」

 「いいのよ。満潮も気に入ってるんだから」

 「ホントにぃ?」

 「本当よ」

 

 たぶん。メイビー……。

 話を逸らして誤魔化そっと。

 

 「そうだ!大和と演習させてみる?元帥が来る日に」

 「いくら大和型でも、着任したての新米じゃ今の叢雲の相手にならないと思うけど?」

 「むしろそれが望ましいわ。大和を精神的にも肉体的にも追い詰めて欲しいのよ」

 「……円満、何を企んでるの?」

 

 企んでるなんて人聞きが悪いわね。私はただ確かめたい(・・・・・)だけよ。大和の内で、アイツが今も生きているのかを。そして、使いものになるのかどうかを。

 

 「元帥には私から話を通すわ。万が一に備えて、長門を旗艦とした第一艦隊と武蔵旗艦の第二艦隊。更に、横須賀に所属している全航空母艦を第二種戦闘配置で洋上に待機させるわ。最悪の場合は大淀にも出てもらう」

 「棲地でも落とす勢いの戦力ね。窮奇ってそんなにヤバい奴だったの?」

 「言ったでしょ?万が一に備えてだって。確かにヤバい奴ではあったけど、この戦力なら確実に仕留められるわ」

 「ふぅ~ん。愛しの先生に万が一の事があったら嫌だから~。が、本当の理由だと思ったけど?」

 「そんな訳ないでしょ。公私混同はしない主義なの」

 

 嘘です。演習当日は、先生の壁として長門と武蔵を配置するつもりです。辰見さんだって、「思ってたけど?」とは言ったけど確信してるんでしょ?

 

 「OK。叢雲にも伝えとくわ。本気でやらせて良いのよね?」

 「構わないわ。あ、けど『魔槍』の使用は控えさせてよ?アレは流石にマズいから」

 「わかってるわ。使うのは『脚技』だけに留めるように言っとく」

 

 用件は済んだとばかりにそう言って、辰見さんは退室して行った。

 叢雲を餌にしたみたいで少し気分が悪いけど、どうやって大和を追い込もうか悩んでたから丁度良かったわ。

 

 「もし生きてるのなら解体してやりたい……。けど、利用できるようなら利用させてもらうわ」

 

 あとは大和の出方。いや、大和の内に居ると思われる窮奇の出方次第で決まる。

 先生が立案し、私が概要を考えたこの戦争を終わらせるための第一歩。南方方面中枢攻略計画『捷号作戦』の大筋が。

 




次章予告。

大淀です。

円満さんから大和さんの嚮導をしろと言われた満潮ちゃん。
なんだか、私が円満さんに指導された日々を思い出しちゃいますね。
一方、矢矧さんは神風ちゃん達に毒されておかしくなっちゃいます。常識人が居なくなって大丈夫なのでしょうか。
次章、艦隊これくしょん『迷いと葛藤の練習曲(エチュード)
お楽しみに。


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時系列&登場人物紹介


簡単な時系列と、現時点までの登場人物の紹介です。
登場人物は物語の進行に合わせて随時追加していきます。



正化20年。

 深海棲艦及び妖精と人類の初遭遇。ほぼ同時期に制海権の大半を喪失、本土に深海棲艦による空爆と上陸が開始される。

同冬。

 対深海棲艦用装着型海上自由航行兵装。通称「艤装」の開発及び適合実験がスタート。

 艦娘第一号として「駆逐艦神風」が誕生。

正化21年。

 横須賀鎮守府設立及び運営開始。

正化22年。

 佐世保鎮守府主導の元、「シーレーン奪還作戦」が開始。シーレーンの奪還に成功する。

正化25年。

 舞鶴鎮守府への敵艦隊襲撃が発生。各鎮守府からの救援により事態は収束したものの、初代舞鶴鎮守府司令長官が戦死。一時期、横須賀鎮守府司令長官が司令職を兼任。

正化26年。

 呉鎮守府主導の元「グアム島攻略作戦」が行われ、棲地攻略には成功したものの、敵主力艦隊は棲地を放棄し、北上して横須賀鎮守府を強襲。

 横須賀鎮守府司令長官は、初代駆逐艦朝潮を犠牲にしつつも敵艦隊を撤退させる事に成功する。

正化27年。

 ラバウル基地主導の元、数ヶ月に及ぶ迎撃戦「第一次ソロモン海戦」が勃発。

正化29年。

 北方アリューシャン列島の敵棲地攻略。それに伴い、その年の末に米国との初の共同作戦である「ハワイ島攻略作戦」が発令。実行され、敵太平洋艦隊の撃滅に成功。

正化31年。

 5月。天皇陛下の退位、及び皇太子殿下の即位に伴い。年号が正化から平成へと変わる。

平成2年。

 前海軍元帥の退役をもって、横須賀鎮守府司令長官が海軍元帥へと就任する。

 駆逐艦朝潮を被験体として艦種変更実験を実施。

 この実験の成功によって、例外的な条件である『先代適合者と縁があり、かつ先代適合者が望んだ者』と説かれた仮説がほぼ確定となる。

平成3年。

 4月 戦艦大和、横須賀鎮守府に着任。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

登場人物

 

戦艦 大和

 本名は大和 撫子(やまとなでしこ)。正化16年8月8日生まれ。18歳。AB型。

 艦娘になりたい余り、艦娘養成所に不法侵入を繰り返していた問題児。

 見聞きした情報を独自解釈、拡大解釈して結論だけ話すため、他人からすれば脈絡もなく変な事を言い始めると思われており、後述の大城戸 澪からは「殺意を覚えるレベルで話を聞かない」と評される。

 意外と芸達者で、日本舞踊と古武術を高いレベルで修得しており、他人の視線や気配にも敏感に反応する。

 

軽巡洋艦 矢矧

 正化16年10月22日生まれ。18歳。A型。

 不法侵入を繰り返していた頃の大和の相手をさせられていたせいで、大和に友人どころか心友と認識されている。矢矧本人は、大和のことを迷惑な友人程度にしか思っていない。

 

軽巡洋艦 大淀

 正化14年12月16日生まれ。16歳。AB型。

 正化29年3月に二代目朝潮として横須賀鎮守府に着任。後に、艦種変更実験を経て大淀となり、前横須賀提督とともに大本営へと移籍し、ほどなく入籍も果たす。

 自前の身体能力で可能な事なら『見た』だけで他人の技術を修得、再現出来る『猿真似』と呼ばれる特殊な才能を持っているが、その才能の弊害で21時から6時まで脳が強制的にシャットダウンする。

 黙っていれば知的な秘書といった佇まいだが、考えていることが顔に出やすいのは変わっておたず、後述の円満には「あの子の考えを読むのなんて平仮名を読むより簡単」と言われるほどわかりやすい

 しかし、実力は全艦娘最強と言われるほど高い。

 あまりにも強すぎるため随伴出来る艦娘がおらず『一人艦隊』の異名が贈られている。

 

駆逐艦 朝潮

 正化21年9月7日生まれ。12歳。A型。

 平成2年初めに、二代目朝潮が任期を1年残した状態で解体されたため、予定よりも早く三代目朝潮として平成2年中頃に着任となる。

 基本的に真面目な性格をしているが、真面目すぎてモノの考え方が大和と近くなっている。

 後述の満潮曰く「真面目すぎてポンコツ」

 

駆逐艦 満潮

 正化20年11月5日生まれ。13歳。B型。

 正化30年に着任した三代目満潮。

 後述の紫印 円満提督の秘書艦を務めるが、他人と距離を取りたがる性格とキツい物言い、目立った戦果を上げてないことが重なり、事情を知らない他の艦娘から『前八駆の七光り』、『提督の脛齧り』と揶揄される。

 

駆逐艦 神風

 正化18年12月15日生まれ。15歳。O型。

 平成元年に着任した二代目神風。

 着任後しばらくして出会った後述の神藤 桜子を先輩と慕い、その娘の世話をするほど仲が良い。

 横須賀鎮守府最強の駆逐隊。駆逐戦隊カミレンジャーのリーダー。カミレッドでもある。

 

紫印 円満(しいんえま)

 現横須賀鎮守府司令長官。階級は少将。

 正化14年3月15日生まれ。19歳。AB型。

 元二代目『駆逐艦 満潮』で艦娘時代に妖精が見えることが発覚し、前横須賀提督の薦めで士官となり、平成2年に前提督が元帥に昇進するのと入れ代わるいうに横須賀提督に就任した。

 容姿端麗、頭脳明晰を素で行く才媛だが体型、特にバストサイズにコンプレックスを抱えており、ペチャパイ、まな板、幼児体型などの単語には某赤い軽空母並に過剰反応する。

 

大城戸 澪(おおきどみお)

 養成所で教官を務める元三代目『駆逐艦 大潮』。階級は少佐。

 正化13年4月19日生まれ。20歳。O型。

 三代目満潮を指導した事で、それまで「教官にでもなっろっかなぁ」位に思っていた教官職に就くことを決意し、平成元年に解体され教官となる。

 趣味は録り溜めている恋愛ドラマを見ながらの晩酌。

 同世代の朝潮型姉妹では唯一と言って良い男性との交際経験持ち。

 

神藤 桜子(しんどうさくらこ)

 横須賀鎮守府に常駐する特殊部隊『奇兵隊』の二代目総隊長で元初代『駆逐艦 神風』。階級は大佐。一児の母。

 正化8年9月25日生まれ。25歳。O型。

 前述の神風から「鎮守府で起こる騒動の八割は先輩が起こしている」と言われるほどのトラブルメーカー。

 艦娘時代に培った戦闘技術は今尚健在、かつ迷惑度は倍以上。奇兵隊内に組織した近衛部隊『花組』を率いて日夜暴れ回っている。

 

辰見 天奈(たつみあまな)

 横須賀鎮守府司令長官補佐を務める元初代『軽巡洋艦 天龍』。階級は大佐。

 正化4年3月11日生まれ。29歳。A型。

 前述の紫印 円満の部下ではあるが、将校としても元艦娘としても先輩なため常に円満に事を気にかけており、桜子の円満に対する行き過ぎたイジりを嗜める事に義務感を感じている。

 

 

 



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第二章 迷いと葛藤の練習曲《エチュード》
第十三話 ウザいのよ


2章開始はGW明けだと言ったな。あれは嘘だ!(三回目)

と、言う訳で二章開始です。
説明セリフが多いので読むのが面倒かもしれません(´・ω・`)


 

 

 私は円満さんを司令官としても『満潮』の先輩としても尊敬してるし、プライベートでは姉のように接してくれる事に感謝もしてるし慕ってもいる。

 だけど不満もあるわ。

 円満さんって特定の日を除いて朝早く起きれないし、料理が全くできないから朝昼晩の三食を私に任せっきりなの。まあこれは部屋に住まわしてくれてる宿代代わりと思って我慢してるわ。私の着替えを見る度に悔し泣きするのはいい加減勘弁してほしいけど……。

 

 「聞いてない」

 「あの…すみません……」

 

 それ以上に我慢ならないのは、伝えるべき事を言った気になって言い忘れる悪癖ね。

 昨日、今私の目の前でデカい図体を縮こまらせてる戦艦 大和の嚮導役を引き受けて、取り合えず『脚』の使い方を教えようと艤装を装着させて浜まで来て「じゃあ『脚』の使い方から教えるわね」と言ったら「『脚』って何ですか?」と言う始末。

 よくよく聞いてみたら、艦娘が養成所で習う基本的な知識がまるでない。もっと突っ込んで聞いてみたら、大和は元々不法侵入者で正規の手順で艦娘になったんじゃないと来た。

 浮けないとは聞いてたけど、基礎知識まで無いとは聞かされてないわよ!

 

 「本っ当ぉぉぉぉに!何も知らないのね?」

 「はい…本当に何も知りません……」

 

 はぁ……。どうしようこれ……。

 私だって養成所で習った内容を全て暗記してる訳じゃないのよ?まあ、詳細を覚えてないだけで大雑把には覚えてるんだけど。

 

 「予定を変更するしかないか……。しょうがない、説明してあげるから良く聞きなさい」

 「は、はい!よろしくお願いします満潮教官!」

 

 ふむ…教官と呼ばれるのは悪い気はしないわね。大和が背中に背負ってる艤装にアイツの核が使われてなければ素直に喜べるのに……。

 

 「まずは『艤装』について説明するわね」

 

 正式名称はたしか『対深海凄艦用装着型海上自由航行兵装』。

 アホみたいに長い名前ね。暇人がそれっぽい単語をそれっぽく並べたような感じさえするわ。

 通称『艤装』と呼ばれているこれは、大きく『機関』『兵装』『主機』の三つに分けられる。

 この内、背中に背負う『機関』と呼ばれる部分が『艤装』のメインユニット。本体と言ってもいいかな。ここから『兵装』と『主機』に力場と呼ばれているエネルギーの様な物が供給されるわ。

 艦種によって違うけど、私の場合を例にすると背中に背負ったランドセルの様な物が『機関』。

 今日は『機関』しか背負って来てないけど、普段は両手に持ってる連装砲と両腿に着けてる魚雷発射管が『兵装』ね。他にも機銃とか色々あるんだけど今回は割愛するわ。

 この『兵装』は艦娘が使った場合。

 もっと言うと『機関』から力場を供給して使った場合は名称通り(・・・・)の威力を発揮する。

 例えば、私が普段使ってる『12.7cm連装砲C型改二』の見た目は名前負けと言って良いほど小さい。だって、華奢な私が片手で持てる程度の大きさだもの。

 だけど、さっき言ったように『機関』から力場を供給して使用した場合は名称通りの威力になる。

 深海棲艦が何十倍、何百倍も大きい艦船を沈める事ができるのも同じ理由よ。見た目は玩具みたいでも威力は軍艦並ってわけ。 

 そして足に履いてる靴のような物が『主機』。朝潮型の『主機』は靴みたいな外見だけど、実艦を模した形など艦種、艦型によって様々な形があるわ。

 

 「繋がってるように見えないですけど、全部を合わせて『艤装』なんですか?」

 「そうよ。確かに見た目は繋がってないけど、()を通してちゃんと繋がってるの。アンタの場合は『機関』と『兵装』が一つになってるタイプだけど基本は同じよ。じゃあ次は『力場』について説明するわね」

 

 艦娘と通常兵器の最大の違い。それは力場を扱えるかどうか。

 『機関』のところでも少し説明したけど、艦娘は力場を『兵装』や『主機』に通す事でモデルとなった実艦とほぼ同じ事が出来るようになる。

 この力場には『弾』『装甲』『脚』の三種類あって、『弾』は兵装を名称通りの性能にし、『装甲』に干渉して中和、無効化する干渉力場でもある。

 この『弾』は艦種によって異なるけど距離に応じて減衰して行き、有効射程外になると相手の『装甲』に干渉する力をほぼ失ってしまう。

 駆逐艦は夜戦で力を発揮すると言われるのはこれが理由よ。

 いや、夜戦で力を発揮すると言うよりは、敵に接近しやすい(・・・・)夜戦でなら、射程も短く火力も低い駆逐艦でも敵の『装甲』を貫けると言った方が正しいわね。夜になったからって性能が飛躍的に上がる訳じゃないの。

 

 次に『装甲』。

 これは読んで字の如くね。艦娘や深海棲艦が攻撃から身を守るために、艤装を装着してる間は常時展開している半球状のバリアの事よ。

 この『装甲』は陸に上がると半減どころか、駆逐艦だと軽自動車とどっこいくらいの強度にまで減衰するけど、それでも『弾』を纏わせてない攻撃をほぼ無効化する性質を持っている。ほぼ(・・)と言ったのは、通常兵器でも一点に火力を集中すれば破れる事があるからよ。

 実際、艦娘が実戦配備される前は、陸軍の人達がこの方法で上陸しようとする深海棲艦を水際で食い止めていたらしいわ。

 そして『装甲』は、先に説明した『弾』の干渉を受けるとその出力に応じて減衰する。

 当たる角度や『装甲』の張り方によって変わるんだけど、そういうのを考えず単純に、例えば火力値50の艦娘が撃った『弾』が装甲値100の『装甲』に当たった場合、撃たれた相手の『装甲』は50削られるって感じね。

 もちろん『装甲』を抜かれてないから、贔屓目に言って着弾の衝撃くらいのダメージしかないわ。所謂カスダメってやつよ。

 だけど、相手との距離が近ければ近いほどダメージは数字以上になる。それは干渉力の減衰が少なくなるからよ。

 拳銃でも近づけば近づくほど威力の減衰が少なくなって、相対的に威力が上がるでしょ?それと同じ。

 例え火力値が50でも、極端に言うとゼロ距離なら装甲値が100の装甲でも貫けるの。

 だから駆逐艦は接近したがるのよ。

 非力な駆逐艦でも、接近すれば戦艦の『装甲』だって貫けるんだから。

 

 「その火力値とか装甲値とかはどうやって確認するんですか?」

 「自分の?それとも敵の?」

 「え~と…自分の?」

 「なんで疑問形なのよ……。まあいいわ。工廠に行けば整備員さんが教えてくれるし、今私が持ってるタブレットでも確認できるわ。え~と、アンタの火力は……。うわ、何この頭悪そうな火力…96?いや、これ基本火力か。ちゃんと主砲を装備したらもっと上がるって事?」

 「え?主砲ならついてますけど……」

 「見た目はね。だけどそれ、『兵装ユニット』は装備されてない状態なのよ」

 「兵装ユニット?」

 

 あ~……。説明しないとダメかぁ……。脱線しちゃうけど仕方ないわね。

 『兵装ユニット』とは、簡単に言うと砲とか魚雷などの性能を向上させる強化パーツの事よ。

 私の場合で例えるわね。

 私は普段、連装砲を二門と魚雷発射管を二基装着してるんだけど、見た目通りの装備をしてる訳じゃないの。

 場合によって装備は変えるけど、よくやるのは『12.7cm連装砲C型改二』を二つと電探かな。見た目上は魚雷を装備してるように見えるけどユニット的には装備してないってわけ。

 あ、誤解しないでね?あくまで魚雷のユニットを装備してないだけ。艤装として装着している魚雷発射管からはちゃんと魚雷を発射できるし、素のステータス相当の威力もあるわ。

 全部は言わないけど、私の素のステータスは火力68雷装89。これに『12.7cm連装砲C型改二』のユニットを二つ装備すると火力は74になる。

 この数字が、『装甲』の説明で触れた『弾』の干渉力とイコールになるの。

 夜戦になると、接近して砲も魚雷も撃ちまくるから合計して142ね。駆逐艦や軽巡、それに重巡はこれを夜戦火力って呼んでるわ。

 まあ、夜戦だからって全弾命中とは中々いかないから、火力分だけどか雷装分だけの干渉力しか出ない事の方が多いんだけどね。

 逆に、撃った砲撃や魚雷が当たりまくれば数字も威力も相応に上がるわ。

 

 「なるほど。つまり私の場合だと、ちゃんと装備を整えれば装甲値が100の敵でも容易に貫けると言う事ですね?」

 「当たればね。当たらなきゃ、アンタのバ火力でも意味ないわ。至近弾でもそれなりに削れそうだけど、大抵の場合はカスダメでしょうよ?」

 

 更に補足すると増設、もしくは換装しなければならないタイプの兵装ユニットもある。

 例えば機銃や、連装砲から三連装砲などに換装する場合ね。

 それに、装備出来る数にも限界がある。例外もあるし大規模改装を受けてるか受けてないかでも変わるんだけど、大規模改装を受けてる前提で言うと軽巡以下は三つ。それ以上は四つね。

 

 「大規模改装って何ですか?」

 「ある一定の練度を超えたら可能になるリミッター解除の事よ」

 

 勿論、これも艦種によって解除が可能になる練度は違うんだけど、大半の艦娘は練度20で一度目の大規模改装を受けることが出来るわ。

 一度目と言ったのは、当然二度目三度目があるから。

 三度目以上の改装が受けられるのは稀だから今日は割愛するけど、今から説明する二度目の改装、通称『改二改装』も全ての艦種、艦型が受けれるわけじゃない。

 例えば私と同じ朝潮型で説明すると、1番艦から4番艦、飛んで9番艦と10番艦は受けることが出来るけど、5~8番艦は受けることが出来ないの。

 

 「どうしてですか?」

 「改二改装が可能になるかどうかは妖精さんが決めるからよ」

 

 私達はこれを『妖精の気まぐれ』と呼んでいる。

 だって気まぐれって言って良いほど突然決まるんだもん。

 私の改二改装だって、円満さんが『満潮』を辞めた途端に可能になったし、呉に居る9番艦の霰さんの改二改装なんてつい最近可能になったわ。

 他にも、今まで造れなかった艤装や装備が急に造れたたり、ステータスが上方修正されたりするのも『気まぐれ』に含まれる。

 各鎮守府の提督が直接妖精さんから聞かされたり、妖精さんから話を聞いた大本営の広報係が、海軍専用のツイッター的な物で教えてくれたりするわ。

 

 「へぇ、妖精さんって本当に居るんですね」

 「何よ。その疑いの眼差しは、別に私の頭がおかしくなったわけじゃないわよ?本当の本当に、妖精さんは居るんだから」

 

 余談だけど、この妖精さんが見える事が提督になれる最低条件になっている。

 艦娘でも艦載機が扱える艦種は『パイロット妖精さん』を見ることが出来るし指示も出来るんだけど、その他の妖精さん、艤装に宿る妖精さんや工廠で働く妖精さんを見ることは出来ないの。

 

 「艤装にも妖精さんが居るんですか?」

 「そうよ。大半の人は見ることも指示する事も出来ないけどね」

 

 ついでに説明しとくと、官民問わず妖精さんが見える人の進路は大きく二つに分けられるわ。

 一つは軍属として提督、もしくは提督補佐。艦隊指揮に向かない人は工廠の整備員。声まで聞こえる人はだいたい提督か提督補佐になってるわね。勿論、艦娘にもそういう人は居る。

 円満さんが良い例かな。

 円満さんは艦娘時代に妖精さんが見えるようになり、前横須賀提督に乞われて提督になったわ。

 別に、妖精さんが見えるからって艦娘を辞めなきゃいけないって規則はないけどね。

 二つ目は、それまでと同じ生活を継続していく。

 これは軍人でも民間人でも同じよ。まあ、軍人の場合はお給料も階級も跳ね上がるから断る人は稀だけど。

 

 「満潮教官は見えないんですか?」

 「それは今関係ないでしょ。そろそろ今日の本題の『脚』を説明するわよ」

 

 ぶっちゃけて言えば見えるし声も聞こえる。

 別に秘密にする必要はないんだけど、教える必要もないから教えてあげない。

 

 「艦娘はどうやって海面に立ってると思う?」

 「どうやって…ですか?そうですね……。足の裏に浮力を発生させてる…とかですか?」

 「うん。だいたい合ってる」

 

 正確には、海面下に浮力を生じさせる足場のような物を力場で形成しているの。

 この足場的な物が『脚』。船首喫水やら船尾喫水など部位によって名称が分かれてるけど、まとめて『脚』と呼ぶのが一般的ね。

 例によって『脚』の大きさ、形は艦種や艦型によって違いがある。

 大雑把な数字だけど、私の場合は私を中心として縦1m横幅50cm。深さは40cm無い位よ。

 

 「なるほど、それに乗って海面を移動する訳ですか」

 「乗ってるのとは少し違う気がするけど…まあ、だいたいそんな感じね」

 

 主機から発生させてるからジャンプなんて出来ないし、片足で立つなんて事も基本的に出来ない。『脚』の面積内で足の位置を変える位は出来るけどね。

 だって足の裏にくっついた縦1m横幅50cmの力場が沈んでる状態だもの。

 不可視の力場とは言え、浮力を発生させてると言う事は物理的な影響を受けてるんだから当然ね。

 水に足を沈めた状態じゃまともにジャンプできないでしょ?あれと似たような物よ。

 

 「先ほど、深さが40cm位と仰いましたよね?もしかして、それが魚雷の当たり判定になるのですか?」

 「正解。話が早くて助かるわ」

 

 先に言ったけど、『脚』は艦種や艦型によって大きさと形が異なる。まあ、形は似たような物ではあるけどね。ほら、船を上から見た時の形って似たり寄ったりでしょ?

 だけど、大きさはそうは行かない。

 実艦を思い浮かべてみてくれると解りやすいかな?例えば、駆逐艦と戦艦とじゃ大きさが全然違うでしょ?これは艦娘にも当て嵌まるの。胸の大きさが?とか思った人は心が汚れてるから猛省しなさい。

 長門さんが確か…縦2mで横幅は70cm、深さは90cm位だったかしら。

 実艦の大和は長門型戦艦より大きかったらしいから、当然艦娘の大和の『脚』も長門さんより大きいはずよ。

 

 「思ってたより動きにくそうですね……。もっとこう…アイススケートのような感じだと思ってました」

 「そんな動きは駆逐艦でも無理よ。旋回半径がついて回るからね」

 

 この旋回半径のせいで、艦娘は人型の割に下半身の動きに融通が利かない。駆逐艦でだいたい1m位。戦艦になると4~5mは軽く必要だわ。

 この旋回半径を0、もしくは0に近くしようとした人が過去に居て、その人が創作した『脚技』と総称される技術はあるんだけど……。

 『脚』の形成に5~6秒かかる戦艦に説明しても無意味だから黙っとこう。

 

 「何か隠してません?」

 「何も隠してないわ。それより、早速実地に入るわよ」

 「いきなりですか!?まだ使い方の説明を受けていませんよ!?」

 「わかってるわよ。それは今から教えるわ」

 

 と言っても、使い方を理論立てて説明するのって難しいのよねぇ……。

 一応は海軍がそれっぽく仕立て上げた(・・・・・・)説明を私なりにアレンジして大和に言って聞かせたけど、使い方に関しては個々人の感覚に頼るしかない。

 特に、全ての砲が『機関』と一繋ぎになってる大和みたいなタイプの艤装は、恐らくだけど砲撃すらイメージに頼る事になるわ。だって引き金なんてないもの。

 『脚』だって同じ。

 使う個人が、使う事を思い浮かべなけりゃ形成すらできないわ。さて、これをどうやって説明するか……。

 

 「そうね…まずは目を瞑りなさい」

 「目をですか?」

 「そう。瞑ったら、ゆっくりで良いから背中の『機関』に意識を集中してみて。そうすると、光る丸い球みたいな物が見えるはずよ」

 

 稀に、そんな事をしなくてもいきなり『脚』を形成したりできる子が居るけど、大和の場合は難しいかもしれない。だけど、大和は頭が悪い訳じゃない。今まで私がしてきた説明も、彼女なりに理解してるはず……。理解してるよね?もう一度同じ説明なんてしたくないから理解しててよ?

 

 「見えた?」

 「はい……。紅い…紅い球が見えます……。凄く綺麗な…血のように紅い球が……」

 「それが艤装の核と呼ばれている物。艦娘が扱う力場の発生源よ。そこから…そうね……。主機にホースを繋げるイメージをしてみて、それができたら……」

 

 あれ?この感じ……。背中がゾワゾワする。

 ここまで強く感じるのは初めてだけど、この感じには覚えがある。殺気だ。深海棲艦共が問答無用で浴びせて来る殺気、それを何倍、いえ何十倍も濃くした感じだわ!

 

 「アンタ…何を!」

 「え?何か間違ってましたか?」

 

 私が大和に声をかけた途端、さっきまで私を包み込んでいた殺気が霧散した。今のは何?いや、殺気だというのはわかってる。問題は誰があれ程の殺気を発したかよ。

 強すぎて距離は曖昧だけど、方向的には間違いなく大和。だけど、当の大和はキョトンとして私を見ている。もしかして、艤装に使われているアイツが殺気を飛ばして来たの?艤装に意識を集中させたから表に出て来た?

 

 「あ!満潮教官!何か感じます!足の裏に何かあります!」

 「そ、そう……。だったらそのまま海に出てみなさい」

 

 海に向かって歩く大和に敵意は感じない。

 兵装もちゃんと持って来るべきだったわね。まさか、あんな簡単に暴走の兆しを見せるなんて思ってもみなかった。私としたことが慢心してたわ……。

 

 「やった!やりましたよ教官!ちゃんと浮けました!」

 「浮けただけではしゃがない。今度は前に進むイメージをしてみなさい」

 

 パッと見た感じ、『脚』の形はほぼまん丸。とても船とは呼べないわ。

 まあ、航行訓練を続ける内に自然と船の形になっていくはずだけど。

 

 「進めました!」

 「だったらそのまま前進して。500mほど先にブイが浮いてるから、そこまで行ったらまた戻って来なさい」

 「はい!」

 

 人の気も知らずに呑気にはしゃいじゃって……。

 よくよく考えたら、暴走した場合は私を教官と呼んでくれる彼女を殺さなきゃいけないのよね……。

 いやいや、簡単に考え過ぎよ。彼女を殺さず、艤装だけ破壊する事だって私なら出来る。そうすれば、たぶん彼女の命は助かるわ。

 

 「教官なんて呼ばせるんじゃなかったな……」

 

 たった数時間で、私の仇敵を背負って遠ざかって行く大和に情が湧いてしまった。昨日は暴走する事を願ったけど、今は暴走しないでとも思ってるわ。

 ホント…ころころと考えを帰るなんて情けないったらないわね。

 

 「…ったく。ウザいのよ」

 

 私は、誰にともなくそう呟いた。

 友の仇を討ちたい衝動と、初めての教え子の身を案じる想いの葛藤に嫌気をさしながら。



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第十四話 水雷戦隊!カミレンジャー!

 

 

 異名持ち(ネームド)

 特徴的な戦い方や、輝かしい戦果を上げた艦娘に周囲から異名、称号を贈られた艦娘の総称。

 ネームドだからと言って特別な権限が与えられる訳ではないが、艦娘、特に駆逐艦の間ではネームドと言うだけで羨望の的であった。

 例を挙げるなら『呉の死神 雪風』。『波乗り 時雨』などが挙げられる。

 

 ~艦娘型録~

 用語解説より抜粋。

 

ーーーーーーーーー

 

 「し…死ぬ……」

 「死ぬとか言えてる内はまだ死にません。もう20往復して来てください」

 

 神風ちゃんに師事し、提督へ着任の挨拶をしに行くのを夕方まで忘れてた事で軽く怒られてから早一週間。私は海にも出してもらえずに、砂浜をクラウチングスタートだけで走る訓練をひたすら続けていた。ちなみに、片道100m。

 

 「ほ、本当にこの訓練が…はぁ……必要なの?」

 「当然です。『脚技』は力場操作が一番の要ですが、肉体操作が疎かでは恩恵が半分以下になります」

 

 何度言ったかわからなくなるほど言った質問を、言われた通り20往復し終わってから飽きもせずぶつけてみた。

 神風ちゃんが言うには、『脚技』は力場、もっと言うと『脚』の操作と踏切りの動作のタイミングを合わせる事で爆発的な加速を得る事が出来るモノらしい。

 今やってる訓練を始める前に『トビウオ』と呼ばれる『脚技』を見せてもらったんだけど、それを使った神風ちゃんは、瞬間移動と見紛うばかりの速度で10mくらいの距離を移動して見せたわ。

 間近で見てもどうやってるのかさっぱりわからなかったけど、大城戸教官が使う所を見てなかったら、艦娘にあんな芸当が出来るだなんて考えもしなかったでしょうね。

 

 「今日はこれくらいにしましょう。明日からは『脚』の操作法を教えます」

 「や…やっと海に出れるのね……」

 

 時間は16:00(ヒトロクマルマル)くらいかしら。上がるには少し早いけど、体力的に限界だからありがたいわ……。

 

 「大和も頑張ってるみたいね……。今日は砲撃訓練か」

 「この週末に元帥さんがいらっしゃるみたいなので、それに向けて訓練中だそうです」

 「元帥閣下が?大和を見に?」

 「はい。だから、元帥さんが来る日は訓練はお休みです」

 

 大和を見に…ねぇ……。たしかに『戦艦 大和』は海軍が望みに望んだ艦娘。元帥閣下が視察にいらっしゃるのも納得できるわ。

 けど…その大和は人の話をまともに聞かず、脈絡もなく変な事を言い出す問題児。閣下を怒らせたりしないか心配だわ。

 

 「そういえば、長門さんと一緒に大和の嚮導をしてる子ってどんな子なの?たしか駆逐艦よね?」

 「満潮さんの事ですか?たしかに駆逐艦ですけど……。何か問題がありますか?」

 「いや、問題はないの。ただ、どんな子なのかなぁと思って」

 

 私だって駆逐艦である神風ちゃんに師事してるんだし、大和が駆逐艦に嚮導されてるからって文句はないわ。

 けど、その満潮ちゃんの良い噂を聞いた事がないのよ。だから少し心配なの。悪い噂ならたくさん聞いちゃったから……。

 

 「普段は円満さんの秘書艦をしてる優秀な駆逐艦ですよ?たぶんですけど、横須賀で一番強い駆逐艦だと思います」

 「そんなに凄い子なの!?」

 

 横須賀で一番強い駆逐艦がどれ程のモノかは想像がつかないけど、私より遥かに強いはずの神風ちゃんがそう言うだから相当強いんでしょうね。

 

 「ええ……。ただ、ほとんどの人は彼女の実力を知りません。私自身、満潮さんがどのくらい強いのか想像すらつきませんから」

 「それなのに…一番強いと?」

 「はい。彼女は目立った戦果を上げていませんけど、桜子先輩曰く「一対一なら、昼戦でも姫級の戦艦と渡り合える」らしいです」

 「それ…冗談よね?」

 「冗談ならもうちょっと面白い事を言います」

 

 姫級の戦艦と互角?駆逐艦が?しかも昼戦で!?とてもじゃないけど信じられない……。

 たしかに駆逐艦や軽巡、重巡が標準装備してる魚雷は強力だけど、兵器としての命中率はお世辞にも高いとは言えない。確実に当てるには相応に接近しなきゃ無理だわ。

 例を上げるなら夜闇に紛れて。

 重巡以下の艦種が夜戦に強いと言われているのはこれが理由でもあるんだもの。逆に言えば、夜戦以外では持てる火力を十全に発揮できないって事だけど……。

 

 「じゃあ…満潮ちゃんは異名持ち(ネームド)なの?」

 

 強い弱いが関係ない場合もあるけど、特徴的な戦い方やキャラが濃い艦娘に送られる異名をそれだけ強い駆逐艦に贈られてない訳がない。いくら目立った戦果を上げていないと言っても、ネームドじゃないなんて逆に不自然だわ。

 

 「たしかに異名はありますが…彼女の場合は蔑称ですね。『前八駆の七光り』とか『提督の脛齧り』とか言われてます」

 「そ、そっち?いくら目立った戦果が無いからって酷いわね……。彼女は反論しないの?」

 「少なくとも、私は反論してる所を見た事がありません。相手にしてないんじゃないかしら」

 

 相手にしてない…か。本当にそうなのかしら。私だったら、そんな陰口を叩かれてると知ったら凹んじゃうと思うわ。メンタルが弱い自信はあるから。

 って、メンタルが弱い自慢してどうするのよ!満潮ちゃんが本当はどう想ってるのかなんて私にはわからないけど、そういう図太い面は見習うべきかもしれないわね。

 

 「あっ!ネームドと言えば、軽巡でネームドの人が元帥さんと一緒に来るはずですよ。いつもなら毎週末に来るんですけど……。元帥さんのスケジュール調整で来れなかったのかな?」

 「ちなみに、なんて人?」

 

 軽巡のネームドか。私が知ってる限りで言うと、佐世保の『夜戦忍者』、呉の『鬼の神通』、横須賀だと『艦隊のアイドル』かな。全員川内型だったと思う。それ以外で有名なネームドと言うと……。あ、あれだ。

 あまりの強さから随伴できる艦娘が居らず、艦隊を組むより一人の方が強いとまで言われる大本営付きの軽巡洋艦。名前はたしか……。

 

 「大淀さんです。『一人艦隊』なんて呼ばれていますね」

 「そう!その人!空母機動部隊を一人で殲滅したって噂を聞いた事があるけど本当なの?」

 「さあ……。あの人でも流石にそれは無理だと思いますけど……。でも、やりそうだなぁ……」

 

 噂がどこまで本当か知らないけど、私が聞いた噂はこうよ。

 その大淀さんは、元帥閣下が激励のために泊地を巡っていた時に襲って来た正規空母6隻を含む空母機動部隊12隻をたった一人で迎撃し、一隻残らず海の底へ沈めたんだって。

 当然、泊地の艦娘も一緒に迎撃に出たらしいんだけど、大淀さんは一言「泊地に爆弾が落ちないようにだけしてください」と言って、泊地の艦娘達を置いて行った。

 けど、泊地には爆弾はおろか艦載機すら来なかったそうよ。

 大淀さんは敵艦隊だけでなく、正規空母6隻分の艦載機も根こそぎ撃ち落としたらしいわ。

 

 「うわぁ……。駆逐艦だった頃よりチートっぷりが上がってるわね……」

 「え?大淀さんは駆逐艦だったの?」

 「はい。現状唯一の『艦種変更』成功者です」

 

 『艦種変更』…確か去年に行われた実験で可能な事が確認されたんだっけ。別の事が目的だったって噂もあるわね。

 改装の果てに艦種が変わる艦型はいくつかあるけど、ここで言う艦種変更は全くの別物。

 例えば、水上機母艦 千歳や千代田は改装を続けると軽空母になれるけど艦型は変わらない。

 だけど、大淀さんの場合は違う。艦型を無視した艦種変更よ。艤装を乗り換えると言った方がわかりやすいかしら。

 例えば、神風型の神風ちゃんが阿賀野型である矢矧の艤装と適合する事は出来ない。両方の適性を持っていたら話は別だけど、それは非常に稀な事らしいわ。

 

 「その様子だと、神風ちゃんは会ったことがあるみたいね」

 「ええ、ここに所属してた頃にも面識はありましたし、先輩の継母に当たる人ですからいらっしゃる度にお話します」

 「あの人の継母って事は……」

 「はい。大淀さんは元帥秘書艦でもあり、元帥夫人でもあるんです」

 

 へぇ……。艦娘の恋愛や結婚が禁止されてないのは知ってたけど、本当に結婚(ガチ)してる人が居たんだ……。しかも相手は元帥閣下。玉の輿にも程があるわ。

 

 「どんな人なの?大淀さんって」

 「ん~……。変な人…かな?」

 「変なの?」

 「変です。目障りとか言いながら伊達メガネを頑なに掛け続けてますし、16歳かそこらなのに、桜ちゃんに「ばぁば」と呼ばれてデレデレになります。それだけじゃありません。あの人、考えてる事がすぐ顔に出るんです」

 「か、顔に?え?どういう事?」

 

 私が噂で聞いてる大淀さんの人物像は冷静沈着で思慮深く、元帥閣下に忠誠を誓っている参謀の様な頭脳キャラなんだけど……。あ、あれ?聞き間違えたのかしら……。

 

 「あの人って頭脳キャラとは真逆ですよ?性格は真面目なんですけど、短絡思考っぷりなら桜子先輩にも負けません。「避けれないなら撃ち落とせばいいじゃない」や「砲撃や魚雷が利かないなら拳で殴る」を素で実行するような人です」

 「嘘……。密かに目標にしてたのに……」

 

 私の中の大淀さんは凛々しく、率いる艦娘に的確な指示を飛ばし、戦場に居るだけで戦意を高揚させる、ジャンヌダルクと諸葛孔明を合わせたような人だったのに……。

 

 「強すぎるのもありますが、脳筋っぷりが激しくて誰もついて行けません。戦士としては超一流なんでしょうけど、指揮艦としては素人以下だと思いますよ?」

 

 やめて!それ以上、私の中の大淀さんのイメージを崩さないで!憧れてたのに!軽巡の先輩として憧れを抱いてたのにぃぃぃぃ!

 

 「それに、先ほども言いましたが考えがすぐ顔に出ます。円満さんなんか「あの子の考えを読むのなんて平仮名を読むより簡単」って言ってました」

 「頭脳派どこから来たの!?そんなんでよく「軽巡大淀は頭脳派」なんて噂が立ったわね!」

 「先代の大淀さんとごっちゃになってるんじゃないですか?今の大淀さんは兎も角、先代の大淀さんは文字通りの頭脳派だったそうですから」

 

 な、なるほど。

 先代と今代の噂がごちゃ混ぜになった結果、頭脳派かつ戦闘力も化け物レベルと言う噂が出来上がったのね。何処からが尾ヒレで、何処までが胸ビレかわかんないけど……。

 

 「お~い!神風姉ぇ~!」

 「あら、なんかチカチカ眩しいと思ってたら朝風達が哨戒から戻って来たのね」

 

 神風ちゃんの視線に釣られて海を見ると、朝風ちゃんの額に反射したピカッという擬音が聞こえそうな光で軽く目をやられてしまった。

 ワックスでも塗ってるんじゃないかってくらい光を反射してるわね。探照灯の代わりになったりしないかしら。

 

 「お疲れ様。その様子だと、戦闘はなかったみたいね」

 「あっても楽勝だけどね。春風なんか退屈過ぎて寝てたのよ?」

 「嘘はいけません朝風さん。寝てたのは旗風さんです」

 「いえいえ、寝てたのは松姉さんです。哨戒中に寝るなど言語道断」

 「いや、寝てたじゃないか。僕が曳航してたんだから間違い……」

 「松姉さん?呆けるのはまだ早いですよ?それとも、白昼夢でも見ましたか?」

 「いやいや、寝て……」

 「ません。どうやら松姉さんはお疲れのようですね。永眠しますか?」

 「僕が寝てた!旗風は断じて寝てないよ!」

 

 あ、はい。寝てたのは松風ちゃんね。そういう事にしておいてあげる。理不尽な気はするけどそういう事にしとくわ。旗風ちゃんの笑顔が怖いから。

 

 「まあ、寝てた松風には後でお仕置きするとして、例のアレやっとく?朝風」

 「そうね。最近まともな戦闘がないせいでやってないし」

 「矢矧さんもいらしゃいますし丁度良いですね」

 

 嫌な予感しかしない……。

 なんか私の前に集まって来てるし、春風ちゃんが言った私がいる云々も気になる。神風ちゃんが言った例のアレとはいったい……。いや、五人の配置を見たらなんとなくわかって来た。

 神風ちゃんを中心にして、右翼に朝風ちゃんと春風ちゃん。左翼に松風ちゃんと旗風ちゃんと言う順番に並んで私に背を向けている。

 今から始まるのはおそらく前口上。いえ、名乗り口上だわ。

 この子達、私にカミレンジャーの名乗り口上を披露するどころか、私まで巻き込む気なんじゃない!?

 

 「魚雷に平和の祈りを乗せて!」

 

 春風ちゃんが番傘を開き、肩に掛けながら一歩踏み出し、そう言った。

 どうやって乗せるのか。とツッコんだら負けな気がする。あと、急に番傘を後ろに向けるから「うおっ!」ってなっちゃった。ごめんなさい。睨まないで。

 

 「灯せ正義の探照灯!」

 

 それに続くは朝風ちゃん。

 右手の人差し指と中指をピッ!と立てて敬礼のように額に当ててるわ。貴女に探照灯は必要ないんじゃない?と言いたいけど怒られそうだから黙ってよう。

 

 「例えこの身が朽ち果てようと!」

 

 朝風ちゃんに旗風ちゃんが続いた。

 凛々しい表情だと勇ましいわねこの子。演劇とかで近藤勇役をやらせたら似合いそうとか思ったけど、怒られそうだからやっぱり黙ってよう。

 

 「守ってみせるさ輝く未来を!」

 

 まるでステージに立つマジシャンのような仕草で松風ちゃんがそう言った。

 この子の帽子、動き回ってもズレる気配がないけどどうなってるんだろう?吸盤とかでくっついてるのかしら。

 っと、それは今どうでも良いわね。

 順番的に次は神風ちゃんだけど、神風ちゃんは腕組みしたまま微動だにしない。

 あれ?神風ちゃん以外の四人がチラチラと私を見てる。なによその、「次は矢矧さんですよ」とか「ちゃんと考えてた?」とか言いたそうな視線は。やっぱり私も巻き込む気だったのね!

 

 「ふぅ……」

 

 覚悟を決めるしかない。

 恐らく、最後の名乗りは神風ちゃんの役と決まってるんでしょう。まあ、名乗りと言えばリーダーである赤の役目だもんね。たぶん。

 でも、しまったなぁ……。何も考えてない。

 勢いに任せて思いついたセリフを言うか……。でも、丁度交代の時間なのか、哨戒から帰って来た子と今から哨戒に行く子達の視線が集まって来てる。何よこの罰ゲーム。私が何か悪い事した?

 いや、ここまで来たらもうやるしかない。なんかギャラリーの数も増えてるし「何が始まるんだろう」って声まで聞こえて来てる。

 ええいいわ。やってやろうじゃない!こうやったらヤケクソよ!

 

 「五省に反せず一致し努力する!我らが抱くは水雷魂!臆さぬならばかかって来なさい!」

 

 なんとかそれっぽい事を言う事に成功した私に満足したのか、神風ちゃんはニヤリと笑って一歩踏み出した。

 たぶん、絞めのセリフを言うつもりなんだわ。

 

 「全艦抜錨!合戦用意!我ら水雷戦隊!」

 

 あ、なんとなくわかる。ポーズを決めて「カミレンジャー!」って叫べばいいんでしょ?そうよね?

 だって五人とも、決めポーズを取るために各々が溜めてるもの。何をとまでは説明しづらいけど溜めてるもの!

 私はどうしよう。決めポーズ何てそうそう思いつくものじゃないし……。あ、そう言えばこの子達と初めて会った日に話し合ってたわね……。たしか、私は神風ちゃんの後ろで……。

 そう!グ〇コのポーズだ!

 

 「「「「「カミレンジャー!」」」」」

 

 ドーン!と、色付きの爆発はしないけど決まった!なんとか決めポーズも間に合ったわ。思ってたより気持ちいいわねこれ。疲れてるせいでナチョラルハイになってたのも手伝って最高の気分だわ!

 と、思ってた時期が私にもありました……。

 その後、ギャラリーの冷めた反応と、パシャシャシャシャシャ!と、何とかってゲーム名人もビックリな速度でシャッターを切る青葉さんを見つけて、私は一気に素に戻ってしまった。

 そして神風ちゃんは、素に戻って絶望している私にトドメを刺すようにこう言ったわ。

 

 「明日からは、名乗り口上の練習もメニューに追加ね♪」と。

 








おまけ。名乗り口上描写無しバージョン
 
春風「魚雷に平和の祈りを乗せて!」
朝風「灯せ正義の探照灯!」ピカッ!
旗風「例えこの身が朽ち果てようと!」
松風「守ってみせるさ輝く未来を!」
矢矧「五省に反せず一致し努力する!我らが抱くは水雷魂!臆さぬならばかかって来なさい!」
神風「全艦抜錨!合戦用意!我ら水雷戦隊!」
全員「「「「「カミレンジャー!」」」」」


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第十五話 大和、砲雷撃戦、はじめます!

 

 

 他の鎮守府や泊地に居る戦艦はどうか知らないけど、横須賀鎮守府に所属している戦艦にはある特徴がある。

 それは駆逐艦に妙に執着している事。

 浜に居る私から100mほど離れた洋上で大和に砲撃の仕方を教えている長門さんは朝潮を偏愛し、ストーカー紛い……。いや、ストーカーしてるし、武蔵さんは佐世保に転属になった五月雨、春雨の後任として第二駆逐隊所属となった清霜にご執心。

 長門さんみたいにストーカーはしてないけど、よく一緒に居る所を見かけるわ。まあ、あれは清霜の方が武蔵さんに懐いてるって感じもするけどね。

 陸奥さんは……。あの人はよくわかんないや。いっつも「あらあら」言ってるイメージしかないわ。荒潮が言うには、『ムツリム』とか言う宗教の教祖らしいけど。

 

 「それに大和も……」

 

 何故か朝潮にお熱。

 最初こそロープだったけど、今では制服の首輪に犬用のリードを着けて朝潮と散歩してるわ。

 そのせいか知らないけど、朝潮は『大和の飼い主』もしくは『戦艦調教師』なんて渾名を着けられちゃてるわね。

 

 『もっと砲身に意識を集中させろ!グイーン!って感じだ!』

 『グ、グイーン!?抽象的過ぎてわかりません!』

 『何故わからん!こうだ!こう!シャッキーン!って感じで立たせるんだ!』

 

 なるほどわからん。

 長門さんの艤装の動きから察するに、砲塔を旋回させてからの射角修正の仕方を教えてるんだとは思うけど、大和は長門さんが発する変な擬音?に意識を持って行かれて理解が追い付いてないみたいだわ。

 

 『まったく、話をちゃんと聞いてたか?』

 『聞いてましたけど……』

 

 グイーン!とシャッキーン!しか覚えてない。

 もうちょっとマシな教え方があるでしょうに……。少しだけ大和に同情するわ。

 

 『いいか?風向きやら目標との距離の算出やら弾道計算やらと言った小難しい事をする戦艦も居るが、だいたいあの辺に当てたいと思えば当たるものなんだ』

 『え~本当ですか~?』

 

 それに関しては長門さんに同意。

 駆逐艦は射程が短いから余計でもそう思うんでしょうけど、自分が使う砲の射程と弾速さえ覚えていれば長門さんが言ったように感覚で当てれるわ。 

 まあ、射程が十数kmもある戦艦や実艦じゃそうはいかないでしょうけどね。

 

 『本当だとも。私は教え方には自信があるんだ。私の言う通りにしていれば間違いはない!』

 『その自信はどこから来るんですか?』

 『私は艦娘になる前は小学校の教師だったからだ。保護者の方々からも「良い先生だ」と言われていたんだぞ?』

 『と言う夢を見たんですか?』

 

 だと思うよ?

 あんな教え方じゃ一桁の足し算だって理解できないわよ。「これをガシン!として5だ!」とか「2つほどビューンと来て7になる!」って感じで教えそうだもん。

 

 『夢…か……。そうだな、あの頃の事がもう夢のように思えるよ』

 『満潮教か~ん。長門さんが物思いに耽りだしたんですけどぉ……』

 「そうみたいね。時間も丁度良いから戻って来なさい。休憩にしましょ」

 

 大和の嚮導をするようになって早一週間。

 訓練初日みたいに暴走の兆候を見せることもなく、大和はそれなりに様になった航行が出来るようになって砲撃訓練に移っていた。

 嚮導してみて私が大和に抱いた感想は、覚えは悪くないけど良くもないって感じね。練度の上がり方も並。要は普通よ。

 

 「はぁ……。満潮教官が教える事は出来ないのですか?長門さんの言ってることがサッパリ理解できません」

 「無理ね。駆逐艦、特に私みたいなタイプの艤装とアンタの艤装じゃ操作方法が全然違うから」

 

 物思いに耽ったまま洋上でフリーズした長門さんを置いて私の元に戻って来た大和は、盛大に溜息を吐いて愚痴を漏らした。愚痴りたい気持ちはわかるから文句は言わないであげよう。感謝しなさい?

 

 「本当にわからないんですか?」

 「本当よ」

 

 力場の使い方自体は変わらないはずだけど、砲塔の旋回や射角の変え方はもちろん、狙いのつけ方なんて全く分かんないわ。駆逐艦に多い手持ちの兵装なら銃火器と大差ないんだけどなぁ……。

 

 「満潮教官の砲も射角を変えれますよね?」

 「変えれるけど……。駆逐艦と戦艦じゃイメージの仕方が違うと思うの。だから、あえて教えなかったのよ」

 「イメージの仕方…ですか?」

 「そう。これは私の場合だけど、砲身を指だと思い込んで動かしてるわ」

 「なるほど!指ですか!」

 

 何がなるほどなのかは置いといて、今のが砲身の動かし方のヒントになったみたいね。「指…指…これは指……」とか言いながら砲身を動かそうとしてるわ。

 

 「動いた!ちょっとですけど動きました!」

 「その程度の事で騒がないの。アンタみたいなタイプの艤装は、砲身を動かさなきゃ狙いもまともにつけれないはずなんだから出来て当たり前なのよ」

 「教官のは違うんですか?」

 「私は砲身を一々動かしたりしないもの。砲身を動かすより、腕を動かす方が簡単でしょ?」

 「言われてみると確かに……」

 

 砲身だけを動かして、見た目の射角と実際の射角を誤認させる『アマノジャク』って呼ばれる技があるにはあるんだけど、上下にしか砲身を動かせない朝潮型の連装砲じゃ恩恵が少ないから私はあんまり使わないかな。

 『姫堕ち』中なら話は別だけどね。

 

 「砲身が指なら…砲塔は手の平……。手の平……手の平……」

 「お、やるじゃない。その調子で良いんじゃない?」

 

 大和は目を瞑り、「手の平」と繰り返しながら両舷の砲塔を左右に振り始めた。

 砲塔と一緒に手首が動いてる様が「メガネ~メガネ~」って言いながらメガネを探してる人みたいで滑稽ではあるけど、大和なりに頑張って動かし方を模索してるみたいだからチャチャは入れないでおこう。

 

 「なんだ。やれば出来るじゃないか。メガネを探してる人みたいだが」

 「それは言わないであげて」

 

 ようやく浜に戻って来た長門さんが、私が思うだけで口には出さなかった事をあっさり言ってくれた。大和の耳には届かなかったみたいだけど、集中してるみたいだから邪魔しないで上げてよね?

 

 「長門さんもあんな感じだったの?」

 「いいや?私が砲塔の操作を覚えたのは……『長門』になって1年くらい経った頃だったかな。それまでは操作できるとさえ考えなかった」

 「なんで砲塔を操作しようと思わなかったの?」

 「撃てれば十分だと思っていたんだ。私や大和みたいなタイプの艤装は『撃て』と念じる事で撃つ事が出来るからな。私は砲塔を動かさず、体を向ける事で照準していたよ」

 

 長門さんが言うには、『機関』と『兵装』が一繋ぎになっているタイプの艤装は装填から照準、発砲まで全て頭の中でイメージして実行するらしい。イメージしやすいように声に出す事もあるそうよ。

 『艦体指揮』と似てるかな。もっとも、あれは艤装だけでなく体の操作も半分妖精さんに委ねちゃうけど。

 

 「そんなある日、いつも通り大きく体を逸らして射角を修正しようとしてたら「砲身を動かせないの?こう…ピ-ン!って感じで」と言われてな。それからだ。私が砲塔操作の練習を始めたのは」

 

 なるほど、そう言われてその通りに練習して実際にできるようになっちゃったから、長門さんはその教え方で間違いないと思っちゃったのね。

 それにしても…長門さんにアドバイスした人の言葉を聞いて、桜子さんの顔が思い浮かんだんだけど……。思い過ごしよね?

 

 「長門さんは、どれくらいで出来るようになったの?」

 「私はすぐに出来たさ。ああ、断っておくが天才だからとか言うつもりはないぞ?その頃には練度が30を超えていたからだろうが、思っていたよりアッサリ出来たんだ」

 

 へぇ、練度が上がれば砲塔の操作もスムーズに出来るんだ。

 それもそうか。練度とは同調率の別称だもんね。

 この数字が増えれば増える程艤装の反応が良くなるんだもの。例えば、練度30なら同調率30%って事よ。

 レベルと言う子もいるかな。

 駆逐艦なんかは練度を聞いた時に、ゲームに影響されてるのか「ぺぺぺぺっぺっぺー♪」と、レベルアップ時の音楽的な物を口ずさんでる子が稀にいるわ。

 

 「大和の練度はいくつなんだ?」

 「3よ。今日まで航行訓練しかしてなかったんだからそんなもんでしょ?」

 

 余談だけど、艦娘は自分の練度を直接知る事が出来ない。妖精さんから艦娘の練度を聞かされた提督、もしくは提督補佐官から知らされて初めて知る事が出来るの。

 ちなみに、私の練度は53万です。

 は、冗談として教えてあげない。最高練度である99よりは上だとだけ言っておくわ。

 

 「3…か。実戦を体験させれば一気に上がるのだろうが……」

 「まともに砲も撃てないのに?自殺行為でしょ」

 「いや、実戦の空気を感じるだけで十分すぎる経験になる。いくら訓練を重ねて練度を上げても、実戦で何も出来ずに死んでいった者は多いんだぞ?」

 「わかってるわよ」

 

 私も初実戦は散々だったなぁ……。あれはたしか、着任して一か月くらい経った頃だったっけ。

 哨戒中に発見した敵駆逐隊と交戦したんだけど、私は恐怖のあまり腰を抜かして動けなくなってしまった。

 姉さん達が一緒だったから無傷で帰れたし、動けなくなった事を責められもしなかったんだけど、私を守りながら戦った姉さん達に申し訳なくて落ち込んじゃったな……。

 

 「まずは演習からか。三日後に、元帥に叢雲との演習を披露する予定なのだろう?」

 「らしいわね。円満さんが何を企んでるのか知らないけど、叢雲さんを演習相手にするなんて酷すぎるわ」

 「フルボッコは確定だろうな。今や、叢雲は横須賀が誇るネームド駆逐艦だし」

 

 ネームド…ねぇ……。

 叢雲さんはお姉ちゃんと同期の駆逐艦で、辰見さんの秘書艦も務める横須賀鎮守府No.1の駆逐艦よ。周りからは『魔槍 叢雲』って呼ばれてるわ。

 なぜそんな異名を付けられたかと言うと、あの人の決め技、必殺技とでも言うべきモノに理由がある。詳細は省くけどね。今は関係ないから。

 

 「だが、お前が相手なのよりはマシだと思うが?」

 「買いかぶり過ぎよ。私は強くなんてないわ」

 「強く見られたくない。の間違いではないか?私が知るどの駆逐艦よりお前は強い。先代の朝潮よりもな」

 「そんな事ないでしょ。私はお姉ちゃんに負けてるのよ?『十二単』の状態で」

 「大淀に(・・・)だろ?」

 

 まあ…そうなんだけど……。

 もう一年近く前かな。

 私が『姫堕ち』を使えるようになってからしばらく経って、お姉ちゃんが艦種変更実験の成功で大淀となった頃に、私達の戦闘力を確認する意味合いで演習をした事があるの。

 もちろん、わざわざ離島に移動し、万が一に備えて長門さんや武蔵さんまで配置して、誰にも見られない様に奇兵隊が監視してる状況下での演習よ。『姫堕ち』を事情を知らない艦娘に見られるわけにはいかないからね。

 どんな事情かって?

 それは艤装の核に使われているのが深海棲艦だって事。艦娘歴の長い人は艦種を問わず知ってる事が多いんだけど、艦娘歴の短い子はそんな事知らない。知ってる人も、この事実を不用意に漏らさないよう厳命されてるわ。

 敵である深海棲艦の力を利用してるなんて知れたら士気が下がるからってのが理由みたい。

 私は気にしてないけどね。

 

 「お姉ちゃんに負けたんだから同じよ。もう少し考えて動けば…とは思ったけど……」

 「そうだな。もう少し『脚技』を使うタイミングを考えてれば、ガス欠で動けなくなる事もなかっただろうな」

 

 本当にそうね。

 私は『姫堕ち』で跳ね上がった自分のスペックに慢心し、『脚技』を多用しすぎて燃料的にも体力的にもガス欠になって負けちゃった。お姉ちゃんは『トビウオ』くらいしか使わなかったって言うのに……。

 

 「経験の差…だと思いたいけど……」

 「それに尽きるだろう。性能も手札の数もお前の方が勝っていたのだから」

 

 そうよね。お姉ちゃんと私じゃ実戦経験に差が有り過ぎる。だって、お姉ちゃんは姫級や水鬼級の戦艦とやり合った経験があるのに、私が戦ったことがあるのは精々タ級。しかも、全力を出しても勝てないと思えるような敵と戦った事がない。

 死線すら見たことがない私と、死を力尽くでねじ伏せた事があるお姉ちゃんじゃ差があって当然ね。

 

 「大規模作戦…近い内にないかしら……」

 「不謹慎な事を言うんじゃない。大規模作戦などないに越したことはないんだ」

 「わかってるわよ…言ってみただけ」

 

 国の平和を守るべき艦娘が戦いを望むなんて本末転倒だとは思うけど、私は戦いたくてしょうがない。

 力を試したい。全力で戦いたい。深海棲艦共を海の底に沈めてやりたい。最近の私はそう考えることが多い。

 大規模な戦闘になれば、仲間の艦娘が死ぬかも知れないのに……。

 

 「……まあ、お前の気持ちもわからんではない。私とて、改二改装を受けた時は力を試してみたくてウズウズしたしな」

 「慰めなんていらない」

 「そう言うな。いずれ力を存分に振るう機会はあるさ。私の勘がそう言っている」

 「それ、当てになるの?」

 「なるとも。今や私は、鳳翔と並んで最古豪の艦娘だぞ?」

 

 と、海の古強者は言ってるけど、別にそういう情報を掴んでるわけでもない単なる勘でしょ?

 勘が見聞きできる情報以上に頼りになる場合があるのはわかってるけど、勘なんて外れる方が多いじゃない。しかも他人の勘。朝潮を涎垂らしながら追いかけ回す人の勘なんて信じられないわ。

 

 「よし!だいたいわかりました!長門さん!見て貰ってよろしいですか?」

 「構わないが…休憩は良いのか?」

 「はい!感覚を忘れない内に『撃つ』までやってみたいんです!」

 

 練習熱心だこと。休むことも大事なんだから休憩しなさいと言いたいところだけど、やる気に水を差すのも何だから言わないでおくか。

 長門さんも同じ事を考えたのか、「やれやれ」とか言いながら大和の方に向かい始めたし。

 

 『装填しているのが模擬弾だからと気を抜くんじゃないぞ?実戦だと思って撃つんだ』

 『はい!あ、でもぉ……。具体的にどうすれば?』

 『具体的に?そうだな……。私だったら、気合を入れるために「ビッグ7の力、侮るなよ!」などと言ったりするが』

 『なるほどなるほど……。どんなセリフが良いでしょうか……。満潮教官、何か良いのありませんか?』

 

 長門さんと一緒に再び沖に出た大和が、私からすると心底どうでも良い事を聞いてきた。

 んなもん人それぞれでしょうが。私に聞かなくても長門さんの真似してりゃ良いじゃない。いや、それはダメか。大和はビッグ7じゃないし……。

 

 「砲雷撃戦始めます。とかで良いんじゃないの?」

 『良いですねそれ!いただきます!』

 

 ご馳走さまもちゃんと言いなさいよ~。なんてね。

 そう言えば、砲雷撃戦って砲撃と雷撃を一斉に行う事よね?駆逐艦や軽巡洋艦を連れてるなら兎も角、砲撃しか出来ない大和が砲雷撃戦云々言うのは適当なのかしら。

 

 『目標、距離15000。全主砲、徹甲弾装填!撃ち方ー始め!』

 『了解!大和、砲雷撃戦、はじめます!』

 

 長門さんの号令に従って、大和は模擬弾が尽きるまで砲撃を何度も何度も繰り返した。

 浜に戻って来た時には、ヘロヘロになってたわね。

 「耳がキンキンしますぅ」とか「体中がビリビリしますぅ」とか色々言ってたけど、「お腹が空きましたぁ……」ってセリフを聞いた時は軽く笑っちゃった。

 だって、そのあとにグウゥ~~~ってお腹鳴らすんだもん。お腹って本当に鳴るんだって変に感心しちゃったわ。

 



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第十六話 私の屍を超えていけ!

閲覧注意!閲覧注意!
この話を読む場合、下記の人は特に気をつけてください!


1 今から食事をする方。
2 今から、もしくは今日カレーを食べる予定の方。

正直、私自身どうしてこんな話を書いてしまったのかわかりません。
投稿するのを止めようと何度も思いました。
ですが投稿します!だって書いちゃったんだもの!

この話を読んで食欲が失せた等の苦情は受け付けません。べつに伏線とかもないので、読むかどうかは自己責任でお願いします!


 

 

 大和をどう思っているかって?

 そうねぇ……。

 彼女は私の事を心友だと思ってるみたいだけど、私は精々迷惑な友人くらいにしか思ってないかな。

 正直、同室じゃなくて本当に安心したわ。

 だって、一緒に居るだけで訓練より疲れるのよ?主に頭が!

 突拍子もなく変な事言い出すし、早朝だろうと深夜だろうと関係なくラインしてくるし。酷い時には電話かけて来るのよ!?こっちに来てからは減ったけど、そのせいで養成所時代は寝不足に悩まされたわ。

 え?ハッキリ迷惑だと言えば良かったじゃないかって?

 そりゃあ何度も言おうと思ったけど…何故か言えなかったのよ……。

 その、なんて言うか……。そう!なんか犬みたいで!

 ほら、犬って叱るとこれでもかって言うくらいわかりやすくシュンとするじゃない?迷惑だ!って言っちゃうと、犬みたいにシュンとする彼女が想像できちゃって言えなかったのよ。

 は?これを記事にして良いかって?

 ダメダメダメ!絶対に記事にしないでよ!?

 あの子が見たら絶対に落ち込んじゃうから!落ち込んだあの子を見たら私の罪悪感がMaxになっちゃうから!

 

 

 ~週刊 青葉見ちゃいました~

 軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより抜粋。  

ーーーーーー

 

 「ふぅ~ん。演習する事になったんだ」

 「はい…正直言って不安です。だって、ようやく砲撃が出来るようになったばかりなんですよ?」

 

 明日、元帥閣下が鎮守府を視察するために訪れるから、今日は念入りに艤装を整備しておきたいと整備員さん達が言うので早めに訓練を切り上げたんだけど、不幸にも工廠で同じく訓練上がりの大和と出くわしてしまった。

 それだけなら良かったんだけど、大和に相談があるから話を聞いてくれと懇願されたから仕方なく。本っ当ぉぉぉぉぉに!仕方なく、神風ちゃんや大和の嚮導をしていた満潮ちゃんと別れて相談に乗ってあげることにしたわ。

 

 「相手は誰なの?長門さん?」

 「え~と、たしか…ムラムラさんだったかしら」

 「んん!?」

 

 今何て?

 ムラムラさん?そんな艦名聞いた事がないけど……。いや、大和の事だ。まともに聞かずに間違って覚えちゃった可能性が高いわ。

 冷静に考えればそうよね。そんな常日頃から発情してそうな名前の艦娘が居る訳ないわ。

 

 「聞き間違いじゃないの?」

 「やっぱり、やはぎんもそう思います?」

 「そりゃそうでしょ。そんな名前の艦娘が居たらビックリよ」

 

 大和の話では、元帥閣下が訪れた翌日。要は明後日の昼から演習を披露するらしい。

 いくら大和が戦艦とは言え、砲撃訓練を始めたばかりなのに演習ってのは無理があり過ぎるとは思うけど、まあ私がやるわけじゃないから良いか。相手をしなきゃいけないムラムラさんとやらには同情するけど。

 

 「艦種は?戦艦の貴女の相手をするんだから、やっぱり同じ戦艦か空母?」

 「いえ、駆逐艦だと伺っています」

 「駆逐艦!?え?もしかして駆逐隊と?まさか一対一じゃないわよね?」

 「一対一だとお聞きしました。満潮教官の話では、今の私では逆立ちしたって勝てないらしいです」

 

 新米とは言え戦艦。しかも大和型である大和が逆立ちしても勝てない?

 駆逐艦を侮る訳じゃないけど、大和の砲撃ならまぐれ当たり。いや、至近弾でも駆逐艦なら倒せそうね……。

 ああでも、演習だからペイント弾か、それとも養成所で使ってるのと同じ模擬弾かしら。

 どちらにしても、演習と言うルール内なら『装甲』の厚さなんて考慮されずに撃沈判定を取れるかもしれないわね。そういう意味で勝てないって言われたのかもしれないわ。

 

 「その時ふと思ったのですが、逆立ちしたら余計勝てませんよね?」

 「いやいや、それは……」

 

 え?これ本気で言ってる?本気で言ってるっぽいわね。

 大和って教養はありそうなのに変な所で無知なのよねぇ……。

 ちなみに、『逆立ちしても勝てない』は比喩表現で、普通にう言うと『どんな事をしても勝てない』になるのかな?要は『どんな事をしても』の具体例が『逆立ちしても』なの。

 まあ、体操競技とかなら『ここで逆立ちをすれば勝てる!』とかありそうだけど、演習で逆立ちなんてしたらいい的だわ。って言うか、海上で逆立ちって出来るのかしら?手の平から『脚』を発生させれればワンチャン……無いわね。

 

 「満潮ちゃんからは、どんな人なのか聞いてないの?」

 「強い人。とだけ伺ってます。なんでも、横須賀で一番強い駆逐艦だとか」

 

 はて?一番強いのって満潮ちゃんじゃないの?少なくとも神風ちゃんはそう言ってたわよ?

 ああでも、ほとんどの人は彼女の実力を知らないし、目立った戦果も上げてないと言ってたわね。もしかして、満潮ちゃんは一番強いと思われたくなくてそう言ったのかしら。

 

 「とりあえずさ、工廠(ここ)で立ち話も何だからお風呂にでも行かない?」

 「そうですね。お風呂でのんびりと手足を伸ばしながらお話ししましょう♪」

 

 いや、そんなに長く貴女の話に付き合う気はない。確実に疲れるから。

 って言うか、貴女まだ手足を伸ばしたいの?十分長いじゃない。貴女の体形を目の当りにしたら下手なモデルは裸足で逃げ出すわよ。

 ああでも、天は二物を与えずって言葉があったわね。大和の場合は容姿にステータスを全振りで中身が……。

 

 「あれ?なんだかカレーの匂いが……」

 「え?カレー?ああ、この近くにカレー屋さんがあるのよ。行った事無いの?」

 「ありません。美味しいんですか?」

 「神風ちゃんに一度連れて行ってもらったけど美味しいわよ?って言うか、昨日はカレーだったじゃない。しばらくカレーは食べなくていいでしょ」

 「いえいえ、カレーは飲み物ですので毎日だってOKです。晩御飯まで時間がありますし食べに行きませんか?」

 

 飲み物と言いながら食べに行こうとは如何なものか。まあそれは兎も角。

 お腹は空いてるから少し食べるくらいなら良いんだけど、流石に一人前は無理だなぁ……。量を半分とかにしてもらえるかしら。それに……。

 

 「行くのは良いんだけど…先にお風呂に入りたいなぁ」

 「何を仰います!カレーを食べたら汗掻いちゃうじゃないですか!先にお風呂に入ったら二度手間になります!」

 「そう言われてみれば確かに……」

 

 大汗を掻くほど辛いのを食べる気はないけど、大和が言う通りカレーを食べると少なからず汗を掻くわね。 

 意外とまともな事を言ってくれて少し安心したわ。「だったらお風呂に入りながら食べましょう!」とか言い出したらぶん殴ってやろうと思ってたわよ。

 

 「そう言えば、着任早々にフードファイトしたんだって?」

 「はい。やはぎんはあの場に居なかったんですか?」

 「居なかったけど噂で聞いたのよ。空母盛りを平らげたそうね」

 「はい♪とっても美味しかったです♪昨日も食べました♪」

 

 そんなにカレーばっかり食べてよく飽きないわね。

 しかも空母盛りって、完食させる気ゼロとしか思えない程の量が盛ってあるアレでしょ?私なんか思い浮かべるだけでお腹いっぱいになるわよ。

 

 「あら?やはぎん、あれは何ですか?」

 「あれってどれ…って、あの看板みたいなの?」

 「ええ、どうして、あんなにヒッソリと立てられているんでしょう」

 

 工廠を通り過ぎ、もう少しでカレーショップ ダルシムが見える位置まで来た時、大和が道端にヒッソリと立てられた看板を見つけた。……んだけど、ヒッソリと言うより隠されてない?前向いて歩いてたら絶対に気づかないような場所に立てられてるんだけど……。

 

 「え~と何々?『カレーを食べに行くの?yes→このまま西へ。no←帰れ』ですって」

 「いや、何よそれ」

 「だってそう書かれてるんですもの。このyesの矢印の方にカレー屋さんがあるんですよね?」

 「そうだけど…とりあえず行ってみる?どうせカレー屋さんには行くんだし」

 「そうですね。行ってみましょう」

 

 と、再びダルシムに向かって私と大和は歩き出したんだけど、50mも進まない内にまた看板を発見した。これも隠すように立てられてるわね。一枚目の看板に気づいてなかったらきっと見逃してたわ。

 

 「今度は何て書いてあるんでしょう」

 「さあ?見てみればわかるでしょ」

 

 本っ当ぉぉぉ!に、突然だけど。

 カレーを食べに行く、もしくは今からカレーを食べようって時に見聞きしたくない情報ってあるじゃない?例えばトイレやお手洗い、神経質な人は泥だらけになっただけでも食べる気が失せるかもしれないわね。

 で、なぜ急にこんな事を言い出したかと言うと……。

 さっきの看板の続きと思われる看板には先に言ったモノよりストレートな言葉が書かれていたの。

 ああごめんなさい。この話をし始める前に注意を呼び掛けておくべきだったわね。

 少し遅くなったけど、今から食事をする人、特にカレーを食べる人は注意して頂戴。ハッキリ言って閲覧注意よ。続きを聞いて食欲が失せたとか言った苦情は一切受け付けないから。

 

 「や、やはぎん?」

 「ちょっと待って。今すぐはダメ。もう少し待って」

 「は、はぁ……」

 

 そろそろ良いかしら。

 はぁ……。正直言うと、私も看板に書かれた内容を言いたくはないの。だって、見ただけで一気に食欲が失せちゃったもの。そのせいで、誰にともなく注意を呼びかけちゃったわ。

 断っておくけど、別に特別な事が書かれてたわけじゃないわ。至って普通。日常会話でも出て来る…いや?出てこないかしら。頭の中で考えはしても口には出さないわね。

 口に出して言うのは精々……幼稚園児とか小学校低学年の男子位のモノかしら。

 

 「ねえ、やはぎん。これ…どう読んでも…その……」

 「ええ、『ウ〇コ』ね……」

 

 これを書いたのは間違いなく小学生並に幼稚な思考の持ち主ね。

 じゃないと、若干黄色がかった茶色で『ウ〇コ』なんて書かないもの。まともな人なら、カレー屋さんがもう見えてる位置に『ウ〇コ』なんて書いた看板なんて設置したりしないはずよ!

 普通に営業妨害だから!

 

 「ねぇ、大和。引き返さない?私、食欲が……」

 「いいえ。これは是が非でもカレー屋さんに行かなくてはならなくなりました」

 「いや、なんでよ」

 「わかりませんか?これは明らかに営業妨害です。これは想像でしかありませんが、この看板に食欲を削がれたのは私達だけじゃないはずです」

 「そりゃあそうかもしれないけど……。だからって、私達がカレー屋さんに行く理由にはならないじゃない」

 

 それとも何?大和はあんなドストレートな嫌がらせを受けた今でもカレーが食べたいの?冗談よね?

 私は無理よ。あんな真綿にもオブラートにも包んでないウ〇コって文言を読んじゃったら、もう私の目に映るカレールーはウ〇コにしか見えないもの。

 ああ、ごめんなさい。別にカレーを侮辱してる訳じゃないの。決して、カレールーの事をウ〇コとイコールだなんて思ってないからそこだけは理解してちょうだい。

 って言うか誰に言い訳してるのよ私は。いくら頭の中でとは言えウ〇コウ〇コ言い過ぎよ!

 ウ〇コって言い過ぎて、私の中でウ〇コがゲシュタルト崩壊しかけてるわ。

 

 「やはぎん…いや、矢矧!これは戦です!私達の勝利条件はこの悪辣極まるトラップを突破し、カレーを美味しくいただく事です!」

 「大和…貴女……まだカレーを食べるって言うの?」

 

 いやいや、何よこの変なテンション。

 戦って何?勝利条件とか言ってるけど誰と勝負してるの?もしかして、誰が設置したかもわからない看板と勝負してるの?頭噴いてんじゃない?

 

 「立ちなさい矢矧。目標までは約200メートル。確認できる罠は後三つです!」

 

 立ってますけど何か?

 ってそうじゃない!後三つあるですって!?二枚目で既にウ〇コって書かれてるのよ!?と言う事は、残りの三つにはもっと下品で汚らわしい文言が書かれている可能性が高いじゃない!

 

 「やめて大和!これ以上はマズいわ!下手をすると一生カレーが食べれなくなる!」

 「無論、その危険性もあります。ですが、ここで屈したら戦艦の、いや艦娘の名折れ!こんな事で大和は負けません!」

 「大和……」

 

 私は、戦艦と言う艦種を勘違いしてたみたいね。

 私は戦艦の事を、火力と装甲の数字が高いだけの木偶の坊だと思っていた。初出撃の時に大城戸教官が言ったように、一撃で私の『装甲』を貫く様なバ火力だろうと当たらなければどうと言うことはないと思っていた。

 けど違う。戦艦の真価はそこじゃない

 そこに居るだけで仲間を奮い立たせ、どんなに過酷な戦場だろう無条件でついて行きたくなる圧倒的なカリスマ性こそが戦艦の本領!

  

 「それとも、阿賀野型とはこの程度で戦意を喪失する程脆弱なのですか?」

 「言ってくれるじゃない。それで挑発してるつもり?」

 「なら、共に行ってくれるのですね?」 

 「ええ良いわ。行ってやろうじゃない!阿賀野型を…いえ!この矢矧を軽巡と侮らないで!」

 

 大和のせいで私まで変なテンションになっちゃったわ。

 普通なら、しばらくはカレーの事を考えるだけでウ〇コを連想しちゃうほどウ〇コって脳内で言ったけど勝機はある。

 何故なら、脳内でウ〇コウ〇コって言い過ぎたせいでウ〇コが何かわからなくなってるからよ!

 

 「行くわよ大和!軽巡 矢矧、抜錨する!」

 「ええ行きましょう!戦艦 大和、出撃します!」

 

 私達は勝利へ向けて歩み始めた。

 まずは大和が新たに発見した看板の一枚目。先の二枚を合わせれば三枚目の看板まで歩を進めた。さあ、どんな下品な事が書いてあるのかしら。

 

 「くうっ……!」

 「矢矧!矢矧しっかりして!」

 

 私は三枚目の看板の内容を読んだ途端に膝をついた。

 最初にストレートにウ〇コと来たから油断してたわ。このトラップを考えた人物は相当頭が回るようね。いえ、悪知恵が働くと言った方が良いかしら。

 

 「なんと卑劣な…『カレーが茶色いのはウコンが混ざってるから』なんて……」

 「言葉に出さないで大和!クソっ!最初のウ〇コが布石だったなんて!」

 

 ウコン。

 この、別名ターメリックとも呼ばれるこのスパイスこそカレーの茶色っぽい色の元。

 それは頭ではわかってる。

 だけど二枚目のウ〇コのせいでウコンと聞いてもウ〇コと脳が解釈してしまう。

 看板に書いてある内容はまともなのに、脳が勝手に『カレーが茶色いのはウ〇コが混ざってるから』と誤変換してしまう!

 

 「まだよ…この程度の被弾で私が沈むわけないじゃない!」

 「その意気です矢矧!さあ!次に行きましょう!」

 

 流石ね大和。意気込んだものの、私はすでにカレーを目にしたくないと思っているのに、貴女にはまだ余裕があるみたいね。

 戦艦と軽巡の『装甲』の差が数字だけでなく、心の装甲の厚さにまであったとは思ってもみなかったわ。

 

 「がはぁっ!」

 「矢矧ぃぃぃぃ!気をしっかり保って!たかが絵じゃない!」

 

 四枚目の看板を見た私は、嫌悪感をこれでもかと掻き立てられて壁にもたれ掛かってしまった。

 ええそうね。確かにただの絵よ。

 だけどコレは無い。

 ただでさえ頭の中がウ〇コに支配されてる時に、和式便所にカレーライスが盛られてるとしか思えない絵を見せられたら正気じゃいられない。って言うか、もうカレーなんて食べれない!

 

 「はぁ…はぁ…はっ……。うぷっ……」

 「大丈夫ですか?一回吐いとく?」

 「平気よ……。これで吐いたら負けたのと同じだわ」

 

 正直に言うと吐きたい。気持ち悪い……。

 あの絵を見た途端、頭の裏から背中にかけてゾクゾクッ!としたわ。

 もし先の三枚。もっと言うと二枚目を目にしてなければ、私はここまでのダメージを負う事はなかったのだろうけど、今の私は体調にまで影響が出ている。

 この一連の看板を設置した奴はカレーに恨みでもあるの?

 

 「あと一枚、お店の目の前です。行けますね?」

 「当然よ。私を沈めたいなら、もう5~6枚くらい看板がないと…駄目よ!」

 

 嘘です。私のメンタルは轟沈寸前です。

 ハッキリ言って、限界なんてとっくに超えてるわ。最後の一枚を突破できても、私はきっとカレーを食べられない。最後の一枚の内容次第じゃ一生食べれないかもしれない。

 ええ、迂闊だったわ。二枚目で引き返すべきだったと後悔してるもの。

 ウ〇コが頭の中でゲシュタルト崩壊した事に慢心し、勝機があると思い込んだ私は三枚目で全てのカレーにウ〇コが混ざっていると脳に刷り込まれ、あまつさえ四枚目で映像として見せられた。

 ああ…私は今日、何回ウ〇コと頭の中で言ったんだろう。

 今まで艦娘になった人で、私ほどウ〇コウ〇コと言った艦娘は居ないはずよ。って言うか、今だけで五回も言ってるし……。

 

 「な…なんて事を……。これはお店の店長さんに訴えられても文句言えない程酷いです!」

 「あ…ああ……あああああ!」

 「矢矧!?頭が痛いの!?ねえ矢矧!返事をして!」

 

 無理だ。これは耐えられない。

 私は看板の内容を理解すると同時に頭を抱えてうずくまってしまった。

 この店のカレーを食べた事がある私にとっては致命的な一撃だわ。4枚目の看板。それに書いてあったのは……。

 

 「『このお店のカレーはカレー味のウ〇コです』…ですって……?じゃあ、私が以前食べたカレーは…カレーじゃなく…ああ……あああぁ……!」

 

 私が以前神風ちゃんと食べたのはカレーじゃなかった。カレーの味がするウ〇コだった!

 いやいやいやいや!落ち着きなさい矢矧。 

 常識で考えればそんなカレーを、いえ、ウ〇コを出す店なんてある訳が無い!だけど、そんな事頭ではわかっているのに心が理解しようとしない。カレーに対して心が拒絶反応を起こしている!

 いや、待って?そう…か。これか。これこそが看板を設置した奴の真の狙いか。

 これを設置した奴はカレーに恨みがあってこんな事をしたんじゃない。

 恨みがあるのはカレーを食べようとする人。もっと言えば艦娘!

 だって、一連の看板は工廠側から来なければ見えない角度で設置してあったもの。つまりこれは、カレーを食べようとここまで来た艦娘に対するトラップなのよ!

 

 「ごめん…大和。私はここまでみたい……」

 「そんな……!一緒に行くって言ったじゃないですか!」

 

 犯人の目的がわかったところでもうどうしようもない……。

 私は見事に犯人の術中にハマり、少なくとも今は絶対にカレーを食べたくない。今日が金曜日じゃない事に感謝しなきゃね……。

 でも大和。貴女ならまだ行ける。 

 このトラップを目の当たりにしても食欲が失せた様子がない貴女なら!

 

 「何情けない顔してんのよ…貴女はカレーを食べるんでしょ?そのためにここまで来たんでしょ?」

 「そうですけど…矢矧をこんな所に置いて行くなんて私にはできない!」

 

 私は大和の胸元を掴んでそう言い聞かせた。

 店は目の前。夕飯時が近いからか、チラホラと酒保に向かう人や、私達と同じくカレー屋さんに入って行こうとしてる人も居る。その人たちから「何してるんだ?」とか「痴話喧嘩かしら」という声も聞こえて来る。

 だけど、そんなの関係ない。

 今の私の使命は、戦闘不能になった私を気遣って前に進めずにいる大和に再び歩を進ませる事。そのためなら、ギャラリーからどれだけ奇異の目を向けられようと構わない!

 

 「甘ったれないで!貴女は戦だって言ったじゃない!だったら、動けない私など置いて行きなさい!先に進みなさい!ここで私が倒れても、貴女が店に辿り着いてカレーを食べれば私達の勝利なんだから!」

 「矢矧……」

 

 まだ踏ん切りがつかないみたいね。私と店を交互に見て迷ってるわ。

 だけど、行ってくれないと私の犠牲が無駄になる。私は一生カレーが食べれないかもしれないほどの精神的ダメージを負ったけど、大和はまだ食べれる。

 だって「早く食べたいな~」って考えてるのが丸わかり。と言うか、お店から漂って来る匂いを嗅いでお腹鳴らして涎まで垂らしてるもの。

 私が、背中を押してあげないと!

  

 「行きなさい大和!私の屍を超えていけ!」

 「……わかりました!貴女の分まで食べてきます!」

 

 そう言って、大和は店の中へと入って行った。

 うん、それで良い。私の分とは言わずお店の炊飯器と寸胴鍋を空にしてやりなさい。貴女の胃袋には、それだけのキャパがあるんだから。たぶん。

 

 「なあ、いい気分に浸ってるとこ悪ぃんだが……。何してんだ?」

 「何って…わからない?」

 「わかんねぇよ。今生の別れみてぇな寸劇をやってたのはわかったけどよ」

 

 へたり込んで大和を見送った私に、よく『猫の目』の厨房でコックさんみたいな事をやってる……。え~と…名前なんだっかしら。

 まあ、神風ちゃんとかが金髪さんって呼んでるから金髪さんで良いか。が、私の事を心底不思議そうに見下ろしてそう訊ねて来た。

 ああ……。何やってるかなんて聞かれたくなかったなぁ……。

 

 「ホント…何やってたんだろ……」

 

 ヤバい……。テンションがどんどん素に戻って行く。

 今思うと、私って大和に乗せられてかなり痛い事口走ってなかった?うん、痛いわね。最後とか、何であんな事言ったんだろ。恥ずかしすぎて顔から火が出そうだわ。

 

 「ううぅ……」

 「まあ、なんだ……。飯でも食うか?奢ってやるぞ?」

 「カレー以外でお願い……」

 

 羞恥心で俯いてしまった私は金髪さんに手を引かれて、ギャラリーの視線から逃げる様にその場を立ち去った。

 行先の見当は歩く方向で察しはついたんだけど、私は『猫の目』に着くまですっかり忘れていた。そこには、万全の状態でも私のメンタルを崩壊させる恐怖の三人組が居る事を。

 ええ、見事に気絶したわ。ピチピチのレオタードを着込んだ三人組に出迎えられて。

 ちなみに、その時のポーズはアブドミラル・アンド・サイだった。





かつて、私ほど艦娘にウ○コと言わせた人がいるだろうか。(居たらごめんなさい。調子乗ってました)


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第十七話 あの子は、私が斬る

 

 

 奇兵隊は汚れ仕事専門。

 そんな事は、お父さんから総隊長の座を引き継ぐ前からわかっていた。

 けど、その事を嫌だと思ったことは無い。むしろ誇りに思っている。相手にするのが人間だろうと深海棲艦だろうとそれ変わらないわ。

 奇兵隊(私達)は鎮守府を守る盾であり、艦娘達に仇成す者共を斬り裂く鋼の刃。

 そう、私は斬らなければならない。例え相手が誰であろうとも。例え…この身が血に染まろうとも。

 

 「例の件で悩んでるんすか?」

 「うん…ちょっとだけね……」

 

 晩ご飯を食べ終わった後の家族の団欒。

 その最中に、物騒な事を考えていた私に桜をあやしていた旦那が声をかけて来た。

 

 「桜子さんが手を下す必要はないっすよ。自分がやるっすから」

 「けど……」

 「いいんすよ。桜子さんの思い詰めた顔なんて見たくないっすから。ねぇ~桜ちゃん」

 

 と、眉無しツルッパゲの旦那が桜に変な顔を見せながら言ってくれた。

 気持ちは凄くありがたいけど……。

 桜に向けてる変な顔のせいで感動が半減だわ。気の弱い駆逐艦が見たら泣いちゃうんじゃないかってくらいキモいし。

 まあ、桜が嬉しそうにキャッキャ言ってるから何も言わないけどね。

 

 「ちょっと…お父さんに電話してくる」

 「うっす」

 

 旦那はそれ以上何も言わなかった。

 いや、言えなかったのかな。だって私の腹は決まってるんだもの。旦那だってそれはわかってるはず。

 それでも自分がやるって言ってくれたのは、きっと私の背中を押すためだと思う。ほら、私って天邪鬼だからさ。

 

 「ふぅ……。よし。かけるか」

 

 私達の住居には固定電話がある。

 見た目は普通の黒電話だけど、これは盗聴対策を基地外レベルで施してあるお父さんの部屋以外には繋がらない直通回線。

 それなのにダイヤルがあるのは暗証番号を入力するためよ。桜がイタズラしてかけちゃったら、お父さんがポンコツ化して大本営の機能が止まりかねないからね。

 

 『私だ。どうしたんだ?こんな時間に』

 「知らせたいことがあってね。あと…お父さんの許可が欲しくて……」

 『命令ではなく。か?』

 「うん……」

 

 数コールで電話口に出たお父さんは仕事モードだった。

 こんな時間まで仕事なんて大変ね。そんなんじゃ、あと2時間もしたら寝てしまう大淀との夜戦(意味深)もまともに出来てないんじゃないの?

 

 「大和、矢矧を乗せた護送車を襲撃したメンバーの中にアクアリウムの上位メンバーが居たのは報告したよね?」

 『ああ。何か聞き出せたのか?』

 「ええ、単刀直入に言うと、アクアリウムの最高指導者。通称『マザー』に関する情報が入手できたわ」

 『ほう?それは僥倖だな』

 

 でしょうね。

 アクアリウムは長年お父さんを悩ませて来た目の上のたんこぶみたいな奴らだもの。この情報を機に、奴らを一気に壊滅に追い込むことも出来るかもしれない。

 

 「尋問した捕虜はこう言ってたわ。『マザーは神と言葉を交わし、十数年間歳も取らず、神のように海を駆ける』と」

 『それは確かか?』

 「確かよ」

 

 お父さんは、たぶん私と同じ事を考えている。マザーの正体は艦娘だと。

 襲撃に際し、深海棲艦に情報を提供した者が居たのではないかと疑われた舞鶴と横須賀、そして今回の養成所襲撃。

 情報提供者の存在は可能性として有り得る程度にしか思われてなかったけど、この情報が本当なら放って置くわけにはいかないわ。

 

 「4年前の大規模作戦。お父さんは直前まで情報をひた隠しにしてたけど、この事を確信してたから?」

 『可能性の一つとして疑っていた程度だ。今は退役している当時の大本営参謀共に足を引っ張られないようにしていた用心が功を奏しただけだよ』

 「じゃあ、お父さんも艦娘が情報を深海棲艦に流しているとは確信してなかったのね?」

 『当たり前だ。艦娘は鎮守府から一歩外に出るだけでも許可が要るし監視もつく。さらに、全ての艤装は完全に管理されている。瓶に手紙を詰めて海に流す程度なら出来るかもしれんがな』

 

 夢見がちな乙女じゃあるまいに。

 海に流した瓶が、情報を流したい深海棲艦の元に辿り着く可能性なんて宝くじが当たる可能性より低いわね。

 

 「管理外の艤装は無しか……。やっぱりマザーは艦娘じゃないのかしら」

 

 それが有り得ない事はわかってる。

 尋問が終わってすぐ、あの子が所属していた部隊の生き残りを探して接触し、あの子が死んでない事は確認済みだから。

 

 『いや待て。一つだけあったな……。管理されてない…と言うよりは存在しない艤装が』

 

 やっぱりか。もしかしたらと期待したのに。再建造されてちゃんと管理されてるって言って欲しかったのに。

 

 『改峰風型。覚えているな?』

 「うん…覚えてる」

 

 改峰風型。

 野風型とも呼ばれるこの艦型は神風型と同時期に開発、建造された艤装よ。

 中でもその一番艦は、かつて私が背負っていた『神風』と共に艤装の雛型として完成した初の艤装で、その一番艦と適合した子とは研究所に居た頃にルームメイトだったわ。

 お父さんがこんな話をするって事は…当たって欲しくない予想が当たってるって事ね……。

 

 『艦名を聞きたいか?』

 「いい…察しはついてるから……」

 『そうか。ならば、命令して欲しいのか(・・・・・・・)?』

 

 気づかれてたか…お父さんには敵わないなぁ。

 私が望んでる事なら言わなくてもわかっちゃうんだもの。そんなだから、子供が生まれた今でも甘えちゃう。辛い事があると背中を押してもらいたくなる。

 旦那に、後ろめたさを感じながらも……。

 

 「ううん。命令は要らない。許可だけしてちょうだい」

 『……わかった。好きにやれ。お前が何をしても、私が責任を持って揉み消してやる』

 「うん…ありがとう……」

 『気にするな。可愛い孫娘のためだよ。母親が檻の中などと言った境遇にはしたくないからな』

 「ひっどーい!可愛い娘は檻にぶち込まれても良いって言うの!?」

 『むしろ、お前を檻に入れておいた方が日本は平和になるかもしれんぞ?』

 

 ったく!結婚式の時はガチ泣きしたクセに!

 それどころか、お父さんったら私の妊娠が発覚した途端に産婦人科医を隊長とした助産師さんの特殊部隊を編成して鎮守府に配属したのよ!?しかも!工廠の治療施設に私専用の部屋まで造っちゃってさ!

 そんな公私混同丸出しな事すれば円満が止めそうなものだけど、あの子ったらお父さんにベタ惚れだからあっさり許可しちゃったの!他の鎮守府関係者に申し訳なくて仕方なかったわよ!

 それなのに、孫が生まれた途端にこの言いようだもん。あったまきちゃう!

 

 『良い事考えたぞ!いっそ桜をうちで引き取るってのはどうだ?』

 「ぶん殴るわよクソ親父!私の子供に手を出そうとしないで大淀に産ませなさいよ!」

 『いやぁ……。頑張っちゃぁおるんじゃが……。歳のせいかその…なぁ?』

 

 なぁ?じゃない。

 まだ仕事中でしょ?仕事中に素に戻んないでよ。

 あ、ちなみにだけど、お父さんは仕事中とプライベートでキャラを使い分けてるの。

 仕事モードの時は一人称は『私』だし喋り方も偉そうなんだけど、素に戻ると方言が丸出しになるのよ。ハッキリ言って、プライベート時のお父さんは見た目の厳つさも相まって893にしか見えないわ。

 

 「やる事はやってんでしょ?子供作った実績はあるんだからその内デキるわよ。大淀に問題が無ければ」

 『おうそれよ。大淀が正にその事を気にしちょってな?今度病院に付いていっちゃってくれんか?』 

 「ええ~。私がぁ~?」

 『頼む!どうも俺にゃあ隠しちょきたいらしゅうてな。俺の方から病院に行こうとは言いづらいんじゃ』

 

 はぁ……。そんなの夫婦の問題でしょうが。

 とは言え、年下でも大淀は継母だし、お父さんも困ってるみたいだから病院について行くの自体はやぶさかじゃないけど……。それプラス慰めてあげなきゃダメかなぁ。

 え~と、お父さんと大淀が結婚して1年くらいだっけ?まあ、お父さんって射撃が下手だから単に当たらないって可能性もあるって慰めてやろう。

 けど……私は一発だったんだけどなぁ。旦那が狙撃手だからかな?

 

 「わかったわよ。付き添ってあげる。私の方から話を振ればいいんでしょ?」

 『それで頼む!いやぁ~。やっぱ持つべきもんは出来た娘じゃのぉ』

 「お世辞言っても何も出ないからね。じゃあ要件も済んだし……」

 『待て。話が逸れたが、さっきの件を円満にも話すつもりか?』

 「そのつもりだけど……。話すなって言うなら話さないよ?」

 『いや、話すのは構わん。むしろ、私がそっちに行った日に辰見も交えて話そう。だが、『神と言葉を交わし』の部分は伏せて話せ』

 「その心は?円満なら可能性レベルで考えてると思うけど?」

 

 急にキャラを変えるな。は、良いとして、私は話した方が良いと思うんだけどなぁ。本当に情報が流されてるなら、こっちの都合の良いように操作できると思うんだけど……。

 

 『お前の考えはわかる。だが、情報の流出先が目標(・・)とは限らん』

 「深海棲艦も一枚岩じゃない……。って言いたいの?」

 『その可能性があるという程度だが、不確実な情報を当てにして失敗したのでは目も当てられん』

 

 なぁ~んか怪しい。

 お父さんは何を隠してる?情報の流出先が目標とは限らない?目標って何処?ハワイ島の中枢を叩いた今、些細な不安要素まで警戒して挑まなきゃいけない目標って……。有り得そうなのは…あそこしかないわね。

 

 「まさか…鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)を攻めるの?」

 『……まだ計画段階だがな』

 

 当たり…か。鬼風との会話をお父さんに話した時から、いつかは攻めるだろうと思ってたけど……。

 

 「じゃあ、去年お父さんが各泊地を巡ってたのはその準備のため?」

 『ああ、すでに防衛ラインの強化を名目にしてラバウル、ブイン、ショートランドの三基地が包囲網を形成中だ。各鎮守府からも艦隊を派遣している。この秋には殲滅戦に移行出来るだろう』

 

 やっぱりか。

 てっきり新婚旅行ついでの挨拶回りだと思ってたけど、大淀との夫婦生活で色呆けしてたんじゃなくて発令、実行前の根回しをしてたのね。

 

 「包囲殲滅戦ねぇ……。上手くいきそうなの?」

 『今のところはな。だが……気になる事がある』

 「気になる事?」

 『作戦の内容は円満が考え、概要はすでに提出されているのだが……』

 「使えないの?」

 『そんな事はない。三基地を前線基地とした包囲殲滅戦は円満のアイディアだ。しかし、円満はこれを予備プランだと言っていた」

 「包囲殲滅戦が予備プラン?本命じゃなくて?」

 

 お父さんはすでに包囲網を形成中って言ってたわよね?各鎮守府から艦隊も派遣してるとも言ってた。

 南方中枢を封じ込めている三基地に集まってる艦娘の数まではわかんないけど、お父さんが直接指示してるんだから陸海空全てを包囲する算段のはずよ。

  

 『そうだ。そのプランでは、ラバウル、ブイン、ショートランドに配した艦娘と基地航空隊で三方から包囲を狭めて行き、北方に誘因、もしくは後退しようとする敵艦隊の背後をガダルカナル島南方からワダツミ旗下の艦娘で攻める予定になっている』

 「まるでカンナエの戦いね。それで十分なんじゃないの?」

 『私もそう思う。南方中枢の艦種や『結界』の有無は確認できていないが、こちらは前線基地三つから反復出撃できると言う好条件だ。ハワイ島攻略戦時の戦力と相対しても優位に戦えるだろう』

 「それなのに、円満はそれを予備プラン扱いしてると?」

 『ああ、どうやら円満は、この通りには行かないと考えているみたいだ』

 

 まあ、予定通りに行ったら苦労はしないわよね。

 どんなに小さな作戦でも想定外の事態は起こり得ると考えて行動しろって、私はお父さんに教わった。お父さんに提督のいろはを叩きこまれた円満だって例外じゃないはずだわ。

 

 「ちなみに、本命のプランはどうなってるの?」

 『聞きたいか?』

 「聞いていいんなら」

 『……なら言おう。正直、私も円満が何を考えているのかわからない所がある』

 

 はて?円満の考えがお父さんでもわからない?お父さんにそうまで言わせるほど突拍子もない作戦なのかしら。

 

 『そのプランは、我が軍がトラック泊地まで後退していることが前提で立てられている』

 「え?は?トラック泊地まで後退?どういう事?中枢を包囲中の基地や泊地は?」

 『円満のプランでは陥落していたよ』

 「ちょちょちょっと待って!そんなにヤバい状況になってるの!?」

 『いや、現状は小規模な戦闘が発生してる程度で大事には至っていない。確認されている敵艦隊も小規模な物ばかりだ』

 

 それなのに三つの基地が陥落?お父さんの事だから、敵の勢力が小規模だからって慢心はさせないはず。

 各基地の司令がお父さんほど慎重かはわかんないけど、それでも包囲殲滅の前準備をしてるんだから下手な事はしないはずだわ。

 単に、円満が心配性で最悪以上の事態を想定してるだけだと思うんだけど……。

 

 『わからないことはそれだけではない。円満は、その作戦での戦死者(・・・)リストをすでに提出している』

 「いくらなんでもそれは……。予想戦死者数よね?」

 『違う。戦死する艦娘のリスト(・・・・・・・・・・)だ。どうやら、円満は私では想像も出来ない程先が見えているらしい』

 

 有り得ない。

 もしその通りになれば、それはもう予想なんて言葉じゃ片づけられない。予知だ。

 円満にそんな能力が?いや、あの子は頭は良いけど予知能力者なんかじゃないはず。少なくとも、私が知る(・・)円満は………。

 

 『円満は、そのリストを私に渡した後、涙を流しながらこう言ったよ。「私はこれだけの艦娘を殺します」とな』

 「あの子には…いったい何が見えているの……?」

 『それは私もわからん。だが……』

 「だが?だが、何?」

 『円満はこうも言った。「これは前哨戦」と』

 

 前哨戦ですって?敵中枢を攻略するのが前哨戦? 

 南方の中枢を攻略できれば日本の安全は半ば保証されるようなものなのに、円満はそれを前哨戦だと言ってたの?あの子の最終目標は何処にあるの?

 

 『覚悟しておけ桜子。円満は本気だ。彼女は本気で、この戦争を終わらせるつもりでいる。例え、どれだけの犠牲を払おうとも』

 

 そこから先の話は正直覚えていない。気づいたら、私は旦那が座るソファーに腰を下ろしていたわ。

 お父さんが何か言う度に「うん」とか「ええ」とか言って適当に流してた覚えはあるけど、『戦争を終わらせる』ってワードのインパクトが強すぎて他が頭に入ってこなかったんだと思う。

 

 「ママ~ぽんぽんいたいの?」

 「え?ううん、痛くないよ。桜は痛いの?」

 「いたうなぁ~い♪」

 

 たぶん、痛くないって言ったんでしょうね。

 元気のない私をこの子なりに心配したのか、隣に座ってる旦那の膝から私の方に移動してお腹に顔を埋めてグリグリし始めたわ。どうしてお腹の心配をしたのかは謎だけど。

 

 「ねんねする?」

 「うぅ~……」

 

 私のお腹をグリグリしてる内に眠くなってきたのか、座りの良い位置を探してモゾモゾしてる。こうなると、桜が寝るのはあっという間。ベストポジションを見つけたら速攻で寝落ちするわ。

 

 「親父は何て?」

 「好きにして良いって……」

 「じゃあ、好きにするんすね?」

 

 私は、すぐに答える事ができなかった。

 やる事は決まってるのに。やるべき事はわかりきってるのに、寝息を立て始めた桜の頭を撫でてる内に決心が鈍りそうになってしまった。

 

 「私の手は血で汚れてる……。これからも汚れ続ける……」

 「なら、やめるっすか?」

 

 やめる?やめるなんて選択肢は端から存在しない。これは私が選んだ道だ。

 例え将来、この子に人殺しと蔑まれたって構わない。この子が平和な世界を享受できるなら、私はどれだけ汚れたって構わない。だから、今も戦い続けている。

 それなのに……。

 

 「ねぇ、アナタ。この戦争を終わらせるなんて出来ると思う?」

 「どうっすかね。正直、終わらせれる気は全くしないっす。終わらせられれば最高っすけど……」

 

 だよね。私だってそう思ってた。

 終われば最高。終わらなくても現状は問題ないって。

 だって、私はもう艦娘じゃないから。ただの人間の私じゃ戦争を終わらせるなんて無理だって、いつの間にか私は諦めちゃってたのね。

 艦娘を辞めても、いや、辞めたからこそできる事があるって言うのに。

 

 「本腰を入れるわ。手始めにアクアリウムを殲滅する」

 

 円満に触発されちゃったわね。今さらになって、昔の気持ちが蘇って来たわ。

 どんなに奇異な目で見られようと、どんなに馬鹿にされようと、どれだけ蔑まれようと諦めなかった昔の気持ちが。

 

 「それでこそ、自分が惚れた桜子さんっす」

 「惚れなおさせてあげるわよ。昔以上の無茶だってしてやるんだから」

 

 だから円満。貴女がこの戦争を終わらせる気だって言うなら私も乗ってあげる。

 貴女は表舞台で私は裏舞台。

 この私が黒子ってのが少し気に食わないけど、終わるまでは我慢してあげるわ。

 私が貴女の足元を固めて、貴女が安心して外に目を向けれるよう、内側の不安要素は全て私が片づけてあげる。

 そう……。

 

 「あの子は、私が斬る」



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第十八話 野風

 

 

 大和さんとお会いした時、私は彼女が生きている事を確信しました。

 話自体は主人経由で円満さんからお聞きしていたのですが、その時まで半信半疑だったんです。だって間違いなく仕留めましたもの。

 あの日、ワダツミに迫った彼女と戦った日に、彼女は私の胸の中で確かに崩れ落ちたんですから。

 それなのに、彼女は艤装の中で生きていた。

 深海棲艦が既存の生物とは全く違う生き物だという事は知ってましたけど、まさか体を失ってまで死なないなんて思ってもみませんでした。

 けど、同時に納得もしてしまいました。

 彼女なら、それくらいの事は平気でやりそうだなって。

 だって、私も似たような事をしたから、愛する主人と添い遂げる事が出来たんですから。

 

~戦後回想録~

元軽巡洋艦 大淀。海軍元帥夫人へのインタビューより抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 「かったるぅ~い……」

 「桜子。仕事なんだからそんな事言っちゃダメでしょ?」

 「だって、お父さんよ?今さら出迎えなんてしなくて良いでしょうに……。そう言う辰見だって、本当は面倒くさいとか思ってるんじゃないの?」

 「思ってない」

 「本当にぃ?」

 「……」

 「ほら見なさい!やっぱり面倒くさいんじゃない!」

 

 もうちょっと頑張ってよ辰見さん……。

 まあ、それは兎も角。

 私と桜子さんと辰見さんの三人は、海軍元帥である先生を出迎えるために庁舎の正面玄関で到着を待っているんだけど……。

 聞いて分かる通り、桜子さんが待ちくたびれてブー垂れだしたの。まだ五分しか待ってないのに。

 

 「出迎えなんか円満だけで良いじゃない。いや、むしろそっちの方が円満的にも嬉しいんじゃない?」

 「桜子、誰が何処で聴いてるかわかんないんだから迂闊な事言うもんじゃないわよ。青葉にでも聞かれたらどうすんの?」

 「その方が面白いかもよ?」

 「面白いのは貴女だけでしょうが。円満の気持ちも少しは考えてあげなさいよ」

 

 って言うか、本人が居る前でそんな話をするな。

 貴女達がその話をする度に私のメンタルがゴリゴリ削れてるのよ?チャンスは何度もあったのに何もできてない自分が情けなさ過ぎて……。

 

 「考えてるわよ?だからさっさと卒業出来るようにアレコレ手を回してるんじゃない」

 「ちなみに、何を?」

 「そんなの処女に決まってるでしょ?こじらせたって良い事ないんだから」

 「ドストレートに言いやがった……。もうちょっとオブラートに包むとかできないの?」

 「え?ゴムなら毎回持たせてるわよ?ね?」

 

 ね?じゃない。確かに持たされてるけどこんな場所で言わないで。

 そう言えば先生が言ってたなぁ……。女の下ネタはリアル過ぎて笑えないって。私は別の意味で笑えないけど。

 

 「あ、避妊には気を使ってるんだ」

 「そりゃもちろん。避妊薬も用意してるし、デートだって円満の安全日に合わせてセッティングしてるんだから」

 

 へぇ…私って生理周期まで管理されてたんだ~。はははは……。

 ってぇ!笑ってる場合じゃない!どうやって調べたの!?私の生理周期を知ってそうなのって満潮くらいしか居ないはずだけど!?

 

 「あ、そうだ。生理って言えば、艦娘だった頃は生理が来てる子が羨ましかったなぁ」

 「いや、なんでよ。私は来てない子の方が羨ましかったけど?」

 「だって生理中は休めるじゃない。重い軽いに関わらず。そう言う辰見だって、艦娘だった頃は「ふふふ、羨ましいか?」って言ってたじゃない」

 「いや…私は軽い方だから……」

 

 なんて不純な理由だ……。

 生理中に休みを取らせるのは、一瞬の判断ミスが死に直結しかねない戦場に体調が悪い子を出す事ができないからよ。重い子は勿論だけど、軽い子だって貧血を起こす場合があるんだから無理はさせられないわ。

 まあ、桜子さんみたいな不満を抱えてる駆逐艦が居ないでもないけど、そういう子だって改二改装を受けた途端に初潮を迎える場合があるから表だって不満を言う子は居ない。

 艦娘は成長が止まっているけど、改二改装で体が成長しちゃう場合もあるからね。しない場合もあるけど……。(ここには居ない某レディーから心の目を逸らしながら……)

 大和を迎えに行ってる満潮だってそうよ。

 あの子は初潮前に艦娘になったから生理とは無縁だったんだけど、改二改装を受けたら色々成長しちゃって生理が始まったわ。「私…病気なの……?」って言いながら泣きそうになった満潮を慰めたのは良い思い出ね。

 

 「あ、来たみたいね」

 「ホントだ。こんだけ待たせたんだから土産の一つもせしめないとね」

 

 ちなみに10分も待ってない。

 と、ツッコんでる暇はないか。辰見さんが言う通り、正門が開いて先導車が入って来たわ。先導車……で良いのよね?私には戦車にしか見えないんだけど……。

 まあいいか。気にしたら負け。来るのは海軍元帥なんだから戦車一個中隊規模の護衛は普通よ。うん、普通普通。戦車の砲についさっき発砲した形跡があるのも普通。何台かに着弾痕があるもの普通。「負傷者は西門に回せ―!」とか言ってる声が聞こえるのもきっと普通だわ。

 普通ってなんだっけ……。

 

 「総員!(かしら)ー右!」

 

 私の号令で、それまでの緩い雰囲気を払拭した桜子さんと辰見さんはロータリーを回って来る先生が乗った黒塗りのセダンに頭を向けた。

 元帥専用の耐弾耐爆仕様の車らしいんだけど、先生ってこの車嫌いらしいのよねぇ。なんか、高級車特有の匂いで酔っちゃうんだってさ。

 

 「お久しぶりです。皆さん元気そうでなによりです」

 「三人とも出迎えご苦労。久しぶりだな」

 

 私達の前に停まった車の助手席から護衛の奇兵隊員が降りて後部座席のドアを開けると、胸にタブレットを抱えた大淀が先に降り、続いて先生が降りて来た。

 昼間に会うのは久しぶりだけど、やっぱりカッコいいなぁ……。理解してくれる人は少ないけど。

 

 「ねえお父さん。襲撃されたみたいだけど大丈夫だったの?」

 「ああ、問題ない。戦闘に加わりたいのを堪えるのに苦労したよ。負傷した者は後で労ってやるとしよう」

 「別に良いわよ。それはこっちでやっとくから」

 

 職務中なんだからお父さんはやめろ。

 と言いたいところだけど、鎮守府の外ならともかく中では皆このノリだ。私も最初の内は形式通りの対応をしてたんだけど、「肩が凝るからやめてくれ」と言われてからは普通に相手してるわ。さすがに先生とは呼ばないけど。

 

 「どうした円満?今日はやけに大人しいな」

 「私はいつも大人しいわよ。桜子さんほど血の気も多くないし」

 「ハハハハ。それもそうだな」

 

 桜子さんの「誰の血の気が多いって?」という抗議は無視するとして、本当は照れちゃって何を言って良いかわかんないだけ。いきなり声をかけられたから心臓が口から飛び出すかと思ったわ。正直、顔もまともに見れないし。

 

 「ここで立ち話もなんだし移動しません?ねえ円満、応接室…で良かったのよね?」

 「え?ああ…うん。そっちで良い。ありがとう、辰見さん」

 

 私に気を使ってくれたのか、辰見さんは先生を先導して庁舎の二階、執務室の反対側にある応接室に移動し始めた。今は辰見さんの気遣いがありがたいわね……。

 三人の後ろを、大淀と二人で並んで歩く事になっちゃったのが誤算だったけど……。何か話さないとダメかなぁ……。

 

 「えっと…三日くらい…こっちに居るんだっけ?」

 「はい。一応、視察と言う名目は付けましたが実質休暇ですね」

 「へぇ…そうなんだ……」

 

 私は横目で大淀を覗いてみた。

 平成二年に行われた『艦種変更実験』の末に大淀となった元朝潮。私の元姉妹艦であり友人。そして…恋敵。と言っても、私が横恋慕しちゃったんだけどね。

 朝潮だった頃と同じ黒のロングヘアに蒼い瞳、それにアンダーリムの伊達メガネ。身長は160cmに届いてないと思うけど、私より少し高いかな。胸も…大きいとは言い難いけど、存在を確認できるほどには大きくなった。

 ええそうよ?私より大きいわよ。どうせ私は無いわよ!

 

 「え、円満さん?」

 「ごめん。なんでもない……」

 

 危ない危ない。危うく発狂するところだった。

 やっぱり先生に揉まれてるから大きくなったかのかな……ってそれはもういい!胸から離れるのよ私!

 

 「お、お疲れなのでは?ちゃんと休み取ってます?」

 「ちゃんと休んでるから心配しないで。直近なら明後日休む予定にしてるから」

 「そうなのですか?あ、だったらお休みも重なりますし、一緒にどこか行きませんか?」

 「どこかってどこよ。行きたい場所でもあるの?」

 「いえ、私とではなくて…そのぉ……。色々話したい事もあると思いまして」

 

 ああ、そういう事か。要は先生とデートして来いって言いたいんでしょ?

 ムカつく……。

 アンタは私の事を気遣ってそんな事を言ってるんだろうけど、私からした「私のおこぼれでいいなら差し上げます」って言われてるのと同じよ。バカにしやがって……。

 

 「せっかくこっちに居られるんだから孫と一緒に居させてあげなさいよ。私の事なんて気にしなくていいから」

 「それはそうなんですが……。ほら!私も桜ちゃんも21時には寝ちゃいますし!」

 

 ああ、つまり自分の代わりに夜の相手をしてやれって事?そうよね。アンタって21時には何があっても寝ちゃうもんね。

 なぜかって?

 それはこの子の才能に原因があるの。

 例えば『脚技』や、一般的な物になると料理の仕方まで、自前の身体能力内で再現可能な事なら一度見ただけで完璧に再現する事ができる特殊な才能を持ってるの。この子は『猿真似』って呼んでたかな?

 で、朝潮だった頃は単に夜が弱いだけだと思われてたんだけど、21時になると電源が落ちるみたいに急に寝る事を不思議に思った先生が医学的に調べて、起きてる間の脳の活動が常人の数倍以上だと言う事がわかったわ。

 簡単に言うと、起きてる間常時発動してる『猿真似』で働き過ぎた脳が、21時になると休息を求めて強制的にシャットダウンしちゃうのよ。

 そのせいで、大淀は『一人艦隊』と呼ばれる程の戦闘力を有していながら夜戦で使いにくいし、日を跨いだ作戦にも使えない。それなら艦隊を組ませればいいってなるけど、強すぎて一緒に行動できる艦娘が居ないの。満潮と叢雲でギリギリかな。先生との夜戦(意味深)とかどうしてるんだろ?

 

 「アンタ、私が未成年だって事忘れてない?呑むことは呑むけど、あんまり大っぴらには出来ないのよ?」

 「それはわかってます。けど…主人が望んでますし、私も相手が円満さんなら安心だから……」

 

 主人…ねぇ……。すっかり人妻になっちゃったわね。

 主人の不倫を認めるのみならず応援するのは異常だと思うけど、この子は先生が望むことは何でも受け容れるつもりなんでしょう。

 その結果。私がどれだけ傷つくかなんて考えもせずに。

 

 「何が安心なのかはわかんないけどわかったわ。元帥にもそう言っといてちょうだい」

 「はい。伝えておきます。断られたらどうしようかと思ってました。円満さんと呑むんだ~って楽しみにしてるお酒があるらしいんですよ」

 「ふぅ~ん。そ、そう……」

 

 ヤバい。

 先生が私と呑むのを楽しみにしてるって聞いて顔がニヤけちゃった。咄嗟に顔を逸らしたから大淀には見られてないと思うけど……。

 単純だなぁ…私って……。

 

 「お父さん。下座じゃなくて上座に座りなさいよ。一番偉いんだから」

 「ダメか?下座の方が落ち着くんだが……」

 「出口が近いからでしょ?心配しなくても、武装した私と辰見が居るんだから大丈夫よ。大淀だって居るんだし」

 

 応接室に入ると、桜子さんと先生がそんな問答をやっていた。

 出口付近に陣取りたいと思う先生を臆病だと言うつもりはないわ。退路を確保するのは常識だからね。とは言え、やっぱり上座に座って貰わないと締まらないか。

 

 「椅子が高級過ぎて落ち着かん……。円満、パイプ椅子はないのか?」

 「あるけど出しません。だいたい、大本営に居る時はそれより高級なの使ってるじゃない」

 「それは来客がある時だけだ。普段は座布団だな」

 

 なぜ座布団なのか…と思って先生の左横に移動した大淀をチラリと見ると、「普段は畳敷きの六畳一間でお仕事してます」と教えてくれた。

 この人…元帥用の部屋が性に合わないからって部屋を改造したのね。

 以前、先生と前海軍元帥に会いに行った時に通された部屋は、家具こそ質素だったけど二十畳くらいあったもの。

 きっと、二十畳近い部屋の一角に畳を敷いて仕事してるんだわ。ちゃぶ台に書類を積んで、座布団の上に胡座をかいて判子を押してる姿が目に浮かぶわね。

 

 「さて、大和が来る前に少し話をしておきたい事があるんだが……。桜子、例の話を皆に」

 「りょーかい。あ、そうだ。ねえ大淀、お茶淹れてきてくれない?ついでに茶菓子も」

 

 いくら身内とは言っても、大本営付きの艦娘を顎で使うな。と言いたいところだけど、桜子さんは暗に「出てけ」と言ったのね。

 大淀に聞かれたらマズい話なのかしら。

 

 「……わかりました。円満さん。お茶菓子の場所は変わってませんよね?」

 「ええ、変わってないわ」

 

 チラリと先生を見て何かを納得した大淀は、お茶菓子の場所だけ確認して退室した。

 はてさて、この面子にしか話せない事って何なのかしら。

 

 「それじゃあ始めるけど。大和、矢矧の護送中にテロリストの襲撃を受けたのは皆知ってるわよね?拷…じゃなかった。尋問の結果、その襲撃を指揮した者から、反政府組織『アクアリウム』の指導者の情報が手に入ったわ」

 

 拷問って言いかけなかった?

 は置いといて、反政府組織『アクアリウム』とは正化24年頃から活発に活動し始めたテロ組織の一つで、深海棲艦共を神と崇め、信奉する狂信者の集まりでもあるわ。

 アクアリウムの手口は一般市民を先導して武器を与え、遊び半分の馬鹿共に鎮守府などの軍事施設を襲撃させる方法を取ることが多い。

 だから、正式なアクアリウムのメンバーが矢面に立つことはほとんどない。あっても一人か二人、アクアリウム内でも下位の者ね。この辺りまでの情報は、捕らえたメンバーを尋問したりして入手出来てたわ。

 けど、問題は上位のメンバー。

 もっと言うとアクアリウムのトップの情報に関してはほとんど掴めていなかった。捕らえたメンバーに『マザー』と呼ばれてたから女性である可能性が高いって事はわかってたけど、それ以上は不明だったの。今までは。

 

 「襲撃を指揮した奴は上位のメンバーだったの?」

 「そうだったみたいね。マザーと直接会った事もあるそうよ」

 「マザー…ねぇ。アクアリウムってマザコンの集まりだったりしない?」

 

 そんな訳ないでしょ辰見さん。

 マザコンの集団が重火器持って武装してるなんて世も末よ……。けど、これで大淀に席を外させた理由が何となくわかったわ。

 いくら大淀が先生の秘書艦だと言っても、これは艦娘が関わるべき事柄じゃない。こんな人間同士の争いは、艦娘達に知られる前に私達が片付けるべき問題だもの。

 

 「円満。一つ確認するんだけど、艤装の無断使用は出来る?」

 「そんなの、艦娘だった桜子さんなら聞かなくても知ってるでしょ?」

 「良いから答えて。出来るの?出来ないの?」

 

 出来るか出来ないかで言えば出来ない。

 艤装は、提督か提督補佐が許可しないと工廠から持ち出すことすら基本的に出来ない。整備員さんに止められるからね。 

 もちろん、使用を制限するのには理由があるわ。

 一つは資源の管理に影響が出るため。

 好き勝手に燃料弾薬を使われたんじゃいざという時に困るもの。

 二つ目は、艦娘が軍部、もっと言うと政府の管理下にあると民間人に印象付けるため。

 海上は言うに及ばず、陸上ですら下手な兵器より強力、かつ自己判断で行動できる艦娘は戦う術のない一般人からしたら深海棲艦と大差ない。

 実際、艦娘の危険性を訴えるデモなども過去に起こったわ。まあ、4年前の大規模作戦の成功で今は納まってるけど、ふとした切っ掛けで再燃する恐れもある。

 それを防ぐ意味合いもあって、艤装が保管してある工廠は鎮守府で一番警備が厳しい。

 24時間365日、海兵がフル装備で警備してるわ。

 だから無許可で持ち出すなんてほぼ不可能だし、仮に持ち出せたとしても、燃料や弾薬の消費ですぐに足がつく。そんな事、桜子さんでも知ってるはずなのにどうして今更……。

 いや…まさか……。

 

 「マザーは…艦娘?」

 「ご明察。私もそう思ってるわ。尋問した奴は「マザーはこの十数年歳を取っておらず、神と同じように海を駆ける」と言ったわ。これ、どう考えても艦娘よね?」

 

 想定はしていた。

 8年前の舞鶴襲撃と7年前の横須賀襲撃。この二つは、まるで鎮守府に艦娘が少ない事を知っていたかのような襲撃だった。

 当然、深海棲艦と通じてる者の存在は疑われたわ。真っ先に疑われたのは当然アクアリウム。

 でも、疑われたけど可能性は低いと思われていた。

 なぜかって?

 それは、深海棲艦が人間を問答無用で殺すから。

 それは艦娘だって例外じゃないわ。過去に深海棲艦と理解しあった艦娘は居たけど、その結末は殺し合いだもの。まあ、私と桜子さんの事なんだけど……。

 そんな例があったから、内通者が鎮守府の管理外にある艦娘という可能性は考えていたわ。

 けど、それなら何故、桜子さんはマザーが深海棲艦と通じてる可能性が有る事を言わないんだろう。そこまでは聞き出せなかったのかしら。

 初めて知った風を装って少し様子を見るか……。

 

 「そう取れなくもないけど…でも……!」

 「艤装は全て管理されてるから有り得ない?」

 「そうよ。今は使用されてない野風型の艤装ですら、ちゃんと管理されてるわ」

 

 野風型駆逐艦。

 神風型と同時期に開発、建造された睦月型以前の艦型。改峰風型と呼ばれることもあるわね。

 今は戦況が小康状態なのもあって、プロトタイプと言って良い野風型の艤装は使用されずに保管されている。

 同時期に建造された神風型もそうしようって意見もあったんだけど、桜子さんが神風としてかなりの戦果を上げてたもんだから保留にされたの。

 

 「一つだけ無いんじゃない?野風型の艤装は本来なら(・・・・)三つあるはずよ」

 「確かにそうだけど…それは単に再建造出来てないだけでしょ?」

 

 戦闘中に艦娘だけでなく、艤装まで破壊される事がたまにある。

 そうした艤装が出た場合は、『開発資材』と名称を偽った深海棲艦の核と資源を与える事で妖精さんが再建造してくれることがあるの。

 まあ、狙った艤装を建造してくれるかどうかは妖精さんの気分しだいだから、ちゃんと建造してくれるかどうかは妖精さんに祈るしかないんだけどね。

 で、話を戻すけど、過去に破壊された艤装で再建造されてない艤装が一つだけ有る。それは……。

 

 「その情報を捕虜から聞き出した後、すぐに調べたわ。具体的に言うと、あの子が配属された部隊。その生き残りとコンタクトを取った」

 「生き…残り?」

 「そう、あの子の部隊は一人を残して全滅していた。あの子の艤装が破壊されたと報告したのもその生き残り。けど嘘だった。深海棲艦の攻撃でその子諸共全滅したという報告は嘘だったの」

 「つまり…どういう事……?」

 「あの子は自分が配属された部隊を全滅させたのよ。わざと殺さなかった生き残りに、自分も死んだと報告させてね」

 

 やっぱり、野風型の一つが唯一再建造出来なかったのはそれが理由か。妖精さんのきまぐれじゃなく、今だ存在しているから再建造されないんだわ。

 だとしたら、アクアリウムの指導者、マザーの正体は野風型駆逐艦。その一番艦の……。

 

 「野風。それが、アクアリウムの最高指導者の名よ」

 

 桜子さんは、感情を無理矢理押し殺したような無表情でその名を口にした。

 きっと、桜子さんに野風が深海棲艦と通じてる事を隠すよう指示したのは先生ね。

 大方、大きな作戦前に不確実な情報を与えたくない。もしくは、不確実な情報を当てにして失敗させたくないとでも言ったんでしょう。

 でも先生、桜子さんの日本刀を握りしめる左手までは平静を装えなかったみたいよ。おかげで、深海棲艦への情報提供者の存在を確信できたわ。

 

 「じゃあ、奇兵隊はアクアリウム殲滅に向けて動くのね?」

 「ええ、既に調査は開始してる。今までのような対処療法じゃなく、拠点と思われる場所全てを破壊するわ」

 

 そこが拠点だと確定しようがしまいが関係なく…って感じね。

 私に桜子さんと野風の関係を知る術はないけど、桜子さんはこの時、もしかしたらマザーの正体に気づいた時点で決めてたんだと思うわ。

 野風を討つのは、自分だと。



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第十九話 お前が『あの人』か!

 

 

 大和と大淀が対面した時は正直気持ち悪いと思ったわ。

 だって、応接室の外が騒がしいから何かと思って出てみたら、大和がまるで生き別れの家族か恋人にでも再会したかのように泣いてたんだもの。

 普通ならジーンとしちゃう場面だったんだろうけど、私にはそれを言ってるのが大和ではなく、大和の内に潜む窮奇だって直感でわかったから気持ち悪いと思っちゃったのよ。

 そしてその後、先生と握手を交わそうとした大和は、それまでの雰囲気が吹き飛ぶくらいの殺気を放ったわ。

 もし先生が止めなれば、大和はミンチにされてたと思う。だって、その場には武装した桜子さんと辰見さん、それに大淀まで居たんだもの。

 私自身、自衛用に持っている拳銃を大和に向けて撃つ寸前だったわ。

 

 

~戦後回想録~

横須賀鎮守府司令長官。紫印 円満中将へのインタビューより抜粋。

 

ーーーーーー

 

 「応接室…ですか?」

 「そうよ。円満さんから聞いてない?」

 

 私が朝潮ちゃんと食堂でお昼ご飯を食べていると、提督に私を迎えに行って来いと言われたらしい満潮教官がいらしたので、「執務室に行けば良いんですよね?」と聞いたら「執務室じゃなくて応接室」と訂正されました。完全に寝耳に水です。

 

 「聞いてますけど…13時に来てくれとしか聞いてなくて……」

 

 だから、執務室に行けば良いんだと思ってたんですが違ったようです。満潮教官に教えて頂けなければ間違いなく執務室に行ってたと思います。

 

 「またか…ったく。肝心な所を伝え忘れてるじゃない」

 「また?」

 「何でもない。それより準備は出来てるの?ご飯食べたらそのまま行けるのよね?」

 「あ、はい。それは大丈夫です」

 

 身なりはいつも以上にキチンとして来なさいと言われてましたから、朝潮ちゃんに引っ張って貰うリードも新品です。

 

 「一応言うけど、リードは外しなさいよ?朝潮も着いて来ちゃダメ」

 「そんな!」

 「そんなじゃない。曲がりなりにも海軍で一番偉い人に会うのよ?そんな特殊プレイの最中みたいな恰好で会っていい訳ないでしょ」

 

 それは…そうなんでしょうけど……。

 でもでも!自分でもどうしてだかわかりませんけど、朝潮ちゃんとリードで繋がってる状態って凄く落ち着くんです!

 まるで、昔からこんな感じで誰かに引っ張られていたような錯覚を覚えるほどに。

 

 「大和さん。私も寂しいですが仕方ありません。元帥さんは厳しい人だと聞いたことがありますし……」

 「いや、あの人って見た目の割に緩いわよ?変態だし」

 「満潮さんは元帥さんとお知り合いなんですか?」

 「あ~、朝潮は知らないんだっけ?お知り合いもなにも、あの人って円満さんの前にここで提督やってた人だもん」

 

 だったらこのままでも良いんじゃないでしょうか……。だって変態なのでしょう?元帥さんって。

 いえ、私と朝潮ちゃんが変態的な行為をしているとは欠片も思ってないのですが、緩いとおっしゃるくらいなのですからこれも大目に見てくださるのでは?

 

 「あ、あの…満潮さん。もしかして先輩もいらっしゃるのではないですか?」

 「先輩?ああ…お姉ちゃんの事か。来るはずよ。元帥さんの秘書艦だし」

 「じゃ、じゃあ私も……!」

 「さっきも言ったけど着いて来ちゃダメ」

 「ううぅぅ……」

 

 最後まで言わせてあげてください。

 言い切る前にダメだと言われちゃったから朝潮ちゃんがしょげちゃったじゃないですか。これはこれで可愛いので口に出して抗議はしませんけど。

 

 「会ったことないの?あれだけ毎週毎週来てるのに」

 「はい……。いらしてるというのは知ってたんですが…タイミングが合わなくて……」

 

 ふむふむ。朝潮ちゃんが先輩と呼び、満潮教官がお姉ちゃんと呼ぶその人は恐らく朝潮ちゃんの先代、元二代目朝潮ですね。たしか……戦艦を倒すほど強い人だとか……。

 

 「『猫の目』に行ってみなさいよ。週末はだいたい居るから」

 「そ、それって倉庫街にある喫茶店です…よね?」

 「そうだけど…って!アンタどうしたの!?顔が真っ青よ!?」

 「だ、だいじょじょじょぶです。少し思い出してしまっただだだだけですから」

 

 だいじょばないですよね?顔が真っ青なだけでなくプルプルプルプルと震え始めてますもの。チワワみたいで可愛いです♪

 じゃなかった。

 その『猫の目』と呼ばれる喫茶店には、朝潮ちゃんをここまで恐怖させる何かがあるのでしょう。今度場所を聞いて、誤射を装って砲撃してやろうかしら。

 

 「あ~…アンタ、アレを思い出してるんでしょ。確かに私も慣れるまで苦労したわね……」

 「慣れちゃったんですか!?あのレオタードに慣れちゃったんですか!?」

 「そりゃ何度も行ってりゃ慣れるわよ」

 

 なぜレオタード……。しかも『猫の目』でしょ?もしかしてキャッツアイですか?ウィンクしてるエブリナイですか?

 

 「ちなみに、アンタが初めて見たポーズは?」

 「モストマスキュラーでした……。食べ…食べられるかと……思っ…ふえ……」

 「あーもう!泣かないでよ!そうよね。初見でモストマスキュラーはキツイわよね。私はサイドチェストだったから気絶するだけで済んだけど……」

 

 日本語でお願いします。

 二人が何を言ってるのか欠片も理解できません。ポーズと言うくらいだから、何かしらのポーズの名称なんでしょうけど……。

 

 「お姉ちゃんにはそれとなく言っといてあげるわよ。だからその……。大人しく部屋で待ってなさい!」

 「はい!ありがとうございます満潮さん!」

 

 素直じゃないなぁ。

 満潮教官は恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてそっぽ向いちゃいました。朝潮ちゃんが嬉しそうだからいいですけど、もう少し優しい言い方をしてあげても良いと思うのですが……。

 

 「ツンデレ……」

 「何か言った?大和」

 「いえ何も」

 

 すんごい怖い笑顔でこっち見てる……。ボソッと言ったつもりだったのに聞こえてしまったみたいです。これは話題を逸らした方が良さそうですね。

 さて、どうやって逸らそう……。

 そもそも、満潮教官は何が気に障ったのでしょう。ツンの部分でしょうか。それともデレ?

 素直じゃないですから、デレが入ってると思われたのが気に障った可能性が高いですね。『ツンしかない』と言えば良かったのかしら。でも、それでは語呂が悪いです。何か良い言葉は…あ、そうだ。

 

 「ツンドラですね!」

 「殴られたいならそう言いなさい?泣いて謝るまで殴ってあげるから」

 

 おうふ……。逆効果だった。

 ツンドラでも僅かな雪解けがあるというのに、満潮教官には僅かなデレすらないご様子。よく不良の人がやる「あぁん!?」って感じで威嚇してます。

 見た目が愛らしいせいで大して怖くない…と言ったら余計怒らせてしまいそうなので黙っていましょう。

 

 「ご飯食べ終わったんなら行くわよ。朝潮、悪いんだけど大和の食器を片付けてあげてくれない?」

 「は、はい!お任せ下さい!」

 

 と、元気よく返事をして小さな両手で食器が載ったトレイを運ぶ朝潮を愛でて居たかったんですが、いつもは朝潮ちゃんに引いてもらうリードを満潮教官に引っ張られて無理矢理食堂から連れ出されました。

 やっぱり朝潮ちゃんじゃないと気持ち良くないですね。満潮教官はリードの引っ張り方が雑です。

 こんな引っ張り方では気が弱い犬だって懐きませんよ。ワン!って吠えられちゃいます。

 

 「ワン!」

 「黙れ駄犬。あんまり吠えるようなら去勢するわよ?」

 「それは困ります!」

 

 私だって女の端くれです。将来的には子供を産みたいですから去勢されたら困ります。

 けど、そのためには伴侶が必要ですね。

 生憎と、これまでの人生で異性と交際した経験はありませんけど、これから先何かご縁があって交際に発展するかもしれません。 

 昨今は同性愛にも理解が深まってると聞きますので相手が男性じゃない可能性だってあります。

 そうです!なにも男性にこだわる必要なんてありません! 

 私には朝潮ちゃんというご主人様がすでにいるじゃないですか!

 

 「ちょっと結婚して来まぐぅえ!」

 「13時に来いって言われてるのを忘れたの!?だいたい誰と結婚する気よ誰と!」

 

 ううぅ……。朝潮ちゃんと結婚しようと踵を返したら、リードを思いっきり引っ張られて変な声を出してしまいました。

 それだけじゃありません、。私と満潮教官の身長差のせいで体が逆くの字になりました。腰とかグキッってなりましたよ。

 

 「そんなの朝潮ちゃんに決まってるじゃないですか!何か問題でも!?」

 「問題しかないでしょ!だいたい、どうやって女同士で結婚する気よ!」

 「愛さえあれば性別など些細な事です!」

 

 満潮教官はどうやってとおっしゃいましたが、海軍には結婚(仮)と呼ばれる制度があると噂で聞きました。

 しかも、しかもです!

 その制度は歳や性別は関係なし。40過ぎの男性が10台の子と結婚した例もあれば、女性同士の結婚も例があるのだとか。

 つまり!その制度を利用すれば、私も朝潮ちゃんと結婚が出来ると言う事です!

 

 「アンタ。もしかしてケッコンカッコカリの事考えてる?」

 「なんだ、ご存じなんじゃないですか」

 「そりゃ知ってるわよ。だって私、円満さんとケッコンしてるもん」

 

 なん…だと?

 提督と満潮教官が夫婦?いや、この場合も夫婦で良いのかしら。だって女性同士でしょ?女性同士じゃ子供を作れませんし、そもそも法的にどうなのでしょう。

 他国はどうか知りませんが、少なくともこの国では同性婚は認められていません。

 つまり違法です。犯罪です!

 

 「この犯罪者ぁぁぁぁ痛い痛い!髪の毛を引っ張らないでくださいよぉぉぉ!」

 「このダブスタ女が……。何か勘違いしてるみたいだから説明してあげるけど、ケッコンカッコカリはあくまで(仮)。ケッコンとはついてるけど本当に結婚する訳じゃないわ」

 

 満潮教官が私のポニーテールを引っ張りながらしてくれた説明はこうです。

 ケッコンカッコカリは一般的な結婚とは異なり、最高練度に達した艦娘の練度上限を上げるシステムだそうです。

 方法はいたって簡単。

 提督、もしくはそれに準ずる人。極端な例を言うと一般人でも、艦娘に指輪に代表される物を渡して気持ちを伝え(恋愛感情とは限らない)、艦娘がそれに答えれば成立するんだとか。

 

 「要は結婚ごっこですね?」

 「身も蓋もない事言うわねアンタ……。まあ、そう思ってても良いんじゃない?アンタには当分関係ない事だから」

 「ちなみにぃ…艦娘同士でケッコンカッコカリをした例は……」

 「艦娘同士で?そういう話は聞いた事ないけど……。艦娘の運用が始まって結構経つし、探せばそういう例もあるんじゃない?」

 

 ふむふむ。

 ならば希望が持てますね。私も練度を上げて、いつの日か朝潮ちゃんとケッコンカッコカリしましょう。

 

 「着いたわ。リードを外すから屈んでくれない?」

 「わかりました。どうぞ外してください」

 

 外せるものなら…ですけど。

 私は言われた通り屈みましたが、満潮教官が背伸びして手を伸ばしてもギリギリ届かない高さまでしか屈んでいません。「ちょっ!もうちょっと屈みなさいよ!」とか言ってますけど聞いてあげません。これは意趣返しなのです。

 

 「この…!アンタ、後でどうなるかわかってるんでしょうね!」

 

 あらあら、そんな怖いことを言っても、今の満潮教官は両手を一杯に伸ばして何かをねだる子供そのもの。とても可愛らしいですよ。

 しかし、これは中々に気分が良いです。

 必死な満潮教官を見下ろしていると、なんかこう……。そう!ゾクゾクしてきます!

 

 「ほら。もうちょっとで届きそうですよ?ほら、ほら」

 

 私は満潮教官の動きに合わせて首を上下させました。

 「フシャー!」と言いそうな程怒ってる満潮教官はまるで猫のようですね。猫じゃらしかボールが欲しくなってきます。

 

 「お二人とも、そこで何をしてるのですか?」

 「お、お姉ちゃん!?」

 

 おっと、噂のお姉ちゃんの登場ですね?

 満潮教官が応接室と思われる部屋の反対側を「マズい……」って心の声が聞こえて来そうな顔で見上げています。

 朝潮ちゃんの先輩でもありますし、ちゃんとご挨拶して好印象を持っていただかないと……。って、ああ!私としたことが手土産の菓子折りを持って来ていません!

 不作法だと思われちゃうかしら……。でもでも、元はと言えば満潮教官が急かしたせいです。だから私は毛ほども悪くありません。ええ、全くと言って良いほど悪くありませんとも。

 

 「悪いのは満潮教官です!」

 「ほわぁっ!?何も悪い事してないけど!?」

 「そうなのですか?なら満潮ちゃん。悪い事したのならごめんなさいしなさい」

 「待って待って待って!私何も悪い事してないから!このデカ女のリードを外そうとしただけだから!」

 「リード?ああ…ごめんなさい。満潮ちゃんにそう言う趣味があるとは知らなくて……」

 「違っ…違う!私が着けたんじゃなくて朝潮が……!あ、そのお茶運ぶの?私が持つ!」

 「いいの?じゃあ…お願いしますね」

 

 なんだかおかしな流れになってきました。

 このリードは朝潮ちゃんと私の絆であって趣味などではありません。だから一言訂正しておきましょう。屈んでいるのも疲れてきましたし。

 

 「ちょっと待ってください。一つ訂正して頂きたい事…が……」

 

 彼女の姿を視界に収めた途端、ドクン!と聞こえるほど大きく胸が高鳴りました。

 腰まで届く黒髪に蒼い瞳。私が知っている彼女をそのまま成長させたような容姿。

 この人が、朝潮ちゃんの言っていた先輩?この人が二代目朝潮だった人?

 

 「あ…あぁ……アサ…シ……」

 

 私の口が勝手に言葉を紡ぎ始めました。

 いえ、勝手に動いているのは口だけじゃありません。目からは涙がこぼれ落ち、両手がワナワナと震えながら彼女に伸びています。

 

 「アサシ……!」

 「大淀です」

 

 私の言葉をピシャリと遮り、彼女は大淀と名乗りました。感極まった私とは対照的に冷めた瞳。いや、軽蔑するような瞳で私を見据えて。

 どうしてそんな目で私を見るの?私は貴女に会いに来たのに。貴女に会えるのを何年も待ったのに!

 と、私の内側で誰かが叫んでいます。

 私は大淀さんに会いたかった?なぜ?私が会いたい彼女は駆逐艦です。大淀さんじゃない。

 確かに、私が会いたい彼女に良く似ていますが……。

 

 「ちょっと何を騒いでるの!ここは応接室……。ああ、来てたのね大和。満潮もご苦労様」

 

 提督が割り込んだ途端、それまでの胸の高鳴りがスー…っと納まりました。

 まるで奥に引っ込んだような収まり方です。

 はて?私の胸の鼓動はどうして高鳴っていたんでしたっけ?

 

 「大淀、満潮と一緒に皆にお茶を配ってあげて。大和は…取り敢えず涙を拭きなさい」

 「え?涙?あ、ああ…そういう事ですか」

 

 大淀さんと満潮教官が応接室に入ると、提督が後ろ手にドアを閉めながらハンカチ差し出してきました。

 そう言えば、私は泣いていたんでしたね。でも、どうして泣いていたんでしょう。

 胸が高鳴った後の記憶が朧気で……。

 

 「大丈夫?」

 「はい…大丈夫…だと思います」

 「そう。なら良いけど、今から元帥と会ってもらうから粗相の無いようにね?まあ、気さくな人だから少々の事じゃ怒ったりしないけど」

 「はい、気をつけます……」

 

 提督はそう言うと、「失礼します」と言いながら応接室のドアを開けました。

 部屋の広さは三十畳程でしょうか。ドアから入って一畳分ほど空けて、窓に向かって三メートル位の高級そうなテーブルが伸びています。

 その一番奥。

 上座に相当する場所に座るのは中年の男性。40代前半かしら?と、両脇に二人の女性が立っています。

 一人は黒い軍服、確か花組…だったかしら。の一人と良く似ています。そして、もう一人は提督と同じ白い軍装。なぜか、お二人とも左手に日本刀を握っています。物騒ですね……。

 大淀さんと満潮教官はお茶を配り終えたのか、右の壁際に並んで立っています。私を見る目が少々険しいのが気になりますが……。

 

 「元帥閣下。戦艦 大和を連れて参りました」

 「堅苦しい挨拶は無しで良いよ円満」

 

 「しかし……」と続けようとした提督を左手で制しながら、元帥さんは椅子から立って私の方に近づいて来ました。

 重心が全くブレてない。足音も聞こえない。それだけでもかなりの手練れとわかりますが、すぐ傍、手の届く距離まで近づかれても気配を感じません。

 いや。違いますね。

 纏っている気配に特別なモノが無い。一般人と同じなんです。それなのに圧倒されてしまう。

 彼を何かに例えるなら山でしょうか。この人には勝てない。挑んではダメだと心が警鐘を鳴らしています。

 これが海軍元帥。艦娘を含む海軍全てを従える人。こんなに怖いと思う人は、お祖父さま以外では初めてだわ。

 

 「君が大和だね?」

 「は、はい!お初にお目にかかります!」

 「そう畏まらなくて良い。海軍は君の誕生を何年も待ち望んだ。私は君の着任を心より歓迎するよ」 

 「はぁ…あ、ありがとうございます」

 

 元帥さんが白手袋を外して右手を差し出してきました。

 これは…握手で良いんですよね?と、視線で隣に立つ提督に確認してみたらコクリと肯いてくれました。

 

 「あな……!い、いえ、閣下!」

 「どうしたんだ大淀、そんなに慌てて。君らしくもない」

 

 私が差し出された手を握ろうと右手を挙げようとしたら、大淀さんは何かを恐れているかのように慌てて元帥さんを呼びました。

 さっきまでの冷静沈着な態度が嘘のような変わりっぷりですね。

 いったい何をそんなに慌てて……。

 んん?大淀さんの左薬指で輝いているのは指輪でしょうか。よく見ると、元帥さんの左薬指にも指輪のような形が白手袋に浮き出ています。

 それに大淀さんは「あな……!」と、言いかけました。恐らく「あなた」と言おうとしたのでしょう。

 と、言う事は、元帥さんと大淀さんは夫婦と考えるのが妥当。ケッコンカッコカリなのかガチなのかはわかりませんけど。

 

 「おま…えか……」

 「ん?何か言ったか?大和」

 

 勝手に紡いだその言葉を皮切りに、私の心がドス黒く濁リ始めました。

 これは憎しみ?恨み?いや、怨みです。私は目の前の男が憎くて仕方ない。

 会うのは今日が初めてなのに、私は目の前の男を知っている。彼女が戦う理由。彼女の惑わす私の恋敵。私から彼女を奪った奴!お前が!お前がお前がお前がお前が!

 

 「お前が『あの人』か!」

 

 私は『あの人』の襟首を掴み上げた。

 さあ、どう殺してやろうか。

 床に頭から叩きつけるか。それとも、原型が無くなるまで平然としているその顔を殴ってやろうか。腹に手を突きさして内臓を捏ね繰り回すのもいいな。

 まあどうするにしても、コイツを殺して彼女と一緒に逃げよう。逃げて逃げて逃げて逃げて、今度こそ彼女と……。

 

 「やめろ。お前達」

 

 彼のその一言で、私は我に返りました。

 私は何を考えていた?どうして私は元帥さんの襟首を掴み上げている?いやそれよりも、私の全身を切り裂かんばかりに浴びせかけられている殺気は……。

 

 「大和。その手を離しなさい。二度は言わないわ」

 「提…督?」

 

 声のした方を見ると、提督が私に拳銃を向けていました。

 それだけじゃありません。

 元帥さんの両隣に居た黒い人と白い人は抜刀して左右から私の首を白刃で挟んでいますし、大淀さんは私の心臓を下から抉るように右拳を突き上げています。

 提督と黒い人と白い人は兎も角、大淀さんは止める気などなかったでしょう。満潮教官が大淀さんの腰にしがみ付いて引き摺られながらも止めてくれていなければ、私の心臓は大淀さんの拳に潰されていたと思います。

 

 「大和!お願いだから元帥さんを離して!早く!」

 「あっ…!はい!」

 

 満潮教官にそう言われて、私は元帥さんの襟首を掴んでいた手を離しました。

 それと同時に黒い人と白い人は刃を鞘に納めました。でも警戒は解いてないようです。私が少しでも妙な動きをすれば即座に斬りかかって来るでしょう。

 

 「大淀。君もだ。拳を引きなさい」

 「ですが閣下。これは処罰されても文句は言えないと思いますが」

 「処罰など必要ない。大和は私の襟首を正してくれただけ。そうだろう?」

 「でもっ!」

 「それにだ。私は駆逐艦の悲しむ顔を見たくない」

 

 元帥さんの視線の先に居たのは満潮教官でした。

 今も大淀さんの腰にしがみ付き、目尻に涙を浮かべながら必死に大淀さんを止めてくれています。大淀さんもそれに気づいたのか、若干バツが悪そうに拳を収めてくれました。 

 

 「ごめんなさい、満潮ちゃん……」

 「いいの…こうなるかもって、予想はしてたから……」

 

 大淀さんは、私を目の端に捉えながら涙を拭う満潮教官の頭を撫でています。

 しかし…どうして私は元帥さんにあんな事をしたのでしょう。何かどす黒い感情が胸の内を渦巻いたのは覚えているのですが……。

 

 「満潮。大和は気分が優れないみたいだ。すまないが部屋まで送ってやってくれないか?明日の演習に差し支えが出ても困るからな」

 「え……?あっ!はい!」

 

 はて?若干頭はボーっとしてますけど気分は悪くないのですが……。

 でもこの雰囲気。元帥さん以外の人から感じる、まるで「さっさと出て行け」と言われているような雰囲気には耐えられそうもないので退室した方が良いですね。

 元帥さんもそれを察してそう言ってくださったのでしょう。

 

 「ほら!行くわよ大和!」 

 「ま、待ってください教か…ぐぅえ!」

 

 外すのをすっかり忘れていたリードを満潮教官に引っ張られて、私はまともに挨拶をすることも出来ずに退室しました。

 力づくで引っ張られたせいでうなじが痛いです。

 

 「あ、あのぉ……。教官?」

 

 応接室から離れて、寮に差し掛かろうとする辺りで満潮教官は立ち止まりました。

 後ろからではよくわかりませんが、肩が小刻みに震えていますし目元を拭っているので恐らく泣いているのだと思います。

 けどどうして?私が粗相をした事に責任を感じているのでしょうか。

 

 「ふんぬっ!」

 「きゃ、きゃあ!」

 

 い、痛い……。首がゴキって言いましたよ……。

 教官は何を思ったのか、急に振り向いてリードを両手で持ち、くす玉でも開く様に思いっきり引きました。幸い顔面を廊下に打ち付ける事はありませんでしたが、教官の前で四つん這いを披露する事になりました。

 

 「この…バカ!なんであんな事したのよ!」

 「い、いや…その……。ごめんなふぁい!?」

  

 私は、覚えはないけど迷惑をかけたようなので謝ろうとしたのですが、言い切る前に両の頬を教官がパーンと小気味の良い音を立てて手の平で挟んだのでまともに言い切れませんでした。

 教官の潤んだ瞳に映る私はひょっとこのように唇を突き出しています。かなり間抜けですね……。

 

 「もう少し考えて行動しなさいよ!元帥さんが止めなかったらアンタ死んでたのよ!?」

 「ひょへはわはっへ……」

 「わかってない!いい!?今度から絶対にあんな事しちゃダメよ!?わかった!?」

 「ふぁい…わはりまふぃは」

 

 そう返事はしたものの、私は教官の言葉に違和感を感じました。

 私に向けて放たれた言葉のはずなのに私に言ってるわけじゃない。

 まるで、私の向こう側。いいえ、内側に居る誰かに言い聞かせるているように感じたんです。



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第二十話 死んだ女房の口癖だ

 

 

 鎮守府や泊地には慰霊碑が建てられている。

 それは横須賀鎮守府だって例外じゃないわ。寮から出て5分も歩けば、海を背にして建てられている慰霊碑に行く事が出来るの。

 建てられた目的は在り来たりな理由らしいけどね。

 簡単に言うと、霊を慰めるためや、二度とそのような事がないように戒め、警告する意味で建てたらしいわ。

 もっとも、私みたいな孤児は入るお墓があるのかどうかも知らないから、この慰霊碑はそんな子達のお墓でもある。

 

 「ん?満潮じゃないか。何をしてるんだ?こんな所で」

 「こんな所はないんじゃない?お墓も兼ねてるんだから」

 「おっと、これは失言だった。すまんすまん」

 

 一応だけど、この慰霊碑には骨壺を収められるスペースが設けられている。

 万が一(・・・)遺体が残った場合に、火葬して遺骨を納めるためよ。まあ、艦娘が死ぬ場合は海の上がほとんどだから、遺体が残るのは本当に稀なんだけどね……。

 

 「元帥さんこそどうしたのよ。花束なんて持って」

 「墓参りだよ。墓参りに花は付き物だろう?」

 「あ~…なるほど」

 

 元帥さんは10年以上ここで提督をしてたんだもんね。

 と言う事は、ここに刻まれている艦娘のほとんどは元帥の命令で戦死したって事になる。来た時くらい拝礼しようとするのは当然か。

 

 「お姉ちゃんは一緒じゃないの?」

 「ああ、執務室で女子会が始まってしまってな。会話に入れないから逃げて来た」

 「桜子さんあたりに出て行けって言われたんじゃなくて?」

 「……」

 

 元帥さんはあからさまに目を逸らした。どうやら、私の予想は大当たりだったみたいだわ。しかも話題を逸らすように花束を添えてお参りし始めたし。

 

 「なあ、満潮。どうしてあの時、大淀を止めた?」

 「あの時?ああ…あの時か……。別に、なんとなくよ」

 「なんとなく?私にはやめてくれと懇願しているように見えたが?」

 

 お参りを済ませた元帥さんは、顔だけ私の方に振り向いてそう聞いて来た。

 ええそうよ。私はやめてほしかった。

 お姉ちゃんと大和が会った瞬間にアイツが出て来たのがわかったから、お姉ちゃんの旦那さんである元帥と会ったら一悶着あると思っていつでもお姉ちゃんにしがみ付けるように身構えてた。

 実際、身構えといて良かったわ。

 だって、お姉ちゃんたら本気で大和の心臓を貫くつもりだったんだもん。もし私がしがみ付いて止めてなければ、大和はきっとあの場で死んでたわ。 

 って言うか、わかってんなら聞くな。

 

 「円満から聞いてない訳ではないのだろう?」

 「あの艤装に使われてる核が窮奇の物だって事?もちろん聞いてるわ」

 「ならば何故だ?何故お前は大淀を止めた」

 「私が討ちたいのは窮奇であって大和じゃないからよ」

 

 そんな事、貴方なら聞かなくたってわかるでしょう?それなのに、なんでそんなわかりきった事を聞くのよ。

 

 「そうか。お前がまともで安心したよ」

 「私はいつだってまともなつもりだけど?」

 「ハハハハ。そうだな。お前はまともだ。だが稀に居るんだ。復讐心に身も心も焼かれすぎて、誰彼構わず殺して憂さを晴らそうとする奴が」

 「それって……」

 

 自分の事を言ってるの?

 円満さんから聞かされた程度の事しか知らないけど、元帥さんは開戦直後くらいの時期に妻子を深海棲艦に殺されてる。復讐するために陸軍から海軍に鞍替えしたとも聞いた覚えがある。

 普段のこの人からは想像もつかないけど、さっきの話が自分自身の事なら、きっと腹の内にとんでもない化け物を飼ってるんでしょうね。

 

 「満潮、今さらだが暇か?」

 「生憎と忙しい……と言いたいけど暇よ。それが何か?」

 「そうか。ならばデートをしよう。お茶でもどうだ?」

 「はぁ!?なんで私が貴方とデートしなきゃいけないのよ!」

 

 そういうセリフは円満さんに言ってあげなさい!絶対に喜ぶから!

 え?それとも何?元帥さんってやっぱりローティーンじゃないと興奮しない人なの?だから、お姉ちゃんや円満さんが居るのに私をデートに誘ってるの?

 ちょっとちょっと勘弁してよ。

 それって、下手したらお姉ちゃんと円満さんの両方を敵に回しかねないじゃない。そんな事態になったら100回死んでもまだ死に足りないくらい殺されるわ。

 第一、私にはお姉ちゃんや円満さんみたいなオジン趣味はないから。

 そうね…せめて同い歳、年上だとしても精々二つか三つが限界かしら。下は論外ね。ガキはお呼びじゃないから。

 

 「嫌か?円満はこう言うと、忙しくても必ず付き合ってくれるんだが」

 「そりゃあ……」

 

 そうでしょ。

 円満さんは元帥さんLOVEなんだから。

 元帥さんは知らないと思うけど、円満さんのスマホに入ってる画像データって全部貴方の写真だからね?暇さえあれば眺めてニヤニヤしてるんだから。

 

 「ねえ、元帥さんは円満さんの事どう想ってるの?」

 「良く出来た部下だよ。正直、私には勿体ない」

 

 慰霊碑の傍に作られた石造りのベンチに腰掛けて、私は常々思っていた疑問をぶつけてみた。

 予想通り差し障りのない答えではあったけど、元帥さんは私の隣に座りながらそう答えてくれたわ。

 

 「部下としか…見てないの?」 

 「それはどういう……。あ~…お前がそういう言い方をするという事はやはりそうなのか?」

 

 やばっ!もしかして円満さんの気持ちに気づかせちゃった!?

 いや待って。「やはりそうなのか?」って聞き返したくらいだから、元帥さんも薄々円満さんの気持ちに察しがついてたって事よね?

 

 「そんなに迷惑そうな顔しないであげてよ……」

 「迷惑な訳じゃない。困惑しているんだ。私のどこが良いのか全く分からん」

 「それと同じ事、お姉ちゃんにも言える?」

 「言えないが同じ事を思った事はある。私は女性にモテる方ではないしな」

    

 そんな事ないと思うけど?

 元帥さんって強面ではあるけど不細工じゃないし、体もガッチリしてるから筋肉が好き!って人にはたまらないと思う。

 それに、円満さんとお姉ちゃんって言う美人二人に好かれてるし、片方とは結婚までしてるじゃない。

 それなのにモテないなんて言ってたら、本当にモテない人に恨まれるどころか殺されるわよ?

 

 「もしかして、くらいに察しがついてたんなら、なんで手を出さなかったの?機会はいくらでもあったはずよ?」

 「手ぇ出すわけなかろうが。俺にゃあ大淀ゅちゅう嫁が居るんじゃけぇ。(危ない場面は何度かあったが……)

 

 なんで素に戻った?

 まあ、それは良いか。最後の方とか声が小さくて聞き取れなかったけど、この様子だと元帥さも円満さんの事を女として見てるって事よね?

 だったら手を出せばいいのに。そしたら円満さんは大喜びだし、私も「何も出来なかった」って落ち込む円満さんを慰めなくて済んだんだから。

 

 「据え膳喰わぬは何とやら。って諺なかったっけ?」

 「男の恥か?確かにそうじゃが……」

 

 じゃが?じゃが何よ。何か不満でもあるの

 同性の私から見ても円満さんは魅力的な女性よ?

 手足はスラッとしてるし腰の位置も高い。顔面偏差値なんて数字にするのが馬鹿らしいほど高いわ。アレでほぼスッピンなんだからチートって言っても良いわね。

 まあ、同じくらい欠点も多い人だけど……。

 寝坊助だし料理も出来ない。掃除も出来ない。洗濯も出来ない。ないないついでに胸も無い!

 おっと、最後のはただの悪口だった。ごめんね円満さん。反省はしてない。

 でも、やっぱりそれがネックなのかしら?

 う~ん……。聞いてみればハッキリすんだろうけど……。円満さんは居ない…よね?うん、居ない。聞くなら今しかないわね。

 

 「何をキョロキョロしちょんじゃ?」

 「ちょっとした用心よ。それよりも、元帥さんが円満さんに手を出さないのって、やっぱりその…胸が無いから?」

 「は?」

 

 ってなるよね!

 そんな「何言うちょんじゃお前は」みたいな顔しなくたっていいじゃない。私自信、バカな事聞いたな~って思ってるんだから!

 けど、聞いちゃったんだからちゃんと答えは聞かないと!さあ!どうなの!?

 

 「胸など飾りにすぎん。エロい奴にはそれがわからんのじゃ。(無いよりは有る方がええが)

 「最後の方が聞き取れなかったんだけど?」

 「気にすんな。で?俺にそんな事ぉ聞いてどうしょうっちゅうんじゃ?」

 「どうもしないわよ。円満さんに脈がのあるかどうか確かめたかっただけだから」

 

 よかったわね円満さん。胸はなくても良いってさ。

 本当は今すぐにこの事を教えてあげたいけど、下手したら元帥さんに円満さんの気持ちを気づかせちゃったことがバレかねないから教えてあげない。

 

 「円満の気持ちは嬉しく思うが脈はない。俺ぁ女房一筋じゃ」

 「お堅いわねぇ。浮気は男の甲斐性なんじゃないの?」

 「確かにそういう言葉もあるが……。逆に聞くが、お前はそれでええんか?下手すると円満も大淀も傷つくことになるぞ?」

 

 ならないんだなぁこれが。

 だってお姉ちゃん公認だもん。離婚して円満さんに乗り換えるまで許すかどうかはわかんないけど、肉体関係だけなら全く問題ないわ。たぶん。

 まあ、お姉ちゃんより先に円満さんが元帥の子供を身篭もったら問題ありそうだから、桜子さんに円満さんの生理の状況を教えて調整してもらってるけどね。

 

 「セフレでいいじゃない。それなら後腐れないでしょ?」

 「女の子がセフレとか言うんじゃありません!何処で覚えたんやそんな言葉!」

 「いやいや、艦娘だって陸に居る時は一般人と大差ないからね?そういう知識くらい普通に持ってるわよ」

 

 今の世の中、そういう情報を隠そうって方が逆に無理でしょ。

 だって艦娘は、海軍からの支給品とは言え申請すればスマホが貰えるじゃない。アレ一つあれば大抵の情報は入手できるもの。

 まあ、艦娘が不用意に機密に抵触する事を発信しないよう、艦娘に支給されるスマホには機密に関する文言が入力出来ないようにプロテクトがかけられてるし、回線も海軍独自の物で艦娘が閲覧してるサイトは24時間監視されてるわ。まあ、最後のは知らない子も居るけど。

 エロサイト見てる子は性癖がモロバレだけどドンマイ。

 

 「惚れさせたんだから責任は取るべきだと思うわよ?極端な話だけど「処女のまま死にたくない!」とか言われたらどうするの?断り切れる?」

 「それは……」

 「それでもダメだって言うなら、円満さんが貴方から乗り換えちゃうくらい良い男を紹介することね」

 「それが一番平和的かもなぁ……。じゃが、そうなると円満と呑みにくぅなるのぉ」

 

 お?この様子じゃ、円満さんと一緒に居るの自体は嫌じゃないらしい。むしろ望んでさえいそうね。

 私的にも不倫紛いの事はやめた方が良いと思ってるけど、円満さんが元帥から乗り換えても良いと思えるほどの男性を紹介できないんじゃ諦めてもらうしかないわ。

 罪悪感を煽って逃げ場を無くしてやろう。

 

 「何それ。円満さんをキャバ嬢かなんかと勘違いしてない?」

 「そんな事ぁない!俺ぁアイツを……」

 「アイツを?アイツを何よ」

 「大切な友人じゃ思うちょる。アイツの気持ちを知った今でもな。じゃけぇ……」

 「まさかいい歳こいて、今の関係を壊すのが嫌だから手を出さないんだ~とか言うつもりじゃないでしょうね?」

 「否定はせん。円満とは酒の好みも話も合う。アイツと一緒におる時ゃあ、大淀とは違った安らぎを覚えるくらい居心地がええ」

 

 だから何よ。私が聞きたいのはそんな答えじゃない。

 大切な友人?一緒に居ると居心地が良い?だったらそう言ってあげなさいよ。その言葉を早い内に聞いてたら、夢で魘されて飛び起きる程貴方にのめり込んだりしなかったかもしれないのに。

 

 「酷い人ね。円満さんの気持ちを弄んで」

 「返す言葉もない。じゃけど…俺ぁ意外とモテるんじゃのぉ……」

 「何よソレ。お姉ちゃんや円満さんみたいな美人に好かれてるクセに自覚ないの?」

 「無いのぉ……。俺ぁ大淀と一緒になるまで死んだ女房しか女を知らんかった。俺が女に告ってフラれた回数、教えちゃろうか?」

 「興味ない」

 

 元帥さんは「そうか」とだけ言って上着のポケットをゴソゴソし始めた。

 何か出すつもり?こういう場面で出しそうな物って言ったら……。何だろ?死んだ奥さんの写真とか?それとも煙草?あ、煙草だ。銀色の…シガレットケースだっけ?に入れてる煙草を一本取り出して火を点けようとしてるわ。

 でもここ、喫煙スペースじゃないんだけどなぁ。

 

 「ねえ、ここで吸う気?」

 「ん?ああすまん。つい癖でな」

 「ヤニカスめ。吸うなら喫煙所で吸いなさいな」

 「お前…俺が海軍元帥ちゅうの忘れちょらんか?」

 

 それが何か?

 悪いけど、場所を弁えずに煙を巻き散らすヤニカスに人権は無いの。それは海軍元帥だろうと関係ないわ。ルールを守って吸うなら何も言わないけど。

 

 「お姉ちゃんと円満さんは何も言わないの?」

 「煙草か?あの二人は言わんなぁ。二人の前じゃ吸わんようにしちょるっちゅうのもあるが」

 「だったら私の前でも吸わないで。吸わなきゃ文句なんて言わないんだから」

 「わかったわかった。じゃけぇそう怒るな。折角の美人が台無しぞ?」

 

 うわぁ。臆面もなく言いやがったよこのオッサン。

 そりゃあ、私だって女の端くれだから美人と言われて悪い気はしないけど、聞く人によっては口説かれてると思っちゃうんじゃない?

 って言うかこの人、自分はモテないと思い込んでるだけで、実は無自覚に惚れさせてる人がけっこういるんじゃないかしら。

 

 「そういうセリフを平然と言うのやめなさいよ。私まで誑し込もうっての?」

 

 ん?なんか鳩が豆鉄砲食らったような顔して私を見てるけどどうしたんだろ?

 まさかとは思うけど怒った?それとも私に見とれてる?

 いや、前者はないか。

 この人って相手が駆逐艦なら、面と向かって罵倒されても「私の業界ではご褒美だ」とか海軍自体が誤解されかねない事言いそうだし。

 じゃ、じゃあ後者?

 確かに私は、そこらのジュニアアイドルより容姿が整ってる自信はあるけど、さっきも言った通りオジン趣味はないからね?だから諦めて!

 

 「な、何よ……。見つめるんなら私じゃなくて円満さんにしなさいな」

 「ああ…すまん。ちぃと懐かしくなってのぉ……。それに加えて、「アンタが思っちょる以上に女は単純」って、昔よう言われたんじゃ」

 「何よそれ。聞く人が聞いたら女性差別だー!って騒ぎ出しそうなセリフね」

 「まったくじゃの。じゃがそのセリフを言うた奴が言うには、女はどんなに使い古された誉め言葉でも言われると嬉しいものらしい」

 

 元帥さんは何かを懐かしんでるような瞳でそう言った。

 たぶんだけど、元帥さんにそんな事を言ったのは女性。しかも、元帥の事を深く理解してる人だと思う。

 きっとその人は、今みたいに平然と口説き文句を口走る元帥に忠告する意味で言ったんでしょうね。

 

 「俺ぁ素直に褒めただけのつもりじゃったんじゃが、褒める度にさっきのセリフを言われたわい」

 「『そんなセリフを平然と言うな』って?それってさ…その……」

 「ああ、死んだ女房の口癖だ」

 

 元帥はそれ以上言わずに、日が沈み始めた西の空を眩しそうに見つめた。

 その瞳は哀愁に満ちているように見えたわ。

 私より4倍近く長く生きて来た人。私が赤ん坊の頃にはすでに戦ってた人。きっと私より多くのモノを失って来た人。この人に比べたら、私なんて無垢な子供だわ。

 なんて、私は柄にもなく思ってしまった。

 お姉ちゃんと円満さんは、この人のこういうところに惹かれたのかな…と頭の隅っこで考えながら。





ぶっちゃけると、元帥にサブタイのセリフを言わせたかっただけのお話でした。


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第二十一話 幕間 横須賀女子会

 二章ラストです。

 現在出張中で環境が変わっているため、執筆スピードが激しく落ちてます。
 ので、三章の投稿開始は早くとも来週末、遅ければ今月末になる予定です。

ガチで!


 

 

 突然だけど女子会って知ってる?

 簡単に言うと、女性だけで飲食店などで集会を開いて話をする宴会のことよ。

 男性諸氏が女子会にどういうイメージを抱いてるのか知らないけど、実際の女子会は女性がキャッキャウフフと世間話をするようなモノじゃないわ。少なくとも私が知る女子会はね。

 私が知ってる場合だと、最初の内こそ「最近どう?」とか「この前行ったお店が云々」とかとりとめのない話から始まるけど、数分もしない内に旦那や彼氏の愚痴、下ネタが飛び交い始めるわ。

 さらに、男性の目がない個室でとなると体裁も無くなるわね。

 胡坐をかくのは当たり前だし、ゲップやオナラも笑いの種になる。下着とかも丸見えが当たり前ね。酷い時は鼻クソとかほじってるわ。

 もし、男性が女子会を見たら女性への幻想が一発で崩壊する事間違いなしよ。

 

 「でさ!うちの旦那ったら「この子もいつか桜子さんみたいに……」とか言うのよ!桜のオムツ換えながら!」

 「それって…やっぱりアンダーヘア?」

 「逆に聞くけどさ辰見。他に何がある!?オムツ換えてる最中に言うのよ!?」

 

 先生と明日以降の予定のすり合わせをした後、私たちは執務室でお茶でもって話になったから移動して、最初の内こそ午後のティータイムを楽しんでたんだけど、いつの間にか女子会みたいになっちゃった。

 先生も最初の内は居たんだけど、桜子さんがストレートに「お父さんは出てけ」と言ったもんだからすごすごと退室して行ったわ。隣に座れたから一緒に居たかったんだけどなぁ……。

 

 「桜子さんは処理してないんですか?」

 「一応してるわよ?パ○パンにはしてないけど」

 「パイ…なんです?何かの暗号ですか?」

 

 暗号でもなんでもないわよ大淀。要はアンダーヘアを全剃りしてる状態。もっと簡単に言うと毛が一本もないツルッツルな状態ね。

 

 「やはり男性は無い方が好みなのでしょうか」

 「そんなの人それぞれでしょ。お父さんに聞いてみなさいよ。お父さんは無い方が好みの可能性大よ」

 

 それはロリコンだから?

 大淀にベタ惚れな先生をロリコンと呼ぶのは少々無理がある気が……。

 いや、先生と大淀の歳の差って30近いわよね?だったらロリコンと言えなくもないか……。

 いやいや、ロリコンの対象は少女や幼女。大淀の歳を考えると少女にカテゴライズできそうだけど、結婚もしてるし法的にもOKだから問題はないはず。

 ちなみに、意外と知られてないんだけど、日本の性的同意年齢は13歳以上。

 つまり、同意さえあれば13歳の子と夜戦(意味深)をしても刑法的には問題ないの。(ここ、テストに出ません)

 児童福祉法や淫行条例、社会倫理的にはアウトだけどね。

 ただし、同意があっても真摯な関係と認められなければ罪に問われるから注意しなさい。

 それと、言わなくてもわかると思うけど13歳未満の子との行為は問答無用で強姦罪に問われるから、そういう性癖の人は自分を戒めるのを怠らず、YesロリータNoタッチを心懸けなさい。

 

 「そうだ!気になってたんだけど、大淀って夜戦はどうしてるの?」

 「どうと言われましても……。ここ数年は夜戦をしなければならないような出撃もありませんし」

 「何をカマトトぶってるのよ。そっちの夜戦じゃなくて意味深の方よ!」 

 「ああ、そっちですか。週に二回すれば多い方でしょうか。主人は帰りが遅いですし、私は21時以降は寝てしまいますので」

 

 親の夜の性活を聞き出そうとする桜子さんを窘めるべきか、それとも先生が欲求不満になってると思われる情報が聞けたことに感謝するべきか……。

 どちらにしても、誰か止めてくれないかなぁ……。いくらなんでもぶっちゃけ過ぎでしょ。

 青葉にでも聞かれたら間違いなく記事にされるわよ?

 

 「意外と少ないのね。暇さえあれば執務室でヤってるんだと思ってたわ」

 「あ、辰見もそう思ってたの?」

 「そりゃあねぇ。大淀の格好ってただでさえセックスアピール強いじゃない?しかも個室で二人っきり。これでムラムラするなって方が無理でしょ」

 

 確かに。

 大淀の格好、特にスカートは痴女と言われても言い訳ができないほどスリットが開いてるし丈も短い。しかも、男がグっと来る制服トップ5に入るセーラー服。さらに仕事中は秘書でもある。

 執務室でスケベスカートに魔改造されたセーラー服姿の秘書とオフィスプレイ。か……。それ何てAV?

 

 「仕事中にそんな事はしません!まあ…暇になった時にスリットに手を突っ込もうとする事はありますが……」

 「そういう時、大淀はどうするの?」

 「ダメですよ。って言いながら叩いたり抓ったりします。手を突っ込むよりそっちの方を望んでるっぽいので」

 「セクハラしようとして注意されるシチュエーションを楽しんでるって事?」

 「はい。辰見さんの仰るとおりです」 

 

 なるほどねぇ。

 先生ってそういうのが好みなんだ。今度、二人きりの時に手を突っ込みたくなるような格好してみようかしら。胸元がバーン!と開いてるようなや……。いや、やっぱり何でもない。

 

 「けど、週に二回かぁ。お父さんは兎も角、大淀はそれで満足なの?」

 「と、言いますと?」

 「そりゃあ夜戦の回数よ。16~7で覚えたてならヤりたい盛りでしょ?」

 「別にそこまででも……。本音を言えばもう少し相手をしてほしいですが、私達の場合は仕事や体質の問題もありますし……」

 

 女性のヤりたい盛りって30~40歳くらいじゃなかったっけ?

 でも、桜子さんが言う通り覚えたてってヤりたいものなのかしら。最初の内は痛いって聞いてるけど……。

 

 「そう言う桜子は?子供が居るとヤりにくいんじゃない?」

 「そんな事ないわよ?桜って寝るの早いし、一度寝ると朝まで起きないからね」

 「あ、その言い方だと今も定期的にヤってんだ」

 「週に5~6回かなぁ。辰見は?貴女だっていい歳なんだから彼氏の一人や二人居るんでしょ?」

 

 へぇ~、桜子さんはほぼ毎日ヤってるのかぁ。お盛んだなぁ。それとも二人目を建造中ですか?って、それはもういいや。それよりも、今気になるのは辰見さんの男性関係。

 辰見さんって美人のクセに、誰かと付き合ってるとかいった噂が全くないのよ。

 そのせいで、秘書艦で同じ部屋に住んでる叢雲と百合の関係なんじゃないかって噂が立ってるくらいよ。

 私も人のこと言えないけど……。

 

 「私を尻軽みたいに言わないでくれない?前に言わなかったっけ?婚約者がいるって」

 「それって…私の結婚式の前日に四人で呑んだ時の話?でも、会った事無いって言ってなかった?」

 「あれから何年経ってると思ってるのよ……。今は月一で会うくらいはしてるわ」

 「その日にヤりまくるの?」

 

 男と女が会ったらそれしかないと思ってるのかこの赤髪は。

 私と先生みたいに、呑んで喋って終わりってパターンもあるでしょ?まあ、私達の場合は私がヘタレなだけなんだけど……。

 

 「してない」

 「本当にぃ?」

 「本当よ。万が一妊娠したら困るもの。だから、婚前交渉はしないって二人で決めたの」

 「なんで困るのよ。貴女はともかく、婚約者の方はしたいかもよ?」

 「その婚約者の方から言い出したのよ。戦争が終わるまでは。ってね」

 

 戦争が終わるまで…か。

 その婚約者が何を思ってそう言いだしたのかはわからないけど、いつ終わるかもわからない戦争が終わるまでだなんて余程の覚悟がないと言えないわ。

 辰見さんの表情を見る限りではその人に好印象を抱いてるみたいだけど、いったいどんな人なんだろ?

 

 「ふぅ~ん。じゃあ、辰見もまだ処女なんだ。よかったわね円満。仲間が増えたわよ?」

 

 別に嬉しくない。

 桜子さんは忘れてるみたいだけど、鎮守府に所属してる女性の処女率ってかなり高いんだからね?ただの女性職員は兎も角、艦娘、特に大半を占める駆逐艦はほぼ処女と言っても良いわ。たぶん。

 

 「どうしてそうなるのかわかんないけど、私は処女じゃないわよ?」

 「そうなの!?でも、会うだけでしてないって言ったじゃない」

 「その人とはね。私の初体験ってずぅ~っと前だもん」

 「艦娘だった頃?あんな、オレとか言って剣を振り回してた貴女が?」

 「それより前よ。だって私、艦娘になるまで普通に学生してたのよ?言い寄って来る男も多かったんだから」

 

 ふむ。確かに、辰見さんの容姿なら引く手数多でしょうね。

 話を聞いた感じだと、艦娘になるの一人称は『オレ』じゃなかったみたいだし、天龍だった頃の容姿に今みたいな喋り方だったら間違いなくモテるわ。眼帯は外した方が良いと思うけど。

 

 「信じられない…辰見が爛れた学生生活を送ってただなんて……」

 「別に爛れてないから」

 「でもヤる事はヤってたんでしょ?」

 「ノーコメント」

 「なんでよ!」

 「人の性事情を根掘り葉掘り聞き出そうとすんじゃない。デリカシーとかないの?」

 「そういう概念があるって噂は聞いた事がある」

 

 ふんぞり返ってそう言った桜子に辰見さんは盛大に溜息を吐いた。

 え~と、デリカシーの意味はたしか、気配り ・心配り・感情の繊細さだっけ?うん、桜子さんには無縁だ。だって自分が良ければ他はどうでも良いって平気でのたまう人だもん。

 

 「ところで、さっきから円満が一言も喋ってないんだけど?」

 「どうやって会話に入れってのよ。未経験の私にはハードルが高すぎるじゃない」

 「だからさっさとヤっとけって言ったでしょ?なんなら、奇兵隊(うち)の隊員を何人か貸そうか?」

 「絶対に嫌!だいたい何人か(・・・)って何よ何人か(・・・)って!初体験が筋肉ダルマの集団だなんて絶対にお断りよ!私にトラウマ植え付けたいの!?」

 

 なんか「売れそうだけどなぁ」とか言ってるけど撮影までする気?それどころか、筋肉ダルマの集団に無理矢理薄い本的な事をされる私を撮影した物を売る気?悪魔かこの女は!

 

 「桜子、それは流石に鬼畜過ぎるでしょ」

 「でもさぁ。このままじゃ、円満は一生男を知らずに人生を終えかねないわよ?」

 「知らずに人生を終えた人なんていくらでも居るわよ。それに、円満は今それどころじゃないんだから」

 

 ごめんなさい辰見さん。フォローしてくれるのは凄くありがたいんだけど、常日頃から私の頭はどうやって先生と添い遂げるかばかり考えてるわ。もっと具体的に言うと、どうやったら先生に抱いてもらえるか!

 

 「それどころじゃないってどういう事?もしかして、鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)を攻める準備で忙しいから?」

 「それ、誰から聞いた…って聞くまでもないか。いくら身内とは言え口が軽すぎでしょ」

 「うん、辰見が察してる通りお父さんから聞いた。その様子じゃ、辰見は詳細を知ってそうね」

 「知ってる事は知ってるけど……」

 

 辰見さんが視線で「良いの?」と聞いてきた。

 良いも悪いも、今さらって感じだけどね。先生が何処まで話したかはわからないけど。

 

 「包囲殲滅戦のプランは聞いたわ。けどその後、本命(・・)のプランの意味がわからない。勿論お父さんもね」

 「まあそうよね。私だって、最初聞いた時は事態を重く見過ぎって思ったもの」

 

 先生は本命のプランまで話してたか。

 きっと、どうして私がそこまで悲観的な作戦を立てたのか理由がわからなくて桜子さんに相談でもしたんでしょう。

 大和が使えるかどうか判断出来たら、大筋を改めて説明する気だったんだけどなぁ。

 

 「教えて円満。どうして貴女は、前線基地とした三基地が陥落するのが前提の作戦を立てたの?正直、今の南方の戦況じゃそんな事起こり得ないわよね?」

 「起こり得ない(・・・・・・)から起こり得る。と考えてるからよ」

 「いや、なぞなぞに付き合う気はないんだけど?」

 「別になぞなぞじゃないわ。桜子さんは正化27年のソロモン海戦以降、南方の深海棲艦が大人しい事を不思議に思った事ない?」

 「それは……。ソロモン海戦で敵の戦力の大半を削れたからじゃない?」

 

 違う。

 たしかに、ソロモン海戦時に100近い敵を屠る事に成功はしたけど、南方に出現する深海凄艦の数はそれ以降も減ってない。これは各泊地の戦果報告で間違いじゃないとわかっている。さらに……。

 

 「ここ数年。もっと言うなら正化30年からこっち、南方の敵の動きが明らかに変わったわ」

 「どう変わったの?」

 「桜子さんも、深海棲艦の襲撃目標に戦術的、戦略的な目的のない手当たり次第の襲撃って事は知ってるわよね?」

 「うん、知ってる」

 「じゃあ、ここ数年で深海棲艦が出没する場所が固定されて来たって事は?」

 「それは初めて聞いたわ。そうなの?」

 「ええ。具体的に言うと、シーレーン上に限定されて来てる。タウイタウイより南の海域ではほぼ出没しなくなってるわ」

 「単にそっちに回すほど手駒が無いってだけじゃないの?」

 「うん、最初は私もそう思った」

 

 けど違う。違和感を感じる。

 だって、ソロモン海からアラフラ海、バンダ海、フローレス海、ジャワ海の各海域で全く深海棲艦が出なくなったんだもの。

 代わりに増えたのは、先に言ったホルムズ海峡、マラッカ海峡、南シナ海、バシー海峡を抜けるシーレーン上。戦果報告を見て、まるでシーレーンより南から目を逸らそうとしてるみたいに感じたわ。

 

 「深海棲艦が戦略的に動いてる。って言いたいの?」

 「そうよ。でも根拠はそれだけじゃない。去年の元帥が立ち寄った泊地への深海棲艦の襲撃。さらに今回の養成所襲撃。もっと遡れば、舞鶴と横須賀。これら全ては、情報提供者からの情報を元に襲撃を指示した個体が居ると私は考えてる」

 「ちょっと待って。じゃあ貴女、包囲殲滅戦の計画が敵にバレてる前提で本命の作戦を立てたって事?」

 「それは可能性レベルね。そんな情報がなくたって、今の南方の状況を見てれば包囲しようとしてる事くらい簡単に予想できるわ」

 

 実際、補給物資や人員の移送などを大々的に行ってるしね。相手が人間だったら確実にバレてるわ。

 

 「それ、直接指示をしたお父さんを馬鹿にしてない?」

 「してない。今の南方の状況じゃ、他の提督でも同じようにすると思うし」

 「なら、どうして貴女は三基地が陥落すると考えたの?」

 「逆に聞くけど、そんな状況で三基地が陥落するなんて考える?」

 

 考えないでしょ?

 南方、特にソロモン海周辺は小規模な戦闘が発生してるとは言え普段と大差ない。三基地を陥落させられるような艦隊が確認されたわけでもない。それに対し、こちらには物資的にも人員的にも余裕がある。

 例えハワイ島の時と同規模の敵と相対しても、米軍の協力なしでも有利に戦える。

 包囲が完成すれば、と言う但し書きが付くけどね。

 

 「円満は、南方中枢付近にハワイ島と同規模の艦隊が隠れている。もしくは、中枢が生み出せると考えてるのよ」

 「んな馬鹿な。だったらなんで攻めて来ないのよ。ソロモン海戦の時なんか戦力の逐次投入なんて馬鹿をやらかした奴等よ?戦力が整ってるなら攻めてくるはずでしょ」

 「それも根拠の一つらしいわ。どうして、当時の深海棲艦は戦力を小出しになんてしたのか。それを円満は、生み出した端から戦場に投入してたんじゃないかって考えたのよ」

 

 今、辰見さんが説明してくれた通り、ソロモン開戦時の敵の用兵も根拠の一つ。

 当時と同じペースで、南方の中枢が深海棲艦を生み出し続けているとしたら一年で200隻以上。あれから約6年だから、単純計算で1200隻ほどになるわね。

 これから、南方全域の戦果報告に記されていた6年分の撃沈数を引けば約半分。600隻くらいは余ってる計算になる。つまり、南方には確認されていない600隻余りの艦隊が潜んでいる。もしくは生み出せるだけのキャパが中枢にはある。

 と、辰見さんから説明を引き継いで桜子さんに伝えた。

 

 「そんな数…どこに隠すって言うのよ」

 「余裕でしょ?艦隊とは言ってもサイズは人間と大差ないんだもの。島にでも潜ませておけば発見はほぼ不可能よ。敵の勢力圏のど真ん中に上陸して調査できないんだから」

 「だったら、悠長な事言ってないで今すぐ攻めるべきでしょ?どうしてしないのよ」

 「しないんじゃなくて出来ないの。資源の備蓄状況や艦娘の練度、それに南方各国との交渉とか色々と調整しなきゃならない事が山積みなの」

 「資源や練度はまあわかるけど……。なんで南方の国と交渉が必要なのよ」

 

 マジで言ってる?あ、マジだわこれ。

 南方の各泊地には日本海軍が駐留してるけど、これは日本の国土だからそうしてる訳じゃない。艦娘が居ない南方の国々を深海棲艦の脅威から守る役目を委託されてるという名目で土地を借りてるの。

 当然、大規模な作戦を展開しようとすれば各国の許可が要るわ。自分の家の庭で勝手にドンパチやられたらたまんないでしょ?

 私が先に説明した交渉とは、簡単に言うと「ドンパチやりますから許可をください。ついでに自国民の避難指示等もよろしく」ってお願いするものよ。

 日本近海なら問題ないんだけど、通商路の防衛以外の作戦となるとさすがに渋る。

 未確認の艦隊が居るかも知れないから大規模な艦隊を派遣させてくれなんて言っても断られるわ。

 実際、去年先生が各国のお偉方と会って直接交渉したみたいだけど、あまり色よい返事はもらえてないらしい。準備は防衛力の強化を名目にして進めてるけどね。

 

 「へぇ、そんな面倒なルールがあったんだ」

 「末端である艦娘は知らなくて良い事だからね。艦娘が気にする事でもないし」

 「じゃあ、円満は準備が整う前に敵が先手を打ってくると踏んで、あの作戦を考えたのね?」

 「そうよ。正直言うと、ラバウル、ブイン、ショートランドに集めてる艦娘をトラックまで後退させるべきだと思ってるけど、現在の包囲網形成はそのまま防衛ラインの構築になるからしないの」

 「陥落するって予想してるのに?」

 「ええ、彼女たちには犠牲になってもらう」

 

 痛いなぁ……。

 無文字通り胸が張り裂けそうなくらい痛い。でも、これくらいで音を上げちゃダメ。今も南方で戦ってる子達は、敵の侵攻を遅らせて時間を稼ぐのと引き換えに命を失う事になるんだから。

 

 「……円満が予想してる敵の侵攻時期は?」

 「恐らく夏。7月から8月頃と予想してる」

 「何故、そう思うの?」

 「包囲網がその位に完成するからよ」

 「完成する前じゃなくて?」

 「ええ、その時点で主攻以外の戦力は打ち止めだからね」

 

 故に、敵はその時期に攻めに転じる。

 包囲網が完成次第、即座に殲滅戦に移行できれば問題は小さくて済むけど、包囲網の形成完了から本隊であるワダツミ旗下の艦隊が戦線に加わるのは早くて数週間後。

 敵が戦略的に動くとしたら間違いなくこの瞬間よ。なにせ、一時とは言えこちらの戦力の上限がわかる瞬間なんだから。

 

 「この話、各泊地の司令には?」

 「タウイタウイとトラックの司令には近い内にするつもりよ。信じてもらえるかは微妙だけど」

 「前線の三基地の司令にはしないの?」

 「しないと言うよりできない。迂闊に話して、先走って攻められたら時期が早まる恐れがあるもの」

 「つまり、艦娘だけじゃなく基地ごと切り捨てるって事ね」

 

 言いにくい事をハッキリ言ってくれるわね。まあ、その通りだから否定はしないけど。

 先走ってハチの巣をつつくような事態になるのは避けたいもの。予定が早まっちゃうから。

 

 「一つ気になったのですが、円満さんは敵の司令塔に見当がついているのですか?」

 「司令塔?それは中枢じゃないの?」

 

 それまで黙って話を聞いていた大淀が、何かを思い出したように突然そう言いだし、桜子さんが脊髄反射したかのように問い返した。

 ええ、見当はついてるわ。

 それは中枢じゃない。ハワイ島攻略戦で中枢が桜子さんに討たれた後も、東側で米軍と戦っていた敵主力艦隊の統率は大して乱れなていなかったという話を先生から聞いて、指揮を執っている個体が別にいると私は判断した。

 

 「桜子さんはハワイ島で中枢を直接見たのでしょう?その時、指揮を執っているように見えましたか?」

 「……言われみれば…見えなかったわね」

 「これは主人から聞いたのですが、当時東側の主力艦隊は中枢が討たれた後も統率が取れていたそうです」

 

 ただし、ある時点から統率は乱れ始めた。それは、敵主力艦隊の旗艦と思われていた個体が姿を消してから。

 

 「じゃあ、主力艦隊の指揮を執っていた奴が……」

 「そう、確認されていた四凶の一角。南方棲戦姫、個体識別名『渾沌』が実質的な指揮艦よ。そしてそいつは、あの戦闘の最中に逃れている」

 

 私は大淀から話を引き継ぐようにその名を口にした。

 ハワイ島攻略戦の最中、勝てないと悟ったのか、艦隊を見捨てて島を縦断してまで逃げた敵の指揮艦の名を。

 それだけじゃない。

 アクアリウムの指導者である野風からこちらの情報を入手し、舞鶴、横須賀、養成所、さらに南方を巡っていた元帥への襲撃を指示したのも恐らくコイツよ。それは横須賀襲撃に窮奇が関わっていた事で半ば確信した。

 

 「円満、貴女…耐えれるの?」

 「耐える?耐える気なんてないわ。作戦が終われば必ず泣く。涙が枯れるまでね」

 

 桜子さんの問いに、私はそう答えた。

 また満潮に迷惑かけちゃうなぁ。なんて、頭の片隅で考えながら。

 だって無理だもん。私の命令で艦娘が死ぬと考えただけで胸が張り裂けそうになる。助けようと思えば助けられる子達を、作戦のために、いや、自分の目的のために切り捨てようとしてる自分に腹が立つ。殴りたくなる。殺したくなる。

 それでも、私は歩みを止めない。

 これは始まりに過ぎない。南方攻略は、私にとってはただの前哨戦。

 この戦争を終わらせるための第一歩でしかないんだから。




次章予告。

 大淀です。

 鎮守府の皆さんが注目する中、大和さんと叢雲さんの演習が開始されました。
 満潮ちゃんは大和さんが暴走しないか心配で仕方がないみたいです。
 はたして、大和さんは暴走しちゃうのでしょうか。

次章、艦隊これくしょん『失意と憧れの変奏曲(パルティータ)
お楽しみに


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第三章 失意と憧れの変奏曲《パルティータ》
第二十二話 さあ、踊ってもらうわよ


 お待たせしました!
 取り敢えず前半の5話だけですが、三章の投稿を開始します!


 

 

 『魔槍 叢雲』

 戦争末期に活躍したネームド駆逐艦の一人。

 正化29年、四代目叢雲として横須賀鎮守府に着任。

 人類対深海棲艦の最終決戦となったリグリア海戦において、バルト海側からライン川を南下して上陸を試みた敵別働隊を神藤桜子大佐の指揮の下、軽巡洋艦 大淀、及び奇兵隊と共に迎撃し、人類側の勝利に大きく貢献した名艦娘である。

 その戦いぶりは、神話に語られる魔槍の如く鋭く、正確に敵を貫いたと伝えられている。

 

 ~艦娘型録~

 特Ⅰ型駆逐艦 五番艦 叢雲の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 「二人とも、準備は良い?」

 『何時でも良いわよ。さっさと終わらせてお茶にしましょ』

 

 先生が鎮守府に訪れた翌日。時刻は13:00(ヒトサンマルマル)を少し回ったくらい。

 空母が飛ばした観測機と連動して映像を映す大型モニターが設置された観覧席からの私の問いに、大和の演習相手である叢雲が無線でそう答えた。

 お茶は良いけど、そのお茶会には高確率で先生が加わるのに良いのかしら。叢雲って、今でも先生の事が苦手でしょ?

 

 「大和はどう?行ける?」

 『大丈夫ですけど…その、本当にやるんですか?』

 「今さら何言ってるのよ。中止には出来ないんだから覚悟を決めなさい」

 『ううぅ……。わかりました……』

 

 大和は完全に気圧されてるわね。

 まあ、無理もないか。片や実戦経験豊富な横須賀鎮守府最強と称えられる駆逐艦。対する大和は、ようやく砲撃が出来るようになったばかりの着任から一週間程度しか経ってないド新人。

 役者が違い過ぎるわ。

 

 「元帥閣下。開始してもよろしいですか?」

 「構わんよ。それよりも円満。そういう堅苦しい物言いは……」

 「やめません。観覧席に居るのが神藤、辰見両大佐くらいとは言え、周りには艦娘や職員達も居るんですから」

 

 先生はそれでも納得できないご様子。

 私とフランクな関係を望んでくれるのは嬉しいけど、仕事中、もっと言うと他人の目がある場所でくらいは体裁を保たないと沽券に関わる。

 

 「それでは、これより模擬弾使用による戦艦 大和と駆逐艦 叢雲の演習を始めます」

 

 私がマイクを手に取ってそう言うと、会場に設置されたスピーカーから同じ文言がほぼ同時に流れた。

 マイクを使って喋るのは初めてじゃないけど、自分の声を機械を通して聴くって慣れないなぁ。なんて言うか、自分の声だってわかるのに自分の声じゃないみたいな?

 

 「辰見はどっちに賭けたの?」

 「叢雲に決まってるでしょ。私の可愛い弟子であり秘書艦なんだから」

 

 ちなみに、元帥である先生が居るのに、と言うか居るからか。公然とどちらが勝つかという内容で賭けが行われている。

 オッズは、だいたい70:30で叢雲が優勢かな。

 叢雲の実力はほとんどの艦娘が知ってるから当然と言えば当然だけど、昔行われた朝潮だった頃の大淀と長門が演習をした時よりはマシかな。

 たしか、あの時はは99:1だったはずよ。懐かしいなぁ。

 

 「始め!」

 

 その合図と共に、モニターに映し出された叢雲が『機関』から伸びたマジックアームに繋がれている連装砲を連射しながら大和から見て左方向に旋回し始めた。

 まずは牽制しながら距離を詰める気ね。

 開始位置は1kmほど離れた位置からにしたけど、大和は着弾の水柱にビビって動けないでいる。

 これじゃあすぐに距離を詰められるわ。

 

 「やっぱり勝負にならないわね。叢雲を捉えようと砲塔を動かしてるけどまるで追いついてない」

 「結論が早すぎるんじゃない?辰見。まだわかんないわよ?」

 「あら意外。桜子は大和に賭けたの?」

 「ええ、ちょっと思うところがあってね」

 

 確かに意外ね。

 桜子さんは駆逐艦で最低のスペックと言われた神風として長年戦っただけあって、スペックの高さを過信したりしない。

 その桜子さんが大和を押すって事は、艤装の性能じゃなくて大和本人に何か感じるモノが有るって事だ。

 

 「タコ殴り。フルボッコ。どちらにしても、見てるのが忍びないくらい良いように撃たれまくってるわね」

 「大和の死角からばかり……。えげつない撃ち方するのね叢雲って。あれ、辰見が教えたでしょ」

 「あら、心外ね。私にああいう撃ち方を教えたのは桜子よ?」

 

 確かにえげつない。

 戦舞台と呼べるほど接近して撃ってる訳じゃないけど、大和から300m程の距離を保ってグルグルと周りを回りながら撃ちまくってるわ。

 射撃練習でもしてるつもりなのかしら。

 

 『ねぇ辰見さ~ん。もう決めちゃって良い?』 

 「それは円満に聞きなさい。この演習を仕切ってるのは円満だから」

 

 と、同じ会話が聞こえている私に辰見さんが視線で判断を丸投げしてきた。

 演習が始まって…まだ10分程度か。モニターじゃ叢雲の表情までは見えないけど、体の動かし方でやる気が無いのは丸わかり。いや、やる気が無いと言うよりは退屈してるって言うべきかしら。

 演習相手の大和がほぼ棒立ち状態で、反撃もまともに出来てないんだから仕方ないと言えば仕方ないか。

 

 「大和が反撃出来る程度に砲撃の手を緩めてもう少し続けて。まだ終わらせちゃダメ」

 『これでもかなり手加減してるんだけど?『脚技』だって使ってないし。それでも私を捉えられないのよ?』

 「だったら足を止めてみたら?そうすれば撃って来るかもよ?」

 『いやいや、模擬弾とは言え戦艦の火力で撃たれたらただじゃ済まないから』

 「わかってるわよ。でもアンタなら、停止状態からでも避けれるでしょ?」

 

 それに、今の大和じゃ停止した目標にも当てられない可能性が高い。

 そう、今のまま(・・・・)なら……ね。

 この会話は大和にも聞こえているはずだから、挑発として受け取ってくれればいいんだけど。

 

 「円満。まさか大和の内に居る窮奇を引っ張り出そうとしているのか?」

 「ええ、そのつもりです」

 

 バレたか。でも問題ないわ。

 窮奇が出て来てこちらに攻撃してこようとしても、長門を初めとした横須賀鎮守の主力艦隊を洋上に配してるし、満潮と大淀にも待機してもらっている。

 不安要素があるとすれば、窮奇が出て来た途端に大淀が演習に介入してくる事かしら。

 まあ、その場合は満潮が時間稼ぎくらいはしてくれると思ってる。

 なんだかんだで、嚮導してる内に情が湧いちゃったみたいだから……。

 

 「……理由を聞こう。奴を引っ張り出せたとしても、こちらのコントロール下に置けるとは思えない」

 「コントロール下に置こうなんて考えていません。ただ、確かめたいだけです。奴が表に出てきた場合、どの程度の事が出来るのかを」

 

 私の答えに納得したのか、先生は「ふむ」と言いながら視線をモニターに戻した。

 そう、この演習の目的は、窮奇が出てきた場合の大和の戦闘力を計る事。

 なにせ奴は、9つの的を同時に撃ち抜くなんて芸当をした奴だ。戦闘力を把握し、出て来る条件が掴めれば使いようはいくらでもある。

 

 「へぇ……」

 「どうしたの?桜子。なんか妙に感心してるけど」

 「見てればわかるわ。最悪、円満の目論見は外れるかもよ?」

 

 私の目論見が外れる?辰見さんも、桜子さんが何を言ってるのかいまいち理解できてないみたいだけど……。

 モニターに映る大和にも特に変わった様子はない…よね?

 航行を完全に停止して、無駄に砲塔を広げ……過ぎじゃない?艤装に備えられている主砲を両舷ともやや後方、4時と8時の方に向けて背中の主砲は真後ろに。

 艤装前面の副砲二基を1時と11時。側面の二基を仰角を最大まで上げて3時と9時に向けている。

 

 「なるほど…これは駆逐艦じゃ思いつかないわ」

 「あら、円満も大和が何をしようとしてるのか気づいたの?」

 「だいたいね。でも、どうやって捕捉するつもりなのかしら。あの近距離じゃ、電探で捕捉してから撃ったんじゃ遅すぎるし……」

 「そりゃあ気配で察するつもりなんでしょ。見てみなさいよ。アイツ、あんな状況で目を瞑ってるわ」

 

 なるほど、気配か。大和が桜子さんの尾行に気づくほど気配に敏感なのを忘れてたわ。

 

 「あっ!そういう事か!」

 「お?辰見も気づいたみたいね」

 「ええ、大和が何をしようとしてるのかはわかったけど……」

 

 辰見さんが何を言いかけたのかはなんとなくわかる。確かに感心したけど、あんなの実戦(・・)じゃ使えない。

 

 「まるで居合い…だな」

 「そうね。ただし、射角までは操作できないでしょうから水平面のみだけど」

 

 言い得て妙ね。

 先生の言う通り、大和がやろうとしている事は居合いに近い。電探の機能を持つ傘を差して佇む姿からは想像できないけど、大和は叢雲の動きに合わせて発砲するのではなく、砲の射線上に叢雲が入ったのを気配で察知した瞬間に発砲する気なんだわ。

 

 『おっ!ようやく撃って来たわね!しかも中々正確じゃない!』

 

 大和の右舷後方に差し掛かった叢雲に大和の右舷主砲が火を噴き、叢雲の後方50mほどに着弾して水柱を上げた。

 けど、発砲のタイミングが遅い。叢雲の速度に追いつけてないわ。

 

 『おおっと!今のは危なかったわ!』

 

 大和は続いて右舷側面の副砲を発砲。今度は叢雲の後方20m程に着弾した。

 タイミングを自分なりに修正してるわね。もう何発か撃てば、見た目上は偏差射撃と言える程度にまでなりそうだわ。

 

 「戦艦のクセに考え方が駆逐艦に近いわね。あの子。自分に出来ない事をあっさりと切り捨て、現状できる事のみで対処しようとしてる」

 

 桜子さんが今言った事を捕捉説明するとこういう事よ。

 大和は回避運動がまともに取れないから動きを止め、動く目標に照準を合わせる事も出来ないから砲を固定した。

 演習で、しかも砲撃じゃ大和の『装甲』を抜くことが困難な駆逐艦が相手だからできる事ではあるけど、逆に言えばこの状況なら有効。

 大和はほぼ360度に砲を向けた固定砲台と自分を化したのよ。

 

 「でも、魚雷を撃たれたら終わりよね?」

 「そうよ辰見。叢雲が魚雷を撃てば終わり。いくら演習だと言っても、全弾命中すれば轟沈判定よ」

 

 実戦ならもっと耐えれるんでしょうけど、それじゃ叢雲が不利過ぎるから魚雷8発が直撃で轟沈判定としている。それは大和にも伝えてるわ。

 あの状態で、大和が魚雷をどう対処するかまでは想像がつかないけど。

 

 『くっ!コイツ!』

 「大和の砲が叢雲を捉え始めたわね。アレだけ撃たれまくったら、いくら叢雲でも迂闊に接近できないわ」

 「ちょっと桜子、叢雲を見くびり過ぎじゃない?叢雲ならあの程度の砲撃なんて掻い潜るわ」

 「別に見くびってないわよ。客観的にみてそう思っただけ。辰見は弟子贔屓が酷すぎなんじゃない?」

 

 なんか別のバトルが始まりそうになってるけど放っておこう。

 で、今どうなってるかと言うと、大和は反時計回りに回る叢雲の動きに合わせて砲撃を続けているわ。叢雲は装填の合間を縫って接近しようとしてるみたいだけど、大和は体を捻って無理矢理別の砲を叢雲に向けて装填の隙を補ってる。

 もっとも、叢雲の砲撃は当たりまくってるからそろそろ中破判定に届きそうだけど。

 

 「叢雲の勝ちは揺るがない。窮奇が出て来る様子もない。当てが外れたわね。円満」

 「そうね。けどまあ、鍛えればそれなりに使えそうな事がわかっただけで良しとするわ」

 

 辰見さんにそう言われて、私は叢雲に「終わらせて良い」と伝える事にした。

 正直、これ以上変化がないなら見ていても仕方がないし、満潮を負傷させる(・・・・・・・・)事態も回避できる。

 

 「叢雲、もう終わらせ……」

 『きゃあっ!』 

 「叢雲!?」

 

 私が叢雲に指示を出そうとした途端、大和の砲撃が叢雲に直撃して吹き飛ばした。

 確かに大和は叢雲を捉え始めていたけど、叢雲なら捉えられても回避は余裕のはず。それなのに直撃した。いったい何が……。

 私がモニターを見続けていた桜子さんと辰見さんの方を見ると、代わりに先生が私の疑問に答えてくれた。

 

 「出て来たようだ」

 「出て来た?お父さん、それってやっぱり……」

 「ああ、窮奇だ。奴め、前面に配してある副砲で叢雲の動きを止め、そこに主砲を撃ち込みおった。直撃自体はなんとか避けたようだがな」

 

 モニターに目を戻すと、電探傘を日傘のように差して悠然と佇む大和と、『装甲』を抜かれたのか艤装の()舷から煙を上げている叢雲の姿が目に入った。

 なるほど。躱せないと悟った叢雲は側転気味に『トビウオ』か『稲妻』で跳んだのね。

 だから見た目上は直撃したかのように吹き飛び、反時計回りに旋回してたはずなのに右舷から煙を上げてるんだ。

 

 「叢雲、本気でやっていいわ。ただし、『魔槍』は極力使わないで。第一、第二艦隊、及び全航空母艦は第一種戦闘配置に移行。大和が砲をこちらに向ける様なら即座に無力化して」

 

 私は叢雲と、第二種戦闘配置で待機させていた艦娘に指示を飛ばしながら手元のタブレットに目を落とした。

 そこには、大和の艤装に潜ませた工廠妖精さんが計ってくれた大和の練度。いえ、窮奇の練度が表示されてるわ。正直信じられない数字だけど、モニターに映しだされた砲の動きを見て信じるしかなくなった。

 表示された練度は99。ケッコンカッコカリをしてない艦娘の最高練度。

 内心驚いてるけど、反面嬉しくも思ってる。予想以上の練度だったからね。

 まったく、随分と勿体ぶってくれたじゃない窮奇。あまりにも出てくる気配がないから終わらせちゃうところだったわ。

 

 「ここからが本番。ってとこね。どうする?辰見。大和に賭け替える?」

 「冗談言わないで桜子。私が鍛えた叢雲が負ける訳ないじゃない」

 

 辰見さんの気持ちもわかる。

 演習のルール内、さらにかつての窮奇と同程度なら叢雲が勝つ可能性が高いわ。だけど、奴が使用するのは『大和』の艤装。かつてと同じ戦い方をするとは限らない。

 だから見せてちょうだい。今のお前の力を。私の期待通りの力を見せてくれないようなら即座に解体してやるんだから。

 

 「さあ、踊ってもらうわよ」

 

 私は他の三人に聞こえないように呟いた。

 かつての仇敵を憎む気持ちを抑えつけ、使えるようなら死ぬまで利用してやるんだと、自分に言い聞かせながら。



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第二十三話 相手になってあげる!

 

 

 自慢じゃないけど、私が鍛えた叢雲は強い。

 もちろん性能的な意味じゃないわ。持てる力を限界まで引き出し、研ぎ澄まし、使いこなすという意味でよ。

 ほら、ロボットもののアニメ。具体的に言うとガ〇ダムとかでも、腕のいいパイロットとそうじゃないパイロットじゃMSの動きは全然違うでしょ?アレと似たような感じかしら。

 それに、あの子はツンケンしてる割に協調性が高いの。

 艦隊を組めば旗艦の言う事は素直に聞くし(指示が酷ければ口答えはするけど)、口が悪いのが玉に瑕だけど後輩の駆逐艦の面倒見も良い。

 親バカとか依怙贔屓とか言われるかもしれないけど、叢雲は私が胸を張って自慢できる優秀な秘書艦であり、戦友よ。

 

 

 ~週刊 青葉見ちゃいました!~

 辰見 天奈大佐へのインタビューより抜粋。

 

ーーーーーーー

 

 

 私は戦艦、もっと言うと上位艦種にあまり良い感情を抱いていない。

 何故かって?

 それは、駆逐艦とは比べるのも馬鹿らしいほど高い性能の上に胡坐をかいてるような戦い方しかしないと思っているからよ。

 もちろん、そんな人ばかりじゃないのはわかってる。

 今や横須賀鎮守府最古参の長門さんや鳳翔さん。軽巡になっちゃった元朝潮の大淀など、自分が持てる性能を限界まで引き出し、使いこなす人もいる。そういう人達は素直に尊敬してるわ。

 けど、そういう熟練の人達とは違い、中途半端に経験を積んでる奴や新人は先に言った通りの場合が多い。ハッキリ言って見習う所はないわ。

 大和の事も最初はそうだと思っていた。

 けど大和は、出来ないなりにできる事をした。

 ちょこまかと動き回る私に砲塔の動きが追い付かないと判断するや、大和は砲を固定し、恐らくだけど気配で私の動きを察知して砲撃して見せた。

 だったらと装填の隙を狙ったら体を捻って別の装填済みの砲で攻撃までしたわ。

 自分にできる事を把握し、最大限に生かそうとする姿勢は、例え新米だとしても十分尊敬に値する。

 

 「砲身が指みたいにワキワキと動いてる……。円満と辰見さんから聞いてはいたけど、これがコイツの本性ってわけね」

 

 かつて朝潮が倒した戦艦水鬼。その意識が出て来て大和を乗っ取る可能性があるとは聞いていた。

 話を聞いた時は「そんな事有り得るの?」って言っちゃったけど、実際に目の当りにしたら信じるしかなくなったわ。

 だって、砲の動きが全く違うもの。見た目は機械なのに、その動きはまるで生き物みたいだわ。

 

 『駆逐艦よ、一つ問う』

 「……何よ」

 

 無線を通して大和の声が聞こえて来た。

 口調まで変わってるわね。それに纏う雰囲気も。

 私を見下す大和は、演習開始時の自信なさげ態度から一転、まるで女王と見紛うような威厳と風格を纏っているわ。

 最初の感じが、養成所に居た頃のアイツに似てて少し懐かしく思ってたんだけどな……。

 

 『貴様は彼女と同じ事が出来るのか?』

 「彼女?彼女って誰の事よ」

 

 予想はついてる。

 コイツが言う『彼女』とは、深海棲艦だった頃の自分を討った朝潮。今の大淀の事だ。そんな事は聞かなくても何となくわかる。

 

 『ああ、怯えなくていい。別に取って食おうという訳ではない。ただ確認したかったんだ』

 「べつに怯えてなんてないわ。で?何を確認したいって言うのよ」

 

 大和は右方、西の方へ顔だけ向けてそう言った。

 何かを警戒してる?そう言えば、円満は窮奇が出て来たと判断した場合、洋上に待機させてる艦隊を第一種戦闘配置に移行させると言っていたわね。

 じゃあコイツは、自分を狙ってるであろう艦隊を警戒してるって事かしら。

 でも、西の方に待機してるのは大淀と満潮だけのはずだけど……。

 

 『貴様がブランクを埋めるのに丁度良いかを確認したいのだ。彼女と同じ事ができるのなら好都合だからな』

 「へぇ…この叢雲様を……」

 

 練習台にする気か。

 と続けようとしたら『叢雲、本気でやっていいわ。ただし、『魔槍』は極力使わないで。第一、第二艦隊、及び全航空母艦は第一種戦闘配置に移行。大和が砲をこちらに向ける様なら即座に無力化して』と、無線を通して円満の指示が耳に飛び込んできた。

 

 『どうした駆逐艦。本気を出していいとお許しが出たか?』

 「そんなところよ」

 

 私の反応で自分には届いていない無線の内容を察したのか、大和は視線を私に戻して言った。

 意外と察しが良いのね。

 円満から聞いてた話じゃ、盲目的で自己中心的。さらにクソレズのロリコンって話だったのに、私が今まで手加減していた事にも気づいているみたいだわ。

 

 「今の私は、当時のアイツより強いわよ」

 『ほう?それは良い事を聞いた。ならば見せてもらおうか。貴様の実力を』

 

 その言葉と共に、大和は左手を私に向け、それに応えるように大和の各砲門が私に狙いを定めた。

 さて、どう動く?さっきみたいに、副砲で動きを止められたらその後に来るであろう主砲の一撃は躱せない。

 ならどうする?決まってる。普通の回避運動で躱せないなら『脚技』を使うしかない。

 軽巡あたりから不興を買うだろうけど、こんな好機を逃すわけにはいかないもの。

     

 「ふふっ…いよいよ戦場(いくさば)ね」

 

 ああ、やっと戦える。

 アイツに置いて行かれた私の初舞台。アイツの背を追い求め、アイツと肩を並べて戦う事を望んだ私が初めて本気で戦う初戦闘。

 無様な姿は見せられない。だって、どこかでアイツが見てるんだから。アイツにどれだけ近づけたか確かめ、アイツに今の私を見せられる絶好の機会なんだから!

 

 「特Ⅰ型駆逐艦、五番艦。叢雲!相手になってあげる!」

 

 私はやや前傾姿勢気味に腰を落とし、左掌を槍の穂先に添え、槍の中程、手留の部分を握った右手を腰だめにして名乗りを上げた。

 別に名乗り上げなんてする必要ないんだけど、師である辰見さんが「テンション上がるから出来るならやっときなさい」という教えに従ったの。

 と言うか、テンションが上がり過ぎて名乗らずにはいられなかった。

 

 『ああ、相手をしてもらおう。足掻け。抗え。死力を尽くして私の糧となれ!』

 

 その言葉を合図に大和は全砲門を一斉射。直前まで私が居た場所に巨大な水柱が立ち上がった。

 300mほどの近距離とは言えかなり正確な射撃だわ。飛び上がる(・・・・・)のが数瞬遅れてたら、模擬弾とは言え私は死んでいたかもしれない。

 

 『そう言えば、駆逐艦は飛ぶ(・・)事もできるのだったな』

 

 大和が水柱の勢いと『トビウオ』で10mほど上空へ逃れた私に視線と副砲を向けてそう言った。

 なるほど、朝潮との戦闘でコレは見た事があるって事ね。だけど……。

 

 「コレは見たことがないでしょう!」

 

 大和が副砲で私を撃つより早く、私はマジックアームで繋がれた連装砲を右真横(・・・)へ向けて発砲。少し遅れて放たれた大和の砲撃を、自らの砲撃の反動で右方へ回避した。

 

 『ほう。口だけではないようだ』

 「当然よ!」

 

 私は着水後、即座に『トビウオ』で加速して大和への接近を開始した。

 一気に接近したいところだけど、大和の三基の主砲と四基の副砲を使った弾幕が激しすぎて迂闊に近寄れない。

 装填の隙が出来ないように、副砲と主砲を上手い具合にローテーションさせて私の針路を妨害、あわよくば直撃させようとしてるわ。

 

 「途絶える事のない砲撃…か。艦種の差を思い知らされるわね。でも!」

 

 砲撃の隙間を縫って近づく手段はある。

 一方向へ最大10m跳ぶ事が出来る『トビウオ』、主機の裏に浮力が発生する程度の『脚』を形成し、速度を犠牲にする代わりに陸上と同じ動きを可能とする『水切り』。

 この二つだけでもなんとかなりそうだけど、相手は朝潮が死闘の果てに倒した奴だ。出し惜しみはしない!

 

 「追い詰めるわ。逃がしはしない!」

 

 その軌跡はその名の通り『稲妻』。

 『トビウオ』の加速力と『水切り』の機動力を併せ持つ『脚技』の極み!100ノットを超える速度の私を捉えれるもんなら捉えてみなさい!

 

 『そう。その動きだ。あの時の彼女と同じ動きだ!』

 

 私は大和の砲撃をジグザグに縫ってさらに距離を詰めた。

 大和までの距離は150mってとこかしら。

 私も負けずに砲撃してるけど、大和の『装甲』はビクともしない。

 ここまで近づいてるのに貫けないなんてどんな『装甲』してんのよコイツ!

 

 『素晴らしい。やはり駆逐艦は素晴らしい!もっと見せろ!もっと魅せろ!貴様の全てを私に見せろ!』

 

 お褒めに与り光栄だけれど、大和は大して翻弄されていない。朝潮の動きを見た事があるからか私の動きに大して惑わされない。それどころか、早くも私を捉え始めている。私の動きに順応してきている。朝潮は、こんな化け物を相手に戦って勝ったのか……。

 

 「いいわね。こういうのを待っていたのよ!やればできるじゃない!」

 

 退屈した事を謝罪するわ。貴女は最高よ。最高の練習相手だわ。

 貴女を踏み台にして、私はさらなる高みへ昇る。

 さっき、私に糧となれって言ったわよね?そのセリフをそのまま返すわ。お前こそ、私がアイツに近づくための糧となりなさい!

 

 「両舷アーム!180度回頭!」

 

 悪いわね円満。『魔槍』を使わせてもらうわ。別に構わないでしょ?だって、極力(・・)使うなとしか言われてないんだから。

 

 「思い知りなさい!私が磨き上げた『魔槍』の鋭さを!」

 

 『魔槍』とは。

 私が朝潮に近づくために編み出した、『装甲』をほぼ0にし、浮いた分の力場を『弾』に上乗せして性能以上の干渉力場とする『刀』を槍の穂先に纏わせて敵を貫く奥の手。

 もちろんそれだけじゃないわ。この技の肝は、真後ろに向けたアームに繋がれた連装砲にある。

 

 「撃て(てぇ)!」

 

 『稲妻』の踏切に合わせて、私は両舷の連装砲を発射。砲撃の反動が加わり、通常の『稲妻』を越える速度で私は加速した。

 これが、私の努力の集大成よ。

 朝潮型でも似たようなことは出来るだろうけど、両手に装着するタイプの艤装では加速後の攻撃に一瞬間ができる。

 だけど、私の艤装なら問題ない。砲が使えなくたって、私には槍があるんだから!

 

 「ああ…本当に駆逐艦は最高だ……」

 

 無線越しじゃなくても声が届く距離まで接近した私に、大和は恍惚とした表情でそう言った。

 ええそうよ。駆逐艦は最高なの。

 駆逐艦は何も出来ない分、何でも出来る。上位艦種が出来ないことでも、本人の努力次第で出来るようになるのよ!

 

 「ちぃっ!」

 「あはっ♪惜しかったな駆逐艦!」

 

 真正面から大和の頭を狙った私の初撃を、大和はわざと『装甲』を消し、体を反らすことで回避した。

 初見で『魔槍』回避するなんてどんな動体視力してんのよ。砲弾と大差ない速度なのよ!?

 

 「けど、ここはもう私の距離だ!」

 

 『魔槍』の勢いのまま大和の真後ろ20mほどに着水した私は、着水位置からコの字を書くように『稲妻』で大和の左側面に回り込んだ。

 『魔槍』の最大使用回数、と言うよりは砲撃の反動を利用した移動の最大可能回数は三回。

 それ以上は私の体が保たない。しかも、使う度に砲撃の反動によるダメージが蓄積されて行き、他の手段が取りづらくなっていく。

 砲撃の反動による移動はさっきので二回目。残り一回で是が非でも決めるしかない!

 

 「貴様の素晴らしい技に敬意を表し、今度は受けて(・・・)立とう」

 

 私が踏み切った瞬間。大和は電探傘を私に向けて構えてそう言った。

 私の『魔槍』を受け止める気?ル級の『装甲』程度なら軽々と貫く私の『魔槍』を?上等じゃない!受け止められるなら受け止めてみろ!

 

 「シャアァァァァァァァァ!」

 

 私は、通常は踏み切りに合わせて一回しかしない砲撃を踏み切り直後にもう一度発砲。体への負担は跳ね上がるけど、ここまで正々堂々と受けると言われたら私も全力以上を出さなければ失礼だ。

 

 「くぅぅぅぅっ!」

 

 大和の『装甲』に接触した槍の穂先が、キィィィ!と火花を散らしながら潜り込んでいく。

 なんて厚い『装甲』なのよ。いつもならすんなりと貫けるのに貫けない。

 このままじゃ、加速した勢いが死んで大和の主砲に無防備な姿を晒すことになってしまう。

 もう一度砲撃で加速すれば貫けそうなのに……。

 

 「やるしか……」

 

 ない!このまま負けるなんて絶対に嫌だ!どの道動けなくなるんなら限界の更に先に行ってやる!

 

 「だったらもう一発ぅぅぅ!」

 

 加速の勢いが無くなる瞬間。今度は『脚』に回していた力場まで穂先に集中し、砲撃の反動だけで私は加速した。

 体がギシギシと悲鳴を上げてるけど、その甲斐あって大和の『装甲』を貫くことに成功したわ。成功は…したけれど……。

 

 「貴様の負けだ。駆逐艦」

 

 大和の『装甲』を貫いた私の槍は大和まで届かず、向けられていた電探傘を貫いた所で止まってしまった。

 勢いは完全に死んではいなかったんだけど、大和は私の勢いを利用し、孤を描くように私を放り投げたわ。

 

 「そうね……。貴女の勝ちよ」

 

 放り投げられて、海面を仰ぎながら宙を舞っている最中の私は大和にそう返した。

 ええ、素直に負けを認めるわ。

 いつもより無理な『魔槍』の使い方をしたせいで体はガタガタ。例え、落下中の私を狙っている大和の砲撃が運良く外れたとしても、その後に打つ手がない。

 まだ、足りなかった。大和との戦いで、私に足りないモノが把握できた。それは心から感謝するし、敗北も甘んじて受け容れる。だけど……。

 

 「ごめんね…辰見さん……」

 

 私に向けられた大和の砲身を他人事のように横目で見ながら、「叢雲!」と叫んでるであろう師匠に謝罪した。

 だって、私が負けるって事は、私に全てを授けてくれた辰見さんが負けたのと同じことなんだから………。

 

 「あ、あれ?追撃がない」

 

 私はなんとか五点着地の要領で着水し、無防備な私を追撃してこない大和の方へ目を向けた。

 何してるの?コイツ。

 砲は上の方を向いてるから、落下中だった私を追撃しようとしていたのは間違いない。

 けど、見ている方向がおかしい。私の方を向いてるけど私を見ていない。私の遥か後方を見てるわ。

 

 『聞こえる?叢雲。聞こえてるなら返事をして』

 「聞こえるわよ。円満。って言うか、モニターで見てんでしょ?」

 

 感情を押し殺したような円満の声が無線を通して聞こえてきた。

 私が負けるとは思ってなかったから驚いてる?それとも、他に不測の事態でも発生した?

 

 『今すぐそこを離れなさい。下手をすると巻き込まれる』

 「巻き込まれる?」

 

 何に?もしかして待機させていた艦隊に攻撃させるつもり?それなら離れた方が良いわね。

 戦艦だけでなく、横須賀鎮守に所属する全空母の航空爆撃まで集中するとしたら、こんな近距離に居たら確実に巻き込まれる。

 と、思っていた私の予想を、後ろから私を飛び越えて大和に着弾した砲撃が否定した。

 今のは戦艦の砲撃じゃない。重巡でもない。ましてや爆撃でもない。

 今の着弾時の爆発を見る限り、私の後ろ、西から飛んで来たのは15.2cm連装砲による砲撃だわ。

 なるほど。

 アイツが来たのなら確かに巻き込まれる。

 戦場を縦横無尽に駆け回り、元帥に仇なす者なら艦娘だろうが深海棲艦だろうが容赦なく沈める忠犬。

 いや、アイツの狂ってると言っても良いほどの尽くし方を考えると狂犬の方が妥当かしら。

 

 「選手交代って訳ね」

 「ええ。ここからは私がやります」

 

 そう言って、私と入れ替わるように大和へ突撃して行く大淀の姿が、私の瞳には一振りの大剣が振り下ろされたように映ったわ。

 前横須賀提督が鍛え上げた無慈悲の一刀。

 その刃が、別人のように変わった大和に振り下ろされるのを、私はその場から離れながら冷めた瞳で静観していた。



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第二十四話 私は教官失格だ

 

 

 今日の演習は出来レース。

 円満さんが仕組んだ出来レースだ。そんな事は聞かなくたってわかる。

 だって、大和の相手は叢雲さんだもの。長門さんや陸奥さん、武蔵さんなら兎も角、ド新人の大和じゃ間違いなく勝てない。窮奇が出て来て、大和を乗っ取るくらいしなきゃね。

 

 『二人とも、準備は良い?』

 『何時でも良いわよ。さっさと終わらせてお茶にしましょ』

 

 演習を始めようとしている円満さんの声が、演習場所から数km離れた地点で待機している私に無線を通して聞こえて来た。応えた叢雲さんもやる気満々だわ。まあ、気持ちはわからないでもないけど。

 

 『大和はどう?行ける?』

 『大丈夫ですけど…その、本当にやるんですか?』

 

 本当にやるのよ大和。アンタの意見なんて関係ないし、撃てるようになっただけで狙いもまともに付けれないほど練度が低いのも関係ない。

 アンタは、円満さんが目的を果たすための駒でしかないんだから。

 

 『今さら何言ってるのよ。中止には出来ないんだから覚悟を決めなさい』

 『ううぅ……。わかりました……』

 

 私の隣に居るお姉ちゃんが飛ばした観測機が撮影する映像を映し出したタブレットじゃ表情まではわからないけど、自信なさげに俯いてる姿が容易に想像できるわね。

 

 「気に食わない」

 「円満さんのやり方が?」

 「うん…こんな見世物みたいなやり方しなくたって……」

 

 私の独り言に、隣で私が持つタブレットに映像を送ってくれてるお姉ちゃんが反応した。

 仕方ないから問いには答えたけど、口に出すべきじゃなかったなぁ。

 

 「円満さんの事が信じられないの?貴女の司令官でしょう?」

 「そうだけど……!」

 

 こんなやり方は嫌だ。

 だって、こんな事をして一番苦しむのは他ならぬ円満さん自身なんだもの。

 耐えれないクセに、虚勢を張って非情な命令を下す。本当はやりたくないクセに、冷徹なフリをして人を駒扱いする。

 気が狂いそうなくらい苦しいクセに。

 私の前じゃ年甲斐もなくガン泣きするクセに、円満さんはやり方を変えようとしない。目的のためなら手段を選ばない。

 そんな円満さんが私は大好きだけど、同じくらい大嫌い。

 円満さんが、自分を殺しながら戦ってる姿を見る度に私まで苦しくなる。胸が締め付けられる。泣きたくなる。もうやめて!って言いたくなる。

 

 「大和さんに、情が湧いちゃった?」

 「違う!そんなんじゃない!」

 

 これも違わない。お姉ちゃんの言う通りだ。

 短い付き合いだけど、私の訓練に必死について来ようとする大和に情が湧いてしまった。今では大事な教え子だと認識してる。

 それに、窮奇が出て来て暴走したとしても大和が悪い訳じゃない。悪いのは窮奇だ。それなのに、どいつもこいつも大和と窮奇を同一視してる。

 窮奇が出て来たら大和ごとどうにかしようとしてる。円満さんなんて、大和じゃなくて窮奇の力を当てにしてる。

 それが、私にはどうしても我慢ならない。

 

 『始め!』

 

 円満さんの合図で演習が開始された。

 叢雲さんが砲撃しながら接近しようとしてるのに、大和は着弾の水柱にビビってまともに動けないでいる。

 そりゃそうよね。

 大和はまだ、航行訓練と砲撃訓練しかした事がない。自分に向けて放たれる砲撃の怖さなんて体験したことがないんだもの。いくら『装甲』が厚くたって、爆発の音と自分に向けられる敵意の恐怖は耐えがたいはずよ。

 

 「ねえ、お姉ちゃん。窮奇ってどんな奴だったの?」

 「どんな、ですか。そうですね……」

 

 私の問いに、お姉ちゃんは「何て言ったらいいかしら」って感じで、顎に左手を添えて考えてる。

 大和と初めて対面した時のお姉ちゃんの反応から考えると、あまり良い印象を抱いてないのはわかる。

 だけど聞いてみたかった。お姉ちゃんがアイツをどう思っていたのかを。

 

 「初めて会った時はただの敵同士でした。主人を鎮守府もろとも亡き者にしようとした、憎むべき敵でした」

 

 鎮守府ごと?それって、7年か8年くらい前の横須賀事件の事?でもおかしくない?その頃はまだ、お姉ちゃんは艦娘になってなかったはずよ?

 

 「二度目に会った時は気持ち悪いと思いました。だって、いきなり愛してるなんて言われたんですよ?私に初めて愛してるって言ってくれたのは主人ではなく窮奇だったんです」

 「そ、それはさぞ複雑な気分だったでしょうね……」

 

 同性でしかも敵。そんな奴に愛してるなんて言われたら私ならどう思うんだろう。うん、考えるまでもない。間違いなく気持ち悪いって思っちゃうわ。

 

 「三度目に会った時もやっぱり気持ち悪かったです。しかも変態度がアップしてました」

 「どんな風に?」

 「被弾すると気持ちいいって言うんです。それに、私のお尻に顔を埋めたいとも言われました」

 「うわぁ……」

 

 よ、予想の斜め上を行っていた。まさか、窮奇がガチの変態だったなんて……。

 考えたくはないけど、ガチで暴走するとそんな感じになっちゃうんじゃないでしょうね?

 

 「そして、最後に会った時に私は彼女を拒絶しました。精神的にも、肉体的にも。けど、死にゆく彼女を胸に抱いた時、声が聞こえたんです」

 「声?なんて…言ってたの?」

 

 お姉ちゃんは、「え~っと……」と言いながら少し困ったような顔をして頬を掻いた。

 なんだろう?言いにくい事なのかしら。それとも、言葉にし辛い事を言われたのかしら。

 

 「一緒に居たい。一緒に居させて。と、言われました」

 「それで、お姉ちゃんは何て答えたの?」

 「何も。何も言いませんでした」

 

 お姉ちゃんは遠くを、いえ、大和が演習をしている方向を眺めてそう続けた。

 しばらく眺めたあと、お姉ちゃんは「あ、でも……」と、何かを思い出したように私の方に視線を戻したわ。

 

 「その時、声には出さなかったけどこう思ったんです。『貴女が艦娘ならそれも出来たかもしれない』って」

 「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、大和の艤装に窮奇の意識が残ってる理由って……」

 

 お姉ちゃんはそれ以上何も言わなかった。けど、私と同じ事を考えてるみたい。

 大和の艤装に窮奇の意識が残っているのはそれが理由?お姉ちゃんと一緒に居たかったから、窮奇の意識は艤装と成った後も残ったの?

 

 「死んでまで好きな人を追い続けるなんて究極のストーカーね。正直、ゾッとするわ」

 「そ、そうです…ね……」

 

 ん?どうしてお姉ちゃんが「そこまで言わなくても……」って聞こえてきそうな感じで拗ねるんだろう。それじゃあ、お姉ちゃんも窮奇と同じ事をした事があるみたいに思えちゃうじゃない。

 

 『叢雲、本気でやっていいわ。ただし、『魔槍』は極力使わないで。第一、第二艦隊、及び全航空母艦は第一種戦闘配置に移行。大和が砲をこちらに向ける様なら即座に無力化して』

 

 無線で円満さんの声が響いた。

 お姉ちゃんと話し込んでて気づかなかったけど、いつの間にか叢雲さんの艤装から煙が上がってる。

 考えるまでもない。窮奇が出て来たんだ。そうでなければ、待機中の艦隊を第一種戦闘配置に移行させたりしない。

 

 「出てきちゃったか。でもまだ…って、お姉ちゃん?何してるの?」

 「決まってるじゃないですか。窮奇を仕留めます」

 

 お姉ちゃんに視線を戻すと、今にも飛び出しそうなくらいに身を屈めていた。

 仕留める?それは大和を殺すって事じゃないの?

 じゃあダメよ。円満さんが指示を出したのは第一、第二艦隊と空母達だもの。

 私達が動くのは大和が本格的に暴走し、その人達でどうにもならなかった時だけ。だから、大和が暴走してない内は動いちゃダメ。行っちゃダメ!

 

 「満潮ちゃん。準備は良いですね?」

 「待ってお姉ちゃん!私達に指示は出てない!」

 「……ならば私一人で行きます。円満さんに私への命令権はありませんので」

 

 マズい。

 お姉ちゃんは円満さんの思惑など関係なく、元帥に砲を向けてるかどうかも関係なく大和を沈めるつもりだ。大和を窮奇ごと殺すつもりだ!

 

 「やめてお姉ちゃん!もう少し待って!」

 「待てません。主人を…あの人を害そうとする者を私は許しません」

 

 ダメだ。完全に戦闘モードになってる。

 今のお姉ちゃんに私の声は届かない。今のお姉ちゃんを止められるとすれば元帥さんしかいない。連絡を取って止めてもらうか。いや、それじゃ間に合わない。私が連絡を取るよりも早く、お姉ちゃんは大和を砲撃する。

 

 「何の、つもりですか?」

 「やらせない…大和はまだ暴走してない!暴走してない内はやらせない!」

 

 私は両手を広げてお姉ちゃんの前に立ち塞がった。

 もちろん、これで思い留まってくれるだなんて思ってない。お姉ちゃんは元帥さんのためなら全てを敵に回す。円満さんでも、桜子さんでも、私でも……。

 

 「退きなさい満潮。邪魔をするなら貴女でも容赦しません」

 「そんなのわかってる!だけど退かない!行かせない!」

 

 怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い。

 お姉ちゃんが私に敵意を向けている。これ以上邪魔をすれば間違いなくお姉ちゃんに殺される。でも退く訳にはいかない。お姉ちゃんを行かせる訳にはいかない!例え、お姉ちゃんと戦ってでも!

 

 「こ…この鎮守府の最高責任者は柴印提督です。いくら元帥秘書艦と言えど、許可のない演習への介入は越権行為です」

 「関係ありません。私に命令できるのは元帥閣下だけです」

 「だったら!……だったら柴印提督秘書艦として見過ごせません。軽巡 大淀。貴女を拘束します」

 

 私を見つめるお姉ちゃんの目がスー…っと細められた。

 怖いなぁ……。どうやら私は、本気でお姉ちゃんを怒らせちゃったみたい。

 今さら、やっぱり冗談です。なんて通じないよね。まあ、言うつもりもないけど。

 

 「少しばかり強くなったことで調子に乗っているようですね。いいでしょう。出来るものならやってみなさい。私は貴女を倒して窮奇を沈めます」

 「お姉ちゃんこそ『一人艦隊』なんて呼ばれて調子に乗ってるんじゃない?私が昔と同じだと思ってたら後悔するんだから!」

 

 私とお姉ちゃんの距離は5m程、砲撃にしても雷撃にしても距離が近すぎる。

 それなのにお姉ちゃんは、威嚇とばかりに左腕に装備した連装砲からガチャンと装填音を響かせた。

 少しビクってなっちゃったけど引いてあげない。お姉ちゃんと戦ってでも教え子を守る。私は大和の教官なんだから!

 

 「増長した貴女は見るに耐えません。そこに直りなさい満潮!お仕置きの時間です!」

 「上等よ!いつまでも私を子供扱いするアンタに地獄を見せてやる!」

 

 それを合図に、私は右、お姉ちゃんは向かって左に『トビウオ』で飛びながら発砲。互いがさっきまでいた位置に水柱を上げた。

 

 「『姫堕ち』を…いや、円満さんの許可も出てないし、誰が見てるかもわからないこんな場所じゃ使えない。なら、せめて『艦体指揮』……。これもダメか。妖精さんとリンクする隙を狙われる」

 

 私とお姉ちゃんは100m程の距離を空けて、円を描くように反航戦をしながら砲撃し合った。

 相変わらず上手いなぁ。

 私の針路を妨害しながら、隙あらば確実に命中弾を飛ばして来る。『トビウオ』と『水切り』を使って直撃こそせずに済んでるけど、このままじゃ体力的にも燃料的にもガス欠になっちゃう。

 対してお姉ちゃんは、船首を立てた水圧ブレーキと体捌きだけで私の砲撃を回避してる。

 同じように針路を妨害したりしてるんだけどなぁ……。何が違うんだろ?

 

 「時間稼ぎがお望みですか?生憎と、私は急いでいるのですが」

 「そっちこそお仕置きするんじゃなかったの?そんな砲撃じゃ、私を仕留めるなんて無理よ!」

 「そうですね。では、仕掛けさせてもらいます」

 

 反航戦が始まって十分くらい経った頃、お姉ちゃんが動いた。反航戦をやめ、『稲妻』を使って私の砲撃を交わしながら一直線に向かって来てるわ。

 急接近からの魚雷で仕留める気?それとも砲撃?どちらにしても、私も相応に対応しないと。

 

 「チキンレースって感じね。受けて立つ!」

 

 私も『稲妻』でお姉ちゃんに突撃を開始。すれ違い気味に砲撃を食らわすつもりよ。

 私とお姉ちゃんが装填してるのは実弾だけど、もし私の砲撃が直撃しても一発二発程度ならお姉ちゃんは耐えられる。少し怪我をする程度で済むはず。

 

 「それが増長していると言うのです」

 「んなっ!」

 

 あと一歩ですれ違うという距離まで来た時、お姉ちゃんは逆方向へ『稲妻』で跳び、置き土産とばかりに魚雷を二発放って来た。

 クソ!お姉ちゃんもチキンレースをするつもりなんだと思ってたから虚を突かれた!このままじゃ直撃する!でも!

 

 「舐ぁ!めぇ!るぅ!なぁぁぁぁぁ!」

 

 私は若干斜め上方へ『トビウオ』で飛翔して魚雷を回避。同時にお姉ちゃんとの距離を詰めた。

 お姉ちゃんは着水直後で体勢が安定していない。左手の連装砲も明後日の方を向いて……。あれ?でも右腰の連装砲は私を……。

 

 「しまっ……!」

 「遅い!」

 

 着水しきってない私に、お姉ちゃんは右腰に装備している連装砲を発射。このままじゃ直撃する。こんな近距離で軽巡の砲撃が直撃したらただでは済まない。最悪…死ぬ……!

 そう思った瞬間。

 お姉ちゃんが放った砲弾がスローモーションになった。

 死を目前にして思考が加速してる?なら好都合だわ。この機に対策を考えろ!

 まずは現状把握。

 私は着水直前で回避は不可能。だけど、着水と同時に砲撃するつもりだったから連装砲はお姉ちゃんに向けてる。対するお姉ちゃんは着水直後の砲撃で若干体勢を崩してる。このまま撃てばたぶん直撃するわ。

 でも、私が砲撃するよりもお姉ちゃんが撃った砲弾が私に到達する方が早い。

 だったらどうする?諦める?直撃しても死なない事を祈る?冗談じゃない!諦めてたまるか!

 躱せないなら撃ち落としてやる!

 

 「当たれぇぇぇぇ!」

 

 私は連装砲をお姉ちゃんではなく、私に向かって飛んで来ている砲弾に向けて発砲。私とお姉ちゃんの間で、砲弾同士がぶつかり合って爆炎の花を咲かせた。

 

 「お見事です。でも、詰めが甘かったですね」

 

 一瞬、お姉ちゃんが言ってる事が理解できなかった。

 詰めが甘い?爆風で軽く煽られたけど、無傷で着水した私の体勢は悪くない。すぐにでも『トビウオ』なり『稲妻』なりで跳べる。

 それに対してお姉ちゃんは体勢を崩したまま。爆風のせいで砲撃直後よりも崩れているように見える。もしかしたら腰を少し痛めたかもしれない。

 更に、このまま私が砲撃すれば間違いなく直撃するのに、私の詰めが甘いってどういう事?……って!

 

 「くっ…そ!そういう事か!」

 

 目の端に、お姉ちゃんから私に向けて伸びる雷跡が見えた。

 きっと、砲撃とほぼ同時に魚雷を放ってたのね。私が砲弾を撃ち落とす事を見越して。

 

 「くぅっ……!」

 

 私は『稲妻』で左方へ跳躍。

 それと同時に左腿の魚雷発射管をパージし、連装砲も投げ捨てた。でも少し遅かった。私の『稲妻』の衝撃でお姉ちゃんが撃った魚雷の信管が作動し、爆発圏内から逃れる前に爆発した。

 ええ、巻き込まれたわ。

 直撃こそ免れたけど、爆発に巻き込まれたせいで右半身を焼かれてしまった。

 

 「痛っ……。熱い…熱いぃぃ!」

 

 私は痛みと熱さに泣きそうになりながらも、パージした私の魚雷が誘爆しなかった事を感謝した。

 ホント、誘爆しなかったのは奇跡ね。もし誘爆してたら右半身を焼かれる程度じゃ済まなかったわ。

 

 「なぜ、『姫堕ち』を使わなかったのですか?あれを使えば、もう少し善戦出来たでしょうに」

 

 使えるわけがない。

 こんな場所でアレを使えば円満さんの立場が悪くなる。そんな事、お姉ちゃんならわかるでしょ?

 それに、もし人目がなくたって私は使わない。円満さんの許可なくアレを使う事は円満さんに対する裏切りだもの。私は円満さんを裏切りたくない!私は……!

 

 「円満さんとの約束を破りたくない!だから……!」

 「だから?だから何です?」

 

 急に息が出来なくなった。

 それだけじゃない。少し遅れて気を失いそうなほどの激しい痛みが腹部を襲った。

 目の前にはお姉ちゃん。お姉ちゃんの右手が私の鳩尾辺りに伸びている。

 もしかして鳩尾を殴られた?『装甲』は?ああ、『装甲』を維持できてなかったのか。だからあっさりと、お姉ちゃんの拳は私に届いたんだ。

 

 「かはっ…はぁ……おぇ……」

 

 私はたまらず膝を突いて、見っとも無く胃の中に入っていた物を海にぶちまけた。

 気を失わなかった自分を褒めてあげたいけど、代わりに惨めな姿をお姉ちゃんに晒してしまった。

 まあ、お姉ちゃんに吐くところ見せるのは初めてじゃないんだけどね。お姉ちゃんたちに訓練してもらってた頃は一日一回は吐いてたし。

 

 「ま、待って……。待って!」

 「もう待ちません。貴女はそこで、救助が来るのを待っていなさい」

 

 お姉ちゃんが私に背を向けて行こうとしている。大和を殺しに行こうとしている。 

 必死に縋りつこうとしてるけど体が言う事を聞いてくれない。

 なんで言う事聞いてくれないのよ!これくらいの痛み、お姉ちゃんたちの訓練を受けてた頃は当たり前だったのに!

 

 「動け…動け動け動け動け動け!動いてよ!今動かなきゃ、今お姉ちゃんを止めなきゃ大和が殺されちゃう!そんなの嫌なの…見たくないの……。だから、動いてよ!」

 

 それでも、私の体は動いてくれなかった。

 マンガやアニメのように、都合よく秘めた力に目覚める事もなかった。 

 私には、涙で歪む視界で遠ざかって行くお姉ちゃんの背中を睨むことしかできなかった。

 

 「ごめん…ごめんね大和……。私は教官失格だ」

 

 私は自分の教え子を守ってあげられなかった自分の弱さに失望し、許しを乞うようにそう呟いた。

 お姉ちゃんが演習場所に着くまでに、窮奇が奥に引っ込んでくれるよう誰にともなく祈り、ようやく動くようになった、今にも気絶しそうなほど痛む体を引き摺って大和の元へ向かいながら。



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第二十五話 力の使い方を教えてやる

 

 

 演習前に、満潮教官からいくつかアドバイスを頂きました。

 一つ。

 勝とうだなんて思わない事。

 その理由は、相手の駆逐艦は横須賀鎮守府でトップクラスの駆逐艦であり、今では数少ない大規模作戦経験者の一人だからだそうです。

 今の私では彼女の動きを追う事すら出来ないとも言われました。

 実際、その通りでしたね。

 演習開始から数分。駆逐艦は私の周りを反時計回りに旋回しながら砲撃を続けていますが、当の私は狙いをつけるどころか目で追うのがやっとなのが現状です。

 二つ。

 戦闘の空気を感じる訓練だと割り切る事。

 タコ殴りにされろとも言われました。

 実際の戦闘では、実弾の爆発の音と衝撃で実戦経験のない子は竦んでしまって動けなる場合が多いからだそうです。

 特に私の場合は、養成所でその手の訓練を受けていないので尚更です。

 三つ。

 自分を見失わない事。

 これに関してはよくわかりませんでした。

 実戦で恐怖のあまり錯乱する子がたまに居る云々と言っていましたが、本当は別の意味で言っていたように思えるんです。

 まるで、私が私でなくなる事があると言われているような気さえしました。

 

 『ねぇ辰見さ~ん。もう決めちゃって良い?』 

 『それは円満に聞きなさい。この演習を仕切ってるのは円満だから』

  

 無線を通して、相手の駆逐艦と観覧席に居ると思われる辰見さんとやらの会話が聞こえました。

 きっと相手の人は、手も足も出せない私に退屈してしまったのでしょう。

 少し申し訳ない気もしますが、同時に少しムッとしてしまいました。だって、私にも聞こえているのにさっきみたいな会話をしてるんですもの。

 

 『大和が反撃出来る程度に砲撃の手を緩めてもう少し続けて。まだ終わらせちゃダメ』

 『これでもかなり手加減してるんだけど?『脚技』だって使ってないし。それでも私を捉えられないのよ?』

 

 砲撃の手を緩めろ?これでも手加減してる?

 ええそうでしょうとも。

 私のように回避運動もまともに取れない者など、実戦経験のある彼女からしたらただの的。訓練にもならいでしょう。

 仕方のない事ではありますが、直接聞かされると悔しくなってきます。

 

 『だったら足を止めてみたら?そうすれば撃って来るかもよ?』

 『いやいや、模擬弾とは言え戦艦の火力で撃たれたらただじゃ済まないから』

 『わかってるわよ。でも、アンタなら停止状態からでも避けれるでしょ?』

 

 ふふふ……。

 ここまで馬鹿にされると逆に笑えて来ますね。

 提督の仰る通り、今の私では完全に停止した目標にも砲撃を当てる事はできないでしょう。

 ですが、ここまで馬鹿にされて大人しくしていられるほど、私は人間が出来ていません!

 せめて一太刀。いや、一泡吹かせてやる!

 

 (全砲門。展開(・・)!)

 

 私の心の声に応えるように、両舷に配された主砲二基は4時と8時方向へ。背部の主砲は6時へ稼働。側面の副砲二基が3時と9時へ砲身を向け、前面の二基は1時と11時へと砲塔ごと向きました。

 これで、水平面上のみとは言えほぼ360度をカバーできる。

 あとは、駆逐艦が私の間合い(・・・)に入って来るのを待つだけ。

 

 (さあ、早く来なさい。私の一撃を御見舞いしてあげます!)

 

 私は戦闘中なのに瞼を閉じました。

 視覚など不要。聴覚も不要。相手の敵意のみを感じ取るのよ。

 

 (感じる…彼女の隠す気のない敵意をヒシヒシと感じます)

 

 駆逐艦は私のほぼ真後ろ。だからと言って背中の主砲を撃っても当たりはしない。撃つなら4時方向へ向けた右舷主砲だ。

 

 (右舷主砲!放て!)

 

 私の意志に応え、右舷の主砲が駆逐艦へ向けて火を噴きました。

 砲撃自体は問題なく行えましたが、反動で体が逆側に持って行かれそうになったせいで腰を多少痛めてしまいました。次はもう少し下半身に力を入れておかないといけませんね。

 

 『おっ!ようやく撃って来たわね!しかも中々正確じゃない!』

 

 言うまでもありませんが初撃は大ハズレ。駆逐艦の気配がする位置と着弾の音がした位置は軽く50mは離れています。

 もう少し撃つタイミングを早くする必要がありますね。

 

 『おおっと!今のは危なかったわ!』

 

 次弾もハズしてしまいましたか。

 ですが、今度は駆逐艦の後方20mほどの位置に着弾しました。この調子でタイミングを調整していけばいつかは当たりそうです。

 それから、私は駆逐艦の動きに合わせて撃ちまくりました。

 撃つ度にタイミングは修正していますが、駆逐艦は速度に緩急をつけていますし、私に砲撃を加えてもきますので至近弾にすらなりません。

 悔しい。私の艤装には彼女の数倍の数の砲があるのに。彼女よりも強力な砲撃ができるのにそれを生かせない。

 

 『くっ!コイツ!』

 

 惜しい。

 これは直撃するかな?と、思った砲撃は駆逐艦の数メートル手前に着弾し、彼女は悪態をつきながらも悠々と立ち上がった水柱の後方へ身を隠しました。今のは少し早すぎたようですね。

 

 (違う)

 

 何が違うと言うのですか?現に、私が撃った砲弾は彼女の手前に……。って、今のは何?私の頭に知らない女性の声が……。

 

 (何故、すぐさま次弾を撃たなかった?そうすれば仕留められたものを)

 

 そんな事を言われましても……。

 私にはまだ、いくつも同時に砲を操作するなんてこと出来ません。と言うか、貴女は誰なんですか?

 

 (代われ。力の使い方を教えてやる)

 

 私の問いのは一切答えずに勝手な事ばかり言う誰かに憤りを感じていると、視界が遠くなり体の感覚がなくなりました。

 この感じは…夢を見ている時に似てるけど少し違う……。意識はハッキリしてます。

 もしかして明晰夢とかいうモノでしょうか。

 いや、それも違いますね。私の意志など関係無しに体が動いています。

 まるで、他人の体に乗り移ったような。もしくは、他人に体を乗っ取られたような……。

 

 (良く覚えておけ。自分より速い奴を相手にする場合は、まずは足を止める)

 

 足を止める?止めるもなにも、私はまともに回避運動を取っていません。停止してるのと大差ない状態です。

 脳内に響く声の主は、これ以上どうやって足を止めろと言うのでしょうか。

 

 (こうやるのだ)

 

 脳内の声の主…長いですね。もう一人の私としましょう。は、左舷副砲を駆逐艦の針路上、10m程の位置に向けて発砲し、駆逐艦が回避のために速度を落とした瞬間を狙って右舷副砲を駆逐艦の2mほど後ろに着弾させました。

 なるほど、止めるのは私の足ではなく相手の足でしたか。

 

 (これで、並の艦娘は動きがほぼ止まる。後は主砲を撃ち込むだけだ)

 

 そう言うや否や、もう一人の私は二回目の砲撃で発生した水柱で退路を塞がれ、着弾で発生した小規模な波で体勢を崩した駆逐艦に右舷主砲を叩き込みました。

 

 『きゃあっ!』

 

 私は、駆逐艦が吹き飛ぶ姿を眺めながら、これなら私でも出来そうだと冷静に観察してしていました。 

 だって、もう一人の私は複数の砲を同時に操作したわけじゃない。左舷副砲、右舷副砲、そして右舷主砲と順番に撃っただけです。

 狙った場所へ正確に撃ち込むのは難しいですが、この方法ならば訓練次第で私でも修得可能だと思えてしまいました。

 

 (ほう?あの駆逐艦、直撃を避けよった)

 

 直撃していない?はて?私には派手に吹き飛んだように見えましたが……。実際、彼女の艤装の右舷からは煙が上がっています。それなのに直撃してないんですか?

 

 (当たる寸前に跳んだ(・・・)のさ。右舷から煙が上がっているのがその証拠だ)

 

 右舷から上がる煙が証拠?

 あ、そう言えば。彼女は私の周りを反時計回りで旋回していたんでしたね。だったら右舷ではなく、左舷に被弾しているはずです。

 

 (奴は避けきれないと悟るや、二発目の砲撃で前のめりになった体勢から側転気味に12時方向へ跳んだのだ。完全に回避するのは無理だったようだがな)

 

 なるほど。それで右舷から煙があがっていたのですね。

 ですが、新たな疑問が出てきました。

 どうやって跳んだのです?艦娘は主機から発生させている『脚』が海面下にあるため、陸上と同じように動けないはずでは?

 

 (あの程度、驚くほどの事ではない。私が知る彼女はあれ以上の事をやってのけたよ)

 

 彼女?その彼女とやらはどんな事をやったんですか?

 

 (覚えていないのか?お前も片鱗を見ているはずだ。お前も彼女に魅了されたはずだ。だからこそ、私はお前と巡り会ったのだから)

 

 私も見ている?私も魅了された?

 もう一人の私にそう言われて、私の脳裏に思い浮かんだのは3年前に見た駆逐艦でした。

 言われてみれば似たような跳び方に思えなくもないですが、私が知る彼女はもっと速かった。もっと華麗でした。

 深海棲艦の攻撃に巻き込まれて血塗れになった、今はもういない弟を抱き抱えているのを忘れてしまうほど美しかった。

 

 「駆逐艦よ、一つ問う」

 『……何よ』

 「貴様は彼女と同じ事が出来るのか?」

 『彼女?彼女って誰の事よ』

 

 もう一人の私の問いに答えながら、駆逐艦はゆっくりと立ち上がって体勢を整えました。

 いつでも行動できるように重心を落とし、その瞳は私の一挙手一投足を見逃すまいとしています…って、あれ?どうして駆逐艦から目を逸らすんですか?

 

 「ああ、怯えなくていい。別に取って食おうという訳ではない。ただ確認したかったんだ」

 『べつに怯えてなんてないわ。で?何を確認したいって言うのよ』

 

 取って食う?

 それは文字通りの意味でしょうか。それとも意味深?性的に食べると言う事ですか?

 生憎ですが、私はカニバリストではありませんし同性愛者でもありません(朝潮ちゃんは除く)のでどちらもしないで頂きたいのですが……。

 と言うか視線を戻してください。右の方に何かあるんですか?

 

 「貴様がブランクを埋めるのに丁度良いかを確認したいのだ。彼女と同じ事ができるのなら好都合だからな」

 『へぇ…この叢雲様を……』

 

 練習台にすると?

 私が手も足も出なかった彼女を練習台にしてブランクを埋めると本気で言っているのですか?

 駆逐艦もムッとしたのか、不愉快そうに私を……。あら?何故か視線を逸らしました。と言うよりは、無線の声に耳を傾けた感じかしら。

 十秒もしない内に再び私に視線を戻して、戦意を高揚させ始めたように感じます。

 

 「どうした駆逐艦。本気を出していいとお許しが出たか?」

 『そんなところよ』

 

 駆逐艦は少し意外そうな顔をした後、何かを納得したようにこう続けました。

 

 『今の私は、当時のアイツより強いわよ』

 「ほう?それは良い事を聞いた。ならば見せてもらおうか。貴様の実力を」

 

 彼女の戦意の上昇に呼応するように、私は左手を彼女に向け、同時に全砲門が彼女へと狙いを定めました。

 ここからが本番と言ったところでしょうか。もう一人の私がワクワクしているように感じます。

 

 『特Ⅰ型駆逐艦、五番艦。叢雲!相手になってあげる!』

 

 駆逐艦改め、叢雲さんは流れるような動きで槍を構えました。

 あの構えに移行する動作だけで、彼女が計り知れないほどの研鑽を重ねてきたのが伺えます。きっと、彼女の手の平は豆だらけなのではないでしょうか。

 

 「ああ、相手をしてもらおう。足掻け。抗え。死力を尽くして私の糧となれ!」

 

 もう一人の私はそう言うと、ほとんど不意打ちに近いタイミングで全砲門を一斉射しました。

 いくら模擬弾とは言え、これだけの数の砲撃が直撃したら叢雲さんは耐えられないのでは?と言うか、名乗られたら名乗り返すのが礼儀ですよ?

 

 「そう言えば、駆逐艦は飛ぶ(・・)事もできるのだったな」

 

 私の視線と副砲が上を向き、先ほどの砲撃を跳ぶどころか飛んだとしか思えない高度まで飛翔して回避した叢雲さんを捉えました。

 もう一人の私はこれと似た場面を見たことがあるようですが、駆逐艦とはあんな芸当が出来るものなのですか?

 

 『コレは見たことがないでしょう!』

 

 もう一人の私が副砲を放つより早く、叢雲さんはロボットアームと言いますかマジックアームと言いますか。兎に角、アームに繋がれた連装砲を真横へ向けて放ち、反動で私から見て左へ回避しました。

 砲撃にあんな使い方があるなんて驚きです。勉強になりました。

 

 「ほう。口だけではないようだ」

 『当然よ!』

 

 叢雲さんは着水後、間髪入れずに海面を滑空するような動きで加速して私へ接近を開始しました。

 対するもう一人の私は、砲の数を最大限に生かして弾幕を張って叢雲さんの接近を妨げています。

 都合17門の砲門を巧みに操って砲撃を繰り返すもう一人の私も凄いですが、殺到すると言っても過言ではない砲弾の雨を回避しながら接近してくる叢雲さんはもっと凄い。

 

 『追い詰めるわ。逃がしはしない!』

 「そう。その動きだ。あの時の彼女と同じ動きだ!」

 

 もう一人の私が言ったその動きを例えるなら稲妻でしょうか。砲弾の雨の隙間を縫うように、砲撃を繰り返しながらジグザグな動きで進んできます。

 そう言えば、私が知る彼女も叢雲さんと同じような動きをしていましたね……。

 

 「素晴らしい。やはり駆逐艦は素晴らしい!もっと見せろ!もっと魅せろ!貴様の全てを私に見せろ!」

 

 確かに素晴らしい。

 叢雲さんの動きは速く、その手に持つ槍の如く鋭い。その姿はまるで、海を切り裂きながら突き進む一本の槍の様です。

 

 『いいわね。こういうのを待っていたのよ!やればできるじゃない!』

 

 そう言うと、叢雲さんは両舷のアームを連装砲ごと真後ろへ向けました。

 何をする気?さっきの空中回避のように、砲撃の反動で移動する気?だとしたら、真後ろへ向けた連装砲は例えるならブースター。恐らく、叢雲さんは砲撃の反動を利用してさらに加速する気です。

 

 『思い知りなさい!私が磨き上げた『魔槍』の鋭さを!』

 

 叢雲さんは私の頭部を狙うように槍を構え、一際大きく前傾姿勢を取りました。

 私が思うに、『魔槍』とは砲撃の反動を加える事で、自分自身を砲弾と成して敵を貫く体当たりに近い技でしょう。

 駆逐艦の砲撃の反動がどの程度かは知りませんが、体にかかる負担はかなりの物のはず……。

 連続使用は多くて4~5回程度ではないでしょうか。

 

 『撃て(てぇ)!』

 「ああ…本当に駆逐艦は最高だ……」

 

 叢雲さんが加速するのと、もう一人の私が褒め言葉を言うのはほぼ同時でした。

 一瞬で、叢雲さんは私の鼻先まで接近しましたが、もう一人の私は『装甲』をわざと消し、頭を軽く逸らすだけで叢雲さんの槍を回避しました。

 狙っている場所がわかりやすいのが『魔槍』の欠点ですね。

 たぶん、砲弾とほぼ同じ速さで加速するため、事前に狙いを定めないと安定しないのでしょう。

 彼女がこの欠点に気づいているかはわかりませんが、あれなら加速の瞬間に合わせて体を逸らすだけで回避が可能です。

 

 「ちぃっ!」

 「あはっ♪惜しかったな駆逐艦!」

 

 叢雲さんは勢いそのままに私の後方20mほどに着水しました。

 そこから180度反転してもう一度『魔槍』を放つのか、それとも右か左に回り込んで『魔槍』か。

 もしくはそれ以外。

 一度、砲撃なり魚雷なりで私を牽制し、体勢を整えてから『魔槍』で決めに来るのか。

 

 「けど、ここはもう私の距離だ!」

 

 叢雲さんは着水位置からコの字を描くように二度ほど跳躍して私の左舷側に移動しました。

 そこから『魔槍』を放つ気ですね。

 

 (あの技、お前が思っているより使用できる回数が少ないようだ)

 

 そのようです。使えるとしたらあと1~2回でしょう。

 これは私の予想ですが、砲撃の反動を利用した加速による負荷が相当大きいのだと思います。

 それこそ、一度使用しただけで他に選択できる手段を放棄せざるを得ない程に。

 

 (ならば、受けて立たねばならんな)

 

 ええ、彼女の『魔槍』は正に捨て身。

 己の全てを注ぎ込んで研ぎ澄ました必殺の一撃。あの技は彼女自身です。

 受けて立たねば女が廃ります!

 

 「貴様の素晴らしい技に敬意を表し、今度は受けて(・・・)立とう」

 

 私は若干腰を落とし、叢雲さんに向けて電探傘を構えました。

 戦艦である私が言うのは違う気がしますが、柔よく剛を制すると言うものを見せてあげましょう!

 と、言ってみたいのですが……。もう一人の私は出来るんでしょうか?今更出来ないとかやめてくださいよ?

 

 「シャアァァァァァァァァ!」

 

 叢雲さんは踏み切り直後にもう一度発砲しました。

 つまり、単純に砲撃二度分の加速と突進力となった『魔槍』を私にぶつけて来たのです。

 

 「くぅぅぅぅっ!」

 

 私の『装甲』に触れた槍の穂先がキィィィ!と、金属を切り裂くような音を立てながら潜り込んで来ています。

 まだ貫かれていませんが、もう一度砲撃による反動が加われば貫かれるでしょう。

 

 (あと数瞬で勢いが止まるな)

 

 はい。ですが彼女は超えてくる。

 もう一度砲撃すれば、私の『装甲』を貫けるかも知れない事くらい彼女もわかっているはずです。

 

 「だったらもう一発ぅぅぅ!」

 

 案の定、叢雲さんは砲撃で加速して私の『装甲』を貫きました。

 ですが、『装甲』を貫くのに勢いのほとんどを費やしたのか、槍の穂先は私の電探傘に食い込み、もう一人の私は傘の受け骨で穂先を搦めて孤を描くように叢雲さんを放り投げました。

 

 「貴様の負けだ。駆逐艦」

 

 視線と全砲門が宙を舞う叢雲さんに向けられました。

 装填しているのが模擬弾とは言え、このまま撃てば落下することしか出来ない叢雲さんは文字通り吹き飛ぶでしょう。

 

 「そうね……。貴女の勝ちよ」

 

 もう一人の私の言葉に、叢雲さんは少しだけ後悔が混じったような声音でそう言いました。

 諦めが良い。

 これは私の想像でしかありませんが、今の時点で自分に出来る事以上の事をした叢雲さんは、己に足りない物を自覚して負けを受け入れたんです。

 

 (見事だった。素直に賞賛しよう)

 

 ええ、本当に。

 演習なのですからトドメの一撃は必要ないと思うのですが、もう一人の私は手向けの花代わりに撃つつもりなのでしょう。

 撃つ…つもりなんですよね?視線がどんどん下がっているのですが……。

 

 (来た……)

 

 来た?もう一人の私は何が来たと言っているのでしょうか。

 視線の先、西の方には何も……。

 いや、誰かがこっちに向かって来ています。まだ豆粒ほどの大きさにしか見えませんが、あの黒髪は……。

 

 (ああ…ああああ!来てくれた!彼女が来てくれた!来て…くれたのに!)

 

 もう一人の私の、歓喜と落胆が入り交じった感情が流れ込んでくる。

 もう一人の私は彼女に会いたくて仕方がない。

 だけど、もう一人の私は口惜しそうに何かを諦めようとしています。

 

 (口惜しいが限界だ…後はお前に任せる)

 

 は?限界って何が限界なんですか?それに、後を任せると言われましても何をどうすれば良いのか……。

 演習はたぶん終わり…ですよね?

 じゃあ、このまま戻って良いのかし……。

 

 「きゃあっ!」

 

 体の主導権が戻るのとほぼ同時に、私の『装甲』に何かが当たって爆ぜました。

 今のは砲撃?西から来てる人が撃ったの?

 でもどうして…演習は終わったはずじゃないの!?

 

 「あれは…大淀さん?」

 

 叢雲さんと入れ替わるように向かって来たのは大淀さんでした。

 その瞳は氷のように冷たく、左手に持つ連装砲は私を狙っているようです。

 何故、私を撃つのですか?

 何故、私をそんな目で見るのですか?

 何故、剥き出しの殺気を私に向けるのですか?

 

 「殺…される……」

 

 私がそう感じた時、大淀さんは背中の艤装から6機の艦載機を発進させました。

 あれは確か、零式水上偵察機…だったかしら。が、私の上空を円を描くように回り始めています。

 でも、偵察機って偵察するための物です…よね?既に私を捕捉しているのに、あんな風に飛ばしていったい何の意味が……。

 

 「歓迎しますよ窮奇。ようこそ、私の円形劇場(アンフィテアトルム)へ」

 

 私に偵察機の意味を理解する暇など与えないとばかりに、大淀さんは叢雲さんよりも速く、鋭い動きで襲いかかって来ました。

 でも私は、命の危険を感じながらも大淀さんの事を美しいと思ってしまいました。

 蒼い瞳で私を見据え、黒髪を靡かせて無慈悲に命を刈り取る死神に、私は見惚れてしまったんです。



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第二十六話 この人にだけは負けたくない!

 

 

 私は主人である海軍元帥を愛しています。

 もちろん、主人も私を愛してくれています。

 在り来たりかも知れませんが、どっちが相手を深く愛しているかでケンカしたりもします。

 

 馴れ初めですか?

 主人と初めて会ったのは私が三つか四つくらい。物心がようやくついてきた頃でした。

 当時住んでいた町が深海棲艦の襲撃を受けた時、救援に駆け付けてくれた部隊の隊長が主人だったんです。

 もっとも主人からしたら、私は助けた多くの人達の一人でしかありませんでしたから「そんな事もあったような……」くらいにしか覚えていませんでした。

 ですが、避難所に預けられる時に泣きじゃくって駄々をこねた話をしたら「あの時の子だったの!?」と、主人より先に桜子さんが思い出してくれました。どうやら、当時神風になったばかりの桜子さんもその場に居たようです。

 当の主人はと言いますと「俺ぁあんな幼子に手ぇ出したんか……」と、幼かった当時の私を思い浮かべながら打ちひしがれてました。

 それを聞いた桜子さんは「いや、朝潮だった頃の時点でアウトだから」と言ってましたね。

 私的にはOKだったのですが……。

 

 話が逸れてしまいました。

 その後、朝潮になって横須賀鎮守府に着任した日に桜の下で主人と再会しました。

 その時に私は、この人の支えになろう。この人を守れるくらい強くなろう。

 もう二度と、この人に悲しい思いをさせたりしない。

 と、勝手な約束を交わしたんです。

 

 その約束を守るために、私を姉と慕ってくれた子を傷つけたり、私の姉であり掛け替えのない友人である円満さんと険悪になったりもしました。

 確かに悲しかったですが、それらと同じくらいショックな事もありました。

 かつて、私が彼女に言った拒絶の言葉を、彼女を内に秘めていた大和さんに言われてしまったんです。

 ええ、ハッキリと言われました。

 「貴女の事が嫌いです」と。

 

 

 ~戦後回想録~

 

 元軽巡洋艦 大淀。元帥夫人へのインタビューより抜粋。

 

ーーーーーーー

 

 

 「やめなさい大淀!演習への介入は認めないわよ!」

 

 叢雲が投げ飛ばされたあたりで、大淀の接近に気づいた円満が必死に呼び掛けてるけど大淀に止まる気配はなし。

 窮奇がお父さんに何かする前に沈めようって魂胆なんでしょうけど、窮奇が暴走した時のために待機していた奴が先に暴走してどうすんのって感じね。

 一緒に居たはずの満潮は何してたんだろ?

 

 「クソ!無線は聞こえてるはずなのに無視してるわあの子!」

 

 無線機が置いてあるテーブルをダンッ!と叩いてそう言った円満は怒り心頭怒髪天で激おこプンプン丸。

 額に浮かんだ青筋が今にも弾けそうだわ。

 

 「満潮。応答しなさい!満潮!?」

 「満潮も応答しないの?」

 「ええ…たぶん、大淀を止めようとして返り討ちになったんだと思う」

 

 さっきまで真っ赤だった円満の顔が、辰見の質問に答えた途端に青ざめ始めた。

 予想外の事態に焦ってると言うよりは、予想通りになったから心労が一気に来たって感じね。

 きっと円満にとっては、満潮が無線に応答できないほど痛めつけられるのも想定内だったんでしょう。

 だけど、そこまで痛めつけるかなぁ……。

 大淀は、朝潮だった頃から満潮を妹として可愛がってるし、満潮も今だに大淀をお姉ちゃんと呼んで慕ってる。

 そんな二人がそもそも争うだろうか。

 二人が装填しているのは大和、叢雲と違って実弾。やり合えば大なり小なり怪我をするし、最悪の場合はどちらかが死ぬ可能性があるのよ?

 それ程危険な行為をあの二人がする?

 う~ん。答えはYesね。

 満潮は兎も角、大淀はお父さんのために必要だと判断したら迷わず満潮を攻撃する。

 例え、妹のように可愛がってる満潮が死ぬ事になろうとも。

 

 「空いてる駆逐隊を満潮の救助に向かわせるわ。良いわね?円満」

 「お願い。第九駆逐隊が空いてるから…あとその……」

 「わかってる。ちゃんとフォローもしとくから安心しなさい」

 「ありがとう。辰見さん」

 

 本当は満潮よりも叢雲の救助に駆逐隊を回したいだろうに、辰見は取り敢えずは無事な叢雲を後回しにして安否が不明な満潮の救助を命じるために観覧席から出て行った。

 さて、問題は大和を乗っ取った窮奇を殺そうとしてる大淀だけど……。

 

 『歓迎しますよ窮奇。ようこそ、私の円形劇場(アンフィテアトルム)へ』

 

 アンフィ…何?

 セリフの感じと、『稲妻』で大和の死角に潜り込もうとしてるのを見る限りでは『戦舞台』を仕掛けようとしてるように見えるけど……。

 

 「アンフィテアトルム……。確か日本語で『円形劇場』だったかしら」

 「そうだ。あれは『戦舞台』の欠点を解消し、より完成度を高めた物だ」

 

 へぇ~、円形劇場って意味なんだ~。円満は物知りだなぁ~。

 ってぇ!それはどうでも良い!『戦舞台』の欠点を解消ですって!?

 確かに、私が創作した『脚技』に欠点があるように、それを駆使して相手をハメ殺す『戦舞台』にも欠点はある。あるんだけど……。

 

 「桜子。『戦舞台』の利点を説明してみろ」

 「利点?え~っと……」

 

 説明しよう!

 『戦舞台』とは、この桜子さんが艦娘時代に戦艦をタコ殴りにするために考え出した奥の手の一つよ。

 やり方は至って簡単。

 敵の動きに合わせて、海上でも陸上とほぼ同じ動きを可能とする『脚技』の一つ、『水切り』を駆使して相手の死角から死角へ移動を続けながら砲撃、または雷撃を繰り返すの。

 艦娘や深海棲艦って人型の割に下半身の動きに融通が利かないから、相手の艦種が大きくなるほど、つまり、旋回半径が大きくなればなるほど、この技は威力を発揮するわ。

 

 「では、欠点は何だ?」

 

 欠点などない!

 と、言いたいところだけど、先に言った通り私が創作した『脚技』が欠点の塊であるように、それを使用する『戦舞台』にも欠点が存在する。

 メインで使う『水切り』は『脚技』の中でも肉体的、燃料的な負担は少ない方なんだけど、『戦舞台』の使用時間が延びれば延びるほど、疲労や燃料消費は増加して行く。

 それに加え、相手を中心として最大でも10m前後の至近距離で相手の死角を覗いながら戦う都合上、戦場に対する視野が狭くなるという欠点がある。

 更に付け加えると、自分が相手の死角に潜り込んでる間、相手が死角外で何をしているのか把握しにくいのも欠点として挙げられるかな。

 例えば、相手の背中側に自分が居た場合、前で相手が何をしてるか、何をしようとしているかが見えないの。相手自身が壁になってね。

 

 「肉体的な負担は軽巡になった事で増したが、視野的な欠点は逆に解消できた。それがアレだ」

 「なるほどね。要は、偵察機(観客)の視界を自分の視界として利用してるのか」

 

 お父さんが視線で指したモニターの映像を見てようやく得心が行った。

 どんな見え方をしてるかはわかんないけど、大淀は大和の上空を旋回させている6機の偵察機からの視覚情報で、俯瞰的に戦場と相手の動きを把握してるのよ。

 

 「天才っぷりは相変わらずね。自分の目と偵察機6機分の視覚情報をどうやって処理してるんだろ?」

 「大淀が言うには、頭の天辺に偵察機の視界が浮かび上がっている感じらしい」

 「意味分かんないんだけど?」

 「私にもわからん。両目以外の目と同時に見る映像など想像も出来んよ」

 

 説明の下手さも相変わらずか。

 大淀って、なまじ『見た』だけで大抵のことを覚えられるせいで説明がド下手なのよ。

 たぶんだけど、偵察機の扱い方も空母なり航空巡洋艦なりが使ってるところを見て覚えたんじゃないかな。

 

 「大和は『装甲』が厚いおかげでまだ耐えられてるみたいだけど、抜かれるのは時間の問題ね」

 

 大和は必死に大淀を捉えようとしてるみたいだけど、制服が破れて血が滲み、徐々にダメージが目に見える形で体に刻まれ始めている。

 それに、大和の表情が叢雲に本気を出させる前に戻ってる。

 

 「円満、窮奇はとっくに引っ込んでるんじゃない?」

 「ええ、だから大淀を止めたいんだけど、私の呼び掛けを完全に無視してるからどうしようもないのよ」

 

 実戦、いや、大淀による公開処刑の場となった演習を止めたい。だけど満潮の安否も気になって仕方がないって感じね。

 苦虫を噛み潰したような顔をして、目尻には涙が滲んでるわ。

 

 「止めてあげたら?お父さんの言う事なら流石に聞くでしょ?」

 「そうしよう……。ん?いや、待て。大和は何をする気だ?」

 

 お父さんはモニターに映った大和見た途端、演習を止めようと浮かしかけた腰を止めた。

 円満も、お父さんが何を疑問に思ったのかわからずにモニターに視線を戻したわ。

 

 「戦う…つもりなの?」

 「戦う?誰とよ。大淀と?」

 

 円満の言ったことが理解できない。

 大和は窮奇に乗っ取られる前にしていたように全砲塔を広てるけど、相変わらず良いように撃たれまくってるし大淀の動きを目で追えてない。

 ハッキリ言って戦いになってないわ。アレは射撃訓練と言っても過言じゃない。移動すら満足に出来ない大和などただの的。サンドバッグと同じだ。

 それなのに戦う?反撃するサンドバッグなんて聞いた事がないわ。

 

 「駆逐艦並に負けず嫌いだな。あの状況で一糸報いる。いや、大淀に勝とうとしている」

 「どうやってよ。文字通り手も足も出てないじゃない」 

 

 叢雲にしたように気配で位置を探って撃つ気?

 ハッキリ言って無駄だわ。

 いくら、ほぼ360度を狙えるように砲門を広げたって隙間はあるもの。

 その隙間を大淀は見逃したりしない。叢雲だって、端から本気でやってたら見逃さずに突撃してたはずよ。

 

 「やめなさい大和!大人しく両手を挙げて跪くの!そうすれば大淀も攻撃をやめるかも知れない!」

 

 それはどうだろう。

 普段の大淀ならまだしも、お父さんにとって危険だと判断したら、相手が降参しようが土下座して許しを請おうが大淀は容赦しない。

 相手が窮奇なら尚更ね。

 

 『嫌です』

 「はぁ!?嫌ですって何よ嫌ですって!大人しく降参しなさい!これは命令よ!」

 『絶対に嫌です!私はこの人に負けたくない!』

 

 気概は買うけど無理。

 大和は大淀には勝てない。性能だけ見れば大和が勝ってるでしょうけど、大淀の強さは性能だけじゃ測れない。

 本人が天才なのもあるけど、大淀はお父さんのためならどこまでも強くなるし、どこまでも冷酷になれる。

 

 「相手の力量がわからない訳じゃないでしょ!今のアンタじゃ絶対に勝てない!」

 『それでも嫌です!この人にだけ(・・)は負けたくない!他の誰に負けても、この人にだけは絶対に負けたくないんです!』

 

 妙に拘ってるわね。

 大和は大淀に何か思い入れでもあるの?確か、大和を尾行した時に渡された資料では、朝潮だった頃の大淀に助けられたみたいな事が書いてあったけど……。

 

 「クソっ!どいつもこいつも!」

 

 勝手な事しやがって!って感じかな?

 まあ、気持ちはわからなくもないわ。円満はこの鎮守府の最高責任者。わかりやすく言うと一番偉い。

 その円満の言う事をまともに聞かないんだもの。

 怒りたくなる気持ちはすんごくわかるわ。

 みんな、私のように素直で聞き分けの良い子なら円満の苦労も減るでしょうに。

 

 『円満、聞こえる?』

 「辰見さん?満潮を救助したの?」

 『いいえ。満潮と大淀が待機していた場所に到着した第九駆逐隊から、満潮が装備していたと思われる連装砲と魚雷発射管が浮いてるのを発見したけど、満潮本人は発見できなかったって報告が入ったわ』

 

 辰見の報告を聞いた円満の顔が一気に青ざめ、体が小刻みに震え始めた。

 兵装が浮いてただけで本人は発見ならず……か。

 円満の頭には最悪の事態が思い浮かんでるんでしょうね。

 

 「全空母へ通達。出せるだけの艦載機を飛ばして満潮を捜索しなさい!最優先よ!」

 「落ち着きなさい円満。いくら大淀でも満潮を殺したりなんかしないはずよ」

 「わかってるわよそんな事!桜子さんは黙ってて!」

 

 ちょっとムカッと来た。

 この桜子さんに向かってなんて口の利き方かしら。

 だったら何を焦ってんのよ。死んでないならその内……。

 いや、死んでないなら満潮はどうする?

 大好きなお姉ちゃんと一戦交えてまで大和を守ろうとした満潮が、怪我をしたからってプカプカとただ浮いて救助を待つとは思えない。

 

 「ダメ……。ダメダメダメダメ。それ以上は絶対にダメよ満潮。お願いだから大人しく気絶してて……」

 

 想像通り…かな?

 円満が心配してるのは満潮の安否なんかじゃない。大淀と一戦交えて中破、もしくは大破して尚、満潮が二人を止めようと戦闘に割り込むのを心配してるんだわ。

 そんな状態で二人の間に割り込めば、今度こそ本当に満潮は死にかねないもの。

 

 『ぐっ…油断しました。でっ、でもまだ沈みません。大淀沈みは…しません!』

 

 予想外の大淀のセリフが耳に飛び込み、私と円満は反射的にモニターへ視線を戻した。そこには信じられない光景が映し出されていたわ。

 

 「大和は…何をしたの?」

 

 円満がそう言いたくなるのもわかる。だって私も同じセリフを言いそうになったもの。

 私と円満、そしてお父さんが見つめるモニターには、連装砲ごと左腕をへし折られ、拳が届きそうな超至近距離で海面に膝を突いた大淀と、肩で息をしながら大淀を見下ろす大和の姿が映し出されていたんだから。



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第二十七話 私は貴女が嫌いです

 

 

 艦娘になる理由は人によって様々。

 ここ1~2年の間に艦娘になった子は、キャリアや『元艦娘』という肩書きのために志願した子が多いそうです。

 ですが正化30年以前に志願した子。特に駆逐艦は、深海棲艦への復讐が目的で志願した子が多かったのだとか。

 私を指導してくださってる満潮教官と長門さんも例に漏れず、復讐が目的で艦娘になったんだとお聴きしました。

 もっとも、駆逐艦になれる年齢の子達と違い、ある程度社会的に自立している場合が多い年齢の人がなれる、軽巡洋艦以上の上位艦種では復讐を目的に艦娘になる人が少なかったそうです。

 長門さんが艦娘になった理由は、上位艦種に限って言えば稀有な部類だったんですって。

 私も復讐のために艦娘になったんだと話したら、長門さんに「今時の子にしては珍しいな」と、年寄り臭い事を言われてしまいました。

 でも、私は復讐したい相手の事までは言いませんでした。いや、言えなかったのかしら。

 だって、私が復讐したいのは深海棲艦ではなく……。

 

 「この人……だったんだ」

 

 叢雲さんと入れ替わるように現れ、私の頭上で旋回させている偵察機を放ち、私の死角から攻撃を繰り返してる大淀さんの動きを見て、彼女が私の会いたかった駆逐艦だったとわかりました。

 

 「もし、第三者として見ていれば、私はあの時のように魅了されたのでしょうね……」

 

 彼女が私の死角に潜り込む時に見せた叢雲さんと似たような移動法。

 けど違う。

 同じ技術なんでしょうけど、体裁きが叢雲さんとは全然違う。

 彼女の動きは叢雲さんより鋭い。彼女は叢雲さんよりも優美で華麗。叢雲さんを槍とするなら、大淀さんは研ぎ澄まされた日本刀。

 凶器でありながら美術品の如く美しい。

 

 「あの時と同じ。いえ、あの時以上に美しい」

 

 彼女を、当時は朝潮だった大淀さんを初めて見たのは忘れもしない正化30年の3月3日。

 家族と共に乗船していた横浜発のフェリーが深海棲艦に襲われ始めて数十分経ったくらいでした。

 その日、出港してからずっと駆逐隊が護衛してくれていたのですが、襲撃して来た敵の数が多く、徐々にではありましたが、フェリーにも着弾するようになりました。

 そんな時です。彼女が仲間を連れて現れたのは。

 彼女は一人だけ白い衣を纏い。戦場を縦横無尽に駆け回り、到着からたったの十数分で、襲って来た深海棲艦のほとんどを沈めてしまったんです。

 

 「全砲塔。展開」

 

 私には二つ年下の弟がいました。

 病弱で部屋に引き籠もりがちな子だったけど、私と一緒に居る時は笑顔を絶やさず、私の行く先には必ず着いて来たがるお姉ちゃん子でした。

 だけど弟は、フェリーに着弾した砲撃に巻き込まれて死んでしまった。

 もちろん、両親は悲しみました。私も血塗れになった弟を抱き抱えて泣きました。

 彼女が現れるまでは泣いていました。

 

 『やめなさい大和!大人しく両手を挙げて跪くの!そうすれば大淀も攻撃をやめるかも知れない!』

 「嫌です」

 

 両手を挙げて跪け?

 冗談じゃない。私はこの人に会うために艦娘になったんだ。この人に復讐するために艦娘になったんだ。

 その目的が叶う絶好の機会なのに降参しろと?不様に命乞いしろと?

 もう一度言います。

 冗談じゃない!

 

 『はぁ!?嫌ですって何よ嫌ですって!大人しく降参しなさい!これは命令よ!』

 「絶対に嫌です!私はこの人に負けたくない!」

 

 逆恨みなのはわかってる。

 弟が死んだのは彼女のせいじゃない。弟を殺したのは深海棲艦。そんな事はわかってる。彼女を恨むのは筋違いだと両親にも言われました。

 それなのに、私の心は納得してくれなかった。

 日を重ねる毎、歳を重ねる毎に、私の内に彼女への憎しみが増していった。

 

 『相手の力量がわからない訳じゃないでしょ!今のアンタじゃ絶対に勝てない!』

 「それでも嫌です!この人にだけ(・・)は負けたくない!他の誰に負けても、この人にだけは絶対に負けたくないんです!」

 

 どうしてもっと早く来てくれなかったんですか?あと一分。いえ、あと十数秒早く、貴女が来てくれていたらフェリーに深海棲艦の攻撃が当たる事はなかったのに。弟も死なずに済んだのに。私も、貴女を恨まずに済んだのに。

 

 「右舷主砲より砲撃開始!てぇ!」

 

 右目の端に彼女が映った瞬間に砲撃を開始。

 私の突然の反撃にも動じず、彼女は一旦10mほどの距離を取ったものの、再び私の死角へと姿を隠しました。

 

 「ならば全砲門!薙ぎ払え!」

 

 全砲門を一斉射。

 ほぼ360度の範囲を攻撃しましたが、彼女は砲撃と砲撃の隙間を縫い、装填の隙を突いて再接近して砲撃。再度距離を空けました。

 

 「長く痛ぶるつもり?いや……。もしかして」

 

 それから五回。

 私は全砲門一斉射を繰り返しました。しこたま撃たれたせいで艤装のあちこちから煙が上がり、私自身も満身創痍ですが、その甲斐あって見つけましたよ。貴女に勝つ方法を!

 

 「背部主砲!撃てぇ!」

 

 彼女が私の背後に回り込んだのを察すると同時に砲撃開始。当たるなんて思っていませんでしたし、それどころか砲撃し返されました。

 凄く痛いですが怯むわけにはいきません。彼女はどっちへ回はった?右?左?左だ!

 

 「左舷主砲!同副砲!順次斉射!」

 

 私は7、9、11時に向けた砲を順番に撃ちました。

 もちろん当てようだなんて思っていません。これは誘導するためです。

 反撃を始めて十数分でしかありませんが、彼女の動きを見ている内に、彼女には癖がある事に気付いたんです。

 

 「往生際が悪いですね」

 

 9時と11時に向けた副砲の砲撃を、加速とブレーキの緩急だけで回避した彼女が一足跳びに距離を詰めました。

 これが彼女の癖。

 彼女は相手の正面付近で攻撃された場合、装填の隙を狙って一気に近づき、反撃して離脱する。

 五回の砲撃中、同じ状況になったのは二回ですが、二回とも彼女は同じ行動を取りました。

 癖と断定するにはサンプルが少ないですが、同じ行動を取ってくれた以上、私は予定通り突撃(・・)するだけです。

 

 「右舷(・・)主砲!放て!」

 

 私は5時方向。

 つまり、彼女が滑空するような移動法で接近して来ている方向の真逆へ砲撃。それと同時に『脚』を消しました。もちろん、消した傍から再形成を始めるのを忘れずに。

 その結果がどうなるかと言いますと……。

 

 「しょ!正気ですか!?」

 

 もちろん正気です。

 私は主砲による砲撃の反動で撃ち出され(・・・・・)、私と彼女の『装甲』がぶつかり合ってガギギギ!と金属同士が擦れ合うような音を上げました。

 彼女が突撃して来る方向を固定し、回避が難しいタイミングで自分自身を砲弾としてぶつける。

 これが、叢雲さんの『魔槍』を目の当たりにしたことで思い付いた、今の私に出来る彼女へ肉薄する唯一の方法です。

 

 「くっ!『装甲』が保たない!」

 

 パリィン!と、ガラスが砕けるような音と共に、彼女の『装甲』が光の粒になって砕け散りました。

 対して私の『装甲』は健在。『脚』の再形成が若干間に合わず脛の辺りまで沈んでしまいましたが問題ありません。

 ここまで接近すれば、あとは殴るだけなんですから。

 

 「だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 私は『装甲』を消し、電探傘を全力で彼女へ振り下ろしました。

 そのせいで、電探傘は折れて使い物にならなくなりましたが、代わりに、彼女が防御のために振り上げた左手に持つ連装砲ごと、彼女の左腕をへし折るのに成功しました。

 

 「はぁ、はぁ……」

 「ぐっ…油断しました。でっ、でもまだ沈みません。大淀沈みは…しません!」

 

 私の眼下で膝を突く彼女の戦意は失われていない。

 けど、それは私も同じです。

 砲撃の反動による体へのダメージが想像してたより大きく、背中どころか体全体が弾け飛びそうなほど痛みますがまだやれます。

 大和はまだ戦えます!

 

 「シッ!」

 

 先に動いたのは彼女でした。

 立ち上がる動作からの…これは確かガゼルパンチでしたか?カエルパンチに近い気もしますが……。を、私の腹部目掛けて放って来ました。

 少し、本当に少しですが、パンチの伸びが悪い気がします。

 左腕が折れているから?いえ、問題があるのはそれよりも下ですね。腰…でしょうか。

 私の一撃で腰を痛めた?それよりも前から痛めていた?

 どちらにせよ、そんな温いパンチは私には通じない。

 私はガゼルパンチの勢いを殺さぬように電探傘を投げ捨てた右手を添え、右方向へ弾くように流しながら手首を掴みました。

 もちろん、それだけでは終わりません。

 空いた左手を彼女の右肩に置き、押し込んで彼女に再び膝を突かせました。

 

 「右も貰います!」

 

 掴んだ右手を引き、代わりに体重をかけ、押し潰すように左手を押し込んだ事で、彼女の右肩からボグン!という音が左手を通して聞こえました。

 本当なら、ここから右膝を首に押し当ててへし折るなりするのですが、今はこれが精一杯のようです。

 でも、首はへし折れなくても砲撃は出来そうですね。

 

 「ぐぅっ……!」

 

 彼女が顔を痛みに歪ませ、押し殺した呻き声を出しました。

 痛いでしょう?無理矢理関節を外されるのは気絶しそうなほど痛いでしょう?

 でも、弟はもっと痛かったんです。

 文字通り死にそうな痛みに耐えながら、それでも私を安心させようと微笑んだんです!

 

 「両舷、全砲門。照準」

 「なっ!?何を考えているんです!いくら模擬弾とは言え、こんな距離で撃てば貴女だってただでは……!」

 「知ったことか!私は貴女に勝てればそれでいい。貴女に復讐できればそれで良いんです!」

 「私に…復讐?あの時の復讐ですか?あの時、貴女を沈めた事への復讐なのですか?」

 

 私を沈めた?何の事ですかそれは。

 ああ、そういう事ですか。貴女は大和()を見ていない。貴女が見ているのは、私の内に居るもう一人の私なんですね。 

 貴女にとっては、大和()など取るに足らない路傍の石も当然なんですね。

 

 「貴女は覚えてないでしょう。きっとあの時、あの場に私が居た事すら貴女は知らない」

 「あうっ…!」

 

 私が肩を握ると、彼女は悲痛な声を上げて目尻に涙を浮かべました。

 腹が立つ。

 もっと痛めつけてやりたい。弟のように血塗れにしてやりたい。今際の際に自分の罪を自覚させ、その顔を絶望の色で染め上げてやりたい。

 

 「許しを請いなさい。私の弟に謝りなさい!」

 「お、弟?いったい何の事ですか!私が貴女の弟に何をしたと言うのですか!」

 

 何をしたか。ですって?

 貴女は何もしていない。貴女が何もしてくれなかったから弟は死んだんです。

 貴女がした事と言えば、私から復讐する相手を奪ったこと。

 貴女が全部沈めてしまった。

 貴女が私から復讐する相手を奪ってしまった。

 もっと早く来てくれたら良かったのに。

 そうすれば、こんな筋違いな復讐心を抱かずに済んだのに。

 そうだ。全部貴女が悪いんだ。

 弟が死んだのは貴女のせい。私がここまで狂ってしまったのも貴女のせい。全部全部全部全部!全部貴女が……!

 

 「貴女が来てくれなかったのが悪いんだ!」

 

 私は彼女へ砲撃しました。

 その反動と爆発で、私も彼女の吹き飛びましたが、直前に彼女が『装甲』を展開するのが見えました。

 たぶん、彼女はまだ生きてる。

 私もまだ生きてる。まだ、復讐は終わっていない。

 

 「痛っ……。まったく…はしたない格好になってしまいましたね」

 

 艤装も制服もボロボロ。

 制服よりも露出している肌の面積の方が多いくらいです。胸など、手で隠さなければならないほど布が吹き飛んでいます。

 

 「それは彼女も同じか……」

 

 彼女も私と同じくらいボロボロ。

 もっとも、私と違って露出部を手で隠すどころか、立ち上がる余力もないようです。海面に横たわって蠢くのが精一杯と言った感じでしょうか。

 

 「トドメを……」

 

 使えそうなのは背部主砲だけですか。

 それでも、瀕死の彼女を仕留めるには十分なはず。

 

 「やめなさい大和。もう勝負は着いたわ」

 「退いてください。そこに居られると、叢雲さんまで巻き込んでしまいます」

 

 私が背部主砲を彼女に向けようとした時、叢雲さんが彼女の前に立ち塞がりました。

 このままじゃ撃てない。

 私が憎んでいるのは彼女であって叢雲さんじゃない。どうにかして退いて貰わないと。

 

 「邪魔をしないでください。叢雲さんには関係ない事です」

 「関係ならあるわ。アンタがどうして大淀を憎んでるのかは知らない。でもやらせる訳にはいかない。大淀は……。その、私の友達だから」

 

 若干頬を赤く染めながら、叢雲さんはそう言って彼女に肩を貸しました。

 友人を助けようとする気持ちはわかりますが、こんなチャンスを逃すほど私の恨みは浅くない。

 

 「主砲……。照準!」

 「やめろって言ったでしょ?今撃てば私諸共大淀を仕留められるでしょうけど、それをしたらアンタの腰にしがみついてる満潮まで反動で死なす事になるわよ」

 「え……?」

 

 視線を腰に落としてみると、叢雲さんが言った通り、満潮教官が小刻み震えながら私の腰にしがみついていました。

 いつの間に……。

 いや、それよりも、どうして満潮教官は怪我をしているのですか?右半身だけとは言え、怪我の具合は私よりも酷いように見えます。

 

 「教官…どうして……」

 「もうやめ…て大和。これ以上はもう……」

 「教官!?」

 

 それだけ言って、満潮教官は私の『脚』の上に崩れ落ちました。

 『装甲』どころか『脚』も維持できていない。私の『脚』がなかったら、教官はそのまま海の底へ沈んで行ったでしょう。

 

 「ちょっと大淀!アンタもやめなさい!」

 「お断りしま…す。元帥閣下を、主人を害そうとする者をぉぉぉぉぉ!?痛い痛い!痛いですよ叢雲さん!」

 「両手壊されといて何言ってんのよ。大人しく工廠に連行されなさい」

 

 叢雲さんは容赦なく、彼女の脱臼した右肩と折れた左腕を槍の石突きの部分で突っついてます。

 涙目で抗議している彼女を見た私の感想は『ざまぁ』って感じですね。とても気分が良いです。

 

 「アンタも満潮を運んであげなさい。それくらいの余力はあるでしょ?」

 「それは…まあ……」

 

 私は言われた通り満潮教官を抱え上げました。

 その時にふと思ったのですが、艤装を背負ってる時って腕力が上がるのかしら?

 現に、私は重そうな艤装を背負ったままの満潮教官を軽々とお姫さま抱っこしてますし、叢雲さんも自分より身長の高い彼女のお尻をこちらに向けて丸太のように肩に担いでます。

 清楚な見た目の割に凄いの穿いてますね。黒のTバックでしかも紐パンですか。今度からハレンチメガネと呼んでやります。

 

 「ちょっと待ってください」

 「何よ。アンタの怪我も軽くないんだからサッサと……」

 「一言だけ、彼女に言わせてください。それでこの場は収めます」

 「だってさ、大淀。どうする?聞く?」

 「……聞きましょう」

 

 叢雲さんは「そう……」とだけ答えて私に背を向けました。

 いや…うん……。

 彼女に言いたい事があるのですから、叢雲さんが面と向かわせようとしたのは当然だと思います。

 思いますが、叢雲さんに担がれ、壊れた両手をブランと垂らした状態で私を睨む彼女がシュール過ぎて吹きかけましたよ。

 思わず「ウケ狙いですか?」と言い掛けてしまいました。

 

 「で?何を言いたいんですか?再戦の申し込みならいつでもぉぉぉ!?叢雲さん!お尻を抓らないでください!」

 「余計なこと言わなくて良いから大人しく聞け!この暴走メガネが!」

 

 抓られた瞬間の間抜けな顔を見たら言う気が失せちゃった。

 でも、言わないと。

 決着は着けられませんでしたが、せめて私の嘘偽りない気持ちを彼女に伝えておかないと私の気持ちに収まりがつかない。

 

 「私は貴女が嫌いです」

 

 私の言葉を聞いた彼女は一瞬驚き、その後バツが悪そうに「そうですか」とだけ言いました。

 彼女が何を思っていたのかはわかりませんが、私には「やり返された」と言ってるように見えたんです。

 もしかしたら、彼女もかつて同じセリフを誰かに言ったことがあったのかも知れない。と、思いながら、私は叢雲さんに担がれて遠ざかる彼女を睨み続けました。



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第二十八話 勝負なら、いつでも受けて立つ覚悟です!

 ようやく飲み歩く余裕が出て来たので只今飲み歩き中。
 呑んだことのない日本酒を制覇する!
 って事で、添削がちゃんと出来ているか少々不安ですが、今日だけはご勘弁を!


 

 

 円満さんは、私にとって掛け替えのない存在です。

 朝潮として横須賀鎮守府に着任して最初に仲良くなった人ですし、私を鍛えてくれた先生でもあります。

 主人の次。いえ、もしかしたら主人以上に、私の事を理解してくれている人です。

 そんな円満さんの大切な人。

 私にとっても妹のように大切な子を、私は自分の我が儘のために傷つけた。殺そうとした。

 円満さんに受けた恩を仇で返した。

 その事を反省していますし後悔もしていますが、同じ状況になれば、私は迷わずまた同じ事をするでしょう。

 愛する主人のためと言う、自分への言い訳を掲げて。

 

 「ほ、本当に今日じゃないとダメですか?日を改めた方が……」

 「ここまで来て愚図ってんじゃない。謝るなら早い方がいいんだから覚悟を決めなさい」

 

 『病院』で治療を受けた後、付き添いをしてくれた主人が誰かと電話している隙を狙ったかのように『円満に一言詫び入れときなさい』と言う桜子さんに引っ張られて執務室の前まで来たんですが怖じ気づいてしまいました。

 入りたくないなぁ……。

 絶対に怒ってますもの。円満さんに怒られるのは初めてじゃないですけど、円満さんが大切にしてる満潮ちゃんを半殺しにしてしまったんです。

 きっと、今まで見たことないくらい怒ってるはずです。

 

 「円満居る~?居るよね?入るわよ」

 「ちょ、ちょっと桜子さん!」

 

 私が覚悟を決めたかどうかなど関係無し、それどころか執務室の中に円満さんが居るかどうかも関係無しに、桜子さんは勝手知ったる我が家の如くドアを開けました。

 いつもこんな入室の仕方をしているのでしょうか。

 義理とは言え、我が娘ながら礼儀の『れ』の字も感じさせません。

 お仕置きした方がいいかしら。

 でも、入室したからには覚悟を決めないと。

 気まずいけど、例え殴られたって謝らなきゃ。

 

 「まだ入室の許可を出してないんだけど?」

 「いつもの事じゃない。今さら言う事でもないでしょうが」

 「それもそうね。で?何か用?」

 

 桜子さんの「おろ?今日は引きが良い」って独り言は置いといて、やっぱりいつもあんな入室の仕方をしてたんですね。後でお尻ペンペンです。泣いて謝るまで叩くのをやめません。

 

 「大淀が今日の件を謝りたいんだってさ。聞いてあげてくれる?」

 「謝る?何を謝るって言うのよ」

 

 あれ?怒ってない?

 私は主人や円満さんみたいに表情から考えを読むなんて芸当は出来ませんが、気配で相手の感情の起伏を察することくらいなら出来ます。

 円満さんの表情は至って普通ですし、怒気の類も感じませんから怒ってないと思うのですが……。

 

 「あ、あの……。ごめんなさい!私、満潮ちゃんに酷い事をしてしまいました!」

 「ああ、その事?別に良いわよ。アンタと一緒に居たらああなる(・・・・)って、わかっててそうしたんだから」

 「で、でもその……。営倉入りくらいはしなきゃダメです……よね?命令違反をしたんですし」

 「私に、大本営付きの艦娘である貴女に対するそんな権限はないわ」

 

 いや、確かにないですけど……。

 それくらいはしてくれないと私の気が済まないと言いますか、晴れないと言いますか……。

 

 「それでも、貴女が謝りたいって言うなら満潮に謝ってあげなさい」

 

 なんだろう。

 若干事務的ですが、口調も態度も普段の円満さんです。なのに凄く遠く感じます。拒絶されてる気さえします。

 怒ってるのを悟らせないようにしてるだけで、やっぱり本当は怒ってるのでしょうか。

 

 「用はそれだけ?だったら悪いんだけど、もうすぐ午後の哨戒に出てた子たちが帰ってくるから退室してくれないかしら。意外と混むの、ここで秘書艦やってた貴女なら知ってるでしょ?」

 「知ってますけど……。でも!」

 「桜子さん。お願いしていい?」

 

 円満さんは、私が出て行く気がないと察するなり、入口で腕組みをして趨勢を見守っていた桜子さんに声をかけました。恐らく「連れて出て行って」と暗に言ったんだと思います。

 なるほど。

 私と言葉を交わしたくない。私の顔を見ていたくないと、そういう事ですね?

 だから、こんなに事務的な態度なのですね。

 事務的に対応して、私に感情を悟られないようにしているのですね。

 

 「言ってくださいよ。言いたい事があるんじゃないんですか?私に腹が立って仕方ないんじゃないですか!?ねえ!円満さん!」

 「やめなさい。大淀。帰るわよ」

 「帰れません!円満さんの本音を聞くまでは帰りません!」

 

 私が激昂しても、円満さんは澄まし顔で眉一つ動かしていない。

 私は円満さんの指示を無視して演習を滅茶苦茶にしたんですよ?ムカつくでしょ?本当は怒鳴りたいんでしょ?

 私は円満さんの大切な満潮ちゃんを傷つけたんですよ?憎いでしょ?本当は殴りたいんでしょ?

 だったら澄ましてないでそうしてくださいよ!

 その方が、罵詈雑言を浴びせ掛けられたり殴られたりする方が、こんな他人行儀な態度を取られるより遥かに気が楽です!

 

 「だから、円満はそうしてるのよ。貴女には、その方が堪えるでしょう?」

 「なっ……!」

 

 考えを読まれた!?

 は、今さらか、円満さんはもちろん、桜子さんに隠し事なんて出来ません。円満さんにしても桜子さんにしても、頭の中が透けて見えているかのように私の考えを読んできますから。

 

 「もう良いでしょ。行くわよ」

 「ま、待って!まだぁぁぁぁぁ!?痛い痛い!そっち折れてます!そっちは折れてる方ですからぁぁぁ!」

 「だから引っ張ってんのよ。つべこべ言ってないで来い」

 

 桜子さんに首から下げていた折れた左手を引っ張られて、私は無理矢理執務室から連れ出されました。

 せめて右手にしてください!脱臼させられた肩ならほぼ治ってますから!折れてる方はやめて!

 それにですね?私、満潮ちゃんとの戦いで腰を痛めてるんです。私の腰は湿布まみれなんです!

 もしかして怒ってるんですか?桜子さんが怒りっぽいのは知ってますけど、なぜ急に機嫌が悪くなったのか理由がわかりません。

 

 「あの……。桜子さん?」

 「何よ」

 「なんで、怒ってるんですか?」

 「怒ってない」

 「怒ってますよね?」

 「しつっこいわね!怒ってないって言ってるでしょ!」

 

 ほら怒ってる。

 寮から出た辺りで聞いてみたらビンゴでした。

 でも私、何か桜子さんを怒らせるような事したかしら。それとも、別の事で怒ってるんですか?

 

 「なんなのよアイツ!こんな時くらい素直に怒りなさいよ!」

 「さ、桜子さん!?」

 「私、アイツのああいうところが大っ嫌い!感情押し殺して我慢するのがカッコいいとでも思ってんのかクソっ垂れ!」

 

 地面が凹みそうな勢いで地団駄を踏みながら、桜子さんは円満さんに文句を言い出しました。

 桜子さんには、最初から円満さんの澄まし顔が演技だとわかっていたみたいです。

 

 「アイツはね。自分には泣く権利が無いって思ってるのよ。貴女を罵倒する権利が無いって思ってるのよ!だからあんな態度が取れるのよ!」

 「権利が、無い?」

 「そうよ!アイツは満潮が貴女に半殺しにされるのをわかってて同じ場所に配置した!貴女が暴走したら。その身を犠牲にしてでも止めようとするってわかっててね!」

 

 だから、泣く権利も私を罵倒する権利も無いと?

 でも桜子さんは、あの態度の方が私は堪えると……。私に仕返しするためにああしてたんじゃないんですか?

 あ、そうか。両方を兼ねてるんですね。

 円満さんのさっきの態度は、私への仕返しと同時に自分への罰でもあるんだ。

 

 「はぁ……。弱いクセに背負いすぎなのよ。あのままじゃ、そう遠くない内に潰れかねない……」

 「そんな……。円満さんはけっして弱くは……」

 「弱いわよ!感情を殺さなきゃ命令も出せない!自分を殺さなきゃ冷酷にもなれない!いくらお父さんの弟子だからって、ダメなとこまで真似る必要なんてないのに!」

 

 桜子さんは大嫌いと言いましたが、本当は円満さんの事が心配で仕方はないみたいです。

 桜子さんの言う通り、円満さんが主人のダメなところまで真似ているのなら、円満さんの心はどれ程傷ついていいるんでしょうか。どれだけの痛みに耐えているのでしょうか。

 

 「お父さんには私たちが居るから良いけど、アイツには満潮しか居ないの。円満が本当に心を許せるのは満潮しかいないのに……」

 

 私が、一時とは言え奪ってしまった。

 円満さんの心の拠り所である満潮ちゃんを傷つけ、円満さんから奪ってしまった。

 自分の我が儘を、押し通すために。

 

 「ねえ、大淀。貴女がお父さんの幸せを守る事以外に興味がないのはわかってるし、ありがたいとも思ってる。でもね?もし、今日の事で満潮が死んでたらお父さんは悲しむよ?死んだ満潮に縋り付いて泣く円満を見たら、お父さんはきっと後悔するよ?」

 「ですが、私は……」

 「全部守りなさいよ!貴女はお父さんが満足して人生を終えれるようするんでしょ!?だったら守ってよ!円満も満潮も守りなさいよ!貴女にはそれだけの力があるのよ!?」

 「か、買いかぶり過ぎです……。私はそこまで強く……」

 

 ない。

 朝潮だった頃は出来ると思っていました。主人の身も心も守れると思っていました。

 でも、歳を重ねるに連れて、身を守るので精一杯になっていきました。

 心を守るのをお座なりにするようになりました。生きてさえいれば良い。生きてさえいれば幸せになれると、言い訳を重ねるようになりました。

 私と一つになった、初代朝潮と同じよう考えをするようになりました。

 約束を、破ってしまいました……。

 その結果、私は満潮ちゃんを傷つけ、円満さんに嫌われてしまった。

 大好きだったお姉ちゃんに、嫌われてしまいました。

 

 「私…朝潮だった頃より弱くなってたんですね……」

 

 桜子さんは何も言わない。

 何も言わず、黙って私の懺悔を聞いてくれています。

 朝潮だった頃、主人と結婚する前までは全ての悲しみからあの人を守ると誓っていたのに、それをいともアッサリ破った私の懺悔を。

 

 「中途半端に大人になったせいで諦めてしまった……。だから、窮奇にも負けてしまった」

 

 初めて私を愛してると言ってくれた人。全てを投げ捨てて私を求めてくれた人。

 正直、迷惑でしたし気持ち悪かったです。でも、歪んではいましたが、彼女の真っ直ぐなところに憧れと言いますか、嫉妬と言いますか、そんな感情を抱いていたんです。

 彼女みたいに、素直に感情をぶつけたいと思ったんです。

 

 「あ~……。浸ってるとこ悪いんだけど、貴女が乱入したくらいから窮奇は引っ込んでたみたいよ?」

 「そ、そうなのですか!?」

 

 言われてみれば、あの時の彼女からはかつての気持ち悪さを感じませんでしたね……。

 それに、戦い方もかつての窮奇とはかけ離れていましたし、弟が云々と訳のわからない事を言っていました。

 

 「じゃあ、私は……」

 「ド新人の戦艦に負けたの。両手をぶっ壊されてね」

 「あぅ……」

 

 さ、さすがに落ち込んでしまいますね。

 負けたのは窮奇だと思ってましたから、今までさして落ち込まずに済んでいたのですが。

 

 「アイツ、大和はね。私も資料で読んだ程度のことしか知らないんだけど、貴女に助けられた事があるらしいわ」

 「私に…ですか?」

 「そう、今から3年ほど前。ほら、貴女がお父さんから指輪を貰った日よ」

 「指輪を貰った日?じゃあ、あの時救助したフェリーに?え?でも、それならどうして……」

 

 私は恨まれているのですか?

 助けてやったんだから感謝しろ。とは言いませんが、恨まれる筋合いはないと思うのですけど。

 

 「これは単なる想像だから合ってるかわかんないんだけど。たぶん大和は、その時に身内。貴女と戦ってる最中に言ってた弟を亡くしたのよ」

 「でもそれなら」

 「恨むべきは深海棲艦。って言いたいんでしょ?それは私もそう思う。でもね?貴女、その場にいた深海棲艦を全部沈めちゃったでしょ」

 「ええ、まあ……」

 

 全部を私一人で沈めた訳ではないですが、確かに大半は私が沈めました。主人から指輪を貰ってテンションがアゲアゲでしたし、ケッコンカッコカリの効果も表れてましたから。

 でも、弟さんを亡くしたのは不憫だと思いますけど、それで私を恨むのは筋違いなのでは?

 

 「恐らく、大和はこう思ったんでしょうね。『どうして、もっと早く来てくれなかったんだ』って」

 「そ、そんな事言われても……」

 

 どうしようもない。

 あの日、第九駆逐隊からの救援要請を受けて数分もしない内に私たちは出撃しました。

 現場に着いたのは出撃して数十分後でしたが、それでも出来る限り急いで行ったんです。

 最初から私たちが護衛に着いていたなら兎も角、襲撃された後から行った私のせいで弟さんが死んだと言われても……。正直、そのぉ……。

 

 「迷惑としか思えない?そうでしょうね。私でもそう思うわ。でも、大和には関係ない。その戦闘の最中、貴女の姿が目についてしまった。恨むべき仇を貴女が沈めてしまった。だから、恨みの矛先を貴女に向けた。ただ、それだけよ」

 「そんなのどうしろって言うんですか。あの時言われたように、許しを請えば良いのですか?それで彼女は満足してくれるのですか?」

 「そんなの、私に聞かれてもわかんないわよ。大和の気が済むまで殴って貰えば?」

 「嫌です。窮奇みたいに殴られて悦ぶ趣味はありませんので」

 「我が儘ねぇ。円満には殴られたがってたクセに」

 

 それはそうですが、円満さんの場合は私に非があったからです。営倉入りだって覚悟していました。

 でも、彼女の場合は違います。

 どう考えても私に非はありませんもの。それなのに、逆恨みされた上に殴られるなんてまっぴらごめんです。

 

 「まあ、明日には大本営に戻るんだから、しばらくは大和と顔を合わす事はないか」

 「そうですけど……。なんかスッキリしません」

 

 私恨んでいる人が居る。

 その事を知ってしまっただけなのに、私の胸中は霧でもかかったようにモヤモヤしています。

 これが恨まれると言う事なのでしょうか。

 この気持ちが晴れることはあるのでしょうか。

 

 「小難しい事考えてんじゃないわよ。挑まれたら叩き潰すだけ。そうでしょう?」

 

 私は桜子さんと違ってそこまで短絡思考ではないのですが……。

 でも、それが一番簡単なのかしら。

 挑まれる度に返り討ちにしてれば、大和さんは諦めてくれるかもしれません。

 それどころか、仲良くなる事も出来るかもしれない。

 それに、負けっぱなしは性に合いませんから。

 

 「はい、勝ちます。私の本気は、あんなモノじゃないんですから」

 

 悔しいですが、大和さんに負けたことで昔の気持ちが甦って来ました。

 私は主人を守る。

 命はもちろん、心も守ります。

 だから、私はもう切り捨てない。主人を守るためなら敵とだって手を組みますし、主人と関わりのある人は全員守ります。

 私の、全てを賭けて。

 だから、私はこう言います。

 かつての私を叩き起こし、新たな存在として甦った彼女に勝つために。大和さんの恨みを、真っ向から受け止めるために。

 

 「この大淀。勝負なら、いつでも受けて立つ覚悟です!」



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第二十九話 お世話させて頂きます。

 

 

 演習の結果は大どんでん返し。

 大和は横須賀No.1駆逐艦である叢雲に勝利。その後、何故か乱入して来た全艦娘最強との呼び声高い軽巡洋艦 大淀に事実上の敗北を与えた。

 その事を、寮に張り出される壁新聞『週刊 青葉見ちゃいました!』の号外を見て知った時は度肝を抜かれすぎて目玉が飛び出るかと思ったわ。

 

 「これ、本当なのかしら……」

 「にわかには信じられません。あの大淀さんが負けた?その気になれば素手で戦艦を殴り飛ばすような人なんですよ?」

 

 私と共に午後の哨戒に出ていた神風ちゃんも似たような反応をしてるわね。いえ、大淀さんの実力を知っている神風ちゃんの方が驚いてるかしら。

 

 「もしかして、大和さんって天才だったりします?」

 「さあ……。大和とはそれほど親しい訳じゃないからわからないわ」

 

 大和は私の事を心友とか言ってるけど、当の私は大和の事をほとんど知らない。

 旅館を営む家の養子で、高校を卒業した後は、養成所への不法侵入を繰り返すようになるまでは家の手伝いをしてたくらいしか知らない。

 以前、からかってやろうと「へぇ~。貴女の家ってホテルなんだ」と言った事があるんだけど、それを聞いた大和に「ホテルじゃありません!」とガチギレされた事があったわ。

 

 「実際に見ていた人に聞くのが確実なんでしょうけど、親しい人で見てた人いる?」

 「桜子先輩が見てたはずです。でも、連絡取れるかしら。今日は元帥さんが一緒に居るはずだし……」

 「閣下が居るとマズいの?」 

 「マズいと言うより、桜ちゃん相手に元帥さんを取り合って電話に出てくれないんです。本人は否定するんですけど、あの人って筋金入りのファザコンですから」

 

 あら意外。

 初めて『猫の目』に行った日以来会ってないけど、初見で反抗期はバリバリだったのが想像できるくらいぶっ飛んだ人だったわ。

 しかも、旦那さんは私と大和を迎えに来た舎弟みたいな喋り方する劣化海坊主でしょ?

 二人が並んだ姿を見たことはないけど、控えめに言ってDQN夫婦ね。特攻服来てヤンキー座りしてる姿が容易に想像できるわ。

 そんなあの人がファザコン?

 いい歳こいた赤い髪のDQNが、実の娘相手に父親を取り合う光景なんて想像出来ないわ。

 

 「ラインとかは?その内返信が来るかもよ?」

 「無理です。先輩はスマホを持ってませんから」

 「今時?珍しいわね。規則か何かで持てないの?」

 「いえいえ、単に使えないだけです。先輩って、ウケ狙いでやってるんじゃないかって疑っちゃうくらいの機械オンチなんですよ」

 

 神風ちゃんの話では、赤髪DQN。もとい桜子さんは、電子機器の扱いが致命的に苦手らしい。

 スマホが操作できないのは当たり前、炊飯器や電子レンジさえまともに使えないらしいわ。

 酷いのになると、電卓の使い方がわからないから計算は暗算か算盤頼りなんだとか。

 「ご飯は旦那さんが作ってるの?」って聞いたら。「ガスコンロは使えるから問題ないみたいです」とのこと。

 なんでも、お米は土鍋ご飯。オカズも、小難しい操作を必要としない調理器具を駆使して毎食作ってるんだとか。

 

 「へぇ。思ってたより家庭的なのね」

 「先輩は性格に難はありますが、家事全般そつなく熟しますよ。料理も上手ですし」

 

 難があるのは性格だけ?見た目は?

 ってツッコみたいけど、それを言っちゃうと同じ髪色の神風ちゃんまでDQN扱いしてるみたいになるから言わないでおこう。

 元神風だって聞いたし、もしかしたら艦娘だった後遺症であんな派手な髪色なのかも知れないからね。

 

 「大和さんには聞けないんですか?お友達なんですよね?」

 「不本意ながらそうだけど……。電話したくないなぁ」

 「嫌いなんですか?」

 「嫌いな訳じゃないわ。好んで関わりたくないだけ」

 

 だって、大和って私の話をまともに聞いてくれないし、言ってる事も理解出来ないんだもの。

 友人だとは思ってるけど、相手をしてると疲れるから好んで関わりたくないの。

 

 「じゃあ、円満さんに聞いてみましょうか。哨戒の報告をしに行くついでに」

 「大丈夫?他の艦隊も報告に行くだろうから忙しいんじゃない?」

 

 報告書は後日に提出するけど、口頭での報告はその日の内にしなければならない。

 週ごとに夜間哨戒に出る艦隊の見送りと、午後からの哨戒の報告を聞く役が提督と辰見大佐で変わるけど今週は提督が報告を聞く役。

 何故役割を分けているかと言うと、艦娘が提督や辰見大佐とのコミュニケーションを取って距離を縮めるため。それに加え、一時とは言え哨戒に出る艦娘と帰って来た艦娘が執務室へ同時に押し掛けてごった返しになる事態を防ぐためだそうよ。

 だから、午後の哨戒に出た艦隊が帰って来る時間。18:00(ヒトハチマルマル)前後は執務室に旗艦を務めた艦娘が来るから、提督は報告を聞くので忙しくなるの。

 夜間哨戒に出る艦隊は、余程の異常が無い限りは提督でも辰見大佐でもなく別の人に報告するんだけど、今は関係ないから割愛するわね。

 

 「帰って来たのは私達が最後だったから平気なはずですよ?」

 「あ、あぁ…そうだったわね……」

 

 何故最後になったのか。

 それは、私が羅針盤を読み間違えて変な方向に行っちゃったせいよ。

 まさか、北と南が逆になってるとは思わなかったなぁ……。

 

 「け、軽巡 矢矧です!哨戒の報告に参りました。入っても宜しいでしょうか」

 『入りなさい』

 

 実際に艦隊の指揮を執るのは神風ちゃんなんだけど、提督への報告は名目上の旗艦である私がする事になっている。もちろん、報告書の作成もね。

 すぐ傍に神風ちゃんも居てくれてるけど、私のせいで帰投が遅れちゃったから少し緊張するわね。

 入りなさい。と言った提督の声も若干イラついてるように聞こえたし、やっぱり怒られたりするのかしら……。

 

 「し、失礼します!」

 「失礼します。って、円満さん。どうかしたんですか?目元がそのぉ……」

 

 神風ちゃんが言った提督の目元は、まるで直前まで泣いていたかのように赤く腫れていた。

 私達の帰りが遅いから心配して。って感じでもないわね。何か悲しい事でもあったのかしら。

 

 「気にしないで良いわ。それより報告をしてちょうだい」

 「は、はい!」

 

 私は担当範囲の異常の有無。深海棲艦との会敵、戦闘などが無かったことを報告し、最後に帰投が遅れた原因を伝えた。

 怒られるかな?提督は怒ってる?

 私の目を真っ直ぐ見て報告を聞いてくれてるけど、提督の表情からは感情まで読み取れない。

 

 「そう。異常がなかったのなら良い。帰投が遅れた事も咎めない。お疲れ様」

 「はい!ありがとうございます!」

 「ただし。矢矧は今日の反省点をレポートにして、報告書と共に後日提出すること。良いわね?」

 「はい……」

 

 ですよねぇ……。

 本来なら、駆逐艦を率いるべき軽巡洋艦である私が羅針盤を読み間違えるという大ポカをやらかしたんだもの。反省文の提出くらいは当たり前よね。

 

 「円満さん。今日はこれで上がりですか?」

 「仕事は終わりだけど、今から『病院』に向かうわ。何か用事があるの?神風」

 「用事って程じゃないんですけど……。ん?『病院』?どこか悪いんですか?」

 

 ここで言う『病院』とは、一般の病院じゃなくて工廠の一部。艦娘を治療する施設の事よ。

 もちろん、艤装を背負ってなければ普通の人間と大差のない艦娘を治療するだけあって、艦娘じゃない職員達の診察や治療も行う。艦娘の治療が最優先ではあるけどね。

 

 「私の体が悪いんじゃないわ。満潮の様子を見に行くだけよ」

 「満潮さん?満潮さんに何かあったんですか!?」

 「ええ……。負傷して今も意識がもどっ……。戻らない」

 

 提督は今にも泣きそうになりながらも、なんとか平静を保ってそう言った。

 どうして満潮ちゃんが意識がもどらいほどの負傷を?

 養成所の時みたいに、深海棲艦による襲撃でもあったのかしら。

 う~ん。ないわね。

 そんな事態になってれば戻れなり言われるはずだし、例えそんな事態になったとしても、姫級の戦艦と渡り合えると評される満潮ちゃんが、こんな近海に出るような敵に負傷させられるとは思えない。

 

 「ごめんなさい。もう出るから、貴女たちはお風呂にでも入って今日はゆっくりしなさい」

 「は、はい。失礼します」

 

 半ば追い出されるように執務室を後にした私と神風ちゃんは、提督に言われた通りお風呂に入るために着替えを取りにお互いの部屋に戻り、お風呂場の前で再び合流した。

 提督のあの様子じゃ、演習の話なんか聞けないわよね……。満潮ちゃんが心配で仕方ないみたいだったし。

 

 「演習で何があったのか益々気になって来たわね」

 「そうですね。演習の内容以上に、満潮さんが負傷した事の方が気になりますけど」

 「お風呂から上がったら食堂に行ってみる?誰かしら話題にはしてるでしょうし」

 「そうですね。そうしましょう」

 

 これからの予定も決まり、私達は再び別れた。

 どうしてこの鎮守府って、駆逐艦用とその他の艦種用でお風呂が分かれてるのかしら。

 だって、駆逐艦用のお風呂ってかなりの広さがあるのよ?

 それに、駆逐艦用のお風呂場の入口には『上位艦種は入場禁止。特に長門』と書かれた看板がかけられてるし……。

 長門さんが何かしたせいで浴場を分けられたのかしら。

 

 「まあ良いか。こっちも相応に広い……。げ……」

 「あら、やはぎんじゃないですか」

 

 脱衣所に入ると一糸まとわぬ姿になった大和と鉢合わせした。

 哨戒帰りで疲れてるのに大和の相手をするのは辛いわね……。もう入浴を済ませて着換えるところ…じゃないわね。たった今下着を脱いだって感じだわ。

 

 「やはぎんは今から入浴ですか?」

 「え、ええ、今からよ」

 「それは良いタイミングです!私も今からですので一緒に入りましょう!裸の付き合いってヤツです!」

 

 若干興奮気味に、大和は胸の前でガッツポーズをして詰め寄って来た。

 大和の裸を見るのは初めてだけどデカいわね。

 身長もだけど胸が。

 動く度に震えてるじゃない。あまりに見事な揺れっぷりのせいで「おっぱいぷるんぷるん!」ってセリフが脳裏を駆け巡ったわ。

 

 「おお……。やはぎんも中々良い物をお持ちで」

 「ジロジロ見ないでくれない?貴女のに比べたら貧相この上ないわ」

 「何を仰います!胸は大きければ良いわけではありません!色艶はもちろん。匂いと湿度も肝心です!」

 

 百歩譲って匂いは良いとして湿度って何?湿ってれば良いの?しっとりしてれば良いの?って言うか、なんで熱く語ってるの?

 

 「昔、幼い私にお祖父さまが教えてくださいました。曰く、『おっぱいは脂肪の塊なんかじゃない。おっぱいには夢が詰まってるんだ』と」

 

 そのジジイ頭大丈夫?

 どんな会話の果てにそんなセリフを口にしたのかはわからないけど、どう好意的に取っても幼子に教えて良いセリフじゃないわよ。憲兵さん呼ぶ?

 

 「そう言えば、演習で大暴れしたみたいじゃない。何があったの?」

 「ええ、まあ。やはぎんは見てなかったんですか?」

 「哨戒に出てたからね。壁新聞に載ってた程度の内容しか知らないわ」

 

 体を洗い終え、湯船に浸かった私は気になっていた演習の内容を尋ねてみることにした。

 大和は当事者だから、観戦してた人より詳しく聞けると思ったのよ。

 

 「何があったのかを説明するのは難しいですね。私がお話出来るのは最初の十数分と、ハレンチメガネが乱入して来た後の事だけですから」

 「ハ、ハレンチメガネ?それって大淀さんの事?」

 「そうです。大淀の事です。今回は仕留め損ないましたが次こそは……」

 

 大和は大淀さんの事が嫌いなのかしら

 彼女の名前を口にした途端、憎々しげに顔を歪めちゃったけど……。

 

 「大淀さんと、何かあったの?」

 「……心友であるやはぎんには、話しても良いかもしれませんね」

 

 それから大和は淡々と話してくれた。

 今から3年ほど前、正化30年に、当時はまだ朝潮だった大淀さんに助けられたこと。

 彼女の到着が遅かったせいで、弟さんを亡くしたことを。

 

 「あの…さ。言いにくいんだけど、それって……」

 「ええ、逆恨みです。それはわかってるんです。でも……」

 

 心は納得してくれない。

 どうしても、恨みの矛先を彼女に向けてしまう。

 最初は彼女と同じ駆逐艦になって、彼女に出来なかった事を自分がやって見せてやるつもりだったそうよ。

 でも、大和には駆逐艦はおろか、艦娘になれる適性が無かった。

 だから、不法侵入までして艦娘を目指した。

 艦娘になれない失意と絶望に耐え続ける内に、大和の復讐心は大淀さんの命を奪おうとするほど膨れ上がってしまった。

 そうしている内に、大和は自分では制御出来ないほどの化け物を胸の内に生み出してしまった。

 

 「さっき、大淀さんが乱入して来る前の事を説明出来ないって言ったのもそれが原因?」

 「いえ、それは単に記憶がないだけです。返してもらって最初の内は覚えていたんですが」

 「返してもらった?何を?誰に?」

 「さあ?」

 

 いやいや、さあ?って何よさあ?って。自分の事なのになんで覚えてないのよ。

 もしかして、大和ってその歳で認知症?私と同い年よね?ああでも、大和なら認知症でも不思議はないか。単に馬鹿って可能性もあるけど。

 

 「私も不思議なんです。その時の記憶が、時間が経つに連れて朧気になってしまって……。夢の内容を覚えていない感じに似てるでしょうか」

 「白昼夢でも見てたって言うの?演習とは言え戦闘中に?」

 「夢見る少女ですから」

 「言ってろ。少女を自称していい大きさじゃないでしょ」

 

 ドヤ顔で言ったとこ悪いけど、貴女ってどう見ても少女には見えないからね?強いて言うなら大女だからね?

 男性顔負けの身長で何言ってんのよ。寝言なら寝て言いなさい。

 

 「酷い!やはぎんだって大きいじゃないですか!」

 「何が?貴女より頭一つ分は小さいけど?」

 「身長じゃありません!おっぱいです!ツンと上向きでピンク色の乳首。ブラを取っても形が殆ど変わらず量感にもあふれてボリュームもたっぷり!もっとも美しくエロさ漂うおっぱいの理想形。最高級のおっぱいです!ちなみに!やはぎんみたいなおっぱいの形を釣鐘型と言うんですよ?おっぱいソムリエ垂涎の一品。いえ、逸品です!あ、こんな所にホクロが」

 「人の胸の特徴を事細かに説明しないでくれない!?」

 

 なんか教師みたいな仕草で得意げに語ってるけど嬉しくないからね?褒められてるんだとは思うけど欠片も嬉しくないから!

 

 「ちなみに、私のは円錐型と呼ばれるおっぱいです。見ようによってはロケットみたいに見えなくもないですが、けっして飛びませんから注意してください」

 「聞いてない!と言うか、何に注意しろと!?」

 「え?だって、やはぎんだったら『飛びそう』とか言いそうだから……」

 「言わねぇよ!男子小学生じゃあるまいに!」

 「ふぁ!?やはぎん男の子だったんですか!?」

 「どうしてそうなるの!?生えてる!?何がとまでは言わないけど生えてる!?生えてないでしょうが!」

 

 私は思わず立ち上がって大和に見せつけた。何処を?とか聞かないでね。そこは察してちょうだい。

 もし、万が一、絶対に有り得ないことだけど、私が男だったらアウトだわ。即座に憲兵さんに連行されてカツ丼を振る舞われながら「どうしてあんな事をしたんだ!言え!」と詰め寄られるでしょう。

 

 「あ、あの……。はい、それなりに茂ってます。はい」

 「毛じゃねぇよ!」

 

 顔を赤らめてチラチラ見るな。

 ジーっと見られるより視線を感じてこそばゆいじゃない。そっちの趣味に目覚めたらどう責任取ってくれるの?

 

 「はぁ、貴女と話すと本当に疲れる……」

 「そうですか?朝潮ちゃんは、私と話すと癒されるって言ってくれますよ?」

 「貴女、元朝潮の大淀さんを恨んでるクセに朝潮ちゃんの事は何とも思わないのね」

 「え?だって朝潮ちゃんとハレンチメガネは別人じゃないですか」

 

 ああ、そこはちゃんと区別してるんだ。

 気が狂いそうなほど大淀さんを恨んでいるのなら、その身内と言えなくもない朝潮ちゃんの事も良く思ってないのかと心配したけどそんな事なかったのね。

 意外と分別があるじゃない。

 

 「演習が終わって浜に戻った時も本気で心配してくれました。「よーしよしよし。お腹空いてないですか?」とか「怪我をしてますね。急いで獣医さんに見て貰いましょう!」って感じで」

 「いや、貴女がそれで良いなら良いけど」

 

 人間に見られてなくない?完全に犬扱いよそれ。

 と言うか、怪我より先にお腹の空き具合を心配されるってどういう事?大和はもちろんだけど、朝潮ちゃんも同じくらいおバカなの?

 

 「あれ?でも貴女、怪我なんてしてないじゃない。綺麗な体してるし」

 「や、やはぎんのお気持ちは嬉ですが私はノーマルです。だから諦めてください」

 「別に貴女の体を狙ってる訳じゃないからね?終いには殴るよ?」

 

 両手で胸を隠してジリジリと離れてるけど、私は至ってノーマルだし同性に欲情するほど餓えてもないから。

 だいたい、普段朝潮ちゃんにリードで繋がれて雌犬プレイしてる貴女に言われたくないわよ。

 自分の普段の行いを思い出してから言いなさい。この雌犬が。

 

 「高速修復材とやらのおかげですぐに治っちゃいました。火傷や切り傷、擦り傷、打ち身に捻挫等々はこれ一本で解決です」

 「傷薬のキャッチコピーか。いい加減にして」

 

 それは兎も角。

 他の鎮守府や泊地と違って、ここ横須賀鎮守府は艤装の修理に高速修復材を使うことはあっても、艦娘自身に使うのは傷跡や後遺症が残りそうな時だけって、神風ちゃんから聞いてたんだけどなぁ。

 ああでも、逆に考えれば大和はそうなりそうな程の怪我を負ってたって事になるのか。

 

 「高速修復材と言えば、満潮ちゃんが負傷して意識が戻らないって提督が言ってたけど何があったの?」

 「わかりません」

 「記憶が朧気って事?」

 「いえ、そうではなくて本当にわからないんです。私を止めに来た時には既に負傷していて……」

 

 そこまで言って、大和は沈痛な面持ちで押し黙ってしまった。

 満潮ちゃんは貴女の教官だもんね。心配なのは痛いほどわかるわ。

 私だって、大城戸教官が怪我をしたって聞いたら居ても立ってもいられなくなるもの。

 

 「お見舞い。行かないの?」

 「治療を受けた後病室に行ったんですが……。辰見さん、でしたっけ?に、面会謝絶だと追い返されてしまいまして」

 「そんなに酷い怪我なんだ……」

 「はい。右半身が焼け焦げていました。何かの爆発に巻き込まれたかのように」

 

 爆発、か。

 私が軽巡だからかも知れないけど、パッと思い付くのは魚雷ね。大和は右半身って言ってたから、左に回避しようとしたものの、爆発の圏内から逃げ切れなかったんでしょうね。

 

 「心配?」

 「ええ、心配です。でも大丈夫です!教官はちゃんと完治しますし、提督は私を気遣ってくれたのか、しばらくの間は やはぎんと行動しろと言ってくださいましたから」

 「は?今なんて?」

 「聞いてないんですか?明後日からですが、教官が動けるようになるまで やはぎんと行動しろ、と提督に言われました」

 「いや、ちょっとなに言ってるかわかんない」

 

 そんな話はまったく聞いてない。提督も神風ちゃんもそんな事は言ってなかった。

 もしかして言い忘れた?

 提督は満潮ちゃんの容態を心配するあまり、言うのを忘れちゃったの?

 それとも、明日言うつもりだったのかしら。

 どちらにしても迷惑この上ない。主に私に!

 話すだけ疲れるのに一緒に行動しろ?どの程度まで一緒に行動しろと?軽巡の私と大和じゃ訓練の仕方だって違うだろうし(たぶん)、訓練場以上の範囲を航行した事がないはずの大和を連れて哨戒に出るわけにもいかない。って言うか哨戒で戦艦を使うとかコスパ悪すぎでしょ。

 

 「やはぎんと一緒に出撃するかも知れないと思うと楽しみで仕方ありません♪ね、やはぎん♪」

 「え?やだ」

 

 絶対に嫌だ。

 提督は何を考えてるの?満潮ちゃんがいない間、大和と面識のある私に面倒を見させようって魂胆なの?

 そりゃあ、私だって艦娘の端くれですし?提督のご命令には従いますよ。ええ、従いますとも。

 例え死んでこいと言われても、瀕死の仲間を見捨てろと命じられても従います(たぶん)。

 でも、これだけは無理。

 一日の大半を大和と一緒に過ごせ?ハハハッ♪何よその拷問。一日中大和の相手をするくらいなら敵艦隊に一人で突っ込めと言われる方が気楽よ。

 

 「ちょっと提督に抗議してくる」

 「何をですか?」

 「アンタのお守り役は嫌だって言いに行くのよ!決まってんでしょ!」

 「ええ!?ダメですよ!ちゃんと面倒見てくれなきゃ!」

 「見たくないから文句言いに行くのよ!ってか離せ!足を引っ張るな!」

 

 湯船から上がった私の左足に抱きつき、デカ女は物理的に足を引っ張ってきた。

 ええ、私の左足は大和の胸の谷間に埋まってるわ。何よこの、柔らかくて気持ちが良いとは思うけど全く嬉しくない体験は。女の胸に足を埋めて悦ぶ趣味なんてないんだけど?

 それよりもなんて力してんのよコイツ。

 抱きつかれているとは言え足がビクとも動かない。いや?これは単に大和が重いだけかしら。

 

 「ふぅ……。OKわかったわ。提督に文句言いに行くのはやめる」

 「ほ、本当ですか?」

 「本当よ。だから足を離してくれない?」

 

 大和は恐る恐る両手を離して、若干潤んだ瞳で私を見上げてる。

 ふむ、なかなかにエロい。

 両手を腿の間に挟んでるせいで胸が強調され、更に上目遣いをしながらへたり込む大和はその手の雑誌のグラビア写真でありそうだわ。

 男性が見たら、理性なんて跡形もなく吹き飛んでルパンダイブでもしちゃうんじゃないかしら。

 でもおあいにく様。

 私は至ってノーマル。今の貴女を見たって何とも思わない。馬鹿な男みたいにムラムラしてガー!ってなったりもしない。

 だから、誰かのセリフをパクってる気がするけど「馬鹿め」と言って差し上げるわ大和。

 諦めた風を装ったのは演技。そう、貴女の拘束から逃れるための演技!

 押してダメなら引いてみろってヤツよ!

 

 「あ~ばよ!とっつぁ~ん!」

 

 私は某怪盗の三代目のセリフを言いながら脱衣所へダッシュした。

 着替え中に追い付かれるかな?とも考えたけど、庁舎の南側、つまり艦娘寮側に位置するお風呂場の外は基本的に同性である艦娘しか居ない。

 全裸で飛び出ても失うモノは少なくて済む!

 

 「逃しません!」

 「なっ……!?」

 

 大和は、その巨体からは考えられないような速度で私の腰に飛び付いてきた。

 そのせいで、腰からゴキゴキゴキッ!って嫌な音が聞こえたけど大丈夫かしらこれ。って、それは今はいい。

 デカ女のタックルをモロに食らったせいで、私は大和諸共脱衣所の床に倒れ込んでしまった。

 しかも、質が悪い事に大和に太腿辺りに乗られてマウントを取られた状態でうつ伏せ。このままじゃ逃げられない!

 

 「さあ、どうしてくれましょうか」

 「何よ、その手の動き。まさかとは思うけど……。ひゃん!」

 「あらあら。やはぎんは背中が弱いのですね」

 

 コイツ、私の背筋を触れるか触れないかという微妙な手加減で人差し指をつーっと這わせやがった。

 気持ち良い。もとい、気持ち悪い刺激が背中を駆け巡ったせいで変な声を上げちゃったわ。

 

 「素直に、私の面倒を見ると言えばやめてあげますよ?」

 「誰が言うかぁぁぁぁん!『の』はやめて!その絶妙な力加減で『の』の字をかかないでぇぇぇ!」

 「強情ですねぇ。では、これならどうです?」

 「ひゃあぁん!」

 

 大和は卑怯にも、身動きが取れない私の腋から脇腹にかけて、指を羽毛のようなソフトタッチで這わせた。

 それはあまりにもこそばゆく、かつ若干物足りなさを感じさせ、私の上半身はバネでも仕掛けられているかのように跳ね上がった。

 

 「あはははは♪まるでオットセイみたいですよ♪」

 「ふぅ…ふぅ……。ふぐぅ……!」

 

 私は自らの両手で口を押さえ、淫らな声を出さないようにして大和が私の体を愛撫、再度もとい、弄ぶのに飽きるまでひたすら耐えた。耐えるつもりだった。

 だけど、大和の執拗な攻撃により、意志とは関係無しに、私に体は快楽を求め始めた。

 もっと強く。もっと激しく。もっと下の方を。ってね。

 

 「はぁ…はぁ…んっ……!」

 「ふふふ♪体は正直なんですね。こんなに火照ってしまって。どうです?心も素直になってみませんか?」

 「じょ…ぁん!冗談じゃない。誰が貴女のお守りなんてするもんか!」

 「じゃあ、もっと素直にしてあげましょう」

 

 私が腕を立てて上体を起こしたのを見計らったのように、大和は両手で私の胸を鷲掴みにした。

 指が食い込むくらい強くね。

 思わず「下手クソ!」って言いそうになったけど、そう言うよりも早く、大和は下乳の辺りから優しく揉み始めた。

 あ、やっべコレ。

 なんでこんなに上手いの?私の弱いポイントを的確に攻めてくる。

 このまま揉まれ続けたら目覚めちゃう。目覚めちゃいけないモノに目覚めちゃう!

 

 「も、もうやめて大和。私…もう……。きゃっ!」

 「ダメですよ。まだ答えを聞いていませんから」

 

 大和は私を仰向けにひっくり返し、吐息がかかる距離まで顔を近付けてそう言った。

 うつ伏せになってたから気付かなかったけど、大和は妖艶と言う言葉が具現化したような顔をしていた。

 同性でありながら、思わず生唾呑んでしまうほど色っぽいわ。

 

 「ぜ、絶対に嫌!」

 「あらまあ、やはぎんは欲しがりさんですねぇ。まだ、イジメられたいのですか?」

 「違う!そんなんじゃない!」

 「では何故、抵抗しないのですか?」

 

 私はその言葉に愕然とした。

 そうだ。どうして私は抵抗しない?私は両手を拘束されていないのに、今も私の胸を揉み続けている大和の手を振り払おうとしない。

 私の体は、すでに大和のテクニックに屈している!

 

 「趣向を変えましょう。私の面倒を見てくれるのならこちら(・・・)もイジメてあげます」

 

 大和の右手が私の腹部をゆっくりと移動しながら下腹部に伸びて行く。

 そこは本当にマズい。

 今までは局部を触られていなかったから果てずに耐えられた。

 だけど、私の快感ゲージは振り切れる寸前。ほんの少しでも触られたら間違いなく振り切れる。

 

 「や、やめ…やめ……て。そこを触られたら私……」

 

 確実に果ててしまう。体だけでなく、心まで大和のテクニックに屈してしまう。

 それなのに、すでに大和に屈している体は抵抗してくれない。むしろ望んでいる。

 早く触れて貰いたくて疼いている!

 

 「矢矧さ~ん。まだかかりそうです……か?」

 「神風ちゃん?どうしてこっちに!?」

 

 大和の右手が私の秘所に達する直前、脱衣所の入口から神風ちゃんが顔を覗かせた。

 恥ずかしいところを見せちゃったけどおかげで助かった…って、神風ちゃん?なんでバツが悪そうに目を逸らすの?

 どうして、ジリジリと後退ってるの?

 

 「いえ、そのぉ……」

 

 神風ちゃんは極力私の方を見ずに言葉を濁らせた。

 たぶん、私が上がってくるのが遅いから様子を見るために覗いてみたって感じなんでしょうけど……。

 

 「まあ……。趣味は人それぞれですから……」

 「待って!違う!違うのぉ!」

 

 勘違いしないでよね!

 私と大和は、神風ちゃんが想像してるような関係じゃない!って言うか退きなさいよデカ女!どうしてこの状況で私の胸を揉み続けられるの!?余計に誤解されるでしょ!

 

 「あ、あの、先に食堂に行ってますから……。その……」

 

 神風ちゃんが出て行こうとしている。私を置いて出て行こうとしている。

 やめて……。置いていかないで……。このままじゃ私……。私……。

 

 「た、助け……」

 「ご、ごゆっくりぃぃぃ!」

 「ちょ!神風ちゃぁぁぁぁん!」

 

 なに?この気持ち。

 悲しいような、寂しいような。怒こりたいような、泣きたいような。これが、置いていかれるって事なのかな。戦場で置き去りにされたら、こんな気持ちになっちゃうのかな。

 

 「うふふ♪邪魔者は居なくなりましたね」

 「やだ…やめて大和……。お願い……」

 「ダぁ~メ♪」

 

 それから、時間にしたら数十分程度だったんだろうけど、私は大和に攻められ続けた。

 何度も何度も、何度も何度も何度も果てたせいで頭がおかしくなった私は、ついにその言葉を口にした。

 拷問のような快楽の嵐から逃れるために、「お世話させて頂きます」と。



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第三十話 ああ、約束しよう。

 

 

 私は物心が着く前、生後数週間くらいの頃から孤児院で暮らしていた。

 孤児院の職員の話では、私が捨てられた当時は深海棲艦による本土への爆撃が始まってしばらく経った頃だったらしく、少しでも安全な所に私を置いておきたかったのだろうとの事だった。

 子供心に「そんな訳あるか」とか思ったわね。

 単に邪魔だっただけ。自分たちが生きていく上で、お荷物でしかない私を捨てただけ。そう思った。

 もし職員の言った通りだったとしても、自分の子供を見ず知らずの人に預けるなんて理解できない。

 私だったら何が何でも手元に置く。私が守る。食べ物がないなら、自分の血肉を与えてでも絶対に子供は餓えさせない。

 なんて事を考えた時期もあったわ。

 まあ、世間の厳しさ。特に空襲が始まった頃の混乱を知らない子供の浅はかな考えだから気にしないでちょうだい。

 

 「知らない天井だ……」

 

 暗くても白いとわかる天井を見た途端、何故だかわからないけど、言わなきゃいけない気がしてそう言ってしまった。

 ここは……。

 工廠の治療施設。『病院』かな?

 どうして私、こんな所に居るんだろう。たしかお姉ちゃんと撃ち合って、それから……。

 

 「そうだ…大和!って!いったぁ……」

 

 身を起こそうとした瞬間、右半身に突っ張るような鋭い痛みが走って、私は浮かしかけた背中を再びベッドに沈めた。

 そう言えば、右半身を手酷くやられてたんだっけ。

 って事は、私ってこの怪我のせいで今まで寝てたの?今何時?右手に見える窓の外を見る感じ夜みたいだけど……。

 

 「満…潮……?」

 

 声のした方。左手の方を見ると、涙を拭いすぎて目元を真っ赤にした円満さんが私の左手を握り締めていた。

 そっか……。

 私はまた、円満さんを泣かしちゃったのね。

 

 「ごめんなさい。私、負けちゃった……」

 「そんな事どうでも良い!アンタが生きてるんならどうでも良いよぉ……」

 

 円満さんは散々流したであろう涙を、再び滝のように流しながら私に抱きついた。

 ああ、私はいつもこうだ。

 私が一番、円満さんを悲しませている。私が一番、円満さんを泣かせてる。

 中途半端に強くなっちゃったせいで、円満さんにいつも心配させている。怪我をして戻る度に、円満さんの心を傷つけている。

 

 「ごめんねぇぇぇ!アンタがこうなる事はわかってたのに!わかってたのにぃぃぃ!」

 「もう……。いい歳してガン泣きしないでよ……」

 「でもぉぉ……」

 

 まったく、これじゃあどっちが年上かわかんないわね。今からこんなんで、この先大規模作戦でもするようになったらどうなるのかしら。

 今以上に泣くのかな。今以上に傷つくのかな。今以上に、心を壊しちゃうのかな……。

 

 「よ~しよしよし。デカい子供が居ると苦労するわ~」

 「こ、子供ぉ!?アンタの方が子供でしょうが!」

 「こんだけ毎度毎度泣きじゃくっといてよく言えるわね。泣きすぎて涙腺がガバガバになってんじゃないの?」

 「う、うるさい!ガバガバになんてなってないわ!シマリは抜群よ!」

 「いや、その反論はどうかと思う……」

 

 相変わらず、円満さんって泣くとバカになるなぁ。

 しかも甘えん坊になっちゃうし。

 今は私が怪我してるから我慢してるんだろうけど、いつもは私のお腹に顔を埋めて一晩泣き明かす。

 もちろん、私はその日寝ることが出来ない。今みたいに一晩中、円満さんの頭を撫で続けるの。

 心配させてごめんなさい。怪我をしちゃってごめんなさい。って、心の中で謝りながら。

 

 「仕事は終わったの?今週は円満さんが報告を聞く番でしょ?」

 「とっくに終わったわよ。今何時だと思ってんの」

 「ん~と、20時くらい?」

 「夜中の2時よ!アンタ、半日近く寝てたのよ!?」

 

 Oh……。そんなに寝てたのか。

 でもまあ、半日で起きたんなら良い方じゃない?何日も寝てた訳じゃないんだから。

 円満さんからしたら、心配で仕事中も気が気じゃなかったんでしょうけど。

 

 「じゃあ、今日は元帥さんと呑まなかったんだ。明日は休みなのに」

 「アンタがこんな状態なのにそんな事出来るわけないでしょ?明日も、ずっと傍に居るつもりよ……」

 

 そっか。私がヘマしたせいで、円満さんの楽しみを奪っちゃったのか。

 元帥さんと呑む時のために、何を話そうかとかどんな服装で行こうかとかウザいくらい考えてたのに無駄になっちゃったのね。

 そうしてた時の円満さんは、年相応で微笑ましかったのになぁ。

 聞いててウザかったけど。

 

 「気にしなくて良いのに。って言っても、気にしちゃうんでしょうね」

 「当たり前よ…。アンタがこうなると予想してたのに、それでも大淀の傍にアンタを配置したのは私なんだから」

 「そりゃそうだけど……。もしかして、その件でお姉ちゃんとケンカしちゃった?」

 「ちょ、ちょっとだけ…ね」

 

 嘘だ。

 こんなに、所在なさげにモジモジして目を泳がせてれば私でもわかる。

 殴り合いまではしてないと思うけど(そもそも、円満さんは殴り合いなら私より弱いし)、言い合いくらいはしたかも知れないわね。

 それこそ、二人の関係にヒビが入るレベルで。

 

 「仲直りしときなさいよ?元とは言え妹なんだから」

 「……やだ」

 「子供か。仲直りしとかなきゃ、元帥さんと不倫していいって許可も取り消されるかもよ?」

 

 お~、悩んでる悩んでる。

 プイッとそっぽ向いたまま「う~」とか唸ってるわ。

 大人の艶やかさと子供の愛らしさが混在したような容姿の円満さんがやると絵になるわね。

 歳を考えたら大人気ないと思うけど。

 

 「円満さん。やめても、良いんだよ?」

 「やめない……。全部終わるまで絶対にやめない」

 

 でしょうね。

 円満さんはやめない。目的地に着くまで歩みを止めない。目的を果たすまで傷つき続ける。

 この戦争が終わるまで、平和な世界を取り戻すまで、円満さんは泣き続けるんだ。

 

 「死なないで満潮……。ずっと私のそばに居て」

 「うん。死なないよ。私は死なない。ずっと円満さんのそばに居続ける……」

 

 円満さんとケッコンカッコカリをした時に交わした言葉。

 私と円満さんは事あるごとに、そう約束し合う。

 そう約束して、また次の日を迎える。円満さんは私を。私は円満さんを支え続けると約束を交わして、私達は戦い続ける。

 戦わなくていい日が訪れるまで。

 

 「ねえ、円満さん。お願いがあるんだけど。良い?」

 「何?私に出来る事なら……」

 「ちゃんと見てあげて。窮奇じゃなく、大和を」

 

 お願いと言うよりはやめて欲しい事、かな。

 円満さんに辛い思いをして欲しくないってのもあるけど、大和の事をちゃんと評価してあげて欲しい。

 大和の頑張りをちゃんと認めてあげて欲しい。

 そして、窮奇としてじゃなく、大和として使ってあげて欲しい。

 

 「うん……。わかった。アンタの教え子だもんね」

 「わかればよろしい。退院したら、ご褒美に円満さんの好きなオムライスを作ってあげる」

 「子供扱いしないでよ。私、アンタより年上よ?」

 「年下の私に抱きついて甘えてる人が何言ってんのよ。じゃあ、オムライスはいらないのね?」

 「食べる……。ケチャップで名前も書いて……」

 「はいはい」

 

 余談だけど、円満さんはオムライスが大好物。半熟のオムレツを割ったら卵が流れ出るような凝ったのじゃなく、薄く焼いた卵で包んであるヤツね。

 それに自分の名前を書いて……。いや、書くのは私か。平仮名やカタカナで名前を書くと怒るから、ちゃんと漢字で書かなきゃいけないのが面倒なのよねぇ。

 まあ、口の周りをケチャップで真っ赤にしながら食べる円満さんを見ると謎の優越感に浸れるから良いんだけどね。

 

 「一度、部屋に戻ってお風呂に入って来なさいよ。士官服のままじゃない」

 「でも……」

 「でもじゃない。そんな汗臭いままでいたら元帥さんに嫌われるよ?」

 「わかった……」

 「歯もちゃんと磨いて、パンツも替えるのよ?」

 「わかってるってば。終いには宿題もやりなさい。とか言い出しそうね」

 「言って欲しいの?」

 「言わなくて良い……」

 

 まるで母親と子供の会話ね。見た目は完全に逆だけど。

 でも、今日みたいに精神状態が不安定な時は、しつこいくらいに言わないとサボるのよこの人。

 

 「すぐにまた来るから。寝ないで待っててね?」

 「いや寝かせろ。私、怪我人よ?」

 「じゃあ戻らない」

 「OKわかった。寝ないで待ってるから着換えてきて」

 「絶対よ?絶対だからね?」

 

 わかったからとっとと行きなさい。

 とまでは言わなかったけど、私は左手でしっしっとやりながら円満さんを病室から追い出した。

 体が動けば蹴り出すところを、しっしっとやるだけで済ませてあげたんだから感謝しなさい?

 

 「う……。気が抜けたら痛み出しちゃった……」

 

 ここまで酷い怪我をしたのが初めてなせいもあるんだろうけど、傷の痛みと同時に孤独感が襲って来た。

 凄く寂しい。誰かに背中をさすって欲しい。誰でもいい、誰かに話しかけて欲しい。

 そう考えながら、痛みと孤独に堪えていたら、病室の扉がゆっくりと開かれる気配を感じた。

 円満さんが戻って来たのかしら。いや、違うわね。円満さんが出て行ってから10分も経ってない。いくらなんでも早すぎるわ。

 

 「酷い格好だな。駆逐艦」

 「大和……。じゃないわね。何か用?窮奇」

 「ほう?お前は私の名を知っているのか」

 

 病室に足音もさせずに入って来たのはパジャマ姿の大和だった。見た目だけなら、ね。

 雰囲気は別人だし、口調も全然違う。

 それに、私の問いには答えなかったけど、窮奇と呼んだ事を否定しないどころか肯定したもの。

 

 「お前に聞きたいことがある」

 「内容に寄るわね。で、何?」

 「どうして、私を助けた?」

 

 助けた?私が窮奇を?

 たぶん、応接室での一件の事を言ってるんだろうけど、私は大和を助けたんであってアンタを助けたわけじゃない。

 アンタは私にとって、友達の仇でしかないんだから。

 

 「答えたくないならいい。だが、借りを作ったままというのは私の性に合わない」

 「あら、意外と人間くさい事言うのね」

 「私に人間の事を教えた奴の影響だよ」

 

 窮奇は、うんざりしたような顔をして明後日の方を向いた。

 コイツに人間社会の事を教えた奴が居る?だから名前があるの?そう言えば、窮奇って確か中国の妖怪かなんかだったわよね?コイツの名前もソイツにつけてもたったのかしら。

 

 「ところで駆逐艦。名は何と言う?」

 「満潮よ。大和が何度も呼んでるでしょ?それとも、表に出てない時は外の情報が入ってこないの?」

 「そんな事はない。アサシオ以外に興味がないから憶えられないだけだ」

 「何よそれ。私、アンタが今使ってる体の本来の持ち主を指導してんのよ?」

 「安心しろ、もう憶えたよ。だからそう責めるな。あ~……。ミツコシ、だったか?」

 「百貨店になった覚えなんてない。って言うか『ミ』しか合ってないじゃない」

 

 いやいや、「難しい名前なのが悪い」とか言ってるけどアンタの名前の方が難しいからね?辞書登録してようやく変換出来るようになるレベルなのよ?

 

 「兎に角だ。借りを作ったままなのは気分が良くない。だから、お前の願いを一つだけ聞いてやる」

 「なんでも?」

 「なんでもだ」

 

 これは棚からぼた餅ってヤツ?

 そんなつもりはなかったのに、一度だけとは言え窮奇を支配下に置けるようになっちゃった。

 

 「もう、お姉ちゃんの事を諦めて。とかは?」

 「お姉ちゃん?それはアサシオの事か?だったら無理だ。彼女を見ただけで、私は我を忘れてしまう」

 「じゃあ私の奴隷になって。一生」

 「それは卑怯だろう」

 「だったら、三回回ってワン!と吠えなさい」

 「お前が良いなら良いが……。本当に良いのか?」

 「いや、やっぱり無しで」

 

 思ってたより話が通じるわね。

 ガチレズでドMの盲目的なストーカーだとばかり思ってたけど、これならお願いの仕方次第で大和もお姉ちゃんも守れるかも知れない。

 

 「今お願いしなきゃダメ?」

 「お前が願いを思い付いた時で良い」

 

 窮奇の顔は真剣そのもの。

 口約束とは言え、コイツが約束を反故にするとは思えない。これは契約に近いかもね。

 対価は先払いしちゃってたみたいだけど、私がコイツを助けた事の対価を、コイツは私の願いを叶える事で払おうとしてるんだ。

 

 「約束だからね?破ったら承知しないんだから」

 

 私の言葉を聞いて、窮奇は私が抱いていたイメージとはかけ離れた微笑みを浮かべてこう言ったわ。

 

 「ああ、約束しよう」と。

 その微笑みを見て、私は不覚にもこう思ってしまった。

 まるで女王のよう威厳と、聖母のような慈しみを合わせ持ったような微笑みだなって。



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第三十一話 幕間 円満と元帥

 三章ラストです。
 最後の方で英文が出て来るのですが、グーグル翻訳に入力して出て来たもになので合っているかどうかはわかりません!
 あと、名前だけですが、桜ちゃん以外で人名が設定してある人が登場します。

 次章の投稿開始は今月中頃を予定しています。
 予定は未定。ここ大事です(´・ω・`)


 

 

 私は満潮に頼りっぱなしだ。

 私生活はもちろん、仕事に関してもそう。あの子が傍にいてくれなきゃ、私は平静を保てない。冷酷になれない。きっと、死んでこいと艦娘に命じる事が出来ない。

 たぶん、私は満潮に依存してるのね。

 あの子が居ない部屋に帰りたくない。

 だから、怪我をしてるあの子に起きて待っててなんて我が儘を言った。

 あの子に甘えたい。

 だから、あの子が怪我をしてるのを承知で抱きついた。あの子に叱られたくて、私生活ではズボラを演じている。けっして根っからのズボラじゃない。本当よ?

 

 「仲直り……。しなきゃダメかなぁ」

 

 今日、私は大淀を拒絶した。

 私の言う事を聞かなかったからじゃない。

 それは満潮を傷つけたから。一時とは言え、私から満潮を奪ったから拒絶した。わざと他人のように接した。

 大淀が罵倒されるなり殴られるなりを期待してたのは、あの子が執務室に入って来てすぐにわかった。

 だって「気まずいなぁ。でも、殴られてでも謝らなきゃ」って考えてるのが丸わかりだったんだもの。

 だから、そうしなかった。

 桜子さんにはバレてたみたいだけど、ああした方が、単純思考の大淀には堪えると思ったから。

 

 「ホント、最低ね。私……」

 

 私に大淀を責める権利なんてない。

 満潮が怪我をさせられるのなんて想定内だったんだもの。むしろ、負傷の度合いは想定以下だったわ。

 だから、満潮に痛い思いをさせたのは私。大淀を責めるのは筋違いなのに、私は大淀に八つ当たりした。

 他を切り捨ててでも自分の目的を優先するクセに、同じようにする大淀を責めた。

 妹に、嫌な思いをさせた。

 

 「あれ?この匂い……」

 

 寮側から庁舎に入ろうとしたら、風に乗って運ばれて来た懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。

 これ、先生の煙草の匂いだ。慰霊碑の方からかしら。でも、なんでこんな時間に?

 

 「あ、やっぱり。こんな所で酒盛り?」

 「ん?円満か」

 

 来てみたら案の定だった。

 着流し姿の先生は、慰霊碑が眺められるように据えられた石造りのベンチに座って、傍に置いてある一升瓶から注いだと思われる日本酒が入ったグラス片手に煙草を吹かしていた。

 

 「墓も兼ねてるんだ。こんな所、はないんじゃないか?」

 「それは失礼。ってそれ、誰かに同じ事言われたでしょ」

 「お見通しか。昨日、満潮に言われた」

  

 ふぅん。昨日、ここで満潮と会ってたのか。

 聞いた感じだと、先に満潮がここに来てて、後から来た先生が「こんな所で何してるんだ?」みたいな事を言ったんでしょうね。

 

 「丑三つ時にお墓で酒盛りってどういう神経してるのよ。肝試しでもしてるの?」

 「そげぇなつもりはない。その、お前の部屋に行ったら居らんかったけぇ……」

 「人気のないここに来たって感じ?鳳翔さんの所にでも行けば良かったのに」

 「あそこに行ったら、お前と呑むために買ったこの酒まで呑まれそうでなぁ」

 

 そう言って、先生が左手で掲げて見せてくれたのは新潟県の純米大吟醸、久保田/萬寿だった。

 かなり有名な日本酒だから、お酒に興味がない人でも聞いた事くらいはあるかも知れないわね。

 凄く高価なお酒だけど、この味ならむしろ安いとさえ思ってしまうほど美味しいお酒よ。

 綺麗な甘い香りにふっくらと優しい口当たりで、食べ物との相性も抜群よ。

 

 「一杯どうだ?仕事が終わってから、満潮の所にずっとおったんじゃろ?」

 「でも、満潮を待たせてるし……」

 

 正直に言うと呑みたい。

 先生と二人っきりで呑めるし、萬寿って呑んだことないから呑んでみたい。

 高価な事や、出来るなら取り寄せじゃなく現地で買いたい(ただし、私は未成年だから現地で買えないし行く暇もない)ってのもあるけど、有名過ぎてミーハーになった気分になるから敬遠してたのよ。

 

 「意識が戻ったのか。そりゃあ良かった。じゃがええんか?摘まみはこれぞ?」

 「なっ!?それはまさか!」

 「そう、伊豆諸島、神津島の『赤イカ入り塩辛』だ!」

 

 やはり『赤イカ入り塩辛』だったか。

 塩辛は、通常はスルメイカを使って作るんだけど、この塩辛はデリケートなため輸送が難しい赤イカも使って作ってある。

 そのため、スルメイカと赤イカの肝の旨味の相乗効果で、他にはない激ウマな塩辛に仕上がってるの。

 トビウオの卵であるとびっこが混ぜてあるのも特徴としてあげられるわね。

 語ったら切りが無くなくなるからこれ以上の説明は省くけど、この塩辛と萬寿が並んでる光景を見ただけで涎が口に中に噴き出してくる。

 だって、絶対に美味しいもの。

 不味いはずがないもの。この組み合わせはもう凶器だもん!

 

 「い、一杯だけ……」

 「そう来ると思った。ほれ、酌をしちゃろう」

 「元帥閣下にお注ぎ頂けるなんて光栄の至りです」

 

 と、もっともらしい事を言ってみたけど、私の視線は手渡されたグラスに注がれる萬寿に釘付け。

 なんで、グラスを二つも持ち歩いてるの?なんて疑問もどこかへ吹っ飛んだわ。

 

 「ま、先ずはこっちから……」

 

 私は萬寿を一口含み、しっかりと味を堪能してから、気を利かせた先生が手渡してくれた箸を塩辛に伸ばした。

 

 「はぁ……。美味しい……」

 

 美味しすぎて、胃袋と目頭が熱くなる。

 お酒、塩辛、またお酒。このローテーションでひたすら飲み続けられるわ。ついつい盃が進んじゃう。

 

 「相変わらず、お前は上品な吞み方をするのぉ。桜子とは大違いじゃ」

 「桜子さんは、吞み方まで先生ソックリだもんね」 

 「ああ、見た目は美人なのに吞み方はオッサンそのもんじゃけぇの」

 「でも、先生的にはそっちの方が落ち着くんじゃない?」

 「逆いや逆。呆れ果てて呑む気が失せるわい」

 「じゃあ、私は?」

 「お前は……。そうじゃのぉ。微笑ましい……とは違うな。癒される……とも違う気がする」

 「何よそれ。餌を頬張るペットを見てる感じ?」

 

 べ、べつに、先生が望むなら愛玩動物になっても良いのよ?相手してくれなきゃ死んじゃうかもしれないけど。

 

 「いや、こんな事を言うと誤解されるかもしれんが、お前が酒を美味そうに呑む姿を見るとドキッとする」

 「ちょ、やめてよ……。そんな事言われたら」

 

 気持ちが抑えられなくなる。

 気持ちだけじゃない。体もだ。深夜のテンションと酔いが手伝って爆発寸前だわ。

 お風呂に入ってないのが少々気がかりではあるけど、正直今すぐ服を脱いで先生に抱きつきたい。

 

 「今日はすまなかった。もっと早く大淀を止めるべきだった」

 「それは良いわよ。大淀が窮奇より先に暴走するのは想定内だったし」

 「だが、そのせいで満潮は……」

 「怪我をしたって?それは大淀も同じでしょ?」

 「それはそうだが……」

 

 これに関しては私も謝らなければならない。

 窮奇に乗っ取らた状態なら兎も角、素の状態の大和が大淀を追い詰めるなんて夢にも思わなかった。

 両手を壊されて、砲撃で吹き飛んだ大淀を見た時は正直「ざまぁみろ」って思ったけど、今にも飛び出して行きそうなほど狼狽した先生を見て「先生を傷つけちゃった……」って。一瞬でも、妹が傷ついた姿を見て喜んだ自分をぶん殴りたくなったわ。

 

 「ごめんなさい先生。私は大淀に……」

 

 酷い事をした。

 あの子を利用した上に怪我までさせた。体だけに留まらず、あの子の心まで傷つけた。

 私の事を今でも姉として慕ってくれている大淀を、私は自分がした事を棚上げにして非難した。

 

 「ごめん…ごめんなさい。ごめ……」

 「円満、それ以上自分を責めるな。お前は酷い事などしていない」

 

 みっともなく泣き出した私の頭を、先生は胸に抱いて優しく撫でてくれた。

 艦娘だった頃は、任務から帰る度に撫でてくれたな。

 先生への恋心を自覚してなかった頃だから「気安く触らないで!」とか「子供扱いするな!」とか言って突っかかちゃったけど、あの頃から先生に頭を撫でて貰うのが好きだった。

 しかも今は、先生の胸の鼓動を直に聴きながらというおまけ付き。涙と一緒に感情も溢れそうになってるわ。

 

 「懐かしいのぉ。昔ぁお前が帰ってくる度にこうやって撫でた」

 「記憶を捏造しないでよ。昔はこんな風に胸を貸してくれなかったじゃない」

 「そりゃ噛みつかれそうじゃったけぇの。今も噛まれるんじゃないか思うてビクビクしちょる」

 「私、そんなに酷かった?」

 「酷いと言うか、意地張っちょるのが見え見えじゃった。こう、本当は撫でて欲しいのにそっぽ向いて、チラチラと俺の手ぇ見ながら「撫でるなら早くしてよ」って感じでの」

 

 言われてみればそうだったかも。

 あの頃は今より素直じゃなかったしなぁ。

 先生が私の頭を撫でてくれるようになったのは初代朝潮、私が姉さんと呼び慕っていた人が戦死した後からだったっけ。

 あれ?でも……。

 

 「澪と恵の頭は撫でてなかったよね?」

 「そうじゃったか?」

 「そうよ。そのせいで、澪と恵に「相変わらずラブラブね~」ってからかわれたりしてたんだから」

 「ラ、ラブラブ?俺とお前がか?」

 

 そうよ?先生の胸に寄り添ってる今だってそうだけど、あの頃は先生の晩酌に付き合って愚痴を言い合ってたじゃない。

 当然、その事は同室だった澪と恵にはバレバレ。澪なんて、事あるごとにコンドームを渡してきたのよ?「要らない」って言って突き返したけど。

 でも、なんで澪はあんな物を常備してたんだろ?改二になったくらいから隠し持つようになってたわね。彼氏でもいたのかしら。

 

 「あの二人は、お前と違って支えがあったけぇな。じゃけぇ、お前ほど気にかけんかったんかもしれん」

 「支え?変な宗教にハマってた恵は兎も角、澪にも?」

 「なんや、知らんかったんか?澪はあの頃……。いや、やっぱり言わん方がええか」

 「そこまで言われると気になるんだけど……」

 

 この様子だと、澪に彼氏がいたかもしれないって予想は当たってそうね。

 思い返してみれば、改二になったくらいから際どい下着を好むようになったし、化粧も憶えてファッションにも気を使い始めた。あれは男ができたからだったのか。

 

 「ん?って事はよ?先生は私の事を常に気にしてくれてたのよね?ね?ね!」

 「『ね』を連呼するな。由良を思い出すじゃろうが」

 「思い出しても良いから答えて!」

 

 私は先生の胸ぐらを掴んで、吐息がかかる距離まで引き寄せた。このままキスしちゃおうかと考えたけど、今はそれよりも先生が当時の私をどう思ってたのか気になる。

 あ、余談だけど、朝潮姉さんが戦死してから、朝潮だった頃の大淀と代わるまで先生の秘書艦を務めていた由良さんは、先生の腹心であり、今は陸軍の参謀本部で少将をしている人と結婚して子供をポンポン産みまくってるらしいわ。

 

 「まあその……。なんだ。お前は俺の支え…じゃったけぇな」

 「私が、先生の支え?」

 「ああ、朝潮が死んで、桜子も南方に行っちょったじゃろ?そんな、俺が一番辛かった時に支えてくれたんがお前じゃった。俺ぁお前に支えられた」

 「そ、そんなの……」

 

 私だって一緒よ。

 先生に愚痴や悩みを聞いて貰って、お返しに先生の愚痴や悩みを聞いてあげて。

 あの頃は先生の事を面倒なおっさんくらいにしか思ってなかったけど、その日々は私の支えにもなっていた。

 もし、それがなかったら、私は澪や恵を不満の捌け口にして当たり散らしてたかもしれないわ。

 

 「い、今じゃけぇ正直に言うんじゃが、俺ぁ嫌な顔しつつも話を聞いてくれるお前に惹かれちょった。大淀と出会うのがもう少し遅かったら、俺ぁお前にプロポーズしちょったかもしれん」

 「今さら……」

 

 そんな事言わないでよ。

 大淀とくっついた後になって言わないでよ。

 そりゃあ、二人の仲を応援したしお節介も焼いたわ。その事を後悔した日もあったけど、二人が結婚した時は心から祝福したし、これで良かったんだって自分に言い聞かせもした。

 桜子さんが変なお節介をしてくれるせいで、今でも未練たらしく諦めきれずにいるけど、一線を越えずにいられたのは先生が私の事を部下以上に想ってないって思えてたからなのよ?

 それなのに……。

 

 「遅いよ……。もっと早く言ってくれてたらよかったのに……」

 「すまん……。俺ぁお前に迷惑がられちょると思い込んじょった」

 

 ああ、結局は私の態度が悪かったのがダメだったんだ。もっと素直だったら、澪や恵みたいに素直だったら先生は私を選んでくれてたかもしれないんだ……。

 

 「円満?」

 「バカみたい。自業自得とはこの事ね。意地を張ったせいで、幸せの青い鳥を逃しちゃった」

 

 心配そうに見てくる先生に、今できる精一杯の笑顔を浮かべてそう言った。

 それと同時に、私の中で何かが吹っ切れた気がした。

 今なら、私は全てを曝け出せる気がする。

 

 「でもね?先生。今からでも遅くないんだよ?」

 「いや……。お前の気持ちは嬉しいが……」

 「大淀に気兼ねしてる?それなら大丈夫よ。何も問題はないわ」

 「そ、それはどういう……」

 

 言っちゃおうかな。

 私と先生の不倫が妻子公認だって事。う~ん、やっぱり内緒にしよう。

 その方が先生の反応を楽しめそうだし。

 

 「キスしてくれたら、教えてあげる……」

 

 私は衝動に耐えきれず、先生の首に腕を回して唇を近づけた。

 このままキスしちゃおう。先生とキスするのは初めてじゃないし、先生だって満更じゃないはず。

 ない……よね?なんか「マズい」っ言いたそうな顔してるけど……。

 

 「おおそうじゃ!お前に伝えにゃならんことがあったんじゃった!」

 「う~。誤魔化さないでよぉ」

 「そういう訳じゃない。いや、そうか?いやいや、兎に角だ。大淀の付き添いで病院に行っていた時に返事が来たんだが。単刀直入に言うと、米国海軍への協力要請が通った」

 「それ、本当?」

 「ああ。『ワダツミ』の設計図の提供と引き換えにな」

 

 米国海軍への協力要請は、南方中枢攻略作戦、通称『捷号作戦』の概要を先生に提出した時にお願いしていたことよ。

 ハワイ島攻略の時に指揮を執っていた……先生は米提って呼んでたかな?と、個人的に連絡を取り合う仲だと言うからお願いしたの。

 

 「じゃあ、あの時の艦隊が来てくれるって事。で、良いのよね?」

 「そう考えて問題はない。早ければ来月に艦隊を率いて来日する。だが、指揮官が代わっている」

 「あの時の人じゃないの?」

 「そうだ。彼は今や米国の国防長官だ。前線には出たくても出れんよ」

 

 先生と同じか。

 先生だって、本当なら元帥なんて位に就きたくなんてなかったはずよ。もっと言うなら提督も嫌だったはず。

 前線に出て、深海棲艦をその手で直接葬りたかったはずだもの。

 

 「派遣を約束してくれた艦隊。米国海軍第七艦隊の司令長官は米提殿の肝いりでな。歳は25と若いが、東海岸側での戦闘では負け無しだったらしい」

 「ふぅん。叩き上げなんだ?」

 「そうらしい。その彼は提督補佐時代に駆逐隊……確か、リトルビーバーズと言ったか?を指揮し、敵水上打撃部隊を撃退した事があるそうだ」

 

 駆逐隊だけで水上打撃部隊を撃退、か。

 運や天候とかも絡んだんでしょうけど、それだけで優秀な指揮官だとわかる話ね。

 どんな人なんだろ?

 

 「その人の名前は?」

 「彼の名はHenry Kendrick (ヘンリー・ケンドリック)。俺は戦争を終わらせる男だ。と豪語しているそうだ」

 「またご大層な理想を掲げてるわね」

 「お前がそれを言うか?」

 

 はい。言えません。

 私も同じ事を先生に言ったんだもの。それなのに、面白くないって思っちゃった。

 私と理想が同じだから?それとも、名前に妙な親近感を感じているからかしら。

 

 「それでな?以前、お前を自慢したくて、お前の写真のデータを米提殿に送ったんだが……」

 「人の写真を勝手に?」

 

 と、一応は非難するようなニュアンスを込めて言ってみたけど、内心は私を自慢してくれたことが嬉しくてしょうがない。

 嬉しすぎて顔がニヤけるのを抑えるのが大変よ。

 

 「あ、ああ。やはりマズかったか?」

 「べつに?ま、まあ、良いんじゃない?それで、米提さんはなんて言ってたの?」

 「キュートだと言っていた。あと、とても知的だと」

 

 そこはcuteじゃなくてBeautifulでしょうが。

 あっちの人からしたら実年齢より幼く見えるのかもしれないけど、可愛いって言われて喜ぶような歳じゃないのよ?不愉快でもないけど。

 

 「米提殿は、ケンドリック君にもお前の写真を見せたそうでな?その時に妙な事を言っていたらしいんだ」

 「妙な事?」

 「ああ、ケンドリック君はお前の写真を見るなり……」

 

 その先のセリフが、それまでの甘い雰囲気を粉々に打ち砕いた。

 先生は英語が苦手だから、米提さんと話す時は通訳を通すらしいんだけど、通訳さんはケンドリック氏のセリフを訳してくれなかったそうよ。

 だから先生は、聞いた通りの英語をそのまま言ってくれたわ。

 少しイントネーションが変だったけど、ケンドリック氏はこう言ったんだと思う。

 

 『Already, I'm OK with a lolicon(もう、ロリコンでいいや)』って。

 

 確かに私は同年代の人と比べて発育は良くない。見る人によっては幼いと思うかもしれないわ。

 けど、ロリと言われるほど幼くはないし、ロリ呼ばわりされて喜ぶ趣味もない。

 だから決めた。

 そいつに、ヘンリー・ケンドリックに会ったら取り敢えず殴ろうって。

 私をロリ扱いし、先生と結ばれるチャンスを台無しにしたロリコン野郎をぶっ飛ばしてやろうって。




次章予告。

 大淀です。

 地道な調査と言う名の破壊活動の果てに、かつて寝食を共にした野風さんと再会した桜子さん。
 彼女は信者達から『マザー』と呼ばれているそうです。
 お子さんでもいらっしゃるのでしょうか?
 桜子さんは彼女をどうするつもりなのでしょうか?

 次章、艦隊これくしょん『狂気と祝福の鎮魂歌(レクイエム)

お楽しみに。


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第四章 狂気と祝福の鎮魂歌《レクイエム》
第三十二話 おかえりなさい。ってね


ま、まだギリギリ中頃です……よね?

と言うわけで、四章投稿開始します!


 

 

 女性比率の高い鎮守府や泊地では、艦娘同士の同性愛は黙認に近い形で認められています。

 まあ、艦娘だって人間ですから恋愛したいですし、性欲だってありますもの。

 男性が少ないなら同性である女性に走る。と、言うのも理解は出来ます。

 それに、艦娘同士の同性愛は海軍的にもメリットがいくつかあるんです。

 一つは戦意の向上。

 恋人同士を同じ艦隊に編成すれば、あの子に良い所を見せよう。あの子は私が守る!的な理由で、性能以上の力を発揮することが多々あります。

 作戦中も甘々な空間を作っちゃうのが、他のメンバーにとってデメリットではありますけどね。

 二つ目は、妊娠のリスクが皆無なこと。

 初潮前に艦娘になった子なら、艦娘になると同時に成長がほぼ止まりますから男性と性行為をしても問題はないんですが(倫理的には大問題です)、初潮を迎えてから艦娘になった人、避妊をしくじると普通に妊娠します。

 そうなると大問題です。

 開戦初期なら有無を言わさず堕胎なりさせられたのかもしれませんが、今は戦況が小康状態なため、無理な堕胎などさせようものなら市民団体などが黙っていません。

 なので現在は、妊娠した場合は面倒な書類に嫌気が差すほどサインさせられた後に解体処分となり、監視は着きますが民間人に戻されます。

 数の多い駆逐艦なら兎も角、戦力の要である空母や戦艦の人が妊娠したら痛手どころの騒ぎではありません。

 しかし、そんなお上の事情など関係無しに、『元艦娘』という肩書き目当てで艦娘になった人の中には、この手を使って任期満了前に辞める不届き者がいるそうです。

 だから同性愛は黙認されているんです。

 言うまでもありませんが、女性同士なら妊娠することはありませんから。

 極々稀に想像妊娠してしまう人が出るそうですが、稀過ぎてデメリットに数えるほどではありません。

 あ、誤解しないでね?

 私は同性に興味はないですし、交際してる男性がいるわけでもありません。

 

 「でね!大和ったら私とのデートより朝潮ちゃんとのお散歩を優先するのよ!酷いと思わない!?って、ちょっと神風ちゃん聞いてる!?」

 「はいはい、聞いてますよ~。ね~?桜ちゃん」

 「やはぎんうるしゃい」

 

 もう三週間ほど前になりますか。

 大和さんと叢雲さんの演習が行われた日から矢矧さんの様子が激変しました。

 オブラートに包まずに言いますね?大和さんと百合ってるんです。レズってるんです。

 その日、矢矧さんと大和さんの情事を目撃する前までは「友達だとは思ってるけど好んで関わりたくない」と言っていたのに、食堂に二人連れ立って現れた時には大和さんの腕にしなだれていました。

 それからと言うもの、円満さんの命令もあって訓練や哨戒中はもちろん、寝ている時間以外は常に一緒です。

 

 「やっぱり小さい子が良いのかしら……。あれ以来してくれないし……」

 

 何を?と聞くまでもないわね。ナニでしょう。

 どうやらあの日、矢矧さんは大和さんのテクニックに見も心も屈したようです。

 それよりも、私の膝の上でプリンを心待ちにしている桜ちゃんの前で卑猥な話はやめてください。桜子先輩みたいになったらどう責任取ってくれるんですか。

 

 「艦娘には多いって聞いちゃあいたけどよ。実際に見ると引くな」

 「言わないであげてください。面倒臭くなりますから」

 

 用事で桜子さんと一緒に出掛けている海坊主さんの代わりに、ピンクのエプロン姿でマスター代理をしている金髪さんが、注文していたコーヒーと桜ちゃんのプリンを出すついでにそう耳打ちしきました。

 矢矧さんの耳に入らなくて助かりましたけど、今のを聞かれたら面倒臭くなる事間違いなしでした。

 普段でさえ、やれ「羨ましいの?」とか、やれ「私と大和は心友を越えた身友よ!」とか、終いには「大和に手を出しちゃダメだからね!」とか言って絡んでくるんです。

 松風なんか「僕の先代に手籠めにされた人みたいだ」とか言ってました。

 

 「そう言やぁ、今日は非番か?」

 「そうじゃなきゃ、ここで油なんて売ってません」

 「管も巻いてるが?」

 「それは矢矧さんだけ」

 

 ブツブツと独り言を言ってる矢矧さんは放って置くとして。

 ブラック企業なら兎も角、国防の要である艦娘にも休日は存在します。

 土日祝日。と言うわけにはいきませんが、だいたい週に一度、各艦隊や駆逐隊がローテーションで24時間の休みを取り、生理が来てる人はその日に合わせて休みが貰えます。

 午前、午後、夜間の哨戒任務も週によって担当が代わるんですが、今は関係ないので割愛しますね。

 もっとも、私の休みは桜ちゃんの面倒を見るので潰れちゃいますけど。

 

 「軽巡以下は毎日忙しそうだが、それ以上は割と暇そうだよな」

 「そんな事ありませんよ?訓練だってしてますし、担当軍区外への出撃もありますから」

 

 ここ数年は減っていますが、担当軍区外、例えば泊地への応援や、発見された敵はぐれ艦隊の殲滅などで出撃することがあります。

 今だと、軽巡の五十鈴さん、装甲空母の瑞鶴さん他数名が、ラバウル基地へ応援として派遣されています。

 大本営付きの駆逐艦も派遣されたって噂で聞きましたね。艦名までは憶えてませんが、たしか秋月型の人だったはずです。

 

 「そう言う金髪さんはどうなんです?先輩と海坊主さんは出掛けてるんでしょ?」

 「だからいい加減名前を覚えろ。は、まあいいか。俺ぁ念のために待機してんだよ。姐さんと相棒が居ねぇ時ぁ、俺が隊の指揮を執ることのなってっからな」

 「へぇ。意外と偉かったんですね」

 「お前、俺のこと下っ端だとでも思ってたのか?これでも少佐だぞ?」

  

 ふぅん。

 心底どうでもいいけど少佐だったんだ。先輩が大佐で海坊主さんが中佐だってのは知ってたけど、金髪さんまで佐官だとは知らなかったわ。

 

 「ねえ!二人とも私の話聞いてる!?」

 「「聞いてない」」

 「聞いてよぉぉぉ!」

 

 嫌ですよ。

 他人の色恋沙汰には関わるななんて自殺行為に等しいです。面倒臭いです。ウザいです。どっか行ってください。

 だいたい、聞いてと言いますけど頭を抱えて独り言のようにブツブツ言ってるから聞き取れません。聞き取る気もないですが。

 

 「かみっか~。やはぎん頭痛いの?」

 「痛いんじゃなくておかしいのよ~。あ、痛いのも合ってるのかな?」

 「痛うておかしいの?」

 「そうそう!痛くておかしい人なの!桜ちゃんはあんな風になっちゃダメよ?」

 「あいっ♪」

 

 うん可愛い。

 たぶん意味は理解出来てないんでしょうけど、桜ちゃんがあんな風にならないよう、かみっかお姉ちゃんは頑張るから!

 

 「ねぇおいたん!ぷいん!」

 「なんだ?お嬢。おかわりか?」

 「うん!おかわい!」

 

 金髪さんは出されたプリンを平らげ、尚も食べたいとねだる桜ちゃんを横目で見たあと、視線を私まで上げて「良いのか?」と尋ねてきた。

 あんまり食べると吐いちゃうからやめた方がいいんだけど、ダメだって言うと愚図るしなぁ。

 

 「ダメだぞ、お嬢。食い過ぎだ」

 「やー!おかわい!」

 

 私がどうするべきが悩んでいると、金髪さんが憎まれ役を買って出てくれた。

 この人って言葉遣いはチンピラみたいだけど察しは良いし、親切で面倒見もいいのよねぇ。

 倉庫街に探検に来て迷子になった駆逐艦をよく保護してるし、イケメンだから女性職員や上位艦種の人にも受けが良い。

 それなのに、金髪さんって浮いた話が一つもないの。

 一部の人はホモなんじゃないかって噂してるわ。

 とある駆逐艦なんて、金髪さんと海坊主さんのBL本を描くほどよ。ちなみに金髪さんが攻め。

 

 「かみっか~。おいたんがイジワルすゆ~!」

 「意地悪じゃないのよ?おいたんは桜ちゃんのぽんぽんを心配してるの」

 「ぽんぽん?」

 「そうよ?ぽんぽん痛くなるの嫌でしょ?」

 「やー!」

 

 よし。

 この線でいけそうだわ

 桜ちゃんはお腹が痛くなるのを想像したのか、涙目になって私の胸に顔を埋めてきた。 

 胸の肉ごと服を握り込まれてるからちょっと痛いけど、このまま説得すれば諦めそうだからここは我慢!

 

 「じゃあ、我慢できる?」

 「がまん……すゆ」

 

 この子は頭が良い。

 私が言ってること理解してるし、人のことを気遣うことも出来る。

 本当は泣きじゃくっておかわりをねだりたいのに、金髪さんが自分の事を心配してダメだと言ったのを理解して我慢してる。

 こういうところは先輩に似て……ないか。人の事は気遣うけど、あの人には我慢って概念がないし。

 

 「じゃあ、桜ちゃんはおいたんになんて言うの?」

 「え~とぉ……」

 

 桜ちゃんは顔だけ金髪さんに向けて悩み始めた。

 当の金髪さんは、どんな顔をして良いのかわからずに目が泳いでるわ。

 

 「あい……。あいあとう。おいたん」

 「お、おう。まあ、気にすんな」

 

 皆さん!これがうちの娘です!

 と、自慢したい。我が儘言って『ごめんなさい』ではなく、心配してくれて『ありがとう』と、この子は言ったんです!

 ああっ!私の育て方は間違ってなかった!

 

 「コ、ココアでも淹れてやんよ。ココアくらいなら良いだろ?」

 「ここあ!かみっか!ここあ!」

 「はい。温めで淹れてあげてください」

 

 金髪さんは照れ臭くてしょうがなかったみたいですね。この場を離れる理由が出来た途端、そそくさと厨房に行っちゃいました。

 

 「あの人ってさ、損な性格してるよね」

 「金髪さんの事ですか?」

 「他に誰が居るのよ」

 

 そりゃあ居ませんけど、ついさっきまで頭抱えてブツクサと独り言言ってた人が急にどうしたんです?

 

 「私さ。着任してから、ちょいちょいあの人の世話になってるのよ」

 「はぁ……」

 

 何が言いたいんだろう。

 金髪さんが消えた厨房の方を頬杖ついてじーっと見てるけど。

 もしかして、大和さんに手籠めにされる前は金髪さんの事が好きだったとか?

 

 「矢矧さん、もしかして……」

 「ええ、惹かれてたわ。あ、勘違いしないでね?惹かれてはいたけど好きって程じゃなかったんだから」

 「へぇ、意外でした」

 

 矢矧さんは、金髪さんみたいなタイプの人は好みじゃないと思ってましたから。

 だって見た目的に、矢矧さんは学級委員とか風紀委員っ感じですけど、金髪さんは年甲斐もなく頭を真っ金金に染めて両耳にはピアスがいっぱい。どう控えめに言ってもDQNです。昔風に言うとヤンキーでしょうか。

 

 「前にね?迷子になった駆逐艦を保護してるところを見たことがあるんだけど、その時の光景がさ……。なんて言うか」

 「捨て猫を拾う不良みたいな?」

 「そう!正にそんな感じだったの!」

 

 なるほど、ギャップ萌えと言うヤツですね?

 私が金髪さんの人柄を知らずにそんな場面を見たら間違いなく憲兵さんに通報しますけど、矢矧さんはしなかったどころか魅了されたようです。

 なぜ通報するのかって?

 想像してみてください。

 頭を金髪に染め上げて、耳はピアスまみれのDQNが幼い駆逐艦に声をかけていたらどう思います?

 大半の人はハイエースしようとしてるって思うんじゃないかしら。

 間違っても迷子を保護しようとしてるとは思わないはずです。保護ではなく捕獲だと考えるのが妥当でしょう。

 

 「暇な時は倉庫街を巡回してますからねぇ。あの人。特に先輩が仕掛けたイタズラの辺りを重点的に」

 「桜子さんが仕掛けたイタズラ?」

 「はい。この鎮守府。特に倉庫街には、あちこちに先輩が仕掛けたイタズラが……。いや、あれはもうトラップと言って良いですね。引っ掛かってトラウマを抱えてしまった子もいると聞いた事がありますし」

 

 あれ?矢矧さんが若干顔を青くして何か考えてる。

 もしかして引っ掛かった事があるのかしら。金髪さんの話では、真面目な子ほど引っ掛かりやすいらしいけど……。

 

 「それ、もしかして看板の……事?」

 「はい。艦娘、特に駆逐艦にトラウマを与えかねない文言が書かれた看板だそうです」

 

 あ、引っ掛かったんだ。

 どんな事が書いてあったかは謎だけど、矢矧さんは「アレのせいカレーが食べれなくなったのよね」と言いながら拳を握り締めています。

 犯人がわかって怒り心頭なのでしょう。

 

 「ちなみに、どんなイタズラに引っ掛かったんです?」

 「言いたくない。思い出しただけで吐きそうになるから……」

 「すでに、吐きそうなほど真っ青ですけど」

 

 矢矧さんはそれっきり黙り込んでしまいました。

 よほど衝撃的な事が書いてあったんでしょうね。ご愁傷様です。

 でもまあ、先輩がやった事なので、犬に噛まれたとでも思って諦めてください。

 

 「あん?どうしたんだ矢矧。またアレを思い出したのか?」

 「放って置いて。言われると余計に思い出すから」

 

 桜ちゃんのココアを持って厨房から出て来た金髪さんが、矢矧さん様子に気付いてそう言いました。

 いつの間にか呼び捨てにする仲になってたんですね。

 もし、矢矧さんが大和さんに手籠めにされてなければ、近い将来二人は付き合ったりしてたかもしれません。

 

 「惜しかったですね。もしかしたら付き合えてたかもしれないのに」

 「俺と矢矧がか?冗談やめろや。俺と矢矧は水と油だよ」

 「当然、私が水よね?」

 「別にかまわねぇぞ。泥水」

 「酷くない!?それじゃあ私が汚れてるみたいじゃない!」

 「みたいじゃなくて、実際汚れてんだろうがクソレズが!」

 

 ケンカするの良いけど他所でやってくれないかな?

 それと金髪さん。桜ちゃんの前で下品な事を言うのはやめてください。

 桜ちゃんが「くそれじゅってなぁに?」って、不思議そうに聞いてきたじゃないですか。

 

 「フ……。貴方みたいな見も心も汚れてる人には、私と大和のピュアな関係がそう見えてもも仕方ないわね」

 「何がピュアだ。肉欲の塊みてぇな関係じゃねぇか」

 「本っ当に失礼な人ね!大和に抱かれたのは一回だけよ!」

 「たった一回で目覚めた尻軽がほざいてんじゃねぇよ

!犯すぞ!」

 「ヤれるもんならヤってみなさいよ!大和より下手だったら鼻で笑ってやるんだから!」

 

 なんだかおかしな流れになってきたわね。このまま、売り言葉に買い言葉で一線を越えちゃうのかしら。

 と言うか、そろそろ本当にやめてくれません?

 くすぐって笑わせる事で、桜ちゃんの耳に二人の会話が入らないようにしていますが限界が近いです。

 主に、桜ちゃんをくすぐってる私の手が。

 

 「上等だこのクソアマ!ヒーヒー言わせてやるから表に……。っと、ちょっと待て、電話だ」

 「電話なんてほっときなさいよ!私と一戦交えるのが先でしょうが!」

 

 そんなに交わりたいのかこの色惚け軽巡は。

 怒ってるのか、それとも発情してるのかはわかりませんが、兎に角興奮して、スマホで通話中の金髪さんに詰め寄ってます。

 

 「了解だ。円満の嬢ちゃんには許可を貰っといてやるよ。ああ、わかった」

 

 話し方的に、相手は海坊主さんかな?

 しかも、電話に出て程なく金髪さんの纏う空気が変わりました。エプロン姿なのは変わっていませんが、さっきまでの桜ちゃんの言葉で照れ、矢矧さんと不毛な言い争いをしていた金髪さんじゃない。

 今の金髪さんは、艦娘が実戦投入される前から深海棲艦と戦っていた、一騎当千万夫不当の軍人だ。ピンクのエプロン姿なのが残念ですけど。

 

 「神風、姐さんから伝言だ。『一週間ほど桜の面倒を頼む』だとよ」

 「それは構いませんけど……。でも私、訓練や任務が」

 「それは今から許可を取りに行く。だから悪ぃが、矢矧は帰ってくれ。今日は閉店だ」

 

 有無を言わさぬ迫力ってヤツね。

 桜ちゃんは「おいたんこあい……」と怯え、矢矧さんは「誰これ」って言った後ポカーンとなってます。まあ、見た目が同じ別人って感じですから、矢矧さんのこの反応も当然かもしれません。

 

 「何かの作戦、ですか?」

 「ああ、本業(・・)だ」

 

 金髪さんの本業。それは奇兵隊の任務の事。しかも、わざわざそんな言い方をすると言うことは汚れ仕事だ。

 相手は恐らく、いえ、間違いなく人間。

 

 「かみっかぁ。ママとパパ……。かえってくゆ?」

 「桜ちゃん……」

 

 この子、危険を感じてる。

 自分に迫る危険じゃなく、桜子先輩と海坊主さんに迫る危険を。

 

 「大丈夫よ」

 

 不安そうに私を見上げる桜ちゃんの頭を撫でながら、諭すようにそう言った。

 そして、両親の身を按じながらも、独りになるかもしれない不安に押し潰れそうな桜ちゃんにもわかるよう、ゆっくりとこう続けた。

 

 「貴女のパパは、誰よりも正確に獲物を貫くスナイパー。貴女のママは、全てを斬り裂く鋼の刃。だから安心して?あの二人は絶対に帰ってくる」

 

 難しい言葉を使いすぎたかな?

 桜ちゃんの頭の上を、ハテナマークが群れをなして飛んでるのが見えるようだわ。

 でも、最後の部分は理解できたみたい。

 ほんの少しだけど、不安を拭えたみたいだわ。

 

 「だから、二人が帰って来たら一緒に言いましょう?」

 「いっしょに?」

 「そう、一緒に言うの」

 

 きっと、「ただいま」って言う二人に、帰りを待ってた私たちは声を揃えてこう言うの。

 

 「おかえりなさい。ってね」



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第三十三話 死んでも帰って来なさい。

最近地震が多いですね。
今出張で四国に来ているのですが、南海トラフ怖いです(つд`)


 

 

 お姉ちゃんに半殺しにされて入渠してから何日経ったっけ。

 一週間?二週間?もっと経ってるかな?

 高速修復材のおかげで傷跡も後遺症も残らなくて済んだけど、代わりに、とんでもない程の退屈に耐えることになってしまった。

 いや?そこまで退屈しなかったかな?

 毎日のように、朝潮たち八駆のメンバーが日替わりで病室に居座ってたし、円満さんも仕事終わりに毎日お見舞いに来てくれた。

 また週末毎に来るようになったお姉ちゃんも来てくれたわ。良いって言っても謝り続けるから、私の方が逆に謝りたくなったわよ。

 それと、九駆の四人と辰見さんと叢雲さん、それに長門さんも来てくれたかな。

 あとは……。

 そうそう、四駆の三人が、新人の舞風を連れて一度来てくれたっけ。私が動けないのを良い事に、嵐は以前私にコテンパンにされた仕返しとか言ってイタズラするし、萩風は病院食にダメ出ししてたわ。

 舞風と野分は「ライブが近いから」とか言ってダンスの練習をしてたっけ。何のライブよ。なんて無粋なツッコミはしなかったわ。この鎮守府でライブって言ったら那珂ちゃんさんしかいないし。

 うん、思い返すと、見舞客は毎日のように来てた。

 私って、意外と人望があったのね。

 で、退院を明日に控えた今日、お見舞いに来てくれたのは誰かと言うと……。

 

 「で!私はこう言ってやったんです!『貴女が嫌いです』って!」

 

 と、お姉ちゃんとの戦闘の顛末をジョジョ立ち……だっけ?をしながら語る大和と、その飼い主の朝潮。

 自分の先代を飼い犬が嫌ってると聞いて、朝潮は申し訳なさそうな顔して俯いちゃってるわ。

 

 「自慢気に語るのは良いけど、朝潮のメンタルがゴリゴリ削れてるからその辺でやめなさい」

 「そ、そんな事はありません!大和さんが嬉しそうにしているだけで私も嬉しくなりますから!」

 

 今にも泣きそうなほど瞳を潤ませといて何言ってんだか。

 大和はご主人様のそんな様子にようやく気付いたのか、「ど、どうしよう」って感じでオロオロし始めたわ。

 

 「だ、大丈夫です!私が嫌いなのはあくまでハレンチメガネです!朝潮ちゃんの事は大好きですから!」

 

 そ言われても、朝潮は力ない笑顔を浮かべるだけで気分は晴れてないみたい。

 って言うかハレンチメガネって何よ。お姉ちゃんの事?

 確かにお姉ちゃんはハレンチと言われても仕方のないスカート穿いてるけど、お姉ちゃんより際どい制服を着てる艦娘は沢山いるわよ?

 だいたい、アンタのスカートだってお姉ちゃんと同じくらいハレンチじゃない。

 

 「先輩はハレンチなのですか?」

 「ええ、ハレンチです。局部以外はほぼ隠していないようなTバックでした」

 「へ、へぇ……。先輩ってそんな凄いのを……。私も穿いた方が良いのでしょうか」

 

 穿くな。

 アンタにTバックは10年早い。仮に穿いたとしても、食い込むのが気になって仕方ないとか言うのが落ちよ。

 たぶんだけど、お姉ちゃんも似たような文句を言いながらの穿いてるんじゃないかしら。あの人って、元帥さんの好みならバニーガール姿ででも仕事しそうだし。

 

 「ん?なんでバニーガールなんだろ……」

 「え?バニーガールの方が似合いますか?」

 「なんでもないから気にしないで」

 

 うっかり口に出しちゃったせいで朝潮に聞かれちゃった。

 まあ、問題ないか。アンタはそのまま、「バニーガールはさすがに恥ずかしいです」とか言いながら赤面してなさい。

 それよりも、バドガールやカウガール等々、コスプレは他にいくらでもあるのに、何で私はバニーガールだけ思い浮かべたんだろ?

 似合いそうだからかな? 

 お姉ちゃんってスラっとしたスレンダーな体形だし、それを栄えさせる魅惑の脚線美の持ち主だからバニースーツとの相性は高いはず。

 さらに、黒髪ロングによる肌との色の対比。真面目で温厚な委員長気質のお姉ちゃんが扇情的なコスチュームに身を包むというギャップ。普段通りの眼鏡スタイルから来る愛らしさを残した表情も手伝って、ギャップとミスマッチによる波状攻撃でその魅力が一気に跳ね上がるでしょうね。

 

 「略すならバニ淀かな」

 「何を言ってるんですか?教官。頭も打ってたんですか?」

 「うっさい。ただの独り言よ」

 

 コイツに頭の心配をされるなんて屈辱だわ。リハビリ代わりに2~3発ぶん殴ってやろうかしら。

 

 「ところでアンタ、営倉にぶち込まれたりしなかったの?円満さんの命令を無視したんでしょ?」

 「教官、本当に頭大丈夫ですか?悪い事などしていないのですから、営倉入りになるわけないじゃないですか」

 

 いやいや、アンタは悪い事をした自覚がないかもしれないけど命令違反してるからね?

 鎮守府って空気は緩いけど軍隊だから。そんでアンタは兵隊。円満さんはアンタの上官で、この鎮守府の最高責任者なの。

 その円満さんの命令を無視したのよ?営倉にぶち込まれるくらいは当然でしょうが。

 

 「特に罰は受けませんでしたよね?翌々日から、神風さん達と訓練したり哨戒に出たりしてましたし」

 「神風たちと?しかも哨戒に出た?」

 「はい。軽巡の矢矧さんと大和さんが親しいそうなので、満潮さんが退院するまで一緒に行動するようにと、円満さんに言われたそうです」

 

 ふぅん。

 朝潮が不満そうなのと、大和がゲンナリしてるのは一先ず置いといて、円満さんが神風達と大和を組ませたのは私を大和の嚮導役にした理由と同じね。

 一人一人の戦闘力が並の駆逐艦を凌ぎ、五人でなら私や叢雲さん以上の戦闘力を誇るカミレンジャーを、大和が暴走した時のストッパーにしたんだ。

 

 「おかげで、朝潮ちゃんとの時間がほとんど取れませんでした」

 「どうして?訓練中と任務中は仕方ないにしても、それ以外の時間は空いてるはずでしょ?」

 「それはですね……。その、これに関しては私の自業自得と言えなくもないのですが、やはぎん…矢矧に寝てる時以外は付きまとわれるようになってしまって……」

 

 付きまとわれるとな?

 矢矧さんと直接話した事はないけど、神風達と一緒に居るのは何度か見た事がある。遠目から見た印象ではあるけど、誰かに付きまとうような人には見えなかったけどなぁ。

 

 「そう!矢矧さんたら酷いんですよ!05:00と18:00は私と大和さんのお散歩タイムなのに邪魔するんです!「大和は私のだから帰って?」とか言って!今日ようやく、久しぶりにお散歩出来たんです!」

 「わーかった。わかったからそんなに興奮しないで。うるさいから」

 

 なるほど、つまり矢矧さんは大和に惚れてる訳だ。

 どうして急に付きまとうほど惚れたのかも、大和の「自業自得と言えなくもない」と言うセリフで察しが着いたわ。

 

 「大和。アンタ、矢矧さんを犯したでしょ」

 「な、なんの事でしょうか……」

 「とぼけても無駄よ。なんなら、アンタが何故そうしたのかを言い当ててあげましょうか?」

 

 原因は恐らく、円満さんが命じた『矢矧と一緒に行動しろ』という命令。

 矢矧さんは大和と親しいそうだから、大和の面倒臭い面も知っているはず。例えば、見聞きした情報を拡大解釈して結論のみを口にする癖とかね。

 その事を理解してない人からしたら、大和は人の話を聞かず、急に変な事を言い出す頭のおかしい奴でしかないもの。

 きっと矢矧さんにとっても、大和は話を聞かずに変な事を口走る、一緒に居ても気の休まらない友人だったんだと思う。

 だから、一緒に行動しろという命令を断ろうとした。

 寄りにも寄って、大和の目の前で。

 

 「アンタは、命令を断ろうとする矢矧さんを止めるために、拷問に近い快楽を与えて阻止しようとした。違う?」

 「……」

 

 大和は無言、無表情で私を見つめたまま。

 どうやら、当たらずも遠からずってとこみたいね。開き直ってるように見えなくもないけど。

 

 「ち、違います!大和さんはそんな事しません!」

 「その通りです朝潮ちゃん。私はそんな事はしていません。今のは全て、満潮教官の妄想です」

 

 コイツ、開き直るどころかしらばっくれやがった。

 しかも、小馬鹿にしたような視線を私に向けたまま、朝潮に「きっと頭までは治らなかったんですよ」なんて言ってるわ。

 だったら、徹底的に追い詰めてやろうじゃない。

 

 「朝潮、矢矧さんは大和にベッタリじゃなかった?それこそ、体を擦り付けんばかりに」

 「た、確かにそうですけど……」

 「さらにこんな事を言ってたんじゃない?「次はいつしてくれるの?」って」

 「言ってました!確かに言って、ましたが……」

 

 朝潮がハッとしてる。どうやら当たりらしいわ。

 これで、私の中では大和の容疑は固まった。何故なら、矢矧さんの行動は、引退したとある駆逐艦の被害者とよく似てるからよ。

 

 「アンタ達は知らないだろうけど、ほんの数年前まで、ここ横須賀鎮守府には、艦種を問わず手籠めにする駆逐艦が居たの」

 

 その名は松風。

 今の松風の先代に当たる人で、現在は奇兵隊の一員として『猫の目』の裏にある兵舎で暮らしてるわ。

 別名『横須賀のドン・ファン』。

 彼女は気に入った艦娘を時に紳士的に、時に乱暴に口説き、口説き落とせない子は無理矢理抱いた。

 彼女のテクニックの前では艦種の差など意味を成さず、戦艦だろうと空母だろうと籠絡したらしいわ。

 余談だけど『横須賀所属の艦娘の八割は、松風が人生初の壁ドン相手』なんて言われた時期すらあったそうよ。

 

 「そ、その人が、大和さんがやった事と何か関係があるんですか?」

 「ええ、その被害者と、矢矧さんの行動が似てるの」

 

 先代松風に犯された人は、あまりにも卓越したテクニックに見も心も屈して彼女無しじゃ生きられない体にされた。

 実際私も、『アレを経験したら男じゃ満足出来ない』って話してる上位艦種を何人か見た事があるわ。

 今の子の名誉のために艦名は伏せるけど。

 

 「しょ、証拠がありません。私がやはぎんをお風呂場で犯したという証拠がありません!」

 「語るに落ちたわね。大和。私はお風呂場(・・・・)で、なんて一言も言ってない」

 

 自ら墓穴を掘った大和の頬を一筋の汗が流れた。

 証拠が云々と言われて一瞬焦ったわ。だって証明しようないもの。けど、まさか自分で証言するなんてね。

 アンタがバカで助かったわ。

 

 「う、嘘です!大和さんは無実です!」

 「やめなさい朝潮。庇うのは大和のためにならない」

 「いいえ!大和さんを躾けたのは私です!だから、大和さんがしでかした不始末は飼い主である私の責任です!」

 

 クソ真面目な顔して、ペットプレイをひけらかすこの子の頭はどうなってるんだろう。

 バカだバカだとは思ってたけど、本当にバカだッたのね……。

 お姉ちゃんにしてもそうだけど、初代朝潮も同じくらいバカだったのかしら。

 

 「もう、いいです。朝潮ちゃん」

 「でも!」

 「いいんです。ご主人様を困らせるなんて雌犬失格でですから」

 

 Oh……。ついに雌犬宣言しちゃったよコイツ。

 意味分かってて言ってるのかしら。それとも、意味もわからず、ペットプレイの犬役で性別が女ってだけで雌犬宣言したのかな?

 まあ、どちらにしても、人前では言わない方が良いと思うよ?アンタだけなら兎も角、朝潮までそういう目で見られちゃうから。

 

 「私がヤりました。ええ、徹底的にヤりましたよ。やはぎんの体が、意志とは関係なくビクンビクンと跳ねるまで」

 「ど、どうしてそんな酷い事したんですか!」

 「仕方……なかったんです。教官が仰ったとおり、やはぎんは断ろうとしました。私のお守り役は嫌だと言ったんです。心友なのに!」

 

 あ、なんかヒートアップしてきた。

 これはアレだ。探偵物でよくある、犯人の独白シーンだ。殺人じゃなくて強姦なのが救い……じゃないか。強姦は立派な犯罪よ。特に、女にとっては。

 あれ?女同士、しかも相手がメロメロになった場合も強姦罪って成立するのかしら。

 少なくとも、先代松風に手籠めにされた艦娘は誰一人として被害届を出してないし、鎮守府でも特に問題になった事はない。

 まあ、この鎮守府が異常なだけって可能性もあるけど。

 

 「だからヤりました……。ヤったんですよ!全力で!その結果がアレなんですよ!矢矧に跨がって、弄くりまくって矢矧を目覚めさせてしまいました!これ以上なにをどうしろって言うんですか!?もう一回、矢矧を満足させればいいんですか!?」

 

 と、両手で顔を覆って泣き崩れた強姦魔が申しております。

 正直、『知るかバカ』とバッサリ切り捨ててやりたいけど、さすがにそれはなぁ……。ほら、私の半分は優しさでできてるからさ。

 ご主人様の朝潮はと言うと、泣き崩れた大和を見下ろ……せてないわね。椅子に座ってるせいもあるんだろうけど、朝潮の頭と大和の頭が同じくらいの位置にあるわ。

 

 「自首、しましょう。自首して罪を償いましょう。大丈夫です。私もついていきますから」

 「朝潮ちゃん……」

 「大和さん……」

 「「ひしっ!」」

 

 ひしっ!とか口で言って抱き合ってんじゃねぇよバカ共。だいたい何処に自首する気?

 憲兵さんの所?それとも円満さん?別に止めるつもりはないし心底どうでもいいけど、自首したところで罪は償えないからね?

 だって、艦娘同士のガールズラブに対する罰則がないもの。あまり風紀を乱さないようにって注意されて終わりよ、きっと。

 

 「満潮さんも混ざります?」

 「混ざるわけないでしょ。それより、女同士が抱き合ってる光景なんて見てても暑っ苦しいだけだからやめてくれない?」

 「大和さんの胸、柔らかくて気持ち良いですよ?」

 「聞いてない」

 「弾力が凄いです。押すと跳ね返されます。ほら、ボヨ~ン!って」

 「だから聞いてない。ケンカ売ってるの?」

 

 私の苦情など一切聞く耳持たず、朝潮は大和の胸で遊びだした。軽く体当たりしては跳ね返されを繰り返してるわ。しかも「な、なんという弾力」とか「大和型のおっぱいは化け物ですか!」って言いながら。

 体当たりされてる大和も満更でもないみたいね。

 「もっと強く!」とか「大和型のおっぱいは伊達じゃありません!」とか言って軽く赤面してるわ。

 二人とも、そのままアクシズに突っ込めば良いのに。

 

 「そう言えばさ、大和。アンタ、哨戒に出たんでしょ?」

 「え?あ、はい。やはぎんと神風型の子達と一緒に」

 「訓練場以外の場所を航行した感想はどうだった?」

 

 大和は口元に人差し指を添え、「そうですねぇ……」と少し悩んだ後、意外なセリフを口にした。

 あ、その前に鎮守府、と言うか艦娘は、訓練や演習を行う訓練場を『内海』それより外を『外海』って呼んでるんだけど、その外海に初めて出た艦娘の感想は大きく分けて二つあるわ。

 一つ目は楽しかった。

 艦娘は人の身でありながら、船と同等の速度で海上を移動することが出来る。主機と『脚』を通してではあるけど、自分の足で海上を滑る感覚はかなり楽しい。

 広大な外海を航行するなら尚更ね。

 稀にだけど、テンションが上がりすぎて帰りたくないと駄々をこねる子がでるわ。

 そして二つ目は怖かった。

 最初の内こそ緊張などで気にする余裕はないんだけど、ある程度慣れてきたら、足元に広がる底の見えない海に不安を掻き立てられて怖くなるの。

 私の場合は引きずり込まれそう。って思ったっけ。

 足元から化け物が浮上してきて食べられるなんて妄想をする子もいたわ。

 いや?後者に関してはあながち間違ってもいないかしら。

 南方の暖かい地域では、艦娘が鮫に襲われたなんて話も聞いたことがあるし。

 もっとも、人間サイズとは言え艦娘は軍艦並の戦力を有しているから、襲われたところで撃退しちゃうんだけどね。

 で、大和がなんて言ったかに戻るけど……。

 

 「帰りたい。って思いました」

 「鎮守府に?」

 「いえ、違います。たぶんですけど、海の底に」

 「それは……」

 

 死にたいって事?

 潜水艦なら兎も角、艦娘の潜水能力なんて普通の人間と同じよ?それなのに海の底に帰りたいだなんて、それは死にたいと言ってるのと同じだ。

 いや待って。

 もしかして、窮奇がそう思ったのかしら。それを大和は、自分の感想と誤認した?

 そうだったら話はわかる気がする。

 窮奇はもちろん、深海棲艦はその名の通り深海に棲む。と、開戦初期は思われていた。

 それは何故か。

 これには諸説あるんだけど、初めて深海棲艦と遭遇した人の証言と、その当時は棲地が確認できていなかった事が主な理由よ。

 特に開戦より前、初めて深海棲艦の発生が確認されや真珠湾、ソロモン諸島、デンマーク海峡の三つの場所で深海棲艦の発生を見て被害に遭った生き残り達は、場所が全然違うのにも関わらずみんな同じ事を言ったそうよ。

 曰く、「地獄の釜の蓋が開いたような光景だった」と。

 とまあ、深海棲艦が海から溢れ出すような発生の仕方をしたのと、棲地が確認できていなかった事が合わさって、海の底にでも棲んでるんだろうって結論になり、仮称として名付けられた『深海棲艦』という名称が今もそのまま使われてるって訳。

 だから、もし窮奇が帰りたいって思ったのなら、不思議と納得出来ちゃうんだ。棲んでるからだとかじゃなく、故郷に帰りたい的な意味でね。

 

 「教官?どうかしましたか?」

 「なんでもないわ。でもね、大和。アンタは帰っちゃダメよ。帰りたいって思ったのかもしれないけど、アンタは海の底になんかに帰っちゃダメ」

 「当たり前じゃないですか。どうして、そんなわかり切った事を?」

 「いいから聞きなさい」

 

 大和はキョトンとしている。

 そりゃそうよね。いくら帰りたいと感じたって、本当に海の底に帰るほど大和は馬鹿じゃない。

 馬鹿じゃ、ないよね?馬鹿だったらどうしよう……。

 いやいや!例え馬鹿でも言っておかないと!

 

 「アンタが帰る場所は横須賀鎮守府(ここ)よ。何処に居ても、怪我をしててもアンタはここに帰ってくるの」

 「ここに、ですか?」

 「そうよ。死んでも(・・・・)帰って来なさい。終わる時はここで終わりなさい」

 

 三年前に行われたハワイ島攻略戦。

 その出陣式で、当時ここの提督をしていた元帥さんが言ったという言葉を私なりにアレンジして大和に言い聞かせた。

 円満さんからの又聞きでしかないけど、元帥さんはこう言ったそうよ。

 『死んでも良い。だが死んでも帰ってこい』と。

 最初は、死に物狂いで生還しろって意味だと思った。

 けど、円満さんは違うと言った。

 元帥さんは皆の生還を祈りながらも、相手を道連れにしてでも復讐を果たそうとする者を止めなかった。

 名誉のため、仲間のため、祖国に残る守りたい者達のために命を散らすのを止めなかった。

 立場が、それらを許さなかった。 

 だからせめて、異国の地で終わるなと言った。例え死体になったとしても、お前達が骨を埋め、本当の意味で人生の幕を下ろすのは異国の地ではなく、祖国の地だと。要は、死んだら仲間に、遺体となった自分を連れて帰ってもらえって感じよ。

 と、当時のことを振り返りながら円満さんが語ってくれた事がある。

 だから大和、今は意味がわからなくてもいいから、この言いつけを心の片隅にでも留めて置いてちょうだい。

 

 「ちゃんと守れたら、そうね……。『おかえりなさい』くらいは言ってあげるわ」

 

 理解したかどうかは、その表情からは計ることが出来なかったけど、大和は「はい」と言って肯いてくれた。

 とても晴れやかで、同時に凛々しさも感じさせる表情で。






怖いので水とトイレットペーパーとコロッケ買って宿に帰りました。
コロッケ美味し(´・ω・`)


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第三十四話 艦娘発祥の地。

 

 

 「つぅ訳で、姐さんが一週間ほど神風をお嬢の子守り役にしてくれってよ」

 「いや、どういう訳よ。事情を説明してくれなきゃ許可なんて出せないわ」

 

 仕事も一段落着いて、今日の秘書艦をしてくれている大潮がお使いから戻ったらお茶にしようと用意してたら、タンクトップに短パン姿の上からピンク色のエプロンを身に着けた金髪さんが執務室を尋ねて来るなりそう言った。

 うん、ツッコミどころが満載なんだけど何処からツッコもうかしら。

 まずは服装からが無難かな。

 以前からファッションセンスが皆無なのは知ってたけど、どういう思考回路をしてたらこんな服装が出来るんだろう。

 だって、短パンよ?これがジーパンとかならたぶん絵になるの。

 この人ってチンピラとしか思えない外見だけどイケメンの部類だから。例えば短パンをジーパンに履き替えるだけで、ワイルドさにちょっと家庭的な一面がプラスされて良い感じになるはずよ。

 それなのに短パンが全てを台無しにしてる。

 後ろから見たらそうじゃないだろうけど、正面から見てる私には裸エプロンにしか見えない。

 ハッキリ言って不快ね。

 金髪さんだと気付くのが少し遅れてたら射殺してたわ。慈悲は皆無。

 

 次はその態度。

 簡単に言うと、彼は両足を肩幅に開いて両手を後ろで組んだ休めの姿勢。

 ええ、姿勢自体は完璧よ。

 姿勢だけ見れば訓練の行き届いた立派な軍人だわ。多少太々しいのも、歴戦の強者が出せる風格だと思えば我慢できる。

 服装が台無しにしてるけどね。

 

 さらにお次は口調ね。

 これに関しては服装以上にフォローのしようがない。

 だって、完全にチンピラだもん。

 貴方からしたら、私なんてただの小娘かもしれないけど提督なの。この鎮守府の最高責任者なの。これでも少将なの。第一海軍区を預かる横須賀鎮守府司令長官なの!

 その私にその言葉遣いはないでしょ。

 完全に不敬罪よ。上官侮辱罪をオマケでつけるのも厭わないわ。

 

 「あ~……。やっぱ説明しねぇとダメか?」

 「ダメに決まってるでしょ。神風は海軍所属の艦娘であって奇兵隊所属じゃないんだから」

 「なんとかなんねぇ?俺と嬢ちゃんの仲じゃねぇか」

 「なりません。いくら子守りとは言え、艦娘である神風を奇兵隊に貸し出す以上、私が納得出来る理由を説明してくれなければ許可できません」

 「固ってぇなぁ。いつも親父とのデート手伝ってやってるだろ?」

 

 あくまで、説明せずに押し通すつもりか。

 私にも言えない事なのかしら。それとも、単に説明するのが面倒なだけ?

 う~ん。後者の可能性が大ね。

 あの桜子さんがわざわざ(・・・・)許可を取れと金髪さんに命じたんだ。私が説明を要求することくらいわかっているはずだもの。

 ならば、私に説明しても問題ない案件。

 そうなると、アレしかないわね。

 今日、正確には数日前だけど、海坊主さんが求めてきた出撃許可。最低限の人員のみを残して、鎮守府に詰める奇兵隊の過半数を伴って出撃した今日の作戦に関係するんでしょう。

 目標は恐らく……。

 

 「アクアリウム殲滅作戦。その作戦を完遂するまで帰って来れないから。ってとこかしら?」

 「なんだ、知ってんじゃねぇか」

 「知ってたんじゃなくて予想しただけ。だから詳細は知らないわ」

 「詳細まで話さねぇとダメか?」

 「ダメ」

 

 金髪さんは虚空を仰いで「ふぅ~」と、心底面倒臭そうに溜息をついた。

 貴方の不快な服装と態度が悪いんだからね?最初から礼節をもってそう言ってれば、私も詳細まで話せとは言わなかったのに。

 親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってる?

 

 「チッ、しかたねぇなぁ。(胸と同じくらい細けぇ女だ……)

 「何か言った?」

 「なんでもねぇよ。じゃあ、説明すっぞ」

 

 誤魔化した?胸がどうとか言ってた気がするんだけど……。まあ、それはどうでもいいか。

 金髪さんの説明によると、演習からの数週間で奇兵隊は各地、各業界に持つコネクションを最大限に活用してアクアリウムの拠点や隠れ家、構成員と思われる(・・・・)モノを拘束、もしくはテロを装って破壊して回ったらしい。

 証拠の有る無しに関わらず、疑わしいってだけでね。

 本来なら軍の存在意義が揺らぐどころか崩壊するほどの大問題行為だけど、その甲斐あってアクアリウムを追い詰めるのに成功した。

 野風を初めとしたアクアリウム残党は、県内のある一拠点に籠もって抵抗を続けているみたいだけど、陥落は時間の問題という話よ。

 

 「マザー……。野風もそこに?」

 「ああ、相棒が捕らえた構成員を尋問して聞き出したってよ」

 

 尋問とか言っちゃって、本当は拷問したんでしょ?

 短気が服着て歩いてるような桜子さんが、尋問なんてまどろっこしい真似するわけないじゃない。

 

 「陥落は時間の問題と言った割に、一週間もかけるのね」

 「相棒の目算じゃ二日ってとこだ。残りの五日はまあ……」

 「何よ。まさか、ついでに旅行でもして帰ろうとしてるんじゃないでしょうね」

 「んな訳ねぇだろ。バカか」

 

 バカ……だと?

 言っときますけど、貴方のボスの方がよっぽどバカだからね?

 物事の解決は力尽く。自分が楽しむためなら、相手が泣くまでイジるのをやめないし、旦那がいるってのに父親に甘えまくるファザコン。

 そんな、胸にばっかり栄養を蓄えてそうなバカ女と私を一緒にしないでくれないかしら。

 

 「その、なんだ。ニオイを消すのにそんくらい欲しいんだとよ」

 「ニオイって……。火薬の?」

 

 確かに好んで嗅ぎたいと思うニオイじゃないけど、五日もかけて消さなきゃならないモノじゃないと思うんだけど?

 もしかして子供が嫌がるのかしら。

 でも、『猫の目』店内は兎も角、その裏にある兵舎は火薬のニオイで溢れてるしなぁ。

 今さらじゃない?

 

 「いや、血のニオイだ。姐さんは、血のニオイを漂わせたままお嬢を抱きたくねぇんだよ」

 「ああ、そういう事ね……」

 

 奇兵隊には、銃ではなく刀などの近接武器を好んで使う人が少数だけど存在する。

 桜子さんもその一人よ。

 サブウェポンで拳銃くらいは携帯してるらしいんだけど、メインウェポンはあくまで刀。先生から贈られた日本刀だ。

 何故、人を殺す作業にそんな効率の悪い武器を使っているかと言うと、桜子さんの場合は『殺した人を忘れないため』だそうよ。

 まあ、中には単に人を切る感触が好きな特殊嗜好の人も居るそうだけど、桜子さんはけっしてそんな人じゃない。

 人を、特に私をイジって楽しむようなサディストではあるけど、私が泣くまでイジるのは単に加減が下手クソなせい。泣くとごめんねって謝るし、わかりやすいほど狼狽えるもの。

 そんな桜子さんが、愛娘に血生臭いまま会いたくないって言うのも何となく理解は出来る。

 でも……。

 

 「うん、やっぱり許可はできないわ」

 「んでだよっ!そんくらいの融通利かせても良いだろうが!」

 

 怖っ!

 言葉遣いこそチンピラだけど、背中の産毛が総毛立ちするくらいの殺気をビンビン飛ばして来てるわ。

 でも、私だって激戦を生き抜いた元駆逐艦だ。この程度で引いてなんてあげないんだから。

 

 「怒鳴らないでくれないかしら。神風の件は奇兵隊からの正式な要請ではなく単なるお願い。しかも、目的は子守り。艦娘は兵士である以前に兵器です。兵器の私的運用なんて認められる訳ないでしょ」

 「けどよぉ!それでも……!」

 「納得出来ない?だったら、私じゃなくて神風に直接お願いしなさい。現時刻(・・・)より、神風は168時間の休暇に入るから」

 「は?いや、それってよぉ……」

 

 呆気にとられちゃってまあ。

 私だって鬼じゃないし、桜子さんにはお世話になってる。それに、アクアリウムの殲滅は必要な事だから協力するのは吝かじゃないもの。

 

 「最初から許可出せってんだ。クソっ、素直じゃねぇなぁ」

 「言ったでしょ?兵器である艦娘に子守りをさせる許可は出せない。だけど、休暇中の艦娘にお願いするのは問題ないわ」

 「ただの屁理屈じゃなぇのか?それ」

 「許可を出すってなると書面にして残さなきゃならないの。運用目的に『子守り』なんて書けると思う?」

 「あ~、そりゃ書けねぇわな……」

 

 でしょう?

 だから貴方は、最初に『子守りをさせる許可をくれ』じゃなく『一週間ほど休暇をやってくれ』って言うべきだったのよ。

 

 「面倒くせぇな。軍ってのは」

 「私より長く軍に居る人が何言ってんの?先生が総隊長だった頃もこんなもんだったでしょ?」

 「いや?親父は割と適当だったからな。そういう面倒ごとは少佐……。じゃねぇや。少将がやってた」

 「あ、そなんだ……」

 

 あの人は……もう!

 厳しくした私の立場がないじゃない!

 あ~あ、どっかに居ないかなぁ。面倒ごとを全部押し付けられる便利で従順な人。

 

 「神風に休暇の件を伝えとくか?」

 「後で正式に伝えるつもりだど……。先に伝えてもらっても問題ないわ」

 「わかった。じゃあ俺はこれで……」

 「たっだいま戻りましたぁ!おやおや?お客様でしたか?」

 

 金髪さんが踵を返そうとするのを待っていたかのように、執務室のドアが乱暴に開かれた。

 入って来たのは、事務課へのお使いを頼んでいた大潮。最近、荒潮とともに改二になったばかりの子で、先代の澪以上にテンションが無駄に高いうるさい子よ。

 

 「大潮。入る前にノックくらいしなさいっていつも言ってるでしょ?」

 「申し訳ありません司令官!次からは気をつけます!たぶん!」

 

 せめて『たぶん』は小声で言いなさい。気をつける気皆無じゃない。

 まあ、いつもの事だから私も半分諦めてるけど……。

 って、あれ?なんか金髪さんが大潮を珍獣でも見るみたいな目で見てるけど……。

 

 「おー!金髪です!ヤンキーです!DQNです!司令官、この方はどなたですか?」

 「大潮は『猫の目』に行ったことがないの?」

 「行ったことありません!どんな所なんですか?」

 「普通の喫茶店よ。店長を初めとして、店員はまともじゃないのばかりだけど」

 「へぇ~。今度言ってみても良いですか?」

 

 ふむ、やはりおかしい。

 いつものこの人なら「俺はまともだ」くらい言いそうなものなのにそれが無いし、大潮の問いにも答えずにマジマジと観察してるわ。

 

 「返事がない。ただの芝刈りのようです」

 「それを言うなら屍でしょ」

 「そういう風に言う人も居るのは知ってます」

 「そういう風にしか言わないの。おバカな事言ってないでお茶を淹れてちょうだい」

 「了解しました!」

 

 と、元気よく返事をして給湯室に走って行ったけど、室内を走るなと注意するべきだったかしら。

 いや、それよりも『アッゲアゲで淹れますよー!』って言ってる方が気になる。お願いだから無駄に熱々にしないでよ?私、猫舌なんだから。

 

 「奥さんや満潮の嬢ちゃんの時にも思ったけどよ。艦娘ってホントにソックリだよなぁ。クローンとか言うヤツか?」

 「そんな訳ないでしょ。大淀の場合は兎も角、髪とか瞳の色が同じだからそう思うんじゃない?」

 「無駄にテンションが高いとこもソックリだが?」

 「あ~、それは……」

 

 間違いなく澪の、もっと言うと初代大潮の影響を受けてるんだと思う。

 朝潮姉さんから聞いた程度でしか知らないけど、澪の先代の初代と二代目もこんな感じだったそうよ。

 

 「艦娘が先代の影響を受けるって話、本当だったんだな」

 「艤装と適合してすぐ影響が出るわけじゃないけどね。由良さんなんて、着任してしばらくは酷いもんだったでしょ?」

 「あ~……。たしかにありゃぁ酷かった。昭和のスケバンか!ってツッコんじまったくらいだ」

 

 艦娘は初適合時に先代適合者達の記憶を垣間見るだけでなく、徐々に先代、特に初代の性格に似てくる。

 私の場合で説明すると、艦娘になる前は今みたいに素直で聞き分けの良い子だったのが、艦娘になって時間が経つにつれ、今の満潮みたいにツンケンした性格になっていったわ。

 今の大潮も、着任した当初は霰の間違いじゃない?って言いたくなるくらい、物静かで何考えてるかわかんない子だったわ。今は無駄にアゲアゲ言ってうるさい事この上ないけどね。

 

 「神風も、最近は姐さんに似てきてるしなぁ……」

 「あそこまで酷くないでしょ?神風は暴れたり無断出撃したりしないもの」

 「神風の場合は性格っつうより考え方だな。たまに、昔の姐さんを見てるような気分になっちまう」

 「昔の?今は違うの?」

 

 はて?今も昔も桜子さんは変わってないと思うけど、身近なこの人から見たら変わったように見えるのかしら。

 

 「ああ。神風だった頃は、親父のもとに生きて帰る。ただそれだけを目的に戦ってた。でも今は違ぇ。俺たち奇兵隊員だけでなく、家族って言う守りたい者達が出来ちまった」

 「それは、ダメな事なの?」

 「ダメじゃねぇさ。守りたいモノがある方が強いなんて言う気はねぇが、守りたいモンが出来てから姐さんは強くなった。神風だった頃よりもな」

 「あの頃より強いって……。それ、もう人間辞めてるじゃない」

 「言っとくが、腕っぷしじゃなくて精神的にって意味だからな?」

 「わかってるわよ。言ってみただけ」

 

 腕っぷしも上がってると思うけどなぁ。

 身長が伸びたから単純に筋力も上がってるでしょうし、リーチも伸びてる。

 奇兵隊専用。もっと言うと花組専用と言って良い『狩衣』と『薄衣』を同時使用すれば、海上でも駆逐艦程度が相手なら戦うことが出来るかもしれない。演習なら兎も角、実戦になると勝つのは難しいでしょうけど。

 

 「でもな、俺ぁそれが心配なんだ」

 「強くなってるのに?」

 「ああ。今の姐さんは『どんな事をしてでも生き延びる』から『どんな事をしてでも守り抜く』に変わっちまってる。それがどうにも不安でな」

 「どんな事をしてでも、か。それは当然……」

 「そうだ。自分を犠牲にするのも、今の姐さんは厭わねぇだろうよ」

 

 なるほど、生きることに必死だった桜子さんが、死んでも守りたいと思うほど今の生活、いや、日常かな。を、大切にしてたなんてね……。

 

 「姐さんは昔より強くなった。ああ、強くなったさ。でもよぉ。俺にはそれが、無理してるように見えちまうんだわ。ハッキリ言って姐さんらしくねぇ」

 「桜子さんらしくない……。か」

 

 たしかに、そう思えなくもない。

 あの人は我が儘で自己中なイタズラ好きのイジメっ子。私の天敵と言っても良い存在よ。

 けど、身内の事を常に気にかけ、身内を、家族を傷つけようとするモノに真っ向から立ち向かうほど勇敢。

 この前の無断出撃だって、愛する旦那にもしもの事があったらと思うと、いても立ってもいられなかったんでしょう。

 暇さえあれば執務室に居座り、何かと私にちょっかいをかけてくるのも、あの人が私を身内だと思ってくれてるからなんでしょうね。加減は覚えて欲しいけど……。

 そんな桜子さんが、自分の事を二の次三の次にしてるのには確かに違和感を感じる。でも。

 

 「大丈夫よ。桜子さんは忘れてなんかない。例え忘れてたって、あの人の傍には思い出させてくれる人が居るでしょ?」

 「そう、だったな。姐さんの傍にはアイツが居るんだった」

 「だから心配するだけ時間の無駄よ。それよりも、あの人が暴れて出す被害の方が私は心配だわ」

 「違ぇねぇ。だが今回は気にしなくて良いはずだ。なんせ、山の上だからな」

 

 山の上?

 そう言えば、追い詰められた野風が籠城してるって場所の詳しい話を聞いてなかったわね。県内だとは聞いたけど。

 

 「それ、何処なの?」

 「言ってなかったか?アクアリウムの奴らが立て籠もってるのは元海軍技術研究所。艦娘発祥の地だ」

 

 場所を聞いて、私は何とも言えない複雑な気分になった。

 艦娘発祥の地で日本初の、いえ、世界初の艦娘となった二人が殺し合う。

 今や最古の艦娘となった野風と、かつて最古の艦娘と呼ばれた桜子さんが始まった場所で。

 それが、私には必然のように思えたの。

 もしかしたら、あの二人はその場所で戦うために、今まで生き延びてきたんじゃないかって。



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第三十五話 いってきます!

 

 

 わたしのママ。

 1ねん1くみ しんどうさくら。

 

 わたしのママはとってもやさしくてたのしい人です。

 つくってくれるごはんもおいしいし、パパともとってもなかよしです。

 日よう日にきてくれるじぃじのことが大すきで、わたしとばぁばとママでとりあいをしています。

 パパがちょっとさみしそうにするけど、そんなときはわたしがパパをなぐさめます。

 わたしはママのことが大すきだけど、どうしてもわからないことがあります。

 ママは「ありがとう」っていわれるのがきらいなんです。

 ふしぎでしょ?わたしのママは「ありがとう」っていわれるとかなしそうにわらうんです。

 

 某小学校。授業参観での一幕より。

 

ーーーーーーーー

 

 

 野風との思い出はあまり多く無い。

 私が夜、一人だと眠れない事がわかってから同室になったのが野風だった。彼女は私の抱き枕。私の話し相手。ただ、それだけの間柄だった。

 同い年だったのも手伝って、野風と私はすぐ仲良くなったわ。

 話だっていっぱいした。

 もっとも、あの子の質問に私が答えるだけだったけどね。

 例えば「何所に住んでたの?」とか「どうしてここに来たの?」とか。変わったのになると「どうやって生きてきたの?」ってのがあったわ。

 何て答えたら良いかわからなかったから「先生に助けてもらった」って答えた覚えがある。

 性格は暖簾みたいな子って言えば良いのかしら。

 何を言っても肩透かし食っちゃうって言うか、私の話をうんうんとか言いながら聞いてくれて、適度にリアクションとかもとってくれるんだけどまともに聞いてないんじゃないかな?って疑っちゃうくらい上手く流しちゃうの。

 あ、でもけっして蔑ろにしなかったわ。

 ちゃんと聞いてくれて反応を返して次の会話に繋げるのが上手だったから、私がそう思ってるだけかもしれないしね。

 顔も、私ほどじゃなかったけどかなりの美少女だったわ。オカッパ頭で純日本風な顔なんだけど、思わず「可愛らしい」って言っちゃうくらい可愛かった。

 でも、違和感があった。

 常に笑顔なんだけど、貼り付けてると言うか、型にはめてると言うか。兎に角そんな、作り物みたいに感じたわ。

 そんな彼女と研究所で過ごした日々は、検査と実験の間に休憩や食事を挟んで就寝時間に眠るだけ。お父さんの元に戻るまでその繰り返しだった。

 薄い本的な展開でもあればネタになったんでしょうけど、残念ながらそんな展開はなく。おかげ様で、旦那と一緒になるまでは男なんて知らずに過ごしたわ。

 

 『ポイントA。クリア』

 『ポイントD。クリア』

 

 野風へと続く進路を確保するために突入した部下達から、各所を制圧した旨の通信が届いてくる。

 当の私は「あんな表示あったっけ?」「ここで裸にひん剥かれたのよねぇ」などと、少ない思い出に浸りながら部下達が確保した通路を旦那と花組を引き連れて進んでいるわ。

 軍が廃棄した後もアクアリウムが根城として使っていたせいか、昔より薄汚れてる気がするけど老朽化はしてないように見える。

 

 「聞いちゃあいたっすけど、本当に病院みたいっすね」

 「お兄様はご存知なかったのですか?元々は病院だったそうですよ?」

 「それ、本当ですか?『桃』姉さん」

 「ええ、廃業して放置されていたここを軍が買い取って研究施設にしたそうです。その後、アクアリウムの本拠地になったようです」

 

 旦那の独り言に元春風の『春日 桃(かすがもも)』が答え、元旗風である『降旗 菘(ふるはたすずな)』が反応した。

 ふぅん。本当に病院だったんだ。

 たしかに、受付の造りとかまんまだったもんね。アクアリウムの下っ端がバリケード代わりにしてたから、部下達が対戦車ミサイルで玄関ごと吹っ飛ばして跡形も無くなったけど。

 あ、ちなみにだけど、旦那は花組の4人から『兄』と呼ばれてるわ。姉と慕う私の旦那だからそう呼ぶようにしたんだってさ。

 

 「でもさ、ここが艦娘発祥の地だと思うと、なんだか感慨深くない?」

 「同感だね。だからここらで一発。どうだい?」

 「するわけないでしょ!アンタには節操ってもんが無いの!?今は作戦中でしょうが!」

 「無いね!むしろ作戦中だからムラムラしてしょうがない!」

 

 作戦中にも関わらずレズろうとしてるのは、元朝風の朝霧 桔梗(あさぎりききょう)と元松風の雄松 くらら(おまつくらら)

 桔梗も嫌がってる割に乗り気なのか、「せ、せめて人目がないところでね?」とか言ってるわ。

 艦娘だった頃からガチレズだった くららは人目なんて気にせず脱がしにかかってるけど。

 

 「くらら姉さんは相変わらずですね」

 「ええ……。くららさんの悪行のせいで、今の松風さんが迷惑してると言うのに」

 

 桃が言った迷惑とは、くららじゃないと満足出来なくなった元艦娘や現艦娘達が、くららの代わりとばかりに度々松風を攫おうとする事よ。

 目的は言うまでもないわね。でも、今の松風は くららと違ってノンケだから当人からしたら恐怖でしかない。

 松風の怯えっぷりが目に余るから、奇兵隊員をボディガードにつけた事があるくらいよ。

 

 「なあ兄貴。昔ここで、姉貴が裸に剥かれて実験(意味深)されてたと思うと興奮しないかい?」

 「しないっすよ。むしろ殺意が湧いて来るっす」

 「兄貴……。本当に男かい?美少女が色んな器具(意味深)を体に這わされ、入れられて壊されていく様なんて最高じゃないか」

 

 されてないし最高じゃない。

 コイツの頭の中にはエロしかないのか。

 くららは自分で言った妄想で興奮したのか、頬を染めながら体に手を這わしだしたわ。

 ソロプレイなら帰ってからにしなさい。このド変態。

 

 「まさか……。桔梗姉さんはいつも くらら姉さんとそんなプレイを……。では頭の探照灯はそのせい?」

 「菘さん。それ以上はダメです。桔梗さんの探照灯は自前なんですから」

 

 桔梗に飛び火した!?

 ちょっとちょっと、桔梗をハゲ扱いしないであげて!ちょっとオデコが広いだけだから!ちょっと人より多く光を反射しちゃうだけだから!

 

 「私のオデコを兄さんの頭と同じにしないでくれない!?私のオデコがが探照灯なら兄さんの頭なんて裸電球じゃない!」

 「姉貴……。兄貴のライフがゴリゴリ減ってるからそれくらいで……」

 「うっさい!だいたい、くららのせいで謂われの無いハゲ呼ばわりされてるんだからね!?私ハゲてないもん!兄さんみたいにハゲてない!あそこまでツルピカじゃないもん!」

 

 もうやめて!

 旦那の毛根を死滅させたのは私なの!旦那がハゲ呼ばわりされる度に、私の中で罪悪感が膨れ上がっていくじゃない!

 それにね?

 旦那はハゲてる自覚がないの。まだ毛根は生きてるって信じてるの!産毛すら生えない不毛の頭皮なのに「剃ってるだけっす」って言い張ってるの!

 しかも!しかもね!

 毎晩お風呂上がりに輪切りにしたレモンでスキンケアしてるのよ。頭皮の!

 それを始めて見たお父さんが「まるで天光寺だな。ちょっと乾電池を持たせてみよう」って言ってたわ。

 あ、ネタがわかんない人はグーグル先生にでも聞いてね。天光寺でググると出て来ると思うから。

 

 「ハゲてねぇっす。剃ってるだけっす」

 「現実見ようよ兄貴。それだけ見事なハゲっぷりでそう言い張れる度胸は認めるけどさ。どう見てもハゲてるよ?毛根の『も』の字もないほどツルッツルだよ?」

 

 くらら……。アンタ、慰めるフリして追い詰めてるでしょ。私の旦那をイジメて楽しんでるでしょ!

 

 「ハ、ハゲて……。ハゲてない……」

 「あー!もう!ハゲって言われたくらいで泣くんじゃないわよみっともない!」

 「でも桜子さん、自分ハゲてないんす……。それなのにハゲって言うんすよぉ」

 「あ~はいはい。ハゲてない。貴方はハゲてないわ。帰ったらワックス塗ってあげるから機嫌直してよ」

 「ザイモールじゃないと嫌っす」

 

 桃と菘が「桃姉さん。ザイモールとはなんですか?」「お高いカーワックスです。言わせないでください」とか言ってるけど、旦那はハゲてる事を認めたがらないクセにワックスで頭皮をピカピカに磨き上げてあげると凄く喜ぶの。

 カーワックスを頭皮に塗るとか正気の沙汰じゃないけどね。

 

 「ふと思ったのですが、どうしてアクアリウムはここに立て籠もったのでしょうか。マザーが艦娘なのなら、海の近くの方が良かったのでは?」

 「それは、ここのプールが海と繋がってるからだと思います。普通のプールでは無理でも、海と繋がってさえいれば艦娘は本来の性能を発揮できますから」

 「海と?たしかに車で行ける距離に海はありますけど、かなり離れていますよ?」

 「当時、艤装開発を取り仕切っていた方が妖精さんに地下水路を作らせたそうです。妖精さんなら、年単位でかかる工事も数日で終わらせてしまいますから」

 

 妖精さんマジパネェ。は、置いといて。

 桃の説明によると、開発当初は普通の淡水を使ったプールだったらしいんだけど、想定以下の性能しか出せない事を妖精さんに相談したら「海ジャナイカラデス」って教えてくれたそうよ。

 

 「じゃあ、その開発を取り仕切っていた人って妖精さんの姿だけじゃなくて声まで聞こえたって事よね?」

 「その通りですお姉様。その方こそ、何を隠そう前海軍元帥様です」

 

 へぇ、あのお爺ちゃんそんな事までしてたんだ。

 当時の海軍元帥が陣頭指揮を執っていたから、艦娘なんていう前代未聞の兵器の開発から投入まですんなりと行ったのね。

 

 「ここが、そのプールっすか?」

 「ええ、そうよ。野風が居るとしたらここしか残ってない」

 

 私と旦那達が辿り着いたのは、実験用プールと書かれた扉。かつて、艤装の動作試験が繰り返し行われた、200m×200mの実験用プールがある中央部だった。

 

 『こちらガンナー2。フラワー1応答願います』

 「……こちらフラワー1。どうぞ」

 『施設中央部にて目標を目視で確認しました。仕掛けますか?』

 「仕掛けなくていい。目標は何してる?」

 『プール中央に陣取って微動だにしていません』

 「そう、わかった。全部隊は施設から1kmの地点まで後退。包囲網を形成後、待機して」

 『了解しました。ご武運を』

 

 やっぱりここに居たか。 

 抵抗する気なら、艤装の力を制限無しで振るうことが出来るここに居ると踏んでたけど、どうやら当たりだったみたいだわ。

 問題は……。

 

 「あなた達も後退して。ここからは私一人で良い」

 「そんな……。桜子お姉様を一人で行かせるなんて出来ません!」

 「桃姉さんの仰るとおりです。私達もご一緒させてください」

 

 案の定、桃と菘が反対してきたか。

 私の事を想ってくれるのはありがたいけど、恐らくこの子たちじゃ野風、と言うより、制限無しで力を行使できる艦娘の相手は無理。それどころか足手纏いになるわ。

 

 「桃、菘。桜子姉の邪魔しちゃダメよ。大人しく後退しましょう」

 「おや?桔梗の姉貴がそんな事を言うなんて意外だなぁ。僕はてっきり、二人みたいについて行きたがると思ってたよ」

 

 これに関しては くららに同意。

 実際、口では二人を止めてるけど、得物の長槍を握る手からは「行きたい」って本音が湧き出ているわ。

 

 「本音を言えば行きたいわ。でもね。桜子姉が後退しろっての言うのは、私達が足手纏いになるからよ」

 「ですが……!」

 「わかりました……。後退しましょう。菘さん」

 「桃姉さんまで!桜子姉さんが心配じゃないんですか!?」

 「心配に決まってます!」

 「なら何で……!いえ、わかりました。我が儘言って申し訳ありません。」

 

 さすが桔梗。わかってるじゃない。

 菘はもちろん、桃も納得しきってないけど私の足を引っ張るよりは、と割り切ったようね。

 

 「貴方も後退して。通信は開きっぱなしにしとくから、私にもしもの事があったら円満に伝えられる限りの情報を伝えてちょうだい」

 「……」

 「ねえ、聞いてる?」

 

 おかしいわね。旦那の反応が無いわ。腕組みしてずっと私を見るばかりでピクリともしないし、サングラスのせいで表情からも何考えてるかわかんない。

 

 「もしもの事があったら。なんて、桜子さんらしくないっすね。そんなんじゃ一人で行かせらんないっす」

 「あのね。相手は駆逐艦とは言え艦娘よ?しかも、ここのプールはわざわざ海水(・・)を汲み上げてる。さっき桃が説明してくれたでしょ?ここのプールは海と繋がってるの。ここでも海上と同じように戦えるの!駆逐艦に人の身で挑むんだから『もしも』の事を考えるのは当然でしょ!」

 「それでもダメっす」

 「じゃあどうしろって言うのよ!円満に頼んで艦娘でも送って貰えって言うつもり!?」

 「そうじゃないっす。自分はただ、いつもみたいに堂々と行ってほしいだけっす」

 「はぁ!?私の腰が引けてるとでも言いたいの!?」

 

 私は今だって堂々としてるわよ。自信に満ちてるわよ。それなのに、貴方からは腰が引けてるように見えるの?怯えているように見えるの?怖がってるように見えるの?

 

 「桜子さん。自分は桜子さんに惚れてるっす。ゾッコンっす。桜子さんがいない人生なんて考えらんないっす」

 「ちょ……!やめなさいよこんな場所で!皆が……見てるじゃない」

 「構わねぇっす。自分は、いや俺は、桜子さんに帰って来てもらわなきゃ困るんす。桜ちゃんだってそうっす。……だから桜子。絶対に生きて戻って来てくれ。死ぬな。桜子」

 

 ああ、そういう事か。

 私は自分でも気づかない内にお座なりにしてたんだ。

 あんなに死にたくなかったのに。どんな奴が相手ででも、どんな事をしてでも生き延びてやるって息巻いて戦ってたのに。生きて帰る事を考えていなかった。

 

 「気負い過ぎなんすよ。相手は昔馴染みかもしれないっすけど、今は敵っす。桜子さんは、敵をどうするんすか?」

 「そんなの……」

 

 斬るに決まってる。

 野風は私が友達と呼べる数少ない子だけど、今は敵だ。しかも、長年お父さんを悩ませ、初代朝潮が戦死する切っ掛けを作った奴だ。お父さんを泣かせた奴だ。

 そんな奴に殺されてたまるか!

 

 「貴方が旦那で良かったわ。おかげで、思い出せた」

 

 私は死なない。

 そりゃあ、野風を斬るのは辛いと思う。あの子との会話次第じゃ泣くかもしれない。でも、私はあの子を斬る。そして生きて帰る。生きて帰って、愛する旦那に慰めてもらって愛娘に思いっきり甘えてもらおう。

 そうよ。ママおかえりって言ってもらうんだ。

 

 「いってらっしゃい。桜子さん」

 「うん!いってきます!」

 

 私は5人に見送られて扉を開いた。かつての友人を斬るために。

 さあ、かつて共に過ごしたこの場所で始めましょう。

 殺し合いと言う名の、十数年ぶりの再会を。



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第三十六話 神風を吹かせてあげる!

 

 

 この話をすると、大抵の人は意外って言うんすけど、桜子さんはよく泣くんす。

 悲しい事や嬉し事があった時はもちろん、夜寝てる時もっす。

 ごめんなさいごめんなさいって、自分にしがみついて泣くんす。

 誰に謝ってたのかまではわかんないっすけど、桜子さんは戦争が終わった今でも戦い続けてるんだと思うっす。

 自分が犯してきた罪と、それを罰せられなかった不幸に苦しめられながら。

 

 ~戦後回想録~

 

 奇兵隊副長へのインタビューより。

 

ーーーーーー

 

 

 旦那達と別れた扉の先に進むと、脱衣場と検査室があってそのさらに先にガラス扉があった。

 ガラス越しに見えるプールの中央に立ってるのは、かつてこの施設で共に過ごし、あの頃と変わらぬ姿の友人。

 ガラス張りの天井を見上げる、黒いオカッパ頭に藤色の着物姿、無骨な艤装を腰に装着した野風だった。

 

 「ようやく来てくれたのね。神風」

 

 プールサイドに入ると、場違いな磯の香りと共に、野風がガラス張りの天井越しに空を見ていた視線を私に向けてそう言った。

 色々成長して、髪だって昔より短いのによくわかったわね。変わってないのは瞳と髪の色と美貌くらいだって言うのに。

 

 「久しぶりね野風。私がわかるの?」

 「わかるわよぉ♪ずぅっと、見てきたんだものぉ♪」

 

 野風は何がおかしいのか、右手の裾で口元を隠し、左手を「やぁねぇ」と言わんばかりにチョイと振ってコロコロと笑っている。

 龍田のように間延びした喋り方をするわね。この子、こんな喋り方だったっけ?

 いや、それよりも呼び方を訂正させるべきかしら。

 ん~。面倒臭い。神風には悪いけど、ここには居ないから神風で通そう。その方が話がスムーズに進みそうだし。

 

 「呉、横須賀、舞鶴、そして南方。色々な場所に行ってたわよねぇ?行ってないのは北方くらい?」

 「そうなるわね。よく調べたじゃない」

 「ふふ♪鬼風ちゃんがねぇ?貴女が何所に居るか教えろって言うから必死に行方を追ったものぉ♪」

 「鬼風と通じてたか……」

 「ええ、あの子に名前を付けてあげたのは私だものぉ。可愛い子だったでしょう?」

 

 なるほど。

 シーレーン奪還作戦の時はどうだったか知らないけど、後の舞鶴、ラバウル、タウイタウイの時は、偶然じゃなくコイツが私の居場所を教えたのね。

 

 「あの子ね?ずぅっと還りたがってたの。でもね?貴女と出会って、貴女の手で還してもらいたいって思うようになったんだって」

 「迷惑な話だこと。じゃあ、アイツを追って南方を転々とした日々は無駄だったって事じゃない」

 「そんな事ないわよぉ。あの日々のおかげで、貴女は強くなったでしょう?あの子を殺せる程に」

 

 ふむ、たしかにそう言えなくもない。

 と、あの頃の事を脳裏で思い出しながら、私は水面へと歩みを進めた。

 水面に立つのは久しぶりだけど問題はないようね。体がしっかりと浮き方を覚えてるわ。

 

 「あらぁ?艦娘は辞めたんじゃなかったのぉ?ハワイ島での戦いの最中に」

 

 ん?水面に浮けたことがそんなに意外?

 狩衣だけじゃ無理だけど、薄衣も併用いてるから浮くくらいなら余裕よ。

 もっとも、浮けるだけで動きは陸上と大差ないけどね。脚技は一応使えるけど、加速も飛距離も艤装を使った場合の3割程かしら。

 

 「辞めたわよ。って言うか、なんでそこまでは詳しいのよ」

 

 それよりもお父さん、海軍の情報は思ってた以上にアクアリウムに筒抜けになってるみたいよ。

 だって、一般に公表されていない私の解体や、ハワイ島内部での戦いまで知ってそうだもの。下手したらスパイが潜入してるかもしれない。

 

 「なんでって……。貴女が出した本に書いてあったわよぉ?」

 「あ、犯人私だった……」

 

 そうだったそうだった。

 私が艦娘時代に体験した出来事を本にして出版してたのをすっかり忘れてた。

 ごめんお父さん。私がスパイでした。

 

 「ふふふ♪ブッ〇オフに沢山あったのぉ♪しかも一冊100円!私大人買いしちゃったぁ♪でもぉ、なんでブック〇フに大量に置いてあったのかしらぁ?」

 「う、うっさい!読んだ人がまだ読んでない人に読んでもらう為にあえてそうしてんのよ!」

 「なるほどぉ!だから、一冊1500円くらいしそうな装丁なのに、100円なんて捨て値で売ってたのねぇ♪」

 

 くっそう……。

 私の自尊心がゴリゴリ削られていく。野風の精神攻撃がハンパないわ。

 それにしても100円って何よ100円って!安すぎじゃない!?まあ、ちゃんと買った後にブックオ〇に売ったんだろうから赤字ってわけじゃないけど気分は良くない。

 そりゃあ、出版した当初は、ネットで「妄想癖の激しい奴が書いたんだろ」とか「という夢を見たんだな」とか散々言われた(旦那調べ)そうだけど、神風なんかは「先輩凄い!私、尊敬しちゃいます!」って褒めてくれたんだから!

 

 「アレを読んで懐かしくなったわぁ。あの頃は酷かったものねぇ。どこもかしこも避難民で溢れて、食べる物も雨露を凌ぐ家もなくて……」

 「ふぅん。アンタも似たような目に遭ってたのね」

 「当然よぉ。でもね?私は貴女とは真逆だったの」

 「私と真逆?」

 「ええ、真逆。貴女は幸せな家庭で育ったでしょう?貴女のことを想ってくれる両親に育てられたでしょう?でも、私の親は私の事が嫌いだったの。毎日のように殴られた。ご飯だって一日一食食べれれば良い方だった。私はクソみたいな親の元で育ったの」

 

 それが、アンタが深海棲艦に与した理由?親から受けた虐待の恨みを、深海棲艦を通して縁も所縁もない人達にぶつける事で晴らそうとしたの?

 

 「そんな、人生のドン底にいた私を救ってくれたのが彼女たちだった。私を何年も何年も苦しめ続けたクソ親を挽き肉に変え、見て見ぬふりをし続けた近所の奴らも炭に変えてくれた。あの時の彼女たちは女神様のように綺麗だったわぁ♪」

 

 野風は胸元で手を組み、まるで祈っているかのように瞼を閉じた。

 そう言えば、私も綺麗だって思ったっけ。それどころか助けを求めた。私の両親を肉塊に変えた憎むべき相手に。

 

 「その後、アンタはどう過ごしたの?」

 「何でもしたわぁ。生きるためならなぁんでも。貴女なら、言わなくてもわかるんじゃない?」

 

 ええ、わかるわ。

 アンタは生きるために盗みはもちろん、体を売ることすらしたんでしょう。もしかしたら、自分が生きるために他人の命奪うことすらしたかもしれない。

 私も、お父さんの所に帰るためなら迷わずそうしてたから。

 

 「死にたくなかったんだぁ。ゴミ共に良いようにされたままで死にたくなかった。仕返ししたかった」

 「だから艦娘に……。いや、違うわね。アンタは深海棲艦になりたかったんだ」

 

 野風は、歪んだ笑顔を私に向けることで肯定した。

 真逆、か。

 そうね。私とアンタは良く似てるけど真逆だわ。艦娘になる前の人生はもちろん、その後の人生も。

 私はお父さんの役に立ちたかった。お父さんみたいになりたかったから艦娘になった。

 お父さんが居る場所に帰りたかったから、死にたくなかった。

 アンタは人に仇成すため。深海棲艦みたいに、理不尽な暴力を振るうために艦娘になった。

 自分を苦しめた人間より先に死にたくなかったから、アンタは生き続けた。

 

 「彼女と会ったのは、配属された部隊を全滅させた日よ。私の体で欲望を満たそうとしたクソ袋共をグチャグチャにした余韻に浸っていたら、彼女が現れたの」

 「彼女?それは…鬼風のこと?」

 「違うわぁ。鬼風ちゃんと会ったのはもっと後。彼女は私を仲間だと誤認して近づいて来たの。自分と似たような力を使い、クソ共を嬉しそうに潰す私を」

 

 どの個体の事を言っている?たぶん名前がついてる個体だと思うんだけど……。

 鬼風以外で名前がついてる個体なんて窮奇くらいしか覚えてないのよねぇ。もう何体かいた気がするけど。

 

 「私は彼女に色々教えたし、色々教えてもらったわぁ。名前だって付けてあげた。この腐った世界に混沌をもたらせてほしいという願いを込めて『渾沌』とね」

 

 思い出した。

 たしか、ハワイ島攻略戦で米軍が相手をした敵主力艦隊の旗艦だった奴。現在、南方で深海棲艦の指揮を執っていると円満が目している南方棲戦姫だ。

 

 「聞きたい?聞きたいよねぇ?彼女達の目的。彼女達の勝利条件。貴女達の運命!気になるよねぇ?気になるよねぇ?気になるよねぇ?ねぇ?神風?」

 「聞かせたいんでしょ?聞いてあげるからサッサと話しなさい」

 

 まどろっこしい。

 アンタは私達が知らない真実を話したくて仕方がないんでしょう?自慢したくてウズウズしてるんでしょう。

 だったら話させてやるわよ。

 どの道、ふん縛って知ってること全部吐かせるつもりだったんだから。

 

 「彼女たちの目的は大きく分けて三つ。すなわち『調整』、『再現』、そして『初期化』」

 「調整は兎も角、再現?初期化?」

 

 うん、調整は何となくわかる。

 前元帥さん達、異世界転生者によって歴史が書き換えられた事で生じた死者数の違いを修正する事でしょう。

 じゃあ再現は?

 前元帥さん達に書き換えられた歴史を再現するって事?それは不可能よ。第二次世界大戦時と現代じゃ兵器の質が段違いだし、戦略や戦術も当時とは違ったモノになっている。

 そもそも、当時の人と現代人とじゃメンタル面が別物と言っても良いわ。

 今の時代の人が、御国のために天皇陛下万歳って言いながら死んで逝くと思う?答えは、有り得ない。

 この戦争が始まった当初でさえ、戦える年齢の大人は志願よりも政府への非難を優先したのよ?

 だからこそ、年端もいかない少女を艦娘として戦地に送り込むなんて方法がまかり通ったんだから。

 

 「ああ、勘違いしないでね?『再現』は、彼女たちの目的の中でも一番アバウトなモノなのぉ。似たような結果(・・・・・・・)に成りさえすれば良いんだから」

 「似たような結果?」

 「そうよぉ。例えば、開戦初期の本土空襲。空襲が起こったと言う事実さえあればよかった。場所はどうでも良いの。小さいものになるとアレね。ほら、ラバウルで奇襲を仕掛けようとした艦隊が、貴女達に一方的に沈められたじゃない?アレ、本来なら日本の艦艇が似たような目に遭ったんだけど、実際に沈んだのは彼女たち。でも問題ないの。似たような事(・・・・・・)が起こったんだから」

 

 野風が言ったのは、恐らく私が辰見達と迎え撃った艦隊とは別。ダンピール海峡を北上しようとした艦隊の事でしょうね。

 たしか、あっちは当時の二水戦が迎撃し、基地航空隊の援護もあって、一方的に叩いたと聞いている。

 あまりにも一方的な展開だったため、『敵にとっては正に悲劇。差し詰め、ダンピールの悲劇と言ったところか』なんて言う子まで居た程よ。

 

 「じゃあ、『初期化』とは?」

 「文字通りよぉ。初期化するの。人類の文明と歴史を」

 「はぁ!?それって人類を滅ぼすって事!?」

 「違う違う。それじゃあ初期化じゃなくて淘汰じゃない。そうじゃなくてぇ、初めからやり直すのよぉ」

 「初めから、やり直す?」

 「そう、さっきも言ったでしょう?文明と歴史を初期化するって。原始時代くらいまで戻しちゃうんじゃないかしらぁ♪」

 「んな事どうやって……」

 「ふふ♪どうやってかしらねぇ♪」

 

 そこまで教える気はない。って事かしら。

 それとも、ニヤニヤと顔を歪めて私の反応を楽しんでる野風もそこまでは知らないって事?

 あれ?でも待って。

 深海棲艦の最終目的が文明と歴史のリセットなら……。

 

 「『調整』と『再現』は必要なくない?」

 「ええ、必要ないわぁ。その二つは儀式みたいなモノだからぁ」

 

 儀式。と来たか。

 なんで深海棲艦はそんな回りくどい真似をする?

 どうせ『初期化』するんなら『調整』も『再現』も意味がない。いや、そもそも不可能に近い。いくらアバウトで良いとは言っても、反撃する手段を手に入れた人類を相手にそんな事するなんて至難至難の業だもの。

 いや?野風は儀式と言ったわね。

 何の儀式?『調整』と『再現』が難しい、もしくは無理だと確認するための儀式?要は……。

 

 「言い訳作り?『調整も再現も無理だから初期化しよう』って事にするための?そんな……。だったら私達がしてきたことは……!」

 

 深海棲艦の手伝い?

 私達が多くの犠牲を出しながらやってきた事が、結果として深海棲艦に文明と歴史を初期化させる大義名分を与えてしまったってこと?

 

 「そう!大正解よ神風!貴女達は頑張りすぎたの!あはははははははは!愉快よねぇ?痛快よねぇ?貴女達が必死に守れば守るほど、彼女たちの目的の達成に近づくだけだったんだからぁ♪」

 

 野風は腹を抱えて嗤いだした。

 何がそんなに可笑しい。私達がやってた事が、自分たちの死期を早めるための愚行だったから?

 それとも、自分の思い通りに事が運んだ事が嬉しいの?

 どちらにしても、私達の苦労を、散っていった者達の想いを腹抱えて嗤うコイツが私には許せない!

 

 「ねぇ神風。今どんな気分?悲しい?哀しい?落胆した?絶望した?それとも怒った?どれでも良いけど、引き金を引いたのは他ならぬ貴女なのよ?」

 「はぁ?私が何したって言うのよ。私がした事なんて……」

 

 他の艦娘と大差ない。

 そう口にしようとして、私だけがしたある事に気がついた。

 アイツを討ったのは私だ。アイツは敵の中枢の一つだった。じゃあ、私が引いた引き金っていうのは……。

 

 「ま、さか……」

 「そう!その通り!ありがとう神風!貴女がハワイ島の母を討ってくれたおかげで、渾沌は南方の母を説き伏せることに成功した!貴女のおかげで予定を早めることができた!見事よ神風!貴女はその名の通り、腐りきったこの世界を滅ぼす神風を吹かせたの!あはははははははは!」

 

 野風の嗤い声が室内に反響して四方八方から私を襲ってくる。

 私のせいで世界が滅ぶ。私のせいでお父さんが死ぬ。大淀が、長門が、辰見が、鳳翔さんが、円満が、旦那が、桜が死ぬ。私のせいで、私の大切な人達がみんな死ぬ。

 そう、否応にも思わせられる。

 

 「ねぇ神風。私と一緒に来ない?」

 「一緒、に?」

 「そう、一緒に。私と一緒に居れば特等席で見られる。世界が滅ぶ瞬間を。私達を散々苦しめた人間たちが苦しむ様を特等席で見られるのぉ♪素敵だと思わない?」

 

 一頻り嗤った後、そう言いながら野風が右手を差し出してきた。

 私達?私はアンタと違って人間を怨んでなんかいない。そりゃあムカつく奴の一人や二人居るけど、ソイツらに痛い思いをさせるために文明を滅ぼそうなんて思わない。思えない!

 

 「お断りよ。そんな悪趣味な場面を見るくらいなら抗ってやる。私が阻止してやる!」

 「貴女にできるのぉ?艦娘でもない貴女に」

 「できるわ!」

 

 直接は無理でも手伝うことはできる。

 この情報を円満に伝え、作戦に協力すれば間接的にとは言え阻止に貢献できる。

 それに、もし南方の中枢がハワイ島の中枢みたいに陸上に居るのなら、艦娘を送り込むよりも奇兵隊を送り込む方が勝算が高い。

 あの時のように、私が中枢の首を獲ってやる!

 

 「海軍元帥の名代として、アクアリウムの最高指導者、マザーに通告します。大人しく投降しなさい。さもなくば」

 「さもなくばぁ?」

 

 野風の顔が今まで見た中で一番、最も邪悪に歪んだ。

 投降する意志はなしってことね。

 野風に投降する意志がないのなんて想定内だったけど、私も甘いわ。

 斬るつもりでここまで来たのに。野風に引導を渡すつもりで会いに来たのに、少しだけ、本当に少しだけ、野風を救いたいと考えた。

 世界の破滅を願い、滅亡の手助けをするほど狂ってしまったかつての友人を助けたいと思ってしまった。

 そんなの、鬼風に死を諦めさせるくらい難しいとわかっていたのに。

 

 「私が……。奇兵隊総隊長。神藤桜子が貴女を斬り捨てます。艦娘(神風)ではなく、貴女が大嫌いな人間()が!」

 

 だから、殺してあげる。

 助からないのなら、もう手遅れなのなら私が送ってあげる。私もその内行くから、先にあの世で鬼風と昔話に花でも咲かせてなさい!

 

 「きゃははははははははは!貴女が私を殺す?人の身で?だったらやってみなよ!出来るものならやってみなよ!逆に貴女を殺してやる!踏みにじってやる!引き裂いてやる!命乞いさせてやる!」

 

 野風の殺気が膨らむのに応じるように、姿が禍々しく変容していく。

 これは……先代荒潮が奥の手としていた深海化か。艤装の形状的には鬼風に近いわね。

 

 「そして、死に瀕して絶望した貴女にこう言ってあげるわぁ……。ざまぁみろってなぁ!」

 

 野風が、化け物みたいな艤装に覆われた左手を私に向けてそう言った。

 スペックは鬼級?姫級?それとも水鬼級かしら。まあどれでも良いか。いずれにせよ、私とは比べるのが馬鹿らしいほど高いはずだし。

 でもね、私は退くわけにはいかないの。私はアンタを倒さなきゃならないの。

 円満の後押しではあるけど円満の為じゃない。

 アンタからしたら大きなお世話かもしれないけど、これ以上アンタに罪を重ねさせないために!

 

 「そう……。ならば覚悟しなさい野風」

 

 私はそう言いながら刀を抜き、野風に切っ先を向けた。

 スペックの差なんて関係ない。

 私が今まで勝ってきた相手は全員格上だったんだもの。今さらその程度の事で動揺したりしない。悲観したりしない。退かない!怯まない!

 アンタの歪みに歪んだ激情を真っ正面から斬り伏せてやる!

 

 「今からこの戦場に、神風を吹かせてあげる!」

 

 こうして私と野風の、十数年ぶりの再会と言う名の殺し合いの幕があがった。

 私たちが出会い、語り合ったこの場所で、お互いの譲れない思いをぶつけ合うために。

 



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第三十七話 天国なんて、あるのかな

 

 

 お姉様と野風さんの戦いはとても長かったです。

 長かった。とは言っても、時間にすれば20分かそこらだったのでしょう。

 ですが、私を含め、あの死闘をドローンから送られてくる映像を通して見守っていた私たちには永遠に続くかのように感じられたんです。

 ええ、全員気が気ではありませんでした。

 お兄様などは、口には出しませんでしたけど「早く終わってくれ」と思っているのが丸わかりでしたもの。

 お兄様のお気持ちは痛いほどわかります。

 だってそうでしょう?

 相手は艦娘。しかも本来の性能を遺憾なく発揮できる状態でした。それどころか深海化まで使ったんですよ?

 対するお姉様が使うのは狩衣と薄衣。

 大層な名前が付けられていますが、要は内火艇ユニットです。駆逐艦と内火艇では勝負にならない事くらい、おバカさんでもおわかりになるでしょう?

 そんな分の悪い勝負にお姉様は挑んだのです。

 そして勝ったのです。

 バトルフィールドが200m×200mという狭い範囲で、脚技を使えなかった野風さんの移動が制限されていたのも勝因の一つではあるでしょうが、それ以前に、艦娘に出来ることと出来ないこと、それらを熟知していた事が最大の勝因だったのだと私は考えます。

 だって、初めて見ましたもの。

 正直言いますと、あんな方法はお姉様しか思い付かないと思います。

 あんな方法で艦娘を、いえ、深海棲艦を倒したのはお姉様が最初のはずです。

 

 

 ~戦後回想録~

 

 元駆逐艦春風。春日 桃少尉へのインタビューより抜粋。

 

ーーーーーーーー

 

 

 野風との戦闘が始まって何分経った?

 5分?10分?それとも1分も経ってないのかしら。

 まあ、何分でも良いか。

 だって何分、何十分、何時間経とうと、どちらかが死ぬまで終わらない。これは、試合終了を告げる審判もタイマーもない死合いなんだから。

 

 「砲撃の威力を見る限り、火力は鬼風より少し低い位かしら」

 

 建物が倒壊する恐れもあるのに、関係なく野風は砲撃を続けている。

 野風が一発撃つ度に鼓膜が破れそうな程の轟音が室内に響き、壁に大穴を開けてるわ。

 

 「脚技は使えないみたいね。それに、砲撃も下手クソ。まさか、偏差射撃すらできないなんてね」

 

 艤装の動きを見る限り練度は高い。

 でも練度、つまり艤装との同調率が高くても、それを十全に扱えるだけの技量が野風には無い。

 例えるなら、レベルマックスの魔法使いが、魔法を覚えてないから物理で殴ってる感じかしら。

 え?わかり辛いって?しょうがないじゃない!良い例えが思い付かなかったんだから!

 

 「とは言え、厄介な事に変わりはないか。さて、お次はっと!」

 

 私は『装甲』の厚さを確かめるために、砲撃の合間を縫って『稲妻』で一気に接近した。

 想定通りなら鬼風と同程度。

 もしそうなら、今の私じゃ傷一つ付けられないはず。

 

 「クッソ!やっぱ硬い!」

 

 私はすれ違いざまに、野風の首を狙って横薙ぎの一太刀を繰り出したけど、刃は野風には届かず、ギャリン!という金属音を響かせただけに留まった。

 あの硬さじゃ『神狩り』でも貫くのは無理そうね。さて、どうしたものか……。

 

 「どうしたのぉ?神風ぇ。斬れないのぉ?」

 「うっさい!もうすぐ斬ってあげるから待ってろ!」

 

 とは言ったものの、どうする桜子。

 野風の攻撃は、余波だけで私にジワジワとダメージを与えるほど強力。直撃しようものなら骨も残らないでしょう。

 対して、私の攻撃は分厚い『装甲』に阻まれて野風に届かない。髪の毛一本斬ることが出来ないわ。

 ならどうする?諦める?諦めて野風に殺される?

 答えはNO。

 私は絶対に諦めない。絶対に死なない。絶対にアンタに勝つ!

 

 「魚雷ってどうやって撃つんだっけぇ?あ、こうだったぁ♪」

 「バっ……!室内で魚雷とか正気か!」

 

 野風が後先考えずに二発の魚雷を発射しようとしている。

 ハッキリ言って避けるのは簡単だ。でも、避ければプールの縁に当たった魚雷が屋根どころか壁や柱の類まで吹き飛ばすのは確実。下手をすれば建物が倒壊する。

 被害を少なくするには、発射直後に破壊するしかない。そうすれば、吹き飛ばされるのは屋根くらいで済むはずよ。

 問題は、放たれた魚雷をどうやって破壊するかだけど……。

 

 「ちぃっ!こんな事なら、射撃の練習をもっと真面目にしとくんだった!」

 

 と、過去の自分に文句を言いながら、刀を鞘にしまい、代わりに腰のホルスターからサブウェポンとして持ち歩いてる拳銃。旦那が選んでくれたグロック17を抜いて、発射されて水面に潜ろうとしている魚雷に狙いを定めた。

 距離は40mってとこかしら。この銃の有効射程はたしか50mって旦那が言ってたから射程的には問題ない。

 問題があるのは私の腕。

 散々撃ちまくった単装砲とは射程も威力も機構も全く違うこの銃で、正確に魚雷の先端を撃ち抜けるのか。

 

 「てぇっ!」

 

 あらやだ。艦娘時代の癖でつい『てぇっ!』なんて言っちゃった。しかも意外と可愛らしい声で……って、そんな事考えてる場合じゃなかった!

 耳を塞がなきゃ!

 

 「うひぃぃぃぃ!耳が死ぬぅぅぅぅ!」

 

 弾倉が空になるまで撃ちまくった内の一発が当たって爆発した魚雷の一発が、もう一発を巻き込んで誘爆を起こし、野風と私の間で大爆発して野風と私を壁際まで吹き飛ばした。

 ダメージは全身打撲に軽い火傷ってところかしら。大丈夫、動けないほどじゃない。

 それよりも問題なのは、室内で反響しまくった爆発音で耳どころか三半規管にまで影響が出てしまったこと。

 今追撃されたら確実に避けられない。

 

 「こ、これだから素人は……。建物が崩れなかったのは奇跡ね」

 

 酔ったみたいにフラフラする足を殴りながら何とか立ち上がって野風が飛ばされた方を見ると、野風は立ち上がれないのか四つん這いでプールに戻ろうとしてるわ。

 ったく、追撃の心配をして損しちゃったじゃない。

 

 「ちょっとどころじゃなく遠いわね……」

 

 直線距離で約200m。

 今ならプールに足が着いてないから『装甲』も薄くなってるはずだけど、今の私に200m離れた相手を攻撃する手段は無い。

 接近するにしても、今から走ったって私が野風に達するより、野風がプールに辿り着く方が早い。

 

 「待てよ?足が水面に着いてなければ……」

 

 艦娘や深海棲艦の性能は激減する。

 それは深海化している野風も例外じゃないはずよ。

 野風の足が水面についておらず、かつ私の足が水面に着いた状態なら、野風の分厚い『装甲』を斬れるかもしれない。

 

 「いや、それに賭けるしかない。やるしかない!」

 

 手段もある。

 その手段とは、大淀が朝潮だった頃に編み出した対長門用の『衝角戦術』。

 本来は砲撃の反動や被弾等の衝撃からの保護。艤装などの、女の細腕じゃ持てないような重量物を違和感無く持てるようにする強化外骨格に近い『装甲』の保護機能を、相手を殴りつけるための筋力として使用するものよ。

 実際に使うところを何度か見たことがあるんだけど、見た目はガゼルパンチなのに、食らった長門は砲弾ばりの速度でふっ飛ばされてたわ。

 あの時は「五万馬力ガゼルパンチ!」とか言ってたかな?本当に五万馬力もの力で殴ってたのかまではわからないけど、『衝角戦術』を使えば見た目が完全に子供の駆逐艦でも、大柄な長門を艤装ごと殴り飛ばすほどの膂力を得ることができるわ。

 まあ、殴り飛ばすだけなら五万馬力も要らないんだけどね。一馬力でもおつりが出るわ。

 それは何故か。

 実艦に五万馬力で突っ込んでも戦艦をそんな風にふっ飛ばせはしないんでしょうけど、艦娘や深海棲艦は保有する戦力は実艦と大差ないのに、重さは自前の体重と艤装の分しかない。

 つまり、駆逐艦の場合だとだいたい大人1.5人分の重さしかないの。長門の場合でも精々大人5~6人分ね。

 そんな低重量なのに、数万馬力もの衝撃を受けて、海面下に『脚』が沈んでる状態とは言え耐えられると思う?

 答えは耐えられない。

 ダメージ自体は致命傷にならなくても、衝撃に耐えきれずに海面から引き剝がされるわ。

 

 「やるのは初めてだけど、私ならやれる!」

 

 『衝角戦術』なら、野風を空中に放り投げる、もしくは打ち上げるくらいは出来るはず。

 内火艇ユニットが元の狩衣でも、海と繋がってるこのプール上なら100馬力以上出せるんだから!

 

 「今度は何をしてくれるのぉ?」

 

 プール上に駆け下りて突撃を開始した私に、野風はプレゼントの包み紙を開ける子供のような無邪気さでそう言った。

 どうして野風は、こんなにも混じりっけのない殺気を振りまけるんだろう。

 無邪気さを感じさせる表情からは考えられないほど純粋な殺意。今の野風は『私を殺す』それだけしか考えていない。

 今した質問なんて、私がしようとしている事を聞き、無駄だとわからせて絶望させる手段でしかない。

  ならば私は、あえてアンタに乗ってやる。手に内を晒して、その通りに実行してやる。

 

 「アンタを花火にしてあげるのよ!」

 「あはっ♪花火かぁ♪私より先に花火にならないでねぇ?」

 

 私は掻い潜った。

 野風の殺意が籠もった砲撃を。野風の想いが詰まった砲撃を。

 そうして、私が残り10m程まで接近した頃になってようやく野風が焦り始めた。

 距離を取ろうとしている。砲撃で牽制しながら後退しようとしている。

 何故、野風は慌てたのか。

 それは、圧倒的と言ってもまだ足りないくらいの戦力差に慢心した野風が、移動らしい移動をほとんどせずに自信を固定砲台と化していたからよ。

 駆逐艦でこれは悪手。

 小回りが利き、砲の連射速度も早い駆逐艦がタイマンしてる最中に固定砲台になってどうすんの?

 速度と機動性、さらに手数の多さで相手を翻弄し、隙あらば魚雷で一発を狙うのが駆逐艦の戦い方よ。

 それなのに、ほとんど止まった状態からじゃ速度を生かせない。速度が乗ってなきゃ、旋回しても上がりきってない速度を落とすだけ。

 ハッキリ言って遅い。速度も遅い。判断も遅い。遅い遅い遅い遅い!

 

 「おっっっ!そぉぉぉぉい!」

 「う、嘘……!きゃあぁぁぁぁぁ!」

 

 私は野風の『装甲』に手を添え、バックドロップ気味に、力の限り放り投げた。

 宙を舞う野風は手足をバタつかせながらも、なんとか私に砲を向けようと藻掻いているわ。

 でも!

 

 「これで……終わりよ!」

 

 私は、放物線を描きながら頭から落下している野風に『稲妻』で突撃開始。同時に、狩衣の力場を抜き放った刀の切っ先に集中した。

 

 「クソっ!クソっ!クソぉぉぉ!こんな所で死んでたまるか!お前なんかに殺されてたまるか!人間なんかに負けてたまるかぁぁぁぁぁ!」

 「いいえ。アンタの負けよ。深海棲艦(アンタ)人間()に負けるの」

 

 今から私が繰り出すのは神殺しの刃。

 アンタが崇め奉る神々を屠ってきた必殺の一撃。

 信心を積み重ねた末に、深海棲艦()と成ったアンタをあの世へ送るのにピッタリな技。その名も……。

 

 「神狩り!」

 

 私は、プールサイド上に落ちて立ち上がろうとしている野風に、最後の踏切と同時に刀を突き出した。

 切っ先が野風の『装甲』と接触し、キィィィィ!っと金属を斬り裂くような音を立てながら潜り込んでみつつ、野風をプールサイドの壁に押しつけている。もう少し。あと数ミリ入れば野風の『装甲』を破砕できる。

 

 「今っ!」

 

 切っ先が十分に潜り込んだのを確認した私は、切っ先に集中していた力場を解放。内側から野風の『装甲』はパリィンという音を立てて砕け散った。

 そこまでは良かったけど、『稲妻』で加速した勢いを『装甲』を突破するために殆ど使っちゃったわ。

 これじゃあ野風の心臓まで刃が届かない。肋骨辺りで止まっちゃう。

 

 「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁ!死にたくないぃぃぃぃ!」

 

 野風が艤装で覆われた左腕で、私を横薙ぎにしようとしている。

 このままじゃ、私の刃が届くのとほぼ同時くらいに殴り飛ばされそうね。

 だったら!

 

 「シャァァァァァァァ!」

 

 私は、左足で自身の突進の勢いを受け止めると同時に刃が真横になるように刀を一度引いて、反時計回りに円を描くように野風の左腕へと斬り上げた。

 

 「あ……。私の腕……」

 

 野風の左腕が落ちて行くのを右目の端に見つつ、上段まで振り上げた刀を、野風の左肩から胸の谷間を通して脇腹まで一息に袈裟斬りにした。

 あまりにも勢いよく血が噴き出すもんだから、野風の胸と左腕から噴き出す鮮血を浴びながら、『深海化しても血は赤いままなんだ』なんて、呑気な事を考えちゃったわ。

 野風も同じ事を考えたのか「私の血……。まだ赤かったんだぁ……」と、呟きながら膝から崩れ落ちた。

 

 「また……真っ赤になっちゃった」

 

 野風の血を頭から浴びたせいで、初めて人を殺した日の記憶がフラッシュバックして少し吐きそうになったけど、なんとか抑え込んで血溜まりの中に倒れた野風を抱き起こした。

 深海化が解け初めて、徐々に元の野風の姿に戻っいってるわね。それに、まだ息がある。

 まだ、野風は生きてる。

 

 「負けちゃったぁ……。やっぱり神風は強いなぁ」

 「私は強くなんかない。アンタが弱かっただけよ」

 「そんなことないわよぉ。貴女はあの頃よりずぅ~っと、強くなったわぁ」

 

 そうかな……。

 強くなったのかな……。

 私は本当に強くなった?

 私は今でも、誰かが隣に居ないと眠れない。一人で居ると孤独に押し潰されそうになる。すぐに泣いてしまう。お父さんに甘えたくなる。旦那に抱きしめてもらいたくなる。

 やっぱり、強くなんてなってないよ。

 私はあの頃から何も変わってない。アンタに子守歌を歌ってもらわなければ寝付けなかった頃と何も変わってない。

 私は……弱いままだ。

 

 「ねえ、野風。一つどうしても聞きたかった事があるんだけど」

 「なぁにぃ?」

 「なんで、信者達にマザーなんて呼ばせてたの?」

 「なんとなく……かなぁ。なんか、それっぽいじゃない?」

 

 嘘だ。

 アンタは母親に餓えてたんじゃない?焦がれてたんじゃない?なりたかったんじゃない?

 だから、信者達にそう呼ばせたんじゃない?

 うん、改めて思ったわ。

 アンタと私は真逆。

 元艦娘と現艦娘。人間と深海棲艦。

 愛されて育った私と、疎まれて育ったアンタ。想ってくれる家族を手に入れた私と、手に入らなかったアンタ。

 母になった私と、母を騙ったアンタ。

 私とアンタは、全く違うけど全く同じ人生を歩んでたんだね……。

 

 「私に勝ったご褒美に、良い事を教えてあげるぅ……」

 「良い事?」

 「ええ……。とぉっても良い事よぉ……。それはね?南方の母は無理をしていることぉ」

 「無理?それはどういう……」

 「南方の母は、本来は『再現』を担っていたの。でもね?貴女にハワイ島の母が討たれた事で、彼女がするはずだった『初期化』まで担わなければならなくなった……」

 「それはつまり……」

 

 弱体化してるって事?

 本来ならやらなくても良い事をしなければならなくなったせいで、余計に力を割かなければいけなくなったから?

 

 「きっと『天幕』を張る余裕もないでしょうねぇ。渾沌ったら、戦力を整えるために相当無理をさせたって言ってたからぁ」

 「それが本当なら……」

 

 朗報なんてレベルじゃない。

 野風が言った『天幕』とは恐らく『結界』の事。それが無いのなら、南方の中枢攻略の難易度はかなり低くなる。

 

 「ふふ♪嬉しそうねぇ……。でも、貴女たちの運命は変わらない。みぃんな死んじゃえばいいわぁ」

 「私は死なないわ。みんなだって死なせない。深海棲艦の野望を阻止して、アンタの墓の前でざまぁみろって言ってやるんだから」

 「ふふふ♪言い返されちゃったぁ……。だったら、精々足掻きなさい。藻掻きなさい。貴女が苦しむ様を、あの世から見ててあげるわぁ」

 

 私が苦しむ様、か。

 そうね、アンタにはその権利がある。

 両親に愛されていた私が苦しむ様を見ていなさい。

 お父さんに救われたことで、色々あったけど旦那と結ばれ、桜を授かって幸せな家庭を築けた私を羨みなさい。

 そんな、もしかしたら自分も得ることが出来いたかもしれない幸せを享受している私が足掻き、藻掻き、苦しむ様を、あの世から見続けなさい。

 

 「あぁ、でもぉ……」

 「ん?なに?」

 

 その先のセリフを聞くんじゃなかったと、私は後悔した。

 だって、今際の際にそんな事聞くなんて卑怯よ。

 こんな事を聞かれたら、否応なく優しい言葉をかけてあげたくなっちゃうじゃない。

 

 「ねぇ、神風……。天国なんて、あるのかな」

 「そんなの……」

 

 あるに決まってる。

 私たちは死んだらそこに逝くの。いっぱい辛い目にあったんおだもの。いっぱい苦しんだんだもの。天国にくらい逝かせてくれなきゃ割に合わないわ。

 と、言ってあげたかった。

 でも言わなかった。代わりに私が言ったのは……。

 

 「アンタも私も地獄逝きよ。いっぱい悪い事したんだもの。いっぱい苦しめたんだもの。これで天国になんて逝ったら非難囂々よ」

 

 私は逆のことを言った。

 野風は優しい言葉なんか期待してない。私と同じように、野風は犯してきた罪を責めらたいんだと思ったから。

 

 「そっかぁ……。そうだよねぇ」

 

 私の言葉を聞いて、野風は満足げに微笑んでゆっくりと瞳を閉じた。

 まだ息はしている。でも、終わりが近い。一度呼吸をする度に、野風の体から命とも呼ぶべきモノが抜けているように感じる。

 

 「野風?」

 「ん~?どうしたのぉ?神風。また眠れないのぉ?」

 

 再び、ゆっくりと瞼を開いた野風に声をかけると、野風は眠れずに泣いていた私に気付く度に言ってくれた言葉を口にした。

 記憶が混濁してるのかしら。あの頃の、私をあやしてくれてた頃の野風に戻っているの?

 だったら、安心させてあげなくちゃ。

 もう大丈夫だよって。もう、心配しなくて良いんだよって。

 

 「違うよ、野風。ちゃんと寝れる。私、野風が居なくても寝れるようになったんだよ?」

 「そうなんだぁ……。偉いのねぇ」

 

 少し、嘘をついた。

 たしかに野風が居なくても寝れるようになったけど、それは旦那と桜が隣に居てくれるから。

 今でも私は一人じゃ眠れない。誰かが隣に居てくれなきゃ、自分がしてきた罪に叩き起こされる。

 独りの私に、安眠は許されない。それが、私に与えられた罰なんだ……。

 

 「野風は、眠れないの?」

 「うん……。凄く眠たいんだけど、眠れないのぉ。なんでだろ……」

 

 野風もそうなんだと思う。いや、そうであってほしいと思った。

 あと少しなのに、あとほんの少しで眠れるのに、野風は犯してきた罪のせいで眠れないでいる。いや、眠ることを許してもらえない。

 いっそ、トドメを刺してあげようとも考えた。でもこれ以上野風を傷つけたくもない。

 だから、私は……。

 

 「ゆーりかご~のう~たをー。カーナリアーがうーたうよー。ねーんねーこぉねーんねーこ。ねーんねーこぉよ~」

 

 悩んだ末、かつて野風が歌ってくれた子守歌を歌ってあげる事にした。

 桜にも歌ってあげた、あの頃の私を安心して眠らせてくれた『ゆりかごのうた』を。今でも眠るときに聞こえてくる、野風の子守歌を……。

 

 「ありがとう……。神か……ぜ」

 

 私が歌い終わるのを待っていたかのように、野風はそう言って眠るように息を引き取った。

 その顔は満ち足りたように穏やかだわ。

 まったく……。

 龍田にしても鬼風にしても野風にしても、なんで私に殺された奴は満足して死んじゃうの?どうして恨み言を言ってくれないの?どうして……。 

 

 「お礼なんて言うのよ。ありがとうなんて言わないでよぉ……」

 

 紡ぐ言葉に促されるように涙が溢れてくる。嗚咽がこみ上げてくる。

 泣きたくなんてないのに、せめて笑顔で見送ってあげたいのに、私の顔は情けなく歪み、涙でグシャグシャになっていく。

 

 「ふざけんじゃないわよ!どいつもこいつも満足して死にやがって!」

 

 私は、起きるはずもないのに、動かなくなった野風の肩を揺すって起こそうとした。

 

 「痛かったでしょ?悔しかったでしょ?憎かったでしょ?ねえ、何とか言いなさいよ……。私がやったんだよ?私がアンタを殺したんだよ!?」

 

 ああ、ダメだ。感情が抑えられない。

 無線を通してみんなが聞いてるってのに、私はみっともなくわめき散らせてる。

 野風に、責められたがってる……。

 

 「罵ってよ!人殺しって罵倒してよぉぉぉ!ねぇ!野風ぇぇぇぇ!」

 

 ふと、私のわめき声と泣き声が室内に反響して、私と野風を包みこんでいるのに気づいた。

 そうしてる内に、私が泣いてるんじゃなくて世界が野風の死を悲しんで泣いているような気がしてきたわ。

 だから、私はこう思うことにした。

 これは泣き声なんかじゃない。嘆きでも、わめき声でもない。

 今響いているのは鎮魂歌。

 野風の魂の安らぎを願い。鎮めるためのレクイエムなんだと。

 そう思って、旦那が来てくれるまで、私は冷たくなっていく野風に縋り付いて泣き続けた。



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第三十八話 徒歩で来た。

 

 

 親父にはよく殴られたっす。

 実の親はもちろん、義理の父親である海軍元帥殿にも。

 こう言うと変態と思われるかもしれないっすけど、親父に殴られるのは嫌いじゃなかったっす。

 自分の事を想って殴ってくれてるのがわかったっすからね。

 桜子さんにプロポーズして、挨拶に行く度に殴られたのも嫌じゃなかったっす。

 殴られる度に、ああ、この人は桜子さん事を本当に大切に想ってるんだなって実感できたっすから。

 でも一度だけ。

 こんな殴られ方は二度と嫌だって思った事があるっす。

 それは、アクアリウム殲滅作戦後。

 慰安のために泊まった旅館で、野風をその手にかけて憔悴していた桜子さんを慰めてあげてくれって、大本営まで出向いて親父に言った時、親父はこう言いながら自分を殴ったんす。

 

 「そんな情けないこと言う奴に娘をやった覚えはない!」ってね。

 

 騒ぎを聞きつけて大淀さん……。って呼ぶと怒られるんだった。お義母さんや他の職員が飛んで来て親父を止めようとしたんすけど、親父は「親子喧嘩の邪魔をするんじゃねぇ!」って、聞く耳持たずに自分を殴り続けたんす。

 

 いやぁ、痛かったっすねぇ。

 アレでも手加減してたのか、怪我自体は大した事なかったんすけど、なんっつうか……。心が痛んだって言えば良いのか……。

 兎に角自分は、こんな自分を『子』だと言ってくれる親父を裏切ったんだって思った途端、大人気なく泣いちまったっす。

 

 そのあと、親父の期待に応えよう意気込んで、桜子さんが待つ旅館に戻ったら大爆笑されたっす。

 なんでか。っすか?

 顔がボコボコで腫れ上がってたからっす。

 なんで顔がボコボコになったかにも察してくれたからっす。

 桜子さんは、泣きながら笑ってこう言ってくれたっす。「ごめんね。ごめんね」って。涙が涸れるまで、ずっとそう言いながら泣いてたっす。

 

 

 ~戦後回想録~

 

 奇兵隊副長へのインタビューより。

 

 

ーーーーーー

 

 

 「それは、事実なの?」

 『真偽は確かめようがないが、桜子が直に聞いたそうだ』

 

 腐れロリコン野郎の来日を一週間後に控えた日の夕方。歓迎の準備等で大忙しって時に、先生から突然電話がかかって来たから何かと思えば、桜子さんがアクアリウムの最高指導者である野風から深海棲艦の目的が聞き出せたという報告だった。

 

 「調整、再現、そして初期化……か。確証はないにしても、深海棲艦の目的がある程度絞れたのは大きいわね」

 『ああ、初期化の手段は見当がつかんがな』

 「そう?私は見当がついちゃったけど?」

 

 先生は「本当か?」とか言って訝しんでるけどマジだから。私はインド人並に嘘をつかないんだからね?

 

 「桜子さんには感謝しなきゃ。勲章を贈りたいくらいだわ」

 『それは私から贈る。お前が気にすることではない』

 「是非とも贈らせてほしいとこだけど……。先生がそう言うなら先生に任せるわ。そっちの方が、桜子さんも喜びそうだし」

 

 個人的にお酒でも贈るか。

 桜子さんが聞き出してくれた情報のおかげで、今現在南方で指揮を執ってると思われる南方棲戦姫。渾沌の真の目的もわかったわ。

 あとは、駒を適切に配置して、渾沌の思惑を打ち砕くだけだ。

 そのためにはまず……。

 

 「横須賀鎮守府司令長官として、元帥閣下にお願いしたいことがあります」

 『なんだ?改まって』

 「呉、佐世保、舞鶴、大湊の各提督を、横須賀鎮守府に集めて頂きたいのです」

 『五大鎮守府の提督を全てか?』

 「はい。秘書艦も一緒ならなお良いです」

 『ふむ、秘書艦もか……。円満、何を企んでいる?』

 「企んでいるとは心外ですね。私はただ、勝ちたいだけです」

 

 そのためにはまず、各鎮守府提督の理解を得ておかなければならない。

 その理由は、今回の作戦に投入する艦娘を厳選したいから。その中には当然、秘書艦を務めている艦娘や、カッコカリどころかガチな結婚をしている艦娘もいる。

 そういう子を投入する場合、私が立てた作戦を聞いた途端に反対されそうだから先に説明して説き伏せておくのよ。

 まあ、秘書艦や嫁艦を投入したら、こちらが求める支援以上の事をしてくれるかもって下心もあるけどね。

 

 『わかった。今は聞かないでおこう。各鎮守府の提督には私から連絡しておく』

 「ありがとう。愛してるわ先生」

 『え、円満、気持ちは嬉しいがその……。そ、そうだ!誰かに聞かれたらどうする!』

 「え?満潮が聞いてるけど、間抜けな顔してるだけよ?」

 

 ちなみに、満潮は復帰早々に、ロリコンクソ野郎歓迎の準備に振り回されててんてこ舞い。

 先生から電話がかかってきたくらいに、ようやく一息つける時間ができたからお茶を啜ってたわ。

 私の「愛してるわ先生」ってセリフを聞いて噴き出しちゃったけど。

 

 『円満、冗談でも次からは控えて……』

 「あら、冗談に聞こえちゃった?気持ちは十分に込めたつもりだったんだけど」

 

 悪いわね先生。私は吹っ切れたの。

 今までは心のどこかで大淀に遠慮してたのが、満潮を半殺しにした事でその気持ちが霧散しちゃったわ。

 今は全力で奪いに行ってる。

 青葉にリークして大事にしてやろうか、とも考えてるわ。作戦を控えた今はさすがにマズいからしないけど。

 ところで満潮?

 どうして幽霊でも見たような目で私を見てるの?

 

 『はぁ……。まあいい、他に注文はあるか?』

 「他に?そうねぇ。あ、そうだ。日程を、ロリコンクソペド野郎が来日する日以降に調整してくれるとありがたいんだけど」

 『わかった。なぜお前がケンドリック君をロリコン扱いしているのかは知らんが、そういう方向で調整してみよう』

 「さっすが先生♪今度会った時には私の全てをあげるからね♪」

 『キャラ変わっちょらんか!?前は絶対にそんな事言わんかったろうが!』

 「先生、方言でてるわよ?私は好きだからそのままでも良いけど♪」

 

 確かに自分でもキャラが変わっちゃったなぁと、思わなくもない。でも同時に、これが本来の私なんだという確信がある。

 だって、素直になっただけだもの。

 素直に気持ちを言葉にして伝えてるだけ。なんだか、雁字搦めにされていた心が解放されたような気分だわ。

 私の様子を見た満潮が恐怖に竦んでガタガタ震えるくらいキャラが崩壊してるけど、一度この解放感を味わったらやめられない。そう、今の私は……。

 

 「自由だぁぁぁぁ!」

 『いかん!円満が壊れた!大淀!今すぐ横須賀鎮守府に精神科医をダースで送れ!』

 

 おっとマズい。

 思わず叫びながら立ち上がったら、先生に壊れてる認定されちゃった。このままじゃ本当に精神科医をダース単位で送って来そうだから、これくらいで控えるとしましょう。

 

 「大袈裟ねぇ。壊れてなんかないから大丈……。って、満潮?誰に電話して……」

 

 先生を止めようと座り直して真面目な話にシフトしようとしたら、満潮が真っ青な顔して誰かに電話しようとしてる姿が目に入った。

 誰かに相談?

 いや、助けを求めようとしてるのかしら。

 満潮のスマホに登録されてる連絡先なんて片手で足りるくらいだけど、この状況で満潮が連絡を取ろうとする人は誰?

 先生?

 は、ないわね。先生は今も電話口でバタバタと大淀に指示を出してるもの。そろそろ止めないと本当にマズいなぁ……。

 じゃあ澪かな?

 有り得るけど、この状況で澪はないわね。今も仕事中のはずだし、鎮守府と養成所はすぐに駆け付けられる距離じゃない。

 あと登録されてるのは恵くらいだけど……。ん?恵?あ、これはマジでやばい……。

 

 「ちょ待っ……!」

 「恵姉さん助けて!円満さんが壊れちゃった!頭パーになっちゃったぁぁぁ!」

 「ひぃっ!やっぱり恵だった!」

 

 元駆逐艦 荒潮だった荒木 恵は、現在は元艦娘を主な対象にした心理カウンセラーをしている。

 こんな、常に命の危険が伴うような商売してると、精神的に病んじゃう子がどうしても出ちゃうのよ。

 例えば、多いのだと海が怖い。

 症状が酷い子になると、海の画像を見ただけで怯えるそうよ。

 変わったのになると先端恐怖症とかかな?

 自分の命を狙う砲身に晒され続けた結果、指先を向けられただけで悲鳴を上げたり、酷くなると襲いかかっちゃうんだってさ。

 そういう子達が抱えている問題や悩みを聴き、解決に導くのが恵の仕事よ。

 評判は上々で、恵のカウンセリングを受けて実生活に影響が出ないレベルまで回復したって子も多いらしいわ。

 ただ、恵のカウンセリングを受けた子の多くは無駄に「あらあら」言うようになって、唯一神アラアッラーを信奉するムツリム(別名アラアッラー教)、しかも過激派で知られるヒアソビ・シーヤ派に入信してしまう。

 「それ、カウンセリングじゃなくて洗脳じゃない?」って何度ツッコんだ事か……。

 で、コイツらは日に日に勢力を増し、元伊勢と元日向の二人が教祖の瑞雲教と事あるごとに衝突してるの。

 瑞雲教徒が線香の某銘柄を好んでるからって理由だけで「抹香臭い奴は瑞雲教徒だ!」とか難癖つけてね。

 いつかお坊さんを襲うんじゃないかって考えると気が気がじゃないわよ。

 だって、アイツらったら軽くテロリストなんだもの。

 火がついてる線香を問答無用で消化し(なんて罰当たりな!)、某銘柄(某銘柄は、瑞雲教徒が買い占めるせいで常に品薄状態)の不買運動まで扇動してるの。

 まあそんな感じだから、私はムツリムに対してあまり良い感情を抱いていない。

 今の荒潮もムツリムに入信したって満潮から聞いた時は血の気が引いちゃったけど、ヒアソビ・シーヤ派じゃなくて穏健派のヒアソビ・スンナ派だったから少しだけ安心した覚えがあるわ。

 

 「お願い恵姉さん!すぐに来て!私……私こんな気持ち悪い円満さんなんて見たくないの!」

 

 Hey ミッチー。

 いくらなんでも気持ち悪いはないんじゃない?だいたいさ、アンタだって散々私を煽ったでしょ?

 やれ「いい加減に告るなりしなさいよ」とか「はぁ?キスもできないの?このヘタレ!」とか言ってさ。

 それなのに、いざそういう事をしたら気持ち悪いと来た。これは失礼なんてレベルじゃない。侮辱よ!

 

 「って!そんな場合じゃなかった!満潮!すぐに電話を切りなさい!命令よ!」

 「嫌!だって円満さんがおかしいんだもん!壊れちゃったんだもん!だから恵姉さんに治してもらうの!」

 「やめて!恵に頼んだら治るどころか改造されちゃう!」

 

 しかも魔改造!

 独特の口調と声音。艦娘時代の経験と、カウンセラーになる前となってから培った知識。それらを駆使し、大量のムツリムを生み出した洗脳術にかかれば、私と言えどもムツリムにされかねない。

 

 『恵?そうかその手があった!大淀!今すぐ恵に迎えを出せ!元帥専用車を使っても構わん!』

 「え!?ちょっと先生!?」

 

 マズいマズいマズい!

 このままだと、本当に恵のカウンセリングを受けさせられちゃう。

 それだけは絶対に避けないと。

 洗脳されるかもしれない危険はもちろんだけど、常に笑顔で、私ですら何を考えてるか全く読めない恵と二人っきりで居ることに堪えられる自信がない。

 あ、誤解のないように言っておくけど、恵の事を嫌ってるわけじゃないのよ?

 いくつもの戦場を共に駆け抜けた戦友だし、元とは言え同じ朝潮型だった姉妹だもの。そんな恵を私が嫌うなんて有り得ない。

 でも二人っきりは無理。

 恵と二人っきりで居て平静を保てるのなんて、私が知る限り澪と山雲しか居ないわ。

 

 「ホント!?来てくれるのね!?うん、うん。わかった!正門から入れるように手配しとくわ!」

 「来るの!?いやいやいや!無理言っちゃダメよ満潮!恵はカウンセリングの予約でいっぱいなんだから!」

 「安心して円満さん!『予約はキャンセルするしぃ、こんな事もあろうかと、円満ちゃんの洗脳プランは考えてたからぁ♪』って言ってくれたから!」

 「それでどう安心しろと!?」

 

 満潮は心底安心したように通話を切って、恵を迎えに行く気なのか執務室から出て行こうとしてるけど、私的には安心できる要素が欠片もない。

 だって『洗脳プランは考えてた』とか言ったんでしょ?ソレって私を洗脳する気満々ってことじゃない!

 

 「ちょっと待って満潮!私は壊れて……!」

 「安心して円満さん。きっと治るから。恵姉さんがちゃんと……。ちゃんと治してくれるから。くぅっ……」

 

 くぅっ……。とか言ってんじゃない。

 え?満潮って私が思ってるよりバカなの?なんで涙を堪えながら出て行ったの?

 

 『閣下、迎えの手配が完了しました!』

 『そうか。これで一安心だな』

 『はい。恵さんなら、円満さんがどれだけ壊れようとも必ず治してくれるはずです』

 

 身勝手な安心をしないでくれない!?

 言っときますけどね。

 恵はカウンセリングにかこつけて私を洗脳する気だからね?ムツリムにする気なの!

 そうなったら大変よ。私の地位と権力を利用して勢力を拡大、さらに他宗教の殲滅までやりかねないわ。

 いや、むしろそれが目的?

 洗脳プランは、私を利用するために練られていた!?

 

 『円満、すまなかった。私はお前に無理をさせすぎていたようだ……』

 「い、いや、無理はしてるけどまだ大丈……」

 『いいんだ!皆まで言うな!よくよく考えれば、お前はまだ19歳だ。それなのに私は、提督という重責を負わせてしまった。頭が良く、先を見通すような戦略眼があるという理由だけで』

 「だ、だからね先生、本当に大丈夫だから。ちょっと悪ノリしちゃっただけで壊れたわけじゃ……」

 

 う……。なんか男泣きし始めちゃった……。

 先生の嗚咽と、大淀の『円満さんが壊れたのは貴方のせいではありません。きっと疲れているだけですよ』なんて言って慰めてるのが受話器を通して聞こえる。

 そうね。百歩譲って、私が壊れてるんだとしたら、それは先生のせいじゃない。アンタのせいよ。

 アンタが不倫の許可なんて出したから、私はアンタへの罪悪感と、先生への恋心に板挟みにされて苦しむ羽目になったんだから。

 そしてトドメを刺したのもアンタ。

 私の心の支えだった満潮を3週間もの間奪ってくれたおかげで、私のメンタルも私生活も滅茶苦茶。部屋は散らかり放題になったし、食事にだって困ったわ。

 自慢じゃないけど、私ってカップ麺すらちゃんと作れないんだからね?3分しか待ってないはずが30分経ってて、麺がアフロみたいに盛り上がるのなんてしょっちゅうだし、お弁当をレンジで温めようものなら容器が溶けるまで温めちゃうような料理オンチよ。

 満潮が入渠を終えて帰って来た日は一晩かけて説教されたし、次の日はお休みだったから一日かけて掃除させられたわ……。

 

 『もしもし。円満さん?聞いてますか』

 「え?ああ……。大淀か。何よ。先生は?」

 『目から変な汁が出て止まらん。とか言って泣いてます。今日はもう話にならないと思いますので……その、私が聞いて問題ない事なら、後ほど伝えておきますが』

 「まだ先生以外には教えたくないから、アンタには言わない」

 『そう、ですか……。あの、円満さん!もう一度ちゃんと……!』

 

 謝らせてください。

 って、言おうとしたんでしょうね。

 今だに満潮の件を根に持ってるから、最後まで聞かずに電話を切っちゃったから合ってるかどうかわかんないけど……。

 

 「小さいなぁ。私……」

 

 一応言っておくけど、胸じゃなくて人間がって意味ね。

 だって胸は小さくないもの。

 普通の人より少し、ほんのちょっぴり小振りなだけで小さいわけじゃない。本当よ?

 谷間だって……。いや、谷間の事を考えるのはやめておこう。考えるだけで発狂しそうになるから……。

 

 「それよりも今は」

 

 逃げななきゃ。

 先生が出した迎えが恵の所に着くまで軽く一時間。そこから鎮守府まで、さらに一時間くらいはかかるはず。

 逃げる時間は十分にあるけど……。

 

 「でも、仕事が……」

 

 幸いにも、今日中に終わらさなければならない仕事はほぼ終わっている。

 残るは午後の哨戒に出た子達の報告を聞くだけだ。

 

 「戻って来るまであと30分。って、とこかしら」

 

 報告を聞き終わるのに更に一時間。恵の襲来まで、差し引き30分は時間がある。

 ちゃんと職務を全うしてから逃げても間に合う。問題ない。

 と、安心した私を、執務室のドアをゆっくりと開いて現れた人物が絶望のドン底へ突き落とした。

 亜麻色の少し癖っ毛のロングヘアと金色の瞳。言ってもないのに「あらあら」と聞こえてきそうな独特の笑顔。襟の白さがワンポイントになった黒のワンピースにブーツ姿の荒木 恵だった。

 

 「なん、で……」

 

 来るのが早すぎる。

 満潮が恵に連絡してからまだ20分くらいしか経ってないのよ?それなのに、どうして恵がここに居るの?

 さらに、何故か四駆と八駆が勢揃いしてる。この子たちも満潮が呼んだの?何のために!?

 いや、それよりも。

 

 「どうやって……」

 

 ここまで来た。と、言おうと思った私を、恵は一歩前に出ることで制し、邪悪という概念の塊で出来てるんじゃないかと錯覚しそうな笑顔でこう言った。

 

 「徒歩で来た」と。

 

 どこかの戦闘王みたいなその言葉を合図に、四駆と八駆の八人が一丸となって私を椅子に縛りつけ、満潮が代表して「円満さんの事、よろしくお願いします」と恵に言って出て行った。

 後に残ったのは、冷や汗ダラダラで表情を変える余裕もない私と、獲物を前に舌舐めずりする肉食獣のような笑顔を浮かべた恵だけだった。




 

 


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第三十九話 幕間 円満と恵

 四章ラストです!
 五章開始は早くて二週間後かなぁ……。慣れない環境での仕事のせいか、宿に帰るとすぐに寝落ちしちゃうので(-_-;)


 

 

 アロマテラピーって言葉を聞いたことある?

 日本語で言うと芳香療法と呼ばれるそれは、エッセンシャルオイル(精油とも呼ばれるこれは、長い歴史の中でその芳香と薬理効果が認められた植物の花、葉、茎、実、木などから抽出された濃縮な揮発性の液体の事)を用いて、その芳香が鼻から脳へ伝達され心や体に様々な効果をもたらすの。

 マッサージやお風呂に入れて使うこともあるわね。

 良く使われるのはラベンダーかしら。

 偏見が入ってる気はするけど、トイレの芳香剤でよくある匂いを思い浮かべてもらえば問題ないと思うわ。

 で、今まさに、執務室はその香りで満たされている。

 ラベンダーの鎮静や弛緩効果のおかげで、訪れた人に「トイレのニオイがする~」とか言われたらどう言い訳しようって、妙にボケた頭で考えちゃってるわ。

 だってそうでもしないと、執務室をトイレ臭くし、駆逐艦たちを使って私を椅子に縛りつけて、机を挟んだ正面に引っ張ってきたパイプ椅子に座る恵が説くムツリムの素晴らしさに洗脳されちゃいそうだもん。

 

 「それでね?今入信するとぉ、もれなく『り陸奥たか』を飼える権利とMNB41の書類選考に応募できる権利がたったの10万円のお布施で貰えちゃうの!」

 「いや、それ何も貰えてないじゃん」

 

 だいたい『り陸奥たか』って何よ。

 飼えるとか言ってたから生き物なんでしょうけど、そんな生物聞いたことがないんだけど?もしかしてカタツムリを逆から読んだだけ?カタツムリを飼う権利なんて誰が欲しがるのよ。

 MNB41にしてもそうね。

 某アイドルグループのパクりじゃん。ムツリムは陸奥が立ち上げた宗教って聞いたことがあるから、41ってもしかしなくても41センチ砲の41?アホか。

 そんな得体の知れないパクリアイドルグループの書類選考に応募するなんて、893に個人情報を提供するくらい危険よ。

 

 「さらに!さらにさらにさらにぃ!今なら信者を一人増やす毎に、紹介料として新たな信者から得たお布施を全て、アラアッラー様に捧げる権利が貰えるの!」

 「だからさ、何も貰えてないよね?それに、それってネズミ講じゃん」

 

 しかも質が悪すぎる。

 いくら勧誘したって、下の人は1円も儲からないじゃない。詐欺師も呆れるほどの悪徳っぷりだわ。

 

 「ネズミ講だなんてとんでもない!私は純粋に、アラアッラー様の教えを世に広めたいだけ!」

 「うっそだ~。だったら、お布施とか求めなくていいじゃない」

 「円満ちゃんは何もわかってないのね。お布施は単なる通過儀礼。10万円という、けっして安くない金額をポンと払える人だけ、アラアッラー様を信仰する権利と『あらあら』と言ってもいいお許しがでるのよ」

 「そんな権利いらない」

  

 って言うか、『あらあら』言うのにお許しが必要だったの?じゃあ、普段から『あらあら』言ってる人はムツリムってこと?そんなバカな。

 

 「強情ねぇ。たいていの人は最初の特典で落ちちゃうのにぃ」

 「はぁ!?アンタの患者はバカばっかりか!」

 「円満ちゃん。それを言うなら相談者、もしくは来談者、クライエント、カウンセリーのいずれかが適当よぉ?」

 「んなこたぁどうでも良いのよ!それよりも私を解放しなさい!これは立派な犯罪よ!?」

 「円満ちゃん。犯罪はバレて初めて犯罪になるのよぉ?つまりぃ、バレなきゃ犯罪じゃないのよぉ♪」

 「いやいや、立派に犯罪だから」

 

 よし決めた。ムツリムを摘発しよう。

 悪質な勧誘、及び詐欺同然の資金調達。さらに、提督である私を監禁、拘束したんだもの。摘発どころか壊滅させられても文句言えないわ。

 

 「ふふふ♪やぁっと、気が紛れたみたいね」

 「はぁ?紛れるどころか面倒ごとが一つ増えたんだけど?」

 「嘘はダメよぉ?円満ちゃんの事ならなぁんでもわかっちゃうんだからぁ♪」

 

 ふむ、確かに怒ったせいで、少しだけスッキリしたような気はする。

 ここ最近私を悩ませているロリコンクソペド変態野郎への対応と、各提督達を説得する方法も今は考えないで済んでいる。

 じゃあ恵は……。

 

 「わざと、私を怒らせたの?殺意を覚えるレベルの宗教勧誘や、さもやっているかのように語ったネズミ講も私を怒らせるためだったの?」

 「……」

 

 おいこら元姉妹艦。何故笑顔のまま顔を背ける。

 もしかして宗教勧誘とネズミ講はマジなの?マジでやってんの?マジなら絶対に摘発するけど?

 

 「恵、アンタ……」

 「そ、そうだぁ!満潮ちゃんってお友達い~っぱいできたのねぇ。私ビックリしちゃったぁ♪」

 「話を逸らすんじゃ……!」

 「玄関で私を待ってる間に集まってくれたみたいでね?半泣きの満潮ちゃんを皆で慰めてたわぁ」

 「満潮が泣いてたの?しかも人前で?」

 

 あの満潮が、親しい人の前以外で泣くなんてよほどの事だわ。つまり、満潮の目に映った私は、満潮が人前で泣いて協力を求めるほど酷かったって事か……。

 

 「これは言わないでって言われてるんだけど、満潮ちゃんからよく相談されるの。どうやったら円満ちゃんの負担を軽くできるかな。って」

 「満潮がそんな相談を?」

 「ええ、私の一番のお得意様よぉ?」

 

 私は、満潮が恵に相談するくらい心配をかけてたのか。心配させてる自覚はあったけど、誰かに相談するほど心配させてたとは思わなかったな……。

 

 「円満ちゃんって、友達と呼べる人は何人居る?」

 「な、何よ急に。友達くらいそれなりに……」

 「じゃあ、頭の中で良いから数えてみて?」

 「なんでそんな事を……」

 「い・い・か・ら♪」

 

 はいはい、やればいいんでしょ?やれば。

 え~っと。

 私が友達と呼べるのは、何年も寝食を共にした澪と恵、もちろん満潮も。あとは……。

 辰見さんと桜子さんは親しいけど違う気がする。あの二人とは親しいけど、友達と言うよりは先輩かな。

 先生も呑み友達ではあるけど、好きだと自覚してからは一歩距離を置いてる。友達じゃなく恋人になってほしいってのが理由だけど。

 あ、あれ?そう考えると三人だけ?私ってこんなに友達少なかったの!?

 いやいや、三人もいれば十分よね!世の中には友達が一人もいない人だっているんだし!

 

 「円満ちゃん。大淀ちゃんを数えてないでしょぉ」

 「あ、大淀がいた……。いや、でも……」

 「恋敵だから数えなかった?それとも、満潮ちゃんを傷つけた事が許せないから?」

 「両方……かな」

 

 私の答えを聞いて、恵は「ふぅん」って言いながら足を組んだ。

 仲良くしなさいとか言われるのかな。昔は仲が良かったじゃないとか言って説教でもする気なのかしら。

 

 「円満ちゃん」

 「な、何よ……。どうせ、仲良くしろとか言うつもりなんでしょ?」

 「言わないわよぉ。言ったって無駄だものぉ」

 「だったら、なに?」

 「相変わらずバカだなぁと思って♪私安心しちゃったぁ」

 「バ……」

 

 バカですってぇ!?

 言っときますけどね、私ってIQはかなり高いからね?数字まで言うつもりはないけど、某名探偵の孫と同じくらいあるんだから!

 その私をバカ呼ばわりするなんてどういうつもりよ!

 

 「円満ちゃんは確かに頭が良いわぁ。艦娘だった頃でも、私と澪ちゃんは円満ちゃんが考えてる事がほとんどわからなかった。今だから言うけど、違う生き物と一緒に生活してる気分だったわぁ」

 「そ、そうだっ……たの?」

 「そうよぉ?円満ちゃんは頭が良すぎるから、姉さんが亡くなった後でさえ私たちを頼ってくれなかった。一緒に暮らしてるのに、姉妹なのに、円満ちゃんは私たちを頼ってくれなかった」

 「た、頼らなかったのは、その……。アンタ達に心配かけたくなかったって言うか……」

 

 いや、それは言い訳だ。

 心配かけたくなかったっていうのも本当だけど、私は澪や恵に相談してもどうにもならないと思っていた。

 だってアンタ達は、姉さんが戦死した時は出撃してたじゃない。私みたいに、呑気に入渠してたわけじゃない。

 そんなアンタ達に、私の悔しさは理解できないと思ったのよ……。

 

 「ほら、やっぱり円満ちゃんはバカだわ。どうして難しく考えるの?なんで、満潮ちゃんにするみたいに、素直に泣いてくれなかったの?大淀ちゃんの事だってそうよ。円満ちゃんの事だから、大淀ちゃんが一番嫌がる事をしてるでしょ。例えば無視するとか、まともに相手をしないとか。事務的な対応しかしないっていうのも、あの子には効果覿面でしょうね」

 「お見通しか……。さすが心理カウンセラーね」

 「茶化さないで。私がカウンセラーになろうと思ったのも、澪ちゃんが教官になったのも、素直に人を頼れない円満ちゃんの力になりたかったからなのよ?」

 「だから感謝しろと?私はそんな事頼んでない!」

 

 ああ、恵が言うとおり私はバカだ。

 恵がカウンセラーになったのは、そういう立場にあれば私が相談しやすいと考えたから。

 澪が教官になったのは恐らく、艦娘を育てる事が私の手助けになると考えたから。

 二人とも、私のためを思って将来を決めてくれたのに、私は感情にまかせて突っかかってしまった。

 満潮が人前で泣くくらい心配させてるのに、私はまだ一人で解決しようとしている……。

 

 「ごめん……。言い過ぎた……」

 「気にしないで?クライエントの溜め込んでるモノを吐き出させるのも私の仕事だもの。今日だってね?円満ちゃんが大淀ちゃんとケンカしたかもしれないって、満潮ちゃんから相談されてたから話を聞こうと思って近くまで来てたの。そしたらあの電話でしょう?私、手遅れかもしれないって本気で焦ったんだから」

 

 それであんなに到着が早かったのか。

 そりゃ近くまで来てたんなら、20分かそこらで来れたのも納得だわ。先生が出した迎えは完全に無駄になったけど。

 

 「提督になるの、早すぎたんじゃない?円満ちゃん、10年は下積みしたいって言ってたでしょ?」

 「私も早いと思ったけど……。半分仕方がなかったのよ。前の元帥さんが続けられなくなって……。ほら、あの人って100歳超えてるからさ。それで先生が元帥さんの後を継ぐことになっちゃったから……」

 「でも、こういう言い方は失礼かもしれないけど代わりはいたよね?辰見さんだっているんだし。それなのに、無理矢理少将まで昇格させて提督に据えるなんて強引すぎじゃないかしら?」

 

 恵の言うとおり、先生はかなり強引な手を使って私を提督にした。

 私が艦娘時代に上げた武勲では中尉が限界だったのに、取り敢えずは提督補佐とするため、妖精さんが見える者に与えられる特典である二階級特進を使って少佐にしてくれた。

 ここまでは強引と言う程じゃないんだけど、強引だったのはそれから。

 旧帝国海軍時代からの慣例で、鎮守府司令長官は将官(上級大将、大将、中将、少将、准将)が務めることになっている。逆に言えば、将官しか提督になれないと言っても良いわね。まあ、国防軍になってから上級大将と准将は廃されたけど、その慣例を先生は任命会議の場で逆手に取ったの。

 正化30年から時間をかけて海軍上層部を粛清し、有能が故に憂き目に遭わされていた人達を上層部に据えた先生は、元帥に就任した途端に私を提督にすると上層部の面々に言い放った。

 いくら先生が選んだ人達だとは言っても、彼らは有能さと善良な人格を合わせ持った人達。

 当然の事ながら、その時点では少佐でしかない私を提督にする事に、上層部は臆すること無く反対したわ。

 例を挙げると「いくらなんでも若すぎる」「まずは提督補佐として経験を積ませるべきだ」「提督の重責に堪えられるとは思えない」等々、色んな反対意見が飛び交ったわ。

 会議には当事者の私も出席させられてたから良く覚えてる。

 でも彼らは、けっして自分の立場が危うくなるとか、小娘のクセにとか、そんな事で反対してたんじゃないの。

 上層部の人達は海軍、延いては国防、さらに私の精神的負担を鑑みて反対してくれてた。それ自体はありがたいと思ったし、さすがは先生が選んだ人達だなとも思ったわ。

 そして最後に、先生が待ち望んだ反対意見が出た。

 

 「提督を務めることができるのは将官からですぅ。って?」

 「そうよ。それを聞いて、先生は待ってましたとばかりにこう言ったわ。『ならば昇格させよう。たった今から、紫印 円満少佐を少将とする』ってね」

 「相変わらず無茶苦茶するわねぇ。あのオジサン。先に出た反対意見とかガン無視じゃない」

 「無視はしてないわ。屁理屈で私の階級を上げたのは言わばジャブ。それを皮切りに、先生は上層部の説得に移ったの。私的には公開処刑されてる気分だったけどね」

 「どうしてぇ?」

 「それは……。私からしたら褒め殺しされてるのと同じだったから……」

 

 私を無理矢理昇格させた先生は、私を自分の隣に立たせるとプレゼンを始めたわ。

 こんな感じで。

 

 「まずは彼女を提督にする事で生まれるメリットだが、賢明な諸君らなら言わなくても想像はついてるだろう?そう、海軍、特に男性軍人の士気高揚だ。彼女の容姿は、美女美少女揃いの艦娘たちと比べても群を抜いている。いや、飛び抜けていると言っても過言ではない!そんな彼女の下で働ける男性諸氏は、正に我が世の春を経験するだろう。ハッキリ言って、私と代わってほしいくらいだ!」

 

 場に集った上層部の人達も「何言ってんだコイツ」って思ってるのが丸わかりな顔してたわ。きっと私もそんな顔をしてたと思う。

 そんな場の雰囲気など意に介さず、先生は私の容姿と性格をこれでもかと褒めちぎった後、こう締め括ったわ。

 

 「諸君らも軍人だ。いざという時には兵を率いて戦場に赴く覚悟はあるだろう。だが今は、一兵士の立場になって考えてもらいたい。私を初めとした諸君らのようなむさいオッサンに死んでこいと言われるのと、紫印少将のような可憐な美少女に「死んでこい♪」と脳を蕩けさせるような声で言われるのとどちらが良い?断然後者だろうが!」

 

 先生の性癖もろ出しの説得に「た、たしかに」とか「言われてみれば」と同調する声が上がり始めた。

 それを見て「ダメだコイツら」って思った覚えがあるわ。でも、まともな人も残っていた。その人は臆すこと無くこう言ったわ。

 

 「しかし閣下。艦娘は女性です」ってね。

 

 はい論破。

 と、その人の顔が語っていた気さえする。だけど、先生はその反論も予想内だったみたいで、彼のドヤ顔を嘲笑うかのようにこう問い返したわ。

 

 「では、国民はどうだ?」と。

 

 日本は民主主義故に、軍といえども国民の声は無視できない。不祥事を起こせばマスコミを通じて袋叩きにされるし、運営資金である軍事費にも影響が出かねない。

 それを切っ掛けに、今の内閣が倒れれば軍の体勢も変わるかもしれないわね。

 だから先生は、私をアイドルにしようとしたのよ。

 艦娘達を指揮し、艦娘と共に戦場を勇猛果敢に駆ける可憐な戦乙女。

 私を通して、女性からは憧れと羨望を、男性からは支持と理解を得ようとしたの。最悪、男性からの支持だけでも良かったんでしょうね。ほら、世界の半分は男でできてるから。

 

 「なるほどぉ!それで一時期、円満ちゃんがテレビや雑誌に出てたのねぇ」

 「ネットじゃ散々叩かれたけどね」

 

 やれ「元帥の愛人」だとか「お飾り提督」とかね。

 前者にはなりたいと思ってるから、あながち間違いないでもないかな?

 

 「でもぉ、それで懐柔できるほど、今の上層部ってバカばっかりなのぉ?」

 「まさか。そんな訳ないでしょ?」

 

 先生だって、そこまでバカな人達を上層部に置いたりはしない。

 そこからは、私の指揮能力、管理能力等々、提督に必要な能力を私が満たしている事を、先生は過去の実績も含めて説明してくれた。

 説明された私の方はと言うと、こんなに私の事を見てくれてたんだって感無量だったわ。

 

 「その結果、私は異例の若さで提督になれたってわけ」

 「ふぅん。でも要は、円満ちゃん以外に自分の席を譲りたくなかったから。でしょぉ?」

 「そんな身も蓋もないこと言わないでくれない?最初に言ったでしょ?半分仕方がなかったって」

 

 そう、私を提督に据えたのは暫定措置な側面もある。

 それは、恵が言ったように先生が後を任せても良いと思える人が居なかったから。

 今は陸軍にいる少佐を取り敢えずの提督に据えて、私が経験を積むまで待つのも考えたらしいけど、陸軍の上層部にも根を張っておきたかった先生はその案を取りやめにした。じゃあ辰見さんを、ともなったんだけど断られたそうよ。

 

 「長倉さんが来てくれれば一番良かったんだけどね……」

 「長倉さんって、舞鶴の?」

 「うん。現舞鶴提督の長倉中将」

 

 辰見さんの次に白羽の矢を立てられたのが、初の女性提督であり、初めて元艦娘で提督になった人。さらに、妖精さんとコンタクトが取れない唯一の提督でもある、長倉 良子(ながくらりょうこ)中将だった。

 

 「たしか、長良だった人よね?」

 「うん。アンタも会ったことがあるでしょ?正化25年の舞鶴襲撃時に、早々に戦死した前提督に代わって陣頭指揮を執ってた、あの長良だった人」

 

 長倉さんは、奇兵隊縁の人たちや私たち以外で先生が信を置く数少ない人で、私が一人前になるまで横須賀で提督をしてくれと打診したそうよ。

 長倉さんも、提督になる際に先生に後押ししてもらった事や、舞鶴襲撃時にいの一番に救援を送り、舞鶴が復興するまで協力、支援してくれたことに恩義を感じていたらしく、二つ返事で引き受けてくれた。

 だけど彼女を慕い、彼女の下以外では戦いたくないと言う艦娘や職員達の嘆願書が先生のもとに届いて、それを読んだ先生は泣く泣く話を白紙に戻したの。

 

 「長倉さんは文句言わなかったのぉ?舞鶴が横須賀に劣るって言うつもりはないけど、彼女からしたら栄転じゃない」

 「文句は言わなかったそうよ。むしろ、そこまで慕われてたんだって涙を流したらしいわ」

 「そっかぁ……。恩義より情が勝っちゃったのねぇ」

 「うん……。戦況が落ち着いて来てたのも、それを後押ししたんだと思う」

 「なんだか、残念そうねぇ」

 「残念と言うか……」

 

 いや、やっぱり残念かな。

 だって、長倉さんは私が理想とする提督像を体現してる人の一人だもの。彼女の下で提督について学びたかったわ。彼女のように、栄転なのにもかかわらず、皆から行かないでと言われる提督になりたいって今でも思ってる。

 

 「人を駒扱いしてるクセにね」

 「でも、蔑ろにはしてないでしょ?」

 「その、つもりだけど……」

 

 ちゃんと出来てるかいつも不安になる。

 優しくし過ぎてもダメ。厳しくし過ぎてもダメ。出撃にしても、安全マージンはギリギリに設定してるつもりだけど、辰見さんからは過保護過ぎると注意されることが今だにある。

 満潮のように扱いなさいと言われた事もあるわ。

 それでも、満潮には一人での出撃を命じる事が出来るのに、他の子にはそれが出来ない。

 

 「信頼、してないのかな」

 「それは違うわ。円満ちゃんは艦娘たちを信じてる。艦娘たちだって、円満ちゃんを信じてるわ」

 「でも……」

 「じゃあ、円満ちゃんが喜びそうな良い事を教えてあげましょう」

 「良い事?」

 

 なんだろう?

 今の話で私が喜びそうな良い事って言ったら、私が艦娘たちにどう思われてるか、くらいよね?

 でも、辞める前ならまだしも、艦娘を辞めた恵に今所属してる子達が私をどう思ってるかなんて知りようがないと思うんだけど……。

 

 「私が活動してるのが神奈川県っていうのもあるんだけどぉ、クライエントは横須賀に所属してた人達がほとんどなのね?その人達は、決まって円満ちゃんの事を話題に出すのぉ」

 「ちゃんとやってるか。って感じで?」

 「そうねぇ。だいたいそんな感じよぉ。『満潮は上手くやってる?クソ提督になってない?』とか『私の名前、ちゃんと書けるようになった?』とか『ちゃんと卵焼き食べてる?食べてないなら作りに行ってあげるけど、食べりゅ?』とかねぇ」

 「取り敢えず、元阿武隈と元瑞鳳をここに連れて来い。文句言ってやる」

 

 今の阿武隈もそうだけど、どうして自分の名前を書けるかどうかを気にするのかしら。確かに『隈』とかは難しい部類に入るでしょうけど、アンタ達だって私の名前書けなかったじゃない。

 書いてみて?って言ったら『死因 絵馬』とか『エマ・シーン』とか書いてたからね?後者とか絶対にわざとでしょ。

 瑞鳳の卵焼きに対するこだわりも相変わらずみたいね。提督補佐になったばかりの頃は、卵焼きの試作品をこれでもかと食べさせられたわ。おかげで、太りにくい体質なのに3キロも体重が増えちゃった。

 

 「彼女達なりに、円満ちゃんの事を気にかけてるのよ。元曙ちゃんなんて、『艦娘が足りないなら漁船団を率いて哨戒してあげる』って言ってたわぁ」

 「いやいや、申し出はありがたいけど危ないからやらないで?って言うか、あの子今何してるの?」

 「気仙沼で網元してる」

 「網元!?マジで!?」

 

 艦娘だった頃から漁師のアイドルみたいな地位を築いてたけど、まさか網元になってたとは……。

 交渉したら安く魚を卸してくれるかな?そうすれば食堂の材料費がけっこう浮くし。

 

 「元艦娘だけじゃないわぁ。今艦娘を務めてる子達も、どうやったら円満ちゃんの役に立てるかって、自分の先代に相談とかしてるのよぉ?」

 「それ、本当?」

 「本当よぉ。円満ちゃんが思っている以上に、円満ちゃんは慕われてるの。満潮だった頃の円満ちゃんを知ってる人ほど、その傾向が強いわぁ」

 

 恵は諭すようにそう語るけど、とても信じらる気になれない。

 だって、艦娘だった頃の私はみんなに嫌われていた。相手にしなかったしされなかった。

 そんな私を知ってる人ほど、私を慕ってる?そんなの、信じられるわけないじゃない。

 

 「円満ちゃんが他人を寄せ付けなかった理由はみんな知ってたわぁ。ひたむきに訓練に励んでいた事もね?強くなりたい。強くなって私が守る。こう二度と、誰も死なせたりしない。そう考えてたのは、私や澪ちゃんじゃなくてもわかってたのよ」

 「はは……。みんな好意的に見すぎよ……」

 「でも、その通りだったんでしょう?」

 

 どう、かな……。

 確かに強くなりたかった。強くなって守りたかった。私が居ない間に死んでほしくなかった。でもそれは、あくまで澪と恵だけ。他の子の事なんて考えてなかったわ。

 それなのに、そこまで好意的に見られてたって知っちゃったら罪悪感が湧いて来ちゃうじゃない。

 

 「みんな、円満ちゃんの頑張りをちゃんと見てるのよ。だから無理に気負わなくて良いの。気に入られようとか、仲良くしようとか考えなくても良いの。あの頃みたいに、ひたむきに頑張ってる姿を見せてれば騙されて慕ってくれちゃうんだから」

 「だ、騙すのはちょっと……」

 「ふふふ♪嘘も方便って言うでしょう?」

 「用法用量を間違えたらただの嘘つきだけどね」

 「あらあら、まるでお薬みたいねぇ」

 

 なんて、冗談が言える気分になれたのは恵のおかげかな。と、思いながら、私と恵は昔話混じりの雑談に花を咲かせた。

 椅子に縛られた状態で笑う私を、哨戒の報告に来た子達がどう思わうかなんて欠片も考えずに。




 

 次章予告。


 大淀です。

 ついに動き出す捷号作戦。
 横須賀鎮守府に集められた五大鎮守府の提督と秘書艦達は、異国の提督も交えて円満さんの思惑を聞かされます。
 一体、円満さんはは何を考えているのでしょう?
 円満さんが思い描く、捷号作戦のシナリオとは?

 次章、艦隊これくしょん『欺瞞と策謀の幻想曲(ファンタジア)

 お楽しみに。


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第五章 欺瞞と策謀の幻想曲《ファンタジア》
第四十話 ただで済むと思うなよ。


 五章開始は二週間後と言ったな。
 あれは嘘でしたぁぁぁぁぁ!サーセン!

 一週間近く遅れましたが、五章前半の四話。投稿開始します!


 

 

 戦艦とはなんぞや。

 それは巨大な艦砲と堅牢な装甲を備えた、海上決戦の主力たるべき艦種。つまり艦隊の主役です!主人公です!その中でも、大和型一番艦である私は正にメインヒロインと言っても過言ではないのです!

 

 「それなのに出番が少なすぎだと思いませんか!?」

 「いきなり何を言ってるんだ大和。ついに頭が噴いたか?」

 

 と、私の悲痛な訴えに心底面倒臭そうに反応したのは、朝早くから姿見の前で身嗜みを整えている武蔵さん。

 いつもの休日は丈が短い、と言うよりはサイズが合っていないジャージで過ごしているのに、今日はブラウスに吊りベルト付きのパンツスタイルの私服でバッチリ決めていますし、普段はけも耳みたいに立っている髪も撫でつけています。

 あ、ちなみに私は、武蔵さんより早く起きて身仕度は終わっています。もうすぐご主人さまがお迎えに来てくださいますからね。

 制服の私と違って私服ですが、着換えていると言う事は武蔵さんもどこかにお出かけなのでしょうか。いや、武蔵さんの行き先など今はどうでも良いのです!

 

 「違います!武蔵さんに不満はないのですか?毎日毎日、訓練訓練また訓練!着任して一ヶ月ほど経ちましたが、私は哨戒以外で出撃した事がないんです!」

 「良い事じゃないか。私たちが出撃しないと言う事は平和な証拠だぞ?世間的にも、鎮守府の財政的にも」

 「いー!やー!でー!すー!出撃したい出撃したい出撃したーい!」

 「デカい図体して暴れるんじゃない!いい歳してみっともないと思わないのか!」

 「デカくなんてありません!」

 

 確かに私の身長は平均的な女性の身長より高いです。

ええ、それは認めましょう。ですが、デカいと言われるほどではありません。

 人より少し、いえ多少、いえいえ微妙に高いのは、田舎で伸び伸びと育った結果です!

 つまり!

 

 「田舎で暮らせば誰でもこれ位に育ちます!」

 「そんな話聞いた事がねぇよ。だいたいだな。私たちの場合、一日洋上で訓練するだけで水雷戦隊が全力出撃出来るだけの燃料と弾薬を消費するんだぞ?それなのに、提督は毎日のように洋上訓練の許可を出してくれてるんだ。感謝こそすれ、文句を言うなど言語道断!」

 「武蔵さんって、そんなに燃費が悪いんですか?」

 「お・ま・え・もだよ!満潮からそれ関係の説明を受けてないのか!?」

 「痛い痛い痛い!頭頂部をグリグリしないでください!ハゲるぅぅぅぅ!」

 

 言われてみれば、そのような説明をされた記憶が朧気ながらあります。

 あれはたしか、訓練が終わって艤装を工廠に預けた後、今から何をするんだろうと、ふと気になって振り向いたんです。そしたら、10個近いドラム缶が運ばれて来て補給を始めました。

 そしたら何とビックリ!

 ドラム缶10個分の何かが、全て艤装に入っちゃったんです!質量的に、明らかに容量オーバーなのにも関わらずです!

 その時に、呆気にとられていた私に教官が説明してくれた、’鎮守府が扱っている『資源』と総称される燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトの四つは、ドラム缶に詰められた液体状の物だったと記憶していますが……。

 

 「でもアレって、四つに分けられてますけど同じ物ですよね?」

 「基本的にはな。だが、艤装に入れるとなぜか分かれるらしい」

 

 武蔵さんの説明によると、ドラム缶に詰められた謎の液体が艤装に注入されると内部で燃料、弾薬、ボーキサイトの三つに精製されるそうです。

 これらは一度精製されると元の液体には戻らず。例えば、弾薬が無くなったからと言って燃料を弾薬に再精製、とは出来ないそうです。

 

 「鋼材はどこで使われるんですか?」

 「艤装の修理や開発だよ。実際に見たことはないが、妖精に液体を与えると必要な資源に精製して使用するそうだ」

 「じゃあ、艤装にも妖精さんが居て、精製して分けてるって事ですか?」

 「私に聞かれても知らんよ。提督なり満潮なりに聞いてみろ」

 

 そう言って、武蔵さんは説明を切り上げて身仕度を再会しました。普段はけも耳になっている部分を妙に気にしているようですが、私の事も少しは気にしてください。

 だって、私は貴女の姉妹艦なのですよ?

 しかも一番艦。つまり、貴女のお姉ちゃんです。それなのにこの扱いは納得出来ません。

 いや、ちょっと待ってください。

 以前、朝潮ちゃんに私の先代はいないとお聴きしました。と、言う事はですよ?

 武蔵さんは私が着任するまで、長い間一人ぼっちだったと言う事です。

 

 「普段の行いを見る限り、お友達がいるようには思えませんし……」

 「少なくともお前よりはいるぞ。と言うかケンカ売ってるのか?」

 「はいはい、そういう事にしておいてあげます」

 「あぁん?」

 

 だとすると照れ臭くて。もしくは、ようやく出来た姉にどう接して良いかわからないから、お座なりと言いますか、面倒臭そうと言いますか、兎に角そういった態度しか取れないんだと思います。

 ならばここは、姉として私の方から歩み寄った方が良いでしょう。

 

 「さあ!お姉ちゃんの胸に飛び込んでおい……でぇぇぇっふ!」

 

 両手をいっぱいに広げた途端に、胸というよりは腹部に武蔵さんは飛び込んで来たのですが、タックルと言わんばかりの勢いだったせいで変な声を出してしまいました。

 本当に飛び込んでくれたのは嬉しいんですけど、もうちょっと手加減して欲しかったです。肺の空気が全部出ちゃいましたよ。って、あれ?どうして両手を腰に回して踏ん張っているのですか?

 まさかとは思いますが……。

  

 「ふぅんぬ!」

 「ちょっ!武、武っさぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 やはりバックドロップ!

 しかもこれはマズい!このままでは、私は顔から床にダイブすることになってしまいます!それどころか腰まで痛めてしまいかねない!

 

 「ぐうぅぅぅ!」

 

 私は両手を床に突き出しました。

 さすがに勢いは殺しきれず、腰が曲がってはいけない方向に曲がってゴキゴキッ!っと音を鳴らしましたが、なんとか顔面着地する事態は避けました。

 

 「チッ!両手ごと抱え込めばよかった」

 「殺す気ですか!?じゃれ合うにも限度があるでしょ!」

 

 解放されて、腰をさすりながら起き上がったらとんでもないことを武蔵さんが口にしました。

 そんな事をされたら、床に突き刺さるかシャチホコ状態になるのは確実でしょう。

 

 「お前がバカな事ばかり言うからだ。ったく、また髪が乱れてしまったではないか」

 「いつもの髪型に戻っただけでしょう?それでいいじゃないですか」

 「ダメだ。久々に外出するのに、寝癖だらけの頭で行けるか」

 「え?あのけも耳って寝癖だったんですか?」

 

 何と言う衝撃の事実。

 武蔵さんのけも耳セットは寝癖だった!どんな寝方をしたらあんな寝癖がつくのでしょうか。私、非常に気になります!

 今晩あたりカメラで撮影してみようかしら……。って、誰か来たようですね。ドアの前に人の気配がします。

 朝潮ちゃんでしょうか。

 いや、朝潮ちゃんにしては早すぎます。彼女は6時ピッタリに来ますから。

 だとすると、今現在ドアの前でうろうろしている人は武蔵さんのお相手?なぜうろうろしているのでしょう。

 

 「ふと気になったのですが、どなたかとデートですか?」

 「デ、デート!?そんな訳ないだろ!」

 「怪しい~。ホントはデートなんじゃないんですかぁ?」

 

 と、探りを入れてみたら、武蔵さんはドアを背にして狼狽え始めました。顔なんて真っ赤です。

 普段はクールな武蔵さんが赤面して恥ずかしがる様は新鮮ですね。ギャップに思わずキュン!ってなっちゃいました。

 

 「きょきょきょ今日はアレだ!そ、そう買い物!買い物だ!いやぁ、本当はのんびりするつもりだったんだが、駆逐艦にせがまれてしょうがなくな!」

 「えぇ~?ホントですかぁ~?」

 

 武蔵さんは否定していますが、武蔵さんのお相手と思われる人。駆逐艦と、武蔵さんは仰いましたね。がドアの前で固まって身動きとらなくなったので嘘なのは確実。武蔵さんの服装も、今日のお出かけがデートだということを物語っています。

 面白そうだからもう少しからかってみましょう。

 

 「なるほど。せがまれたのなら仕方ありませんね。せがまれたのなら」

 「お、おい大和。なぜ『せがまれた』の部分だけ声を大きくするんだ?まさかとは思うが……」

 

 お?気づきましたか?

 そうです。私はドアの向こう側にいる駆逐艦に聞こえるよう、わざと『せがまれた』の部分を大きな声で言ったのです。

 

 「ああ!可哀想な武蔵!せっかくの休日なのに、駆逐艦の買い物に付き合わなくてはならないなんて!」

 

 と、一度両手を大仰に挙げ、後に胸の前組んで、悔やむように私はそう言いました。

 もっとも、口調と態度とは裏腹に顔はニヤけていますけど。さて、武蔵さんの反応や如何に?

 

 「おいやめろ!」

 

 そうですよね。やめさせたいですよね。

 武蔵さんのその反応は予想通りですが言い方が良くありません。乱暴な口調は戒めないと。姉として!

 

 「やめろ?」

 「い、いや……。やめてください。お願いします……」

 

 ジロリと人睨みしたら、武蔵さんは今現在、どちらの立場が上なのか理解できたのか言葉を改めました。

 ですが、ちょっと顔が怖いです。再び逆立ったけも耳は鬼の角のようですし、額に浮いた血管が今にも弾けそうです。

 後が怖そうですから、これくらいでやめてあげてもいいんですけど……。

 いや、この機にお姉ちゃんと呼ばせましょう。この機会を逃せば、武蔵さんにお姉ちゃんと呼ばれる事は一生ないでしょうし。

 

 「お姉ちゃん」

 「は?」

 「は?ではありません。お姉ちゃんと呼んでくれたらやめてあげます」

 「どうしてそうなる!?私の方が年上だぞ!?」

 「でも大和型的には私の方が姉です。ああ、べつに呼びたくないなら呼ばなくても結構ですよ?外で聞き耳を立ててる子に、武蔵さんが本当はどう思ってるかを、教えてあげるだけですから」

 

 我ながらなんという見事な悪女っぷり。

 あまりにも見事すぎて。武蔵さんも「お前、友達居ないだろ」と言うのが精一杯のようです。

 

 「さあ!どうするのです!?さあさあさあさあっ!」

 「……こうする」

 

 と言って、武蔵さんは部屋のドアを開けました。

 そこに立っていたのは、膝まである内側が深青色になっており不思議な髪質をした銀色の髪を上下に分け、耳より上の髪はお団子にし、下の髪は一枚の黄色のリボンで後ろで二房に別れるようにくくった髪型に、水玉模様のワンピースを着た駆逐艦でした。

 なんだか申し訳なさそうな顔をしていますね。アホ毛もショボンとしています。

 

 「あ、あの、武蔵さん……」

 「どうしたんだ清霜。元気がないじゃないか」

 「だってその……。私の買い物に付き合ってくれるせいで武蔵さんのお休みが潰れちゃうって……」

 

 おうふ……。

 武蔵さんに清霜と呼ばれた駆逐艦が涙ぐむ様を見て、私の罪悪感が一気にMAXになってしまいました。

 なるほど、これが武蔵さんの逆転の一手ですか。

 私が有ること無いこと口にする前に合流して私の口を封殺、及びさっきまでの事を弁解しようという考えなのでしょう。

 ですが、武蔵さんはどうやって清霜ちゃんに弁解するつもりなのでしょうか。

 

 「ああ、確かに休みは潰れるな。でもな、清霜」

 「な、何?」

 「私の休みを潰して良いのはお前だけだ。清霜にしか

、私の休みは潰させない」

 「む、武蔵さん……!」

 

 イっケメ~ン。

 穏やかな瞳で清霜ちゃんを見つめる武蔵さんと、口元を抑えて感極まった様子の清霜ちゃんの周りに薔薇の花、いや百合の花が咲き乱れています。

 

 「では行こうか。買い物の前に動物園だったな?」

 「うん!清霜ね?ホッキョクグマさんにお魚あげるの!」

 「そうかそうか。だが清霜。間違ってお前が餌になるんじゃないぞ?」

 「大丈夫だよ!清霜強いもん!」

 

 微笑ましいなぁ。

 嬉しそうにはしゃぐ清霜ちゃんと、それを愛おしそうに見つめる武蔵さんはまるで姉妹。いえ、親子みたいです。

 

 「では行こうか。電車に乗る前に喫茶店で朝食を摂ろう」

 「うん!」

 

 あ、このまま私を置いて行く気ですね?私の存在をなかった事にして出掛けるつもりですね?

 べつにいいですよ?ええ、いいですとも。

 私だって、もう十数分後には朝潮ちゃんとお散歩に出掛けるんですから。

 

 「ああそうだ。大和」

 「なんですか?」

 

 清霜ちゃんを少し先に行かせた武蔵さんが、振り向かきもせずに私に声をかけて来ました。

 もしかして一緒に出掛けようと誘う気なのかしら。

 ダメですよ?私はもうちょっしたら朝潮ちゃんとお散歩するんです。だから気持ちは嬉しいですがお断りします。

 ああでも、可愛げはないですが武蔵さんは私の妹です。その妹のお願いを断るのは少し気が引けますね……。

 そうだわ!

 

 「みんなで一緒にお散歩しましょう!」

 

 うん、これで解決だわ。我ながらナイスアイディアです!これなら私も日課を熟せますし、武蔵さんと一緒にお出掛けもできます!

 

 「帰ったら、ただで済むと思うなよ」

 「へ?」

 

 私の提案には答えず。

 血走った瞳で私を一睨みした武蔵さんは、ドアを乱暴に閉めて行ってしまいました。

 まったく、あんなに乱暴にドアを閉めたらドアが壊れちゃうでしょ!それに、まだ総員起こし前です。近所迷惑じゃないですか!

 

 「帰って来たらお仕置きですね!武蔵さんこそ、ただで済むと思わないでください!」

 

 と、言いながら、私はドアの前でご主人様である朝潮ちゃんが来るのを正座して待ち続けました。

 武蔵さんの奸計によって、私が一人で出かけたと思いこまされた朝潮ちゃんが来ない事など知らずに、何時間も……。

 待ちくたびれた私は、朝潮ちゃんを探すために部屋を出たのですが、偶々会った提督に呼び止められて執務室に招かれました。

 招かれたのですが……。

 気付いたら、私は執務室の中ではなく外に立っていました。

 何を言ってるのかわからないでしょう?私自身何を言ってるのかわかりません。

 わかるのはただ一つ。

 執務室に入ってから外に出るまでの十数分間の記憶がないことです。

 私はいったい、提督と何をしていたのでしょうか……。

 



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第四十一話 おっそ~い!

 

 

 泊地はどうか知らないけれど、本土にある横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊の五大鎮守府には、それぞれ名物と呼ばれるモノがある。

 私が知ってる限りで申し訳ないけど、呉だと記念艦の大和。頭がおかしい方の大和じゃなくて実艦の方の大和ね。

 あとは、佐世保鎮守府内にある妹カフェかしら。

 これは佐世保提督の趣味で運営されているカフェで、入店すると「お兄ちゃんおかえり♪」って、店員を務める駆逐艦が出迎えてくれるそうよ。一番人気は文月って子だったかな?

 そして当然、私が所属する横須賀鎮守府にも名物が存在する。

 金曜日限定の横須賀海軍カレーはまだまともな部類だけど、まともじゃないモノもあるわ。その一つが……。

 

 「矢矧さん。手が止まってますよ」

 「す、少し休ませてくれない?飽きちゃ……。いやいや!疲れちゃった!」

 「訓練に比べれば楽なものでしょう?てるてる坊主を作ってるだけなんですから」

 

 と、言いながら、大量の〇コッティの箱に囲まれて、死んだ魚みたいな目でてるてる坊主を量産しているのは神風ちゃん。

 確かに訓練よりは体力的に楽だけど全く楽しくない。

 神風ちゃんが住んでる第一駆逐隊の部屋で、二人で朝から作ってるけど終わる気がしないわ。

 だいたい何よ!てるてる坊主生産任務って!

 横須賀鎮守府の伝統で、毎年各駆逐隊が持ち回りでやってるらしいけど数がおかしいでしょ!

 え?何個かって?300個よ300個!そんな大量に作ってどこに吊す気なのよ!ってツッコみたいわ!

 それにまだ五月よ!?気が早すぎでしょ!

 

 「売るんですよ」

 「売るの!?って言うか売れるの!?ティッシュの塊に(・∀・)(こんな)顔を書いてるだけよ!?」

 「それが売れるんですよ。一個1500円で」

 「たっか!原価数円にも満たない紙の塊に1500円!?売る方もバカだけど買う方はもっとバカよ!」

 

 そう、これが横須賀鎮守府名物の一つ。その名も『駆逐艦が手作りしたてるてる坊主』よ!

 ってまんまやんけ!

 せめて名前くらいはもうちょっと捻ろうよ!どう捻れば良いの?とか言われても困るけどそのまんますぎでしょ!

 シンプルイズベストなつもり?それとも名前つけた人のネーミングセンスが安直だっただけ!?

 

 「意外なことに、毎年完売しているそうです」

 「日本人頭大丈夫!?てるてる坊主が欲しいなら自分で作ればいいじゃない!それとも何?『駆逐艦が手作り』ってところに惹かれて買うの?身の毛がよだつわ!」

 

 だいたい、駆逐艦が手作りしたって売り手が謳ってるだけで、駆逐艦が作ったって確証を買い手は得られないでしょう?実際、今年は軽巡である私が半分作ってるんだし。

 

 「これは先輩に聞いたんですけど、作った子のブロマイドをオマケにつけて販売してるんだとか」

 「どう考えてもそっちが本命じゃん!オマケでてるてる坊主がついてくるの間違いじゃないの!?」

 

 いやもう、これ間違いないでしょ。

 ブロマイドが欲しくて買ってるの確実じゃん。

 だって、艦娘を撮影しようとしても、普段は鎮守府か洋上どちらかにしか居ない艦娘を撮影するなんて至難の業だもの。

 戦艦や空母は広報のためにメディアに露出する事があるそうだけど、それ以下の艦種。特に駆逐艦なんかは、年齢が低いのもあってメディアへの露出は控えられている。

 故に、駆逐艦や海防艦などのロリコン御用達艦の生写真にはネット上で高値がついている。

 艦型によって差があるけど、普通の立ち姿でも数千円から数万円。パンチラ写真なら数十万もの値がつくそうよ。被弾して制服が破れている写真なら数百万出しても惜しくないと言う変態もいるんだとか。

 

 「今ってさ。戦争中よね?」

 「戦争中、と言ってももう長いですからね。みんな慣れちゃったんですよ」

 「慣れすぎでしょ。いくら本土に爆弾が落ちなくなったって言っても、艦娘の護衛無しじゃまともに航海出来ないのは変わってないのよ?」

 「それはそうですが、生活に影響が出ない限り、国民の大半にとっては対岸の火事と同じですからね。でも、艦娘が受け入れられてると思えば我慢できるでしょう?」

 

 え?神風ちゃんは我慢できるの?

 300個のてるてる坊主が完売するという事は、単純に300人のロリコンが買いに来れる範囲に生息してるという事よ?

 そして今年、そのロリコン共が買い求めるのは神風ちゃんの写真。

 神風ちゃんって、全身の色が派手なことに目を瞑ればかなりレベルの高い美少女だし、大正浪漫を思わせる女学生風の服装も劣情を掻き立てるのに一役買うでしょう。

 ポーズ次第では確実にネタにされるわ。

 何のネタかって?フ……。わかってるクセに。

 

 「憲兵さんが何も言わないのが不思議ね。売り子とか速攻で拘束されそうなものだけど」

 「べつに不思議じゃないですよ。売り子は憲兵さんですから」

 「はぁ!?」

 

 うぉい!憲兵!

 取り締まらなきゃならな立場の人が、こんないかがわしいイベントに率先して協力するとはどういう事だ!

 

 「しかも先輩の話では、オマケでつくブロマイドの被写体はコスプレした憲兵さんだそうです」

 「憲兵さぁぁぁぁん!憲兵さん何してんの!?私も中で憲兵さんの株が大暴落しちゃったじゃない!」

 

 巡回する憲兵さんを何度か見たことがあるけど、射貫くような鋭い視線で鎮守府の治安を守っていると思ってた憲兵さんが、まさか女装癖のある変態だとは微塵も考えなかった!

 という事は、あの鋭い視線は獲物を物色してたってこと!?

 

 「コスプレしてるのは憲兵隊長さんらしいですよ。ほら、あの人って男か女かわからない顔と体型ですから」

 「いや、わかるでしょ!格好が違うだけで全部同じ人のコスプレなんでしょ!?区別つかねぇのか変態ども!」

 「手で目元や口元を隠して上手く誤魔化してるそうです。こんな感じで」

 「余計いかがわしいわ!出会い系か!」

 

 と、実際に手で目元を隠してくれた神風ちゃんにツッコんじゃったけど、これと似たような写真が売られるって事よね?

 うわぁ…ないわぁ……。

 完全に援〇目当てにしか見えないわ。ホ別3とかコメントに書いてありそう……。

 鎮守府の闇を垣間見てる気分になってきちゃったから話変えよ……。

 

 「話は変わるけど、どうして第一駆逐隊は神風ちゃん一人なの?駆逐隊って基本的に四人編成よね?」

 「本当にガラッと変えましたね。別に良いですけど……」

 「だって気になるじゃない。四人いれば、このアホみたいな任務だって私が手伝わなくても楽に済んだでしょうに」

 

 普段、神風ちゃんが朝風ちゃんたち第五駆逐隊の面々と一緒に行動しているのもこれが理由の一つ。

 神風ちゃんは、駆逐隊に所属してはいるものの駆逐隊として行動していないの。それが私はずっと不思議だった。

 だからこの機に聞いてみようと思ったのよ。けっして、この退屈で頭がおかしくなりそうな任務に巻き込める子が他にいないか確かめるためじゃないわ。本当よ?

 

 「私の艤装、『神風』が全ての艤装のプロトタイプという事は識っていますか?」

 「養成所の座学で習った程度だけど、一応識ってるわ」

 

 今から遡ること十数年前の正化20年。

 深海棲艦に対抗するために海軍が総力を挙げて開発、実用化した世界初の対深海棲艦用人型兵器『艦娘』。そのプロトタイプが、『神風』を初めとした神風型駆逐艦だと養成所の座学で習った。

 残念ながら、一番艦の『神風』を除いた他の神風型の初代達は、全員壮絶な戦死を遂げたそうだけど……。

 

 「他にも、同時期に開発された野風型と呼ばれる艦型があったんですが、老朽化が激しく、私達五人を除いた他の神風型の艤装と同じく、今は工廠で保管されています」

 「それが、神風ちゃんが一人の理由?だったら他の駆逐艦と組ませても……」

 「それが無理だから私は一人なんです。私の艦娘としての性能は最低。低すぎて、普通に艦隊行動を取るだけでメンバーに迷惑をかけてしまいます」

 「脚技を習得しているのに?」

 

 にわかには信じられない。

 一緒に哨戒に出るようになって、神風ちゃんが戦うところを何度か見る機会があったけど凄まじかったじゃない。

 敵の攻撃は掠りもせず、照準すらつけさせなかった。それだけじゃないわ。

 神風ちゃんは、正に肉薄とも呼ぶべき距離まで接近して魚雷を放ち、駆逐艦や軽巡洋艦。重巡洋艦だって沈めて見せたのよ?それ程の戦闘力を有しているのに、他の艦隊メンバーに迷惑をかけると言われても信じられるわけがない。

 

 「それも理由の一つです。私は性能の低さを誤魔化すために、邪道と言われる脚技を習得しました。逆に言うと、私の戦闘力の高さは脚技有りきなんです。そのせいで、今度は脚技を習得している子としか組めなくなりました。多少大袈裟ですが、真っ当に戦えば新米の駆逐艦にすら負けかねません」

 「島風ちゃんとは逆って事か……」

 「そうとも言えますね。もっとも、あの子の場合は性格の問題もありますが」

 

 島風型駆逐艦一番艦の島風。

 数多い駆逐艦の中でもトップクラスの性能を持ちながら、その高い性能。特に速度に差が有り過ぎて組める艦娘が居ない。

 だったら速度を調整すれば良いじゃないってなるけど、彼女は己の速度に誇りを持っているのか他のメンバーと速度を合わせようとしないそうよ。

 

 「いつも一人で走ってるよね。あの子」

 「きっと、走れる事が嬉しいんだと思います」

 「どうしてそう思うの?もしかして、島風ちゃんとは仲が良いの?」

 「ん~……。良いか悪いかと聞かれたら悪いです。と言うのも以前、着任してしばらく経った頃に絡まれた事があるんです。「おっそ~い!」って」

 

 絡まれた?

 なんで島風ちゃんは、神風ちゃんに絡んだんだろう。

 おっそ~い!って言われたそうだから、速度の遅さをバカにしたのかしら。それとも、他に理由が?

 

 「自分と同じように一人でいる私に興味が湧いたんだと思います。その日を皮切りに、暇さえあれば絡んでくるようになりましたから」

 「おっそ~い!って?」

 「はい。無駄にかけっこしたがるんですよあの子。私もその当時は一人ぼっちでしたから、絡んできてくれる事が嬉しかったんでしょうね。律儀に相手してあげてました。その頃に聞いたんです。あの子が艦娘になった理由を」

 

 神風ちゃんの話だと、島風ちゃんは艤装と適合できる条件がわかってから最初に艦娘になった子で、初めてスカウトされて艦娘になった子でもあるそうよ。

 スカウトされたのは、交通事故に遭って入院した直後。下半身不随と診断された後だったんだとか。

 

 「元々走るのが好きだったらしく、彼女は艦娘にならないかと言う海軍からの申し出に一も二もなく飛び付いたそうです」

 「高速修復材が目当てで。でしょ?」

 

 高速修復材は妖精さんが定期的に精製してくれる液体で、これまた妖精さん特製のバケツに入れてしか保存できない謎の物質よ。しかも艦娘にしか効果が無い。

 だけど効果は抜群で、例え体の一部が欠損していても復元してしまうほどの効果を持っている。脊髄が損傷してたって元通りよ。ただし、効果があるのは怪我が完治する前に限られる。傷が塞がってしまうと、損傷した状態を正常な状態と高速修復材が捉えるのか、それ以前の状態には治してくれないの。

 原理は今だに不明なんだけどね。

 

 「はい。彼女に『島風』の適性があるのがわかったのと、事故に遭ったのがほぼ同じタイミングだったのが、彼女にとっても海軍にとっても僥倖でした」

 「そっか、だから必要な事とは言え、速度を落とすのを嫌がるのね……」

 

 きっと彼女は、再び全力で走れるようになったのに、全力で走ることが許されない事が我慢できないんだわ。

 例えそれが、他人の目には我が儘にしか映らなくても。

 

 「でも、今は絡まれたりしてないわよね?一緒に居るところを見たことないし」

 「私が朝風達と一緒に行動するようになってから近づかなくなりました。たぶん、同じはみ出し者だと思ってたのに、仲間が出来た私を裏切り者だって思ってるのかもしれません」

 「それ大袈裟に考えすぎなんじゃない?」

 「そんなことありません。たまに会っても目すら合わせてくれませんから」

 

 そう言って神風ちゃんは、てるてる坊主を作る手は止めずに目を伏せた。

 嫌われてる。とか思ってるのかしら。だから、仲が良いのかと聞いた時も悪いと言ったの?

 

 「神風ちゃんの方から話してみたら?もしかしたら、島風ちゃんは遠慮してるのかもよ?」

 「遠慮、ですか?」

 「そう、遠慮。だって島風ちゃんは、神風ちゃんに艦娘になった理由を話したんでしょ?」

 「ええ、まあ……」

 

 艦娘は基本的に、自分が艦娘になった理由をどうでもいい人には話さない。話すのは親しい者。例えば姉妹艦や僚艦。自分が聞いてほしいと思った相手にしか、自分が艦娘になった理由を話さないの。

 それなのに、島風ちゃんは姉妹艦でも僚艦でもない神風ちゃんに話した。

 それはイコール、神風ちゃんに聞いてほしいと思ったから。友達だと、思っていたから。

 

 「きっと島風ちゃんは、はみ出し者の自分と一緒にいたら神風ちゃんに迷惑をかけるとでも考えてるのよ」

 「迷惑だなんて……。そりゃあ、無駄に走らされるのは迷惑でしたけど、あの子に話しかけられるのを迷惑に感じた事なんてありません!」

 「だったらそう言ってあげなさい。言葉にしなきゃ伝わらないことってあるでしょ?」

 

 お?なんだか、今の私って軽巡っぽくない?

 いや、伏し目がちの神風ちゃんに「そう、ですね……」と言うくらい考えを改めさせた私は正に駆逐艦を導く軽巡だわ。

 普段はしごき回されるけど、こういう時くらい年上としての威厳を示しても良いわよね。

 

 「友達に遠慮なんてするもんじゃないわ。と言っても、大和みたいに遠慮がなさ過ぎなのはダメだけど」

 「あら、ちょっと前までは、矢矧さんの方が遠慮知らずじゃありませんでしたっけ?」

 「あれは若気の至り」

 

 うん、大和に付きまとってたのは一時の気に迷い。若さ故の過ちよ。だから、今では何とも思ってないわ。

 本当よ?たまになら抱かれてもいいかなぁ、なんて思ったりしてないんだから。

 

 「大和さんに飽きちゃったんですか?」

 「ち、違う!そういうんじゃなくてその……。そう!正気に戻ったのよ!」

 「怪しいなぁ。もしかして、金髪さんと一戦交えて乗り換えたんじゃないです?」

 「してないから!私を尻軽みたいに言わないでくれない!?」

 

 マズい。

 これ以上大和との事をツッコまれたくないわ。だって自分の壊れっぷりを思い出すだけで死にたくなるもの。

 ここは何とかして、島風ちゃんの話題に軌道修正しなきゃ。

 

 「それよりも、島風ちゃんの件はどうするの?このまま気まずいまま?それとも神風ちゃんの方から歩み寄って、元の友人関係に戻る?」

 「それは……」

 

 よし!いけそうね!

 神風ちゃんの中では、私と大和の事よりも島風ちゃんの事の方が締めてるみたい。

 てるてる坊主を作る手は止めずに「う~」とか「でもな~」とか言って悩んでるわ。

 べつにケンカしたわけじゃないんだから、変に悩まずに話しかければいいのに。

 

 「よし!決めました!」

 

 小一時間ほど悩んだ後、最後のてるてる坊主をダンボール箱に詰め終わると同時に、神風ちゃんは決心がついたのか、そう言ってダンボール箱を抱えて立ち上がった。

 ダンボール箱を抱えた神風ちゃんって絵にならないなぁ。今から引っ越しですか?ってツッコみそうになっちゃった。

 

 「次会ったら私の方から話しかけます!」

 「その意気よ!さすが神風ちゃん!」

 

 ちなみに、何て話しかけるつもりなの?

 って聞こうと思ったけど、無粋な気がしたから聞くのはやめたわ。

 でも神風ちゃんは、決意表明でもするかのように私の疑問に答えてくれたわ。

 

 「もし、一緒に居ても良いの?なんて聞こうものならこう言ってやりますよ!気付くの『おっそ~い!』って!」

 

 そう口に出したことで迷いが完全に晴れたのか、神風ちゃんは意気揚々と部屋を出て行ったわ。

 大量のス〇ッティの空箱の山に囲まれた、私を残して。



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第四十二話 それは、胸と呼ぶにはあまりにも小さすぎた。

 

 

 姉妹艦、特に同じ駆逐隊に所属している者同士は基本的に仲が良い。私みたいな例外を除いてって但し書きは付くけどね。

 ほら、私って姉妹艦達と距離を置いてるじゃない?

 私が一方的に避けてるから仲だって良くないわ。特に、普段は顔を合わせる事すらないこの人とは……。

 

 「ちょっと満潮!何よこの部屋!掃除がぜんっぜんなってないじゃない!」

 

 と、腰に両手を当てて、プンプン!って擬音が聞こえてきそうなほど文句を言ってるのは呉提督の秘書艦である霞さん。

 彼女は私と同じ朝潮型駆逐艦の十番艦だけど、私と違って所属は呉鎮守府だから毎年夏に開かれる駆逐艦演習大会の時くらいしか会う機会がない。

 だから、会うのはこれで3回か4回目くらいじゃないかしら。

 朝潮達は会いたがるけど、私はできる限り会いたくないから多いくらいに感じてるんだけどね。

 何故かって?

 それは、私と霞さんが犬猿の仲だからよ。

 その理由は、霞さんが初めて会った時にケンカ売ってきたからよ。

 何て言ってきたと思う?初対面でいきなり「甘ったれたガキ」呼ばわりしてきたのよ?私の事を何も知らないのにいきなり!

 私もつい「年増のババアがなんか言ってる」って言い返しちゃってさ。それからはもう顔を合わせる度にケンカするようになっちゃった。

 え?どうしてババア呼ばわりしたのかって?

 いやほら、駆逐艦って見た目の年齢と実年齢が乖離してる事があるじゃない?

 霞さんって、見た目は12~3歳だけどお姉ちゃんと同い年なのよ。だからババアって言ってやったの。

 ああでも、本当にババアって思ってるわけじゃないからね?売り言葉に買い言葉ってヤツよ。

 

 「ちょっと!ちゃんと聞いてるの!?」

 「聞いてるわよ。うるっさいわねぇ」

 

 おっと、物思いに耽ってたらババアが詰め寄ってきた。相手したくないなぁ……。でもしなきゃダメか。仕事だし。

 その霞さんが、なぜ横須賀鎮守府で部屋の掃除の出来に文句を言っているかというと、理由は明日予定されている米国第7艦隊歓迎式典にある。

 

 「うるさいぃ!?アンタは横須賀の秘書艦でしょ!アンタの態度はそのまま提督である円満の評価に直結するのよ!?少しは考えて行動しなさいな!」

 「わかってるわよそのくらい!だいたい、アンタが部屋の掃除くらいでギャーギャー騒ぐのが悪いんでしょうが!」

 「掃除くらいとは何よ掃除くらいとは!こんな汚い部屋にうちの司令官を寝かせろって言うつもり!?」

 

 そう、今日は明日の式典に備えて、呉提督が横須賀鎮守府に泊まるの。その宿泊予定の部屋の掃除がなってないっていちゃもんつけてるのよ。

 喚き出す前なんか、窓のサッシを指でツーってやって「横須賀の綺麗は随分とレベルが低いのね」と嫌みったらしく言いやがったのよ!?私思わず、姑か!って言いそうになっちゃった。

 

 「霞、そのくらいにしないか?十分過ぎるほど綺麗じゃないか」

 「アンタは黙ってなさい!今は満潮と話してるの!」

 「はいママ」

 「ちょぉ!人前でしょ!」

 

 んん?

 助け船を出そうとしてくれた呉提督が、霞さんに一喝された途端にママとか言って黙っちゃったんだけど……。聞き間違いよね?

 いやでも、呉提督はマザコンだって噂を聞いたことがあるし……。

 

 「今、ママって言った?」

 「い、言ってない!」

 

 むふ♪これは攻守が逆転したっぽいわね。

 霞さんは顔を真っ赤にして必死に否定してるし、呉提督も「やっちまった」みたいな顔して冷や汗流してるわ。ここは機を逃さず、一気に攻め立てるべきね。

 

 「いやいや、言ったよね?」

 「言ってないったら!ね!言ってないよね!?」

 「はいママ。言ってません」

 「ほら~。やっぱりママって言ってるじゃない」

 

 私の頭の中で勝利のファンファーレが鳴り響いている。霞さんも負けを悟ったのか「バ、バカ~!」って半泣きになってるわ。

 

 「ママ。ねぇ~。随分と大きなお子さんだこと。そんなに大きかったら抱っこするのも大変でしょ。いや?逆に抱っこされるのかな?」

 「そうだね。さすがに抱っこは出来ないから僕が抱っこしてるよ」

 「アンタは黙ってなさい!余計状況が悪くなるでしょ!」

 

 ふん、すでに手遅れよ。

 霞さんはまだ諦めてないようだけど、呉提督は諦めたのか「もういいじゃないかママ。包み隠さず話そうよ」とか言ってるし。ここは霞さんを直接攻めずに、呉提督を通して責めた方が良いかもしれないわ。

 って事でさっそく。

 

 「赤ちゃんプレイは?」

 「基本」

 「霞と書いて?」

 「ママ」

 「叱られるのは?」

 「ご褒美」

 「人として終わってると思わない?」

 「むしろ始まった!」

 

 ダ~メだこりゃ。

 聞いといてなんだけどマジでキモイ。

 でも、これをネタにして一本書けそうね。なんて、訳わかんない事考えてる私がいるわ。私は何を書くつもりなんだろう?

 

 「ね、ねえ満潮」

 「なぁに?ママ。そろそろ授乳の時間かしら?」

 「それは夜……!じゃない!そんなことしてないったら!」

 

 うわぁ……。半分冗談言ってみたけど、マジで授乳プレイまでしてるんだぁ。ドン引きだわぁ。って言うか出るの?見た目の感じだと、私と同じくらいか少し小さいくらいだから出ないと思うんだけど……。

 いやぁでも、円満さんよりはあるから出るのかもしれないわね。と言う事は、もしかしたら私も出る可能性が……。ある訳ないわね。バカな事考えてないで退散しよっと。

 

 「じゃあ私、他にも用事があるからそろそろ行くわね。あ、応接室の場所は知ってるわよね?執務室の対面の。時間になったら行ってね」

 「はぁ!?こっちは客よ!?案内しないつもり!?」

 「何か言った?ママ」

 「マ、ママって言うな!い、いやそれよりも……!」

 「ああそうだ。これだけは言っておかないと」

 

 と、なおも食い下がろうとする霞さんを制して私は一言だけ言ったわ。トドメの一撃を。

 

 「どんなプレイをしようと構わないけど、終わったら綺麗に掃除(・・・・・)しといてよね」

 

 ってね。

 霞さんはぐうの音も出なくなったのか、口をパクパクさせながら私を見送ってくれたわ。

 

 「フンっだ!大人しくオムツ交換でもしてろってんだ変態共!」

 

 なんて悪態をつきながらも正面玄関に向かって歩いている私は、これからの予定を再確認する事にした。

 え~っと、マザコンとそのママの案内は終わったし、佐世保と大湊の提督と秘書艦は朝潮達が案内してくれてるから、後は到着を待って舞鶴提督とその秘書艦を寝床に案内して、折を見て応接室に連れて行くだけね。今の時間は……。

 

 「5時前ってとこか。夕飯の支度もしたいんだけどなぁ。あ、今日は夕飯はいらないんだっけ」

 

 って、これじゃあまるで主婦じゃない。

 好きでやってる事ではあるけど、13歳の身ながら下手な主婦より所帯じみてる気がするわ。

 

 「たしか、舞鶴提督は特に丁重に。とか言ってたわね。味方になってもらおうって腹積もりなのかな」

 

 私がそう思うのには理由がある。

 それは、明日の歓迎式典後に開かれる予定の『捷号作戦に関する概要説明会』と銘打たれた会議よ。

 その会議の場で、円満さんは捷号作戦の概要の説明と、各提督に直接、円満さんが使いたい艦娘を供出してくれるようお願いする気なの。

 その際に、舞鶴提督に味方してもらう気なんだと私は思ったわけ。面識があるらしいからね。

 

 「上手くいけば良いんだけど……」

 

 などと、私がしても仕方がない心配を玄関でしていたら、遠目に鎮守府の正門が開くのが見えた。

 黒塗りの高そうな車が入って来てるわ。きっとアレに、舞鶴鎮守府提督である長倉中将が乗ってるのね。

 そう言えば、舞鶴の秘書艦って誰なんだろ?空母だって聞いた覚えがあるようなないような。

 

 「おっと、敬礼敬礼っと」

 

 な~んて考えてたら、車は私の前に止まって運転手さんが後部座席のドアを開いた。

 出て来たのは艦娘と思われる女性……。と言うか女の子?と、円満さんと同じ白い軍服に帽子姿の長倉提督と思われる女性だった。

 

 「お待ちしておりました。遠路はるばる、ようこそ横須賀鎮守府へ」

 「出迎えご苦労様。貴女が今の満潮ね。初めまして」

 

 私の出迎えの挨拶に健康的な笑顔と握手で長倉提督が答えてくれた。

 浅黒い日焼けが印象的だわ。

 提督と言うよりは、アスリートの方が合ってそうな気さえする健康的な女性って感じね。ショートカットの髪型もそれを手伝ってるわ。

 

 「そちらが秘書艦の……」

 

 私は艦名を呼ぶのを少し躊躇った。

 だって私の目には、もみあげが長いやや茶色がかった黒髪のショートボブに茶色の瞳。腋の部分が手を突っ込みたくなる程開いた薄手の上着に、下は丈の短いミニスカートにスパッツ姿の彼女が駆逐艦にしか見えなかったのよ。

 空母、しかも数少ない装甲空母って聞いてたんだけどなぁ。

 

 「そう…私が航空母艦大鳳。出迎え、ありがとうございます」

 「ん?空母?」

 

 今この人、自分の事を航空母艦って言ったよね?

 いやいや、きっと私の聞き間違いよ。この体付きで空母だなんて有り得ないわ。だって身長は私よりちょっと高い程度だし、何よりも胸が無い。

 私が知る空母で、ここまで胸が無い人は居ないわ。今はラバウルに出向してる瑞鶴さんでさえこの人よりはあるもの。

 あまりにも無さ過ぎて、私の脳内で誰かが呟いてるわ。こんな感じで。

 

 「それは、胸と呼ぶにはあまりにも小さ過ぎた。小さく、薄っぺらで、軽く、そしてフラット過ぎた。それは、正に甲板だった」

 

 と、ってあれ?私今、声に出しちゃった?出しちゃったよね!?

 長倉提督は「知~らない」って感じでそっぽ向いてるし、大鳳さんは怒ってるのか、顔を伏せて肩をプルプルさせてるわ。

 

 「ご、ごめんなさい!私ったらつい……!」

 「い、良いんです……。言われ慣れてますから」

 「で、でもその……。あの……」

 

 うわやっべぇ……。

 顔を上げた大鳳さんの瞳には涙が滲んでるじゃない。どうしようこれ。初対面で空母、しかも長倉提督の秘書艦にとんでもなく失礼な事言っちゃった。

 それどころか泣かせちゃった!

 

 「だ、大丈夫です!うちの円満さんだって同じくらい無いですから!もしかしたら円満さんの方が無いかも!」

 「満潮ちゃん……。それはあんまりフォローになってないと思う」

 「嘘!?円満さんに比べたら、男の人の方が胸が有るくらいなのよ!?」

 「それ大鳳にも刺さってる!大鳳にもクリティカルヒットしてるから!」

 

 長倉提督に言われて大鳳さんの様子を覗ってみると、顔面蒼白白目剥いて口からは泡を噴いていた。

 確かにクリティカルヒットしてるわ。轟沈寸前じゃない。いや、メンタル的には轟沈してるかな?

 

 「気にしちゃダメよ大鳳!女の価値は胸じゃないわ!」

 

 と、長倉提督が大鳳さんの肩を揺さぶりながら言ってるけど、当の大鳳さんは大きいと言う程ではないけど並の大きさは確実に有る長倉提督の胸と顔を交互に何度も見ながら「嫌味?ねえ嫌味?嫌味なんでしょ!?」ってな事を考えてそうな顔してるわ。

 

 「ふ、二人とも一旦落ち着いて部屋に行きませんか!?」

 「そうね!そうしましょう!ね?大鳳。今日の懇談会で紫印提督の胸を見れば、きっと優越感に浸れるから!」

 

 それはどうだろう……。

 私の見立てでは似たり寄ったり。間違っても優越感に浸れるほどの差はないわ。

 って言うか長倉提督も意外と毒吐くわね。悪気はないんでしょうけど。

 なんて考えながら、私は二人を案内するために歩き出した。

 私達がバカやってる間に、応接室で今以上の珍事が繰り広げられてるなんて思いもせずに。



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第四十三話 娘さんをください!

 例によって、作中に出てくるの英文はグーグル先生にお願いして翻訳してもらったものなので合ってるかどうかわかりません( ´∀`)


 

 

 米国第7艦隊は五隻の艦艇で構成されている。

 内三隻は護衛(対深海棲艦ではなく対人間用)のイージス艦で、残りの二隻は空母と補給艦よ。

 でも実際は、他の四隻はオマケで中核をなす原子力空母が第7艦隊そのものと言って良い。

 その理由は、空母に搭乗している艦娘。

 現在、横須賀鎮守府の沖合に停泊している空母に搭乗している3000人以上の乗組員の内、200人が艦娘なの。

 つまり第7艦隊は、見た目は空母一隻でも、その実態は駆逐艦から戦艦、空母まで揃った200隻以上の大艦隊と同義なのよ。

 ちなみに、日本が保有している艦娘の総数は250に届かない。

 

 「あんな国を相手に戦争してた昔の人には頭が下がるわね。物量が桁違いだわ。辰見さんの感想は?」

 「だいたい円満と同じよ。あの空母に乗ってる艦娘だけで、日本の全艦娘を相手に戦争できるなんて反則でしょ」

 

 と、第7艦隊を目の当たりにした愚痴に近い感想を言い合いながら、私と辰見さんは応接室に向かっている。

 向かってるんだけど……。行きたくないなぁ……。

 

 「ねえ、円満。なんでそんなに不機嫌そうなの?愛しの先生に会えるっていうのに」

 「いやその、それ自体は嬉しいんだけど、気が進まなくてさ……」

 

 理由は簡単。

 今現在、先生と大淀がつい数時間後前に来日したばかりのロリコン野郎とその秘書艦を、私達より一足先に応接室で接待してるんだけど、今も仲違い中の大淀とロリコン野郎が居るから行きたくないの。

 今だに気まずいのよねぇ。

 大淀は私と仲直りしたいのか、小まめに電話をかけたりしてくるんだけど、私は大人気なく塩対応を続けてる。

 だから、直接顔を合わせなければならない機会は出来るだけ減らしたいのよ。

 そして……。

 

 「ロリコン野郎がどう出てくるか読めない」

 「ロリコン?ケンドリック中将の事?」

 「ええ、どうも奴は、私の事を狙ってるっぽいのよ」

 

 出迎えをした時は大人しくしてたけど、チラチラと私にいやらしい視線を飛ばしてたのは気づいてた。

 あれは間違いなく私を狙ってるわ。油断してたら力尽くで手籠めにされかねない。

 

 「どうしてそれで彼がロリコンって事になるのかはわからないけど、彼って結構イケメンだったじゃない。スタイルだって良いし。例えるなら……。そう!トム・クルーズ!トップガンに出てた頃の!」

 「だから何よ。ハリウッド俳優みたいなイケメンに気に入られて光栄です。とでも言えば良いの?」

 「逆に聞くけど、嫌なの?」

 「嫌」

 

 私の好みは先生だもん。

 彫りの深い顔立ちや筋肉質なところは似てるけど若すぎる。最低でももう10歳ほど歳食って出直してこいってのよ。

 

 「贅沢な悩みねぇ。米軍のエリートでイケメンなんて出会う事すら難しい相手よ?」

 「先生の方が偉いしカッコいいもん……」

 

 なんて言ってふくれっ面をして見せたけど、辰見さんには先生の良さがわからないらしく「オジン趣味……」とか言って呆れてるわ。

 

 「着いちゃったけど……。どうする?」

 「どうするって……。行くしかないでしょ?一応はホストだし」

 

 入りたくないなぁ……。

 懇談会まではまだ時間があるから、それまで執務室に引き籠もってようかしら。 

 

 『ああ、ようやく来たようだ。どうしたんだ円満。早く入って来なさい』

 

 よし!逃げよう!

 と覚悟を決めた途端に、私達の気配に気付いた先生に声をかけられてしまった。諦めて入るしかなさそうね……。

 

 「円満?」

 「わ、わかってる。ちゃんと行くから心配しないで」

 「じゃあ、お先にどうぞ」

 「ふぅ~……。よし!」

 

 意を決して、応接室のドアを開けようとドアノブを握ると、私が回すより先に内側から回されてドアが開いた。

 開いたのは良いんだけど、ドアを押そうとしたタイミングと開かれるタイミングがドンピシャだったため、私は部屋の内側に倒れ込んでしまった。

 

 「ちょっ……!きゃっあ!?」

 

 そのまま床と熱いヴェーゼを交わすかと思ってたら、すんでのところでドアを開けた人が抱きとめてくれた。

 しかもお姫様だっこ。顔面から床に突っ込んでいたはずの私をどうやって仰向けに?

 いやいや、それよりもコイツは……!

 

 「Are you okay? (大丈夫かい?)Lovely My Angel (ラブリーマイエンジェル)Emmatan(円満たん)

 「はぁ!?いきなり何を……!」

 

 私を抱えたまま立ち上がり、部屋の中央付近まで運んでくれたのは、辰見さんの言った通り若い頃のトム・クルーズに良く似た顔立ちに黒い軍服。そして身を委ね続けたくなるほど逞しい肉体の、出迎えをした時に見た人だった。

 いや、それは今は良い。それよりもコイツ、なんて言った?ラブリーマイエンジェルとかなんとか言ってたわね。って事は、予想通り私を狙ってたってこじゃない。

 だったらヤバい!今すぐ離れなきゃ!

 

 「ってぇ!それよりも離して!お~ろ~し~て~!」

 「Oh, sorry. FeathersのようにlightだったからHuggingしてるのをforgetしていたよ」

 

 ルー語で話しながらニヒルな顔でそう言ったロリコン野郎ことヘンリー・ケンドリックは、身を強張らせている私をゆっくりと降ろしてくれた。

 くっそう……。こんな奴にお姫様抱っこされるなんて……。

 

 「怪我はないか?円満」

 「だ、大丈夫!です……」

 

 私を心配してくれたのか、席を立って近づいて来てくれた先生にそう答えたものの、何故かバツが悪くなって顔を伏せてしまった。

 べつに、私と先生は恋人同士って訳じゃないんだから申し訳なく思うことないんだけど、不可抗力とは言え好きな人の前で他の男に体を預けるのは後ろめたい。それに、無性に言い訳したい。浮気がバレたときって、こんな感じの気分なのかな……。

 ん?浮気と言えば、大淀の姿が見えないわね。先生と一緒に居るはずなのに……。

 って、居た。大淀も私と顔を合わせ辛いのか、はたまた私が居辛くないよう気を使ったつもりなのかカーテンの内側に隠れてるわ。上半身しか隠れてないけどね。

 

 「Mr .Marshal 改めてSelf-introductionしてもOkかな?」

 「せるふ……?ああ、自己紹介か。円満、構わないな?」

 

 そのまま簀巻きになってろとカーテン(大淀)に視線を飛ばしていたら、私の位置からは背が高すぎて見上げないと顔が見えないロリコン野郎がそう提案した。

 ロリコン野郎の申し出を受け容れるかどうかは私次第って事?自己紹介自体は出迎え時に軽く済ませたけど、ロリコン野郎は今言った通り、改めて私に自己紹介したいらしく今か今かと私の返事を待ち望んでるわ。

 出来ればしたくないけど、先生が目線で「やりなさい」って促してるからやるしかないかぁ……。

 

 「はい……」

 「Thank you.(ありがとう。)I am the US Navy Seventh Fleet Commander . (俺が米国海軍第7艦隊司令) It's Henry Kendrick. (ヘンリー・ケンドリックだ。)Let's know your place later.(以後お見知りおきを。) And she…….(そして彼女が……。)

 

 彼が自己紹介を終え、次いで視線で促すと、金髪ロングでもぎりたくなるくらいの巨乳というステレオタイプのアメリカンガールが歩み寄って来た。

 灰色の瞳の中に星が浮かんでるわね。そういうカラコンでも入れてるのかしら。

 

 「Hi! MeがIowa級戦艦、Iowaよ。YouがこのGuardian OfficeのAdmiralなの? いいじゃない!私たちのこともよろしく!」

 「こ、これがアメリ艦……」

 

 改めて間近で見るとなんというボリューム。

 巨乳に目が行きがちだけど、タイトスカートから伸びるムチムチとした太ももも性的魅力に溢れている。

 こんなの見ちゃったら、自分が彼女と同じ女性とは思えないわ……。何を食べたらこんな風に育つんだろ。やっぱりBBQがキモ?それともピザ?

 

 「ほら円満、貴女も自己紹介しなきゃ」

 「え?あ、ああ、そうね」

 

 私がIowaのムチムチボディーに圧倒されていた間に自己紹介を終えた辰見さんが、肘でツンツンしながら私にも自己紹介しろと促してきた。

 見るからにウキウキしてるコイツに自己紹介するのはちょっと嫌だけど……。先生の手前、しないわけにはいかないわよね。

 

 「横須賀鎮守府司令長官。紫印 円満です。よろしくお願いします」

 「Emma Scene?日本人にしては変わった名前だね」

 「紫印 円満です。米国風に呼ぶのは出来ればご遠慮して頂きたい」

 「Ok、そっちの方が俺的にも嬉しいよ。では……エマと呼んでも?」

 

 む、いきなり下の名前で呼び捨てか。

 私に惚れてるっぽいから、距離を縮めるためにまずは名前からって魂胆なんでしょうけど馴れ馴れしすぎじゃない?ああでも、フルネーム、または苗字で呼ばれるよりマシかしら。うん、マシだと思うことにしよう。

 

 「それで構いませんよヘンドリック中将。それより、日本語お上手だったんですね」

 「grandmaが日本人でね。日本語は幼い頃に習ったんだ」

 「では、なぜ最初はルー語を?」

 「ルー語?ああ、あれか。あの方が外国人ぽいと思ってね」

 

 ふぅん。ただのリップサービスだったってわけね。

 これからコイツと話す度に、面倒くさいルー語を聞かされるんじゃないかと思って心配してたから少しホッとしたわ。

 

 「では俺の事も、Last nameではなくFirst nameで呼んでもらいたいな」

 「いや、それは……」

 

 嫌だ。

 先生の事すら名前で呼んだことがないのに、初対面の外国人を名前、しかもFirst nameで呼べですって?

 そんな事したら、噂好きの艦娘達に何を言われるかわかったもんじゃないわ。

 

 「申し訳ないですが……」

 「いきなりFirst nameで呼べ。は、円満にとってハードルが高いわ」

 

 ふぉ?

 私が言おうとした事を、ロリコン野郎を観察していた辰見さんが私を遮るように言ってくれた。

 言いにくかったから助かったわ。ありがとう。辰見さん。

 

 「Ms.辰見。それはどういう事だい?」

 「円満は男性と親しくした経験がありません。恋人はもちろん、男友達の類もいないんです」

 

 待って待って、私だって男性と親しくした経験くらいあるのよ?まあ、先生だけだけどね。

 それに工廠の整備員さん達や憲兵さんとも雑談くらいするわ。友達か?と聞かれたらNoと答えざるをえないけど……。

 

 「つまり、男性に対して免疫がない。ということかな?」

 「exactly.(そのとおり)メンヘル処女である円満には無理よ」

 「ちょぉ!」

 

 え?辰見さんって助け船を出してくれてたんじゃないの?それなのに、なんで私が処女だってバラしたの?

 だいたいメンヘル処女って何よ。メンタルヘルスケアが必要なレベルの処女って事?

 確かにメンタル面に問題が、と言うかヘタレだから今だに処女なんだろうけど、コイツの前で言う事ないんじゃない!?

 

 「だから、まずはあだ名からにしましょう」

 「adana?ああ、Nicknameの事かな?」

 「そう!ニックネーム!幸いなことに貴方の名前なら、円満の相手にピッタリ、かつ日本人のほとんどが一発で覚えられるニックネームが可能よ!」

 「ほう!それは興味深い!是非教えてくれ!」

 

 激しく嫌な予感がする。

 私の相手にピッタリ?しかも日本人のほとんどが一発で覚えられる?

 ほとんどは言い過ぎだと思うけど、知ってる人なら私の、と言うよりエマの相手として真っ先に思い浮かべるでしょうね。

 先生も思い至ったのか、「あ~なるほど」なんて言って変に感心してるわ。

 

 「ヘンリー・ケンドリックを縮めてヘンケン。なんてどうでしょう」

 「素晴らしい!覚えやすく、俺の名前を一度でも聞いていれば容易にfull nameを思い出すことが出来るいいNicknameじゃないか!」

 

 いやいやいやいや。

 エマに対してヘンケンなんて悪意しか感じないあだ名じゃない。エマの相手はヘンケン以外不可って偏見にも満ちてるわ。

 

 「エマ!今から俺のことはヘンケンと呼んでくれ!」

 「絶対に嫌!」

 「Why?何故だ?Ms.辰見は君にピッタリだと言ったぞ?」

 「ピッタリ過ぎるから嫌なの!」

 

 ベッケナーの方のヘンケンは好みだけどアンタは論外!だって、若くてイケメンで、オマケに背が高いガチムキのロリコンなんだもん!

 

 「円満。その物言いはヘンケン提督に失礼ではないか?」

 「でも先生……。って!なんで早速ヘンケンなんて呼んでるの?」

 「ん?しっくりくるからだが……。ほら、彼の実家はハンバーガー屋だそうだし」

 「だから何!?」

 

 ハンバーガー屋が実家だとしっくりくるの?どうして?

 ロリコンはロリコンで「近くにお越しの際は、是非バーガーショップマクダニエルへ」とか言ってるし、Iowaは行ったことがあるのか「very very美味しいデース」とか言ってるわ。

 

 「わかった。円満は順序を大切にしたいのね?」

 「いや、順序とかじゃなくて……」

 「良いのよ言わなくて!円満みたいに、少女漫画であるみたいな出会いが実際にあると思ってる子からすれば、あだ名で呼ぶのは付き合ってからよね!」

 「ねえ辰見さん。もしかして馬鹿にしてる?馬鹿にしてるよね?」

 

 いつもは桜子さんの加減を知らないイジりから守ってくれるのに、今日は何故か率先してイジってくる。

 この人、いったい何を考えてるの?

 

 「ヘンケン提督。ちょっとお耳を」

 「耳?ああ、耳打ちだね?」

 

 とか言って、二人はゴニョゴニョと本当に耳打ちし始めた。こうやって並ぶと、ロリコン野郎の高身長ぷりが際立つわね。だって170cm近い身長の辰見さんより更に高いもの。下手したら190に届いてるんじゃない?

 

 「Really!?だがそれは……」

 「しー!円満に聞こえます!」

 

 いや、聞こえてます。

 耳打ちの内容までは聞こえないけど、ロリコン野郎が尻込みするような事を吹き込んでるのはわかるわ。

 

 「わかった。エマと添い遂げられるのなら君の言う通りにしよう」

 「日本の諺にこう言うものがあります。曰く『将を射んとせばまずは馬を射よ』と。だから大丈夫です」

 

 辰見さんが言ったのは、武将を仕留めるなら、まずは馬を射とめるのがよい。転じて、目的を果たすには、その周囲にあるものから手をつけていけって意味の諺なんだけど、何故このタイミングでその諺が出てくる?

 ロリコン野郎の目的は私よね?

 その私を仕留める。つまり落とすには、私と親しい人と仲良くなり、後押ししてもらう事が肝要。

 私に家族でもいれば家族に取り入るって手もあったんでしょうけど、生憎と私は孤児。家族と呼べる人は居ないわ。

 で、話を戻すけど、今この場に居る人でロリコン野郎が取り入ろうとするなら誰?

 考えるまでもないわね。それは一人しか居ないわ。

 そう、先生よ。

 先生は私の上司であり師でもある。さらに、親が居ない私の後見人でもあるわ。

 だから、辰見さんが媚び売っとけ的なアドバイスをしたのなら、その相手は間違いなく先生。

 先生に取り入り、あわよくば私との事を応援させるつもりなんだわ。

 

 「Mr. Marshal. 貴方に言わなければならないことがある」

 「なんだね?」

 

 ほら見たことか。

 案の定、ロリコン野郎は先生に取り入る気だわ。でもお生憎様。

 今の先生は私の気持ちを知っている。

 それなのに、私との交際を認めてくれなんて言っても、先生は私を厄介払い、もしくは他人に押しつけるような気分になって色よい返事は出来ないはずよ。

 と、私がした予想を、ロリコン野郎はとんでもない一言で覆した。

 いくら私でもこの一言は予想できなかったわ。

 だって、私と先生はそんな関係じゃないもの。いや、そんな関係になりたくないって方が正しいかな。

 でも、不覚にも私は、立場もわきまえず。いえ、省みず、初対面の相手に土下座する彼に好感を抱いてしまった。キュン!としちゃったって言っても良いくらいね。

 彼は、ヘンリー・ケンドリックは、周りの目など気にせず、先生の前で土下座してこう言ったわ。

 

 「娘さんをください!」と。

 

 







 実は、後半の話は書き終わっているのですが四十五話の落ちがつかなくて書き上がっていません。
 いっそボツにするかどうか三日ほど悩ませててください!


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第四十四話 私、綺麗?

 昨日は予想外の残業で投稿出来ませんでした。
 サーセン!


 

 

 エマのどこに惹かれたか。かい?

 そうだな……。

 まずはルックスだ。

 触れれば壊れてしまいそうなほど細く繊細な体。子供のような愛らしさと大人のような美しさを兼ね備えた顔。初めて彼女を写真で見た時、俺の体中を稲妻が駆け抜けたよ。

 だが、同時に憤りも感じた。

 なぜエマのような美少女が独り者なんだ!とね。

 まあ、ライバルは少ないに越したことはないんだが、彼女の魅力に気づけない日本の男共の見る目のなさとヘタレっぷりには、今でも呆れて言葉が出ないよ。

 

 もちろんルックスだけに惹かれたわけじゃない。

 彼女を初めて抱いた時……。ああ、勘違いしないでくれよ?性的な意味での抱くではなく、お姫様抱っこ的な意味だ。

 本格的に惹かれた。いや、俺が彼女の虜になったのはその時だ。

 エマは、羽根のように軽いこの体でどれ程の重さに堪えているんだろう。小動物のように潤んだその瞳で、どれだけの地獄を見続けるつもりなのだろう。

 そう思ったら、エマの事がたまらなく愛しくなった。是が非でもでも手に入れたいと思えた。

 だからその場でDOGEZAしたよ。

 Ms.辰見の助言に従った形になったが、Mr .MarshalにDOGEZAする事でエマを伴侶に出来るのなら安いものだと思えたからね。

 

 

 ~戦後回想録~

 

 バーガーショップ マクダニエル日本支店店長。

 ヘンリー・ケンドリック退役大将へのインタビューより。

 

ーーーーーー

 

 

 「で?お父さんの反応は?」

 「お父さんじゃないもん……」

 

 長倉提督と大鳳さんの案内を終えて、部屋で軽めの夕食と円満さんの着替えの準備をしてたら「助けてミチえもん!」なんて、アホなことを口走りながら円満さんが帰って来た。

 殴ったら少しだけ正気に戻ったけど、その時の円満さんには私が未来から来た青色のタヌキに見えてみたいよ。で、今は応接室での出来事を聞かされてるってわけ。

 

 「告白、交際、プロポーズを全部すっ飛ばして親に挨拶とはねぇ。米国だとそれが普通なの?」

 「知らないわよそんな事。それより、先生は親じゃない!」

 

 親みたいなもんでしょうが。

 実際、二人が並んでる光景は贔屓目に見れば親子だし、元帥さんは円満さんの後見人でもある。さらに、円満さんが二十歳になるまでの保護者でもあるわ。

 今さらだけど、妻帯者であり、親代わりでもある元帥さんにゾッコンなんて、円満さんの恋愛観に倫理観は皆無ね。

 

 「はいはい。わかったからさっさとこれ食べて」

 「食べたくない……」

 「我が儘言わない!どうせ今日はつまみとお酒くらいしか摂らないんだから、体に悪いからこれくらい食べといて!」

 

 なんか変ね。

 私が今出したマカロニサラダは円満さんの好物の一つなのに食べたがらない。しかも、妙に落ち込んでる。

 ケンドリック提督の事をヘンケンって呼ぶのが嫌なのかしら。う~ん……。違う気がする。

 だって、この世の終わりみたいな顔してるもの。私の人生終わった。って考えてるようにも見えるわ。

 

 「先生がね。「俺より弱い奴に娘はやらん!」って言ったの……」

 「あ~……」

 

 言いそうだ。

 きっとケンドリック提督に「娘さんをください!」って言われて父親モードになっちゃったんだわ。

 以前、海坊主さんに聞いた事があるんだけど、本当に円満さんが言ったのと同じセリフを言われてそのまま決闘したそうよ。

 

 「それを聞いてね?私、女に見られて……ないんだなっ…って」

 「ちょっ……!それは考えすぎよ!元帥さんだってその場のノリで言っただけだと思うし……。だから泣かないで?ね?」

 「無理よ!だって私……。私……!」

 

 完璧に失恋しちゃったんだから。って、言おうとしたのかな。

 言い切れずに泣き崩れちゃったから、本当のところはわかんないけどたぶん合ってると思う。

 その場のノリとは言え、娘扱いされたのは元帥さんの事を男性として好きな円満さんにとってはフラれたのと同じだもの。

 

 「遅かれ早かれ、傷つくのはわかってたでしょ?」

 「わかってたわよ!わかってたけどぉぉぉぉ!」

 

 そうよね。頭でわかってても、そう簡単に気持ちは割り切れないもんね。

 でも、普通の恋愛ならここまで傷つく事はなかったかもしれない。

 円満さんの不幸は、元帥さんとお姉ちゃんの結婚前後で諦められたはずなのに、周りが諦させてくれなかったこと。

 みんな円満さんの心の葛藤なんて考えもせず、身勝手に円満さんと元帥さんの仲を応援した。

 私も、含めてね……。

 

 「円満さんは、元帥さんを好きになったのを後悔してる?」

 「して、ない……!」

 「そうだよね。後悔なんてしてないよね。だって、元帥さんの事を考えてるときの円満さんは凄く幸せそうだったもの」

 

 デートの前の日は年相応にソワソワして、時折自分の妄想に赤面したりもしてた。

 今日は前より話せたとか、今日は褒めて貰えた。頭を撫でて貰えた。「お前は俺の自慢だ」って言われたときは嬉しすぎて泣きそうになったと、はにかみながら話してくれた。

 だから、私も不倫なんてやめた方が良いと思いながらも円満さんの背中を押してしまった。

 いや、言い訳はやめよう。

 私が円満さんを傷つけたんだ。私が円満さんを泣かせたんだ。その事から、私は逃げちゃダメだ。

 

 「懇談会、出るのやめよう?元帥さんだって無理に出ろとは言わないわよ」

 「……」

 「円満さん?」

 

 私の提案には答えず。円満さんは涙を拭いながら、お風呂場の方へフラフラと歩いて行った。

 懇談会には出る。ってことなのかな。

 でも、今の円満さんが元帥さんに会うなんて、傷口に塩どころか辛子を塗り込むようなものよ?

 ホストとしての義務感から出席しようとしてるんだと思うけど、私としてはやめてほしい。いや、やめさせなきゃ。

 

 「円満さん!やっぱり今回は……!」

 「満潮……」

 

 脱衣所に入ると、ちょうど下着姿になった円満さんと鉢合わせしてしまった。

 円満さんの裸なんて見飽きてるはずなのに、今日はさっきまで泣いていたせいか、愁いを帯びた瞳が良い意味でアクセントになっていつも以上に綺麗だわ。

 エルフが実際にいたらこんな感じなんじゃないかと思っちゃうくらいに。

 

 「丁度良かったわ。着替えを用意しといてくれない?」

 「でも今日は……」

 「大丈夫よ。だから心配しないで。ね?」

 

 そう言って、円満さんは下着を脱いで浴場に入った。

 泣いたからスッキリした?

 ううん、そんなはずないわ。

 デートで何も出来なかっただけで一晩泣き明かす円満さんが、たった十数分泣いただけで失恋の痛みから回復できるはずがない。

 やっぱり義務感から出席しようとしてるんだ。

 仕事と割り切ることで、止めどなく溢れてくる悲しみを抑え込もうとしてるんだわ。

 

 「だったらせめて、サポートくらいはしてあげなきゃ」

 

 いつもの士官服が無難、かつ適切だけど、せっかくの機会だしお洒落させてあげたい。気分転換にもなるだろうしね。

 だって、円満さんったらいつも士官服なんだもの。

 普段、それ以外で円満さんが着るのなんてジャージとパジャマくらい。元帥さんとのデートでさえ、表向きは仕事ということになってるからスーツか士官服よ。

 

 「でも、今日の懇談会は歓迎会も兼ねてる。それなら……」

 

 極端な話、ドレスでも良いはず。

 だって、ケンドリック提督は円満さんの事が好きみたいなんだもの。ケンドリック提督に気持ち良く協力してもらうためって名目でも立てれば海軍的にも問題ないわ。

 よし!これでいこう!

 円満さんにお洒落させれて、ケンドリック提督の機嫌も取れる。まさに一石二鳥よ!

 

 「そうなると問題は……」

 

 服ね。

 円満さんが昔集めてたゴスロリ服は私が持ってるけど、今の円満さんが着るのはちょっとキツい。

 サイズは平気だけど見た目的にね。可愛いとは思うしよく似合うでしょうけど、さすがにゴスロリファッションで懇談会はダメでしょ。

 

 「誰かにドレスでも借りるか……」

 

 これまた難しい。

 上位艦種なら誰かしら持ってそうだけど、丈や腰回りは問題なくても胸が大問題。何故なら、円満さんより胸が小さい上位艦種が今の横須賀には居ないの。

 比較的小振りな阿武隈さんでさえ円満さんよりはあるわ。

 

 「そうだ着物なら……。って!誰よこんな時に!」

 

 胸が小さい方が美しく着こなせる着物に思い至り、どうやって調達しようかと考え始めたのを、ドアをノックする音に邪魔された。

 ったく!あと二時間もすれば懇談会だから焦ってるのに!

 

 「誰?今忙しいんだけど……。って、辰見さんじゃない。それに長倉提督まで」

 「ごめんごめん。元帥からこれを渡してくれって頼まれてさ。円満はもう着換えちゃった?」

 「まだお風呂に入ってますけど……。それ、何です?」

 

 辰見さんが持っているのは紺色の風呂敷包まれた何か。重そうには見えないから服かな?

 でも、風呂敷で包んで運びそうな服なんて……。あ、もしかして。

 

 「それ、着物?」

 「大正解!元帥が今日の懇談会で円満に着させようとして用意したんだってさ」

 「ナイスタイミング!丁度欲しいと思ってたのよ!」

 

 私はとりあえず、二人を部屋に招き入れて座ってもらった。

 お茶も出した方が良いよね。円満さんがお風呂から上がるまでもうちょっとかかるだろうし。

 

 「大したおもてなしが出来なくてすみません。もう少ししたら、円満さんも上がってくると思いますので」

 「気にしないで満潮ちゃん。時間的にそうなんじゃないかなぁ~とは思ってたの。それなのに天奈が急かすから」

 「あ、私のせいにしやがった。良子だって、個人的に円満と話したいことがあるから~って、準備してた私を無理矢理連れ出したじゃない」

 「そうだったっけ?」

 「そうよ」

 

 仲良いわねこの二人。まさに旧知。いや、竹馬の友と言っても良い雰囲気だわ。

 元軽巡同士だから?それとも、一緒に艦隊を組んだことがあるのかしら。

 

 「どうしたの?満潮。私達の顔に何かついてる?」

 「え?いえその……。仲良いなぁって思って」

 「あ~、良子とは同期なのよ。艦娘のね。だから、鎮守府が呉にしかなかった頃に一緒だったの」

 「じゃあ長倉提督は……」

 「そう、良子は初代長良。歴代の長良がスポ根気質なのはコイツのせいね」

 「『長良』には会ったことないから知らないけど、スポ根気質なの?」

 「そうなの?良子」

 

 おいおい。

 辰見さんが言ったのに長倉提督に答えを丸投げるとはなんと無責任な。

 でも、長倉提督は予想してたのか「はぁ……」と溜息を突いて「だいたい合ってるけど語弊ある」と答えてこう続けた。

 

 「長良になった子がみんなスポーツ好きなのは私の影響を受けてるんだろうけど、ガチな体育会系からサークル活動的なノリの子まで色んなタイプが居たわ。好きなスポーツだってバラバラなんだから。天奈だって、今の天龍と会ったら自分となんか違うって思うはずよ」

 「え~っと、今の天龍ってたしか……」

 「知らないの?龍田と一緒に、大湊で海防艦達と対潜哨戒の毎日だそうよ」

 「ふぅん。大湊にいるんだ」

 

 興味なさそうだなぁ。

 辰見さんは自分の後輩がどこで何をしてるか気にならないのかしら。

 円満さんの場合は、着任したての私を自分の部屋、つまりこの部屋に住まわせようとしたし、やたらと付きまとって来たりしたのになぁ。

 あ、そうだ。円満さんと言えば……。

 

 「ねえ辰見さん。どうして円満さんにケンドリック提督を嗾けたりしたの?」

 「……円満、泣いちゃった?」

 「うん。たぶん、今もお風呂で……」

 「そう……。ちょっと、急ぎすぎちゃったかな」

 

 急ぎすぎた?辰見さんは何を急いだ?

 円満さんとケンドリック提督をくっつけようとした事?今日会ったばかりで人柄もわかってないのに?

 いや、違う気がする。

 辰見さんがケンドリック提督を嗾けたのは円満さんとくっつけるためじゃない気がする。

 

 「満潮、着替えが出てないんだけど……って、辰見さん。それに長倉さんまで」

 「ちょっ!円満さん前!前!せめてタオルで隠しなさいよ!」

 「え?ああ……。忘れてた」

 

 辰見さんの思惑を私なりに推し量ろうとしていたら、頭にタオルを巻いた以外はスッポンポンの円満さんが、私達が居る居間に入って来た。

 私も忘れてた。

 円満さんって、風呂上りはいつもこうなのよ。私が脱衣所に着替えを用意してあげなきゃ、今みたいにスッポンポンのままタンスまで着替えを取りに行くの。

 しかも今日は、二人に気付いても手で隠そうとすらしないじゃない。いくら女同士でもさすがに失礼過ぎるから、取り敢えず何か着させなきゃ。

 

 「待って満潮。裸の方が都合が良いわ。そのままこっち来て円満。着付けてあげるから」

 「着付け?着物でも着せようって言うの?」

 「その通りよ。ほらコレ。元帥が選んだにしては中々良い趣味だと思わない?」

 

 タンスに向かおうとした私を止めて、辰見さんが広げて見せたのは俗に言う振袖。清楚な印象を与える真っ白な表地に、シックな裾色。やわらかく描かれた青とオレンジの薔薇の花々が上品な趣を感じさせるわ。

 

 「コレを、先生が?」

 「そうよ。こうも言ってたわ。『これが私の、円満への気持ちだ』ともね」

 「そう……。相変わらず、顔に似合わないことするんだから」

 「意味が、わかるの?」

 「ええ、辰見さんが変な気を回さなくても、先生は私を袖にするつもりだったみたいよ」

 「振袖だけに?」

 「うん。だから、振袖を贈ってくれたのよ」

 

 そう説明した円満さんの顔は歪んでいる。泣くのを我慢してる。割り切れない気持を、頭で必死に納得させようとしてる。

 納得するしかない。納得しなきゃいけない。って、考えているように見えるわ。

 元帥さんが用意した振袖に、今の円満さんを納得させられるだけのメッセージが込められているの?

 

 「青い薔薇が一本。そして、オレンジの薔薇が四本か……。かなり無理矢理だけど、先生はこう言いたいんだと思う。『俺はお前の気持ちには応えられない。だが、奇跡を起こせるのはお前だけだと信じ続ける』って」

 「花言葉……か。確かに、顔に似合わずキザな事をするわね」

 

 なるほど、元帥さんは振袖と、それに描かれている五本の薔薇に、円満さんへの気持ちを込めたのね。

 たしか薔薇は色や状態、部位にも意味が込められているし、本数にも意味がある。

 だから円満さんは、一本の青い薔薇と四本のオレンジの薔薇から、さっきの元帥さんの気持ちを読み取ったんだわ。

 

 「じゃあ私、余計な事しちゃったかな」

 「ううん。アレくらいの荒療治でもしなきゃ、未練たらしい私はズルズルと先生の事を想い続けたわ」

 「気付いて……たんだ」

 「気付いたのはついさっきよ。お風呂に浸かってる間、なんで辰見さんはあんな事をしたんだろって考えてたら思い至ったの」

 

 円満さんの瞳がまた潤み始めた。

 そっか、辰見さんのケンドリック提督を嗾けた真意がようやくわかったわ。

 要は、円満さんを失恋させたかったの。だから辰見さんは、ケンドリック提督を嗾けたのよ。

 その結果、辰見さんの思惑通りにケンドリック提督は元帥さんに『娘さんをください』なんて口走り、元帥さんはそれを聞いて父親モードになって円満さんを娘呼ばわりした。

 そして、娘としか想われてないことに気付かされた円満さんは失恋した。自分じゃ、元帥さんの隣に女として立てないと思い知らされて。

 

 「辰見さん。着付け、してもらっても良い?」

 「もちろんよ。元帥が後悔するくらい、綺麗に着飾ってあげる」

 

 二人は少しはにかみ合いながら、奥の寝室の方に消えていった。

 仲違いするんじゃないかと少し心配になったけど、それは杞憂だったみたいね。蚊帳の外だった長倉提督も、心なしか安心したような顔してるわ。

 

 「良い先輩と後輩じゃない。少し妬けちゃうな。私」

 「私もですよ。本当なら、私が辰見さんの役をしなきゃいけなかったのに」

 「役割分担だと思って割り切った方がいいよ?満潮ちゃんは甘やかす役。天奈は厳しくする役って感じでね」

 「私、そんなに甘やかしてます?」

 

 躾は厳しくしてるつもりなのになぁ。

 服を脱ぎ散らかすな!とか、好き嫌いするな!とかって感じで。まあ、今だに言わないとちゃんとしてくれないけど。

 

 「貴女たちの普段の生活を知らないから想像でしかないわ。でも、円満ちゃんは貴女に叱られたいんだなぁとは、お風呂から上がってきた円満ちゃんへの貴女の対応でわかったよ」

 「円満さんが実はマゾって事がですか?」

 「そうなの?」 

 「いや……今のは忘れてください」

 

 円満さんはどっちかと言うとSかな。

 その割に、普段は桜子さんの良いようにイジられてるし、私生活では私にボロクソに言われてるからぱっと見はMと思われても仕方ないかもしれないわね。

 

 「そう言えば、円満さんに話があったんじゃないんですか?」

 「着付けが終わってからにするわ。最悪、明日の会議の前でもいいし」

 「会議に関係あることなんです?」

 「ええ。元帥閣下から、会議の場で円満ちゃんの味方になってやってくれと頼まれてるんだけど、円満ちゃんがそんな事を求めているのかが知りたかったんだ」

 「そりゃあ、味方は多いに越したことはないんじゃ……」

 「私もそう思うよ。あくまで念のために聞いておきたいだけ」

 

 念のため……か。

 口ではそう言ってるのに、長倉提督には何か確信があるみたいだわ。まだ、作戦の概要すら知らないはずなのに。

 

 「お待たせ。終わったわよ」

 「おお~。良く似合ってるじゃない。綺麗よ。円満ちゃん」

 

 辰見さんが襖を開くと、その後ろから振袖に身を包んだ円満さんがゆっくりと出てきた。

 本当に綺麗だわ。辰見さんがそうしろと言ったのか、今日はいつもより念入りにお化粧してるし、円満さんの明るい髪色が良いアクセントになって振袖と円満さん自身の両方を際だたせてる。

 今の円満さんは、まるで花嫁みたいだわ。

 

 「どう?満潮。私、綺麗?」

 「どっかの都市伝説みたいなセリフね。でも……本当に綺麗だわ。お嫁に出すのが惜しくなっちゃう」

 「まだ嫁に行く気はないわ。相手もいないしね」

 

 若干影は残ってるけど、普段は出来ないお洒落が出来たことが嬉しいのか、円満さんの顔に笑顔が戻ってる。冗談を言う余裕も出てきたみたいだわ。

 

 「じゃあ、私と良子も着替えに戻るわね」

 「うん。ありがとう。辰見さん」

 「これくらいお安いご用よ。満潮、円満のエスコートは頼んだわよ?」

 

 と言付けて、辰見さんは「え~!士官服でいいじゃない!」と文句を言ってる長倉提督を連れて出て行った。長倉提督は円満さんに話があるのに良いのかしら?

 

 「満潮。お願いがあるの」

 「お願い?」

 「うん。今日の懇談会で何が起きても、私のことを信じて欲しいの」

 「今更何を……。私はいつだって円満さんの事を信じてるよ?」

 「それでもよ。私が何をしても、何を言っても慌てないで。怒らないで」

 「それは……」

 

 私が慌てたり怒ったりするような事をするつもりって事?だから、円満さんの事を信じて口を出すなって言いたいの?

 理由を説明して。って言っても、今は何も話してくれないんでしょうね。だって円満さん瞳からは『絶対にやる』って決意を感じるもの。

 だったら、私の答えは決まってるわ。

 

 「わかった。円満さんが何をしても口は挟まない。その代わり……」

 「うん、ちゃんと説明する。アンタにだけは、嘘をつきたくないから」

 

 私にだけは……ね。

 それは、自分には嘘をつくって事じゃないの?自分の気持ちに嘘をついて何かをしようとしてるんじゃないの?ただでさえ傷ついてるのに、円満さんは自分で自分をさらに傷つけようとしてるんじゃないの?

 ホント……。

 

 「円満さんの……。バカ」

 「そうね。私って本当にバカだわ」

 

 そう言って、バツが悪そうに微笑んだ円満さんは私を抱きしめて、震える手で頭を撫で始めた。

 普段はこんなことさせない。

 でも今は、私の頭を撫でることで円満さんが気持を落ち着かせられるなら、と思って身を委ね続けたわ。

 私が円満さんにしてあげれるのはこんな事しかないの?

 という、歯痒さを感じながら。






 ボツにしようか悩んでるのは次回です。もうちょいお時間ください!


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第四十五話 子供は愛の結晶なんだから

 

 

 先輩と初めてお会いしたのは作戦の真っ最中でした。

 そうです。『捷一号作戦』が後段作戦に入ってからです。

 その時は怪我のせいで意識が朦朧としていたのですが、後ろ姿で先輩だとすぐにわかりました。

 

 怪我の理由ですか?

 え~っと、そのぉ……。

 私は当時練度が低く、実戦経験も少なかったので負傷者の救助や、補給物資の揚陸作業を護衛したりする艦隊に配属されていたんです。

 作戦が順調に進み、ショートランド泊地まで取り戻して物資を揚陸し、生き残っていた人達を代わりに補給艦まで搬送といった作業をしていた時に、敵主力艦隊を追撃していた大和さんが所属していた艦隊が逆に奇襲を受けたという報告が入ったんです。

 ええ、普通なら私が受け取れるような報告ではありません。

 でもその時は、大和さんと同じ艦隊に配属されていた能代さんが慌てて救援要請を行ったそうで、そのせいで私が使っていたチャンネルにも飛び込んできたんです。

 

 はい。お察しの通り、私は旗艦だった白雪さんの制止を無視して大和さんの元へと向かいました。

 私が行っても役には立てないとわかっていたのに、行かずにはいられなかったんです。

 横須賀鎮守府で交わした、大和さんとの約束を守りたかったんです。

 その結果は、大和さんを命中弾から守れたものの私は大破。助けに行ったはずが、撤退を開始していた人達のお荷物になってしまったんです。

 帰ってから司令官や白雪さん、大潮さんと荒潮さんにも散々怒られましたし心配されましたけど、先輩だけは褒めてくれました。

 「それでこそ朝潮です」って。

 

 その時に思いました。

 この人みたいになりたいと。

 鬼級以上のみで編成された敵主力艦隊に臆する事なく、逃げずに立ち向かったこの人みたいになるんだって。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

ーーーーーー

 

 

 「で、途中で寝ちゃうから。って、言い訳して逃げて来たわけね」

 「べつに、逃げたわけじゃないです……」

 「じゃあ今からでも行って来なさい。元帥秘書艦であり、妻でもある貴女が懇談会を欠席なんてお父さんの沽券に関わるでしょ」

 「すみません。逃げてきました。円満さんと顔を合わせ辛くて……」

 

 もうすぐ懇談会が始まろうかっていう午後七時前、大淀がフラフラ~っと訪ねて来たから、何か用かなと思って聞いてみたら懇談会から逃げて来たことを白状した。

 なるほどね。円満はまだ演習での一件を根に持ってたのか。まあ、気持ちはわからなくもないけど引きずりすぎとも思うわ。

 

 「まあいいじゃないっすか。大淀さんだって、円満さんに不快な思いをさせないように気を使ったんすよ」

 「貴方は黙ってて」

 

 旦那が言うように、この子なりにそういう気づかいをしたのは確かなんでしょうよ。

 でもね。この子が逃げてきた事実は変わらない。

 この子はね、自分がしでかした事の始末を今だにつけられない現実から逃げてきたのよ。

 それが私には許せない。こんな情けない子にお父さんを託しちゃった自分も許せない。

 

 「パパ~。ママおこなのぉ?」

 「おこっすね~。激おこっす。もしかしたら鬼おこかもしれないっすね」

 「ママこあ~い」

 

 おいバカ亭主。

 私がシリアス全開で大淀を説教してやろうとしてるんだから茶化さないでくれない?

 桜も、ママこあ~いとか言いながら笑ってるじゃない。ママを茶化そうとする悪い子はお仕置きしちゃうぞ?

 

 「そんなんで、明日の式典と会議はどうするの?出ないわけにはいかないよね?」

 「それは、その……」

 「ハッキリしなさい!貴女がそんなんじゃお父さんが恥かいちゃうでしょ!」

 「でも、円満さんが……」

 

 チッ、涙目で黙り込みやがった。これは本腰入れて説教しなきゃダメね。

 でも、その前に。

 

 「貴方」

 「うっす。桜ちゃんパパとお散歩しよっか」

 「え~~!ばぁばと遊ぶ~~!」

 「ばぁばはママと大事なお話があるんすよ。ばぁばが困ってもいいんすか?」

 「う~……。おさんぽすゆ……」

 

 良い子!さすがは私の娘ね。聞き分けの良さは間違いなく私譲りだわ。

 ああ、私の育て方は間違ってなかった……。

 最近「かみっかかみっか」言うから、母親としてちょっと自信喪失しかけてたのよね。

 

 「ああ……。桜ちゃん……」

 「桜ちゃん……。じゃないでしょ?何のために桜を外に出したかわかってる?」

 「怒るから……ですか?」

 「そうよ!今から怒るの!貴女のそのウジウジした態度見てたら腹立ってしょうがないのよ!」

 「ご、ごめんなさい……」

 

 申し訳なさそうに縮こまれば許して貰えると思ってるのかこのバカ淀は。

 言っときますけどね。この桜子さんは容赦ないの。

 具体的に言うなら、桜が悪さしたらお仕置きとして「ママやめて!」って言うまでくすぐるくらい容赦ないのよ。やめてって言ったらすぐやめるけどね。

 ほら、泣くまでやったら可哀想じゃない?

 

 「私はね。情けない姿を見た今でも、貴女を母親として認めてるし、お父さんを託せる唯一の人だと思ってるわ」

 「あ、ありがとうございま……す?」

 

 なんで疑問形?は、べつにいいか。

 今ふと思ったけど、もしかしてこの子、歳が上の人間に怒られた経験があまりないのかしら。

 だって、こういう時どうしてたら良いのかわかってないみたいだもの。

 でも、容赦なんてしてあげないからね。

 相手の事情なんて関係なく、ボロクソに責め立てるのがこの桜子さんなんだから。

 

 「それが何?円満に嫌われたくらいでウジウジしちゃってさ。円満に嫌われたのは、元はと言えば貴女が暴走したせいよね?」

 「確かにそうですけど、それは主人を守るためで……」

 「お父さんを言い訳に使うんじゃない!貴女、お父さんのためだって言えば何しても良いと思ってるでしょ!」

 「そんな事は……」

 「ある!その最たる例が満潮よ!貴女、あの子を殺すつもりだったんじゃないの!?」

 「違っ……!わないです……。私、あの子を殺すつもりでした」

 

 ったく、半殺し程度で済んだから良かったものの、それは満潮だったからその程度で済んだのよ?

 他の子だったら間違いなく海の底だわ。

 

 「円満が怖いの?」

 「怖いです……。顔を合わせるだけで嫌われちゃうんじゃないかと思うと怖くて泣きそうになります」

 

 今現在泣きそうになってるじゃない。

 は、置いといて。まさか、連合艦隊規模の敵にも一人で突っ込む大淀がここまで追い詰められてるとはねぇ……。さすがは円満。と、讃えるべきなのかしら。

 さすがに、ちょっと可哀想に思えて来ちゃった。

 

 「今度、私が場を設けてあげるわよ。必要なら、私も一緒に居てあげる」

 「本当、ですか?」

 「本当よ。私が嘘ついたことある?」

 「はい……」

 

 うぉい!

 そこは嘘でも「ない」って答えるべきところでしょう!そりゃあ、嘘はたまにつくわよ?だって人間だもの。

 生まれてから死ぬまで一切嘘をつかずに過ごせる人間なんていやしないわ。

 

 「ふふふ」

 「何笑ってんのよ。説教されてるのわかってる?」

 「あ、ごめんなさい。お説教されてるのはわかってるんですが……。その、お母さんに叱られるのってこんな感じなのかな?って考えたらおかしくなっしまいまして」

 

 まあ、立場的には逆だもんね。

 歳は私の方が10近く上なのに、戸籍上は大淀が母親で私が娘って時点で複雑な家庭環境なのが丸わかりだわ。

 十代の大淀が桜にばぁばって言われてデレ~っとするのは理解できないけど、今の状況がおかしくて笑っちゃうのは少し理解できるかな。

 

 「そう言えば、貴女って孤児だったわね。親の事は憶えてないの?」

 「薄情に思われるかもしれませんが、私は両親の顔すら憶えていません」

 「確かに薄情ね。だって貴女、お父さんの事はしっかり憶えてたじゃない」

 「そ、それはそのぉ……。あの人はインパクトが強かったですし……」

 「見た目のインパクトだけなら私も負けてなかったはずだけど?」

 

 自分で言うのも何だけど、当時は頭の天辺からつま先まで真っ赤だったしね。

 いや?ブーツは茶色だったからつま先までまでは言い過ぎか。

 

 「正直、存在にすら気付きませんでした」

 「ほう?」

 「だ、だってだって!戦ってる時のあの人って凄くカッコいいじゃないですか!高笑いしながら日本刀を振り回す姿なんてもぉ!」

 

 両手を頬に添えて赤面し、クネクネしながらそう熱弁する大淀は若干キモいけど私も同意見よ。

 お父さんって普段は仏頂面の堅物キャラなのに、戦闘、しかも自分が直接参加する戦闘になると別人みたいになるの。

 まあ、私と大淀の目にはカッコいいと映ったけど、他の人の目には基地外に映ったようで『周防の狂人』なんて異名がつけられちゃったけどね。

 

 「あの、一つ聞いても良いですか?」

 「一つだけよ。二つ目からは有料」

 「セコい……」

 「何か言った?」

 「いえ何も……」

 

 わざとらしく目をそらしちゃってまあ。

 「聞きにくくなっちゃいましたね……。余計な事言わなきゃよかったです……」って考えてるのが丸わかりじゃない。

 でも、私は円満ほどこの子の考えが読めるわけじゃないから、この子が何を聞こうと思ったのかは気になるわ。仕方ないから、私の方から話を振ってあげるとしますか。

 

 「で?何を聞きたいの?」

 「聞いても、良いんですか?」

 「良いから早く言いなさい。あと3秒しか待たないわよ。ほらいーち、にーい」

 「言います!言いますってば!」

 

 だったら早く言いなさいな。

 もしかして聞きにくいことを聞くつもり?例えば私が旦那とどんなプレイをしてるかとか、私と旦那のどっちが攻めなの?とか。

 だから「聞いたら怒られかも」って考えてそうな顔してんの?

 

 「言う事が説教臭くなったのって子供が生まれたからですか?」

 「よし喧嘩だ。表に出ろ」

 

 何を言うかと思えば説教臭くなったですって?

 ええ、確かに説教する機会は増えたわよ。艦娘だった頃はお父さんにお説教されてばかりだったけど、今は部下もいるし、庁舎に限定すれば年長者の部類に入るからね。

 でも説教臭いは失礼じゃない?私は貴女のことを想って説教してあげてるのよ?

 

 「待って!待ってください!怒らせるつもりはないんです!」

 「だったらどんなつもりだってのよ」

 「そのぉ……。桜子さんって艦娘だった頃は叱るより叱られる方が多かったじゃないですか。それなのに、桜ちゃんが生まれたくらいから人にお説教するようになったでしょ?だから、子供が生まれたら性格変わっちゃうのかな、って思いまして……。最初は単に、老けるとそうなるのかな。くらいにしか思ってなかったんですが」

 「私、武器使っていいよね?素手じゃもう貴女に敵わないし」

 

 いや、「どうして怒るんですか!?」とか言って、愛刀を持って立ち上がった私を見上げて怯えてるけど、老けてる呼ばわりされたら普通怒るよね?怒るに決まってるでしょ!

 だって私、子持ちだけど20代なのよ!?四捨五入したら三十路とか言って辰見がからかって来る事はあるけど20代なの!ピチピチなの!

 そんな私を老けてる呼ばわりしたんだから斬られたって文句言えないわ。

 

 「落ち着いて!落ち着いてください!」

 「これが落ち着いていられるか!そこに直れ!そっ首叩き斬ってやる!」

 「待って!待って!本当に待ってください!本当に聞きたいのはその後なんですよ!」

 

 後ぉ!?

 じゃあ、その質問次第じゃ斬るのを我慢してあげなくもないわ。よく言うでしょ?桜子さんの顔も三度までって。言わない?横須賀じゃよく言うのよ。

 二度までは状況次第で我慢する。それがこの桜子さんなんだから!

 

 「で、何?」

 「まるで円満さんみたいな返しですね。別にいいですけど……」

 「早く言いなさいな!斬るよ!」

 「斬らないでください!あの、子供ができたら人って変わるのかな。って思ったんです……。私も、変われるのかなって……」

 

 ふむ……。つまり、円満に嫌われた事で初めて自分のやり方の問題に気付いた大淀は、子供ができればお父さん最優先主義の考え方が変わるかもって思ったわけね。

 

 「子供、欲しいの?」

 「はい……。今は無理でもいずれは欲しいです。でもその……」

 

 ん?何を言いよどんだ?

 それに、下腹の辺りに両手を添えて俯いちゃったけど……。あ!そう言えばこの子って。

 

 「子供ができないのは自分の体に問題があるから。とか悩んでるんでしょ」

 「どうして知ってるんです!?誰にも、あの人にすら話してないのに!」

 

 そのあの人から聞いたんですが何か?

 どうせ普段からあっちの家でも、今みたいな感じで暗~い顔してることがあるんでしょ。

 そんな態度とってたら、お父さんなら聞かなくたってすぐに気付いちゃうわ。

 でもここは……。

 

 「私を誰だと思ってるの?名探偵の孫だったかもしれないと噂されてる桜子さんよ?貴女の悩みなんてまるっとお見通しなんだから」

 「な、なるほど、さすが桜子さんです。でも、その噂は初めて聞きましたね。体は大人でも頭脳は子供。って言われてるのなら聞いたことがありますが」

 「おい、その話詳しく。特に言ってた奴について」

 

 この才色兼備という言葉が服着て歩いてるような桜子さんに向かってなんたる暴言。言ってる奴は死罪になっても文句言えないわ。って言うか殺す。

 

 「う、海坊主さんです……」

 「うぉら!バカ亭主どこ行ったぁー!5~6回殺してやるから戻ってこい!」

 「殺しちゃダメですよ!普通は1回死んだら終わりですからね!?そんなことより私の悩みを……!」

 

 そんなこと。だと?

 貴女にとっては他所の夫婦のことだから『そんなこと』なんて平気で言えるでしょうよ。

 でも、当事者の私からしたらたまったもんじゃない。だって、愛する旦那が陰で私の事を馬鹿にしてたのよ?

 それなのに、本来なら離婚を考えるところを5~6回半殺しにするだけで許してしまう私の寛大さを貴女も見習いなさい!

 

 「間違えました!言ってたのは金髪さんです!」

 「嘘つくな!顔に「本当は海坊主さんです」って書いてあるじゃない!」

 「嘘!?本当に!?いやいやいやいや!書いてあるわけないじゃないですか!」

 「書いてなくても、そんだけキョドってりゃ馬鹿でもわかるわ!」

 

 って言うか一回悩んだって事は、大淀も顔に文字が浮き出てるんじゃないかって疑うくらい、考えてる事が顔に出やすいって自覚はあるのね。

 まあ、艦娘だった頃から円満に散々考えを言い当てたれてりゃそうもなるか。

 

 「でもあの……。そう!海坊主さんは桜ちゃんと一緒です!桜ちゃんの前で刃傷沙汰起こして良いんですか!?」

 「うぐっ……!」

 

 それはしたくない。

 桜は私と旦那の宝物だもの。そんな桜の前でケンカなんかしたくなし、仲が悪いとも思われたくない。

 あれ?でも待って?

 私が旦那をとっちめようと思ったのって……。

 

 「元はと言えば、貴女が余計な事言ったからじゃない!」

 「違っ、違います!私はただ、桜子さんがおバカな事を言ったから訂正うぉ!?どうして刀を抜くんですか!?」

 「どうして?バカは死ななきゃ治らないって言うでしょ?だから一回殺して治してやろうってのよ!」

 

 悪意がなけりゃ何言っても良いと思ってるのかこのバカ淀は。

 おバカ呼ばわりなんかされたら、鋼より硬くしなやかな私の堪忍袋の緒だってブチ切れるってもんよ。

 

 「嫌です!あの人の子供を産むまでは死ねません!」

 「何が子供を産むまでは、よ!ヤることヤっててできないから悩んでるんでしょ!」

 

 あ、ヤバい。ちょっと言い過ぎちゃった。

 私の言葉が大淀にクリティカルヒットしたらしく、唇を噛み締めて涙ぐみ始めちゃった。

 

 「ごめん。言い過ぎた」

 「良いんです。私が不甲斐ないから、あの人の子供を身篭もれないんですから……」

 

 うわぁ。自分で言ったことでさらに凹んじゃった。

 泣きたくなる気持はわかるけど苦手なのよねぇ、こういう雰囲気。

 何故か慰めなきゃいけない気分になっちゃうもの。

 

 「病院で検査してもらいなさいよ。私も……ついてってあげるから」

 「でも、今は作戦前ですし……。その説明のために提督達を集めたんですよ?」

 「何も今すぐとは言ってないでしょ?作戦が正式に実行に移されるのはもう少し先でだろうし、その間に休みだって取れるでしょ?その時に行けば良いのよ」

 「検査を受ければ、子供が作れます?」

 

 潤んだ瞳で私を見上げる大淀を見ちゃったら、それは正直わからん。とは言えないわね。

 ここは、気休めでも何か言って安心させてあげるべきかな。

 

 「貴女はお父さんの事を愛してる?」

 「はい。愛しています」

 「世界中の誰よりも?」

 「誰よりも。です」

 「なら大丈夫よ。お父さんと貴女は、いずれ必ず子供を授かれるわ」

 

 不思議そうね。

 私が今言ったことと今から言う事は、根拠もなにもないただの精神論よ。

 でも、愛する者同士が結ばれたのに、その証とも言える子供を授かれないなんて間違ってる。

 だから、私はこう言うわ。

 世の中には子供を虐待したりする人も居るけど、私はそうだと信じて胸を張ってこう言うわ。

 

 「子供は愛の結晶なんだから」ってね。

 



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第四十六話 頑張ったね……。円満さん

まだ仕事中ふぉう!(軽く発狂中)


 

 

 エマにはその日の内に結婚を申し込んだよ。そう、welcome partyの時にね。

 秘書艦のIowaや、俺がAdmiralになった頃からの相棒であり、Wedding ShipでもあるCharles Ausburneからは「彼女を利用する気?」などと言われたが、俺にはそんな気などさらさらなかった。

 むしろ、利用されていたのは俺の方さ。

 彼女は俺が保有していた第7艦隊の戦力を利用するために、Proposeを笑顔で受けてくれたんだ。

 その事自体にはすぐ気付いたが、俺は騙されて利用されることにしたよ。

 何故かって?決まってるだろう。

 どんな形であれ、愛する女性に頼られるなんて男冥利に尽きるじゃないか。

 要は、惚れた弱みってヤツさ。

 

 

 ~戦後回想録~

 バーガーショップマクダニエル日本支店店長。

 ヘンリー・ケンドリック退役大将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーー

 

 

 円満さんの振袖姿は男性陣だけに留まらず、女性陣にも好評だったわ。

 特にアイオワさんとチャールズ・オースバーンって駆逐艦は「meも着たいデース!」とか「振袖は正義!」とか言ってたっけ。

 

 「円満……。本当に綺麗になったな……。くぅ……!」

 「くぅ……!じゃないでしょオジサン。あんな遠回しなフリ方しといて」

 「なんだ、お前も気付いたのか。満潮」

 「目の前で円満さんが解読してくれたからね。って言うか、もうちょっとマシなフリ方なかったの?円満さんじゃなきゃ気付かなかったわよきっと」

 「前に話しただろう?私は死んだ女房しか女を知らなかったんだ。当然、フラれたことはあるがフッたことは無い」

 

 などと、壇上で歓迎の挨拶を述べている円満さんを泣かせた重罪人は供述しており、反省の色など欠片も見えません。

 少しは申し訳なく思いなさいよ天然タラシが。

 

 「怒って、いるのか?」

 「逆に聞くけど、怒ってないと思う?」

 「すまない」

 「それは私じゃなくて円満さんに言ってあげて」

 「そうだな……。今度、桜子に言って一席設けさせよう」

 「気を持たせるような事言っちゃダメよ?円満さんなりに、気持ちの整理をつけようとしてるはずだから」

 「肝に銘じておくよ」

 

 そう言って、元帥さんは少し寂しそうな瞳を壇上の円満さんに向けた。

 元帥さんも、色恋や肉体関係はなくても、好きなお酒を飲んで愚痴を聞いたり言ったりする円満さんとの関係を気に入ってたんでしょうね。

 でも、寂しがる必要は無いと思うの。

 しばらくは気まずいかもしれないけど、きっと元の関係に戻るはずよ。

 だって、円満さんと元帥さんは食の好みもお酒の好みも一緒なんだもの。

 どうせ何回か会ったら、前と同じように。いえ、前以上に気さくに話し合ってるはずだわ。

 

 『それではここで、遥々と米国から我が国の支援に……。いえ、失礼しました。我々と共に人類共通の敵と戦うために来日してくださったヘンリー・ケンドリック中将に一言賜りたいと思います。ケンドリック中将。どうぞ壇上へ』

 

 言い直しはしたものの、米国海軍を支援扱いするなんて肝が冷える事言うわね。

 あくまで主導は日本だと印象付けたいんでしょうけど、あの一言を聞いたとき元帥さんが「おいおい……」って言いながら冷や汗流してたわ。

 まあ、壇上へ上がるケンドリック提督の顔に、気分を害したような様子は見られないから問題はないでしょうけど。

 

 『先ずは、このような盛大なpartyを開いてくれたことにお礼を言いたい。Thank you from the bottom of my heart(心より感謝申し上げます。)

 

 へぇ、思ってたより、いえ思ってた以上に流暢な日本語ね。下手な日本人より上手なんじゃない?

 私はてっきり、呉の戦艦姉妹の長女みたいな似非外人風の喋り方をすると予想してたから良い意味で期待を裏切られたわ。

 

 「お久しぶりです。元帥殿」

 「ん?ああ、佐世保提督か。久しいな」

 「挨拶が遅くなって申し訳ありません。妻がなかなか離してくれませんで」

 「あら、私のせいですか?呉提督と『シスコンとマザコンはどちらが犯罪か』について議論していたせいでは?」

 

 どっちも犯罪。

 は、置いといて、ケンドリック提督の挨拶をBGM代わりにして現れたのは佐世保提督。

 名前の通り佐世保鎮守府の提督で、筋骨隆々とした体躯に意外と男前な顔をしたシスコン野郎よ。「やらないか」とか言いそうにも見えるわね。

 そしてもう一人。

 佐世保提督が妻と呼んだ、紫の生地に紫陽花と月下美人があしらわれた着物姿の女性は……。

 艦娘、かな?艦娘よね。

 腰まで届く黒髪は一般人にもいそうだけど、紅い瞳なんてカラコン入れてるか艦娘になって色が変わったかしか有り得ないもの。

 

 「初めまして、元帥閣下。扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。よろしくお願いいたします」

 「こちらこそよろしく。結婚報告の写真で見ただけだったが、佐世保提督には勿体ない程の美女だな。おい佐世保の、どうやって騙したんだ?」

 

 いくら上司でもそれは失礼過ぎでは?

 と、喉元まで出かかったその言葉を私はなんとか飲み込んだ。

 だって、元帥さんがそう言いたくなる気持ちもわかるんだもん。

 見た目は確かにイケメンの部類に入るのに、佐世保提督を見てると女性より男性の方が好きそうに見えちゃうの。要はホモっぽいのよこの人。「ウホッ♪いい男」とか日常会話で使ってそうだわ。

 

 「騙しただなんてとんでもない!長い間支え合い、信頼を深め合った提督と秘書艦が籍を入れるのは自然なことでしょう!」

 「わかった。わーかった。私が悪かったから落ち着け。それに近い。暑苦しい」

 

 おー!キスでもする勢いで佐世保提督が元帥さんに詰め寄ってる!

 やっぱり佐世保提督はホモ?ああでも、扶桑さんと結婚してるんだからバイかしら。

 しかもそれでシスコンなんでしょ?ヤバいじゃんこの人。私が知る提督で一番終わってるわ。

 佐世保の憲兵さんは何も言わないのかしら。

 

 「元帥殿から見てどうですか?ケンドリック殿は」

 「今日会ったばかりなのに何とも言えんよ。ただ……」

 「ただ?ただ、何です?」

 「女性の好みは私に近い」

 「それはつまり……」

 

 ロリコンってことでしょ。

 そのロリコンが、どうして円満さんを嫁に欲しがったのかは少し疑問だけど、米国の人からしたら円満さんでも子供に見えちゃうのかもね。

 実際胸は幼女、下手すりゃ赤子並だし。

 

 「初めまして。貴女は閣下の秘書艦かしら?」

 「あ、初めまして。私はこの人の秘書艦じゃなくて、紫印提督秘書艦の満潮です」

 「あらごめんなさい。仲が良さそうだったから私てっきり……。それに」

 「元帥さんがロリコンだから。ですか?」

 

 うん、「そ、そこまでは言ってませんよ?」とか言って弁明してるけど間違いなさそう。

 提督とそれに準ずる人、それに秘書艦しかいないこの場で、駆逐艦の私がロリコンで有名な元帥さんと親しく話してるから秘書艦だと勘違いされたのね。激しく遺憾です。

 

 「元帥さんの秘書艦は軽巡のお姉ちゃ……。大淀さんです」

 「大淀さんと言うと、前元帥閣下の秘書艦も務めていらした方ですよね?」

 「あ、違います。今は代替わりして、元朝潮だった人が大淀になってます」

 「ああ、例の実験の……。だからお姉ちゃんと言い掛けたのね」

 「はい、今日も来てるはずなんですが……。どこに居るんだろ?」

 

 よほどの事が無い限り、元帥さんの傍から離れようとしないお姉ちゃんがこの場に居ないと言う事は、逆に言えばよほどの事が起こってるってことになるんだけど……。

 まさか、大和と出くわしてケンカでもしてるんじゃないでしょうね。

 

 「大淀なら桜子の所だ。彼女はほら、夜が……な」

 「あ~……。そう言えばそうだったわね」

 「それに、円満と顔を合わせ辛そうだったのも理由だ」

 「まだ、引き摺ってるの?」

 「お互いにな」

 

 そっか、もしかしてとは思ってたけど、まだ二人は演習での一件で仲違いしてたのね。

 私があの時、お姉ちゃんの邪魔をしなかったら二人は今でも仲の良い友達のままだったんじゃないかと思うと、私のせいで二人が険悪になったんじゃないかと思えてきちゃうな……。

 

 『そして何より、俺が感動したのは日本の女性の美しさだ。実際にこの目で見て、grandpa が grandma に惹かれた理由が俺にもようやく理解できた。日本の女性は素晴らしい!その中でも、特にエマは!』

 

 私が罪悪感に苛まれていると、挨拶も恐らく後半ってところで変な流れになってきた。

 円満さんが綺麗なのは認めるけど、挨拶の最中に言うようなこと?

 褒められた円満さん自身、「はぁ!?意味わかんない!」とか言って動揺してる。でもそれ、私のセリフだからね。円満さんは満潮を辞めたんだから多用禁止。

 

 『エマ。すまないがこちらへ来てくれないか?』

 

 ケンドリック提督はそう言いつつ、右斜め後ろで待機していた円満さんに右手を差し出しながら体ごと振り向いたわ。

 円満さんはどうしていいかわからないのか、若干怯えた瞳でケンドリック提督を見据えて差し出された手をとろうか迷ってるみたい。

 

 『エマ、順序が逆になってしまったが、この場を借りて君に言いたい事がある』

 『な、何で……(しょうか)

 

 いや、場も雰囲気も出鱈目だけどわかるでしょう。告白よ告白!

 円満さんだって、それを察したから声が擦れちゃったんでしょ?茹で蛸みたいに顔を真っ赤にしてるんでしょ?交際を申し込まれたら困るから、元帥さんをチラチラ見て助けを求めてるんじゃないの?

 

 『俺は君ほどcharmingでintelligenceに溢れた女性に会ったことがない』

 『そ、そんな、買い被りです。私なんて……』

 

 歯が浮きそう。って言うより歯痒い感じがするわね。

 元帥さんと佐世保提督も背中が痒いとか言ってるし、私の感覚は間違いないと思う。

 円満さんだって、普段なら鼻で笑って「拾い食いでもしたの?」くらい言うのに、実際に言われると満更でもなかったのか「うわぁー!うわぁー!どうしよこれどうしよぉぉぉ!」って言いたそうに唇を噛んで俯いちゃったわ。

 

 『買い被りなんかじゃない!俺は君の星のように煌めく瞳に、小鳥のさえずりのように耳に心地良い声に首ったけだ!俺にとっては、君以外の女性などそこらの雑草と大差ない!』

 

 ほう?私は雑草ってか。

 円満さんを口説くために必死なんでしょうけど、そのセリフでこの場に居る大半の女性陣を敵に回したわよ。

 辰見さんと長倉提督は妙に達観して「ねえ良子。ちょっと臭わない?」「天奈~。ブラックコーヒーないの?」とか言ってるし、その傍らに居る叢雲さんと大鳳さんは「ふん!この叢雲様を雑草呼ばわりとは良い度胸じゃない!」「雑草、か。草も生えない私からしたら褒め言葉……かな」なんて言ってるわ。ってか大鳳さん、胸は生えるものじゃないからね?大鳳さんの胸板は雑草も生えない不毛の地じゃないから。

 

 「お、おい佐世保の。なぜ霞は泣いてるんだ?」

 「霞?ああ、呉の秘書艦ですか。はて?何故泣いてるのかはわかりませんが、俺が扶桑と結婚すると報告した時のお袋と同じ顔ですね」

 

 うわぁ、本当だ。

 何故か霞さんが笑顔で泣いてるわ。まるで「ようやく円満にも春が……」とか考えてるみたいに。

 

 『単刀直入に言うぞ。エマ、俺と結婚してくれ!君を伴侶に迎えられるなら、俺は今この場でAdmiralの地位と権力を捨てるのも厭わない!」

 

 言ったぁぁぁぁぁ!

 外国人にクセに、下手な日本人より難しい言葉を識ってるのが気にはなるけど言いやがったぁぁぁ!

 円満さんも、ここまでストレートに言われるとは思ってなかったのか目をまん丸にし驚いてるわ!

 

 『あ、あの……。私……』

 

 困るよね!そりゃあ困るわよ!

 ここはそんな場じゃないもの。米国から支援に来てくれたヘンドリック提督と親交を深めるための懇談会だもの!それなのに結婚を申し込まれたら困るのは当たり前よ!

 だいたいね、円満さんは告白された経験がないの。

 だって円満さんは幼少期から艦娘として過ごし、辞めた今も提督として鎮守府で暮らしてるんだもの。

 そんな円満さんに交際を申し込もうって勇者は皆無だから、見目麗しい外見とは裏腹にまっっっったくモテない!並大抵の男じゃ、円満さんの立場と外見に尻込みして目も合わせられないはずよ。

 故に、さっきも言ったけど円満さんは告白された経験がない。

 きっと、人生初の告白を受けた円満さんの頭はパニックになってるわ。

 

 『お、お気持ちは大変嬉しく思うのですが……』

 

 これは断りそうね。

 作戦に協力してもらう手前、ハッキリと断るのは立場上出来ないでしょうから「少し考えさせてください」とか言って、この場を収めるのが妥当かしら。

 

 『私なんかで……良いんですか?』

 

 んん?今なんて言った?

 私なんかで良いんですか?それじゃあまるで、ケンドリック提督の答え次第じゃプロポーズを受け容れるみたいじゃない。

 円満さんの意外すぎる反応に、私を含めたこの場に集まった人達はおろか、プロポーズしたケンドリック提督自身も「マジか」みたいな顔して円満さんに視線が集中してるわ。

 

 『い、良いに決まっている!俺には君しか考えられない!君の全てが欲しい!いや、俺の全てを君に捧げよう!』

 

 す、全てを捧げると来ましたか。

 地位も権力ない、例えばニートが言おうものなら「いや、アンタに何があるの?」って鼻で嗤われそうだけど、ケンドリック提督みたいに何でも持ってそうな人から言われるとグッと来るわね。持ってないのは愛くらい?なんちゃって。

 そう感じたのは私だけじゃないらしく、雑草呼ばわりされて憤慨してた女性陣から黄色い声が上がってるわ。

 

 『その、結婚はまだ考えられないので……。あ、でも、それを前提にしたお付き合いなら……』

 『ああ!ああ!それで構わない!』

 

 なん…だと……?

 婚約自体は回避したものの、あの円満さんがヘンドリック提督と付き合う?しかも結婚を前提に?

 あれ?でもこれって同じ事なんじゃ……。元帥さんにでも聞いてみようかしら。

 

 「ねえ、元帥さん。元帥さん?」

 「どうしたの満潮さん。元帥閣下がどうか……。あ、あら?ね、ねえ貴方、閣下が……」

 「なんだ扶桑、元帥殿なら……。げ、元帥殿?」

 

 元帥さんの様子がおかしい。

 白目剥いて口は半開き、しかも涎まで垂らしてるわ。佐世保提督が肩を揺すってもまるで反応が無いし、もしかして気絶してるの?何で?

 

 「ど、どう?貴方」

 「し、死んでる!?」

 「いや、寝てるだけでしょ」

 

 きっと、円満さんの応えが予想外過ぎて理解が追い付かなかったんだわ。

 この人も円満さんをフリはしたけど、円満さんが男性と交際してショックを受ける程度には、円満さんのことを想ってたのね。

 

 「はっ!俺はどこだ!?ここは誰だ!?」

 「逆でしょ逆。佐世保提督、頭バグってるみたいだから一発殴ってあげて」

 「無茶言うな!」

 「そんな事したら主人の首が飛んでしまいます!」

 

 物理的に?それとも解雇的な意味で?

 それは杞憂よ。だってこの人、厳しそうな顔しといてかなりいいかげんだもん。

 私がタメ口で話しても何も言わないのよ?

 

 「逃がした魚は大きいわね」

 「後悔はしてないさ。円満が幸せになれればそれで良い。だが……」

 「だが?」

 「違和感を感じる。照れてはにかんでいるように見えるが、必死に本心をねじ伏せようとしているようにも見えるんだ」

 「本心を、ねじ伏せる……ね」

 

 言われてみれば、そう見えなくもない気がしてくる。

 そうよね。考えなくてもそうだわ。

 円満さんは、つい数時間前に何年も想い続けてた人にフラれたばかり。失恋したばかりよ。

 そんな円満さんが、告白されたからってホイホイと想い人を乗り換えるなんて思えないし有り得ない。

 

 「そっか。この事だったんだ……」

 

 これが、円満さん懇談会でやらかそうとしてた事なんだ。

 たぶん円満さんは、ケンドリック提督の好意を利用して、言いなりとまではいかなくても自分に有利なように動かそうとしたんだわ。

 誤算があったとすれば、先に告白された事とタイミングかしらね。

 たぶん、二人きりになって円満さんの方から切り出すつもりだったのに、参加者全員の目の前、しかも想い人だった元帥さんの前でプロポーズされてしまった。

 

 「頑張ったね……。円満さん」

 

 本当は今すぐ逃げ出したいはず。人の好意を利用しようとしている自分に嫌悪感を抱いてるはず。

 本当は今すぐ泣きたいはずなのに、円満さんは必死になって堪えている。

 

 「満潮さん?どうしたの?どこか痛いの?」

 「ううん、何でもない。こんなの、円満さんに比べたら何でもない……」

 

 扶桑さんに気遣われて、初めて自分が泣いてるのに気がついた。

 情けないな……。

 円満さんより先に泣いちゃいけないのに。

 泣くなら円満さんが泣き止んだ後じゃなきゃダメなのに、私の瞳は壇上で恋する乙女を演じる円満さんの姿が見えないよう、涙で視界を歪ませ続けた。



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第四十七話 一花咲かせたいんです!

 

 

 あの作戦、特に会議の場であったことについては、今でも機密扱いになってる事が多いからあまり話せないんだけど、控え目に言って紫印提督は針の筵状態だったかな。

 うん、今思いだしても、見てて痛々しかったよ。

 だって、あの場で紫印提督が相手取っていたのは全員自分より長く提督を務めてきた人たちだったんだよ?

 そんな人たちから責め立てられたら、少なくとも私はプレッシャーで潰れちゃうかな……。

 

 味方してあげなかったのかって?

 それがね?

 しようとしてたし、元帥閣下からも頼まれてはいたんだけど、懇談会の後でその話をしようとしたら先に言われたのよ。「私の味方をしようなんて考えないでください」ってね。 

 まさかそう言われるとは思ってなかったから、思わず「よしきたー!任せといて!」って言っちゃったなぁ。すぐに「へ?」ってなったけど。

 だから会議では、多少の擁護はしたものの基本的には敵に回ったよ。作戦に反対する大湊提督と佐世保提督に同調するようにね。

 でも、あの場であの子が表情を崩すことはなかったよ。うん、なかった。終始あの子は平静を保ってたわ。

 でもきっと、あの子の心はズタボロになってたんじゃないかな……。

 

 

 ~戦後回想録~

 舞鶴鎮守府司令長官。長倉 良子中将へのインタビューより。

 

ーーーーーー

 

 

 横須賀鎮守府の地下には、艦隊への指示を出す艦隊司令部施設と第三会議室と呼ばれる部屋がある。

 両方ともここ数年は使われていなかったんだけど、歓迎式典を終えた今現在、後者の第三会議に五大鎮守府の提督と元帥さん。さらに、ケンドリック提督と各秘書艦達が集められている。

 国防を直接司る人物が一堂に会するなんて滅多に無いだけに、実際に目にすると壮観だわ。

 

 余談だけど、第三会議はその名の通り横須賀鎮守府にある三番目の会議室で、地下と感じさせない明るめの内装に徹底した防音、盗聴対策を施し、部屋の中央に直径5メートルほどの円卓が設えられている。

 今回の会議では、元帥さんが入口から一番遠くの席に座り、その隣、元帥さんを十二時として時計で言うと一時に円満さん、三時に呉提督、五時に佐世保提督、七時に長倉提督、九時に大湊提督、十一時の席にはケンドリック提督が座り、各提督の傍らに各秘書艦が佇んでるわ。

 

 「この度、諸君らに集まって貰ったのは他でもない。今諸君らの手元にある書類に書かれた作戦について、発案者である紫印提督自らが説明したいと望んだからだ」

 

 元帥さんが口火を切ると、場の空気が一気に重たくなった気がする。まあ、原因はわかり切ってるんだけどね。

 その原因は間違いなく、円満さんに言われて私が各提督に配った『捷号作戦』の作戦概要書でしょう。

 

 「元帥閣下。発言しても宜しいでしょうか」

 「構わんよ大湊提督。忌憚のない意見を聞かせてくれ」

 「では失礼して。正気ですか?閣下」

 

 一番槍を買って出たのは、長髪が印象的な大湊提督。一応言っておくけど男性よ。

 私は概要書の中身を知らないけど、大湊提督が元帥さんの正気を疑うほどの事が書いてあるのかしら。

 

 「もちろん正気だ。諸君らが今読んでいる概要書の中身も知っている」

 「では、この作戦を本当に実行すると仰るのですね?」

 「当然だ。何か問題があるか?」

 「問題だらけでしょう!第一、この作戦は前提から狂っているではないですか!」

 

 大湊提督の怒声が室内に響き渡り、秘書艦の千歳さんが必死に宥めようとしてる。

 前提が狂っているって、いったいどういう事なんだろう?

 

 「落ち着きなさい大湊提督。元帥閣下も、この作戦を考えた紫印提督も、我が軍がトラック泊地まで後退せざるを得ない状況になると予想したから、この作戦を速やかに実行に移すため、事前に我々に説明しておこうという考えなのはわかるでしょう?」

 「お言葉だが長倉提督。その前提がそもそもおかしいと言っているんだ!今現在、我が軍は南方中枢に対する包囲網を形成中だと聞き及んでいる。完成が間近な事もだ!そんな状況で我が軍がトラック泊地まで後退?有り得ないだろう!」

 

 へぇ、南方じゃそんな事してたんだ。全然知らなかった。

 でもそれなら、大湊提督が言った『前提が狂ってる』ってのも納得できるわ。だって、包囲網の形成が可能って事は、戦況がそれだけこちらに有利って事だもの。

 大湊提督がキレてる意味はわかんないけど。

 

 「少し頭を冷やせ大湊の。紫印提督、一つ確認したいことがあるんだが宜しいか?」

 「どうぞ、佐世保提督」

 「ありがとう。ではお聞きするが、今大湊提督が言った包囲網形成、さらにその後の殲滅戦も貴女が考えたと聞いているのだが間違いないか?」

 「間違いありません。元帥閣下より南方攻略の作戦を立てろと命じられ、予備プラン(・・・・・)として立案、提出しました」

 「生け贄(・・・)ではなく、か?」

 

 佐世保提督の目が鋭く細められた。殺気すら感じるわ。その視線を真っ向から受け止めている円満さんに動揺はないわね。

 事前に覚悟はしてた。ってとこかしら。

 

 「そう思われても仕方がありませんが……。いえ、お為ごかしはやめましょう。その通りです。敵艦隊を誘き出すための作戦を、予備プランと称して提出しました」

 

 円満さんのその説明で、会議室が一瞬だけザワついた。私自身、円満さんが何を言ってるのかすぐには理解できなかったわ。いや、理解したくなかったのかな。

 だって円満さんは、南方で包囲網を形成中の艦娘や泊地の人たちを、敵艦隊を釣り上げるための餌だと言ったんだから。

 

 「包囲網形成に動員している艦娘の数は40名。これは、我が国が保有する艦娘の六分の一もの数だ。それを丸々餌にすると言うのだな?」

 「はい。その通りです」

 「理由を聞こう。その理由次第では、我が佐世保鎮守府は総力を挙げてアイアンボトムサウンドへと攻め込む」

 

 アイアンボトムサウンド?

 攻め込むって言ってるくらいだから敵地、地名よね?

 南方、しかもラバウル、ブイン、ショートランドで包囲網を形成するような海域にそんな地名なんてあったかしら?

 

 「先程も言いましたが、アイアンボトムサウンドに潜んでいる敵艦隊を誘き出すのが一つ目の理由です。そして二つ目は敵戦力の把握。総数を600強と予測していますが、生憎と予測の域を出ていませんので」

 「だから、それを前線の三基地にやらせようと言うのか?600強もの敵艦隊が攻めて来ると予測しておきながら」

 「ええ、きっと少しでも正確な数字を。と、奮闘してくれるものと思っています」

 

 言ってる事は理解できる。

 敵戦力を把握しない事には、こちらも防衛体制を構築できないもの。

 それ自体は、赤鬼もビックリするくらい顔を赤く染め始め、青筋を浮かべている佐世保提督もわかっているはずよ。あれ?でもどうして、包囲網の形成で敵を誘き出すことが出来るんだろう?

 

 「理由はもう一つあります」

 「……時間稼ぎ。だろう?」

 「はい。現在の包囲網はそのまま防御網として転用可能です。ラバウル提督あたりが、敵の侵攻を察知すると同時に、迎撃戦にシフトしてくれると期待しています。彼は第一次ソロモン海戦で指揮を執った経験がありますので」

 

 そう解説しながら、円満さんは円卓中央に設置されている液晶ディスプレイのスイッチを入れた。

 そこに映し出されたのは、現在の形成中の包囲網が、敵艦隊の北進、または西進に応じて防御網へと変化する様子をCGで映像化したもので、ブイン、ショートランド泊地を最前線として『く』の字みたいにソロモン諸島を包囲していた線が、ツラギ島とガダルカナル島の間から出た赤い線、恐らく敵艦隊の侵攻に合わせて、今度はブイン、ショートランド泊地を起点に『(逆くの字)』に変化したわ。

 あの赤い線の起点がアイアンボトムサウンドなのかな?

 

 「ラバウル提督が迎撃戦を行わない場合はどうするつもりだ?」

 「それこそ有り得ないのでは?ラバウル、ブイン、ショートランドの三基地は南方中枢の封じ込めが第一義です。敵が攻めてくれば迎撃くらいはするでしょう。それとも、佐世保提督は彼の三基地の提督達が命欲しさに逃げ出すとお思いで?」

 「前例があるのでな。俺は実際に会ったことがある提督しか信用しない事にしている」

 

 はて?前例がある?

 私が知る限り、敵前逃亡した提督は居ないはず。舞鶴襲撃時に、当時の舞鶴提督が早々に戦死したって話なら知ってるけど……。

 

 「佐世保提督。前舞鶴提督の事を言っているのなら訂正すべきです。彼は率先して戦死なさった(・・・・・・・・・・)のですから。その事は、その現場を直接見た私が保証しますよ」

 「そうだな。失言だった。許してくれ長倉提督。彼が戦死する瞬間(・・・・・)を見たのは君だったな」

 

 わざとらしい。

 佐世保提督が言った前例はどうやら前舞鶴提督のようね。

 経緯まではわからないけど、今の会話から察するに、襲撃時に前舞鶴提督は真っ先に逃げ出したんだわ。しかも、当時は艦娘だった長倉提督の前で。

 

 「佐世保提督。話を戻しても?」

 「ああ、戻してくれ。まだ理由があるのなら。だが」

 「当然あります。一つ目の理由と少し被るのですが、敵の侵攻ルートを限定するのが三つ目の理由です」

 「包囲網の形成完了をもって戦力の追加は終了。それは敵からすれば、ソロモン諸島に展開している我が軍の総戦力の上限が知れる唯一の機会。故に、攻める気でいるならそのタイミングで侵攻を開始する。と、言う理屈はわかる。だが、何故敵がバカ正直に包囲網を突破すると考える?」

 

 へぇ、包囲網の完成でそこまでわかるものなんだ。佐世保提督ってホモっぽい顔してるに頭良いのね。

 他の提督達も異論はないって事は、同じ事に思い至ってるってことなのかな?

 

 「敵の指揮艦。南方棲戦姫『渾沌』が、中途半端に人間の戦略、戦術を真似ている節があるからです」

 「詳しく聞こう」

 「では、話は逸れますが説明させて頂きます。神藤大佐率いる奇兵隊によって反政府組織『アクアリウム』が壊滅した事は耳に届いていると思います。その際に……」

 

 桜子さんはアクアリウムの最高指導者だった『マザー

』が渾沌と通じて情報を流していた事と、深海棲艦の最終目的が人類文明の初期化だということを聞き出した。

 と、円満さんは場に集った人たちに説明した。

 私が入渠してる間にそんな事をしてたのも驚きだけど、深海棲艦の目的が人類文明の初期化ですって?

 そんな事、いったいどうやってするつもりなんだろう。そっちの方が私的には気になるわ。

 

 「人類文明の初期化?そんな事をどうやって……。いや、つまり渾沌という個体は、その目的を達成するために、南方の戦力上限が確定する場所をあえて突破すると言うんだな?」

 「はい。こちら側に絶望感を与える。くらいの事も考えているかも知れませんが」

 「では、侵攻ルート上に敵の目標。つまり、人類文明を初期化する手段もあるということか」

 

 う~ん……。

 そんな物ある?

 と頭を捻っていたら、円卓中央の液晶ディスプレイに、敵艦隊が二つのルートに別れる様子が映し出された。

 一つはブイン、ショートランドを経由してソロモン諸島の北側へ。そしてもう一つは、ブイン、ショートランド、次いでラバウルを経由しての北西に向かって日本の硫黄島付近に。

 

 「なるほど、スーパーボルケーノか」

 「その通りです閣下。スーパーボルケーノの破局噴火。それが、人類文明を初期化する手段です」

 

 円満さんがそう言うと、敵の予想侵攻ルートの終着点にそれぞれ『オントンジャワ海台』『薩摩硫黄島』と表示された。

 これが、人類文明を初期化する手段か。じゃあ、捷号作戦は南方中枢を攻略するためじゃなく、敵艦隊のスーパーボルケーノへの到達を阻止するための作戦ってこと?

 

 「どうして、スーパーボルケーノの破局噴火が深海棲艦の目的だと考えた?」

 「手段が限られているからです。米国が第二次大戦時に開発したという原子爆弾と似たような物を深海棲艦が持っているならそっちを使うでしょうが、そんな物を持っているなら、『調整』の段階で何発か使っているはずです」

 「だから火山か。だが、それに思い至る根拠があったのだろう?」

 「はい。ハワイ島攻略戦時の敵配置を資料を見て、一体だけ配置のおかしい敵艦がいたのが理由の一つです」

 「島南側のギミックか」

 「そうです。そのギミックの眼下にはイエローストーンがありました。恐らくあのギミックの『結界』への力場供給機能はオマケ。本来は、火山を起爆させる役目を担っているのだと思います」

 「確証は?」

 「あります。ですが、現時点(・・・)ではただの予想、妄想と言われても反論は出来ません」

 

 確証はあるけど証明は出来ないって事?

 言われた元帥さんも同じように思ったらしく「ふむ……」とか言って顎を撫でてるわ。大湊提督と佐世保提督は胡散臭そうに見てるけど。

 

 「紫印提督。僕も質問して良いかな?」

 「どうぞ、呉提督」

 「ありがとう。ではシャツキー海台、トバ火山、タウポに侵攻すると考えないのは何故かな?」

 「シャツキー海台は遠すぎます。そこに行くくらいなら全力で硫黄島へと侵攻するでしょう」

 「トバ火山は?」

 「ご存知の通り、トバ火山があるスマトラ島にはリンガ泊地があります。ここはシーレーンの要所であり、常に高練度の艦娘が詰めていますし、渾沌はここの戦力を知る術がありません」

 「なるほど、だから攻める踏ん切りがつかないと言う事だね。では、タウポは?」

 「豪国海軍がいるからです。米国程ではないにしろ、彼国も艦娘を保有しています。上限の知れない敵と戦うより、上限が知れている方を突破しようとすると、私は考えました」

 「うん、納得した。つまり渾沌は、中途半端に人間の戦略を学んだ結果、保有する戦力と情報で確実に勝てる戦しかしない指揮官になったと君はプロファイリングしたわけだ」

 

 頭がこんがらがってきた。今何の話してるんだっけ?

 最初は大湊提督が、前提が狂ってる!とか言いだして、次は佐世保提督が40人もの艦娘を犠牲にする理由を聞いたのよね?

 そしたら今度は深海棲艦の目的の話になって、そうかと思えば火山の話に早変わり。

 終いには、呉提督がプロファイリングがどうとか言いだしたわ。

 

 「でも紫印提督。スーパーボルケーノの件は後付けだよね?この概要書に書かれている内容、最初は単に、南方中枢を攻略するための作戦だったはずだ」

 「仰るとおりです。神藤大佐がもたらしてくれた情報で深海棲艦の目的の目星はつけれました。ですが代わりに、大筋は変えてないものの、状況に応じてこちらの侵攻ルートを複数に分けなくてはならなくもなりました」

 「では、最新版があるんだね?」

 「はい。それは、今から口頭で説明させて頂きます」

 

 円満さんがそう言うと、円卓の液晶ディスプレイに表示されていた矢印が消えて地図だけになった。

 これから本格的に、捷号作戦の説明が始まるのね。私もしっかりと聞いとかなきゃ。

 

 「捷号作戦は、敵の侵攻ルートに応じた一号、二号、三号の3パターンが存在します。まずは、私が一番可能性が高いと考えているルート。『捷一号作戦』について説明します」

 

 円満さんが手元のタブレットにペンを走らせると、アイアンボトムサウンドを起点とした赤い線がブイン、ショートランド、ラバウルを経由してビスマルク海へと抜けた。 

 これは……薩摩硫黄島を目指すルートね。

 でも、オントンジャワ海台の方が遥かに近いのに、なんでわざわざ遠い方へ侵攻するんだろ?

 

 「オントンジャワ海台方面へ侵攻しないのは、ハワイ島に駐留している米国艦隊を刺激しないため。かな?」

 「その通りです呉提督。南方の三基地を陥落させるほどの艦隊が北上を開始したとなれば、米国も黙ってはいません。最悪の場合、渾沌は日米両軍を相手取る形になりますね」

 

 だから、あえて二番目に近い薩摩硫黄島って訳か。

 そりゃそうよね。

 だって、渾沌は人類側が深海棲艦の最終目的に気づいてることを知らないはずなんだもの。侵攻するなら、スーパーボルケーノを噴火させるつもりだと知らない人類がどう動くかを考えなきゃいけないはずよ。

 あれ?と言うことは……。

 

 「スーパーボルケーノに到達しても即座に起爆はできない。と、考えているのかい?」

 「考えている。と言うよりは確信しています」

 「ほう?その根拠は?」

 「それは後ほど説明いたします。次は我が軍の侵攻ルートですが……。出撃地点はこうなります」

 

 再び円満さんがタブレットにペンを走らせると、今度は液晶ディスプレイに三つの青い光点が表示されたわ。

 一つはタウイタウイ泊地。もう一つはトラック泊地かしら。そして最後の一つは台湾島の東。恐らく、鎮守府機能の簡易版を搭載した艦娘運用母艦『ワダツミ』だと思う。

 

 「トラック泊地の艦隊で敵の侵攻ルートを狭め、ワダツミ旗下の本隊とタウイタウイ泊地からの艦隊で挟撃。という算段だね。タウイタウイからの艦隊はスリガオ海峡とサンベルナルジノ海峡のどちらからだい?」

 「挟撃を行う艦隊はスリガオ海峡からです。タウイタウイからの艦隊にはスリガオ海峡突破後に、本隊が北に誘引した敵艦隊の背後を爆撃、及び砲撃させます。敵旗艦を撃ち取れれば最高ですね」

 

 て、点と線が表示されただけでそこまでわかるの?私にはサッパリわかんないんですけど?

 他の提督達も、呉提督が言った事に疑問はないみたいだし、全員同じ事に思い至ったってことよね?

 はぁ……。提督って凄いなぁ。

 あ、こういうの何て言うんだっけ。コナミ…粉ミルク……じゃないや。粉ミカン?そう!子並感よ!

 

 「爆撃と砲撃……。スリガオ海峡を突破させる艦隊には航空戦艦を?」

 「ええ、恐らく敵は、挟撃されるのを防ぐためサンベルナルジノ海峡、及びスリガオ海峡を封鎖するはずです。なので、突入は夜陰に乗じて少数精鋭で行い、余計な戦闘は避けて翌朝までに突破。本隊が敵を誘引しだい攻撃を開始させます」

 

 航空戦艦を使うって事は、代替わりして1年くらいしか経ってない伊勢型の二人じゃ練度不足で使えないわね。

 と言う事は、今にも怒鳴り出しそうな雰囲気を何故か醸し出している佐世保提督の傍らで、静かに液晶ディスプレイを見つめている扶桑さんとその姉妹艦の山城さん。

 その二人に、護衛として駆逐艦数人と巡洋艦って感じの編成になりそうね。

 

 「スリガオ海峡の突破には反対だ。突破はせず、逆に封鎖して、敵艦隊を牽制すべきだ」

 「理由をお聞きしてもよろしいですか?佐世保提督」

 「理由だと?無謀だからだ!敵がどれだけの規模でスリガオ海峡を封鎖するかもわからないのに、少数で突破させて敵主力の背後を突くだと?戦争ごっこがしたいなら他所でやれ!」

 

 佐世保提督が席から立ち、円満さんに殴りかからんばかりに円卓に身を乗り出した。

 それを諫めるべき立場の扶桑さんは、相変わらず液晶ディスプレイを見つめたままで動く気配はない。

 最悪、佐世保提督が円満さんを殴ろうとしたら、私が割って入って盾になるしかないわね。

 顎が割れるくらいですみますように……。

 

 「Mr.佐世保。君が反対しているのは本当にそれが理由かい?」

 「どういう意味ですかな?ケンドリック殿」

 「ハッキリ言わないとわからないかな?俺には君が、「嫁を危険な目遭わせたくない」と、そう言ってるように聞こえるんだよ」

 「き、貴様……。俺を侮辱する気か!」

 

 お?佐世保提督の怒りの矛先がケンドリック提督に向いたみたいね。

 取り敢えずは、これで痛い思いをしなくて済みそうだわ。

 今度は佐世保提督とケンドリック提督が始めるであろう殴り合いをどうやって止めるかって問題が出て来ちゃったけど。

 

 「ケンドリック提督。そのあたりで……」

 「だがエマ。彼は私情で反対しているぞ?突破が成功すれば勿論、失敗してもこちらが挟撃を仕掛けてきたと敵に認識させるのは効果的だ。それなのに、彼は自分の嫁の命欲しさに反対している」

 

 まあ、佐世保提督と扶桑さんの関係を知ってれば、そう見えちゃうのも仕方ないかな。

 例え結婚(ガチ)してなくたって、提督と秘書艦は強い信頼関係で結ばれている。他の提督が似たような事を言っても、他人の目には同じように写ると思うわ。

 

 「俺はけっして……!」

 「嫁の命が惜しいわけじゃない。かな?ならば賛成するべきだよMr.佐世保。この作戦は南方攻略から、人類文明を護る戦いへとシフトしている。少しでも成功確率が上がるなら実行すべきだ」

 

 それはわかっている。

 人類文明の衰退と愛妻の命。どちらを優先すべきかなんて、佐世保提督は頭ではわかってるはずよ。

 でも、心では簡単に割り切れない。きっと、佐世保提督は提督として妻を送り出すか、夫として妻を守るべきかで葛藤してるんだと思う。

 

 「ケンドリック提督。そのあたりで本当にやめてください」

 「No.だ。私情で異を唱える彼はAdmiral失か……」

 「ヘンケン!」

 「……Okエマ。俺は黙るとしよう」

 

 あ、なんでケンドリック提督が佐世保提督に絡んだかわかった。

 佐世保提督の怒りを自分に向けさせるのはもちろんだけど、本当の目的はたぶん、円満さんに『ヘンケン』って呼ばせる事だわ。だって『ヘンケン』って呼ばれた時ニヤリとしたもの。

 でも、ヘン(・・)リー・ケン(・・)ドリックを略してヘンケンなんて安直にも程があるわね。誰が考えたんだろ。元帥さんかな?それとも辰見さん?

 

 「提督。私に行かせてください」

 「扶桑、お前は何を言っている?死にに行くようなものだぞ!?」

 

 おっと、私がヘンケンなんてあだ名を考えたのは誰か、なんてどうでもいいことを考えてたら、扶桑さんが佐世保提督を説得し始めたわ。

 いいぞー!扶桑さん!そんな怒りん坊なんか言いくるめちゃえ!

 

 「それでも、行かせてください」

 「なぜ、そこまで行きたがる?」

 「貴方はご存知でしょう?私と山城が、『艦隊にいる方が珍しい』と揶揄されていたことを」

 

 へぇ、戦艦でもそんな風に言われる事があるのね。

 私が普段、『円満さんの脛齧り』とか『先代八駆の七光り』なんて言われてるせいかも知れないけど、なんだか親近感を感じちゃうわ。

 

 「ああ知っている。だが、それは昔の事じゃないか」

 「ええ、昔のことです。貴方は私たちを有効に使ってくださいましたし、改二改装を受けてからは出撃する機会は更に増えました」

 「だったら……!」

 

 それで十分だろう?全く出撃してないわけじゃないんだから、それで満足してくれないか?

 と、佐世保提督は続けたかったのかな。

 でも、その思いは言葉にはならず、扶桑さんの追撃で飲み込むしかなくなったみたい。

 

 「でもね?貴方。私は今まで、一度も大規模作戦に参加した事がないのです」

 「それは……。そうだが……」

 「これは私の人生。いえ、艦生で最後の機会かもしれません。だから行きたいんです。艦娘として一花咲かせたいんです!」

 

 扶桑さんの気持ちはわからなくもない。

 私みたいに復讐が目的で艦娘になった子だって、出撃を繰り返している内に欲が出ることがあるもの。

 例えば、一度の出撃で何隻も撃沈して褒められたいとか、あわよくば、ネームド艦娘の仲間入りとかね。

 扶桑さんが艦娘になった理由は知らないけど、仲間が大規模作戦で活躍していく中、自分は地味な書類仕事か後方支援だったんでしょう。

 そんな日々を送ってきた扶桑さんが主役の作戦ともなれば、是が非でも行きたいと言うのは必然ね。

 

 「わかったよ扶桑。だが、一花咲かせるのはいいが散らないでくれよ?俺が、お前がいないとダメなのはよく知っているだろう?」

 「ええ、知ってますとも。だから必ず帰ります。愛する貴方のもとへ」

 

 えっと……。

 二人だけの空間を作って浸るのはけっこうなんですが……。 今って会議中よ?円満さんはこの光景に憧れでもあるのか、ボソッと「いいなぁ……」とか言ってるけど他の人達は呆れてるからね?「家に帰ってからやれや」って思ってるのが丸わかりだから。

 

 「ううんっ!紫印提督。少し休憩を入れないか?」

 「え?あ、ああ、そうですね。皆さんもそれでよろしいですか?」

 

 異議な~し。

 と、絶賛イチャラブ中の二人以外が元帥さんの提案に賛成して、30分程休憩することになったわ。

 最初にキレた大湊提督でさえ、「少し頭を冷やすか」なんて言ってるほど、佐世保提督と扶桑さんのバカップルぶりに呆れちゃったみたい。

 

 「やれやれ、この先いったいどうなる事やら……」

 

 なんて独り言を言いながら、無表情でタブレットを見つめる円満さんを尻目にして、私はお茶を淹れるためにその場を離れた。

 この時は夢にも思わなかったわ。

 まさか自分が、スリガオ海峡へ突入する艦隊。『西村艦隊』のメンバーに選ばれているなんて。



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第四十八話 愛する人のため

 

 

 突然ですが、鎖で体を縛られた事ってあります?

 普通はないですよね。

 私自身、二十数年生きてきた中であの日が初めてでした。唯一と言い換えてもいいかも知れません。

 だってこの先、ハイエースに連れ込まれて薬を嗅がされ、眠ってる間に車椅子に座らされて鎖でグルグル巻きにされるなんて特殊なシチュエーションに遭うなんて考え辛いでしょ?

 

 どこに連れて行かれたのか。ですか?

 さあ?あれは何所なんでしょう?

 提督や元帥さんの他にも、見たことのない提督さんや艦娘達が集まっていましたから鎮守府の中だとは思います。

 でも私は、その人達とは別の部屋で拘束されてて、会議の様子をモニター越しに見せられていたんです。

 いえ、一人ではなく、辰見さんと桜子さんが傍に居ました。

 

 何の会議だったか?

 すみません。あの会議の内容については今も機密なので言えません。言ったら私、逮捕されちゃいます。

 とある作戦についての会議だったのですが、提督が一通り説明し終えたところで、私は拘束されたまま会議の場に連れて行かれました。

 

 ああ、今思えば、私の内にいた彼女の存在を自覚したのはあの時からですね。

 あの日以来、彼女が出て来ても記憶が飛ばなくなって、たまにですが話すようにもなりました。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

ーーーーーーー

 

 

 米国から来た提督の歓迎式典を終えて、朝潮ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べようとカレーショップ ダルシムへ向かっている途中に拉致されてから何時間経ったのでしょう。

 お腹の空き具合から午後3時くらいというのはわかりますが、正確な時刻まではわかりません。

 

 「ねえ辰見。さっきから変な音が聞こえない?」

 「大和の腹の虫が鳴いてるんじゃない?ほら、拉致った場所ってダルシムの近くだったでしょ?きっと食べに行く途中だったのよ」

 

 その通りです辰見さん。

 朝潮ちゃんとお店に入る前に、黒塗りのハイエースに押し込まれたせいでお昼ご飯を食べてないんです。

 それだけならまだしも、変な薬を嗅がされて眠らされ、起きたら車椅子に鎖でグルグル巻きです。

 この状態って意外と体力を消耗しますし、理不尽な扱いに対する怒りで余計にお腹が空いてます。

 

 「そうだったの?だったら早く言いなさいよ。ご飯くらい食べさせてあげたのに」

 「いや、猿ぐつわしてるからね?『うー』とか『んー』程度しか言えないから」

 

 ええ、その通りです。

 私は辰見さんが言うとおり『うー』とか『んー』程度しか声を出せません。

 それなのに、お腹が空いてるならそう言えと言う赤い髪の人はバカですか?

 

 「でも桜子、食べ物なんて持ってるの?」

 「フ……。こんな事もあろうかと、キノコの里を常に携帯してるわ」

 「いやいや、頭おかしいんじゃない?普通はタケノコの山でしょ!」

 

 そのツッコミはおかしい。

 カ〇リーメイトとかならまだ自然ですが、黒いコートのポケットからキノコの里を出すのは絵的にも常識的にも異常です。

 と言うか、コートなんか着て暑くないんですか?この部屋はエアコンが効いてますから暑くないんでしょうけど季節的にはもう夏ですよ?

 

 「はぁ?タケノコとか正気?あんなの、味のわからないバカ御用達のお菓子じゃない」

 「聞き捨てならないわね。アンタ今、日本国民の三分の二を敵に回したわよ」

 

 ほう?赤い髪の人改め桜子さんはわかっていますね。

 タケノコが売れているのは覆しようがないほど周知の事実ですが、チョコ菓子という意味ではキノコの方が贅沢かつ美味しいのです。

 まずキノコとタケノコでは、キノコの方が一粒あたりのチョコの量が多いです。その量、なんとタケノコの1.4倍!

 更に!

 キノコ、タケノコ双方とも、二種類のチョコで二重にコーティングされているのは同じですが、タケノコが甘さの違う二種類のミルク感が強いチョコなのに対し、キノコは一層目にカカオの香りが引き立つチョコを使用しています。

 要は、タケノコは子供向け、キノコは大人向けとも言えるのです。

 

 「ちなみに、アンタはどっち派?」

 「断然キノコです。女は黙ってキノコでしょう」

 

 桜子さんが猿ぐつわを外してくれたのでようやく喋れました。

 これでようやく、キノコ一箱分とは言えお腹に入れることが出来ます。

 はぁ、早く食べたい!キノコを口いっぱいに頬張りたい!

 

 「そうよね!うん!やっぱりキノコは最高!」

 「私にも!私にも食べさせてください!」

 「え?あぁ……。ごめん、全部食べちゃった♪」

 

 テヘペロ♪って感じの顔して空になった箱を逆さに振ってますが、あの一瞬で一箱全部食べたんですか?一粒も残さず!?

 空腹に喘いでいる私に一縷の希望を与えておきながら、その希望を一瞬で奪うとは悪魔ですかこの人!

 

 「キノコ頬張るのは良いけどさ、説明終わっちゃったみたいよ?」

 「辰見、なんかその言い方ヤらしい」

 「でも事実でしょ?」

 「事実じゃないもん。もう口の中に残ってないもん」

 「もう食い切ったの!?早くない!?」

 

 ええ、早いです。正に一瞬でした。

 それはそうと、『キノコを頬張る』となぜヤらしいのでしょう。キノコとは何かの隠語なのですか?

 

 『以上が、本作戦の大筋になります』

 

 おっと、キノコで連想出来そうな物は何かと考えようとしていたら、一号作戦から三号作戦まで説明し終わった提督が一同を見渡していました。意見があるなら言って。ってことでしょう。

 

 「どう思った?桜子」

 「作戦の立て方がお父さんソックリ。お父さんが考えたのかと思ったくらいよ」

 「じゃあ、隠し球もありそう?ハワイの時の大和みたいに」

 「どうだろ?さすがにそこまではわかんないわ。何か隠してそうな気はしてるけど」

 

 お父さんとな?

 桜子さんのお父さんは、こういう作戦を考える立場の人なのですか?と言う事は、あの場にいらっしゃると言うことでしょうか。

 そう言えば以前、ハレンチメガネと初めて対面した場に桜子さんもいましたし、提督の隣に座っている人もいました。あの人がお父さんなのでしょうか。

 

 『スリガオ海峡へ突入させる艦隊メンバーは決まっているのか?』

 『はい。旗艦を扶桑型二番艦 山城とし、随伴艦として同一番艦 扶桑。当鎮守府から、最上型一番艦 最上、朝潮型三番艦 満潮、同五番艦 朝雲、同六番艦 山雲です』

 『ほう?秘書艦だけでなく、朝雲と山雲のコンビもつけてくれるのか』

 

 ん?今、満潮教官の名前出ませんでした?

 敵の背後を突くという大事な作戦のメンバーに選ばれるのは光栄な事のはずなのに、教官は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしています。

 今にも「円満さんからは一っっっ言も!聞いてないんですけど!?」とか言い出しそうです。

 

 『扶桑、山城姉妹と最上はこの作戦の要ですから、その護衛に相応の者をつけるのは当然です。この三人ではご不満ですか?佐世保提督』

 『不満はないよ。君の秘書艦の実力は知らないが、朝雲と山雲のコンビの実力は知っている。去年の演習大会で煮え湯を飲まされたからな』

 

 ちなみに、朝雲と山雲は艦娘歴が長いのもあってかなり強い。

 一人一人の実力の高さはもちろん、コンビとして戦った場合は駆逐隊に留まらず水雷戦隊並だと言われてる。

 と、辰見さんが桜子さんに説明しています。

 だから、こんな大事な作戦のメンバーに選ばれるのも当然。とも言ってますね。

 私のご主人様である朝潮ちゃんも朝潮型だったはずですが、参加メンバーには選ばれなかったのかしら。

 

 『不満はないが、そのメンバーに佐世保から一人追加する事は可能か?』

 『可能ではありますが……』

 『ついて行ける程の実力があるか不安。か?そこは心配するな。彼女は佐世保で一番……と言うと白露が怒るか。トップの駆逐艦だ』

 

 同じじゃないですか?は、置いといて。

 佐世保から一人って言われた時点で、提督が若干嫌そうな顔をしたのが気になりますね。

 佐世保提督は実力を不安視してると受け取ったみたいですが、私には違うように思えます。

 まるで「うわぁ……。たぶんアイツよね?アイツしかいないよねぇ……」って、考えてるように見えますもの。

 

 『それは、時雨ですか?』

 『話が早いな。その通りだ』

 

 佐世保提督が肯定した途端、提督の顔が「やっぱりか」とでも言いたげに歪みました。

 この様子だと、時雨さんとやらの実力は知ってるけど好んで関わりたくはない。と、言ったところでしょうか。

 

 「時雨って、私が知ってる時雨?」

 「アンタがどの時雨の事を言ってるかわかんないけど、アンタが南方から戻って雪風とやり合った演習大会に出てた時雨の事を言ってるならその通りよ」

 「ふぅん。じゃあ実力的には問題ないわね。それなのに、なんで円満は嫌そうにしてるの?」

 「時雨に手籠めにされかけた事があるからじゃない?」

 

 ほう?時雨さんとやらは女知音でしたか。しかも、提督を手籠めにしようとした事があると。

 艦娘って、体を持て余してる人が多いのでしょうか。

 最近は前みたいに素っ気なくなりましたが、やはぎんもちょっとイジっただけで発情しちゃいましたし。

 

 『……わかりました。時雨も艦隊メンバーに加えましょう』

 『感謝する。ああそれと、艦隊名は決まっているのか?』

 『一応、第一遊撃部隊 第三部隊と銘打つ予定ですが……』

 『事務的過ぎて花がないな。うちの扶桑と山城が主役の艦隊なんだからもうちょっと……』

 

 コイツ面倒くせぇ。

 とは、辰見さんと桜子さんのご感想です。私はそんな事欠片も思っていませんよ?ええ、思っていませんとも。

 散々反対してたクセに、奥さんに言いくるめられた途端に艦隊名にまで口を挟み始めやがって、とは思いましたが。

 

 『書類に残す名前はそれで良いとして……。そうだ!西村艦隊とかどうだ?』

 『『『西村どっから来た!?』』』

 

 と、佐世保提督と扶桑さん以外の人が声を揃えてツッコミました。当然、私もです。

 だっていきなり出て来ましたもの。

 西村さんが旗艦を務める艦隊を西村艦隊と呼ぶならまだ理解できますが、旗艦は山城さんでしょう?ならば山城艦隊が妥当ではないですか。

 それなのに「西村艦隊とかどうだ?」とか言ったらそうなりますよ。

 

 『扶桑にとっては旧姓になってしまうが、西村とは扶桑と山城の本名だ。これならば、二人が主役の艦隊だと一発でわかるだろう?』

 『『『いや、わっかんねぇよ!』』』

 

 と、再度全員から総ツッコミが入りました。

 確かにわかりませんね。艦娘は親しい人にコッソリと教える場合を除いて、本名を名乗ることを基本的に禁止されています。

 私の場合は本名と同じですから違和感は少なかったのですが、大半の人は慣れるまで苦労したと思いますよ?

 そう言えば、どうして本名を名乗ってはいけないのでしょう。私に本名を名乗るなと言った大城戸さんは「提督が憶えやすいから」と言っていましたが……。

 

 「西村ならまあ、苗字だけだし割と聞くから問題ないか……」

 「辰見ならアウトだったわね。あんまり聞かない苗字だし」

 「そうね。退役後の事を考えて本名を名乗らせないようにしてるのに、それを強いている提督が率先して破ってどうすんだ。って感じよ」

 

 退役後を考えて?

 本名を名乗らせない事と退役後にどんな関係があると言うのでしょう。

 

 「不思議そうね。大和」

 「ええ、まあ……。艦娘が本名ではなく艦名を名乗るのは提督がお憶えやすくするためじゃないんですか?」

 「それもあるわ。良い機会だから、この桜子お姉さん教えてあげる」

 

 そう言ってエッヘン!と胸を張った桜子お姉さん(笑)の説明によりますと、艦娘に艦名を名乗らせるのにはいくつか理由があるそうです。

 一つは、今私が言った理由です。

 艦娘は退役や戦死などで代替わりするため、似たような外見でも別人という事がザラらしく、一々名前を覚え直すより艦名で統一した方が効率が良いからだそうです。

 そしてそれは同時に、名前の呼び間違いの防止にも繋がります。

 例えば、提督が私の事を本名の撫子と呼んでいたとしましょう。

 その私が退役して、次に『大和』の艤装を使う人を間違って撫子なんて呼じゃったら、呼ばれた人は「はぁ?」ってなっちゃうでしょ?本名ではなく艦名を名乗らせるのには、そういった間違いを防止するための役割もあるのです。

 

 そしてもう一つは、さっき辰見さんが仰った退役後を考えて。

 謂われの無い風評被害に遭う可能性を考えてです。

 例えば、元艦娘だから暴力的。軍に居たから常識に疎い。女所帯に居たから女にしか興味がない。反対に、男に囲まれて逆ハーレム生活を送っていた等々です。

 大半は根拠のない噂ですが、一般社会に戻れば証明する手段も助けも基本的にありません。

 だから、退役するまで本名を封印するのです。

 その封印の仕方は徹底しており、艦娘になる前の戸籍は抹消。親や友人に手紙を出すのも電話をかけるのも禁止。公的な書類にも本名ではなく艦名を書かねばならず、艦娘になる前に運転免許など、名前が特定出来る資格を有していた場合は剥奪されます。

 要は、艦娘になる前の人生を無かったことにされちゃうんです。

 退役後は面倒な手続きの後に元に戻してくれるそうですが、そこまでの事をされているとは夢にも思いませんでした。あれ?でも……。

 

 「朝潮ちゃんは親に仕送りをしてるって言ってましたよ?」

 「それはきっと、適当な名義を軍がでっち上げて振り込んでるはずよ。情報は消せても人の記憶は消せないから、朝潮の親は娘からの仕送りだって気付いてると思うわ」

 

 私の質問に答えてくれた桜子お姉さんは更にこう続けました。

 昨今は、この制度は形骸化しつつあると。

 その理由は、元艦娘という肩書きが女性のステータスと化しているためだそうです。

 なぜそうなったのかは謎ですが、いつの頃からか元艦娘の中に自分からそうだったと言う者が現れ始め、最近は元艦娘でもないのに、髪を変な色に染めたりカラーコンタクトを入れたりまでしてそうだと騙る者もいるのだとか。

 もっともそのおかげで、艦娘になったことで髪や瞳の色が変わってしまった人も、問題なく一般社会に溶け込めているのだとか。

 まあ、大半は髪を黒に染めたり黒いカラーコンタクトを入れたりしてるそうですけどね。

 

 『紫印提督。深海棲艦が即座に火山を起爆できないと貴女が確信した根拠を、そろそろ説明してくれないかしら?』

 『わかりました。長倉提督』

 

 提督の返事を合図にしたかのように、辰見さんと桜子お姉さんが動き始めました。

 辰見さんは私の背後に回って車椅子を押す準備をし、桜子お姉さんは鎖と手錠を取り出して先に部屋を出ました。

 まさか、この状態の私を会議の場に連れて行く気ですか?何のために?

 

 「辰見、先に入って大淀をふん縛るから少し待ってて」

 「了解、ガチバトル始めちゃダメよ?」

 「わかってるって。そんじゃ、行ってくる」

 

 会議場の入口と思われる観音開きの扉の前に着くや否や、辰見さんと桜子お姉さんは短いやり取りをして桜子お姉さんのみ中へ入って行きました。

 ハレンチメガネをふん縛ると言っていましたが、やるなら私にやらせてくれないでしょうか。縛ってなくても身動き一つ取れないよう痛めつけてやります。

 

 「ちょっ!桜子さん何を……!」

 「はぁ~い。すぐ済むから大人しくしなさいね~。あ、お父さん、ちょっとそっち抑えて」

 「わかった。こうでいいか?」

 「閣下まで!?」

 「痛かったら右手挙げてね~。やめないけど」

 「挙げれませんよ!両手諸共椅子に縛られたら手なんて挙げられませんよ!」

 

 騒がしいですねぇ。

 ギャーギャー言ってないでさっさと縛られなさい。私なんて、文句言う暇も無く拉致されて縛られたんですよ?そんな私に比べたら遥かにマシじゃないですか。

 

 「ちょっと桜子さん!下!下!」

 「下?下が何よ」

 「パンツ!パンツです!スカートが捲れて丸見えになってます!」

 「別に良いじゃない減るもんじゃなし。って言うか凄いの穿いてるわね。お父さんの趣味?」

 「そうですけどそれは今良いんです!せめてスカートを!閣下だけならまだしも、他にも殿方がいらっしゃるんですから!」

 「サービスサービスぅ♪って言っとけば無問題」

 「問題だらけですが!?」

 

 非常に気分が良い。

 恨み骨髄の大淀が慌てふためいている声を聴いてると気分が高揚してきます。見える位置まで行きたいくらいです。

 

 「悦に入ってるとこ悪いけど、貴女も似たような状態だからね?」

 「気にしません。私のスカートは捲れていませんから」

 

 と言いつつ、一応確認を……。

 よし、私の大事なところはちゃんとスカートで隠されています。これで心置きなく、椅子に縛られパンツ丸出しになってるハレンチメガネを嗤ってやれます。

 

 「だいたい、どうして閣下も一緒になって縛ってるんです!?こういう段取りだったんですか!?」

 「そんなわけないだろう。桜子が乱入して君を縛るなど全く聴かされていない」

 「だったら何故!?」

 「……一度、縛ってみたかったんだ」

 「そう……ですか。ならば仕方ありませんね。受け容れましょう」

 

 受け容れちゃった。

 頭おかしいんじゃないですか?だって人前で醜態を晒しているんですよ?

 それとも何ですか?元帥さんが縛ってみたかったと言った途端に受け容れたと言うことは、元帥さんが望むなら人前だろうと何をされても構わないと?

 もう一度言いますが、頭おかしいんじゃないですか?

 

 「辰見ー。良いわよー」

 「りょーかい。それじゃあ行くわよ。大和」

 「え?私もこのまま行くんですか?せめて鎖は解いて……」

 「却下」

 

 言い切る前に私の訴えを却下した辰見さんは、車椅子を押して会議室へと入り、反時計回りに提督と満潮教官の間まで移動しました。

 視線が痛いですね。「あれは大和か?」とか「なんで縛られてるの?」とか聞こえてきます。

 

 「これが根拠です。正確には彼女の内にいる、かつてハワイ島中枢の側近だった戦艦棲姫。個体名『窮奇』ですが」

 「窮奇?それはあの、隻腕の戦艦棲姫のこと?」

 「その通りです長倉提督。大和の艤装に使われた核に、窮奇の意識が残っていました」

 「暴走したりしないの?いや、それよりも、窮奇は貴女の姉妹艦の仇だったはずでしょう?」

 「暴走時の対処をさせるため、常に満潮、及びそれに準ずる実力の者を傍につかせています。それに今は、個人の感情より戦局を有利に進める事が肝要です。なので今は、大淀と互角に戦えるほどの実力を有し、敵側の情報も知っている彼女を有効に活用すべきだと思っています」

 

 はて?私の中に窮奇とやらが居るみたいな事を提督は仰っていましたが、私の中にそんなモノがいるんですか?窮奇ってたしか、中国の妖怪か何かでしたよね?

 

 「正気か紫印提督。こちらの意のままに動かせるならまだしも、暴走時の対処を考えていると言う事はそうではないと言うことだろう?ならば、引き出せるだけの情報を引き出したら即座に解体すべきだ」

 「大湊提督に賛成する。大和型を一人失うのは痛いが、油断している時に暴走されたら痛いでは済まない」

 

 大湊提督と佐世保提督は、提督が言うことに反対しないと気が済まないのでしょうか。

 他の人達はさして気にしてないみたいですよ?

 

 「佐世保提督。一応聞きますが、かつて時雨が窮奇の被害に遭ったから解体しろ。と、言ってるわけじゃないんですよね?」

 「いや、それもあるぞ長倉提督。時雨は九死に一生を得たが、初撃から時雨を庇った涼風が戦死している。我が佐世保鎮守府にとっては涼風の仇だ」

 「そのお気持ちはわからないでもないですが、紫印提督が言ったメリットも確かにあります。即座に解体。と言うのは性急すぎだと思いますが?」

  

 なんだか、佐世保提督と長倉提督の間で火花が散っているように見えます。

 最初に反対した大湊提督は蚊帳の外ですね。火を着けるだけ着けて大人しくなっちゃいました。

 まあ、解体されるかもしれない私自身が蚊帳の外なんですが……。

 それよりも、『涼風』という名前が出てから教官の表情が曇ったのが気になります。もしかして、教官のお知り合いだったのでしょうか。

 

 「二人とも、先ずは紫印提督の話を聞かないか?大和を解体するかどうかはそれを聞いてからでも遅くはないだろう?」

 「止めるのが遅すぎだろう。殺されるかと思って冷や冷やしたぞ」

 

 あら?元帥さんが二人を止めたら、遅すぎるという抗議の声が上がりました。

 なんだか、私の声と似ていますが……。

 

 「出てくるのが早すぎじゃない?合図するまで待っててって言っといたでしょう?」

 「そうは言うが円満よ。こんな縛られた状態で、私をどうこうすると聴かされれば一言言いたくもなるだろう?それよりもだ。これは約束と違うのではないか?」

 「違わないわ。ちゃんと会わせた(・・・・)でしょ?」

 

 不承不承と言った感じで納得した私の口が、私の意志とは無関係に言葉を紡いで提督に食い下がっていますいます。

 今喋っているのが、私の内にいるという窮奇なのでしょうか。

 

 「し、紫印提督。まさか……今?」

 「はい、出て来ています。合図するまで出てくるな。とは言っていたんですが……」

 

 佐世保提督の擦れた声での問いに、私に「まったく……」と言いたげな呆れた目を向けて提督が答えました。

 合図するまでと提督は仰っていましたが、いったいいつそんな話を?

 もしかして数日前、朝潮ちゃんを探していた私を執務室に招き入れた時ですか?あの空白の十数分で、今日のための打ち合わせをしていたのですか?

 

 「彼女は十数分しか表に出ていられません。ですので、これから彼女への質問は最小限でお願いします」

 「では僕から一つ。良いかな?」

 

 真っ先に手を挙げたのは呉提督。

 メガネをクイッと上げる仕草がインテリっぽくてイラッとしますね。

 提督は右手を差し出す仕草で「どうぞ」と促しましたが、彼は何を質問するつもりなのでしょう。

 

 「火山を噴火させる手段を深海棲艦が持っていると言うのは本当かい?」

 「ああ、あるよ。ハワイにも居ただろう?」

 「では、起爆させるまでに時間がかかるのも?」

 「アレは特殊な個体でな。太陽光と地熱を蓄えて放つ事が出来るのだが、火山を起爆させる程のエネルギーを蓄積するとなると相応の時間がかかる」

 「それは、どれくらいだい?」

 「私はそこまで知らんよ。先に話した事も渾沌の受け売りだ」

 「ではもう一つ。あの個体は卵にエネルギーを供給していたと言う報告を聴いているんだけど、それはオマケの機能かい?」

 「オマケだ」

 「それはつまり、本来の機能を使う機会が当分先だから、それまでは孵化、及び成長を促す役割を取りあえず担っていた。と理解して良いかな?」

 「そうだ。『保育器』の助けがあれば、戦線に投入出来るまでの期間が短縮出来るからな」

 「その『保育器』とやらは南方にも?」

 「いや、居なかったはずだ。アレは本来、初期化を担っていた我が母固有の兵装のようなモノ。渾沌が南方の母に初期化を実行させようとしているのなら、別のモノで代用するか新たに生み出す必要がある」

 「ありがとう。僕からの質問は以上にするよ」

 

 呉提督との質疑応答が一段落すると、会議室に沈黙が訪れました。他の提督達は何かを吟味でもするかのように考え込む素振りをしています。

 今得た情報を、提督が説明した各作戦内容に照らし合わせて粗探しでもしているのかしら。

 

 「紫印提督。次は私が質問しても良いかしら」

 「どうぞ、長倉提督」

 「では窮奇に問います。貴女はさっき説明された作戦をどう思う?別室なりで聴いていたんでしょう?」

 

 バレてる……。

 秘書艦の何人かはその事に若干驚いてるようですが、提督達の表情には動揺が微塵もありません。

 私が連れて来られた時点で、作戦を予め説明していたか、別の場所で聴いていたと考察したのでしょう。

 

 「一号、だったか?あれは渾沌らしい攻め方だと思ったな。アイツは圧倒的な戦力差で正面から蹂躙するような攻め方が好きだ」

 「海峡にはどれ位の数を回すと思う?」

 「そうだなぁ……。旗艦に、貴様らが姫級と呼んでいる個体を据えて……せいぜい十分の一程度と言ったところか?アイツは些事を下の者に丸投げする癖があるからな」

 「ではもう一つ。貴女の助言を元に、紫印提督はこの作戦を考えたの?」

 「いいや?私が教えたのは、『保育器』の機能に関する事だけだ。作戦の内容はさっき知った」

 「わかりました。私の質問は以上です」

 

 再びの沈黙。

 大湊提督と佐世保提督は苦虫を噛み潰すように私を睨んでいます。どうしても私を解体したいようですね。

 それに対して、呉提督と長倉提督は何かに納得したのか、目の前に置かれていたコーヒーカップを口に運んでいます。安心したようにも見えますね。

 私の横にいる提督が無表情なのが少し気になりますが……。

 

 「……紫印提督。窮奇が裏切る可能性を忘れているのではないか?」

 「当然、考慮しています」

 「ほう?俺の杞憂だったか。ならばどうする?艤装に爆薬でも仕掛けておくか?」

 「そんな事はしません。しなくても、彼女は裏切りません。約束してくれましたから」

 「その根拠は?そいつは元々敵だぞ?まさか、そんな奴との口約束が根拠だとは言うまいな!」

 

 ま~た佐世保提督が絡んできました。

 彼は提督の事が嫌いなのでしょうか。それとも、単に口を挟まずにはいられない性分なだけ?

 

 「そう心配するなゴツいの。円満との約束がある限り、私はけっして裏切りはしない」

 「ゴ、ゴツい!?いや、それはいい。俺が、敵であるお前の言う事を素直に信じると思うか?」

 「信じられないなら、さっき貴様が言ったように私に爆薬なりなんなり仕掛ければいい」

 

 いやいや、やめてください。

 それって私も死にますよね?貴女が裏切ったら私も一緒に死んじゃうって事ですよね!?

 

 「何故、そこまでする?紫印提督との約束が、お前にとっては命を賭ける程大切な事なのか?」

 「円満との約束のためじゃない。私は私の意志で、貴様達の側に立って戦うと決めた」

 「その理由、聞いても構わないか?」

 

 私の視線がゆっくりと動いて、質問してきた佐世保提督ではなく、敵意剥き出しの眼差しを向けるハレンチメガネの方を向きました。

 顔も熱いですし、胸の鼓動もどんどん高鳴っています。

 まるで、好きな人に告白をするときのように……。

 

 「愛する人のため。では不足か?」

 

 私の捻り出すように言った言葉を聞いて、ハレンチメガネこと大淀は複雑そうな顔をして私から目を逸らしました。

 それを見つめる私は、いえ、窮奇は寂しそうに見つめ続けました。

 周りの雑音をBGMにして、今もなお想い続ける彼女の横顔を。



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第四十九話 どうぞごゆっくり

 

 

 捷一号作戦草案。

 

phase1

 台湾島南東、及びトラック泊地より軽巡を旗艦とし、索敵要員として軽空母を混成した対潜哨戒部隊を出撃させ、敵潜水艦を排除しつつ敵艦隊の捜索を行う。

 

phase2

 敵艦隊発見後、トラック泊地より空母を基幹とした機動部隊を出撃させ、敵艦隊を北西へと誘導。(敵の編成次第では第一遊撃部隊第二部隊を支援として送る)

 

phase3

 敵艦隊をルソン島東に誘導後、ワダツミ旗下の主力艦隊を出撃させ、敵を更に北、エンガノ岬沖まで誘引開始。(恐らく、数日間夜通し戦うことになるわね。ローテーションをよく考えないと)

 同時に、タウイタウイ泊地より第一遊撃部隊第三部隊も出撃し、ネグロス島付近まで進出後、敵の誘引状況に応じてをスリガオ海峡を目指す。(一晩くらい野宿させる必要あり?)

 

phase4

 第三部隊がスリガオ海峡へと進発後、第二遊撃部隊をサンベルナルジノ海峡へ向かわせる。(この部隊は第三部隊の撤退支援用。第三部隊の状態次第では敵艦隊を追撃させることも考える。旗艦は誰にするべきか……)

 

phase5

 敵艦隊誘引に成功後、第三部隊の奇襲を合図に長門型と大和型を基幹とした第一遊撃部隊第一部隊をワダツミより全力出撃させ、敵艦隊の撃滅を目指す。(目指すとは言っても、渾沌は奇襲を受けた時点で撤退する可能性大ね。敵棲地と化している可能性が高いラバウル、ブイン、ショートランドを攻略する事も考慮しないと。頭が痛いなぁ……)

 

 ~戦後回想録~

 紫印円満中将の手記より抜粋。

 

ーーーーーーー

 

 『うぅおぇぇぇぇぇぇぇ!』

 

 初っ端からすみません。

 会議を終えて、部屋に戻った途端にトイレへ駆け込んだ円満さんが盛大に吐き始めたので少々お待ちください。

 って、私は誰に謝ってるのかしらね。

 もらいゲロしそうなほど長く円満さんが吐く声を聞いてるもんだから現実逃避したくなったのかも。

 

 「円満さ~ん。大丈夫?」

 『だいじょば……じょば……じょばぁぁぁぁぁ!』

 

 うわぁ……。

 一応声をかけてみたけどダメだこりゃ。

 胃の中身なんかとっくに吐き尽くしてるはずなのにまだ吐いてるもの。

 このまま聞き続けたら、私まで本当に吐いちゃうかも。

 

 「部屋にトイレ作っといて良かったわね。共用のトイレだったら何人かもらいゲロしてたわよ」

 「そう、そう……そうぬぇぇぇぇぇぇ!」

 

 まだ吐くか。

 会議中はもちろん、各提督と秘書艦達を見送るまで我慢したのは褒めてあげたいけど我慢し過ぎよ。

 休憩の時に一回吐いとけば良かったのに。

 

 「ううぅ……。喉と胃が変……」

 「アレだけ吐けば当然よ。何か飲む?」

 「お酒……」

 「未成年が何言ってんのよ。ホットミルク作ってあげるからそれでも飲んでなさい」

 「ケチ……」

 

 とか言いつつも、お酒を諦めた円満さんは服を脱ぎ散らかしながらちゃぶ台の定位置に腰を下ろした。

 みっともないなぁ。

 年頃の乙女がTシャツ一枚にパンツ姿よ?ちなみに、胸の位置に『いつか生える』と書かれたクソT。しかもノーブラ。

 男性が見たら幻滅するか襲いかかるかのどっちかね。

 

 「吐くほど緊張するくらいなら、長倉提督に味方してもらえば良かったのに」

 「あれは味方してくれてたようなもんでしょ」

 「そうだけど、味方してくれってお願いしてたら大湊と佐世保の提督をもうちょっと抑えてくれてたと思うよ?」

 「良いのよ。アレくらい言ってくれなきゃ……」

 「罰に、ならない?」

 「うん……」

 

 やっぱり。

 だから、長倉提督に味方しようとしないでなんてお願いしたのね。

 罰を受ければ償える。いや、罰を受ければ、罪の意識が軽くなるような気がするから、かな。

 

 「全員、作戦の実行に賛成してくれて良かったね。支援も約束してくれたし」

 「大湊提督は仕方なくって感じだったけどね」

 「でも、千歳さんと千代田さんを貸してくれるでしょ?」

 「ええ、海防艦も何人か回してくれるって言ってくれたわ」

 

 反対してた割に協力的ね。

 対潜哨戒がメインの大湊において、海防艦は主力のはずなのにそれを貸し出すなんて。

 

 「ごめんね……。満潮」

 「何よ急に。何か謝るような事でもしたの?あ!もしかしてトイレットペーパー使い切った!?」

 「ち、違う!使い切ったけどそのことじゃないから!」

 「もう!全部使ったら替えといてっていつも……!って、違うの?」

 

 じゃあ何の事?ヘンケン提督のプロポーズを。曲がりなりにも受け容れた真意を説明してくれてないこと?

 アレに関しては、私なりに円満さんの真意を理解してるから、謝らなくたって責めたりしないわ。

 

 「アンタに本気で戦ってもらわなきゃならない。しかも、人前で……」

 「ああ、そっちか」

 

 包囲網完成の一ヶ月前に正式に発令される『捷一号作戦』。

 その際に、ワダツミ旗下の本隊及び、サンベルナルジノ海峡を目指す第二遊撃部隊に先行する形で、タウイタウイ泊地から出撃する第一遊撃部隊 第三部隊。通称『西村艦隊』に選ばれた私の役目について謝ってたのね。

 

 「別に謝らなくたって良いわ。私をあの艦隊に配属するって事はそういう事(・・・・・)なんでしょ?」

 「ええ……。西村艦隊がスリガオ海峡を突破できるかどうかはアンタにかかってる。何がなんでも……。」

 

 艦隊を無事に突破させて。

 って、続けようとしたのかな。俯いて黙っちゃったからわからないけど、円満さんは私に作戦の成否を託してくれたって事ね。

 

 「本気で、やって良いのね?」

 「本気でやって良い。使うタイミングはアンタに任せる」

 「わかった。西村艦隊は私が絶対無事に送り届けるわ。だから……その」

 「何?ご褒美に何か欲しいの?」

 「違う」

 「じゃあ、何?」

 「この作戦が終われば一区切りつくでしょう?だから、終わったら幸せになることを考えて」

 

 円満さんは精神的にも肉体的にも限界。いえ、限界を超えてる。それなのに、まだ苦しもうとしてる。

 緊張とストレスで吐いちゃうクセに、それでもまだ罰を受けようとしてる。

 どうしてそこまで自分を痛めつけるの?

 泊地の人達を餌にするから?助けようと思えば助けられるのに、作戦のために死んでもらわないといけないから?

 そりゃあ円満さんからしたら、自分で決めたことだから、その事で苦しむのに後悔はないんでしょうよ。

 でも、見てる方からしたらたまったもんじゃない。殴ってでも止めたくなっちゃうのよ。

 

 「それは無理よ。だって私は……」

 「大勢の幸せを奪うんだから幸せになる資格なんてない。とか言ったらぶつよ」

 「でも……」

 「でも。じゃない!今の円満さんを見てると安心して出撃できないわよ!」

 「満潮……」

 「前に、私の改二が決まった時に円満さん言ったよね?強くなって安心させてって。笑って送り出させてって」

 

 だから、私は強くなったよ?

 お姉ちゃんにはまだ敵わないけど、お姉ちゃん以外に負ける気がしないほど強くなった。

 『満潮』の名に恥じないくらい強くなって見せたわ。

 それなのに……。

 

 「円満さんが心配で出撃できないよ……」

 「心配し過ぎよ。私の事は気にし……」

 「気にしないなんて無理よ!だって円満さん、私が怪我しただけで泣いちゃうじゃない!」

 「それは、そうだけど……」

 「私が居なきゃご飯もまともに食べないし部屋も掃除しない!下着も換えない!」

 「いや、それはさすがに換えるわよ?」

 「うっさい!黙れ!いい?円満さんは私が居なきゃ人並みの生活さえ送れないのよ?私が死んじゃったら、円満さんも餓死しちゃうんだから!」

 

 私、何言ってんだろう。こんな事が言いたい訳じゃないのに、感情に流されるままに口が勝手に動いてる。

 

 「お、落ち着いて満潮!それは言われなくたってわかってるから!」

 「わかってない!頭と見た目が良い以外取り柄がないクセに不幸ぶるな!円満さんより不幸な人なんて数えるのが馬鹿らしいほどいるわよ!」

 「不幸ぶってなんかない!私はただ……!」

 

 ただ?ただ何よ。

 どうせ、私が幸せになったら死なせた人達に申し訳ない。だから幸せになることなんて考えちゃダメ。私は、私のせいで死んだ人たちを悼みながら死ぬまで苦しむ続けるの。

 なぁんて、くだらない事考えてるんでしょ?

 

 「逆ギレすんな!死なせた人たちに申し訳ないと思うなら、死なせた人達の分まで幸せになる。くらい言ってみなさいよ!だって円満さんは聖人君子じゃないのよ?生活習慣はハチャメチャ。ちょっとの事ですぐ泣くくらい泣き虫で、胸の事を言われると発狂するくらい狭量のダメ人間よ!?」

 「そ、それはちょっと言いすぎじゃない?私だって少しは良いところが……」

 「ない!円満さんって頭良すぎてバカなのよ!少しはお気楽に考えなさい!もしかしたら、泊地の人達だって全滅しないかもしれないでしょ?しぶとく生き残ってゲリラ戦でもするだろう。くらい楽観的に考えなさい!」

 

 無理だろうなぁ。とは、言った私も思うわ。

 でも円満さんは逆に、それくらい物事を楽観視するくらいじゃなきゃダメ。

 予知に迫るレベルの戦略眼は凄いと思うし頼りになるけど、円満さんはその戦略眼に振り回されてる。ガス抜きの仕方を覚えてくれなきゃ、私はいつまで経っても安心して戦場に行けないわ。

 

 「そうだ!作戦前にヘンケン提督とデートしなさい!」

 「は、はぁ!?意味わかんない!どうしてケンドリック提督が出てくるのよ!」

 「だって付き合ってるでしょ?付き合ってるならデートくらい普通じゃない」

 「いや、一応交際してる形にはなってるけど……」

 

 よし、これで行こう。

 ヘンケン提督とデートを重ねれば、男性経験が皆無な円満さんは乙女脳になっていい按配になるかもしれないわ。

 

 「俺を呼んだか!?エマ!」

 「ケンドリック提督!?なんでここに!?」

 

 ドアをバーン!と開けて現れたのはご存知ヘンケン提督。

 本当になんでここに居るのか疑問だけど、今は逆に都合が良いわ。良すぎると言っても良いわね。

 ファイルみたいな物を持ってるのが少し気に……。いや待って?そう言えば、今の円満さんの格好って……。

 

 「ちょっ……!ヘンケン提督!一回外に出て!」

 「おいおい、どうしたんだMitchy。そんなに慌て……て!?」

 

 ヘンケン提督が円満さんのあられもない格好に気付いて目を見開いた。

 円満さんも、ヘンケン提督のリアクションで事態を察して慌ててTシャツの裾で股間を隠したわ。なんか、かえってエロいわねその格好。

 それにしても、ノーブラでちょっと乳首が浮いちゃってる胸より股間を優先して隠すって事は、円満さん自身も胸は隠すほどないと自覚してるね。哀れ……。

 って、それは今どうでも良い!

 

 「見るな!それとミッチー言うな!」

 「Oh, sorry!」

 「謝んなくて良いから早く出て!円満さんはジャージにでも着替えなさい!」

 「で、でもジャージが何所にあるか……」

 「もう!タンスの二番目の引き出しっていつも言ってるでしょ!?いい加減覚えてよ!」

 

 ったくこのダメ女は。

 小難しい事ばっか考えてる暇があるなら、自分の服が何所にあるかくらい覚えろっての。

 

 「ヘンケン提督もいつまで見てんの!さっさと出ろこのスケベ!」

 「せ、せめて、エマのあの姿を写真に……!」

 「却下に決まってんでしょ!バカな事言ってないでさっさと出る!ほらほら!」

 

 私はヘンケン提督の足をゲシゲシと蹴って部屋から追い出した。失礼かな?とも思ったけど、乙女の部屋にノックも無しに乗り込んだこの人の方がもっと失礼だから良いよね?うん、良い事にしよう。

 

 「これが眼福と言うヤツか……。当分困らないな」

 「一応聞くけど何に?」

 「フ……。Mitchyが知るにはあと10年早いよ」

 「だからミッチー言うな。それに、10年も経ったら今の円満さんの歳超えちゃうけど?」

 

 どうせ夜のオカズにするんでしょうが。私だって、それくらいの知識はあるのよ?

 この人とデートしろなんて言ったものの、円満さんのあられもない姿を思い出して絶賛ニヤニヤ中のこの人を見てたら、円満さんを託して良いのか不安になってきたわね……。

 

 『み、満潮、着換えたから入ってもらって?』

 

 お?着替え終わったみたいね。

 声が会議の時以上に緊張して震えて……。いや、怯えてる?元帥さん以外の男性を部屋に招き入れるこの事態を怖がってるみたいに思えるわ。

 招かれるヘンケン提督は「待ってました!」と言わんばかりにワクワクしてるわね。

 

 「ジャージ姿もprettyだよエマ。脱がせていいかい?」

 「却下。バカな事言ってないで座りなさい。お茶くらいは出してあげるから」

 

 再び部屋に入った途端にこれである。

 円満さんは「ちょ、ちょっと満潮!失礼でしょ!」とか言ってるけど、この人の方がよっぽど失礼だからね?

 だいたいね、円満さん今、脱がしていいか?って言われたのよ?私が居なかったら、間違いなく今晩処女喪失してたわ。

 

 「急で申し訳なかった。会議で言いそびれた事を言いたくて訪ねたんだが……。timingが悪かったな」

 「いえ、この後予定もありませんし……。その、来てくれて嬉し……かったです。あ、でも、迷いませんでしたか?」

 「ああ、Ms.辰見に案内してもらったから迷わず来れたよ」

 「なら……良かったです……」

 

 居辛い……。

 ヘンケン提督は艦娘を指揮する立場にあるからか女性に慣れてるっぽいけど、親しい男性が元帥さんしかいない円満さんは完全に萎縮しちゃってるわ。

 ここは、軽くパニック起こして黙り込んじゃってる円満さんの代わりに私が話を進めなきゃ。

 

 「ヘンケン提督。会議で言いそびれた事って?」

 「ん?ああ、これだ。我が軍のFleet girlを数名貸し出す話をしたかったんだ」

 「米軍の艦娘を?」

 「そうだ。彼女たちの詳細はこれにまとめてある」

 

 言いながらヘンケン提督が円満さんに差し出したファイルには、英語で計5人分の詳細が記されていたわ。

 私じゃ何が書いてあるのかわからないわね……。

 

 「戦艦1。正規空母2。軽空母1。そして駆逐艦が1ですか」

 「ああ、Iowa、Saratoga Mk.II Mod.2、Intrepid、Gambier Bay、Samuel B.Roberts。日本語が堪能な者が5人しかいなかったが、十分君の力になるはずだ。彼女たちを好きに使ってくれていい」

 「お心遣い痛み入ります。秘書艦のIowaまでお貸しくださるなんて……」

 「気にしないでくれ、彼女が志願したんだ。どうも彼女は日本の戦艦に興味あったようでね。大和classだったかな?今日、会議の場に来た彼女だ」

 

 戦艦Iowa。

 米国海軍最強と謳われるIowa級戦艦の一番艦。

 火力や装甲は大和に多少劣るものの、総合的なスペックでは大和を上回るとも言われてるわね。

 そんな戦艦を、当人が志願したとは言えポンと貸し出すって事は、円満さんの思惑通りになってる。と、言えるのかな。

 

 「俺からのpresentは気に入ってもらえたかな?」

 「ええ、豪華過ぎてどうお返ししたら良いかわからないくらいですよ」

 「見返りなど求めてないよ。単に俺が、君の役に立ちたかっただけだから気にしないでくれ」

 

 流れをぶった切って関係ない事を言っても良いかしら。

 場違いな空気って言うか、自分がここに居て良いの?って感じることがあるじゃない?

 今ね?正にそんな感じなの。

 円満さんとヘンケン提督が見つめ合ってるんだけど、まるで恋人同士がキスする前に見つめ合う時みたいな雰囲気なのよ。

 邪魔者みたいですんごく居心地が悪いわ。

 

 「私、二時間ばかし散歩してこようか?」

 「え?どうして?」

 「いや、どうしてって……。ねぇ?」

 

 と、ヘンケン提督を横目で見ると、この人は私の気遣いを察してくれたらしく「延長は可能か?」とか言ってるわ。

 でも、残念ながら延長は不可です。

 晩ご飯だって作らなきゃいけないんだから二時間以上は無理よ。それプラス、掃除もセルフでお願いします。それが嫌ならラブホに行け。

 

 「ヘンケン提督。わかってると思うけど、無理矢理はダメだからね?」

 「心配するなMitchy。無理矢理は俺の主義に反する。だから安心して一晩ほど散歩してきてくれ」

 「ミッチー言うな。それに一晩とかバカじゃないの?そんな事するくらいなら誰かに泊めてもらうわよ」

 

 無理矢理は主義に反するとか言っておきながらヤル気満々じゃない。米国の男ってヤル事しか頭にないの?

 貞操の危機が迫ってる円満さんは意味がわかってないらしく、キョトンとして「何の話?」とか言ってるわ。

 

 「少しは危機感持ちなさいよ。ホント、恋愛に関しては幼稚園児以下なんだから」

 「え?え?なんで恋愛の話が出てくるの?それに散歩って……。一緒に居ればいいじゃない」

 

 私に円満さんとヘンケン提督のまぐわいを見学しろと?アホか。生憎と、人のまぐわいを見学する趣味なんて持ち合わせてないの。

 それとも何?円満さんって人に見られながらしたい人なの?変態か。

 

 「ねえ円満さん。円満さんってヘンケン提督と付き合ってるのよね?」

 「そ、そういう事にはなってるけど……。それと満潮が散歩に行くのに何の関係が?」

 「いやいやいや。言わなきゃわかんない?私が居なくなれば、円満さんとヘンケン提督は二人っきり。恋人同士が密室で二人っきりになるの」

 「ふ、ふた、二人っきり!?無理無理無理!一緒に居てよ!」

 

 私の方が無理です。

 こんな、甘ったるくて背中が痒くなるような空気になっちゃった部屋にはこれ以上居たくないの。本当に勘弁してください。

 

 「じゃあ、キッカリ二時間後に戻って来るから」

 「待って満潮!ホントに待って!二人っきりになんてされたら……!」

 

 往生際が悪いなぁ。

 円満さんはヘンケン提督を利用しようとしてるんでしょ?だったら、少しくらいサービスくらいしなきゃダメじゃない。

 それに、たぶん無理矢理手籠めにされるのを想像して真っ青になってるんでしょうけど、無理矢理は主義に反するって言ってたから大丈夫よ。きっとね……。

 

 「ヘンケン提督。くれぐれも、紳士的にお願いします」

 「任せてくれMitchy。君が与えてくれた時間で、エマとの距離を縮めて見せるよ」

 

 縮めるのは良いけどゼロ距離は却下だからね?

 と、言おうと思った私は、部屋から出ようとドアへ向かう途中に見えたヘンケン提督の震える手を見て言うのを思いとどまったわ。

 

 「ミッチー言うな。って、何度も言ってるでしょ?」

 

 いつからなのかしら。

 もしかして部屋に入ってから?それともここに来る前から?いずれにしても、女性に慣れてるプレイボーイ風の態度はブラフだったようね。

 この人の女性遍歴は知らないし興味もないけど、好きな女性の前で緊張して手を震わせるヘンケン提督が少し可愛く思えちゃった。

 

 「円満さん」

 「な、何?残って……くれるの?」

 

 残んないわよ。

 正直に言えばちょっと心配よ?でも、ヘンケン提督なら円満さんに酷い事はしないって思えちゃったから二人っきりにするの。だから私はこう言うわ。

 

 「どうぞごゆっくり」

 

 ってね。

 円満さんの「待って!置いてかないで!満潮ぉぉぉぉぉ!」と言う悲痛な声に後ろ髪引かれたけど、私は心を鬼にして部屋を出た。

 ヘンケン提督が、凝り固まった円満さんの心を解きほぐしてくれると信じて。



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第五十話 幕間 大和と朝潮

朝潮の時報が楽しみで仕方ない今日この頃、五章ラストです。
六章開始時期は仕事が佳境に入ってるため未定です!気長にお待ちください!
 



 

 

 会議が終わったのは何時だったのでしょうか。

 お腹の減り具合から察するに、今は午後五時前後だと思うのですが……。

 まあそれはともかく、私は会議が終わると辰見さんと桜子お姉さんの手で外に連れ出されて解放されました。

 でも、解放してくれたのは良かったんですが、何故わざわざ拉致現場であるダルシムの前に戻したんです?

 まあ、少し散歩でもして考え事をしたかったからちょうど良いと言えばちょうど良いんですけど。

 

 「私の中に人が、いえ、深海棲艦が居たなんて……」

 

 私は海辺を寮に向かって歩きながら、何と無しに胸に手を添えてそう呟きました。

 心当たりはいくつかあります。

 『大和』になる前の晩。演習の最中。そして、数日前の執務室の都合三度、記憶にはない空白の時間が私にはあります。恐らくその時に彼女は、今日のように出て来ていたのでしょう。でも……。

 

 「今回は、記憶が残ってる」

 

 前の三度の事は欠片も覚えていないのに、今日会議の場であった事、私の口を使って窮奇が話した事を、今でもハッキリと覚えています。

 前の三度と何が違う?窮奇の名を聞いたから?それとも、私が憎む彼女のために戦うと言った窮奇が印象的だったから?

 

 「どちらにしても、あまり良い気分はしませんね」

 

 あんな人を愛してるだなんて正気を疑います。

 そりゃあ、見た目だけなら真面目で清楚そうな美人ですから、よほど特殊な好みの男性以外は見た目にコロッと騙されるでしょう。

 ですが、私は女です。しかもノンケです!

 そんな私の口で、同性であるハレンチメガネに愛を囁かないでいただきたい。私までそっちの気があるんだと思われちゃうじゃないですか。

 

 「もしかして、私が朝潮ちゃんに惹かれたのは窮奇の影響……なのかしら」

 

 詳細までは聞けませんでしたが、ダルシムへ向かう車中で桜子お姉さんが話してくれました。

 窮奇はかつて、初代朝潮を葬り、二代目朝潮だったハレンチメガネに屠られたと。

 彼女を偏愛していたとも言っていました。

 と、聞かされた話を思い出していると、覚えのない映像と感情が浮かんで来ました。

 これは窮奇の記憶なのかしら。当時の感情すら、私は今ハッキリと思い出して(・・・・・)います。

 

 「最初に見た時は、ガッカリしました。矮小な駆逐艦と、私は侮っていました」

 

 でも彼女は、私の砲撃を躱して見せた。幾人もの艦娘を屠って来た私の正確無比な砲撃を、彼女は掻い潜って私のすぐ傍まで一直線に向かって来た。

 肉薄される頃にはすっかり魅了されていました。

 でも、部下の無粋な横槍のせいで、私と彼女の初めての逢瀬は悲惨な結末を迎えました。

 

 「二度目に会った時は、我を忘れるほど嬉しかった」

 

 私に会いに来てくれた。

 私に会うために、死の淵から甦ってきてくれた。もう一度、彼女とダンスができる。

 そう、当時の私は思いました。そして私は、その時初めて彼女が好きなんだと自覚しました。

 

 「でも、その時も添い遂げることは叶わなかった……」

 

 三度目は雨期真っ只中の南方でした。

 渾沌に落として来いと言われた敵基地に彼女が居たんです。部下の重巡が、またしてもさかしい真似をしたせいで決着は着かなかったけど、初めて本気の彼女と戦うことが出来ました。

 

 「そして最後。私が沈んだ日……」

 

 私は彼女に拒絶されました。私は彼女に沈められました。私は彼女に、嫌いだと言われました……。

 それが、私と彼女のラストダンスでした。

 

 「悲しくなった……。寂しくなった……。憎くなった……」

 

 そして、身も心もズタズタにされた私は、彼女の胸に抱かれた時にこう思いました。嫌わないで……。貴女と、一緒に居たい……。と。

 そうしたら彼女の声が聞こえました。

 貴女が艦娘なら、それも出来たかもしれない。と。

 だから私は、最後の力を振り絞って一言だけ伝えました。嫌われても良い。貴女と一緒に居られるなら何にでもなる。艦娘にだってなってやる。

 という意志を込めて、一緒に…居させて……と。

 

 「本当はあの場で抱きしめたかった……。彼女に触れたかった……。私に触れて、ほしかっ……」

 

 違う!

 これは私の感情じゃない!

 だって私は、弟を助けてくれなかった彼女を恨んでるんだもの!だからこれは、私のじゃなくて窮奇の感情よ!それなのにどうして、私は自分の感情と錯覚したの!?

 

 「私、どうなっちゃったんですか?もしかして、このまま乗っ取られちゃうんじゃ……」

 

 そう口に出したことで、言い知れぬ恐怖が私の体を駆け巡り、私は道端にへたり込みました。

 怖い……。私の内にいる窮奇に、いつか身も心も乗っ取られるんじゃないかと考えるだけで身が震える。立っていられない。

 

 「大和……さん?」

 「朝潮ちゃん……」

 

 へたり込んで怯えていた私に声をかけてくれたのは、何故か汗だくで息を切らせていた朝潮ちゃんでした。

 どうしてそんなに汗をかいているのですか?どうしてそんなに、息を切らせているのですか?

 もしかして、私が拉致されてからずっと探し回ってくれてたんじゃ……。

 

 「そんな所に蹲ってどうしたんですか!?お腹痛いんですか?もしかして酷い事されたんですか!?エロ同人みたいに!」

 「エ、エロ同人?いえ、そんな事はされてません。ちょっと気分が悪くなっただけでして……」

 

 と、誤魔化したものの、朝潮ちゃんの口からエロ同人なんて単語が飛び出すなんて思ってもみませんでしたよ。意外すぎて、恐怖心なんてどっか行っちゃいました。

 

 「朝潮ちゃんこそどうしたんですか?そんなに汗だくになって」

 「大和さんを探してたに決まってるじゃないですか!大和さんがハイエースされちゃったから私、心配で居ても立ってもいられなかったんです!」

 

 ちょっと待ってください。

 ハイエースされちゃったって何ですか?ハイエースって車名ですよね?それなのにそんな言い方をすると言うことは、ハイエースって誘拐とか拉致の隠語なんですか?

 

 「本当に痛いことされてません?もしくは、気持ち良い事とか……。まさか、集団で寄って集って……!」

 「ちょ!ちょっとストップ!何を言ってるんですか!?」

 「え?何って……。その、ハイエースされたらエ、エッチな事されるって荒潮さんが……」

 

 おぅふ……。

 朝潮ちゃんはどうやら、荒潮ちゃんに出鱈目な性知識を植え付けられてるようですね。

 真っ赤になってモジモジしてる朝潮ちゃんは愛らしいし舐めたり撫でたり揉んだりしたいですけど、ここは年長者として間違った知識を正してあげないと。

 

 「ど、どうだったんですか!?痛かったんですか!?それとも気持ち良くなっちゃちゃんですか!?こ、壊れちゃう~!とか、いぐぅぅぅぅ!とか言っちゃったんですか!?」

 「え~っと……」

 

 これ、正さなくていいや。

 真面目な朝潮ちゃんの口から卑猥な言葉が飛び出す度に、私の劣情がこれでもかと掻き立てられますもの。

 これは正すには惜しい。荒潮ちゃんグッジョブです!

 このままお持ち帰りして、今口にしたセリフを実際に言わせるのも有りですね!

 

 「はっ!私は今なんて事を……!これも窮奇の影響ですか!」

 「きゅう……き?それは何かの暗号ですか?」

 「いえ、暗号ではなく、その……」

 

 私は窮奇の事を説明するため、今日はあった事を朝潮ちゃんに話しました。

 先代朝潮二人と窮奇の因縁はもちろん、作戦の内容まで。

 

 「先代達と窮奇の間でそんな事が……。その窮奇が、今大和さんの中にいるんですか?」

 「はい……。たまに記憶が飛ぶことがあったんですが、どうもその時に出て来てたみたいです」

 「でも、今回は憶えてるんですよね?」

 「ええ、ハッキリと」

 

 それどころか、当時の記憶まで流れ込んでいます。まるで、思い出しているかのように。

 

 「少し、歩きませんか?」

 「それは構いませんが、でも……」

 

 朝潮ちゃんの汗は引いていません。ブラウスだって透けて下着が見えちゃってます。

 お風呂にだって入りたいでしょうに、私を気遣ってお散歩しようと言ってくれてるんでしょうね。

 あ、一応言っておきますが、朝潮ちゃんってブラしてたんだ。とか思ってませんからね?

 

 「艦娘が、艤装との初同調時に先代適合者の記憶を垣間見る。と言う話をご存知ですか?」

 「ええ、一応は」

 「私も例に漏れず、先代の記憶を見ました」

 「どんな、内容だったんですか?」

 

 朝潮ちゃんが話してくれた先代朝潮達の記憶の内容を聞いていく内に、私は胸が締め付けられるように切ない気分になりました。

 初代朝潮は愛する人を守るために、その身を犠牲にした。朝潮ちゃんは名前まで知らなかったそうですが、彼女が死ぬ切っ掛けを作ったのは他ならぬ窮奇。

 今も私の内で、一緒に話を聞いているであろう窮奇でした。

 

 「先輩は落ちこぼれだったそうです。男性ですら使用できる内火艇ユニットが使えず、三年もの間養成所に居たんだとか」

 

 そして、四年目を迎えようとしていたある日、彼女は朝潮となった。

 幼い頃に命を救ってくれた『あの人』のために艦娘になると誓っていた彼女は、念願叶って艦娘となり、初代朝潮の仇を見事討って『あの人』と添い遂げた。

 季節外れの花を咲かせた桜の木の下で、彼女は『あの人』と想いを重ね合った。

 その日に私の弟は死に、私と彼女は出会った。出会って、しまいました……。

  

 「先代達は窮奇を憎んでいました。愛する人の命を脅かそうとする窮奇を。でも、私は……」

 

 私の前へと歩み出て振り返った朝潮ちゃんは、ニッコリと微笑んで私の目を真っ直ぐ見てこう言ってくれました。

 

 「私は先代達とは違って窮奇を憎んではいません。だって何もされてませんもの。だから、その窮奇を内に秘めている大和さんを嫌うこともありません」

 「で、でも私、いつか乗っ取られちゃうかもしれないんですよ?そうしたら朝潮ちゃんにも酷い事をしちゃうかも……」

 「逆に乗っ取っちゃえば良いんです。先輩と互角以上に戦った窮奇の経験が得られれば鬼に金棒でしょう?」

 

 いや、それができれば最高ですけど、本当にそんな事が可能なのでしょうか。

 事実、私の精神は窮奇の影響を受けて不安定になっていますし……。

 

 「出来ないとは言わせません。大和さんは私の自慢の飼い犬なんですから」

 「朝潮ちゃんは、こんな私を……」

 

 信じてくれるのですね。

 今も乗っ取られるんじゃないかとビクビクしている、こんな臆病な私を。

 

 「でも、話を聞く限り今度の作戦は危ないかもしれません。だから、大和さんが危なくなれば私がお助けします!」

 

 沈み始めた太陽を背にそう言ってくれた朝潮ちゃんを見ていた私は、どうして自分がこの子に惹かれたのかわかった気がしました。

 この子はよく騙されます。

 この子は人が言う事を疑いません。今話した、私の内に窮奇が居るという話もアッサリと受け容れてくれました。

 そしてこの子は、ルールは絶対厳守を座右の銘にしてそうなほどの堅物と周りからは言われています。

 でもそれは、嘘がつけないほど実直で、破っても咎められないほど些細なルールを守るほど義理堅いと言う事。

 そんな、律儀な性格のこの子に私は惹かれたんだと思います。

 この子は私を裏切らない。と、無意識に思ったんだと思います。

 

 「絶対、ですよ?」

 「はい!お約束します!」

 

 同じ艦隊に配属されるかわからないのに、それどころか作戦に参加出来るかすらもわからないのに、朝潮ちゃんは右手の小指を差し出しながら約束してくれました。

 この子は必ず来てくれる。

 私が危ない時には必ず駆け付けてくれる。そう、根拠のない確信を抱いて、私は朝潮ちゃんの小指と自分の小指を絡めました。

 

 「「ゆ~びき~りげ~んまん。う~そつ~いたらは~りせんぼんの~ます。ゆ~びきった!」」

 

 

ーーーーーーー

 

 

 その日、私は朝潮ちゃんと夕日の中で、お互いにはにかみながら初めての約束を交わしました。

 ええ、この時には思ってもみませんでした。

 この迂闊な約束が、朝潮ちゃんに大怪我を負わせる事になるなんて。

 私は気付けなかったんです。

 約束のためなら命令どころか、自分の命すら蔑ろにする、呪いにも似た『駆逐艦 朝潮』の狂気に。

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。





次章予告。

大淀です。

溢れ出るように現れた敵の大艦隊。
なのにラバウル提督は妙に落ち着いています。
ラバウル提督なりに何か考えがあったのか、敵艦隊が現れた時点で攻撃を開始しちゃいました。徹底抗戦して玉砕するつもりなのでしょうか?

次章、艦隊これくしょん『小さき勇者と伊達女の狂詩曲(ラプソディー)
お楽しみに。


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第六章 小さき勇者と伊達女の狂詩曲《ラプソディー》
第五十一話 真実を知る、覚悟はあるか?


 一ヶ月近く空いてしまった……。でもまだ書き終わってません。
 が!前半五話の投稿開始します。五日もあれば書き上がる……はず!


 

 

 円満とヘンケン提督のデート?もちろん私が段取りしたわ。

 ほら、円満ってお父さん以外の男性とまともに話した事がないから、あの子からしたら男性をデートに誘うのは戦争を終わらせるより難しい事だったのよ。

 

 会議の日だったかな?

 満潮が気を利かせて円満とヘンケン提督を二人っきりにしたらしいんだけど、「結局、ヘンケン提督が一方的に話すだけで終わったらしいわ」な~んて呆れながら言って来たもんだから、今度は私が気を利かせて場を設けてあげたってわけ。お父さんまで巻き込んでね。

 

 ええ、そうよ。

 円満とヘンケン提督の初デートは保護者同伴。お見合いって言っても良いかもしれないわ。

 でも、デートが終わって店から出て来た円満と、満潮をおんぶしたヘンケン提督の表情は何故か険しいものだった。

 二人の全身が、まるで「聞かなきゃよかった」って語ってるみたいだったもの。

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長 神藤桜子大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 「おお!これがsashimiか!食べるのは初めてだが美味い!grandmaが事ある毎に食べたがっていたのがようやく理解できた!」

 「それは良かった。外国人は生魚を食べる習慣がないと聴いていたので心配だったんだ。なあ?満潮」

 「私、お刺身より天ぷらの方が良い」

 

 梅雨も終わりが見えて来た六月末。

 辰見さんに無理矢理取らされた明日の休みは何して過ごそうかと思案しながら部屋でまったりとしてたら、何故か満潮を伴って踏み込んできた桜子さんと辰見さんに拉致されて先生から贈られた着物を着せられ、先生とのデートで使ってたいつもの店に連れて来られた。

 いやぁ、車中で着付けされてる間、何を企んでるのか気にはなってたけど、まさか保護者同伴でデートさせられるとは思ってもみなかったわ。

 まあ、さっきまで話してた元総理を担ぎ出しての内閣の説得の件や、それに伴った大和の真の素性等々、大事な話をするって意味合いもあってそうしたんでしょう。

 うん、そう思うことにしよう。

 

 「Mr.Crazy.これは何と言う料理ですか?」

 「それが、今満潮が齧り付いてる天ぷらだ。見るのは初めてか?」

 「Oh!これがテンプーラ!てっきりFried Shrimpだと思っていた!」

 

 ちなみに、Fried Shrimpは日本風に言うとエビフライ。要は、ケンドリック提督は海老の天ぷらをエビフライだと思ってたのね。

 そしてついでに、Mr.Crazyとは先生の事。

 いくら流暢に日本語を話せるとは言っても、ケンドリック提督は米国生まれの米国育ち。

 先生の苗字がどうしても正しく発音出来なかったみたいで、仕方なく音が近いCrazyと呼ぶことにしたそうよ。

 まあ、本人も気に入ってるようだし、先生は一部の人から『周防の狂人』なんて呼ばれてるそうだからあながち間違ってもない……。

 って!それは今どうでもいい!海老どころか私まで茹で上がりそうだわ!だって顔が凄く熱いもん!今なら顔面で目玉焼きが作れる自信があるわ!

 

 「どうしたんだ?エマ。箸が進んでないぞ?」

 「え!?ハシ!?ハシって何!?」

 「いや、箸だよ箸。日本人は食が進んでないことをそう言ったりもするのだろう?」

 「あ!ああ……ハシね。うん、うん、わかります」

 

 わかりません。

 ハシってなんだっけ。橋?端?箸?どれ?いつもは冴え渡ってる私の脳みそが、茹で上がってるせいでまともに働いてくれないからケンドリック提督が何言ってるかわかんない。

 視線で、テーブルを挟んだ対面に座る満潮に助けを求めても食べるのに必死で助けてくれなさそうだし、その満潮の隣に座ってる先生も「どうしたんだ?」って感じの顔して訝しんでるだけ。

 それだけならまだしも、私の隣に座って、俯いてる私を心配そうに覗くケンドリック提督の行動が余計に私を追い詰めてるわ。

 

 「ヘンケン提督。あ~んしてあげてよあ~ん。そうすりゃきっと食べるから」

 「あ~ん。とはなんだい?Mitchy」

 「こう、箸とかで相手の口元に食べ物を運んであげるのを、日本では『あ~ん』って呼ぶのよ。ってかミッチー言うな」

 

 おのれ満潮!なんて余計なことを!

 そんな事言ったらこの人絶対にやるわよ?現に、「エマ、何が食べたい?」とかって私に聞いてきてるもん!

 

 「な、なんでも……」

 「じゃあ、これなどどうだ?」

 

 と言って、ケンドリック提督が箸で掴みあげたのは伊勢エビ。しかも、殻も剥かずに30cmくらいありそうなのを一匹丸ごと。

 それを箸で軽々と持ち上げるケンドリック提督の握力にも驚いたけど、伊勢エビ一匹丸々をあ~んってしようと思ったこの人の思考回路にもビックリよ。

 どう考えても口に入りきらないかから!

 

 「ちょっとちょっと、せめて殻は剥きなさいよ殻は」

 「おっと、Nice followだMitchy。エマ、すまないが少し待っててくれ」

 

 少しと言わず何時間でも待ちます。具体的に言うとこの場がお開きになるまで。

 だって、あ~んする気満々なんだものこの人。

 伊勢エビをバキッと折って、尻尾を引っ張って出て来た直径10cm近い身の部分と、左手を何かを握るように筒状にしてエビと比べながら「さすがに太さじゃ勝てないか」とか言ってるのよ?

 いや待って。なんか、前にも似たような場面を見た覚えがあるんですけど……。

 

 「ほら、剥けたぞエマ。あ~ん」

 「む、無理……。そんなに大きいの入らない」

 

 さあ咥えろ、とばかりに差し出して来てるけど無理。だって、明らかに私の口より大きいじゃない。

 それでも咥えさせたいのか、ケンドリック提督は眉をへの字に歪めながらも「あ~ん」と繰り返してるわ。

 

 「ちょっとだけで良いんだ。先っぽだけ。先っぽを少しだけで良いから」

 「や、やだ。そんなの突っ込まれたら裂けちゃう……」

 

 口がね。

 って言うか満潮、「なんか卑猥」とか言って観戦してるくらいなら助けなさいよ。私、無理矢理突っ込まれそうになってるのよ?口に伊勢エビを!

 それにね、今のこの状況の何が卑猥なのよ。

 さっきも言ったけど、無理矢理とは言え伊勢エビを食べさせらようとしてるだけよ?

 至って健全でしょうが!R15にも引っ掛からないわ!

 

 「エマはエビが苦手だったか?」

 「に、苦手じゃない……けど」

 「では、何故拒む?俺にあ~んされるのが嫌なのか?」

 「そういう訳じゃなくて!だってその……人目が」

 

 デート(仮)とは言え、私は接待しなければならない立場。その相手であるケンドリック提督があ~んしたいと言うなら、プライドも何も投げ捨ててあ~んされる覚悟くらいはあるわ。ただし、二人だけって但し書きが付く。

 満潮はともかく、今なお未練がある先生の目の前で先生以外の男性にあ~んされるのなんて堪えられる訳がないじゃない。ハッキリ言って拷問と言っても良いわ。

 

 「もうさぁ。無理矢理で良いから突っ込んじゃってよ。このヘタレ女には、多少強引な方が効果あるかもよ?」

 「ちょ!何言ってんのよ満潮!無理矢理なんて絶対に嫌だからね!?」

 「良いじゃない……ヒック!エビを突っ込まれるくらい。それとも何?円満さんは別のヒック!モノを想像してるの?ヒック!」

 「そんな事してない!って満潮、何飲んでるの?それってまさか……」

 「何って……。ん?コレなんだろ?ねぇ元帥さん、コレなぁに?」

 

 私が見るに、満潮が手にしているグラスに注がれている透明な液体は間違いなくお酒。しかも日本酒!

 いつの間にかこの子、先生が飲んでたお酒をひったくって飲んでたみたいだわ。

 だって、顔は真っ赤だし瞼もトローンとしてるもの。

 

 「お前いつの間に……。大丈夫なのか?顔が真っ赤だぞ」

 「大っ丈夫よこれくらい!ちょっと頭がポア~ンとして瞼が重いだけだもん!」

 

 いや、大丈夫じゃない。

 頭も支えを失ったみたいにユラユラしてるし、それって酔い潰れる寸前じゃない。

 

 「水飲め水。気持ち悪くないか?」

 「少し……気持ち悪いかも……」

 「じゃあ横になれ。そんなにフラフラしてたら余計に酔いが回るぞ」

 「じゃあ、元帥さんもうちょっと後ろに下がってよ。それじゃあ頭が乗せれないでしょ?」

 「頭?ああ、膝枕をすればいいのか?」

 

 先生が満潮に水を飲ませたと思ったら、満潮は図々しくも膝枕を要求し始めた。

 なんて羨ましい事を、私でさえ先生に膝枕されたことなんてないのに……。

 

 「当ったり前でしょう?15歳以下の子供は、気分が悪いときは誰かに膝枕してもらわなきゃいけないって法律で決まってるのよ?元帥さん知らないの?」

 「すまん……。法律には疎くてな」

 

 と、満潮の非難を躱しつつ、満潮に左足を占領された先生が私に視線を移した。

 「誰がそんな出鱈目を吹き込んだ?」って言いたいんでしょうね。でも、先生だって予想はついてるんでしょ?

 そう、間違いなく澪と恵よ。

 新米の姉妹艦に、自分にとって都合の良い出鱈目を吹き込むのは駆逐艦の風習、いや生態ではあるけど、澪と恵の場合は度が過ぎてる。

 正直、信じる方が悪いと言わざるを得ないほど荒唐無稽な事を平気で吹き込むのよあの二人は。

 例えば、今の膝枕の件ね。あんなアホみたいな法律が有るか無いかなんて考えるまでもないでしょ?

 

 「量的に、飲んだのは一口か二口か。初めてなせいもあるだろうが、満潮は酒に弱いんだな」

 「ホント、私とは大違いね」

 「円満は桜子並にザルだからな」

 「いやいや、桜子さんと一緒にしないで。あの人はザルどころか底が抜けてるから」

 「ハハハハハ!そうだな。アイツは底無しだ。アイツと呑む時は一升瓶が2本あっても足りん」

 

 満潮が酔い潰れてくれたことで、バカみたいにカッカしてた頭がようやくまともに回り始めてくれた。今はどうやったら満潮とポジションを入れ替われるか、私の意志とは関係なく考えてるほどよ。

 先生がこれを狙って、わざと満潮にお酒を飲ませたんじゃないかと疑っちゃうくらいだわ。

 

 「さて、満潮が寝てくれたので少し真面目な話をしたいんだが……。その前に円満、早く食べてあげなさい。ヘンケン君の手がプルプルしている」

 「へ?」

 

 と、言いながらケンドリック提督の方を見ると、右手の肘を左手で支えながら伊勢エビを泣きそうな顔で差し出してる姿が目に映った。

 ま~だやってたのかこの人。

 しかも、私が口に入れるまで『あ~ん』と言い続けなければならないと思ったのか、私と先生の会話を邪魔しないよう声には出さず、口の動きだけで『あ~ん』と繰り返してるわ。

 バカだとは思うけど、こういう、些細な気遣いが出来るところは好感が持てるかな。

 

 「わ、わかりました。覚悟を決めます……」

 

 私が『あ~ん』に応える事が嬉しかったのか、それともようやく腕が下ろせる事が嬉しかったのかはわからないけど、私がそう言った途端に、ケンドリック提督は満面の笑みを浮かべた。

 先の方を少しだけで囓れば、彼も満足してぇ……!

 

 「ふぐっ!?」

 「あ、すまないエマ。加減を間違えた……」

 「ふ、ふひは……!」

 

 口が裂ける!

 この野郎、腕が限界だったのか私の顔を貫かんばかりに伊勢エビを突っ込んで来やがった。 

 おかげで、直径10cm近い伊勢エビを咥えられるキャパが自分の口にあるという、知りたくもなかった事実を知ることになっちゃったわ。

 

 「はぁはぁ……。死ぬかと思った……」

 「人間の口とは、あんなに開くモノだったんだな」

 「ええ、我ながら驚いた……。ってぇ!感心しないで助けてよ先生!窒息しかけたじゃない!」

 「ハハハハハ。いやぁ、すまんすまん。エビを口いっぱいに広げて咥えるお前の顔が中々おもしろくてな。つい写真まで撮ってしまった」

 「しゃ、写真って……。今のを?ちょっ!消して!今すぐ消して!」

 

 この人ったらもう!

 私の写真が欲しいなら素直にそう言えば……って!

 先生が突き出して見せてきたスマホに、自分のモノとは思えないほど醜悪な顔が映し出されてるわ。

 これ、私?

 私って、口にエビを突っ込まれただけでこんなに不細工になるの?滅茶苦茶ショックなんですけど……。

 

 「で?Mr.Crazy。真面目な話とは?」

 「ん?ああ、真面目な話とは言っても、君たちにとっては荒唐無稽な作り話。いや、頭がイカレたと思われても仕方のない話だ」

 

 はて?ケンドリック提督が若干不機嫌になったような……。

 まあ、それは良いか。

 それよりも気になるのは先生の話。さっきまで笑ってたのに急に真剣な顔になるもんだから、思わず姿勢を正しちゃったわ。

 

 「君たちは、深海棲艦の存在をどう思う?」

 「人類共通の敵。それ以上でも以下でもない」

 「私もケンドリック提督と同意見です。もっとも、私の場合は両親や友人の仇。と、付け加えなければなりませんが」

 「だいたいそうだろうな。私自身、奴らを滅ぼすべき敵だと思っている」

 

 滅ぼす……か。

 先生は開戦初期に、深海棲艦による爆撃によって家族を失っている。その復讐のために、陸軍から海軍に移籍し、自ら手を下したいのを我慢。いえ、自ら手を下せない事に歯痒さを感じながら、艦娘を指揮して戦い続けている。元帥まで上り詰めた今でも。

 

 「だが、本来なら奴らは存在しないはず(・・)だった」

 「はず(・・)?先生、それはどういう……。いや、そういう事(・・・・・)?」

 

 私が提督になってすぐ、先生に聞かされた事がある。

 私達が歩んでいる歴史は、ある一時期を大幅に改変、いえ、改竄されていると。

 それは、今から七十年以上前の第二次世界大戦期。

 前元帥さんを含めた複数の異世界転生者によって、第二次世界大戦の顛末は本来のモノとは別モノと言っていいモノになっているんだとか。

 半信半疑ではあったけど、この話を知っていたからこそ、桜子さんがもたらしてくれた深海棲艦の目的である『調整』『再現』『初期化』を受け入れる事が出来たわ。

 

 「半信半疑だったが、Secretary of Defense(国防長官)が言っていたことは事実。と言う事か」

 「ケンドリック提督も、あの話を聞かされていたの?」

 「ああ、第7艦隊を引き継いだときにな。それよりもエマ。俺の事はヘンケンと……」

 「先生、話の続きを」

 

 まだ諦めてなかったのか。

 お生憎だけど、私は余程のことが無い限り貴方のことをヘンケンと呼ぶつもりはないの。だってその、そう呼んじゃったら本当に付き合ってるみたいになっちゃうし……。

 

 「わかった。その話をクソジジ……。う、うん!前元帥から聞かされたとき、俺はある事に思い至った」

 「本来の歴史に、深海棲艦が存在したか。ね?」

 「そうだ。前元帥は存在しないと言っていたよ」

 

 だから、はず(・・)だった。と、先生は言ったのね。

 異世界転生者による歴史への介入、改竄が深海棲艦出現の切っ掛け。さらに『調整』と『再現』による悲劇を招き、人類文明の『初期化』と言う危機をもたらした。

 つまり深海棲艦は……。

 

 「歴史の、いえ世界の修正力。と、先生は結論付けたのね?」

 「桜子が得た情報がなければ、今でも仮説のままだったがな」

 「でも、本題はそれじゃないんでしょ?」

 「ああ、本題は別だ」

 

 やっぱり。

 深海棲艦が世界の修正力という事は、転生者による歴史の改竄と深海棲艦の目的を知っていれば予想できる。

 先生がその事を手始めに話したのは、恐らく私とケンドリック提督が本題の内容を受け入れられるか、堪えられるかを判断するためだったんでしょうね。

 

 「コレを、君たちに譲ろう」

 「コレは……ノート?」

 

 先生が私達に差し出してきたのは、黄ばむどころか薄茶色に汚れた古びたノート。

 タイトルすら書いていない、古いこと以外は特筆するべきことが何もないノートだったわ。

 

 「コレは、私が元帥の座に就く際、前元帥から譲られた本当の(・・・)第二次世界大戦の顛末が書かれた歴史書だ」

 「コレが……歴史書?」

 「そうだ。今となっては意味のない物だが、君達には知っておいてもらいたい。失われた、人類の愚かな歴史を」

 

 確かに意味はない。

 この歴史書の中身を知ったところで、深海棲艦との戦いが有利になるわけじゃないもの。

 でも、世界の修正力なんて相手にしている以上。いいえ、これから先を担っていく者として本当の歴史を知っておかなければならない。そう、思ってしまった。

 

 「教えてくれMr.Crazy。俺には知る義務がある」

 「私にも……。いえ、私達に教えてください」

 「……わかった。だが、この中身は凄惨の一言に尽きる。だから、君達に今一度問う」

 

 そう、静かに言った先生の表情は口調と同じく静かだった。でも、私は上から重りでも乗せられているような圧力を感じたわ。ケンドリック提督も同じように感じているのか、冷や汗を流しながら生唾を飲み込んでるわ。

 そして先生は、私達に一際重い圧力をかけながらこう言ったわ。

 

 「真実を知る、覚悟ははあるか?」と。

 



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第五十二話 知恵と勇気

 私は艦これがオープンした当初からやってる割と古参の提督ですが、ガチでやってないライトプレイヤーなので編成などに関してはにわかです。
 編成に関しては生暖かい目で見ていただけるとホッとします。(*´д`*)


 

 

 本当の歴史?

 どこでそんな話を聞いたのかは知らないけど、あんまりオカルト染みた事を書くと回想録じゃなくなっちゃうんじゃない?

 え?良いの?あ、そもそもオカルトをメインで扱ってる出版社なんだ。へぇ……。

 

 いやぁ、で?どうなんです?とか聞かれても困るのよねぇ……。

 私も円満さんに聞かされただけだし、私自身アレを見たけど半信半疑なのよ。

 

 アレって何かって?

 簡単に言うと歴史書かな。

 転生者達が介入して改竄した、本当の第二次世界大戦の顛末が書かれたね。

 

 どんな内容だったかって?

 申し訳ないけど言えないわ。だって、養成所の座学で習った内容とは別物と言って良い内容だったんだもの。

 でももし、あの歴史書通りの顛末になっていたら、私は生まれてない可能性が高いわね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 艦娘運用母艦 ワダツミ旗下。

 

 第一主力前衛艦隊。

 旗艦 阿武隈 随伴艦 北上、暁、響、雷、電。

 第一主力艦隊本隊。

 旗艦 陸奥 随伴艦 翔鶴、飛鷹、隼鷹、妙高、羽黒。

 

 第二主力艦隊。

 旗艦 Iowa 随伴艦 Saratoga、Gambier Bay、Intrepid、Samuel B.Roberts。

 

 第三機動部隊。

 旗艦 龍驤 随伴艦 雲龍、天城、葛城、漣、潮。

 

 第一遊撃部隊 第一部隊。

 随伴護衛艦隊。

 旗艦 能代 随伴艦 島風、沖波、長波、朝霜、清霜。

 第一部隊本隊。

 旗艦 長門 随伴艦 大和、武蔵、高雄、愛宕、涼月。

 

 第一遊撃部隊 第二部隊。

 随伴護衛艦隊。

 旗艦 神通 随伴艦 大井、浦風、磯風、浜風、雪風。

 第二部隊本隊。

 旗艦 金剛 随伴艦 榛名、熊野、鈴谷、利根、筑摩。

 

 ワダツミ直衛艦隊。

 旗艦 阿賀野 随伴艦 白露、村雨、夕立、春雨。

 

 工廠要員。

 明石。

 

 各艦隊、交代、補充要員。

 青葉、大淀、酒匂、吹雪、白雪、深雪、初雪、朝潮、大潮、荒潮、秋雲、夕雲、巻雲、風雲。

 

 タウイタウイ泊地発。

 

 第一遊撃部隊 第三部隊。

 旗艦 山城 随伴艦 扶桑、最上、時雨、満潮、朝雲、山雲。

 

 第二遊撃部隊。

 旗艦 那智 随伴艦 足柄、霰、霞、陽炎、不知火、木曾。

 第三遊撃部隊。

 旗艦 矢矧 随伴艦 神風、朝風、春風、松風、旗風。

 

 トラック泊地発。

 

 第一機動部隊。

 随伴護衛艦隊。

 旗艦 那珂 随伴艦 照月、野分、舞風、嵐、萩風。

 旗艦 赤城 随伴艦 加賀、蒼龍、飛龍、比叡、霧島。

 

 第二機動部隊。

 旗艦 瑞鳳 随伴艦 伊勢、日向、千歳、千代田、秋月。

 

 対潜哨戒部隊。

 旗艦 夕張 随伴艦 大鷹、択捉、松輪、佐渡、対馬。

 

 計110名。

 

 「ふう、こんな感じかな」

 「できたの?満潮」

 「ええ、できたわ。今そっちのパソコンに送った」

 

 今日も元気に事務仕事。

 と、無理矢理やる気を出して秘書艦席に座った途端に、円満さんが「これ、清書しといて」なんて言いながら差し出した殴り書きのメモをパソコンで清書したら、なんとそれは捷号作戦の編成表だった。

 まだ7月に入ったばかりだってのに気が早いんじゃない?と、言いたいところだけど、円満さんの予想だと、包囲網の構築完了、つまり敵の侵攻開始は8月上旬。

 ハッキリ言って今でも遅すぎるくらいだわ。

 でもまあ、これは餌になってもらう予定の南方の三基地に変な勘ぐりをされたためなんでしょうね。

 この編成表が張り出されれば、どういう形であれ南方にいる人の耳にも届くはずだもの。

 

 「うん、Okよ。助かったわ」

 「打ち込んでて思ったけど、艦娘をこんなに投入する作戦って初じゃない?」

 「初よ。正化29年のハワイ島攻略戦でさえ72人だもの」

 

 日本が保有する艦娘の約半数。いえ、現在南方に投入している艦娘も含めれば半数以上。

 それだけの艦娘を投入しちゃったら、本土に残る艦娘は数十が良いとこ。下手すりゃ30にも満たないわね。

 

 「本土の防衛の心配してる?」

 「うん……。だってこれじゃあ」

 

 守り切れない。

 最悪、舞鶴襲撃と横須賀襲撃の二の舞になりかねないもの。心配になるのは当然よ。

 

 「作戦発令後、どうしても海に出なければならない船舶を除いて航海するのは全て禁止。艦娘による哨戒も全て中止よ。代わりに空軍、及び海軍が二十四時間体勢で哨戒を行うわ。深海棲艦発見時は、待機させてる艦娘を輸送機に乗せて運ぶ手筈になってる」

 「陸軍は?」

 「本土海岸沿いに防衛線を構築する。少将を知ってるでしょ?あの左門みたいな顔の人。彼経由で、陸軍には奇兵隊が培った対深海棲艦戦のノウハウが伝えられてるわ。それに、陸軍が保有している艦娘も貸してくれるらしいし」

 「陸軍にも艦娘って居たの?」

 

 へぇ、初耳だわ。

 日本が保有している艦娘の総数が250に届かないくらいだって事は知ってたけど、それ以外にも艦娘が居たのね。

 じゃあ、正確には『日本が保有する』じゃなくて『海軍が保有する』が正しかった訳だ。

 

 「ええ、陸軍が艦娘を建造し始めたのがここ数年、正確には平成元年からだったせいで陸軍軍人ですら知らない人がいるわ。それに、その子達は輸送任務が主だから海軍は戦力としては数えてなかったの。でも、50人くらいいるわ。ただ……」

 「ただ?ただ、何よ」

 「大半が潜水艦なのよ。しかも、まともに潜れないらしい……」

 

 潜れない潜水艦を潜水艦と呼んでいいのか。は、さておいて、輸送任務が主だったとは言え、存在すら知らなかった艦娘が50近くも防衛に加わってくれるのは良い事だわ。潜れる潜れないは別にしてね。

 

 「どんな子達なの?伊号の子達みたいな感じ?」

 「さあ?会ったことないから知らないわよ。ああでも、名前は知ってるわ」

 「なんて名前?」

 「まるゆ」

 「まるゆ?変わった名前ね。他には?」

 「一号から四十号」

 「イチゴウカラヨンジュウゴウ?長くない?ん?いや、一号から四十号!?多くない!?」

 

 もうちょっと凝った名前つけてあげなさいよ陸軍!

 単純に、まるゆって名乗る艦娘が40人も居るって事でしょ?紛らわしいわ!

 

 「まあ良いじゃない。おかげで本土の防衛に回せる艦娘が増えたんだから」

 「円満さんがそれで良いなら良いけど……」

 

 不安だなぁ。

 普段は海軍の艦娘とドローンで行っている哨戒活動を空軍と海軍艦艇に任せ、捷号作戦に参加しない艦娘は、運航を停止することができない船舶を海軍艦艇、陸軍艦娘と共に護衛する者を除いて基本的に待機……か。

 最悪、開戦初期みたいに店頭から魚が消えるかもね。

 

 「こんな、国民の生活にも影響が出るレベルの作戦をよく国が許可したわね」

 「許可?許可なんて出てないわよ?」

 「は?はぁ!?」

 

 いやいやいやいや!

 軍がやる事に直接政府が口を出せないとは言っても、この規模の作戦になったら政府も黙ってないでしょ!

 え?なんで口が出せないのかって?

 理由はいくつかあるんだけど、最たるものを言うと陸海空の三軍の総大将が天皇陛下だからかな。

 つまり、三軍は政府の直轄ではなく天皇陛下の直轄なの。

 例えば今回の捷号作戦。

 元帥さんと円満さんが好き勝手やってるように見えて、実は天皇陛下から許可を賜った上で準備が進められているのよ。

 だから、内政を司る政府が軍の行動に口を出すには、一度天皇陛下を挟まなきゃならないの。

 

 「心配しなくても話は通ってるから大丈夫よ。事が事だけに、今回は元総理まで担ぎ出して内閣を納得させたらしいわ。事が終わった後に、『敵が大規模な艦隊で北進を開始したから、軍は総力を挙げてこれに対応した』って事にするそうよ」

 「それって元帥さんが、よね?あの人って元総理の知り合いまでいるの?」

 「先生の知り合いと言うより、前元帥の同士だったそうよ」

 「同士?」

 「あ、そっか。アンタにはまだ話した事なかったわね」

 

 円満さんの話では、前元帥元帥さんを含めた複数の転生者によって改竄された歴史上に私たちは暮らしているらしい。

 改竄が行われたのは第二次世界大戦期。

 桜子さんがもたらした情報のおかげで、深海棲艦が歴史の修正力と説かれた仮説も現実味を帯びたそうよ。

 なんだか、漫画やアニメでありそうな話になっちゃったわね。事情を知らない人が聞いたら、それ関係の話をしてるんだと誤解しちゃうわよ。

 

 「じゃあ、その元総理も転生者って事になるのよね?」

 「そうよ。しかもその人は、元は陸軍の将官で大和の育ての親らしいわ」

 「大和の?」

 

 しかも育ての親?

 大和が旅館の養女だって情報は、大和の嚮導を引き受けた時に貰った資料に書いてあったけど、元総理の育ての親が居たなんて情報は書いてなかったわよ?

 

 「ええ、10歳までその人に育てられたそうよ。後にその人の孫である、『大和旅館』の女将の元へ養子に出されたんだってさ」

 「じゃあ、大和って本当の両親を知らないの?」

 「知らないはずよ。元総理が山で拾ったそうだから」

 「それ、本当?」

 「さあ?先生が聞いた話を聞かされただけだから真偽は定かじゃないわ。って言うか、アンタもその場に居たじゃない」

 

 普段食べることが出来ない高級料理に舌鼓を打つのが忙しくて聴いてませんでした。

 まあ、それは置いといて。

 本当かどうかはともかく、大和って捨て子だったんだ。同じ身の上だからか、妙な親近感を感じちゃうわね。

 ん?でも待って?

 

 「大和が艦娘になる適性がなかったって話なかったっけ?あれって、戸籍を遡って調べるのよね?山に捨てられてた赤ん坊に戸籍なんてあったの?」

 「ああ、その事?それは元総理が、友人の娘として戸籍をでっち上げてたからよ。だから戸籍上は、その友人から大和旅館の女将の所に養子に出されたって事になってる。要は、大和自身の戸籍を調べたんじゃなくて、でっち上げられた戸籍を調べた形になっちゃったのよ」

 「なんだか取って付けたような話ね。じゃあ、もしかしたら艦娘になれる適性があったかもしれないんだ」

 「調べようがないから謎のままだけどね。あ、ちなみに、元総理の友人って誰だと思う?」

 

 いや、わかるわけないでしょうがそんな事。

 そんな聞き方をするってことは私が知ってる人。もしくはその縁者なんだろうけど……。

 円満さんが妙にニヤニヤしてるのがキモいから、取り敢えず無難なところで……。

 

 「元帥さん?」

 「惜しい!答えは、亡くなった先生の奥さんのお父さんよ」

 「え?じゃあ大和って……」

 「そう、戸籍上は先生の義妹になるのよ。面白いでしょ?」

 「いや、べつに」

 

 円満さんは「なんでよ!」とか言って憤慨してるけど、私的には面白くもなんともない。

 って言うか、養子に出された事になってるんでしょ?その場合でも義妹って事になるのかしら。

 元帥さんはどう思ってたんだろ?

 

 「若すぎる嫁と歳が近い義妹(仮)が急に出て来た元帥さんの感想はどうだったの?」

 「割と平然としてたわ。ああでも「なんで親父が前元帥と知り合いだったのかがようやくわかった」って言ってたわね」

 

 へぇ、元帥さんのお義父さんと前元帥さんって知り合いだったんだ。それもあって、提督時代から好き勝手やれてたのかな?

 

 「あの日にこれも貰ったわ」

 「何?そのボロいノート。そんなの、いつの間に貰ってたの?」

 「アンタが慣れないお酒を飲んで潰れた後よ」

 

 さいですか。

 円満さんが机の引き出しから取り出したのは、言った通り黄ばんでボロくなったA4サイズのノート。

 表紙には何も書いてないわね。何が書いてあるんだろ?

 

 「これは、前元帥を初めとした転生者達が、各々の記憶を寄り集めて書き上げた歴史書よ。本当(・・)のね」

 「本当の?」

 「信じなくてもいいわ。私達にとっては、既知の歴史が真実なんだから」

 「読んでみても、良い?」

 「……良いわよ。アンタなら」

 

 円満さんから受け取って読み始めたノートには、私が座学で習った内容とは全く違う歴史が綴られていた。

 しかも、この内容って……

 

 「ね、ねえ、円満さん」

 「ビックリした?今準備を進めている作戦と似た作戦が行われてるでしょ」

 「う、うん……」

 

 捷一号作戦。

 1944年10月18日に発動された作戦で、フィリピンのレイテ島周辺で連合国軍を日本軍が撃破しようとした作戦。

 結果は惨敗と言っても良いわね。

 特に目についたのは、私が扶桑さん達と行う予定になっているスリガオ海峡への突入。

 駆逐艦 時雨を除いて全隻轟沈……か。

 

 「これと同じように……なっちゃうのかな」

 「ならないわ」

 

 私はノートから視線を上げて、私に優しい視線を向ける円満さんを見た。

 そりゃあ、実艦の満潮と私じゃできることが違うけど、この内容を見ちゃったら嫌でも不安が込み上げて来る。でも、円満さんはこの内容を知っているはずなのに、微塵も不安を感じてないみたいだわ。

 

 「ねえ満潮。どうして艦娘は深海棲艦に勝てるんだと思う?」

 「え~っと……。あれ?そういえば何でだろ?」

  

 艦娘は深海棲艦の下位互換。とは、養成所の段階で教えられるほど周知の事実。

 スペックでも数でも劣る艦娘が勝てるのはちゃんと訓練してるから?それとも、提督達の采配が素晴らしいからかしら。

 

 「一つは、大半の深海棲艦に戦術という概念が無いからよ。基本的な陣形は取るものの、アイツらは単純な力押ししかしてこない」

 「言われてみればそうかも……。それも窮奇から聞いたの?」

 「ええ、実体験も含めてね。窮奇自身もそうだったそうよ。戦術や戦略という概念を理解している個体。例えば渾沌に直接指揮された者ならともかく、他の者に指示を出そうとしても、『あそこを攻めろ』とか『右方、または左方から回り込め』とかといった大雑把な指示が精々らしいわ。人語を解する鬼級や姫級ですら、個人で判断して臨機応変に立ち回るなんて事はほとんどしないんだってさ。例外はもちろん居るけどね」

 

 なるほど、だからスペックと数で負けてる私たちは勝てるのか。

 強力な艦隊が数の暴力で攻めて来るのは脅威だけど、提督や旗艦の対応次第でいくらでも対処は出来る。

 実際、戦術を駆使して少数が多数を破った例なんていくらでもあるしね。

 

 「人類の歴史は戦争の歴史。なんて言葉もあるくらい、人類は戦争をしてきた。それが助けになるなんて皮肉な話だけど、先人達が培った戦略や戦術が今、人類文明を護る武器になっているのは確かよ」

 「でもさ、スリガオ海峡の突破は『姫堕ち』した私のスペック(・・・・)頼りよね?」

 「それは否定しない。でも、戦力を効果的に配置するのも戦術の一つよ。現場の状況に合わせて臨機応変に立ち回れる水鬼級っていう切り札(ジョーカー)であるアンタが居たから、私は少数精鋭による奇襲を立案出来たの」

 「使うタイミングが難しいんだけどなぁ……」

 「アンタなら大丈夫よ。だってアンタはバカじゃないもの。それに、私が知るどの艦娘よりも勇敢だわ」

 

 どの艦娘よりも。は、言い過ぎじゃないかしら

 でも、円満さんは本当にそう思ってくれてるのか、自信満々の笑顔で私を見つめてくれている。

 私に全幅の信頼を寄せてくれる円満さんの想いを嬉しく感じる反面、こそばゆく感じちゃうのは私がひねくれてるから?それとも照れてるだけ?

 どちらにしても、相応の答えを返さなきゃ。

 ひねくれ者の、私らしい答えを。

 

 「何よそれ、結局必要なのは『知恵と勇気』とでも言いたいの?」

 「ふふ♪そうね。知恵と勇気があれば何だってできるわ」

 

 そう言った円満さんの、屈託のない笑顔から目を逸らしながら、私は本当の歴史が書かれたノートに記されたレイテ沖海戦の内容を思い出していた。

 あの通りになれば、時雨さんを残し全滅。

 扶桑さん、山城さんも、最上さんも朝雲さんも山雲さんも死んじゃう。

 そして……私も。

 

 「その先にあるのは、本当の地獄……」

 

 私にとって初めての死線。初めて本気で戦える大舞台。負けるわけにはいかないわね。

 だってこれは、扶桑さんの言葉を借りるなら一花咲かせるチャンスなんだもの。

 私が、円満さんの切り札である私が戦場に火矢を撃ち込んでやる。

 『西村艦隊』と言う名の、敵艦隊を焼き尽くすための火矢を。

 



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第五十三話 デートしてあげる!

うちの矢矧はチョロイン


 

 

 掲示板に貼り出された捷号作戦の編成表を見た時の矢矧さんの顔を思い出すと、私は今でも吹き出してしまいます。

 どんな顔だったか?

 そうですね……。控え目に言うとムンクの叫びでしょうか。

 アレを見た瞬間に3~4キロ体重が蒸発したんじゃないかな?って思えるくらいやつれちゃいましたから。

 

 私ですか?私は普通でした。

 へ~って感じです。

 まあ、その当時貼り出された物には捷号作戦の編成表だとは書いておらず、単に『編成表』とだけ書かれていたんで実感が湧かなかったのかもしれません。

 でも、実感こそ湧かなかったものの、私を含め異例の規模の編成表を見たほとんどの人は、あれが大規模作戦の物だとすぐに気付いてましたね。

 『青木さん』もそうだったでしょ?

 矢矧さんも新人なりに気付いたらしく「私が旗艦?嘘でしょ?何かの間違いじゃないの?え?嘘よね?」って、編成表にキスでもするんじゃないかってくらいに顔を近付けてひたすら繰り返していました。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 神風へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 「どうしよう……。私が旗艦だなんて」

 「死人みたいな顔して入って来たと思ったらそんな事かよ。今だって旗艦はやってんだろ?」

 「やってるけど……。ほら、今は神風ちゃんが実質旗艦だし哨戒くらいしかしてないもの。そんな私に、大規模作戦で旗艦をやれとか無理ゲーにも程があるわ」

 

 掲示板に突如貼り出された、大規模作戦の物と思われる編成表を穴が空きそうなほど眺めた十五時過ぎ、私は神風ちゃんたちと別れて一人で『猫の目』を訪れていた。

 相手をしてくれているのはもちろん金髪さん。

 最初こそ、この店特有の『いらっしゃいませ』に怯えて一人じゃ近づけなかったものの、今では言葉を発する前にあの三人を殴り倒すくらいには克服できたわ。

 今日だってほら。

 

 「末首(まっしゅ)!しっかりしろ!傷は浅いぞ!」

 「やべぇよ害悪(がいあ)!末首が息してねぇ!」

 

 なぁんて事やってるし。

 二人が末首と害悪って事は、もう一人は男流手我(おるてが)かな?ジェットストリームアタックとかしそうな名前ね。

 害悪!男流手我!末首!深海棲艦にジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!みたいな感じで。

 

 「アレって本名?」

 「んなわけねぇだろ。コードネームみてぇなもんだ」

 

 ん?何故か金髪さんの機嫌が悪くなかった気がする。嫉妬してるようにも見えるわね。

 実際、「なんでモブ以下の奴らに名前があんだよ」とかブツブツ言ってるし。

 

 「そう言えば海坊主さんは?」

 「相棒ならお嬢と散歩だよ。ったく、クソ暑いのに熱中症になったらどうすんだ。艦娘と違って、お嬢にゃ装甲がねぇんだぞ」

 

 艦娘でも艤装を背負ってなきゃ装甲を展開できません。って言っても無駄なんでしょうね。

 あ、一応説明しておくわね。

 艦娘が扱う力場の一つ『装甲』は、装甲内の気温と湿度を一定に保ち、雨や風、紫外線すらカットしてくれる快適空間。

 だから今日みたいに暑い日や、逆に雪が降るような寒い日は艤装を外したくないと言う子まで出るくらいよ。

 

 「大丈夫じゃない?自動販売機はそこかしこにあるし、帽子だって被らせてるでしょ?」

 「そりゃあそうだがよぉ」

 

 納得できませんか。そうですか。

 出会って数カ月も経つと、その人がどんな人なのかだいたいわかってくるわよね。

 趣味とか特技とか、好きな会話の内容やその逆。性格なんかも。この人の場合は……。

 

 「過保護過ぎじゃない?」

 「バッカ野郎!打ち水しただけで涼めてた昭和とは違ぇんだ!この炎天下の中散歩だなんざ虐待って言われても文句言えねぇぞ!」

 

 野郎じゃなくて女郎です。

 昭和の頃が本当にそうだったのかは、正化生まれの私は知らないし知りたいとも思わないから置いといて。

 この人って面倒見が良い反面、超がつくほどの過保護なのよ。

 7月になってからこっち、異常とも言える暑さの中倉庫街を駆け回る駆逐艦たちのために、自腹でアイスキャンディーとスポーツ飲料を用意して目につく子に片っ端から配ってるし、倉庫街から庁舎までの送迎バスまで出してるの。

 もっとも、この人って見た目が完全にDQNだから、アイスキャンディーとスポーツ飲料は怯える駆逐艦に押しつける感じで渡してるし、送迎バスになんて乗ったらエロ同人みたいな事されると思われているらしく、この人の事を知ってる子しか乗らない。

 具体的に言うと、神風型姉妹と私だけね。

 

 「おい、ちょっと店番しててくれ。また駆逐艦が帽子も被らずにうろちょろしてやがる」

 「いや、私客だからね?それに、貴方が注意なんてしたら逆に通報されかねないわよ?」

 「でもほっとけねぇだろうが!」

 「すぐ怒鳴らないでよ!そんなだから駆逐艦に怖がられるんでしょ!」

 

 ホント、見た目と怒鳴り癖のせいで損してるわ。

 完全に善意から駆逐艦を心配してるのに、当の駆逐艦には怯えられて逃げられちゃうんだもん。

 せめて、怒鳴り癖さえ無ければなぁ。

 

 「ねえ、普通の口調で喋れないの?こう言っちゃ悪いけど、控え目に言ってチンピラよ?」

 「できるけどしたくねぇ。俺のキャラじゃねぇからな」

 「いやいや、金髪さんって髪を黒に戻してピアス外すだけでも十分イケメンの部類に入るんだからさ、普通にしてたら駆逐艦に怖がられるなんて事ないわよ。むしろモテるかもよ?」

 「絶対ぇしねぇ!」

 

 勿体ないなぁ。

 普通になった金髪さんを誰かに例えるなら若い頃のジョン・ステイモス。もっとわかりやすく言うならジェシーおいたんかしら。

 声も似てるし、桜ちゃんからも『おいたん』って呼ばれてるからピッタリよ。forever 歌ってくれないかしら。

 

 「ちなみにギターは?」

 「弾けるけど弾かねぇ。どうせforever歌えって言うつもりだろ」

 

 チッ、私以外にも似たような事を考えた人がいたか。おかげでforeverを聞き損なっちゃったわ。

 

 「そういやぁよ。お前の艦隊は何するんだ?神風達はともかく、ド新人のお前にさせられる事なんてあんのか?」

 「新人なのは否定しないから、せめて『ド』は抜いて。大規模改装だって受けたし、トビウオだって使えるようになったんだから」

 

 トビウオは五回が限界だけどね。

 それ以上使ったら、足が生まれたての子鹿よりガクガクしちゃうわ。一度限界まで使わされて、四つん這いになって必死に立とうとしてるところを朝風ちゃん達に笑われたな。

 それどころか青葉さんに写真を撮られて、その週の『青葉見ちゃいました!』の一面に、『生まれたての矢矧』ってタイトルをつけられて晒されちゃった。

 あのパパラッチはいつか泣かす……。

 

 「まあ、お前がアイツらと一緒ってのはある意味安心だがな」

 「どういう意味よ」

 「ヘボいお前が一緒なら、アイツらも無茶し辛いってことだよ」

 「取り敢えずケンカ売られてるのはわかった」

 

 そりゃあ私はヘボいわよ?

 砲撃や雷撃も上手いとは言えないし、艦隊運動だって気を抜くとすぐ乱しちゃう。

 口の悪い人なんかは「矢矧がまた叱られたようだな」「ククク、矢矧は軽巡の中でも最弱」「駆逐艦に叱られるなど軽巡の面汚しよ」な~んて小芝居をするくらいよ。

 そんな私と一緒に居たら、神風ちゃん達は本来の実力を発揮できない。私が、文字通り足枷となって。

 

 「弱いって自覚はあるわ。でも、弱いなりにできる事はある」

 

 ……はず。

 だって私は軽巡だもの。駆逐艦である神風ちゃん達が装備できない物、例えば偵察機を装備できるし、阿賀野型はほとんどの軽巡が装備できない、爆撃が可能な水上偵察機『瑞雲』が装備可能。

 あの子達では不可能な戦い方ができるわ。できるはず。たぶん。

 

 「で?何が出来るんだ?」

 「それがわっかんないから悩んでるのよぉぉぉぉ!」

 「うるっせぇよ!一々叫ぶんじゃねぇ!」

 「貴方の声の方がうるさいわよ!怒鳴る暇があるなら、私があの子たちの役に立てる方法を考えてよ!」

 「なんで俺が!?胸に無駄な脂肪蓄える余裕があんなら脳に回して自分で考えろ!」

 「ちょっ!それセクハラ!憲兵さんに言いつけるわよ!?」

 「言いつけりゃいいだろうが!憲兵が怖くて軍人やってられっか!」

 

 な!?開き直ったですって!?

 確かに横須賀の憲兵さんは、女装趣味の変態が隊長であることからもわかる通り頼りにならない。それどころか、女装趣味が発覚してから憲兵の権力を利用して善からぬ事をしてるんじゃないかという疑惑まで出て来たわ。

 でも、だからってこの人みたいに開き直っていいわけじゃない。だって、憲兵の権力は健在なんだから。 

 

 「そういやぁ姐さんから聞いた事があるんだが、艦載機が見た映像を他人。例えば、お前が駆逐艦に見せるって芸当もできるんだろ?」

 「やった事はないけどできるはずよ。でも、アレって額同士をくっつけたりしないとできないらしいわ」

 「あ~、有線でしかできねぇのか」

 

 無線でできたところで、って気がするけどね。この人は何が言いたくてそんな事を言ったんだろう?

 

 「奥さん……。大淀さんを知ってるか?」

 「会ったことはないけど名前と噂くらいなら」

 「その大淀さんが対戦艦。いや、対艦隊用に作った『円形劇場』って技があんだけどよぉ」

 

 対艦隊用って……。

 さすがは全艦娘最強と謳われている大淀さん。考える事のスケールが大きいわ。

 

 「その技を思い付いた切っ掛けがな?『目が足りなかったから』らしいんだ」

 「いや、意味がわからない」

 

 え?どういうこと?

 だいたい、『円形劇場』って技がどんなモノなのかわかんないから、どうして目を増やそうと思ったのかさえわからないわ。

 

 「大淀さんが言うにはだ。『私について来れる艦娘が居ない以上、私は一人で戦わねばなりません。そのためにはまず、戦場を見渡せるだけの目が必要です』って、言ってたんだわ」 

 「それで目を増やそうと……」

 

 あれ?思い付いて実際に実行する事自体は凄いと思うのに、なんだか考え方が安直に感じるわね。

 もしかして大淀さんは、『目が足りないなら艦載機で補えばいいじゃない』って、単純に考えただけなんじゃ……。

 

 「お前は軽巡だから偵察機とか装備できんだろ?」

 「ええ、まあ……」

 「だったら、お前が神風たちの目になってやれよ。映像を直接見せれれば最高だが、敵の位置を細かく教えてやるだけでも全然違ぇぞ?特に、夜なら」

 「な、なるほど……」

 

 目になる……か。

 今まで熟してきた哨戒任務での遭遇戦では、軽巡は駆逐艦より前に出なければならないという固定観念に囚われて、敵艦隊発見後は偵察機からの映像を気にしてなかった。と言うより、気にする余裕が今の私にはない。

 そうするにはまず……。

 

 「下がって……。いいのかな」

 「俺は良いと思うぞ?旗艦ってのは要は指揮官だ。艦娘の場合は装甲の厚さやらなんやらが関係して前に出てんのかもしれねぇが、俺に言わせりゃあ指揮官が先陣切るなんざ時代遅れもいいとこだ」

 「でも、桜子さんってそんなタイプなんでしょ?」

 「ありゃあ親に似たんだよ。親父も先陣切って突っ込むタイプだったからな。ああでも、誤解すんなよ?あの二人は、それでも的確に指示を飛ばせるからな?」

 「わ、わかってるわよ……」

 

 元帥さんは歓迎式典の時に遠目に見ただけだからわからないけど、桜子さんは直接会ったこともあるし話した事もあるからなんとなくわかる。

 神風ちゃんは「トラブルを起こすのが生き甲斐みたいな人」なんて言ってるけど、そう見えるのはきっと近すぎるから。

 だって第三者目線で見てる私には、滅茶苦茶な言動の中にも周りを気遣う気配りを感じるもの。

 例えば初めてあの人と会った日。

 神風ちゃんの頭の上に桜ちゃんを乗せた後、落ちないようにずっとお尻に手を添えてたし、神風ちゃんに気づかれないよう、横に桜ちゃんのオムツなどが入ってたと思われるバッグを置いてたわ。

 それに、ずっと私を値踏みしてた。

 神風ちゃんとたわいも無い話をしてる最中も、私がどういう人間か観察してたわ。たぶん。

 

 「ねえ、前に少佐だって言ってたわよね?」

 「俺か?言ったことがあるようなないような……」

 「言った!確かに言った!」

 「うっせぇなぁ。じゃあ言ったって事にしてやるよ。で?それがどうしたってんだ?」

 「私に指揮の仕方を教えて!」

 「はぁ!?なんで俺がそんな事しなきゃいけねぇんだよ!」

 「いいじゃないケチ臭い!私と貴方の仲でしょ!?」

 「ただの店員と客だが!?」

 

 うん、これで行こう。

 少佐って言うくらいだから、きっと部下を指揮した経験だってあるはずだわ。

 この人に指揮の仕方を習って、神風ちゃんたちをビックリさせてやるんだから。

 

 「じゃあ、さっそく今日からお願いするわ!」

 「勝手に決めんじゃねぇよ。俺に何の得があんだ」

 「な!?見返りを求めるの!?駆逐艦には無償で親切にするクセに!」

 「ガキ相手に見返り求めたらそれはそれで問題だろうが……」

 

 言われてみれば確かに。

 でもそれなら、私だって金髪さんからしたら子供みたいな歳なんだから無償で親切にしてくれたっていいのに……。

 いや、待って?

 もしかしてこの人、私を女として見てる?だから駆逐艦にするみたいに親切にしてくれないの?

 

 「え?ちょ……。困る……」

 「困ってんのは俺だが?」

 

 そ、そうよね。困るわよね。

 私って容姿は割と良い方だし、胸だってオッパイソムリエ垂涎の逸品(大和談)らしいし。

 そんな私に二人っきりで指揮の講義をする事になったんだもの。普段は駆逐艦くらいしか相手にしない金髪さんの腰が引けちゃうのは当然よね。

 だったらここは一つ。

 私の方から報酬を提示して、金髪さんが気持ち良く講義ができるようにしてあげようじゃない。

 

 「デ、デート……」

 「は?」

 「お、教えてくれたら!作戦が終わった後にデートしてあげる!」

 

 

ーーーーーーー

 

 

 てな感じのやり取りをした日から、アイツに指揮の仕方を教えたなぁ。

 もっとも俺は、親父や姐さんと違って人を使うのは得意じゃねぇから上手くいったかどうかは定かじゃねぇ。

 アイツは上手くいったとか言ってたがな。

 

 デート?

 ああ、その約束な。

 結局、作戦が終わった後にはしなかったんだわ。お前も知ってるだろ?

 あの作戦後、アイツが呉に転属しちまったからだよ。

 アイツと初めてデートしたのは結局、戦争が終わってからになっちまったな。 

 今思いだしても笑っちまうよ。

 アイツ、男と連れ添って歩くのが初めてだったみてぇで終始ガッチガチでよ。

 おっと、女房が呼んでる。相変わらず声がデケェなアイツは。

 ああ!わかってるから叫ぶんじゃねぇ!

 悪ぃな、どうやら客が来たみてぇだ。すまねぇが少し待っててくれ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元奇兵隊副長補佐。

 現カブ専門店『forever』店長へのインタビューより。



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第五十四話 ケッコンカッコカリ

 

 

 私には、落ち込む度に訪れる秘密の場所がある。

 まあ、秘密の場所とは言ってもただの工廠裏の堤防の上だから、稀にフラ~っと人が来ることもあるわ。

 以前はここで釣りをしてた人もいたそうだし。

 

 「大規模作戦……か」

 

 駆逐艦 神風として横須賀鎮守府に着任して約三年。

 初めの内こそ、訓練や敵太平洋艦隊の残敵掃討などに駆り出されたりで忙しかったけど、日が経つにつれて暇だと感じる日が多くなっていった。

 まあ、そんな毎日に慣れちゃっただけなのかもしれないわね。

 

 「でも、大規模と銘打たれる程の作戦には参加したことがない」

 

 いや、これはもう超規模と言っても良い。

 艦娘だけでも100人超え。

 ワダツミの護衛や、補給を担当する海軍艦艇も50を超えると言う噂がある。

 

 「第三遊撃部隊が何をする部隊なのかわからないけど、上手くやれるのかな……」

 

 矢矧さんは大規模改装も受けたし『トビウオ』だって使えるようになったけど、今だに新人の域を出ていない。

 そんな人が大規模作戦で旗艦に選ばれたら、そりゃあムンクみたいにもなるわ。

 私は平静を装えたけど、朝風たちも矢矧さんと同じく、編成表が張り出されてから数日経った今も、動揺して不安を抱えている。

 

 「たぶん、実質的な旗艦は、今みたいに私になる……」

 

 はず。

 でも、出来る?

 いつもの哨戒中の遭遇戦とはわけが違う。そんな状況で僚艦に気を配り、指示を飛ばし、私自身も戦うなんて事が出来る?

 

 「そんな事出来る自信なんて……」

 

 ない。

 先輩なら出来たのかもしれないけど、私は先輩ほど身も心も強くない。ハッキリ言って弱い。

 そんな私には荷が重すぎる。

 

 「ていっ♪」

 「へ?」

 

 私が飽きもせず溜息をつこうとしたら、妙に可愛らしいかけ声と共に背中を押された。

 押されたはいいけど、このままじゃ私……!

 

 「落ち……!」

 「ないんだなぁ♪これが」

 

 海面に顔からダイブするのを覚悟しようとした瞬間、ガシッ!と襟首を掴まれて引き戻された。

 ったく、油断してたとは言え、近づいて来る気配が全く無かったから冷や汗かいたわ。

 って言うか誰よ!人が落ち込んでる時にこんな質の悪いイタズラするのは!

 

 「イジケ虫見~つけた♪」

 「せ、先輩!?どうしてこんな所に!?」

 

 私の背中を押した犯人。

 それは、私と同じ真紅の髪と瞳を持ち、奇兵隊特有の黒い軍服の上から狩衣を羽織った、横須賀鎮守府始まって以来の問題児でありトラブルメーカーの桜子先輩だった。

 なんだか、前にもこれと似た状況があったような気がするわね。あれはたしか……。

 

 「何イジケてんの?こんな所で」

 「あの、私の質問に……」

 「あ、これ食べる?執務室でクスねてきたフレンチクルーラー。美味しいわよ?」

 

 ダメだ。

 この人は相変わらず私の言う事を聴いてくれない。

 問答無用とばかりに私の隣に腰を下ろして、懐からフレンチクルーラーを二つ取り出して、一つを囓りながらもう一つを差し出してきたわ。

 まあ、美味しそうだからいただくけど……ってぇ! 

 この人また執務室から食べ物をクスねたの!?

 

 「円満から聞いたんだけどさ。神風も作戦に参加するんだって?」

 「ええ、まあ……」

 「何させる気なのかしらね。第三遊撃部隊だっけ?遊撃部隊って銘打つくらいだから、色々とやらされるんでしょうけど」

 

 その色々が私を悩ませている。

 遊撃部隊とは、簡単に説明すると本隊とは別に遊撃を主とした部隊。

 つまり攻撃・守備を選ばず、標的も選ばず、状況に応じて臨機応変に戦闘目的を変更する部隊のことを指す。

 そのため、武装は機動性を重視。移動能力を妨げるほどの重武装は施されない向きが強い。

 だから私は不安なの。

 私達にそんな役割が熟せるかどうか、私達自身わからないんだから。

 

 「上手くやれる自信がない?」

 「はい……。だって私は……!」

 

 旧型だから。

 と、喉の奥まで出かかったのをなんとか堪える事は出来た。出来たけど、この人には私が言い掛けた事なんてお見通しなんだろうな。

 

 「ねえ神風。貴女の練度っていくつ?」

 「練度ですか?確か……先々週計測した時は98でした」

 「たっか!最高練度手前じゃない!もしかしたらもう、99になってるんじゃない?」

 「さあ?前に計って以来計ってませんから」

 

 どうして練度なんて気にするんだろう?

 そりゃあ高いに越したことはないわよ?でも、私の練度が99になったって性能の上昇は微々たるもの。

 例え、今の練度が99でも、性能的には新米の駆逐艦よりはマシ程度でしかないわ。

 

 「私が初めて大規模作戦に参加した時って60かそこらよ?それに比べたら十分過ぎるほど高いじゃない。それなのに、なんで落ち込んでんの?」

 「いやだって、練度だけ高くたって……」

 

 確かに、練度は別名、同調率と呼ばれることからもわかるとおり、上がれば上がるほど艤装の反応が良くなる。でも、それを扱う私自身が弱かったら意味がない。

 ほら、高スペックなパソコンでもソフトウェアが貧弱だったらダメでしょ?そんな感じよ。きっと。

 

 「ちなみに、私の練度は53万です」

 「どこのフ〇ーザ様ですか。だいたい、先輩はもう艦娘じゃないでしょ」

 「言った者勝ちよこんなの。そう言えば、ずぅーっと前に、満潮にも同じ事を言った事があったわね」

 「満潮さんにも?どうせ、今の私みたいに呆れてたんでしょ?」

 「いいや?「ホント!?どうやったらそんなに上がるの!?」って驚いてたわ」

 

 そっかぁ…満潮さんは信じちゃったのかぁ。

 普段はツンケンして人を寄せ付けないクセに意外と騙されやすいのね。

 それとも、先輩に騙され続けた結果、騙されないために人を寄せ付けなくなったのかな? 

 

 「先輩って、人にイタズラするのが生き甲斐になってません?」

 「失礼な事言うわね。私ってそんなに子供っぽい?」

 「はい」

 「うぉい!」

 

 とか言って憤慨してますが事実です。

 先輩は円満さんが泣くまでからかうのをやめませんし、暇さあれば倉庫街に看板トラップを設置してるじゃないですか。

 アレの被害に遭って、倉庫街に近寄れなくなった駆逐艦は私が知ってるだけでも20はくだりません。

 

 「ったく。出会った頃は『はい♪桜子先輩♪』とか言ってめちゃくちゃ従順だったのに。最近冷たくない?」

 「あの頃は先輩の本性を知りませんでしたから。ほら、先輩って見た目だけ(・・)は完璧ですから」

 「おいこら神風。なんで『だけ』を強調した?中身も完璧でしょうが!」

 

 その自信がどこから来るのか本当に不思議。

 確かに先輩は家事も完璧ですし育児もそつなく熟してると思いますよ?

 でもそれ以外がハチャメチャ。

 元帥さんから命じられている円満さんの護衛が無いときは、先に言った看板トラップの制作と設置に余念がないですし、何か問題が起これば力尽くで解決しようとする短絡思考。

 私が軽巡の先輩たちに目の敵にされてたのが先輩の悪行のせいだったと知った時は、尊敬の念が荷物まとめて出て行っちゃいました。

 

 「でも、先輩くらい短絡的だったら楽だろうな。とは稀に思います」

 「ねえ神風。もしかしてケンカ売ってる?ケンカ売ってるよね?」

 「ほら、また拳に物を言わせようとしてる」

 「拳じゃありませんー。刀ですー」

 「結局力尽くじゃないですか!そういうところが短絡的だって言うんです!」

 「だってその方が早いじゃない!」

 

 その方が早いですって?

 ええそうでしょうよ。先輩だったらその方が早いでしょうよ。だって先輩には力があるんだもの。力尽くで物事をねじ伏せられるだけの力があるんだもの。

 でも私には無い。

 先輩と同じ神風なのに、私にそんな力はないし自信もない。

 私と先輩は何が違うの?

 才能?経験?その両方?

 

 「覚悟よ」

 「覚……悟?」

 

 私に足りないのは覚悟?何の覚悟が足りないって言うんだろ?

 それより、今私声に出してた?出してないよね?

 じゃあ、言葉にしてない私の疑問に、先輩は真剣な顔して答えてくれたってこと?

 

 「私は神風だった頃、生きて帰る事だけを考えて戦い続けたわ」

 「生きて、帰る?」

 「そう。どんなに大怪我しても、足を引っ張る僚艦を戦死に見せ掛けて殺そうとしても、死にかけの仲間に引導を渡したりしても帰って来た。お父さんに、褒めてもらうために」

 

 な、なんか今、聞かない方が良かったと思えるワードが混じってた気がするんだけど……。

 いや、今は気にせずに先輩の言葉を聴こう。

 真面目モードの先輩は変わらず滅茶苦茶だけど、意外と良い事を言ったりもするから。

 

 「こういう商売してるとよく聞くよね。『名誉のためなら死など恐れない』とか『刺し違えてでも敵を倒す』とか」

 「ええ、まあ」

 

 前者は上位艦種、後者は駆逐艦に多いかな。

 食事中や歓談中の雑談でしか聞いた事はないけど、いざその時になって、言葉通りに行動できる人がいったい何人いるんだろう。

 

 「先輩は、そういうのを否定してるんですか?」

 「否定はしないわ。別に死に方くらい当人の好きにしたらいいと思うし。でもね」

 「でも?」

 「残される方はたまったもんじゃない。そりゃあ、死んだ奴はいいわよ。好きなようにして死んだんだから」

 「元帥さんに、そんな想いをさせたくなかった。って事ですか?」

 「当時はね。あの頃はお父さん以外、大切な人なんて居なかったし」

 

 海坊主さんが聞いたら泣いちゃいそうだなぁ……。

 先輩が生粋のファザコンだって事は、元帥さんへの態度を初めて見た時に察しはついたけど、父親って言うより好きな人。いや、愛する人のもとへ戻るために、死に物狂いで戦ってたって言ってるようにも聞こえちゃうわ。

 邪推し過ぎだと思うけど。

 

 「神風の大切な人は誰?帰って来てただいまって言いたいのは誰?」

 「私の、大切な人は……」

 

 意外なことに、そう言われて頭に浮かんだのは桜子先輩だった。

 帰って来た私を出迎えて「ただいま」と言う私に「おかえり」と返して頭を撫でてくれる映像が、実際に体験したことがあるかのように目の前に映し出された。

 

 「先輩……私……」

 

 自分にとって大切な人が、隣で「ん?」と言って首を傾げている先輩だと気付かされた途端、気恥ずかしくて先輩顔を見れなくなってしまった。

 顔も赤くなってるんじゃないかな?ほっぺたとか凄く熱いし。

 

 「あ、そうだ神風。出会ってすぐぐらいに渡した模造刀。ちゃんと使ってる?」

 「は、はい。言われた通り毎日素振りしてます」

 

 出会って一ヶ月くらい経った頃だったかな。

 先輩は私に模造刀を渡しながら「今日から毎日、これを使って素振りしなさい」と言ったわ。

 その当時は、強くなるために必要なんだろうと思って素直に従って今では日課になっている。

 唐竹・袈裟切り・逆袈裟・右薙ぎ・左薙ぎ・左切り上げ・右切り上げ・逆風を各100回。刺突だけは200回。それを毎日熟すよう言われた。

 最初の半年ほどは、訓練に支障が出るくらい疲れ切ったけど、一年、二年と続ける内に息も切れなくなったし疲れる事もなくなった。

 三年目になると、終わる時間が早くなったから自主的に100回づつ増やしたりもしたわ。

 もっとも、その訓練が役に立ったことは今だにないけどね

 

 「じゃあこれあげる。大事に使ってよね」

 「え?あ、ありがとうございます……。ってこれ!」

 

 先輩がほいっと投げて寄越したのは、いつも先輩が肌身離さず持ち歩いてる日本刀だった。

 初めて持ったのに、妙にしっくりと手に馴染む。

 まるで、いつも持ってたみたいに違和感がないわ。

 まあ、それはそうと、あげる。とか言ってたけど、これは先輩にとって大事な物なんじゃ……。

 

 「その刀ってね。お父さんが初めて私にくれた物なの」

 「じゃあ、やっぱり大事な物じゃないですか。そんな物貰えません!」

 「そうね。私にとっては、上から数えた方が早いくらい大事な物よ。お父さんとのケッコンカッコカリの指輪みたいな物だし」

 「だったら余計に……!」

 

 貰えません!

 と、続けようとした私の口を、先輩の人差し指と射貫くような瞳が押し留めた。

 黙って聞けって事?

 

 「だからこそ、貴女に受け取って欲しいの」

 「私……に?」

 「そう、無銘ではあるけど、私が半生を共にしたこの刀を、私の名を受け継いだ貴女に贈りたい。そう思って、形から重さまで寸分違わずに作らせた模造刀を貴女に渡したの。その刀、手に馴染むでしょ?不思議なくらいに」

 「は、はい。手に吸い付くようにシックリと……」

 

 じゃあ、先輩は出会った頃からこの日を想定していた?だから私に模造刀を渡し、それを使っての素振りを命じたの?

 

 「本当は『脚技』も私が教えてあげたかった。でもあの頃は、桜を身篭もってたから出来なかったのよ」

 「だから、円満さんに習えと?」

 「うん。私って口だけで教えるのが苦手でさ。お父さんに、「神風に脚技を教えて良い?」って聞いたたら「お前は口より先に体が動くからダメだ」って言われちゃったから諦めるしかなくて……。だから円満に習えって言ったの」

 

 あの日……かな。

 私と先輩が初めて会った日。今では私にとって聖書となっている、先輩の半生が書かれた本をくれた日に、先輩はそんな事までしてくれてたんだ。

 そこまで、私を想ってくれてたんだ……。

 

 「プレゼントはもう一つあるわ」

 「もう一つ?」

 「そう、もう一つ。私の取って置き。いや、私の悪足掻きの集大成を、貴女に伝授してあげる。今度は私自らの手で」

 

 悪足掻きの集大成?

 先輩が悪足掻きと自虐するのって、トビウオ、水切り、稲妻の三種の脚技と、減らした『装甲』と『脚』の力場を『弾』に上乗せする刀よね?それらの集大成っていったい……。

 

 「その技は捨て身。だけど、貧弱な『神風』の力場でも戦艦の装甲を貫ける必殺の一撃。無敗の一撃よ」

 「そんな凄い技があったんですか!?」

 「あるわ。私はソレを使って……鬼級すら倒して見せた」

 

 先輩が少し言い淀んだのが気にはなったけど、鬼級すら倒せる技があるなら是非ともご教授願いたい。

 それ以上に、先輩に教わりたい。

 先輩の全てを教えて欲しい。と、思ってしまった。

 

 「どう?教わってみる?」

 「はい!是非とも!」

 

 私は一も二もなく即答した。

 先輩が十数年かけて培った、悪足掻きを教えて貰うために……。

 って、あれ?なんか力が漲ると言うか、湧き上がると言うか……。なんだろ?これ?

 

 「どうしたの?」

 「いや、なんと言うかその……。急に強くなったような気が……」

 「え……それってまさか」

 

 はて?先輩は何か心当たりがあるのかしら。

 「意外と緩いのねぇ……」とか言って一人で納得してますが……。

 

 「それ、たぶんケッコンカッコカリだわ」

 「はぁ!?」

 

 待って待って!?

 ケッコンカッコカリって提督、もしくはそれに準ずる人と艦娘が特別な絆を結ぶことで、練度上限や、微々たるものではあるけど性能が上がるアレよね?

 

 「わ、私、先輩とケッコンしちゃった……。って事ですか?」

 「そ、そうなるわね。これはさすがに、この桜子さんも予想外だったわ」

 

 うわぁ……。なんだろう、この複雑な気分。

 嬉しいのにショックと言うか、光栄だと思う反面絶望してると言うか。

 だって、私と先輩がケッコンカッコカリしちゃったのよ?これがもし、ユウジョウカッコカリとかシマイカッコカリだったらダメな気はするけどまだ我慢できるわ。

 でもケッコンは無理。

 だって私ノーマルだもん。くららさんみたいにレズじゃないもん。

 大本営は何を考えてケッコンカッコカリなんて名称にしたのよ!

 そりゃあ、男性が多い提督と艦娘だったら問題ないでしょうよ?でも女性同士の場合も有り得るんだから、そこはもうちょっと考えるべきでしょ!

 ほら!先輩も同じ事を考えてるのか、心底呆れた顔して「大本営ってバカじゃないの?」とか言ってるわ。

 

 「まあ、亭主が神風でもいっか。あくまでカッコカリだし」

 「ちょっと待って!?私が男役なんですか!?」

 「当たり前じゃない。私が男に見える?」

 「下手な男より男らしい性格してるクセに何言ってんですか!男役は先輩がしてください!」

 「ちょぉ!それは聞き捨てならないわね!旦那も桜も大好物なこの見事なオッパイが目に入らぬか!」

 「そのくらいちょっと手術すれば男性だって手に入れ……って!揺らすな!これ見よがしに揺らすのをやめてください!」

 

 

ーーーーーーー

 

 

 なぁんて言い合いを一時間くらいしたかな。

 バカみたいでしょ?

 でも、なんて言うか。あのたわいも無いひと時で、あの子の不安が払拭できて良かったわ。

 正直、どうやって励ましたらいいかわかんなかったのよ。あの子と私は同じ神風だったけど、性格はまるで違ったからさ。

 

 第三遊撃部隊が何をしたのかって?

 あの子達に命じられたのは、敵別働隊の撃滅よ。

 主戦場となったエンガノ岬沖やソロモン諸島とは全くの別方向。セレベス海からマカッサル海峡を抜けた先にあるジャワ海だったそうよ。

 あの話を聞いた時ほど、円満の事を恐ろしいと思った時はないわね。

 円満は誰も予想していなかった渾沌の目論見を見抜き、第三遊撃部隊を使って見事打ち破って見せたんだから。

 

 ええ、あの作戦の勝敗を決したのは、エンガノ岬沖で奮闘した第一部隊でも、挟撃を成功させた西村艦隊でも、ソロモン諸島で敵主力を撃滅した大淀と大和でも、南方中枢を討ち取った米国第7艦隊でもないわ。

 一般には公開されてない情報だから、ネットとかでは迷子艦隊なんて揶揄されてるみたいだけど私は胸を張ってこう言う。

 あの作戦を勝利に導いたのは神風たち第三遊撃部隊。

 いいえ、水雷戦隊 カミレンジャーだ。ってね。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長 神藤桜子大佐へのインタビューより。



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第五十五話 ここは任せて、先に行け



今回は轟沈台詞があります。

と、言う事は轟沈描写もあります。


 

 

 ラバウル提督が、包囲網形成のために集められた艦娘や海兵たちにトラック泊地への撤退を命じるのと、深海棲艦の侵攻開始はほぼ同時でした。

 それでも残って戦うと言ってくれた人も居ましたが、反撃のために涙を飲んで堪えてくれと説得してなんとか撤退してもらいました。

 

 その後ですか?

 ラバウル提督と私は、包囲網の形成自体が敵艦隊を釣り上げるための作戦だと予想していたので、事前に妖精さんにお願いしてラバウル、ブイン、ショートランドの島内に地下壕を建設していたんです。もちろん、秘密裏に。その中に隠って抵抗を続けたんです。

 

 ええ、生きた心地がしませんでした。

 敵の侵攻は例えるなら津波。南方の三基地を文字通り飲み込むような勢いでしたよ。

 それでも、基地航空隊と三基地所属の艦娘と海兵、事務員まで総出で抵抗を続け、小規模な艦隊こそ逃してしまったもののなんとか一週間ほど敵本隊の侵攻を食い止めることに成功しましたし、50隻くらいは沈めることができました。

 さらにその後も、上陸しようとする深海棲艦を島中に張り巡らせた地下壕を利用してゲリラ戦を展開し、200隻ほど、味方の艦隊が来るまで釘付けにできました。

 

 心残りがあるとすれば、防御網をすり抜けた敵に、トラック泊地へ撤退中だった艦娘が数人沈められた事ですね。

 特に、彼女の最期は凄絶だっと聞いています。

 彼女は16隻からなる敵艦隊を一人で二時間も食い止め、瑞鶴さんと五十鈴さん他多数の艦娘が撤退する時間を稼ぎました。

 姉妹艦の秋月さんは彼女のことを『秋月型の誇り』と、後に仰っていましたね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元練習巡洋艦 鹿島へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 僕たち秋月型姉妹は、艦娘歴こそ長いけど実戦経験は無いに等しい。

 理由は大本営。いや、旧大本営と言ったほうが良いかな。に、ある。

 僕たちは防空性能の高さを買われて、長い間大本営で飼い殺しにされたのさ。

 今の元帥に代わってからは、僕たち秋月型姉妹の出撃回数は劇的に増えたよ。元帥の南方巡りにも動向したし、敵艦隊が襲撃してきた時は出撃もした。

 もっとも、その時は大淀が文字通り根刮ぎ沈めてしまったから、僕たちの出番は全く無かったんだけどね。

 

 『初月。追撃の艦隊は見える?』

 「見えないよ五十鈴。静かなもんさ」

 

 僕たちは今、敵の侵攻開始と同時にラバウル提督が下した撤退命令に従って五十鈴を先頭、僕を最後尾にして、瑞鶴、そして他数名の艦娘は、応援として送られていた海軍艦艇を護衛しながらかれこれ十数時間トラック泊地へ向けて航海している。

 

 「ねえ五十鈴。戻っちゃダメかな」

 『ダメに決まってるでしょ。私たちを逃がしてくれたラバウル提督や、残って戦ってる艦娘や海兵達の想いを無にする気?』

 

 無にする気なんだよ。

 と、無線を通して聞こえてくる五十鈴の声に、僕は心の中で答えた。

 僕にはそう言って諭したクセに、自分だって本当は戻りたいんだろ?

 五十鈴だけじゃない。黙って航海を続ける瑞鶴や他の艦娘たちも同じはずさ。

 本音は今すぐ踵を返してラバウルへと戻り、残ったみんなと一緒に迎撃戦に参加したいって想いが背中からヒシヒシと感じられる。

 それなのに口にも出さないのは、ここで引き返すより本土からの援軍と合流した方が効果的、効率的だと打算しているからさ。たぶんね。

 

 「羨ましい……な」

 『羨ましい?』

 「気にしないでくれ五十鈴。ただの独り言だから」

 

 いや、無線も切らずに口に出したって事は、本当は気にして欲しかったんだろう。

 僕の。いいや、秋月型姉妹共通の夢を聞いて欲しくて、僕は無線を切らずに言葉を紡いだんだ。

 

 「ん?あれは……」

 『どうしたの初月。敵の追撃艦隊でも見つけた?』

 「かも、しれない。水平線上に人影が見えた気がしたんだ。五十鈴でも瑞鶴でも良いから、索敵機を飛ばしてくれないか?」

 

 僕の提案に「私がやる」と言って、瑞鶴が空中に一本の矢を放った。

 放たれた矢が、複数の艦載機に転じる様はいつ見ても不思議な光景だね。

 

 『マズい……!五十鈴!敵の追撃艦隊よ!』

 『追撃!?数はわかる!?』

 『数は……16!重巡2、軽巡2、駆逐艦12!』

 

 こちらの倍以上か。

 瑞鶴の索敵機にも気付いたろうから、距離的にもそろそろ撃ってくるな。

 まったく、せっかく諦めかけていたのに……。

 

 「五十鈴、意見具申してもいいかい?」

 『ダメよ!』

 「ダメ?まだ何も言ってないんだけど」

 『アンタが言いそうな事くらい想像がつくわよ!どうせ、一人で時間を稼がせろとか言うつもりでしょ!』

 

 大正解。

 さすがは経験豊富な軽巡洋艦だ。

 僕みたいなタイプの駆逐艦が言いそうな事は先刻承知らしい。

 でも、僕は引かないよ。再び巡ってきたチャンスなんだ。もうお預けにされるのはこりごりだからね。

 

 「駆逐艦 初月はこれより転進し、味方撤退の時間を稼ぐ」

 『ダメ!やめなさい初月!戻って!』

 

 もう遅いよ五十鈴。

 もう反転しちゃったから、今から針路を元に戻しても僕は一人だけ落伍する。

 

 『ありったけの艦爆と艦攻を援護に出すわ。だから、機を見て離脱しなさい。トラック泊地で……待ってるから』

 「ありがとう瑞鶴。恩に着るよ」

 

 余計なことを。

 と、頭上を通り過ぎていく瑞鶴の艦載機を仰ぎながら思った。

 バチが当たるかな。

 彼女なりに、僕の生存率を少しでも上げようとしてくれたんだろうけど、暗くなる寸前の今ではあまり意味はない。それに、生憎と僕は生きてトラック泊地に行く気はないんだ。

 だって僕は、死にたいんだから。

 

 「少し違うか」

 

 僕は艦娘として死にたいんだ。

 戦う力を与えられながら、僕たちの秋月型姉妹は何年もの間無為に過ごした

 歯痒かった。悔しかった。苦しかった。

 だけど、僕たちはその日々を堪え抜いた。堪え抜いてようやく、艦娘として戦い、華々しく散る機会を得たんだ。

 

 「ふふ♪お前も嬉しいのか?超10cm」

 

 意思を持っているかのように振る舞う僕たち秋月型の艤装。超10cm砲。

 姉さんたちはちゃん付けで呼んでるけど、僕は呼び捨てだ。ほら、ちゃん付けなんて僕のキャラじゃないだろ?

 

 「敵艦隊を目視で確認。敵は多いぞ。砲撃戦用意!行くぞ!」

 

 敵艦隊が瑞鶴の艦載機を相手にしている隙を狙って、僕はスモークを展開して五十鈴たちの姿を見えなくした。

 散るのが目的とは言え、ちゃんと時間は稼がないといけないからね。

 

 『初月!絶対にトラック泊地まで来なさいよ!死んだら……許さないんだから!』

 

 五十鈴の悲痛な叫びが、無線を通じて鼓膜を震わせた。

 僕の生還を望んでくれるのは嬉しく思う。

 でも、無理だ。この数相手に生還など絶望的。僕が大淀並に強ければそれも叶ったんだろうけど、生憎と僕はそこまで強くない。

 でも、無理だと言うと五十鈴たちまで転進しちゃいそうだから、ここはそれっぽい事を言って安心させてあげなきゃ。

 

 「そうだ。今こそアレを言う時じゃないか?」

 

 僕には艦娘として散るという夢とは別に、生きている内に一度は言ってみたいと思っているセリフがいくつかある。

 その内の一つが。

 いや、その中で一番言いたかったセリフが、今の状況にピッタリだ。

 

 「必ず追いつくさ。だから……。ここは任せて、先に行け」

 

 無線が届くギリギリの距離だけどちゃんと届いたかな。まあ、届いてなくてもいいか。

 言いたかったセリフを言えて夢まで叶いそうなんだ。これ以上望んだら本土にいる姉さんたちに申し訳ない。

 

 「さあ行こう。超10cm。第六十一駆逐隊、初月、出撃するぞ!」

 

 僕は速度を上げて敵艦隊へと突撃を開始した。

 夜闇とスモークで五十鈴たちの姿は隠れているけど、艦隊を分けて五十鈴たちを追うかもしれない。

 まずは、僕へと注意を向けなければ。

 

 「艦載機は全滅か。ツ級が交じっていたな」

 

 でも、撃ち落とされた艦載機の雨が照明弾のように敵艦隊を照らし出している。

 僕からは丸見えだけど、敵に僕の姿は見えているのか?

 見えているな。

 敵はかなり正確な精度で僕を狙って砲撃を開始した。

 恐らくは電探射撃。夜闇もこれじゃああまり意味がない。

 

 「だがまあ、これだけ正確ならかえって避けやすい」

 

 僕たちは訓練する時間だけはあったんだ。

 姉妹全員分の弾幕を回避する訓練を散々やったし、今の大淀が着任してからは反則級の強さの敵への対処法だって学べ……てないか。 

 だって僕たちは、四人がかりでも大淀に一発も当てることができなかったんだから。

 しいて彼女から学べた事があるとすれば……。

 

 「大淀に比べればマシ。と、思える心の余裕かな。よし!そこだ、撃て!」

 

 そう、彼女に比べればどうという事は無い。

 敵の方が僕より数が多い?

 だからなんだ。僕が相手にしているのは高々16隻。しかも戦艦も空母もいない。

 世の中には連合艦隊規模の敵を無数の艦載機諸共沈めてしまう化け物がいるんだ。

 そんな彼女を相手にするのと比べれば天国とも言える。

 絶望しないのか?

 ああ、状況は絶望的さ。今はまだ、応射と速度の緩急とジグザグ航行で回避できているが被弾するのは時間の問題。

 しかも、旗艦と思われる重巡の懐に僕が飛び込めないよう、9隻の駆逐艦が砲撃と魚雷で僕の行動を阻害し、僕を包み込まんばかりに軽巡と重巡が砲撃を浴びせてくる。うん、どう楽観的に考えても絶望的だ。

 だったらなんだ。

 状況が絶望的でも、僕自身は絶望したりしない。

 ただ一方的に撃たれまくって回避するのが精一杯なだけじゃないか。

 これが大淀なら、回避する暇も無く僕はやられているはずさ。

 

 「ぅああっ! ……まだだ、まだ走れるさ!」

 

 初めての実弾による被弾。

 被害的には小破と言ったところだろうか。想像してたより熱いし痛いんだな。

 だけど、手足は健在だし我慢できないほど痛い訳じゃない。僕は……まだ動ける!

 

 「これが戦闘。本物の戦闘……か。くくくくく……。良いじゃないか!これだよこれ!これを待ってたんだ!」

 

 被弾する度に気を失いそうになる。

 気が狂いそうな程の恐怖が胸に渦巻く。

 姉さんたちの元に戻りたいと、心が泣き言を言っている。

 けど反面、痛みを心地良く感じる僕がいる。

 恐怖心をねじ伏せて、己を奮い立たせるのに何とも言えない興奮を感じている僕がいる。

 姉さんたちより先に、夢を叶えられる悦びに打ち震えている僕がいる。

 

 「ちぃっ! 当ててくるな。まだ沈むわけにはいかない、まだだ……!」

 

 まだ足りない。

 まだ僕は満足していない。

 砲撃を上手く躱しても満足できない。

 何射線もの魚雷の隙間を上手くすり抜けても満足できない。

 駆逐艦を一隻沈めても満足できない。

 軽巡に魚雷を撃ち込んでもまだ満足できていない。

 僕はもっともっと戦いたい!

 

 「あれ?足がないな」

 

 砲撃で千切られたのか、それとも魚雷の爆発で吹き飛んだのか。兎に角いつの間にか、僕の左足がなくなっていた。

 痛みは感じないけど、これじゃあ回避は無理だな。

 敵もトドメを刺すつもりなのか、残りの15隻が砲撃体勢に入っている。

 

 「秋月型防空駆逐艦、四番艦初月は敵追撃艦隊を二時間近く足止めし、味方撤退の時間を稼ぐことに成功。ってところかな……」

 

 これが、僕が胸を張って言える初戦果。僕の最初で最後の大戦果だ。

 どうだい?秋月姉さん。

 僕は秋月型として立派に戦ったよ。

 照月姉さん、僕は凄いだろ?

 圧倒的な戦力差の中、駆逐艦とは言え一隻沈めたよ。

 でも、涼月姉さんは怒るかな?

 僕がラバウルに行く事を一番心配してくれてた涼月姉さんだけは怒るかもしれないな。

 

 「ああ……。涼月姉さんが作ったふかし芋が食べたい……。もう一度、照月姉さんの胸を枕しにて眠りたい……。秋月姉さんが大事にしてた牛缶を黙って食べた事を謝りたい……」

 

 これが走馬燈と言うヤツだろうか。

 姉さんたちとの日々の思い出が、僕を仕留めるために放たれた砲撃の灯りをバックに映し出される。

 それに後押しされるように、未練まで湧き出してくる。

 

 「僕は……。僕のやるべきことを……やり遂げただろうか……」

 

 不安にまでなってきた。

 今からコイツらが追撃を再開しても追いつけるとは思えないけど、五十鈴たちは無事に逃げ切れたかな?

 トラック泊地に着いた?まだ航行中?

 まあ、どちらでも良いか。

 二時間近く、敵には散々撃たせたし動き回らせたんだ。きっと奴らの弾薬も燃料もギリギリさ。

 

 「姉さん……。僕はやっと、艦娘に成れたよ……」

 

 僕は、僕の命を刈り取るために放たれた鉄の雨を他人事のように眺めながら、姉さんたちに自慢するように一言だけそう呟いた。



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第五十六話 ちゃんと慰めてね?

 

 

 はい、あの子が南方に行っている間、彼の身の回りのお世話は私がしていました。

 まあ、知らない仲でもないですし、私を姉と慕ってくれるあの子のお願いでしたから快く引き受けました。

 あ、誤解しないでくださいね?

 今でも家族ぐるみで仲良くしていますが、彼と男女の関係になったことはありません。

 だいたいあの人、あの子以外には興味を示しませんもの。

 私と二人で居たって平然としているどころか「居たのか?」って感じでした。

 もっとも、それは遠くに居たあの子の事を想って上の空になってただけなのかもしれませんが。

 

 

 ~戦後回想録~

 元初代大淀 へのインタビューより。

 

ーーーーーーーー

 

 「元帥さんが心配?」

 「満潮ちゃん……。ええ、心配です。あの人、私が居ないとご飯をまともに食べませんから……」

 

 横須賀を出て数日。

 暇が出来たからワダツミ艦内を探検がてらお散歩してたら、所在なさげに甲板をウロウロしてたお姉ちゃんを見つけたから話しかけてみると案の定だった。

 

 「まるで円満さんみたいね。もしかして、カップ麺もまともに作れないとか?」

 「いえいえ、味付けは濃いですが、あの人は一通り料理出来ます。ただ作るのが面倒らしく、作ってあげないとおツマミくらいしか食べないんです」

 

 円満さんよりはマシだったか。

 弟子が弟子なら師匠も似たようなものだと思ってたから少し意外だわ。エプロン姿で料理してる元帥さんは想像出来ないけど。

 

 「一応、姉さんに……。あ、先代の大淀だった人にお世話をお願いしたんですが……」

 「今度は浮気されないか心配になっちゃった?」

 「それは全く心配していません。あの人は私以外の女性に興味がないですから」

 

 す、凄い自信ね。

 真剣そのものな表情で、メガネを右手でクイッと上げながら言ってるから本気でそう思ってるんでしょうけど元帥さんだって男よ?

 実際、まだ大淀だった頃のその人のスリットに手を突っ込みたいとか言ってたし。

 

 「でもさ、男の下半身は別の生き物って言うじゃない?元帥さんだって、お姉ちゃんが居ない寂しさに堪えかねて下半身が暴走するかもよ?」

 「そ、そうなったらそうなったで構いま……せん」

 「元帥さんが望むなら?」

 「はい」

 

 でも、そう言ってる割に涙ぐんでるじゃない。

 お姉ちゃんは元帥さんが望む事なら何でもするし、元帥さんがやる事なら何でも許容する。

 それが、お姉ちゃんなりの愛し方なのは理解してるつもりよ。その結果、自身がどれだけ傷ついても、お姉ちゃんにとっては本当に幸せなんだって事も。

 異常だとは思ってるけどね。

 

 「この作戦に参加したのも、元帥さんに言われたから?」

 「ええ、『円満の力になってやってくれ』と、言われました。でも、そう言われなくても、私は志願していたと思います」

 「どうして?お姉ちゃんが加わってくれるのは個人的にも戦力的にも嬉しいけど……。まだ、円満さんと険悪なままなんでしょ?」

 「それも理由の一つです。小狡いと思われちゃうかもしれないけど、戦闘で良い所を見せれば少しは話を聴いてくれるかな。って、思ったの」

 

 なるほどね。

 ここ最近はお姉ちゃんと目すら合わそうとしない円満さんでも、戦果を上げれば褒めないわけにはいかないから、それが話の切っ掛けくらいにはなるかもしれないわね。

 

 「円満さんって、昔から根に持つタイプだったの?」

 「いえ、私が知る限りそんな事は……。澪さんや恵さんなら知ってるかもしれませんが」

 

 と言って、お姉ちゃんは甲板の手摺に両手を添えて水平線上に頭を見せ始めたトラック泊地を見つめ始めた。

 私から円満さんに言ってあげようかな。

 私だけでも、非力な円満さんなら引っ張ってお姉ちゃんの前に連れて行けるし、桜子さんや元帥さんも巻き込めば円満さんだって邪険にはできないはず。

 

 「ねえお姉ちゃん。何だったら私が……。って、お姉ちゃん?」

 

 私が間に入ろうか?と提案しようと思ったら、お姉ちゃんは手摺から身を乗り出してトラック泊地の方を凝視し始めた。

 僅かだけど殺気まで帯び始めてる。

 私の目には近づく島しか見えないけど、お姉ちゃんには別の物が見えているのか、戦闘思考に移行し始めてるわ。

 

 「満潮。秘書艦権限で私に出撃許可をください」

 「出撃って……。ここらはまだこちらの勢力圏よ?直衛の艦隊にも敵を発見した様子はないし……」

 「問答をしている暇はありません。このままでは手遅れになりかねない」

 

 これはマジ……かな。

 メガネをかけてる姿からは想像出来ないけど、お姉ちゃんは気持ちが悪いくらい目が良い。

 その視力はなんと11.0!アフリカのハッザ族並の視力を有しているの!

 そのお姉ちゃんが出撃させろなんて言ってるんだから、ただ事じゃないわ。

 

 「後部カタパルトを使って!円満さんには私が言っとく!」

 「わかりました。後部カタパルトですね」

 

 お姉ちゃんが後部カタパルトへ向かうために艦内へ駆け出したのを尻目に「さて、それじゃあ円満さんに……」と言いながらスマホを取り出すのと、第一種戦闘配置を告げる警報と艦娘に自室待機を命じるアナウンスが流れるのは同時だった。

 遅すぎる気はするけど、ワダツミのレーダーでもお姉ちゃんが見つけた敵を発見したんだわ。

 

 「ん?円満さんから着信?もしもし?」

 『満潮、大淀はそこに居る?』

 「ちょうど良かった。私もその事で連絡しようと思ってたの」

 

 さすがは円満さん。

 暇が出来た私が、艦内を散歩してお姉ちゃんを見つけたら雑談でも交わしてるだろうと予想してかけて来たのね。

 あ、ちなみに。

 艦娘に支給されているスマホは、一般の回線はもちろんワダツミで外洋に出てる時はワダツミの回線を使って電話くらいなら出来るの。

 さすがにネットは無理。と言うか、ワダツミに乗艦しているイコール作戦行動中だから使わせてもらえないんはだけどね。

 

 「お姉……じゃなかった。大淀さんは敵を察知して後部カタパルトに向かったわ。出撃させてあげて」

 『手間が省けたわ。アンタも後部カタパルトで待機しておいて。艤装は着けなくていいから』

 「生身のままで良いの?」

 『ええ、大淀が連行してくる艦娘を……そうね。提督居室に連れて来て』

 「は?艦娘?」

 

 円満さんとお姉ちゃんが察知した敵(仮)は艦娘って事?そいつをお姉ちゃんが拘束してくるから、一緒に円満さんの所に連れて来いって言う事?

 あ、だから警報が遅かったんだ。

 レーダーでは捕捉してたけど、脅威だと判断するかどうかで悩んでたのね。

 

 『満潮、復唱は?』

 「あ、ごめん。駆逐艦満潮は後部カタパルトにて待機、大淀帰投後に……って!アレって艦載機!?まさか、爆撃する気!?」

 

 接近中の艦娘が放ったと思われる艦攻と艦爆が、お姉ちゃんほどじゃない私の目にも見えた。

 針路的に目標はこの艦。しかも艦橋を狙ってる?

 でも誰が?トラック泊地には空母なんて居ない……。

 

 「いや、()は居たわね。まさか、ワダツミを爆撃しようとしてるのは瑞鶴さん?」

 『まず間違いないわ。そこまで察したなら、何をすれば良いかわかるわね?』

 

 五十鈴さんを初めとして、ラバウルへ応援として派遣していた艦娘と軍人たちがトラック泊地まで撤退してきたという報告は入っている。その中に、装甲空母の瑞鶴さんが居たことも。

 ならば、私がするべき事は……。

 

 「わかってる。他の艦娘には見られないようにするわ。あ、そうだ。加賀さんはどうする?瑞鶴さんを諫めるには彼女が適任だと思うけど?」

 『私から連絡しておくわ。じゃあ、後は任せたわよ。早く大淀に連絡しないと瑞鶴を沈めかねないから』

 

 と言って、一方的に通話を切った円満さんにお姉ちゃんと加賀さんへの連絡は任せといてっと。

 私も早く後部カタパルトに行かなきゃ。

 すでにお姉ちゃん迎撃を始めてるから、瑞鶴さんが拘束されるのは時間の問題だわ。

 

 「狙いはワダツミ。と言うより円満さんでしょうね。きっと、三基地に集められた人達が餌だと気付いたんだ」

 

 だから、怒りにまかせて爆撃なんて暴挙に出たんだわ。

 まあ、気持ちはわからないでもないけど……。

 

 「円満さんの気も知らないで余計な重荷を増やしやがって。連行する前に一発ぶん殴ってやる!」

 

 などと、我ながら乱暴な口調でぼやきながら後部カタパルトへ向かい、着いたら着いたで殴るための準備運動をしていると、解放されている後部カタパルトからではなく艦内の方から誰かが入って来た気配を感じた。

 このタイミングで来るのはたぶん……。

 

 「加賀さん。こちらに来るように言われたんですか?」

 「いいえ、私の独断よ。命令違反の処罰は後で受けるわ」

 「問題ないと思いますよ。なんなら私が口添えしますし」

 「結構よ。罰はちゃんと受けるわ。じゃないと、今から私に殴られる五航戦に示しがつかないから」

 

 艤装を装着した状態で拳を握りながらそう言った加賀さんの視線を追うと、お姉ちゃんに砲を背中に押しつけられて後部カタパルトに入って来た瑞鶴さんが目に映った。

 若干消化不良気味な気分だけど、殴るのは加賀さんに任せよう。その方が、大人しく加賀さんの前に立つ彼女には響くはずだから。

 

 「加賀……さん」

 「申し開きがあるなら聴いてあげるわ」

 「……」

 「そう……。頭にきました」

 

 無言で首を横に振った瑞鶴さんの左頬を、加賀さんはそう言って殴った。と言うか殴り飛ばした。グーで。

 殴られた瑞鶴さんは、まるで大砲で撃ち出されたみたいに閉まった後部カタパルトのハッチまで飛んで行ったわ。いくら艤装を装着した状態とは言え、下手したら死んだんじゃない?あれ……。

 

 「た~まや~。と、言うべきですかね?」

 「いやいや、空気読んでお姉ちゃん。そんな雰囲気じゃないでしょ?」

 

 殴り飛ばされた瑞鶴さんを軽く躱したお姉ちゃんがおバカな事を言い出したのは取り敢えず放っておくとして、今は気絶したっぽい瑞鶴さんを円満さんの所まで運ぶことを考えないと。重そうだなぁ……。

 

 「さすがに私の手には余る……か。加賀さん、お願いしても良いですか?」

 「最初からそのつもりよ。連行先は提督居室で良いのかしら?」

 「はい。出歩いてる艦娘が居ないとも限りませんので私は先行します。おね……大淀さんは念のため、加賀さんに同行してください」

 

 お姉ちゃんは「わかりました」と言って従ってくれたけど、その表情は「円満さんに会わなきゃいけないのか……」って言いそうなほど暗く沈んだ。

 円満さんの役に立つために作戦に参加したものの、まだ面と向かう覚悟は出来てなかったのね。

 

 「じゃあ、先に行くわね」

 

 と言って二人と別れ、私は待機命令を破って出歩いてる艦娘がいないか目を光らせながら提督居室に向かった。

 円満さんはもう来てるかしら。

 あ、来てるわね。部屋の中から円満さんの気配を感じるもの。

 

 「円満さん、もうすぐお姉ちゃんと加賀さんに連れられて瑞鶴さんが到着するわ」

 「そう、ありがとう。他の子達には見られてない?」

 「大丈夫なはずよ。でも、直衛艦隊の子達には見られてるはずだから、遅かれ早かれ、襲撃犯が瑞鶴さんだって事は広まると思う」

 「そうね。一応、直衛艦隊の子達には見たものを口外しないよう言ってあるけどそれは仕方がないわ」

 

 提督居室の窓から外を見ながら話す円満さんの口調からは動揺は感じられない。

 でも、胸中は穏やかじゃないはずよ。

 覚悟してたとは言え、仲間から殺されかけたんだから。

 

 「大丈夫?」

 「大丈夫じゃないわ。今晩泣いちゃうから、ちゃんと慰めてね?」

 

 

ーーーーーーーーー

 

 そう言って無理矢理笑顔を作った円満さんは、瑞鶴さんには提督の顔で対面した。

 加賀さんが一緒に居たから大人しくしてたけど、瑞鶴さんはずっと、憎しみが隠った瞳で円満さんを睨み付けてたな……。

 その時何があったか?

 その時は、瑞鶴さんを第二機動部隊の旗艦にする事と、加賀さんを監視として着ける事を伝えただけで終わったわ。

 

 でも円満さんにとって、瑞鶴さんに無言で睨まれ続けた十数分は、あの作戦で上から数えた方が早いくらいの修羅場だったんじゃないかな。

 だって、その晩は眠ってからもずっと「ごめんなさい」ってうわごとを繰り返してうなされてたから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。



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第五十七話 伊達女

 

 

 トラック泊地に、ワダツミに運ばれて本土の艦娘が集まって来たのは私が五十鈴達と泊地に落ち延びて数日後だったから七月の中旬ごろだったはずよ。

 

 青木さんはワダツミに乗ってたんだっけ?

 あぁ……。じゃあ、いきなり爆撃なんてされて何事かと思ったでしょ。

 

 いやぁ、三基地に集められた艦娘達が敵艦隊を釣るための生き餌だって気付いたら自分が抑えられ無くなっちゃってさ。

 思わず「全機爆装!目標!ワダツミ艦橋の提督!やっちゃって!」って感じの事を言いながら本当に爆撃しちゃった。

 まあ、直撃弾は大淀に全部迎撃されたし、残りも直衛の艦隊に撃ち落とされちゃったけどね。

 

 お咎めはなかったのかって?

 あったわよ。

 と言っても、第二機動部隊の旗艦にされただけ。初月の仇を取ってあげたいと思っていた私からすればご褒美に近かったわ。

 ただ、同じ艦隊に秋月がいてさ。

 あの子の妹を犠牲にして生き延びた私が、あの子にどう接したら良いのかわからなかった間の罪悪感は罰と言っても良いのかもしれないわ。 

 

 

 ~戦後回想録~

 元正規空母 瑞鶴へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 「戦艦武蔵、いざ…出撃するぞ!いや……。第一遊撃部隊、出撃する!の方が良いか?」

 「あのぉ、武蔵さん?さっきから何をしてるんですか?」

 「見てわからないか?大和。抜錨時のセリフの練習だ」

 

 いえ、それはわかるんですよ。

 ワダツミの六連カタパルトで射出される時に、何かしらのセリフを言いたくなる気持ちはわかるんです。

 実際私も、トラック泊地に向かう道中で行われている発艦訓練の時に、ここで「戦艦大和。推して参ります!」とか言ったら様になるかしら。なんて事を考えてましたから。

 わからないのは……。

 

 「何故、わざわざ練習するんですか?」

 「本番で噛まないために決まっているだろう!噛んだら格好悪いじゃないか!」

 「はぁ、そうですか」

 

 ええ格好しいめ。

 余談ですが、武蔵さんは事あるごとに格好をつけたがります。カタパルトで射出される時はもちろん、鎮守府の桟橋から抜錨する時でさえ大声で先のセリフを高々と叫ぶんです。

 初めてそれを見たのは、編成表通りの編成で訓練をした時ですね。

 私を含めた他のメンバーが雑談を交わしながら海に出ていく中、武蔵さんだけは高々と「出撃するぞ!」とか「抜錨する!」などと叫びながら海に出たんです。

 真面目だなぁと思う反面、ちょっと恥ずかしく感じたのを憶えています。

 ワダツミで横須賀を出航して数日経った今日だって……。

 

 「ううむ……。大和、手はこうした方が格好いいか?」

 「グ〇コみたいで格好悪いです」

 「じゃあ、これならどうだ?」

 「仮面ライダーですか?」

 「では、こうだ!」

 「ジュワッ!とか言いそう」

 

 と、こんな感じのやり取りを、宛がわれた部屋で暇さえあれば繰り返しています。

 正直、飽きました。

 

 「だったらこれなら!」

 「あ~……もうそれでいいです。その『やー!』って言いそうなポーズで」

 「おい!適当な事を言うな!大事な練習なんだぞ!」

 「いや、私的には心底どうでもいいです」

 

 ジュワッ!から少し両腕を下げて、どこかのトリオ芸人みたいに『やー!』とか言いそうなポーズのまま憤慨する様のなんと滑稽なことか。

 顔が真剣そのものだから余計にシュールです。

 笑ったら怒られそうですから必死に堪えていますが、そろそろ限界が近いです。ほっぺたが攣りそうです。

 

 「ねえ武蔵さん。どうして体裁を気にするんですか?正直、武蔵さんは格好いいと思っているのかもしれませんが、周りの目には奇異にしか映ってませんよ?」

 「周りどう思おうと関係ない!私は格好良くなければならないんだ!」

 「どうしてですか?武蔵さんが格好つけて喜んでるのは清霜ちゃんくらいじゃないですか」

 「その清霜に、私は格好悪いところを見せたくないんだ」

 

 なるほど、武蔵さんが格好をつけるのに拘るのは清霜ちゃんのためでしたか。

 よくよく考えればそうですよね。

 武蔵さんは昼間、暇さえあれば清霜ちゃんと一緒ですし、休日を出来るだけ合わせて出掛けています。

 艦娘同士の恋愛は割と受け入れられてるようですし、武蔵さんと清霜ちゃんはガールズラブってるんでしょう。

 

 「武蔵さんと清霜ちゃんは付き合っ……ふん!」

 「アホなこと言ってると殴るぞ」

 「殴ってる!たった今、私の左頬を全力ビンタしたじゃないですか!」

 「それはすまなかった。バランスが取れるよう、右頬もぶってやるから差し出せ」

 「絶対に嫌です!」

 

 まったく、この属性てんこ盛り暴力女は、何かあるとすぐ手を出す。それどころか、頭や足を出すこともあります。

 武術を嗜んでいたので大事はないですが、武蔵さんによる家庭内暴力にはいい加減うんざりしてますよ。

 

 「お前のその、脈絡もなく変な事を言い出す癖にはいい加減うんざりだ」

 「いやいやいやいや、武蔵さんの暴力を一身に受け止めている私こそうんざりしてますよ。この脳筋!」

 「詰まっているだけマシだろう?頭蓋に何も詰まってないお前よりは脳筋の方が良い」

 

 うんま!

 私の頭が空っぽですって!?

 武蔵さんはご存知ないでしょうが、私は小中高とかなり良い成績で卒業しています。

 実際、ハレンチメガネへの復讐が終わったら旅館を継ぐ気だったので大学には行きませんでしたが、記念受験した某T大にも合格してたんですよ?ええ、あの日本で一番頭の良い大学です。

 勉強出来る子の頭が必ずしも良いとは思っていませんが、それでもそんな私の頭を空っぽ呼ばわりするのは許せません!

 

 「ふんだ!武蔵さんよりはオツムが良い自信がありますから気にしません!」

 「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前の中ではな」

 「ムッキー!なんですかその、ネットで散々使われたような返しは!」

 「使い古されていても効くだろう?お前のような自称秀才には」

 

 た、確かに私は精神的ダメージを受けています。プライドを傷つけられています。

 ですが、武蔵さんは勘違いしているようですね。

 私は秀才ではなく、天才です!きっと!

 

 「もう良いです!私を馬鹿にする武蔵さんには、提督の真の目論見を教えてあげません!」

 「円満の真の目論見だと?もしかしてそれは、ワダツミとトラックの艦隊が……じゃないか。その艦隊が行う迎撃作戦が囮だと言う事か?」

 「ええ!?どうしてそれを!?」

 

 ば、バカな!

 脳筋の武蔵さんが、エンガノ岬沖を主戦場にして行われる予定の迎撃作戦が盛大な囮だと気付いていた!?

 

 「長門がそう言っていたんだよ。「ハワイ島の時と似ている」とも言っていたか」

 「長門さんが?何かの間違いでは?」

 

 武蔵さんが気付いたと言われるより信じがたい。

 だって、私と朝潮ちゃんの日課である朝夕のお散歩を、羨ましそうに凝視しながらストーキングするあの長門さんですよ?

 本人は気付かれていないと思っているんでしょうが、幼少の頃からお祖父さまと一緒に山で猟をしていた私には丸わかりです。野ウサギの方が余程上手く気配を消しますよ。

 

 「間違いないさ。珍しく真面目な顔で「円満の本命はどこだ?」などと言っていたんだから。お前は本命がわかるのか?」

 「本命の戦場と目標が何か、まではわかりません。ですが、それを実行するのが第三遊撃部隊だと言う事はわかります」

 「その心は?」

 「あの部隊だけ、出撃のタイミングがズレ過ぎているからです」

 「ズレ過ぎている?」

 

 そう、矢矧を旗艦とした第三遊撃部隊だけ、他の艦隊と出撃のタイミングがズレている。

 ワダツミとトラック泊地から出撃する艦隊は敵次第ですが、タウイタウイ泊地から出撃する艦隊はそのタイミングが重要です。

 なのに、ワダツミ乗艦直後に行われたブリーフィングで説明された作戦内容を聞いた限り、第三遊撃部隊の出撃は成否にかかわらずワダツミ本隊と西村艦隊による挟撃、さらに第二遊撃部隊の支援による西村艦隊の撤退後です。

 ハッキリ言って、そんなタイミングでタウイタウイ泊地を出発しても出番はありません。精々、残敵の掃討くらいでしょう。

 そこで、私なりに第三遊撃部隊の針路を予想した結果導き出した方角は……。

 

 「恐らく、第三遊撃部隊が向かうのは南です」

 「南だと?タウイタウイ泊地から南と言えば……。パッと思い付くのはセレベス海とジャワ海か?だがあの辺りはここ数年、深海棲艦の出没が激減しているはずだぞ」

 「それは確かですか?」

 「ああ、タウイタウイ泊地の艦娘とは旧知でな。その子達から聞いた話だから、ほぼ間違いはないはずだ」

 「なるほど、そういう事ですか」

 

 どういう事だ?と言いながら武蔵さんは首を傾げていますが、私は提督の。いえ、渾沌の狙いがわかりました。

 提督にしても渾沌しても、まるで誰かの作戦を真似したような用兵をするのですね。

 

 「おい、大和。何かわかったのか?」

 「ええ、提督も渾沌もひねくれ者。と、いうことがわかりました」

 

 いや、嘘つきと言っても良いくらいですね。

 だって提督は、各提督達を集めた会議の場でそっち方面には攻めて来ないと言っていましたもの。

 それなのに、ジャワ海方面にも艦隊を派遣すると言う事は、最初からそちらが敵の本命だと見抜いていたと言う事ですから。

 

 「でも、何故騙す必要が?」

 「騙す?誰をだ?」

 「脳筋には言うだけ無駄です」

 「あぁん!?」

 

 目をつり上げて「誰が脳筋だ!誰が!」とか言ってる脳筋は無視するとして、提督はこの事実を何故隠す?

 う~ん、まずはジャワ海から敵別働隊が来るとして、何処を目指すかから考えてみましょう。

 

 「可能性が高いのはタウイタウイ泊地……」

 

 ラバウル、ブイン、ショートランドが落ちた場合、タウイタウイ泊地はこちらの勢力圏と敵勢力圏の中間地点となります。

 故に、作戦中にタウイタウイ泊地を落とされれば、今度はこちらが背後を突かれかねません。

 恐らく、渾沌の真の狙いを隠しているのはコレが理由。

 提督は、タウイタウイ泊地を防衛するために戦力を割くべきだ。と、他の提督達が言い出しかねないから秘密にしたんでしょう。

 それを渾沌が狙っているのなら、泊地を一つ落とすのですからジャワ海方面から来る敵はかなりの数になるはずですもの。

 それこそ、警戒が薄くなっている方角でも即座に発見できる程の規模に。でも……。

 

 「違う気がします。もしや、奇襲が目的ではない?」

 「さっきから何をブツブツ言ってるんだ?」

 「気が散りますので、武蔵さんは黙って筋トレでもしていてください」

 「ほう……」

 

 さて、武蔵さんは素直に筋トレ?準備運動?を初めてくれたので再び考えてみるとしましょう。

 そもそも渾沌の目的、いえ、勝利条件はなんですか?

 それはスーパーボルケーノへの到達、及び起爆までの防衛です。

 事実、提督も最優先事項を『起爆棲姫』と名付けた特殊な個体の破壊と、ブリーフィングで皆さんに説明しました。

 

 「ならば目標はスマトラ島。夜陰に乗じて少数で上陸する気ですね」

 

 だから提督は、水雷戦隊である第三遊撃部隊を南に向かわせるんだわ。

 少数の護衛に護られてスマトラ島を目指すであろう起爆棲姫に、夜戦を仕掛けて仕留めるため……に?

 

 「あのぉ、武蔵さん?どうして私の首に腕を?」

 「わからないか?今から絞めるんだよ。文字通りなぁ!」

 「ぐぅえ!」

 

 などと変な声が出てしまうのも当然。

 だって武蔵さんの、女性の割に太めの腕が喉に食い込んでいるんですもの。しかもこれは、片腕で相手の首を締め付け、もう片方の腕でしっかりホールドするチョークスリーパーじゃないですか!

 

 「お前には打撃よりこちらの方が効くだろう?」

 「ぐぎぎぎぎ……!」

 

 確かに効く。

 咄嗟に顎を引いて、完璧に極まるのは防ぎましたがそれも時間の問題。このままではいずれ……。

 って、あら?けたたましい音が鳴り始めましたが……この音、前にも聴いた覚えがありますね。これは確か、養成所で聴いた……。

 

 「警……報?」

 「警報!?敵襲か!」

 

 そう、警報です。

 それに『艦内に居る全艦娘は自室にて待機』と告げるアナウンスに邪魔されて聞き取り難いですが、外からエンジン音のような音が聞こえています。

 出港してからの時間的に、まだトラック泊地が見えるか見えないかと言った地点のはずですから、敵襲とは考え辛いのですが……。 

 

 「あれは……艦載機だと!?ここはまだ日本の勢力圏のはずだぞ!」

 「よく見てください武蔵さん。あれは敵の艦載機ではありません。艦娘が放った物です」

 

 武蔵さんの腕から逃れて窓に詰め寄った私の目に映ったのは、満潮教官から読んでおけと言われた教本でしか見たことがない流星改と彗星と言う機種。その群れでした。

 水平線上に見えているトラック泊地の方向から真っ直ぐこちらに向かっていますね。

 まさかとは思いますが、ワダツミを攻撃する気なんじゃ……。

 

 「きゃあっ!」

 

 誤解のないように言っておきますが、艦載機の群れが落とした爆弾の爆発音に情けない声を上げたのは私ではなく武蔵さんです。

 私はと言うと、ワダツミ上空に到達するや投下した爆弾と魚雷が、当たる前に全部撃墜されるのを「お~」とか「凄い……」とか言いつつ感心しています。

 砲撃の数的に一人だと思うのですが、誰があんな芸当をやってのけているのでしょう?

 

 「終わった……かな?」

 

 警報が止み、それとほぼ同時に爆発音とエンジン音も聞こえなくなりました。

 さらに、トラック泊地へと向かう艦娘が一人。その後ろ姿が、窓から辛うじて見えました。

 あれは……大淀?では、私が感心してしまった艦載機の撃墜を披露したのは大淀!?

 

 「うぅ……。なんか悔しい……」

 

 憎き相手である大淀がした事に感心してしまうとは……。

 まあ、それは知らなかったからセーフとして、今は可愛い悲鳴を上げてしまった事に赤面している武蔵さんを慰める事に注力しましょう。

 格好を気にする武蔵さんにとって、先程上げてしまった悲鳴は唇を噛み切るほど屈辱だったみたいですから。

 

 「武蔵さん」

 「クソ、私としたことが、あの程度の爆発音で悲鳴を上げるとは……!」

 「武蔵さん」

 「なんだ?大和。私を嗤いたいのか?嗤いたいんだろう?嗤いたいなら嗤え!散々格好つけても結局はこれだ!私は……。私は……!」

 「武蔵!」

 

 私の一喝で、武蔵は悔しげに押し黙りました。

 みっともない。

 人前で自身が格好悪いと思う一面を見せてしまったのを恥じる気持ちはわかりますが、それを理由に自暴自棄になるのはもっと格好悪い。

 

 「武蔵。貴女はどうして、清霜ちゃんに格好良い姿を……。いえ、違いますね。どうして清霜ちゃんの前では格好良く在らねばならないと思っているんですか?」

 「そ、それは……」

 

 思い詰めた表情。

 いや、何か辛い過去を思い出しているのでしょう。きっとそれが、武蔵が清霜ちゃん前で格好つける理由。

 今の武蔵の、存在意義。

 

 「言いたくなければ言わなくても構いません。理由自体は、私にとってどうでもいい事ですから」

 「なら、何が言いたい」

 

 おっと、私にどうでもいいと言われて、武蔵がカッカし始めました。

 まずはこういう怒りやすいところから治した方が良いと思うのですが、それは次の機会にしましょう。

 今は……。

 

 「ならばハッキリ言いましょう。今の貴女は格好ばかり気にして中身が伴っていません。だから、不意の爆発音などに悲鳴を上げるんです」

 「……」

 

 無言の肯定。それはつまり、自覚はあると言う事。

 貴女自身、上辺だけ格好をつけ続けても意味がないとわかっているのですね。

 

 「どう、したら……いいと思う?」

 「貴女が求める答えを、残念ながら私は持ち合わせていません。ですがこれだけは言えます」

 「何だ?言ってくれ!」

 「貴女は、清霜ちゃんの前でだけは『武蔵』の仮面を被り続けなければなりません」

 「『武蔵』の、仮面?」

 

 そう、いくら貴女が求めようと、万人が求める格好良さは手に入らない。だって中身が伴っていないのですから。

 ならばせめて……。

 

 「清霜ちゃんの理想で在り続けなさい。他人の目まで気にする必要はないのです」

 「それなら今でも……!」

 「やっていません。貴女は気付いていないのですか?貴女は普段、周りの目まで気にしていますよ?いえ、周りの目の方を気にしていると言うべきでしょうか」

 

 今はまだ、言葉は悪いですが清霜ちゃんを騙せています。ですが、それも時間の問題。

 遅かれ早かれ、貴女が格好つけてるだけの伊達女だと言う事は清霜ちゃんにもバレるでしょう。

 

 「ならどうしろと言うんだ!」

 「簡単な事です。清霜ちゃんが居ないときは気を抜いてればいいんです。そして清霜ちゃんの前でだけ、全力で格好つけるんです」

 

 はぁ?って感じでキョトンとしていますね。

 たぶん、今まで自分がやってきた事とどう違うのか理解できていないのでしょう。

 仕方ないので、もうちょっと噛み砕いて説明してあげるとしますか。

  

 「例えばです。全砲門で単体を狙うのと、複数を狙うのでは、一発当たりの火力は同じでも敵に与える総ダメージは単体を狙う方が高いですよね?」

 「理屈はわかるが……。それと同じ事を清霜にしろと?」

 「そうです。これからは周りの目は一切気にせず、ただ清霜ちゃんのためだけに格好つけなさい」

 

 そうしてれば、外面だけでも清霜ちゃんの理想で在り続けられます。

 その内、中身も段々と伴ってくるでしょうし。

 

 「伊達と酔狂。なんて言葉もありますが、私から見れば、貴女はそれを地で行ってます。ならば、それしか出来ないのならそれを貫くべきです」

 「私を格好だけの物好きと断じるか……。言いたい放題だな」

 「でも、その通りでしょう?」

 「ああ、その通りだ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 と、武蔵は呆れたのような。いえ、憑き物がとれたような顔をしていました。

 今となっては想像する事しかできませんが、彼女はずっと、ハッキリと言って欲しかったんだと思います。

 でも、私はその数日後に、彼女を焚き付けた事を後悔する事になりました。

 ええ、そうです。

 敵艦隊をエンガノ岬沖まで誘導する最中、彼女が『深海鶴棲姫』と命名された新種の姫級にやられた時です。

 私達にとっては悲劇そのもののでしたが、彼女にとっては最高の瞬間だったのでしょうね。

 彼女はその寝顔で「やり切った」と語っていましたから。

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 



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第五十八話 成功の可能性は100%

 

 

 

 最初の戦闘は、瑞鶴がワダツミを爆撃した三日後だったわね。

 ええ、前日の晩に『決戦仕様』と銘打たれた服装に着替えたあの子と話したからよく憶えているわ。

 瑞鶴を叱ったか?

 いいえ、叱ったりはしなかったわ。ただ、話を聴いてあげただけ。

 あの子だって、提督がした事は許せないけど勝つために必要な事だったとは理解していたの。

 感情に流されてしまったのは軍人。いえ、艦娘としては褒められたことではないけれど、あの子の強さの根幹はその人間らしい部分だと思っていたから連行直後の一発だけで許したわ。

 

 あの子の事をどう思っていたか?

 そうね……。

 才能だけなら、歴代瑞鶴はおろか歴代の全空母で一番。初月の件で甘さが抜けたあの子の射形と射型は、私と赤城さんが見惚れてしまうほど見事なモノになったわ。

 ええ、そうよ。

 あの時、瑞鶴は私を超えて見せたの。

 その事を誇りに思う反面、悔しく思ったのを憶えているわ。

 あの子は私の愛すべき後輩であり、切磋琢磨し合うライバルでもあったから。

 

 ~戦後回想録~

 元正規空母 加賀へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 「状況は?」

 「現在、夕張を旗艦とした対潜哨戒部隊が潜水ソ級を旗艦とした潜水艦部隊との戦闘に勝利。確保したルート上を第一機動部隊が進行中です」

 

 私の問いに、ブリッジで管制官を務める女性士官が冷静な口調で答えてくれた。

 この人も長いわね。

 確か、朝潮姉さんと最期に通信を交わしたのもこの人だったはず。

 

 「さて、いよいよ追い込み漁の始まりだなぁ、円満の嬢ちゃん」

 「艦長、作戦行動中に嬢ちゃんやめてください。それ以外の時は構いませんから」

 「おっと、これは申し訳ない提督殿。これでいいかい?」

 

 と、全く反省の色を見せずに言って来たのは前タウイタウイ泊地提督であり、現ワダツミ艦長である『艦長』。定年はとっくに過ぎているはずなのに、海の上で死にたいと言い張って今だに居座り続けている白髪に白髭のお爺ちゃんよ。

 誰かに例えるとしたら、太平洋戦争中に撃沈された設定の大和を、宇宙戦艦に改造してイスカンダルを目指すアニメに出て来た沖田艦長の口調を荒っぽくした感じかしら。

 

 「三基地からの報告では、敵本隊の数は500強。それが三つに別れて北上中……か。第一波の現在位置は?」

 「マリアナ諸島南、40海里程です」

 「頃合い……かな。第一機動部隊に敵艦隊捕捉後、直ちに攻撃を開始するよう伝えて。同時に、第二機動部隊も出撃。後に、第一機動部隊が弾切れを起こす前に交代出来るよう洋上にて待機」

 「了解しました」

 

 もう一手欲しいわね。少し早いけど、第一遊撃部隊第二部隊も出すか……。

 

 「もう一手欲しい。ってとこだな」

 「ええ、早いですが第二部隊も出します」

 「ワダツミを動かすか?」

 「それには及びません。マリアナ諸島までヘリで輸送します。もう、戻ってますよね?」

 「整備と補給までバッチリ終わってるさ。シートが硬いそうだから交換までしてな」

 「シートが硬い?誰がそんな我が儘……。あ、満潮か……」

 

 まず間違いないわね。

 ワダツミに搭載してある輸送ヘリに乗った事がある艦娘は、昨日タウイタウイ泊地に向かうために乗った満潮くらいだもの。

 

 「すみません。私の秘書艦がご迷惑をおかけしました」

 「気にすんな。シートが硬いかどうかを満潮の嬢ちゃんに聞いたのはパイロットだ。嬢ちゃんはそれに「硬い」と答えただけだよ」

 「それはそうですが……」

 「気に病んでくれるのはありがてぇが、今は敵艦隊への対処を優先すべきだとワシは思うが?」

 「わかりました。お礼は後日必ず」

 

 そうとなれば、まずは金剛たち第二部隊への出撃命令と輸送ヘリの発艦準備。それと、第一部隊も第二から第一種戦闘配置に移行させなきゃ。

 

 「提督。第一機動部隊 赤城より入電です」

 「何かあったの?」

 

 一連の指示を出し終えたタイミングで、管制官が赤城から通信が入った旨を顔だけ私に向けて伝えてきた。

 タイミング的に、敵艦隊を発見した事を伝えてきたのかしら。

 

 「我、敵第一波の旗艦と思われる新種の姫級を発見。指示を乞う。です」

 「映像はある?」

 「はい、お手元のタブレットに回します」

 

 管制官が赤城から受け取って、私のタブレットに回してくれた画像に写っていたのは見たこともないタイプの深海棲艦。

 白い髪を両サイドで纏め、それが怒髪天を衝くように大きく跳ね上がり、こめかみ辺りから短い角が2本生え、両耳に大きめの黒い四角形が3つ繋がった耳飾りをつけている。

 飛行甲板と三連装砲を搭載した鯨のような艤装に乗っているわね。艦種的には航空戦艦?それとも、三連装砲を装備した空母と言うべきなのかしら。

 いや、それよりも……。

 

 「瑞鶴の嬢ちゃんに似てるなぁ。闇落ち瑞鶴とでも名付けるかい?」

 「私も似ているとは思いますが、また爆撃されかねないのでやめておきましょう。深海鶴棲姫。とかどうです?」

 「良いんじゃねぇか?」

 「どうでも。と、続きそうですが?」

 

 言おうとしてたわね。

 先んじて私にツッコまれたもんだから、わざとらしくそっぽ向いて誤魔化してるわ。

 

 「待機中の艦隊も含めて、全員に新種の情報を共有させて。それと、赤城と瑞鶴には無理に撃破しようとせず、新種の性能を探ることに専念するよう伝えてちょうだい」

 「了解しました」

 

 返事と共に、即座に伝えるべき事を伝え始めてくれる管制官はありがたいわね。

 おかげで、安心して思考の海に沈む事が出来るわ。隣のお爺ちゃんがチョイチョイちょっかいをかけてくるのが少しウザいけど。

 

 「艦隊が伸びすぎてるわね。このままじゃ、敵第一波はまともに相手しなきゃいけなくなる」

 「第一、第二波はそうでもねぇが、第三波が確かに離れすぎてるな。あそこに混沌とやらが居るのかねぇ」

 「まず間違いないかと。恐らく、第二波の一部で海峡を封鎖後、距離を詰めるつもりなんでしょう」

 「ククク、敵はこちらの五倍以上。しかもこっちは、ただでさえ数で負けてるってのに艦隊を分けてる」

 「ええ、厳しいですが負けるわけにはいきません」

 

 この人は何を考えている?

 ブリッジ要員しか居ないとは言っても、部下の不安を煽るようなことを聞こえるように言うなんて。

 

 「負けたら死ぬだけじゃ済まねぇな。本土は開戦時より酷くなり、お前ぇさんは無能として歴史に名を残す事になるなぁ」

 

 歴史として残せるほど人類が存続していれば。って但し書きが付きそう。

 でも、それくらいの罰で済むなら安いもの。って思っちゃってる私は、もうおかしくなってるんでしょうね。

 

 「勝算はどれくれぇなんだ?」

 「聞きたいですか?」

 「ああ、聞きてぇな」

 

 艦長の目付きが鋭くなった。

 きっと、この人が聞きたいのは勝算なんかじゃない。私の覚悟だ。

 ならば、私はこう答えるわ。

 

 「100%です」

 「何がだ?」

 「勝つ見込みですよ。失敗は許されないのですから、成功の可能性は100%以外有り得ません」

 「こんな序盤戦が始まったばかりでそう言い切るたぁ良い度胸だ。気に入ったぞ提督」

 「あら、私はてっきり、また死に損なっちまう。とか言い出すと思ってたんですが?」

 「ハハハハハハ!違ぇねぇ!いざとなったらワダツミをぶつける。くらいはいつでも考えてるさ」

 

 言いそう……。

 艦長はもちろん、男の人ってそういうの好きよね。女の私には理解しづらいけど。

 

 「提督。輸送ヘリの発艦準備が整ったようです」

 「直ちに発艦させて。ああそれと、輸送ヘリのパイロットには第二部隊を降ろした後、トラック泊地で補給を受けるよう伝えてちょうだい」

 「了解しました」

 

 さて、ここらで現状を整理しておくとしますか。

 現在、総数500強の敵艦隊は第一波200、第二波200、第三波100隻の大きな三つの塊に別れて、薩摩硫黄島を目指して北西に進んでいる。第一波はマリアナ諸島南、40海里付近よ。

 もうすぐこの敵艦隊を、トラック泊地から出撃した二つの機動部隊と、輸送ヘリでマリアナ諸島まで送られた金剛たち第一遊撃部隊第二部隊で西寄りの針路へ誘導を開始する。

 混沌は薩摩硫黄島に到達後の防衛戦力を減らしたくないはずだから、無理な応戦はせず、逃げるように西に向かうはずよ。

 そして、主戦場になると想定しているはエンガノ岬沖に、今度は艦隊を小出しにして誘引する。

 そうすれば……。

 

 「第三波の背後を西村艦隊が突いてくれる」

 「上手くいくかい?」

 「もちろんです。そのために満潮まで配置したんですから」

 「羨ましい信頼関係だなぁ。あの嬢ちゃんがヘリのパイロットにこう言ってたらしいぜ?「円満さんが立てた作戦が失敗するわけがない」ってな」

 

 あの子ならそう言うでしょうね。

 あの子は私の唯一の理解者であり、掛け替えのない友人なんだから。ああでも……。

 

 「一つだけ、心配な事があったわね」

 「おいおい、まさか作戦に影響が出るような事じゃねぇだろうな?」

 「ば、場合によっては……」

 

 その心配とは時雨。

 勘違いしないでね?アイツの戦闘能力が低いなんて心配していないわ。むしろ、朝雲と山雲のコンビを相手に互角以上に戦うことが出来るアイツの実力は頼りにしてる。

 問題なのは、アイツが気に入った艦娘を力尽くで手籠めにする強姦魔の一面。

 過去に私を襲おうとした事があるくらいだもの。当時の私と容姿が似てる満潮に欲情する事は十分に有り得るわ。

 

 「ま、まあ扶桑や山城も居るし大丈夫……よね?」

 「だと、いいがな」

 

 

ーーーーーーーー

 

 円満の嬢ちゃんの心配は杞憂に終わったけどよ、その後、第三部隊が挟撃を成功させる前の日に誤算があったんだわ。

 ああ、ワシ自身、報告を聞いたときは信じられなかったよ。

 まさか、アイツが早々に死んじまうなんてなぁ……。

 でもよぉ。

 きっとアイツは満足して死ねたんだと思うぜ?

 

 そりゃあわかるさ。

 アイツは格好つけて、つけてつけてつけまくって死んでったんだ。正直、嫉妬しちまったよ。

 ワシはあの戦争では死ねず、今もこうして生き続けてんだからなぁ。

 ん?アイツの戦死が予想より早かったのが誤算だったのかって?

 違う違う。

 確かにアイツの戦死は予想外だったらしいが、円満の嬢ちゃんの誤算はアイツの戦死じゃねぇんだよ。

 円満の嬢ちゃんの誤算はその後、アイツの生きる目的になってたあの子が……ってなんだ、言わなくてもわかってんじゃねぇか。

 そうだよ。

 アイツの死は悲しい出来事だったが、その後の出来事は、円満の嬢ちゃんにとって誤算は誤算でも嬉しい誤算。

 生で見れなかったのが残念だが、ワシはボケても、あの瞬間を忘れる事はねぇだろうなぁ。

 だってよぉ。

 ドンキホーテに憧れてた少女が、本物の勇者になった瞬間だったんぜ?

 

 ~戦後回想録~

 元ワダツミ艦長へのインタビューより。

 



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第五十九話 幻の大戦艦

轟沈注意報発令中(´・ω・`)


 

 

 武蔵さんの戦いぶり?

 それはどちらの武蔵さんですか?初代?それとも二代目?

 まあ、どちらでも良いですね。

 だって、武蔵の名を名乗った二人は二人とも、あの戦争を勇猛果敢に戦ったんですもの。

 

 ええ、格好良かった。どちらも格好良かったです。

 でも、リグリア海戦で敵を沈めまくった二代目武蔵には悪いと思いますが、戦艦の矜恃を見せつけて散っていった初代武蔵さんの散り様の方が格好良かったと思っています。内緒ですよ?

 

 今でもたまに、アレが滅びの美学というヤツなんだろうなと、思い出すことがあります。

 不謹慎極まりないですが、動けなくなった私達の盾になってくれた彼女を見て、私はこう思ってしまったんです。武蔵さんが男だったらよかったのにって。

 

 ええ、私はノンケでしたから。

 でも、あの時にそんな事を考えていた自分に、『馬鹿め』と、言ってさしあげたい気分になることがたまにありますよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元重巡洋艦 高雄へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 「金剛より入電。我、補給の必要あり。繰り返す。補給の必要あり。です」

 「10分で良いから踏ん張らせて。明石、第二主力艦隊の補給状況は?」

 『あと1分ください!』

 「わかった。2分あげるから急いで。それが終わり次第出撃させて」

 『了解しました』

 

 敵本隊との交戦が始まって丸二日。

 予定通り西に誘導を成功させた私達は、今度は北、エンガノ岬沖に誘引しようと攻撃と撤退を繰り返していた。

 今、私こと長門は、状況を把握するためにブリッジを訪れている。断っておくが、けっして暇だからではないぞ?

 

 「第三波の位置は?」

 「ほぼ変わっていません。今だに、ミンダナオ島やや東に停滞しています」

 

 予想はしてたが、管制官は聞きたくない予想通りの答えを提督に返した。

 第一波でこちらの戦力上限を探ってるのか?それとも、単に第一波が私達を突破するのを待っている?

 

 「提督、どうするのだ?」

 「ちょっと待って、考えてるから」

 

 そう言って、提督は顎に右手の親指を当て、瞼を閉じて熟考し始めた。

 こういう姿を見ると、もう艦娘ではないんだなと痛感してしまうな。艦娘だった頃は、考えるより先に行動するような印象を抱かせる子だったのに。

 

 「長門、第一部隊はすぐに出れる?」

 「当たり前だ。赤城たちが仕掛けてからこっち、全員待機ルームに詰めている」

 「……無理を。いえ、厳しいことを言っても良いかしら」

 「構わん。言ってくれ」

 

 提督がそんな断りを入れてくると言う事は、今から相当な無茶を言うつもりなのだろう。

 それこそ、中破や大破を出しながらも、順調に戦ってきた私達の中から戦死者が出るほどの無茶を。

 

 「今晩、西村艦隊がスリガオ海峡の突破を敢行する手筈になってるのは知ってるわよね?」

 「ああ。私達が敵の誘引に手こずっている事もな」

 「なら話が早いわ。第三波を北に誘引するには、その旗艦である混沌を焦らせる。もしくは怒らせる必要がある」

 「なるほど、つまり……」

 

 私達第一部隊が行うのは敵第一波の旗艦、深海鶴棲姫の撃破か。

 確かに、第一波の前衛を沈める端から第二波の艦を補充として送られている現状で、最後尾にいる敵旗艦を撃破するのは至難の業だ。

 

 「提督、少し外に出れるか?」

 「今ここを離れるわけには……」

 「いかないのはわかっている。だがどうしても、聞いておかなければならない事がある」

 

 珍しく、渋面を浮かべて提督が悩んでいる。

 悩んでいるのは、私が聞きたいことなどお見通しだからだ。それを、答えなければならないがここで言う訳にはいかないからだ。

 

 「行って来いよ嬢……じゃねぇ提督。何かあればすぐに呼ぶからよぉ」

 「でも……」

 「今の状況じゃあ、敵が艦隊を一発で吹き飛ばすような爆弾でも使わねぇ限り大きな変化はねぇよ。それくらい、お前ぇさんならわかってんだろ?」

 

 艦長に諭されて、提督は何かあったらすぐに知らせるよう管制官に命じて席を立った。

 小さいな。

 私は女の割に大柄な方ではあるが、提督はその私の下乳辺りまでの身長しかない。肩幅など私のウエストと同じくらい……。と言ったら私が太っているみたいに聞こえるからやめておこう。

 兎に角、提督はこんな華奢な体で、作戦に参加している全ての艦娘。いや、人の命を背負っているのだな。

 

 「私が聞きたいこと。わかっているのだろう?」

 「ええ、誰が死ぬのか。ね?」

 

 ブリッジから出た廊下で、私は出し抜けにそう言った。

 提督は今の状況も予想していたはずだ。

 悩んでいたのはどうしたら良いかではなく、予定通りに実行するかどうかだったはず。

 私が聞きたいことをわかっていたのがその証拠だな。

 

 「清霜はほぼ確実。場合によっては、能代、沖波、島風も……」

 「そう、か……」

 

 前衛を務める艦隊から四名も……。

 しかも、武蔵のカンフル剤として編成された清霜が確実に……か。

 だから提督は、ギリギリまで実行に移すのを踏みとどまっていたのだな。

 

 「提督。一つお願いがある」

 「何?」

 「私が合図したら、明石をすぐに私達のもとへ来させてほしい」

 「明石を?でも洋上で出来る修理なんて高が知れ……」

 

 また顎に右手の親指を当てて考え始めたな。

 頭の良い彼女のことだ、恐らく私がしようとしている事に気づいたのだろう。

 

 「わかった。護衛をつけて洋上で待機させておく」

 「ありがとう。これで最悪の場合、アイツも浮かばれる事になるはずだ」

 「そうなる(・・・・)可能性は考えてた。でも……」

 「わかっているさ。そうならない(・・・・・・)ために、ギリギリまで無茶な突撃を避けていたのだろう?」

 

 無言で目を逸らすのは肯定してるのと同じだぞ提督。

 私自身、誰も死なずに作戦を完遂出来た方が良いと思っている。だが、システムに守られているゲームならいざ知らず、現実の世界のこの規模の作戦でそれは不可能だ。

 それこそ、神のような采配が必要になる。

 

 「提督。いや、円満。気負いすぎよ。少しは肩の力を抜きなさい」

 「今はそんな気を抜くような事……。って、長門?」

 「あら、キャラが変わったのに驚いた?見せるのは初めてだけど、どちらかと言うとこっちが私の素なの」

 

 戦艦としての威厳を保つために被り続けてきた『長門』の仮面。それを、友人達の前以外で初めて外した。

 高圧的な『長門』より、気が弱く臆病な『私』の言葉の方が円満の心に響くと思ったから。

 

 「貴女が満潮だった頃から思ってたけど、貴女は何でも一人で解決、いえ、背負い込み過ぎよ。少しは人を頼りなさい」

 「……似たような事を、恵にも言われた」

 「ふふ♪頭が良すぎて馬鹿。とも言われなかった?」

 「そこまではさすがに……。いや、馬鹿とは言われたか」

 

 少し、力が抜けたかな?表情も若干柔らかくなった気がする。

 

 「随伴艦を死なせるのは旗艦の責任でもある。だから、私も一緒に背負うわ。貴女一人が気に病む必要はない」

 「でも……」

 「でも、じゃない。貴女は少しバカになりなさい。このままじゃ貴女、目的を果たす前に潰れるわよ?」

 「それはわかってます!だけど……!」

 

 最期まで言わずに黙ってしまったけど、自分が立てた作戦で死んで逝った者達を想わないなんて事は出来ない。って感じのことを言おうとしたんでしょうね。

 まったく、優しすぎるこの子にこんな思いをさせるなんて、元帥も罪な人ね。

 

 「え?ちょ、長門……さん?」

 「黙って深呼吸しなさい。そう、ゆっくりで良いから」

 

 私は円満を抱きしめ、頭を撫で始めた。

 別に欲情したわけじゃないわよ?小さな体で無理をしている円満を見てたら、こうせずにはいられなくなったの。

 

 「こうされると、意外と落ち着くものでしょう?」

 「……うん。お母さんみたいな匂いがする」

 「ふふ♪子供は産んだことないけど、そう言われると嬉しいわ」

 

 それと同時に、懐かしいとも思う。

 もう10年以上前、艦娘になる前の教師をしていた頃。

 生徒が「お母さん」と呼び間違う度にキョドちゃってた、遠い日の事が。

 

 「満潮じゃ、コレは出来ないでしょ?」

 「うん……」

 

 円満の肩が小刻みに震えだし、声も若干うわずってる。きっと、泣いているのね。

 私に抱きしめられた事で、溜め込んでいたモノが溢れたんだわ。

 

 「ありがとう。もう……大丈夫だから」

 

 そう言って、両腕で私を引き剝がすように円満は私から離れた。

 やはり泣いていたのね。必死に誤魔化そうとしているけど、赤く腫れた瞼を見れば一目瞭然だわ。

 

 「また、して欲しくなったら来なさい。空いてる時ならいつでも良いから」

 「うん、わかった」

 

 素直になったものね。

 満潮だった頃の貴女なら「はぁ!?意味分かんない!」とか「調子にのらないで!」などと言ってただろうに。

 その円満が素直に甘えられるようになり、そして今、佇まいを正して私に命じようとしている。

 この作戦を次の段階へと進める一手を。

 

 「第一遊撃部隊第一部隊旗艦、長門に命じます。敵第一波の旗艦、深海鶴棲姫を撃破しなさい」

 「了解した。改装されたこの長門、まだまだ新入りには負けないさ。任せておけ」

 

 私は円満と敬礼を交わし合い、第一部隊の面々が待つ待機ルームへと向かった。

 誰も死なずに戻って来る事を願う頭の片隅で、最悪の事態を想定しながら。

 

 「皆、揃っているな?」

 「長門さん、何処に行ってたんですか?武蔵が出撃させろ出撃させろとうるさくて困ってたんですよ?」

 

 ワダツミのほぼ中央に設けられた30畳程の広さがある待機ルーム。そこに入室して皆が揃っているかを確認するや否や、大和がぷんぷん!と聞こえてきそうな顔で詰め寄ってきた。

 その奥、部屋の中央辺りに目をやると、大和が言った通り武蔵が今にも飛び出しそうなほど身構えていた。

 

 「すまんな大和。提督に命令を貰いに行ってたんだ」

 「命令?と、言う事は……」

 「ああ、第一遊撃部隊第一部隊は今から出撃する。目標は深海鶴棲姫。敵第一波旗艦の撃破だ」

 

 その一言で、緩んでいた室内の空気が一変した。

 無駄に動き回っていた島風が、動くのをやめて生唾を飲み込むほどに空気が重くなった。

 

 「皆、覚悟は良いな?」

 

 私が皆を見回しながらそう言うと、全員覚悟を決めた表情で直立し、敬礼した。

 一緒に艦隊を組むのが初めてな子がほとんどだが、全員いい顔をしている。頼もしいかぎりだな。

 

 「では抜錨準備に入るぞ!前衛艦隊は右舷カタパルト、本隊は左舷カタパルトだ!」

 「「「「了解!」」」」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 ワダツミから出撃した後は熾烈を極めた。

 ああ、ソロモン諸島で奇襲を受けた時よりもな。

 補給を受けて再度出撃した第二部隊の支援砲撃や、第三機動部隊による航空支援。その助けもあって、我々第一部隊は敵第一波深奥へと到達した。

  

 それから?

 それからは文字通りの死闘だったよ。

 敵の編成は、深海鶴棲姫を筆頭に複数の空母棲姫や戦艦棲姫と戦艦水鬼その改良型まで居た。

 

 そうだな。

 支援があったとは言え、よく勝てたものだと思うよ。

 島風がその速度で前衛艦隊を翻弄し、能代達が横っ腹を晒した奴から順に沈めていった。

 

 私か?

 私は当時、火力よりも速度と対空を意識した装備をしていてな。ガラ空きになった敵本隊に突っ込み、空母棲姫と戦艦棲姫を相手にヒットアンドアウェイを繰り返していた。要は、島風と同じ事をしていたのさ。

 そして、高雄と愛宕、それに大和と武蔵は隙を突いて砲撃し、涼月は必死に艦載機を落とし、全員一丸となって敵の数を順調に減らしていった。

 

 そうそう、『畳返し』を初めて実戦で使ったのもあの時だな。

 何?知らない?

 私が先代の朝潮と演習した時に使った技だ……っと、そうか、その頃お前は着任してなかったんだったな。

 すまんすまん、青葉はどいつもコイツもパパラッチみたいな事をしてたからテッキリ……な?

 でだ、『畳返し』とはな。こう、片脚で浮力を維持しつつもう片方の脚で海面を……。

 なんだと?説明しなくていい?

 そ、そうか……。

 

 続き?

 ああ……続きか。

 随伴艦をあらかた片付けた時にはみんな満身創痍だったよ。

 能代、 島風、沖波は中破。長波と朝霜は血気盛んだったのが災いして大破。

 高雄、愛宕は戦艦水鬼改の砲撃をまともに受けて行動不能。

 涼月は、空母棲姫の艦載機を一手に引き受けた代わりに中破の上弾切れ。

 大和は実戦経験が少ない割に小破で済んでいたな。

 そして、私も中破していた。

 それでも、涼月が戦えなくなった以上、私が深海鶴棲姫の放つ艦載機をどうにかしなければならなかったから必死に撃ち続けたよ。

 そんな中、幸運にも……。

 いや、不幸にもほぼ無傷で済んでいたのは武蔵と清霜だけだった。

 

 そういう状況で、武蔵が何をするかくらい想像がつくだろう?

 そうだ。

 アイツはここぞとばかりに前に出た。

 清霜に格好良い所を見せたいばかりに、アイツは深海鶴棲姫の攻撃を一身に受け、傷付いた私達の盾になったんだ。

 そしてアイツは、清霜にこう言ったよ。

 

 これが戦艦だ。

 戦艦は退いてはならない。戦艦は媚びてはならない。戦艦は省みてはならない。

 お前が戦艦に成りたいなら我が儘で在れ。

 己が信じた道を、ただ我武者羅に突き進め。

 とな。

 

 ~戦後回想録~

 元戦艦 長門へのインタビューより。

 

ーーーーーーーー

 

 「やめろ武蔵!それ以上はお前の装甲でも保たん!クソ!大和!弾幕が薄いぞ!何をしている!」

 『やってます!やってますが……!』

 

 けっして弾幕が薄いわけじゃない。

 私も大和も、持てる砲全てで砲撃を繰り返しているし、他の動ける者も力を振り絞って攻撃している。

 それなのに、深海鶴棲姫は私達など意に介さず、武蔵を攻撃し続けている。

 まるで、武蔵を道連れにでもしようとしているように。

 

 『くっ!いいぞ、当ててこい!私はここだ!』

 「馬鹿者!下がれ!代わりに私が前に出る!」

 『ふん!そんなボロボロな状態で何を言ってるんだ?先輩。私はまだやれる。まだ戦える!』

 

 無線を通じて、武蔵の負け惜しみが聞こえてきた。

 今や、武蔵の方が私より損傷が激しいと言うのに、武蔵にはまったく引く気がない。

 その後ろにいる清霜は、武蔵の前に出ようとしているが敵の攻撃が激しすぎて動けないでいる。

 

 『まだだ……。ま…だこの程度で、この武蔵は……沈まんぞ!』

 『もうやめて武蔵さん!このままじゃ本当に…

…。きゃぁっ!も、もう!痛いじゃない!』

 『清霜!?おのれぇぇぇ!よくも清霜をぉぉぉぉ!』

 

 武蔵の直上から落とされた爆弾が爆発し、後ろにいた清霜を私の方へ吹き飛ばした。

 損傷は軽いが、直近で爆音を聞いてしまったせいで三半規管が麻痺したのか立てないでいる。

 

 『先輩。我が儘を一つ、言っても良いか?』

 「なんだ今さら!いくらでも聞いてやるから早く……!おい待て、お前まさか」

 『その……まさかだよ。清霜を頼む』

 

 行くな!

 と、叫びたかったが、武蔵を追おうとフラつきながら前に出始めた清霜に気づいて出来なかった。

 きっと、清霜も武蔵がやろうとしている事に気づいたのだろう。

 深海鶴棲姫も同様だったのだろうな。

 艦載機の発艦をやめ、砲撃で武蔵を迎え撃っている。遠目だからわかり辛いが、笑顔を浮かべているようにも見える。

 あの笑顔はなんだ?

 死にかけの獲物を痛ぶる興奮に顔を歪めているのか?それとも、共に逝ってくれる者を得られた愉悦に打ち震えているのか?いや……。

 

 『アッハハハハッ! 楽シイナァ……!』

 『そうか、私も同じだよ。貴様を今から葬れると思うと痛快だ!主砲、一斉射だ。薙ぎ払え!』

 

 武蔵と深海鶴棲姫の砲が、お互いの距離20mという近距離で同時に火を噴いた。

 着弾で生じた巨大な水柱のせいでどうなったかはまだわからないが、あれでは例え深海鶴棲姫を倒せたとしても、武蔵もただでは済まないだろう。

 それなのに、なぜ私はこんなにも冷静なんだ?達観してると言っても良いほどに、清霜や他の者達が「武蔵さん!」と叫ぶ中、提督に明石を寄越してもらうタイミングを計っている。

 

 「提督。聞こえるか?」

 『ええ、聞こえてる』

 「明石は?」

 『貴女たちの後方5海里で、合流した第二機動部隊と共に待機してるわ』

 「そうか、ならば……」

 『わかった。すぐに向かわせるわ。それまで、持ち堪えなさい』

 「了解した」

 

 提督には感謝しないとな。

 これで、アイツの願いを叶えてやれる。それまでは、この命に代えてもこの場を保たせなければ。

 

 「大和。動けるか?」

 『はい。動けます』

 「ならば、武蔵を私のところまで回収してきてくれ。他の者は砲撃準備」

 

 私の指示に、艦隊メンバーが無線で一瞬だけザワついたが、すぐに事態を察したのか各々攻撃準備に入ってくれた。

 そう、深海鶴棲姫は倒せていない。

 奴は、大破状態だったとは言え武蔵の全力射撃に堪えきったのだ。

 

 『コレデ勝ッタツモリ…?ハッ…冗談ジャナイッ!帰レルトオモウナヨ…!帰サナイ…カラ…!』

 「ふん、差し詰め、深海鶴棲姫 壊。と言ったところか?全艦!大和を援護しろ!武蔵回収の邪魔をさせるな!」

 

ーーーーーーーー

 

 私の放った艦載機が私のパチモン…深海鶴棲姫に届くのと、大和さんが武蔵さんを回収したのは同じくらいだったと思う。

 そこからは、武蔵さんを担いだ大和さんが長門さんのもとへ着くまで、みんなで協力して援護したよ。

 いやぁ、アイツったらしつこいくらい武蔵さんを狙っててさ。大和さんが長門さんのところに着くまで大変だったよ。私なんて、あの十数分で艦攻と艦爆をほとんど使い切っちゃったもん。

 

 武蔵さんの状態?

 うん……。息はなかった。

 でもさ、寝顔は安らかだったし、至近距離で砲撃し合った割には綺麗だったよ。アチコチ焦げたり、無くなったりはしてたけどね。

 

 その時の清霜ちゃん?

 意外に思うかもだけど、あの子は泣かなかった。いや、泣くのを必死で我慢してたが正しいかな。

 本当は、武蔵さんにしがみついて泣き叫びたかったでしょうに、肩をふるわせながら必死に我慢してたよ。

 そんな清霜ちゃんに、長門さんはこう尋ねた。

 

 戦艦に、成りたいか?って。

 

 

 ~戦後回想録~

 元装甲空母 瑞鶴へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーー

 

 「戦艦……に?」

 「そうだ。お前には、その資格がある」

 

 本来なら、いくら努力したところで駆逐艦が戦艦になる事は出来ない。

 だが、この子の場合は別だ。

 今の大淀が駆逐艦から軽巡洋艦になったように、この子も戦艦になる事が出来る。

 何故なら、清霜は武蔵と縁があり、武蔵が求め望んだ者だからだ。

 

 「私が戦艦に……」

 「ああ。ただし、それには一度、解体される必要がある」

 「じゃあ、失敗したら……」

 「二度と、清霜には戻れない」

 

 私の駆逐艦ファイルが間違っていなければ、この子は12歳の時に先代清霜の戦死からそう時を置かず清霜となっている。

 つまり、見た目は12歳くらいだが実年齢は16歳以上。正規の手順で解体するわけではないから、桜子のように体の成長が急に始まるだろう。

 そうなればもう、清霜に戻ることは不可能なはずだ。

 

 「長門さん。『武蔵』の艤装の準備は整いました」

 「わかった。さあ、どうする?清霜。悩む時間はあまりないぞ」

 

 本当なら飽きるまで悩ませてあげたい。

 だが、今はその余裕が無い。

 合流した第二機動部隊と大和達が奮戦してくれているがあと一歩が届かない。

 もう一押しのはずなんだ。

 それには清霜の、いや、武蔵の力が必要だ。

 

 「やるよ……。私!やるよ!」

 「そうか、やってくれるか」

 

 なんて汚い大人なんだ私は。

 私はこうなる事を予想していた。武蔵が清霜を庇って死に、清霜に艤装を託そうとするとわかっていた。

 わかっていて、私は武蔵と清霜の想いを利用した。

 

 「ではこちらへ。解体後、すぐに『武蔵』の艤装との同調を開始します。長門さん、脚を広げてもらって構いませんか?解体後は、清霜ちゃんは浮くことが出来ないので」

 「わかった。これ位で良いか?」

 「十分です」

 

 喫水を浅くし、浮いた分で面積を直径6m程に広げた私の脚に、息絶えた武蔵と『武蔵』の艤装、そして清霜を乗せ、私は成り行きを見守り始めた。

 大淀の時とは違い艤装は損傷し、ろくな機材もない。これで本当に上手くいくのか?いや、いってくれ。

 でなけば、死んだ武蔵が報われない。

 そう願い、趨勢を見守りながら、背面装甲の維持に全力を傾けた。

 

 「解体、完了しました。体に異常はないですか?」

 「今のところは……。あ、でも、痛みはないですけど関節に違和感が」

 「わかりました。気休めですがコレを飲んでください。痛み止めです」

 

 清霜の見た目に変化はない。

 だが、桜子は解体直後に動けなくなり、その後一週間も昏睡状態になった。

 解体後の体調変化に個人差があれと祈るばかりだな。

 

 「それでは同調を開始します。やり方は憶えてますか?」

 「はい。お願いします!」

 

 その小さな体より大きな『武蔵』の艤装を背負い、清霜はゆっくりと瞼を閉じた。

 その傍らでは、明石がタブレットで状態を見ている。

 

 「え!?何よこれ!こんな事有り得ない!」

 「どうした!?まさか……」

 

 失敗した?

 清霜は『武蔵』と同調できなかった?そんなバカな!

 艦娘になるための三つ目の条件が確かなら、清霜が武蔵に成れないはずがないんだ!

 

 「練度が上昇してるんです!」

 「練度が!?」

 「はい、現在20を超えて30、35……。まだ上昇しています!」

 

 確かに有り得ない。

 艦娘は、代替わりして新しい適合者が艤装と同調しても練度は1より上がらない。

 あの大淀でさえ、『大淀』の艤装と同調した時は1だったんだ。それなのにどうして……。

 

 「武蔵……。お前がやっているのか?」

 

 答えなど返ってこないとわかっているのに、満足そうに眠る武蔵に問わずにいられなかった。

 だって、それしか考えられないじゃないか。

 初同調なのにも関わらず急激に上昇する練度。お前は、本当に全てを託したんだな……。

 

 「練度、89で安定しました。でもこれは……」

 「私にも、見せてくれるか?」

 「ど、どうぞ……」

 

 明石が渡してくれたタブレットに表示された89の数字、これはさっきまでの武蔵の練度だ。

 そしてその横。

 そこに表示された艦名は……。

 

 「武蔵……改二。そうか、これがお前の想いの結晶か」

 

 武蔵が到達できなかった改二。

 それに清霜が成る……か。

 いいや、成らせてやりたかったんだろう。見たかったんだろう。清霜が自分を超える瞬間を、お前は見たかったんだな。

 

 「ねえ、長門さん」

 「なんだ?清霜。ああ、もう清霜とは呼べないんだったな」

 「良いですよ、清霜で。今だけは、そう名乗りたいんです」

 「そうか。そうだな。なら聞かせてやってくれ。アイツに、お前の名前を」

 

 同調が終わり、私の前に立つのは、成長が再開しているのに今だ変わら体と顔に夕雲型の制服を着た清霜。その清霜が背負うのは、自身の体よりも大きな武蔵の艤装。

 不格好だが、それが本来の姿であるように違和感がない。

 そして、清霜は武蔵を悲しげに一瞥した後、高らかにこう名乗った。

 

 「戦艦 清霜!抜錨します!」と。

 

ーーーーーーーー

 

 それが、二代目武蔵誕生の瞬間だった。

 深海鶴棲姫は、第一部隊と第二機動部隊の攻撃を受けて満身創痍だったが、それでも果敢に戦い続けていた。

 敵でなければ。と思ってしまったほどだ。

 

 そんな奴を相手に、清霜はよく戦ったよ。

 撃って撃たれて、最終的に大破になりながらも、清霜は武蔵の仇を討ったんだ。

 

 奴を討つ瞬間のセリフは今でも忘れられないな。

 今際の際に「一人は寂しい」と叫ぶ奴に、艦娘型録にも記載されていない、あの場限りの『幻の大戦艦』清霜はこう返した。

 「大丈夫。寂しくないよ。あっちで武蔵さんが待ってるから」とな。

 

 あの子がどんな気持でそう言ったのかはわからないが、そのセリフは私の胸にも突き刺さったよ。

 何故かって?

 責められているように感じてしまったんだ。

 私は戦いに勝つために、武蔵とあの子の絆を利用したんだから……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元戦艦 長門へのインタビューより。

 



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第六十話 幕間 満潮と時雨

 六章ラストです。
 七章開始は三週間後……に始められればいいなぁ……。


 

 

 ワダツミを発つ前、円満さんは私にこう言った。

 「時雨に隙を見せるな」ってね。

 それを聞いた時は、味方でも平気で撃つような人なんだと思ったわ。

 でも違った。

 円満さんがそんな注意を私にしたのは、彼女に後ろから撃たれるからとかじゃなく……。

 

 「ひぃぃぃやぁぁぁぁ!来るなぁぁぁ!くっつくなぁぁぁ!」

 「良いじゃないか満潮!ちょっとだけ。ほんの10分だけで良いから!」

 「絶対に嫌!私ノーマルだもん!女に興味ないもん!」

 「そこは安心していいよ。男より巧い自身はあるから」

 「どう安心しろって言うのよクソレズ!ちょ!こっち来んな!脱ぐな!」

 

 タウイタウイ泊地を出て二日目の昼。

 今日の晩の出撃に備えてネグロス島で二回目の昼寝をしてる最中に、私のテントに忍び込んできた時雨さんが私に襲い掛かって来た。

 もちろん意味深の方ね。

 タウイタウイ泊地で合流した時は普通だったのに、時間が経つに連れて私との物理的な距離が近くなってるなとは思ってたけど、まさかその距離をゼロにしようとしてたとは思わなかったわ。

 

 「ふふふ♪円満と同じ反応をするんだね。感じるところも一緒かな?」

 「やめ、やめろぉぉぉぉ!ってか、何処に手ぇ突っ込んでんのよ!」

 「え?パンツだけど?」

 

 え?パンツだけど?じゃない!

 どうしてさも当然みたいな顔で言えるの!?アンタ今、誰にも触らせた事がない私の秘所に手を突っ込んでるのよ!?

 

 「ほら、僕って円満にフラれ続けて結局抱けなかったからさ。この際君でも良いかなって」

 「よくねぇよアホンダラ!だいたいそれ、ケンカ売ってるよね!?私の自尊心を斬り裂いたよね!?」

 「そういうのが好みかい?」

 「んな訳あるか!とにかくどいて!離れなさいったら!」

 「痛い痛い!わかったから殴らないで……ってぐほぉあ!」

 

 必死の抵抗の末、時雨さんの……。いや、もう呼び捨てでいいやこんな奴。

 時雨の腹部に蹴りを入れて、テントの外に文字通り蹴り出す事に成功した。

 ったく、コイツがこんなにヤバい奴なら最初か言っとくべきでしょ!

 危うく、同性に初めてを奪われるとこだったわ。

 

 「あたたた……。円満より凶暴なんだね満潮は。円満はそこまで抵抗しなかったよ?」

 「ふん!同じ満潮でも円満さんと私は違うの!桜子さんに護身術習ってたんだから!」

 「桜子さん?ああ、先代の神風だった人かい?」

 「そうよ。その桜子さん」

 

 今日ほど桜子さんに感謝した日はないわね。

 もし桜子さんに護身術を習ってなかったら、私はきっと目覚めちゃいけない世界に目覚めちゃってたかもしれないし。

 

 「それにしても、こんなに騒いでるのに他の皆は静かなものね」

 「皆、声を押し殺して……。ごめん、冗談だから拳を収めてくれないかな?」

 「次言ったらマジで殴るから」

 

 まあそれでも、時雨が言おうとした事が無いわけじゃ無いと思う。

 山城さんはドン引きするくらい扶桑さん好き好きオーラ出してたし、朝雲さんと山雲さんには元々そういう噂があった。最上さんはよく知らないけど、時雨と同じ僕っ子だからエロい可能性大だわ。違ってたらごめんね?

 

 「ねえ満潮。少し話さないかい?」

 「猥談ならお断り」

 「しないよ。僕だって空気くらいは読めるさ」

 

 本当かなぁ……。

 砂浜に腰を降ろした時雨からはさっきみたいな獣のような雰囲気は感じないけど、犯されかけた直後だからまったく信用できない。

 

 「艦娘ってさ。何なのかなって考えたことない?」

 「何よ藪から棒に、艦娘は艤装と同調できた者の総称でしょ?」

 「うん、そうだね。でもさ、不思議に思ったことはないかい?」

 「何を?」

 「艦娘が存在している事にさ」

 「いや、意味わかんな……」

 

 ん?そう言えばなんで?

 いや、海軍が艤装を作って、それに適合、同調できたから私達みたいな艦娘が生まれたのはわかってるの。

 私がわからないのは……。

 

 「都合が良すぎる。と、思わないかい?」

 「え、ええ……。言われてみれば」

 

 艦娘は、人類が深海棲艦に対抗するために作った兵器。それが、私達を含めた世間一般の常識よ。

 でも、その艤装の大元は深海棲艦の核。さらに言うと、その核を妖精さんに渡すことで建造される。

 つまり私が疑問に思い、時雨が都合が良すぎると言ったのは……。

 

 「まるで、人類に抵抗するための力を与えるために現れたような妖精さん?」

 「そう、妖精が居なければ、人類はそもそも抵抗すら出来なかった」

 「でもさ、妖精さんって何処から来たの?」

 「さあ?それは僕も知らないよ。ただ、深海棲艦の発生と同時期に、人類にコンタクトを取ってきたって事は知ってる」

 「私もそれくらいは知ってるけど……」

 

 私は砂浜をポンポンと左手で叩く時雨に誘われるように、隣に腰を降ろした。

 危ないかな?と思ったから、1mほど距離を開けてね。

 

 「僕さ、時雨になって長いんだけど、最近妙な夢を見るようになったんだ」

 「妙な夢?」

 「うん……。時期的には、扶桑が第7艦隊の歓迎式典のために横須賀に行った頃かな」

 「どんな、夢なの?」

 

 さっきまでの、欲情したレイプ魔みたいな顔をしてたとは思えないほど、今の時雨の表情は沈んでいる。

 いえ、怖がってると言っても良いかもしれない。

 

 「その夢では、僕は人ではなく船なんだ」

 「船?」

 「そう、船。たぶんアレが、太平洋戦争中に大海原を駆けた駆逐艦時雨なんだろうね。その周りには、同じく船の扶桑、山城。最上と、朝雲と山雲。そして、君がいた」

 「それって……」

 

 本来の歴史で実行されたスリガオ海峡突入の様子?それをアンタは、夢で見たって言うの?

 

 「最初に扶桑がやられた。次に君と山雲。そして朝雲も。でも、山城は被雷しながらもこう言うんだ。『各艦は我を顧みず前進し、敵を攻撃すべし』って。その後、退避しようとした最上もやられて、僕だけが生き残った」

 

 間違いない。

 時雨が今言った内容は、円満さんに見せてもらった『歴史書』の内容とも一致する。

 でもどうして?

 どうして時雨は、知り得るはずがない史実を夢で見たの?

 

 「その様子じゃ、僕の夢の内容に心当たりがあるみたいだね」

 「ええ、まあ……」

 「そっか。じゃあやっぱり、あの夢はこの世界では起こらなかった事なんだね。よかった……」

 

 よかった?

 そりゃあ、あんな事起こらないに越したことはないけど……。時雨は何が言いたいの?すっかり話が逸れちゃったわよ?

 

 「ここ数年は、護衛と哨戒くらいしかする事がなかったから考えたんだ。艦娘って何だろう。深海棲艦って何だろうって」

 「……円満さんは、歴史の修正力って言ってた」

 「へぇ、円満はそう考えたのか」

 

 正確には元帥さんだけどね。

 それを言いだしたらまた脱線するから、ここは円満さんが考えたで押し通そう。

 それにこの様子じゃ、顛末は知らなくても、この世界の歴史が改竄されてるって事は知ってるみたいだし。

 佐世保提督から聞いたのかな?

 

 「アンタは違うの?」

 「少しちがうかな。確かに深海棲艦の発生理由はそうなんだと思う」

 「じゃあ、何が違うのよ」

 「僕はね、試練だと思ってるんだ」

 「試練?深海棲艦が?」

 「そう、人類に対する試練。だって考えてみなよ。深海棲艦が歴史の修正力と言うなら、それを生み出したのは誰だい?少なくとも人間じゃない。あんな化け物を生み出せるとしたら、陳腐な言い方をすれば神様さ」

 

 言われてみれば。

 あんな生物が自然に、突然発生するなんて普通に考えれば有り得ない。もし有り得るとしたら、それが出来るのは時雨が言うとおり神様くらいのものね。

 

 「そして神様は、その試練に立ち向かう手段として妖精、そして艦娘を人類に与えた」

 「艦娘は深海棲艦の対存在。とでも言いたいの?」

 「艦娘と言うよりは妖精が。だね。満潮は艦娘、特に空母が扱う装備に人の名前や部隊名がついてる物があるのを知ってる?」

 「江草隊とか友永隊の事?あるのは知ってるけど……」

 

 使うことがないから変わった名前だなぁ、くらいにしか思ってなかった。

 でも、それが何だって言うの?

 艤装もそうだけど、装備だって第二次大戦期の物をモデルにしてるんだから、そういう名前がついてたって不思議じゃないんじゃない?

 

 「調べてみて驚いたよ。実際あの時期に、今君が言った江草と友永と言う人物が実在した。しかも、艦載機乗りだ」

 「回りくどいわね。結局アンタは、何が言いたいの?」

 「わからない?深海棲艦と妖精の正体さ」

 

 いや、だからそれは……。

 ん?違うわね。

 歴史の修正力と言うのはあくまで発生理由。正体じゃない。それに時雨は気づいたって言うの?恐らく円満さんや元帥さんでさえ辿り着いていない、深海棲艦の正体に。

 

 「深海棲艦は、改竄されなかった本来の第二次大戦で死んだ者達の怨念。それが形を得たモノ」

 「じゃあ、妖精さんは?」

 「その逆さ。良心、とでも言うべきかな」

 

 なるほど、怨念か。

 だから奴らは、人間と見れば容赦なく殺し、街を破壊し、自分たちが営めなかった平和を享受する私達が許せなかった。って感じかしら。

 そして妖精さんはその逆。

 平和を願い、国のため、家族のために散っていった者達が、それでも国を、そこに住む人々を守ろうとして妖精さんとなり、自分たちの怨念の塊である深海棲艦の核を浄化、昇華して艤装を作り出した。

 かつて、自分たちが乗り込んだ艦艇の名を与えて。

 

 「神様って奴が本当にいるならとんだゲス野郎ね。死人に鞭打つとは正にこの事よ」

 「まあ、今言ったのは僕の想像だからね。合ってるかはわからないよ」

 「それでもよ。だいたいさ、転生者なんて人を生んだのも神様でしょ?その人達が歴史を変えたからって、今生きてる私達を苦しめるのは間違ってない?」

 「確かにね。いい迷惑だ」

 

 って、言ってる割に楽しそうなのは気のせい?

 もしかしてコイツ、この話を誰かに言うのが初めてなのかしら。

 

 「ねえ、満潮」

 「何よ。欲情したとか言ったら蹴るから」

 「言わないよ。言ったろ?僕だって空気くらいは読めるって」

 

 いやいや、ついさっき犯されかけたばかりなのに信用できるわけないでしょ?

 アンタがいつムラムラしてガー!ってなっても良いように、殴る準備は万端なんだから。

 また襲い掛かって来たらお姉ちゃん直伝のガゼルパンチを食らわせてやる。

 

 「一緒に、駆け抜けよう。みんな一緒に」

 「何を言うかと思えば。当ったり前でしょ?この私がいるんだもの、アンタ達は無事に送り届けるわ」

 「無理しちゃダメだよ?みんな一緒にって事は、君も一緒じゃなきゃ意味ないんだから」

 「わかってるわよ。だから、アンタも死ぬんじゃないわよ?」

 「心外だなぁ。僕は死なないよ」

 

 胡散臭い。

 アンタ、本当は死ぬつもりだったんじゃない?

 みんなと一緒に沈むことが出来なかった、本当の時雨の無念を晴らすために。

 

 「私とアンタで切り開くわよ。私達が歩むべきウィニングロードを」

 「僕と……君で?」

 「そう、私とアンタで。勝手に一抜けなんてさせないんだから」

 

 一瞬ハッとした時雨は、すぐに穏やかな笑顔を浮かべて一言だけ「うん」と言った。

 これで、思い止まれたかな?

 時雨はきっと、覚えのない記憶の夢を見たせいで変になってる。

 時雨の説を信じるなら、その夢を見せたのは『時雨』の艤装に宿る妖精さん。

 その妖精さんの未練に引っ張られて、時雨は自分の命と引き換えにしてでも、私達残りのメンバーを突破させようと思ったんじゃないかな。

 まあ、想像だから本当のところはわかんないんだけどね。

 

 「私達が挑むのは地獄。でも、抜けた先にあるのは勝利の栄光よ」

 「満潮は意外と熱血なんだね。でも……うん、嫌いじゃない。かな」

 

 私と時雨は、お互いにフフッと笑い合って日が沈んでいく水平線を眺めた。

 でも、時雨の不安は取り除けたかもしれないけど、私の胸中は不安で押し潰されされそうになったわ。

 知り合って数日の仲だけど、仲良くなった人達にあの姿を見せなければならなくなる事態を想像して。

 




 

次章予告。

 大淀です。

 武蔵さんがその命と引き換えに掴んだ勝利の日の晩、ついに西村艦隊がスリガオ海峡への突入を開始しました。
 何だか不気味な雰囲気が漂っていますが、満潮ちゃん達は構わず前進します。
 一人も欠けずに、海峡を突破するために。

 次章、艦隊これくしょん『意地とプライドの七重奏(セプテット)

 お楽しみに。


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第七章 意地とプライドの七重奏《セプテット》
第六十一話 朝雲と山雲


 三週間を余裕でぶっちしたのは私のせいではありません。
 ゴトランドがドロップしないのが悪いんです!(今だに出てない)

 と、言う事で7章開始です!





 

 

 第一遊撃部隊第三部隊。

 通称 西村艦隊とは。

 

 平成3年に行われた敵南方艦隊迎撃作戦である捷一号作戦時において、扶桑型航空戦艦 一番艦 扶桑、同二番艦 山城、最上型航空巡洋艦 一番艦 最上、白露型駆逐艦 二番艦 時雨、朝潮型駆逐艦 三番艦 満潮、同五番艦 朝雲、同六番艦 山雲の七名で編成された一部隊であり、タウイタウイ泊地より出撃してスリガオ海峡を通り、敵本隊の背後を強襲したと伝えられている。

 

 しかし、大本営に提出された敵艦隊による海峡の封鎖状況、及び規模を鑑みると突破はもちろん敵本隊背後へ強襲するなど不可能であり、現在ではその存在自体が疑問視されている。

 

 ~艦娘型録~

 艦隊編成。第一遊撃部隊第三部隊の項より抜粋。 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「でね~?朝雲姉ぇが~、朝雲姉ぇでぇ~。朝雲姉ぇなのぉ~♪」

 「いや、訳わかんない」

 「どうしてわからないのぉ?満潮ちゃんは養成所で習わなかったぁ?」

 「うん、習わなかった。でも朝雲さんが姉妹艦だってのは知ってる。それでも山雲さんが何を言いたいのかはさっぱりわかんないけど」

 

 編成表を貼り出して数日後からだったかな。

 円満さんに一緒に艦隊を組むんだから仲良くしときなさいって言われて、暇さえあれば朝雲さんと山雲さんの二人と行動させられた時期があったの。

 具体的には、二人と最上さんを佐世保で降ろすまでね。

 ほら、横須賀を発ったワダツミは補給を兼ねて佐世保に寄ったじゃない?そこで三人は、扶桑姉妹と時雨と合流して別便でタウイタウイ泊地に向かったの。

 私?私はギリギリまで円満さんのお世話をしてヘリで向かったわ。パイロットの人に「乗り心地はどうですか?」って聞かれたから「シートが硬い」って答えたのは良い思い出ね。

 

 最初の会話?

 あれは山雲さんの挨拶みたいなもんよ。

 あの人って今も昔も朝雲さんloveでさ、口を開けば朝雲姉ぇ朝雲姉ぇって言ってたの。

 山雲さんの鳴き声なんじゃない?って思った時期もあったくらいよ。

 

 「も~、やめてよ山雲。満潮が困ってるじゃない」

 「え~、せっかく満潮ちゃんに、朝雲姉ぇの素晴らしさを擦り込もうと思ったのにぃ~」

 

 と、言いつつも満更じゃない朝雲さんが照れながら止めるってのがパターンだったわね。

 もっとも止めたら止めたで、今度は朝雲さんを直接褒め始めて私は蚊帳の外にされちゃってたけど。

 

 「あのさ、そろそろ晩御飯の買い出しに行きたいんだけど……」

 「買い出し?円満姉ぇのご飯の?」

 「そうよ。あの人って自分でご飯作れないから」

 「へぇ~意外。円満姉ぇって何でも一人で熟しちゃう人だと思ってた。山雲は知ってた?」

 

 朝雲さんに話を振られて「知らな~い」と答える山雲さんはニコニコしてたけど、暗に「興味な~い」って言ってるようにも見えたのを憶えてる。

 まあ私自身、円満さんがカップラーメンすらまともに作れない程の料理オンチじゃなけりゃ、桜子さんに料理を習うこともなかったはずだから、そう考えると円満さんが料理オンチで良かったって思うわ。

 

 何故かって?

 そんなの決まってるでしょ?料理が出来れば食うに困らないし、自分が食べたい物を好みの味付けで作れるからよ。

 でもそのおかげで、艦娘を辞めた今でも円満さんの胃袋を支えなきゃいけないのは誤算と言えるわね。

 

 「じゃあ私達もついてってあげる!一人じゃ荷物運ぶの大変でしょ?」

 「いいわよ別に。買い出しって言ってもこのエコバッグに入るくらいしか買わないもの」

 「でも4人分でしょ?エコバッグ一つ分じゃ足りないんじゃない?」

 「は?4人?どうして4人になるの?」

 

 うん、この時は朝雲さん言ったことが本気でわからなかった。

 どうも円満さんは、私と二人の親睦を深めさせるために、横須賀を発つまでの間一緒に晩御飯を食べるよう言ってたみたいなの。

 二人は聞いてても私は聞いてなかったからさ、もう軽くパニックよ。

 てっきりヘンケンさんが来るんだと思ったわ。

 ちなみに4人目は、ヘンケンさんと円満さんの子供。なんてバカな事も考えちゃったな。

 

 え?ないない!

 あの頃の二人は手さえ繋いだことなかったはずだもん。それなのに子供なんて以ての外。そんな事を考えちゃうくらい、私はパニクっちゃったの。

 

 どうしてパニクったのか?

 いやぁ……。今だから言うけど、私って山雲さんが苦手だったのよ。

 ほら、あの人っていっつもニコニコしてるけど、逆にそれ以外の表情が稀だから何考えてるかわかりづらくてさ。

 なんて言うか、無言で「邪魔」って言われてるような気になる事がよくあったのよ。特に、朝雲さんも一緒にいる時は。

 あの時だって……。

 

 「朝雲姉ぇ、このお肉美味しそうじゃなぁい?」

 「美味しそうだけど、料理作るのは満潮だしお金も満潮よ?勝手にカゴに入れちゃダメじゃない?」

 「大丈夫よぉ~。満潮ちゃんなら笑って許してくれるわ~。ね~?」

 

 ね~?って言われても困る。

 なぁんて思いながら、カートを押す朝雲さんに山雲さんが寄り添って、食材を好き勝手にカゴに放り込むのを見ながら疎外感を感じて溜息をついたっけ。

 だって本当に好き勝手、手当たり次第って言っても良いレベルで食材を放り込んでたのよ?

 憶えてる限りだと豚肉(ばら)、牛肉(ステーキ用のサーロイン)、手羽先、イカの塩辛、豆腐、キムチ、菜っ葉とかね。

 これで何作れって言うのよ。って、文句言おうかとも思ったわ。

 でも、円満さんに仲良くしとけって言われてたから言えなくてさ。

 

 結局何を作ったか?

 鍋よ鍋。食材全部鍋に放り込んでキムチ鍋にしてやったのよ。 

 そう真夏に。

 ええ、めちゃくちゃ暑かったし汗ダラっダラになったわ。でも意外と美味しくてね?食べ終わったあと、4人で「夏にキムチ鍋も有りね」って談笑してたくらいだもん。

 

 「ねえ朝雲、山雲。満潮は他の子とどう?仲良くやれてる?」

 「仲が良いかはわかんないけど、最近は四駆の子達とお喋りしてるのをよく見るよ」

 「そうね~。大潮ちゃん達が嫉妬してたわ~」

 

 まあ予想はしてたわ。

 私は普段、起きてる時間の八割は円満さんと一緒に居るけど、残りの二割は一人でフラフラしてるから円満さんは私が何をしてるか知らない。

 だからこの機に、私がどうしてるか二人に聞くのは予想できてた。話の取っかかりに、他の子と仲良くしてる?って聞くのもね。

 

 実際どうだったのか?

 いやいや、青木さんなら私が嫌われ者だったって知ってるでしょ?

 大した戦果も上げてないのに、円満さんの威光を笠に着て偉そうな事を言う生意気な駆逐艦。そう思われてたんじゃない?

 

 あ、やっぱりそうだったんだ……。

 ハッキリ聞かされるとやっぱりショック……って違うの!?その逆!?なんでそんな嘘つくのよ!危うく泣きそうに……。

 い、いや、何でもない!何でもないから!

 それより次の質問しなさいよ!もう少ししたら夕飯の買い物に行かなきゃならないんだから!

 

 その日以降?

 その日以降は、秘書艦の仕事を休む代わりに二人と一緒に行動させられたわ。

 そう、訓練がメインだったけど哨戒とかも一緒に出たりもした。もちろん、はぐれ艦隊と遭遇する事だってあったわ。

 それに、二人が強いって聞いてたから興味もあったしね。

 

 見たことなかったのかって?

 うん、見たことはなかった。円満さんと辰見さんがあの二人の事を話してるのを聞いた限りでしか知らなかったのよ。

 だから、あの二人の強さの片鱗を垣間見た時は度肝を抜かれたわ。だって、二人で一人って言葉がピッタリ当て嵌まるほど、二人の連携は見事だったんだもの。

 

 「山雲!」

 「オ~ケ~!」

 

 戦闘中、二人はコレだけしか言わないの。

 でも、まるで視界を共有しているかのように、見もせずにお互いを援護し合うのよ。

 例えば朝雲さんが正面にいる敵を相手にしてる時に、さっきみたいに山雲さんを呼ぶと、朝雲さんの死角から攻撃しようとしてた敵を山雲さんが攻撃して守ったりするの。

 そうかと思えば、事前に打ち合わせでもしてかのように同じ敵に襲い掛かったりね。

 凄いでしょ?

 あの二人は脚技こそ習得してないけど、脚技を習得して使いこなしてる子並の強さを二人で連携する事で体現してたのよ。

 二人でかかれば通常時の私や叢雲さんより強かったんじゃないかな。

 

 え?通常時って何かって?

 それは秘密。さすがに言えないわ。言ったらその……。いろいろマズいの!青木さんだって拘束されちゃうかもよ!?だから言わない。この事はお墓まで持ってくんだから!

 それはそうと!

 『朝雲と山雲』って呼ばれ方自体が異名だって知ってた?

 そう、あの二人って実はネームドだったのよ。

 呼ばれ方が呼ばれ方だから、ほとんどの人は知らないんだけどね。でも、艦娘型録には載ってたはずよ?今度確認してみて。

 

 あ、そういえば。

 変な質問を山雲さんにされたことがあったわ。たしかこうよ。

 

 「満潮ちゃんって~。円満姉ぇとどういう関係なの~?」

 「どうって……。秘書艦兼、同居人じゃない?」

 「ふぅ~ん。そうなんだ~」

 

 え?続きは?って言われてもこれで終わりよ?

 その時だって、たまたま山雲さんと二人だけになったタイミングで急にそれだけ言われたの。

 私だって、当時はどういう答えを期待してたのなんかわからなかったわ。

 

 でも、ワダツミから輸送ヘリでタウイタウイ泊地に向かう道中、パイロットさんから「作戦の成功をお祈り致します」って激励された時に、初めて山雲さんがした質問の意味を理解した。

 山雲さんはきっと……。想像よ?あくまで私がそう思っただけだから、本当はどういう意図だったのかなんてわからないわ。

 

 どう解釈したのかって?

 それに答える前に、パイロットさんの激励にどう答えたかから話さなくちゃいけないわ。

 私ね、こう答えたの。

 「円満さんが立てた作戦が失敗するわけないじゃない!」ってね。

 だって頭きたんだもん!

 コイツは円満さんの事を信じてない。失敗するかもって思ってる。だから、円満さんを馬鹿にすんな!って、気持を込めてそう言ったわ。

 

 そう言い終わった後、山雲さんが不意にしてきた質問が脳内でリピートされたのよ。

 そしたら、自分が円満さんの事をどう想ってるか改めて思い知った。

 円満さんは私の先輩であり姉。そして友人であり、世話のかかる子供でもある。要は、大事な家族だって再認識させられたの。

 

 その時の感情が残ってたから、終戦してから円満さんの養子になるのに抵抗がなかったのかな。って、考えることがたまにあるわ。

  

 二人とは今でも会うのか?

 いやぁ、それがね?

 朝雲さんとはちょくちょく会うのに、山雲さんとは終戦以来会ってないの。

 ああでも、朝雲さんの話では元気にやってるみたいよ?子供もいるそうだし。

 

 でね?

 朝雲さんは終戦後しばらくして結婚して子供も生んだんだけど……。あ、男の子ね。

 その後、結婚式後に山雲さんが行方不明になったそうなのよ。1年くらい。

 で、フラっと戻って来たと思ったら子供、女の子を産んでてさ。しかも父親は不明!

 で、朝雲さんと再会するなり「将来、この子と結婚させましょう?」って朝雲さんに言ったらしいのよ。

 

 ねっ!うわぁ~……ってなるよね!

 私もその話を朝雲さんから聞いた時はそうなっちゃってさ。これでもかってくらい嬉しそうに話す朝雲さんを見ながら「怖っ!」って聞こえないように言っちゃったもん。

 

 自分がダメなら、自分の血を引いた次の世代に添い遂げさせようとか軽くホラーじゃない?

 え!?同じ事してる元艦娘って他にもいるの!?

 うわぁ……。

 終戦から数年経って、艦娘の闇を垣間見る事になるとは思わなかったわ……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。



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第六十二話 衝突禁止!

ゴトランド、今だにドロップせず(つд`)


 

 

 『朝雲と山雲』

 

 非常に珍しいパターンだが、二人一組、そのコンビ名が異名として定着してネームドとなった。(朝雲、山雲の各人に関しては各項を参照されたし)

 

 二人の活躍に関しては曖昧な部分が多く、確実なモノに限って言えば正化29年に行われたハワイ島攻略戦への参加。平成元年、同二年の演習大会優勝。平成五年に起こったリグリア海戦への参加。

 曖昧なモノも含めれば、平成三年に行われた捷一号作戦に第一遊撃部隊第三部隊、通称西村艦隊の一翼として参加(ただし、近年では西村艦隊の存在自体が疑問視されているため、参加自体していないのではと言われている)などが挙げられる。

 

 ~艦娘型録~

 ネームド艦娘。朝雲と山雲の項より抜粋。

 

ーーーーーーー

 

 

 最上さん?

 ええそうよ。最上さんと艦隊を組んだのはあの時が初めて。顔合わせした時は「そういえば居たわね」ってくらいにしか思わなかった。

 

 ひ、酷くなんてないわ。

 朝雲さんと山雲さんだって似たような事思ってたはずよ?山雲さんなんてハッキリと「誰だっけ~?」って言ってたもん!

 

 そ、そう!仕方ないのよ!

 青木さんだって、最上型の面子が濃いのばっかりだったの知ってるでしょ?

 突然「くまりんこ!」って言い出す人やJK感丸出しの処女ビッチ、脈絡もなく「とぉぉぉぉぉぉおお!!」って奇声を上げるお嬢様っていう個性の塊みたいな姉妹艦達に囲まれてたらキャラも埋没するわよ。

 いや、けっしてキャラが薄かったとかそういう事が言いたいんじゃないの。むしろ、キャラは立ってたと思う。

 時雨が合流してからは……ほら、最上さんも僕っ子だったじゃない?だから、時雨とキャラが被ってるとか言われたりしてたけど、本人は気にしてなかったわ。たぶん……。

 

 仲良くやれたか?

 ん~……どうだろ?特にケンカとかはしなかったし、何故か私の事を気にかけてくれてたから仲は良かったと思う。

 

 なんで気にかけられてたか?

 さあ?それは本当にわからないの。

 ワダツミで発つ前と後も、タウイタウイ泊地で合流してからも妙に気遣ってくれてさ。そっちの気があるのかな?って疑ったくらいよ。

 

 まあでも、面倒見の良いお兄……じゃなかった。お姉さんみたいな人だったから、変に気張ってた私が見てられなかったのかもね。

 ほら、あの人って駆逐艦に懐かれてたじゃない?きっとお人好しだったのよ。

 だから、私みたいな生意気な子にも優しくできたんだと思うわ。

 

 戦闘に関してはそうね……。

 痒いところに手が届く……違うか。そう!縁の下の力持ち的な感じよ!

 最上さんってさ、航空巡洋艦だからってのもあるけど多芸じゃない?

 水上爆撃機で先制攻撃もできるし潜水艦だって攻撃できる。さらにドラム缶だって装備できる。

 知ってる?あの人って、ドラム缶を担いで遠征に行ってる時、遭遇した敵にドラム缶で応戦したことがあるそうよ。実際に見たわけじゃないから、本当かどうかは本人に聞いてちょうだいね。

 

 「衝突禁止!」

 

 は?ってなるよね?

 私も初めて言われた時はそうなったわ。でも、あの人は事あるごとにそう言ったわ。

 その理由は、スリガオ海峡に突入して最初の戦闘でわかった。

 

 さっき言ったよね?戦闘に関しては縁の下の力持ちみたいな人だったって。

 あの人の戦い方は、他のメンバーを援護する事に特化していたのよ。

 盾役、って言ったら良いのかな。

 わざと目立って敵の注目を集めたり、砲撃や雷撃で敵の体勢を崩して私達が攻撃しやすいようにしたりね。

 そのおかげで、海峡突入後の戦闘はかなり楽だった。たしか、突破前最後の戦闘までは最上さんが小破した程度で済んでたわ。

 

 つまりね?

 あの人はその戦い方の都合上、常に周りに気を配ってるけど、周りまでそうとは限らないから『衝突禁止!』って注意を促してたのよ。

 衝突しちゃうような近距離に誰かが来たら、集めた敵のヘイトに他の人まで巻き込んじゃうからね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 縁の下の力持ち?

 へぇ、あの子はそんな風に僕のことを見てくれてたんだね。なんだか、ちょっと照れちゃうな。

 

 え?艦娘を辞めても口調が変わってない?

 ああ……。僕って艦娘になる前からこの口調なんだ。でもさ、青木さんも艦娘だった頃と同じ口調じゃない?

 え?違うの?

 ごめん、僕には違いがわかんないや。

 

 どうして満潮を気にしてたのか?

 う~ん、今でもくまりんこに……。え?うん、くまりんこはくまりんこって呼ばないと怒るんだ。だから今でもそう呼んでるよ。

 で、そのくまりんこに今でも言われるんだけど、僕ってお節介みたいでさ。

 こう、なんて言うのかな。

 一人で思い詰めてるような子を見ると放っておけないんだよ。

 西村艦隊のメンバーでは満潮が正にそんな感じで、タウイタウイ泊地で合流してからのあの子は四六時中気張っててはち切れる寸前みたいに見えたんだ。

 だから、お節介だとはわかっていても声をかけずには居られなかったんだ。

 

 え?もちろん「ウザいのよ!」って何度も言われたよ。でも、話し掛け続ける内にポツポツと話してくれるようになってさ。

 この子は、提督の事が本当に大切なんだな。って思ったよ。

 だって、話すこと全部提督の心配だったんだよ?

 「ちゃんとご飯食べてるかしら」とか「服を脱ぎ散らかしてないかな」とか「夜はしっかりと寝れてるかな」とかね。

 そうだね。

 提督のお母さんか!って言いたくなっちゃったよ。

 

 でも、良いお母さんになりそうだな。とも思ったな。

 ほら、あの子って孤児でしょ?

 きっとあれが、あの子が考える理想の母親像。ちょっと違うか。あれが、あの子が母親にして欲しかったことなんだろうね。

 ふふふ♪確かに、過保護だとは僕も思うよ。

 

 それに、心配にもなるよね。

 だって、あの子に聞いて初めて知ったんだけど、提督って私生活がダメダメだったんでしょ?

 将来変な男に引っ掛からないか心配でさ……。

 この人は私が支えなきゃダメだ。とか本気で言いそうでじゃない?

 でしょ!?青木さんもそう思うよね!

 

 いやぁ~、今でも西村艦隊で一緒だった人とは連絡を取り合ったりしてるんだけど、必ずと言って良いほどその話題が出るんだよ。

 特に僕は、提督や満潮と同じく今でも横須賀に住んでるから絶対に聞かれるんだ。

 僕自身心配だから、満潮と同じ学校に通ってる元四駆の子達にそれとなく聞いてみたりしてるんだよ。

 

 実際どうなのか?

 それがさ、満潮って性格はキツいままだけど、そのキツさが男子生徒達のMっ気をこれでもかと刺激してるらしくてめっちゃくちゃモテてるんだって!

 嵐だった子に聞いたところ、元萩風と人気を二分してるそうだよ。なんでも『罵倒されたい女子生徒No.1』と『デレさせてみたい女子生徒No.1』に選ばれた事があるとかないとか。

 

 それに、週に一度は校舎裏に呼び出されてるそうだよ?

 いや、何のために?って……。

 そんなの告られてるに決まってるじゃないか!

 もしかして青木さん、偏向報道する度に被害者から工廠裏に呼び出されてたから、そっち方面の用事での呼び出しだと思ったの?

 え?違う?ホントかなぁ……。

 

 どんな断り方をするのか?

 う~ん。僕も聞いただけだからなぁ……。

 意外と丁寧な断り方をしてるって、元嵐が言ってたのを聞いたことがあるよ。

 

 男に興味がない?

 いやぁ~。そんな事はないんじゃないかな?

 スリガオ海峡へ突入した日の昼間に時雨に襲われたっぽいんだけどさ。その時に「私ノーマルだもん!女に興味ないもん!」って叫んでるのが僕のテントまで聞こえてきたもの。

 

 僕?僕はノンケだよ!

 歴代の僕っ子艦娘には必ずと言って良いほどレズが居たせいで、僕も着任当初は無駄に警戒されたりしたよ?実際、僕の前に最上をしてた人はレズだったそうだから。

 でも僕はノンケ!

 今だって、こんな僕を好いてくれてる人とお付き合いを……。って!僕のことはどうでもいいじゃないか!元満潮の事を聞きたいんでしょ!?

 

 え?ネタになればなんでも良いって?

 変わらないなぁ、青木さんは。それで何回痛い目を見たのさ……。

 

 あ、痛いと言えば、スリガオ海峡を突破する直前に、後に『海峡夜棲姫』と名付けられた二体で一体の新種と、同じく新種の『防空埋護姫』。さらに随伴艦が10隻以上の連合艦隊規模の敵が立ち塞がられたんだ。

 その時、僕たちは割と余力を残してたんだけど、あとちょっとで突破ってところで都合3隻もの姫級とその随伴艦達でしょ?

 さすがに無理かなって、みんな思ってたと思う。山雲なんて、旗艦だった山城さんに撤退を進言してたしね。

 

 でも、満潮と時雨は諦めなかった。

 あの二人は敵連合艦隊に臆する事なく立ち向かい、及び腰になってしまった僕たちにも火を着けたよ。

 山城さんなんてテンションが上がりすぎて「邪魔だぁぁぁ!どけぇぇぇぇ!」って叫んでたな。

 

 でも、さすがに姫級3隻を含んだ艦隊を相手にするのは厳しくてさ。みんな徐々にではあったけど負傷が増していった。

 扶桑さんが中破しあたりで、みんなの頭に「これ以上はマズい」って考えがよぎったんじゃないかな。

 そりゃあわかるよ。

 みんな攻撃よりも回避を優先するようになってたからね。

 でも、けっして臆病風に吹かれた訳じゃないんだ。

 だって、僕たちの目的はスリガオ海峡の突破自体じゃなく、その後の奇襲だったんだから。

 

 そんな時に、満潮が時雨と朝雲と山雲にこう言ったんだ。

 

 「1分間、私を全力で守って」って。

 

 そう言った満潮は、動きを完全に停止してその場に棒立ちになった。

 うん、正気じゃないよね。

 だって戦闘の真っ最中だよ?そんな、砲撃や魚雷が飛び交う中で、満潮は無防備な姿を晒したんだ。

 

 何をしたのか?

 ごめん、それは言えないんだ。

 機密なのかどうかは知らないけど、あの子が傷付くかもしれないからね。きっとあの子は僕たちにすら見られたくなかったから、ギリギリまで使わなかったんだろうし。

 でもこれだけは言えるよ。

 僕たちがスリガオ海峡を突破できたのはあの子の活躍のおかげだって。

 

 駆逐艦一人の活躍で突破できるとは思えないって?

 そうだろうね。

 僕だって、あの場に居ずに話だけを聞いたんだったら信じなかったと思うよ。

 あの、白く光り輝く戦場を見てなかったら……。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元航空巡洋艦 最上へのインタビューより。



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第六十三話 不幸だわ……。

 

 

 

 航空巡洋艦 最上。

 

 重巡洋艦の火力と水上機運用能力を両立した初めての艦娘で、装備の幅が広く多芸だがあれもこれも行おうとすると全てが中途半端になってしまうため、装備については他の艦種以上に気を配る必要がある艦種でもあった。

 だが逆に言えば、装備にさえ気を配れば複数の艦種で行うことを一人で可能にする程の汎用性を実現することができた。

 

 歴代の『最上』の中で特に名を馳せたのは、正化30年に着任した五代目最上であろう。

 現在では、第一遊撃部隊第三部隊の存在に対する議論中に名前が出る程度だが、西村艦隊が実在したとした場合、彼女はスリガオ海峡突破に際して多大な貢献をしている。

 それに留まらず、西村艦隊が第二遊撃部隊の支援を受けて撤退するまで、損傷した他のメンバーに攻撃が行かないよう敵の注意を引きつけ続けたと伝えられている。

 

 

 ~艦娘型録~

 航空巡洋艦 最上の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 「不幸だわ……」

 

 が、山城さんの口癖だった。

 ホント、事あるごとに言ってたわよ?

 雨が降ったら「不幸だわ……」烏が飛んだら「不幸だわ……」アイスで当たりを引いても「不幸だわ……」ってね。

 あまりにも言うもんだから、いや、アンタ「不幸だわ……」って言いたいだけでしょ。ってツッコんじゃった。

 え?そりゃツッコむでしょ。

 私、言いたい事はハッキリ言わなきゃ気が済まない質だもん。そしたら山城さんは……。

 

 「だって不幸だもの。今年もサマージャンボ宝くじ外したし……」

 「いや、大半の人がそうだからね?宝くじがハズレたくらいで不幸なら世の中不幸な人だらけよ」

 「でも、4等が当たったのよ?どうせ当たるなら……。ねえ?」

 「ねえ?じゃない。アンタ今すぐ謝りなさい。300円しか当たらなかった人に謝りなさい!」

 

 とか言っちゃってさ。

 実はあの人って、不幸不幸言ってたけど運は良い方だったの。もちろん、艦娘のステータスとしての運じゃないわよ?アレは戦闘に関する事だけで私生活の運とは関係ないから。

 例えば、砲撃がたまたま装甲の薄いところに当たるとか、これ当たるわ~とか思ってた攻撃が風で逸れて当たらないとかね。

 

 でもさっきの宝くじの件でもわかる通り、山城さんの私生活は小さな幸運の積み重ねで出来てるって言っても良いほど恵まれてたの。

 聞いた限りでは、食堂に行けば人が少ないタイミングに当たり、お風呂に入ろうとするといつも空いてるし、当たり付きの自動販売機で飲み物を買うと三回に一回は当たるって感じだったそうよ。

 

 「満潮は、自分の事を不幸だって思ったことある?」

 「ない。むしろ、私は幸せな方だと思うわ」

 「そう……。いいわね。私も幸せになりたい……」

 

 性格は暗かったなぁ……。

 山城さんって、扶桑さんと一緒に居る時は「姉様姉様」言ってテンション高いんだけど、扶桑さんが居ない時は体育座りして溜息吐いてるのがデフォみたいな人だったのよ。

 うん、ウザかった。

 私もそうだったけど、駆逐艦や海防艦になるような子は大なり小なり不幸な目に遭ってたからさ。自分を不幸だとのたまう山城さんに同情できなかったんだ。

 

 「はあ……。空はあんなに青いのに」

 「いや、土砂降りだけど?」

 

 口癖って呼べる頻度では言ってなかったけど、扶桑さんはたまにそう言ってたな。

 そんな扶桑さんは、山城さんとは逆でガチで運がなかった。

 食堂で注文したら注文した料理が直前で終わってたり、小石を蹴れば跳ね返って自分に当たるし、休日に外出しようとすれば必ず雨って感じでね。

 時雨の話だと、佐世保でイベント事がある時は扶桑さんには外出しようとしないでって、他の艦娘達からお願いされてたそうよ。

 「気持はわからなくもないけど酷すぎない?」って言ったら、「その分、提督とイチャラブしてたから、扶桑にとっては願ったり叶ったりだったんじゃないかな」って答えが返ってきたわ。

 

 そうそう、佐世保の提督と言えば、扶桑さんに「どうしてあんな人と結婚したの?」って、タウイタウイ泊地で合流してから聞いた覚えがあるわね。

 いや、なんでって……。

 あの人って、会議の時に散々いちゃもんつけたのよ?

 会議が終わってから円満さんが吐いちゃった原因は間違いなく佐世保提督と大湊提督よ。トイレ掃除大変だったからね!?

 まあそんな訳で、佐世保提督に対する私の好感度は0を振り切ってマイナス。私の中では、シスコンで男の尻も狙う変態野郎になってたの。

 そんな人と、薄幸美人って言葉が人間になったみたいな扶桑さんが夫婦だったんだもの。あの人の何処に惚れたのか聞きたくもなるってもんでしょ。

 

 でね?

 扶桑さんも誰かに聞いて欲しかったのか、最初は躊躇ってたものの話してくれたわ。何を?って、扶桑さんと佐世保提督の馴れ初め話よ。

 扶桑さんって『扶桑』としては3代目で、正化22年のシーレーン奪還作戦で戦死した二代目扶桑と入れ替わりで着任したそうなんだけど、山城さんは扶桑さんよりも先に二代目山城として着任してたんだって。

 で、着任の挨拶が済んだ後、山城さんと実の姉妹でもある事を確認されて肯定したら佐世保提督はこんな事を聞いてきたそうよ。

 

 「山城さんに兄様って呼ばれる方法を聞かれた?」 

 「ええ、それがあの人との……初めて交わした会話でした」

 

 何よそれ。が、その話を聞いて初めに抱いた感想だったわ。

 だってあの人、その当時は扶桑さんよりも山城さんに兄様って呼ばれる方法ばっかり考えてたみたいなのよ。

 でも、何をしても山城さんは兄様って呼んでくれなくて、万策尽きたー!って諦めかけてた時に艦型的にも血縁的にも姉の扶桑さんが着任したもんだから変にテンション上がっちゃったみたいでさ。

 押し倒さんばかりに詰め寄って「君と結婚したら兄様と呼んでもらえるか!?」って言ったそうよ。

 

 「最っ低」

 「そう言わないであげて?あの人にも……事情があったのよ」

 「事情?大方、空襲で妹さんを亡くしたから代わりを求めて。って感じでしょ?」

 「ええまあ……。合ってはいるんですが……」

 

 う~ん、今思い返すと、もうちょっと言い方があったんじゃないかと考えちゃうわね。

 あ~ダメダメ!あの時の事を思い出したら、「合ってるけど……。合ってるけどもっとこう……」って感じで苦笑いしてた扶桑さんの顔が頭に浮かんできちゃった!

 うわぁ……数年越しでなんか罪悪感が……。

 ま、まあでも、先に言った通り、当時の私は佐世保提督に良い感情を抱いてなかったから仕方ないよね!そう!仕方ないのよ!私に嫌われてた佐世保提督が悪いんだから!

 

 え?その後?その後はまあ、扶桑さんがひたすら佐世保提督をフォローして……。

 例えば「あの人が艦娘の戦死を過剰に恐れるのは、過去に多くの子達を自分が立てた作戦のせいで死なせてしまったせい」とか「あの人にとっては、艦娘は亡くなった妹さんの代わりであると同時に、今を生きる大切な妹でもあるんです」とかね。

 扶桑さんが言うには、円満さんが立てた作戦は艦娘の命を蔑ろにし過ぎてるように感じられたんだってさ。

 

 本当にそうだったのか?

 いやいや、そんな訳ないでしょ。

 円満さんは元帥さんみたいに艦娘を『娘』だと思ってたわけでも、佐世保提督みたいに『妹』と思ってたわけでもないわ。

 円満さんはね、艦娘を『戦友』だと思ってたのよ。

 その戦友を死ぬとわかってて囮にしたのかって言われたら何も言い返せない。いえ、言い返さないでしょうけど、円満さんからしたら例え死ぬとわかっていても、死なせたくないばかりに飼い殺しにするって事は絶対にしたくなかったのね。

 ほら、あの頃でも死んでも戦うのをやめたくない。死ぬ時は敵も道連れにしてやるって言ってる人が一定数居たじゃない?

 円満さんは、そんな人たちの気持ちを無にしたくなかったのよ。

 だから、戦友たちを死地へと送った。

 自分は人でなし呼ばわりされても良い。恨まれても良い。殺されたって良い。

 そこまで覚悟して、戦友たちの無事を祈りながらも非情で冷酷な作戦に投入したのよ。

 

 青木さんはどう?円満さんの事を恨んでる?

 確か青木さんって、敵の残存艦隊が南方中枢と合流しないように引き付け続けるための、サボ島沖での戦闘に参加してたよね?

 

 え?自分には恨む資格がない?どうして?

 はぁ!?敵を味方と誤認して随伴艦に攻撃させなかった!?

 ちょ、ちょっと待って?深海棲艦は兎も角、艦娘は敵味方識別信号を常に出してたよね?それなのに敵を味方だと誤認したの?

 はぁ……なるほど。

 敵が人型の奴ばかりで、単に敵味方識別信号を出し忘れてるだけなんだと思っちゃったわけね。それで吹雪や古鷹さんが……。

 つまり青木さんは、自分の判断ミスで僚艦を死なせちゃったから円満さんを責める資格はないって思ってる訳だ。

 

 自分のミスは円満さんの予定に入ってたのかって?

 いやその……。

 サボ島沖での戦闘が終わったくらいに私が復帰したんだけど、円満さんを少しでも安心させてあげようと提督居室に顔を出したらその報告書を読んでる真っ最中だったのね?

 さすがに円満さんも予想外だったみたいで「私の読みが甘かった……。ごめん……ごめんなさい……」って泣いてた。

 それに、ショックが大きかったみたいでその日の内に十円ハゲが……。

 って、勘違いしないでね?べつに青木さんを責めてる訳じゃないから。

 確かに円満さんにとっては予想外の事だったんでしょうけど、青木さんの事は一切責めてなかったわ。あの人は、あの作戦で多くの人が戦死したのは自分のせいだっていまだに思ってるからさ。

 

 うん、私が寝てる間にいっぱい亡くなったんだってね。

 復帰してから、それまでの戦死者リストを見せてもらった時はどんな顔していいかわかんなかったわ。  

 仲が良かった人が戦死してなかったから、余計でもそんな反応になっちゃったんでしょうね。

 もし仲が良かった人が死んでたら、私は「嘘よ!あの子が死ぬはずがない!」とか言って喚き散らしてたと思うわ。

 はい!湿っぽい話は終わり!話が逸れちゃったじゃない。

 あの夜戦の時の事が聞きたいんでしょ?次は何が聞きたいわけ?

 

 ネグロス島を発った後?

 そうねぇ……海峡に突入するまでは順調だったわ。精々、最上さんが小破した程度だったわ。

 でもその後、海峡の終わりが遠目に見えてきた辺りで、まるで扶桑山城姉妹が闇落ちしたみたいな新種の姫級と、もう一隻の新種を含んだ艦隊が立ち塞がったわ。

 

 ええ、マズいと思った。

 だって私達は、突破後の奇襲のために燃料弾薬、損傷に気を使いながら戦わなきゃならなかったんだもの。ハンデ背負った状態で姫級三隻を含んだ連合艦隊と戦わなきゃならなくなったらマズいって思うのも当然でしょ?

 

 判断が一番早かったのは山雲さんね。

 敵の攻撃が始まるよりも早く、山城さんに撤退を進言してたもの。

 まああの人の場合は、朝雲さんにもしもの事がないようにしたかっただけなんでしょうけど。

 

 でも、私は突破を諦めたくなかった。

 ううん、違う。

 円満さんが立てた作戦を台無しにしたくなかった。だから、私は時雨と一緒に敵艦隊へ突入したわ。もちろん、山城さんの許可も取らずに勝手にね。

 

 でも結果として、私達のその行動がみんなに火を点けたみたいでさ。

 常に陰鬱な雰囲気を纏ってた山城さんが目を見開いて「邪魔だぁぁぁぁ!どけぇぇぇぇ!」って雄たけびを上げたり、扶桑さんが「二戦隊、突破します!てぇーーーーッ!!」とか言いながら、弾薬の消費を考えてないような乱射をはじめたりして本格的な夜戦が始まったわ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。



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第六十四話 時雨

 

 

 

 扶桑型戦艦一番艦 扶桑。

 

 扶桑型は長門型に続いて建造された艤装であり、建造当初は長門と並んで反撃の旗印になると期待された艦型であったが、大和型よりも巨大な艤装と速度の低さのためか被弾率が高かった。

 そのため入渠する率も高く、佐世保提督が効率的な運用を確立するまでは「艦隊に居る方が珍しい」と揶揄されていたという。

 

 歴代の扶桑の中で最も活躍したのは?と、聞かれれば正化22年に着任した三代目扶桑が有力だろう。

 彼女は歴代扶桑の中で唯一改二改装を果たした扶桑であり、第一遊撃部隊第三部隊、通称西村艦隊の一翼としてスリガオ海峡へ突入したと伝えられている。

 

 真偽は定かではないが、西村艦隊の『西村』とは彼女と、彼女と実の姉妹であった二代目山城の本名から取られたのではないかという俗説がある。

 

 

 ~艦娘型録~

 扶桑型戦艦一番艦 扶桑の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 時雨?

 時雨の事も話さなくちゃダメ?できれば話したくないんだけど……。あっ!円満さんに聞いた方が良いんじゃない?ほら、円満さんって、時雨とは養成所に居た頃からの付き合いらしいし!

 忙しいから無理って言われた?

 それ絶対に嘘だから!だって今日は休みで予定も……。

 え?ヘンケンさんとデート?ホントに!?私一っ言も聞いてないんだけど!?

 いや、最近は私が居なくても二人でデートくらいするようになってはいるんだけど……。

 はぁ、わかった。話すわよ。

 

 で?何から聞きたいの?

 は?私と時雨の関係?

 ただの友人よ。青木さんが期待してるような事は何もないわ。ええ、本当よ。断じて何もない!何もなかったしこれからもないわ!

 そりゃあ、今でも隙を見せれば押し倒されそうにはなるわよ?

 でも大丈夫。だって桜子さん仕込みの護身術は健在だし、お姉ちゃん直伝のガゼルパンチだって使えるもの。だから襲い掛かって来る度にボコボコにしてるわ。

 だいたい、アイツもいい歳なんだから男の一人や二人作ればいいのに、なんで私に拘るのかしら。

 

 え?嬉しそうだけど本当に迷惑してるのか?

 迷惑してるに決まってるでしょ!?

 アイツって私と会う時はなぜか男装一歩手前のボーイッシュな格好して来るのよ。そのせいで私の彼氏なんじゃないかって噂が学校で流れちゃってさ。女子からは根掘り葉掘り聞かれるし、男子からは付き合ってるのか!?って詰め寄られるしで大迷惑よ!

 

 実際どうなのか?

 ある訳ないでしょ!?私ノーマルだもん!彼氏どころか好きな人もいないけど私はドノーマル!初恋だってまだだし、女になんて欠片も興味が無いわ!

 まあでも、友人としては仲良くしてる。

 買い物に行けば荷物持ちしてくれるし、食事に行けばいつも代金を大目に出してくれるし相談にもちゃんとのってくれるわ。うん、襲われないように気を付けてさえいれば便利な人よ。

 

 二人でどこに出かけるのか?

 別に変わった所にはいかないわ。ウィンドウショッピングしたり映画をみたり、食事をした後はカフェでコーヒー飲んだりって感じ?

 あ、それと、アイツって写真が趣味みたいで、撮影のためにアイツの車で遠出する事もあるわ。もちろん、二人っきりだと私の貞操が激しく危険だから元四駆の子達に同行してもらうけどね。

 

 時雨は文句を言わないのか?

 言わないわよ?むしろ喜んでる節があるわ。

 アイツって可愛い子なら見境がないから、現役女子高生五人に囲まれてハーレム気分に浸ってるんじゃない?

 

 はぁ!?嫉妬してるのか?ですって!?

 んなわけないでしょ!さっきも言ったじゃない、私はノーマルだって!

 

 本当にぃ?って!本当よ!

 そりゃあたまに、極々稀にではあるけどアイツの行動にドキッとすることはあるわよ?

 アイツって元が女……いや、今も女か。そのせいか女性がドキッとする瞬間を心得てるっぽくてさ。

 例えば車をバックする時に助手席の後ろに手を回すとか、ネクタイを緩める瞬間。重い荷物を軽々と運んでくれた瞬間とかを凄く自然体でするのよ。

 しかも、しかもね!

 アイツって私をお姫様みたいに扱うの!

 差し詰め自分は王子様って感じでね。

 それを意識してるのか、アイツって私と二人で出かける時は白のフェラーリで来るのよ。あ、元四駆の子も一緒の時はミニバンね。

 で、話を戻すけど、フェラーリのエンブレムって跳ね馬じゃない?つまりアイツの車は白馬。それに乗って私を迎えに来る自分は白馬の王子様って事なのよ!

 ね?笑えるでしょ?

 でも実際にやられると結構グッときちゃってさ。

 スーツでビシッと決めて助手席のドアを開けて、左手を差し出しながら「さあどうぞ、お姫様」とか言うのよ!もの凄く爽やかな笑顔で!

 いや、わかってるのよ?アイツが女だって事は嫌と言うほど理解してるの!

 でも私だって女だからさ、そういうシチュエーションに憧れみたいなものはあったのよ。それを初デー……初お出掛けの時にやられちゃったもんだからクラクラっとしちゃったの。

 そうよ!初めてで不意打ちに近かったから仕方ないの!青木さんだって、不意にあんなことをされたらクラっときちゃうはずよ!

 

 え?ない?指さして爆笑する?

 なんでよ!すっごく格好良いのよ!?初めて見た時なんか「白馬の王子様って本当にいたんだ」って思わず言っちゃったもん!

 そりゃあ、話だけ聞けばただのギャグよ?でも本っ当ぉぉぉぉに!格好良かったの!青木さんだって実際に見ればときめいちゃうはずよ!

 

 な、何よ。なんでそんなにニヤニヤ……あ。

 違う!今のは言葉の綾って言うか!今のアイツを説明するうえで必要不可欠と言うか……。とにかく!私はアイツの事を友人以上には見てないから!

 

 でも好きなんでしょ?

 ってちーがーうぅぅぅ!

 確かに好きか嫌いかで言えば好きだけど、ここで言う好きはあくまでLike!断じてLoveじゃないわ!仮にLoveだったら大問題よ! 

 え?何が問題なのかって?

 問題しかないでしょ!?だって女同士よ!?最近は同性同士のカップルも割と受け入れられてるみたいだけど生物学的には異常じゃない!

 百合は美しいから大丈夫?

 だから百合ってない!

 そりゃあ、私とアイツが連れ添って歩いてるところを見た友達とかからは「付き合ってるようにしか見えなかった」って言われるわよ?円満さんにすら「大丈夫。私はそういうのに理解がある方だから」って何かを諦めたような目で言われる事があるわ。

 でもそれは仲良くしてるからそう見えただけであって全くの事実無根よ!

 

 そう言う事にしときます?

 しないでしょ?絶対にしないでしょ!?

 あ、その悪そうな顔!ブログに乗せる気なんじゃない!?私、青木さんが『あの艦娘()は今』ってタイトルのブログで、退役後の艦娘の生活を面白おかしく書いてるの知ってるんだから!しかも尾ヒレどころか背ビレや胸ビレまでつけて脚色してるのも!

 

 昨日更新された『元山城の今』なんて嘘ばっかりじゃない!

 なぁにがホストに入れあげたうえに借金まみれで自己破産寸前よ!あの人が入れあげてるのはホストじゃなくてダメ男よ!いや、クズって言っても良いわね。

 自称小説家だそうだけど、山城さんの人が良いのに付け込んで生活費は頼りっきりだしギャンブル依存症でおまけにアル中!ホント、絵に描いたようなテンプレクズ男よ!

 どこに惚れる要素があったのか全く理解できないわ。

 

 え?小説家なのは本当?

 だから何よ。現在進行形でクズなのは事実でしょ?

 それでね。今、集まれる元西村艦隊のメンバー全員で押しかけてそのクズを更生させようって計画を練ってるの。もちろん、私とアイツは参加するわ。

 

 具体的にどうするのか?

 簡単よ。一頻りボコった後に簀巻きにして、奇兵隊が主催してる『ニート更生キャンプ』に参加させるのよ。

 すっごいらしいわよ?「働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!」ってのたまうような奴でも一か月で真人間になっちゃうんだって!

 ただ、性格が変わっちゃうみたいなんだけどね。

 うん、なんか軍人みたいになっちゃうそうよ。

 以前、桜子さんにどんな事してるの?って聞いてみた事があるんだけど、その時は「適度な運動と説法。それしかしてないわ」って笑いながら言ってたなぁ。

 いやいや、方便でしょ。きっと正しくは「過度なしごきと罵倒」だと思うわ。

 

 

 そろそろ話を戻していいか?

 どうぞどうぞ!アイツとの関係を聞かれるより、あの時の事を洗いざらい話す方が気が楽だわ。

 どこまで話したっけ?ああ、そうそう。新種の姫級が出て来たところまでね。あの時は確か……。

 

 「どう?時雨。勝てそう?」

 「相手の戦力が未知数なのに迂闊な事は言えないよ。でも、勝たなきゃいけないよね」

 「そうよ。私達は勝たなきゃならない。相手がどれだけ強くてもね」

 

 突撃しない。って選択肢はなかった。

 私も時雨も腹は決まってたわ。問題は、作戦の要である扶桑姉妹と最上さんを守りながら勝てるのかってところね。

 うん、他のメンバーもその戦闘には参加してたわよ?

 でも、後の奇襲や護衛も考えたら、燃料弾薬を気にせずに全力で戦えるのは精々二人。しかも駆逐艦に限られた。だから私と時雨が先陣を切ったの。

 私と時雨が行動不能になっても、海峡を突破さえすれば残りの五人で作戦を完遂して撤退まで出来る。そう、私達は考えたのよ。

 

 帰り?

 と、当然考えてたわよ!

 さすがに突破後まで一緒に行動するのは無理だと思ったから、戦況が落ち着くまでレイテ島に身を隠して救助を待つつもりだったわ。本当よ?けっして今考えた訳じゃないわ。実際そうしたし!

 

 「時雨!駆逐艦共を引き付けて!」

 「了解。小鬼は任せたよ」

 

 個人的には、この小鬼共の相手が一番面倒だったわね。

 だって、的が小さすぎて当たらないんだもん。しかも、敵本隊からバンバン砲撃されてる中でだからさ。頭が痛くなるくらい集中してたわ。

 まあその甲斐あって、敵前衛艦隊はあらかた片づけられたんだけど誤算があったの

 私と時雨の突撃でテンションが上がり過ぎた山城さんが前に出て被弾しちゃったのよ。いやぁ、あんなにモロに被弾して小破で済んだのは奇跡と言っても良いわね。まさに悪運。不幸中の幸いってヤツね。

 いや、ホントにモロだったのよ!?

 顔面当たりに真正面から着弾してね?爆発の勢いのせいか、山城さんたらその場で一回転しちゃったのよ。しかも「ひでぶっ!」って言いながら! 

 

 朝雲さんと山雲さん?

 あの二人は扶桑姉妹と最上さんの護衛に専念してくれてたわ。

 なんだかんだで、あの挟撃作戦が成功したのはあの二人のおかげと言っても過言じゃないわね。

 だって、私と時雨は三人の護衛なんて頭になかったもの。あの二人が魚雷の処理とかをしてくれたおかげで、三人は大した被害を受けずに済んだんだから。

 で、前衛艦隊を片付けた後に本体を片付けて海峡を突破し、西村艦隊は見事挟撃を成功させました。めでたしめでたし。ってわけ。

 

 端折り過ぎって?

 そんな事言われても、その後は私が無双して終わらせたんだもの。ここで話せるのはそれまでの顛末が精一杯よ。どうしても知りたいって言うなら円満さんの許可を取るか、もしくは他のメンバーにこっそり教えてもらって。

 私の口からは、これ以上は話せないし話したくないの。

 

 だって、あの夜戦での勝利は私にとって栄誉であり、醜く無様な姿を晒してしまった悪夢のような時間でもあったんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 



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第六十五話 光り輝くお姫様

 

 

 扶桑型戦艦二番艦 山城。

 

 一番艦の扶桑と共に第二戦隊を編成し、南方からの敵に対する最終防衛ラインとして佐世保鎮守府に配属された。

 

 しかし、一番艦の扶桑と同じく被弾率が高く、扶桑姉妹は長い間小規模な戦闘には参加しても大規模な作戦には投入されないのが常態化していた。

 そのせいで一時期は、扶桑姉妹は佐世保提督の寵愛を受けているから危険な作戦に投入されないという俗説が流れていたが、平成3年に行われた『捷一号作戦』に三代目扶桑、二代目山城が投入された事で払拭された。

 

 

 ~艦隊型録~

 扶桑型戦艦二番艦 山城の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 満潮の事が聞きたい?

 それはどっちの満潮だい?円満の方?それとも『(みちる)』?

 どちらでもいいよ?僕は二人の趣味や好きな食べ物、嫌いな食べ物、嫌いなタイプや好きなタイプ。さらには性感帯まで知ってるからね。

 

 そういう関係だったのかって?

 いいや、僕はどちらも抱いた事がないよ。円満にはキッパリと振られちゃったし、満には今絶賛アタック中さ。

 でも僕くらいになると、相手を見ただけで何処が性感帯かくらいはすぐにわかるんだ。ちなみに青木さんは……。ああ、そこだね。意外とマニアックな場所だ。

 

 何処か気になるって?

 ふふ♪教えてあげないよ♪

 でもヒントはあげる。足の何処かさ。

 ちなみに円満の性感帯は……。え?聞かなくていいの?僕的には話したいんだけど……。

 まあいいか。円満と満は性感帯が同じだから、円満のをバラすと満のまでバラしちゃう事になるしね。

 

 うん、二人とは今も仲良くしてるよ。

 特に満とはもっと仲良くなりたいと思ってる。

 どうして?って……。

 好きだからに決まってるじゃないか。もちろん、Likeじゃなくてloveの方だよ?実は僕、満にも円満にも話した事ないんだけど性同一性障害でさ。だから女の子の方が好きなんだ。

 うん、そのおかげで艦娘時代は天国だったよ。

 だって右を見ても左を見ても美女美少女ばかりで、しかも艦娘同士の恋愛は黙認されてたからね。

 

 歴代の時雨もそうだったのか?

 さあ?僕の前の人の事なんて知らないし興味もないよ。

 ああでも、佐世保提督に「お前ほど女好きな時雨はいなかった」って言われた事があるからノンケだったんじゃないかな?

 昔は気に入った子なら手あたり次第に手を出してたけど、今は満一筋さ。

 本当だよ?

 青木さん自身も知らない青木さんの性感帯を開発したいだなんて考えてないし、元四駆の子達と一緒の時だって必死に我慢してるんだ。

 それでも満は振り向いてくれないから、たまに誰かで欲求不満を解消しようとか思う事もあるよ。

 ああ、心配しないで。

 押し倒したくてウズウズしてるけど手を出す気はないから。

 だって、バレたら満に嫌われちゃうかもしれないからね。

 

 なんでそこまで満に惚れこんでるのか?

 う~ん、今から話す事は満には秘密にしてくれる?本当?だったら話してもいいよ。

 実は、最初は円満の代わりでしかなかったんだ。

 僕と円満は養成所からの付き合いで、何を隠そう、僕の初恋の人でもあったから。まあ、フラれちゃったんだけどね。

 ほら、僕と違って円満はノンケだったから、円満からしたら僕は女に欲情する色情魔でしかなかったんだよ。

 まあ、その経験のおかげで順序を大切にすべきだったと学んで、満には紳士に接してるよ。

 あの子、あれで意外と少女趣味なんだ。

 少女マンガに出て来るみたいなシチュエーションに弱いっぽいから円満に比べたらはるかに攻略しやす……え?このくだりはいい?

 僕的には今現在の攻略状況も聞いて欲しいんだけど……。本当に話さなくていいの?そう……。

 

 円満から満に鞍替えしたのはいつか?

 鞍替えって言われるのは心外だなぁ。円満の事は今でも好きだよ?もっとも今は友人として、だけどね。

 僕が満に心奪われたのはあの時。そう、スリガオ海峡での夜戦の時さ。

 

 前衛艦隊を片付け終わって、本隊からの攻撃を躱しながらどう攻めようかと考えてたら、不意に満が言ったんだ。

 「1分間、全力で私を守って」って。

 それを聞いてすぐは何を言ってるかわからなかったな。

 だってそう言うや否や、戦闘の真っ最中なのにその場で目を閉じて棒立ちになったんだよ?ハッキリ言って正気の沙汰じゃなかったよ。

 でも、満は僕の返事なんかお構いなしだったから、悩んでる暇なんてなかった。

 だから悩まず、僕は持てる砲全てを使って敵の注意を引いたよ。もちろん、一人で一艦隊分の敵の注意を集め続けるのは僕でも至難の業だった。

 そんな折に、満を挟んだ反対側から探照灯の光が伸びて敵艦隊を照らした。

 最初は最上さんかな?って思ったんだけど、最上さんにしては射線が低かったからすぐに朝雲か山雲のどちらかだっていうことはわかったよ。その時はどっちかまではわからなかったけどね。

 

 後に聞いた話だと、朝雲と山雲は円満から事前に言われてたらしいんだ。

 「満潮が『守って』と言ったら全力で守ってあげて」って。

 さらにこうも言ってたらしい。

 「満潮がそう言った時が、スリガオ海峡夜戦の天王山よ」と。

 大事な試合前とかによく言うよね。

 元々は戦国時代の山崎の合戦で天王山を制した方が戦いを有利に進められられ、実際に勝ったから大事な試合などでは「この試合が天王山だ」なんて言うようになったらしいんだけど、あの時の場合は少しばかり意味が違うと言うか、本来の意味と言っていいのかな。

  

 つまりね?

 あの時の満は天王山そのもの。羽柴秀吉が天王山を制して戦に勝ったように、僕たちは満を守り切ったから夜戦に勝てたのさ。

 

 事実、守り切った後は満が全てを終わらせた。

 敵の本隊の随伴艦を各個撃破どころかまとめて沈め、後に海峡夜棲姫と名付けられた二体で一体の姫級と、防空埋護姫と呼ばれるようになる姫級を事も無く沈めて見せた。

 

 ふふふ♪信じられないでしょ?

 僕だって、今でも夢だったんじゃないかって思う時があるくらいさ。現実離れし過ぎてたからね。

 

 

 でも、あの夜の満に心奪われてしまった僕は今でも鮮明に思い出せるよ。

 白い光と装束に身を包み、美術品の如く美しい艤装を手足のように操って戦場を舞った彼女の姿を。

 

 あの時の彼女を例えるなら、敵に向かって駆ける様は潮が満ちるが如く緩やかで容赦がなく、彼女が駆け抜けた後に残された敵の残骸や煙は言うなれば潮溜まり。

 そう、あの光り輝くお姫様は、海のど真ん中にタイドプールを作っちゃったんだ。 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 時雨へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 満が秘密にしてる力?何?それ。

 もしかして、スリガオ海峡での夜戦で満が見せたアレのこと?え?アレって秘密だったの!?私てっきり、奥の手的なモノってだけだと思ってたよ。

 だって恵姉さんの深海化みたいなモノでしょ?

 いや、みんな口には出さないだけで知ってるよ?恵姉さん以外にも深海化が使える人はいたって話だし。

 私が知ってる限りだと佐世保に居た○○って子とか、呉だと○○さんかな。あ、名前は伏せてあげてね?そういう事なら、本人は知られたくないと思ってるかもしれないから。

 

 でも、満のあれは深海化とは違う気がするんだよねぇ。

 原理は同じなんでしょうけど、なんて言うか禍々しさ?みたいなモノがなかったもん。間近で見たんだから間違いないわ。

 

 見た目?

 そうねぇ、例えるならお姫様?西洋のお姫様じゃなくて日本のお姫様ね。白無垢を着てるようにも見えたっけ。

 すっごく綺麗だったから、私の隣に居た山雲なんかは「名前をつけるなら満潮聖姫かしらねぇ」って言ってたわ。

 ホント、ビックリしちゃったよ。

 あの時の満は、私にしか興味がなかった山雲がうっとりしちゃうくらい綺麗だったんだから。

 

 もちろん綺麗なだけじゃないわ。

 満は海面を滑るように……例えるならアイススケート?みたいな感じで攻撃を躱しながら突撃したわ。

 死角からの攻撃も軽く躱してたわね。こう、ヒョイって擬音が聞こえそうなくらい軽く。ホント、フィギュアスケートを見てる気分だったなぁ。

 クルッと回ったかと思えば真横に跳んだり、もの凄いスピードでジグザグに海面を滑空したりね。

 いやいや、青木さんだって艦娘だったんだから、その動きがどれだけ常識外れかわかるでしょ?

 

 その時は見惚れちゃって気付かなかったけど、アレが脚技って呼ばれてる技術なんだって後で気付いたわ。

 いや、知ってたのよ?

 先代八駆の姉さん達が使ってたってのは知ってたけど、実際に見るのはあの時が初めてだったのよ。だからすぐには気付けなかったんだと思う。

 だって大潮姉……じゃないや。澪姉からは「使わなくて済むなら使えない方が良い」って言われてたからさ。私と山雲は習わなかったのよ。

 まあ、習っておけば良かったって、あの夜戦の後に少しだけ後悔した……かな。

 

 ごめん、話が逸れちゃった。

 え~と、何処まで話したっけ?あ、敵の攻撃を躱しまくったところね。

 その後は……う~ん。

 なんて言えば良いか……。その時起こった事をそのまま言うと、満が随伴艦達を通り過ぎて数秒後にル級4隻が同時に爆沈したのよ。 

 意味わかんないでしょ?私もその時「はぁ!?」って言っちゃったもん。

 どうも満は敵の攻撃を躱しながら、通り過ぎる前に魚雷を発射してたっぽいのよ。しかも敵が移動するであろう位置に!

 

 今思いだしても、満が敵じゃなくて良かったって心底思うよ。

 だって、1隻あたりに二発づつ当てる芸当だけでも凄いのに、未来位置を予測してそこに正確に撃ち込むなんて私達にだって無理だもん。

 本気状態の満をまともに、しかも一人で相手できるのなんて当時の大淀くらいじゃないかしら。

 

 叢雲じゃ無理か?

 ん~どうだろう。叢雲も強かったし、当時の横須賀でNo.1駆逐艦って呼ばれてたけど、あの満に勝てるとは思えないなぁ。

 性能面や技術面はもちろんなんだけど、なんて言うか……覚悟?それとも意地かな?

 兎に角そう言った面に差が有り過ぎたと思う。

 

 「後は私が終わらせる。みんなは前に進むことだけ考えて」

 

 そう言って満は駆け出したっけ。

 私達は言われた通りにした。

 もちろん一緒に戦おうとも考えたよ?

 でもこの時のために、私達を海峡の向こう側へ送るために満は編成されたんだって理解できたから、残された私達はうっすらと明るくなり始めた海峡の向こうへと針路を取ったわ。

 

 満が切り開いてくれた先にあった、私達の本当の戦場へと。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝雲へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 満?ええ、もちろん憶えています。

 佐世保と横須賀では距離が離れすぎていますのでたまにしか会えませんが、他の元西村艦隊のメンバー同様、今でも大切な友人の一人です。

 

 はい、長い休み、ゴールデンウィークやお盆には、元時雨と一緒に里帰りがてら立ち寄ってくれます。

 あの子、一応はこっちの出身ですから。

 

 ですが、あの子は今でもうちの主人に良い感情を抱いてないようで家には泊まってくれないんです。

 顔を合わせれば挨拶くらいはするんですが、逆に言えばそれくらいしかしてくれません。

 主人も嫌われ続けるのは辛いらしく、何かと機嫌を取ろうとするんですが結果が今一つなのが現状ですね。

 

 なぜ嫌われたのか?

 それは捷号作戦の会議の場で真っ向から紫印提督に反対したからでしょう。

 どうもあの時に満は「コイツは敵だ」と主人を認識してしまったみたいです。

 主人もそれはわかっているらしく、半分仕方ないと諦めているんですがどうにも未練があるようでして。

 

 ここで弁解しても詮無いだけなのですが、あの人は紫印提督が憎くて反対したわけではないんです。

 私と妹がスリガオ海峡への突入メンバーに選ばれていた事で多少ヒートアップしてしまいましたが、元々、横須賀へ向かう三日ほど前に元帥閣下から頼まれていたから、大湊提督と共に反対する側。いえ、紫印提督の敵に回ったんです。

 

 会議の後に大湊提督と主人がその事について話していました。内容はたしかこうです。

 

 「随分と良い役者っぷりだったじゃないですか佐世保提督。演技とは思えませんでしたよ?」

 「半分、いや八割方本気だったよ。そう言ってくると言う事は、大湊提督も元帥殿から?」

 「ええ、貴方と同じく憎まれ役をやってくれと頼まれました」

 「貴様、火を点けるだけ点けて後は俺に丸投げだっただろうが」

 「いえいえ、そんなつもりは全く。私のような若輩者にはあれが精一杯だっただけです」

 

 どうも大湊提督も、主人と同じ事を元帥閣下から頼まれていたようです。

 その会話を傍で聴いていた私と千歳さんはと言いますと……。

 

 「どう見ても、うちの主人が攻めですね」

 「何を仰いますか扶桑さん。うちの提督が強気攻めでそちらがヘタレ受けです」

 

 などという女子トークを……。え?腐が抜けてる?しかもその話はしなくていい?そうですか……残念です。

 

 「で?大湊提督から見て紫印提督はどうだった?」

 「有り得ませんね。小さすぎる。いえ無さ過ぎます。アレで喜ぶのは元帥閣下くらいのものですよ」

 「誰が胸の話をしろと言ったこのオッパイ星人。俺が聞いたのは見込みがあるかどうかだ」

 「見込み?無いでしょう。確か紫印提督は19歳でしたか?その歳でアレでは見込みどころか希望も無い」

 「胸から離れろ!貴様はあれか?胸の大小でしか女性を評価できない奴か!?」

 「甘いですね佐世保提督。形も重要かつ不可欠です!私の理想のオッパイはそこで汚物でも見るような目で私を見ている千歳ですが、うちで海防艦のお守りをしてくれている天龍と龍田も捨てがたい!改二になる前も素晴らしかったが改二になってからはもう……たまらん!」

 「お前が今言ったセリフをそのまま、元天龍の辰見大佐に言ってやろうか?首が物理的に飛ぶと思うぞ」

 「ご安心召されい佐世保提督。心配しなくても貴方の奥方も立派な物をお持ちだ」

 「話が噛み合ってないのがわかってないのか!?胸から離れろと言っただろ!と言うか貴様、俺の女房も視姦していたのか!?」

 「視姦とは失礼な!私は純粋に、大きさと美しさを兼ね備えた美術品の如きオッパイを鑑賞していただけです!ちなみに『しずく型』と推察しましたが合ってますか?」

 

 大正解でした。

 と、それはどうでもいいですね。

 ひとしきりオッパイについて熱い持論を展開した後、大湊提督は思い出したようにこう仰いました。

 

 「それにしても、元帥閣下は非情なお方ですね。あれでは千尋の谷どころか地獄ではないですか」

 「あれが元帥殿の育て方なんだろう。俺も厳しすぎるとは思うが、あの程度の事くらい越えて見せねば紫印提督の目的は達成できないんだろうさ」

 「あの程度と仰いますか。過去、例を見ないほどの規模の作戦ですよ?」

 「あれ以上の事が待っているという事なんだろう。紫印提督からすれば、南方攻略は前哨戦と言ったところだろうからな」

 「前哨戦?アレが前哨戦……。なるほど、彼女は私達が諦めてしまった事を成そうとしている。と言う事ですね?」

 「そうだ。今回の作戦前と後の精神的重圧。さらに部下の戦死という名の十字架。それらを乗り越えた先にようやく、終戦の二文字が見えてくる。要は、俺達は紫印提督の肥やしにされた訳だ」

 「そこは乗り越える壁。もしくは試練と言いましょうよ」

 「そうだな。ならばこれからも紫印提督に恨まれるような事をしなければな」

 「秘書艦の子に末代まで祟られそうですが?」

 「それは……有り得るな。仇でも見るような目で睨んでたし」

 

 まあ、そんな感じの会話を交わした後に別れたのです

が、それからも事あるごとに二人は紫印提督の敵に回りました。

 特に強固に反対したのは欧州への……。あ、この話は後でいいですか?わかりました。

 

 スリガオ海峡突破後、ですか?

 突破後の事は青木さんもご存知でしょう?え?詳細は知らない?はあ、そうですか。

 ではお話ししましょう。

 満のおかげで無事にスリガオ海峡を突破した私達6人は、力を使いすぎたせいか動けなくなった満をレイテ島まで曳航してからエンガノ岬沖を目指しました。

 

 そして、水平線上に朝日が完全に顔を出した頃だったでしょうか。私達は敵第三波の最後尾を捕捉する事に成功し、後は撃って撃って撃ちまくりました。

 敵旗艦を打ち損じたのが少しばかり悔やまれますが、私達は無事に任務を達成し、サンベルナルジノ海峡を抜けて来た第二遊撃部隊と交代するように撤退しました。

 テンションが上がりすぎて、弾薬が切れているのにも関わらず突撃しようとする妹を力尽くで引っ張って帰ったのも今では良い思い出です。

 

 その後の事は私も詳細は知りません。

 ただ、私達の奇襲で統率が乱れた敵艦隊にワダツミ旗下の艦娘達が突撃して暴れ回ったとは聞いています。

 その時に、敵旗艦が数十の手勢を率いて撤退した事も。

 

 正直に申しますと、私はその時点で満足してしまったんです。

 だって旗艦を打ち損じたとは言え、与えられたスリガオ海峡を突破して敵の背後から奇襲と言う任務をやり遂げたのですよ?

 今では『スリガオ海峡の突破は不可能だ』『西村艦隊は存在したかどうかもあやしい』などと言われているようですが、逆にそう言われる事が誇らしく思えます。

 

 私達七人は、後の人達に不可能と言われる事をやり遂げたのですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元戦艦 扶桑へのインタビューより。



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第六十六話 朝潮型駆逐艦。三番艦満潮!抜錨します!

 

 

 『波乗り』時雨。

 

 戦争中期から末期にかけて活躍したネームド駆逐艦の一人で、5代目時雨として正化24年に佐世保鎮守府へ着任。

 『呉の死神』や『ソロモンの悪夢』ほど目立った戦果は上げていないが、着任から終戦まで戦い抜き、佐世保鎮守府主導で行われた大規模作戦には全て投入されている。

 

 その戦い方は独特で、パッと見ただけでは他の艦娘と大差がないように見えるが、その機動は艦娘ができる動きを凌駕しており、真横へのスライドや不規則な加速と減速など、まるで波に乗って動いているようだと言われた。

 

 

 ~艦娘型録~

 ネームド艦娘。波乗り時雨の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「どう?時雨。勝てそう?」

 「相手の戦力が未知数なのに迂闊な事は言えないよ。でも、勝たなきゃいけないよね」

 「そうよ。私達は勝たなきゃならない。相手がどれだけ強くてもね」

 

 時に隠れ、時に戦いながら海峡を進んだ先。

 ここを越えればスリガオ海峡を突破できる。と言えるところまで来たら、新種と思われる姫級がお供を引き連れて待っていたから覚悟を決める意味合いも兼ねて時雨に聞いてみた。

 ったく、ここに来るまでにスルーした敵や戦った敵も含めれば軽く70隻越えてるんだけど?

 どう考えても完全にオーバーワークだわ。

 ハッキリ言って割に合わない。

 これなら、敵主力を相手にしてる人達の方が絶対に楽よ。あっちの方が数は多いでしょうけど、一人頭が相手にしなきゃならない数はあっちの方が少ないはずだわ。

 しかも、負傷したらワダツミに戻ればいいんだもん。怪我したくらいじゃ撤退も許されない私達とじゃ難易度が段違いだわ。

 違ったらごめんね?

 

 『撤退しましょ~?アレは無理よ~』

 『気持ちはわかるけどそれは却下よ山雲。私達が本当にやらなくてはならないことはこの先にあるんだから』

 『でも~、下手すると山城さんが大好きな扶桑さんが死んじゃうかもよ~?』

 『それは…そうなのだけど……』

 

 余計な事を。

 ただでさえ戦意が低くなってるのに、山雲さんが扶桑さんを盾に撤退を進言したせいで旗艦の山城さんが迷い始めたわ。

 でも、撤退したい気持ちは私もわかる。

 敵の編成は新種の姫級が3隻にル級が1、2、3……4隻!?しかも全部フラグシップっぽいじゃない!バカなの!?

 さらに前衛には駆逐ナ級を筆頭に二級後期型が3、次いでPT子鬼群が2。

 駆逐艦は兎も角、子鬼共が厄介ね。

 アイツらって小さいから攻撃当てにくいのよ。補強増設スロットに機銃を装備して来てたのが不幸中の幸いかしら。

 

 『私は嫌よ~。朝雲姉ぇが死んじゃうくらいなら迷わず逃げるわ~』

 『ダメだよ山雲。勝手に逃げたら円満姉ぇに怒られちゃうよ』

 『死ぬよりはマシよ~。朝雲姉ぇだって死にたくはないでしょ~?』

 

 口調は間延びしてるくせにブレないわね山雲さんは。

 山雲さんからしたら、円満さんから与えられた任務よりも朝雲さんの命の方が大事って訳か。

 

 「これはマズいね」

 「そうね。戦意喪失一歩手前だわ」

 「いっそ、見つかってない今の内に島に上陸して陸路を進むかい?」

 「ダメよ。それじゃあ時間に間に合わない」

 「じゃあ、やるしかないね」

 「ええ、取り敢えず前衛を片付けるわ」

 

 段取りは決まった。

 山城さんに意見具申しようかとも考えたけど、私と時雨は問答無用突っ込むことにしたわ。

 下手に意見具申なんてしたら、撤退する気満々の山雲さんに邪魔されかねないからね。

 だから強引に戦端を開いて、逃げるくらいなら戦った方がマシって状況にしてやろうと考えたの。

 

 「時雨!駆逐艦共を引き付けて!」

 「了解。小鬼は任せたよ」

 

 私と時雨は、目配せを交わして突撃を開始した。

 私は敵艦隊に向かって右、時雨は左にね。

 時雨は砲撃が届く距離でもないのに撃って敵にわざと発見され、私から敵前衛艦隊の注意を逸らそうとしてるわ。

 

 『良い波だ。これなら負ける気がしないね』

 「調子に乗って転覆すんじゃないわよ。助ける余裕は無いからね!」

 『ふふふ♪僕の事を心配してくれるなんて満潮は優しいんだね。後でキスして良い?』

 「却下!」

 

 遠ざかる時雨を横目に見ながら、私は出来るだけ静かに、航跡すら残さないよう慎重に進んだ。

 実戦で使うのは初めてだけど、この『波乗り』って波が高い所で使うと危険極まりないわね。

 波を読み間違えたら明後日の方向に行っちゃうし、下手すると波に飲まれて海の底だわ。

 

 「流石は本家本元。ちょっとだけ見直したわ」

 

 私は前にすすむだけで苦労してるのに、片や時雨は戦場の波を全て把握してるんじゃないかと思えるような速度で動き回ってる。

 たぶん、お姉ちゃんでもあそこまで『波乗り』を上手く使い熟せてないはずよ。

 

 『満潮も波乗りを使えたの?』

 「ええ、アンタほど上手くはないけどね」

 『謙遜しなくていいよ。この荒波の中、転覆しないだけでも大したものだ』

 「お褒めに預かりどうも。それより、そのまま南に転進出来る?そうすれば子鬼共の後ろを突けるんだけど」

 『了解。良い機会だから、『波乗り時雨』の本気を御覧に入れよう』

 

 その動きをなんて表現したらいいのかしら。例えるならサーフィン?

 身の丈を優に越える高波上を滑りながら敵の頭上を砲撃し、旋回半径?何それって言いそうなほどの急角度で転進した時雨を見て、子鬼共を攻撃するのも忘れて「凄い」って言っちゃった。

 

 「桜子さんが言ってた通り、『波乗り』は別物だわ」

 

 もう二年ほど前になるのかしら。

 お姉ちゃんと円満さんの訓練でクタクタになりながらも桜子さんのお料理教室に通っていた頃。

 桜子さんが、ふと思い出したかのように「今は何を習ってんの?」って聞いてきたから「波乗り」って答えたのね。

 そしたら桜子さんは、「アレかぁ。アレは良いモノよ。アレが完璧に使えるんなら他の脚技は憶えなくてもいいわ」なんて言ったの。

 当然私は「はぁ!?」って言ったわ。

 だって脚技にカテゴラズされている5種の内3種は桜子さんが編み出したモノなのに『波乗り』の方が優れてる風な事を言ったんだもの。

 そして、納得できない私に桜子さんはこう言ったわ。

  

 「円満達はアレを脚技の一つに数えてるみたいだけど、私から言わせれば全くの別物よ。どうしてかわかる?」

 「えっと……。体への負担が軽いから?」

 「それもあるわ。でも、私が違うと言ったのはそこじゃない。例えばそうね……。満潮、『トビウオ』がどういう技か説明してみなさい」

 「瞬間的な加速と移動を可能にする技」

 「それは結果ね。どうやって瞬間的な加速と移動を可能にしてるか言ってみて」

 

 説明しよう!

 脚技の代表例である『トビウオ』は体の動きと、一度消した『脚』を再形成する時に生じた浮力と水の反発力をシンクロさせることで、瞬間的に100ノット以上の速度と10m前後の移動距離を得ることが出来る『脚』の裏技よ。要は、『脚』の再形成そのものを推進力として利用してるのね。

 例えば、ボールを水の中に沈めて手を離すとボールは水面に向かって飛び上がらんばかりに浮かぼうとするでしょ?

 私達はそれを『脚』でやってるわけ。

 

 「正解。トビウオを始めとした、私が編み出した脚技は自分に出来る事で完結してる。でも『波乗り』は違うわ。アレは、『脚』の操作はさして重要じゃない。海波を読む目と、体幹が主。さらに言うと波の状況で結果が左右される」

 「前提が違うってこと?」

 「そうとも言える。私が創作した脚技は身体操作と力場操作の割合が3:7くらいなのに対して、『波乗りは』4:1くらい。それに環境の5がプラスされる感じかしら。アレを独自に編み出した時雨は大したものだわ」

 

 この時は、料理に集中してたから話半分くらいにしか聞いてなかったし、自信過剰って言葉が服着て歩いてるような桜子さんにしては他人を素直に褒めるんだなぁ、くらいにしか思わなかったわ。

 っと、回想はここまで。

 今は目の前の敵を始末する事を優先しなきゃ。

 

 「ああっ!もう!ウザいのよ!」

 

 私は、気が狂ったように時雨を追い回す敵前衛艦隊の最後尾のPT小鬼群を後ろから順番に沈めて行った。

 コイツ等を相手にするのは初めてじゃないけど、相変わらず攻撃を当てにくいわね。

 機銃でなんとかなるからいいものの、もし装備して来てなかったら砲撃でどうにかしなきゃならないとこだったわ。

 

 「時雨!8時方向に魚雷を撃って!」

 『OKハニー』

 

 誰がハニーだバカ。

 と、私がツッコむ前に、時雨は左に大きく旋回しながら8時方向に魚雷を発射した。流石は歴戦の駆逐艦ね。アレだけで私がしたい事に察しがついたみたいだわ。

 それならばと私はトビウオ2回で急加速し、左旋回中の時雨とは逆方向、敵前衛艦隊の最後尾を通り過ぎながら8時方向に向かって魚雷を発射した。その結果がどうなるかと言うと……。

 

 「バカね。その先にあるのは地獄よ」

 

 私が撃った魚雷は敵前衛の1,2番艦に命中し、時雨が放った魚雷は3,4番艦に命中して炎を纏った水柱を上げた。我ながら上出来ね。

 さて、これで前衛は片付いたから良いとして、問題は敵本隊。

 なんか砲撃が始まってるけど、もしかして山城さん達が捕捉された?

 

 『邪魔だぁぁぁ!どけぇぇぇぇ!』

 『二戦隊、突破します!てぇーーーーッ!!』

 

 捕捉されたじゃ済まなかった。

 戦意が高揚どころか爆上げになった山城さんと扶桑さんが、弾薬の消費なんかまるで考えてないような砲撃を繰り返してるわ。

 

 「これは違う意味でマズい状況になっちゃったね」

 「そうね。このままじゃ作戦に支障が出る。ってか後ろに立たないで」

 「ダメ?お尻が可愛いからつい……。ごめん、謝るから砲を下げてくれないかな?」

 

 まったく、コイツが居るとシリアスもクソもないわね。

 まあそれは置いといて、どうする満潮。今のペースで砲撃を続ければ、山城さんと扶桑さんの弾切れは確実。被弾も増えてるようだし……ってうわぁお。

 山城さんが顔面付近に被弾して後ろに一回転しちゃったわ。「ひでぶっ!」って悲鳴?を実際に聞く機会が訪れるなんて夢にも思わなかったなぁ。

 って、現実逃避してる暇はない。

 残りの敵を片付けなきゃ海峡は突破できない。かと言って、敵を殲滅するだけの燃料弾薬の余裕は西村艦隊にない。

 

 「ここかな?いや、使うならここしかない」

 

 私なら出来る。

 他の西村艦隊の面々に弾薬を温存させ、残りの敵を殲滅する事が。そのために、円満さんは私をに西村艦隊に配属したんだから。

 でも問題が一つ。

 全力が出せる状態に成るまで一分はかかる。その間、私は完全に無防備。こんな、流れ弾がいつ飛んで来てもおかしくない状況でやるなんて無謀もいいとこだわ。

 だから、コイツに守ってもらうのは癪だけど守ってもらわなきゃ……。

 

 「時雨」

 「なんだい?満潮」

 「一分間、全力で私を守って」

 「守る?ちょ、ちょっと満潮!?」

 

 私は時雨の返事を待たずに目を閉じた。

 今の私に視覚情報は邪魔。聞こえて来る全ての音も邪魔。体が得る全ての情報をシャットダウンし、意識を艤装に宿る妖精さんに傾ける。

 

 「全感覚、全神経を解放。各部妖精とのリンク開始」

 

 体の使用権を妖精さんに譲るのに従って感覚が拡張されていく。

 瞼を閉じているのに周りの景色が見える。

 響く音を聞くだけで周りの敵と味方の位置が把握できる。

 無数の妖精さんが得る情報を妖精さん達が選別し、必要な情報だけ私にフィードバックしてくれる。

 

 「コネクト完了。『艦体指揮』発動」

 

 円満さんが編み出し、私に妖精さんとコンタクトが取れる才能があると発覚してすぐに伝授してくれた艤装本来の使い方である『艦体指揮』。

 これを使っている時の私は全天全周360度の視界と超人的な反射速度。更に、無数の妖精さん達と思考すらリンクさせることで本職の作戦参謀顔負けの戦況分析が可能になる。

 でも、ここで終わりじゃない。

 『艦体指揮』は確かに強力な技だけど艦娘の域を出ない。それじゃあこの状況を打開できないわ。

 だから私は、意識をさらに深く潜らせる(・・・・・・)

 背中の艤装に収められた深海棲艦の核と、会話するために。

 

 (久しぶりね。元気にしてた?)

 

 いつもの挨拶。

 潜った先の真っ白い空間に居た私そっくりの少女(・・)と話す時はこの挨拶から始める。まあ、返事が返ってきたことはないんだけどね。

 この子、いつも仏頂面浮かべて体育座りしてるだけで一言も喋らないんだもん。

 

 (また、力を借りに来たわ)

 (借りてどうしようって言うの?)

 

 私そっくりの少女が初めて口を開いた。

 予想はしてたけど、やっぱり声まで私そっくりなのね。でも、どうして今回に限って話しかけて来たのかしら。いつもなら「力を貸して」って言った時点で終わりなのに。

 まあ、聞かれたからには答えないとダメよね。

 

 (戦うためよ。そんな事、言わなくたってわかるでしょ?)

 (どうして戦うの?)

 (勝つためよ)

 (勝つため?くだらない事に拘るのね)

 (くだらない事。ですって?)

 (そうよ。無駄な足掻きって言った方がいいかしら)

 

 少女は言いながらゆっくりと立ち上がり、私のすぐそばまで寄ってきた。

 無駄な足掻き……か。

 元が深海棲艦であるこの子からすれば、私達がやってる事は無駄な事なんでしょうね。

 ん?違う。この子震えてるわ。怖がってるの?何を?いや、私はその理由を識っている。

 この子が時雨の言う通り、改竄されなかった歴史の被害者の怨念なのなら……。

 

 (ああ、そういう事か。アンタ、怖じ気づいてんでしょ)

 (……ええ、私は怖い。この場所が怖い)

 (ここで沈んだから?)

 (そうよ。()はここで沈んだ。山城も扶桑も最上も、朝雲と山雲も)

 

 はて?

 今の言い方には違和感がある。

 コイツの正体は、本当の第二次大戦で沈んだ駆逐艦満潮に乗っていた乗組員の誰か。そう思っていた。

 でも、コイツは「私」と言った。

 そこで私なりにコイツの正体を想像してみる。

 これは円満さんの秘書艦として働き出して初めて知ったんだけど、現存している艤装が破壊された場合は開発資材と偽称した深海棲艦の核を妖精さんに渡し、建造を依頼することで建造される。

 でも大半の場合、狙った艤装とは別の艤装が建造されちゃうわ。まあ、別の艤装とは言っても何の艤装かもわかんない鉄の塊でしかないんだけどね。そういう艤装もどきは内火艇ユニットの製造に利用されたり近代化改修の材料に使われたりするわ。

 

 (アンタは『満潮』なの?)

 

 少女は悲しそうな瞳を私に向けるだけで答えようとしない。

 それはつまり肯定って事ね。

 でもこれで、妖精さんが艤装をランダムで建造する理由がなんとなくわかった。

 ランダムで建造してるんじゃない。狙って作れないんだ。

 ううん、この言い方は正確じゃないわね。

 例えば『満潮』の艤装を作る場合は、『満潮』の怨念が深海棲艦と成ったモノの核が必要なのよ。

 でも私達には手に入れた核が何の、誰の怨念が元になっているか判断する術がない。

 だから、妖精さんがランダムに建造していると思われてるんだ。

 つまり、今存在している艤装は全て、それに成るべくして成ったモノなのね。

 

 (じゃあ尚更、力を貸してもらう。いいえ、一緒に来てもらう)

 (一緒……に?)

 (そうよ。こんな何も無い空間でいじけてんじゃないわよ。アンタが満潮だって言うならリベンジくらいかましなさい!かつて出来なかったスリガオ海峡の突破を、今から私と成し遂げなさい!)

 (そんな事して……)

 (何になるのか?アンタにとっては何にもならないわよ。だって、スリガオ海峡を突破したってアンタの歴史が変わるわけじゃないもの)

 (だったら……!)

 (だからこそついて来なさい!私がアンタに見せつけてやる。不可能を可能にする瞬間を見せてやる!私とアンタにはそれが出来るだけの力が有るんだから!)

 

 『満潮』は、呆気にとられてるのか鳩が豆鉄砲食らったような顔をして口をパクパクさせてる。

 ったく、こんなウジウジした奴が『満潮』だなんて嫌になるわ。ここはもう一押ししてコイツのやる気を奮い起こさせなきゃダメね。

 

 (五省唱和!一つ!)

 (し、至誠に悖る勿かりしか!)

 

 よし、食い付いた。

 この子が『駆逐艦 満潮』の魂とでも言うべきモノなら食い付くと思ったわ。

 

 (ひと~つ!)

 (言行に恥づる勿かりしか!)

 

 『満潮』の瞳に光が戻った気がする。

 五省を唱和し始めた事で昔の気持ちが甦ったのかな?

 

 (はい!もう一丁!)

 (気力に缺くる勿かりしか!)

 

 よし!

 『満潮』の顔が決意に満ちてきてる気がする。五省を唱和し終わる頃には腹が決まりそうだわ。

 

 

 (もう一つ言ってみよー!)

 (努力に憾み勿かりしか!)

 

 そう思ってたのも束の間。

 『満潮』の瞳に再びの影が差しはじめるたわ。でも声はしっかりしてる。この子はきっと……。

 

 (はい!ラスト!)

 (不精に亘る勿かりしか!)

 

 最後の一文を唱和し終えて、『満潮』は俯いてしまった。

 五省を唱和したことで、この子は自分の今の状態に気づいたんだわ。

 五省を今風に言うとこうよ。

 真心に反する点はなかったか。

 言行不一致な点はなかったか。

 精神力は十分であったか。

 十分に努力したか。

 最後まで十分に取り組んだか。

 その悉くに自分は反していると、唱和することで改めて思っちゃったんでしょうね。

 

 (まだ、何か言わなくちゃダメ?)

 (要らない。私はアンタと一緒に行く)

 

 再び顔を上げた『満潮』の顔は決意に満ちていた。

 だから私は。いえ、私達は声を揃えてこう言ったわ。

 

 「「朝潮型駆逐艦。三番艦満潮!抜錨します」」と。



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第六十七話 西村艦隊の本当の力

 

 

 朝潮型駆逐艦 三番艦 満潮。

 

 初代横須賀提督時代から重用されていた事で有名な朝潮型駆逐艦の一人だが、彼女は他の姉妹艦に比べて極端に戦果が低い。

 初代満潮は言うに及ばず、二代目満潮として任期を全う後に二代目横須賀提督と成った紫印少将(当時)も目立った戦果は挙げていない。

 にも関わらず、初代横須賀提督は秘書艦であった朝潮よりも、後に提督の座を譲った事でもわかるように彼女に最も厚い信頼を寄せていたと言われている。

 これに関しては初代横須賀提督の愛人説や記録に残せないような作戦にばかり参加してした等、根拠のない俗説が多々あるが、事実は今現在も謎のままである。

 

 特に戦果について不明瞭な点が多いのが、紫印少将と入れ替わりで満潮となり、終戦まで戦い抜いた三代目である。

 彼女は着任後ほどなく紫印少将の秘書艦となり、常に傍で少将を終戦まで支え、リグリア海戦にも参加した。

 かの西村艦隊の一翼としてスリガオ海峡突破作戦に参加したとも伝えられているが、突破前に落伍したのか挟撃自体には参加していなかったと伝えられている。

 だが逆に言えば、それ以外の公式記録が存在しない。

 

 

 

 ~艦娘型録~

 朝潮型駆逐艦三番艦満潮の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 瞼を開いた私の目に映ったのは明るく照らされた海。

 そして、肩で息をしながらも無事でいてくれた時雨達。三人とも呆けたような顔をして私を見てるわね。

 私の姿が醜過ぎてどう反応していいかわからないのかしら。

 

 「相変わらず邪魔くさいな。この裾。それに、手に連装砲を持ってないのが落ち着かないわ」

 

 『姫堕ち』中、私の制服はなぜか白い着物のような物に変化し、通常時は両手と両腿に装備している連装砲と魚雷発射管は機械的な外見から深海棲艦のように生物的な外見へと変わり、背中から伸びたアームに繋がれる。

 正面から見たら「X」みたいな感じに見えるんじゃないかな。

 

 「ごめん時雨、少し遅れた?」

 『いいや。ピッタリ一分だよ満潮』

 「そう、なら後は私が終わらせる。みんなは前に進むことだけ考えて」

 

 いつもより潜ってる時間が長かったから、一分なんてとっくに過ぎてると思ってたのにそうでもなかったのね。あの空間で流れてる時間と現実の時間じゃ流れ方が違うのかしら。

 

 「さて、随分と大人しいけど撃ってこないの?これだけ派手に光ってるんだから見えてないって事はないでしょ?」

 

 時雨達が相手にしてた敵本隊は私を捕捉しながらも手をこまねいてる。

 もしかして仲間と思われてる?

 それとも、私があまりにも綺麗だから見惚れてるのかしら。なんてね。

 

 「まあどうでもいいわ。時間が無いからサッサと潰させてもらうわよ」

 

 『姫堕ち』状態を維持できるのは僅か10分。

 10分以上その状態でいる事も出来ないことはないんでしょうけど、たった10分でも『姫堕ち』解除後は最低でも三日くらい動けなくなる。

 動けなくなるだけならまだしも性格が激変するってオマケまでついてくるわ。

 具体的に言うと誰彼構わず甘えたくなっちゃうの。

 初めて『姫堕ち』を使った時なんか、使用後にお姉ちゃんにこれでもかってくらい甘えちゃってさ。今でも、自分の痴態を思い出すだけで顔面から火が出そうになるわ。

 

 「今回はどこかの島に隠れて迎えを待つか……。間違って時雨に甘えようもんなら色々失いそうだし」

 

 戦闘終了後の事も決めたところで、私はトビウオで加速して敵艦隊の真正面に向けて突撃を開始。

 バカ正直に真っ直ぐ進む私に対して、ようやく戦う気になったらしい4隻のル級は単横陣で持てる砲を最大限に生かそうとしている。

 私とル級達の距離は3000ってとこかしら。

 いくら『姫堕ち』中で火力が上がってるとは言え射程は変わってない。だからこの距離で砲撃したって大した効果は期待できないわ。ならば。

 

 「雷撃戦用意。ル級各艦に二発づつ」

 

 私の指示に従って、背中から伸びたアームに繋がれた魚雷発射菅が意志を持っているかのように動き出した。

 って言うか意志を持ってるんだけどね。

 今魚雷発射管を動かしているのは私ではなく、私の指示と思惑を理解した妖精さんたちだもの。

 

 「ようやく撃ってきたわね」

 

 思い出したように開始されたル級による砲撃。

 いや、これはもうスコールって呼んでもいいわね。

 人一人分の隙間もないほどの密度で放たれた砲弾のスコールは、私を海ごと押し潰そうと殺到してきてる。

 

 「各砲迎撃。道をこじ開けなさい」

 

 私の命令に応えて、アームに繋がれた連装砲が任意に迎撃を開始した。

 これは『姫堕ち』で全感覚が拡張された今しか使えないものの、私を害そうとする全てを砲撃で撃ち落とす『蜂落とし』。

 砲弾全てを撃ち落とすのはさすがに無理だけど、針路を確保するくらいなら問題なくできる。

 後は、確保した砲弾の隙間を縫って進むだけだ。

 

 「抜けてみせるわ」

 

 さっきも言ったけど、『姫堕ち』中の私は艦娘としての性能だけでなく視覚、聴覚などの五感と思考速度も格段に跳ね上がる。

 その結果がどうなるかと言うと、通常時は前方くらいしか把握できない海波も全方位把握できる。つまり、今の私は時雨並に『波乗り』を使い熟せるの。

 それだけじゃない。

 海波を読んだ上で使用する他の脚技は効果が上がる。

 例えば、前方向に流れている並に乗り、前方向へのベクトルの恩恵を受けた状態で『トビウオ』を使えば普段の倍近い速度と飛距離を得られるわ。

 もちろん、それは『稲妻』でも同じ。

 今の私が使う『稲妻』は別物と言ってもいい。150ノット近い速度と20mに迫る移動距離。さらに、『脚』を独楽のように変化させて旋回半径を0にする『黒独楽』を併用すれば速度を殺すことなく『水切り』並の機動力も得られる。

 言わば全脚技の合わせ技。

 今の私を捉えられるのはお姉ちゃんだけよ。

 

 「魚雷一番から八番、順次発射」

 

 砲弾のスコールを駆け抜けながら、私は雷撃の指示を出した。

 ル級達が何を考えてるかはわかんないけど、今の私は迎撃と回避で手一杯で反撃する余裕はない。そう、思われているはず。アイツらにそこまで考える頭があれば、だけど。

 

 「手応えの無い子」

 

 それが、駆け抜けたル級達へ抱いた私の感想だった。

 コイツらは戦艦、しかもフラグシップが4隻掛かりなのに、今の私に傷一つつけられない。

 それだけ今の私が強いって事なんでしょうけど、自分の強さを実感する度に、そんな私をコテンパンにしちゃうお姉ちゃんが遠く感じちゃうわ。

 

 「な~んて、浸ってる場合じゃないか」

 

 事前に放っていた魚雷がル級達に命中して上げた炎の熱さを背中に感じながら見た先には新種の姫級が2隻。

 どことなく扶桑姉妹に似てる気がするわね。

 もしかしたら、この2隻はスリガオ海峡を突破出来ずに沈んだ扶桑と山城の怨念だったりするのかもしれないわ。

 

 

 『ココ...ハ...通レナイシ......。 .....通サナイ......ヨ......ッ! 』

 「あっそ、ならこう言わせてもらうわ。押し通る!ってね」

 

 扶桑姉妹に似てるからって戸惑ったりしない。失われた過去の怨念だからって同情したりもしない。

 今を生きてる私達の邪魔をするなら容赦なく沈めてやる。

 そう、思いを新たにして私は二体で一体の深海棲艦へ向け加速した。八輪の青い光る彼岸花に囲まれた彼女達を沈めるために。

 

 「自発装填急いで。各砲は白い方から狙いなさい」

 

 私の指示に従って魚雷発射管は魚雷の装填を開始し、各砲は砲撃を開始した。

 今の私の砲火力で装甲を貫けないって事は、アイツの装甲値は軽く200を越えてるわね。

 

 『ココハ……地獄ナノヨ……』

 「そうね。ここは地獄よ。アンタにとってはね!」

 

 6基の砲塔による砲撃を躱しながら、私の砲は白い方を執拗に撃ち続けた。

 何発かは装甲を抜けて届いているのに、白い方は無表情を崩さないわね。痛覚がないのかしら。でも黒い方は被弾する度に「ヤメテェッ…」と言っているのに、白い方は口を動かすことすらしないわ。

 

 「魚雷、五番から八番発射!」

 

 白い方を倒すため、左舷下部アームに繋がれた魚雷発射管にそう命じると、発射された魚雷が猟犬のように敵右舷、白い方に殺到して火柱を上げた。

 

 「消えて行く?白い方はただの映像?」

 

 そう、消えていく。魚雷の直撃を受けた白い方が霧のように霧散していく。

 その様子を見つめる黒い方は絶望したような顔をして何か言ってるわ。

 読唇術は得意じゃないけど、たぶん『姉様』って言ってるんだと思う。

 

 『ヤメテッテ、オ願イシテルノニィ…ッ!』

 

 白い方が完全に消えると、憤怒に彩られた表情になった黒い方が砲撃を再開した。

 そっか、二体で一体じゃなかったのね。

 最初から黒い方しか居なかったんだ。よくよく考えればそうよね。アイツは艤装の操作を二人で分担してるように見えなかった。

 白い方、扶桑さんに似ていた方は、山城さんに似た黒い方が自分よりも先に沈んだ姉を想って作り出した幻だったんだわ。

 

 『マダ…先ニナンテ…進マセナイ…。コノ地獄デ…コノ地獄ノ海峡ガ…アナタタチノ行キ止マリナノ…ヨオオォッ!』

 「行き止まりなんかじゃない。私達は、アンタが地獄と呼ぶこの海峡を駆け抜ける」

 

 それが、わたしにできるせめてもの供養。

 アンタ達が出来なかった事を私達が成し遂げる。怨念に囚われて、今を生きる私達の邪魔をするアンタを沈めて。

 

 『通サナイッ...テ...言ッテルノニ......。 死ニタイ...ノォッ! 』

 「死ぬもんか!アンタは海の底に還って見てなさい!私達が、私達西村艦隊がスリガオ海峡を突破する瞬間を!」

 

 私は稲妻を使い、砲撃を掻い潜って20mの距離まで一気に接近した。

 今から私が仕掛けるのは対大型艦用の『戦舞台』。低い性能で、それでも戦艦に勝とうと桜子さんが編み出した必殺のハメ技。

 それを、駆逐水鬼並の性能になっている今の私が使えばどうなるかと言うと……。

 

 『ヤメテェ!ヤメテヨォ!』

 「やめない。アンタが沈むまで、私は撃つのをやめない」

 

 私の戦舞台、個人的に海上舞踏(マリンダンス)と呼んでいるこれは相手に何もさせない。身動きすら許さない。

 稲妻で駆け抜け、黒独楽で方向転換して砲撃を加え、魚雷を発射し、着弾よりも早く次の場所へ移動する。

 今のアンタは、満潮()が作り出した潮溜まりに捕らえられた哀れな魚。

 安らかな()に満たされるまで、アンタは私が作ったタイドプールで迷い続けるの。

 

 『ソウナノデスネ……。アナタ達ハ……ソレデモ…コノ先ニ 進モウト言ウノデスネ…。ナラ、アナタ達ハ…進んで…この先に待つモノヘ…』

 「ええ、進ませてもらうわ。貴女たちが辿り着けなかった、本当の戦場へと」

 

 私の応えに満足したのか、黒い姫は微かに微笑んで水底へと還って行った。

 残る敵はあと1隻。

 見た感じ防空駆逐艦っぽいけど、容姿は秋月型の涼月って子に似てる気がする。歴史書を読んだ限りだと、涼月はスリガオ海峡夜戦に参加してなかったはずだけど……。迷子にでもなったのかな?

 

 『私ガ…オ相手…シマス……』

 「出来ればこのまま通してほしいんだけど……。まあ、無理なんでしょうね」

 

 『姫堕ち』のタイムリミットが近い。

 あと数分以内に、性能が未知数な新種を倒すなんて無茶をしなきゃならない。

 まったく、帰ったら円満さんにご褒美の一つでも貰わなきゃ割に合わないわ。

 

 『私ガネ…?守ッテイクノ…ッ!』

 「それはこっちのセリフよ!アンタ達が脅かしてる平和を私達が守る!」

 

 ちょっと熱くなり過ぎちゃった。

 『姫堕ち』中は感情の起伏が激しいのよねぇ……。

 こういうセリフは、私より神風達の方が好きだし様になると思う。って言うか、そもそも私のキャラじゃない。

 

 「相手の性能を探ってる暇はない……。だったら!」

 

 私は連装砲を連射しながら、右に孤を描くようにして接近を試みた。

 撃った手応え的に、アイツの装甲は闇落ち山城と同程度か少し下くらい。

 魚雷を全弾撃ち込めば倒せそうだけど、自発装填が完了する前に『姫堕ち』のタイムリミットが来る。

 かと言って連装砲だけじゃ仕留めきれるかわからない。

 アイツの装甲を、もっと言えば性能を下げる必要があるわね。

 

 『キカナイ…ッ!』

 「ええそうでしょうよ。でもね、私はアンタみたいな奴でも倒す方法を知ってるの!」

 

 艦娘と深海棲艦の性能が下がる場合は複数有る。

 例えば損傷。

 艦娘本人と艤装が傷付けば傷付くほど性能は下がっていくわ。

 もう一つは海から離れる。

 例えば陸上に上がるとかね。

 艦娘や深海棲艦は海から離れる、と言うより接触を断たれると途端に弱体化する。

 もちろん、トビウオなどの脚技で跳んでる時も同様よ。

 で、私が何を言いたいかというと。

 性能が未知数の敵と相対し、尚且つ攻撃手段が限られている場合。相手を弱体化させる手段があれば、例え攻撃手段が連装砲だけでも倒し得るって言いたいの。

 

 「アレがヒントになるなんて思わなかったなぁ」

 

 私の脳裏に思い浮かんだのは昔の訓練風景。

 当時、まだ朝潮だったお姉ちゃんにお熱だった長門さんが、時も場所も選ばずに襲い掛かってた時期があったのね?もちろん、ここで言う『襲い掛かる』の後には(意味深)がつくわ。

 そんなある日、あまりのしつこさにお姉ちゃんがブチ切れちゃってさ。

 「この海域から出て行け!」って言いながら殴り飛ばしちゃったのよ。文字通り。

 それが後に、『衝角戦術』と名付けられた近接格闘術になった。

 それが完成してからは、お姉ちゃんの「五万馬力ガゼルパンチ!」って声が聞こえる度に長門さんが吹き飛ぶ光景が見れるようになったわ。

 当時の私は訓練でいっぱいいっぱいだったのもあって「うわぁ~…」くらいの感想しか抱けなかったけど、お姉ちゃん達のしごき……。もとい、訓練を堪えきった頃にふと思ったの。

 殴り飛ばされた直後に砲撃されたら、いくら長門さんの装甲でも一溜まりもないわね。って。

 

 「駆逐艦の実力はスペックではない。桜子さん、貴女の教えは正しかったわ」

 

 駆逐艦は自分が出来ることなら何でもする。

 弾が切れたら拳で殴るし、拳が無くなってれば頭突きもするし噛みつく事だって厭わない。

 勝つためと言うよりは、自分の意地を通すために。

 その心意気は今の私も変わらない。

 例え性能が駆逐水鬼並でも、私は私が出来ることなら何でもする。

 魚雷の再装填が間に合わないなら砲撃で倒す。

 砲撃が効かないのなら……。

 

 「ぶん殴る!」

 

 闇落ち涼月(仮)の砲撃を掻い潜って懐(と言っても、脚と装甲の関係で2mは離れてるけど)に到達した私は膝を曲げ、同時に腕を畳んで肘を弓のように限界まで後ろへ引き絞った。

 私が今から繰り出すのはガゼルパンチ。

 ただし、お姉ちゃんが得意とし、『衝角戦術』で強化された戦艦すら殴り飛ばす一撃。

 誇って良いわよ?

 たぶん、深海棲艦でこれを食らうのは貴女が初めてのはずだから。

 

 「五万馬力……!ガゼルパンチ!」

 

 下から突き上げた私の拳に触れた相手の装甲が風船のように歪み、水柱を伴って天高く舞い上がった。

 後は砲撃するだけ。

 いくら装甲値が200を越えていようと、海に脚が着いていない状態じゃ半減以下になる。

 その状態なら、私の砲撃でも容易く貫けるわ。

 

 『オモシロイ。デモ…マタ来ルワ。マダ…マダ 終ワラナイカラ…!』

 「いいえ終わりよ。各砲!砲身が焼け付くまで撃ち続けなさい!」

 

 私の命令を手ぐすね引いて待っていた2基の連装砲が、宙を舞う闇落ち涼月(仮)に砲撃を開始した。

 何処かの戦闘民族の王子なら「汚い花火だ」とか言うんでしょうけど、私は敵の体に咲き乱れる砲撃の花を綺麗だと思ってしまった。

 だってこれは祝砲だもの。

 見える?円満さん。私達の勝利を告げる大輪の花が。円満さんの勝利を信じ、不可能を可能にした栄光の華が。

 

 「みんな頑張ったよ。よく、よく……頑張ったんだから……!」

 

 闇落ち涼月が爆散するのを確認して届くはずがない言葉を紡いだ私は、『姫堕ち』と『艦体指揮』が解除すると同時に襲ってきた激痛と孤独感に堪えられず、両腕で体を抱き、その場に崩れ落ちた。

 まだ我慢しなさい満潮。

 まだ泣いちゃダメ。まだ泣き言を言っちゃダメ。

 今言っちゃうと誰かしらが一緒に残ると言いかねない。

 だから、近くの島に辿り着くまでは我慢するの。

 泣くのは、それからよ。

 と、必死に自分に言い聞かせ続けた。

 

 

ーーーーーーー

 

 その後、一番近かったレイテ島まで満を曳航してからの事は知らないわ。

 たしか……大淀が迎えに行ったと聞いてる。

 

 心配じゃなかったか?

 もちろん心配だったわ。

 曳航中は何かに怯えてるかのように震えてたし、必死に泣くのを我慢してたのが丸わかりだったもの。

 でも、私達は迷わず満を置き去りにした。

 後ろ髪を引かれたけど、満が切り開いてくれた道を進まない事はあの子を裏切る事と同じだと思えたから。

 

 海峡を抜けた後は、姉様の「西村艦隊の本当の力…見せてあげる!」という激に背中を押されて弾薬が切れるまで敵艦隊を撃ち続けたわ。

 たぶん最上も、時雨も朝雲も、撤退を進言してきた山雲さえも同じ気持ちだったはずよ。

 

 変な話だけど、あの時初めて、私達西村艦隊の心は一つになったの。

 挟撃成功の報を満に伝え、勝利の歓びを共に分かち合う。そう、私達は思っていたの。

 

 恥ずかしい事を言うわね?

 ハッキリ言って赤面ものだけど、あの一つになった想いが『西村艦隊の本当の力』だったんだって、私には思えるの。

 

 

 ~戦後回想録~

 元戦艦 山城へのインタビューより。



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第六十八話 周防の狂人

 

 

 

 円満に指揮された艦隊が南方でドンパチやってる真っ最中。私は山陽自動車道をひたすた西に向かって進んでいた。

 もちろん車でよ?徒歩で高速道路を進むなんて疲れる真似をするほど私は体力バカじゃないもの。

 で、どこに向かってるかというと、お父さんの地元である山口県。目的はお母さんと娘さんのお墓参りよ。ほら、今ってちょうどお盆時期だからさ。

 だから当然、一緒にいるお父さんも士官服じゃなくて私服。

 いつも通り、金髪が運転する黒塗りのハイエースに亭主と桜共々同乗してかれこれ15時間ほど退屈な時間を過ごしてるわ。ちなみに、桜は退屈過ぎてお父さんのお腹に頭を預けて寝ちゃった。

 一応作戦中なんだから、お墓参りは見送った方がいいんじゃない?とも言ったんだけど、お父さんがどうしても行くって聞かなくてさ。

 仕方ないから家族旅行(護衛の車の群れから目を逸らしながら)も兼ねて横須賀を発ったって訳。

 

 「今さらだけどさ。私達だけでお墓参りに行ったってバレたら大淀が拗ねちゃうんじゃない?」

 「心配するな。彼女が帰ってきたら二人きりで温泉旅行に行くことになっている」

 「子作りも兼ねて?」

 「それは追々……。それよりも、前に頼んでいた件はやってくれたのか?」

 「前に?何か頼まれてたっけ?」

 「病院に付き添ってやってくれと頼んでいただろうが。忘れたのか?」

 「あ~、その事か。ちゃんと行ったよ?」

 

 本当か?と、言いたそうな顔で右隣に座る私を見てるけど本当です。

 貴重な休日を潰して、「桜もいく~!」と駄々をこねる愛娘を神風に押し付け……もとい!預けて行って来たんだから。

 

 「検査結果もあの子から聞いたけど異常は無かったってさ」

 「そうか。なら俺に問題が……」

 「単に薄くなってるだけなんじゃない?ほら、お父さんって歳が歳だし」

 「お前は……。もうちょっと言い方はないのか。桜に聞こえたら教育に悪いだろう」

 「これだけ熟睡してたら抓ったって起きないわよ。なんなら抓ってみる?」

 「お前の尻を抓ってやろうか?」

 「ちぎれそうだから嫌。って言うかそれ、絵的に問題あると思うけど?」

 

 ちょっと想像してみよう。

 世の女共が羨み、男共が罪を犯してでも手に入れようとするであろうナイスバディを持つ私のお尻を誰がどう見てもオッサンのお父さんが抓る。

 うん、即逮捕ね。その場で殺されたって文句は言えないわ。

 

 「変態。娘のお尻を抓っていいのは親だけよ?」

 「父親ですが何か?」

 「父親でもお尻を抓って良いわけないでしょ!バカなの!?」

 「お前、ついさっき自分がなんて言ったか憶えてないのか?」

 「あれは言葉の綾」

 

 でもね?やっぱり父親でもやって良い事と悪い事はあると思うのよ。

 もう何年も前の事だけど、イタズラがバレる度にお尻を叩かれてたわ。しかもお父さんの腕力で!

 酷いと思わない?

 袴の上からとは言え腫れ上がるまでお尻ペンペンされてたんだから!

 

 「ねえ!貴方も酷いと思うでしょ!?」

 「いきなり何言ってんすか?」

 「わかんないの!?私がお尻ペンペンされてるとこ貴方も見たことあるでしょ!」

 「あ~……。桜子さんガチ泣きしてたっすもんねぇ。でも、自分は感謝すべきだと思うっすよ?」

 「はぁ!?なんでよ!」

 

 お尻ペンペンされた事に感謝しろ?

 申し訳ないけど、私にはそういう特殊な性癖は皆無だから。それくらい、亭主なんだからわかるでしょ?

 お父さんはなんか「さすがバカ息子。ようわかっとる」とか言ってるし。

 

 「いやほら、そのおかげで桜子さんのお尻は張りも弾力も最高なんすよ。たぶん」

 「おいバカ息子。ちょっと表に出ろ」

 「いやいや!今出たら死ぬっすよ!?」

 

 おっと、自分が知らない私のお尻の良い所を旦那が知ってる事に嫉妬したお父さんが、助手席に座る旦那の首を後ろから絞め始めたわ。

 このままじゃ未亡人になりそうだから、話題を変えて助けてあげるとしますか。

 

 「それはそうと、よく大淀が作戦への参加を受け入れたわね。命令したの?」

 「命令はしたが、半分は彼女の意思だ」

 「円満の役に立って会話の糸口にしよう。って魂胆でしょ?」

 「そんなところだろう。もっとも、彼女の意思がどうあれ、作戦には参加してもらうつもりだったがな」

 

 まあ、大淀が加わるだけで作戦の成功率が何%か上がるもんね。元帥としては作戦は成功してもらわなきゃならないから当然と言えば当然か。

 愛しいって理由で、海軍の最高戦力である大淀を大本営で飼い殺しにするなんて愚策もいいとこだし。

 ところで、解放されたはずの旦那が咳き込みもせずピクリともしないんだけどちゃんと生きてる?

 まさか、落としちゃった?

 

 「また暴走しなきゃいいけど……。あの子って目は良いクセに視野は狭いからさ」

 「問題ない。今回はその事も含めて命令しておいた」

 「なら安心か。あの子、お父さんの命令なら何があっても守るもんね」

 「ああ、彼女は俺の命令は必ず完遂する。どんな事(・・・・)でもな」

 

 んん?なぁんか引っ掛かる物言いね。

 どんな事でもってどういう意味?暴走禁止と作戦への参加を命令したんじゃないの?

 

 「お父さん。何か企んでる?」

 「知りたいか?」

 

 知りたい。

 と、言うのは簡単だ。でもお父さんがそんな聞き方をしてくるって事は話さなくても良いなら話したくないと言う事。

 やっぱり、お父さんが大淀に命じたのは作戦への参加だけじゃないわ。

 

 「教えて」

 「……わかった。まずはこれを見ろ」

 「何?それ、写真?」

 

 お父さんがスーツの内ポケットから取りだしたのは一枚の写真。

 パっと見は海の写真ね。

 何処かの海岸沿いから撮影されたらしい写真の中央辺りには……艦娘かな?の艦隊が海を進んでる様子が映されてるわ。

 

 「これがどうしたの?一般人が艦娘を撮影した写真?」

 「そこに映っているのは艦娘ではない。姫級の深海棲艦とその随伴艦だ」

 「はぁ!?姫級!?こんな海岸沿いまで姫級に接近されたことがあるの!?」

 「ある。そしてこれが、そこに写っている奴を拡大した物だ」

 

 お父さんが再び懐に手を入れ、取り出した写真には、細部まではわからないけどツインテールっぽい髪型の姫級とその随伴艦達が写っていた。

 随伴艦は形からしてヲ級。それが6隻。さらにル級とタ級。それ以下の艦種は見当たらないわね。

 こんな近海まで侵攻してるのに護衛の駆逐艦や軽巡を連れてないなんて不自然な気が……。

 いや、待って?まさかこの写真……。

 

 「お、お父さん。これって何処で……いや、いつ(・・)撮影された物なの?」

 「撮影時期はおよそ13年前。場所は恐らく国道188号線沿いだ」

 「13年前?188号線沿い?じゃ、じゃあこの艦隊って!」

 「察しの通りだ。その艦隊が俺の故郷を……俺の家族を奪った奴らだ」

 

 お父さんの口調は淡々としている。

 殺気も怒気も感じない。

 でも私にはわかる。そう思えるのは感情を必死に圧し殺しているから。

 

 「そこに写っている姫級。特徴からして南方棲戦姫だろう」

 「私もそう思う……。で、でもさ」

 

 ヲ級やル級、タ級はもちろん、南方棲戦姫の撃破例もいくつかある。

 コイツがお父さんの家族の仇なのはほぼ間違いなくても、この南方棲戦姫が今も健在とは……。

 

 「ソイツは生きている」

 「確信、してるの?」

 「ああ、当時の襲撃場所を調べた結果。ソイツが現れた場所だけ戦略的意味があった」

 「基地とか工場関係?」

 「そうだ。そう言った場所の襲撃艦隊には必ず南方棲戦姫が居たよ」

 

 それが、コイツが生きていると確信した根拠?

 たしかに当時の……いや、今もか。で考えると、戦略的に動く深海棲艦は稀。

 でも、たまたまだった可能性もあるんじゃない?

 つまりコイツが基地や工場関係を襲ったのもたまたま、偶然だっただけなんじゃ……。

 

 「戦略、戦術の概念を持つ南方棲戦姫。心当たりがあるだろう?」

 「渾沌。今、南方で円満達が戦ってる艦隊の指揮艦ね。でもさ。渾沌が戦術を学んだのは野風と合った後。たしか正化20年の末頃からのはずよ?時期がおかしくない?」 

 「おかしくはないさ。奴は野風から戦術を学ぶ前から基地や工場を潰せば有利になる。くらいは考えることが出来たんだろう。逆に言えば、だからこそ野風に惹かれたとも言える」

 

 なるほど。

 元々興味があったって訳か。だから、出会いこそ誤認だったものの、野風から人間の事を学ぶ事に抵抗がなかったとお父さんは考えたのね。

 あれ?お父さんの家族の仇が渾沌と言う事は……。

 

 「今回の作戦で終わる……の?」

 

 円満が率いた艦隊が渾沌を討ち取ればお父さんの復讐は終わる。

 だって直接手を下したのは渾沌だもの。

 深海棲艦を滅ぼさなければ気が済まないって思ってるなら話は変わるけど、それでも復讐の半分は終わる。

 もしかしたら、お父さんが大淀に命じたのは渾沌の撃破かもしれない。あの子ならアクシデントでもない限り必ず討ち取るでしょうから。

 なのにどうして、お父さんは無表情なの?

 何を考えてるの?何を隠してるの?

 お父さんは大淀に何を命じたの?

 

 「終わらんさ。まだ終わらんよ」

 

 お父さんの頬が歪むのを見てゾッとした。

 殺気の類は感じない。でも嬉々としてるのがわかる。

 私が結婚して、桜が生まれて、大淀と添い遂げて、お父さんが幸せだと思える出来事が続いたことで、お父さんの復讐心はなりを潜めたと思っていた。

 でも違った。

 この人の復讐心は萎えてなんかいない。むしろ酷くなってる。幸せな出来事が、逆に復讐心をさらに燃え上がらせてるんだわ。

 

 「奴の始末だけは大淀にも円満にも譲らん。俺が殺してやる。だが、ただ殺すのでは意味がない。絶望のドン底に突き落とした後で殺してやる。俺、自らの手でな」

 

 狂ってる。

 それがお父さんに抱いた私の感想だった。

 大淀とイチャイチャしてるお父さんも、桜にじぃじと呼ばれてデレデレになるお父さんも嘘偽りないお父さんなのはわかってる。でも、本性じゃない。それが今、確信できた。

 あの時、吹き飛ばされた家の前で生まれた復讐鬼はまだ生きていたのよ。

 そして成長を続けていた。

 この写真を手に入れ、渾沌が仇だと確信したのがいつなのかはわからないけど、10年以上の時間をかけて復讐の相手を渾沌に絞り込み、そして復讐鬼は手に入れた。

 目の前の邪魔者を薙ぎ払う最強の大淀()と、復讐の場へと運んでくれる最高の円満()。その、復讐を成就させる手段を手に入れてしまった。

 

 「だが今回はダメだ。まだ早い。まだ……な」

 

 私が知る限り、ここまで深海棲艦を憎んでる人はいない。ただ殺すだけならまだしも、絶望させようなんて考えてる人なんていない。

 だって人の身でそんな事不可能に近いもの。

 それは人の身で鬼級と戦った私が一番よくわかってる。倒すだけで精一杯なのに、元が人間だった野風なら兎も角、根っからの深海棲艦である渾沌を絶望させる手段なんて私には思い浮かばない。

 でもきっと、その段取りを円満にやらせるつもりなんだわ。円満本人にも、気づかせないように。

 

 「渾沌に同情しちゃうわね。喧嘩を売った相手が最悪を通り越してる」

 

 渾沌が変に人間の真似をしなければお父さんにバレなかったし楽に死ねたでしょう。それこそ今回の作戦で、もっと言えば三年前のハワイ島攻略戦で。

 でも、もう手遅れ。

 すでにお父さんの中では算段がつき、渾沌の首を真綿で絞めるように追い詰めている。

 

 本当に同情するわよ渾沌。

 アンタが恨みを買い、敵に回したのは私が知る限り最狂の人間。

 人の身で深海棲艦を殺すバケモノ殺しの化け物。

 艦娘が現れた事で英雄になり損ねた英雄。

 アンタが焼いた周防の国が産み、アンタへの憎しみが育んだ最狂最悪の復讐鬼。

 『周防の狂人』なんだから。



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第六十九話 幕間 円満と長門

 7章ラストです。
 8章開始は……いつになるんだ?
 過労死するほうが先かも( ̄□ ̄;)


 

 

 

 西村艦隊よる敵艦隊背後への奇襲が成功して丸一日。

 満潮の救助とその後の面倒を大淀に任せて、私はラバウル、ブイン、ショートランドの三基地をどう攻略しようかと提督居室で考えていた。

 偵察艦隊の情報では、ラバウル基地は現在約100隻程の敵艦に包囲されているらしい。

 ブイン、ショートランドも同じく、同程度の規模の敵に包囲されている。

 

 「仕事熱心ね。あまり根を詰め過ぎると倒れるわよ?」

 「長門……さんか。入るのは良いけどノックくらいはしてちょうだい」

 「しても返事がなかったから、倒れてるんじゃないかと心配になったのよ」

 「そう、それはごめんなさい。ちょっと考え事をしてて」

 「三基地をどう攻略するか……ね?やはり制圧されていたの?」

 「いいえ、たぶん完全には制圧されてない」

 

 満潮の言う通り、少しは楽観的に考えるのも必要かもね。まさか、敵の侵攻開始から2週間以上も持ち堪えているとは考えなかったもの。

 

 「戦艦と空母による遠距離攻撃。後に、水雷戦隊による強襲。が、無難かつ確実かな」

 「三基地同時に?」

 「まさか。まずはラバウル基地を解放する。後に、ブイン基地とショートランド泊地を包囲してる敵艦隊を南北から逆に包囲する」

 「電撃戦か。なら、スピード勝負ね」

 「ええ、ワダツミは止めない。ラバウル基地を包囲している敵艦隊を移動しながら殲滅するわ。その足で、残りの両基地へ向かう」

 

 艦娘達にはまた無理をさせなきゃならない。

 その日の内に、都合200以上の敵と戦わなきゃいけないんだから。

 

 「三基地の提督達には感謝しないとね。陥落し、棲地化していたらこちらの余裕が無くなっていたわ」

 「そうね。もう少し信じるべきだった。これなら……」

 「円満」

 「わかってる。ちょっと迷っただけ」

 

 わかってはいるけど、つい考えてしまう。

 私が南方の人達を信じ切れなかったから余計な犠牲が増えたんだって。

 恐らく、今回の作戦で三基地が陥落していないのはラバウル提督の手腕によるものでしょう。

 きっと、包囲網構築が釣り餌だと気づき、秘密裏に地下壕か何かを建設して立て篭もり、今も抵抗を続けてくれてるんだわ。

 

 「過ぎた事を悔やむ余裕なんて、今の貴女にはないでしょう?」

 「うん、ない」

 

 今、私の手元には敵の侵攻開始から今までに戦死した者達のリストが広げられている。

 私が先生に渡した戦死予定者リストと九割方同じ内容となっているリストを。

 これを見る度に胸が張り裂けそうになる。自分の首を掻き切りたくなる。死んで償える罪ではないとわかっていても、死にたくなる……。

 

 「また、抱いてあげましょうか?」

 「言い方。それじゃあ私と貴女がそういう関係みたいじゃない」

 「そう言われてみれば……。いやいや、円満が欲求不満だからそういう風に考えてしまうだけよ」

 「人を飢えてるみたいに言わないで。って言うか、いつまで素でいる気?」

 「『長門』でいるのは疲れるのよ。私の素を知ったのが運の尽きだと諦めて」

 

 だから、私が仕事中だとわかってて居座っていると?

 邪魔をしないから構わないけど、人がいると落ち込めないからかえって辛いんだけどなぁ。

 

 「そんな迷惑そうな顔をしないで?心配しなくても、私が入り浸るのは満潮が復帰するまでだから」

 「じゃあもう少しね。早ければ明後日には復帰するはずだから」

 「そうね。だからそれまでは、みんなの代わりに貴女を支えるわ」

 「みんな?」

 

 みんなって誰?それに私を支えるって……。

 もしかして長門さんは、私の心が折れないよう、自分が居ない間の事を満潮に頼まれてたのかしら。いやでも、長門さんは『みんな』って言ったわよね?

 

 「そう、みんな。桜子や、今は軍監として第7艦隊に同行してる辰見と叢雲。そしてもちろん、満潮からも」

 「信用されてないなぁ……。私、そんなに弱い?」

 「いいえ、貴女は強い。武蔵の件で思い知ったけど、私じゃ貴女みたいに堪えられない。素直に凄いと思ったわ。でも、強すぎるとも思った」

 「強すぎる?」

 「そう、貴女は強すぎるの。だから、仲間の死に堪えれてしまう。でも限界は必ずあるわ。だから、私達は貴女の気持ちの捌け口として支えるの。貴女が限界を迎えないように」

 

 限界を迎えないように……か。

 たしかに、私一人だったらとっくに限界が来てた。

 桜子さんがいなかったら先生を想いすぎておかしくなっていたでしょうし、辰見さんがいなかったら失恋を受け容れる事も出来なかった。長門さんが半分背負ってくれなかったら武蔵の死に堪えられなかったし、満潮がいなかったらとうの昔に拳銃で頭を撃ち抜くくらいしてたでしょう。

 私は、みんなに支えられてる。

 そんな事を今さら理解するなんて、私は本当にバカだわ。

 

 「そういう面を見せていれば、大淀に毛嫌いされる事もなかったでしょうに」

 「あ、あれはそのぉ……。私って元々可愛いモノが好きだからそれで……」

 「それで、大きくなった大淀を見限って今の朝潮に鞍替えしたの?」

 「そ、そんな事は……無いとも言えないわね。でも、私が今の朝潮に拘ってるのは別の理由からよ」

 「へぇ、興味あるわね。聞いても良い?」

 

 頬をポリポリ掻きながら話そうか悩んでるわね。悩むって事は、やっぱり不純な理由なんじゃないの?

 

 「一言で言うと、放っておけない。かな」

 「放っておけない?あの子、度が過ぎて真面目ではあるけど私生活もしっかりしてるわよ?」

 「それが放っておけない理由よ。あの子はあの歳でしっかりし過ぎてる。いいえ、キッチリし過ぎてるって言った方が良いかしら」

 「キッチリ……か」

 

 言われてみればたしかに心当たりがある。

 度が過ぎて真面目と片付けるのは簡単。でも今言ったように、朝潮の真面目さは度が過ぎている。

 満潮を大和の嚮導としてつけている間、残りの八駆の三人に交代で秘書艦をしてもらった時に、あの子の異常な程の真面目さに始めて気づいた。

 

 あの子が書く文字は判で圧したように全く同じ。僅かでもズレたりすれば新たに書き直そうとする。

 書き直しが不可能な場合は始末書を書くし、「私は秘書艦失格です」と言って憲兵のところに行こうとする。

 書類を書き損じたから逮捕してくださいと言われたら憲兵も困るわよ。と、言って宥めたけど本人は納得出来なかったらしく「な、ならば司令官が罰を!」とか言ってお尻を差し出すの。

 真面目と言うよりは臆病と言った方が良いのかもしれないわ。たぶんあの子は……。

 

 「失敗を異常に恐れている。私にはそう思えるの」

 「長門さんも、そう思う?」

 「ええ、あの子がどういう育ち方をしたのかは知らないけど、きっと躾の厳しい家で育ったんでしょうね」

 「半分正解」

 

 あの子の艦娘になる前の経歴は養成所の段階で調べられている。

 躾が厳しい家だったのは合ってるわ。でも、あの子が受けた躾は虐待と言っていい。

 あの子の家は裕福とは言えない。いえ、ハッキリ言うわ。貧乏だった。

 その事に、あの子の両親はコンプレックスを抱えていたのか、貧乏だと馬鹿にされないようあの子を躾けた。

 でも、その躾は度が過ぎていた。

 養成所の調べでは、あの子は何か失敗する度に殴られ、真冬に冷水を浴びせられ、外に放置されたこともあったそうよ。児童相談所も動いたレベルだったんだとか。

 そんな目に遭わされていたのに、あの子の志願理由は「両親を金銭的に助ける」事だった。

 そんなあの子に、養成所の職員はこう尋ねた。

 「虐待されていたのにどうして?」と。

 いや、もうちょっとオブラートに包んで言いなさいよとも思ったけど、あの子は不思議そうに職員を見た後こう言った。

 「親が困っているときに子が助けるのは当然じゃないですか」と。

 いやぁ、出来た子だ。と、その話を聞いた直後は思ったわ。でもその続きが、その感想を180度変えてしまった。

 あの子は親の反対を押し切って艦娘になったんだと思っているようだけど全く違う。

 あの子は売られた。

 あの子の両親は、あの子の歳でもお金を稼ぐことが出来る『艦娘』という仕事があることをさり気なく、例えばニュースを見せるなりして吹き込み、計画通りにあの子が「艦娘になる」と言い出すや反対し、親の反対を押し切って艦娘になったんだとあの子に思い込ませた。

 その証拠に、あの子の両親はあの子が養成所の門を叩くより前に、あの子が艦娘になれるかどうかを尋ねていたらしいわ。両親のどちらかに、かつての艦艇のいずれかとの縁が有れば艦娘になれる可能性があるからね。

 もっとも、艦娘になれる条件は一般には公開されていないから、あの子の両親は髪の毛やら爪やらを持ち込んだんだってさ。

 

 さらに裏付けとして、あの子の両親はあの子の仕送りを振り込まれた週に使い切るような生活をしている。

 ギャンブルは当たり前だし、無駄な買い物や旅行等々、数え上げたら殺したくなるわ。

 

 「そんな……酷すぎる!あの子は純粋に親の事を想って……!」

 「これでもマシな方よ。もっと酷い目には遭ってる駆逐艦はいっぱいいる」

 「だから何もしないって言うの!?」

 「長門さん、ちょっと落ち着いて。何もしてないなんて言ってないでしょ?」

 「じゃあ、そういう子の退役後の対策はしてるのね?」

 「当然よ。もっとも、先生がそうしてたんだけどね」

 

 具体的に言うと、朝潮のような境遇の子が退役を選択した場合はその時の両親の素行調査を行い、その調査結果をその子に報せ、二通りの進路を提示する。

 一つ。

 戸籍を復活させて両親の元に戻るか。

 二つ。

 新たに別の戸籍を取得し、艦娘になる前とは全くの別人として生きるか。二つ目の場合は、両親にはその子が戦死したと伝えられる。

 

 「そんな制度があったのね。知らなかったわ」

 「知らなくて当然よ。長門さんのような上位艦種にはほぼ関係ないし、こんな制度一般には公表できないからそういう境遇の子が退役を選択した場合にその子のみに伝えられる。要は例外みたいなモノよ。私自身、提督になるまで知らなかったわ」

 

 もっとも、大半の場合は親元に戻るのを選択するそうだけどね。その後がどうなるかはその子次第。さすがに、軍を離れて一般に戻った後は介入が難しいから。

 

 「円満も、そうだったの?」

 「心配しなくても私は孤児よ。空襲で両親を亡くして、気づいたら養成所に居たわ」

 「そう……」

 「辛い想いをしたのね。なんて言わないでよ?こんなの、駆逐艦じゃよくある話なんだから」

 

 あらら、長門さんが絶句しちゃった。

 私が自分の境遇を軽く言ったから呆れてるのかしら。でも仕方ないのよ?さっきも言ったけど、親を亡くして養成所に流れつくなんて駆逐艦にとっては普通の境遇なの。私が艦娘になった頃なんて別の境遇の子の方が珍しかったわ。

 まあ、それよりも。こんな話をしたもんだからなんだか……。

 

 「湿っぽくなっちゃったわね」

 「そうね……。ごめんなさい。私のせいだわ」

 

 今さらだけど違和感が凄いなぁ。

 こっちが素だとか言ってたけど、最近まで普段の『長門』しか知らなかった私からしたら別人にしか見えないわ。

 だていつもは無駄に胸を張ってるゴリラなのに、今の長門さんは気弱でお淑やかなんだもの。

 

 「そっち(・・・)なら男にもモテそうなのに、どうして幼女にしか興味がないの?」

 「べ、べつに幼女が好きなわけじゃ……」

 「でも、朝潮を追いかけ回してるよね?」

 「あれはそのぉ……。そ、そう!あの子と遊ぼうとしてるのよ!」

 「意味深に聞こえるなぁ。それに、部屋中あの子の写真だらけって噂を聞いたんだけど?」

 

 あ、冷や汗流して目を泳がせてる。どうやら噂はマジっぽいわ。

 先生もそうだったけど、どうして朝潮が好きな人は写真とかを撮りたがるんだろ?ロリコンってそういう習性があるのかな。

 

 「まあ、ほどほどにしといてよね。あの子も嫌がってるし、下手すると大和を敵に回すことになるわよ?」

 「ふ、ふん!大和ごとき遅れを取るほど私は弱くは……」

 「大和って、あの大淀を素手で痛めつけたのよ?勝てる?」

 

 むむむ……。とか言って腕を組んで悩んでるけど勝てないでしょ?あの子って、桜子さんとガチ喧嘩した上に勝ったこともあるのよ?

 長門さんが女性とは思えないくらい筋肉ムキムキでも勝てるなんて考えられないわ。

 

 「そ、そう言えばだ!大淀はどこで使うつもりなんだ?私が知ってる限りだと瑞鶴の捕縛と満潮の救助くらいしかさせていないだろう」

 「あ、話逸らしやがった。しかも『長門』になってるし」

 「い、いいだろうべつに!で?どうなんだ?」

 「……正直に言うと使いたくない」

 「使いたくない?演習の件で険悪なままだからか?」

 「それもなくはない」

 

 でも違う。作戦中である以上、私情は挟まない。

 一人で一艦隊分の働きをするあの子を使えば戦闘が楽になるのはわかってるわ。

 でも、あの子がこの作戦に参加してるのに違和感を感じるから使いあぐねてるの。

 

 「気持ちはわからなくもないが、大淀が戦線に出れば……」

 「言わなくて良いわ。言いたい事はわかってるから。それに、それを理由にして使わないんじゃない」

 「なら、どうしてだ?」

 「あの子、たぶん先生に何か命じられてるわ」

 「元帥に?」

 「ええ、それは恐らく後の戦況を左右しかねない」

 

 何を命じたのかまではわからない。

 勘ではあるけど、あの子の何かを隠してそうな態度からそう感じる。

 有力なのは、窮奇を内に秘めている大和の暗殺。

 先生からすれば、窮奇は先生の婚約者だった初代朝潮の仇であり、大和は現在進行形で大淀を恨んでる厄介者だもの。戦闘の混乱に乗じて始末しよう。くらいは考えててもおかしくないわ。

 

 「まあ、最悪の場合は出すわ。それまでは雑用に専念してもらう」

 「海軍最高戦力である大淀を雑用で使うか……。正直その……」

 「もったいないとは思ってる。でも、あの子を使えば最悪以上になりかねない」

 

 窮奇との約束もあるし、どこかしらで使う必要もあるしね。

 でも、それより今は大淀をどう使うかよりも三基地の救助の方が先決。

 算段は大方ついたから、後は参加させる各艦隊に説明ね。

 

 「長門、各艦隊旗艦に、1時間後にブリーフィングルームに集まるよう伝えてちょうだい」

 「どう攻めるか決まったのか?」

 「ええ、明朝、ラバウル基地を包囲している敵艦隊を強襲する」

 

 作戦開始は夜明けの一時間前。

 ラバウル基地の北西、マン島沖まで進んだワダツミから第一主力部隊と第一遊撃部隊第二部隊を出撃させ、ラバウル基地を包囲中の敵艦隊に対して長距離艦砲射撃。後に、随伴艦隊による雷撃で兎に角数を減らす。

 敵はラバウル基地に上陸するため、団子に近い状態になってるはずだから、距離さえ間違わなければ目を瞑ってたって当たるはずよ。

 その後、随伴艦隊を残敵掃討のために残し、さらに後詰めとして第一機動部隊も出撃させ、ラバウル基地を解放する。

 

 次は、そのままニューアイルランド島とニューブリテン島の間を通ってブイン、ショートランドを目指し、ブーゲンビル島北端に到達後、足の速い第二遊撃部隊と第二主力部隊を島南側の海岸線沿いに進ませる。

 ワダツミは逆に北側を進むわ。

 後は折を見て残りの艦隊を出撃させ、先に出撃させていた二艦隊と共に、ブイン、ショートランドを包囲している艦隊を南北から挟撃、逆包囲する。

 

 「明日の昼までには終わらせるわ。気合入れてよね。長門」

 「任せておけ。満潮の代わりに、私がしっかりと遂行してやる」

 

 長門の頼もしさをありがたいと感じる反面、私は言いようのない不安に襲われた。

 作戦は順調。艦隊の消耗も想定以下。

 たぶん、作戦自体はこのままほぼ予定通りに終わる。

 私を不安にさせているのは大淀。もっと言えば先生。頭をよぎってしまった先生の思惑がいくら考えてもわからない。

 先生はいったい何を企み、私に何をさせようとしているの?私に、どこへ連れて行けって言うの?

 

 

 

 

 




次章予告。


 大淀です。

 艦娘運用母艦ワダツミで敵残存艦隊を掃討しながら渾沌を探す日本艦隊。
 一方、ヘンケン提督率いる第7艦隊は辰見さんが予想だにしない方法で南方中枢(どことなく吹雪さんに似てますね)を追い詰めます。
 さらにその一方で、人知れず開始される小規模な夜戦。
 爆音と砲声が轟く海域で再び風が吹き荒れます。かつて戦場を駆け抜けた緋色の風が。
 そして、私と大和さんは……。

次章、艦隊これくしょん『光と影の戯曲 (ドラマプレイ)
お楽しみに。


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第八章 光と影の戯曲 《ドラマプレイ》
第七十話 神風が吹いた。


 全部書き終わってないけど八章の投稿を開始します。
 二、三日ありゃ残りも書き上がるだろ(楽観)


 

 

 

 

 その日、敵の侵攻が始まってからちょうど十日目の夜明け前。

 私たちラバウル基地残存兵は、けたたましい轟音で目を覚ましました。

 ええ、最初は敵の砲撃だと思いました。

 地下壕に隠って撃っては逃げ撃っては逃げを繰り返していた私たちに業を煮やした敵艦隊が、地面ごと私たちを葬り去ろうと無差別な艦砲射撃を開始したんだと。

 

 でも違いました。

 砲撃音と爆音はしても振動がありません。

 だから、私が地下壕から出て確認する事にしました。もちろん反対されましたが、偵察機を運用出来るのは私だけでしたから、提督も泣く泣く賛成してくださいました。

 

 青木さんもご存知の通り、砲撃はワダツミ旗下の艦娘によるモノでした。

 それがなんとなく想像できたから、私は地下壕から出てすぐに偵察機飛ばせたのでしょうね。

 

 その結果見えたモノは、火の海に包まれた敵艦隊と高速で接近する艦隊でした。

 恐らく紫印提督は明るくなる寸前、夜戦に近い状況で、戦艦による遠距離射撃で戦端を開いて敵の混乱を誘い、間髪入れずに水雷戦隊による雷撃を加えて、敵が冷静さを取り戻す前に数を減らそうとしたのでしょう。

 

 結果はご存知の通りです。

 敵艦隊は紫印提督の策に見事にハマって混乱の極み。そして、夜明けと同時に機動部隊による航空爆撃。私たちが苦しめられた100隻余りの敵艦隊が、僅か二時間足らずで8割方沈みました。

 

 後は消化試合です。

 私たちラバウル基地残存兵も加わって、海と陸両方から挟撃された敵艦隊は為す術無く全滅しました。

 敵が全滅した後、主力艦隊の随伴艦隊と思われる艦隊とワダツミに随伴してきた補給艦と護衛艦のみ残り、ワダツミはラバウル基地をスルーして珊瑚海方面へと進みました。

 

 その僅か半日後に、ブイン、ショートランドも開放された旨を伝える通信が入りました。

 それを聞いたとき、ラバウル提督はこう言いました。

 「彼女に餌として使われたのなら、僕は本望だよ」と。

 その時は納得できませんでしたが、私も後に、終戦を迎えてから思えるようになりました。

 

 戦争を終えることが出来たのは紛れもなく紫印提督の手腕によるモノ。

 その始まりとなった南方攻略に一役買えたことを、今では誇りに思えるようになったんです。

 

 

 ~戦後回想録~

 元練習巡洋艦 鹿島へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「満潮、物資の揚陸作業はどう?順調?」

 「順調よ。順調すぎるから、白雪さんから負傷者の運搬も同時に進めて良いかって進言があったわ」

 「許可するわ。基地施設の方はどう?」

 「入渠施設は奇跡的に健在。あ、あとラバウル提督から二、三日もすれば基地航空隊が使用可能になるって連絡が入ったわ」

 

 私が復帰して二日。

 つまり、スリガオ海峡で派手に暴れてから五日目の昼下がり。提督居室に隠って地図と睨めっこしてる円満さんに遅めの昼食を持って来たついでに現状の報告をした。

 あ、逆の方が良かったかな?報告のついでに昼食を持って来たの。

 

 「取り敢えずご飯にしたら?一昨日からろくに食べてないらしいじゃない」

 「食欲がない」

 

 食欲がないですか。そうですか。

 まあ、気持ちはわからなくもないわ。

 原因はたぶん、私がワダツミからタウイタウイ泊地に発った後。さらに、西村艦隊が挟撃を成功させた後のコロンバンガラ島沖での戦闘とサボ島沖での戦闘。

 

 報告書でしか詳細を知らないけど、ブイン、ショートランドまで解放した日本艦隊は、夜陰に紛れて渾沌艦隊を捜すよう、第一遊撃部隊第二部隊の随伴護衛艦隊として編成されていた第二水雷戦隊に命じたそうよ。

 そして捜索の最中、コロンバンガラ島沖で会敵した敵艦隊との夜戦で旗艦だった神通さんが戦死した。

 臨時旗艦を務めた雪風さんの報告では、敵艦隊の最後の1隻が沈むまで、攻撃を一身に受けながら敵を探照灯で照らし続けたらしいわ。

 

 サボ島沖での戦闘はちょっと良くわからないわね。

 結果的に、後から合流した別艦隊の手で敵艦隊は殲滅されたんだけど、戦死した古鷹さんと吹雪さんも含め、敵と最初に会敵した青葉さんの艦隊員の弾薬消費がほぼ無かった。全く応戦しなかったようにも感じたわ。

 

 とまあ、この一連の出来事のせいで円満さんは食欲が減退しちゃってるわけ。

 サボ島沖での報告書を読んでから十円ハゲまで出来ちゃったしね。精神的にかなりまいってるのは確かよ。

 でも……。

 

 「食べなさい。今のままじゃ、作戦を完遂する前に倒れちゃうよ?」

 「でも本当に……」

 「無理?それでも食え。もう食べられなくなった人たちの事を想うなら吐いてでも食べなさい」

 「……わかった。相変わらず満潮は厳しいなぁ……。長門はそこまで言わなかったわよ?」

 「そりゃそうよ。そもそもあの人、円満さんがダメ女だって知らないでしょ?」

 「ダメ女って……。もうちょっと言い方が」

 「ない。だって掃除出来ないでしょ?洗濯はもちろん料理もからっきし。さらに言うなら、私が言わなきゃ下着を何日も換えないくらズボラでしょ?あ、あと胸が無い」

 「ちょっ!最後のってただの悪口じゃない!だいたい、胸は無い訳じゃなくて小振りなの!もしくは発展途上!」

 「はいはい。そういう事にしといてあげるからサッサと食え」

 

 ふう、荒療治だったけど少しは元気が出たみたいね。

 「あるもん……。いつかちゃんと生えてくるもん」とか言いながら食事に手をつけ始めたわ。

 でもね円満さん。

 胸は生えるものじゃないから。

 

 「このまますんなり行けば良いのにね。まだ渾沌の撃破どころか南方中枢の撃破も残ってるんだから」

 「何言ってるの?あと私たちがやる事は、精々渾沌の撃破くらいのものよ?」

 「え?でも中枢は?」

 「アンタ、作戦の説明をちゃんと聞いてなかったの?最初から、南方中枢の撃破は第7艦隊の仕事だったじゃない」

 「じゃ、じゃあ。私たちは囮?」

 

 そういう事。

 と言って、円満さんは食事に戻った。

 そういえば、そんな話を会議の場で説明してた気がするわ。私は佐世保提督を睨むのが忙しくて聞き逃しちゃったみたいだけど。

 

 「逆の方が良かったんじゃない?第7艦隊の方が数が多いんだから、囮ももっと派手にできたかもよ?」

 「それは無理。先生的にも米国的にもね」

 「どうして?」

 「今回の作戦は先生が私に課した試練であり、米国にとっては実験だからよ」

 

 円満さんの話では、元帥さんは円満さんに大規模艦隊の運用経験と精神的重圧。さらに大規模作戦を成功させたという実績を与えるために、作戦の立案から実行までを任せた。

 対して米国が得たかったのは、3年前に日本が先に得た中枢を討ち取ったという栄誉。

 そしてもう一つ。

 米国は中枢に対して新しい戦術を試そうとしているらしいわ。その詳細までは円満さんも知らないそうだけど。

 

 「じゃあ本当に、私たちがやるべき事で残ってるのは渾沌の撃破だけ?」

 「そうなるわね。起爆棲姫の撃破もできたし」

 「あ、終わってたんだ。敵本隊にいたの?」

 「いいえ?いなかったわよ?」

 「はぁ?いなかったぁ?」

 

 だったら、起爆棲姫はどこにいたのよ。

 新種の姫級はいたけど、少なくともスリガオ海峡にはいなかったわ。

 もしかして第二遊撃部隊が進んだサンベルナルジノ海峡の方にいたのかしら。

 

 「そう、いなかった。起爆棲姫がいたのはジャワ海だったわ」

 「ジャワ海!?どうしてそんな所に……。いや、それよりもどの艦隊が撃破したの?そっちに艦隊を回す余裕なんて……あ」

 

 あった。

 私たちがタウイタウイ泊地で待機してる間、どこに向かうのかハッキリしてない艦隊が一つだけあった。

 それは……。

 

 「第三遊撃部隊。神風達が起爆棲姫を倒したってこと?」

 「その通り。あの子達が頑張ってくれたおかげで、私たちは渾沌の撃破に専念できるって訳」

 

 神風達が頑張った。

 確かにそれは間違いないんでしょう。でも、会議の場で説明しなかった起爆棲姫撃破用の艦隊を一つタウイタウイ泊地に用意していた時点で、ジャワ海で起爆棲姫を討つのも円満さんの計画通りだったのがわかる。

 

 「敵の規模はどうだったの?水雷戦隊で倒したくらいだから小規模だったんでしょ?」

 「ええ、規模自体は小規模よ。重巡棲姫を旗艦に起爆棲姫と駆逐水鬼。それにナ級が3隻ね」

 「よ、よく倒せたわね。正直その……」

 

 信じられない。

 矢矧さんは兎も角、神風達のスペックはお世辞にも高くはない。脚技を習得してはいるけど、重巡棲姫の装甲を貫けるほどの火力はない。

 駆逐艦の実力はスペックではないと理解してるしそう思ってるけど、相手の装甲を貫けるだけの火力が無ければどだい無理。

 私みたいに、重巡棲姫を殴り飛ばしでもしたのかしら。

 

 「詳細は報告書待ちだけど撃破したのは間違いないわ。起爆棲姫の撃破も、矢矧達を回収してくれた奇兵隊員が確認してくれたから」

 「そう……」

 「神風達が、どうやって重巡棲姫を倒したかがわからない?」

 「ええ、ハッキリ言って、神風達の火力で倒せるとは思えない」

 

 重巡棲姫はその名の通り重巡洋艦。

 しかも姫級なだけあって、火力も装甲も並の重巡洋艦を上回る。確か、装甲値は200に近かったはずよ。

 神風達が、持てる魚雷を全て直撃させたなら倒せるんでしょうけど、他の随伴艦やメインターゲットである起爆棲姫も倒してなお、重巡棲姫を倒せるとはどうしても思えない。

 

 「『神狩り』って、知ってる?」

 「カミガリ?何それ」

 「私も詳細はしらないし、この目で見たのは一度切りなんだけど。たぶん、それを使って倒したんだと思う」

 「使って倒したって事は必殺技的なモノなの?」

 「個人的には、アレを必殺技だなんて呼びたくはないわね。強いて言うなら……特攻技かしら」

 「特攻?」

 

 要は自爆技?

 そんな危険極まりないモノを誰が考え……。って、そんなの一人しかいないか。

 

 「桜子さんね」

 「そう、艦娘時代の桜子さんが創作した特攻技。それが『神狩り』。あの大淀でさえ使うことを躊躇うほどの捨て身の一撃よ」

 「どんな、技なの?」

 「想像で良い?さっきも言ったけど、私は詳細を知らないから」

 

 円満さんの話では、見た目的には叢雲さんの『魔槍』に近いらしい。

 違うのは、接近する手段が装甲をほぼ0にした稲妻のみ。インパクトの瞬間には切っ先に集めた力場以外の全てをカットする事。

 聞いた限りでは、接近から攻撃まで『刀』の応用みたいに聞こえるわね。

 あ、一応説明しておくわ。

 桜子さんが創作した力場応用術に『刀』と呼ばれているモノがあるの。

 それは、例えば火力値50、装甲値50だとして、装甲値の50を20に減らして浮いた分の30を火力値に上乗せし、性能以上の火力値を得ることができるモノよ。

 もし『神狩り』が『刀』を使って、神風が扱える全ての力場を集約して装甲を貫くモノなら、神風の性能でも重巡棲姫を倒し得る。かもしれない。

 

 「たぶん、間違ってるけどね」

 「間違ってる?」

 「そう、私が『神狩り』を見たのは演習大会の時。桜子さんが雪風と戦った時なんだけど、その時に見た『神狩り』はさっき言ったモノで間違いない」

 「じゃあ、どうして間違ってると思うの?」

 「アレじゃあ精々、ル級くらいまでしか通用しない。それは叢雲が証明してる」

 「いや、意味わかんないんだけど」

 「叢雲の『魔槍』は、簡単に言うと桜子さんが演習大会で披露した『神狩り(仮)』に砲撃による加速を加えたモノよ。なぜ、砲撃による加速を加えたのかは言うまでもないわよね?」

 「ル級までしか通用しなかったから……ね」

 「その通り。でも、重巡棲姫を倒したという報告で全く違うモノだと確信したわ。アレは、突進して集約した力場で装甲を貫く単純な技じゃない。言わば、力場操作の極みみたいなモノよ」

 

 極み……ねぇ。

 確かに桜子さんならそのくらい極めてそうな気はする。そしてたぶん、『神狩り』を伝授され、重巡棲姫を倒したのは……。

 

 「やったのは神風?」

 「ええ、たぶん。矢矧達を回収してくれた奇兵隊員が通信でこう言ってたもの。『神風が吹いた』って」

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 一応、一般には公表されてない情報だから話半分で聞いてね?

 

 第一遊撃部隊第三部隊がタウイタウイ泊地を発ってから64時間後に読むように提督から言われていた命令書に従った私たちは、金髪さんが操船する哨戒艇(と銘打たれたクルーザー)に乗って、戦場とは全くの別方向にあったジャワ海を目指しました。

 

 正直、どうしてそんな場所に向かわなければならないのかわかりませんでした。

 朝風たちは「場所を書き間違えたんじゃない?」とか言ってましたし、矢矧さんは「役立たずだから僻地に飛ばされるんだ……」とか言って落ち込んでました。

 

 でも、言われた通りにジャワ海に到達し、矢矧さんが夜偵と電探による探索を開始してほどなく、私たちは敵艦隊を発見したんです。

 

 その後の事は、毎週日曜朝9時から放送されてる『水雷戦隊カミレンジャー』の次週放送分を見てくれたらわかると思います。

 台本を見た時にみんなで「あの時とほとんど同じね」って言いながら笑ってましたから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 神風。

 現、戦隊シリーズ。『水雷戦隊カミレンジャー』カミレッド役女優へのインタビューより。

 



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第七十一話 駆逐艦神風。進発します!

 

 

 バカじゃないの!?

 が、その時の素直な感想よ。と言うか、実際にそう言った。

 提督が書いた命令書に従ってジャワ海まで行き、こちらが捕捉されるよりも先に敵艦隊を捕捉できたのに、あろう事かあの子達は敵艦隊の前に立ち塞がったの。

 

 そう!今の青木さんみたいに「はぁ?」って感じの顔を私もしてたわ。

 せっかくの奇襲のチャンスだって言うのに、あの子達は真上に照明弾を打ち上げて自分たちを照らして名乗り口上を始めたの!こんな感じで!

 

 魚雷に平和の祈りを乗せて!

 

 灯せ正義の探照灯!

 

 例えこの身が朽ち果てようと!

 

 守ってみせるさ輝く未来を!

 

 五省に反せず一致し努力する!我らが抱くは水雷魂!臆さぬならばかかって来なさい!

 

 全艦抜錨!合戦用意!我ら水雷戦隊!

 

 カミレンジャー!

 

 てね!

 え?私もやったんじゃないかって?

 そりゃやるわよ!やらざるを得なかったもの!って言うかもう、照明弾が上がった瞬間にヤケクソになってたし!

 

 いやぁ……。今思い出すと痛いなぁ色々と。

 今週のカミレンジャーでその夜の事が再現されててさ。亭主と二人で「今見てもやっぱりバカだわ」って呆れながら見てたもの。

 

 五人とは今でも会うのか?

 会う、と言うよりはお店に来るわね。ほら、神風なんて今は桜子さんと暮らしてるでしょ?

 だから、桜ちゃんとの散歩がてらに寄ってくれるし、撮影がない日は一日中5人で入り浸ってる事もあるわ。

 うちはサービスでお客さんにコーヒーを出してるからそれ目当てでね。

 

 たまには1台買ってけって言ってるんだけど……ってそうだ!青木さん1台買ってよ!今なら消費税分はオマケするからさ!

 ね?いいでしょ?カブって便利よ?燃費は良いし丈夫だし。

 それとインタビューに協力したんだし、艦娘時代に恥ずかしい写真も撮られたし!

 あ、思い出したら腹立ってきた……。

 何よ『生まれたての矢矧』って!私、今だにアレをネタにしてイジられるのよ!?

 だからお詫びに10台ほど……ってちょっと、どこ行くのよ。まだ話は終わってな……って待ちなさい!待てコラ!青木ワレェェェェェ!

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 『バカじゃないの!?ねえバカじゃないの!?せっかく奇襲するチャンスだったのにぃぃぃぃ!』

 

 と、若干泣きが入った矢矧さんの声が無線を通じて聞こえてきます。

 いやほら、私もチャンスだとは思ったんだけど、正義の味方である私たちカミレンジャーが奇襲なんて格好がつかないでしょ?

 それに、名乗り口上は戦隊で一二を争う見せ場なのよ?それをやらないなんて有り得ないわ!矢矧さんだって、文句言ってる割にノリノリでやってたじゃないですか。

 

 「文句なら後でいくらでも聞きます!今は朝風達に指示を!」

 『わっかってるわよ!松風!二時方向に探照灯を3秒だけ照射!朝風、春風はそこに魚雷を撃ち込みなさい!旗風は松風と敵艦隊を挟んだ反対側1000mに移動して探照灯照射準備!』

 

 了解!と、各々の声が無線を通じて鼓膜を震わせる。

 どんな指導を受けたのかは謎だけど、金髪さんに指揮の仕方を習った矢矧さんは見違えたわ。

 一番変わったのは、私たちに対しての遠慮が無くなった事かしら。さっきのでもわかる通り、指示中の気迫は歴戦の軽巡洋艦に勝るとも劣らないわ。

 

 『ナ級二隻の撃破を確認!松風はそのまま真っ直ぐ進みなさい!旗風は10時方向へ5秒間探照灯を照射!朝風と春風は照らされたナ級に砲撃!魚雷の再装填を忘れるんじゃないわよ!』

 

 そしてこの戦術。

 朝風、春風、松風、旗風の四人は全員探照灯を装備している。

 矢矧さんが夜偵を使って敵の位置を探り、そこに向かって誰か一人に数秒間だけ探照灯を照射させて、夜偵からの映像を見ることができない私たちに間接的に教える。

 しかも数秒間しか照射しないし、そう時を置かずに別方向から照射させるから誰か一人にターゲットが集中し辛い。

 対して深海棲艦たちは、コロコロ変わる探照灯の照射位置に翻弄されて混乱し、隊列を乱して手当たり次第に砲撃や雷撃を繰り返している。

 

 『ナ級中破!朝風は11時!春風は2時方向へそれぞれ転進!松風は5時、旗風は7時に魚雷発射!』

 

 私はと言うと、夜偵からの映像と指揮に集中している矢矧さんと敵艦隊の中間位置で待機してるわ。

 正直に言うと戦闘に参加したいけど、朝風たち四人の癖を把握し、最低限の指示を与えるだけで最大限の効果を発揮させてる矢矧さんの護衛兼、誰かが戦闘不能になった場合の交代要員にならなくちゃいけないから我慢してるの。

 反対を押し切って名乗り口上やっちゃった負い目もあるしね。

 

 『駆逐棲姫大破!春風!9時に3秒!残りの三人は砲撃を集中!』

 

 遠目だからハッキリとは見えないけど、先の魚雷で大破した駆逐棲姫に砲撃が集中し、爆散したように見えた。中破してたナ級にも流れ弾が当たって大破したわ。

 

 『朝風、魚雷再装填完了!』

 『春風、上に同じです』

 『僕もOKだよ!』

 『旗風も完了です』

 

 次に狙うとしたらどれだろう?

 ほぼ無傷の重巡棲姫?それとも手負いのナ級?もしくは、私たちが撃破を命じられた、ギリシャ彫刻みたいな外見の起爆棲姫?

 

 『目標!起爆棲姫!朝風5時!春風10時!松風は6時!旗風は9時へ魚雷発射!』

 

 お見事。

 と、素直に賞賛するわ。

 魚雷の再装填時間を考慮して敵の数を減らしながら敵を中心に四人で包囲。からの、本命である起爆棲姫への集中攻撃。

 付け焼き刃とは思えない程の手際の良さよ。

 

 『起爆棲姫への着弾を確認!四人は警戒しながら様子を見て!神風、ナ級がはぐれてこちらに向かってる。始末して!』

 「了解。待ちくたびれたわ」

 

 私の前方、約2000mに上がった火柱に照らされて、ナ級が向かって来てるのが目視で確認できた。

 あちらから私が見えてるんでしょうね。

 だって、私に食い付かんばかりの勢いで突撃して来てるもの。

 

 「駆逐艦神風。敵を駆逐します」

 

 沈みかけの手負いが相手ってのが少し不満。

 でも、今日の調子を計るにはちょうど良いわ。

 だから、ほんの少し可哀想だとは思うけど全力でやってあげる。

 

 「まるで猪ね」 

 

 私は砲撃をしながら突撃して来たナ級を。『水切り』三回で右方へ回避。さっきまで私が居た場所を、ナ級が陸に打ち上げられた魚みたいに通りすぎていったわ。

 

 「調子は悪くない。むしろ良いわね。よし!」

 

 私は左旋回して再度私に突撃しようとしているナ級に砲撃し、動きが鈍ったところで魚雷を撃ち込んで撃破した。

 手応えは皆無と言って良いけど、調子は確認できたから良しとしましょう。

 

 「矢矧さん、起爆棲姫は?」

 『まだよ。厄介な奴が邪魔してくれたわ』

 「重巡棲姫。ですね?」

 『ええ、怒り心頭みたい。「ウヴェアァァァァ!」とか言ってやかましい事この上ないわ。今、朝風達が砲撃しながら牽制してくれてる』

 

 ふむ、護衛対象である起爆棲姫がピンチだから怒るのはわからないでもない。

 でも、私たちだって必死だ。

 円満さんが私たちに託した命令書の最後には「貴女たちに全人類の命運が掛かってる」と書かれてあった。

 その意味は、発見した敵艦隊に起爆棲姫が含まれていたことでわかったわ。

 円満さんの本命は最初からこっち。

 敵本隊の迎撃も、第7艦隊による南方中枢への攻撃も全て陽動。

 敵指揮艦が自艦隊を盛大な囮にして起爆棲姫をこちらに差し向けたように、円満さんも敵本隊の迎撃作戦を囮にして私たちをこちらに差し向けたんだ。

 

 「でも、円満さんの方が一枚上手だったようね」

 

 重巡棲姫と駆逐棲姫。さらにナ級をも含んだ艦隊は確かに精鋭と言える。

 実際、朝風達と戦ってる重巡棲姫は強いわ。

 足手纏いでしかない護衛対象がいるにも関わらず、自分の被害など考えてないようにその身を盾にしつつも、持てる砲火力を遺憾なく発揮して朝風達を圧倒してる。

 でも、私たちの方が強い。

 

 「矢矧さん。他に敵の反応は?」

 『無いわ。この海域にいる敵はあの二隻だけよ』

 「じゃあ、サッサと片づけて帰りましょう」

 『それが出来れば苦労は……。何か、策があるの?』

 「有ります」

 

 目的はともかくアイツも……彼女も必死に戦ってる。与えられた任務が失敗するかどうかの瀬戸際で戦ってる。

 傲慢かもしれないけど、そんな彼女に敬意を払いたいと思ってる私がいるわ。

 いえ、少し違う。

 私は、彼女に勝ちたいと思ってる。

 

 『シズメ……シズメェッ!』

 『矢矧さんどうするの!?このままじゃ……くぅ!魚雷を食らったわけじゃない!こんなんで…沈むもんかっ!』

 『春風!探照灯を照射して注意を引いて!旗風は砲撃を続行!松風は朝風を救助して!』

 

 朝風が被弾したみたいね。

 まだ動けるみたいだけど傷は浅くなさそう。中破ってところかしら。

 

 「神風、あの四人は損傷が増えてきてるし残弾も少ないわ。私たちも前に出るわよ」

 「ねえ、矢矧さん。彼女、私たちの名前を憶えてくれてるかな?」

 「こんな時に何言ってるの?朝風たちがピンチなのよ!?」

 「そんなに怒らないでください。ちょっと聞いてみただけですから」

 

 私のすぐ隣まで来た矢矧さんの言う事ももっとも。

 本当ならすぐさま朝風たちの援護に向かうべきだわ。それなのにどうでもいい質問をされたら怒りたくもなるわよね。

 

 「私が探照灯で引きつける。だから神風は隙を見て攻撃して」

 「わかりました」

 

 矢矧さんは私から見て2時方向へと舵を切りながら探照灯を重巡棲姫へと照射した。

 みんな必死に戦ってる。

 朝風たちは実質駆逐隊で姫級3隻を含む艦隊と戦い、重巡棲姫と起爆棲姫以外を沈めて見せた。

 これだけでも誇るべき戦果だわ。

 

 「私は何をした?何をする?」

 

 私はそう言いながら単装砲を投げ捨て、魚雷発射管をパージした。

 朝風たちの攻撃に被弾した彼女を見る限り、彼女の装甲は厚い。装甲値は200に迫るか、もしかしたら超えてるかもしれない。

 ならば、単装砲も魚雷も必要ない。

 当たったところで決定打にはならない。

 だったらただの重りでしかない単装砲と魚雷発射管を捨て、少しでも体を軽くする!

 

 「駆逐艦神風。進発します!」

 

 私は左腰に差した日本刀の鞘を左手で少しだけ引き抜き、柄に右手を添えて前傾姿勢を取り、トビウオで加速した。

 

 「神風より旗艦 矢矧に意見具申。私が突っ込むまで起爆棲姫は沈めないで、朝風たちには魚雷を再装填させて」

 『突っ込む?突っ込むって何をする気!?』

 「神風()を吹かせます」

 『風!?風って何よ!答えなさい神か……!』

 

 私は通信を切った。

 だって邪魔だもの。今の私は重巡棲姫を倒すことしか考えたくない。先輩に授けられた日本刀()神狩り()で彼女を倒したい!

 

 「覚悟しなさい重巡棲姫。私がこの戦場に、神風を吹かせてあげる!」

 

 彼女までの距離は軽く1000m。無線を閉じてる私の声が彼女に届くわけがないのに、そう言わずにはいられなかった。

 でも、声は届かなくても私には気づいたみたい。

 矢矧さんの探照灯に照らされた彼女が、今なお攻撃を続けている朝風たちより私に注目してるもの。

 

 「撃ってきたわね。でも、まだ大丈夫。まだ脚技を使うほどじゃない」

 

 朝風たちの攻撃のせいもあるんだろうけど、彼女の砲撃は私を捉えきれずにいる。

 500mを切るまでは舵操作だけでなんとかなりそうだわ。

 

 「援護します。お姉様はそのまま邁進してください」

 「ありがとう春風。じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうわ」

 

 いつの間に近づいて来たのか、私と併走しながらそう言った春風はトビウオで11時方向へ加速し、単装砲で攻撃を再開した。

 他のみんなも、矢矧さんまでも、重巡棲姫の砲撃が私に集中しなよう、お腹から伸びている重巡棲姫の砲や起爆棲姫に攻撃して邪魔してくれてる。

 

 「さあ、追い込むわ」

 

 距離は300m。

 私は刀を鞘から抜いて、右肘を後ろに引いて刃を上にし、切っ先に左手をレールのように添えて重巡棲姫に向けた。

 今から放つのは神狩り。

 誰よりも弱かった先輩が、強者を倒してでも生き残ろうと編み出した悪足掻きの集大成。

 

 先輩が最初に、お手本とばかりに見せてくれた時は叢雲さんの魔槍と同じだと思った。違いがわからなかった。

 でも次に、私に向けて放っくれたことで違いが理解できたわ。

 結果だけ言うと、神狩りを受けた私の装甲はガラスのようにパリンと音を立てて砕け散ったの。

 

 「神狩りは魔槍のように、切っ先に集めた力場と突進力で無理矢理装甲を貫く技じゃない」

 

 神狩りは言わば装甲破壊術。

 稲妻の突進力で、力場を集約した切っ先を相手の装甲に潜り込ませ、十分に潜り込んだところで集約していた力場を解放する。

 そうすると、相手の装甲は潜り込んだ切っ先を起点に、放射状に崩壊するの。

 その後の刺突は、言うなればただのオマケね。

 

 「先輩は凄い。こんな、刹那のタイミングを要する力場操作を実戦で編み出し、軽々と使うんだから」

 

 距離200m。

 彼女との距離が縮まるにつれて不安が込み上げてくる。

 私に出来るの?

 練習でも10回に1回しか成功しなかったのに、こんな大事な場面でちゃんと決めれるの?

 先輩のように、神風を吹かせられるの?

 

 「できる……。できるできるできるできる!私は神風!先輩から神風の名を継いだ二代目神風なんだから!」

 

 距離150m。

 歩数にして20歩を切ったところで、私は装甲をほぼ0にし、切っ先に浮いた分を集めながら稲妻で駆け始めた。

 

 「ウヴェァァァッ! ニクラシヤァァァ…!」

 

 私が一番危険だと察したのか、重巡棲姫は他のみんなを無視して私へと砲撃を集中してきた。

 音とほぼ同時に着弾するような超近距離で装甲を0にするなんて正気じゃない。ハッキリ言って狂ってる。

 それでもやるしかない。

 そうするしかなかった。

 先輩はここまでやった。

 先輩は、ここまでしなきゃ生き残れなかったんだ。

 

 「だから……私も!」

 

 距離50m。

 近づくにつれて着弾も早くなる。それでも稲妻で砲撃を躱し、速度も落とさずに突撃を敢行する。

 そんな折、重巡棲姫の砲撃の一発が私の針路上10m無いくらい、ちょうど着水する位置に飛んで来てるのが見えた。

 この一発はマズい。

 いくら水切りに近い機動力の稲妻でも方向転換できないタイミングはある。

 それが今。

 今の私は体が限界まで伸びているし、着弾点は私の着水点とイコール。

 つまり、あの一発は私に直撃する。

 

 「神風!」

 

 重巡棲姫の放った一発が私の着水位置に落ちるより早く、誰かが私と砲弾の間に割って入った。

 アレは、矢矧さん?

 

 「痛ぅ……!決めなさい!神風!」

 

 背中で砲撃を受けた矢矧さんは、飛行甲板を装備している左足を海に突っ込んで決めろと言った。

 ええ、決めさせて貰います。

 貴女の助力を無駄にはしません!

 

 「行きます!」

 

 矢矧さんが左足を突っ込んだ海面やや左に着水した私は、次の一歩のためのタイミングを計りながら一層腰を落とした。そして矢矧さんは「行っ……けぇぇぇぇぇぇ!」と雄叫びを上げながらトビウオの要領で海水ごと私を蹴り飛ばしたわ。

 その蹴りにタイミングを合わせた稲妻で、私はかつて無いほど加速した。

 具体的にどれ位の速度が出ていたのかはわからないわ。でも私はいつもより速く、長く跳んだ。

 それこそ、残り40mもの距離を一歩で踏破するほど。

 

 「神狩り!」

 

 重巡棲姫の手前、約2mに着水すると同時に、技名を合図にして切っ先を突き出した。

 すると、腕が伸びきる前に重巡棲姫の装甲と切っ先が接触したわ。

 神狩りはここからが難しい。

 切っ先が十分に食い込む前に力場を解放してもダメだし、貫いた後でもダメ。

 この食い込ませる按排を掴みきる前に、私は作戦に参加することになってしまった。

 そんな未完成の技に作戦の成否を賭けたいと思ってしまった。

 それは私が先輩に追いつきたいと思ったから。

 いえ!先輩を超えたいと思ったから!

 

 「今っ!」

 

 正直に言うと自信はなかった。

 もうちょっと食い込ませた方が良いかな?とも考えた。

 でも、同時に今だと思えた。

 「今よ!」と、ここには居ない先輩の声が聞こえた気がした。だから私は切っ先の力場を解放した。

 

 「ウァァアッ! …オノレェッ!」

 

 重巡棲姫の焦ったような声と、装甲がパリーンとガラスのような音を立てて崩壊する音が聞こえた。

 重巡棲姫のお腹から伸びた化け物のような砲が鎌首を上げて私を狙ってるのが見えた。

 このまま腕を伸ばしても切っ先は重巡棲姫に届かない。その前に薙ぎ払われるか撃たれるかする。

 ならどうする?

 お腹から伸びてる化け物を先に斬る?

 それとももう一歩跳んで背後に回り込む?

 いや、考える必要なんてない。どちらでもいい。何でもいい。どうでもいい!

 私は重巡棲姫の装甲の内側に入ってるんだ。内側にさえ入ってしまえば、手にした刀でどうとでもなるんだから!

 

 「シャァァァァァ!」

 

 私は、私を薙ぎ払おうとする化け物を身を屈めて躱し、姿勢を低くしたまま右足を起点にして時計回りに回転しながら重巡棲姫の両足を断ち切った。

 刃が肉に食い込み、骨を断つ感触が気持ち悪い。

 でも、止まるわけにはいかない!

 

 「ヤァァァァァァァ!」

 

 重巡棲姫の両足を断ち切った回転の勢いを利用して体一つ分左に移動し、ガラ空きになった重巡棲姫の右脇腹から心臓の位置目掛けて刀を突き上げた。

 すると、刃が中程まで潜り込んだところで硬いモノに切っ先が触れたわ。

 たぶん、今切っ先が触れているモノが重巡棲姫の核。

 これを貫けばコイツを倒せる!

 

 「オノレ……。オノレオノレオノレオノレェェェェ!」

 「私の……。いえ、私たちの勝ちよ!」

 

 私はそう言って、核目掛けて鍔まで刀を指し込んだ後、一息に抜いた。

 人間ならこれで即死なんでしょうけど、重巡棲姫は目をいっぱいまで見開いて、脇腹から青黒い血を流しながら後退ってるわ。

 

 「矢矧さん!」

 『全艦魚雷発射!』

 

 トビウオで真後ろ跳びながら矢矧さんを呼ぶと、矢矧さんは間髪入れずに魚雷発射の指示を朝風たちに飛ばした。

 

 「オノレェェ……。ニクラシヤ……。ニクラシヤ……!カミレンジャー!」

 

 重巡棲姫は起爆棲姫共々、その恨み言を最後に朝風たちが放った魚雷に被雷して爆散した。

 

 「まるで怪人の断末魔ね」

 「矢矧さん。怪我の具合はどうです?」

 「艤装が三割くらい吹き飛ばされてるのに良いわけないでしょ?」

 

 私の隣ま寄ってきた矢矧さんを見ると、なるほど背中から煙を上げてる。控え目に言って大破一歩手前ね。

 制服もボロボロで全裸よりよほどエロい格好になってるわ。

 

 「で、どう?満足した?」

 「八割方は」

 「残りの二割は?」

 「もちろん不満です。矢矧さんを護衛している間、私は暇でしたから」

 「それはごめんなさいね。でもまあ、水雷戦隊カミレンジャーの初任務としては上出来なんじゃない?」

 「そう……ですね」

 

 確かに上出来だわ。

 みんな相応に傷付いたとは言え、私たちは与えられた任務をやり遂げた。

 私たちが起爆棲姫を討った事でこの作戦の大勢は決したと言っても良いわ。

 それなのにモヤモヤする。物足りないと思ってる私がいる。

 

 「心配しなくても出番はまだあるわよ。だからそれまで鋭気を養いましょう?」

 「ええ、そうします」

 

 

ーーーーーー

 

 

 そう、矢矧さんに宥められて、金髪さんが操船する哨戒艇に回収されてタウイタウイ泊地に戻ったんですが、結局それ以上の出番はありませんでした。

 

 哨戒艇でワダツミに合流しようって案も出たんですが、実行に移す前に円満さんからの待機命令が届いて叶いませんでした。たぶん、予想してたんでしょうね。

 

 タウイタウイ泊地で待機している間なにをしていたのか?

 その時の戦闘で自分の問題点も色々とわかりましたので、大半は訓練に費やしました。

 あとは、金髪さんが定期的に聞いてきてくれた作戦の進捗状況に一喜一憂してましたね。

 

 特に興奮したのが、大淀さんと大和さんによる渾沌艦隊撃破の報でした。

 

 信じられます?

 あの二人は、渾沌こそ取り逃がしましたが、たった二人で鬼級以上のみで構成された敵連合艦隊を撃破したんです。

 

 そうそう!近々その時の戦闘をモデルにした映画が公開されるそうですね。タイトルはたしか……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 神風へのインタビューより。



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第七十二話 War is physical quantity Big brother

朝潮のハロウィンモードがぁぁぁぁあ!

興奮しすぎたので軽トラ(うちの)ひっくり返してきます!


 

 

 

 私が第7艦隊に軍監として同行して約2週間。

 横須賀を出てからかなり大回りしてソロモン諸島の南、サンクリストバル島の西に到達した第7艦隊は、ツラギ島とガダルカナル島の間、アイアンボトムサウンドと目されていた地点で、南方中枢と思われる個体を発見した。

 

 「吹雪を大人にしたような奴ね」

 

 とは、第7艦隊総旗艦『ロナルド・レーガン』の艦橋のほぼ中央に設えられたテーブル型の大型モニターに映し出されたその映像を私と共に見てる我が麗しの秘書艦、叢雲の感想よ。

 

 「へえ、吹雪って成長するとあんなボインになるの?」

 「退役後の吹雪に会ったことが無いのに知るわけないでしょ?前に会った事がある吹雪と顔が似てるからそう思っただけ」

 

 その割に、なんだか複雑そうな顔してるじゃない。

 知り合い程度の関係とは言え、姉妹艦と似た奴が敵として存在してるのに戸惑ってるのかしら。

 その叢雲の話を聞いて何か思い付いたらしく、私の隣にいるヘンケン提督は手の平をポンと叩いて。

 

 「ならば闇落ち吹雪とでも名付けるかい?もしくは悪ブッキー」

 「緊張感が失せますのでやめてくださいヘンケン提督。それより、どう攻めるお積もりで?」

 「そうだな……。取り敢えずミサイルでも撃ち込んでみよう」

 「は?」

 

 いくら何でも軽率過ぎる。

 と、抗議するよりも早く、ヘンケン提督の合図で護衛のイージス艦1隻からミサイルが発射された。

 奇襲する絶好のチャンスなのに何やってんの!?

 艦娘による攻撃ならまだしも、通常兵器で奇襲なんて正気じゃないわ。ハッキリ言って悪手よ。

 だって、深海棲艦に通常兵器はほぼ意味がないのよ?それなのに通常兵器を撃ち込むなんて私たちの居場所を宣伝するようなものだわ。

 

 「Ms 辰見。窮奇の話では、南方中枢に結界を張る余裕は無いとの事だったな?」

 「そんな事を言ってましたね。まさか、今の一撃はそれを確かめるために?」

 「そんなところだ。まあ結果は、結界を張られるより厄介な状況になったみたいだがね」

 「結界を張られるより厄介?」

 「見ればわかる」

 

 と、促されてモニターに目を移した私は思わず「うわぁ……」とぼやいてしまった。

 そこに何が映っていたかというと、簡単に言えば深海棲艦が湧き出る様子よ。

 いやホント、湧き出てるとしか言えないわ。

 南方中枢……悪ブッキーの足元から湧き出るように深海棲艦がワラワラと出て来てるんですもの。

 ざっと数えて50隻くらいかしら。

 第7艦隊が保有している艦娘の四分の一程度の数ではあるけど半分以上が鬼級より上。

 さらに悪ブッキーの撃破まで考えたら頭が痛くなる数字だわ。

 

 「ねえ、アイツ縮んでない?」

 「縮む?ああ、そういう事?確かに縮んでるわね」

 

 叢雲の指摘で始めて気づいたけど、最初はグラマラス芋レディとでも呼べそうな外見だった悪ブッキーが吹雪を白くしただけのような芋少女になっていた。

 深海棲艦を産み出すのに力を使ったせいかしら。アイツらって、力を使いすぎると幼くなるの?

 いや、それよりも……。

 

 「俺はそれよりも赤く染まった海の方が気になるな」

 「同意見です。あのような現象はハワイでは確認できませんでしたから」

 「駆逐隊を偵察に向かわせよう。嫌な予感がする」

 

 と言うや、ヘンケン提督は英語で部下にその旨を命じ始めた。

 この人、私たちと会話するときはわざわざ日本語で会話してくれてるの。

 私は兎も角、叢雲は英語が話せないし聞き取れないから。

 

 「ふむ……」

 「何かわかりましたか?」

 「偵察に出た駆逐隊の報告では、あの赤い海水に触れていると艤装が徐々に損傷していくらしい」

 「面倒ですね」

 「全くだ」

 

 駆逐隊を出撃させて一時間弱。

 入って来た報告は面倒としか言えないような内容だった。

 艤装を徐々に損傷させる赤い海水。それが悪ブッキーを中心として半径10kmもの範囲に広がっている。

 これなら結界を攻略する方が余程楽だわ。

 それとも、あの赤い海がアイツの結界なのかしら。

 

 「まあ問題はないさ」

 「問題しかないと思いますが?」

 「そう思うのは君が日本人だからだよ」

 

 いや、訳がわからない。

 日本人だから問題だと思う?米国人はこの状況を屁とも思わないって事?

 

 「指揮官、(A commander, )あの海域での(I was able to calculate )作戦可能時間が算出できたわ。(the time it was possible to operate in that area.)

 「日本語で構わないよCharlie。Ms 辰見たちにも聞かせてあげてくれ」

 「私は良いけど……。本当に良いの?」

 「もちろんだ。彼女たちは味方なんだから当然だろう?」

 

 艦橋に入って報告するなりヘンケン提督にそう言われた駆逐艦。たしか、チャールズ・オースバーンとかって名前だったはずの子は少し困ったような顔をして私とヘンケン提督を交互に見てるわ。

 自軍が掴んだ敵の情報を、おいそれと外様である私たちに教えて良いのか。って悩んでるんでしょう。

 と言っても、私は聞き取れたんだけどね。

 どうもこの人には、私も叢雲と同じで英語ができないと思われてるみたいだわ。

 まあ専門用語とかはうろ覚えだから、日本語でもう一度説明されるのはありがたいか。

 

 「で?何分だ?」

 「20分ってとこね。約20分で中破と言えるところまで艤装が損傷するわ」

 

 厳しい。

 赤い海域に突入してから20分しか行動できないのは厳しすぎる。

 最初に効きもしないミサイルなんか撃ち込まなければ、赤い海水を広げられる前に倒せたかもしれないのに……。

 

 「なんだ、20分もあるのか。俺の予想の倍じゃないか」

 「あくまで予想時間よ。実際はこれより短いかもしれないわ」

 「それでも十分すぎる。ところでCharlie、お前ならどう攻める?」

 「敵艦隊はすでにこちらを捕捉して向かって来てるのにどう攻めるも無いでしょ?きっともう少ししたら砲撃なり航空攻撃なりが始まるわよ」

 「そうだな。では先手を打とう。()駆逐艦を展開しろ。奴らがこちらの射程に入ると同時に殲滅する」

 「そういうの、あんまり好きじゃないなぁ。数で押し潰すなんて正義に反するわ」

 「勝った方が正義だよCharlie。それに、奴らは人類に仇成す悪そのものだ」

 「はぁ……。了解したわ。全員で良いのね?」

 「ああ、全員だ」

 

 不承不承と言った感じでチャールズ・オースバーンは艦橋を出て行った。

 全駆逐艦で殲滅するは良いけど、50隻もの艦隊を駆逐艦だけで殲滅するなんて芸当ができるとはとても……。

 

 「175名。それが、我が艦隊が保有する駆逐艦の数だ」

 「ひゃ、175!?」

 

 と、私の疑問に答えるようなヘンケン提督の言葉に素っ頓狂な声を上げたのは私じゃなくて叢雲。

 私も口に出掛けたから助かったわ。もし叢雲が先に言わなかったら、たぶん私が言ってたと思うし。

 

 「Commander,(指揮官、) all ship sortie preparation is completed.(全艦出撃準備が完了しました。)

 「all right.(わかった。)Fletchers, sortie!(フレッチャーズ、出撃!)Run over the enemy!(敵を轢き殺せ!)

 

 ヘンケン提督の命令をオペレーターが何処かに伝えて数分後、悪ブッキーから湧き出た深海棲艦たちのように、その三倍以上の駆逐艦がワラワラとロナルド・レーガンから湧き出して敵艦隊へと向かっていった。

 

 「ね、ねえ辰見さん、あれって全部同型艦よね?」

 「フレッチャー()って言ってたくらいだからそうなんでしょうね」

 

 フレッチャー級駆逐艦。

 たしか、米国の主力駆逐艦の一つであり、もっとも同型艦が多い艦級だったはず。

 でも傑作駆逐艦と評価されてるものの、抜きん出た性能が別段あるわけじゃないとも聞いた事があるわ。

 陽炎型のライバルと言われてた時期もあったわね。

 水雷戦に特化した陽炎型と違って、フレッチャー級はって対空・対潜・対艦全てをそつなくこなせる優等生的な性質で、拡張性の高さも持ちあわせるなど汎用駆逐艦としては非常に優秀な艦との話よ。

 

 「勝負になってなくない?」

 「それ、人数の話でしょ?性能で語ってあげて」

 

 むしろ水雷戦の性能なら陽炎型の方が勝ってるからね?

 今現在、敵艦隊がされてるように175×四射線の魚雷に晒されたら「あ、ダメだこれ」みたいな感じになっちゃうでしょうけど、諦めなければ活路は開ける!はずよ。

 

 「うわぁ……。何よあれ、敵艦隊の前が雷跡だらけ……」

 「躱せる?叢雲」

 「逆に聞くけど、辰見さんは躱しきれる?」

 「たぶん……無理」

 

 フレッチャーズはただ魚雷を放ってるんじゃない。

 約40隻づつ、四つの塊に別れた各フレッチャーズが織田信長の三段撃ちばりに魚雷の再装填時間を補い合いながら交代しつつ魚雷を放つ様はまさに魚雷の絨毯。

 ハッキリ言って当たるなって言うの方が無理だわ。

 

 「悪ブッキーもこんな感じで倒しちゃうのかしら」

 「悪ブッキーって呼ばないで叢雲。緊張感が霧散するから」

 

 とは言いつつ、私も脳内で悪ブッキーって呼んでるんだけどね。

 いや、だって正式な名前が決まってないもの。

 仮に吹雪棲姫って名付けても良いけど、それじゃあ吹雪への熱い風評被害になりかねないからね。

 

 「手応えがないな。生まれたてだからか?」

 「魚雷群で吹き飛ばしておいて何言ってるんですか。海峡が火の海ですよ?」

 「しかし10分も保たないのは弱すぎる。しかもこちらの損耗は1%にも満たない。おかげで戦艦と空母を出すタイミングがズレてしまった」

 「必要ないのでは?ハワイ島中枢のような大規模な結界は無いようですし相手は海上です。魚雷の絨毯で包み殺せるのでは?」

 「それでは我が()()艦載機部隊の出番が無い。国の方から、是が非でも使えと命令されているのでね」

 「はぁ……。色々と大変……」

 

 ん?空母艦載機部隊を是が非でも使え?

 空母艦娘の扱う航空戦力は戦術の要と言って良いほど重要。開幕に航空攻撃で先制できるのとできないのとでは後の展開が全く異なるもの。

 その艦載機部隊を国からの命令で渋々使う?

 この人って、元帥と同じで駆逐艦至上主義なのかしら。

 いや、違う。

 何かを見落としてる。

 私なら駆逐艦のみで片がつきそうで空母の出番が無さそうなときは何て言う。

 そのまま『空母の出番が無い』と言う。『()()()()()()()の出番が無い』なんて言い方は絶対にしない。

 まさかとは思うけど、ヘンケン提督が言った空母艦載機部隊とは……。

 

 「この空母、ロナルド・レーガンの艦載機部隊?」

 「その通り(Exactly)。艦娘による攻撃で装甲を破壊し、この艦に搭載されているF/A-18E/F スーパーホーネットで編成された艦載機部隊でトドメを刺す」

 「オーバーキルなのでは?いくら中枢と言えど、装甲が無ければ人と大差ありませんよ?」

 「だから『結界を張られるより厄介』と言ったんだよ。赤い海水ではなく、素直に結界を張ってくれた方が俺的には嬉しかったんだ」

 

 なるほど、問題だと思うのは私が日本人だからと言われた理由が理解できたわ。

 私たち日本人じゃ、こんな物量で押し潰すような戦術は思い付かないし、そもそも日本国防軍ではそんな事ができない。

 

 ヘンケン提督は元々、結界は艦娘による攻撃で中和、もしくは破壊させ、トドメ自体はロナル・ドレーガンの艦載機部隊で行うつもりだったんだわ。

 だから無駄だとわかっていながら、悪ブッキーがなけなしの力を振り絞って結界を張ってくれるのを期待してミサイルを撃ち込んだんだ。

 でも結果、悪ブッキーは深海棲艦を産み出すのと赤い海水を広げるのに力を使った。

 その時点で結界を艦娘で破壊して通常兵器で倒すってプランはご破算。それでも本国からの命令に従って、当初の予定通りその戦術が有効かどうか試す気なのね。

 

 「俺に言わせれば、君たち日本人がこういう戦術を真思い付かないのが意外でならないな」

 「買い被り過ぎです。円満ですら、こんな戦術は思い付きませんよ」

 「そうなのか?だが、日本には数の暴力を肯定するような格言が有るじゃないか」

 

 はて?そんな格言なんかあったかしら?

 と、視線で隣の叢雲に尋ねたら、かぶりを振って「知らない」と返してきた。

 でも、ヘンケン提督が口にした言葉を聞いて納得したけど、同時にどう反応したらいいかわからなくなったわ。

 だって、確かにそう言った人はいる。

 でも、その人は実在の人物じゃないし、名言ではあるけど格言とは言えるかどうかは微妙。

 そんな言葉を、ヘンケン提督は英語で尊敬の念でも込めてるような口調でこう言ったわ。

 

 「戦いは数だよ兄貴(War is physical quantity Big brother)」と。

 



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第七十三話 大淀。出撃致します!

 

 

 

 今でも、あの時の事を思い出すと自分の不甲斐なさに嫌気がさしてしまいます。

 駆逐艦たちの模範であろうと常日頃から心懸け、怠けてばかりの姉にも「軽巡斯くあるべし」と語って聞かせていたのに、背後から奇襲されただけで取り乱して誰彼構わず助けを求めたんですから。

 

 青木さんも聞いたのではないですか?

 「助けて、背後から奇襲を受けたから誰か助けに来て」と叫ぶ私の通信を。

 え?もっと酷かった?

 ちょっ!それ私のマネですか!?

 いやいや!そこまで酷くなかったでしょ!?嘘……本当に?本当にそんなだったの?

 

 うぅ……。自殺もんじゃないそれ。

 そんなだったから、ワダツミまで落ち延びた後のみんながやたらと優しかったのね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 能代へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「あ、お姉ちゃん。またこんなところでボケ~っとして、そんなに暇なの?」

 「ええ……。やる事がなさ過ぎて頭からキノコが生えそうです」

 

 満潮ちゃんの看病が終わってから何日経ったのでしょう。

 それからは円満さんに何か命じられる事もなく、日がな一日甲板の手摺に寄りかかって海を眺める毎日です。

 そんな折に、休憩なのか仕事中なのかはわかりませんが普段はあまり見られない服装の満潮ちゃんが声をかけてくれました。

 以前半殺しの目に遭わせたのにこの子は今でも私をお姉ちゃんと呼んでくれる。

 こんな我が儘な私を、いつも気にかけてくれてる。

 

 「ごめんなさい」

 「な、何よ急に。何か悪い事したの?」

 「いえ、無性に謝りたくなっただけですから気にしないでください」

 「いや、それで気にするなって方が無理だと思うけど?」

 「そ、それは兎も角。その格好はどうしたんです?お料理でもしてたの?」

 

 満潮ちゃんの服装はあずき色のジャージの上から紺のエプロン、更にいつものフレンチクルーラーを解いて頭には三角巾をつけています。

 定食屋さんの看板娘と言っても過言ではない出で立ちですね。サンマの塩焼きを持っていたら様になると思います。大変良く似合っています。

 

 「いえ、めちゃくちゃ可愛いです。叶うなら娘にしたい!」

 「養子にはならないからね?あの元帥さんが父親だなんてただの罰ゲームよ」

 「んな!?嫌ですか!?いやいやそれより!そんなにわかりやすい顔してました!?」

 「わかりやすい顔も何も、声に出てたわよ?」

 

 なんたる不覚。

 どこから声に出していたかはわかりませんが、一番聞かれてはならない部分が聞かれてしまったようです。

 ここは他の話題で誤魔化して……。例えば、満潮ちゃんの格好についてとか。

 

 「さっきまで戦闘糧食を作る手伝いをしてたの」

 「あ、それでそんな格好を……って!今度は声に出してませんよね!?」

 「そんなに上から下まで舐め回すように見られたら私でもわかるわよ」

 「な、舐め回してなんていません!それじゃあ ながもんみたいじゃないですか!」

 「舐め回された事あるの?」

 「ありませんよ!そんな事されてたら、私はお嫁にいけていません!」

 「え?ないの?私てっきり、隅々まで舐め回されてるんだと思ってた」

 

 おのれ ながもん!

 やはり横須賀鎮守府に在籍している間に始末しておくべきでした。奴の行いのせいで、満潮ちゃんが変な勘違いをしてるじゃないですか。

 

 「そういえば、長門さん達が出撃して5時間くらいになるわね。そろそろ、一度帰ってくるかな?」

 「もうそんな時間ですか?」

 「ええ、だから悪いんだけど……」

 「わかりました。大和さんたちが戻る前に部屋に戻りますね」

 「ごめんね……。お姉ちゃんに肩身が狭い思いをさせて」

 「満潮ちゃんが気にすることではありません。私と大和さんの問題ですから」

 

 ワダツミに乗船してからというもの、私は大和さんと会わないよう隠れて過ごしています。

 理由はまあ、余計ないざこざを起こさないためです。

 大和さんは今でも私を恨んでるみたいですから、鉢合わせ即殴り合いになりかねませんので。

 

 「それにしても、あの演習での顛末を聞かされた時は驚いたなぁ。まさか、お姉ちゃんが負けるなんて」

 「負けてません」

 「でも、両腕壊されちゃったんでしょ?」

 「それでも負けてません」

 

 確かに、大和さんの予想外の行動に不覚はとりました。それは素直に認めます。

 でも、あそこからでも逆転の目はあったんです。負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、叢雲さんと満潮ちゃんが止めなかったら最終的には私が勝っていたんです!

 

 「負けず嫌いね。さすがは元駆逐艦」

 「私が負けると言う事は元帥閣下が負けるのと同義です。だから、私は負けられない」

 「次やったら負けないでしょ。大和が出鱈目を通り越したような戦い方をするってわかってるんだから、次は完勝できるんじゃない?」

 「現段階で、なおかつ艦娘としてなら確実に勝てます。ですが……」

 「陸だと微妙?」

 「苦戦はするでしょうね。彼女の扱う武術と私が習得している技は相性が悪そうですし」

 

 私が習得している技は打撃技がほとんど。対して大和さんは、恐らく相手の力を利用して後の先を取る返し技がメイン。

 先の先を取り続けられれば勝機はありますが……。

 

 「満潮ちゃん、一つお願いしても良いですか?」

 「お願い?なに?」

 「私にガゼルパンチを打ってくれませんか?」

 「はぁ!?私が?お姉ちゃんに?なんで?意味分かんない!」

 

 ちょっと試したい事があってですね……。

 やっぱり、理由を言わないとしてくれないかしら。でも、初めてやるから警戒されると失敗するかもしれませんし……。

 う~ん、困りました。

 

 「痛くしませんから!一回だけ、一発だけで良いですから!」

 「え~……なんか嫌だ」

 「どうして!?一発だけで満足するんですよ!?」

 「いやぁ……言い方がね?」

 「じゃ、じゃあこれならどうですか?」

 

 私は土下座しました。

 ええ、我ながら見事な土下座だと思います。

 何故ならば、私が今している土下座はとある事情でケンカした時に、根負けした主人が私にして見せてくれたものなのですから。

 ケンカの理由ですか?

 目玉焼きに何をかけて食べるかです!

 私は醤油派なのですが、主人が「目玉焼きには塩だろ」と仰ったので「お言葉ですが貴方、日本人なら醤油です!」と私が言い返したのが事の発端です。

 いやぁ……あれが初めての夫婦喧嘩でしたね。

 結果、主人が「わかった。我が家では目玉焼きには醤油をかけて食べることにしよう」と仰ってくれなければ、私たち夫婦の間に埋めようのない亀裂ができていたことでしょう。

 

 「そ、そこまでするなんて……。そんなに、私に殴ってほしいの?」

 「はい!是非とも!」

 「はぁ……。わかった。一回だけよ?」

 

 よし!

 満潮ちゃんが承諾してくれました。

 これであの時、大和さんが私にして見せた技を試せます!

 

 「シッ!」

 

 少しだけ距離を置いて向かい合い、満潮ちゃんは腰を落としてピーカブースタイルからガゼルパンチを放ってくれました。

 拳を繰り出すタイミングと体を伸ばすタイミングが少しズレていますが……まあ及第点でしょう。

 おっと、満潮ちゃんのガゼルパンチの評価は置いといて。

 たしか、ガゼルパンチの勢いを殺さぬように右手を添えて、右方向へ弾くように流しながら手首を掴み、空いた左手を満潮ちゃんの右肩に置いて押し込むっと。

 

 「ちょっ!痛い痛い痛い痛ぁぁぁぁい!」

 「あ、ごめんなさい。最後までやるところでした」

 「最後までって何!?もしかしてこのまま肩の関節を外したりするの!?」

 「大正解です。実際、私は外されました」

 「はぁ!?お願いだから間違っても外さないでよ!?」

 「外しませんよ。そんな事したら、ますます円満さんに嫌われちゃいます」

 

 と、言いながら満潮ちゃんを解放した私は今やってみた技の使いどころを思案。

 う~ん。いくら考えても、陸での格闘戦なら兎も角、洋上での戦闘では使いどころがありませんね。

 だって格闘戦をする艦娘なんて、私が知る限り私と満潮ちゃんだけですもの。あ、あと大和さんか。

 

 「さっきのを大和にやられたの?」

 「ええ、でも次は食らいません。もう『憶え』ましたから」

 「憶えた。ねぇ……。それが、一度見た技を完コピする『猿真似』ってヤツ?」

 「はい。私に一度見せた技は二度と通用しません」

 

 この場に居るのが円満さんだったら「アンタは聖闘士か」くらいのツッコミが飛んでくるのでしょうが、生憎と満潮ちゃんにはそこまでのツッコミ力はないようです。

 呆れた顔して「ホント、天才とバカって紙一重よね~」なんて言ってます。

 あれ?ちょっと待ってください。もしかして私、満潮ちゃんにバカだと思われてます?

 

 『助け……!敵が背後から奇襲を……!』

 

 ん?今、通信で誰かの助けを求める声が聞こえたような……。

 でも、今のは特にチャンネルを指定してない全周波通信。艦娘が発信したとは思えませんね。

 艦娘は各艦隊ごとにチャンネルが分けられてますし、救援要請の場合はワダツミ艦橋直通のチャンネルで発信するはずですもの。

 

 「今の声……。能代さん?」

 「そうなのですか?でも、今のは全周波……」

 『助けて!誰でもいいから助けて!嫌……嫌ぁ!来るな!来ないでぇぇぇぇ!』

 

 確かに能代さんの声。しかも錯乱してますね。

 軽巡洋艦の見本のような彼女が錯乱し、チャンネルも考えずに助けを求めるなど余程の事態です。

 

 「え?ちょっとアレ、朝潮!?どこに行く気よあの子!」

 

 満潮ちゃんが、手摺から身を投げ出さんばかりに乗り出して見ている先には朝潮型の艤装を背負った少女の後ろ姿。

 アレが今の朝潮ですか。

 見るのは初めてですが、後ろ姿にかつての自分の面影を感じてしまいますね。 

 

 「あの子は何処へ?」

 「私が聞きたいわよ!あの子今、白雪さん達と一緒に揚陸作業中のはずなのよ!?それがどうして……」

 

 満潮ちゃんが何かに気づいたようにハッとした顔になりました。

 どうやら心当たりがあるようです。

 

 「お姉ちゃん、一緒に来て」

 「構いませんが……何処へ?」

 「円満さんの所よ。出撃許可を貰いに行く」

 「私もですか!?でも、私が出撃させてくれと言ったところで円満さんが許可を出すとは……」

 「いいから早く!」

 

 私の意見など考慮もしてくれず、満潮ちゃんに引っ張られてワダツミ艦内に入りました。

 向かう方向的に艦橋ですね。たしか、このまま真っ直ぐ行けば艦橋への直通エレベーターの一つがあったはずですから。

 

 「お、ちょうど降りてきたわね。グッドタイミングだわ」

 

 エレベーターの方に目をやると、扉の上にある階層表示の数字がカウントダウンのように下がっています。

 でも何故?

 満潮ちゃんは不思議に思ってないようですが、あれは甲板に通じる通路があるこの階層にしかないエレベーターです。つまり、今私たちがいる階が終点なのです。

 その終点に、私たちがボタンを押してないのにエレベーターが降りて来ていると言うことは誰かが降りて来ていると言う事。

 なりふり構わぬ救援要請が届いて艦内のみならずブイン、ショートランドも非常事態体勢に移行しているはずなのに、誰が艦橋から降り来てるんでしょう。

 

 「円満さん!?」

 「予想通りね。私に出撃許可を貰うために艦橋へ。ってところでしょう?」

 「そ、そうだけど……。私たちがこのエレベーターを使うってよくわかったわね」

 「艦橋からアンタ達が見えたもの。それでさっきのバカみたいな通信。アンタ達がこのエレベーターを使って私に出撃許可を求めに来るなんて簡単に予想できるわ」

 

 と、私からしたら名探偵に引けをとらない推理を、エレベーターからカツカツと靴音を鳴らしながら降りてきた円満さんが披露してくれました。

 相変わらず凄いな、円満さんは。

 私のような、状況に合わせた対処療法でしか物事を解決できない者には、円満さんのように常に二手も三手も先を読み、事が起こる前に解決する人は正に雲上人です。戦っているステージが違いすぎる。

 

 「じゃあ話が早いわ。私とお姉ちゃんに出撃許可をちょうだい」

 「却下。二人とも艦内待機よ。いいわね?」

 「はぁ!?非常事態なんじゃないの!?だったら真っ先に、私とお姉ちゃんを出すべきでしょ!」

 「アンタ、まだ本調子じゃないでしょ?そんな状態で大淀について行けるの?」

 「そ、それは……そうだけど。でも!姫堕ちが使えなくても……!」

 

 無理です。

 満潮ちゃんはたしかに強い。姫堕ちを使わなくても十分私についてこれるでしょうし、それは円満さんもわかってるはずです。

 にも関わらず、円満さんが私について行けるかと問うたのはついて行ける状態じゃないと判断したから。

 恐らく、スリガオ海峡での夜戦で使った姫堕ちの後遺症が尾を引いているのでしょう。

 満潮ちゃん自身もそれは承知しているらしく、悔しそうに唇を噛んで両手を握り込んでいます。

 

 「朝潮が南に向かってた……。きっとあの子、大和と何か約束してたのよ」

 「それでか。ったく、『朝潮』になる子はどいつもコイツも……」

 

 約束を守るためなら何をしてもかまわないと思ってやがる。って感じでしょうか。

 私も先代もそんなタイプですものね。

 まさか、私の後輩まで同じとは夢にもおもいませんでしたが。

 

 「だから……!」

 「だから自分が連れ戻しに行く?たしかに、朝潮が任務を放棄して飛び出したのは白雪からの報告で知ってるし、理由も今わかったわ。それでもアンタの出撃は認められない」

 「どうし……!」

 「どうしてもよ!この非常時に我が儘を言うのはやめてちょうだい!」

 

 円満さんの怒声が通路に響き渡り、満潮ちゃんは涙ぐんで俯いてしまいました。

 恐らくですが、円満さんの命令ですでに救援用の艦娘は選出され、編成と準備に取りかかっているはず。

 そこに満潮ちゃんが割り込めば、救援艦隊の出撃が遅れてしまう恐れがあります。

 だから円満さんは、怒鳴ってでも満潮ちゃんを諫めようとしたのですね。

 

 「ならば、私だけでも出撃させてください。私の艤装は、メインで作戦に参加する艦娘の艤装の保管庫とは別の予備保管庫に保管されています。出撃準備の邪魔にはならなはずです」

 「それでも許可はできない」

 「理由をお聞きしても?」

 「襲われてるのが大和がいる艦隊だからよ。アンタが行けば大和が暴走しかねないでしょ?」

 「それ、建て前ですよね?」

 「……ええ、建て前よ」

 

 流石は円満さん。と、言うべきですね。

 円満さんが私を出撃させないのは恐らく、主人が私に何かを命じていると感付いたから。

 命令の内容までは気付いてない……と言うよりは勘違いしているのようですね。 

 だから探りも兼ねて、大和さんを理由に出撃させないと言ったんでしょう。

 

 「なるほど……ね。わかった。出撃していいわ」

 「へ?」

 「へ?じゃないわよ。出撃したいんでしょ?いいわよ?しても」

 「ど、どうして急に……」

 「先生がアンタに何を命じたかが大体わかったから」

 「嘘でしょ!?」

 

 あれだけのやり取りで、主人が私に下した命令の内容を看破した!?

 いやいや、落ち着きなさい大淀。

 下手に反応すれば、そこから主人の思惑までバレかねません。

 それに、こういう状況になった場合、予め主人からこう言えと言われてるんですから。

 

 「流石です円満さん。そう!私が元帥閣下から命じられたのは渾沌の捕獲です!」

 「あら、捕獲だったの?てっきり逃がせって命じられてるんだと思ってたわ」

 「な、何を仰いますか!渾沌は敵南方艦隊の総旗艦ですよ?その渾沌を逃がせだなんて閣下が命じるわけないでしょう?」

 

 よし!よし!

 円満さんは今だに若干訝しんでますが、なんとか誤魔化せそうです。誤魔化せて……ますよね?

 

 「はぁ……。どこまでが計画通りなのかなぁ。私が気付くことくらい、先生ならわかってそうなものなのに」

 「え、円満さん?」

 「何でもない。独り言よ」

 

 すみません貴方。

 どこまでかはわかりませんが、少なくとも私が命じられた内容くらいは気付いてしまったようです。

 それともこれも、貴方の計画の内なのですか?

 

 「ねえ、大淀。アンタってさ」

 「なんで……しょうか」

 「相っ変わらずバカよね。将来が心配になるレベルで」

 「い、いきなり何ですか!?そりゃあ、頭はあまり良くないですけど……」

 「ごめんごめん。アンタ見てたら、昔の事を思い出しちゃってさ」

 

 ううぅ……。

 久しぶりに将来を心配されてしまいました。

 でも!私はすでに主人と添い遂げています!ですから、私が少々おバカでも何の問題もないのです!

 

 「問題大有りよ。夫婦間の秘密が他人にダダ漏れでもいいの?」

 「べ、べつにやましいことはしてませんし……。ってぇ!考えを読まないでくださいよ!」

 「バカみたいにわかりやすいアンタが悪い」

 

 それって私が悪いんですか?

 私の態度や表情だけで思考を読む円満さんや桜子さんが異常なだけでは?

 いや、待ってください。

 今の円満さんの感じは、満潮ちゃんの件で険悪になる前の円満さん。いいえ!私がまだ朝潮だった頃。満潮だった頃の円満さんと同じ感じがします。 

 

 「横須賀に戻ったらゆっくり話しましょ。だから……ちゃんと帰ってくるのよ」

 「はい、お姉ちゃん……」

 

 ヤバい。泣いちゃいそうです。

 円満さんと久々に話せたのはもちろんですが、横須賀に戻ってからゆっくり話そうと言ってくれたのが何よりも嬉しいです。

 

 「敵は鬼級以上のみで編成された連合艦隊よ。無理は厳禁。味方の撤退支援に専念して」

 「わかりました」

 「では、軽巡 大淀に第一遊撃部隊第一部隊の撤退支援を命じます」

 「了解!軽巡 大淀。味方の撤退支援に向かいます!」

 

 そして私は、円満さんから左舷三番カタパルトを使えという指示を受け、待機ルームへ向かうために踵を返しました。

 でも、このまま出撃するのは少し味気ないですね。

 ここは、私が出来る子であることを少しでもアピールしておくとしましょう。

 

 「円満さん」

 「何?」

 「べつに、倒してしまっても構わないのでしょう?」

 「……前にも言った覚えがあるんだけど、それ死亡フラグだからね?」

 「そ、そうでしたっけ?」

 「そうよ。忘れちゃったの?」

 

 そういえばそんな事があったような……。

 たしか、長門さんとタイマンした時でしたっけ。

 言った私自身が忘れているくらい些細な会話を、円満さんは憶えてくれてたんですね。

 

 「大丈夫です。死亡フラグくらいへし折ってやります」

 「うん、わかってる。アンタは強いもんね」

 

 私たちはそう言って笑い合い、今度こそ二人と別れた私が向かったのはワダツミ中央部にある待機ルーム。

 その左右の壁に設えられたドアを抜けると、各カタパルトへと通じる通路に出られます。

 そして通路を抜けた先、奥から一番、二番と番号を振られた六連カタパルトの所定の位置に立つといよいよ抜錨準備です。

 今回私が使用するのはほぼ真ん中、左舷三番カタパルトです。

 

 『艤装へのユニット装着を開始します。兵装ユニットを選択してください』

 「第1、第2スロットに15・5cm三連装砲改。第3スロットに零式水上偵察機11型乙(熟練)。第4スロットに42号対空電探。補強増設に10cm連装高角砲改+増設機銃をお願いします」

 『了解。各兵装セット開始…………完了。続いて艤装の装着に移行します』

 

 管制官の言葉を合図に、天井が開いてクレーンで掴まれた機関と三連装砲が降りてきて私の背中と腕に艤装を装着してくれました。

 

 『カタパルト展開開始』

 

 続いてカタパルトの展開。

 私ごと床が左にスライドを始め、隙間から日の光が差し込んで来ています。

 こちらを使うのは初めてだから知りませんでしたが、展開後のカタパルトは高低差がかなりあるのですね。

 私が立っている位置から海面まで20m近くありますもの。

 

 『カタパルト展開完了。注水開始。主機とカタパルトの接続を確認。射出タイミングを大淀に譲渡します』

 「はい、頂きました」

 

 私の足元から海水が流れ始め、下から吹き上げてくる潮風が心地良く頬を撫でました。

 久しぶりの実戦だと思うと気分も高揚します。澪さん風に言うとアゲアゲな感じです。

 

 『針路異常なし。CL183 大淀。抜錨どうぞ』

 

 さあ行こう。

 私がこれから赴くのは戦場。

 行うのは味方の撤退支援と、後に出撃する味方が到着するまでの時間稼ぎ。

 ですが、これは元帥閣下から与えられた命令を遂行する絶好の機会でもあります。

 円満さんに嘘をついてしまった事に罪悪感を感じてはいますが、それは彼女を除く敵艦隊を殲滅する事でチャラと思うことにしましょう。

 

 「大淀型軽巡洋艦、一番艦大淀。出撃致します!」

 

 

ーーーーーーーーー 

 

 

 それを合図に、私はカタパルトで射出されました。

 第一部隊の位置は、ワダツミが細かく教えてくれたので迷うことはありませんでしたね。

 

 私が戦場に到着した時には皆さん満身創痍で、大和さんは傷付いた朝潮ちゃんを胸に抱いてうずくまっていました。

 

 その大和さんに、敵艦載機が放った爆弾が迫っているのが見えたので、それを撃ち落として大和さんの前に出たんです。ええ、間一髪でした。

 

 そして始まったんです。

 今でも忘れる事ができない彼女との初の共闘。

 砲声と爆音をBGMにし、砲火と爆炎に彩られた、私と彼女の舞踏会が。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 大淀へのインタビューより。



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第七十四話 たった二人の連合艦隊

 

 

 力が有っても、私は結局何も出来ない。

 そう、私を庇って傷付いたあの子を胸に抱いた私は思いました。

 

 渾沌を旗艦とした敵連合艦隊。編成はたしか、空母棲姫1、装甲空母鬼1、戦艦棲姫改2、護衛水鬼1、護衛棲姫1、重巡棲姫1、軽巡棲鬼1、駆逐水鬼1、駆逐棲姫1、駆逐古鬼1でしたか。

 ええ、鬼級姫級の見本市みたいな艦隊でした。

 その艦隊に背後から奇襲され、前衛艦隊の旗艦を務めていた能代さんですら取り乱してしまう状況で、長門さんが「全艦、応戦しつつ退避!」と言いました。

 その指示に従って、島風ちゃんは速度を生かして敵を攪乱し、沖波ちゃんと朝霜ちゃんと長波ちゃんは錯乱した能代さんを引っ張って退避を始め、涼月ちゃんは敵の艦載機を迎撃して、高雄さんと愛宕さんは下がりながら応射して時間を稼ごうとしていましたね。

 

 私ももちろん、応射して敵の数を少しでも減らそうとしていました。あの子が、あの場に現れるまでは。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 『長波。能代は落ち着いたか?』

 『装甲も維持できないほど取り乱してたから寝て貰ったよ。静かになったろ?』

 『良い判断だ。お前達はそのままワダツミに向かってくれ』

 『了解。ご武運を』

 

 渾沌を探す私たちが、ベララベラ島を過ぎたところで奇襲されてから一時間くらい経ったでしょうか。

 長門さんと私。そして島風ちゃんと涼月ちゃん、高雄姉妹で持ち堪えていますが、それも時間の問題でしょう。

 このままではそう時を置かずに私たちは海の藻屑にされてしまうと思います。

 

 (どうするのだ?このままでは沈められるぞ?)

 「それはわかっています!ですが、現状はこれが精一杯です!」

 (私がやってやろうか?私なら、全部は無理でも半分は沈められる)

 

 応戦すれども敵の数を一向に減らせず、味方が被弾する度に焦りだけが増していく状況で窮奇が話し掛けてきました。

 ほぼ同数の私たちが良いようにやられている状況を、自分なら敵の半数を沈めて挽回できると言うのですか?

 

 「ご冗談を。貴女は、一人で一艦隊と互角に戦えると言うのですか?」

 (無論だ。断っておくが、けして大げさに言っているわけではない。私の性能と戦闘経験を鑑みて、それくらいなら確実にやれると判断しただけだ)

 

 遠回しに馬鹿にされている気がしてしまいますね。

 彼女の言う窮奇()の性能とはイコール大和()の性能です。その私が応戦するので精一杯なのに、窮奇は私と同じ性能で敵の半数を確実に沈めると言ってのけました。

 要は『お前は下手クソだから自分と代われ』と、言われたような気分になってしまったんです。

 

 『高雄、愛宕、島風、涼月は後退しろ!私と大和で盾になる!』

 

 長門さんの指示を聞いて、私たちが盾になったところでどれだけ保つのか。と、考えてしまったのは内緒です。

 応射と回避でいっぱいいっぱいなのに、私には意外と余裕があるみたいです。現実逃避一歩手前な気はしますが。

 

 『ちょ!なんでこんな所に!?』

 『どうした長波!敵の別働隊か!?』

 『い、いやそうじゃない!味方なんだけど……』

 

 はて?遭遇したのが味方なら喜ぶべき事のはずなのに、なぜ長波ちゃんは戸惑っているのでしょう。

 もしかして味方の数が少ない?

 それでも編成次第では十分この状況を打開できます。

 長波ちゃん達が離れてからそう時間は経っていないですから、距離にしてここから5海里付近でしょうか。それまで持ち堪えれば味方が来てくれると思うだけで気持ちが軽くなりますね。

 

 (おい、当たるぞ)

 「おおっと!」

 (気を抜きすぎだ。今のが魚雷じゃなかったら至近弾になっていたぞ)

 「わかってますよ!気が散るので黙っていてください!」

 

 と、食ってかかったものの感謝はしてます。

 もし窮奇が教えてくれなければ、駆逐棲姫が放った魚雷が直撃していたでしょうから。

 というかあの魚雷、私の前方300m程で戦っている長門さんを狙ったものだったのでは?

 

 『大和!駆逐棲姫に抜けられた!そっちに行ったぞ!』

 「了解しました!」

 

 了解はしましたがどうしましょう。

 叢雲さんや大淀のように海面を滑空するような移動法は使ってないものの、私に向かって来ている駆逐棲姫の速度は速い。砲の操作がそれなりにできるようになった今でも捉えきれません。

 

 (下手クソめ。ああいう奴の対処法は教えてやっただろう)

 「やってますよ!でも、今の私が同時に操作出来る砲塔は二基だけなんです!一基足りません!」

 (駆逐艦は正面から来てるんだ。二基あれば十分だろう?私なら主砲一基でお釣りがくる)

 

 嫌みったらしい!

 私は艦娘になって数カ月ですよ?貴女が何年深海棲艦をしてたのか知りませんが私よりは確実に長いでしょう?キャリア数年、十数年の貴女と私を一緒にしないで頂きたいです。

 

 (気を抜くなと言っただろう馬鹿者!)

 「馬鹿者とは何ですか馬鹿者と……は!」

 

 気付くのが遅かった。

 いえ、気付いてはいたけど、くだらない事を考えていたせいで反応が遅れました。

 気付いた時には、私に向け突撃していた駆逐棲姫が前方200mまで接近し、砲撃した直後でした。

 ダメだ。これは当たる。回避運動も間に合わない。直撃する。

 でも、一発くらいなら耐えられる。魚雷なら兎も角、砲撃なら最悪中破で済むは……。

 

 「大和さん!」

 

 被弾後の損傷具合を算出していいたら、背後からここには居ないはずの人の声が聞こえました。

 どうしてあの子の声が聞こえるのですか?

 あ、これはきっとアレです。

 漫画とかでよくある、ピンチの時に大切な人の声が聞こえて励ましてくれる的なやつです。でないと、あの子の声が聞こえたことに説明がつきません。

 だってこの場に居るはずがないんですもの。

 通信を通さずに聞こえるような距離にあの子がいるはずがない。いたら大問題です。

 だってあの子が傍にいたら、きっと迷わず私の盾になる。自分の身を犠牲にしてでも私を守ろうとしてくれる。

 そう、だからさっき聞こえた声は幻聴。

 今、私の目の前に飛び出して来たこの子は幻。

 そうであってくれなければ、私に当たるはずの砲弾は朝潮ちゃんに当たる事になってしまうじゃないですか。

 

 「約束。守れました」

 

 そう言って微笑んだ朝潮ちゃんの背中へ吸い込まれるように、駆逐棲姫が放った砲弾が直撃しました。

 幻じゃなかった。

 私を庇って被弾し、背中の艤装から煙を吐きながら私のところまで吹き飛ばされて来た朝潮ちゃんは本物だった。

 

 「朝潮ちゃんどうして……。どうしてこんなことを」

 

 前面装甲を開放して受け止めた朝潮ちゃんは虫の息。

 内臓を痛めたのか、口から尋常じゃない量の血を吐いています。

 私なら大丈夫だったのに。最悪でも中破で済むはずだったのに。

 

 「大丈夫…ですか?痛いとこありま……せんか?」

 「私は平気です。それよりもどうしてこんな危ないことを!」

 「約束……しましたから」

 

 約束?約束って何ですか?

 もしかして私が拉致された日にした約束ですか?

 あんなその場のノリでした口約束を守るために、朝潮ちゃんは砲弾の前に身を晒したというのですか!?

 

 「どうして、泣くんですか?やっぱりどこか……」

 「いいえ……大丈夫です。朝潮ちゃんのおかげで、私はこの通りピンピンしてます」

 「そう……ですか。よか……」

 「ダ、ダメ!寝ちゃダメです!」

 

 このまま瞼を閉じたら、きっと朝潮ちゃんは二度と目を覚まさない。そのまま死んでしまう。

 それなのに、どうしてこの子は微笑んでるの?

 これではまるで……。

 

 「助……けて」

 

 今だ鳴り響いている砲撃や爆撃の音をBGMにして、私に追撃を加えようとしていた駆逐棲姫を長門さんが殴り飛ばすのを目の端に捉えながら、私は誰にともなくそう懇願しました。

 これはあの日の再現だ。

 あの日、血塗れになりながらも私を安心させようと微笑んだ弟と同じように、朝潮ちゃんは私に微笑みかけている。

 

 「私はどうなっても良いです……。だからこの子を」

 

 助けなんか来ないのはわかってる。

 長波ちゃんが通信で伝えた味方とは朝潮ちゃんの事のはず。だから当分助けは来ない。

 でも救援が来なければこの子が死んでしまう。手遅れになってしまう。

 

 「誰でも良いから!この子を助けてよ!」

 

 長門さんの迎撃を抜けてきた敵艦載機群が見えたとき、私はたまらずそう叫びました。

 長門さんが私を呼ぶ声が聞こえる。敵艦載機が爆弾を落とそうとしているのが見える。

 それを見て、私は死を覚悟しました。

 それでも、朝潮ちゃんの生存率を少しでも上げるために覆い被さりました。

 そうする事しか、私には出来ませんでした……。

 

 「情けない。助けを求める余裕があるなら何故戦わないのですか?」

 

 聞き覚えのある侮蔑の声が聞こえると同時に、私のはるか頭上で激しい爆発音と衝撃が轟きました。

 誰かが迎撃してくれた?

 でも誰が?今現在、この海域には私と朝潮ちゃん、そして長門さんしか居ないはずなのに。

 

 「今回は、間に合ったようですね」

 「お、大淀?どうしてここに」

 「どうして?助けに来たに決まっているでしょう」

 

 私と朝潮ちゃんに当たるはずだった爆弾を迎撃したと思われる大淀が、視線は敵艦隊に向けたままでそう言いました。

 助けに来た?今度は間に合った?

 貴女は、私を助けに来てくれたと言うのですか?

 

 「長門さん。朝潮を連れて撤退してください。後はお任せを」

 『お前一人でやる気か?無茶だ!いくらお前が強くてもあの艦隊を一人では……』

 「一人ではありません。二人です」

 

 二人?もう一人は誰?まさか、もう一人は私とか言いませんよね?

 冗談じゃない!

 弟の仇である貴女なんかと共闘するくらいなら、私は敵艦隊と協力して全力で貴女を沈めますよ!

 

 「攻撃が……止んだ?」

 「恐らくですが、攻撃を中断したのは彼女が理由でしょう」

 

 攻撃が止まった事に戸惑いながらも近づいて来た長門さんに、大淀は敵艦隊から視線は逸らさず、顔を少しだけ私の方に向ける事で答えました。

 私が理由?

 いや、私じゃありませんね。視界が遠くなり、体の自由が利かなくなったこの感じには覚えがあります。

 

 (私を乗っ取ったのね)

 (ええ、少しの間体を借りるわ)

 (勝手な事を……私の体を使って何をする気なんですか?)

 (願いを、叶えるのよ)

 

 願い?

 貴女の願いとはいったい何なのですか?大淀を愛する人と以前仰っていましたが、まさかこの場で添い遂げるつもり?

 

 「この時を……待っていた」

 「大和……さん?」

 

 私の口が勝手に言葉を紡ぎ、瞳は大淀の背中を凝視し始めました。

 そんな私の様子を……と言うよりは、窮奇に乗っ取られた私の変わり様を不思議に思った朝潮ちゃんが自信なさげに声をかけて来ました。

 体も少し強張っていますね。

 いや、怯えているのでしょうか。私が今どんな表情をしているのかはわかりませんが、どうやら私は朝潮ちゃんが怯えるような表情を浮かべているようです。

 

 「なるほど、そういう事か。大淀」

 「ええ、そういう事です。ですから長門さんは朝潮を早くワダツミへ」

 「……わかった。武運を祈る。窮奇、朝潮を」

 

 私の前に回り込んだ長門さんが、私から朝潮ちゃんを受け取ってくれました。

 その長門さんに抱えられた朝潮ちゃんの瞳に映った私を見て、ようやく自分がどんな顔をしているのかがわかりました。

 ああ、私はそんな顔をしていたのですね。

 頬が歪むほど口角が上がり、瞳は潤み、目の端は口角とは逆に下がっています。

 オブラートに包まずに言うなら発情しているんです。

 こんな涎すら垂らしそうな顔をしていたら、朝潮ちゃんが怯えるのも当然ですね。

 

 「死なせるなよ。その子を死なせたら、私がお前を殺してやる」

 「貴様に言われるまでもない。この子は絶対に死なせはしない」

 

 視線は大淀から動かさず、ゆっくりと立ち上がりながら、朝潮ちゃんを連れて去って行こうとした長門さんに窮奇が釘を刺しました。

 言い方をもう少し考えた方が良いとは思いましたが、朝潮ちゃんを死なせたくないのは私も同じですからここは黙っていましょう。

 

 「さあ、どうするの?アサシオ。敵の数は私たちより多いわよ?」

 「私は大淀です。私を朝潮と呼ぶことは、今朝潮であるあの子への侮辱です」

 「そう……ね。じゃあ大淀。どうする?」

 「私が前衛、貴女が後衛です。他に質問は?」

 

 いや、答えになってない。

 敵艦隊をどうやって倒すか聞いたのに、大淀が口にしたのはポジションの確認です。

 この人もしかして、頭が良さそうな外見をしてるクセにバカなんじゃ……。

 

 「……私は、他の艦娘から『一人艦隊』と呼ばれています。何故だかわかりますか?」

 「強すぎるからでしょう?本気の貴女に合わせて戦える艦娘なんて私くらいのものでしょうから」

 「ええ、その通りです。貴女はさっき言いましたよね?敵の数は私たちより多いと」

 「ふふふ♪言ったわ♪だって渾沌の艦隊は連合艦隊規模。対するこちらはたった二人」

 「そう、二人です。ただし、一人艦隊と呼ばれるほど強い私と互角に戦える貴女がいる。つまり、私たちの戦力は連合艦隊並。要は、戦力的には互角なわけです」

 

 この人、ただのバカじゃなくて大バカです!

 一艦隊並の戦力を有する者が二人だから、相手が連合艦隊でも戦力的には互角?

 もう一度言います。

 大バカですよ!

 例え質が良くても数の暴力には勝てない。

 ええ!勝てません!

 戦略や戦術を駆使して少数が多数に勝った例は山ほど有りますが、それは戦略や戦術を駆使する事が出来る場合の話です。

 こんな遮蔽物もない海のど真ん中で敵に捕捉されている状況じゃ戦術もクソもありませんよ。

 これは正面からのぶつかり合い、しかも2対12のぶつかり合いです。

 これなら()()()の方がはるかにマシに思えます。あの時も、数百の敵に私たちは……。

 あ、あれ?

 あの時っていつ?数百の敵って何ですか?私は今、()()を思い出そうとした?

 

 「たった二人の連合艦隊……。素敵……。素敵だわ大淀!ええ!ええ!私たちなら勝てる!貴女と私ならどんな敵にも負けはしない!」

 「遺憾ですが同意します。ですが、貴女はブランクが長いはず。私のステップについて来れますか?」

 「ついて行くわ。いいえ、むしろ私がリードしてあげる」

 

 二人は軽く笑い、混沌艦隊を睨んでゆっくりと進み始めました。

 本当にやる気だ。

 この二人は本当に、たった二人で敵艦隊に突っ込む気だ。

 

 「さあ奏でましょう。私たちの再会を祝す聖譚曲(オラトリオ)を」

 

 砲塔を敵艦隊へと向け、大仰に両手を広げて窮奇が言いました。

 

 「刻みましょう。私と貴女の戦道(バトルロード)を」

 

 大淀が速度を上げて窮奇に続いた。

 意外とノリが良いですねこの人。打ち合わせでもしていたのでしょうか。

 そして二人は、最後に声を揃えて言いました。

 

 「「そして歌いましょう。勝利へと漕ぎ進む私達の舟歌(バルカローラ)を!」」と。



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第七十五話 大淀のバーカ

 

 

 

 軽巡洋艦 大淀。

 

 艦隊旗艦として特化設計された彼女だが、初代大淀が着任した正化26年以降、彼女が旗艦として艦隊を率いた事は一度もない。

 

 特に二代目大淀は、軽巡洋艦でありながら、そのあまりの強さから「艦隊を組むより一人の方が強い」「彼女と共に艦隊行動が取れるのは同じレベルの規格外だけ」などと言われ、彼女を知る艦娘達からは『一人艦隊』と呼ばれ、常に一人で出撃していた。

 

 常識外れの戦果を数多く上げた彼女だが、その中でも特に常識外れなのが捷一号作戦時の敵南方主力艦隊の撃破である。

 

 彼女は紫印少将(当時)の命令で奇襲を受けた味方艦隊の救援に向かい、唯一無事だった戦艦大和と共に鬼級以上のみで編成された敵連合艦隊を殲滅したと伝えられている。

 しかし、あまりにも常識外れの戦果なため、近年では海軍によるプロパガンダだったのではないか。と言うのが通説となっている。

 

 

 ~艦娘型録~

 大淀型軽巡洋艦一番艦 大淀の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 『久しいな窮奇、我が可愛い妹よ。姿は変わっても太々しさは相変わらずのようだが、会えて嬉しく思うぞ』

 「おお混沌。我が偉大な姉よ。私も再会を嬉しく思うよ」

 

 渾沌からの通信に、窮奇はうやうやしく一礼しながらそう答えました。

 姉妹の再会と言う割に、場に漂う空気は物騒なことこの上ないですね。

 

 『戻ってこい窮奇。そこの艦娘を沈めて戻ってこい』

 「断る」

 『何故だ?母の仇を討ちたいと思わないのか?』

 「貴様のことが気に食わん」

 『ほう……?』

 

 渾沌がどういう表情かはわかりませんが、窮奇の答えがよほど気に障ったのでしょう。彼女の感情に呼応するように、敵随伴艦達が陣形を整え始めました。

 その陣形は四警戒航行序列。所謂、戦闘隊形です。

 足の速い重巡洋艦を中央に、それ以下を前面に配して、次いで護衛空母と戦艦。そして最後尾には、空母二隻に挟まれて渾沌がいます。

 

 「貴様、何故健在なのだ?貴様は東側艦隊の旗艦だっただろう?」

 『……』

 「答えられないか?それとも答えたくないのか?ならば私が言ってやろう。貴様は逃げたのだろう?私を含めた子供達が母の後を追うように沈んでいく中、貴様は不様に逃げたのだろう?」

 『黙れ』

 「それでよく、母の仇云々と……」

 『黙れと言っている!』

 

 私の頬が緩むのがわかります。

 偉そうな物言いの姉を言い負かして気分爽快、と言ったところでしょうか。性格が悪いですね。

 

 「窮奇、あまり時間はないのでしょう?」

 「ええそうね。ならば、そろそろ行きましょうか」

 

 大淀は速度を上げ、窮奇は電探傘を右から左へと薙ぐよう振ってレーダー波照射して眼前にレーダー画面を投影しました。

 敵艦隊との距離は4000程。十分射程内なのに、まだロックオンをするつもりはないようです。

 

 『本当に、戻るつもりはないんだな?』

 「ない。と言っているだろう」

 『そうか。ならば、せめて我の手で沈めてやる。艦娘に身を堕とした哀れな妹よ』

 「相変わらず、出来もしない事を言うな愚かな姉よ。沈むのは私ではなく貴様だ」

 

 ゴングが鳴る。

 そう思えました。私の前を行く大淀もそれを察したのか、さっきよりも重心を落とし始めています。

 

 「『再び水底に還るが言い!』」

 

 窮奇と渾沌がそう言うと同時に、混沌艦隊が砲撃を開始。それに続いて空母が100機近い艦載機を放ちました。

 砲弾も合わせれば150近い攻撃が私たちに迫っています。

 

 「お任せしても?」

 「ええ、構わないわ」

 

 それだけ言って大淀は加速し、窮奇は全砲塔を迫る砲弾と艦載機に向けました。

 まさか撃ち落とす気ですか?

 艦載機のみならず砲弾まで?150近い数ですよ!?

 

 「各砲、各銃座、狙いなさい。外す事は許さない」

 

 窮奇の指示と同時に、レーダー画面上に映し出された数百の目標全てがロックオンされました。

 本当に撃ち落とす気だ。

 窮奇は本気で全てを撃ち落とす気でいる。って言うか、誰に命令してるんです?

 

 「さあ、ミュージックスタート」

 

 私は音楽には疎いので窮奇が何の曲を奏でているのかはわかりませんが、今の窮奇を例えるならドラム奏者でしょうか。

 

 バスドラム(主砲)の重低音でビートを刻み、流れるようにフロアタムからスネア、トム(副砲から機銃)まで連打し、ハイハット、クラッシュシンバル、(風切り音、爆音)そしてライドシンバル(そして着水音)をアクセントにして曲を奏でています。

 

 「ハハハハハ!私を沈めたければその倍は持って来い!」

 

 まあ、たしかに倍の300くらいの数になると危ういですね。実際、砲弾は混じっていませんでしたが、300以上の艦載機に……。

 あれ?300以上の艦載機に何をされたんでしたっけ?

 

 「流石ですね。無駄弾を一切出さず、全て直撃させるとは」

 「あら嬉しい♪貴女に褒めてもらえるなんて光栄過ぎていっちゃいそう♪」

 

 何処に行く気ですか何処に。

 いえ、だいたい想像はついてる。と言うより、今自分の体がどういう状態になってるかがわかりますから。貴女が何をもって「いっちゃいそう」と言ったのかはわかってるんです。

 あんまり下着を汚さないで頂けます?

 

 「見た目的には針鼠みたいでしたが」

 「じゃあ、今度からアレを『針鼠』と呼ぶことにするわ♪」

 

 なんか、大淀と話す時だけキャラが変わってませんか?いや、それよりも私の声で、大淀に対して甘えたような声を出さないでください。気分が悪いです。

 

 「私も負けていられませんね」

 

 もうすぐ1000m程の距離を開けて反航戦かな?と、私が思ったとき、大淀は左に舵を切り敵艦隊の横っ腹目掛けて突撃を開始しました。

 おかげで、所謂T字不利と呼べる状況になってしまいました。

 前を行く大淀はいいでしょうが、私の位置からでは大淀が邪魔になって敵を狙いにくいです。

 

 「窮奇、軽巡と駆逐艦は任せます」

 「ふふふ♪貴女は大物狙いと言う訳ね?」

 「ええ、沈め甲斐がありますので」

 

 敵からの砲撃や爆撃が続く中、大淀は敵艦隊の真ん中辺りを目指しているみたいです。

 一番数が少ない真ん中の敵を沈めて敵艦隊を分断するつもりなのでしょうか。

 敵もその思惑に気付いたのか、攻撃を大淀に集中し始め、突っ込んでくるなら囲ってやろうと思ったのか左旋回を始め逆Uの字になるような針路を取っています。

 

 「計算通りです」

 

 絶対に嘘です。

 貴女は単純に、あそこが一番薄いからあそこから潰そうって考えただけでしょう?

 敵の集中砲火を掻い潜りながら距離を詰め続けているのは素直に凄いと思いますが、貴女が狙っているであろう重巡棲姫に肉薄する前に包囲されてタコ殴りにされますよ。いえ、むしろそうされろ。

 

 「窮奇!」

 「了解よ。マイハニー♪」

 

 人に聞かれたら誤解を招きますので、間違っても彼女をハニーなどと呼ばないで頂きたい。

 と、それは置いといて。

 窮奇は名前を呼ばれただけで大淀が何をしてほしいのか察したらしく、艦載機と砲弾の迎撃を機銃に一任して全ての主砲と副砲の各砲門の射角を調整しました。

 見る限りでは敵を狙っている訳ではないですね。

 

 「全主砲、副砲。彼女の道を作りなさい」

 

 窮奇の命令に従って、主砲と副砲が砲塔を微妙に旋回させながら各砲門ごとに射撃を開始しました。

 なるほど、そういう事ですか。

 放たれた砲弾は大淀をセンターに据えて両脇の海面に順次着弾し、重巡棲姫へと続く水柱の並木道を作り出しています。

 いや、これはもう遮音壁に左右を囲まれた高速道路ですね。しかも防弾仕様。

 敵は水柱のせいで大淀に狙いをつけられず、適当に撃っても水柱に角度を変えられて明後日の方向へ飛んで行ってます。

 その、反時計回りに旋回している敵艦隊の中心目掛けて逆Jの字を描くように出来た道を、大淀が最大船速で駆け抜けています。

 

 「大淀式砲撃術その二。『(はつ)り』」

 

 その一は?

 って言ってる場合じゃないですね。

 水柱の終わり、つまり重巡棲姫の目と鼻の先まで接近した大淀は砲を装備した両腕を胸の前で交差させ、技名と思われるものを言うと同時に腕を左右に開きながら砲撃しました。

 その結果がどうなったかと言いますと、大淀の砲撃はドドドドドドン!って感じの音を響かせて重巡棲姫の胸部辺りの装甲を貫通して撃沈したのですが……。

 

 「へぇ、私のような艤装じゃアレは無理だわ」

 (彼女は何をしたんです?)

 「気付かなかったのか?一点を貫いていただろう」

 (それはわかりましたが……)

 

 それの何に感心しているのでしょう。

 両腕からの砲撃を一点に集中しただけでしょう?腕を振った意味は全くわかりませんけど。

 

 「満潮に習わなかったか?連装砲や三連装砲の場合、砲身の数だけ火力は分散されると」

 (そう言えば……)

 

 習ったような気がします。

 例えば三連装砲を装備し、火力値を90とした場合、総合火力は90ですが砲身一門辺りの火力値は三分の一の30になると。

 要は、90の火力で攻撃してるようで実は30の火力3発で攻撃していると言う事です。

 当然、三門同時に放っても着弾点は微妙にズレ、90分の火力を一点にとはいきません。

 ん?と言う事はですよ?

 大淀は都合6門から放たれた砲弾を、腕を振って着弾点を調整して一点に集中したと言う事ですか?

 あ!だから斫りなんですね!

 斫りとは簡単に言いますと、建築現場などで職人さんが先の尖った機械(削岩機)を地面に突き立ててガガガガガガ!と、音を立てながらコンクリートなどを砕く作業の事です。

 余談ですが、この『斫り作業』を専業としている人を『斫り工』もしくは『斫り屋』と呼びます。

 

 つまり、大淀は削岩機と同じ事を砲撃でやってのけた。と、言う事です。

 その結果は御覧の通り。

 狂いなく、間をほとんど空けずに一点に集中された砲撃は徐々に装甲を削り、6発目で貫通して重巡棲姫本体に達して重巡棲姫を撃破しました。

 

 (貴女は出来ないんですか?)

 「無理だな。似たような事はできるが、この艤装の構造では砲塔の旋回が間に合わず一発一発の間が空きすぎる」

 

 なるほど、間をほとんど空けずに砲撃を撃ち込むのがあの技の肝なのですね。

 腕を左右に振りながら、しかも動いている相手の一点に寸分の狂いも無く着弾させる大淀の砲撃技術は常人離れしています。素直に賞賛しましょう。

 ですが、敵艦隊の分断に成功して包囲されるのを防げたのは良いのですが、今度は左右から挟まれる形になってしまいましたね。

 

 「背中を任せて良いかしら?」

 「任されましょう」

 

 今度は自分が魅せる番。という事でしょうか。

 窮奇は後方への警戒など一切せず、前方の軽巡と駆逐艦たちへ砲塔を向けました。

 窮奇が前を向いているせいで見えませんが、砲撃の音が絶え間なく響いていますので、後ろでは大淀が残りの艦隊とやり合っているはずです。

 

 (どうするのです?)

 「どうする?沈めるに決まっているだろう」

 (いや、それはわかってるんですけど……)

 

 私は沈める手段を聞きたかったんですよ。それなのに目的だけ聞かされてもチンプンカンプンです。

 敵も、取り敢えず窮奇から沈めようと考えたのか徐々に旋回半径を狭めて包囲しようとしています。

 

 「悪手だな」

 

 敵が包囲を完成させ、四方八方から窮奇に向けて魚雷を放ちました。

 合計で何射線あるのでしょう?少なくとも、私の性能で出せる速度では躱しきれないほどの魚雷が迫って来ています。窮奇は悪手と言いましたが、私にはとてもそうとは思えません。

 

 「あの駆逐艦は本当に良いモノを見せてくれた」

 

 あの駆逐艦?

 あの駆逐艦とは誰の事ですか?もしかして叢雲さんかしら。だとしたら、窮奇は叢雲さんがした何かしらを真似するつもりなのでしょう。

 叢雲さんがした事で、窮奇に真似できそうな事と言えば……。

 

 (ま、まさか貴女!)

 「全主砲、放て!」

 

 予想通りでした。

 事もあろうに、窮奇は『脚』を消すと同時に全主砲を真下に向けて発砲したんです。

 ええ、砲撃の反動で吹っ飛びましたよ。真上に!

 周りを旋回している敵からは、窮奇を囲うように立ち上がった水柱で見えないでしょうが、私は今砲弾ばりの速度で飛び上がっています。

 って言うか体が砕ける!乗っ取られた状態でも痛みは感じるんですからこんな無茶はやめてください!

 

 「全主砲、装填急ぎなさい。副砲は照準後、一斉射」

 

 飛び上がった窮奇は腕を振って空中で方向転換し、被雷したとでも思ったのか背を向けて大淀に向かおうとしている駆逐棲姫と駆逐古鬼に狙いを定めて発砲しました。

 発砲したはいいですが、いくら私の火力でも空中では倒しきれないんじゃ……。

 贔屓目に言って、つんのめらせるのが精々でしょう。

 

 『戦艦のクセにとんでもない事をしますね』

 「凄いでしょう?もっと褒めても良いのよ?」

 『褒めてません。呆れてるんです』

 

 大淀が本当に呆れているのが通信越しの声でもわかります。そりゃあ呆れますよね。一撃必殺の威力の主砲を全て使って飛び上がるだなんて普通は考えませんから。

 

 「さて、残りは2隻か」

 (いやいや、副砲で撃った2隻は前のめりに転けただけですよ?仕留めてません)

 「見てなかったのか?その2隻目掛けて、大淀が魚雷を放っていただろう」

 (嘘!?本当に!?いつそんな打ち合わせをしたんですか!?)

 「打ち合わせなど必要ない。私と彼女は通じ合っているのだから」

 

 などと、頬を緩ませながら着水した窮奇は装填が完了した右舷主砲と左舷主砲を、私が向いている方向を12時として、4時と8時の方向にいた軽巡棲姫と駆逐水鬼に向けると同時に放ちました。

 それから少し遅れて、前方2時と11時で体勢を立て直そうとしていた駆逐古鬼と駆逐棲姫に大淀が放ったと思われる魚雷が各2発づつ着弾して撃沈。

 口だけではなかった。

 大淀と窮奇は、重巡棲姫を皮切りにほんの十分足らずで5隻もの鬼級と姫級を沈めてしまいました。

 数も性能も上の者達を相手にたった二人で……。

 これが性能を過信せず、己に出来る事を極めた者が戦った結果ですか。

 

 『敵空母の艦載機は打ち止めみたいですね』

 「そうね。貴女が撃ち落としてくれたおかげで、空母4隻は置物と同じだわ」

 

 しかも空母4隻分の艦載機を全滅させた?軽巡と戦艦の二人だけで?

 ははは……。有り得なさすぎて渇いた笑いしか出て来ませんよ。

 でも、少しだけ羨ましく思えてしまいます。

 もし()()()、私が艦娘だったならと。

 

 「窮奇、表に出ていられるのはあと何分ですか?」

 「いつもならあと数分だけど、今日はいつもよりもずっと長く出ていられそうよ」

 「今日は?何故です?」

 「今この時が、私がもっとも望んだ時間だからよ。貴女と踊れるなら、限界なんていくらでの超えてみせるわ」

 「あまり嬉しくない理由ですが……今は心強いです」

 

 大淀と敵艦隊の中間地点に砲撃して水の壁を作って敵の攻撃を中断させて、無線でなくとも声が届く距離まで大淀に近づくと、冷静な口調とは裏腹に疲労困憊なのが見て取れました。

 いくら彼女でも、空母4隻分の艦載機と窮奇を狙った砲弾を落としながら自分への攻撃も避け続けるのは至難の業だったようです。

 眼鏡にはヒビが入り衣服は所々破れ、そこから見える地肌からは血が滲み、額には大粒の汗がいくつもの浮かんでいます。

 

 

 「貴女も時間が無さそうね」

 「時間と言うよりは弾薬が残り少ないです。そちらは?」

 「似たようなものよ。各主砲で一回づつが限度かしら」

 

 厳しいですね。

 残っている敵は空母と戦艦。しかも、私の火力をもってしても一撃では仕留めきれないほど硬い敵ばかりです。それなのに弾薬は残り僅か。さらに、大淀と窮奇が戦闘を開始して十分も経っていません。

 大淀が出撃したすぐ後に救援の艦隊が出撃したとして

も、到着より弾薬切れの方が早いでしょう。

 

 「戦艦棲姫二隻をお願いしても?」

 「構わないわ。私の劣化品は私が片付ける」

 

 にもかかわらず、二人の戦意は微塵も薄れていない。むしろ昂ぶっているかのように感じます。

 窮奇は兎も角、大淀はどうやって空母を撃破するつもりなのでしょう?

 

 「軽巡大淀、突撃します。今こそ、必中距離へ!」

 

 水柱が落ちきるより前に、大淀は6機の偵察機を発進させながら突撃を開始しました。

 恐らく、私と叢雲さん演習に乱入して来た時に使った『円形劇場(アンフィテアトルム)』を使うつもりなのでしょう。

 

 「ああ……。本当に美しい……」

 

 敵艦隊からの砲撃を回避しつつ接近しながら、大淀の動きに魅了された窮奇が感嘆の声を漏らしました。

 悔しいですが私も窮奇と同意見です。

 砲撃を軽いステップで躱して即加速。そうかと思えば急停止から砲撃で応射。

 人に、いえ艦娘に可能な動作を極めていると言いたくなるほど研ぎ澄まされた彼女の動きは正に芸術。

 

 「11万馬力……!馬蹄!崩拳!」

 

 敵艦隊の一番前にいた護衛棲姫の懐に跳び込んだ大淀は右拳を護衛棲姫の装甲に触れさせると同時に、気合を入れるようにそう言いました。

 するとどうでしょう。

 大淀の拳は護衛棲姫本体には触れてもいないのに、護衛棲姫の装甲は内側から青黒い液体で染め上げられました。

 

 「おい大和、彼女は何をしたんだ?」

 (恐らくですが、打撃の衝撃を装甲の内側に伝えたのでしょう)

 「訳がわからん。それでどうして()()なる」

 

 可能かどうかなど考えずに言うならば、あれは馬蹄崩拳と空手で言うところの裏当ての合わせ技。

 ハッキリ言って有り得ませんが、馬蹄崩拳の衝撃を護衛棲姫の装甲、さらに内側の空気に浸透させて護衛棲姫まで伝えたのです。

 しかも、大淀が言ったセリフを信じるなら11万馬力もの衝撃を。

 そんな衝撃を直に受ければ、いくら深海棲艦と言えど爆ぜてしまいます。

 いえ、それよりも……。

 

 (美しい。極められた武は()と同じ……と、言う事ですか)

 

 大淀は同じ方法で護衛水鬼を屠り、返す刀で空母棲姫にガゼルパンチを撃ち込みました。

 ええ、結果は護衛棲姫と同様です。

 大淀は砲も魚雷も使わず、打撃で三隻もの深海棲艦を沈めてしまいました。

 でも何故でしょう。

 繰り出しているのは打撃ばかりなのに、私にはまるで日本刀が閃いているように見えるんです。

 

 「こちらも行くぞ」

 (行くのは良いですが、どうやって倒す気ですか?)

 「私は彼女のような事が出来ないんだから砲撃で倒すしかないだろう?」

 (それはそうですが……)

 

 ダメですね。

 窮奇も大淀同様、かなりの短絡思考のようです。

 私だってバカじゃありませんから砲撃で倒すのはわかってるんです。問題は、残り少ない砲撃回数でどうやって二隻もの戦艦棲姫改を倒すのかです。

 

 「有効射程では無理……か。ならば!」

 

 窮奇が戦艦棲姫改の一隻に接近を開始しました。

 大淀ほどの派手に動いている訳ではありませんが、戦艦棲姫改二隻と渾沌の砲撃を最低限の舵操作で避けて距離を縮めています。

 

 (なるほど、装甲を……)

 

 伸縮させている。とでも言えば良いのでしょうか。

 窮奇は半径1m以上ある装甲を時には半径50cmまで縮め、そして直撃しそうな時には砲弾の射線に装甲を縮めて入り込み、装甲を広げて砲弾の腹を叩いていなしたのです。

 武道に例えるなら合気道の『入り身』に近いでしょうか。

 

 「ふむ、初めてやったが意外といけるじゃないか」

 (初めてやったんですか!?あんな目にも止まらない速度で飛んでくる砲弾を相手に!?)

 「名前を付けるなら何が良いだろうか」

 

 名前なんてどうでも良いでしょ!?今は戦闘中、しかも戦艦三隻から集中砲火されてる真っ最中ですよ!?

 いや、それでも直撃しないのは凄いと思いますが、今考える事じゃないですよね!?

 

 「さあ沈め。私の模造品ども」

 

 と、言いつつも、窮奇は先頭にいた戦艦棲姫改のすぐ左隣、装甲が掠めそうな距離まで接近したのに、私から見て11時の方向50m先にいるもう一隻の戦艦棲姫改を見ています。

 すぐ傍にいる戦艦棲姫改は無視?

 いや、違いますね。右舷主砲はしっかりと隣の戦艦棲姫改へ狙いを定めています。

 考えたくありませんが、窮奇はまさか……。

 

 「名前を付けるなら『モーニングスター』だな」

 

 同じ名前を冠したモノは多々ありますが、窮奇が言っているモーニングスターとは持ち手とトゲのついた鉄球を鎖で繋いだ鈍器の事でしょう。

 ああ……嫌な予想が当たってしまいました。

 窮奇は右舷主砲をゼロ距離で発砲して傍の戦艦棲姫改を撃沈しました。そこまでは良いんです。

 問題は発砲と同時に脚を消したこと。

 発砲と同時に脚を消せばどうなるか。答えは簡単です。砲撃の反動で吹っ飛ぶんですよ。体が引き裂かれそうな痛みと引き換えに!

 と言うか、モーニングスターと言うよりもビリヤード、もしくはピンボール方が合っているのでは?

 

 (痛っ!いったぁぁぁぁい!)

 「うるさい。気が散るだろう」

 (痛いって言うだけで我慢してあげてるんですから文句言わないでください!本当は転げ回りたいんですよ!?)

 「そうか。ならついでだ。もう一回我慢しろ」

 (はぁ!?)

 

 もう一回!?

 もしかして貴女、11時方向にいる戦艦棲姫改に対しても同じ事をするつもりですか!?

 いや、間違いありません。

 砲弾並みの速度でもう一隻に肉薄した窮奇は、背部主砲を旋回させながら戦艦棲姫改の右隣に着水し、すでに別方向へ視線を向けいます。

 その視線の先に居るのは装甲空母鬼。

 窮奇が何をしようとしている事を察したのか、大淀も肉薄しようとしています。

 

 「左舷主砲。照準!」

 

 11時方向にいた戦艦棲姫改を撃沈した砲撃の反動で飛んだ窮奇は、自らを砲弾にして装甲空母鬼に体当たりしました。

 あの時、私が大淀の装甲を砕いた時のように装甲空母鬼の装甲も砕けるのかな?と、思いましたが、装甲空母鬼の装甲は金属が擦れ合うような音を響かせ、シャボン玉のように虹色の光を浮かべながら歪んだだけで砕ける事はありませんでした。

 でもこれ、装甲空母鬼は私の装甲との接触面に装甲を集中させて堪えていますよね?

 と言う事は、大淀が接近中の背中側の装甲は薄くなってるんじゃ……。

 

 「一発必中!肉薄します!」

 

 正直、装甲空母鬼が可哀想に思えました。

 だって彼女の前面からは窮奇の左舷主砲で、そして背面からは大淀の三連装砲×2プラス魚雷で撃たれたんですもの。いや、それはそれとして……。

 

 (だから!主砲の反動で跳ぶのはやめてって言ってるじゃないですか!)

 「だがそうしないと、爆発に巻きこまれてしまうじゃないか」

 (そうですけど痛いんですよ!貴女は痛みを感じないんですか!?)

 「無論、感じる。感じ過ぎて失神しそう♪」

 

 あ、要は変態なんですね?

 痛みを快感に感じられるド変態なんですね?だから、こんな体がバラバラになりそうな痛みに堪えるどころか連続して行うんですね?

 なんて迷惑な……。

 

 「さて、残ったのは貴様だけだぞ。渾沌」

 『そのようだな』

 

 渾沌と私たちの距離は500m程。

 なのに、窮奇も大淀も、渾沌ですら攻撃を開始する気配がありません。

 いえ、渾沌はむしろ腰が引けている?逃げようとしている?

 でもどうして?

 今の大淀と窮奇は弾薬も切れかけ、体力的にも限界のはず。いくらこの二人でも、ほぼ無傷の渾沌を相手に勝てるとは思えません。

 にも関わらず、渾沌が逃げようとしているのは二人の状態を把握できていないから。

 特に、砲も魚雷も使わずに三隻も沈めた大淀を警戒しているのでしょう。

 

 「また、逃げる気か?」

 『逃がしてくれるのか?』

 

 逃がすわけがない。 

 窮奇も同じ事を思っているのか、主砲の照準を渾沌に合わせています。

 ただ、大淀の様子がおかしいですね。

 砲も構えず、私の方を横目で見ています。殺気すら感じる鋭い瞳で。

 

 「良いの?大淀」

 「はい、構いません」

 

 窮奇の問いに大淀は簡潔に答え、それを聞いた窮奇は砲を下げました。

 まさか、見逃す気?敵の総旗艦を?

 渾沌も見逃してもらえると思ったのか、ゆっくりと後退し始めています。

 

 「そう……。わかった」

 「なんで……!ってあれ?窮奇!?」

 

 急に体の主導権を返されたせいで若干フラついてしまいました。

 でも、どうして急に?

 さっきの問いは、見逃して良いかのかと大淀に確認したのですか?それに良いと大淀が答えたから引っ込んだんですか?

 いや、それよりも、体の主導権が戻ったのなら私が……。

 

 「やめてください大和さん。追撃は必要ありません」

 「なぜ止めるんです!奴は敵の総旗艦なのでしょう!?」

 「その通りです。奴を仕留めたいのは山々ですが、私にも貴女にもそんな余裕はないでしょう?」

 「た、たしかにそうですけど……!」

 

 大淀が言うとおり弾薬はほぼゼロ、燃料もワダツミまで帰投できるか疑問になるくらい残量がギリギリです。

 でも、だからと言っておめおめと逃がすのですか?渾沌との距離は、今この時もどんどん離れているのですよ?

 貴女なら、残りの燃料でどうにか倒せるのでは?

 

 「うっ……」

 「大淀!?ちょっ……どうしたの!?」

 「何でもありません。少し無理をし過ぎただけです」

 

 声は平静を保っていますが、大淀は海面にへたり込み、右手は動かないのかダランと垂れ下がり、左手で左腿を押さえて額に脂汗を浮かべています。

 たぶん、右手は格闘戦の、左腿はあの滑空するような移動法の後遺症のようなものなのでしょう。表情と違って、体は平静を装う余裕がないようです。

 渾沌も見えなくなってしまいましたし、追撃は諦めるしかありませんか……。

 じゃあ、後は。

 

 「手を……」

 

 満身創痍の大淀に手を貸して帰投しようと思いました。実際、私は腰を若干屈めて右手を差し出そうとしています。

 でも、私はこう考えてしまったんです。

 これはチャンスなんじゃない?と。

 

 「なんの……つもりですか?」

 「なんの?決まっているでしょう」

 

 私は右舷主砲の照準を大淀に合わせました。

 三門全てを発射するほどの弾薬はありませんが、一門だけならなんとかなります。

 

 「私が貴女を恨んでいること、忘れたわけではないでしょう?」

 「……」

 

 大淀は無言で私を見上げるだけ。

 少しでも動けば撃たれると思っているのか身じろぎ一つしません。

 せめてみっともなく命乞いでもすれば、この場は見逃してやろうという気になるかもしれないのに、何故彼女はそうしないのでしょうか。

 

 「撃ちたいのなら撃ちなさい」

 「は?今何と?」

 「撃ちたければ撃て。と言ったんです。御覧の通り私は抵抗できませんし、装甲も無いに等しいです」

 「潔く見せれば、私が撃つのを思いとどまるとでも?」

 

 大淀は首を横に振ることで否定しました。

 声を出すのも億劫なほど消耗しているんでしょうね。実際、脚が左に傾いてきていますし。

 でも同情はしない。私は撃ちます。

 ここで撃たなければ、彼女に負けたような気分になってしまいますから。

 だから、撃ちます!

 

 「何故、外したんですか?」

 「外した?何を言ってるんですか貴女は」

 「でも、砲弾は明後日の方向に飛んでいきましたよ?」

 「ええ、確かに明後日の方向に飛んでいきました。当然でしょう?そっちを狙ったんですから」

 

 ドン!という砲声を響かせて放った砲弾は、大淀の頭上はるか上を通過して北の方へ飛んで行きました。

 言っておきますが、本当に狙って撃ったんです。

 けっして大淀に情けをかけた訳ではありません。

 

 「ほら、脚を広げましたから乗ってください。浮いているのも辛いのでしょう?」

 「はい……。ですが、良いのですか?こんなチャンスは二度と来ないかもしれませんよ?」

 「良いんです」

 

 私の脚に上がって再びへたり込んだ貴女は手負い。

 ちょっと殴っただけで死んでしまいそうなんですもの。それじゃあ意味がありません。だって……。

 

 「万全の状態の貴女を痛めつけなければ、私の恨みは晴れそうにありませんから」

 「意外……ですね」

 

 はぁ?何が意外なんですか?

 キョトンとした顔で私を見上げていますが、私は常識人です。死にかけてる人を痛めつけるような嗜好は持ち合わせていません。

 

 「乗り心地が悪いです。もっと丁寧な操船は出来ないのですか?」

 「乗せて貰ってる分際で我が儘言わないでください。それに、私の体だって窮奇が無茶な使い方をしてくれたせいでガタガタなんです」

 

 いやホント、できる事ならば今すぐ布団に潜り込んで爆睡したい。

 お風呂?

 確かに汗と海水で濡れて気持ち悪いですが、今はそんな些細な事は放って置いて寝たいです。

 

 「あ!何寝ようとしてるんですか!起きて私の話し相手をしてください!」

 「だって眠い……んです。ワダツミに着いたら……起こ……し……」

 「ちょっ!ちょっと大淀!……本当に寝ちゃった」

 

 大淀は背中に背負った艤装に体重を預けて本当に寝てしまいました。

 まったく、安心しきったように寝ちゃって……。

 私が貴女の命を狙っているのを忘れちゃったんですか?私がその気なら、脚の上から落とすことだって出来るのに。

 そうだ!

 ただ運んでやるのも癪ですから一言文句を言っておきましょう。今の私の気持ちを表した一言を、疲れ果てて眠ってしまった貴女に。

 

 「大淀のバーカ」と。



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第七十六話 それでこそ朝潮です

 

 

 自慢どころか自虐でしかありませんが、私は友人が少ないです。

 養成所からの付き合いである叢雲さん。私にとって姉のような存在であり、艦娘のいろはを叩き込んでくれた円満さんと澪さんと恵さん。

 桜子さんは……あれは娘ですね。

 今だにどちらが母親かわからない関係ですが戸籍上は娘です。だから友人とは呼べません。

 霞と満潮ちゃんも親しいですが、友人かと聞かれると少し悩んでしまいます。

 あの子たちの場合は友人と言うより妹ですから。

 あと、私が友人と呼べそうなのは……。

 

 「またこんな無茶な体の使い方して!脚技の使用は控えろっていつも言ってるでしょ!」

 「だって……」

 「だってじゃない!ほら!ここも筋断裂起こしてるじゃない!あ!右腕は肉離れ!衝角戦術まで使ったの!?まったく、こんな体でよくワダツミまで戻って来れたわね」

 

 大和さんに曳航されてワダツミに戻ってから、お説教混じりに医務室で私の怪我を治療してくれている明石さんです。

 彼女は私が二代目大淀になったのとほぼ同時期に着任した大本営付きの艦娘で、秋月型の子達同様、名目上は私の指揮下の艦娘と言う事になっています。

 まあ立場が上なだけで、私が彼女に何か命令することはないんですが。

 

 「少しは体を労りなさいよ。敵に負わされた怪我より技の反動での怪我の方が多いくらいじゃない。いくら高速修復材で後遺症も残さず治ると言っても痛いでしょう?」

 「痛みなど些細なぁぁぁあ!?痛い!痛いから握らないでください!」

 「ほら見なさい!泣くほど痛いならどうして忠告を聞かないの!」

 「いやほら、私には閣下からの命令が……」

 

 私の体を心配して怒ってくれる明石さんにするいつもの言い訳。それを聞いた明石さんが盛大に溜息を吐くまでがお約束です。

 主人を言い訳にするのに抵抗はありますが、事実だから仕方ないのです。

 だって、私が無茶をするのは彼のためなんですもの。

 

 「相変わらずの忠犬っぷりね。プライベートでもそんななの?」

 「はい。私はあの人の命令なら何でもします」

 

 あの人は私の全て。

 いえ、私が全てを賭けて尽くそうと誓った唯一の人。

 だから、あの人の命令なら本当に何でも実行しますし完遂します。

 直近では、今回の作戦に参加したいとあの人にお願いしたときに命じられた「渾沌を逃がせ」と言う命令ですね。

 窮奇が思ってたよりも察しが良くて助かりました。

 もし、是が非でも渾沌を沈めると言い出されたら、限界を超えてる体で窮奇を相手に戦わなければならなかったのですから。

 

 「そういえば、前にバニーガールのコスプレしてたわよね?あれも閣下の命令?」

 「もちろんです」

 「執務室でいちゃこらしてるのも?」

 「アレは命令ではなく夫婦の営みです」

 「裸エプロンしてと言われたら?」 

 「しました」

 「したことあるのかよ……」

 

 と言って、明石さんは再び盛大に溜息を吐いて呆れてしまいました。

 でも、どこに呆れたのでしょう?

 コスプレも執務室でのスキンシップも夫婦なら日常的に行っていることなのでは?

 あ、ちなみに執務室で裸エプロンになったことはありません。

 主人は仕事とプライベートでメリハリをつける人なので、そういう事を言う時は必ず家でです。

 まあ家と言いましても、大本営の敷地内に立てられた元帥公室なんですが。

 

 「はい、治療はこれで終わり。後は病室でのんびり寝てなさい」

 「歩けないのでベッドまで運んでください」

 「這っていけ」

 

 フッ……。

 わかっているのですよ?明石さんは何だかんだ言って私に甘い。

 こうやって縋るような瞳で見上げながら両手(右手は動きませんが)を差し出すように上げていれば「もー!忙しいのに!」と言いつつも運んでくれるのです。

 

 「そう、じゃあ長門さんにでも……」

 「OK、わかりました。歩きますので松葉杖貸してください」

 

 なんと卑怯な。

 私が今だに ながもんを苦手にしているのを知ってて何故そんな事が平気で言えるのですか?今襲い掛かられたら成すがままですよ、抵抗なんてできません。

 それなのに、運ぶのが面倒臭いからって ながもんを呼ぼうとするなんて、ハッキリ言って友人に数えて良いのか疑ってしまうレベルです。

 

 「あ、そうそう。メガネを置いて行きなさいね」

 「何故ですか?」

 「何故って……。ヒビだらけでまともに見えないでしょ?直しといてあげるから置いて行けって言ってるの」

 「で、でも私、これが無いと……」

 

 どういう訳か落ち着かないんです。

 明石さんの言う通り確かにまともに見えていませんが、大淀になって以降、寝てる時以外はメガネをかけていないと落ち着かなくなってしまったんです。あ、もちろん度は入っていません。

 伊達メガネですし、視界の端にメガネのフレームが映りこんで目障りですが、それでもメガネをかけずにはいられないんです。

 

 「貴女って視力は無駄に良いでしょ?」

 「そうですけど……。なんて言うか、恥ずかしくて」

 「いや、訳わかんない。だったら代わりにコレかけとく?」

 

 そう言って、明石さんが取り出したのは鼻と口髭がついた黒縁の丸メガネ。所謂、パーティーグッズでよくある鼻メガネってヤツです。

 と言うか、なんでそんな物が医務室に?

 

 「で、どうする?」

 「つけません」

 

 いくらメガネをかけたいと言ってもソレはないです。

 そんな物をかけて歩き回ったら、ただでさえバカだと思われてるっぽいのに余計バカだと思われちゃいますよ。

 

 「え~っと、このベッドを使っていいのでしょうか」

 

 鼻メガネを断るやいなや「ならサッサと病室に行け」と言う明石さんに医務室から追い出されて松葉杖を突きながら病室まで来たのですが、入り口から見て左右に5台づつ、都合10台あるベッドは右列一番奥のカーテンで仕切られているベッドを除いて空いていました。

 ここまで空きばかりだと、どれを使えばいいか逆に迷ってしまいますね。でも……。

 

 「奥から詰めて使った方が良いです……よね?」

 

 右列奥から二番目に辿り着いた私は、隣で寝ているであろう誰かを起こさないよう、ゆっくりと腰をかけました。

 布団の盛り上がり方を見る限り、隣で寝ているのは駆逐艦でしょうか。

 

 「ひっく……。ひっく……」

 

 しゃっくり?

 じゃ、ないですね。隣の駆逐艦と思われる子は声を押し殺して泣いているようです。

 怪我が痛んで泣いているのでしょうか。それとも、寂しくて泣いてるのでしょうか。

 う~ん、わかりません。声をかけた方がいいのかしら。

 

 「あ、あの、傷が痛むのですか?誰か呼びます?」

 「い、いえ!なんでもありません!お構いなく!」

 

 声をかけられて初めて私の存在に気付いたらしく、駆逐艦はガバッと起き上がってカーテン越しにそう言いました。

 動きを見る限り傷が痛むから泣いてるわけじゃないですね。と、言う事は寂しくて泣いていたのでしょう。

 ならばここは、年長者らしく慰めるくらいはしてあげないと。

 

 「私で良ければ話を聞きましょうか?」

 「い、いえ!見ず知らずの方にそんなご迷惑をかけるような事は……」

 「そんな事気にしないでいいんですよ?ほら、私も話し相手が欲しいと思っていましたし」

 

 駆逐艦の割に礼儀正しい子ですね。

 いえ、駆逐艦が無作法と言ってるわけではないんですが、この子の場合は下手な大人よりも……。

 いや、待ってください。

 もしかして艦娘歴が長い子なのかしら。実際、神風だった頃の桜子さんは見た目10代前半で実年齢は二十歳を超えていましたし(精神年齢は10サイ以下でしたが)、霞もJC1みたいな見た目なのに私と同い年です。

 だとしたら、下手したら私よりも年上の可能性がありますね。

 

 「ほ、本当によろしいので……」

 「あら?貴女はもしかして」

 

 カーテンを開いて顔を覗かせた少女は黒のロングヘアに蒼い瞳。顔立ちは若干異なりますしパジャマ姿ですが、まるで朝潮だった頃の私みたいな子でした。

 

 「あの!失礼を承知でお尋ねしますが、軽巡洋艦の大淀さん……ですよね?」

 「ええ、大淀です。そう言う貴女は朝潮……ですよね?」

 「は、はい!駆逐艦朝潮です!」

 

 朝潮はベッドから降りて敬礼し、元気よく自己紹介してくれました。

 たしか、大和さんを庇って負傷していたはずですが、この様子だと高速修復材のおかげでほぼ完治しているようですね。それなのに病室に居ると言う事は、念のために寝ておけとでも言われたのでしょう。

 

 「敬礼は結構ですよ。それより座ってください。そんなに鯱張っていては傷に障ります」

 「はい!で、では、失礼します」

 

 う~ん……堅い。

 私の対面、寝ていたベッドに座った朝潮はなぜか正座。しかも、膝を握り締めて両腕をピーンと張っています。

 何をそんなに緊張しているのでしょう?

 

 「あの、足を崩してもいいんですよ?」

 「いえいえ!貴女は軽巡洋艦、しかも!私の先輩に当たる人の前でそんな無作法な事はできません!」

 

 真面目だなぁ……。

 まるで昔の自分を見ているようです。いや?私より真面目でしょうか。

 私まで正座しなければならないような気になって来ます。

 

 「さっき、泣いていましたよね?」

 「はい……。その……。あ、先輩とお呼びしてもよろしいですか?」

 「ええ、構いませんよ」

 

 こそばゆい……。

 まさか自分が先輩と呼ばれる日が来ようとは夢にも思っていませんでした。

 ですが可愛い!

 小首を傾げながら「よろしいですか?」と尋ねるこの子は控え目に言って天使です!今すぐ娘にしたい!

 

 「ありがとうございます!」

 「それで?どうして泣いていたんですか?」

 「それは……。私があの場に居たのは先輩もご存知ですよね?」

 「はい。知ってます」

 「実は……。申し訳ありませんでした!」

 「いや、え!?どうしたんですか急に!?」

 

 朝潮はベッドの上で土下座しました。

 ええ、見事な土下座です。

 例えるなら、もし世の中に土下座検定でもあれば間違いなく1級が取れるほど見事な土下座です。

 でも、何故土下座?

 あの場に居たことが、どうして私に土下座する事に繋がるのですか?

 

 「私は、任務を放棄してあの場に向かいました」

 「は、はぁ……。と、とにかく頭を上げてください。私に土下座なんてする必要は……」

 「あります!私は先輩の顔に泥を塗りました!」

 

 はて?任務を放棄することがどうして私の顔に泥を塗ることになるのですか?

 たしかに、任務を放棄することは艦娘にとって許されることではありませんが私に謝るのは筋違いです。

 それは旗艦、もしくは円満さんに謝ることです。

 

 「私のしたことで、『朝潮』は任務を放棄する駆逐艦というレッテルを貼られるでしょう。それはつまり、先代の朝潮である貴女の顔に泥を塗るのと同じです!」

 「あ~……、なるほど。そういうことですか」

 

 気にしすぎ。

 と言うのが率直な感想です。

 確かにそう思われるかもしれませんが、私からしたらどうでもいいことです。

 今の朝潮であるこの子が何をしようと、私や初代がやってきたことの評価が変わることはないと思いますし、変わったとしても気にしません。

 だって他人にどう思われようと、愛するあの人が評価してくれればそれで良いんですから。

 

 「と、言っても納得はしないんでしょうね」

 「え?」

 「いえ、なんでもありません。それで?その件で誰かに何か言われたのですか?」

 

 私の言葉に、朝潮は土下座の姿勢のまま一瞬だけ背中をビクッと震わせました。

 これは言われてますね。

 恐らく、任務を放棄したことを叱られるなりしたのでしょう。

 

 「司令官と満潮さん、それに大潮さんと荒潮さんに、旗艦だった白雪さんに叱られました……」

 「そう……ですか」

 

 やはり叱られていましたか。

 それが悲しくて、申し訳なくて、一人で泣いていたのですね。

 なら私は……。

 

 「よくやりました」

 「え?い、今何と?」

 「よくやった。と、言ったんです」

 

 よほど意外だったのか、朝潮は思わず顔を上げて私を仰視しました。

 一応言っておきますが、私は本心から言っています。けっして、落ち込んでるこの子を見るに見かねてお為ごかしを言ってるわけではありません。

 

 「こっちへ来なさい。朝潮」

 「で、でも私……」

 「そうですか。ならば私がそちらへ行きます」

 「ふぇ!?で、でも先輩はお怪我をしてるじゃないですか!」

 

 私は構わず朝潮の右隣に移動しました。

 多少……いえ、かなり傷が痛みましたが、この子を立ち直らせられるなら安いものです。

 

 「いいですか?貴女がその身を挺して大和さんを守ったおかげで、私たちは敵艦隊を撃破することができたのです。もし大和さんが小破、もしくは中破していたら、敵艦隊の撃破どころか私たちは死んでいたかもしれません」

 「で、でも私は任務を……」

 「ええ、わかっています。それ自体は褒められたことではありません。ですが、貴女がしたことは結果的に敵艦隊の撃破に一役買いました。貴女がした事はけっして無駄ではないんです」

 「ですが司令官は……」

 「円満さんは立場上、貴女がした事を褒めるわけにはいきません。だから心を鬼にして、任務を放棄した貴女を叱ったんです。でも本当は、褒めてあげたかったと思いますよ?」

 

 わかりませんけどね。

 円満さんなら私の出撃後、そう時を置かずに艦隊を出撃させていたはずですから、私と窮奇が戦わなくても渾沌艦隊は撃破出来ていたと思います。

 でも、私はそうさせる訳にはいかなかった。

 私が主人から命じられた「渾沌を逃がせ」という命令を遂行するには、円満さんが派遣した艦隊が到着するよりも早く、渾沌以外の深海棲艦を沈める必要があったんですから。

 だから、この子がした事は私にとっては好都合でしたが円満さんからしたら余計な事。

 渾沌を逃がすか沈めるかの結果が、この子の行動で決してしまったんです。

 私の、もっと言えば主人にとって都合が良い方向へと。

 ですから、貴女を慰めるのはお礼です。

 主人の目的を達成する手助けをしてくれた貴女への、私なりのお礼なんです。

 

 「先輩は……私を叱らないのですか?」

 「貴女は散々叱られ、しかも反省しているのでしょう?」

 「はい……」

 「なら、私が叱る必要はありません。叱られ、反省している子に追い打ちなどしたくありませんから」

 

 と、言っても納得していないようですね。

 朝潮は俯いて、膝の上で両手を堅く握っています。ここは先輩である私も同じだと思わせた方が良いかもしれません。

 

 「ここだけの話ですが、私も命令違反をしているんです」

 「先輩が……ですか?」

 「はい。私が円満さんから命じられたのは第一部隊の撤退支援です。それなのに、私は命令を無視して敵艦隊を撃破しちゃいました」

 

 と、少し戯けて言うと、朝潮は目をまん丸に見開いて唖然としてしまいました。

 私が命令違反したのがそんなに意外なのかしら。

 

 「私も、私の先代もそうでしたが、『朝潮』になる者は約束を大切にします。約束のためなら命も惜しみません。貴女も、大和さんと何かを約束していたから、任務を放棄してまであの場に向かったのでは?」

 「はい……」

 「ならば、今回のことは反省はしても後悔する必要はありません。貴女は朝潮らしく行動しただけなのですから……って、どうして泣くのですか?」

 

 チラリと朝潮を見ると、彼女は瞳から大粒の涙を流していました。

 何か傷つけるような事を言ったかしら……。

 いえ、違いますね。

 彼女は小さな声で「ありがとうございます」と繰り返しています。

 きっとこの子は……。

 

 「人から褒められた事がないんですね……」

 

 朝潮は涙を拭いながらコクリと頷きました。

 この歳の子が褒められた事がないなんて、いったいどういう境遇で育ったのでしょうか。

 見た目相応なら11~2歳ですよね?

 ご両親はこの子を褒めてあげたことがないのかしら。

 

 「おいで」

 

 左手を彼女の頭に添えると、今度は素直に私の胸に頭を預けてくれました。

 褒めてあげたくなった。

 褒められた事がないと言うこの子の頭を撫でながら、私は無性に褒めてあげたくなったんです。

 励ましてあげたくなったんです。

 そしてそれは、同じ朝潮だった私にしか出来ません。

 同じ朝潮だった私しか、この子の気持ちをわかってあげられない。そう、思ったんです。

 

 「約束を守りたかったんですよね……」

 

 ()()()朝潮は約束を大切にします。

 どんな些細な、それこそ雑談の果てにした口約束ですら、守らなければならないという衝動に駆られるんです。

 それは『朝潮』の本能とでも言うべきモノ。

 私達『朝潮』は、その本能に逆らうことが出来ないのです。

 恐らく、この子もそうだったのでしょう。

 大和さんとどんな約束をしたかまではわかりませんが、この子にとっては任務を放り出してでも守らなければならない約束だったはずです。

 だから、私はこう言います。

 元朝潮として、この子が安堵し、誇りを持てるようにと願いを込めて。

 

 「それでこそ朝潮です」と。



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第七十七話 一時だけなんだけどね

 

 

 

 「なるほどね。艦娘で装甲を削って通常兵器でトドメ……か。私じゃあ、と言うより日本人じゃ思い付かない方法ね」 

 『ホントにね。お金かけすぎよ。あの数時間で何億飛んだのかしらね』

 「桁が四つくらい足りない気がする」

 

 渾沌艦隊に奇襲された第一部隊の救援に大淀を差し向けて4時間後。

 入渠を終えた第一部隊の面々の様子でも見に行こうとブリッジから出ようとしたら、第7艦隊に同行してる辰見さんから南方中枢を撃破した事を伝える通信が入った。

 ケンドリック提督は本国からの命令もあって仕方なく今回の戦術を実行したらしいけど、南方中枢(辰見さんは悪ブッキーって呼んでた)の装甲の硬度は姫級や水鬼をはるかに上回っていたものの、規模自体は精々戦艦と同程度だったらしいわ。

 まあ結果的に倒せたから良かったけど、ハワイ島中枢のように結界と呼べる大きさじゃないと実行する意味がないわね。

 無駄になる火力が多すぎるもの。

 

 『そっちの状況はどうなの?』

 「こっち?こっちは一時間ほど前に、渾沌艦隊を撃破した大淀と大和が帰投したわ」

 『相変わらずの規格外ね。それに付き合える大和……窮奇も相当か』

 

 でも、いくら大淀と窮奇でも撃破するのは難しかったらしい。

 実際、大淀と大和は大破。

 大淀なんて、今まで見たことがないくらいの大怪我をしてたわ。

 せっかく出せる艦隊を出せるだけ向かわせたんだから、艦隊が到着するまで遅滞戦闘に専念すればとも思ったけど、大淀からしたら待てない理由があったんでしょうね。具体的に言うと、先生からの命令を遂行するために。

 

 「でも意外だったわ。あの人、勝利の報告は自分でしてくると思ってた」

 『あの人?もしかしてヘンケン提督のこと?』

 「ん?ええ、ケンドリック提督の事よ」

 

 アイツは私に惚れてる。

 断っておくけど自惚れでも何でもないわ。だって形式上は交際してるもの。つまり、私と彼は恋人同士。

 その相手である私に、中枢を撃破したという大戦果を自分で報告、いや自慢しないのには違和感を感じちゃうわ。

 

 『今回とった戦術が本意じゃなかったからじゃない?国からの命令で仕方なく。とか言ってたし』

 「なるほどね。本当はとりたくない戦術だったから、ケンドリック提督は自慢してこないのか」

 

 辰見さんの話では、ロナルド・レーガンから発艦した空母艦載機部隊の三分の一が撃墜され、艦娘の損耗率も10%を超えたらしい。

 新たに産み出した艦隊を根こそぎ沈められ、丸裸にされた状態でそこまでの被害を出すなんて腐っても中枢ってとこかしら。

 

 『そっちはもうすぐ本土に戻るんでしょ?』

 「ええ、私たちは所用が終わり次第、呉の海軍工廠にワダツミを預けてから横須賀に帰るわ。そっちは一度グアムに寄るんだっけ?」

 『ええ、補給も兼ねてね。そっちが呉に寄るんなら、横須賀に戻るのは私の方が速いかもしれないわ』

 

 今回の作戦でワダツミには無理をさせた。

 横須賀を発ってからの強行軍はワダツミにとって初めてだし、少なからず被弾もしている。

 直衛艦隊の子達、特にその子達の指揮を執ってくれていた阿賀野の奮闘で被害は最小限で留まったけど、目視で見えるほどの距離に敵の艦載機が迫った時は流石に肝が冷えたわ。

 霞の助言どおり、彼女を直衛艦隊の旗艦にして正解だったわね。

 

 「そう、じゃあ横須賀で会いましょう」

 『早く戻って来てよ?仕事も貯まってるだろうから』

 「ええ、月が変わる前には戻る予定だから安心して」

 

 先の予定を大まかにすり合わせして通信を終了した私は、「提督居室にいるから、何かあったら連絡して」とオペレーターに言付けて今度こそブリッジを後にした。

 

 「物資の揚陸と負傷者の輸送は順調。後は報告書の作成か……」

 

 言葉にしてしまったことで気分が重たくなってしまった。だって、個人的には報告書の作成が一番苦痛なんだもの。

 いくら私と先生が親しいからと言って「作戦は大成功。ただし、混沌は取り逃がしちゃったけどね」で済ませる訳にはいかない。だって軍隊だもの。

 しかも報告書って言うくらいだから、作戦の顛末や達成度等々をクソ真面目な文言で書かなければならない。

 何をどうしたか、誰がどう死んだかまで……。

 

 「あら、霞じゃない。私に何か用?」

 

 提督居室が見えるまで来ると、胸にタブレットを抱えた霞がノックしようとしてるところに出くわした。

 思わず「何か用?」って声かけちゃったけど、この子の事だから「用があるから来たのよ」とか憎まれ口を叩くんだろうなぁ……。

 

 「ちょっと話したいことがあって……。忙しいなら後でも良いわ」

 「それ程でもないから平気よ」

 

 あら意外。

 霞のクセに言葉にトゲが無いわ。いつもつり上がってる眉毛は下がってるし、心なしか顔色も悪い気がする。何かショックな事でもあったのかしら。

 

 「廊下じゃなんだし、とりあえず中に入らない?」

 

 と、提督居室のドアを開けながらできるだけ優しい口調で促してみると、霞はコクリと頷いて後に続いた。

 本当にどうしたんだろ?

 いつもの霞なら「お茶くらい出しなさいよね。もちろん玉露よ!」くらいは言うのに。

 

 「で、要件は?」

 「……」

 

 提督居室の入り口側から見て執務机の斜め左に設えられたソファーとテーブル。そこに座らせた霞は無言で俯くばかりで口を開く気配はない。

 こんな霞は初めて見るから、どう対応して良いのかわかんないわね。霰なら付き合いが長いからわかるんでしょうけど……。

 とりあえず仕事の話から入って様子を見てみるとしましょうか。

 

 「阿賀野を直衛艦隊の旗艦にしたらどうだっていうアンタと呉提督の助言、助かったわ。彼女、思ってたよりずっと優秀だったのね」

 「あの人はやれば出来る人だから……。普段は何もしないけど」

 「何もしない?訓練くらいはしてるんでしょ?」

 「最低限、ね。訓練してる時間より怠けてる時間の方が長いわ」

 「()()で?」

 「そう、()()で。だから、実力があっても誰も従わないの」

 「なるほどね。アンタが呉所属の駆逐艦と組ますなって言ったのはそれが理由か」

 

 編成を決める前、正確に言うと五大鎮守府の提督と秘書艦を集めて行った会議の後、霞と呉提督が私に阿賀野の件を直接言いに来たの。

 たしかこんな感じだったわ。

 

 「阿賀野をワダツミの直衛艦隊の旗艦にしろ?」

 「ええ、あと、随伴艦は呉以外に所属してる子にして」

 「理由を聞いても?」

 「彼女は優秀なんだけど少し問題があってね。今回の作戦に関わる事が、彼女にとって良い機会になると僕は考えてるんだ」

 

 冗談じゃない。が、その時の感想かな。

 だって私は阿賀野の事を知らないし、しかも問題を抱えてると来た。

 私にとって、提督として初の大規模作戦であり、終戦へ向けての前哨戦である今回の作戦に不安の種を蒔きたくなかったからよ。

 だって、総旗艦であるワダツミ直衛艦隊の旗艦よ?

 直衛艦隊は地味な役割ではあるけど、個人的には一番大事だと私は思ってる。

 だって司令塔であり、基地でもあるワダツミが沈んだら作戦どころじゃないもの。

 大袈裟でも何でもなく、ワダツミの撃沈は敗北と同じだもの。

 その大事な役割を、実力もわからない艦娘に託すのはリスクが高い。

 実際、最初は実力的にも問題なく、ネームドの一人で駆逐艦からも人気がある横須賀所属の那珂にしようと思ってたわ。

 

 「君の不安もわかる。でもここは、僕を信じてくれないだろうか。阿賀野は必ず、ワダツミを守り切る」

 「貴方を信じろって言われてもねぇ……」

 

 信じられるわけがなかった。

 彼は会議で私の味方をするような素振りをしていたけど、私は彼を提督として信用していない。

 理由は正化26年の横須賀襲撃事件よ。

 彼の采配ミスのせいで、私たちかつての朝潮型は大事な姉を失い、自分が死ぬよりも悲しい想いをしたんだから。

 

 「円満。いえ、紫印提督。今は私情を捨てるべきだって貴女は会議で言ったわよね?」

 「ええ、言ったわ。でもね、霞。私は私情から彼を信じられないんじゃないの。ケンドリック提督も言ってたでしょ?今や南方攻略は、人類文明を護る戦いへと変わってるの。失敗が許されない作戦で、僅かな不安要素すら抱え込みたくないのよ」

 「だから、司令官は阿賀野さんを推してるのよ。彼女なら、確実にワダツミを守ってくれるから」

 「アンタがそこまで他人を推すなんて意外ね。それ程の艦娘なの?阿賀野って」

 「ええ、私が知る限り、戦闘に関しては呉で一番。いえ、全鎮守府で一番の軽巡洋艦よ。もしかたら大淀にも比肩するかも」

 

 それが事実なら朗報どころじゃない。

 大淀と比肩するほどの軽巡洋艦を直衛に据えれば、その分他に艦娘を回すことも出来るし、逆に前に出せば作戦を有利に進められるかもしれない。

 

 「もし、彼女がミスをしたら僕は提督を辞任しよう。不足ならこの命を差し出しても良い」

 「貴方がそこまでする理由は?こう言っては何ですが、艦娘一人のために自身の進退どころか命まで賭けるなんて異常ですよ?」

 「罪滅ぼし、かな。彼女はここに居る霞同様、僕の被害者なんだよ」

 

 罪滅ぼし。被害者。

 そう聞いて思い出した。

 彼は正化29年まで戦艦以下の艦種を冷遇していた。冷遇していたとは言っても虐待などをしていたわけじゃない。

 いや?虐待と言えなくもないかしら。

 呉提督の横で沈痛な面持ちをしている霞を例にすると、呉提督は軽巡洋艦や駆逐艦には雑用しかさせていなかったの。雪風や神通などの、特定の駆逐艦や軽巡洋艦を除いてね。

 うん、やっぱり虐待と言って良い。

 日々の訓練や哨戒以外で海に出れず、訓練以外で戦闘もできないなんて、艦娘にとっては虐待と同じだ。

 だって艦娘は、特に軽巡洋艦や駆逐艦には戦うことが目的で艦娘になった子が大半なんだもの。

 そんな子達に、戦わなくて良いから訓練と雑用だけしてろなんて私なら言えない。

 けど彼はそう言い、そうさせた。

 

 「結局、その話にほだされちゃったんだから、私もまだまだ甘いわね」

 「でも、ほだされて正解だったでしょ?」

 「ええ、阿賀野のおかげで、ワダツミは大した被害を受けずに済んだわ」

 

 彼女の戦いをこの目で見た時は大淀が戦ってるんじゃないかと錯覚した。

 脚技こそ使わなかったけど、彼女は敵と相対している艦隊を突破して来た敵艦と艦載機群を相手に獅子奮迅の活躍を見せてくれたわ。

 旗下に加えていた白露達の存在が霞んでしまうほどにね。

 

 「ハワイ島攻略戦の時は、まだ冷遇されていた事を払拭しきれてなかったから目立たなかったみたいだけどね。その時に戦果を挙げてれば、円満も即決出来たでしょ?」

 「その戦果次第。だけどね。でもまあ、阿賀野が優秀だとわかったのは大きいわ。これから先も期待できるし、矢矧も安心して任せられるから」

 「矢矧?阿賀野型三番艦の?呉に転属させるの?」

 「ええ、今回の作戦で神通が戦死したでしょ?だから、次の神通が育つまで二水戦の旗艦をさせるために転属させるの」

 「ふぅん。使える人なんでしょうね?二水戦所属の駆逐艦は癖が強いわよ?」

 「ネームドも多く所属してるしね」

 

 第二水雷戦隊。

 通称二水戦は、戦艦以下の艦種を冷遇していた頃の呉提督が唯一使っていた水雷戦隊で、基本的に軽巡洋艦神通を旗艦として主に陽炎型で構成されている。

 デビュー戦は第一次ソロモン海戦だったかしら。

 その時の活躍がめざましすぎて、横須賀の第一、第四水雷戦隊、佐世保の第三水雷戦隊を差し置いて、『駆逐艦が所属したい水雷戦隊ランキング』で一位を独占し続けてるわ。

 

 「今有名なのは『呉の死神』と『聖剣』?」

 「そうね。その二人が群を抜いてるわ。雪風は、神…じゃないや。桜子さんと戦った後から更に一皮剥けたし」

 

 『呉の死神』こと陽炎型八番艦 雪風。

 呪いにも等しい幸運に恵まれ、どんな戦場からも必ず戻って来る呉鎮守府最強の駆逐艦。

 ただし、味方も共に戻って来ることが稀だったため、いつの頃からか『死神』と呼ばれるようになった。敵にとっても、味方にとっても。

 『聖剣』の方は名前だけで詳しくは知らないわね。陽炎型だったのは確かなんだけど……。

 

 「満潮と演習させてみる?いい勝負すると思うわよ?」

 「却下。演習じゃあ満潮は本気を出せないの、アンタだって知ってるでしょ?」

 「でも、今年は今回の作戦のせいで演習大会がお流れになちゃったじゃない。アレ、駆逐艦にとっては年に一度のお祭りみたいなものなのよ?」

 「それについては心配しないで。もう少し先になるけどちゃんと考えてるから」

 「そう、ならいいわ」

 

 顔色も良くなってるし、少しはいつもの調子に戻ったみたいだし、そろそろ本題に入っても平気かしら。

 

 「それで?アンタは私に何の用があって来たの?そろそろ聞かせて欲しいんだけど」

 「それはそのぉ……」

 

 やっぱまだ無理?

 内股に手を突っ込んでモジモジしてるアンタも新鮮で良いとはおもうけど、仕事があるから長い時間相手にするのはちょっとなぁ……。

 

 「お……」

 「お?」

 

 話す気になったのかしら。

 膝に乗せた両手をギューッと握って、意を決したように対面に座る私を見て口を開いたわ。

 

 「大淀が怪我したって……。それで私……」

 「ああ、なるほどね」

 

 霞はかつて、朝潮だった頃の大淀にコテンパンにされて以来仲が良い。

 同い年ってのもあるんでしょうけど、世話好きなこの子からしたら大淀は放っておけない存在だそうよ。

 実際、今でもラインでの連絡は欠かさないらしいし、大淀が先生と結婚した時は呉から横須賀まで来て祝福してたわ。

 まあ、大淀が朝潮を辞める時は少し揉めたけどね。

 で、霞が何をしに私を訪ねたかと言うと、要は渾沌艦隊との戦闘で負傷した大淀の容態を聞きたいのよ。

 この子ったら、普段ツッケンドンな態度をとってるせいで素直にお見舞いに行けないのね。

 

 「命に別状は無いから安心していいわ。怪我だって、敵にやられたって言うより自爆に近いんだから」

 「そ、そう……」

 

 それでも不安は解消出来ないみたい。

 きっと今、この子の中では大淀と初代朝潮、私たちの朝潮型全員の姉さんの死がフラッシュバックしてるんだと思う。

 霞も私同様、姉さんが戦死した時に何も出来なかったから……。

 

 「お見舞いに行ってあげなさいよ。あの子、きっと喜ぶわよ?」

 「やだ……」

 「嫌味を言っちゃうから?」

 「……」

 

 ここでの無言は肯定と同じよ霞。

 まったく、アンタも満潮だった頃の私と同じで難儀な性格してるわよね。

 なんて言うか、お見舞いには行きたいけどお見舞いに来たと相手から思われたくないの。

 それは誰かと一緒でも同じ。

 例えば「〇〇がどうしてもって言うから仕方なく」とか、「病室に用があったから来たのよ」とか言っちゃうわ。試しに提案してみようかしら。

 

 「霰がどうしてもって言うから仕方なく。とか言っとけば?」

 「それも考えたけど……」

 「考えたのかよ」

 

 呆れた。

 霞にもだけど、思考パターンが同じな自分にもね。

 もう無理矢理引っ張って行こうかしら。私も労いの言葉の一つくらい言ってやらなきゃとは思ってたし。

 

 「私と一緒に行きましょ。それなら平気なんじゃない?」

 「でもアンタ、大淀とケンカしてるんじゃ……」

 「あら、知ってたの?」

 「だってアイツに相談されたもん。『円満さんと仲直りするにはどうしたら良いと思います?』って」

 「で?アンタはなんて答えたの?」

 「怒らない?」

 

 そんなの内容次第に決まってんでしょ。

 なんて言ったら話が進まないから、ここは右手を差し出すだけに留めよう。

 内容次第じゃ怒るけどね。

 

 「手土産に、元帥のヌード写真でも持って行ったらどう?って……」

 「先生のヌード写真!?あの子、そんなお宝持って来てないけど!?」

 「だって冗談で言ったんだもの。って言うか今、お宝って言った?」

 「い、言ってない……」

 

 危ない危ない。

 霞は私が先生の事が好きだって知らないんだった。

 でも、大淀は知ってたんだから、霞が言った冗談を真に受けて先生のヌード写真を持って来てくれてもよかったのに……。

 

 「え、円満、アンタまさか……」

 「な、何よ。まさか何よ!」

 「あのオッサンの事が好きだったの?あんな額が後退してて足が臭くて、趣味と言えば飲酒と競馬くらいしかないオッサンが?」

 「ちょっ!なんでアンタがそんなに詳しいのよ!」

 「だってラインで繋がってるもの。育毛剤に手を出すべきかどうか相談された事もあるわ」

 「ダメよ!増やしちゃダメ!あのハゲ具合がちょうど良いのよ!私の好みにジャストフィットなの!って、あ……」

 

 見られてる。

 霞に、痛い子を見るような目で見られてる。

 ええそうよ!

 私は額が後退してて足が臭いオッサンが好みなの!具体的に言うと先生よ!フラれちゃったけどね!

 

 「ま、まあ好みは人それぞれだし、白人は劣化が激しいらしいし……。が、頑張って?」

 「なんで応援したの!?ひと思いに笑ってくれた方が気が楽なんだけど!?」

 「いやぁ、だって私も人のこと言えなし……。ハゲてないし足も臭くないけど」

 「でもマザコンでしょ?」

 「いいじゃないマザコンでも!普段はキリッとしたエリートビジネスマンみたいな司令官が「ママ~」って甘えてくるのよ?最高でしょうが!」

 

 いや、キモい。

 あのメガネ野郎、駆逐艦相手にそんな事してるの?控え目に言って変態よ。

 それを思い出して頬を赤く染め、体をクネクネさせてる霞も変態に片足突っ込んでるけど。

 

 「前々から思ってたんだけど……さ」

 

 クネクネするのに飽きたのか、霞は急に素に戻って……って言うか死んだ目?ハイライトオフって言ったら良いのかしら。になった。

 

 「駆逐艦って、男の趣味が悪いわよね」

 「うぉい!趣味が悪いとか言うな!それにその言い方だと、全ての駆逐艦が誤解されかねないからね!?」

 「だって大淀も円満もオッサン趣味だし……」

 「アンタもでしょ!?呉提督って見た目は若いけど30後半じゃない!アンタからしたら十分オッサンでしょうが!」

 「でも見た目は若いもん!元帥みたいに明らかなオッサンじゃないもん!」

 

 見た目が若ければ良い。だと?

 そりゃあ、世の大半の人は若ければ若いほど良いんでしょうよ?嫁と畳は新しい方が良いなんて諺まであるくだしね。

 でもね。

 私は若いだけの男は嫌なの。中身も熟成されてる方が良いの。お肉だって、腐りかけが一番美味しいって言うでしょ?

 

 「父親に憧れでもあるのかしら……」

 「ない。とは言い切れないわね。今は減ってるけど、アンタや私と同世代の駆逐艦の大半は親と死別してるから」

 

 霞は確か、8歳かそこらで艦娘になっている。

 そんな歳の子が艦娘になるだなんて今では信じられないけど、あの当時は有り触れたことだったわ。

 私自身、10歳くらいの頃に艦娘になってるしね。

 

 「そう言えばアンタ、満潮を甘ったれたガキ呼ばわりしてたわよね」

 「い、言ったような言ってないような…‥」

 「言った。だって私もその場にいたし、拗ねた満潮を慰めるの大変だったから」

 

 あれは、満潮が着任して半年くらい経った頃だったかな。

 霞が休暇を利用して横須賀まで来てた時に、顔合わせも兼ねて会わせた途端にさっきのセリフを言ったの。

 それだけで済めば良かったんだけど、満潮も気が強いから「年増のババアがなんか言ってる」なんて言い返しちゃってさ。

 それ以来、満潮と霞は犬猿の仲なのよ。

 まあ、満潮が一方的に嫌ってるだけなんだけどね。

 

 「素直に歓迎してあげれば良かったのに」

 「いやぁ、アンタの後ろに隠れてるあの子を見たらイライラしちゃって」

 「あの子、人見知りが激しかったからね」

 

 今はマシになってるものの、当時の満潮は人見知りが激しくて初対面の人とは目も合わそうとしなかったわ。

 秘書艦の仕事にもだいぶ支障が出たなぁ。

 まあ、今ではそれも良い思い出か。

 

 「本土に戻ったら一緒に出掛けてみれば?意外と馬が合うかもよ?」

 「ふん!満潮がどうしてもって言うなら考えてあげるわ」

 

 たぶん、満潮も同じセリフを言う気がする。

 でも、それはそれで見てみたい気がするわ。

 だって、そういう事を言えるって事は余裕がある証拠だもの。

 ケンカして、バカ言い合って、そして笑い合って。

 そんな普通の日々がもうすぐ戻って来るわ。

 

 「もっとも、一時だけなんだけどね」

 「何が?」

 「ううん。何でもない」

 

 そう、何でもない。

 今のはただの独り言。

 貴女たち艦娘を、そんなに時を置かずに死地に送り込もうとしてる私の、残酷な独り言なんだから。

 



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第七十八話 幕間 大和と窮奇

八章ラストです!

次章は日常回中心で今月中には投稿予定(予定は未定)です!




 

 

 

 

 あの子が自分の事を知りたいと言いだしたのはもう10年以上前になるか。

 そう、確か深海棲艦が初めて確認された頃だ。

 それまでは、悪夢にうなされて夜中に飛び起きる以外は普通の子だったのに、その頃から不思議な事を言い始めた。

 

 「どうして喋れるの?」

 「どうして手足があるの?」

 「どうして私は、陸にいるの?」と。

 

 その疑問の意味が、当時の私にはわからなかった。

 あの子自身、そんな事を口走ったのを憶えていないだろう。

 だがそれを皮切りに、あの子はこの世界の者が識るはずのない出来事を話すようになった。

 当時の私達にとっては歴史に打ち勝った栄光であり、今の私達にとっては償うことができない罪の物語を。

 

 それを聞くうちに、私はある事に思い至った。

 あの子は、()()と同じなのではないかと。

 

 それと同時に新たな疑問も生まれた。

 私達ですら、此処に来た時は新たな両親から生まれたというのに、あの子にはそれがいなかった。

 私が培ったコネクションを全て使って調べたが、あの子の両親は見つからなかった。

 ()()()()()には、私はあの子を育てていた。

 

 あの子は何者だ?

 此処に来るまで何処で何をしていた?

 あの子は本当に、()()と同じなのか?

 あの子は、何だったんだ?

 

 その疑問が解決したのは、古くからの友人があの船を動かす手伝いをしてくれと打診してきた時だ。

 

 孫夫婦の家から疎開して来ていたあの子が、電話越しに「あんな骨董品が動くわけないだろう」と言う私にこう言った。

 

 「私はまだ、生きています」と。

 

 

 ~戦後回想録~

 大和 (たける)元総理の手記より抜粋。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 解離性同一性障害ってご存知ですか?

 かつては多重人格障害とも呼ばれていた精神障害の一つで、俗に多重人格と呼ばれる症状の事です。

 なぜ私が冒頭からこんな事を説明しているかというと……。

 

 (大淀のお見舞いに行かないのか?)

 「行きません」

 (何故だ?何故行かないんだ?私は行きたいんだ。だから行こう。今行こう。!すぐ行こう!)

 「行かないって言ってるでしょ!」

 

 と、思わず叫びながら立ち上がってしまった私の状態がそれに近いからです。

 武蔵がいなくなってしまったから、今は一人で部屋を使ってるので人目に触れることはありませんが、端から見れば大きな独り言を言ってる危ない人です。

 もし私が、第三者としこの光景を見ていたら絶対に近寄りませんよ。

 

 (愛する妻が怪我で苦しんでるんだぞ?そういう時こそ、妻である私が介抱しないといけないだろう!)

 「いや妻って……。いつ結婚したんですか?それに両方妻じゃないですか。旦那さんは?」

 (お前は何を言ってるんだ?私も彼女も女なんだから、両方妻なのは当たり前だろう?)

 「当たり前じゃないですよ!普通は夫と妻で一セットです!」

 (いやいやいやいや。夫とは男の事だろう?なぜ男と結婚しなければならないんだ?男と結婚するなんて異常だろう)

 「それが正常なん……!」

 

 いや、待ってください?

 たしか、深海棲艦って女性しかいないんですよね?

 と言う事は、窮奇が育った深海棲艦の社会(社会を構築してるかどうかは謎ですが)では女性同士の結婚が普通だったのかもしれません。

 それに、子供を産むのは窮奇達が『母』と呼ぶ中枢のお仕事だったはず。

 子供を作るという概念がないのなら、女性同士で結婚するのも一応納得できます。

 

 (人間の結婚という制度は素晴らしい。愛し合っている者同士が一緒にいられるようにする決まりは私たちにはなかったからな)

 「あ、無かったんですか」

 

 つまり、窮奇は何処かしらから仕入れた結婚の知識を曲解しているのですね。だから、女性しかいない深海棲艦として育った経験も手伝って、女同士でも結婚出来ると思い込んでるんだわ。

 でも、愛し合っている者同士が結ばれるための制度と言えば聞こえは良いですし理想ですが、実際の結婚はそう良い話ばかりではありません。

 天涯孤独な者同士が結婚した場合は除外しますが、大抵の場合は結婚と同時に親戚付き合いというものが始まります。仲が良ければ問題はないのですが、仲が悪く近くに住んでいたら最悪ですね。

 他にも、見たいテレビ番組や食べたい食事のメニューー、趣味などを我慢しなければならない場面も出て来ます。

 完全に嗜好が同じならこの限りではありませんが、それは非常に稀なケースと言えるでしょう(異論は認めます)

 

 (で?どうするのだ?行くのか?行かないのか?)

 「だから行かないとハッキリ言ってるじゃないですか。行きたいなら一人で行ってください」

 (お前はバカか?それができないから、わざわざお前の意見を聞いてやってるんだろう)

 「体を乗っ取って行けばいいじゃないですか。私の意思で大淀のお見舞いには行きたくありません!」

 (それだと彼女と話せる時間が減ってしまうだろ?だから彼女の傍まで連れて行けと言ってるんだ)

 「私をタクシー代わりに使う気!?」

 (安心しろ。料金はちゃんと払ってやる)

 「私の財布からですよね!?貴女、一円も稼いでないじゃないですか!」

 (おいおい、私とお前は一心同体なんだぞ?つまり、お前の物は私の者。私の物も私の物だ)

 「ジ〇イアンか!って言うかそれ、全部貴女の物って事じゃないですか!私の物は!?」

 (無駄にデカい背丈くらいじゃないか?)

 

 なん……だと?

 確かに身長は自前ですが、これっぽっちも嬉しくないのは何故でしょうか。

 いやいや、窮奇の口車に丸め込まれるところでしたが違います!身長どころか、私の物は全て私の物です!

 貴女のような居候にあげる物など何一つありません!

 

 (ケチ臭い奴だ。いっその事、私に全部寄越せば良いのに)

 「お断りします。私はまだ、彼女に勝ってないのですから」

 (勝つ?お前が?彼女に?それは無理だ)

 「無理ではありません!確かに、艦娘としてはまだ勝てませんが、陸でなら互角以上に戦えるはずです!」

 (それでも無理だ)

 「何故です!」

 (お前、自分が何者かわかっていないだろう?)

 「それに何の関係が……!」

 

 窮奇が言う通り、私は自分が何者か()()()()()

 ですが、決して記憶喪失な訳ではありません。

 流石に赤ん坊の頃の記憶はありませんが、幼少期から今までの記憶はしっかりと有ります。

 なのに何故か、いつの頃か、私は自分が何者かわからなくなりました。

 いえ、少し違いますね。

 それまでの自分が仮初めのように感じたんです。

 まるで、他人の人生を演じているような……。

 

 (お前は何処から来た?)

 「知りません」

 (お前は何処で生まれた?)

 「知りません」

 (お前は誰から生まれた?)

 「知りません……」

 

 本当に知りません。

 私を育ててくださったお祖父さまが有力者だと言う事を知った時に、お祖父さまのお力で本当の両親を探してくれとお願いした事が何回もあります。

 でも、お祖父さまは「そんな事をする必要はない」「その内わかる」と繰り返すばかりで結局探してくれませんでした。

 

 「お祖父さまは……私が誰なのか知っている?」

 

 だから探してくれなかった?その内わかると言った?

 だったらお祖父さまに有って話を聞けば、私が何者かわかるかもしれません。

 

 (滑稽だなぁ大和)

 「滑稽?私の何が滑稽だと言うんですか!」

 (気に触ったか?ならば不様と言い換えてやろう)

 「自分が何者かわからないからですか?それの何処が、何が不様で滑稽だと言うんです!貴女は!」

 

 貴女にわかりますか?

 それまでの人生の記憶は有るのに、ふいに自分が誰かわからなくなった私の気持ちがわかりますか?

 覚えのない戦闘の夢で飛び起きてた幼かった頃の私の気持ちがわかるんですか!

 

 (艦生の始まりを進水日とするならば、()()()は1940年8月8日に生まれた)

 「急に何を……。私が大和になったのは今年の春ですよ?」

 (黙って聞け。私たちが建造され始めた頃は、すでに航空主兵論が提唱され始めていた頃でな。飛行将校などから、私たちの建造は批判されていた)

 

 窮奇は何の話をしている?

 建造?航空主兵論?飛行将校?建造は兎も角、他は初めて聞く単語です。

 でも、初めて聞くはずなのに知っている気がするのはどうして?

 

 (私たちの建造は極秘とされた。施設周囲の民家ではドックを一望できる向きの窓は塞がされ、多くの施設を新設、改造し、その際に呉工廠は建造ドックに覆い屋根が設けらた。そうそう、艤装中に鳳翔が目隠しの役割をしていたな)

 

 もっとも、私たちと彼女では大きさが違いすぎましたし、艦橋のない彼女ではどこまで隠せていたか疑問ですけどね。

 

 (その後、無事進水したはいいが、私たちが敵戦艦と戦うことは無かった。それどころか、海軍は私たちの損失率を恐れ、温存し、私たちは『大和ホテル』と揶揄される事となった)

 

 私たちにとって苦痛の時間。

 いえ、戦うために生まれた私たちにとっては拷問に等しい無駄な時間。

 そんな日々に堪え続けた結果待っていたのは……。

 

 「一億総特攻の先駆け……」

 (そうだ。私たちは勝機のない作戦に投入された。あれだけ損失を恐れて使わなかったくせに、どうにもならなくなった途端に捨て石にされた)

 

 私たちは戦えなかった。

 戦いたかったのに戦えなかった。国を護って戦いたかった。そこ住む人達を護るために戦いたかった。

 それなのに、私たちは沈められた。

 まともに活躍できず、目的地にたどり着く前に敵航空機部隊に沈められた。

 

 「どうして私は……」

 

 そんな事を知っている?

 これは以前のように窮奇の記憶が流れ込んでるのとは違います。()()()()()います。

 私が知っている戦艦大和は、大した活躍をしてないのは同じですが沈んではいない。

 4年前のハワイ島攻略戦に参加していまし、今も呉に記念艦として現存しています。

 それなのに、私は沈んだ大和も知っている。

 ()()()、何処に爆弾が当たって何処が爆発し、どう傾いて沈んでいったかも知っています。

 

 「私は……誰?」

 

 いえ、私は何?

 生まれてから学んできた歴史とは全く違う歴史を知り、()()()でなければわからないようなその時の感情までも在り在りと思い出せる私は何モノ?

 そんな私の疑問に窮奇は答えてくれました。

 まるで初めから知っていたかのように、それが当然だとでも言うように。

 

 (お前は大和だよ。今も、()もな)と。

 




 


次章予告。

 大淀です。

 作戦が成功し、立ち寄った呉で思い思いの時間を過ごす艦娘達。
 そんな中、大和さんと朝潮は記念艦の大和を見学しますが、大和さんは記念艦大和の中に入った途端におかしくなっちゃいます。まあ、いつもの事ではあるのですが……。

 次章、艦隊これくしょん『過去と別れの追想曲 (リコルダンツァ)

 お楽しみに。


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第九章 過去と別れの追想曲 《リコルダンツァ》
第七十九話 姉妹としてのお願いよ


 まだ今月中なのセーフ。
 と、言う事で九章開始します!


 

 

 

 朝潮型駆逐艦。

 

 正化21年に一番艦 朝潮をネームシップとして同型艦が10隻建造され、戦時中に運用されていた駆逐艦の中では比較的後期型にあたる。

 

 そのため総合的な性能が高めで、陽炎型以降の艦型が建造されるまでの僅かな間ではあるが、最新鋭の駆逐艦として開戦初期の戦場を支えた。

 

 横須賀鎮守府に最も多く(1番艦から8番艦)配属され、初代横須賀鎮守府提督、並びに二代目横須賀鎮守府提督が最も重用した艦型としても知られている。

 真偽は定かではないが、正化29年から30年時の第八駆逐隊の面々は当時最強と謳われ、一人一人が単艦で鬼級、姫級と渡り合えるほどの実力者揃いだったと伝えられている。

 

 余談ではあるが、その事が切っ掛けで一時期『朝潮型はガチ』などと言われていた。

 

 

 ~艦娘型録~

 艦型紹介。朝潮型駆逐艦の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 「「どうしてこうなった」」

 

 と、ハモらせるつもりはなかったのに、隣を歩いている霞さんと声がハモってしまった。

 

 「あのクズ、私と満潮を一緒にして何させようってのかしら。迷惑ってレベルじゃないったら」

 「それはこっちのセリフよ。アンタと一緒に居たら、オムツ交換の仕方をレクチャーされそうだわ」

 

 私と霞さんが連れ立って呉の街中を歩いているのには理由がある。それは円満さんと呉提督が共謀して私達にお使いを命じたからよ。

 そのお使いとは呉の地酒の購入。

 元帥さんへのお土産として買って帰りたいと言う円満さんに呉提督が「なら霞を案内につけよう」と言いだして、だったらと円満さんが「じゃあ満潮と一緒に行かせましょう」とか言いだしたの。

 どうしてそこで私の名前が出るかなぁ……。

 

 「だいたいさ、私達ってお酒売って貰えるの?アンタは兎も角、私は見た目も実年齢も10代なのよ」

 「私も10代なんだけど?」

 「あらごめんなさい。子供のあやし方が上手だからてっきり30過ぎかと思ってたわ」

 

 見た目は贔屓目に見てJCだけどね。

 っと、少し嫌味が過ぎたかしら、今にも飛び掛かって来そうなほど私を睨んでるわ。

 

 「購入に関しては心配しなくていいわ。うちのクズ司令官がお店に連絡してるそうだから」

 「だったら、ついでに届けてってお願いすれば良いのに」

 「どうせ、私とアンタ仲良くさせようって魂胆なんでしょうよ。円満の考えそうな事だわ」

 

 やりそう。

 円満さんは自分の事は棚に上げて、私にはやたらと他の子と仲良くさせたがる。特に同型艦とは。

 今回のお使いも、元帥さんへのお土産はついでで私と犬猿の仲である霞さんの仲を少しでも良くさせるのが本来の目的でしょう。

 

 「円満さんのお節介焼きめ」

 「まあ一応命令だし、今日のところは我慢しときなさいな。明日には横須賀に帰るんでしょ?」

 「ええ、長い間留守にしちゃったし、仕事も貯まってるでしょうから……」

 

 その事を考えると気が重くなる。

 一応、提督補佐の一人が雑務を処理してくれてるはずなんだけど、これがまた頼りない人なのよねぇ……。

 その人の秘書艦も明日、私達と一緒に帰ることにはなってるから、仕事を貯め込んでたら叱ってくれるよう頼んでおかなくちゃ。

 

 「はぁ、戦場でドンパチやってた方が気楽だわ……」

 「それには同意。書類仕事とか面倒でしかないもの」

 

 意外だ。

 まさか、霞さんが私に同意してくれるとは思ってもみなかった。むしろ説教されると思ってたくらいよ。

 

 「アンタって、艦娘になって何年?」

 「3年とちょっとよ。それが何?」

 「なら気をつけなさい。ドンパチやってる方が気楽だなんて普通じゃないんだから」

 「いや、アンタだってさっき……」

 「私は自分がおかしいって自覚がある。でも、アンタにはそれがないでしょ?」

 「そんな事は……」

 

 ある……かな。

 霞さんに言われるまで考えもしなかったけど、戦場で戦ってる方が気楽だなんて、よく考えなくても普通じゃない。

 

 「面倒だし億劫なのは私も同じ。でも、書類仕事に追われるのは平和な証拠よ。今は良くても、戦ってる方が楽だなんて考え方は戦争が終わってから苦労するわ」

 「そう……かな」

 「そうよ。一般人で例えるなら……そうね。仕事してるより喧嘩してる方が気楽って感じかしら。そんなの、普通だと思う?」

 

 思えない。

 そんな事を内に秘めてる危険人物は何処かに隔離すべきだわ。

 だから霞さんは、自覚がないまま終戦を迎えると私もそうなるって忠告してくれてるのね。

 赤ちゃんプレイにハマってる変態だとばかり思ってたのに意外とまともじゃないこの人。

 

 「頭の隅にでも良いから留めて置きなさい。これは艦娘の先輩としての忠告」

 「わかった。そうする」

 

 私がそう言うと、霞さんは「素直でよろしい」と言って少しだけ微笑んだ。

 なぁんか言いくるめられたようで悔しいけど、忠告自体は真摯に受け止めるわ。

 でも、このまま言いくるめられっぱなしってのはなぁ……。

 

 「そう言えば、アンタって円満さんたちを姉さんって呼ばないのね。艦娘的にはアンタの方が先輩なの?」

 「そんな事ないわ。艦娘としては円満たちの方が少し先輩よ。でも……姉さんって呼ぶ気になれなくってさ」

 「所属が違うから?」

 「それも無くはないけど……。つまんない嫉妬から。かな」

 「嫉妬?」

 「そう、嫉妬。円満たちは姉さんと一緒に居られたから……」

 

 霞さんが口にした姉さんとは、恐らくお姉ちゃんの前に朝潮だった人。

 横須賀事件の時、その身を犠牲にしてまで鎮守府を、いえ元帥さんを守り、お姉ちゃんと窮奇の因縁の元となった人。初代朝潮でしょうね。

 霞さんがどうして初代朝潮を姉さんと呼ぶのかは知らないけど、きっとそう呼びたくなる何かがその人にはあったんでしょう。

 

 「あ、一応言っとくけど、私が姉さんって呼ぶのは霰姉さんもだから」

 「そうなの?でも、私と初めて会った時は呼び捨てじゃなかった?」

 「人目がある所じゃ出来るだけそう呼ばないようにしてるのよ。だってその…恥ずかしい……じゃない?」

 「そう?私は平気だけど……」

 

 と、言ったけど私も最初は恥ずかしかった。

 だって血の繋がった本当の姉妹って訳じゃないんだもの。言ってしまえば赤の他人よ。

 そんな人達を姉さんと呼ぶことに最初の内は抵抗があったし、霞さんが言うように恥ずかしいと感じていた時期があったわ。

 だから、霞さんの気持ちはわからなくはない。わからなくはないけど、さっき言いくるめられたお返しに同意してあげない。

 

 「でも意外ね。人前じゃ呼ばないって言っても、人前じゃなければ霰さんを姉さんって呼ぶんだ。強要されたの?」

 「べ、別にそういう訳じゃないわ。ただ……満潮は、霰姉さんの事をどう思う?」

 「何よ藪から棒に」

 「良いから答えて」

 

 う~ん。

 答えてと言われても、私は霰さんの事をよく知らない。着任してすぐくらいに、円満さんから「大潮並みに強くて荒潮以上に捉えどころがなく、山雲以上に何考えてるかわかんない子よ」って教えられた覚えがあるわ。逆に言うとそれ以上の事は何も知らない。

 だから、ここは無難に……。

 

 「何考えてるかわかんない人」

 「まあそれくらいでしょうね。じゃあ、澪と互角に戦えるくらい強かったって事は?」

 「円満さんからはそう聞いた覚えがあるわ。でも本当なの?本気の澪姉さんって、今の私が本気出しても勝てるかどうかわからないくらい強いのよ?」

 

 あまり知られていないし、ネームドになるほど派手な活躍はしていなかったものの、大潮だった頃の澪姉さんは横須賀鎮守府で一、二を争うほど強かったらしい。

 実際、脚技のほとんどを習得した頃の私じゃ澪姉さんに敵わなかったし、姫堕ちまで使えるようになった今でも勝てるという絶対の自信はない。

 その理由は澪姉さんの特殊技能『反射神経依存闘法(マリオネット)』と、初代朝潮が体験した全戦闘状況とその対処法を記した『広辞苑』にある。

 

 前者は『艦体指揮』の下位互換的な澪姉さん独自の身体能力で、相手を視認し続けなれけばならないと言うデメリットはあるものの、相手の行動に応じて体が()()()、しかも的確に反応するってモノよ。

 これが非常に厄介で、体が脳からの命令を待たずに動くもんだから、場合によっては人間の反応速度を超える場合もあるの。

 

 そして後者は、丸暗記しなきゃならないけど『広辞苑』に記されている状況なら未来予知に近い精度で先読みが出来るって代物よ。

 つまり澪姉さんは、超人レベルの反応速度と予知レベルの先読みを併用出来るってわけ。しかも脚技まで使えるっておまけ付き。

 そんな澪姉さんと互角に戦えるなんて、にわかには信じられないわね。

 

 「私が霰姉さんを姉さんと呼ぶ理由は簡単よ。それは怖いから」

 「怖いの?何考えてるかわからない以外は無害そうじゃない」

 「何考えてるかわからないから怖いのよ。実際私も、着任したての頃はこれでもかってくらい突っかかったわ。でもある日、本当に突然、脈絡もなく私はボコボコにされた。やめてって言ってもやめてくれなかった。私の意識が飛んでも、霰姉さんは私を殴り続けてたらしいわ」

 「い、いやいや、あの霰さんがアンタを?」

 

 信じろって方が無理。

 だって人畜無害って言葉がピッタリで、見た目なんか小動物みたいに可愛らしい霰さんが霞さんをボコボコにする場面なんて想像できないもん。そういう夢を見たんじゃないの?

 

 「たぶん理由は、私が霰姉さんの帽子を馬鹿にしたから」

 「帽子って、あの煙突帽子?」

 「そうよ。霰姉さんはあの帽子を凄く大切にしてるの。執着してるって言っても良いほどにね」

 

 顔を青くして小刻みに震える霞さんを見る限り、霰さんにボコられたって話は本当みたい。

 もうちょっと突っ込んで聞いてみたい気はするけど、これ以上は霞さんのトラウマを刺激するだけだからやめといた方が良いわね。

 

 「と、ところで……さ。大淀の具合はどう?」

 「お姉ちゃん?もうピンピンしてるわよ?今朝なんか、重巡の人と仲良さそうに喋ってたし」

 

 霞さんも同じ事を思ったのか、自分から話題を変えてきた。

 霞さんみたいにトラウマを抱えたくないから、霰さんの帽子は絶対に馬鹿にしないようにしよう。

 

 「そ、そう。なら良い……って重巡?アイツに重巡の友達なんていないはずよ?」

 「でも、お互いの腕と腕をこうガシッと組んで「久しぶりね。また会えて嬉しいわ」とか「私もです。貴女ほど気が合う重巡は他にいませんから」なんて言ってたわよ?」

 「そ、その重巡って、もしかして妙高型?」

 「うん。たしか妙高型だった」

 

 霞さんの顔が再び青ざめだしたのが気にはなるけど、この様子だとお姉ちゃんと話してた重巡が誰なのか知ってそうね。

 

 「たぶんアイツだ……。アイツと大淀が組むなんて悪夢でしかないわ」

 「アイツ?悪夢?」

 「ええ、悪夢よ。このままじゃ私が危険だわ」

 

 何が危険なんだろう?

 たしかにお姉ちゃんは怒らせると危険よ。だってバカみたいに強いもの。

 そのお姉ちゃんと件の重巡が組むと霞さんが危険?どうして?

 

 「その重巡は恐らく足柄。大淀と気が合う妙高型の重巡なんてソイツしかいないもの」

 「どうしてそう思うの?」

 「……アンタになら話しても良いかもしれないわね。もしかしたら、アンタも同じ目に遭うかもしれないし」

 

 ちょっと待て。

 私も同じ目に遭うかもってどういう事?って言うかどんな目に遭うの?霞さんが唇まで青ざめさせるくらいだから相当酷い目に遭うのよね!?

 

 「去年の初め頃だったかしら。大淀がまだ一人艦隊と呼ばれるようになる前に、私を旗艦として一緒に出撃した事があるの」

 「お姉ちゃんと一緒に?アンタが?」

 「そう、私が。詳細は省くけど、当時新たに確認された小規模な敵棲地に対して奇襲をかけた事があるのよ。その時に……」

 

 霞さんの話では、その時に一緒になったのが妙高型重巡三番艦の足柄さん。

 彼女は長い間リンガ泊地で戦線を支えていた歴戦の重巡で、その激しい戦いぶりから『餓えた狼』と呼ばれるネームド艦娘の一人よ。

 その足柄さんとお姉ちゃん、さらに朝霜、清霜を加えた艦隊で出来て間もない棲地を強襲し、見事壊滅させたらしいわ。

 その作戦が礼号作戦と銘打たれていたこともあって、その時の面子をまとめて礼号組と呼んだりする事もあるんだとか。

 

 「その時に嫌なことでもあったの?例えばその……」

 「誰か死んだのか?」

 「うん……」

 「心配しなくても誰も死ななかったわ。清霜が途中で落伍したけどちゃんと救助したもの。ただ……」

 

 その救助には霞さん一人で向かうつもりだったらしい。でもお姉ちゃんと足柄さん、そして朝霜は、先に帰れと言う霞さんの命令を「なんだか無線の調子が悪いですね。足柄さんはどうです?」「な~んにも聞こえない。朝霜は?」「あたいの無線も壊れちまったみたいだ。大淀さんと足柄さんの声しか聞こえないよ」なんて三文芝居をして無視して清霜を救助中、さらに曳航中の霞さんを護衛したそうよ。

 たぶんその時、霞さんは嬉しそうに「あーもう!バカばっかり!」とでも言ってたんじゃないかな。

 

 「それからしばらく、正確には礼号組が解散になるまでの一ヶ月余りの間、アイツらは事あるごとに私を祭り上げた」

 「は?祭り上げた?」

 

 ちょっと何言ってるかわかんない。

 そもそも祭り上げられるってのがわかんないわ。霞さんの様子を見るに想像を絶する精神的苦痛を与えられるんでしょうけど、具体的に何をされるの?

 

 「まず縛られるわ。その後、大淀と足柄が担ぐお神輿のに乗せられる。そして、朝霜と清霜が叩くドンドコドンドコという太鼓のリズムにノって練り歩きながらこう叫ぶの『霞ちゃんを讃えよ!』って」

 「うわぁ……」

 

 としか言えない。

 だってその様子を想像しただけで、その時の霞さんがどんな気持ちだったかわかるんだもの。

 きっと最初は戸惑いと嬉しさが半々くらいで、四人のノリが狂気を帯び始めた頃に「あ、このままじゃマズい」と本気で止めなかった事を後悔し、四人のノリが最高潮を迎える頃には、お神輿の上で縛られた霞さんはさながら死刑場へ運ばれる死刑囚さながらに死んだ魚のような目をして項垂れてたんじゃないかしら。

 私だったら自殺もんね。

 

 「し、心中お察しするわ……」

 「何を他人事みたいに言ってんのよ。アンタだって、下手したら同じ目に遭うかもしれないのよ?」

 「なんでそうなるのよ。私は礼号組とは何の関係もないじゃない」

 「()()()とはね。でもアンタ、大淀のお気に入りでしょう?」

 「それがどうしたって言うのよ。お姉ちゃんのお気に入りだと祭り上げられるの?」

 「可能性は高い。それに加えて他の可能性もある」

 「他の可能性?」

 「そう、例えば西村艦隊」

 

 その名が出たことで、霞さんが言う『他の可能性』の意味がわかった。いや、わかったと言うよりは思いだしたと言う方が正しいわね。

 艦娘は艦種に限らず、例えば礼号組のように特殊な作戦に参加した者同士には特別な絆が生まれるらしく、ほぼ姉妹艦で固められる駆逐隊に劣らないほど仲が良い事が多い。

 それこそ、旗艦を務めた子を祭り上げる程にね。

 私がこの艦娘特有の習性を忘れてたのは、西村艦隊に編成されるまで他の子と艦隊を組んだことがなかったからよ(四駆と八駆は除く)

 

 「わ、私は平気よ。だって旗艦じゃなかったし」

 「甘い!甘いわ満潮!どれ位甘いかと言うと、その頭に付けてるフレンチクルーラーくらい甘い!」

 「いや、これ髪の毛だから」

 

 あれ?もしかして霞さん、恐怖のあまり頭がバグった?

 今だって、目尻に涙を浮かべて地団駄を踏みながら「アイツらには旗艦がどうとか関係ないのよ!」と、人目も顧みず叫んでるわ。

 

 「良い?アイツらみたいな手合いが祭り上げる子には特徴があるの」

 「特徴?朝潮型とか?」

 「違う!私やアンタみたいに普段ツンケンしてて、人が楽しそうに喋ったり遊んだりしてる光景を冷めた目で見ながらも声をかけてもらいたいな~とか思ってるタイプよ!」

 「待て。私はそんなタイプじゃない」

 

 要はツンデレって事でしょ?

 霞さんがそういうタイプだってのは、今カミングアウトしてくれたから嫌という程わかったわ。

 でも私は違う。

 他人が楽しそうにお喋りしてようが遊んでようが興味はない。そもそも、私にデレはない!

 

 「その顔、イマイチ理解できてないようね」

 「理解も何も、私はアンタとは違うもの」

 「ふ……。でもアンタ、私がされたことを聞いて『うわぁ……』って言ったわよね?自分がやられたら自殺もの。とも思ったんじゃない?」

 「そ、それがなんだって……」

 「()()こそが!アイツらがターゲットにする子に求めるリアクションなのよ!最初の内こそ必死に止めようとしてた生贄が次第に絶望していく様を楽しむ!これこそが!あの悪ノリした悪魔たちが求めるリアクションなのよ!」

 「んな大袈裟な……」

 「大袈裟じゃないったら!アンタだってやられればわかる!お神輿の上で縛られて、ドンドコドンドコというリズムに乗せて『満潮ちゃんを讃えよ!』とか叫ばれたら必ずわかるわ!」

 

 ダメだ。やっぱりバグってる。

 霞さんは「きっと今も、どこかに隠れて私の隙を狙ってるわ」とか言いながら身を縮め震え始めてるもの。

 

 「はぁ……。いくらお姉ちゃんが常識知らずでも、街中じゃそんな事してこないわよ」

 「で、でもアイツらなら……」

 「はいはいそうね。ならさっさと用事を済ませて執務室にでも引き籠もりなさいな」

 「う、うん……」

 

 調子が狂うなぁ……。

 今の霞さんを例えるなら捨て猫かしら。

 いつ襲ってくるかもわからない脅威に怯えて震え、周囲を不必要なまでに警戒してキョロキョロしてるわ。

 

 「ほら、さっさと行くわよ。それと……」

 「それと?」

 

 うぐっ……。

 「それと?」と、言いながら涙を浮かべて上目遣いに私を見上げる霞さんに保護欲を掻き立てられてしまった。

 普段、会う度に嫌味を言ってくる小姑みたいな霞さんとのギャップが激しすぎてヤバいわ。

 でもまあ、年齢的には霞さんの方が上だけど朝潮型的には私の方が姉なんだから引っ張ってあげないとダメよね。

 そう、あくまで姉として、情けなく震えている姉妹艦の手を引いてあげるの。

 けっして、今の霞さんが可愛いからじゃないわ。

 

 「お姉ちゃんには、私からも一言言っといてあげる」

 「あ、(ありがと)……」

 

 やっべぇぇぇぇ!

 何これ何これ!

 右手を軽く握って口元に添えて、頬を染めて目を逸らしながら消え入りそうな声で「あ、ありがと……」って言う霞さんの破壊力がハンパない!

 これなら、お姉ちゃんたち礼号組が霞さんを讃えたくなる気持ちもわかるわ。

 もし私が、元帥さんや長門さんみたいな幼女趣味の変態なら間違いなくハイエースしてたわね。

 

 「妹がいたらこんな感じなのかなぁ……」

 「妹じゃなくて姉でしょ。私、アンタより年上よ?」

 「でも、朝潮型的には私の方が姉でしょ?」

 

 今も怯えている霞さんの手を引く私の姿的にもね。

 例えるなら迷子になって泣き出した妹の手を引くお姉ちゃんかしら。事情を知らない第三者目線で見れば間違いなくそう見えるはずよ。

 

 「……アンタが私を姉妹艦だと思ってくれるなら、他の姉妹艦とも仲良くしてあげて」

 「なんでそういう話になるのよ。別に他の子とだって……」

 「姉さん達とこの子達は違う。とか思ってるんじゃない?」

 

 お見通しか。

 たしかにそうよ。私はあの子達と姉さん達は違うと思ってる。実際別人だしね。

 だから距離を置いて、出来るだけ関わらないようにしてる。あの子達に、姉さん達と同じ事を求めてしまいそうになるから。

 

 「姉妹艦との絆は艦娘にとって宝。艦娘を辞めてからも続いていく、掛け替えのない繋がりよ」

 「だから仲良くしとけって言うんでしょ?そういうのは耳にタコができるくらい円満さんに言われてるわ」

 「それでも私は言うわ。私の事は嫌ってても構わないから、せめて横須賀で一緒にいる姉妹艦とくらいは仲良くしときなさい。それがきっと、将来アンタの宝になるはずだから」

 「それも先輩としての忠告?悪いけど大きなお世話よ」

 

 私が鬱陶しげにそう言うと、霞さんは繋いだ手をグイッと引いて私を振り向かせてこう言ったわ。

 高圧的にではなく、聞き分けのない妹を諭すような優しい口調で、「姉妹としてのお願いよ」と。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 霞さんと仲良くなったのはそれからだったかなぁ。

 お使いを済ませて鎮守府に戻って、執務室で待ってた円満さんにお土産を渡す頃には霞さんも正気に戻ってたかな。

 

 いや?正気じゃなかったのかな?「さっきまでの事は忘れて!」とか「言いふらしたら許さないんだから!」とか言われるんだろうなぁって考えてたんだけど、意外なことに霞さんは「ア、アンタの連絡先教えて」って言ってきたもの。

 

 お姉ちゃん?

 あ~、お姉ちゃんね。

 青木さんなら知ってるんじゃない?

 お姉ちゃんが礼号組と西村艦隊を扇動して私と霞さんを祭り上げる準備をしてたのを。

 

 いやぁ……。

 円満さんと呉提督が事前に阻止してくれてなかったらヤバかったわね。

 もしかしたら、私も霞さんみたいにトラウマを負うことになってたかもしれないんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。



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第八十話 だらしねぇ……

 

 

 

  

 南方からの帰路の途中で、提督に呼び出されて呉に転属だと言われたときは「あ、左遷されるんだ……」って内心落ち込んだわね。

 

 言っとくけど、呉が横須賀に劣ると思ってそう言った訳じゃないわよ?

 当時の私は、初戦闘で不様な姿を晒したのもあって自分を弱いと思い込んでたから、私って無能なんじゃない?って暇さえあれば考えてたくらい自分に自信がなかったの。

 

 あの時だってそう。

 私自身はミスした覚えはなかったけど、異動させられるくらい手酷いミスをしてたんだ。って頭が勝手に考えちゃって、条件反射で「申し訳ありませんでした。!」って言いながら土下座しちゃった。

 

 提督の反応?

 ビックリしてた、のかな?

 いやほら、床に額を擦り付けてたから提督の顔が見えなくてさ、「なんで土下座!?」とか「頭を上げなさい!何か悪い事したの!?」って声で判断するしかなかったから。

 

 それから?

 それからって言われても、ワダツミが呉に入港した時から48時間の休暇を与えられて、終わると同時に呉所属になったわ。

 

 すぐに馴染めたか?

 う~ん……。

 馴染むのは割と早かったと思う。

 でも、呉の艦娘と仲良くしなきゃ、とか考える余裕はなかったわ。

 

 その理由、いえ原因は、同室になった私の姉妹艦。

 阿賀野型一番艦の阿賀野よ。 

 

 あの人のせいで、私の鎮守府生活は横須賀に居た時以上に大変になったわ……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「じゃあ、私の荷物の件、よろしくお願いするわね」

 「はい、お任せ下さい。ちゃんと送りますから」

 

 ワダツミが呉に入港し、48時間の休暇を与えられた私は、呉に転属後に一緒の部屋に住む予定になっている人が迎えに来てくれるのを、横須賀鎮守府に残したままの荷物を呉に送ってくれるよう宛がわれた部屋でくつろいでいた神風にお願いしながら待っていた。

 お願いしたは良いけれど、服は兎も角下着まで箱詰めして貰って送ってもらうのは少し気恥ずかしいわね。

 

 「一度横須賀に戻ってから転属にしてあげたら良いのに……。何か急がなきゃならない理由でもあるんですか?」

 「詳しくは聞かされてないんだけど……」

 

 私の転属が急がれたのは、先の作戦で第二水雷戦隊の旗艦を担っていた神通さんが戦死したのが理由らしい。

 提督から聞いた限りでしか知らないけど、彼女は遭遇した敵艦隊を探照灯で照らして注意を一手に引き受け、自身も砲撃をしながら旗下の駆逐艦たちに指示を飛ばし続けたそうよ。

 本当かどうかはわからないけど、敵が全滅した後も探照灯を持った右手だけ海面から覗かせて海上を照らし続けてて、旗下の駆逐艦たちはその手が海面下に沈むまで敬礼し続けたらしいわ。

 

 「軽巡の鑑のような散り様ですね」

 「ええ、私とは大違い……」

 

 私は真逆のことをした。

 本来先頭に立って敵を引きつける役目を負うはずの私は距離を取り、駆逐艦に探照灯を持たせて指示を出しただけ。

 ハッキリ言って軽巡失格だわ。

 そんな私を、代理とは言え第二水雷戦隊の旗艦にしようなんて悪手でしかない。

 私なんかに、『鬼の神通』と呼ばれ、恐れられ、敬われた人に率いられていた駆逐艦たちが従ってくれるとはとても思えないもの。

 

 「そんな事はありません。たしかに粗はありましたけど、アレはアレで有りだと思いますよ?」

 「二水戦の子達が神風たちみたいだったら……ね」

 

 起爆棲姫討伐戦で私がとった戦法は、艦隊員全員に探照灯を持たせ、敵の位置を把握しつつもこちらの位置は悟らせないようにと考えたもの。

 でもこの戦法、脚技を習得しているのが前提で立てたものなの。

 例えば、数秒とは言え探照灯を照射すれば、照射した子は敵からタゲられて攻撃を受けるでしょ?

 その攻撃を咄嗟に回避できるだけの練度と技術がある神風型の子達が旗下だったからこそ、他の軽巡からバカにされかねない戦法を実践する事ができたの。

 

 「二水戦に所属している駆逐艦は全員優秀だと聞いてますし、私たちよりスペックが上の陽炎型ばかりです。ネームドも多く所属してると聞いた事がありますから、技術的な問題はないはずですよ?」

 「でも、脚技は使えないでしょ?」

 「それはそうですが……。前に言いましたよね。脚技なんて、使わなくて済むなら使うべきじゃないって」

 「言われたっけ?」

 「言いましたよ。ほら、矢矧さんと初めて会った日に」

 

 そう言われてみるとそんな気がしてきた。

 たぶん早朝だったのと、私の決めポーズをバカみたいに熱心に議論する神風たちに呆れる方が忙しくて記憶に残らなかったんでしょうね。

 

 「陽炎型は夕雲型と並んで最新鋭と言える艦型です。脚技なんて邪道、使う必要もないでしょう」

 「随分と脚技を蔑むのね。尊敬する先輩が編み出した技術なんじゃないの?」

 「その先輩自身が邪道と蔑んでるんです。矢矧さんだって、習得してみて邪道と呼ばれる意味が少しはわかったんじゃないですか?」

 

 わからなくはない。が、率直な感想かしら。

 習得して初めて実感したけど、脚技は聞いていた以上に肉体への負担が大きかった。

 神風たちは軽巡に比べて艤装が軽い駆逐艦だからなのか負担は少なくて済んでるようだけど、軽巡である私の肉体的負担は想像以上だったわ。

 まず、トビウオを使った瞬間に太腿が弾けるんじゃないかっていう激痛に襲われ、私の最大使用可能回数である五回を迎えると腰を取り越して背骨全体に焼けるような痛みが走る。

 私に脚技を扱えるだけの肉体的才能がないのも原因の一つなんでしょうけど、そう考えるとたしかに神風が言う通り脚技は邪道。

 痛みと引き換えに強さを得る諸刃の剣だわ。

 

 「二水戦に所属してるネームド駆逐艦は、脚技なしで神風たちと同レベルの戦闘能力を持ってるのかしら」

 「さあ?実際に見たことがないのでそれはわかりません。でも、普段は横須賀にいる私たちの耳にも『呉の死神』と『聖剣』の名は届いています」

 「『呉の死神』の方は私も聞いた事があるわ。でも『聖剣』の方は……」

 

 詳しくは知らない。

 二水戦所属の陽炎型で、『呉の死神』こと雪風に並ぶ、もしくは上回る程の実力者って聞いてるだけで、その子がどんな戦い方をするのかは全くと言って良いほど知らないわ。

 

 「噂ですが、その彼女は深海棲艦を真っ二つにした事があるそうです」

 「真っ二つ?どうやって?神風みたいに刀を使うの?」

 「私も最初はそう思いました。でも違うそうです」

 「じゃあどうやって……」

 

 深海棲艦を真っ二つに?

 刀を使って重巡棲姫を倒した神風を見た後でも信じる事が出来ない。と言うより、深海棲艦を真っ二つにする手段が思い浮かばないし必要だと思えない。

 どっかの英雄みたいに剣からビームでも出して斬るのかしら。

 

 「エクスカリバー」

 「は?」

 「いや、ですからエクスカリバーです」

 

 ちょっと何言ってるかわかんない。

 エクスカリバーってアレよね?アーサー王伝説に出てくる聖剣の名前よね?さっき私が想像したビームを撃てる剣よね?

 それが深海棲艦を真っ二つにした手段だって言うの?じゃあやっぱり、その子は剣を使ってるって事じゃない?

 

 「その技がどういうモノかはわかりませんが、その子が初めてそれを使った時にそう叫んだそうです。なんでも、不自然なほど違和感がなかったらしいです」

 

 それは技に?それとも掛け声?

 なんか神風が、鞘に納めたままの日本刀を両手で頭上に掲げて「こんな感じかな?」とか言いながら振り下ろしたり上げたりを繰り返してるわね。

 でも、間違っても鞘を飛ばさないでよ?

 その角度で飛んで来たら、射線上にいる私にジャストミートするから。

 

 「うん、たぶんこんな感じです。エクス!カリバーーーー!みたい‥‥な?」

 

 なるほど。良くわかったわ。

 つまりアレでしょ?英雄を召喚して戦わせる的なゲームなりアニメなりの登場人物が必殺技を放つときの声と似てるって事でしょ?

 たぶんだけど、神風がやっても違和感がないと思うわ。だって私は違和感なんて感じなかったもの。堂に入ってたもの。どデカいビームに貫かれたような錯覚すら憶えたもの。

 もっとも、私の頭の上スレスレを通り過ぎて後ろのドアを貫いたのはどデカいビームではなく……。

 

 「な?じゃないでしょ?もっと他に言うべき事があるんじゃない?」

 「え~っと‥…。ごめんなさい。飛んじゃった……」

 

 そう、私の頭上をスレスレで通り過ぎ、頭頂部の髪の毛を少し焦がしたのは神風が私に向けている()()()の日本刀を被っていた物。つまり鞘よ。

 頭上を通り過ぎてくれたからよかったものの、ほんの1cmズレてたら私に直撃してたわ。

 

 「そ、そう言えばお迎えの人遅いですね。阿賀野さん……でしたっけ?」

 「こら、話を逸らすな」

 「だ、だって飛んじゃったものは仕方ないじゃないですか!わざとじゃないんだから許してくださいよ!」

 「あ、開き直りやがった」

 

 この子、最近桜子さんに似てきてない?

 いや、外見は桜子さんを幼くしたような感じなんだけど性格がね?だって、以前は悪い事して開き直ったりしなかったもの。

 このままじゃこの子、傲岸不遜を地で行く桜子さんみたいになっちゃうかも。

 

 「ドアにも大穴空けちゃって……。もし人が居たら大変……」

 

 そこまで口に出したところで、私と神風は顔を見合わせた。

 悲鳴とかは聞こえなかったけど、もし鞘がドアを貫いたタイミングで人がいたんなら大変だわ。

 だって、少しとは言え私の髪の毛を焦がす程の速度で飛んで行ったんだもの。

 それに飛んで行った角度的には駆逐艦なら顔面付近、それ以上の艦種なら腹部から胸部付近に着弾する角度だわ。もし顔面に直撃してたら怪我じゃ済まない可能性が大ね。

 

 「誰も居ないことを祈って……」

 

 私はドアをゆっくりと開けた。

 結果から言うと部屋の外に人はいた。いたけど直撃はしてなかったわ。

 神風が撃ち出した鞘は、ドアを貫通してその人が被っていたと思われる帽子を壁に縫い付けていたものの、その子自体には擦りもしていなかった。と、思う。

 だってその子、朝潮型改二の制服を着た日本人形みたいな子は何食わぬ顔をして縫い付けられた帽子を見上げてたんだもの。

 って言うか、ドアを貫通してなお壁に突き刺さるってどんだけ?

 

 「んちゃ」

 「ん、んちゃ?」

 

 帽子を見上げてた駆逐艦は出て来た私たちに気づいて振り向くなりそう言った。

 そう言ったはいいけど、何今の?もしかして挨拶?それとも鳴き声?

 

 「阿賀野さんに頼まれて迎えに来た霰です。んちゃ、とかは言いません」

 「「いや、言ったじゃん」」

 

 と、私と神風にツッコまれると霰ちゃんは首を傾げた。

 もしかして自覚無しに言ったの?

 やっぱり挨拶じゃなくて単なる鳴き声だった?

 

 「これやったの、どっち?」

 「これ?これって……。ああ、これか。これはこっちの……」

 

 眠そうな瞳で、壁に縫い付けられた帽子から私に視線を移した霰ちゃん問われて右隣にいた神風の方を向くと、そこには霰ちゃんが無表情で立っていた。

 何を言ってるのかわかんないわよね。だって私も何言ってるかわかんないもの。

 だって数瞬前まで私の目の前にいた霰ちゃんが、同じく数瞬前まで神風がいた場所に立ってたのよ?

 って言うか、神風は何処に行った?

 

 「痛いわねぇ……。いきなり何するのよ!」

 「霰の帽子に穴開けた……。絶対に許さない」

 

 どうやら霰ちゃんは、神風を目にも止まらぬ速度で部屋の奥まで殴り飛ばしたようね。神風の胸の前で腕を交差させた防御姿勢的に胸部を。

 それよりも、霰ちゃんって怒ってるのよね?

 怒ってる割に口調は淡々としてるし顔も無表情のままだけど。

 

 「二階、一番西側の部屋」

 「え?二階?西側?あ!私が住む予定の部屋?」

 

 と言う私の問いには答えず、霰ちゃんは神風に飛びからんばかりに身を屈めた。神風も応戦するつもりらしく、無手なのに居合いのようなファイティングポーズを取ったわ。

 まったく、駆逐艦って血の気が多いなぁ。

 どう考えても今から喧嘩じゃない。だから霰ちゃんは、案内が出来なくなったから場所だけ伝えたのね。

 要は勝手に行けって事だ。

 

 「二人とも程々にしなさいよ?特に神風。ここは横須賀じゃないんだからね?」

 「話し掛けないでください。この人を前にして矢矧さんの相手をする余裕はありません」

 

 さいですか。

 二人の目どころか意識からも外されたっぽいから退散するとしましょう。

 このままここにいたら巻き添えを食らいそうだし。

 

 「修理代、誰が払うんだろ」

 

 などと、現実逃避をしながら私はその場を離れた。

 だって後ろでは、美少女が出しているとは思えない雄叫びと部屋どころか建物自体が破壊されているとしか思えない破壊音が鳴り響いてるんだもの。

 現実逃避くらいしたってバチは当たらないでしょ?

 

 「さて、霰ちゃんが教えてくれた部屋はここだけど……」

 

 何故か入りたいと思えない。

 いや、入りたくない。

 別に異様な雰囲気が漂ってるとか、不気味な気配を感じるとかで入りたくないんじゃない。単純に臭いの!

 部屋の外で、しかも壁際に居るのにも関わらず、部屋から漏れ出ている異臭で鼻が曲がりそうだわ。

 

 「ど、どんな生活してたらこんな臭いが出せるのよ……」

 

 私と同部屋になる阿賀野型一番艦、阿賀野の噂は聞いている。

 その噂では、訓練もせずに惰眠をむさぼり、部屋から出るのはご飯の時だけ(トイレは共用なのに、もよおした時はどうしてるんだろ……)と言う自堕落な生活を繰り返す呉で一番、いや、全軽巡洋艦で一番のダメ女らしい。

 そんな人がどうして艦娘を続けていられるのかは疑問だけど、艦娘の先輩でありルームメイトでもあり、艦型的に姉でもある彼女には一度挨拶しておかないとね。

 

 「し、失礼しま~……」

 

 私は意を決してノックし、返事がないのに途惑いながらもドアをゆっくりと開けて部屋を覗き込んだ。

 

 

ーーーーーー

 

 覗き込んだ瞬間後悔したわ。

 だって、アレは人が住む空間じゃない。少なくとも、私にはそう思えたんだから。

 

 どんな部屋だったと思う?

 彼女の部屋の中は大量の、天井にまで達しそうな程のゴミ袋で埋め尽くされ、彼女はそのゴミ袋をベッド代わりにして寝ていたの。しかもほぼ裸!

 身に着けていたのはオムツだけだったわ。

 

 そう!オムツよ!

 あの人、トイレに行くのも面倒だからってオムツにぶちまけてたのよ!何を、とか聞かないでよ?そこは察してちょうだい。

 しかもオムツだけじゃ足りなかったのか、黄色い液体が入ったペットボトルも大量に転がってたわ。

 

 いやぁ……悲鳴を上げる余裕もなかったわね。

 これが私の姉?さらに、ここに私も住むの?って考えたら絶望しちゃってさ。

 部屋の臭いで嗅覚が麻痺するまで立ち尽くしてたわ。

 

 それから?

 え~と確か一頻り絶望した後、部屋の掃除はどこから手を付けようかなんて考えながら、ゴミの中で気持ち良さそうに眠る阿賀野姉に侮蔑も隠さずこう言ったわ。

 

 「だらしねぇ……」って。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 



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第八十一話 その子の艦名は……

※注意
こんなことを言うと殴られそうですが、今回は桜子さん回です。


 

 

 

 ワダツミを入渠させるために呉に寄るから迎えを寄越してくれ、と円満に頼まれたのは八月の末だったかしら。

 

 奇兵隊員はドンパチがないもんだから暇してたし、輸送車とかもたまには動かさないとダメだから快く引き受けたわ。まあ最初、私は行くつもりなかったんだけどね。

 

 でも、お父さんから艦長宛の手紙を預かったから行かざるをえなくなってさ。

 仕方なく、本当に嫌だったけど、二式大艇に乗って他より一足先に帰るって言う円満たちを迎えに呉に向かったわ。

 

 なんで嫌だったか?

 その辺の理由は、私が書いた『緋色の風』って自伝に載ってるから読んでちょうだい。

 なんか、ブックオフに大量にあるらしいから。

 

 手紙の内容?

 それは知らないわ。本当よ?

 私も知りたかったけど、艦長は結局教えてくれなかったわ。まあ、終わった今なら想像はなんとなく出来るけどね。

 だって、お父さんが手紙を私に届けさせたって事は、誰にも漏らさず、かつ確実に報せなきゃならない情報。もしくは命令だもの。

 

 そんなの、私が知る限り()()しかないわ。

 たぶんお父さんは()()()()事を見越して、()()の準備を艦長に命じたんでしょうね。

 

 私はもちろん、円満にも内緒で。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長 神藤桜子大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 「呉……か。やっぱ、何度来ても気分は良くないわね」

 「ここはお嬢の古巣じゃなかったか?」

 「古巣と言えなくも……。いや、やっぱり言いたくない……かな」

 

 呉にはろくな思い出がない。

 当時の呉所属の艦娘共とのいざこざや、お父さんと離れていた間の孤独な日々。

 長門たちと出会えた事以外は本当にろくな想いをしなかったもの。

 

 「ところで?今回も死に損なった艦長への手紙には何て書いてあったの?」

 「秘密だ。大した事じゃねぇが、今はまだお嬢にも言えねぇよ」

 

 ほう?私にも言えない内容ってなんだろう。

 艦長の反応的に、たぶんお父さんに何か命じられたのよね?まさか……。

 

 「大和を動かす準備をしておけ。とか?」

 

 今現在も、私と艦長の目の前に浮いている記念艦大和の主砲が深海棲艦にも有効だった話はお父さんから聞いて知っている。

 そんな、人の身でも深海棲艦に対抗できる兵器を観光施設にしておくなんて勿体ないもの。特に、お父さんの目的を知った今では余計でもそう思える。

 

 「大ハズレだ。そんな物騒な命令は書いてねぇよ。残念ながら……な」

 「残念、か。たしかに残念よね。大戦期最大最強の戦艦の艦長なんて末代まで自慢できるし」

 「ワシにゃあ自慢する親族なんていねぇよ」

 「あれ?艦長って独身だっけ?」

 「お嬢は国防軍人の離婚率の高さを知らねぇのか?もう何十年も前に、女房は子供を連れて出てったわい」

 「ふぅん。そうだったんだ。会いたいとか思わなかったの?」

 「思わなかったわけじゃねぇさ。実際、この戦争が始まる前は陸に戻る度に手紙を出してた。開戦後、音信不通になっちまったがな」

 

 口調は淡々としてるけど寂しそう……。

 生き別れ。いえ、死別の可能性が高いけど、初代朝潮と先代大淀の例もあるし探せば意外と生きてるんじゃない?

 

 「お孫さんは?」

 「女が一人だ。生きてりゃ15か6くらいだな」

 

 艦娘だったら時期次第じゃ駆逐艦、もしくは軽巡洋艦くらいの歳ね。

 もし艦長のお孫さんが艦娘になる事を選択し、艦長がいずれかの艦との縁があるのなら、艦長の戸籍から艦種を断定し、候補生の中からでも探し出せそう。

 

 「ちなみに……」

 「お嬢が言いたい事はわかる。だが、頼むから探さないでくれ」

 「どうして?お孫さんの方は探してるかもしれないわよ?」

 「それでもだ。開戦時を生き延びた孫が艦娘になって()()()()なんざ、考えただけでも頭がおかしくなっちまう」

 

 艦長の顔が渋面に彩られた。

 本当に考えるだけで苦しいのね。それは艦娘を戦地に運ぶワダツミの艦長だから、かな。

 いや?なんか違和感を感じる。

 なんで艦長は()()()()と決めつけた?

 もしかしてこの人、艦娘になった孫とすでに再会してるんじゃない?

 だとしたら艦長は……。

 

 「とんだ贅沢者ね」

 「なんだと?ワシのドコが贅沢者だって言うんだ?」

 「気に触った?死別したと思ってた家族と偶然再会できたのに、家族だと打ち明けられずにグズグズと拗ねてるジジイを贅沢者と言って何が悪いのよ」

 

 艦長は私に孫と再会してることを看破されて驚き半分、贅沢者と馬鹿にされて怒り半分ってとこね。

 何か言い返したいけど言い返せずに黙り込んじゃったわ。

 

 「私の本当の両親は私の目の前で肉片にされたわ。もう二度と会えない。でも艦長のお孫さんは生きてるんでしょ?もしかしたら、今もここに居るんじゃない?」

 

 艦長は無言。

 だけど、その無言は肯定と同じよ。

 ここまで踏み込んだら、奇兵隊総隊長としてこの頑固ジジイの頭をグニャグニャになるまで揉みほぐしてやる。

 

 「艦長の感じからして、お孫さんの艦種はかなり危険度の高い艦種よね。さらに、歳を考えると駆逐艦か軽巡洋艦。違う?」

 

 艦長は私を睨むだけ。

 よって、ここまでは合っているものとする。

 じゃあ、候補をさらに絞るとしましょうか。

 もし、過去に行われた作戦や今回の作戦でお孫さんが戦死していたら艦長は平静を装えていない。それこそ、これ幸いと作戦中にワダツミを敵艦隊に突っ込ませるくらいはしてたはずよ。

 でもそれはしていない。

 イコールお孫さんは今も生きている。

 まずは今回の作戦に参加した呉所属の駆逐艦と軽巡洋艦の中から絞り込んでみますか。

 たしか生き残ったのは霰、霞、陽炎、不知火、浦風、磯風、浜風、雪風、そして阿賀野。

 お孫さんが10歳で艦娘になったと仮定した場合、艦娘歴が7年を超える霰と霞は除外される。

 さらに、適合可能年齢が13歳以上の陽炎型の内、実戦投入以降代替わりしていない陽炎、不知火、雪風も除外。

 似たような理由で阿賀野も除外ね。

 残ったのは、艦娘歴が三年未満の浦風と磯風と浜風の三人。この内の誰かが艦長のお孫さんだわ。

 

 「あの子が孫だと気付いたのはつい最近、あの子がワダツミに乗艦するために港へ集合してたのを艦橋から見た時だ」

 

 私がある程度候補を絞り込んだのを察したのか、艦長は観念したように溜息を吐いてポツポツと語り始めた。

 死んだと思ってた身内が艦娘として現れ、しかも自分が艦長を務めるワダツミで孫娘を戦地に運ばなきゃならなかったこの人は、その時どんな気持ちだったんだろう。

 

 「遠目でもわかったの?身内だって」

 「わかるさ。なんつぅかこう、目が合った瞬間背中にビビビっと来たからな」

 「一目惚れしただけかもよ?」

 「70手前で駆逐艦に惚れるなんざ問題だろう……」

 

 そりゃごもっとも。

 艦長がお父さんみたいなロリコンだとは思いたくないし考えたくもない。考えただけでも身の毛が弥立つから。

 

 「艦娘になれる条件が確定した頃、ワシはもしかしてと思って調べた。親父が駆逐艦乗りだったのはガキの頃から聞かされてたから、艦型まですぐに特定できたしな」

 「その時はわからなかったの?」

 「ああ、ワシが調べたのとあの子が着任した時期が入れ違いになっちまってなぁ。ワシが調べた子と入れ替わりであの子が着任しちまったんだ」

 

 不幸な入れ違いね。

 きっと艦長は、調べた駆逐艦が孫娘じゃないと安堵しつつも、生死不明のままな事に落胆したでしょう。

 それが数年を経て、今度は生きてる事に安堵したけど、孫娘が死と隣り合わせの戦場にいることに落胆することになってしまった。

 生死不明、でも戦場にはいない孫娘と、生きてはいるけどいつ死ぬかわからない艦娘としての孫娘。艦長からしたらどちらが良かったのかしら。

 

 「ワシがお前のじぃじだ!とか打ち明けないの?」

 「孫はじぃじって呼ぶような歳でもねぇしそう呼ばれて喜ぶ趣味もねぇ!バカにしてんのか!」

 「でも、お父さんは桜にじぃじって呼ばれて喜んでるよ?」

 「頭のネジがダース単位で飛んでる奴と一緒にすんじゃねぇよ……。だいたい、生まれる前からほっぽってた奴がどの面下げて名乗り出れんだよ」

 

 とか言って、艦長は照れ隠しでもするように煙草に火を付けた。

 ってか、非喫煙者の前で堂々と吸うなクソジジイ。お父さんでさえ私の前じゃ吸わなくなったのよ?

 これで吸い殻をポイ捨てしようもんなら拾って口の中に放り込んでやる。

 街は破壊するけど環境は破壊しない。それがこの桜子さんなんだから。

 

 「円満の嬢ちゃんが、序盤からあの子が配属された部隊を使うと言い出したときは心臓が裂けちまうかと思ったぜ」

 「ワダツミを動かす。くらいは言ってそうね」

 「言ったよ。ギリギリまで安全な場所に居させてやりたくてなぁ。まあ、輸送ヘリで送られちまったがな。腹いせに、その後嬢ちゃんに意地の悪い事を言っちまった」

 「心配しなくても、円満の事だから好意的に受け取ってくれてるわよ」

 「だといいがな」

 

 孫娘が生きてるとバレた途端に饒舌になったわね。

 もしかしてこの人、合わせる顔がないとか言いながら、実は誰かに背中を押してもらえば会ってもいいとか考えてるのかしら。

 いや、その可能性が高い。

 だって、艦長はお父さんとタメを張るくらい頑固だし素直じゃないもの。

 自分から打ち明けるつもりはなくても、周りがお節介を焼いた果てに打ち明けるしかない状況になれば「チッ、お節介な奴らだ」とか言って自分が祖父だと打ち明けるはずよ。

 

 「孫娘の艦名、いいかげんに白状したら?」

 「言わねぇよ。言ったらどうせお節介焼くつもりなんだろうが」

 「焼かないから教えて。三人までは絞り込めてるのよ。このままスッキリしなかったら、三人に「アンタのお爺ちゃんはワダツミの艦長よ」って言っちゃうんだから」

 「悪魔か!さすがに大佐でもそこまでしねぇぞ!?」

 「私、お父さんじゃないもーん。で?誰?浦風?磯風?それとも浜風?」

 

 艦長はまだ観念しきれないのか「えれぇ奴にバレちまったなちくしょうめ」とか言って頭をガリガリと掻いてるわ。

 あ、ちなみに。

 艦長が海軍元帥であるお父さんを『大佐』と呼ぶのは、お父さんと艦長が出会った頃のお父さんの階級が大佐だったからよ。

 いつもなら「大佐じゃなくて元帥よ」って訂正してあげるんだけど、今はそんな事より艦長の孫娘の艦名の方が気になるから放置ね。

 

 「孫にちょっかいかけないか?」

 「かけないわ」

 

 今は、と続くけど口には出さない。

 口に出したら絶対に教えてくれないだろうから今は我慢する。()はね。

 

 「その子の艦名は……」

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 誰だったと思う?

 一応ヒントをあげるわね。

 ヒントは私の推理。まったく的外れな推理じゃなく、むしろほとんど正解だったわ。

 はい、ヒント終わり。

 次回までに考えておいてね。

 え?次回って何か?

 細かいことは気にしない。気にするとハゲるわよ?

 

 その後?

 艦長と別れた後は海辺を散歩してたわ。

 艦長と孫娘でどうやって遊ぶ……。もとい、艦長と孫娘の感動の再会をどうやって演出しようかと考えながら海辺を散歩してたら、艦娘時代にやり合ったもう一人の死にたがりに声をかけられたの。

 

 たしかこんな感じだったわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長 神藤桜子大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「お久しぶりです。神風さん」

 「アンタはたしか……」

 

 誰だったっけ?

 見た覚えはあるんだけど、目の前に現れたげっ歯類を思わせる駆逐艦の名前が思い出せない。

 たしか陽炎型で、何とか風って名前だったと思うけど……。

 

 「もしかして、私の事忘れちゃいました?」

 「い、いやぁねぇ、忘れるわけがないじゃない!え~と……北風?」

 「北から吹いてくる冷たい風ですね。違います」

 「じゃあ海風?」

 「白露型にそんな名前の子がいましたね。でも違います」

 「だったら神風!」

 「それは以前の貴女でしょう?」

 

 う~ん、出てこない。もうちょっとで思い出せそうなんだけどなぁ~。

 ああ!歯痒い!

 こうなったら風がついてる言葉を識ってる限り……。

 

 「雪風です。以前、演習で貴女と戦ったことがあるでしょう?」

 「なんで言うのよ!クイズで悩んでる人の前で答えを言っちゃいけないってパパに教わらなかったの!?」

 「私の名前はクイズじゃありません。それに、あのまま放って置いたら、終いにはおたふく風邪とか言い出しそうでしたから」

 「それは最後の手段よ!」

 「ホントに言うつもりだったんですか!?」

 

 当たり前じゃない。

 とは、目をまん丸に見開いて本気で驚いてる雪風には言えないか。

 この歳で痴呆症扱いされてもムカつくだけだから、ここは冗談って事にしときましょう。

 

 「冗談よ雪風。で?何か用?」

 「え~、本当に冗談ですか~?」

 「何よその疑いの眼差しは。用がないんなら私行くわよ」

 「ああ!待って待って!用ならありますから!」

 

 よし、誤魔化せた。

 なら話は終わりとばかりに散歩を再開しようとしたら、雪風が慌てて引き留めにかかったわ。

 

 「実はその……私がこんな事をお願いするのは問題があるんですが」

 「問題ねぇ。誰かを再起不能になるまでぶん殴って。とか?」

 「だいたい合ってますが再起不能にまでしなくていいです。と言うかダメです」 

 

 それは難しい注文ね。

 今回の場合だと、ただでさえ死なせないという縛りがあるのに再起不能にしちゃダメときた。

 私、中途半端って嫌いなのよねぇ。

 ぶん殴ってくれって頼むくらいだから、雪風はソイツの事が殴りたいほど嫌いなんでしょ?

 だったら殴るだけじゃなく、二度と会わなくてもいいように一生ベッド暮らしにするのがベストと私は思うわけ。

 まあこういう考え方だから、考え方が極端過ぎると今だにお父さんに怒られることがあるんだけど。

 

 「殴って欲しい。と言うより、目を覚まさせてほしいんです。私の、姉妹艦の目を……」

 「目を覚まさせてほしい?私は医者じゃないわよ?」

 「別に昏睡状態ってわけじゃ……って、わかってて言ってるんですよね?まさか本気で言ってるんじゃないでしょ?」

 「あ、当たり前じゃない!」

 

 いや、本当かな~とか呆れた顔して言ってるけど本当です。

 どうせアレでしょ?

 昔、私に負けたことで自分の死に上がりが何故か治ったから、ソイツに勝って何かが矯正されるのを期待してるんでしょ?

 でもそれなら……。

 

 「自分でやればいいじゃない。アンタより強い駆逐艦って呉にはいないでしょ?」

 「私じゃダメなんです。あの子は自分より私の方が強いって知っていますから、私が何かしたところで『相手が雪風なら仕方ない』と開き直るのが目に見えてます」

 

 なるほど、だいたいわかった。

 おそらく、雪風が私に矯正してほしい相手は雪風に準ずる程の実力者。つまりソイツは天狗になってるから、伸びすぎた鼻をへし折ってやってくれって事なんでしょう。

 

 「でもそれ、私がやっても意味なくない?」

 「そう……でしょうか」

 「そうよ。だって私はもう艦娘じゃないのよ?その私に負けたって『艦娘じゃない者相手に本気を出すわけにはいかなかった』って自己弁護するかもよ?」

 

 と言っても雪風は納得できないご様子。

 ソイツの鼻をへし折るくらいなら私じゃなくても、例えば満潮や叢雲でも良いはずよ。

 どうして雪風が、艦娘でもない私に頼ろうかと思ったのかが本気でわかんない。

 

 「風を、吹かせて欲しいんです」

 「風?」

 「そう、風です。4年前、貴女が私の心に吹かせたように、あの子の心にも神風を吹かせて欲しいんです」

 

 そう、真剣な瞳で私を見つめる雪風にどう答えようか迷った。

 私にはそんな高尚な事は出来ないしした覚えもない。

 4年前だって、単に負けたくなかったから我武者羅にやっただけ。

 呪いにも等しい幸運のせいでやさぐれてしまってたアンタに負けたくなかったから、私は全力でアンタに立ち向かった。ただ、それだけよ。

 それなのに、私がアンタを救ったような言い方をされたら困っちゃうわ。

 

 「貴女に負けてから、私は死にたくなくなりました。むしろ、生き続けたいと思えるようになりました」

 「良い事じゃない。それで?」

 「貴女に自覚はないようですが、貴女には人を変えれる力があるんです。だから……」

 

 だからソイツを変えてくれ。とでも言うつもり?

 ふざけんじゃないわよ。

 私の力はそんな事のためにあるんじゃない。私の力は自分を、そして大切な人達を守るためだけにあるの。

 けっして、見ず知らずの他人を救うためじゃない。

 

 「甘えるな。自分の姉妹艦の面倒くらい自分で見なさい」

 「それが出来ないから貴女にお願いしてるんです!」

 「あっそ、じゃあお望み通り叩きのめしてあげるわよ。ただし、高速修復材でも治らないくらい痛めつけてやる。赤の他人に負けた程度でコロコロと考え方を変えるような馬鹿は大嫌いだからね」

 「私も、貴女の大嫌いな馬鹿って事ですか?」

 

 そうね。

 と、言いたいところだけど、アンタが「やっぱ死ぬのやーめた」なんて呑気に言うような奴だったら私は今アンタと話していない。存在自体を無視する。

 でもアンタは違う。

 4年前、アンタは初めて死を身近に感じた。

 身近に感じたからこそ努力した。変わろうとした。幸運だけに頼るのをやめた。幸運に抗った。

 それはアレからの戦歴を知らなくても、今のアンタを見ただけで十分にわかる。

 だって、肉の付き方があの頃とは全く違うもの。

 少女らしい柔らかそうな見た目とは裏腹に、その内に秘めている筋肉は戦い、生き残る事を前提としたモノ。

 切っ掛けは私に負けた事だったとしても、アンタは時間をかけて自分を変えていったんだ。

 だから私はアンタを馬鹿とは思わない。

 アンタのお願いも聞いてやりたいと思ってる。

 でも、それじゃダメ。

 私がソイツに勝っても、アンタがソイツに勝つのと変わらない。

 ソイツが見下し、かつ同程度の相手と全力で殴り合った末に負けなければ意味がない。

 

 「ソイツの艦名は?」

 「え?」

 「艦名を教えろって言ってるのよ」

 「でも……」

 

 なんで言い淀む?

 もしかして、高速修復材でも治らないくらい痛めつけるって言ったのを鵜呑みにしちゃった?

 

 「心配御無用!なんてね。ソイツとやるのは私じゃないわ」

 「いや、それじゃあ……」

 「意味がない?そんな事ないわ。むしろ、私に負けるより余程ソイツの為になるはずよ」

 

 問題はどうやって嗾けるかね。

 出会った頃は兎も角、最近は説教染みた事を言うようになってるからなぁ。でもまあ、あの子が尊敬する私のお願いなら文句言いつつもやってくれるでしょ。たぶん……。

 

 「で?なんて名前なの?」

 「その子の艦名は……」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 私が催促すると、雪風は少しだけ悩んでその子の艦名を口にしたわ。

 でもまさか、その名前を雪風の口からも聞くことになるとはさすがに思ってなくてさ。

 聞いた後に「うわぁ~どうしよ……」ってぼやいちゃった。

 

 だって、艦長の孫娘と雪風がボコってくれってお願いしてきた子が同一人物だったのよ?

 お節介焼いて、艦長と孫娘の感動の再会をどうやって演出しようかと考えてたその日に、その子をボコってくれなんてお願いされたんだもん。

 いくらこの桜子さんが、脚本家が私財を投げ売って弟子入り志願してくるほどの名脚本家でも悩むのは当然でしょ?

 

 え?脚本なんか書いたことないだろって?

 失礼な事言うわねアンタ。

 子供から大人(男限定)まで幅広く人気の『水雷戦隊カミレンジャー』を見たことないの?

 

 あの番組の脚本を書いてるのって、何を隠そうこの私なのよ?

 そりゃあ、一部のミリオタから「なんで駆逐艦が乗るメカが空母や戦艦なんだ」とか「駆逐艦にしては女優が歳を取り過ぎてる」とか言われてるみたいだけど、そういう知識がない人達からは大好評なんだから。

 特に良い儲け……もとい!

 好評なのが、お父さん監修の合体ロボ『ゴッドデストロイヤー』ね。

 アレって駆逐艦を中心に空母と戦艦が腕になって、軽巡と重巡が足になるんだけど、単に合体してロボットになるだけじゃなく可動域に徹底的に拘った造りになってて……。

 

 って何よ。え?その話はいい?

 可動域に拘りすぎたせいで、子供向け玩具とは思えないほどの値段になっちゃった話も?

 じゃあ、カミレンジャーの女優の写真集(健全)が発売される話は?

 あ、それもいいのね。残念……。

 

 結局上手くいったのか?

 上手くいったわよ。ってか、アンタってあの時司会してなかったっけ?

 あ、司会はしてたけど後日談は知らないのか。

 

 別に話しても良いんだけど……本人に聞いた方が良くない?

 いや、後日談自体は話しても良いの。

 ただ、その時の事を思い出すとどうしても……ね。

 

 アンタだって見てたから知ってるでしょ?

 アレ自体はあの子のアドリブだったけど、私があの子に嫌な想いをさせたのは変わらないんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長 神藤桜子大佐へのインタビューより。



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第八十二話 呉の聖剣 対 横須賀の古刀

 

 

 

 霰さんとの喧嘩は引き分けに終わりました。

 ええ、引き分けです。誰が何と言おうと引き分けです。

 

 だって霰さんは立ってましたし、私だって倒れていませんでしたもん。

 例え負っていたダメージは私の方が多かったと言っても、倒れる前に横槍が入って中断したんだから引き分けです!

 

 って言うか私、あの人相手に手加減してましたからね?私って素手の戦闘は苦手どころか素人同然なのに、それでも霰さんに合わせて素手で相手してましたから。

 

 強かったのか?

 強かったですよ。

 でも霰さんは、その華奢な見た目からは考えられないほど馬鹿力でしたが、型もクソもない無手勝流でした。だから素手でも持ち堪える事が出来ました。

 

 武器を使っていたら?

 そんなの私の完勝に決まってます。

 青木さんは剣道三倍段って言葉をご存知ですか?

 簡単に言うと、素手で刀を持った者に勝つには三倍の段差が必要って意味です。

 実戦だとこの限りではありませんが、あの時の私でも勝ててたはずです。

 

 どうして刀を使わなかったのか?

 使いませんよさすがに……。

 私がその時持ってた刀は真剣でしたし、ホームじゃない呉で刃傷沙汰なんて起こしたら大問題ですから。

 あ、ホームの横須賀なら刃傷沙汰を起こすって訳じゃないですからね?

 そんな事をするのは今も昔も桜子先輩だけです。

 

 でもその……。

 その後に危うかった場面はありました。

 それは霰さんと喧嘩して部屋を破壊しちゃった事を円満さんに怒られた後、呉の海辺をプラプラしてた時に、私は再び喧嘩を売られたんです。

 

 

 私に喧嘩を売ってきた人は第二水雷戦隊所属の駆逐艦。

 『聖剣』の異名を持つ陽炎型駆逐艦十二番艦 磯風さんでした。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 神風へのインタビューより。

 

 

ーーーーーー

 

 

 「問おう。お前が駆逐艦神風か?」

 

 怪我の治療をしてもらって、後に円満さんにこれでもかと叱られた私は、部屋に居る気にもなれなかったから(と言うか部屋が崩壊したから)海辺を散歩していた。

 していたら、やたらと髪が長い艦娘に道を塞がれて名を訪ねられちゃった。

 普段の私なら「そうですけど貴女は?」なんて返すんだけど、生憎と今は霰さんと喧嘩し、円満さんに怒られた後のせいかイライラしてる。

 そんな今の私が「お前」なんて高圧的な聞き方をしてくる人にまともな返事をしたいと考えるわけがない。

 

 「……いえ、人違いです。その人ならむこうに行きました」

 「そうか、それは失礼した……。と、なるわけがないだろう。お前のような全身赤い駆逐艦が他にいるか」

 

 チッ、無理だったか。面倒臭いなぁ……。

 と思いつつ、と言うか顔に出して、正面で腕組みして仁王立ちし、不適な笑みを浮かべた知らない艦娘を私は睨んだ。

 見た感じは駆逐艦かな。

 腰まである黒髪ロングのストレートヘアと深紅の瞳が特徴と言えるかしら。

 制服は紺と白の前止め式セーラー服とグレーのプリーツスカートね。

 靴下は左右非対称で、左が黒のニーソックス、右が黒のハイソックスね。これって今の流行りなの?それとも単に間違えただけ?

 

 「そうよ、私が神風。そういう貴女は?」

 「おっと、これは申し遅れた。私は陽炎型十二番艦、磯風だ。『聖剣』と言えばわかるか?」

 

 ふぅん、この人が『聖剣』か。

 出会い頭のセリフと言い、まるでどっかのゲームキャラみたいな奴ね。

 でも会ってみてわかった。

 コイツなら「エクス!カリバー!」とか叫んでも違和感がないわ。うん、ない気がする。人のこと言えない気もするけど。

 

 「単刀直入に言おう。私と勝負してくれ」

 「え?やだ」

 

 と言うか出来ない。

 だって、つい数十分前に喧嘩して怒られたばかりなのよ?それなのにまた騒ぎを起こしたら今度こそ怒られるだけじゃ済まなくなる。

 営倉入りも有り得るし、今回壊した部屋の修理代をお給料から天引きされるかもしれないもの。

 

 「ふむ、つまり逃げると?」

 「なんでそうなるのよ。単に、今は出来ないってだけよ」

 「霰とは出来てか?」

 「()()()出来ないのよ。私はこれ以上、呉で問題は起こせない」

 

 起こすわけにはいかない。

 それなのに磯風は納得できてないみたい。

 右手を顎に添えて「噂と違うな……」なんて言いながら首を傾げてるわ。

 

 「お前は、目が合っただけでドロップキックしてくるほど沸点が低い横須賀一のトラブルメーカーだと聞いていたんだが」

 「ちょっ!それ私じゃない!」

 

 それって間違いなく先輩。

 まだ神風だった頃の桜子先輩だわ。だって目が合っただけでドロップキックなんて、今の先輩じゃ考えられないほど()()()対応だもの。

 今の先輩なら視界に入った途端にジャーマンスープレックスくらいするわ。

 

 「違うのか?じゃあ、昔呉鎮守府(ここ)で悪質なイジメを繰り返して追い出された赤い駆逐艦もお前じゃないと?」

 「おい、その話詳しく」

 

 先輩がイジメ?しかも呉を追い出された?

 そんなはずはない。

 だってイジメられてたのは先輩の方で、追い出されたんじゃなくて自分の意思で横須賀に行ったんだ。

 その事を、私は先輩が書いた本を読んで識っている。

 

 「私も詳しくは知らないが、何もしてない軽巡に馬乗りになって歯を全部折ったり、気の弱い艦娘達を丸坊主にして晒し者にしたり……」

 「もう良い。喋るな」

 

 詳しく話せと言っておいて勝手だとは思う。でも聞いていられなかった。聞きたくなかった。

 先輩の呉での日々が、10数年の時をかけてねじ曲げられて伝えられたことに堪えられなかった。

 

 「いい殺気だ。だがそれだけで、あの雪風に勝ったとは思えないな」

 「雪風?『呉の死神』の?」

 「なんだ。雪風に勝った神風もお前じゃないのか?とんだ期待外れだな」

 

 先輩が『呉の死神』に勝った?いつ?

 先輩が書いた本にはそんな事は書かれてなかったけど……。

 って言うかそもそも、艦娘同士が戦うなんて演習くらいでしか……。ん?演習?

 

 「もしかして、正化29年のエキシビションマッチ?」

 

 その年の演習大会で、先輩がエキシビションマッチに出たという記述はあった。でも相手の名は書かれていなかった。

 その相手が、寄りにも寄ってあの雪風だったって言うの?

 

 「そうだ。私が着任する前に行われた演習大会で、あの雪風が神風に負けた。他の者は雪風が手加減したなどと言っていたが、私にはそう思えなかった。だからお前と戦って確かめようとしたんだが……どうやら代替わりしていたようだな」

 「ご期待に添えなくて申し訳ないわね。じゃあもう、私に用はないでしょ?」

 

 先輩が雪風にどうやって勝ったのかは気になる。

 気にはなるけど、コイツの無駄に偉そうな態度は気に食わないからサッサと立ち去ろう。

 じゃないと、今の気分じゃちょっと挑発されただけで()()()()()()()だから

 

 「別にお前でも構わないんだぞ?お前だって神風なんだ。前の神風と同じく、卑怯な手段の一つや二つは使えるだろう?」

 「卑怯……だと?」

 

 回れ右して立ち去ろうした私の背に、磯風が訳のわからない言葉を投げかけてきた。

 なんで神風が卑怯な事をすると決めつける?

 なんでそんなに、見下したような口調で神風を馬鹿にする?

 

 「雪風は私が勝てない唯一の駆逐艦だ。その雪風に旧型の神風が勝とうとすれば卑怯な手段を用いるしかない」

 

 笑わせるな。

 貴女がどの程度の実力者かは知らないが、貴女より強い駆逐艦なんて掃いて捨てるほどいる。

 

 「例えば降参するフリをして不意打ちとかか?技術的にもスペック的にも下である神風が雪風に勝つなんて大ドンデン返しだ。その方法もとんでもなく卑怯に違いない」

 「スペックは兎も角、どうして実力が下だと決めつける?」

 

 私の問いを聞いて、磯風は心底不思議そうな顔をした。

 何がそんなに不思議?

 あ、そう言えばコイツって二水戦所属なんだっけ。だとしたら……。

 

 「お前はもちろん、先代の神風も二水戦所属ではないだろう?全鎮守府最高の二水戦に所属してない駆逐艦が、二水戦所属の駆逐艦より弱者なのは当然じゃないか。しかも、神風は旧型中の旧型だ。強いわけがない」

 

 なるほど。

 つまりコイツは了見が狭いんだ。二水戦所属の駆逐艦以外を知らないんだ。

 だから見下せる。天狗になれる。

 自分が勝てない雪風に勝った先輩を卑怯者と罵れるんだ。

 

 「旧型ですって?馬鹿ね。駆逐艦の実力はスペックじゃないのよ」

 「ほう?ならばどうして、先代の神風は雪風に勝つことが出来たんだ?まさか、スペック差を埋めれるほどの実力者だったとか言うまいな?」

 「その通りよ。私は先輩より強い駆逐艦を一人も知らない」

 

 もちろん性能面でも技術面でもない。

 単純な戦闘力だけなら目の前の磯風の方が上でしょうし、純粋な殺し合いでなければ満潮さんや叢雲さんの方が当時の先輩より強いでしょう。

 でも逆に言えば、生死を賭けた殺し合いになったら先輩には勝てない。

 磯風も満潮も叢雲さんも、もしかしたら大淀さんでも先輩には及ばない。

 生き汚いクセに、真っ向から死をねじ伏せることしかしない先輩には誰も敵わない。

 

 「なんなら私がへし折ってあげましょうか?貴女のその、無駄に高くなった鼻を」

 「……いいだろう。この磯風が相手になってやろう。たとえ旧型が相手でも容赦なぞしない」

 

 と言って、居合いの構えを取ったところで少しだけ正気に戻った。

 今から喧嘩してコイツに勝ったとして、それで『神風が磯風に勝った』事になるのかしら。

 いや、どう考えてもならない。これは単なる喧嘩だもの。

 艤装を装備してない、艦娘としての力が振るえない状態で勝っても意味がないわ。

 その事に磯風も気づいたのか、眉をひそめて何か悩んでるわ。

 

 「はいそこまで。二人とも矛を収めなさい」

 

 勝ったことにはならないけど、コイツがムカつくのは間違いないから取り敢えず殴っとこうとお互いに思い直したところで待ったがかかった。

 待ったがかかったのは良いけどこの声って……。

 

 「さ、桜子先輩!?どうして呉に!?」

 「円満たち先発組を迎えに来たの。それで暇潰しにブラついてたら、神風が刃傷沙汰を起こそうとしてるのが見えたから止めに入ったって訳」

 「い、いや、別に刃傷沙汰を起こす気は……」

 

 なかった。とは言い切れないか。

 抜く気はなかったけど、展開次第では抜いてたかもしれない。

 いや、この後の磯風の態度次第じゃ、私より先に先輩が手を出すかも。

 だって先輩は、売られた喧嘩は売り手がやっぱり売らないと言っても強引に買う主義だし、暇潰しに散歩してるとは思えないほどの本気装備。

 具体的に言うと狩衣プラス、私に刀をくれた後に手に入れたと自慢してきた最上大業物十四工に数えられる備前国長船兼光作の大大刀。

 しかも本当かどうかはわからないけど、上杉家に伝わっていた三本の内の一本(残り二本はいずれも重要文化財)らしい。

 

 「此奴が先輩……と、言う事はお前が先代の神風か?」

 「あら、随分と礼儀を知らない駆逐艦ね。目上の者には敬意を払いなさいってママに教わらなかったの?」

 「生憎と、自分より弱い奴に払う敬意は持ち合わせていない」

 

 言わんこっちゃない。

 まだ殺気の類は感じないものの、初対面で先輩をお前呼ばわり、さらに弱いだなんて、先輩の機嫌が悪かったら殴り飛ばされててもおかしくない口の利き方だわ。

 初対面で自分がどんなに危険な行為をしてるのかわかってないんでしょうけど、今の磯風の行動は弾薬庫の真ん中で銃を乱射するのと同じくらいの超危険行為。

 見てる私の肝が、冷えるどころか氷点下になっちゃった。

 

 「そう、聞いた通り天狗になってるのね。その自慢の足、お姉さんがちょん切ってあげようか?」

 

 聞いてた?誰に?

 それに自慢の足って……。磯風の自然体に近いファイティングポーズからだけではわからないけど、磯風が修めている格闘技はムエタイとかテコンドーみたいな足技主体ってこと?

 

 「出来るものな……!?」

 「あら、勘は良いのね」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ先輩が殺気を放つと、磯風は先輩から1mほど後ろに跳んで距離を開けた。

 冷や汗を流しながら先輩の一挙手一投足を警戒している様を見るに、今の一瞬で先輩と自分の実力差がある程度わかったのね。

 まあ先輩がその気なら、飛び退さる前に斬られてたでしょうけど。

 

 「そんなに警戒しなくても何もしないわよ。でも、これ以上ヤルって言うんなら容赦はしない」

 

 磯風は無言、だけどこれ以上事を荒立てるつもりはなくなったみたい。

 先輩が一発も殴らずに事を治めようとしてるのに違和感は感じるけど……。何か企んでるのかな?

 

 「それでも神風とやりたいって言うなら私が場を設けてあげる。だから、それまでは我慢しなさい」

 「場を設ける。だと?」

 

 いやぁ~な予感がする。

 磯風の方を向いてるから先輩の顔が見えないけどウキウキしてるのが気配でわかる。

 やっぱり何か企んでたんだわ。

 しかもそれは、私と磯風が出会う前から決まってたんでしょう。そうでなければ、先輩が私たちの喧嘩の仲裁に入るなんて有り得ないもの。

 

 「何企んでるんですか?」

 「酷い言いようね。せっかく助けてあげたのに」

 「助けた?それは、あのままやってたら私が磯風に負けてたって事ですか?」

 

 不承不承と言った感じで私たちの前から磯風が立ち去った後、私はストレートに疑問をぶつけてみたらまさかの回答。

 先輩は私が負けると思ったから止めに入ったのか……。少しショック。

 

 「違う違う。あのままやってたらアンタが勝ってたでしょうよ。でも、それじゃあ意味がないでしょ?」

 「それは……そうですが」

 「アンタは自分の事で滅多に怒らない。そのアンタが刀を抜こうとしてたって事は私が馬鹿にされたから。違う?」

 

 違う。

 って言ってやろうと少しだけ考えた。でも無駄だと思ったから首肯するだけに留めた。

 なぜ無駄か。

 それは桜子先輩が根拠もなく確信してるからよ。

 馬鹿にされたのは朝風達かもしれないのに、神風型自体が馬鹿にされたのかもしれないのに、先輩は自分が馬鹿にされたから私が怒ったんだと確信してる。

 確信してるから、自信満々の笑顔を私に向けられる。

 

 「横須賀以外で刃傷沙汰を起こせば私でもアンタを庇いきれない。だから止めたの。これが横須賀だったらどうとでもなるんだけどね」

 「具体的に、どうやって隠蔽するんです?」

 「死んでなけりゃあ奇兵隊(うち)の怖面連中に囲ませて部屋から一生出てこれなくなるまで脅すわ。死んでたらそうねぇ……。埋めるか沈めるか。もしくは野良犬に食わすか。あ、某国の死体買い取り業者に売るって手もあるわ」

 「こ、後半は聞かなかった事にします……」

 

 色々と聞いちゃいけない事を聞いちゃった。

 死体買い取り業者って何?死体なんて買い取ってどうするの?そもそもいくらで売れるの?とか考えちゃダメな気がするけど頭が勝手に考えちゃう。

 

 「割と良い値で売れるのよ?特に艦娘なら好事家や軍関係者に……」

 「も、もういいです!それ以上言わないでください!」

 

 奇兵隊が裏の仕事にも精通してるのは知ってたけどそこまでだったとは……。

 例えるなら軍事力を持ったマフィアかしら?しかも、一国の軍内のみならず政財界にも根を張ってるんでしょ?質が悪いにも程があるわよ……。

 

 「じゃあ、場を設けるって言ったのは喧嘩をやめさせるための嘘って事ですか?」

 「そんな訳ないでしょ?冗談は言っても嘘は言わない。それがこの桜子さんなんだから」

 

 その冗談が毎度毎度ぶっ飛んだ内容だから嘘と大差ない。なんて言ったら怒られるから黙ってよう。

 それに、今はどうやって喧嘩、しかも艤装を使用しての喧嘩を成立させるかの方が気になるし。

 

 「ふふふ♪円満を言いくるめるのが大変そうだけど、呉の『聖剣』対横須賀の『古刀』。今から楽しみだわ」

 

 先輩が独り言のように言ったセリフで、先輩の企みが八割方わかった気がした。

 呉の聖剣はまず間違いなく磯風のこと。

 そして横須賀の古刀とは恐らく私のこと。

 先輩は円満さんまで巻き込んで、私と磯風を合法的に決闘させる気なんだ。

 合法的に決闘させて、この私に大衆の面前で磯風を痛めつけさせるつもりなんだわ。

 

 「同情するわ磯風。アンタ、とんでもない人の不興を買ったみたいよ」

 

 先輩がどうして磯風を痛めつけようと思ったのかはわからない。だけど、そう思ったのはさっきじゃない。

 もしさっきの会話で気に食わないと思ったのなら、すでに磯風は高速修復材を使用しなければならないほどボコボコにされてるもの。

 

 「『紅い魔女』を敵に回すな……」

 

 これは横須賀鎮守府に所属してる者なら、一般職員から艦娘まで知っている常識中の常識よ。

 呉所属の磯風がこれを知らないのは当然と言えば当然だけど、今回の場合は知らない方が悪いと言わざるを得ない。

 そして、磯風を痛めつける手段である私の未来も絶望的。きっと、横須賀に帰ったら地獄の特訓が待ってるわ。

 だって……。

 

 「今のままで、艤装を背負った磯風に私が勝てるとは思えないから」

 



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第八十三話 武蔵は私の嫁!

 

 

 

 深海鶴棲姫との戦いが終わってワダツミに帰投後、そう時を置かずに意識を失った私が目を覚ました時には作戦は終了していて、しかもワダツミは呉に入港していました。

 

 ええ、タイムスリップしたような気分でしたね。

 だって私の感覚では、文字通り目を開けたら別の場所に居ましたし、体も違和感だらけで普通に立つ事も出来なかったんですから。

  

 はい、手足が急に伸びたせいでバランスが取りにくく、距離感も掴めなくなっていました。

 そうそう胸が重くて、最初は重りでも乗せられてるのかな?とも思いましたね。

 

 両親ですか?

 そうですね。私の両親は揃って身長が高かったですから、私の身長もきっと親譲りです。

 

 寝て起きたら高身長で、しかも肌が褐色になっていたのに少しだけギョッとしましたし、急激に大きくなった体に慣れるまで時間がかかりましたけど、その時の私自身が憧れていた武蔵さんがくれたモノのような気がして嬉しかったのを憶えています。

 

 そうそう、目が覚める前に夢を見ました。

 その夢では、一面に広がる大海原のど真ん中に私じゃない清霜が一人で立っていたんです。

 

 その子が私に気づいて振り向き、「おめでとう。いや、ありがとう。かな」と、照れながら言いました。

 そうしたら次に、私の後ろから武蔵さんが前に歩み出て清霜の手を取って「後は任せたぞ。戦艦武蔵」と、優しく微笑んで言いました。

 

 そんな二人に私は何か言ったんですが……。

 生憎と、自分が二人に何を言ったのかまでは憶えていません。

 ただ、私が言った何かを聞いた二人は一瞬驚いて顔を見合わせて笑い合いました。

 私はその反応に少しムッとしてしまったんですが、私の様子に気付いた二人は笑顔で私に向き直り、声を揃えてこう言ってくれたんです。

 

 「「それでこそ戦艦だ」」って。

 

 

 ~戦後回想録~

 元大和型戦艦二番艦 武蔵へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 突然妹が出来た時はどういう反応したら良いのでしょうか。

 もしこれが実の妹ならば「いい歳して頑張りすぎ」と、両親を冷めた目で見るなりするのでしょうが、今私の前で所在なさげに正座している二代目武蔵は艦娘としての妹です。

 なので、妹の誕生日から両親が()()ハッスルしたのかを逆算して現実逃避する事も出来ません。

 

 「あ、あの……。大和……姉さん?」

 「おぅふ……」

 

 思わず変な声が出てしまうのも当然。

 だって今、呉にいる間使うようにと宛がわれた部屋のちゃぶ台を挟んで私の対面で正座している武蔵の振る舞いが以前の武蔵とは別人(実際別人なのですが)すぎるんですもの。

 いえ、振る舞いだけではありません。

 以前はマントとさらしのみだったのに、今は打って変って儀礼用軍服をアレンジしたような七分袖のシャツをしっかり着込み、さらにコート調の羽織を両肩に装備しています。

 まともな格好のはずなのに、以前の痴女としか言えない格好のインパクトが強すぎて違和感ありまくりです。

 髪型も以前とは違います。

 全体的にボリューミーになったせいかツーサイドアップに変え、メガネもフレームレスに変えたようです。

 肌の色は以前のままですが、なんて言うかこう……。

 

 「本当に武蔵ですか?」

 

 と、言ってしまいそうになります。って言うか口に出しちゃいました(テヘペロ)

 

 「ほ、本当に武蔵です!その……大和姉さんからしたら偽物と言われても仕方ないとは思いますが……」

 「違います!そういう意味で言ったんじゃないんです!」

 

 どうしよう……。

 体を縮こまらせて俯いちゃいました。

 そりゃあ、以前の武蔵と違いすぎて戸惑ってはいますが、以前の武蔵より可愛げがあるこの子は私的には大歓迎です。

 断っておきますが、以前の武蔵の事を嫌っていたわけではないですし、彼女の死は私にとって辛い経験でした。

 それでも、いえだからこそ!

 今の武蔵を余計でも愛おしく感じてしまうのです!

 

 (妹を泣かすとは……。最低の姉だなお前は)

 「ちょっと黙っててください。貴女には関係ない事です」

 「え?」

 「ああ、ごめんなさい。なんでもありません。単なる独り言です」

 (随分とハッキリした独り言だな)

 「だから黙っててくださいよ!武蔵に変な子だと思われたらどうするんですか!」

 (手遅れだろ?見て見ろ、あの武蔵の顔を)

 

 窮奇に言われるがまま武蔵の方を見てみると、驚きを通り越して唖然とした顔をした武蔵が目に映りました。

 そりゃそうなりますよね。

 武蔵からしたら、私は突然大声で喚き散らす基地外にしか見えないはずですから。

 しかしそう思われるのは心外ですので、ここはそれっぽい事を言って煙に巻いておいた方が良いですね。

 

 「うぉっほん!え~っと……。そう!私って突発性絶叫症候群を患ってるんです!」

 「と、突発性絶叫症候群?」

 

 なんだそれ?

 って顔してますね。気持ちはわかりますよ。私も同じ気持ちですから。もし第三者として聞かされていたら「そんな病気があるか!」とか「良い病院紹介しましょうか?」などとツッコんでたと思います。

 でも、言ってしまったからには押し通します。どれだけ苦しい言い訳でも押し通します!

 

 「そうです!この病は非常に厄介で、時、場所関係なく急に叫びたくなる病気なんです!」

 (おいおい、お前は病気持ちだったのか?頼むから私には移すなよ?)

 「黙れ病原菌!貴女が話し掛けなきゃこんな馬鹿みたいな言い訳しなくて良いんですよ!?ってあああああ!発作が!突発性絶叫症候群の発作がぁぁぁぁぁ!叫ばずにはいられない!訳のわからない独り言を叫ばずにはいられないぃぃぃぃ!」

 

 と、一頻り大袈裟に頭を抱えてのたうち回った後に武蔵をチラッと見てみると、彼女は怯えるような瞳で私を見ていました。

 うん、武蔵だけでなく、大多数の人はそういう反応をすると思います。

 

 「と、ところで武蔵。武蔵こそ、急に私の妹になって途惑ってるんじゃないですか?」

 「わ、私ですか?」

 「ええそうです。だって、貴女からしたら急に姉が出来た感じでしょう?」

 「たしかに若干途惑ってはいますが、姉が出来た事自体には戸惑っていません」

 「そうなのですか?」

 「はい。だって私は、駆逐艦の中でも姉妹艦の多い夕雲型駆逐艦の末妹だったんです。今さら姉が一人二人増えたところで戸惑ったりしません」

 

 なるほど、私には理解できませんが、これは姉妹艦が多い駆逐艦特有の感覚なのでしょう。

 あれ?じゃあ武蔵は何に途惑っているのでしょう。

 

 「武蔵さんから聞いてた通り変な人……」

 「今、ボソッと何か言いました?」

 「な、何も言ってません!」

 「いいえ、言いました。私の事を変な人だと言いました!」

 「聞こえてたんじゃないですか!」

 

 そりゃあ聞こえますよ。私って耳は良い方ですから。

 私がその気になれば、草むらに身を潜めた野ウサギの吐息だって聴き取れるんですから。

 まあ、聴力自慢は置いといて、武蔵は武蔵にどんな出鱈目を吹き込まれたのでしょう。

 武蔵はどこからどう見ても常識人な私を変な人、と言っていましたから、武蔵が武蔵に吹き込んだ出鱈目は相当なモノのはず。いったい武蔵はどんな出鱈目を武蔵に……って。

 

 「ややこしいわ!どっちも武蔵じゃややこしすぎる!」

 「何がですか!?」

 

 おっと、ややこしすぎてつい叫んでしまいました。

 その私の叫びに驚いたのか、武蔵は壁際まで後退ってしまいました。

 

 「せ、生前、武蔵さんが言ってました。『大和は急に変な事を口走るのが趣味な変態だ』って」

 「ちょっと武蔵に文句言って来ます」

 「どうやって!?武蔵さんはもう亡くなってますよ!?」

 

 ふむ、言われてみれば確かに。

 おのれ武蔵、無い事ばかり吹聴して天国にトンズラするとはなんと卑怯な。これでは文句を言う事が出来ないじゃないですか。

 いや、待ってください。

 ()国と言うくらいですから、あるとしたら上、空ですよね?

 ならば……。

 

 「空に向かって全力射撃すれば一発くらい当たりそうですね!」

 「うわぁ……」

 (うわぁ……)

 「ちょっ!なんで呆れてるんです!?」

 

 しかも窮奇まで!

 私、そんなに変な事言いました!?上にあるんだから何十発も撃てば一発くらい当たるのでは!?

 いや、落ち着きなさい私。

 二人の反応を考えるとおかしいのは私の方。ここでさらに言い返してまうと、武蔵に余計変な人だと思われてこれからの共同生活に支障が出かねません。

 ここは話を逸らして今の一幕を有耶無耶にしてしまいましょう。

 

 「あ、そう言えば、どうして清霜だった頃の貴女は武蔵と仲が良かったんですか?」

 「聞いていたとおり、本当に唐突に話題を変えるんですね……」

 「べ、別に唐突でも何でもありません!前々から気になってたんです!」

 

 武蔵はジト目で「本当ですか~?」とか言ってますが本当です。

 だって二人の接点がまるでわかりませんもの。

 武蔵が私のように着任後、清霜だった頃の武蔵に案内されたり指導されたりしたんだったらわからなくもないです。

 でも、私の場合はかなり特殊だったはず。

 訓練と食事、清霜だった頃の武蔵とのお出掛け時以外は部屋にいた武蔵が駆逐艦と仲良く出来るわけがありません。

 

 「横須賀に配属されて最初の内は、武蔵さんと仲良くなりたいとか、戦艦になりたいとかは考えていませんでした」

 「では何故?」

 「大和姉さんは、艦娘が初同調時に先代の記憶を垣間見るのを知っていますか?」

 「はい、知識でだけですが」

 「武蔵さんと初めて会った時、その時の記憶と気持ち……。ううん、私の前に清霜だった人の後悔と未練が私の心を支配しました」

 「後悔と、未練?」

 「はい、武蔵さんに憧れ、戦艦になりたがってたのは私じゃなくて先代の清霜。私はただ、彼女の想いに振り回されていただけなんです」

 

 そこまで言って、武蔵はバツが悪そうに顔を伏せました。いや、恥じていると言っても良いほどですね。

 でも、何を恥じる必要が?

 先代清霜が艤装に残した感情に流されてしまったから?それとも、武蔵に憧れていた感情が自分のモノじゃなかったと気付いたから?

 どちらでも構いませんが、今の貴女の態度はよろしくありません。

 今の貴女は……。

 

 「武蔵を侮辱しています」

 「私が、武蔵さんを侮辱して……る?」

 「そうです。短い付き合いでしたから彼女の生い立ちはもちろん、先代清霜との関係も知りませんが、少なくとも察しの悪い人ではありませんでした」

 「気付いていた。って言う事ですか?」

 「はい。気付いてなお、武蔵は貴女と一緒に居たんです。先代清霜ではなく、貴女と仲良くなりたくて」

 「で、でもそれで、どうして武蔵さんを侮辱した事になるんですか?」

 

 ふむ、わかりませんか。

 説明しても良いのですが、私は生憎と噛み砕いて説明するのが苦手なのです。

 さて、どうやって説明したものやら……。

 

 「お前が武蔵を、過去の女に未練タラタラな女々しい奴だと言っているからさ」

 「私はそんな風に……!って、口調が変わってませんか?それに雰囲気も……」

 「私の事はどうでもいい。今はお前への説教が先だ」

 

 おのれ窮奇。

 私が悩んでる間に体を乗っ取るとは何事ですか!乗っ取るなら乗っ取るで一言言いなさい!

 急にキャラが変わったせいで武蔵もビックリしてるじゃないですか。

 

 「いいか?確かに、お前が武蔵に惹かれた感情の大元は先代清霜のモノだったのだろう。だがその後はどうだ?お前は違和感を感じながら武蔵と一緒に居たのか?どうしてこの人のことが好きなんだろうと疑問に思いながら武蔵と一緒に居たのか?」

 「そ、それは……」

 「違う。お前と武蔵が一緒に居る光景を見たことがある私にはわかる。お前は間違いなく自分の意思で武蔵と一緒に居たし、武蔵もお前を通して先代清霜を見てたわけじゃない。お前が武蔵に憧れ、武蔵のような戦艦になりたいと思ったのは間違いなくお前自身の想いだ」

 「で、でもそんなのわからないじゃないですか!大和姉さんは先代がいないからわからないかもしれませんが、艦娘は先代の影響を無意識レベルで受けるんです!それこそ趣味や性格、生活習慣にすら!」

 

 へぇ、そこまで先代の影響って出るんですね。

 てっきり髪や瞳の色、性格が少し変わる程度だと思っていました。

 

 「だから何だ?だから武蔵を好きだったのは自分ではなく会ったこともない赤の他人だ。とでも言うのか?」

 「そうじゃない!そうじゃ……ないんです」

 

 見ていられない。

 抱え込んでいた悩みを踏みにじるような窮奇の言葉に堪えられなかったのか、武蔵の瞳から涙がこぼれ落ち始めました。

 でも、泣いている武蔵も新鮮で良いですね。窮奇に写真を撮っておいてとお願いするべきかしら。

 

 「空気が読めていない馬鹿は置いといて。今お前の胸中に渦巻いている感情が答えだよ武蔵」

 「私の感情が答え?」

 「そうだ。今のお前は清霜ではなく武蔵だ。清霜の感情の影響は受けていない。にもかかわらず、お前は武蔵を想って泣いている。武蔵を想っていたのは自分じゃないと言いながら、お前は武蔵を想って泣いているじゃないか」

 「だから、私の想いは本物だと?」

 「逆に聞くが、お前の想いは偽物か?」

 

 窮奇の返しを、武蔵は首を振って否定しました。

 自信はない。でも否定はしたくない。本物だと信じたい。きっとそんな思いが、武蔵の頭の中をグルグルき巡っているのでしょう。

 

 「また不安になったら相談しろ。私たちは姉妹になったんだ。遠慮などする必要はない」

 「はい、そうさせてもらいます」

 

 少しは迷いが晴れたようですね。

 泣いてる顔も可愛かったですが、安心したように微笑む武蔵もなかなかどうして素敵じゃないですか。

 今の武蔵を見ていると、浮気するつもりはありませんがつい言ってしまいそうになります。

 

 「武蔵は私の嫁!と」

 「ふぇ!?」

 「あ、声に出ちゃった……」

 

 って言うか体を返すなら返すと一言言いなさい!

 完っ全に油断していましたよ!

 おかげで聞く人が聞いたら誤解しかしない事を大声で言っちゃったじゃないですか!

 

 (フ……。相変わらず馬鹿な奴だ)

 「おぉのぉれぇぇぇぇ!わざとですね?わざとタイミングを計って体を返したんですね!?」

 (おいおい、それは濡れ衣だ。私が表に出ていられるタイムリミットと、お前が馬鹿な事を言うタイミングがたまたま、本当にたまたま重なっただけじゃないか)

 「嘘おっしゃい!貴女前に、十数分は出ていられるって言ってたじゃないですか!」

 (十数分経ったろ?)

 

 そう言われて、壁に掛かった時計をチラッと見てみましたが十分も経っていませんでした。

 つまり嘘です!

 やはり窮奇は、私が馬鹿な事を言うタイミングを計って体の主導権を返したのです!

 

 「あ、あの!大和姉さん!」

 「は、はい!どうかしましたか!?」

 「不束な妹ですが、これからよろしくお願いします!」

 

 良い子!

 私が窮奇と問答している様を見て若干腰が引けているようですが、それでも武蔵は姿勢を正して深々と頭を下げました。

 ならば私も姉らしく……。

 

 「わかりました。私が戦艦の先輩としてしっかりと教えてあげます!」

 「はい!よろしくお願いします!」

 「ええ、お任せください。ちなみに、貴女の練度はいくつですか?」

 「89です!」

 「ふぇ!?89!?」

 

 高っ!

 え?この子って武蔵になったばかりですよね?それなのに89?どうして?

 もしかして、清霜だった頃の練度が引き継がれたのかしら。

 

 (ちなみに、お前の練度は30だ)

 「低っ!え!?そんなに低いの!?」

 「ひ、低いですか?割と高練度だと思ってたんですが……」

 

 やっべ……。

 窮奇が話し掛けるタイミングとリアクションが悪すぎて、武蔵の練度を低い呼ばわりした風になっちゃいました。どうしよこれ……。

 

 (さらに余談だが、私の練度は99だ。どうだ、恐れ入ったか)

 「貴女の練度はどうでも良い……って高っ!なんでそんなに差があるんです!?」

 (私は人間で言うところの天才と言う奴だから当然だ)

 「天災の間違いでは!?少なくとも、貴女と一緒になってからろくな事がないですよ!?」

 (それはこちらのセリフだ。お前と大淀が会えば喧嘩するから私は迂闊に彼女に会えにいけないんだぞ?)

 「文句があるなら出て行きなさい!居候のクセに図々しいと思わないんですか!?」

 (生憎と私は人間ではないのでな。そういう概念は持ち合わせていない)

 「きぃぃ!もどかしい!5~6殴ってやりたいのに出来ないのがもどかしい!」

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 と、言った感じの一人漫才を、姉さんは私の存在を忘れて小一時間ほど続けました。

 

 ええ、違う意味で怖いと思いました。

 だって唐突に一人漫才を始めるんですよ?

 普段は一人で訳のわからないことを喚き散らすだけですが、稀に一人二役でやるんです。

 はい、完全に別人でした。

 もしかしたら、姉さんは多重人格だったのかもしれません。

 

 多重人格だと仮定してどっちの姉さんが良かったか?

 う~ん、難しい質問ですね。

 普段の姉さんは騒がしく、まるで子供のような人でしたが一緒に居て楽しいと思えましたし、戦う時の姿は私が目指した戦艦そのものでした。

 稀に出る方の姉さんは気品があり、自信に満ち溢れていてまるで女王様のような風格を漂わせていて、ここだけの話、尊敬はしていましたが正直怖かったです。

 

 でも、どっちの姉さんも大好きでした。

 武蔵さんの性格に近くづくにつれて、人前では姉さんに対して生意気な態度をとるようになっていきましたが、部屋に二人で居るときは甘えていましたもの。

 

 戦時中は恥ずかしくて言う事が出来ませんでしたが、彼女、いえ彼女たちは私の自慢の姉であり、愛すべき家族だと今でも思っています。

 

 

 ~戦後回想録~

 元大和型戦艦二番艦 武蔵へのインタビューより。



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第八十四話 臆病者め

呑むのに夢中で投稿を忘れてたのは秘密。

週末は三笠公園に行って来ます(=゜ω゜)ノ


 

 

 

 彼女と初めてまともに話せたのは呉での休暇中だったわ。

 SaratogaやIntrepid達と一緒に、lunchがてら日本観光に行こうとしてたら廊下を歩いていた彼女を見つけたの。だから、みんなと別行動して彼女と話すことにしたわ。

 

 どうして彼女と話したかったのか?

 そうねぇ……私と()()かどうか確かめたかった。ってところかしら。

 

 日本に来て、日本の艦娘達に会う度に失望していた私は一縷の望みを彼女にかけたの。

 確信が持てたのはずっと後の事だけどbingoだったわ。

 彼女は私が望んだ通りの人だった。

 彼女は私の同類だった。

 

 それを確かめられたのが、私が日本で得た何よりの収穫だったわ。

 

 

 元Iowa級戦艦一番艦 Iowa。

 現バーガーショップマクダニエル日本支店副店長へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 「Hi!ヤマート!」

 「大和です。ヤマートと伸ばさないでください」

 「Oh……。相変わらずcoldデース。meはもっとyouと仲良くしたいでござるのに」

 

 今ござるって言いました?

 話す度に思いますが、相変わらず変な日本語ですねこの人。

 生まれも育ちも米国の割に上手いとは思いますが、それでも要所要所を英語で言うので、ルーなんとかさんみたいでわかり辛いです。

 

 「他の米国艦達と観光に行ったんじゃなかったんですか?アイダホさん」

 「No! IdahoじゃなくてIowaよ!Idahoは今、東海岸側(East coast side)戦ってるわ(She's fighting)!」

 

 日本語でおk。

 中途半端に日本語と英語が混ざってるので何言ってるかわかりません。

 だいたい、今はお昼時なんです。

 ただでさえお腹が空いているのに、余計なことに頭を使ってカロリーを消費したくありません。

 

 「ヤマートも今からlunchデースか?」

 「だから伸ばすな。そう言う貴女も今からですか?」

 「当たり前田のcrackerデース!だからご一緒シーマショ!」

 

 なんて古いギャグを……。

 今の若い子は恐らくわかりませんよ?それに、彼女のわざとらしい日本語は聞いてるだけでイラついてきます。

 イラついてはきますが……断ったところで諦めてくれそうにはありませんね。

 

 「お好きにどうぞ。ただし、私の連れに絡まないと約束してくれるなら。ですが」

 「連れ?ヤマートしか見えまセーンよ?」

 

 見えないのは当たり前です。

 だって一緒に居ないんですもの。私の連れである朝潮ちゃんとは食堂で合流予定なのです。

 なんでも、呉にそのまま居残る事になった矢矧のお別れ会を作戦に参加していたメンバーでだけででもやろうと言う話になったのだとか。

 あれ?そう考えると……。

 

 「来ちゃダメじゃないですか?」

 「why!?さっき好きにしろって言ったデース!」

 

 いや、言いましたけど……。

 だって昼とは言え矢矧のお別れ会ですよ?

 そこに、同じ作戦に参加しただけの他人を同席させるのは少し問題があるような気がしないでもないんですもの。

 そりゃあ、みんな良い人ばかりですから歓迎してくれると思いますよ?

 思いますけど、ただの昼食だと思っているアイオワさんは肩身が狭い思いをするかもしれません。

 いえ、そうに違いありません。

 ここは日本を代表する大和型戦艦の一番艦として、ゲストあるアイオワさんに肩身の狭い思いをさせるわけにいきません(使命感)!

 なので申し訳ありませんが……。

 

 「ここを通すわけにはいきません!」

 「どうしてそうなった!?」

 

 あら?今の発音は凄く自然でしたね。

 でもアイオワさんは何故か「しまった……」と呟きながら右手で口を押さえています。

 もしかしてこの人……。

 

 「普通に喋れるんじゃないですか?」

 「な、なぁんのコートデショーカ?ニッポン語凄く難しい(Extremely difficult)なのでワッカリーマセーン」

 

 怪しい。

 明らかに冷や汗を流しながら両手の平を上に向け、明後日の方向を見て「ワッカリーマセーン」と言うアイオワさんからは嘘くささしか感じません。

 少しカマをかけてみますか。

 

 「そう言えば、ヘンケン提督はリップサービスで最初は似非外人風の喋り方をしていたと噂で聞いた覚えがあります。貴女もそうなのでは?」

 「何のコートヤラ……」

 

 あくまでしらばっくれるつもりですか。

 ですが目が泳いでいますよ?それでは「やっべぇどうしよう」とか考えてるのが丸わかりです。

 ならば……。

 

 「そうそう、アイオワさんはお好み焼きを食べましたか?」

 「オコノーミヤキ?いいえ、まだ食べていません(No, I have not eaten yet.)

 「それは好都合です。呉に居る間に行く機会があったら『お好み焼き』とは注文せずに『広島焼き』と注文してください。そうすると……」

 「オマーケしてクーレルとかデースか?」

 「いえ、店の人が広島県民ならガチ切れします」

 「それダメなヤツじゃない!どうしてそんな危険なことをさせようと……!あ……」

 

 フッ、やはりその喋り方は演技。いやキャラ付けだったのですね。

 余談ですが、広島県民に向かってお好み焼きを広島焼きと呼ぶとガチ切れするのは本当です。

 実体験なので間違いありません。(誰の実体験かは秘密です)

 どうやら広島県民にとってはアレが唯一の『お好み焼き』らしく、人によっては『広島風お好み焼き』と呼んでも発狂しますので注意が必要ですね。

 あ、もちろん異論は認めます。

 あくまで個人の実体験に基づいた話でしかありませんので、(しつこいですが、誰の実体験かは秘密です)本当にそうなのかどうかはご自身でお確かめください。

 ただし、本当にガチ切れされた。店から追い出された。殴られた等々の被害受けても責任は負いかねますので、試す場合は自己責任でお願いします。

 ああ、それと断っておきますが……。

 

 「広島を貶める気は微塵もありません。良い所ですよ?広島は」

 「Hay大和。後ろに人はいないのに誰に向かって言っているの?」

 「さあ?誰にでしょう?」

 

 問われてアイオワさんに向き直りましたが本当にわかりません。

 どうしてだかわかりませんが、そう言わなければならない気がしたんです。

 まあ、それは置いといて。

 

 「もう、キャラを作るのはやめたのですか?」

 「別に作ってたわけじゃないわ。ただ……指揮官のマネをしてあんな喋り方をしてたら……」

 「期待されて後に引けなくなった。ですね?」

 「Yes.正直後悔してるわ。喋ってる内に自分まで何言ってるかわからなくなるんだもの」

 

 と、盛大に溜息を吐きながらそう言ったアイオワさんは本当に後悔してるっぽいですね。自業自得とは言え、少し同情的な気分になってしまいます。

 と言うか、若干イントネーションに米国訛りはありますが流暢に話せるんですから、変にキャラ付けなどしなければよかったのに。

 

 「ここで立ち話もなんだし、lunchしながら話さない?」

 「あ、それはダメです。今から友人のお別れ会なので」

 「それで、一度OKしていながら断ったの?」

 「はい。アイオワさんが肩身の狭い思いをするかもと思いましたので」

 「ふぅん。ニッポン人は変な事を気にするのね。States なら飛び入りguestは大歓迎よ?」

 

 ここは日本ですので米国の常識は適用されません。

 でもそう言うって事は着いてくる気ですか?阿武隈さんプレゼンツのお別れ会に?

 参加するの自体は構わないんですけど、阿武隈さんには悪いですがお勧めは出来ません。

 だって、確実に収拾がつかなくなりますもの。

 普段でさえ、彼女旗下の駆逐艦たちは好き勝手して阿武隈さんの指示を聞かず、それに阿武隈さんが「皆さん、あたしの指示に従ってください。んぅぅ、従ってくださぁいぃ!」と半泣きで叫ぶのは日常茶飯事です。

 しかも今日は、阿武隈さんの天敵とも言える北上さんも同席するはず。

 お別れ会がお別れ会の体を成さなくなるのは必然です。

 

 「う~ん。やっぱり違うのかしら……」

 「何がですか?同性にマジマジと見られて喜ぶ趣味はないのですが……」

 

 ただし朝潮ちゃんは除く。

 朝潮ちゃんになら私の隅から隅まで見て欲しいですもの。いいえ、むしろ見せつけたい。

 朝潮ちゃんに私自身も見たことがない部分まで見て欲しい!そのためなら……。

 

 「M字開脚も喜んでする覚悟です!」

 「うわぁ......。何この人、(Wow....... What this person, )控え目に言って頭おかしい……。(to say the least, it is funny .......)

 

 おっとマズい。

 朝潮ちゃんのつぶらな瞳で見つめられる想像をしてたせいで、大和撫子という本名からは考えられない程はしたないことを言ってしまいました。

 アイオワさんの蔑むような視線が痛いです。

 

 (おい、こんな奴は放って置いてサッサと行け)

 「何をそんなに急いでいるんですか?」

 

 慌てなくても時間はまだありますし、私のお腹もあと十数分は持ちます。

 それなのになぜ、窮奇はそんなに苛立っているのですか?

 

 「あら、急いでるように見えた?そうね……meは少し焦っていたのかもしれないわ。正直、探すのにも疲れてたから……」

 「いや、今のは……」

 (おい!早くしろ!)

 

 貴女に言ったのではない。と、言おうとしたの窮奇に邪魔されてしまいました。

 さっきから何をイライラしてるんです?もしかしてお腹が空きました?

 窮奇が空腹というだけでイライラするとは思えませんが、もしそうなら……。

 

 「少し、幻滅しました」

 「幻滅?幻滅ってどういう事?」

 

 あ、またやっちゃった。

 でも会話は成立してるっぽいですね。

 今のセリフが気に障ったのか、アイオワさんまで苛立ち始めたのが問題ですが。

 

 (行かないのなら体を乗っ取るぞ!)

 「あーもう、情けない。自分の思い通りにならないだけで拗ねないでくださいよ」

 「拗ねるな?拗ねたくもなるわよ。生まれてからずっと探し続けてきたのに今だに見つからない。一縷の望みに賭けて貴女に会ってみたけど確証が持てない。()()()ならともかく、今の私に拗ねるななんて無理よ……」

 

 ちょっと黙っててくれません?

 窮奇へのセリフが何故か貴女の心の琴線に触れて落ち込ませてしまったようですが、私が話している相手は窮奇であって貴女ではありませんので。

 

 (もういい。お前には頼まん。せっかくお前の顔を立てて、出来るだけ乗っ取らないようにしてやってた私の思いやりを蔑ろにするお前にはガッカリだ)

 「はいはい、貴女のお眼鏡に叶わなかったようでごめんなさいね」

 「い、いや、確証が持てないだけでまだそうと決まったわけじゃないわ。貴女には親近感を感じるし……」

 

 だから反応しないでください。

 貴女が反応するせいで、自分がどっちと話しているのかわからなくなってきたじゃないですか。

 だいたい親近感って何です?

 私と貴女のどこが身近だと?

 背丈が同じくらいだからですか?それとも私と同じように朝潮ちゃんに飼われるのが趣味とか?

 まさかとは思いますが、私と似た境遇とか言い出しませんよね?

 

 「ねえ貴女、大和には行ったことがある?」

 「奈良県にですか?え~とたしか、中学校の修学旅行で……」

 「No!記念艦の大和よ!港に浮いてるでしょ!?」

 「ああそっちですか。いえ、行った事はありません」

 

 と言うか行く気になれないんです。

 朝潮ちゃんが行ってみたいと言ってたので、朝潮ちゃんと一緒なら行っても良いかなとは思っていましたが……。

 あ、ちなみに。

 奈良県、特に奈良盆地周辺は今の地方行政区分になる前は大和国と呼ばれていたんです。

 もっと詳しく解説しても良いですが、怒られそうな気がしないでもないので続きはウィ〇ペディア先生にでも聞いてください。

 

 「貴女が横須賀に戻るのはいつ?」

 「明後日の予定ですが……それが何か?」

 「だったら、呉に居る間に行ってみて。貴女が私と同じなら思い出すかもしれないから」

 「まるで、自分は特別な存在とでも言っているようですね」

 「特別……と言えば聞こえは良いわね。でも私は、いえ、私たち転生者はこの世界にとって異物よ」

 

 は?転生者?

 ラノベやアニメでよくある、一度死んで別の世界に転生するなり召喚されるなりするアレですか?

 アイオワさんの真剣な瞳を見る限り本気で言っているようですから、彼女は自分が転生者だと信じているようですね。

 米国人も中二病になるとは驚きです。

 

 「今は信じなくてもいい。でも、転生者は本当にいるの。それだけは覚えておいて」

 「はぁ……」

 

 言いたいことはソレだけ。とでも言うように、アイオワさんは「変な人ではあるけれど、貴女がそうであることを願ってるわ……」と呟いて食堂の方へ行ってしまいました。

 一方的に絡んできて変人呼ばわりとは、米国人には礼儀というものがないのでしょうか。

 

 (ふん、ようやくいなくなったか)

 「あら、あの人が嫌だからこの場から離れたかったんですか?」

 (当たり前だ。奴は敵だぞ?)

 「いや、味方でしょ?一緒に戦った仲間じゃないですか」

 

 私もアイオワさんの事は苦手に感じていましたが、それはあくまで喋り方。あの人自身は嫌っていません。

 

 (お前、また忘れてるな?)

 「忘れてる?何をですか?」

 (いや、憶えていないと思い込んでるだけか?まあ、どちらでもいいか。奴に助言されたようで腹は立つが、『大和』に()()()否が応にも自覚するだろう)

 

 だから何をです?

 窮奇にしてもアイオワさんにしても、何か私に伝えたいことがあるならハッキリと言えばいいじゃないですか。

 それなのに、二人揃って記念艦の大和に行けばわかる的な事を言って有耶無耶にするんですもの。尺でも稼いでるんですか?

 

 (おい、たしか朝潮が行きたがっていただろう?明日連れて行ってやれ)

 「貴女に言われなくてもそのつもりですよ。でも出来ることなら……」

 (行きたくない。だろう?)

 「はい……」

 

 なんで行きたくないんでしょう。

 いえ、行きたくないだけではありません。視界にすら収めたくないと思っています。

 そんな私の心中を察したかのように、窮奇は苛立ちが隠った口調で言いました。

 

 (ふん、臆病者め)と。



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第八十五話 この世界の行く末

 

 

 

 呉鎮守府。

 

 本土の防衛に直接関わる五大鎮守府の一つで、旧帝国海軍時代から残っていた旧鎮守府を改装して開戦当初から運営されていた最古の鎮守府である。

 

 また、旧帝国海軍時代の遺物である『戦艦大和』を記念艦として一般開放しており、他の鎮守府に比べて今現在も観光向けでもある。

 

 

 ~艦娘型録~

 艦娘に関わる用語の項より抜粋。

 

 

ーーーーーー

 

 

 「凄く……大きいです」

 

 とは、今目の前に浮かんでいる『記念艦 大和』を見た朝潮ちゃんの感想です。

 私はと言いますと、大きさに驚きはしませんでしたが無駄に綺麗と思って呆れていました。

 

 「早く行きましょう大和さん!早く早く!」

 「あ、待ってください朝潮ちゃん!走ると転んでしまいますよ!?」

 

 そんな私とは逆に、いつもの制服ではなく私服姿の朝潮ちゃんのテンションはMAXのようです。

 一人ではここに来る踏ん切りがつかなかったので、行ってみたいと言っていた彼女を誘いましたがどうやら正解だったようですね。

 だって普段の真面目な朝潮ちゃんも良いですが、年相応にはしゃぐ朝潮ちゃんもgoodですもの。

 特に、白いノースリーブのワンピースに同じ色のストローハット姿は控え目に言って天使。彼女を見ているだけで魂が浄化されるような気さえしてきます。

 さらに今日は、帽子は被っていませんが私も朝潮ちゃんに合わせて同じコーディネート。所謂ペアルックというヤツです!

 

 (まるで新造されたばかりのようだ。まったく、お前と同じくらい不様だな)

 

 おのれ窮奇め。

 愛らしい朝潮ちゃんを眺めてせっかく忘れられてたのに、貴女のせいで気分が台無しになってしまいました。

 でもまあ、窮奇の気持ちはわかります。私だって……。

 

 「それには同意します。出来ることなら今すぐ……」

 

 沈めてやりたい。

 いえ、()()()()()()()()

 彼女を見ていると、何故だかそんな考えが頭をよぎってしまいます。

 

 「うわぁ~。甲板も広いですね!ここで運動とかをしていたんですよね?」

 「ええ、毎朝ここで乗組員が体操をしていました」

 

 左舷艦首に設けられた観光客用のエレベーターに乗って甲板に上がると朝潮ちゃんのテンションがさらにアップしました。

 甲板を無邪気に駆け回る朝潮ちゃんが子犬のようで超絶可愛いです。可愛いのですが……。

 

 (これはハリボテだな)

 

 このように、窮奇の言葉で正気に戻されてしまいます。

 さて、正気に戻ったついでに、はしゃぐ朝潮ちゃんに導かれるよう来た第一主砲を見てみると、窮奇は言った通り、よく出来ていますがハリボテなのは一目瞭然ですね。

 しかも第一主砲だけではない。

 遠目にも第二主砲がハリボテだとわかりますし、ここからでは見えない第三主砲もおそらく同様でしょう。

 

 『弾をくれぇぇぇ!』

 

 機銃座の下に移動すると、被弾して機能不全を起こし始めている対空機銃の群れの中で弾をくれと叫ぶ少年兵の姿が見えました。

 何故、さっきまで新品同様だった機銃がボロボロに?

 いや、考えるまでもないですね。

 今見えている風景は過去の記憶。この世界では起こらなかった戦闘の記憶です。

 以前の私なら、こんなモノが見えることに混乱していたでしょうが、不思議な事に今は混乱せず済んでいます。

 

 「あれは矢矧?それじゃあ、あっちは初霜ですか」

 

 機銃から()へと視線を移すと、航行不能になった矢矧と()を守るように寄り添う初霜の姿が見えました。

 二隻ともかなり被弾している。

 たしか矢矧は、この後の第二次空襲で……。

 

 「大和さん?どうかしましたか?」

 「え?ああ……。何でもありません。大丈夫です」

 

 朝潮ちゃんの声に押し流されるように、さっきまで見えていた光景が霧散して機銃は新品同様に、海は港に戻りました。

 

 「そうですか?なんだか気分が悪そうですが……」

 「本当に大丈夫ですよ。それより、あそこから中に入れるようです。行ってみませんか?」

 

 正直に言うと気分は良くない。

 ここに来てから、いえ彼女の姿を視界に収めてからずっとイライラしています。

 もし一人だったら暴れていたかもしれないほどに。

 

 『お母さぁぁぁぁん!』

 

 艦内に入ろうとしたのを、手摺から海に向かって叫ぶ若い水兵達の声が呼び止めました。

 その彼らの後ろでは、士官と思われる人が憂いの隠った瞳を彼らの背中に向けています。その傍らの黒板には……。

 

 「死二方用意……」

 

 これはたしか出撃前の夜。水兵達が故郷に向けて別れを告げていた時でしたか。

 

 「羨ましい」

 

 いや、妬ましい。

 彼らはこの儀式で、手始めとは言え死ぬ準備が出来た。

 では私は?

 私には父も母もいない。呉が故郷と言えなくもないですが思い入れなんてありませんし、別れを告げるべき相手もいない。

 そんな私に死二方用意もクソもない。

 死ぬ覚悟はあっても、()は乗組員達のように死に方が用意出来なかった。

 だってこの時の()は、無謀と知りながらも敵艦と砲火を交えられるかもしれないという淡い希望に縋っていたんですもの。

 

 「大和さん?」

 「ああ、ごめんなさい。すぐに行きます」

 

 艦内に入っても幻は現れ続けました。

 ラムネ製造係になって「今日はガブ飲み出来る!」と沸き立つ水兵達。菊水作戦の意義について激しく議論を交わす若手将校達。呻き声を上げながら医務室に運び込まれる負傷者を、()()()()から順に治療していく船医と衛生兵に「早く治療しろ!」と怒声を浴びせる下士官。その下士官に「戦える者から治療するんだ」と、悔しげに返す船医。

 時間はバラバラですが、その場所を訪れるとまるで私を責めるように過去の幻が現れます。しかも……。

 

 「医務室も広いですね。船の中にあるとは思えません」

 

 朝潮ちゃんの声が聞こえても幻が消えなくなりました。

 それなのに、医務室の広さに感嘆の声を漏らす朝潮ちゃんの目の前では腹から飛び出た腸を船医が押し込んでいます。

 今と過去の光景がごちゃ混ぜになったせいで、何ともシュールな光景になってしまいました。

 

 「うるさい……」

 「え?あ……ごめんなさい。少しはしゃぎすぎました……」

 「ああ!違います!朝潮ちゃんに言ったんじゃありません!」

 

 今と過去がごちゃ混ぜになっているのは光景だけじゃない。私まで今と過去の区別がつかなくなってきています。

 このままだと、朝潮ちゃんに私の醜い面を見せてしまうことになりかねない。なりかねないのに、幻は今も私の前に現れ続けていますし、苛立ちを抑えることも出来ない。

 

 (さすがにうんざりしてきたな)

 「言う事が辛辣ですね。彼らのほとんどは亡くなっているのですよ?」

 (だから何だ。奴らは程度の差は有れど決死の覚悟で戦えたんだ。必死止まりだった私にとって、奴らの死に様は嫌味に等しいぞ)

 

 決死の覚悟……ですか。

 そう言われると、窮奇の気持ちもわからなくはない気がします。

 もっとも、私はうんざりどころか怒り心頭。

 解釈は人によって違うでしょうが、必死とは読んで字の如く『必ず死ぬ』という意味。ですが、頭に()()()()()とつけること出来ますので生き残れる可能性は0ではありません。

 ですが決死は違う。

 成功しようが失敗しようが()()()()()()()()()()。生き残る事など考えないのです。

 何故私は決死になれなかった?何故必死止まりだった?

 例え目的地に着けず、作戦を完遂出来なくても決死の覚悟で臨んでいたらと、彼らにではなく自分に苛立って仕方がない。

 

 「あれは……」

 

 幻の喧騒に包まれる廊下で、白い着物姿の女性が背を向けて歩いています。

 周りは軍服姿の男性ばかりの中で、彼女の存在は異常なほど目立っています。いえ、はっきり言って場違いです。

 

 「ついて来い……ってこと?」

 

 彼女は立ち止まって少しだけこちらへ振り向き、すぐに前を向いて歩みを再開しました。

 彼女も幻?

 ならば見えているのは私と窮奇だけなので、あれは私たちに対するメッセージ。

 

 「この先はたしか……」

 

 彼女に導かれてついた先にあったのは艦内エレベーター。艦橋へ上がることが出来るエレベーターです。

 

 「朝潮ちゃん。ここで待っていてもらえませんか?」

 「え?どうして……」

 「お願いします」

 

 少し強い口調になってしまいましたが、朝潮ちゃんは「わかり……ました」と言って納得してくれました。

 これで心置きなく文句が言えそうです。

 

 『待って、いました』

  

 エレベーターが着いた先にある艦橋に居たのは私ソックリな女性でした。

 私と違うところがあるとすれば、髪型と服装くらいでしょうか。

 彼女は私のように髪を結っておらず、色は同じ白ですが着物姿。所謂、死に装束呼ばれる格好です。

 

 「貴女が見せていたのね。今すぐこの幻を黙らせて!」

 『それは出来ません』

 「何故です!貴女が見せてるんじゃないんですか!?」

 

 目と鼻の先まで詰め寄った私に、彼女は首を横に振って違うと答えました。

 じゃあ誰が?

 もしかして窮奇?

 

 (断っておくが、これを見せているのは私でもない)

 「だったら誰が……!」

 

 いや、わかっています。

 幻を見せているのは他ならぬ私自身。私の頭が、かつて見聞きした光景を幻として今見せているんです。

 

 (アイオワが言っていただろう。この世界には、転生者と呼ばれる者が存在している)

 

 だから何です?

 それが私とどう関係するって言うんですか?それではまるで、私もそうだと言ってるようじゃないですか。

 

 『彼らはこの世界の歴史に干渉し、改竄しました』

 (その結果現れたのが、お前達が妖精や深海棲艦と呼ぶ存在。そして)

 『貴女です』

 

 なるほど、改竄された歴史を修正。いえ、会議で聴いた内容を加味すると、やり直すために深海棲艦は出現した。妖精は差し詰め対存在と言ったところですか?

 じゃあ私は?

 私は何?

 妖精でも深海棲艦でもなく、改竄されなかった歴史を識る私は何者?

 いや、答えなんてわかってる。

 私はアイオワさんが言うところの転生者。しかも人が転生した者じゃない。私は……。

 

 「つまり、こういう事ですか?私は大和。別の歴史で沈んだ戦艦大和の生まれ変わり」

 

 以前、窮奇にお前は今も昔も大和だ。と言われたときにもしやとは思いました。

 アイオワさんのと会話でそういう存在がいる事も知りました。でも実感はなかった。いいえ、認めたくありませんでした。

 だって、認めてしまったら私は変わってしまうかもしれない。人として振る舞えなくなってしまうかもしれない。人じゃなくなるかもしれない。

 そう考えると、怖くて認めることが出来なかったんです。

 それなのに、窮奇とこの世界の大和に認めさせられてしまった。

 

 『そうです。貴女はもう一人の私』

 (私の善性。そして)

 『(私が求めていた者)』

 「求めていた……者?」

 (そうだ。お前の存在があったからこそ私はかつての記憶を取り戻し、今一度戦う機会を得ることができた)

 『貴女が存在してくれる事で、私は自分を終わらせる事が出来る』

 

 勝手な事を……。

 私のおかげで戦える?自分を終わらせる事が出来る?

 戦えば良いじゃないですか。窮奇なら私よりもよほど上手く私を扱えます。好きに使ってください。

 もう一人の私も同様です。

 勝手に終われば良い。私がいようがいまいが勝手に終われ。勝手に沈め!

 

 「なんで思い出させたんですか?せっかく忘れていたのに、せっかく人でいられたのに。貴女たちのせいで台無しじゃないですか!」

 

 朝潮ちゃんに下で待ってくれるようお願いして本当に良かった。

 今の、頭を抱えてうずくまる事しか出来ない私をあの子には見せたくないですから。

 それに、今からもっと酷くなるはずです。

 何故なら、私はもう自分を抑えるつもりがないんですから。

 

 「貴女、終われるって言いましたよね?」

 『はい。貴女がいるのなら、私は生き続ける必要がありませんので』

 「生き続ける必要がない?違うでしょう?死にたいんでしょ?あの戦争で活躍出来ず、沈むことすら許されなかった貴女は不様に生き続けるしか出来なかった。だから沈みたいんでしょう!?私の存在を言い訳に使って!」

 

 罵声を浴びせても、私を見下ろすもう一人の私は悲しげな顔をするだけで答えようとはしません。

 

 (落ち着け大和。八つ当たりしたところで何もならんぞ)

 「落ち着け?これが落ち着いていられますか!だって思い出しちゃったんですよ?全部わかっちゃったんです!貴女が私の悪性であることも、私が人じゃなかったことも!」

 

 かつての私は船でした。

 戦艦大和の魂とも呼べるものでした。

 それがどういう訳か、私が知る歴史とは違う歴史を歩んだこの世界で人として再び生まれました。

 

 「なんで人なんです?前のように無機質な鉄の塊ならこんな想いをせずに済んだのに……」

 『それは、艦娘になるためです』

 「そんなの他の誰かで良いじゃないですか!なんで私だけが船の生まれ変わりなんです!?他の艦娘は違うんでしょ!?」

 

 私は感情のままに喚いていますが、頭は思ったより冷静です。

 いや、私だけじゃない。たぶんアイオワさんも私と同じ存在だ。と、昨日話したときの内容を元に推測していますもの。

 

 『貴女が生まれ変わったのは必然。この戦争を終わらせるためには、貴女という特異点が必要なのです』

 「高が戦艦一人に何が出来ると?それとも私には、深海棲艦を殲滅出来る特殊な力でもあるって言うんですか?」

 

 そんな力は無い。

 それが、記憶を取り戻した今なら確信できる。

 私は船の生まれ変わりと言うだけで他の艦娘と同じ。何も変わらない。

 その私が特異点?

 確かに、変わってしまったこの歴史上では私は異物と言えるでしょう。それこそ、特異点と呼べるほどに。

 でも、それが何の役に立つ?

 私の砲撃は強力ですが常識の範囲内。数百、数千の敵を一撃で焼き尽くす事など出来ません。

 それなのに、戦争を終わらせるのに私が必要?どうして?

 

 (それはいずれわかるさ。いずれ……な)

 「いずれ?」

 『そう、いずれ。その時、貴女は選択を迫られるでしょう』

 「選……択?私に何を選択しろと……」

 『この世界の行く末』

 

 もう一人の私はしゃがんで目線を私と合わせ、まるで子供に言い聞かせるような口調でそう言って消えていきました。

 未練など微塵も感じさせず、後は任せたと言わんばかりに。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 悪いとは思いましたが、待っていてとお願いされたのに私は大和さんの後を追って艦橋に上がりました。

 上がった途端に、大和さんの叫び声に驚いた記憶があります。

 

 はい、正直言って怖かったです。

 見つからないよう壁際に隠れて聴いていたんですが、大和さんは誰かと話しているようでした。

 でも不思議なことに、大和さん以外の人の声はなかったんです。

 誰と話していたのかを何度か聞こうと思った事はありますが、半狂乱で喚き散らしていたあの時の大和さんをどうしても思い出してしまうので結局聞けず終いです。

 

 その後ですか?

 え~とたしか……。

 大和さんがフラフラとエレベーター、つまり私が隠れていた方に向かって来たので、エレベーターを使わずに階段を駆け下りて元いた場所に戻りました。

 走ったせいで汗だくになってしまいましたが、大和さんは私の状態など気にも止められないほど憔悴していましたね。

 

 そう言えばあの日、記念艦大和から出るとご老人や子供達が大和に向かって手を会わせている光景を見ました。中には涙を流している人もいました。

 

 最初は何をしているんだろうと、不思議に思いましたが、記念艦大和を振り返ってその意味がわかりました。

 何と言いますか……。そう!眠っているように見えたんです!

 

 巨大な鉄の塊のはずなのに、私には記念艦大和が役割を終えて安らかに眠る女性に見えたんです。

 だから、私も手を合わせました。

 どうか安らかに。と想いを込めて。

 そんな彼女を、大和さんは私とは逆に忌々しそうに睨んでいました。

 

 そう…ですね。

 他の人は気にしてなかったようですが、今思い返すと大和さんが変わってしまったのはあの日からだったように思えます。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。




  


作中に出て来た幻のセリフは男たちの大和を参考にしました。


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第八十六話 私が知る大和は貴女だけ

 

 

 友人がいかにも落ち込んでますって雰囲気を醸し出しながら、夜の桟橋で体育座りしてる場面に遭遇したらどう対応するのが正解なんだろう。

 「どうかしたの?」って話し掛けて、その子が悩みなりを打ち明けてくれるのを隣にでも座って待つのが良いのかしら。

 それとも、「何落ち込んでるのよ、貴女らしくないわね~。ガハハハハハ」とか言いながら背中をバンバン叩くの方がいい?もしくは「ドーン!」とか言って海に突き落とす?

 う~ん、私的に二番目と三番目は無しね。

 大和ならやりそうだけど、私は大和じゃなくて矢矧だし、落ち込んでるのは制服じゃなくて白いワンピース姿の大和なんだもの。

 だから、ここは無難に……。

 

 「何落ち込んでるのよ。貴女らしくないわね」

 

 二番目のセリフのみを採用。

 後ろから突然声をかけたのにも関わらず、大和は驚いた様子もなく隣に移動して腰を降ろした私一瞥して、再び海に視線を戻した。

 もしかして、私が近づいてるのに気付いてた?

 まさか、気配で察したとかオカルト染みた事言わないわよね?

 

 「その服、似合ってるじゃない。そうして大人しくしてたら何処かのお嬢様みたいよ」

 「お嬢様ですから。今も、昔も」

 「あっそ。で?そのお嬢様がこんな夜更けにこんな所で何してるの?」

 「見てわかりませんか?海を見てるんです。そう言う矢矧はどうしてここに?」

 「私?私は……」

 

 一言で言うなら部屋から逃げてきた。

 だって掃除して、フ〇ブリーズが10本くらい空になるまで撒いたのに臭いが取れないんだもの。

 いや、臭いが取れないだけならまだ良かった。鼻は掃除の途中から麻痺してたからね。

 にも関わらず、私が部屋から逃げ出したのは奴らが出たから。

 ええそう、Gよ。見るだけで嫌悪感がこみ上げ、黒光りして素早く動き回り、たまに飛ぶことさえあるGよ。

 ソイツらが、部屋を掃除してる時は見なかったのに、私がそろそろお風呂にでも入ろうかな~なんて考え始めた時になって「じょーじ」と言わんばかりに出て来やがったのよ!

 いや、アレだけの汚部屋だからいるのは予想してたわ。予想はしてたけど、掃除中に姿が見えなかったから油断してたの。

 でも、そこからの自分の行動の速さは褒められても良いかもしれない。

 私はG共を視認するなり、念のために購入しておいたバ〇サン(G対応)を素早く五つばかし焚いて部屋から脱出し、ドアの隙間をテープで目張りして、ジャージ姿のままここまで走って逃げてきたわ。

 相も変わらず惰眠を貪ってた阿賀野姉を置き去りにしちゃったのが少し気にならなくもないけど、完全に彼女の自業自得だから問題ないでしょう。

 

 「若干上気した頬、汗で湿ったジャージ、部屋で何かあってたまらず逃げてきた。ってとこですね。ゴキブリでも出ました?」

 「貴女ってたまに頭良いわよね……。でも名前をストレートに出すな。せめてGと呼べ」

 「それは失礼しま……。ああもう、また寄ってきた」

 

 寄ってきた?何が?

 外灯の明かりくらいしか無いから、影になってる部分はよく見えないけど何も居なくない?

 それなのに肩やお尻の辺りをシッシって払ってるって事は、まさかフナムシにでもたかられてる?

 

 「な、何かいるの?」

 「ええ、払っても払っても寄ってくるんです。今は矢矧のお尻の影に隠れて私を覗ってます」

 「だから何が!?何にもいないけど!?」

 「え?矢矧には見えないんですか?うじゃうじゃいるのに」

 

 うじゃうじゃ!?

 それって大量に居るって事よね。しかも私のお尻辺りに!

 で、でも確認してみたけどやっぱり何も居ないし……。

 

 「だから嫌だって言ったじゃないですか。貴女たちの面倒を見る気はありません!」

 「今度は何!?」

 「いえ、その子達が部屋に連れて行けとうるさいもので……」

 「喋るの!?私に見えない何かって喋れるの!?」

 「え?そりゃあ喋りますよ。見た目的にも喋りそうでしょ?」

 

 でしょ?って聞き返されても困るのよ。だって見えないんだから!

 信じたくはないけど大和って見える人なの?見えちゃいけない人たちが見えちゃう人なの!?

 そう仮定すると、見えちゃダメな人たちが私のお尻辺りに集まってるのよね!?

 その光景を想像する方が下手に見えるよりよっぽど怖いわ!

 

 「矢矧は艦載機を使ったことないんですか?アレにも乗ってるじゃない

 「へ?艦載機?じゃあ、貴女が言ってるのって妖精?」

 「ええ、その妖精です」

 

 ちょっと待って。たぶん、大和が言ってる妖精ってパイロット妖精じゃなくて工廠妖精、または艤装に宿ってると言われている乗組員妖精よね?

 って事は、大和には提督になれる素質があるって事?

 

 「え?冗談でしょ?」

 「本当です。昼頃から急に見えるようになって……」

 「頭でも打ったの?」

 「いえ、頭は打ってません。って、どうして頭の心配をするんですか?」

 

 いやだって、元々妖精が見えない人が見えるようになるのって頭に強い衝撃を受けた場合がほとんどだって聞いた事があるんだもの。

 まあ、貴女の頭の心配は会う度にしてるけどね。だって……。

 

 「貴女って頭おかしいじゃない」

 「相変わらず辛辣ですね。私ってそんなにおかしいですか?」

 「ええ、おかしいわ。言ってる事が理解できないなんてザラだもの」

 「へぇ……そうだったんですか」

 

 なんか調子狂うわね。

 いつもの大和ならオーバーリアクションで「私以外の人がおかしいんです!」とか言うのに、今日は静かに溜息を吐くだけ終わったわ。

 これじゃあ、私が大和をイジメてるみたいじゃない。

 

 「臭いよりおかしい方がマシな気がする……」

 「ちょ、ちょい待ち!私、臭う!?」

 「はい、掃除されてない公園のトイレのような臭いがします」

 

 迂闊だった!

 鼻が麻痺してたせいで、私にまで臭いが移ってた事にまったく気付かなかったわ!

 いや、よくよく考えれば気付くチャンスはあった。

 フ〇ブリーズやバ〇サンなどを買いに酒保へ行ったときの店員や他の客の迷惑そうな顔。廊下ですれ違った駆逐艦が、私とすれ違うなり吐き気を催したようにしゃがんだ時等々、気付けるタイミングはあったのに私は気付けなかった。いいえ!気付こうとしなかった!

 私が臭いから迷惑がられたり、吐きそうになってるんだと気付きたくなかったのよ!

 

 「なんで気付かせたのよ!気付かなきゃ普通に過ごせてたのに!」

 「時間の問題だったと思いますよ?だって公害レベルの臭いなんですもの」

 「言うな!私は臭くない!貴女の鼻がおかしいから臭く感じるのよ!」

 「それは開き直りです。自分が認めたくない事を認めないままにするのはただの逃避です。そう……逃げてるだけなんです……」

 「だから私は臭く……!」

 

 ない!と続けようとしたけど、セリフが進むにつれてトーンダウンしていく大和を見たら出来なくなった。

 さっきのセリフは私に言ったんじゃない。

 自分自身に向けて言った叱責なんだと気付いてしまったから。

 

 「大和、貴女……」

 「私を大和と呼ばないでください」

 「でも、貴女は大和でしょう?」

 「違う!私は大和じゃない!私は撫子です!」

 

 大和は俯いたままそう叫んだ。

 どうして『大和』と呼ばれるの嫌がる?

 養成所に不法侵入までして艦娘になったのに、候補生なら誰しも一度は憧れる戦艦大和になれたのに、どうして今さら大和で在ることを嫌がるの?

 もしかして貴女……。

 

 「艦娘を続けたくなくなった?」

 「違います」

 「じゃあどうして?艦娘いる限り、貴女は大和と呼ばれ続けるわよ?」

 「それでも……嫌なんです」

 「艦娘は辞めたくない。でも大和って呼ばれたくもないなんて我が儘をねぇ。さすがに呆れるわ」

 

 それに、腹も立ってきた。

 私は貴女に何があったか知らないし、何をウジウジ悩んでるのかも知らない。

 悩んでるなら相談に乗ってあげたいとも思うし、落ち込んでるなら励ましてあげたいとも思ってるわ。

 でもそれ以上に、元気のない大和を見ていたくない。

 今の貴女は私が知ってる大和じゃない!

 

 「ねえ、ちょっと手を貸してくれない?」

 「え?構いませんけど……何をぉぉぉぉぉ!?」

 

 大和が差し出した右手を両手で掴んだ私は、お尻を右に振って大和()()海にダイブした。

 いや~我ながら上手くいったと自賛したいわ。

 普段の大和だったら、たぶん落ちるのは私だけで落とせてなかったもの。

 

 「ぶはぁ!何するんですかいきなり!びしょ濡れになっちゃったじゃないですか!」

 「寝惚けた事ばっかり言ってる貴女が悪いのよ!これで少しは目が覚めたでしょうがデカ女!」

 「デ、デカ女ですって!?私はデカくありません!」

 「デカいわよ!今の状況を見たら一目瞭然じゃない!」

 

 どんな状況かと言うと、私はつま先立ちでようやく下顎が海面から出るかどうかなのに、大和は鎖骨の辺りまでしか浸かってないわ。

 跳び込んでおいて何を、と思われるかもしれないけど足がついて良かったぁ……。

 実は私、艦娘のクセにカナヅチなのよ。

 でもね?

 カナヅチを責められた事は一度もないの。養成所の所長なんかは「潔くて良いじゃないか」って言ってくれたし、大城戸教官も「燃料切れイコール死。ですか。頑張ってください」なんて励ましてくれたもの。

 目が何かを諦めてたけど……。

 

 「うわやば。溺れ……」

 「もしかして、矢矧は泳げないんですか?」

 「そうっぷ……よ!だから助け……マジで助けて!」

 「はぁ、それは良いんですけど……。泳げないのに一緒に落ちるとか馬鹿じゃないんですか?」

 「わかってるわよ!それはわかってるし後悔もしてるからサッサと助けて!」

 「はいはい。わかりましたから暴れないでください」

 

 呆れながらも、少しは笑顔が戻った大和の背にしがみついて浜まで戻った私は、情けないことにへたり込んで動けなくなってしまった。

 いや、改めて思ったけど、泳げないのに艦娘やってるってかなりアウトじゃない?

 しかも弱い上に無能だし。

 なんかもう……。

 

 「艦娘、辞めようかな」

 「泳げないだけで?」

 「そうよ!言っとくけどそれだけじゃないわよ?貴女は知らないだろうけど、私って駆逐艦に叱られるほど弱いんだから!」

 「練度が高い駆逐艦はそれだけ経験豊富だと言う事です。その駆逐艦に、精々数ヶ月程度の経験しかない矢矧が叱られるのは当然では?」

 「そうだけど……!」

 「今はダメでも、努力すれば必ず報われる日が来ますよ。ほら、矢矧は競争率が激しい中、矢矧の座を勝ち取ったのでしょう?」

 

 そう言えなくもない。

 隣に腰を降ろした大和が言った通り、私は数いる矢矧候補の中で一番成績が良かったから矢矧になれた。

 でもそれは、あくまで養成所が定めたカリキュラムを効率よく消化しただけ。要領が良かっただけ。

 養成所で学んだことは本当に基礎中の基礎でしかなかったんだって、実戦を経験して痛感したわ。

 特に、初戦闘で大城戸教官の戦い方を見れたのが大きかったわね。

 アレを見てなかったら、私は教本通りの戦い方しかせず哨戒任務中の遭遇戦で沈んでた可能性だってあるわ。

 だけど、その事を貴女に諭されたくなんかない。

 

 「そうよ。私は競争に勝って『矢矧』なった。じゃあ貴女は?」

 「私……ですか?私は……」

 「貴女は養成所に通ってない。他の候補生と競争すらしていない。貴女は『大和』になろうと努力していた人達の間に割り込んで『大和』の座を掠め取った。そんな貴女に説教なんかされたくない。大和になったクセに大和って呼ばれたくないとか言う奴が偉そうなことを言うな!」

 「ち、違います!べつに偉そうにする気も説教する気もありません!私はただ……」

 

 ただ?ただ何よ。

 相談に乗った気になった?励ました気になってた?

 私には悩みを打ち明けないクセに、自分だけ私を励まして悦には入るな!

 

 「私にも励まさせなさいよ!私たち友達じゃないの!?何か悩んでるんなら相談くらいしてよ!」

 「で、でも私の悩みはその……普通じゃないと言いますか、下手をすると痛い子と思われる可能性が……」

 「貴女の頭が痛いのは今に始まった事じゃないでしょうが!だから話せ!さあ!さあ!」

 「わ、わかりました!わかりましたから詰め寄らないでください!まだ臭いが落ちてないですから!」

 

 え?まだ臭いの?

 海水に浸かったせいで磯臭くなったんじゃなくて?

 ま、まあ私の臭いは取り敢えずいいわ。今は臭いをどうやって落とすかよりも大和が何に悩んでるかの方が大事だから。

 

 「……と、言う訳なんです」

 「あ~なるほどね。はいはい、よぉ~っくわかったわ」

 

 何言ってんのこの子。が、大和の悩みの原因を聞いた私の素直な感想よ。

 だって大和ったら、自分は別の世界線で沈んだ『戦艦大和』の魂が転生した姿で、それを今日この世界線の『大和』に会って自覚させられたとか言ったのよ?

 常識的に考えれば、大和はアニメや漫画に影響されて厨二病を拗らせた痛い子だわ。

 

 「私は何なんでしょうか。人間?それとも船?それとも別の何かなんでしょうか」

 「いやいや、どう見たって人間じゃない。それとも何?貴女って、中身は機械仕掛けなの?」

 「いえ、他の人と違いはありません」

 「だったら人間で良いじゃない。何を悩む必要があるの?」

 「でもでも!私は元々人間じゃなかったんですよ!?」

 「それでも今は人間でしょ?元が付喪神的なモノだったとしても、今は人間なんだから問題ないじゃない。それとも、元が付喪神だったって思い出して何か変わったの?」

 

 変わってないでしょ?

 少なくとも私には、見た目はもちろん、性格も変わってるようには見えない。

 強いて言うなら元気がないくらいよ。

 って言ったところで、再び体育座りして膝に顔を埋めた大和には届かないんでしょうね。

 だったら……。

 

 「私には前世の記憶なんてモノはないから、貴女の気持ちを本当の意味では理解してあげられない。でも、これだけは言ってあげられるわ」

 「なん……ですか?」

 「い、一回しか言わないからね!だから耳の穴かっぽじってよぉ~っく聞きなさい!」

 

 大和が視線を向けたのを確認した私は、一度大きく深呼吸して覚悟を決めた。

 覚悟は決まったけどやっぱり恥ずかしいなぁ……。

 出来ることなら言いたくない。でも私の言葉で、大和が少しでも立ち直れるのなら言ってあげたい。

 いや、言わなくちゃ。

 

 「私が知る大和は貴女だけ。貴女は私の心友の大和撫子であり、私の戦友である戦艦大和よ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 正直言って、その言葉がどれだけあの子の心に響いたかなんてわからないわ。

 

 でも、あの時のあの子は、少しだけ笑って「ありがとう、矢矧」って言ってくれたの。

 これは私の思い込みかもしれないけど、あの子から憑き物が取れたように感じたわ。

 

 それから?

 それからはたしか……二人でお風呂に入って適当に雑談して別れたんだったかな。

 

 ええ、普段通りとはいかなかったけど、その日別れるまでは以前の大和でいてくれたわ。

 

 でも、次に会った時は別人みたいに感じたわ。

 ああ、断っておくけど悪い意味でじゃないわよ?

 

 ええ、良い意味で別人だった。

 呉で別れて、次に会ったのはその年の冬に横須賀で開催された『艦種別国際艦娘演習大会』でだったんだけど、容姿や性格はそのままに、一度戦闘になると激しい中にも凛々しさを秘めた、正に戦艦と呼べる艦娘になっていたわ。

 

 青木さんも覚えてるでしょ?

 今でも元艦娘と呑む時は、必ずと言って良いほどその時の話題がでるもの。

 

 ええそう。

 大和とアイオワさんの試合は、今でも元艦娘達の間で語り草になってるわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡 矢矧へのインタビューより。

 



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第八十七話  ただいま……なのです

 

 

 

 突然で申し訳ないですが、僕は横須賀鎮守府に籍を置く提督補佐の一人です。

 普段は紫印提督や辰見提督補佐に代わって夜勤をしているので、艦娘の皆さんからは『夜勤提督』とか『バイト司令官』、極一部からは『無能提督』などと呼ばれています。

 

 まあ実際バイトみたいなものですし、フリーター呼ばわりされている事に不満はありません。

 顔もコンビニで夜勤をしてるお兄さんみたいな感じらしいですし。

 

 「相変わらず無能なのです。どうしてこんなに書類を貯め込んでるのです?」

 

 提督補佐になる前はしがないフリーターだったんですが、ひょんな事から妖精が見えることが発覚して自分でも訳がわからないうちに提督補佐になっていました。

 提督補佐になって初めての給料明細を見た時に、給料の額を見て失禁したのは良い思い出です。

 

 「あ!電のお菓子が無くなってるのです!」

 

 そんな僕は、紫印提督と辰見提督補佐が作戦のために揃って鎮守府を留守にしている間、普段の夜勤業務に加えてお二人が熟している昼間の業務も代行することになり、かれこれ三週間ほどまともに寝ていません。ええ、もちろん休みも無しです。

 ですが不満はありません。

 僕たちは艦娘さん達が頑張ってくれているから平和を享受出来ている。その艦娘さん達が働きやすいよう、雑事を処理するのは人として当然です。

 そう!僕は艦娘さん達へ献身するためにブラック企業顔負けの労働時間に堪えているのです!

 けっして!紫印提督と辰見提督補佐に『お願~い♪』と猫なで声で頼まれたからじゃありません!

 

 「話聞いてるのです!?電のお菓子を何処にやったのですか!」

 

 それに紫印提督は兎も角、辰見提督補佐は美人ではありますが歳が行き過ぎてます。年下好きの僕に言わせればハッキリ言って守備範囲外です。

 もっとも、紫印提督は年齢的にはセーフですが、彼女は美少女過ぎる。

 可愛いとは思いますが、現実味がない可愛さのせいで夜のオカズが関の山ですね。

 ええ、お世話になってます。

 

 「無視ですか?無能のクセに電を無視なのですか?」

 

 で、なぜ僕が、こんな現実逃避とも言える脳内回想をしているかと言いますと、原因は作戦を終え、紫印提督と満潮さんに引っ付いて他の艦娘さん達より一足早く戻って来るなり僕の目の前で「お菓子はどこだ!言え!」と鬼気迫る勢いで詰め寄っている秘書艦が原因です。

 彼女は僕が提督補佐になるの時に「この五人の中から一人選んで」と言われて選んだ子で、正確には僕の初期艦になります。

 いやぁ~外見に騙されましたね。

 見せられた五人の中で一番好みだった子を選び、実際初対面の時は少し気弱そうで攻略しがいが……もとい、打ち解けるのに時間がかかりそうだなとワクワクしたんですが、三日も経つ頃には今みたいな感じになっていました。

 

 「電は容姿の幼さと口調もあって、庇護欲をこれでもかと言わんばかりに掻き立てる守ってあげたい系艦娘の筆頭って聞いてたのに……」

 「あぁん?」

 

 実際はコレである。

 どうしてこの子は、愛らしい顔でDQNも裸足で逃げ出しそうな威嚇が出来るのだろう。

 黙ってれば可愛いんですよ?

 黙って大人しくしていれば、僕がリサーチした電そのものなんです。

 

 「それは私より前の電なのです!」

 

 彼女は雷としては六代目にあたるらしく、性格も歴代の雷とは異なるそうです。

 その事で一度、辰見提督補佐に相談したことがあるのですが、彼女曰く「歴代の電もストレスくらい抱えてただろうし、それが六代目で一気に表面化したんじゃない?」とのことでした。

 せめて次の代で表面化してくれればよかったのに……。

 

 「コレじゃあ電じゃなくてぷらずまじゃないか……」

 「誰がぷらずまやねん」

 「ナス食べる?」

 「ナスは嫌いなのです!」

 

 と、机を両手でバン!と叩きながら額に青筋を浮かべ、和やかに微笑む彼女のなんと恐ろしいことか。

 って言うかやっぱりぷらずまじゃないか。

 

 「僕以外の前じゃ普通なのに……」

 「司令官さんがまともなら電もイライラせずに済むのです」

 

 不思議なことに、彼女が今みたいな一面を見せるのは何故か僕の前でだけ。

 もっと言えば、僕は普段夜勤なので彼女のコレは夜だけの一面とも言えます。ん?なんだかヤらしく聞こえるのは気のせいでしょうか。

 

 「暁さんたちはまだ呉かい?」

 「なのです。電も残って休暇を満喫したかったのですが、どうせ司令官さんが仕事を貯め込んでると思って、仕方なく提督さん達と一緒に帰って来たのです」

 

 責められてるなぁ……。

 まあ、実際に仕事を溜め込んじゃったから反論なんて出来ないんだけど……。

 きっと明日は紫印提督から同じようなお叱りを……。

 あれ?何故だろう。

 紫印提督に叱られるのはご褒美にしか思えない。

 

 「辰見さんはコレを見て何も言わなかったのです?」

 「言われたよ。主に叢雲さんに」

 

 辰見提督補佐とその秘書艦の叢雲さんは、三日前に戻って業務を再開しています。

 辰見提督補佐は僕の机の上に積まれた書類の山を見ても「まあ、一人だし仕方ないわよね」と、半ば諦めたような顔で労ってくれたんですが、叢雲さんは眉をつり上げて舌打ちでもしそうな顔で一言「使えない」と仰いました。

 

 「それより作戦はどうだったんだい?成功した?」

 「成功してなきゃ帰って来てないのです」

 「そりゃごもっとも。怪我はしなかったかい?」

 「司令官さんはバカなのですか?ドンパチやって怪我しないわけがないのです」

 

 さいですか。

 いやまあ、当然の事を聞いた僕が悪いんだけど、一応心配したんだからもうちょっとこう……ね?

 

 「まったく、強い奴がポンポン死んでくれたせいで大忙しだったのです」

 「そ、その言い方はどうかと……」

 「司令官さんは戦場に出たことがないからわからないのです。強い奴から先に死んでいくから、残される弱い奴にしわ寄せが来るのです!」

 「戦場では弱い奴から死んでいく。って聞いた事があるけど、実際は逆なのかい?」

 「他の戦場がどうかは知らないのです。でも、少なくとも電が知ってる戦場ではそうだったのです」

 

 電曰く、強い奴は弱い奴を守ろうと前に出るらしい。

 そしてそれは、駆逐艦でも戦艦でも変わらない。

 強い奴は弱い奴を守って代わりに死んでいき、弱い奴だけが生き残る。

 そう、彼女は心底ムカついているような顔でそう言い捨てた。でも……。

 

 「それじゃあ君が弱いって事にならないかい?」

 「はぁ?司令官さんは電が強いとでも思ってたのですか?」

 「違うのかい?」

 「大間違いなのです。電は下から数えた方が早いくらい弱いのです」

 

 正直意外だ。

 彼女の戦闘を直接見たことはないけれど、姉妹艦の暁さんたちは「六駆で一番強い」と言っていました。

 そんな彼女が下から数えた方が早い?

 それだと今度は、第六駆逐隊が弱いと言う事にならないかな?

 

 「電……」

 「言いたい事はわかるのです。六駆は弱くない。暁ちゃんも響ちゃんも、雷ちゃんも強いのです。弱いのはあくまで電だけなのです」

 「いや、それもなんだけど……」

 

 みんなは君が一番強いと言っていた。と、続きを言う事ができなかった。

 だって電は、今まで見たことがない悲しげな顔で僕を見たんだ。まるで「それ以上言わないで」と言わんばかりに。

 

 「電は弱いのです。弱くなきゃいけないのです。じゃないと……」

 「じゃないと?」

 

 それっきり、電は口を噤んでしまった。

 僕のような戦場を知らないオフィスワーカーには、彼女がなぜ自分を弱いと自虐するのかなんてわからないし、何を背負っているのか想像も出来ない。

 でも一つだけわかった。

 彼女は死にたくないんだ。

 

 「凄いね。君は」

 「凄くなんてないのです」

 

 もっと歳を重ねれば変わるかも知れないけど僕だって死にたくはない。楽に死ねるなら死ぬのも有りかなと、学生時代やフリーター時代に考えた事がないわけじゃないけど今は死にたくない。

 僕よりも幼い艦娘さんたちに生かされている身なのに、生きていたいと図々しく思っている。

 ()()のように、弱い僕たちを守るために戦場()へ出て死んでいった艦娘さんたちのおかげで今も生きていられる。

 

 「ありがとう。電」

 「きゅ、急になんなのです!?」

 「なんでもないよ。無性にお礼が言いたくなっただけさ」

 「変な奴なのです」

 

 と言って、電は秘書艦席に着いて書類の山を鬱陶しそうに睨み付け始めた。

 どうにも機嫌が悪いなぁ。

 僕が仕事を貯めてしまったのも原因の一つではあるんだろう。でも、それだけじゃない気がする。

 だっていつもなら、少し煽てれば多少なり機嫌が直るのに今日はその気配がまるで無い。

 仕事を貯め込んだ以外に僕がした事と言えば、彼女がこの部屋に常備しているお菓子を食べてしまったくらいだけど……。

 取り敢えず、ピリピリした電のままだと感電しそうだからご機嫌を取るとしますか。

 

 「お菓子、買ってこようか?」

 「そんな暇があるなら一枚でも多く判子を押すのです。紫印提督に怒られたいなら話は別なのですが」

 

 紫印提督に怒られる。それは僕的にはご褒美です。

 間違っても『僕の業界では』とは言いません。それだと海軍がドMの巣窟だと誤解されかねませんので。

 

 「じゃあ肩でも揉もうか?」

 「それはセクハラしたいって事なのです?憲兵さん呼びますよ?」

 

 なぜ肩を揉むのがセクハラになるのか。

 もしかして、肩を揉むと見せ掛けて別のところを揉むと思われたのだろうか。

 でも残念ながら、電は上から下までスットントン。口に出したら殺されそうだから言えないけど揉むところが無い。皆無だ。

 それなのに、例えば胸を揉まれるとでも思ったのならそれは自意識過剰だろう。せめて服の上からでも有るのがわかるくらいまで育ってから警戒すべきだと思います。口には絶対に出しませんけど。

 

 「そう言えば、帰って来たんならただいまくらい言うべきなんじゃない」

 「はぁ!?なんで電の方から言わなきゃならないのです!?」

 

 うわぁ……。火に油だったみたいだ。

 電はさっきよりも不機嫌になって、書類を撃ち抜かんばかりに判子を叩きつけ始めた。

 いや、待てよ?

 どうして今ので、電のお菓子を食べちゃった事より怒ったんだろう?

 もしかして、帰って来たんならただいまくらい言えと言ったのが偉そうで気に障った?

 いいや違う。

 彼女は『なんで電の方から』と言った。

 それはつまり、僕の方から言ったら返すつもりだったんじゃないだろうか。

 そうだ。

 僕は彼女に大事な事を言ってない。

 彼女のように、戦場から帰ってきた者がいの一番に言われたいセリフなんてコレしかないのに、僕は仕事に追われて完全に失念していた。

 今からじゃ遅いかもしれないけど、彼女が望んでいるなら言ってあげないと。

 

 「おかえり。電」

 

 なんの脈絡もなくそう言ったからだろうか。

 電は書類から顔を上げて心底驚いたような表情を僕に向けた。

 その表情を見て、僕はそれが正解だったと確信した。

 だって彼女は、照れているのか真っ赤になって俯いて、耳を澄まさなければ聞こえないような大きさでこう言ったんだ。

 

 「た、ただいま……なのです」と。

 

 口調に変わりはなかったし、不機嫌そうな顔は相変わらずだったけど、僕には電の機嫌が直ったのがなんとなくわかった。

 だって電は「ふん、言うのが遅いのです」とぼやきながらも、口元は少しだけ笑っていたんだから。

  



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第八十八話 勝負よヘンケン

 現在、横須賀にある鳳翔さんちに突撃中(*´д`*)


 

 

 

 ヘンケンとの二人きりでの初デート?

 話すのは構わないけど、それって回想録と関係あるの?

 え?ない?

 ないんだったら話さないわ。

 いや、良いから良いからって言われても嫌なもんは嫌よ。だってプライベートだもの。それに、アンタに話したら尾ヒレどころか胸ビレまでつきそうだし。

 

 じゃあデートした時期だけでも?

 それくらいならまぁ……いっか。

 アレはたしか、呉から二式大艇に乗って横須賀に帰って、着いたその日にヘンケンからデートに誘われて、仕事とスケジュールを調整して一週間後にデートしたわ。

 

 楽しめたのか?

 そうねぇ……緊張し過ぎてデート当日の記憶は朧気だけど楽しめてたと思う。

 それまでの人生で初めてした普通のデートだったからってのもあるんでしょうけど、あの人ったら日本の学生が取るようなデートプランを立ててきててさ。

 駅前で待ち合わせしてウィンドウショッピングして映画見て食事して、夜景を楽しんで帰ったわ。

 

 え?ホテル?

 行くわけないでしょ!いくら奇兵隊がパパラッチの類を物理的に排除してくれてたって言っても人の目はあったからね!?

 そんな中、横須賀鎮守府の提督と第7艦隊の司令長官がホテルにでも入ろうもんなら週刊誌の格好のネタよ。

 実際、私とヘンケンのデートがネット上で噂になっちゃって誤魔化すの大変だったんだから。

 

 ええ、アンタも知ってるでしょ?

 あのデートはあくまで接待。

 帰国する前に日本の街中を歩いてみたいと言いだしたヘンケンを、提督である私が案内して回ったって事にしたの。

 

 でも私的には、デート当日よりデートに誘われた日の方が楽しかったかな。

 

 なんて言うか、第7艦隊の司令長官って色眼鏡無しで、初めてあの人を見れたのがその日だったから。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官。紫印円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「と、言う訳でデートしよう」

 「いや、どういう訳よ」

 

 貯まっていた仕事も一段落つき「明日から通常業務に戻れるわね」なんて、お互いげんなりした顔を見合わせて満潮と話してたら、執務室を訪れたケンドリック提督が開口一番にそう言った。

 ノックもせずに執務室に入るなんて失礼過ぎでしょ。米国にはノックするって習慣がないのかしら。

 

 「じゃあ私は先に部屋に戻るわ。後はごゆっくり」

 「待って!なんで出て行こうとするの!?一緒に居てよ満潮!」

 「いやぁ~、だって夕飯の支度もあるし……。あ、そうだ。なんなら、ヘンケン提督も一緒に食べる?」

 「ご相伴に預かろう」

 「はぁ!?」

 

 即答かよ!

 少しは悩むとか遠慮するとかしなさい!

 いや、別に一緒に食事するの自体は構わないんだけど、満潮の手料理を食べるって事は私たちの部屋にこの人が来るって事よね?

 冗談じゃない!

 この人が私たちの部屋に入るのは初めてじゃないって言っても、親しくもない男性をホイホイと部屋に招きたくないわよ!

 

 「そう、だったら19時くらいに来て。準備しとくから」

 「了解した。ミッチーの手料理、楽しみにしているよ」

 「ミッチー言うな。じゃあそれまで、円満さんと談笑でもしてて。くれぐれも……」

 「紳士的に、だな。任せろミッチー」

 

 私の意見など聞こうともせず、満潮は飽きずに「だからミッチー言うな」と言いながら執務室を出て行った。

 残されたのは私と、執務机を挟んだ対面に佇むケンドリック提督のみ。

 私の職場であり、時には憩いの場ともなる執務室が危険地帯になってしまった。

 

 「さて」

 「ひっ……!」

 「どうしたエマ。何故怯えている?」

 

 怯えもするわよ!

 だって密室に、アンタみたいな大柄でいかにも鍛えてますって感じの男と、小柄で吹けば飛ぶような私が二人きりなのよ?

 しかもアンタは私に惚れてて、隙あらば私の純潔を奪おうとしてる餓えた狼!

 アンタがその気になったら、抵抗も出来ずに食べられる(意味深)ウサギでしかない私に怯えるなって言う方が無理よ!

 

 「安心しろエマ。君に乱暴などしない」

 「ほ、本当に?」

 「本当だ。君に乱暴しようものなら、そこのソファーにいるご婦人に何をされるかわからないからね」

 「え?ソファー?」

 

 ケンドリック提督が左手の親指で指した先にあるソファーを見てみると、いつからいたのか、桜子さんが右肘を背もたれに預けてこちらを覗っていた。

 いや、ホントにいつからいたの?

 先生からの命令で、桜子さんが私の護衛をしてくれてるのは知ってるしいつもそこで寝てるのも知ってるけど、今日もいた事にケンドリック提督に言われるまで全く気付かなかったわよ?

 

 「へぇ、伊達に第7艦隊の司令長官をしてない。って訳ね」

 「これでも叩き上げなのでね。まあ、単純な腕っ節では君やMr.Crazyに敵いそうにないが」

 

 などとケンドリック提督は言ってるけど、先生には及ばないものの、桜子さんとなら実際にやり合えば良い勝負しそうってのが私の感想ね。

 それはさておき、桜子さんは何か引っ掛かったのか首を傾げて何かを悩んでるわ。

 

 「ミスタークレイジー?誰?」

 「先生の事よ。どうしても正しく発音出来ないんだってさ」

 「それでなんでお父さんがミスタークレイジーになるのよ。そんな名前じゃ……。あ、もしかして苗字の暮石(くれいし)が訛ったの?」

 

 その通り。

 と、私は首を縦に振ることで肯定した。

 私からしたら別に発音しにくいとは思えないけど、米国育ちのケンドリック提督からしたら、『くれいし』と音が近いCrazyが先に立っちゃうんだと思う。

 

 「暮石が訛っちゃうんじゃあ、お父さんの下の名前とかどうなるの?」

 「それは私に聞かれても……」

 

 言われて初めて思った。マジでどうなるんだろ。

 桜子さんからケンドリック提督に視線を移してみると、「ko、koujyu……jyu……」と、唇をアヒルみたいにして繰り返してるわ。

 

 「ぷっ……!何よその顔」

 「わ、笑うことはないじゃないかエマ。日本人の名前が難しすぎるのが悪いんだ」

 

 よほど恥ずかしかったのか、ケンドリック提督は頬を赤く染めて私と桜子さんから顔を背けてしまった。

 へぇ、この人でも照れる事があるのね。

 なんだか、ちょっとだけ可愛いじゃない。

 

 「お父さんの名前って難しい?時代錯誤とは思うけど」

 「難しくはないわね。漢字だって小学生レベルだし」

 

 まあ、ケンドリック提督からしたら名前の発音が難しいんであって、先生の名前が特別難しいわけじゃない。

 先生の名前に比べたら、今流行り?のキラキラネームの方がよほど難しいわ。

 

 「二人とも取り敢えず座ったら?大サービスでこの桜子さんがお茶を淹れてあげるから」

 「どういう風の吹きまわし?何か企んでるの?」

 「別に何も?あなた達二人の会話に興味があるだけ」

 

 怪しい。

 人()遊ぶのが趣味である桜子さんが、私たちの会話を聞きたいだけなんて怪しすぎる。

 まさか会話を録音して、青葉なりに売りつける気かしら。

 いや、無いわね。

 だって桜子さんは超がつくほどの機械音痴だもの。そんな桜子さんが録音機材、例えばICレコーダーなんかを持ち歩いてるとは考えられない。

 

 「ほらほら、二人ともさっさと座りなさい。ヘンケンは円満の隣と対面、どっちが良い?」

 「……対面でお願いしよう」

 「OK。じゃあ円満はこっちね」

 

 と、言いながら、桜子さんは私の手を強引に引っ張って壁側に座ったケンドリック提督の対面に私を座らせた。

 いつもなら少しは抵抗するんだけど、ケンドリック提督が私の対面を選択したのが意外すぎて抵抗するのを忘れてしまった。

 隣、と即答すると思ってたのに……。

 

 「ヘンケンはコーヒーの方が良いわよね?米国人だし」

 「いや、それは偏見じゃない?」

 

 なんて言いながら給湯室に向かう桜子さんに思わずツッコんだら、ケンドリック提督は「エ、エマ!今ヘンケンと……!」とか言いながら腰を浮かせた。

 アンタの事じゃないから座ってろ。

 

 「そんなに、私にヘンケンって呼んで欲しいんですか?」

 「あ、ああ。その、好きな人に愛称で呼ばれるのは俺の夢の一つで……」

 

 す、好きな人とか軽々しく言うな!

 アンタみたいなプレイボーイ風の男が口にすると軽く聞こえるのよ!

 ええ軽いわ!

 頬をポリポリと掻きながら恥ずかしそうに言うから少しだけ、本当に少しだけキュン!としたけど軽いのよ!

 

 「ケンドリック提督なら、恋人がいた事くらいあるでしょう?愛称で呼んでもらえなかったんですか?」

 「恋人?自慢じゃないが、俺は誰かと交際した経験は無い」

 「はぁ!?嘘でしょ!?」

 「本当だ。Promでも相手が見つからなくて参加できないほどモテなかったんだ」

 

 え~っと、Promって確かPromenade(舞踏会)の略称で、学年の最後に行われるダンスパーティーの事よね?

 ケンドリック提督の容姿なら、黙ってても女性の方から(趣味が普通の女性に限る)寄ってきそうに思えるけど……。

 

 「米国は余裕があったんですね。ケンドリック提督がhigh schoolを卒業する頃ってとっくに開戦してましたよね?」

 「余裕なんてなかったさ」

 「でも……」

 「まあ聞いてくれ。俺が育ったのはサンフランシスコなんだが……。君も識っていると思うが、サンフランシスコはカリフォルニア州北部に位置し、太平洋とサンフランシスコ湾に囲まれた半島の先端にある丘の街だ。当然、開戦初期は深海棲艦からの攻撃に晒され、街は廃墟さながらの様相を呈した」

 

 それなのにhigh schoolに通え、しかもPromまで開いた?

 ケンドリック提督の歳から逆算すると、卒業したのは今からだいたい7~8年前。

 日本で例えると正化25年から26年頃、戦況がある程度安定した時期ね。

 米国も似たような感じだったのかしら。

 

 「海に面した州全てがそうだった訳じゃない。だが俺が育ったサンフランシスコの大人たちは、困難な時代だからこそと言って俺たちをschoolへ通わせてくれた。俺たち子供に、平和だった頃と同じ経験をさせてくれたんだ」

 

 そう、ケンドリック提督は心の底から感謝しているように語った。

 そしてたぶん、その経験こそがこの人の戦う理由。

 この人が国に、いえ、故郷のために戦う理由なんだと、私には思えたわ。

 艦娘になった頃の私とは真逆と言っていい、綺麗な理由。正直言って……。

 

 「羨ましい……」

 「羨ましい?」

 「ええ。ケンドリック提督は私が元艦娘だって事、ご存知ですよね?」

 「ああ、知っている」

 「私と同世代の艦娘。特に駆逐艦は、仇討ちや食い扶持を求めて艦娘になった子がほとんどです。もちろん、私も例外じゃありません。私は、食うに困って艦娘になりました」

 「君が艦娘になったのはたしか……」

 「正化24年。今から9年ほど前です」

 

 安定はしてなかったものの、シーレーンと制海権を取り戻して戦況が安定し始めた時期よ。でも個人的には最悪の時期だと思ってる。

 

 安定していく戦況に正比例するように国内情勢も安定してたんだけど、それは社会的に独立していた大人とその庇護下にいる子供だけ。

 私のような戦災孤児は、開戦当初と変わらず路地裏に溢れていたわ。

 ゴミ箱を漁ってその日の食べ物を確保したのも憶えてるし、そんな私たちなど風景の一部のように無視し……。

 いえ、私たちのような、今が戦争中だと思い出させる者達を見ないようにして呑気にデモなんかを繰り返す大人たちを冷めた目で見つめてたのも憶えてる。

 そんな経験をしたせいか、私は提督になった今でも国のために戦おうなんて考えていない。

 私が戦い続けているのは個人的な理由。

 ただ、私と同じような思いを他の子にさせたくないから戦争を終わらせようとしているだけ。

 ケンドリック提督のように、胸を張って言えるようなお題目じゃないわ。

 

 「やはり俺の目に狂いは無かったようだ。君は最初に思った通り、最高の女性だ」

 「私みたいな元ストリートチルドレンが最高だなんて、米国にはろくな女性がいないんですか?」

 

 ちょっと嫌味が過ぎたかしら。

 でもケンドリック提督は気にしてないようね。いや、私は彼の予想通りの反応をしちゃったんでしょうね。だって、そう言うと思ったと言わんばかりに微笑んでるもの。

 

 「いないよ。俺が知る限り、君より素晴らしい女性はいない。君に比べたら、そこらの女など路傍の石も同然だ」

 「お、煽てすぎです。私はそんな大層な女じゃ……」

 

 私だって女だ。煽てられて嬉しくない訳じゃない。

 嬉しくない訳じゃないけど、今は嬉しさより危機感の方が勝ってる。

 だって瞬間湯沸かし器以上に熱くなりやすい桜子さんがいるのに、私以外の女性を路傍の石呼ばわりしたのよ?

 まだ後ろから殺気の類は感じないから良いものの、下手したら執務室が破壊されかねないんだからね?

 

 「気を悪くしないで欲しいんだが、君の存在を知ってからしばらくして、俺はあらゆる手段を用いて君の経歴を調べた。だから、君がどういう経緯で孤児となり、艦娘になったのかも知っている。よって、君が艦娘になった理由。いや、艦娘として戦っていた理由にも察しはついている」

 「はははは……。たいしたストーカーっぷりですね」

 

 渇いた笑いしか出てこない。

 背中にも嫌な汗かいちゃったし、正直ドン引きしちゃったわ。

 

 「申し訳ないとは思っているよ。だが、俺が敗北した女性がどんな人なのかを調べずにはいられなかったんだ」

 「は?敗北?貴方が私に?」

 「そう、俺は君に負けた。君にその自覚はないだろうが、君が俺と同じく『戦争を終わらせる』と言っていると聞いた時に、俺は君に負けたんだ」

 

 いや、何を言いたいのかわからない。

 どうしてそれで負けたことになるの?そのセリフを言った順番が私の方が先だったとか?

 

 「日本に俺と同じく『戦争を終わらせる』と宣っている元駆逐艦がいる。そう聞かされた時は、自分のことは棚上げにして『ご大層な理想を掲げる奴だな』と呆れただけだった。だがふと思ったんだ。米国でも、駆逐艦になる子は復讐か食い扶持目当て。国のため、正義のために艦娘に志願した駆逐艦は俺が知る限りCharlieくらいだ。そんな、()()()()()()()()で艦娘になった者が終戦を目指すのか?と」

 「おかしい……ですか?」

 「ああ、おかしいね。大義名分などない。ただの自己満足でこの戦争を終わらせるなどと豪語するのは馬鹿か狂ってるかのどちらかだ」

 

 馬鹿狂ってる……か。

 ケンドリック提督のように、胸を張って言える理由で提督になった人にはそう見えるのね。

 でも、それがなぜ、私がこの人に勝ったことに繋がるんだろう?

 

 「彼女は国のために戦争を終わらせようとしてるんじゃない。恐らくは個人的な理由だ。と、思い至った時に、俺は君に負けたと自覚した」

 「どうしてですか?貴方が言う通り、私が提督になり、終戦を目指しているのは個人的な理由からです。貴方のように、国のためになんて大義名分は持っていません」

 「それが理由だよエマ。俺は大義名分無しに戦うことが出来なかった。偽りだったとしても、俺に平和を享受させてくれたサンフランシスコのために戦う。そこに住む人々を守るために戦う。祖国を害する敵を殲滅し、真の平和を掴み取る。そう思わなければ、俺は戦うことが出来なかった。なのに君は、個人的な理由で戦い続けている。大義名分と言う名の御旗無しに君は戦い続け、戦争を終わらせようとしている」

 「私に大義名分が無いのが……理由?」

 「そうだ。さっきも言ったが、俺は大義名分無しではきっと戦えなかった。復讐などという在り来たりな理由だけだったら恐らく一兵卒止まりだっただろう。大義名分があったからこそ、俺は第7艦隊の司令長官まで昇格し、終戦を語る事が出来たんだ。もうわかるだろう?大義名分無しでは戦えない俺と無しでも戦える君。どちらが強いかなど考えるまでもない」

 

 だから、俺は君に負けたんだ。

 と、ケンドリック提督は締め括った。

 考えすぎ。思い込みが激しい。勝手に勝者にされて困惑する事しか出来ない。

 でも同時に、少ない情報でここまで私の事を評価してくれたことを光栄にも思う。

 だって先生ですら、彼ほど私を評価してくれた事はないんだもの。

 

 「それでも、戦争を終わらせるのは俺だがね」

 「あら、私に負けたんじゃなかったんですか?」

 「その時は、だ。まだ戦争は終わってないんだから勝負は継続中だろ?」

 

 ふむ、言うなれば第2ラウンドってとこ?

 でもお生憎様。

 戦争を終わらせるのは私なんだから、2ラウンド先取で私が完勝するわ。

 

 「楽しみにしておいてくれエマ。終戦と言う名の指輪を手に、再び君にプロポーズするよ」

 

 と、ケンドリック提督はニヒルに微笑んで私に宣言した。

 だったら私も宣言してやろうじゃない。

 だって私は元駆逐艦。

 言われっぱなしは性に合わない、血の気が多くて負けず嫌いな元駆逐艦なんだから。

 

 「それは無理よヘンケン。私が終わらせるんだから、貴方がその指輪を手にする事は絶対にないわ」

 

 おっと、思わずヘンケンって呼んじゃった。

 ケンドリック提督も予想外だったのか、嬉しさと驚きが綯い交ぜになったような顔してるわ。

 でもまあ、少し恥ずかしいけどお礼だと思って呼んでやろう。

 喜びなさいヘンケン。

 今だけだけど、貴方の夢を叶えてあげるわ。私の事を誰よりも認めてくれた貴方への、私なりのお礼として。

 

 「勝負よヘンケン。私と貴方、どちらが先に戦争を終わらせるかのね」

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 色気のないカップルだなぁ。

 って、思いながら様子を見てたわ。

 

 それから折を見てコーヒーを出してあげたんだけど、二人は私がいても遠慮無しに、アイオワ他数人の日本語が出来る米艦娘を日本に預けるって話を皮切りに「君ならここはどう攻める?」とか「貴方だったら何人回す?」とかって戦術の話を始めたわ。

 

 正直言って退屈だった。

 私も戦術に関しては明るい方だけど、二人の会話の内容の視点が上すぎてチンプンカンプンだったんだもの。

 

 でもまあ、お似合いのカップルだなって安心もした。

 血生臭い話ばかりだったけど、ヘンケンと戦術の話をしている円満は、変な話だけど年相応のただの女に見えたから。

 

 どうして執務室にいたのか?

 執務室に居たんじゃなくてヘンケンと一緒に入ったのよ。

 たまたま、小腹が空いたから食堂で摘まみ食いした帰りにヘンケンが執務室に行こうとしてるのが見えたから面白いことになりそう……もとい!円満の貞操が危ない!って思ったから尾行して一緒に入ったって訳。

 

 え?護衛をせずに摘まみ食いしてたのかって?

 してたに決まってるでしょ。

 摘まみ食いで執務室を離れたのなんてほんの十数分だからね?

 それまでは、円満と満潮の仕事の邪魔をしないよう、気配を消してソファーで寝てたんだから。

 

 あ、そうそう。

 ヘンケンって、円満に「好きだ」とか平気で言うような奴なのに、円満と向かい合ってる間はずっとガッチガチに緊張してたのよ?

 

 いや、別に誤魔化してないから。

 それでね?円満は気付いてなかったようだけど、アイツってコーヒーを淹れながら二人を観察してた私に、視線で「早く戻って来てくれ」ってずっと訴えかけてたんだから。

 

 最近円満に聞いたんだけど、アイツがモテなかったのは本当で、女性にどう接していいのかがガチでわかんなかったんだって。

 

 ホントあの二人って、モテそうなのに経験無しって意味でもお似合いだったわね。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長。神藤桜子大佐へのインタビューより。



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第八十九話 幕間 桜子と元帥

九章ラストです!
十章の投稿開始は年内にできたら良いな~と思ってます。

年を跨いだらごめんなさい(´_ゝ`)


  

 

 

 桜子さんプロデュース『艦種ごちゃ混ぜ喧嘩大会~最強の艦娘は誰だ~』とは。

 この度の作戦でお流れになった演習大会の代わりに、普段は駆逐隊同士でしか行わない演習大会を艦種の縛り無しのタイマンでやらせようってものよ。

 

 「却下だ馬鹿者」

 

 お父さんが却下だとか意味不明な事を言ってるけど説明を続けるわね。

 このルールだと、上位艦種である戦艦や空母が有利に見えるでしょうけど実はそうじゃない。 

 その理由は三つ。

 

 一つは、大会に参加する重巡洋艦以下の艦娘はネームド、もしくはそれに準ずる者に限定する。

 例えば叢雲ね。

 アイツなら、相手が長門でも善戦出来るはずよ。もしかしたら勝っちゃうかもね。

 

 二つ目はバトルフィールドの限定。

 誰でも識ってる事だけど、戦艦や空母の射程はそれ以下の艦種を大きく上回る。文字通り桁違いよ。

 だからバトルフィールドを1000m×1000mの範囲に限定し、接近するだけで一苦労ってハンデを無しにするの。それだと空母が不利じゃないか?

 いやぁ、アイツらは攻撃するだけで一苦労って状況を経験した方が良いと思うのよ。個人的に。

 

 三つ目は場外以外での判定負け無し。

 つまり、場外に出ること以外は()()()()()反則負けにならないって事よ。

 脚技の使用はもちろん、噛みつこうが不意打ちをしようが反則負けにはならないわ。

 

 「それでも却下だ馬鹿娘」

 

 ふむ、元帥執務室に六畳ほど畳を敷き、その上のちゃぶ台で書類に判子を押している馬鹿親父はそれでも許可する気がないらしい。

 これだけ駆逐艦に有利なルールを提案してあげたのに何が不満なの?いくら私が頭脳明晰でもまるっきり、これっぽっちもわかんないわ。

 ならばここは、何が不満なのかをお父さんに直接聞いてみるとしましょう。

 わからない事は相手が「話させてください!お願いします!」と言うまで殴って白状させるのがこの桜子さんなんだから。

 

 「何が不満なのよクソ親父!私がこんだけ頼んでるんだから許可しなさいよ!」

 「お前がいつ頼んだ!真っ昼間からここに押し掛けて、聞きたくもない乱痴気騒ぎの計画を一方的に喋っただけだろうが!」

 「はぁ!?頼んだじゃない!私が懇切丁寧に企みを話すって事はお願いしてるのと同じなの!それくらい、お父さんならわかるでしょ!何年私の父親やってるのよ!」

 「ぼちぼち14年になりますが何か?」

 

 へぇ、私が養子になってもうそんなに経つんだ……って、それは今いい!

 今はどうやってお父さんを騙くらかし、頑固ジジイと他力本願な小娘の願いを叶えるかの方が先決よ。

 それに、ゴリ押しが通じないことは端からわかってる。今までのはあくまで、本来の要求が通りやすくするための前準備なんだから。要は返報性の原理ってヤツよ。たぶん。

 

 「今年の冬に、欧州の艦娘が来日するそうね」

 「それがどうした。お前の我が儘とは関係がないだろう」

 「いいえ、あるわ」

 

 まだ民間人どころか、五大鎮守府の提督たちにすら知らされていない情報だけど、私は奇兵隊の持つコネクションを通じて知っている。

 何故、今のタイミングで艦娘を派遣してくるのかもね。

 欧州の艦娘。

 もっと言えば、欧州連合に名を連ねる各国を代表する艦娘が来日するのにはある目論見があるの。

 それは日本の調査。

 日本は米国と協力してではあるけど、開戦以降どの国も倒せなかった中枢を二つも倒している。

 その調査とは、中枢を倒せる戦術が確立されている。もしくは中枢に対して特攻を持つ艦娘がいるか否かよ。

 もしそんな戦術なり艦娘なりが存在しているのなら、今現在も中枢の脅威にさらされている欧州連合は喉から手が出るほど知りたいはず。

 だからそれを、親善の名目で送り込む艦娘達に探らせるつもりなの。

 

 「名目とは言え親善大使として来日する以上、こちらは歓待する義務がある。違う?」

 「心配しなくても準備は進めている。それに、それはお前が考える事ではない。」

 「本来ならそうよ。でも、艦娘を守ることが第一義である奇兵隊総隊長としては口を挟まずにはいられない。さっき言った演習の件はそれに関係しているの」

 「ほう……詳しく聞こう」

 

 よし!釣れた!

 お父さんが書類に判を押す手を止めて聞く体勢になってくれたわ。

 理詰めで攻めれば聞く耳を持ってくれるのは数少ないお父さんの美点ね。

 

 「艦種の縛りをなくしてタイマンさせる利点は二つ。一つ目は、ネームド艦娘を中枢討伐に効果的な戦力と誤認させるため」

 

 ネームド艦娘になるような艦娘は重要な戦力ではあるけど、中枢に対して決定打にはならない。

 それはハワイ島中枢と南方中枢を仕留めた艦娘が証明している。

 ちなみに、ハワイ島中枢を討ったのは神風だった頃の私。ネームド艦娘なんて目じゃないほど強かったけどネームド艦娘じゃないわ。むしろ無名と言っても良いわね。ムカつくけど。

 南方中枢にトドメを刺したのは、たしか米国籍の軽巡洋艦だったわね。

 彼女もネームド艦娘じゃないし、私は顔はおろか艦名も知らないわ。

 でも、その時の詳細を知らない他国の艦娘が、戦艦や空母を倒すほどの軽巡洋艦や駆逐艦目の当たりにしたらどう思うか。

 まず間違いなく、ネームド艦娘の活躍で中枢を討伐出来たんだと勘違いしてくれる。

 

 「ネームド艦娘を囮にし、護衛対象を絞り込むのが目的か?なら二つ目は差し詰め、誤解してくれることで無益な腹の探り合いが回避出来ると言ったところか」

 「さっすがお父さん。説明の手間が省けて嬉しいわ」

 

 調査のために来る以上、各国の艦娘達はそれとなく、もしくはストレートに中枢の攻略法を探ってくる。

 現に、欧州連合の諜報員と思われる者達はすでに来日し、士官レベルの人間に接触してきてるわ。もっとも、奇兵隊が接触された人間諸共マークしてるけどね。

 二つ目の利点は、そう言った無用なスパイ活動を抑制するためでもあるし、中枢の攻略法や特攻艦娘の有無を突っ込んで聞かれなくするためなの。

 だって、中枢に特攻がある艦娘なんていないし、中枢の攻略法なんてモノも確立されてないんだから。

 

 「他国にもネームド艦娘に相当する者はいる。そう上手い具合に誤解してくれるとは思えんが?」

 「へぇ、他の国にもいるんだ」

 「ああ、私が知ってる限りだと英国の『オールドレディ』、独国の『鉄血宰相』、露国の『空色の巡洋艦』くらいか」

 

 鉄血宰相と空色の巡洋艦は知らないけど、英国のオールドレディは小耳に挟んだ事があるわね。

 たしか英国で代替わりしていない唯一の戦艦で、一番艦のクイーンエリザベス共々国防のシンボルになってるとかなってないとか。

 ロイヤルファミリーの一員なんて噂も聞いたことがあるわ。それに……。

 

 「来日する艦娘リストにも載ってたっけ」

 「そうだ。だからお前のプランは却下だ」

 「なんでよ!海軍的にはメリットしかないでしょうが!」

 「ネーミングに問題がありすぎだろう!なんだ喧嘩大会って。お前は日本の艦娘が喧嘩好きだと喧伝したいのか!」

 「的を得たネーミングでしょうが!艦娘がどいつもこいつも喧嘩とセ〇クスの事しか考えてない脳筋だって事知らないの!?」

 「んな!?」

 

 バカな!って感じ?

 少し大袈裟に言い過ぎちゃったせいで、お父さんが口をあんぐりと開けたまま固まっちゃった。

 でも、あながち間違ってもいないのよ?

 艦娘はいつ死ぬかわかんない商売だから、生きてる内にと軍規の隙や憲兵の目を盗んでやりたいことを全力でやる傾向にある。

 喧嘩なんて挨拶代わりだし、セ〇クスも機会さえあれば経験しとこうって子が大半を占めるわ。たぶんね。

 それにしても……。

 

 「ショック受けすぎでしょ。なんで男って、女に幻想を抱くのかしらねぇ。まさかとは思うけど、艦娘はトイレに行かないなんて考えてないよね?」

 「考えちょるわけなかろうが。お前を夜中トイレに連れて行っちょったんは俺ぞ?」

 

 じゃあなんで素に戻った。

 私の場合は、艦娘になる前から知ってたからダメージは少なくても済んだんじゃない?

 でも他の艦娘は違うから、「艦娘が汚物を排出するわけがない!」とか頭の片隅で考えちゃったんじゃないかしら。

 

 「ネーミングとプランは若干変更するが、艦娘同士を1対1で戦わせるという部分は悪くない」

 「どういうこと?」

 「実は、欧州連合から日本の艦娘と演習させてくれと打診されている。ならば、親善試合という名目で対戦を組むのも有りだ。私自身、欧州の艦娘がどういう戦い方をするのか気になるしな」

 「じゃあなんで却下したのよ。その話を知ってればそれを盛り込んだプランも考えたのに」

 「()()()を考えると、一部とは言え手の内を晒すのに抵抗があったんだよ」

 

 先の事?手の内を晒す?

 この先、欧州が絡んで来そうな事って言ったら、欧州の中枢である『欧州棲姫』を討伐するときくらいよね?

 円満が終戦を目指しているのなら、確認されている最後の中枢である欧州棲姫との戦いは避けられない。

 ならば、欧州連合に一部とは言え手の内を教えておくのは悪手ではないわ。

 それなのに、どうしてお父さんは嫌がるの?

 

 「お前が想像できないのを親としては喜ばしいが、奇兵隊総隊長としては問題有りだな」

 「何が言いたいの?」

 「私が言ってる先の事とは終戦後だ」

 「終戦後?それがどうしたって……。いや、そういう事か」

 「そうだ。終戦後、艦娘の数がそのまま各国の軍事力となる」

 

 だから手の内、つまり日本が抱えている艦娘の性能をできる限り晒したくない。って事ね。

 お父さんは深海棲艦殲滅後、今度は艦娘が戦争の道具として人類の脅威になると考えてるんだわ。

 でも……。

 

 「心配しすぎじゃない?人間だって馬鹿じゃないんだから、戦争が終わってすぐにまた戦争なんて事しないわよ」

 「そう、願いたいがな」

 

 だが、そうは問屋が卸さない。とでも言いたそうに、お父さんは顔を歪めた。

 今でも、小競り合いレベルではあるけど人間同士の争いはある。でも開戦前に比べたら無いに等しいわ。

 それが終戦すると増える。もしくは、深海棲艦に対抗している主要各国同士の戦争にまで発展すると、お父さんは考えてるんでしょうね。

 

 「円満は、そこまで考えて戦争を終わらせようとしてるのかな」

 「円満も元艦娘だ。艦娘同士が殺し合うような状況は想定すらしていない可能性が高い」

 

 私のように、かな。

 たしかに考えたこともなかったわ。そして、それは私だけじゃない。

 恐らく、日本の艦娘は誰一人そんな事は考えてないわ。だって艦娘の敵は深海棲艦。艦娘は人間を守るためにいるんだもの。そう、教えられてるはずだもの……。

 

 「円満に、それとなく聞いてみようか?」

 「聞かなくていい。彼女に余計な重荷を増やしたくない」

 「意外と信用してないのね。円満なら堪えられると思うけど?」

 「堪えられるのが問題なんだ。もしそうなれば、円満は()()()()考えて動くだろう。自分の心を殺しながらな」

 

 なるほどね。

 円満だったら、こちらの艦娘は残しつつも他国の艦娘は全滅するような作戦でも考えられそう。

 でも、お父さんは円満にそこまでさせたくない。人間相手の作戦を考えさせたくないんだわ。

 

 「それに、今は米国に鎖で繋がれた状態だ。下手な事は出来んよ」

 「鎖?それってアイオワ達のこと?」

 「そうだ。彼女らが日本に残るのは我が国との同盟関係の維持、所謂人質としてだが、本来の目的は牽制だろう」

 「下手な事を考えたら内側から撃つぞ。って訳ね」

 「ああ、すでに次の戦争は始まっている」

 

 お父さんが言ってることはけっして大袈裟じゃない。

 だって、アイオワ達がその気になれば最低でも首都圏は焼け野原。経済はもちろん政治にだって影響が出るわ。

 でも、そんな未来を想定してるお父さんを見て、私はなぜか……。

 

 「安心した」

 「安心だと?」

 「うん。お父さんは渾沌と心中するつもりなんじゃないかって思ってたから……」

 

 だから、終戦のさらに先の事を考えてる事を知ってホッとした。嬉しいとさえ思った。

 真面目な話をしてる最中だってのに、顔が自然と綻んじゃったもの。

 お父さんも心配させてた事に罪悪感でも感じたのか、照れ臭そうに後頭部を掻いてるわ。

 

 「ふん、深海棲艦なんぞと心中する気なんか毛ほどもないわい」

 「そうよね~。毛はないもんね~」

 「おい、どこ見て言うちょる」

 「さあどこだろ?自分の頭にでも聞いてみれば?」

 「俺ぁハゲちょらんわ!見ろ!このフッサフサの髪を」

 

 ふむ、たしかに以前より増えてる。見た感じも地毛にしか見えないわね。もしかして発毛剤か育毛剤、もしくは両方に手を出したのかしら。

 

 「そういうのに手を出したら負けだ。とか言ってなかったっけ?」

 「な、なにを言うちょる。俺ぁ前からフッサフサじゃったろうが」

 「あのねお父さん。帽子被ってる姿しか見たことない人ならともかく、毎晩鏡の前で薄くなった前髪摘まみながら「そろそろ育毛剤とか……いやいや!ああいうのに手ぇだしたら負けじゃ!」とか言ってた姿を見てた私に通じるわけないでしょうが!馬鹿じゃないの!?」

 「馬鹿とか言うな!お前にわかるんか?風呂上がり、頭を拭いた時にタオルに絡む髪を見た時の俺の気持ちが!朝、枕に散っている髪の毛を見た時の気持ちがお前にわかるんか!」

 「知るかハゲ!うちの亭主くらいハゲてから出直してこい!」

 「あそこまでハゲたら逆に開き直るわ!中途半端にハゲるんが一番辛いんぞ!?」

 

 だから知らん!

 同意して欲しいなら女の私じゃなくて、同じようなハゲ方してる人に言いなさいな。

 そんでもって「どこの発毛剤使ってる?」とか「そっちより値段は張るがこっちの方がお勧め」みたいな不毛な話で盛り上がって毛の代わりに草生やしてろ!

 

 「はぁ……。毛の話はもうやめない?」

 「お前が言いだしたんじゃろが……ったく」

 「はいはい、ごめんなさいね。で?演習の件はOKで良いのね?」

 「ああ、先方には私から言っておく。開催時期とルール、対戦カードは円満と辰見に相談しろ」

 「許可出すんなら、初めから素直に許可しときゃ良いのに」

 「何か言ったか?」

 「何も言ってませ~ん」

 

 よし!これで第一段階クリア。

 先に言ったようなプランを出せば、お父さんなら円満と辰見に相談して決めろとか言い出すと思ってたわ。

 まあ、海外艦を絡めなきゃならなくなったのが誤算と言えば誤算だけど、そこは円満が上手くやるでしょう。

 

 「ところでお前、今日は帰るんか?」

 「ん?帰るよ?当たり前じゃない」

 「そうか……」

 

 はて?なんで寂しそうにする?

 泊まって明日帰れって言うならそうしてもいいけど、そうしたら邪魔になるでしょ?大淀との夜戦的な意味で。

 いや、待てよ?

 そう言えば、大本営に着いてから大淀の姿を一度も見てない。元帥執務室に着いたらお父さんが一人寂しく書類に判子を押してたもの。

 

 「大淀はどこ行ったの?」

 「横須賀だ。円満と作戦中に何か約束してたらしくてな。明日がちょうど休みだったから、今晩はお前の所に泊まりなさいと昼前に送り出した。そしたらお前が入れ違いで来てしまってな」

 「ちょっと待て。今晩大淀が泊まるなんて聞いてないんだけど?」

 「今言うたぞ?」

 

 今言うたぞ?じゃないでしょうが!

 べつに大淀なら急に来て「今晩泊まります」とか言っても良いけど、それでも急に来られたらそれなりに困るのよ?主に夕飯の準備で!

 

 「ったく、食材買い足さなきゃいけないじゃない」

 「お前が食う分減らしゃぁええじゃないか」

 「嫌よ!私が食べる分が減るでしょ!」

 「いや、じゃけぇそうしろって言うちょるんじゃろうが」

 「絶対に嫌!」

 

 なんで大淀を食わすために私が食べる分を減らさなきゃいけないの?まるっきり、これっぽっちも訳がわからないわ。

 お父さんが呆れ顔で「お前は人の三倍は食うじゃろ」とか言ってるのも意味がわからないし聞こえない。

 

 「あれ?じゃあお父さん、今日の晩ご飯はどうするの?」

 「お、大淀特製の沢庵が……。それに酒もあるし」

 「なるほど。それで私に「今日は帰るんか?」なんて聞いたのね」

 「お、おう。べつに、晩飯作ってついでに酒の相手をしてくれてもいいんだからね」

 

 それはしろって言ってるのと同じでは?

 って言うか、わざとらしくそっぽ向いて唇尖らせながら言うな。キモいからマジでやめろ。

 でもまあ、私の我が儘を聞いてもらったから、たまにはお酒の相手をしてあげてもいい……かな。

 

 「わかったわよ。作ってあげる。何が食べたいの?」

 「何でもええ」

 「何でもいいが一番困るの!昔散々言ったでしょ!」

 「お前が食いたいもんでええ」

 「あっそ。じゃあ今晩はカレーね。たっぷり作っといてあげるから明日もそれ食ってろ」

 

 とか言いつつも、カレーじゃ腹は膨れても酒のアテにはならないからお刺身でも買ってきて、ついでにお父さんの大好物の唐揚げでも作るか。なんて考えてる親孝行な桜子さん。

 こんな良い娘を持てて、お父さんは本当に幸せ者ね。

 

 「じゃあ、買い出しに行くから財布ちょうだい。ついでに部屋の鍵も」

 「そこは財布じゃなくて金じゃろうが」

 「わかったから早く。お酒は買わなくてもいいの?」

 「酒はあるけぇ買わんでええ」

 

 と言いながら、お父さんは財布と部屋の鍵を投げて寄越した。

 相変わらず折り畳みの財布使ってるのね。

 小銭よりお札の方多く持ってるんだから長財布使えばいいのに。まあ、お父さんらしいと言えばらしいか。

 

 「じゃあ、行ってくるね」

 「ああ、気をつけて行けよ。それと……」

 「それと?」

 

 ドアノブに手をかけながら振り返ると、お父さんは書類に視線を落としながらぶっきらぼうにこう言ったわ。

 「次はもうちょっと上手く嘘をつけ」ってね。

 どうやら、お父さんは最初から全部お見通しだったみたい。

 いやもしかすると、私がこういう行動に出ると踏んで、私に艦長宛の手紙を届けさせたのかもしれないわね。

 




次章予告。


 大淀です。


 つかの間の平和を享受する艦娘達。
 ですが大和さんは、自分に何が出来るかを模索するのに忙しそうです。キャラがブレてるんでしょうね。
 一方、呉に残った矢矧さんも、阿賀野さんのお世話や二水戦の子達とどう接して良いのかと悩んだりで四苦八苦しているようです。
 ですが、そんな平和な一時を勝ち取った艦娘達に桜子さんの魔の手が忍び寄ります。我が娘ながら、人で遊ぶ悪いクセにはホトホト困ってしまいますね。

 次回、艦隊これくしょん『模索と仕込みの間奏曲(インテルメッツォ)


 お楽しみに。


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第十章 模索と仕込みの間奏曲《インテルメッツォ》
第九十話 姉妹って良いな


明けましておめでとうございます!

年を跨いじゃいましたが、十章の投稿を開始します!


 

 

 姉さんたちは艦娘を辞めた今でも仲が良い。

 特に円満さんと澪姉さん、そして恵姉さんは10年近い付き合いだという事もあって本当の姉妹みたいに仲が良いわ。

 いや、本当の姉妹より仲が良いかもしれない。

 私には血縁者がいないから想像しか出来ないけど、血縁関係があったらここまで遠慮のない付き合いなんてできないんじゃないかな。

 今日だって、休みを合わせて『喫茶 猫の目』に集まってカウンター席を占領してる四人は、遠慮なくズケズケと円満さんのメンタルを削ってるもの。

 しかも、15時の休憩をここでコーヒーでも飲んで過ごそうって人達を閉め出してね。

 ちなみに私は、海坊主さんのお手伝いをしながら様子を見守ってるわ。けっして巻き込まれないようにしてるわけじゃない。

 

 「円満ちゃんに彼氏かぁ……。なんだか感慨深いわぁ」

 「ホントだね。私心配してたんだよ。このまま円満が、司令官への想いを拗らせたまま行き遅れたらどうしようって」

 「あ、澪ちゃんもそう思ってたの?」

 「そう言うって事は恵も?」

 「ええ、だって円満ちゃんが司令官の事を好きになったのって姉さんが亡くなった頃からでしょぉ?」

 「そんなに前からだったの!?私てっきり、円満が司令官に惚れたのは晩酌の相手をしだしてからだと思ってたよ」

 

 こんな感じでね。

 今日は貸し切りにしてもらってるから海坊主さん以外に聞かれる心配はないけど、下手したら円満さんと元帥さんの立場が危うくなるようなことを平気で言ってるわ。

 で、この話でメンタルが削れてそうな円満さんとお姉ちゃんはと言うと……。

 

 「そ、そんなに前から……」

 「澪と恵がそう思い込んでるだけだから真に受けんじゃないの。それよりアンタ、今日は桜子さんのとこに泊まるの?」

 「はい、そのつもりです。明日はお休みですから。円満さんも明日はお休みですか?」

 「ええ、だから今日は、澪と恵とで鳳翔さんのところで呑もうと思ってたんだけど……アンタはどうする?」

 「澪さんと恵さんとは滅多に会えませんから私もご一緒したいですが……」

 「寝ちゃうのが心配?時間になったら誰かに迎えに来てもらえばいいじゃない。なんなら私の部屋で寝てもいいし」

 

 円満さんがま~た勝手な事言ってる。

 私の部屋で寝たらいいとか言ってるけど、鳳翔さんのところから部屋まで運んで布団に放り込むのはどうせ私の役目なんでしょ?

 だって円満さんたちの飲み会が、お姉ちゃんの電源が切れる21時で終わるとは思えないもの。

 

 「もう少ししたら行く感じですか?」

 「そうねぇ。ご飯も食べたいから、18時くらいにここを出たんでいいんじゃないかしらぁ。大淀ちゃんはそれだと都合が悪い?」

 「いえいえ、そんな事はありません。桜ちゃんのお守りを神風さんに任せっきりなのが少し気になっただけです」

 

 神風はまた桜ちゃんのお守りを押し付けられてるのか。呉から帰ってこっち、桜子さんを相手に実戦さながらの訓練をしてるってのに大変ね……。

 それしても、昼前までは一緒に訓練してたはずなのに、桜子さんは愛娘をほっぽってどこで遊び歩いてるんだろ?

 

 「ちょ!ちょっと待ってくれっす!大淀さんが飲み会に参加したら、自分と桜ちゃんの晩ご飯は誰が作ってくれるんすか!?」

 

 はて?「お義母さんと呼びなさい」とか言ってるお姉ちゃんは無視するとして、海坊主さんが心底焦って変な事を言い出したわね。誰が作るも何も、海坊主さんちのご飯を作るのは……。

 

 「誰がって……桜子さんじゃない?」

 「いやそれが、さっき親父から連絡があって桜子さんは今晩親父の面倒を見るそうっす。だから作ってくれる人がいないんすよ」

 「あ~、それで姿が見えないのか」

 「そうっす。自分が作ってもいいんすけど、自分男料理しか作れないんで桜子さんに禁止されてるんすよ」

 「どうして?」

 「味付けが濃いんす。自分一人ならいんすけど、桜子さんの手料理を食べて育ったせいか桜ちゃんってあの歳で舌が肥えちまってて……」

 

 なるほどわかった。

 海坊主さんは自分が食べる分と言うより桜ちゃんのご飯で困ってるのね。

 たしかに桜子さんは、普段の破天荒な言動とは裏腹に料理上手だから、その桜子さんの手料理を食べて育った桜ちゃんは下手な料理を受け付けないでしょうね。

 だったら神風でいいじゃない。

 と、なりそうだけどそうはならないのよねぇ。

 何せ神風は、桜子さんと違って料理ができないんだもの。唯一作れるのがおにぎりだったかな?

 

 「私が作ろうか?円満さんが鳳翔さんのところに行くなら今日は作る必要がないし」

 「マジっすか!?それマジで助かるっす!」

 「あ、でも」

 

 今さらではあるけど、私は桜子さんから料理の手解きを受けている。今でも暇を見つけては教えてもらってるわ。

 そのおかげで、私は13歳という若さにしてそこらの料理人と大差ないくらいの調理技術を身につけてるの。

 しかも、機械音痴の桜子さんでは扱えない調理器具を使った調理もできるというオマケ付きよ。

 桜子さんの味付けの仕方も知ってるから、桜ちゃん好みの味付けもできる。問題があるとすれば……。

 

 「私、桜ちゃんに嫌われてるのよね……」

 

 何故だかはわからない。

 でも、桜ちゃんは確実に私を嫌ってる。それは目を見てわかったわ。

 私が桜子さんに料理や護身術を習ってる間、桜ちゃんはずっと恨めしそうに睨んでたんだから。

 

 「気にすることないっすよ。桜ちゃんは単に、大好きなママを取られたと思って嫉妬してるだけっす」

 「でも神風は……」

 「神風は家族みたいなもんっすからね。お姉ちゃんどころかもう一人のママみたいに思ってる節があるっす」

 「ふぅん、それなら問題ない……か」

 

 相も変わらず空気を読まずに「私はばぁばと呼ばれてます!」とか言いながら胸を張ってるお姉ちゃんは無視でいいとして、桜ちゃんはたまに来る他所の子である私が桜子さんと仲良くしてるのが気に食わないのね。

 そういう事ならまあ、気にする必要はない……かな。

 

 「あ、嫉妬と言えば、満潮は平気なの?」

 「何が?澪姉さん」

 「円満の彼氏の事だよ。もしかしたらすでに惚れてるかもよ?」

 「いや、意味分かんない」

 

 誰が誰に惚れてるって?

 まさかとは思うけど、私がつい先日名残惜しそうに帰国したヘンケン提督に惚れてるって言ってるんじゃないわよね?

 でもお生憎様。確かにヘンケン提督はイケメンだけど、円満さんにベタ惚れなのが丸わかりだから興味なし。

 私って、私だけを見てくれる人にしか興味ないのよ。だから100%有り得ないわ。

 

 「あ~、たしかに有り得るわねぇ。『満潮』って不倫願望が強そうだし」

 「ちょっと恵、それは聞き捨てならないわよ」

 「でも事実でしょぅ?円満ちゃんの先代もそうだったって話だしぃ。ある意味『満潮』の性なのかもよぉ?」

 

 待って?

 円満さんの先代って事は私の先々代、つまり初代満潮よね?その人も円満さんみたいに、人の旦那に横恋慕しちゃってたりしたの?

 

 「あの頃は部屋が修羅場ってたなぁ……」

 「澪姉さんはその人の事知ってるの?」

 「もちろん知ってるよ。艦娘としては私の先輩だったからね」

 「へぇ、じゃあやっぱり、初代朝潮と司令官を取り合ってたの?」

 「うん……まあそんな感じかな」

 

 なんか思い出したくなさそう。

 どんな風だったのか気にはなるけど、それよりも気になるのは火付け役の恵姉さんとお姉ちゃんの反応。

 恵姉さんは「あらあら、瓢箪から駒とはこのことねぇ」とか言って驚いてるわ。もしかして、冗談で言ったのがマジだったから驚いてる?

 そしてお姉ちゃんは「あの子には辛い想いをさせてしまいました……」とか言って落ち込んじゃったわ。あの子って誰のことだろ?

 

 「円満さんどうしたんですか?何か心配事でも?」

 「うん、ちょっとね……」

 

 ん?お姉ちゃんの言葉で初めて気付いたけど、円満さんが右手を顎に当てて何か考え込んでるわ。

 ついさっきまで雑談に興じてたんだから、円満さんを悩ませてるのは作戦に関する事じゃない。

 あるとするなら……。

 

 「桜子さん?」

 「ええ、たぶん桜子さんは今大本営。つまり先生のところに居るのよね?」

 「そうなるんじゃない?お姉ちゃんは会わなかったの?」

 「それが、どうも入れ違いになったようで会ってないんです」

 

 ふむ、それで今晩は、桜子さんが元帥さんの面倒を見ることになったのか。

 親の面倒を見る暇があるなら子供の面倒を見なさい。と、言いたいところだけど、桜子さんは海坊主さんや桜ちゃんと同じくらい元帥さんを大切にしてるからそれも言えないわね。

 元帥さんも何だかんだ言って、桜子さんの我が儘を楽しんでる節があるし。

 

 「なぁ~んか企んでる気がする。ねえ海坊主さん。桜子さんから何か聞いてない?」

 「さあ?自分は何も聞いてないっす」

 「本当に?」

 「本当っすよ。ああでも、呉から帰ってから何か悩んでるみたいっすね」

 「悩んでる?あの桜子さんが?」

 

 円満さんは桜子さんが悩んでると聞いて心底不思議そう。

 たしかに桜子さんは、悩む暇があるなら力尽くで物事を解決しようって考える短絡思考よ。

 でも、あの人がそうするのは自分に関する事だけ。

 自分以外の人が絡んだ事だと、円満さん並に悩んで綿密に計画を練り、外堀を埋めてから行動に移す用意周到さを合わせ持つの。

 まあ、これは本当に桜子さんと親しい人しか知らない桜子さんの一面だから、泣くまで自分をイジってくる天敵くらいにしか思っていない円満さんがわからないのも当然かもね。

 

 「嫌な予感がするわ。桜子さんが先生のところに行ったってことは、何かしらの許可を取り付けに行ったって事。さらに、最近になって神風をしごき始めた事と結びつけると……。呉で誰かに、例えば駆逐艦の誰かに喧嘩を売られた?いや、それだと神風を巻き込む必要がない。自分でやった方が手っ取り早いもの。もっと何か……そう!例えば呉に居る誰かの身内が呉の駆逐艦の中に居て、仲を取り持つために神風と誰かを戦わせようとしてるとか……。いやいや、いくらなんでも飛躍しすぎね。単に喧嘩は売られたけど自分が手を出したら問題があるから、以前のエキシビションマッチの時みたいに公衆の面前で神風にボコらせようとしてるだけかもしれないわ。だとすると、相手は桜子さん自ら神風を鍛え直さなきゃならいほどの相手。もしかして雪風?それとも、雪風に準ずると言われている磯風かしら。神風と霰が揉めてたから、相手は霰って可能性も捨てがたいわね……」

 

 とりあえず長い。

 推理に没頭するのはいいんだけど黙ってやってくれない?

 ほら、澪姉さんと恵姉さんなんか完全に無視して雑談に興じてるし、お姉ちゃんは「ちょっと桜ちゃんの様子を見てきます」とか言って逃げようとしたところを雑談していた澪姉さんと恵姉さんに捕まっちゃったわ。

 

 「そう言えば、鳳翔さんのところに行くのはいいっすけど予約はしてるんすか?」

 「予約?あ~どうだろ?してるとは思うけど……」

 「予約無しじゃ入れないかもしれないっすよ?鳳翔さんから「花組を臨時アルバイトとして貸してください」って頼まれたくらい予約でいっぱいらしいっすから」

 「へぇ、花組をアルバイトにだなんて、よっぽど濃い面子が貸し切りにしてるのね」

 

 とは言ったものの、私も数日後に予約を取っている。正確には私じゃなくて朝雲さんがだけどね。

 なんでも、作戦に参加した駆逐艦を集めて打ち上げをしようって事らしいわ。

 普段はそういう席は断る私も、霞さんの助言を受け容れて参加することにしたの。

 やっぱりほら、仲良くしたいって気持ちはあるから……ね。

 今も目の前で、思考の海に沈んでいる円満さんで遊んでいる二人と、それを止めようとして巻き込まれそうになっているお姉ちゃんみたいに。

 

 「羨ましそうっすね」

 「そう見える?」

 「そりゃあ、そんな目で四人を見てりゃ誰だってそう思うっすよ」

 

 そんな目ってどんな目だろう。

 物欲しそうな目をしてた?それとも寂しそうな目をしてた?まあどちらにしても、海坊主さんが言った通り羨ましく思ってるのは確かよ。

 だって、私じゃあ四人の中に入っていけないもの。

 姉さんたちは私を可愛がってくれるけど、それは私が後輩だから。四人のように、姉妹であり友人でもある関係にはほど遠いわ。

 

 「これが、霞さんが言ってた宝……か」

 「何か言ったっすか?」

 「うぅん、なんでもない。ただ……」

 「ただ?」

 

 四人みたいな関係は願うだけじゃ手に入らない。自分から動いて、作っていかなきゃけっして手に入らない至高の宝。

 今さら仲良くしてって言ったところで受け容れてもらえるかはわからないけど、こんな素敵な関係が手に入るなら勇気を出してみてもいいと思えてしまった。

 本当に心から……。

 

 「姉妹って良いな。って思っただけよ」

 

 相変わらず、年甲斐もなくじゃれ合う四人に聞こえないように、私はボソッとそう言って四人を見つめ続けた。



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第九十一話 第二水雷戦隊、預かります

 

 

 

 第二水雷戦隊。

 

 通称『二水戦』とは、数ある水雷戦隊の中で第一水雷戦隊と並び常設隊として編成されていた隊の一つである。

 

 第一水雷戦隊が本土近海の防衛、さらには首都圏の最終防衛ラインである長門、陸奥の護衛を主任務としていたのに対し、第二水雷戦隊が担っていたのは最前線での攻撃任務であったためメンバーの入れ替わりが激しく、生きて退役できた者は10名に満たないと言われている。

 しかし、そんな過酷な隊であるにも関わらず、駆逐艦達は第二水雷戦隊を『華の二水戦』と呼び憧れたという。

 

 第二水雷戦隊の旗艦は伝統として軽巡洋艦 神通が担っていたが、平成3年9月から平成4年4月までの約半年間は阿賀野型三番艦の矢矧が旗艦を代行していた。

 

 なお矢矧は、10代目神通に二水戦旗艦を引き継ぎ後、新たに編成された対空戦特化戦隊である第七水雷戦隊(詳しくは第七水雷戦隊の項を参照)の旗艦となっている。

 

 

 ~艦娘型録~

 艦隊編成。第二水雷戦隊の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「ほ、本日の訓練はこれで終了します。みんなお疲れ様」

 

 呉に配属されて何日経ったっけ。

 配属されてからこっち、毎日毎日どうやったらここまで散らかせるのってくらい部屋を散らかす阿賀野姉のお世話と、第二水雷戦隊所属の駆逐艦たちの訓練を消化する毎日のせいで日にちの感覚が無くなってるわ。

 まあ、訓練自体は昼過ぎに終わるから時間的にも体力的にも問題はないけれど。

 

 「お疲れ様です矢矧さん。どうです?二水戦の子達は」

 「どうって言われても……」

 

 お疲れ様でした!

 と、元気よく返してくれた二水戦の子達がお風呂へと向かう中、一人だけ残った陽炎が不自然なほどニコニコしながらそう尋ねてきた。

 で、私の感想はと言うと……。

 

 「拍子抜け。かな」

 「手厳しい評価ですね。それなりに出来る子ばかりのはずなんですが……」

 「ああごめんなさい。そういう意味で言ったんじゃないの。なんて言うかその……」

 「素直に従ってくれるとは思っていなかった。ですか?」

 「ええ」

 

 その通り。

 彼女たちは神通さんが課した訓練に堪え抜き、全水雷戦隊最高と謳われる二水戦に所属し続けられる程の実力者たち。その彼女たちが、新米に等しい私の指示に素直に従ってくれるのが意外でしかない。

 はっきり言って驚いてるわ。

 どうやって従えたら良いか悩んでたのが馬鹿らしくなるくらいよ。

 

 「油断しちゃダメですよ?みんなまだ、矢矧さんを値踏みしてるだけですから」

 「値踏み……ねぇ」

 「ええ、だから用心してください。貴女が従うに値しない人だと判断したら、()()()は貴女の言う事に聞く耳を持たなくなりますから」

 

 私たち、と言うくらいだから、目の前でニコニコしてる陽炎も例には漏れないって事ね。

 でも、値踏みしているのは私も同じ。

 彼女たちと訓練するようになって疑問に思う事がいくつか出て来たし、この機に陽炎に聞いてみるのも手かもしれないわ。

 

 「ねえ陽炎。いくつか質問してもいい?」

 「私に答えられることならなんなりと」

 「訓練初日に貴女から教えてもらった、神通さんが貴女たちに課していたという訓練内容。あの内容に間違いはない?」

 「ええ、間違いありませんよ」

 「本当に?」

 「本当ですよ。並の駆逐艦じゃ午前分すら消化できないようなメニューでしょ?」

 「ふぅん……」

 

 確かに、陽炎から教えてもらった訓練メニューは過酷と言えなくもない内容だった。

 いくら艦娘が使う浴場のお湯に高速修復材が少量混ぜてあるおかげで疲労や小さな怪我程度ならすぐ治るとは言っても、あの内容じゃ翌日にまで疲労が抜けきらないかもしれない。

 そのメニューを難なく熟す二水戦の子達は素直に凄いと思ったわ。

 でも違和感を感じる。

 鬼の神通とまで呼ばれてた人が、()()()()()()()()()()()を旗下の駆逐艦に課すの?

 

 「じゃあ二つ目の質問。貴女、体力的に余裕ある?」

 「あのメニューを熟して余裕があるわけないじゃないですか。ほら、足だってガクガクしてるでしょ?」

 

 これは嘘だ。

 確かに陽炎は汗だくだし、薄ら笑いをしてる表情からも疲労感は見て取れる。

 でも余裕はあるわね。

 もうワンセット同じメニューを消化しろと言えば消化しきれる程度には。

 

 「なるほどね。大体わかったわ」

 「何がですか?」

 「神通さんがどうやって貴女たちをしごいていたか。かな」

 

 たぶんだけど、神通さんはメニューは変えず、二水戦の子達の練度に応じて回数を増やしてたんだわ。

 例えば朝一のランニング。

 陽炎からは、呉庁舎の周りを回るコース(一周約500m)を朝一で走ると聞いたけど、何周するかまでは聞かされなかった。

 だから私は、準備運動がてらだから2周くらいで良いかと思いそうさせたわ。

 でも神通さんは違う。

 恐らく神通さんは限界まで走らせた。走れる限界時間が伸びるに応じて周回数を増やしたのよ。

 それは航行訓練や砲撃訓練、雷撃訓練でも同様。

 彼女は少しづつ、でも確実に、駆逐艦たちの限界を引き上げて来たんだわ。

 

 「陽炎、他の子達に伝えておいて欲しいことがあるんだけどいい?」

 「構いませんよ?何ですか?」

 「明日から()()()()厳しくするわ。取り敢えず、貴女たちの限界が知りたいから」

 

 私のその言葉を聞いて陽炎の薄ら笑い消えた。

 きっと、私が何をしようとしてるのか察しがついたんでしょうね。

 

 「わかりました。伝えておきます。でも大丈夫ですか?」

 「何が?」

 「矢矧さんの体力がですよ。神通さんはいつも、()()()()()()()()()()を余裕で熟していたんですから」

 

 陽炎の目付きが鋭くなった。

 要は、私達と同じ訓練をして尚かつ余裕を見せなければ二水戦の旗艦をする最低限の資格はないって事かしら。

 でもそれは私を見くびり過ぎだわ。

 私だって伊達に、拷問に等しい神風の訓練を熟してきたわけじゃないんだから。

 

 「朝のランニング、貴女の限界は2周ってところでしょう?」

 「馬鹿にしてるんですか?2周くらい鼻歌歌いながらでも……」

 「ダッシュでよ。もちろん、全力でね」

 

 陽炎が目をまん丸に見開いた。

 神通さんはそこまでしなかった?いや、そうじゃない。神通さんが課していた本当のランニングを言い当てられて驚いてるんでしょう。

 

 「他の子も似たようなものかしら。いくら二水戦所属の駆逐艦とは言っても、子供の体じゃそれが限界なのかしらね」

 「……否定はしません」

 「そう、ありがとう。参考になったわ」

 「私からも、質問して良いですか?」

 「私に同じ事ができるのか。ね?」

 

 陽炎は頷くことで肯定した。

 まあそうなるでしょうね。私にとって貴女たちの限界が未知数であるように、貴女たちにとっても私の限界は未知数なんだから。

 ちなみに、私なら3周半は確実にいける。

 汗だくにはなるでしょうけど、笑顔を絶やさずに走り終える事だってできるわ。

 だって、神風が私に課した訓練はもっと厳しかったんだから。

 

 「それは明日、実際に見せてあげるわ」

 「わかりました。楽しみにしています」

 

 そう言って陽炎は敬礼し、踵を返して立ち去ろうとした。

 しっかし、我ながら強気に出たものね。

 これじゃあ、彼女たちに対して宣戦布告したのと同じじゃない。でも、宣戦布告したならしたで全力でぶつかるわ。じゃないと、あの人の二水戦を預かる重責に潰されそうになるから。

 

 「あ、最後に一つだけ。呉の慰霊碑ってどこにあるの?」

 「慰霊碑ですか?工廠の裏ですけど……」

 「そう、ありがとう」

 

 そんな事を聞いてどうするの?って顔した陽炎と今度こそ別れて、私は慰霊碑へと向かった。

 ここにはいないあの人にも、一言言っておくべきだと思ったから。

 

 「工廠の裏って聞いたから日陰かと思ってたけど、なかなか良い景色じゃない」

 

 陽炎が言った通り、呉の慰霊碑は工廠の裏という陰湿な響きとは裏腹に、その向こうに広がる海を一望できる場所に建てられていた。

 ここなら安らかに眠れそうね。それとも逆に、沈んだ海を見続けなきゃならないから眠れないかな?

 

 「初めまして神通さん。阿賀野型三番艦の矢矧です」

 

 ここに彼女が葬られていないのは知っている。

 いえそもそも、歴代神通の遺体が一部でも残った事が一度もない。

 彼女はある意味異質。

 開戦後、代替わりしていない艦娘は何人か居るけど、彼女のように()()()()()()()()()()()艦娘は彼女だけよ。

 彼女たちは皆、艤装のみを残して海の底に沈んでいった。軽巡らしく、凄絶な戦死を遂げた。

 私が養成所にいた頃は、神通の適性があるとわかった途端に養成所を去る子ばかりだったわ。

 その理由は簡単。

 軽巡洋艦神通は全艦娘唯一の、戦死率100%を記録し続けている艦娘だからよ。

 故に、神通になった人も他の艦娘と比べると多い。

 私自身、神通が十代目を数えようとしてるって話を聞いた時は度肝を抜かれたわ。

 だって駆逐艦ですら多くて六年代目か七代目くらいが最高なんだもの。

 その上位に位置する軽巡洋艦なんだから、私自身その事を知るまでは鬼の神通と呼ばれた人も精々三代目か四代目くらいに思ってたわ。

 他にもそう思ってる人がいるはずよ。たぶん。

 

 「貴女の教え子たちは本当に素晴らしいですね。正直、貴女のように慕ってもらえる自信がありません」

 

 私が艦娘を目指した理由は人には言えない。

 大城戸教官にすら言ったことがないほど恥ずかしい理由。大和になんて死んでも言えないわ。

 

 「それでも私は、貴女に憧れて艦娘を目指しました。もちろん嗤ってくれて構いません。貴女からしたら不純極まりない動機でしょうから」

 

 いつだったかまでは覚えていない。

 でもあの時の、テレビで特集された貴女の姿を見たときの興奮は今でも忘れていない。

 例えプロパガンダ用に撮影されたデモンストレーションだったとしても、駆逐艦たちを率いて勇猛果敢に海を駆ける貴女の姿に私の心は奪われた。

 そしてそれを忘れられないまま、私は親の反対を押し切って養成所の門を叩き、貴女と同じ軽巡洋艦になった。

 

 「大城戸澪さん、ってご存知ですか?その人は元駆逐艦大潮で、私が貴女に抱いていた理想をそのまま体現している人なんです」

 

 知らないかな。

 艦娘になって知ったことだけど、艦娘は基本的に同じ鎮守府や泊地に所属してる者にしか興味がない。

 知ってたとしても精々、他の鎮守府や泊地に所属しているネームド艦娘の噂話をする程度ね。

 だから、私みたいに彼女に憧れてる人や直接関わったことがある人以外は、この前の作戦で戦死した神通さんが九代目だって事も知らないはずよ。

 

 「情けない話ですが、私は大城戸教官も含めて駆逐艦にしか師事した事がありません。私は駆逐艦に育てられた軽巡洋艦なんです。そんな私が、次の神通が着任するまでの間とは言え二水戦の旗艦を預かることに罪悪感すら感じています」

 

 提督から彼女の死とその状況を聞かされた時は、憧れてた人の死を悲しむ気持ちと、一時とは言え二水戦の旗艦を務めることができる喜びがごちゃ混ぜになって軽くパニックになった。

 逃げようかとも考えたわね。

 まあ、その後の神風たちの喧嘩と阿賀野姉のだらしなさのせいで悪い意味で正気になっちゃったけど。

 

 「それでも、引き受けたからには全うするつもりです。あの子たちに喧嘩も売っちゃいましたし」

 

 私がいつまで旗艦でいられるかはわからない。

 でも旗艦でいる間は、貴女が育てた二水戦を責任もって導きます。いつか着任する、貴女の名を継ぐ人に胸を張ってあの子たちを引き渡せるように。

 

 「第二水雷戦隊、預かります」

 

 私は敬礼して静かに、でもハッキリと慰霊碑に向けて宣言した。

 華のように戦場で散っていった、彼女たちが少しでも安心して眠れるようにと想いを込めて。

 



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第九十二話 だらしないったら

 

 

 

 阿賀野姉との私生活?

 はっきり言ってホームレスと生活した方がマシだったわね。何回言っても部屋は散らかすしお風呂にも入らない。オムツに垂れ流すのをやめてくれないどころか……。

 え?ホームレスは意外ときれい好き?んな事はどうでもいいのよ!

 今はホームレスじゃなくて阿賀野姉の話でしょ!?

 

 で、実際どんな感じだったのか?

 う~ん……。

 まず、一日の大半は寝て過ごしたわ。いやホント、よくもまあそんなに寝れるわねってくらい寝てたの。

 起きるのは朝昼晩のご飯時と夜中にみんなが寝静まった後くらいだったわね。

 

 真夜中に起きて何をしてたのか?

 さあ?何をしてたのかまではわからないけど、私が起きる頃には帰ってきてて、汗でずぶ濡れになった制服を脱ぎ散らかしてお風呂にも入らずに寝てたわ。

 

 尾行してみなかったのかですって?

 あのねぇ……ただせさえ二水戦の子達の訓練でクタクタだったのにそんな余裕があるわけないでしょ!?

 体力馬鹿が総出で張り合ってくるもんだから常に全力でお風呂上がりに脱衣所で寝ちゃったのも一度や二度じゃ……って、それは今いいわね。

 

 え?制服を着てたのか?

 ええ、普段はほぼ全裸のクセに、夜中に部屋を出るときは必ず制服を着て出てたみたい。

 今にして思うと、あの人はあの時間帯に一人で訓練してたんじゃないかな。

 

 どうしてそう思うのか?

 じゃないとあの人の強さに説明がつかないからよ。

 貴女だって、阿賀野姉があの規格外を相手に戦った試合を見たでしょ?

 そう、それまで『だらし姉ぇ』って呼ばれてたあの人の評価が一変したあの試合よ。

 

 もし、あの人が普段からあの時みたいな感じだったら、『一人艦隊』と呼ばれていたのは大淀さんではなく阿賀野姉だったかもしれないわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 呉に所属している駆逐艦で阿賀野さんに従う子はいない。阿賀野さんの事情を知る私と霰姉さん以外はって但し書きはつくけどね。

 でもまあ、阿賀野さんが事情を知らない駆逐艦たちに慕われないのは彼女の普段の行いが主な原因だから自業自得と言えなくもないの。

 だって、事情を知ってる私でさえ仕方がないと諦めるほど酷いんだもの。

 

 「また、こんな時間に訓練ですか?阿賀野さん」

 「なぁんだ、霞ちゃんか……。阿賀野に何かご用?」

 「いえ、単に散歩してたら阿賀野さんの姿が見えたので声をかけただけです」

 「散歩?こんな時間に?」

 「ええ、()()()()()に」

 

 夜間の見廻りをしてくれてる海兵さんと、夜間の非常事態に備えて待機している提督補佐と駆逐隊を除いて起きてる者がいない午前0時過ぎ。

 こんな真夜中に工廠付近をうろつく艦娘なんて阿賀野さんくらいしかいないと思って声をかけてみたら案の定だったわ。

 この人は相変わらず、こんな夜中に人目を忍んで訓練してるのか。

 

 「昼間なら実弾を使っての訓練もできるのに、どうしてそうしないんですか?」

 「何の事かな?阿賀野も霞ちゃんと同じでお散歩してるだけだよ~?」

 「とぼけても無駄ですよ。阿賀野さんが艤装を無断使用しているのを誤魔化してるのは私なんですから。それに、夜中に訓練している事は司令官も知ってます」

 「へぇ、だから()()()以来、艤装の持ち出しを咎められなくなったのね~。納得納得」

 

 円満が見たら千切りかねないほど大きい胸を持ち上げるように腕を組んでうんうんと肯く阿賀野さんが言った『あの日』とは、今から三年半ほど前の演習大会で朝潮だった頃の大淀に私がコテンパンにされた日。

 あの日以来、私が司令官の秘書艦を金剛さんと交代で務めるようになった事を思い出して、艤装の無断使用を咎められる事も、就寝時間を過ぎて訓練しても何も言われなくなったのに納得したんでしょう。

 

 「まだ、ダメそうですか?」

 「何が~?霞ちゃんが何言ってるのか阿賀野ぜ~んぜんわかんな~い」

 

 嘘つけ。

 わかんな~いとか言ってニコニコしてるのに若干殺気立ってるじゃない。

 私が、先の作戦に参加できたことでやさぐれた気持ちが少しは解消できたかって意味で聞いた事、本当はわかってんでしょ?

 これ以上は殴られる危険もあるし、阿賀野さんの心の傷をえぐるのに罪悪感も感じるけど、通話状態にしたスマホの向こう側にいる人に今の阿賀野さんの状態を知ってもらうために少し挑発気味に揺さぶってみようかな。

 

 「円満……じゃないや、紫印提督は最初、直衛艦隊の旗艦は那珂さんに任せるつもりだったそうです。それなのに、なんで貴女にお鉢が回ったかわかりますか?」

 「さあ?()()()()()()が余計なお節介でも焼いたのかな?」

 「そうです。『艦隊のアイドル』と謳われる那珂さんよりも役に立つと言って納得して貰いました。そうそう、大淀に比肩するとも言いましたね」

 「大淀に比肩する?阿賀野が?何それウケるんですけど~♪」

 

 さて、突然ですが問題です。

 そう聞いてお腹を抱えて笑ってた阿賀野さんは私に何をしたでしょう。

 なんて、思わず現実逃避しちゃいたくなるくらい、私は力一杯左頬を殴られて軽く吹っ飛んだ。

 口の中が鉄の味で一杯。しかも、何か堅い物が舌の上を転がってるわ。たぶんこれって……。

 

 「痛たた……。やっぱり奥歯が折れてたか」

 「ごめんね~?でも高速修復材でうがいすればまた生えてくるでしょ~?」

 「ええそうね。苦いから出来ればしたくありませんが……」

 「私を挑発した代償と思って我慢する?」

 「ええ、もう2~3本は覚悟する必要がありますので」

 

 私を見下ろす阿賀野さんの顔が悲しげに歪んだ。

 もうやめて。私は現状に満足してる。だから、これ以上私を追い詰めないで。とでも言いたいのかしら。

 でも私はやめない。

 貴女からすれば、私がやってる事は余計なお世話だろうし自己満足だと言われても仕方ない。

 でももう、貴女が堕落していくのを見たくない。

 

 「貴女の活躍は紫印提督も評価してくれました。優秀だって言ってくれました」

 「やめて。聞きたくない」

 「いいえやめません。貴女を作戦に参加させるために司令官がなんて言ったかわかりますか?」

 「知りたくない。だからもうやめて」

 「彼は自身の進退を賭けました。貴女がミスをしたら提督を辞める。不足なら命まで差し出すって言いました」

 「やめろって言ってるでしょ!そんな話を聞かせてどうしようってのよ!阿賀野にどうしろって言うのよ!」

 「私はどうしろなんて言いません。言っても無駄でしょうから」

 「だったら……!」

 

 なんでやめてくれないの。って、続けようとしたのかな。悔しそうに黙り込んじゃったからわからないけど、たぶんそうなんだと思う。

 

 「こういう言い方をすると馬鹿にしてると思われるかもしれませんが、阿賀野さんはやれば出来る人です。阿賀野さんがその気にさえなれば、きっと大淀にだって負けません」

 「あの規格外に阿賀野が?冗談やめてよ。阿賀野なんかが彼女に勝てるわけないじゃない」

 「大淀の戦い方を参考にして毎晩訓練してるのにですか?いや、参考にするどころか大淀を仮想敵にしてますよね?」

 

 驚いてるみたいね。

 もしかしなくても、自分の訓練を誰かが観察してたなんて考えもしなかったんでしょう。

 もっとも、見てたのは私じゃないんだけど。

 

 「どうして……それを」

 「動きを見ればわかります。貴女の砲撃姿勢は動きの緩急が激しい相手。もっと言えば脚技を使う者を想定している。さらに、あの危険極まりない艤装の使い方。あれは対深海棲艦じゃなくて対大淀用ですよね?」

 「どうして、そう思うの?」

 「深海棲艦との戦いが基本的に艦隊戦だからですよ。それなのに、()()は艦隊戦どころか後の事も考えていない。神通さんを上回る程の実力者である貴女でも倒せないと想定している者を()()()で倒すためのモノです。そんな相手、私が知る限り大淀しかいません」

 

 これに気付いたのも私じゃない。

 気付いたのは、阿賀野さんの訓練を見守っていた司令官よ。

 司令官は阿賀野さんの訓練風景を見て、その動きに違和感を覚えた。これは何を相手に戦うことを想定した訓練なんだ?ってね。

 相談を受けた私自身最初はわからなかった。

 でも作戦を終えて呉へ帰る途中、記録された阿賀野さんの戦闘映像を円満に見せてもらって確信したの。

 阿賀野さんの動きは大淀。いえ、朝潮だった頃の大淀を参考にしたものだって。

 

 「今の大淀の戦い方。知りたくないですか?」

 「……知りたくない」

 「そうですか。でも知りたくなったらいつでも言ってください。()()の大淀を御覧に入れますよ」

 

 私がそう言うと、阿賀野さんは話は終わりとばかりに踵を返して再び工廠へと歩き出した。

 知りたいけど、今は知る必要がないから知りたいとは言えないのかしら。

 知る必要が出れば聞きに来てくれるのかな。

 それとも、現状で十分だと判断してるのかしら。

 いや、後者はない。

 あの人は慢心したりしないもの。

 だってあの人は、司令官に冷遇された時期がなかったら鬼どころか修羅と呼ばれてもおかしくない程自分に厳しい人なんだもの。

 

 「ちゃんと、聞こえてた?」

 『ああ、だいぶ拗らせているようだ』

 

 明日、いえ今日も仕事だって言うのにこんな真夜中まで私の我が儘に付き合ってくれた人は、私が話し掛けると即座に答えてくれた。

 元帥になっても、駆逐艦の真摯な願いには真剣に向き合ってくれるのはこの人の数多い美点の一つね。

 

 「何とか……出来ませんか?私と司令官じゃ、あの人を助けられないんです」

 

 だから、この人に頼ることにした。

 阿賀野さんをこのままにしたくないと言う私の我が儘を叶えるために、海軍で一番偉い人に頼る事にしたの。

 

 『都合の良いことに、うちの馬鹿娘が進行させている悪巧みが使えそうだ。だから話しておこう、大淀には秘密にしてな』

 「大淀には言わないんですか?」

 『ああ。彼女に予め教えておくと、上手い具合に火がつかないかもしれないのでな』

 

 言われてみれば確かに。

 アイツに「阿賀野さんを助けて」なんて言おうものなら、どうして良いかわからずに中途半端な結果になりかねない。

 悩みすぎて、本来の実力を発揮できずに大淀の方が負けるまで有り得るわ。

 

 「お願いします。あの人を助けてください」

 

 私は口の中に広がる血の味を噛み締めながら、ここにはいないあの人に頭を下げた。

 類い稀な才能を持ちながらもそれを発揮できる舞台を与えられず、評価もされず、終には腐ってしまった軽巡洋艦を助けてと。

 その我が儘に、彼は一言「任せておけ」と答えてくれた。

 

 「もし、配属先があの人の所だったら……」

 

 私も阿賀野さんも腐らずに済んだのかもしれない。

 だって通話を終了しても、あの人の「任せておけ」の一言が耳に残って私を安心させてくれるんだもの。

 実際に手を下すのは大淀で結果もまだ出ていないのに、私はすでに安心しきってる。

 もう大丈夫。阿賀野さんもきっと立ち直れるって確信してるわ。

 

  「まあそうだったらそうだったで、姉さんや大淀とあの人を取り合わなくちゃいけなかったか」

 

 うぅ……自分がした想像で背筋が寒くなってしまった。姉さんと大淀を相手にあのオッサンを取り合う?

 そんなの、命がいくつあっても足りないったら。

 

 「でも、あの二人みたいに私が強かったら……」

 

 あの人に頼らなくてもよかった。大淀に嫌な役回りをさせなくても済んだ。

 私は朝潮姉さんみたいに強くない。

 大淀と違ってチートレベルの天才じゃない。

 澪みたいな特殊な身体能力があるわけでもないし、恵のように深海化も使えない。

 それに、円満のように頭も良くないし、霰姉さんのように底知れない怖さを隠してもいない。

 そんな、凡人代表みたいな私は誰かに頼ることしか出来ない。

 たまにそれが、どうしようもなく悔しくて仕方がなくなる。

 

 「ったく、だらしないったら」

 

 私は誰にともなくそう呟いて、工廠から月明かりに照らされた海へと漕ぎ出して行く阿賀野さんを見えなくなるまで眺め続けた。

 



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第九十三話 魂斬り

 

 

 

 紅い魔女について聞きたい?

 おいおい勘弁してくれよ。

 彼女の事を噂するのが横須賀鎮守府のタブーの一つなんだってことくらい、元艦娘のアンタなら知ってるだろ?

 

 なに?直接会ったことがないから詳しくは知らないだと?

 だからって俺に聞かれてもなぁ……。

 いや知ってんだぜ?俺ら海兵隊の詰め所と奇兵隊の詰め所は近かったし、『猫の目』にも花組の姉ちゃんたち目当てでよく行ってたからあの人の事もよぉ~っく知ってるよ。その恐ろしさまでな。

 

 どういうところが怖かったのか?

 そうだなぁ……まずは手が早いところだな。あの人は気に食わない事があると口より先に手が出るんだよ。

 実際俺も、『猫の目』でメイドしてた花組の一人にちょっかいかけたことがあんだけど、ほんの少し尻を撫でただけで右手を落とされちまった。

 

 いや、そのまんまの意味だよ。

 文字通り手首を斬り落とされたんだ。ほらここんとこ、傷が残ってるだろ?

 スパッと斬られたから運良くくっついたんだが、あれ以来女の尻を見る度に手首が疼くようになっちまってな。おかげで女を抱くときはいつも前から……って、この話はいいか。

 

 他にも色々とあるぜ?

 有名な話だと、無謀にもその人を口説いた海兵が次の日から消息不明になったのや、人の10倍は飯を食うって言われてた空母と大食い対決して完勝したなんて話もある。

 

 それと、これは工廠の整備員から聞いただけだから本当かどうかはわかんねんだけどよ。

 駆逐艦とは言え、艦娘相手に海の上で無双してたらしいんだわ。

 

 いや、マジらしいぜ?

 なんでもその駆逐艦の訓練に付き合ってたみたいなんだが、毎日毎日立てなくなるまでその駆逐艦を蹴ったり殴ったりしてたって話だ。

 

 戦争が終わった今でもそうだが、紅い魔女を敵に回すくらいなら死んだ方がマシだなって俺はもちろん、あの人を知る奴はみんな思ってるぜ。

 なんせ彼女は、深海棲艦相手に人の身で戦って生き延びた化け物揃いの奇兵隊を束ねる、正真正銘の魔女なんだからな。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府所属の海兵隊員へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「はい3回目~。ちょっと死にすぎじゃない?まだ始めて一時間も経ってないわよ?」

 

 呉から戻るなり始まった桜子さん先輩との訓練。

 いや、訓練と言う名の実戦をするようになってかれこれ一週間が過ぎようとしてるのに、先輩に一撃も入れられずにいた。

 

 「まだ、まだやれます!」

 

 とは言ったものの、私の体力は枯渇寸前。正直、意識を保ってるのがやっとの状態よ。

 それに対して、先輩は私以上に動き回ってるのに余裕綽々。私の喉に日本刀の切っ先を突き付けてニヤリとしてるわ。ここまで一方的にやられると、この人が本当に人間なのか疑わしくなってくるわね。

 

 「そんなフラフラな状態で息巻いてんじゃないの。ほら、浜まで連れてったげるから手貸しなさい」

 「はい……」

 

 情けない事に、私は手を引かれるどころか肩に担がれて浜まで運ばれた。

 先輩と実際にやり合うのは初めてだけど、ここまで差があるとは夢にも思わなかったわ。

 だって、私は艤装を完全装着した状態でしかも実弾装備なのに、先輩は20式内火艇ユニット『狩衣』と18式内火艇ユニット『薄衣』に日本刀だけ。

 実艦に例えるなら駆逐艦が内火艇に完全敗北してしかも曳航されてる感じかしら。しかも一週間近くずぅ~っとこんな感じ。さすがに自信なくしちゃうなぁ……。

 

 「はい、じゃあさっきまでの反省会をしま~す。覚悟はいい?」

 「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 そして、休憩中は反省会と言う名のダメ出しが始まるわ。

 浜に正座した私を見下ろして腰に両手を当て、ニコニコしながら額に青筋を浮かべてる先輩のなんと恐ろしいことか。

 いつもみたいに、今からボロクソに言われるんだろうなぁ……。

 

 「まず一回目の戦死。原因は何かわかる?」

 「せ、接近しようとしてトビウオを使ったら、着水する前に逆胴を貰いました……」

 「そうよ馬鹿!トビウオでの滑空中は無防備だって何度言わせるの!しかも真正面から突っ込んでくるとか馬鹿を通り越して大馬鹿!あんなのが通用するのは精々新米の駆逐艦くらいのものよ!?」

 「はい……」

 

 反論する気も起きません。

 でもあえて言い訳させて貰えるなら、私は虚を突いたつもりだったんです。初っ端からトビウオで突っ込んで来るようなバカな事はしないだろうと考えてくれるのを期待してやったんです。

 結果は先ほど言ったとおり、着水前にタイミングを合わせられて逆胴を貰いました。もしアレが砲撃なら私は死んでましたね。

 

 「じゃあ二回目の戦死。アンタ何した?」

 「先輩に戦舞台を仕掛けて蹴り飛ばされました……」

 「そうね。アンタ以上に小回りが利く私相手に戦舞台を仕掛けるなんて馬鹿やらかしたわね。この阿呆!戦舞台は基本的に、自分より小回りが利かない相手の死角に潜り続けるモノだって教えたでしょ!」

 

 申し開きもございません。

 でもでも!先輩と同じ距離での近接戦ならそれなりに勝負になると思ったんです!

 まあ結果は、刀を抜く前に上段回し蹴りで蹴り飛ばされちゃいましたけどね。追撃で魚雷を撃ち込まれてたら確実に爆死してました。

 

 「はい三回目。アンタ、稲妻で私の周囲を周りながら砲撃と魚雷で攻撃してきたわね」

 「結局それもダメで、移動先を読まれて神狩りで装甲を破壊されました……」

 「なに落ち込んでんの?」

 「いや、だってアレもダメなんでしょ?」

 「ダメなんて言ってないじゃない。接近された後の対応は褒められたもんじゃなかったけど、高速で攪乱しながら攻撃するの自体は有りよ。位置取りも上手かったわ。アレなら、練度が高い一線級の駆逐艦相手にも通用するはずよ」

 

 ただし、私のような超一線級には通用しないけどね。と言って先輩は頭を撫でてくれた。

 相変わらずズルいなぁこの人。

 これでもかとボロクソに罵倒して落ち込ませといて、不意打ちのように急に褒めて優しくしてくれるんだもん。

 

 「アンタは脚技に頼りがちなところはあるけど使いどころは及第点。後は『アマノジャク』を併用する事を覚えれば、叢雲とでも互角に戦えるわ」

 「ちなみに、磯風相手だとどうです?」

 「展開次第じゃいい線行くと思う」

 「それって……」

 「逆に言えば惨敗」

 

 つまり先輩は、磯風を叢雲さん以上の実力者だと判断したってわけか。そして、私は彼女以下だとも……。

 

 「あ、誤解すんじゃないわよ?叢雲と磯風は実力的にはどっこいだから」

 「え、でも今……」

 「相性の問題よ。叢雲は稲妻まで使えてリーチもアンタより長い。でも懐に入り込みさえすればアンタが有利だし、あの子は頭に血が昇りやすいからアマノジャクでおちょくればおちょくるほど行動が単純になるわ。磯風相手にそれが通じないってだけ」

 

 つまり、磯風は叢雲さんとは性格的に逆ってこと?

 叢雲さんのようにアマノジャクでおちょくっても激昂せず、冷静沈着に自分の距離を保って一撃必殺に頼らず相手を削り殺すって感じの戦い方をするのかしら。

 

 「磯風についてやけに詳しいですね。誰かから聞いたんですか?」

 「昔の知り合いからちょっとね。でも教えないわよ?」

 「なんでです?意地悪しないで教えてくださいよ」

 「ダメよ。それだと磯風が不利になるじゃない。イカサマはしても不正はしない。それがこの桜子さんなんだから」

 

 と、フンス!とか言いそうなほどドヤってますけどイカサマは不正なのでは?それとも先輩は、バレないイカサマは不正じゃないとでも言うつもりなのかしら。

 いや、たぶん言うつもりどころかそう思い込んでるわね。

 

 「でもコレだけは教えといてあげる。磯風が蹴ろうとしてきたら迷わず避けなさい。間違っても受けようなんて考えちゃダメ」

 「蹴り技が得意だからですか?」

 「たしかにそうだけど違う。アンタの命に関わるからよ」

 

 ふむ、磯風の蹴りは私の装甲を砕き、かつ私に致命傷を与えるほど強力なのか。

 もしかしてそれが『聖剣』の名の由来?

 でも、蹴りで深海棲艦を真っ二つにできるとは考え辛いわね。

 いや待って?

 蹴り?蹴るときは体のどこを使う?考えるまでもないわね。それは足しかない。

 そして艦娘は、海に出ているときは基本的に主機から水面下に『脚』を展開している。

 その状態で蹴ろうと思ったら、片足分の『脚』だけで自重を支え、もう片方の蹴り足の『脚』は消す必要があるわ。

 でももし、磯風が蹴り足の『脚』を消さずに蹴ってきたらどうなる?

 『脚』に分類はされてるけど、その大元の力場は『弾』や『装甲』と同じもの。

 つまり、『脚』を纏わせた状態の蹴りは『装甲』と同じ強度で、しかも『弾』と同じように相手の『装甲』に干渉し、中和することも出来るんじゃない?

 いや、それだけじゃ済まないかもしれない。

 狩衣使用時の先輩が物理抵抗を無視して物体を斬り裂くように、剣のような形状に変形させた『脚』で()()()()()()()()どうなる?

 

 「『脚』を纏わせた蹴り。それが聖剣の正体?」

 

 私なりの結論を先輩に行ってみたけど、先輩はニコニコしてるだけでイエスともノーとも言わなかった。

 でも、先輩が与えてくれたヒントからはコレしか考えられない。

 それなのに先輩が何も言わないって事は、今の答えは合ってるけど完璧な正解じゃないって事。

 まだ他にも、私が見落としてる事があるんだわ。

 でもそれ以上に、磯風にも叢雲さんの魔槍に相当する技が本当にあるんだとわかってなんだか……。

 

 「羨ましいなぁ。みんな必殺技があって」

 「いやいや、アンタにも神狩りがあるじゃない」

 「アレ、必殺技と言うより必死技じゃないですか」

 

 神狩りは私の切り札ではあるけど使いどころが難しい。

 その理由はいくつかあるわ。

 まず第一に連発ができない。

 タメが必要とかそんなんじゃないわよ?

 あの技は持てる力場を全て使う都合上、一度放った後はインターバルを挟まないと次が撃てないの。

 まあ、神狩りを使う時は単装砲も魚雷も捨てて、脚にだけ力場を回せばいい状態だから移動は可能だし脚技も使えるんだけど、逆に言うとそれ以外の事ができない。故に、本当にここぞと言う時にしか使えないしタイマンでしか基本的に使えないわ。

 第二にリスクがアホみたいに高い。

 神狩りを使用する際、最低でも10歩くらい稲妻で加速する必要があるんだけど、その時の稲妻は通常の稲妻と違って装甲がほぼ0の状態なの。だから、機銃でも被弾すれば致命傷になるわね。

 

 「あ、なんかその言われ方は腹立つ。じゃあ、必殺技じゃないけどこんなのはどう?」

 「こんなのってどん……!」

 

 先輩がそう言って刀に手をかけた途端、私の首が胴から離れた気がした。呼吸すら一瞬止まったわ。

 でも、先輩は刀を抜いてない。手で触れて確認してみたけど首はちゃんと繋がってる。

 今のはいったい……。

 

 「首が落ちたと思った?」

 「はい、先輩今のって」

 「別に変わった事はしてないわ。単に殺気をぶつけただけ。漫画とかでよくあるでしょ?強烈な殺気を浴びた瞬間に自分が死ぬイメージを見ちゃうシーン。要はそれと一緒。これくらいなら私でもできるわ」

 

 な、なるほど。

 漫画とかで見る度に「本当にこんな風に錯覚するの?」って思ってたけど本当に錯覚しちゃうのね。気が弱い人ならそのまま死んじゃいそうだわ。

 あれ?でも先輩は「これくらいなら私でもできる」って言ったわよね?それって……。

 

 「今のより凄いことができる人がいるんですか?」

 「うん、お父さん」

 「あぁ……。元帥さんですか」

 

 うん、納得した。

 私が逆立ちしたって勝てない桜子先輩が、全力でやっても勝てないと言われている元帥さんなら今のより凄いことができても不思議じゃないわ。

 

 「お父さんって代々暗殺者の家系でさ。ご先祖様は幕末の京都でブイブイ言わせてたらしいんだけど……って、神風?なんで何かを諦めたような目してるの?」

 「いえべつに。続きをどうぞ」

 「そう?じゃあ続けるわね」

 

 いやいや、本当は「そんな漫画みたいな話があるか!」ってツッコミたいですよ?ツッコミたいですけど、あの元帥さんなら有り得そうだから言えないのよねぇ……。

 

 「お父さんの家に伝わる技に『魂斬り(たまぎり)』って呼ばれるモノがあるのよ」

 「タマギリ?それが、さっき先輩がやったのより凄い技なんですか?」

 

 なんだか、男性が聞いたら股間を押さえて腰が引けそうな技名だけどどんな技なんだろ?

 

 「簡単に言えばさっきのヤツの上位版って感じね。瞬間催眠術に近いかしら」

 「へぇ、そうなんですか」

 「何よその白けた反応は。もしかして思ってたより大したことないとか思ってんの?」

 「いえいえ、そんなことは……」

 

 あります。

 だって催眠術なんでしょ?

 たしかに一瞬の隙が勝敗を分かつ実戦に置いて、刹那の隙とは言え生じさせるその技は有用だと思います。

 思いますが……。

 

 「こんな話を知ってる?どっかの国の誰かがやった実験で、ただの木の棒を「これは真っ赤になるまで熱っした鉄の棒」だ。って思い込ませて被験者の腕に押し当てたの。そしたらどうなったと思う?」

 「え~とたしか、火傷しちゃったんでしたっけ?」

 「そう、何の変哲もない、熱くも冷たくもない木の棒を『熱せられた鉄の棒』だと思い込んだ被験者は本当に火傷した。精神が肉体を凌駕するって言葉を実際に証明して見せた実験ね。で、私が何を言いたいかというと、要は『魂斬り』って技はコレと同じってこと」

 「つ、つまり、信じ切れませんが……」

 

 『魂斬り』とは斬られたと錯角させるどころか思い込ませて、本当に斬ったのと同じ症状を触れもせずに起こさせる技って事?いやいやいやいや、いくら元帥さんでもそんなファンタジー全開な技は……。

 

 「相手の魂を斬り裂き死に至らしめる無敗の暗殺剣。それが『魂斬り』なんだってさ。私も実際に見たことはないんだけど、見たことがある旦那が、その時の様子をこう説明してくれたわ」

 

 曰く、元帥さんは間合いの遥か外から刀を振るだけで敵を斬り裂いた。

 人に向かって刀を振れば触れてもいないのに敵の体が裂け、戦車に向かって振れば中の人だけが斬殺された。

 四方八方を敵に囲まれても、元帥さんが抜刀術の構えを取るだけで敵が全員細切れになったんだって。

 ばんなそかな……。

 

 「それ、冗談ですよね?」

 「私も聞いた時は冗談だと思ったわ。でも、お父さんならそれくらい出来ても不思議じゃない。神風もそう思わない?」

 「思い……ます」

 

 私が元帥さんと接した時間はけして長くない。

 彼が提督としてこの鎮守府にいた間と、月に一度来るか来ないかと言う頻度で桜子さんのところに泊まる時だけ。

 出会った頃は、気付いたら背後にいる変なおじさん程度にしか思わなかった。でも訓練と実戦を重ねて行くうちに不思議なことに気付いた。

 桜子さんや海坊主さん、花組のお姉様方と自分の実力差がわかるようになっても、あの人と自分の差が丸っきりわからなかったの。それは今も変わらないわ。

 私は今だに、あの人がどれだけ強いのかわからない。

 例えるなら大海原のように広大で底が見えない。

 その元帥さんなら、斬ったと思い込ませて斬殺するくらいの芸当を鼻歌混じりにやってのけると思えてしまう。

 

 「その技って、深海棲艦相手にも通用するんですか?」

 「無理だったそうよ」

 「あ、無理なんですか」

 

 ちょっと残念。

 先輩ですら習得できていない魂斬りを私が習得できるとは思えないけど、深海棲艦相手でも使えるんなら本気で習うのも有りかなって思ったのになぁ。

 だって、触れずに斬れるんなら装甲の厚さなんて関係ないもの。火力が低い私からしたら願ったり叶ったりみたいな技なんだから。

 

 「ただし、お父さんは開戦初期に上陸を計った軽巡や駆逐艦にしか試していない」

 「それ以上の艦種になら通用するかもって事ですか?」

 「どうだろ?そもそもアイツらに、『刀で斬られる』って概念があるかどうかも疑わしいしね。だけど逆に言えば、『刀で斬られる』事を()()()()()()になら通用する……かもしれない」

 

 先輩の瞳が何かを確信したように見開かれた。

 もしかして、通用するかもしれない艦種に心当たりでもあるのかしら。

 そうだとしたら、恐らく実行するのは先輩じゃない。

 元帥さんだ。

 先輩は深海棲艦相手に、元帥さんが魂斬りを使って相対する事態を想像してしまったんだわ。

 

 「先……輩?」

 「ああごめん、ちょっと想像がついちゃってさ」

 「何の、ですか?」

 

 やっぱり予想通りだ。

 先輩は元帥さんが、人の身で深海棲艦と戦う事態を想像してしまった。しかもこの様子だと、その想像は実現しうる。

 だって先輩はボソッと言ったんだもの。

 

 「お父さんはもしかして……」って。



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第九十四話 怖い人

 

 

 

 艦種別国際艦娘演習大会の対戦カードはどういう基準で決められたのか?

 

 そんなの、桜子さんの独断と偏見に決まってるじゃない。一応は私と辰見さんに相談した(と、本人は言い張った)って先生には言ったらしいけど、あれはほぼ桜子さんが()()()()()()()って理由で組まれた対戦よ。

 

 でも、日本艦と海外艦の対戦はあくまでオマケ。

 桜子さんが本当に実現したかったのは、前座として行われた『神風 対 磯風』だったんじゃないかなって私は思ってる。

 

 だってあの人の、あの対戦を組むって言ったときの目は怖いくらい真剣だったもの。

 

 ええ、この案を通さないんなら、私と辰見さんを拷問してでも試合は成立させるって言われたわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官 紫印円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 大本営から、と言うよりは、先生から正式に通達された欧州連合に所属する艦娘の来日とその親善を目的とした演習大会の開催と運営を任されたその日の午後に、まるで予め知っていたかのようなタイミングで桜子さんが執務室に訪れてどれ位経ったのかしら。

 小腹が空いてきたから15:00(ヒトゴーマルマル)くらい?そろそろ満潮にお茶でも淹れて貰おうかしら。

 

 「決めといてなんだけど結構な試合数ね。終わらないんじゃない?」

 「心配しなくても余裕よ辰見さん。大会は三日間の予定だし、一日に三試合くらいしかやらないんだから」

 「いや、それを心配してるんじゃなくてね?」

 

 だったら何を心配してるの?

 なんか「これ全部書くの?」とか訳のわからない後悔をしているけど……。

 ちなみに大会は三日間。

 今回の大会は、通常の演習大会とは違って民間人も鎮守府に招き入れて大々的に行う予定になっている。

 要は、艦娘ってこんな感じですよ~って感じの民間人へのアピールと歓迎式典を同時にやっちゃおうって魂胆な訳。艦娘を見世物みたいに扱うのが少しだけ気に食わないけどね。

 スケジュールは三日間共に基本的には同じ。

 艦娘によるショー的な出し物と兵隊たちによる演し物と演習よ。

 初日を例にすると、まずは長門を旗艦とする第一艦隊による観艦式と赤城を旗艦とする第一機動部隊による航空ショーを行い、使用者が限られちゃうけど内火艇ユニットを使った艦娘体験教室も開く予定になっている。

 次いで午後から行われるのが演習試合。

 誰と誰を戦わせるかはまだ決まってないけど、日本の駆逐艦娘同士の試合を含めた演習が計三試合よ。

 第二試合は、伊58と独国のU-511による潜水艦同士の対戦ね。どうやって映像を観客席に流すかが問題だけど、潜水艦にカメラでも持たせて撮影させれば何とかなるでしょ。

 

 「ねえ円満、初日の第三試合の長門 対 Nelsonを先にした方が良くない?正直その……潜水艦同士の対戦は地味すぎる気がするわ」

 「辰見さんの言いたい事もわかるけど、前座次第じゃいい箸休めになると思うわよ?」

 

 「いや、潜水艦同士の戦闘ってどう書けば良いのよ……」とか訳わかんない事言って頭抱えちゃったけど大丈夫?あんまりメタ的な事は言わないで欲しいんだけど……。

 それに、U-511は詳しく知らないけど、ゴーヤこと伊58は敵がどこに潜んでいるか把握しづらい東部オリョール海で長年資源確保に勤しんで南方の泊地に貢献した『オリョールの女神』と呼ばれるネームド艦娘。

 いくら潜水艦同士の戦闘だとは言っても地味な試合にはならないはずよ。maybe……。

 

 「心配しなさんな辰見。この桜子さんはそこまでちゃぁ~んと考えて前座試合を組んでるから」

 「へぇ、嫌な予感しかしないけど誰と誰?」

 

 まるで、ここが勝負時だ。とでも言わんばかりに桜子さんの瞳が爛々と輝いてる。

 下手すると、私が数日前にした予想が悪い意味で当たっちゃうかもしれないわね……。

 

 「神風と磯風」

 「一応聞きたいんだけど、どうしてその二人なの?」

 「あら、円満は反対?」

 「その二人を選んだ理由次第では……ね。単に喧嘩を売られたからってだけなら、艦娘を私闘の道具にするなと反対する」

 

 桜子さんの不敵な笑みを見る限り、喧嘩を売られたからって理由もあながち的外れじゃない。でも違う気がする。桜子さんがその二人を戦わせようとしている理由はもっと別の何かだわ。

 

 「私闘だっていうのは否定しない」

 「だったら悪いけど……」

 「でも却下もさせない。アンタと辰見を拷問してでも、この対戦は成立させる」

 

 桜子さんがそう言った途端、執務室に漂う空気が一変した。それまで口を挟まずに静観していた満潮が冷や汗流しながら私と桜子さんの間に割って入り、辰見さんが腰に下げた日本刀の柄に手を添える程にね。

 

 「理由を話して。理由次第じゃ反対はしないつもりよ」

 「言えない」

 「言いたくない。じゃなくて?」

 「そうよ。アンタに下手な事を言ったら、そこから全部見抜かれそうだからね」

 

 ふむ、つまりその試合には当事者以外の誰かが絡んでいる。いえ、誰かのための試合って言った方が正しいのかもしれない。

 じゃあ誰かって誰?

 たぶん神風は巻き込まれただけ、もしくは手段として選ばれただけだわ。

 なら神風と対戦して、最も何かを得れる可能性があるのは対戦相手の磯風。

 たしか彼女は、呉最強の駆逐艦と謳われる雪風に準ずると言われている駆逐艦だったはず。

 もしかして、そのせいで天狗になってる?だから姉妹艦の誰か、例えば陽炎あたりに、伸びすぎた鼻をへし折ってくれとお願いされたのかしら。

 でも、それだけなら隠す必要がない。

 まさか、磯風が呉に居る誰かの身内かもしれないって予想が的を得ていた?いえ、その両方かしら。

 鼻をへし折るついでに、ボコられた磯風を見たその身内が見かねて止めにかかるのを期待してるのかもしれないわ。

 いいや、それでも理由を話さない理由にはならない。

 まさか、隠したいのはその身内?

 じゃあ、桜子さんが私に理由を知られたくのって……。

 

 「磯風の身内は私が知ってる人……だから?」

 「うわぁ……。今のやり取りだけでバレるのか。アンタの頭ってどういう構造してんの?」

 「じゃあ、桜子さんが理由を話さなかったのは……」

 「あ~ダメダメ。それ以上考えちゃダメ。それ以上考えるならぶん殴って気絶させるわよ?」

 

 拷問するだの、ぶん殴って気絶させるだのと物騒な事この上ない……。

 ()()()が傷付くのは気にしてくれるクセに、体の傷はこれっぽっちも心配してくれないのね。

 でもまあ、そこまで言うなら考えないようにするとしましょうか。

 ええ、考えないわ。

 磯風の身内が私の知るあの人だって事も考えないし、私がその人の目の前で磯風に死んでこいと命令してたとも考えない。

 じゃないと、桜子さんの気遣いが無駄になっちゃうから。

 

 「ちょっとちょっと~。二人で良い話風のクソ芝居してるとこ悪いんだけど、おかげで私と満潮が置いてきぼりになってるじゃない」

 「あら、いたの?」

 「いたの?じゃねぇよ!こっちはアンタが珍しくマジだから身構えっぱなしなのよ!?疲れるからもう警戒解いて良い!?」

 

 おっと、辰見さんが言った通り桜子さんが珍しくマジだから、私も二人の存在をすっかり忘れてたわ。

 

 「で?どうなの?賛成してくれる?」

 「わかった。賛成します。辰見さんは?」

 「円満が良いなら私も良いわ。本音を言うなら叢雲と満潮で組みたかったけど……」

 「それは断固拒否。理由は言わなくてもいいでしょう?」

 

 「残念……」とか言いながらわざとらしく溜息をついてる辰見さんも懲りない、と言うよりは叢雲が言っても聞かないって言う方が正しいのかしらね。

 あ、でも、危険はないと判断して給湯室に向かった満潮も満更でもなさそうにこっちを覗ってるみたいだし……。

 

 「制限付きでなら二日目の前座試合で……」

 「あ、それ無理。二日目の前座も決めてるから」

 「ちょっとそれズルくない!?対戦カードの全部をアンタが決めてるじゃない!」

 「だって見たいんだもの。それにね辰見。私が見たいって事は元帥であるお父さんが見たいのと同じなのよ?それでもダメって言うつもり?」

 

 先生の名前を出すのはズルい。

 そう言われたら、私も辰見さんも引くしかないわ。

 だって先生と桜子さんの趣味嗜好はたしかに似てるから、今時点で決まっている対戦カードも先生が見たがる可能性が高いんだもの。

 なら、桜子さんが組もうとしている二日目の前座試合も先生が見たがってる組み合わせってことになるわね。

 

 「はぁ、わかったわよ。で?アンタは誰と誰をやり合わさせるつもりなの?」

 「大淀と阿賀野」

 「大淀はともかく阿賀野?なんで?」

 「さあ?」

 「いや、さあ?ってアンタ……」

 「しょうがないじゃない。お父さんがその試合は絶対に了承させろって言ってきたんだもん」

 

 先生が絶対に了承させろと言った?

 今回の作戦で、ワダツミを守るために奮闘してくれた阿賀野に勲章の一つでも贈ってあげてとは先生にお願いはしたけど、それで先生が大淀と対戦させたがるとは考え辛い。

 だって、阿賀野が大淀に比肩するかもしれないほどの実力者だって話はしてないんだもの。

 それなのに、先生がその試合を成立させたがってるって事は誰かに頼まれたから。

 最有力候補は霞ね。

 あの子は先生と個人的に連絡を取り合う仲だし、今だに冷遇されていた頃のことを払拭出来ていない阿賀野を心配もしていた。

 でも霞はおろか、他の鎮守府提督にも今回の大会の話はまだしていない。

 だから、霞から大会で大淀と阿賀野を戦わせてとお願いしたとは考えられないわ。

 だとすると、阿賀野をどうにかしたい霞に相談された先生が、これ幸いと『大淀 対 阿賀野』の試合をねじ込むよう桜子さんに命じたって考える方が自然ね。

 ああでも……。

 

 「辰見さん、試合で使うのは演習弾の予定よね?」

 「そうよ。民間人も見る試合なのに、派手に爆発するだけとは言え怪我の一つ二つはする演習弾で良いのかって疑問はあるけど」

 

 ご説明痛み入ります。

 ちなみに、最初は試合で使用するのはペイント弾の予定だったわ。

 でも桜子さんが「お父さんが、艦娘が普段どれだけ危険な目に遭っているか知ってもらう必要がある。だから演習弾を使っておけって言ってた」って言うから、私も辰見さんも渋々承諾したの。

 でもおそらく、先生が言った理由は方便だと思う。

 本当の理由は、無駄に声の大きい連中にネタを与えておくため。

 要は終戦後、艦娘という制度を廃止するために、民間人が「艦娘を廃止しろ!」って声を上げやすくするためのネタを提供しておくためよ。

 でも、今の問題はそれじゃない。

 それより問題なのは……。

 

 「あの子、手加減ってモノを知らないのよね……」

 「あの子って大淀?」

 「そうよ。辰見さんは知らないだろうけど、大淀って使用する技に制限は掛けれるけど手加減自体は出来ないの。さらに空気の読めなさも加わって、民間人も見てる試合だってのに、一方的に阿賀野を叩きのめす事もしかねないわ」

 「い、いくら大淀でも、民間人も見てるのに血生臭い試合にはしないんじゃ……」

 「甘い!大甘よ辰見さん!実力的に遥かに格下ならあの子もそこまでしないでしょうけど、阿賀野の場合は別なの!」

 「どういう事?それじゃあまるで、阿賀野が大淀と同格かそれに近い実力者だって言ってるように聞こえるんだけど?」

 「そう言ってるの!いい?阿賀野は名前こそ売れてないけど……」

 

 私は、言葉だけでは信じてくれない桜子さんと辰見さんに、阿賀野がどれだけ凄いかを映像付きで説明した。そう!作戦中に撮影された、本来なら軍事機密扱いの戦闘映像付きで!

 

 「へぇ、大したもんじゃない。もしかしたら天龍だった頃の辰見より強いんじゃない?」

 「もしかしなくてもそうよ。下手すりゃ龍佳(りゅうか)並だわ」

 

 余談だけど、龍佳とは辰見さんに実の妹であり、姉妹艦の龍田でもあった人、らしいわ。

 私は会ったことないんだけど、桜子さんが「大淀でも勝てるかどうかわからない」って言うくらい強い人だったそうよ。

 残念ながら戦死しちゃったそうだけど……。

 

 「ねえ円満、阿賀野のこの動きって大淀を参考にしてない?」

 「いやいや、たしかに似てるけど違うわよ辰見。大淀ってもっと動きが細かいし、もっとえげつない攻撃の仕方するから」

 「二人とも正解よ。阿賀野の砲撃姿勢や位置取り、体捌きなんかは大淀を参考にしたものだと私も思う。ただし、朝潮だった頃の大淀のね」

 

 私の回答で、桜子さんは「だから粗があるのか」と納得し、辰見さんは「阿賀野はどうやって大淀の戦い方を知ったの?」って、新たな疑問が出て来たみたい。

 

 「艦娘であれば、機密扱いされてない作戦の戦闘記録を閲覧できるからそれで知ったんじゃないかなって思ってる」

 「あ!艤装の記録機能か!そういえばそんな機能があったわね」

 

 艤装には、出撃中の行動を艦娘視点の映像で記録する機能が備わっている。正確には、艤装ではなく妖精さんが記録してくれてるんだけどね。

 だから艦娘は、出撃中は軍規に違反するような行為は基本的にしない。だって監視されてるのと同じなんだもの。

 

 「たしかに阿賀野は強いかもしれない。でも情報が古すぎるわ。今の大淀と朝潮だった頃の大淀は別人って言って良いほど強さが違うのよ?そんな大淀を相手に、阿賀野がまともに戦えるの?」

 「自分で推選しといて何言ってるのよ。今のままでも勝負にはなると思うわよ?」

 「私が選んだじゃなくて選んだのはお父さん!そこんとこ間違えないでよね辰見!」

 

 それは心配しなくて良いと思う。

 何故なら、そんな事は大淀にもっとも近しい先生が一番わかっていることなんだから。

 その先生が薦める以上、今のままの阿賀野じゃ一方的な展開になることも理解しているはず。

 にも関わらず、先生がこの試合を成立させようとしてるって事は、阿賀野に今の大淀を教えて試合の体裁が整うレベルまで阿賀野が伸びると判断したから。

 つまり……。

 

 「阿賀野に、大淀になってからのあの子の戦闘記録を見せる気なんだわ」

 「いやいやいやいや、それって自分の嫁が負けるところを見たがってるのと同じじゃない。周りがドン引きするレベルの愛妻家の元帥がそんな事する?」

 「普通に考えれば有り得ない。でも……」

 

 霞のお願いならしても不思議じゃない。

 いえ、それだけじゃない。もしかしたら大淀のためでもあるのかもしれない。

 だってあの子は、大淀になってから対等以上の相手と戦ったことが無いんだもの。

 あの子が自分の強さに慢心してるとは思えないけど、自分と同じくらい強い相手との試合は間違いなく良い刺激になるわ。いや、下手をするとこの大会自体が、大淀と言う名の大剣を完成させる手段なのかも……。

 

 「なぁ~んか。全部お父さんの計画通りな気がしてきた……」

 「桜子さんも?」

 「そう言うって事は円満も?」

 「ええ、今回の件なんか正にそうね。いったいいつから計画してたのやら……」

 

 先生は一手でいくつもの結果を出す。

 たまたまそうなった可能性も否定できないけど、あの人の狡猾さは私より一枚も二枚も上。私が今こう考えていることさえ、先生の計画通りなんじゃないかと思うと恐怖すら感じるわ。

 

 「まるでお釈迦様の掌。いえ、先生の掌の上にいる気分だわ」

 「本当ね。精々、握り潰されないよう気をつけなさい」

 「あら、桜子さんもじゃない?」

 「私は平気よ。だって愛娘だもん」

 

 などと、満潮が淹れてきたコーヒーを受け取りながら胸張って言ってるけど、先生は必要なら愛娘すら切り捨てるほどの非情さを持っている。

 その事は桜子さんもわかっているはずよ。

 

 「まったく、相変わらず怖い人……」

 

 と、休憩とばかりに談笑を始めた三人に聞こえないよう呟いた。

 あの人のような非情さを今だに持てない自分に、歯痒さを感じながら。

 

 



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第九十五話 ようこそ居酒屋 鳳翔へ

 

 

 

 軽空母鳳翔。

 

 彼女は国防海軍が初めて建造に成功した最古の航空母艦であり、戦時中、提督の執務を艦娘が補佐する『秘書艦』と呼ばれた制度を確立させた艦娘でもある。

 また、戦争初期から終戦まで代替わりしなかった数少ない艦娘の一人で、他の艦娘、特に空母艦娘からは敬意と親しみを込めて『お母さん』と呼ばれ、歴代の横須賀鎮守府司令長官からも任務時以外はさん付け呼ばれていたと言われている。

 

 しかし、その実力や戦果については不明瞭な点が多く、『日本の全空母が束になっても敵わない』と讃えられる一方で『全空母最弱』と、蔑みに等しい意見もあった。

 

 俗説の域を出ないが、彼女が戦争中期頃から戦場に出なくなったのは性能不足のせいではなく、初代横須賀鎮守府司令長官が「最後の砦となってくれ」と懇願したためという話がある。

 

 その話の真偽を、開設当初から横須賀鎮守府に所属していた者に尋ねたところ「もし敵の大艦隊に攻められても、横須賀に長門と鳳翔さんさえいれば関東圏に爆弾や砲弾が落ちる事はないだろう」「長門が横須賀の守護神なら、鳳翔さんは差し詰め横須賀の母と言ったところか」などの意見を聞くことが出来た。

 

 終戦後判明したことだが、彼女は一部の艦娘、さらに艦娘黎明期を知る元艦娘達からは『つるべ落としの鳳翔』と呼ばれ恐れられていたという。

 

 

 ~艦娘型録~

 鳳翔型軽空母 鳳翔の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 常々、他の艦娘たちに申し訳ないと思っているのですが、私は鎮守府の敷地内、寮にほど近い場所に一軒家を構えさせていただいています。

 

 事の発端は、私が夜に食堂の一画を借りて『居酒屋 鳳翔』と呼ばれる居酒屋を経営していた事です。

 今まで通り、夜だけ食堂を貸してくれるだけで良いと言ったのですが、前提督が「食堂だと気兼ねして来れない艦娘もいるんだ」とか「悪ノリした桜子が以前のような惨事を起こすとも限らん」と仰るので、嬉しさ半分、申し訳なさ半分で承諾しました。

 

 あ、ちなみにですが、桜子さんが起こした惨事とは正化29年の10月末頃。

 当時はまだ神風として前提督と同居していた桜子さんが前提督のお財布をもって来店し、酒好きの上位艦種に片っ端からお酒を振る舞った事件のことです。

 親とは言え人のお財布に入ったお金で酒宴を開くの自体も問題ですが、本当の惨事はその後。

 文字通り皆が皆浴びるようにお酒を呑んだせいで泥酔者が続出し、終いには食堂を吐瀉物塗れにしてしまったんです。

 ええ、あの光景を思いだしただけで吐き気を催してしまいますし、あの事件でどれだけの数の艦娘や職員に影響が出たか想像もしたくありません。

 

 おっと、話が逸れてしまいました。

 そんな事件を二度と起こさないためという理由もあって、翌年の夏頃からカウンター8席、4人掛けのテーブル席三つ、6人が座れる小上がりが一室の、平家建ての自宅兼店舗『新・居酒屋 鳳翔』を与えられて細々と営んでいるのです。

 

 「さて、掃除はこれで良し。次は……」

 

 私の朝は他の艦娘に比べると遅い。

 前の晩に何時まで店を開けていたかで若干前後しますが、だいたい08:00(マルハチマルマル)に起床し、09:00(マルキュウマルマル)までにお店の掃除や洗濯などを終わらせます。

 それが終われば仕入れです。

 お野菜などを仕入れる前に、うちの売りの一つである魚介類を三日に一度、10:00(ヒトマルマルマル)頃に、贔屓にしている漁師さんが港まで届けてくれるのでターレに乗って向かいます。

 あ、余談ですが、ターレとはターレットトラックの略称で、他にもターレット、ターレー、ぱたぱたやばたばたなどと呼ばれる、フロント部に円柱状の駆動系が付いた荷役用の運搬車の事です。

 

 「おはようございます曙美(あけみ)さん。いつもすみませんね。気仙沼からわざわざ来て頂いて」

 「気にしないでっていつも言ってるでしょ?私としては、売れ残りを買い取ってくれて助かってるんだからむしろお礼を言いたいくらいよ」

 

 紫色のロングヘアをうなじの辺りで一纏めにし、浅黒く健康的に日焼けした彼女は先代曙の曙美さん。

 今は気仙沼で網元をしていて、陸路で片道6時間以上かかる距離を船で届けてくれているんです。売れ残りを売りつけてる。なんて嘘までついて。

 

 「ほら!どうこれ!今朝揚がったばかりのカツオよ!」

 「あら、立派な戻りカツオですね。でもよろしいんですか?こんな立派な物を譲って頂いて」

 「良いの良いの!これは私が一本釣りでした奴だし、市場に流す分は他の船に運ばせたから気にしないで!」

 

 とは仰っていますが、曙美さんが両手で抱えて見せてくれているカツオは優に80cmはある大物。  

 しかも、目は澄んでいて体に痣もなく縦縞がハッキリしていますし、エラも鮮紅色で鮮度は抜群。文句なしの一級品です。

 こんな良い物をただ同然の値段(しかも下処理済み)で譲ってくれるのですから、私は今だに気仙沼に足を向けて寝られません。向ける気もありませんが。

 

 「後はお約束のサンマと……あ!ホッケとかどう?」

 「もちろん頂きます。最近干物作りにハマってまして」

 「じゃあ有るだけあげるわ。塩焼きもお勧めだから、干物にする前にやってみて」

 「はい。是非そうさせて頂きます」

 

 そん感じのやり取りをしてお魚などを仕入れ、互いの近況を雑談がてら報告し合って別れるのがお約束になっています。

 会う度に思いますが、彼女も立派になりました。

 艦娘時代はツンツンして近寄りがたい子だったのに、今では笑顔が素敵な正に姐さんと言った感じなんですもの。

 もっとも、近寄りがたい性格は今の曙ちゃんにしっかりと受け継がれているようですが……。

 

 「おはようございます。すみません、少し遅れてしまいました」

 「あ、おはよう鳳翔さん!曙美ちゃんは元気でした?」

 

 曙美さんから頂いたお魚を店の冷蔵庫に入れたら今度は食堂です。

 お野菜やお肉は食堂の仕入れと一緒にして頂いているので、お昼の配膳時だけですがお手伝いをさせて頂いているんです。

 安く仕入れて頂いているのに、ただ受け取るだけでは申し訳ないですからね。

 

 「ええ、お元気でしたよ。奈瑞奈(なずな)さんに負けないくらい」

 

 セミロングを三角巾でまとめ、割烹着を着た小柄な彼女は元瑞鳳の奈瑞奈さんです。

 元祥鳳の祥恵(さちえ)さんと一緒に昼まで食堂で働き、夜は私のお店でアルバイトをしてくれてるんです。

 

 「元気と卵焼きだけが取り柄だもんね。奈瑞奈は」

 「ちょっ!酷くない!?他にも良いところあるもん!」

 「良いところ……。今だに中学生に間違われるくらい幼い容姿とか?」

 

 そして黒髪のロングヘアで同じく割烹着姿の彼女が祥恵さん。

 彼女は正化26年の横須賀事件後に艦娘を引退し、以来ずっとこの食堂で働いています。

 なんでも、あの事件で初代朝潮が戦死した事に変な責任を感じてしまったらしく、艦娘を辞めた今でも鎮守府から離れたくないんだとか。

 そんな彼女も今では二児の母。

 食堂で働いていた料理人さんと結婚して幸せな家庭を築いているそうです。

 

 「鳳翔さ~ん!祥恵がイジメる~!」

 「あらあら、心配しなくても奈瑞奈さんには良いところがいっぱいありますよ」

 「例えば?」

 「例えば……。卵焼きとか、あと卵焼き。それに卵焼きと……」

 「卵焼きしかなくない!?」

 

 おかしいですね。

 なぜ、奈瑞奈さんの良いところが卵焼きしか頭に浮かばないんでしょうか。

 でも、それで良いんじゃないでしょうか。だって奈瑞奈さんの卵焼きは絶品ですもの。

 奈瑞奈さんは他のお料理は月並みなのに、卵焼きだけは一流料亭の料理人さんが教えを乞うほど上手なんです。

 ちなみに、うちも看板メニューの一つでもあります。

 

 「それでは、お先に失礼します」

 「鳳翔さんお疲れさま~。あ、今日もいつもより早く行った方が良いですか?」

 「いえ、今日は予約もないのでいつも通りで大丈夫です」

 

 私の店は通常20:00(フタマルマルマル)開店なのですが、ここ一週間ほどは作戦を終えて帰って来た人達の祝勝会などの予約のため仕込み量を増やす必要があったので、奈瑞奈さんには一時間ほど早く来てもらってたんです。

 

 「今思い返すと、軽く修羅場っていましたね」

 

 数年ぶりの大規模作戦、しかも大勝利で終わったのですから騒ぎたい気持ちはわかります。戦死した人を偲んで泣いたり、逆に何もかも忘れて食べて、呑んで、箸が転がった程度で爆笑して、生きて帰れた事を確認する儀式は千差万別でした。

 三日前に提督がいらした日は平和そのものでしたね。

 大淀さんが寝てしまい、彼女を満潮ちゃんがおぶって帰ってから、提督と澪さん、そして恵さんの三人が何やら真面目な話をしていたのが気にはなりましたが……。

 本格的に忙しくなったのはその次の日、空母達が貸し切った日からでした……。

 

 「と、言う訳で、あの作戦が成功したのは瑞鶴の活躍があったればこそ。勲章の一つも授与されて良いと思うのですが、お母さんはどう思います?」

 「あらあら、加賀さんったらすっかり酔ってしまって」

 「この人って酔うとこうなんの!?加賀さんにベタ褒めされるとか恐怖しか感じないんだけど!」

 「あら、ここで呑んでる時はいつも瑞鶴さんのことばかり話してるんですよ?」

 「こんな風に?」

 「いえ、今日はむしろ控え目に褒めてます」

 

 加賀さんは、普段の訓練中は瑞鶴さんに厳しく接していますが、実際は瑞鶴さんの事が可愛くて仕方がないんです。本当は褒めてあげたいんです。

 でもそうしないのはプライドが邪魔してるのもあるんですが……単純に恥ずかしいんでしょうね。

 

 「鳳翔さんって、加賀さんとは長い付き合いなんですか?」

 「長いと言えば長いですね。加賀ちゃ……加賀さんが二代目加賀として着任した時からですから、そろそろ8年になりますか」

 「なるほど、8年も艦娘やってりゃ説教臭くもなるわよねぇ」

 「瑞鶴。お母さんの事はお母さん。もしくはママと呼びなさい」

 「ツッコむとこそこかよ!って言うか、加賀さんだって普段は鳳翔さんって呼んでるじゃん!」

 

 ちなみに空母艦娘、特に正規空母の子達は、着任後しばらくの間は私から艦載機の扱い方を習うのもあってか、私の事を母と呼び慕ってくれています。

 今でも空母艦娘達に呼ばれる度に「一人も産んだことないのに……」と落ち込むことがあります、さすがに呼ばれ慣れたのか嬉しく思えるようになりました。

 

 「でもまあ、空母達の時はまだマシでしたね」

 

 皆さん自立した大人ばかりですし、臨時アルバイトとして桜子さんに寄越して頂いた花組の目が光っていたので騒動という騒動はありませんでした。

 あまりの収拾のつかなさに、花組の皆さんが実力行使をせざるを得なかったのは一昨日の駆逐艦のみの集まりですね。

 例えば六駆の子達は……。

 

 「ちょっと響!ウォッカのガブ飲みはレディーじゃないからやめなさいっていつも言ってるでしょ!?」

 「ウォッカは露国人にとっては水と同じ。故に問題ない」

 「オメェは血筋も育ちも純日本じゃねぇか。なのです」

 「ちょ、素が出るわよ電」

 「あ、雷ちゃんが母親面し始めたのです。電の事はほっといて、いつもみたいに暁ちゃんのオムツでも替えてろなのです」

 「そんな事した事ないけど!?」

 

 と、こんな感じで、終いにはプラズマ化した電ちゃんが暁ちゃん相手に管を巻き始めたので、花組の皆さんに自室へと強制送還されていました。

 さらに八駆と九駆の場合は……。

 

 「あ、あの、未成年がお酒を飲むのは……」

 「朝潮ちゃん、鎮守府内は治外法権だから問題ないんだよ?」

 「こら大潮。朝潮に出鱈目吹き込むな」

 「でもぉ、そうでも言わないと飲めないわよぉ?満潮ちゃんだって飲みたいでしょぉ?」

 「私はそもそも飲んでない。ってかそれ何杯目よ荒潮。飲み過ぎると明日の任務に支障が出るわよ?」

 「大丈夫よぉ~。朝雲ちゃんと山雲ちゃんなんて私より飲んでるわよぉ?」

 「あの二人はあの成りで、ここに居るどの駆逐艦よりも年取ってるから良いの」

 「ちょぉ言い方!言い方考えてくれない満潮!」

 「落ち着いてよ朝雲姉~。子供が言う事じゃない」

 

 山雲ちゃんのその一言が切っ掛けで、現朝潮型の年少組(八駆)年長組(九駆)の間で火花が散り始めました。

 そこから喧嘩に発展するのはアッという間でしたね。

 喧嘩を始めた姉妹達を、どうやって止めたら良いのかわからずにパニックを起こして泣き出した朝潮ちゃん。

 「見た目が若いだけの中身BBAが偉そうなこと言わないでくれるかしらぁ?」「見た目も中身もガキな荒潮ちゃんよりはマシだわ~」と、笑顔で怖いこと言いながら頭突きし合う荒潮ちゃんと山雲ちゃん。

 その二人を眺める夏雲ちゃんと峰雲ちゃんの目は何かを諦めていました。

 火付け役に等しい満潮ちゃんは……。

 

 「年取ってるのは本当でしょうが!私間違ったこと言ってないもん!」

 「間違ったこと言わなきゃ良いってもんじゃないでしょ!ちょっと説教してやるからそこに座りなさい満潮!」

 「はぁ!?説教!?説教臭いのは霞さんで間に合ってるんだけど!?」

 

 この時は花組の皆さんの苦労していました。

 なにせ他の子は兎も角、満潮ちゃんは桜子さんの直弟子とも呼べる子なんです。なので、尊敬する先輩である桜子さんの直弟子を手荒に扱って良いのかしばらく悩んでいました。

 私が責任を持ちますと言ったら、容赦なく簀巻きにして店から放り出しちゃいましたけど。

 

 まあ、騒がしく忙しかった祝勝会気分もなりを潜めて来たので、今日からはいつも通りの仕込み量で大丈夫でしょう。

 桜子さんさえ来なければ……。

 

 「あら?中に誰か……。まさか、本当に来てないですよね?」

 

 ターレを店の裏に停め、荷台の食材を運び込もうと勝手口に手を伸ばそうとしたら、店の中から何者かの気配を一瞬だけ感じました。

 私の気配に気付いて慌てて気配を消した。と、言ったところでしょうか。

 極稀に桜子さんが摘まみ食い(明らかに摘まみ食いの域を逸していますが本人はそう言い張るんです)をしに忍び込む事はあるのですが今回は違う気がします。

 桜子さんなら、迂闊にも私に気取られた場合は居直ります。慌てて気配を消すなんて事は絶対にしません。

 普段なら、この後遅めの昼食を摂って仕込みをし、訓練をするのですが……誰か来ているのならいずれかを諦める必要があるかもしれませんね。

 

 「どなたか存じませんが、まだ開店前ですの……で?」

 

 気配の消し方から相当の手練れと判断し、何をされても対応出来るよう用心しながら勝手口から中に入ると、薄暗い厨房の隅で身を縮めて怯える女性を見つけました。

 お会いするのは初めてですが、彼女はたしか……。

 

 「鳳翔!居るか!?」

 「え?はい、居ます。少し待って頂けますか?」

 

 彼女の名前を思い出そうとしていたら、店の入り口の外から長門さんに呼ばれました。

 何があったかわかりませんが怒っているようです。

 いや、長門さんの声で一層怯えた彼女を見て想像がつきました。

 

 「ここでじっとしていてください。あ、気配は()()()()()()()()()()()()。長門さんは鈍感ですから」

 

 人差し指を立てて「し~」っとジェスチャーすると、彼女は両手を口元に当ててコクコクと肯きました。

 さて、お次は入り口の外でイライラした風の演技をしているであろう長門さんを誤魔化すだけですね。

 

 「お待たせしました。何かご用ですか?」

 「ああいや、大した事ではないんだが……。大和がここに来てないか?こっちの方に逃げたはずなんだ」

 「大和さんですか?さあ、私は見ていませんが……何かあったんですか?」

 

 鍵を開けて招き入れると、長門さんは店内を見渡しながらそう聞いてきました。

 長門さんの身長は女性の割に高い方ですが、この位置からならカウンターの死角で身を縮めている彼女の姿()は見えないはずです。私も壁になれてるはずですし。 

 

 「今日は午後から砲撃訓練の予定だったんだが、アイツめ訓練を始めようとするなり艤装を放り出して逃げおったのだ」

 「はあ、やはりそうでしたか」

 「やはり?」

 「いえ、独り言ですので気にしないでください」

 

 危ない危ない。

 予想通り過ぎて、思わず迂闊なことを口走ってしまいました。

 ですが、予想通りなら予定通り長門さんをここから遠ざけないとなりませんね。

 

 「なんで逃げたのか。長門さんは察しているのでしょう?」

 「まあ……な」

 「ふふふ♪昔の貴女もそうでしたものね」

 「む、昔の事はいいじゃないか!それより!ここには間違いなく来てないんだな?」

 「ええ、来ていませんよ。()()()()()()()()?」

 

 私は目で訴えました。

 ここに大和さんは来ていない事にしてくれと。

 だって私の『気配を消さなくても大丈夫』という言葉を信じて彼女は本当に気配を垂れ流しているんですもの。いくら長門さんが、()()()()()()()()()()()()()()()()に入るとは言ってもこれなら気付きます。

 

 「そうか。来ていないのなら他を探すとしよう」

 「ええ、後はお任せください」

 「ふん、居ないのだから後も何もないだろう?」

 「ふふ♪そうでしたね」

 

 長門さんは厨房の隅を心配そうに見つめた後、静かに店から出て行きました。

 きっと、訓練から逃げ出した彼女と、臆病なだけだった昔の自分を重ねてしまったのでしょうね。

 私と、神風だった頃の桜子さんに叱られながら訓練をしていた頃の自分と。

 

 「あ、あの……勝手に入ってしまって……その」

 

 私が入り口に鍵をかけたのを見計らったように、彼女は長門さんよりも大きな体を申し訳なさそうに縮こまらせて立ち上がりました。

 怒られるんじゃないかと怯えているようですし、ここは笑顔で迎えて安心させてあげるのが先ですね。

 ならばここは、店主としてこう言って差し上げましょう。

 

 「いらっしゃいませ大和さん。ようこそ居酒屋 鳳翔へ」と。



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第九十六話 その時はお代を頂きます

 

 

 

 私の午後はお料理の仕込みから始まります。

 それが終われば、地下に造られた私専用の弓道場で千本ほど矢を射ります。

 ええ、毎日キッチリ千本です。

 ですが、ただ単に千本射る訳ではありません。

 詳しい説明は割愛させて頂きますが、射法八節と呼ばれる射の基本動作、所謂『足踏み』『胴造り』『弓構え』『打ち起こし』『引き分け』『会』『離れ』『残心』の全てを一動作として、今日も元気に過ごせる事に感謝しながらそれを千回繰り返すのです。

 その話を瑞鶴さんにした時、「まるでどっかの会長みたい」と仰っていました。

 生憎と私には意味がわかりませんでしたが、私は今でも一日千回、感謝の射法八節を日課の一つとしています。

 ただ……始めた頃は丸一日かかっていたのに、10年近く続けていたら二時間もかからなくなってしまったのが悩みの種ですね。おかげで暇を持て余すことが多くなりました。

 ですが今日は……。

 

 「あ、あの!勝手に入ってしまって申し訳ありませんでした!」

 「いえ、構いませんよ。貴女が入って来たのは鍵をかけていない勝手口。つまり、勝手に入って良い入り口なのですから」

 

 カウンター席に座って畏まっている彼女、大和さんのおかげで退屈しそうにありません。

 今日は予約も入っていませんから仕込みの量は少なくて良いですし、お店も通常通り20時開店なので日課も問題なく熟せるでしょう。

 

 「仕込み前なので簡単な物しか作れませんが、何か食べますか?」

 「頂きます」

 「あらあら♪ここまで遠慮のない子は初めてですね」

 「あ……ごめんなさい。お腹が空いてたのでつい……」

 「ああ、ごめんなさい。嫌味のつもりで言ったんじゃないんですよ?ただ、「頂きます」と即答する子は初めてだったものですから……」

 

 良い意味で驚きました。

 だって駆逐艦ですら少しは遠慮するのに、目の前で照れている大和さんにはそれが皆無だったんですもの。

 でもその方が、遠慮などせずむしろ食わせろと言って欲しい私としては嬉しいのです。

 あ、でもたしか彼女は……。

 

 「赤城ちゃん並に食べるんでしたよね?」

 「え?ええまあ……」

 

 なるほど、だとすると少し困った事になってしまいましたね。

 たまに、桜子さんや赤城ちゃんが摘まみ食いをしに忍び込む事があるので、開店の時間に間に合うギリギリの時間まで私が食べる程度のお米しか炊かないようにしているのです。

 なので、三時のおやつでさえ普通の人の晩ご飯並みの量を食べる赤城ちゃんと同程度の大食漢である大和さんの胃袋を満たすには量が足りません。

 ならば……。

 

 「大和さんはお料理の心得はありますか?」

 「ええ、実家が旅館でしたので基本的な事は一通り……」

 「それは好都合です。申し訳ありませんが、お料理の仕込みを手伝って頂いて構いませんか?」

 「それは構いませんけど……」

 

 なんで手伝う羽目に?

 と、言わんばかりに困惑して首を傾げていますが、ここは開店前とは言え居酒屋です。

 おにぎりを一つ二つ程度ならお手伝いなど求めたりはしませんが、彼女の場合はそれでは済みそうにありませんもの。要は、働かざる者食うべからずです。

 

 「あら、エプロン姿が様になっているじゃないですか。何処かの団地妻みたいです」

 「そ、それは褒められてるん……ですよね?」

 「もちろんです。初々しさと色気が同居していますよ。私が男性なら押し倒しているかもしれません」

 

 私的には褒めたつもりだったのですが、「私……まだ未婚だし10代なのに……」と言いながらシュンとしてしまった大和さんの反応を見るにお気に召さなかったようです。

 でも本当に似合ってるんですよ?

 私の予備の割烹着ではサイズが合わなかったので、アルバイトさん用に作った居酒屋 鳳翔のロゴが入った茶色のエプロンを制服の上から着ただけではあるんですが様になっているんです。

 しかも!

 手袋や首輪などの装飾を外した状態の制服がほとんどエプロンで隠れてしまっているので、正面から見ると裸エプロンにしか見えません。

 ハッキリ言いますと……。

 

 「エロい!」

 「ふぇ!?」

 「いえいえ、何でもありません。取り敢えずお米を研いでもらって良いですか?」

 「いやいやいやいや!ハッキリと大声でエロい!とか言っておいてどうして何事もなかった風が装えるんです!?」

 

 誤魔化されてくれませんか。

 アレだけハッキリと口に出してしまったので仕方ないと言えば仕方ないのですが……。

 このままだと、私が同性に欲情する人と勘違いされかねませんのでなんとか誤魔化しましょう。

 

 「大和さんはエロいと言われて嬉しくありませんか?」

 「ええ……なんでそんなに心底不思議そうに聞き返せるんですか?喜ぶ女性は稀だと思うんですけど……。鳳翔さんは嬉しいんですか?その、エロいって言われて」

 「当然です。大和さんはまだお若い……。いえ、私も若いですけれど、エロいと言われる事は女性的な魅力があるという証拠です。女性として魅力的と言われて嬉しくないわけがないでしょう!」

 

 おっと、私としたことが少しだけ熱くなってしまったようです。私の気迫に、大和さんが「そ、そうですね……」と言って逃げるようお米を研ぎ始めました。

 まあ大和さんももう少し、もう10年ほど歳を重ねれば理解できますよ。

 若い内は若いと言うだけでちやほやされますが、歳が三十を過ぎると途端に相手にされなくなります。

 例えば私と大和さん。

 大和さんはかなりの器量好しで、胸などは思わず凝視したくなるほど自己主張が激しいです。

 しかもまだ10代!

 彼女を前にすれば「肉と女は腐りかけが一番美味い」などと寝言を仰る人もルパンダイブをするでしょう。

 片や私は、彼女とは逆で器量好しとは言い難く、提督よりは有りますが胸の大きさは細やかな物です。

 それに加えて私は今年で三十……歳!

 酒保の店員さんや常連客の男性陣は「鳳翔さんみたいな人を嫁に出来る男は幸せ者だ」なんて言ってくれますけど言うだけで口説いて来た人は皆無!

 ですがそれだけならまだ良いです。

 良くはありませんが、それだけなら自分に魅力がないだけと諦められます。

 問題は空母達が私の事を『お母さん』と呼ぶこと。

 しかも空母達のみならず、駆逐艦の子達もたまにお母さんと呼ぶんです。

 いえ駆逐艦の場合は、小学生が学校の女性教師を間違ってお母さんと呼んでしまうアレと似たようなモノだとは理解しています。理解していますが、実際に呼ばれると複雑な気分この上ない!

 だって私は一人も産んだことがないんです!それどころか男性とお付き合いした事もないのです!

 それなのにお母さんと呼ばれてしまう私の気持ちがわかりますか!?

 いえ嬉しいんですよ?お母さんと呼び慕われて嬉しくは感じているんです。

 でもモヤモヤするんです!

 嬉しいと感じながら頭の片隅で真顔の私が「いや、一人も産んでない」と勝手にツッコんでしまうんです!

 

 「ちなみに大和さんは、男性との交際経験はありますか?」

 「い、いえ、ありませんけど……」

 「そうですか。ならば老婆心ながら、早めに経験しておくことお勧めします」

 「はぁ……」

 

 あらあら、別に好いてもいない殿方と取り敢えず交際しろと言っている訳ではないのに、大和さんはお米を研ぐ手を止めて「男性と付き合う?私が?」と言いながら物思いに耽ってしまいました。

 どなたか意中の殿方でもいるのでしょうか。

 

 「鳳翔さんは、自分が生きている意味を考えたことがありますか?」

 「生きている意味……ですか?」

 「はい」

 

 お料理の仕込みが終わり、余りの材料で賄いを作っている私に、カウンターに座って休憩していた大和さんが不意にそんな問いを投げかけてきました。

 ()()()意味ではなく、()()()()()意味とはなんとも不思議な質問ですね。

 でも、恐らく……。

 

 「それが、貴女が訓練をサボった理由ですね?」

 「ど、どうして……!」

 

 それを?と、続けたかったのでしょうか。

 最後まで言わずに、唇を噛んで黙ってしまったので本当はどうなのかわかりませんがたぶん合ってると思います。

 

 「話を……聞いてくれますか?」

 「貴女が聞いて欲しいのなら聞きましょう」

 

 私がそう促すと、大和さんはポツポツと語り始めました。

 この世界が改竄された歴史上を歩んでいる事。

 自分が改竄されなかった歴史で沈んだ、戦艦大和の魂とでも言うべきモノの生まれ変わりである事。

 彼女が語り聞かせてくれた内容は、この世界の歴史しか識らない私にとっては荒唐無稽な与太話で、とても信じられる内容ではありません。

 ですが、彼女は嘘を言っていない。

 話の内容の真偽はさておき、彼女が嘘を言っていないという事くらいは彼女の目を見ればわかります。

 大和さんの、怒りと哀しみが綯い交ぜになったような瞳を見れば。

 

 「つまり貴女は、所謂転生者と言う訳ですね?」

 「え?ええ、そう言う事になるんですが……信じるんですか?こんな話を」

 「あら、嘘だったのですか?」

 「いえ!嘘ではありません!本当です!ただ……こうまでスンナリと信じてもらえるとは思ってなくて」

 

 まあそうでしょう。

 普通なら、顔を引き攣らせながら適当に相槌を打つか一笑に付すのが妥当な反応です。漣ちゃん風に言うと「厨二病乙」です。

 

 「貴女は先ほど、私にこう問いましたね。生きている意味を考えたことがあるかと」

 「はい」

 「ならば答えましょう。ありません。それが私の答えです」

 

 私の答えがよほど意外だったのか、大和さんはどう返して良いのかわからずに口をパクパクさせています。

 ですが本当に考えたことがないのです。

 私が今こうして生きていられるのは運が良かったから。ただ、それだけなんですから。

 

 「貴女は戦艦大和の生まれ変わり。極端な言い方をすれば戦争の象徴とも言えるモノの生まれ変わりです。そんな自分がどうして生き続けなければならないのか。いえ、どうしてこの世に人として生を受けたのかがわからないのでしょう?」

 「はい……自分なりに考えてみたんですが、どうしても答えが見つからなくて」

 「貴女はおバカですか?答えなど見つかるはずがないでしょう」

 「お、おバカ!?」

 

 と、軽く憤慨する様子を見るに、彼女は自分のオツムにある程度自信があるようですね。

 でもそれが、貴女自身を悩ませている最大の要因。

 頭が良いせいで、考えなくてもいい、悩まなくてもいいどうでもいいことで悩んでしまっているのですね。

 

 「こんな言葉を識っていますか?『重要なのは行為そのものであって結果ではない。行為が実を結ぶかどうかは自分の力でどうなるものではなく、生きているうちにわかるとも限らない。だが、正しいと信ずることを行いなさい。結果がどう出るにせよ、何もしなければ何の結果もないのだ』」

 「たしか……マハトマ・ガンジーでしたか?」

 「良くご存知でしたね。彼は私が尊敬する人の一人なのですが、私なりに今の言葉を要約するとこうなります『動いて答えが得られるかはわからない。だが動かなければ答えもクソもない』と。もちろん異論は認めます。先程も言いましたが、今のは私なりに彼の言葉を解釈しただけですから」

 

 俯いてブツブツと、今私が言ったことを自分なりに吟味しているようですが少しは私が言いたいことがわかってくれたかしら。

 つまり私は、悩む暇があるなら動けと言いたいんです。

 桜子さんの短絡思考の影響を受けている感はありますが、彼女の行動理念は単純明快で理にかなっていると思っています。

 だって頭を悩ませているだけでは何も解決しません。

 悩むことは大事ですが、悩みすぎてもダメなのです。悩んだ末に、実際に行動に移さなければ、大和さんが求めている生きている意味は死んでもわからないでしょう。

 

 「いくつか昔話をしましょうか。昔々、とあるところに一人の戦艦がいました」

 「む、昔話……ですか?」

 「ええ、昔話です。彼女は復讐を目的に艦娘になったのに、自分の砲撃の音に怯えて泣きながら訓練し、実戦になると粗相をしてしまうくらい気弱な艦娘でした。その人は今、どうしてると思います?」

 「さあ……。それだけ気が弱い人なら退役してるか戦死しているかのどちらかなのでは?」

 

 自分だったら有り得ない。とでも言いそうな表情ですね。若干ですが軽蔑してるようにも見えます。

 でも、彼女は仮面で己を偽りながら、今も戦い続けています。その行為が正しいかどうかなど考えもせず、己が信じた道をただひたすらに進み続けています。

 いつか貯めたお金で孤児院を開き、今も路頭に迷っている子供たちを一人でも多く助けるために今を生きています。

 

 「ではもう一つ。かつて最古の艦娘と呼ばれた人がいました。彼女は任務など二の次。ただ自分が生き残るためだけに戦い続け、足を引っ張る味方を殺そうとしてまで生き続けました。彼女のことを、貴女はどう思いますか?」

 「臆病者だと思います。艦娘なら、いえ軍人なら自身の命より任務が第一。それなのに、ただ死にたくないからという理由で戦い続けるのは理解できません」

 

 なるほど。

 大和さんは失われた過去の記憶に感情が引っ張られているようですね。

 だから桜子さんの戦う理由が認められない。

 軍人なら任務を第一として命を惜しむべからず。とでも考えているのでしょう。まあでも、軍人としてはそれが理想と言えなくもない気がします。

 しかし桜子さんは、貴女の質問に照らし合わせれば生きるために生きている。

 何のためにとか小難しい事など考えず、人生を謳歌するために生きています。

 でもあの二人は、それらを自分の生きている意味だとは思っていないでしょう。あの二人のそれは、単なる行動理念でしかないのですから。

 

 「ではさらに一つ。いえ二つですか。一人はもう一人のために全力を尽くしました。もう一人を満足させるため、惨めな想いをさせないために、全てをもう一人のために使って死んでいきました。片やもう一人の方は、そんな彼女の想い通りに増長し続け、自堕落になり慢心し、結果として片目と半身を失いました」

 「目も当てられませんね。もう一人の方が今どうしているか知りませんが、その時点では彼女は無駄死にじゃないですか」

 

 ふむ、そう感じましたか。

 大和さんが言う通り、龍田さんは無駄死にと言えなくもないです。ですが彼女は満足して死んで逝きました。

 彼女は辰見さんのために生きて、そして死んだ。

 龍田さんは間違いなく、辰見さんのために生きていたんです。

 つまり龍田さんは、ある意味大和さんが求めている答えを得ていた人と言えます。

 仮に大和さんが私にした質問を龍田さんにすれば、彼女は迷わず「天龍ちゃんのために生きている」と即答するでしょうから。

 

 「最後に一つ。昔、一人の新米看護師がいました。彼女はとある病院に勤めていたのですが、戦時中なのにも関わらず病人の看護に追われる日々に違和感を感じていました」

 「違和感?看護師なら、病人の看護に追われるのは当たり前なのでは?」

 「仰るとおりです。実際、彼女が看護師を目指した理由は病に苦しむ人の手助けがしたいからでした」

 

 ですが、ニュースで各地の惨状が流れるのを見る度、ここで呑気に病人の看病をしていて良いのかという疑問が頭をよぎるようになりました。

 自分には他にやるべき事があるのではないか。

 自分は平和な呉の街ではなく、地獄と化している各地を巡って怪我人の手当をするべきではないのかと考えるようになったんです。

 

 「そんなある日、軍が『カンムス』という新兵科に志願する人を募集している事を知りました。お恥ずかしい話、当時の彼女は『カンムス』と聞いて『看娘』と脳内変換し、医療系の兵科と思い込んで志願しました」

 「芽生えた正義感を満足させるため。ですか?」

 「ええ、その通りです。ですが彼女は困惑しました。戦地の野戦病院に送られると覚悟していたのに、彼女は弓を持って海上を疾駆し、艦載機を用いて敵を討つ空母になっていたんです。何を言っているかわからないでしょう?当時の彼女も同じ気持ちでした」

 「それで……その彼女はどうしたんですか?」

 「戦いました」

 

 当時は艦娘の運用方法など未完成。艦載機運用の確立は唯一の空母だった私任せ。それでも私は戦いました。

 自分なりに艦載機を運用しやすい風向きや敵との位置関係を模索して時に失敗し、僅かな成功に一喜一憂する日々を過ごしました。

 そうそう、射形の美しさが艦載機の練度に比例すると気付いてからは、鎮守府に講師を招いて教えを乞うたりもしましたね。

 そしてある日、私の頭にふとした疑問がよぎりました。

 

 「どうして戦っているんだろう。と」

 「それは……艦娘だから。じゃないですか?」

 「ええそうです。彼女は艦娘だから戦い続けています。戦場に性能が追いつかなくなっても、前提督から「最後の砦となってくれ」と頼まれて出撃の機会が無いに等しくなった今でも、彼女は技を磨き続けています。ですが、それでもわからないのです。彼女は、いえ私は、なぜ今も艦娘として戦っているのかがわからないのです。何故、鳳翔として生きているのかがわからないのです。最近では、私がしている事に意味などないのではないか、と考えるようにもなりました」

 「意味がないなんて事はありません!貴女の日々の鍛錬は必ず報われます!例え目に見える結果として残らなくても、貴女がしてきたことは貴女にとって無駄にはなりません!そんな今時点でわからないことで悩むくらいなら……!ああ、そういう事……ですか」

 「ええ、言葉に出してみないとわからないものでしょう?」

 

 貴女の悩みはとても難しい。

 私を含め、他の誰に聞いても答えを示してはもらえません。自分で行動し、全てやり切って始めて、自分はこのために生きていたんだと確信できるんです。

 

 「今は無理でも、貴女の行動の果てに答えはきっとあります。だから今は、貴女に出来る事を一つづつ熟して生きなさい」

 「私に出来る事を一つづつ……」

 「ええそうです。差し当たって、取り敢えず腹ごしらえなどどうです?」

 「頂きます」

 

 良い返事です。

 では居酒屋 鳳翔の残飯処理用……もとい、対赤城ちゃん用の賄い飯である、切り身の残った部分を漬けにしてそれをご飯の上に乗せただけの『漬け丼』を振る舞いましょう。

 ですが、残飯処理用に考えた賄い飯だからと侮るなかれ、使っている魚は切り端とは言え気仙沼産の一級品。

 タレに使っている味醂は本物の味醂ですし、お酒も料理酒ではなく清酒を用いています。

 こう言っては自信過剰と思われかねませんが、この『漬け丼』だけでお店が持てるレベルの味に仕上がっていると自負しています。ただし、量は殺人級ですが……。

 

 「あ、美味しい!この味ならこれだけでお店が開けますよ!」

 「あらあら、褒めても出るのはおかわりだけですよ?」

 

 お行儀が良いとは言えませんが、ガツガツという擬音が聞こえてきそうな程美味しそうに食べて貰えるなんて料理人冥利に尽きますね。

 しかも涙を流すほど喜んで……。ん?涙?

 どうして泣くのです?たしかに味に自信はありますが、泣くほど美味しいとは作った私自身思えません。

 ならば、彼女が涙を流しているのはきっと別の理由からですね。

 

 「美味しい……本当に美味しい」

 

 ああ、そういう事だったんですね……。

 彼女が生きている意味を求めた理由。

 それは彼女が、戦艦だった頃の自分を思い出したことで自分の存在に自信を持てなくなっていたから。

 つまり、大和さんは自分が人間なのか戦艦なのかがわからなくなっていたのです。

 私に生きている理由を聞いたのも、答えの果てに自分を人間だと言って欲しかったのでしょう。

 ですが選んだ相手が悪すぎる。

 これがもし桜子さんなら「アホか」と足蹴にし、その後悩む余裕がなくなるまでしごくんじゃないでしょうか。

 提督だったなら、大和さんが求めそうな答えを瞬時に推測し、だから訓練をサボるなと注意するでしょう。

 でも、私はどちらもしない。

 貴女が答えを見つけるお手伝いはしますがそれ以上はしません。それは、貴女自身が見つける事だから。

 

 「ふふふ♪泣けるほど美味しいでしょう?でもそれは、今の貴女だからこそそう感じるのですよ?」

 「今の、私だから?」

 「そうです。考えてもみてください。例えば、うちに残飯を漁りに来る野良犬や野良猫にその丼を出せば美味しそうにガッついてくれるでしょう。ですが貴女のように味に感動し、涙を流すことはありません」

 「じゃあ、どうして私は……」

 「あら、貴女は犬猫と同じなのですか?」

 

 私の問いに、大和さんはフルフルと首を横に振って答えました。

 そうです。貴女は犬猫ではありません。ましてや、冷たい鉄の塊もない。

 貴女は人間です。

 人間だからこそ泣き、悩み、迷い、苦しみ、笑い、そして喜べる。

 元が兵器である貴女特有の悩みではあるのでしょうが、人として在る時点で悩む必要がないのです。

 

 「また、ここに来ても良いですか?次は、お客として」

 

 賄い飯を食べ終え、席を立った大和さんは私が開けた入り口から出るなり振り返ってそう言いました。

 ならば店主として、私はこう返しましょう。

 

 「ええ、いつでもいらっしゃい。当店はどんな人でも歓迎致します。あ、ただし……」

 「ただし?」

 

 ふふふ♪

 大和さんの小首を傾げる仕草は、兵器と人間の間で揺れ動いているとは思えないほど可愛らしいですね。

 ですが、これから私が言うことは大事なことです。

 貴女が人間で在りたいと思っているなら、守らなければならない基本的なルールなのです。

 

 「その時はお代を頂きます」

 

 私が和やかにそう言うと、大和さんは一瞬キョトンとし後、元気よく「はい!」と言って去って行きました。



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第九十七話 僕は償いがしたいんだ

 

 

 

 その日も阿賀野姉は惰眠を貪ってたわ。

 ええ、紫印提督から『艦種別国際艦娘演習大会』開催の通達が呉提督に届けられた日よ。

 

 私?私はいつも通り、朝から脳筋どもの相手をしてたんだけど、午前の訓練を終えて工廠に戻った時に霞から「13:00(ヒトサンマルマル)に阿賀野を連れて執務室に出頭して」と言われたの。

 当然、旗艦の私がいないんだから午後からの訓練は自主練にしたわ。

 陽炎からは「何かしたんですか?」なんて探りを入れられたりもしたから、阿賀野姉を連れて来いって言われたんだと伝えたわ。別に内密で連れて来いとはいわれてなかったしね。

 そしたら陽炎は「あ~、ついに解体かなぁ……」なんて不吉な事を言ってくれたっけ。

 

 いや、そう言われてもおかしくないくらい私生活が酷かったのよ。

 実際、私が同居し始めるまで部屋の臭いに対する苦情が凄かったそうだし、阿賀野姉が食堂に来る時間帯には他の艦娘達は波が引くようにサーッと逃げてったらしいの。

 

 でもあの日以来、阿賀野姉の生活態度が一変した。

 日が昇っている内は部屋に引き込もって真夜中に出掛けるってスタイルは変わらなかったけど、今度は逆にいつ寝てるの?って聞きたくなるくらい寝てる姿を見なくなったのよ。

 

 部屋で何をしてたのか?

 簡単に言うと、提督から貸し出されたノートPCの画面を齧り付くようにして見てたわ。

 文字通り朝から晩まで、食事をする時間すら惜しんでずぅ~っとね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「阿賀野姉起きて!ほら!提督に呼び出し食らってるんだから起きなさい!早く!」

 「やぁだぁ~。もうちょっと寝るのぉ~」

 「一日何時間寝る気よ!もうお昼なのよ!?」

 「え~?じゃあまだ36時くらいじゃなぁい。朝ご飯まで寝るぅ~」

 「36時って何よ36時って!この星の一日は24時間よ!?」

 「阿賀野の星では一日48時間なのぉ~。きらり~ん☆」

 

 眠たいとか言いながら、律儀に額の前で右手をそれっぽい形にしてきらり~ん☆とか言ってんじゃないわよバカ姉。

 普通の人なら起こして顔洗わせて着替えさせるだけで連れて行けるけど、阿賀野姉の場合はなぜか汗だくのまま寝てるからお風呂にも入れなきゃいけないんだからサッサと起きろ。マジで。

 

 「やだやだぁ~。執務室なんて行きたくなぁい~!」

 「出頭命令が出てるのに拒否できるわけないでしょうが。ってか重い!お願いだから自分で歩いてくれない!?」

 

 「動きたくないでござる!絶対に動きたくないでござる!」とか言って抵抗する阿賀野姉を無理矢理裸にして(身に着けてたのはオムツだけ)体を濡れタオルで拭いてやり、着替えまでさせて部屋から引っ張り出したものの、動きたくないとかダダこねるから仕方なく襟首掴んで引っ張ってるけど無駄に重いわこの人。

 日頃からだらけてる割にデブじゃないからもっと軽いかと思ってたのに、まるで岩でも引っ張ってるような気分になってくる。

 

 「ねぇ。本当に入らなくちゃダメ?」

 「目の前に来てまで往生際の悪い……。出頭しろって命じられてるんだからダメに決まってるでしょ」

 「そう、わかった」

 

 へぇ、やれば出来るんじゃない。

 スックと立ち上がって身なりを整えた阿賀野姉からは普段のだらしなさが欠片も感じられない。どこに出しても恥ずかしくない立派な艦娘だわ。普段からこうしてれば良いのに……。

 

 「久しぶりだね阿賀野。直接会うのは5年ぶりかな?」

 「6年です。阿賀野が部屋に引き籠もり始めたのがそれくらいからなので」

 

 入室の許可を霞から貰って入るなりフレンドリーに話し掛けてくれた提督に対して、阿賀野姉は仏頂面&面倒臭さ全開。敵意すら感じるわね。過去に、この二人の間で何かあったのかしら。

 って、今6年って言った?この人6年もあんな自堕落な生活してたの!?

 

 「で?要件は何です?解体ですか?」

 「君が望むならまだしも、僕から進んで君ほどの艦娘を解体なんてしないよ」

 「飼い殺しにしといてどの口が言うんです?阿賀野がこの6年、どんな想いで過ごしたと……!」

 「その事に関しては弁解のしようもない。完全に僕の落ち度だ。その罪滅ぼしという訳ではないんだが、君にとって良い話が舞い込んだのでを伝えようと思ってね」

 「良い話?」

 

 ふむ、想像するに、呉提督と阿賀野姉はかつて恋人同士だった。それがどういう訳か別れちゃって、阿賀野姉は引き籠もりになっちゃった。

 なんてのはどうだろう。

 それで今日、阿賀野姉のご機嫌を取れそうな話が舞い込んだから、それを切っ掛けによりを戻そうとか考えてるのかも知れないわ。

 いや、十中八九間違ってるのはわかってるのよ?

 でも、事情も知らないのに阿賀野姉の隣に立たされて話を一方的に聞かされている身としては、そんな有り得ないような妄想でもして時間が過ぎるのを待つしかないのよ。

 

 「単刀直入に言おう。今冬に行われる予定の『艦種別国際艦娘演習大会』で君と大淀君の試合が組まれている。君にはそれに出てもらいたい」

 「阿賀野姉が大淀さんと試合!?マジで!?」

 

 あ……ビックリし過ぎて思わず声を上げちゃったせいで話の腰を折っちゃった。

 呉提督は和やかだけど、霞は眉間にしわを寄せて怒るべきか黙っておくべきか悩んで、阿賀野姉は呆れたような目で私を見てるわ。本当に申し訳ありません。

 

 「話を戻すけど……。どうだい?阿賀野。君にとっては望みに望んだ相手との試合じゃないかな?」

 「はぁ?阿賀野があの化け物と戦いたがってたって言いたいの?」

 「君の訓練を見た限りではそう思えたけど違うのかい?君は大淀君に勝つため。いや、自分の実力をわかりやすく示すために彼女を研究してたんじゃないのかい?」

 

 阿賀野姉は呉提督の問いかけに無言で返した。それどころか、呉提督ではなく霞を睨んでるわ。

 まるで「余計なことをしたのはアンタね?」とでも言わんばかりに。

 

 「これを君に。今の君が一番欲しがっているはずの物だ」

 「……そんな物をどうやって手に入れたの?彼女は大本営付きの軽巡洋艦。しかも元帥夫人でしょう?機密レベルは相当高いはずよ」

 「かなり特殊なコネがあってね。外部にけっして漏らさないという条件付きで譲ってもらったんだ」

 

 かなり重要な物のように言ってはいるものの、呉提督が執務机の上に置いて差し出したのは何の変哲もないノートPC。

 これが、阿賀野姉が一番欲しがっている物?

 かなり偏見が入ってる気はするけど、引き籠もりと言えばネトゲだからネトゲをするためにPCを欲しがってたのかしら……って、そんな訳ないわね。

 今ままで話から察するに、阿賀野姉が欲しているのはあのノートPCに入っているデータ。

 さらに言うなら、対戦相手(予定)である大淀さんの戦闘記録だわ。

 そんな、ワダツミの設計図並みの軍事機密を呉提督はどうやって手に入れたのかしら。

 

 「そしてもう一つ。君が大淀君に勝った場合は、君が()()()()で僕が叶えられる事なら何でも叶えよう」

 「阿賀野が望むこと、わかっててそのセリフを吐いてるの?」

 

 阿賀野姉の言葉に、呉提督ではなく霞が身を強張らせた。何かを言い掛けて思い留まったようにも見えるわ。

 阿賀野姉が望むことって、霞が動揺するほどの事なの?

 

 「もちろんだ。君が望むなら僕は何でもするし、()()()()でも受け容れる」

 

 呉提督の瞳は真剣そのもの。何かを覚悟しているようにも見える。

 その瞳を前にしても、阿賀野姉は変わらずどこか面倒臭そうな顔をしている。

 いや、その感じを保ってるのかしら。

 だって表情は相変わらずなのに、血が滴りそうなほど拳を固く握り締めているもの。

 

 「いいわ。その試合に出てあげる」

 「そうか。君用に訓練場は確保してあるから、霞に場所を聞いて好きな時に使ってくれ。それと艤装はもちろん兵装ユニット、燃料弾薬ボーキサイト。必要な物を好きなだけ使いなさい」

 「あぁそう。じゃあ好きに使わせてもらうわ」

 

 それだけ言って、阿賀野姉はノートPCを引ったくるように受け取って執務室から出て行った。

 残された私は、重苦しい空気に満たされた執務室で何をすればいいのかしら。

 取り敢えず、阿賀野姉の不敬を謝った方が良い?

 

 「矢矧君」

 「は、はい!阿賀野姉が大変失礼な物言いをしてしまって申し訳あり……」

 「ああ、それは良いんだ。それよりも、君に頼みたいことがあるんだけどいいかな?」

 「は、はぁ、私に出来ることなら……」

 「二水戦の訓練で忙しいとは思うけど、彼女をサポートしてやってくれないか?」

 「サポート、ですか?」

 

 え?サポートって何すれば良いの?

 いつもみたいに掃除洗濯して、お風呂にも連れてって体を洗ってあげたりオムツ交換をしてあげれば良いのかしら。

 それなら、呉に来てからの二週間余りで介護士さんに褒められそうなくらい上手くなった自身があるから別にかまわないけど……。

 

 「きっと彼女は、寝食を惜しんで大淀君対策を練るだろう。だから、本来の職務とは逸脱するけど彼女の生活の面倒を見て欲しいんだ」

 「それならいつもしていますから構いませんが……」

 「いつも以上にだよ。そのために二水戦との訓練が障害になるなら、試合が終わるまで訓練を休んでも構わない」

 

 いやどんだけ?

 呉提督はその試合にどれだけ力を入れてるの?

 そりゃあ『一人艦隊』と謳われ、名実共に海軍最強の艦娘である大淀さんに阿賀野姉が勝てば鎮守府としては名誉な事なんでしょうよ?

 でもそれだけ?

 さっきの呉提督と阿賀野姉のやり取りを見る限り、それだけのために阿賀野姉をサポートしろって言ってるようには思えない。

 

 「失礼ながら、提督と阿賀野姉は過去に何かあったんですか?例えばその……」

 「恋人同士だった。とかかな?」

 「え、ええまあ……」

 「残念ながら、僕と彼女がそんな関係だったことはないよ。むしろ逆かな」

 「逆?」

 「そう、逆さ。僕と彼女の間に信頼関係など無かった。なさ過ぎたんだ……」

 

 呉提督は何かを後悔しているような顔で、最後に「強いて言うなら、僕は償いがしたいんだ」と言って、私に退室を促した。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 部屋に戻ると、阿賀野姉はノートPCの画面を凝視しながらブツブツと独り言を繰り返してたわ。

 

 例えば「あの偵察機は何のため?ああ、アレで死角を潰してるのね」とか「砲撃の精度が駆逐艦だった頃の比じゃない。もしかして、索敵能力のほとんどを照準に使ってる?」ってね。

 

 私もチラッと覗いたんだけど、重巡棲姫を一撃で撃破した映像を見て背筋が寒くなったのを覚えてるわ。

 ええ、本当に一撃。

 私や朝風達が苦戦し、神風が捨て身の突撃でやっと倒した重巡棲姫とは別の個体ではあるけど、ほぼ同スペックと思われる重巡棲姫を大淀さんは一回の砲撃でいとも簡単に屠って見せたの。

 でもあの映像、大淀さんじゃなくて第三者視点だったわね。誰が記録した映像だったのかしら。

 

 え?それから?

 それから丸一週間、阿賀野姉はノートPCに記録された大淀さんの映像を、文字通り寝食を惜しむどころかせずに見続けたわ。

 私が食事を用意しても、たまに水とカ〇リーメイトを口に入れるだけで「お手洗いに行きたくなるからいらない」って言って食べなかったんだから。

 

 そしてちょうど一週間後。

 今度は逆に、丸一週間寝続けたわ。まるで、寝てなかった期間を取り戻そうとしてるようにも見えたっけ。

 一週間後に起きたときはガリガリに痩せ細ってたわね。

 当然でしょ?だって都合二週間、ほとんど飲まず食わずだったんだもの。

 

 訓練はしなかったのか?

 してたらしいわよ?

 起きてから、横須賀の食母が真っ青になるくらい食事して後、阿賀野姉は呉提督から貰ったノートPCを持って姿を消したから詳細は知らないんだけど、その事を霞に聞いたら「とある場所で、大淀程じゃないけど強い人を相手に訓練してる」って教えてくれたわ。

 

 その相手が誰なのかは、後の阿賀野姉と大淀さんの試合を見てなんとなくわかったわ。

 だって動きがソックリだったし、あの人が居た場所と呉鎮守府は目と鼻の先と言って良いほど近かったんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡 矢矧へのインタビューより。

 

 



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第九十八話 修羅場を経験してもらう

 

 

 青木さんは妖精さんを見たことがある?

 元重巡なんだからパイロット妖精さんくらいなら見たことがあるでしょ?

 そうそう、手のひらサイズで愛くるしい女の子しかいないあの妖精さんよ。

 

 例外は何人か居るけど、工廠妖精さんが見える事が提督になれる最低条件にもなってるわね。

 声が聴ければ尚良し、一般人だろうがド新人の水兵だろうが、妖精さんが見えて声が聞こえれば好待遇で迎えられるわ。

 

 例外が何人か居るんだから、見えなくても別に問題ないんじゃないか?

 甘い!

 これは今でも謎の一つなんだけど、って言うかもう確かめようがないんだけど、妖精さんとコンタクトが取れる人が提督じゃない鎮守府や泊地じゃ妖精さんが働いてくれないの。

 それは艤装に宿る乗組員妖精さんも同じ。

 当然ながら、妖精さんが働いてくれなきゃ艦娘は艤装を背負うことすら出来ないし整備も出来ない。

 だから基本的に、鎮守府や泊地の提督は妖精さんとコンタクトが取れる人が務めることになっているのよ。

 

 でも、さっき言ったように例外も居る。

 舞鶴の長倉中将なんかは例外の最たる例ね。

 彼女は妖精さんの姿を見ることが出来なかったわ。もちろん声なんか聞こえもしなかった。

 でも彼女には、自分の昇進を蹴ってでも彼女を補佐しようとした提督補佐達がいたの。

 彼らは前舞鶴提督時代に着任した人達で、正化25年の舞鶴襲撃時に陣頭指揮を執った彼女に心酔し、彼女に仕えると心に誓った事を妖精さんにこう切り出した。

 「私たちは鎮守府を背負って立つ資格がない。その資格があるのはただ一人、彼女だけです」とね。

 その結果妖精さんは、彼らの想いを汲んで働いてくれるようになったんだってさ。

 

 どうして急に妖精さんの話をしだしたか、ですって?

 青木さんが大和の強さの秘密を教えろって言ったからじゃない!

 そう!大和の強さの秘密には妖精さんが深く関わってたの!

 

 あれは、長門さんの訓練を大和がサボタージュした次の日だったかしら。

 前日の非を長門さんに謝罪して、真面目に訓練を熟す大和を見てた時に気付いたの。

 具体的に言うと、頻りに艤装のアチコチを見て困惑していたのよ。

 

 でも私には、大和の視線の先に居る妖精さん達が見えていた。

 大和は、自分の意思通りに艤装を、妖精さん達を動かせないことに困惑していたの。

 

 それから私は長門さんに訓練を中止してもらい、次の日の午後に執務室に行くよう言ったわ。

 そして、円満さんにこう言えとも言った。

 

 「妖精さんと仲良くなる方法を教えてくれ」とお願いしろってね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「それで、話って何?大和」

 

 艦種別国際艦娘演習大会のスケジュール調整も終わり、後は欧州連合の艦娘の来日を待って実行に移すだけと一息着いて妖精さんと戯れていた日の昼下がりに、まるで私しか執務室に居ないと知っていたかのようなタイミングで大和が訪れた。

 私のスケジュールを知ってるのなんて満潮くらいだし、大和が今日この時間を狙って来たんなら助言したのは間違いなく満潮ね。

 そして、満潮がそんな助言をした理由にもなんとなく察しはついている。

 

 「そ、その、妖精さんと仲良くなる方法を教えて欲しくて……」

 「妖精さんと仲良くなる方法?貴女、妖精さんが見えるの?」

 

 と、さも今知った風に驚いて見せたけど、大和が妖精さんを視認しているのは入室した途端に執務机の上を見てギョッとした事でわかった。

 ちなみにその時、執務机の上では妖精さん達による組み体操が行われていたわ。

 そして、大和が入室した瞬間に完成したのが妖精さん151人で組まれた10段のピラミッド。

 しかもなぜか、椅子に座る私の方ではなく入り口の方に顔が向くように組まれていたから、単純に55人分の顔が大和の方を向いていた計算になるわね。

 さらに妖精さんは二頭身だし、開発などで成功するとドヤ顔をしてサムズアップする習性があるから、大和の目には()()()で構成されたピラミッドに見えたんじゃないかしら。

 

 「はい……。つい最近いきなり見えるようになって、それ以来艤装が思うように動かせなくなってしまって……」

 

 困っている。いえ、困惑しているのかしら。

 私や満潮の場合しか手持ちのサンプルがないけれど、私たちの場合は妖精さんが見えるようになったからと言って艤装が思い通りに動かせなくなるなんてことはなかった。

 でも、大和の場合は事情が私たちとは違う。

 大和の艤装には核となった窮奇の意識が残っていて、さらに窮奇の気分次第で大和の体を乗っ取れる。

 大和が妖精さんの姿を視認できるようになったからと言って、私たちの場合と同じと考えるのはナンセンスね。

 

 「具体的に、妖精さんの様子はどうなの?」

 「どうなの、と言われましても……。提督は妖精が見えるんですよね?」

 

 妖精さんにはさんを付けなさい。は、今いいか。

 大和は呆れたような視線を上に向け、私にそっちを見るよう促してるみたいだわ。

 ふむ、要は百聞は一見に如かず。今自分の頭の上でだらけきっている妖精さんたちを見ろって事ね。

 

 「酷いわね。完全に妖精さんの信頼を失ってるじゃない」

 「妖精の……信頼?」

 「そう、信頼。非常に稀なケースではあるんだけど過去に数件、貴女のように妖精さんに失望されて艤装がまともに使えなくなった艦娘や提督の例が報告されている」

 

 艦娘の場合は艦娘個人に影響があるだけで、キツイ言い方だけど代わりを用意すれば解決できる。

 でも後者の場合は簡単にはいかないし、影響は本人だけに留まらなかった。

 妖精さんに嫌われた彼は南方の泊地の提督で、艦娘や妖精さんを酷使した事で妖精さんに嫌われ、泊地の工廠や艤装に宿る妖精さん全てにサボタージュされて泊地の機能そのものが止まってしまい、その結果日本は南方の泊地を一つ失う破目になった。

 そう言えば、戦時中なのに呑気にクルージングしていた旅客船が深海棲艦に沈められて、破棄されたその泊地でその生き残りの少女が保護された。なんて話を聞いたことがあるわね……って、それは今関係ないか。

 

 「どうして妖精さんにそこまで嫌われたか、心当たりはない?」

 「心当たりと言われましても……」

 「例えば邪険に扱ったとか、妖精さんのお願いを無視したとか」

 「え~っと……」

 

 あ、これは両方やってるっぽいわね。

 大和は「そ、そんな事してません……よ?」とか言ってるけど、大和の頭の上に居る妖精さんたちが「オ部屋ニ入レテクレマセンデシタ」とか「コイツ嘘ツキデス」とか「シッシッテヤラレタデス」って言ってるもの。

 でも、それだけで艤装がまともに動かせなくなるほど嫌われるとは考え辛いわね。

 もっと他に理由があるんじゃ……。

 

 「窮奇に聞けば何かわかるかしら……」

 「呼んだか?円満」

 「え?出て来ちゃったの?」

 「お前が呼んだから出て来たのに随分な言い草だな。引っ込んで良いのか?」

 「いや、出て来たのなら都合が良いわ。後で大和に説明するのが面倒ではあるけど」

 「ああ、それなら心配するな。大和も今話を聞いている」

 「はぁ!?」

 

 え?ちょ、どういう事?窮奇が出ている間は大和の意識はないんだと思ってたのに実際はあるの?

 いやそれより、窮奇が出てきてから大和の頭の上でだらけていた妖精さんたちの態度が一変した。まるで訓練が行き届いた歴戦の兵士みたいにピシッ!と気を付けして整列してるわ。

 

 「相変わらず五月蠅いヤツだな。お前では話にならんから大人しくしていろ」

 「あ、ごめん、五月蠅かった?」

 「ん?いやいや、お前に言ったんじゃない。頭の中で大和が勝手に乗っ取るなと喚いてるんだ」

 

 しかも会話まで可能か。

 でも以前、会議の前に窮奇と話をした時にはそんな様子はなかったし、大和に会話の内容を覚えている様子はなかった。いったいいつから、大和と窮奇は会話ができるような状態になったんだろう。

 

 「まあ、それは追々でいいか」

 「何がだ?」

 「何でもないわ。で、アンタには大和が妖精さんに嫌われた原因に心当たりがあるの?」

 「あると言えば言えばある」

 「勿体ぶるわね。私に言えない事情でもあるの?」

 「言えないわけじゃない。だがそうだな……信じてもらえるかどうかわからないから言いづらい。と言えば納得してくれるか?」

  

 それはつまり、この世界の歴史が転生者と呼ばれる人たちによって改竄されているなんて夢物語を受け入れた私ですら信じないかもしれない程ぶっ飛んだ内容って事?

 しかもそれが、大和の問題の理由にもなっている。

 有り得るとしたら何?

 私が信じない程ぶっ飛んだ内容だと仮定して、ちょっと中二的に考えてみるとしようかしら。

 まず、大和は出自がハッキリしていない。

 元総理に保護されて10歳になるまで育てられ、後に先生の義父の娘として大和旅館の女将の元へ里子に出された後、高校まで卒業して某T大の入試試験を記念受験して合格までしている。ここまでは調査の結果わかっているわ。

 でも逆に言えば、それ以前の事が不明のまま。元総理に保護されていた10年間の経歴が一切わからないの。

 いったい大和の両親は誰?

 大和の歳から逆算すれば、大和が生まれたのは開戦よりも前なのは間違いない。それなのに、鎮守府や奇兵隊の情報網を使っても両親の存在はおろか出生記録すら見つからない。

 そこで私はぶっ飛んだ仮説を立ててみる。そもそも、大和に両親など存在しないのではないかと。

 だったら大和は何なんだとなるわね。

 親を持たず、突然この世に現れた存在で私が識っているモノに当て嵌めるなら、可能性が一番高いのは深海棲艦。それならば、大和が窮奇の意識が残ったままの艤装と適合でき、窮奇と共生出来ている事にも説明が付く気がする。

 でもそれなら、もっと以前から妖精さんが見えていてもおかしくない。

 実際、窮奇は妖精さんを従えてるみたいだしね。だから深海棲艦の可能性は却下。

 

 「おい円満?」

 

 そういえば、大和は妖精さんの姿が見えるようになったのは「つい最近」と言ってたわね。

 もしかして、最近頭を強打するような事でもあった?いや、でも大和が頭を強打し、工廠に運び込まれたという報告は入っていない。

 代わりに大和について聞いた話と言えば、満潮が飽きるほど朝潮から聞かされたという記念艦大和を一緒に見学した時の話。

 満潮が聞いたところによると、大和は記念艦大和を見学している最中おかしな行動をとったらしい。

 具体的には、誰も居ない艦橋で誰かと話してた。

 誰かって誰?もしかしてそこで初めて妖精さんと話した?

 

 「まったく、この私を無視して考え事とは……」

 

 ううん、少し違う気がする。

 だからここで、もう一度ぶっ飛んだ仮説を立ててみる。

 大和が艦橋で会話してたのは記念艦大和。その魂とでも呼べる存在なんじゃないかと。

 日本には昔から、長い年月を経た道具などに神や精霊(霊魂)などが宿った付喪神なんてものの言い伝えがあるし、船に限って言えば『舟魂(ふなだま)』と呼ばれるものがあるわ。

 そしてこの舟魂は、船が沈む前に船から離れて行くと言われている。

 例えば戦艦陸奥。

 陸奥が不審火で爆沈したのは有名な話だけど、その日の夜中、第三砲塔の上で真っ白な浴衣のような着物姿で赤い髪を振り乱してけたたましく笑っている女性の姿(あれ?なぜか桜子さんが頭に浮かんじゃった)が目撃されている。そして陸奥は、その日の正午過ぎに爆沈したそうよ。

 

 「小腹が空いたから何か貰うぞ」

 

 とか言って給湯室に向かった窮奇は放っておくとして、さらにこんな話もある。

 戦争中、日本海軍の海防艦2隻が台湾海峡付近を航行していた。

 ある晩、片方の海防艦の乗組員が僚艦の甲板の上を松明を持った巫女さんが走り回っているのを目撃したそうよ。しばらくすると、その巫女さんは海の中に飛び込むようにして姿を消し、目撃した乗組員は「何かの見間違いだろう」ということで僚艦へは連絡をしなかった。

 夜が明けると、昨晩巫女さんが走り回っていた海防艦の姿が見えなくなっていて、無線で呼びかけても応答がないから夜のうちに何らかの原因で沈没したのだろうと言うことになったんだってさ。

 

 「お、これは間宮羊羹か……懐かしいな。あの頃は食う事が叶わなかったが……。円満、食べていいか?」

 「ええ」

 

 他にもこの手の怪談話はあるけど、長くなるから今回は割愛するわ。

 で、大和の話し相手が記念艦大和の舟魂とすると、なぜ大和が舟魂と会話する事ができたんだという新たな疑問が出て来るわね。

 でも、舟魂なんてモノが存在すると仮定すれば、それと会話する事が出来た大和の正体にも察しが付く。

 つまり大和は、先生から託された歴史書に記されていた……。

 

 「()()()()()()()。その舟魂の生まれ変わり」

 「お?なんだ知っていたのか?」

 

 私が大和の正体について考えている間に移動したのか、窮奇はソファーに座って隠していたはずの間宮羊羹を齧っていた手を止めて私の独り言に答えた。

 べつに食べるのはいいけど、せめて切り分けてから食べなさいよ。

 そんな頭から齧る様な食べ方したら、もうアンタか大和しか食べれないでしょう?まあ、それはとりあえず置いとくか。

 

 「アンタがそう言うって事は正解みたいね」

 「ああ、私も含め、コイツは失われた歴史で沈んだ大和の生まれ変わりだよ」

 「アンタも含めてって……。じゃあ、深海棲艦の大本は」

 

 沈んだ艦の舟魂、もしくは乗組員の怨念。

 艦娘、と言うより妖精さんは差し詰めその逆ってところかしら。なんだかここに来て随分とオカルト染みてきたわね。

 ん?と言う事は、大和の艤装に宿っている妖精さんはかつての大和の乗組員たちの善性、良心とも言える存在になるんじゃない?その妖精さん達が、どうしてかつて自分たちが乗っていた艦そのものである大和に従わないの?

 人に例えるならどうだろう。

 例えば自分が一兵卒だとして、上官に従わない。従いたくないと考えるのはどういう場合?

 いや、考えるまでもない。軍規に縛られている軍人がそこまでする場合なんて限られてるもの。

 

 「妖精共が大和に従わない理由は簡単だ。それは……」

 「今の大和に、従う価値がないから」

 「そうだ。大和は迷っている。自分の存在を認め切れずに今もウジウジして自分の殻に閉じこもっている」

 

 軍人に例えるなら、戦場に怯えてまともな指示も出さずに部屋に閉じこもってる感じかしら。

 そんな上官に従おうなんて軍人はほとんどいないでしょうね。一兵卒ですら、呆れて果てて異動願いでもだすんじゃないかしら。

 

 「だが、完全には見離されていない」

 「そうね。見離されてたら、妖精さんはそもそも大和の傍に居ないもの」

 

 それがせめてもの救い。見離されてさえいなければ、これからの大和の行動次第で挽回できるし努力次第で今よりも強くなれる。

 

 「窮奇、大和と代わってくれる?」

 「これを食べ終わってからじゃダメか?」

 「ダメ、あげるから後でゆっくり食べなさい」

 

 私がそう言うと、窮奇は名残惜しそうに残りの羊羹をテーブルに置いて執務机の前まで移動してくれた。

 窮奇って意外と物分かりが良いのよねぇ。

 大淀を目の前にして暴走する癖さえなければ、大淀と二人をセットにして運用するのも有りなのに勿体ないったらないわ。

 

 「話は聞いてた……のよね?」

 「はい……」

 「なら、自分がやるべき事もわかってるはずね?」

 

 自信なさげに頷く大和を見る限り、妖精さんの信頼を取り戻すのが最優先なのはわかってる。でも方法がわからないって感じかしら。

 だったらここは、提督として道を示してあげなきゃいけないわね。

 

 「大和、貴女には今後しばらくの間、私の秘書艦を務めてもらいます」

 「秘書艦……ですか?でも提督には満潮教官が」

 「満潮には貴女の問題が解決するまで第八駆逐隊としての任務に専念してもらうわ。だからその件に関しては心配しなくても良い」

 

 実際、これは満潮にとっても良い機会なのは間違いない。

 頑なに朝潮たちを遠ざけてたあの子が、何があったのかまでは知らないけどようやく姉妹たちと仲良くする気になってくれたんだもの。だったら仲良くする機会を与えてあげなきゃ、あの子の決心が無駄になっちゃうものね。

 

 「で、でも秘書艦って、具体的に何をすればいいんですか?」

 「それは追々説明するわ。でも、これだけは覚えておいて」

 

 基本的に私は多忙。週に一度の休みを取るのにも苦労するほどスケジュールに余裕がないわ。

 特に、演習大会が迫っている今は尚更ね。

 本音を言うなら、そんなバカみたいに忙しい時期に満潮を秘書艦から外すなんて事はしたくはない。したくはないけど、先の事を考えると大和の問題は早めに片づけておきたいし、演習大会で大和 対 アイオワのカードを組んでしまったから是が非でも戦えるようになってもらわないと困る。

 だから大和、貴女には酷だと思うし窮奇に文句の一つも言われかねないけど、私はあえて貴女を叩き落すわ。

 これから演習大会までの約二ヶ月間、貴女には……。

 

 「修羅場を経験してもらう」

 

 



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第九十九話 幕間 澪と恵

 十章ラストです!
 十一章開始は……いつになるんだろう……。


 

 

 

 私が籍を置く艦娘養成所はかなり辺鄙なところにあります。

 具体的に言うと、呉と松山の中間くらいに位置する元無人島ですね。

 元無人島だけあって交通の便は不便を通り越して無いに等しく、基本的に養成所内で生活が完結するよう商業施設なども完備されています。

 本土や四国へ渡るには定期船を用いるしかなく、長期休暇を除いて養成所から出ることは稀です。

 あ、ちなみに、養成所と本土を繋ぐ定期船には車を載せる事が可能で、私も養成所から本土へ渡る時は車ごと移動したりしますし、逆に本土から渡って来る人も車ごと渡ってくることがあります。

 もっともそのせいで、今は横須賀にいるおバカさんがレンタカーで養成所のゲートに突っ込むなんて悲劇が起きてしまいましたが……。

 

 「で?何をしにわざわざこんな遠くまで来たの?恵」

 「あらぁ、大好きなお姉ちゃんに可愛い妹が会いに来たのに、その反応はちょっとつれないんじゃない?」

 

 そんな、下手な田舎より田舎な養成所に私を尋ねてきたのは元姉妹艦の荒木 恵。

 普段は横浜……だったかな?で、元艦娘を対象とした心理カウンセラーをしている子なんですが、この前横須賀で会ったばかりだというのに連絡も寄越さず急に尋ねてきたんです。

 しかも泊まる気満々なのかキャリーバッグを引っ張って。それに……。

 

 「来るなら来るで時間を考えてよ。今時分が訓練の真っ最中って想像つくでしょ?」

 「だってぇ、この時間の定期船を逃したら次は17時だったんだものぉ。それに問題ないでしょぉ?澪ちゃんの生徒は寝ちゃってるみたいだし」

 

 ええ、たしかに問題はありません。

 恵の視線の先で、砂浜に突っ伏して寝てる阿賀野が起きるまでは訓練が再開できないですから。

 

 「相変わらず澪ちゃんは厳しいわねぇ。気絶するまでしごく事ないんじゃない?」

 「気絶くらい可愛いもんだよ。満潮の時なんか血反吐吐くまでやらせてたし」

 

 もっとも、あの頃は加減を知らなかったのと、円満が高速修復材の使用許可を出してくれたので無茶をさせすぎたんですけどね。

 

 「でもぉ、なんで澪ちゃんがこの人の訓練に付き合ってるのぉ?この人ってたしか、呉所属の軽巡洋艦よねぇ?」

 「霞に頼まれたんだよ。この人に脚技を教えてあげてってね」

 

 彼女がここに来る前日、普段はラインすら寄越さない霞から連絡があったときは驚きを通り越して悪い物でも

食べたんじゃないかと心配しました。

 だって、私が電話に出るなり「澪姉さんにお願いがあるの」と言ったんです。

 一度も私のことを姉さんと呼んだことがない霞がですよ?

 しかも高圧的にではなく、心底申し訳なさそうに言ってきたんです。あまりにも驚きすぎたので、霞との通話を切った後に司令官……じゃないや、元帥に報告したくらいです。

 

 「霞ちゃんが澪ちゃんにお願いごとをするのも驚きだけど、軽巡が脚技を学びたがるって方が私には驚きだわぁ。何か事情があるのかしらぁ」

 「大淀に勝ちたいかららしいよ」

 「大淀ちゃんに?」

 

 阿賀野は私と会うなり「貴女に師事すれば大淀に勝てると聞いて来た」と言い、ノートPCに入った大淀の戦闘記録を私に見せました。

 いやぁ、今のあの子の戦闘を見るのは初めてでしたが化け物っぷりに磨きがかかってました。

 

 「澪ちゃんの見立てではどうなのぉ?脚技を覚えたくらいで、彼女は大淀ちゃんに勝てる?」

 「大淀の底を知らないから断言は出来ないけど、阿賀野ならいい線行くと思う」

 

 いや、いい線行くどころか勝ってしまうかもしれない。

 その理由の一つは彼女の戦闘技術。

 阿賀野は、名前が売れてないのが嘘みたいに思えるほど高い戦闘技術を習得していた。

 射撃精度が高いのはもちろん敵との位置取り、回避技術などの基本的な技術は、これ以上ないと言えるほど洗練されていました。

 正直、脚技を学ぶ事は蛇足だと感じましたね。

 そして内に秘めた才能は大淀に引けを取らない。 

 彼女はここに来て僅か半日でトビウオをマスターしましたし、最大使用可能回数も15回と駆逐艦並の回数をマークしました。

 さらに彼女は、恐らく誰もやった事がない艤装の使い方まで独自に編み出し、モノにしていましたね。

 あんな危険極まりない、桜子さんでもしないような使い方があるなんて初めて知りましたよ。

 

 「へぇ、澪ちゃんがそこまで言うなんて相当ねぇ。でも……」

 「大淀には通じない。って言いたいの?」

 「ええ、だって大淀ちゃんは脚技の対処法を知ってるし、持ち札も脚技だけじゃないのよぉ?」

 「うん、だからそれも含めて教えてるよ。それに、大淀には攻略法がある」

 「大淀ちゃんに攻略法?どんな?大淀ちゃんには、相手の技術を一目見ただけで完璧にコピーする『猿真似』があるのよぉ?」

 「そう、それがあるからあの子が知らない技術で対応しようとするのは悪手。手札を与えるようなモノだからね」

 

 だから、大淀と戦う場合はあの子が知ってる技術のみで対処するのが大前提。ただし、あの子が知らない技術をあの子に対して使う手段が無いわけじゃない。

 

 「目に頼りすぎてる。それが、数少ないあの子の弱点の一つ」

 「じゃあ、大淀ちゃんが大潮だった頃の澪ちゃんにしたむみたいに、探照灯なりで視覚を麻痺させればいいのぉ?」

 「いや、そこまでしなくても……って言うか、そこまでやれば大抵の人は為す術がなくなるよ」

 

 探照灯で視覚を麻痺させるのは昼間でも十分可能。でもそれだと、貴重な装備枠が一つ潰れてしまう。 

 それにさっき言ったけど、大淀を相手にする場合はそこまでしなくても良い。

 

 「大淀の視力が超人じみてるのは恵も知ってるよね?」

 「ええと、たしか11.0だったかしらぁ」

 「そう、それに加えて動体視力も高い。故に、あの子は戦況の把握方法を視覚情報に依存している」

 

 それはあの子の最新の戦闘記録を見て、軽巡になってから艦載機が扱えるようになったせいで尚更その傾向が強くなっていると感じました。

 

 「大淀の水偵を最優先で落とし、後は目の前に砲撃なり雷撃なりで水柱でも上げれば、あの子は簡単に対象を見失うはずだよ」

 「いやいや、いくら何でもそれは達観し過ぎなんじゃ……」

 

 とは言いつつも、恵も「あの子、やる事が極端だから有り得るかも……」なんてブツブツ言ってるじゃないですか。

 私もそこまであの子が間抜けとは思いたくなかったですが、私が霞の事を元帥に報告したときに聞いた言葉と、阿賀野が持って来た戦闘記録を見て確信に至りました。

 きっとあのオジサン、霞のお願いを叶えるついでに阿賀野を大淀の肥やしにしようとしてるんです。

 大淀に、自分の弱点を自覚させるための肥やしに。

 じゃないと、大淀にベタ惚れしてる元帥が私に「大淀に勝てるくらい阿賀野を鍛えろ」なんて言うとは思えませんもの。

 

 「それに、阿賀野にも大淀に負けないくらい特異な能力があるよ」

 「どんなぁ?」

 「阿賀野は『夢物語』って呼んでたかな」

 

 今も浜に突っ伏したままの阿賀野はただ寝てるだけじゃない。

 彼女が気絶する寸前まで訓練していたのは『水切り』なんですが、阿賀野は今、脳内で『水切り』が使用できるようになった事を含めて大淀との戦闘をシミュレートしているはずです。

 

 「え~と、つまりどういう事ぉ?」

 「阿賀野の受け売りだけど、簡単に言うと習得している技術と得ている情報を元に戦況をシミュレートし、実際の戦闘で体現する能力、かな。姉さんの『広辞苑』の上位互換と言ってもいいかもしれない」

 

 姉さんの『広辞苑』と同じで知らない状況だと効果が減るってデメリットはありますが、阿賀野の『夢物語』の場合は『広辞苑』以上に修正が効きやすい。

 例えば一度負けても、その時の戦況や相手の行動を脳内で再確認して、次はそれを含めたあらゆる戦況を予想し、最善手を導き出す。

 一度睡眠を挟まなきゃならないって制限も、相手が何度も再戦できる相手なら問題ありません。

 さらにこの能力は、微修正するだけならほんの一瞬寝るだけでOKらしいんです。

 

 「なるほどぉ。戦況分析とその攻略法の模索に特化した能力ってわけねぇ」

 「うん。正直、彼女ほどの艦娘を飼い殺しにしてた呉提督の見る目のなさには呆れてものが言えなくなったよ」

 

 実際に目の当たりにして度肝を抜かれました。

 だって阿賀野は、私から脚技を学ぶ前の時点で艦娘時代の私よりも強かった。

 彼女がもし、例えば正化29年時に横須賀に所属していたなら、あのオジサンは間違いなく私達を彼女の下につけて水雷戦隊を編成していたはずです。

 

 「ねぇ澪ちゃん。澪ちゃんは大淀ちゃんの事が嫌いなのぉ?」

 「そんなわけないじゃない。大淀の事は大好きだよ」

 「じゃあどうして、大淀ちゃんが傷つきかねない事をするのぉ?あのオジサンに言われたからぁ?」

 「違うよ。なんて言うか、阿賀野を見てたら昔の霞を思い出しちゃったんだ。しいて挙げるならそれが理由かな」

 「昔の霞ちゃん?」

 「そう、呉提督に冷遇されてて、姉さんって言う不満のはけ口がなくなっちゃった頃の霞と阿賀野が重なって見えちゃったんだ」

 

 だから手を貸す気になった。

 大淀なら、姉さんを亡くしてダメになっていた頃の私たちを救ってくれた大淀なら、阿賀野も救えるんじゃないかと思った。

 でも今の阿賀野じゃ中途半端な結果になりかねないから、大淀が本気でお仕置きしようと考えるくらい鍛える事にしたんです。

 

 「大淀ちゃんの単純さに、私も澪ちゃんも円満ちゃんも救われたものねぇ」

 「霞もね。で?恵の話って何なの?まさか、雑談しにこんなところまで来た。なんて言わないよね?」

 

 まあ言わなくても、恵が何の話をしに、いえ、何を相談しに来たかなんて予想がついてるんですけどね。

 

 「この間、円満ちゃんと一緒に飲んだじゃない?その時の事で……」

 「やっぱりか。決めあぐねてるの?」

 「ううん、決めてはいるの。ただその……」

 

 かれこれ数週間前、私と恵は休みを合わせて円満に会いに行きました。

 その時は単に、作戦を終えて帰ってきた円満を同窓会的なノリで労おうってだけのつもりだったんですが、大淀の電源が落ちて満潮に連れて帰らせた後、円満は私達にこう言いました。

 

 「横須賀で自分の手伝いをしてくれ。私と恵には仕事があるのに、あの子も簡単に言ってくれるよね」

 「それ、本気で言ってないでしょ?澪ちゃんなら、それが悩みに悩んだ末の結論だって事くらい……」

 「うん、わかってるよ」

 

 きっと円満はハゲそうになるまで悩んだ挙句、私と恵に声をかけた。

 そんなことはわかってるし、円満が私達を鎮守府に迎え入れてやらせたい事にもなんとなく察しはついている。あの子は出来ないことをやれとは絶対に言わないですから、そこは安心してるんですけど……。

 

 「問題は私達に、戦う理由がない事だよね」

 「うん……私も澪ちゃんも、円満ちゃんと同じで食い扶持を求めて艦娘になった。でも今は食うに困ってないし……」

 「姉さんの仇も大淀がとってくれた……」

 

 だから私達には理由がない。

 円満の手助けをするために私は養成所の教官になり、恵は心理カウンセラーになったのに、いざ近くで力になってくれと言われたら尻込みしてしまった。

 いや、申し訳なくなってしまった。

 

 「澪ちゃんはどうするの?」

 「恵と同じだよ。円満の手伝いをしに横須賀へ行く」

 「戦う理由もないのに?」

 「うん。私達には円満みたいな理想もないし、今も大本営で悪巧みしてるオジサンみたいに復讐したい訳でもない。でもある意味、大淀と同じ理由があるって気付いたんだ」

 「大淀ちゃんと同じ?み、澪ちゃんはどうだか知らないけど、私あの同じオジサンを恋愛対象としては見れないかなぁ……」

 「ちょっとちょっと、それじゃあ私があのオジサンの事が好きだって言ってるみたいじゃない」

 「そうじゃないのぉ?」

 「違うよ!別に嫌いじゃないしどちらかと言えば好きだよ?でも、あんな足が臭くてハゲ散らかしてるオッサンを男性として好きになるなんて有り得ないから!」

 

 そう言っても浮かんでしまった疑惑が拭いきれないのか、恵は「まあ、そういう事にしといてあげるわぁ」とか言ってます。

 でも本当に有り得ませんから。

 

 「それで?私たちの理由ってなんなのぉ?」

 「今の仕事に就いたのと同じ理由だよ。円満の手助けがしたい。それだけで、戦う理由としては十分なんじゃないかな」

 

 そう、それで十分なんです。

 難しく考える必要も負い目を感じる必要もないんです。私たちが傍に居るだけで円満が戦えるのなら、それだけでも横須賀に行く価値があるんですから。

 

 「だから、円満と一緒に勝利を刻もうよ。暁の水平線にさ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 私がそう言うとと、恵は憑き物が取れたように微笑んで「うん」と言いました。

 

 その約二ヶ月後に私と恵は、中佐への昇進っていうオマケと共に提督補佐として横須賀鎮守府に再着任したんですが……。円満が私に艦隊の指揮をさせようとしてたのはさすがに予想外でしたね。

 

 ええ、青木さんもご存知の通り、私は水雷戦隊の訓練指導と指揮を任されました。

 恵は主に艦娘のメンタルケアをしていましたね。

 

 え?青木さんも恵のメンタルケアを受けた事があるんですか?

 しかもムツリムに勧誘された!?

 はぁ……円満から聞いた時は冗談だと思ってたけど本当にしてたんだね~あの子。いや、ムツリムに入信してるの自体は知ってたんだけど、詐欺師みたいな勧誘をしてるなんて夢にも思っていませんでしたから。

 あ、一応聞いておきますが入信してませんよね?

 してない?本当?なら良かったです。

 

 そうそう!

 宗教繋がりじゃないんですが、私が指導した阿賀野は瑞雲教徒だったそうですよ?

 なんでも捷一号作戦の時に勧誘されたらしくて、私のところへ修行しに来ると決めた日に入信を決意したそうです。

 いえいえ、熱心な教徒ではなかったみたいです。

 恐らくですが、阿賀野の目当ては信仰でも教義でもなく、当時の日向の先代に当たる人に瑞雲の使い方を習うのが目的だったんだと思います。

 

 だってほら、あの試合の時に大淀を苦しめた瑞雲の使い方を見て、当時の日向が「まるで私の先代のような使い方」だって言ってたそうですし。

 

 え?軽巡なのにどうして瑞雲が使えたのかが今だに不思議?

 いや、不思議も何も、阿賀野型は瑞雲を装備出来るんですよ。

 まあ装備出来るだけで、搭載数の少ない軽巡じゃ航巡や航戦みたいな運用はできないし、艦隊戦なら素直に偵察機を装備した方が有意義だし役に立つと思います。

 でも阿賀野は、大淀に勝つためだけにあの装備を選んだ。

 砲も電探も装備せず、撃墜されたらそれまでなのに全スロットに瑞雲を装備するなんてリスクを冒してまで、阿賀野は大淀に勝ちたかったんですよ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐 大城戸 澪中佐へのインタビューより。

 





次章予告。

 大淀です。

 サンマにハロウィン、クリスマス。そんな秋冬のイベントにはしゃぐ艦娘達。
 サンマはイベントに入るのか?と疑問を零したら怒られそうなのでやめておきます。
 そんな艦娘達を尻目に、大和さんは慣れない秘書艦業務に七転八倒中。はたして、大和さんは妖精さんの信頼を取り戻せるのでしょうか。
 一方呉では、一足先に来日した英国艦が何やら問題を起こしているみたい……え?問題を起こすのは日本の艦娘?

 次章、艦隊これくしょん『邂逅と確執の助奏(オブリガート)
 お楽しみに。


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第十一章 邂逅と確執の助奏《オブリガート》
第百話 やっと、見つけました


 祝100話!&十一章の投稿を開始します!


 

 

 

 艦種別国際艦娘大会。対戦表。

 

 一日目。

 

 第一試合:神風 対 磯風

 

 第二試合:伊58 対 U-511

 

 第三試合:長門 対 Nelson

 

 二日目。

 

 第一試合:大淀 対 阿賀野

 

 第二試合:足柄 対 Prinz Eugen

 

 第三試合:鳳翔 対 Intrepid

 

 三日目。

 

 第一試合:雪風 対 Jervis

 

 第二試合:那智 対 Pola

 

 第三試合:大和 対 Iowa

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「これ……全部書くんですか?」

 「いや、書くんですか?って、書き終わったんじゃないの?」

 「え?はい、対戦表は書きあがったんですが……」 

 

 対戦表の清書を頼んだ大和は「うわぁ~」とでも言いたそうに顔を歪めている。

 もしかして自分の名前があるから?しかもアイオワと対戦することになってるからかしら。

 

 「私とアイオワさんが試合とは言え戦う……か」

 「何か想うところでもあるの?」

 「無い。と言えば嘘になりますね。私と彼女はよく比べられてるようですから」

 

 こちらの世界では、って但し書きが付きそうね。

 改竄されなかった歴史ではどうなのか知りようがないけど、この世界では戦後、大和とアイオワが戦った場合はどちらが勝つか。という議論は枚挙に暇がない。

 それこそ大和の圧勝説やその逆。条件次第では大和、もしくはアイオワが有利などなど探せば切りが無いほど出てくるわ。

 でも個人的には、大和の対抗馬としてアイオワを挙げるのはナンセンスだと思ってる。

 同時代の戦艦の最高峰として大和とアイオワが挙げられてるんだと思うけど、そもそもアイオワは対大和型と言うよりは対金剛型。

 大和の対抗馬として挙げるなら、次級のモンタナ級が妥当だと思うわ。建造されてたら、だけどね。

 

 「やっぱり憎いとかって気持ちはあるの?当時の人どころか戦艦の気持ちなんて想像もつかないけど、彼女を敵として認識してたのよね?」

 「窮奇は彼女を敵だと言って嫌ってますが、私は憎いと思った事はありません。撃ち合いたかった。とは思いますが」

 

 大和は照れ臭いのか頬をポリポリと掻いてるけどさすがは戦艦、と褒めれば良いのかしら。

 大和の手元で遊んでる妖精さんたちも「お?」って感じの顔して見上げてるし、大和がハッキリと戦いたいって言うだけである程度の信頼は取り戻せそうね。

 

 「ちなみに、今のアンタ達がやり合ったらどうなる?」

 「そうですねぇ……。行われる試合のルールでは戦場が限定されていますから射程の有利不利はほぼありません。と言うよりは、性能の差が勝敗を分かつ事にはなり辛いです。ならば……」

 「勝敗を分かつのは艦娘としての練度。それに個人の力量ってとこかしら?」

 「そうなります。アイオワさんが戦うところを見たことはありませんが、どうなんです?彼女は」

 「強いわよ。正に米国最強は伊達じゃないって感じね」

 

 捷一号作戦時のアイオワの戦いを記録で見たけど、彼女戦い方は良く言えば無駄が無い。悪く言えば機械的。

 索敵から発砲までのプロセスを無駄なく、それこそライン作業のように淡々と熟してるって印象を受けたわ。

 故に隙が無い。

 艦娘だとは思えないほど、人間的な隙も死角もない彼女は正に戦闘マシーン。相手をするのが窮奇ならともかく、今の大和じゃ勝ち目はゼロね。

 

 「戦闘マシーン……ですか。不思議と彼女らしいと思ってしまいました」

 「試合には窮奇に出てもらう?」

 「窮奇は彼女を沈めるなんて言ってますよ?それは提督的にもマズいのでは?」

 「あ~、そりゃマズいわね」

 

 実艦だった頃の大和とアイオワに直接的な因縁でもあったのかしら。それとも単に、かつての敵国に所属していた艦娘だから?

 まあどちらにしても、ガチの殺し合いに発展する可能性がある以上、窮奇は試合に出せない……か。

 あれ?でもたしか……。

 

 「入れ替わりの主導権は窮奇にあるのよね?」

 「え、ええまあ……。私の意思で入れ替われた事は一度もありません」

 「しようとしたことは?」

 「それは当然……あれ?」

 「返せと言ったことはある。でも、その様子だと取り返そうとした事はないみたいね」

 

 よくよく考えればおかしな話よね。

 身体の普段の使用権は大和にあるし、窮奇は長くて数十分しか表に出ていられない。にも関わらず、現状入れ替わりは窮奇の意志に左右されている。

 それは単に、入れ替わりに大和の意思が介在してないだけであり……。

 

 「本気で取り返そうとすれば出来るんじゃない?」

 「出来るん……ですかね?」

 「私に聞き返されても困る。今度乗っ取られた時に試してみたら?」

 「そうしてみ……え?なに?」

 「どうかした?」

 「いえそのぉ……窮奇が「試すなよ?絶対に試すなよ!」って喚いてるんです」

 「いや、それってさ……」

 

 取り返すことが可能だってことでしょ。ならば同時に、その逆も出来る可能性が高い。

 だから窮奇は慌ててるんだわ。 

 もし、入れ替わりの主導権が実は大和に有ると気付かれたら困った事になるものね。主に大淀と会った時に。

 でも、これは私的にはチャンス。

 コレをネタにして説得すれば、対アイオワ戦で窮奇がアイオワを沈めない程度に力をセーブしてくれるかもしれないんだから。

 

 「ねえ大和。さっき、今のアンタたちがやり合ったらどうなるって聞いたわよね。その時、窮奇は何か言ってた?」

 「余裕だ。と言っていました。今の奴は艦娘として未完成だとも」

 「艦娘として未完成?それはどういうこと?」

 「さあ?私にも意味は……。え?代われ?ちょっと待っ……!」

 

 窮奇が出て来たわね。

 それは大和のリアクションと、さっきまで遊んでいた妖精たちさんが大和の前に整列した事ですぐにわかった。

 大和では説明出来ないから、自分から直接説明する気なのかしら。

 

 「あまり、大和に余計なこと吹き込まないでくれると助かるんだがな」

 「あら、そっちの話をしに出て来たの?」

 「そっちも込みだ。今のコイツにはまだ早いんでな」

 

 まだ早い?

 何が早いのかはわからないけど、少なくとも自分の自由が損なわれるのを恐れて言ってるんじゃないみたいね。ん?PCにメールが……。

 送り主は秘書艦席のノートPCになってるわね。

 つまりメールを書いたのは……。

 

 「窮奇?」

 「ところでさっきの話だが」

 「え?ああ、アイオワが艦娘として未完成って話ね」

 

 窮奇は私の目を見ながらノートPCを閉じた。いったいどんな内容が書いてあるのかしら……って!

 

 「これって!」

 「()()()()()()()。お前なら、後は言わなくてもわかるだろう?」

 「で、でもPCで書いたなら……」

 

 大和も書くところを見たんじゃない?と続けようとしたら、窮奇は明後日の方向を見ながらキーを打つ仕草をして見せた。

 なるほど、ブラインドタッチで書いたから大和は見ていない。って事ね。まったく、いつの間にそんな芸当を覚えたのやら……。

 いやそれよりも、こんなとんでもない情報を急に教えないでよ。また悩みが増えちゃったじゃない。

 

 「話を戻すが、お前はアイオワが戦闘マシーンのようだと言ったな?」

 「ええ、それが艦娘として未完成って事と繋がるの?」

 「ああ、だがその前に、奴も大和と同じ存在だということを教えておかないとならない」

 「大和と同じ?ちょっとそれって、アイオワも戦艦アイオワが人として転生した者ってこと!?」

 「そうだ。他にもいるのかもしれんが、私が知る限り本当の意味での艦娘は大和とアイオワだけだ」

 

 本当の意味での艦娘……。

 元艦娘の身としては複雑なことこの上ないわね。

 だって、大和やアイオワのように艦の舟魂の生まれ変わりじゃない艦娘は偽物って言われたようなものなんだもの。

 

 「勘違いするなよ?べつに艤装となった艦と同調出来た者が偽物と言いたいわけじゃない」

 「艤装となった艦?じゃあ艤装もある意味では艦の生まれ変わりって事?」

 「ん?妖精はそこまで教えてくれなかったのか?お前達が使っている艤装は、失われた歴史で沈んだ艦の無念、未練、怨念などが元となった深海棲艦を妖精が浄化した物だ」

 「じゃあ、他の艤装の内にもアンタみたいなのがいるってこと?」

 「表に出れるほどの自我があるか知らんが、居るのは間違いない」

 

 へぇ、それは本当に知らなかった。

 じゃあ、満潮が姫堕ち発動時に力を貸してと交渉しているのは、かつての駆逐艦満潮の魂そのものって事になるわね。

 

 「それでアイオワだが、奴の場合は私と大和の場合とは異なる」

 「どういう風に?」

 「簡単に言うと一つになっている。奴の艤装の内に居たであろう、深海棲艦となっていたアイオワとな」

 「それが、アンタがアイオワに勝つのは余裕だ。と言った理由?」

 「ああ、奴は一つとなったことで人間としての弱さを捨て、艦としての強さを取り戻した。だが私から言わせれば、奴がした事は艦娘としての強さを捨てたのと同義だ」

 

 艦娘としての強さって何?

 アイオワの戦いぶりは無駄がなく正確で、深海棲艦への容赦など微塵もなかった。

 正直怖いとすら思ったけど強いのは間違いない。

 にも関わらず、アイオワは艦娘としての強さを捨てたと窮奇は言った。

 実艦そのものみたいな戦い方をするアイオワと、例えば私の違いは何だろう。

 私は艦娘時代、トビウオと水切り、そして艦体指揮を駆使して戦った。しいて違いを挙げるならそれくらいだわ。

 いや、それが窮奇が言う艦娘としての強さ?

 実艦には出来ず、艦娘だから、人間だからこそ出来る事こそが艦娘としての強さって事?

 

 「大和は面白い()()をいっぱい持っているのにそれを生かそうとせん。それさえ出来れば、何者にも負けぬ無敵の戦艦に成れるというのにな」

 「アンタがそれを教えてあげればいいんじゃない?」

 「私の言う事に素直に耳を傾けるならそうするさ。だが、コイツは私の事を毛嫌いしているから聞く耳を持たん」

 

 ふぅん。

 大和が何を持っていて、それをどう戦闘に生かせるのかはわからないけど、呆れたような窮奇の顔を見る限り本当に勿体ないモノを持ってるのね。

 そして、それは窮奇では扱いきれない。

 人として育った大和だからこそ扱え、真価を発揮するモノなんだと思う。

 

 「ん?そうだ。それで良い。ようやく理解したか馬鹿者め」

 「大和が何か言ってるの?」

 「ああ、やっと自分の使い方がわかったらしい」

 

 窮奇が口にした『自分の使い方』。

 それが何なのか、何を意味するのかはまだわからない。窮奇もそこまで言う気は無さそうだしね。

 でも窮奇と入れ替わるなり、大和は憑き物がとれたような顔をしてこう言ったわ。

 

 「やっと、見つけました」って。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 大和が何を見つけたのか?

 簡単言うと戦闘スタイルね。

 

 ほら、艦娘って大なり小なり癖というか、好みの戦闘法があるじゃない?

 それは砲撃のタイミングや照準の仕方だったり、派手なので言うと各種脚技や磯風の聖剣ね。

 

 そう、大和が対アイオワ戦で見せたあの戦い方が正にそうなのよ。

 

 大和は戦艦としての戦い方に、幼少期から仕込まれていたアレを組み込んだ。

 

 今思うと、あの日にネームド戦艦『大和太夫』が誕生したと言えなくもないわね。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官 紫印円満中将へのインタビューより。

 

 



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第百一話 征くぞ諸君!

 正直に言うと、曙美さんの演説を書きたかっただけの回です。


 

 

 

 

 大和と秘書艦を代わっている間、私は第八駆逐隊のメンバーと一緒に訓練したり哨戒に出たりしてたわ。

 

 うん、楽しかった。

 あの子達は脚技が使えなかったから、私の行動はいつも以上に制限されてたけどそれでも楽しいと思えたし、頼ってくれることを嬉しくも感じていた。

 

 さすがに、円満さんの世話があるから八駆の部屋に戻るってことは出来なかったけど、秘書艦業務がなかったから暇さえあれば八駆の部屋に入り浸ってたわ。

 

 そうそう、横須賀鎮守府名物の秋刀魚漁にも一緒に行ったっけ。

 しかもその時は、元帥さんがサンマを食べたいって言いだしたとかでお姉ちゃんも同行する事になったの。

 

 いやぁ、あの時のお姉ちゃんは別の意味で凄かったわね。

 頭のカチューシャをねじり鉢巻きに換装したお姉ちゃんが秋刀魚を網に誘導する様は曙美さんがスカウトするくらい手際が良かったわ。

 爆雷を投下し始めるまではね……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「と言う訳でお世話になります。曙美さん」

 「何がと言う訳なのかわかんないけど了解よ満潮。でも、お世話になるのはこっちの方じゃない?」

 「いや~、今回はあの人が一緒だから……」

 「そう言えばそうだった……」

 

 私と気仙沼漁船団、通称『曙の明星』を束ねる先代曙の曙美さんがため息混じりに視線を向けた先にいるのは朝潮たちと談笑しているお姉ちゃん。

 今回の秋刀魚漁支援任務でトラブルが起こるとすれば、その原因は間違いなくお姉ちゃんだわ。

 

 「そもそも、何で今回はアイツがいるの?」

 「元帥さんが秋刀魚を食べたいとか言い出したんだってさ。後はまあ……想像つくでしょ?」

 「なるほどねぇ……。でもそういう事なら人一倍頑張ってくれる……のよね?」

 「それは間違いないわ。だってほら、探照灯を両肩に付けてるし、円満さんの話だと四式水中聴音機と試製15cm九連装対潜噴進砲まで装備してるらしいから」

 「ちょっと待て。ソナーはともかく九連装対潜噴進砲!?そんな物ぶっ放したら魚がダメになっちゃうでしょ!」

 「いやぁ……いくらお姉ちゃんでも使う時はそれくらい考えて……」

 

 使うんじゃないかなぁ。と続けようとしたけど、曙美さんの「本気でそう思ってんの?」と言わんばかりに細められた視線に負けて顔を逸らしてしまった。

 でも大丈夫よ!

 深海棲艦でも出てくれば話は別だけど、そうじゃないなら爆雷なんて使う必要がないんだから!

 

 「あ、そういえば曙美さんってお姉ちゃんの事が苦手って円満さんに聞いてたんだけど大丈夫なの?」

 「私が苦手なのはあくまで『朝潮』よ。だからアイツ自体は平気。元帥の事を悪く言わなきゃ何もしてこないしね」

 

 本当にそうだろうか。

 私と曙美さんが話してるのに気付いたお姉ちゃんが、こっちを見ながら朝潮に何か耳打ちしてるんだけど……。

 あ、朝潮の手を引いてこっちに来た。

 

 「ヒッ……!朝潮!」

 「ね?本当に怖がるでしょう?」

 「いや、覚えのないことで怖がられるのはそれなりに傷付くのですが……」

 

 お姉ちゃんの口元が猫みたいになってる。

 もしかしなくてもさっきまでの私と曙美さんの会話が聞こえてて、朝潮を曙美さんの目の前に連れてくれば面白いことになるかもとか考えたんだわ。

 最近、桜子さんと考え方が似てきてない?

 

 「ほら曙美さん、この子が今の朝潮ですよ。可愛いでしょう?」

 「やめっ、やめて……その子を私に近づけないで」

 「どうしてそういう事を言うんですか?ほら、こんなに小さくて可愛いんですよ?ほら、ほら」

 

 などと言いながら、朝潮の両脇に手を入れて持ち上げて曙美さんの目の前で朝潮を左右にユラユラと揺らすお姉ちゃん。

 曙美さんは恐怖のあまり固まって動けずにいるし、オモチャにされてる朝潮のメンタルもゴリゴリ削れてるっぽいわ。

 だって涙ぐんでるもん。

 お姉ちゃんは曙美さんをイジりたいだけなんでしょうけど、それって同時に朝潮もイジメてるからね?

 可哀想だからやめたげてよぉ……。

 

 「あ、あの先輩、そろそろ……」

 「ダメです。曙美さんが貴女に頬ずりするまでやめません」

 「で、でも嫌がってますし……」

 「朝潮。彼女は私のせいで厄介なトラウマを抱えてしまってるんです。その尻拭いを貴女にさせるのは筋違いとは思いますが、曙美さんの朝潮恐怖症は現朝潮である貴女にしか治せないのです。わかってくれますね?」

 「り、理解はできますが、でも……」

 

 理解できるのかよ。

 アンタはお姉ちゃんのそれっぽい口車に乗せられたっぽいけど、お姉ちゃんは単にアンタを出汁にして曙美さんをイジりたいだけだからね?

 

 「アンタも大変ね……」

 「ご、ご理解頂けたならその……凄く言いづらいのですが……」

 「わ、わかってる。少し怖いけど、アンタの泣きそうな顔を見てたら我慢しなきゃって思えてきたから」

 

 本当に申し訳ございません!

 朝潮と曙美さんがお互いの苦労を感じ取って頬ずりをされる覚悟とする覚悟を決めたのに、「気持ち良いですよ~?モッチモチしてますよ~?」とか言って空気がまるで読めてないお姉ちゃんに代わって謝罪します!

 

 「どうです?思わず吸い付きたくなるような触感でしょう?」

 「え、ええ……確かに……。ぬめってるけど」

 

 それは朝潮の涙です!

 後でハンカチを貸しますし、朝潮も涙を流すくらいメンタルにダメージ負ってるんで勘弁してください!

 

 「ぬめってる?ああ、朝潮が泣いてるんですね。なんで泣いてるの?」

 

 だいたい、って言うか全部お姉ちゃんのせいよ。

 だから「涙ってたしか塩味ですよね?ならばコレは朝潮の塩!つまり朝塩!」とか馬鹿な事言ってないで開放してあげて!「意外と売れるかもしれません」とか桜子さんみたいな事考えなくて良いから!

 

 「満潮さ~ん!」

 「あ~よしよし。もう大丈夫だから泣くんじゃない」

 

 ようやく開放されて私の胸(円満さんより有る)に飛び込んできた朝潮の頭を撫でながらお姉ちゃんを睨んでも、お姉ちゃんは腕を組んで「姉妹仲が良いのは良いことです」とか相変わらず空気が読めてない事を言いながらウンウンと肯いてるわ。

 コレがお姉ちゃんじゃなければ5~6発ぶん殴れるのになぁ……。

 

 「ほら、アンタは大潮と荒潮のとこに行ってなさい。ここにいるとまたオモチャにされるわよ?」

 「み、満潮さんも一緒に……」

 「私はまだ曙美さんと打ち合わせがあるから無理なの。良い子だから我が儘言わないで?ね?」

 「はい……」

 

 トボトボと聞こえてきそうな足取りで二人のもとへ向かう朝潮を見てると罪悪感が湧き上がってくる。

 でも私だって本当は一緒に居てあげたいの。

 一緒に居るだけでなく、朝潮が「もういいです」って言うまで頭を撫で続けてあげたいわ。

 でも、この場に居る艦娘でまともに打ち合わせが出来るのは私だけ。

 だって大潮と荒潮は論外だし、経験が少ない朝潮も無理。

 ならば軽巡であるお姉ちゃんがって事になりそうだけど、元帥さんの為になる事にしか脳みそを使ってないお姉ちゃんじゃ打ち合わせなんて大潮と荒潮以上に無理だもん。

 

 「じゃあ私もあっちに……」

 「お姉ちゃんはここにいて。お姉ちゃんは一応私達の旗艦だし、立場だって一番偉いんだからね?」

 「いやぁ、でも私は名目上の旗艦ですし……」

 「それでも話は一緒に聞いといて。あんまり我が儘言うと円満さんに言いつけるよ?」

 

 ちょっとズルいけど、円満さんと仲直りしたばかりのお姉ちゃんにこれは効果的。

 シュンとして「わかりました」と言いながら大人しくしててくれることを約束してくれたわ。

 

 「曙美さん。段取りは七駆から聞いてる通りで良いんですよね?」

 「構わないわ。ちなみに、どういう段取りだって聞いてる?」

 「え~っと……」

 

 大雑把に言うと真夜中、と言うより日付が変わった直後くらいに港に集合し、各々準備を終えてから、曙美さんによる演説を聴いて漁場ま移動。それから数時間、明け方まで漁をして港に帰港し、採れたてのサンマをご馳走してもらって鎮守府に帰る。

 なんだか不安を掻き立てる文言が混じってるけど、流れはだいたい今言った通りよ。

 

 「アレ……まだやってたんですか?」

 「アレってどれ?」

 「出発前の演説です。私も見たのは一度だけですが……何て言うかこう……」

 

 酷いの?

 お姉ちゃんはなぜか、両手をワナワナとさせて怒りと言うか苛立ちというか、とにかくイライラしてるように見えるわ。

 

 「じゃあそろそろ行きましょうか。アンタ達も準備してちょうだい」

 

 打ち合わせが終わり、私達にそう言い残して船団の方へ曙美さんが歩き始めるやいなや、彼女を迎えるように漁師さんたちが両脇に整列した。

 それだけじゃないわ。

 彼女が歩を進める度に、整列した漁師さんたちによって彼女の()()が装着されていく。

 それはねじり鉢巻きに始まり、法被、ゴム長靴、そしてどうやって手に入れたのか旧式の訓練用内火艇ユニット。それらが彼女の歩みを一切損なわせずに装着されたわ。

 そして最後に、桟橋の先に立った彼女に恭しく手渡されたのは豪奢な刺繍が施された大漁旗。

 さっきまで私と雑談し、お姉ちゃんにイジられていた曙美さんが、たった百数十メートル歩いただけで女王の風格を纏った……。

 いえ、これが彼女の本当の姿なのかもしれない。

 彼女は気仙沼を統べ、三陸沖に君臨する漁師さんたちの女王。豊漁を司る漁場の女神なんだわ。

 

 「満潮ちゃん。連装砲のトリガーから指を離しておく事をお勧めします」

 「どうして?」

 「どうしてもです。少なくとも私は、かつて曙だった頃の彼女の演説を聴いて撃ちたくなりましたから」

 

 いや、訳わかんない。

 曙美さんの演説って撃ちたくなるほど酷いの?って言うか毎回出発前に演説してるの?

 なんて疑問を頭に浮かべながら艤装を背負って海に出た私達を確認した曙美さんは、船団の先頭で仁王立ちして静かに、でもハッキリと聞こえる声量で語り始めた。

 

 「諸君、私は魚が好きだ。諸君、私は魚が好きだ。諸君、私は海の幸が大好きだ」

 

 聞こえてくるのは曙美さんの声と波音だけ。不自然に周りが静まり返ってるわ。

 最初こそ「なんだかワクワクしますね♪」とか「何が始まるのかしらぁ」なんてはしゃいでた大潮と荒潮ですら、この異様な雰囲気に飲まれて黙り込んでしまった。

 

 「ワカメが好きだ。フノリが好きだ。サクラマスが好きだ。カレイが好きだ。スズキが好きだ。マグロが好きだ。カジキが好きだ。サンマが好きだ」

 

 曙美さんの口調は激しくない。

 でも熱がこもり始めているのが肌で感じ取れる。

 それに呼応するかのように、漁船団からも熱気のようなモノが漂い始めたわ。

 

 「浜で、浅瀬で、遠浅で、波頭で、三陸海岸東部で、西部で、常磐沖で、この海上で行われるありとあらゆる漁業活動が大好きだ」

 

 そう言い終わると、曙美さんは左手に持つ大漁旗を軽く持ち上げて即降ろし、『脚』に当たった大漁旗の石突が鳴らしたカツンという音と共に一度息を整えた。

 私の横にいるお姉ちゃんが「知ってるのと違う……」なんて言いながら呆然としてるけど、前に聴いた演説と違うのかしら。私はなぜか、曙美さんの演説を何処かで聴いたような気がしてきたんだけど……。

 

 「船列をならべた漁船からの一斉投網が轟音と共に魚群を包み込むのが好きだ。海面高く釣り上げられた魚介類がばらばらと音を立てて落ちる時など心がおどる。

 操舵手の操る漁船のエンジンが海上を疾駆する時の音が好きだ。水飛沫を上げて荒れる海面から飛び出してきた大物を銛で一刺しした時など胸がすくような気持ちだった。

 トップガイドをそろえた釣り師の横隊が一斉に竿を振るのが好きだ。興奮状態の新兵が生きの良いカツオを何度も何度も天に掲げる様など感動すら覚える。

 ボウズで終わった敗残兵達を釣果に恵まれた者達が励ます様などはもうたまらない。汗を滴らせた漁師達が私の降り下ろした手の平とともに照らし始める集魚灯に魚が集まる様も最高だ。美味しいサンマ達が私達に食されるために集まって来たのを赤色灯落ち着かせ、群れごと一網打尽にした時など絶頂すら覚える。他国の密漁団が乱獲をするのは嫌いだ。我らが獲るはずだった海の幸が蹂躙され、稚魚までもが攫われ殺されていく様はとてもとても悲しいものだ」

 

 曙美さんがそこまで早口でもなく、でも淡々と言うよりは早く捲し立てたところで思い出した。

 口調もテンポも違うけど、コレたぶん某少佐の演説のパクリだわ。

 

 「諸君、私は大漁を、消費しきれないほどの豊漁を望んでいる。諸君、私に付き従う船団の釣り仲間諸君。君達は一体何を望んでいる?食うに困らない程度の漁獲量を望むか?頭を抱えたくなる様な不漁を望むか?どこぞの国のように悪逆非道の限りを尽くし、三陸沖の魚を採り尽くす様な乱獲を望むか?」

 

 瞬間、漁師たちから発せられた目に見えそうなほどの熱気が場を包み込んだ。

 まるでその問いを待っていたかのように、ガガガガ!ガガガガッ!と靴音を響かせ、船の上で直立不動の姿勢で演説を聴いていた彼らは一斉に敬礼して口々にこう叫び始めたわ。

 

 「「「「「大漁!! 大漁!!大漁!!」」」」」と。

 

 曙美さんは問いに応える漁師さんたちの様子を満足げに見渡した後、右手を挙げて静止を呼び掛け今度は自分が応える番だとばかりに大きく息を吸い込んで叫んだ。

 

 「よろしい!ならば大漁だ!」と。

 

 そのあまりの迫力に完全に気圧された朝潮は「ピィ……!」と変な鳴き声を上げて尻餅をつき、大潮と荒潮は……あれ?今一緒に「大漁!」って叫んでなかった?

 

 「我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする釣り針だ。だが、この三陸沖で半世紀以上もの間漁法を伝え続けてきた我々にただの大漁ではもはや足りない!!」

 

 じゃあ何なら良いのか。

 は、置いといて、さっきからお姉ちゃんがやたらと静かね。真顔で船団の方をじ~っと見てるけど……。

 もしかして怒ってる?

 

 「豊漁を!誰もが羨むの大豊漁を!我らはわずかに一個船団。千人に満たぬ烏合の衆にすぎない。だが諸君は一騎当千の古強者だ。と、私は信仰している。ならば我らは諸君と私で総兵力100万と1人の大集団となる!」

 

 なるかボケ。と、ツッコみたい。

 曙美さんって横須賀所属だった割に話してみて普通だったから油断してたけど、やっぱり横須賀に所属してた元艦娘にまともな人っていないのね。

 実際はいるのかもしれないけど、少なくとも私が知ってる元艦娘にまともな人はいないし……。

 

 「我々を忘却の彼方へと追いやり、収穫を待ってるだけの連中を叩き起こそう。髪の毛をつかんで布団から引きずり出し、眼を開けさせ思い出させよう。連中に最高の味を思い出させてやる。連中に我々のゴム長靴の音を思い出させてやる。夜明け前の海には、奴らの哲学では思いもよらない事が起きていることを思い出させてやる!一千人の秋刀魚好きの漁船団で市場を燃え上がらせてやる!」

 

 今ふと思ったんだけど、この人たちって深海棲艦より前に殲滅した方がよくない?

 いや、べつにテロとかクーデターを起こすとか言ってるわけじゃないのよ?でもなんか、「ウオォオォォォォ!」とか叫び始めた漁師さんたちを見てたら何故かそういう気持ちになっちゃったのよ。

 

 「曙の明星 船団指揮官より全船長へ。秋季恒例棒引き網漁、状況を開始せよ!」

 

 大漁旗を大きく掲げて曙美さんがそう言うとさっきまでの絶叫の渦がピタリと止まり、代わりに漁船団のエンジン音が鳴り始めた。

 それにしても、ここに集まってる漁師さんたちって無駄に訓練されてるわね。その直立不動の姿勢は歴戦の兵士を彷彿とさせるし、眼光からは狂気すら感じるわ。

 若干宗教じみてる?

 

 「征くぞ諸君!」

 

 そして、満を持してそう言った曙美さんに率いられて、漁船団と私達は気仙沼を出航した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 あの演説の後、漁師さんたちの迫力にビビって泣き出した朝潮を慰めたり、真顔で「撃ちます」とか言って本当に撃とうとしたお姉ちゃんを宥めたりで大変だったわ。

 大潮と荒潮?あの二人は漁師さんたち並みにテンションが跳ね上がっちゃって、私が止める前に駆け出してたわ。

 

 でもまあ、漁場に着いてからそろそろ帰ろうってなるまでが平穏だったのがせめてもの救いだったかしら。

 

 そう、それまでは平和だった。

 最初に言ったけど、お姉ちゃんの魚の追い込み方は曙美さんが惚れ惚れするくらい見事だったし、八駆の三人も不慣れながら楽しんでた。

 でも、帰る間際になって潜水艦が出てさ、朝潮が挨拶代わりの魚雷に被雷しちゃったのよ。

 そしたらそれにブチ切れたお姉ちゃんが「海ごと吹き飛ばしてやる」とか言って15cm九連装対潜噴進砲を乱射し始めちゃって、三陸沖を文字通り火の海に変えちゃったの。

 

 いやぁホント、深海棲艦から船団を守るよりお姉ちゃんの攻撃の余波から守る方が大変だったわ。

 しかも!

 そのせいで漁場にまで被害が出てたみたいで、そのシーズンはその日以来漁に出られなくなったの。

 

 そう!ニュースにもなったし新聞にも載ったでしょ?

 たしか『艦娘大暴走!深海棲艦ではなく海の幸を殲滅か!?』って見出しで。アレの犯人って、艦名は報道されなかったけどお姉ちゃんだから。

 

 え?でも誰も責任を取って辞任とかしなかったじゃないかって?

 あ~、それは艦娘の役割が船団の護衛。ひいては深海棲艦と戦うことだったからよ。

 実際、船団は無傷で港まで帰したし、人的被害も朝潮が怪我した以外は皆無。つまり、本来の役割はちゃんと熟してたの。

 

 しかも当時はまだ戦争中だったから軍の報道官も今より強気で「漁場への被害は不可抗力。船団への被害を最小限に抑えるためには仕方なかった。それとも貴方たちは、人命を蔑ろにしてでも魚を守れば良かった。とでも言うつもりですか?」って会見で言ってインタビュアーを黙らせちゃったのよ。

 

 それでもお咎めが全くなかったわけじゃないわ。

 お姉ちゃんは気仙沼どころか三陸全ての漁港から一生涯出入り禁止にされたし、演習大会までの間自宅謹慎の処分を受けたわ。当然ながら桜ちゃんに会うのも禁止ね。

 

 私たち?

 私たちはべつにお咎めはなかったわ。

 まあでも、秋刀魚漁支援任務がなくなった代わりに大会の設営準備に回されたのが罰だったと言えば罰だったかな。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 



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第百二話 Lucky Jervis

 

 

 

 

 Queen Elizabeth級2番艦 Warspite

 

 彼女は英国の艦娘で終戦まで代替わりしなかった唯一の戦艦で、1番艦のQueen Elizabethと共に英国における国防のシンボルとされていた。

 

 彼女の活躍は多岐にわたり、軍人のみならず国民からも「戦いのあるところ必ずWarspiteあり」と謳われ、その戦歴から「傷だらけの不沈艦」「オールド・レディ」などと呼ばれていた。

 

 しかし戦歴はハッキリとしているもののその出自には謎が多く、生まれながらに持っていたとしか思えない高貴さから「ロイヤルファミリーの一員、もしくは不義の子」などと噂されていた。

 

 さらに特筆すべきは、彼女が()()()()()()()()艦娘だったことだろう。

 彼女は戦闘時だけでなく、私生活でも車いすに乗って生活していたのだ。

 これについては諸説あるが、開戦初期のケガが原因で立てなくなった説や生まれつき立てなかった説。その逆で、本当は立てるが立つ必要が無かったので立たなかったという説もある。

 

 だが、近年では後者の説が有力になっている。

 それはリグリア海戦時に、彼女が戦艦大和と共に己の足で戦場を疾駆していた場面を見たという海兵や元艦娘が多くいるからだ。

 しかしその一方で、前者を推す声も途絶えてはいない。

 その理由は、彼女が艦娘を辞めた今でも車いすに乗って生活しているからだろう。

 

 

 ~艦娘型録~

 Queen Elizabeth級2番艦 Warspiteの項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 日頃生活していると急に嫌な予感がすることがない?

 少し難しい言い方をすると『虫の知らせ』ってヤツね。

 ちなみにこの『虫』は、生まれた時から人体に住み、人が寝ている間に体から抜け出してその人の罪悪を天に知らせるという三匹の虫が由来という説があるんだけど……今は関係ないから割愛するわね。

 

 「ねえ司令官。これはどう言う事なのかしら?」

 「それは僕が聞きたいくらいだよ霞。彼女たちの到着地は横須賀だったはずなんだけど……」

 

 そう、私の嫌な予感の元凶と思われるのは、来日する日程を1カ月も前倒しし、しかも横須賀鎮守府ではなく呉の執務室に来訪して私と司令官、そして通訳のために来てもらった金剛さんの前にいる二人の艦娘。

 その名も……。

 

 「我が名はQueen Elizabeth class Battleship Warspite! Admiral……よろしく、頼むわね。」

 「私は奥様の執事を務めさせて頂いているArk Royalと申します。以後お見知りおきを」

 

 である。

 ホント、どうしてこの二人がここに居るの?

 いや、どうやって来たかはわかってるのよ。

 朝早くから鎮守府全体に鳴り響いた空襲警報と、全艦娘、全職員に第一種警戒配置を言い渡す放送で飛び起きて艤装を背負い、桟橋から抜錨しようとしたら英国籍の水上輸送機が鎮守府の目と鼻の先に強行着水したんだもの。

 その輸送機から出て来たのが、今私達の目の前にいる車いすに乗った長いブロンドの髪を持つウォースパイトさんと、その執事を自称する執事服姿のアークロイヤルさんだったって訳。

 ああそれと、ここには居ないけどウォースパイトさんの身の回りの世話すると思われるメイド数人と、彼女によく似た女の子が一人居たわね。もしかして彼女の子供なのかしら。

 

 「元帥に確認してみる?」

 「お願いしていいかい?」

 「ええ、任せといて」

 

 許可を貰った私は司令官の後ろに隠れてスマホを取り出した。

 阿賀野さんの件でお世話になってるけど文句を言わずにはいられない。だって、ウォースパイトさんたちが無許可で来日したなんて考えるのも馬鹿らしいくらいあり得ない事だもの。

 たぶんあの人、いつもの悪い癖で言ったと思い込んで言い忘れてるんだわ。

 

 「ん?円満から着信?それにラインも……」

 

 着信があった時間はちょうど警報が鳴ったのと同じころ、ラインはそのすぐ後ね。

 たぶんウォースパイトさん達が呉に強行着水しようとしてる~とかそんな感じの事を伝えようとしたんでしょうけど、私に伝えるくらいなら司令官に伝えた方が確実でしょうに。

 でもラインの内容は気になるわね。え~と何々?

 

 「はぁ!?」

 「どうかしましたか?Ms.霞」

 「な、なんでもありません!失礼しました!」

 「そうですか。ですが、奥様は静かなティータイムを好みますのでお静かに願います」

 

 執務室で勝手にティーパーティーを開くな。しかも司令官まで巻き込むな。

 って言ってやりたいけど、うちの執務室には金剛さんが勝手に設置したティーパーティー用のテーブルセットがあるから仕方ないと言えば仕方ないか。しかも、この人たちって英国人だし。

 ん?英国人と言えば、いつも五月蠅い英国かぶれが大人しいわね。

 せっかく通訳として呼んだのに、ウォースパイトさん達が執務室に来てから一っ言も喋ってないわ。

 

 「Hey.チンチクリン。元帥への確認(Confirmation)はとれたデスか?」

 「だれがチンチクリンよ色呆け戦艦。確認は取れてないけど、あの人たちがどうして呉に来たのかはわかったわ」

 「どうせ、知り合い(acquaintance)がいるからとか言って無断で来たんでしょ?」

 「あら、よくわかったわね。その通りよ」

 

 円満からのラインにはこう書かれていた。

 曰く、「横須賀に到着予定だった英国の輸送機が、知り合いに会いに行くと無線を寄越した後呉方面に向かったから気を付けて」ってね。

 だから円満は、秘書艦である私と連絡を取ろうとしたんだわ。

 でも、円満が動くよりあちらの方が早く動いたみたいね。

 たぶんあの人たち、呉近海に到達すると同時、もしくは針路を変えた後で横須賀に無線を飛ばしたんだわ。そのせいで、こちらの警報が鳴るのと円満からの連絡がほぼ同時になってしまった。

 

 「知り合いって誰なのかしらね。英国の艦娘と知り合いの人なんてこの鎮守府に……」

 

 いるのかしら。と続けようとしたところで、その可能性が一番高い人が傍に居る事を思い出した。

 そう、金剛さんよ。

 彼女は艦娘になる以前は英国に留学していた帰国子女で、英国の事情や伝統にも詳しい。もしあの人たちの知り合いとやらがこの鎮守府にいるのなら、それはほぼ間違いなく金剛さんの事だわ。 

 でも、その知り合いと思われるの金剛さんはゲンナリしてるわ。もしかして苦手な人でも居るのかしら。

 

 「カネーコ、いつまでそこに居るつもり?こっちで一緒にtea time を楽しみましょう?」

 「本名で呼ぶなデース。今の私は金剛だって以前手紙で教えたでしょう」

 「あら、それはごめんなさいね。じゃあコンゴー、一緒にお茶しましょう?貴女が大好きだったFORTNUM & MASON(フォートナムメイソン)よ?」

 

 FORTNUM & MASON。

 たしか1707年に創業したイギリス王室御用達の総合高級食品ブランドで、日本でも昔からファンの多い最高級紅茶の代名詞と言えるメーカーだったはず。

 紅茶の国ならではの伝統的で洗練されたパッケージイメージといつでも変わらない上質な茶葉で、コンセプトショップでは英国から直輸入のジャムやスコーンなどと共にアフタヌーンティーも楽しめる一品だって、以前金剛さんに聞きたくもないのに聞かされた覚えがあるわ。

 

 「最近はJING Tea(ジンティー)の方が好きなんデスけどね」

 「あら?貴女って流行りに弱かったかしら?確かにアレも美味しいけれど、昔から飲んで舌に馴染んでいるこちらの方が私は好きだわ」

 

 渋々、いえ、嫌々と言えるほど重い足取りでテーブルに着いた金剛さんが口に出したJING Teaとは、2004年に英国で創設されてからわずか数年で世界のトップホテルに数々採用された新進気鋭の紅茶ブランドよ。

 創設者自ら選び抜いた最高級の茶葉のみを扱うという確固たる姿勢が評価されていて、モダンでスタイリッシュなパッケージも魅力の一つなんだってさ。

 ちなみにコレも、金剛さんに以前無理矢理聞かされた。

 

 「無茶苦茶っぷりは相変らずデスねWarspite。おかげでこっちは朝から大忙しデース」

 「貴女に早く会いたかったのよ。ヨコスーカに行ったらいつ会えるかわかりませんもの」

 「心配しなくても1カ月後には会えたデース」

 「それでもよ。貴女だって知ってるでしょう?私の性格」

 「性格と言うより性分でしょ?貴女の、いつ死んでも後悔しないように行動するのは」

 

 へぇ、なんだか意外だわ。

 戦艦で、しかもアークロイヤルさんから奥様と呼ばれてメイドを侍らせるような身分の人が駆逐艦と同じような考え方をするなんて。

 でも金剛さんは、彼女のその考え方が嫌いみたいね。

 だって紅茶を口元に運びながら、忌々しそうにウォースパイトさんを睨んでるもの。

 

 「それにその足、どうしたんデス?」

 「ああこれ?私としたことが膝に砲弾を受けてしまってね。治療が間に合わずに立てなくなったの」

 「ふぅん……」

 

 と、疑わしそうに眼を細めた金剛さんは「そういう事にしてるんだろ」と言いたげに見えるわ。

 でも、私もそう思う。

 彼女のスラリと伸びた脚についた筋肉からは立てないどころか踊る事だって出来そうなくらいの力を感じるし、本人にもそれを隠す気はなさそうに見える。

 おそらく彼女は、()()()()()にしてメディアへの露出や面倒な式典関係をエスケープしてるんだと思う。

 

 「Ms Warspite.貴女の来訪目的は金剛に会うため、と考えてよろしいですか?」

 「ええ、その通りですMr Admiral.ああでも、私はMs.ではなくてMrs.ですのよ?」

 「ああ、これは失礼しました。お若いのでてっきり……」

 

 うちの司令官もお世辞が上手くなったわね。

 アークロイヤルさんに『奥様』って呼ばれてるんだから、彼女が既婚者だって事は容易に想像できるでしょうにわざとらしく『Ms』なんてつけちゃってさ。

 ウォースパイトさんも社交辞令として受け取ってくれたのか「うふふ♪」と微笑んで満更でもないって演技をしてくれてるわ。演技よね?あれ。

 

 「そうそう、私の娘に貴女の話をしたら会いたがってね?今日連れて来ているの」

 「戦時中にそんな理由で子供を連れ回すなデース。それとも、比較的安全な日本に疎開させるのが目的?」

 「まさか、あの子だってFleet girlよ?戦いから逃げる事は許されないし、私も許さないわ」

 「娘が艦娘?え?どういう事デス?」

 

 金剛さんだけでなく司令官も、もちろん私も不思議でならない。

 ウォースパイトである彼女の娘さんが艦娘?

 いえ、その娘さんがウォースパイトだって言うんなら納得はできるの。でも、現ウォースパイトは今目の前にいる。それなのに娘まで艦娘?

 たしかに複数の艦の適性を持っている者は稀にいる。だけど、いることはいるけど稀すぎる。

 だから私たちは、ウォースパイトさんが言った言葉を理解できない。

 

 「そういえば、Fleet girlになってから貴女と直接話すのは初めてなのよね」

 「ええ、私が艦娘になったのが帰国して一年後くらいデスから……」

 「15年ぶりかしら。貴方と一緒に通ったHigh schoolを卒業してもうそんなに経つのね……」

 「ちょっ!おまっ……!」

 

 ウォースパイトさんの言葉を聞いて、思わず私と司令官は金剛さんに突き刺さるような視線を注いでしまった。

 いや、注がざるを得ない。

 だって、思いもよらず金剛さんの実年齢が判明しちゃったんだもの。

 金剛さんとウォースパイトさんのセリフから、彼女が艦娘になったのは開戦から一年後、正化21と予測できる。しかも戦艦金剛は代替わりしていないから、金剛さんは艦娘として14年を過ごしてきたことになるわ。

 つまり、金剛さんの実年齢は高校を卒業する歳プラス1年プラス艦娘歴って事になるわね。

 

 「うわぁ……独身でアラサーかよ……」

 「Hey!チンチクリン!アラサーとか言うなデース!」

 「あら失礼。三十路っていう方が正しかったわ」

 「ムッキー!その猫みたいな顔がBerryBerryムカつくデース!」

 

 むふん♪そりゃあ猫みたいにもなるわよ。

 私にとっては目の上のたん瘤みたいな存在である金剛さんが、アラサーとか三十路って言うだけで子供みたいにギャーギャー騒ぐんだもの。

 

 「まあコンゴーの歳は置いといて。昔、貴女には話したわよね。私の家庭の事情」

 「奥様、それ以上は……」

 「わかってるわArk、心配しなくてもこれ以上は言わないから」

 

 心底憎々しげに睨みながら「お前も同い年だろ」とか言ってる金剛さんは放って置くとして。

 彼女の家庭の事情が娘さんが艦娘になれた理由?

 金剛さんはその言葉から理由を察したのか「あれ、冗談じゃなかったデスか」とか言って呆れながらも納得してるわ。

 私はチンプンカンプンだけど、司令官も「あの噂は本当だったのか」と難しい顔して呟いている様子を見るに、理由に察しがついたみたい。

 

 「ふふ♪お嬢さんだけわからないのは可哀想だからヒントをあげるわ。それは、我が英国の全ては女王陛下に捧げられたもの。これがヒントよ」

 「え?女王陛下?それが、貴女の娘さんが艦娘になれた理由?」

 「娘だけじゃないわ。私や、今代のElizabethも同じ理由でFleet girlになれた」

 

 ウォースパイトさんが口走った内容がよほどマズい事なのか、アークロイヤルさんはそれまでの鉄面皮が嘘みたいに慌てて「奥様!」と言って彼女を窘めた。

 いや、今ならアークロイヤルさんが慌てる理由にも察しがつく。

 だって彼女が言った内容が真実で、その内容を元にしてしまった想像が合ってるなら大スキャンダルだもの。

 まず第一に、ロイヤルファミリーの一員として公表されている今代のクイーンエリザベスとウォースパイトさんが艦娘になれた理由が同じという話と『英国の全ては女王陛下に捧げられたもの』というヒントを鑑みれば、彼女が英国王室に連なる者だと推察できる。

 でも彼女には、そういう噂はあるけど公表されていない。つまりこれが、アークロイヤルさんが慌てた理由。ウォースパイトさんは、下世話な言い方をすれば不義の子供、ロイヤルファミリーの一員として公表する事が出来ない子供って事になる。

 そしてこれを、艦娘になれる条件に当て嵌めるなら。

 英国の女王、さらにそれに連なる者は全ての英国艦の適性を持っていると解釈できる。

 ならば当然、彼女の娘も全ての英国艦の適性を持っているはず。

 だって彼女の言葉を信じるなら、彼女の血族は全ての英国艦の所有者なんだもの。

 

 「艦種も艦型も選び放題だなんて、とんだチート血族ね」

 「こ、こら霞!」

 「あ、ごめん……。口に出しちゃった……」

 

 司令官にツッコまれて恐る恐るウォースパイトさんの方を見てみると、彼女はニコニコとしてたけど傍に控えたアークロイヤルさんが鬼の形相になっていた。

 いやぁ、やっぱ今のはマズいわよね。

 だって半ば無理矢理とは言え、ロイヤルファミリーの表に出せない秘密を知っちゃったんだもの。それこそ、この場で殺されたって文句は言えないような国家機密を。

 

 「心配しなくても大丈夫よ。この事は英国では暗黙の了解になっているし、例え事実を公表されても大した問題はありません」

 「どうして……ですか?」

 「ふふふ♪どうしてかしらね。ね?ジェームズ・ボンド?」

 

 イタズラが成功した子供のような視線を投げられたジェームズ・ボンドことアークロイヤルさんが「はぁ~……」と盛大な溜息を吐いてうなだれた。

 つまり、バレても貴女が何とかしてくれるでしょ?って事なんでしょう。

 それにしても、なんでアークロイヤルさんがジェームズ・ボンドになるんだろ?彼女って、男装はしてるけど女性よね?何かの暗号なのかしら。

 

 「で?くだんの娘はどこにいるんデス?」

 「え?娘ならここに……あら?ねえArk、あの子はどこに行ったの?」

 「お嬢様なら、輸送機を降りてすぐに何処かへ行かれましたよ?」

 「そんなに前から!?どうして止めなかったの!」

 「そう言われましても、私は奥様の許可は取っていると聞かされましたので……」

 

 今度はウォースパイトさんの方が「はぁ~……。あの子ったら……」と盛大に溜息を吐く事になったわね。

 まあ、言われるまで娘がいない事に気づかないこの人が悪いんだけど。

 

 「輸送機から一緒に降りて来た娘さんですよね?こちらでも捜索しましょうか?」

 「お願いしてよろしいですか?Mr Admiral。あの子、駆逐艦を選んだせいか血の気が多くて……」

 「それはマズいですね……。日本の駆逐艦も基本的に喧嘩っ早いので」

 

 司令官が私に視線で「頼めるか」と聞いてきた。

 ええ、頼まれてあげるわよ。こういう面倒事を処理するのも秘書艦の仕事の一つだしね。

 ああでも、探しに行く前にウォースパイトさんに聞いておかなきゃいけない事があるわ。だって容姿はわかるけど、私はその子の名前を知らないんだから。

 

 「その子の名前を聞いても構いませんか?」

 「ええ、構わないわ」

 

 と言った後、ウォースパイトさんが私に教えてくれた名前を聞いて軽く驚いた。

 だってその子は、呉が誇る駆逐艦 雪風と同じくらい、いえ上回る幸運を持つと噂されている『Lucky Jervis』と呼ばれる英国のネームド駆逐艦。J級駆逐艦一番艦のジャービスだったんだもの。

 



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第百三話 I will tell mommy!

 

 

 J級駆逐艦一番艦 Jervis

 

 数々の海戦を無傷で戦い抜き、『lucky Jervis』の名で国民から親しまれていた彼女であるが、彼女は他の英国籍の艦娘と違って特殊な存在であったらしい。

 彼女が特殊と呼ばれる理由はいくつかあるが、まず第一に、Jervisの艤装が建造されたのは西暦2010年。日本で言うところの正化22年であるにも関わらず、初代にして唯一のJervisである彼女が適合するまで適合者が一人も現れなかった艦娘であること。

 そして第二に、彼女が平成3年に日本で行われた演習を除いて被弾した事がないことなどが挙げられる。

 ただし二つ目に関してはオカルト染みた話が多く、例えば「直撃の瞬間砲弾が風で逸れた」「明後日の方向に撃った砲弾が弧を描いて敵艦に当たった」「彼女を狙った魚雷は必ず不発に終わる」等々、日本の幸運艦として知られる雪風と似通った信じがたい逸話が多くみられる。

 

 さらに出自に関しても謎が多い。

 彼女はメディアに露出する際は常にハイテンションで明く、ノリの軽いお転婆な面も見せ、その愛らしい容姿も手伝って国民にとってはアイドルの様な存在であったが、生年月日以外の情報が戦後になっても非公開なのである。

 

 しかし、真偽の定かではない噂話程度の情報は存在する。

 それは彼女の生年月日である2010年9月9日が、Queen Elizabeth級2番艦 Warspiteが2009年初めから翌年の10月の時期に戦線を離れていた事と重なり、彼女がJervisの生みの親なのではないかという噂である。

 しかもWarspiteにはロイヤルファミリーの一員であるという噂もある事から、そのせいで娘のJervisは戸籍を隠匿されているのではないかとも言われている。

 

 そして彼女は、着任時と退役時に不思議な事を言った艦娘としても知られている。

 彼女は着任時、正確には艤装との適合時に「やっと本当の私になれる」と言い、退役時には「私がやるんだと思ってたのにな……」と言い残して軍を去ったと伝えられている。

 

 

 ~艦娘型録~

 J級駆逐艦一番艦 Jervis の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「え~っと……。ねえ陽炎。これどうしよ」

 「どうしよって言われても……。ああいうのは旗艦である矢矧さんがどうにかすべきだと思いますよ?」

 「いやぁ……そうしたいのはやまやまだけど、あの子ってどう見ても例の輸送機関係の子でしょ?面倒事の匂いしかしない……」

 「それには同意します。下手な対応をすれば国際問題にもなりかねませんしね」

 「迷子になったのかしら」

 「あれだけはしゃいでるのにですか?」

 

 私と陽炎を悩ませている原因。

 それは第一種警戒配置を解除されて工廠に戻ってきた私たちの悩みなどどこ吹く風と言った感じで、残りの二水戦のメンバーを「これがニッポンの艦娘かぁ(This is Nippon's Fleet girl )」とか「これ、対潜兵装?( Is this anti - submarine? )おお~、ああ~。なるほど……うん。( Oh ~, oh ~. I see ... ... Well. )大丈夫?( All right )」とか言って、物珍しそうに観察してる金髪碧眼の女の子よ。

 歳は11~2歳ってところかしら。

 ホント、輝くような美少女とか妖精って言葉がピッタリな女の子だわ。どことなく気品も感じるし。

 

 「ねえ、そこの軽巡洋艦さん。(Hey, there is a light cruiser there. )どの子が雪風なの?(Which child is the snowy wind?)

 「矢矧さんを見て何か言ってますよ?」

 「陽炎の方を見てない?」

 「いやいやいや、ライトクルーザーとか言ってたから矢矧さんですよきっと」

 

 コイツめ……。自分が被害を被る可能性が減った途端に調子に乗りだしたわね。

 だってイタズラっぽい笑みを浮かべて私の脇腹を肘でツンツンしてるもの。 

 出来ることなら陽炎も道連れにしてやりたいんだけど……困った事に私は英語が聴き取れない。

 読み書きは出来るのよ?読み書きは出来るから

例えばフリップボードなりノートなりに言いたい事を書いてくれたら理解できるし同じ方法で返答も出来るわ。

 でもこの場合だと無理。

 唯一聴き取れたのは、陽炎と同じで軽巡洋艦を意味するライトクルーザーと最後のスノーウィンドね。

 語尾が上がってた気がするから、もしかしてこの子はスノーウィンドについて聞きたいのかな?

 

 「スノー……たしかスノーは雪よね。そしてウィンドは風……。あ、雪風がどの子か知りたいのかしら」

 「Yes!ユキーカゼ!」

 「お、合ってたっぽい」

 

 どうよ!ってな感じで陽炎を見たら「私にドヤ顔しなくて良いからサッサと教えてあげてください」なんて塩対応が返ってきた。

 でも、雪風がどの子かをどうやって教えよう。いや、指でも指せば簡単なのわかってるのよ?

 だって、雪風は金髪少女の後ろにいるし、雪風自身も「私が雪風です」と言わんばかりに自分を指差してるんだもの。

 だけど素直にそうする気になれない。

 たぶんその理由は、金髪少女が陽炎と同じような表情だからでしょうね。

 このイタズラが成功するのをワクワクしながら待ってるような顔を見てたら、わざと間違いを教えてやりたくなってくるわ。

 

 「早く教えてよ~。(Please tell me soon ~.)ねえねえねえ~。(Hey Hey Hey ~. )早く~(Early ~.)

 

 煽られてる?

 何言ってるかわからないけど、早く教えろ的な感じで煽られてる?

 焦れてきたのか若干拗ねてきてるし、このまま英語で話し掛けられ続けてもウザいからサッサと教えるのが正解なのもわかってるんだけど、この子が仕掛けてるかもしれないイタズラが何なのかわからないから迂闊に教えたくない。

 いったいこの子はどんなイタズラを……。

 いや、待てよ?

 この子たしか、私がスノーウィンドを訳そうと日本語でブツブツ言ってたのに反応したわよね?もしかしてこの子……。

 

 「日本語、喋れるんじゃない?」

 

 間違いない。

 私がツッコむやいなや、金髪少女は「しゃ、喋れないよ(Well, I can not talk)」とか言いながらこれでもかってくらいに狼狽え始めたもの。

 でも、そのリアクションは私の予想が合っていると言ってるようなもの。いくらリスニングが苦手でも、I can not talkくらいは聴き取れるし、聴き取れさえすれば意味だってわかるんだから。

 

 「雪風はその子よ。ほら、そのワンピースの子の隣にいるオッパイが有る子」

 「オッパイが有る子?(A child with a tits?)日本人の言い回しってなんか変…(Japanese phrasing is something strange ....)って!この人ってホントに駆逐艦!?戦艦の間違いじゃない……あ」

 

 あっさりボロを出しやがった。

 不幸にも飛び火して「私だって好きでこんなに大きい胸なわけじゃ……」とか言って泣き出しそうになってる戦艦並みのオッパイこと浜風は「そんだけデカけりゃしゃあないじゃろ」と言って慰めようとしてる浦風に任せるとして、今は英語がわからずにアタフタする私を見て楽しもうとしてた金髪クソガキへのお仕置きを優先するとしますか。

 

 「弁解が有るならどうぞ?」

 「あ~、えっとぉ~……。LIP SERVICE的な?」

 「ほう?人がアタフタする様を嗤いながら見物するのを英国ではリップサービスって言うのね。さすがブリカス。やる事が陰湿だわ」

 「ブ、ブリカス!?陰湿!?それは聞き捨てならいわ!訂正して!」

 「あら、人のことは平気で小馬鹿にするクセに、自分が馬鹿にされるのは堪えられないの?」

 

 効いてる効いてる♪

 金髪クソガキは言い返されたのがよほど悔しいのか、目尻に涙を浮かべて「う~……」とか言って唸ってるわ。

 

 「や、矢矧さん……もうそのへんでやめといた方がいいんじゃ……」

 「はぁ?何を日和ったこと言ってるのよ陽炎。たしかにこの子は海外からのゲストなのかもしれないけど、馬鹿にされて黙っていられるほど私は人間が出来てないの。って言うか、『売られた喧嘩は大枚叩いてでも買う』は駆逐艦の流儀じゃないの?」

 「それは……そうなんですが」

 

 そうなんですが、何?

 もしかしてビビってるの?こんな、世間知らずって言葉が服着て歩いてるみたいな子供に?

 呆れた……。

 勇猛果敢な怖いもの知らず、いえ死にたがりとも謳われる二水戦所属の駆逐艦が、単に外国人ってだけで竦み上がるなんてね。

 

 「だいたいここは鎮守府、しかも軍事機密満載の工廠よ?いくらゲストでも勝手に立ち入って良い場所じゃないわ」

 「それは……」

 「わかってるとでも言うつもり?ならアンタはわかってて入ったって事よね。じゃあ通報します」

 「つ、通報!?」

 

 ふふふ、自分のした問題行動を自覚させられ、しかも通報すると脅されたクソガキの慌てふためく様を見るのは痛快だわ。

 でも追撃の手は緩めない。

 「子供相手に大人気ない……」とか陽炎が呆れた口調で言ってるけど私は気にしない。ええ、気にしないわ。これはもう、仕返しから金髪クソガキへのお仕置きに変わってるんだから。

  

 「後悔させてやる……」

 「ん?何か言った?」

 

 金髪クソガキが肩を震わせながら何か言ったわね。

 え~っと、なんて言った?後悔させてやる?どうやって後悔させてくれるのかわかんないけど、そんなセリフを吐いた時点でアンタは負けを認めたようなもの。

 要は……。

 

 「負け犬の遠吠えってヤツね」

 

 私のその一言がトドメだったのか、金髪クソガキはキッ!て擬音が聞こえてきそうな目付きで私を睨んだ後、

ママに言いつけてやる!(I will tell mommy!)」って言い残して走り去ったわ。

 いやぁ~良い気分♪

 人を小馬鹿にするクソガキを完全に言い負かし、なんて言ったかまではわからないけど捨てゼリフまで吐かせた私の脳内には金色をした完全勝利Sの5文字がキラキラと舞い降り、ファンファーレまで鳴ってるわ。

 

 「両手を掲げて悦に浸ってるとこ悪いんですけど、マズいんじゃないですか?下手したら国際問題になるんじゃ……」

 「心配しすぎよ陽炎。たぶん問題ないわ」

 「その心は?」

 「あの子が海外からのゲストなのは間違いない。でもおそらく、立場はそこまで高くないからよ」

 

 あの子が仮に艦娘だとしても駆逐艦。

 駆逐艦ならば、国によって多少は違うだろうけど良くて少尉待遇。それに対して私は軽巡洋艦。大した戦果を挙げてない私でも少尉から中尉相当の待遇よ。

 だからあの子が私に泣かされたと自分の上司にチクったところで、軽巡洋艦である私に対して非礼を働いたで事は済む……はず。

 

 「あ、ちょうど良いところに居た」

 「あれ?霞じゃない。どうしたの?そんなに汗だくになって」

 「ちょっと人捜しをね。陽炎、この辺で金髪の女の子を見なかった?」

 「見た、と言うよりさっきまで居た……かな。矢矧さんが泣かせたらどっか行っちゃったけど……」

 「そう、一足違い……って、はぁ!?泣かせた!?」

 

 あ、あれ?

 あの子が私に泣かされたって話を陽炎から聴いた霞が心底「マズい」って感じの顔して私を見たまま固まっちゃったんだけど……。

 

 「や、矢矧さん。今の話は本当です……か?」

 「え、ええ、本当よ。一応聞くけど……マズかった?」

 「マズいなんてもんじゃないったら!下手したら日本と英国の艦娘同士で戦争することになるかもしれないわ!」

 「ちょ、ちょっと待って!?艦娘同士で戦争?あの子って何者なの!?」

 

 え?どういう事?

 あの子って英国のお偉いさんのお嬢様だったりしたの?そんな子を泣かせちゃったから国際問題になって、しかも戦争にまで発展するって言うの?んなアホな。

 

 「さすが矢矧さんパネェっス」

 「不知火は何もしてないので落ち度はありません」

 「いやぁ、さすが横須賀の軽巡洋艦はやることが違うわぁ。うちにはとてもマネできへん」

 「マネしちゃダメですよ黒潮さん。そもそも子供を言い負かして悦に浸ってる時点でダメです」

 

 おいそこの一から四番艦、少しは私をフォローしようとかって気にならないの?このままじゃ私、良くて解体処分なんですけど?

 

 「次の矢矧って何人目の矢矧なのかしら」

 「初風姉さん、矢矧さんが解体されるとはまだ決まってませんよ?」

 「でも雪風姉さん、今の話だとだいぶ悪い風が吹いてるわよ?」

 「それよりお腹空いたよ~。雪風~、ご飯食べに行こ~よ~」

 

 七から十番艦も同じか。時津風なんか私の進退よりご飯の方が大事らしいし。

 私、一応今はアンタ達の旗艦なんだけどなぁ……。

 

 「短い付き合いじゃったねぇ矢矧さん。うち、矢矧さんのことは忘れんけぇ成仏してや」

 「さすがにこの磯風もフォローしきれないな。すまない矢矧さん」

 「ざまぁ」

 「ん?矢矧さんは死んじまうのかい?」

 

 一番縁起でもない事を言いやがったな十一から一四番艦。浜風なんか「ざまぁ」とか言いやがったし。

 もしお咎めがなかったらアンタらだけ訓練メニューを倍にしてやる。絶対にだ!

 

 「とにかく矢矧さん、私と一緒に来てもらえますか?」

 「行くって……何処に?」

 「執務室です。もう遅いかもしれませんが、司令官と一緒に対策を練りましょう」

 

 冷や汗を流しながら言った霞の言葉を聞いて初めて、私は本当にマズいことになったんだと自覚した。

 

 



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第百四話 矢矧~、Thai kick~♪

 

 

 今までの人生で一番の修羅場はいつか?

 艦娘だったんだから毎日が修羅場と言えなくもなかったけど、一番となると難しいわね。

 

 それでもあえて候補を挙げるとするなら、初出撃時はもちろん神風にしごかれていた時期や捷一号作戦。それにノルウェー海から撤退した時や、その後のリグリア海戦で大和と一緒に戦った時とかかな。

 

 ああそうだ。

 単に精神的にって意味なら、欧州連合からのゲストだったジャービスを泣かせちゃった後ね。

 

 あの後すぐに、霞に連れられて執務室に行ったんだけどすでに手遅れでさ。

 車椅子に座ったウォースパイトさんの膝の上でジャービスが泣きじゃくってたの。

 その様子を見て「あ、私ガチで死んだわ」って半ば覚悟したっけ。

 

 いやだって、ウォースパイトさんはジャービスの頭を撫でながらニコニコしてたんだけど、その傍らに立ってた執事姿のアークロイヤルさんが見ただけで人を殺せそうなほど鋭い眼光で私を睨んでたんだもの。

 

 まあでも、私的にも……って言うか私のお尻的にも修羅場だったけど、アレはジャービスにとっても修羅場だったのかもしれないわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「ほ、骨は拾いますから……」

 「やめて霞。今のこの状況でそれは洒落になってない」

 

 やめてとは言ったものの、立場が逆な状況で執務室に入った途端に目に飛び込んできた光景を見たら私でも同じ事を言うと思う。

 具体的に言うと、正面には執務机に座って「今日は良い天気だねママ」とか言って現実逃避してる呉提督。

 その向かって右隣では、金剛さんが「ママなら昨日食べたでしょ」とか訳わかんない事言ってるわ。

 そして向かって左にあるティーテーブルの傍らには車椅子に乗った貴婦人とその執事風の女性。

 貴婦人の膝の上には、さっき私が泣かせた金髪クソガキがコアラみたいに貴婦人に抱きついて今も泣いてるし、執事風の女性は「今日がお前の命日だ」とでも言わんばかりに私を睨み付けてるわ。

 

 「コイツよママ!コイツが私を泣かしたの!」

 「あらあら、人のことを指差しちゃダメって、ママいつも言ってるわよね?一本行っとく?」

 

 何を一本行くの?

 まさかとは思うけど、金髪クソガキが慌てて引っ込めた人差し指?この金髪ママ、ニコニコしながら娘の指をへし折るような教育してるの?ガチで怖いんですけど!?

 

 「マ、ママは、私の言う事を信じてくれない……の?」

 「信じるわよ?貴女が本当の事を言うなら、私は全身全霊を賭けて貴女を信じる」

 

 なんか様子がおかしいわね。

 あの子が私の前から走り去ってゆうに30分は経ってるのに、ここに居る私と霞以外の人は詳細を知ってる様子がない。

 もしかしてあの子、私に泣かされたとしか言ってないんじゃない?

 

 「Jervis、貴女はママにこう言ったわよね?「意地悪な軽巡洋艦が私を馬鹿にした。英国を侮辱した」って」

 「う、うん……」

 「本当に?」

 「本当よ!私、ママに嘘なんて言わないもん!」

 

 うん、たしかに嘘は言ってない。

 私は金髪ママにジャービスと呼ばれたあの子を馬鹿にしたし、遠回しに英国を侮辱した。その事自体は否定しないし、罰を受けろと言われたら甘んじて受ける。痛いのは嫌だけど……。

 でも弁明くらいはさせてほしいわね。

 そもそも、ジャービスが変なイタズラを仕掛けさえしなければ、私だって泣くまで追い詰めたりしなかったんだから。

 

 「Mr.Admiral、彼女の艦名は?」

 「阿賀野型軽巡三番艦、矢矧ですが……」

 「そう、ではMs.矢矧。貴女は何故この子を泣かせたのですか?」

 

 お?弁明チャンス到来?

 だったら喜んで語らせて頂きます!と、言いたいところだけど……。

 私に弁明の機会が与えられるやいなや、ジャービスが顔を真っ青にして小刻みに震え始めた。

 きっと、自分がしたイタズラが原因だとバレたらお仕置きされると考えて怯えてるんだわ。

 まあ、人を指差しただけでその指をへし折るような躾をされてたら無理もない……かな。

 だったら不本意だけど……。

 

 「嫌いだからです」

 「嫌い?何が嫌いなのですか?」

 「育ちの良いお嬢様がですよ。いやぁ、私の家って貧乏でさあ。昔っから金持ちぶった輩が嫌いで嫌いで仕方なかったんです。それで今日たまたま、いかにもお金持ちのお嬢様って感じのその子を見つけたからついイジメちゃったんです」

 

 ああ、私ってホント馬鹿。

 素直に事の顛末を説明してればお咎め無しも有り得たのに、お仕置きを心の底から恐怖してるジャービスを見た途端に庇いたくなったんだもの。

 しかも自分ちが貧乏だから金持ちが嫌いなんて大嘘までついてさ。

 はぁ……お父さん、お母さんごめんなさい。

 貴方たちの娘は、今日会ったばかりの子のために泥を被る大馬鹿者でした。

 

 「そうですか、良くわかりました。Ark」

 「はい、奥様」

 

 金髪ママが執事風の女性に一声かけると、アークと呼ばれた執事さんは懐から拳銃を取り出して私に向けた。

 うわぁ、この場で処刑ですか。

 せめて遺言くらいは書かせてもらいたかったなぁ。

 

 「ま、待ってママ!Arkも!」

 「どうして待つ必要があるの?自分をイジメた彼女を懲らしめてくれってママに言ったわよね?」

 「それは……そうだけど……」

 

 ジャービスが金髪ママの膝から飛び降りて私とアークさんの間に割って入った。

 そのおかげか、アークさんは撃つのを待ってくれてるわ。そのまま撃たずに終わってくれたら助かるんだけど……って言うか提督は何してんの?

 こういう場合、提督が真っ先に待ったをかけるもんじゃない?呑気に金剛さんと「止めれる?」「アイツを止めるなんて戦争を止めるより無理ゲーデース」なんて雑談してないでさ!

 

 「退きなさいJervis、Arkが撃てなくて困っているでしょう?」

 「で、でも……」

 

 困ってる風には見えないけどなぁ。

 だってジャービスの身長じゃあ私の下乳辺りまでしか庇えないから胸から上は無防備だし、アークさんの銃を構え慣れてる様子から考えるにこの距離なら的を外す事はなさそう。

 強いて言うなら、お嬢様に待ってって言われたから待ってる感じね。

 

 「それとも、さっきママに言ったことは嘘だったの?」

 「嘘じゃない!嘘じゃ……ないんだけど……」

 

 金髪ママの顔から笑顔が消え失せた。そうしたらジャービスの震えが一層増したわ。

 足は今にもへたり込んで粗相をしそうなくらいガタガタと震えてるし、顔は見えないけど、床にポタポタと雫が落ちてるのを見るに泣いてるっぽいわね。

 

 「退きなさいクソガキ。私にはアンタに庇ってもらう覚えなんてないわ」

 「え……?」

 「聞こえなかったの?私は退けって言ったのよ。だからサッサとそこを退きなさい」

 

 私がそんな事を言うとは予想もしてなかったのか、ジャービスは涙どころから鼻水まで垂らしながら私を振り返って不思議な物でも見たような顔してるわ。

 いや、私のセリフが予想外だったのはジャービスだけじゃない。

 隣に居る霞は「ちょっ!矢矧さん!?」とか言って狼狽してるし、提督と金剛さんは「もうダメだ」みたいな顔して何かを諦めてる。

 金髪ママは「へぇ……」と呟いて足を組んで何かに感心したように私を見てるし、アークさんは「何を考えてる?」とでも言いたそうに眉を顰めたわ。

 

 「あ、あなた今の状況がわかってるの!?撃たれちゃうのよ!?Arkは射撃の天才なんだから絶対に的は外さないのよ!?」

 「だから何よ。私は自分のケツは自分で拭く主義なの。自分がしでかした不始末を他人に処理してもらうなんて死んでもごめんだわ」

 

 嘘です。

 出来ることなら誰かに責任を擦り付けたいし、本音を言えば今すぐここから逃げ出したい。

 でも気付いちゃったから。

 今のこの状況が私に対して行われている弾劾ではなく、金髪ママによるジャービスへの躾なんだって気付いちゃったから黙っていられなくなった。

 だから、本気で怯えているこの子の手助けをしてあげようって気になったの。

 

 「私は間違いなくこの子を泣かし、貴国の事を馬鹿にもしました。それが許せないと言うのであればどうぞ撃ってください」

 「良い覚悟です。ならばせめてもの慈悲として、苦しまないよう一撃で仕留めて差し上げましょう」

 

 おいおい、一撃で仕留めるって事は殺す気?ちょっと泣かせたくらいで?

 この子や金髪ママが英国でどんな立場なのかは知らないけどいきなり死刑は無くない?いや撃てとは言ったわよ?撃てとは言ったけどせめて肩とか腕くらいで勘弁してくれないかしら。

 

 「ま、待って!」

 

 アークさんが私の額に狙いを付けて、今正に引き金を引こうとした瞬間にジャービスが再び待ったをかけた。

 寿命が縮むなぁ……この数十分で10年は寿命が縮んだ気がする。

 

 「私も……悪かったの……」

 「Jervis、それはどういう事?ママにもわかるようちゃんと説明してちょうだい」

 

 射竦めるように鋭くなった金髪ママの眼光に気圧されたジャービスは一瞬ビクッと大きく震えた。

 でも白状すると決めたのか、両手をギューッと握り込んで恐怖に堪え、声を震わせながらゆっくりと話し出したわ。

 

 「こ、この人がEnglishがわからなくて狼狽えるのが面白くて……。それでその……わざとEnglishで話してからかったの……」

 「なるほど、それがバレて反撃を食らい、貴女は言い負かされたのね?」

 「うん……ひっく……」

 

 悔しいのか怖いのか、ジャービスは両手で涙を拭いながらガチ泣きし始めた。

 この子の自業自得ではあるんだけど、なんだか罪悪感が凄いなぁ……。って言うかアークさん「お嬢様……」とか言ってこの子に同情するんなら拳銃を下げてくれません?眉間の辺りがムズムズしてしょうがないんですよ。

 

 「そう、わかったわ。こちらへいらっしゃい」

 

 金髪ママが両手を差し出すと、ジャービスは少しだけ躊躇してから金髪ママの膝の上に乗った。

 金髪ママの胸に顔を埋めたジャービスが頭を撫でられてる光景を見てると昔を思い出すわね。私も泣く度に、よくお母さんに抱きついて頭を撫でてもらったっけ……。

 

 「自分の罪を認められて偉いわ。だったらこの後どうすれば良いかもわかるわね?」

 「……謝る」

 「そう、謝って仲直りね。でもその前に……」

 

 一瞬、本当に一瞬だった。

 金髪ママに抱きついていたジャービスが、ほんの一瞬で真横を向いて金髪ママの膝にうつ伏せになった。

 とうのジャービスも「へ?」って感じの顔して状況が理解できてないみたいだわ。

 

 「お仕置きは必要よね♪」

 「マ、ママ……ちょっと待っ……ピィッ!」

 

 良い音が室内に響き渡った。

 いやぁホント、惚れ惚れするくらい見事にバチーン!って快音が、金髪ママの右手とジャービスのお尻によって奏でられたわ。一発で終わったのが惜しい……。

 

 「あ~ぐ~!おじりなでで~!」

 「ちょ、お嬢様こんな人前で……。本当に撫でてよろしいので?」

 

 よろしいので?とか聞いてる割に撫でる気満々なのか、真顔のアークさんの両手の指がワキワキと触手みたいに動いて、ガン泣きしながら抱きついてきたジャービスのお尻に迫ってるわ。

 この人もしかして、キリッとしてて佇まいも執事さんそのものだけどロリコンなんじゃない?

 あ、たぶん間違いないわ。

 だって抱き上げたジャービスのお尻を文字通り這い回る右手の動きはキモいを通り越して怖いし、真顔のままなのに何故か「生きてて良かった」って考えが伝わってくるもの。

 

 「さて、矢矧さん……と仰いましたか?」

 「え?はい!何でしょう?」

 「Jervisのお仕置きはアレで良いとして、貴女も何かしらの罰を受けないと不公平だと思わない?」

 「え~っと……」

 

 金髪ママは不公平だと感じたのかもしれませんが私はそうは思いません。

 だって私はさっきまで拳銃を突き付けられて死の恐怖と戦ってたのよ?だから、あの時間が十分すぎるほどの罰だと私は思います。

 

 「Mr.Admiral、たしか日本のTV programに、笑ったら罰としてお尻を殴られるモノがありましたわよね?」

 「ええ、たしかにありますし大晦日の風物詩にもなっていますが……それが何か?」

 「いえ私、実はあれが大好きでして、一度で良いからあのセリフを言ってみたいと思ってたんです」

 

 あのセリフってどのセリフ?もしかして「〇〇~アウト~」ってセリフ?

 いやまあ、お尻を殴られるくらいならべつに構わな……金髪ママ以外の人に殴られるなら構わないんだけど……。

 

 「Ark、Nelsonはどこに?」

 「ご安心ください奥様。こんなこともあろうかと、室外にて待機させてあります」

 

 こんなことってどんなこと?しかもネルソンって言った?ネルソンってまさか、長門さんや陸奥さんと同じビッグセブンのネルソンじゃないでしょうね!?

 しかも待機させてるってアークさんは言ってたけど、私と霞が入室するときは誰も室外に居なかったわよ?もしかしてステルス機能搭載?戦艦のクセに!?

 いやいや、今はそんな事どうでもいい。

 今はネルソンさんがどこに隠れていたかよりも、如何にして私のお尻を守るかの方が……。

 と、私のお尻に危険が迫っていると今さらながら感じた途端に、アークさんが何処からか取り出したスマホで執務室内に聞き慣れたあの音を流した。

 そう、あの『デデーン!』って音よ。

 そして金髪ママは、私がお尻を殴られるのを心の底から楽しみにしているのか、まるで少女のような笑顔でこう言ったわ。

 

 「矢矧~、Thai kick~(タイキック~)♪」ってね。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 いやタイキックかよ!

 って内心ツッコんだ。ええツッコんだわ。

 まあ、そのツッコミが口から言葉になって出る前にあの音楽が鳴り始めたから出ることはなかったんだけどね。

 

 そう、あの音楽よ!

 某芸人がタイキックされる時に流れるBGM!アレがアークさんのスマホから流れ始めたの!

 

 そしたら執務室のドアが開いて、ネルソンさんがタイキックの人みたいな動きして「余がNelsonだ。貴様が余の餌食という訳か」とか言いながら入って来てさ!

 蹴られたわよ!

 抵抗しようとしたけど「うん?なんだ?フッ……甘いな! そんな踏み込みでは!」って言われながら拘束されて「よかろう、余が直々にNelson Touchを教えてやる。いいか、その壁に立て! 行くぞ!」って感じのやり取りの後蹴られたわよ!

 

 え?Nelson Touchはタイキックだったのか?

 いやいや、青木さんがどっちのNelson Touchを言ってるかわかんないけど、私が食らったNelson Touchは間違いなくタイキックだったわ。って言うか、あのダイガンザンみたいな格好になる方のNelson Touch食らってたら生きてないから!

 

 その時の感想?

 色々飛びでそうだった。かな?

 え?何が飛び出そうになったのかって?言わないわよ恥ずかしい。なんなら青木さんのお尻を蹴ってあげましょうか?蹴られたらきっと理解できるから。何がとまでは言わないけど、ホントに良い蹴りもらったら出そうになるから!

 

 え?それよりも蹴られた後どうなったか教えろ?

 蹴られた後は、霞にしばらくお尻を撫でてもらって……え?駆逐艦にお尻を撫でさせたのか?

 そうだけど何か問題でも?

 は?問題しかない?何がよ。

 凹むどころか腫れ上がったお尻を優しく撫でさせることの何が問題なのよ。は?絵面が最悪?

 う~ん……言われてみれば、四つん這いになった私のお尻を霞が両手で撫で回す光景は絵面が良いとは言い難いかも……。

 

 それはもう良いから続きを早く?

 続きって言われても、私が痛みに堪えてる横で提督と金髪ママことウォースパイトさんが雑談してただけよ?

 あ、でも、その雑談の中に気になる内容があったわね。

 たしか、ウォースパイトさんが泣き疲れて寝ちゃったジャービスの頭を撫でながら「この子が子供でいられるのは今の内だけ」とか「この子の選択が、この世界の行く末を左右する」って言ったのが印象的だったかな。

 それがどうも気になっちゃってさ。

 いや、気になったと言うより、大和が私に聞かせてくれた話と似てたからつい口に出しちゃったのよ。

  

 「大和と似たような事言ってる」ってさ。

 そしたらウォースパイトさんは、目の色を変えて私にこう尋ねたの。

 「この子と同じ存在が他にもいるのですか!?」って。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。



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第百五話 ほんの一回ですよ

 

 

 

 前提督もそうだったのですが、今の横須賀鎮守の提督である円満ちゃんにも同じような困った悪癖があります。

 それは肝心な事を言ったと思い込んで言い忘れる癖。

 円満ちゃんは前提督から提督業を学んでいるため似たような悪癖が癖づいてしまったのかもしれませんが、その悪癖に振り回される方はたまったものではありません。

 今回の事だってそうです。

 たまたま私のお店に飲みにいらした辰見さんから聞かされなければ、私は訳も分からないまま試合に出る事になっていたでしょう。

 

 「本当に聞いてないの?桜子からも?」

 「ええ、本当に寝耳に水です。あ、こちらお通しになります」

 「ありがと。相変わらず変なとこが抜けてるわね円満は。ちょっと呼んで説教でもする?」

 「今時分にですか?さすがにもう寝てるんじゃ……」

 「いやいや、まだ21時だからね?こんな早い時間なら駆逐艦でも起きてるわよ」

 

 はぁ、そうですか。

 人のことは言えませんが、皆さん遅くまで起きているのですね。若いから元気が有り余ってるのかしら……って。

 

 「私もまだ若いです!」

 「はいはいそうね。奈瑞奈ちゃ~ん、卵焼きちょうだい。甘めで」

 「は~い♪」

 

 と、元気よく返事して逃げるように厨房に駆け込んだ奈瑞奈さんの態度と辰見さんの塩対応が気になりますが、今はそれよりも、私が試合に出る件についてもう少し詳しく聞いておく方が先決ですね。

 

 「ちなみにですが、私の対戦相手はどなたですか?」

 「え~とたしか米国艦の……イントレピットだったかな」

 「イントレ……。ああ、駆逐艦たちからスカイママと呼ばれてる人ですね?」

 「え?は?スカイママ?何それ」

 「何それと言われましても、駆逐艦の子達にそう呼ばれているそうですよ?」

 「もしかして『空』イコール『スカイ』、『母』イコール『ママ』でそうなったの?米国の空母だから無理矢理英語で言おうとしてそうなったの!?」

 「おそらく……」

 

 ちなみに、空母を英語で言うと『aircraft carrier』になり、コレをさらに直訳すると『航空機運搬人』になったりします。 

 でも、こちらの訳の方が艦娘にピッタリな気がするのは私だけでしょうか。

 

 「会ったことは?」

 「イントレピットさんにですか?」

 「ええ、この店に来たりした?」

 「はい何度か。米国艦の方たちとご一緒に来て、来る度に日本酒を堪能されてますよ」

 「あ~……この店って日本酒の品揃えがやたら豊富だもんね」

 「それもうちの自慢の一つですから」

 

 とは言っても、お店で扱っているお酒類は全て酒保で仕入れた物ですので、ここだけの話酒保で購入した方が安く済みます。

 仕入れ値は原価に近いですから原価で提供しても良いのですが、お客さんが「店をやるなら少しは利益を考えろ」と仰るので少しだけ値段に色を付けさせて頂いてるんです。

 

 「辰見さんもたまにはどうです?」

 「明日も仕事だからやめとく」

 「あら、でもカシスオレンジくらいじゃ良い感じに酔えないでしょう?」

 「鳳翔さんや桜子みたいなウワバミと一緒にしないで。私くらい弱かったらコレでも十分酔えるんだから」

 

 桜子さんのような底が抜けてるレベルの酒豪と一緒にされるのは心外ですね。

 皆さんは私の事をウワバミとかザルとか仰いますが、二合も飲めば記憶が飛んじゃう程度に弱いんですよ?

 

 「で、どう?勝てそう?」

 「彼女が戦っているところを見たことがないので何とも……」

 「嘘ばっかり。その割には自信満々じゃない」

 「そうですか?」

 

 ふむ、辰見さんは私の顔を見ながらそう言いましたが、私はいったいどんな表情を浮かべているのでしょう。笑っているのかしら。それとも嗤っているのでしょうか。

 まあどちらにしても……。

 

 「艦隊戦ならともかく、一対一でのタイマンなら負ける気はしません」

 「イントレピットの艦載機搭載数は112機よ?」

 「あら凄い♪私の3倍近いですね♪」

 「それでも、負ける気はしないと?」

 「はい♪」

 

 数の暴力はたしかに脅威。

 しかも、彼女は艦娘としての基本性能も私より遥かに上のはず。()()()()やり合えば、私に勝ち目は皆無でしょう。

 ですが、皆さん勘違いしておられるようです。

 此度の試合は実戦ではなくあくまで演習。

 さらに言えば艦載機同士の戦いではなく、()()()()による直接戦闘です。

 辰見さんのお話では、戦場は1000m×1000mの範囲に限定されているそうですから索敵もほぼ必要ありません。

 そんな状況での正面からの戦いなら、例え日本の全空母を相手にしても私は負けません。

 何故なら私は最古の航空母艦。

 空母の強味も弱味も知り尽くした、全ての空母の母なのですから。

 

 「じゃあ期待しとくとするわ。ああでも、今の子たちって鳳翔さんがネームドだって事、たぶん知らないよね?」

 「知らないでしょうね。そもそも『ネームド艦娘』という言葉が定着したのがここ数年の事ですし」

 「私が艦娘だった頃はそんなの無かったもんなぁ……。ねぇ奈瑞奈ちゃん、奈瑞奈ちゃんが艦娘だった頃はあった?」

 「う~ん……呉の死神くらいしか聞いた事がないですね~。私が辞めた後くらいから流行りだしたのかな?」

 

 辰見さんはネームド艦娘という言葉がいつから流行りだしたかを知りたくなったのか、卵焼きを運んで来た奈瑞奈さんに質問し始めました。

 でも、たしかに気にはなりますね。

 奈瑞奈さんが艦娘を辞めたのは正化30年の中頃だったはずですから、少なくともその頃までは呉の死神くらいしか異名が定着している艦娘はおらず(他にもいたのかもしれませんが私は知りません)、ネームド艦娘という言葉も無かったと言う事になります。

 あ、そういえば、辰見さんの秘書艦はたしか……。

 

 「叢雲ちゃんが『魔槍』と呼ばれ始めたのはいつからなんですか?」

 「叢雲?あ~、いつからだっけ……。魔槍が完成して少し経った頃だったのは覚えてるんだけど……」

 

 となると、叢雲ちゃんがその魔槍を使って出撃していた時期になりますか。

 私が覚えている限りだと、叢雲ちゃんが頻繁に出撃していたのは正化30年の末まで続いた敵太平洋艦隊の掃討戦時のはずですね。

 

 「魔槍が完成したのはいつ頃ですか?」

 「たしか掃討戦の中頃い」

 「なるほど、ならば答えは出ました。ネームド艦娘、と言うより異名が流行り始めたのは正化30年の中頃から末頃です」

 

 ネームド艦娘という言葉は言わば後付け。

 異名が定着した艦娘が増え、その彼女らを総称する単語として生まれたのがネームド艦娘なのでしょう。

 

 「駆逐艦が考えそうな事ですねぇ。でも、今の空母でネームドがいるのかは気になります」

 「何言ってんのよ奈瑞奈ちゃん、カウンターの向こうで女将気取ってる鳳翔さんが正にネームド空母じゃない」

 「え~、でも私鳳翔さんが何て異名で呼ばれてるか知りませんよ?」

 

 誰が女将気どりだ。は置いといて。

 実は私、あの呼ばれ方はあまり好きじゃないんですよねぇ……。だって、由来が妖怪なんですもの。

 

 「『つるべ落としの鳳翔』って言ってね?現役時代は凄かったんだから」

 「つるべ落とし?何です?それ」

 「たしか京都かどっかに伝わる妖怪で、木の上から落ちてきて人を襲ったり食べたりするらしいわ」

 「何それ怖い。もしかして深海棲艦に急降下爆撃する艦載機がそう見えたからそう呼ばれるようになったんですか?」

 「そんなところじゃない?たしか言いだしたのは元帥だし」

 

 今でも現役です。

 とツッコミ損ねましたが、私の事を『つるべ落としの鳳翔』と呼び始めたのは辰見さんが仰る通り今の海軍元帥。つまり前横須賀鎮守府提督です。

 ですが定着するとは私も思っていませんでした。

 だいたいつるべ落としなんて妖怪を知ってる人は稀でしたし、呼ばれた私自身最初は「某師匠を落とすのかよ」と心の中でツッコミを入れました。

 妖怪だと聞いてショックを受けたのも今では良い思い出……かな?

 

 「でも奈瑞奈ちゃんが知らないのは意外ね。着任当初は鳳翔さんにしごかれたんじゃないの?」

 「しごかれましたけど……。鳳翔さんに教えて頂いたのは弓道の基本的な動作だけで、艦載機の運用自体は祥恵……当時の祥鳳に習いましたから鳳翔さんが艦載機を飛ばすところを見たことがないんですよ」

 

 しごいたとは人聞きの悪い。

 たしかに多少厳しくはしましたが、最近桜子さんが神風ちゃんにしているように動けなくなるまでしごいたりはしませんでした。

 腕が上がらなくなるまで弓は引かせましたけど……。

 

 「あ、それに鳳翔さんが訓練してるとこも見たこと無いなぁ~」

 「訓練ならしてますよ?一日二時間程度ですが」

 「ええ~、ホントですか~?」

 「本当ですよ。そんなに疑うんなら、そこで咽せている辰見さんに聞いてみてください」

 「じゃあ聞いてみる……って辰見さん大丈夫!?」

 

 私が一日二時間程度と言った辺りで「ブフォ!」っとカシスオレンジを盛大に噴いた辰見さんに、奈瑞奈さんがおしぼりを持って慌てて駆け寄りました。

 しかし、辰見さんはどうして咽せたのでしょう?何かショッキングな事でもありましたか?

 

 「に、二時間って……。今もしてる訓練って私が知ってる()()で合ってるのよね?」

 「はい。合ってると思います」

 「アレを二時間で熟してるの!?って言うかまだ続けてたの!?動けなくなるまでやるなって元帥に禁止されてなかったっけ!?」

 「注意はされましたが禁止はされていません。それに、出撃もちゃんとしていたでしょう?」

 「それは、そうだけど……」

 

 「どっかの会長かよ」などと、瑞鶴さんと同じ事を言っていますが納得できませんか?

 でも今の私を見て頂ければわかるとおり、その訓練『一日千回 感謝の射法八節』を熟した後でも、居酒屋を切り盛り出来る程度の余裕はあります。むしろ有り余ってるくらいです。

 

 「ねえ辰見さん。結局、鳳翔さんってどんな訓練してるの?」

 「一日千回 感謝の射法八節」

 「え?は?一日千回 感謝の射法八節?ちょっと何言ってるかわかんないんだけど……」

 「わかんない方が正解よ。一日千回とか馬鹿じゃないの?って、私と桜子でその訓練をやるって言い出した当時の鳳翔さんにツッコんだくらいだし」

 

 そんな事もありましたね。

 ですが、丸一日かけてやって見せた時は「うわぁ~鳳翔さんマジパネェ……」って、死んだ魚のような目をして褒めてくれたじゃないですか。

 

 「開戦時から艦娘やってる人は控え目に言って頭おかしいって祥恵から聞いてたけど、鳳翔さんまでそうだとは思ってなかったよ……」

 「ちょい待ち。それだと私まで頭おかしいって事になるんだけど?」

 

 私も待ったをかけたい。

 頭がおかしい人とは、元帥さんのように頭のネジがダース単位で飛んでいる人を言うのです。

 奈瑞奈さんにはわからないかもしれませんが、彼に比べたら私はもちろん、桜子さんや円満ちゃんだってまともな部類なのです。

 

 「え?」

 「え?って何よえ?って!もしかして私も桜子や鳳翔さんと同じに見られてんの!?」

 「いやぁ~、だって辰見さん、一時期叢雲ちゃんをボコボコにしてましたよね?」

 「ボコってない!アレは訓練だから!」

 「うっそだ~。あの頃の叢雲ちゃんって毎日傷だらけで泣いてたじゃないですか」

 「そ、それはその……。訓練に熱が入りすぎて、だからつい……ね?」

 「ね?じゃないですよ。内火艇ユニットで現役の艦娘をボコるなんて普通は出来ませんからね?」

 

 そうですか?

 たしかに性能面は比べるまでもなく内火艇ユニットの方が低いですが、単に殴る蹴るをするだけでどうにかなる状況ならば戦艦だって一方的にボコれますよ?

 そしてそれは、私とイントレピットさんの試合にも言えること。

 ルールに縛られた()()()()による試合ならば、いえ、()()()()()だけならば、私の三倍近い数の艦載機を操る彼女にだって楽に勝てます。

 

 「見てよ奈瑞奈ちゃん。鳳翔さんの悪い事を考えてそうなあの顔」

 「ホントだ……。なんか怖いです……」

 

 あらいやだ。

 私としたことが、久方ぶりに戦える悦びに打ち振るえるあまり、自分がした想像がそのまま顔に出てしまったようです。

 

 「で?何勝した?」

 「え?何勝?え?えぇ……?」

 

 ふふふ♪

 辰見さんには私が何を考えていたかわかったようですが、奈瑞奈さんの首を傾げて頭の上に?マークを浮かべている様子を見る限りまるで思い至らないようですね。

 ですが、辰見さんの予想も少しハズレています。

 私は円満ちゃんのように何通りもの局面を同時にシミュレーション出来るような良い頭はありませんし、桜子さんや辰見さんのように、対人の経験が豊富なわけでもありません。

 私に出来るのは自分に出来ることをするだけ。

 ただ弓を引き、矢を射り、必要とあらばそれ以外の手段を用いて敵を倒す。

 その、私が持てる手段を用いて脳内で行ったイントレピットさんとの戦闘シミュレーションは一回だけ。

 だから何回勝ったのかと言う質問はナンセンス。私は一回しか戦っていないのです。だから当然、私と彼女との戦績は……。

 

 「ほんの一回ですよ」

 

 と、穏やかに言ったつもりだったのですが、奈瑞奈さんは「こ、怖い……」と呟いて怯え、辰見さんには「その顔、久々に見たわ」と呆れられられてしまいました。

 私は今、いったいどんな顔をしているでしょうか。

 



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第百六話 友達は神風だけでいい……

 言い訳をさせてもらうと、そういう気分だったんです(*´д`*)


 

 

 

 神風とは仲が良かったのか?

 青木さんが言ってる神風ってどっちの神風ですか?

 紅い魔女って呼ばれてた方?それとも神凪(かんな)の方ですか?

 

 あ、神凪の方ですか。

 神凪とは今でも仲良いですよ?

 あの子一応は女優だし、私もトレーニングが忙しくて休みがなかなか合わないけど、休みがあった日は一緒に出掛けたり私の家に泊まりに来たりもします。

 

 いつ頃から仲が良いのか?

 う~ん……出会ったのはあの子が着任して少し経ったくらいかな。

 当時は私もあの子もはみ出し者で、お互いに一人で居る時間が多かったんです。

 そんなある日、暇を持て余してたのか一人でランニングしてたあの子を見つけたから声をかけたんです。

 

 はい、追い抜いて「おっそ~い!」って。

 そしたらあの子が張り合ってきて、ぶっ倒れるまでランニングという名の追いかけっこを続けました。

 

 え?今でもしてるのか?

 いやいや、この歳になってまで追いかけっこなんてしませんよ。

 って言うか、私って一応オリンピックの代表選手ですからね?長距離ならともかく短距離なら絶対に負けません。

 

 それから仲良くなったのか?

 たしかに、それからしばらくの間は時間さえ合えば一緒に居ました。艦娘になった理由を話したのもその頃だったかな。

 

 でもしばらくして、あの子の姉妹艦が次々に着任して一緒に行動するようになった頃から距離を置くようになりました。

 

 どうして?

 私もあの子もはみ出し者だったって最初に言ったでしょ?それが理由です。

 せっかく友達が出来たのに、私みたいなのと一緒に居たらまた仲間はずれにされる。そう考えたら、あの子の傍に居られなくなったんです。

 

 それから二年、大方三年かな。は、お互いに干渉せず過ごしてたんですけど、捷一号作戦が発令される数日前くらいに、今度はランニングしてた私を追い越してあの子がこう言ったんです。

 

 はい、「おっそ~い!」って言われました。

 

 

 ~戦後回想録~

 元島風型駆逐艦一番艦 島風へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ねぇねぇ、こんな所で寝てたら風邪ひくよ?」

 「べつに寝てる訳じゃない……」

 

 動けないだけ。

 例によって朝から先輩のしごき……いや拷問……いやいや訓練で疲れ切って浜辺に艤装をほっぽり出して大の字になってたら、島風型特有の自律型機動砲塔、通称『連装砲ちゃん(×3)』を連れた島風が私のホッペをツンツンしながら声をかけて来た。

 まあそれは良いとして、相変わらず凄い格好してるわねこの子。ただでさえ、ちょっと動くだけで下着が丸見えなくらい短いスカートなのに、しゃがんだら私の位置からだと中身まで見えそうなんだけど……。って言うか若干見えてるし……。

 

 「ずぅ~っと見てたけど、あの人って凄いね。艦娘でもないのに」

 「そりゃ凄いわよ。なんたって私の先輩……って、見てたの?」

 「うん、呉から戻ってずぅ~っとやってるよね?」

 「それ、暗に戻ってからずぅ~っと見てたって言ってない?」

 「見てたよ?」

 

 いや、見てたよ?

 って心底不思議そうに言われても困る。

 捷一号作戦の前に、相も変わらず一人ぼっちだったこの子に声をかけて再び友達と呼べる関係に戻れたのは確かだけど、困った事にそれ以来、今度はストーカー一歩手前みたいな事をするようになったの。

 例えば今この子が言ったように、物陰から私の一挙手一投足を観察したりね。

 酷いのになると、朝起きたら布団に潜り込まれてたりしたわ。鍵は閉めてたはずなんだけどなぁ……。

 

 「マッサージ、してあげようか?」

 「あ~助かるかも。でも出来るの?」

 「見よう見まねだけど出来るよ。艦娘になる前はパパによくしてもらってたから」

 

 はて?

 パパにマッサージしてもらってたと聞いて卑猥に感じるのは何故だろう?いやいや、邪推しすぎよ神風。

 いくら最近の島風がストーカーになりかけてるって言っても確定はしてないし、島風がパパにしてもらってたと言うマッサージの後ろに(意味深)って付くとは限らないじゃない。

 だから大丈夫。

 マッサージにかこつけて、私にR-18認定食らいそうな行為をしてくることはない。絶対にね!

 

 「じゃあ……お願いしようかな」

 「おっけ~。あ、でもここじゃなんだから、私の部屋か神風の部屋行こう」

 「私……動けないんだけど。それに艤装も片付けないとだし」

 「でもここじゃあ簡単なマッサージしかできないよ?」

 「簡単なので良いからここでして」

 

 べつに、島風がマッサージを理由にして私を密室に誘い込んで手籠めにしようとしてるとかって疑ってる訳じゃないし、お願いしようかなって言った瞬間に島風がニヤリとしたからじゃないわ。

 今の私は汗だくだし、砂浜に寝転んでたせいで汚れてるから遠慮したの。

 

 「じゃあ始めるからうつ伏せになって。あ、でもその前に……」

 「何?」

 「これ、何か敷かないと汚れるからこのシートの上にうつ伏せになって」

 

 今どこから出した?

 島風の服に隠せるようなスペースはないのに、島風はどこからともかくブルーシートを取り出して、連装砲ちゃんたちと協力して私の横に敷いた。

 この子、普段からこんな物を持ち歩いてるの?何のために?

 

 「こ、こうで良い?」

 「うん、そうやって両手を枕代わりにしてくれてたら良いよ。あとは……」

 「何……ってちょっ……!」

 

 うつ伏せになろうとしてた私の両肩に手を添えた途端、島風は着物を勢いよく下にズラした。

 ええ見事に剥かれたわ。

 今の私の上半身を覆っているのは胸部のサラシだけ。しかも剥かれたと同時にブルーシートに押し付けられたからまともに抵抗出来なかったし。

 

 「ちょっと島風!こんなところで脱がすなんてどういうつもり!?」

 「だって服が邪魔なんだもん。それに神風、どっちかの部屋行こうって言ったのに嫌だって言ったじゃん」

 「それは……その、脱がされるなんて思ってなかったし……」

 

 そう聞いてたらどちらかの部屋に行ってたわ。

 まあ、この辺りをうろつくのは艦娘くらいのものだから、裸を見られたところで失うモノは少なくて済むけど……。

 

 「じゃあ始めるね。痛かったら三回回ってワン!って言うんだよ~」

 

 いやいや、アンタが腰に乗ってる状態でどうやって三回回れと?って、抗議の声を上げる間も与えてくれず、島風は肩を優しく揉み始めた。

 う~ん、気持ちいいけどちょっと弱いかな。なんて言うか、マッサージって少し痛いくらいじゃないと効いた気がしないし。

 

 「だいぶ凝ってるね。この辺とかどう?」

 「あぁ~そこそこぉ。それすっごくいい」

 

 肩甲骨から首筋にかけて揉みほぐされるのが予想外に気持ち良かったからついオッサンみたいなリアクションとっちゃった。

 でも、筋肉がほぐれていくにつれて血行も良くなってるのか眠気が出て来たわ。

 島風の鼻息が妙に荒いのが気にはなるけどこのまま寝ちゃおうかしら。

 

 「腰もだいぶ凝ってるね。あの海面をピョンピョン跳んでるヤツって腰にくるの?」

 「そうなのよ~。脚技って言うんだけど、下半身への負担がハンパなくてさぁ」

 

 ホントに寝ちゃいそう。

 なんか島風が「ここが命門って言って、体力アップにも効果があるんだよ」とか「それでここが腎兪でこっちが志室。この二つは肝臓機能の活性化にも効果があるよ」なんて説明しながら押してくれてるけど頭にまったく入ってこないもん。

 

 「そう言えばさ、作戦中は仲良くできた?」

 「誰と?」

 「誰とって……同じ艦隊になった人たちとよ。駆逐艦だと夕雲型の人だったっけ?」

 「あ~……話くらいはしたよ?最初は輪に入りにくかったけど長波が仲立ちしてくれたから」

 

 なら良かった。

 作戦中は気にする余裕がなかったけど、島風が艦隊メンバーと上手くやれてるかそれなりに気にはしてたのよ。

 

 「でも……」

 「でも?」

 「友達は神風だけでいい……」

 「気持ちは嬉しいけど、友達は多いに越したことはないんだから仲良くしときなさい」

 

 とは言ったものの、嬉しさで顔が若干ニヤけてしまった。それに少し拗ね気味に「神風がそう言うならそうする」って言った島風が可愛すぎる!

 体が動けば頭を撫でるくらいはしてあげるのになぁ。

 

 「よっと」

 「ふぁ!?ちょっ……!島風!?」

 「何?動かれたらやりにくいからジッとしててよ」

 「いや!袴!袴を脱がす必要あるの!?」

 「もちろんあるよ。今からお尻をほぐしてそのまま足に移るから」

 

 あ、お尻もほぐすのね。それならまあ仕方がない……ってなるか!こんな人目につく場所でサラシと下帯だけでいるなんて堪えられないわよ!

 

 「あーもう!連装砲ちゃん、神風の足押さえて!」

 「待って島風!そういう事なら部屋にぃぃ!?」

 

 上体を起こそうとした途端に島風が腰にドカッと乗ったせいで腰から変な音が鳴っちゃった。

 それに両足は連装砲ちゃん二……人?二基?それとも二機?が押さえてるからピクリとも動かせない。

 残りの一基はと言うと、どこから持って来たのか洗面器の中にドロっとした液体を入れてお湯で溶いてるわ。

 凄く手慣れてるけどアレって何?

 まさかとは思うけどローション的な物じゃないよね?

 

 「あん……っ!ちょっ、そこダメぇん!」

 「へぇ、神風は()()が弱いんだ」

 「イジるな……あん!やめ、ソフトタッチもダメ!本当に……んん!」

 

 連装砲ちゃんたちが私の両足をグイッと広げたと思ったら、今度は島風が私のデリケートゾーンやや後方を執拗にイジり始めた。

 ハッキリとどことまでは言わないわよ?ハッキリ言っちゃったらR-15じゃ済まなくなっちゃうし、ソコが弱いと知っちゃった私の羞恥心がMAXを通り越してゲージを振り切っちゃうから!

 って言うかこの子、やっぱりそっちの気があったの!?

 

 「あ、出来た?ありがとう」

 「で、出来たって何が……ひゃっ!」

 「ん?熱かった?」

 「いや、熱くはないけど……何を塗ってるの?」

 「え?ローションだけど?」

 

 ローションだけど?じゃない!

 そんな物塗って何する気なのよ!もしかしてローションマッサージ?それとも男の人が行くお風呂屋さんでしてもらえると噂のマットでのプレイ的なヤツ?

 後者だったら全力で逃げるよ!?

 

 「連装砲ちゃん、神風の両手を押さえといてね」

 「キュッ!」

 

 あ、連装砲ちゃんって鳴くんだ。って、それは今どうでもいい。

 島風の指示に従った連装砲ちゃんは、そのズングリムックリした体型からは想像も出来ないほど華麗な動きで私の両腕を伸ばして拘束した。

 ヤバい。本当に身動きが取れない。

 せめて両腕が自由な内に本気で抵抗しとくべきだった……。

 

 「よっと」

 「ね、ねえ島風。一応聞くんだけど……。アンタ、もしかして服脱いでない?」

 「脱いでるに決まってるじゃん。じゃないと服がローションまみれになっちゃうし」

 

 ですよね。

 いや、私の背中を柔らかいモノが前後し始めたからまさかとは思ったのよ?思ったけど、まさか自分の上半身にローションを塗って押し当ててくるとは想像してなかったからさ。

 

 「どう?気持ちいい?」

 「気持ちいいって言うか……」

 

 変な気分になってくる。

 ちなみに島風は今、私の左足に身体を密着させて前後してるわ。

 人が身体をヌメヌメと這い回るなんて初めての経験だし恥ずかしいのに、ヌメッとした島風の身体の感触が不思議と心地良くてこのままでも良いかな……って思ってる自分がいるわ。

 

 「ちょっとお尻を上げてくれる?そう、それで良いよ」

 

 何故か素直に言うことを聞いてしまった。

 ボケ~ッとした頭に何をする気なんだろうって疑問が浮かんだけど、疑問に思った時にはもう遅かった。

 島風は私の股の間に入り、お腹の下に右脚を折り畳んで滑り込ませて一気に……

 

 「ひゃんっ!」

 「気持ち良いでしょ。特にこうすると……」

 「やめ、コレ本当にヤバい……あん!」

 

 下着越しではあるけど私と島風の大事な部分が触れあってる。

 春風が持ってた不自然に薄い本で見た程度の知識しか無い私でもコレは識ってるわ。コレはたしかに、女の子同士がアレしちゃう時の……所謂貝合わ……。

 

 「やめ…て島風、女の子同士でこんなの……ふぅっ!」

 「大丈夫だよ神風。私も初めてだから……」

 

 ぜんぜん大丈夫じゃない!

 だいたい、初めてなのになんでそんなに上手いの?

 いや、性技の善し悪しなんてわかんないけど、そのわかんない私が頭の片隅で「もうこのままでも良いかな……」なんて考えちゃうくらいには上手いんだもの。

 って言うかもう、頭の天辺辺りがビリビリしてて何も考えられない。

 

 「アンタら……こんな所で何やってんのよ……」

 「せ、先輩!?いつからそこに!?」

 

 私と島風が初めて経験する快感に心まで堕ちそうになったとき、ジャリッと砂を踏み締める音と共に先輩が声をかけてきた。

 しかも心底呆れた顔で。

 

 「アンタが島風にマッサージされ始めたくらいかな」

 「ほぼ初めからじゃないですか!どうして止めてくれなかったんです!?」

 「それより服着たら?もうすぐ午前の哨戒に出てた子達が帰ってくる頃よ」

 

 それは本当にマズい。

 噂話が三度の飯より大好きな駆逐艦にこんな事後風景を見られたら、瞬く間に私と島風がそういう関係だって鎮守府中に知れ渡っちゃうわ。

 でも困った事に……。

 

 「島風、そういう事だから連装砲ちゃんたちを……」

 「え~!もうちょっとなのに~?」

 「何がもうちょっとなのかまではツッコまないから早く退けて。お願いだから!」

 

 少しだけ強めの口調で言ったら、島風は「突っ込めるモノなんてないじゃん……」って言いながらも、連装砲ちゃんに退くよう命じて自身も私の股の間からヌルリと抜け出て服を着始めた。

 だいたい突っ込めるモノって何よ。って、ツッコんだら負けな気がするから絶対にツッコまないけど。

 なんて心に誓いながら、ヌルヌルと滑るブルーシートに苦戦しつつも服を着て、「とりあえずお風呂にでも入って来なさい」という先輩の助言に従って島風と一緒にお風呂へと向かった。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 お風呂で二回戦?

 んな訳ないでしょ!

 たしかに、全身についたローションをちゃんと落とすために島風とお互いに洗いっこはしたけどそれ以上はしなかったんだから!

 

 それから付き合いだしたのか?

 ち、違っ……!付き合ってない!あの一件以来そういう噂が立っちゃったけど私と島風はただの友達だから!そう!アレは島風の行き過ぎたスキンシップってだけよ!

 

 って言うか、その噂が立ったのって青木さんのせいですよね!?

 そうよ!思い出した!その週の『週刊 青葉見ちゃいました!』の記事が原因だわ!

  

 何よあの『風紀の乱れもここまで来たか!駆逐艦同士の真昼の情事!』って見出し!

 顔にモザイクはかけられてたけど、私の髪色と連装砲ちゃんたちがバッチリ写ったままだったから私と島風だって丸わかりだったじゃない!

 

 アレのせいで私はレズのレッテルを貼られたし、それを真に受けた春風が毎晩毎晩布団に潜り込んでくるようになって大変だった……って何?

 春風も加わって3Pしてたのかって?んな訳ないでしょ!私ノーマルだからね!?

 

 え?そういうのはいい?よかないわよ!

 まあ、あの記事が原因で私がヤケになって、大会で磯風にあんな事をしたんじゃないかって同情してもらえたのが救いと言えば救いだったけど、それでもレズのレッテルは剥がれなかったんだからね!?

 

 って、ちょっとどこ行くのよ。

 まだ話は終わってないから逃げるな。あの時の恨みを今晴らしてやるからそこに直れ!

 青木ワレェェェェェェェ!

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 神風へのインタビューより。



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第百七話 天使と悪魔の社交ダンス

 

 

 たしか、艦種別国際艦娘演習大会の組合せと日程が掲示板に貼り出された頃だったと記憶してるんですが、その頃から大和姉さんが部屋で奇怪な動きをするようになったんです。

 

 いえ、奇怪とは言っても変態的な動きをしていたわけじゃありません。

 当時の私にはその手の知識がなく、姉さんもジャージ姿で音楽も無しで踊っていたのでソレだと気付けなかったんです。

 

 はい、踊っていました。

 流派の名前までは覚えていませんが、その踊りは姉さんが子供の頃から習っていた日本舞踊らしく、たしか絵日傘という演目だと教えてくれました。

 

 ええ、姉さんがアイオワさんとの試合が始まるなり踊り始めたアレです。

 アレを見た時に、「ああ、姉さんはこのためにあの練習をしていたんだな」って納得しました。

 

 

 ~戦後回想録~

 元戦艦 武蔵へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 私は前海軍元帥の秘書艦しかした事がないので聞きかじった程度ですが、秘書艦業務の多忙さは提督によって左右されるそうです。

 例えば円満ちゃん。

 満潮ちゃんの話では、彼女は優秀ですが私生活がズボラを通り越して壊滅的らしく、彼女を公私ともに支える満潮ちゃんは円満ちゃん以上に多忙を極めます。

 さらに人を使うのが下手だそうで、彼女が大事な仕事を任せるのは基本的に満潮ちゃんだけで、他の第八駆逐隊の子に秘書艦を任せる事もあるそうですが、任せる仕事の内容には雲泥の差があるそうです。

 もう一つの例として前横須賀提督、今の海軍元帥の場合を挙げてみるとしましょう。

 彼の場合は円満ちゃんとは逆で人の使い方が上手く、秘書艦の役割は簡単な書類整理と工廠や事務方へのお使い程度だったそうです。

 今は陸軍の参謀本部にいらっしゃる元少佐さんに面倒事を押し付けていた。なんて噂もありましたが恐らくただの噂でしょう。

 とまあ、私が知る限りの話を我が『居酒屋 鳳翔』のカウンターに突っ伏している大和さんに話して聞かせたんですが……。

 

 「私も前提督の時に秘書艦をしたかったです……」

 「あらあら。その様子だと、満潮ちゃん並みにこき使われているみたいですね」

 「そうなんですよぉ~。椅子に根が生えるんじゃないかってくらい座りっぱなしですし、それが少ない日は工廠に何度も何度も行かされるんで足が棒ですよ」

 

 などと愚痴が言いたくなる程度には酷使されてるようです。

 ですが聞いた限りですと、大和さんが任されているのはPCを使っての書類の清書、それに工廠へのお使い程度。イベント前で物量は多いでしょうが、内容的には八駆の子達とそう違いはないですね。

 

 「どうして頻繁に工廠に行かされるのですか?普通は一日一回。多くても2~3回程度では?」

 「いやぁ~、それがですね……。追い出されちゃうんです」

 「追い出される?整備員さんにですか?」

 「いえ、整備員さんたちはむしろ味方してくれてるんです。問題は妖精でして……」

 

 大和さんが言うには、兵装の開発や老朽化した兵装の破棄、その他諸々の用を円満ちゃんから命じられて工廠まで赴くのですが、妖精さんたちに邪険にされてなかなか用を済ますことができないのだとか。

 それでも円満ちゃんは大和さんに工廠関係の用を命じるため、何度も何度も工廠と執務室を行き来する羽目になっているそうです。

 

 「円満ちゃんも荒療治がお好きですね。効果は今一つみたいですが」

 「ええ、それでもここ何日かは、三回も往復すれば用を済ませられるようになりました」

 「あらあら、まるで三顧の礼ですね」

 「それと同じ事を提督に零したら怒られました……」

 

 三顧の礼とはたしか、故事成語のひとつで目上の人が格下の者の許に三度も出向いてお願いをすることだったはず。

 大和さんにその気はなくても、円満ちゃんは大和さんが無意識に妖精さんを格下に見ていると判断し、それを正そうとして怒ったのでしょう。

 まあ、単に大好きな妖精さんをバカにされて怒った可能性もありますが、どちらにしても……。

 

 「円満ちゃんらしいですね」

 「提督らしい?」

 「ええ、あの子は今でも、妖精さんのことが大好きなんだってよくわかりました」

 「妖精さんが大好き……ですか?」

 「はい。あの子が初めて妖精さんを見た時の笑顔は今でも忘れられません」

 

 あれは正化29年の末頃。

 前提督が当時の朝潮ちゃんの誕生日プレゼントを何にすべきかと、満潮だった頃の円満ちゃんに相談した時です。

 あの頃は今の満潮ちゃんのように笑顔が稀だった円満ちゃんが、まるでお父さんから新しいお人形を贈られた女の子のように満面の笑みを浮かべて喜んでいました。

 

 「あの時は単に可愛いとしか思いませんでしたが、後になって、なんて罪深い光景なんだって思い直したのを覚えています」

 「罪深い?」

 「はい。当時の彼女は15かそこら、人形で遊ぶような歳ではありませんでした。それなのに、あの子は妖精さんを与えられて見た目相応の反応をしたんです。そんな、子供らしい喜びすら知らなかった子達が戦場で戦っていると、改めて思い知らされたんです」

 

 そして、それは今も続いている。

 彼女は同い年の子が当たり前に経験する恋や娯楽も知らないまま、多くの人の命をその細い身体で背負って戦い続けています。

 もし、妖精さんが力を貸しているのに理由がるとすれば、そんな彼女の自己犠牲とも言えるひたむきさに惹かれたからでしょう。

 

 「私も、そうすれば妖精の信頼を得られるのでしょうか……」

 「さあ、妖精さんの姿が見えない私には何とも」

 

 寂しそうにカウンターの上を眺める大和さんに問われて、私は突き放すようにそう答えました。

 ですが「相変わらず厳しいですね」とぼやきつつも、やっぱりかと言わんばかりの顔をしていますから、大和さんも答えを貰えるとは思ってなかったのでしょう。

 

 「お酒を……頂いても良いですか?」

 「構いませんが……明日も仕事なのでは?」

 「潰れるほど飲んだりはしません。と言うか、未成年の飲酒はダメだと止められると思ってたんですけど?」

 「ふふふ♪うちでは例え駆逐艦に求められても止めはしませんよ♪」

 

 鎮守府内は治外法権ですから。は、冗談として。

 私は求められれば、お客さんが駆逐艦だろうと海防艦だろうとお酒を振る舞います。

 さすがに泥酔するほど飲ませはしませんが、いつ死ぬかわからない子達にやりたい事を我慢させるなんて事はしたくありませんから。

 

 「なら遠慮なく。何かお勧めはありますか?」

 「そうですね……。大和さんくらいの歳の子ならカクテルなどが良いのでしょうが、日本酒が飲みたいのですか?」

 「ええ、昔お祖父さまが美味しそうに飲んでるのを見て、いつか飲みたいと思っていたんです」

 「なるほど。お祖父さまが飲んでいたお酒の銘柄を覚えていますか?」

 「たしか……その時は『一品』だったかと」

 「なるほど、一品ですか」

 

 一品とは、黄門さまでお馴染みの水戸光圀公お膝元である茨城県水戸市に酒蔵を構える吉久保酒造によって作られ続けている銘柄で、原料米から吟味し磨き上げ、喉越しのやわらかな淡麗型でありながらフルーティーな香りと旨みを醸し出している逸品です。

 もともとこの酒蔵は、米穀をあきなう豪商が徳川光圀が作った笠原水道の清らかな水と地元の良い米でうまい日本酒ができると酒造業に転業して誕生したもので、やがて徳川家御用達の命を受け、儒学者、藤田東湖先生をはじめとした多くの藩士のご贔屓に預かったという逸話もあるそうです。

 

 「く、詳しいですね」

 「当然です。お酒を扱う店の店主がお酒に無知だなんて話にもなりませんから」

 

 と、注文された一品を手渡したグラスに注ぎながら誇らしげに言いましたが、私が日本酒について勉強し始めたのはほんの数年前から。

 前提督が日本酒を心底美味しそうに飲みながら「コレはどこどこの酒でな?昔どこかの誰かがうんたらかんたら」と、当時の円満ちゃんに話して聞かせていたのに感化されたからです。

 そんな前提督を「はいはい、わかったからサッサと飲んで寝なさいな」と邪険にあしらっていた彼女も、今では私同様日本酒の虜になっています。

 

 「提督もお酒が好きなんですか?たしか、彼女も未成年でしたよね?」

 「大和さんより一つ上だったと記憶しています。まあでも、彼女はお酒が強いですし、前提督もここで自分と一緒に飲む時以外は飲むなと厳命していたそうですから」

 「はあ、そうですか……」

 

 それでも違法ですけどね。

 今は前提督がいなくなったので一人で宅飲みをしているようですが、満潮ちゃんが飲酒量をコントロールしているようですから心配しなくても大丈夫でしょう。

 それに酒保の店員さんの話では月に一升ほどしか買ってないそうですし。

 

 「鳳翔さん、まだやってる?」

 「あら、噂をすれば影ですね」

 

 申し訳なさそうに入り口の戸を開いてあずき色のジャージ姿をした円満ちゃんが顔を覗かせました。

 今は……22時前ですか。

 ここに一人で来る事自体最近では珍しいですが、こんな時間に来ることの方がもっと珍しいですね。明日はお休みなのかしら。

 

 「あ、大和も来てたんだ」

 「はい、ここ最近、鳳翔さんに愚痴を聞いてもらうことが多くて……」

 「へぇ、そうだったんだ」

 

 と言いながら、円満ちゃんが「邪魔じゃない?」と言いたげに視線を投げてきました。

 大和さん的には少し居辛いかもしれませんが、久々に来てくださった円満ちゃんを追い返すのも気が引けますね……。

 

 「大和、隣良い?」

 「え?あ、はい。どうぞ」

 「じゃあ遠慮なく。鳳翔さん、一本浸けて……って大和、それお酒?」

 「ええ、一品という銘柄だそうですが……やっぱりお酒を飲むのはマズいですか?」

 「べつに構わないわよ。単に、アンタがお酒を飲むのが意外だっただけ」

 

 私がどうすべきか困っているのを察してくれたのか、円満ちゃんはこの機に大和さんと親睦を深めようと考えてくれたようですね。

 ならば私も、円満ちゃんと大和さんが仲良くなれるようにサポートしなければなりませんね。

 

 「円満ちゃんも一品にしますか?」

 「そうねぇ……。久しく飲んでないからそうしようかしら」

 「はい。燗にします?」

 「じゃあぬる燗で」

 「わかりました。上撰と金撰、どちらが良いですか?」

 「ん~と、金撰にしようかな」

 「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 お酒に口をつけようかどうか今だに悩んでいる大和さんが、不思議そうに「カン?ぬるカン?」と小首を傾げていますから説明しておきましょう。

 よく熱燗と呼ばれる燗酒とは、簡単に言うと加熱したお酒のことです。

 お酒自体を加熱することを燗をつける、お燗するなどと言い、燗した日本酒は燗酒と呼ばれます。

 温度帯によって呼び名が変わり、熱燗、ぬる燗、日向燗などがあり、だいたい下記の通りになります。

 飛び切り燗 55度前後。熱燗 50度前後。上燗 45度前後。ぬる燗 40度前後。人肌燗 37度前後 日向燗 33度前後。

 余談ですが、一般に『冷や』と呼ばれる物も温度帯が別れており、単純に常温、冷蔵庫などで冷やしたものが『冷や』ではなく、涼冷え 15度前後。花冷え 10度前後。雪冷え 5度前後。と分けられます。

 

 「へぇ……。かなり細かく分けられてるんですね。私が注文したコレも燗に出来るのですか?」

 「大和が飲んでるのって純米大吟醸でしょ?」

 「え~と……」

 

 円満ちゃんの問いに、大和さんは自信なさげに「そうなんですか?」と言いたげな視線を私に送って来たので、私は首肯することで「そうだ」と円満ちゃんに伝えました。

 

 「その様子だと、アンタってお酒飲むの初めてよね?」

 「そうですけど……」

 「だったら最初はそのまま飲んどきなさい。べつにソレが燗に向いてないって訳じゃないけど、燗にすると造りの善し悪しがハッキリと出るし繊細な部分が味わい難いから」

 

 今の円満ちゃんの説明を補足しますと、基本的に日本酒の中でも吟醸酒(純米大吟醸、純米吟醸、吟醸)など高価なお酒は燗をつけず、常温の『冷や』よりも低い温度の所謂『冷酒』で提供されることが多いです。その理由は円満ちゃんが説明したとおりですね。

 誤解されかねませんので更に補足しますと、そもそも冷蔵庫や氷で冷やすことは、実は日本酒の伝統からは外れているのです。

 つまり(大)吟醸酒だからといって燗はタブーではないですし、季節(気温)や体調、肴により、冷や(常温)やぬる燗、熱燗などの好みの温度で飲まれることを杜氏をはじめ酒蔵人は望んでいるそうです。要は好みの温度で好きに飲めって事ですね。

 ですが、初めて日本酒を飲む人や初めて飲む銘柄の場合はどの温度が適しているかなどわかりませんし細かく温度を計って試すのも面倒ですよね?(とある人はソレも楽しみの一つと仰っていましたが)

 その場合は、お酒を購入する酒屋さんや居酒屋さんに聞くのが一番手っ取り早いです。

 でもここで注意事項を一つ。

 これはとある人の体験談なのですが、日本酒を専門に扱っている酒屋さんや居酒屋さんではない場合、聞いたところでわからない場合があります(と言うよりわからない場合の方が多いです)

 ならばどうすれば良いのか。

 確実なのは、酒蔵の直売店で購入する時に聞くことです。昨今は吟醸酒でもラベルにぬる燗などを薦める記述を記載している酒蔵も多くなっているので、そちらを参考にするのもよろしいかと思います。

 

 「へぇ、日本酒って奥が深いんですね」

 「奥は深いけど変に身構える必要なんてないわ。好みのお酒を見つけて好みの肴を摘まみながら好みの温度で飲む。たったそれだけなんだから」

 

 円満ちゃんはそれだけと言いましたが、実はソレが一番難しい。

 まず日本酒の銘柄は数が多く(酒蔵だけで1400以上、銘柄になると一万以上)、マイナーな酒蔵になると流通している場所も限定されてしまいます。

 ソレさえ見つけてしまえば、普段はソレを楽しみ、旅行先などでその土地の地酒を楽しむなどの楽しみ方が出来るのですが、今日が日本酒デビューである大和さんには難しいですね。

 

 「あ、意外と爽やかで飲みやすいんですね。日本酒ってもっとこう……そう!如何にもアルコールって味がするんだと思ってました」

 「アルコールってどんな味よ……は、まあいいか。それの肴にするなら白身魚の刺身とか山菜の天ぷらなんかがお薦めよ。鳳翔さん、私の伝票に付けといて良いから……」

 「はい、そう仰ると思っていました」

 

 ので、円満ちゃんが注文したぬる燗と一緒に出したのはヒラメのお造りと山菜の天ぷら。これで当分は保つでしょう。

 

 「そういえば、満潮教官は一緒ではないのですか?」

 「満潮は八駆の部屋でお泊まりよ」

 「仲良くやれてるようですね」

 「ええ、あの子が上手くやれてるようで安心した……」

 

 円満ちゃんの微笑みながらお猪口の縁を指で撫でている様子を見るに、自分と性格的にも良く似ている満潮ちゃんが素直になって本当に嬉しいのでしょう。

 むしろ今の満潮ちゃんの方が、満潮だった頃の円満ちゃんより素直かもしれないですね。

 

 「あ、そう言えば鳳翔さん。ふと思ったんだけど、魚の仕入れって今どうしてるの」

 「変わらず曙美さんが届けてくださってます。ただまあ、あの事件直後はしばらく無理だと電話を頂きました」

 

 あの事件とは、先月末に大淀ちゃんが起こした漁場破壊事件です。

 最初は秋刀魚漁支援任務に彼女が参加してるなんて夢にも思いませんでしたので、あの事件犯人が大淀ちゃんだと曙美さんから聞いたときは漁場が破壊されたと聞いたときより仰天しました。

 だってあの子は……。

 

 「夜は起きていられないはずですよね?」

 「大淀?」

 「ええ、あの子はたしか、何があっても午後九時には寝てしまうんじゃなかったですか?」

 「基本的にはね」

 

 大和さんが「もう少し詳しく!」と、妙に食い付いているのが気になりますが、円満ちゃんの説明によるとこうです。

 普段の大淀ちゃんは『猿真似』と呼ばれる能力のせいで起きている間は脳を常に酷使している常態らしく、午後九時になると酷使された脳が休息を求めて強制的にシャットダウンしてしまうそうです。

 ですが逆に言えば、脳が酷使されていなければ起きていられるんだとか。

 

 「じゃあ、大淀ちゃんはその日、お昼寝してから参加したんですか?」

 「昼寝どころじゃないわよ。あの子ったら昼過ぎに漁協に押し掛けて、睡眠薬まで飲んでギリギリまで寝てたそうよ」

 「朝潮だった頃に参加した時もその手で乗り切ったんですか?」

 「あの頃は昼寝だけね。あの時は私もあの子自身も夜が極端に弱いくらいにしか思ってなかったから」

 

 難儀な能力ですね。

 応用の幅が広く相対する者からしたら反則的な能力なのに、強制的な睡眠というデメリットがあるだなんて。

 それよりもこの話が始まってから、大和さんがブツブツと独り言言ってるのが気になるのですが……。

 

 「九時少し前に挑めば展開次第で確実に……。ああでも、それだと少し卑怯な気が……」

 「馬鹿な事考えんじゃないの。ところで大和、アンタこの間やっと見つけたとか言ってたわよね?何を見つけたの?」

 「え~と、なんて言ったら良いのか……」

 

 大和さんが考えていた馬鹿な事の詳細は置いておくとして。

 大和さん自身もまだ考えが固まりきっていないのか、辿々しく円満ちゃんに自分がやろうとしている事を説明しました。

 その話を聞いた私の感想としましては、戦艦のクセに考え方が駆逐艦に近い。でしょうか。

 円満ちゃんも私と同じような感想を抱いたらしく、「面白いこと考えるわね」と感心しています。

 

 「ただその……」

 「ソレを実現させる手段が思い付かない。ね?」

 「はい……。それに、今の私は艤装を思うように動かせませんし」

 

 大和さんは、お酒を呷る円満ちゃんを「教えてくれないかな~」と言いたげに横目でチラチラと覗っています。

 片や円満ちゃんは何か考えているのか、はたまた何も考えていないのか、ひたすら肴を摘まみながらお酒を呷っています。これが前提督でしたら、考え事をしているときは食事の手が止まりますのでわかりやすいんですが……円満ちゃんの場合は手が止まりませんのでわかりませんね。

 

 「私が考えるに、アンタのソレを実現するために必要な手段は三つある。その中でも最も必要なのは『刀』ね。ソレを覚えれば、もう一つも自然と解決する……はずよ」

 「どうして刀が必要なんですか?私、剣術の心得は……」

 「ああごめん。刀とは言ったけど日本刀の事じゃなくて、力場操作法の一つの『刀』の事よ」

 「力場……操作法?」

 

 大和さんが疑問に思うのも仕方ありません

 そもそも『脚』『装甲』『弾』に分類される各種力場は、艦娘が意識せずとも各艦娘の性能に応じた効力を発揮します。

 つまり、無意識に『刀』と似たような事や『脚』の形状を変えるなどをしている艦娘もいますが、本来なら()()()など必要ないのです。

 私やかつての桜子さんのように、性能の低さを邪道で誤魔化さなければならない者を除いて、ですが。

 

 「明日からの秘書艦業務は午前中だけでいいわ。午後からは満潮に『刀』のやり方を教わりなさい」

 「それは願ったり叶ったりですけど……」

 「妖精さんの協力が得られていないのに力場操作の練習は難しい。でしょ?それは窮奇に協力してもらいなさい。それが、今のアンタに必要なモノの三つ目よ」

 

 違う。

 円満ちゃんは大和さんに答えを与えているように聞こえますが実は違います。

 私のような低脳では円満ちゃんの考えの全てはわかりませんが、少なくとも満潮ちゃんに『刀』を習えと言ったのは大和さんの案を実現するためだけではありません。

 これは大和さんの頑張りを妖精さんに見せるため。

 自身が思い付いた戦い方を実現させる課程で努力する様を妖精さんに見せつけ、妖精さんの信頼を取り戻させるのが本来の目的なのだと私は予想します。

 

 「半分正解。かな」

 「あら残念。半分しか合っていませんでしたか」

 

 その予想を「では、今日はもう寝ることにします」と言って大和さんが退店した後に円満ちゃんに話してみたんですが半分しか合っていなかったようです。

 では、もう半分は?

 

 「大和が考えた戦闘スタイルには穴が有る」

 「穴……ですか?」

 「そうよ。大和は全部一人でやるつもりみたいだけど、それは恐らく無理。例え艦体指揮を使っても()()()()()の両立は不可能よ」

 

 艦体指揮、たしか円満ちゃんが艦娘時代に創作した、妖精さんと五感を共有する方法でしたか。

 あれ?でもたしか……。

 

 「艦体指揮使用中は思考能力も上がるのではなかったですか?」

 「ええ、たしかに思考能力も向上する。でも駆逐艦の艤装ならともかく、大和型のように攻撃手段が多い艤装では処理が追いつかない可能性が高い。それが……」

 

 致命的な隙となる。

 大和さんの新たな戦闘スタイルを実現、成立させるには攻撃と防御それぞれを受け持つ司令塔()が一つづつ必要になると、円満ちゃんは語りました。

 つまりもう半分は、大和さんと窮奇の信頼関係の構築。と、言ったところでしょう。

 そして最後に、かろうじて聞き取れる程度の声でこう呟きました。

 

 「まるで太極図。いえ、天使と悪魔の社交ダンスかしら」と。

 

 きっと円満ちゃんの頭の中では、大和さんと窮奇が共闘し、踊り狂う様が思い浮かんでいたのでしょう。

 だって円満ちゃんのその時の顔は、悪巧みをしているときの前提督とソックリでしたから。

 それに、少し疑問も浮かびました。

 大和さんと窮奇。どっちが天使で、どっちが悪魔なんだろうって。



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第百八話 教官の醍醐味

 

 

 

 桜子さんが思い付き、技術と呼べるまでに昇華させたモノの中に『刀』と呼ばれるモノがある。

 名称に関しては、桜子さんがそれを始めてお披露目したときに日本刀を使って見せたからそう名付けられたって話を聞いたことがあるわ。名付け親になった人は随分と安直な思考の持ち主だったみたいね。

 でもまあ、そもそもこの『刀』は、桜子さんが実戦で日本刀を使うために編み出したモノだからあながち的外れって訳でもない。

 つまり、習得している艦娘が『弾』の威力を底上げするためなどに使っているのは本来なら間違いなの。

 

 「それでも習いたいの?アンタのバ火力なら、装甲や脚の力場を減らすリスクがある『刀』を使ってまで威力を底上げしなくても良いと思うんだけど……」

 「いえ、火力の底上げが目的じゃないんです」

 「じゃあ何のため?まさか、桜子さんや神風みたいに日本刀を使う気?」

 

 違うのはわかってる。

 午前中の哨戒任務を終わらせた大潮と荒潮に秘書艦の仕事を引き継ぎ、私にやり方を教えてくれと言ってきた大和は日本刀なんて持ってないもの。

 装備はいつも通り大和型の艤装と電探傘だけ。もしかして電探傘に力場を纏わせる気?

 お姉ちゃんと戦ったときみたいに、電探傘を鈍器代わりにでもしようと考えたのかしら。

 

 「『刀』のやり方自体は教えあげられるけど、電探傘にどうやって力場を纏わせるかまでは教えられないわよ?」

 「それは問題ありません。コレも艤装の一部なので力場を纏わせる事自体は出来ています……というか、私が何をしようとしてるか気付いてたんですか?」

 「いや、単に消去法で電探傘に行き着いただけなんだけど……」

 

 マジで電探傘を武器にする気?

 お姉ちゃんにしたように虚を突いて一撃食らわせるってつもりならまだ理解はできるけど、それ以外の場合だと意味がない気がするのよねぇ。

 だって大和は戦艦でしかも低速艦。

 相手が同じ低速艦ならまだしも、速度で勝る相手に殴りかかるなんて無理なんじゃない?

 

 「もしかして、電探傘で殴りかかる気なんじゃないかって考えてません?」

 「え?違うの?」

 「違いますよ……。電探傘で殴れる距離まで接近するくらいなら砲撃します」

 

 ですよね。

 でも私がそう考えちゃったのも仕方ないのよ?だってアンタは実際に電探傘で殴りつけるなんて事をやってるし、日頃のバカみたいな言動を見てたら「コイツならやりそう」って思っちゃうもの。

 まあそれはともかく、早く教えろって言いたげにソワソワし始めてるから教えてやるとしますか。

 

 「じゃあまず、コレを頭から被ってもらおうかしら」

 「コレを……ですか?でもコレの中身って……」

 「そう、お察しの通りインクよ。それを衝撃で割れやすいボールに詰めた物。でも中身のインクはペイント弾にも使われてる特殊な塗料で、環境はもちろん人体にも無害。さらに水で簡単に洗い落とせるから安心しなさい。それに、頭から被れとは言ったけど字面通りに受け取るんじゃないわよ?『装甲』の上から被れって意味だから」

 「わ、わかってますよ」

 

 とか言ってるけど、アンタ本当に頭から被ろうとしてたよね?ほら、バツが悪そうにペイントボールを弄んでるじゃない。

 

 「上に放り投げたら良いんですかね……」

 「それでも良いけど……なんなら私が投げようか?」

 「あ、じゃあお願いします」

 「わかった。じゃあそこでジッとしててね」

 「はい……って教官?なんか目がマジじゃないですか?」

 

 そんな事は断じて無い。

 ペイントボールを人に投げつける機会なんて滅多に無いからテンションは若干上がってるけどマジって程じゃないはずよ。

 

 「それじゃあ行くわよ~。ふぅんっ!」

 「ちょっ!きゃあ!」

 「きゃあ!じゃない!こんなの砲弾に比べたら屁でもないでしょう……が!」

 「ひっ!だって教官が顔面を狙うから!」

 

 だから何よ。

 たしかにアンタの顔面目掛けて投げてるけど『装甲』があるんだから届きゃしないでしょうが。

 

 「うわぁ……。目の前が真っ赤」

 「わかりやすくするためだから我慢しなさい」

 「わかりやすく……ですか?」

 「そうよ。その状態なら『装甲』の減り具合が一目瞭然でしょ?」

 

 『刀』のやり方は意外と簡単。

 コツを覚えるのに苦労はするけど、例えば『装甲』に回す分の力場を減らして浮いた分を『弾』に回すだけなの。

 さらに他にも応用が利いて、『脚』に回す分を減らして『装甲』に上乗せしたり、逆に『脚』に回して速力や面積を増やしたりも出来るの。

 もっとも、後者は速力が上がる代わりに魚雷の被弾面積も増えるからやる事は稀なんだけどね。

 

 「こんな感じですか?」

 「そうそう、そんな感じで『装甲』を小さくするの。後は浮いた力場を砲身なりに回すだけよ。アンタの場合は電探傘に回すの」

 「なるほど、昔読んだ漫画で似たようなのを見た覚えがありますが、アレと同じですね」

 

 大和が昔読んだ漫画が何なのかは置いといて、コイツ意外と筋が良いわね。

 だって『装甲』のオンオフ自体は簡単だけど、維持したまま力場を絞るのは相応に難しいんだもの。私でさえそのコツを掴むまで随分かかったのに……。

 あれ?でも……。

 

 「アンタ、妖精さんと仲直り出来たの?」

 「いえ、まだですよ?ほら、相変わらず遊んでます」

 「ホントだ。でも、だったらどうして……」

 

 力場操作がスムーズに行える?

 艤装に宿る乗組員妖精さんがあんなじゃ、『機関』から発せられる力場の出力も安定なんてしないはずなのに、大和が力場操作に苦労してる様子はないわ。

 あ、もしかして……。

 

 「窮奇が協力してくれてるの?」

 「はい。妖精たちは窮奇の言うことなら素直に聞いてくれるのでお願いしています」

 

 ふむ、つまり妖精さんたちへの指示を窮奇に一任して自分は力場の操作に専念してるって訳か。

 妖精さんたちの協力を得られず、力場の出力を安定させられない今の大和にとって、艦娘本人の裁量に左右される力場操作だけにやる事を絞ったのはいい案だわ。

 あれ?でも窮奇が妖精さんに指示が出せるって事は……。

 

 「窮奇は艦体指揮が使えるの?」

 「艦体指揮?何ですかそれ」

 「簡単に言うと、妖精さんと五感を共有して視界や聴力、思考速度を拡張するモノなんだけど……」

 

 そこまで説明すると、大和は「え?それならやってる?」と、明後日の方を向いて軽く驚いた。

 円満さんから聞いてはいたけど本当に会話してるのね。傍目には独り言を言ってる風にしか見えないけど……。

 

 「だったらいっそ、砲撃も窮奇に任せてみたら?」

 「砲撃も……ですか?」

 「そう、アンタがやるのは……ってあれ?それだとアンタ要らなくない?」

 「それはちょっと……」

 

 うん、可哀想だけどやっぱり要らない。

 窮奇が表に出てこなくても艤装を操作できるんなら、大和にできる事なんてそう多くない。

 精々、妖精さんの協力無しでも可能な舵操作くらいのものだわ。

 

 「いや、ソレも有り……か。でもそれだと……」

 「半分冗談で言ったんだから真に受けなくても良いわよ?」

 「いえ、むしろ今の助言で、どうやって攻撃するかの算段がつきました」

 「攻撃?アンタの攻撃方法なんて砲撃くらいのもんじゃない?」

 「それはそうなんですが、私がやろうとしている事と砲撃を両立させる方法が思い浮かばなかったんです」

 「で、思い付いたのが窮奇への丸投げ?」

 「はい。窮奇も可能だと言ってますし、後は足場をどうするかです」

 

 足場?足場って、建設現場とかに組んであるあの足場?そんな物をどうするかってどういう事だろ。

 

 「教官、『脚』を円形にする事は可能ですよね?」

 「可能よ。って言うか、訓練初日からしばらくはそうだったじゃない」

 「ええ、でも横幅を広げる程度なら今でもできるのですが、円形までは出来なくて……。」

 「慣れちゃったのね。でも『脚』の形を変える事自体は訓練すれば出来るようになるわ」

 

 だけど、これが意外と難しい。

 『脚』の形は訓練や実戦を経験する内に、自分に最も適した形へと変わっていく。

 それが最良だし間違いのない形なんだけど、一度形が決まってしまうと今度はそれ以外の形にし難くなるの。

 例えば、自転車の乗り方を一度覚えたら乗れなかった頃の感覚を思い出せないでしょ?それと似たような感じ……だと思う。

 

 「でも『脚』を円形にしてどうするの?そんな形じゃ速度は出ないし安定もしないって事くらい、今のアンタならわかるでしょ?」

 「それはわかってるんですが……今のままだと小回りが利かなさすぎて……」

 

 そもそも戦艦、しかも長門型を上回る超弩級戦艦が小回りを求めるな。アンタの砲火力で小回りまで利いたら鬼に金棒じゃない。

 でもまあ、単に身体の向きを変える程度であれば方法がないわけじゃない。

 

 「身体の向きを変える程度で良いなら出来るわよ」

 「本当ですか!?」

 「ええ、脚技の一つに『黒独楽』っていうのがあって……」

 

 お姉ちゃんが元帥さんの助言を元に開発した『黒独楽』は、脚技の中でも『波乗り』に匹敵するほど身体的負担が少ない技で、簡単に説明すると『脚』を独楽のような形にして急な方向転換を可能にする技よ。

 でも他の脚技にデメリットが有るように、この技にもデメリット有る。

 それは速度の低下。

 一時とは言え『脚』を変形させるせいで水の抵抗が増え、速度が著しく落ちるの。トビウオや稲妻が使えれば速度の低下もすぐに取り戻せるんだけど、大和にそれらは無理だから速度が上がりきるまで棒立ちになる危険が有るわ。しかも大和の『脚』の大きさを考えると、変形させるまでと元に戻すまでの時間がそれなりにかかるはず。故に……。

 

 「あんまりお薦めはできないわね」

 「でも、可能なんですよね?」

 「可能か不可能かで言えば可能よ。練習してみる?」

 「はい!」

 

 あらま、やる気満々じゃない。

 大和が最終的に何をする気なのかは謎のままだけど、逆に謎だから見てみたくなってきたわ。

 そういえば、以前澪姉さんから聞いた事がある。

 教官をしていて一番嬉しい瞬間は生徒を迎えた時でも卒業する時でもなく、答えへの道筋を得た生徒が歩み始める瞬間だって。

 それが……。

 

 「教官の醍醐味……か」

 「何か言いました?」

 「ううん、何でもないわ。ほら、そうと決まったからにはビシビシいくわよ!泣いたってやめてあげないんだから!」

 「はい!よろしく願いします!」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 そんなやり取りをした後から、大和が『刀』と『黒独楽』を習得するための訓練が始まったわ。

 

 私が、大和がやろうとしていた事を知ったのは……いえ、()()()()のは大会の1週間前。

 円満さんが用意し、奇兵隊によって隔離された海域で、私が大和の()()()になったときよ。

 

 その時の私は円満さんから全力戦闘の許可を得ていて本気だったし、本気の私が鈍重な戦艦に負けるなんて微塵も思っていなかった。

 

 それなのに、私の攻撃は大和まで一切届かず、私は一方的と言っても過言ではないほど撃ちまくられたわ。

 そう、あの試合の時のアイオワみたいにね。

 

 アレで、あの時はまだ未完成だったって言うんだから嫌になるわよ。

 でもまあ、悔しいと思う反面嬉しいとも思ったし、それに……少し寂しかった。

 生徒が卒業するときの教師ってこんな感じなのかなって、その時初めて思ったわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。



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第百九話 あの日からずっと、嘘つきのままなんですから

 

 

 少し、昔話をしましょうか。

 昔話と言ってもアレから6年くらいしか経っていないのですが、とある旅客船が深海棲艦の襲撃を受けて沈んでしまいました。

 ですが一人だけ、当時10歳の女の子が一人だけ奇跡的に生き残り、船の破片にしがみ付いて漂流していたそうです。

 

 その少女を、一隻の重巡が発見しました。

 ええ、当然彼女は少女を殺そうと腰から伸びた尻尾の先端についた砲を向けました。ですが彼女が発砲する寸前、少女はこう言ったんです。

 

 「お姉ちゃん?お姉ちゃんじゃないの!?私よ!あなたの妹よ!」と。

 

 そう、少女は命惜しさに、通じるかどうかもわからない嘘を彼女に言ったんです。

 ですが少女はやめませんでした。

 彼女が小首を傾げて砲撃を躊躇ったのをチャンスと思い、考える暇も与えない勢いで嘘をつき続けたのです。

 

 「その髪型はお姉ちゃんにそっくり」「その優しそうな瞳も、愛らしい唇もお姉ちゃんとそっくりだわ」「そうよ、お姉ちゃんは頭が良かったから、それを目当てに深海棲艦はお姉ちゃんを洗脳したんだわ」などと、知っている限りの言葉を捲し立てました。

 

 そしてその嘘は奇跡的に通じ、彼女は少し困ったような顔をして少女にこう言いました。

 

 「そ、そういえば、そうだったような気がしないでもない……」と。

 

 それから少女は彼女に連れられ、海軍が破棄した泊地のある島に連れて行かれて無線の使い方を彼女に教えてもらっい、救助を呼んで待ちました。

 

 救助が来るまでの間ですか?

 その間は彼女が話し相手になってくれたそうです。

 

 「お父さんとお母さんは元気か?」とか「腹は減ってないか?」などと少女を気にかけたり、「私には今、命を賭してでもお仕えしたい方がいるんだ」と身の上話の様な事も聞かされたそうです。

 そして島に着いて三日後、彼女は少女にこう言いました。

 

 「迎えが来たようだ」と。

 

 少女は彼女にこう言いました。

 自分の両親を船と共に沈めた仇であるはずの深海棲艦に、心の底から一緒に居て欲しいと思ったから。

 

 「お姉ちゃんも一緒に帰ろう?」と。

 

 彼女は少しだけ悩むような、困る様な仕草をした後、少女に「いつか、静かな海で再び会えたならそうしよう」と言い残してその島から離れて行きました。

 

 それから少女はどうなったのか、ですか?

 艦娘になったと聞いています。

 少女は救助されたのちに、彼女と再び会うことを目的に艦娘となり、とうの昔に沈んでしまったかもしれない彼女に再会できると信じて、いつか「ごめんなさい」と言える日が来ると信じて、どこかの鎮守府で任務に従事し続けたそうです。

 

 え?その少女は私なんじゃないか?

 さあ?それはどうでしょう。そこは謎のままにしておくの方が華がある。と、思いますよ?

 

 

 ~戦後回想録~

 元初春型駆逐艦 四番艦 初霜へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「演習大会の応援……ですか?」

 「そうじゃ初霜、演習大会中は横須賀の奴らは天手古舞いらしくてのぉ。そこでわらわたち第二十一駆逐隊が、奴らの哨戒任務を手伝うことになったのじゃ」

 

 ハロウィン気分も落ち着いて、鎮守府も通常営業に戻った11月初旬。

 執務室に呼ばれていた麻呂眉で掛布団にして寝れるんじゃないかしらと考えてしまうくらい髪の毛にボリュームがある初春姉さんが、不満げな顔をして部屋に戻るなり横須賀への出張が決まったことを教えてくれました。

 と言うか、若葉ちゃんがお昼寝してますので声のボリュームを下げてください。

 常日頃から、こんな田舎の佐世保より横須賀の方がわらわに合っておるとか言ってるクセに、短期間の出張とは言え行けることになったのに何が不満なんでしょう。

 

 「まったく、今年こそはわらわたち二十一駆が佐世保の代表として大会に出るつもりであったのに肝心の大会はお流れ、しかも再開される大会に出場しろではなく手伝いじゃとぉ?馬鹿にするのも大概にせえ!」

 

 などと文句を垂れ流しながらも、初春姉さんは旅行鞄を押入れから引っ張り出してウキウキしながら荷造りしています。

 せめてセリフと表情くらいは合わせてくれません?

 

 「大体じゃ!此度の大会はネームド艦娘同士の演習だと言う話なのに、なぜお主に声がかからん!」

 「いや、私はべつにネームド艦娘じゃありませんし」

 「何を言う!お主ほど佐世保で対空戦が上手い駆逐艦は他におらんのだぞ!?お主、自分が何と呼ばれておるかくらい知っておろうが!」

 「知ってますけど……。アレって異名と言うよりは蔑称じゃないですか?」

 

 初春姉さんの言うとおり、私には『昼行燈』という異名があります。

 ただし、私の場合は本来の意味通りの理由でつけられたもので、普段地味でパッとしないがいざという時には隠された実力を発揮する、所謂「能ある鷹は爪を隠す」タイプだったりするからつけられたモノではありません。

 少なくとも、私はそう思っています。

 

 「お主が敵を沈める事ができんことはわらわも知っておるし、提督もそれを承知でお主を使っておる。じゃがそれでも、お主が佐世保一の艦載機キラーであることは紛れもない事実じゃ」

 「艦載機しか相手に出来ない私が、艦娘同士の演習に出ても何も出来ません」

 「じゃが、お主なら……!」

 「初春姉さん、荷造りの手が止まってますよ?」

 

 その一言で、私がこれ以上その話をする気がないと悟ってくれたのか、初春姉さんは少しだけ寂しそうにして荷造りを再開してくれました。

 初春姉さんの気遣いは本当に嬉しいです。

 初春姉さんは高飛車な態度とは裏腹に、常に私たち姉妹の事を考えてくれている優しい姉です。

 今回の事だって、大会に出れなかったことや雑用を押し付けられた事よりも、大会に出場するメンバーに私が選ばれなかった事に対して怒ってくれている。

 私なら、大会に出場するネームド艦娘に引けは取らないと本気で信じてくれているんです。

 

 「あ、初春姉さん、それは私の下着です」

 「ん?おおすまん!わらわのはこっちじゃったか?」

 「そっちは若葉ちゃんのです。貸してください、私がやってあげますから」

 「うぅ……いつもすまんのぉ……」

 「気にしないでください。自分の分のついでですから」

 

 これは嘘。

 初春姉さんの気遣いが嬉しかったから、お礼代わりに荷造りをしてあげる事にしたんです。どちらかと言うと、自分の分がついでですね。

 

 「おおそうじゃ!言い忘れてる事があったわ!」

 「言い忘れ?」

 

 荷造りが終わりかけなのを見計らったのか、初春姉さんはわざとらしく手をポン!と叩いて私にそう言いました。初春姉さんが何かを言い忘れるのはいつもの事ですが、横須賀に出張する話の後でしそうな言い忘れと言えば……。

 

 「もしかして休暇ですか?」

 「そう!それじゃ!喜べ初霜!大会の初日と二日目は哨戒任務じゃが、それが終わったら24時間の休暇があるぞ!」

 「じゃあ、三日目はお祭りを楽しめるって事ですか?」

 「うむ!これもわらわの日頃の行いが良いおかげかのぉ。三日目にはなんと!大会のメインディッシュとも言える『大和 対 アイオワ』の試合があるんじゃ!」

 

 と、力強く力説してくれましたが、私は正直言って興味ありません。興味はありませんが、せっかく初春姉さんが喜んでるのに「あ、興味ないです」などと言って水を差すような事はできませんししたくありません。

 ならばここは……。

 

 「それは楽しみですね!」

 「おお!お主も楽しみか!」

 「はい♪子日姉さんもそういうの大好きですし、絶対にみんなで見にいきましょう!」

 「うむうむ♪」

 

 よかった。

 腕を組んでご満悦な初春姉さんの様子を見る限り、私の嘘には微塵も気づいてないようです。見下しているわけじゃないですが、こういう時は初春姉さんの単純さには助けられますね。

 

 「初霜、若葉の荷造りもしてくれ」

 「あ、若葉ちゃん。起きたんですか?」

 「ああ、気分爽快だ」

 

 とは言ってますが、さっきまで初春姉さんがいくら騒がしくしてもスヤスヤと寝息を立てていた若葉ちゃんは仏頂面で、爽快さなんて微塵も感じられません。

 まあ、この子はいつもこんな感じですから今さら言う事でもないのですが。

 

 「ところで初春姉さん。おやつはいくらまでだ?」

 「は?おやつ?」

 

 いや、若葉ちゃん何言ってるの?

 小学生の遠足じゃないんですから、横須賀に行くまでの邪魔にならない程度に好きなだけ買って行けばいいじゃないですか。

 

 「うむ!いい質問じゃぞ若葉。おやつは300円まで、ただし!バナナはおやつに入らん!」

 「バナナは入らないのか……悪くない」

 

 悪いよ!

 たしかに今は冬場と言えなくもないから一週間くらいは保つと思うよ?思うけど!暇さえあればバナナを咥えてるくらいバナナが好きな若葉ちゃんの事だから持っていくのは一房じゃ収まらないでしょ?一箱は絶対に持っていくよね!?

 そんな量のバナナを何処に入れて運ぶの?まさか、私が今若葉ちゃんの下着を詰めている旅行鞄?無理だからね!?

 だいたい初春姉さんも初春姉さんよ。

 バナナはおやつに入らないとか言ったら、若葉ちゃんが大量のバナナを持って行こうとすることくらい想像がつくでしょ!?何年私たちの姉をやってるんです!

 

 「わ、若葉ちゃん。バナナなら横須賀に行ってからでも買えるよ?」

 「だが初霜、買って行かないと道中に食べる分がないじゃないか」

 「それは……そうなんだけど……。ほら!横須賀まではきっと哨戒がてら自走して行くんだろうし、保管するところがないよ?」 

 「ポケットに入れるから大丈夫だ。問題ない」

 「それなら問題ないけど……ちなみにどれくらい持っていく気?」

 「そうだなぁ……。10房もあれば……」

 「却下だよ!って言うかポケットに入る量じゃないよね!?」

 

 案の定じゃない!

 10房とか考えなくてもポケットに入らないのに、どうして無駄にキリっとしてサムズアップできるの!?まさか、私たち全員のポケットに突っ込む気?それでも無理だからね?それでも入りきる量じゃないし、そもそも初春姉さんと子日姉さんの制服にはポケットが存在しないから!

 

 「まあまあ初霜、よいではないかバナナくらい」

 「量が一本二本なら言いませんよ!それともなんですか?初春姉さんが両手に抱えて運んでくれるんですか!?」

 「それは嫌じゃ」

 

 嫌じゃ。とか言うんなら一緒に止めてくださいよ!

 このまま誰も若葉ちゃんを止めなかったら、この子絶対に10房持っていきますよ!?しかも若葉ちゃんって律儀だから、残った皮も捨てずにビニール袋にでも入れて横須賀まで持って行くはずです!

 初春姉さんはバナナの皮が詰まったビニール袋を両手に下げて横須賀に入港する気なんですか!?

 

 「たっだいまー!今日は何の日?」

 「美しいまつ毛の日じゃ!」

 「バナナの日」

 「それは八月七日だよ若葉ちゃん」

 「子日だよーー!」

 

 などと騒がしく帰って来たのは子日姉さん。

 べつに帰ってくるのはいいのですが、帰って来る度に「今日は何の日?」って聞くのやめてくれませんかね。

 いえ、それで「子日だよー!」と自己紹介をするまでが子日姉さんお決まりの挨拶であることは理解しているのですが、毎日ですのでみんなまともに相手をするのに疲れてるんですよ。

 ちなみにですが、私は若葉ちゃんが「バナナの日」などと言わなければポッキーの日と言うつもりでした。

 

 「ところで、初霜ちゃんは何してるの?夜逃げ?」

 「こんな昼間に、しかも人前で夜逃げの準備なんてしませんよ」

 「じゃあ何の準備?」

 「横須賀への出張の準備です。子日姉さんのもついでに準備しましょうか」

 「それは助かるけど……。それって来月の話じゃなかったっけ?」

 「え?」

 

 今何て?

 来月って何が来月なんです?もしかして出張が?

 いやでも、初春姉さんは出張の話をしながら嬉々として準備をしてたんですよ?だから私は、出張に出るのは近日中だと思って……。

 

 「す、すまん初霜。言うのを忘れておった……」

 

 忘れちゃダメですよね!?

 そんな肝心な事をどうして言い忘れるんです!?いやそもそも、初春姉さんが荷造りなんかしなければ私も勘違いせずにすんだんですよ!?

 そりゃあ早めに準備をするのは良い事だと思いますよ?でも、一か月も前から準備するのは流石に早すぎですよ。どんだけ出張が楽しみなんですか!

 

 「お、怒っておるか?」

 「怒ってるわけないじゃないですか。初春姉さんの用意周到さにはいつも感心しています」

 「ほ、本当か?」

 「本当ですよ。あ、初春姉さん、靴下に穴が空いてますけど他に換えはありますか?」

 「換え?ないかや?」

 「はい、どうしましょう、()()買って来ましょうか?」

 

 正直に言えば行きたくない。

 部屋から酒保までは歩いても片道五分ですが、荷造りも終わっていないのに手を止めて買いに行くのは億劫。でも買いに行かなければ荷造りが終わりません。

 だから私は「()()買って来ましょうか?」と言ったんです。

 

 「荷造りをしてもらっておるのに、買い出しまでさせるのはさすがに気が引ける。どうせ要るものじゃしわらわが酒保で買って来るとしよう」

 「そうですか?じゃあお願いしちゃいます♪」

 

 するとこうなります。

 初春姉さんは常日頃から高飛車で傲慢な振る舞いをしていますが、本当は義理堅くて優しい人なのです。だから、私が荷造りの途中にも関わらず買い出しにも行くとでも言いだせば、申し訳なく思って自分が買いに行くと言ってくれると信じていました。

 

 「子日、お主も共をせぇ」

 「えー!やだよー!姉さんの買い物長いんだもーん!」

 「つべこべ言わずについて来い!どうせお主も換えの靴下なり下着なりがないであろうが!」

 

 確かにありません。

 と言うか子日姉さんは下着を持っていません。常にノーパンでノーブラです。なので、換えの下着どころかそもそも下着を一枚も持ってないんです。

 

 「では行って来るぞ。他に、何か買ってきた方がいい物はあるかや?」

 「そうですね~……。あ、一つだけあります!」

 「なんじゃ?言うてみい」

 「姉さん達の荷造りをしてる私へのご褒美です♪」

 

 本当はそんな物いらない。

 私は艦娘、と言うよりは女の割に甘いものが苦手なのに、初春姉さんが考えるご褒美は甘い物ばかりなんですもの。でもこう言うと、初春姉さんは「うむ♪」と言って嬉しそうにしてくれるんです。

 そんな姉さんを笑顔で部屋の外まで見送った私が、打算の塊で出来ているなどとは疑いもせず。

 

 「初霜」

 「なぁに?若葉ちゃん」

 

 バナナを買って来るよう頼んでくれ。とでも言うつもりかな?

 今ならそう離れていないから、声を張り上げれば姉さん達に届くはずだけど……。

 

 「疲れてないか?」

 

 若葉ちゃんが口にした言葉は予想外だった。

 いや、いつか言って来るんじゃないかと予想はしてたけど油断していた。

 

 「疲れて、ないか?」

 

 再度同じ質問。

 若葉ちゃんに背を向けてて良かった。きっと今の私、凄く苦しそうな顔をしてるはずですから。

 いや、背を向けている今だから、若葉ちゃんは「疲れてないか?」なんて聞いてきたのかもしれません。若葉ちゃんは何も考えてないようで、初春姉さんよりも私の事をわかってくれてる子ですから。

 だから、私はこう返します。

 その場しのぎの嘘だってバレてるとしても、私にはこう言うしか選択肢がないんですから。

 

 「ううん、大丈夫だよ」と。

  

 私は嘘の微笑みで塗り固めた顔でドアを後ろ手に閉め、若葉ちゃんにそう返しました。

 でもやっぱり、若葉ちゃんには嘘だってバレてるみたい。だって若葉ちゃんは、一瞬だけ寂しそうに目を細めてこう言ったんです。

 

 「そうか、ならいい」って。

 

 ごめんね、若葉ちゃん。悪い事だってわかってはいるけど、私の口は勝手に嘘をついちゃうの。物分かりが良く、人当たりが良い子を勝手に演じようとするの。

 養成所の頃から一緒に過ごしている若葉ちゃんに心配をかけているとわかっていても、私はどうしてもその場しのぎの嘘をついてしまう。

 だって私は、あの日からずっと、嘘つきのままなんですから。

 

 









冒頭の回想録にはモデルがありまして、韓国の昔話『親思いの虎』が元になっています


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第百十話 幕間 満潮と第八駆逐隊

十一章ラストです。

十二章開始は順調に行けば(仕事次第)今月末には投稿開始できると思います。

たぶんね!


 

 

 

 ここ最近、と言うよりは大和と秘書艦を代わってからの約二ヶ月、私は休みの前の日は八駆の部屋に寝泊まりするようになっていた。

 最初は消灯時間になったら円満さんの部屋に戻るつもりだったんだけど、三人に泊まっていってってねだられて仕方なく、本当に仕方なく泊まるようにしたの。まあ、所謂パジャマパーティーってヤツね。

 それに八駆の部屋は、上から見ると『(こんな)』形をしている庁舎の海側にある寮の二階のほぼ真ん中にあるから執務室まですぐだし、その執務室のちょうど真上に位置する円満さんの部屋までもすぐ行ける。

 故に、ここで寝泊まりしても、何かあった時にすぐ対応できるから問題ないしね。

 でも、私が一晩居ないだけで部屋を汙部屋に変える円満さんに説教するって仕事が増えたのは誤算だったわ。

 

 「ねえミッチー。司令官ってそんなにだらしないの?」

 「大潮も実際に見ればわかるわよ。円満さんって本っ当ぉぉぉぉにっ!顔と頭が良い以外はダメ人間なんだから。つかミッチー言うな」

 「まるで、呉で『だらし姉ぇ』って呼ばれてる軽巡みたいねぇ。どんなものなのか一度見てみたいわぁ」

 「やめときなさい荒潮。トラウマを負いかねないほど汚いから。マジで!」

 

 そう言っても好奇心の方が勝っているのか、大潮と荒潮は「今からコッソリ覗いきに行く?」「良いわねぇ。ついでに写真も撮っちゃうぅ?」なんて無粋な相談をしてるわ。って言うか、荒潮は写真を撮ってどうする気?まさか青葉さんあたりの売りつけようとか考えてるんじゃないでしょうね。

 

 「あ、あの……消灯時間はとっくに過ぎてますし、憲兵さんに見つかったら怒られちゃいますから……その」

 「大丈夫だよ。憲兵さんに見つかっても、ミッチーから急ぎの伝言を頼まれたって言えば見逃してもらえるって」

 「でも……」

 

 言い負かされるな朝潮。

 今大潮が言ったような言い訳をすればたしかに見逃してもらえるって公算が高いけど、アンタは間違った事言ってないんだからオドオドしてないで胸を張ってダメなものはダメと言い返しなさい。

 と、言ってあげたいけど、言ったところで気が弱い朝潮じゃ結局言い返せないだろうから助け船を出してあげるとしますか。

 

 「大潮も荒潮もやめなさい。円満さんの貴重なプライベートを邪魔したら私が許さないわよ」

 「ぶ~、ミッチーの意地悪~」

 「満潮ちゃんってぇ、まるで司令官のママみたいねぇ」

 

 などとぶーたれながらふて腐れてる二人はこれで良いとして、この際だからついでに朝潮にも説教しとこうかな。いつまでも言いたい事が言えないままじゃ、いつか任務中にもしもの事が起こるかもしれないもの。

 

 「朝潮も二人に遠慮なんてするんじゃない。たしかにこの二人は着任したのもアンタより早いし練度も上だけど立場的には同列なんだから」

 「で、でも二人は改二で、任務への貢献度も私より高いですし……」

 「だから何よ。任務への貢献度が高い奴が偉いって誰が決めたの?」

 「それは……」

 

 誰も決めてない。そもそも、そんなルールは存在しない。

 命令系統を明確にするために、駆逐隊でもある程度は立場の上下が存在する。

 今の八駆を例にすると旗艦の私、次いで大潮、荒潮、そして最後が朝潮よ。

 これは単に実力順で決めているけど、旗艦の私を除いて他の三人の立場は基本的には同列。

 この順番は、万が一私が作戦中に戦死した場合に次の旗艦を大潮が担うとわかりやすくためなの。

 まあこう言ったところで、頭が硬いこの子は納得しないんでしょうね。だったら別アプローチ。

 

 「朝潮は、大潮と荒潮の事をどう想ってる?」

 「どう……?」

 「アンタにとってこの二人は友達?ただの駆逐隊メンバー?それとも、事あるごとにアンタを困らせる迷惑な同居人?」

 「め、迷惑だなんて思った事ありません!二人は私の大切な……!」

 

 友達?姉妹?

 どう続けようと思ったのかは「えっと……」って言ったまま俯いちゃったからわからないけど、たぶんこの子にとっては両方なんでしょうね。

 だけど年上だから友達とは言い辛い。血が繋がってないから姉妹とも言い辛い。

 そんなくだらない事で悩むなんてクソ真面目なこの子らしいと言えばらしい。

 なら、この子の先代であるお姉ちゃんの事を引き合いに出して、そんなくだらない事を考える頭をほぐしてやるとしますか。

 

 「ねえ朝潮。アンタの先代、お姉ちゃんもアンタと同じで八駆最年少だったのは知ってる?」

 「いえ、初めて聞きました」

 「どんなだったと思う?アンタみたいに歳の差を気にして遠慮してたと思う?」

 「えっと、違うんです……か?」

 「うん、違う。最初こそ多少は遠慮してたそうだけど、澪姉さんと恵姉さんのおもちゃにされてる内に遠慮なんてしなくなったそうよ」

 「お、おもちゃ?」

 

 そう、お姉ちゃんは朝潮時代に、当時の澪姉さんと恵姉さんにぬいぐるみのように猫可愛がりされていた。

 円満さんは今の私みたいな感じだったから表立ってそれに加わりはしなかったそうだけど、本心では混ざりたいとか思ってたんじゃないかな。

 

 「大潮と荒潮がアンタを困らせるのもソレと似たようなものよ。困ったアンタが可愛いから困らせるの。そうでしょ?」

 「い、いやぁ~その……」

 「否定はしないわぁ」

 

 大潮は誤魔化したかったみたいだけど、荒潮は朝潮に優しく微笑みながらあっさりと認めた。

 ったく、可愛がりたい気持ちはわかるけどやり方が歪んでんのよ。アンタらがそんなだから、いつまで経っても朝潮が本当の意味で溶け込めないんだからね?

 

 「だから遠慮なんてしなくていいの。アンタがこの二人を友達だと想ってるなら、今度から言いたい事はハッキリ言いなさい。当然、私にもね」

 「満潮さんにも……ですか?」

 「そうよ?それとも何?アンタ、私を小うるさい小姑みたいな奴とでも思ってんの?」

 「いえ!そんな事はありません!その、満潮さんは友達と言うよりも……」

 

 お?まさかお姉ちゃんみたいに思ってるとか言ってくれるのかしら。

 それはそれで嬉しいけど、個人的には友達と思ってほしいわね。だって私が目指してるのは円満さんやお姉ちゃんたちみたいな関係だもの。

 

 「お母さんみたいで……」

 「予想の斜め上が来た!私そんなに歳食ってないわよ!?」

 

 大潮と荒潮も「説教臭いしね~」とか「満潮ママぁ~」なんて言ってるけど冗談じゃないから!

 だいたい私の歳でアンタらを産むとか不可能だからね!?そもそも結婚どころか男性と付き合ったこともないし!

 

 「ミッチーママ~、お腹空いた~」

 「ご飯ならさっき食べたでしょ!って言うかミッチー言うな!ママとも呼ぶな!」

 「お菓子ならあるわよぉ?」

 「こんな時間にお菓子なんて食べるんじゃない!虫歯になっても知らないわよ!」

 「「やっぱママじゃん」」

 「ママじゃない!」

 

 ヤバい。

 大潮と荒潮が調子に乗って私をイジり始めた。

 たしかに言われてみれば、私は説教臭いし言ってることも母親が言うようなそれに近いかもしれない。

 でもそれは仕方がないの。

 もう何年も、私生活が子供みたいな円満さんの世話をしてきたんだから仕方ないのよ。けっして元から説教臭い訳じゃない。だいたい、本来なら私が言われる立場だからね!?

 

 「お、お母さんと呼んでも……」

 「ダメ!それだけはダメよ朝潮!せめてお姉ちゃんにして!それならまだ受け容れられるから!」

 「で、でも、たまにお母さんが恋しくなるんです。そんな時くらいは……」

 

 絶対にダメ!

 と、声を大にして言いたい。言いたいけど、朝潮に潤んだ瞳で縋るように見つめられたら言い辛い。

 大潮と荒潮も朝潮に感化されたのか「ママぁ」とか言いながら私に擦り寄ってきてるし……。

 え?マジでこの子たちのママをしなきゃダメなの?

 いやいや!感化されちゃダメよ満潮!

 もしこの子たちのママになる事を選んだら、今度から霞さんをママネタでイジれなくなっちゃうんだから!

 

 「そうだ霞さん!ママって呼びたけりゃ霞さんの事をそう呼びなさい!」

 「霞さんと言いますと……呉にいるあの霞さんですよね?」

 「そう!あの人って呉提督を相手に赤ちゃんプレイするような変態だから、きっと喜んでママって呼ばせてくれるわ!」

 「あの霞さんがですか!?にわかには信じられませんが……」

 「そうよね!信じられないよね!でもガチだから!」

 

 よし!少しだけ罪悪感は感じるけどこの線で乗り切ろう!じゃないと「ママぁ~オッパイ~」とか言いながら四つん這いで躙り寄って来てる大潮と荒潮に出もしないのに吸い付かれかねないもの。

 

 「横須賀鎮守府で言うと……雷さんとか夕雲さんみたいな感じですか?」

 「あの二人とはタイプが違うわね。霞さんは基本的に甘やかさないから」

 

 一応説明しておくと、六駆の雷と十駆の夕雲は横須賀鎮守府の二大ママと呼ばれている駆逐艦よ。

 大事な事だからもう一回言うけど()()()だからね?

 男性の性なのか、鎮守府に勤める国防軍人には母性を求める人が少数ながら存在する。私だって孤児だから母親が無性に恋しくなるときはあるけど、それでも駆逐艦に母性を求めたことは無いわね。

 駆逐艦みたいな、見た目が完全に少女なそれに母性を求めたら人として終わりだと思ってるから。

 あれ?ってことはコイツら人として終わってる?

 

 「厳しそうな人だもんね~霞さんって。初めて会った時なんて何故か睨まれたし」

 「大潮ちゃんもぉ?」

 「そう言うって事は荒潮も睨まれたの?」

 「睨まれたって言うかぁ。何か言いたいけど我慢してるって感じだったかしらぁ」

 

 それ、たぶん睨んでない。

 あの人って単に元々目付きが悪いだけで、睨んでると思われがちだけど睨んでる訳じゃないのよ。

 大潮と荒潮の時も荒潮が感じたように何か、例えば姉妹として歓迎しようとしたけど、キャラじゃないとか照れ臭いみたいな感情が勝って見つめるだけで終わっちゃったんだと思うわ。

 

 「霞さんも素直じゃないなぁ」

 「素直じゃないミッチーがなんか言ってる」

 「だから()って言ったでしょ?私には素直じゃない自覚くらいあるし……」

 

 それでも最近は素直になったと思う。

 そうじゃなければ、この子たちにせがまれたからって泊まりに来たりしないもの。

 まあ、霞さんに触発されたのが主な原因ではあるけど、元々円満さんたちみたいな関係を羨ましく思ってたから、今こうしてこの子たちの傍に居ようって考えられるようになった。

 でも、そうなったらなったで、今度は前以上の悩みを抱えるようになってしまった。

 

 「満潮さん?」

 「な、何よ朝潮。私の顔に何かついてる?」

 「いえその……なんだか悲しそうだったので」

 「私が?」

 「はい。何かに怯えているようにも見えました」

 

 何かに怯えてる……か。

 私が今どんな顔してるかはわかんないけど、朝潮が言う通り怯えてるのは確かだわ。

 私はこの子たちを失うのが怖い。

 この子たちの誰かが欠けて、新しいその子を迎える事態を恐れている。それが、この子たちと仲良くすると決めてから生まれた私の新しい悩み。

 これが姉さんたちならそんな事で悩まなかった。

 だってあの人達は私なんかよりずっと強いんだもの。そんな姉さんたちが戦死するような事態は考え辛い。

 でも、この子たちは姉さんたちほど強くない。

 大潮と荒潮は改二改装を受けて、朝潮ももう少しで改二改装を受けられるって練度だけどハッキリ言って弱い。改二になって性能が上がっただけで、この子たちは経験も技術面未熟。実際朝潮は、ついこの間の秋刀魚漁支援任務で大怪我したばかりだしね。

 

 「私がずっとついててあげられれば良いんだけど……」

 

 そういう訳にもいかない。

 大和が長門さんを相手に実戦的な訓練をしたいと言い出したので、私は休暇明けから秘書艦に戻ることになっている。この子たちにも訓練や哨戒任務がある。だから、ずっと傍にいて守ってあげられない。

 私が居ない間に誰かが、もしくは全員が死んじゃうかもしれない。

 そんな不安を抱えてる私が、以前は哨戒任務くらいなら三人でもできる。って円満さんに言ってたんだから嘘みたいだわ。

 

 「私が居ない間に艦隊全滅とか……やめてよね」

 

 思わず言ってしまった私の言葉に、三人は「え?」という顔をして私に注目した。

 口に出したのは失敗だった。と、少し後悔したけど、口に出したことで、円満さんがこの子たちを三人だけでは哨戒任務にすら出さなかった理由がわかった気がした。

 円満さんはこの子たちを過小評価してたわけじゃない。円満さんは、以前は私自身自覚してなかった不安を見抜いて、この子たちの安全マージンを他の子達より高く設定してたんだわ。

 私の知らないところで、円満さんは私を守ってくれてたのね……。

 

 「み、満潮さん!今日は一緒に寝ましょう!」

 「一緒にって……同じ部屋で寝るんだから一緒に寝るでしょ?」

 「そうじゃなくて……その、同じ布団で……」

 

 ああ、そういう事か。

 朝潮に時雨みたいな特殊な性癖があるとは……いや、あるか。でもアイツみたいにヤらしい事してくるとは思えないから同じ布団で寝るのは良いわ。

 良いけどそうなると……。

 

 「あー!朝潮ちゃんズルい!大潮もミッチーと同じ布団で寝るー!」

 「だったら私もぉ~」

 

 当然そうなる。

 大人用のサイズの布団ならともかく、子供サイズの布団に四人包まって寝るのは不可能でしょ。

 まあ、どうせ引っ付いて寝るつもりなんでしょうから風邪を引く心配はなさそうだけど。

 

 「そうと決まったら寝ましょう!満潮さんの左側は譲りません!」

 「じゃあ大潮は右ー!」

 「それなら私はぁ……。こぉこ♪」

 「ちょっ!荒潮!そんなとこで寝るな!」

 

 入る隙間がなくなったからと荒潮がチョイスしたのは私の股の間、ちょうどお臍の辺りを枕にしてるわ。しかも両腕を朝潮と大潮に抱き枕にされてるからまともに抵抗もできず、私はなんとも間抜けな格好で寝ることになってしまった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 今でもそんな寝方をしてるのか?

 してるわけないでしょ!

 あんな寝方をしたのはあの日だけで、その次の週のお泊まり会では普通に川の字で寝たから!

 

 え?アイツにその話はしたのか?

 出来るわけないじゃない!

 アイツって、その手の話をしても表情は変わらないけど怒ってるのがすぐにわかるんだから!

 もし、荒潮が私の股の間で寝たことがあるなんて言おうもんなら、アイツはニコニコしながらあの子の家に車で突っ込むくらいはするはずよ

 

 は?後ろにいる?いるって誰が……あ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。







次章予告。

 大淀です。

 欧州の艦娘と日本の艦娘が火花を散らす演習試合。
 ですがけして予定通りにならないのが横須賀流。試合の枠を超えて暴走する艦娘たちのせいで、円満さんは頭を抱えて失神寸前です。
 桜子さんと辰見さんのフォローでどうにか気を持ち直す円満さんですが、どうやって収拾を付けるつもりなのでしょうか?
 呑気で楽しいお祭り騒ぎでは終わらないのでしょうか?

 次章、艦体これくしょん『狂乱と狂瀾の対舞曲(コントルダンス)

 お楽しみに。


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第十二章 狂乱と狂瀾の対舞曲《コントルダンス》
第百十一話 こんな今も、あったのかもね


 十二章開始は月末と言ったな。
 あれは嘘だ!

 久しぶりに言えたので投下開始しまーす(・∀・)



 

 

 

 

 ラバウル基地を閉鎖して、本土に戻ってから一番最初にやった仕事は痴話喧嘩の仲裁でした。

 いえ、冗談ではなく本当です。

 

 南方中枢を撃破した事で南方、特に南方中枢の封じ込めを目的として配置してあったラバウル、ブイン、ショートランドの三基地をショートランド泊地のみ残して解体し、横須賀鎮守府に提督補佐として配属された僕は、鹿島を連れて執務室に着任の挨拶をしに行ったんですが……ドアの前まで来たところで室内から男女が罵倒し合う声が耳に飛び込んで来たんです。

 

 ええ、お察しの通り、紫印提督とヘンケン提督です。

 僕と鹿島が室内に踏み込んだ時には二人とも完全にヒートアップしていましたね。

 

 喧嘩の経緯ですか?

 正直、馬鹿馬鹿しすぎて話す気にもなれないんですが……。

 彼等の秘書艦の満潮さんとジョンストンさんも呆れ果てて言葉もないと言った感じでしたし、鹿島もすぐに喧嘩の理由を察して逃げていきました。

 

 え?どうして鹿島が逃げたのか。ですか?

 自分にも飛び火しかねないと思ったそうです。

 実際彼女は無自覚に人の彼氏を誘惑してしまうくらい魅力溢れる人で、僕の所に着任する前に、彼女は佐世保で姉妹艦の香取さんと訓練していたんですが、その時期に香取さんの彼氏から言い寄られた事があるそうです。

 

 今だから言えるんですが、鹿島がラバウルに配属されたのは半分左遷みたいなものなんです。

 その一件のせいで鹿島と香取さんの姉妹仲は最悪を通り越して絶望的になり、鹿島が居た間の佐世保鎮守府は文字通り修羅場と化していたそうです。

 

 結局、二人の喧嘩の原因は何か?

 いや、理由も何も無いですよ。

 最初に言ったでしょ?僕の横須賀鎮守府での一番最初の仕事は()()()()の仲裁だったって。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐。 通称 イケメン提督へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「落ち着きなさいよ円満さん。今からそんなにソワソワしてどうすんのよ」

 「だ、だって、彼と会うの3ヶ月と16日ぶりだし……」

 「数えてたのかよ」

 

 大和と秘書艦を交代し、艦種別国際艦娘演習大会の開催を一週間後に控えた12月某日。

 秘書艦を連れて、今回は飛行機で来日する予定になっているヘンケン提督の到着を文字通り指折り数えて待っている円満さんは、執務机の前で壊れたメトロノームのように行ったり来たりを繰り返している。

 正直言ってウザい。

 数カ月間会えなかった恋人と会えるのを心待ちにする気持ちは理解できるけど、もともと円満さんって、ヘンケン提督とは打算で交際してなかったっけ?

 

 「本気で好きになっちゃったの?」

 「す、好き!?誰が!?」 

 「いや、誰がって円満さんがヘンケン提督をよ」

 「そそそそんな訳ないじゃない!」

 

 いや、完全に惚れてるでしょ。

 今の円満さんって、元帥さんとのデート(奇兵隊一個中隊の護衛付き)前日と行動が同じじゃない。

 この後はどうせアレでしょ?

 恋愛経験もない私に「何を話したら良いと思う?」とか「やっぱりお化粧くらいした方が良いかしら」とか聞いてくるんでしょ?爆発すればいのに。

 

 「ね、ねえ満潮……」

 「知らない。頭良いんだからピロートークくらい自分で考えなさいよ」

 「そんな意地悪しないで……ってピロートーク!?そんなの私とヘンケンには早すぎるわ!」

 

 お?いつの間にかヘンケンって呼ぶようになってる。

 動揺してつい言っちゃった可能性もあるけど、ヘンケン提督が帰国してる間も暇を見つけては小まめに電話やメールはしてたみたいだから、その間に仲良くなってヘンケンって呼ぶようになったのかもね。

 あ、ちなみにピロートークとは、簡単に言うと夜戦(意味深)の後のイチャイチャやたわいもないお喋りのことよ。

  このピロートークが充実しているかいないかで、相手が遊びか本気かを見極めたりする人もいるらしいわ。

 

 「いい加減キスくらいしたら?その流れでガーってなったヘンケン提督とヤっちゃえば良いんだから」

 「だからまだ早いって言ってるでしょ!?いきなりセ……夜戦とか私が無理!」

 「へぇ?じゃあキスだけなら良いんだ」

 「そ、それは雰囲気次第で……」

 「いやいや、キスくらい出会い頭にしなさいよ。このままじゃ円満さん、キスすら経験しないままお婆ちゃんになっちゃうよ?」

 「キ、キスくらいしたことあるし!」

 

 は?今なんて言った?

 顔を赤らめて拗ねたように言ったけどキスくらいしたことあるですって?いつ?誰と?まさか相手は元帥さん!?いやいやいやいや、元帥さんと手を繋ぐことすら無理だった円満さんが元帥さんとキスができる訳がない。きっと今のはブラフ、もしくは見栄を張ったに違いないわ。もし万が一、いや億が一本当だったとしても精々ホッペにチュッ!が良いところ。

 マウストゥマウスは有り得ない!はず……。

 

 「あ、相手は元帥さん?」

 「そうよ。い、言っとくけど唇同士のキスだからね!」

 「嘘よ!そんな事有り得ない!」

 

 そうよ有り得ない。

 もし元帥さん相手にキ、キスしてたんなら私に自慢の一つもするはずだもの。それなのに、円満さんからその手の話は一切聞いていない。

 いや、馬鹿みたいに頭が良い円満さんのことだから、元帥さんとキスしたって言ったところで私が信じないと予想して言わなかった可能性もあるわね。

 今回言ったのはまあ、売り言葉に買い言葉って感じでつい言っちゃったんだと思う。

 

 「本当だもん!」

 「じゃあその時の事を詳しく説明してよ!本当にしてるんなら説明できるはずでしょ!?」

 

 円満さんは「う~……」とか唸りながら顔を火でも噴きそうな赤くして私を睨んでる。

 よって、単に見栄を張ってるだけだと再度私は予想するわ。もし、その時の事を事細かく説明してきたら……どうリアクションをとろう……。

 

 「あ、あれは桜子さんの結婚式の前日の事よ」

 「え?そんなに前なの!?」

 「そうよ!桜子さんと辰見さんに煽られたのもあったけど、私はその日先生に犯……抱かれる覚悟で部屋に行ったの」

 

 その結果は、自分の馬鹿さを思い知っただけで終わったけどね。と、詳細までは教えてくれなかったけど、円満さんはお酒の勢いに任せて元帥さんにキスをしたと話してくれた。

 これはどう反応するのが正しい?

 湯気が上がるくらい顔を真っ赤にしてる円満さんを見る限り、今の話がまったくの出鱈目とは思えない。でも本当だと確信もできない。

 結果、私が取ったリアクションは、苦笑いしながら「へ、へぇ~そうなんだ~」と誤魔化す程度で終わってしまった。

 誰かが執務室に来てくれたらこの微妙な空気も変わるんだろうけど……お?今気付いたけど部屋の外に誰か居ない?気配的に二人くらいかしら。

 

 「この時間に来そうなのは……三時のおやつ目当ての桜子さんか辰見さんくらいよね。でもそれだと……」

 

 どうして入ってこない?

 もしかして、室内の微妙な空気を察して様子を見てる?それとも聞き耳を立ててクスクス笑ってるのかしら。あの二人ならどっちもしそうだけど……って、そういえば今日は、あの二人以外にもこの時間に来そうな人達が二組ほど居たわね。

 

 「ねえ円満さん。ヘンケン提督が来たんじゃない?」

 「え!?もうそんな時間!?」

 「予定よりは少し早いけど間違いないんじゃないかしら?」

 

 そう言って秘書艦席から立ち、身嗜みを慌てて整え始めた円満さんを尻目に執務室ドアを開けると、そこには予想通りヘンケン提督が立っていた。

 予想外と言えばヘンケン提督が真顔なのと、見たことない艦娘と一緒だって事くらいね。

 胸の大きさ的には軽巡以上かしら。 

 以前会ったことがあるチャールズ・オースバーンとサミュエル・B・ロバーツも真っ平らだったから、駆逐艦が幼児体型って法則は米国艦にも通じるはずよ。例外は考えないものとする。

 

 「やっぱりヘンケン提督か。居たんなら入ってくれば……」

 「エ、エマ、今の話は本当か?」

 

 良かったのに、と続けようとした私の言葉を遮るように、ヘンケン提督は絶望感満載の声でそう切り出した。

 迂闊だった。

 ヘンケン提督がいつから室外にいたのかはわからないけど、円満さんが元帥さんとキスした事があるって話を聞いちゃったんだわ。

 でもまあ過去の、それこそヘンケン提督と会う何年も前の事だし、よくある浮気がバレた時のテンプレ展開にはならないでしょう。

 

 「ち、違うの!」

 「何が違うんだ!君はその……Mr.Crazyのとkissしたんだろう!?」

 「お酒の勢いでキスしちゃっただけよ!でもそれ以上はしてないんだから!」

 

 あ、あれ?

 なんだか、浮気がバレた時の女のテンプレ言い訳集に載ってそうな事言ってない?

 もしかして円満さんくらい頭が良くても、咄嗟に言い訳するときは似たような事言っちゃうの?

 

 「いいや、それで終わったとは思えない」

 「どうして?私の事が信じられないの!?」

 

 円満さんとヘンケン提督が鬼のような形相をしてお互いに詰め寄ったのを見計らって、私は初めて会う米国の艦娘を室内に招き入れてからドアを閉めた。

 だってこんな醜態、他の子達には絶っっっ対に!見せられないもの。

 

 「長くなりそうだし自己紹介……しとく?」

 「そうね。Commanderはあの様だし……」

 「じゃあ私から。私は朝潮型駆逐艦三番艦の満潮よ。あそこで浮気がバレた女みたいなテンプレ台詞を吐いてる馬鹿女の秘書艦をしてるわ」

 「心中お察しするわ。あたしはFletcher級、USS Johnstonよ。よろしくね」

 「フレッチャー級?って事はチャールズの姉妹艦!?」

 「そうよ。ここにも本当はCharlieが来るはずだったんだけど……」

 

 この胸部装甲で駆逐艦だと?

 ま、まあ日本の艦娘でも胸がデカい子はいるから異常って訳じゃないけど……。

 って、それはどうでも良いか。

 そんなことより、ジョンストンがチャールズの名前を出した途端に辛そうな顔したの気になるわ。もしかして怪我でもしたのかしら。まさか戦死?

 いや、それは無いか。

 たしかチャールズは、ヘンケン提督の初期艦でありケッコン艦でもあったはずだから、もし戦死なんてしてたらヘンケン提督も呑気に円満さんと痴話喧嘩なんかしてないはずだもの。

 

 「一応休暇って事になってるけど、たぶんあの子Commanderと喧嘩したんだと思う」

 「喧嘩?まさか、円満さんと付き合ってるから?」

 「あ~、それは無いかな。あの子とCommanderの間に恋愛関係は皆無だし、ようやくlover(恋人)ができたあの人を祝福してたもの。これはあたしの予想だけど、この前の作戦でCommanderがとったtactics(戦術)が気に食わなかったんじゃないかな」

 

 ちょいちょい英語を混ぜないで。は、まあ良いか。なんとなく言いたい事はわかるし。

 でも、チャールズが臍を曲げて同行しなくなるほどの戦術ってどんなだったんだろ?

 あの時の対南方中枢戦の詳細は機密扱いで円満さんも教えてくれないし、辰見さんに同行してた叢雲さんも「数の暴力」ってはぐらかすだけだから私は知らないのよねぇ……。

 

 「あ、でも休暇は本当よ?あの子ったらウキウキしながら工場見学のscheduleを練ってたから」

 「は?工場見学?なんで?」

 「なんでって……行きたかったからじゃない?」

 「ちなみに、何の工場?」

 「え~とたしか……chocolate工場って言ってたかな?」

 「チャーリーだから!?それ絶対にチャーリーだからよね!?」

 

 バツが悪そう、いや申し訳なさそうに顔を逸らしたジョンストンの様子を見る限り間違いないわね。

 でも、どうして愛称がチャーリーってだけでチョコレート工場の見学なんかに行こうと考えたのかしら。まさか金のチケットでも当たった?

 

 「だから!先生とキスしたのはアンタと会う前の事だって言ってるじゃない!だいたい、アンタって米国人なんだからキスは挨拶みたいなもんでしょ!あそこの軽巡とも挨拶代わりにチュチュしてるんじゃない!?」

 「俺がキスした事があるのは家族とだけだ!それにJohnstonはDestroyerだ!」

 「はあ!?あの胸がデカくて痴女みたいな格好した子が駆逐艦!?嘘つくんならもうちょっとマシな嘘つきなさいよ!」

 

 ま~だやってたのかこのバカップルは。

 まさか自分に飛び火するとは予想してなかったジョンストンが若干怯え始めちゃったじゃない。

 って言うか円満さん、それは言い過ぎ。

 日本にも痴女みたいな格好した駆逐艦は居るでしょうが。まあ、これ程の胸部装甲を備えた上で痴女みたいな格好してる駆逐艦は居ないけど……。

 日本の艦娘で、しいて近い格好をしてる子を挙げるとするなら天津風かな?その天津風の胸を盛った感じね。

 うん、米国版天津風って感じだわ。

 略すならアメ津風?それともアメリ風かしら。

 

 「そう言えば秘書艦もアイオワだったわね。アンタ、私の事を最高の女性だとか言っときながら、本当は胸がデカい子の方が好きなんでしょ!」

 「それは誤解だ!俺が好きなのは君のようなフラットボディだ!」

 「誰がフラットボディだ!私だって少しは、いやちょっと?いやいや!微妙に有るんだからね!?なんなら触って確かめてみなさいよ!」

 

 いや、無いから。

 円満さんは有るって信じ込んでるみたいだけど無いからね?それは無いことに同情しなくなるくらい見てる私がよ~っく知ってるから。

 

 「貴女のCommanderって意外と血の気が多いのね。まるで駆逐艦みたい」

 「みたいもなにも、あの人って元駆逐艦だからねぇ。しかもヘンケン提督が禁句を言っちゃったから余計にヒートアップしてるわ」

 「止めた方が良くない?」

 「止めれるんならアンタが止めて。私は嫌」

 

 嫌と言うより止めたくない。

 円満さんの地雷を踏み抜くどころか撃ち抜いたヘンケン提督が「さあほら!触りなさいよ!触って有るか無いか確かめて!」と言いながら胸を突き出す円満さんに詰め寄られてる狼狽してる光景はたしかに見苦しい。

 でも、些細な事で見苦しく痴話喧嘩してる円満さんが可愛く見えたし、喧嘩の真っ最中なのに平和だなぁ~って思っちゃったから止めたくなくなったのよ。

 そしてこうも思った。

 もし戦争が無く、円満さんが普通の女の子としてヘンケン提督と出会ってたら……。

 

 「こんな今も、あったのかもね」

 

 と、そんな有り得たかもしれない今を夢想しながら、私は呆れ果ててるジョンストンの隣で生暖かく二人の喧嘩を眺め続けた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 イケメン提督こと元ラバウル司令と鹿島さんが、着任の挨拶をしに執務室に来たのはそれから30分後くらいだったかしら。

 その頃には喧嘩を眺めるのにも飽きてきてて、さすがにそろそろ止めよっかなぁって考え出した頃だったから正直助かったわ。鹿島さんは気付いたら居なくなってたけど。

 

 ええ、喧嘩の仲裁はイケメン提督に丸投げした。

 だってあの人って、ラバウルでもそうだったし横須賀に着任するなりハーレムを形成するくらモテてたじゃない?だから痴話喧嘩の仲裁にも慣れてると思ったの。

 

 え?止めれたのかって?

 あ~……一応は止めてくれた……かな。

 いやぁ、彼が仲裁に入ってくれたおかげで円満さんとヘンケン提督の喧嘩は止まったわ。でも今度はヘンケン提督のヘイトがイケメン提督に移っちゃってさ。

 そう、「君はエマの何なんだ!」って感じで間男認定しちゃったのよ。

 

 まあ最終的に、騒ぎを聞いて駆け付けてくれた辰見さんの説得(物理)で喧嘩は完全に止まったんだけど、私的にはその後の方が大変だったわ。

 だって辰見さんが暴れたせいで半壊した執務室の掃除を、その場にいたメンバーで掃除ができた私とジョンストンの二人だけでする羽目になっちゃったんだもん。

 

 他のメンバーはその間何をしてたのか?

 正座させてた。

 いや、マジで。掃除が終わるまで全員正座させてたから。もちろん執務室を半壊させた張本人である辰見さんも例外じゃないわ。ついでに説教もしてやったわよ。

 

 いやぁホント、今でも考えることがあるけど、あのダメ提督共が戦争を終わらせるなんて偉業をよく成し遂げれたなって思うわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。



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第百十二話 野郎共、本業の時間よ

 

 

 

 

 

 あの大会で何が大変だったかって聞かれたら、私は迷わず歓迎会の準備だったって答えるわ。

 アレに比べたら神風が暴走したことや、長門さんとネルソンさんが試合中にプロレスしだしたのなんて可愛いものよ。

 

 いやぁ、ホント死ぬかと思った。

 海外からのゲストだから歓迎会は純和風にしようとか元帥さんが急に言い出してさ。そのせいで、全員収容可能な会議室を急遽和室に改装したり、外国人ならアイドルより芸妓の方がウケが良いだろってなったから、『那珂ちゃんwith第四駆逐隊』のライブを無しにして大和に踊ってくれるよう頼んだり……。

 そうそう!一番大変だったのが料理人の手配よ!

 一応、元帥さんの伝手で本職の料理人は一人手配できたんだけど、逆に言えば一人しか手配できなかったの!

 そのせいで私とお姉ちゃん、さらに鳳翔さんと渋る桜子さんまで投入してなんとか人数分作ったわ。

 

 いや、ちょっと待って?

 もしかして元帥さん、お姉ちゃんに日本料理の作り方を覚えさせるためにそうしたんじゃない?

 だってあれ以来、お姉ちゃんの料理のレパートリーにあの時の料理が加わったし、魚を捌く腕前も本職の料理人並になったもの。

 うん、間違いない。

 あのオッサン、お姉ちゃんに日本料理を覚えさせるために歓迎会を利用したんだわ。

 ちょっと文句言って……って何よ。

 それは後にしてくれ?後にしたら今のこの怒りを忘れちゃうかもしれないでしょう!

 

 は?歓迎会自体は何事もなかったのかって?

 いやいや、あの時青木さんって取材しまくってたよね?だから、歓迎会が大したトラブルもなく終わったのは知ってるでしょ。

 

 取材してたから裏で何が起こってたか知らない?

 裏って何よ裏って。

 もし会場の外で何か起こってたとしても、外には桜子さんが居たんだから……。

 

 ごめん。桜子さんが外に居たのを思い出したら、何も無かったなんて有り得ないと思えて来ちゃった……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「疲れた……。もう今日は何もしたくない……」

 「大変だったみたいね。さすがに同情するわ」

 

 ゲストと各鎮守府の提督&秘書艦、さらにお父さんを会議室に詰め込んで宴会……もとい歓迎会が始まって早1時間。

 会場の対面に位置する執務室のソファーでは、準備で満身創痍になったジャージ姿の満潮を霞が慰めるという珍妙かつ微笑ましい光景が繰り広げられていた。

 

 「同情するなら少し寝かせて」

 「しょうがない子ねぇ。ほら、頭乗せて良いから少し横になりなさい」

 「……ありがと」

 

 この子らってこんなに仲良かったっけ?

 霞が妙に手慣れた手つきで満潮に膝枕したのも気になるけど、満潮が若干照れながらも素直に膝枕されたのが驚きだわ。

 

 「ホントに寝ちゃダメよ?少ししたら制服に着替えて顔出しするんでしょ?」

 「やだ」

 「やだじゃない。アンタは円満の秘書艦なんだかシャンとしなさい」

 

 ママか。

 たしかに霞は満潮より年上だけど、見た目の割にお母さんみたいな物言いをするのに違和感がないわ。

 普段、似たような事を円満に言ってる満潮を見てるから違和感を感じないのかしら。

 

 「桜子さんからも何か言ってくださいよ。このままじゃこの子、ホントに寝ちゃいそうだわ」

 「別に良いんじゃない?満潮が居なくても会場には辰見と叢雲がいるし、それに澪と恵もいるんだから平気よ。だいたい、アンタだって秘書艦なのにこんな所にいるでしょ?」

 「うちは金剛さんがいるから問題ありません」

 「提督、取られちゃうかもよ?」

 「そ、それは……。いや、今日は大丈夫!会場にはウォースパイトさんがいますから!」

 

 それでどうして大丈夫になる?

 金剛とウォースパイトが呉提督を取り合って牽制でもし合ってるの?

 いや、それは無いか。

 たしかウォースパイトって結婚してて子供もいるって話だし、国防海軍のトップであるお父さんがいる中で金剛と呉提督を取り合うなんて恥さらしな真似をするとは思えないもの。

 

 「だったらもう少しそのままで居てあげて。その子、今日どころかこの二週間は本当に大変だったから」

 「それは構わないけど……って満潮!いい歳して指をしゃぶるんじゃないったら!」

 

 いや、ホントにママみたい。

 満潮もそう思ってるのか、はたまた普段の反動のせいか素直に甘えてるわ。

 そういえば、大淀が大本営に行ってから満潮が誰かに甘えてるのを見るのって初めてね。

 まあこの際だから、今の内に存分に甘えときなさい。明日からはもちろん、これから先は誰かに甘える暇なんてないでしょうから。

 

 「それにしても、アンタって子供をあやすのが上手ね。まるで普段からやってるみたいだわ」

 「べ、べつに上手くなんてないわよ。単に頭撫でてるだけだし」

 「ただ撫でてるだけで、満潮がそうなると思う?」

 

 どうなってるかと言うと、霞の撫で方がよほど気持ち良かったのか安心しきった顔してスヤスヤと寝息を立て始めてるわ。

 いつもの満潮なら気付くはずの、窓の外から漂ってきているこの気配にも全く気付かずに。

 

 「ちょっと出てくるから、そのまましばらく寝かせてあげて」

 「出てくるって……。こんな時間にどこへ?」

 「トイレよトイレ。言わせないでよ」

 「そんな物騒な物を持って?」

 「ああ日本刀(これ)?これは私の体の一部だから良いの」

 

 ってな感じで霞を誤魔化して執務室から出た私は、会場前で警備している奇兵隊(うち)の隊員から会場から出て行った者の名を聞いて執務室の窓、その向こうから喧嘩を売ってきた奴の元へと向かった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 歓迎会は特にトラブルらしいトラブルもなく終わった……かな?

 念のために大淀を出席させなかったのが良かったのかもね。もしあの場に大淀がいたら大和と喧嘩、最悪の場合はガチの殴り合いだもの。

 

 個人的には、変な気を利かせた澪と恵が先生まで抱き込んで、私とヘンケンの席を隣同士にしたのに少し困ったわ。

 

 ほら、アンタにも散々写真を撮られたでしょ?

 そりゃあ、海外からのゲスト以外は私とヘンケンの関係を知ってたからニヤニヤと生暖かい視線を飛ばすだけで留めてくれてたけど、事情を知らないウォースパイトさんやビスマルクさん、さらにはオイゲンとかタシュケントたちからは質問攻めにされたわ。

 

 まあ、あの人たちが気にしてたのは私たちの個人的な関係ではなく、日本と米国の今後の関係だったででしょうけどね。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官。紫印 円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「パーティー会場はここで合ってたかしら?」

 「ああ、ここで間違いない。来てくれたことに感謝するよ」

 

 会場から抜け出し、執務室の窓の外から殺気をぶつけてきた奴の居所を尾行中の部下に確認して着いた先は、庁舎から五分ほど歩いた場所にある浜辺だった。

 

 「自己紹介が必要かな?」

 「あら、露国連邦保安庁(FSB)の諜報員が自己紹介してくれるなんて意外を通り越して驚きだわ」

 

 とは言いつつも、咥えたパイプから煙を燻らせている彼女に左手を差し出して「どうぞ」と促した。

 月明かりに照らされた癖の強い銀のロングヘアーに琥珀色の瞳、それに左頬の傷が特徴的ね。

 白柄に黒つばの海軍将校の帽子を被から、アホ毛みたいな癖毛が見えるけど……それどうなってんの?

 でもアホ毛以外はしっかりした格好だわ。

 服装は赤の半袖シャツに縁に白いラインが入った黒のプリーツスカート。足には黒いストッキングに靴底の両側にキールのような装甲が付いた黒の前チャック式ブーツを履いて、更にその上から白のコートを肩に羽織っている。

 コートは襟と袖襟が黒で縁に金色のラインが入ってて、腰部とコート下縁に黒いベルトが入っている。

 まさかそのコート、私が着てる『狩衣』と似たような物じゃないでしょうね。

 

 「招待に応じてくれたことに改めて礼を言わせて貰おう。私がГангут級一番艦、Гангут(ガング-ト)だ。以後お見知り置きを、奇兵隊総隊長殿」

 

 言葉遣いは恭しいけど、その胸を大きく反らせて横目で私を見下す態度は不遜極まりない。

 コイツ、スパイよりもヤクザとかマフィアの方が向いてる気がする。ホテルモスクワとか経営してない?

 

 「で?私に何の用?まさか本当に喧嘩したいだけとか言わないわよね?」

 「そう身構えるな。この国の諜報機関のトップと少しばかり話をしたかっただけだよ」

 「だったら、アークロイヤル(MI6)ガンビアベイ(CIA)あたりも呼んだほうが良いんじゃない?」

 

 訂正するのが面倒だったから口には出さなかったけど、奇兵隊はけっして諜報機関なんかじゃない。

 まあでも、そういう事を専門にしてる部隊も抱えてるから、諜報機関のトップと言われても否定しきれないか。

 

 「あの二人に興味はない。興味があるのは、中枢棲姫を倒し、艦娘でもない人の身で鬼級を倒した貴様だけだ」

 「あら、よくご存知で」

 

 と、肩を竦めて見せたけど動揺は隠し切れたかしら。

 前者は私が書いた自伝を読んでれば知っていてもおかしくない。でも後者は?

 ガング-トが言ってる鬼級とは間違いなく野風の事。

 その野風討伐時の顛末は海軍の最重要機密になってるし、施設も半径2キロ圏内は奇兵隊によって完全に封鎖されていた。

 それなのに、コイツはどうして野風が鬼級だと知っている?

 いや、知って()()が正しいのかしら。

 野風が率いていたアクアリウムが()()から武器弾薬の類を購入していたことは調べがついている。

 それに、コイツが野風が鬼級と同等の力を持っていたのを知っていたことと結びつければ、アクアリウムのバックについていたのがFSBだってことは容易に想像できるわ。

 でも、何故それを知らせるような真似をするのかがわからない。何か裏があるのは確実ね。

 だったら、私はこう言うわ。

 

 「で?何が欲しいの?」

 「話が早くて助かる。物事を力尽くで解決すれば良いと思っている短絡思考という噂は眉唾だったようだ」

 

 その噂を流した奴について詳しく。

 は、置いとこう。見つけ出して考えを改めるまで洗脳してやろうとも考えたけど今は置いておく。

 仕事に私情は挟んでも時と場合は考える。それがこの桜子さんなんだから。

 

 「率直に言おう。私は貴様が欲しい」

 「は?生憎だけど、私には亭主がいるし女に興味なんてないわ」

 「そこは心配するな。私は男も女も両方いける口でな。夫婦揃って相手をするのも吝かじゃあない」

 

 アンタが良くてもこっちはノーサンキューよ!

 アンタは悪質なロシアンジョークを言って場を和まそうとでも考えたのかもしれないけど、私の旦那まで手籠めにする発言はハッキリ言って逆効果ね。

 私って独占欲が超強いんだから。

 

 「お生憎様。私はアンタの女になる気はないし、部下になる気もさらさらない」

 「そうか。それは残念だ」

 「あら、あっさり引き下がるのね。私の娘や友人を人質にする。くらいは言うと思ってたのに」

 「しないさ。貴様を敵に回すくらないなら、米国相手に戦争した方が遥かにマシだからな」

 

 パイプから旨そうに煙を吸い込みつつ、肩を竦めたガングートの表情は戯けているように見える。でも、そう見えるように演技しているのか、その瞳は本当に残念そうに私を見つめてるわ。

 随分と買い被るわね。

 米国と戦争するくらいなら、私一人を相手にした方がはるかに安上がりでしょうが。

 もっとも、もし私の身内に手を出すようなら、どんな手を使ってでもアンタだけはぶっ殺すけどね。

 と言うか、本当なら今すぐ拘束してやりたいのよ?

 私もお父さんから聞いて初めて知ったけど、FSBは過去に元艦娘を誘拐した前科があるんだから。

 たしか、その時攫われたのは元特型駆逐艦の誰かだったかしら。

 

 「さて、それでは戻るとするか。あんまり遅いとタシュケントが五月蝿いからな」

 

 そう言って、ガングートは後ろ手に手を振りながら庁舎の方に歩き出した。

 何?この感覚。

 アイツの背中を見た途端、妙に懐かしいと思っちゃったんだけど……。

 

 「ねえ、ガングート」

 「なんだ?」

 「私たち、前にどこかで会ってない?」

 「……在り来たりなくどき文句だが、実際に言われると意外にくるモノがあるな」

 

 別に口説いてるわけじゃない。

 単純に、アンタの背中に見覚えがあったから聞いただけよ。ただの既視感だと思うけどね。

 

 「で、どうなの?」

 「さあな、私は過去に拘らない女なんだ」

 

 そう言い残して、ガングートは今度こそ庁舎へと戻っていった。

 念のために監視は付けたけど、あの様子なら大人しく会場に戻ってくれそうだわ。

 

 「まったく、これから忙しくなりそうね」

 

 FSBだけじゃなくMI6とCIA、さらにSISMI(マエストラーレ)DRM(リシュリュー)までが鎮守府内をウロチョロする状況で艦娘たちを守らなきゃならないなんて考えるだけで目眩がしてくるわ。

 

 「でも、やらなきゃ」

 

 奇兵隊は鎮守府の暗部。

 どんなに蔑まれ、どんなに汚い真似をしてでも艦娘を護る盾であり、艦娘に仇成す敵を斬り裂く刃なんだから。

 

 「奇兵隊総隊長。神藤桜子大佐より奇兵隊全隊員へ。野郎共、本業の時間よ。気合いを入れなさい」

 

 私は会場を警備中の隊員のみならず、待機中の隊員にまで無線でそう伝えた。

 出来るだけ冷静に、でも確固たる決意を込めてね。

 



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第百十三話 私の事が好きなら堪えて

 

 

 そんなに長い時間寝てなかったはずなんだけど、私が仮眠から目覚めると執務室が託児所になってたっけ。

 

 いや、文字通りの意味よ。

 どうも私が寝てる間に歓迎会から呑み会にシフトしてたみたいで、あぶれた駆逐艦連中が執務室でジュース片手にお菓子摘まみながら駄弁ってたわ。

 

 その時のメンバーはたしか私と霞さん、それにジャービスとタシュケントでしょ?あ、ジョンストンも居たっけ。あとはレーベとマックスに、マエストラーレとリベッチオ、ガンビアさんとその保護者のサミュエルも居たわ。

 

 え?逆じゃないかって?何が?

 いやいや、サミュエルって自他共に認めるガンビアさんの保護者だったから。

 青木さんだって、しょっちゅう迷子になるガンビアさんをサミュエルが探してるのを見たことあるでしょ?

 

 え?ガンビアさんにはCIAの諜報員じゃないかって噂があった?

 いや、有り得ないでしょ。

 だってガンビアさんって、二日に一回は迷子になって泣いてたのよ?たしかに機密レベルが高い場所で保護された事もあるみたいだけど、そんな方向音痴で何も無いところで躓くようなドジっ子って言葉が服着て歩いてるような彼女にスパイが務まるだなんて私には思えないわ。

 

 そんな国際色豊かな面子で何をしてたのか?

 べつに何も?本当に雑談してただけよ。

 ああでも、お開きになった後に霞さんが妙な事を言ってたわね。

 

 えっと……。

 そう!たしか、心底呆れたように「腹黒狸が4匹も……」って言ってたわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「良いのか?エマ。鼠が四匹ほど執務室に行ってしまったぞ」

 「良いも何も、その鼠の一匹は貴方の部下でしょう?」

 「お見通しか。だが彼女は……」

 「CIAの直轄で正確には自分の部下じゃない。でしょ?」

 

 大和に急遽披露してもらうことになった日本舞踊を見終わり、歓迎会が呑み会に変わってから始まった海外艦達による質問攻めから解放されてようやくお酒を楽しめる段になって、隣で私と同じく質問攻めにされていたヘンケンがウンザリした顔のまま要らぬ心配をしてくれた。

 まあでも、ヘンケンの心配もわからないでもないわ。

 ()()なら重要書類や機密が入っているPCなどがある執務室に、他国のスパイが四人も潜入している状況は異常事態どころか超危機的状況よ。

 けど、ヘンケンの心配は杞憂に終わる。

 ()()()()だったらアウトだったけど、()()()()()()()()()()はそんな心配は無用。

 何故なら()()憶えてるから。

 ハッキリ言って、執務室にある書類や書籍、PCに保存してあるデータに至るまで、スパイが欲するような情報は皆無よ。

 そういう重要な情報は全て、もっとも信頼できる保管場所(私の脳内)に保存してるんだから。

 でも、心配してくれたんだからお礼くらいは言っておこうかしら。

 

 「それに、鼠共を牽制するために直属の部下(ジョンストン)を行かせてくれたじゃない」

 「な、何の事だ?」

 「誤魔化さないで。貴方のそういう、さり気ない心遣いには感謝してるんだから」

 「そ、そうか……」

 

 お礼を言われるとは、いえ、スパイを牽制するためにジョンストンを執務室に向かわせた事を私に気づかれているとは思ってなかったのか、ヘンケンは帽子を目深に被って赤くなった顔を隠した。

 そ、そんなにあからさまな照れ方をされると私まで照れちゃうんだけど……。

 ここは話を戻して気を紛らわすとしましょう。うん、そうしよう!

 

 「だいたい、執務室には霞と満潮も……」

 「と、ところでエマ。この後二人で飲み直さないか?」

 「居るから大丈夫……って、今なんて?」

 「二人で飲み直そうと言ったんだ。い、嫌なら断ってくれて構わないんだが……どうだ?」

 

 私の顔色を覗うようにそう言ったヘンケンの顔は、真っ赤を通り越して赤黒くなって少し怖い。正に鬼気迫るって感じだわ。

 その気迫に押されて……そう!小洒落たBARでカクテルでも飲みながら「君の瞳に乾杯」とか言われるような大人っぽい夜のデートに誘われたからじゃなくて、あくまでヘンケンの気迫に押されたからドキッ!として何を言おうとしてたかスッカリ忘れちゃったの。

 

 「の、飲み直すって……どこで?」

 

 何その気になってんのよ私!

 そりゃあ夜のデートに憧れはあるし、いずれはって思ってたけど今はマズいでしょ!

 ほ、ほら、今は各国のスパイが目を光らせてる状態だし、それに先生だっているし……。

 だいたい、ヘンケンだってまさか私がその気になるとは……って、なんて顔してるのよ。

 いや、ヘンケンが驚いてるのは予想通りだからいいんだけど、問題は見開かれたヘンケンの瞳に映った私。

 耳まで真っ赤に染めて上目づかいでヘンケンを見つめ返してる私は控え目に言って発情してる。飲み直した後にホテルにGoしてもOKよ。みたいな顔してるわ。

 

 「倉庫街にある『猫の目』が夜はBARに変わるらしい。そこでどうだ?」

 「う、うん……」

 

 OKしちゃった?もしかして私、今OKしちゃった!?

 いやいや、落ち着いて冷静になるのよ円満。

 飲み直す予定の『猫の目』は奇兵隊の本部みたいなものだから常に誰かしら詰めている。桜子さんや花組の子達は出払ってるはずだけど、金髪さんあたりが居るはずだから万が一の事態は避けられるわ。

 

 「日本酒しかないけど……わ、私の部屋で飲まない?」

 「い、良いのか?」

 「うん。満潮には八駆の部屋で寝てもらうから……」

 

 私何言ってんの!?

 私の部屋で飲まない?満潮には他所で寝てもらう?それ完全に誘ってるじゃん!貴方の好きにしてって言ってるようなもんじゃん!

 

 「ダメよ」

 「そうです。ダメです。それは円満にはまだ早いです」

 「あらあら、辰見さんも澪ちゃんも無粋ねぇ。良いじゃない今日くらい」

 

 私とヘンケンが無言で肯き合って席を立とうとしたら、どこに潜んで聞いていたのか、私たちの後ろから辰見さんと澪が真顔で待ったをかけてきた。

 そのさらに後ろでは、恵が「困った人達ねぇ」とでも言いたそうにあらあら言ってるわ。

 でも、辰見さんと澪には感謝しなきゃ。 

 もし二人が止めてくれなかったら、私は今晩ヘンケンと……。

 

 「じゃ、邪魔しないでよ!私が自分の身体をどうしようと私の勝手でしょ!?」

 

 だから何とち狂ってんのよ私!

 いや、たしかに興味はあるのよ?興味はあるし、駆逐艦だった頃もそうだけど、今だって機会さえあればなんて常に考えてるわ。

 そして今回はその良い機会。

 べつにヘンケンの事は嫌いじゃないし、二人は一応とは言え恋人同士なんだから夜戦(意味深)しても問題ないわ……って、ヤバい。口だけじゃなく思考までヤる方に傾いちゃってる……。

 

 「そうだけどダメ。円満には、私と辰見さんで考えた理想的な処女喪失をしてもらうんだから」

 「理想的な処女喪失って何!?」

 「そう来ると思ったよ。だから説明します。これが、私と辰見さんが夜も寝ないで昼寝して考えた円満の理想的な処女喪失だよ!」

 

 余計なこと考えてる暇があったんなら仕事してよ!と言おうとした私を、辰見が右手で待ったをかけながら「まあ聞きなさい」と言って静止させた。

 いや、聞けはいいんだけど、私には聞く気なんて一切ないわよ?

 

 「まず、大切な妹の初体験だからシチュエーションには拘るよ。場所は夕暮れの執務室が良いね。円満にとって職場であり、かつ艦娘や私たちの憩いの場でもある執務室で行う夜戦(意味深)は、背徳感と誰かが訪ねてくるかもしれないスリルが良いスパイスになって、自室やホテルなんかでヤるより何倍も凄い興奮を与えてくれるはずだよ」

 

 ふむ、悪くない……わけない!

 神聖な職場でそんなふしだらな事出来るわけないでしょ!今の話を聞いて執務椅子に座ったまま顎をクイッとやられて迫られたいとか、みんなで歓談するためのソファーに押し倒されてみたいとか少し考えたけど無し!

 だいたい、夕暮れの執務室なのに夜戦ってどういう事?昼戦(意味深)でいいじゃん!

 

 「さらに、可愛い後輩である円満に痛いだけの思いはさせなくないから、相手はヤりなれたテクニシャンを宛がうわ。年上だったら最高ね。不慣れな者同士の夜戦(意味深)で気持ちいいのなんて突っ込む方だけだもの」

 

 いやいや、何故か辰見さんと澪が「アレはないよね~」とか「思い出どころかトラウマだよ」なんて共感してるけど、要は私にヤリ〇ンに抱かれろって事でしょ?

 冗談じゃない!

 処女を捧げさせる相手くらい選ばせてよ!一生に一度の痛みなのよ!?

 

 「ちなみにヘンケン提督。今まで抱いた女性の数は?」

 「み、Ms.辰見。それは軽くセクハラなのでは……」

 「何を戯けたことを!米国ではどうだか知りませんが、日本の!特に女性優位の鎮守府内では男性へのセクハラは合法!いえ、義務だと言っても過言ではないんですよ!?」

 

 んな訳あるか!

 たしかに鎮守府、いや海軍の主力が女性である艦娘なのもあって、鎮守府や泊地では女性の発言力が強い傾向にある。あるけど、だからってセクハラしちゃダメでしょ。

 

 「まさか、童貞とか言いませんよね?」

 「そ、それは……」

 「この反応、間違いなさそうね」

 

 辰見さんの容赦ない追求に負け、まるで中学生時代の黒歴史を暴露された高校生並に、顔に恥辱の色を浮かべてヘンケンが項垂れてしまった。

 

 「どうなんです?ヘンケン提督。童貞なんですか?」

 「お、俺は……」

 「正直に白状するなら、貴方を円満の初体験の相手に選ばなくもないですよ?もっとも、貴方の努力次第ですが」

 

 もうやめてあげて澪!

 女二人、しかも街中で見たら大半の男が思わず振り向くレベルの二人に「お前ぇ童貞なんだろ~?」とか「皮まで被ってんじゃねぇだろうなぁ」的な責められ方をされたせいで泣きそうになってるじゃない!これ以上はさすがに見ていられないわ!

 

 「やめて二人とも!これ以上彼をイジメないで!」

 「退きなさい円満。これはイジメなんかじゃない。全て貴女のためなのよ?」

 「辰見さんの言うとおりだよ円満。童貞でテクもないデカ〇ン野郎に無理矢理突っ込まれて痛い目に遭うのは円満なんだよ?私たちはそうならないために……」

 「痛くても良い!」

 

 思わずそう言ってしまったけど、今のは嘘偽りない私の本心。

 ヘンケンからしたら失礼な考えかもしれないけど、私は今、辰見さんと澪からいい歳して性体験がないことを大勢の前で暴露されたような状況になっているヘンケンに抱かれても良いと思っている。

 だってこれほど酷い拷問、いえ公開処刑に、恥辱にまみれながらも必死に堪えているヘンケンの事が愛おしく思えちゃったんだもの。

 

 「円満が良くても私たちは良くないの!二十歳過ぎても童貞で皮も被ってる奴に……!」

 「その辺でやめろ二人とも。それ以上はさすがに黙ってられん」

 

 それでも尚、澪が食い下がろうとしたところで、それまでヘンケンの隣で黙ってお酒を呑んでいた先生が割って入った。

 表情は普通だけど、微かに震えているお猪口を持つ左手からは怒りを必死に抑えているのが見受けられるわ。

 

 「元帥殿に同意する。俺も流石に黙っていられん」

 「佐世保提督の尻馬に乗ったようで気分は良くありませんが私も同じです。辰見、大城戸両提督補佐の言葉は聞くに堪えない」

 

 先生と同じく、それまでお酒を呑みながら二人で雑談していた佐世保提督と大湊提督が、そう言いながらヘンケンと二人の間に身体をねじ込んで物理的な壁を作り出した。

 でも、先生にしても両提督にしても、どうしてヘンケンの味方をする気になったのかしら。

 特に佐世保提督は、先の会議の件でヘンケンとは険悪なはずなのに……。

 

 「Mr.佐世保。どうして俺を……」

 「ふん、べつに貴様を助けようと思ったわけではない。単に、この二人の言葉が度を過ぎているから注意しに来たまでのこと」

 「佐世保提督は素直じゃありませんねぇ。素直に他人事とは思えなかったからと言えばいいのに」

 

 ふむ、大湊提督の言葉から推察するに、つまり佐世保提督はヘンケンと同じく二十歳過ぎ、もしかしたら扶桑と結婚するまで女性を知らず、しかも被っていたから味方する事にしたって事かしら。

 

 「酷いですねお三方。僕たちを仲間外れにしないでくださいよ」

 「まったくです。僕たちだって、同じ男としてケンドリック提督に味方せずにはいられません」

 

 佐世保提督と大湊提督で打ち止めかと思っていたら、この場にいる男性陣最後の二人である呉提督とイケメン提督が辰見さんと澪の背後から現れた。

 これで、辰見さんと澪は前後から包囲された格好になり絶体絶命。対してヘンケンは、海軍最高権力者である先生と佐世保、大湊両提督に保護されている状況になった。形成は完全に逆転したわね。

 でも、二人が参戦した途端に、佐世保提督と大湊提督が露骨に嫌な顔をし始めたんだけど……なんで?

 

 「いや、お前らはいい。大人しく酒でも呑んで艦娘達とイチャついてろ」

 「これに関しては佐世保提督に完全に同意します。モテ男どもは失せろ」

 

 あれぇ~?

 佐世保提督と大湊提督が、額に青筋浮かべて呉提督とイケメン提督に敵意どころか殺気を飛ばしてるぞぉ~?

 殺気を飛ばされた二人も「あれぇ~?どうしてそうなる~?」みたいな顔して首を傾げてるし、辰見さんと澪は「非モテ男VSモテ男。ファイッ!」とか言うだけ言って逃げちゃった。

 

 「ちなみに、貴様らの初体験は何歳のころだ?」

 「そ、それが今、何の関係が……」

 「ある!いいか呉提督、()()から()()()は初体験が二十歳を過ぎてからゾーンだ!貴様ら二人のように、十代で汚れた奴らが立ち入っていい場所ではない!」

 

 と言いつつ、佐世保提督は両手の先を下に向けて交差させながら、床に見えない線を引いて陣地を主張し始めた。その途端に、先生が露骨に目を逸らしたんだけど……。

 あ、そう言えば先生って、桜子さんを養子にした頃には結婚してて、当時の桜子さんと同い年の娘さんもいたんじゃなかったっけ?

 と、言うことはよ?

 先生の歳から逆算すると、先生が初体験を済ましたのは遅くとも16~7の頃になる。つまり、佐世保提督と大湊提督の言葉を借りるなら、先生は呉提督とイケメン提督と同じく、十代で汚れた奴らに該当するわ。

 だから、先生は目を逸らしたのね……。

 

 「貴様ら二人に、童貞のまま二十歳を迎えた俺たち四人の気持ちがわかるか?周りが次々と童貞を卒業していく中、そんなに焦って卒業するものじゃないと虚勢を張っていた俺たちの気持ちがわかるのか!」

 

 声を大にして童貞童貞言うな!

 しかも佐世保提督が四人って言ったせいで、先生までそうなんだと誤解されちゃったじゃない!

 ほら、周りの艦娘たちが珍獣でも見るような目で先生を見始めたわ。それに下手したらこれ、上官侮辱罪になるんじゃない!?

 

 「お待ちください佐世保提督。たしかにこの二人は我ら四人にとって敵ですが、場合によってはこちら側に来させても良いと思います」

 「正気か大湊の。こんな汚れた人種と酒の席を同じくするなど俺にはできん!」

 「たしかに彼等は汚れています。ですが、()()()()()()()()話は変わります」

 

 だから先生を数に入れるな。は、取り敢えずいいか。

 大湊提督の言葉に、佐世保提督が「目から鱗だ」とでも言わんばかりに目を見開いた。

 そんな佐世保提督とは逆に、呉提督とイケメン提督はバツが悪そうにしてるわ。関わらなきゃ良かったとも考えてそう。

 

 「で?どうなのですお二方。被っているのですか?それともずる剥けですか?私は佐世保提督と違って寛大ですので、仮性でも良しとしますよ?」

 

 今ふと思ったんだけど、これって私に対する盛大なセクハラじゃない?

 だって、私を大の男四人が囲んで童貞だの被ってるだのずる剥けだの言い合ってるのよ?

 なんかムカついてきたから憲兵呼んでやろうかしら。

 

 「まあ待て大湊提督。この場でその質問に答えさせるのは酷だろう」

 「ですが閣下。これは重要な……」

 「貴様の言い分もわからないではない。よって、私から一つ提案がある」

 「と、申しますと?」

 

 さすがにこれ以上は日本の提督が変な誤解を受けかねない……いや、とっくに手遅れだけど、それでも先生はそう考えたのか、お猪口をテーブルに置いてスックと立ち上がり、何を言い出すのかと待っている6人の提督(私含む)を見据えてこう言ったわ。

 

 「風呂に行くぞ!」ってね。

 

 その言葉を聞いて何かに思い至ったのか、佐世保提督は「良い案ですな」なんて言いながら一人で納得し始めた。

 

 「元帥閣下といえども負けませんぞ?」

 「良い度胸だ佐世保提督。だが、私が何と呼ばれているかくらい、貴様も知っていよう?」

 「ええ、存じております。たしか……」

 

 周防の狂人でしょ?

 先生が軍関係者からそう呼ばれていることは私はもちろん、各提督やヘンケンだって知ってる事よ?そんな今さらな事をなんでこの流れで……。

 いや待って?

 佐世保提督は「負けませんぞ」って言ったわよね?と、言うことは何かしらの勝負をするって事?お風呂で?

 

 「子宮ハンター。もしくは周防の種馬。でしたな」

 「おい待て、私はそんな風に言われていたのか?」

 「またまたご謙遜を。元帥殿の武勇は佐世保まで鳴り響いておりますぞ」

 

 なんて最低な異名だ……。

 先生もそんな異名、いえ蔑称をつけられているとは思ってなかったらしく「嘘だろ?」って感じの顔して呆然としてるわ。

 それもそうよね。

 たしか先生の女性経験って、開戦初期に亡くなった前妻と大淀だけのはずだもの。

 それなのにそんな蔑称をつけられたらそうなるわよ。

 でも今ので、佐世保提督がどんな勝負をしようとしてるのかがなんとなくわかったわ。つまりこの人たち、男性特有の突起物の大きさをお風呂で比べようとしてるのよ。

 馬鹿じゃないの?

 もう一回言うけど馬鹿じゃないの!?

 

 「そうと決まれば行くぞヘンケン。日本男児の底力を嫌という程見せつけやる!そこの呉とイケメン!貴様らもだ!」

 「やれやれ、佐世保提督の脳筋ぶりにも困ったものです。ですが私も、その手の女性から『大湊の黒マグロ』と呼ばれた男。貴方方に引けはとりませんよ」

 

 完全に男6人が連れ添ってお風呂に行く流れになったわね。

 でも、大湊提督の『大湊の黒マグロ』ってどういう意味なんだろう?黒マグロって言ったら、普通に考えれば魚のマグロよね?

 

 「うわぁ……。ソー〇嬢にそんな呼ばれ方したら普通は自殺もんでしょ」

 「しかも黒いんでしょ?顔はあんなに青白いのにナニは黒いってどんだけ自家発電したのよあの長髪」

 

 あ~……そういう事ね。

 辰見さんと澪が、大湊提督を蔑むような目で見ながら言った言葉で私にもなんとなくなくわかったわ。

 わかりたくなかったけどわかっちゃった……。

 

 「エ、エマ……」

 「ごめん、ヘンケン。さすがに助けようがない……」

 

 佐世保提督と大湊提督に両腕を掴まれて、無理矢理立ち上がらされたヘンケンが縋るような目を私に向けてきた。

 でもごめん。

 貴方がこれからどんな目に遭うのかわからないけど、さすがにこの面子を相手に助けるのは無理。

 って言うか、ようやくセクハラから解放されてホッとしてるわ。

 だからせめて、私が解放される代わりに生贄となる貴方に、私なりのエールを贈ってあげる。

 

 「私の事が好きなら堪えて」ってね。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 円満ちゃんのその言葉を聞いてぇ、ヘンケンさんは死地に赴く兵士のような顔をしてオジサン達に連行されていったわぁ。

 うふふ♪計画通りに行き過ぎて、笑いを堪えるのが大変だったわねぇ。

 

 えぇ、辰見さんと澪ちゃんを嗾けたのは私。

 円満ちゃんは素直じゃないから、周りが強引なくらい干渉しないとヘンケンさんとの仲が進展しないと思ったからそうしたのぉ。

 

 実際上手くいったでしょぉ?

 あの日以来、円満ちゃんとヘンケンさんの仲は急速に進展して、欧州への遠征前には普通にデートする仲になったわぁ。

 

 その後の展開も計画通りだったのかぁ?

 もちろんよぉ。

 辰見さんと澪ちゃんがヘンケンさんの性体験について責め立てれば、あのオジサンや佐世保提督あたりが味方について外に連れ出してくれるって予想がついてたものぉ。

 

 ああでもぉ、誤算が一つだけあったわぁ。

 あの時の円満ちゃんってぇ、私の想定以上にその気になってたみたいで、ヘンケンさんが連行された後わかりやすく落ち込んじゃったのよぉ。

 

 そう、円満ちゃんったらお薬が効き過ぎちゃってて、ヘンケンさんに抱かれる気満々だったのぉ。

 それがおじゃんになった憂さ晴らしに付き合わされて、次の日は澪ちゃんともども、二日酔いで死んじゃってたわぁ。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官補佐。荒木 恵中佐へのインタビューより。

 



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第百十四話 聖剣、敗れたり

 

 

 

 神凪……いや、ここでは神風で通した方が良いな。

 彼女には本当に感謝している。

 

 彼女のおかげで私はじぃ……祖父と本当の意味で再会できたし、今こうして生きていられるのも彼女が殴ってくれたおかげだと思っているよ。

 

 ああ、天狗のままだったなら、私は欧州に行く前に戦死していたかもしれない。

 今思い返すと当時の私はそれくらい酷かった。

 

 普段会えないのは残念だが、彼女の姿はテレビを通して見ることができるからそこまで寂しくはない。

 電話やラインで話しているしな。

 

 聖剣を思い付いた切っ掛け?

 話しても良いんだが……笑わないか?

 

 そうか、なら話そう。

 アレは呉に着任してしばらく経った頃、時津風や谷風たちと一緒にとあるアニメを見たのが切っ掛けだな。

 そのアニメのヒロインの声と私の声が似ていると谷風に言われて、そしたら時津風にマネしてみてくれとせがまれた私はヒロインの必殺技を放つ前の掛け声をマネして見せたんだ。

 

 後はまあ……わかるだろ?

 当時は若干厨二病を患ってたのも手伝って、艤装を使って同じ事ができないかと試行錯誤を始めたんだ。

 

 その結果出来上がったモノは極太のビームとは言い難かったが満足いくモノに仕上がり、戦闘で生かすこともできて『聖剣』という異名まで囁かれるようになった。

 

 もっとも私のアレは、聖剣とは名ばかりでとんだナマクラだったがな……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元陽炎型駆逐艦十二番艦 磯風へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「調子はどう?神風」

 「先輩……」

 

 もうすぐ試合が始まるのに、私は出場者のために新設された待機室へも行かず、先輩から貰った刀を携えて工廠裏で海を眺めていた。

 そしたら先輩が来てくれた。

 たぶん、待機室に姿を現さない私がここでイジケてるんだと踏んで探しに……いや、背中を押しに来てくれたんでしょうね。

 

 「調子は悪くない。でもモチベーションが低いって感じ?」

 「はい……」

 

 お見通しか。

 確かに先輩が言う通り、身体の調子は悪くない。むしろ、絶好調と言って良いほど力が漲ってるわ。

 でも、気が乗らない。

 私を通して先輩を馬鹿にした磯風のことをぶん殴りたいと思う気持ちは萎えていないのに、何故か踏ん切りがつかない。何かが胸の奥に痞えてる感じがして踏み出せない。

 それはたぶん、先輩が私に何かを隠してるから。

 

 「教えてください。先輩は私に何をさせたいんですか?」

 「教えたら、その通りにしてくれる?」

 

 それは内容による。

 とは口に出さず、ゆっくりと先輩の方を振り向く事で聞く気は有る旨を伝えた。

 相変わらず自信に満ちた瞳。

 また髪を伸ばし始めたのか、ミディアムと呼べるくらいまで伸びた真紅のストレートヘアが風に靡いている。

 私と違って、見た目が多少変わる事はあっても、この人の芯は何年経っても変わってないんだなって思えてしまう。

 いや、私も変わってないか。

 私はずっと、先輩と初めてここで会った時から変わらずイジケ虫のままなんだから。

 

 「ねえ神風、アンタって今年でいくつになるっけ?」

 「16になったばかりです。て言うか昨日、みんなでお祝いしてくれたじゃないですか」

 

 そんな事をどうして聞く?

 海坊主さんや花組のお姉様方から、先輩が一番ノリノリでサプライズパーティーと言う名の質の悪いイタズラを準備してたって聞きましたよ?

 いやぁ……今思いだしてもあの誕生日は無いですよ。

 いつの間に造ったのか、倉庫街にある倉庫を一棟丸々改装、いや改築したトラップてんこ盛りの迷路に閉じ込められて、出口に辿り着いたらクラッカーで迎えられるどころかバズーカで吹き飛ばされたんですから。

 正直、麻痺した鼓膜を微かに震わせた「はっぴばーすでーとぅーゆー♪」の歌声の意味を頭が理解するまでサプライズパーティーだと気付きませんでした。

 ううん、アレでサプライズパーティーだと気付けという方が無理ね。何回か死にかけたし。

 

 「じゃあ、開戦時の事は覚えてる?」

 「微かにですが……覚えてます」

 

 昨日の出来事を思い出して「なんでこの人の後輩になっちゃったんだろ」と若干後悔していたらこれまた妙な質問が飛んできた。

 答えた通り、微かには覚えています。

 でも当時の私は2歳かそこら、燃える建物や爆発音、逃げ惑う人達の悲鳴くらいしか覚えていません。

 その時の私はたしか、父親の背中にしがみついて泣いていただけだったはずです。

 

 「親は健在なんだっけ?」

 「母は亡くなりました。父は……行方知れずのままです」

 

 それこそどうして今さら聞く?

 先輩には、私の身の上話はとっくにしてるじゃないですか。

 私の母が亡くなったのは5年ほど前、開戦直後に行方知れずになった父に代わって必死に働き、私を11歳まで育てた末に無理が祟って亡くなりました。

 私を養成所に預けてくれたのも母です。

 頼れる親類もなく、行く当ても無い子供だった私を餓えさせないための苦肉の策だったんでしょう。

 母の初七日が終わった日に養成所の人が「君のお母さんから君の事を頼まれている」って迎えに来ましたから。

 

 「父親が生きている。って聞いたらどうする?」

 「え?」

 

 お父さんが生きてる?

 もしかして先輩は、奇兵隊のコネクションを使って探してくれたの?それで見つかったから、教えようとしてくれてるの?だったらこれ程嬉しいプレゼントは無いわ。

 でも、そんな都合の良い話がない事は、血が滴りそうなほど強く愛刀を握り込んでる先輩を見てわかった。

 

 「会いたいと思います。会えなくても、せめて母が亡くなったことくらいは伝えてあげたいです」

 「そう、そうよね……」

 

 私の答えを聞いても先輩の表情は変わってない。でも、平静を保ててないのはわかる。そして、言いたい事も。

 

 「先輩、回りくどい真似はやめませんか?」

 「そう。じゃあ単刀直入に言うわ。磯風の身内が呉に……いえ、アンタと磯風の試合を見に来てる」

 「そうですか。良くわかりました」

 

 先輩は卑怯だ。

 私が父の生存を半分諦めつつも、もしも生きているならと希望を捨て切れてない事を知っていながら、私のその気持ちを利用しようとしてる。

 たぶん先輩は、試合を通して磯風に私と同じ気持ちを共有させて、その身内と再会させようとしてるんだわ。

 まったく、もう一度言うけど回りくどい。

 先輩は力尽くで物事を解決出来るクセに、自分の知り合いや身内が絡むと途端に気持ちを大切にしだす。

 つまり、磯風の身内は先輩の知り合い、もしくは奇兵隊としての身内。

 さらに付け加えるなら、その人は再会することを拒んでいる。

 

 「足腰立たないくらい、痛めつけても良いんですね?」

 「ええ、構わないわ」

 

 そう言いながら、先輩が私から目を逸らした。どうやら、私の気持ちを利用する事への罪悪感に堪えるのもここらが限界みたいですね。

 

 「先輩。私を見てください」

 「神風……」

 

 私は先輩の目を真っ直ぐ見上げました。

 さっきまでとは違う、自信など欠片も感じられないほど怯えた瞳。

 たぶん私と海坊主さん、そして元帥さんくらいしか知らない本当の先輩。神藤 桜子と言う名の仮面が剥がれた、気弱で臆病な本当の先輩。

 でも、我が儘とか暴君とか魔女とか大食らいとか言われても、自分の信念を貫き通すためならその仮面を被る事をやめない芯の強い人。

 

 「私は先輩の何ですか?桜ちゃんの世話係?ペット?玩具?それとも、都合の良い道具ですか?」

 「私にとってアンタは……」

 「私はどれでも構いません」

 

 先輩の言葉を遮ってそう言った。

 うん、私はどれでも構わない。

 桜ちゃんのお世話係?

 喜んでやらせて頂きます。桜ちゃんは普段の先輩の悪影響を受けないよう私が育てます。

 ペット?

 先輩は頭を撫でるのが上手なのでむしろもっと猫可愛がりしてください。

 玩具?

 先輩に玩具にされてるときは私も楽しんでます。たまに度が過ぎるのは直して欲しいですが、先輩と遊ぶのは大好きです。

 そして、都合の良い道具でも構いません。

 望むところです。

 私は円満さんに鍛えられ、先輩に研ぎ上げられた先輩の刀です。私は先輩のモノなんです。

 

 「命令してください。先輩の命令があれば、私は相手が戦艦だって斬り裂いて見せます」

 

 先輩が目をパチクリさせて驚いてる。

 私が言ったことがそんなに意外でしたか?でも、これは今の私にとって大事な儀式です。

 イジケ虫の私が『神風』の仮面を被るための大事な儀式なんです。

 

 「後悔……しない?」

 「しません。私より先輩の方が後悔して泣いちゃわないか心配ですよ」

 「言うようになったじゃない。出会った頃が嘘みたいだわ」

 

 私がイタズラっぽい仕草と表情でそう返すと、先輩は微笑んで私の頭をポンポンと叩いて、そして初めて命令してくれた。

 

 「アンタの好きなように磯風をボコって来なさい。責任は全て私が取るわ」

 「了解!私がひねくれ者共の心に神風を吹かせてあげる!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 そう言って、あの子は工廠へ駆け出したっけ。

 今だから言うけど、当時の私は神風に命令していいのは円満だけだと思ってたの。

 いやほら、神風は円満の部下だから私は命令できる立場じゃなかったからさ。

 

 でもあの日、神風に初めて命令した日に、お父さんの気持ちが少しわかった気がした。

 

 私にとって、奇兵隊のみんなは家族よ?

 でも神風は少し違ったの。

 神風は私の名前を受け継いでくれた後輩であり妹。桜のお姉ちゃん。いや、それ以上だった。

 

 大袈裟な言い方をすると、あの子は野風とは別の意味でもう一人の私だったのよ。

 あの子は、汚れてなかった頃の私がそのまま成長した三人目の私。

 もしかしたら有り得たかもしれない二つ目の私の可能性。

 そんなあの子に命令した時、お父さんはこんな思いをしながら私を戦場に送ってたんだなって理解した。

 

 出来ることなら自分が代わりにやりたい。

 でも、今の私にはこの子に託す事しか出来ない。行かせなくない。やらせたくない。この子に辛い思いや痛い思いをさせたくない。

 無事に戻って来るまで気が気じゃ無い。

 どうして私は、この子に無理強いする事しか出来ないの?

 

 そんなもどかしく、身を焦がすほどの悔しい思いをしながらお父さんは私を送り出してくれてたんだって、その時初めて理解、いえ、思い知ったわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長。神藤 桜子大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「ふん、中々来ないから臆して逃げたのかと思ったぞ」

 「逃げる?私がアンタから?有り得ないわね」

 

 艤装と先輩から貰った刀を装備して、見覚えのないワンピース姿の駆逐艦と入れ替わりで待機室に入るなり、磯風が不敵な笑みを浮かべて迎えてくれた。

 相変わらず小馬鹿にされてるわね。

 艤装を装備した私の爪先から頭の天辺まで無遠慮に観察しながら「それ、ちゃんと動くのか?」とか「旧式とは聞いていたがまさかここまでとは……」なんて、私にも聞こえるようにブツブツ言ってるわ。

 

 「アンタのは綺麗すぎるわね。もしかして卸したて?」

 「ついこの間改装を受けたから卸したてと言えば卸したてだな。羨ましいか?」

 「いいえ、まったく」

 

 羨ましくなんてない。

 私の錆や傷まみれの艤装と違って磯風の艤装は綺麗だし、駆逐艦とは思えないほどの重武装は重そうと言うよりも頼もしいと思える。

 たしか、陽炎型特有の改二改装とは違う特殊な改装で『乙改装』と呼ばれるモノだったっけ。

 性能面も私とは比べるのが馬鹿らしいほど高いんでしょう。

 でも……誇りまみれの艤装を背負っている私には全く羨ましいと思えない。

 

 「綺麗なおべべを自慢するのは良いけど、アンタにソレが扱いきれるの?」

 「当然だ。何故なら私は二水戦所属の駆逐艦。私自身も並ではない」

 

 あっそ。

 私は嫌味を言ったつもりだったんだけど、磯風は嫌味に感じるどころか褒められたとでも思ったんでしょうね。

 だってドヤ顔して、これまた駆逐艦とは思えないほど大きい胸を張ってるもの。円満さんの前でやってもがれちゃえば良いのに。

 

 「棄権しろ」

 「は?今なんて言った?」

 「棄権しろと言ったんだ。この磯風、挑戦されたなら相手がどれだけ弱かろうが全力で相手をするが、さすがにお前のような者を相手にするのは気が引ける」

 

 これはまた随分な挑発を……。

 いや?コイツ本気で言ってるわね。

 コイツは私が弱いどころか、艤装の状態を見てまともに戦うことすら無理だと判断したらしい。

 だから私の身を按じ、憐れんで棄権を奨めてるんだわ。

 

 「ここまで馬鹿にされたのはさすがに初めてね」

 「馬鹿にしているのではない。事実を言っているだけだ」

 

 たしかに私の艤装は薄汚れてるし、実際に使う私以外が見たら動くかどうかも疑わしいと思う気持ちは理解できる。

 でも、ここまでハッキリと蔑まれた事は今まで一度もない。ここまで私を、いいえ『神風』を貶めた奴はコイツが初めてだ。

 

 「久々にキレちゃったわ。とっとと表に出ろ。お前如きじゃ私に勝てないって事を、その身体に嫌というほど思い知らせてやる」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 馬鹿にしたつもりも憐れんだつもりもなかったんだ。だが、神風にとっては最大級の侮辱だったんだろうな。

 

 ああ、今だから言うが気圧された。冷や汗までかいたよ。

 表に出ろと言ったときの彼女は怒りを通り越していたのか無表情で、全身に殺気を漲らせていたのが良くわかった。

 

 試合が始まってからもそうだ。

 まるで彼女は怒りを制御し、力に変えているようだったよ。

 

 ん?序盤は押していたじゃないかって?

 たしかに、序盤は私の方が優勢だったさ。だが、青木さんも覚えているだろう?

 彼女はどれだけ被弾しても諦めなかった。

 いや、私の弾幕を最小限の被弾で済ませていた。

 服が破れてその身にも傷を負い、単装砲と魚雷を失っても彼女は止まらなかった。

 

 結果はご存知の通りだ。

 私は聖剣を破られ、死にたくなるほどの醜態をさらした。あの時点で敗北していたと言っても良いな。

 

 今でも、あの時の彼女のセリフが忘れられないよ。

 どんなセリフか?

 そうか、私たちの会話は会場には流されていなかったのか。

 あれは、私の聖剣が彼女の風に負けた瞬間。

 彼女は私の聖剣を砕きながらこう言ったんだ。

 

 「聖剣、敗れたり」とな。

 

 

 ~戦後回想録~

 元陽炎型駆逐艦十二番艦 磯風へのインタビューより。



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第百十五話 お爺ちゃんが泣いちゃうじゃないか

 

 

 

 私は今までの人生で人を殺した事なんてないし、殺したいと考えたこともなかった。

 だから、今の私の胸の辺りに渦巻いてる感情が殺意だって気付くまで少し時間がかかったわ。

 具体的に言うと、待機室から試合場まで哨戒艇で運ばれていた間の時間ね。

 

 『大変長らくお待たせ致しました!只今より本大会のメインイベント、艦娘同士による模擬戦闘試合を開始しまーす!司会は私、重巡洋艦 青葉。解説は駆逐艦 漣でお送り致します!』

 

 私と磯風が800m程の距離を開けた開始位置に到着すると、司会の青葉さんがノリノリで会場に向けて開始のアナウンスを流した。

 空母が飛ばしたと思われる偵察機が頭上を飛び回ってるから、たぶんアレで会場に映像を流してるんでしょうね。

 でも、出来れば早めに謝っておきたいなぁ。

 この大会は艦娘の演習と言うよりは大衆向けの娯楽の色が強いのに、私は模擬戦闘なんかで終わらせる気が全くないんだから。

 

 『それでは選手の紹介から入りましょう!真紅の髪を靡かせ、海を駆ける様は正に紅い風。最古の艤装を背負って巻き起こすのは勝利の風か、はたまた破壊の暴風か!当横須賀鎮守府、第一駆逐隊所属。神ぃぃぃ風ぇぇぇぇぇ!』

 

 プロレスの選手入場か!

 戦闘区域が会場から離れてるからわかんないけど、それで本当に盛り上がってんの?神風?誰それって言われてるのが落ちじゃない?

 

 『続いて紹介しますのは、呉鎮守府が誇る二水戦の切り込み隊長。長い黒髪を翻して敵を斬り裂く様は、伝説に語られる騎士王の如く凛々しく美しい!その名は聖剣。呉鎮守府、第十七駆逐隊所属。聖剣、磯ぉぉぉ風ぇぇぇぇぇぇ!』

 

 偵察機が3機ほど磯風の周りをクルクルと旋回してる。たぶん会場のモニターには磯風の姿が上から下まで映し出されてるんじゃないかしら。

 私の時は頭上を通り過ぎるだけじゃなかった?

 

 『最後にもう一度言う。棄権しろ神風。戦闘が始まれば、私は手加減など出来……』

 「くどい!」

 『そうか。ならばもう言わん。ドックで自分の愚かさを後悔するがいい』

 

 戦闘開始の合図の間を縫って、磯風が懲りずに棄権を促してきた。

 ついつい過剰に反応しちゃったけど、おかげで私の怒りのボルテージがMAXになったわ。

 

 『それでは第一試合!神風対磯風、始め!』

 

 その合図と共に、磯風は砲撃しながら向かって左に舵を切り、私への接近を開始した。

 まずはある程度近づきながら様子見。砲撃と雷撃で私の出方を見る気かしら。私の事を見下してる割に戦法は手堅いのね。

 

 「両舷、微速前進」

 

 磯風が放った砲弾が飛んできてるって言うのに、私はトビウオで初速を補うこともなく、半速、原速、強速、第一戦速と徐々に速度を上げていった。

 飛んで来た砲弾は、私がこんなにゆっくりと速度を上げるなんて想定してなかったのか遥か前方に着弾したわ。

 

 『ほう?口だけではないようだ』

 「アンタが下手クソなだけじゃない?」

 

 磯風は、私が偏差射撃を予測してわざと速度を上げないだと勘違いしたみたいだけど、私はそんなこと欠片も考えていない。

 もし直撃弾が来るようなら、トビウオなり稲妻なりで避けようと思ってたわ。

 私は単に、爆発しそうな程膨れ上がったアンタへの怒りを抑え込むために、ギアを上げる速度を調整してるだけ。

 この、殺意とも呼べる怒りを余すことなくぶつけるために。

 

 「第五戦速。駆逐艦神風、突撃します!」

 

 私は磯風に向かって真っ直ぐ進んだ。

 そう、本当に真っ直ぐ。

 回避も直撃弾以外は無視して、之字運動すらせずに真っ直ぐ増速したわ。

 

 『玉砕覚悟か?良いだろう!乗ってやる!』

 

 おバカねぇ。

 私は玉砕してでもなんて考えてない。無策なだけ。いや、策を弄するのも無理なくらい頭に血が昇ってるだけ。

 でも、アンタまで馬鹿正直に真っ直ぐ向かって来てくれるのは嬉しい誤算だわ。

 

 「魚雷、全弾発射。後に魚雷発射管パージ」

 

 本来なら、全弾発射だの魚雷発射管パージだのと口に出す必要はない。

 これは自分への指示。

 怒りで自分を見失わないよう、一つ一つの行為を口に出すことで、確実に怒りを制御してその行為を実行するための言わば分割法(スプリットルーティン)

 

 「最大船速!同時に砲撃開始!」

 

 放った魚雷が、磯風に全弾躱されたのを確認した私はさらに増速。『アマノジャク』による射角誤認を起こさせながら磯風への距離を詰めていく。

 対する磯風は、最初の数発こそ被弾したけど被害は最小限。小破にも届いてないでしょう。

 アイツは私を口だけじゃないとか言ったけど、アイツも口だけじゃないみたい。

 

 『小癪な真似を……!』

 

 お互いの距離が400mを切った辺りで、磯風は砲撃に加えて機銃も撃ち始めた。

 文字通りの弾幕か。さすがにこれは躱しきれないわね。だったら。

 

 「機銃弾は無視。砲弾のみ回避する」

 

 そこで初めて、私は少しだけ舵を右に切った。

 機銃による攻撃だけなら、私の装甲でもしばらくは堪えられるけど砲撃はさすがに無理だからね。

 

 『お前、本当に玉砕するつもりなのか!?』

 

 だから、そんなつもりは毛頭無い。

 私はアンタとの距離を詰めたいだけ。アンタがこれをチキンレースだと勘違いせずに、例えば私の周りを回るように舵取りしてても私は同じ事をしたわ。

 

 「痛っ……!さすがに抜かれ始めたか」

 

 機銃弾が何発か私の装甲を貫通して左脇腹、左太腿、右肩などを掠めた。オマケに単装砲まで弾き飛ばされちゃったわ。

 模擬弾とは言っても、当たるとやっぱり痛いわね。

 このままじゃ、磯風との距離が100mを切る頃には中破くらいにはなってるかも。

 でも!

 

 「私は引かない!両舷一杯!さあ!追い込むわ!」

 

 傍から見れば追い込まれてるのはどう考えても私。

 私たちの会話が会場に流されてるのかどうかはわからないけど、きっと会場でもそんな声が渦巻いてるんじゃないかしら。

 

 『クソ!さすがに……!』

 

 近過ぎて砲撃が出来ない?

 そうでしょうね。だって、すでに私と磯風の距離は30mを切っている。この距離で砲撃すれば、下手したら爆風で自分まで体勢を崩しかねない。

 もっとも、私ならそんな事考えずに砲撃するけどね。

 だって私には脚技があるし、戦舞台を使うときはもっと接近するんだから。

 

 「シャアァァァ!」

 

 機銃の雨に身体を晒しながら、それでも衝突寸前の距離まで踏み込んだ私は腰撓めの姿勢から抜刀。当然ながら刀には力場を通してるわ。

 でも……。

 

 「ちぃっ!」

 「ふん!そんな玩具が艦娘に通じるものか!」

 

 たしかに通じてるとは言い辛い。実際、一太刀目は磯風の装甲を少し削っただけで終わったしね。

 相手も駆逐艦だからいけるんじゃないかと期待したけど、装甲を維持したままじゃ斬り裂くまでいかないか。

 でも、ここはもう私の距離よ。

 

 「身体保護機能を除いた全装甲をカット。同時に航行手段を『水切り』に変更」

 「しょ、正気かお前!」

 

 私はいつだって正気よ。

 艦娘が無意識に使っている装甲の一機能である身体保護機能。

 これは自身の砲撃による反動や被弾の衝撃から艦娘本体を守る機能であり、人間でしかない艦娘に実艦と同等の馬力を与えてくれる不可視の強化外骨格でもある。

 でも防御力は皆無と言って良い。

 今の状態で砲撃を食らえば例え模擬弾でも私は粉微塵になるし、機銃でも身体のパーツが吹き飛ぶわ。

 

 「歓迎するわ磯風。ようこそ私の戦舞台へ」

 

 全脚技中最高の機動力を得る代わりに、陸上と同じ程度の速度しか出せない『水切り』。これを駆使して相手の死角に潜り続けてハメ殺すのが戦舞台。

 相手が水切り使用中の私以上に小回りが利く奴が相手だとあまり意味がないけど、そうじゃないなら相手が駆逐艦でもこの技から逃れることはほぼ不可能。

 アンタは今から何も出来ず、私の姿すら見ること叶わずに斬り刻まれるのよ。

 

 「クソっ!どこだ!何処に行った!」

 

 私は磯風の動きに合わせて後ろへ、右へ左へ、そして時には真正面に回り込み、装甲と脚を減らした分の力場を上乗せし、駆逐艦程度の装甲ならバターのように斬り裂ける程の力場を纏わせた刀で斬って斬って斬りまくった。 

 薄皮一枚程度とは言え、私の良いように斬られて焦ってる磯風を見てると気分が良いわ。

 

 「気は、済んだか?」

 

 今の今まで焦っていた磯風の顔から焦りが消えた。

 気は済んだかですって?まだぜんぜん済んでないわよ。本当なら薄皮一枚どころか腕だろうと足だろうと断ち切れるのに、わざわざ薄皮一枚だけに留めてアンタを痛ぶってる最中なんだから。

 

 「私の視界内に居ない。それはつまり、()()()()()()と言うことだろう?」

 

 ヤバい。と、私を捉え切れていない磯風の紅い瞳を見て思った。

 私の本能がここから離れろと警告してる。このままここに居たら死んでしまうと何故か思えた。

 痛めつけようなんて考えず、腕の一本でも落として終わりにしておけばよかった。私としたことが、怒りを制御してるつもりがいつの間にか飲まれて冷静な判断力を失っていたのね。

  

 「エクス……!」

 

 磯風が右足を大きく振り上げた。

 その動きに呼応するように、磯風の主機から天に向かって不可視の……いえ日の光りに照らされて金色に輝く刃渡り10mは有る剣が現れた。

 なるほど。

 私が見誤っていたのはその射程、そして聖剣発動時の旋回半径の変化か。

 

 「カリバァァァァァァァ!」

 

 片足分の脚しか無くなったことで急な方向転換が可能になった磯風は、股関節を180度を超える角度で開いて振り向き、真後ろにいた私にその聖剣を振り下ろした。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 勝った。と、思ったよ。

 たしかに神風の動きを捉え切れていなかったが、奴にできるのは精々私の薄皮に傷を付ける程度。

 だから焦るフリまでして、神風に一時の優越感を味わわせてやろうなどと傲慢な事まで考え、そうした。

 

 そして神風が私の正面から消え、後方のどこかにいるんだと当たりを付けた私は、本来なら剣のように鋭くする聖剣を扇のように平べったくして叩きつけた。

 

 ああ、その時点で本来の聖剣を放っていたら、神風の死と引き換えに私が勝っていたかもしれないな。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 磯風へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「馬鹿な!何処へ消えた!?」

 

 視界の端ではあったが、インパクトの瞬間に確かに神風の姿を捉えた。それなのに、聖剣を振り下ろした先に神風の姿がない。

 まさか潰してしまったのか?

 死なせてしまうわけにはいかなかったから、聖剣を扇状にして極限まで殺傷力を減らしたのだが、それにすら堪えられない程奴は脆弱だったのか?

 

 「何処見てんのよ間抜け。私はここよ」

 

 右舷側やや後方から聞き覚えのある声がした。

 何故そんな方向から奴の声が聞こえる?まさか、約180度の範囲をカバーできるまでに広げた聖剣を、奴から見て左斜め前方に跳びでもして躱したと言うことか?

 いや、そうに違いない。

 以前、霞に見せてもらったトビウオとか言う技ならそれも可能なはずだし、その技は横須賀所属の駆逐艦が発案したと聞いている。ならば当然、奴が使えてもおかしくはない。

 ふむ、私は少しばかり奴を舐めていたようだ。

 試合前、奴が待機室に来るのと入れ替わりで出て行った雪風が言った「殺す気でいかないと負ける」という忠告をもっと真摯に受け止めておくべきだったな。

 ならば……!

 

 「手加減はやめだ!」

 

 右『脚』の展開と同時に左『脚』を消去。

 今の体勢から出す左回し蹴りでは本来の威力は出せないが、私の聖剣ならば奴くらい旧型の駆逐艦の装甲など容易く両断できる。

 最悪、装甲ごと奴の胴を両断してしまうが、戦域外に待機してライン判定をしている駆逐艦は高速修復材を持たされている聞いているから、即死さえしなければ助かる可能性が高い。

 そうだ、そうすれば勝てる。 

 私は負ける訳にはいかなかい。あの人のためにも、私は強くなければならないんだから!

 

 「だから、遠慮なく斬らせてもらう!」

 

 私は意を決し、殺すつもりで二発目の聖剣を右後方へ向けて横薙ぎに放った。

 そして、再び視界の端に捉えた神風は突きの構え。 

 以前、谷風から借りて読んだ漫画の登場人物の得意技と似ているな。たしか……牙突だったか?

 だが、私と神風の距離は3m程とは言え少しばかり距離がある。奴が踏み込んで私に刀を突き立てるより、私が奴を薙ぎ払う方が速い!

 と、思ったのに、胸を刀で貫かれるイメージが不意に襲ってきたせいで一瞬だけ途惑ってしまった。

 

 「聖剣、敗れたり」

 

 そしてその一言とともに、神風は私ではなく聖剣に刀の切っ先を突き付けた。

 無駄な事を。と思ったが、信じられないことに聖剣に食い込んだ刀の切っ先を起点として蜘蛛の巣のような放射状のヒビが聖剣全体覆い、そして砕いた。

 

 「バ、バカな!」

 

 いや、バカなのは私だ。私は思い違いをしていた。

 奴は私を貫こうとしていたんじゃない。奴が狙っていたのは私の聖剣。つまりは武器破壊。

 いくら力場で構成され、何度破壊されようと次を造れば良い聖剣と言えどもすぐには造れないし、造っている間は装甲も脆弱になる上にバランスも崩れる。

 だが、まだ挽回できる。

 神風も聖剣を破壊した余波で刀を弾かれ、刀を手放さないまでも大きく上半身を開いた格好になっている。

 砲も魚雷もない奴に攻撃手段はないし、ここは機銃で牽制しつつ体勢を……!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 整えるつもりだったんじゃないかな。

 まあベターな選択だったと思うわ。たぶんたいていの艦娘は同じようなことを考えると思う。

 実際、あの時の私は攻撃出来るような姿勢じゃなかったもの。ロケットパンチでもできたら話は別だけどね。

 

 え?でもあの体勢から殴ったじゃないかって?

 そりゃあ殴るわよ。

 あの時の私の攻撃手段は、磯風に向けて突き出していた左手で殴るだけ。

 だからトビウオで飛んで、左拳をアイツの鼻っ柱に叩き込んだの。

 

 まあ、無理な姿勢で跳んだせいで腰は痛めたし、突き出していた拳をそのまま叩き込んじゃったせいで左腕が肘からポッキリ逝っちゃったけどね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 神風へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 「痛っ……。さすがに無理があったか」

 

 一か八かの賭けだった。

 聖剣が力場で構成されている以上、上手くやれば神狩りで破壊できるんじゃないかと踏んでやってみたけど思ってた以上に上手くいったわ。

 でも、左手が死んだのと腰を痛めたのが誤算だったわ。トビウオで跳ぶんなら殴るんじゃなくて頭突きにしとけばよかった。

 

 「くっ……!なんて出鱈目な……」

 

 三半規管までイカレたのか、足をガクガクさせてへたり込むのだけは堪えている磯風が出鱈目とか言ってるけど何が出鱈目なのよ。

 攻撃手段が限られてたんだから、その限られている中から手段を選択するのは当然でしょうが。

 

 「さてと、これからどう料理してやろうかしら」

 

 私のその一言でマズいと思ったのか、磯風が右手の砲と艤装に備えられた機銃、更には魚雷まで私に向けてきた。

 でも私は慌てない。

 そもそも、焦点も定まっていない今の磯風じゃあまともに狙いを付けられないんだから慌てる必要がない。

 だから私は右手の砲を蹴り飛ばし、次いで艤装からアームに繋がれて伸びている右舷左舷の両兵装をアームごと断ち切った。

 これでコイツは丸腰。

 アンタは武器を構える前に、装甲を張り直すのを優先すべきだったのよ。そうすれば、右手の砲くらいは失わずに済んだかもしれないんだから。

 

 「負けを認めなさい」

 「なん……だと?」

 「負けを認めろって言ったのよ。そうすれば、これ以上はイジメないであげる」

 

 私は刀の切っ先を磯風の鼻先に突きつけ、できるだけ冷酷に聞こえるように言った。

 でも、磯風に負けを認める気はないみたいね。

 最初こそ面食らったように目をまん丸にしていたけど、今は怒りに顔を歪めてるわ。

 

 「ふざけるな!私がお前如きに……!」

 「負けるはずがない。とでも言う気?」

 

 私は最後まで言わせず、磯風の左側頭部を蹴り飛ばした。

 もちろん、装甲の身体保護機能は切ってあるわ。それを切らずに装甲を張ってない磯風を蹴っちゃったら磯風の頭がちぎれる前に弾けちゃうし。

 

 「まだ、負けを認めない?」

 「み、認める……か。私がお前なんか……に」

 「そう、その意気込みは買わないでもないわ。でも」

 

 なおも立とうとする磯風の顎先を蹴り上げると、再び両足を生まれたての子鹿の如くガクガクさせて、磯風はついにへたり込んだ。

 それだけじゃないわね。

 脳みそを揺らされる感覚がよほど気持ち悪かったのか、文字通り嘔吐出してるわ。

 

 「ねえ。今どんな気持ち?散々馬鹿にして見下した相手に良いように痛ぶられるのってどんな気持ち?ねえ、答えなさいよ」

 

 さらに追撃。

 今度は嘔吐いていた頭を踏みつけて、自分の嘔吐まみれになった『脚』とキスさせてやったわ。

 人の頭を踏み付けるなんて初めての経験だけど……何て言うかこう、ゾクゾクするわね。

 ああでも、試合を撮影してるはずの艦載機が高度を上げたのを見るに、一般人ウケはしてないのかな?

 

 「わた……しは」

 「あら、まだそんな元気があるの?思ってたより骨があるじゃない」

 

 磯風が両腕で踏ん張ってグググッと頭を上げようとしている。でもそのせいで、見た目が完全に土下座になっちゃったわ。

 

 「負け……ない。私は強くなくちゃいけないんだ」

 「ああそう。でもアンタは負けるの。アンタが蔑んだ神風()に負けるのよ」

 「私は負けない!」

 

 そう言って、磯風が発した殺気に気圧されて思わず距離を取ってしまった。しかも必要以上に、具体的に言うと5mも。

 ただの自惚れ屋だと思ってたのに、今の殺気だけなら桜子先輩にも匹敵するわ。

 

 「私は負けられない……。私は強いんだ。誰にも負けないくらい強いんだ!じゃないと……」

 

 今も震えている両足で身体を支え、上体を起こした磯風の顔は涙や鼻血で濡れていた。

 でも、私に痛めつけられたのが悔しくて泣いてるようには見えない。どちらかと言うと……。

 

 「お爺ちゃんが泣いちゃうじゃないか」

 

 吐き出すようにそう言った磯風が、私にはまるで親に置いて行かれて泣きそうになる寸前の子供みたいに見えたわ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 最初に見た時は、あの人が祖父だとは全く思わなかった。

 二水戦の訓練が終わって工廠に戻る途中、桟橋に腰を降ろして煙草を吸っているあの人の背中を見た時に感じた胸の高鳴りを、最初は恋に落ちたんだと勘違いしたんだ。

 

 もちろん途惑ったさ。

 相手の歳は私の軽く4倍、さらに私の好みのタイプは衛み……。いやいや、とにかく私にはオジン趣味どこかジジイ趣味などなかったんだからな。

 

 だが、あの人への想いは募るばかりで姉妹にも相談できず、面と向かって会う勇気はなかったから物陰に潜んで覗き見たり、会話に聞き耳を立てるなんてストーカー紛いの事を繰り返していた。

 

 そして捷一号作戦が発令され、ワダツミに乗艦するために整列していた私を、艦橋から信じられないモノでも見るかのような目で見ているあの人に気付いた時に、あの人が祖父だと何故か理解した。

 

 信じてもらえないかもしれないが、あの時何故かそう理解できたんだ。

 私の想いが恋愛のそれではなく、家族に恋い焦がれる感情だったと頭が理解したときに、嬉しい反面切ない気持ちにもなったのを覚えているよ。

 

 そしてその日から、強くなりたいという気持ちが一層強くなった。

 だって祖父も私が孫だと気付いているのがわかったから、私が死んだら泣いてしまうくらい想像できるだろ?

 

 だから私は祖父が泣いてしまわないよう、誰にも負けないくらい強くなろうと心に誓ったんだ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 磯風へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 お爺ちゃんが泣いちゃう?

 なるほど、あの先輩がまどろっこしい真似をするはずだ。

 私が知る限り、奇兵隊に属する人で先輩がお節介を焼き、お爺ちゃんと呼ばれるような歳の人は一人しかいない。そう、コイツの身内は艦長さんよ。

 たしかにあの人なら、例えコイツが自分の孫だと気付いていても打ち明けないって言いそう。

 ただし、打ち明けたくなるような場さえ整えてやれば「チッ、お節介奴らだ」とか言ってあっさり打ち明けるでしょうね。

 

 「じゃあどうするの?アンタにはもう、一度破られた聖剣しか私への攻撃手段がない。それでどうやって私に勝つ気?」

 「当然、聖剣でお前を倒す」

 

 鼻血を拭いつつそう言い切った磯風は、さっきまでとはまるで別人みたい。

 アイツにどんな心境の変化があったのか知らないけど、どうやらアイツは、私を同等の相手だと判断してくれたようね。

 

 「そう、だったら来なさいよ磯風。くだらないプライドなんか捨ててかかってこい!」

 「望むところだ」

 

 私も磯風も、次の一撃が最後になるとわかってる。

 いや、逆転するまでに受けたダメージや、肘から折れてる左腕の痛みが音になって頭にまで響くのと、少し動くだけで激痛が走る腰の状態を考えれば、次の一撃で決めれなければ負けるのは間違いなく私の方。

 でも、だからこそ私は駆け抜ける!

 

 「覚悟しなさい磯風!私がこの戦場に、神風を吹かせてあげる!」

 「貴様こそ覚悟しろ!私が繰り出すのは星の聖剣!全てを斬り裂く必殺の一撃だ!」

 

 それを合図に磯風は右足を頭の上まで大きく振り上げ、刃渡り5m程の聖剣を造り上げた。

 なるほど、今回は射程よりも強度重視。アレが、磯風が制御でき、かつ威力と強度を両立させられる限界の大きさなのね。

 対して私はまともな神狩りが撃てる距離と常態じゃない。

 それならばと、『水切り』が使用可能な程度の力場をのみを回し、残りの全てを刀身へと集中した。

 

 「先手……必勝!」

 

 無線を通して、解説の漣さんが「在り来たりですがこの勝負、先に動いた方が負ける」って聞こえた瞬間に、私は切っ先をダランと垂れた左手に添えるように斜めに構え、そして駆け出した。

 

 「エクスッ!カリバーァァァァァ!」

 

 数瞬遅れで磯風が聖剣を振り下ろした。

 私の位置は聖剣のちょうど中程。

 先手必勝とか言ったけど、私は端からカウンター狙い。

 持てる力場のほぼ全てを纏わせた刀で聖剣をいなし、顔面に一発ぶち込んでやる!

 

 「貰ったぁぁぁぁぁ!」

 

 私は刀を聖剣の腹に滑らせて左に逸らし、逸らし終わった所で峰を返して刀を振りかぶり、磯風の顔面に定めて最後の一歩を踏み切った。

 でもおかしい。

 磯風の顔があるはずの位置に顔がない。代わりにあるのは後頭部だわ。

 

 「ぐぅ……!?」

 

 何故か左腕に激痛が走った。

 いや、折れてるんだからずっと痛かったんだけど、予想外の方向から襲ってきた意識を刈り取るほどの激痛の意味がわからない。

 

 「何……が」

 

 起こった?と口に出そうとしたけど、機関が発した『ピー!』という緊急脱出装置の警告音と磯風の勝利を告げるアナウンスが私の耳に届いたところで、私の目の前は真っ暗になった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 カウンターを狙っていたのか?

 いいや、正直に言うとたまたまだ。

 全てを賭けて放った聖剣を逸らされたせいで、ただでさえ後の事を考えていなかった私は見事に体勢を崩して一回転してしまったんだ。

 そう、あの胴回し回転蹴りは偶然そうなっただけで狙ったわけじゃない。

 

 ああ、神風を蹴り飛ばした私自身、どうしてそうなったのか理解できなかった。

 私の勝利を告げるアナウンスを聞いても、緊急脱出装置の上で気を失っている神風を見ても、私には勝利の実感が湧かなかった。

 何せ、聖剣を破壊された時点で私は負けていたんだからな。在り来たりな言い方をすれば、試合に勝って勝負に負けた。と言うヤツさ。

 

 だが、その時の私にはそんな事など理解できず、哨戒艇に回収されてから工廠に戻るまでずっと審判が判定を間違えたんだと思っていた。

 どうして私が勝った事になっている?勝ったのは神風じゃないのか?私はどうやって彼女に勝ったんだ?って感じでな。

 

 そして工廠に戻ってから、私は余計に混乱する羽目になった。

 ああ、工廠に祖父がいたんだ。

 今にも泣き出しそうな顔で私を迎えてくれた祖父を見た途端、ただでさえ混乱していた私はその場にへたり込んで泣き出してしまった。

 

 そんな泣きじゃくる私を、祖父は優しく抱きしめて落ち着くまでずっと頭を撫で続けてくれたよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 磯風へのインタビューより。



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第百十六話 海の中からこんにちはー!ゴーヤだよ!

 

 

 

 

 

 ま~いにーちま~いにーち ゴ~ヤはオリョールの~

 な~みにも~まれーて……。

 

 嫌になってましたねぇ……。

 定期的な休息は与えられてましたが、基本的に一度海に出たら一週間は泊地に戻りませんでした。

 

 オリョールの女神?

 そんな異名がつけられてるなんて、あの試合に出るまで知りませんでしたよ。

 

 私が当時やってた事と言えば、海中に潜んで敵の目を掻い潜り、見つかった時は魚雷を巻いて文字通り煙に巻いてまた息を潜める。その繰り返しでちた。

 

 何か変な事言いました?え?でち?

 あ~……それ当時の語尾です。今でも油断するとたまに出ちゃうんですよ。

 

 当時の私は、ひたすらオリョールを徘徊する自分を『丁稚(でっち)』と卑下していましたから。

 

 

 ~戦後回想録~

 巡潜乙型改二 3番艦 潜水空母 伊58へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 『それでは気を取り直して第二試合!伊58対U511。始め!』

 

 神風が演じてくれた修羅場のせいで静まり返った観客席を、青葉が解説の漣とのトークでなんとか盛り上げ直してくれたことで始められた第二試合。

 この試合を組んだ当の桜子さんはどこかに行ったままだけど、見なくてもいいのかしら。

 

 「一時はどうなるかと思ったけど、あの二人のおかげで何とかなったわね」

 「あら、円満はそれも考えて、漣を解説に抜擢したんじゃないの?」

 「まあ、ね。でもまさか、神風があそこまでするとは考えてなかったわ。辰見さんがフォローしてくれてなかったらどうなってたことやら……」

 「私はゲスト達に脚技の解説をしただけよ。それ以外は何もしてないわよ?」

 

 いや、それが十分すぎる助けになった。

 神風と磯風の試合は民間人にウケが悪く、それの対応に追われていた私に代わって、観客席とは別に各提督とその秘書艦、更に海外からのゲスト用に設置した観覧席で、澪と一緒にゲスト達に解説の漣では出来ない玄人用の解説をする事で私が民間人の対応に専念できるようにしてくれたのよ。

 

 「でも、解説してて意外だったわ」

 「何が?」

 「あの二人の試合、特に神風の戦い方がゲスト達にウケたのよ。ウォースパイトなんか、ストレートに神風を寄越せなんて言ってきたっけ」

 「ウォースパイトが?彼女は戦艦でしょう?」

 

 その彼女が神風を欲しがった?

 確かに神風は、()()として見た場合上から数えた方が早いくらい強いし実戦経験も多い方。

 でも()()として見た場合、あの子ほど使いにくい艦娘はいない。そもそも性能が低いしね。

 それにあの子は、桜子さんのように命令違反をしたりしないけど()()()()()()で、かつ必要とあらば何でもする。

 それは、さっきの試合で確信した。

 あの子はやっぱり、良くも悪く『神風』なんだと再確認したわ。

 そんなあの子を、どうしてウォースパイトが欲しがったのかしら。

 

 「円満が疑問に思うのもわかる。で、その答えなんだけど、彼女の代わりに金剛が教えてくれたわ」

 「金剛が?あ、そう言えば霞から、金剛とウォースパイトが昔馴染みって話を聞いたわね……。それで、金剛は何て?」

 「金剛は神風を欲しがるウォースパイトに聞こえないようにこう言ったわ。曰く「あの駆逐艦、コイツにソックリです」ってね」

 「ソックリ……か」

 

 ウォースパイトの戦いぶりは噂レベルでなら聞いている。

 彼女は常に先頭に立ち、どれだけ傷だらけになろうとも戦うことを止めない。それこそ、停戦の命令があるまでね。そんななりふり構わないような戦い方がソックリなのかしら。

 いや、違う気がする。

 霞は、金剛とウォースパイトが直接会うのは十数年ぶりだとも言っていた。ならば戦い方じゃない。

 もっと根本的な。そう、生き方がソックリなんだわ。

 だから、手元に置きたくなったのね。

 

 「当然だけど、やんわりとお断りしておいたわ。マズかった?」

 「いいえ、それで良いわ」

 「スパイを送り込む絶好の機会だったのに?」

 「辰見さん、それ本気で言ってる?」

 「まさか。桜子を敵に回したら死ぬだけじゃ済まないじゃない」

 

 そう、だから神風をスパイとして英国に送り込み、それによって得られる有意義な情報をザッと算出した結果、私はその案をボツにした。

 理由は辰見さんが今言った通りよ。

 神風を利用して桜子さんの不興を買うくらいなら、現状維持に徹する方が得策。

 極端な言い方をすれば、桜子さんを相手に喧嘩をするより、他国を相手に戦争した方がはるかに気軽なのよ。

 あの人は敵と認識したモノなら、個人だろうと国家だろうと関係ないんだから。

 

 「それよりも今は、今からの試合が先の試合みたいにならないことを祈りましょう。と言っても、どんな試合になるか想像もつかないけど」

 「円満は潜水艦がどんな戦い方をするか知らないの?」

 「そう言う辰見さんは?」

 「私も知らないわ。だって私や円満みたいに駆逐艦や軽巡だった者からすれば、潜水艦は装備さえしっかり整えていれば恐れる必要のない相手だったじゃない」

 「確かにそうね。でも逆に言えば、何の警戒もしてない時は脅威だった」

 

 辰見さんが言ったように装備を整え、()()()()潜水艦を相手にする事を想定して動いていれば取るに足らない相手だわ。

 でも、実戦ではそうはいかない。元駆逐艦の身から言わせてもらえば、潜水艦は本当に厄介な相手よ。

 アイツらは警戒してない時に限って出てくるし、そういう時は対潜装備を積んでない事が殆どだからまともに対抗出来やしない。

 そのせいで沈んだ駆逐艦はかなりの数に上るわ。

 

 「その潜水艦同士の戦いは私も興味あったんだけど……。これ、マズくない?」

 「マズいわね。対戦者に直接カメラを持たせたけど視界悪すぎ。10m先も見えないじゃない」

 

 鎮守府近海だからこの程度で済んでるのか、それとも近海だからこんなに視界が悪いのかはわからないけど、潜水艦はこんな環境で戦ってるのか。しかも、何日も連続で。

 

 「潜水艦になる子は適性以外にも特殊な才能が要る。アレはこういうことなのね」

 

 

ーーーーーーー

 

 

 カメラを艤装に装備されたときは、何の意味があるんだろうって心底不思議に思いました。

 実際、まともに撮影出来てなかったでしょ?

 

 はい、私たち潜水艦は視界になんて頼りません。

 ただでさえ視界の悪い水中で敵を視認するなん、余程接近しない限り不可能ですからね。

 しかも数日間潜りっぱなしなのは普通で、それ故に潜水艦には特殊な才能が求められます。

 まあ特殊な才能とは言っても、水上艦の人達からしたら「そんな事か」と一笑されるような事なんですが、簡単に言うと暗闇の中で孤独に堪え、自分を見失わない才能です。

 極端な言い方をすれば『ぼっち』でも平気、ちょっと気取った言い方をすれば究極のソリストだけが潜水艦になれたんです。

 

 でも潜水艦は人懐っこい人が多かったじゃないか?

 それは()()反動ですよ。

 何日も何日も海の中で過ごすために、陸に居るときは全力で人肌を求めるんです。伊19なんかはそれが行き過ぎて『泳ぐ18禁』なんて呼ばれてました。

 

 話を戻しましょうか。

 ご存知の通り潜水艦は水中を移動します。

 水中ではレーダーは使えませんから、潜水艦は音波を使って敵を探知するソナーで索敵します。

 ですので、潜水艦にとって目なんて飾りなんですよ。偉い人にはわからなかったみたいですけどね。

 

 詳しい説明は割愛しますが、ソナーには2種類あって敵の艦艇が出す音を拾うパッシブソナーと、自ら音を出して敵艦から跳ね返ってくる音を聴くアクティブソナーがあります。

 

 パッシブソナーはこちらが聞き耳を澄ましている事を敵に気づかれることがないのがメリットですが、敵が停止していたりすると発見し難いですし、そもそも方位しかわからず距離が正確に分かりません。

 

 そこでアクティブソナーの出番です。

 コレは敵から返ってきた音を聴くので敵の方位、位置を完全に割り出せます。

 まあその代わり、こちらの方位を知せてしまうデメリットがあります。

 リスクの高いソナーなのですが使用方法としてはパッシブソナーで探知した敵を手っ取り早く攻撃する際に使います。

 

 水上艦の人達が先制雷撃と呼んでいるのはコレの事です。私たち潜水艦は、敵艦を先に発見して雷撃し、爆雷を投下される前に逃げるを心掛けてたんですよ。

 

 相手が水上艦の場合は先に言った方法で良いんですが、相手が潜水艦の場合は勝手が違ってきます。

 低速な艦載機同士の戦いと例えれば良いのでしょうか。

 ええそうです、潜水艦同士の戦いは横だけでなく縦の動きが加わるんです。

 

 

 ~戦後回想録~

 巡潜乙型改二 3番艦 潜水空母 伊58へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 潜水艦娘は水上艦娘に比べて『脚』が大きい。いや、『脚』と呼ぶのは正確じゃないわね。

 水上艦娘と違って潜水艦娘の『脚』は『装甲』とイコール。実際の潜水艦のような形の力場に包まれ、水中を泳ぐように移動する子がほとんどよ。

 

 「伊58は椅子型だけどね」

 「ふぅん、随分と詳しいじゃない」

 「これでも横須賀鎮守府の提督よ?艦娘のカタログスペックは全部覚えてるし、艦種毎の特徴だって把握してるわ」

 「でも、潜水艦の戦い方は知らないんでしょ?」

 「知識としては識ってるわ。だから実際にこの目で見れるこの試合は楽しみにしてたんだけど……」

 「動かないわね」

 「ええ、ソナーの索敵範囲を考えれば、双方とも敵の位置なんてとっくに掴んでるでしょうに」

 

 なのに動かない。いや、動いていないように見えるが正しいのかしら。

 試合開始からすでに10分以上経ってるのに、伊58だけでなくU-511の方も細かく動いてるんだろうけど仕掛ける気配がない。

 観客席の方は青葉と漣が漫才じみたトークで保たせてくれてるけど、こっちは動きがなさ過ぎる事に苛立ってるゲストまでいるわ。

 

 「Admiral、無線を使わせて貰って良いかしら」

 「一応お聞きしますが、何のためにですか?ビスマルク」

 「U-511に指示を出すのよ。このまま何もしないんじゃ、我が国の沽券にも関わるわ。まさか、ダメとは言わないわよね?」

 「ええ、構いませんよ。貴女がそう言い出さなければ、私から伊58に指示を出していましたから」

 

 苛立っているゲストの筆頭であるビスマルク。

 彼女は独国からのゲストで、世界中を見ても珍しい、いえ、唯一の艦娘兼提督よ。

 その事を最初聞いたときは冗談かと思ってたけど、歓迎会の時に見た妖精さんからの好かれっぷりを目の当たりにして本当だとわかった。あの好かれ方は艦娘ではなく、提督のソレだったもの。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 ビスマルク姉さんは凄くせっかちで、プライドが高い人なんです。

 あの試合の時だって、ろーちゃんとでっちはアクティブソナーの音波を互いにぶつけて相殺し合って、お互いの位置を探り探られってしてたのに、ビスマルク姉さんのせいでおじゃんになっちゃいました。

 

 そうです!

 無線とは言え、あんな大声で怒鳴られたからろーちゃんの位置はでっちにバレちゃったんですって!

 

 え?今でも自分の事をろーちゃんって呼んでるの?ですって?

 いや、だってろーちゃんはろーちゃんですし。むしろ、ユーちゃんだった頃の方が違和感ありましたよ。

 

 わかったから話を戻せ?

 それからはでっちの独壇場でした。

 はい、潜水艦同士の戦闘では基本的に、先に正確な位置を割り出された方が負けるんです。

 ろーちゃんも必死にでっちの位置を割り出そうとしたんですけど、さっき言った方法で邪魔されて、結局最後まででっちを捕捉できませんでした。

 

 そうです。

 最後のあの時です。ろーちゃんの真下からアップ90度ででっちが急速浮上した時ですって!

 

 え?最後のアレだけは派手だから良かった?

 えっと……青木さん、あれ本当はやっちゃダメですよね?ダメ、ですよね?ねぇ?ねぇ!

 

 

 ~戦後回想録~

 元呂号潜水艦 呂500へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 『何してるのU-511!JapanのU-Bootなんかサッサと片付けちゃいなさい!』

 

 索敵に時間をかけすぎた。

 あんまり時間をかけるとビスマルク姉さんが焦れて無線を寄越すくらい想像出来てたのに、ユーはアクティブソナーの撃ち合いが面白くてその事を失念してました。

 

 「ユーの負け?いや、まだ逆転できる。魚雷の発射音から距離を……」

 

 そう、先に位置を把握されたかって諦めちゃダメ。

 パッシブソナーである程度の方位は掴んでるし、魚雷の発射音から距離も特定出来る。逆転する方法なんていろいろあるんです。いろいろ。

 

 「魚雷発射音確認。方位3-0-0。深度60。距離800」

 

 その場所に居ない事はもちろんわかってる。

 わざわざ自分が居る場所を知らせてそこに留まるなんて真似は深海棲艦でもしません。

 せめて発射音ではなく、魚雷発射菅への注水音が捉えられればもっと早く行動できるのに……。

 

 「相変わらずユーのアクティブソナーを相殺してくる。注水音を捉えるのは不可能と判断。ならユーは……」

 

 待つしかない。

 と、一発目の魚雷が通り過ぎて行くのを、左目の端に捉えながら決めました。

 せめてもう一発撃ってくれれば、どういう針路を取っているかある程度予想が……。

 

 「嘘……!真っ直ぐ!?」

 

 相手は針路を変えていない。

 最初の発射位置から方位は変えず、距離と深度を縮めてきてる。つまり、ユーに向かって突っ込んできてる!

 

 「だったら……!」

 

 魚雷発射菅一番と六番に注水、一番を方位3-6-0深度50に向けて発射。でも、これは躱されるはず。

 問題は、相手が上に避けるか下に避けるか。

 ユーが魚雷を発射したにも関わらず、相手は包囲を変えていませんから上か下かだけ気にしてれば良いはずです。

 バラストに注水なり排水なりする音を捉えて、その予測針路に六番を撃ち込みます!

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 ビスマルク姉さんやオイゲンさんとは同じ町の出身で家も近かったです。はい、所謂幼馴染みってやつでした。

 

 あの日も、ろーちゃんたちは一緒に居ました。

 ろーちゃんたちの町が燃やされて、お昼なのに空が真っ黒に染まった日も……。

 

 その日以来、ろーちゃんは色が見えなくなりました。

 どこに行っても、どれだけ晴れていても、ろーちゃんの目に映る景色はずーっと灰色のままだったんですって。

 

 だから、潜水艦になる事を選んだんです。

 陸に居ると、色が見えない事実を嫌でも突きつけられるでしょう?

 でも、海の中に居るときは気にならなかったんです。

 だって、真っ暗な海の底なら、色が見えなくても悲しくなりませんでしたから。

 

 はい、ろーちゃんは海に引き籠もってたんです。

 そんなろーちゃんを、でっちは海の底から連れ出してくれました。

 でっちは「そんな事をしたつもりはないでち」って言ってたけど、ろーちゃんに色を戻してくれたのは間違いなくでっちなんです。

 

 ろーちゃんを海の底から連れ出してくれたでっちは、今でもろーちゃんにとっては女神さまなんですって♪

 

 

 ~戦後回想録~

 元呂号潜水艦 呂500へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 気に食わない。

 待機室で見た時から、ゴーヤは相手の潜水艦が気に食わなくてしかたありませんでちた。

 別に何かされたとか言われたとかじゃないのでちが、あの青白い生気のない顔と、何かを諦めているかのように達観した目を見たら、何故か無性にぶん殴りたくなったんでち。

 

 『嘘……!真っ直ぐ!?』

 

 ええ真っ直ぐでち。

 ゴーヤは今、下方斜め四十五度位の角度でアンタに向かって潜行してるでち。

 

 『だったら……!』

 

 魚雷発射菅に注水音。それが二つ。

 一発目はゴーヤに向けて真っ直ぐに、それを避ける方向を確認して二発目を撃つつもりでちね。

 まったく、独国の潜水艦は随分と温い戦いばかりをしてきたんでちね。

 この伊58が、真正面から来るとわかっている魚雷を大袈裟に避けるわけがないでち!

 

 『う、嘘!どうやって避けたの!?いや、魚雷の方が避けた!?』

 

 針路を変えずに魚雷を避けたのがそんなに不思議でちか?まあ、気持ちはわからなくもないでち。

 潜水艦が()()()()()()するなんて普通は考えませんから。

 でも実艦ならともかく、潜水艦の形をした装甲に包まれている()()の艦娘なら話は別でち。

 ゴーヤの場合でも全長は2m程度なんでちから、当然水の抵抗は実艦とは比べるまでもなく小さいでち。

 故にバレルロールも余裕でち。それによって生じた海流で魚雷を逸らす事も!

 

 『ユーは、負けません!』

 

 あっそ。

 国の威信とかなんとか、とにかく何かしらの理由があって負けられないんでちか?ゴーヤには別に勝たなきゃいけない理由なんてないでちから、別に勝ちを譲ってやっても良いんでちが……。

 でも、アンタみたいな引き籠もりに居座られるのは我慢ならないでち。

 だからゴーヤは負けてあげない。

 あの時と同じ空を見なくてもいいようにゴーヤは海中に居る事を選んだんでち。

 その私の戦場に、お前みたいな奴が居座ってるのがゴーヤには我慢できない。

 まずは手始めに、お前がが撃ってきた二発目を処理してやるでち。

 

 「魚雷、二番発射管に注水」

 

 狙いは相手ではなく魚雷。

 距離もまだ500mほどありますし、直撃させて爆発そのものを目眩ましにしてまた隠れさせてもらうでち。

 所謂『微塵隠れ』ってやつでちね。

 たしか、佐世保で『夜戦忍者』とか呼ばれてる軽巡洋艦の得意技でちたか。

 

 『ユーは負けない。ビスマルク姉さんやオイゲンさんと、もう一度青空を見るまで負けられないんだ!』

 

 青空?何かの比喩でちか?

 いや、もしかしたらコイツ、ゴーヤと同じ空を見たことがあるのかもしれないでち。

 曇り空でもないのに真っ暗な、死と絶望が渦巻いて真っ黒に染まったあの空を。

 だったら、青空が見たいって言うんなら一時でもゴーヤが見せてやるでち!

 お前が恋い焦がれる、澄み渡るような青空を!

 

 『そんな!ユーじゃなく魚雷を……!』

 

 魚雷の着弾を確認。同時にバラストへの注水開始。ダウン75度。急速潜行開始。奴の真下へ!

 

 『ど、どこに……!え?この音って……排水音!?真下から!?』

 

 バラスト緊急排水。完了。機関全回。急速浮上!さあ!お空へどっぼーんするでち!

 

 「はぁああん! とても……痛い……。こんな出鱈目な」

 

 ゴーヤと奴の装甲の接触面からギギギギと嫌な音が聞こえてくる。

 この手を使うのは久しぶりでちが、確かに出鱈目でちね。ゴーヤも出来れば使いたくない手でち。

 本気で勝ちたいと思った相手以外には……ね!

 

 「貴女……誰?」

 

 誰?とは失礼な奴でちね。

 そう言えばコイツ、待機室で会った時も哨戒艇で移動している間もゴーヤを見てなかったでちね。ずっと、空ばかり見てたでち。

 だったら名乗ってやるでち。

 お前を負かした相手の名前、しっかりと憶えておくんでちよ!

 

 「海の中からこんにちはー!ゴーヤだよ!」

 

 と、海面を突き破って空高く舞い上がったアイツをビシッと指差して、ゴーヤは高らかに名乗ってやったでち。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 でっちは違うって言うんだけど、ろーちゃんにはでっちが空を見ろって言ってるように見えたんですって。

 

 だって、でっちが指差してた方には真っ青な青空が広がってて、空に沈んでいくろーちゃんはまるで、空に包まれてるように思えたんだもん。

 

 その時に色盲が治ったのか?

 ううん、ちゃんとは治ってなかったです。

 鎮守府に戻って、でっちと別れた後はまた灰色の世界に戻っちゃっいましたって。でも、でっちと一緒に居る間だけは色が戻ったんですって。

 

 その事をビスマルク姉さんに話したら、オイゲンさんと一緒に横須賀鎮守府に居られるようにしてくれたんです。

 ビスマルク姉さんからしたら、自分が迂闊に無線を使った事でろーちゃんが負けたんだって妙な責任を感じたんでしょうけど、仮にろーちゃんが先にでっちを捕捉出来てたとしても負けてたのはろーちゃんだと思います。

 

 どうしてそう思うのか?

 簡単ですよ。

 海中に引き籠もる事しか考えたなかったろーちゃんと、陸に戻るために海中に潜り続けてたでっちじゃ役者が違いすぎます。

 

 でっちは、青い空を守るために暗い水底に居続ける事を選んだ、深海の女神さまだったんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元呂号潜水艦 呂500へのインタビューより。



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第百十七話 私たちの戦いはこれからだ!

 

 

 

 

 神風の嬢ちゃんとあの子が対戦すると聞いたときはお嬢を恨んだよ。なんて余計な事をしやがるんだ。ってな。

 嬢ちゃんがあの子を痛めつけている間は殺意まで湧いちまった。

 

 そんで、浜辺から観客席のモニターを眺めていたお嬢を見つけたからぶん殴ってやろうと近づいたんだが……。

 なんつうか、お嬢の泣きそうな面ぁ見たらその気が失せちまったのを覚えてる。

 

 大佐もそうなんだが、あの親子は目的を果たすためなら平気で自分を犠牲にするんだ。

 自分がどんだけ傷付いても、やると決めたらとことんやり通す。

 

 あの時だってそうだ。

 お嬢は神風の嬢ちゃんが傷だらけになっていく様に心を痛めながら、ワシがあの子と会う口実を作ってくれたんだよ。

 それがわかっちまったから、ワシは素直にあの子を抱きしめる事ができたんだろうな。

 

 

 ~戦後回想録~

 ワダツミ級艦娘運用母艦一番艦 ワダツミ。元艦長へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「知らない……いや、やめとこ」

 

 重たい瞼を開いて真っ先に見えた白い天井を見た途端に「知らない天井だ」って言いそうになった衝動を堪えた私は、不自然に動かない右半身とギブスでガッチガチに固められた左腕の痛み、更に妙に汗ばんだ身体の気持ち悪さに少しうめき声を上げならも、自分が今置かれている状況を整理することにした。

 

 「ここは……病院?なんで私、こんなところに……」

 

 記憶の最後にあるのは緊急脱出装置の発動を告げる警告音と、磯風の勝利を告げるアナウンス。

 と、言うことは、私は磯風に負けてここに運び込まれたと考えるのが自然ね。

 

 「そっか。私、負けちゃったんだ……」

 

 試合に負けたんだと頭が理解しても、不思議と悔しさが込み上げてこない。代わりに私の胸中を支配しているのは罪悪感。

 神風の名を受け継いでおきながら、不様に敗北した事が申し訳なくて仕方がない。

 出来る事なら今すぐ先輩に土下座して、先輩の気が済むまで罵倒して貰いたいくらいよ。

 

 「目が覚めたのか?」

 

 聞き覚えのある声がした左の方を向いてみると、鼻にガーゼを貼り付けた磯風がベッドに横になって私と同じように顔だけ向けていた。

 寄りにも寄って同じ部屋とは……。

 勝者と敗者につら突き合わさせて何を話せって言うのよ。互いの健闘を讃え合え、とでも言う気?

 

 「本当はまともに動けるようになってから言うつもりだったんだが……」

 「何を?やっぱり神風程度では私の相手にならなかっただろう?とか言うつもり?」

 「こんな寝たきりの状態で勝ち誇るほど傲慢じゃないさ。その、お礼が言いたくて……」

 「お礼?」

 

 まさかこの場でお礼参り?

 そりゃあアンタからしたら試合に勝ったとは言え、格下の私相手に泥仕合を演じた格好になったんだから仕返しをしたいという気持ちは理解できなくもない。

 出来なくもないけど、今できるの?

 見た感じ、アンタもベッドから起き上がれないように見えるんだけど……。

 

 「お前のおかげで、私はお爺ちゃんに会えたし、自分が天狗になっていたことにも気付けた。だから……ありがとう」

 「あ~……なるほど。うん、言いたい事はわかった」

 

 忘れてた……。

 そもそも私は、天狗になってた磯風の鼻をへし折り、かつ艦長さんが思わず駆け寄りたくなる程度に痛めつけるために、先輩の奸計によってコイツの相手に宛がわれたんだった。

 

 「じゃあ、艦長さんに自分が孫だって打ち明けたのね?」

 「ああ、試合の後工廠で……って、知っていたのか?」

 「アンタの身内が試合を見に来てるって程度はね。アンタが試合中にお爺ちゃん云々って言わなきゃ、相手が艦長さんだとは気付かなかったわ」

 

 あ~でも、私って艦長さんの孫娘を公衆の面前でボコったのよね?うわぁ~……今度から艦長さんとどんな顔して会えばいいのかしら。

 あの人って見た目は絵に描いたような頑固ジジイだけど、会う度にお菓子とかくれるから嫌いじゃなかったんだけどなぁ……。

 

 『重いから少し持て~!?だから買いすぎだって言ったじゃない!病室で店開く気かクソジジイ!』

 『これでも少ねぇくらいだ馬鹿野郎!可愛い孫が退屈しないようにって心遣いがお嬢にはわかんねぇのか!』

 『いやいやいやいや!こんだけ甘い物ばっかし食わせたらいくら艦娘でも太るからね?だいたい、高速修復材使ってんだからが明日には退院でしょうが!』

 

 徐々に大きくなってるこの聞き覚えのある騒がしい声。そしてやり取り。

 間違いなく、先輩と艦長さんがこの病室に近づいてるんだわ。しかも会話から察するに、大の男が根を上げるくらい大量のお菓子を持って。

 

 「神風起きてる~?起きてるよね~?起きてなくても入るわよ~」

 

 寝てるかもしれないのに、一応はノックして入り口をガラガラと遠慮なく開いて入って来たのはやっぱり先輩と艦長さんだった。

 しかも両手に一杯どころか、お菓子が入っていると思われるダンボール箱を三つも荷台に載せて。

 あんな量を磯風に食べさせようだなんて、まともな人だって思ってたのに艦長さんもやっぱり奇兵隊の人なのね……。

 

 「お、神風の嬢ちゃんも起きてたか」

 「はい……ご無沙汰してます」

 

 さて、どんな顔して会えばいいかわからないまま会っちゃったけどどうしよう。

 「貴方のお孫さんをボコってごめんなさい」って謝った方が良い?それとも「貴方の捻くれた孫を真っ直ぐ矯正してあげたんだから感謝してよね!」って開き直るべきかしら。

 

 「嬢ちゃんも一緒に食べるといい。それと……ありがとよ」

 「どうしてお礼なんか言うんですか?私は艦長さんの……」

 「そりゃあわかってるし、嬢ちゃんが孫の鼻をへし折ったときは本気で殴りたくなったさ。でもまあ、お嬢の策略にまんまとハマっちまったのか、怪我した孫の所に行かずにゃおれんくなった」

 

 だから、せめて礼だけは言わせてくれ。

 って言って、艦長さんは照れ臭そうに煙草を懐から取りだして火を付けようとした。

 まあ、すぐさま先輩に「病室で煙草を吸うなクソジジイ!」って怒られたけどね。

 そのせいで、艦長さんに恨まれると心配してたのが嘘みたいに、私は安心しきっちゃったわ。

 

 「ところで神風。島風はどこ行ったの?」

 「島風ですか?さあ、私が起きたときには居ませんでしたが……って言うか来てたんですか?」

 

 先輩が言うには、私が病室に運ばれるのに着いて島風も病室に来たらしい。

 だから先輩は島風に、私と磯風を見ているよう頼んで艦長さんと買い物に出たらしいわ。

 

 「島風なら神風の隣に居るぞ?」

 「は?隣?隣には誰も……」

 

 磯風に言われて右隣に顔を向けてみたら、掛け布団から島風が顔を覗かせて私を見ていた。

 なるほど。

 右半身が動かなかったのは怪我のせいだと思ってたけど、実際は島風がしがみついていたから動かなかったのか。

 

 「あのさあ、神風。アンタらの仲をつべこべ言うつもりはないけど、せめて時間と場所はわきまえなさいよ」

 「ち、違う!私さっきまで寝てましたからね!?島風が隣にいたのにも今気付いたんですよ!?」

 

 いや、「ホントに?」とか磯風に確認してますが本当ですから。

 って言うか島風も弁解しなさいよ。このままじゃアンタ、私を睡姦した罪に問われちゃうわよ?私ごと!

 疑わしきは徹底的に調べ上げた上で罰する。それが桜子先輩なんだから!

 

 「そ、その……。神風は何もしていなかったが、小刻みにビクビクしながら喘ぎ声を……」

 「うぉい!磯風!出鱈目言うんじゃないわよ!」

 「本当だ!島風がお前に何をしていたのかは布団に隠れていたのでわからなかったが……。と言うか、寝ていた私を叩き起こしたのはお前の喘ぎ声なんだぞ!?」

 

 なん……だと?

 私が喘いでいた?なんで?いや、考えるまでもない。

 寝汗とは思えないほどの量の汗で濡れた病院着と、一瞬おねしょを疑うくらいに濡れていた股ぐら、更に隣で「我慢出来なくて……」とか言ってる島風を見れば馬鹿でもわかる。

 コイツ、私が寝てる間にヤりたい放題したわね!?

 

 「まあ良いじゃねぇかお嬢。艦娘同士のナニは日常茶飯事だろ?」

 「私が良くない!」

 「え?良くなかった?」

 「話がややこしくなるからアンタは黙ってなさい!」

 

 この状況は非常にマズい。

 このままじゃ私、身に覚えも無いのにレズ認定されちゃう。なんとか誤魔化さないと……ん?外から聞こえてくるこの声ってもしかして。

 

 「先輩、今から第三試合なんですか?」

 「ああ、そうみたいね。青葉がアナウンスしてるわ。でも今は長門の試合なんてどうでも……」

 

 やっぱり試合開始を告げるアナウンスだったか。

 だったらこの機に話題を逸らし、私にとっての大不祥事を有耶無耶にしてやる。

 

 「良くないです!見ましょう!病室にもテレビくらいあるでしょう!?」

 「いやあるけど……。アンタ、戦艦同士の撃ち合いに興味あるの?」

 

 正直言うと全く興味ありません。 

 でも、今は利用させてもらいます。私がレズの汚名を被るのを阻止するために!

 

 「そりゃありますよ!ね!島風もあるよね!」

 「ん~、私は別に……」

 「あ・る・よ・ね~?」

 「お、おう!?ある!あります!」

 

 よし!相も変わらず私の隣から離れようとしない島風も、私の必死の説得(殺気付き)によって快諾してくれたわ。あとは磯風あたりが見たいと言えば……。

 

 「もちろん磯風も見るよね!いや、見ろ!」

 「あ、ああ、そうしよう……かな?」

 

 さすが磯風。

 アンタなら、私が心を込めてお願いすれば見たいと言ってくれるって信じてたわ。

 

 「はぁ、しょうがないわねぇ」

 

 よし!よし!

 先輩も五人中三人が見るって言ったら、渋々ながらもベッドの脇に設置してあるテレビをつけてくれたわ。

 それとほぼ同時に、窓ガラスが割れそうなほどの轟音が室内に響いた。

 まさか、今のは砲撃音?

 試合会場から軽く10kmは離れてるはずなのに!?

 

 「先輩!今のって!」

 「長門かネルソンの砲撃でしょ?って、コイツら……何してんの?」

 「何って……え?ホントに……」

 

 何してるかわからなかった。

 先輩に促されるように視線を移したテレビの中で、長門さんとネルソンさんは両の手の平をガッチリと組ませてたわ。

 まるで、力比べでもしているかのように。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 長門ってさ、小学校の先生やってたくらいだから学は有るのよ。但し、馬鹿なの。

 

 アンタだってあの試合を見たでしょう?

 アイツったら何を思ったのか、初手で全力射撃した後はひたすらネルソンとプロレスしてたじゃない。

 まあ、それに付き合ったネルソンも同レベルの馬鹿だとは思うけどね。

 

 え?司会的には助かった?

 あ~、そう言えば第一試合と第二試合のせいで観客席は冷えっ冷えだったんだっけ。

 

 はぁ?長門はそれを察して、ネルソンにプロレスを仕掛けたんじゃないかって?

 

 ないない。

 昔の長門ならそれも有り得たんでしょうけど、あの頃の長門は脳筋が極まりすぎて本能だけで動いてたって言っても過言じゃなかったのよ?

 そんな長門が、観客席を盛り上げるためにプロレスしたなんて私には思えないわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長。神藤桜子大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 『何と言う凄まじい轟音!長門、ネルソン両艦娘の一斉射撃の砲撃が観客席まで震わせました!どうですか?解説の漣さん!』

 『正に戦艦の真髄を見た!と言った感じですね!耳の奥が痒いです!」

 

 痒くても指を突っ込んで掻くんじゃないぞ。

 っと、それはどうでも良いな。

 今はそれよりも、初手から全力射撃をするなんて戦法が被った事の方が問題だ。いや、それすらも問題ではないな。

 真に問題なのは、私の『一斉射かッ…胸が熱いな!』よりも、奴の『ネルソンタッチ』の方が格好良かったことだ!なんなんだあの艤装は!艤装が変形するなんて反則だろう!

 

 『ふん、貴様の一斉射は随分と地味だな。だが、威力は大した物だ。さすがは余と同じBig sevenの一角。そこは素直に賞賛しよう』

 「お褒めに預かり光栄だ。貴公の一斉射は見た目も威力も素晴らしい。そこは素直に認めよう」

 

 実際は腸が煮えくりかえってるがな。

 悔しかったのは威力で勝てなかったことじゃない、あの見た目だ!解説の漣が言った「ダイガンザンみたい」なあの砲撃形態だ!

 同じビッグセブンなのに、どうして私の艤装は変形しないんだ!変形さえすれば、その手のアニメが好きな駆逐艦たちから好かれるかもしれないのに!

 

 『このまま互いに撃ち合っても、試合の結果は知れているな』

 「ああ、私と貴様の練度はほぼ互角、射撃精度も似た寄ったり。千日手は確実だ」

 

 私とネルソンはゆっくりと互いの距離を詰めた。真っ直ぐ、砲撃すらせずにだ。

 艦娘としての性能で決着がつかないと悟るや、私と同じ考えに至った貴公には妙なシンパシーを感じるよ。

 

 「「ならば……」」

 

 互いの距離は僅か30cm。

 私とネルソンは打ち合わせもしていないのに機関のみ残して艤装をパージ、同時に円の頂点が真後ろに行くよう『脚』を扇状に変形させ、二つを合わせて半径4m程の即席のリングを作り出した。

 そう、艦娘として決着がつかないのなら、個人の力量で決着をつけるしかない。つまり!

 

 「「力比べだ!」」

 

 それを合図に、私とネルソンはガッチリと互いの両手を組み合わせた。

 組み合ってわかったが、此奴も相当鍛えている。

 横須賀で並ぶ者無しと謳われる力自慢の私と互角に押し合うのだからな。

 

 『え~っと、解説の漣さん。これはいったい……』

 『プロレスktkr!これは鎮守府初、いや世界初と言っても過言じゃない、艦娘同士のプロレスですよ!』

 

 プロレスは大袈裟だな。

 私はプロレス技はおろか格闘技の心得自体が無い。まあそれでも、力任せに殴るのとバックドロップ程度なら出来るし、知識としては識っているがな。

 だが艦娘同士、しかも戦艦同士が海上でプロレスのような組技や投げ技がメインの格闘技を行うことは不可能に近い。

 『水切り』が使える駆逐艦や軽巡洋艦ならまだしも、戦艦ではお互いがプロレスをする事を了承して協力し合わなければ無理だ。それ以外の場合では『脚』の操作に数秒から十数秒を要する戦艦では単純な押し合いが精々だな。

 

 「長門よ。このまま、どちらかがラインアウトするまで押し合うか?」

 「ここは試合場のほぼ中央だぞ?現実的ではないな」

 「ならばどうする?このままでは会場がまた冷め切ってしまう」

 「そうだな。ならば、派手にやるとするか!」

 

 私はわざと力を緩め、引きよされるままにネルソンの腰にしがみついた。

 対するネルソンは、私が何をしようとしたのかを瞬時に察して四股を踏み、私に覆い被さるように私の機関に組み付いた。

 

 「させると思うか!」

 「思わないさ。だが、それで良い!さあ投げろ!ネルソン!」

 「な!?貴様!私に八百長試合をしろと言うのか!」

 「八百長だと?それは聞こえが悪いな。先ほどの漣の言葉を借りるならこれはプロレスだ。英国ではどうだか知らんが、日本においてプロレスはエンターテイメントショーの意味合いもあるんだよ」

 

 だから、これから私と貴公が演じるのはショーだ。勝敗など関係ない。ただただ観客を盛り上げるだけのエンターテイメント。

 だが、もちろん手加減はしない。私は全力で道化を演じてやる!

 

 「なるほど、貴様の覚悟はわかった。ならば余も、Big sevenの一角として貴様に付き合ってやる!」

 

 私の機関を掴むネルソンの腕に力がこもったのを確認した私は、ネルソンの腰に回していた腕の力を緩めた。

 するとネルソンは私の頭が下を向くように持ち上げ、そのまま尻餅をつくように私の頭を海面に突き立てた。

 所謂、ゴッチ式パイルドライバーと言う奴だ。

 

 「ふぅん!」

 「ごふぉ……!」

 

 海面から頭を引き抜いて(もちろんダメージはほぼ0)起き上がった私の首に、ネルソンが間髪入れずにラリアットを叩き込んできた。

 さすがにこれは痛いな。いや、痛いと言うより苦しいか。一瞬息が止まったぞ。

 だが、海面に背中から倒れた私を通り過ぎた奴の背中はガラ空き。ああ、わかっているさ。次は私に投げろと言ってるんだろう?

 

 「一応言っておく。痛いぞ」

 「望むところだ。やれ!長門!」

 「おおおぉぉぉぉぉう!」

 

 ネルソンの機関に後ろから組み付いた私はブリッジの要領で力の限り持ち上げ、そのまま自分の『脚』の上に叩きつけた。

 そう、私が唯一出来るプロレス技。バックドロップだ。

 

 「楽しい。楽しいなぁ。なあ!長門よ!」

 「同感だ。さあ立てネルソン。もっと楽しもうじゃないか。私たちの戦いはまだ始まったばかりだぞ」

 「ああ、どちらかが倒れるまで続けよう!」

 

 さっきも言ったが、私とネルソンは別に打ち合わせなんてしていない。

 だがこの時、私とネルソンは言葉ではなく肉体言語で解り合っていた。

 だから私もネルソンも自然とタイミングを合わせて、同時に試合再開のゴングを鳴らした。

 

 「「私たちの戦いはこれからだ!」」

 

 と、高らかに叫んでな。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 プロレスのルールには今だに詳しくないので、あの時の試合がどうしてネルソンさんの勝ちで終わったのかはわからないままです。

 でも確かに、先の二試合の盛り下がりが嘘のように観客席は興奮の坩堝に包まれていました。

 はい、一緒に見ていたおか……大和さんは「何やってるんだか……」と呆れていましたが、私は観客の皆さんと一緒になって「おーー!」とか言ってました。

 

 え?長門さんの事を毛嫌いしてなかったか。ですか?

 確かに部屋の天井一面に私の写真を貼り付けていた事や、隙あらば私を部屋に連れ込もうとする長門さんは苦手でしたが、別に毛嫌いと言う程嫌ってはいませんでした。

 

 何と言いますか、嫌いきれなかったんです。

 皆さんは長門さんが性的な目的で私に近づいてると仰っていましたが、あの人は私に話し掛ける際、必ず「元気そうだな」と言うんです。

 

 その時の長門さんの顔は心の底から安堵しているようで、まるで学校の先生みたいに思えたからかもしれません。

 

 はい、母親ではなく先生です。

 母の怒った顔しか見たことがなかったせいもあるのでしょうが、私が元気かどうかを確かめてくる長門さんが、艦娘になる前に通っていた小学校の先生と重なって見えたんです。

 

 もっとも、すぐにニヘラと笑って私を攫おうとしてましたけど……。

 でも、苦手なのは変わっていませんが、長門さんには本当に感謝してるんです。

 

 だって、私が今こうして暮らしていられるのは、他ならぬ長門さんのおかげなんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。



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第百十八話 羨ましいくらいのおバカさんです

間違えて百九話を先に投稿しちゃいました(つд`)
と言うわけで、遅ればせながら百八話も投稿します。


 

 大淀式砲撃術って知ってる?

 ええ、お姉ちゃんが阿賀野さんとの試合で披露したアレよ。

 アレって、その一の『蜂落とし』とその二の『斫り』、そしてその三の『流れ星』はべつに出鱈目って呼べるほど特殊なモノじゃ……え?何?射撃精度が十分出鱈目?

 ん~……そう言われてみればそうかも。

 『蜂落とし』は防空駆逐艦が白目剥くような対空性能だし、『斫り』なんて重巡棲姫を一撃で仕留めちゃうくらいだしね。

 そう考えると『流れ星』もか。

 

 でも、後半の三つは先の三つとは別物と言って良いわ。アレは砲撃術に分類されてるけど、正確には砲弾を媒介とした力場操作術よ。

 

 青木さんだって、お姉ちゃんが砲撃を()()()()に変えて阿賀野さんを攻撃したのを見たでしょう?

 私も『蜂落とし』を教えてもらった時にその五まで見せてもらったんだけど、さすがに出鱈目過ぎて呆れるしか出来なかったのを憶えてる。

 

 その六は見たことなかったのか?

 ええ、その六を見たのはあの試合の時が初めてよ。って言うか、その六はその時まで存在してなかったの。

 

 そう、大淀式砲撃術その六はあの試合中に完成したのよ。もし、お姉ちゃんと阿賀野さんの試合が組まれてなかったら、その六は完成どころか思い付きもしてなかったんじゃないかな。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 私は大淀の事が嫌いです。

 その気持ちは、かつての記憶を思い出した今でも変わっていません。

 さすがに弟の仇だ。と言って命を狙うことはしなくなりましたが、それでも彼女を嫌う気持ちは萎えません。むしろ大きくなってるくらいです。

 いや、今最もその気持ちが大きくなっているかも知れません。

 何故なら……。

 

 「せ、先輩、それに大和さん……。腕が……」

 「朝潮ちゃんが痛いと言ってます。だから腕を離してください」

 「いえいえ、朝潮は先輩である私とお話したいはず。だから腕を離すのは大和さんの方です」

 

 今正に、私のご主人様であり愛すべき友人の朝潮ちゃんを、たまたま通りかかった『猫の目』の前でバッタリ遭遇した大淀と取り合……もとい、守っている最中だからです。

 

 「そう言えば、大岡裁きで今と似たようなお話がありましたね。朝潮ちゃんの事を想うなら手を離しなさい」

 「それはこちらのセリフです。見てください。大和さんが力一杯引っ張るから朝潮がベソかいてるじゃないですか」

 

 なんて可哀想な朝潮ちゃん!

 この冷酷メガネが手を離せば今の苦しみから解放されるのに、コイツが離さないせいで今も「い、痛い……」と涙しながら両足をぷらんぷらんさせてます。

 

 「店の前が騒がしいと思ったら……何してんだ?アンタら」

 「ばぁばなにしてゆの~?」

 

 こうなったら根競べです!

 と、決意を固めたら、お店のドアがカランカランと音を立てて開き、頭に幼女どころか赤子と言っても差し支えないほど幼い子供を乗せた金髪さんが出て来ました。

 以前、養成所からここまで送ってくださった時の軍服姿と違って、今日はピンクのエプロン姿ですが意外なほど似合ってますね。見ようによっては裸エプロンに見えなくもない……って、あれ?なんだか引っ張りが弱くなったような。

 

 「桜ちゃん!ばぁばですよ~♪」

 「ちょっ……!ぐほぉ!」

 

 おのれクソメガネ……。

 貴女が急に手を離すから、朝潮ちゃんが勢いよく私の胸に突っ込んで私を押し倒す格好になっちゃったじゃないですか。

 まあ、突っ込んだのが私の胸で良かったです。

 これがもし逆だったら、提督のように絶壁とまでは言わないまでも申し訳程度しかない貴女の胸に激突して、朝潮ちゃんの頭に瘤が出来ていたかもしれませんから。

 

 「い、痛いです……」

 「痛い?腕がですか?」

 「いえ額が……。大和さんの胸が硬くって……」

 

 はて?私の胸は硬いと言われるほど硬くはないはずですが……。でも、朝潮ちゃんの額は赤くなって若干腫れてきてますね。いったいどうして……。

 あ、そういえば私って。

 

 「すみみせん。それたぶん、私の胸パットのせいです……」

 「胸パット?」

 「はい、何故か私の標準装備に胸パットがありまして……」

 

 最初は大和型特有の装備かと思っていたのですが、先代の武蔵も今の武蔵もサラシだけで装備していませんから、これは大和型のと言うより私特有の装備と言えるでしょう。

 ちなみに、見た目は完全に金属製なのですが意外と暖かく、しかも通気性も最高でつけ心地が良く、重さをほとんど感じないという謎仕様。

 以前、先代の武蔵に理由を聞いてみたら「妖精産の物に常識が通用すると思うな」と言われました。

 しかも『九一式』と書かれているため、今の武蔵に「九一式徹甲乳だ」と何故か羨ましがられもしました。

 

 「つまり、偽乳ですね」

 「ばぁば、ぎにゅ~ってなぁに?」

 「無いのにさも有るかのように偽った胸の事です。桜ちゃんは真似しちゃダメですよ?」

 「あい♪」

 

 おい婆メガネ。

 どうして金髪さんから奪い取るように受け取った幼子にばぁばと呼ばれているのかわかりませんが、物事の分別もつかない幼子に出鱈目を吹き込むのはやめなさい。

 たしかに胸パットのせいで多少盛られてはいますが、少なくとも貴女の胸以上に立派な大きさは有りますからね?なんなら今日あたり比べてみます?

 

 「あ、あの、先輩。その子が桜ちゃんですか?」

 「あら、朝潮はこの子と会うのは初めてですか?」

 「はい、満潮さんから先輩のお孫さんがここに居るとは聞いていたのですが……。私、お店の中にまで入れた事がなくて」

 「店の中に入れたことがない?」

 「ええ、その……。あの三人組が私を……」

 「ほう……?またあの三人組ですか」

 

 あの三人組?

 そういえば以前、朝潮ちゃんがここでの出来事を思い出して、顔を真っ青にしてチワワみたいにプルプルと震えていたことがありましたね。

 今もそうなってますし、朝潮ちゃんが怖がっているのはその三人組でしょう。

 って言うか孫!?

 大淀ってあの見た目で孫が居るんですか!?たしか提督よりも若かったはずですよね!?

 

 「ねぇばぁば、このひとだぁれ?」

 「この子は朝潮ですよ。ばぁばの子供みたいな子です」

 「あしゃしお?」

 

 なんと愛らしい。

 真っ青な朝潮ちゃんを、大淀の頭の上で小首を傾げながらしげしげと見つめるつぶらな瞳を持つこの幼児が彼女の血縁だなんて考えられません。

 いや、それより今、サラッと朝潮ちゃんを自分の子供と言いませんでしたか?

 

 「朝潮、抱っこしてみますか?」

 「え、良いん……ですか?」

 「ええ、構いません。人見知りが激しいこの子が、初対面でここまで興味を持ったのは貴女が初めてですから」

 「で、では少しだけ……」

 

 ほう、少女と幼児のコラボですか。

 大変素晴らしい!

 おっかなびっくりで桜ちゃんを抱っこする朝潮ちゃんと、今だに青い顔をしている朝潮ちゃんを「よしよし」と撫でる桜ちゃん尊い!ほんの少しだけですが、大淀を褒めても良い気分になりましたよ!

 

 「では、少しの間桜ちゃんをお願いしますね」

 「どこかへ行かれるんですか?」

 「ええ、ちょっと害虫退治に」

 

 桜ちゃんを朝潮ちゃんに預け、メガネの端を右手でクイッと上げながら立ち上がった大淀は、金髪さんと「少し暴れます」「まだ営業中だから程々にしてくれよ?」と短いやり取りをして店内へと入って行きました。

 害虫退治とか暴れるとか言ってましたが、お店にGでも出たのでしょうか。

 

 『見~つめる……げ!奥さん!』

 『貴方たちは!まだこんな、駆逐艦にトラウマを植え付けるようないらっしゃいませを続けていたのですか!』

 

 トラウマを植え付けるような『いらっしゃいませ』って何?って言うか奥さんってどういう事です?

 店員と思われる三人分の野太い声が店内から聞こえた途端に、朝潮ちゃんが「ピィ……!」とか鳴いて、桜ちゃんを抱っこしたまま私の後ろに隠れたので、朝潮ちゃんにトラウマを植え付けたのは店内にいる三人で間違いないようですね。

 

 『三人ともそこに直りなさい!お仕置きの時間です!』

 『お、お言葉ですが奥さん、これは当店の正式ないらっしゃいませです!いくら奥さんと言えども……』

 『言えども何です?私は別に、そのいらっしゃいませをやめろと言っているわけではありません』

 『で、では何故……』

 『私の後輩である朝潮を怖がらせたからです!あの可愛い朝潮を怖がらせ、あまつさえ粗相をさせた貴方たちの行いは万死に値します!』

 

 粗相をしたと聞いて朝潮ちゃんの方を見てみると、朝潮ちゃんは「し、してません!」と真っ青な顔から一転し顔を真っ赤になって否定していました。

 残念。

 本当に粗相をしていたのなら、私がパンツを脱がせて拭いてあげたのに……。

 

 『し、仕方ねぇ!末首(まっしゅ)男流手我(おるてが)!奥さんにジェットストリームアタックをぉっっぉふっ!?』

 『遅い!』

 『『酷ぇ!速攻で害悪(がいあ)を踏み台に!』』

 

 店内では何が起こっているのでしょう。

 いえ、茶番とは言え戦闘が行われているのは音でわかるのですが、音の感じ的に大淀が一方的に三人を殴ってるようにしか想えないんですよねぇ。

 

 「ねぇおいたん。ばぁばなにしてゆの?」

 「お仕置きと言う名の鬱憤晴らしだよ。お嬢はああなっちゃダメだぞ」

 「あい♪」

 

 金髪さんは何かを諦めたかのような目でお店を見つめていますが、本当に良いんですか?諦めたらお店が滅茶苦茶になっちゃいますよ?

 

 「お待たせしました。三馬鹿は片付けましたので、どうぞ店内へ」

 

 時間にして3分と言ったところでしょうか。

 派手な破壊音を鳴り響かせていた割に、服装に一切の乱れもない大淀がお店のドアを開けて私達を招きました。

 その奥のカウンターからはみ出た、レオタード姿をした中年男性三人分の足を隠すように立って。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 その日『猫の目』に行ったのは本当にたまたまです。

 初日の三試合を見終わって、大和さんがお腹が空いたと言いだしたのでダルシムに行こうという話になったのですが、向かう途中で『インド人を右に』と書かれた看板を見つけ従ったから結果的にそうなったんです。

 

 ええ、横須賀鎮守府名物の看板トラップです。

 『インド人を右に』は始めただったのですが、相変わらず隠すようにヒッソリと立てられていました。

 

 私は嫌な予感がしたので帰ろうと言ったのですが、大和さんが面白がって従ってみようと言い出しました。

 はい、あの辺りでインド人と言えばダルシムの壁一面に描かれた火を吐くインド人の絵しかありませんので、取り敢えずはそこまで行ったんです。

 

 トラップはどんな内容だったのか?

 それが不思議な事に、看板に従ってインド人を正面にして右、つまり西に進んでも次の看板は見当たらず、行き着いた先は『猫の目』だったんです。

 

 その話を店内に入ってから先輩にしたら「あ、危うく三代続けて……」などと、冷や汗を流しながら仰っていたのを今でも憶えています。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「ばぁば!ぷいん!」

 「はいはい、プリンですね。金髪さん、プリンをドラム缶でお願いします」

 「アホなこと言ってんじゃねぇ。お嬢の胃袋をパンクさせる気か」

 

 三人組の遺体(仮)から目を逸らしつつ、カウンター席に大淀(膝の上に桜ちゃん)、朝潮ちゃん、私の順で座るなり、金髪さんの言うとおりアホなことを大淀が言い出しました。

 ドラム缶よりはるかに小さい桜ちゃんに、そんな常人でも食べきれない量のプリンが食べれる訳がないでしょうが。

 

 「ほらよ。大和さんはコーヒーとナポリタン(5束分)で良かったんだよな?」

 「あ、はい。ありがとうございます」

 (お、おい大和、もうちょっと大淀の方を向いてくれないか?)

 「あら、大淀を前にしても大人しかったから寝てるのかと思っていましたが、ちゃんと起きてたんですね」

 (もちろんだ。彼女が傍にいるのに私が寝るわけがないだろう)

 

 おかしい。

 いつもの窮奇なら、大淀を前にすれば私の身体を乗っ取って愛を囁くくらいしそうなのに、『猫の目』の前で大淀と会ってから今まで一言も喋っていませんでした。

 大淀と会うまでは「どこかに大淀がいるはずだ!探せ!」とか「あっちだ!あっちから彼女の匂いが!」などと喚いて五月蝿かったのにです。

 

 「いつもみたいに私を乗っ取れば良いじゃないですか。今なら代わってあげなくもないですよ?」

 (そ、そうしたいのは山々なんだが……。その、恥ずかしくて……)

 「はぁ!?恥ずかしい!?」

 

 おっと、窮奇のあまりにも意外なセリフについ大声を上げてしまいました。

 おかげでオレンジジュースを飲んでいた朝潮ちゃんに「ど、どうかしましたか?」といらぬ心配をさせ、桜ちゃんがプリンと格闘している様子を眺めていた大淀に「相変わらず変な人です」などと言われてしまいましたよ。って言うか、貴女だけには変な人呼ばわりされたくありません。

 

 (だってお前、今日は勝負下着じゃないだろう?柄も上下がバラバラだし……。だから恥ずかしくて、彼女の前で脱げない)

 「いや脱ぐな!露出狂か!」

 「ふぇ!?」

 「あ、違っ……。朝潮ちゃんに言ったんじゃなくてですね」

 

 マズい。

 このままでは朝潮ちゃんにまで変な人認定されてしまいかねま……ん?大淀が朝潮ちゃんに何か耳打ちし始めましたね。

 いったい何を……。

 

 「そ、そんな!大和さんに限って……!」

 「いいえ、間違いありません。彼女はきっと朝潮ちゃんを密室に連れ込み、服を脱ぎながら迫るようなシチュエーションを妄想し、途中で正気に戻って自分にツッコミを入れたのです」

 「おいそこ!変な出鱈目を朝潮ちゃんに吹き込むのはやめなさい!」

 「出鱈目?戦艦が幼女趣味の変態なのは横須賀の常識です」

 

 それって長門さんのせいですよね!?

 あの人が駆逐艦を性的な目的で追い回す変態だって事は着任してから色々な人に聞かされたから知っていますが、幼女趣味の変態イコール戦艦と言われるのは納得できません。

 だって私は、朝潮ちゃん以外の駆逐艦に興味がないんです。

 つまり私は幼女趣味ではなく、言わば朝潮趣味なのです!

 

 「ねぇばぁば~。ママとパパどこいったの~?」

 「桜子さんと海坊主さんですか?はて?金髪さん、お二人はどこへ?」

 「相棒は会場警備の指揮を執ってる。姐さんは……神風のとこじゃねぇか?」

 「だ、そうです。パパはお仕事で、ママは神風さんの所に行ってるんだって」

 「かみっかのとこ?」

 「はい。後でばぁばと行きますか?」

 「いく!」

 

 ピーンと右手を挙げて「いく!」と言った桜ちゃんは、ママの所に行けるのが嬉しいのかさっき以上にニコニコしてプリンとの格闘を再開しました。

 そんな桜ちゃんとは逆に、朝潮ちゃんが何かを思い詰めているように沈んでしまいましたが……。

 

 「そういやぁ、大淀さんもあの試合を見たのか?」

 「はい、しっかりと」

 

 金髪さんが思い出したように言うあの試合とは、話の流れ的に神風ちゃんの試合でしょうか。

 金髪さんは神風ちゃんとお知り合いみたいですし、大淀の感想でも聞きたいのかしら。

 

 「じゃあ、あの聖剣とか言う技も覚えたのかい?」

 「覚えることは覚えましたが……。大振り過ぎて射程も中途半端で使い辛いです。それに、私が使っても精々ル級までしか通用しないでしょう」

 

 は?聖剣を覚えた?

 大淀が常人離れした戦闘センスを持っているのは、あの時の窮奇との共闘で見たので知っていますが、見ただけで他人の技を覚えられる程だったんですか?

 

 「十分じゃねぇか?」

 「不十分です。あれ程の隙を晒すなら、最低でも戦艦棲姫を装甲ごと真っ二つに出来る位の威力がなければ使う必要がありません。殴った方が確実です」

 

 その理屈はおかしい。

 と、普通の艦娘が言ったのならそうツッコむのですが、姫級の深海棲艦を文字通り殴って沈めた彼女を見た後では、逆に「確かに」と言いたくなるから不思議です。

 

 「でも参考にはなりました。もし、力場の出力を瞬間的にでも数倍に出来る方法が有るのなら、奥の手の一つとして考案してみるのも有りだと思います」

 「まだ強くなるつもりかよ。たしか大淀さんは、今時点で艦娘最強なんだろ?」

 「そう言われているようですが、私にはそんな自覚はありませんし、まだ伸び代が有るのですから上を目指すのは当然です」

 

 へぇ、大淀って意外とストイックなんですね。

 短絡主義の脳筋だとばかり思っていたのに、意外な一面を知って少しだけ、本当に少しだけ見直しました。

 

 「神風さんの試合、凄かったですね。駆逐艦の生き様を見せつけられた思いでした」

 

 話の腰を折ったらダメだと考えていたのか、大淀と金髪さんの会話が終わったのを見計らったかのように朝潮ちゃんが口を開きました。

 朝潮ちゃんの言いたい事はわかります。

 私も彼女の試合を見て、朝潮ちゃんと同じような感想を抱きましたから。

 敵が如何に強大だろうと食いつき、自身の命を引き換えにしてでも相手を沈めるような彼女の戦いぶりは正に駆逐艦でした。

 でも私は……。

 

 「朝潮は真似しちゃダメですよ」

 「ダメ……ですか?」

 「ええ、貴女には早すぎますから」

 

 私が言いたかった事を大淀に言われてしまった。

 でもこれは好都合。

 恐らく大淀も私と同じような事を思ったのでしょうし、ここは憎まれ役を買って貰いましょう。

 

 「率直に言いますと、朝潮には覚悟が足りません」

 「覚悟……ですか?」

 「そう、覚悟です。例えば貴女は、捷一号作戦時に大和さんとの約束を守るため、任務を放棄して助けに行きましたよね?」

 「はい……。でも先輩は褒めて……!」

 「ええ、たしかに褒めました。約束を守るためなら自分の命すら厭わない。それでこそ朝潮です。ですが、それでは神風さんの域には至れません。何故だかわかりますか?」

 「わかりません……」

 

 大淀の口調は厳しくありません。

 むしろ、優しく諭すような口調を心懸けているように思えます。

 でも朝潮ちゃんは申し訳なさそうに唇を噛んでますから、尊敬する先輩から叱られているような気分なんでしょうね。

 

 「目的のためなら死んでも構わない。言うのは簡単ですが、実際に行動に移せる人は限られているでしょう。ですが逆に言えば、限られてはいても行動に移せる人がいるんです。貴女のように」

 「それでは足りない。と、先輩は仰りたいんですか?」

 「はい。神風さんの戦い方。いいえ、敢えて桜子さんの戦い方と言いましょう。彼女の戦い方は自分が死なないためなら目的など二の次三の次。いや、生き残った先に果たすべき目的があると言った方が良いでしょうか」

 

 言い方が悪い。

 それでは遠回しすぎて言いたい事が伝わりません。

 実際に、朝潮ちゃんは理解しきれずに頭の上にハテナマークを浮かべて悩んでいます。

 でも、私は口を挟みません。

 そのまま貴女も「何か良い言い方はないかしら」と悩んでいなさい。

 

 「つまり、こういう事だ朝潮。あの紅い駆逐艦は『目的のためなら死んでも構わない』ではなく『目的を果たすために死なない』を信条として戦っているのさ」

 「それはどういう……って、大和さん?なんだか口調が……」

 

 チッ、窮奇が出しゃばりましたか。

 いつものことではあるのですが、急に入れ替わるもんですから朝潮ちゃんが混乱してるじゃないですか。

 

 「黙って聞け。良いか?そもそも紅い駆逐艦とお前では前提が異なる」

 「前提……ですか?」

 「そうだ。例えばこの間の作戦で、お前は大和を……じゃない。私を守るために砲弾の前に身を晒したな?」

 「はい……」

 「あの時は治療が間に合ったから良かったものの、最悪の場合お前は死んでいた。つまり、お前は私を守ったその後の事など考えてなかったわけだ」

 「た、確かにそうですが……」

 「約束を守る事自体が目的だからアレで良かった。か?だから大淀は、お前には覚悟が足りないと言ったんだ」

 

 なんだか朝潮ちゃんにお説教する流れになっちゃいました。でも朝潮ちゃんはそれを不満がらず、真摯に受け止めるつもりなのか私に身体ごと向き直って椅子の上に正座しました。

 大淀が「う~……」とか唸ってふて腐れているのは無視します。

 

 「前提が異なるとはつまり、奴の場合は()()()()()が大前提なんだ。わかるか?」

 「なんとなく……。ですが」

 「もう少し噛み砕いて言ってやろう。あの紅い駆逐艦があの試合に挑んだ目的は知らんが、一歩間違えば死にかねないような戦い方をしておいて、奴にとって戦闘は手段であり過程でしかない。死線を越えた先に目的が有るのに、死んだら元も子もないだろう?」

 

 窮奇は最後に「今度私と約束するときは『守る』ではなく、『守り続ける』と言えるようになっておけ」と言い残して、私と代わりました。

 まったく、美味しいところだけ奪ってサッサと引っ込むなんてズルいですよ。

 朝潮ちゃんの「ありがとうございます大和さん!朝潮、勉強になりました!」という感謝の言葉と尊敬の眼差しが私ではなく、窮奇に向けられたモノだと思うと複雑なことこの上ないです。

 もっとも、引っ込むと窮奇は朝潮ちゃんの事などスッカリ忘れたように、私の中で「大淀はどんな顔してる?惚れ直してくれた?」とか「ああ、私が朝潮と話してるのを恨めしそうに見つめるなんて。きっと大淀は嫉妬していたのね」などと見当違いの事をブツブツと言ってます。

 まったく、私の半身は……。

 

 「羨ましいくらいのおバカさんです」

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 それに、呆れるくらい純粋だとも思いました。

 彼女は大淀に良いところを見せるために、あの子にお説教をしたのですが、お説教している間も彼女は大淀の事しか考えていませんでした。

 

 大淀と話したい。

 大淀と触れあいたい。

 大淀に振り向いて欲しい。

 大淀に、愛して欲しい。

 

 そんな大淀への愛情ばかりが流れ込んで来たから、私はいつの頃からか大淀を恨むのをやめてしまったんでしょうね。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 



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第百十九話 回向返照

投稿順を間違えてこちらを先に投稿してしまいました。
百八話も投稿しましたので、よろしければご覧ください(゜Д゜;≡;゜Д゜)


 

 

 

 

 お姉ちゃんと阿賀野さんの差?

 う~ん……性能的な差は多少有ったけど、実力的な差はほとんど無かったんじゃないかな。

 

 たしかに、お姉ちゃんに出来て阿賀野さんに出来ないことやその逆は有ったわよ?有ったけど、そういうのをひっくるめても実力的な差は無かったと思う。

 それでもあえて差が有るとすれば胸の大きさくらいのものね。

 いや、比べるのも馬鹿らしいくらい阿賀野さんって大きかったじゃない?それに比べてお姉ちゃんは細やかなもんだし。

 

 あ、もう一つあった。

 あんな形で決着はしたけど、お姉ちゃんが阿賀野さんよりも有利な点が一つだけあったわ。

 

 何か気になる?

 それはね……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 私は呉に所属している艦娘の中では古参の部類に入る。

 それなのに、私は新米の駆逐艦にすら『だらし姉ぇ』と蔑まれ、私の下についてくれる子は一人もいない。

 でもそれは、私がしてきた事を考えると仕方のない事だと納得はしてる。なんせ、6年も引き籠もっちゃったからね。

 

 「そんな阿賀野がこんな大舞台で戦う……か。しかも相手は」

 

 私の視線の先800mほど前で、米粒程度の大きさにしか見えない対戦相手の名は大淀。

 大本営付きの軽巡洋艦で『一人艦隊』と謳われる正真正銘の化け物。そんな彼女に私が勝てるなんて思ってる子は、呉では霞くらいのものでしょうね。

 

 『それでは本日の第一試合!大淀 対 阿賀野の試合を開始しまーす!』

 

 無線を通じて聞こえる司会の浮かれたような声が勘に障る。

 彼女を相手に戦うんだから、今の時点ではあまりイライラしたくないんだけどなぁ。

 

 『始め!』

 

 試合開始の合図と共に大淀が挨拶代わりの砲撃。当然、私も応射する。

 戦闘記録で見た以上にえげつない撃ち方をするわね。

 私の回避先の選択肢を減らして残りの回避先、そこからさらに次の回避予測地点に的確に撃ち込んでくるわ。

 でも、それは私も同じ。

 大淀の砲撃の仕方や好みの回避先なんかは全部分析して覚え、しかもそれらを含めた対応策を練りに練って挑んでるんだから。

 

 「阿賀野の砲撃の方が多く当たる」

 

 とは言っても、私も多少は被弾するし、今くらい距離が離れていれば彼女は直撃弾を()()()()()からカスダメしか入らない。

 この後、彼女が取る行動は二通りに別れるわ。

 

 「『稲妻』を使い始めた。砲弾を回避しつつ肉薄する気ね。だったら、プランAだ」

 

 一部の駆逐艦が『脚技』と総称する『脚』の応用技術、その一つである『稲妻』を使う彼女を初めて見た時は鳥肌が立ったのを覚えてる。

 その以前から、霞と霰が『トビウオ』を使うのは何度か見たことがあったんだけど、咄嗟の回避や落ちた速度を補うのには良いなと思ったものの、跳躍中の無防備さと融通の利かなさが気になって覚える気になれなかった。

 でも『稲妻』を、正確には霞との演習で『稲妻』を使って海上を駆ける彼女を見てその考えを改めた。

 駆逐艦はここまでするのか。

 駆逐艦は被弾即死のリスクも、肉体的なデメリットすらも無視して戦うのかと。

 いえ、そんな小難しい理由は後付けね。 

 私は単に、()()()()してでも仕える事が出来る主人を持つ彼女が羨ましくなったんだ。

 

 『歓迎しますよ。ようこそ私の円形劇場(アンフィテアトルム)へ』

 

 彼女と私の距離は約300m。

 そこまで私の砲撃を時に回避し、時に撃ち落としながら高速で一直線に向かって来た彼女が6機の偵察機を発艦させ始めた。

 わざわざ技名を言ってから仕掛けてくるなんて舐めてる?

 いや、舐めてる訳じゃない。

 今まで、そうして技を出し損なった事が無いから事前に技名を教えるデメリットを知らないんだ。

 

 『なっ!?』

 「そんな文字通りのテレフォンパンチ、阿賀野には通じない」

 

 私は照準を彼女の予測針路、及び予測回避先から発艦直後の偵察機に変更。結果、彼女は円形劇場の体が整う前に偵察機を全て失った。

 大城戸さんの言ってた通りだ。

 彼女は天才な分、人から見れば簡単に考えすぎ、短絡思考と呆れられる事でも実現できるだけの力と才能が有る。

 でも、実現出来なかった経験が無いのが彼女の弱点の一つ。

 簡単に言えば、彼女は慢心してるのよ。

 彼女はその強さのせいで、自分に出来る事を全て駆使して挑めば決して負けないと思い込んでしまっている。

 

 「瑞雲!」

 

 彼女が偵察機を落とされて驚愕してる一瞬の隙を突いて、私は左足の飛行甲板から水上爆撃機の瑞雲を二機発艦させた。

 本当は一気に6機全部出したかったけど、飛行甲板が装備された足を振り上げて発艦させる阿賀野型の構造上、彼女の一瞬の隙を突いて発艦させるのは二機が限界だったわ。

 

 『高が水上爆撃機二機、私には……!』

 「通用しないとでも?ざ~んねん♪通用するのよね~♪」

 

 私は持てる砲全てで彼女への砲撃を再開し、回避と迎撃で手一杯にして瑞雲を撃ち落とす暇を奪い去った。

 あとは砲撃の手を緩めず、瑞雲による爆撃でジワジワと削るだけ。

 これがプランA。

 1対1での戦闘で、急接近からの戦舞台や円形劇場で相手をハメ殺す戦法を好む彼女を逆にハメ殺すために考えた戦法よ。

 

 『ひゃっ!やっ、やられた!』

 

 ()()()()()の瑞雲が落とした爆弾の内一発が直撃し、彼女の体勢を大きく崩した。

 今がチャンスね。

 

 「瑞雲全機、発艦!」

 

 私はさらに、砲撃の手をわざと緩め、それを隙だと思ってくれた彼女が頭上の瑞雲を撃墜しようと右手の砲を挙げた隙に残り4機の瑞雲を発艦させた。

 ふふふ♪

 冗談かと思ってたけど、彼女って本当に考えてる事が顔に出るのね。「なんでまだ4機も!?」って考えてるのが丸わかりだわ。

 

 「あぁ、いいじゃないの~」

 

 私はやれてる。

 あの大淀を相手にして互角に、いえ互角以上に戦えてる。

 彼女の戦闘記録を入手し、彼女をよく知る人からの助言や手解きを受けて事前に研究し尽くした事に若干の罪悪感は感じるけど、最強を相手に私は負けてない。

 

 「ねえ、一つ聞いても良い?貴女、どうしてこの試合を受けたの?」

  『おかしな事を聞きますね。私が戦うのは元帥閣下のため。彼の命令を遂行するためです!』

 「へぇ……。命令されたから出場したんだ」

 

 なんて羨ましい。

 この人は自分の提督に命令して貰えたんだ。だから、私みたいな無名の艦娘が相手の試合でも嫌な顔一つしないんだ。

 

 『くっ……!貴女もそうなのではないのですか!?』

 「阿賀野?阿賀野は違うよ」

 

 あの人は私に命令なんてしない。

 してくれた事なんて一度しかない。この試合にだって「出ろ」ではなくて「出てもらいたい」なんて言いやがった。私と大淀に差があるとするなら、それは命令してもらえたか否かね。

 

 「ずっと命令して欲しかった……。命令さえしてくれたら阿賀野は……」

 

 必ずやり遂げた。その自信と覚悟があった。

 自分の才能を持て余し、開戦時の混乱が治まり出しても暴力に訴える以外に自分の生き方を見いだせなかった私がやっと見つけた艦娘という生き方。

 今考えると、弱い者から搾取する事にしか自分の才能を生かせなかった私が英雄に憧れたのが間違いだったのかもしれない。

 でも艦娘になると決めた日から、清算しきれない過去をそれなりに清算して艦娘になった。

 そして努力した。

 訓練だって当時の神通に負けない位したし、自分はもちろん、当時の駆逐艦たちにも厳しく接した。

 当時の私を能代や矢矧に見せてあげたいよ。

 もう、あの頃の私を知ってる駆逐艦は霞と霰くらいしか残ってないけど、私だって駆逐艦たちからそれなりに慕われてたんだから。

 

 「それでも、あの人は私を使ってくれなかった。命令してくれなかった」

 

 そして、私は引き籠もった。霞と霰のように我慢する事なく、私は自分の殻に閉じ籠もった。

 今思うと、そうすれば呆れたあの人が少しは気にかけてくれるなんて甘い妄想をしてたのかもね。

 

 「命令、されたかったんだぁ……」

 

 いや、少し違うか。

 私はあの人から必要とされたかった。

 別にあの人の事が好きなわけじゃない。

 でも、着任して「駆逐艦を嚮導しろ」と命令された時に、私は必要とされてるって思えた。命令されることで初めて、人から必要とされる喜びを知った。

 それなのに、あの人はその一回しか命令してくれなかった。私はただ……。

 

 「命令されたかっただけなのに!」

 『……よく、わかりました』

 

 このまま今の戦法を続ければ勝てる。そんな考えが頭をよぎった時に信じられない事が起こった。

 私は砲撃の手を緩めていない。彼女は私の砲撃を躱すのに精一杯で、瑞雲に対しては牽制程度の砲撃しか出来ていなかった。

 それなのに、なんで瑞雲が全て撃墜された?

 

 「何を……したの?」

 『大淀式砲撃術その三。流れ星』

 

 信じられない光景を見て砲撃を止めてしまった私に、彼女は静かにそう答えた。

 流れ星って何?砲撃術?

 まさかとは思うけど、頭上への砲撃は苦し紛れに撃っていたわけじゃなく、放物線を描いて落ちてくる砲弾で瑞雲を()()()撃墜するためのモノだったって言うの!?

 

 『軽巡阿賀野を私の持てる全戦力、全戦技を駆使して迎え撃つべき相手だと判断しました。これより、軽巡大淀は全力戦闘を開始します』

 

 戦闘中だと言うのに彼女が停止した。

 それまでとは別人みたいな彼女の気配に気圧されて、私も思わず航行をやめてしまった。

 今までは本気じゃなかった?

 いや、彼女の動きは捷一号作戦時の動きと遜色がなかった。だから本気だったのは間違いない。 

 じゃあ何が変わるの?本気だったけど全力じゃなかったってこと?

 そうか、そういう事か。

 彼女は全部出していない。まだ、さっきの流れ星のように手札を隠し持ってるんだ。

 私の事を、捷一号作戦時にすら使わなかった手札をも使って戦わなくてはならない相手だと認めてくれたんだ。

 

 『構えなさい阿賀野!お仕置きの時間です!』

 

 心臓が早鐘のように鳴っている。私の本能が逃げろと警告している。

 でも、ワクワクしてる私もいる。

 これから先はシミュレーションできていない。

 今から姿を現すのは誰も、それこそ元帥くらいしか知ってる人がいない本当の彼女。

 今から私は、本当の彼女と戦えるんだ。

 だったら、私も!

 

 「上等よ!阿賀野の本気、見せちゃうんだから!」

 

 それを合図にして私は右、彼女は向かって左にトビウオで跳躍した。

 私がトビウオを使ったことに若干驚いてたけど、彼女はすかさず滑空中の私に砲撃してきたわ。当然、私もね。

 その結果は双方被弾。

 装備スロット全てに瑞雲じゃなくて、一枠くらいは砲を装備しておくべきだったと若干後悔したわ。

 

 『貴女がトビウオを習得しているとは思いもしませんでした』

 「そう?だったらも~っとビックリさせちゃうんだから!」

 

 私は着水と同事に『水切り』で反転し、同じく反転して稲妻で加速した彼女の予想着水地点へ魚雷を二発放った。

 このタイミングなら『稲妻』でも進路変更は不可能。つまり直撃する。と、思った私の予想を裏切り、彼女がランダーキックのような格好で右足を海面に触れさせるのと同時に海がめくれ上がって魚雷を誤爆させた。

 

 「うえっ!?何よそれ!」

 『とある戦艦が考えた『畳み返し』と言う技の応用です』

 

 戦艦があんな技を考えた?

 だとしたら明らかに対魚雷、もしくは戦舞台並みの超近接戦を仕掛けてくる相手を想定したモノね。

 彼女の「使いたくなかったなぁ……」って考えてそうな表情が気になるけど……。

 

 『大淀式砲撃術その4。鎌鼬(かまいたち)

 

 そう言って彼女は、左手を大きく袈裟斬りでもするように振り降ろしながら砲撃した。

 あの撃ち方に何の意味が?

 アレじゃあ、当たっても三連装砲の真ん中、第二砲門分くらいのもの……って!そういう事!?

 

 「ったく!とんでもないこと考えるわね!」

 

 トビウオで右方に緊急回避した私の左舷装甲を、表面だけとは言え()()が斬り裂いた。

 そう、斬撃よ。

 彼女は扇状に放った3発の砲弾を『弾』で繋ぎ、刃物のように鋭くする事で砲撃を斬撃に変えたのよ。

 

 『まさか、初見で躱されるとは思っていませんでした』

 「躱さなきゃ死んじゃうでしょ!」

 

 彼女は要所要所で『脚技』を使い、私の砲撃を躱しながら鎌鼬を繰り出して、『脚技』で回避するしか術がない私の『装甲』を削ってくる。

 このままじゃマズいわ。

 砲撃による点での攻撃ではなく、斬撃による線での攻撃がここまで厄介だとは知らなかった。

 この状況が続けば、彼女よりも先に私の方が体力的にも燃料的にもガス欠になる。

 だったら、砲撃が斬撃に変わる距離よりさらに内側、それこそ戦舞台並みの距離まで踏み込むしかない!

 

 「計算通りです」

 

 私が被弾覚悟で距離を詰めようと『稲妻』で跳んだその時、見計らっていたように彼女も『稲妻』で跳んで無線無しで声が聞こえる距離まで急接近して来た。

 して来たんだけど……。

 

 「大淀式砲撃術その5。姿見(すがたみ)

 

 距離が詰まると同事に、彼女は三連装砲を装備した両腕を真っ直ぐ前に突き出し、次いで太極図を描くように腕を振りながら砲撃してきた。

 私はと言うと、砲撃音と共に現れた()()()姿()に面食らって回避すら忘れ、結果吹き飛ばされたわ。

 ええ、なんとか転倒だけは免れたものの頭はパニック状態。

 意識も一瞬飛んだ。

 でも一瞬とは言え意識が飛んだことで、今の砲撃を分析する事ができた。

 

 「円を描くように発射した砲弾を『弾』で繋ぎ、さらに円の内側に力場による膜を張った打撃……ってとこかしら」

 「正解です。もっとも、吹き飛ばすのが精々ですが」

 

 それでも相手が人型、もっと言うなら艦娘なら有効ね。体勢を崩すだけでなく、上手く決まれば意識まで刈り取れるんだから。

 

 「降参、しますか?」

 

 降参……かぁ。

 今の私は海面に片膝を突いた状態。対して大淀は、10mほど距離を開けて私に狙いを定めている。

 ここまでやったんだから良いかな。

 使用してるのが模擬弾とは言え私も彼女も中破以上で制服までボロボロ、所々血まで滲んでるわ。

 彼女をそんな姿にするまで追い込んだんだから、ここで降参しても……。

 

 『負けるな』

 「え……?」

 『負けるな阿賀野。これは命令だ』

 

 私が「降参」と口に出そうとした時、無線からあの人の声が聞こえてきた。

 「負けるな」って、命令してくれた。

 

 「あ、あぁ……。やっと、やっと……」

 

 6年待った。

 いや、初めての命令から引き籠もるまでの期間を足せばゆうに8年。8年待ってようやく、あの人が私に命令してくれた。

 涙と一緒に力が湧いてくる。

 私はまだやれる。まだ戦える。あの人の命令を遂行、いや完遂するんだ。

 目の前の大淀を倒して、あの人の命令を完遂する!

 だから……!

 

 「降参なんて絶対にしないんだから!」

 

 その宣誓と同事に大淀にではなく下方斜め45度の海面へと砲撃。

 反動で吹き飛ばされたけど、その代償に私と大淀の間に水柱による壁を作り出した。

 これで彼女に、発動の瞬間を見られる事はない。

 これから発動するのは私の奥の手であり、私が再スタートするための烽火。そうそう真似されてたまるもんか。

 

 「『機関』への燃料過剰投入開始。回せ、回せ、回せ!ぶん回せ!」

 

 私の奥の手とは『機関』に燃料を過剰投入し、3分という短時間ながら性能を3倍に跳ね上げる艤装の裏技。

 普通なら、そんな事をすれば過剰投入した瞬間に艤装が煙を噴いて壊れちゃうんだけど、私は何度も実践し、『夢物語』で問題点を洗い出し続ける内に、3分間だけ制御し続けることに成功した。

 その名も……。

 

 「回向返照(えこうへんしょう)!」

 

 ボー!と音を立てて『機関』の煙突から黒い煙が上がり、それが治まるにつれて蒼い炎に変わっていく。

 蒼い炎に変わりきり、艤装が蒼い光りに包み込まれれば制御完了。

 大和型をも上回る火力と装甲、さらに軽巡洋艦の機動力と駆逐艦以上の速力を合わせ持つ今の私に『脚技』などの小手先の技は不要。と言うか『機関』の制御で手一杯で使えない。

 それでも圧倒的な性能と、軽巡として培ってきた基本技術で私は最強を打倒する!

 

 「阿賀野の本領、発揮するからね!」

 

 私は着水と同事に高らかに、今だ水柱の向こう側にいる最強に向けて宣言して駆け出した。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 阿賀野姉の試合が行われている間の、呉所属の駆逐艦達の反応は面白かったわ。

 

 最初こそ「あの人が大淀さんの相手になるの?」とか「何分保つか賭けへん?」「何秒の間違いじゃろ」なんて小馬鹿にしてたのが、時間が経つに連れて「あれ、誰?」とか「嘘でしょ?あの人ってあんなに強かったの?」と、信じられないモノを見たような表情に変わっていった。

 

 私だってそうだったわ。

 普段オムツ姿で寝てるだけの阿賀野姉が、あの大淀さん相手に善戦どころか追い詰めるなんて考えられる?

 

 そんな私たちが、形勢が逆転した頃には応援するようになっていた。

 阿賀野姉が砲撃する度に「惜しい!」とか「なんであそこで魚雷撃たんのじゃ!」とか「アホ!あんなタイミングで撃ったら体勢が崩れるやろ!」なんて言いながら、試合が映し出されたモニターに釘付けになってたわ。

 

 そして阿賀野姉が回向返照を、そう、あの超ヤサイ人ブルーみたいになるヤツを発動した頃には、みんな出せる限りの声を出して「頑張れ!」って叫んでたわ。中には泣いてる子までいたっけ。

 

 そんな中に一人だけ、何も言わず無表情でモニターを見てるだけの子がいたの。

 普段から無表情で何考えてるかわかんない子ではあったんだけど、あの時だけは無表情でも嬉しいんだろうなってくらいはわかったわ。

 

 その子、霰が口を開いたのは試合が終わった後だった。

 みんなで阿賀野姉を迎えに行こうってなって駆け出した時になって、ようやく霰が一言だけ呟いたの。「ありがとう」って。

 

 誰に対して言ったのかはわかんないわ。

 でもその一言と、うっすらと微笑んでるあの子の横顔が、あの試合並みに印象的だったのだけは覚えてるわね。

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。



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第百二十話 大本営に、来ませんか?

 

 

 

 

 私が艦娘だった頃、正確には大淀になってから一緒に艦隊を組みたいと思った人は五人しかいません。

 

 一人は満潮ちゃん。もう一人は叢雲さん。不本意ですが、窮奇と演習大会以降の大和さんも数に入れました。

 そして、最後に阿賀野さん。

 

 戦時中は主人にすら言いませんでしたが、彼女とは先の四人以上に同じ艦隊で行動したいと思いました。

 

 はい、今でもあの人が無名だったのが不思議でなりません。

 だって彼女の強さは私と同等。いえ、ある意味では私以上だったんですから。

 

 今となっては叶いませんが、私と満潮ちゃん、そして叢雲さんと窮奇と大和さん、それに阿賀野さんで艦隊を組んでいたら、どの国のどんな艦隊にも負けない、文字通りの無敵艦隊になっていたと思います。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 無線を通じて聞こえた回向返照。

 私の記憶が確かなら、回向返照とは自分本来の姿を振り返り、反省して修行すること。または日が沈む前に夕日の照り返しで一瞬明るくなるということから、死の間際に息を吹き返すことを表す四字熟語だったはずです。

 また禅問答では、「自ら回向返照して、更に別に求めず」とあり、外には何もないぞ、自身の内に光を照らせと教えていたと記憶しています。

 彼女の姿は今だに水柱の向こう側なので、何を思ってそんな意味の言葉を発したのかはわかりませんが警戒しておくに越したことはないですね。

 そうするにはまず……。

 

 「彼女を視認しないと」

 

 偵察機が早々に撃墜された以上、私に残された敵の捕捉方法は両の目による視認のみ。

 まさか1対1の演習で、自分がどれだけ索敵を視力に頼っていたかを痛感させられるとは思ってもみませんでした。

 

 「居ない?彼女は何処に消えた?」

 

 治まりかけの水柱を右に躱して砲を構えた先に彼女の姿は無し。トビウオで上に跳んだのかもと思いましたが、上空にも彼女の姿はありません。

 いったい阿賀野さんは何処に……。

 

 「ぐうぅ……!?後ろから砲撃!?」

 

 至近弾で済んだものの、予想外の方向から砲撃を受けたせいで軽くパニックになってしまいました。

 ですがいつの間に背後に?

 水柱が私と彼女を隔てていた時間は5秒にも満たなかったはず。さらに彼女は、自身が放った砲撃で吹き飛ばされている状態だったはずです。そんな状態でどうやって私の背後に……いや、そもそもどんな手段で移動した?

 

 「海面に航跡が……。と言う事は脚技での移動じゃない。まさか通常航行!?でも速度が尋常じゃ……くぅっ!」

 

 黒独楽で180度右転進する際、左に弧を描くように水柱を迂回してさっきまで私が背を向けていた方へと回り込む航跡を確認しました。

 さらに、青白い炎のような光りに包まれた艤装を纏い、優に90ノットを超える速度で反転した私の左側を航行しながら砲撃してくる彼女の姿も。

 

 「でも照準が甘い。もしかして、アレを使っての実戦は彼女も初めてなのでは?それに速度は速いですが、機動力自体は軽巡洋艦のそれと大差ないですね。ならば」

 

 勝機はあります。

 アレで機動力まで高かったらお手上げに近かったですが、速度が上がっただけなら『稲妻』で対抗出来るんですから。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 結論から言いますと対抗できませんでした。

 彼女を目視した私は、左旋回して私の方へと向かってくる彼女に反航戦を仕掛けたのですが……。

 

 青木さんもご存知の通り、私の砲撃は彼女の『装甲』に跳ね返され、あまつさえ体当たりで弾き飛ばされてしまいました。

 

 ええ、私の考えが甘かったんです。

 回向返照で向上した彼女の性能は速度だけではなく全て。火力から装甲に至るまでの全ての性能が跳ね上がっていたのに、私はそれに気付けなかったんです。

 

 それに加え、彼女の戦闘技術は私が知る中でも最高レベル。まるで、戦艦水鬼だった頃の窮奇を相手にしている気分になりました。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 勝てる。

 回向返照を発動してわずか一分足らずの僅かな時間なのにも関わらず、私は自分の勝利を確信した。

 でも、楽観視してそう思ったわけじゃないわ。

 私の速度に『稲妻』で対抗し、砲撃が私の『装甲』に弾かれた時の表情から、彼女が私の今の性能を見誤っていたのは確実。

 あんまりにもわかりやすく動揺してくれたから、思わず体当たりして跳ね飛ばしちゃった。

 

 「光が黄色に変わり始めたか。でも、今のままなら十分間に合う」

 

 艤装を包む光は単に光ってるだけじゃない。

 この光には、回向返照の残り使用時間を示す警告灯の役割もあるの。

 たった今黄色に変わりきったから、残り使用時間は2分。これが、残り一分を示す赤色に変わる前に倒せれば最高なんだけど……。

 

 「彼女に諦める様子がないのがねぇ……」

 

 彼女は尚も『稲妻』で食い下がり、私を追い詰めた大淀式砲撃術を駆使して私を倒そうとしている。

 正直に言って、効きもしない攻撃を繰り返し、私の性能に翻弄される彼女を見るのは気分が良い。

 見下して愉悦に浸っていい相手じゃないのはわかっているけど、全艦娘最強と謳われる彼女を無名の私が嬲っている現状で、優越感に浸るなと言う方が無理だわ。

 

 「降参しなさい。これ以上やると死んじゃうわよ?」

 

 そう言って降参する人じゃないのはわかってる。

 でも、言わずにはいられなかった。言い返さずにはいられなかった。

 絶対的優位に立つ者のみが口にできる勝利宣言を、私よりも強い彼女に言ってやりたかった。

 だからそうした。言ってやった。

 私は大淀に、「お前の負けだ」と言うことができた。

 

 『覚え……ました』

 「は?今なんて……」

 

 言った?

 覚えた?何を?大城戸さんの助言通り、私は彼女が知らない技術なんて披露していない。

 唯一それと言えるのは回向返照だけ。

 でも、私はちゃんと水柱で目隠しをした状態で発動した。それで何を覚えたって言うの?もしかして回向返照の制御方法?

 だとしたら問題ない。

 いくら制御方法を覚えたからって発動方法までは……。

 

 『回向返照!』

 「んな……!」

 

 馬鹿な!

 いや、でも間違いない。大淀の艤装を覆う青白い光は間違いなく回向返照による副作用だわ。

 だけど、どうして真似できた?

 水柱による目隠しで、私が回向返照を発動した瞬間は見えてなかったはず。

 まさか、制御方法から逆算した?

 いや、それしか考えられない。大淀は制御方法を覚えたことでコレがどういう技術か理解し、発動方法を予測したんだわ。

 まったく、大城戸さんから『猿真似』の詳細を聞いたときも思ったけど、聞いた以上の事を目の前でやられると……。

 

 「なんてインチキ……!」

 

 くらいしか言葉が浮かばない。

 更に、現状は精々互角の戦いにもつれ込んだ程度で済んでるけど、実際は彼女が私より後に回向返照を発動した事で形勢が逆転したと言って良い。

 だって回向返照を使う大淀を、残り一分強の短時間で倒さなくちゃいけなくなったんだから。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 今だから言いますが、あの時は破れかぶれでした。

 はい、回向返照を発動した時です。

 

 阿賀野さんが回向返照を使用しているのを見て、その制御方法は覚えることができたのですが、肝心の発動方法はわからないままでしたから。

 

 発動方法は推察して実行したのか?

 いえ、私はそこまで頭が良くありませんので、制御方法から発動方法を逆に辿るなんて真似はできません。

 私は単純に、アレだけの力場出力を得るには機関への燃料の過剰投入しかないと考え、それを実行しただけなんです。

 

 ええ、もし間違っていたら、私は機関の暴走に巻き込まれて敗北。最悪の場合は死んでいたでしょう。当然、試合後に主人から怒られました。

 でもあの時は、そこまでしてでも彼女に向き合わねばと思えてしまったんです。

 

 彼女からしたら大きなお世話だったのかもしれませんが、私は彼女が「助けて」って言ってるように見えてしまったんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「クソっ!残り時間が……!」

 

 回向返照を発動した大淀との撃ち合いが始まってすでに一分近く。艤装を包む光はとっくに赤色に変わってるし、残り時間が50秒を切ってるせいで艤装が悲鳴を上げ始めてる。

 それなのに決定打が与えられない。今の私の装備じゃ、回向返照が切れる前に大淀を倒せない。

 それはイコール、私の敗北を意味する。でも……!

 

 「そんなの絶対に嫌!アンタに負けるくらいなら、あの人の命令を遂行できないくらなら!」

 

 アンタを道連れにして死んでやる。

 そう決めた私は、速力を維持出来る程度の力場を『脚』に回し、残りの全てを艤装の両端、船で言うと船首に相当する部分に集中して針路を大淀に向けた。

 回避されるかな?いや、普通に考えれば回避するよね。

 だってこの突撃さえ躱せば私は時間切れだもの。

 躱した後は、通常航行すらままならない私を砲撃なり雷撃なりで倒せば良いだけ。そんな余計なリスクを彼女が負うとは思えない。

 思えないけど、ここは大城戸さんの言葉を信じて彼女が余計なリスクを負うように仕向けて……。

 

 「って、何のつもり?」

 

 突進する気満々の私が残り300mの距離まで迫ってるって言うのに、大淀は両腕を真上に挙げて完全停止した。

 あれは何のポーズ?いや、あれはもしかして構え?

 あんな、ダイアモンドダストでもしそうな構えからどんな攻撃をする気なの?

 と言うか迎え撃つ気!?

 私からすれば、彼女を挑発するための元帥に対する悪口を言わないで済んだ分好都合だけど、ハッキリ言って馬鹿なんじゃないの!?

 

 『何のつもり?私は言いました。私が持てる全戦力、全戦技を用い、全力で貴女を迎え撃つと。故に私は避けません。貴女の全力を、私の全力を持って打ち破ります!』

 

 言い終わると同時に、大淀はその構えのまま真上に発砲。すると、文字通り天にも届く黄金の柱が現れた。

 アレは何?

 見た目的には磯風の聖剣に近いけど、内包している力は恐らく桁違い。それを、まるで大剣を掲げるように構えてるって事は……。

 

 『大淀式砲撃術その6。天羽々斬(あめのはばきり)

 

 やはり振り下ろしてきた。

 天羽々斬とはたしか、神代三剣の一つにも数えられる、須佐之男命が八岐大蛇退治に使った神剣である十拳剣の別名。

 ちょっとばかし大袈裟なネーミングじゃない?とも思うけど、恐らくは先の鎌鼬や姿見をベースとして磯風の聖剣を取り入れ、回向返照によって大和型戦艦を上回る力場出力を得た事で完成したと思われるアレは、正しく神剣の名に恥じない威力なんでしょうね。黄金に輝いてるのはたぶん、回向返照の残り時間が二分になった事を示す黄色い光がそのまま反映されたんでしょう。

 でも、私の方が残り時間が少ないとは言え力場出力はほぼ同等。ご大層な名前を付けようと、アンタの神剣と私の突進の威力は互角。

 ええ、やってやろうじゃない。

 これが最後。私の全てをアンタにぶつけてやる!

 

 「行っ…けぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 私を押し潰すように振り下ろされた天羽々斬と私の船首が、互いの距離が50mを切った辺りで接触し、砲撃にも引けを取らない轟音を辺りに響き渡らせた。

 このまま拮抗したままなのはマズい。

 なんとかしないと、あと十数秒後には私の回向返照が切れて目の前の大剣に斬り裂かれる。

 そんな目に遭うくらいなら……。

 

 「もう……どうにでもなれ!」

 

 私はトビウオで跳んだ。

 速力を維持出来る程度の力場しか回していなかったとは言え、通常を遥かに上回る『脚』でのトビウオで。

 その結果、私も船首を砕かれ、機関のみを残して両舷の艤装を失ったけど、大淀の大剣をへし折って彼女に肉薄することができた。

 このまま行けば、着水と同時に『装甲』すら大剣に回して無防備な彼女の顔面に拳の一つも叩きこめる。

 

 「なっ!?」

 

 はずだった。

 はずだったのに、機関の右側が爆発して私の針路を狂わせ、彼女の左を通り過ぎるだけで終わってしまった。

 私に残された最後のチャンスだったのに。彼女は両手を振り下ろした状態で、機関が爆発して針路が逸れなければ私の拳は届いていたのに。

 

 「クッ……ソ……あうっ!」

 

 着水して彼女に振り向こうとしたら、機関が更に爆発して私を海面に押し付けた。

 熱いし痛い。

 爆発の衝撃で内蔵でも痛めたのか血反吐まで吐いてしまった。しかもマズい事に……。

 

 「ふ、浮力が……このままじゃ私」

 

 轟沈。

 その二文字が頭をよぎった。

 右足の方から傾いてどんどん沈んでいく。『脚』を必死に作ろうとしてるけど、機関からの力場供給が安定しなくて上手くいかない。

 負けるくらいなら死んでも良いと思ったけどこんな死に方は嫌だ。せめて、せめてもう一太刀……。

 

 「掴まってください。貴女はこんなところで沈んではいけません」

 「大……淀」

 

 声がした方に顔を上げると、私のように背中の艤装から煙を噴いている大淀が腰まで海に沈んだ私に手を差し伸べていた。

 この手を掴めば助かる。

 でも掴んで良いの?この手を掴む事は敗北を認めるのと同じなんじゃないの?だったら……。

 

 「嫌よ!負けるくらいなら私は……!」

 「負ける?ああ、無線も壊れているんですね」

 

 無線?たしかに大淀の声以外は聞こえないけど、それが今何の関係が?

 いや、今の私達の状態を見れば勝敗は明らか。

 きっとすでに、大淀の勝利を告げるアナウンスが流れてるんだわ。

 

 「青葉さん。どうも阿賀野さんには聞こえていなかったようなので、さっきの判定をもう一度アナウンスしてもらってよろしいですか?」

 『了解ですー!え~とですね。誠に残念ですが、両者共にラインアウトのため失格処分となりました』

 

 自身の無線をスピーカーに変えたのか、大淀の右耳辺りから司会の声が予想外の結果と共に聞こえてきた。

 自分の勝利を私に告げさせて、ただでさえ負けたと思ってる私を死体蹴りでもするのかと思ってたのに……って、それは今はいい。

 それよりも今は失格処分の理由の方が気になる。

 

 「はぁ?ラインアウト!?いったいいつ!」

 『お二人が超ヤサイ人みたいになってすぐですー』

 

 ああ、つまり私も大淀も回向返照の制御に集中し過ぎて勢い余ってラインアウトし、しかも気付かずに戦闘を続けてたって事ね。なんて間抜けな……。

 あれ?でもそうなると……。

 

 「じゃ、じゃあ勝敗は……」

 『勝敗も何もないですが、強いて言うなら引き分けです!』

 「と、言うことです。なので、貴女は立派に与えられた任務を遂行しましたよ」

 

 そう言って、大淀は結果を理解しきれずに呆然としていた私の右手を掴んで、自分の『脚』の上に私を引っ張り上げた。

 

 「まだ理解できませんか?貴女が命じられたのは『負けないこと』だったのでしょう?」

 「え、ええ、たしかにそうだけど……」

 「だったら無事に任務完了です。引き分けなのですから貴女は()()()()()()()

 

 へたり込む私に、視線を合わせるようにしゃがんで彼女が言った「任務完了」と言う言葉が脳内に染み渡るにつれて、悲しくもないのに涙が溢れてきた。

 なんで涙が?

 勝てなかった事が悔しいの?それともあの人の命令を遂行できた事が嬉しいの?

 

 「阿賀野さん、大本営に来ませんか?」

 「だ、大本営に?阿賀野……が?」

 「そうです。貴女ほどの艦娘を呉で遊ばせておくのは惜しい。主人……いえ、元帥閣下なら貴女を効果的に使ってくれますし……それに、私は貴女と艦隊が組みたい。貴女が一緒なら、私は今以上に戦える気がします」

 

 これは夢だろうか。

 一緒に行動できる艦娘がおらず、常に一人で戦う事を余儀なくされてきた彼女が私なんかを誘ってくれてる。

 この人は呉で穀潰しとまで言われていた私を認めるどころか艦隊に誘い、必要としてくれている。

 誰かに必要とされたかった私からしたらこんなに嬉しい事は他にない。

 実際今の私は、この人の下で戦いたいとさえ思っている。

 

 「だからもう一度言います。大本営に、来ませんか?」

 「わた…しを……」

 

 必要としてくれるなら、何処までも貴女について行く。

 そう答えようとした私の目が、私達を救助するために近づいてると思われる哨戒艇、その船首から身を乗り出してる人に釘付けになった。

 そんな所で何してんのよ。

 貴方は観覧席で、他の提督やゲスト達と一緒に居るはずでしょう?

 

 「ズルいよ……」

 

 貴方が迎えになんて来なければ、私は大本営付きの軽巡洋艦になって偉ぶる事が出来たのに、私を心配してるような顔を見ちゃったらその気が失せちゃったじゃない。

 

 「ごめん、大淀……」

 

 せっかく貴方以外で、命を賭けて仕えても良いと思える人と会えたのに、私はその人に寂しそうな顔をさせてしまった。

 でも、ちゃんと断らなきゃ。断ってあの人のところに戻らなくちゃ。

 昔、まだ駆逐艦を嚮導していた頃に、私はあの子達にこう教えてたんだもの。

 鎮守府に帰るまでが任務です。って。

 だから本当にごめんなさい。私は大本営には行けない。だって……。 

 

 「私の提督が、待ってるから」

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 私のその返事を聞いて、大淀は寂しそうに目を細めて「なら、仕方ないですね」って言ってくれた。

 

 その選択を後悔した事はないか?

 ん~……無いかな。

 そりゃあ、駆逐艦達に慕ってもらえるかな、とか少し不安にはなったけど、試合を見に来てた二水戦の子達から何故か暖かく迎えられてさ。

 呉に帰ってからも、意外とすんなり駆逐艦達と打ち解けることができたわ。

 あの人も、私が根をあげるくらいこき使ってくれるようになったしね。

 

 ああごめん、やっぱり少しだけ後悔したかも。

 うん、大淀と一緒に戦う機会がなかったこと。

 そもそも所属が違うから仕方のない事なんだけど、彼女と一緒に戦う機会がなかった事が、私の唯一の後悔と言っていいかな。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元阿賀野型軽巡洋艦一番艦。阿賀野へのインタビューより。



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第百二十一話 幕間 大淀と元帥

十二章ラストです!

十三章開始はいつになるかな~。今月中には投稿したいな~って感じです(遠い目)


 

 

 

 

 

 

 円満さんに話しても信じてもらえないのですが、私と主人はよく喧嘩します。

 たいていは『どちらがより相手を愛しているか』が発端のくだらない喧嘩ですが、稀に本気で喧嘩……いえ、本気で叱る事があります。

 今回のコレは喧嘩とは言えませんが、阿賀野さんとの試合が終わり、捷一号作戦時以上の無茶をした私は病院で治療を受け、次いで運び込まれた病室(奇兵隊による護衛付き)でベッドの上に正座し、同じくベッドに正座した主人にお説教を受けています。

 

 「私が君に無茶をさせていることも、君がそれに応えようとしてくれていることもわかっている。だが今回のアレはやり過ぎだ。アレはぶっつけ本番で使うには危険すぎる」

 「申し訳ありません……」

 

 主人が言っている()()とは、阿賀野さんが試合の終盤で使った『回向返照』の事です。

 あの技の詳細を、お見舞いに来てくださった主人に話したらお説教が始まったと言う訳です。

 

 「今回は命まで失う羽目にならなかったからこれくらいにしておくが、次からはもう少し自分の身を労ってくれ。君にもしもの事があったら私は……。いや、なんでもない」

 

 この人は、私に自分の身を労れと言いながらも、単騎で連合艦隊規模の敵に突っ込めと命じたり、もしもの事があったらと心配しながらも、必要とあらば迷わず出撃を命じます。

 そんな、自分が言っている事が矛盾だらけである事にこの人は苦しんでいる。

 その苦しみが、私を兵器として鍛え上げ、道具として扱う自分への罰だと思っているんです。

 もっとも私からすれば、この人に頼られ、信じて使ってもらえる事は至上の喜びです。

 だから悩む必要も、苦しむ必要もないと言って差し上げたいのですが……。

 この人が苦しむことを望んでいる以上、私からそれを言うことはありません。

 ありませんが……。

 

 「妙にニヤけているな。怒られ足りないか?」

 「い、いえその!そういうわけではないのですが……。私が何を言っても、貴方には嘘ってすぐわかっちゃいますよ……ね?」

 「ああ。君は考えていることが顔にこれでもかと出るからな」

 

 ですよね。

 私が考えていることは貴方に筒抜け。私が貴方を想って、貴方の苦しみは必要のないモノだとおしえないようにしているのも気付いているのでしょう。

 今、貴方が私を想ってしてくれているお説教を、心の底から嬉しいと感じているのに気付いているように。

 

 「お説教されて嬉しいと感じるなんて、やっぱりおかしい……ですか?」

 「まあ、説教されて嬉しいと思う奴は稀だろうな」

 「ふふ♪でも私は、朝潮だった頃から貴方に叱られるのを夢見ていたんですよ?」

 「それはまた物好きな……」

 

 主人は照れ臭かったのか、帽子を目深に被って顔を隠してしまいました。

 でも、私が貴方に叱られたかったのは本当です。

 だって、私が朝潮として横須賀に居た間、貴方は一度も私を叱ってはくれませんでした。

 私がどんなに無茶をしても、貴方は今みたいに叱ってはくれませんでした。

 きっと、私が桜子さんのようにイタズラをしても、貴方は苦笑いをするだけで叱ってはくれなかったでしょう。

 

 「ずっと、桜子さんが羨ましかった……。私は、貴方に叱ってもらえる桜子さんが羨ましくて仕方ありませんでした。妬んでいたと言っても良いほどに」

 「君とアイツは違う。君はアイツのように、私を困らせるようなことはしなかったじゃないか」

 「それでも……」

 

 叱って欲しかった。

 貴方に叱ってもらうためにイタズラしようと考えたこともありますし、桜子さんのように一日中、執務室のソファーで寝てみようかなと思った事もあります。

 結局行動に移すことはありませんでしたが、当時の私は、叱ってもらう事で貴方との心の距離が縮まると本気で考えていたんです。

 

 「実際、その通りでしたし」

 「俺ぁ叱るんは苦手なんじゃがのぉ」

 「あら、そう言う割に慣れてらっしゃいますよ?お尻を叩くのも上手ですし」

 「君の尻を叩いたこたぁないじゃろうが!変な誤解を生むようなことを言うんはやめぇ!」

 「誤解もなにも事実じゃないですか。最後に叩かれたのはたしか……」

 「わかった!それ以上言うな!外には護衛の兵がおるんぞ!?」

 

 護衛の人たちが居るのはわかってますが、士官服姿の時に貴方が素に戻るのは稀なので、ここでやめるのは少し惜しい気がします。

 なのでもうちょっと……。

 

 「もうちょっとからかおう。とか考えちょらんか?」

 「はい♪例えば、今の私は病院着姿ですが、どうです?」

 「どうです?とは?」

 「ムラムラしません?弱っているプラス、この病院着一枚しか身に着けていない私にムラムラしちゃいません?」

 「ふむ、確かに病院着一枚でベッドの上に正座している君は普段とは違う魅力がある。病的な美しさと言えば良いのか、儚さと所々に巻いてある包帯が良いアクセントになって嗜虐心をそそられる。もし俺がもう20若ければ我慢できず襲っ……って、何を言わせる!まさか誘っちょるんか!?」

 

 誘っているかそうでないかと言われれば誘っています。

 いえ、私は桜子さんと違って年がら年中発情している訳ではありませんが、今は戦闘を、しかも全力を尽くした戦闘を終えたばかりで昂ぶった身体が冷めていません。

 しかもここ一ヶ月は、主人が多忙だったために夫婦の営みを満足にする事が出来なかったのでちょっと、いや少し、いいえそれなりにムラムラしているだけなのです。

 

 「そう言えば君と結婚して1年以上になるが、新婚の割に淡泊な生活をしていたな。すまん……」

 「謝らないでください。貴方が多忙なのは朝潮だった頃から存じていましたし、それを承知で私は貴方との入籍を望んだんです。だから、今の生活に不満はありません」

 

 少し嘘をつきました。 

 今言ったように生活に不満はありませんが、()()には不満があります。

 私達の場合は主人の仕事の都合上、どうしてもそう言った営みが可能になるのは深夜になります。

 ですが私は21時には強制的に眠りに堕ちてしまいます。お昼寝をすれば多少は夜更かしできるのですが、秘書艦を務めている都合上、主人だけ働かせて私だけ呑気に寝るわけにもいきません。

 故に、私達は夫婦でありながら、他人様からしたらとても夫婦には見えないような暮らしをしているのです。

 

 『それではこれより、本日の第二試合を開始しまーす!』

 「おっと、もうそんな時間か」

 「行って……しまわれるのですか?」

 

 青葉さんによる第二試合開始のアナウンスを聞いて、主人はベッドから降りて身嗜みを軽く整えました。

 これから主人は観覧席に戻り、円満さんたちと一緒に海外からのゲスト達と試合を見なければならない。それが、この人の今日のお仕事。

 そんな事はわかっているに、昂ぶった身体と怪我のせいで弱った心がそれを邪魔しようとしています。

 いえ、邪魔したい。

 行ってほしくない。一緒に居てほしい。もっと貴方とお話ししたい。手を握っててほしい。抱きしめてほしい。いや、抱いてほしい。

 そんな、人と言うより生物の本能とでも言うべきモノが、私の心も身体も支配しています。

 

 「無理を言って抜けてきたからな。私が居なくても円満たちが上手くやるだろうが、あまり長く席を立っている訳にもいかん」

 「そう……ですよね」

 

 この人は海軍の顔。

 その主人がゲスト達をほったらかしに出来ない事は百も承知ですし、ここにも無理をして来てくれた事もわかっています。

 いつもの私なら、顔には出ているでしょうが引き留めるような事は言いません。

 でも今日は……。

 

 「わ、私は今怪我をしています凄く痛いです!」

 「それはわかっているが……」

 

 この人は私が何を言いたいのかわかってる。怪我が大して痛くないことにもきっと気付いています。

 でも、軍人として振る舞っている時の貴方が何を考えているのかはわかりませんが、それ以外の時の貴方が何を考えているのかはわかります。本当は私と一緒に居たいのに、責任感がそれを邪魔している。

 今の貴方は、珍しい私の我が儘を聞いて元帥としてこの場を去るか、夫としてこの場に残るかで悩んでいます。

 ならば、私は……。

 

 「あ、あの!」

 「ん?どうした?」

 「その……。ふしだらだと思われるかもしれませんが……えっと」

 

 言葉が思い浮かばない。

 ストレートに「抱いてください」って言えば良いのかしら。それともちょっとお茶目に「セ〇クスしよ♪」って……いやいや、これは私のキャラじゃありませんね。

 だったら「オッパイ揉む?」とかはどうでしょう。

 自慢できるほど大きくはありませんが、少なくとも円満さんよりは確実に有るのでそれなりに揉めます……いや、やっぱりこれも私のキャラじゃありませんね。

 それなら無言で服を脱ぐのはどうでしょう。

 主人は脱がれるより脱がす方がお好きなので多少趣味から外れますが、逆に言えば普段とは違うシチュエーションに興奮してくださるかもしれません。

 よし、これで行きましょう。

 病室のベッドの上で、病院着を恥じらいながら脱ぐ怪我で弱った私と言う、いつもでは有り得ないシチュエーションは新鮮かつ背徳感満載。

 いくらお堅い主人でも、それならお猿さんのように私を求めてくれるかもしれません。

 あ、でもその前に

 

 「排除してきます」

 「いや、何をだ?もしかして護衛の兵達か?」

 

 その通りです。

 主人から聞いただけなので自覚はありませんが、私は()()()()()が大きいらしいので外に人がいたらその人達に丸聞こえになってしまいます。

 さすがにそれは恥ずかしいので物理的に排除しようと思ったのですが……。

 

 「少し待てるか?」

 「え?はい、少しだけなら……」

 

 私の答えを聞くと、主人は士官服の内ポケットからスマホを取りだしました。誰かに電話でもかけるおつもりなのでしょうか。

 

 「澪か?私だ。円満は今……。そうか、なら君から円満に「所用が出来たから一時間ほど戻るのが遅れる」と伝えてくれ」

 

 それだけ言って、主人は通話を切りました。

 私の我が儘を叶えるために、一時間も貴重な時間を作ってくれたことに感動しすぎて今すぐ抱きつきたい衝動に駆られていますが、主人は右手で私を制して「もう少しだけ待ってくれ」と言って病室から出て行きました。

 護衛の方たちを遠ざけるのでしょうか、それとも耳栓でもしてろと命じに行ったのでしょうか。

 

 「待たせたな……。っと、待ちきれなかったか」

 「はい、私はもう限界です」

 

 私は恥も外聞もなく、病室に戻ってきた主人に抱きつきました。

 私から脱いで迫るつもりだったのですが、せっかく立てたプランも実行できないほど私は昂ぶっていたようです。でも、これだけは言っておかないと。

 

 「ごめんなさい、あなた。私は我が儘な妻です」

 「謝らんでくれ……。むしろ君の我が儘が聞けて嬉しいくらいじゃ」

 「でもお仕事が……」

 「俺を見くびるなよ?女房が弱っちょる時に傍に居てやるくらいの甲斐性はあるつもりぞ?それに、今日は君の誕生日だしな」

 

 そこから先は言葉など不要でした。

 唇を重ね合い、主人に身を任せて、私は戦闘の時以上に全身全霊を賭けて、愛するこの人を受け止めました。

 軽巡洋艦大淀ではなく、この人の妻として。

 彼を愛する、一人の女として。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 大淀の妊娠が発覚したのはその次の年だったんだけどさ。普通に計算すれば、私の弟を大淀が身篭もったのは大会の最中かその前後なのよ。

 

 で、気になった私は大淀に直接聞いてみたわけ。

 うん、ストレートに「いつヤった?」って聞いたわ。

 もちろん大淀は素直に答えなかったんだけど、あの日、大淀が入院した日に、護衛につけていた奇兵隊員がお父さんから妙な命令をされたと私に報告したのを思い出したの。

 

 どんな命令か?

 簡単に言うと、大淀の病室があったフロアへ誰も近寄らせず、護衛の隊員にも耳栓をしろって命じたらしいわ。

 

 ここまで言えばわかるでしょ?

 あのクソ親父、寄りも寄って病室で大淀に種付けしたのよ。

 

 まあ、弟が出来たのは素直に嬉しかったし、二人とも幸せそうだったから「病室でナニしてんだ」とか「いくら艦娘だからって、子供まで工廠で建造しなくてもいいんじゃない?」なんて無粋な事は言わなかったわ。

 

 って言うか、言えなかった。

 お父さんも大淀も子供を望んでたし、それ以上に、大淀が身篭もったと聞いた時のお父さんが心底安心してるように見えたんだもの。 

 

 たぶんお父さんは、大淀を自分の復讐を成就させるための剣として鍛えながらも、出撃させなくても済む口実をずっと欲しがってたんじゃないかな。

 

 まあ残念ながら、その口実が通用する期間中に戦争は終わらなかったんだけどね。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長。神藤桜子大佐へのインタビューより。

 




 




 次章予告。

 満潮よ。
 今回はお姉ちゃんの代わりに私が予告するわ。

 大会も後半に突入し、日本艦娘の出鱈目さに呆れながら感心する海外艦達。
 でもガングートさんだけは、何故か懐かんしんでいるように見えるわね。日本艦に知り合いでもいるのかしら。
 でもやっぱり予定通りに進行しないのが横須賀流。
 飲み比べは始まるしジャービスは壊れちゃうし、終いには哨戒に出ていた駆逐隊から入った敵艦隊発見の報を聞いて、円満さんがたまたま工廠にいたメンバーを出撃させちゃうわ。
 そのメンバーが、後の決戦で大きな役割を果たすメンバーになるとは思いもせずに。

 次回、艦隊これくしょん『運命(さだめ)と定めの序曲(オーヴァチュア)

 私、なんで予告なんてさせられたのかしら……。


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第十三章 運命と定めの序曲《オーヴァチュア》』
第百二十二話 弱きを助け、強きは完膚無きまでに叩き潰す


なんとか間に合った……。

と言う事で十三章の投稿を開始します!


  

 

 

 

 『響』になった子が二人しかいないのはご存知ですか?ええ、初代響と私が一緒に戦った響の二人です。

 

 初代響はどんなに過酷な状況からも生還し、多少の怪我なら気にせず出撃する様から『不死鳥』の通り名で呼ばれていたそうです。

 もっとも、ネームド艦娘なんて言葉が出来る前の事なので、彼女がそう呼ばれていたことを知っている人は限られていましたけど。

 

 私が四代目『暁』として着任した次の年に彼女は引退したんですが、彼女は私の頭を撫でながら「今日から暁が長女なんだから、しっかりするんだよ」と言って鎮守府を去って行きました。

 

 その後の消息は知りません。

 誘拐されたとか他国に渡ったなんて噂は聞きましたが本当の事はわからないままです。

 

 でもあの人に会った時に、妙に懐かしい感覚に包まれたのを憶えています。

 はい、艦種別国際艦娘演習大会の最中です。

 その二日目の第二試合が始まる少し前だったでしょうか、哨戒から戻って工廠に艤装を預け、さあ出店巡りだ!って言いながら姉妹達と工廠から飛び出た時にあの人とぶつかっちゃったんです。

 

 正直怖かったです。

 だって一瞬、「あぁん?」って感じで睨まれたんですもの。でも彼女は、ぶつかったのが私だと気付くと不思議そうな顔をして少し悩んだ後、クスリと笑って私の頭を撫でながらこう言いました。

 「立派なレディーになったじゃないか」って。

 

 その時は意味がわからなかったんですが、どうも私は無意識に他の三人を庇うように両手を広げてたらしいんです。

 きっとあの人は、私が彼女から妹たちを守ろうとしてたんだと思って褒めてくれたんでしょうね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元特Ⅲ型駆逐艦 一番艦 暁へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 「この辺で良いか?」

 「ええ、こんな人気のない所にご足労願って申し訳ないわね。ガングート」

 「心にも無いことを。貴様はそんな事を気にする女じゃなかったじゃないか。なあ?桜子」

 

 ()()()()

 妙な言い方をするわね。まるで、私の事を以前から知ってるみたいな言い方じゃない。

 工廠の近くで六駆の子達に声をかけてたから万が一を考えて殺気をぶつけ、倉庫街の一角まで誘い出したけど、もしかして誘い出されたのは私の方だったのかしら?

 

 「それなりに見て回ったが、艦娘はだいぶ入れ替わってしまっても建物はほとんど変わっていないな。貴様が仕掛けた看板トラップを見つけた時は笑いを堪えるのに往生したよ」

 「アンタ、昔ここに居たの?」

 「ああ、ほんの4年前まで、私は艦娘としてここに居た」

 

 相変わらず美味そうにパイプから煙を吸い込むガングートが4年前までここに居た?しかも横須賀所属の艦娘として?

 どの子だろう。

 今から4年前と言えばちょうどハワイ島攻略戦の頃。その前後に解体されたのかしら。

 でも、もし本当にそうなのなら、どうして今も艦娘でいられる?しかも他国、露国の戦艦として。

 

 「貴様は憶えていないようだが、私と貴様は過去に何度も会っているんだぞ?」

 「へぇ、そうなんだ。申し訳ないけど、私には全く覚えがないわ」

 

 妙な懐かしさは感じてるけどね。

 でも私が艦娘時代に関わった子は限られてるし、死んでしまった二人を除いて他は全ている。

 もしコイツが過去に私と会ってたと言っても、私的には風景と大差なかったんでしょうね。

 

 「初めて見たのは呉の食堂だったか。貴様が軽巡洋艦を半殺しにした日だ」

 「そんなに前!?」

 

 当時の呉にいたって事は、コイツはいずれかの艦の初代。しかも、4年前に解体されたと仮定するなら10年選手って事になる。

 それだけ長い間艦娘をやってた子なら記憶に残ってても良いはずなんだけど……。う~ん、思い出せない。

 

 「貴様が当時の朝潮と喧嘩しているのも見たことがあるし、食堂で天龍を殴り飛ばしたのも憶えてる……。思い出すとどうしても懐かしく感じてしまうな」

 

 昔の私を知っている自称元横須賀所属の艦娘。

 でもコイツが今言った内容は私の自伝に書いてあることだから、知ろうと思えばすぐに調べがつくことばかりだわ。

 その程度の情報を知ってるからって、コイツが横須賀に居たことを信じる根拠にはならない。

 

 「アンタ、誰?」

 

 だからストレートに聞いてみることにした。

 するとガングートは、待ってましたとばかりに姿勢を正して名乗りを上げた。今の艦名ではなく、かつての艦名を。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 これは円満にも話さなかったんだけど、ガングートを初めて見た時に妙な懐かしさを感じたわ。

 

 ガングートも、歓迎会の時に私を懐かしそうに見てたからたぶん私の予想は合ってると思う。

 

 ええ、彼女は昔の知り合い。いえ、戦友だった。

 色々と事情があって艦名は言うことができないけど、彼女は間違いなく、天龍だった頃の私が可愛がっていた駆逐艦の一人だったわ。

 

 それを確信したのは、ガングートが神風の試合を嬉しそうに眺めてるのを見た時よ。

 

 何を考えてたのかまではわからなかったけど、私には彼女が「相変わらずだな」って思っているように見えたから。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐。辰見 天奈大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「それを信じる根拠は?」

 「無い。だが事実だ。FSBは……いやタシュケントは駆逐艦響を誘拐する」

 

 ガングートがかつての艦名を私に告げ、私が「そんな奴も居たわね」なんて物思いに耽ろうとしたら、それを邪魔するようにFSBが計画している艦娘誘拐計画を私に話した。

 でも、どうして響?

 他にも誘拐すべき艦娘はいくらでも居るのに、どうして日本に喧嘩を売るような真似までして響を誘拐しようとしているのかしら。

 

 「かつての実艦の響が、戦後に露国へ売却されたのは知っているな?」

 「へぇ、そうなんだ。初めて知ったわ」

 「おいおい……。自国の艦の艦歴くらい……」

 「興味あると思う?」

 「いや、ないだろうな。仕方ない、あまり時間はかけられないからザッと説明するぞ」

 

 別に説明しなくても良い。

 と、止めようかと思ったけど、ガングートは構わず説明を始めた。

 彼女曰く、特Ⅲ型駆逐艦二番艦 響は、戦後に当時はソビエト連邦だった露国へ売却されてヴェールヌイに改名され、数奇な艦生を送った後に海軍航空隊の標的艦にされて海の底に沈んだらしい。

 そしてその艦生こそが、露国が響を欲している理由だとも。

 

 「単刀直入に言えば、露国は響をヴェールヌイに改装して自国の艦娘として使う気だ」

 「できるの?今の響もけっこう高い練度だったはずだけど、そんな改二改装的な事ができるなんて聞いた事がないわよ?」

 「露国のお偉方はできると確信しているらしい」

 「その理由は?」

 「艦娘が祖先の経歴如何で成れるかどうかが決まるからだ。実際、私は生まれも育ちも日本だが、父方の曾祖父と母方の祖父の経歴のせいで日本の駆逐艦と露国の戦艦両方の適性を得た。ならば逆も有りではないか?と言うのがお偉方の見解だそうだ」

 

 ふむ、つまり艦娘になる者の縁が大きく影響するのなら、艦の経歴も相応に影響するって考えたのね。

 だから駆逐艦響が戦後とは言えヴェールヌイになったんだから、艦娘として響もヴェールヌイに改装できると踏んでそれを確かめようとしてるってことか。

 でも一つ気になる。

 どうしてコイツはそんな情報を私に教える?しかも、響誘拐計画のオマケ付きで。

 

 「何を企んでるの?」

 「企みなど無い」

 「じゃあなんで、私に誘拐計画なんて話したの?」

 

 そんな話を聞けば、本当だろうと嘘だろうと私は邪魔をする。いいえ邪魔どころか、アンタらFSBの関係者を根刮ぎ日本から追い出すわ。

 そのくらい、私の事を知ってるんなら想像がつきそうなものだけど……。

 

 「私と同じ想いをさせたくない……。じゃあダメか?」

 「同じ想い?じゃあ、前にFSBが攫った元艦娘って……!」

 

 アンタのこと?って続けようとした私を、ガングートは悲しげに目を細めることで止めて「ああ、私だ」と答えた。

 そして、誘拐を阻止するために協力してくれって言った後、眉をへの字に歪ませて「だから、()()()()を助けてくれ」と言ったわ。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 元艦娘が誘拐される事件は意外と多かった。

 髪を染めたり、カラーコンタクトを入れたりした自称元艦娘が増えるまではな。

 

 我々海軍も……ん?なんだ?陸軍じゃないのかだと?

 ああ、君は自分が陸軍に出戻りした後で艦娘になったのか。だったら知らないのも無理はない。

 

 話を戻すが、正化29年末のハワイ島攻略戦が、いや正確には平成元年に三軍の構造改革が成功するまで、元艦娘が誘拐されていると言う事実を知ってはいても海軍は表立って介入する事ができなかった。

 陸軍に邪魔されてな。

 

 そうだ。

 元艦娘の監視、及び有事の際の護衛、保護は陸軍の仕事だったのさ。

 にもかかわらず、当時の陸軍はその任を蔑ろにし、幾人もの元艦娘の拉致、誘拐を許した。

 それだけならまだしも、金銭と引き換えに協力する者まで居た始末だ。

 彼女も、そんな陸軍の被害者の一人だった。

 

 桜……神藤大佐が彼女に協力したのは同情もあったんだろうが、本当は腹が立ったからだろうな。

 いや、ある意味復讐か?

 

 うん、そっちの方がシックリくるな。

 神藤大佐は陸軍に売られ、利用された彼女に同情すると同時に、陸軍に復讐する絶好の機会を得たから協力したんだろう。

 

 何せ彼女も、昔は陸軍に煮え湯を飲まされていたからな。

 

 

 ~戦後回想録~

 現陸軍元帥へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 私は陸軍が嫌い。

 その気持ちは三軍の粛清が終わって、お父さんの命令で陸軍参謀本部に移った少佐……じゃないや、少将が実権を握っている今でも変わっていない。

 陸軍が喧嘩を売ってくるなら喜んで叩き潰すし、アイツらのせいで酷い目に遭った人がいたら全力で肩を持つ。

 例え私怨だと言われてもね。

 

 「いいわ。協力してあげる」

 「本当……か?」

 「なによ、まさか私の言う事が信じられないって言うの?」

 「い、いや、こうもアッサリと要請を受け容れてくれるとは……」

 「思ってなかった?なんで?」

 「なんでってそりゃあ、私の今の立場を考えれば当然……」

 

 罠を疑って当然。ってところでしょ?

 確かに、今のアンタがFSBに所属している事実を鑑みれば、さっきまでの話は私の同情を買うための作り話。

 だとするならこの要請は私の、もしくは奇兵隊の護衛に裂く人員のウェイトを響に偏らせ、本命の艦娘の護衛を薄くするのが目的だわ。

 でもね、ガングート。

 アンタは奇兵隊を、いや私を見誤っている。

 私が最優先すべきは艦娘を護ること。

 誘拐される危険性があるなら全力で阻止するし、助けを求められれば日本艦だろうが()()()だろうと助けるの。

 だから私は、助けを求めてきたアンタにこう言ってやるわ。

 

 「弱きを助け、強きは完膚無きまでに叩き潰す。それがこの桜子さんだからよ。だから、安心して私に任せなさい!」ってね。

 

 



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第百二十三話 唯一にして最高の戦果

 

 

 

 足柄が今何をしてるか?

 さあ?相も変わらず婚活に勤しんでるんじゃない?

 

 いや、長い休みが取れた時は礼号組で集まったりするけど、あの人って自分の近況ははぐらかしてまともに教えてくれないのよ。

 

 私?

 私はご覧の通りよ。

 楽な仕事じゃないけど、保育士の仕事は天職だと思ってるわ。まあ、子供達を園長の魔の手から護るのが大変だけどね。

 いや、本当に大変なんだったら!

 私には、大淀みたいにあのゴリラを素手で撃退するなんて無理だから!

 

 え?話を戻せ?

 別に戻すのは良いけど、さっきも行ったとおり私は知らないわ。知ってるとしたら……大淀か羽黒さんあたりかしら。

 大淀は艦娘だった頃から足柄と個人的に仲が良いし、羽黒さんはたしか、足柄とは叔母と姪の関係だったはずだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元朝潮型駆逐艦十番艦 霞へのインタビューより

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 私の対戦相手が()()足柄だとビスマルク姉様から聞かされたときは柄にもなく興奮した。

 それはビスマルク姉様も同じで、できることなら代わりたいとすら言ってたっけ。

 

 『どうしたの?そんな温い砲撃じゃあ、この私には擦りもしないわよ!』

 

 わかっています。

 私たちが調べた貴女の情報が確かなら、こんな様子見の砲撃なんか擦りもしません。

 本当なら様子見なんてせず、最初から全力で貴女にぶつかりたいと思っていたんですけど、日本の艦娘が囁いていた貴女の噂を聞いて、貴女が本当に()()足柄なのか確かめたくなったんです。

 本当に貴女が、私とビスマルク姉様が取り逃がした、恩師である先代アドミラル・グラーフ・シュペーの仇だった姫級を沈めた、()()足柄なのかどうかを。

 

 「いくつか、質問していいですか?」

 『はあ!?戦闘中に質問ですって!?』

 「はい、どうしても確かめたいことがありますので」

 

 足柄さんが少しだけ砲撃の手を緩めた。

 これは質問しても良いって事かな?だったら遠慮なく質問させてもらうとしましょう。

 私だけじゃなく、ビスマルク姉様も真実を知りたがってるはずですから。

 

 「貴女が『熟れた狼』とか『妙齢型』と呼ばれているのは事実……って、わぁっ!びっくりしたぁ!急にガチで当てないでくださいよ!」

 『うっさい!喧嘩売られて当てずにいられるほど私は人間できてないのよ!』

 「いや、喧嘩売ったつもりは……」

 

 ないんだけどなぁ。

 私はただ、貴女の事を調べる過程で聞いた貴女の噂が事実かどうかを確かめたかっただけなんです。

 例えば、歯がギザギザした駆逐艦が「足柄さん?あ~……相変わらず男を追っかけ回してるって聞いたなぁ。もう『餓えた狼』じゃなくて『熟れた狼』って歳なのに」って言ってたのや、さっきの試合で大暴れしてたメガネの軽巡が「彼女、結婚に焦ってるみたいで……。ほら、今の妙高型で一番長いのが彼女ですから、彼女は他の三人とは別に『妙齢型』などと呼ばれてるんです」って言ってたのが気になったんです。

 

 『私だって結婚したいのよ……。でも追えば追うほど逃げていくのよ!』

 「ちょ、ちょっと足柄さん、少し落ち着い……」

 『落ち着いいられるか!アンタみたいなピチピチのティーンエージャーと違って私には後が無いの!私とアンタとじゃ背負ってるモノの重さが違うのよ!』

 

 ダメだ。

 質問の順番を完全に間違えました。

 どうも先にした質問内容は彼女にとって地雷だったらしく、砲撃だけじゃなく魚雷まで乱射しながら突っ込んで来てます。

 私はTeenagerじゃない。ってツッコんでも聞いてくれなさそうなくらい怒ってるなぁ。困ったなぁ。

 

 「しょうがない。こうなったら不本意だけど、戦闘不能にしてから確かめよう!うん!そうしよう!」

 

 機関出力全開。回避運動は妖精に一任。各砲門、重巡足柄へ照準、指示を待ちなさい。それでは、本艦はこれより反航戦を開始します。

 

 「みんな!(Alle!)準備は良い?(Bist du bereit?)重巡(Schwerer Kreuzer)Prinz Eugen!突撃します!(Ich werde dich berechnen!)

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 姉さんの居場所ですか?

 神奈川に住んでいるのは知っていますが、詳しい住所までは私も知りません。

 はい、姉さんとはお盆とお正月に会う程度なので……。

 

 え?叔母なのに姉さんと呼んでるのが不思議?

 だってそう呼ばないと怒られるんですもの。

 私は姉さんがリンガでコンビを組んでいた先代の羽黒と入れ替わりで羽黒になり、その後リンガに配属されて姉さんと再会したんですが、出会い頭に「もしかして叔母さんですか?」って言ったらラリアットからの腕ひしぎ十字固めの洗礼を受けました。

 

 はい、父母から聞いていた姉さんのイメージとはかけ離れていたので、きっと間違えたから怒られたんだって思いました。

 

 でもよくよく話を聞いたらやはり叔……姉さんで、あの性格になったのは長い間戦地に居たせいだと無理矢理納得させられました。

 

 今でも独り身なのか?

 そのはずですよ?

 姉さんが結婚したという話は聞いていませんし、誰かとお付き合いしているなんて話も聞いたことがありません。

 

 ただ……。

 艦娘だった頃はお婿さん探しに余念がなかった姉さんが、終戦してから最初のお正月に会った時に妙な事を言ってたんです。

 

 ええ、私の両親や親戚の皆さんに「そろそろ結婚したら?」とか「良い見合い話があるんだけどどう?」などと言われても無反応で、それどころか帰り際にこう言ったんです。

 

 はい、ハッキリと「結婚する気はない」と言いました。

 

 

 ~戦後回想録~

 元妙高型重巡洋艦四番艦 羽黒

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ねえビスマルク、いくつか聞きたいことがあるんだけど……良い?」

 「構わないわ。何でも質問してちょうだい」

 「じゃあ単刀直入に。彼女、艦体指揮を使ってるでしょ」

 

 足柄とプリンツ・オイゲンの本格的な砲雷撃戦が始まって十数分。見てる内に感じた違和感、いや既視感の理由が知りたくて、真っ昼間なのにブルスト片手にビールを呷っていたビスマルクに直接聞いてみた。

 

 「カンタイシキ?あ~、不可視の船員(Unsichtbare Matrosen)の事をJapanではそう呼ぶのね」

 

 う、ウンジヒバー・マトローゼン……だと?

 何それカッコイイ。

 技の内容は恐らく同じはずなのに、なんだか妙な敗北感に襲われたわ。

 今からでも改名しようかな……。

 真似したようで癪だけどインビジブル・セイラーとか……いやいや!そんな事は今どうでもいい!

 

 「ええ、妖精さんと五感を共有して五感と思考速度を強化、及びセミオートでの艤装操作を可能とするのがソレだって言うんならね」

 「なら間違いないわ。私とオイゲンが使うUnsichtbare Matrosenと、貴女が言うカンタイシキは同じモノよ」

 

 コイツ、サラッと自分にも可能だって言いやがったわね。まあ、妖精さんとコンタクトが取れてる時点で、もしかしてとは思ってたけど。

 

 「エマ。もしかして貴女、元艦娘?」

 「ええ、貴女やプリンツ・オイゲンとは違って駆逐艦だけどね」

 「あら、随分と卑下するのね。駆逐艦が戦艦や重巡洋艦に劣るとでも?」

 

 まさか。欠片も思ってないわ。

 と、私は口には出さずに肩を竦める事で答えた。

 私が自分より立場の低い駆逐艦だったと知り、かつ卑下しているように演じれば鼻高々で色々と語ってくれると思ってたのに……当てが外れちゃったわね。

 

 「腹の探り合いは無しにしない?他の国はどうか知らないけど、少なくとも私は日本との同盟を望んでいるわ」

 「ありがたいお言葉ですが、私は立場上、貴女の言葉をはいそうですかと鵜呑みにする訳にはいきません」

 「それは理解してるわ。だったらそうね……エマはお酒が好きよね?」

 「ええ、あまり大っぴらに言えませんけど大好きです」

 「だったら話が早いわ。呑み友達から始めましょうよ。今晩あたりどう?」

 

 ふむ、誰にも邪魔されないところで二人で腹を割って話そうって暗に言ってる?それとも言葉通り、私とただ友人関係を築きたいだけ?

 

 「ちょっと待ってくれMs.Bismarck!エマには俺との先約が……!」

 「あら、だったら貴方も来れば良いじゃない」

 「い、良いのか?」

 「ええ、二人より三人の方が盛り上がるでしょうし、貴方がカリブ海の棲地を壊滅させた時の話も聞きたいと思ってからちょうど良いわ。まあ、エマが良いと言えばだけど」

 

 私にビスマルクが恋人関係を迫るとでも誤解したのか、私たちの間に身体ごと割って入ったヘンケンに対して、ビスマルクはあっけらかんと言った様子であっさりOKを出した。

 後は私の返事次第なんだけど……。

 縋るような目で私を見下ろされたらダメとも言えないわよね。

 

 「じゃあ、食事会が終わったら三人で呑みましょ。場所は……鳳翔さんの所で良い?」

 「私は構わないわ」

 「お、俺もそれで良い」

 

 ふふ♪焦った姿を見せたのが恥ずかしかったのか、ヘンケンったら帽子を目深に被ってそっぽ向いちゃった。

 他人が見たら、同性との呑み会すら許さない狭量な人に映るんだろうけど、そんな誤解を受けかねないほど必死に私を求めてくれる彼の行動には好感が持てるわ。

 ビスマルクだって「あらあら、随分と愛されてるわね」なんて言ってクスクス笑ってるし。

 

 「ん?いつの間にか形勢が傾いてるな」

 「試合が?ああ、言われてみればそうね」

 

 照れ隠し?

 と思ったけど、ヘンケンの視線に釣られてモニターに目をやると、彼が言う通り形勢が傾き始めていた。

 足柄が押されるという形で。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 正直、期待外れだったな~。

 いや、確かに足柄さんは強かったよ?強かったけど、Unsichtbare Matrosenを使った私の敵じゃなかったんだもん。

 

 でも、違和感は感じてました。

 その時は、私に押されて焦っただけだろって思ったんだけど、後になって体調が悪かったんじゃないかなって思い直したんです。

 

 じゃないと説明がつかなかったんですよ。

 試合の後に足柄さんと同じ泊地にいた羽黒さんから、私と姉様が追ってた隻眼の軽巡棲姫を沈めたのは足柄さんで間違いないと確認できた事で余計でもそう思いました。

 

 それに、その軽巡棲姫を倒した時に使ったって羽黒さんが言っていた『餓狼』と呼ばれる技も結局出さなかったんです。

 

 詳細を聞いてゾッとしましたよ。

 もし彼女がソレを使っていたら、あの時の状況からでも余裕で逆転できたんですから。

 

 はい、どうしてあの時手を抜いたのかが知りたくて、青木さんに同行して彼女を訪ねる事にしたんです。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Admiral Hipper級重巡洋艦 3番艦 Prinz Eugenへのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「どうして『餓狼』を使わないんだろ。アレなら、今の状況だって覆せるのに」

 「ガロウ?何ソレ」

 

 観覧席で円満さんとヘンケン提督、そしてビスマルクさんが何か話してるのを目の端に捉えながら霞さんと試合を見てたら、霞さんが不思議そうにそう呟いた。

 使うって言うくらいだから、霞さんが言ったガロウとやらは足柄さんの必殺技的なモノなのかしら。

 

 「簡単に言えば恵の『深海化』やアンタの『姫堕ち』と似たようなモノかな。但し、アレはぱっと見深海化してるように見えない。見た目的には、先の試合で大淀と阿賀野さんが使った回向返照に近いわ」

 

 ふむ、霞さんの言葉から予想するに、足柄さんの『餓狼』とは艤装の核になっている深海棲艦の力を艤装にではなく、力場に上乗せするって感じなのかしら。

 

 「使えない理由があるんじゃない?例えば……見た目は変わらなくても深海棲艦の力を公衆の前で使うのはマズいとか考えたんじゃない?」

 「有り得なくはないけど……。足柄は勝つためなら死すら厭わない人よ?こんな公衆の面前で負けるくらいなら迷わず使うと思うわ」

 

 ふぅん、足柄さんってそういう人なんだ。

 勝つためなら死んでもいいなんて考えは桜子さんや神風とは真逆。喧嘩にまではならないと思うけど馬は合いそうにないわね。

 

 「あの人ってさ、負け続けの人生だったんだって」

 「負け続け?」

 「そう、負け続け。礼号作戦の後に聞いたんだけど、スポーツや勉強はもちろん、恋愛などなど、大事な勝負事の時はあと少しって所で誰かに負けてたらしいわ。体調不良とか色々な事が最悪のタイミングで訪れてね。そのせいか知らないけど、艦娘になってリンガに配属されてしばらくは軽い対人恐怖症になってたそうよ」

 「へぇ、今のあの人からは信じられないわね」

 

 彼女と付き添いの羽黒さんが横須賀に滞在している間過ごしてもらう部屋に案内したのは私なんだけど、その時受けた印象は気さくなお姉さんって感じだったかな。誰とでもすぐ仲良くなれそうとも思ったっけ。

 そんなあの人が元対人恐怖症とはとても……。

 

 「同性相手で、かつ慣れたら今みたいに気さくに接することができてたみたいだけど、相手が男性になると目を合わせるのも無理だったんだってさ」

 「それ、本当?だってあの人……」

 

 男に餓えた狼とか呼ばれるくらい男好きじゃなかった?あ~でも、私が聞いたのはあくまで噂だからなぁ。

 

 「なんでも、昔リンガに応援として送られて来た真っ赤な駆逐艦と眼帯した軽巡洋艦が持ち込んだエロ本とかウェディング雑誌を見てる内に「このままじゃ行き遅れる!」って考えたんだって。それで一念発起して対人恐怖症、いや男性恐怖症か。を克服して……って、どうしたの?満潮。そんな「あちゃ~……」みたいな顔して」

 「いや~だって……」

 

 エロ本諸々を持ち込んだ駆逐艦と軽巡洋艦に察しがついちゃったんだもん。

 真っ赤って言われるほど赤い駆逐艦なんて神風、しかも、リンガに行った経験がない今の神風じゃなくて当時の桜子さんで間違いないし、その桜子さんと一緒に行動してた眼帯した軽巡洋艦なんて天龍だった頃の辰見さんくらいしか思い浮かばないわ。

 霞さんに悟られないためにも話を逸らそう。

 

 「で?霞さん的にはどう?」

 「どう……って言われても、今の状況じゃ『餓狼』でも使わない限り逆転はない……って、行ってる傍から魚雷が直撃したわね」

 

 モニターに視線を戻してみると、確かに足柄さんに魚雷が直撃していた。審判の判定も大破判定だし、このままだと余程の事がない限り足柄さんの負けで終わるわね。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 足柄さんですか?

 ええ、確かに神奈川に住んでいらっしゃいます。

 主人が呉提督に引き継ぎを行っている最中なので最近は会えていませんが、引っ越ししたという報告もないので住所は変わってないはずですよ?

 

 今は何をしているのか?

 何をって……普通に子育てしてますよ?

 彼女の息子さんとうちの息子は同い年で同じ幼稚園に通っていますから保護者会でも会いますし、子育ての先輩としてもよくアドバイスを頂いて……え?彼女は結婚していたのか、ですか?

 

 なるほど、彼女はお子さんがいるのを親族にも話していなかったのですね……。

 

 申し訳ありません。

 彼女が親族にも話していないような事を私の口から言う事はできません。

 

 でもこれだけは。

 彼女は母親として、私以上にしっかりと仕事と子育てを両立しています。

 

 はい、尊敬しています。

 彼女は桜子さんと同じくらい、母親としても女としても私の大先輩ですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「姉さん!大丈夫ですか!?」

 「大丈夫な訳ないでしょ羽黒。身体も気分も最悪よ」

 

 試合が私の勝ちで終わり、哨戒艇に回収されて工廠に運ばれるなり、彼女の姉妹艦と思われる子が彼女に駆け寄った。

 なんだかスッキリしないなぁ。

 私と戦った彼女は顔面蒼白で、在り来たりな言い方をすれば病人みたいなんだもん。

 

 「え~っと、プリンツ・オイゲン……だったっけ?ごめんね。まともに相手できなくて」

 「い、いや、それは良いんですけど……」

 

 大丈夫?

 って続けようとした私の相手をする余裕も無さそうなほど真っ青な顔をした足柄さんは、白衣を着た人たちが持って来た担架のに乗せられてどこかへ連れて行かれてしまった。

 残されたのはハグロって呼ばれてた人と私だけだけど……何話したらいいんだろ。

 

 「姉さん、やっぱり体調が良くなかったんだ……。だから試合に出るのはやめてって言ったのに」

 「やっぱり?じゃあ、急に悪くなったわけじゃないの?」

 「ええ、昨日の晩くらいから食が細くなって、腹痛を訴えていました」

 「お医者さんには診てもらわなかったの?」

 「今朝診てもらったそうです。でも、診察結果が出る前に試合前の呼び出しがかかってしまって……」

 

 ほうほう、食欲の減退に腹痛ですか。

 普通に考えれば、食中毒か何らかの寄生虫に犯されたと言ったところでしょう。

 でも、だったら何故、診察結果を待つような事をしたんでしょう。

 極端な話、艦娘なら高速修復材を飲めば癌でも治るのに、足柄さんにはそれをした様子もないです。

 考えられるのは……。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 妊娠くらいしかない。

 本人に確かめるまではしませんでしたが、私はそう予想しました。

 

 それは羽黒さんから聞いた「結婚するつもりはない」という証言と、大淀さんから聞いた証言で今は確信に変わっています。

 

 だって、大淀さんが出産したのは次の年だったじゃないですか。青木さんが出版してた壁新聞でも、彼女の出産を取り扱っていたでしょ?

 

 その大淀さんの子供と同い年と言う事は、彼女とそう変わらない時期に足柄さんも妊娠していたということになります。

 

 そう考えれば、足柄さんほどの艦娘が一年近くも役割が終わっていたショートランド泊地に異動になっていたことにも説明がつきます。

 

 どうして子供の存在をひた隠しにするのかまではわからないですけど、きっと人には言えない事情があるんでしょうね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Admiral Hipper級重巡洋艦 3番艦 Prinz Eugenへのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 ええ、大正解よ。

 私はあの時妊娠してたわ。一ヶ月半くらいだったかしら。

 

 ショートランド泊地に異動になったのも出産のため。

 いやぁ、あの後病室に来た霞に一発でバレちゃってさ。事情を話したら元帥まで巻き込んで私の妊娠を隠蔽しようって事になって、とんとん拍子に私の異動が決まった……って、え?霞は私が何してるか知らないって言った?

 あ~、それはたぶん、私が秘密にしててって言ったからスットボケたんじゃないかしら。

 

 どうして隠蔽したのか?って、それ聞く?

 この子って、海軍のトップが隠蔽する事を決めるくらい訳ありなのよ?

 

 それでも聞きたい?

 はぁ……。アンタって物好きって言うか命知らずって言うか……。でもまあ、アンタの好奇心に素直なところは尊敬するわ。

 いや、調子にのらないで。八割方呆れてるんだから。

 

 本当にヤバい事情があるのか?

 無いわよ。

 私がこの子に変な負い目をさせたくなくて、ある程度分別がつく歳になるまでは親族にも秘密にしたかったからそうしただけ。

 ほら、やっぱり父親が居ないと色々と詮索されちゃうじゃない?リンガで出産したら、羽黒を通じてバレかねなかったしね……。

 

 あ、一応言っとくけど、父親が誰だかわからないとか離婚したとかじゃないからね?

 

 ええ、仏壇を見たらわかるでしょ?

 戦死したのよ。私がこの子を身篭もったのすら知らないままね。

 

 彼はリンガに配属されてた海兵で、艦娘を戦闘海域の近くまで運搬する高速艇の操舵手だった。

 ここまで言えばある程度察しがつくでしょ?

 

 そう、彼は私を庇って戦死した。

 シーレーンに迷い込んできた隻眼の軽巡棲姫の砲撃から私を庇うために、自分ごと高速艇を盾にして骨も残さず吹き飛んだわ。

 

 馬鹿な男よね。

 確かに直撃弾だったし、被弾すれば大破くらいしてたでしょうけど、彼が庇ってくれなくても私が死ぬ事はたぶんなかった。それなのに、彼ったら笑いながら砲弾に身を晒したのよ?

 ハッキリ言って、無駄死によ。

 

 本当にそう思ってるのか?

 んな訳ないでしょ!

 本当にそう思ってたらこの子を生んでない!私はね、あの人の死を無駄にしないためにこの子を生んだのよ!

 

 ごめん。少し感情的になっちゃった。

 でも、これで貴女も納得できたでしょ?

 私が貴女との試合で本気を出せなかったのは最悪のタイミングで最高の報せが届いたから。

 

 ええ、もしかしてと思って高速修復材を飲まずにいて正解だったわ。

 もし飲んでいたら、この子は生まれてなかったかもしれないんですもの。

 

 そうね。

 一年近く戦線を離れなくちゃいけなくなったけど、私はこの子を産めて良かったと思ってる。

 だってこの子は、私があの戦争で得た『唯一にして最高の戦果』なんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元妙高型重巡洋艦三番艦 足柄へのインタビューより。

 



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第百二十四話 The Mother is Strong

 

 

 

 

 不条理。

 それが、鳳翔さんの戦闘を実際に見た時の私の感想よ。見てただけの私がそんなだったんだから、対戦相手だったイントレピットさんは余計でもそう思ったんじゃないかしら。

 

 青木さんと漣だって、鳳翔さんが何をしているのかわからずにコメントできてなかったでしょ?

 私だってそう。

 鳳翔さんが弓を引いて矢を放ち、艦載機を発艦させてたのはわかったけど、逆に言えばそれしか理解できなかったわ。

 

 鳳翔さんのアレに比べたら、各種脚技やお姉ちゃんの砲撃術なんて児戯に等しいんじゃないかって考える事が今でもあるくらいよ。

 

 ただ矢を射る。

 それだけを極めた鳳翔さんの在り方は合理の極みであり、究極の不合理だったんじゃないかって、今でもそう思うわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「ねえ澪、先生は大淀の所?」

 「所用ができたとか言ってたからそうじゃないかな。一時間ほど戻るのが遅れるって言ってたよ?」

 

 なんで疑問形?

 しかも妙にニヤニヤしてるけど、先生と大淀が真っ昼間から盛ってるとか思ってるんじゃないわよね?しかも病室で。

 それと同じ事を想像して私がヤキモキする様を楽しみにしてるんでしょうけど、生憎と何とも思ってないわ。

 ヤリたきゃヤリたいだけ好きにヤレって感じよ。

 

 「へぇ、あのオジサンへの想いは完全に断ち切れたんだ。偉い偉い♪」

 「ちょっとばかし私より恋愛経験が豊富だからって姉面しないで。それよりアンタ、あの日の事をヘンケンに謝ったの?」

 「あの日?どの日?」

 「子日……じゃないや。歓迎会の時の事よ。酔っ払ったアンタが辰見さんと一緒にヘンケンにセクハラした日」

 「そんな事したっけ?」

 

 スッカリ忘れてやがる。

 アンタと辰見さんのセクハラのせいで、ヘンケンったら質の悪いトラウマ抱えちゃったのよ?

 今だってあの日の事がフラッシュバックしてるのか、私の隣で頭を抱えていガタガタと震えながら「SAMURAI Sword怖い……。なんなんだあの膨張率と黒さは」なんて言ってる。いや、コレはお風呂での出来事を思い出してるのかな?

 

 「まあ済んだ事は良いじゃん。それより円満、なんで鳳翔さんの試合なんて組んだの?」

 「なんでって言われても、桜子さんが見たかったらしいわよ?」

 「ふぅん……」

 「何か想うところでもあるの?」

 「想うところと言うか……勝負になるのかなって」

 

 なる。と、断言できないのが辛いところね。

 鳳翔さんが戦うところは何度か見たことあるし、その度に空母ってスゲーってなってたけど、それでもイントレピットとの性能差を覆せるほどじゃない。

 鳳翔さんが脚技とか大淀の砲撃術みたいな特殊な技術を持ってるって言うんなら話は別なんだけど……。

 

 「そう言えば、風呂でMr.Crazyが気になる事を言っていたな」

 「先生が?なんて?」

 「Mr.佐世保やMr.大湊も意味がわかっていなかったんだが、彼はMs.鳳翔の試合が()()()()()()()()()()()()と言っていた」

 「意外ね。鳳翔さんに横須賀鎮守府の護りを任せたのは先生なのに……」

 

 先生は、鳳翔さんの事を言う程信頼していないの?

 それとも、いくら鳳翔さんでも圧倒的な性能差は覆せないと考えたのかしら。

 

 「いや、恐らく逆だよ」

 「逆?何が逆なの?」

 「彼はこうも言っていた。「展開がわかり切っている試合ほど、見てつまらないものはない」とな」

 「それは、鳳翔さんが勝つって事?」

 「そうだと思う。彼はIntrepidをcatalog Specでしか識らないはずだ。ならば当然、彼が言ったつまらない結果とはMs.鳳翔の勝利のはずだ」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 大正解でした。

 あのオジサンが勝つと言ったのは鳳翔さんで間違いないです。

 そして、円満は気付いてくれませんでしたが、私が勝負になるのかと疑問に思ったのもあのオジサンと似たような理由からです。

 

 たしかに鳳翔さんは脚技なんて使えませんし、大淀みたいに特殊な攻撃方法を持っていたわけでもありません。

 

 彼女にできたのは弓を引き、矢を射るだけ。ただそれだけでした。

 実際、それしかしなかったでしょ?

 

 鳳翔さんはあのオジサンに「私でも、彼女が射った矢を避けるのは無理だろう」って言わせるくらい、弓道を極めていたんです。

 

 いや、アレはもう弓道にカテゴリーして良い代物じゃありませんね。

 強いて言うなら、アレは『鳳翔』ですよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐。大城戸 澪中佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 私はお世辞にも強いとは言えません。

 空母なのに装備スロットは三つしかありませんし、搭載数も対戦相手であるイントレピットさんの三分の一ほど。航行速度も遅いですし、装甲も駆逐艦以下の紙装甲です。

 そんな私が今の戦場について行ける訳もなく、今では日々安穏とした暮らしを強いられています。

 いつか、戦場に返り咲ける日が訪れる事を夢想しながら。

 

 『それでは第三試合!鳳翔 対 イントレピット!始め!』

 

 その私に、不意に訪れた戦闘の機会。

 どうして桜子さんが私と彼女の試合を組もうと思ったのかはわかりませんが、大方退屈しているであろう私に鬱憤晴らしの機会を与えようとかそんな感じで組んだのでしょう。

 

 『Hay!鳳翔!私が勝ったら、店の(Liquor)を潰れるまで飲ませてもらうわよ!もちろんタダで!』

 「あらあら、それは恐ろしいですね」

 

 艦載機も発艦させていないのにもう勝った気でいるのかしら。でも、右に針路を取った様子を見るに油断はしていません。風上を押さえる気ですね。

 でも……。

 

 『Intrepid航空隊各隊、発艦はじ……what!?いつの間に……!」

 「遅いですよ」

 

 イントレピットさんは風上を取り、ダズル迷彩を施された小銃を構えたところで、ようやく私が放った艦載機に気付いたようです。

 ですが、彼女が私の艦載機発艦に気付けなかったのも無理からぬ事。何故なら、私が艦載機発艦に要する時間は僅か0.12秒。人間の反射神経の限界に迫る数値なのですから。

 

 「さて、タダ飲みされては敵いませんので、適度に苦戦を演じて勝つとしましょう」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 あれは私でも桜子でも捉えきれない。

 鳳翔さんが艦載機を発艦させたのを見てそう思ったわ。実際、私が見ることが叶ったのは鳳翔さんが艦載機を発艦させた後、射法八節で言うところの『残心』の姿勢を取った姿だけだった。

 カメラが移動しなきゃ、艦載機を発艦させた事にすら気づかなかったかもしれないわ。

 

 そしてそれは観覧席に居たゲスト達や提督、その秘書艦達も同じだった。

 日本の艦載機運用の解説をしてもらうために呼んだ赤城と加賀でさえ絶句してたわ。

 

 唯一理解できた事と言えば、それは試合が鳳翔さんの勝ちで終わるということだけだった。

 

 だって、イントレピットは発艦すらできていなかったのに、鳳翔さんが一瞬で放った42機の艦載機が無慈悲にイントレピットへと群がっていたんだもの。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐。辰見天奈大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 空母最大の弱点。

 それは、艦載機を発艦させなければほぼ何もできない事です。今のように発艦を妨害し、発艦させられても発艦直後ならば、九六式艦戦という旧式の艦載機でも空母を置物に変えられます。

 

 『Sit!これじゃあ航空隊の発艦が……!ああぁぁっ!も、もう!」

 

 更に爆撃と雷撃を加えれば回避以外に打つ手無し。旧式の九九艦爆と九七式艦攻でも、米国の正規空母を一方的に嬲れます。

 

 『卑怯よ鳳翔!こんな艦載機をまともに発艦させないようなたたか……もう! Damage control!』

 「卑怯?あらあら、米国艦は随分と温いことを仰るのですね」

 

 敵に先んじて攻撃し、何もさせないまま沈めるのは戦場において理想です。

 それとも貴女は撃ちつ撃たれつ、例えば長門さんとネルソンさんの試合のような互角の戦いを望んでいたのですか? だとしたら甘い。いえ、戦場を、戦争を舐めすぎています。

 演習とは言え、正々堂々とした互角の戦いを望むなど傲慢の極み。相手を圧倒できるほどの性能を有しているが故の驕りです。

 

 「気が変わりました。貴女には完全敗北して頂きます」

 

 私は残弾が残っているにもかかわらず、全ての艦載機を呼び戻しました。

 さあ、艦載機を放ちなさい。

 まだ中破にも届いていないのですから、艦載機の発艦は十分に可能でしょう?

 

 『馬鹿にして……!Intrepid squadron, attack!』

 「別に、馬鹿にしている訳ではありません」

 

 これは貴女が望んだ正々堂々とした果たし合い。

 しかも私は貴女が小銃を構え、艦載機に転じる弾丸を撃ち出すのを確認してから発艦作業に入りました。

 日本式、いえ鳳翔式艦載機運用法と名付けられているコレは、弓道における射法八節に準じた一連の動作が基本になっています。

 弓と矢を左右各手に持ち足を踏み開いた『足踏み』。

 左手に弓矢を持ち基礎体形をとる『胴造り』。

 右手を弦に取りかけ、左手を整えて的を定める『弓構え』。

 左右両拳を頭上正面に上げる『打起し』。

 左右の手で弓を押し、弦を引く『引分け 』。

 発射直前の状態をとる『会』。

 矢を放つ『離れ』。

 そして最後が『残心』。

 この一連の動作を淀みなく、日常生活のワンシーンのように自然な風景になる事を目指して、私は弓を引き続けました。

 その結果、前提督に「ここまで合理を詰めると、それはもう不合理だな」とお褒めの言葉を頂きました。

 

 『なっ!また!?いつ撃ったの!?』

 

 私が放った矢は、彼女の銃弾が艦載機に転じるよりも早く九六式艦戦へと転じ、艦載機に転じ始めた彼女の銃弾を撃ち落としました。

 

 『私は何をされてるの?(What am I being done for?)私は何を相手にしてるの!?(What am I to opponent!?)

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 十分に発達した科学は魔法と区別がつかない。

 たしか、クラークの三法則の一つだったか。

 

 その言葉を、何故かMs.鳳翔とIntrepid の試合中に思い出したのを憶えているよ。

 

 ああ、エマも言っていたが、Ms.鳳翔のアレは魔法と言っても過言ではなかった。

 

 何せあの場に居た誰一人、Ms.鳳翔が何をしているのか理解できなかったんだからな。

 

 そう、クラークの言葉を借りるなら『極められた技は魔法と区別がつかない』と言った感じになるのかな。

 

 Ms.神風とMrs.大淀もそうだったが、日本の艦娘は……いや、日本人は我々欧米人では思いもしない事を平気でやってのけた。

 そこにシビれたし、憧れたのを今でも憶えているよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 バーガーショップ マクダニエル日本支店店長。

 ヘンリー・ケンドリック退役大将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 私は英語が話せませんので、彼女が何を言っているのかわかりませんでしたが構わず二射目を放ちました。

 但し、今回は一射目で放った艦戦達に、彼女の発艦作業は一切邪魔させていません。ちゃんと撃たせ、しかも艦載機に転じきってから撃ち落とすよう命じています。

 

 『どう……して?私の艦載機の方が数も性能も上のはずなのに、どうして勝てないの?』

 

 当たり前です。

 たしかに真っ当にやり合えば、いくら私の艦載機達の熟練度が高くても貴女の艦載機には勝てないでしょう。

 そう、()()()()やり合えば。

 私は貴女の銃弾が艦載機に転じきってから撃ち落とさせていますが、転じた直後で速度も完全に乗り切っておらず、ポジショニングも甘い艦載機を落とすなど朝飯前です。

 もっとも、貴女はそんな簡単な事にも気付けないほど動揺しているようですが。

 

 「終わり。ですね」

 

 私は全ての艦載機を戻しました。

 だって彼女は中破し、搭載していた100以上の艦載機を全て失ったのですから必要ありませんもの。

 

 「何よ。降参でもしろって言うつもり?」

 「まさか。私は神風ちゃんや大淀ちゃんほど優しくはありません」

 

 ゆっくりと、それこそ歩く程度の速度で、私は彼女の真正面まで移動しました。

 一応、装甲は維持しているようですね。

 攻撃手段を失って意気消沈し、装甲まで維持できていないようなら言葉を交わさずに沈めていました。

 

 「教えて……。いえ、教えてください。どうして私は負けたんですか?」

 

 あら、思っていたより殊勝な方なんですね。

 艦娘としてはるかに格下な私に完膚なきまでに敗れたというのに腐らず、言い訳せず、事実を認めて自分の敗因を知ろうとしている。

 そこだけは評価に値します。

 ですが、生憎と聞いた相手が悪い。

 私は桜子さんように問題点を懇切丁寧に解説なんてしませんし、長門さんのように互いの健闘を讃え合うようなスポーツマンシップも持ち合わせてはいません。

 故に、私はこう答えましょう。

 

 「貴女が弱いからです」と。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 意地が悪い。とは思わなかったわ。

 セリフだけなら、彼女は私を蔑んだように聞こえるでしょうけど、彼女の表情に私を蔑んでいるような色は全くなかった。

 むしろ、イタズラした子を叱り終わった母親のように暖かな微笑みを浮かべていたわ。

 

 ええ、彼女はそれ以上何も言わなかった。

 でも、自分の敗北を認めるには十分すぎる一言だったわ。

 私は弱かったからあの人に負けた。

 私はFleet girlとしては彼女より格上だったけど、人間としてはるかに格下だった。

 だから私は彼女に、心身共に完全敗北したの。

 

 降参した後?

 降参した後は、哨戒艇に回収されて工廠に……。

 Oh,Sorry。その後の私の行動じゃなくてMs.鳳翔のreactionの方ね。

 

 私が降参した途端に、彼女はいつもの彼女に戻ったわ。ええ、『居酒屋 鳳翔』の女将にね。

 私が今bartenderをしているのは、あの時の彼女に憧れたからかもしれないわ。

 

 ああそうだ。

 今晩から出そうと思ってるオリジナルカクテルがあるんだけど、良かったら試してみてくれない?

 ええ、あの時の彼女をイメージして作ったカクテルよ。

 

 名前はそう……『母は強し(The Mother is Strong)』です。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Essex級 5番艦 正規空母 Intrepid

 現 Jazz BAR『Sky mama』マスターへのインタビューより。



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第百二十五話 私が生きている意味を知るため

 

 

 

 どうしてこうなった?

 いや、今までの経緯はしっかり憶えてるんだけど、それでもなんで、私がお風呂でオッパイに囲まれてるのかがわからない。

 いや、考えたくないだけか。

 大会二日目が無事に終わり、ゲストたちとの晩餐会も問題なく熟して部屋に戻ったまでは普通だったのに、澪に「久しぶりに一緒にお風呂行こうよ」と誘われて上位艦種用のお風呂に来たのが運の尽きだった。

 

 「ねえ澪、これは何の嫌がらせ?」

 「嫌がらせは心外だよ。私はただ、ウォースパイトが「日本の文化に裸の付き合いとやらが有ると聞いた」って言って興味津々だったから場を設けただけだよ?」

 

 場を設けただけ?

 ウォースパイトにビスマルク、更にガングート、イタリア、ローマ、ネルソン、そしてアイオワ。更に日本代表とばかりに大和と長門と金剛。そんなオッパイの見本市みたいな光景を私に見せつけようとしたんじゃなくて?

 いや、それだけじゃない。アンタはまたしても邪魔をしようとしてる。

 きっとアンタは、お風呂に入ったあと私がヘンケンと呑みに出る約束をしてたのに気付いて阻止しようとしてるんだわ。

 でも抜け出すチャンスはある。

 だって今日の呑みはビスマルクも同席するんだもの。時間が迫れば私から言い出してもいいし、ビスマルクの方から行こうと言い出すかも知れないわ。

 それまではこの拷問に堪えつつ、澪がどうして私とヘンケンの邪魔をしたがるのか探るとしましょう。

 

 「澪ってさ、ヘンケンの事が嫌いなの?」

 「嫌いじゃないよ。ただ……」

 「ただ、何?」

 「嫉妬は……してると思う」

 「嫉妬って、澪がヘンケンに?」

 

 それってどういう事?まさかとは思うけど、澪ってそっちの気があったの?しかもその対象は私!?

 いやいや落ち着きなさい。

 澪とは10年近い付き合いだけど、コイツがそんな素振りを見せたことは一度もない。

 単に、妹のように思ってた私に彼氏ができたから嫉妬してるんだと思う。いや、そうであってくれないと身の危険が……。

 

 「うん、正直憎らしいよ。私と恵にもできなかったことを、あのポッと出がアッサリやっちゃったんだもん」

 「いや、意味分かんないんだけど……」

 

 ヘンケンが澪と恵でさえできなかったことを私にした?彼が私にしたことと言えばプロポーズくらいだけど、まさか澪も私にプロポーズしたかった……って、それは有り得ないわね。

 

 「わかんない……か。相変わらず、円満って頭良すぎてバカだよね」

 

 そう言った澪は、何故か悔しさと寂しさが同居したような顔をしていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 エマと交際するにあたって一番の障害だったのは間違いなくミオだな。

 

 ああ、彼女には事あるごとに邪魔されたよ。

 彼女さえいなければ、俺とエマは演習大会の頃には深い仲になっていたはずだ。

 

 今でこそ、俺とエマにサッサと籍を入れろと言うミオだが、当時はエマの事を心配するあまり過保護になっていたらしい。

 俺が童貞だったと発覚するまで、女性を食い物にするプレイボーイだと思っていたとも言っていたな。

 

 男に騙された経験でもあったのか?

 いや、彼女の恋愛遍歴を知らないから俺にはわからない。だが、彼女は男に遊ばれるタイプではないと思うぞ?

 

 まあ、ミオにとってエマは妹のようなものだったから、ポッと出の俺が信用しきれなかったんだろうな。

 だからエマに相応しい相手になれるようにと、彼女が俺に課した課題は常軌を逸していた。

 

 課題の内容については勘弁してくれ。

 正直、俺にとっては黒歴史に等しいほど恥ずかしい内容なのでな。

 

 だが課題を全て熟し、エマとの仲を正式に認めてもらえた時は素直に嬉しかったよ。

 

 彼女に鍛えられていなかったら、俺は今ほどエマと深い仲になれていなかったかもしれないんだからな。

 

 

 ~戦後回想録~

 バーガーショップ マクダニエル日本支店店長。

 ヘンリー・ケンドリック退役大将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「長門さん。とりあえずどうしてこうなったのか説明してもらってよろしいですか」

 「私が聞きたいくらいだよ。澪が風呂に誘うから、てっきり朝潮も一緒だと思ったのに朝潮どころか駆逐艦が一人もいないじゃないか」

 

 それは私も同じです。

 他の駆逐艦はどうでも良いですが、長門さんと同じく朝潮ちゃん目当てで来たのに影も形も有りません。

 有るのは国際色豊かなオッパイだけ。いや、これだと正確ではありませんね。

 各戦艦は言わずもがなですし、大城戸さんも小さいながら谷間が作れる程度には有りますが、その隣で不機嫌そうにしている提督が絶壁過ぎます。アレではお世辞にもオッパイとは呼べません。

 

 「駆逐艦みたいな体型の人ならいますけど?」

 「それ、円満には絶対直接言うなよ?もし円満の耳に入ったら、機関のみ背負わされて夜間の対潜哨戒をやらされるぞ」

 

 それは恐ろしい。

 提督が本当にそんな事をするのかは疑問ですが、彼女の胸の大きさに対するコンプレックスは相当のものですから、うっかり聞かれようものなら本当にやらされるかもしれませんね。

 

 「それよりも長門、これは何の集まりなんデース?」

 「さっき大和にも言ったが、それは私が聞きたいくらいなんだよ金剛。澪は戦艦の見本市でも開きたかったのか?」

 「素っ裸で?」

 

 金剛さんにジト目でそうツッコまれて、長門さんはバツが悪そうに虚空を見上げてしまいました。

 でも、金剛さんがそう言いたくなる気持ちもわかります。

 確かに今現在、この浴場には各国の戦艦が集まっていますが艤装は背負っていません。

 これでは戦艦の見本市と言うよりオッパイの見本市ですね。品評会が開けそうなほど多種多様、大小様々なオッパイが集まっています。

 

 「まさか、貴女と裸の付き合いをする事になるとは夢にも思わなかったわね」

 「私もですよ、アイオワさん。でもそれを言ったら、この場にいる全ての人がそうなのでは?」

 

 長門さんと金剛さんが雑談を始めたのを見計らったかのようなタイミングで、アイオワさんが私の方に寄って来ました。

 たしか、窮奇の話ではこの人も私と同じ存在でしたね。

 

 「確かにそうだけど……」

 「自分とは違う。いえ、()()()()()とは違うからイマイチそう思えない。と、言ったところですか?」

 「そんな言い方をするって事は、やっぱり貴女も()()だったのね?」

 「ええ、思い出したのは呉で貴女と話した次の日です」

 

 私が自分と同じだと知って嬉しかったのか、アイオワさんは安堵したように「そっか……」と言ってため息をつきました。

 この人、人の弱さを捨てているという話なのに、随分と人間くさい反応をしますね。呉で話したときもそうでしたし、艤装を背負っているか否かで変わるのでしょうか。

 

 「興味深いお話をしてるわね。私も混ぜて頂いてよろしいかしら」

 「ちなみに、どのあたりが興味深いの?Ms.Warspite 」

 「それは当然、貴女方二人が私たちと違うと言った部分よ。Ms.Iowa」

 

 そう言いながら私とアイオワさんの正面に移動してきたウォースパイトさんは、まるで観察でもしているかのような視線を無遠慮に注いでいます。

 私たち二人が他の人と違う言った部分が気になったと言うことは、この人は私たちのような存在に心当たりでもあるのでしょうか。

 

 「Ms.Iowa、米国にはどの程度話したのですか?」

 「何の事かしら?」

 「とぼけるのはやめにしましょう?当然、この戦争終わらせる方法についてです」

 

 ウォースパイトさんのその一言で、この場にいる全ての人の視線が彼女に集中しました。

 この戦争を終わらせる方法?そんなモノ、深海棲艦を根絶する以外にありません。

 何故なら、例え個体レベルで理解し合えたとしても、人類と深海棲艦とでは根源的な目的が異なるのですから。

 

 「それは、英国にも転生者(Reincarnation)がいると受け取っても?」

 「ええ、そう受け取って頂いてかまいません」

 

 アイオワさんとウォースパイトさんのとの間に不穏な空気が漂い始めました。

 とぼけるのはやめにしようと言ったクセに、肝心な部分を誤魔化しているウォースパイトさんにどこまで話して良いのかアイオワさんが探っているのでしょうが、これではお風呂なのにゆったりとできません。

 

 「Ms.ウォースパイト。貴女が知りたいのは『穴』を塞ぐ方法ではなく、大和とアイオワも『蓋』に成り得るのかどうか。じゃない?」

 「ご明察ですMs.Ema。でもJapanが『蓋』なんて穏便な言い方をしているとは思いませんでした」

 「一応は最重要機密、いえ、最重要機密()()()から」

 

 貴女のせいでそうじゃなくなりましたけどね。

 とでも言いたそうに、提督がウォースパイトさんを一睨みしました。

 今までの話から推察するに、この戦争を終わらせるためには『穴』を『蓋』で塞ぐ事が必要。しかもその『蓋』に成り得るのは、私やアイオワさん、それに英国にいるというもう一人の転生者にしか無理なのでしょう。

 そして恐らく、ウォースパイトさんが「穏便な言い方」と言ったことから、『穴』を塞ぐために『蓋』は……。

 

 「命と引き換えにする必要がある。所謂『生贄』もしくは『人柱』と言うことですね」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 あの時の大和とアイオワ、そして円満とウォースパイトの話の内容はちんぷんかんぷんだった。

 

 だってそうだろう?

 『穴』だの『蓋』だの『生贄』だのと抽象的な事しか言わないから、戦争を終わらせるためにそれが必要ということ以外はサッパリわからなかった。

 

 ビスマルクやガングートあたりは察しがついていたようだが、私がその意味に気付いたのは最後の最後でだ。

 

 ああ、お前も見たのか。

 そう、あの時大和があの『穴』に飛び込んだのを見て始めて、私はあの時の会話の意味を理解できたんだ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元戦艦 長門へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 ウォースパイトの目的に気付くのが遅すぎた。

 そのせいで、以前窮奇から不意にもたらされ、先生から機が熟すまで機密扱いにしろと命じられていたこの戦争を終結させる方法が少人数にとはいえ知られてしまった。

 しかも、その鍵を握る一人である大和本人にまで。

 

 「紫印提督、今の話は本当デスか?」

 「本当よ金剛。でも他言はしないで。これは私の命令ではなく、元帥閣下からの命令だと思ってくれていい。大城戸中佐と長門、大和も同様よ。もし他言すれば厳罰に処すわ」

 

 こう言っても、金剛は呉提督あたりには話すでしょうね。でも澪と、話が理解できていない長門は問題ないはず。問題は、当事者である大和ね。

 

 「提督、黙っていろという命令には従いますが、質問してもよろしいですか?」

 「答えられる範囲でなら答えるわ」

 「では単刀直入に。提督は、私を『生贄』にする事に抵抗がありますか?」

 「正直に言えばあるわ。でも、必要とあらば迷わずそうする」

 

 できることなら戦死者なんて出したくはない。

 でも、窮奇からもたらされた他の情報が確かなら、対欧州中枢戦は先の二つの中枢戦以上の戦死者が出る。

 下手をすれば、その中枢戦に投入される全ての艦娘や軍人たちが全滅するほどのね。

 だから、犠牲を最小限で済ませられるなら、私は迷わず大和を生贄にするわ。

 

 「それを聞いて安心しました。もしその時が来たら、アイオワさんやウォースパイトさんのお身内の方でなく、私をいかせてください」

 

 ウォースパイトがこの場でこの話を始めた理由。

 恐らくは転生者である自身の娘、ジャービスの代わりになれる者を見つけるために、自国ですら最重要機密扱いであるはずのこの話を始めた事に大和が気付いたのに少し驚いたけど、それよりも驚いたのは大和の表情。

 まるで救われたような顔をしてるわ。もしかしてこの子……。

 

 「アンタ、死にたいの?」

 「そう受け取られても仕方ありませんが、私は死にたいんじゃありません」

 「ではどういう意味?」

 

 今時点で窮奇から得ている情報では死ぬ公算が高い。

 それは情報をもたらし、()()()()から来た窮奇自身がメールという形とはいえ言っていっていたこと。その時のために入れ替わりの主導権が大和にあることも教えず、アイオワのように一つにならずにいるとも。

 

 「かつての私は一億総特攻の先駆けとして捨て駒にされました。お偉方にどんな高尚なお考えがあったのかも、後の歴史で私の死がどう評価されたのかも知る由がありませんが、少なくとも私は何も成していません」

 「英雄にでもなりたいって言うの?」

 「それも少し違います。確かに英雄には憧れますが、私が欲しいのは称賛ではなく別のもの。酷く個人的なものです」

 

 大和はそこまで言って、決意でも固めるように瞳を閉じた。周りのみんなも、大和の言葉を固唾を呑んで待っている。

 長門は頭にハテナマークを浮かべて「ウォースパイトの身内?一億総特攻の先駆け?」とかブツブツ言って小首を傾げてるけどね。

 そして、満を持して瞳を開いた大和は、死地に赴く兵士のような瞳でこう言ったわ。

 

 「私が生きている意味を知るため」と。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 アイツの意外な一面を見た気分でした。

 アイツは生まれのせいもあって、学生の頃から異常なほど自分を律して貴族たらんとしていましたから。

 

 ええ、学生時代も「貴族とは民衆を導き、民衆のためなら己の命すら省みず戦う者」と、漫画やアニメで出てくるようなセリフを大真面目な顔して言うような奴でした。

 

 そんなアイツが、娘を死なせなくて済む方法を探していたと知った時、「ああ、コイツもやっぱり母親なんだな」と思いましたよ。

 

 もっとも、次の日の雪風とジャービスの試合中にアイツがしたことを目の当たりにして「いや、どうしたいんだよ」と頭の中でツッコんでしまいましたけどね。

 

 え?口調が普通?似非外人っぽくない?

 あ~……アレはキャラ付けみたいなモノですから。

 英国に留学してたのはほんの数年ですが、帰国当初はイントネーションに変な癖がついてて「金剛はそういう喋り方をするんだ」と、周りに認識されてしまったからその喋り方を通しただけです。 

 それでも、感情が高ぶると素に戻っていましたけどね。

 

 その後?

 その後は、訳がわかってなかった長門とネルソンが漫才じみたやり取りを始めたのを切っ掛けに、真面目な話から一転して紫印提督の胸の無さを誉める会に変わりました。

 

 だって紫印提督が、ぶるんぶるん揺れる長門とネルソンの胸を見て血が滴りそうなほど唇を噛んでたんですよ?

 それを見たアイツが「貴女の体型なら胸がない方が綺麗よ?」とか言い出し、ビスマルクも「そうね。エマの身体は完成してると言って良い。もっと自信を持つべきだわ」と乗っかって、後は空気を察した他の面子も続いてそうなったんです。

 

 私は傍から見てただけなんですが、私から言わせればあれは嫌がらせですね。

 確かに誉めたり慰めたりしてたんですが、彼女を囲むように作られた胸の壁は男性からしたら天国なんでしょうけど、胸の大きさにコンプレックスを抱えてた彼女からしたら拷問にも等しかったと思います。

 

 だって、脱衣所で着換える紫印提督は心の底から絶望したような顔をしてましたから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元金剛型戦艦一番艦 金剛へインタビューより。

 



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第百二十六話 アンタが私と同じで、少しだけ嬉しい

 

 

 

 

 

 私とヘンケンさんの関係?

 青木さんがどんな答えを期待してるのか知らないけど、私にとってヘンケンさんは円満さんの交際相手。ただそれだけよ。

 

 そりゃあ、それなりに仲良くはしてるわ。

 お店に行けばハンバーガーをタダで食べさせてくれるし、円満さんと違って公私ともに自分の面倒は自分で見れる人だからそれなりに尊敬もしてる。

 まあ、今だに円満さんの前でデレッデレになるところはどうにかした方が良いと思ってるけどね。

 

 あ~でも、一度だけあの人にドキッとしたことがあるわ。

 いや、ときめいた的なドキッ…‥もなくはなかったけど、どちらかと言うとヤバい的なドキッね。

 まあ、だいたい恵姉さんのせいだったんだけど、アレのせいで円満さんに変な誤解されちゃってさ。

 その誤解を解くのに苦労した記憶があるわ。

 

 何があったのか?

 う~ん、あんまり話したくないんだけど、さっきコイツの誤解を解いてくれたからどうしても聞きたいって言うなら話してあげる。

 あれは大会二日目の夜。

 結局中止にはなったけど、ヘンケンさんが円満さんをエスコートしに部屋に来た時よ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「なんだ。ミッチーしかいないのか」

 「いきなりご挨拶ね。喧嘩売ってるの?ってか、ミッチー言うな」

 

 澪姉さんが、嫌がる円満さんを戦艦連中が待ち受けるお風呂に連行してどれ位経ったっけ?と、部屋着のジャージ姿でテレビを見ながらボケ~っと考えてたらドアをノックする音が聞こえたから出てみれば、そこにはタキシード姿のヘンケン提督が薔薇の花束抱えて立っていた。

 この人、こんな格好して何しに来たのかしら。

 もしかして円満さんをデートに誘いに来た?でも、円満さんからは何も聞いてないんだけどなぁ。

 

 「とりあえず入る?」

 「ああ、そうさせてもらおう」

 

 真顔のまま、競歩みたいな足取りで入室したヘンケン提督を見ながら、私しか居ないのに招き入れたのは迂闊だったかな。と、少し後悔したけど、この人は円満さん一筋だから問題ないかと思い直してドアを閉めた。

 

 「もしかして、緊張してる?」

 「おいおい、何を言ってるんだミッチー。俺が金鳥?蚊取り線香になった覚えはないぞ」

 

 ヘンケン提督はHAHAHAHAHAHAって、如何にも外人ですみたいに笑いながら座ったけど、これツッコまなきゃダメなの?

 たぶんこの人、ボケようとしたんじゃなくて素で言ってるはずなのよね。

 

 「字が違う。って言うか、外国人のクセによく金鳥から蚊取り線香なんて連想できたわね」

 

 ダメだった。

 ツッコんだら負けだと思ったから我慢しようとしたのに、真顔でHAHAHAHAHAHAと笑い続けてるこの人が気持ち悪すぎて思わずツッコんじゃった。

 

 「Grandmaが愛用してたって、それは良い。それより、エマはどこへ?」

 

 お、少し緊張が和らいだのか、真顔からキリッとした顔に変わったヘンケン提督が部屋をキョロキョロし始めた。

 円満さんが気になるのはわかるけど、一応は私のプライベート空間でもあるんだからジロジロと観察しないでほしいなぁ。

 仕方ない、円満さんの行方を教えて観察するのを止めるとしましょう。

 

 「円満さんならお風呂よ」

 「風呂?だが音が聞こえないぞ?」

 「あ~、ここじゃなくて艦娘用の浴場の方よ」

 

 コイツ……いつの間にかこの部屋の間取りを調べてやがる。だって音が云々言いながら、浴室が有る方へ視線を向けたもの。

 

 「そうか。なら俺も……」

 「どこに行く気よ」

 「どこって、風呂だが?」

 「だが?じゃない!アンタ、ナチョラルにお風呂を覗こうとするのやめなさいよ!」

 

 最近わかった事がある。

 それは、ヘンケン提督は緊張し過ぎるとポンコツになるってこと。

 今が正にそうね。

 この人、薔薇の花束抱えたまま浴場に突撃する気満々だわ。もし行ったら円満さんに嫌われるだけでなく、一緒に入浴してるはずの戦艦連中から袋叩きにされる危険があるって言うのに。

 

 「ミッチー、Intonationがおかしいぞ。正しくはNatureだ。はい、Once again」

 「んなこたぁどうでもいいのよ!風呂を覗くなって言ってるのがわっかんないの!?」

 

 なぁにがワンスアゲインだ!

 たぶんもう一度的な意味なんでしょうけど、私って円満さんと違って英語話せないからね?だから日本語で言え!

 

 「惚れた女の裸を見たがって何が悪い!ミッチーだって好きになった女性の裸は見たいだろう!?」

 「ちょい待ち。好きになった女性?アンタ、私の事同性愛者だと思ってたの!?」

 「ん?違うのか?円満と同棲してるからてっきり……」

 「よし喧嘩だ。だいたい、それ言ったら円満さんはもちろん艦娘も全員レズビアンって事になるでしょ!」

 

 いや、「目から鱗が落ちるとはこのことだ」とか言いながら感心してるけど気付かなかったの?

 それとも同室イコール同棲とか思ってた?

 まあ、どっちにしてもバカなのは確かね。バーカ!

 

 「昔から思ってたけどぉ。提督になる人ってどこかしらおかしいわよねぇ」

 「同感ね。元帥さんも色々おかしいし……ん?」

 「あのオジサンはおかしいどころか狂ってるからぁ。あらぁ?満潮ちゃんどうかしたぁ?お姉ちゃんの顔に何かついてるぅ?」

 「いや、何もついてないけど……」

 

 声がした方を見上げてみると、士官服姿の恵姉さんが相も変わらず「あらあら」言いながら不思議そうに私を見ていた。

 いつの間に来て私の背後を取ったの?

 ドアを開け閉めした音はもちろん聞こえなかったし、気配も全く感じなかったわよ?

 

 「満潮ちゃんは知らないだろうけどぉ。私たち前八駆はあのオジサン直属だったのもあってぇ、全員無音歩行術の心得があるのぉ」

 「へぇ、初めて知っ……」

 「嘘だけどねぇ♪」

 「嘘かよ!ニコニコしながら平然と嘘つくのやめてくれない!?」

 

 マジで!

 恵姉さんの嘘って質が悪いのよ。

 今回はアッサリ嘘だと白状したけど、過去何度、恵姉さんがついた嘘を信じ込まされたか数え上げたら切りが無いわ。

 

 「まぁまぁ落ち着いてテレビでも見ましょうよぉ。円満ちゃんが戻ってくるまで満潮ちゃんもヘンケン提督も暇でしょぉ?」

 「まあそうだけど……。って、なんで自分の膝をポンポンしてるの?」

 「なんでって……。テレビを見る時は、12歳以下の子供は誰かの膝の上で見なきゃダメって昔教えたでしょぉ?」

 「あの~、私もう14なんですけど?」

 

 いや、「そうだったかしらぁ?」とか言ってるけど、円満さんや澪姉さんと一緒に誕生日もちゃんとお祝いしてくれたじゃない。

 

 「じゃあ、その法律は15歳以下に改正されました」

 「いつ?」

 「今!だから早くおいで?」

 「おいで?じゃないでしょ。それに今改正されたって事は、もしかしてその法律も嘘だったんじゃ……」

 

 あ、わざとらしく顔ごと目を逸らしやがった。

 つまり私が信じて従っていた法律は真っ赤な嘘で、しかも私はその嘘の法律を朝潮にも吹き込んでしまったってこと?

 いや、朝潮に出鱈目を吹き込んでしまったことは不可抗力だから仕方ない。あの子が「満潮さんに教えてもらいました」とか言って誰かの膝の上でテレビを見る光景が容易に想像できるけど私は悪くない。

 だって私は騙されてたんだもの。

 「マズいわねぇ……」とか言ってる恵姉さんだけでなく、澪姉さんとお姉ちゃんまで私を騙してたんだもの。

 

 「裏切ったわね……。姉さんたちは私の気持ちを裏切ったんだ!」

 「ち、違うのよぉ?私たちはただ、満潮ちゃんと仲良くしたくて……」

 「でも嘘ついたんでしょ!?アレが嘘だったてことは、恵姉さんが『嘘ついたら泣いて謝るまで憲兵さんにくすぐられるのよぉ』って教えてくれたのも嘘なんじゃないの!?」

 「あ、あらあら……信じちゃってたのねぇ」

 

 やっぱり嘘だったんだ。

 正直、ここまでショック受けたのは初めてだわ。

 身体は小刻みに震えてるし焦点も合わない。自分が立っているのかどうかさえ疑わしい。

 そして何より、今にも泣き出しそうなほど顔が強張ってる。

 

 「うぞづぎぃ……姉ざんのうぞづぎぃ!」

 「ま、待って満潮ちゃん!別に満潮ちゃんを騙そうとしたわけじゃないのよ!?」

 「でも騙したじゃない!私、ちゃんと守ってたのよ!?恵姉さんが『満潮になった子は円満ちゃんのお世話するって法律で決まってるのよぉ』って言うからずっとあのダメ女の世話をしてきたし、『駆逐艦満潮は特殊でねぇ。退役するまで恋愛禁止なのぉ』って言われたから恋もせずに今までやってきたのに!」

 

 それも嘘だった。

 私がバカみたいに信じてたそれらも、ヘンケン提督の「うわぁ……」って言いたそうに呆れてる顔を見れば大嘘だったんだってわかる。

 その顔が、それを疑いもせずに信じてた自分が、どうしようもないほどの馬鹿だって嫌でも思い知らせる。

 

 「そうね……。私は満潮ちゃんに酷いことをしたわぁ。それに関しては言い訳しない。好きなだけ、私を罵倒して良いわぁ」

 

 そう言って恵姉さんは、堪えきれずに涙腺が決壊した私の目の前に正座した。

 そんな神妙な態度をとられたら、頭に浮かんでた罵詈雑言が霧散してしまった。

 今は恵姉さんを責め立てるより、円満さんやお姉ちゃん、それに澪姉さんが問題にならないほど豊満な恵姉さんの胸に顔を埋めて甘えたいと思ってるわ。って言うかそうした。

 そうしたら、恵姉さんは私の頭を撫でながら「ごめんね」って謝ってくれたわ。

 

 「微笑ましい。いや、この場合は羨ましいと言うべきか」

 

 ヘンケン提督が急にそんな事を言うもんだから、私は恵姉さんの谷間に顔を埋めたまま視線をヘンケン提督に向けてしまった。

 普通に考えれば、ヘンケン提督が羨ましがってるのは私の状況よね。つまり、ヘンケン提督も恵姉さんの、もっと言えば顔が埋もれるほどの胸の谷間に顔を埋めたいって事よね?

 

 「円満さんに言いつけてやる」

 「そうねぇ。今のは円満ちゃんに対する裏切りだわぁ」

 

 ヘンケン提督は「どうしてそうなる!?」って言いながら驚いてるけど恵姉さんの言う通りでしょ。

 だって、円満さんにはオッパイなんて無いの。

 贔屓目に見て貧乳空母の会、通称『フラット5』並、贔屓目無しで見たら海防艦並よ?

 それなのに、オッパイの谷間に顔を埋めたがるっことは完全に裏切りだわ。

 

 「待ってくれ!俺は君達の姉妹仲が羨ましいと言っただけで、けっして胸の谷間に顔を埋めたいと思ったわけじゃない!」

 「本当かしらぁ?じゃあ、私と満潮ちゃんならどっちが良いぃ?」

 「当然ミッチーだ!エマ並に無駄な脂肪が無いミッチーは俺の理想に限りなく近い!エマより胸が有るのが残念だがな!」

 

 うわっ!キんモ!

 ヘンケン提督が拳を握ってした熱弁を要約すると「俺はロリコンだ!」って言ってるようなものでしょ?

 だって、贔屓目に見て中学生くらいの私と円満さんは、胸と身長以外は近い体型をしてるんだもの。

 ちなみに私の身長は132位で、円満さんはそれよりちょっと高くて142位ね。

 バストサイズはトップが1.5cm位私の方が大きいわ。

 

 「それなら証拠を見せてもらいましょうかぁ」

 「しょ、証拠とは具体的に何を……。おい待てMs.メグミ。なぜ上着を脱ぐ?」

 「証拠を見せてもらうって言ったでしょぉ?だからぁ、私の胸を前にして理性が保てたら信じてあげるぅ♪」

 

 あげるぅ♪とか言ってるクセに、なんで人でも殺しそうなほど邪悪な笑みを浮かべてんの?

 いや、だいたいわかるのよ?

 恵姉さんの巨乳と言うほどではないけど形が良く、しかも手の平からはみ出す程度に大きいオッパイを、女性経験の少ないヘンケン提督の目の前にぶら下げて理性を保てるなら一応は無乳が好きなんだと信じられる。

 でもきっと、それはただの口実。

 恵姉さんはオッパイを目前にして狼狽えるヘンケン提督を見て楽しむつもりなんだわ。

 あれ?でも上着を脱いで黒い布地に『ヒアソビシーヤ派』って書かれたTシャツ一枚になった恵姉さんのオッパイに妙なポッチが二つ有るような……。

 

 「め、恵姉さん。一応確認するんだけど……」

 「うふふ♪ええ、お察しの通りよぉ♪私は今ノーブラ♪」

 

 やっぱりあのポッチは乳首か!

 恵姉さんが下着は着けない派だって事は知ってたけど、まさかノーブラオッパイを恋人でもない男性の顔に突きつけるような人とは思ってなかった。

 ヘンケン提督もさすがに予想外だったのか、正座したまま顔を真っ赤にして「こ、これがオッパイ……」とか言って凝視してるわ。

 

 「あらあら、かしこまっちゃって可愛いわねぇ。どうして正座なんかしてるのかなぁ?」

 「い、いや、日本で畳に座るときは正座だと昔Grandmaに……」

 「それ、嘘よねぇ?本当は、両腿で力一杯押さえ付けないと仰角が大変な事になっちゃうからでしょぉ?」

 

 両腿で力一杯押さえ付けないと仰角が大変な事になるモノって何よ。

 ヘンケン提督の視線は恵姉さんのオッパイに固定しつつも、お尻をモジモジさせながら膝の上で両拳をギューッと握ってる姿を見ても、私子供だからわかんな~い。

 

 「そんなに我慢しなくても良いのよぉ?顔を埋めても良いしぃ、揉んでも吸い付いても私は何も言わないわぁ」

 

 私は男じゃないからヘンケン提督の今の気持ちはわからない。

 でも、恵姉さんの悪魔のような誘惑で理性が揺さぶられたのはわかったわ。

 だって、ヘンケン提督の両拳が一瞬緩んで膝から浮いてたもん。

 

 「い、いくら誘惑しようと無駄だ。確かに君のオッパイは魅了的だが俺はエマに操を立てている」

 「良い答えだわぁ。その意志の固さに免じて、主砲が暴発寸前なのは見逃してあ・げ・るぅ♪」

 

 暴発寸前の主砲って何?

 まさかとは思うけど、男性特有の下半身の突起物じゃないよね?アレが暴発するとどうなるんだろ。

 知識として識ってはいるけど想像したくないなぁ……。

 

 「満潮ちゃん、ちょっとこっちに来てくれるぅ?」

 「嫌な予感がするから嫌だ」

 「良いから良いから、ヘンケンさんが円満ちゃんを見た途端にガー!ってならなようにするために必要なのよぉ」

 

 それはそもそも、恵姉さんがノーブラオッパイでヘンケン提督が「ハアハア」言って目がうつろになるくらい誘惑したのが悪いのでは?

 と、抗議しようとした私を、恵姉さんは無理矢理ヘンケン提督の目の前に立たせて自分は私の後ろに回り込んだ。

 なんか、私に注がれるヘンケン提督のうつろな視線が怖いんだけど……。

 

 「だ、大丈夫?」

 

 じゃないのはわかってるけど取りあえず……ね。

 なんか、私を目の前にした途端さっきより鼻息が荒くなって目も血走り始めてるんですけど……。

 

 「恵姉さん、これさっきよりヤバくない?」

 「ヤバいわねぇ。ロリコンなのはホントだったみたぁい」

 

 恵姉さん、貴女は相変わらず楽しそうだけど、私は今かつてないほど、時雨に犯されかけた時以上の身の危険を感じています。特に胸部に!

 だから、私を拘束している両肩の手を退けてくれない!?

 

 「俺はエマ一筋。(I am Emma muscle.)俺はエマ一筋。(I am Emma muscle.)このオッパイはエマか?(Is this tits emma?)そうだ。きっとエマだ。(That's it. It is surely Emma.)だったら吸い付いても問題ない!(Then you can suck on it!)

 「なんかヤバい!英語だから何言ってるかサッパリわかんないけどヤバい!恵姉さん離して!マジで離して!」

 

 そう言っても恵姉さんは私を離してくれない。

 それどころか右腕を私の首に回して拘束し直して、左手をワキワキさせながら私の胸元に近づけてる。

 本当に何がしたいのよこの人。

 もしかして、私をヘンケン提督に襲わせてその場面を円満さんに見せる気?いや、そう考えれば辻褄が合う気がする。実際、円満さんがお風呂に行ってそろそろ一時間だからいつ戻って来てもおかしくないもの。

 

 「ト・ド・メ♪」

 「ちょっ……!」

 

 ここまで悪意に満ちた無邪気があるのだろうか。

 と、私に考えさせるような無邪気さで、恵姉さんが私のジャージのジッパーを一気に下げた。

 その瞬間、うつろだったヘンケン提督の両目がカッとう見開かれ、私は「後は寝るだけだから」と下着を着けてなかった羞恥と後悔、さらにヘンケン提督が発した物理的な力すら感じる視線を受けて「ヒィッ……!」とか言っちゃった。

 

 「待ってヘンケン提督!私は円満さんじゃないから!もうちょっとしたら円満さんが帰ってくるからそれまで堪えて!」

 

 そう訴えかけながら、膝立ちになって両腕をゆっくりと持ち上げたヘンケン提督から少しでも逃れられるようにと、私は瞼を硬く閉ざした。

 早く戻って来てよ円満さん。今のタイミングで円満さんが戻って来たらそれはそれでマズい気はするけど、私が襲われるよりはずっと良い。今のヘンケン提督が円満さんを見たら、誰が邪魔しようと強引に円満さんを押し倒すかもしれないけどそれなら問題ない。

 だって二人は恋人同士だもの。

 この人が、恵姉さんの奸計で無理矢理興奮させられた結果だとしてもそれなら何の問題もない。

 だって私は逃げられるし!

 

 「へぇ、そこまでするとは思わなかったわぁ」

 「君は俺を舐めすぎだ。俺はエマを傷つけないためなら死ぬのも厭わない」

 「そのようですね。正直、感服しました」

 

 ヘンケン提督が正気に戻ったみたいだけど何が起きてる?と思って、恐る恐る瞼を開いてみると、そこには若干青ざめてはいるものの、いつものヘンケン提督が私を慈しむように見つめていた。

 男性にそんな視線を向けられたのが初めてなのもあるんでしょうけど、迂闊にもその表情に少しだけドキッとしたわ。

 何故か組んだ両手を股間に押し当てた状態なのが気にはなるけど……。

 

 「すまないミッチー、君に怖い想いをさせてしまった」

 「ミッチー言うな。それより大丈夫?顔がどんどん青くなってるわよ?」

 「ああ、問題ない。少しばかり、俺のJr.にお仕置きしただけだ」

 「ジュニア?お仕置き?いったい何の……。まさか貴方!」

 

 以前誰かに、男性は股間の突起物を息子などと呼ぶことがあると聞いた事がある。

 この人はきっと、正気に戻るために組んだ両手を股間に打ちつけたんだわ。

 なんて危険な事を……。

 男の人ってそこを強打すると凄く痛いんでしょ?何年か前に、元帥さんがそこをお姉ちゃんに殴られて倒れたとこを見たこと有るから間違いないわ。

 

 「つ、潰れ……た?」

 「いや、なんとか潰れるのだけは免れたが……くっ!」

 「痛いの!?ちょ、どうしようこれ。さすったら良いの?撫でたら楽になる?」

 

 自分でもとんでもないことを言ってる自覚はある。

 でも余程痛いのか、冷や汗を流しながら四つん這いになったヘンケン提督を見たら、恵姉さんの手を振り払って思わずそう言いながら駆けよちゃった。

 

 「お尻を叩いてあげたら良いらしいわよぉ?」

 「こんな感じ?」

 「もっと強い方が良いかしらぁ。スパーン!って音がするくらい」

 

 ホントに?

 ヘンケン提督は叩いた瞬間に「尾てい……フォウ!」とか言ったわよ?それに今のこの状況、どう控え目に言っても、私がヘンケン提督にスパンキングしてるようにしか見えないんじゃないかしら。

 

 「ただいま~。もう散々な目に……」

 

 やめとけば良かった。

 叩く度に「フォウ!」とか「Oh yes!」とか言うヘンケン提督のリアクションが面白くなってきたタイミングで円満さんが戻って来た。戻って来てしまった。

 

 「え、円満さん、これはその……」

 

 なんて言い訳しよう。

 円満さんの「え?何がどうなってそうなったの?」とでも言いたそうな顔を見れば混乱してるのは痛いほどわかる。

 って言うか混乱するよね!

 自分の恋人が同居してる駆逐艦にスパンキングされてるんだもん!もし立場が逆だったら私だってそうなるし!

 

 「そっか、満潮もそうだったのね」

 「そうだったって……何が?」

 

 いや、円満さんの何かを諦めたような目を見れば想像はつく。きっと、私もヘンケン提督の事が好きだと勘違いしたんだわ。

 うん、それしか考えられない。

 だってかなり特殊なプレイではあるけど、人のお尻をスパンキングするなんて、好意があるとか親しくないと有り得ないもんね。たぶん。

 

 「良いの。言わなくてもわかってるから」

 「ち、違うよ?私は別にヘンケン提督の事は好きでもなんでも……」

 「それはわかってるわ。でも我慢できなかったんでしょ?恵やヘンケンと一緒に猥談してたら我慢できなくなったのよね?私にも経験があるからわかるわ」

 

 は?猥談?しかも経験がある?

 円満さんは何を言ってるの?あまりにもショッキングな場面に遭遇しちゃったせいで頭がバグっちゃったのかしら。

 

 「ヘンケン……。貴方もそっちの気があったのね。だったら私も練習しとかなきゃ」

 「待ってくれエマ。君はたぶん誤解をしている」

 「恥ずかしがる気持ちはわかるけど誤魔化さないで。私は貴方が叩かれて悦ぶ変態でも受け容れるつもりだから」

 

 その理屈だと、私は叩いて悦ぶ変態になっちゃわない?

 冗談じゃないわよ!

 私はヘンケン提督のお腹にめり込んじゃったかもしれない突起物を叩き出してあげようとしただけよ!?

 言わばこれは治療行為。

 けっして円満さんが言ってるような変態行為じゃないわ!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 って感じの説明はしたんだけど、円満さんがした私のドS認定とヘンケン提督のドM認定はしばらく解けなかったな。

 「アンタが私と同じで、少しだけ嬉しい」とまで言われちゃったもの。

 

 いや?円満さんの部屋を掃除してたら縄とか鞭とかボンテージとか出て来たから、ヘンケン提督はドMで合ってたのかしら。

 

 え?円満さんの過去の経験が気になる?

 あ~……さすがにそれは教えられないわ。

 私も気になって知ってそうだった辰見さんや桜子さんに聞いてみたんだけど、「どうしても知りたいなら実際の現場を見た叢雲に聞け」って言われたのね?

 

 で、どうしても知りたかったから聞いてみたのよ。

 そしたら、その時の出来事を嬉々として事細かく説明してくれたわ。

 円満さんの、黒歴史をね。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 



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第百二十七話 駆逐艦でアレなら、戦艦はいったいどうなる?

 

 

 

 あの子は間違いなく、私がお腹を痛めて産んだ私の子供です。

 それは産んだ私はもちろん、主人とArk、それに出産に立ち会った助産師の証言もありますので疑いようのない事実です。

 

 でも私には、私の胸に吸い付くあの子を抱いても自分の子供という実感がわかなかったの。

 

 最初は、自分の出自を思い出してそう思い込んでるだけだと自分を説得したわ。

 でも違う。

 この子は血縁上、間違いなく私と主人の間にできた子だけど違う。そんな想いが、あの子の成長と比例するように大きくなっていきました。

 この子の器は私の子供と言って良い。

 だけど中身が違う。魂とも呼ぶべきモノは私と縁も所縁もない。そう、私は考えるようになっていったんです。

 

 それを確信したのは、あの子が『Jervis』の艤装を前にして言った言葉を聞いたときね。

 

 その時に初めて、私は私の子が殺された事を知ったわ。

 私と主人の愛の結晶は、転生者と名乗る身勝手な者達の尻拭いのために、生まれる前に殺されたんだって。

 

 笑えるでしょう?

 私が違和感を感じながらも、それでも娘として愛そうと思い、そうしたあの子は娘の仇だったんですから。

 

 あの子は娘の身体を我が物顔で使う、忌むべき失われた過去の呪い。

 あの子が語るように、『穴』を塞ぐためにあの子の命が必要だと言うのなら私がこの手で押し込んでやる。

 そう、考えた時期もあったわ。

 

 でもあの時、大和があの闇の中に身を投じた時に、安心してる私もいたの。

 

 結局私は、あの子を娘の仇だと恨みながら、娘として愛してもいたんでしょうね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Queen Elizabeth級2番艦 Warspiteへのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 ママは私に厳しい。

 そう思い込んでる訳じゃなくて、ArkやNelson、他のメイドたちがしてた噂も聞いたから、世間一般から見ても異常なほど厳しいのは間違いない。

 

 「でも、私はママが好き」

 

 他人からしたら異常でも、虐待されていると陰口を叩かれても私はママが好き。

 私に戦う理由が有るとすれば、それはママに褒めてもらいたいから。ママに頭を撫でてほしいから。

 私の事を嫌ってるのに、それでも愛そうとしてくれてるママと一緒にいたいからよ。

 

 『どうしました?終わりですか?』

 

 Japanに向かう輸送機の中でママは私に、今も中破して膝を突いている私を前にしても油断せず、500mほど先で砲を構えているユッキーと戦えと言った。

 その意味が、最初はわからなかった。何の意味があるのかわからなかった。

 だって、私に砲弾は当たらない。魚雷も、航空爆撃も、私に届く前に誤爆するか不発に終わるかのどちらか。

 艤装を背負った私には、どんな攻撃も届かない……はずだった。

 

 「そっかぁ。ママはこれが見たかったんだ……」

 『何か、言いましたか?』

 「ううん、何でもないよ」

 

 なのに、ママやArkでさえ海の上では私に傷一つつけられないのに、ユッキーはいとも簡単に私を傷つけた。

 いつものように、どうせ当たらないからと真っ直ぐ突っ込んだ私を滅多打ちにした。

 『Lucky Jervis』と呼ばれるほど悪運に恵まれた私に当てて見せた。それはつまり、ユッキーも私の悪運並の幸運を持っていると言うこと。

 

 「あはは♪たぁ~のしぃなぁ♪」

 『……打ち所が悪かったようですね。すぐに哨戒艇に回収依頼を……』

 「それはダァメ。私はもっと傷つかなきゃダメなの。もっと、もっともっともっともっと!じゃないとママが喜んでくれない!だから、終わらせないよ!」

 

 見ててねママ。私、頑張るから。

 ママに喜んでもらうために、私は全部出して全力でユッキーに負けるから!

 

 「Now, everyone! I will come in!(さあ、みんな!出番よ!)Lucky Jervis 抜錨するわ!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 気持ち悪かった。

 が、その時の素直な感想です。

 

 回避もせずに真っ直ぐ突っ込んで来た時点では気持ち悪いとまでは感じなかったんですが、その後の、中破してからのジャービスは明らかにおかしかったです。

 

 はい、本当に打ち所が悪くておかしくなかったんじゃないかと心配しましたよ。

 だってあの子、全力で()()()()来たんですよ?

 

 わざと外した砲弾にまで当たりに行ったときは開いた口が塞がりませんでした。

 

 でも、本当に気持ち悪かったのはその後、私の勝ちがアナウンスされた後です。

 青木さんも見てたでしょう?

 あ、観客席のモニターは試合後すぐに切られたんですか。なら良かったです。アレは、民間人に見せる訳にはいきませんからね。

 アナウンス直後はニコニコしながら誰かと無線で話していたあの子が、急に真顔になったと思ったら深海棲艦のような姿になって戦闘を再開したんです。

 

 はい、私とジャービスの試合は試合後からが本番でした。満潮さんと叢雲さんが救援に来てくれなかったらと思うと、今でもゾッとする事があるほどですよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元陽炎型駆逐艦八番艦 雪風へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 異様な雰囲気。とでも言えば良いのかしら。

 雪風とジャービスの試合が始まってからというもの、和やかに試合を見ているウォースパイトを中心にして押し潰すような圧力が観覧席内を支配し始めた。

 私を始め、辰見さんや澪、ヘンケンや各提督とその秘書艦、更に各国の艦娘と言った歴戦の強者たちに冷や汗を流させるほどのね。

 この中で涼しい顔をしてるのは圧力を放ってるウォースパイト本人と、その隣でタバコの代わりに禁煙パイポを咥えてる先生くらいよ。

 

 「ご機嫌が優れないようですが、ご息女の相手に雪風では不足でしたか?」

 「いえ、そんな事はありませんわ。期待通り過ぎて申し訳なく思っているくらいです」

 「ならば安心しました。雪風で相手にならないのであれば、後は満潮か大淀を宛がうくらいしかありませんからな」

 

 先生は随分とジャービスを買ってるわね。

 でも、今ならそれもわかる。

 試合開始直後の無防備な前進はともかく、中破してからジャービスの動きが明らかに変わった。

 相変わらず被弾しに行ってるのは理解できないけど、視界内の攻撃はもちろん、視界外の攻撃にまで反応しているアレはほぼ間違いなく艦体指揮。しかも、都合五人目の使い手。

 こんなにも私と同じ事を考える艦娘がいたなんて、嬉しいと思う反面少し悔しいわね。

 

 「Ms.大淀はわかりますが、ミチシオとはMs.紫印の秘書艦でしたわよね?」

 「ええ、優秀な子ですよ。駆逐艦という括りでなら間違いなく日本でNo.1です」

 「まあ♪それは素晴らしいですわ。是非一度、私の娘と戦ってもらいたいです」

 

 さっすが先生。よくわかってるじゃない。

 今この場にあの子が居れば、間違いなく「い、意味分かんない!」とか言って照れたでしょうね。

 残念ながら、今日は霞と一緒に出店巡りをしてるから居ないけど。

 

 「模擬弾ではなく実弾で。ですか?」

 「ええ、もちろん」

 

 ウォースパイトが先生の質問に答えた途端、観覧席を満たしていた圧力が強くなった。いや、増えたと言った方が正しいのかしら。

 その新たな発生源は先生。

 表情や態度は変わってないのに、たぶんこの場にいる全ての人が息苦しさすら感じるほどの物理的な圧力を感じているわ。実際、何人か倒れたし。

 

 「やはり、貴方にも理解してはもらえませんか?」

 「一人の父親としては理解できません」

 「そうですか。貴方からは、私と同じようなニオイがしたので理解してもらえると思ったのですが……残念です」

 「早合点しないで頂きたい。確かに父親としては理解できませんが、似たような想いを抱える者同士としてなら理解できます」

 

 いや、私にはサッパリ理解できない

 そもそも、先生とウォースパイトが話している内容からして理解できていない。

 当然、二人が殺気立ってる理由もね。

 

 「では、どこが貴方の逆鱗に触れたのですか?」

 「貴女なら、言わずとも理解できるのではないですか?」

 

 ウォースパイトは「なるほど、そういう事ですか」なんて言って神妙な顔して納得してるけど、私は変わらず理解できません。

 何なの?この二人。

 実際に会ったのはほんの数日前のはずなのに、桜子さん、下手したら大淀並に想いを共有している気がするわ。

 いや、それ以上かも。

 この二人は妙に似ている。あの二人とは違うもっと根本的な部分で通じ合ってる気がする。

 

 「貴女は、御息女がこの試合中に()()()へ至れるとお考えで?」

 「ええ、最低でもそれ位はしてくれないと困ります。もしあの子が()()()()()へ至れたなら、私はあの子の気が済むまで甘やかしてあげるつもりです」

 「そうですか、良くわかりました。紫印少将、満潮と叢雲はどこに居る?」

 「み、満潮と叢雲ですか?満潮なら霞と一緒に居るはずですが……」

 

 と言いながら、叢雲の居場所を知ってそうな辰見さんに視線を送ると、白状にも小首を傾げて両手の平を肩より上に挙げて「さあ?」というジェスチャーで答えてくれた。

 先生が私の事を『円満』ではなく『紫印少将』って呼ぶって事はマジモードなのが確定だから、下手な答えは返せないのに困ったなぁ……。

 こうなったら、どうして先生が二人の居場所を聞いてきたのかを予想して、一番求めてそうな答えを返すしかないわね。

 ヒントはいくつあるわ。

 まず、第一のヒントはジャービスの戦い方。

 霞から聞いた限りでしか識らないけど、あの子は超がつくほどのマザコンで、呉にいる間は何かある度にウォースパイトに報告したり判断を求めたりしてたそうよ。

 霞の分析では、あの子が戦う理由はウォースパイトに褒められる事らしい。

 それを踏まえて、今のわざと被弾する戦い方をしている事を考えると、ジャービスは被弾、もっと言うと傷つけば傷つくほどウォースパイトに褒めてもらえると考えている可能性がある。

 

 そして第二のヒント。

 それは、先生が言った『あの先』というセリフと、ウォースパイトが言った『その更に先』というセリフ。

 今現在、ジャービスが使っている艦体指揮に先が有るとするなら、それは精神崩壊状態と通常の精神状態を行き来できることで初めて実現する『深海化』と、艤装のコアに宿る船霊にアクセスする事で可能となる『姫堕ち』。先生が言ったのが前者で、ウォースパイトが言ったのが後者だと思う。

 

 以上二つのヒントを踏まえて第三のヒント。

 先生が私に、単独で姫級とでもやり合える満潮と叢雲の居場所を聞いてきたことを考えれば自ずと答えは見えてくる。

 

 「元帥閣下。試合終了と同時に中継を終了。並びに満潮、叢雲両名にジャービスの無力化、及び拘束を命じたのでよろしいですか?」

 「話が早くて助かる。ああそうだ、必要とあらば満潮の全力戦闘も私が許可する」

 「了解しました。では辰見大佐、叢雲に出撃準備をさせなさい。それに伴い、兵装ユニットの無制限使用を許可します」

 

 辰見さんの「了解しました」という返答を聴いた私はポケットからスマホを取りだして、霞と一緒に出店回りをしているはずの満潮に連絡を取った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 円満さんから連絡が来たのはたしか、雪風とジャービスの試合が終わった直後くらいだったかしら。

 

 ええ、命令を受けたときは訳がわかんなかったわ。

 だってそれまで、霞さんとチョコバナナを囓りつつ雪風の勝利のアナウンスを聞きながら「変な試合だったわね」なんて言ってたのに「ジャービスの無力化、及び拘束」なんて命令されたんだもん。しかも全力戦闘の許可付き。

 

 それからは、霞さんに代わってくれって言われたからスマホを霞さんに預けて大慌てで工廠に走ったわ。

 私が工廠についたくらいにはもう、叢雲さんは艤装を装備し終わってたわね。

 

 ええ、三日目の第二試合の開始が遅れたのはそのせいよ。

 だって本気のジャービス、いえ進化したジャービスは、全力の私と叢雲さんの二人がかりでも無力化しきれないくらい強かったんだもの。

 

 たぶん、ジャービスが万全の状態で、かつ実戦だったら私たちの方が負けてたわね。

 それくらい、ヤバい相手だったわ。

 

 私は直接聞けなかったんだけど、円満さんが工廠に連れ帰られたジャービスを見て「駆逐艦でアレなら、戦艦はいったいどうなる?」ってブツブツ言ってたそうよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 



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第百二十八話 幸運の女神のキスを感じちゃいます

 

 

 

 呉に居た間のジャービス?

 妙に雪風に懐いてる感はあったけど普通だったわよ?

 

 ええ、大会のために横須賀に移動するまで、ジャービスは雪風にベッタリだった。付きまとってたって言っても良いほどにね。

 

 幸運艦同士だから引かれ合ったのか? 

 いや、それはどうだろう……。

 確かにジャービスには、雪風と似たような逸話が多いわ。だから戦闘時だけ見れば、もしかしたらジャービスの方が幸運だったかもしれないけど……私生活がねぇ。

 

 どういうことかって?

 いや、どうもこうも、あの子って陸に居るときはluckyジャービスって異名が嘘みたいに不運だったのよ。アレじゃあむしろunluckyジャービスだわ。

 

 鳥の糞が頭に直撃するのなんて普通だし、注文した定食が売り切れなんて毎日だったでしょ?

 それに、自動販売機があるじゃない?私も実際にその場面を見たことがあるんだけど、例えば私がコーラを買うとするでしょ?そしたらジャービスも「私もそれにする!」って言うんだけど、私が買った途端に売り切れランプが点くのよ。

 マジで!

 噂には聞いてたんだけど、実際にその場面を見た時は絶句したわ。

 

 あれ?でもそれはそれで幸運と言えなくもないのかな?

 いや、それと言うのも、売り切れランプが点灯するや否や、ジャービスがわかりやすいくらい落ち込むからさ、私だけじゃなくその場面に遭遇した人がジュースを譲るのよ。

 ええ、当然お金なんて取らないわ。

 だって貰えないでしょ。

 売り切れランプが点灯した途端に「またか……」とか言って絶望するのよ?

 そんな子からお金を取るなんて私にはできなかった。もちろん、その現場に遭遇した他の子達もね。

 

 それにマザコンだったっけ。

 ああごめんなさい。マザコンって言うとなんだか変態っぽくなるわね。

 でもそう言いたくなるくらい、あの子はウォースパイトさんが大好きだったの。公言もしてたしね。

 

 他の子達は「仲の良い親子だね~」とか言ってたんだけど、私には不思議とそうは見えなかった。

 なんて言うか、私にはお互いが演技してるように見えたのよ。

 

 ええ、ウォースパイトさんは母親を、ジャービスは愛娘の演技をしてるようにね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 霞へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「マ、ママ。今、なんて言ったの?」

 『貴女には失望した。と言ったのよジャービス』

 「どう…して?だって私……」

 

 ちゃんとユッキーに負けたよ?ついさっき、ユッキーの勝ちだってannounceが流れたでしょ?

 それなのに、どうしてそんな酷い事を言うの?

 ママは……私が負けるところが見たかったんじゃないの?

 

 『貴女が死力尽くして戦った結果、それでも敗北したなら私もこんなことは言いませんでした。でも貴女はわざと負けたわね?そんな失礼なことをするような子は私の子ではありません』

 

 ママが何を言ってるのかわからない。でも、嫌われたのだけはわかる。

 だって、ママのこんなに冷たい声は始めて聞いたもの。今まで私がどんなにイタズラしても、ママが大切にしてたteacupを割っちゃった時も、パパと一緒にお風呂に入りたくないって言って泣かせちゃった時もこんなに冷たい声で叱ったりはしなかった。

 それなのに、ママが喜ぶはずの事をしたのに、ママは私の事が嫌いになった。

 

 「ジャービス!どうしたんです!?頭が痛いんですか!?」

 

 声がした方を向いてみると、いつの間にかユッキーが目の前にいた。

 頭が痛い?ううん、頭は痛くない。

 でもユッキーがそう言いたくなるのも当然だね。だって私、頭を抱えて蹲っちゃってるんだもん。

 でもね?頭は本当に痛くないの。

 痛いのは胸の奥。心臓のずっと奥の方がズクンズクンって痛むの。

 この痛みはどうやったらなくなるの?ママに愛してるわって言って貰えれば治るかな?そう言ってもらうにはどうしたら良い?ママは私が負けるのが見たかったんじゃないとしたら、ママが見たかったのは私が勝つところ?ユッキーを沈めたら、ママはもう一度私を愛してくれるのかな。

 

 「そうよ……。ユッキーを沈めればいいんだ」

 「ジャ、ジャービス?何を……」

 

 ごめんねユッキー。

 別にユッキーの事は嫌いじゃないよ。むしろ大好きだよ。でも私はユッキーよりママの方が好きなの。

 ママに愛して貰えない私に存在価値なんてないの。

 ママにもっともっともっともっと愛して貰って、その時が来たら悲しんで貰いたいの。

 私が消える時にママが泣いてくれる。その時に初めて、ママは私を娘だって認めてくれるはずなんだから。

 

 「あはははははははは!良さそう~!これで、行ってみましょう!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 ジャービスの様子が急変してすぐに、私は哨戒艇に退避を命じて私も距離を取りました。

 

 実際、そうして良かったです。

 まるで泣いてるような、悦んでいるような顔になったジャービスは、その後すぐに白い光に包まれて別人のようになりましたから。

 

 いえ、佐世保の文月さんや九代目の神通さんが奥の手としていた深海化とは違う気がします。

 強いて言うなら、戦闘が再開されて数分後に駆け付けてくれた満潮さんに近かった気がします。

 

 満潮さんと決定的に違ったのは……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 雪風へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「ねえ満潮、ジャービスを無力化しろってどういう事?」

 「私にもわかんない。でも、私に全力戦闘の許可が下りてるから相当マズいのは確かよ」

 

 円満さんからの命令を受けて艤装を装備し、試合会場へと急行している最中に、叢雲さんがこの命令で一番訳がわからない部分を聞いてきた。

 聞きたいのは私の方なんだけどなぁ。

 でも、ある程度の想像はつく。

 一番有り得そうなのは暴走、しかも単独で姫級とやり合える私と叢雲さんを向かわせてるって事は深海化による暴走の可能性が高い。

 それくらいのことは、叢雲さんも想像がついてるはずよ。

 

 「ジャービスって、深海化するほど精神が不安定なのかしら」

 「さあ?ジャービスと会ったのは歓迎会の時が初めてだから私には何とも言えないわ。って言うか、深海化ってそんなにホイホイとできるモノなの?」

 「私は恵姉さんの例しか知らないけど……」

 

 私が知る唯一の深海化の使い手だった恵姉さんの場合は、普通の精神状態と精神崩壊状態を()()()に行き来するっていう精神衛生なんてガン無視の方法で実現してたらしい。

 実際に見たことがある円満さんは「あの状態に意図的になれる時点で壊れてる」って言ってたっけ。

 

 「ふぅん。まあ、先代八駆の面子はどこかしら壊れてたけど……って!きゃあ!」

 「何!?被弾したの!?」

 

 叢雲さんが呆れたような視線を私に向けたのを()()()()()かのように、叢雲さんの前面装甲に模擬弾による火花が咲いた。

 まだ予想戦域から6キロは軽く離れてるのよ?

 それなのに、ジャービスは叢雲さんに模擬撃を直撃させたって言うの?

 

 「叢雲さん!無事!?」

 「無事に決まってんでしょ!こんだけ距離があったら『弾』の効力も半分以下よ!」

 

 叢雲さんは強がってそう言ったけど、それは逆に言えば半分近くは効力があったと言うこと。

 実際に叢雲さんは、流れ弾と思われるラッキーパンチで小破になっちゃったしね。

 

 「各部妖精とのリンク開始。同時に回避運動を一任」

 「ちょ!もう本気出す気!?まだ会敵すらしてないのに!」

 「()()()よ!被弾する可能性が低い内に『姫堕ち』も発動するわ!」

 

 叢雲さんが言う通り会敵すらしていない。ジャービスと雪風だと思われる反応と私たちの距離はまだ4キロはある。

 それでも、私の本能が告げている。

 コイツはヤバい相手だ。

 いくら私と叢雲さんの二人がかりでも、端から出し惜しみせずに全力で立ち向かわなければ返り討ちになる。

 だから、私は被弾しない事を祈りつつ、もう一人の私に会いにいった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 ウォースパイトの一言で怒ったのは金剛だけじゃなかった。

 口には出さなかったけど円満や澪、恵まで目に見えて怒ってたわ。もちろん私や他のゲストたちもね。

 その中で唯一食ってかかったのが金剛だったわ。

 

 ウォースパイトは何て言ったのか?

 一言で言えば「お前は私の子供じゃない」ね。

 ほら、イタズラした子に母親がよく言うでしょう?「悪い事する子はお母さんの子じゃありません」って。

 字面だけ見ればそんな感じだったんだけど、私でもゾッとするくらいウォースパイトは冷酷に言ってたわ。

 

 赤の他人の私たちでさえ怒りを覚えたんだから、ジャービスからしたら拒絶されたのと同じくらい衝撃だったんじゃないかしら。それこそ、壊れちゃうくらいにね。

 

 金剛はどう食ってかかったのか?

 悪いけど言えないわ。

 と言うのも、あの時金剛が感情に任せて言ったセリフは英国にとっては今も機密扱いなの。

 もし話しちゃったら、私だけでなくアンタも消されちゃうかもしれないわよ?

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐 辰見天奈大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「やめないか金剛!その手を離せ!今すぐにだ!」

 

 この事態はさすがに予想できなかった。

 もし金剛とウォースパイトの関係をもっと詳しく知っていたらある程度予想できてたかもしれないけど、金剛がウォースパイトの胸ぐらを掴み上げた今では後の祭りね。

 呉提督の説得で思い直してくれれば、最悪でも解体処分で済ませられると思うんだけど……。

 

 「相変わらず子供に甘いのね。そんなに気に障った?」

 「ブチ切れましたよ。お前、あのセリフで子供がどれだけ傷つくか知ってるでしょう?」

 「ええ、嫌と言う程わかってるわ。私自身、あの言葉で何度泣いたか憶えていないくらい泣いたもの」

 「だったらなんで……!」

 

 金剛が子供に甘い?

 霞に聞いた話では、金剛は今でも駆逐艦不要論を唱える火力主義者で、呉では有名な駆逐艦嫌いだったはずだけど……。

 いや?逆なのかしら。

 金剛ほど艦娘歴が長い人が駆逐艦の重要性を理解してないとは考え辛い。

 もしかして金剛は子供が好きだから、幼い子供が多い駆逐艦が戦場に出なくても良いように不要論を唱えてまで駆逐艦を戦線から遠ざけてたんじゃない?

 そう考えれば、呉提督が考えを改めるまでどんな作戦でも()()()で成功させてきたことに説明がつく気がする。

 

 「あの子の進化は、この戦争を終わらせるために必要なことです」

 「戦争を終わらせため?ふざけんな!自分の復讐のためだろうが!」

 「復讐?何の事かしら」

 「とぼける気?だったら私が言ってやるよ。お前、あの子を使って王室を見返す気でしょう?「お前達が捨てた私の子供が世界を救った」とでも言って、歯噛みする王室の奴らを嗤うつもりなんじゃないですか?」

 

 あ~……えっと。

 口調が別人みたいに荒っぽくなった金剛は怒りに任せて言ったんだろうから気にもしてないんでしょうけど、今とんでもないこと言わなかった?

 いや、知ってるのよ?

 ウォースパイトが英国王室の公表できない不義の子だってことは噂レベルでなら知ってるの。

 でも噂レベルだったのが、ウォースパイトと旧知の間柄である金剛が口にしたセリフと、ウォースパイトの肯定するような沈黙のせいで事実としてこの場にいる人間全てに認知されてしまった。

 これは非常にマズい。

 下手したら、この場にいる人間全てが殺されても文句が言えない事態になっちゃったんだから。

 

 「Ark、銃をしまいなさい」

 「ですが奥様。彼女が口にしたセリフは我が英国を貶めかねない根も葉もない風評です」

 「貴女のそのreactionが、金剛の言葉に信憑性を持たせてしまうとわからないのですか?もう一度言うわよArk、銃をしまいなさい」

 

 すでに手遅れ。と言うよりは、ウォースパイトはこの事実が真実として知られる事は問題だと考えてない節がある。

 恐らく今の金剛の行動やセリフ、さらに自身が英国王室に捨てられた身だと認知させるのすら、彼女の復讐には必要なことなんでしょう。

 でもこれで、先生とウォースパイトが妙に似てると思えた理由がわかったわ。

 この二人は終戦の事なんて考えていない。

 いえ、終戦そのものが自分の復讐を成就させる手段でしかない。

 そのためなら自分はもちろん、愛する家族だろうが友人だろうが部下だろうが何でも利用する。

 自分が苦しむのすら、復讐心への糧として。

 

 「()()()()()()()()子供を道具扱いしやがって……。 お前のそういうところが、私は昔っから大嫌いよ」

 「私は貴女のそういうところが大好きよ」

 

 正に一触即発。とでも言いたくなる雰囲気ね。

 これでもかと言うほど眉をつり上げて怒っている金剛は今にもウォースパイトを殴りそう。

 対するウォースパイトは、力無く微笑んで殴られるのを待ってるみたいだわ。

 

 「な、なんだアレは」

 「どうした大湊の、今は……。ん?アレは艦娘……なのか?」

 

 大湊提督と佐世保提督に釣られて全員の視線がモニターに集まった。

 そこに映っていたのは回避運動に専念する雪風と……アレ、何?いや誰?

 『姫堕ち』発動中の満潮みたいに『機関』からX字のように伸びたアームに繋がれた砲と魚雷発射管、さらにウェディングドレスを思わせる服装に真っ白な光。

 そこだけ見れば、ジャービスが『深海化』を通り越して『姫堕ち』に到ったと思うことができた。

 でもその艤装を背負っている人物がジャービスじゃない。強いて言うならウォースパイトに似ている。

 まるでジャービスが十代後半まで成長したような艦娘が、狂気を顔に貼り付けて雪風を攻撃していた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 今まで戦った中で最強の敵は誰?って聞かれたら、私は迷わずジャービスだって答えるわ。

 

 あの子と戦うまで、私も満潮も反則的に強い奴ってのは大淀みたいな奴の事を言うんだと思ってたんだけど、あの一戦を経験して考え方が変わった。

 強さの次元が違うとでも言えば良いのかしら、あの時のジャービスの前じゃ常識も理屈も意味を成さなかったのよ。

 

 確実に当たると思った砲弾は直前で逸れるし、逆に大ハズレと高を括って回避しなかった砲弾が直撃したり、酷いのになると撃とうとした瞬間弾薬が誤爆して砲が吹き飛んだりね。

 

 訳わかんないでしょ?

 私たちもそうだった。

 雪風を退避させたれたは良いけど、戦闘開始からものの数分で私たちは攻撃手段のほとんどを失ったんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元特Ⅰ型駆逐艦 五番艦 叢雲へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「満潮!生きてんの!?」

 「なんとか……ね」

 

 ジャービスと思われる艦娘と会敵して数分。

 挨拶代わりの砲弾を数発放ったところで、私の左舷連装砲の内部が爆発してアームごと吹き飛んだ。

 私の心配をしてるけど叢雲さんも似たような状態ね。

 私みたいに左腕が焼かれて使い物にならなくなるほど酷くはないものの、右舷連装砲の誤爆で背中を少し痛めたみたい。

 

 「叢雲さん、連装砲、及び魚雷発射管をパージして」

 「はぁ!?丸腰になれって言うの!?」

 「自爆して死ぬよりマシでしょ?それに、私と叢雲さんならそれでも丸腰じゃない」

 

 そう、私にはお姉ちゃん仕込みの格闘術と『衝角戦術』があるし、叢雲さんには槍がある。

 それに、運だけで私たち二人を中破にしたアイツを倒すには、運が介在する余地が無いほどの超近接戦を仕掛けるしかない。

 かつて、神風だった頃の桜子さんが雪風相手にそうしたように。

 

 「アンタも()()()なったじゃない。良いわ!付き合ったげる!『魔槍』叢雲、突撃するわ!」

 「前面『装甲』のみを残して他はカット。右腕に余剰力場を集中。これより本艦は格闘戦を開始する」

 

 こういう時ばかりは異名が欲しくなるわね。

 まあ私は口上を述べるようなキャラじゃないんだけど、高々と名乗りをあげてジャービスに突っ込んでいく叢雲さんをみたら少しだけ羨ましく思っちゃった。

 

 『邪魔しないでよ!私はユッキーを沈めなきゃダメなの!じゃないとママが……ママが喜んでくれないの!』

 「クッソ!なんであんなのが当たるのよ!」

 

 ジャービスの砲撃はお世辞にも上手いとは言えない。だって明後日の方向に向けて撃ってるもの。

 でもそれが何故か当たる。

 今も、先行している叢雲さんに向けて撃ってるとは思えない角度で飛んでた砲弾が弧を描いて襲ってるわ。それをギリギリで至近弾にしてる叢雲さんはやっぱり大した者ね。

 

 「私も負けてらんないわね」

 

 砲撃が真っ正面から突っ込んでる叢雲さんに集中してる隙を突いて、私はジャービスの右斜め後方から『稲妻』で突っ込んだ。

 完全に私を見失ってるわ。

 これなら確実に拳を打ち込め……。

 

 「んなアホな!」

 「うふっ♪lucky♪」

 

 ジャービスの右後方に潜り込んだ私のガゼルパンチが当たる寸前、高波が起きて私を左に押し流した。

 しかも最悪なことに、ジャービスが左後方に潜り込もうとしている叢雲さんに向けて放った魚雷の射線上に。

 

 「何やってんのよ満潮!私を庇う必要なんて……!」

 「違う!波で流されたところに()()()()魚雷が来たのよ!」

 

 自分で言ってておかしいと思う。

 本当に今のはたまたま?

 あのタイミングで高波が起き、私が流される方向を予測して魚雷を放ったんじゃなく、たまたまそうなっただけ?本当に、今の一連の出来事は偶然なの?

 

 「そう言えば、桜子さんが以前こう言ってたわね」

 

 雪風と戦ったとき、桜子さんは「世界の全てが敵に回った気がした」と言っていた。

 正に今みたいに、風も、波も、万が一の確率でしか起きないような艤装の不具合も。その全てが私たちの敵として立ちはだかり、ジャービスの味方として邪魔をする。

 

 「これがラッキージャービス。雪風並の幸運を持つと噂される英国最強の駆逐艦か」

 

 しかも今はスペックが跳ね上がってる。

 もしかしたら、『姫堕ち』で駆逐水鬼並にスペックが上がってる私以上に。正直、ジャービスが装填してるのが模擬弾じゃなかったら、さっきの魚雷で私は死んでたわ。

 

 『お二人は一瞬で構いませんので彼女の動きを止めてください。私が仕留めます』

 「この声、雪風?撤退したはずじゃ……!」

 『仲間を見捨てて逃げるほど腐ってはないつもりです。それより、できますか?』

 

 できますか?ですって?

 そんなのできると言うしか選択肢はない。救援に来たのに良いように嬲られ、あまつさえ助けに来た相手にただ助けられるだけなんて恥でしかないもの。

 故に、私たちはこう言う。

 

 「やってやろうじゃないのよ!一瞬どころか五分でも十分でも止めてやる!満潮、やるわよ!」

 「了解よ。でも私は残り時間が少ないから、五分以上は叢雲さんだけでお願いね!」

 

 と、雪風の挑発に乗せられて再度突撃を開始したのは良いけど、雪風ってジャービスと同じように装填してるのは模擬弾よね?

 模擬弾で今のジャービスの『装甲』を貫きつつ、戦闘不能に追い込む事なんてできるのかしら。

 

 『お二人が早々に武装を捨ててくれたおかげで弾薬が補給できました。まったく、運良く私の退避先に流れてきてくれて助かりましたよ』

 

 近海とは言え、海原に漂ってた私たちの武装を拾った?どんだけ運が良いのよ。

 どうやら、雪風が冗談みたいに幸運だって噂は本当みたいね。

 

 『ユッキー!私に沈められに来てくれたの!?そうなのね!良かった~これでママに誉めて貰えるわ!』

 

 ジャービスのヘイトが雪風に向いた。

 おかげで私たちはジャービスの視界の外。完全に背後から追ってる形なのに、何故かタイミング悪く高波が起きてまったくと近づけない。

 

 「こうなったら……!」

 「ちょ、なんで私の背後に回るのよ満潮。嫌な予感しかしないんだけど……」

 「大丈夫、痛いのは一瞬だけよ」

 

 たぶんね。

 私が何をしようとしているか察したのか、叢雲さんは「帰ったら甘味の一つも奢りなさいよ!」とか言って槍を腰撓めにして構え、いつでも()()()準備をしてくれた。

 後は、ジャービスに向けて叢雲さんを殴り飛ばすだけだ。

 

 「五万馬力ぃぃぃ!ガゼルパンチ!」

 

 ジャストミート。

 叢雲さんのお尻辺りに命中したガゼルパンチ(五万馬力)を推進力にして飛ぶ叢雲さんは、邪魔しようとする高波に大穴を空けながらジャービスに向けて驀進して行ったわ。

 

 「今よ雪風!」

 『了解しました。叢雲さんはそのまましがみついててください』

 

 叢雲さんの「私ごと撃つ気かコラ!」って抗議は聞かなかった事にして、雪風はここからどうやってジャービスを無力化するつもりなんだろう。

 下手に撃ったら、叢雲さんごとジャービスを沈めちゃうんじゃない?

 

 『私は運が良いですからね。今撃てばきっと、運良く叢雲さんを一切傷つけずにジャービスを気絶させれます』

 

 だからどうやって?

 アンタ普通に連装砲と魚雷発射管構えてるじゃない。まさか本当に、撃てばさっき言ったような結果に()()()なるって言うの?

 それはもう幸運なんかじゃなくチートじゃない。

 

 『カットイン強制発動。魚雷、魚雷、連装砲』

 

 は?今なんて言った?カットイン強制発動?

 カットインってもしかして駆逐艦、特に夜戦時に稀に起こる、脳内にその時最も適した攻撃手段がシャ!シャ!シャ!って感じで浮かぶ現象のこと?

 それを強制発動ですって!?

 

 「上手くいきましたね。幸運の女神のキスを感じちゃいます」

 「いやいや、上手いことジャービスの兵装だけ破壊して無力化できたみたいだけど……」

 

 近くに寄った途端に雪風はそう言ったけど、叢雲さんも吹っ飛んで気絶しちゃったわよ?頭とかアフロみたいになってるし。

 まあ叢雲さんは緊急避難装置が発動してるから心配しなくてもいいとして、問題は……。

 

 「また負けちゃった……。もうダメだ。ママに嫌われる。ママに要らないって言われる……」

 

 元の身体に戻って海面にへたり込み、頭を抱えてぶつぶつと独り言を言ってるジャービス。

 どうやら、ジャービスのママことウォースパイトさんに何か言われたから深海化どころか姫堕ちすらすっ飛ばして、さっきの状態になったみたいね。

 

 「アンタのママは随分と薄情なのね。高が試合で負けたくらいで……」

 「ママは薄情なんかじゃない!」

 「でも、試合に負けて何か……。そうね例えば、弱い子は私の子供じゃないとか言われたんじゃない?」

 

 あ、これでもかと顔を歪ませて涙を流し始めた様子を見るに、どうも当たってたっぽい。

 なんかすっごい罪悪感が……。

 

 「ママは私に厳しいけど、厳しくしたのと同じくらい優しくしてくれるの!だから私はママが大好きなの!必要とされたいの!娘でいたいの!貴女たちにそんな私の気持ちがわかるの!?」

 「わかんないわよ。雪風はどうか知らないけど、私は親の顔も知らない孤児だからね」

 

 ムカつく。

 母親自慢もムカつくけど、「親がいない子なんいるの?」と言わんばかりに驚いてる顔が私の神経を逆撫でる。

 

 「娘でいたい?アンタってウォースパイトさんの娘なんでしょ?英国って、親子でいることに資格か何か必要なわけ?」

 「で、でもママが私の子じゃないって……」

 「いやそれってさ、母親がイタズラした子によく言う「悪い子はうちの子じゃありません」的な脅し文句と同じでしょ?それを真に受けて暴走するとか馬鹿じゃないの?」

 

 ジャービスほど母親のことが好きなら暴走するほどなのかもしれない。私は言われたことがないから、そのセリフで子供がどれだけ傷つくか想像もつかないけどね。

 でも、言われてみたい気はする。

 いえ、言われてみたい。

 私は母親を困らせた末に「アンタなんてうちの子じゃありません」って言われてみたい。

 

 「アンタが羨ましい。そんな、親子でなければけっして言えないセリフを言って貰えるアンタが羨ましいわ」

 「親子じゃないと……言えない?どうして?」

 

 わかんないか。それもそうよね。

 想像でしかないけど、ジャービスはたぶん愛されるために努力すれば、相応に愛して貰えると考えてる。

 でもそうじゃないのよ。

 親子愛でも友愛でも親愛でも、愛ってのは見返りとして受け取るものじゃない。

 制御不可能な生理現象みたいなものよ。

 そんな溢れ出んばかりの愛を押さえ付けて初めて、心を鬼にしてでも子供に成長して欲しいと思ったときだけ、母親は自分の子供じゃないと突き放せるの。赤の他人にそんなセリフを言っても「当たり前じゃん」で終わるもん。

 まあ、母親を知らない孤児の誇大妄想だけどね。

 

 「疑うんなら戻ってみなさい。きっと、ウォースパイトさんはアンタを優しく抱き締めてくれるはずよ」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 ってな感じのことを言った記憶を最後に私は気絶したわ。

 まあ、初っ端の誤爆で左半身が焦げてたしね。

 

 後に円満さんから、泥酔して病院に運び込まれたウォースパイトさんとジャービスが何事もなかったかのように仲良くしてたのを見たって聞いたわ。

 

 え?なんでウォースパイトさんが泥酔してたのかって?

 さあ?

 私、あの後から数日間入院してたからその経緯に関しては人づてでしか知らないの。

 辰見さんから聞いた話ではたしか……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。



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第百二十九話 復讐鬼と復讐姫は復讐に恋をする

 

 

 

 FSBプレゼンツ。特Ⅲ型駆逐艦二番艦 響の誘拐計画とは。

 現在アリューシャン列島付近に待機させている海上輸送艇から、どうやってか鹵獲した深海棲艦(連合艦隊規模)を解き放って横須賀鎮守府を襲わせて、その混乱に乗じてタシュケントが誘拐するって寸法らしい。

 と言う話を、ジャービスの一件が片付いて工廠で一息ついてた円満に聞かせてみたら……。

 

 

 「深海棲艦を鹵獲って……。さすが露国と言うべきか、それとも日本が甘いと反省すべきか……」

 

 なんて、心底呆れたような反応が返ってきた。

 まあ、気持ちはわかるけどね。

 そもそも、艦娘一人を誘拐するために、深海棲艦の鹵獲に始まり海上輸送機の手配とその潜伏先の選定の手間をかけるなんて、世界規模で見ても艦娘保有数が多い日本から見たら異常だもの。

 

 「桜子さん、鹵獲深海棲艦の編成と来襲時間は?」

 「編成は空母ヲ級6隻を主軸にした機動部隊。六駆が哨戒から戻る途中を狙うって言ってたから、恐らく、第三試合終了前後。こちらが一番気を抜くタイミングでもあるわね」

 「なるほど……。一応聞くけど、誘拐計画がバレているとわからせるために、わざと見えるように艦隊を準備するのは桜子さん的にはNGなの?」

 「ええ、こっちに喧嘩売ってきたんだもの。どうせなら悔しがらせたいじゃない?」

 「具体的に、どうやって?」

 

 わかってるクセに。

 そんなあからさまに「嫌な予感がする」って考えてそうな顔されたら説明する気が失せちゃうじゃない。

 でも説明してあげる。

 相手が想像している最悪の事態の少し斜め上を行くのがこの桜子さんだからね。

 

 「それでは説明しよう!桜子さんプレゼンツ。FSBに響を改装させた後に奪還して歯噛みさせてやろう作戦とは!」

 「いや、今ので予想通りなのがわかったからいい」

 「まあそう言わずに聞きなさい」

 

 ガングートの話では、FSBは誘拐した響を日本まで乗ってきた海上輸送機の中でヴェールヌイに改装し、眠らせて輸送機内に監禁して、陽動のために自らが起こす深海棲艦による襲撃を口実にしてそのまま露国に戻るつもりらしい。

 飛ばれた後だと奪還は困難だから、奪い返して悔しがらせる事を考えたら改装後がベストね。

 問題があるとすれば……。

 

 「深海棲艦迎撃用の艦隊ね」

 「ええ、現場までの輸送は二式大艇で良いとして、FSBに気付かれず、それでいて機動部隊に対抗できる艦隊が即座に二式大艇に乗り込めるようにしとかないと……」

 「人員は多少ランダムにはなっちゃうけど、うちの隊員に目についた艦娘をそれとなく工廠に誘導するように言っとこうか?」

 「それしかないか……」

 「最悪、水雷戦隊に足止めさせている間に艦隊を編成して出撃させれば問題ないと思うけど……。どうする?艦娘を指定してくれれば対応できるわよ?」

 「それがベストだけど、機動部隊に対応できそうな艦種と人数が工廠に集まればさすがにバレる気がする。やっぱり、水雷戦隊が編成できるだけ集めるのが限界ね」

 

 限界ね。なんて円満は重苦しく言ったけど、私からしたら円満以上に気が重い。

 だって、敵機動部隊に対抗できるだけの練度と実力を兼ね備えた艦娘を選定し、タシュケントを始めとすFSBの諜報員に気取られぬように工廠に誘導しないとならないんだもの。

 

 「満潮と叢雲が使えれば問題なかったのに……って、どうしても考えちゃうわね」

 「そうね。FSBが満潮と叢雲が使えなくなる()()状況まで考えて計画を立ててたんだとしたら、正直舌を巻くわ」

 

 円満が歯噛みする気持ちもわかる。

 客観的に見ればジャービス暴走はもちろん、雪風をほぼ無傷で救った代償に満潮と叢雲が予想以上に負傷したのはたまたま。こんな状況を予測して計画を立てるなんてきっと円満でも無理よ。

 でも円満は、FSBは()()()()計算して響の誘拐計画を立てたんだと思ってる。優秀が故に、普通の人なら偶然で片付けてしまう事柄でも計画の内なんだと疑っちゃうんでしょうね。

 ホント、頭良すぎてバカだわこの子。

 

 「一つ気になったんだけど、ガングートとタシュケントは敵対してるの?」

 「表立って敵対はしてないはずよ。一応、上司と部下だし」

 「ふぅん。響の誘拐がFSB、ひいては露国の相違なのか、それとも部下の暴走なのか気になるわね」

 

 んん?

 私はガングートに聞いた限りでしか知らないけど、響の誘拐に関してはFSB内でも賛否両論らしい。

 反対派の理由に露国が日本と表立って波風を立てたくない。更に協力関係を結ぶ方が有意義だという意見がある。その再先鋒がガングートね。

 そしてその反対。

 タシュケントを始めとする推進派が響の誘拐に拘るのは、先に説明した実艦の艦生が艤装に影響するのかどうかを確かめ、あわよくば自国の戦力を増強しようって理由からよ。

 んで、私が何を疑問に思ったのかと言うと……。

 

 「響の誘拐が部下の暴走?どちらかと言うと、誘拐計画の阻止の方が部下の暴走よ?」

 「え?は?ガングートの方がタシュケントの部下なの!?」

 「あれ?言ってなかったっけ?」

 「聞いてないわよ!」

 

 そっか~言ってなかったか~。

 でも、そんなにカッカしなくても良くない? 

 一応はガングートの方が下になってるものの階級は同じだそうよ?

 それに、特殊な場合を除いて戦艦が駆逐艦の下につくって事が無いから勘違いしたんでしょうけど、円満が勝手にタシュケントの方が下だと思い込んだだけだからね?だから私は悪くない。

 

 「はあ、まあいいわ。あんまり私と桜子さんが話してると怪しまれそうだし、そろそろ観覧席に戻るわ」

 「そうした方が良いかもね。じゃあ、段取りはさっき決めた通りで進めるわよ?」

 「ええ、お願いします。今回は奇兵隊の負担が大きいけど、その分動きやすいようにはするつもりだから安心して」

 「了解よ。こっちは私に任せて、アンタは囮役をしっかりね」

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 第七水雷戦隊を編成した切っ掛け?

 切っ掛けも何も、対空戦闘に特化した戦隊が必要だったから……って言っても、アンタは信じないんでしょうね。

 色々と聴き回って、あの部隊の本当の役割にも察しがついてるみたいだし。

 

 ええそうよ。

 あのメンバーを選んだ切っ掛け自体は偶然に近かったけど、第七水雷戦隊の本当の役目は大和の護衛。いえ、大和直属の部隊と言ってもいいわね。 

 

 でも、二式大艇に集まったメンバーが誰なのか知ったときは運命じみたものを感じたわ。

 奇兵隊が誘導したとは言えまるで定められていたかのように、後に『天号組』と呼ばれる彼女たちがあの場に集ったんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官 紫印円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「遅かったな円満。何か問題でもあったか?」

 「少しだけ。どうやらトラブルが起きそうでして」

 「ほう?まさか、また桜子が暴れようとしているのか?」

 「八割、いえ九割方その通りです」

 

 観覧席に戻るなり、先生が他の人に聞こえない程度の声量で探りを入れてきた。いや、この様子じゃ探ってきたと言うより確認かしら。

 桜子さんからどの程度聞いてるかはわかんないけど、この人にはこの後に起こるトラブルにもある程度察しがついてるんでしょうね。

 

 「私の許可を得る必要は無いから好きにやりなさい。他の提督に許可が要るような事でも、私が許可を出したと言って処理すればいい」

 「わかりました」

 

 やっぱりか。

 この人は鎮守府が襲撃を受けそうな事に気づいてる。それが、桜子さんが動かなきゃならない相手の謀の内だと言うことにも。

 敵わないなぁホント。

 戦術や戦略面でなら、私は先生以上という評価を色んな人から受けている。

 でも謀略面ではまるで敵わない。

 さっきまでどころか、今私がこう考えてることも先生の計画の内なんじゃないかと疑っちゃうくらいにね。

 

 「満潮の容態はどうだ?」

 「かなり負傷していましたが、以前大淀にやられた時ほど酷くはありません。今は意識が戻った叢雲が見てくれています」

 「そうか。心配ならしばらく席を空けてもいいんだぞ?」

 「やめておきます。仕事をほったらかして看病してたって知れたらあの子に怒られますので」

 

 本当なら傍にずっと居てあげたいけど、私はこの鎮守府のトップなんだから私情に走るわけにはいかない。

 ここは自分を律するためにも、仕事の話をして気持ちを落ち着けよう。

 

 「明日のゲストを交えての会議、閣下はどう動くお積もりですか?」

 「私は特に表立って口を出すつもりはない。さっきも言ったが、お前の好きにしていい」

 「本土が開戦時に逆戻りする事になっても?」

 「それは失敗した場合だろう?お前は失敗しないんだからそうなることはない」

 

 お褒めに預かり光栄です。とでも言えば良かったのかしら。

 期待と言うか信頼と言うか、先生が私を信じてくれてることが嬉しい反面、期待が重すぎて黙り込んでしまった。

 

 「お前の見立てではどうなんだ?欧州の中枢は先の二つと比べても厄介な相手だと聞いているが」

 「『結界』に加えて、南方中枢が見せた『紅潮(あかしお)』の二つだけでも厄介なのに、欧州の敵艦隊はかつての敵太平洋艦隊と同規模。ですがやりようはあります」

 「欧州連合との共闘か」

 「はい。欧州連合には軍艦が残っていますし、通常の航空戦力も使用可能です。故に、ケンドリック提督が対南方中枢で使った戦術で数を減らします」

 

 ヘンケンが対南方中枢戦で試した、艦娘に『装甲』を破壊させて通常兵器でトドメを刺す戦術は『結界』を張る相手に対して有効。

 さらに、通常兵器による敵の()()への攻撃は体勢を崩し、敵を海から()()()()()()も可能。

 人死には多くなるでしょうけど、艦娘と通常兵器が連携すれば効率よく敵の艦隊を削れるはずよ。

 

 「欧州へはスエズ運河を通っていく気か?」

 「はい。敵に封鎖されてはいますが、後顧の憂いを立つ意味でもその航路がベストだと考えます」

 

 今現在、地中海と紅海を繋ぐスエズ運河は、戦艦仏棲姫と呼称されている個体が率いる艦隊によって封鎖されている。

 日本艦隊はこの敵艦隊を殲滅し、地中海を西進しながら伊国、仏国の艦隊と合流して欧州中枢が陣取っているノルウェー海を目指す。

 それに際して米軍はNYから出航し、アゾレス諸島を経由して、アイスランドで他の欧州連合艦隊と合流、欧州中枢の北側から攻める予定になっている。日本艦隊は南からね。

 

 「先日、前米提殿から個人的に連絡があった。聞きたいか?」

 「私が聞いても問題なければ」

 「ならば話そう。ワダツミ級二番艦が艤装作業に入った」

 「早すぎませんか?設計図を提供してまだ数カ月ですよ?」

 「あの国の工業力は異常だからな。だが一つ問題が起こった」

 「問題?妖精さんが住んでくれないとかですか?」

 「いや、あの船の艦名を『スミノエ』と『カナロア』のどちらにするかで軽く揉めているらしい」

 

 そんなことか……。

 日本で造ってたら『スミノエ』であっさり決まってたんでしょうけど、米国だから候補でカナロアが挙がっちゃったのね。

 ちなみにスミノエとは、正確には住吉三神と呼ばれる底筒之男神・中筒之男神・上筒之男神の総称よ。

 ワダツミの姉妹艦だから、同じ日本の海神の名前を先生が勧めたんでしょうね。

 対抗馬の『カナロア』は、ハワイ神話に伝わる四大神の一柱で海神であり、イカかタコの姿で現され魔法と冥界の神としての側面も持つそうよ。

 きっとハワイが米国の州の一つだからあやかったんでしょう。

 

 「ちなみに二番艦は第7艦隊に配置されるそうだ」

 「と、言う事は……」

 「当然、司令長官としてヘンケン君が座乗する」

 

 ヘンケンが新造艦に司令長官として座乗か。しかも用途はワダツミと同じ。

 これを嬉しく感じちゃうのは不謹慎かしら。

 

 「……安心した。いや、やはり少しだけ寂しいな」

 「何がですか?」

 「お前に()()()顔をさせる男が現れた事に対してだ。宛がっておいて何をと思われるかもしれんが、やはり嫉妬してしまうな」

 「ふふふ♪逃がした魚は大きかったですね。閣下どの?」

 「まったくだ」

 

 寂しいとか嫉妬してるとか言ってるけど、先生の表情から感じられる感情は桜子さんの結婚式の時に見たのと同じ、寂しさと切なさと嬉しさが入り混じったような複雑な感情。父親としてのそれだ。

 先生に恋焦がれてた頃の私ならこの顔を見てショックを受けてたんでしょうけど、今はヘンケンに恋してるせいか嬉しく感じる。誇らしいとさえ思えるわ。

 照れ臭いけどね。

 

 「そう言えば、金剛と呉提督の姿が見えませんが?」

 「別室で説教中だ。ウォースパイトは問題にしないと言ってくれたが、さすがに何も無しとはいかんのでな」

 

 照れ隠しついでに、姿が見えなくなっていた二人の行方を聞いてみたら案の定だった。

 でもまあ、国賓とも言えるウォースパイトの胸ぐら掴んで国家レベルの機密を喋ってお説教だけで済んだのは不幸中の幸いね。

 

 「彼女はジャービスのお見舞いに行かないんですかね」

 「行きにくいんだろうさ。私たちが考えている以上に、金剛の言葉が彼女の胸に刺さったんだろう」

 

 ふぅん。

 笑顔でアークロイヤルと話せる彼女からそんな感じは読み取れないけど、先生が言うんならそうなんでしょう。この人も、自身の復讐のために愛娘と愛妻を利用してる人だから。

 

 「やめようとは考えないのでしょうか」

 「無理だろうな」

 「どうして……ですか?」

 

 先生が同情するような眼差しをウォースパイトに向けた。復讐の対象は違っても、同じくらい狂った復讐鬼に同情せずにはいられないみたいね。

 いや、ウォースパイトの場合は復讐姫(ふくしゅうき)かしら。

 

 「止めたら私が私ではなくなる。もうとっくに、手段と目的が入れ替わってしまってるんだ。アイツに私と同じ想いをさせなければ気が済まない。あの時の私がされたように、全てを奪った上で首を刎ねなければ気が済まない。正直、女房子供と親父の無念を晴らしてやりたなどとは考えられなくなってるんだよ」

 

 先生は仕事モードを保ってる。でも感情が膨れ上がってるのを肌にビリビリと感じる。

 きっとこの人の復讐心は、とっくの昔に理性で押さえ付けられる限界を迎えてるんだ。

 それでも()()()とやらに復讐するために、この人は海軍元帥を演じてる。

 理性を保つために桜子さんの親を演じ、大淀の旦那様を演じ続けてる。幸せな想いを重ねれば重ねるほど、胸の内に棲む復讐鬼が育ってしまうとわかっていながら。

 そしてそれは、ウォースパイトも言えることなんでしょうね。

 

 「復讐鬼と復讐姫は復讐に恋をする」

 「ん?何か言ったか?」

 「いえ、何でもありません」

 

 ついつい恥ずかしいセリフを吐いちゃって焦ったけど聞こえてなくて良かった。

 でも先生を見てたら、何故か先生に恋い焦がれてた頃の自分と重なっちゃったの。

 先生がまるで、()()()とやらに恋してるように見えたのよ。

 大義名分もなく戦い続け、復讐心のみを糧として海軍のトップに上り詰めた、狂いきってしまった復讐鬼の寂しそうな横顔を見てたら。



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第百三十話 海原の妖精

 

 

 

 

 一応は那智 対 Polaで試合が組まれていたんだけど、アレは実質、妙高 対 那智、それとZara対Polaの二試合が同時に行われたのと同じと言っても良いくらいね。

 

 ええ、青木さんが言う通り『アル重 対 その保護者』よ。

 結果も散々……と言うか結果も何もなかったか。

 青木さんと漣が解説でプロレス仕立てにしてくれなきゃ、艦娘はみんなああなのかって民間人に誤解されてたでしょうね。

 

 でもね?

 あの試合の影で、アレより酷い悲劇が起きてたんだって。

 私はその時、ジャービスの一件から戻って入渠いしてたから被害に遭わずに済んだんだけど、不運にもその場に居合わせてしまった辰見さんがこう言ってたわ。

 

 「酒飲みは馬鹿ばっかりか」ってね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 程度の差は有るけど艦娘、特に巡洋艦以上の上位艦種には酒好きが多い。

 私の隣で「どうしてこうなった?」って、考えてそうな顔してモニターを見ている辰見さんも酒好きよ。

 もっとも、この人は甘いお酒しか飲めない上に弱いから問題を起こすことは稀なんだけど、酒好きの艦娘には、今現在モニターの向こう側で試合の最中なのにも関わらず飲み比べを始める馬鹿も少数ながら存在するわ。

 

 「ポーラが抱えてたアレ、やっぱり艤装じゃなくて酒樽だったか……」

 「気付いてたんなら止めてよ辰見さん……」

 「いやいや、もしかしてって疑った程度だったんだもの。そう言う円満だって、まさかアレが酒樽だなんて思わなかったでしょ?」

 「そりゃあ……ね」

 

 酒樽だと思わなかったと言うか、満潮の具合とこの後に起きることの事後処理を考えるので頭が一杯だったと言うか、とにかく試合とは言え戦闘に酒樽を持ち込むなんて考えもしなかった。

 アレを見たザラが「ポーラ、貴女って子は……」とか言いながら頭を抱えた時点で気付くべきだったんでしょうけど、まさか戦闘中に飲むためのお酒を酒樽で持ち込むなんて思わないじゃない?

 あんな馬鹿みたいな事、酒好きで有名な隼鷹ですらしないわよ。

 

 「ねえ円満、那智ったら、一言も会話せずにポーラと飲み比べ始めたけど、酒飲みってジョッキ掲げただけで意思疎通出来るの?」

 「それは……えっと」

 

 試合開始のアナウンスが流れると同時に酒樽を『脚』の上に置き、どこからともなく取り出した中ジョッキを軽く掲げて首を傾げたポーラを見て、私も彼女が何を言いたいのかがわかった。

 ええ、あんなポーズをされたら言葉なんて必要ない。

 あのジョッキを掲げるポーズ自体が「アンタも飲む?」ってセリフと同義なんだもの。

 しかもそれに、酒樽をポンポンと手で叩く動作と小馬鹿にするような不敵な笑みを加えれば、それは一転して挑戦状となる。

 つまり、ポーラはボディランゲージだけで「飲み比べしましょ」と那智に挑戦状を叩きつけたのよ。

 まあ、私もアイツらと同列にされたくないから辰見さんに説明しないけど。

 

 「ふふふ♪流石はお酒を浴びて飲む伊国人。優雅さの欠片もないわ」

 「それは聞き捨てなりませんねMrs.Warspite。確かに我が国において酒が飲めない者に人権は有りませんが、それでもPolaは特殊な部類です」

 

 辛辣ー!

 車椅子に乗って膝を組み、頬杖ついてふふふ♪とか笑ってるけど、その笑いは笑いではなく嗤い!

 ここまであからさまな嘲笑のポーズが似合う人を初めて見たわ!まさか、ほんの一時間前に金剛と口論した時の憂さ晴らしじゃないよね!?

 そのウォースパイトに抗議した、癖のある焦げ茶色のパッツンボブカットの女性はたしか……

 

 「Oh,Sorry.ところで、貴女は?」

 「V.Veneto級 4番艦 戦艦 Romaです。歓迎会で自己紹介したはずですが?」

 

 そう、ヴィットリオ・ヴェネト級のローマ。

 個人的な印象としてはクール系武闘派メガネって感じね。奇兵隊の調べでは伊国のマフィアの出だそうだし、伊国版霧島って感じだわ。

 もしこの場に霧島がいたら、日本と伊国の裏社会会話が聞けてたかもしれない。

 

 「あら、そうだったかしら。ごめんなさいね。私、影が薄い人の事が憶えられなくて」

 

 濃いよ!?ローマって十分濃いよ!?

 彼女ってクールぶってるけど、日本酒を白ワインと勘違いして一気飲みしたり、パスタに拘りでもあるのか和食オンリーにした歓迎会で「パスタを要求する!大人しくパスタを出せ!」って言い出したりして笑いを誘ってたからね!? 

 しかも酔ってたのか、歓迎会終盤では「全ての物がローマ発祥であるように、ここに集う全ての者も皆ローマである。つまり、貴様もローマだ!」と訳わかんない事言って手当たり次第にローマ認定して変なポーズしてたもん。具体的に言うと『(こんな)』ポーズね。

 

 「いえいえ、お気になさらず。貴女はOld Ladyと呼ばれているお方。当然実年齢も相当めされているでしょうから、すぐに忘れてしまうのは仕方のない事と承知しています」

 「あらあら、面白い事を言うわね」

 

 場が凍りついた。

 ウォースパイトは変わらずニコニコしてるし、ローマも挑戦するような目付きで彼女を睨んだままだけど間違いなく場が凍りついた。ピシッ!って音すら聞いた気がしたわ。

 その原因は間違いなくローマの一言。

 あの一言を聞いたウォースパイトが発した殺気が観覧席を包み込んだからよ。

 その殺気は凄まじく、ウォースパイトの車椅子を押していた鉄面皮のアークロイヤルすら冷や汗をダラダラと流し、先生は面倒事はごめんだとばかりに足音を消して逃げ出した。

 他の艦娘や提督達も、ウォースパイトが発した殺気を浴びて動けずにいるわね。

 

 「Ms.円満。お酒を用意して頂けるかしら」

 「お酒……ですか?」

 

 私がそう問い返すと、ウォースパイトは右頬をヒクヒクさせながらも笑顔は崩さず、でも女王が裁決でも下すような冷酷さと威圧感を孕んだ声でこう言ったわ。

 

 「ええ、この無礼者に少々お仕置きをしようと思いまして」と。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 理屈じゃないのよね、きっと。

 例え私が日本一偉くなっても、あの人に本気で命令されたら逆らえないと思う。

 

 ええそう、生まれ持った気品と言うか高貴さと言うか、とにかく王としての資質の前では肩書きなんて意味を成さないんだってあの時思い知ったわ。

 

 どんなお酒を出したのか?

 いやぁ、それがウォースパイトとローマにはワインを樽で用意してくれって言われたんだけど、ボトルならともかく樽は無理だって伝えたのね?

 

 そしたら辰見さんが「ビールならなんとかなるんじゃない?」って提案してくれたんだけど、あの二人からしたら論外だったみたいで、二人揃って「ビールなんかジュースじゃない」って言っちゃったのよ。

 

 この一言がビスマルクの逆鱗に触れちゃって「メシマズ国の味覚音痴と年中発情してるセックス中毒者がビールを語るな!」とか言ってブチキレちゃってさ。

 

 いや、もちろん根拠のない風評よ?

 英国はメシマズ国と思われてるけどちゃんとしたお店の料理は美味しいし、あの国は基本的にテーブルに置いてある調味料で自分好みに味付けするのが普通だから、そういう文化になれてない人からは飯が不味いと思われてるだけなの。たぶんね。

 

 伊国の場合もそうよ。

 確かに伊国人は情熱的で、「イタリア男は女性を見ると口説かずにはいられない」とか「女性であれば幼女から老婦人まで口説く」とか散々な言われようだし、人前だろうと親の前だろうと恋人とイチャイチャしたり、真っ昼間からテレビでコンドームのCMを流すような国よ。

 でも、けっしてセックス中毒って訳じゃないはず。

 単に日本人の性意識と伊国人の性意識がかけ離れてるだけ……。だと思う。

 

 え?ビスマルクが参戦しただけで済んだのか?

 済むわけないでしょ!?

 揉めてた三人が三人とも酒好き、プラス自他共に認める酒豪だったのが災いして飲み比べで白黒付けようって話になっちゃって、そしたらヘンケンや佐世保提督、更に長倉さんと千歳まで参戦しちゃったのよ。

 

 当然、横須賀代表として私も参加させようって流れになったんだけど、代わりに澪を生贄に差し出して事無きを得たわ。

 

 いやほら、当時はまだ未成年だったからさ。

 閉会の挨拶もしなきゃいけないのに泥酔するわけにいかなくて……。

  

 それが無かったら参戦してたのか?

 ん~……興味は有ったけど、私って何か食べながらゆっくり飲むのが好きだから、どうしても参加しなきゃダメってならない限り参加しなかったと思う。

 

 どんなお酒で飲み比べをしたのか?

 バカルディ。俗にラム酒と呼ばれるお酒だったわ。

 あの時の銘柄はたしか……そう!たしかBACARDI GOLD !

 熟成感がありまろやかな口当たりが特徴のラム酒で度数は40%。 原産国はプエルトリコだったかしら。

 

 どうしてそのお酒をチョイスしたのかは謎だけど、あの時飲み比べに参加したメンバーはたまたまそこにいたバイト君に口を揃えてこう言ったわ。

 

 『バカルディ、有るだけ持って来い!』ってね。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官。紫印 円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「荒木中佐。ヘンケンたちに参加を促したのも、バカルディとあのセリフを勧めたのもアンタでしょ」

 「何の事かしらぁ。私は辰見さんと円満ちゃんが困らないように根回ししただけですよぉ?」

 「バイト君まで巻き込んで?」

 「うふふ♪彼って扱いやすいから重宝してるわぁ♪ちょぉ~っとおねだりしたら何でも言うこと聞いてくれるからぁ」

 

 そう言って微笑む顔からは悪意の欠片も感じられないけど、この子がこの場の諍いを飲み比べという形で収め……いや、乱痴気騒ぎを楽しみつつ収めようとしたのは間違いないわね。

 まったく、昔はここまで腹黒い子じゃなか……。

 う~ん、変わってないかな?

 元朝潮型駆逐艦四番艦 荒潮の荒木 恵は昔からこんな感じの子だった気がする。

 

 「円満ちゃんを困らせる人は私の敵。度が過ぎたら辰見さんでも容赦しませんから、覚悟しといてくださいねぇ?」

 「おお怖い。アンタは桜子とは別の意味で敵に回したらヤバい奴ね」

 「うふふ♪桜子さんと比べてもらえるなんて光栄だわぁ♪」

 

 そう言って、乱痴気騒ぎをしている集団に視線を戻したこの子と再会した時は、円満が何を思ってこの子を提督補佐に据えたのかわからなかった。

 だって私が知る限り、この子は武術に秀でている訳でも戦術に明るいわけでもない。

 澪のように、誰かにモノを教えるようなタイプでもないんだもの。

 そんなこの子を、円満が鎮守府に呼んだ理由に気付いたのはつい最近。それは……。

 

 「反円満分子の籠絡。それがアンタの本当の仕事でしょ?」

 「はい、先のことを考えると反乱分子も無駄には出来ません。なので、そんな彼等に都合良く動いてもらうために私が動いています」

 

 恵の口調が変わった。

 表情はそのままに、さっきまでの間延びした喋り方じゃなく、冷たさすら感じる淡々とした口調になったわ。

 

 「()()()()掌握出来てるの?」

 「海兵、ならびに一般職員はほぼ全て。艦娘が8割くらいでしょうか。特に瑞鶴が強情で手を焼いています」

 

 思ってたよりずっと多いわね。

 『人が三人いれば派閥が生まれる』と言われているように、ここ横須賀鎮守府にも派閥が存在する。

 だいたいは提督、及び各提督補佐の誰が好きとかその程度なんだけど、先の捷一号作戦後から明らかに円満を非難する声が増えた。便宜上、私はソイツらを『反円満分子』と呼んでるわ。

 その対応は、恵が来るまでは私が円満に隠れて行っていた。

 基本的には説得だけど、多少手荒な事をした事もあったっけ。

 

 「どんな手を使ったの?」

 「別に変わった事はしていません。説得したわけでもありませんし、宗旨替えさせたわけでもないです。もちろん、暴力も振るっていません」

 「いや、それって……」

 「辰見大佐の言いたい事はわかります。掌握したとは言いましたが、彼等は変わらず反円満分子のままですから」

 

 それじゃあ何も解決してないじゃない。

 と、言おうとした私を、恵は乱痴気騒ぎから私に視線を移すことで押し留めた。

 なんて冷たい目をしてるのよこの子。

 こんな目ができる人間はそうそういない。こんな、微塵も感情を感じさせない目は私や桜子でも本気で怒らない限り出来ないわ。

 

 「彼等は反円満分子のまま、紫印提督の都合の良いように踊ってもらいます。踊らされていると気付かせもせず、紫印提督のためにその命を捧げてもらいます」

 「そんな事、出来るの?」

 「出来る出来ないじゃありません。やるんです。そのために紫印提督は私を呼んだんです。一番使いたくなかった手段を取るために、私を呼んだんですから」

 

 円満が一番使いたくなかった手段。

 それはたぶん、人を道具として扱うこと。従順な者も、反抗的な者も関係なくね。

 そこまでしなきゃならない状況が訪れる日が近いと、いえその日の状況はすでに、乱痴気騒ぎが繰り広げられている現実から逃避するように『アル重vsその保護者』の様子が映し出されているモニターを死んだ魚のような目で見つめる円満の頭の中では出来上がってるんでしょうね。

 

 「ねえ恵。私って、円満の役に立ててるのかな」

 「もちろんですよぉ♪辰見さんがいなかったら、円満ちゃんはとっくに潰れてます」

 

 いつもの口調と雰囲気に戻った恵がそう言ってくれたけど、私にはとてもそうは思えない。

 だって円満は、反乱分子への対応を私ではなく、長らく鎮守府から離れていた恵に頼ったんだもの。

 

 「円満ちゃんは、辰見さんが汚れ役を買って出てた事に気付いてますよぉ?」

 「じゃあ、なんで円満は……」

 「うふふ♪そりゃあ、反乱分子を説得するよりずぅ~っと辛い役目を負ってもらうからに決まってるじゃないですかぁ♪」

 

 だから、私が影でしていた汚れ役を恵に任せた?

 役に立ってないからでも信頼してないからでもなく、それよりも辛い重責を負わせるために、円満は私から余計な荷物を取り払ったってこと?

 

 「まったく、私に何をさせる気なのやら」

 「それは私にもわからないわぁ。でもきっと、それは辰見さんにしか任せられない事なんだと思います」

 「買ってくれるのは嬉しいけど、私にできる事なんか知れてるわよ?」

 

 そう、私にできる事なんて知れてる。

 私は立場こそ横須賀鎮守府のNo.2だけど、今だに書類事で不備は多いし、艦隊の指揮も贔屓目に見て並。澪の方が上手いくらいよ。

 そんな私にできる事って言ったら……。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 一緒に地獄に堕ちてやること。

 くらいしか思い付かなかったわ。

 円満はヘンケンでも澪でも恵でもなく、私を心中相手に選んだってね。

 

 まあ、結局私は、円満が背負った十字架の半分も背負ってあげれなかったんだけどね。

 

 ええ、円満の命令で死んだ人は()()()()()()だけでも五千人を軽く超えるわ。

 それだけの生贄であの戦争を終わらせることができたと考えれば大した数字じゃないのかも知れないけど、実際に「死ね」と命じた円満の心には消えない傷として今も残ってる。

 

 この間ヘンケンに聞いたんだけど、夜中に魘されて飛び起きるのが日常茶飯事だそうよ。

 

 ん?あの時のあの人達が、どうして死ぬとわかってて突撃したのかが今だにわからない?

 

 それは、元帥が円満を提督に据える時に撒いていた種があの時花開いたからよ。

 私もその会話を傍で聞いてたけど、男って馬鹿ばっかりだと思いながら、()()()()()で死ねるのを羨ましいとも思った。

 

 ええ、あの男たちは戦争を終わらせるためでも国のためでもなく、円満ために死んだの。

 

 あの人達が言うところの、『海原の妖精』のためにね。

 

 は?飲み比べは誰が制したのか?

 いや、この話の流れでそれ聞く?完全に蛇足じゃない。

 それでも気になるから教えろ?

 まあ、答えるのは別に構わないけど……。

 

 あの飲み比べは意外なことにバイト君が完勝したわ。ええ、彼も酒を持ってくるなり強制参加されられてたの。

 最初こそ「ご愁傷様」って生暖かく見守っていた私も、一人、また一人と潰れていく中、彼がペースも変えずに黙々とバカルディの瓶を空けていく様を見て感心したわ。

 

 アル重二人が保護者二人に連行されるのを呆れ顔で見てた円満でさえ、意外すぎる展開に別の意味で呆れてたわね。

 

 そうね。潰れてう~う~唸ってる酒豪共を睥睨しながら「大学の呑み会で鍛えられた僕に飲み比べで勝とうなど10年早い」と言い放つバイト君はちょっとだけカッコ良かったわ。

 まあ、恵はその事も知ってたから、バイト君を巻き込んだのかもね。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐。辰見 天奈大佐へのインタビューより。



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第百三十一話 これを運命と呼ばずに何と呼べば良いのでしょう

 

 

 

 

 

 あの日も、私は秋月姉さんと照月姉さん、そして新しいお初さんを捜していました。

 ええ、私以外の姉妹は何故か皆方向音痴で、いつも私が捜す役回りをしていたんです。

 

 え?迷子になっていたのは私の方じゃないか?

 とんでもない!

 私は方向感覚には自信があるんです!

 あの日だって、入院中の大淀さんのお見舞いをしに行こうという話になり、四人揃って出店の誘惑に堪えながら工廠へ向かっていたはずなのに、辿り着けたのは私だけだったんですから。

 

 どっちに行ったのか?

 どっちってどういう意味です?工廠と言えば、艤装などが格納してあり、艦娘の治療などを行う場所ですよね?え?横須賀鎮守府の工廠は『工房』と『病院』で建物が別れている!?

 ああ、それで大淀さんの姿が影も形もなかったんですね……。

 

 でも、迷子になった結果、あの時のメンバーと会うことができた。ですか?

 だから迷子にはなっていません!

 ま、まあ、青木さんがどうしても私を方向音痴扱いしたいならそういことにしておきます。そうしないと話が進みませんから。

 

 黒い服を着た人たちにやたらと通行を邪魔されましたが、たしかにあのメンバーと会えたのは迷子になった結果と言えなくもありません。

 私が工廠に入ると、すでに矢矧さんが雪風さんと磯風さんと浜風さんの三人と談笑してて、私と同じく『工房』に迷い込んだ初霜さんと朝霜さんも「なんでこんなところに来たんだろう」と首を傾げていました。

 更に、矢矧さんたちの輪から少し離れて、恐らく紫印提督からの命令を電話で受けていたと思われる霞さんが私たちに艤装を装備して二式大艇に乗れと伝えつつ加わりました。

 そして最後に、私たちが訳もわからないまま二式大艇に詰め込まれてほどなく、大和さんが現れました。

 

 ええ、色々な偶然が重なって、私たち『天号組』はあの場に集ったんです。

 

 

 ~戦後回想録~

 元秋月型防空駆逐艦 三番艦。涼月へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 絵日傘という童謡をご存知でしょうか。

 この曲は昭和6年に発表された曲で日本舞踊、特に子供のお稽古曲で人気の舞踊小曲です。

 

 桜ひらひら 絵日傘に

 蝶々もひらひら きてとまる

 乳母のお里は 花の路

 すみれの花も たんぽぽも

 

 一番の歌詞はこんな感じです。

 その曲を、試合開始と同時に流してくれるよう提督にお願いしていました。

 

 (呑気な奴だ。アイオワはとっくに戦闘態勢に入っているぞ?)

 「それは、こちらも同じですよ」

 

 私は曲に合わせて踊りながら、呆れている窮奇にそう答えました。撃ってこないと言う事は、アイオワさんも窮奇と同じように呆れているのでしょうか。

 それとも、私の行動の意味が理解できずに様子を覗っているのかしら。

 

 『何のつもりか知らないけど、戦闘が始まっている以上撃たせてもらうわ』

 

 ご随意に。

 貴女には単に踊っているようにしか見えないのでしょうが、私だってとっくに戦闘態勢です。

 この舞は、人としての私と戦艦としての私を繋ぐ架け橋であり、()()として最初の一歩を踏み出すための儀式でもあるのですから。

 

 「さあ、始めましょうか窮奇」

 (ああ、始めよう大和。終わりの始まりを告げる鐘を鳴らすぞ)

 

 私たちがそう確認し合うのと同時に、アイオワさんの主砲が火を噴きました。

 先ずは小手調べとでも言うつもりでしょうか。

 私は大した速度も出さず、今も踊り続けているのだから一斉射なりすれば良いのに、彼女が撃ったのは第1主砲のみ。

 一発一発が、駆逐艦くらいなら大破に持って行ける威力の砲撃が都合三発。それが少しだけ弧を描いて私に向かって来ています。

 そんな危機的状況にも関わらず、私は身体保護機能を除いた全ての『装甲』をカット。同時に電探傘へ全余剰力場を集中して、砲弾の腹に添えて横薙ぎに振るいました。

 

 『な……!今何を!?』

 

 あらあら、アイオワさんは私が取った行動に心底驚かれてるご様子。

 一週間前に満潮教官も似たような反応をしていましたが、彼女は貴女と違ってすぐに砲撃を再開しましたよ?

 

 「さあ、私のために舞踏曲を奏でなさいアイオワ。私は見事、貴女が奏でる曲を踊りきって魅せましょう」

 

 20cmサイズしかない電探傘の親骨に沿って傘表面に紅い力場を拡げ、90cmサイズに拡大された電探傘で砲弾を時にいなし、時に弾き返すのが私の新たな戦闘法。

 いえ、()()()()()()()()の戦闘法。その名も……。

 

 「さあご高覧あれ。この大和渾身の一芸。『戦艦乙女』を」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 何を言ってたかは放送されてなかったからわからないけど、アイオワさんの初撃を弾いて電探傘を肩に担いだ大和の姿に思わず見惚れちゃったのを憶えてる。

 あの時は背中に無骨で巨大な艤装を背負っていたのに、芸妓のように振る舞う大和に違和感なんてなかったわ。

 

 やってた事は所謂ピンポイントバリアとでも言えば良いのかしら。焦りなど微塵も見せず、優雅に踊りながらアイオワさんの砲撃を何分もの間捌き続けた大和を見て「どんな動体視力してんのよ」って呆れもしたっけ。

 

 ほとんど移動してなかったとは言え、正確に大和へ直撃弾を叩き込むアイオワさんも確かに凄かったけど、あの大和の前じゃ霞んでたわね。

 

 ええ、正直驚いたわ。

 呉で別れてからほんの数カ月で、大和は別人と言って良いほど強くなっていたんだから。

 陸にいるときは前と大して違いはなかったけど、海に出ている間の大和は、居るだけで旗下の者を安心させ、奮い立たせる戦艦だったわ。

 

 だからこそ私は、大和の直衛艦隊である第7水雷戦隊の旗艦を任されるのに抵抗がなかったのかもね

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

  

 (おい、私にも出番を寄越せ。このままだと退屈すぎて寝てしまいそうだ)

 

 アイオワさんの砲撃を捌き初めてそろそろ十分くらいでしょうか。興が乗ってきたのでもう少し続けていたいのに、やる事がなくて退屈した窮奇が駄々をこね始めました。

 まあ、アイオワさんもこのままじゃらちが開かないと考えたのか接近してきてますし、窮奇にも出番をあげるとしましょうか。

 

 「では、彼女を()()()へ招待してください。私は準備をします」

 (ふん、当てられんのがつまらんが今回は言う通りにしてやる。だが、最後の一撃は手加減無しで良いんだろう?)

 「ええ、構いませんよ」

 

 当てちゃダメですけどね。

 装填しているのが模擬弾でも、私の全力射撃が当たったらアイオワさんが沈んじゃいますから。

 

 (各砲照準。狙いはわかっているな?)

 

 窮奇の命令に応え、艤装に据えられた全ての砲が、飽きもせずに私へ砲撃を続けているアイオワさんの進行方向、及び回避予測方向へと狙いを定めました。

 横着者め。

 自分の砲撃精度を見せつけたいのか、各砲一度の砲撃で彼女を誘導するつもりですね。

 ならば、私も急がないと。

 

 「八雲立つ」

 

 上空へ弾いた敵砲弾の弾道、弾速計算、列びに落下予測値点算出開始。

 

 「出雲八重垣 妻籠みに」

 

 算出完了。

 それを見計らったかのように、窮奇が砲撃による誘導を開始しました。

 最初は上手くいくか、いえ弾数が足りるか不安でしたが、アイオワさんがムキになって途切れる事なく砲撃してくれたので問題ありませんでした。

 

 「八重垣作る その八重垣を」

 

 私が口にしたこれは、幾重にも重なった八重に重なる雲が湧き出る出雲に妻と共に住む。と、須佐之男命が詠んだ日本最古の和歌と言われるものです。

 ですが、和歌の意味以上の意味はありません。

 私はただ、アイオワさんを中心として立ち上がる水柱による八重の壁がそう見えるんじゃないかと思って、つい口ずさんでしまったんです。

 この際ですから、相手の砲弾を利用して相手の動きを封じるこれをこう名付けましょう。

 

 「大和流海戦術。『八重垣』」と。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 後になって、その時の様子を見せてもらった私の反応を見たCommanderのReactionは忘れられないわ。

 

 ええ、爆笑してた。

 「んなアホな」と言ったきり、口をあんぐりと開けて画面を見続ける私を余所に、あの男は爆笑しやがったのよ。

 

 でも、Commanderが爆笑したくなる気持ちも、映像を見てなんとなくわかったわ。

 

 特に最後の一発。

 大和が放った戦域ごと吹き飛ばしたんじゃないかと思えるほどの強烈な一撃を客観的に見た時、私はこんな一撃を喰らわされたのかって渇いた笑いがでたもの。

 

 たしか彼女は、その砲撃を『ハドウホウ』と呼んでいたわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Iowa級戦艦一番艦 Iowa。

 現バーガーショップマクダニエル日本支店副店長へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 「窮奇!今です!」

 

 『八重垣』で特定の範囲に相手を拘束できる時間は僅か。それこそ、水壁が消えるまでの数秒間だけです。

 その僅かな間に、窮奇がアイオワさんを行動不能にできるだけの攻撃を加える手筈になっていたのですが……。

 

 (ああ、愛しい大淀。貴女が見せてくれた技の数々のおかげで私はこれを思い付いた。今から私が魅せるのは、言わば私と貴女の子供。私と貴女の愛の結晶!)

 

 気持ち悪いこと言ってないでサッサと撃ってください。

 と、言おうと思いましたが、窮奇の言葉に促されるように両舷、及び背部主砲がアイオワさんへ照準を合わせました。

 これから全主砲を一斉射するつもりなのでしょうか。

 ですがそれでは、大淀が見せた技の意味がわかりません。

 

 (この一撃は王道、いえ覇道とも言える貴女への愛の示し方。強いて名付けるなら……)

 

 反動で吹き飛ばされないだけの力場を『脚』に残し、残りの全てが各砲身へと集まっていくのがわかる。

 これを例えば、大淀が試合の最後に見せた黄金の大剣のような技に結びつけるとするなら……。

 

 (覇道砲!)

 

 大地、いえ、大海原を揺らす咆哮とでも例えれば良いのでしょうか。それが、私を中心として形成された半径50mほどのクレーターが出現すると同時に鳴り響きました。

 アイオワさんに向けられた都合九門の砲門から同時に放たれた九発の砲弾はと言うと、綺麗な円を空中に描きながらアイオワさんの100m手前に落ちようとしています。

 ただし、九発の砲弾がに虹色の光を放つ一発の巨大な砲弾と成って。

 

 「一発でも強力な46cm砲の砲弾を力場で繋ぎ、さらに成形して巨大な砲弾として敵にぶつける。ですか。喰らったら大抵の敵は海の藻屑ですね」

 

 滝の如く天に昇る巨大な水柱のせいで姿は確認できませんが、手前に着弾させたのですからアイオワさんは吹っ飛ばされるだけで済んでるはず。

 問題はどれだけ飛んだかですね。

 青葉さんによるアナウンスを聞く限り、アイオワさんは場外まで飛んだようですから最低でも2~300mほどですか。

 

 「意外とスンナリ勝てましたね。もうちょっと手応えがあると思っていたのですが」

 (()()に戦う奴からしたら十分過ぎるほど強いさ。今回は単に、相手が悪かっただけだ)

 「あら、弁護するなんて意外ですね。嫌ってたんじゃないんですか?」

 (嫌いだがアレだけの技量を持つ相手に敬意を払わないわけがないだろう。むしろ、奴の技量がずば抜けていたから苦も無く『八重垣』で拘束でき、『覇道砲』を撃ち込めたんだぞ?)

 

 言われてみれば確かに。

 アイオワさんが放った砲弾はほぼ全て直撃弾。故に、傘で弾くのに苦労しませんでした。

 もしあれ程の射撃精度じゃなかったら自前の砲弾で『八重垣』を作るための弾数を補ったり、一々傘が届く範囲まで移動しなければならなかったでしょう。

 つまり。

 

 「彼女は強すぎた。それ故に、私に完敗した」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 相手が強ければ強いほど真価を発揮する。

 それが、大和独自の戦闘法。『戦艦乙女』だったわ。

 

 アレはお姉ちゃんの対極と言って良いわね。

 お姉ちゃんは速度と機動性、更に手数の多さで先の先を取り続けるのに対し、大和の戦い方は半ば固定砲台のようにほとんど動かず、電探傘による防御で後の先を取るの。

 

 そして特に凶悪なのが『覇道砲』。

 そう、大和がアイオワさんとの試合で初めて見せた半径100メートルもの範囲を吹き飛ばしたアレよ。

 

 私が『戦艦乙女』の実験に付き合った時は使わなかったけど、後に録画された映像を見たときに、もし使われてたらと考えて背筋が寒くなった憶えがあるわ。

 

 しかもアレ、試合中に見せたのは装弾してる弾の関係もあって本来の半分以下の威力だったんだってさ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「窮奇、この状況をどう思いますか?」

 (どうもこうもないだろう。何の冗談だ?これは)

 

 哨戒艇に回収されて工廠に戻ったら、何故か艤装は降ろさせてもらえずに補給を済ませ、黒い軍服を着た人たちに導かれるままに懐かしの二式大艇に乗せられました。

 そこに、私に先んじて乗り込んでいたのは矢矧、初霜、霞、雪風、磯風、浜風、朝霜、涼月の八人。

 かつての私が最後の出撃を共のしたメンバーが、冬月を除いて勢揃いしていたんです。

 

 (わかるか大和。わかるよな?)

 

 ええ、わかります。姿形は変わっても、私はここにいるメンバーの誰が誰なのかわかります。

 矢矧以外は直接会うのが初めてなはずなのに、私にはここに集ったメンバーが誰だかわかります。

 

 (状況からして出撃だろうが、この面子は円満が集めたのか?)

 「さあ?それはわかりませんが、正直それはどうでもいいです」

 (それは何故だ?)

 

 わかりませんか?

 私の半身である窮奇が今の私と同じ気持ちを抱いていないのが意外ですが、そこは窮奇が私の悪性ということで一応納得しておきましょう。

 

 「これを運命と呼ばずに何と呼べば良いのでしょう」

 

 私はたまらず、二式大艇に集められたメンバーに向けてそう零しました。

 みんな「何言ってんだ?コイツ」みたいな顔をしていましたが、私はこの時ハッキリと聴きました。

 運命の歯車が、カチリカチリと回り出す音を。

 

 



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第三十二話 戦艦大和、推して参ります!

 

 

 

 

 

 第七水雷戦隊?

 ああ、青木さんが言ってるのって『天号組』の事か。ええ、良く憶えてるわ。って言うか忘れようがない。

 なんせ私が終戦まで所属し続けた隊だし、大和さんを始めとして矢矧さん、初霜、雪風、磯風、浜風、涼月、朝霜、そして私の九人は今でも定期的に『大和旅館』で同窓会じみた集まりを開いてるもの。

 

 その面子が集まった経緯?

 なんでも、奇兵隊の人たちがさり気なく誘導したらしいわ。

 でも私の場合は少し違ってて、円満に満潮と叢雲の入渠準備をしておいてくれって言われたから、言われた通り準備して待ってたのね?

 そしたらその三~四十分後にボロボロになった二人と雪風が戻って来て、そのすぐ後に円満も来て一緒に二人を入渠させたわ。

 そして、無傷だったけど一応雪風も入渠させとく?って円満と話ながら雪風が待つ『工房』に戻ったら桜子さんが来てて、円満と何かの相談を始めた。

 後に、アレが私たちを集める算段を相談してたんだって思い至ったわ。

 ええ、私と雪風はそのまま、艤装を装備して『工房』で待機する事になった。

 

 

 雪風と出撃でもさせる気なのかしら。みたいな話をしてたら円満から電話がかかってきて、命令を伝えようと雪風の元に戻ったら残りの面子が集まってたわ。

 集まった直後はこの面子で何をさせる気なのかさっぱりわかんなかったけどね。

 だってそうでしょう?

 矢矧さんと雪風、磯風、浜風の四人はまだ良いとしても、私は所属が同じ呉ってだけで一緒に訓練した事もなかったし、初霜と涼月、朝霜なんて所属自体違ってたんだもの。そんな面子で連携もクソもないわ。

 個々人の技量は高くても、あの時の私たちは単なる烏合の衆だったのよ。

 

 そんな私たちが、敵機動部隊を殲滅できたのは間違いなく大和さんのおかげね。

 

 そう、あの時艦隊の指揮を執ったのは矢矧さんではなく大和さん。

 自画自賛と思ってくれて良いけど、彼女の指揮で、私たちは初めて艦隊を組んだとは思えないほど見事な連携で、敵機動部隊を殲滅したわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 霞へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「不幸だ」

 

 と、どっかのとある不幸男みたいなセリフを吐いたのは他ならぬ私。そう、矢矧よ。

 でも、そう言いたくなるのも当然じゃない?

 退院する磯風を浜風と一緒に迎えに行ったら、ついでに「猫の目に行ってみたい」って話になってそのまま磯風も合流して元々横須賀に所属してた私が案内がてら『猫の目』に連れ行こうとしたんだけど、気づいたら何故か『工房』に戻ってて、説明もされずに艤装を装備させられてかつて私にトラウマを植え付けた二式大艇に詰め込まれたんだもの。

 しかも!

 私が高所恐怖症になった一番の原因である大和と一緒に!

 

 「霞さん……でしたか?どうして私たちは艤装を装備して飛行機に乗せられているんでしょうか」

 「良い質問よ初霜。答えはわからない。私は円満……じゃないや。紫印提督に「工廠に集まっているメンバーに艤装を装着させ、二式大艇に乗せろ」としか言われてないの。まさか、私自身もそのメンバーの内だとは思ってなかったけどね」

 

 と、額に青筋を浮かべた霞が説明してくれた。

 説明はしてくれたけど、今この場にいるメンバーのほぼ全て(艤装が大きいせいで椅子に座れず、二式大艇の最後尾で正座して妙にニコニコしながら私たちを眺めている大和は除く)がこう思ってるはずよ。

 

 「で?私たちは何をすれば良いの?」ってね。

 

 まあ艤装を装備してるんだから出撃なのは間違いないんだけど、眼下に見える遠ざかる鎮守府は相変わらずお祭り状態だし、敵艦隊が迫ってるなんて報せも受けていない。

 

 『あー、あー。霞、聞こえる?』

 「聞こえてるわよ円満。取り敢えず文句言って良いかしら」

 『文句なら後でいくらでも聞いてあげるわ。で、だいたい察しはついてると思うけど、貴女たちにこれから、ヲ級6隻を主軸とした敵機動部隊の足止めをしてもらう』

 

 いや、察しなんてついてませんよ提督。

 霞と同じく提督からの無線を聞いてるメンバー全員(やっぱり大和は除く)が「出撃どころか無茶ぶりして来やがった」って言いたそうな顔してるもの。

 

 「大淀がいるんならともかく、この面子で一機の飛行機の援護も無しに機動部隊を足止めしろって正気で言ってんの!?」

 『キツいのは承知してるわ。でも作戦の都合上、どうしてもそれ以上の編成は無理だったのよ』

 

 作戦の都合上?

 つまり、私たちがこれから行う迎撃自体が作戦ではなく、これを踏まえた上で別の作戦が進行してるって事よね?

 深海棲艦の迎撃以上の作戦っていったい……。

 

 「提督、一つお聞きしたいのですがよろしいですか?」

 『その声は……大和?アンタも二式大艇に放り込まれたの?』

 「はい。補給もそこそこに乗せられました」

 

 なんだろう。なんか提督の言葉に違和感を感じる。

 どうして提督は、大和が乗っているのを今知った風なの?もしかして提督は、今二式大艇に乗ってるメンバーが誰なのか知らないんじゃない?

 

 「その様子では、今集っているメンバーに誰がいるのか把握してないようですね」

 『ええ、メンバーの選定、及び工廠への誘導は奇兵隊にお願いしたから私は知らない。でも、対空戦闘が得意そうな子を選んだとは聞いてるわ』

 

 やっぱりか。

 私たち三人が『猫の目』に向かおうとしたら、何故か奇兵隊の人たちがやたらと通行を邪魔して気づいたら『工房』に逆戻りしてた。

 つまり、この場に居るメンバーは試合が終わって艤装を預けに来た大和を含め、奇兵隊がある程度選別したとは言えランダムに集められたメンバーってこと。

 そしてそれこそが、大和が提督にしたかった質問であり、気味が悪いくらいニコニコしてる理由なんでしょう。

 

 「ふふふ♪やはりこれは運命ですね。これで冬月が居れば完璧だっただけに、そこだけは残念ですが嬉しく思いますよ」

 『冬月が居れば完璧?ちょ、ちょっと待って!じゃあそこに居るメンバーって……!』

 

 大和の言葉で提督がこれでもかと狼狽えた。

 冬月って誰だろ?

 どっかのネルフ的な組織の副司令官かしら。それとも、例えば不思議そうに大和を眺めながら「お冬さん?お冬さんなら大本営でお留守番……」とか言ってる涼月の姉妹艦?

 

 「ええ、提督が想像している通りのメンバーです。『坊ノ岬沖』、と言えばおわかりでしょう?」

 

 坊ノ岬沖ってどこ?たぶん日本近海のどこかだとは思うんだけど……。

 あ、初霜が「坊ノ岬沖?あの辺の海域と私たちに何の関係が?」とか言って頭を傾けてるって事は、『坊ノ岬沖』自体は知ってるってことかしら。

 

 『嫌な偶然ね。不吉と言ってもいい組合せだわ』

 「そうですか?私は嬉しくて仕方ありませんけど」

 『それは……リベンジができる的な意味で?』

 「それも無くは無いですが、私は単純に、この面子で再び戦う機会が訪れたことが嬉しいんです」

 

 お願いしますから、私たちにもわかるように説明してください。

 なんか話だけ聞いてたら、ここにいるメンバーで昔、坊野岬沖で戦闘したことがあるみたいじゃないですか。

 しかも、不吉とかリベンジとかって単語がでるって事はたぶん負けたんですよね?

 

 『……わかった。ならば大和、その艦隊の旗艦に貴女を任命するわ』

 「はぁ!?ちょ、提督、本気ですか!?」

 『その声は矢矧ね。ええ本気よ。それに伴い、暫定的に大和旗下の貴女たちを『第7水雷戦隊』と呼称します。良いわね』

 

 いや、良くないです。

 大和が艦隊指揮の経験があるのなら下につくのに不満はないんですが、私が知る限りないですよね?

 そんな大和に旗艦を任せるくらいなら……。

 

 『最初は経験豊富な霞か、今現在二水戦の旗艦をしている貴女に任せようと思った。でも、大和の言葉を聞いて気が変わったの』

 「どう、変わったんですか?」

 『今の貴女たちをまとめられるのは大和だけだと思えたのよ。反対意見が有れば()()聞くわよ』

 

 それは聞くだけで考慮するつもりはないって事ですよね?

 他のメンバーも提督の言葉をそう受け取ったのか、呆れと諦めが入り混じった表情を浮かべるだけで表立って異を唱えるつもりはないみたい。

 

 『無いみたいね。ならもう一度言うわ。旗下に第7水雷戦隊加えた臨時迎撃部隊の旗艦に大和を任命します』

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 反対する気は湧かなかったわ。

 って言うか、円満が所属がバラバラな私たちに命令した時点で無駄だってわかったからね。

 

 それは何故か?

 艦娘への命令権は、基本的にその艦娘が所属する鎮守府ないし、泊地の提督にしかないのは青木さんだって元艦娘なんだから知ってるでしょ?

 

 にも関わらず、円満が私たちに命令したって事は、唯一所属の枠組みを超えて命令できる海軍元帥がケツ持ちをしてたって証拠なの。

 だから反対しようにも出来なかったのよ。

 

 もし旗艦をしろと言われたら断ったか?

 ええ、全力で矢矧さんに押し付けたでしょうね。

 確かに私は礼号作戦で旗艦をしたことがあるけど、あれは私以外に旗艦が出来そうな艦娘が居なかったし、メンバー全員の戦い方を把握する時間があったから引き受けたの。

 

 でもあの時は違う。

 だって大和さんが旗艦に任命された時点で、戦域に到達するまで20分を切ってたんだもの。

 そんな短時間でメンバー全員の戦い方を把握し、かつ効果的に指示を出せとか無茶ぶり通り越して無理ゲーよ。

 

 でも大和さんは、そんな状況なのに旗艦を引き受けた。

 簡単な自己紹介と得意な戦法を聞いただけで、私たちをほぼ完璧に使いこなして見せたの。

 

 ええ、戦域到達まで10分少々しかなかったってのに、私たちは呑気に自己紹介をし合ってたわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 霞へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「自己紹介?こんな時に!?」

 「こんな時だからこそですよ矢矧。私は矢矧の性感帯まで知る尽くしてはいますが、他のメンバーの事は名前くらいしか知らないのですから当然でしょう?」

 

 おいこら。

 どうして私の性感帯を知ってるとかこの場で言うの?

 いや、貴女が言った通り貴女に私の性感帯は知り尽くされてるわよ?でもここの場で言うべき事じゃない。

 貴女気づいてるの?

 今のセリフで、私と貴女がそういう関係だったってこの場にいるみんなに知られちゃったじゃない。

 

 「できれば得意な戦い方も聞いておきたいですね。では時計回りに行きましょうか。はい、初霜から」

 「わ、私からですか?え~っと……」

 

 んん?その子って初霜って名前なの?

 あ、そう言えば霞が初霜って呼んでた気がする。

 でも私が知らないって事は少なくとも横須賀と呉に所属してる駆逐艦じゃないし、捷一号作戦にも参加してなかったはずだから大和とあの子は初対面。

 それなのに、どうして大和はあの子が初霜だって知ってるの?霞がそう呼んでたから?

 

 「佐世保の二十一駆に所属してる初春型四番艦、初霜です。得意な戦い方は……」

 「どうかしましたか?」

 「いえその。実は私、対空戦闘は得意なんですが対艦戦闘は苦手……と言うより、深海棲艦を撃つことができなくて……それで……」

 「ふむふむ」

 

 申し訳なさそうに縮こまっちゃってるとこ悪いけど、それでどうして艦娘を続けてる?って聞きたいわね。

 いくら対空戦闘が得意でも、敵艦を撃てない艦娘なんてお荷物でしかない気がする。

 

 「もしかして、佐世保の『昼行灯』とはお前の事か?」

 「ええ、たぶん私の事だと思います。そう言う貴女はたしか……」

 「順番的にも私だしついでに自己紹介しよう。呉の二水戦、第十七駆逐隊所属の磯風だ」

 「じゃあ、貴女が『聖剣』って呼ばれてる呉No.2の駆逐艦ですか。たしかこの度の大会にも出てたとか」

 「ああ……うん。そんな感じだ」

 

 あれ?

 いつもなら雪風に張り合って「私がNo.1だ!」とか言うのに、今は頬を掻きながらバツが悪そうにしてるわね。神風との試合を経験して、磯風なりに思うところでもできたのかしら。

 

 「どうしたんですか磯風。まさか、馬鹿にしていた神風型に自慢の『聖剣』をへし折られて凹んでるんですか?」

 「そ、そんな事はないぞマシュ風。ただその……」

 「おい。今マシュ風って言いましたか?ぶっ飛ばしますよ?」

 

 気持ちはわからなくもないけど、次は貴女の番だから青筋立ててないで自己紹介しなさいマシュか……浜風。

 秋津洲さんによる機内アナウンスによると戦域まであと十分くらいしかないんだから。

 

 「磯風と同じく二水戦、十七駆所属の浜風です。得意な戦い方は磯風の逆ですね。試合で見た大和さんに近いです」

 「つまり、力場で形成した盾のような物で砲弾を弾きつつ砲撃する。と言った感じですか?」

 「弾けるのは精々軽巡洋艦の砲撃までです。それ以上になると射線をズラすのが限界ですね。簡単に言うなら貴女の下位互換です」

 

 浜風が得意とする戦法はさっき大和が言ったので間違いないし、その盾自体を鈍器代わりにして近接戦も熟す。まあ、そのせいでマシュ風とか呼ばれるんだけどね。

 でも、浜風は少し拗ねたような顔で卑下して言ったけど十分凄いわ。単純な突破力だけなら二水戦トップの磯風とセットで突っ込ませれば正に鬼に金棒だもの。

 

 「朝霜、次はアンタみたいよ」

 「ん?あたいかい?霞」

 「そうよ。だからさっさと終わらせなさい。後が支えてるんだから」

 

 ふと思ったんだけど、朝潮型の子って基本的に真面目よね。

 私が面識ある朝潮型は八駆の四人と呉の霞と霰くらいなんだけど、みんな個性はあっても真面目な点が共通してるの。

 例えば無駄にハイテンションな大潮ちゃん。

 あの子は空気も読まずにアゲアゲとか言ってるイメージしかないけど、じ~っと見てれば仕事も訓練も真面目に熟してるのがわかる。

 今の霞にしてもそうね。

 霞は呉で金剛さんと交代で秘書艦をする子であり、呉の駆逐艦のまとめ役でもある。大和の空気を読まない自己紹介要求にも、順番を守って律儀に従おうとしてるもの。

 

 「え~っと、あたいは舞鶴の三十一駆に所属してる朝霜で、得意な戦い方は……えっと」

 「私を見るんじゃないったら。自分が得意な戦法くらい把握しときなさいよ」

 「いやぁ~あたいって頭使うのが苦手でさぁ。戦う時だって、基本的に考える前に体が動くって感じだし。それくらい、あたいより霞の方がわかってんだろ?」

 

 はて?どうして所属が違う霞が朝霜の戦い方を把握してるんだろう。もしかして、以前同じ艦隊にいたことがあったとか?

 あ、ジト目で朝霜を睨みながら「しょうがないわねぇ」とか言ってるから説明する気みたい。

 

 「朝霜が得意なのは簡単に言うと敵の牽制ね。この子、頭使うのが苦手とか言ってる割に、敵の注意を逸らしたり体勢を崩したりして味方を援護するのが得意なのよ」

 

 最後に霞は「浜風とは違うタイプの盾役かしら」と言って締め括った。

 なるほど、朝霜は浜風が力場で形成した盾で直接護るのとは違って間接的に味方を護るタイプなのね。

 艦隊戦でなら、むしろ浜風より護れる範囲が大きい朝霜の方が重宝しそうだわ。

 

 「ついでに言うと、私は呉所属、第十八駆逐隊の霞よ。大和さんの嚮導をした満潮の姉妹艦になるわ。得意な戦法はそうね……。今は改二乙の状態だから対空値はそれなりに高いかしら。あ、それと脚技も多少使えるわ」

 

 へえ、霞もコンバート改装できる艦娘だったんだ。

 コンバート改装とはたしか、いくつかの艦に実装されている特殊な改装で、霞を例に挙げると改二の状態と改二乙の状態を任意(工廠での改装が必要)で行き来できるんだとか。

 大和のご主人さまである朝潮ちゃんもそのタイプの艦娘だって聞いた事があるわね。

 

 「先ほどの提督の話を聞いた限りですが、霞はもしかして艦隊指揮の経験が有るんですか?」

 「ええ、一応ね。ここに居る朝霜と、今は武蔵になってる清霜、それに大淀と足柄を加えた五人で棲地を攻略したことがあるわ」

 

 霞は「自慢するほど大した作戦じゃなかったけどね」とか言ってるけど十分凄いことじゃない?

 たった五人で棲地を攻略したのも凄いけど、それより凄いのはあの大淀さんと艦隊を組んでしかも旗艦を務めたこと。

 他のメンバーについてはよくわからないけど、霞の疲れ切ったような表情と、朝霜の「あんときゃ楽しかったよな~♪」とはしゃぐ様を見るに濃い面子だったのは確実だもの。

 

 「私は大本営所属の防空駆逐艦、涼月です。艦種の通り対空戦闘が得意です。一応ですが、大淀さんから戦闘の手解きを受けているので並の相手なら臆さない程度の胆力はあるつもりです」

 

 見慣れない艤装を装備してると思ってたけど、やっぱり大本営付きの艦娘だったか。

 これから機動部隊相手にドンパチするって時に妙に落ち着いてるのもそのせい?いや、この子大淀さんに戦闘の手解きを受けているとか言ったわね。

 と言う事は、()()大淀さんを普段から間近で見てると言うこと。それなら、大抵の敵は大淀さんに比べればマシと思って落ち着いていられるかも。

 

 「次は私の番ですが……。呉鎮守府、第十六駆逐隊所属の雪風です。得意な戦法は……何と説明したらいいでしょう?」

 

 って、雪風が困ったような顔して隣に座る私を見てるけど困る。これってもしかしなくても私から説明してってことよね?

 無理無理無理無理!

 雪風の戦い方って良い意味で特長がないのよ。

 砲撃にしても雷撃にしても回避運動にしても、基本に忠実で特筆すべき点がない。

 だから、私が雪風の戦い方を説明するにしても、雪風は基本に忠実で粗がなく、どんな戦況にも順応できるだけの経験と技量があるとしか言えない。

 にも関わらず、雪風は二水戦どころか呉No.1駆逐艦の名を欲しいままにしているから説明に困っちゃうのよねぇ……。

 

 「じゃあ次。矢矧の自己紹介をお願いします」

 「いや、良いのかよ!雪風が得意な戦い方が知りたいんじゃないの!?」

 「全てではありませんが、試合を見ていたので雪風がどの程度の実力者なのかは把握できてるから問題ありません」

 

 あっそ。

 私と雪風が無駄に悩んだのは無駄だったってことね。

 でもそれなら、貴女は私が矢矧になる前から私を知ってるんだから聞く必要なんてないんじゃない?

 

 「矢矧、心して答えてください。この艦隊が艦隊の体を成すかどうかは貴女の()()次第です」

 「それはどういう……」

 

 意味?と聞き返そうとした私を、大和の真剣な眼差しが押し止めた。

 それはどうして?

 いや、答えを自分以外に求めるんじゃなくて考えろ。

 大和は今なんて言った?

 大和は「この艦隊が艦隊の体を成すかどうかは貴女の応え次第」って言ったわよね?でも、この艦隊の旗艦は大和であって私じゃない。

 寄せ集めの私たちが艦隊として機能するには私はどうしたら良い?いや、一見ランダムに集められたように見える私たちは完全に寄せ集めな訳じゃない。大きく三つのグループに分けられる。

 一つは私、雪風、磯風、浜風の二水戦グループ。

 二つ目は霞と朝霜のかつての僚艦同士のグループ。

 そして三つ目。大和、初霜、涼月の初対面グループよ。

 そこから考えられるのは、大和が艦隊を二つ、もしくは三つに、もっと言えば前衛、中衛、後衛で分けようとしているということ。

 その前衛艦隊を私に任せる気なんだわ。

 恐らくメンバーは私を筆頭にした一つ目のグループ。そして中衛に霞、朝霜のグループ。

 三つ目の後衛は初対面同士で連携も何もないでしょうけど、大和は私たちより長い射程を生かして遠距離射撃と対空戦闘に徹し、他の対空戦闘が得意と言った二人には艦載機の相手を任意でやらせるつもりなんだと予想する。

 これなら、初霜と涼月の対空援護と大和の砲撃支援を受けながら前衛が敵艦隊に突撃し、中衛が私たちの取りこぼし、及び援護に専念するという体が整う。

 ならば私が返すべき答えは……。

 

 「呉で二水戦の旗艦を努めてさせてもらってる矢矧よ。他はともかく、雪風たち三人の戦い方は熟知してるから前衛は任せてちょうだい」

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 私がそう返すと、大和は満面笑みを浮かべて「さすが私の心友ですね♪」と言ってくれたわ。

 それはイコール、私たち二水戦の四人が前衛として突っ込まされるいう予想が当たったと言う事と同じだった。

 

 ええ少し、いえかなり後悔したわ。

 でもさ、あの嬉しそうな大和の顔を見てたら、後悔よりも「やってやろう」って気持ちの方が大きくなっていったの。

 

 大和の自己紹介はどんな感じだったのか?

 う~ん、それがね?

 大和が自己紹介しようと口を開きかけたタイミングで、二式大艇を操縦してた秋津洲さんが機内放送で『敵機接近中かも!これより本機は後部ハッチを開きつつ海面スレスレを飛行するから抜錨してほしいかも!』って言ったのね?

 

 そのせいで、次が大和の番だって考えは吹っ飛んだわ。だって飛行中なのに本当に後部ハッチを開くんだもの。

 そんな状況で抜錨した経験がない私たちは「どうやって!?」って感じの表情を浮かべたまま固まっちゃったわ。

 

 ただ一人、大和を除いてね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 後部ハッチから流れ込んでくる風が冷たくて心地良い。矢矧が私の考えを察してくれたことで嬉しくなり、今すぐ飛び出したくなっていた私の心と体を落ち着けてくれます。

 

 (やり方はわかるのか?)

 「なんとなく。ダイビングで言うところのジャイアントストライドエントリーの後ろ向きバージョンをすればいのでしょう?」

 (そんな感じだが……転けるなよ?)

 

 転ける?そんな間抜けな真似はしません。

 いえ、できません。

 何故ならこれは新たな門出。かつて目的を果たせずに沈んだ私たちが、新たな世界で新たな身体を得て再スタートする瞬間なのですから。

 

 「それでは行きましょう。みんな、私についてきてください」

 

 私は若干動揺している面々にそう言い放ち、飛ぶと言うよりは身体の力を抜く感じで海面へと飛び出しました。

 ああそう言えば、私はみんなに自己紹介をしろと言っておいて自分はしていませんでした。

 ならば、これを自己紹介代わりにしましょう。

 私が艦娘の大和として、再び戦場に舞い戻ったことを世界に知らしめる意味も込めて。

 

 「戦艦大和、推して参ります!」と。

 



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第百三十三話 Спасибо

 

 

 

 

 桃がその手の話が好きだったから知ってたんだけど、深海棲艦との戦争って長かったから、やっぱり根も葉もない噂話から実際にあった話まで十把一絡げではあるけど色んな話があるんだって。

 ()()()、私が聞いた露国の話はこんなだったわ。

 

 ある日、とある漁師が人魚と見紛うばかりに白く美しい女が海に浮いてるのを見つけた。

 最初は死体かと思ったんだけど、息がある事に気づいた漁師はその女を引き上げて家に連れ帰って介抱したんだって。

 

 後はなんとなく想像がつくでしょ?

 その漁師はその女と所帯を持ち、二人の間には娘が生まれたそうよ。

 

 その数年後。

 その親子に悲劇が起きた。

 母親が出掛けているのを見計らったように現れた、露国政府の者だと名乗るコート姿の一団が娘を寄越せと言ってきたの。

 当然、父親は反対したわ。

 その結果、父親は娘の目の前で撃たれて命を失った。

 

 しかも運が悪いことに、父親が撃たれるタイミングで母親が帰ってきてしまった。

 その後何が起こったのかなんて簡単に想像できるでしょ?

 

 夫を目の前で殺され、愛娘を攫われそうになった母親は、夫と娘にひた隠しにしていた本性を現し、その場にいた娘以外の人間を皆殺しにしたの。

 半壊した、化け物にしか見えない艤装を呼び寄せてね。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長。神藤 桜子大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー 

 

 

 「それで?その深海棲艦の母親はどうなったの?」

 「露国の艦体に殲滅されたようです。残された娘の行方に関しては、その時の戦闘に巻き込まれて死んだというパターンと、母親を殲滅した艦隊に保護されたというパターンがあるのですが……。お姉様、どうしてこのタイミングでこの話が聞きたいと思ったんですか?」

 「アイツを見てたらなんとなく……ね」

 

 いや、確かめたくなっただけ。

 沈みかけた日に照らされて、艤装を背負ったままの響を肩に担いで大型海上輸送機に入って行った、黒いタートルネックシャツの上にい長袖シャツ、その上に白いロングコート、さらに空色のケープを着用して頭にはウシャンカをかぶった、ガングートと同じ琥珀色の瞳を持つ艦娘を見てたら以前聞いた話をもう一度聞いて確かめたくなったの。

 私の直感が、正しいかどうかを。

 

 「どれくらい経った?」

 「ちょうど一時間ですお姉様。突入しますか?」

 「ええ、フィナーレに打ち上げる予定の花火を合図に突入するわ。ただし、民間人に戦闘を気取られる訳にはいかないから重火器の使用は禁止よ」

 「そ、そんな殺生な!久々の戦闘だからホローポイント弾を詰めて来ましたのに……」

 「我が儘言わない。それに、アンタの傘は鉄製なんだから……って、今ホローポイント弾って言った?」

 

 桃が得物としている番傘は、見た目は番傘だけど布の部分(こま)は防弾、防刃仕様で、親骨、受け骨の部分は鋼鉄製。更に先っぽの石突きからシャフト、手元にかけての部分には機関銃が仕込んであるの。

 で、しまったと言わんばかりに口元に左手を添えて「聞き間違いですわお姉様」とか言ってる桃が口にしたホローポイント弾とは弾丸の一種で、もの凄く簡単に説明すると当たった対象の内部で炸裂したり膨張したりして人体を破壊する凶悪な代物よ。

 もっと詳しく知りたい人はいんたーねっととやらで調べてみると良いわ。すぐに教えてくれるらしいから。

 

 「お姉様!輸送機のエンジンが!」

 「気づかれた?いや、ガングートの奴がヘマしたわね」

 

 花火が上がり、さあ突入だと腰を浮かしかけた途端に輸送機のエンジンが音を立てて回り出した。

 このままじゃ逃げられるわ。

 あまり目立つ事はしたくなかったんだけど、こうなったら仕方ないか。

 

 「桔梗!菘!やりなさい!」

 『『了解!』』

 

 私の命を受けて、輸送機の両翼の傍に身を潜めていた桔梗と菘が飛び上がり、輸送機の翼を根元から断ち切った。

 念のために、輸送機内では得物が長すぎて思い通りに戦えない二人を待機させといて正解だったわ。

 

 「突入するわ!ついてきなさい桃!」

 「はい!お姉様!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 お姉様の合図で突入したら、すでに輸送機の内部は惨憺たる状況でした。

 具体的に言いますと、内壁にこびり付いた人だったと思われる残骸と、肩で息をしながら片膝を突いたガングートさん。

 そして、そのガングートさんをタシュケントさんが冷めた瞳で見下ろしていたんです。

 

 ええ、私もその光景が信じられませんでした。

 ガングートさんもタシュケントさんも艤装を背負った状態なのに、見た限りではタシュケントさんが一方的にガングートさんを痛めつけた後のように見えたんですから。

 

 ですが、その後のお姉様とタシュケントさんの戦闘を見て納得するしかなくなりました。

 まさか、お姉様をあそこまで追い詰めることができる人がいるなんて、その時まで思いもしませんでしたから……。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦春風。春日 桃少尉へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「輸送機の翼を破壊したのは君かい?紅い魔女(Красная ведьма)

 「露国語の部分はなんて言ったのかわかんないけど、翼を落としたのは私の部下よ。え~っと、タスケント……だっけ?」

 「タシュケントですお姉様」

 

 訂正どうも。

 でもわざとだからね?あくまでタスケ……タシュケントを挑発するためにわざと間違えたんであって、けして素で間違ったわけじゃないわ。

 

 「それにしても、無駄に広いわねこの輸送機。ルスラーンだったっけ?」

 「それを海上輸送機に改装した物さ。マイナーチェンジ版と言えば良いかな?」

 「ふぅん。こんだけ広いならうちにも一機欲しいわね」

 

 どれだけ広いかと言うと、側壁から反対の側壁まで軽く7~8m。奥行きなんか10mはあるんじゃないかしら。軽く運動するくらいなら十分な広さだわ。

 

 「さて、それじゃあ始めよっか。ガングートは邪魔だから、ソッチの隅で体育座りでもしてなさい」

 「一応聞くけど何をだい?Красная ведьма」 

 「いやいやいやいや、誘拐計画がバレ、首謀者っぽいアンタが裏切り者のガングートを処罰してる場面に私が踏み込んだらバトルしかないに決まってんでしょ」

 「呆れた……。君は同士ガングートから聞いていた以上の戦闘狂(Боевой энтузиаст)なようだ」

 

 だから露国語を混ぜられたらわからん!私と言葉を交わしたいなら100%日本語で語れ!

 日本文化は愛するけど他国の文化は割とどうでもいいのがこの桜子さんなんだから!

 と、内心ツッコミを入れながら、私に言われた通り機の最後尾辺りで体育座りしたガングートを見て軽く吹きかけてしまった。

 

 「油断するなよ桜子。タシュケントはシステマの達人だ」

 「歯磨き粉だったっけ?」

 「それ、本気で言ってないよな?」

 「あ、あったり前じゃない!心配しなくても、アンタがボコられてる時点で油断なんてしてないわ」

 

 私の記憶が確かならシステマとはデンター……じゃない、近代戦における様々な状況を想定した露国の実戦的格闘術。いや、殺人術と言って良い。

 しかもタシュケントは艤装を装備した状態。いくら海上ではないと言え、単純な膂力だけでも『狩衣』を装備した今の私を上回るわ。

 

 「ふぅん。本当にあたしとやるつもりなんだ。しかも、そんな玩具で」

 「あ~あ、負けフラグ立てちゃったわねタシュケント。私の得物を玩具呼ばわりして私に勝てた奴はいないのよ?」

 「へぇ、それは恐ろしい……ね!」

 

 私が刀の柄に右手を添えるのとほぼ同時にタシュケントが踏み込んできた。しかも右拳のオマケ付き。

 狙いは私の左手かしら。

 玩具呼ばわりはしても、私にコレを使わせるのは脅威だと判断して攻撃手段から潰しに来たのね。

 

 「判断は良い。でも、ちょっとだけ遅い」

 「……っ!」

 

 タシュケントの拳が届く前に私は、タシュケントの首目掛けて刀を振り抜いた。

 その結果タシュケントは踏み込みをキャンセルして踏みとどまり、上体を起こす事で私の一刀を回避したわ。

 いや、厳密には回避して切れてないか。

 私の一刀は、確かにタシュケントの『装甲』を斬ったんだから。

 

 「それも特殊な兵装なのかい?いくら海上じゃないとは言え、あたしの『装甲』を斬れるなんて驚いたよ」

 「別に特殊な物じゃないわ。ただ古いだけの日本刀よ」

 

 深海棲艦を傷つけられるのは艦娘だけじゃない。 

 それは本来の歴史で失われている物。有名どころで言うと実艦の大和ね。そして、私が手にしているこの大刀も同様。

 この事に気付いたのは偶然だったわ。

 神風に特訓つけているときに、力場を大して纏わせてなかったのに神風の『装甲』を斬ることが出来たの。

 あの時は、ガチであの子の首を刎ねそうになったから焦ったわよ。

 

 「アンタはこの機を壊さないために砲が使えない。更にスペックは激落ちしてる。対する私は制限がない上にアンタの『装甲』を楽に斬れる。降参するなら今の内よ?」

 「降参?面白い冗談だね」

 

 まあそうよね。

 アンタからしたら、それでも自分の優位性は揺らいでいないんだもの。

 でも私はそこらの腕自慢とは訳が違う。

 私は数々の死線を力尽くで引き千切り、鬼級並の力を持ってた野風さえ打ち破って今も生きてる桜子さんよ。

 だから、例え性能で圧倒されていようと負けはしない。私が行く道には、常に勝利の風(神風)が吹き荒れてるんだから。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 最初の内は、むしろお姉様の方が押していました。

 そもそもリーチが違ってましたし、お姉様が得物を打ち刀から大刀に変える過程で会得した大刀術と、元帥様から仕込まれていた抜刀術の速度と威力は物凄かったですから。

 

 ですが、十数合ほど打ち合った頃になって形勢が逆転しました。

 はい、お姉様が逆に押され始めたんです。

 

 間合いを見極められ、懐に入り込まれ、恐らく数千馬力に及ぶ打撃を受け続けて、お姉様は海上輸送機の壁にめり込むほど打ちつけられて血反吐を吐きました。

 

 私はと言いますと、そんなお姉様が力無く壁にもたれ掛かる様子を目の当たりにして発狂するくらいしかできませんでした。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦春風。春日 桃少尉へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 「いやぁぁぁぁぁぁ!お姉様!お姉様しっかりして!お姉様ぁぁぁぁぁ!」

 

 桃が叫んでるのが聞こえる。

 桃の狂ったような絶叫が、途切れかけていた私の意識を呼び戻してくれた。

 何が起こった?

 どうして私の身体は動かない?

 いや、考えるまでもない。タシュケントの一撃が私の腹部に決まり、私を輸送機の壁まで吹き飛ばしたから私の身体は動かないんだ。

 狩衣を着てなかったら、壁に着いた赤い染みの一つになってたのは確実ね。

 

 「おのれよくも……。よくもお姉様を!」

 

 桃の仕込み傘の発砲音が耳に響く。

 きっと、私がやられたことで錯乱して乱射してるんでしょう。装弾してるのがフルメタルジャケットじゃなくてホローポイント弾で良かったわ。

 もし前者なら、跳弾して私にも当たってたかもしれないから。

 

 「やめなさい桃。私なら大丈夫だから」

 「へぇ、まだ生きてたんだ」

 「あったり前でしょ。私は絶対に死んだりしないんだから」

 

 正直に言えば見栄を張った。

 私が食らったタシュケントの攻撃はたった一発。そのたった一発で私の内蔵はシェイクされて血反吐まで吐いたし、足にも腕にも力が入らない。その上、視線すら足元から上げられないわ。

 壁に体重を預けてるとは言え、立ててるのが不思議なくらいよ。

 

 「そんなにあの駆逐艦が大事かい?君達からしたら、数いる駆逐艦の一人だろう?」

 「は?アンタ何言ってんの?」

 「何って……。君はヒビキを助けるために……」

 「違う。違わないけど違うわよタシュケント」

 

 私は「助けてれくれ」と頼まれたからここにいるの。

 ガングートに、「アイツらを助けてれ」ってお願いされたから、陸と大差ないとは言え艤装を装備したアンタの前に立ってるの。

 ガングートが言った『アイツら』の中に、アンタが入ってることに気づいちゃったから。

 

 「この任務が終わったら母親を解放する。そう言われてるんじゃない?」

 「な……!?」

 

 なんでそれを?それとも何の事だ?って言おうとした?まあ、アンタがどっちを言おうとしたのかなんてどうでも良いわ。

 私はただ、ガングートから得た情報と桃から聞いた話、そして自分の直感を総合して導き出した想像を披露して時間稼ぎをするだけよ。だって、今の私にはそれくらいしかできないからね。

 

 「食べ物の差なのか人種の違いなのか知らないけど、アンタってそのなりでまだ12歳なんだってね」

 「だから何さ。それが今何の……」

 「関係ならある」

 

 私はガングートから持ちかけられた誘拐計画の阻止を受諾した後、責任者であるタシュケントの情報を識ってるだけ寄越せと言った。

 それによると、タシュケントがFSBに入ったのは6歳になるかならないかの頃、そして若干12歳という歳でシステマの達人だということ。

 そしてFSBに入る、いえ、拉致されて構成員として育てられる前は両親と共に海辺の小さな町で暮らしていたという過去。

 桃の話を思い出したのは正確にはこの時ね。

 この時タシュケントの情報と以前桃から聞いた噂話が、私の頭の中で紐付けられた。

 

 「アンタは母親を前にしてどうしたいのかしら。甘えたい?それとも、自分を今みたいな境遇にした元凶である母親に復讐したい?」

 「何を言ってるのか理解できないね。君は時間稼ぎがお望みなのかな?」

 

 大正解。

 この機に、贅沢を言えば刀を振れるくらいには体力を回復させたい。でも、それは無理でしょうね。

 私が攻撃する意志を見せれば、タシュケントは今度こそ私を肉塊に変えるでしょう。

 ならば、口撃あるのみだ。

 

 「アンタの母親ならとっくに死んでるわよ。アンタがFSBに拉致られた日にね」

 「そん……な!」

 

 嘘だ!とでも言いたそうな感じね。

 タシュケントが今だ顔が上げれない私にもわかるくらい動揺したわ。

 子供を精神的に追い詰めるのは本意じゃないけど、この場を切り抜けるためならなんだってしてやるわ。

 

 「日本にもアンタと似たような生まれ方をした艦娘はいるわ。ねぇ?桃」

 「え、ええ。たしかに日本にも深海棲艦とのハーフと噂されている艦娘はいます。たしか、特型駆逐艦の誰かだったと記憶していますが……」

 

 実際はいない。

 それは桃の話を思い出してすぐ部下に調べさせた。その結果、深海棲艦と恋仲になった男はいたけど、その二人の間に子供は生まれなかった。生まれる前に不幸な結末を迎えたらしい。

 だから日本の話の場合は完全に噂。

 でも、今のタシュケントにはこんな不確かな情報で十分すぎる。

 

 「桜子、その特型駆逐艦とはまさか……」

 「さあ?それは想像にお任せするわ」

 

 ようやく顔を上げる余裕が出来たからタシュケントを見てみると、ガングートと同じく私から向かって左側、唇をワナワナと震わせながら機首の方へと視線を向けていた。

 つまり響はあの壁の向こう。

 更に、その反応は私の想像が合っていると言ってるようなもの。

 

 「哀れねタシュケント。とっくに死んでる母親を人質にされて良いように使われ、自分と同じかもしれない子をアンタと同じ目に遭わせようとしてるなんて」

 「う、うるさい!君が言ったことは全部……!」

 「出鱈目かどうかはアンタが一番わかってるでしょ!」

 

 腹部の痛みに堪えながらした一喝で、タシュケントは唇を噛んで黙り込んだ。

 きっと今、組織に騙されて良いように利用されてきた怒りと、母親を殺された憎しみをどう処理して良いかわかんないだと思う。

 一撃お見舞いできる程度の体力は戻ったし、決めるなら今しかないわね。

 

 「う、動くな!少しでも動いたら……!」

 「撃つ?良いわよ撃っても。それでアンタの気が晴れるなら撃ちなさい」

 

 私は一歩づつ、ゆっくりとタシュケントに近づいた。

 でも、タシュケントは右舷艤装の砲を私に向けてるのに撃つ気配はない。いや、撃てない。

 装甲すら維持できないほど私の話で動揺した今、撃てば私が言ったことが真実だと自ら認めるようなものなんだもの。

 僅かながらも、私の話を嘘だと疑っている今のタシュケントにそれは絶対にできない。

 

 「マーマは本当に死んだの?(Твоя мать действительно мертва?)もういないの?( Не так ли уже?)

  

 私がタシュケントの目の前に立った途端、怯えきったような瞳を私に向けてタシュケントがそう言った。

 だから私は露国語がわかんないから何て言ったかわかんないっての。

 でも、この子の瞳には憶えがある。

 桜は私や亭主より先に寝ちゃうから、寝室に寝かせて私と亭主は別室でイチャイチャ……もとい、テレビなんかを見ながら談笑したりするんだけど、たまに桜が起きちゃうことがあるの。

 今のタシュケントの目は、その時の桜に良く似てる。

 私と亭主がいない不安と恐怖に怯えて私たちを探すときの桜に。

 故に、言葉はわからなくても何て言ったかはなんとなくわかる。だから、ここで最後の一撃をアンタに喰らわせるわ。

 だから覚悟しなさいタシュケント。今からこの戦場に、神風を吹かせてあげる。

 

 「ええ、アンタのママはもういない」

 

 私は泣き始めたタシュケントを抱き締めてそう返した。

 母親を求めて、ずっと迷子になってたタシュケントを胸に抱いて頭を撫でてあげた。

 いや、撫でたくなったのかな。

 

 「じゃああたしはどうしたら良いの?(Тогда что мне делать?)これからあたしは……(Я с этого момента ...)

 「うちに来なさい」

 「うち……に?」

 「そう、うちに。言っとくけど奇兵隊にって意味じゃないわよ?」

 「じゃあ……」

 

 どういう意味?

 とでも言いたげに、首を傾げて私を見上げるタシュケントは年相応の子供に見えた。

 その顔を見てたら、お母さんの気持ちがわかったような気がしたわ。

 もう十年以上前、身寄りがなかった赤の他人の私を家族に迎えると言ったお母さんの気持ちが。

 

 「私がアンタのママになってあげるって言ってんのよ」

 「いや、え?でも……」

 

 わかんない?わかんないか。

 ガングートも「どうしてそうなるんだ?」って言いたそうな顔して私を見てるし、このまま戦闘を終わらせるためにも説明すべきなんでしょうけど……お腹が痛くてそれどころじゃないのよねぇ……。

 

 「簡単な事ですよタシュケントさん。慈悲深いお姉様は貴女を養子にしてくださると仰ってるんです」

 

 ねえ桃。だいたいその通りだけど『慈悲深い』の部分は蛇足じゃない?

 たしかに、菩薩も平伏すほどの慈悲深さに定評があるのがこの桜子さんよ?

 でも、この空気でそれ言っちゃったら恩着せがまし過ぎない?人によったら挑発と受け取りかねないわ。

 

 「あたしを養子にって……。でも、そんなことをしてこの人に何のメリットが……」

 「メリット?今のお姉様が、そんな下世話なことを考えてるように見えますか」

 

 桃にそう言われて、私に視線を戻したタシュケントは心底驚いたような顔をした。

 私は今どんな顔をしてるんだろう。

 痛みのせいで意識が飛びかけてるけど、驚いた後に嬉しそうに頬を緩ませて私の豊満な胸に顔を埋めて言ったタシュケントの言葉を聴いて、少しだけあの時のお母さんに近づけたような気がして嬉しくなった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 桜子が意志を失ったのはそのすぐ後だ。

 その後は、FSBの響拉致推進派の粛清やタシュケントの退役後の処遇を桜子に一任するための工作等々で大忙しだと思っていたんだが、()()()すんなりと事が運んだから今に到ると言う訳だ。

 

 桜子は「あのクソ親父、またいらんお節介を……」とか言っていたが私には意味がわからなかった。

 いや、理解してはダメな気がした。

 

 だが、その工作が終わってからのタシュケントは見違えたように溌剌としていた。

 ああ、それまでの作り物の笑顔ではなく、心の底から幸せそうに笑えるようになったよ。

 

 そうだな。

 桜子に助けを求めて正解だった。

 何故ならタシュケントは、意識を失った桜子を抱き抱えながら、こう言ったんだ。そう、「Спасибо」とな……。

 ああ、聴き取れなかったか?

 少しだけ日本のイントネーションに近づけて言うとスパシーバ。

 つまり、『ありがとう』という意味だ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元ガングート級戦艦一番艦。ガングートへのインタビューより。

 



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第三十四話 神様に喧嘩を売った女

 

 

 

 

 霞の報告では、臨時編成された迎撃部隊は寄せ集めとは思えないほどの連携を見せたらしい。

 

 大和の砲撃支援を受けて二水戦の四人が敵随伴艦隊に斬り込み、討ち漏らした敵は霞と朝霜が処理した。

 敵の艦載機も初霜と涼月、更に大和が悉く撃ち落としてヲ級をほぼ置物に変えてしまった。

 

 結局、対敵機動部隊用に編成した艦隊は無駄になっちゃちゃけど、霞からの報告は嬉しい誤算だった。

 

 できればこのまま横須賀で囲い、正規の艦隊として訓練を積ませて来たる日に備えておきたい。

 

 問題は所属がバラバラなことね。

 まあそのあたりは、先生に相談すればどうとでもなるかしら。

 

 また佐世保提督あたりが絡んで来そうと考えたら気が重たくなるなぁ。

 

 

 ~戦後回想録~

 紫印円満中将の手記より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 「うんうん♪みんな良く動けていますね。初めて艦隊を組んだとは思えない連携です♪」

 『そんなお褒めの言葉は要らないからもっと撃ってくれない!?』

 「足りませんか?」

 『足りないわよ!コイツら機動部隊のくせに、前衛艦隊に戦艦入れてんのよ!?』

 

 別に、機動部隊に戦艦を編成するのはおかしな事ではないですよ?かつての私も、最後の菊水作戦時の所属は第一航空戦隊でしたし。

 

 (どうする大和。いっそ『覇道砲』で吹き飛ばすか?今なら()()の威力で撃てるし、()()()()()()()撃てるぞ?)

 「どうにもならないような状況ならともかく、良い感じに拮抗している今の状況ではせっかくの機会が無駄になります」

 (どんな機会だ。霞と朝霜の援護のおかげで前衛の四人が奮戦しているように見えるが、何かあれば即座に劣勢になるような状況だぞ?)

 

 窮奇の言う通り、一見して私たちは数も性能も上回る敵艦隊相手に互角の戦いを繰り広げていますが、例えば誰か一人が戦闘不能になるだけで劣勢になる程の綱渡りをしています。

 実弾を使った()()の覇道砲なら、一発撃ち込めばたしかに一転して有利な状況になるのですが……。

 

 『浜風!磯風の馬鹿を一旦下がらせなさい!雪風は浜風を援護!そのロ級は私が片づける!』

 

 自身も敵と砲火を交えつつ、的確に指示を飛ばす矢矧を見ていたらしたくなくりました。

 いえ、してはいけない気になったんです。

 これは矢矧にとって成長するチャンス。そう思えたから、戦況を覆せる手段を持ちながらも使う気になれなくなったんです。

 もっとも、矢矧にこれを言ったら怒られそうなので秘密ですが。

 

 「とは言え、戦艦くらいは私が処理した方が良いでしょうね」

 (ん?と言う事は私の出番か?)

 「いいえ。貴女はそのまま対空に専念してください」

 (どうやるつもりだ?お前に砲撃は……)

 「こうやるんです」

 

 窮奇の質問に言葉で答える代わりに、敵戦艦から飛んで来た砲弾を発射元に傘で弾き返すことで応えました。

 結果至近弾で終わってしないましたが、()()()砲弾を弾き返したにしては良い出来でしょう。

 敵戦艦の砲撃がアイオワさん並に正確なら直撃させれただけに残念です。

 

 (下手クソめ。もっと良く狙え)

 「弾き返す際に私の『弾』を纏わせる関係上、少しタイムラグができるから仕方ないんです」

 (だったらアイオワとの試合中にもっと練習しとけば良かったろうが)

 「あのアイオワさんを相手にですか?冗談はやめてください」

 

 あの試合を見た人には、恐らく私がアイオワさんの砲撃を悉く弾き、必殺の一撃を持って圧勝したように見えたでしょう。

 ですが実際は違います。

 正直言ってギリギリでした。

 もし、アイオワさんの砲撃間隔がもう少し早ければ私は砲撃を処理しきれず、結果は真逆になっていたと思います。

 当然、今みたいに発射元に弾き返すなどとてもとても。

 

 「初霜、涼月。余裕はありますか?」

 『余裕なんてありませんが……。私が落とさなければこの艦載機たちは鎮守府を襲うのでしょう?だったらやります。護って見せます!』

 『数は多いですが処理しきれないほどではありません。大淀さんを相手に訓練するより余程マシですよ』

 

 涼月の「大淀を相手にするよりは」と言うセリフが気にはなりますが良い答えです。

 これで、矢矧たちの戦いを有利にする算段が八割方つきました。後は……。

 

 「霞。艦載機の相手はしなくてかまいません。それよりも矢矧たちの援護を優先してください」

 『でもそれじゃあ……!』

 「言いたい事はわかります。ですが、初霜と涼月にはまだ余裕が有ります。二人に余裕が有るうちに敵前衛艦隊を始末するためには霞と朝霜の援護が必要不可欠なのです」

 

 余裕なんてない。

 とでも言いたそうに苦笑いを浮かべている初霜と涼月は気にしないとして、後は弾き返せそうな砲弾を敵戦艦に向けて返しつつ敵空母の発艦を邪魔しましょう。

 

 「窮奇。『流星群』で敵空母の発艦を妨害してください」

 (当てなくて良いのか?)

 「はい、当てちゃダメです」

 

 窮奇の砲撃法の一つである『流星群』。

 これは上空へ向けて撃った砲弾を頭上から敵に当てる牽制に近い砲撃方法です。

 用途的には大淀が試合で瑞雲を撃墜した技と似たようなモノですが、艦載機を撃ち落とすのが精々な大淀の技と違って、窮奇のコレは装弾する弾の種類で効果が激変します。

 例えば、通常弾や徹甲弾なら敵に直接当てれば軽巡以下なら撃沈を狙えますし、三式弾なら広範囲の敵艦載機を撃墜する鉄の雨となります。

 今回の場合は後者ですね

 

 (第一主砲、三式弾装填。同時に測距、測的開始……完了。敵艦隊の未来位置を確定。全主砲、発射用意)

 

 仰角は75度と言ったところでしょうか。

 3基の主砲が砲身を指のようにワキワキと波打たせながら上を向き、固定されました。

 水平線上に敵の姿が見えないと言うことは最低でも5km以上離れているのに、窮奇はレーダーだけで敵艦隊の未来位置を予測してその頭上に三式弾の雨を降らせようとしている窮奇の砲撃技術には舌を巻いてしまいますね。

 

 『大和!本命の艦隊はまだ来ないの!?このままじゃ弾が保たない!』

 「どれくらいなら保ちますか?」

 『駆逐艦と軽巡くらいならなんとかできる程度よ!でもそれ以外は無理!戦艦と空母が残る!』

 「では駆逐艦と軽巡を確実に沈めてください。霞と朝霜は矢矧に合流。指示を仰ぎなさい」

 

 さて、後は戦艦と空母を沈めるタイミングを考えるだけですね。

 あまり早すぎてもダメですし、遅すぎても本命の艦隊が到着して手柄を持って行かれてしまいます。

 それは一番最悪なパターン。

 私たちの『空母機動部隊を撃滅した』という初戦果を横取りされてなるものですか。

 

 「窮奇、もう一つの()()()砲の有効射程は?」

 (通常の主砲と同じ。と言いたいところだが、力場の減衰を最小限で抑え、最大威力を叩き込むとなると1kmだな)

 「わかりました。いつでも撃てるよう準備しておいてください」

 (撃っていいのか?さっき撃つなと……)

 「それはさっきの話です。今は状況が変わっています」

 

 私がそう言うと、窮奇は文句を言いながらも「撃てるならまあ良い」と言って準備に入りました。

 では私も突撃を開始するとしましょう。

 この戦場を破壊して、私たちの初勝利を創り出すために。

 

 「初霜、涼月、私を援護してください。敵空母へ突撃を開始します」

 「こ、こんな艦載機が飛び交ってる中を突撃ですか!?」

 「はい。初霜は反対なのですか?」

 「そんなの当然じゃないですか!涼月さんも説得してください!このままじゃ……」

 「正直言って行きたくはありませんが……。この状況を打破するには妥当な判断だと思います。大淀さんもよく「敵が多いなら旗艦を潰せばどうにかなります」と言っていましたし」

 

 旗艦を潰す?

 フッ……。大淀はその程度ですか。

 まあ、おかげで涼月は死んだ魚のような目をしつつも突撃する気になってくれたようなので良しとしますが、私は旗艦を潰すだけでは済ましません。

 敵艦隊を、海ごと消し炭にしてやります。

 

 「二人とも、良く憶えておきなさい。死中に活有り。それが大和戦法です!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 そう言って大和さんは、私が止める間もなく最大船速で突撃を開始しました。

 

 ええ、気が気じゃありませんでした。

 って言うか、敵艦載機を必死に撃ち落としながら頭の中で遺言を呟いていましたよ。それはたぶん、死んだ魚のような目をしてブツブツ言っていた涼月さんも同じだったはずです。

 

 だって艦載機からの爆撃だけならともかく、私たちの突撃に気付いた敵前衛艦隊砲撃まで飛んで来たんですよ!?

 そのおかげで矢矧さんたちが背後から敵前衛を突く形になっ沈めることができたから良かったものの、生きてる心地がまったくしませんでしたよ!

 

 え?その後ですか?

 その後は、残った敵戦艦が空母たちの盾になるように立ちはだかったんですが、大和さんの砲撃で空母たち諸共消えました。

 

 そう、消えたんです。

 大和さんの九門の砲身から放たれた、『ハドウ砲』と言う名の虹色の光に包まれて。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 初霜へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 二式大艇でみんなの自己紹介を聴いている最中にされた説明によりますと、窮奇の『ハドウ砲』は二種類有ります。

 一つはアイオワさんとの試合で使った、九つの砲弾を力場で繋ぎ、一つの巨大な砲弾に形成して撃ち込む対艦隊用の『覇道砲』。

 そしてもう一つは……。

 

 (鎮守府への帰投用燃料を残して他全てを機関へ投入、力場精製開始)

 

 燃料を触媒として機関内で精製される力場と仮称されているエネルギーは、大淀が試合で見せた技の数々のように応用の幅が広く、更に物理的な影響力を持ちます。

 例えば、今しがた磯風が「エクス!カリバァァァァ!」などと叫びながら駆逐艦を真っ二つにしたような事もできますし、私たちが海に浮くための浮力と進むための推力も生み出せます。

 そうなると砲弾なんか必要ないのでは?と、なりますがそうは問屋が卸しません。

 艦娘は基本的に、弾薬と仮称されている資材を元に艤装内で作られる砲弾(魚雷等も)がないと、敵『装甲』への干渉力場である『弾』を扱うことができないのです。

 磯風がやっている事は、船に例えるならウィリーして船底で押し潰しているのと同じですね。威力は有るようですが、身体にも悪いですし効率もよろしくないです。

 では、全艦娘中最大の力場出力を持つ私が、過剰投入と言えるほどの量の燃料で力場を精製し、更に九門の砲身に限界まで溜め込んでから砲弾に纏わせて撃ち出すとどうなると思います?

 

 (全主砲、三式弾装填。力場チャージ120%。いつでも撃てるぞ。大和)

 「わかりました。全艦、私の射線軸から退避してください」

 

 ここで三式弾についてもご説明しておきましょう。

 三式弾、または三式焼霰弾(さんしきしょうさんだん)と呼ばれるコレは原理的には榴散弾の一種で、同じ口径の九一式徹甲弾より小さく、46cm砲用では拡散角は10度。996個の弾子を内蔵しています。

 どでかい時限式の散弾とでも言えばわかりやすいでしょうか。

 そこで二つ目の『ハドウ砲』。

 私は便宜上『波動砲』と呼んでいるのですが、通常は対空戦闘に用いられる三式弾を仰角はつけずに正面へと発射し、都合8964発にもなる弾子全てを力場で繋いで、簡単に言えば極太のビームに変える広域殲滅用の砲撃法です。

 ただしこの砲撃法は、投入した燃料の量に応じて威力は上がるのですが、それでも一撃に使う燃料が多く、先に窮奇が口にしていたように燃料のほぼ全てを使わなければ現実的な威力になりません。

 当然、撃った後は戦闘続行が困難です。

 

 「さあ奏でましょう。新たな私の行進曲を」

 

 それでも私は右手の人差し指で正面に円を描き、ターゲットスコープを形成。そして展開しました。

 スコープ内には、敵艦隊7隻を示す光点が三次元的に投影されています。

 

 「魅せましょう。全てを滅ぼす破壊の光を」

 

 目標、敵艦隊。

 輪形陣を組んでいるようですが、そんな狭い範囲に固まっているなど、私からすればまとめて消してくれと言っているようなもの。

 良いでしょう。

 そんなに消えたいのなら、私が貴女たちをまとめて消し炭して差し上げます。

 

 「そして歌いましょう。世界を震わす戦歌(いくさうた)を!」

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 聞き覚えのあるそのセリフを合図に『波動砲』は撃たれたわ。

 ええ、みんな驚きすぎて、二次被害の水蒸気爆発が生んだキノコ雲を呆然と眺めるしかできなかった。

 だって敵艦隊ごと海が吹っ飛んだのよ?

 

 本当よ!

 空間を引き裂いてるんじゃなかって思えるような甲高い音を立てながら着弾した『波動砲』は、敵艦隊を蒸発させて着弾点に軽く半径1kmは有ろうかってクレーターを作ったの。もちろん海上によ。

 

 でもね。

 青木さんにあの時のことを話してる内に、あの一発は大和なりの宣戦布告だったんじゃないかって思うようになったわ。

 

 誰に対しての宣戦布告かって?

 そんなの決まってるじゃない。世界へよ。

 あの時の、終わりの始まりを告げた『波動砲』の音色は、大和が言うところの偽りのこの世界に対する宣戦布告だったの。

 

 だって大和は、私が知る限りこの世界で唯一の『世界(神様)に喧嘩を売った女』なんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 



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第三十五話 幕間 鳳翔と元帥

十三章ラストです!
次章の投稿開始は……。ゴールデンウィークが終わるまでにはしたいなぁ……(´_ゝ`)


 

 

 

 親父がどれくらい強いか知りたい?

 また変な事に興味持ったっすね。

 

 え?最後の海戦の時に親父が前線に出てたって噂を聞いたから?

 それ、噂ってことにしといてくださいよ?

 海軍のトップが本土を離れてドンパチに参加してたって知れたら色々と面倒臭いっすから。

 

 実際どうなのか?

 ノーコメントっす。自分の口からは言えないっす。言ったってバレたら親父の前にお義母さんにボコられるっすから。

 

 じゃあせめてどれくらい強いかだけ教えろ?

 う~ん……今でも、戦闘能力だけ見れば海軍でトップじゃないっすかね。自分はもちろん桜子さんも親父には敵わないっすから。

 

 以前はもっと強かったのか?

 戦闘能力って意味でなら変わってないっす。

 親父の強さは、そんなわかりやすいもんじゃなかったんすよ。

 自分もアレを何て言ったら良いか今だにわかんないっすけど、親父の全盛期は間違いなくあの時だったって思えるっす。

 

 そっす。

 ライン川で()()()を前にした時の親父は例え核兵器を使ったって殺せないっす。

 大和さんが『歴史の特異点』とするなら、親父は差し詰め『歴史の沈殿物』って感じっすかね。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊副隊長へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 私にとって海軍元帥は二人います。

 一人は今、目の前のカウンターでお酒をチビチビと飲みながらお通しを摘まんで注文した料理ができるのを待っている現海軍元帥。

 もう一人は、呉鎮守府の初代提督にして、退役して今は自宅で余生を過ごしている日本国防軍の初代海軍元帥です。

 

 「桜子さんの容態はどうですか?」

 「思っていた以上にピンピンしていたよ。もっとも、医者にしばらくは飲食禁止と言われて絶望してたがな」

 「あら、内臓を痛めたのですか?」

 「ああ、タシュケントの拳をモロに食らったらしい。アイツもまだまだだ」

 

 海上ではなかったと言え、艦娘による打撃を受けてそれでも生きてるんだからもう少し褒めてあげても良いのでは?

 しかも聞いたところによると、誘拐された艦娘も無事保護して間諜の方々も拘束したとか。

 それなのに、どうしてこの人は誉めることをせずにまるで「面倒事が増えた」とでも言いたげなお顔をしているのでしょうか。

 

 「孫が増えた……」

 「は?今何と?」

 「馬鹿息子の話によると、桜子はタシュケントを養子にするつもりらしいんだ」

 

 なるほど。そういう事ですか。

 孫が増えたなんて言うもんですから、私はてっきり桜子さんが二人目を妊娠したのかと思いましたよ。

 ですが、今の話が事実なら確かに面倒ですね。

 タシュケントさんは露国の艦娘であり間諜。

 退役後ならともかく、現役の彼女を簡単に養子にできるとは思えません。

 まあ、この人なら面倒だとか言いながらもなんとかしてしまうんでしょうけど。

 

 「そう言えば、敵艦隊の迎撃も上手くいったようですね」

 「ん?ああ、君の出番がなくて良かったよ」

 「私的には残念で仕方ありませんでしたが?」

 「冗談はやめてくれ。君が出撃すると言うことは、鎮守府が本当に危ないのと同義なんだぞ?」

 

 ええ、承知しています。

 私は横須賀鎮守府最後の砦。守護神である長門さん同様、横須賀鎮守府最後の護りです。その私が出撃すると言うことは鎮守府が陥落寸前な事とイコール。

 それ故に、私は此度のような事態程度では出撃を許されません。

 

 「君が現状に不満が有るのは承知しているが……」

 「いえ、単なる憂さ晴らしなので気にしないでください。出撃を許されない分、色々と便宜を図ってもらっていますし」

 

 それはこの店に始まり地下の個人練習場、更に通常任務の免除と非常時の独断専行権等々、言えば大抵の人が羨ましがるような便宜を図ってもらっています。

 お給金もまあ……ぶっちゃけ長門さんより多いです。

 

 「ああそうだ。来週末の予定は空いているか?」

 「空けようと思えば空けれますが……。デートのお誘いですか?」

 「そうだ。と、言いたいところだが、俺では君の相手には不相応だよ」

 

 本当に謙遜してそう仰っているようですが、私的にはそんな事はないと思いますよ?

 私は普段着も着物ですし、この人も普段着は着流しというお話ですから格好的にも違和感はありません。さらに年齢的にも、相手が大淀ちゃんより私の方が釣り合いが取れると思います。

 

 「ジジイのところへ行く予定になっているんだ。だから君もどうかと思ってな」

 「貴方が私を誘うと言うことは、長く……ないのですか?」

 「お見通しか。淀渡(よどわたり)君の話ではそう遠くない内に。だそうだ」

 

 今話に出て来た淀渡君こと淀渡 大海(よどわたりおおみ)さんは先代大淀だった人であり、この人が元帥の職に就くまで前元帥の秘書艦務めていた人です。

 現在はこの人の秘書官として大本営に籍を置きつつ、前元帥の介護をなさっています。

 その彼女が「そう遠くない内」と言ったと言う事は、本当に長くはないのでしょう。

 現実問題として、彼は100歳を軽く超えていますし。

 

 「葬式に呼ばれなかっただけマシ。と、思うべきでしょうか」

 「そうだが、用意はしといた方が良いだろう。あのジジイは「みんなが見舞いに来てくれるまで絶対に死なないよ」なんて言ってるそうだからな」

 

 それは逆に言えば、私たちがお見舞いに行けば未練が無くなってポックリ逝ってしまうのと同義なのでは?

 まあ、ポックリ逝けるのなら幸せでしょう。なにせ、大往生なのは間違いないのですから。

 

 「寂しそうですね。あの人のことを恨んでいたのではないのですか?」

 「そう、見えるか?」

 「ええ、とても……」

 

 前元帥は深海棲艦が……いえ、彼が妻子を失う原因となった転生者の一人。さらには提督という重責を背負わせた人でもあります。

 以前、淀渡さんから聴いた話では、この人は前元帥が深海棲艦出現の原因を作った一人だと知った途端に彼を殺そうとしたそうです。

 そんなこの人が、仇と言えなくもない彼が亡くなりそうなのを寂しがってるのは意外です。

 

 「あのクソジジイのおかげでいらん重荷を背負ってしまったが、それでも一応は感謝してるんだ」

 「桜子さんのこと……ですか?」

 「それもある。実際、あのジジイが便宜を図ってくれなかったら桜子はとっくに死んでいたかもしれんし、俺もとっくに壊れて死んでいただろう」

 

 それはどうでしょう。

 貴方は例え提督になっていなくても復讐を諦めなかったと思いますよ?

 だって貴方は、その気になれば海上でも何食わぬ顔して歩きそうですし、必要とあらば海軍を乗っ取るくらい平気でやりそうです。

 ん?後者は達成してると言えなくもないのかしら?

 

 「なんだ?俺の顔に何かついているか?」

 「いえいえ、別にそういうわけではないのですが……」

 

 私としたことがついついガン見してしまいました。でもふと気になったことが有ります。

 この人はいったい、どのくらい強いのでしょう?

 何年も前に、艤装を背負った状態の長門さんを相手に浴場が全壊するほどの大立ち回りを演じたのは知っていますし、桜子さんが逆立ちしても勝てないほど強いと聞いたこともあります。

 ですが、それ以上はまったく知りません。

 そもそも、海軍の要職中の要職に就いているこの人が直接戦闘を行う機会など無いに等しい。それはここ横須賀で提督をしていた頃も同様です。

 まあ、私がいくら考えを巡らせたところでわかるわけはないので直接聞いてみることにしましょう。

 

 「貴方はどのくらい強いのですか?」

 「なんとも唐突な質問だな。そんな事を聞いてどうする気だ?」

 「いえ、純粋に好奇心からです。答えたくないのなら別に……」

 「いや、構わんよ。そう聞かれたら、自分がどの程度なのか客観的に考えたくなった」

 

 私が識る限りですと、この人は神風だった頃の桜子さんに「悪ノリしてスペックが跳ね上がったお父さんには海上でも勝てない」と言わせ、長門さん曰く「陸とは言え内火艇ユニットも無しで私の『装甲』を斬り裂いた」そうです。

 コレらだけでも相当出鱈目な強さですが……。

 

 「ふむ……。どう考えても、俺は人の域は出ていないな」

 「いやいやご冗談を」

 「冗談ではないさ。単純な殴り合いなら俺は少将より弱いし、射撃の腕では馬鹿息子の足元にも及ばん。それに狩衣と薄衣を装備していても、海上では新米の駆逐艦に勝てんだろう」

 「それは真正面から馬鹿正直に戦った場合。ではないのですか?」

 

 あ、間違いありません。だってお猪口を呷ってほくそ笑んでいますもの。

 と言う事は、今言ったのはあくまで身体的スペックを客観的に評価したモノ。彼の持つ戦闘技術や戦術等は全く考慮されていません。

 

 「様々な状況の艦娘と深海棲艦の戦闘記録を見てきたが……。正直言って呆れたよ」

 「呆れた……ですか?」

 「ああ。どうして皆、あんなにまどろっこしい戦い方をするのか。とな」

 

 まどろっこしい?

 どの戦闘がまどろっこしいのでしょう。もしかして艦娘全ての戦い方がですか?

 

 「艦娘は基本的に『弾』を纏わせた攻撃で敵の『装甲』を中和し、本体に砲弾なりを撃ち込む」

 「ええ、それが唯一の方法ですし……」

 

 それがまどろっこしいと?

 ですがそれ以外の方法となると、発砲の瞬間だけ消失する射線上の『装甲』の穴に砲弾なりを撃ち込むしかありません。そんな、大淀ちゃんくらいしかできそうにない曲芸みたいな真似をしろと?

 それとも……。

 

 「貴方なら、別の手段で攻撃すると?」

 「基本的には同じさ。だがたまに、火力が無駄だと思う事があるんだ」

 「火力が……無駄?」

 「そうだ。君も識っての通り、艦娘が扱う兵装は『弾』を纏わせる事で名称通りの威力となる。それがどうにも無駄に思えてな」

 

 ふむ、言われてみれば、確かに無駄と言えなくもないかもしれません。

 極端な話ですが、『装甲』を貫けるだけの力場が付与できるのなら拳銃でも深海棲艦を倒せます。

 にも関わらず、艦娘が扱う兵装には過剰とも言える火力があるのです。

 ですがけして無駄なわけではなく、例えば航空爆撃によって生じる爆発にはちゃんと『装甲』への干渉力がありますし、砲撃の威力は『装甲』を貫くのにも一役買っています。

 と言うかそもそも、纏わせられる『弾』の量と兵装の威力が例外を除いてイコールなのです。

 それでも過剰と言われれば否定はできませんが……。

 

 「では、貴方ならどうするのですか?」

 「近づいて叩っ斬る」

 「は?申し訳ありません。よく聞こえなかったのですが……」

 「近づいて叩っ斬ると言った。と言うか、俺にはそれくらいしかできん」

 

 いやそうでしょうけど、それは非常に困難な事ですよ?

 実際にそんな危険行為をしている艦娘は今だと神風ちゃん。昔も含めれば桜子さんと龍田さんでしょうか。

 ですが三人とも相応の試行錯誤とリスクを乗り越えた上でそれを実現しています。

 それとも何ですか?

 貴方は、海上を移動さえできれば今すぐにでも実現可能だとでも仰るのですか?

 だとするなら、同じ装備なら現状でも鬼級を屠った桜子さん以上。

 本人は人の域を出ていないと言いましたが、この時点で人の域を超えているように思えます。

 だから、あえてもう一度同じ質問をしましょう。

 

 「もう一度お聞きします。貴方はどれくらい強いのですか?」

 

 私の質問に対する彼の答えはある意味では予想通り。ある意味では予想外でした。

 だって彼はこう言ったんです。

 悪びれもせず、かと言って自信満々にでもなく、若干ため意味混じりに「艦娘並に海の上を移動できるなら、かつての敵太平洋艦隊くらいの規模なら俺一人でいい」と、本当に残念そうに。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 私と主人が本気で喧嘩をしたらどちらが勝つか。ですか?

 それは当然、主人です。

 今でも口では敵いませんし、当時の彼には例えば殴り合いになったら100%勝てません。

 

 はい、実際にやる気はありませんが、今ならなんとか勝てると思います。

 ですが当時の、目的を果たすまでの彼には、私はもちろん大和さんですら敵わないでしょう。

 ええ、艤装を背負った状態で海の上でもです。

 

 彼がその身に宿していた悪魔はそれ程のモノだったんです。

 なにせ、彼がその悪魔を解放した瞬間時間が止まったんですから。

 ええ、もちろん比喩です。

 彼の内にいた悪魔にそんな力はありませんでしたし、そもそも物理的な影響力など持ち合わせていませんでした。

 

 はい、正直二度とお目にかかりたくありません。

 アレは人が抱えていて良いモノじゃない。

 アレはこの世に有って良いモノじゃない。

 あの時、周防の狂人と共に死んだ人の負の念の結晶とも言えるあの悪魔は、そう思えるほど禍々しく醜かった。

 

 でも不思議なんです。

 私はそん風に考えている頭の片隅で、「なんて純粋で美しい感情なんだろう」って思っていたんですから。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。





次章予告。


 大淀です。


 人類文明のリセットを実行しようとする深海棲艦を止めるための会議を開く要人たち。大和さんは会議に出席したものの、メインは窮奇なので少しふて腐れてるみたいです。
 一方、大きな戦いが迫っているとは露ほども知らない艦娘達はお正月にバレンタインと別の意味で大忙しです。
 
 まあ、気持ちはわからなくもないのですが……。


 次章、艦隊これくしょん『想いと思惑の受難曲(パッション)
 
 お楽しみに。


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第十四章 想いと思惑の受難曲《パッション》
第百三十六話 新・天号作戦


ゴールデンウィーク、ありませんでした!仕事でした!
と、言う訳でギリギリになってしまいましたが、十四章の投稿を開始します(・∀・)


 

 

 

 紫印円満中将。

 

 戦時中、最も活躍した提督は誰かとなった場合、真っ先に名前が挙がるのが彼女である。

 

 彼女は正化二十四年にわずか十歳で二代目満潮として横須賀鎮守府に着任し、正化31年に任期の満了をもって提督補佐として横須賀鎮守府に再着任した。

 

 そのわずか一年半後の平成二年。

 先代横須賀鎮守府司令長官が元帥に昇進するのと時をほぼ同じくして少将に昇進。二代目横須賀鎮守府司令長官となった。

 

 彼女が司令長官に昇格すると同時に始まった過剰なまでのメディア露出のせいで、当時は『元帥の愛人』や『お飾り提督』など、彼女を誹謗中傷する言葉がネット上を飛び回った。(しかし一方で、可憐な容姿のせいか一定数のファンは獲得しいていた)

 

 彼女が提督として初めて一般から評価されたのは、平成三年に彼女が立案、陣頭指揮を執った敵南方艦隊迎撃作戦。通称『捷一号作戦』後である。

 

 米軍の協力はあったにしろ、彼女は自軍の3倍以上の戦力で攻めてきた敵南方艦隊を犠牲を出しながらも見事撃退し、米軍による南方中枢撃破にも多大な貢献を果たした。

 

 その情報が一般に知らされた当初は海軍によるプロパガンダではないかと疑われもしたが、その噂は後の『欧州遠征』、そして人類と深海棲艦の戦争に終止符を打った欧州棲姫討伐作戦。通称『新・天一号作戦』の成功をもって払拭された。

 

 

 ~艦娘型録~

 歴代鎮守府司令長官。紫印円満中将の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 聴いてて苦痛な話題ってあるじゃない?

 人によってウザいと感じる話題は色々あると思うけど、大多数の人がウザがってイラつくのは自慢話じゃないかしら。

 例えば……。

 

 「バ、バニーガール姿で執務ですと!?」

 「そうだ。胸のサイズこそ貴様の嫁には劣るが、バニーガール姿になったうちの嫁は脚線美をこれでもかと強調されてエロさよりも美しさを感じてしまったよ」

 

 今現在、地下の第三会議室で先生と佐世保提督が人目もはばからずに繰り広げている嫁自慢もそれに含まれるわね。

 会議が終わったから気が抜けたんでしょうけど、まだ全員この場に居るんだから少しは遠慮しなさいよ。

 

 「うちの扶桑も負けていませんぞ。ついこの間など、学生時代のセーラー服を引っ張り出して着てくれたのですからな」

 「うちの嫁はセーラー服姿が普通だが?」

 「わかっておられませんな元帥殿。普段は着てないから良いんじゃないですか!しかも!学生時代よりも艶やかに育った扶桑にとって当時のセーラー服はサイズが小さく、普通に着ているだけなのにマンガやアニメのように現実味のないエロさが醸し出されるのですよ!」

 

 佐世保提督の熱弁で先生が「な、なるほど、一理ある」とか言って納得しちゃったから佐世保提督の後ろにいる扶桑に視線を移すと、扶桑は伏せていてもわかるくらい顔を真っ赤にしてプルプルと小刻みに震えてた。

 きっと夫婦間の秘め事を大勢の前で暴露されて恥ずかしいんでしょうね。

 大淀がこの場に居たら同じような反応をしてたかも。

 

 「あの~提督」

 「ん?何?大和」

 「もう下がってもよろしいですか?」

 

 今回の会議の主役とも言える役回り(と言っても主に話したのは窮奇)をしてくれた大和が、呆れ半分苛立ち半分って感じの顔をして出て行きたい旨を伝えてきた。

 呆れてるのは先生と佐世保提督の嫁自慢に対するモノとして、苛立ってるのもそうなのかしら。

 これから個人的に話したいことがあったのに誘いづらい空気をこれでもかと醸し出してるわ。

 

 「もう少しだけ時間をくれない?場所を移して話したい事があるのよ」

 「私とですか?」

 「そう、アンタと」

 

 今のセリフで、大和が苛立ってる原因がなんとなくわかった。

 たぶん大和は、会議の場に呼ばれはしたものの、用があったのは自分ではなく窮奇だったことに臍を曲げてるんだわ。

 気持ちはわからなくもないけど……。

 今回の海外艦も交えての会議は後の欧州遠征、延いては欧州中枢攻略するために必要な情報を窮奇から聞き出す事が目的の一つだったんだから、その情報を知らない大和には涙を飲んでもらうしかないわね。

 

 「会議での事をフォローするって訳じゃないけど、この話のメインはアンタよ」

 「私がメイン……。ならばお聞きします」

 

 最近わかってきたことだけど、大和は意外とプライドが高い。

 それは育ちのせいもあるんでしょうし、大和本人が一般人と比べるのも馬鹿らしくなるくらいの才媛だってことも手伝ってるんだと思う。

 実際、大和は言動が破天荒ではあるものの教養はあるし頭の回転も早い。澪や矢矧なんかが大和の言動を理解できないのは、大和の思考の早さについていけてないだけだと私は分析するわ。

 

 「ちょっと待って頂きたい!お二人ともご自分の嫁こそが最高と言わんばかりだが、俺の嫁であるエマも負けないくらい最高だ!」

 「ほう?ポッと出の貴様が円満を語るか。ならば聞いてやろう。貴様は円満のどこが最高だと言うんだ?」

 

 なんか、大和と話してる間に先生と佐世保提督の嫁自慢にヘンケンが参戦してるんですけど?しかも、籍も入れてないのに嫁にされてるし。

 

 「パンツ一丁でTシャツ。しかもシャツの裾で股間を隠す円満。これに比べたら、バニーガールとかセーラー服などの余計なオプションがなければ魅力を増せない貴方方の嫁など足元にも及ばない」

 「ちょ、ちょっとヘンケン!」

 「なんだエマ。俺は今大事な話をしているんだから君は黙っていてくれ」

 

 キリッ!とでも聞こえてきそうなほどいい顔でヘンケンはそう言ったけど、ヘンケンと満潮にしか見せたことがないプライベートの痴態を大勢の前で暴露されて黙っていられる訳ないでしょ!

 

 「なるほど。確かに至高の一つと言えなくもない」

 「同感です元帥殿。叩けば折れそうなほど華奢で子供と見間違えそうになるほど愛らしい紫印提督がそんな格好をすれば大半の男は心を奪われるるでしょう」

 

 誉められてるはずなのに欠片も嬉しくないんですが?

 と言うか、今回の会議でも散々敵に回ってくれた佐世保提督に愛らしいとか言われるのが妙に気持ち悪く感じるわ。

 

 「だが、まだまだ。いや、君はあまりも若い!若すぎる!」

 「な……!それはどういう意味だ!」

 「始めに言っておくが、コレばかりは経験がモノを言う。君と円満のように経験がない者同士にはハードルが高いのも、思い付きもしないのも承知している」

 

 ちょっと先生、どうして私とヘンケンが未経験だってこの場でバラした? 

 そりゃあ今更よ?

 私たち二人が処女と童貞のカップルだって事は周知の事実でしょうよ。でもみんな、知ってはいてもそこら辺を突っ込んで確認したりはしなかったのよ?

 それなのに大声でバラすもんだから、みんなから憐憫の眼差しをこれでもかと浴びせられることになちゃったじゃない!

 

 「男女が深い仲になって初めて実現する究極のコスプレ。その名も、『裸Yシャツ』だ!」

 

 渋い声で宣言でもするようにそう言った先生の背後に稲妻が走ったような気がした。

 いや、そう錯覚しただけか。

 海軍元帥である先生がクソ真面目な顔して「裸Yシャツだ!」なんて言った事実が信じられなくてショックを受けたのよ。

 それは私だけじゃない。

 ショックを受けてないのは先生と、その隣で腕を組んで「もちろん男物ですな。わかります」とか言って感涙までしてる佐世保提督くらいよ。

 他のみんなは心底呆れたような顔をしてるし、ヘンケンなんか膝から崩れ落ちちゃったわ。

 

 「俺の……完敗だ」

 「は?」

 「すまないエマ。あの時の君は素晴らしかったが、裸Yシャツには敵わない」

 

 ちょっと何言ってるかわかんない。

 先生と佐世保提督が彼の肩に手を添えながら「その内君もお目にかかれるさ」とか言って励ましてるのも意味分かんない。

 ただ一つわかるのは、男ってのは私が考えてた以上に馬鹿なんだって事くらいね。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 大会後の会議の内容が知りたい?

 知りたいって言われても、私は入院しててあの会議に出席してないから詳しくは知らないわ。って言うか、知ってても教えられる訳ないでしょ?

 

 え?欧州への遠征に関する会議じゃなかったのかって? 

 それは間違いないと思うわよ?

 たぶんあの場で、ノルウェー海のど真ん中にいた欧州中枢を攻略するための作戦を円満さんが欧州艦達とすり合わせしてたんだと思う。

 

 でも私は会議の内容よりも、その日の晩にお見舞いに来てくれた円満さんが言った「男って馬鹿ばっかり」ってセリフの方が気になるわね。

 

 いったいあの日、会議の場でどんな話があったのかしら。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「よろしかったのですか?提督」

 「辰見さんと恵を残してるから平気よ。それより悪かったわね大和。気分悪かったでしょ?」

 「いえそんなことは……」

 

 ありません。

 とは、精根尽き果てたという様子で執務室のソファーに腰掛けた提督には言えませんでした。

 いや、私が不満に思っているのは我が儘みたいなモノなのですから、あの面子相手に臆することなく自分の考えを披露し、佐世保提督や大湊提督に反対されながらも理詰めで納得させたこの人に文句を言ってはなりません。

 

 「お茶でも淹れましょうか?」

 「お願いしようかな。ああそうだ、給湯室の冷蔵庫の奥に間宮羊羹が隠してあるからそれも出してくれない?糖分を補給したいわ」

 「わかりました。では少々お待ちください」

 

 そう言い残して給湯室でお茶を淹れ始めたのですが、私が給湯室に入ると張りつめていた提督の気配が弛みました。ボソボソと何やら独り言を言ってるのも聞こえます。

 もしこの場に居るのが私ではなく満潮教官だったなら、提督は思いっきり甘えるなどして憂さを晴らしたのでしょうか。

 

 「お待たせしました。羊羹は二切れで良かったですか?」

 「良いけど……。一切れがデカくない?」

 「そうですか?四等分したらこうなったんですが……」

 「いやいや、普通一切れって言ったら15~20mmくらいでしょ。一棹の四分の一を一切れって言い張るのなんてアンタくらいよ?」

 

 ふむ、確かにその位の大きさで切るのが一般的なようですが、我が大和家の一切れはこの大きさです。

 個人的は一棹を一切れと言い張りたいくらいですよ。

 ですが、お顔が引き攣っているのを見る限り、提督からすれば量が多いようなので……。

 

 「切り直してきましょうか?」

 「そこまでしなくて良い。一切れあげるから食べて」

 「はい喜んで」

 

 正に棚からぼた餅。

 二切れでは食い足りないと思っていたから僥倖です。これも私の日頃の行いが良い証拠ですね。

 

 「美味しそうに食べるわね。見てるだけで胸焼けがしてくるわ」

 「なら、その一切れも頂きましょうか?」

 「一棹丸々食う気か。いくら艦娘だからって食べ過ぎれば太るわよ?」

 「それなら大丈夫です。食べ過ぎて大きくなったのは身長と胸だけですから」

 「あ?」

 

 おっと、提督に胸の話は禁句なのをすっかり忘れていました。愛らしいお顔をこれでもかと歪ませて睨んできてます。

 ここは私への話を促して怒りを静めてもらいましょう。

 

 「ところで提督。お話とは何なのですか?」

 「ああ、すっかり忘れてた。話ってのは、来年度に編成予定の艦隊の旗艦をアンタにやってもらいたいのよ」

 「新編成の艦隊旗艦を私に……ですか?」

 「ええ、各提督の説得や異動の手続きとかはまだだけど、昨日のメンバーで艦隊を組もうと考えてるわ」

 

 昨日のメンバーと言うことは、かつての私が最後を共にしたメンバーと言うこと。

 どうやら提督は、私が無理を押して敵艦隊を撃滅した理由をわかってくれたみたいですね。

 ですが、一つだけ注文をつけたいです。

 

 「冬月もメンバーに加えてください」

 「そう来ると思ってたわ。でも残念なことに、冬月は今年いっぱいで退役が決まっているの。次の冬月が決まるまで不可能よ」

 「そう、ですか……」

 

 ならば仕方ありませんね。

 辞めるつもりの者を無理に引き留めても良い事にはなりません。ここは大人しく、次の冬月が着任するのを待ちましょう。

 

 「それと編成後、特別なコーチをつけて艦隊自体の練度を高めたいと考えてる」

 「特別なコーチですか?」

  「ええ。私の予想ではアンタ達は敵陣のど真ん中に斬り込む事になる。だから対空、対艦など全てにおいて並以上になってもらう必要があるからね」

 

 ふむ、提督はどのような戦況を予想しているかまではわかりませんが言っている事は理解できます。

 特に私の役割を考えれば、欧州中枢の更に奥へと進む必要がありますからね。

 でもそれなら……。

 

 「『波動砲』で吹き飛ばせば良いのではないですか」

 「おバカ。会議で窮奇が「穴の中はどうなっているかわからない」って言ってたでしょ?その中に入るために、一発撃ったらほとんど行動不能になる『波動砲』を頼りに突入する気なの?」

 「でも手っ取り早いですし……」

 

 ダメなのでしょうか。

 私は至極真面目に言っているのに、提督は「これだから戦艦は……」と言って頭を抱えてしまいました。

 それに、突入した後の事は突入した後に考えればいいのです。

 あ、『穴』と言えば……。

 

 「窮奇の話を聴いていて疑問に思ったのですが、残りの二つはどうするのですか?」

 「残りの二つ?」

 「ええ、各中枢は『穴』を通ってこちらに来たと窮奇は言っていましたよね?ならば『穴』は各中枢に一つづつ。計三つ有るのでは?」

 

 それなのに、会議では欧州中枢の『穴』さえ塞げば解決みたいな雰囲気で進んでいました。

 それとも、ハワイ島中枢と南方中枢の『穴』は塞いじゃったんでしょうか。

 

 「呆れた。窮奇は本当に何も教えてないのね……」

 「と、言いますと?」

 「他の出席者には書類で予め教えておいたんだけど……」

 

 提督曰く、『穴』と仮称されているモノは正確には一つしかないそうです。にも関わらず、およそ十数年前に三カ所同時に開いた『穴』から中枢が出現しました。

 これは『穴』が三つ叉の矛のような形状をしているかららしく、両脇の枝道とも言える二つは中枢の出現と同時に閉じ、残りの本道だけが今も存在しているのだと言うことです。

 そしてこれが、欧州連合の戦力を持ってしても欧州中枢を打倒できない理由だとも。

 

 「欧州中枢の役割は『調整』。つまり、単純に言えば虐殺よ。しかもその規模は億単位って話だから、当然必要な戦力も他の二つより多く必要になる」

 「だから、『穴』は欧州中枢の元に有る訳ですね」

 「そういう事。『穴』ってのは、窮奇が言うところの『むこう側』からエネルギー的なモノを受け取るための補給路でもあるわけ。実際、欧州連合は何度か中枢の首元まで迫った事があるんだけど、あと一歩言うところで全回されちゃったそうよ」

 「全回?」

 「そう、全回。全回復。中枢自身のダメージはもちろん、犠牲を出しつつ削った艦隊までもね」

 

 なるほど、それで会議の内容が中枢を如何に撃破するより、如何に突破して『穴』に到るかに傾倒していたのですね。

 今聞いた話が本当なら『穴』を塞がない限り不毛な消耗戦が続くだけ、イタチごっこの繰り返しですもの。

 

 「だから世界連合とも言える規模の軍を囮に使い、私たちを突入させるわけですね」

 「ええそうよ。囮は派手であればあるほど良いからね」

 

 そう言った提督の瞳は少し揺らいでいました。

 対欧州中枢戦の主導は欧州連合ですが、それでも艦娘、軍艦、航空機隊を合わせれば十数万にも及ぶ人の命を囮として使うことに提督は恐怖しているのでしょう。

 彼女が感じている恐怖に比べたら、ただ戦えば良いだけの私たちの恐怖などちっぽけなモノなのでしょう。

 それを包み隠し、決意表明でもするかのように提督はこう続けました。

 

 「失われた過去の作戦名にあやかって、この突入作戦を『新・天号作戦』と命名します」と。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 ええ、まるで過去にリベンジしなさいと言われたような気分でした。

 

 あの時のアレが新・天号作戦だったのか?

 確かにそうですが、ノルウェー海戦で私たちが突撃したのは正確には『二号作戦』です。

 

 一般的に有名な一号作戦はリグリア海戦でワダツミごと突撃した時ですね。

 

 はい。

 お察しの通り、提督は最後のあの状況さえ予測していたんです。

 

 提督は「たまたまそうなっただけ」と謙遜していましたが、初めから提督の本命は二号作戦ではなく一号作戦だったのでしょう。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。 

 



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第百三十七話 もう少し歳を重ねればわかりますよ

 

 

 

 

 

 

 クリスマスとは、イエス・キリストの誕生を祝う祭であり、降誕祭ともいう。

 それと勘違いされがちだけど、クリスマスはあくまで誕生を祝う日であってイエス・キリストの誕生日じゃないの。

 まあ、日本じゃ性なる夜とか揶揄されてるくらいだから関係ないか。

 

 「関係ないのは私も一緒か……」

 

 今年はガチのキリスト教徒もいる海外艦を招いている関係もあって、鎮守府内に教会を急造して本場のクリスマス行事が開催されている。(各宗派の小競り合いは見なかったことにする)

 だから提督である私もまったくの無関係ってわけじゃないんだけど、私は仏教徒だからガチなのは遠慮させてくれと言い訳し、澪を生贄に捧げて上手くエスケープすることができた。

 そんな私は今、辰見さんと長門、鳳翔さんが毎年自腹を切って開いているクリスマスパーティーに八駆の子達と一緒に参加する前に満潮が用意してくれたお摘まみ(クリマスver)が載せられたテーブルの前で正座待機してるわ。

 

 「澪はミサ。恵はムツリムの集会。桜子さんは入院中。そして満潮はパーティーのあと八駆の部屋でお泊まり……」

 

 更に予想外の第三者による介入を回避するために、性なる夜を過ごす場所は自室を選択した。

 これで邪魔が入る余地はない……はず。

 いや、弱気になっちゃダメよ私!

 

 「格好だって気合い入れてるんだから!」

 

 私がチョイスした衣装はサンタガール&下着は18禁と銘打たれていても良いくらい挑発的な奴。

 艦娘時代に恵の口車に乗せられて買った物だからサイズが不安だったけどすんなり着れたわ。しかも身長があの頃より伸びてるせいで図らずもミニスカサンタになったしね。胸が全くキツくないのに少しだけ悲しくなったなぁ……。

 

 

 「それにお酒もバッチリ!」

 

 今夜のために取り寄せたのは『獺祭 磨き二割三分 発砲濁り酒』。

 720mlで7000円オーバーするお高いお酒だけど、一万円オーバーがざらなシャンパンよりはマシな気がするわ。

 それに、先生はあまり好きじゃないみたいだけど味も私好み。

 綺麗な甘味と泡立つ炭酸が爽やかな美味しさは男性には物足りないかもしれないけど女性ウケは良いはずよ。

 

 「更に布団もOK!」

 

 どのタイミングでその気になっても良いようにお風呂も沸かしてるし布団も敷いてる。万が一の妊娠に備えて避妊具&避妊薬も完備!さらにさらに、連戦時のエネルギー補給のために各種栄養ドリンクと精力剤も箱買いしてきたわ。

 

 「よし!準備に抜かりはない!」

 

 満潮には「円満さんは色恋が絡むとアホになる」ってよく馬鹿にされるけど、先の先まで見据えた準備をする私は正に提督の鑑と言っても良いわね。

 

 「なんならヘンケン来訪、即夜戦開始でも良いくらいだわ」

 

 いや、そうなるかしら?

 容姿にはそれなりに自信があるし、それプラス今日は「さあ抱け!」と宣言しているような格好。

 私を見た途端、ただでさえ今日の事を妄想してムラムラしてるはずのヘンケンがガー!って襲い掛かってくる可能性は高い。

 そしてそれは私も同じ。

 今時点で変に汗ばんでるし、夜戦時の妄想……もといシミュレーションを常にしてるせいで受け入れ体勢も万端になってる。ハッキリ言って前戯なんていらないくらいよ。

 

 「ん?待てよ?」

 

 しまった……私としたことが肝心要の物を用意してなかった。

 それはクリスマスプレゼント。

 これだけ準備したんだから、今夜この部屋で過ごす事自体がプレゼントと言えなくもないけど個人的にはプレゼントは別で贈りたい。

 でもどうする?

 今から鎮守府の外に買いに行くにしても、ヘンケンが来るまでに戻ってこられる可能性は皆無。かと言って、部屋の中に男性への贈り物に適した物は皆無。

 いや、一つだけあった。

 男性への贈り物にバッチリで、かつ私も同時に悦べるモノが。

 

 「たしか、満潮がラッピング用のリボンを買いすぎたって言ってた気がする」

 

 あった。

 部屋を軽く見渡しただけで、ビニール袋に入った大量のリボンを見つけることが出来たわ。

 後はこれを……。

 

 「楽しみにしててね、ヘンケン。人生で一番思い出深いクリスマスにしてあげるから」

 

 感涙して理性が吹き飛ぶであろうヘンケンを想像しながら、私は服を脱いでリボンを身体に巻き始めた。

 「私がクリスマスプレゼントよ」と、言うために。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 満潮教官から聞いてはいたのですが、あの提督に限ってそんな事はないと思っていました。

 たしかに彼女は胸の話題になると発狂に近い取り乱し方をする人ではあったのですが、私も身長の事を言われると似たようなものでしたので、コンプレックスに関わることなら仕方がないのかなと理解していました。

 

 ですが、アレは今だに理解できません。

 いくら提督の恋愛経験が貧弱だったと言ってもアレはおかしいです。狂ってるどころかバグってましたよ。

 

 あれは、クリスマスの雰囲気に馴染むことができずにふらふらと一人でお散歩をしている最中、憲兵さんに連行されそうになっていたヘンケンさんと遭遇したあと。

 

 伝言を頼まれて提督の部屋に行ったときのことです。

 まさか、()()もあの格好を見ることになるとは夢にも思っていませんでした。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「いっそ殺して……」

 「あ~……はい。気持ちはわからなくもないです……」

 

 正直に言うとわかりません。

 いえ、この痴態を見られて死にたくなる気持ちはわかるのですが、どうしてそんな痴態を晒そうと考えたのかが全くわかりません。

 

 「すみません……。ノックをするべきだったのでしょうが、あの物音と悲鳴を聴いてしまったので……」

 「うん、それは咎めないわ。ハッキリ言って自業自得だし」

 

 提督が今どんな状態かと言いますと、存在自体が18禁なのでは?と言いたくなるくらいスケスケで際どいピンク色の下着を身に着けた全身にリボンを簀巻きと言っても過言ではないほど巻きつけ、私の足元に転がって何かを諦めたような瞳から涙を滝のように流しています。

 コレたぶん、()()()と同じで自分で巻いたんですよね?それで動けなくなって転び、思わず悲鳴を上げてしまったのでしょう。

 転ぶ物音とその短い悲鳴を聞いて、提督の身に何か起きたんだと思って踏み込んだのは色んな意味で失敗でした。

 

 「え~っと、取り敢えず解きましょうか?」

 「お願い……」

 

 そこからはお互いに無言でした。

 私は何も言わず……いえ、かける言葉を見つけられずに黙々とリボンを解き、リボンから解放された提督はのろのろと立ち上がって脱ぎ捨ててあったサンタの衣装を着始めました。

 それはそうと、リボンを解いている最中にふと思ったのですが、提督って本当に綺麗な身体をしていますね。

 肌はきめ細やかで色が白く、痩せているのに最低限の肉はついているようでモチモチとして非常に触り心地が良かったです。

 

 「もう少し触っておけば良かったですね」

 「何をよ。もしかして私の身体?」

 「はい♪とても良い触り心地でした♪」

 

 あら?誉めたのに提督的には嬉しくなかったのか、自身の両手で体を抱き締めて私から距離を取ろうとしています。

 まるで、私に襲われるのを警戒しているかのように。

 

 「あの~……提督?どうして距離を取ってるんですか?」

 「だって襲われるもん!薄い本的なことされそうだもん!」

 

 ふむ、どうやら変な勘違いをされているようですね。

 たしかに私は下手な男性よりよほど上手く女性を悦ばせられる自信がありますが、私は別に同性愛者ではありません。女性の身体を弄くり回すのが好きなだけなのです。

 故に提督の心配は杞憂。

 求められれば気分次第でお相手しますが、嫌がる相手には手を出しません。たぶん。

 

 「だいたい、こんな時間に何の用よ。満潮なら八駆の子達と一緒にクリスマスパーティーに行ってるわよ?」

 「あ、提督の醜態を見たせいですっかり忘れてました。私はヘンケン提督の伝言を伝えに来たんです」

 「ヘンケンの?でもなんでアンタに伝言を……」

 「彼が憲兵さんに連行された現場にたまたま居合わせたからです」

 「はぁ!?連行された!?なんで!?」

 「それは恐らく……」

 

 私は仰天している提督にその時の事を話し始めました。

 すると、提督は最初現実を受け止めきれなかったのかポカンとし、話が進むに連れて泣きだしそうなほど顔を歪め、話が終わる頃には絶望しきっていました。

 まあ、恋人が自分と同じように身体にリボンを巻き付けて、更に憲兵さんに連行されたという話を聴いたらそうなりますよね。

 もっとも、二度もあんな格好を見せつけられた私は別の意味で絶望しましたけど。

 

 「だ、大丈夫……ですか?」

 「大丈夫そうに見える?」

 「いえ……見えません」

 

 だって肩を落としてちゃぶ台の前に座った提督は、上にある美味しそうな夕食をハイライトがオフになった瞳でひたすら見つめていますもの。

 

 「それで、ヘンケンは何て?」

 「え~っとたしか「エマに伝えてくれ!俺は必ず行く!だから待っていてくれと!」と仰ってました」

 

 憲兵さんに「黙れこの変態が!」とか「わいせつ物陳列罪で逮捕だ変態!」などと言われながらでしたけどね。

 で、伝言を聴いた提督はと言いますと、何故か嬉しそうに微笑んでます。

 身体にリボンを巻いたガチムキの変態に待っていてと言われて嬉しがるなんて、控え目に言って頭おかしいんじゃないでしょうか。

 あ、でも……。

 

 「提督も変態でしたね」

 「誰が変態だ。解体するわよ?」

 

 おっと、自覚無しですか。

 いくら恋人に見せるためとは言え、自身の身体にリボンを巻き付けるなんて十分変態と言えますよ?

 まあ、解体されると困るので言いはしませんけど。

 

 「じゃあ用は済んだでしょ?私はこれからヤケ酒するから出てって」

 「ここにいちゃ……ダメですか?」

 「はぁ?せっかくのクリスマスなんだから楽しんできなさいよ。あんまりこういうことは言いたくないけど、楽しめるのは今のうちだけよ?」

 「それはわかっているのですが……」

 

 私だって最初は楽しもうと思いました。

 実際ご主人さまがパーティーに誘ってくださったので最初の内は参加していましたもの。

 でも、艦娘達の楽しんでいる光景を見ているうちに居づらくなったんです。何故か私は、この場にいちゃいけないと思えてしまったんです。

 その結果、ヘンケン提督逮捕の現場に遭遇し、提督の醜態を目撃する事にもなったんです。

 

 「……まあ良いわ。じゃあ私の相手をしてもらうけど構わないわね?」

 「このお料理を食べて良いならお付き合いします」

 「いや、アンタそう言いながらもう食べてるじゃない」

 

 なんと、いつの間にか私は懐からマイ箸を取りだしてお料理を口に運んでいました。

 ですがそれも無理からぬこと。

 こんな美味しそうなお料理を目の前にして我慢しろなど拷問です。故に、私は無意識に手を出したんだと思います。

 だからけっして食い意地が張っている訳ではありません。

 

 「あ、そうだ。アンタ、いつ帰るの?」

 「いつ帰るも何も、今お相手を始めたばかりですよ?」

 「そっちじゃなくて、アンタの里帰りの話よ。正月に帰るんでしょ?」

 「里帰りですか?いえ、そんな予定はありません」

 

 里帰りとはお正月などによくある帰省の事ですよね?

 ですが、艦娘は戸籍を抹消されていますので里帰りどころか家族への連絡も許されなかったはずです。

 それなのに、何処から私が里帰りするなんて話が出てきたのでしょうか。

 

 「あれ?先せ……じゃない。元帥閣下から、「大和が里帰りするから予定を開けておいてやってくれ」って言われたんだけど……」

 「あのぉ~そもそも私、あの人と直接連絡が取れないのですが……」

 「それもそうよね。って事は、あの人ったらま~た肝心な部分を言い忘れたわね」

 

 などと呆れながら、提督はスマホを取りだして「ちょっと待ってて」と言い、何処かへ電話をかけ始めました。話の流れ的に元帥さんでしょうか。

 

 「あ、夜分遅くに申し訳ありません。大和の里帰りの事で確認したいことが……。え?明日改めて言うつもりだった?」

 

 ふむふむ。

 元帥さんの声はさすがに聞こえませんが、提督のリアクションから推察するにどうやら私の里帰りは軍からの命令みたいですね。

 名目上は『元総理との面会』だそうなので、元帥さん経由で私を里帰りさせようとしているのはお祖父さまでしょう。

 

 「わかりました。そのように手配致します。え?ヘンケンですか?彼なら……。いえいえ!ここにはいません!今は大和と一緒です!」

 

 ヘンケン提督なら今頃檻の中……は、どうでも良いですね。

 それよりも、お祖父さまは私に何の用があるのでしょうか。いや、用がなくても思いつきで帰らせようとしている可能性もあります。

 今は介護の関係で旅館の方で寝泊まりしているらしいですが、なにせあの人は「尻が撫でたくなった」とか「乳に挟まれたくなった」などのくだらない理由で山奥の家まで私を呼びつけていた人ですから。

 

 「はぁ……。疲れた……」

 「根掘り葉掘り聞かれたんですか?」

 「ええ、「ヘンケンとキスはしたのか?」とか「クリスマスだからと言って羽目を外しすぎるなよ」とか、酷いのになると「避妊はミスるなよ」なんて言われたわ」

 「ふふふ♪良いお父様じゃないですか」

 「いやいや、夜の性活にまで口出すなんて干渉しすぎでしょ。私って孤児だから知らないけど、実際の親もこんなに干渉してくるの?」

 「さあ?どうなんでしょう?でも……」

 

 私のお父様は旅館の番頭を務めていますが婿養子なせいか発言力が弱く、女将であるお母様とお祖父さまに頭が上がりません。

 故に、お祖父さまに溺愛されている私の行動にも余程の事がない限り口を挟みませんし、お説教の類もされたことがありません。

 ですが、私が何かする度に一番心配してくれるのはお父様でしたし、艦娘になると伝えた時に一番反対したのもお父様です。

 もっともその時は、お母様が私宛の請求書や私が艦娘にならずに旅館に留まった場合の金銭的なリスクと私が艦娘になって家を空ける場合のメリットを天秤にかけた結果をお父様に話して納得させちゃいましたけど。

 でもまあ、お父様はお母様がそんな打算的な言い訳をしてまで艦娘になる許可を私に出したんだと気づいていたから、渋々ながらも納得してくれたのでしょう。

 だからと言うわけではないですが……。

 

 「父親って、そんなものなんじゃないでしょうか」

 「ふぅん……」

 

 納得したのかそれともできていないのかわかりませんが、提督は少し頬を赤らめてお酒が注がれたグラスを口に運びました。

 この人は孤児だというお話なので、イマイチ親という存在が想像しきれないのでしょうね。

 子供の頃の私もそうでした。

 お母様とお父様のところに預けられてほどなく、養子だと知ってしまった時の私も実の親が本当はどんなものなのか想像しきれませんでした。

 ですが一緒に過ごす内に、私は血の繋がりのない私を実の子のように育ててくださったお父様とお母様のことを尊敬し、愛するようになっていきました。

 だから、きっとこの人も……。

 

 「もう少し歳を重ねればわかりますよ」

 

 と、私は怪訝な顔をする今の私よりも一つ年上の提督に見守るように言いました。



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第百三十八話 あの子のために生きても良いのでしょうか

 

 

 

 

 あと数日もすれば大晦日ですね。

 年越しの夜のことを除夜(じょや)とも言い、かつては除夜は年神を迎えるために一晩中起きている習わしがあって、この夜に早く寝ると白髪になる、皺が寄るとかいった俗信があったそうです。

 

 そんな大晦日には様々な年越しの行事が行われます。

 代表的なものでは年越し蕎麦、除夜の鐘、二年参り、お雑煮、などがあります。

 昨今でも上記のものは一般的ですね。

 詳しくは知りませんが、最近の若い人はテレビを見ながら年越し蕎麦を食べ、除夜の鐘を聴いて二年参りに出掛けるというコースが多いのではないでしょうか。

 と言う話を、あずき色のジャージ姿で掃除をしている八駆の四人に話したのですが……。

 

 「大和さんって物知りだね~」

 「ちょぉ~っと年寄り臭いけどねぇ」

 「最近の若い人とか言ってるしね」

 

 誉めてくれた大潮ちゃんは良いとして、さり気に教官と荒潮ちゃんが私をディスっていますが私は若いです。ナウなヤングです。

 実際、身体の年齢はピチピチの十代ですからね。

 中身はまあ……艦だった頃から計算すれば、ぶっちゃけ還暦なんかとっくに過ぎて傘寿間近です。あれ?超えてましたっけ?

 歳を取ると自分の年齢がパッと出てこないから困りもの……。

 

 「いやいや!私は若いですから!」

 「そうは言うけど、若い割に服装が所帯じみてるじゃない」

 「言われてみると主婦っぽいね」

 「団地妻って言葉がピッタリねぇ」

 

 これは似合ってると言われているのでしょうか。それとも逆なのでしょうか。

 個人的には、年末恒例の大掃除を交友関係の深い子が二人いる第八駆逐隊と共に執務室を担当してくれと言われたので、茶色のセーターに白のスラックスという動きやすい格好をしてきたつもりなのに、窓を拭いている教官に所帯じみてると蔑んだような視線と一緒に言われ、執務机を掃除するフリして漁っている大潮ちゃんと荒潮ちゃんには人妻認定までされてしまいました。

 以前、鳳翔さんにも似たような事を言われましたが、私ってそんなに人妻っぽいんですかね?

 

 「みなさん!今は大事な任務中なのに無駄口が多すぎますよ!」

 

 おっと、私たちが手も動かさずに口だけ動かしていることに、掃き掃除をしていたご主人さまが憤慨なさっています。

 右手に持った箒を槍のように立てて左手は腰に当て、プンプン!と聞こえてきそうな程怒っているご主人さまも愛らしいです。

 

 「気合入れすぎよ朝潮。私が普段から小まめに掃除してるんだからそんなに汚れてないでしょ?」

 「ダメです!今日は年に一度の大掃除ですよ?しかも、ここのお掃除は司令官直々のご命令。不手際があっては朝潮型駆逐艦の名に傷がつきます!」

 「あ~……うん。わかった。わかったから少し落ち着いて?」

 

 ご主人さまも立派になりましたね。

 今までは、他の三人に対して腰が引けていたご主人さまが満潮教官に臆さず反論して黙らせてしまいました。

 それに留まらず、ご主人さまの一喝は大潮ちゃんと荒潮ちゃんに「今日の朝潮ちゃんを怒らせるのはヤバい」と言わせて掃除に戻してしまいました。

 

 「大和さんもですよ?ボケーッとしてたらお尻ペンペンです!」

 「それはご褒美ですか?」

 「ご、ご褒美!?」

 

 おっと、つい本音が出てしまいました。

 ですが、思わず口に頬張りたくなるくらい細くて小さいご主人さまの手でお尻を叩かれるのをご褒美と思ってしまうのも仕方のない事だと思いません?

 

 「思いますよね?ね?教官」

 「アンタが何の同意を求めてるのかサッパリわかんないけどアンタが変態なのは良くわかった」

 

 ふむ、わかりませんか。

 どちらかと言うと、教官はペンペンする方が似合ってますし好きそうですものね。粗相をした提督のお尻をペンペンしてる光景が余裕で想像できるくらいに。

 

 「あ、あんな恐ろしくて痛い罰をご褒美だなんて……。流石は大和型戦艦ですね」

 

 はて?

 ご主人さまは過去にされたお尻ペンペンを思い出したのか両手でお尻を押さえて蹲り、更に目尻に涙まで浮かべて震えています。

 私もよく母にお尻を叩かれましたが、思い出しても怯えるなんてことはありません。もしかしてご主人さまは……。

 

 「ほら大和、手を動かさないとまた朝潮に叱られるわよ」

 「大和さん!照明をお掃除するので肩車してください!」

 「じゃあ私はぁ、お茶を淹れるついでに給湯室を掃除してくるわぁ」

 

 あらあら。

 ご主人さまの真面目っぷりに触発されたのか、三人とも急にやる気になりましたね……ってなる訳がありません。

 三人とも明らかに私の注意をご主人さまから逸らせようとしています。半ば無理矢理私の肩に乗った大潮ちゃんなんか冷や汗をダラダラ流してますし。

 

 「朝潮はゴミ捨てにでも行って来て。戻って来たら休憩しましょ」

 「で、でも……」

 「でもじゃない。これは執務室掃除隊旗艦である私からの命令なんだから素直に従いなさい」

 「わかりました……」

 

 教官は有無を言わさぬって感じの口調で命令しましたが、高圧的にではなく優しく諭すように言って、ゴミ箱と箒を交換して送り出しました。

 背中を丸めてゴミ箱を後生大事に抱えてトボトボと出て行ったご主人さまを追いかけたいですが……。

 

 「行っちゃダメよ。しばらく一人にしてあげて」

 「ですが教官……!」

 「あの子があんなに怯えた理由、アンタだって察しはついてんでしょ?」

 「はい……。じゃあやっぱり」

 

 ご主人さまは虐待されて育った。と言うことですよね。しかも、トラウマになるほどのお尻叩きを罰だと言ったということは、ご主人さまには虐待されていた自覚がない。

 

 「三人はどうやって気付いたんですか?」

 「気付くもクソもないわよ。たぶん、横須賀にいるほとんどの駆逐艦はあの子がどういう家庭環境で育ったか想像がついてるはずよ」

 

 どうして?

 ご主人さまに虐待されていた自覚がないのですから、話を聴いて察したという訳ではないはずですよね。

 それにほとんどの駆逐艦が知っているというのも気になります。どうして駆逐艦のみが、飼い犬である私ですら今気付いた事実を知って……。

 

 「あ、お風呂」

 「チッ、余計な事言うんじゃなかった」

 

 私と駆逐艦の待遇の決定的な違い。

 それはお風呂です。

 ここ横須賀鎮守府は、浴場が駆逐艦用と上位艦種用で別れているのです。そしてこれが、私ですら気付けなかった事実に駆逐艦たちが気付いた理由。

 つまり、ご主人さまの身体には……。

 

 「朝潮ちゃんの背中って、傷だらけなんだ……」

 「大潮!やめなさい!」

 「でもさミッチー。大和さんと朝潮ちゃんの関係を考えたら遅かれ早かれわかる事だよ?」

 「それでも……!」

 

 できることなら私に知って欲しくなかった。と、教官は仰りたかったのでしょうか。

 でも知られてしまったからにはとでも考えたのでしょう。箒をギュッと握り締めながら苦い顔をしてポツポツと話し始めました。

 

 「円満さんから聞いた限りでしか知らないけど、あの子が育った家庭環境は最悪の部類よ。親はクズの典型だし、アンタが察してるとおりあの子に虐待されてたって自覚はない。私みたいに孤児だった方が幸せだったかもしれないわ」

 

 やはりそうでしたか。

 ならば、以前ご主人さまが毎月送っていると仰っていた仕送りも、在り来たりですがギャンブルなどに注ぎ込まれているのでしょうね。

 

 「でも朝潮に言っちゃダメよ。もしあの子に「貴女は虐待されていた」とか言ったら怒るからね」

 「どうしてですか?」

 「親の助けになってるって事実が、あの子が艦娘として戦うモチベーションになってるからよ。もし真実を知っちゃったら、あの子は戦えなくなるかもしれないわ」

 「それならそれでかまわないのでは?」

 「はぁ!?アンタ……本気で言ってんの!?」

 

 もちろん本気で言っています。

 自分の子供を虐待し、あまつさえその子が命懸けで稼いでくるお金を当てにして呑気に平和を享受している親などクズ中のクズ。

 そんな者どもにあの子が寄生されているなんて私が我慢できませんし、あの子の将来のためにもなりません。

 

 「ちょっと出てきます」

 「で、出てくるってどこに行く気よ!まさか朝潮のとこ!?」

 

 当然です。

 と、教官に返しながら私は大潮ちゃんを肩から降ろし、追いすがる教官を無視して執務室を出ました。

 さて、問題はご主人さまが向かったはずのゴミ捨て場がどこかですが……。

 ご主人さまの匂いが寮の方に向かってるのであっちに行ってみましょう。

 

 「ここがゴミ捨て場……。でもご主人さまの姿が見当たりませんね」

 

 匂いを辿って着いたのは寮の裏。

 そこにあったゴミ捨て場にご主人さまの姿はありません。ここからいったい何処に……。ゴミの臭気が邪魔して上手くご主人さまの匂いが拾えません。

 

 (慰霊碑の方に行け)

 「慰霊碑ですか?」

 (そうだ。そこで体育座りをして海を眺めている)

 「どうしてそこまでわかるんですか?まるで見てるみたいじゃないですか」

 (偵察機を飛ばして探した。これくらいなら今の私にもできるからな)

 

 なるほど。

 工廠の方は大騒ぎになっているかもしれませんが助かりました。

 でもそうならそうで、ゴミ捨て場に到着する前に教えてくれても良かったですし、映像を私に見せてくれても良かったのではないですか?

 まさか窮奇は……。

 

 「落ち込んでるご主人さまを一人で愛でてるんじゃ……」

 (何の事だ?ゴミ箱を後生大事に抱えて体育座りをしているアサシオを上から眺めるのは最高だ。などとはけっして考えていないぞ)

 「それ、考えてますよね?」

 

 無駄に早口ですし、興奮しているのがこれでもかと伝わってきてますもの。

 私にも見せて欲しいですが、今はご主人さまの元へ行くのを優先しましょう。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 私が朝潮の境遇に気付いたのは大会の後だったかな。

 ええ、他の関わりが薄い駆逐艦でさえ気付いてた事に、私はそれまで全く気付けずにいたの。

 

 お風呂に一緒に入った事が無かったってのが最大の理由ね。

 いやほら、私って円満さんと同室だったから一々大浴場に行ったりしなかったのよ。

 

 ええ、退院してあの子たちに誘われて一緒に入浴した時はどんな反応をしていいかわからなかったわ。

 だって艦娘の傷は高速修復材で痕も残さずに治るのに、あの子の背中は傷だらけだったんだもの。

 

 あの子は「自分は悪い子ですから」とか言って自覚はなかったみたいだけど、あんなものを見たら孤児の私にだって虐待されてたんだって簡単に想像できる。

 

 だから、入浴後すぐに円満さんを問い詰めた。

 そしたら、円満さんはあの子の境遇とその時の状況を教えてくれたわ。

 

 まったく、今思いだしても胸くそ悪くなるしジャービスに偉そうな事を言ったことを恥ずかしく思うわ。

 

 子供を平気で捨てられる親がいるって身をもって知っていながら、虐待する親がいるなんてあの子の背中を見るまで想像すらしなかったんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「そんな格好でこんな所にいたら風邪を引いてしまいますよ?」

 「大和さん……。どうしてここが?」

 「ご主人さまの居場所なんて、私にかかればすぐにわかります」

 

 ご主人さまの横に腰を降ろしながら、私は半分嘘をつきました。でも半分は本当です。

 実際、ご主人さまがゴミ捨て場に寄っていなければ、窮奇の助けがなくても私は匂いを辿ってここに着けたのですから。

 

 「お掃除はどうしたんですか?サボったらお尻ペンペ……」

 「サボっている訳ではありません。ちゃんと、ご主人さまの残り香を回収するという掃除をしてここまで来たんですから」

 「私ってそんなにニオイがキツいですか!?」

 

 おっと、ご主人さまに有らぬ誤解をさせてしまいました。心配しなくてもご主人さまのニオイはキツくありません。むしろ優しい香りです。

 例えるならそうですね……。そう!お日様の香りとでも言えば良いのでしょうか。干したてのお布団みたいに、抱き締めてそのまま寝ちゃいたくなるようなニオイなのです。

 

 「だから寝ても良いですか?」

 「ここでですか!?ここで寝たら風邪引いちゃいますよ!?」

 「心配ご無用!ご主人さまで暖を取りながら寝るので平気です!」

 「あ~、それなら平気……ってならないですよ!抱かれる私は平気かもしれませんが大和さんが平気じゃありません!」

 

 まったくこの子は……。

 相変わらず自分の心配より人の心配をするのですね。

 そんな心優しいこの子がどうして不幸な目に遭うのですか?それとも、不幸な目に遭ってきたからこのような子になったのですか?

 

 「大和……さん?」

 「すみません。ご主人さまを見てたらしたくなりまして」

 

 私はご主人さまを抱き上げて、膝の上に座らせて抱き締めました。

 教官がこの子に真実を告げるなと言った理由が今ならわかる気がします。

 この子が真実を知った結果戦えなくなってもそれはそれで構わないと大口をたたいておきながら、自分よりも他人を優先するこの子を見ていたら言えなくなってしまったんです。

 

 「この戦争が終わったら、ご主人さまはどうするんですか?」

 「親元に戻ると思います」

 「どうしてですか?」

 「どうしてって……。戦争がいつ終わるかはわかりませんが、子供が親元暮らすのは普通では?」

 

 ええ、普通です。

 20も30も過ぎて親の脛を囓りながら生活するのは異常ですが、ご主人さまくらいの歳なら親の庇護を受けながら学校に通うのが普通でしょう。

 でも、この子の場合はそうはならない。

 きっとこの子は、親元に戻っても学校に通ったりすることなど考えていない。自分を傷つけるだけの親を養うために働くつもりなんじゃないでしょうか

 

 「そう言う大和さんはどうなさるんですか?」

 「私ですか?私は……」

 

 生きて戻るつもりは無い。

 と言ったら、この子がまた以前のような無茶をしかねませんので言いにくいですね。

 ここは嘘でも家業を継ぐつもりだと言うべきでしょうか。いや、この子は信じるでしょうが、私はこの子に嘘をつきたくない。

 例えこの子を危険な目に遭わせることになろうとも、この子にだけは誠実ありたい。

 

 「戻るつもりはありません。死なないと、私が今生きている意味が見つけられないのです」

 「生きている意味が見つけられない?」

 「ええそうです。私は、私がどうして今生きているのかわかりません。それを知るためには……」

 

 死ぬしか無い。

 『穴』を塞ぐために私の命を使ったその時に、私はきっとこの時にために生きてきたんだと実感できるはずなのです。

 でも、ご主人さまには少し難しかったようですね。

 お顔までは見えませんが頭を捻って何やら考えています。

 

 「生きている意味を知るために死んでしまったら、余計に生きている意味がわからなくなってしまいませんか?」

 「いえいえ、だから……」

 「それにですね。生きている意味なんていくらでも変わっちゃいます」

 「生きている意味が変わる?」

 「はい。例えば、今の私は両親のために生きていると言えます。でももう少し歳をとって結婚なりしたら、今度はそれが旦那様のためとか子供ために生きているに変わってしまうと思うんです」

 

 な、なるほど。

 言われてみれば確かに、理由なんてその時の状況でいくらでも変わってしまいますね。

 でもそれは、あくまで普通の人の場合であって私のような特殊な存在の場合は当て嵌まらないのでは?

 

 「以前、大和さんは私に「今度は守り続けると言えるようになっておけ」と仰いました。だから私はそうなれるように努力しています。それなのに、大和さんが死んでしまっては守り続ける事ができません」

 「それは……」

 

 そうなのですが、それを言ったのは私ではなく窮奇なんですよねぇ……。

 でも、ご主人さまの中では私が言ったことになっているようですので、言ってないと否定してしまったら嘘つきになってしまいます。 

 ならどうすれば?

 私は生きている意味を知るために是が非でも死ななければなりません。でもそうすると、ご主人さまに嘘をついた事になってしまいます。

 いったい、私はどうすれば……。

 

 (お前はそんな簡単な事もわからないのか?)

 「ええ、わかりません……」

 

 あ、窮奇が急に話しかけてきたせいでつい声に出してしまいました。

 会話が繋がっていないので、ご主人さまに首を傾げさせてしまいました。

 

 (生きてさえいれば、意味なんてその内わかるだろう。今考えるだけ無駄だ)

 「生きてさえいれば、意味なんてその内わかると思います。今考えたって詮無いだけです」

 

 セリフは若干違いますが、窮奇とご主人さまが打ち合わせでもしていたかのようにピッタリのタイミングで同じ事を言いました。

 そう言えば、以前鳳翔さんにも同じ事を言われた憶えがありますね。

 

 「私だって、両親のために生きているとは言いましたが、今はそれに大和さんが加わっています」

 「私が……ですか?」

 「はい。大和さんをお守りする。そのために私は今を生きて努力しています。大和さんは、私から生きている意味を奪うのですか?」

 

 こ、これはどう答えれば良いのでしょう。

 私が望みを叶えるためには死ななければならない。でもそうすると、ご主人さまの生きている意味を奪ってしまう事になります。

 あれ?と言うことはですよ?

 

 「ご主人さまの人生は私有りきですか?」

 「う~ん……。そう言えなくもないですが……」

 

 私がご主人さまの人生にとって必要不可欠。

 そう言われたら死ぬわけにはいかなくなります。

 自分の欲求を満たすために死ぬか。それともご主人さまのために生き続けるか。

 元が物である私からすれば、後者の方が断然生き甲斐を感じる気がします。

 

 「ご主人さまのために生きる。なんとも魅力的な生き方ですね」

 「ふふふ♪少しこそばゆいですが、大和さんが生きる糧になれるなら幸いです♪」

 

 そう言って立ち上がったご主人さまは、「じゃあお掃除に戻りましょう」と言って執務室へと歩き出しました。

 

 「小さいですね……」

 (それはアサシオの背丈か?それとも、お前自身か?)

 

 当然後者です。

 とまでは口に出しませんでしたが、窮奇は答えなど聞くまでもないといった感じでそれ以上何も言いませんでした。

 私は背丈も、秘めている力も、背負っている運命も役割もあの子よりも大きい。

 でも私は、人間としてはあの子よりもはるかに小さいです。

 もし私が、あの子と同じ境遇だったらあの子のように笑えません。あの子のように人を気遣うなんてできません。

 あの子のように、前向きに生きる自信なんてありません。

 

 「19年人として生きてきましたが、今日ほど人間の難しさを痛感した日はありません」

 

 私はお祖父さまの手で何不自由なく育てられ、お母様とお父様のところに養子に出されて更に充実した日々を過ごす事ができました。

 あの子と私は真逆ですね。

 あの子が不幸な目に遭っている間に、人でもない、ある意味で深海棲艦と同じような存在である私が人としての幸福を享受していたんですから。

 

 「あの子を救いたい……いえ」

 

 あの子のために生きたい。

 それが自分の望みを否定する事だと頭ではわかっていながら、私はその気持ちを抑えきれなくなっていました。

 そして私は、その気持ちを吐き出すように誰に言うでもなく呟いていました。

 

 「あの子のために生きても良いのでしょうか」と。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 里帰りにあの子を誘ったのはその日の内です。

 はい、ちゃんと大掃除を終わらせ、みんなでお風呂に入った後です。

 

 最初の内こそ遠慮していましたが、私の護衛として同行して欲しいという旨と、提督にもちゃんと許可を取ると言ったら承諾してくれました。

 

 どうしてあの子を誘ったのか?

 う~ん……何と言ったら良いのでしょうか。

 あの子に私が育った環境を見て欲しかったというのももちろんあります。

 

 ですが今思うと、「こんな所に住んでみたい」とあの子に言わせたかっただけなのかもしれません。

 

 そうですね。

 あの時にはもう、私はあの子のために生きようと決めていたんだと思います。

 

 だから私は、今もこうして生きているんです。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

 

 

 



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第百三十九話 護り、衛るための艦

 

 

 

 

 

 満潮に「顔と頭以外は良いところが無い」と言われるくらい私には欠点が多い。

 炊事洗濯はできないし、胸の事をからかわれると発狂に近い取り乱し方もする。さらには、好きな人のことを想いすぎて変態一歩手前の行動すらするわ。

 クリスマスの時が正にソレね。

 私は彼を想うあまり、下着姿の自分をリボンで簀巻きにして動けなくなり、大和に醜態を晒してしまった。

 あの日は朝まで大和と飲んで、次の日に満潮に散々叱られたっけ。

 と、どうしてこんな第三者に聞かせるような脳内解説をしているかと言うと……。

 

 「こう言うときに限って邪魔が入らないのよねぇ……」

 「な、何か言ったか?」

 「ううん!何でもない!」

 

 心の準備さえできてないタイミングでヘンケンが来てテンパってるから。

 他に誰かいればテンパる事はない(たぶん)んだけど、完全に油断してるタイミングで来られたから何を話して良いのか全くわかんないわ。

 まあそれは私だけでなく、彼も同じみたいだけど。

 

 「エ、エマ。今日は一人なのか?」

 「え、ええ。満潮は今工廠に行ってるからしばらく帰ってこないわ。そう言う貴方こそ一人なの?ジョンストンは?」

 「Iowa達と一緒だ。なんでも、倉庫街に面白い物があると聞いて探しに行くらしい」

 

 はて?倉庫街に艦娘が面白がりそうな物なんてあったかしら。

 もしかして『猫の目』の店員?

 いや、あれは面白いと言うよりはキモい部類ね。

 じゃあなんだろう。聞いたって言ってたから、たぶん駆逐艦あたりに吹き込まれたんでしょうけど……。

 あ、まさか桜子さんお手製の看板トラップ?

 それはマズい気が……。

 ん?大丈夫かな?アレは主に駆逐艦をターゲットにした物だし、そもそもジョンストン達が日本語が読めるとは限らない。故に大丈夫だと思い込もう。

 ただでさえ奇兵隊からもたらされた情報に頭を悩ませてる時に、入院中にまで騒ぎを起こされちゃたまんないもん。

 

 「ところでエマ。今日はその……Christmasの事を謝りたくて来たんだが」

 「クリスマス?あ、あ~……クリスマスの夜の事ね。別に謝らなくても良いわ」

 「そういう訳にはいかない!ずっと待っててくれたんだろう?」

 「え、ええ。一応……」

 

 待ってた。よね?

 大和を付き合わせたとは言え、朝までずっと部屋に居たんだから待ってたと言えるわよね?

 

 「そ、それでだな。あの日の埋め合わせと言う訳でもないんだが……。今晩あたりどうだ?」

 「あ~……ごめんなさい。今日は仕事が終わってから出る用事があるから無理なの」

 「鎮守府の外にか?」

 「ええ、明日先生達と一緒に前元帥の所に行く事になってるのよ」

 

 だから今日の内から辰見さんと長門、それに鳳翔さんと一緒に大本営内にある元帥邸で一泊し、次の日に揃って向かう予定になっている。

 辰見さん達はともかく、どうして私も?って疑問に思ったけど、前元帥の死ぬ前に会っておきたい人リストに私の名前もあったらしい。

 

 「そうか……。なら仕方ないな」

 「うん。申し訳ないけど、一応仕事の内だから今回は諦めて。私も……」

 

 諦めるから。

 と、続けようと思った私を、ヘンケンの残念な気持ちを無理矢理抑えつけたような笑顔が止めた。

 参ったなぁ……。

 そんな顔されたら罪悪感が込み上げてくるし、明日の予定をキャンセルしてでもこの人と一緒に居てあげたいって考えちゃう。

 

 「あの……さ。今から休憩するんだけど、一緒にコーヒーでもどう?」

 「良いのか?」

 「ええ、急ぎの仕事は終わらせてるから大丈夫よ」

 

 うん、大丈夫。

 満潮が帰って来たら「まだこんなに残ってるのになに休憩してんの!」って怒られそうだけど大丈夫。

 だって急ぎの仕事が終わってるのは本当なんだもん。それに、ヘンケンは来月には帰国しちゃうから、一緒に居られる時は一緒に居たいしね。 

 

 「えっと……。あれ?このコーヒーってインスタントじゃないの?」

 

 ヘンケンをソファーで待たせ、給湯室でコーヒーを淹れようとしたらコーヒーが見当たらない。 

 いや、正確にはコーヒー豆はあるけど私でも淹れられそうなインスタントコーヒーが無い。

 もしかして、毎回豆を挽いてから淹れてたの?

 

 「どうしよう……。こんな本格的なの私じゃ無理だわ」

 「エマ?どうかしたのか?」

 「いやその……えっと」

 

 私の様子がおかしいのが気になったのかそれとも待ちきれなくなったのか、ヘンケンが給湯室に入って来た。

 どう説明したら良いかしら。

 素直に「私に淹れられるコーヒーがなかった」って言うべき?

 

 「ふむ、何度かここでコーヒーをご馳走になってもしやとは思っていたが、やはりsyphon coffee makerを使っていたのか」

 「何?それ。この瓢箪みたいなの?」

 「ああ。日本では単にsyphon と呼ぶみたいだが、要はコーヒーを淹れるための器具だよ」

 

 へぇ、これでコーヒーを淹れるんだ。

 私が識ってるのは、お湯に粉を淹れてかき混ぜるだけのヤツだけだからこれがそういう用途の器具だなんて全く気付かなかったわ。

 

 「手入れもちゃんとされているな」

 「使い方わかるの?」

 「Grandpaがコーヒー好きでね。子供の頃から淹れ方は叩き込まれてる。俺が淹れようか?」

 「う、うん。お願い」

 

 それからヘンケンは、私にもわかるように掻い摘まんで淹れ方を説明しながらコーヒーを淹れてくれた。

 

 まずは、金属製の濾過器に円形に型抜かれたネルフィルターをセットする。

 初めて使うネルフィルターは、濾過器にセットした状態でコーヒー液で20分程度煮て付着している糊や汚れなどを取り除き、コーヒーとなじませてから使うんだってさ。今回は満潮がいつも使ってると思われるフィルターがあったからそれを使うらしいわ。

 

 そしてフラスコに杯数分のお湯を入れ、乾いた布巾で外側についた水滴をよく拭いてからビームヒーターなどの熱源にかけて沸かす。

 

 それが終わったら最初に準備したフィルターに一度お湯を通して温めて乾いた布巾などで水気を切り、フィルターが冷えないうちに、温めておいたロートにセットする。

 この時、ロートの管の先端部に、濾過器のスプリングにある留め金をしっかりと引っかけ、濾過器がロートの真ん中からズレないよう竹ベラなどでしっかり調整するそうよ。

 

 セットできたらロートに杯数分のコーヒーの粉を入れてロートを差し込むんだけど、完全に差し込む前に濾過器の先から垂れているボールチェーンをゆっくりお湯に沈めるんだって。

 じゃないと、フラスコを火にかけたままでいきなりロートを全部差し込むと、突沸(湯が吹き出す)する事があるそうよ。

 

 そして完全に沸騰していることを確認したらロートをしっかりと差し込む。

 お湯がロートの方に上昇してきたら、竹べらでコーヒーの粉とお湯をなじませるように、素早く円を描くように数回攪拌(かくはん)する。

 

 一回目の撹拌が終わったら弱火にして15~45秒を目安にしてそのまま置き、抽出する。

 抽出時間は、コーヒーの焙煎度や挽き方によっても変わってくるそうで、長すぎると雑味が出るから1分を超えないように注意する。ここで上から泡、コーヒーの粉、液体の3層になっていると良い状態だそうよ。

 

 抽出時間が過ぎたら火を消し、濾過をスムーズに行うために2回目の攪拌をし、もう一度竹べらでロートの中を軽くかき混ぜて、ロートの中のコーヒー液がフラスコへ落下するのを待つ。

 完全に落ちきったらできあがりよ。

 

 「なんて手間のかかる事を……」

 「確かにな。だが味も良いし、コーヒー液が上下する光景も面白かっただろ?」

 「うん。面白かった」

 

 見てないけどね。

 たぶん目の端には映ってたんだろうけど、なんて言うか、玩具で遊んでる少年のような無邪気さと、コーヒーの香りを楽しむ大人のダンディさが混ざったような顔をしてコーヒーを淹れるこの人に見惚れちゃって全く憶えてないわ。

 

 「あ、満潮が淹れたのと味が少し違う。豆は同じなのよね?」

 「淹れ方に少しコツがあってね。口に合わなかったかい?」

 「ううん、そんな事ないわ」

 

 満潮が淹れたコーヒーよりこっちの方が好みかもしれない。

 淹れ方がほんの少し違うだけで、同じ豆を使っててもこんなにも味が変わるだなんて考えたこともなかったわ。こんなに美味しいコーヒーが淹れられるなら……。

 

 「うちでお茶汲み係する?」

 「それは魅力的なお誘いだ。だが、それは戦争が終わってからだな」

 「あら残念。貴方なら時給800円くらい出しても良いと思ったのに」

 「この辺りの最低時給は980円くらいじゃなかったか?」

 

 そうだっけ?

 あいにくと、私は艦娘時代から今に居たるまで時給で働いたことがないからそのへんはうろ覚えなのよねぇ。

 バイト君なら詳しいかな?

 

 「はぁ……」

 「どうしたの?ため息なんてついて」

 「おっとすまない。日本のValentine’s Day に興味があったのに、その前に帰ることになったのが残念でね」

 

 そういえば、日本と米国ではバレンタイン事情がぜんぜん違うんだっけ。

 日本の場合だと女性が男性にチョコレートなりを渡すのが一般的だけど、米国の場合は逆。しかも、恋人同士とか夫婦が主役なの。

 文化の違いもあるんでしょうけど、意中の男性にチョコレートを渡して告白するって風習になってる日本人からしたら少し違和感があるわね。

 

 「それに君のbirthdayもだ。3月15日までは居させてくれと頼んだんだが、さすがに無理だったよ……」

 「そりゃそうでしょ。でもまあ……ありがと」

 

 教えた覚えがないのにどうしてヘンケンが私の誕生日を識っているのかは置いといて、私も素直にお礼が言えるようになったものね。

 照れ臭くはあるけど、それでも艦娘だった頃から考えたら考えられないくらいの進歩だわ。

 っと、それも取り敢えずおいといて。

 

 「二番艦の進水式に立ち会うんだっけ」

 「ああ、司令長官である俺が私用にかまけて欠席では示しがつかないからな」

 「ついこの間艤装作業に入ったって聴いたのにもう来月には進水か……。艦名は決まったの?」

 「ああ、正式に『カナロア』に決まった」

 「ふぅん、結局そっちにしたんだ」

 

 まあ米国からしたら、ただでさえ設計図を提供されてるのに艦名はまで日本寄りにしたら、日本におんぶに抱っこと思われて面子が立たないとでも考えたんでしょう。特に今の大統領は米国至上主義らしいし。

 

 「少し疑問に思ったんだが、何故日本はあの船を量産しないんだ?」

 「日本の場合はワダツミ一隻で十分だから。ってのもあるんだけど、あの船は船体の建造は出来ても艦母として機能するかどうかが造ってみないとわからないのよ」

 「なるほど、Fairies次第と言うことか」

 

 そういう事。

 艦娘運用母艦 ワダツミは艦娘の運用に特化させた船で、船内には鎮守府の縮小版とも言える施設がつめ込まれてる。()()()()なら造れるんだけど、鎮守府と同じ施設があっても妖精さんが住んでくれなかったら意味を成さないの。

 だから量産出来ないのよ。

 実際は、日本が抱えている艦娘の数を考えればワダツミ一隻で十分と言ったのは負け惜しみに近いわ。例えばもう一隻有れば極端な話、南方の泊地を半分にまで減らせるんだから。

 まあ今は、欧州遠征への準備。と言うよりは、()()()()()()()()が急ピッチで進められてるせいで資源に余裕がないって事情もあるんだけどね。

 

 「進水式が終わったらどうするの?」

 「運用試験も兼ねてカリブに行く。あそこには中枢並に厄介な中間棲姫が今も陣取っているからね」

 「欧州中枢戦に向けての橋頭堡作り。ってとこか」

 「君がスエズを通る事を選んだのと同じで後顧の憂いを立つ意味もかねてな」

 「そっか……」

 

 米国も、いよいよ本格的に準備を始めるのね。

 日本が本格的に護衛艦群の再建と、ワダツミを護衛するための艦の改修を始めたように。

 

 「そう言えば、ワダツミの護衛には日本の軍艦を使うと聞いたが……。残ってたのか?」

 「残ってた。と言うよりは、開戦初期に中破なり座礁なりしてた艦を改修して使うらしいわ。ああそれと、一つ間違えてるわよ?」

 「ん?何をだ?」

 「ワダツミを含め、今の日本に軍艦は存在しない」

 

 何故そうしたのかはわからない。

 一応は護衛艦と謳っているけどその実態は軍艦その物。でも前海軍元帥が、日本帝国軍を日本国防軍に改名する際に護衛艦と呼称するのに拘ったそうなの。

 

 「日本人お得意の言葉遊びと言うヤツか?」

 「そうね。護衛艦と謳ったところでその実態は軍艦。でも、私は護衛艦って呼び方は気に入ってるの」

 「どうしてだ?」

 「わかんない?だって……」

 

 そっか、ヘンケンにはわかんないか。

 そりゃそうよね。

 米国は合理主義だし、名前に意味を持たせるって風習もないみたいだし。

 でも私はこう思うの。

 

 「日本にあるのは『傷つけないように庇い(護り)外敵を防ぐ(衛る)ための艦』だけ。兵器でありながら、護衛艦は平和の象徴なのよ」

 

 なんて赤面ものの私の言葉に、理解しきれていないでしょうにヘンケンは「なるほど。日本人らしい考え方だ」と言ってくれたわ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 あの時は理解できなかったが、護衛艦の名の意味を身を持って体現した彼等を見て理解せざるを得なくなったよ。

 

 そう、エマが一号作戦を発令、実行した時だ。

 俺も彼等とエマの会話を聴いていたんだが……。何と言うか、嫉妬する気も起きなかった。

 いや、嫉妬する資格など俺にはなかった。

 

 俺には彼等ほどの度胸はなかった。

 ただ装甲を追加されただけの艦で敵陣中央に突っ込むなんて正気じゃできない。

 

 俺には四分の一ほど彼等と同じ血が流れているが、彼等のような死に方はできないだろうとあの時思ったよ。

 

 エマに言ったら怒られるだろうが、アレが日本男児の死に様と言うヤツなんだろうな。

 

 

 ~戦後回想録~

 バーガーショップ マクダニエル日本支店店長。

 ヘンリー・ケンドリック退役大将へのインタビューより。

 

 



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第百四十話 私の提督

 

 

 

 

 深海提督。

 

 戦時中、まことしやかに囁かれていた噂話の中には、深海側にも提督に相当する人物がいたのではないかというモノも有る。

 

 しかしこの話は、終戦後にネット上に出回ったある人物の写真のせいもあって信憑性が高いと言われた。

 

 真偽は定かではないが、その写真は米国が戦時中にハワイ島で入手したモノらしく、黒い軍服に身を包んだ日本人と思われる人物の後ろ姿が写っており、さらに深海棲艦のモノと思われる青黒い血のようなモノでこう書かれていたという。

 

 曰く、『私の提督』と。

 

 

 

 ~艦娘型録~

 艦娘に関する都市伝説の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 もう少しで年が変わる。

 そんな、ある意味でおめでたい時期にも関わらず、私と主人である海軍元帥、そして円満さんと大海姉さん。さらには鳳翔さんと辰見さん、それに長門さんの6人。そしてその他の軍関係者と思われる数人は、喪服に身を包んで火葬場にいます。

 前海軍元帥を、お見送りするために。

 

 「元とは言え、海軍元帥の葬儀があんなに質素で良かったのでしょうか……」

 「鳳翔さんの言いたい事もわかるけど、()()()()()()で息を引き取って葬儀は近くの公民館で粛々と。ってのがあの人の遺言だったんでしょ?ねえ?淀渡さん」

 「はい。辰見さんの仰るとおり、かつての自分が過ごしたアパートで死に、親しい人に送ってもらいたいと、彼は私に言付けました」

 

 前海軍元帥という、今の国防海軍の根幹を担うばかりか支え続けていた人のお見送りが少数なのはこれが理由です。

 主人の話では、彼は元海軍元帥としてではなく、一個人として最後を迎えたかったのだろうとの事でした。

 

 「いい加減に泣くのやめなさいよ長門。アンタってそんなにあの人と親しくなかったじゃない」

 「で、でも辰見。やっぱり知り合いが亡くなるのは悲しいじゃない」

 「その気持ちはわかるけど……普段のアンタとのギャップがさぁ……」

 

 辰見さんの仰りたいこともわかります。

 私が知る長門さんは筋肉至上主義の脳筋であり、駆逐艦に欲情して追いかけ回す真正の変態です。

 その長門さんが喪服に身を包み、さめざめと泣いている様はギャップが凄すぎて別人なんじゃないかと疑ってしまうほどです。

 

 「そういえばあの爺さん、独り身だったんだってね」

 「あら、よくご存知ですね辰見さん」

 「そりゃあ、私だって鳳翔さんと同じで発足当初の呉にいたしね。噂レベルだったけど、あの爺さんが独り身だってくらい知ってたわ」

 

 正確には少し違います。

 彼は独り身に違いはないのですが、正確には近しい親族が全員先に亡くなっているのです。

 だからと言って、遠い親族の方々を無下にするわけにもいきませんので大海姉さんが連絡を取ったらしいのですが、そもそも自分が彼の親族だと知っている人がおらず、しかも遺言で最後までお世話をしてくれた大海姉さんに遺産を相続すると残したことを知った途端に電話を切られたりもしたそうです。

 

 「あの、元帥殿。桜子さんは来れなかったのですか?」

 「ああ、一応伝えたんだがまだ入院中でな。淀渡君的には無理にでも連れて来た方が良かったか?」 

 「いえいえ、そういう訳ではありません。ただ、彼女もあの人が会いたがっていた人の一人でしたので」

 

 へぇ、桜子さんと前元帥さんは面識があるだけでなく、それなりに親しい間柄だったのですね。

 まあ、それもそうですね。

 桜子さんは全ての艦娘のプロトタイプと言える人ですから、艦娘の開発の陣頭指揮を執っていた前元帥さんとお知り合いでもおかしくはないです。

 

 「謝りたがっていたのか?」

 「はい。彼女にもですが、間違った運用の仕方をしたせいで亡くなった全ての神風型の人たちに……」

 「ふん、10何年も経って何を今さらとも思うが、今頃あっちで土下座でもしてるだろうさ」

 

 と、主人は悪態をついて煙突から昇る煙を見上げました。それに釣られるように大海姉さんも、悲しそうな瞳を空へと向けました。

 まるで、煙となった前元帥さんが昇って行くのを見守るかのように。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 前元帥さんの今際の際に立ち会った人達の中で、一番場違いだったのは恐らく私です。

 

 そりゃあ、結婚当初は早く二人の子供を早く見せてくれとか言われましたが、贔屓目に見てもあの人と私は顔見知り程度でした。

 

 それなのに、私も前元帥さんの最後に会いたい人リストに入ってると大海姉さんに聞かされたときは耳を疑いましたよ。

 

 でも、彼の今際の際に立ち会った際に「君達の間に子供が出来たと知れて嬉しいよ」と言われ、その時は何の事かわからずに軽く混乱した覚えがあります。

 

 ええ、その時はまだ自分が妊娠していると気付いていなかったんです。

 そう言われた後は通夜や葬儀とやる事が一杯で、検査を受けたのは結局葬儀が終わった三日後だったのですが前元帥さんが仰ったとおりでした。

 

 はい。

 前元帥さんは、主人も私自身も気付いていなかった私たちの子供の存在を感じ取っていたんです。

 アレが転生者だった彼に与えられた特殊な力なのかどうかは今となってはわかりませんが、あの一言は私と主人にとって何よりも嬉しい遺産になりました。

 

 そのおかげ?で、半ば幽閉に近かったですが、奇兵隊に四六時中護衛してもらうために横須賀鎮守府に一時的に異動になったので円満さんの誕生日も祝えましたし、桜ちゃんと一緒に居られたので天国に近かったですね。

 

 強いて不満が有ったとすれば、主人と週に一度しか会えなくなったことでしょうか。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 国防海軍初代海軍元帥。

 彼は大正10年に油問屋の長男として生まれ、紆余曲折を経て一士官として海軍に入り、未来を識っているとしか思えないような戦況分析や用兵、さらには()()()()()避難指示や補給路の構築など様々な功績を打ち立て、太平洋戦争終結時には25歳という異例の若さで少将にまで昇進した。

 彼の活躍がなければ今の日本は軍と言う力を持てておらず、米軍に国防を依存するような国になっていたと言う識者もいるほどよ。

 

 さらに彼の活躍はそれだけに留まらず、昭和25年に始まった朝鮮戦争で自軍に一人の死者も出さず、国連軍と共に韓国側に与しながらも()()()()()()()()()()統一国家を樹立させて終戦させるなんて偉業まで成し遂げている。

 そのせいもあって、今でも統一朝鮮で彼は英雄扱いだし彼国とも有効な関係が続いてるわ。

 ほんと、国防軍の元帥になる前の経歴をざっと掻い摘まんだだけでもチートレベルの人ね。

 

 「そんな人が愛用してた懐中時計か……」

 

 息を引き取る少し前、集まった人達を一人づつ部屋に招き入れて順に別れを告げていた彼は、最後に私を呼んでこの懐中時計をくれた。

 彼の見舞いに呼ばれた意味がわかってなかった私なんかに。

 だって私と彼は顔見知り程度。

 先生が元帥になる前は上司と部下でしかなかったのよ?会ったのだって、ハワイ島攻略戦の戦果報告をしに先生に連れられて行ったときと横須賀鎮守府の司令長官を拝命したときの二回だけ。

 ハッキリ言って、ここに集まった面子で私が一番部外者だわ。

 なぜか大淀も私と同じ事を考えてそうな顔してたけど、私と比べたら大淀の方がよほど彼と親しいわ。

 

 「それは、あの人が初任給で買った物だそうです」

 「そうなんですか?」

 「ええ、自慢することはなかったですが、手持ち無沙汰になるとそれを取り出して眺めていました。今の、円満さんのように」

 「そう……なんだ」

 

 私が呉時代の話に花を咲かせている辰見さん達から離れて一人でいたら、先生と話してたはずの淀渡さんが傍に来てそう教えてくれた。

 彼女とこうして面と向かって話すのはいつ以来かしら。たしか、大淀の艦種変更実験の時以来だっけ?

 それにしても、改めて見るとこの人……。

 

 「私の顔に何かついてますか?」

 「ああ、ごめんなさい。こうやって話すのっていつ以来だっけ?って考えてたらつい……。それと」

 「妹が年相応に成長してたら私みたいになっていたのか。ですか?」

 「ええまあ、そんなところです」

 

 彼女が口にした妹とは初代朝潮。

 私と澪、そして恵にとって実の家族以上に大切だった家族であり、先生が死別した奥さんや大淀と同じくらい愛した人。

 この人はその朝潮姉さんの実の姉なの。

 もっとも、色々あって再会から数カ月で死別する事になっちゃったんだけどね……。

 

 「妹の成長した姿でしたら朝……じゃない。大淀そのままだと思いますよ」

 「朝潮だった頃からソックリだったものね。って言うか、私はあの子の本名を知ってるから言い直さなくても良かったのに」

 「そうでしたね。ですが一応規則ですので」

 

 真面目ねぇ。

 こういう、気にする必要がない場所でも規則を気にするところは姉さんソックリ。

 それに顔立ちも。

 淀渡さんを見てると、年相応に成長した姉さんと一緒に居るんじゃないかと錯覚しちゃうわ。

 

 「あの人とはどんな話を?」

 「前元帥?」

 「はい。あの人が貴女にどんな話をしたのか個人的に気になりまして」

 

 どうして気になる?

 もしかして部外者と言っても過言じゃないくらい前元帥と縁が遠い私が呼ばれ、あまつさえ一番の宝物と言っても良いような懐中時計を贈られたから?

 まあどれでも良いけど、私が言われたことをこの場で、いや先生が近くにいる状況で話すのはちょっと……。

 

 「()に気をつけろ。に近い事を言われたのでは?」

 「どうして…それを」

 「ふふふ♪あの人とは長い付き合いですから、貴女を呼んだ理由にも察しはついています。それに、何を託したかったのかも」

 

 怖いわねこの人。

 聴かせろと言っておきながら、たぶんこの人は私と前元帥の会話の内容にも察しがついてる。

 流石は『人間演算器』と呼ばれた方の大淀だった人。今の大淀とは真逆だわ。

 

 「開口一番に「彼の道具に成り下がっちゃダメだよ」って言われたわ」

 

 『彼』とは言うまでもなく先生のこと。

 でも最初は何を言ってるのか理解できなかった。

 だって私は自分の目的を第一に考えて行動してるし、先生もそんな私の後押しをしてくれて好きにやらせてくれてる。

 それなのに、前元帥の目には私が道具として扱われている風に映っていたらしい。

 

 「まあ、実際その通りなんだけどね」

 「自覚はお有りのようですね」

 「ええ、私が目的を、夢を叶えることはあの人にとって必要不可欠。いや、少し違うわね。私が夢を叶えるために()()()()()()が先生には必要なのよ」

 

 だから私を提督に据えて好きにやらせてる。

 要は、私は先生が復讐を成就させられる状況を作り出す道具。きっと、私の行動の果てに奴がどう動くのか予想がついてるんだわ。

 つまり、先生が私に求めているのは……。

 

 「南方棲戦姫。個体名『渾沌』の首を刎ねるための処刑場作り。それが、先生が私にやらせたいこと」

 「それは、彼からそうしろと言われたのですか?」

 「いいえ、先生からは何も聞かされてないわ。でも、それくらいは想像がつく」

 

 捷一号作戦時に先生が大淀に命じたと思われる渾沌の逃亡幇助。さらに奇兵隊を通じてガングートからもたらされた情報を総合して考えれば、私が()()()()()()()()()()()を先生が望んでる事ぐらい簡単にわかる。

 

 「例の良からぬ噂も、それを確信した要因の一つですか?」

 「耳が早いですね。私でさえ一昨日知ったばかりなのに」

 「円満さんの場合は恐らく奇兵隊経由でしょう?私の場合は米国から。しかもハワイ島攻略戦が終わってほどなくなので」

 「米国から?」

 「はい。攻略戦後に米国が島内を調査した際、深海側の工廠と思われる場所で一枚の写真が発見されました。そこに写っていた人物が誰かは言わなくてもおわかりでしょう?」

 「ええ、もちろん」

 

 そこに映っていた人物は間違いなくあの人。

 露国がアクアリウムの指導者だった野風から、武器の供与と引き換えに得た()()()()()()と思わしき人物の情報と、渾沌がした何年もかけて本命の進行ルートから目を逸らさせ、主功を囮にして少数精鋭で本丸を叩く戦法(これは私を含め、あの人の教えを受けた者が好んで使う戦法よ)以上を総合して考えれば、深海側の提督が誰かなんて容易に想像できる。

 つまり米国が発見した写真に写り、渾沌に教えを授けたのは先生。さらに言うなら……。

 

 「深海側の提督は海軍元帥」

 「そうなります……よね」

 「ええ、状況証拠だけ見ればそうなる。でも……」

 「有り得ない。でしょう?」

 

 そう、有り得ない。

 だってあの人の目的はあくまで復讐で、その相手は恐らく渾沌なんだもの。

 

 「ねえ淀渡さん。その写真には何か書かれてたんじゃないですか?」

 「よくご存知で。それも奇兵隊から?」

 「いいえ、ただの勘です」

 

 渾沌がいつ先生の存在を意識したのかはわからない。

 でもなんとなくわかる。

 ()()()()()()()()()()()()私には渾沌の気持ちがわかるわ。

 渾沌はあの人のことが好きだから野風から得た先生の情報を元にして想像し、戦術を真似た。

 だから南方で、あの人と同じ戦法を披露することで自分の存在をアピールした。

 きっとあの侵攻は、渾沌なりのラブコールだったんじゃないかって、奇兵隊からもたらされた情報を吟味する内に考えるようになったわ。

 そして淀渡さんから先生の写真がハワイ島で発見されたという情報を得た私は、呑気にも私が逆の立場だったらなんて妄想を膨らませてしまった。

 だからきっと渾沌は、先生の写真にこう書いてたんじゃないかしら。

 

 「『私の提督』、そう書いてあったんじゃないですか?」

 「お、お見それしました。その通りです」

 

 やっぱりね。

 勘が大当たり、プラス『人間演算器』とまで呼ばれたこの人を驚かせられて気分爽快だわ。

 でも同時に少しだけ、本当に少しだけ渾沌が可哀想に……。いや、羨ましく思えちゃった。

 

 「どうかしましたか?」

 「ううん、なんでもないわ」

 

 と、言っても嘘ってバレバレかな。

 だってスッパリと諦めたはずなのに、淀渡さんの瞳に映る私は悔し泣きをする寸前みたいに顔を歪めてるんだもの。

 その想いが成就することが確定している渾沌が、羨ましくなっちゃったんだもの。

 

 「妹たちだけではなく貴女や深海棲艦まで……。相変わらず罪なお人ですね」

 「本当にね」

 

 そう言って泣き顔を隠すように顔を伏せた私の頭を、淀渡さんが優しく撫でてくれた。

 姉さんみたいに細い指先で、姉さんと同じように私の髪を梳くように。

 その心地良さに身を委ねている内に、前元帥に言われた言葉が頭をよぎり始めたわ。

 あの人は息を引き取る寸前にこう言った。

 

 この悲劇の幕を降ろしてくれと。

 

 そしてこうも言った。

 

 彼を、救ってあげてくれと。

 

 正直言って前者はともかく、後者は私じゃ無理だと思ったわ。

 でも、渾沌が抱える想いに想像がついた今は違う。

 私にしか出来ない。そう思ってる。

 

 だって、先生と渾沌の想いを成就させる場は私にしか作れないんだから。

 

 

 

 

 



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第百四十一話 艦隊これくしょん、終わらせます

 

 

 

 

 

 

 私が初めてここに来たのは実は艦娘だった頃です。

 はい、大和さんの里帰りに同行させてもらいました。

 

 ええ、青木さんが仰るとおり、本来なら戸籍が抹消されている艦娘に里帰りは認められません。

 でも大和さんの場合は事情が特殊でして、大和さんの曾祖父である元総理と面会すると言う名目で特別に認められ、任務として行ったんです。

  

 大和さんと元総理がどんな会話をしたか。ですか?

 申し訳ありません。

 私はその時、大おか……じゃない。お母様の着せ替え人形になっていたので同席してなかったんです。

 

 ですが翌日に通夜が行われましたので、恐らくは今生の別れをしていたんだと思います。

 戻って来た大和さんも、沈痛な面持ちをしていましたし……。

 いや?

 呆れてたんでしたっけ?

 

 たしか戻って来るなり大和さんが「お祖父さまは相変わらずですね」と呆れたように言って、お母様が「ええ、死にかけてるのに変わらずだったでしょう?あのスケベジジイは」と返していました。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 もう~い~くつね~ると~ お~しょおがつ~。

 で始まる歌がありますが、私はお正月にあまり詳しくありません。

 小学校に通っていた頃も、授業でこの歌を歌った事があるだけでお餅なんて食べたこともありませんし、凧揚げもしたことがありません。

 あ、でもお年玉は貰っていました。

 もっとも私が貰っていたお年玉は、たった今大和さんのお母様がくださったポチ袋と呼ばれる小袋ではなく、お父さんとお母さんの職場で扱うぱちんこ玉でしたが。

 

 「朝潮ちゃん……だったわよね?本当にお年玉を貰ったことはないの?」

 「こういう小袋を貰うのは初めてです。ぱちんこ玉なら毎年貰っていました」

 

 私がそう返すと、着物姿のお母様は晴れ着姿の大和さんに何やら意味深な視線を送りました。

 視線を送られた大和さんはと言いますと、肩を小刻みにプルプルさせて何かを堪えているようです。

 私は何か変な事を言ったのでしょうか。

 

 「ダメですよ、撫子。今は堪えなさい」

 「でもお母様!」

 「()()、と言ったでしょう。時が来れば好きにさせてあげますから大人しくしなさい」

 

 う~ん。

 お二人の会話がイマイチ理解できません。

 大和さんはいったい何を堪えなければならないのでしょう。あ、もしかしてトイレですか?

 そう考えれば、ここはトイレではないのですから肩を小刻みにプルプルさせてでも我慢しなければならないですし、お母様の「時が来れば好きにさせてあげます」というセリフにも合致します。

 つまり、暗にお母様は「トイレに行った後なら好きなだけ出して良い」と仰ったのですね。

 

 「あの~、大和さん」

 「「はい。なんですか?」」

 「あ、両方大和さんなんでした……。えっと、撫子さんの方です」

 

 紛らわしい。

 と思ってはいけませんね。

 ここは大和さんの実家である『大和旅館』で女将さんであるお母様も大和さん。番頭をしているというお父様も大和さんで大和さんも大和さんという、大和さんがゲシュタルト崩壊しそうなほど大和づくしの場所なのですから。

  

 「おトイレなら我慢せずに行って来ても構いませんよ?」

 「トイレ……ですか?いえ、別に私はもよおしていませんけど……」

 「そうなのですか?私はてっきり、おトイレを我慢しているのかと……」

 

 思ったのですが違ったようです。

 大和さんとお母様は「どうしてトイレが出てきた?」とでも言いたそうな顔を見合わせています。

 「あ、トイレで思い出しました。撫子、お祖父さまのところで顔を出しておきなさい。貴女が帰ってくるのを心待ちにしていましたから」

 

 おっと、旅館に着くなりお母様に客間に通されたせいで忘れていましたが、大和さんは元総理大臣であらせられるお祖父さまに会うという任務のために里帰りしているのでした。

 でも、どうしてお母様はトイレでお祖父さまの事を思い出したのでしょうか。大和さんもどことなく嫌そうな顔をしていますし……。

 

 「正直……」

 「言わなくて良いから行って来なさい。大切な家族でしょう?」

 「その家族を汚物と同列に考えているお母様はよろしいので?」

 

 う~ん……。

 お二人の会話の内容が難しすぎて私には理解できません。どうしてお母様はトイレという単語でお祖父さまを思い出し、それを聞いた大和さんが汚物と同列にしてると言ったのでしょうか。

 このままではスッキリしませんので、ため息混じりに部屋を出て行った大和さんが戻って来たら聞いてみましょう。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 あの子と初めて会ったのは、正月に撫子があの子を連れて帰省した時です。

 ええ、撫子はすぐに気付けなかったようですが、あの子の境遇は出会ってすぐにわかりました。

 

 あの子をうちで面倒見ようと決心したのは、幼い頃からビックリするほど発育が良かったせいで結局着せられずにタンスにしまってあった撫子用に買った可愛い服をあの子に着せていたときです。

 

 アレは躾の限度を超えていました。

 私も撫子が悪さをした時は折檻しましたが、精々お尻が赤くなる程度です。

 

 ()()()()()をする親が存在することは知識としては識っていましたが、実際に被害を受けた子供を見るのは初めてでしたので動揺しているのをあの子に悟られないようにするのに苦心しました。

 

 

 あの子と出会ってからは戦争でしたね。

 ええ、比喩ではなく文字通り、あの子の実の親と私との戦争です。

 撫子のように力尽くで解決する事も可能でしたが、私個人が培ってきたコネクションやお祖父さまのお知り合いの方々、さらには紫印さんや長門さんの手も借りて、合法的かつ後腐れがないようにあの子を養子にすることができました。

 

 いえ、私はいいと言ったのですが、仲居として働かせてくれと言ったのはあの子です。

 艦娘だったからなのか、それとも生来の真面目さのせいなのかはわかりませんが、学業と仕事を上手く両立していますよ。

 

 はい、撫子に頼まれなくても私はあの子を引き取っていたでしょう。

 

 私にとっても撫子にとっても、生き甲斐を与えてくれたあの子は正に天使と言えますね。

 

 

 ~戦後回想録~

 大和旅館大女将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「おお、来てくれたか撫子。取りあえず乳を揉ませてくれ」

 「お戯れが過ぎますわお祖父さま。ぶっ殺しますよ?」

 「つれないのぉ。死にかけのジジイの最後の願いくらい聞いてやろうという気にならんか?」

 「なりません。そういうのはお母様にお願いしてください」

 

 お母様が言っていた通り、お祖父さまのスケベっぷりは相変わらずですね。

 私が来るまで寝ていたのに、来た途端上半身だけ勢いよく起こして両手を私の胸目掛けて突き出してきましたもの。

 お母様も若い頃は私と同じような被害に遭っていたそうですから、汚物扱いしたくなる気持ちも今ならわからなくはないです。

 

 「一応お聞きしますが、まさか私の胸が揉みたいから無理を言って里帰りさせたんじゃないですよね?」

 「ダメか?」

 「ダメかって……。あのぉ、私は一応艦娘なんですが」

 「ワシにゃあ関係ない。お前が艦娘になろうが何になろうが、ワシの可愛い孫に変わりないわい」

 

 なんとも含みのある言い方ですね。それにどことなく寂しそうに俯きましたし、もしやお祖父さまは私が以前の私ではなくなってると気付いているんじゃ……。

 

 「つい先日、最後の友人が逝きおった」

 「最後の友人と言いますと……」

 「撫子も会ったことがあるじゃろう?ほら、「なんだか村長みたい」とか言うておったじゃないか」

 

 憶えているようなそうでないような……。

 それと言うのも、お祖父さまは交友関係が広く、さすがに子供はいませんでしたが、以前いた家に老若男女関係なくよく訪ねて来ていたので誰のことかイマイチ分かりません。

 ですが、お祖父さまが『友人』とまで言ったのはその人だけな気がします。しかもお祖父さまは『最後の』とも言いました。

 だから、こんなに寂しそうに腰を丸めてらっしゃるのですね。

 

 「ワシももう長くない。もしかしたら今晩あたりポックリ逝くかもしれん」

 「ご冗談を。お祖父さまくらい元気ならあと100年は生きられますよ」

 「カッカッカ!ワシにもう100年生きろと言うか!撫子は相変わらず厳しいのぉ。じゃが……」

 

 じゃが?じゃが何でしょう。

 今のお祖父さまの瞳は以前と変わらず爛々としています。とてもじゃないですが、死にかけてるとは思えないほど生気に満ち溢れています。

 それなのに、何故か私にはお祖父さまが死を予感しているように思えるんです。

 いえ、少し違いますね。

 死ぬのを楽しみにしているように思えます。

 

 「ワシはな、撫子や。死ぬのはこれで二回目なんじゃ」

 「二回目?それは以前、例えば戦時中に死にかけた事があったとかそういう意味ですか?」

 「いんや違う。たしかに死にかけた事はあったがそうじゃない。お前と一緒じゃよ。ワシは、艦だった頃のお前が沈んだのと同じ歴史上の世界に生きちょった」

 「そ、それはつまり……!」

 

 お祖父さまも転生者と言うことですか?

 しかもかつての私が沈んだ事を知っていると言う事は、少なくとも大戦末期か大戦後の時代に生まれたと言うことですよね?

 

 「今の元号がどうして平成なのか知っておるか?」

 「えっとたしか、『天地、内外ともに平和が達成される』という意味の……」

 「そりゃあ国民向けの方便じゃ。本当は、元号が変わるタイミングを知っちょったワシが、死ぬ時は()()()()で死にたいと思って今の内閣に手を回して平成にさせたんじゃよ。昭和から変わる時は、「平成は聞き飽きた」と言うて正化にさせたクセにのぉ」

 

 それからは私の反応など関係なく、堰を切ったようにお祖父さまは淡々と語り始めました。

 この世界に生まれる前は平成の世に生きていたこと。

 新しい元号を知る前に事故に遭って死んでしまったこと。

 平和な世界を満喫していながらも退屈し、いつも頭の隅で世界なんて滅べば良いのにと考えていたこと。

 こちらの世界での出来事や同じ境遇の人達との出会いと別れ。

 そして正義感からの行動が、深海棲艦という災厄となって今の世の人たちを苦しめている事への後悔を。

 それを私に、いえ、『大和』に聞いて欲しかったのでしょう。

 いつ気付いたかまではわかりませんが、私がただの艦娘ではなく、艦だった大和の生まれ変わりと確信したからご自身の過去を語り、懺悔しているのかもしれません。

 

 「なあ撫子。いや、教えてくれ戦艦大和。ワシらはどうすれば良かった?本来の歴史通りにしておれば良かったのか?死ぬ運命にあった人達を救ったのはそんなに罪深い事なのか?それが罪なのだとしたら、ワシらは……俺はどうしてあの時代に再び生まれたんだ?」

 

 そう言って、俯いていたお祖父さまが視線を私に戻しました。

 これは間違っていないと肯定して欲しいのでしょうか。それともこの場限りの許しを求めているのでしょうか。

 いいえ、どちらでもない気がします。

 失われてしまった過去を識っていれば称賛されて然るべき功績を建てていながら、お祖父さまは称賛など求めていない。

 今を生きる者達からすれば、災厄の元凶とも言える悪事を働いていながら許しも請うていない。

 この人の、最後の気力を振り絞った眼光はそんなちゃちなモノは求めていません。

 

 「もし神様なんてモノが存在するのなら、その方はたぶん遊んでいるのでしょうね」

 「遊んでいる?」

 「ええ、お祖父さまのように()()()()()()()()()()()()()を同じ時代に転生させて災厄を与える理由を作り、深海棲艦(災厄)とそれに抗う艦娘(武器)まで産み出した。そして、終わらせるための艦の生まれ変わり(手段)まで。これを遊びと言わずしてなんと言いましょうか。ゲームと言っても過言ではないほど都合良く始まりと終わりが設定してあるじゃないですか」

 

 名付けるとしたら……。

 艦娘で艦隊を組み、深海棲艦を倒して海域を奪還するのですから『艦娘ウォーズ』でしょうか。

 それとも、代替わりする艦娘を常の集め続けなければならないから『艦娘コレクション』、もしくは『艦隊これくしょん』の方が良いのでしょうか。

 う~ん……。

 何故かはわかりませんが、『艦隊これくしょん』が一番しっくりくる気がします。

 なので、この質の悪いゲームの名を『艦隊これくしょん』と呼ぶことにしましょう。

 

 「なら、お前はどうする?」

 「終わらせます。いえ、終わらせるだけでは済ましません。一発ぶん殴ってやりますよ。こんな悪戯を仕掛けたモノには、相応の報いを受けてもらわないと割に合いませんから」

 「カッカッカッカ!神様をぶん殴るか!これは痛快だ!いや、流石は大和と言うべきか」

 「いえいえ、そこはお祖父さまの孫だからと言ってください。なにせ私は、戦後の日本を立て直し、『暴君』と謳われた大和 猛元総理大臣の孫なのですから」

 

 お祖父さまは本当に楽しそうに……。いえ、心の底から安心したのでしょう。

 だから笑いと一緒に、瞳だけに留まらず全身から生気が抜けていってるのでしょう。

 後を託せる者が現れ、後顧の憂いがなくなってしまったから、お祖父さまはやっと死ぬ準備ができたんです。

 

 「お眠りになりますか?」

 「ああ、少し疲れた……」

 

 私は、さっきまでの元気さが嘘のように無くなったお祖父さまの背に手を添え、横になるのを手伝いました。

 

 「撫子や」

 「なんですか?お祖父さま」

 「ワシは疲れたよ。本当に疲れた……」

 

 お祖父さまはそう言い残して、二度と覚めることの無い眠りに堕ちました。

 そのお顔は疲れたと言い残した通り、本当に疲れ切ったように力無く、安らかな寝顔です。

 

 「ええ、そうでしょう。貴方の旅路は長かった。それこそ100年を超える年月を、貴方は懸命に歩んで来たのですから」

 

 私の言葉にお祖父さまは答えない。もう応えてくれない。

 戦艦大和として覚醒した私と会うことで、日本史上最悪の暴君と蔑まれつつも、この世界の日本を世界有数の経済大国へと押し上げた影の英雄となり、最後の最後まで神様の玩具として生き長らえていた罪人は、後を託して息を引き取りました。

 

 「本当に、お疲れ様でした」

 

 私は、すでにただの肉塊となった愛すべきお祖父さまに、そう言って深々と頭を下げました。

 そんな私の胸中に渦巻いているのは、死者を悼む気持ちではなく怒り。

 お祖父さまを初めとした転生者達を玩具の如く弄び、今を生きる人々に苦しみしか与えない神様(悪魔)への怒りです。

 

 (潔い最期だったな)

 「ええ、お祖父さまらしいです」

 (その様子だと、腹は決まったようだな)

 「はい。手段までは思い付いていませんが、神様とやらには報いを受けて頂きます」

 

 私を育ててくださったお祖父さまを苦しめ、私の弟を幼くして死に至らしめ、朝潮ちゃんが不幸な目に遭い続けるこんな世界の主。

 個人的な感情だと言われても、悪魔よりも悪辣な神様を許すことなどできません。

 なので神様、アナタに喧嘩を売らせて頂きます。

 神様と言えば全知全能が売り文句の一つですので、ここで私が口にしたことも聞こえるでしょう?

 だから聴きなさい。

 今から私は、この場で改めてアナタに宣戦布告します。

 アナタのゲームの駒の一つである私が、アナタの遊びに終止符を打つ宣誓を。

 

 「艦隊これくしょん、終わらせます」

 

 私は視線をお祖父さまの寝顔に向けたまま、静かにそう言い放ちました。

 

 

 



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第百四十二話 責任、とってくださいね?

 

 

 

 

 

 

 その丘はこの旅館のすぐ裏にある山の中腹辺りにあります。

 いえ、実際は高い山の前にあったから中腹に思えただけで、当時の私にはその丘が山だと気付けなかっただけですね。

 

 はい。大和さんの弟さんのお墓でもある丘です。

 お墓ではあるのですが、そこからはこの町が一望できるので今では観光名所にもなっていますね。

 

 特に今の時期はその丘を埋め尽くすほどの……。

 え?観光名所に興味はありませんか?

 個人的には、その丘に種を蒔いたのが私と大和さんなので是非とも紹介したいのですが……。

 

 ええ、大和さんの里帰りに同行して、急遽執り行われた大和さんのお祖父さまの葬儀を終えた次の日に大和さんが連れて行ってくれたんです。

 

 大和さんが艦娘になると決意した場所であり、帰って来たあの場所に。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「荷物、重くないですか?」

 「はい、ほとんど大和さんが持ってくれているので大丈夫です」

 「そうですか。目的地はもう少しですが、辛かったらいつでも言ってくださいね」

 「はい。わかりました」

 

 私が大和旅館にお世話になって三日目の朝。

 前日までお通夜だのお葬式だので陰鬱だったのが嘘のように清々しい雰囲気を纏った大和さんに誘われて、私はハイキングをしています。

 当然ですが、今日はお散歩用の首輪とリードは無しです。緩やかで整備されているとは言え山道、しかも土地勘のない場所では私が引っ張ることが出来ませんので。

 

 「今向かっているのはどういう場所なのですか?」

 「着いてからのお楽しみです。ただ、私の取って置きの場所とだけ言っておきましょう」

 

 ですが目的地を教えてもらえません。

 恐らくは山頂が目的地だと思うのですが、山頂に行くにしては用意した物に妙な物が混ざってるんです。

 

 「今朝渡された巾着に入ってるのって種、ですよね?」

 「大正解です。何の種かは……来年の春まで秘密ですけどね」

 「来年までですか!?」

 「はい。咲くまでのお楽しみです♪」

 

 むむむ……。

 山頂に向かってる目的が種を蒔くためと言うのは今の会話でわかりましたが、何の種か一年以上も待たないと教えてくれないなんて意地が悪いです。

 私はそんな意地悪な人になるよう躾けた覚えはありませんよ?

 

 「うわぁ~♪良い眺めですね!」

 「でしょう?ここは、私と弟のお気に入りの場所なんです」

 

 私たちが着いたのは直径50mほどのの範囲を木製の柵で囲んである場所でした。

 山頂と言うよりは丘と言った方が良い場所です。

 そこからは、町自体が山間部を流れる川に沿ってあるせいかそんなに高い山じゃないのに大和さんが育った町が一望できます。

 もし今が春なら、川沿いに並ぶ桜と古風な建物が多い町とのコントラストでさらに良い眺めだったで……。

 あれ?今なにか、聞き慣れない単語が混ざっていたような……。

 

 「弟さんがいらっしゃるのですか?」

 「ええ、()()()()

 「それはつまり……」

 

 亡くなった。と言う事なのでしょうか。

 いえ、そうなのでしょう。

 だって大和さんは、哀しそうに微笑んで私を見つめていますもの。

 

 「もう4年。いえ、もう少しで5年になりますか。弟は幼くして死んでしまいました」

 「じゃあ、大和さんが艦娘になったのは……」

 「はい。復讐のためです。ただし、対象は深海棲艦ではなく、大淀でした」

 

 どうしてだろう。

 大和さんが復讐したい相手が先輩だと聞いてショックなはずなのに、私は安心してしまっている。

 大和さんの瞳から恨み辛みなどの感情が感じられないからでしょうか。それとも、その声が仇の名を口にしているとは思えないほど穏やかだからでしょうか。

 

 「彼女がもっと早く来てくれたら弟は死なずに済みました。私も、筋違いの復讐心を抱かずに済みました。そうやって、全部彼女のせいにしている間は楽でした」

 

 絵本を朗読するかのようにそう語りながら、大和さんはリュックサックから種が入った巾着を取り出して蒔き始めました。

 そして、視線で私にもそうするよう促しています。

 

 「私は今でも彼女が嫌いです。機会さえあれば決着を着けたいと思っています。そしてかつての自分を思い出し、私がすべき事も見つけました。でもここ何日か、私の頭に今まで考えはしても思い浮かべることはなかった光景がよぎるようになりました」

 「どんな、光景ですか?」

 「お母様の後を継いで旅館の女将をしている光景です。笑えますよね。私は今こうして生きている意味を知るために死のうとしているのに、死なずに済んだ後の事を考えてるんです。生き続けたいって思うようになってしまったんです」

 

 大和さんの話をBGMにして、大和さんは山道から見て右に、私は逆方向に周りながら種を蒔きました。

 山道と町が一望できる場所ですれ違う度に私たちが描く円は小さきなり、種がなくなる頃には、私と大和さんは丘の中央で向かい合っていました。

 そして、私を真っ直ぐ見つめて締め括るように大和さんは……。

 

 「貴女のせいで、私は生き続けたくなったんです」

 

 と、憑き物が取れたような清々しい笑顔でそう言いました。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 初七日が終わったとき、私はお母様に弟の遺骨を分けてくれとお願いしました。

 

 何のために、とかは聞かれませんでしたね。

 たぶんお母様には、私が何をするつもりなのか察しがついていたのでしょう。

 

 はい、あの丘に蒔いたんです。

 私は冷たい墓石の下よりも、あの子と私が大好きだったあの場所で眠らせてあげたかったんです。

 

 そして遺骨を蒔き終わった私は、あの時とは真逆の宣誓をしました。

 

 お姉ちゃんが仇を取ってあげる。

 例え命に代えてでも、あの白い駆逐艦を討ってみせると。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 弟と私は血が繋がっていません。

 私は親もいない、この世に突如として現れた戦艦の生まれ変わり。対して弟は、お母様とお父様の間に生まれた正真正銘お二人の血縁です。

 

 その事に負い目を感じた時期もありましたが、両親は私と弟を分け隔てなく育て、弟に姉と慕われている内にそんなわだかまりもなくなりました。

 私が過去の記憶に浸食されず、人として生きられたのは弟のおかげかも知れません。

 

 「さっき蒔いた種が何の種なのか。知りたいですか?」

 「知りたいですが……秘密なのでしょう?」

 「はい。咲き誇ったところを見て欲しいのでその時までは秘密です。ですが、ヒントは差し上げようかと思いまして」

 

 ヒントは私の名前。

 いえ、答えでしょうか。

 弟はお姉ちゃんっ子で、常に私の傍にいるような子でしたので、その花の種を蒔こうと思ったんです。

 私がいなくても、私と同じ名前の花に囲まれていれば寂しくない。私がいなくなってもずっと私を忘れないでいてもらえる。

 そんな風に、ここに来るまでは考えていました。

 

 「今は、違うのですか?」

 「基本的には同じです。弟が寂しがらないように私で囲んであげたい。ですがそれ以上に、蒔いた種が花開いた光景を貴女と一緒に見たいと思っています」

 「私……と?」

 「はい。貴女と」

 

 そう言って私は、膝を曲げて彼女と目線の高さを合わせました。

 前回は彼女から約束を振ってきた。

 別に交互に約束事を振らねばならない決まりなどありませんが、今回は私から言い出さねばいけない気がしたんです。

 

 「瀬を早み 岩にせかかる滝川の われても末に 逢いはむぞ思う」

 「それは……えっと、百人一首ですよね?」

 「よくご存じですね。この歌は崇徳院という人が歌った歌で、要は障害を乗り越えて必ず逢おうという気持ちが込められています」

 

 だからこの歌を彼女に聴かせたくなりました。

 『瀬に早み(戦の渦中で) 岩にせかかる滝川の(戦火に邪魔されて) われても末に(離れ離れになったとしても) 逢いはむぞ思う(再び貴女と逢いたい)』と、私なりに今の私たちの状況を当てはめ、想いも込めて。

 

 「お約束します。私は必ず帰ってきます。貴女が待っていてくれるのなら、私はどんな事をしてでも必ず帰ってきます。だから……」

 

 戦争が終わったら一緒に暮らしてください。

 そう続けようとしたのですが、彼女の真っ直ぐな視線に射竦められたかのように喉の奥に引っ込んでしまいました。

 愛の告白と言えなくもないセリフだからでしょうか。

 でも、私は窮奇と違って同性愛者ではありません。

 確かに彼女の事は好きですが、この好きは恋愛感情とは違う気がします。

 もっとこう物欲的な、所有欲とも言えるような俗物的な感情……いや、逆ですね。

 私は彼女のモノになりたい。彼女に所有されたい。彼女に必要されたい。生き残っても、私は彼女に必要とされなければ生きていけない気がします。

 これはきっと、元が物である私特有の感情なのでしょうね。

 

 「なるほど、大和さんは捨てられる心配をしているのですね?」

 「え?は?捨てられる心配……ですか?」

 「違うのですか?私はてっきり、戦争が終わって艦娘を辞めたら私に捨てられると考えてるんじゃ、と思ったのですが……」

 「ええっと……」

 

 ふむふむ、つまり彼女は、艦娘を辞めたら親元に帰る。その時に、今現在ペットのように可愛がっている私を連れて帰ることが出来ないから捨てられるんだと私が不安に思っていると考えたのですね。

 なんだかズレているような気はしますが、一応は合ってる……かな?

 

 「大和さん!」

 「は、はい!何でしょう!」

 「こ、この戦争が終わったら一緒に暮らしましょう!」

 「ふぇっ!?」

 「嫌……ですか?」

 

 嫌なわけがない。

 だって私も、顔を真っ赤にしている彼女と同じ事を言おうとしたんですから。

 でも、どうして彼女も同じ事を?

 しかも、勇気を振り絞ってやっとした告白中のように、身体中を無駄に力ませて言ったのでしょうか。

 

 「大和さんを躾けたのでは私です。私にはその……最後まで面倒を見る義務がありますから!」

 「あ~……そういう事ですか」

 「そうです!私には飼い主としての責任があるのです!」

 

 要は義務感からの申し出。

 そこには私と一緒に暮らしたいという純粋な気持ちはなく。ただただ飼い主としての責任を果たそうという、真面目な彼女らしい申し出。

 だったら良かったのかも知れません。

 そうだったなら私は本来の戦う理由に戻れ、時が来れば惜しむことなく、未練も残さずにこの命を投げ出していたでしょう。

 でも、それはもう叶いません。

 彼女の、義務感からのセリフを隠れ蓑にした気持ちを知った今では無理です。

 

 「責任、とってくださいね?」

 「そ、それはもち……むぎゅ!?」

 

 私はそれだけなんとかの口にして、彼女を抱き締めました。

 今の顔を見られないように強く、私の胸に埋まるくらい強く抱き締めました。

 だってこんな顔を彼女に見せるのは恥ずかしいですもの。私は今、この世の春を謳歌しているかのように満たされ、物だった頃も含めて今まで経験したことがないほどの幸福感を感じているのです。

 そんな私の顔は、きっと普通の人が見たら引いてしまうくらい歪んでいるはずなのですから。

 そしてこう続けました。

 

 「貴女のせいで、死ぬのが怖くなっちゃったんですから」と。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 死ぬのが怖くなった。

 と、大和さんは震える手で私を抱き締めたまま言いましたが、私には死に恐怖して震えていると言うよりは生きられる喜びに打ち震えているように感じられました。

 

 どうして一緒に暮らそうと言ったのか?

 ええと、我が儘みたいなもの……でしょうか。

 

 戦争が終わって艦娘を辞めたら大和さんと一緒にいられなくなる。そう考えたら、たまらなく寂しくなったんです。離れたくなくなったんです。

 

 ふふふ♪そうですね。

 今考えるとプロポーズみたいなセリフです。

 実際、あのセリフを言ったときは心臓が爆発するんじゃないかと思うくらいドキドキしてましたし、顔も火がついてるんじゃないかと錯覚するくらい熱かったですから。

 

 でも、あの時あのセリフを言って良かったと後に思いました。

 だって大和さんは、約束通りちゃんと私のところに帰ってきてくれたんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 



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第百四十三話 血のバレンタイン事件

うちの鎮守府にはゴトランドがいません。
いません!


 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近、正確には年が明けてから横須賀鎮守府でおかしな事が起きています。

 海外艦が空気の如く溶け込んでる光景は、私が大潮としてここに在籍していた当時から考えると十分異常なのですが、それでもこれはおかしい。

 彼女が欧州連合の取りまとめ役として来日してたのは情報として識っていましたが、鎮守府のみんなの様子がおかしいと気付くまで存在を忘れていましたよ。

 

 「ねえゴト。来年度の予算案をまとめた書類って何処にあったっけ」

 「アレなら、ファイルにまとめて書棚に置いておきました」

 「相変わらず気が利くわね。助かったわ」

 

 そのおかしな事の原因は、正気を保っている私が近くに居るのも関係無しに円満の秘書艦のように振る舞っている瑞国所属の艦娘、その名もゴトランド。

 そもそも所属も国も違うし横須賀鎮守府に来て日が浅いはずなのに、彼女を知らない関係者はほぼいなくなっています。

 いや、それだけじゃありません。

 まるで昔からずっとこの鎮守府にいたかのように異常なほど溶け込んでいます。

 

 「円満は昔っから変なところが抜けてるから苦労するわ。私がしまってなかったら机の上に散らばったままだったんだからね?」

 「はいはいごめんなさいね。でも今さらでしょ?私のそういうところはアンタがフォローしてくれる。バランス取れてるじゃない」

 

 さて、皆さんは今の会話に違和感を感じなかったでしょうか。

 な~んて、思わず居もしない第三者にそう訪ねたくなるくらい違和感バリバリの会話を、円満どころか結構な数の人がゴトランドと繰り広げてるんです。

 あ、一応誤解のないように言っておきますが、円満とゴトランドが知り合ったのは欧州連合の艦娘が来日した先月が初めてですし、円満には私と恵以外に『昔から』と言えるほど古い友人は存在しません。

 

 「澪からも何か言ってやってください!円満ったら来月には二十歳になろうってのに相変わらずなんですよ!」

 「あ~うん。良いんじゃないかなぁ」

 

 どうでも。

 とまでは口に出しませんが、ゴトランドに話しかけられる度にそう言いたくなります。

 だいたい、確かに来月の今頃は円満の二十歳の誕生日ですが、円満は二十歳になっても大して変わりません。精々、今までは周りの目を気にしてお酒を呑んでたのが大ぴらに呑むようになるだけですよ。

 って言うか馴れ馴れしい。

 私の態度を見たら相手にしてないって事くらいわかるでしょう?

 

 「ねえゴト。悪いんだけど『猫の目』までお使いを頼んで良い?」

 「『猫の目』に?」

 「ええ、桜子さんにこの手紙を届けてもらいたいのよ」

 「それは構わないけれど……」

 

 できれば行きたくない。って感じかな。

 まあそれもそうでしょう。

 桜子さんを筆頭にあそこに詰めている奇兵隊員は心身共に鍛え上げられた古兵たちです。いくらゴトランドが、まるで昔からの友人みたいに錯覚させるほど人の懐に入り込むのが得意でもあそこの人たちには通用しないはずです。

 ゴトランドの人心掌握術が通用するのは精々経験の浅い艦娘か、一般人と大差ないバイト君くらいの者ですよ。

 

 「円満、いつまで泳がせるつもり?」

 「彼女が飽きるまで、かな」

 

 と、ゴトランドが執務室から遠ざかったのを確認してから円満に尋ねてみたらそう返してきました。

 ゴトランドに洗脳されてる演技が出来るなんて、円満も成長しましたね。悪い方に。

 

 「大丈夫なの?」

 「平気よ。鎮守府内に彼女が欲しがりそうな情報はないし、洗脳された艦娘や職員も恵が端から正気に戻してくれてるもの。それに……」

 「それに?」

 

 その続きを聴いて、円満も随分と腹黒くなったなぁと呆れちゃいました。

 だって円満は、あのオジサンを思わせるような悪い笑顔を浮かべてこう言ったんです。

 

 「彼女、小間使いとして使うなら優秀だから」って。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 私が欧州連合のお偉方から命じられていた任務は紫印提督の懐柔でした。

 

 今でこそ紫印提督は救世の女神と讃えられていますが、当時は日本国民はおろか軍関係者にすらお飾り提督と嘲笑されていました。

 

 そんな彼女を欧州連合が懐柔しようと目論んだのは、彼女が握っていた実権がかなりのモノだったからです。

 

 お偉方は、お飾りと蔑まれる10代の彼女が日本最大の鎮守府のトップに立ち、海軍元帥に個人的なコネクションも持っていたことは異常であり、そしてチャンスだと考えたのでしょうね。

 

 だから人心掌握術に長けた私に白羽の矢が立てられたんです。

 もっとも、私が懐柔できた人はほんの僅かに終わりましたけどね。

 

 紫印提督は懐柔されたフリをして私を良いように使い、大城戸中佐にはあからさまに警戒されて思うように動けませんでした。

 神藤大佐になんか、初めて『猫の目』に行った日に「倉庫街に居るところを見たら斬る」と脅されましたっけ。

 

 そして、私が一番脅威に感じたのが荒木中佐です。

 彼女さえ居なかったら、最低でも鎮守府の半分は掌握できていたんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Gotland級 1番艦 軽巡洋艦 Gotlandへのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「つ、作ってしまった。私特製のチョコケー……キ?」

 「いや、これは作ったより造ったの方が妥当じゃない?って言うかこれ、ケーキじゃなくて魚雷よね」

 

 満潮さんが言う通り、私の目の前で異様な存在感を放っている全長が1mに届きそうな焦げ茶色の物体はケーキには見えない。茶色い魚雷だわ。

 でも……。

 

 「ほ、ほら、先輩って馬鹿みたいに食べるし……」

 「いやいや、まだ無理でしょ。たしか今だに流動食しかダメで、量も制限されるんじゃなかった?」

 

 そうだった。

 桜子先輩は、退院こそしたものの去年の演習大会時にタシュケントとやり合って内臓を痛めてたんだった。

 

 「ごめんかみっか姉さん。あたしのせいだ……」

 「ち、違う!タシュケントのせいじゃないのよ!?ほら、先輩だって「懐に入られた時の事を考えてなかった」って言ってたじゃない!」

 「でもマーマを殴ったのはあたしだし……」

 

 うわぁ、マズいなぁ。

 私が気合を入れすぎてケーキを作っちゃったせいで、私と一緒に満潮さんから料理を習ってたタシュケントに変な負い目を感じさせちゃったみたい。

 でも、さっきも言った通りタシュケントのせいじゃないのよ?

 そりゃあ殴ったのはタシュケントだけど、それは先輩が大刀の間合いに完全に慣れてなかったから。

 要はあの人、今まで相手の懐に飛び込んでばかりで自分が飛び込まれるなんて考えてなかったの。

 つまり先輩が油断してたせい。自業自得と言っても良いわ。

 それさえ無ければ、いくらタシュケントがシステマの達人だろうと圧勝してたはずだもの。

 

 「た、タシュケントが作ってるのってボルシチだっけ?」

 「う、うん。コレなら食べれるかなって思って」

 「へぇ、これがボルシチなのね。なんて言うかこう……」

 

 紅い。赤いじゃなくて紅い。

 個人的にはビーフシチューみたいな感じかなって思ってたのに、タシュケントが満潮さんに手伝ってもらいながら作ったボルシチは綺麗な紅色をしてるわ。

 まるで、先輩の髪みたいに。

 

 「パーパの得意料理だったんだ。マーマの瞳の色とソックリだろ?って、作りながらあたしに言ってたのを今でも憶えてるよ」

 「そうなんだ……」

 

 と、差し障りのない相槌を打ちながら満潮さんに視線を送ると、満潮さんは瞼を閉じることで「突っ込んで聞くんじゃないわよ」と伝えてきた。

 海坊主さんから聞いてはいたけど、満潮さんの反応を見る限りこの子が深海棲艦とのハーフってのはマジみたいね。

 

 「あの、かみっか姉さん。味見してもらってもいいかな?」

 「味見?そりゃあ構わないけど……。それよりさ、どうして私の事を姉さんって呼ぶの?」

 「どうしてって……」

 

 コレが本当にわからない。

 この子と会ったのはかれこれ2カ月、いえ、大方3ヶ月前の大会が終わってから。

 歩ける程度まで回復した私を桔梗姉様と桃姉様が強引に担いで連れて行かれた桜子先輩の病室で初めて会ったんだけど、どんな説明の仕方をしたのか初対面にも関わらず「かみっか姉さん」と呼んできたの。

 

 「マーマがね、かみっか姉さんは私の一番最初の子供だって教えてくれたんだ。それに、桜ちゃんがかみっかって呼んでることも」

 「あ~、だいたいわかった」

 

 つまり先輩は、タシュケントに私の事を「娘みたいなもん」と説明し、さらに実子の桜ちゃんが私の事を『かみっか』と呼んでる事しか教えてないんだわ。

 だからタシュケントは、容姿に似てる特徴が多い私を先輩の実子と誤解したまま『かみっか姉さん』って呼ぼうと考えたんだと思う。

 

 「ダメ……かな?」

 「ううん、ダメじゃないよ。私だってその……嬉しいし」

 

 パァ!って擬音が聞こえてきそうなくらい喜んでるタシュケントには悪いけど半分嘘をついた。

 嬉しいのは本当よ?でももう半分は嫉妬してる。

 例え戸籍上の事とは言え、先輩と正式な家族になれたタシュケントが羨ましい。

 だって私は、先輩にいくら娘みたいなもんって言われても娘じゃないんだもの。

 

 「ねえ神風。このチョコラッピングしないの?」

 「え?ああ、チョコね。ラッピングはするけど……」

 「じゃあ早くした方が良いわよ」

 「どうして?そんなに急がなくて……いや、そういう事か」

 

 どうして満潮さんが話の流れをぶった切るようにラッピングを急かしてきたのか。

 それは今私たちがいる『猫の目』の厨房の裏。つまり店の裏にある中庭が騒がしくなったからよ。

 桜子先輩が「お腹空いたー!飯食わせろー!」と叫び、たぶん桃姉様が「落ち着いてくださいお姉様!ご飯なら先々月食べたじゃないですか!」と、フォローになってないフォローをしている声的に、暴れる桜子先輩を花組のお姉様方が宥めようとしてるって感じね。

 

 「ついに限界が来たか」

 「そうみたいね。でもまあ、固形物を禁止されて2カ月近くでしょ?桜子さんにしては我慢した方よ」

 

 たしかに。

 私や海坊主さん、さらには桜ちゃんまで動員して我慢させてたけど、空腹が極まった事で嗅覚が鋭敏になってここから漏れ出た匂いを嗅ぎ取っちゃったんでしょう。

 実際、タシュケントが作ったボルシチはお腹が空いてなくても涎が出そうなほど良い匂いだし。

 

 「タシュケントはソレをお皿に盛り付けといて。そんで神風はそのチョコをラッピングね」

 「満潮さんはどうするんですか?」

 「桜子さんを宥めて店内に誘導する」

 

 と言って満潮さんは、心底ゲンナリしたような顔をして厨房から出て行きました。

 残された私とタシュケントはと言うと……。

 まあ、言われた通りにするしかないかな。

 

 「じゃあ、桜子先輩の久々の食事の準備をしよっか」

 「понимание!」

 

 タシュケントの元気な返事を背に受けながら、私はチョコのラッピングに取り掛かった。

 まさか、中庭で刃傷沙汰寸前の事態が起きてるなんて微塵も考えずに。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 桜子お姉様は死にそうになるほど食べ物に困った経験があるせいか、近くに食べ物があるとお腹が空いてなくても食べようとするんです。

 

 恐らくは食べられる時には食べておこう的な精神なのでしょうが、同じ経験をしているお兄様ですら引いてしまう量を平らげるお姉様の胃袋は控え目に言って異常ですね。

 

 そんなお姉様が、流動食は許可されていてもそれ以外は食べられず、しかも量を制限された生活を2カ月近く続けるとどうなるか。青木さんにはわかりますか?

 

 はい。暴れました。

 狩衣と愛刀は装備せず、持っていたのは竹箒でしたが、奇兵隊でも五本の指に入る実力者であるお姉様が持てば竹箒も立派な凶器です。

 

 実際その時、お姉様は竹箒で狩衣を装備していた私たち花組を打ち倒し、奇兵隊でも数少ないお姉様以上の実力者である実働部隊の一つ『剣』の隊長であるソード1すら退けました。

 

 え?奇兵隊で一番強いのはお姉様じゃないのか?

 そう思うのも当然とは思いますが、強さで言うならお姉様は当時の奇兵隊で上から三番目でした。

 はい、お姉様の前に総隊長だった方は名実共に奇兵隊最強だったそうですが、お姉様はそうではありませんでした。

 

 当時の、平成4年時での奇兵隊内での強さランキングは一位がお兄様。二位がソード1。三位がお姉様ですね。その後に金髪さんことビークル1と秋津洲さんが続いて、そのかなり後に私たち花組と言った感じになります。

 

 はい、お兄様とは貴女たちが海坊主と呼んでいた人で間違いありません。

 あの人ってイジられキャラではありましたが、先代総隊長と今は陸軍元帥を務めている人がいた時代でさえ、トップ3に名を列ねたほどの実力者なんです。

 

 あの時も、お兄様がいてくれたら私たちはもちろん、満潮さんも怖い思いをせずに済んだのかと思うと、少し恨めしく思ってしまいます。

 

 

 ~戦後回想録~

 元春風。現奇兵隊花組所属 春日 桃少尉へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「出しゃばるんじゃなかった……」

 

 さすがに神風の魚雷……じゃなかったチョコケーキは無理でも、タシュケントのボルシチなら食べさせても平気だろうと判断し、ソレを文字通り餌にして暴れる桜子さんを止めようと思ったのが間違いだった。

 まさか、鎮守府に詰める奇兵隊が総掛かりでも止められてないとは予想してなかったもの。

 

 「ね、ねえ秋津洲さん。海坊主さんは?」

 「総隊長の代わりに提督の護衛をしてるかも」

 「金髪さんは?」

 「桜ちゃんと散歩中かも」

 「ソード1って人は?」

 「あそこの壁に刺さってるかも……」

 

 語尾にかもってつけるなわかりにくい。

 は、置いといて。

 軽く現状を整理しよう。

 今現在、中庭の中央辺りにいる桜子さんは竹箒を片手に持ったまま両腕と頭をダランと下げて棒立ち中。セミロングと呼べるくらいまで伸びた紅い髪のせいで表情は見えないけど、辛うじて見える口元から何かを呟いてるのはわかる。

 その周りでは、花組の人たちを筆頭に奇兵隊の人たちが取り囲んでるわ。

 唯一何とか出来そうな人たちは外出&趣味の悪いオブジェと化している。

 うん、やっぱり出しゃばるべきじゃなかった。

 

 「秋津洲さんって、奇兵隊じゃ上から数えた方が早いくらい強くなかったっけ?なんとかしてよ」

 「え?無理無理。今の総隊長には艤装を背負ってても勝てないかも。秋津洲チャレンジ超級に挑んだ方がマシかも」

 

 秋津洲チャレンジって何?

 は、またまた置いといて。

 秋津洲さんが今の桜子さんと事を構えたくない気持ちは痛いほどわかる。だって涙ぐんで泣き出す寸前だしね。

 私だってそう。

 私はお姉ちゃんからガゼルパンチを教えてもらい、桜子さんから護身術も習ってる。でも逆に言えばその程度。円満さんみたいにそこらのJK並の戦闘力しかない人が相手ならどうとてでもなるけどあの人は無理。

 

 「……わ……ろ」

 

 桜子さんが何か言った途端、場の空気が一変した。

 取り囲む奇兵隊もソレを察して身構えてるわ。それプラス、古参と思われる人たちが何やらざわめいてる。

 なんか「お、おいコレって……」とか「ああ間違いねぇ。親父殿より範囲は狭いし圧も弱いが『狩場』だ」とか言ってるわ。

 

 「ねえ秋津洲さん、『カリバ』って何……って、あれ?」

 

 『カリバ』とやらの事を聞こうと思ったら、隣に居たはずの秋津洲さんが消えていた。

 あの人、いよいよ本当にマズいと思って逃げたわね。

 

 「飯……!食わせろぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 爆発。とでも表現したら良いのかしら。

 べつにドカン!とかズドン!なんて音がして炎に彩られた訳じゃないのに、桜子さんから何かが噴き出したのを肌で感じた。

 それと同時に、体が硬直して思うように動けなくなったわ。それは奇兵隊の人たちも同じみたい。

 桜子さんは無人の荒野を歩くかのように、力無く垂らした竹箒で地面を削りながらゆっくりとこちらへ歩を進めてるわ。

 

 「さ、桜子さん……よね?」

 

 桜子さんの一歩進む度に重い体に鞭打ちながら一歩下がり、店の裏口まで追い詰められた私は、目の前にまで迫った桜子さんに思わずそう聞いてしまった。

 だって、こんな桜子さんは見たことがないんだもの。

 顔の半分以上が髪の毛で隠れた様は幽鬼の如く。その瞳は血走り、殺気どころか怨嗟に彩られている。

 

 「退け」

 「ひいっ……」

 

 桜子さんはけして高圧的に言ったんじゃない。

 尽きかけた体力を振り絞ってようやく捻り出したように力無く小さい声なのに、私は情けない声を上げて腰を抜かしてしまった。

 今の桜子さんなら、艤装を背負ったお姉ちゃんにも余裕で勝てるんじゃない?と、頭の隅で現実逃避しながら。

 

 「そこまでです先輩!」

 「ご飯だよマーマ!」

 

 再び場の空気が一変した。いえ、さっきまで中庭を支配していた気配が、バン!と勢い良く厨房の勝手口を開いて寸胴鍋を持った神風とタシュケントが現れた途端に霧散した。

 あの寸胴鍋の中身は……もしかしてボルシチ?

 

 「ああ……。ご飯……ご飯……」

 「そうだよマーマ。ご飯だよ」

 

 さっきまでが嘘みたい。

 二人に、いやボルシチが詰まった寸胴鍋に向かって力無く両手を突き出し、老婆のように腰を屈めてヨロヨロと歩く桜子さんからはついさっきまでの狂気がまるで感じられないわ。

 

 「食べて……良いの?」

 「良いんですよ。先輩。食べて良いんです」

 「あぁ……いただきます」

 

 寸胴鍋に辿り着いた桜子さんは、神風から許しをもらうと膝を突き、両手を合わせて救われたような声で『いただきます』と言って……鍋に頭を突っ込んだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 『血のバレンタイン事件』?

 何ですかそれ。そんな事件があったんですか?

 

 は?奇兵隊の隊舎でそんな事件があったって聞いたって……誰から?ゴトランドさんから!?

 

 ゴトランドさんって先輩から倉庫街に立ち入るなって警告されてたから、あの人が隊舎に来た事なんて……。

 

 あ、一度だけあったか。

 はい。先輩が警告した日です。

 たしかその日はバレンタインでしたし、青木さんが言ってる『血のバレンタイン事件』とはたぶんあの日の騒動の事ですね。

 

 いえいえ、たしかに多少流血した人はいましたが、血のバレンタインなんて呼ぶほどの流血はありませんでした。

 強いて言うなら、ボルシチが詰まった寸胴鍋に頭を突っ込んで中身を食べたせいで、鍋から頭を出した先輩の顔が真っ赤に染まってたくらいです。

 ええ、つまりあの一件は『血の』ではなく『ボルシのバレンタイン事件』と呼ぶべきですね。

 たぶん、話を聞いた人が上手く聴き取れずに『ボルシ』を省略しちゃったんだと思います。

 

 私の記憶が確かなら、ゴトランドさんが来たのも丁度その時でした。ぱっと見は血塗れの先輩を見て引いてたのを憶えています。

 

 彼女は何をしに来たのか?

 何でも円満さんから手紙を託けられたそうです。

 手紙の内容まではわかりませんが、それを「もう!そんなに汚して!桜子は相変わらず食べ方が汚いわね!」と、馴れ馴れしく話しかけながらゴトランドさんは手渡しました。

 

 ええ、ゴトランドさんが倉庫街への立ち入りを禁じられたのはそのせいです。

 彼女は初対面でも馴れ馴れしく、まるで昔からの友人のように話しかけ続けて相手の警戒を解き、懐に跳び込んで自分の良いように相手を誘導するなんて事をしてたんです。

 

 それを桜子先輩にまでしようとしたのが彼女の運の尽きですね。

 しかも、お腹が膨れて幸福感に包まれていた先輩に。

 

 あの時のゴトランドさんは哀れでした。

 気分を害し、血塗れと見紛うくらい真っ赤な先輩に詰め寄られたゴトランドさんは、わかりやすく怯えて許しを請うてましたから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 神風へのインタビューより。

 



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第百四十四話 アンタが弱いから

 

 

 

 

 

 

 霞のことは、あの子が着任した時から大嫌いでした。

 恋敵だったというのもありますが、あの子は私が苦労して駆逐艦が戦場に出なくても良いようにしていたのに出撃したがり、あの人に意見してまで駆逐艦を戦場に出そうとしたんですから。

 

 当時は八つかそこらの子供がですよ?

 そりゃあ、あの子が艦娘になった理由を知った時は出撃したがるのもしょうがないと思いましたよ。

 実際、あの頃はそんな子ばかりでしたし。

 

 でも出撃させたくなかったんです。

 子供が戦場に出ることがどうしようもなく我慢できなかったんです。

 

 子供が重火器を持って殺し殺される戦場に出るなんて異常でしょう?

 それなのに、どいつもこいつも当然のように子供を戦場に送り出した。

 

 だから私は今でもあの子が嫌いなんです。

 少なくとも、呉の駆逐艦が戦場に出なければならなくなったのはあの子のせいなんですから。

 

 

 元戦艦 金剛。現呉提督夫人へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「Hayチンチクリン。こんな所で何してるデスか?」

 「書類の整理よ色呆け戦艦。貴女こそ何してるの?今日は貴女が秘書艦でしょ?」

 

 横須賀への転属が言い渡された三月の末。

 一人になりたい気分だったから、書類の整理とかこつけて資料室に籠もってたら、誰かから私がここに居ると聞いたのか金剛さんが訪ねて来た。

 この人が仕事以外で私に話し掛けるなんて珍しいわね。珍しすぎて明日は雪でも降るんじゃない?って思っちゃうくらいよ。

 

 「横須賀に飛ばされる負け犬の顔を憶えとこうと思いましてね」

 「ふぅん……」

 

 負け犬……ね。

 あの人から離れる以上、傍に居続けられるこの人に水を空けられちゃうのは確実だから負け犬と言えば負け犬かしら。

 でも、ただ負けるだけってのは我慢ならないわね。

 

 「ねえ金剛さん。暇なら私の休憩に付き合ってくれない?」

 「……なら、私の私室でしましょう。そこなら邪魔は入らないデスから」

 

 私が挑戦でもするような目付きでそう言うと、金剛さんは顎を振りながらそう言った。

 流石は伊達に歳を重ねてないってところかしら。

 私が売られた喧嘩を買ったことに気付くどころか、邪魔が入らない勝負場所まで用意してくれるなんてね。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 金剛さんは私の天敵と言っても良かったわ。

 ええ、艦娘としても女としてもね。

 

 昔の呉の艦娘が戦術も戦略も度外視の、悪言い方をすれば深海棲艦と同じような戦い方しかしなかったのはあの人のせいだし、そのせいで戦死した人は結構な数になるわ。

 

 うん。正直、嫌いだった。

 当時は、二水戦所属の駆逐艦以外は哨戒や遠征くらいしか出撃の機会がなくってさ。

 私を含め、仇討ちが目的で艦娘になった子が多かった駆逐艦たちは完全に腐ってた。

 霰姉さんも口には出さなかったけど、イライラしてたのが肌で感じられたわ。

 私だってそう。

 あの人さえいなければ。って何度考えたかわからなくなるくらい考えたし、あの人の戦死を祈ったこともあったっけ。

 

 でも、尊敬もしていたの。

 粗っぽくて隙だらけの作戦なのにも関わらず、力尽くで成功に導くあの人の強さには素直に憧れたわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 霞へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 「へぇ……」

 「何呆けてるんデスか?サッサと入ってください」

 「あ、うん。失礼します」

 

 上位艦種の部屋に入るのが始めたなのもあったけど、金剛さんの部屋の内装が純和風、と言うより所帯染みてるのが意外でつい呆けてしまった。

 入って改めて見渡してもやっぱり所帯染みてる。

 まず目につくのは目の前のちゃぶ台と二枚の座布団。それに普通の、安アパートにあったら似合いそうなタンスに部屋の隅に畳まれた布団等々、生活のために必要な物が最低限。それ以外は無いと言っても良いくらいだわ。

 うん。何度見回しても、ここが執務室をティーパーティー仕様に改装しちゃうくらい英国かぶれだと思ってた金剛さんの部屋とはとても思えないわ。

 

 「私が住んでる部屋がこんなで意外デスか?」

 「ええ、もっとこう……如何にも英国!って感じだと思ってましたから」

 

 私がそんな感想を伝えると、金剛さんは「如何にも英国ってどんなだよ」ってため意味まじりに言いながら、敷いてある座布団に座れと視線で促した。

 私が座ると、金剛さんはちゃぶ台を挟んだ対面に腰を降ろしたわ。普段の金剛さんからは考えられない、胡座かいてちゃぶ台に肩肘片肘突くって格好でね。

 

 「これが普段の私よ。こんな様を見て男がなびくと思う?」

 「なびくどころか幻滅するでしょうね」

 

 だって普段とのギャップが凄いもの。

 今私の目の前にいる金剛さんは間違いなく金剛さんなんだけど、まるで中身がオッサンと入れ替わっちゃったんじゃないかって思っちゃうくらいオッサンくさいわ。

 あ、だからか。

 だから普段の金剛さんは、似非外人っぽい喋り方をする帰国子女の英国かぶれってキャラを作って貫いてたって訳ね。

 

 「なんか……」

 「みっともない。とでも思った?」

 「いいえ逆よ。感心したわ」

 

 あれ?そんなに変な事を言ったかしら。

 私は純粋に、自分を曲げてまで好きな人と一緒になろうとしているこの人は本当に凄い。私には真似できないと思ったから感心したって言ったのに、金剛さんにとっては意外な答えだったらしく間抜けな顔して驚いてるわ。

 

 「調子狂うわねぇ。私の姉妹艦にすら秘密にしてる一面を見せたんだからもうちょっとこう……」

 「嫌味の一つも言うと思ってた?」

 「ええ、だってみすぼらしいでしょ?」

 「そう?私はそんな風に思わないわ」

 

 金剛さんはみすぼらしいとか言ってるけど、掃除は隅々まで行き届いてるし設置してある家具も安物ってだけで趣味は悪くない。むしろ部屋にマッチしてる。

 質素と言うよりは清貧と言うべきね。

 でも、どうしてこの人……。

 

 「弱味を晒すような事をしたんですか?例えばこの部屋と、猫を被るのをやめた金剛さんを撮影なりして司令官に見せるとか考えなかったんですか?」

 「考えなかったわ」

 「どうして?」

 「アンタは、私と違ってそんな小狡い事をする女じゃないからよ」

 

 ずいぶんと買い被ってくれるわね。

 私だって切羽詰まれば小狡い手だろうが卑怯な手だろうが使うわ。

 まあ、今は先に言った手段を取ろうとは微塵も思わないけどね。

 

 「金剛さんは、あの人の何処を好きになったんですか?」

 「お子ちゃまにはわかりませんか?イケメンで地位もあって金も持ってる。しかも独身!そんな好条件の物件を放っておくわけ……」

 

 おちゃらけて在り来たりな理由を言おうとした金剛さんは最後まで言い切らず、私の視線に気付いて姿勢を正した。

 私の、こんな場まで用意して私と向き合うつもりなんなら子供扱いは辞めろという意志を込めた視線に、金剛さんは姿勢を正すことで応えてくれた。

 

 「好きだから好き。それ以外の理由が必要ですか?」

 「いいえ、必要ないわ」

 

 そう、必要ない。

 優しくされたとか、危ないところを助けてもらったとか切っ掛けはあったでしょうけど、誰かを好きでいるのに好き以外の理由なんて必要ない。

 私だってそうだもの。

 

 「提督はモテるから、私みたいなとうが立った女は必死ですよ。比叡や霧島は興味ない風を装ってますが惚れてるのは間違いないですし、榛名なんて露骨に誘ってますからね」

 「あ~……。榛名さんは本当に露骨な誘い方するわよね。バレンタインのときなんか、私が居るのもお構いなしに自分のオッパイを模ったチョコを渡してたのよ?私思わず「頭大丈夫?」って言っちゃったもん」

 「榛名は大丈夫です!って言ってたでしょ」

 「言った言った!どう考えても大丈夫じゃないでしょアレ!司令官もさすがに冷や汗かいてたわよ」

 

 「あのバカ妹は……」とか言って呆れてる金剛さんも似たようなもんだけどね。

 今年は常識の範囲内のチョコを贈ってたけど、何年か前までは自分の体にチョコを塗りたくって迫ったり、オッパイどころか全身を模ったチョコを贈ったりしてたわ。ちなみにサイズは等身大。

 

 「まあ、姉が姉だから仕方ないわよねぇ」

 「アレと一緒にすんな。私はもっと大胆にいきますよ」

 「大胆過ぎて引かれてたじゃない」

 「だから反省してここ何年かは普通のサイズのチョコを贈ってるでしょ?」

 「見た目はね。見た目は確かに普通のラッピングされたチョコだわ」

 「なぁんか含みのある言い方ね。まさか、チョコに薬でも混ぜてるとか言いたいの?」

 「してるでしょ?」

 

 あ、わざとらしく私から視線を逸らしたことで確信した。

 今年のバレンタインに金剛さんから貰ったチョコを食べたあと、司令官が顔を赤くしてソワソワしだしたのを見たからもしかしてと思って言ってみたらビンゴだったみたい。

 

 「結局アレも失敗しましたね。薬だけじゃなくて私のヌード写真も一緒にラッピングしといたのに」

 「ある意味成功したんじゃない?あのあと司令官、何かをポケットに入れてトイレに行ったもの」

 

 たぶん堪えきれなくなって、その写真をオカズにして自分で処理したんでしょうね。

 私が居たんだから私に言えば良かったのに……。

 

 「チッ、あのヘタレめ。ちゃんと写真に『I'm ready, so always come』って書いたんだから来れば良かったのに」

 「ちょっと待って、今のって準備できてるからいつでも来て的な意味よね?どんな写真を贈ったの!?」

 「どんなって……。こんな感じのポーズですけど?」

 

 ですけど?

 じゃないでしょうがこの痴女!

 そんな、M字開脚して右手の人差し指と中指でアソコを広げるようなポーズした写真を贈るなんて変態じゃない!榛名さんのオッパイチョコが可愛く思えちゃうわよ!

 

 「言っときますけど、アンタに比べたらはるかに健全ですからね?」

 「いやどこがよ!」

 「授乳、オムツ交換」

 「う……」

 「どうです?赤ちゃんプレイをしてる自分は健全だと言えますか?」

 「そ、それは……」

 

 ()()()()言えない。

 個人的には最高のプレイだと思ってるけど、世間一般ではマイナーどころか変態プレイの一つに数えられているのは知ってるし自覚もしている。

 でもね金剛さん。

 私と司令官の仲は健全なの。

 何故なら授乳は哺乳瓶使用でオムツもパンツの上から。更に、私と司令官は一線を越えてない!

 と、金剛さんに説明したら……。

 

 「嘘……でしょう?そんなの、ただのおままごとじゃないですか」

 

 などと言って、信じられないモノを見るような視線を私に向けながらドン引きしちゃった。

 まあ、とっくにヤッてると思ってた金剛さんからすれば当然の反応かしら。

 私自身、たまに「何やってんだろ私」って呆れることがあるし。

 

 「本当はちゃんと最後までしたいんだけど……。ほら、私って改二になって中学生位の体まで成長したけど司令官からしたら子供じゃない?それに……。いや、それが理由かな」

 「その結果が赤ちゃんプレイもどきですか」

 「うん、そういうのは無理だけどそれ以外なら霞の要望に応えるって言ってくれたから……」

 

 母親の真似をさせて貰った。

 私のお母さんはこうしたのかなとか、お母さんならこうするかなって妄想を司令官相手に試させてもらった。

 ()()()()()()が怖いクセに、司令官がその気になるのを期待しておままごとの相手をしてもらった。

 

 「艦娘を辞めるって手もあったんじゃないですか?アンタくらいの器量好しなら、年相応に成長したらいい線行くと思いますよ?」

 「嫌よ。自分の欲求のために艦娘を辞めたくない」

 「仇討ちを諦めたくない。ってとこですか?」

 「ええ。私と同世代の駆逐艦では在り来たりだけど、私はお母さんの仇が討ちたくて艦娘になったわ」

 

 もう10年以上前になるかしら。

 開戦時の混乱で増えた暴徒の集団の一つに私の母親は殺された。ただ殺されるだけじゃなく、嬲られ、弄ばれ、玩具にされた上で殺された。

 その様子を、私は最後まで見続けさせられた。

 

 「それなら、恨むべきはソイツらであって深海棲艦じゃないじゃないですか」

 「そうね。金剛さんの言う通りだと思う。でも色々あって、そもそも深海棲艦がいなければって考えるようになったの」

 

 養成所に流れ着いた時は深海棲艦の存在すら知らなかったのにね。

 私が先に言ったように考えるようになったのは、私をその集団から助けてくれた人のおかげとも言える。

 その人は母を殺した集団と対立していたグループのリーダーで女性だった。

 そのリーダーの女性は、母を玩具にし終わった奴らが次は私に手を出そうとした時に手下を連れて現れ、奴らを身の毛も弥立つような方法で殺害したわ。

 ドラム缶の中に閉じ込めて火で炙ったりもしてたわね。

 

 「そしてリーダーの女性は、事が済んでから私に「弱いからそんな目に遭うんだ」って言って去って行ったわ」

 「当時は八つかそこらのアンタに?」

 「養成所に流れ着く前だからもっと幼かったわ。たしか……五つか六つだったと思う」

 

 顔も覚えていない彼女の言葉は、養成所に流れ着いた後も私の耳に響き続けた。

 だから強くなろうとした。

 そして艦娘になり、私と母があんな目に遭った原因が深海棲艦だって事を知った。

 コイツらのせいだったんだと知った時、私の恨みの矛先は深海棲艦へと変わったわ。

 それなのに……。

 

 「なんで邪魔したのよ……。金剛さんが邪魔さえしなかったら、私はもっとアイツらを沈められたのに!」

 「そうですね。確かに私はアンタの復讐の邪魔をしました」

 「そうよ!金剛さんさえいなかったら……!」

 

 私はとっくに満足して退役してたかもしれない。

 退役して士官にでもなって司令官にアタックしてたかもしれないし、民間人になって学校に通ってたかもしれない。

 この人が、私が出撃できないような環境を作らなければ私は……。

 

 「でもそれは、その彼女の言葉を借りるなら『アンタが弱いから』でしょう?」

 「……!」

 「睨むだけで言い返せませんか?でも事実です。アンタは弱いから出撃を許されなかった。アンタが弱いから、誰かに尻を叩かれなきゃ本音も吐けなかった」

 「うっさい!そんなの……!そんなの私が一番わかってるんだったら!」

 

 金剛さんが言う通り私は弱かった。

 弱かったから我慢することしかしなかったし、弱かったから当時の大淀に尻を叩かれるまで本音を言えなかった。

 でも、今の私はあの頃の私とは違う。

 

 「司令官って几帳面そうに見えて意外と抜けてるところがあるから、素の金剛さんとの相性も良いと思う」

 「急になんです?話が噛み合って……」

 「黙って聞いて!」

 

 私は金剛さんの目を真っ直ぐ見て黙らせた。

 金剛さんも聞く気になってくれたのか、私の視線を真っ向から受け止めてくれてるわ。

 

 「今みたいに熱烈なアタックをするんじゃなくて、一歩引いて奥ゆかしい女性を演じて。そうすれば、むしろ司令官の方から寄ってくると思うわ。それと……」

 「それと?」

 「あの人が甘えん坊なのはマジなの。だから、甘えてきたら襲うんじゃなくて可愛がってあげて。それから……」

 

 あの人の秘書艦になって、身の回りのお世話もするようになって気付いた司令官の攻略法を、私は余すこと無く金剛さんに伝えた。

 金剛さんは、私がそんな事をする理由を察してくれたらしく真摯に耳を傾けてくれてるわ。

 

 「以上。後は金剛さん次第よ」

 「わかりました。参考にさせてもらいます」

 

 これで準備は整った。

 金剛さんに託すことで、私はあの人への未練を断ち切れた。これで私は、心置きなく横須賀へ発つことができるようになった。

 

 「あの人を、愛してあげてください」

 「ええ、愛しますよ。アンタの……いえ、霞の分まであの人を愛します」

 

 その返事を聞いて少しだけ面食らった。

 だって、ずっと私をチンチクリとかクソガキ呼ばわりしていた金剛さんが初めて私を名前で呼んだんだもの。

 それはつまり、私を一人の女として……いえ、対等な相手として認めてくれたってこと。

 

 「攻略状況は逐一報告しますよ」

 「あら、負け犬に追い打ちですか?」

 「負け犬?勝ち馬の間違いでは?」

 

 そう言って、金剛さんは呆れたようにフッと笑って私も笑い返した。

 この鎮守府で一番嫌いあってたはずなのに、今は一番仲が良いようにも想えるわ……って、何?この音。

 

 「ねえ、なんだか外が騒がしくない?」

 「言われてみれば……。サイレンまで鳴ってますね。まさか火事!?」

 

 警報とは違うサイレンが鳴る理由に思い至った私たちは慌てて窓に駆け寄った。

 すると、金剛さんの部屋から見て右斜め下、二階の一番西に位置する軽巡洋艦の一室から火の手が上がってるのが見えたわ。

 あの部屋に住んでるのはたしか……。

 

 「ねえ金剛さん。今日ってたしか……」

 「ええ、新しい子が着任する日です。時間的にも、入居予定のあの部屋へ行ってる頃ですね」

 

 それから私たちは、どうして火事になったのかを想像するのを後回しにして無言で肯き合い、現場に向かった。

 それまでのシリアスな雰囲気が吹っ飛ぶような珍事のせいで火事になったなんて、想像すらせずに。

 



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第百四十五話 ふふっ、いい気配りね。嫌いじゃないわ

 

 

 

 

 

 四月と言えば春。

 春と言えば新生活のスタートとか、佐世保に所属してる艦娘なら某睦月型四番艦が一年で一番多く嘘をつく日等々、人によって色々よね。

 私の場合はと言うと、先に言った通り新生活のスタートかな。すんなりと行かせてもらえれば……。

 

 「ねぇ矢矧ぃ。ホントに帰っちゃうのぉ~?」

 

 ええ帰ります。

 相も変わらずだらしないだらし姉が荷造りの邪魔をしてくれてるけど、私こと矢矧は新しい神通の着任が決まったことでお役御免となり、四月一日付けで古巣の横須賀鎮守府へと戻ることになったのです。

 しかも霞を筆頭に雪風、磯風、浜風の四人を連れてね。

 

 「あの子達を連れて横須賀に……か。嫌な予感しかしないわ」

 「じゃあ帰るのやめよう!やめてず~っと私の面倒を見て!」

 

 オムツ姿で日がな一日惰眠を貪る事はやめたものの、来週から四月になろうかってのに今だにコタツをしまわずにTシャツ一枚でコタツムリと化しているバカ姉が馬鹿なこと言ってるけど命令だからそうはいかない。

 それに後ろ髪もまったく引かれない。

 むしろ、この惰姉のお世話から解放されると思うと清々しい気分になるわ。

 

 「あ、コタツくらいはしまってから出ようかしら」

 「ふぇ!?なんで!?」

 「だってもう暖かいじゃない。それに、しまわないと阿賀野姉ったらず~っとコタツムリになってそうだし」

 「ならないよ!ならないから私と彼を引き離さないで!」

 

 コタツを彼呼ばわりとか頭大丈夫?

 それに、愛しの彼は私が引っ張り出すまで埃被ってなかった?しかも布団にはカビどころかキノコ生えてたし。あ、キノコが生えてたから彼なのかしら。

 

 「って、んな訳あるか!つべこべ言わずに出なさい!私が横須賀に戻る前に、この部屋は春仕様に模様替えしていくんだから!」

 「やぁだぁぁぁぁ!私は彼と添い遂げるのぉぉぉぉ!」

 

 すでに合体してんでしょうが!

 と、若干意味深に聞こえるツッコミを心の中で叫びつつ、私は阿賀野姉をコタツから分離すべく両腕を力の限り引っ張った。

 相変わらず重いわねこの人。まったくと言って良いほど引きづり出せないじゃない。

 しかも両足をコタツの足に絡めてるらしく、阿賀野姉をいくら引っ張ってもコタツが着いて来て1ミリも分離できないわ。

 

 「今度来る新しい神通の嚮導するんでしょ!?それなのにそんな体たらくでどうすんの!」

 「大丈夫!阿賀野がこんななのは部屋の中だけだから!」

 「ぜんっぜん大丈夫じゃないよね!?私がいなきゃ半日で汙部屋にするのに大丈夫なわけないじゃない!」

 「そう!阿賀野はお片づけできないの!だからずぅぅぅぅ~っとここに居て!」

 

 だからそれは無理。って言うか嫌。

 確かに大淀さんとの試合を見て阿賀野姉の評価は上方修正されたわ。でもそれは戦闘面だけ。

 私生活も若干マシしにはなったけど、私に依存しきった生活習慣はお世辞にも尊敬に値するとは言えない。

 最初の内こそ「私が何とかしなきゃ」って妙な使命感を感じてたのが、今では「もうダメだこのクソ女」に変わってるもの。

 

 「ああそう!わかった!こうなったら提督にあるがままを報告するけどいいわね!?」

 「ちょ、なんでそうなるの!?」

 「いやいや、自分の私生活を維持するために姉妹艦の異動を邪魔してるのよ?なるに決まってんでしょ!」

 「だって矢矧がいないと部屋が汚れちゃうんだよ!?洗濯も着替えも自分でしなきゃいけなくなるし、矢矧がいないと阿賀野は満足に生きられない哀れな生き物なんだよ!?それなのに捨てるの!?」

 「ええ捨てるわよ!捨てるだけじゃなくて廃棄してやる!って言うか、そんなダメな生き物は淘汰されてしまえ!」

 

 なぁんて言い合いを小一時間続けた頃、控え目にドアをノックする音が聞こえた。

 こんな時間……と言っても昼前か。に誰だろう?

 また磯風あたりが、阿賀野姉に『回向返照』のやり方を教えてくれてってねだりに来たのかしら。

 

 「鍵は閉めてないからどうぞ……って、ああもう!そのミカンどっから出したのよ!まともに皮剥けないんだから食うなって前にも言ったでしょ!」

 「だってコタツと言えばミカンじゃない?それに阿賀野が皮を剥くのが下手でもぉ、見かねた矢矧が剥いてくれるから問題なし!」

 「大有りよバカ姉!ミカンの剥きすぎで私の指先黄色くなってんのよ!?」

 

 そのせいで、私が喫煙者なんじゃないかって噂が流れたわね。

 だってこのバカ姉はミカンがまともに剥けないの。

 最初こそ「ミカンくらい自分で剥けと」相手にしてなかったんだけど、コタツの上を細切れにしたミカンの皮で埋め尽くすわ、剥けないなら皮ごと食べれば良いじゃないとかバカ丸出しな事言って本当に皮ごと囓ったのを見て以降、渋々ながら剥いてあげてたわ。

 冬の間だけね!

 まさか、ようやく処理できたと思ってた大量のミカンがまだ残ってたなんて毛ほども考えなかったわよ!

 

 「あの~。お邪魔します……」

 「邪魔するんなら帰れ!今忙しいのよ!」

 「ひいっ……!すみません!」

 

 おっと、堕姉への対応でイライラがマックスだったせいで、後ろに居るはずの如何にも気弱そうな声の主に八つ当たりに近い対応をしてしまった。

 って言うか誰だろう?

 呉に所属してる艦娘全員と話した事が在るわけじゃないけど、こんな声は聞き覚えがないわ。

 

 「あなたが新しい神通?」

 「はぁ!?陣痛!?阿賀野姉妊娠してたの!?」

 「字が違うよ矢矧。陣痛じゃなくて神通。私と相部屋になるって提督から説明されたでしょ」

 「いや、聞いてたけど……」

 

 今日からとは思ってなかった。って言うか今日着任するなんて聞いてなかった。

 だから、阿賀野姉とコタツを分離するのも今日中にやれば問題ないと思って小一時間も生産性のない問答を繰り返したし、最後だからミカンくらい剥いてやるかとも考え始めてたのに……。

 

 「あの……軽巡洋艦、神通です。どうか、よろしくお願い致します……」

 

 私がどう言い訳しようって考えながらゆっくり振り向くと橙色セーラー服と黒スカートを纏った如何にも気が弱いですって感じの子が怯えた瞳で自己紹介してくれた。

 この子が十代目の神通か。

 私がイメージしてた『神通』とは真逆と言って良いほどの子ね。こんな子が、個性の塊でできてるような二水戦の子達をまとめ上げられるのかしら。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 え~っと、あの日の事を話すのは先輩であるあの二人を貶めかねないので話したくないのですが……。

 

 え?気にせず話せ?私が言ったとは漏らさない?

 だったら話しても良い……かな。

 

 あの日、予定より一週間近くも早く着任した私は、提督に言われたとおり阿賀野さんの部屋に向かいました。

 

 ええ、緊張しました。

 養成所でも大淀さんの出鱈目な強さは知れ渡っていましたから、そんな大淀さんと互角の勝負を繰り広げた阿賀野さんに嚮導され、しかも同室になる事態は予想していませんでしたから。

 

 一番予想外だったのは、阿賀野さんの私生活が他人に依存しきってた事ですね。

 

 はい、今思い出しても酷かったです……。

 その日から矢矧さんが横須賀へ異動するまで阿賀野さんのお世話の仕方を習って、矢矧さんが居なくなってからは私がお世話したのですが……。何と言いますか、赤ん坊のお世話をする方が幾分マシなんじゃないかと頭の隅で考えてしまうほど酷かったです。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元川内型軽巡洋艦 二番艦 神通へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「え~と、神通さん。来て早々で悪いんだけど、取り敢えずこのバカ姉を引っ張り出すのを手伝って貰って良い?」

 「それは構わないのですが……」

 

 神通さんが黙り込みたくなる気持ちもわかる。

 だって阿賀野姉ったら、私が神通さんに応援を要請するよりも早くコタツの中に潜り込んじゃったんだもの。

 明日からお世話になる軽巡洋艦の先輩が、コタツを取り上げられまいと潜り込む様を見たらそりゃあ呆れてものも言えなくなるわよね。

 

 「えっと、どうします?」

 「無理矢理引っ剥がす。そっち持って貰って良い?」

 

 緊張してる様子の神通さんを促して、取り敢えず私たちはコタツの天板を外した。

 でも問題はここから。

 阿賀野姉ったら器用にも、コタツ布団の端を全部内側に引っ張り込んじゃってるのよ。

 辛うじて掴めそうなのは、コタツの脚があるせいで引っ張り込めない僅かな量だけ。

 この状態のコタツ布団をどうやって……。

 

 「あの、矢矧先輩。意見具申してもよろしいでしょうか」

 「え?ああ、意見具申ね。どうぞ?」

 

 私が顎に手を添えて悩んでいると、神通さんが恐る恐るといった感じ丸出しで右手をちょこんと挙げながら言ってきた。

 いや、そんな事どうでもいい。

 先輩って呼ばれるのが気分良い!しかも!私が艦娘になる切っ掛けとなった『神通』の名と艤装を受け継いだ彼女に先輩って呼ばれて気分最高よ!

 こんなにも優越感に満たされたのはいつぶりかしら。

 

 「あの、アレをこうしてですね。それでひたすら……」

 「なるほど、いい手だわ」

 

 神通さんが阿賀野姉には聞こえないように耳打ちしてきた作戦は、ものすごく簡単に言うと北風と太陽。

 でも阿賀野の無駄に我慢強い点を考えると、この部屋にある物だけじゃ足りないわね。

 

 「他の艦娘に掛け合って集めてくるわ。その間、神通さんは阿賀野姉を見張ってて」

 「了解しました。どうかお気をつけて」

 

 鎮守府内で何に気をつけろと?

 なんて疑問は口に出さず。私は敬礼する神通さんに見送られて部屋を後にした。

 他の艦娘に掛け合って、ストーブとダメ押しのドライヤーを掻き集めるために。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 あの時の一件は、呉では『コタツムリ事件』と呼ばれて今でも語り草になってるそうよ。

 

 ええそう。

 あの二人ったら私が入ってるコタツを大量のストーブで包囲して、更にダメ押しとばかりにドライヤーの温風でコタツを加熱したの。

 

 いやぁ~ホンット殺されるかと思った。

 昔、ドラム缶を代用して遊び半分でやったファラリスの雄牛を思い出したくらいよ。

 

 え?ファラリスの雄牛って処刑道具じゃなかったか?

 よく知ってるじゃない。

 詳しい説明はやめとくけど、ファラリスの雄牛ってのは古代ギリシアで作られた真鍮製の処刑道具よ。

 

 どうして処刑道具を遊び半分で使った事があるのか?

 ん?私はそんな事してないよ?

 だって私が使った事があるのはファラリスの雄牛じゃなくてドラム缶だもん。

 

 どうしたのよ冷や汗なんかかいて。

 あ!もしかして、私が昔そんな残虐な処刑をしたことがあると思ったんでしょ!

 いやぁねぇ~。私がそんな事するわけないじゃない。

 

 本当か?

 本当よ。だって私は見てただけだも~ん。

 あ、そう言えばあの時の子って、アレからどうなったんだろ……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 阿賀野へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 「ど、どうしようコレ……」

 「取り敢えず消火活動に参加します……か?」

 「いや、それよりも危うく死にかけた阿賀野に謝るべきだと思うよ?」

 

 春だってのに真夏の日差しよりも暑い。いや、熱い炎に肌が炙られるのを感じながら、私と神通さん、それと良い感じに焼けて肌が小麦色になり、髪の毛がアフロみたいになった阿賀野姉は、絶賛消火活動中の燃え上がる自室を見上げていた。

 

 「前々から思ってたけど、矢矧ってたまにバカだよね」

 「ち、違う!これは私のせいじゃなくて神通さんが……」

 「待ってください!私は提案しただけで、採用して実行したのは矢矧先輩です!」

 

 ふぉ!?

 この子ったら速攻で裏切りやがった!

 そりゃあ、着任初日に部屋を火事にするなんて大不祥事から逃げたいのはわかるけど、貴女があんなアホみたいな作戦を思い付かなければ私だって……。

 いや、違う。

 これはそもそも私たちのせいじゃない。

 どう考えても阿賀野姉のせいよ!

 だって私たちは阿賀野姉をコタツから引っ張り出そうとしてやりすぎちゃっただけで、けっして火事を起こそうとしたわけじゃないんだから!

 

 「阿賀野姉が悪い。そうよね?神通さん」

 「……!そうですね。阿賀野先輩がコタツから出てこなかったのが悪いです」

 「ちょっ……!なんでそうなるの!?」

 

 流石は神通の名を継ぐ女。

 罪悪感は感じてるみたいだけど、すぐに私の思惑に気付いてくれて合わせてくれたわ。

 後は、提督なり憲兵なりに阿賀野姉を引き渡して被害者を装えば良い。

 

 「ふふっ、いい気配りね。嫌いじゃないわ」

 

 私と神通さんはコクリと頷き合い、阿賀野姉ににじり寄った。

 後ろから怖い顔をして歩いて来てる、提督と金剛さんと霞に引き渡すために。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 アレは私の作戦だった。

 私はあの日に神通が着任するのを知ってたから、矢矧と神通を打ち解けさせるためにわざとコタツにこもり続けたのよ。

 

 いや、本当だから。 

 じゃなきゃ、クソ暑いのにコタツの中に入りっぱなしな訳ないじゃない。

 

 その言い訳は信じてもらえたのか?

 さすがに無理だったなぁ……。

 あの後提督に半日くらいお説教されて、しかも部屋の修繕費も給料から天引きされたりで踏んだり蹴ったりだったわ。

 

 でも、やった甲斐はあったかな。

 あの一件で矢矧と神通は仲良くなったし、着任早々私を焼き殺そうとしたって噂が広まったおかげで神通は駆逐艦たちから恐れられて、二水戦の子達をスンナリ従えることができたわ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 阿賀野へのインタビューより。

 

 



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第百四十六話 幕間 矢矧と澪

十四章ラストです!
十五章の投稿開始は……来月の頭くらいにはしたいなぁ(´_ゝ`)


 

 

 

 

 

 

 

 不意打ちだった。

 霞たち四人を連れて、哨戒がてら海上を移動して夕日に照らされた横須賀に着いた私を迎えてくれたのはスーツ姿の大城戸教官だった。

 一応、教官が提督補佐として横須賀に異動になってたのは聞いてたわ。でも大会の時にも会えなかったから「異動したら会う機会もあるでしょ」くらいにしか考えてなかった。

 だから再会した時にどう挨拶しようとかは、今の今まで全く考えてなかったわ。

 

 「久しぶりですね矢矧。生きて再会できて嬉しいですよ」

 「わ、私もです。え~っとあの……」

 

 何て言おう。

 霞が無駄に空気を読んで、他の三人を連れて先に工廠に行って私と教官を二人きりにしたもんだから、変に緊張して何を話せば良いのかまるで思い浮かばない。

 

 「どうしました?あ、そう言えば呉から海上を移動して来たんですよね?疲れちゃいました?」

 「いえ!そんな事はありません!こんなの、候補生時代にやった『一週間航行訓練』に比べたら屁でもありませんから!」

 

 ちなみに『一週間航行訓練』とは、大城戸教官が考案して私の代で実践した訓練で、養成所があった島の周りを文字通り一週間ずぅ~~~っと、航行し続けるってモノよ。

 パッと聴いただけなら「航行するだけ?そんな楽な内容で良いの?」ってなる……って言うか私もそうだったんだけど、この訓練の恐ろしいところは補給時の十数分間の休憩だけでそれ以外の時間はひたっすら海の上を航行し続けるところにある。もちろん睡眠時間も設けられていないわ。

 いやぁ……今思い出してもアレほど辛い訓練はなかった。初日は「この訓練に何の意味があるんだろう」って考える余裕や雑談するくらい体力的にも余裕があったわ。睡眠時間も、誰かと交代で曳航したりされたりしてれば確保出来たからね。

 でも時間が経つに連れてその余裕は消えていき、三日目を過ぎる頃には半分以上が脱落していた。

 

 何て言うか、あの訓練って体力的にはもちろん精神的にも参るのよ。

 例えば同じ景色を何度も何度も見てる内に景色を見ても自分が何処に居るのかわかんなくなるし、日が経つごとに補給の回数も減らされるから燃料配分にも気を使わなくちゃならなくなるの。しかも疲れ切ってる状態で!

 一応、体力切れや燃料切れで脱落した者は船で回収されるんだけど、救助の船が来るまでは自力で浮いてなきゃならないから泳げない私は必死だったわ。

 

 「そんな何かを諦めたような顔してどうしたんです?」

 「ああいえ、あの訓練の時を思い出しちゃいまして」

 「矢矧は人一倍頑張りましたもんね。結局ゴール出来たのは貴女だけでしたし」

 「ええ、死に物狂いでしたよ……」

 

 実際、私は他の候補生と違って脱落即死と言っても良かったですからね。

 でも、おかげで他の矢矧候補を蹴落とせたし、ゴールして丸二日間眠って起きたら教官から誉めてもらえたのが何よりも嬉しかった。

 

 「ご飯でも一緒に食べませんか?」

 「ご飯……ですか?」

 「ええ、もうとっくに夕飯時ですし、久々に会った元生徒に奢りたい気分なんです。それとも、お風呂が先の方が良いですか?」

 「え~っと……」

 

 どちらかと言うとご飯かしら。

 確かに長いこと海上を移動して来たせいで汗はかいてるけど、『装甲』に守られてる状態だったから潮風は浴びてない。故に体もそんなにベタついてないわ。

 それにご飯に誘うって事は、教官も食べずに待っていてくれたって事だからお腹が空いているはず。

 ならここはご飯で決まりね。

 

 「ご飯でお願いします」

 「よろしい!お勘定は気にせずドーン!と食べてくださいね」

 

 私よりも年上なのに、まるで少女みたい笑顔でそう言った教官に連れられて、私は工廠へ艤装を預けて懐かしの『猫の目』に向かった。

 ご飯を奢られて教官との昔話に花を咲かす。なんて、甘い想像しかしないまま。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 『猫の目』が夜はBARになるのは知ってる?

 そう、あの店って20時以降はBARになるのよ。

 

 当然客層もガラッと変わって、昼間は女性職員や整備員なんていう比較的柄の良い人しか来ないのに、BARに変わるや否や柄の悪い連中の溜まり場になっちゃうのよ。

 具体的には海兵とか海兵隊の人たちね。

 店員は奇兵隊の人達だから暴力沙汰は滅多に起きないんだけど、それでも起きるときは起きるわ。

 

 例えば艦娘を初めとした女性が居る時ね。

 ほら、自己顕示欲って言えば良いのか、男って飲み屋なんかに行くとお酒の勢いも手伝ってキャストに自慢話を始める人が結構いるじゃない?

 あんな感じで、不幸にも紛れ込んでしまった女性に「俺は凄いんだぞ」的などうでもいい自慢話を我先にとしだすの。当然口説くのが目的よ。

 

 ええ、私と教官も被害に遭ったわ。

 せっかく昔話に花を咲かせてたのにゴツくて汗臭い男共に囲まれたせいで気分が台無しになったのを憶えてるわ。

 

 え?そいつらは提督補佐を口説こうとしたのか?

 そうよ。

 普通なら、階級的には雲の上の存在である提督補佐を彼らが口説くなんて事はないわ。でもその時は、教官がスーツ姿だったせいでそうだと気付けなかったみたいなのよ。

 

 どうもあの人達、スーツ姿の教官と半年近く横須賀から離れていた私を配属されたての新人と勘違いして口説いてきたみたいよ。

 

 でもまあ、その後はどうなったか察しはつくでしょう?

 花組にボコられた?

 いやいや、その人達がボコられたのはその通りなんだけど、ボコったのは花組の人達じゃなくて大城戸教官よ。

 

 そう、あの頃の元艦娘って、会う人会う人みんなが「本当に人間ですか?」って聞きたくなるくらい超人的な人が多かったじゃない?

 大城戸教官も例に漏れずその手の人だったの。

 

 ええ、今でもあの光景を夢に見ることがあるわ。

 筋肉ダルマたちの攻撃は虚しく空を切り、大城戸教官に殴られた筋肉ダルマたちがマンガやアニメのワンシーンのように宙を舞う光景をね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 『喫茶猫の目』は20時からBARへと変わり、マスターも海坊主さんから花組の雄松くららに変わります。

 ちょっと気取った人は『猫の目』じゃなくて『BAR キャッツアイ』って呼んでますね。

 提督補佐として横須賀に出戻った私を初めてここに連れて来てくれた人もそんな呼び方をしてたっけ。

 

 「久しぶりだね、澪。僕の事が忘れられなかっ……ごめん。謝るから無言で桜子姉さんに電話しようとするのを辞めてくれないかな」

 「ちなみに、矢矧に手を出そうとした場合は私が直接ぶっ飛ばしますので」

 

 まあ、彼女の事が忘れられないのは間違いないんですけどね。だって彼女、正確には松風だった頃の彼女は、私が大潮として横須賀にいた当時の悩みの種の一つだったんですから。

 

 「しないよ。澪の怖さは身をもって知ってるからね。それより今日は何にする?ご飯だけで呑んでないんだろ?」

 「ビールなら呑みました」

 「そんなので酔えるほど柔じゃないだろ?いつも通りタリスカーで良いかい?」

 

 確かに飲み足りません。

 元とは言え生徒である矢矧の前だからほろ酔い程度に抑えていたのですが……。昔話をして気分が良くなったのでもう少し酔いたくなりました。

 ちなみに、タリスカーとはスコットランドのスカイ島で作られているシングルモルトウィスキーで、私が初めて憶えた思い出深いウィスキーでもあります。

 スモーキーかつ、コショウのようなスパイシーさと潮気、そして重厚感のある優しく甘い余韻を持つ人気の高いウイスキーですね。匂いが消毒液みたいと感じたのも今では良い思い出の一つです。

 

 「じゃあ、ストレートで。あとチェイサーもお願いします」

 「どれにする?10年で良いかい?57°northもあるよ。それとも奮発して25年?」

 

 再度ちなみに、大本営のオジサンや円満が大好きな日本酒のように、ウィスキーも同じ銘柄で数種類あります。

 くららが口にしたのは今でも手に入る物の一部ですね。手に入りにくい25年も惹かれますが、ここはやはり自分の1番好きな……。

 

 「ストームで」

 

 三度ちなみに。

 シングルモルト スコッチウイスキー。タリスカーほどその生まれ故郷の自然をよく体現したウイスキーはありません。タリスカーを嗜むということは海の力を感じ、ハーポート湖沿岸のゴツゴツした岩場に思いを馳せる、つまりスカイ島そのものを感じるのと同義なんです。

 そのタリスカーの特長を際立たせた、究極のタリスカーをウイスキーを愛する全ての人に飲んで欲しい。その想いが結実したのが、私も愛するタリスカー ストームなのです。

 

 「ああそれと、矢矧にも同じ物を」

 「へえ、彼女もいける口なのかい?」

 「いいえ、お酒自体呑むのは初めてのはずです」

 

 と、『はず』の部分を強調して言いながら、客層がガラッと変わった店内に途惑いつつ若干置いてけぼり感を感じてそうな矢矧を見てみると「わ、私はお酒なんて!」と不自然に慌てています。

 知ってるんですよ?

 候補生達が私たち教官に隠れてお酒を養成所に持ち込み、休みの前の日は酒宴を開いていた事くらいね。当然、貴女がそれに参加していたことも。

 

 「えっと、どうやって呑めば良いんですか?」

 「どうもこうも、普通に呑めば良いんですよ。こう、グイっと」

 「おいおい、そんな吞み方を教えるのは教官としてどうなんだい?」

  

 くららに止められてしまいましたが、()()()()()()()()()()()もいます。ですが今回は、私が教えてもらった吞み方を矢矧にも憶えてもらうとしましょう。と言うか、私はそれくらいしか吞み方を知りませんし。

 

 「少しだけ、本当に少しだけ口に含んでから飲み込んでみてください」

 「は、はい……」

 

 ウィスキーの飲み方はいくつか有りますが、今回はチェイサー、所謂水を飲みつつ呑む嗜み方をご紹介しましょう。

 

 「の、喉が熱い。それに胃も……」

 「慣れるとそれも気持ち良くなりますよ。じゃあ次はチェイサーを一口含んでみてください」

 「……あれ?コレってただの水ですよね?」

 「はい。くららが変な物を入れてない限りはただの水です。甘く感じましたか?」

 「はい、若干ですが甘く感じました」 

 「じゃあ次はさっきと同じくらいウィスキーを含んでみてください。きっと、最初よりまろやかで呑みやすく感じるはずですよ」

 

 詳しい説明は省きます。

 と言うより、私自身イマイチ理解できてないですし人によって感じ方も異なりますから。

 それではまず、風味をストレートで嗜んだ後、重厚な舌触りや圧倒的な香気に覆い包まれた口中に水を含み呑みます。

 すると、清涼感の拡がる中に香味の余韻が際立ち、また消化器への刺激も軽減できるんです。

 私にウィスキーの吞み方を教えてくれた人曰く、コレが本来のチェイサーの役割なのだとか。

 居酒屋などでチェイサーを頼む人を見たことがありませんか?ああいう人はたいてい『喉が渇いた』若しくは『酔い覚まし』が目的で頼むのですが、こに場合はチェイサーではなくお冷やです。

 本来の意味でのチェイサーとは、お酒の味を引き立て、さらに自身の味をも引き立てて後を追う正に 追撃者(chaser)なんです。

 

 「へぇ、ウィスキーを呑むのは初めてですが……。いや!お酒を呑むのは初めてですが美味しいです!」

 「気に入ってもらえて良かったです。じゃあ次は……。くらら、矢矧のグラスに氷を」

 

 円満は日本酒ばかりなので信じてもらえないのですが、ウィスキーは日本酒以上に温度変化による味の変化が多彩です。

 例えば今呑んでいるタリスカー・ストームは、ロックで呑むよりもストレートで呑む方が口当たりが良く、それなのに一杯でも十分満足できる重厚感も有ります。

 人肌に温めて、味をよりまろやかにするためにグラスをひたすら回し続ける人もいます。

 で、ロックの場合ですが、味と言う意味では同じなのですがストレート時より辛く感じ、時間が経つに連れて氷が溶けますのでストレートよりもグイグイ呑めて物足りなさすら感るんです。

 当然、悪酔いするのは後者ですね。

 

 「うわぁ、こんなに変わるんだ……」

 「氷を入れてすぐなのにぜんぜん変わるでしょ?」

 「はい、まるで別のお酒みたいです。何て言えば良いのか……辛い?」

 

 矢矧は素質が有りますね。

 先ほど味がガラッと変わると説明しましたが、変に酒飲みを気取っているだけの人はこの違いがわからないそうです。

 円満も一度呑んでみればハマると思うんですが、あのオジサンに『洋酒は怖いぞ』と吹き込まれているらしくて手を出そうとしないんです。

 

 「何が怖いんですか?」

 「お金ですよ。ちなみにこの店は良心的な価格ですので、今私たちが呑んでいるのはダブルで900円。これが例えば、タリスカー25年になるとシングルで3000円になります」

 「そ、そんなに値段が違うんだ……。って言うか高!シングルってほんの少しですよね!?」

 

 そう、洋酒はこれが怖い。

 矢矧が今言ったようにシングル(もしくはショット)の量は少ない。具体的に言いますとシングルで1オンス(30ml)です。

 まあ、洋酒はボトルで数千数万円は可愛い方で、希少な物になると十万百万は当たり前の世界なのでこれくらいの値段設定じゃないとお店は元が取れないんです。

 BARなどで調子に乗って注文すると一気に酔いが冷める請求が来るので、呑む場合は注意が必要ですね。

 

 「澪も初めてここで呑んだ時は同じ反応をしてたよね。そう言えば、あの彼とは今も続いているのかい?」

 「続くも続かないもないですよ。彼はただの友人ですから」

 

 私が男性とここに来たことがあると知って「きょ、教官って付き合ってる人がいるんですか!?」とか言って驚いてる矢矧は置いといて。

 私をここに連れて来てくれた人は工廠の整備員の一人。

 私が大潮だった頃に交際していた人です。

 もっとも、ハワイ島攻略戦が終わってしばらくした頃、神風を辞めてグラマラスに成長した桜子さんでも見たのか「大潮も艦娘を辞めたら大きくなるのかな」なんて、私の胸を揉みながら言ったもんですから「小さいのが嫌なら大きい人と付き合えばいいじゃない!」って返してそのまま喧嘩別れしちゃいました。

 

 「でも、ここに来る時は仲良さそうにしてるじゃないか」

 「そりゃあ私もあの頃と違って大人ですし、奢ってくれるって言うんだから断る理由もありませんから」

 「本当に?」

 「本当ですよ。今の彼は、休みの前にご飯とお酒を奢ってくれる財布君です」

 

 少しだけ罪悪感は感じてますけどね。

 別れた原因も売り言葉に買い言葉の喧嘩が原因ですから、彼の事が嫌いになって別れた訳じゃありません。

 実際、再会したときは嬉しかったですし……。

 

 「よう姉ちゃん。見ねぇ顔だが新人さんかい?」

 「おい、やめとけよ。胸のデカい方は艦娘じゃねぇか」

 「関係ねぇよ。いつも俺らの代わりに戦ってくださってる艦娘様に一杯奢ろうってだけなんだ。別に責められる理由もないだろ?」

 「それもそうか。じゃあ俺はこっちの色々と小さい方を」

 「お!出たよロリコンが!そんなんじゃ前提督を笑えねぇぞ?」

 

 色々と小さいって具体的に何処がですか?

 胸ですか?確かに矢矧比べると小さいですが、これでもそれなりに有ります。

 っと、胸の大きさで一々目くじらを立てていたら円満と同じになってしまいますので胸の話はやめましょう。

 

 「どちら様ですか?」

 「俺らかい?俺らは横須賀鎮守府所属の海兵隊様だよ。これでも、開戦時は深海棲艦相手にドンパチしてたんだぜ?」

 「へぇ、そうですか」

 

 嘘くさい。

 だいたい海兵隊って、海とはついてますが海兵と違って上陸作戦を主任務として行う部隊ですよね?

 そんなあなた達がどうやって深海棲艦とドンパチしたんです?奇兵隊みたいに上陸した深海棲艦を相手にしてたんですか?

 

 「あの頃は酷かったよなぁ。食いもんもなけりゃ弾もねぇし。終いにゃ竹槍持って突撃したりしてよぉ」

 「おう、やったやった。あん時ゃ生きた心地がしなかったぜ」

 

 ガーハッハッハ!と下品な声で大笑いする自称歴戦の海兵隊員たち。

 ですが、彼等が今も自慢気に矢矧に語っている話は大嘘ですね。完全に騙りです。

 だって、竹槍持って深海棲艦に突撃したり餓死するほど食料に困ったのは奇兵隊だけですから。

 大方、古参ぽい奇兵隊員が一人もいないから、奇兵隊の本部であるここで騙っても問題ないと思ったんでしょう。もしくはお酒の勢いで、ですね。

 

 「と、言うことで胸のデカい姉ちゃん。こっち来て一杯付き合えや」

 「い、いや、私は……」

 「あんだぁ?俺の酒が呑めねぇってのかぁ?」

 

 うわぁ……。

 俺の酒が呑めないのかって言う人って実在するんだ。言われた矢矧には悪いですが生で聴けたことに少し感動しました。

 って、感動してる場合じゃないですね。

 矢矧が本当にどう対応して良いかわからずに半ベソかいてますからそろそろ助けるとしましょう。

 

 「くらら、少し暴れますよ」

 「少しじゃなくて思う存分暴れて良いよ。修理代から澪たちの勘定まで全部アイツらに請求するから」

 「じゃあ遠慮なく」

 

 くららのOkを得た私は「じゃあ俺はこっちの貧乳で我慢すっか」などと、殺されても文句を言えないようなセリフを吐きながら私の肩に手を置いた海兵隊員の一人(仮にチンピラAとしましょう)の手を掴んで捻り挙げました。

 

 「痛てててててぇ!?なんだこのアマ、なんって力してやがる!」

 「あら、情けないですね。ほんの少ししか力を入れてませんよ?」

 「嘘つくんじゃねぇよクソアマぁぁぁぁぁぁぁ!?やめろ!折れる!マジで折れるぅぅぅぅ!」

 

 誰がクソアマだ。それに『やめろ』じゃなくて『やめてくださいお願いします』でしょうが。

 本当に折ってやりたいですが、折ると余計に五月蝿くなりそうなので一度離すとしましょう。

 

 「テメェ何者だ?その細身でソイツを捻りあげるなんざただの女にできる芸当じゃねぇぞ」

 「ええ、お察しの通りただの女じゃありません」

 

 私から解放されて捻り挙げられていた右腕を抱えて蹲るチンピラAにB、Cが寄り添っているのを尻目に、さっきまで矢矧に絡んでいた恐らくリーダー格と思われる海兵隊員(ボスとしておきますか)が、もっともらしいセリフを吐きながら両腕を組んで威嚇して来ました。

 後ろのテーブル席で呑んでた十数人も席から立ちましたね。

 こんなか弱い私を、筋肉ダルマ二十人近くで袋にでもする気なんでしょうか。

 

 「問われて名乗るのもおこがましいですが問われたからには名乗りましょう。私は横須賀鎮守府所属、紫印提督補佐の大城戸 澪中佐です」

 「て、提督補佐?しかも中佐だと!?こんなチンチクリンがか!?」

 

 誰がチンチクリンだ。

 確かに私の容姿は歳の割に幼く見られますがチンチクリンと言われるほどではありません。

 胸も身長も円満より大きいんですよ?

 は、取り敢えず置いといて、私の立場がわかって尻込みしたのか、そこかしこから「や、やべぇんじゃねぇか?」とか「減給くらいで済むよな?」などと無駄な心配をする声が聴こえてきます。

 今さら心配しても遅いのですが、このまま謝られては私の腹の虫が治まらないので少し()()()にさせてあげましょう。

 

 「別に恐れる事はありません。階級を盾にあなた達を土下座させようとは思っていませんし、不敬に対する組織的な罰を与えるつもりもありません」

 「な、なんだ、話がわかるじゃねぇか中佐さん。そうだよな?俺らは単に旨い酒を一緒に吞もうとしただけだもんな?」

 「ええ、そうです。だから続きといきましょう。もしあなた達が私をノックアウト出来たなら、私と矢矧が好きなだけお相手しましょう。もちろん、夜のお相手も」

 「そりゃあつまり……」

 「私と矢矧を好きにして良いと言ってるんです」

 

 後ろのカウンターで「そういう事なら僕も参加する!」とか言ってる馬鹿は無視するとして、男って単純ですねぇ。

 私をノックアウトできれば私と矢矧の体を好きにできると知って先程以上にヒートアップしてます。

 

 「馬鹿だねぇ。澪に勝てる気でいるよアイツら」

 「ええ、馬鹿で助かりましたよ」

 

 これで日頃の鬱憤が晴らせる。

 心底絶望した様子で「私の初体験の相手は複数のゴリラか……」なんて言ってる矢矧には悪い事をしたと思っていますが、横須賀に来てからこっちストレス貯りまくってたんですよ。

 ええ、イライラしてました。

 艦娘たちは私が現役だった頃とは比べものにならないくらい平和ボケしてましたし、円満には厄介ごとばかり押しつけられて爆発寸前でした。

 でも、この二十人近いゴリラ共を殴り飛ばせば少しはスッキリするでしょう。

 

 「じゃあ、ドーン!と行きますよ!」

 

 と言って、私は一番近くにいたボスを店の外まで殴り飛ばしました。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 元艦娘に喧嘩を売るな。

 これは鎮守府だけじゃなく、民間人にも広く浸透している常識だよね。

 

 うん、確かに元艦娘は命懸けの戦闘を熟してきた戦いのプロフェッショナルだからある意味間違ってないよ。

 でも所詮は女子供。

 桜子姉さんや僕たち花組のメンバーみたいに、一人で複数を相手に無双できる人はほん一握りだよ。

 

 そのほんの一握りには澪も含まれてる。

 澪は艦娘時代に今の海軍元帥の直属だったから格闘術の手解きも受けてたし、何より『マリオネット』って言うチートすれすれの特殊能力も持ってたからね。

 うん、澪は僕よりも強いよ。たぶん辰見さん並じゃないかなぁ。

 

 しかも当時の提督や提督補佐は、自衛用として『薄衣』を標準装備してたんだ。

 当然、軍人とは言え普通の人間が何十人束になったって敵わないよ。

 あの時だって、群がる馬鹿共を相手に無双してたからね。

 

 そうだよ。

 あの当時ネットで話題になり、元艦娘に喧嘩を売るなって常識が根付く切っ掛けになった『山積みにされた軍人たちの前で仁王立ちする元艦娘』の写真に写ってたのは澪で間違いないよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 松風。現奇兵隊花組所属 雄松 くらら少尉へのインタビューより。  

 

 




次章予告。

 大淀です。


 正式に編成された大和さん達『第一特務戦隊』通称『一特戦』。
 円満さんは彼女たちを艦隊として練成するために特別コーチをつけて鍛え始めます。
 でもその過程で霞が悩んでしまうみたいです。悩むなんて霞らしくありませんよ?
 その一方で、主人を初めとした悪巧み組は着々と何かの準備を進めているみたいです。
 私を横須賀に幽閉して何をしてるんですか?


 次章、艦隊これくしょん『涙と友情の装飾曲(アラベスク)

 お楽しみに。


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第十五章 涙と友情の装飾曲《アラベスク》
第百四十七話 わ、私に!?どうしよう…あ、あの…どうしよう…わ、私……


イベントはほとんど進んでいませんが十五章の投稿を開始します。
けっして、けっして中枢さんが落とせない現実から逃避するために執筆を進めたわけではありあせませ(-.-)


 

 

 

 

 

 艦娘特有の風習に鎮守府旅行と呼ばれるモノがあるわ。

 まあ旅行と銘打たれてはいるけど、実際は着任した鎮守府なり泊地をガイド付きで散策する程度よ。

 で、どうして私こと矢矧が、誰に言うともなくこんな脳内解説をしているかと言うと……。

 

 「凄いぞマシュ風!インド人だ!インド人がいる!」

 「ただの絵で興奮しないでください磯風。それより、またマシュ風って言いましたね?ド突かれたいのかワレコラ」

 

 などと、毎度毎度同じパターンで喧嘩を始める磯風と浜風や、私も引っ掛かったことがある桜子さんの看板トラップに引っ掛かって「なあ霞、あたいは当分カレーが食えないよ……」「私もよ……。誰よあんな悪質なイタズラを仕掛けたのは……」なんて言いながら顔を真っ青にしてる朝霜と霞。

 さらに、別の看板トラップに引っ掛かったらしく「倉庫街はあっちでは?」とか言いながら明後日の方向に行こうとしている涼月を「確実に嘘ですよアレ。だって倉庫街ってあっちですよ?」と説明して引き留めている初霜。

 そんな、まとまりもクソもない駆逐艦たちを連れて鎮守府を案内しなきゃならないんだもの。少しくらい脳内解説して現実逃避してもバチは当たらないでしょ?

 ああでも……。

 

 「雪風がまともなのがせめてもの救いね……」

 「まともじゃない方が楽だったかな~」

 

 どうやら雪風も私と同じ気分みたい。

 だって私と同じように、思い思いの騒ぎ方をしている他の面子を冷めた目で見つめてるもの。

 

 「それより矢矧さん。提督が言ってた特別コーチが誰なのか聞いてるんですか?」

 「詳しくは聞かされてないわ。でも……」

 「でも?」

 「大城戸教……いえ、大城戸中佐が練成メニューを組んだとは聞いてる」

 

 それだけで嫌な予感が止まらない。

 大城戸中佐が訓練の指揮を執るってことは最低でも養成所時代並み。最悪の場合は、今まで経験したこともない地獄になるって事なんだもの。

 

 「大城戸中佐はたしか、先代大潮だった人ですよね?」

 「知ってるの?」

 「ええ、一緒に艦隊を組んだことはありませんが、同じ作戦に参加した事が何度かあります」

 

 艦娘時代の教官……か。

 いったいどんな感じだったんだろ。今の大潮ちゃんみたいに無駄にアゲアゲ言って常にハイテンションだったのかな。それとも今とそう変わらない?

 ん?待てよ?

 たしか大城戸教官が艦娘を辞めたのは、私が養成所に入った年に教官二年目と言ってたから四年前の平成元年のはず。

 それより以前に、大城戸教官と同じ作戦に参加した事があるって事は……。

 

 「ね、ねえ雪風。アンタ……いや貴女って歳いくつ?」

 「いくつに見えます?」

 「11~2歳くらいかな~……」

 

 私がどうして急に歳を聞いてきたか察したらしく、雪風は見た目相応に無邪気な笑顔を向けてきた。

 これ、予想通り私より年上って事よね?

 

 「さん付けで呼んだ方が良い……ですか?」

 「今まで通り呼び捨てで構いませんよ。たしかに私は矢矧さんよりほんの少し年上ですが、立場は矢矧さんの方が上ですから」

 「いやぁ~でもやっぱり……ねぇ?」

 

 今まで散々呼び捨てにして、しかも何度も何度も偉そうに命令しておいてなんだけど、年上と知っちゃったら気後れしちゃったのよねぇ。

 ん?そう言えば雪風って陽炎や不知火の事を姉さんって呼んでたような……。

 と、言う事はあの二人も私より年上!?あんな贔屓目に見て中学生くらいにしか見えない子が!?

 見た目は子供で中身は大人とかコ〇ン君か!紛らわしいにも程があるでしょ!

 

 「あーもう!これだから駆逐艦は!」

 「何を思ってそのセリフを言ったのかだいたい察しはつきますが、私なんて若い方です」

 「陽炎とか不知火?」

 「姉さんたちもそうですが、佐世保に25~6歳の駆逐艦がいるそうです」

 「マジで!?」

 「マジです。何でもその人は艦娘の運用が始まった頃から艦娘をやってるらしくて……。たしか睦月型の誰かだったはずです」

 

 この戦争が始まって今年で15年目だっけ?

 そんな頃から艦娘をやってるのも凄いけど、戦死率が一番高い駆逐艦でそんなに長く続けられるなんて実力も相応に高いんでしょうね。

 佐世保で有名な駆逐艦と言えば……えっと、『波乗り時雨』くらいしか知らないわね。誰か知ってそうな子は……。

 

 「あ、初霜なら知ってるかな」

 「呼びましたか?」

 「あ~うん、呼んだわけじゃないけど丁度良いわ。今雪風から聞いたんだけど、佐世保にアラサーの駆逐艦がいるんだって?」

 「アラサーって……。たしかにギリギリ含まれる歳ですが、間違っても彼女の前で言っちゃダメですよ?」

 「どうして?」

 「その人って、佐世保で一大勢力を築いてるとある宗教の教祖なんです。後は言わなくてもわかりますよね?」

 「うん、なんとなくわかった」

 

 つまりアレだ。

 その彼女をアラサー呼ばわりするのは、横須賀で言うとムツリムや瑞雲教徒に喧嘩を売るのと同じなのね。

 拉致されて拷問でもされるのかしら……。

 

 「駆逐艦が教祖になってる宗教はそれなりにありますから、あんまり下手な事は言わない方が良いですよ」

 「はい、肝に銘じておきます」

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 そんなやり取りの数日後、知らず知らずの内に狂信者からの恨みを買わないように調べたんだけど……。

 まあ何と言うか、思ってたよりいっぱいあったなぁ。

 

 まず、要注意宗教でもあり三大宗教でもある『文月教』『五月雨教』『ムツリム』でしょ?

 あと、『ぽいぽい教』とか『かもかも教』なんてのもあったわね。

 それに当時、三大宗教の一角である『ムツリム』に迫る勢いで勢力を広げていた『瑞雲教』に、変わり種だと『たべりゅ教』なんてモノもあったっけ。

 まあ、さすがに人数が少ないマイナー宗教までは把握しきれなかったけどね。

 

 え?佐世保のアラサー駆逐艦は誰だったのかって?

 いや、マジ勘弁して。

 調べる過程で、その駆逐艦が率いてた宗教団体の悪事を知って背筋が冷たくなったんだから。

 

 ええ、三大宗教のどれか。とだけ言っておくわ。

 それ以上はさすがに言えない。

 だって、もし奴らにバレたら私のセリフが全部ひらがなになっちゃうもの。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「お……おおおおおおお……」

 「矢矧さん、『お』しか言えてませんよ」

 

 そんなことわかってるのよ雪風。

 でもダメなの。彼女の名前を口にしようとしてるのに『お』しか出てこないのよ。

 だって、休憩も兼ねて『猫の目』に立ち寄った私たちを「いらっしゃいませ」と言って迎えてくれたのは、私が神通さんと同じくらい憧れてた……。

 

 「大淀じゃない。なんでメイド服着て接客してるの?」

 「暇すぎて死にそうだったんです」

 

 そう、霞が言った通り、本人曰く死にそうなほどの暇を持て余してメイド服でお出迎えしてくれた大淀さん。

 まさか、大本営にいるとばかり思ってた彼女にこんな場所で会えるなんて考えもしなかった。

 そのせいで、昨日の夜に大城戸教官が破壊した壁とかガラスがたった一晩で元通りになってることにツッコめないほど頭がパニクってるわ。

 

 「暇ってアンタ……動いて良いの?今って一番気をつけなくちゃいけない時期じゃなかったっけ?」

 「つわりもなくなりましたし、主治医の先生が仰るには少し早いけど安定期に入ったそうなので多少の運動なら大丈夫との事です」

 「もうそんなに経つっけ?」

 「はい。もうちょっとで五ヶ月です」

 

 んん?ちょっと待って?

 つわりとか安定期とかって妊娠に関する用語よね?どうしてそんな用語が大淀さんの口から出てきたの?まさか、大淀さんって妊娠してる!?

 

 「お腹も膨らんできたわね。もう動く?」

 「ええ、先週くらいからハッキリわかるようになりました。初めての経験ですが、すぐにこれが胎動だなってわかりましたよ」

 

 あ、これ間違いないわ。

 だって、そう説明してる大淀さんのお腹に霞が手を当ててるもの。相手はやっぱり元帥さん?

 いやいやそれより!

 どうして霞が大淀さんと知り合いなの!?しかも気心知れてるっぽいし!

 あ、そう言えば前に一緒に艦隊を組んだとかって話を聞いたような……。

 

 「ご懐妊おめでとうございます。大淀さん」

 「ありがとう、涼月」

 「姉さんたちにはもう?」

 「いえ、秋月たちにはまだ知らせていません」

 「良ければ私から伝えておきましょうか?」

 「あ、お願いできますか?何と言いますか、自分から妊娠したと知らせるのは少し照れ臭くて……」

 

 そう言えば、涼月は大本営で大淀さんと訓練してたんだっけ。

 いいなぁ二人とも。私もこの機に大淀さんと親しくなれないかしら……。

 

 「ボケ~っと入り口に突っ立ってねぇで座れよ矢矧。胸が重くて動けねぇのか?」

 「え?ああ、ごめんなさい。って!それってセクハラ!」

 「今さらだろボケ女。それより、いつも通りコーヒーとチーズケーキで良いのか?」

 「それで良い。その代わり!セクハラしたんだから代金は貴方持ちよ!」

 「へいへい」

 

 まったく。

 金髪さんの相手をしてたせいでカウンターの端から二番目に座った大淀さんの両隣を霞と涼月に取られて席が離れる事になっちゃったじゃない。

 

 「良いなぁ。私もあっちに行きたい……」

 「私たちに挟まれているのは不満だそうですよ。磯風」

 「それは心外だな。私とマシュ風は矢矧さんをこんなに慕っていると言うのに」

 「おい。またマシュ風って言いましたか?コーヒーを鼻から流し込んでやるからこっちに来い」

 「喧嘩するんなら外でやりなさい」

 

 と言って、お約束のじゃれ合いを始めた二人を店外へ追い出した事で一つ席を移動することができるようになった。

 これで大淀さんまで残り3席。

 

 「代わりましょうか?」

 「良いの?雪風」

 「ええ、構いません。そんな「退け」と言わんばかりの視線を浴びせられるよりマシですから」

 「ありがとう雪風。この借りはいつか必ず返すわ」

 「しっかり徴収しますから覚悟しといてくださいね。あ、そうだ。朝霜さん、一緒にダーツでもしませんか?」

 「お、良いねぇ。何か賭けるかい?」

 

 なんて旗艦想いの駆逐艦かしら。

 私が大淀さんに近づこうとしているのを察し、しかも次の障害である朝霜まで排除してくれるなんて。

 お礼に、朝霜の財布の中身まで排除しようとしてるのは黙っといてあげるわ。

 さて、残る障害は……。

 

 「ハドウホウですか?」

 「そう、波動砲……!じゃない……あ」

 

 たぶん、私たちが初めてこの面子で出撃したときの事を霞が話してたんでしょうね。

 そして波動砲のくだりに差し掛かったところで、詳細を知らない大淀さんが波動砲について聞こうとしたんでしょう。

 そのタイミングと、次の障害をロックオンしようとした私の思考タイミングが見事に被っちゃった訳よ。

 大淀さんたちの「急にどうしたんだろう」って感じの視線が痛いわ。

 

 「えっと、矢矧さん……でしたよね?」

 「は、はい!阿賀野型軽巡洋艦三番艦の矢矧です!」

 「敬礼は結構ですよ。あ、申し遅れました。私は大淀型一番艦の大淀です。いつも霞がお世話になってます」

 

 名前を尋ねられて思わず立ち上がって敬礼した私に、立ち上がりまではしなかったけど大淀さんは深々とお辞儀をしながら自己紹介してくれた。

 こんな至近距離で見るのは初めてだけど、改めて見ると綺麗な人だなぁ。

 日本的な美人とでも言えば良いのかしら。それに加えて並の艦娘じゃあ束になっても敵わないほど遠強くて海軍元帥夫人。天は二物を与えないって大嘘ね。

 

 「阿賀野型と言うことは阿賀野さんの姉妹艦ですよね?」

 「はい、一応……」

 「彼女は元気にしてますか?先週くらいに、呉の軽巡寮で火事があったと聞いたのですが……」

 「ええ、元気ですよ。少し焦げましたけど……」

 「焦げたって……それ大丈夫なんですか?」

 「ぜんっぜん平気です!次の日には罰掃除してましたから!」

 

 私と神通さんも手伝わされたけどね。

 まあ、火事の原因を作ったのは阿賀野姉だけど火をつけたのは私と神通さんだから仕方なく手伝ったわ。

 でも大淀さんには秘密にしとこ。

 

 「そう言えば大淀って、あの試合の時に阿賀野さんを大本営に誘ったんだって?」

 「ええ、誘いました。フラれちゃいましたけどね」

 「ふぅん。アンタが誘うって事は相当だったのね」

 「はい……」

 

 本当に残念そう。

 たしかに大淀さんと戦ったときの阿賀野姉は凄かったし、同じ阿賀野型なんだから私も努力すればあの域に達することができるかもしれないんだと思うと誇らしかった。

 でも私生活がダメすぎる。

 大淀さんが阿賀野姉を欲しがるのは戦闘時の阿賀野姉しか知らないからよ。

 もし普段の惰姉っぷりを知ったら「やっぱり帰ってください」って三行半を突きつけると思うわ。

 

 「あ、フラれたと言えば……」

 「言わなくても良い。どうせあのオッサンが何か言ったんでしょ?」

 「はい。私が阿賀野さんにフラれた話をしたら、主人が思い出したように「俺も霞にフラれたなぁ」って」

 「だから言わなくても良いったら!」

 

 ふぉ!?

 今とんでもなくスキャンダラスなことを聴いちゃった気がするんですが!?

 

 「あのぉ、大淀さん。元帥閣下って霞さんに告白したことがあるのですか?」

 「ちょ!違うのよ涼月!そういう意味のフラれたじゃないから!」

 「では、先ほどの大淀さんが阿賀野さんにフラれたと言ったのと同じ意味ですか?」

 

 あ、そういう意味か。

 いやぁ、焦った焦った。

 海軍元帥である大淀さんの旦那様が霞にまでモーションかけてたなんて、その手の話が大好物である艦娘からマスコミまで飛び付きそうなネタだもんね。

 

 「はぁ、そうよ。もう何年も前だけど、あのオッサンがここで提督してた頃に誘われた事があるの」

 「ふふふ♪霞はあの人が、私以外で唯一本気で欲しいと思った駆逐艦ですからね」

 「それ、うちの……じゃないや。呉の司令官も言ってたけど本当なの?」

 「本当ですよ。もし霞が横須賀にいたなら、今ここで提督をしているのは円満さんではなく霞だったかもしれません」

 

 ほうほう、私の隣で「いや、有り得ないから」って言いながら呆れてる霞が提督候補だったと。

 凄くね!?

 霞が戦うところを見たのは演習大会三日目の緊急出撃の時だけだからどれくらい強いのか把握しきれてないけど、元帥閣下が大淀さん並みに欲しがったくらいなんだからとんでもなく強いんでしょうね。

 

 「ハードルが無駄に上がるからやめてくれない?矢矧さんが変な勘違いしてるじゃない」

 「でも事実ですし……。今日だって、霞が着任する日だからこっちに来るとか言ってたんですよ?」

 「はぁ!?まさか本当に来る気なんじゃないでしょうね!?」

 「いえ、さすがに大海姉さんが止めたようです」

 

 大淀さんが「久しぶりに主人と会うチャンスだったのに」って考えてそうな顔をしてるのは取り敢えず置いとくとして、霞って本当に気に入られてるのね。

 まあ、そうでなけりゃ海軍元帥を『あのオッサン』呼ばわりなんてできないし、大淀さんにもタメ口利いたりできないよね。

 って、アレ?いつの間にか涼月が居なくなってるんだけど何処に行った?

 

 「なぁに黄昏れてんだ矢矧。生理か?」

 「ぶん殴るわよクソDQN。単に、霞が思ってたより凄いんだって知って感心してるだけよ。あと、涼月は何処行った?」

 「ついさっき「ちょっとお花を摘みに」とか言ってフラフラ~っと出て行ったぞ?それよりほら、ご注文のコーヒーとチーズケーキだ」

 「はいはいありがと……って!このコーヒー苦すぎない!?」

 「いつもそんくらいだったろうが。呉で甘いもんばっかり食って舌が馬鹿になってんじゃねぇか?」

 「そんなわけ……!」

 

 無いとも言えないか。

 阿賀野姉がやたらと甘い物を買い込んで来るせいで、私も便乗してちょいちょい摘まんでたからなぁ。

 二水戦の訓練をしてなかったらと思うと寒気がしてくるような量を……。

 いや、それより今日はやけに絡んでくるわね。

 若干怒ってるようにも見えるし……。私、この人の気に障ること何かしたっけ?

 昨日の、予定外ではあったけど大城戸教官に連れて来てもらったときに挨拶した時は普通だったじゃない。

 

 「金髪さんと矢矧さんはお付き合いしてるんですか?」

 「は?はぁ!?私とこの人が!?有り得ないですから!」

 「そりゃあこっちのセリフだ。何が哀しくてこんな胸だけ立派な奴と付き合わなきゃいけねぇんだよ」

 「ちょ!またセクハラ!いい加減にしないと憲兵さんに言いつけるわよ!」

 「おう!好きなだけチンコロすりゃあ良いじゃねぇか!憲兵が怖くて軍人やってられっかってんだ!」

 

 この若作りの金髪DQNめ。いつかみたいにまた開き直りやがった。

 たしかあの時も胸がどうとかってセクハラしてきて……ん?そう言えばその時、この人と何か約束をしてたような……。

 

 「う~ん……。なんだっけ……」

 「ちょっと矢矧さん。あんまり叫ぶと大淀の胎教に悪いからやめてくれない?」

 「え?ああごめん。そんなに五月蝿かった?」

 「ええ。正直、痴話喧嘩なら他所でやれって何度か言い掛けたわ」

 「だから……!」

 

 痴話喧嘩じゃない!

 と、言おうと思ったけど、霞の「叫んだら殴る」と言わんばかりの視線と、大淀さんの「仲が良いですね」と考えてそうな顔を見てなんとか留まれた。

 でも、悪いのはセクハラしてくるDQN野郎であって私じゃないんだけどなぁ……。

 

 「あの、矢矧さん」

 「は、はい!なんでしょうか大淀さん!」

 「ふふふ♪そんなに畏まらなくても良いのですよ?」

 「いやでも…その、大淀さんは私が憧れている人の一人なので……」

 

 自分が口にした愛の告白に近いセリフで言葉を詰まらせた私を尻目に、大淀さんは「聞きましたか霞!矢矧さんは私に憧れているそうです!」と、霞の両肩を掴んで揺さぶりながら子供のようにはしゃぎ、揺らされてる霞は「このバカに憧れるなんて頭おかしいんじゃないの?」と言いながら憐れんでるような瞳で私を見ている。

 でもおかしくなんてないのよ霞。

 霞は識らないだろうけど、今も軽巡洋艦の候補生たちの間では大淀さんはトップクラスの人気を誇っているの。

 ちなみに私が候補生だった頃は、対抗馬として佐世保の川内さんとか舞鶴の五十鈴さんがあがってたかな。それが去年の大会以降、阿賀野姉が対抗馬と呼べるまで急浮上したそうよ。

 私が異動する前に着任した神通さんから聞いたんだから間違いないわ。

 

 「もう!酔うからそんなに揺らさないでったら!」

 「あ、ごめんなさい。嬉しかったのでつい……」

 「まったく……軽巡洋艦になって大人っぽくなったのは見た目だけか!」

 「フッ、経験的にも大人です」

 「ちょっとヤッてる程度でドヤ顔すんなバカ。それより、矢矧さんに話があるんじゃないの?」

 「あ、忘れてました」

 

 失礼極まってる霞の大淀さんへの物言いは後で注意するとして、大淀さんは私に何の話があるんだろう。

 もしかして「霞と涼月をよろしく」的な?

 有り得るわね。

 いつの間にか消えた涼月は兎も角、霞は気心しれた人には口が悪くなるから気にしないで、とかそんな感じのお願いをするつもりなのかも。

 

 「金髪さんのどこが好きになったんですか?私、気になります!」

 「そっち!?私はてっきり……。いやいや!こんな人べつに好きじゃないですから!」

 「でも仲が良いですし、金髪さんがこんなにも女性相手に気さくなところを初めて見たので……」

 

 と、言いながら大淀さんが横目で金髪さんを見たので釣られて見てみると、若干顔を赤くして「誰にでもこんなだよ」と、照れ臭そうにぼやいてた。

 え?何よその態度。もしかしてマジなの?マジでこの人、私に惚れてる?

 

 「わ、私に!?どうしよう…あ、あの…どうしよう…わ、私……」

 

 くらいしか言えない私に、金髪さんは「真に受けてんじゃねぇよバーカ」と言い捨てて厨房に隠れちゃったけど、彼のことを変に意識してしまった私は大淀さんの隣に行くという当初の目的も忘れて厨房の入り口を見つめ続けた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 それが馴れ初め、と言うかこの人の事を初めて意識した時かな。

 

 それからしばらくは照れ臭くて『猫の目』に近寄れなくなっちゃちゃけど、誰かに誘われて行く度にこの人との距離が縮まっていったわ。

 

 え?どうしてその時この人の機嫌が悪かったのか?

 聞きたい?

 それがさぁこの人、捷一号作戦前に私としたデートする約束を私が忘れてたから拗ねてたのよ。意外と可愛いとこあるで……ちょ!痛い!なんで叩くのよ!

 

 は?自分から振ってきた約束を忘れといてなんで上から目線なんだ?

 アンタだって今年の結婚記念日忘れてたでしょうが!

 

 青木さんもちょっと聞いてくれる!?

 この人、昨日の結婚記念日をすっぽかして海坊主さんたちと呑みに出てたのよ?ね!信じられないでしょ!?

 

 え?何よ。

 親父の退役祝いだから参加しないわけにはいかなかった?

 あの人の退役ってまだ先でしょうが!

 退役祝いなら退役してからやりなさいよ!私、あの日ずぅぅぅぅっと待ってたんだからね!?

 そうよ!

 アンタが通販で買った趣味の悪い下着けてずぅぅぅぅっとね!

 

 

 (ド突き合いが開始されたのでインタビューを一時中断)

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

 

 



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第百四十八話 呪法 暮れなずむ石の如く

 

 

 

 

 

 

 日本国防海軍において、各担当軍区内の作戦行動、及び鎮守府運営に関する裁量権は各鎮守府提督にありますが、大規模作戦や鎮守府に駐屯していない海兵、列びに海軍艦艇への命令権、さらに各鎮守府への予算配分等の決定権は大本営、ひいては海軍元帥にあります。

 なので、彼の裁決にミスや遅れがあると控え目に言って大変な事になるのにこの人と来たら……。

 

 「何処へ行かれるおつもりですか?」

 「ちょ、ちょっと横須賀へ……」

 「この書類全てに判子を押すまでダメです。さ、お茶くらいは淹れてあげますから座ってください」

 「し、しかしだな淀渡君、今日は霞の着任祝いも兼ねて……」

 「しかしも案山子もありません。霞さんには電話でもすれば良いですし、大淀に会いたいのならキッチリと仕事を終わらせてから会いに行ってください」

 

 すぐに仕事をほっぽって逃げようとするんです。今のやり取りも今日だけで10回目ですよ?

 このまま今のペースであの問答を繰り返したら定時までに20回は軽く越えてしまいます。

 

 「まったく、あの子と一緒の時とはまるで別人ですね」

 「そりゃあ、惚れた女の前じゃ格好つけたいからな」

 「ああそうですか。ちなみにですが、ここ最近の貴方の勤務態度は撮影しています」

 「何だと!?俺の肖像権は!?」

 「公僕に肖像権もなにもありません。あの子に本当の勤務態度を知られたくなかったら仕事してください」

 

 ちなみにですが、被写体の許可なく写真や動画を撮影するのは肖像権の侵害にあたります。

 昨今では撮影した写真や動画などをSNS等に気軽に投稿できますが、ふとした事から肖像権の侵害に問われる事も無きにしもあらずなのでお気をつけください。

 

 「人差し指を立てて何をしてるんだ?」

 「いえ別に。それよりコーヒーと緑茶、どちらがよろしいですか?」

 「酒」

 「ぶん殴りますよ?私がコーヒーの気分なのでコーヒーにしますね」

 

 ちなみに私こと淀渡 大海(よどわたりおおみ)は彼の秘書官、秘書艦ではなく秘書官をしています。

 もう大淀ではありませんので、あの痴女と言わんばかりにスリットが開いた制服ではなく海軍支給の紺色の軍服です。

 去年までは前元帥閣下の介護のために大本営の仕事からは離れていたのですが、あの人がお亡くなりになったので今年の一月から秘書官として復帰しました。

 

 「誰に説明しているんだ?後ろには誰もいないぞ?」

 「お気になさらず。それより、この書類は急ぎですので早く目を通して判子を押してください」

 「これで良いか?」

 「今読みました?読まずに判子を押しただけですよね?罰として今晩は晩酌無しです」

 「そんな殺生な!」

 

 殺生でも何でもありません。

 今貴方が判を押した書類は今年度の横須賀鎮守府の予算に関する重要な書類。なのに、書類上の不備が四カ所もあるのに構わず判を押したではないですか。

 あ、再度ちなみにですが、大淀が横須賀で産休と言う名の幽閉状態なので彼の私生活のお世話も私がやっています。

 一応弁解しておきますが、大本営内にある元帥邸で同居していますが彼と男女の関係にあるわけではありません。

 

 「じゃけぇ誰に説明しちょんじゃ?」

 「方言が出てますよ。公務中は素に戻らないでください」

 「そろそろ休憩の時間じゃけぇええじゃろうが」

 「ダメです。まだお昼まで10分もあります」

 

 だからこの人の昼食を用意しなくてはならないのですが、今のように隙あらばサボろうとするので目が離せないんですねぇ……。カップ麺でも食わせておけば良いかしら。

 

 「あ、カップ麺で思い出しました。明石さんから報告が上がっています」

 「どうしてカップ麺で思い出した?と言うか何故カップ麺?まさか俺の昼飯か!?」

 

 なぜカップ麺で思い出したのか。

 それは現在呉工廠にいる明石さんが、妖精さんの手を借りてとは言え大抵の物なら三分以内に造ってしまうからです。

 とまあ、それは置いておいて……。

 

 「ちゃんと作りますよ。それで報告なのですが……」

 「護衛艦群の改修作業の件か?」

 「はい。今日付で、各艦の艤装作業に入ったそうです」

 「人員の方は?」

 「艦長さんの報告では、現時点で3000名を越えています。到着順で乗艦、及び持ち場を割り振って訓練を開始している。だそうです。ただ……」

 「早く『いかせろ』。と騒いでいるか?」

 「はい」

 

 『行かせろ』なのか『逝かせろ』なのはかは不明ですけどね。

 まあ、艦長さんが集めている人達の経歴をみるに、両方だと考えるのが妥当でしょう。

 

 「ああそれと、明石さんから荷物も届いてましたよ?」

 

 そう伝えながら引っ張り出してたのは明石さんが送って来たトランクケース。

 たしか夕張さんとの共同制作という嫌な予感をこれでもかと掻き立てる売り文句付きでしたが、中身は何なのでしょう。

 

 「これなのですが、何を造らせたんです?」

 「内火艇ユニットだよ」

 「内火艇ユニット?このケースの大きさだと……『狩衣』ですか?」

 「その改良型だ」

 「じゃあ、コレが……」

 

 平成三年にこの人が開発を命じた『狩衣』と『薄衣』の改良型と銘打った三式内火艇ユニット『戦装束(いくさしょうぞく)』ですか。

  でもたしかこれは……。

 

 「『脚』の形成に特化させた内火艇ユニット……でしたよね?」

 「そうだ。他の一切、それこそ身体保護機能まで廃し、内火艇ユニットでありながら30ノットの速度を実現した特注品だよ」

 「それはつまり……」

 

 深海棲艦の攻撃に対する防御力が皆無と言うこと。

 しかも、身体保護機能も無いので人間離れした膂力も得られません。

 ただ海上を駆逐艦並の速度で移動できるだけのコレにいったい何の意味が……。いや。

 

 「貴方が使ってこそ意味があるのですね」

 「その通りだ」

 

 と、言いながら、彼はケースから取り出した黒いコートを羽織りました。

 肩と胸部、それに肘の部分に申し訳程度の鈍色をした装甲がある以外は『狩衣』と同じですね。

 これで軍服も士官服ではなく、ニッカポッカを魔改造したような奇兵隊の制服なら様になると思います。

 ですが困りました。この様子だとたぶんこの人は……。

 

 「淀渡君、午後からの予定は全てキャンセルしてくれ。それと、秋月型姉妹と日進に出撃準備をさせろ」

 「仕事が詰まってるからダメです。と、言っても聞いてくれなさそうですから了解しました」

 

 案の定『戦装束』の実戦テストをするつもりですか。

 しかも、大本営付きの艦娘では大淀に次ぐ実力者である日進まで出撃させようとしていると言うことは艦娘相手の演習ではなく文字通りの実戦。

 深海棲艦を相手に実戦テストをするつもりです。

 

 「大人の男と少年の違い、それは玩具の値段だけだ。でしたか」

 

 たしかアメリカの諺だったと思うのですが、この人の様子を見てたら頭に浮かんできました。

 だって彼は少年のようにウキウキしながら、新しい玩具を身に着けた自分を鏡で見ていたのですから。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 あの日は何事かと思うたのぉ。

 そう、叔父上が急に出撃すると言うた日じゃ。

 

 その日は休暇じゃったけぇのんびりしちょったんじゃけど、大海殿がクソ真面目な顔して出撃を告げに来たけぇビックリしたのをよぉ憶えちょる。

 だって叔父上も一緒じゃったんぞ?

 わしゃあてっきり、叔父上まで前線に出張らにゃならんほどの緊急事態じゃ思うて慌てて準備したんじゃが……。

 

 蓋を開けてみれば叔父上の新しい玩具の実戦テストじゃった。

 ああ怒ったわい。

 わしの休暇を台無しにしといてなんじゃそれは!ボテクリかますぞワレェ!ってのぉ。

 

 じゃがまあ、最初こそ怒っとったが、叔父上の戦闘をこの目で直接見れたのは眼福と言えんでもなかったか。

 

 ん?どうして叔父上と呼んじょるかじゃと?

 どうしても何も、あの人はわしの遠い遠い親戚にあたる人じゃけぇじゃが?

 

 そうそう、わしゃあ叔父上の父方の親戚なんじゃ。もっとも、叔父上の父方の実家はわしの家から絶縁状態じゃったけぇ、艦娘になるまで血縁じゃとお互いに知らんかったがのぉ。

 

 どうして絶縁状態じゃったか?

 そりゃあ叔父上のご先祖様の所業のせいよ。

 かれこれ百数十年前、幕末の折に叔父上のご先祖様はわしの実家の跡取りであったにも関わらず、我が家の秘法を盗んで出奔し、京の都で暗躍したと聴いておる。

 たしか……暮石 弥一郎っちゅう名前じゃったか。

 で、この一族の名前が面白うてな?弥一郎の二人の息子が二郎丸と三郎太、その孫が弧四郎っちゅう風に数字がどんどん増えて……。何?その話はどうでも良い?そうか……残念じゃのぉ。

 

 その秘法とは何か?

 秘法なんじゃけぇ教えるわけなかろうがたわけ者。

 じゃがまあ、お主が持って来た土産を食うて気分がええけぇ名前くらいは教えちゃろう。

 

 その秘法の名は……。

 

 ~戦後回想録~

 日進型水上機母艦 一番艦 日進へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「じゅ……は?ごめんなさい日進、もう一度言ってもらえますか?」

 「もう一度じゃとぉ?大海殿は耳年増のクセに耳が遠い……ごめんなさい。謝りますからその拳を収めてください」

 

 お願いしますが抜けてます。

 は、まあ置いておきましょう。じゃないと話が進みませんから。

 さて、それではこれまでの経緯を少し整理してみましょう。そうすれば、今の現実逃避したい気分も幾分マシになるでしょうから。

 

 先ずは私が今置かれている状況ですが、日進が発見したはぐれ深海棲艦の艦隊を撃破し、哨戒艇と船側に書いてあるだけの大型クルーザーに元帥閣下と日進と一緒に乗って秋月たちに護衛されながら陸へ向かって移動中です。

 

 まあここまでは良いでしょう。

 原因の一つは、空母と戦艦を含んだ艦隊を元帥閣下が一人で撃破したこと。しかも、完全勝利と言っても過言ではないほど圧倒的に。

 クルーザーの護衛としてついてきた秋月たちも「やっぱりあの人の旦那だ」などと言いながら呆れていましたっけ。

 

 さらに、私が現実逃避したくなるほど動揺している原因をもう一つ。それは図らずも日進から聴かされる事になってしまった、船首で煙草を吹かしている彼の血統です。

 

 彼の先祖は日進の先祖の兄にあたる人で、さらにその先祖は1000年近く前に京の都を追い出された陰陽師だったそうです。

 そして百数十年前、幕末の折に彼の先祖は日進の先祖と袂を分かち、京の都で長州藩の維新志士として暗躍したんだとか。

 この話を聴かされて「いやいや、なんですかその後付け設定は」と呆れていたところで、彼が深海棲艦を相手に無双した手段の名前を聴かされたんです。

 その名前とは……。

 

 「じゃあもう一度言うぞ?叔父上の強さの根本を担うのは叔父上の家名の由来ともなっておる我が家の失われし秘法。その名も『呪法・暮れなずむ石の如く』じゃ!」

 

 じゃ!

 とか言ってドヤってますけど、この秘法の名こそが私が現実逃避したい最大の原因です。

 だって呪法ですよ!?

 そりゃあ陰陽師の子孫という話ですから、呪法の一つも識ってておかしくないとは思います。でも、先程までの怪現象を引き起こすほどの呪法など実在するのですか?

 しかも日進の話では、彼が体得している剣術や体術、戦術に到る全てはオプションに過ぎず、その呪法を自在に扱えるから強いのだと言うことです。

 

 「初手で駆逐艦を真っ二つにしたのもその呪法の効果なのですか?」

 「装甲をものともしなかったのは謎じゃが、駆逐艦を真っ二つにしたの自体は単なる唐竹割りじゃのぉ」

 

 なるほど。じゃあアレは、本来の歴史では失われているはずの彼の愛刀の特攻効果と剣術によるもので、呪法なんてオカルトは絡んでないのですね。少し安心しました。

 

 「では、敵艦隊が彼を見失ったのは?」

 「恐らくじゃが、桜子の嬢ちゃんが創った『脚技』による高速移動と隠形術の合わせ技じゃろ。もしかしたら無音歩行術と浮き身歩行術も混じっておるやもしれん」

 

 ふむ、この際本当に可能なのかどうかは考えないものとして、ここまでもまだ現実的なことと納得しましょう。じゃあ次、恐らくこれが……。

 

 「軽巡一隻と駆逐艦二隻が、彼が間合いの遥か外から刀を真横に一閃しただけで()()()()()のは?」

 「それこそが『呪法・暮れなずむ石の如く』の片鱗じゃよ。叔父上は『魂斬り』と呼んでおったかのぉ」

 

 やはりアレが……。

 ですが、触れもせず、横に一度しか振ってないのに三隻同時に縦に真っ二つになるとはいったいどういう原理なのでしょうか。

 完全に物理法則を無視してますよね?

 

 「それと最後に、叔父上が「飽きた」と言うた瞬間に深海棲艦共の動きが止まったじゃろ?アレもじゃな」

 「あ~……。私が死にかけたヤツですね」

 

 日進が言った通り、彼が「飽きた」と言うと同時に深海棲艦の動きが止まり、その数秒後に残りの深海棲艦が細切れになったそうです。まるで見えない巨人の手に握り潰されたようにも見えた。と、日進が言っていましたね。

 もっとも、私はその時深海棲艦と同じく影響を受けて動けず、それどころか呼吸もできなくなってのたうち回っていましたから直接見れませんでしたが。

 

 「アレは『狩場』と言うらしい。まあ、今回はかなり抑えとると思うがのぉ」

 「アレで抑えてたんですか!?私、窒息死一歩手前だったんですけど?」

 「一歩手前まで保つと言うことは叔父上が本気で『狩場』を展開していなかったという証拠じゃし、わしらがターゲットになっていなかったという証明じゃ」

 「そ、それはどういう……」

 「どうもこうもない。叔父上が本気なら『狩場』を展開した瞬間にわしも大海殿も心臓が止まっちょったかもしれん」

 

 これは本気を出さないでくれてありがとうございます。と言うべきなのでしょうか。

 言わなくても良いですよね!?

 敵味方の区別ほぼ無しの広範囲攻撃に感謝する必要ないですよね!?

 いや、待ってください。

 あの『狩場』というモノは今回でも半径2kmを越えていました(私が乗ったクルーザーと戦闘区域がそれくらい離れていたので間違いありません)

 アレで本気じゃないとしたら、本気の場合はどれ程の範囲になるのでしょうか。

 

 「ちなみにじゃな、わしらがおった場所はほとんど『狩場』の範囲外じゃ」

 「いや、ちょっと意味がわかりません。だって私は影響を受けてましたよ?」

 「『狩場』の中では叔父上が触れずとも『斬れろ』と念じるだけで好きな対象の好きなところを好きなように斬り刻めるんじゃよ。ここまでは納得できなくてもそういうモノだと理解してくれ」

 「はい……」

 「で、じゃ。わしや大海殿が受けた影響は、簡単に言うと『狩場』の余波に過ぎん。そうじゃのぉ……爆弾が爆発したら余波で風が起こるじゃろ?その風に少し煽られたと考えればええ。今回の『狩場』の半径は実質200m程度じゃろうよ」

 

 それで私は死にかけたと?

 ならば中心部はいったいどれ程の……ん?なんか意外な言葉が混ざっていたような……。

 

 「日進も影響を受けてたんですか?」

 「わしゃあ見た目通り気が弱いでなぁ。死にかけはせんかったが、ぶっちゃけ少しチビった……」

 

 あ、それでですか。

 日進の戯れ言は無視するとして、けっこう前から微かにアンモニア臭がしてるとは思ってたんですよ。

 でもまあ、私が風上に移動すれば問題ないですし、見た目が幼い貴女の粗相は大きなお友達に好評ですから恥ずかしがらなくても世間的に平気ですよ。

 おっと、それはどうでも良いですね。

 上記の二つ、『魂斬り』と『狩場』が『呪法・暮れなずむ石の如く』による現象だとして、その本質はどういったモノなのでしょうか。

 こう言う場合は先ず、名前から考えてみるのが妥当かつ正道ですね。何故なら日本人は名前に意味を込めますから。

 

 では、改めて『呪法・暮れなずむ石の如く』と言う名前を分解して考えてみましょう。

 これは四つに分解できますね。即ち『呪法』『暮れなずむ』『石』『如く』の四つです。

 この内『呪法』と『如し』はそのままの意味でしょうから除外します。

 それでは二つ目の『暮れなずむ』。

 これは『日が暮れそうでなかなか暮れないでいる』という意味です。『なずむ』だけだと『人や馬が前へ進もうとしても、障害となるものがあって、なかなか進めないでいる』という意味ですね。

 多少無理矢理ですが少しづつですが進んでいると解釈出来るかもしれません。

 

 そして三つ目の『石』。

 これは普通に考えれば言葉通り石です。ですが、私はこの『石』にこそ呪法の源たる意味が込められていると予想します。

 それと言うのも、石とは『石のように固い』などと言われるように固いイメージがあり、『いし』と読めることから『意思』にも転じ、『せき』とも読みますから『塞き』止めるにも転じます。

 

 以上二つの意味を含め、私なりの解釈を加えるとかなり無理がありますが『溢れ出んばかりの意思を塞き止め、少しづつ石のように固くする』となります。

 これを彼に当てはめ、現代風の言い方をするなら……。

 

 「あの怪現象を起こした力の源は彼の深海棲艦に対する悪感情。つまり『呪法・暮れなずむ石の如く』とは感情制御法」

 「流石は大海殿。その通りじゃ」

 

 かなり無理矢理な解釈でしたが合っていましたか。良かったです。

 ですがこれで日進が本気じゃないと言った理由にも納得できました。

 何故なら、相も変わらず美味しそうに煙草を吹かしている彼が、こんなところで本気を出すわけがないんですから。

 でも……。

 

 「もし『戦装束』が開戦初期からあれば。と考えてしまいますね。あの人が本気を出せば、かつての敵太平洋艦隊くらいなら彼一人で余裕そうじゃないですか」

 「いんや、わしはそうは思わん。もし開戦初期からあの装備があったら、叔父上は今日の小手調べ程度の戦果すら上げられんかったじゃろうよ」

 「それはつまり……」

 

 あれほどの現象を起こすには悪感情の充填が必要と言うことでしょうか。

 発散せずに何年も、それこそ10年を超える年月をかけて悪感情を制御し、育ててきたからこそ、彼からすれば例え小手調べでも私からすれば信じられない戦果を上げられた。と、言うことですか。

 

 「我が家では失伝してしもうた秘法をこの目で見られたのは僥倖じゃったが、アレを見た今では失伝したことが幸運だったと思えてしまうのぉ……」

 

 そう言いながら、呆れたような瞳で彼を見つめた日進は最後にこう呟いて締め括りました。

 

 「怨み辛みに身を焦がした者のなれの果て……か。ありゃあもう、人とは呼べんわい」と、退屈そうに海を眺める彼に聞こえないように。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 悪魔、ですか?

 はあ、あの子は彼のアレを悪魔と表現したんですね。

 

 いえ、私はその場にいなかったので見ていませんが、彼が必死になって抑え込み、育てていたアレは悪魔と呼んで差し支えないと思います。

 

 その時に起こった事を妹から聞いたときも「彼が本気ならそれくらいは余裕だろう」くらいにしか思いませんでした。

 

 ええ、妹の話では、立ち塞がった二隻の戦艦棲姫を皮切りに残っていた百隻近い深海棲艦が一瞬で沈んだそうです。

 はい、彼の「邪魔だ」の一言とともに、細切れとなって。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦大淀。現海軍元帥秘書官 淀渡 大海大尉へのインタビューより。

 

 



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第百四十九話 大和さんの、ちょっと良いとこ見てみてみたい

 

 

 

 

 

 明日には私の仲間たちとの訓練が始まる。

 そんな、ある意味小学生時代の遠足の前の日のような気分に浸っていた日の午後に、私と涼月は執務室に呼び出されました。

 そこにいたのは提督と大城戸さんです。

 

 ええ、私が呼び出されたのは練成訓練の打ち合わせをするためでした。

 ですが、その内容を聞いて少しだけ罪悪感を感じました。

 

 だって、練成訓練の第一段階は、ある意味では彼女へのイジメだったんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 明日からの訓練をウキウキしながら待っていた昼下がりに、矢矧たちと一緒に鎮守府旅行をしているはずの涼月がトイレを探して迷子になっていたので案内してあげてついでに談笑していたら、私たちを探していたと言う満潮教官に執務室に来るよう言われたので涼月と一緒に来てみたら……。

 

 「手を抜け。ですか?」

 「そう。明日の午後から行う予定の演習で、二人には手を抜いて欲しいんだよ」

 

 と、お願いの体を装った命令をされました。

 まあ、私の場合はわかります。

 覇道砲も波動砲も演習で使うと相手の命を奪いかねませんし、窮奇が出てきたら演習の体を成しません。

 でも、涼月の場合は?

 

 「あの、大城戸中佐。私はどこまで…手加減すればよろしいですか?」

 「これが難しいんだよねぇ。一応、大淀から涼月のことは聞いたんだけど……。ほら、あの子って説明がド下手じゃない?だからどの程度手加減させれば良いのかわかんないんだよ。円満は対空戦闘だけさせれば良いとか簡単に言ってるんだけど……」

 

 と、涼月の問いに答えながら提督に呆れたような視線を大城戸さんは送りました。

 大淀が説明上手なら、提督も大城戸さんもこれこれこうしろと言えるのでしょうが、得ている情報が曖昧だから判断がつかないのでしょう。

 

 「いや、そのくらいしか言えなくない?だって大淀の話では、彼女って大淀と互角に戦えるらしいし」

 「いえ、それは大袈裟すぎます提督。確かに姉妹の中では唯一大淀さんの訓練相手になれてましたが、それでも彼女には遠く及びません」

 「ちなみに、どの程度できるの?」

 「脚技は全種使えます。それに大淀式砲撃術もその一からその三までは使用可能です」

 「お、思ってたより凄いわね」

 

 確かに。

 涼月の、と言うより秋月型の艤装で大淀式砲撃術を使うのは困難なはずなのに、窮奇ですら無理だと言ったその二の『斫り』どころかその一とその三まで使えるなんて……。いったいどうやってるんでしょ?

 

 「それと、これは姉妹と大淀さんにしか話していないのですが、私は深海化が使えます」

 「はぁ!?深海化まで使えるって……それ本当?」

 「はい。たぶん、大淀さんが互角に戦えると仰ったのはその状態の私だと思います」

 

 ふむふむ、深海化ですか。

 恐らくですが、深海化とは艤装の核となっている深海棲艦の力を無理矢理引っ張り出して艤装に上乗せし、性能を高める裏技的なモノなのでしょう。

 たぶん私もやろうと思えばできるのでしょうが、窮奇に全部持って行かれそうなので使う気にはなれませんね。

 

 「じゃあ、今言った全ての使用を禁止します。深海化なんて特にね」

 「了解しました。では、対空戦闘と普通の艦娘ができることのみで演習に挑みます」

 「窮屈かもしれないけどお願いするわ。貴女たち二人が本気でやったらこの演習に意味がなくなっちゃうから」

 

 ふむ、つまり提督と大城戸さんは、演習の勝敗云々は度外視で第一特務戦隊という艦隊自体の練度を高めようとしているのですね。

 実際、勝つだけなら私が波動砲を撃つだけで終わってしまいますもの。

 

 「それで演習相手なんだけど……。こんな感じのメンバーよ」

 「…………波動砲、撃ち込んでいいですか?」

 「ダメだって言ったでしょ」

 「いやだって……」

 「だってじゃない。流星群くらいなら許可するけど、ハドウ砲はどっちも絶対に撃っちゃダメよ」

 

 いや、私が波動砲を撃ち込みたいと言ったのは演習相手ではなく提督です。

 なんですかこの相手艦隊の編成は。数だけでも倍以上なのに横須賀の主力艦がてんこ盛りですよ?

 この艦隊を相手に手加減して戦えなんて無理にもほどがありますし、こんな物量戦とも言える演習では艦隊の問題点を洗い出すのも難し……。

 

 「あ、コレって半分は意地悪ですか?」

 「意地悪は心外だなぁ。せめて難易度を高くしてるって言ってよ」

 「そんな事を言うということは、提案したのは大城戸さんですね?」

 「大正解。円満が言ってた通り頭は回るんだね」

 

 当然です。

 大城戸さんは私の事を頭の弱い子と思っていたようですが、私はけっしておバカではありませんから。

 ここは私の株を上げるためにも、大城戸さんがそんな意地悪をしようと考えた理由を言い当ててあげましょう。

 

 「やり方が大雑把過ぎる気はしますが、そうするのは()()()の精神的負担を軽くするためではないのですか?」

 「凄いね。そこまでわかるんだ」

 「べつに凄くはありません。消去法の結果ですよ」

 

 心の中ではドヤってますけどね。

 ですが、やはりそうでしたか。

 私たち一特戦は、今時点ではただの烏合の衆に過ぎません。にも関わらず、初出撃の時に一応は艦隊として機能したのは彼女のおかげです。

 ですが、現時点の彼女は一特戦の要であると同時に弱点でもある。

 この演習の真の目的は、彼女が一特戦のキーマンであると艦隊員全てに自覚させること。

 分かりづらくするのは彼女に悩み、試行錯誤する時間を与えるためでしょう。

 

 「澪は何だかんだ言って甘いからねぇ」

 「円満がそれ言う?この艦隊と演習させるって私が言ったときに一番反対したのって円満じゃない」

 「いやぁ、それは備蓄資源的に……ね?」

 「嘘おっしゃい。これじゃああの子が潰れちゃう!って言ってたじゃん」

 

 あらあら、なんだか姉妹喧嘩みたいな空気になってきましたね。まるで大潮ちゃんと満潮教官を見ているような気分で……あ、そう言えば提督も大城戸さんも元艦娘でしたね。もしかして姉妹艦だったのかしら。

 

 「でも、恵と比べたらマシでしょ?」

 「あの子に辛い想いをさせるくらいなら解体してあげて。って言ってたもんなぁ……」

 

 提督が溜息をつきながら口にした恵さんと言うと荒木さんの事ですか?

 彼女もこの二人と元姉妹艦の仲だと仮定すると……。まるっきり八駆の三人の大人版と言った感じですから、この三人は元朝潮型だったりするのでしょうか。

 うん、満潮教官が大城戸さんの事を澪姉さんと呼んでるところを見たことがあるのでたぶん間違いないです。

 

 「恵は私たちの中で一番姉妹艦想いだもんね。アンタと一緒に解体されるときも「満潮ちゃんが寂しがるから一緒に解体しましょう!」とか言ってたし……」

 「言ってたねぇ。それに、姉さんが戦死した時に一番泣いてたのも恵だった」

 

 う……空気が重くなって来ました。

 訓練に関する話も終わったようですし、ここはお二人で存分に思い出に浸ってもらうために退室しようかしら……。

 

 「あの~提督、一つ質問してもよろしいですか?」

 「え?ああごめん、何?涼月」

 

 この子凄いですね。

 さっきまでのしんみりした雰囲気など意に介さず、まるでぶち壊すように二人の会話に割って入りました。

 もしかして天然なのでしょうか。

 普段から場の空気を読んで発言することを心掛けている私には理解できませんが、訓練に関する事なら多少無理矢理でもお二人の会話を中断させる必要がありますので口は挟まないでおきましょう。

 

 「『猫の目』にはどうやって戻れば良いのでしょうか」

 「は?『猫の目』?ああ、そう言えば鎮守府旅行の途中だったのよね……って、あれ?」

 「どうかされましたか?」

 「いや、貴女って大和と一緒にいたんじゃないの?」

 「いえ、大和さんにはお手洗いを探している最中に偶然会っただけです」

 「ちょっと待って、戻れば良いのかって聞いたわよね?って事は貴女、『猫の目』からトイレを探して庁舎まで戻ってきたの!?」

 「そう……なりますね」

 

 『猫の目』から庁舎までけっこうな距離が有りませんでしたっけ?たしか歩いて3~40分はかかったと記憶してるんですが……。

 それにトイレは『猫の目』にも、それこそ店の一番奥にありますから歩いても十数秒です。

 一番近いトイレに行かず、3~40分も歩いて庁舎まで戻ったと言うことは……。

 

 「涼月って方向音痴なんですか?」

 「それは心外です。私は姉さんたちと違って方向感覚には自信があるんですよ?」

 「でも、トイレを探して迷子になったあげくに庁舎まで戻っちゃったんですよね?」

 「それは……その、はい……」

 

 これは天は二物を与えないと言うヤツでしょうか。

 涼月は大淀に迫るほどの戦闘力を秘めていながら、致命的とまで言えるほどの方向音痴なのですね。しかも自覚がないと言うオマケつき。

 まさか、艦隊行動中にまで迷子になったりしませんよね?

 

 「はぁ……。大和、悪いんだけど涼月を猫の目まで連れて行ってあげて」

 「それは構いませんが……」

 「あの距離を歩いたらお腹がすく?だったら私の名前でツケにしてもらいなさい。今度行ったときに払っとくから」

 「了解しました。喜んで行かせてもらいます」

 

 なんたる僥倖、なんたる棚ぼた。

 正直面倒なので適当な理由をでっち上げて断るつもりだったのに、『猫の目』で好きなだけタダ食いしていいと言われたら断る理由はありません。

 

 「では行きましょうか涼月」

 「はい、よろしくお願いします」

 

 私は若干眠そうな目をしている涼月の手を引いて「気をつけて行きなさいよ」と言う提督と「あれ?今あそこって大淀がいなかったっけ?」と言う大城戸さんの声を背に受けながら執務室を後にしました。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 横須賀鎮守府名物 看板トラップ。

 

 その看板は、いつの頃からか(一説には開設当初から)横須賀鎮守府の倉庫街と呼ばれている地区のそこかしこに大量に設置され、最大で縦20cm、横50cmほどの大きさの板に女性、特に駆逐艦を狙ったものと思われる罵詈雑言が書かれているという。

 

 誰が、何の目的で設置したかは不明だが、戦時中、横須賀所属の駆逐艦に多大な精神的被害を与え、中にはショックを受けすぎて解体を願い出た者までいた。

 

 ※以下、被害を受けた者の証言の一部を記載する※

 

 私はアレを見てしばらく、カレーを見るだけで吐くようになったなぁ。

 今でも作るだけで気分が悪くなるから、夫がカレーを食べたいって言ったら自分で作ってもらってるわ。

 

 看板トラップ?ああ、アレかいな。今でも思い出す度に倉庫街をもう一回爆撃しとぉなるわ!

 

 え?私は引っ掛かっていませんよ?引っかかりかけたことは……いえ!やっぱりありません!

 

 信じる者は救われるって大嘘よね。少なくとも私は、信じて指示に従ったら大恥かいたわ。

 

 アレのせいで、私はブラジルが嫌いになりました。

 

 

 ~艦娘型録~

 鎮守府に関する用語集より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「インド人を右に。ですか?」

 「はい。それに従って北に行こうとしたら初霜さんに止められました」

 「いやいや、それで……」

 

 どうして北へ?

 涼月が言う『倉庫街、インド人を右に』の案内板は私も見たことがありますが、アレって今現在私たちの目の前にあるカレーショップ・ダルシムの壁一面に描かれているインド人の絵を正面に見ながら右と言う意味ですよね?実際、私とご主人さまはそれで倉庫街へ行けましたから間違いありません。

 でも涼月が間違ったように、庁舎側からこちらに来ると左手にインド人が見え、そのまま右に曲がれば北に向かうようになります。

 と、言うことはですよ?

 北からでも倉庫街に行けると言うことではないでしょうか。

 あ、それと、ツッコむべきなのでしょうけど面倒なのでツッコみませんが、涼月が北に行こうとしたら云々と言いながら指差したのは北ではなく東。庁舎がある方角であり、私たちが歩いて来た方向です。

 

 「でも、北に行ったら何があるのか気にはなりますね」

 「北と言うと……あっちですか?」

 「そっちは西です。試しに北へ行ってみませんか?」

 「それはかまいませんが……」

 「では行ってみましょう」

 

 私はそう言って、相も変わらずボケ~ッとした表情の涼月の手を引っ張って北へと針路を取りました。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 私の人生のワースト3に入るほどの悲劇が待っているとは思いもせずに。

 

 ええ、『好奇心猫を殺す』という英国の諺の意味をあれ程思い知った日は他にありません。

 

 あの時、興味など持たずに素直に『猫の目』に行っていれば私はお腹いっぱいご飯を食べられ、『ブラジル』の事も嫌いにならずに済んだのですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 私と涼月が北へ向かって着いた先は、鎮守府を囲うコンクリートの外壁に沿うように東西に伸びる丁字路でした。

 その壁際には花壇が道に沿って伸びており、そこには垣根などでも使われる車輪梅が青々と葉を広げています。

 その垣根に隠されるようにあったのは……。

 

 「大和さん。これはどういう意味なんでしょうか」

 「どうもこうも……一応は案内板、だと思います」

 

 その案内板にはこう書いてあります。

 曰く『倉庫街←→ブラジル』と。

 まあ倉庫街はわかります。方向的にも左に曲がれば倉庫街へと到れるでしょう。

 ですがブラジルが謎すぎます!

 指示に従って右に進んだ場合、辿り着けるのはブラジルではなく庁舎ですよ!?

 

 「倉庫街…ブラジル……倉庫街……。ブラジル」

 「ちょっ!ちょっと待ってください涼月!」

 

 どうして少し迷った後に何かを確信したようにブラジルを選択したの!?涼月って思考も方向音痴なんですか!?

 

 「だって……ブラジルですよ?」

 「だからなんです!?涼月はブラジルに行きたいのですか!?」

 

 もしかしてカーニバルが見たいのかしら。

 でもね涼月、そっちに行ってもブラジルに通じるトンネルがあるわけじゃないんですよ?

 そりゃあ私も一度くらいは生で見てみたいと思っていますが、どうしても見たいのならブラジルではなく浅草に行くのが時間的にもお財布的にも容易です。

 

 「一度、参加してみたいと思ってたんです」

 「いやそっち!?」

 

 まさかの見る方じゃなくて踊る方!?

 失礼だと思いますから口には出しませんが、とてもじゃないけどカーニバルに参加したいようなテンションには見えませんよ!?

 

 「きっと、あっちにはブラジルに通じる穴があるんですよ。今の総理も、リオ五輪の時に土管に潜ってブラジルに行ったでしょう?」

 「いやいや、アレは合成と言いますか……」

 

 映像を使ったただの演出。

 と続けようとしたところで『穴』という単語が私の脳内で妙に引っ掛かりました。

 『穴』と言えば、一特戦の私と二特戦のアイオワさん、そして三特戦のジャービスちゃんの到達目標のあの『穴』が思い浮かびます。

 

 「行ってみるのも有り。かもしれませんね」

 

 異世界?平行世界?とにかくそう言った世界とこの世界を繋ぐ超常的な穴が確かに存在するのですから、日本とブラジルを繋ぐ穴があっても不思議ではありません。

 いえ、むしろそちらの物理的な穴の方がはるかに存在する可能性が高い。

 

 「行ってみましょう涼月。私もブラジルに行ってみたくなりました」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 看板トラップ?

 ああ、アレは桜子さんの趣味……いや悪趣味よ。

 

 何が目的で、誰をターゲットにしてたのかは今だにわかんないけど、桜子さんは暇さえあれば看板を作ってたわ。しかも、古い看板も定期的にアップデートされてたの。

 中には精神的被害だけでなく、肉体的な被害に遭う正にトラップと呼べる物まであったわね。

 

 私が識ってる限りだと……。

 あ、アレだ。

 桜子さんが長時間の食欲減退効果と、高カロリーかつ鼻血を噴きそうになるほどの滋養強壮効果を目指して開発した殺人ドリ……失礼。

 栄養ドリンクの失敗作を最終地点に設置した『インド人・改』ね。

 

 アレって、二枚目までは従来通りって話だけど、平成三年ごろに三枚目が改正されて、最後に四枚目が追加されたの。

 

 でも、設置した桜子さん本人も「引っ掛かる奴は控え目に言って馬鹿ね」と言うくらい引っ掛かるのが有り得ない内容よ。

 内容を聴かされた私も「お姉ちゃんならワンチャン……」って思った程度で、まともな人なら絶対に引っ掛からないと思ってた。

 

 その口ぶりだと引っ掛かった人がいたのか?

 ええ、いたわ。しかも二人も。

 

 円満さんに命じられたお使いが終わって、四駆の子達と一緒に酒保で買い物をした帰りに見たから間違いないわ。

 

 そう、青木さんも写真を撮りまくってたでしょ?

 アレを、桜子さんが作った毒物と紙一重のドリンクを飲んで真っ黒になった大和を。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「『ここまで辿り着いた識者( )は14へ行け(平成三年改正)』?」

 「大和さん、( )の中には何が入るのでしょうか」

 「まったくわかりません」

 

 それよりもわからないのは、庁舎が見える位置まで戻ってもブラジルに通じる穴が見当たらないこと。代わりに見つけたのが先ほど内容を声に出してしまった看板です。

 『14に行け』と書いてありますので14とやらに行けば穴が在るのかもしれませんが……。

 

 「14って何なのでしょう。涼月はわかりますか?」

 「恐らくですが、私たちの右手に並んでいる物置の一番奥ではないでしょうか」

 「あの『14』と書いてあるヤツですか」

 

 私たちのから見て右手、そこには縦横奥行き共に2.5mほどの物置が庁舎の方に入り口を向けてお14棟並び、一番南側の物置の扉の上には『14』と記されています。

 普通に考えれば『14へ行け』とはあの物置へ行け。ということなのでしょうが……。

 

 「嫌な予感がします」

 「でも、あそこに行けばブラジルに行けるかもしれませんよ?」

 

 本当に行けるのでしょうか。

 と、今更ながら疑問がぶり返して来ました。

 だってよくよく考えれば、ブラジルへと通じる穴があるのなら噂話程度でも広まっていておかしくないのに、そんな噂は鎮守府に着任してからの一年余りで一度も聞いた事がありません。

 それにあの『14』と書かれた物置を見ていると、これでもかと言うくらい嫌な予感が胸の内に膨らんでくるのです。

 

 「何の変哲もない物置ですね。大和さん」

 「ええ、『百人乗っても壊れない』を売り文句にしていそうなくらい何の変哲もない物置です」

 

 涼月に促されるままに目の前まで来てみましたが、やはり穴があるとは思えません。

 それに何か変な臭いがしてますし、中からは機械の駆動音が聴こえてきてます。

 

 「開けてみましょう」

 「や、やめませんか?涼月。なんだか嫌な予感が……」

 「でも、この先はブラジルですよ?」

 

 いや、涼月にはこの物置が青い狸型ロボットが持っている『何処までもドア』的な物に見えていて、扉の向こう側にはブラジルが広がっていると思っているのでしょうが有り得ないと思いますよ?

 だってそんな便利な物があるのなら、私たち一特戦は危険な敵中突破などせずに『穴』に到れるのですから。

 などと考えていた私に構わず、涼月は無表情でもワクワクしているとわかる手つきで物置の扉を開きました。

 そこにあったのはブラジルではなく……。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 桜子さんが作った看板トラップの内、特に危険度が高い物には警報が仕掛けられてるの。

 

 ええ、引っ掛かった子が看板トラップに則した特定の動作をしたら、奇兵隊の本部である『猫の目』でけたたましい警報が鳴るのよ。

 

 あの日もそうだったわ。

 あの日、大和が病院に緊急搬送された日も鳴ったんだと思う。

 ええ、酒保からの買い物帰りに、天井がない軍用ジープに一特戦の残りのメンバーを山積みにした金髪さんがこれでもかと慌てて現場に向かってたもの。

 

 それを見て、私も四駆の子達と現場に向かったわ。

 桜子さんの看板トラップの中でもトップ3に入るほど危険度が高い、『インド人・改』の最終地点であるあの物置に。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「冷蔵庫……ですね」

 「ええ、何処からどう見ても冷蔵庫です。でも……」

 

 どうして物置の中に冷蔵庫が?しかも電気を通して稼働状態で?それに変な臭いもキツくなっています。

 

 「開けます」

 「待ってください涼月!この臭いはおかしいです!絶対にヤバい物が入ってますよ!」

 「きっとブラジルのニオイですよ」

 「ブラジルってこんな目と鼻が痛くなるほどの刺激臭がするんですか!?それってブラジルを馬鹿にしてますよね!?」

 「心配しないで。私、必ず…戻ります」

 

 すでに後戻りできないほど頭が逝っちゃってるように見えますが!?

 と、私がツッコむよりも早く、涼月は冷蔵庫の扉を開けました。

 ええ、案の定と言うか当然と言うか、その先にブラジルは広がっておらず、代わりに『飲んで良いよ♪』と書かれたラベルが貼られた真っ黒い液体を詰めたペットボトルが所狭しと詰め込まれていました。

 あの……まさかとが思うのですが……。

 

 「黒い液体……黒い汁……ブラック汁……。略して『ブラ(じる)』ですか?」

 

 くっだらない!

 口の出すのが……いや、出しちゃいましたけど、それが恥ずかしくなるくらいくっだらない!

 誰ですかこんな馬鹿丸出しな駄洒落を考えたのは!

 

 「これが…ブラジル……」

 「ちょぉ!涼月!どうして飲もうとしてるんですか!?」

 「え?だって、ブラジルですし、美味しそうな匂いがしてるじゃないですか」

 「この臭いが美味しそうな匂い!?それ嗅覚が麻痺してません!?」

 

 それにどんだけブラジルが好きなんですか。

 これってきっと、ブラジルを捩っただけの劇物ですよ?なのに涼月はそれを飲むと?正気ですか!?

 

 「良薬口に苦しとも言いますし、体に良い物は大抵不味そうな色をしてるんです」

 「その理屈でいくと、世の中には体に悪い物がないと言うことになっちゃいません?」

 「なりません。さあ、大和さんもご一緒に」

 「はぁ!?私も飲むんですか!?」

 

 冗談じゃありません!

 こんな体に悪影響しか無さそうな黒くてドロッとしてて、さらに光の加減で虹色の模様が浮かぶような液体なんて飲みたくありません!たぶん、これに比べたら墨汁の方がよほど体に良いですよ! 

 

 「大和さんは戦艦なのに度胸がありませんね。わかりました。私だけ飲みます」

 「ちょっと待ってください。それは聞き捨てなりません」

 

 度胸がない?

 戦艦の砲弾すら恐れずに真正面から受け止める私に対して、高が黒い液体を飲みたくないと言っただけで度胸がないと仰いますか。

 

 (飲むなよよ大和。絶対に飲むなよ!)

 「いえいえ、別に大和さんを侮辱したわけではありません。私は単に、こんなにも美味しそうな物を私だけで楽しむのは心苦しいから大和さんにも勧めただけです。だから飲まなくても良いですよ?私だけで飲みますから」

 「そう言われては飲まないわけには参りません。先ずは私が先に飲みます」

 (いや待て、そこまで言われたら私も黙っていられん。変われ大和!)

 「無理をなさらず。私が先に飲みますので大和さんは後からゆっくりと味わってください」

 「いいえ!私が先に飲みます!」

 (いいや私だ!)

 「いえいえ、やはり駆逐艦である私が先陣を」

 「私が飲むったら飲むんです!」

 「(どうぞどうぞ)」

 

 ふぁ!?

 私が地団駄を踏みつつ一際強く飲みます宣言をした途端に、窮奇と涼月が全く同じタイミングで全く同じセリフを言いました。

 それになんだか、コレと似たようなシチュエーションをテレビか何かで見た覚えが……。

 

 「あ、あれ?意外とすんなり引くのですね」

 「旗艦である貴女を尊重しただけですよ。ささ、私に遠慮せずグググイーッと逝ってください」

 

 なぁんか怪しい。

 どうして涼月は、私が先に飲むと言った途端に手に取ったブラ汁を投げ捨てたんです?もしかして最初から飲む気などなく、私を嵌めようとしただけなんじゃ……。

 

 「大和さんの、ちょっと良いとこ見てみてみたい。そ~れイッキ、イッキ、イッキ……。あれ?どうしました?」

 「い、いやぁ~何と言いますか」

 

 飲み辛い。と言うか怖い。

 だって涼月は、無表情どころか殺意を瞳の奥の奥に隠したような瞳で私を見つめながら、しかも淡々と地声で『イッキ、イッキ、イッキ』って言ってたんですよ?

 

 「こちらは好みじゃありませんでしたか?では……。はい。なーに持ってんの?なーに持ってんの?飲み足りないから持ってんの。ドドスコスコスコ。ドドスコスコスコ。ドドスコスコスコ。ヨッ!!ドドスコスコスコ。ドドスコスコスコ。ドドスコスコスコ。ヨッ!!ドドスコスコスコ。ドドスコスコスコ。ドドスコスコスコ。ヨッ!!」

 

 文字数稼ぎはやめなさい!

 と、自分でも訳がわからないツッコミを脳内で入れてまいましたが……。

 この子怖い!

 なんで『ドドスコスコスコ』までは淡々と地声なのに『ヨッ!!』の部分だけ近づきながら「早く飲めよ」と圧をかけるように元気よく言うのですか!?

 

 「や、大和、逝きます!」

 

 涼月の圧力に屈した私は、それから逃げるようにブラ汁を胃の中に流し込みました。

 窮奇の「馬鹿め」と小馬鹿にしたような声を聞きながら。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 アレほど不味い物は無い。

 と、確信できるほど不味かったです。

 ええ、この世の物とは思えない味でした。

 

 でも、後に満潮教官から聞いたとおりの効果はありました。はい、強烈な食欲減退と過剰とも言える滋養強壮効果、さらに副作用と思われる肌の黒色化です。

 

 アレを飲んでからの私は一週間不眠不休プラス食事無しで活動し続けましたから。

 無駄に鎮守府を走り回ったりもしましたね。

 いや、そうしないとムラムラし過ぎて同室の武蔵はおろか、目につく艦娘を片っ端から襲ってしまいそうになったんですもの!

 むしろ、体力を消耗させてムラムラを必死に抑えていた私を褒めてもらいたいですよ!

 

 え?どうして涼月は、私に対して憂さ晴らしのような真似をしたのか?

 

 さあ?それはまったくわかりません。

 でも、私がブラ汁を飲んで気絶する寸前に、涼月が泣きながら「ブラジル……」と呟いていましたので、涼月はブラジルに行けなかった鬱憤を私で晴らしたのかもしれませんね。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

 

 



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第百五十話 旧第八駆逐隊の全て

 

 

 

 

 第一特務戦隊。

 

 後に『天号組』と呼称されたこの戦隊は、米国の第二特務戦隊列びに英国の第三特務戦隊同様、対欧州棲姫用の艦隊として編成された。

 

 第一特務戦隊(以下一特戦)が他の二つと決定的に違ったのは、艦隊メンバーに空母艦娘が一人も編成されておらず、戦艦大和を旗艦として旗下に第七水雷戦隊を加えていた点だろう。

 

 更に一特戦は、一つの艦隊と言うよりは三つの艦隊が一つとして数えられていたと後に語られる通り、三つの小隊が独自判断で行動していた。

 

 にも関わらず、一特戦が艦隊として機能していたのは一特戦第二小隊の朝潮型十番艦 霞(彼女に関しては朝潮型十番艦霞の項を参照されたし)の存在あってこそだと言われている。

 

 

 ~艦娘型録~

 艦隊編成 第一特務戦隊の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 『大和!さっさとどっちかのハドウ砲で吹っ飛ばして!』

 『演習でですか?相変わらず矢矧は無茶を言いますね』

 『じゃあ流星群で前衛艦隊を潰して!』

 『対空迎撃で手一杯なので無理です』

 『あぁぁぁぁぁもう!だったら相手戦艦の砲撃を弾き返してよ!』

 『無理ですよ。そうされるのがわかっているから誰一人として私に砲撃してきませんもの』

 

 今月の頭に正式に編成された、今だに若干肌が黒い大和を旗艦とした第一特務戦隊、通称『一特戦』の練成訓練が始まって早一週間。

 その訓練の一日の仕上げとして行われる演習の様子を澪姉さんと一緒に見てるんだけど……痛々しくなるくらい防戦一方だわ。

 

 「ねえ、澪姉さん。さすがに無理ゲー過ぎるんじゃない?」

 「何がかな?満潮教官殿?」

 「大和達の演習相手よ。わかってんでしょ?」

 

 イタズラが成功した子供みたいな顔してなぁにをとぼけてんのかしらね、この姉は。

 ちなみに相手は、長門さんを旗艦とした横須賀第一艦隊に第一水雷戦隊を加えた横須賀最強の水上打撃部隊。

 更に一航戦と五航戦を主軸として四水戦を加えた空母機動部隊。

 つまり大和達は、横須賀で双璧を成す連合艦隊を二つ同時に相手しているの。

 

 「でも円満の指示だからなぁ」

 「指示はね。でも、提案したのは澪姉さんでしょ?」

 

 そうツッコんだら、ペコちゃんみたいな顔して誤魔化そうとし始めたけどバレバレだから。

 だって、一特戦の練成メニューは澪姉さんに一任されてるはずなんだもの。

 

 「満潮はこの訓練に意味が無い。って言いたいのかな?」

 「意味が無いとは言わないわ。第一、一特戦に与えられる任務を考えると()()()()の艦隊くらい突破できないと話にならないしね」

 

 だから演習自体に意味が無いなんて事はない。

 でもこの演習の目的は別にある。

 と、私は予想するわ。

 だって、澪姉さんは姉さん達の中で一番性格が悪いんだもの。その澪姉さんが、単に勝てば良いような演習を組むはずがないわ。

 恐らくこの演習の目的は……。

 

 「艦隊の弱点を把握させる。それが目的でしょう?」

 「ご明察。やっぱ満潮は教官に向いてるね。退役したら教師でも目指してみなよ」

 「茶化さないで。それならそれでやりようは他にもあるでしょ?それなのに、どうしてこんな()()()()()()方法を選んだの?」

 

 またまたそっぽを向くという形で澪姉さんは誤魔化そうとしてるけど、それは私がツッコんだ事が的を射ているという証拠。

 澪姉さんは、大和達に自艦隊の欠点、悪い言い方をすれば穴、もしくは足を引っ張っている者の存在を気付かせようとしていながら、物量で押し潰すという何が悪かったのかわかり辛くなる方法を取ってそれに気付きにくくしているの。

 

 「満潮には、一特戦の穴がわかる?」

 「ええ、初日で気付いたわ。たぶん時間的にもそろそろ……」

 

 一特戦の穴。

 先に言ったけど、その存在には初日で気付いた。意外にも感じたわね。

 だってその人は一特戦で一番艦娘歴が長く、艦隊旗艦の経験もある人で、あのメンバーの誰よりも経験豊富な駆逐艦だったんだから。

 

 『ちっくしょう!霞がやられた!矢矧さん!このままじゃまた分断されるぞ!』

 『わかってるわよ!雪風は朝霜をフォローして!浜風は突っ込みすぎの磯風を連れ戻しなさい!』

 

 こりゃ終わったわね。

 矢矧さんたち前衛と、大和たち後衛を繋いでいた霞さんが戦闘不能になったことで艦隊の中央が薄くなった。

 そこにすかさず、那珂さんを筆頭にした四水戦が朝霜を撃破しながら突っ込んで一特戦を完全に分断しちゃったわ。

 後は一水戦と四水戦に挟まれた矢矧さんたち前衛が潰され、返す刀で大和たち後衛が包囲殲滅されるだけ。

 

 「また同じパターンになったわね」

 「そうだね。さすがに今日の演習で、矢矧たちも気付いたんじゃないかな」

 

 そう、一特戦の穴は霞さん。

 そして欠点は、霞さんが前衛と後衛を繋ぎ続けなければ艦隊の体を成さないこと。

 要はあの艦隊って、突っ込みがちな前衛と速度差の関係で遅れがちになる後衛(と言うよりは大和)の間で中衛が上手く立ち回らないと艦隊として機能しないのよ。

 でも、これが霞さんには荷が重い。

 個人でならトップレベルの面子が集まった一特戦の中で、霞さんだけが明らかに実力が低いから艦隊を繋ぎ続ける事ができない。

 その事に……。

 

 「霞さんは、きっと気付いてるんだよね」

 「うん、初日の晩に私のところに来たよ」

 「脚技を教えてくれって?」

 「うん。霞はトビウオしか使えないからね」

 

 正道を貫いてダメなら邪道に手を出す。

 これは駆逐艦が真っ先に考える事よ。その最たる例が脚技。霞さんは実力不足を補うために、澪姉さんにトビウオ以外の脚技を教えてもらおうとしたんでしょうね。

 でも……。

 

 「霞さんが使う素振りすら見せないところを見るに、澪姉さんは断ったのよね?」

 「うん、霞には才能がないからね。ハッキリと「霞には無理」って言って断ったよ」

 「相変わらず容赦ないなぁ澪姉さんは」

 「中途半端に憶えた脚技は害にしかならないからね。それに、霞はそう言われるとわかってて私に頼んできたんだと思う」

 「それって……」

 「うん。霞は逃げ道を自分で塞いだんだよ」

 

 霞さんらしいわね。

 霞さんは自分の実力不足が艦隊の足を引っ張っていると初日で気づき、その打開策を脚技に求めようと安易に考えた自分への罰もかねて、ハッキリと言ってくれる澪姉さんに頼んだんだ。

 

 「クソ!なぜ勝てないんだ!しかも今回は今まで一番酷いじゃないか!」

 「そりゃあ都合7戦目ですから、わかり切ってる穴を真っ先に潰しに来るのは当然です」

 「だがマシュ風。霞が穴だとわかっているなら、もっと前衛と後衛の間を狭めれば良いじゃないか。何故そうしない?」

 「それ本気で言ってます?そう言ってる磯風が馬鹿みたいに毎度毎度突っ込むからでしょうが。っつか今、マシュ風って言いましたよね?ぶっ飛ばすぞコラ」

 

 などと言いながら、私と澪姉さんがいる桟橋に戻って来るなり磯風と浜風がドツキ漫才を始めましたが、本人の前でハッキリと穴呼ばわりするなんてこの二人どういう神経してるのかしら。

 とうの霞さんは無表情で何考えてるかわかんないけど……怒ってる?それとも落ち込んでる?

 

 「霞さん、あまり気を落とさないでください。失敗くらい誰だってするんですから」

 「初霜の言う通りだぜ霞。今回だって、たまたま霞が狙われやすい位置にいただけだって」

 

 たまたまな訳がない。

 それは言っている朝霜本人が一番わかっているはずよ。

 たぶん相手艦隊のほとんどのメンバーに初日で霞さんが一番落としやすいと把握され、更に一番弱い霞さんが一特戦の要になってるとバレたから真っ先に狙われるってことにね。

 

 「はいはい、反省会は罰の鎮守府一周が終わってからだよ。それと、霞はそれが終わって艤装を預けたら執務室に来るように。わかった?」

 「はい」

 

 相変わらずの無表情で霞さんは返事をして、他のメンバーから離れるかのように駆け出した。

 このままで良いの?

 これじゃあ単に、霞さんを追い詰めてるだけなんじゃ……。

 

 「ねえ大和、もう少し前衛を下げるなりして対応できないの?」

 「それでは矢矧たちの一番の強味である機動力が半減してしまいす。それくらい、教官ならおわかりでしょう?」

 「言いたい事はわかるけど……」

 

 このままじゃ霞さんが潰れかねない。

 それは一特戦にとって一番の痛手のはずよ。だって霞さん以外に中衛を熟せそうな人がいないんだもの。

 大和と矢矧さんはそれぞれの持ち場があるからもちろん無理だし、考えるより先に体が動くタイプの磯風、浜風、朝霜にはそもそも不可能。できそうなのは雪風だけど、彼女を前衛から下げると前衛の突破力が激減する。

 対空戦闘しかできない初霜も論外ね。

 残るは涼月だけど……あの人、今日までの演習を見る限り一度も本気で戦ってないのよねぇ。

 

 「大城戸さん。そろそろ頃合いかと思うのですが」

 「わかってるよ大和。ちゃんとヒントくらいは与えるつもりだから、貴女は今まで通り適度に手を抜いて」

 「わかりました」

 

 怪しい。

 今の会話を聴く限り、大和は最初から霞さんが一特戦の穴であり要だとわかってたみたいね。

 それをわかった上で演習中に手を抜き、理不尽な戦力差の中での演習で艦隊メンバーと霞さん本人に気付かせようとしてたってところかしら。

 しかも、澪姉さんと結託して。

 

 「霞の事が心配?」

 「そりゃあ……ね。だって姉妹艦だし」

 

 大和が去ったのを見計らってそう聞いてきた澪姉さんに返した私のセリフが意外だったのか、澪姉さんは「素直になったなぁ」なんて感想を呟きながら一特戦が走り去った方向を嬉しそうに見つめた。

 確かに、以前の私ならこんなセリフは言わなかったわ。

 でもこんなセリフを恥ずかしげもなく言えるようにしてくれたのは、すでに見えないくらいは遠くに走り去ってしまった霞さん。

 私が最も尊敬する朝潮型の姉さんなんだから。

 

 「ねえ満潮。恵を探して執務室に来るよう伝えてくれる?」

 「恵姉さんを?それはかまわないけど……。何する気?」

 「何する気。は心外だなぁ。私は、いや私たちは霞に渡したい物があるだけだよ」

 「私たち?」

 [そう、私たち……」

 

 何処か懐かしそう。いえ、哀しそうにも見える顔をしてそう言った澪姉さんは、私が「何を?」と口に出す前にこう言ったわ。

 

 「『旧第八駆逐隊の全て』を霞に託す」

 

 と、存在は識ってても、私じゃ扱いきれないと教わること諦めた初代朝潮の遺産。

 いや、姉さん達の経験までも書き加えた旧第八駆逐隊の戦闘経験そのものを霞さんに渡すと。

 

 

 

 

 



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第百五十一話 ありがとう。お姉ちゃん

 

 

 

 

 

 私は朝潮型駆逐艦って艦型的には末妹になるけど、今の朝潮型姉妹の中では霰姉さんに次いで艦娘歴が長い。

 具体的に言えば今年で10年目ね。

 まあ、10年も艦娘を続けてるからそれなりに色んな経験をしたわ。

 嫌な事の方が多かった気はするけど、それでも嬉しい事だってあった。

 

 「今回の事だって、嫌な事に入るけど大した事はない」

 

 気にはしてるし反省もしてるけどね。

 だいたい、一特戦をあのメンバーで編成するって異動の挨拶にここに来た日に聞いた時点で、遅かれ早かれ私が足を引っ張ることになるって予想できていた。

 だから気持ち的には楽な方。開き直ってるとかそう言うんじゃなくて、今まで経験してきた事の中では楽な部類なの。

 

 「それでも、こんなに重い気分でここのドアをノックするのは久しぶりか」

 

 今、私の目の前で壁のような重圧感を醸し出している執務室の扉。ここに入った事は何度もあるけど、こんなに重そうに見えるのはあの日以来。

 朝潮姉さんが戦死した正化二十六年の三月三日以来だわ。

 

 「また、あの時みたいに土下座でもする?いや……」

 

 有り得ない。

 あの時は作戦にかまけて担当軍区の哨戒を疎かにした司令官を庇うために、執務室に入るなりあの人の前で土下座した。

 私のせいだから司令官は悪くないと、バレバレの言い訳をして助けを求めた。

 でも、今回は完全に私が悪い。

 弱い私が完全に悪い。私の実力不足が原因なのに、土下座して許しを請うなんて私はしたくない。

 

 「一特戦所属、朝潮型十番艦霞。参りました」

 『入りなさい』

 

 だから意を決してノックした後名乗ると、待ってましたとばかりに円満が入室を許可した。

 中々堂に入ってるじゃない。

 声は私と大差ないくらい幼いのに、提督としての威厳がセリフの端から端まで感じられるわ。

 

 「失礼しま……むぎゅ!?」

 「霞ちゃん久しぶりぃ♪元気してたぁ?」

 「め、恵!?ちょ、苦しい!息できないからはなしてったら!」

 

 もう!

 どうして恵は会う度に抱きついてくるの?

 それに久しぶりとか言ってたけど、円満に着任の挨拶をした後に探してちゃんと挨拶したでしょうが。

 って言うか、私まだお風呂に入ってないからくっつかれると恥ずかしい!

 

 「恵、そういうのは後にしなさい」

 「はぁ~い」

 

 円満に注意された恵があっさり解放してくれたから室内を改めて見てみたら、円満と恵だけじゃなく澪と、水色を基調としたマタニティウェア姿で秘書艦席に座った大淀までいるわ。

 前の三人はわかるけどどうして大淀まで?前第八駆逐隊のメンバーが勢揃いしてるじゃない。

 

 「澪に聞いたけど、随分と苦労してるみたいね」

 「はい、でも原因はわかりきっています」

 「自分の実力不足が原因?」

 「ええ、あのメンバーの中で私だけ明らかに弱い」

 

 昔からそうだった。

 私は艦娘歴が長いだけあって練度は高いけど、逆に言えば練度が高いだけ。訓練は二水戦に負けないくらいしてるつもりだけど、私は自分の性能を使い熟せていない。

 円満たちが艦娘として戦っていた頃はもちろん、今でも朝潮型で下から数えた方が早いと思ってるわ。

 

 「大和と涼月がわざと手を抜いてるのは気づいてる?」

 「はい……」

 

 理由は恐らく、あの二人が本気で動いたら私じゃ今以上に艦隊を繋ぎ止められないから。

 もしあの二人が本気を出したら、演習に勝つことはできても一特戦として勝ったことにならないから手を抜いてるんだと思う。

 

 「大淀。アンタから見て涼月はどうなの?」

 「強いですよ。私の砲撃術もいくつか使えますし、彼女独自の戦闘法も確立しています。一特戦に所属している駆逐艦の中では雪風さんと同等だと思います」

 

 そんなに!?

 実力を隠してるのはなんとなくわかってたけど、それってつまり磯風よりも強いって事よね!?

 いや待て。

 何か円満の態度がわざとらしい。まるで、私に聞かせるために改めて大淀に喋らせたみたいだわ。

 

 「ただ……」

 「ただ、何?」

 「秋月の話では、彼女って艦隊行動中でも迷子になる癖があるそうなんです」

 

 着任初日の鎮守府旅行でもしやとは思ってたけど、まさか艦隊行動中にまで迷子になるとは思ってなかったわね。って言うかどんだけ方向音痴なのよ……。

 円満もそれは初耳なのか、あからさまにため息ついて呆れてるわ。

 

 「澪、アンタから見て初霜はどう?」

 「対空戦闘は性能の関係で涼月に一歩劣るけど、他の基本的な技術。特に回避運動が飛び抜けて上手いね。たぶん、艦娘時代の円満と同等くらいじゃないかな。改二改装を承ければもっと伸びるかも」

 「へぇ、敵を撃てないのが勿体ないわね」

 「いや、だからこそなんだよ。初霜は敵艦を撃つことを考えてないから、その分思考を回避に回せるんだと思う」

 

 的が小さい艦載機を撃ち落とせるんだから、たぶん射撃精度もかなり高いでしょうしね。

 こう聞くと本当に勿体ないわ。

 もし敵を攻撃できるなら佐世保でも有数のネームド駆逐艦になってたでしょうに……。

 

 「矢矧は?」

 「本人に自覚があるかどうかは知らないけど、精神面と体力面、さらに技術面も高い水準だよ。神風たちや二水戦の旗艦をやって一皮剥けたんだろうね。初出撃の時にビビって動けなかったのが嘘みたいに思える成長っぷりだよ」

 

 初霜の時は淡々とした口調だったのに、矢矧さんの事を話す澪は若干早口でなんだか楽しそう。

 いや、嬉しいのかしら。

 矢矧さんはたしか、澪にとっては初めての生徒だったはずだもの。

 あまり大きくない胸をこれでもかと張って「矢矧は私が育てた」とか言ってる様子を見るに、久しぶりに会った元生徒の成長っぷりが嬉しかったってところかしら。

 

 「恵、初霜がどうして敵艦を撃てないのかは聞き出せた?」

 「もちろんよぉ。なんでもあの子、昔深海棲艦に助けられた事があるそうよぉ」

 「それがどうして艦娘に……。あ、また会えるかもしれないから?」

 「ええ、でもその深海棲艦、重巡ネ級の特徴を聞く限り無理っぽいのよねぇ」

 「アンタがそう言うって事は……」

 「そう、円満ちゃんの考えてる通りよぉ」

 

 円満と恵の顔がわかりやすいくらい曇り、澪は「もしかしてあの時の?」とか言って怪訝な顔をしてるわ。大淀も察しがついたみたいね。手の平をポンと叩きながら「ああ、あの時の!」って考えてそうな顔してるわ。

 でも、どうしてそんな話を私に聞かせる?

 てっきり、お叱りを受けるもんだと思ってたのに拍子抜けしちゃうじゃない。

 

 「個人個人の力量は高いのに問題だらけの艦隊ね。どう?霞」

 「どう、とは?」

 「やっていける?アンタが無理だと言うなら、大和には悪いけど誰かと交代させるしかないわ」

 

 円満の一言で、さっきまでの団欒染みた雰囲気が吹き飛んだ。円満はもちろん、澪と恵も私の返答を真剣な表情で待ってるわ。

 唯一落ち着きがないのは大淀ね。

 円満に「も、もうちょっと言い方があるんじゃ……」って言いたそうな顔をしてオロオロしてる様子を見るに、たぶん私のことを心配してくれてるんでしょ。

 

 「紫印提督。いくつか質問してもよろしいですか?」

 「ええ、良いわよ。それに敬語じゃなくても良いわ」

 「じゃあ遠慮なく」

 

 正直に言うと質問したいことなんかない。

 だって円満と澪が私にさせたいことも、求めてる答えも予想がついてるんだもの。

 それなのに、質問して時間稼ぎをするのは腹を決めるため。お姉ちゃんが残した遺産をくださいと言うための覚悟を決めるためよ。

 

 「どうして私をメンバーに加えたの?アンタ達なら、編成する前から私が足を引っ張るってわかってたはずでしょ?」

 「ええ、わかってたわ。でも問題ないと、私と澪は判断した」

 「朝潮型最弱なのに?」

 「それは卑下し過ぎよ。今なら上から数えた方が早いと思うわ」

 

 上から数えた方が早い……か。

 たしかに今の朝潮たちよりはやれる自信はあるし、朝雲と山雲のコンビには勝てなくても1対1でなら互角に戦えると思う。そう考えると真ん中くらいかしら。

 目の前の四人が現役だった頃から考えると随分と昇格したじゃない。って、なるわけがない。

 

 「私はトビウオしか使えない」

 「うん、知ってる」

 「恵みたいに深海化も使えない」

 「あんなの、脚技以上に使わないに越したことはない」

 「大淀みたいに天才じゃない」

 「大淀レベルの天才がゴロゴロいたら逆に困るわよ」

 「澪みたいに人にモノを教えるのは得意じゃない」

 「それは私もそうよ」

 

 淡々と吐き出す私の愚痴に、円満は律儀に一つづつ応えてくれた。これは乗せられたかな?

 円満たちはきっと、愚痴を吐き尽くした果てに私が言うであろうセリフを待ってくれてるんだわ。

 

 「そんな私があの艦隊でやっていこうとしたら力が要る。それも単純な力じゃない。あらゆる戦況を予測し、未来予知に近い戦況分析と動きが必要になるわ。そのためには……」

 

 私がそんな力を得る方法は一つしかない。

 それは初代朝潮、私がお姉ちゃんと呼び慕った人が残した、お姉ちゃんが経験した全ての戦況とその攻略法が記された『広辞苑』だけ。

 でもそれは、お姉ちゃんと最も親しかった澪が持っている。さらに、アレは大淀を除いた三人にとっては形見とも言える代物。

 そんな大切な物を、私がくれって言って良いの?

 

 「霞。心配しなくても大丈夫ですよ」

 「大……淀?」

 

 私が最後の一言を言えずに黙り込んでいると、さっきまでオドオドしてた大淀が、まるで別人みたいに落ち着いた雰囲気を纏ってゆっくりと私の後ろに回り込んで私の両肩に手を添えた。

 この感じ、覚えがあるわ。

 昔、まだお姉ちゃんが生きていた頃、円満たちに嫉妬して反発してた私に、今と同じように後ろから手を添えてお姉ちゃんはこう言ってた。

 

 「ほら、三人を見てご覧なさい」

 

 そう、今大淀が言ったのと同じセリフを言ってた。

 そして、お姉ちゃんに促されるままに三人を見た私に、決まってお姉ちゃんは……。

 

 「ね?みんな霞を心配してるんですよ」

 

 って言ってたっけ。

 今の大淀みたいに、私の背中を優しく押すように。

 そう言われて初めて、今みたいに三人を見てた。

 あの頃の事は良く憶えてるわ。

 大潮だった頃の澪は「あははは……」と、苦笑いしながら私から目を逸らしてた。

 満潮だった頃の円満は「とっとと帰れ」と言わんばかりに私を睨んでた。

 荒潮だった頃の恵は「あらあら」って言いながら私を眺めてるだけだった。

 それが三人なりの照れ隠しなんだと気づいたのはお姉ちゃんが戦死してからだったわ。

 澪が苦笑いをしてたのは、打ち解けることを拒否していた私に何て声をかけて良いかわからなかったから。

 円満が私を睨んでいたのは、私に歩み寄りたいけどできない自分に苛立っていたから。

 恵が眺めていただけだったのは、お姉ちゃんに甘えたい私の気持ちを優先してくれていたから。

 でも三人とも、心の奥では今みたいに暖かい眼差しを向けてくれてたんだと、お姉ちゃんが戦死してから気づかされた。

 だから言える。

 三人が、今も昔と同じように私のことを想ってくれてるんだとわかった今なら言える。

 

 「お姉ちゃんの『広辞苑』が欲しい。アレがあれば、私はきっとやっていける」

 「そう、わかったわ」

 

 私の答えを聞いた円満は、肩の荷が下りたかのように力を抜いて澪に視線を送った。

 そしたら澪は、何処からか取り出した一抱えもある風呂敷包みを持って私の前に移動したわ。

 それに歩調を合わせるように、円満と恵も。

 

 「生前、朝姉が良く言ってたよ」

 「何……て?」

 「コレを本当の意味で使い熟せるのは霞だけ。ってね。私もそうだと思ってるよ。私じゃあ、コレを使い熟せなかったから」

 

 そう言いながら、澪は風呂敷包みを私に渡してくれた。

 重いなぁ。

 物理的な重量はもちろんだけど、お姉ちゃんや澪たちの想いも詰まってるんだと思うと余計にでも重く感じるわ。

 そんな、想いの重さを必死に受け止めようとしている私に、澪はこう続けた。

 

 「コレには朝姉の経験だけじゃなく、私たち四人の経験も書き足してる。それがどういう事かわかる?」

 「第八駆逐隊の……全て」

 「そう、この数十冊のノートには、私たち旧第八駆逐隊が経験した戦闘の全てと客観的に分析した攻略法が記されている。言わば『広辞苑・改』だね。自信過剰と思われても良いけど、コレを丸暗記して要所要所で引き出す事ができればほぼ全ての戦況に対応でき、数手先の未来を脳内に描きながら戦えるはずだよ」

 

 ずっと憧れてた。ずっと羨ましかった。

 私にとって、大好きなお姉ちゃんが率いる第八駆逐隊は二水戦なんて目じゃないほど憧れの的だった。

 その第八駆逐隊の全てが、今は私の手の中にある。

 そう思うと……。

 

 「ありがとう……お姉ちゃんたち」

 

 そんな言葉が自然と口から出てきた。

 ずっと言えなかったのに、澪にお願いするときさえ『姉さん』としか言えなかったのに、『お姉ちゃん』なんて赤面ものの言葉がすんなりと言えた。

 満潮に姉妹艦たちと仲良くしろなんて偉そうなことを言っておきながら、ずっとそうできなかった私が。

 

 「え、円満……」

 「まだよ澪。もう少し堪えて。恵もよ」

 「でもぉ……」

 

 三人の瞳が潤んでる。

 澪と恵なんて、私に飛び付こうとしてるのが丸わかりだわ。

 そんな二人を制し、自分も飛び付くのを堪えるために太股を抓りながら、円満は「霞、どれくらい時間が必要?」と言った。

 これはつまり、このお姉ちゃんたちの遺産である『広辞苑・改』を憶えるために必要な時間を聞いてるんだと思う。

 これだけの量の情報を頭に詰め込み、かつ実戦で使えるようになるには……。

 

 「憶えるのに最低でも一週間。戦闘時の使用に慣れるまで4……いや、3戦は見て欲しい」

 「わかったわ。では、本時刻より、朝潮型十番艦霞に十日間の休暇を与えます」

 

 私が申請した期間より長い。

 これはつまり、この期間で確実に暗記しろと暗に言ってるんでしょう。

 ええ、やってやろうじゃない。

 自慢じゃないけど、暗記科目は得意中の得意科目なんだから。

 

 「りょ……」

 「あー!もう無理!」

 「私も無理ぃ!」

 「ちょ!アンタらズルいわよ!」

 

 私が「了解しました」と言い掛けたその時、澪と恵が私の両サイドから抱きつき、少し遅れて円満が正面から抱きついてきた。さらに後ろからは大淀も。

 正直言って暑いし苦しい。

 できることなら解放して欲しいけど、私に抱きついたまま泣いている三人を見たらこのままでも良いかと思えてきたわ。

 

 「ごめんね霞。酷い事言ってごめん」

 「気にしてないわ澪姉さん。私も……ずっと酷い事言ってきたし」

 

 私は、お姉ちゃんのすぐ傍にいた大潮だった頃の澪姉さんを目の敵にしてた。だから会う度に「アホの大潮」とか言ってた。

 

 「ずっとこうしたかった。でも……でも……」

 「うん、わかってるよ円満姉さん。私もそうだったから」

 

 満潮だった頃の円満姉さんは私以上に素直じゃなかった。でも、私と同じように本当は仲良くしたいんだとはなんとなくわかってた。

 

 「がすみぢゃん!がすみぢゃぁぁぁぁん!」

 「もう、泣きすぎよ恵姉さん」

 

 三人の中で、昔から一番私の心配をしてくれたのが恵姉さんだった。

 艦娘を辞めても、返信しない私に小まめにラインを送ってくれたし、荒潮だった頃も週に一度はお姉ちゃんの近況を報せてくれてた。

 

 「これで、ようやく霞も姉妹になれましたね」

 「うん……」

 

 呉でいじけていた頃の私のお尻を叩いてくれた大淀。いえ、今は朝潮って呼んだ方が良いのかしら。

 うん、そっちの方がしっくりくる。

 まるでお姉ちゃんを思わせように優しく頭を撫でてくれてる朝潮がいなかったら、私はずっと呉でいじけてるだけだったかもしれない。もしかしたら艦娘も辞めてたかもしれない。

 朝潮がいなかったら、私はずっとみんなと姉妹になれなかったかもしれない。

 だから、同い年で誕生日は私の方が早いけど今回だけはこう呼んであげるわ。

 

 「ありがとう。お姉ちゃん」てね。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 霞の存在を大きく感じたのは、霞が訓練を休んだ初日だったかな。

 

 ええ、青木さんも取材してたでしょ?

 霞が抜けただけで、私たちは艦隊の体を成せなくなって演習相手から蹂躙されるだけの日々を過ごすことになったわ。

 

 メンタル的にも最悪だったわね。

 磯風は「私が言いすぎたからだ…‥」って落ち込んじゃったし、浜風は……あれ?あの子は「磯風が言い過ぎたからです」って磯風を責めてたような……まあいいか。

 一番酷かったのは朝霜ね。

 霞と仲が良かったからってのもあるんだけど、朝霜って霞がいないと強さが半減する……。

 いや、違うか。

 霞が指示しないとアレもコレも自分でやろうとするから、結果として何もかもが中途半端になったの。

 

 もちろん霞が戻って来て一番喜んだのは朝霜だし、休暇前とは別人みたいになった霞のおかげで一番成長したのも朝霜だったわ。

 

 そうね。

 霞が戻ってから三日ほどかかったけど、あの横須賀最強の水上打撃部隊と空母機動部隊を破った日に第一特戦隊は完成したんだと思う。

 それからの特別コーチによる訓練はダメ押しね。

 

 そう、次の年に行われた大和と大淀さんによる命懸けの決闘すらね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 



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第百五十二話 話は聞かせてもらった。人類は滅亡する

 

 

 

 

 

 敵に捕らえられて洗脳されてしまったカミシルバー・矢矧。

 敵の幹部クーレは彼女に配下として『ニスイセン』を与え、矢矧奪還へ向けて行動中だったカミレンジャーへ差し向ける。

 

 

 次回、水雷戦隊カミレンジャー。

 第24話 『さらば矢矧!カミレンジャーVSニスイセン』

 

 お楽しみに。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 バカ亭主と朝ご飯を食べ、家と店の掃除を終わらせた頃を狙ったかのように押し掛けてくる神凪(かんな)と、横須賀で亭主と共に営んでるカブ専門店『forever』のカウンターでコーヒーを飲みながら『水雷戦隊カミレンジャー』を鑑賞する。

 それが、私こと矧上 阿矢(しんじょう あや)の日曜日の朝の過ごし方よ。

 ああそれと、見終わった後に第三者に解説でもするような現実逃避をするのも含まれるわね。

 まあ、それと言うのも……。

 

 「え?何これ」

 「何これって……カミレンジャーの次回予告です」

 「んなこたぁわかってんのよ!私が言いたいのはねぇ!えっと……どこからツッコもう」

 

 毎回毎回、この桜子さんプロデュースの特撮番組にツッコミどころが多すぎるから。

 今回の次回予告だけでいくつあるの?

 ええっと先ずは、私洗脳されたのかよ!

 たしかに、今回の最後で艦娘時代の私をモデルにしたカミシルバー・矢矧が攫われたわよ?

 でも洗脳って……ねえ?普通攫われたりしたら薄い本的な事をされるのが王道じゃない?女優さんだって私にソックリな美人さんなんだから、攫って拘束したらムラムラっと来るでしょ。男なら!

 まあ、そこは子供向けの番組だから同人誌的な描写はできなかったと納得はするけどね。

 

 そして次。

 敵幹部のネーミングに問題ありすぎでしょ!俳優さんの見た目的にも明らかにモデルは呉提督じゃない!

 いや、今さらよ?

 クーレって、他のサセーボやオオミナートって男幹部とマーイ・ズールって女幹部と一緒にかなり初回から出てたからツッコむのは今さらなのはわかってるの。でもツッコまずにはいられない!

 だいたい、桜子さんはどうして各鎮守府の提督をモデルにした敵幹部を設定したの?もしかして嫌ってた?

 

 そんで三つ目!

 洗脳されたカミシルバー・矢矧の配下の『ニスイセン』!これ完全に二水戦よね!?

 しかも次回予告でチラッと出てきた『ニスイセン』の怪人って、どう見ても深海化した雪風、磯風、浜風って感じじゃない!

 

 「そして最大のツッコミどころ!サブタイトルの『さらば矢矧!』って何!?私死ぬの!?」

 「いや、阿矢さんじゃなくて艦娘だった頃の阿矢さんをモデルにした……」

 「わかってるわよそんなこと!でも死んじゃうんでしょ!?だって『さらば!』ってついてるもん!」

 「それは来週のお楽しみです」

 「待てるか!今教えろ!もう撮影は終わってるんでしょ!」

 「終わってるけど教えません。それにしても、毎度毎度よく叫びますね。喉枯れません?」

 

 枯れない訳がない。

 毎週毎週ツッコミどころ満載のコレを見てるせいでのど飴の消費量がハンパないわ。

 

 「まあ、カミシルバー・矢矧がどうなるかは教えられませんが、大まかな展開なら教えても良いですよ?」

 「それはなんとなく想像ついてるからいい」

 

 だって今までの回も、基本的に艦娘時代にあった事をモデルにしてたからね。

 だから次回の展開もある程度予想はつく。

 たぶん次回は、私たちが神風だった頃の神凪たちと実戦形式の訓練をしてた日々をモデルにしてると思う。

 

 「毎日フルボッコにされてたよねぇ」

 「そうでしたっけ?」

 「そうよ。いくら数で負けてたからって言っても、毎回コテンパンにされてたから心が何度か折れかけたわ」

 

 あれは、霞が復帰してから一週間くらい経った頃だったかしら。

 それまでの演習相手にコンスタントに勝てるようになった私たち一特戦に大城戸教官が課した次なる錬成メニューは前衛、中衛、後衛それぞれに特別コーチをつけての演習だった。

 私たち前衛につけられた特別コーチは神風だった頃の……もう面倒臭いから神風でいいや。を、筆頭にした本物のカミレンジャーこと当時の横須賀最強の駆逐隊だったわ。

 

 「なあマ……浜風、あれは撃っていいのか?」

 「もう開始の合図はされてるので撃って良いと思いすよ。それより今……」

 

 まあ想像はつくと思うんだけど、私たち一特戦第一小隊と神風たち五人の演習開始の合図がされたと同時に、神風たちがお決まりの名乗り口上を始めたから磯風は撃っていいのか迷ってたわ。

 それに正直、神風たちは私たちにとっては最悪の相手だったわね。まあ、そんなだから大城戸教官は神風たちを私たちのコーチに宛がったんでしょうけど。

 

 「はいはい喧嘩は後!私を先頭に単縦陣で行くから着いてきなさい!」

 「ん?いつも通り私と浜風を前に出さないのか?」

 「普通の相手ならそうするわ。でも、あの子たち相手にそれは命取りよ」

 

 私たち一特戦第一小隊の基本的な戦法は、突っ込みたがる磯風と、その補助に長けた浜風をセットで斬り込ませて相手の連携を崩すことから始まる。

 並程度の相手なら問題ないし、浜風という盾と共に我武者羅に突っ込む磯風は、聖剣と言う異名通りに並以上の相手でも容易に斬り裂くわ。

 でもその戦法は神風たち相手では悪手。

 五人が一丸となり、互いの隙を補い合いながら相手の懐に潜り込み、全員でタコ殴りにすることに長けた神風たちが相手じゃいつもの戦法じゃ各個撃破されるのが確実だった。

 

 「だから、単縦陣で距離を取りつつ砲撃で削るなんて方法を取ってましたね」

 「ええ、負けたけどね」

 

 結果は惨敗だった。

 神風たちとの初演習で取った戦法は付け焼き刃ではなく、呉で散々訓練した戦法の一つだったのに惨敗したわ。

 具体的に言うと脚技による神回避からの、特撮番組の方でもカミレンジャーの決め技にされている……。

 

 「あれも『戦舞台』の亜種だったよね?」

 「亜種って……。まあ良いですけど、確かに『戦舞台・神楽』は戦舞台の発展型の一つです」

 

 説明しよう!

 『戦舞台・神楽』とは、私が呉に居る間に神風たちが開発した戦舞台のバリエーションの一つで、神風たち五人が完璧に連携して初めて実現する対()()用の戦舞台よ。

 ただし、この『戦舞台・神楽』は通常の戦舞台と違ってメインで使う脚技は『稲妻』で、死角に潜り続けるんじゃなくて相手艦隊の周りを半径100mくらいの円を描くように回り続けるの。

 ここまでだと通常の戦舞台よりも対応は容易に思えるんだけど、『戦舞台・神楽』の肝は円の内側に干渉力場による結界と言っても過言じゃないモノを張り続けるところにある。

 砲弾を介さない関係で一人一人では大した干渉力場じゃないんだけど、五人が出力を一定に保って放つ力場は共振し合って強力になり、その内側では『装甲』の強度が大幅に減少する。例え戦艦でも、アレの内側にいたら軽巡洋艦並まで『装甲』の強度が減少するわ。

 そんな状態で砲撃なり雷撃なりを撃ち込まれたらどうなるかは言わなくてもわかるわよね。

 

 「大城戸教官の意図に気づくまでけっこうかかったなぁ……」

 「必死に攻略法を模索してましたもんね」

 

 そう、あの演習の真の目的は神風たちに勝つ事じゃなかった。それなのに、私たち四人は馬鹿みたいに『戦舞台・神楽』の攻略法を考えてたわ。

 たしか、こんな感じで。

 

 「戦舞台の体が整う前に私の聖剣で斬り裂こう!それしか無い!」

 「磯風は相変わらず馬鹿ですね。それは何度もやって全部失敗したじゃないですか。磯風が真っ先に轟沈判定になって」

 「それは浜風がちゃんと守ってくれなかったからじゃないか!」

 「私の守備範囲を考えもせずに突っ込む磯風が悪いです。自業自得ですよ」

 

 なんて、生産性のない不毛な責任の擦り付け合いを磯風と浜風が毎度繰り返してたっけ。

 そんな二人を余所に、私と雪風はと言うと……。

 

 「どうにかできない?雪風」

 「どうにもできないから負け続けてるんですよ。『装甲』の強度を減らされた上での砲撃や雷撃じゃあ、私がいくら幸運でもどうにもできません」

 「雪風が被弾するところなんて初めて見たもんなぁ……。あ、何度かあの子たちの艤装が不具合を起こして攻撃が止まったじゃない?アレを定期的にやって……」

 「無理ですよ」

 「できないの?」

 「できません。と言うか、狙ってやってる訳じゃありませんからね?たまたま、運良くそうなるだけですから」

 

 といった感じで、雪風の幸運でどうにかならないかなって相談をしてたっけ。磯風と浜風の事を言えないくらい生産性がなかったなぁ。

 そんな時、磯風が言った一言が私の耳に飛び込んできた。たしか、磯風はこう言ったわ。

 

 「だったら真似をしよう!戦舞台には戦舞台だ!」ってね。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 脚技の一つである『水切り』をメインで使う『戦舞台』にはいくつかのバリエーションがあるのは知ってる?

 

 例えばお姉ちゃんの、戦舞台の欠点の一つだった死角や視野の狭さを偵察機で解消した『円形劇場(アンフィテアトルム)』。それに私の『水上舞踏(マリンダンス)』だってそうだし、変わり種だと神風たちが五人で行う『戦舞台・神楽』ってのもあるわ。

 

 あとはそうねぇ……。

 あ、矢矧さんたちのアレも、一応は『戦舞台』のバリエーションの一つと言えなくもないわ。

 

 そうそう、今週のカミレンジャーでニスイセンが使ってたヤツよ。

 本っ当にあのまんま。名前もまんまよ。

 

 は?戦舞台のバリエーションとは思えない?

 あ~、言いたい事はわかるわ。

 だって見た目は戦舞台とは別物だもんね。

 

 でも、私に言わせればアレは間違いなく戦舞台のバリエーションの一つに含まれるわ。

 

 その理由は……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「『戦舞台』の定義?」

 「そうよ磯風。『戦舞台』には定義があるの」

 「定義も何も、脚技を使って相手をハメ殺すのが『戦舞台』ではないのですか?矢矧さん」

 「うん、それで間違ってないわ浜風。でもね、『戦舞台』にはそれ以外の、それこそ『舞台』と銘打てる定義があるのよ」

 

 それは『戦舞台』の使用者が『舞台』を形成し、ハメ殺される相手が演者と化すこと。

 つまり、極端な言い方をすれば脚技を使ってなくても相手が舞台上で踊り狂う演者に見えれば『戦舞台』と呼べるのよ。

 って説明をあの子たちにしたっけ。

 

 「後付け感バリバリの設定だけどね」

 「それは言わないお約束ですよ。阿矢さん」

 「だってさぁ。私たちが悩みに悩んで考えたアレはどう見ても戦舞台には見えないわよ?」

 「でも、戦舞台を知っている者からすれば、阿矢さんたちの『フォートレス』も立派な戦舞台です」

 「そうかなぁ……」

 

 完成してからは飽きるほど使った私たち第一小隊の必殺技。その名も『フォートレス』は、まず磯風、浜風、私、雪風の順で単縦陣を組み、雪風から順に前へと力場を流し、先頭まで行ったら、今度は雪風の方へ力場を流すってのを繰り返す。

 乾電池を直列させるようなものと考えるとわかりやすいかな。

 そうすることで四人分の力場は混ざり合い、私たちは四人で一人の艦と化すの。

 神風たちの『戦舞台・神楽』が力場の掛け算だとするなら、私たちの『フォートレス』は足し算と言えるわね。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 『フォートレス』の解説をしてくれ?

 いや、それは私じゃなくて、『forever』に行ったときに阿矢さんにでもお願いしなさいよ。

 

 行ったけど聞きそびれた?

 はぁ……仕方ないわねぇ。

 

 では説明しよう!

 一特戦第一小隊突撃陣形、通称『フォートレス』とは!

 

 四人で共有し、増幅させた力場を矢矧さんが制御して、磯風の『聖剣』と浜風の『盾』の性能を併せ持った『船体』と呼ばれる特殊な力場を艦隊で纏って敵陣へと突っ込む突撃技よ。

 しかも、力場の制御に集中しなきゃならない矢矧さんを除く三人は砲撃や雷撃が可能ってオマケ付き。

 

 この技が戦舞台に分類されているのは、敵陣内を縦横無尽に駆け回る彼女たちの軌跡がまるで城壁の如く見え、蹂躙される敵艦が城壁で囲まれた兵のように見えるからよ。

 艦隊戦術の完成形の一つと言えなくもないわね。

 

 え?それなら他の水雷戦隊や駆逐隊でも練習すれば使えたんじゃないかって?

 

 甘い!

 アレは力場を共有しただけで出来るほど単純なモノじゃないのよ。

 

 理由はいくつかあるわ。

 まず一つ。

 艦娘は基本的に他人の力場を扱えないし、受け取るなんてしたら艤装が不具合を起こすの。

 ただし、使用者である艦娘同士が互いに、全てを預けてもいいと言うほど信頼しあえば可能にはなるわ。

 まあ、ここまでなら他の艦隊でも可能かもね。

 矢矧さんたちは、その域に達するまで半年かかったって言ってたっけ。

 

 そして二つ目。

 『フォートレス』はメンバー全員が力場操作に長けてないと実現しないわ。

 矢矧さんと磯風、浜風は、脚技や『聖剣』と『盾』を通じて力場操作の基本が出来てたからここは問題なかったらしいんだけど、素で脚技を完全習得している艦娘並に強かった雪風はだいぶ苦戦したらしいわ。

 そう、雪風はそれまで、力場を操作しようなんて考えた事もなかったのよ。これは大多数の艦娘にも言えることでもあったわ。

 

 最後に三つ目。

 『フォートレス』は磯風の『聖剣』と浜風の『盾』があってこそだったの。

 もし、例えば当時の横須賀で最も練度が高かった一水戦が使ってもアレほどの突破力は生み出せなかったでしょうね。

 あの理不尽な突破力は、『聖剣』の切れ味と『盾』の防御力があってこそ実現できたのよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 「発動までの手間は若干かかってましたが、アレは正に必殺技でしたね」

 「あら、誉めてくれるの?」

 「誉めますよ。アレを使って初めて私たちに勝った時も誉めたでしょ?」

 

 言われてみればそうだった気がする。

 『フォートレス』を思い付き、力場を共有し合うために共同生活までしてあの子たちとの信頼関係を築くまで半年以上かかったけど、その年の11月頃には形になり、何度目かの演習で初めて神風たちに勝てた時に誉めてくれた気がする。

 神風だけでなく、大城戸教官も。

 

 「大城戸教官が私たちに求めてたことに気づいたのもその時だったなぁ……」

 「結局、『フォートレス』も『戦舞台・神楽』の攻略法の一つとして考えたんですもんね」

 「そうね。そう考えると、私は教官の意図に全く気づいてなかったとも言えるか」

 

 大城戸教官が私たちと神風たちを戦わせた真の意図。

 それは、私たち第一小隊独自の戦術の確立だった。

 その事に気づかないまま、私たちは神風たちに勝つためだけに『フォートレス』を完成させ、気づかないまま勝っちゃったんだから。

 

 「ホント、出来の悪い生徒だったなぁ……」

 「そうですか?大城戸さんは誇らしげでしたよ?」

 「いやまあ、そうだったけど……」

 

 罪悪感がハンパなかった。

 「さすがは私の自慢の生徒です♪」と言って喜んでくれた教官に申し訳なかった。

 私は教官の意図に気づかず、運良く答えに辿り着いただけだったんだから。

 

 「あれ?誰かお店の前でウロウロしてますよ?」

 「誰かって誰よ。まだ開店前なんだけど……って、そうだ。今日は青木さんが来る日だった」

 「ああ、青木さんですか。言われてみれば青葉だった頃の面影が……。でも、何をしにこんな所へ?」

 

 こんな所とは何よ失礼な。

 言っときますけどね、この店って神凪が思ってる以上に売り上げがあって繁盛してるんだからね?主に私の手腕で!

 と、それは今度嫌と言うほど教えるとして。

 

 「なんか聞きたい事があるんだってさ。あちこち回って、他の元艦娘のところにも行ってるみたいよ?」

 「あ~、そう言えばマネージャーが「オカルト雑誌の記者が取材を申し込んできた」とか言ってたけど、それも青木さんなのかな?」

 「じゃない?なんだっけ……『月刊フー』だったっけ?」

 「『TECANA』じゃありませんでした?」

 

 まあどっちにしても怪しさバリバリよね。

 迂闊に信じようものなら事あるごとに「な、なんだってー!」とか叫ばなきゃならなくなるわ。

 そんでもって……。

 

 「キバ〇シ的な人が出て来て『話は聞かせてもらった。人類は滅亡する』とか言いそう」

 「それ、あの当時にガチで流行ったらしいですよ?」

 「え?マジで?」

 「はい。マネージャーから聞いたんですが、私たちが欧州に発った後くらいにアクアリウムの残党を名乗る人が深海棲艦の目的を当時の軍の動きと絡めてをネットなどで吹聴してたそうです」

 「それでどうしてあのセリフが流行るの?」

 「信じてなかったからですよ。その人たちが「各国の軍が欧州に終結してるのは人類文明の終わりが近いからだ」とか言う度にそのセリフで茶化してたんですって」

 「あ~……。そゆことね」

 

 なんて幸せな人たちなのかしらねぇ。

 実際はアクアリウムの残党が言ってた通り、人類文明の終わりまであと一歩だったってのに。

 

 「おい、お前らわざとあの嬢ちゃんを無視してんのか?外は暑いんだから中に入れてやれよ。半ベソかいてんじゃねぇか」

 「あら、依頼されてた仕事は終わったの?」

 「終わったから表に出て来たんだよ。それよりも……」

 「コーヒー?ホットの方が良いよね」

 「ふざけろクソ女。このクソ暑いのにホットなんか飲めるか」

 「冷房が効いてるんだから寒いくらいでしょうが。それと!今、なんて言った?」

 「すみません。アイスコーヒーを頂けないでしょうか」

 「美しい阿矢様が抜けてるからやり直し」

 「ざけんな!なんで俺がそこまで媚びなきゃなんねぇんだよ!」

 「アンタが昨日の結婚記念日をすっぽかしたからでしょうが!反省する気がないなら離婚よ離婚!」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 夫婦喧嘩してるあの人達は放って置いて。

 アイスとホット、どちらが良いですか。

 あ、やっぱりアイスで?

 そりゃそうですよね。まだ朝とは言えあんな炎天下の中にいたんですから。

 

 え?どうしてすぐに入れてくれなかったのか?

 それはあっちで旦那さんを足蹴にしてる阿矢さんに聞いてください。私は青木さんが来てるのに気づいてませんでしたから。

 

 入り口を何度もノックした?

 私は聴いてませんねぇ。

 いや、それと言うのも、撮影で爆薬を使うもんだから耳が馬鹿になってるんですよ。

 だから青木さんがしつこくノックしてたのにもぜ~んぜん気づきませんでした。

 

 あっちには当分インタビュー出来そうにないから私にしていいか?

 今日は休みだから別に良いけど……。

 で、何が聞きたいんです?

 え?捷一号作戦の時のことですか?

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 神風へのインタビューより。

 

 

 

 



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第百五十三話 俺らにゃ地獄じゃ生ぬるい

 

 

 

 

 

 

 横須賀には海軍元帥である彼が出資している店が何軒かあります。

 今現在、私が彼と一緒にいる居酒屋もそうですね。

 ここにはシェルターと呼べるほどの防音、防爆処理を施された個室があり、彼が誰かと密会をするときは必ずここを使います。

 あ、断っておきますが、今回の密会は私と彼の密会ではありません。

 

 「元帥殿、淀渡君は人指し指を立てて何をしてるのでありますか?」

 「彼女の癖みたいなモノだから気にするな。それより、ひさしぶりだな少将、陸軍の居心地はどうだ?」

 「最高、とまでは言えませんが、昔に比べればかなりマシであります。元帥殿も戻られては?」

 「お前の昇進を邪魔しそうだから遠慮しておくよ。それに……いや、やめておこう」

 

 今回の密会相手は私と彼が座っている席の対面に腰を降ろしたメガネをかけていない左門ソックリな陸軍の少将さんです。

 彼は元々、横須賀鎮守府で少佐と呼び親しまれていた人で、今は少将に昇進して陸軍参謀本部で色々と悪事を働いているそうです。横須賀鎮守府で彼の副官をしていた頃は痩せていましたが、幸せ太りなのかただの食べ過ぎなのか、今は相撲取りと見紛うばかりに太ってますね。

 

 「元帥殿……」

 「淀渡君はほっとけ。まあ、取り敢えずは乾杯しないか?」

 「喜んで。最近は由良に飲酒制限されているのでまともに飲んでなかったんですよ」

 

 そう言葉を交わして、お二人はお酒が注がれたグラスを鳴らしました。

 そう言えば、少将さんは由良さんの旦那様でしたね。

 

 「尻に敷かれているようだな。四人目の予定日はもうすぐだったか?」

 「10月の予定です。元帥殿のご子息と同級生になりますな」

 「そうだな。だが少将、私は生まれてくる子供が男か女か教えられてないから息子だとは限らんぞ?」

 「予定日はうちと同じで来月でしょう?それなのに教えてもらえないのでありますか?」

 「ああ、どうも桜子が主治医に手を回したらしくてな。身篭もっている大淀自信も子供の性別を知らないらしい」

 

 元帥閣下も少将さんも「相変わらず質の悪いイタズラを……」などと言って呆れていますが、桜子さんに「そうした方が面白い」と助言したのは他ならぬ私です。

 言いませんけどね。

 

 「元帥殿……」

 「ああ、悪い顔をしているな」

 

 悪い顔とは失礼な。

 私は純粋に、思い描いたとおりにことが運んでいると知ってほくそ笑んだだけです。

 貴方方がこれからする話をするときに浮かべるであろう笑顔に比べたら余程微笑ましいですよ?

 

 「ルートの確保は?」

 「各国との交渉、並びに人員、武器の輸送諸々順調であります。問題があるとすれば……」

 

 雑談を交えながらの食事がある程度進んだ頃、元帥閣下が思い出したかのようにそう切り出しました。

 ルートの確保?各国との交渉?

 これは来年に予定されている欧州へ向かうためのルートの事でしょうか。

 いえ、違いますね。

 それは元帥閣下と私が進めていますから、陸軍に所属している少将さんは関わっていないはずです。

 

 「私が出国するタイミングか」

 「肯定であります。貴方が元帥になったことで事を運びやすくなりましたが……」

 「偉くなりすぎたせいで身動きが取り辛くなった。だな」

 

 ふむ、どうやらこの二人は、私が知らないところでコソコソと悪巧みを進めていたようですね。

 今まで出てきた単語から推察するに、来年に実行予定の『欧州棲姫討伐作戦』に便乗して何かをしようとしているんでしょう。

 

 「予定通りの戦力は揃いそうか?」

 「はい。すでに横須賀鎮守府以外の各地に散っていた奇兵隊の精鋭二千人、列びに自分が選別した陸軍兵一万人が独国、仏国との合同演習を名目に現地入りし、陣地の構築と訓練を開始しています。最終的には、各国陸軍と合わせて五万ほどになる予定です」

 「上々だな。奇兵隊本隊の移動は?」

 「ワダツミの出港に合わせて行います。それと、あちらに回す艦娘ですが……」

 

 おかしい。

 今も打ち合わせを続けている二人の会話には違和感しか感じません。

 確かに欧州棲姫討伐作戦では艦娘以外の通常兵器と軍人も参加する予定ですが、海上での戦いに陸戦ユニットは不要。なのに、どうしてそんな数の兵を集めているのでしょう。この二人はいったいどこで戦闘を始める気……。

 ん?仏国と独国?しかも陣地を構築って……。

 

 「まさか……。いえそれしか」

 

 考えられない。

 考えられませんが、どうして()()()()()での戦闘を想定して準備しているのでしょう。

 そこを深海棲艦が南下するなど、円満さんたちの作戦が失敗した場合くらいのもの。

 念のためなのでしょうか。それとも……。

 

 「報告は以上であります」

 「ああ、ご苦労だった。相変わらず世話をかけるな」

 

 おっと、二人の考えが読み切れなくて悩んでいる内に話が終わってしまいました。

 艦娘のくだりで大淀の名前が出てきたような気がしましたが、あの子はワダツミには乗せないのでしょうか。

 

 「いえ、これくらいはお安いご用であります。ですが、ようやく叶うと思いますと、貴方が動き辛いと言う程度の問題が些細な事に思えます……」

 「ああ、ようやくだ。ここまで漕ぎ着けるのに15年もかかってしまったよ」

 

 15年。

 言葉にすれば一瞬ですが、実際に過ごすには長い時間。そんな時間をかけて、この二人はいったい何を……。

 いや、答えなどわかりきっていますね。

 ただ、そこに少将さんが加わっているから結びつかなかっただけです。

 

 「今だから言えるんだが。お前、アイツに惚れていただろう?」

 「ええ、愛していました。気づいて……おられたのですか?」

 「アレだけ嬉しそうに言いなりになっていたら馬鹿でも気づくさ。正直、お前に寝取られるんじゃないかと冷や冷やしていた時期だってあったんだぞ?」

 「ご冗談を。自分にそのような資格はありません。自分は貴方のように、壊れてしまうほど彼女を愛してはいなかったのですから」

 「そう卑下するな。俺と違って、お前は純粋にアイツの仇を討ちたいと思って俺に協力してくれているのだろう?」

 

 少将さんは何も言わず、お酒を飲み干すことで肯定しました。

 私の予想通り、この二人が15年もの歳月を費やして準備してきたのは、元帥閣下の死別した奥様の復讐ですか。

 

 「娘は俺よりお前の方に懐いちょったのぉ。憶えちょるか?お前の腹をトランポリン代わりにしてよう遊んじょったろうが」

 「ええ、憶えちょります。その度に兄ぃは……。おっと失礼。昔に戻ってしまいました」

 「気にすんな。ここからはしばらく無礼講じゃし、お前に兄ぃと呼ばれるん嫌じゃない」

 「では、遠慮なく」

 

 この二人が旧知どころか、昔から上司と部下の関係であるのは識っていましたが、義兄弟と言っても過言ではない間柄だったのは初めて知りました。

 学生時代の先輩後輩の仲なのでしょうか。それとも別の?

 

 「ん?どうした?淀渡君」

 「ああいえ!お二人が知り合った切っ掛けが少し気になりまして……」

 「知り合った切っ掛け?あ~……。どうじゃったっけ?」

 「憶えちょらんのですか?繁華街のど真ん中で殺し合いをしたじゃないですか」

 「おお!そうじゃったそうじゃった!たしか俺が中東から帰ってきてすぐくらいに女房とデートしたとき、お前が「死ねやリア充!」とか言って喧嘩売ってきたんよのぉ!」

 

 え?この人中東に行って何してたんです?

 いやそれよりも気になるのが殺し合い!?

 殺し合いをした間柄の二人が、どうして酒を酌み交わす仲になったんです!?

 

 「あの日、兄ぃにかけてもろぉた言葉は今でも忘れられんですよ」

 「何か言うたかいのぉ?」

 「お?兄ぃ照れちょるんか?あの時、一緒に放り込まれた病院で「他人に喧嘩を売るほど元気が有り余っちょるんなら俺の舎弟になれ」って言うたじゃろうが!そう言われたけぇ、俺ぁ兄ぃの舎弟になったんぞ!?」

 「ああ、そうじゃったのぉ。ちゃんと憶えちょるけぇ興奮すんなや。ホンマにお前は昔っから酒癖悪ぃのぉ」

 

 標準語でお願いします。

 いえ、何を言ってるのかは理解できるのですが、方言で喋られると一回脳内で標準語に変換しないといけないですから面倒なんですよ。ルビ振ってくれません?

 

 「姐さんはええ人じゃった。でも俺ぁ……兄ぃほど怒れんかった……。兄ぃみたいにゃなれんかった」

 「ならん方が幸せじゃ馬鹿。俺みたいになったらおしまいじゃぞ?」

 「でも俺ぁあん人の事が好きじゃった!兄ぃに負けんくらい好きな自信があった!でも俺ぁ、吹っ飛ばされた兄ぃの家を見て「これならしょうがない」とか「俺がおってもどうにもならんかった」って言い訳したんじゃ!兄ぃと違って俺ぁ……俺ぁ……」

 

 当時の事を思い出したのか、少将さんは士官服の袖が濡れるのも構わずに腕で涙を拭い始めました。

 対する元帥閣下は、瞳を閉じてお酒を煽っています。まるで、少将さんの言葉を噛み締めるように。

 そして閣下は、何かを決めたように私へ視線を移し……。

 

 「淀渡大尉。私の影武者の用意はどうなっている?」

 

 と、仰いました。

 ちなみに彼の影武者を用意するのは、私が前元帥閣下の介護を終えて仕事に復帰した直後に命じられた事です。

 

 「現在選定を終え、閣下の影武者足るよう教育中ですが……」

 「いつまでに仕上がる?」

 「来年の頭までにはなんとか、と言ったところでしょうか」

 「多少粗があっても構わないから急げ。最低でも、円満が欧州への遠征を開始するまでにな」

 「善処致します」

 

 としか返せませんでした。

 彼の、殺意や怨嗟などを通り越したように感情を感じさせない瞳を見たら「どうしてそんなに急ぐのですか?」とか「そこまでして貴方が前線に出向く必要があるのですか?」とは言えませんでした。

 

 「少将。いや弟よ。お前に頼みがある」

 「頼みと言わずに命令してくれ兄ぃ。いや、()()殿。自分は大佐の命令で死ぬ覚悟はとっくに出来ております」

 

 閣下の言葉に、少将さんは佇まいを正して軍人として向き合いました。

 同じ人を愛し、その人を死に至らしめた深海棲艦への復讐だけを考えて今まで生きてきた二人。

 その二人の、目的は違っても終着点はまったく同じ復讐の最後の打ち合わせを終えるために。

 

 「そうか。ならば命じる。私が到着するまでに邪魔者を減らしておけ」

 「了解しました。自分一人で10隻は確実に沈めて見せましょう」

 「頼む。それにしても、死にたがりばかり集めたとは言え万を越す人間を生け贄にするんだ。死んで行く先は地獄で決まりだな」

 「地獄程度でよろしいので?」

 

 そう言って二人はグラスに注がれたお酒を飲み干し、最後に元帥閣下は激情を抑え付けたような声でこう締め括りました。

 

 「いや、俺らにゃ地獄じゃ生ぬるい」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 15……いえ16隻でした。

 はい、主人が沈めた深海棲艦の数です。

 

 ふふふ♪信じられないですよね。

 私も今だに、あの時の事は夢だったんじゃないかって思うくらいですから。

 

 ええ、深海棲艦を張り手で粉微塵にするあの人に惚れ直しもしましたが、同時に嫉妬もしました。

 

 あの時のあの人は、かつて私を助けてくれた時よりも鬼気迫っていて、正に鬼神と呼べるほどの戦いぶりでした。

 

 あの人にそこまでさせる女性がいたんだと、私は戦闘中なのにも関わらず考えて嫉妬していたんです。

 

 え?あの人は女性のために戦っていたのか?

 さあ?主人からハッキリと聴かされた訳ではないのでそれはわかりません。

 ええ、ただの勘です。

 

 でも、合ってると思います。

 あの戦闘、『ライン川流域戦』で片腕を失ない、生死の境を彷徨って目覚めたあの人は、元帥さんに「アイツには会えたか?」と問われて、涙を流しながら笑って「『来るんが早い!』と尻を蹴り飛ばされました」と返したんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元長良型軽巡洋艦 四番艦 由良。

 現陸軍元帥夫人へのインタビューより。

 

 

 



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第百五十四話 大和さんは私が護ります

 

 

 

 

 

 

 彼女が沈んでいる事を知ったのは、平成四年の9月末でした。

 ええ、矢矧さんたちが神風さんたちにフルボッコにされ続け、大淀さんの出産準備で霞さんと朝霜さんが忙しそうにしていた頃ですね。

 

 その日も私は「今日も昼からあの訓練か……」とぼやきながら朝食を摂っていたのですが……。

 

 え?あの訓練とは何かって?

 アレですよ。横須賀に所属している全空母が放つ艦載機を相手にした演習です。はい、私と涼月さんの二人でです。

 

 ええ、無理ですよ?

 あんな数の艦載機をたった二人で相手にするなんて無理にもほどがありますよ。艦載機を落とすより突撃して空母を沈めた方が楽なんじゃない?と、何度考えたかわからなくなるくらい考えまし……。

 

 あ、それが目的?

 もしかして提督は、私がそう考えるよう仕向けるためにあの訓練を課し、タイミングを見計らって私をあそこに連れて行ったんじゃ……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 初霜へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 正化二十九年末に実行され、成功したハワイ島攻略戦以降米国領に戻っているハワイ島から西の沖合約60kmの海域。

 そんな場所に、私は二式大艇に乗せられて提督と護衛の第八駆逐隊と共に訪れています。

 

 「本当は命日に連れて来てあげたかったんだけど……。ごめん、初霜。私のこれからの予定を考えると今日しか無理だったの」

 「いえ、それは構わないのですが……」

 

 何のために私を此処へ?

 命日って誰の命日なんですか?どうして提督は、私に謝るんですか?

 

 「アンタが敵を撃てない理由を恵……荒木中佐から聞いたわ」

 「そう……ですか」

 

 だから何?

 それを口実に解体ですか?それとも、バラされたくなければ敵を撃て、と脅すつもりですか?

 

 「満潮、近くに敵影は?」

 『ないわよ。安心して出て良いわ』

 「わかった。じゃあ初霜、行きましょうか」

 

 満潮さんが無線で伝えたように私の電探でも敵影は認められません。

 でも、行くって何処へ?

 まさか海上にですか?

 私は艤装を背負ってますので問題ありませんが、提督は内火艇ユニットすら背負ってないじゃないですか……って、なんで浮けるの?

 艦娘みたいに海上を滑ってる訳じゃありませんが、提督は陸を歩くように海上を歩いています。

 

 『久しぶりの海上はどう?円満さん』

 「意外と快適よ。何年も浮いてなかったのに、浮き方は体が憶えてるみたい」

 

 そう言えば、提督が元艦娘と聞いた事がある。

 それに、『薄衣』と呼ばれている超小型の内火艇ユニットがあることも。

 だから提督は何の苦もなく海上を歩けるんだわ。

 

 「どうしたの?初霜、もう少し先だからついてきて」

 「あ、はい」

 

 私の方を振り向いてそう言った提督に促され、私は海上へと出ました。

 出たは良いですがすぐに追いついちゃいましたね。提督の歩く速度に合わせるのが難しいからいっそ引っ張っちゃいましょうか。

 

 「ここよ」

 「いや、ここよと言われましても……」

 

 ここが何なんですか?

 周りには何も無い、360°海が広がってるだけじゃないですか。

 ううん、本当はわかってる。 

 提督が言った『命日』と私が敵を撃てない理由、それを合わせて考えれば嫌でも察しがついてしまいます。

 

 「佐世保提督に聴いたんだけど、貴女って改二改装を受けてるんだってね」

 「はい……」

 

 確かに改二改装は受けています。でも何故か、性能も見た目も全く変化していません。

 佐世保提督や工廠の人の話では、精神的な何かが改装を拒んでいるのだろうと言うことですが……。

 

 「提督は、その原因に何か心当たりがあるのですか?」

 「確信はない。でも、切っ掛けにはなると思って貴女をここに連れて来たの」

 

 やっぱり間違いなさそう。

 提督は私が荒木中佐に話した内容を聴いて私が会いたいあの人を特定し、さらにあの人に会いたいと思う気持ちが改二改装に到れない原因だと推察してここに連れて来たんだわ。

 きっとここであの人は……私がお姉ちゃんと呼んだ深海棲艦は沈んだんだ。

 そして、お姉ちゃんを沈めたのは……。

 

 「この場所で彼女は沈んだわ。私に……胸を撃ち抜かれてね」

 

 無理矢理平静を装ったように若干震える声で、提督は私の方に振り向きながら言いました。

 お姉ちゃんを沈めたのは何かを覚悟したような顔をしているこの人。

 私がお姉ちゃんに会えなくなったのはこの人のせい。

 なのにどうしてでしょう。

 目の前にいる人は私にとって姉の仇と言える人なのに、怒りや哀しみ、恨み辛みなどの負の感情が湧いてきません。

 代わりに私の胸中で渦巻いてるのは安心感。

 艦隊行動中にお姉ちゃんに会い、僚艦にお姉ちゃんが撃たれることはないんだと安心しています。

 お姉ちゃんを守るために、味方に砲を向けることはないんだと、安心してるんです……。

 

 「撃たないの?今の私に、貴女に抗う術なんてないわよ?」

 「う、撃てる訳ないじゃないですか!何を……」

 

 言ってるの?この人。

 貴女は横須賀鎮守府の最高責任者。そして私はその部下。しかも下っ端と言っても良いほど位は下です。

 それに撃てば即座に満潮さんたちが飛んで来て、私は海の藻屑に……。

 

 「撃たなくて良いのね?こんなチャンスは二度とないわよ?」

 「撃ちません!たちの悪い冗談はやめてください!」

 「ホントに撃たない?」

 「だから撃ちませんったら!」

 

 あんまりしつこいと撃ちますよ!?

 とまでは口に出しませんでしたが、私が両手に持った連装砲を後ろに隠す素振りをして見せたら提督「はぁ~……。良かった」と言って肩の力を抜いて項垂れました。

 この人、本当に撃たれる覚悟で私をここに……。

 

 「提督とあの人は……どんな関係だったんですか?」

 

 ただの敵?それとも仇?

 いずれにしても、荒木中佐に話した程度の内容でお姉ちゃんを特定したんですからそれなりに深い関係だったのですよね?

 

 「友達……かな」

 「友……達?」

 「うん。直接会ったのも話したのも数回だけど、私もアイツもお互いにシンパシーを感じてた。と、思ってる」

 「それなのに、沈めたんですか?」

 「ええ、敵同士だったからね」

 

 そう言って、提督は足元へと視線を落としました。

 訳がわかりません。

 提督はお姉ちゃんを友達と言いました。でも、沈めました。シンパシーを感じ合う仲であったにも関わらず、お姉ちゃんを沈めました。

 どうしてこの人は、そんな事が出来たんですか?

 私には絶対にできません。

 もしお姉ちゃんが健在で、例えば一特戦の仲間に牙を剥くとしても、私はきっとお姉ちゃんを撃てません。

 

 『円満さん!すぐに二式大艇に戻って!何かおかしい……電探に反応はないけど嫌な予感がする!』

 「心配しないで満潮。いえ、もう遅いというべきかしら」

 

 満潮さんの慌てっぷりに一瞬提督から目を離してしまいましたが、「もう遅い」の言葉に釣られるように視線を戻すと、提督の5mほど後ろにさっきまで影も形もなかったり深海棲艦が一隻佇んでいました。

 私がずっと会いたかった、あの時の重巡洋艦ネ級が。

 

 「久しぶりね。声は聞こえるのかしら?」

 

 提督の問いかけにお姉ちゃんは答えません。

 ただ水底のように冷たく暗い瞳で提督を見つめているだけです。

 

 「思いがけない再会を神様に感謝すべきなのかしらね。それとも、待っててくれたの?」

 

 お姉ちゃんはやっぱり答えません。

 ただ、私の気のせいかもしれませんが、提督にそう問われてお姉ちゃんが少し、ほんの少しだけ微笑んだ気がしました。

 

 「この子のこと、憶えてる?かなり変わってるでしょうけど、アンタが昔助けた女の子よ」

 

 私を少し振り向きながらそう言った提督に促されるように、私はお姉ちゃんの前に移動しました。

 お姉ちゃんも、私の移動に合わせて視線を動かしてくれました。

 

 「言いたい事。あるんじゃないの?」

 「言いたい……事」

 

 言いたい事はあります。

 私はずっと謝りたかった。嘘ついてごめんなさい。私は貴女の妹なんかじゃないんです。って謝りたかった。

 でも、私の口をついて出た言葉は……。

 

 「一緒に……帰ろう?お姉ちゃんも一緒に……」

 

 ああ、また嘘をついてしまいました。

 謝りたかったのに、私はまたしても自分の欲求を優先してしまいました。

 あの時の、死にたくないという欲求と同じくらい大きかった、お姉ちゃんと一緒にいたいという欲求を。

 

 「あの時お姉ちゃんは言ったよ?「いつか、静かな海で再び会えたならそうしよう」って言ったよ?だから……だから……」

 

 今度こそ一緒に帰ろう。

 って続けようとしたのに、込み上げてきた嗚咽に邪魔されて言えませんでした。

 涙で曇ってお姉ちゃんの姿も歪んでいます。

 そんな歪んだ視界の中でお姉ちゃんが動きました。

 ゆっくりと両手を広げて、あの時と同じように私を抱き締めてくれました。

 

 「一緒にいてよ……。もう置いて行かないで……。私、ずっと独りだったんだよ?お姉ちゃんに置いて行かれてからずっと……ずっと……」

 

 また嘘をつきました。

 確かにお姉ちゃんと別れてしばらくは独りでした。

 でもそう時を置かずに養成所で若葉ちゃんに会えましたし、佐世保鎮守府に配属されてからは初春姉さんと子日姉さんと会えました。二十一駆と言う名の家族が出来ました。

 それなのに、私はお姉ちゃんと一緒にいたいばかりに嘘をつきました。

 お姉ちゃんから流れ込んでくる記憶に、身を委ねながら。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 あの日の事は、今でも夢だったんじゃないかって思うことがあるわ。

 

 貴女だったら、目の前に沈めたはずの深海棲艦はの幽霊が出て来るなんて信じられる?

 信じられないでしょ?

 

 でも、あれは本当にあったことなの。

 私と初霜の目の前に、私たちと関わりが深かった彼女が現れたのは本当なの。

 

 ええ、護衛の駆逐隊の電探にも反応はなかったし、体は透けてて声も聞こえなかったけど確かに彼女はその場にいたのよ。

 

 だってアイツは、初霜を抱き締めながら私を見て「ありがとう。友よ」って言ったんだから。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官 紫印 円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「円満さん!無事!?」

 「無事よ。満潮。他の子たちは?」

 「念のために範囲を広げて索敵してもらってるわ……って、どうしたの初霜。もしかして被弾したの!?」

 

 お姉ちゃんに抱かれて夢を見ていた私は、提督の身を按じて傍まで来た満潮さんの声で現実に引き戻されました。

 瞼を開けてもお姉ちゃんの姿は見えない。

 周りを見渡してもやっぱり見えない。

 お姉ちゃんはどこへ?

 いや、どこにも行ってない。お姉ちゃんは、私と一緒にいます。そんな、気がするんです。

 

 「あ、あれ?アンタ格好が変わってない?」

 

 振り向いた私を見て満潮さんが変な事を言い出しました。

 格好が変わった?私は着換えた覚えなどありませんが……。

 でも、確かに体に違和感を感じます。

 提督も驚いた様子で「こんなにすぐ変化があるとは思ってなかった」と呟いています。

 まあ、それは取り合えず置いておきましょう。

 今は、お姉ちゃんから流れ込んできた記憶に出て来た、あの人の事を聞かないと。

 

 「提督、一つお聞きしたい事があります」

 「何?」

 「窮奇と呼ばれた戦艦水鬼は、どうなったのですか?」

 

 満潮さんは「なんでアンタがその名前を!?」と驚いていますが、私がこの名を知ったのは今ではありません。大和さんたちとの初出撃の時に、たまに大和さんが窮奇と口にしてたから知ってはいました。

 でも、人の名前とは今まで思っていませんでした。

 お姉ちゃんが命懸けで護ろうとした人。お姉ちゃんが忠誠の限りを尽くした人。どんなに嫌われても、傍に居続けると誓った人の名前だとは、お姉ちゃんの記憶を見るまで知りませんでした。

 

 「沈んだわ。ネ級が沈んだのと同じ日にね。でも……」

 「生きて、いるのですね?」

 「ええ、今は大和の艤装に姿を変えて生きてるわ」

 

 やっぱり。

 お姉ちゃんのご主人さまはまだ生きている。ならば、お姉ちゃんの未練を晴らしてあげられます。

 

 「やはりこれは運命。と、初めて会った時に大和さんは言っていましたね」

 

 大和さんは恐らく別の事に運命を感じていたのでしょうが、私は今ハッキリと運命を感じています。

 だって大和さんはお姉ちゃんが忠誠を誓っていた人を背負う人で、私はお姉ちゃんに救われた者。

 きっと私は、大和さんを護るためにお姉ちゃんと出会ったんです。

 だから私は……。

 

 「大和さんは私が護ります」

 

 と、事情がわかってない満潮さんを置いてけぼりにしたまま提督にそう宣言しました。

 お姉ちゃんの未練を晴らすというお題目を隠れ蓑にした、お姉ちゃんに嘘をついた事への罪滅ぼしのために。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 正直、途惑いました。

 ええ、初霜さんが三日間の休暇を終えて復帰してからの変わりっぷりにです。

 

 見た目もですが、訓練の時以外は大和さんの後をベッタリと付きまとうようになったんです。

 当然、私と大和さんの日課だった朝夕のお散歩のときもです。

 

 そうですね。

 そのおかげで彼女と仲良くなりました。でも、嫉妬もしていました。

 

 だって彼女は大和さんと同じ一特戦所属でしたから、戦闘中も護ることが出来たんですよ?

 それなのに私は、護ると言うだけで実現できるだけの力もなく、ただ見ているだけしか出来なかったんですから。

 

 だから、私は満潮さんにお願いしたんです。

 どんなに辛くても良い。

 ボロボロになっても良いから、私を鍛えてくださいって。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

 

 



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第百五十五話 朝潮と結婚する

 

 

 

 

 天使と言えば神の使い。

 口が悪い人は神の使いっ走りなどとも言いますね。

 さらに、これは日本独自なのかもしれませんが特定の人物を讃えるためにも使われます。

 例えば〇〇ちゃんマジ天使!などです。

 神様に喧嘩を売った手前、その使いである天使を使用して彼女を讃えるのは若干抵抗がありますが、改二改装を終えた彼女を見た今では使わずにはいられません!

 

 「背丈が変わっていないため制服のサイズが合っていませんが、長い黒髪と真面目を体現するような佇まいで正統派美少女と言っていいご主人さまが満潮教官達と同じ白の長袖ブラウスに黒のサロペットスカートの制服に換装した姿を拝めたのは正に僥倖。襟元の赤いリボンタイが黒の割合が多い服の中でいいアクセントとなっています。うん、控えめに言って天使です」

 「長いから三行にまとめろ」

 

 ふむ、私が大規模改装を受けるのと一緒に、満潮教官と訓練をしていたご主人さまが改二改装を受けた感想を出来るだけ短く、かつ簡潔に語ったつもりだったのですが、付き添いとして着いてきた満潮教官のお気には召さなかったようです。

 ならばもっと簡潔に……。

 

 「改二になった朝潮ちゃんマジ天使!大天使アサシオンです!」

 「なんか合体しそう」

 「あ、あの、大和さん。恥ずかしいのでそのくらいで……」

 

 合体しそう……ですか。

 確かに恥ずかしそうにモジモジしているご主人さまは合体したくなるくらい可愛いです。

 でも残念なことに、私にもご主人さまにも合体に必要な突起物がありません。

 

 「しかしご安心を!突起物などなくても、必ずやご主人さまに「気持ち良い~!」と言わせてみせます!」

 「ふぇ!?」

 「ちょっとそこの整備員さん!今すぐ憲兵さんを呼んで!ダースで!」

 

 おっと、ついつい本音が……いえ、今のは窮奇です。

 窮奇が私を乗っ取って自分の秘めた欲求を口走った。と、言うことにしておきましょう。

 

 「本当に呼ぶのかい?満潮ちゃん」

 「本当に呼……げっ、アンタは……」

 

 念のために確認しようと思ったのか、満潮教官に憲兵を呼んでと頼まれた二十代前半くらいの整備員さんが困ったように頭の後ろを掻きながら近づいて来ました。 

 お互いに顔見知りのようですが、満潮教官が心底嫌そうな顔をしてるのが気になりますね。

 

 「げっ、は酷くないかい?別に知らない仲じゃないだろ?」

 「知ってるから嫌なの!それにアンタ、昨日もまた澪姉さんと飲みに行ったそうじゃない!」

 「もしかして話を聞いたのかい!?どうだった?澪は俺のことを何か言ってたか!?」

 

 なるほどなるほど。

 満潮教官の肩を掴んでユッサユッサと揺らしている整備員さんと「や、やめ、酔う……酔っちゃ……」などと譫言を言っている教官の先程の会話である程度察しはつきました。

 つまりこの整備員さんは大城戸さんと飲みに出る仲で、さらに大城戸さんに絶賛アタック中。

 その事を知っている満潮教官が反発して一方的に嫌ってると言ったところでしょうか。

 

 「あの~満潮さん。そちらは?」

 「ちょ、ちょっと待って、吐きそう……」

 「俺かい?俺は……名乗っても艦娘さんに名前を憶えてもらえないのは鎮守府の常識だから整備員Aとでも名乗っておくよ」

 

 だからと言ってモブキャラのような名前を名乗るのはどうなのでしょうか。しかも若干長いですし。

 整備員は省略してAさんで良いかしら。

 

 「ちょっとアンタ、澪姉さんの次は朝潮に手を出そうっての?」

 「それは聞き捨てなりません。憲兵さんに突き出しますか?教官」

 「そうね大和。突き出しましょう。実際コイツ、艦娘だった頃の澪姉さんを手籠めにしたロリコンだし」

 「ほう?前科有りですか」

 

 ならば尚更放って置けません。

 教官が今だに顔を青くして気持ち悪そうにしているのは放っておきますが今のセリフは聞き捨てなりません。

 今なら艤装も背負っていますし、いっそのこと撃ってしまいましょうか。

 

 「お、お二人とも落ち着いてください!」

 「しかしご主人さま。彼は危険です」

 「そうよ朝潮。コイツはね、整備員という立場を利用して澪姉さんに近づいて薄い本的な事を繰り返し、艦娘を辞めて大人になった途端に澪姉さんを捨てたんだから」

 

 なんと鬼畜な。

 本人は「それは誤解だ!」と弁解していますが、満潮教官の殺気が隠った眼差しを見るに本当の事なのでしょう。

 ならばここは、教官の教え子でありご主人さまのペットでもある私が二人に代わってこの悪漢を成敗……。

 

 「四人で何を楽しそうに話してるんですか?」

 「み、澪姉さん!?なんでここに!」

 「なんでって……。私が工廠に来るのはおかしいですか?」

 「いや、おかしくはないけど……」

 

 噂をすればなんとやら。

 話題の中心人物である大城戸さん登場です。

 でも何故でしょう?

 大城戸さんが登場するなり満潮教官はバツが悪そうに腰が引け、Aさんは「助かった」と言わんばかりに安心してます。

 

 「大和、どうして彼に砲の照準を合わせてるんですか?」

 「えっと、満潮教官から彼が艦娘時代の大城戸さんを言葉巧みに騙して手籠めにし、艦娘を辞めるなりゴミのように捨てた最低男と聞いたので成敗を……」

 「ちょ、ちょぉ!私そこまで言ってない!」

 

 はて?多少オーバーに言ったような気がしないでもないですが、私が言った内容は教官が言った内容と概ね同じです。

 ですが、「へぇ~そんなことしてたんだ?」とイタズラっぽい笑顔を向けながら言う大城戸さんに「してないのは澪が一番わかってるだろ?」とAさんが呆れながら返している様子を見るに嘘だったようですね。

 

 「それは半分嘘ですから砲を下げてください。この人はそんなに悪い人じゃないですよ」

 「でも半分は本当なんですよね?」

 「ん~……。言葉巧み私を手籠めにした部分は合ってる……かな?」

 

 かな?

 と、再びイタズラっぽい笑顔彼を見上げながら言う大城戸さん。対するAさんは「勘弁してくれよ……」と言いながら帽子を目深に被って顔を隠してしまいました。

 

 「こら満潮。どこに行くんですか?」

 「い、いやそのぉ……。そろそろ円満さんのお昼ご飯の準備をと……」

 「まだ11:00ですしお弁当でしょ?それより彼に謝りなさい。彼との関係は前に説明したでしょう?なのに、なんでそんな嘘をついたんですか」

 「だって……」

 「だってじゃありません。私たちはそんなたちの悪い嘘をつく子に育てた覚えはありませんよ?」

 

 ふむふむ。

 今までのやり取りでなんとなくわかりました。

 つまり大城戸さんとAさんは元々お付き合いをしていて、何かが原因で別れちゃったんでしょう。

 そして大城戸さんが横須賀に着任したのをこれ幸いと、Aさんは復縁するためにアタックしている。

 それが面白くない満潮教官が、ついつい悪質な嘘を言ってしまったというところでしょうね。

 ブツブツと「姉さんたちだってたちの悪い嘘つくじゃない」って言ってるのは聞かなかったことにします。

 

 「ごめんなさい……」

 「気にしてないよ。それに、俺が最低男だってのは本当だし」

 

 そう言って、Aさんは申し訳なさそうに視線を大城戸さんに向けました。

 とうの大城戸さんは「もう昔の事ですよ」と言って気にしていない風を装っていますが、大城戸さん的には余程ショックな出来事だったらしく表情が若干曇っています。

 

 「もっと駆逐艦の気持ちを考えるべきだったんだ。成長が止まってる駆逐艦からしたら大きくなりたいはずなのに、俺は澪に小さいままであって欲しいばっかりに、「澪も艦娘を辞めたら大きくなるのかな」なんて失礼な事を言ってしまったんだから」

 

 なるほど、彼は真正のロリコンなのですね。

 今の大城戸さんでも十分ロリの部類ですが、それでも艦娘時代と比べたら育ってしまっているはず。

 それが嫌で、ついつい口から本音が出てしまったんでしょう。

 でも、大城戸さんの「あれ?」と書いてありそうなほど不思議がっているのはなぜでしょう?

 

 「大きい方が好きなんじゃないの?」

 「それは身長かい?」

 「胸ですよ。私てっきり、胸が大きい子が好みなんだと思って……」

 「いやいや、澪だって俺がロリコンなのは知ってるだろ?だから澪が艦娘を辞めるって言ったときに、澪もあの神風だった人みたいにグラマラスに育っちゃうのかなって不安になって……」

 

 ピーンときました。

 つまりこの二人が別れてしまったのは、彼がそのセリフを言ったタイミングが悪すぎて大城戸さんが勘違いしてしまったせいです。

 恐らく情事の真っ最中、例えば胸を揉んでいる時に「澪も艦娘を辞めたら大きくなるのかな」と溜息混じりに言ったのでしょう。

 それを大城戸さんは「コイツは胸が大きい子が好きなんだ」と勘違いし、そこから喧嘩に発展して別れてしまったのでしょう。

 

 「え~と……。ごめん、私の勘違いだったみたいです」

 「いや、俺も言うタイミングが悪すぎたよ」

 

 誤解が解けたせいかなんだか甘い雰囲気になってきました。成り行きを見守っている私たちをほったらかしてキスでもしそうな空気です。満潮教官はさっきまでの青ざめた顔から一転して真っ赤なふくれっ面になり、ご主人さまは話の意味が理解できずに完全に置いてきぼりになってますよ。

 

 「今晩、どうです?今日は私が奢りますから」

 「是非。と言いたいところだけど、今は大淀さんの出産準備で忙しいんじゃないのかい?」

 「そっちは霞や桜子さんがやってくれてるので大丈夫です」

 

 大丈夫じゃありません。

 いや、そっちは大丈夫かもしれませんが置いてきぼりをくらっている私たちが大丈夫じゃないです。

 満潮教官なんて大城戸さんが復縁しそうなのが嫌なのか彼を呪い殺す勢いで睨んでますし、ご主人さまは暇すぎたのか「あ、蝶々」とか言って現実逃避してます。

 

 「あ、出産準備で思い出した。大和、貴女は今から1週間、工廠から半径500m以内に立ち入り禁止ね。それと艤装の装着も禁止。私はそれを伝えに来たんだよ」

 「え?はぁ!?どうしてですか!?それって訓練も出来ないって事ですよね!?」

 

 私何かしました?

 訓練は真面目にやってますし、トラブルも起こした覚えはありません。なのに、どうして謹慎に近い扱いを受けなければならないのですか!?

 

 「念のためだよ。だって今の大淀は貴女に襲われた場合為す術がないんだよ?一応は奇兵隊の最精鋭が護衛してるけど、万が一大淀に何かあった場合次の作戦にも影響が出かねないからね」

 「襲いませんよ!妊婦を襲うほど常識知らずじゃありません!」

 「それでもだよ。言っとくけど、こう言うのは貴女の身を按じてだからだよ?もし大淀に何かしてあのオジサン……じゃないや。元帥の恨みを買ったら殺されるだけじゃ済まないよ?」

 「うぅ……」

 

 それは避けるべきですね。

 一度会ったきりですが、あの人の底の知れなさは正直怖いと思いましたから。

 でも問題は……

 

 (妊婦姿の大淀を見に行こう!今すぐに!大淀と腹ボテックスしたい!)

 「なんて言ってるんですよねぇ……」

 「誰が?何を?」

 「いえ、ここにいる人が……」

 

 と、自分の頭を指差すと、大城戸さんは察してくれたらしく「あ~、だいたいわかった」と呆れながら納得してくれました。

 だいたい腹ボテックスってなんですか。

 想像はつきますが、頭の中のクスレズ深海棲艦はどこでそんな犯罪臭しかしない単語を憶えたんでしょうか。

 

 「あの、満潮さん。先輩のご出産は近いのですか?」

 「ええ、近いわ。早ければ今週中って話だから、元帥さんも出産に立ち会うために徹夜で仕事してるそうよ」

 「そうですか……」

 「何よ暗い顔しちゃって。アンタも立ち会いたいの?」

 「はい。尊敬する先輩ですし、『猫の目』に行く度に何かと可愛がってもらったので……」

 

 そう言えば最近、と言うより大淀が横須賀に来てるのを知ってから、ご主人さまはあの三人組への恐怖を抑え付けて足繁く通っていましたね。

 私はまあ、一特戦の訓練が忙しかったのと大淀の顔が見たくなかったので行きませんでしたが。

 

 (どんな子が生まれるんだろうなぁ……。きっと私と大淀に似て美人だろうなぁ)

 「貴女には関係ないでしょ……」

 「た、確かに先輩のご出産は私には関係ないですが……。でも……」

 「あ、違っ!ご主人さまに言ったんじゃありません!」

 

 どうして毎度毎度、最悪のタイミングで最悪のツッコミを入れたくなるような事を言うんですか!

 おかげでご主人さまが涙ぐんでしまいましたし、満潮教官と大城戸さんとAさんが揃って「今のはないわぁ……」と言いながら呆れてしまったではないですか!

 このままだとご主人さまに誤解されてしまいますからなんとか誤魔化さないと……。

 

 (ああ!この溢れんばかりの愛を彼女に届けたい!)

 「うるさいですよ!ちょっと黙っててください!」

 (うるさいとはなんだ!うるさいとは!私が愛する大淀が私たちの子を産もうとしてるんだぞ?妻としては傍で愛を囁きつつ励ますのが普通だろう!)

 「いつ妻になったんですか!私は大淀と結婚した覚えはありませ……!」

 

 あ……またやってしまいました。

 ご主人さまがビックリして泣き止んだのは良いですが、残りの三人からは頭がおかしい人でも見るような目で見られています。

 もう何を言っても誤魔化せそうにないですね……。

 

 「ねえ大和、アンタって編み物は出来る?」

 「編み物ですか?毛糸と道具さえあれば可能ですが……。教官のパンツを編めばよろしいので?」

 「ぶっ飛ばすわよアホ戦艦。そう言うんじゃなくて、例えば……マフラーとか編める?」

 「簡単な物なら丸一日集中すれば編めますよ。幸い、一週間も暇になってしまいましたから編みましょうか?」

 

 仮に10cm角が15目20段だとしますと、一目編むのに1秒なら10cm角で300目になります。時間に直すと300秒。つまり6分ですね。

 私の場合ですと、一目編むのに一秒かかりませんので、一分あればだいたい100目ほど編めます。

 これを15cm幅、長さ100cmで単色のマフラーを編むとするとだいたい1時間半です。

 まあ実際は100cmだと短いので150cmくらいが妥当として二時間ですね。

 休憩を適度に取りつつ拘るなら二日はかけたいところですが……。

 

 「朝潮に編み方を教えてあげてくれない?」

 「わ、私にですか?」

 「そう、アンタが編むの。もうちょっとしたら寒くなりはじめるし、出産祝いに贈ってあげなさい」

 「編み物なんてした事ないですが……。出来るでしょうか」

 「アンタって別に不器用なわけじゃないし、集中力の保ちも良いから大丈夫よ」

 

 確かにご主人さまのようなタイプには向いているかもしれません。ハマれば一日中ひたすら編み続けそうですもの。

 

 「でも訓練が……」

 「成長痛が来るかもしれないから三日間休みだって改装前に言ったでしょ?だからその休みを利用して大和に編み方を習うのよ」

 「な、なるほど。そういう事ですか」

 

 ナイスです教官!

 これでさっきの失言が有耶無耶になりましたし、編み物講座を開く名目で堂々とご主人さまを部屋に連れ込めます!

 

 「あ、ただし執務室でね。一通り習ったら自室で編むのよ?」

 「そんな!どうしてですか教官!」

 「朝潮の貞操を守るために決まってんでしょうが!アンタと二人っきりにするとか、長門さんと二人っきりにするレベルで危険よ!」

 

 むむむむむ!

 私とあの変態を同一視するとはなんたる侮辱!でも私は怒りません。ええ、怒りませんとも。

 場所が執務室になったとは言えご主人さまと真っ昼間から一緒にいられますし、恐らく窮奇のせいで私が変な一人言を言ったんだとと察してくれた満潮教官のお気遣いのおかげで誤魔化せましたから。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 これですか?

 これは出産祝いに朝潮が贈ってくれた手編みのマフラーです。

 え?マフラーには見えない?

 ふふふ♪確かにマフラーにしては幅が大きいですよね。

 でも、これはこれで便利が良いんですよ?

 ええ、今でもこの子のお昼寝用の掛け布団として使ってますし、長さもあるから肩掛けとしても使えるんです。

 

 そうですね。

 今では私の物と言うよりこの子の物になってます。離してくれないんですよ。

 幼稚園に行くときも離してくれないので毎朝大変で……。

 

 そう言えば、つい先日面白い事がありました。

 この子があまりにもこれを離そうとしないので、「それは朝潮って子が作ったのよ」って言いながら、あの子の写真がなかったので朝潮だった頃の私の写真を見せたんです。 

 

 そしたらなんて言ったと思います。

 ええ、お察しの通りです。

 主人はそれを聞いてお酒を噴き出していましたが、私は嬉しさのあまりこの子を抱き締めてしまいました。

 

 だってこの子、私の写真を見ながら……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「じぃじと結婚する。ですか?」

 「そう!この子がそう言ったのを聞いてバカ亭主が凹んじゃってさぁ」

 

 出産を目前に控えてから病院に軟禁され、円満さんの護衛を海坊主さんと交代した桜子さんが暇潰しに付き合うという日々を過ごしだして早一週間ですか。

 最初こそ面倒くさがって昼寝ばかりしていたのに、今では家庭の愚痴を聞かせてくるようになりました。

 身内とは言え、人様の家庭の事情を聞くのは色々と勉強になります。

 

 「桜ちゃんはじぃじと結婚するの?」

 「うん♪じぃじとけっこんすゆ!」

 「じゃあ、ばぁばはどうなるの?」

 「ん~と……。ばぁばにもわけてあげる!」

 

 子供って恐ろしい。

 もし今のセリフをある程度育った人が言ったなら修羅場待ったなしですよ。

 

 「ね?本当に言うでしょ?今は子供だからまだ良いけど、この子がもっと育ってから言ったらアンタでもさすがに面白くないでしょ?」

 「主人が望むなら……。と、言いたいところですが、さすがに複雑ですね」

 

 この子の場合は色々と可能ですからね。

 と言うのも、この子は戸籍上主人の孫ですが血が繋がってないのです。つまり、倫理観などを無視すれば結婚から出産まで可能なのです。

 まあ子供が言うことですの本気にはしませんが、孫として可愛がっているこの子が実際にそう言い出した場合を考えると穏やかではいられませんね。

 でも……。

 

 「どうして急にそんな事を言い出したんですか?」

 「聞きたい?」

 「ええ、聞いてよろしいなら」

 「じゃあ、まずはコレを見て」

 「コレは……」

 

 写真、ですね。

 その写真には、見たことがない軍服を着て日本刀を携えた10台後半と思われる男性が写っています。

 かなり若いですが、この男性は恐らく……。

 

 「これ、二十年以上前に中東で傭兵やってた頃のお父さんなんだけどさ」

 

 桜子さんの話では、この写真は主人と同じく中東で傭兵をしていた頃の海坊主さんが入手した写真だそうです。

 当時の海坊主さんは主人が所属していた陣営と敵対していた陣営で戦っていたらしく、数百メートルも離れた位置からの狙撃を日本刀で切り払う主人の事を調べる過程で手に入れたんだとか。

 あれ?でもたしか、海坊主さんって今年で32~3歳でしたよね?

 と言う事は、この写真の当時は10歳くらいだったんじゃ……。

 

 「うちの亭主、親に売られて中東で狙撃兵として教育されたんだって」

 

 そして幾度も主人と死線を交わらせる内に主人に敗北し、捕らえられ、主人が契約を満了して日本に帰る際に一緒に連れ帰り、折を見て陸軍に入隊させたそうです。

 

 「でさ、亭主と一緒にアルバム見てたときに、桜がこの写真見つけて気に入っちゃってさ。そしたらあのセリフを言ったってわけ」

 

 なるほど、さすがは桜子さんの娘と言うべきでしょうか、男性の好みが同じです。

 それに私とも。

 主人のこの写真は初めて見ましたが、私の好みにもドストライクです。

 

 「アンタのお腹にいる子もさ。もしかしたら似たような事言うかもよ?」

 「パパと結婚する。ですか?」

 「いやいや、逆も有り得るでしょ」

 「逆……ですか」

 

 そう言えばその可能性もあるんでしたね。

 桜子さんが手を回したのか、主治医の先生もこの子の性別を教えてくれないので失念してました。

 それなのに女の子が生まれた前提で物を考えてしまうと言う事は、私は女の子が欲しいのでしょうか。

 

 「その時は、朝潮だった頃の写真でも見せてみましょうか」

 「今じゃなくて?」

 「ええ、……」

 

 だって駆逐艦 朝潮は私とあの人にとって特別な艦娘です。

 私が朝潮にならなかったらあの人と出会えていませんでしたし、再会も出来ませんでした。

 だから、この子が男の子だったらこう言って欲しいんです。

 

 「『朝潮と結婚する』って、言ってくれたら嬉しいなって」

 

 私がそう言うと、桜子さんは「母親の顔、できるようになったじゃない」と言いながら私のお腹を優しく撫でてくれました。

 

 



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第百五十六話 出産の苦しみは女に与えられた神の罰

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出産の苦しみは女に与えられた神の罰。

 と、旧約聖書には記されているらしい。

 

 本当かどうかは知らないよ?あたいは分娩室で、陣痛の痛みに苦しんでる大淀さんの手を握って励ましてる霞にそう聞かされただけだから。

 

 「ヒッヒッフーよ!ちょっと聞いてる!?聞こえてるんなら真似しなさい!人の真似は得意中の得意でしょう!」

 「やって……ます。でも、まだ産むわけには……」

 「何いってるのよお姉ちゃん!とっくに破水してんのよ!?赤ちゃんだって出たがってるんだから早く出してあげて!」

 

 もうちょっと言い方はないのかねぇ。

 と、ほとんど空気になってるあたいは思っちゃったよ。

 大淀さんからしたら、旦那さんの元帥さんに立ち会ってもらいたいから苦しいのに我慢してるんだろうけど、シーツで隠された股ぐらに手を突っ込んでる先生(女性)が「頭が出て来た。霞さん、もっといきらせて!」って言ってるから時間の問題かねぇ。

 

 『遅いわよお父さん!もう出て来てるみたいだからとっととこれに着換えて!』

 『あ、ああ、わかった』

 

 お?どうやら元帥さんが到着したみたいだね。

 大淀さんの耳にも届いたのか、安心したように分娩室の扉を見つめてるよ。

 

 「く、ううぅぅぅぅ!」

 「もうちょっとよ!もうちょっとだから頑張って!」

 

 元帥さんが到着したのでもう我慢する必要はないと判断したのか、大淀さんが一際強くいきみだした。

 本当に苦しそうだなぁ。

 額は脂汗でいっぱいだし、顔は真っ赤を通り越して赤黒くなってるじゃないか。

 でも、なんでだろう。

 苦しんでるようにしか見えないのに、あたいには大淀さんがこれ以上の幸せはないって考えてるように見えるんだ。

 

 「大淀!」

 「あな…た……」

 

 元帥さんが分娩室に飛び込んできたのは、大淀さんを苦しめていた元凶が「オギャァ!オギャァ!オギャァ!」と喚き始めたのと同時だった。

 元帥さんは精根尽き果てて気を失う寸前って感じの大淀さんと、大淀さんから元気を全て吸い取ったんじゃないかってくらい元気に助産婦さんの腕の中で泣き喚いてる赤ん坊を交互に見てるな。

 

 「よく……やってくれた」

 「はい、頑張りました」

 

 そう言い合って、元帥さんは大淀さんの肩を抱き、大淀さんは体重だけでなく魂まで預けるように、元帥さんに身を預けた。

 本当に愛し合ってる者同士が子供を授かったらこんな風になんのかねぇ……。

 

 「良かった……無事に生まれて本当に良かった」

 

 我が子を受け取って愛おしそうに見つめる二人を見て感極まったのか、霞はそう言って涙を流しながらこれまた満潮と一緒に膝から崩れ落ちた。

 確かにあたいも良かったと思うよ。思ってるよ。

 でもなんでかなぁ……。

 当事者の二人や霞、それに分娩室の入り口から十人十色って感じの祝福を贈る人たちを見ても、あたいは祝福しようって気にはなれなかったんだ。

 

 「これはあたいへの罰なのかい?なぁ、神様よぉ」

 

 あたいは誰にも聞こえないようにそう呟いて、見舞客がなだれ込むのに合わせて分娩室を後にした。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 一番の友人は誰か?

 あんまり友人に序列はつけたくないけど……しいて言うなら朝霜かしら。

 

 ええ、大淀や満潮、それに円満たちも友人だと思ってるわ。でもあの人たちは友人兼姉妹でもあったから、純粋な意味での友人は朝霜くらいのものだったわ。

 あ、あと清し……じゃない、武蔵もそうね。

 

 あの二人とは、横須賀に転属になってから暇さえあれば一緒にいたわ。

 大淀の出産準備も手伝ってもらったっけ。

 

 そう言えば、私が朝霜を傷つけたのもその時だったわね。

 

 ううん、喧嘩したわけじゃないの。

 

 私はただ、礼号組で一緒だったから朝霜も一緒に祝ってくれると思って分娩室に入ってもらったんだけど、どうやらそれが朝霜を傷つけてたみたいなのよ……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 霞へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「こんな所でどうしたんですか?朝霜」

 「大和さんこそどうしたんだい?パントマイムの練習か?」

 「え、え~っと……。何と説明したら良いやら」

 

 まあ説明出来ないよな。

 今の大和さんは、前に行こうとする下半身とは逆に体を捻って必死に前に進むのを阻止してるって感じだ。

 まるで上半身と下半身が別々の意思を持ってるようにも見えるかな。

 

 「ふぅ……。やっと大人しくなってくれましたか」

 「誰が?」

 「いえ、こちらの話です。それより、朝霜は霞と一緒に大淀の出産に立ち会っていたのでは?」

 「幸せな空気に当てられて酔っちゃったから逃げてきちまったよ」

 「ふぅん……」

 

 ちょっとわざとらしく戯け過ぎたたか?

 でも本当の事だしなぁ……。

 あのままあの場に居たら、あたいはたぶん首を吊りたくなってたと思うし。

 

 「少し過ぎてしまいましたが、お昼ご飯は食べましたか」

 「昼?あ、ああそう言えば食ってないな。あたいとしたことが、腹が減ってるのも忘れちまってたよ」

 「では一緒に食べましょう。私も昼前から格闘していたので食べてないんです」

 

 誰と?もしかして自分の下半身とかい?

 は、まあ良いか。

 本当は食欲なんてないけど、この旗艦様はあたいの様子が変な事を察して飯に誘ってくれたんだろうから付き合っとくかな。

 

 「って、着いてきたのは良いけどさ。ここって居酒屋 鳳翔じゃないか。夜しかやってないんじゃないのかい?」

 「ええ、営業は20時からです。でもこの時間ならたぶん……」

 

 とか言いながら裏に回ってるけど勝手口に向かってるのかい?

 そりゃあ大和さんがここに定期的に通ってるのは知ってはいたさ。でも勝手口から勝手に入るのを許されてる間柄なのかい?

 

 「鳳翔さ~ん。お腹が空きました」

 

 あたいの心配などどこ吹く風とばかりにノックもせずに開けちゃったよこの人。

 しかも「お母さ~ん。お腹空いた~」って副音声が聞こえてきそうなくらい馴れ馴れしいセリフを吐いてるし。

 

 「はいはい、そろそろ来る頃だと思っていましたよ。って、あら?そちらはたしか……」

 「あ、あたいは朝霜です。大和さんの部下やってます」

 「あらあら、じゃあ同じ一特戦の?」

 「はい、一応……」

 

 なんで一応なんてつけちまったかなぁ。しかも目まで逸らしちゃったし。

 今まで気にはしてても表には出さなかったのに、あの雰囲気を体験して思ってた以上に余裕がなくなっちまってたみたいだ。

 

 「鳳翔さん、アレをお願いして良いですか?」

 「アレと言うと……漬け丼ですか?」

 「はい♪朝霜にも同じ物をお願いします♪」

 「はいはい。その代わりお米は自分で炊くんですよ?」

 「了解です♪」

 

 た、ただでさえ食欲がないのに丼物かよ。

 まあ食えない事はないだろうけど、考えただけで気が重たくなるなぁ……。

 

 「朝霜さんはカウンターでお茶でも飲んで待っていてください」

 「良いのかい?鳳翔さん。あたいも何か手伝いを……」

 「朝霜さんが食べそうな量ならお手伝いは求めません。大和ちゃんほど食べるなら話は別ですが……」

 

 鳳翔さんは、嬉しそうに米を磨ぎ始めた大和さんに視線を送り、ため息混じりに言いながらあたいに「大和ちゃんほどは食べないでしょ?」と暗に聞いてきた。

 心配しないでおくれよ鳳翔さん。

 あたいは大和さんほど食えないし、今は普通の駆逐艦ほども食べれないと思うから。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 あたいを傷つけた?誰が?

 香澄(かすみ)がそう言ったのかい!?

 

 

 いやまあ……うん。

 確かにそう言えなくもないよ。

 香澄と一緒に大淀さんの出産準備を手伝ったのがあたいのトラウマを掘り返し、出産に立ち会ったのがトドメになったから間違いじゃない。

 

 でも、あたいは香澄のせいだなんて思ってないよ。

 アレは自業自得。因果応報ってヤツさ。

 

 深くは聞かないでおくれよ?

 あんまり人に言える事情じゃないってのもあるけど、あたいのトラウマは、あたいと香澄が深く信頼し合う切っ掛けにもなった大事なことだから軽々しく人に言いたくないんだ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元夕雲型駆逐艦 十六番艦 朝霜へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「あ、旨い……」

 「ね!美味しいしょう?この漬け丼は開店前のこの時間しか食べられない裏メニューなんです!」

 「へぇ……」

 

 大和さんは裏メニューと思い込んでるみたいだけど、カウンターの向こう側で料理の仕込みをしてる鳳翔さんは「違いますよ」って声は出さずに口だけ動かして言ってるぞ?

 

 「霞との訓練はどうです?順調ですか?」

 「順調と言うか大変だったかなぁ。霞が張り切って大淀さんの出産準備を手伝ってたせいでまともに休憩も取れなかったよ」

 

 あたいたち第二小隊(と言ってもあたいと霞だけ)に課せられた訓練はあたいと霞の連携強化だった。

 『広辞苑・改』なる物を手に入れて未来でも見えてんのか?って聞きたくなるほど敵の行動を先読みし、砲弾の着弾点や魚雷の射線を()()()()()に予測して艦隊員に指示を飛ばすようになった霞の行動を阻害せず。かつ指示無しでも霞がやって欲しい事を予想し、行動出来るようになる訓練さ。

 

 「頭を使うのが苦手なあたいにゃ荷が重すぎるよ」

 「そんな事はありません。朝霜は頭を使うのが苦手と言いますが、逆に言えば頭を介さずに体が最適に反応していると言う事です」

 「いや、それじゃぁダメだから、霞と同室にまでなって……」

 

 日本語なのに何が書いてあるかサッパリわからない『広辞苑・改』をあたいも読んでる。

 でも、何度読んでもやっぱり訳がわからない。

 霞はアレを全部暗記してるってんだから信じられないよ。

 

 「ふむ、朝霜は大城戸さんが課したその訓練の意味を理解しきれていないようですね」

 「そりゃどういうことだい?あたいも『広辞苑・改』の内容と霞の細かい癖まで憶えろってことだと……」

 「大城戸さんが課す訓練内容が意地が悪いせいでそうとらえてしまうのも仕方ありませんが、大城戸さんはそんな小難しい事は求めていません」

 「じゃあ、どうしろと?」

 「コレと一緒ですよ」

 「いや、コレって……」

 

 食べかけの漬け丼じゃん。それとあたいの訓練内容に何の関係があるんだい?

 

 「コレは数種類の魚の切り身、諸々の調味料、そしてお米と言う別々の物同士で構成されています。それはわかりますか?」

 「うん……。でも料理ってそういうもんだろ?」

 「ええ確かに。では、その漬け丼はどんな味がしましたか?」

 「どんなってそりゃあ……」

 

 あれ?どんな味だ?

 醤油味と言えなくもないし、出汁の味と言えなくもない。魚本来の味が生かされてるから魚の味と言えなくもないかな。

 それでもしいて一つに絞るとするなら……。

 

 「漬け丼の味?」

 「その通りです。数々の食材の味が喧嘩することなく混ざり合い、正に『漬け丼味』と呼べる味になっています」

 

 いや、だから何なんだい?

 それじゃまるで、あたいに漬け丼になれって言ってるように聞こえるんだけど……。

 ん?それで良いのか?

 つまり大和さんは、あたいに霞と混ざり合えって言ってるのかい?

 

 「朝霜に自覚はないでしょうが、貴女には物事の要所に考えなくても的確に反応できる天性の判断力が備わっているんです。もし、その才能を霞のためだけに使ったらどうなるでしょう」

 「どうなるって……」

 

 どうなるんだ?

 確かにあたいは、深く考えなくても「あそこに砲弾を撃ち込めば敵の体勢が崩れて味方が有利になる」とか「この角度で魚雷を撃てば敵は回避に気を取られて味方への攻撃が緩む」なんて判断ができる。

 でもそれは霞の指示があったればこそで、あたい一人じゃアレもコレもやろうとして中途半端な結果になっちまう。

 結局あたいは、霞がいなきゃ一特戦の役に立てない。

 

 「霞がやって欲しい事を瞬時に理解できるほど深い信頼関係を構築する。それが貴女に課せられた訓練の真の意図。と、私は予想します」

 「いやいや、だからあたいは『広辞苑・改』を……」

 「それは必要ありません。朝霜なら霞の一挙手一投足を見るだけ、もしかしたら視線を追うだけ霞の意図を理解し行動できるようになります。それが出来れば霞の負担は激減し、私たちはもう一回り強くなれます」

 「それはつまり、霞からあたいへの指示っていう手間を排除するって事かい?」

 「その通りです」

 

 ははは……。

 こりゃまた難題をふっかけられたなぁ。

 霞の一挙手一投足や視線だけで霞の意図を組めるほど信頼し合えだなんて『広辞苑・改』を憶える以上に難題じゃないか。

 

 「そのためにはまず、貴女が霞に隠していることを話しなさい」

 

 ギクリとした。

 大和さんがあたいが何かを隠していることを看破したからじゃない。

 霞にそれを打ち明けろと言われたから、あたいは背骨が折れるんじゃないかと思うくらいギクリとしたんだ。

 だってあの事を話したら……。

 

 「い、嫌だ!それだけは絶対に嫌だ!あたいは……あたいは」

 

 霞に嫌われたくない。

 霞はあたいの一番の親友なんだ。その霞にあの事を話したら嫌われる。間違いなく嫌われる。

 大淀さんが出産した直後の今なら尚更だ。

 

 「嫌いません。霞は絶対に、貴女を嫌ったりしません」

 「なんで断言が出来るんだよ!大和さんだってあたいがやった事を聞いたら絶対に見る目が変わる!あたいの事を軽蔑する!」

 「有り得ません。貴女がどんな過去を背負っていようと私も霞も、他の一特戦のメンバーも貴女をけっして嫌いません」

 「口だけなら何とでも言えるだろ!何なら話してやろうか?あたいがやった事を聞いて、それでもそんなクソ真面目な顔して同じ事が言えるんなら言ってみやがれ!」

 

 あたいは感情に任せて暴露した。

 鳳翔さんがいるのも構わずに、艦娘になる前の悪事を暴露した。

 あたいは、艦娘になる前は所謂ストリートチルドレンってヤツだったんだ。

 親は生きてるのか死んでるのかもわからない。

 開戦初期の空襲で焼け出された幼いあたいは、生きるためなら何でもやった。

 道端に落ちてる物食って腹を下したり、泥水啜って腹の中に虫が湧いたこともある。

 盗みなんて可愛い方だな。

 そんな暮らしを6~7年続けて12になったあたいはもっと手っ取り早く、かつ安全な稼ぎ方があるのを知った。

 そう……。

 

 「あたいは、養成所に流れ着くまで売りをやってた」

 

 あの当時は本土防衛も軌道に乗った頃だったのか、国民には余裕が出て来てた。

 でもあたいみたいなストリートチルドレンにへの対策はまだまだで、野垂れ死にしようと何をされようとほったらかしだった。

 だから、あたいみたいな子供でも金を出して抱こうとする変態は後を絶たなかったよ。

 最初こそ「汚ねぇガキだなぁ」とか言われながらはした金で抱かれてたけど、金が入る度にちょこちょこと身なりを整えていったら一回で一週間は食える程度の金が稼げるようになった。

 ああ、最高だったよ。

 素質でもあったのか行為自体は苦にならず、むしろ楽しんでたしね。しかも金まで稼げるんだ。

 13かそこらで我が世の春って気分だったよ。

 

 「でもそんなある日、あたいは体がおかしいのに気づいた」

 

 あたいには5歳か6歳かって頃に焼け出されたせいでその手の知識が丸っきりなかった。

 その体調の変化が妊娠によるものだと気づいたときには、お腹の子供は正規の方法じゃ降ろせないほど大きくなってたよ。

 

 「でもあたいは降ろした。もう二月ばっかしで生まれるってほど大きくなってた子供を殺したんだ」

 

 降ろした直後は「これでまた稼げる」なんて事を考えてたのをよく憶えてる。

 でもその考えは、便器の中に堕とした我が子を見た途端に吹っ飛んだよ。代わりに頭をよぎったのは……。

 

 「あたいはなんて事をしたんだ。あたいはこの子を殺したんだ。あたいが護ってがあげなきゃならない子を、あたいは自分の生活を守るために生まれる前に殺してしまったんだ。って後悔が頭ん中をグルグル回ったよ」

 

 あたいはその後、殺してしまった我が子を布で包んで抱き抱えたままフラフラしてたらしい。

 そんなあたいを、養成所の職員がたまたま見つけて保護し、今に到るってわけさ。

 

 「だからあたいはあの場から逃げたんだ!あんなに幸せそうで、祝福されながら生まれてきた大淀さんの子供を見てられなかった!」

 

 あたいにとってあの光景は地獄だ。

 嫌が応にも自分の罪を思い出させるあの光景はあたいへにとっては地獄でしかなかった。

 自分の子供を無惨に堕としたあたいにとっては……。

 

 「どうだい?こんだけ汚れてるあたいに、さっきと同じセリフが言えるのかい?なぁ、大和さん」

 

 大和さんの表情は変わってない。クソ真面目な顔してあたいの目を真っ直ぐ見つめたままだ。でも腹の内では軽蔑してるはず。「女の風上にも置けない」とか「人殺し」とか思ってるに違いない。

 違いないのはわかってるから、さっさとあたいを蔑んでくれよ。罵倒してくれよ。殴ってくれよ!

 

 「立派です」

 「は、はぁ?今なんて……」

 「立派だと言いました」

 

 いやいやいやいや、大和さんが何言ってるかサッパリわかんないよ。

 堕胎が立派だって?そんな事を真顔で言ってのけるのは大和さんくらいのものさ。もしあたいがそんな罪を犯した事を知ったらほとんどの人は真逆の事を言うよ。

 

 「勘違いしないで頂きたいのですが、堕胎自体は褒めていません」

 「なら何が……!」

 「そこまでの十字架を背負って尚、生き続けている貴女がです」

 

 やっぱり意味がわからない。

 大和さんは何を言ってるんだい?日本語で話してるはずなのに日本語に聞こえないよ。まるで宇宙人とでも話してる気分だ。

 

 「朝霜。貴女は後悔したでしょう?」

 「ああ、今までの人生であれ程後悔した日はないよ」

 「死にたくなったでしょう?」

 「死んじまいたかったよ。死んであたいの分の命をあの子にあげたくなったよ」

 「でも、死なない事を選んだのでしょう?」

 「そうだよ。あたいは死ななかった。死ぬのが怖かったから……」

 

 今もこうして生き恥を晒してる。

 って、続けようとしたら、左頬に鋭い痛みが走った。

 いや、頬だけで済んでないな。首からはゴキって変な音がしたし、口の中には血の味が広がってる。

 ったく、殴るのはいいけどもうちょっと手加減してくれよ。頬が腫れてるのを霞に見られたらまた心配させちゃうじゃないか。

 まあ、おかげで少しだけ冷静になれたけどさ。

 

 「自分に嘘をつくのはおやめなさい!」

 「嘘なんかついてないよ。あたいは卑怯者なんだ」

 

 激昂して私を叱りつけた大和さんに、私は冷静にそう返した。

 でも大和さんは納得してくれてないみたいだ。今も鋭い眼差しで私を睨んで射竦めてるよ。

 

 「貴女が死を選択しなかったのは死なせてしまった子のためでしょう?その子の分まで生きようと思ったからでしょう?」

 「違うよ大和さん。あたいは自分可愛さに子供を流し、生き恥を晒す最低の人間だ」

 「そう思う事が、自分への罰になると考えているからではないですか?」

 「ははははははは!笑わせないでくれよ大和さん!あたいがそんな高尚な人間に見えるのかい?」

 

 おかしいな。腹を抱えて笑って見せても大和さんの表情は変わらない。

 まさか、本当に?

 本当にあたいが、そんなことを考えて今まで生きながらえて来たんだと思ってるのかい?

 

 「私が何を言っても、頑なになってしまった貴女の心には届かないようですね」

 「はっ!じゃあ誰の言葉なら届くって言うんだい?つうかそもそも、大和さんが言った事は全部妄……そ……」

 

 言い切れなかった。

 大和さんがゆっくりとカウンターの奥に視線を泳がせたのに釣られて、あたいもついついその方向に目を向けたら言葉が喉の奥に引っ込んだ。

 なんでここに居るんだよ。もしかして大和さんが呼んだのか?いやそれより、いつから居た?

 

 「霞……」

 

 あたいの視線の先には霞が居た。

 腕組みして怒ったような顔をした霞が、何も言わずに仁王立ちして静かにあたいを睨んでた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 あたいが今の仕事を選んだ理由?

 香澄に誘われたってのもあるけど……半分は罪滅ぼし。いや、贖罪かな。

 

 青木さんは、あそこで香澄と遊んでる子達を見てどう思う?

 微笑ましい?それとも愛らしい?まあどっちでも良いんだけど、あたいにはあの光景が、あの日の戦場よりも禍々しく見えちまうんだ。

 

 正直言って、あの光景を見続けるくらいならあの戦場に舞い戻った方が余程マシだな。

 

 それでもあたいは見続けるって決めたんだ。

 あのガキンチョ共があたいみたいな餓鬼にならないように導きながら、この地獄で生きて行くってあの日に決めたんだよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元夕雲型駆逐艦 十六番艦 朝霜へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「どこから……聴いてた?」

 「アンタが「嫌だ!」とか叫んだあたりからよ」

 

 お約束な気はするけど、「朝霜が居酒屋 鳳翔に居るので勝手口から静かに入って来てください」って内容のラインを大和さんが送って来たから従ってみたら、ヒートアップした朝霜が艦娘になる前の過去を暴露してる場面に遭遇してしまった。

 平静を装ってるけど正直ヤバいわ。

 腕を組み続けないと腕が震える。仁王立ちになるくらい足に力を入れてないと崩れ落ちそうになる。

 目つきが悪くなるくらい瞼を強張らせないと涙が溢れそうになる。

 

 「そっ……か。聴かれちゃったか……」

 

 さっきまでの過熱っぷりが嘘みたいに朝霜の顔と肩から力が抜けた。

 まあ、そうなるよね。聴かれたくなかったよね。

 朝霜みたいな境遇は駆逐艦じゃ在り来たりな部類だけど、それでも開けっ広げに語る子はまず居ない。そういう経験をした子は、その経験を恥じ、後悔してる子がほとんどだから。

 

 「軽蔑、したよな?」

 

 怯え切って泣き出す寸前みたいな顔した朝霜がそう訊ねて来た。

 軽蔑ですって?

 まあ普通の人なら軽蔑するんでしょうよ。

 私だって艦娘にならず、民間人として育っていたら軽蔑していたかもしれない。

 艦娘として育った今でも、朝霜が武勇伝でも語るように自慢げに語る様な子なら軽蔑するどころかぶん殴ってたわ。

 でもアンタは違う。

 過去の自分の行いを後悔し、罪を自覚して背負い続けてる。そんなアンタは軽蔑どころか尊敬に値するわ。大和さんが言ったように立派だと思う。

 でも、私は……。

 

 「何て、言って欲しい?」

 「え……?」

 

 素直に褒めてあげない。

 罵ってもあげない。

 だって言葉じゃアンタに届かないもの。誰にも言わずに背負いこみ過ぎて、自分の心をガチガチに固めてしまったアンタには言葉だけじゃ届かない。

 だから私は……。

 

 「ダメだ……。ダメだよ霞。あたいは汚れてるんだ。そんなあたいに触ったら霞まで」

 

 私は震える体を抑えつけて、カウンターの向こう側で震えていた朝霜の傍まで移動して、頭を胸に抱き寄せた。

 アンタの手助けをしてあげる。

 アンタが胎の中で育てて来た、後悔って言う名の子供を産む手伝いをしてあげる。

 

 「霞……震えて……」

 「うん。アンタの境遇を知ってこうなっちゃった。ホント、情けないったら……」

 

 こんなに震えたのはいつ以来だろう。

 初めての実戦を経験した時?お姉ちゃんが戦死した時?ううん、もっと昔だ。お母さんが、私の目の前で殺された時以来だわ。

 

 「私ね。お母さんの仇を討つために艦娘になったの」

 「お母さん……の?」

 

 私は自分の境遇を話して聞かせた。

 お母さんが暴徒共に玩具にされて殺されたこと。それを見続けさせられたこと。

 そして、そのせいで性行為に恐怖を抱いてることを。

 

 「私はきっと子供を作れない。だって怖いんだもの。この先本当に好きな人ができても、心から子供を望んでも体が拒否してしまうでしょうね」

 

 そのことは、呉で司令官とおままごとをしてる時に嫌と言うほど思い知った。

 いくら頭で望んでも体が反応しない。

 体の年齢的には初潮が来ててもおかしくないくらい成長してるのに、私の体は子供を作れる体になるのを拒んでる。

 

 「前に、『出産の苦しみは女に与えられた神の罰』だって教えたよね?」

 「うん……」

 

 正直女性蔑視にも程がある言葉だと思う。

 だって男に与えられてるのは働く苦しみなのよ?

 昔から女だって働いてるのに、女だけさらに罰が与えれるなんて不公平だわ。

 って、大淀の出産を目の当たりにするまでは考えてた。

 

 「大淀、幸せそうだったでしょ?苦しんでる時すら幸せそうだったでしょ?」

 「うん……幸せそうだった」

 

 大淀は出産の苦しみなんか苦にしてなかった。

 自分の全てを賭けて愛するあの人の子供を産めるのが嬉しくて仕方がなかったから、その苦しみすら幸せだと感じていたんでしょうね。

 そう考えると、出産の苦しみは罰なんかじゃなくご褒美なのかもしれないわ。

 少なくともあの時の大淀にとって、あの苦しみは愛する人との間に授かった子を産み落とす福音だったんだと思う。

 

 「あたいも、あんな風になれるのかなぁ。大淀さん見たいに、幸せになれるのかなぁ」

 「なれるわよきっと。でも、今は無理」

 「今……は?」

 「そう、今は。だってアンタ、ちゃんとごめんなさいって言ってないでしょ?」

 

 私の胸から顔を離して不思議そうにしている朝霜の瞳を真っ直ぐ見つめて、今にも泣き出しそうなほど震える声を何とか抑えてそう言った。

 きっとこれが朝霜を苦しめてる一番の原因。

 だって話を聴いた限りじゃ謝ってないもの。

 朝霜が求めてたのは褒め言葉でも侮蔑でもなく、謝る機会と、切っ掛けを与えてくれる相手だったんだと私は思う。

 だって朝霜は、一瞬ハッとして涙を流し、声を震わせてこう言ったんだもの。

 

 「ごめ……なさい」

 

 って。

 それを皮切りに、朝霜は今まで溜め込んできた感情を吐き出すように何度も何度も、泣き疲れて寝てしまうまで何度も、ごめんなさいって言い続けたわ。

 数年越しの出産の苦しみを、ようやく乗り越えて。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 あの戦争で人生を狂わされた人を多く見てきました。

 

 ええ、私は店を営んでる都合上、お酒の勢いなどで身の上話を聞く機会が多かったですから。

 

 でも意外と思われるかもしれませんが、巡洋艦以上の人の事情は知っていても駆逐艦の身の上話はあまり知らないんです。

 

 まあ、彼女たちの場合は身の毛も弥立つほど酷い目にあった子が多かったですから、余程心を許した人にしか教えなかったという事情もあったのかもしれません。

 

 今まで一番不憫に思った子は誰か?

 言う訳がないでしょう?

 人によって不幸の度合いは様々なのですから、誰が一番だなんて順位付けなんてしたくありません。

 

 ですが、同じ女性として同情したと言う意味でならあの二人ですかね……。

 

 なんですか?

 そんな目をしても教えてあげませんよ?

 

 私は空気と化していましたが、あの日の出来事はあの二人にとって掛け替えのない大切な思い出、いえ想い出になっているでしょうから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元鳳翔型軽空母一番艦 鳳翔へのインタビューより。

 

 

 



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第百五十七話 何度でも、沈めてあげる

 

 

 

 

 

 大和が大淀と決闘させてくれって言ってきたのは、大淀が出産した一週間後だったかしら。

 ええ、もうすぐ退院って頃に、自身の体を鎖でグルグル巻きにして執務室に来てそう言ったわ。

 

 いや、さすがに呆れたわよ。

 その時はちょうど、先生と辰見さんを交えて欧州遠征の打ち合わせをしてたんだけど、そんなクソ真面目な話し合いの場にそんな格好をした大和が飛び込んで来るなり「大淀と決闘させてください!」なんて言えば呆れるでしょ?

 

 え?どうして大和が鎖でグルグル巻きになってたのか?

 そりゃあ、大淀に直接決闘を申し込むためよ。

 アンタだって、奇兵隊の怖面に囲まれた状態で出産後の大淀を取材してたんだから知ってるでしょ?

 そう、入院中の大淀とその子供は、横須賀鎮守府に詰める奇兵隊が総力を挙げて護衛してたからよ。

 特に大和は要注意人物だったわ。

 だから大和は「自分には害がない。だから面会させてくれ」という意思表示も兼ねて、自分の体を鎖でグルグル巻きにしてたのよ。

 

 決闘の申し込みは受理されたのか?

 いや、アンタ司会してたじゃない。

 私は反対したけど、先生が「大淀のリハビリ相手にちょうど良い」とか言いだして、後は大淀が承諾するかどうかって流れになったわ。

 

 ええ、私が連れて行ったわ。

 先生的にも、辰見さんと内緒の話をしたかったらちょうど良かったみたいだったから。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官。紫印 円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 もう何年も前になりますが、私は朝潮だった頃に長門さんを鎖で簀巻きにして天井クレーンで吊した事があります。

 大淀になってからは見向きもしなくなりましたが、当時の彼女は私の姿を見るなり飛び付いてきてましたから当然の処置です。

 でもまさか、私と面会するために自分で自分を鎖で簀巻きにする人が存在するとは、今の大和さんを見るまで考えもしませんでした。

 

 「まあ、ここまでしてアンタと話がしたいって言うんだから聞いてやってくれない?」

 

 とは言いましてもですね円満さん。

 この状態の大和さんとは何を話してもギャグにしかなりませんよ?だって鎖で簀巻きになった上に……「それ、売ってるんですか?」って聞きたくなるようなポール付きの台車に吊されてるんですから。しかも真剣な顔のままで。

 そりゃあ、ここまでその状態の大和さんを連れて来たのは円満さんですから同情の一つもしたのでしょうが、私と桜子さんは呆れすぎて開いた口が塞がりませんよ。

 私の腕の中で寝息を立てているこの子の目がまだ開いていないのがせめてもの救いですね。

 

 「その子が貴女の子供ですか?」

 「え、ええ……」

 

 私を見つめていた大和さんが視線を息子に落としながらそう言ったので、失礼かとは思いましたが思わず大和さんから隠すように背中を向けてしまいました。

 大和さんの表情に変化はありませんが……。

 いえ、徐々にですが口角が上がってきてるような気が……。

 

 「かぁわいいなぁ♪ペロペロしたい♪」

 「桜子さん!叩っ切ってください!今すぐ!」

 

 やはり警戒して正解でした。

 私は完全に背中を向けて我が子をガードし、護衛の桜子さんに撃退をお願いしました。

 だってながもん以上に気持ち悪いんですもの。

 器用にも大和さんは、怖気が走るほどニヤけた顔をしたまま、吊された状態で体を前後に揺らしているのです。

 

 「こら。そんな話をしに来たわけじゃないんでしょう?」

 「だって可愛いじゃない!円満だって可愛いと思うでしょう?」

 「そりゃあ思うけど……」

 「じゃあ止めないで!見るだけで我慢するから止めないでちょうだい!」

 「しょ、しょうがないわね……」

 

 いやいや、私と主人の子が可愛いのは当たり前なんですから、そこで言い負かされずになんとかしてくださいよ。

 今の私には彼女を撃退する術がないのですよ?

 

 「桜子さん……」

 「気持ちはわかるけど、害はないみたいだから我慢しときなさい。本当に危なくなったら何とかするから」

 

 害なら十分過ぎるほどありますが?

 桜子さんが止めないのって、今の大和さんと私の反応が面白いからですよね?

 でも私は、彼女の舐め回すような視線を体に感じて気持ち悪いんです。吐いちゃいそうなんです。

 こんなに気持ちが悪いのはタウイタウイで窮奇と戦った時以来……。

 

 「も、もしかして窮奇が出て来てるんですか?」

 「いえ、今引っ込めました」

 「あ、そうですか」

 

 大和さんが豹変した理由に察しがついたので聞いた途端に、彼女は元の真剣な顔に戻ってしまいました。

 その表情の変化がツボに入ったのか、桜子さんは爆笑し始めました。

 

 「貴女にお願いがあるんです」

 「お願い……ですか?」

 

 大和さんが私にお願いとは意外ですね。

 でも、私にお願いがあると言いつつ視線は私の背中、その先にいる我が子を見つめているように思えます。

 ま、まさか、この子をくれと言うつもりなのでしょうか。

 確かにこの子は今時点でも目鼻立ちが整い、将来は女性なら誰もが振り向くような美男子になるのは確定的に明らかです。

 それに加え、海軍最強と謳われる私の才能と、その私を上回るほどの武術の才を持ち、海軍元帥まで上り詰めるほどの謀略と人脈に長けた主人の才能を受け継いでいる可能性もあるのです。

 さらに聞いた話によると大和さんは独り身。

 そんな彼女が、将来有望なこの子を私から奪い、逆光源氏計画を練っていたとしても不思議ではありません。

 

 「最近はこんな事ばっかり考えてるのよ?すっごい変わり様でしょ」

 「ええ、実際に見てビックリしたわ。出産前は先生の事ばっかり考えてたのに」

 「私は逆光源氏計画など練っていません」

 

 ちなみに今の発言は桜子さん、円満さん、大和さんの順でされています。

 ええ、ええ、今更ですよ。

 私は考えている事がこれでもかと顔に出ますからね。

 円満さんや桜子さんクラスの人なら私の考えを正確に予想するなど造作もないでしょう。

 大和さんがそのクラスの人だったのは意外ですが。

 

 「怒らないで聞いて欲しいんだけど、私と大和、正確には窮奇か。は、捷一号作戦の会議前にある約束をしたの」

 「約束……ですか?」

 

 このままでは話が進まないと判断したのか、円満さんは大和さんが言いたいことを代弁するかのようにそう切り出しました。

 窮奇と円満さんが約束?

 しかも、私に怒らないでくれとはいったいどういう……。

 

 「ええ、深海棲艦に関する情報と引き換えに、アンタとの再会と共闘、そしてもう一つ約束したわ」

 「当事者の私に断りもなくですか!?」

 「悪いとは思ってるわ。でも、アンタに言ったら全力で拒否ったでしょ?」

 「そりゃあ……まあ」

 

 当然です。

 先の二つは事情もあって達成される事になってしまいましたが、できることなら再会も共闘もしたくありませんでした。

 いや、待ってください?

 今もう一つってう言いませんでした?言いましたよね!?

 もう一つの約束っていったい……。

 

 「じゃあ今日はもう一つの約束を果たしに来たってこと?」

 

 何ですか?

 と、私が口にするよりも早く桜子さんが円満さんに訪ねました。

 しかも、瞳を爛々と輝かせて。

 これは非常にマズいです。桜子さんがこんな目をしてると言う事は面白い事になると判断した証拠です。

 いえ、もっと簡単に言いましょう。

 私と大和さんで遊ぶ気満々ですよこの人!

 

 「そうよ。もっとも、大和まで同じ事を望んだのは予想外だったけどね」

 「ほうほう、大和と窮奇共通の願いって訳ね」

 

 瞳を爛々とさせるだけに留まらず、口を猫みたいにして楽しそうにしている桜子さんは放っておくとして、もう一つの約束とやらからは嫌な予感しかしません。

 私を弟さんの仇として憎んでいる大和さんと、私を愛してるとか言いながら散々殺そうとした窮奇。

 そんな二人が望みそうなことと言ったら…………。

 

 「もう一つの約束、それは……」

 「大淀を抱きたい!抱かれるのも可!」

 「斬ってください桜子さん!遠慮なくスパッと!」

 

 円満さんが約束の内容を口にしようとした途端にまた窮奇が出てきました。

 しかも、さっき以上に気持ち悪く顔を歪ませて。

 朝潮だった頃は私も似たような……いえ、ここまで気持ち悪くはなかったはずですが同じ症状を抱えていました。あの時の満潮ちゃんも、こんな複雑な気分で私を見ていたのでしょうか……。

 

 「まあ落ち着きなさいよ。けっこう面白いわよ?」

 「そりゃあ桜子さんは面白いかもしれませんが、あの変態に狙われてる私は面白くもなんともありません!」

 「だから落ち着きなさいったら。赤ちゃん起きちゃうわよ?」

 

 おっと、よくよく考えたら結構な声量で騒いでました。

 そう思い至って我が子に視線を向けてみたら、今も変わらずスヤスヤと眠っていました。

 こんな状況でここまで熟睡できるなんて図太い神経していますねこの子。これは将来、かなりの大物になるかもしれません。

 

 「その子が将来大物になるかどうかは取り合えず置いときなさい。窮奇も一回引っ込んで。アンタが出て来たら話がまったく進まないんだから」

 「だ、だが円満、大淀を前にして理性を保つのはとても大変で……」

 「じゃあこのまま連れて帰る。最後の約束も無しよ」

 「そんな殺生な!」

 「殺生じゃない。嫌なら大和と交代しなさい。さもないと本当に連れて帰るわよ?」

 

 なんだか仲が良いですね。

 いつの間に円満さんは窮奇とそこまで仲良くなったんでしょう。まあ、仲が良いとは言っても円満さんが主導権を握っているようですけど。

 あ、ちなみにですが、円満さんが当然のように私の思考を読んだのは今さらなので無視します。

 

 「提督。ここからは私に話させてください」

 「あ、引っ込んだ?」

 「はい。まだブツブツいっていますが、話が終わるまでは大人しくしているつもりみたいです」

 

 窮奇が引っ込んだのは悦ばしですが、コロッと表情を変えるのやめてくれません?

 ギャップが凄いんですよギャップが!

 だって、さっきまで変態も裸足で逃げ出しそうなほど蕩けきった顔をしてたのが一瞬でキリッ!って擬音が聞こえてきそうなくらい凛々しい顔に変わるんですよ?

 ついに爆笑どころか腹筋を崩壊させた桜子さん程ではありませんが、大和さんの表情の変化が面白くて私まで笑ってしまいそうになります。

 でも、笑う訳にはいきません。

 頭の悪い私でも、大和さんが何かを決意しているのは十分わかりますから。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 大淀と大和の決闘を反対した理由?

 そんなの決まってるじゃない。

 

 あの二人の場合は、使用するのが模擬弾だろうがペイント弾だろうが殺し合いになるからよ。

 ええそう。

 大淀の場合は大淀式砲撃術の4~6や、装甲の厚さなんか関係なしに対象を沈める衝角戦術を使った格闘戦。

 大和の場合は二つのハドウ砲ね。

 

 アンタだってあの決闘を見て絶句してたでしょ?

 あんな艦娘の常識を無視した戦いなんてあの二人にしか出来ないわよ。

 

 正直、あの二人には弾薬を補給しなくてもいいじゃない?って考えちゃったくらいだからね。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官。柴印円満中将へのインタビューより。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「以前、貴女に言いましたよね。私は貴女が嫌いです。って」

 「ええ、言われました。その気持ちは今も変わってないのでしょう?」

 「はい。変わっていません。ですが……」

 

 好感も抱いています。

 貴女が戦う姿は美しい。

 砲撃も、雷撃も、舞うように海面を駆け抜ける姿も全てが美しい。そして、愛する人のために自分にできる事を全て駆使して尽すその生き方も。

 あの時、弟の亡骸を抱いて泣いていた私を魅了した時よりも今の貴女は美しい。

 

 「『大和』として覚醒する前は、貴女への恨みだけが生きる糧でした。貴女に復讐する事だけが目的でした」

 「今は、違うと?」

 「ええ、今は違います」

 

 『大和』として覚醒してしばらくは迷走しました。 

 何のために人としての生を得たのかわからず、それを知るために死ぬことばかり考えるようになりました。

 でも、あの子が変えてくれました。

 あの子は私に生きる目的を与えてくれました。人として生き続けたいと思えるようにしてくれました。

 今の私は以前の私とは違う。

 今の私は生きる目的を得、自分なりの戦い方を確立し、仲間を得て大規模改装も果たし、妖精の信頼も取り戻しました。

 でも一つだけ心残りがあります。

 それは……。

 

 「貴女が戦えるようになるまで待ちます。だから……」

 

 勝つにせよ負けるにせよ、貴女と決着を着けないと私はこれ以上前に進めません。

 『穴』を塞ぎ、あの子と私が生き続ける世界を勝ち取る戦いに挑むためには未練を残した状態ではダメです。窮奇に反対されるんじゃないかと心配になりましたが、彼女も同じ事を望んでいました。

 故に全力、いえ全力以上で私は戦えます。

 二対一で卑怯な気もしますが、私と窮奇は同一人物なので問題はないでしょう。

 捷一号作戦時よりも強くなっている貴女に、戦艦大和は戦いを挑みます。

 

 「私と決闘してください」

 

 私が大淀の目を真っすぐ見ながらそう言い放つと、大淀は視線を腕に抱く子供に落としました。

 まさか、子供が生まれたから危ない事はしたくないとでも考えているのでしょうか。

 先ほどまでは顔に文字が浮かんでいると錯覚するほど考えていることが分かりやすかったのに、今の大淀の表情からは何を考えているのか読み取れません。

 

 「円満さん。この話、主人は知っているのですか?」

 「ええ、知ってるわ。なんて言ったか聞きたい?」

 「いいえ、結構です」

 

 大淀はそう言って視線を私に戻しました。

 断る気?それとも受けてくれるのですか?

 提督と桜子さんも大淀の考えが読めないらしく、大淀が口を開くのを静かに待っています。

 

 「桜子さん。私が戦えるようになるまでどれくらいかかりますか?」

 「高速修復材を使えば明日には可能よ。でもお父さんが使わせないでしょうし、衰えた筋肉や戦闘の感を取り戻さなきゃダメだから2~3か月ってところかしら」

 「そうですか。円満さん、欧州への遠征はいつを予定していますか?」

 「正確な日時はまだ調整中だけど、来年の三月に出発できるよう準備を進めてるわ」

 

 ならば時間は問題ないですね。

 それに、そんな事を聞くという事は決闘を受けてくれるという事。私と戦ってくれる気になったと判断していいでしょう。

 

 「ねえ大淀、お父さんが何て言ったかわかんないのに決闘を受けるの?」

 「はい、お受けします。桜子さんにはあの時に言ったじゃないですか。勝負ならいつでも受けて立つ覚悟ですって」

 「そりゃそうだけど……」

 「だから、主人が反対してたら一緒に説得してくださいね?」

 「え?やだ。だって反対してるんなら絶対にマジモードになってるもん。マジモードのお父さんは怖いから絶対に嫌」

 「まあそう言わずに」

  

 大淀が承諾してくれたのは良かったですが、元帥さんが賛成している事を知らない二人が「おねがいします」とか「だから嫌だって」などと問答を始めてしまいました。

 提督と元帥さんの許可が取れていることも一緒に伝えるべきでしたね……。失敗しました。

 

 「二人ともストップ。先生の許可は下りてるからそれは心配しなくても良いわ」

 「あ、そうなのですか?」

 「ええ、私と同じで反対するかと思ってたのに意外と乗り気だったわ」

 

 確かに意外でしたね。

 私と提督はもちろん、一緒に話を聞いていた辰見さんもビックリしていましたし。まああの人って腹黒そうですから、きっと何か企んでるんでしょうけど。

 

 「では改めて。大和さん、決闘をお受けします。それで、一つお願いがあるのですが……」

 「なんですか?」

 「窮奇と、話をさせてもらえませんか?」

 「窮奇とですか?」

 「ええ、どうしても話しておかなければならない事がありますので」

 

 窮奇にいったい何の話が?

 まあ私としては、決闘を受諾してもらえたので彼女にこれ以上用がないですから構いませんよ。

 それに、窮奇も「大淀が呼んでる!早く代われ!」と五月蠅いですし。

 

 「あ、あの……。何か用?」

 

 あんれぇ~?

 さっきまで早く代われと急かしていたの変わった途端にしおらしくなっちゃいました。それだけに留まらず大淀とまともに目を合わせようとしません。

 大淀をチラッと見ては視線を逸らすというのを繰り返しています。

 

 「貴女が私と戦いたいのは4年前の復讐ですか?」

 「復讐?どうして?」

 「だって私は貴女を沈めたんですよ?復讐を考えるには十分な理由のはずです」

 

 ふむふむ、大淀は窮奇が戦いたがっている理由を知りたかったんですね。

 そして以前、深海棲艦だった頃の窮奇を自らの手で沈めた経験から、その理由を復讐と予想した。

 でも私は違うと思います。

 窮奇は復讐なんて望んでいない。

 もし復讐が目的で艤装に意識を残し続けたのなら、捷一号作戦時に共闘などせず背中から撃つくらいはしたでしょう。

 

 「私は貴女と愛し合いたいだけ」

 「それなのに決闘ですか?」

 「ええ、貴女と撃ち合っている時が一番繋がってると思える。生きていると実感できる。撃ち合っている時が一番貴女と溶け合っている」

 

 例えそれが、命の奪い合いだとしても。ですか?

 どうやら窮奇にとって、愛情と殺意はイコールのようですね。

 だから、彼女との決闘を望んだ。最も愛した彼女と、数年の時を経て再び殺し合う(愛し合う)ために。

 

 「理解してくれなくてもいい。でも、貴女ともう一度愛し合わないと私は……私は……」

 

 私の顔が歪んでいるのを感じます。

 視界も歪んで来ています。

 恐らく窮奇は、今にも泣きそうな顔で大淀を見ているのではないでしょうか。

 

 「わかりました。貴女の望みを叶えましょう」

 「じゃあ……」

 「ええ、本気でやり合いましょう。ですが覚悟しておいてください。私は以前の私とは比べ物にならないほど強いですから」

 「それは私も同じよ。今度こそ貴女を沈めてあげる。貴女が何度生き返ろうと何度も、何度も何度も何度も、何度でも……」

 

 鼓動が早くなってきました。

 それに呼応するように、窮奇の愛情と表裏一体の殺意が私の内側に広がっていきます。

 そして大淀はそんな窮奇に応えるように瞳を鋭くし、「それは私のセリフです」と割り込んだ後、窮奇と同じタイミングでこう言いました。

 

 「「何度でも、沈めてあげる」」と。

 

 



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第百五十八話 幕間 辰見と天龍姉妹

 十五章ラストです。
 次章の投稿開始は……フレッチャー掘り次第で変わります……。


 

 

 

 

 

 天龍型軽巡洋艦 一番艦 天龍。

 

 

 『天龍』は戦争最初期に完成した軽巡洋艦の内の一隻であるが、後の球磨型、長良型よりも若干古く、最古の軽巡洋艦と呼べる艦型だった。

 

 ステータスがバグってると言われるほど異常に性能が高かった球磨型一番艦 球磨、ならびに長良型 一番艦 長良と違い性能は平凡以下であったが、軽巡洋艦でもトップクラスの燃費の良さと、天龍となった者達特有の面倒見の良さが相まって駆逐艦や海防艦を伴った哨戒任務、遠征任務などで重宝された。

 

 余談ではあるが、駆逐艦や海防艦を引き連れた彼女の姿が微笑ましく、まるで保育士のようなことから『天龍幼稚園』と呼ばれ親しまれていた。

 

 だが一方で、彼女には不可解な話がいくつも存在する。

 

 ※以下、数例を列挙する※

 

 天龍になった者は眼球、視力の有無に関わらず左目に眼帯を着用していた。

 

 近接艤装を装備していながら、初代天龍と四代目天龍以外は近接戦が不得手だった。

 

 天龍になる者は適合前の性格がどうあれ、必ず中二病を発症した。

 

 最後の天龍として終戦を迎えた四代目天龍は二人いた。

 

 四代目天龍がリグリア海戦の真っ最中、急に老けた。

 

 天龍になった者は五人いた。など。

 

 

 ~艦娘型録~

 天龍型軽巡洋艦 一番艦 天龍の項より抜粋。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 艦娘には特有の習性がある。

 例えば、新たに姉妹艦になった子に対して自分たちにとって都合の良い出鱈目を吹き込んだり、艦型的には姉であっても妹として扱ったりね。

 さらに姉妹艦に限らず、作戦などで一緒になった艦娘とは艦種を超えて仲良くなったりするわ。

 具体的に言うと、霞を始めとした『礼号組』や捷一号作戦時の『西村艦隊』とかね。

 

 「オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」

 

 いや、まったく怖くない。

 は、置いといて。

 艦娘に特有の習性があるように、元艦娘にも特有の習性があるわ。

 一つは後輩へ対する過剰な執着。

 私と交友関係がある元艦娘で言うと例えば桜子。

 アイツは神風のことを後輩どころか娘と思ってる節があるし、元帥から貰った宝とも言える愛刀を譲ったりもしたし、桜子が神風として培った戦闘技術を全て伝授したりもしてるわ。

 円満の場合は執着どころか依存してる節まであるわね。

 実際、円満の私生活は満潮無しじゃ成り立たないくらい酷いって話だし。

 

 「初めまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなあ~」

 

 執務机越しにガンつけて来てるから視界的に大迷惑を被ってるわ。

 も、置いといて。

 二つ目は一つ目の逆。

 後輩への異常な拒絶反応よ。

 今現在私が感じている不快感が正にそれの現れね。

 目の前で調子に乗って「ホントにこんなショボい奴が提督なのかぁ?」とか言って挑発している天龍がウザくてしょうがない。出来るとこなら殴り飛ばしたいわ。

 

 「貴女達の到着は明日のはずじゃなかった?」

 「それがねぇ。天龍ちゃんがどうしても横須賀観光したいって言うからぁ」

 「はぁ?観光したいって言ったのはオレじゃなくて龍田だろ?」

 「あらぁ、そんな嘘つくのぉ?海防艦の子達が「天龍お姉ちゃん行かないで~!」って言いながら泣いてるのを見てつられて泣いちゃってたのバラしちゃおうかしらぁ」

 

 現在進行形でバラしてるわよ龍田。

 天龍もいまごろ「あ、あれは目にゴミが入って痛かっただけだ!」なんて弁解しても遅い。

 

 「姉妹喧嘩は良いから質問に答えなさい。貴女達は軽い気持ちで到着を早めたんでしょうけど、急遽貴女達の艤装を整備しなくちゃならなくなった整備員達は残業が確定してるのよ?少しは反省しなさい」

 

 こうやって艦娘に注意する度に、私も偉そうな事を言うようになったなぁって思う事が増えて来た気がする。

 いやだって、艦娘だった頃は桜子と一緒に注意される立場だったからね。

 

 「ところでよぉ提督。オレらの部屋はどこなんだ?疲れたから晩飯までゆっくりしたんだが」

 「あのね。アンタら予定より早く到着したのをもう忘れたの?」

 「え~っとぉ。それはつまりぃ……」

 「お察しの通りよ龍田。今正に、私の秘書艦が掃除してるからまだ用意できていない」

 「てぇことは何かい?アンタはオレらに野宿しろって言うのか?」

 

 そうは言ってないでしょうが単細胞。その調子に乗りまくった態度を少しは改めないと叩っ切るわよ。

 くらいの事は言ってやりたいけどここは我慢。我慢するのよ天奈。

 天龍を前にして当時の桜子たちの気持ちが嫌ってほど理解できた今の私ならと堪えられる……はずよ。

 あ、あと訂正しとかなきゃ。

 

 「ちなみに、どうして貴女達が私を提督だと思ってるのかは知らないけど、私は提督補佐であって提督じゃないわ」

 「はぁ!?だってここ、執務室だろ!?」

 「ええ、執務室で間違いないわ。ただし、ここの本来の主は今日休み。貴女達や他の到着予定者の着任報告は明日、提督が直接聞くことになってるわ」

 

 だから油断していた。

 天龍姉妹が欧州遠征に参加するため、一時的に横須賀に異動になる話は元帥から聞いて知ってはいた。

 でも、さっきも言った通り着任報告を聞くのは円満だから、私がコイツらと直接話をする事はないと高をくくって、正門の守衛からコイツらが来たと報告されるまで叢雲と呑気に「今年ももう終わりか~」とか「今年はアッと言う間だったわね~」なんて話をしながらお茶を啜ってたわ。

 

 「じゃあ、アンタ誰だ?」

 「そういえば名乗ってなかったわね。私は横須賀鎮守府提督補佐、辰見 天奈大佐よ」

 「辰見?じゃあアンタが……!」

 

 ん?どうして私の名前を聞いて驚く?

 あ、もしかして私が初代天龍だって知ってたのかしら。

 

 「横須賀に居るとは聞いてたが、まさかこんなに早く会えるとは思ってなかったぜ」

 「あら、私のことを知ってるの?」

 「そりゃあ知ってるさ。だってアンタだろ?馬鹿な妹を盾にして生き長らえ、しかも片目まで無くした間抜けな初代天龍ってのは……」

 

 天龍のセリフであっさりと限界がきた。

 私は傍らに立て掛けていた愛刀を抜き、顔を突き出しながら執務室越しに挑発してきた天龍の首筋に刃を添えたわ。

 断っておくけど私が馬鹿にされた事に対して怒ったんじゃない。ただ一つ、今の天龍のセリフでどうしても許せない部分があったからよ。

 

 「私があの子を盾にして生き長らえているのも、片目を無くした間抜けって部分もその通りよ。でもその前が違う。訂正しろクソガキ、あの子はけっして馬鹿なんかじゃない」

 「……嫌だと言ったら?」

 「このまま首を刎ね飛ばす」

 

 こんなに怒ったのはいつぶりだろう。

 今の私なら、天龍の返答次第じゃ確実に首を刎ねるわ。その後どんな面倒な事になろうともね。それくらい妹の事を馬鹿呼ばわりしたコイツが許せない。

 私の妹を、私の半身を、私の龍佳を馬鹿呼ばわりしたコイツを許すわけにはいかない。

 

 「OKわかった。初代龍田を馬鹿呼ばわりしたのは謝るよ。だから刀を降ろしてくんねぇか?アンタだって死にたくはないだろう?」

 

 天龍の呆れたように向かって左に流した視線を追うと、龍田がニコニコしながら私に薙刀型の近接艤装を向けていた。

 まあ、天龍に教えられなくても気づいてたけどね。

 龍田の殺気に気づいたからこそ、私は刀を振り抜く寸前に正気に戻れたんだから。

 

 「天龍ちゃんの非礼は私からも詫びるわぁ。だから今回は許してあげてぇ?」

 「ふん、詫びるくらいなら少しは礼儀を教えておきなさい」

 

 たぶん、今の私ならこの二人を同時に相手しても負けやしない。

 でも私は、今にも近接艤装を突き刺して来そうな龍田から視線をそらさずに刀を鞘にしまったわ。顔立ちは少し違うけど、妹によく似た子と荒事は起こしたくないからね。

 

 「天龍ちゃん大丈夫ぅ?」

 「屁でもねぇよこんなの。お前が邪魔しなきゃ、逆にオレがぶった切ってやってたんだぜ?」

 「ふぅん。でもどうやってぇ?天龍ちゃん丸腰じゃなぁい」

 「へ?丸腰?うぉお!本当だ!オレとしたことが剣も預けちまってた!」

 

 マジで得物を持ってないに気づいてなかったのかコイツ。

 口調や性格なんかは私の影響を受けてるんでしょうけど、私は得物がないのに気づかない程間抜けじゃなかったわよ。たぶん……。

 でも、仲が良いのは私と龍佳と一緒か。

 

 「んだよ気持ち悪ぃなぁ。オレらの顔になんかついてんのか?」

 「べつに。それより天龍。部屋の掃除が終わるまでまだ時間があるし、晩飯前に運動する気はない?」

 「運動だぁ?おいおい勘弁してくれよ先輩。さっきも言ったが、オレたちは飯までゆっくり……」

 

 私はお茶らけて断ろうとした天龍に殺気をぶつけて二人を黙らせ、固まった二人の間をゆっくり歩いて執務室のドアノブに手を掛けた。

 ふむ、見た感じよく鍛えてるから実力はそれなりにあるんでしょうし深海棲艦が放つ殺意は感じた事があるんでしょうけど、研ぎ澄まされた殺気をぶつけられるのは二人とも初めてだったみたいね。

 でも、私に喧嘩を売ったんだから少しくらいは痛い目に遭ってもらうわよ?

 そして私に会った事を後悔しなさい。

 私によく似てるであろうアンタを痛い目に遭わせたくなかったから、私はずっとアンタに会わないようにしてた。

 それなのに、アンタは私の前に立ち、しかも喧嘩を売っちゃったんだから。

 

 「先輩である私の実力が気になるでしょ?なんせ、世界水準軽く超えてるからねぇ」

 「け……けっ!とっくに一線を退いたロートルが何ほざいてやがる!」

 

 挑発には挑発で返す、か。

 ホント、昔の私にソックリ。ソックリ過ぎてイライラする。

 今のアンタは馬鹿なだけだったころの私よりはマシでしょうけど、中身はまるっきりあの頃の私と同じだわ。

 

 「何?ロートルだって?馬鹿め」

 

 だから思い知らせてあげる。

 二度と挑発する気が起こらないくらい徹底的に、二度と私に逆らう気が起こらないくらい圧倒的に痛めつけてあげる。

 でも勘違いしないで。

 これは八つ当たりを兼ねたお仕置き。

 昔の私によく似たアンタを身代わりにした、過去の私へのお仕置きなんだから。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 実を言うと、私は先輩に憧れていました。

 それもあって、欧州遠征のために横須賀に異動することになった時も移動日が待ちきれなくて一日早く出ちゃったんです。

 怒られちゃいましたけどね。

 

 しかも私は嬉しすぎて舞い上がっちゃって、「ずっと憧れてました!」とか「サインください!」とか言う前に挑発して怒らせちゃったんです。

 ええ、あの頃は変に斜に構えちゃってましたから。

 

 はい。

 私が先輩にノされたのはその後です。

 たしか、青木さんも見てましたよね?

 

 ふふふ♪

 そうですね。徹底的にやられました。

 使ったのはお互いに竹刀で場所も武道場でしたが、これは海上でも勝てそうにないなと思いましたよ。

 

 だから……だったのかもしれません。

 だから私は、あの時片足を失うことになるとわかっていながらあの人に託したんだと思います。

 

 いえ、後悔はしていません。

 だって片足と引き換えに、私が憧れた初代天龍の勇姿をこの目で見られたのですから。

 

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元天龍型軽巡洋艦 一番艦 天龍へのインタビューより。

 

 




次章予告。



 大淀です。


 年明け早々にも関わらず慌ただしい横須賀鎮守府。
 欧州への出港準備や私と大和さんの決闘などで艦娘達はお正月休みどころではありません。
 出発したら出発したらで、今度は深海棲艦がワラワラ出て来てやっぱり大忙し。でも、そんなの今に始まった事じゃないですよね?
 さあ大和さん。こういう時こそ景気づけに波動砲でドーン!と薙ぎ払っちゃってください。


 次章 艦隊これくしょん『希望と絶望の聖譚曲(オラトリオ)

 お楽しみに。




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第十六章 希望と絶望の聖譚曲《オラトリオ》
第百五十九話 アンタ自身が考えて


 大遅刻かましましたがお待たせしました!
 第十六章の投稿を開始します!


 

 

 

 

 

 

 

 欧州遠征艦隊。

 

 総司令官 紫印 円満少将

 副司令官 呉提督

 

 

 第一特務戦隊。

 

 旗艦 大和 

 次席旗艦 矢矧 

 随伴艦 初霜 霞 雪風 磯風 浜風 朝霜 涼月

 

 第二特務戦隊。

 

 旗艦 Warspite

 随伴艦 Nelson  Ark Royal Jervis (さらに5名、ロンドン入港後に合流予定)

 

 第三特務戦隊。

 

 旗艦 Iowa 

 次席旗艦 Colorado(グアム寄港時合流予定) 

 随伴艦 Saratoga Intrepid Gambier Bay Samuel B.RobertsSamuel  Fletcher(グアム寄港時合流予定) Johnston

 

 

 攻略艦隊指揮官 辰見 天奈大佐

 

 

 第一攻略艦隊

 

 主力艦隊

 旗艦 長門 

 随伴艦 武蔵 瑞鳳 祥鳳 鳥海 摩耶

 

 前衛艦隊

 旗艦 阿武隈

 随伴艦 暁 Верный 雷 電 木曾

 

 第二攻略艦隊。

 

 主力艦隊

 旗艦 金剛

 随伴艦 比叡 榛名 霧島 利根 筑摩

 

 前衛艦隊

 旗艦 神通

 随伴艦 陽炎 不知火 黒潮 北上 大井

 

 第三攻略艦隊

 

 主力艦隊。

 旗艦 扶桑

 随伴艦 山城 伊勢 日向 千歳 千代田

 

 前衛艦隊

 旗艦 川内

 随伴艦 白露 時雨 海風 江風 山風

 

 

 機動部隊指揮官 鳳翔

 

 第一機動部隊

 主力艦隊

 旗艦 赤城

 随伴艦 加賀 蒼龍 飛龍 朧 秋月

 

 前衛艦隊

 旗艦 那珂

 随伴艦 野分 嵐 萩風 舞風

 

 第二機動部隊

 

 主力艦隊

 旗艦 瑞鶴

 随伴艦 翔鶴 鈴谷 熊野 照月 初月

 

 前衛艦隊

 旗艦 球磨

 随伴艦 曙 漣 潮 村雨 夕立

 

 

 第三機動部隊

 主力艦隊

 旗艦 大鳳

 随伴艦 雲龍 天城 葛城 古鷹 加古

 

 前衛艦隊

 旗艦 長良

 随伴艦 名取 夕雲 巻雲 風雲 長波

 

 

 対潜艦隊及び海外艦隊指揮官 

 長倉良子中将、佐世保提督

 

 対潜艦隊

 

 第一対潜艦隊

 旗艦 五十鈴 

 随伴艦 大鷹 占守 国後 八丈 石垣

 

 第二対潜艦隊

 

 旗艦 天龍

 随伴艦 龍田 択捉 松輪 佐渡 対馬

 

 第三対潜艦隊

 旗艦 鬼怒

 随伴艦 神鷹 福江 日振 大東

 

 独国艦隊

 

 旗艦 Bismarck

 随伴艦 Graf Zeppelin Prinz Eugen Z1 Z3

 

 伊国艦隊

 旗艦 Italia

 随伴艦 Roma Aquila Zara Pola G.Garibaldi(スエズ突破後、伊仏合同軍との合流時に編成予定) Maestrale Libeccio

 

 

 潜水艦隊指揮官 大湊提督

 

 潜水艦隊

 

 第一潜水艦隊

 旗艦 伊168

 随伴艦 伊8 伊19 伊26 Luigi Torelli

 

 第二潜水艦隊

 旗艦 伊58

 随伴艦 呂500 伊13 伊14 伊400 伊401

 

 

 工廠班並びに直衛艦隊指揮官

 大城戸 澪中佐、荒木恵中佐

 

 工廠班

 明石 夕張

 

 ワダツミ直衛艦隊

 旗艦 阿賀野

 随伴艦 親潮 初風 天津風 時津風 浦風

 

 

 

 他、各艦種交代要員多数。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「まあ、毎度恒例よね」

 「何が?満潮」

 「何でもないわ円満さん。ただ、こんな人数をワダツミに収容できるのかなって思っただけ」

 

 嘘だけどね。

 本当は、これから交代要員の名前を書き出さなきゃならないと考えたら少し嫌気がさしたの。

 だって、今書き出したのは欠員が全く出ていない状態であって、これから欠員が出た場合に補充するための人員を書き出さなきゃならないだから。

 

 「心配しなくても、ワダツミには海軍が保有する艦娘全てを収容できるだけのキャパがあるんだから全員乗艦できるわよ」

 「だからって、ほとんど全員を連れていくことないんじゃない?」

 

 そう、今回の作戦は文字通り日本の総力を上げて挑む大作戦。

 まだ書き出してないだけで、本土を防衛するために必要な艦娘を最低限残し、他全員がワダツミに乗艦するわ。

 その中には当然私も含まれているし、朝潮たち第八駆逐隊や神風たちカミレンジャーも含まれている。

 

 「本土の防衛が心配?」

 「それもあるけど……」

 「あるけど、何?」

 「言わない。どうせ言っても無駄だもん」

 

 そう言って、私は円満さんから目を逸らしてしまった。

 本土の防衛は確かに気がかりよ。

 だって、横須賀最後の砦である鳳翔さんまで作戦に参加するんだもの。それに、艦娘がほぼ0になってしまう南方も心配。

 そっちは海軍の艦艇や空軍、陸軍がフォローするって事になってはいるけど、作戦期間中はシーレーンの使用が絶望的。それはつまり、日本への資源の輸入が止まると言うことだわ。

 これに関してはまあ、暴動程度で済むことを願うばかりね。

 でも私が本当に心配してるのはそんな小難しいことじゃない。

 

 「満潮、髪が解けかけてるわよ」

 「いいわよ別に。どうせ円満さんしか見てないんだし」

 「ダメ。その髪型は満潮のトレードマークみたいなもんなんだから」

 

 なぁんかデジャヴが……。

 前にも円満さんとこんな会話をしたような記憶があるわ。あれはたしか……。

 

 「あ、ちょ……!ちょっと円満さん!?」

 

 コレと同じシチュエーションがいつのことだったかを思いだそうとしていた私の隙をついて、円満さんは私をヒョイと持ち上げて自分の膝の上に座らせた。

 今ので完全に思い出したわ。

 私の改二改装が実装された日だ。その日に、今と同じ状況になったっけ。

 

 「アンタって相変わらず髪の毛が細いわね。絡まりやすいんだから、小まめに櫛で梳かさなきゃダメよ?」

 「やってるわよ。ここ何年かは円満さんの髪の手入れもしてあげてるでしょ?」

 「そうだっけ?」

 「そうよ。私がセットしてあげなきゃ、円満さんの頭は寝癖だらけなんだからね」

 

 最近は白髪も増えてきてるから染めるのも地味に大変だし、捷一号作戦が終わってからは夜もまともに眠れてないみたいで朝が前以上に弱くなったから起こすのも一苦労。

 そんな状態で、こんな規模の作戦を実行したら円満さんが保たないかもしれない……。

 

 「朝潮たちのことが心配?」

 「朝潮たちのこと()、かな」

 

 私の髪を解いて櫛で梳かしながらそう言った円満さんに、私はそう返した。

 私はもちろん、古参の人たちですら経験したことがない規模の作戦にあの子達が参加するんだから心配じゃないわけがない。

 それに、朝潮たちよりも仲が良い四駆の子達が第一機動部隊に編成されている。

 自惚れが入ってるかもしれないけど、私よりはるかに弱いあの子達が本当に生きて戻れるの?って、どうしても考えてしまう。

 でも、それ以上に心配なのは……。

 

 「私のことが心配?」

 「うん……」

 

 円満さんの心労がヤバイレベルなのは健康管理をしている私が一番わかってる。

 先に言った睡眠不足や白髪なんかは可愛い部類ね。

 それに加えて食欲不振や生理不順なんかも併発してるわ。

 まあ食欲不振と睡眠不足などの肉体的な問題は、最悪の場合桜子さんが『ブラ汁』の問題点を解決(100倍に薄めただけ)して完成させた『黒汁』でなんとかなるとしても精神的な疲労は薬じゃ癒せない。

 

 「ヘンケンさんと、連絡取ってるの?」

 「作戦中は無理だったけど、年明け前に向こうから連絡があったわ」

 「なんて?」

 「カリブ海の中間棲姫は無事討伐したって。あと......I love youって」

 

 ケッ!嬉しそうに惚気やがって!

 と、以前の私なら思うどころか口に出してたでしょうね。

 でも今は思うことすらしない。

 ヘンケンさんの存在が、私以上に円満さんの支えになっていると気づいてからは思うことすらしなくなったわ。嫉妬はまあ......してるけどね。

 

 「ヘンケンさんがこっちにいる間にヤることやっとけばよかったのに。円満さんのことだから、どうせキスもしてないんでしょ」

 「ええ、タイミングよく邪魔が入ったり入らなかったりしたせいでね。でも......」

 「でも?」

 「しなくてよかったと、今は思ってる」

 「どうし......」

 

 て?と続けようとして円満さんに振り向いたら、円満さんは不自然な微笑みを私に向けていた。

 この笑顔の意味はなに?

 それにどうして、ヘンケンさんとの恋人同士の営みをしてなくてよかったなんて言ったの?

 まさかとは思うけど、円満さんはもしかして......。

 

 「アンタには隠し事をしたくないから言っておくわ」

 「い、いや、言わなくていい」

 

 聞きたくない。

 円満さんがヘンケンさんとの営みを経験しなくてよかったと言ったのは、きっと未練を残さないためだ。今みたいなままごとと大差ない関係じゃなく、彼と本格的に愛し合って生への執着が生まれなくて済んだと安心したからだわ。

 つまり円満さんは、今回の作戦で......。

 

 「私の予想では、ノルウェー海での戦闘は敗北する。その後の......」

 「聞きたくないって言ってるでしょ!」

 

 やっぱりだ。

 最後まで聞かなくても、ここまで聞けばたいして頭が良くない私でも想像がつく。

 円満さんは生きて帰るつもりがない。

 今回の作戦で、円満さんは死ぬ気なんだ。

 

 「それでも聞いて。いえ、聞きなさい満潮」

 「嫌よ!だって、円満さん死ぬつもりなんでしょ?私を置いて死んじゃう気なんでしょ!?」

 

 私がそう捲し立てても円満さんの不自然な微笑みは崩れない。

 それどころか、いっそう顔に力を入れて保とうとしているように見えるわ。

 

 「結果としてはそうなる可能性が高いわ。でも、私は死ぬ気なんてない。そんな楽な償い方じゃ償いきれないからね」

 「じゃあ何が言いたいのよ!言っとくけど、円満さんの遺言を聞く気なんてないからね!」

 「安心して。遺言なんかじゃないから」

 「だったら何を......」

 

 言う気なの?

 ノルウェー海で敗北したあととか言ってたけど敗北したら終わりなんじゃないの?続きがあるって言うの?

 

 「今から、現時点で予想できている顛末をアンタに話すわ」

 「顛末?そんなことを私に話して何をさせようって言うの?」

 「念のためよ。あくまで念のため......」

 

 そう断ってから、円満さんはゆっくりと話し始めたわ。

 ノルウェー海での戦闘に負ける原因とそれを回避できない理由。そして、リグリア海での戦闘で起こる最悪の事態を。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 ワダツミ型艦娘運用母艦 一番艦 ワダツミ

 

 建造所 呉海軍工廠

 運用者 日本国防海軍

 艦種  艦娘搭載護衛艦

 級名  ワダツミ型護衛艦

 建造費 1,200億円 (初度費込)

 母港  呉

 所属  第1攻略隊群第1攻略隊

 

 艦歴

 計画  正化24年度計画

 発注  正化24年

 起工  正化25年7月7日

 進水  正化27年5月27日

 竣工  正化28年5月5日

 就役  正化29年12月14日

 要目

 基準排水量 19,500トン

 満載排水量 26,000トン

 全長    248.0m

 最大幅   38.0m

 深さ    23.5m

 吃水    7.1m

 機関   COGAG方式

 主機   IHILM2500IEC型ガスタービン × 4基

 出力   112,000 馬力

 推進機  スクリュープロペラ × 2軸

 最大速力 30ノット

 乗員   520名(うち司令部要員50名)+ 艦娘300名

 

 

 正化29年末に実行された日米合同作戦、通称『ハワイ島攻略戦』にて初めて実戦投入されたこの艦は、両舷及び背部に艦娘を艦隊単位で射出するための六連カタパルトを備えた(平成4年時に近代化改修を受け、艦首に大和専用のカタパルトが増設された)艦娘を運用することに特化した艦であった。

 

 その内部は豪奢な装飾こそないものの艦と言うよりはホテルに近く、乗艦した艦娘からは鎮守府より住み心地が良いとさえ言われていたという。

 

 後の敵南艦隊待迎撃作戦である『捷一号作戦』ならびに、日米と欧州連合の合同作戦『欧州中枢攻略作戦』と言った重要な作戦すべてに投入され、平成6年の終戦宣言と同時に除籍された。

 

 現在は横須賀にて戦艦三笠に並ぶ観光スポットとなっているが、リグリア海戦時に失った第一艦橋は今現在(平成7年現在)も外観のみで内部は復旧されておらず、元艦娘や元軍関係者から復旧を望む声が上がっている。

 

 

 ~艦娘型録~

 艦娘関連施設の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「どう、思う?霞さん」

 「どうもこうも、円満姉さんがそうなるって言ってるんならそうなる可能性が高いんじゃない?」

 「でもそれって......」

 「円満姉さんが死ぬかもしれない。って、満潮は言いたいんでしょ?」

 「うん......」

 

 悲観しすぎ。

 が、円満姉さんから欧州中枢攻略戦の顛末を聞かされた満潮が、私と朝霜にあてがわれた部屋に来るなり話したのを聞いた私の感想かな。

 だいたい、今時点の予想じゃワダツミが被弾して航行不能になるって程度でしょ?艦橋に砲弾なり爆弾なりが直撃しない限り、円満姉さんが命を失う事態にはならないわよ。

 

 「でもよぉ霞。満潮が言うような可能性もあんだろ?」

 「そりゃあ当然あるわ。でもそうなった場合は、第二艦橋に詰める呉提督に指揮権が即座に移譲されるはずよ」

 

 だから、円満姉さんや澪姉さんがいる第一艦橋にもしもの事があっても命令系統がすぐに滅茶苦茶になるわけじゃない。

 

 「んで?司令は満潮に何を頼んだんだ?」

 「わかんない......」

 「はぁ!?わかんないってお前......なぁ?」

 

 なぁ?って同意を求められても困る。

 そもそも私や朝霜、満潮も含めた大多数の艦娘。いえ、あえて駒と言いましょうか。と、それを使うプレイヤーである円満姉さんとはステージが違う。

 その円満姉さんが、駒である満潮に何かを求めるとしたら……。

 

 「そもそもわっかんないのがさ、どうしてノルウェー海での戦いで負けるんだ?」

 「それはさっき満潮が話してくれたでしょ?」

 「欧州棲姫から生まれた深海棲艦の核を使って建造された艤装を背負う艦娘じゃあ、欧州棲姫を前にした途端にビビって鋤くんじまうから。だろ?それがわかんないんだよ。アイオワさんやジャービスがそうなるってんなら、あたいたち一特戦の配置を二特戦や三特戦より前にすりゃいいだけじゃねぇか」

 「ええ、アンタの言う通りよ。でもそうは問屋が卸さない」

 

 何故なら、今回の作戦の主導権が欧州連合、次点で米国にあるから。要は、日本は補佐する立場なの。

 だから、出撃こそワダツミから行うものの二特戦と三特戦が一特戦より前の配置になるのに口が挟めない。

 例え、失敗するとわかっていても。

 

 「米国や欧州連合のお偉いさんは馬鹿ばっかりなのか?欧州棲姫が元の艦娘が使えない可能性があるって情報は共有してんだろ?」

 「共有してるはずよ。でもサンプルが少なすぎる」

 「サンプルが少ない?いやいや、欧州連合は何度か欧州棲姫の首元まで迫ったって聞いた覚えがあるぞ?」

 「ええ、プロパガンダとして多少は誇張されてるでしょうけどそれに間違いはないはずよ。それでも……」

 

 今まで中枢と直接対峙した艦娘は()()しかいない。それはハワイ島中枢を打ち取った神風だった頃の桜子さんと、南方中枢を打ち取った米国の軽巡洋艦だけ。

 実を言うと、欧州連合が欧州棲姫を傷付けた手段はアウトレンジからの航空爆撃と砲撃によるものなの。

 故に、欧州棲姫と直接対峙した艦娘は皆無。

 さらに言うと、中枢の前で艤装の核となった深海棲艦が恐れおののき、艦娘にまで影響が出た事象は桜子さんの証言でしか確認できていない。

 だから米国も欧州連合も、アイオワやジャービスがビビって動けなくなる事態が起こるなんて信じてないのよ。

 それに、南方中枢戦でヘンケン提督が取った戦法が有効だったのも一因になっている。

 

 「んだよそりゃあ。じゃあ何か?南方中枢をあっさり撃破できたのが、逆にこっちの首を絞める結果になっちまったってのかい!?」

 「ええそうよ。結果論ではあるけど、円満姉さんとヘンケン提督は人類側が敗北する切っ掛けを作ったのよ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 そんな感じで、霞さんと朝霜さんは私から聞いたあの海戦の顛末を吟味していたわ。

 

 ええ、だいたい円満さんの予想通りの結果になったわね。

 二特戦は『穴』の目前まで迫ったけど、欧州棲姫を目にするなり艦隊員全員が影響を受けて戦闘不能になり、大和たち一特戦はその救助でてんてこ舞いになった。

 その隙を突いてアイオワさんが『穴』に飛び込んだけど……結果は青木さんも知っての通りよ。

 

 

 え?結局円満さんは私に何をさせたかったのか?

 さあ?それは今でもわからない。

 

 私がやったことと言ったら、第一艦橋が被弾したワダツミに駆け付けて、脇腹から血を流す円満さんを抱き抱えてただけだから。

 

 ええ、本当に具体的なことは何も言われてないの。

 円満さんは私に「アンタ自身が考えて」としか言わなかったんだから。

 今でも、アレで合ってたのかどうかはわからないままよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第百六十話 それが私にできる、唯一の親孝行だから

 

 

 

 

 

 

 人間って何だっけ。

 なんて、自分でも訳がわからない疑問がこの二人の喧嘩を見る度に頭に湧いてきます。

 まあそれも、陸で喧嘩しているときは「うわぁ、何やってるかわかんないくらい速~い」くらいの感想は抱けますし、そう言いつつも刀や拳の軌跡くらいは捉えることができます。

 でも……。

 

 「ねえかみっか~。ママとばぁばなにしてるの~?」

 「何してるんだろうね~」

 

 艤装を背負ったこの二人の戦いは理解が追い付きません。

 事の発端は、大淀さんの産休によるブランクを埋めるために桜子先輩が訓練に付き合うと言い出した事。しかも海上で艤装を装備した大淀さん相手ですよ?

 いくら桜子先輩でも、私程度の艦娘ならともかく大淀さん相手じゃ無理だろうと思っていたら、当の大淀さんがそれを口に出しちゃったんです。

 そんな事を言われた桜子先輩がどういう行動に出るかなんて言わずもがな。

 訓練を名目にしたガチ喧嘩を海上で始めちゃったんです。

 

 「うわぁ……。なんでアレが避けられるの?」

 

 その様子を、金髪さんが操作するドローンからタブレットに送られてくる映像を通して膝に乗せた桜ちゃんと一緒に見てるんだけど……。

 大淀さんの出鱈目っぷりよりも、桜子先輩の人間離れした出鱈目っぷりに開いた口が塞がりません。

 今だって、先輩は稲妻による急接近からの大淀式砲撃術その四『鎌鼬』を紙一重で回避し、お返しとばかりに大淀さんを蹴り飛ばしたんですから。

 

 『くっ……。流石は桜子さん、今のを躱すどころか反撃してくるなんて』

 『アンタとは潜って来た修羅場の数が違うのよ。つか、あんな殺す気がない攻撃が私に当たるわけないでしょう……が!』

 

 と、言いながら、今度は桜子先輩が稲妻で大淀さんの懐に飛び込んでからの神狩りで装甲を破壊し、容赦なく大淀さんの左脇腹目掛けて切っ先を突きだしたわ。

 でもその切っ先は、大淀さんが右に体を反らしたことでスカートの横を通りすぎるだけで終わった。

 終わったけけど……紐みたいな物を斬らなかった?

 

 『ちょ!ちょっと待ってください!タイムです!』

 『はぁ!?待ったとかふざけた事言ってんじゃ……!って、ん?どうして股ぐら押さえてんの?しかも顔が真っ赤だし……。もしかして発情した?』

 『違います!えっとそのぉ……。パ、パンツが……』

 『パンツ?パンツがどうした……って、そういうことか』

 

 あ~、やっぱりあの紐は大淀さんのパンツの紐でしたか。

 その紐が切られたせいでパンツが脱げそうになったから、大淀さんは慌てて待ったをかけたのね。

 

 「神風、音声は切ったから手ぇ離してもいいぞ」

 「かみっか~、なにもきこえない~!」

 「あ、忘れてた」

 

 金髪さんに言われるまで、先輩の言動があまりにもあんまりなんで咄嗟に桜ちゃんの耳を塞いでたのを忘れてました。

 でも、二人がこっちに戻って来てるから、すぐにまた塞ぐようになるかな?

 

 「まったく、アンタももう母親なんだから紐パンなんてやめなさいよ」

 「でも主人が好きですし、私も慣れちゃってますから……」

 

 案の定でした。また桜ちゃんの耳を塞がなきゃ。

 紐パンとか桜ちゃんの教育に悪いし、いつどんなタイミングで桜子先輩が教育に悪いセリフを吐くかわかりませんからね。

 

 「それよりさ、なんか上半身の動きがおかしくない?何て言うか、バランスが悪いって言うか軸がぶれてるって言うか」

 「あ、やっぱりおかしいですか?」

 「うん。もしかして胸に振り回されてる?」

 「ええ、想像以上に重くて……」

 

 へぇ、胸が急に大きくなると戦闘に影響が出るんだ。

 まあそれもそうか。

 今まで『かろうじて有る』程度だったのが急に『有る』って言えるくらい大きくなれば、大淀さんレベルの人にはかなり影響が出るでしょうね。腕とか振りにくそうにしてたし。

 

 「どうする?着替えて続きやる?それともノーパンでやる?」

 「主人以外の男性の目があるんだから着替えるに決まってるじゃないですか。それに、そろそろあの子がグズりだす時間ですし」

 

 桜ちゃんの前でノーパンとか言うな。

 は、置いといて、大淀さんのお子さんがグズり出すのは基本的に朝昼晩の三回。つまりお腹が空いたときです。

 大淀さんのお子さんは赤ん坊の割りに規則正しいと言うか、もうちょっと我が儘でも良いんですよ?と言いたくなるほど手のかからない子ですが、それでもお腹が空けば相応に泣きますし騒ぎます。

 今は霞さんが『猫の目』で面倒を見ていますが、そろそろ大淀さんに電話なりしてくるかもしれませんね。

 あれ?でもお腹が空くと赤ん坊以上に騒ぐ桜子先輩が、今日は一度もお腹が空いたって言ってないような……。

 

 「もう昼だっけ?私、あんまりお腹空いてないんだけど……」

 「それ、『黒汁』を服用してるからですよね?」

 

 桜子先輩が昼時なのにも関わらず一度もお腹が空いたと言わなかったのはそのせいか。

 ちなみに『黒汁』とは、桜子先輩が長時間の作戦中にお腹が空かないよう、と言うより空腹を紛らわすために開発した『ブラ汁(異常な滋養強壮効果と肌の黒色化の副作用付き)』を100倍に薄めることで一応完成した栄養ドリンクです。

 しかしそこは桜子先輩製。100倍に薄めても三日は栄養補給無し、さらには睡眠なしで動き続けられると言う出鱈目仕様です。

 桜子先輩はこれを「社畜の味方」と銘打って一般販売しようとしたんですが、さすがに効果が強すぎて()()()()()見送られたそうです。

 

 「効果は期待通りだけど夜眠れなくなるのが問題ね。おかげで亭主が干からびかけてるわ」

 「それはどういう……」

 「どうって……。そりゃあここ二日ほど朝までヤってるからよ」

 

 ぶっちゃけすぎでしょ!

 そりゃあ、ここ数日で海坊主さんが急に痩せたけどどうしたんだろ?とは思ってましたが、その原因を開けっ広げにするのはどうかと思います!

 ほら、金髪さんもそっぽ向いて聴こえてない振りしてますし、私だって聴きたくもない桜子先輩の性活を知って顔がひきつってますよ。

 大淀さんも……あれ?大淀さんはなぜか「その手がありました!」って考えてそうな顔してる。

 まさか、元帥さんとの性活に活用しようとか考えてるんじゃ……。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 緊急時栄養補給剤。通称『黒汁』

 

 

 今でこそ軍隊や警察、消防などの機関や、国家が非常食として備蓄するのが普通になっている黒汁であるが、この補給剤が初めて使用されたのは意外にも欧州棲姫討伐作戦時である。

 

 しかし、開発者に関しては今現在も軍事機密とされている。

 低コストかつ高カロリー、食欲抑制効果や高い滋養強壮効果で食糧難に喘ぐ国や地域に住む多くの人々を救い、近い将来訪れると危惧されている食糧問題に光明をもたらした功績を称えられ複数のノーベル賞を同時に受賞したにも関わらずである。

 

 日本が開発者の名とレシピを明かさないことで一時は国際問題にもなりかけたが、その騒動は開発者と思われる人物によるレシピの公開と声明によって一応は終息した。

 

 その開発者、Mrs.Scarlet witchと名乗った人物はこうのべたと言う。

 

 曰く、「お腹が空くと辛いじゃない?」と。

 

 

 ~艦娘型録~

 艦娘に関する用語の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「あ、やっと戻ってきた!なんとかしてよ大淀!この子、さっきまで大人しすぎるくらいだったのにミルクをあげても飲まないの!」

 

 猫の目に戻ると、正にギャン泣きと言っても過言じゃないほど泣きわめいている大淀さんのお子さんと、その子を抱いてあやしていた霞さんが大淀さんに駆け寄りました。

 その後ろではレオタード姿の変態が三匹ほどオロオロしていますが……あれは放っておいていいですね。

 それにしてもこの子って、オムツが余程汚れない限り泣いたりしないのに、お腹が空いたときは異常に泣くんですよねぇ。

 しかも、大淀さん以外があげてもミルクを飲もうとしません。

 マザコンの素質ありですかね?

 

 「はいはい、お母さんですよ~」

 

 ピタッと泣き止む。

 と言う言葉がこれ程しっくりくる泣き止み方を初めて見ました。

 と言うのも、赤ちゃんは大淀さんが霞さんから受けとると同時に泣き止んだんです。まだオッパイを飲ませていないのにですよ?

 

 「あの、金髪さん。申し訳ないのですが……」

 「わぁってるよ。コーヒーでも淹れてっから終わったら呼んでくれ。おら!お前らも裏行け裏!」

 

 そう言って、金髪さんは三人組を追い出し、自身も「くわばらくわばら」とでも言いそうな顔をしたまま厨房に入って行きました。

 まあ気持ちはわからないでもないです。

 大淀さんの授乳シーンを見たとバレたら元帥さんに何をされるかわかりませんもんね。

 

 「お~、よく飲むわねぇ。そんなに美味しいのかしら」

 「美味しいんじゃないですか?」

 「ふぅん……」

 

 なんて言いながら、必死に大淀さんの胸に吸い付く赤ちゃんを桜子先輩が物欲しそうな顔して見てますが……。まさか自分にも飲ませろとか言い出しませんよね?

 

 「アンタ以外からはミルクを飲まないなんて困ったもんね。そんなんじゃアンタ、作戦に参加できないじゃない」

 「そうなんですよね……。死にかけるまで飲まないと言うことはないと思いますが、これでは霞の言う通り作戦に参加し辛いです」

 

 し辛いだけで参加はするんですね。

 とは言いませんでしたが、大淀さん以外はこの子に食事を与えられないのは困りもの……。

 ん?桜ちゃんが興味津々と言った感じで赤ちゃんを見つめていますが、もしかして桜ちゃんもオッパイが飲みたくなったのかな?

 

 「ねぇばぁば、さくらもあげてい~い?」

 「オッパイですか?でも桜ちゃんはオッパイ出ないんじゃ……」

 「ああそれなら、この子が泣き出してから作ったミルクがあるからコレでやらせてみたら?」

 「なるほど、その手がありました!」

 

 いや、その手しかない。

 前々から思ってはいましたが、大淀さんって頭良さそうな見た目のクセにお馬鹿な事を平気で言いますよね。

 

 「え~っと、じゃあ桜ちゃんはこっちに座って。それで……」

 

 大淀さんはまだ飲み足りなさそうな赤ちゃんを胸から離し、霞さんから哺乳瓶を受け取った桜ちゃんを左膝に乗せて赤ちゃんと対面させました。

 問題は哺乳瓶を咥えてくれるかどうかですね。

 子供の扱いに慣れている私や桜子先輩ですら無理だったんだから、赤ん坊と大差ない桜ちゃんにできるとはとても……。

 

 「あ、咥えた」

 「マジですか!?」

 「マジマジ。ほら、下手したら大淀のオッパイより旨そうに飲んでるわよ?」

 「ほ、本当だ......」

 

 先輩が言う通り、赤ちゃんは桜ちゃんが両手で突き出した哺乳瓶を咥えてゴクゴクって擬音が聴こえてきそうなほど勢いよく飲んでるわ。

  

 「これでこの子の食事問題は一応解決?」

 「そうなるのかな?桜ちゃんも淀渡さんに預けるんでしたっけ?」

 「ええ、あの人に預けとけば、万が一私や旦那に何かあった場合も安心だから」

 「そうですね。あの人に預けておけば安……心?」

 

 ちょっと待って。

 今先輩は何て言った?

 私が知る限り、先輩と海坊主さんは欧州棲姫討伐作戦には直接関わらない。

 霞さんも「そうなの?」って大淀さんに聞いてますから間違いありません。

 桜ちゃんを淀渡さんに預けるのだって、艦娘がほとんど本土からいなくなる穴を埋めるのに集中するためだって聞いてたのに、それじゃあまるで桜子先輩たちも生死を賭けた戦に参加するみたいじゃないですか。

 

 「先輩……も?」

 「うん、アンタたちと場所は違うけど、私も作戦に参加する」

 

 そこではじめて、桜子先輩はライン川流域での戦闘が想定され、それに奇兵隊を中核とした欧州との連合軍が迎撃準備をしていることを教えてくれました。

 そして、その迎撃作戦自体が、ギリギリまで日本を発つことができない元帥さんが到着するまでの時間稼ぎだってことも。

 その作戦が、元帥さんの復讐を成就させるための舞台作りだってことも......。

 

 「そんなの、元帥さんの我が儘じゃないですか!」

 「ええそうよ。これはお父さんの我が儘。それを叶えるための作戦よ。それでも、この作戦に参加する者は誰一人不満を抱いていない。私ですらね」

 「どうして……ですか?どうしてみんな、あの人の捨て駒になろうとするんですか?」

 「捨て駒……か。確かにアンタの言う通りよ。お父さんにとってはライン川に集う兵は全員捨て駒。お父さんが到着するまで場を保たせる捨て駒よ。私や亭主、大淀すらね」

 

 大淀さんまでもが捨て駒?

 私でもわかるくらい大淀さんにベタ惚れしてる元帥さんがそんなことするの?

 いや、マジっぽいですね。

 大淀さんの「あの人の捨て駒になれるなら本望です」って考えてそうな顔を見れば本当なんだとわかります。

 

 「でも私はそれで良い。旦那だってそう思ってるし、集まった死にたがりどももそう思ってる」

 「わ、私には理解できません」

 「理解なんかしなくていい。いえ、死にたがる人間の気持ちなんか理解しちゃダメ。そして、勘違いもしちゃダメ」

 「勘違......い?」

 「そう、勘違い。だって私は死ぬ気なんてないもの。それは旦那も大淀も同じ。私たちが死んじゃったらお父さんがまた泣いちゃうじゃない」

 「だったらどうして......!」

 

 そんな無謀な作戦に参加するんですか?

 と、続けようとした私の唇に、桜子先輩は人差し指を当てて黙らせた。

 そしてニカッと、若干照れ臭そうに笑って「他はどうだかしらないけど......」と断ってからこう言ったんです。

 隠していた恥ずかしい秘密を明かすように「それが私にできる、唯一の親孝行だから」って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第百六十一話 心は貴方の傍に居続けます

 

 

 

 

 

 鬼の目にも涙。

 と、言うことわざをご存じでしょうか。

 

 詳しい説明は省きますが、その昔、悪代官が年貢の取り立てに情をかけたり、高利貸しが憐れみの心で証文を破ったりしたときに使われた言葉から、鬼のように怖く厳しい人でも感動して涙を流すという場合に使われます。

 さんざん見ましたが、今正に元帥邸のリビングで繰り広げられている光景がそうですね。

 普段はその強面のせいで、大本営で働く人のほとんどから鬼のような人と恐れられている元帥閣下が、大淀の腕の中で機嫌良さそうにしているご子息の顔を見ながら涙している光景を見ればほとんどの人が先に言ったことわざを思い浮かべるなり言うなりすると思います。

 

 「え~っと、大海姉さん、誰に説明してるんですか?」

 「気にしないでください。それより閣下、いい加減キモいので泣き止んでくれません?」

 「あ、相変わらず容赦がないですね……」

 

 容赦がないとは心外です。

 これでも一応は優しく言ってるんですよ?

 本当なら「キモ過ぎて吐きそうなのでやめてください。やめないなら写真に撮ってネットに晒しますよ?」くらいは言いたいんです。

 言いたいですが、今日は大淀が半年ぶりに元帥邸に戻ってきたから手加減してるんです。

 

 「いや、わしに説明されても困るんじゃが?」

 「べつに日進に説明した訳ではありません」

 「じゃけどわしに向かって……」

 「気のせいです」

 

 おっと、私としたことが日進の存在に気づいていませんでした。

 でもそれは仕方がないんです。

 日進はちょくちょく晩御飯目当てでここを訪れるのですが、何故か気配を消して侵入するので気配を察知するなんて事ができない私からすれば、いきなり目の前に現れてるのと同じなのです。

 今のが正にそうですね。

 さすがに慣れたので驚きはしませんでしたが、たまには堂々と玄関から入って来てくれません?

 

 「ほう、これが叔父上と大淀の嬢ちゃんの子かや?」

 「はい。抱っこしてみます?」

 「してみたいが……。泣きゃあせんか?」

 「この子、男性に抱っこされるのは嫌がりますが女性ならむしろ喜びますので大丈夫です」

 

 まだ生まれて数か月しか経っていないのに随分と女好きですね……。

 顔立ちもどちらかと言うと大淀似ですし、将来は横須賀のイケメン提督みたいな天然タラシになるかもしれません。

 あ、ちなみにですが、元帥閣下が泣いているのはご子息を抱っこしようとして激しく泣いて拒否られたからです。

 今も、日進の腕の中でキャッキャ♪と言ってるご子息を羨ましそうに見上げてます。

 めっちゃキモいです。

 

 「日進さんって、意外と子供の扱いが上手ですね」

 「これでも息子と娘がおるでなぁ。久しぶりじゃぁあるが、赤子の扱いはお手のもんよ」

 「え?日進さんってお子さんがいらっしゃるんですか!?」

 「おろ?大淀の嬢ちゃんには話したことがなかったかいのぉ。わしゃあこんな成りをしちょるが、今年で小学生になる息子がおるんぞ?」

 「小学生!?」

 

 大淀が驚くのも無理はありません。

 実際私も、見た目はいいとこ十代前半の日進の経歴を知ったときは虚偽なんじゃないかと疑ったくらいですから。

 

 「たしか、閣下を探すために艦娘になったんですよね?」

 「うんむ。我が家の秘宝を盗んだ者の子孫が陸軍におるっちゅう噂を聞いたわしの父上に行って確かめて来いって言われて……」

 「陸軍と海軍の区別がつかず、手っ取り早いと考えて艦娘になったんですよね?」

 「ま、まあそこは、叔父上が海軍に鞍替えしちょったけぇ結果オーライっちゅうやつじゃ」

 

 あはははは。

 と、日進は笑って誤魔化そうとしていますが、彼女が彼を探すための計画は『日進』になれる適正があり、かつ大本営付きの艦娘になったから上手くいっただけの行き当たりばったりの計画でした。

 まあ、結果オーライと言えばその通りなのですが。

 

 「に、日進、俺にも抱っこを……」

 「ダメじゃ。ほれ見てみぃ、叔父上が近寄っただけで顔を歪ませちょるんぞ?渡したら間違いなくギャン泣きするわい」

 「じゃけど……」

 「わしだって親の端くれじゃ。叔父上の我が子を胸に抱きたい気持ちはよぉわかる。じゃが、この子に恐れられちょる理由は叔父上が一番わかっちょるはずじゃろ?」

 

 日進に諭されてようやく諦めたのか、元帥閣下は寂しそうにリビングを出ていきました。

 あの様子だと、barにあるような棚とカウンターを備えた自室で一人寂しく晩酌でしょうか。

 

 「大淀の嬢ちゃん。オロオロしちょる暇があるなら行っちゃれ。こういう時こそ内助の功が必要じゃ」

 「でも……」

 「坊が心配か?それなら安心せぇ。この様子じゃと、もう少ししたらおねむじゃ」

 「では、少しの間お願いします」

 

 と、言いながらもやはり子供が心配なのか、大淀のは何度も我が子を振り返りながらリビングを出ていきました。

 桜子さんから聞いてはいましたが本当にビックリするほどの変わりっぷりです。。

 以前のあの子なら、閣下が肩を落として退室しようものなら何をおいても真っ先に寄り添い、原因を物理的に排除するくらいはしていたのに......。

 

 「叔父上も難儀な人生を送っちょるのぉ。胸の奥に飼っちょる化生をとっとと解放してしまえば坊に泣かれることもあるまいに」

 「あの人がその子に嫌われているのはやはり......」

 「ああ、呪法のせい。というよりは育てすぎた化生のせいじゃ。こん子は、叔父上の内に棲む化生の存在を感じとって怯えちょるのよ」

 

 なるほど。

 子供ゆえ、いえ赤子ゆえに、普段のあの人からは感じられない狂気を感じとってあの人が近づくだけで泣いてしまうのですね。

 

 「じゃが、こんな些細な事さえ叔父上の化生を育てる餌となっておる」

 「あいつさえいなければ息子に嫌われることもなかった。という感じでですか?」

 「そうじゃ。正直、ライン川には行きとうないわい。恐らく、叔父上の化生はあの日以上になっちょるじゃろうからなぁ」

 「でも日進が行かなかったら……」

 「そりゃあわかっちょる。わしが行かにゃあ、みんな叔父上の化生に喰われてしまうからなぁ」

 

 そう言ったきり、日進はウトウトとし始めたご子息に寂しげな視線を落として黙ってしまいました。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 わしの父上が言うには、叔父上ほど我が家の秘宝を使いこなした者はおらんじゃろうっちゅうことじゃ。

 

 そう、叔父上の祖先である弥一郎ですらあの域じゃあなかった。

 

 そもそも『魂斬り』は相手が無警戒かつ並の精神力の持ち主くらいにしか通じん程度のものじゃし、『狩場』もせいぜい相手の動きを封じる程度のもんじゃ。

 

 叔父上に比肩するほどの者がおるとすれば、それはわしと叔父上の共通の祖先。京を追い出された初代くらいかのぉ。

 

 何?叔父上は今でも同じことができるのか?

 無理じゃろうなぁ。

 今でも『魂斬り』くらいは使えるかもしれんが、()()()と同じ規模かつ同じ現象を起こすほどの『狩場』は使えんはずじゃ。

 

 まあそうでもないと、叔父上は今でも坊に嫌われたままじゃったろうなぁ。

 もっとも嬢ちゃん、いや奥方がおらにゃあ、叔父上は廃人になって坊に好かれる云々など言っておれんくなっちょったろうが……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元水上機母艦 日進へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 主人は大のお酒好きです。

 ワインは体に合わないらしく飲みませんが、逆に言えばそれ以外のお酒は何でも飲みます。

 特にお好きなのが日本酒ですね。

 その中でも、地元にしか出回っていない正に地酒と呼べる銘柄が大好きです。

 今でも現地まで買いに行くくらいお好きなのは愛媛県の『市兵衛』と茨城県の『富久心』でしょうか。

 どちらも小さな酒造らしく、県外からはなかなか手に入らないそうです。

 そんな日本酒と同じくらいお好きなのが……。

 

 「今日はスコッチなんですね」

 「ああ、少し酔いたい気分だったんでな」

 

 スコッチ・ウイスキー、所謂スコッチとは、簡単に言いますと英国スコットランドで製造されるウイスキーの総称です。

 糖化から発酵、蒸留、熟成までスコットランドで行われたウィスキーのみがスコッチ・ウィスキーと呼ばれるそうです。

 私はお酒が飲めませんので今一イメージが湧きませんが、なんでも麦芽を乾燥させる際に燃焼させる泥炭に由来する独特の煙のような香りが特徴の1つなんだとか。

 

 「それは何と言う銘柄なんですか?」

 「これか?これはオクトモアっちゅう銘柄でな……」

 

 世界一スモーキーな最強のアイラウィスキーだ。

 と、主人は隣に腰を下ろした私に教えてくださいました。

 そんな主人の受け売りですが、オクトモアを生産するブルックラディ蒸溜所では現在3種類のシングルモルトウイスキーを生産しています。

 一つ目はノンピーテッドの『ブルックラディ』、二つ目がヘビリー・ピーテッドの『ポートシャーロット』、そして三つ目が、カウンターに座る主人の目の前においてある真っ黒なボトルのスーパー・ヘビリー・ピーテッド『オクトモア』です。

 同じ設備から3種類のシングルモルトブランドを生産する蒸溜所は世界的にも極めて珍しいんだとか。

 余談ですが、『オクトモア』というブランド名は他の2ブランドと同じく地名に由来しています。

 ポートシャーロットはブルックラディ村から海岸線を2kmほど南下した場所にある村の名前で、オクトモアはその中間にある農場の名前だそうです。

 さらに余談ですが、オクトモアとはゲール語で『偉大なる8番手』を意味する言葉なんだとか。

 

 「こちらの箱に入ったままのも同じ物なんですか?」

 「同じブランドだがそっちは08.1だ。横須賀にいる呑み仲間が恋人とよりを戻したそうなんでな。君と大和の演習を観に横須賀へ行ったときに祝いがてら贈ろうかと思っているんだ」

 「横須賀にいらっしゃる呑み仲間と言いますと……」

 「工廠で整備員をしている奴だ。ここにも何度か連れてきただろう?」

 「あ!思い出しました!たしか澪さんの元彼さんですよね!」

 

 私も横須賀に所属していた頃は知らなかったのですが、その人は澪さんが艦娘時代に交際していた人です。主人のご友人にしては歳がお若いと思った覚えもあります。

 その人が恋人とよりを戻したということは、澪さんとよりを戻したと考えても良いのですよね?

 

 「ああ、澪とよりを戻したらしい。っと、すまん。また考えを読んでしまった」

 「今さらですので気にしません。そう言えば、あの人とはどういった経緯で知り合ったのですか?」

 「澪を、大潮だった頃の澪を尾行したらあいつと逢い引きしてる現場に遭遇してね。あとはまあ、桜子とバカ息子の時と似たような展開になった」

 「そ、それでよくご無事でしたね」

 

 澪さんの彼氏さん。

 海坊主さんみたいな生粋の軍人なら多少は堪えられるでしょうが、元彼さんはたしか妖精さんが見えることが発覚して海軍にスカウトされただけの一般人だったはず。

 そんな彼氏さんが、この人に殴られて無事でいられたとはとても思えませんが……。

 

 「澪に割って入られた。だから彼を殴ることはなかったよ」

 「なるほど。でも、澪さんに怒られたんじゃないですか?」

 「ああ、しばらく口も利いてくれなかった。そのせいで澪を秘書艦にできなくなって、半分しかたなしに由良を秘書艦にすることにしたんだ」

 

 それで、私が朝潮として着任した当時は由良さんが秘書艦をしていたんですね。

 ロリコンであるこの人が軽巡洋艦を秘書艦にするだなんておかしいと思ったんです。

 

 「君も今では軽巡洋艦だが?」

 「問題ありません。たしかに今の私は軽巡洋艦ですが、凹凸の少なさは朝潮だった頃からたいして変わっていませんから」

 「いや、今は1.5倍くらいになってないか?」

 「ご安心ください。もう少ししたら元のサイズに戻りますから」

 

 たぶん。

 主人がおっしゃる通り、今は母乳のせいでパンパンに胸が膨らんで痛いくらいです。

 でも個人的には複雑な気分です。

 だって今の私の胸なら谷間を作ることが可能なんですよ!?ええ、寄せて上げてようやく作れるパチもんとは違う本物の谷間です!

 それがなくなると思うと、小さい胸がお好きな主人には申し訳ないですが残念な気分になってしまいます。

 

 「ま、まあそんなに落ち込むな。俺は胸が大きい君も小さい君も......その」

 「愛してる。ですか?」

 「あ、ああ」

 

 可愛い♪

 主人は真っ赤になって、照れ隠しのようにグラスに注いであったスコッチを一気に飲み干しました。

 でも、お顔は赤いままですが表情が曇ってきたような......。

 

 「朝海(あさみ)。本当に良いのか?」

 「ライン川に配置されるのが、ですか?」

 「そうだ。下手をすれば、あの子と二度と会えないかもしれない」

 「それは覚悟の上です」

 

 この人が私を大淀ではなく、本名の朝海で呼ぶときは言い辛いことを言おうとする時です。

 私を本名で呼びつつも方言が出ていませんから、これから今以上に言いにくいことを言おうとしているのでしょうね。

 

 「ですが私は死にません。私が死んだら、貴方がまた泣いちゃいますから」

 「そうだな。君を失ったら俺はまた泣くだろうな。それなのに俺は……」

 

 私を捨て駒にしようとしている。

 私だけでなく桜子さんや海坊主さん。それに、古くからの戦友たちまでも。

 そんな矛盾した想いが、この人を今も傷つけ続けているんでしょう。

 

 「たぶん君は本当の俺を見るだろう。桜子やバカ息子も知らない。本当の俺を」

 「それを見た私が、貴方を嫌うとお考えなので?」

 「あ、ああ……」

 

 ふふふ♪相変わらずギャップが激しいですね。

 でもそのギャップがたまらなく愛おしい。

 私を捨て駒として使おうとしてるこの人が、本当の自分を晒け出したら私に嫌われるかもしれないと不安に思い、それを私に看破されて照れている貴方が、私は何よりも愛おしいです。

 

 「安心してください。本当の貴方がどんなに醜くても、私は貴方を嫌うことはありません」

 「ほ、本当か?」

 「ええ、本当です。私は海軍元帥である貴方の剣であると同時に、暮石 小十郎(くれいしこじゅうろう)である貴方を愛する一人の女なんですから」

 

 私が頬に熱を感じながらそう言うと、小十郎さんは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまいました。

 いつもこうなんですよね。

 この人は、本気で照れると絶対に私の方を見てくれないんです。

 

 「私の心は貴方から離れません。体がどんなに離れていても、心は貴方の傍に居続けます」

 

 私が小十郎さんの背中に体を預けてそう言うと、強張っていた背中から力が抜けるのがわかりました。

 もうすぐ終わる。

 どんな形で終わるかはまだわかりませんが、十数年にも及ぶこの人の復讐の旅がもうすぐ終わる。

 その一助になれるんだと思うと、死の恐怖よりも喜びの方が勝りました。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 『嗤う黒鬼』ですか?

 え?唄?

 ああ、あの時桜子さんが歌っていた唄のことでしょうか。

 

 たしかに、歌詞にそんな言葉が混じっていたような憶えがあります。

 

 ええ、後に主人の戦いぶりを民間人の方が歌ったものだと聞きましたが……。

 

 あれ?

 青木さんが今歌ったのがそうなのですか?

 

 いえその、私が知っている歌詞と違ったので……。

 なるほど、今のが一番と二番なんですね。

 

 じゃあ、あの時桜子さんが歌ったのって……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦大淀。現海軍元帥夫人。

 暮石 朝海少佐へのインタビューより。

 

 

 



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第百六十二話 その人、別の世界で大和さんに会ったそうです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和型戦艦一番艦 大和。

 

 大和と言えば艦娘の代名詞。

 と、言われるほど国民の認知度が高い彼女であるが、彼女が艦娘として活躍した期間は二年に満たない。

 

 にも関わらず、彼女が日本人のほとんどに知られ、親しまれているのは彼女が関わった作戦が多く映像化されているせいもあるが、彼女の最後が日本人の心の琴線に触れたからだとも言われている。

 

 

 ~艦娘型録~

 大和型戦艦一番艦 大和の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「は?はぁ!?今なんて言った!?」

 

 年が明け、欧州への遠征の準備で上から下までてんてこ舞いな日々を送っていたある日。

 私こと矢矧が大和と一緒に居酒屋 鳳翔で休日前の夕飯(飲酒)を楽しんでいる最中、大和が思い出したかのようにとんでもない事を口走った。

 そのとんでもない事とは……。

 

 「大淀と決闘するって言いました」

 「や、やっぱり聞き間違いじゃなかった……」

 「その様子だと、矢矧は反対みたいですね」

 「当然でしょ?ただでさえ大事な時期に……」

 

 いや、それは名目か。

 確かに今年、具体的には二ヶ月後の三月三日に欧州へ出発予定だから大事な時期なのは間違いないわ。

 でも私は、そんなこと以上に二人に争ってほしくないと思ってる。

 大和が艦娘を目指した理由を知っていても、友人と憧れの人が争う場面なんて見たくない。

 

 「それでもアンタは、私の制止なんて無視して戦うんでしょうね」

 

 

 そう言いながら向けた私の視線と問いを、大和はグラスに注がれたお酒(たぶん日本酒)を飲み干すことで肯定した。

 いや、肯定したと私が思い込んだだけかしら。

 それとも、思い込みたいだけなのかしら。

 

 「こう言って安心してくれるかどうかはわかりませんが、私は復讐のために決闘を挑んだわけではありません」

 「じゃあ、どうして?」

 「簡単ですよ。単に私は、今の私がどれくらい強いのか確かめたいだけです」

 「嘘よ。そんなことが目的なら相手は大淀さんじゃなくても良い。そうでしょ?」

 

 大和は困ったような顔を私に向けることで、今言ったことが嘘だと認めた。

 まったく、アンタは私を見くびりすぎよ。

 私の事を心友だなんだと言うクセに、アンタは私を馬鹿にしている。

 私じゃアンタの悩みなんて解決できない。理解できない。相談にも乗れない。そう思ってる。

 

 「馬鹿にすんな!私はアンタの心友なんでしょ!?だったら少しは相談しなさいよ!一人で悩まないでよ!前にも言ったでしょうが!」

 「馬鹿になんてしていません」

 「じゃあなんで……!」

 「え~と……怒りません?」

 

 内容による。とは口に出さずに、私は大和の目を真っ直ぐ見ることで聞く意思はあることを伝えた。

 さて、大和はなんて言うつもりかしら。

 

 「矢矧を傷つけたくなかったんです......」

 「はぁ?私が傷つく?なんで?」

 

 たしかに大和と大淀さんが戦うところなんてみたくはないと思ってるし、見たら複雑な気分になるのは間違いないわ。でも傷つくってほどじゃ......。

 いや、もしかして大和は私が大淀さんに憧れているのを知っていて、その大淀さんに怪我をさせたら私が泣いちゃうとかそんな風に考えたのかも。 

 

 「だって、私が怪我したら矢矧が泣いちゃいそうで......」

 「そっちかよ!私は逆を考えてたわ!」

 「え?逆?どうしてですか?」

 「どうしてって......。大淀さんは私の憧れの人だから......」

 「大淀に憧れてる?え?頭大丈夫ですか?」

 「おいコラ、どうして大淀さんに憧れてるって打ち明けたら頭の心配をした?」

 

 大和は筋違いの復讐心からいまだに嫌ってるんだろうけど、大淀さんってその美しい容姿と軽巡洋艦でありながら戦艦や空母を差し置いて海軍最強と謳われる強さで、今でも軽巡の候補生から羨望の的にされてるんだからね?

 

 「だって、大淀ってかなりお馬鹿ですよ?」

 「アンタがそれ言う!?アンタだって相当じゃない!」

 

 大淀さんは頭が良さそうな外見の割りに頭は良くない。そのことは霞や涼月からも聞いたし、実際に何度か会って話す内に「あれ?この人って実は……」みたいに考えたこともあったわ。

 でも大淀さんは大和よりはマシ。

 だって大和は突然に突拍子もないことを言い出すけど、大淀さんは考えてることが顔や態度に出るからわかりやすいもん。

 

 「大淀と一緒にしないでください!私は彼女みたいに本能だけで動いたりしません!」

 「いやいやいやいや、アンタって本能でしか動いてなくない?」

 「失礼な。私はちゃんと熟考した上で行動しています」

 

 ああそうですか。

 私を含めた大多数の目からはノリで動いてるようにしか見えないのに、アンタはあくまで熟考して動いてるって言うのね。

 

 「その熟考した結果が大淀さんとの決闘?馬鹿なんじゃないの?」

 「だって決着を着けたいですし、それに……」

 「それに?」

 「未練を、残したくないんです」

 

 未練を残したくないですって?

 それってつまり、アンタは欧州での作戦で死ぬつもりってこと?

 

 「あ、勘違いしないでくださいね?今の私は死ぬつもりなんてないですから」

 「じゃあどういうこと?」

 「偽りのこの世界を、私にとって真実の世界にするために必要なんです」

 「訳わかんないからもうちょっと分かりやすく言え」

 

 大和って若干中二病入ってる?

 いや、ここは以前聞いた大和の事情を加味して、少しは真面目に考えてみようかしら。

 以前、呉で別れる前に大和は、自分は別の世界線で沈んだ戦艦大和の生まれ変わりとか言ってた。

 それを事実と仮定するなら、別の世界線での記憶がある大和にとって、この世界は偽りの世界と言えなくもないわね。

 じゃあ、真実の世界にするってのは?

 

 「私はこの世界にとっては異物です。少し気取った言い方をすれば特異点でしょうか」

 「要は、そうじゃなくなりたいって言いたいの?」

 「はい。私は一人の人間としてこの世界で生きていきたい。欧州での作戦は、この願いを叶えるための手段です。でも今のままじゃダメなんです」

 「今の……いや、大和になる前の自分と決別でもしたいの?」

 「そうとも言えます。私はかつての戦争で沈んだ戦艦大和でも、大淀を恨んでいた頃の大和撫子でもなく、今の『私』として生きていきたいです」

 

 だから、大淀と戦うんです。

 と締めくくって、大和は鳳翔さんに〆のラーメン(特盛)を注文した。

 今まで散々食ったのにまだ食うのかよ。は、置いといて、それが大淀さんと決闘したい本当の理由か。

 つまり大和は過去の自分と決別、いえ受け入れて、新たな大和としてこの世界に再び生まれたいんだと思う。たぶんね。

 

 「はぁ……。アンタって相変わらず面倒臭い」

 「でも、最後まで付き合ってくれるのでしょう?」

 

 最後までって何処まで?

 とまでは聞かない。

 大和が言う『最後』とは恐らく本当に最後。戦争を終わらせた先までだわ。

 

 「良いわよ。アンタくらい面倒な友人が居た方が人生に張りあるでしょうから」

 

 私がそう返すと、大和は満面の笑みを浮かべて鳳翔さんからラーメンを受け取り、ラーメンは飲み物ですと言わんばかりの勢いで食べ始めた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 私の心境なんかお構いなしにね。

 

 あの時だってそうよ。

 大和は私にそんな事を言ったのに、必ず戻るって言って『穴』に飛び込んだのに帰ってこなかった。

 

 ええ、大嘘つきよアイツは。

 欧州棲姫やその近衛を相手にしてた私たちに「行ってきます」って言ったくせに、アイツは「ただいま」って言ってくれなかったんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「いらっしゃいませ~♪って、なんだアンタたちか」

 「なんだとはご挨拶だな阿矢さん。遥々呉から可愛い元部下が来たって言うのに。なあ?霧衞(きりえ)

 「まったくです。有磯(ゆうき)への対応はそれで十分ですが私のことはもっと歓待してください」

 

 などと、店に入るなり管を巻き始めたのは元磯風の沖田 有磯(おきたゆうき)と元浜風の浜田 霧衞(はまだきりえ)

 二人とも普段は呉にある有磯のお祖父さん、元ワダツミ艦長の家に住んでるんだけど、今日は事情があって横須賀まで出てきてもらったの。

 でも変ね。

 同じく呉に住んでる元雪風の幸坂 雪奈(こうさかゆきな)と一緒に出てくるって聞いてたのに雪奈の姿がないわ。

 

 「入り口で突っ立ってないでとりあえず座りなさいよ。それと、雪奈は?」

 「いやぁそれが、横須賀中央駅で青木さんに遭遇して……」

 「雪奈を置いて逃げてきました」

 「おいおい霧衞、もうちょっとこう……」

 

 言い方があるだろ。って言おうとしたのかな?は、まあ良いか。

 つまり三人は、ほんの数十分前までここに居た青木さんと駅に着くなり偶然出会い、取材を申し込まれたけど面倒に思った二人は雪奈を残してここまで逃げてきたってことね。

 

 「お?そこでコーヒーカップを洗ってるのは神凪じゃないか。神凪も行くのか?」

 「行くって……どこに?」

 「大和さんの三回忌だよ」

 「あ~、もうそんな時期か」

 「なんだ、違うのか」

 

 うん、違う。

 神凪が日曜日などの休み日にここで暇を潰すのは毎度の事よ。

 ちなみに今は、さっきまで青木さんから取材を受けてた私とバカ亭主の代わりに洗い物をしてもらってるわ。

 それにしても、カウンターで洗い物をする姿が意外と様になってるわね。神凪って腐っても女優だし、客寄せパンダになりそうだから日曜日だけでもバイトしてもらおうかしら。

 

 「今日出るの?」

 「今日はここで一泊して明日だな。神凪も行かないか?」

 「行きたいけど……。明日から撮影が入ってるから無理かなぁ」

 「カミレンジャーのか?」

 「ううん、そっちは終わってる」

 「じゃあ何の?」

 

 有磯に「何の?」と聞かれて露骨に嫌そうな顔になったわね。

 神凪って女優業は割りと楽しんでやってるから、そんなこの子が嫌がるって事は……。あ、たぶんアレだ。

 

 「前に愚痴ってた写真集?」

 「ええ、冗談だと思ってたのに、先輩ったらマジでやるつもりだったらしくて……」

 「水着?」

 「()、あります。ヌードじゃないだけマシですけどね」

 

 女優としてのステップアップだと思って諦めろ。

 とは言いにくいわね。どうせ桜子さんあたりが似たようなこと言ってそうだし。

 

 「女優も大変だな。次の作品は決まってないのか?」

 「決まってるよ。でもクランクインは冬からなの。今回の写真集はそれまでの繋ぎみたいなものね」

 「それも桜子さんプロデュース?」

 「スポンサーとしては参加してるけど違うわ。でも、その映画の内容がちょっとね……」

 

 内容がよほど酷いのか、神凪の表情がみるみる曇りだした。

 神凪にこんな顔をさせるなんて、いったいどんな内容なのかしら。聞いて教えてくれるかしら……。

 

 「どんな内容なの?」

 「その映画、あの時の作戦がモチーフなんです」

 「あの時って……。捷一号作戦」

 「その後から、です」

 「その後ってことは……」

 

 私たちにとって最後の大規模作戦。

 スエズ運河突破から始まった欧州棲姫討伐作戦かしら。しかも神凪が乗り気じゃないところを見るに、恐らく結末は……。

 

 「大和が戦死するまで描くってことね」

 「ええ、大和さんの最後を描いた作品はこの三年余りで複数作られていますが、大和さんの最後は誰も知らない分、好きなように描けますから制作側からしたら意欲をそそられるようでして……」

 「そう……また作られるのね」

 

 気に食わない。

 アイツの死を金儲けに使う奴らも気に食わないし、今まで作られた映画やアニメのラストも気に食わない。

 最初に公開された作品のラストはたしか、大和が『穴』に飛び込んだところで終わって消化不良気味だった。

 次に公開された作品では、『穴』の中に入るなり出てきた映画オリジナルの深海棲艦と大和が刺し違えるって内容だったわね。

 他にも、大和の内には実は深海棲艦が潜んでて、『穴』に入るなり大和を乗っ取って人類を滅ぼそうとしたその深海棲艦を大和が説得して一緒に消えていくってのもあったわ。

 そう言えば、捷一号作戦時の戦いをモチーフにした映画が近日公開だったっけ?タイトルはたしか『たった二人の連合艦隊』だったかしら。

 

 「神凪が出る映画のラストはどうなるんだ?」

 「まだクランクイン前なのに教えてくれるわけないじゃないですか有磯」

 「しかしだな霧衞。大和さんを題材にした映画なら私たちにも関係あるんだ。気になるだろう?」

 「それは、そうですが……」

 

 たしかに気にはなる。

 気にはなるけど神凪の様子を見るにろくな結末じゃなさそう。

 

 「実は私もラストは知らないのよ」

 「台本を貰ってないのか?」

 「台本は貰ってるわ。でもラストは書かれてないのよ。それと言うのも、今回の映画で監督を務める人が変な事を言ってるらしくて決まらないんだって」

 「変な事?」

 「うん。どうもそれが、桜子先輩がスポンサーになるのを決めた切っ掛けでもあるらしいの。しかも好きなだけ使えって言ったらしいわ」

 

 ふむ、あの他人の金は好き放題使うけど自分の金は頑なに出さない桜子さんにお金を出させたんだから、その監督は相当変な事を言ったのね。

 しかも際限無し。

 いったいその監督は何て言ったのかしら。

 

 「その人って、それこそ学生時代から変人で通ってたらしくて、昔から「僕は大和の映画を撮るために生まれたんだ」って言ってたらしいんです」

 「ねえ神凪、昔からっていつから?」

 「子供の頃からだそうです」

 「それ、実艦の大和じゃなくて?」

 「はい。実艦ではなく艦娘の大和さんの映画です。それを、深海棲艦が出現する前から言っていたそうなんですよ」

 

 有り得ない。

 そう思ったのは私だけじゃなくて、訝しそうにお互いの顔を見合ってる有磯と霧衞も同じみたいね。

 

 「それが桜子さんの琴線に触れたの?」

 「いえいえ、それは後にわかったことです」

 「じゃあ、その監督は桜子さんに何て言ってお金を出させたの?」

 「それが、一緒に聞いた私自身信じられないんですが、その監督は「ラストは大和本人に聞く」って言ったんです」

 「はぁ!?」

 

 大和本人に聞く?

 それこそ有り得ないわ。

 だって大和は死んだ。

 あの戦いが終わってから散々、それこそ艤装が使えなくなるまで探したけど、見つかったのは艤装の残骸だけで遺体は見つからなかった。

 だから、あの作戦が終わった一年後に大和が戦死と判定された時に、私たち一特戦のメンバーは泣く泣くそれを受け入れた。

 それなのに、今さら大和が生きてるみたいなことを言われても……。

 

 「監督が何を思ってそんな事を言ったのかはわかりません。でも桜子先輩は、次に監督が言った一言で出資を決めました」

 「何て、言ったの?」

 

 え~と……。と言いながら頬を掻く神凪に、固唾を飲んで神凪が口を開くのを待つ私たち三人の視線が集中した。

 そして神凪は、「怒らないでくださいね?」と前置きしてからこう言ったわ。

 

 「その人、別の世界で大和さんに会ったそうです」と。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 青木さんは今の話信じられる?

 え!?信じるの!?

 雪奈は?そうよね。普通は信じられないわよね。

 

 私だって、大和から自分は別の世界の大和の生まれ変わりだ~。なんて話は聞かされたけどそれでも信じられないもの。

 

 まあそれはともかく、どうして青木さんが一緒に車に乗ってるの?

 はぁ!?大和旅館についていく!?

 

 いや、べつにダメじゃないけど……。

 これから香澄たちも迎えに行かなきゃなのよねぇ……。全員乗れるかしら。

 あ、一番後ろの席を出せば乗れる?

 へぇ、このハイエースって9人乗りだったんだ。知らなかった……。

 

 え?誰が来るのか?

 え~とたしか提督とか元帥さんとか……あ、あと朝海さんも来るって言ってたわね。

 

 ええ、結構な面子が集まるわよ。

 だから急に加わった青木さんの部屋は無いかもしれないから、最悪この車で寝てね。

 

 は?私の部屋で寝かせろ?

 冗談じゃない!絶対に不可よ!

 

 何でかって……。

 何でもよ!せっかく温泉旅館で二人部屋が取れたんだから邪魔しないで!

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 



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第百六十三話 大淀、討ち取ったり

 

 

 

 騒々しい。

 が、ここ最近の横須賀鎮守府にピッタリな言葉ね。

 ただでさえ欧州への出発準備で騒々しかったのが、各泊地、各鎮守府の艦娘を乗せたワダツミが横須賀に入港してからいっそう騒がしくなったわ。

 得に駆逐艦同士のいざこざが目を引いたわね。

 まあ基本的に血の気が多く、自分が所属している鎮守府こそ一番と思っているようなやつらが一ヶ所に集められたら当然よね。

 今は落ち着いてるけど、ワダツミが入港してしばらくはそこかしこで「気取った横須賀野郎をぶっ潰せ!」とか「大湊の田舎者が調子に乗んな!」とか「佐世保舐めんなよ!」なんて罵詈雑言が飛び交ってたわ。

 当然、私も何度か喧嘩を売られた。

 まあ、全員工廠送りにしてやったけどね。性懲りもなく私の貞操を脅かしてきた時雨は特に念入りに。

 

 「満潮さん。大和さんと先輩の名前の横に書いてある数字は何ですか?何かの暗号でしょうか」

 「オッズよ。簡単に言うと、アンタが大和の勝ちに100円賭けたら6000円になって却ってくるの」

 

 それに加えて、今日はお姉ちゃんと大和が決闘する日。オッズはだいたい40:60になってるからお姉ちゃんが勝つ方に賭けてる人が多いみたいね。

 ちなみに引き分けの場合は胴元である奇兵隊、と言うよりは桜子さんの総取りになっている。

 

 「その様子じゃ、朝潮はどっちにも賭けてないみたいね」

 「ええ、賭け事は良くわかりませんし、どちらか一方を応援するなんてことは……」

 

 したくない。

 って、続けようとしたのかな。

 まあ、私も似たようなもんだから朝潮の気持ちはわかるわ。

 朝潮からしたら、かなり特殊な関係だけど大和は友人兼ペット。お姉ちゃんは尊敬する先輩。

 私にとっては大和は教え子で、お姉ちゃんは私を育ててくれた姉の一人であり愛すべき家族なんだもの。

 

 『それでは選手の紹介から入りましょう!まずはこの方!』

 

 おっと、もうそんな時間か。

 さっきまでルール説明をアナウンスしてた青葉さんが選手の紹介を始めたわ。

 

 『へし折った死亡フラグは数知れず、最強故に一人孤独に戦うことを余儀なくされた海軍元帥自慢の愛刀。その名は大淀。大本営付き艦娘筆頭。『一人艦隊』大ぉぉぉ!淀ぉぉぉぉぉぉぉ!』

 

 その紹介と共に、私と朝潮がいる観客席の大型モニターにお姉ちゃんを上から撮影した映像が流れ始めた。

 まあそれは良いとして、青葉さんの司会を聴くたびに思うけどなんで選手紹介がプロレス仕立てなんだろう?

 

 『その最強に挑むのは皆さんご存じの大戦艦。着任からわずか一年足らずで輝かしい戦果を数多く打ち立てた横須賀の華。その美しく舞う姿から誰が呼んだか『大和太夫』!横須賀が誇る大和型一番艦、戦艦 大ぁぁぁぁぁ!和ぉぉぉぉぉ!』

 

 あ~、そう言えば去年の演習大会以降、駆逐艦たちからそんな風に呼ばれてたわね。

 たぶんあの傘を使った戦闘スタイルが芸妓っぽいからでしょうけど、大和本人は「太夫だなんて畏れ多いです」とか言って申し訳なさそうにしてたのよね。

 ちなみに太夫ってのは遊女、芸妓の位階の最高位のことよ。

 大和に聞いたところによると、遊女、芸妓における太夫の称号は江戸時代初期に誕生し、当時は女歌舞伎が盛んだったから芸達者の役者が『太夫』と呼ばれたのが始まりなんだって。

 それがやがて、遊廓が整えられて遊女の階級制が確立され、美貌と教養を兼ね備えた最高位の遊女に与えられて京の島原、江戸の吉原、大坂の新町、長崎の丸山に配置されるようになったんだとか。

 太夫の位が与えられた遊女は主に公家、大名、旗本ら上流階級を相手にし、吉野太夫・夕霧太夫・高尾太夫ら(寛永三名妓)を輩出したそうよ。

 でも、太夫を相手にするには高額の費用が必要だったんだってさ。今風に言うと……滅茶苦茶失礼な言い方だけど高級風俗嬢って感じになるのかしら。

 

 「あのぉ、満潮さん」

 「何?」

 「どうして今回の演習はあんなに離れた場所で行うんです?」

 「あ~、それはね。簡単に言うと大和の誤射から観客席を守るためよ」

 「誤射……ですか?」

 「そう、大和の射程は長いし、お姉ちゃんは基本的に動き回るからね」

 

 故に今回の演習場所は鎮守府から、と言うよりは日本からすんごく離れた場所で行われる。

 具体的に言うとハワイ島から西の沖合い約100kmの何もない海域。

 かつて朝潮だった頃のお姉ちゃんと、戦艦水鬼だった頃の窮鬼が死闘を繰り広げた海域よ。

 円満さんの話では、二人揃ってその海域での戦闘を希望したらしいわ。

 

 「満潮さんはどっちが勝つ方に賭けたんですか?」

 「アンタと同じでどっちにも賭けてないわ。でも……」

 「でも?」

  

 十中八九お姉ちゃんが勝つ。

 私はそう思ってる。

 確かに大和は強くなったわ。それこそ姫堕ちまで使った全力の私や、米国最強と謳われるアイオワさんに勝っちゃうくらいにね。

 それでもお姉ちゃんに勝てるとは思えない。と言うより、お姉ちゃんが負ける場面が想像できない。

 

 「相手がどんなに手強くても相手の技術を吸収して強さを増すお姉ちゃんと、相手が強ければ強いほど強さを増す大和。はてさて、どんな結果になるのやら……」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 大淀と大和の決闘の勝敗に関して、私と桜子、それに長門と鳳翔さんの予想は真っ二つに割れたわ。

 

 桜子は「私が儲かるから引き分け!」とか冗談目かして言ってたけど、しっかりと大和に賭けてたっけ。

 ちなみに私も大和に賭けてた。

 長門と鳳翔さんはその逆で大淀に賭けてたわね。

 

 ええ、私たち自身意外だったわ。

 長門と鳳翔さんからすれば大淀と親しく、元駆逐艦と元軽巡洋艦の私と桜子が大和に賭け、私と桜子からすれば同じような理由で長門と鳳翔さんが大淀に賭けたのが意外だった。

 

 でも理由はあったのよ?

 私と桜子は、いくら大淀が規格外の天才でも、大淀を上回る性能を十全に引き出して使いこなす大和が相手じゃじり貧になって負けると予想した。

 

 長門と鳳翔さんは、いくら大和が手数で勝っていても大淀には通じず、じりじりと距離を詰められて戦舞台なりでトドメを刺されると予想したの。

 実際長門は、朝潮だった頃の大淀にそんな感じで負けたことがあるしね。

 

 でも私たちの予想には共通点があったの。

 それは四人とも、二人の戦いはじわじわと精神も肉体も磨り減らすような長期戦になると予想したこと。

 

 ええ、私たちは、あの二人の決闘に短期戦はないと予想していたの。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐 辰見 天奈大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「窮奇、準備は良いですか?」

 (すでに彼女が取るであろう航路から回避先まで予測済みだ。あとは撃つだけだよ。お前はどうなんだ?)

 「同じです。後は舞うだけですよ」

 

 そう窮奇に答えながら、私は周りを見渡しました。

 ハワイ島から約100kmの何もない海域。かつての窮奇とかつての大淀が死闘を繰り広げた海域。

 二人がラストダンスを踊った、思い出の海域を。

 

 

『それでは欧州遠征前の景気付け!大淀 対 大和、始めぇぇぇぇぇ!』

 

 青葉さんによる開始の合図と共に、私は電探傘を右から左へと横薙ぎに降ってレーダー波を照射。同時に眼前へレーダー画面を投影しました。

 その画面の一番上端には、私の位置から役20km離れた場所にいる大淀を示す蒼い光点。そこを起点として、無数の紅い光点が逆扇状に広がっています。

 まだ砲撃を開始していないとは言え、大淀は真っ直ぐこちらへ向かって来ていますね。偵察機を発艦させた様子もありません。

 私と同じで、撃ち落とされるから装備して来なかったのでしょうか。

 

 (各砲、順次砲撃を開始しろ)

 

 窮奇の命に従って各主砲、各副砲が仰角とタイミングを微妙に変えながら砲撃を開始しました。

 その回数、実に各砲5回づつ。

 都合105発の砲弾が、放物線を描きながら大淀に向かっています。

 

 (全主砲、再装填急げ。装填完了後、覇道砲を撃つ)

 

 私と窮奇が立てた作戦はこうです。

 まず恐らくは真っ直ぐ、回避などほぼせずに、ダメージを受けそうな砲弾のみ撃ち落としながら向かって来るであろう大淀に対し、彼女が移動するであろう地点全てに、着弾時間を調節した砲撃を順次撃ち込みます。

 ですがこれはあくまで陽動、いえ誘導です。

 初手の砲撃は彼女の進路を限定し、弾速が若干遅い覇道砲を確実に撃ち込むための布石なのです。

 

 (あの時もそうだった)

 「どの時ですか?」

 (私と彼女が出会った時さ。その時も彼女は真っ直ぐに私に向かって来た)

 

 以前ご主人さまに、私の内には窮奇が居ると話したのちに、ふと疑問に思ったことがあります。

 ご主人さまに見つけてもらう前に流れ込んできた窮奇の記憶。その記憶の中で、初代朝潮と思われる子は窮奇の片腕と一緒に粉微塵になりました。

 ええ、アレで生きている訳がありません。間違いなく亡くなったはず。

 それなのに、二度目に会ったとき窮奇は彼女、今の大淀を『朝潮』だと認識した。

 確かに、窮奇の記憶の中の彼女たちは同一人物と思えてしまうくらいソックリですよ?

 でもあり得ません。

 戦艦という無機物の生まれ変わりが何を言うと思われるかもしれませんが、身体が粉々になってまで生きていられる人間などいるはずがない。

 にも拘らず、窮奇が大淀と初代朝潮を同一視したのに理由があるとするなら、それは初代朝潮が窮奇と同じ状態になっていたということ。

 つまり初代朝潮は死んだ後も艤装の中で行き続けていたから、窮奇は朝潮だった頃の大淀を朝潮と認識したのではないでしょうか。

 そうであるならば、大淀に決闘を申し込んだときに二人が言っていた「何度でも、沈めてあげる」というセリフにも符合する気がします。

 

 (大和、段取りを滅茶苦茶にしてしまうけど、我が儘を言って良いかしら)

 「お好きなように。反対したって、どうせ身体を乗っ取られちゃうんですから」

 (ありがとう……)

 

 私が応じるや否や、視界が遠くなった気がしました。

 予定にはありありませんでしたが、これからしばらくは窮奇の時間です。精々、久しぶりの会瀬を存分に……。

 

 「ふふふ……♪ふふ、ふ……。あははははははははははははははは!あーっはっはっはっはっ!愛してるわ!大淀ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 楽しませようなんて考えるんじゃなかったと、窮奇が顔をこれでもかと歪ませながら笑って覇道砲を撃った直後に後悔しました。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 私の航行速度に応じるように広がっていった光景。例えるなら森でした。

 ええ、大和さんが私の回避先を全て潰すように放った砲弾が巨大な水柱を上げ、水の森を作っていたんです。

 

 余裕で直進してたじゃないか?

 とんでもない!余裕なんてありませんでした。

 大和さんの砲撃は正確で、しかも細かいダメージを与えてくる至近弾も大量にあったので、息つく暇もなく撃ち落としてたんですから。

 

 はい、あの森を抜けるまでの十数分で弾薬の10%を消費させられました。

 それを抜けたと思ったら正面から覇道砲ですよ?

 

 あれのせいで、序盤で使うつもりなどなかった『回光返照・改』まで使わされたんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 大淀。暮石 朝海少佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「序盤から飛ばしすぎではないですか?」

 『いいえぇ?まだまだ小手調べ程度よ。貴女はそうでじゃないの?』

 「ええ、私も同じです」

 

 嘘ですけどね。

 水柱の森を抜けるのに弾薬の10%を使ってしまいましたし、覇道砲に対処するために阿賀野さんと連絡を取り合いながら改良し、数秒間だけ要所要所で小出しにできるようになった『回光返照・改』からの『天羽々斬』まで使わされてしまいました。

 おかげで後の余裕がなくなりそうです。

 

 『でも驚いたわぁ。まさか、あんな方法で覇道砲を凌ぐなんて思いもしなかった』

 「あんなタイミングの覇道砲を凌ぐ手段なんて、私の手札ではアレしかありませんから当然です」

 

 私がどうやって覇道砲を凌いだかと言いますと、簡単に言えば『天羽々斬』で斬ったんです。

 でも斬れたから良かったものの、斬れなかったらと考えたら背筋が寒くなりますね。

 っと、呑気にそんなことを考えている暇はありません。今は、何故か砲撃をしてこない大和さんに近づくことだけ考えないと……って!どうして……!

 

 「ふふふ♪良い表情ね大淀。私の側に、来たかったのでしょう?」

 

 何が起こったのですか?

 どうして大和さんが私の眼前に?

 と、軽くパニックになっていたら私の遥か前方から砲撃音が聴こえてきました。

 大和さんはここに、私から5mほど前方という近距離にいるのに、どうしてそんな方向から砲撃音が聴こえて来るのですか?いや、少し冷静になれば考えるまでもないですね。 

 まるで飛び降りて着水したような大和さんの姿勢。真後ろを向いて湯気を上げている背部主砲。遅れて聴こえてきた砲撃音。そして、恍惚に歪んだ表情。

 つまり大和さんは、渾沌艦隊と戦った時に窮奇が見せた砲撃の反動を利用した高速移動を使って、私の目の前まで一瞬で移動したんです。

 

 「ボーっとしてて良いのぉ?」

 「ボーっとなど……!」

 

 してはいません。

 そりゃあ、少しパニクってしまいましたから1~2秒は止まっていたかもしれませんが、貴女を前にしてボーっとするなどしていられません。

 ですが妙ですね。

 表情と言い口調と言い、戦闘スタイルまで大和さんとはかけ離れている気がします。

 まるで……そう!窮奇みたいです!

 

 「ならば!」

 「あら、せっかく私の方から来て上げたのに」

 

 などと、窮奇が唇を尖らせて言いましたが、私は構わずトビウオで右前方へと跳びました。

 だって近すぎますもの。

 あんな装甲と装甲が触れ合うような距離では、攻撃手段が命を奪いかねない衝角戦術を使った格闘戦に限定されてしまいます。

 まあ、まともに食らえば命はない覇道砲を容赦なく撃ってきた大和さん、もとい窮奇の命の心配をする必要はないのですが、もう円満さんに怒らせたくないのでこの決闘中は禁じ手にしてるんです。

 だから私が今取るべき手段は距離を取る。

 さっきまで接近しようとしていたのに行動が矛盾していますが、窮奇の方から近づいて来てくれたので手間が少し省けけました。

 このまま水切りで窮奇との距離を10m前後に調整して戦舞台を……。

 

 「させると、思う?」

 

 貴女がどうする気なのか知りませんが、ここはすでに私の距離です。今さら何をしようと、私の戦舞台は止められは……。

 

 「そんな……!」

 「馬鹿な。ですか?」

 

  ええ、その通りです。

 窮奇は私の背後からの砲撃を振り向きながら左手に持った電探傘を逆袈裟に振り上げて、自身の『弾』を上乗せして砲弾を弾き返してきたのです。

 あまりに予想外の出来事に回避が間に合わず、装甲を抜かれてダメージを負うばかりか30mほど吹き飛ばされてしまいました。

 

 「今のは大和さんの『戦艦乙女』?でも、今出ているのは窮奇なのでは……」

 

 いや、違いますね。

 同じ身体を使っているのですから窮奇も『戦艦乙女』を使えるのかとも考えましたが、さっきまでの蕩けきった顔から一転してキリッとした表情に変わっています。

 つまり、今表に出ているのは大和さん。

 任意のタイミングで交代可能と考えるべきでしょう。

 

 『朝比奈の 紋を十づつ十寄せて……』

 

 大和さんがほぼ真上に全砲門を向けて連続砲撃を開始したのと同時に……これは短歌ですか?を詠い始めました。

 短歌の意味はわかりませんが、上空への砲撃は恐らく『流星群』の予備動作。

 しかも両舷前部の副砲は私に照準を合わせていますから、上と水平面の同時攻撃をするつもりなのでしょう。

 でも変ですね。

 100発近く撃っているはずなのに、上空から落ちてきている砲弾が一発しか見えないのですが……。

 

 『百人力の 鶴の紋なり』

 

 そういう事ですか。

 大和さんが上空へと砲撃したのは流星群のためではなく、私が以前見せた『斫り』を大和型の艤装で再現するため。

 しかも相手の回避先を予測して撃てば、砲弾が蛇行するような軌跡を描いて追尾して着弾するというオマケ付きです。

 実際今、私を追うように落ちてきた砲弾が連続で水柱を上げています。

 

 『大和流海戦術『百鶴(ひゃっかく)』。やはり貴女ほど機動力が高い相手に使うには今一つですね』

 「余裕ですね。私を相手に実験ですか」

 『ええ、どうやら圧勝できそうですので』

 

 圧勝できそう?

 確かに私は回避で手一杯ですし、弾き返されるので迂闊に砲撃もできません。普通の艦娘なら手詰まりです。今の状態が続けば貴女の圧勝に終わるでしょう。

 ですが、私は普通の艦娘じゃありません!

 

 「これなら……どうです!」

 

 私は真後ろに降ってきた砲弾による水柱を『稲妻』と『水切り』を使って右にバックロールターンをするように回避し、左手に持った三連装砲を下から上へと振り上げて『鎌鼬』を放ちました。

 砲弾なら弾き返せても、縦に長いこれならば……!

 

 『返せない。とでも思いましたか?』

 

 ええ思いましたよ。でなければ使ったりしません。

 でも結果は、私が放った鎌鼬を袈裟斬りでもするように左上から右下へと、まるで掬うように電探傘で受けてそのまま右上へと弧を描くように回し、私に向けて電探傘を降りおろして鎌鼬を返して来ました。

 しかも、砲弾を弾き返した時と同様に大和さんの『弾』を上乗せしているらしく、天羽々斬並みに巨大な刃となっています。

 

 「こうなったら致し方ありません」

 

 また円満さんに怒られてしまうかもしれませんが、回光返照・改の航行速度で一気に接近して格闘戦を挑むしかありません。

 でないと、私が沈められて……。

 

 『さあ、もっと踊ってちょうだい』

 

 私が回光返照・改を使おうとしたその時、大和さんの表情と口調が窮奇のものに変わりました。

 これは好都合ですね。

 先ほど、わざわざ交代して戦艦乙女を使ったということは、窮奇には戦艦乙女が使えないということ。

 正確無比な砲撃は厄介ですが、私なら駆け抜けられます。

 

 『こうされると、困るでしょう?』

 「なっ……!」

 

 確かに困りました。

 窮奇が大和さんと交代するなり始めた砲撃は、今までの彼女からは考えられないほど乱暴なもの。

 狙いは大雑把。砲撃間隔も出鱈目。

 窮奇が得意なはずの、相手の回避先を全て予測してその全てを潰すような砲撃とは真逆です。

 ですがこれが非常に厄介。

 どこを狙っているかわからないので先読みして回避することが難しく、かと言って、明後日の方向へ飛んでいるからと回避をおろそかにするとすかさず正確な砲撃が飛んでくるでしょう。

 

 「くっ……!捌き、きれな……」

 

 そんな私に出来ることと言えば、直撃しそうな砲弾を見極めて撃ち落とし、少しづつ距離を縮めるくらい。

 当然反撃する余裕なんてありませんし、至近弾によるダメージが徐々に蓄積されていってます。

 このままではマズい。

 このまま今の状況が続けば、遅かれ早かれ私は……。

 

 『大淀、討ち取ったり』

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 迂闊でした。

 ランダムな砲撃の中にほんの数発だけ混じった正確な砲撃。それは私を狙ったものだけだと思っていました。

 

 はい、気づいた時にはもうどうしようもなくなっていました。

 

 水の檻?

 ああ、鎮守府に中継されていた映像ではそう見えたんですね。

 いえ、実際そうだったと思います。

 

 私は大和さんと窮奇が張った罠にまんまと嵌まり、四方八方を水柱による壁で塞がれて()()()()逃げ道を失い、そして二度目の覇道砲を撃ち込まれたのですから。

 

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦大淀。暮石 朝海少佐へのインタビューより。

 

 

 

 



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第百六十四話 お仕置きの時間です!

 

 

 大淀が手も足も出ない。

 この状況はハッキリ言って予想外すぎる。それは私だけでなく、観客席のざわめきを聴くに大和に賭けた者たちも同様みたいね。

 司会の青葉と解説役の澪も、大淀が押されまくってる状況を実況しきれずにいるわ。

 そんな中で、唯一いつもと変わらないのは……。

 

 「閣下。可愛い嫁がピンチですよ?お酒なんか呑んでる暇があるなら応援してあげてください」

 「ほんまじゃのぉ。お、鎌鼬まで返すか。大和も随分と強くなったのぉ」

 「そんなことより叔父上。桜子の嬢ちゃんはどこにおるんじゃ?せっかく、わしが久々に稽古をつけちゃろう思うとったのに」

 

 去年の演習大会でも使われた観覧席のど真ん中に重箱と座布団を持ち込んで座り込み、まるで花見でもしているかのように歓談している先生と淀渡さん、そして日進の三人。

 私以外の人間が他にいないから良いものの、海軍のトップとそのお付きが真っ昼間から宴会開いてんじゃないわよ。

 淀渡さんも「応援してあげて」とか言ってるクセにモニターも見ずに重箱つついてるんじゃない。

 

 「円満の嬢ちゃんや、桜子の嬢ちゃんは何処じゃ?」

 「厄介な父親と叔母が来たので逃げたんじゃないですか?」

 

 と、誤魔化しはしたけど本当はどうかと言うと……。

 はい、逃げました。

 桜子さんから聞いた限りでしか知らないけど、日進は先生以外で桜子さんが逆らえない唯一の人だそうよ。

 その理由は簡単。桜子さんより強いから。

 艤装を装備していない状態なら、単純な膂力や武術の腕前では桜子さんが圧倒してるらしいんだけど、なんでも日進は、桜子さんをして何をされてるかわからない方法で桜子さんを痛め付けるらしいわ。

 

 「ほう?わしから逃げるとは感心せんのぉ。叔父上よ、少々躾てもええかや?」

 「ほどほどにしちょけよ」

 「安心せぇ。泣いたらやめちゃる」

 

 鎮守府が破壊されかねない規模のガチバトルが始まるからやめてください。

 それにしても、見た目は完全に十代、下手したら駆逐艦並の日進がどうやって桜子さんを泣かすんだろう。

 いや、艦娘は見た目の歳が当てにならないのは理解してるのよ?でもさすがに…ねぇ?

 ただののじゃロリが桜子さんをどうにか出来るなんて考えられないし、巫女みたいな見た目どおり怪しげな術でも使うのかしら。

 

 「そういえば叔父上よ。奇兵隊のゴリラどもが噂しちょるのをチラッと聞いたんじゃが、桜子の嬢ちゃんが『狩場』を使ったらしいのぉ」

 「出来損ない。じゃがの」

 

 カリバって何?

 それに一瞬、本当に一瞬だけ、先生が「しまった」って感じの顔をしたんだけど……。

 

 「それでもじゃ。教えたんか?」

 「教えちょらん」

 「それは本当か?」

 

 なんだか空気がおかしい。

 異変に気付いてないのは淀渡さんだけね。今も変わらず、慣れた手つきで先生にお酌をしてるわ。

 大淀がいない間、先生の相手は淀渡さんがしてたのかしら……っと、それは今置いといて

 この異様な空気の元凶は恐らく日進。何故だかわからないけれど、妙に殺気立ってるのよねぇ。

 

 「ホンマいや。桜子が『狩場』の真似事が出来たのはたぶん偶然だ」

 「偶然じゃとぉ?アレは偶然出来るような代物じゃなかろうが」

 「確かにな。じゃけど桜子の境遇はアレの修行法とよう似ちょる。それに加えて、俺の近くにおったせいで感覚で覚えてしもうたんじゃろう」

 「桜子の嬢ちゃんの境遇……か。話には聴いちょったが、やはり真っ当な修行じゃないんじゃのぉ」

 「ああ。アレのせいで、俺は早くに母親を亡くしたしな」

 

 先生が表情も変えずの淡々と話したのを聞いて、日進が出していた殺気が萎んだ。

 カリバとやらの修行法を聞いたから?

 カリバとやらを習得するのに、実の親を失うような体験をしなくちゃいけないから?

 

 「坊に、教えるんか?」

 「いいや。アレを残す気はない。俺の代で失伝させる」

 「そうか。安心したわい」

 「安心?俺は文句の一つも言われると思うちょったんじゃが?」

 「言わんよ。もちろん返せとも言わん」

 

 今度は一転して湿っぽい空気になってきたわね。

 さすがに淀渡さんも気づいたのか、お酌する手を止めて様子を伺ってるわ。

 

 「叔父上のアレを見て、坊にはああなってほしくないと思うてしもうたけぇな。それに……」

 『これは決まったかぁ!?水柱の檻に閉じ込められた大淀に、大和の覇道砲が直撃したぁぁぁぁぁ!』

 

 日進が言葉を続けようとしたのを邪魔するかのように、青葉による実況が割って入った。

 大淀に覇道砲が直撃?

 それってつまり……。

 

 「あらあら、あの子大丈夫かしら」

 「悪手だな」

 「まあ死にゃあせんじゃろ」

 

 この三人は……。本当に心配してるの?って聞きたくなるくらいどうでも良さそうに言ったわね。

 あれ?でも一人だけ、大淀の身を案じるんじゃなくて別のことを言ったような……。

 

 「悪手とな?叔父上は、あの状況からでも大淀の嬢ちゃんが回避出来る言うんか?」

 「余裕じゃろ」

 

 いやいやいや、四方八方を水柱で塞がれ、しかもそれに蓋をするように放たれた覇道砲を避ける手段があるとは思えない。それは大淀はもちろん、艦娘時代の私にだって無理よ。

 あるとするなら、最初の覇道砲の時みたいに迎撃するしかないわ。

 

 「ふむ、お前たちが艦娘や元艦娘だからなんじゃろうが、あの状況からでも逃げ道はあるじゃろうが」

 「じゃけえ何処に?まさか……あ、いやそうか。そっちがあったか」

 

 そっちってどっち?

 前後左右プラス上まで塞がれた状態で大淀が逃げられそうな方向って言ったらもう……。ん?そういえばあの子、昔霞との演習で……。

 

 「大和は逃げ道を全て塞いだつもりなんじゃろうが、その結果致命的とも言える死角を作ってしおうたのぉ。ほれ見てみぃ。大淀が反撃に出たぞ」

 

 そう言って先生が顎をしゃくって指したモニターには、先生が言った通り大淀による反撃と思われる爆発が大和を包み込んでいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 潜水艦を除いた艦娘は基本的に潜れない。いや、潜ることなんて考えないが正しいわね。

 どうして……て、青木さんも元艦娘ならわかるでしょ?ええそう、何故だかわからないけど怖いのよ。

 

 艤装を外してる状態ならべつに屁でもないのに、艤装を着けた途端に怖くなるの。

 それは潜水艦以外、それこそ海防艦から戦艦、空母まで漏れ無く。勝つためなら何でもする駆逐艦でさえ、砲弾を回避するために海に潜ろうなんて考えなかったわ。

 

 ただ一人の例外を除いてね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 頭が痛い。

 大淀との戦いが始まってから休まず続けていた弾道計算や回避先の予測。さらには大淀の行動に目を光らせ、攻撃を弾き返すために神経を尖らせていたので、艦体指揮を使って妖精と窮奇と思考を共有し、増幅させていたにも関わらず私の脳は限界に近いです。

 

 「正直、ギリギリでしたね」

 (ああ、もし途中で狙いに気づかれていたら、今頃立場は逆になっていただろう)

 「そうですね。でも貴女的には物足りなかったのでは?」

 (散々撃ちまくって最後に愛を届けられたのにか?)

 「満足したと?」

 (ああ、満足だ)

 

 ふぅん。少し意外です。

 だって窮奇はドMの変態なんですよ?その窮奇が、大淀からの攻撃を一発も受けずに満足するなんて意外を通り越して驚きですよ。

 何か拾い食いでもしました?

 

 (大淀は沈んでしまったのだろうか……)

 「沈めるつもりでやってたのに何を言ってるんです?」

 (確かに沈めるつもりだったが……)

 「大淀にその気がなかったのでつい加減した。ですか?」

 

 窮奇が砲撃の反動を推進力として利用する移動法で大淀の眼前に迫ったとき、大淀は格闘戦を挑まずに距離を取りました。

 それはイコール、大淀に私たちを沈める気がないという証拠。

 決闘を挑んだ日に何度でも沈める云々と言ったクセに、大淀は私たち相手に手加減したのです。

 だから窮奇もモチベーションが下がって、大淀が沈まないように覇道砲をやや前方に着弾させたのでしょう。

 

 (お前はどうなんだ?満足できたのか?)

 「概ね満足できました。ですが、もう一つ試したい技があったのに試せなかったのが残念です」

 (大淀を相手に『百鶴』を試せたんだ。それで満足しておけ)

 「そう、ですね……」

 

 窮奇の言うとおり、大淀の『斫り』を窮奇の『流星群』で再現した『百鶴』を大淀相手に試せたのは大収穫と言えますので満足すべきです。

 ですがモヤモヤします。

 もう一つ試してみたかった技があるのも原因の一つですが、嫌な予感が止まらないんです。

 

 (そろそろ戻らないか?大淀の治療もしなくてはならないし)

 「そうですね。では大淀を回収して……って、そう言えば試合終了のアナウンスがありませんね」

 

 おかしい。

 覇道砲が大淀に着弾してすでに数分。勝負が決しているのなら、とっくに私の勝利を告げるアナウンスがあってもいいのにそれがありません。

 まさか沈めてしまった?

 沈めてしまったから、提督なりをまじえて審議なりをしているのでしょうか。

 

 「青葉さん。勝負はまだ着いていないのですか?」

 『え~っと、それがですね。映像を見る限り、大和さんの勝利で間違いはないのですが……』

 「ですが、何です?」

 

 嫌な予感が大きくなっていく。

 私の勝利で間違いないのに勝利を告げる事ができないのはなぜ?

 いえ、私は理由がわかっています。

 わかっているのに考えないようにしていただけです。

 青葉さんが勝利を告げられないわけ。それは恐らく、私と大淀が持たされた発信器が理由でしょう。

 この発信器は妖精産らしく、持っている者が意識を失う、もしくは発信器自体が破壊される等しなければ信号を発信し続けるという代物らしいです。

 つまり、青葉さんが私の勝利宣言ができないのは大淀が持っているはずの発信器が今も信号を発しているから。

 そしてもう一つ。

 海上に大淀の姿が見えないからです。

 

 「窮奇!全砲に装填を!」

 (何故だ?大淀はすでに……)

 「良いから早く!大淀はまだ……!」

 

 倒れていない。それどころかまだ戦うつもりです。

 そう続けようとしたのですが、真下で起こった爆発のせいで言うことができませんでした。

 案の定健在でしたか。

 しかも一番有り得ないと思っていた方向からの攻撃。

 迂闊、と言うよりは油断しました。

 出鱈目な人だとわかっていたのに、水上艦だから潜ることはないと高を括っていたんです。

 その結果前後左右、さらに上まで塞いだ攻撃を海中に潜って下に回避され、接近を許し、雷撃まで食らわされました。

 

 「くっ......!水中から雷撃!?軽巡のクセに潜水艦みたいなことを!」

 「昔、霞にも似たようなことを言われましたね」

 

 雷撃による爆発が収まると、代わりに正面に大淀が現れました。予想通り下から、ザバァ!と海水を纏って飛び上がるようにです。

 いや、纏っているのは海水だけじゃありません。

 さっきまでとはまるで違う。別人のような殺気を纏っています。

 それはつまり大淀が、私を本気で沈めるつもりになったということ。

 

 「11万......馬力!」

 「マズ......!」

 

 海面に姿を表すなり大淀が取った構えは恐らくガゼルパンチ。しかも、装甲の厚さや強度など関係なしに力を内部に伝える裏当てとの合わせ技のはず。

 食らえば以前見た深海棲艦のように私は爆散。かと言って、このタイミングで回避は不可能。砲への装填も終わっていませんので砲撃による迎撃も不可。ですが、突破口はあります。

 端から見れば大淀は射程外、拳など届かない位置から拳を繰り出しています。それは私の体をではなく、装甲を狙っているから。

 それこそが突破口であり、大淀が使う格闘術の欠点。

 つまり、装甲を消せば打点がズレて衝撃は完全に私には伝わらず、もしかすると体勢も崩れるかもしれません。そうすれば、いつかのように腕を取って組伏せる事も可能です。

  

 「畳!返し!」

 「は?」

 

 今何と?畳返し?

 『畳返し』とはたしか、『脚』の操作が全艦種中最も不器用ですが、反面全艦種最も巨大な質量を産み出すことができる戦艦の『脚』を戦艦の馬力で海面に叩きつけることで可能になる対魚雷用の防御技。

 それを何故、ガゼルパンチをフェイントに使ってまでここで使った?まさか、私が装甲を消して迎え撃つと読んだ?いや、読んでいた?

 ですが、私の行動を読んだ上で『畳返し』を使ったのだとしても意味がわかりません。

 これでは、お互いの間に水よる目隠しができるだ……け。

 

 「歓迎しますよお二方。ようこそ、私の『反転世界』へ」

 

 大淀の声が後ろから聞こえました。

 今の一瞬で移動した?

 しかしどうして『反転世界』とやらを?私は完全に大淀を見失い、背中はガラ空きだったのにどうして殴らなかった?

 

 「痛っ!おのれ!私を痛ぶるつもりですか!」

 「貴女がたと同じですよ」

 「同じ?何が……!うぐっ!」

 

 私たちと同じ?

 今、大淀が私を痛ぶっているのは以前見た『円形劇場(アンフィテアトルム)』と良く似ています。違うのは上空を偵察機が飛んでいないことくらいです。

 私はそんな事はしていません。そもそも私に、あそこまでの高機動戦闘はできません。

 ならば何が同じ?

 いや、今はそんなことを考えている暇はありません。一刻も早く大淀の囲いから抜け出さなければ削り殺される。

 

 「窮奇!」

 (わかっている!全砲!薙ぎ払え!)

 

 窮奇の命で、全ての主砲と副砲が私を中心とした全周囲20mの範囲を吹き飛ばしました。

 大淀に当たるとは思えませんが、これで一旦距離を開けるはず。再び接近しようとしたら今度は()()で……。

 

 (大和!下だ!)

 「なっ……!」

 

 今度は完全に迂闊でした。

 大淀は水上艦のクセに潜水艦みたいな真似を平気でするのに、たった数分で失念していました。 

 その失念の代償は大きく、私は真下からの魚雷で衣服の一部のみならず体ごと空中へと吹き飛ばされました。

 

 「海が……上に?あうっ!?」

 

 爆発の勢いで反転してしまったのか、()()に海面が見えました。それなのに、何故か()()からも砲撃と思われる攻撃が襲って来ました。

 でもパニックにはなっていません。

 恐らく、直下からの砲撃は大淀が潜る前に放っておいた『流れ星』によるものでしょう。

 

 「全力場を『装甲』に!窮奇!装填は済みましたか!?」

 (済んでいる!だがどうする!このままでは!)

 「わかっていま……くっ!今は堪えるしかありません!」

 

 そう、今は堪えるしかない。

 まるで空中に固定するかのように前後左右、上下からも襲ってくる砲撃のせいで方向感覚は完全に狂い、今自分がどっちを向いているのかわからなくなっている状況では堪える以外の手段がありません。まさに大淀が言ったようい反転した世界にいる気分です。

 これが実弾だったら確実に終わっていました。

 

 「そうか。私と同じとはそういうことだったんですね……」

 

 絶え間なく続いていた砲撃が止まり、海面に打ち付けられてようやく理解しました。

 大淀はけっして私たちを痛ぶるつもりだったんじゃない。私が『百鶴』を大淀相手に試したように、大淀も『反転世界』を私たちで試したです。

 

 「一応お聞きします。降参しますか?」

 「降参?冗談じゃありません」

 

 そう言い返しましたが、私の体は『装甲』を本来の強度を発揮できない空中で滅多撃ちにされたせいでボロボロ。ハッキリ言って酷い格好ですし、艤装のアチコチから煙が昇っています。

 ですが、それは大淀も同じ。

 お互いに大破寸前と言ったところですが、私たちはまだ戦えます。故に、降参など有り得ません。

 

 「そうですか。では第三ラウンドと参りましょう。さあ立ちなさい二人とも!お仕置き時間です!」

 

 第三ラウンド?お仕置き?ええ上等ですよ。私だってこのまま終わるつもりはありません。

 貴女が隠し球を持っていたように、私だってまだ貴女に見せていない隠し球があるのですから。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

大淀の怖いところは、自前の身体能力で再現可能なことなら見ただけで相手の技術を完璧にコピーする『猿真似』なんかじゃない。

 

 確かにそれ自体も脅威なんだけど、アイツの本当に怖いところはソレに頼りきっていないとこ。

 

 そう、あんなチート能力持ってるのに、大淀にとって『猿真似』は手札の一つでしかないの。

 

 ホント、アイツの天才っぷりには見る度に度肝を抜かれたわ。

 初めて見たのはアイツが朝潮だった頃、長門を相手に訓練していた時だったっけ。

 『トビウオ』と『水切り』しか知らない状態で、私が散々苦労して形にした『稲妻』を思い付きでやられた時は開いた口が塞がらなかったわよ。

 

 ええ、アイツは手持ちの手札を組み合わせて、さらに強力な技に昇華させるなんて事もできたの。

 

 大和との決闘でもやって見せてたでしょ?

 は?どれの事かわからないから教えてくれ?

 仕方ないわねぇ。

 一つは戦舞台のバリエーションの一つに数えられる『反転世界』ね。

 アレは通常の戦舞台と大淀式砲撃術その三『流れ星』、さらに水中からの雷撃を組み合わせたものよ。

 

 そしてもう一つ。

 決闘終盤で、大和が使った……え~っと、なんて技だったっけ、アレ。とにかくアレを覚え、自己流に改造したヤツもそうね。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長 神藤 桜子大佐へのインタビューより。

 

 

 



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第六十五話 由良の門を……

 

 

 

 

 

 

 大和さんは強い。

 阿賀野さんとは戦闘スタイルがまるで違うので一概に優劣はつけられませんが、私が今まで戦ってきた相手の中では一二を争うほど強いです。

 

 「それに加えて、窮奇もいる」

 

 初めて試した『反転世界』で中破に追い込んでからと言うもの、大和さんの戦闘スタイルがまた変化しました。

 私が距離を詰めようとすれば窮奇が出てきて砲撃と気色の悪い笑顔と言葉で心身共に私を追い込み、逆に距離を開けると大和さんに変わり、『戦艦乙女』で私の攻撃を無効化どころか跳ね返した上で砲撃まで加えてきます。

 距離に応じてスタイルをコロコロ変えられると厄介どころではないですね。

 

 「でもまあ、どちらかと言えば窮奇の方が御しやすい……かな?」

 

 精神的苦痛を無視すれば、ですが。

 でも、前半に負ったダメージのせいで『反転世界』で仕留められなかった上に、その前のランダム砲撃で『脚技』の使用回数が限界を超えている今の私にはそれくらいしか勝機はありません。

 それに……。

 

 「戦闘狂ではないと思っていたのですが、軽巡洋艦になっても私はやはり駆逐艦のようです」

 

 ワクワクするのとは違う気がします。

 でも早く肉薄したい。砲撃を食らわしたい。雷撃で吹き飛ばしたい。性能が圧倒的に上の相手を、自分にできる全ての事を駆使して打倒したい。

 相手が窮奇と大和さんだから、余計にでもそう思うのでしょうか。

 

 「機関への燃料過剰投入開始。回せ、回せ、回せ、壊れるまで回せ!」

 

 『脚技』の使用回数が限界を超えている私が、彼女に肉薄するために取れる手段は『回光返照』による高速移動のみ。

 窮奇からの砲撃はギリギリまで強化された『装甲』で耐え、間合いに入ると同時に『天羽々斬』で決めます!

 

 「大本営付き艦娘筆頭。一人艦隊 大淀、全力突撃します!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 あの決闘のあとの数日間、病室で大和さんが暇潰しがてら説明してくれたんですが、大和さんの『戦艦乙女』は二種類あったそうです。

 

 一つは敵の砲弾に自身の『弾』を纏わせて跳ね返す『戦艦乙女・守の型 絵日傘』と、もう一つは試合の最終局面で大和さんが使った攻の型です。

 

 そうですね。

 私も説明はされましたが、何をどうしたらあんな事ができるのか今だにわかりません。

 

 一緒に観戦していた満潮さんですら「あんな事ができるのはあの二人だけだわ」って呆れていましたから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 勝負を仕掛けてきた。

 と、私と窮奇は大淀が蒼い光、たしか回光返照でしたか。の、光に包まれると同時に思いました。

 恐らくは特攻に近い突撃。

 去年の演習で、アレを使った大淀と阿賀野さんは『脚技』を使っていませんでした。それはつまり、アレを使っている間は使えないと考えるのが妥当。

 たぶん強化された『装甲』で私たちの砲撃に堪え、間合いに入ると同時に何かしら、『天羽々斬』あたりで決めるつもりなのではないでしょうか。

 

 「窮奇、主砲の制御を私に」

 (何をするつもりだ?)

 「真っ向勝負です!」

 

 大淀は全力。いえ全力以上を出して向かって来てくれています。それなのに、挑戦者である私が逃げる訳にはいきません。

 彼女の全力に真っ向から立ち向かい、彼女の全力以上の力を持って打ち破るのです!

 

 「剣太刀(つるぎたち) 諸刃(もろは)の利きに 足踏みて 死なば死なむよ 君によりては 」

 

 私は大淀との距離を確認しつつ、短歌を詠みながら『脚』を円形に変形させ、左右に向けた両舷主砲と真上に向けた背部主砲から発泡し、大淀の『天羽々斬』のような巨大な剣を三本形成しました。

 ちなみに、今詠んだ歌は万葉集に綴られている短歌の一つ。

 作者は不明ですが、現代語に訳すと『剣の太刀の鋭い諸刃に 足を踏み貫いて 死ぬなら死にもいたしましょう。あなたさまのためなら』になります。

 何故、私がこの短歌を選んだかと言いますと、太刀が主流の当時では珍しい諸刃で自身を傷つけ、死んでも愛すると言われた男性は辟易してしまうんじゃないかと思ったのが理由です。

 だって、窮奇に愛を囁かれた大淀が正にそんな感じでしたから。

 

 「大和流海戦術。戦艦乙女・攻の型」

 

 この技の射程と威力は大淀の天羽々斬とほぼ同じで約20m。ですが私の場合は三刀。

 舞の体捌きに合わせて左右の刃で水平面を連続で薙ぎ払い、背部の刃を頭上から振り下ろして止めを刺す。その名も……。

 

 「洄天!剣舞!」

 

 私は満身の力を込めて左に体を捻り、一刀目を大淀目掛けて振りました。

 

 

 

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 妹が水上艦なのに何故潜ることができたのか。ですか?

 それは今だに謎です。でも、『脚』を消せて沈む事への恐怖に堪えられるのなら誰でも可能だったと思います。

 

 ただ、あの子が恐怖に堪えられ……いえ、感じなかったのには私なりの仮説はあります。

 

 あの子はそもそも、艦娘になれる適正がなかったのです。

 ええ、艦娘になれる三つの条件の内、あの子には『朝潮』にも『大淀』にもなれる適正がありませんでした。

 そうです。

 あの子は一つ目、いや主に三つ目の条件を満たせたからこそ艦娘になれたのです。

 

 そこで私なりの仮説ですが、あの子は本来艦娘になれるはずのない子だったからこそ、水上艦の誰もが感じる恐怖を感じなかったのではないでしょうか

 

 以前あの子に聞いてみたことがあるのですが、あの子は潜ることを怖いと思った事がないそうです。

 むしろ、水上艦が潜る事に恐怖すると聞いてビックリしていたくらいですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 大淀 淀渡 大海大尉へのインタビューより。

 

 

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 ハラハラする。

 二人の決闘が始まってからそろそろ30分くらいだけど、私の心臓はずっと爆発しそうなくらい脈動しっぱなしよ。

 特に大淀さんに覇道砲が直撃した時や、大和が空中でお手玉みたいにされた時は気絶するかと思ったわ。

 

 「なあ阿賀野さん。回光返照を使っている時に『脚技』は使えないのか?」

 「そうね。磯風が言う通り基本的には使えない。でも使おうと思えば使えるよ。実際阿賀野も、大淀との演習の最後に使ったでしょ?ただし、ほんの少しでも艤装の制御をミスると……」

 

 ボン!と、阿賀野姉は手の平を開くジェスチャーと同時に言って説明に一区切りつけた。

 私がこんなにハラハラドキドキしてるってのに、阿賀野姉や駆逐艦たちは完全に観戦モード。

 阿賀野姉が大城戸教官の解説を補足するのを聞きながら、決闘に変化がある度に一喜一憂してるわ。

 

 「回光返照は暴走状態の艤装を制御し続ける。なんて矛盾した行動を発動中は続けなきゃならない。例えるなら、針に糸を通す作業を連続で行うようなものかな。そんな状態でさらに『脚』を細かく操作なんてしたら脳ミソが焼き切れちゃうよ」

 「じゃあ、回光返照を使った大淀さんは、速度は速くても機動力は半分以下。と言うことですか?」

 「そうよ初霜。特に今は、脚技の限界使用回数なんかとっくに越えてるだろうし」

 

 やっぱり大淀さんにも限界使用回数はあるのか。

 でも流石は大淀さんと言うべきね。

 私なんかじゃトビウオ五回が限界なのに、決闘が始まってから大淀さんが使った脚技の回数は40を軽く越えてる。

 水切りや稲妻の燃料的負担がトビウオよりも軽いとは言ってもこれは異常な回数。見た目的には大和の砲撃によるダメージしか刻まれていないけど、きっと体の内側はボロボロのはずよ

 

 「大淀が回光返照を使ったわね。恐らく次の突撃が最後。それ以上は、いくら大淀でも戦えないはずよ」

 「ねえ、阿賀野姉。もし大和が、大淀さんの突撃を堪えきったら……」

 「そんなの、言わなくたって矢矧でもわかるでしょ?大淀の負けだよ」

 

 阿賀野姉はただ事実を述べるかのように、冷静な口調でそう言った。

 でも、最後にこう付け加えたわ。

 若干飽きれ気味に「大和が大淀の強さの秘密に気付いてなければ……ね」と。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 お父さんがやることには必ず裏がある。

 あの人って、普段はハゲてて脚が臭くてでサボり魔で悪ノリとお酒が大好きなクソ親父なんだけど、権謀術数にかけては今の円満でも足元にも及ばないわ。

 

 あの戦争だってそうよ。

 あの戦争は人類と深海棲艦の生存競争とか、人類文明を守るための戦いだったとか言われてるけど、私に言わせれば、始まりはどうあれお父さんの復讐劇だわ。

 

 特に、そこまでやるかって呆れたのは大和が朝海、ああ、今は大淀で通した方が良いわね。に、決闘を申し込んだ日よ。

 

 さすがに出産してすぐだったからお父さんは許可しないと思ってたのに、円満の話だと「むしろ決闘しろ」と言ったらしいわ。

 

 そう、その通り。

 お父さんは大和を大淀の餌にしたの。

 大淀に実戦の勘を取り戻させ、大淀と言う名の大剣を完成させるための餌にね。

 

 結局大和も大淀も……いえ、あの戦争に関わった人全てが、お父さんの手の平の上で踊っていただけなのよ。

 

 お父さんの復讐を成就させる駒として、ね。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長 神藤 桜子大佐へのインタビューより。

 

 

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 「大淀の勝ちで決まりだな」

 

 と、先生が口にしたのは、大淀が回光返照を発動した直後だった。

 まだ大和と大淀との間はかなり開いてるし、大和も何かしらしようとしている雰囲気なのに、先生はどうして大淀の勝利を確信したんだろう?ただの嫁贔屓?

 

 「叔父上よ、そりゃあ早計じゃないかや?」

 「どうしてそう思う。日進」

 「どうもこうも、大淀の嬢ちゃんはとっくに限界を超えちょる。この突撃がかわされるなりすりゃあ、もう打つ手はないじゃろう。大和の嬢ちゃんも何やら隠してそうじゃしのう」

 

 私も日進と同意見。大淀の突撃は一か八かの賭けに近いわ。

 もし回避なり迎撃なりされたら、とっくの昔に限界を越えてる大淀には次に打てる手がない。

 

 「円満、大和が今取っている構えから、何をしようよしているか予想できるか?」

 「大和の構え、ですか?」

 

 そう言われてモニターに視線を戻すと、大和は左右の主砲を真横に向け、さらに背部の主砲を真上に向けていた。それに、『脚』を円形にして腰を若干右に捻っているように見えるわね。

 大和はあの体勢からどんな攻撃を……。

 

 「大淀を敵にした場合、最もやってはならないことは何だ?」

 「それは……大淀が知らない攻撃方法で攻撃することです。艤装の構造や、澪のマリオネットや私の艦体指揮のように、あの子の身体能力や才能で再現不可なモノを除いて、新技を披露することはあの子に手札を与えるのと同義ですから」

 

 つまり、大和はあの構えから新技で大淀を迎撃しようとしてると先生は予想したのね。そしてそれを瞬時覚えた大淀が、それを使って勝つと確信したんだわ。

 

 「違う。確かにそれもなくはないが、それは些細な問題だ」

 「では、どういう……」

 「簡単な事だ。大淀を相手にした場合、最もしてはならないことは彼女を本気にさせることだ。本気になった彼女は限界を超えた先にも容易く歩を進め、只でさえずば抜けている成長速度に拍車がかかる」

 「つまりそれは……」

 

 大淀はあそこから更に強くなると?

 大和が放とうとしている新技を覚える云々ではなく、全体的に成長するってことなの?

 

 「猿真似のせいで忘れられがちだが、彼女の着任から僅か一年足らずで窮奇を沈めるほどに成長した成長速度は今だに衰えていない。研鑽を怠らず、常に成長し続けることこそ、大淀の強さの秘密だ」

 

 そう言って、慈しむように目を細めた先生の視線の先では、大和が大淀の足元を狙って振り抜いた左舷主砲から伸びた巨大な刃を、大淀が『水切り』で跳んでかわす様子が映し出されていた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 予想外。いや、予想の斜め上を行かれた。

 と、足元を狙った一刀目を軽くジャンプすることで回避した大淀を見て思いました。

 まさかアレを使っている間も『脚技』を使えるとは……。でも、次の二刀目は胴を狙ったもの。今なら、彼女の『脚』が海面に着く前に確実に当たります。

 

 「そんな……!嘘でしょ!?」

 

 二刀目が当たる寸前、大淀は左手の三連装砲を真下に撃って、宙に浮いたまま半回転し、その勢いを利用して二刀目に右拳を叩きつけて軌道を逸らしました。

 でもまだです。まだ三刀目がある。

 着水した直後で体勢が整っていない今の大淀に、頭上からの三刀目を回避する手段は……。

 

 「はははは……。忘れてました。それがありましたね」

 

 無いと思っていた手段はありました。

 いや、手段と言って良いのか疑問ですがありました。

 でもべつに、大淀は難しい事をしたわけではありません。だって潜っただけです。ただ『脚』を消し、水中に潜って三刀目を回避しただけなんですから。

 

 (魚雷が来るぞ!備えろ!)

 「来ませんよ。魚雷なんて来ません」

 

 何故なら、大淀の雷撃値では私に決定打を与えられないからです。今の大淀の状態でそんな無駄な手を打つとは考えられません。

 

 「覚えました」

 

 やはり魚雷はありませんでした。

 代わりにあったのは、左から聞こえてきた大淀が海面に飛び出したと思われる水音と不吉なセリフ。

 何を覚えた?このタイミングで何を大淀は覚えた?そんなこと考えるまでもないですね。

 大淀が覚え、私を屠る手段に選んだのは、先ほど私が披露した『洄天剣舞』でしょう。

 

 「大淀式砲撃術その七。『干将・莫耶(かんしょう・ばくや)』……からの!」

 

 やはり、私の予想は概ね当たっているようですね。

 今正に、大淀が両手を広げて砲撃した直後に砲身から伸びた金色の二刀『干将・莫耶』は、『洄天剣舞』を再現するために急遽創った技でしょう。

 ですが砲塔一基につき一刀なので、恐らく一刀辺りの威力は『天羽々斬』の半分程度のはず。その程度の威力では、私の『装甲』を傷つけることは出来てもこの身までは届きません!

 

 「洄天……!」

 

 大淀が私の動きをトレースしたように完璧な動きで左の一刀目を横薙ぎに振るってきました。

 ですが、一刀目は私の左舷『装甲』に相殺されて砕け散りました。幸いにも、私の『脚』は『刀剣乱舞』を放った直後なので円形のままですから、このまま半回転して右舷を晒せば二刀目も相殺できそ……う?

 

 「私の洄天剣舞と違う!?」

 

 私の洄天剣舞は高さを変えた水平面への二連撃と頭上からの一撃です。なのに大淀は右の二刀目を上に振りかぶっています。

 大淀なら、直撃させても装甲に相殺されて身までは届かないと一刀目で判断出来たはず。それなのに上段から振り下ろそうとしているということは、狙いは私自身ではなく……。

 

 「くっ、やはり左舷主砲でしたか!」

 

 咄嗟に身をかわしたので腕は持っていかれずに済みましたが、代わりに左舷主砲を艤装の基部から断ち斬られてしまいました。

 しかも急に左側だけ軽くなったため、私はバランスを崩して左手と左膝を『脚』に突いて、大淀に頭を垂れながら踏ん張る形になってしまいました。

 このままだと、三刀目を背中側からモロに食らってしまう形になりますが……大淀の刃は左手側が砕けた状態。つまり、丸々一回転しないと三刀目を振れません。

 その僅かな間に背部主砲で……。

 

 「剣舞……!」

 

 自分の装填速度を基準にするべきじゃなかった。

 大淀は左腕三連装砲から再度発泡し、都合三刀目を造って右薙ぎと言ってもいいほど角度が浅い逆袈裟に振り下ろしてきました。

 結果、左舷主砲の時のように艤装ごと持っていかれはしませんでしたが、背部主砲は切り取られてしまいました。

 本来は三連擊の攻撃を装填の速さで四連擊に増やしたことには驚きましたが、両腕の刃が消えたところを見るにそれが限界のようですね。それに対して、踏ん張っていたおかげで私の体勢は悪くありません。このまま起き上がる勢いを利用して右舷主砲を大淀に向けて砲撃を……。

 

 「六連!」

 

 大淀が予想外のセリフと共に、再び両腕から刃を伸ばすのと私が起き上がるのは同時でした。

 四連でも驚いたのに六連?

 しかも狙いは右舷主砲らしく、左の刃を逆風に振り上げています。

 

 「クソっ……!」

 

 私は出来る限り身体を左にズラしました。

 右舷装甲を道連れに左の刃は消えても、大淀の勢いは死なずに右の刃が下から迫っているからです。

 これならば、なんとか基部から切断されることはない。主砲を失うのは確定ですが、右舷副砲が二基残ります。

 あとは、生き残った二基の副砲で大淀を撃ち抜くだけ。そうすれば今度こそ私の勝ち……なのに。

 

 「綺麗……」

 

 私は彼女に見惚れてしまい、副砲を持ち上げる動きに数瞬遅れが出ました。

 私の三基の主砲を破壊した動き自体は私を模し、独自のアレンジを加えたもの。自画自賛ではないですが、私並に流麗で洗練された動きに仕上がっていました。

 その長い黒髪は流れる水の如く弧を描き、幾度も振られた両腕は刃物のように鋭く空を裂き、回転の起点となっている両足は針を想わせるほどに細くてしなやか。

 これに見惚れるなと言う方が無理です。

 彼女の舞に見惚れたまま死ねるなら本望と想えるほど、目の前の彼女は美しい。

 

 「これが……私の答えです」

 

 回転を終えた大淀は、そう言って両腕を突き出して私に砲を向けました。

 あの構えから砲撃?それとも新たな技?

 

 「覇道砲……撃てぇ!」

 

 私の予想はある意味両方とも当たっていました。

 予想外だったのは、彼女がただ模しただけの覇道砲を放ったこと。

 彼女が装備している中口径砲では、例え回光返照で私並みの力場を得ていても本来の覇道砲には遠く及ばないほど威力が低いのに、それをトドメとばかりに放ってきました。

 この覇道砲に何の意味が?

 いえ、単に私に勝利するだけなら十分な威力があるのですが、大淀が言った「私の答え」と言うセリフの意味がわかりません。

 ですが、そんな私の疑問など関係なしに、大淀が放った覇道砲は私を吹き飛ばしました。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 大淀が他人を嫌うことって滅多にないんだけど、その反動なのか一度嫌うととことん嫌うの。

 

 私が知ってる限りだとゴリ……じゃないや。長門と窮奇ね。

 今思い出しても、長門の本性を知ってからの嫌いっぷりは凄かったわ。朝潮を辞める前なんか視界に入るだけで殴り飛ばしてたくらいだもん。

 

 え?窮奇って誰って……。

 あ、これって言ったらマズいんだっけ?

 う~ん……。

 まあいっか。どうせアンタ、これからも色々と元艦娘を訪ねて回るんでしょ?

 だったら誰かが口滑らせるかもしれないから気にしないことにしよっと。

 細かいきとは考えないで忘れるのがこの桜子さんだからね。

 

 で、その窮奇なんだけど、アイツは簡単に言うと大淀の仇敵だった奴よ。

 でも同時に、大淀にとって初めての相手でもあったの。もちろん意味深はつかないわ。

 アイツは大淀を初めて愛した相手であり、大淀が初めて憎んだ相手。

 

 もしアイツがいなかったら、海軍最強と謳われた大淀は誕生しなかったかもしれないわね。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長 神藤 桜子大佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 大淀の覇道砲に吹き飛ばされて何分たったのでしょうか。

 一度意識を失ってから目覚めたら、目の前に大淀の三連装砲の砲身が映りました。

 ですが、海面に仰向けになった私を見下ろす大淀の顔に余裕は無く、肩で息をし、必死に踏ん張っている両足もガクガクと震えて今にも崩れ落ちそうです。

 それでも、私に向けた砲を下げようとしません。

 限界なんかとっくに超えているはずなのに、彼女は勝利が告げられるまで砲を下げないつもりなのでしょう。

 

 「もう、良いですよね」

 (ああ、私もお前も全部出した。全部出した結果がこれだ。悔いはないよ。それに、告白の返事も貰ったしな)

 

 それが私にはよくわかりません。

 そもそも、窮奇の覇道砲は大淀式砲撃術を参考にし、彼女への溢れんばかりの殺意(愛情)を形にしたものです。

 窮奇に愛を囁かれて本気で気持ち悪がっていた大淀が同じ想いを込めたとは考え辛いですが、もし何かしらの想いを込めたとしたら恐らく拒絶。

 全力を出しきり、限界を超えたさらに先まで力を絞り出した拒絶。

 だから胸に広がる窮奇は、落胆し諦めているようでも清々しい気持ちになっているのでしょうか。

 いや、それは私も同じですか……。

 

 「私の……いえ、私たちの負けです」

 

 だからなのか、何の抵抗も無く負けを認める言葉を言うことが出来ました。

 それでも大淀の表情は険しいまま。

 目の前で負けを認められても、ハッキリと終了を告げられるまで戦闘態勢を維持する様は正に軍人の鑑。

 そんな彼女に全力で挑んで追い込み、それでも敗北したのですから悔いなど残りようがありません。

 

 『試合終了ぉぉぉぉぉ!永遠とも思えた死闘を制したのは大淀!一人艦隊の異名に偽りはなかったぁぁぁぁぁ!』

 

 感傷に浸っている内に、空気を読まない青葉さんによる騒がしいアナウンスで大淀の勝利が告げられました。

 まったく、せっかく静かでいい空気だったのに台無しです。大淀もきっとそう思っているは……。

 

 「ちょっ!大淀!?」

 

 アナウンスの直後、大淀が私に向けていた砲を下げたと思ったらそのまま倒れ、左に傾斜して沈み始めました。『脚』が徐々に消えていってる。もしかして意識がないんですか?

 いやいや、そんな事を考えている暇はありません。

 緊急脱出装置も作動していないみたいですから、早く救出しないと本当に沈んでしまいます。

 

 「まっ……たく!これではどちらが勝者かわかりませんね」

 

 私は『脚』を広げて腰まで沈んでいた大淀の右手を握りました。

 このまま一気に引き揚げたいところですが、私のダメージも軽いものではないので上手く引き揚げられません。せめて大淀の意識が戻ってくれたら……。

 

 「あ……すみません。私、気を失って……」

 「あ、起きた。喋る余裕があるならもっと強く手を握ってください。私だってボロボロなんですから」

 「はい……」

 「それでは一気に引き揚げますよ。せ~の……!うわわっ!」

 

 今出せるありったけの力を両腕に込めて大淀を引き揚げましたが、勢い余ったと言いますか思った以上に踏ん張りが効かなかったと言いますか、大淀を引き揚げた勢いそのままに後ろへ転けてしまいました。

 しかも、大淀が私を押し倒して胸に顔を埋める形で。

 ちなみに、大淀が私の胸に顔を埋めるなり窮奇が「ウホッ♪」とか言いましたが無視します。

 

 「硬い……」

 「それは胸パットのせいです。と言うか、文句があるならどいてください」

 「……動けないので我慢します」

 

 いや、我慢するくらいならどきなさいよ。

 と、ツッコむのも億劫なので放っておきますが、硬いとか言ってた割りに座りの良い位置を探して頭をモゾモゾと動かしているじゃないですか。

 くすぐったいのでやめてくれません?

 

 (お、大淀が私の胸を愛撫している……幸せ)

 「貴女のじゃなくて私のです。欲しいって言ったってあげませんからね」

 

 おっと、これでは窮奇の声が聞こえない第三者からは、大淀は私のものと言ったと誤解されかねませんね。

 現に大淀が、「私のです」と口にした瞬間ビクッとしましたし。

 

 「い、一応お聞きしますが、今のは窮奇へのツッコミです……よね?」

 「当たり前です。私は同性愛者ではありませんので」

 「でも手が……」

 「手?あ!いつの間に!」

 

 どうやら、大淀がビクッとしたのは私のセリフのせいだけではなかったようです。

 いつからなのかはわかりませんが、窮奇が私の両手を使って大淀の身体をまさぐっていたんです。主にお尻を重点的に。

 

 「窮奇!めっ!です!少しは空気を読んでください!」

 (でもでも!こんな近距離に大淀の乳尻太ももがあるんだぞ!?)

 「それでもダメです!ハッキリとフラれたんですから自重しなさい!」

 (わ、わかった……)

 

 少しキツく言い過ぎましたが、窮奇は自重する気になってくれたらしく、両手の制御を返してくれました。

 でも、返してくれたのは良いですが、手のやり場に困ってしまいましたね。

 このまま大淀のお尻に手を置いたままなのは色々とマズい気が……。

 

 「ごめん……なさい」

 「どうしたんです?急に。怪我のことならお互い様なのでべつに……」

 「いえ、そちらではなくて……。私、貴女の弟さんを救えませんでした」

 「ああ、そっちですか」

 

 その事に関してはもう恨んではいません。

 と、言うのは簡単なのですが……どう私は、色々な人と関わりを持つ間にひねくれてしまったようです。

 なので、意地の悪い言い方をしてやります。

 

 「今はまだ許しません」

 「そうですか……そう、ですよね」

 「ちゃんと聞きましたか?『今は』と言ったでしょう?」

 

 ふむ、戦闘で頭を使いすぎたのか、はたまた単に疲れて眠たいだけなのかはわかりませんが大淀の反応が鈍いです。吐息も寝息に近くなっていますので、もしかしたら捷一号作戦の時のように寝る寸前なのかもしれません。

 だとするなら、大淀が寝てしまう前に言いたいことを言ってしまわないと。

 

 「いつか、私が女将になったらうちの旅館に来てください。そうしたら……許してあげます」

 「大和さんの……旅…館……に?」

 

 マズいですね。

 いよいよ眠気が限界に近いのか、どうしてそうすれば許してもらえるのかという疑問さえ抱いていないようです。

 

 「そうです。私の旅館です。ホテルではないですから間違えないで……って、そうじゃない!」

 

 言いたいのはそんなことじゃありません。

 でも口に出すのが気恥ずかしい。それでも言わないと、私は二度と言えない気がします。

 

 「それで……その時に私とお友達になってください!」

 

 と、恥を忍んで言い切ったのですが、いつまで経っても大淀の反応が全くありません。聴こえてくるのは波の音と、スースーと私の睡魔まで呼び起こしそうな寝息だけ。

 

 「もう!せっかく思いきって言ったのに!」

 

 大淀は睡魔に堪えきれずに眠ってしまいました。

 残された私はと言いますと、暴れる体力もありませんので迎えが来るまで大淀を胸に抱いたまま波に揺られて漂うだけです。

 

 

 「由良の()を……。いや、やっぱりやめた」

 

 私は思わず口ずさみそうになった歌が恋の歌だと思い出して喉の奥に引っ込めながら、沈まないように『脚』だけ維持して体から力を抜きました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 お友達になって。と、言われたような気がするんです。

 はい、あの決闘の後です。

 あいにくと気を失う寸前でしたのでハッキリとは憶えていないのですが、大和さんにそう言われた気がしたんです。

 

 そう……ですね。

 私も大和さんとはお友達になりたいです。

 

 え?なりたかった。じゃなくて?

 ええ、今でもなりたいです。

 それは、私があの子と同じように彼女が死んだなんて思っていないからです。

 

 はい。軍が戦死と認定しようと関係ありません。

 私が毎年ここに来てあの子と一緒にあの場所に行くのは、彼女とお友達になるためです。

 

 それに聞かせてほしいんです。

 あの決闘のあと、微睡む意識の片隅に聴こえてきた歌の続きを。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 大淀。現海軍元帥夫人 暮石 朝海少佐へのインタビューより。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第百六十六話 ポイント オケアノス

 

 

 

 

 スエズ運河とは、1869年11月に開通したヨーロッパとアジアを連結することができる海運の要と言っても良い運河よ。

 運河は北端のポートサイドと南端のスエズ市タウフィーク港を結び、中間点より北に3キロメートルの運河西岸にはイスマイリアがあるわ。

 

 「三ヶ所とも棲地化してたけどね」

 「現実逃避しないで円満。更地になったが抜けてる」

 「思い出させないでよ辰見さん……」

 

 日本を発って早二週間。

 リンガ泊地で補給を受けた私たちは、スエズ運河を通るためにそこに巣くっていた深海棲艦どもを蹴散らしながら前進し、三ヶ所の棲地を伊仏の連合艦隊と挟撃して突破して、今はマルセイユで補給を受けてる合間に提督居室で反省会をしてるんだけど……。

 

 「ま、まあおかげでこっちの被害は0だし、棲地化してたから人的被害も0。欧州連合から難攻不落と恐れられたスエズを突破したって偉業も達成できたし、更地になったから街の再建もしやすくなったんじゃない?」

 「円満が言う通りこちらの被害は0だし再建もしやすくなったかもしれない。でも、他国の土地を勝手に更地にして問題にならないと思う?」

 「やめて澪!そんなこと考えたくない!」

 

 確かにやり過ぎたとは思ってるし反省もしてるわ。

 でも勘違いしないでもらいたいんだけど、三ヶ所の棲地を更地にしたのは大和であって私じゃない。

 

 「だから私は悪くない!」

 「悪いに決まってんでしょ」

 「大和に命令したのって円満じゃん」

 

 ええそうね。

 二人が呆れながら言ったように、大和に波動砲で吹き飛ばすように命令したのは間違いなく私よ。

 ただし!

 私は敵艦隊を吹き飛ばせって言ったつもりだったんであって、棲地を吹き飛ばせなんて一っ言も言ってない!

 

 「ちなみに、棲地を更地にした貴女に申し開きはある?」

 「申し開きも何も、私は命令にしたがっただけで……。それは辰見さんもご承知のはずでは?」

 「そうね。貴女は命令に従っただけ。あんな命令の仕方じゃ、棲地を吹っ飛ばそうと考えるのも無理ないわ」

 

 そんなに酷い命令の仕方をしたかしら……。

 私はただ、補給艦を艦隊に加えれば波動砲の連続使用ができるんじゃないかと思ってそれを試してみただけなんだけど……。

 

 「『波動砲で道をこじ開けろ』確かに大和は命令通りのことをしたよね」

 「で、でも澪、いくらそう言ったからって敵艦隊ごと棲地を吹き飛ばすなんて……」

 「そうだね、普通なら考えないよ。でも大和にはそれを可能にする手段があった。あの結果は、そこまで考えなかった円満の失態だよ」

 「はい……、私の責任です……」

 

 迂闊だった。

 いえ、一特戦の戦力を把握しきれてなかったのが最大の失敗ね。まさか、たった一艦隊でスエズの端から端まで攻略できるほどだなんて考えもしなかったもの。

 でも嬉しい誤算でもあった。

 艦隊に洋上で補給することが可能な速吸と神威を加えれば、一々ワダツミに帰投しなくても都合三回は波動砲を撃てるんじゃないかと思い付いて試してみたらビンゴだったんだもの。

 

 「反省してるなら良し。今のところ、欧州連合からクレームは来てないんですよね?辰見さん」

 「ええ、()()()()()()()来てないわ」

 「スエズの周辺国からは来てると?」

 「ご名答。まあ、それに関しては欧州連合が口添えしてくれるって言ってきてるから大丈夫でしょ。円満がさっき言ったように、スエズ運河を解放したのは間違いないんだし」

 

 え?そんな報告聞いてませんが?

 もしかして黙ってた?私に反省させるために、あえて辰見さんは報告しなかったの?

 

 「あのぉ、提督」

 「何?大和」

 「ええっとですね。スエズでの戦闘で試した速吸さんと神威さんを加えた編成なんですが……」

 「何か問題でもあった?」

 

 戦闘記録を見た限りでは問題があるようには見えなかった。

 それは私と辰見さん、そして澪共通の見解よ。

 スエズでの戦闘で問題があったとすれば、嫁である扶桑の出番がなかったなんて心底どうでもいい文句を佐世保提督が第一艦橋まで言いに来たことくらいかしら。

 

 「単に敵を殲滅するだけなら問題はありませんが、ノルウェー海で実行されるような規模の戦闘では使えません。間違いなく味方を巻き込みます」

 「なるほど、威力が大きすぎるのね。他には?」

 「速吸さんと神威さんには申し訳ないですが、あの二人を連れていては一特戦本来の力が発揮できません。これは矢矧と霞も同意見です」

 

 ふむふむ、確かに戦闘記録を思い返してみると、速吸と神威を護衛するために霞と朝霜が通常よりも配置を下げたせいで矢矧たち第一小隊が前に出づらそうにしてたわね。

 

 「波動砲を頼りにしすぎると一特戦という艦隊の強さが削がれる。か、なんとも悩ましいことになったわね」

 「それは戦況に応じて使い分けるしかないわね。実際、速吸と神威を使って波動砲で一気に敵を殲滅する方法は有用ではあるんだから」

 「そうね。辰見さんの言う通りだわ」

 

 今回のスエズ戦で試してみて、棲地を更地にするって予想外の展開にはなったけど波動砲が連続使用できるってことは確認できた。

 これで、最小限の犠牲で()退()できそうだわ。

 

 「円満?」

 「え?何?澪」

 「いや、なんだか辛そうだったから......」

 「ああごめん。ちょっと考え事してて」

 

 今現在予定されている艦隊の配置から考えると、欧州棲姫に一番速く到達するのはウォースパイトを旗艦にした二特戦。次点でアイオワたち三特戦。

 私の予想では、欧州棲姫と相対することになる二特戦は影響を受けて行動不能になり、特務戦隊では最後尾に配置される大和たち一特戦はその救援に追われることになる。

 その隙を突いて三特戦が『穴』に突入するでしょうね。それで終われば、欧州連合が立てた計画的には大成功……。

 でも、そうはならない。

 

 「辰見さん。速吸と神威を護衛する艦娘を選定しておいてもらえない?」

 「それは構わないけど……」

 「それと澪。これを必要分コピーして各指揮官と各艦隊旗艦、護衛艦『カガ』の艦長に封書にして渡しておいて。あ、大和は澪と辰見さんが読み終わったら見てもいいわ」

 「お安いご用……」

 

 私が渡した二枚のA4の用紙を見た澪と辰見さんの顔が見る見る内に驚愕の色を帯びてきた。

 まあそうなるわよね。

 一枚目に書いてあるのはノルウェー海から撤退時の作戦と、その後の再集結ポイントに関する情報。

 そして二枚目に書いてあるのは、その後に予想している戦闘で大和を『穴』に送り込むための作戦。『新・天一号作戦』の詳細が書かれてるんだから。

 

 「ほ、本当にやるつもり?こんなの自殺と同じだよ?」

 「ええ、やるわ。だから、今のうちから辰見さんとアンタは覚悟してて」

 「それはもちろんだけど……。これ、ヘンケン提督は知ってるの?」

 「()()()に関しては知ってる。そもそも再集結ポイントをそこにしようって言ったのも、名前をつけたのもヘンケンだもの」

 

 それで納得したのか、澪と辰見さんは深いため息をついて「最悪だ」と言いながら二枚の用紙を大和に渡した。

 たしかに最悪の展開ね。

 その通りの展開になったら、実質ワダツミとカナロア二隻分の艦娘だけで敵を殲滅しなきゃならないんだから。

 

 「『ポイント オケアノス』ですか。なかなか皮肉が効いてますね」

 「皮肉?」

 「ええ、そうです大城戸さん。ヘンケン提督はおそらく、これ以上は撤退することができないという意味を込めてこの名前にしたのでしょう」

 「どういうこと?」

 

 元中二病の辰見さんのは察しがついたみたいで「ああ、なるほど」とか言ってるけど澪はわかってないみたいだから説明しましょう。

 

 オケアノス、またはオーケアノスとはギリシア神話に出てくる海神で外洋の海流を神格化したものよ。

 で、何故ヘンケンがこの名を再集結ポイントの名にしたかと言うと、ギリシア神話の世界観では世界は円盤状になってて大陸の周りを海が取り囲み、海流=オケアノスがぐるぐると回っているとされてたの。

 それ故に、神話において『オケアノスの領域』という言葉はしばしば『地の果て』という意味で用いられるわ。

 要は行き止まり。これ以上退路はなく、負ければ人類側の敗北を意味する。

 

 「ここを再集結ポイントにしたってことは……。深海側が目指すのは伊国のセージア渓谷?」

 「私はそう予想してる」

 「だったらもっと西に艦隊を配置するべきじゃない?例えばジブラルタル海峡とか。あそこなら敵艦隊の展開範囲を限定できるじゃない」

 「ええ、それも考えたわ」

 

 辰見さんが今言ったように、ポイント オケアノスとしたリグリア海、もっと具体的に言うとジェノバ沖、コルス島とカンヌの中間よりもジブラルタル海峡の方が敵の展開範囲を狭められる。

 でもそれじゃあダメなの。

 敵艦隊には広く、それこそ私たちを包囲するように展開してもらわなきゃ困るのよ。

 もっとも、ヘンケンにはそうさせる理由までは説明してないけど。

 

 

 「ねえ円満、敵艦隊がジェノバから陸を縦断せずにアドリア海へ迂回したらどうするの?」

 「その場合、主戦場はティレニア海になるわね。でも、それは無いというのが私とヘンケンの共通見解よ。澪」

 「どうして?深海棲艦に戦術の概念がないから?でも南方で逃がした渾沌が合流してるかもしれないんだよね?」

 「むしろ、それが根拠になってその考えに至ったのよ」

 

 先生の戦術を真似る渾沌が敵欧州艦隊に合流している。そのことは、欧州からの「こちらでは見慣れない深海棲艦を確認した」という情報でほぼ確信している。

 ならばノルウェー海で欧州連合が敗北した後、欧州棲姫を中核とした敵主力艦隊を盛大な囮にして、渾沌は寡兵を自ら率いてライン川を南下し、セージア渓谷を目指すはずよ。

 

 「それヤバイじゃん!」

 「心配しなくても良いわ。そっちにはすでに、奇兵隊が各国陸軍と協力してライン川の北端、レク川とワール川に分岐する地点に陣地を構築して迎撃体勢を整えてるし、ワダツミに乗っていない艦娘もそこに配置されるわ」

 

 そこがもう一つの決戦の地。

 大淀はもちろん、大淀から指名された叢雲もそこに配置されている。

 辰見さんはそこに叢雲が配置されたのにようやく合点がいったらしく、「死ぬんじゃないわよ……」と言いながら表情を曇らせてるわ。

 

 「提督、この一号作戦に少し修正を加えて頂けませんか?」

 「内容によるわね。どう変えてほしいの?」

 「突入開始時、初手で艦首カタパルトから波動砲を撃たせてください」

 「無理よ。アンタの砲撃の反動にワダツミが耐えられない」

 「ですが……」

 「言いたいことはわかる」

 

 たぶん大和は初手で立ち塞がるであろう敵艦隊を殲滅し、ワダツミの針路を確保する気なんでしょう。

 当然それは私も考えたわ。

 でもノルウェー海からの撤退時に波動砲を頼りにする方法を考えた今では却下するしかない。

 波動砲を使って、撤退時に戦力を維持したままポイント オケアノスに到達できなければ一号作戦が成り立たなくなるんだから。まあ正直に言えば、ワダツミに積み込んでいる資材に余裕がないって事情もある。

 

 「安心しなさい大和。突入開始から敵陣突破までワダツミはほとんど傷つかない」

 「理由をお聞きしても?」

 

 まあそうなるわよね。

 でも正直話したくない。いや、口に出したくない。

 だって私は彼らの、今もマルセイユの沖合いでワダツミを護衛してくれている彼らの気持ちを利用しようとしてるんだから

 

 「相応の……」

 「円満?ちょっ!大丈夫!?顔が真っ青だよ!?」

 「平気よ。こんなのどうってことないわ」

 

 当然ながら嘘。

 本当は今にも吐きそうだし、誰かに握られてるんじゃないかってくらい心臓が痛い。

 でも、この程度の苦痛で根を上げるわけにはいかない。

 私がワダツミで敵陣に突入すると言い出せば必ず「盾になる」と言い出すであろう彼らの屍の上を進まなきゃならない。

 だから、今は彼らにこの事を知られる可能性を少しでも減らすために、こんな言い方しかできないけど少しだけ教えて上げる。

 

 「相応の生け贄を捧げる。だからアンタは、『穴』に到達することだけ考えなさい」

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 一号作戦の内容が書かれた封書Bを開いた時の艦長の一言は今でも忘れられません。

 

 自分は残念ながら死に損なってしまいましたが、艦長が「ようやくこの時が来た」とおっしゃった時は期待に胸を膨らませましたよ。

 

 いえ、艦長に託された封書にはワダツミの盾になれなどとは書かれていませんでした。

 むしろその逆です。

 はい、各護衛艦は後方に退避しろと書かれてあったんです。

 

 ですが封書の内容が各護衛艦の艦長に通達されてほどなく、各護衛艦の艦長から通信がほぼ同時に本艦に届きました。

 ええ、よく覚えています。

 何せ、その通信を受けたのは他ならぬ自分ですから。

 

 なんて言ってきたのか?

 みんな似たようなことを言いました。

 はい、本艦の艦長と同じです。

 

 ようやくこの時が来た。

 だから、我らがワダツミの盾になると『妖精』に意見具申してくれ。と、他の護衛艦の艦長たちが護衛艦群の旗艦だった本艦、『カガ』の艦長に懇願したのです。

 

 これがその時の映像を録画した物のコピーです。

 はい、艦長の指示です。

 べつに、自分達に死ねと命じた紫印提督を非難するための材料にするために録画したわけではありません。

 これは言わば餞別。

 意見具申が通り、突入開始までの時間をフルに使って人数分コピーされたこれを懐にしまい、自分達は敵陣に突入したんです。

 

 どうしてそれが餞別なのか?

 それは、護衛艦群の乗員全てが彼女のファンだったからですよ。

 恥ずかしながら開戦初期の戦闘で死に損ない、生き恥を晒し続けていた自分達は、今度こそ死ぬために集まったのに死ぬ理由を求めた。

 

 その理由が彼女なんです。

 そうです。体裁もクソもありません。

 大の男、彼女からすればオッサンと呼べるくらい彼女とは歳が離れていたのに、自分達は揃って彼女に首ったけだったんです。

 

 ええ、彼女のために死ねた同志たちを今でも羨ましく思います。

 こんなことを言うと不謹慎ですが、自分はもう一度戦争が起きてほしい。

 そしてまた、彼女に命じて欲しいんです。

 あの時の、幼さを残しつつも凛々しく、葛藤に葛藤を重ねた末に捻り出したような声で死ねと命じて欲しい。

 そう、思ってるんです。

 

 おっと、今のは妻に内緒にしてくださいね?

 もし自分がそんなことを言ってたと知られようものなら「爆撃されたいの!?」とか言いながら手当たり次第に物を投げてきますから。

 

 妻ですか?

 妻は今仕事中です。

 何でも今日は、マネージメントをしている歌手のレコーディングの日なんだとかで。

 

 ええ、その人です。

 元正規空母の演歌歌手。

 妻はその人の後輩で、デビューするのを渋っていた彼女を説得して……って、何ですか?

 

 妻との馴れ初め?

 あ~……どこから説明すれば良いのか、自分はカガが沈んだあと、破片と一緒に海上を漂っていたところを当時艦娘だった妻に救助されたんです。

 

 いえ、目が覚めた当初は妻に救助されただなんて知りませんでした。

 

 自分が妻と出会ったのは、正確にはワダツミ艦内の病室で、ですね。

 しかもタイミングの悪いことに、密かに拝借した果物ナイフで喉を掻き切ろうとしたときに。

 

 今思えば、アレが馴れ初めと言えるかもしれません。

 あの時妻に「私たちの頑張りを無駄にする気か!」と叱られなければ、自分は懲りずに自殺しようとしていたでしょうし、彼女を伴侶にすることも出来なかったでしょう。

 ええ、それからちょくちょく、自分が自殺しないよう見張るために来るようになったんです。

 最初こそウザいと思ったものの、本土の病院から退院する頃には彼女に惚れていました。

 

 ははははは、そうですね。

 今死んだら、あっちにいる同士たちに袋叩きにされそうだ。

 そう思うと、少しだけ死ぬのが怖くなりましたよ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元護衛艦 カガ 通信士へのインタビューより。

 

 

 

 



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第百六十七話 馬鹿......

 

 

 

 

 

 どうして私がワダツミに乗ってなかったか?

 それはライン川の方に配置されてたからよ。

 

 ええ、確かに私は辰見さんの秘書艦だったわ。

 青木さんが言う通り、普通に考えれば辰見さんがいるワダツミに私も乗るのが道理だし自然ね。

 でも私はそうはしなかった。

 

 でも元帥さんから、と言うよりは大淀に指名された旨を円満から聞かされた時点で、私の腹は決まってたの。

 

 反対はされなかったのか?

 むしろ行けって言われたわね。

 それは、私が強くなりたかったのがアイツと一緒に戦うためだって辰見さんが知ってたからよ。

 

 そう、大淀と。

 アイツと私って養成所で同期……いや?入ったのはアイツの方が先だから正確には同期じゃないかしら?まあ、それはどうでも良いわ。

 

 でさ、アイツって養成所時代は勉強が出来るだけの落ちこぼれだったのに、朝潮になった途端に見る見る強くなっちゃってさ。

 

 ええ、嫉妬した。

 私が守ってあげなきゃって思ってたアイツが、私なんかじゃ足元にも及ばないくらい強くなったことにね。

 それで一時期腐ってて辰見さんに怒られたこともあったわ。

 

 他には誰がライン川に配置されてたのか?

 え~とたしか日進さんと由良さん。それとガングートさんとタシュケントもいたわね。あとは陸軍の……あきつ丸だったっけ?もう何人か居た記憶はあるけど忘れちゃった。

 

 その人数で対処出来る数だったのか?

 とんでもない!ざっと数えただけで250隻は軽くいたわよ。しかも姫級や鬼級もわんさか!それで100隻近く減らしたんだから大したもんでしょ?

 

 ええそうね。

 いくら大淀がいたって勝てるような数と質じゃなかった。

 実際、川の両岸にいた砲兵隊や戦車隊はほぼ全滅。

 内火艇ユニットを装備した特殊歩兵連隊も八割方戦死したし、奇兵隊も半数以上が帰らぬ人になったわ。

 

 最後の方には私たち艦娘も弾切れになってて、大淀と私、それと桜子さんや花組の人たちと生き残った人みんなでなんとか戦線を維持してたっけ。

 

 あの人が来たのはそんな時よ。

 もし、あの人が来るのがもう30分、いえ10分遅かったら、あの場に集った人たちは私も含めて戦死してたと思う。

 

 え?そうよ、元帥さん。

 あの人が残りの150隻以上を沈めてくれたから私はこうして生きてるの。

 は?元帥さんが沈めたのは100隻じゃないのか?

 

 ああそれって、元帥さんが『狩場』とか言うのを使った時でしょ?

 

 そう、その前に50隻以上を一人で沈めてたのよあの人。

 本当よ!

 私と大淀でさえ合わせて20隻そこそこだったのに、あの人は日本刀だけで50隻以上の深海棲艦、しかも鬼級以上の戦艦や空母まで相手にして無双したのよ。

 

 凄い、と言うより怖いと思ったわね。

 だって元帥さんは、大淀ですら「あの密度の攻撃は回避しきれません」って言ったほどの攻撃を回避し、30回ちょっと刀を振っただけで敵の三分の一以上を沈めちゃったんだから。

 

 今でもふとした時にあの高笑いが聴こえてくることがあるわ。

 『周防の狂人』とか『嗤う黒鬼』とか呼ばれた、狂気に満ちたあの人の嗤い声が。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 叢雲へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 「暇ねぇ、大淀」

 「暇ですねぇ……叢雲さん」

 

 もう何度目かもわからないくらい言ったセリフ。

 そのセリフを飽きもせず、私と叢雲さんはライン川の畔で体育座りして景色を眺めながら繰り返しています。

 そんな私たちの後ろでは、日進さんがお札のような物をアチコチに貼ってまわってますし、各国陸軍や奇兵隊の人たちが少将さんの指示で忙しそうにしているのですが……。

 

 「やることがない……」

 「アンタは桜子さんたちが買い出しから戻って来たら炊き出しするんだからまだ良いじゃない。私なんて夕飯ができるまでホンっトにやることがないんだから」

 「いやいや、配膳くらい手伝ってくださいね?」

 

 本当に。

 私や花組の人たち、それに各国の女性兵士の方々で配膳をしますが人手が多いに越したことはないんです。

 だから手伝わせます。

 いくら「私ってお嬢様育ちだからさ~」なんて言い訳になってない言い訳を言っても通用しませんしさせません。

 

 「あの人たちってさ、この作戦のために奇兵隊が集めたんだって?」

 「はい。奇兵隊に『武器屋』と『店長』のコールサインで呼ばれている人たちがいるのですが、その人たちが何年もかけて募ったそうです」

 「ふぅん。噂には聞いてたけど、奇兵隊って色んな人がいるのね」

 

 ええ、本当に色んな人がいます。

 それこそニートから政治家まで、様々な人たちが主人の呼び掛けに応えて集い、復讐を成就させる手助けをする過程で完成したのが、このライン川の最北端に築かれた対深海棲艦用迎撃陣地なのです。

 

 「()()()()を使ってまで死にたいないなんて理解できないわね。ちょこっとだけ舐めてみたけどクッソ不味いじゃないコレ」

 「ふふふ♪確かに不味いですよね。作った桜子さんが「この世で一番不味いわ」って言うくらいですから」

 

 今叢雲さんがポケットから取り出して忌々しそうに睨んでいるのは、緊急時栄養補給剤と銘打たれてこの場に集った全員に支給された『黒汁』です。

 戦闘開始前、具体的には敵艦隊が確認されて戦闘配置についた時点で服用を許可されているこれは、驚異的な効果の代償なのかクッソ不味いんです。

 私も試しに少しだけ舐めてみたんですが、これを飲むくらいなら汚水をガブ飲みした方がマシだと思えるほど不味かったですね。

 

 「そう言えば、あっちはそろそろロンドンに着く頃だっけ?」

 「タイムスケジュールに狂いがなければもう二~三時間ほどで着くはずです」

 「そっか、じゃあ明後日には……」

 「ええ、あちらは戦闘開始です」

 

 早ければその数日後、遅くとも一週間後にはここが戦場になる。と、いうのが主人の予想です。

 そしてそれは、円満さんたちがノルウェー海での戦闘で負けるということ。

 

 「なんだか変な気分よねぇ」

 「どういう風にですか?」

 「いやぁ、何て言うか。辰見さんや円満たちに無事でいて欲しいって思ってるクセに、私はここが戦場になるのを望んでるの。ここが戦場になるって事は、辰見さんたちが負けるってことなのにさ……」

 

 はて?どうして叢雲さんはそこまで戦闘を望むのでしょうか。私が知る限り、叢雲さんって感情の起伏は激しくて我が儘ですが、大切な人が危険な目に遭うとわかっていながら失敗を望むほどの戦闘狂ではなかったはずです。

 

 「へぇ、アンタって私のことをそんな目で見てたのね」

 「ち、違いますよ?私はけっして、叢雲さんのことを我が儘で面倒臭がりの面倒臭い人だなんて思っていません!」

 「なるほどなるほど、アンタにとって私は面倒臭い人間だったのね。ちょっとこっち来なさい!久しぶりに折檻してやるから!」

 

 マズイです。ついつい本音が出てしまいました。このままだと容赦なく槍で突っつかれそうです。

 養成所時代もそうでした。

 私と叢雲さんは同じ養成所で同室だったのですが、ことある毎に箒なりで私を突っついてたんです。

 あの頃は叢雲の召し使いみたいな生活をしてましたねぇ……。他の人の目からはイジメに映っていたようですが、私はイジメられてたなんて思ったことはありません。

 せいぜい「宿題くらい自分でやれば良いのに」とか「どうして私が体を洗ってあげないといけないんだろう」なんて疑問を抱いたくらいです。

 まあそれはともかく、今の私なら回避からカウンターを入れるくらい容易ですが、叢雲さん相手にそれはしたくないです。かと言って突っつかれたくもない。困りましたね……。

 

 「アンタは、その……」

 「何ですか?また宿題を写させろですか?」

 「何で宿題!?」

 「あ、すみません。養成所時代を思い出してたのでつい……」

 

 口から出てしまいました。

 でも仕方ないんです。

 養成所時代の叢雲さんは、体を洗えとか着替えの手伝えとか言うときは申し訳なさなど微塵も感じずに言うのに宿題を写させて欲しいときは心底申し訳なさそうにお願いしてきてたんです。正にさっきみたいな感じで。

 だから私が勘違いしちゃうのも仕方がないのです。

 

 「アンタって相変わらず……。いや、何でもない」

 「考えてることが顔に出る。でしょう?」

 「ええそうよ。ホンっト、呆れちゃうわ。でも安心もした」

 「安心、ですか?」

 「うん。だってアンタ、昔と全然変わってないんだもん」

 

 はて?それはおかしいです。

 朝潮だった頃ならまだしも、今の私は心身共に大人の女です。年齢的には若いですが、結婚してますし子供だっているんです。

 その私を捕まえて昔と変わってないとは如何なものでしょうか。

 

 「馬鹿なところが変わってない」

 「い、いや、確かに頭はあまり良くないですけど……そんなに酷いですか?」

 「酷いわね。確かにアンタは強くなったし、見た目も年相応に成長した。でも私が一緒に戦いたかったのは、そんな酷いアンタ。自分に自信が無くて、それでも愚直に努力してたアンタなんだから」

 

 叢雲さんはそう言い終わると、急に照れ臭くなったのか顔を真っ赤にして明後日の方向を向いてしまいました。

 私に変わっていないと言いましたが、私から見れば叢雲さんも変わってはいません。

 高飛車で意地っ張り。でも、本心を晒すのを本気で恥ずかしがる天邪鬼のままです。

 

 「私も同じです。いつかの秋刀魚漁のような小規模な戦闘ではなく、全力を出しても尚勝てるかどうかわからない戦場で、叢雲さんに背中を任せたかった」

 

 叢雲さんは、大和さんとの決闘が終わってから主人に「連れて行きたい艦娘はいるか?」と聞かれた私の頭に、満潮ちゃんや阿賀野さんを差し置いて真っ先に浮かんだ私の初めてのお友達。その叢雲さんと、ようやく私は戦える。

 あ、でもそうなると……。

 

 「もう、一人艦隊とな名乗れませんね」

 「ふん!随分と時間がかかっちゃったけどもう名乗らせるもんですか!アンタの相棒は満潮でも阿賀野さんでもない。この叢雲様なんだから!」

 

 相も変わらず顔を真っ赤にしたまま、叢雲さんは溜め込んでいたモノを吐き出すようにそう言ったあとに、なぜか申し訳なさそうに「馬鹿......」と言い捨てました。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 奇兵隊の飛車角コンビ?

 何それ、奇兵隊ってそんな人たちが居たの?

 はぁ!?うちの馬鹿亭主!?

 

 え、あなたってそんな呼ばれかたをしてたの?どうして……。ああ、そう言えばあなたの下の名前って飛車m……痛い!なんで叩くのよ!

 

 恥ずかしい?

 いや、恥ずかしがることないじゃない。親が名付けてくれた名前でしょ?堂々と名乗りなさいよ。

 海坊主さんだって顔に似合わない名前だけど堂々と……あ、そう言えば海坊主さんの下の名前ってたしか……。

 なるほど、だから飛車角コンビか。納得した。

 

 ん?一人で納得してないで教えろ?

 いや、教えろも何も想像ついてるんじゃない?そう、この人と海坊主さんの下の名前が由来よ。

 

 でもさ、青木さんが興味持つほど凄かったの?

 それと言うのも、私ってこの人が車を運転してるとこしか見たことないから、そんなこの人が戦場でどんなだったか知らないのよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「買い込んだっすね~。トラック10台の荷台が山盛りになってるっすよ」

 「それは良いからもうちょっと丁寧に運転してくれない?酔っちゃったらどうしてくれんのよ」

 「十分過ぎるほど丁寧に運転してるっすけど?」

 「いやいや、揺れてるじゃない。飛車丸(ひしゃまる)が運転する時は全く揺れないわよ?」

 「相棒みたいな天才と一緒にされても困るっす。自分は凡人っすよ?」

 

 そう?あなただって天才の部類だけど?

 とは、けっして口に出さない。

 誉められるのは好きだけど人を誉めるのは照れ臭いのがこの桜子さんだからね。

 おっと、それは今どうでもいいわね。

 一応説明しとくと、艦娘たちから金髪さんとした親しまれ、奇兵隊の実働部隊の一つである『車』の隊長をしているビークル1こと矧上 飛車丸(しんじょうひしゃまる)少佐は、私の亭主であり実働部隊『銃』の隊長兼奇兵隊副長をしている神藤 角千代(しんどうかくちよ)の古くからの相棒よ。

 二人をまとめて奇兵隊の『飛車角コンビ』と呼んだりもするわね。

 

 「ちなみに初出っす」

 「何が?」

 「何でもないっす」

 

 あっそ。なら良いわ。

 いや、私も何か違和感は感じてるのよ?

 だって、それこそかなり初期から登場してるのに今の今まで名前が設定されてなかったのに何を今さらって……。

 ん?何言ってんだろ私。これじゃあまるで、適当な設定をしてた二次創作作者の言い訳をさせられてる気分だわ。

 

 「どうかしたんすか?」

 「ううん、何もないわ。それより、飛車丸はなんで買い出しに付き合わなかったの?私の専属ドライバーでしょ?アイツ」

 「べつに桜子さんの専属って訳じゃ……。まあいっか。相棒は魔改造したジェットスキーの慣熟訓練で忙しいんすよ」

 「あ~、アンタと乗るやつ?」

 「そっす。四式っす」

 

 説明しよう!

 四式内火艇ユニット、通称『龍』とは、今回の作戦のために奇兵隊の実働部隊の一つである『車』に配備された21式内火艇ユニット、通称『竜』のカスタムバージョンよ。

 この『龍』(竜もなんだけど)は全長360cmで全幅130cmのジェットスキー(水上バイクとも言うわね)に『装甲』形成に特化させた内火艇ユニットを組み込み、後部に『銃』の隊員用の銃座を設置した物よ。

 要は装甲が張れる2人乗りのジェットスキーね。

 あ、ちなみに、他の兵器でもそうなんだけど、日本製の武器には基本的に年式がつけられるわよね。

 今説明した21式の場合は2021年式って意味よ。

 通常は21式みたいに西暦の下二桁が用いられるんだけど、飛車丸専用の『龍』やお父さんが作らせたっていう『戦装束』みたいな、他の人間には扱いきれないオーダーメイド品には和暦が使われるの。

 つまり四式は平成四年式って意味ね。

 

 「最高速度は60ノット越えだっけ?」

 「21式はそんなもんっすね。四式は70ノット出せるらしいっす」

 「速すぎでしょ!制御できんの!?」

 

 え~とたしか1ノットが時速約1.8kmだからだいたい……129km!?さっきも言ったけど速すぎ!陸上ならともかく、喫水がほぼ無いジェットスキーが水上でそんな速度出したら即転覆よ!直進できるかも怪しいわ!

 

 「トビウオとか稲妻を使ったときはもっと速いっしょ?」

 「アレは水面を走ってるんじゃなくて跳んでるの」

 

 しかも直進しかできないしね。

 回光返照とやらを使った大淀と阿賀野が90ノット近い速度で航行したって聞いたけど、アレは両足で直接姿勢を制御できる艦娘、しかも大淀や阿賀野レベルの天才だからこそ実現できた事よ。

 それらと似たような真似を機械、しかも後部に人を乗せた状態でできるとはとても思えないわ。

 

 「言っときますけど、常に最高速でぶっ飛ばす訳じゃないっすよ。まあ、相棒ならできそうっすけど」

 「ホントにぃ?」

 「うわ、全く信じてない……。相棒は頭悪そうな見た目してるっすけど、こと運転に関しちゃマジで天才っすからね?しかも敵の攻撃タイミングが直感でわかるっつうチート持ちっす。ハッキリ言って奇兵隊でも……って、どうしたんすか?膨れっ面なんかしちゃって」

 「べぇつにぃ」

 

 まあ上手いのは確かね。

 アイツが運転する車に乗ったときはエンジンの振動以外感じないってくらい揺れないし、格闘術も銃撃も並なのに、例えばバイクに乗っただけで奇兵隊で五本の指に入るくらい強くなるしね。

 でも、亭主がアイツを誉める度に思うんだけど……。

 

 「気にくわない」

 「何がっすか?」

 「アイツのことを嬉しそうに誉めるアンタが!少しはその……私の事も誉めなさいよ」

 「いつも誉めてるじゃないっすか」

 「もっと!確かにアイツはアンタの相棒だけど、私はアンタの伴侶なのよ?同じくらい誉めなさいよ!」

 

 コイツはいっつもそう!

 私を誉める時とアイツを誉めるときとじゃ表情が全然違う。私を誉めるときは「そっすね~。桜子さんは凄いっすね~」って感じで適当に誉めるのに、アイツを誉めるときは嬉しそうな上にどこか誇らしそうなんだもん。

 

 「桜子さんは凄いっす。自分の誇り、いや恩人っすから」

 「もっと具体的に。それじゃわかんない」

 

 だいたい、誇りなのはわかるけど恩人って何よ。

 私がアンタにしてあげた事なんて、世紀末に肩パットつけてヒャッハー!とか言いそうな外見のアンタと結婚して子供を生んであげたくらいよ?

 

 「自分は学が無いっすから、どうしてもそれ以上の言葉が思い浮かばないんすよ。でも心底そう思ってるっす。桜子さんがいなきゃ自分は……俺はここまで幸せになれなかったっすから」

 「どこが幸せなのよ。今回の作戦って下手したらハワイ島の時以上に生還率が低いのよ?」

 「それでもっす。この作戦の成否はそのままこの世の行く末に直結してるんっすよ?つまり、俺は愛する桜子さんと桜ちゃんが伸び伸びと生きていく世界を守るために戦える。家族を知らなかった俺が家族のために戦えるんっす。戦うことしかできない俺にとって、こんなに幸せなことはないっすよ」

 

 まるで陣地に着くのを見計らっていたかのように、トラックを停めるのと同時に角千代がそう言い終えた。

 何よそのセリフ。

 それじゃあまるで死ぬつもりみたいじゃない。遺言みたいじゃない。

 

 「そんな泣きそうな顔しないでほしいっす。心配しなくても自分は死んだりしないっすから」

 「本……当?」

 「ホントっすよ。孫の顔を見るまでは殺されたって死なないっす。それに……」

 「それに?」

 

 なんか頭まで真っ赤になってきたけど何を言うつもりなんだろ。

 そんな茹でダコみたいになるほど恥ずかしいセリフを言うつもりなのかしら。

 

 「桜子さんともっと、イチャイチャしたいっすから」

 「は?はぁ!?」

 「嫌っすか?」

 

 嫌なわけがない。

 この人は私が初めて......お父さん以外で初めて見も心も任せて良いと思った人。今の私が心の底から愛する唯一の人よ。その人にイチャイチャしたいと言われて嫌な訳がない。

 でも困ったことに、素直に本音を晒されたら素直に答えることができないのがこの桜子さん。

 だから私の口は、私の心情なんて関係なしに「馬鹿......」と呟いてた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 何の罰ゲームだ。

 が、後部座席で一部始終を見せられた私たち花組一同の感想でした。

 

 だって桜子姉さんと角千代兄さんは、私たちがいるのを完全に忘れてイチャイチャチュッチュチュッチュとし始めたんです。

 ええ、べつにイチャイチャするのは良いですからせめて他所でやってくださいと思いましたよ。

 

 その時は無駄に長いキスだけで済ませてくれたからよかったですが、もしその場でセッ......いや、まぐわ......。う、うん!とにかくそういった事を始めようものなら、「私も混ぜてほしい」とか言ってた桃姉さんや「僕たちもどう?」とか「も、もうちょっと見てから」などと言っていたくらら姉さんと桔梗姉さんを張っ倒してから止めるつもりでした。

 

 でも、同時に羨ましくもなりました。

 ええ、私は今だに伴侶と呼べる人に巡り会えていませんから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元神風型駆逐艦 五番艦 旗風。現奇兵隊花組所属 降旗 菘少尉へのインタビューより。

 

 

 



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第百六十八話 とんだ茶番に付き合わされたわね

 

 

 

 

 

 戦艦と言えば正規空母と並ぶ最強の艦種。

 そこに存在するだけで下の者達を奮い起たせ、他の艦種では並び立つことすら不可能なほどの強大な砲火力で敵を薙ぎ払う艦隊決戦の華。

 と、民間人やプライベート時の戦艦を知らない人は思ってるわ。

 でも私は……。

 

 「戦艦ほど変態が多い艦種は他にない。と、思ってる」

 「Hey霞、それじゃあ私も変態みたいじゃないデスか」

 「え?金剛さん自覚なかったの?」

 「いやいや、あそこで騒いでる連中に比べたら私はまともな部類デース」

 

 ふむ、たしかにワダツミ内の談話室の一つを占領するかのような勢いで騒いでいるあの連中に比べたら金剛さんはマシな部類かもしれない。あくまでマシってレベルだけどね。

 それと言うのも......。

 

 「やはり余のNelson touchが見た目も威力も一番だろう。なんでも、余の真似をする駆逐艦もいるそうじゃないか」

 「いやいや、私の『一斉射か、胸が熱いな!』こそ一番だ」

 「ちょっと待ってナガート。youのそれって名前なの?」

 

 などとビッグセブン特有の特殊砲撃(ただの一斉射)について話しているネルソンさんに長門さん、それに同じビッグセブンとは思えないほど小柄(ただし胸部装甲は正にビッグセブン)なコロラドさんが騒がしい。

 でもまあ、ここはまだ騒がしいだけだから実害はないわね。

 そんな彼女たちと違って気味が悪いのは、談話室の片隅で艦種問わず艦娘を集めて「あらあらあらあら」言ってるだけの陸奥さんね。

 恵姉さんと荒潮も混ざって「あらあら」言ってるし、もしかしてあれが噂のムツリム集会なのかしら。

 

 「ホント、戦艦って濃い」

 「濃いとか言うなデース。濃いのはBIG7だけで金剛型はまともデス」

 「いや、金剛型も大概でしょ」

 

 だって一番艦の金剛さんは色ボケの痴女で、二番艦の比叡さんは磯風以上の料理音痴、いえ毒物製造機。本当かどうか知らないけど、昔戦闘中に弾切れになった比叡さんがたまたま持っていたカレー(どうして戦闘にカレーを持っていったのかはツッコマない)を投げつけたら投げつけられた深海棲艦が爆散(爆散って......)したそうよ。 

 そして三番艦の榛名さんはムッツリスケベの被虐趣味。金剛さんの話では、身の毛も弥立つほどハードなプレイ中に「榛名は大丈夫です!」って言うのが夢なんだとか。

 さらに濃いのが四番艦の霧島さんね。

 彼女は893の組長の娘らしく、艦娘になったのも後々役に立ちそうな軍とのコネクションを構築するためだったらしいわ。もっとも、その目論見は霧島さんが呉提督に惚れちゃったのと、すでにどこぞの組が軍と協力なコネクションを築いてて入り込む余地がないなんて理由があって断念したらしいわ。

 あ、ちなみに霧島さんはネームド戦艦としても有名ね。しかも異名は複数あるわ。有名どころだと『マイクチェックメガネ』とか『893戦艦』、さらに『メガネをとったら本気の合図』とか......いや、最後のは違うか。

 

 「あ、そうだ。結婚おめでとうございます。上手く落とせたみたいですね」

 「このタイミングで言います?でもまあ、一応ありがとうと言っておきマス」

 「どういたしまして。それに新しい改装も受けたそうじゃないですか」

 

 たしか改二丙。

 戦艦のクセに雷撃まで可能になったって聞いたわね。

 機動力は戦艦のままではあるものの、金剛さんの砲火力と速力に雷撃まで加わるなんてたちが悪いわ。

 絶っっっ対に!敵に回したくないわね。

 

 「個人的には、純粋に火力を強化してほしかったデスネ」

 「どうして?」

 「まどろっこしいんデスよ。一々何秒も先の敵艦の未来位置を算出して撃つくらいなら手に持って投げつける方が簡単デス」

 

 これだから戦艦は……。

 と、私だけでなくほとんどの駆逐艦が、今の金剛さんのセリフを聞いたら思うでしょうね。

 今まで砲撃だけで戦ってきた金剛さんにはわかんないんでしょうけど、想定した敵艦の未来位置に魚雷を放ち、砲撃なりで誘導して上手いこと魚雷が命中したらメチャクチャ気持ちいいのになぁ……。

 

 「あ、居た。コンゴーおばちゃ……むぐ!?」

 「Hey ジャービス。おばちゃんって呼ぶなと前にも言いましたヨネ?」

 

 大人気ない。

 とは、談話室に入るなり先のセリフを吐きながら、トテトテと走り寄って来たロリコンゴー……もとい、ジャービスの口を塞ぐように右手で掴んだ金剛さんには言えない。

 だって目がマジだもん。

 

 「ご、ごみぇんにゃはい」

 「わかればよろしい」

 「うぅ……顎が痛い」

 

 嫌な予感がする。

 ジャービスはたしか、別の談話室でウォースパイトさんが開いているお茶会に参加していたはず。

 そのジャービスがわざわざ金剛さんを探しにここへ来たと言うことは……。

 

 「で?何か用デスか?」

 「あ、そうだった。ママがおこなの!激おこなの!だからヤマートが金剛おば……姉ちゃんを呼んできてって!」

 「は?ウォースパイトが?」

 

 やはり助けを求めて来たのね。

 しかもウォースパイトさんが激おこときた。

 と、言うことは、ほぼ間違いなく誰かが喧嘩を売るなりしたのね。

 なんて命知らずな……。

 

 「仕方ないないデスねぇ……。じゃあ霞、行きますよ」

 「え?いやいやいやいや!なんで私も行かなきゃいけないの!?」

 「旅は道連れ世は情けと言うでしょう?だから付き合ってください」

 「言うけど!言うけど嫌だったら!だってウォースパイトさんが激おこなんでしょ!?」

 「まあそう言わずに。ジャービスも行きますよ」

 「へ?」

 

 そう言いながら、金剛さんは嫌がる私だけでなく見送りとばかりに手を振っていたジャービスまで脇に抱えて談話室を出た。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 海外の戦艦や、その当時引退していた人はどうだったか知らないけど、私が知る限り当時の戦艦にまともな人はいなかったわ。

 

 ええ、断言しても良い。

 戦艦は頭のおかしい人しかなれないんじゃないかって本気で考えるたことがあるくらいだもん。

 

 え?扶桑さんや山城さんもまともじゃなかったのか?

 そうよ。あの二人も例外じゃなかった。

 山城さんは「姉様の妹じゃなくて弟として生まれたかった」とか平気で宣うくらいのシスコンだった……え?何が問題って、わかんない?

 あの人近親相姦上等みたいな感じでそう言ったのよ?いや、むしろそれが至高とまで言いそうだったわね。

 ええ、もし山城さんが男だったら襲ってたんじゃないかしら。

 

 扶桑さんもそうだったのか?

 扶桑さんの場合はベクトルが違うわね。

 あの人が不幸の代名詞みたいな人だったのは青木さんも知ってると思うけど、そのせいか開運グッズを集める癖があったの。

 ええ、あの人ってどんなに怪しいものでも、どんなに高額でも即決で買うのよ。

 そのせいであの人と佐世保提督の家は怪しげな開運グッズでいっぱいになってるし、それが原因でトラブルになったことも一度や二度じゃないわ。

 

 え?ワダツミで戦艦同士の喧嘩があった?

 それ何時の話?

 ああ、マルセイユを出た後のアレか。でも、アレは喧嘩って言うよりは意地の張り合いかなぁ。

 

 いや、後から事の顛末を円満さんに報告するはめになったんだけど、それくらいしか言えなかったもん。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 三つ巴って言葉を知ってる?

 簡単に説明すると、三つ巴とは「三者が対立して入り乱れること」「三人が向かい合って座ること」「巴を三つ組み合わせて円形にした文様」という意味の言葉よ。

 対立した三者の力が拮抗して入り乱れる様子や、そのややこしい状態を差すのにも使われるわね。

 似たような言葉で『三すくみ』があるけど、これはジャンケンのように三者それぞれが得手不得手を持ちお互いに牽制しあう様子を表す言葉だから三つ巴とは少し違うわ。

 

 「まあ、これはどっちでもないかな」

 「満潮さん、諦めないで止めてくださいよ……」

 「無理無理無理無理。アンタこそ止めて来なさいよ。ウォースパイトさんとアイオワさんは無理でも、アンタは飼い主なんだから大和なら止められるでしょ?」

 「それは……」

 

 私の訓練に堪えきった成果か、朝潮は心身共に強くなった。それでも無理なのはわかってる。

 私だって無理、と言うよりは関わりたくないもの。

 あんな馬鹿騒ぎを止めに入ったら、私まであの戦艦どもと同じに見られかねないからね。

 

 「武蔵!私を裏切るのですか!?姉であるこの私を!」

 「すまない大和姉さん。だが私は元々夕雲型駆逐艦の末妹だ。その私が、コーヒー党の夕雲姉さんに敵対するわけにはいかない。と言うか、苦いの苦手……」

 

 いや、どう考えても最後のが最大の理由でしょ。

 まあ夕雲型駆逐艦に囲まれ、さらに武蔵の膝の上で膝を組んで長女の威厳をこれでもかと醸し出している夕雲に逆らえない気持ちはなんとなくなくわかるわ。

 

 「ふ、扶桑さんと山城さんは……」

 「私は……その、どれが良いかと聞かれたらコーヒーですね。ね?山城」

 「私は姉様がお好きな物なら何でも♪」

 

 再び仲間を増やすのに失敗してガックリと肩を落とす大和。それどころかコーヒー党に二人加わっちゃったわ。

 そんな大和が、すがるような視線を向けた先にいるのは……。うわぁ、よりにもよってあの二人か。

 

 「伊勢さんと日向さんは……」

 「「瑞雲だ」」

 「は?今何と?」

 「「私たちが愛飲しているのは瑞雲だと言った」」

 「あ~……うん。すみません。聞く人を間違えました」

 

 気持ちはわかるけどツッコミを放棄するんじゃない。

 色々あるでしょ?

 ほら、瑞雲は飲み物じゃないとかさ。瑞雲飲んでるのかよ!とか、意外と「瑞雲」っていってるヤツ多いな!とかさ。日向さんも「まあ、そうなるな」とか言うくらいなら瑞雲とか言うな。

 

 「じゃ、じゃあ……」

 

 マズい。

 結局味方が得られず、ついに壁際に避難していた私と朝潮に大和が目を着けたわ。

 とっさに目を逸らしたけど、あの様子じゃ私たちを味方に着けようとするんじゃ……。

 

 「きょ、教官」

 「な、何よ」

 「教官は日本人ですよね?」

 「ええ、一応………ね」

 「では当然、私と同じで飲むなら抹茶です……よね?」

 

 今更ながら説明しましょう。

 今現在、私たちがいる談話室で繰り広げられている茶番の原因。それは、午後のティータイムで飲むなら何か。と、大和とアイオワさん、そしてウォースパイトさんが話しだしたのが原因よ。

 まあだいたい察しは着くと思う。

 アイオワさんはコーヒーを挙げて夕雲型姉妹を筆頭に数多くの味方を得、ウォースパイトさんも紅茶を挙げ、金剛型姉妹や神戸生まれと宣う末妹に引っ張られた最上型重巡洋艦姉妹等々多数の味方を得ているわ。

 さらに意外と人数が多く、横から参戦してきたのが伊勢型姉妹を筆頭とした瑞雲教ね。ちなみに、誤解がないよういっておくけど瑞雲は飲み物なんかじゃあない。

 そして大和が何を挙げたかと言うと、さっき本人が口にした通り抹茶。しかもガチなヤツ。

 つまり、今この談話室はコーヒー党と紅茶派、さらに瑞雲教が心底どうでも良い三つ巴の戦いを繰り広げられているのよ。

 あ、あとは超少数派、ってか大和一人の抹茶会ね。

 

 「教官!」

 「ごめん大和、私はアンタの味方にはなれない」

 

 何故なら私もコーヒー党だから。

 しかも私は、サイフォンを使って淹れるほどのコーヒー好きよ。その私が、いくら教え子とは言えアンタの味方はできるわけがない。

 それに私、コーヒー党と謳ってはいるけど武蔵と同じで苦いの苦手なのよ。

 コーヒーにだって、砂糖とミルクを入れなきゃ飲めないんだから。

 

 「教官まで……でもご主人さまは……!あ、あれ?どうして私の方を見てくれないんですか?」

 

 大和の絶望一本手前みたいな視線を追って隣の朝潮を見てみると、朝潮は私と同じように大和から目を……いや、顔をそらしていた。しかも「よくそんなに曲がるわね」って言いたくなるような角度に。

 ほとんど真後ろ向いてるんじゃない?

 

 「ま、まさかご主人さまも……」

 「ごめんなさい。私、苦いのと辛いのはちょっと……」

 

 朝潮の返事を聞いた途端、ガックリって擬音が聴こえてきそうなほどガッカリして、大和は膝から崩れ落ちた。

 正に最後の望みも潰えたって感じね。

 

 「態勢は決したようですね。ms.大和」

 「まだです!まだ誰か……」

 

 いや、居ないでしょ。

 大和はそれでも誰かと言わんばかりに室内をキョロキョロしてるけど、大和、と言うより抹茶を完膚なきまでに叩き潰したそうなウォースパイトさん以外は各々が好きな物を飲みながら談笑し始めてるわ。

 

 「まあまあ、Warspite も大人気ないこと言ってないでTeaTimeをEnjoyしましょうよ」

 「TeaTime?Ms.Iowaが飲んでいるのは泥水じゃなくって?」

 ピシッ!って音が聴こえた気がした。

 それと同時に、コーヒーを楽しんでいた全てのコーヒー党の人たちが固まった笑顔をウォースパイトさんに向けたわ。

 これは間違いなく喧嘩になるわね。

 すでに夕雲を始めとした夕雲型姉妹は戦闘態勢。それを察したのか、ティーテーブルで紅茶片手に静観していた金剛型姉妹が立ち上がったもの。

 

 「逃げるわよ朝潮。このままここに居たら間違いなく巻き込まれる」

 「無理ですよ満潮さん。だってほら……」

 「クソ、あのアホ戦艦、よりにもよってあんな場所で……」

 

 朝潮の視線の先にあるこの談話室唯一の出口の前で、実際に淹れる場面を見せれば興味を持つ人が出るかもしれないとでも考えたのか、はたまた単に不貞腐れて一人で茶の湯を楽しもうとでも考えたのか、大和がどこからともなく取り出した赤い絨毯?を敷いて、これまたどこからともなく取り出した茶釜をカセットコンロに置いてお湯を沸かしていた。 

 

 「あれ?そういえば……」

 「どうしたのよ朝潮。逃げ道でも見つけた?」

 「いえ、そうではなくて。いつの間にかジャービスさんの姿が消えてるんです」

 「言われてみと確かに……」

 

 本当にジャービスの姿が消えてるわ。

 いったいいつから居ないんだろう。

 大和が勧誘を始めてから?それとももっと前の、各派閥がこれこそ一番だとか言い出したあたり?

 

 「Warspite 、貴女がcoffeeが嫌いなのは良くわかりましたが、だからと言って泥水呼ばわりはないんじゃない?」

 「キャラが崩れてるわよms.Iowa」

 「話を逸らさないでもらえる?私が言ってるのは……!」

 「正直迷惑してるんですよ。せっかく金剛の妹たちとTeaTimeを楽しんでいたのに、あとから来た貴女たちが淹れたcoffeeの下品な『悪魔の臭い』のせいで紅茶の繊細な香りが台無しだわ」

 

 悪魔の臭いとかいつの時代の人間よ!

 と、言ったのは私じゃなくてアイオワさん。

 ちなみにコーヒーがヨーロッパに伝わった時、当時の英国人にとってコーヒーは馴染みのない飲み物で、コーヒーハウスの近隣の住民からコーヒーの「悪魔の匂い」の対処を訴え出た記録が残っているんだって。

 他にも色々と悶着があったそうだけど、その辺が気になるなら各々で調べてちょうだいね。

 ん?なんか大和が茶釜を移動させたわね。

 

 「HEY!ウォースパイト!話はジャービスから聞きましたよ!」

 

 あ、なるほど。

 大和は金剛さんが来た気配を察して茶釜を移動させたのね。それにジャービスの居場所もわかったわ。

 具体的には金剛さんの脇の下。

 怯えた顔して抱えられてるわ。何故か反対の脇には何かを諦めたような顔した霞さんも。

 

 「あら金剛。貴女もどう?淹れたてよ?」

 「それは後で貰います。それよりウォースパイト、貴女またcoffee飲んでる人に喧嘩を売ったんですって?」

 

 また、とな?

 ウォースパイトさんと昔馴染みの金剛さんがそんなセリフを言ったってことは、彼女って以前からコーヒーを馬鹿にしたような事を言ってたってこと?

 

 「やっと解放された……」

 「どうして霞さんまで連れてこられたの?」

 「そんなの私が聞きたいわよ……。ってジャービス!足にしがみつくのやめてったら!」

 

 金剛さんの脇から解放されるなり、脱兎の如く私と朝潮の傍まで避難して来た霞さんは、ついさっきジャービスに足にしがみつくなとか言ったのを忘れたのか、私の背中に隠れるようにしがみついたわ。

 

 「だってcoffeeだけは私……」

 「まだ昔の事を気にしてるのよ?もう十……年前のことじゃないデスか」

 

 十……何年?ハッキリと下の桁まで言ってくれないかしら。は、まあいいか。

 金剛さんに注意されて子供みたいに頬を膨らませていたウォースパイトさんは、まるで絞り出すようにそう言ったわ。

 いったい、ウォースパイトさんの過去に何が……。

 

 「昔の彼氏が紅茶よりcoffeeの方が好きだって言ったからって、coffee自体を敵視するなんて相変わらず頭おかしいデス」

 「昔の彼氏って何よ!私、男性は主人しか知りません!」

 「どっちでも良いデスよそんなこと。それよりも……良いんデスか?」

 「良いって何が……!あ……」

 

 金剛さんが呆れながら指した指の先では、ウォースパイトさんが「しまった」と言いたそうな顔してしっかりと両足で立ってるわ。

 その様子を目の当たりした周りの艦娘たちは、さっきまでの敵意剥き出しの視線ではなく、仰天一色に染め上げられた視線を向けて「ウォ、ウォースパイトさんが立った……」とか「やっぱり立てたんだ」とか言ってるわ。

 でも困ったわね。

 金剛さんの乱入によって、ウォースパイトさんのコーヒー嫌いの理由と立てるという事実が明るみになったことで、一触即発の雰囲気から一転して微妙な雰囲気になっちゃったわ。

 

 「さて、恥もかいたところで皆さん一服しませんか?」

 

 そんな雰囲気を意に介さず、所在なさげにしている一同にお茶を薦めたのは我が横須賀が誇るアホの子、もとい大和よ。

 その大和は、この場にいる全ての人から向けられる「こんな時に何言ってんだ」って言いたげな視線を受けながら茶釜からお湯を掬って茶碗に入れ、茶筅でシャカシャカとかき混ぜ始めたわ。

 

 「本来の作法とはかけ離れていますが、それでも心得は変わりません。先ずは金剛さん、いかがですか?」

 「……お点前頂戴致します」

 

 大和に誘われた金剛さんが、赤い絨毯に正座するなり懐からハンカチを出して右に置き、差し出された茶碗を左手に乗せて、右手を添えたかと思ったらゆっくりと180度回転させてから口をつけたわ。

 なんで茶碗を回したんだろ?

 

 「金剛さんは茶道の経験があるのですか?」

 「子供頃に噛った程度デス」

 

 だいたい三口半かしら。で、お茶を飲み干した金剛さんは、右手の親指と人さし指で軽く飲み口を拭いて手はハンカチで拭き、茶碗をさっきと反対に回して、大和に戻した。

 私には茶道の作法なんてわかんないけど、二人の所作は堂に入ってると思えちゃうわ。

 

 「ほら、いつまでも突っ立ってないでウォースパイトも座りなさい。それにアイオワ。貴女もよ」

 「で、でも金剛。私、正座は苦手で……」

 「み、Meも正座はちょっと……」

 「べつに正座じゃなくても好きに座れば良いデス。構いませんよね?」

 

 と、金剛さんに問われた大和はコクリとうなずいて許可を出した。

 まさか大和は、このくっだらない諍いを鎮めるためにお茶を淹れ始めたのかしら。

 

 「ね、ねえ金剛。どうやって飲めば良いの?」

 「好きなように飲めば良いんデスよ。変に気負う必要はありません」

 「でも、茶道には作法があるんじゃなくって?」

 

 大和から茶碗を受け取ったウォースパイトさんが言う通り、茶道には細かい作法がいくつもある。金剛さんは気負わなくても良いと言ったけど、始めての経験であるウォースパイトさんとアイオワさんが気負うのも無理はないわ。

 

 「茶聖と謳われた千利休はこうおっしゃいました。曰く、『一生に一度しかない、今この時の出会いを大切にしようとする「一期一会の精神」が大切なのではないでしょうか』と」

 「Ms.大和。つまりどういう事です?」

 「言葉通りですよ。確かに作法はありますが、それが当たり前に出来る人など少数。そんな事を気にするより、今を楽しみましょうと私は言いたいんです」

 「なるほど……。Japanには素敵な言葉があるのね。なんだか、紅茶だコーヒーだと騒いでいたのが恥ずかしくなってきたわ」

 

 もっと早く気付いて欲しかったなぁ。

 ってツッコみたいけど、妙にしんみりとしちゃったウォースパイトさんには言えないか。

 

 「あら?思ってたよりも苦くないのね。むしろほのかに甘い?」

 「その通りですアイオワさん。抹茶はその色から苦いと思われがちですが実は渋味などは少なく、あっさりとした美味しさが味わえるんです」

 

 へぇ、抹茶って見た目ほど苦くないんだ。

 ウォースパイトさんとアイオワさんはその味が気に入ったのか、最初の一杯を一気に飲み干しちゃったわ。

 

 「それに、抹茶にはこういう飲み方もあります」

 

 そう言いながら、大和が腰の後ろあたりから取り出したのは牛乳パックと砂糖と書かれた小瓶。それと小型のヤカン。

 もう今さらだから何処にしまってたんだとか突っ込まないけど、抹茶と牛乳と砂糖くればアレしかないわね。

 

 「ご主人さま。コレを飲んでみてください」

 「コレは……抹茶オレですか?」

 「どちらかと言うと抹茶ラテですが……まあ、どちらでも良いですね」

 

 ちなみに抹茶オレと抹茶ラテ、と言うよりオレとラテの違いは無いわ。強いて言うならオレが仏語、ラテが伊語ね。意味はどちらも牛乳よ。

 じゃあ何故別けているか。

 それを説明するには抹茶ではなくコーヒー、カフェオレとカフェラテで説明するのが良いわね。

 お店によって配合量は違うんだけど、だいたいレギュラーコーヒーと牛乳が1:1なのがカフェオレ。

 エスプレッソと空気を入れて泡立てた牛乳が2:8なのがカフェラテよ。要は配合量が違うだけでどっちもコーヒー牛乳って訳。

 今朝潮が恐る恐る口をつけたのも要は抹茶ミルクだけど、大和は泡立てた牛乳を使ったから、抹茶ラテと訂正したのね。

 

 「あ、これなら私にも飲めます。いえ、むしろ好きです。ほのかな苦味が良いアクセントになっていていくらでも飲めそうです」

 

 大和におかわりをお願いしているのを見るに、どうやら朝潮は気に入ったようね。

 あんなに美味しそうにゴクゴク飲まれたら、抹茶に抵抗感がある私ですら飲んでみたくなるわ。

 

 「いや、私だけじゃないか」

 

 アイオワさんは余程気に入ったのか大和に二杯目を点ててもらい、それに夕雲型姉妹プラス武蔵を擁したコーヒー党も続いてるし、ウォースパイトさんを筆頭とした紅茶派は抹茶ラテが気に入ったらしく大和から淹れ方を習って自分たちで淹れ始めたわ。あ、ちなみにジャービスは、ウォースパイトさんがしんみりしちゃったあたりで、霞さんを引っ張ってお茶会に参加したわ。

 瑞雲教は……なんか「抹茶にはやはり瑞雲だな」とか訳わかんないこと言いながら線香焚いてるから無視しよ。

 

 「これは大和の一人勝ち。かな?」

 

 現状を見れば抹茶(抹茶ラテ)以外を飲んでる人は居ないから抹茶会の独壇場。

 正直見直したわ。

 喧嘩を仲裁するだけじゃなく、敵対していた者まで仲間に引き入れた大和の手腕は元帥さんを思わ……せ。

 

 「まさか、最初から?」

 

 大和の振り撒く笑顔に違和感はない。

 でも時折、ほんの一瞬だけ「フ……」と鼻で笑うように口角を上げてる。

 よくよく思い出してみれば、そもそもことの発端は大和が「お茶なら抹茶が一番です!」と言ったのが始まり。

 つまり大和はわざと火種を撒き、ウォースパイトさんがヒートアップしだした頃に逃げようとしたジャービスに金剛さんあたりを呼んでくるよう言付けて談話室から出してお茶を点て始めた。

 そして折りを見て一服を薦め、見事この談話室を抹茶一色にしたのよ。

 

 「まったく……。とんだ茶番に付き合わされたわね」

 

 お茶だけに。

 と、自分でも心底くだらないと思う事を思いながら、ついに「計画通り」と言わんばかりにほくそ笑みだした大和を見て私はため息をついた。

 

 



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第百六十九話 エラー娘

 

 

 

 

 

 順調。

 それがノルウェー海での戦闘が始まって丸一日が経った頃に抱いた感想だったわ。

 

 たぶん大多数の人が、あそこから巻き返されるなんて夢にも思ってなかったでしょうね。負けると予想していた私だってそうだったもの。

 貴女だって、欧州の海軍と空軍が連携して水柱の盾を作り、海から切り離された深海棲艦にあちらの艦娘がトドメを刺して欧州棲姫までの道を開拓していた時にはそう思ったんじゃない?

 

 実際、アイオワが『穴』に飛び込んだ時は「これで終わるの?」って思ったわ。

 そうとすら思ってなかったのは大和くらいじゃないかしら。

 

 ええ、大和は二特戦に代わって欧州棲姫とその近衛艦隊と戦いながら私に意見具申してきた。

 

 大和が何て言ってきたか聞きたい?

 私が通信士を通して貴女たちに行ったセリフと一緒よ。

 ええそう、瑞鶴が「こんなタイミングで撤退とか馬鹿なんじゃないの!?」って突っかかって来たのを貴女だって無線で聴いたでしょ?

 

 私だって第三者としてそんな指示を受けたら同じことを言うと思うわ。

 

 でも私は大和を信じた。

 大和を信じて、展開していたワダツミ旗下の艦娘を収容し、代わりに護衛をつけた速吸と神威を大和の元へ向かわせたのよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官 紫印 円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「これは命令よ瑞鶴。他の一特戦以外の艦隊旗艦にももう一度言うわ。ただちにワダツミに帰投しなさい。これは命令よ」

 

 アイオワが『穴』に飛び込んでどれだけ時間が経ったかしら。10分?20分?いやもっとかしら。

 想定通り二特戦が行動不能になり、その救助のために一特戦と金剛たち第二攻略部隊を向かわせたあたりから頭をフル回転させてるから時間が長く感じるわ。

 

 「欧州連合司令部に最低でも開戦初期位置まで後退するよう伝えて」

 

 そう通信士に命じたけど、顔色を見る限り欧州連合司令部は瑞鶴と同じようなリアクションをしてるみたね。

 まあ無理もない。だって客観的に見れば勝ち戦。

 しかもここに集ったすべての将校から一兵士、艦娘に至るまで慢心せず、艤装をじわじわと損傷させる『紅潮』を航空機や海軍艦艇による攻撃で吹き飛ばし、さらに適度に艦娘をローテーションさせることで乗り切って『結界』を構成していたと思われるギミックも破壊し、慎重に事を運んで欧州棲姫の首元に迫り、転生者の一人であるアイオワを『穴』に送り込むことに成功したんだもの。

 そんな時に、作戦の要である特務戦隊を乗せて来ただけの支援である日本から戦線を下げろと言われたら、ほとんどの人はふざけるなと言うでしょうね。

 

 「紫印提督。カナロアが映像通信を求めていますが、如何がなさいますか?」

 「正面モニターに回してちょうだい。それと、各艦隊旗艦とカガに封書Aの開封を許可と伝えて」

 

 このタイミングでヘンケンからの通信。

 これがヘンケンじゃなかったら抗議の通信だと身構えなきゃならないけど、リグリア海までの顛末を知っている彼に限ってそれはない。

 別の要件ね。

 

 『やあエマ。調子はどうだい?』

 「悪くはないわ。そっちは?」

 『事情を知らない将兵や艦娘たちを宥めるのに苦労しすぎてハゲそうだったよ』

 「こっちと同じ……か。でもそう言うってことは、カナロアの撤退準備は順調なのね」

 『ああ。既に護衛の艦隊はPoinnto Oceanusに向けて航行を開始させた』

 

 それもこっちと似たような状況か。

 こちらも既に、封書Aに書かれた指示に従ったカガ艦長の指揮のもと、護衛艦群が撤退を始めてるし艦娘の帰投も各特務戦隊と第二攻略部隊、そして速吸たちを除いて順調。

 問題があるとすれば……。

 

 「欧州連合からのクレームかしら」

 『ああ、凄すぎてこちらのCorrespondentがやつれてしまったよ」

 「こちらもよ。今にも吐きそうなくらい顔を真っ青にしてるわ」

 

 おっと、今の会話が聞こえちゃったようで、通信士が「わかってるなら代わってくれ」と言いたそうな目で見てきてるわ。

 でももう少しの辛抱よ。

 もう少しすれば、状況が一転するはずだから。

 

 『what?(何?)Are there only cowards in America and Japan?(米国と日本には臆病者しかいないのか?)And you said that?(と、言ってきただと?

)Unlike you, it is not a habit. (貴様らと違って猪ではないだけだ。)And tell(と、伝えておけ)

 

 臆病者……ね。

 今の状況で撤退を具申すれば当然と言えば当然だけど、それだけストレートに言ってくるってことは欧州連合の司令官は相当お冠みたいね。

 ムキになって突っ込み過ぎなきゃ良いけど……。いや。

 

 『好都合だな。これで撤退時の被害が減る』

 「ワダツミとカナロアの。でしょ?」

 『ああ。せっかく壁になろうとしてくれてるんだ。こちらはそれに便乗しようじゃないか』

 

 悪い顔してるわね。

 でも出会った頃ならともかく、今は不適な笑みを浮かべるそんな彼を頼もしく感じるわ。

 

 「提督!『穴』に変化が!」

 「いよいよか……。映像を正面モニターに。それと辰見大佐、二特戦の収容状況は?」

 「第二攻略部隊共々完了したわ」

 「そう、なら良いわ……って、何?あれ」

 

 辰見さんから正面モニターに視線を戻すと、さっきまで海面にポッカリと開いていた直径500mほどの『穴』がドーム状に盛り上がっていた。

 いや、まるで空間に穴が開いているようにも見えるわ。アイオワはいったい、中で何をしたの?

 

 『エマ、すぐに出している二艦隊をワダツミに戻して撤退しろ。三特戦はカナロアで回収する』

 「ヘンケン?」

 『早くしろ!間に合わなくなるぞ!』

 

 今まで見たことのない顔をしてヘンケンが焦ってる。

 それに細かく指示も飛ばしてるわね。聴こえる限りだと……フレッチャーズを全艦出撃させろ?それにカナロアを前に出せですって?

 このタイミングでどうしてそんな指示を……。ヘンケンはいったい何に気づいた……って、そういうことか!

 

 「大和!欧州棲姫の艦隊に波動砲を撃ち込みなさい!後に後退、『紅潮』と通常海域の境で待機している速吸達と合流し、補給を受けて次発の準備!」

 『了解しました。次発の照準はどうしますか?』

 「()()現れる敵艦隊よ!二発目を撃ったら再び補給を受けて速吸達と共にワダツミまで後退しつつ、三発目の準備をしなさい!」

 

 ヘンケンが焦った理由、それは『穴』に飛び込むと同時に消失していたアイオワの反応が徐々に復活してるからよ。

 三特戦の次席旗艦であるコロラドもそれを察知したのか、アイオワの反応が向かっている先に移動を開始してるわ。

 

 「艦長」

 「わかっとる。いつでもケツ捲れるようにだな」

 「ええ、航路はお任せします」

 「了解だ。ワダツミを180度回頭させろ。後に後部ハッチを解放。それと、機関室にエンジンにかなり無理をさせると伝えとけ」

 

 艦長の指示に従った艦橋要員たちが慌ただしく動き始めた。

 あとはどれくらいの敵が沸いてくるかね。

 辰見さんからの報告では、南方の時は50隻余りの深海棲艦が涌き出たって話だけど、ここの場合はそんな少数では済まないはず。

 最低でも400以上。もしかしたらその数字を遥かに上回る数の深海棲艦が涌き出るかもしれない。

 

 「円満!アイオワが……!」

 「わかってる!」

 

 澪が慌てるのも無理もない。

 私自身、アイオワがドーム状になった『穴』から上空に放り出されたのを見た瞬間に同じことを言いかけたもの。

 でも、代わりに澪が慌ててくれたおかげで冷静さを保てた。

 保ててはいるけれど……。

 

 「さすがにこの数は想定以上ね……」

 

 アイオワが放り出されてから一分もしない内に穴の縁から這い出るように湧き出し始めた深海棲艦の数は、今時点でもパッと見で300以上。

 その十分の一ほどは、ヘンケンが二特戦の救助用に差し向けたフレチャーズによる魚雷の絨毯で吹き飛んだけど湧き出てくる速度が速すぎる。

 あっという間に沈んだ分を補填しちゃったわ。

 

 「大和、波動砲二射目の準備は?」

 『いつでも撃てます』

 「なら三特戦の追撃を開始した敵艦隊に撃ち込んで。間違っても三特戦に当てるじゃないわよ」

 『照準は問題ありませんが有効射程外です。最大威力は叩き込めませんよ?』

 「三特戦とフレチャーズがカナロアまで撤退できる時間が稼げれば良い。やりなさい」

 『了解しました。全主砲照準。波動砲……撃ぇ!』

 

 大和の波動砲が虹色の尾を引きながら水平線の向こう側に飛んで行き、微かに見えていた『穴』の手前に着弾して巨大な水柱を上げると同時に50隻近い敵の反応が消えた。

 単純距離で10km、有効射程の10倍離れていてもあの威力か。

 食らう方はたまったもんじゃないでしょうね。

 っと、波動砲の感想はとりあえず置いといて。

 

 「欧州連合は?」

 「こちらの呼び掛けに答えません。ですが……」

 「浮き足立って通信を開きっぱなしにしたまま撤退命令を飛ばしてる?」

 「はい。聴こえてくる限りですと、最も進行していた艦隊が敵艦隊に飲まれたようです。その数、約150」

 

 欧州連合が投入した艦娘の三分の一か。

 通信士の「ざまぁ」とか考えてそうな顔は無視するとしても数字は無視できないわね。

 

 「敵の数は?」

 「現時点で500を超えています。内、約100隻がこちらへ向けて進行中。艦載機の発艦も確認しました。それと、第二艦橋の呉提督が敵艦載機迎撃のために艦娘を出撃させてくれと言ってきていますが……」

 「一特戦にも迎撃させるから最低限の編成で出撃させろと伝えて」

 「了解しました」

 「聞こえたわね?大和。貴女は速吸から補給を受けたら三射目の準備をしつつ、矢矧たちに対空迎撃をさせて」

 『了解です』

 

 これで欧州連合はほぼ壊滅するでしょうけど、ワダツミとカナロアの戦力は維持できる。

 あとは……。

 

 「大和。三射目はいつ撃てる?」

 『30秒ください』

 「わかった。準備が出来次第、欧州連合艦隊に迫る敵艦隊に向けて撃ちなさい」

 『あのぉ……さすがに距離が……』

 「それはわかってる」

 

 大和の位置から私が指定したポイントまでの距離は約20km。撃ち込んだとしても、威力は二射目の半分以下でしょうね。でも撃っておくに越したことはない。本当はワダツミに迫る艦隊に撃ち込みたいけど、友軍を見捨てて逃げただなんて思われたくないからね。

 

 「艦長、ワダツミを発進させてください。大和収容後、全力で撤退を」

 「了解した。両舷微速前進!大和を収容したら最大船速で逃げるぞ!」

 

 艦長がそう命じるのと、大和が波動砲を撃つのは同時だった。

 さすがにワダツミの艦橋からでも欧州連合と反れに迫る敵艦隊は黙視できないけど上手くいったのかしら。

 

 「提督、欧州連合より通信が入りました」

 「何て?」

 「苦虫でも噛み潰したような口調ですが「支援、感謝する」と言っています。返信しますか?」

 「少し待って」

 

 苦虫を噛み潰したような~、なんて余計な事まで伝えてきたってことは、通信士は欧州連合からのクレームに今だにご立腹みたいね。

 おっと、それは置いといてどう返信しようかしら。

 今の状況だと欧州連合は散り散りに敗走。

 逃げ遅れた者が敵追撃艦隊に討ち取られるとして、残るのは楽観的に考えて最初の十分の一ほどかしら。

 たったそれだけの数でも合流してくれたら戦力的に余裕が……。

 

 「円満?」

 「なんでもないわ澪」

 

 そう、何でもない。

 我ながら冷徹になったものだとは思うけど、今はそんな事を考えるよりもっと戦局を有利に、ポイント オケアノスでの決戦で勝つための戦力を少しでも駒を集める。

 そう、敗走した彼らが、それでも戦う意思を失っていないことを期待して……。

 

 「欧州連合にポイント オケアノスの座標を伝えて」

 「了解しました」

 「ああそれと……」

 

 これは賭けだ。

 これから私が、通信士を通して伝える言葉を聞いて彼らが来てくれるかどうかは賭け。

 でも私には、彼らを怒らせるだけに終わるかもしれないセリフしか思い浮かばない。

 

 「そこが本当の決戦の地よ。だから……」

 

 そこまで口にしたところで妙なことに気づいた。

 外からは敵追撃艦隊と迎撃部隊が放った艦載機部隊の風切り音や爆弾の爆発音。それに砲撃音が艦橋にまで響き渡ってる。それなのに、艦橋が静かに感じる。

 通信士だけでなく、みんなが私の言葉の続きを待ってるんだわ。

 じゃあ言わなきゃ。

 本当はこんなセリフ言いたくはないけど、少しでも戦う気がある人に来てもらうために私は……。

 

 「負け犬になりたくなかったらそこに来い。そう、伝えてちょうだい」

 

 と、自分でもビックリするくらい冷血な声で言った。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 ゾクッとした。それと同時に、あのオジサンが憎くて憎くてどうしようもなくなったよ。

 

 確かに提督になることを選んだのは円満自身だけど、あのオジサンが切っ掛けを与えなきゃ円満は冷徹に人を切り捨てられる子にはならなかった。

 あんなにも、顔色を微塵も変えずに人を数字で数えれる子にはならなかった。それなのに、あの頭がイカれたオジサンのせいで円満はそれができる子になってしまった。

 

 

 そんな風に、あの時は考えたかな。

 だって撤退後に行われた作戦会議でも円満は不自然に感じるほど冷静だったし、『結界』と『紅潮』の分析と対策を練っている間も動揺してる素振りが全くなかった。万単位の人間が死んだばかりだったのにだよ?

 

 それに提督にさえならなきゃ、円満は悪夢に怯える日々を過ごすこともなかったろうし、消えることのない傷を体に刻むこともなかったんだから。

 

 え?『穴』の中で何があったのか?

 いや、話をぶった切って悪いとか言うくらいなら切らなきゃ良いじゃない。

 

 そっちの方が気になる?

 気になるって言われても、私が知ってるのはアイオワから聞いた限りのことだけだよ。

 そうそう、撤退後の会議で聞いたの。

 

 アイオワが言うには、『穴』の中には海が広がってたらしいよ。そう、海。360度海だったんだって。

 そこには白猫を抱いた一人の少女が立ってたって言ってたかな。その少女との戦いに敗れて、アイオワは外に放り出されたんだよ。

 

 ううん、違う。深海棲艦じゃなかったらしい。

 ただやたらと「エラーエラー」言うもんだから、アイオワはこう仮称してたそうだよ。

 

 うん。そのまんま『エラー娘』ってさ。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐 大城戸 澪中佐へのインタビューより。

 

 

 

 



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第百七十話 幕間 満潮と窮奇

 十六章ラストです。
 次章は話数が多くなるかもしれないので来月の……いつ書き上がるんだろう(;´д`)


 

 

 

 ノルウェー海戦。

 

 ノルウェー海戦とは、開戦時から数えて五回行われた欧州棲姫に対する討伐作戦によって生じた海戦の総称である。

 

 五回の内、いずれも欧州連合は多大な被害を被り、その度に制海権を大幅に失う結果に終わったことから、各国の国民からは「蜂の巣をつつくようなもの」「制海権の献上」「政権交代の時期」などと言われ、国によっては欧州棲姫へ攻撃すると発表しただけで暴動が起こるほどであった。

 

 決定的だったのは、日本と米国の支援を受けて実行された第五次ノルウェー海戦が敗北に終わったというニュースが各国を駆け巡ったときである。

 

 結果として、後のリグリア海戦で勝利はしたものの、二つの中枢を討伐した日本と米国が協力しても倒せなかったという事実は欧州各国の国民を絶望させ、ノルウェー海戦で敗北してからリグリア海戦で勝利するまでの僅か一週間の間に自殺者が急増し、戦死者よりも自殺者の方が多かったと言われている。

 

 

 ~艦娘型録~

 主要海戦。第五次ノルウェー海戦の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 ノルウェー海での戦闘は、概ね円満さんの予想取りの展開を経て敗北。

 今現在、ワダツミは敵の追撃艦隊を撃破して先に撤退を開始していた護衛艦群と合流し、ポイント オケアノスに向けて航海を続けてるわ。

 

 「あれだけの反撃を食らったのに被害は想定以下……か。さすがは円満さんってとこかしら」

 

 私は、真夜中なのにも関わらず航海を続けるワダツミの前部甲板から、真っ黒な真下の海を眺めてそう呟いた。

 数字にすると1%未満。

 怪我人は出たけど戦死者は0。その怪我人も、ポイント オケアノスに着く頃には戦線復帰が可能。ホント、円満さんの采配には舌を巻くしかないわね。

 

 「アンタもそう思わない?」

 「そうだな。さすがは円満だ」

 

 知ってる気配を感じたからつい聞いてみてたけど、忍び寄るように近づいて来た大和……いえ、口調的に窮奇か。は、同意してくれた。

 こんな時間に何してるのかしら。

 ジャージ姿だから、大和が寝てる隙に身体を拝借して散歩でもしてたのかな?

 

 「こんなところで何をしているんだ?」

 「それはこっちのセリフよ。大和は寝てるの?」

 「ああ、時差ボケがどうとか言っていたな」

 「時差ボケって……欧州に来て何日も経ってるのにまだ治んないの?」

 「それは私に言われても困る」

 

 そりゃそうだ。

 身体は共有してても、普段の使用権は基本的に大和に有るっぽいし。って、なんで私の隣に来るのよ。

 大和って私よりずっと背が高いから、あんまり近づかれると見上げなきゃならないから首が辛いんだけど。

 

 「ふと、やり残した事を思い出したから夜な夜なお前を探していた」

 「夜な夜なって……。部屋に来れば良いじゃない」

 「お前は円満と同室だろう?」

 「それって……」

 

 円満さんが居たらマズいってこと?いや、マズい云々じゃなくて、私と二人っきりで話したいことなりやりたい事があるってことか。

 ん?でも窮奇ってレズなのよね?

 だったら二人っきりはマズいんじゃない?

 時雨なら対格差がほとんど無いから何とでもなるけど、大和の身体を使ってる窮奇に本気で押し倒されたらさすがに抵抗できないんじゃ……。

 

 「あれ?もしかして私ピンチ?」

 「どうした?敵影でも見えたのか?」

 「いや、そうじゃなくて……」

 

 怪訝そうな顔して私を見下ろしてるアンタに危機感を抱いてるの。とは言い辛いわね。

 距離はやたらと近い、それこそ私の頭に肘を乗せられそうな距離だけど、変な空気は感じないからたぶん平気でしょ。

 

 「それより、どうして私を探してたのよ」

 「ん?ああ、お前がいつまで経っても願いを言ってこないから、いっそ私に方から聞いてやろうと思ってな」

 「あ~……そのことね」

 

 スッカリ忘れてた。

 そう言えば私、以前窮奇に何でも一つだけ願いを聞いてやるっ言われてたんだっけ。

 

 「でもアンタ、私が思い付いた時で良いって言わなかった?」

 「確かにそう言ったが……。時間が限られてるのでな」

 

 時間……か。

 確かに限られていると言えば限られてる。

 あと1日ちょっとでワダツミはポイント オケアノスに着くし、そうなれば第二種戦闘配置になるから、お互い呑気に雑談してる暇なんてなくなる。

 でもそれだけじゃない気がする。窮奇が言った「限られている」には含みを感じるわ。

 もしかしてコイツ、生きて帰るつもりがないのかしら。それとも、私が戦死すると思ってる?

 だったら……。

 

 「私が艦娘になった理由。話したことあったっけ?」

 「いや、記憶に無いな」

 「そう、なら教えてあげる。私は、かつて『隻腕の戦艦棲姫』と呼ばれていたアンタに復讐するために艦娘になることを選んだの」

 

 窮奇は何も言ってこない。ただ黙って、真剣な瞳で私を見つめ返してるわ。

 

 「アンタは私の友達を殺した。当時の私にとって、唯一の友達を殺したの」

 

 艦名は涼風。

 涼風は、作戦からの帰投中に襲ってきた窮奇の砲撃から時雨を庇って死んだ。

 時雨に聞いた話だと、一部すら遺体は残らなかったらしいわ。

 

 「でも、アンタがお姉ちゃんに沈められたと聞いたときに一度は諦めた。だって居ない者には復讐できないからね。でも、アンタは甦った」

 

 私の理由と一緒に。

 最初は喜んだわ。円満さんから全力を出して良いって許可も貰った。暴走したら即沈めてやるともりだった。

 なのに、大和に情が湧いてできなくなった……。

 

 「アンタは、沈めた相手の事を憶えてる?」

 「アサシオ以外は姿形をボンヤリと……だな。でも、憶えていない方が良かったと後悔している」

 「どうして?」

 

 私に問われた窮奇は、バツが悪そうな顔をしてワダツミの艦橋の方に視線を移した。

 艦娘になったことで罪悪感を感じるようになったから?それとも窮奇が大和の内に潜んでると知った誰かに、今の私と似たような事を言われでもしたのかしら。

 

 「ボンヤリと姿形は覚えているとさっき言ったろう?艦娘はどいつもこいつも似たような容姿をしているから、まるで幽霊でも見ているような気分になってくるんだよ。それがどうにも、気持ち悪くてな……」

 

 幽霊そのものみたいな奴が何言ってんの?

 とは思ったけど、窮奇からしたら沈めたはずの相手が何食わぬ顔し、時には親しげに話しかけてくるような感じなのかしら。

 私が逆の立場だったら……。う~ん、気持ち悪いと言うよりは怖いって思っちゃうかな。

 あれ?でも……。

 

 「お姉ちゃんのときはむしろ嬉しかったんじゃないの?」

 「そりゃあそうさ。彼女は私の、初恋の相手だったんだからな」

 「いやいや、確かにお姉ちゃんと初代朝潮は瓜二つってくらいソックリだったらしいけど全くの別人よ?」

 「はぁ?」

 

 ん?え?何よその「何言ってんだコイツ」みたいな顔と反応は。私、何か変なこと言った?

 

 「あの二人は身体は別でも同一人物じゃないか」

 「はぁ!?いやちょ……それどういう意味?」

 「どういう意味も何も言葉通りだ。聞いていないのか?」

 

 全く聞いてません。

 そもそも身体は別なんでしょ?それなのに同一人物なの?それとも、お姉ちゃんは初代朝潮の生まれ変わり?

 

 「私と同じだ。彼女は艤装の中で生き続けていた」

 「だったら、やっぱりお姉ちゃんと初代朝潮は別人じゃない」

 「いや、今は一つになっている。今の彼女は私が恋したアサシオであり、私を沈めた朝潮でもある」

 

 と言って、窮奇は私から海の彼方に視線を移した。

 具体的には北北東くらいね。

 窮奇はお姉ちゃんがライン川に居るのを知らないはずだけど、そっちの方に居るってわかったりするのかしら。

 

 「信じられないなら良いさ。それよりも……」

 「何よ」

 「そろそろ願いを言ってくれないか?さすがに疲れてきた」

 「そう言われてもなぁ」

 

 全く思い浮かばない。

 だいたい、願いって言っても窮奇が叶えられるような現実的な事だけでしょ?非現実的な願いならいくつか有るんだけど……。

 例えば、円満さんを掃除洗濯ができるようにしてとか、せめて袋ラーメン……いや、高望み過ぎね。カップ麺で良いわ。カップ麺くらいはまともに作れるようにしてとか、人目がないと私に甘える癖を……やっぱりこれは無しで。

 あとはそうね……。

 円満さんが、幸せな人生をおくれるようにして、とか。

 

 「って、円満さんの事ばっかりじゃない」

 「円満がどうした?」

 「べつに……」

 

 何でもな……くはないか。

 改めて思い知ったわ。円満さんが私に依存しているように、私も円満さんに依存してる。

 だって円満さんが居ない生活なんて考えられないもの。

 毎朝寝起きが悪い円満さんを叩き起こし、半分寝た状態の円満さんに歯磨きと洗顔をさせている間に朝食の用意をし、歯磨きしながらでも寝ようとする円満さんの尻を蹴飛ばして着替えさせ、お箸を持ったまま船を漕ぐ円満さんの口に朝食を突っ込む。

 

 それが終われば仕事。

 真面目にやってるフリして面倒な書類仕事を私に押し付けようとする円満さんを叱って、私自身も仕事しながら夕方まで過ごす。

 

 そして夕飯の支度をして、アレが嫌いだのコレが食べたいだのと駄々をこねる円満さんを無視して(でもたまには好きなものを食べさせてあげる)、栄養バランスを考えた夕飯を食べさせて、服を脱ぎ散らかしてお風呂に入る円満さんをやっぱり叱る。

 

 円満さんがお風呂から上がったら私も入って、上がった後はテレビでも見ながら談笑し、時間になったら一緒に寝る。

 

 面倒臭いと思いながらも、私はその生活がなくなるのが嫌だと思ってる。

 この戦争が終わっても、ずっと円満さんとそんな生活を続けていきたいと思ってるわ。

 そのためには生きて帰らなきゃダメ。

 私も、円満さんも。

 

 「よし、決めた」

 「聞こう」

 

 窮奇が体ごと私に向き直ったので、私も応えるように体ごと窮奇を向いた。

 私の願いは大したことじゃない。

 窮奇からしたら迷惑きわまりない願い事よ。でも、これは私にとっての決意表明であり意思表示。そして、涼風の仇をとったことにもなる……ような気がする一石二鳥の願い事よ。それは……。

 

 「日本に戻ったら、一発ぶん殴らせて」

 「そんな事で良いなら今からでも……」

 「今じゃダメ」

 

 私は、「変なことを言う奴だ」と言わんばかりに見下ろして来た窮奇の目を真っ直ぐ見上げてそう言った。

 そう、今じゃダメ。帰ってからじゃないと絶対にダメ。

 これは殴るのが目的じゃなくて、お互い生きて帰ろうって遠回しに言ってるんだから。

 

 「お前がそれで良いんならいいさ。その願いなら……問題なく叶えられるだろうからな」

 

 そう答えて、窮奇はどこか寂しそうな瞳で私を見つめたあと、静かに艦内に戻って行った。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 約束は果たされなかったわ。

 ええ、あの大嘘つきは帰ってこなかった。

 お姉ちゃんと朝歌(あさか)……。あ、朝歌ってのは朝潮だった子ね。ほら、女将さんと一緒に仲居姿で出迎えてくれた子。は、今も大和は生きてるって信じてるみたいだけど、あれだけ探して見つからなかったんだから可能性は無いに等しいわ。

 

 私もあの二人みたいに信じたいわよ。

 もし生きてて戻って来たら、おかえりって言う前にぶん殴ってやりたいわ。

 

 だって私は、願い事をまだ叶えてもらってないんだから。

 

 え?横須賀に帰ってから時間を取れないか?

 学校が休みの日ならべつに……。は?円満さんのアポイントも取りたい?

 聞いては見るけど……円満さんって今でも多忙だからあんまり期待しないでね?

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦満潮へのインタビューより。

 

 

 

 

 

 





次章予告。


大淀です。

 ついに始まったリグリア海戦。
 ワダツミは円満さんの指揮の下、艦娘たちと共に敵陣へと突撃を開始します。
 そしてその一方で、十数年の時をかけたあの人の復讐劇も幕を降ろします。
 予告の方も残すところあと1回になってきました!

 次章 艦隊これくしょん『黒鬼と妖精の哀歌(エレジー)
お楽しみに。


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第十七章 黒鬼と妖精の哀歌《エレジー》
第百七十一話 穴があったら入りたい


 十七章前半の投稿を開始します。
 後半はまだ時間がかかるかな~(-_-;)


 

 

 

 敵が七分に海が三分。

 そんな光景を実際に見る機会が来るとは、艦娘だった頃は考えもしなかった。

 実際、偵察機による映像を見たときは軽く絶望したわね。

 それは私だけじゃなく、『穴』を後ろに引っ提げた欧州棲姫を最後尾にして、600隻以上の深海棲艦が鶴翼の陣を形成しつつ、交戦可能距離まであと2日って距離まで進軍して来ていると知った第一艦橋に居たほとんどの人がそうだったわ。

 

 「そんな状況なのに、貴方がこんな所にいても良いの?」

 「まだ敵先遣隊との小競り合いが起きている程度だから俺の出番はないよ。君こそ、こんな所に居て良いのかい?」

 「良くはないけど、ギリギリまで休んどけって澪と辰見さんに追い出されちゃったのよ」

 「休……めるのか?」

 

 そんな所とは何処かと言うと、六畳一間の私と満潮用の部屋。しかも何故か、敷いた覚えのない布団が敷いてあって、これまた何故か枕が二つ並べられ、枕元には謎のドロッとした透明な液体が入ったボトルと箱ティッシュが置かれている。

 こんな如何にもヤれと言わんばかりの部屋で、私とヘンケンは面を突き合わせて呑気に雑談してるって訳。

 

 「意識しちゃう?」

 「そりゃあ君と二人きりで布団の上だ。意識するなと言う方が無理だよ」

 

 ですよね。

 ヘンケンとそんな事をしてなくて良かったと満潮に言った私でさえ、彼の顔をまともに見れずに天井を見上げてるもの。

 それは不自然に声がくぐもってるヘンケンも同じはず。もし第三者がこの部屋に来たら、「二人して正座してなんで天井を見てるんだ?」って言うなり思うなりするでしょうよ。

 

 「はぁ、首が疲れちゃった」

 「俺もだ。まったく、日本と米国の艦隊のトップが何をしてるんだろうな」

 「ホントね。でも、こんな状況じゃ仕方ないわよ」

 

 だって、天井から視線を下げて軽く笑いあった私たちはお互いに未経験。

 そんな二人が、ヤりたきゃヤれみたいな状況に放り込まれたらおかしな行動の一つや二つはするわ。

 

 「肩でも揉もうか?」

 「是非。と言いたいところだが遠慮しておくよ」

 「どうして?」

 「ただでさえマズい状況なのに、君に触れられたら自制がきかなくなる」

 

 な、なるほど。

 顔には微塵も出してないけど、ヘンケンの自制心は限界に近いのね。いや、体はもっとヤバイのかしら。

 両膝を指が食い込むくらい強く握ってるし、両腿もギュー!って音が聴こえてきそうなくらい閉めてるわ。

 もしかして、そうしてないと主砲の仰角が大変な事になるの?

 

 「それよりエマ。あのoperationを本当に実行する気か?」

 「あの作戦ってどの作戦?」

 「とぼけるな。一号作戦の事に決まっているだろう」

 

 はて、まだ話してないのにどうしてヘンケンが一号作戦を知ってる?ううん、知ってるだけじゃないわね。

 彼にしては珍しい、心底怒っているような表情を見るに詳細まで知ってそう。澪か辰見さんあたりから聞かされたのかしら。

 でも、むしろ好都合か。

 反対されると思っていつ切り出そうか悩んでたから、彼から切り出してくれたのならこの機に話しておくとしましょう。頼まなきゃならないこともあるしね。

 

 「ええ、実行するわ。言っとくけど止めたって無駄よ」

 「そう言うと思ったよ。次は何だ?大和が『穴』を塞ぐまで可能な限り敵を沈めるな。か?」

 「話が早くて助かるわ。その通りよ」

 

 これがヘンケンに頼まなければならない事の一つ。

 沈めた深海棲艦が再び『穴』から現れる以上、下手に沈めてしまったら敵陣内に切り込んでも無駄になる。むしろ押しくらまんじゅう状態になっちゃうわ。

 だから沈める数は最低限。

 補充されても、ワダツミ旗下の艦娘だけで欧州棲姫の近衛艦隊と後ろの艦隊を相手に出来る程度に抑える必要がある。そしてもう一つは、撤退後に開いた会議で話した……。

 

 「君のところの工作艦が作った特殊砲弾と爆弾、それをこちらで使えと言いたいのだろう?」

 「お見通しか。そんなにわかりやすい?」

 「わかるさ。それくらい……」

 

 ヘンケンが苦虫でも噛み潰したように言ったのがもう一つの頼みごと。

 その特殊砲弾と爆弾は、内部に高速修復材を詰めた対紅潮用の急造兵器よ。

 なぜ高速修復材を詰めたかと言うと、採取した『紅潮』を調べていた明石と夕張が「これ、もしかして海が損傷してるんじゃない?」という思い付きから高速修復材を投入したら、見事に正常な状態に戻ったから。

 しかもたった一滴で半径50mを正常化できるという分析結果も出ているわ。

 

 「俺も、同じ作戦を考えていた」

 「貴方も?」

 「ああ。彼我の戦力差や、敵が艦隊を補充できることを考えれば継戦可能時間は長くない。楽観的に考えても20時間が限度だ。ならば当然、取るべきは短期決戦。強引にでも敵中を突破し、大和かジャービスを『穴』に送り込むしか選択肢はない」

 

 そうよね。

 敵艦隊が展開すると予想している地点の後方の陸地に特務戦隊のいずれかを待機させ、結界の破壊と同時に突入させるって案も考えたけど、『穴』から敵が湧き出る以上、後ろから突入を図る特務戦隊に気づくなり湧き出されたら特務戦隊を一つ失うことになる。

 似たような理由で、艦母のどちらかを後方に配置するってのも廃案にしたわ。

 ただでさえ正面に600以上の敵がいるのに、艦母と同規模の敵が湧き出たら打つ手が完全になくなるもの。

 

 「今日、俺が三特戦を直接引き渡すのを名目にこっちに来たのはその話をするためだった」

 「無理よ。だって、カナロアに乗艦してる艦娘の半数以上は欧州棲姫が元なんでしょ?」

 「ああそうだ。だから、君たち日本の指揮官とブリッジ要員をカナロアの要員と入れ換えるつもりだったんだ」

 「それこそ無理。ワダツミとカナロアは同型艦だけど細かい仕様が異なるじゃない」

 「わかっているさ。だから……」

 

 だから?だから何よ。

 どうせ私だけでもカナロアに移乗させ、ワダツミの指揮をアンタが執って一号作戦を実行するつもりだったんでしょ?

 でもおあいにく様。

 作戦の指揮自体は問題なく執れるでしょうけど、アンタじゃ盾を用意できない。私じゃないと、敵陣を縦断するワダツミの盾を用意できないから無理よ。

 

 「何故、一言相談してくれなかった?俺が反対するとでも思ったのか?」

 「それは……その」

 

 反対されるとは思った。

 でも、ヘンケンに前以て相談しなかったのはそれだけが理由じゃない。

 

 「甘えたくなかった……」

 「それはどういう……」

 「だって怖いんだもの。こんな作戦、本当なら実行したくなんてない。どう考えても半数は死ぬのよ?どんなに頑張ったって、ワダツミに乗ってる艦娘の半分は死んじゃうの!そんな作戦の内容を貴方に話したら間違いなく甘えたくなる!慰めてもらいたくなる!抱いてもらいたくなる!」

 

 だからギリギリまで話したくなかった。

 澪か辰見さんか知らないけど、余計な事をしなければ本当に実行直前まで話すつもりなんてなかった。

 それなのに、彼に作戦の事を聞かれたら答えるしかない。話しちゃったらもう、感情を抑えきれない。

 

 「なんでここまで予想通りの展開になるのよ!なんでノルウェー海で終わってくれなかったのよ!あそこで終わってたら、こんな苦しい想いをしなくてもすんだのに!」

 

 これで私が根っからの冷血人間なら、今の予想以上に予想通りな展開にほくそ笑むでしょう。

 でも、私はそうなりきれない。

 ここまで予想通りに進んだんだから、この先も予想通りになる可能性が高いんだから。

 

 「一特戦は全員死ぬ。一特戦だけじゃない。ワダツミの盾になる護衛艦群の人たちも、一特戦の応援に向かわせる第八駆逐隊も、神風たちカミレンジャーもみんな死んじゃう」

 「もういい。やめろ、エマ」

 「長門も鳳翔さんも、後ろからの敵を抑えきれずに死ぬ。赤城たちも死ぬ。私だって、瑞鶴がわざと撃ち漏らす敵艦載機の爆撃で……!」

 

 続きを言い終える前に、ヘンケンが私を強く抱き絞めた。本当に、息をするのも辛いくらい強く、私を抱き締めてくれた。

 

 「なんで提督なんかになっちゃたのかなぁ……。艦娘で終わっておけば良かった。戦争を終わらせようなんて考えなきゃ良かった……」

 

 それが私の唯一の後悔。

 自分が下した命令で人を死なせてしまった事実は甘んじて受け入れる覚悟……いや、その覚悟自体が私の傲慢か。

 私ごときが堪えてしまえるくらいの苦しみで、大勢の人を死なせてしまった罪が贖えるわけがない。

 そう考えてしまった時、提督になったことをどうしても後悔してしまう。

 

 「もう考えるな。今だけでも考えるのをやめろ」

 「無理よ……。今だって頭が休んでくれない。ずっと最悪の状況をシミュレートし続けてる」

 

 考えたくないのに考えてしまう。

 嫌な予想が『穴』から涌き出てきた深海棲艦のようにワラワラと頭の中に広がるのを止められない。

 いっそ、机の角に頭をぶつけてかち割って……。

 

 「え?な……んっ……!」

 

 ヘンケンはが私を抱き締めていた腕を緩めたと思ったら頭に手を添えて私に少し上を向かせた途端、口を何か柔らかい物で塞がれた。

 この柔らかい物は何?それに瞼を閉じたヘンケンの顔が近い。近すぎる。ほとんど0距離だわ。

 も、もしかしなくてもこれって……。

 

 「すまない。君の思考を止める手段がこれしか思い浮かばなかった」

 

 唇を離してそう言ったヘンケンは困ったような、泣きそうにも見える表情を浮かべてた。

 やっぱりキスされてた。 

 でも、キスってこんな感じだったっけ?

 先生の不意を突いてキスした時も今と同じくらい心臓がドキドキしてたし、唇も火が着いたように熱かった。

 でも違う。

 あの時のキスと違って心地良い。唇しか触れてないのに、彼と一つに溶け合ったように感じた。

 それに、さっきまで私の頭の中で渦巻いてた嫌な想像が霧散したわ。

 

 「(もう…一回……)

 「ん?何か言ったか?」

 「もう一回……して」

 

 私がヘンケンの蒼い瞳を真っ直ぐ見ながらそうねだると、彼は一瞬だけ戸惑ってからゆっくりと唇を重ねてくれた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 Henry Kendrick 退役大将。

 

 救世の六提督の一人に数えられる彼であるが、日本においての彼はもっぱら紫印 円満中将の婚約者としか知られておらず、彼が上げた戦果について知る者は限られている。

 

 20代と言う若さで第七艦隊の司令長官まで上り詰め、終戦後も米国軍の重要なポストに就くことを熱望された彼だが、終戦宣言とともにアッサリと退役し、日本に渡った。

 

 そんな彼が退役時に、軍に残ってくれと懇願する大統領を始めとした要人各位に「惚れた女と添い遂げるのに地位と名誉は邪魔だ」と言い放ったその言葉は、米国のみならず今も世界中の女性を虜にし続けている。

 

 

 

 ~艦娘型録~

 歴代提督の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「離して!お願いだから離してよ恵姉さん!は~な~し~てぇぇぇぇぇぇ!」

 「ダ~メ♪だって離したら二人の邪魔をしに行くでしょう?」

 「あったり前じゃない!だって長いもん!ヘンケンさんが円満さんの部屋に入ってもう6時間よ!?日もとっくに暮れちゃったのよ!?」

 

 昼過ぎに、三特戦と一緒に何故か来たヘンケンさんが来たからこれ幸いと、円満さんを励ましてもらおうとか考えたのが失敗だった。

 まさか、こんなに長い時間一緒にいるとは……。

 このままじゃあ、恵姉さんが「話の種になるわよぉ♪」とか言って用意した布団の上で種付けが行われかねない。いや、もしかしたらとっくに……。

 

 「落ち着きなさいよ満潮。ここんとこ円満姉さんは緊張しっぱなしだったんだから、恋人が来たときくらいハメを外したって……」

 「霞さん何言ってんの?あんな童貞と処女を拗らせた二人が一緒に居たらハメを外すどころかハメまくるでしょ!」

 

 だから一刻も早く止めに行きたいのに、恵姉さんの部屋でかれこれ3時間、ずぅ~っと拘束されてて身動きが取れない。

 ちなみに「もうちょっと言い方があるでしょ……」とか言って呆れてる霞さんは無視する。

 

 「満潮ちゃんは過保護ねぇ。いつも円満ちゃんにさっさとヤれとか言ってるのに、いざそうなったら邪魔しようとするなんて」

 「だって……」

 

 どうしてかわからないけど嫌なの。

 ヘンケンさんを円満さんの相手として認めてはいるし、さっさと仲を進展させろとも思ってる。

 でも嫌なの。円満さんが私の知らないところで大人の階段を登るのがどうしても嫌なのよ。

 

 「だからやっぱり止めてくる!」

 「だからダ~メ。ようやく澪ちゃんと辰見さんの目を盗んで、あの二人を二人っきりにさせることができたんだから」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 恵姉さんは姉さんたちの仲で一番姉妹艦想いだって、円満さんとヘンケンさんの食事を用意して霞さんと部屋に向かう道すがら聞かされた。

 

 私もそう思うわ。

 恵姉さんは初代朝潮が戦死して心を病んだ末に深海化を任意でできるようになっちゃった人だし、カウンセラーになったのも、提督補佐として鎮守府に再着任したのも円満さんのためだった。

 

 円満さんとヘンケンさんの件では、澪姉さんとよくもめてたらしいわ。

 澪姉さんは私以上に過保護で、結婚するまでキスも禁止とか言ってたらしいの。自分はしっかりと恋人とイチャイチャしてたのにね。

 

 だからあの日、円満さんを休ませるために澪姉さんと辰見さんが忙しくしていたときを狙って、恵姉さんはヘンケンさんを円満さんの部屋に行かせたんだって。

 

 今が一番、円満さんにとってヘンケンさんが必要な時とも言ってたっけ。

 

 でもさ、旧八駆の姉さんたちの中で、恵姉さんだけ男の影が全くないのよ。

 いや、バイト提督みたいな奴隷は何人か抱えてるらしいんだけど、恋人らしき人はいないみたいなの。

 円満さんや澪姉さんですら知らないそうよ。

 

 元々プライベートが謎な人ではあるんだけど、澪姉さんも結婚して円満さんも結婚を控えてる今になって、急に気になってきたわ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 「ん……」

 「起きたのか?エマ」

 「え?あ~……。そうみたい」

 

 いつ寝たんだろう。

 下半身、もっと言うなら下腹部に違和感を感じたから目が覚めたんだけど、どうして私はヘンケンに、しかも裸のヘンケンに腕枕されてるんだっけ?

 

 「あ、思い出した……」

 「何をだ?」

 「いやそのぉ……」

 

 アンタに抱かれた事をよ。

 二回目のキスのあと、完全に火が着いちゃった私たちはどちらからともなく服を脱ぎ始めて、悩みも葛藤もなく繋がってたわ。しかも、気を失うまでヤり続けるっておまけ付き。

 

 「痛く…なかったか?」

 「えっと……。控えめに言って体が裂けるかと思った」

 

 マジで。

 痛い痛いとは聴いてたけどあそこまで痛いとは思ってなかった。そりゃあ本当に裂けるよりはマシなんでしょうよ?でもさ、私って平均よりはるかに小柄だから、当然その……ね?あっちの方も小さい訳よ。いや、他人と比べたことがある訳じゃないから本当に他人より小さいのかどうかはわかんないのよ?

 そんな私が、あんな明らかにでかすぎるモノを捩じ込まれたんだもの。体が裂けると錯覚しても不思議じゃないと思うわ。

 

 「すまん……。出来る限り優しくしたつもりだったんだが……」

 「優しく~?あんなに長い時間ほぼノンストップで、しかも散々ぶちまけたのに?」

 「あ~……その、すみませんでした……」

 

 何を何処にぶちまけたのかまでは言わないけど、おかげで私の下腹部はポッコリしてるしキュルキュル言ってるわ。これ、危険日じゃなくても妊娠しちゃうんじゃない?

 

 「でもまあ、おかげで嫌な想像はしなくて済んだわ」

 「本当か?」

 「本当よ。今だってその……。思い出してるし」

 

 本当に。

 私の身体ってどうだったのかなとか、気持ち良かったのかなとか、もう一回とか言われたら困るけどどうしてもって言うならしても良いかなとか、とにかくアレの事しか考えてないわ。

 それともう一つ……。

 

 「ねぇ、ヘンケンに。一つだけ、お願いしても良い?」

 「俺に出きることなら何でも」

 「じゃあ……」

 

 愛してるって言ってほしい。

 そう言ってもらえたら、まだしばらくは嫌な考えが頭をよぎらない。女でいられる。馬鹿でいられる。

 でもその一言が、喉の奥に引っ掛かって出てきてくれない。

 

 「君は、この戦争が終わったらどうするつもりだ?」

 「どうって……」

 

 まだ終わってもいない事を考えても詮無いだけだけど、しばらくは戦後処理に追われるでしょうね。

 それが終わってもしばらく、最低でも3~4年は提督を続けなくちゃならないと思う。

 それはヘンケンだって同じはずだけど……。

 

 「俺は終戦宣言とともに退役する」

 「いや、許されないでしょ」

 

 だって戦争が終われば、その立役者の一人になるヘンケンは英雄として必ず祭り上げられる。

 軍の要人のポストも用意されるでしょうね。

 それに、彼がその気になれば大統領にだってなれるはず。そんな彼が、戦争が終わったからってスンナリ退役できるとは思えない。

 

 「許されなくてもするさ。そして日本に渡る」

 「日本に?どうして?」

 「君は日本を離れる気がないだろう?だから俺が行くのさ」

 「それって……」

 

 私のために地位と名誉どころか母国も捨てるってこと?女のために?

 いやいや、さすがにそれは思い切りが良すぎる。

 

 「俺は君を愛している。君と添い遂げられるなら地位も名誉も金もいらん。国だっていらない。君は、俺の全てなんだ」

 「あ、いや…あの……」

 

 言っては欲しかった。

 欲しかったけど、こんなちょっと動けば触れあう……いや腕枕はされてるんだけど、そんな超至近距離でピロートークの最中に言われたら照れる。

 いいえ、照れるどころじゃないわね。もう一回抱かれたくなる。また求めてもらいたくなる。

 それに、私も同じことを言ってあげたくなる。

 貴方の事を愛してるって、無性に言いたくなる。

 

 「私だって……」

 

 これは言わなきゃ駄目でしょ。

 その気になれば地位も名誉も金も女も、世の男どもの大半が求めるモノを全てを手に入れられる人が、その全てを失ってでも私が欲しいって言ってるのよ?

 それなのに答えないなんて有り得ない。

 私もそうだって、私も貴方を愛してるって言わなきゃ。

 

 「私も貴方を……!」

 

 愛してる。

 身を起こしてそう言おうとした瞬間、部屋のドアノブを無遠慮に回す音が聴こえた。

 いやぁ、我ながらウッカリしてたわ。

 まさか何時間も人に見られたらヤバイ事をしてたのに、部屋の鍵を一ミリもかけてなかったなんて。

 

 「円満姉さ~ん。入るわ……って、おうふ……」

 「ちょっと何してんのよ霞さん。とっとと入ってって……おうふ……」

 

 二人揃って「おうふ」とか訳わかんない台詞言ってじゃない。

 いや、気持ちはわかるのよ?

 スッポンポンの(但し下半身は布団で隠れてる)私とヘンケンを目の当たりにすればそうなるのはわかる。

 私だって、例えば先生と大淀の事後を目撃しちゃったら今の満潮と霞みたいに固まって「おうふ」とか言っちゃうと思うもの。

 でもさ、ノックくらいするべきだったんじゃない?

 二人ともトレイに乗せた食事を持ってるってことは、この部屋にヘンケンが来てるって知ってたってことよね?だから二人分の食事を持って来たのよね?

 だったらノックすべきでしょ!

 もしかしたらキスしてるかもとか……いや、キス以上のことしてたんだけど!そういうことを考えなかったわけ!?

 

 「え~と……。円満姉さんとヘンケン提督は居ないみたいね。ね?満潮」

 「う……うん。居ないわね。少なくとも私には見えないわ。裸で明らかに事後の二人なんて見えない」

 「そうよね!見えないよね!じゃあ他を探しましょう!ほら、泣いてないで行こ?満潮」

 「うん……」

 

 気遣いが痛い。

 しっかりと見ながら、見えてない風の三文芝居をする二人の気遣いが痛すぎる。

 さらに満潮なんて滝のように涙を流してるしね。

 それを見ていると、悪いことをした訳じゃないのに罪悪感が込み上げてくるわ。

 

 「み、満潮、これはそのぉ……」

 

 部屋を出ようとした二人に私が四つん這いで近づいて声をかけると、満潮は顔だけだけど振り向いてくれた。

 でも変ね。

 振り向いてたのに、すぐに私から視線を逸らしたわ。具体的に言うと私の右斜め下方。もっと言うと右手の辺りに。

 

 「主砲が最大仰角……」

 「は?主砲?ちょっ、何言ってるの?」

 

 満潮の言葉の意味がわからずに戸惑っていたら、霞が「アンタにはまだ早いから見ちゃダメ!」と言って半ば強引に満潮を引っ張って部屋から出て行った。

 満潮は何を見たんだろう。

 私の右手辺りにいったい何が……って、そういうことか。

 

 「ちょっと、ヘンケン」

 「すまん……。この位置からだとその……丸見えで」

 「丸見えって何が……。ちょっ!見るなバカ!」

 

 ヘンケンが目撃したモノに察しがついた私は慌ててその場に座り、ダメ押しとばかりに両手でお尻を隠した。

 情事の真っ最中にすら見せなかったのに、私が四つん這いなんかしたせいで全部見られちゃった……。

 

 「うう……穴があったら入りたい」

 「俺もだ……」

 

 アンタの場合は突っ込みたいでしょうが!

 と、ツッコむ気力も起きないまま、私は部屋の鍵をしっかりかけ(指差呼称までして)、一時の安らぎを再び得るためにヘンケンの腕の中に戻った。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 ヘンリーの恋愛遍歴?

 無いわね。皆無よ。

 彼って、子供の頃から全くと言っていいほどモテなかったのよ。だからエマは、彼にとっては何もかもが始めての女性ってことになるわね。

 

 昔からの知り合いなのか?

 ええ、彼とは幼馴染みよ。

 家も隣どうしだったし、親も親友どうしだったの。

 そのせいでkindergartenからhigh schoolまでずっと一緒だったわ。まさか、Japanにまで一緒に来るとは思ってなかったけどね。

 え?両親は実の両親なのかって……。何?その質問。

 両親は正真正銘実の両親よ?それがどうした……って、は?ないない。

 彼に恋愛感情を抱いたことは一度もないわ。だってキモいもの。

 なんか退役してからやたらとファンが増えたそうだけど、アイツの趣味を知ったらファンたちも「キモ……」とか言って幻滅するんじゃないかしら。

 

 どんな趣味か?

 所謂アニメオタクってやつね。しかも美少女変身ものが大好きで、アイツの部屋はそれ関係のグッズに占領されてるわ。

 今ハマってるのは……たしか戦時中に活躍した駆逐艦をモデルにしたとかっていう魔法艦娘シリーズ。その3作目の『魔法艦娘 マジカル☆カスミン』だったかしら。

 それを毎週エマと一緒に見ながら、カスミンの決め台詞を一緒に言ってるそうよ。

 そうそれ、「冗談じゃないったら!」ってやつ。

 

 いや本当よ。

 ついこの前、満が来て「アレも戦争のせいなのかなぁ……」ってボヤいてたんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Iowa級戦艦一番艦 Iowa。

 現バーガーショップマクダニエル日本支店副店長へのインタビューより。

 

 



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第百七十二話 鬼が出陣()

 

 

 

 

 

 山口県某市の山奥にあるお寺。

 そこにある墓地に、元帥閣下のご家族のお墓はありました。山以外何も無い県道なのに道路が国道、いえ高速道路並みに整備されている事に驚いたり、観光がてら寄った錦帯橋の近くで売っていたソフトクリームが思っていたより美味しかった事に驚いたりしましたが、それ以上に驚いた、と言うより呆れたのが彼のお墓参り。

 掃除を終え、花と線香をお供えして手を合わせてから4時間以上微動だにしないんです。

 

 「あの、淀渡さん。暇なのはわかるけどあたしに説明しなくてもいいかも」

 「秋津洲さんに説明した訳ではありません。あ、ちなみに観光協会の回し者でもありません」

 「それはべつに聞いてないかも」

 

 なんと言う塩対応。

 目が座ってるところを見るに、秋津洲さんも退屈しているはずだからと状況説明がてら話しかけてあげたんですからもう少し好意的に対応してくれてもよろしいのでは?

 

 「任務中なのにそんな余裕はないかも」

 「任務中?貴女の任務は、彼が二式大挺に乗ってからでは?」

 「いいえ。ずっと昔からあたしは任務中かも」

 

 これは気持ち的な問題なのでしょうか。

 私が知る限り、秋津洲さんが命じられているのは元帥閣下の移送。護衛かな?とも考えましたが、彼ならたいていのトラブルならご自身でどうにでもできますので違うはずです。

 

 「淀渡さんは、第901航空隊をご存じですか?」

 「901?たしかそれは……」

 

 開戦初期に急遽編成されたと言われている国防空軍の航空隊の一つ。通称『ゴースト隊』

 私は資料でしか知りませんが、その航空隊は当時配備されていたF-15ではなく、保管されていた第二次大戦期に活躍した零式戦闘機を始めとした各種航空機十機足らずで編成された航空隊だったはずです。

 しかも記録が本当なら、901航空隊は深海棲艦相手に奇兵隊並の戦果を挙げたんだとか。

 

 「その通りかも。当時の国防空軍は主力機を全て失い、苦し紛れに骨董品をレストアして隊を編成した。あたしは、その901の生き残りか……なんです」

 「もしかして、貴女が当時乗っていたのは……」

 「ええ、お察しの通り岩国基地まで乗ってきた大艇さんかも。もっとも、撃墜されて中身は戦友共々滅茶苦茶になっちゃんたんで、皮だけ大挺さんで中身は別物ですけどね」

 

 それを皮切りに、昔を懐かしむように秋津洲さんはゆっくりと当時の事を語り始めました。

 駄目元で挑んだのに、旧式の戦闘機の方が最新鋭機よりも深海棲艦に対して有効だったこと。

 その事実に浮かれ、自分たちこそ日本を救う英雄だと息巻いていたこと。

 だけど物量に押され、一機、また一機と僚機と仲間を失い、最後に残った二式大艇も奮闘虚しく撃墜されたことを。

 

 「あたしが奇兵隊に拾われたのは大艇さんが撃墜された時かも。撃墜されて浜に軟着陸した大挺さんから、大佐が救出してくれたかも」

 「その恩に報いるために、奇兵隊に参加したのですか?」

 「いいえ。違います。復讐するためです。あの時、意識を取り戻すなり戦友の後を追おうとしたあたしに、大佐はこう言いました。『どうしても死にたいのなら止めはしない。だがどうせ死ぬなら、奴らに復讐してからでも遅くはないんじゃないか?』と」

 

 そう言われて、秋津洲さんは奇兵隊への参加を決めたそうです。

 いつになるのかわからない、戦友たちの仇をとる機会が訪れると信じて、彼女は彼の駒になることを選んだ。

 

 「あの日、あたしは任務を遂行できませんでした。だからあたしの任務は終わってない。あの人を、深海棲艦どもを撃滅することができる周防の狂人と言う名の爆弾を奴らの頭上に落とすまで、あたしは任務中なんです」

 

 そこまで一息に言い切ると、秋津洲さんは拳を血が滴りそうなほど握りこんで、今もお墓に手を合わせている彼の背中を見つめました。

 

 「ある意味、この戦争の勝敗は貴女にかかっているのですね」

 「はい。だから絶対に失敗はできないかも」

 

 語尾に『かも』と付けていますが、秋津洲さんの瞳は真剣そのもの。きっと死さえ覚悟しているでしょう。

 

 「秋津洲。二式大艇の給油は済んだか?」

 「作業員がサボっていなければ終わっているはずかも。出ますか?」

 「ああ、行こう」

 

 気が済んだのか、彼は奇兵隊の黒い軍服の上に羽織った戦装束の裾を翻してこちらを振り向くと、お墓を二度と振り返らずに車の方へと歩いて行きました。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 姉ちゃん。

 ああ、すんません。自分は親父の奥さんをそう呼んでたもんでつい……。

 

 ええ、自分は親父に取っ捕まって日本に連れ帰られてから数年ほど、親父の家で世話になってたんす。

 少将や相棒と出会ったのもその頃っすね。

 

 少将は親父に喧嘩売って半殺しにされてからちょくちょく家に来るようになって、相棒は親父の家の近くで珍走してたとこを親父にチームごと潰されて舎弟になったんす。

 

 そっすね。

 あの頃、自分と相棒が陸軍に入隊するまでのあの時期が一番楽しかったかもしれねっす。

 入隊してからはあっちこっちに飛ばされてましたし、基本的に鉄火場でしたからね。

 

 姉ちゃんがどんな人だったか?

 う~ん、性格的には桜子さんをさらに理不尽にしたような性格だったっす。

 姉ちゃんを知ってる人なら、間違いなく親父より姉ちゃんの方が怖いって言うっすよ。でも、同じくらい優しい人で、自分みたいなガキを実の子供のように扱ってくれて、しかも中学にも通わせてくれたんす。

 

 あ~......そっすね。

 今思えば、自分は姉ちゃんのことが好きだったのかもしれねっす。

 だから自分は、何度ねだられてもあの人のことを母ちゃんって呼べなかったんでしょうね。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊副長 神藤 角千代中佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 息が詰まりそう。

 現在車で岩国基地に移動中なのですが、お寺を発ってかれこれ30分。全くと言って良いほど会話がありません。元帥閣下も秋津洲さんもずぅぅぅぅぅぅぅっと!神妙な顔をして黙りこくってます。

 

 「状況説明ご苦労」

 「別に説明した訳ではありません」

 

 暇と沈黙に堪えきれずに口に出してしまいましたけどね。

 ですがお二人の気持ちは理解しているつもりです。

 方やなくなったご家族のお墓参りを済ませた直後。方や十数年もこじらせた想いをようやく達成できるかどうかの瀬戸際です。そんな気持ちを組んでいるからこそ、今の今まで黙っていたんですから。

 

 「大佐。この人って素で喧嘩売る人かも?」

 「大目に見てやれ秋津洲。淀渡君にとっては無駄な時間に違いはないんだ」

 「無駄とまでは......」

 

 思っていませんよ?

 ただ退屈だっただけです。

 まあ例えば、秋津洲さんが901時代のことを話してくれたり、閣下が亡くなったご家族のこと話してくれたりしたらここまで退屈な想いはしなくて済んだとは思いますが。

 

 「大佐......」

 「彼女の癖みたいなものだ。気にするな」

 

 ええそうです。

 誰にともなく状況と心境を説明してしまうのは私の癖みたいなもの。だから気にするだけ無駄なのです!

 

 「胸を張って言うべきことではないと思うが......。まあ、君にはこれから苦労をかけるし、基地に着くまでではあるが、何か聞きたいことがあれば話そうじゃないか」

 「そうですか?では遠慮なく質問させていただきます」

 「お、お手柔らかに頼むよ」

 

 お手柔らかに?

 貴方がお墓に手を合わせていた時間と基地からの往復時間を加味すれば、そろそろ五時間近く退屈な時間を強要されているんですよ?だから手加減なんてしてあげません。

 この機に普段は聞けないこと、大淀でさえ遠慮して聞けなかったことを聞いてやります。

 

 「亡くなった奥さまのことをお聞きしたいのですが......」

 

 ずっと気になっていたんです。

 彼が全てを、それこそ愛妻である大淀や愛娘である桜子さんすら捨て駒のように使ってまで仇を取ろうとしている人。

 姉である私が言うのもなんですが、大淀はよほど特殊な趣味の男性でもない限り間違いなく見惚れるレベルの美人です。

 まあ胸はささやかですが、それを補ってあまりある程のスレンダーボディですし、胸が無い分お尻や太ももは均整を崩さない絶妙なバランスを保ったまま見事なボリュームを実現しています。

 

 「そんな大淀を凌ぐほどの美人さんだったんですか?」 

 「いんや?女房は贔屓目に言って並だったぞ?」

 「並?並とはどれくらいですか?」

 「そうだな......。大淀を100とするなら40くらいか?容姿的には、そこら辺を歩いてそうな普通の女だったよ」

 

 ふむ、秋津洲さんの「マジかコイツ」と言わんばかりの視線を私に向けているのは無視するとして、彼が奥さまを愛したのは容姿が理由ではないようですね。ならば……。

 

 「性格が素晴らしかったのですか?」

 「性格……か。アイツは桜子が常識人に思えるほどに傍若無人で理不尽だったよ」

 

 ふむふむ。あの性格破綻者である桜子さん以上ですか。その人って本当に民間人だったんですか?っと、それは取り敢えず置いといて。

 

 「奥さまとはどうやってお知り合いに?」

 「家が近所だったんだ。所謂、幼馴染みと言うやつだな」

 「へぇ、そんな漫画みたいな関係って本当にあるんですね」

 

 どちらが先に異性として意識したんでしょう。

 閣下から?それとも奥さま?

 もしかして子供の頃から、お互いに異性として意識しあっていたのでしょうか。

 

 「女房がいなかったら俺はムショん中だろうな。いや、死刑になっていていたか?」

 「それはどういう……」

 「俺はな、ガキの頃に父親を殺しているんだ」

 「は?」

 

 今なんと?父親を殺している?何故?

 この人が異常者なのは嫌というほど存じていますが、まさか親を、しかも子供の頃に殺害しているとは思ってもみませんでしたよ。

 

 「俺の家、と言うよりは親父は、俺と違ってあの呪法を後世に残そうとしていたんだ。その過程で、俺が9つの時にあの糞親父は俺の目の前で母を殺し、アイツや弟にまで手を出そうとした」

 

 それが、この人が父親を殺害した動機だそうです。

 この人が扱う呪法の修行には何段階かあるらしく、まずは幼少期、物心がついた頃からかひたすら我慢する事を覚えさせられるそうです。

 それは精神的な苦痛から肉体的苦痛まで、ありとあらゆる苦痛を、物心がついたばかりの頃から強要されるんだとか。

 その次の段階が種の植え付け。

 愛する人たちの死を目の当たりにさせ、手を下した者への憎悪を植え付ける。

 その段階で、彼は父親を殺害したそうです。

 

 「では、正確には呪法を継承していないのですか?」

 「いいや、しっかりと継がされたよ。あの呪法の継承は、種を植え付けた時点で八割方終わっているんだ。自分の内に生まれた化け物を自覚した時点で……な。俺がアイツに惚れたのもその日だ」

 「そんな日に、ですか?」

 「ああ、うちの異変を察した女房と親父が踏み込んできてな。その時に俺はアイツに惚れた。アイツはな、返り血まみれになった俺や、死体になった俺の両親を一切恐れず、親父よりも先に俺をぶん殴ってこう言ったよ」

 

 そこまで言って、彼は当時の事を思い出したのか軍帽を目深に被って表情を隠してしまいました。

 耳まで真っ赤になっていますから、相当恥ずかしい台詞を言われたのでしょう。

 

 「『こん馬鹿たれが!』とな」

 「え?それだけですか?」

 「それだけだ。それ以上は何も言わずに、泣きながら俺を睨んでいた」

 「はあ……そうです……」

 

 いや、待ってください。

 その事件は彼が9つの頃と言いましたよね?と言うことは、奥さまも似たような年齢のはずです。そんな子供が血塗れの彼やご両親を恐れずに彼を叱責した?

 どんな想いだったかまではわかりませんが、それだけでも子供とは思えない胆力です。

 

 「でも今こうしてるって事は、大佐は罪に問われなかったってことかも?」

 「ああ、親父が手を回してくれたのもあるが、現場の状況や隣近所の者の証言、それに正当防衛も認められて罪には問われなかった」

 

 おや?秋津洲さんも彼の人生に興味を持ったようですね。私が聞きたかったことを先に聞かれてしまいました。

 

 「じゃあ、刑務所に入れられたり死刑になっていたかもと言ったのはどういう意味なのかも?」

 

 むむ、そこまで突っ込んで聞きますか。

 個人的に、それこそが奥さまの死を切っ掛けに彼の内の化け物が一気に育ってしまった理由だと思っていただけに、私が直接問いたかったのですが……。

 

 「15になった頃だったか、糞親父に植え付けられた呪法の種が抑えられなくなっていた時期があったんだ」

 

 その時期の彼は誰彼構わず傷付けたい、殺したいという衝動に駆られ、実際に人に手を上げたこともあったそうです。そんな彼を、奥さまは自らの身体を使って諌め、そして癒した。

 

 「アイツは俺にこう言ったよ。「赤の他人を殴る体力があるんならうちを抱け!アンタの鬱憤は全部うちが受け止めちゃる!」とな」

 「それで大佐は……」

 「ああ、アイツに全部ぶちまけたよ。アイツは言葉通り俺の全部を受け止め、俺なんかの子を生んでくれた。もっとも、それが親父の逆鱗に触れて、俺は中東に飛ばされたがな」

 

 そこまで話した閣下は照れ臭さが頂点に達したのか、「一本吸わせてくれ」と私と秋津洲さんに断ってから窓を少し開けて、妹が彼に贈ったというシガレットケースから取り出した煙草に火を着けました。

 

 「お義父さんはどうして大佐を中東に?いくら若気の至りに近い過ちだったとしても、娘の恋人を戦地の送るなんて正気じゃないかも」

 「確かにな。だが親父は、俺を想って戦地に飛ばしたんだよ」

 「いや、意味わかんないかも」

 

 いえ、私にはなんとなくわかります。

 それは恐らく、彼の内の化け物を弱らせるため。

 人を傷付けることで発散され、弱くなるのならそれが大っぴらにできる場所に彼を置こうとし、そうしたんです。今でもですが、日本で発散させたら彼が先に言ったように、今頃は刑務所の中か死刑だったでしょうから。

 

 「解説感謝かも」

 「お気になさらず」

 

 おっと、声に出していましたか。失敗しました。

 でもまあ、解説を声に出したことで話の主導権が私に移ったっぽいので次は私が質問しましょう。

 

 「奥さまは、反対しなかっったのですか?」

 「しなかったよ」

 「娘の父親が、人殺しになってしまうのにですか?」

 「俺はその時点で人殺しだったが?」

 「それでもです。追い詰められた末の殺人と、自らの利益のために行う殺人では意味が違います」

 

 前者は言わずもがな。

 ですが後者は、彼の内の化け物を弱らせるために行われた殺人。つまり彼は、自分のために多くの人をその手にかけたのです。

 

 「最初の方で言ったが、女房は桜子以上に傍若無人で理不尽で、おまけに我が儘で利己的な女だった」

 「おまけは初耳ですが?」

 「気にするな。それでだ。アイツは君がさっき言った事を気にする俺に「赤の他人が何人死のうがうちの知ったことじゃない。じゃけぇ、アンタが他所で何人殺そうが知ったことか」と言って、俺を中東行きの飛行機に押し込んだんだ」

 「それはなんとも……」

 

 豪快、いえ寛大?なお人だったのですね。

 私には絶対同じことは言えません。もし、亡くなった奥さま以外で同じ言葉をかけてあげられるとしたら、それは大淀くらいのものでしょう。

 その考えに至った時、どうしても聞きたい質問が思い浮かびました。

 意地の悪い質問ですが、彼は答えてくれるでしょうか。

 

 「今でも、愛しているのですか?」

 「ああ、愛している」

 

 やはりですか。

 でなければ海軍のみならず、陸軍と空軍までも実質的に牛耳ってまで復讐を成し遂げよとはしませんよね。

 では、こう続けたらどう答えます?

 

 「大淀。いえ、朝海よりもですか?」

 

 基地の門を過ぎ、海上に停泊しいる二式大艇が遠くに見え始めたあたりでそう聞いてみました。

 彼は何と答えるのでしょう。

 朝海の方をより愛している?それとも奥さま?

 私の質問を聞くなり、窓の外に視線を移してしまった彼の表情からは読み取ることができません。

 

 「さっきの質問だが……」

 

 秋津洲さんとともに二式大艇へのボートへと乗った彼は、桟橋で見送る私にそう切り出してから、悲しそうな笑顔を浮かべてこうおっしゃいました。

 

 「卑怯な答え方だが……比べられんよ。アイツも朝海も、俺にとっては掛け替えのない女性だ」

 

 そう言い残した彼は、ボートの操縦士に「出せ」と命じました。

 彼は朝海を亡くなった奥さまと同じくらい愛している。その言葉に偽りはなく、もし、愛を数字で表すことができたなら、その数字は同じでしょう。

 

 でも、少しだけ違う気もします。

 恐らく、彼にとって奥さまは何もかもが初めてだった人。初めて愛し、初めて身体を重ね、始めて彼の子供を生んだ人。そして、彼を人間に押し留めてくれた恩人。

 彼が今のようになってしまったのは、ある意味封印であった奥さまが亡くなったからです。

 奥さまが亡くなられたことで化け物の封印が解かれ、おまけに最大級の餌が化け物に与えられた。

 

 対する朝海は、今の彼にとって必要不可欠な人。

 無条件で彼を愛し、彼のためならばお腹を痛めて生んだ我が子すら置いて戦場へ赴く彼の大剣。そして、彼が化け物に変わるのを後押ししてくれた支援者。

 もし朝海と出会ってなかったら、彼は中途半端な復讐鬼のまま、化け物も今ほど育ってはいなかったでしょう。

 

 「嗤う 嗤う ただ嗤う。でしたか……」

 

 彼の戦いぶりを目の当たりにした民間人の一人が口ずさんだ彼の唄。

 同業者からは『周防の狂人』と呼ばれて敬われ、民間人からは『嗤う黒鬼』と呼ばれて恐れられた彼の唄が、重そうな機体で海面を滑った後に飛び上がり、護衛の戦闘機数機とともに彼方へと向かい始めた二式大艇を見ていたら頭をよぎりました。

 そして私は……。

 

 「鬼が出陣()た」

 

 と、約束の地に向かう二式大艇を見送りながら、誰に言うでもなくそう呟いていました。

 

 

 

 



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第百七十三話 紅い魔女

 

 

 

 

 

 ワダツミからノルウェー海戦敗北の報が届いてから今日で六日目。

 その前の五日間は配置等で慌ただしかったですが、敵艦隊がロッテルダムを通過したとの報告が入った今日は一転して朝から不自然な静けさを保っています。

 

 「いよいよ……か。ねえ大淀、敵は今どのあたり?」

 「侵攻速度的に、そろそろワール川の第五陣地が目視で確認する頃ですが……大丈夫ですか?叢雲さん」

 「は?何がよ」

 「何がよって……」

 

 今現在私たちが乗っている、遊覧船を改造した移動司令部を始めとした各陣地が第一種戦闘配置に移行してからずっと震えているじゃないですか。

 とてもじゃないですが大丈夫そうには見えません。

 

 「ああこれ?これはアレよ。武者震いってやつよ」

 「本当ですか?」

 「本当よ。何?私の言うことが信じられないって言うの?」

 「そういう訳では……」

 

 ないのですが、腕や足が震えるだけでなく、唇が真っ青になるほど顔面蒼白になっていれば心配にもなります。

 

 「ちょっと二人とも。少し緊張感が無さすぎるんじゃない?」

 「あ、すみません。由良さん」

 

 そんなに騒いでいたつもりはないのですが、それでも他の人からしたら騒がしかったらしく、代表して由良さんが注意しに来ました。

 しかも両手を腰に当てて若干前屈みになり、私とは比べるのもバカらしいほどたわわに実った胸をブルンと震わせて、です。

 

 「なんか、昔より大きくなってない?毎晩、あの左門みたいな人に叩かれてるから?」

 「べつに毎晩叩かれている訳じゃありません!」

 「叩かれてるのは否定しないんだ……」

 

 なるほど。何故、叢雲さんが由良さんの胸が大きくなった理由を揉まれたではなく叩かれたからと断定したのかは謎ですが、揉まれるだけでなく叩かれても大きくなるんですね。大淀、勉強になりました。

 

 「帰ったら叩いてもらいましょう」

 「いや、何でそんな事を口走ったかはだいたい想像がつくけど声に出さないでくれない?」

 「だって、どうせ表情から考えが読まれてしまうじゃないですか」

 

 だから声に出したんです。

 由良さんが叢雲さんに「朝潮だった頃よりお馬鹿になってない?」などと失礼極まりない事を訪ねていますが、これは色々な事を学習した結果なのです。

 そう、つまり読まれるんなら読まれる前に言葉に出しちゃえと学習したんです!

 

 「開き直っただけよね?ね?叢雲ちゃん」

 「単に馬鹿に磨きがかかっただけじゃない?」

 

 なんともあんまりな言い草ですね。

 だって私の思考は駄々漏れなんですよ?

 思考が読まれる度に驚くより、いっそ口に出した方が精神衛生上よろしいかと考えてそうしたんです。

 おっと、どうせ今考えた事も二人には筒抜けなのでしょうね。

 

 「それより由良さん。戦闘は久々でしょ?大丈夫なの?」

 「勘は若干鈍っているかもしれないけど、それでも訓練は怠っていなかったから大丈夫よ。それに、あの人に良いところを見せたいし」

 「相変わらずゾッコンみたいね。あの左門みたいなののどこが良いのかサッパリわかんないわ」

 

 あれ?無視された?

 は、まあ良いです。ちょっと寂しいですけど我慢しますよ。

 ちなみに左門みたいな人こと少将さんは、私たち三人が居る船首の後方、移動司令部の上部、天井に設けられたお立ち台みたいな物の上で腕組みして仁王立ちしている桜子さんから少し下がった右斜め後方で休めの姿勢をして立っています。

 その左には海坊主さんと金髪さんも同じ姿勢で立っています。

 

 「あ、ねえ由良さん。一つ気になってたんだけど、どうして桜子さんが最高指揮官なの?少将さんの方が階級は上よね?」

 「桜子さんだからじゃない?」

 「あ~なるほど。桜子さんだからか」

 

 気持ちはわかりますがそれで納得しないでください。

 いえ、わかるんですよ?

 少々常識外れのことでも「桜子さんだから」の一言で納得できる気持ちはわかるんです。

 確かに桜子さんなら、我が儘に我が儘を重ねた末にトップに立つ。くらいは平気でしそうな人ですもの。

 ですが今回は奇兵隊各隊の隊長や少将さん、さらには各国軍による推挙の上で最高指揮官に任命されたんです。

 だから決して「人の下で働きたくない!」なんて我が儘を言ったからではありません。

 

 「憂鬱じゃのぉ。こっちまで弾が飛んでこにゃええが」

 「弾は保証出来かねますが、艦載機に関しては日進さんの頑張り次第ですよ?」

 「アホ言うな。艦戦や水戦を飛ばせるのはわしと由良の嬢ちゃんとあきつ丸くらいじゃろうが。さすがに抑えきれんわい」

 「艦載機で抑えきれないなら砲撃で撃ち落とせばいいじゃないですか」

 

 と言ったら、日進さんどころか叢雲さんと由良さんからも呆れたような視線を向けられました。

 ええ、ええ、どうせ私は短絡思考の脳筋ですよ。

 

 「わしゃあ疲れる訳にはいかんから戦闘には直接参加せん。それはこっちに来るまでの輸送機の中で説明したじゃろうが」

 「確かに聴きましたが……」

 

 その理由までは聞かされていません。

 まあ、その話を一緒に聴いていた桜子さんが文句を言っていないので問題はないのでしょう。

 いえ、むしろそれが必要なのかもしれません。

 

 「騒がしくなってきたのぉ。そろそろかや?」

 「そうですね。恐らく……」

 

 船内で慌ただしくしている奇兵隊員の様子を見るに、第五陣地が敵艦隊を黙視で確認したのでしょう。

 

 「ほう、こりゃあ大したもんじゃ。正直見直したわい」

 「何にですか?」

 「桜子の嬢ちゃんじゃよ。わしゃあ普段の嬢ちゃんしか知らんから余計にでもそう思うんじゃろうが、今の嬢ちゃんなら叔父上が自慢したがるのもわかるわい」

 

 日進さんがそう言いながら、桃さんから何やら耳打ちをされている桜子さんを見上げたので釣られて見てしまいましたが、私には日進さんが何に感心しているのかがわかりません。

 だって桜子さんは普段と同じです。

 傍若無人で厚顔無恥、悪逆非道を地で行って横行闊歩する悪女。ですが反面、包み隠して表に出さない心は正に大慈大悲で寛仁大度。意思の硬さは正に松柏之操。

 小十郎さんに拾われてから培われ、鍛え上がった桜子さんの器は雄大豪壮に達し、将器どころか王器と呼んで差し支えないレベルです。

 

 「小十郎さんが以前、酔った勢いでこう漏らしたことがあります」

 「ほう?興味深い。叔父上は何と言ったんじゃ?」

 「世が世なら、あいつは一国の王になっていただろうな。と」

 

 本当に誇らしそうに仰いました。

 私も同感です。

 晩年にクーデターを起こされそうとか、崩御した途端に国が滅びそうとか考えましたが、それでも桜子さんに王足る資質があると私も思えました。

 

 「もう嬢ちゃんとは呼べんのぉ。今の桜子になら、このわしですら従ってもええと思えてしまうわい」

 「そうですね。私もです」

 「ほう、叔父上がおるのにかや?」

 「ええ。桜子さんは、私が小十郎さん以外で唯一従っても良いと思える人です」

 

 桜子さんは人の強さも弱さも知ってる人。そして体現できる人。その桜子さんが、神風だった頃と同じ長さになった髪を掻き上げ、右耳につけたインカムを操作して一息つきました。

 おそらくこれから、攻撃開始前の演説なりするのではないでしょうか。

 

 「この場に集った死にたがりの馬鹿者共に先ずはこう言おうかしら。Happy Death anniversary. そしてようこそ。この世で最も盛大な葬儀場へ」

 

 案の定でした。しかし初っ端からあまりにもあんまりな言い草ですね。

 私は聞いてるだけの身ですが、聞いてるだけで各国の兵隊さんたちが文句を言わないかと心配になってしまいますよ。

 しかも、Death anniversaryとは日本語で言うところの命日に相当する言葉。

 集まった兵たちに命日おめでとうなんて言ったのは、世界広しと言えど桜子さんくらいなのではないでしょうか。

 

 「アンタ達は開戦時に何を失った?財産?友人?親?兄弟?姉妹?恋人?それとも女房子供?まあどれでも良いわ。いずれにしてもアンタたちは何もできずに死に損ない、今の今まで生き恥を晒して来た負け犬どもに違いはない」

 

 桜子さんがそこまで言い終えて一息ついたとき、周りが一瞬だけ殺気だったように感じました。

 それはそうですよね。

 負け犬呼ばわりされて穏やかでいられる人は稀です。しかも、当時のことを思い出させるようなことを言われてからなら尚更でしょう。

 

 「でも今からは違う。アンタ達は再び機会を得た。そう!死ぬ機会よ!我が父は盟約通り、アンタ達に死に場所を用意した!」

 

 何かが爆発したような気がしました。

 戦う機会ではなく死ぬ機会。

 そんな、平和ボケしている人では決して理解できない理不尽で非人道的な機会を与えられたのに、ここに集まっている人たちは絶望するどころか歓喜しているように感じます。

 

 「嬉しいか死にたがり供。いいや、嬉しく思わない者は誰一人居ない。何故ならアンタ達は死ぬためにここに集った。アンタたちの無念を晴らし、人の身で深海棲艦を虐殺することができる我が父が到着するまでの時間を稼ぐ壁となるために集った自殺志願者供だ。今さら生に執着する者がいるはずがない!そうだろう!」

 

 両岸を見渡しながら桜子さんが飛ばした激に、集まった人たちは地響きの如く靴音を鳴り響かせ、次いで「Yes!!ma'am!!!」と声高に叫んで応えました。

 それを満足げな顔をして受け取った桜子さんは腰に下げていた刀を抜き、天高く掲げて深く息を吸い込みました。

 きっと船内の逼迫した様子を感じ取って〆に入ろうとしているのでしょう。

 

 「さあ、もうすぐ時間よ。長い時を待ちに待ち、屈辱の日々に堪えに堪え、心の底から望みに望んだ戦場がもうすぐやって来る」

 

 さっきまでの激しい口調から一転して、桜子さんが憂いが隠ったような声音でそう言うと、最高潮に達していたんじゃないかと思えた両岸の熱気が収まりました。

 いえ、収まったんじゃありませんね。

 押さえつけている。全ての人たちが昂り、爆発寸前だった激情を押さえつけ、深海棲艦にぶつける許可を待っています。

 

 「大淀の嬢ちゃんや、嬢ちゃんはアレも真似できるのかや?」

 「無理です。私では役不足ですよ……」

 

 台詞を真似することなら出来るでしょう。

 所作を真似することも、口調を真似することも出来るでしょう。

 でも私には、怯えていた叢雲さんをも震い立たせ、恐怖からの震えを武者震いに変えることはできません。

 こんなにも大勢の人の気持ちを汲み取り、一片の迷いなく死地へと向かう覚悟をさせるような演説はできません。アレは死を心の底から怖れ、憎んでいる桜子さんにしかできないんです。

 

 「死線を切り裂き、死出の山すら真正面から叩き潰す。それが桜子さんです。それが……」

 

 紅い魔女。

 いつの頃からか囁かれ始めた桜子さんの異名。

 出会った者に理不尽な災厄をもたらし、人のみならず街にすら甚大な被害をもたらす歩く災害。

 だけど、あの人を恐れる人はいても不思議と嫌っている人はいません。それが、桜子さんが魔女と呼ばれている由縁だと私は考えます。

 カリスマ性とでも言えば良いのでしょうか。あの人には不思議な魅力があるんです。

 どんなに横暴に振る舞っても「この人なら仕方ない」と何故か納得し、尻拭いにも積極的に参加してしまう。

 あの人が何処かへ行こうとすれば一も二もなく着いていきたくなる。力を貸したくなる。

 「また無茶振りしてきた」と呆れていても、胸の奥から「やってやろう」という気持ちが湧き出てくる。

 桜子さんは、無自覚に人を魅了し従わせる魔性の女なんです。

 

 「我が父、日本国防海軍元帥 暮石 小十郎の名代として神藤 桜子が命じる」

 

 時間にして2分ほどでしょうか。

 何かを待っていたのか、それともタイミングを計っていたのかはわかりなせんが、桜子さんが静かな、でもハッキリと通る声でそう切り出しました。

 

 「存分に戦え。死力を尽くして闘え。そして死ね!各々の人生に、戦死と言う名の華を添えて死んで逝け!」

 

 一瞬、声高に「死ね!」と叫んだ一瞬だけ、桜子さんの瞳が悲しげに歪みました。

 そういうことですか。

 あの二分足らずの沈黙は、桜子さんが覚悟を決めるために必要な時間だったのですね。

 誰よりも死を嫌う桜子さんが、死ぬために集まったとは言え大勢の人に死ねと命ずるために必要な時間だったんです。

 

 「全っ……!軍!攻撃開始!」

 

 桜子さんが刀を真っ直ぐ、敵艦隊がいる方向へと振り下ろしてから下したその合図と共に、大地が吠えているんじゃないかと思えるほどの地響きと歓声が巻き起こりました。

 それからほどなく、遥か北の方にある第五陣地から砲撃音が響いて来ました。

 紅に染まった髪を風に靡かせた『紅い魔女』の言葉に煽動された五万に上る死兵たちが、各々の想いをぶつける音が武骨なメロディーを組み上げ、ライン川に流れ始めたんです。

 

 



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第百七十四話 さあ、復讐の時間だ

 

 

 

 

 

 遊覧船を改造した司令部があり、私こと大淀を含めた艦娘たちと奇兵隊が展開している第一陣地。

 それより北の沿岸に構築された陣地は、レク川とワール川に分岐する地点に構築された第五陣地を皮切りに全部で5つ。

 防衛ラインは三つに分けられています。

 

 「第5砲兵隊と第10戦車隊は奴らの脚元に火力を集中!当てなくて良い!水を吹き飛ばして進行を遅らせることに専念しなさい!」

 

 先ずは第一次防衛ラインである第五陣地。

 全部で五つ、各陣地に配置されている砲兵隊の一つと、全部で十ある戦車隊の一つで敵の進行をとにかく遅らせる。方法は先ほど桜子さんが言った通りです。

 攻撃を直接当てても意味を成さない通常兵器でも、水面を吹き飛ばすことは可能ですからね。

 

 「お姉さま!第五陣地の損耗率が50%を越えています!このままでは……」

 「わかった。戦える者のみ第四陣地まで後退。戦えない者は置いていけ」

 

 戦闘が開始されて約5時間。

 たった5時間で、第五陣地が壊滅と言って良いほどまでやられましたか。

 ですがさすがは桜子さん。

 桃さんの報告を受けるなり、間髪いれずに次の命令を飛ばしました。

 しかも、負傷者を置き去りにしろだなんて非情な命令を下したのに、桜子さんの表情には一辺の曇りもありません。もっとも、胸中では泣き叫んでいるのでしょうが……。

 

 「第三、第四陣地に通達。基本的な戦法はさっきと同じよ。ただし……」

 

 第二次防衛ラインである第三、第四陣地。

 そこから深海棲艦の数を減らす作業も加わります。

 具体的には第3、第4砲兵隊と第6から第9戦車隊による攻撃で深海棲艦を水から切り離し、そのタイミングを狙って内火艇ユニットを装備した特殊歩兵二個連隊約6000名が攻撃します。

 作戦会議時の想定では、この第二次防衛ラインで10時間は足止めし、艦種問わず20隻は沈めたいと桜子さんは言っていましたが……。

 

 「厳しそうですね」

 

 偵察機からの映像や、後ろから聴こえてくる奇兵隊による桜子さんへの報告。さらに桜子さんが飛ばしている指示を聴く限り芳しくありません。

 

 「叢雲さん。いつでも出撃できるようにしておいてください」

 「保ちそうにないの?」

 「ええ、今の状況が続けば保っても6~7時間くらいです」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 な~んて、大淀がクソ真面目な顔して言うもんだから、私も腹をくくって何時でも出撃できるようにしてたんだけど、結局私たちが出撃したのは敵が第二次防衛ラインに到達してから12時間後。夜が明けてからだったわ。

 

 ええそう。

 第五から第三陣地までの人たちは、まともに効きもしない武器で17時間も敵の進行を遅らせた。しかも、駆逐艦や軽巡洋艦がほとんどとは言え30隻も沈めたのよ。

 

 でも、大淀が時間を見誤ったのも、偵察機からの映像を見せてもらって納得したわ。

 うん、酷いものだった。正に地獄ってやつね。

 地形が変わるほどの砲撃や爆撃に晒されて、陸上で原形を保っているモノは何一つなかった。

 それでもあの人たちは戦ってた。

 片腕が無くした人は残っている方の腕で砲を担いで攻撃してたし、両腕が無くなってる人は何かを……たぶん手榴弾を咥えて上陸しようとしていた敵艦に体当たりしてた。

 それだけじゃないわ。

 足を無くした人は這って前進し、どう見たって死んでるって思えるほど体を吹き飛ばされた人も敵に向かって行ってた。

 特殊歩兵連隊の人たちなんて、我先にと爆弾抱えて突っ込んでたわ。

 

 そうね。

 アレを、開戦当時はそこかしこで繰り広げられていただろう光景を目の当たりにして、私たち艦娘はなんて恵まれた環境で戦ってたんだろうって自己嫌悪に襲われたわね。

 

 そして夜明けまで鳴り続けていた轟音が収まった頃。

 ついに私たちの出番が来たわ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 叢雲へのインタビューより。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「遅い……。何やってんのよお父さん」

 

 もう何度、今と同じ台詞を呟いただろう。

 防衛ラインが突破される度、陣地が壊滅する度、いや人が死ぬ度に言ってる気がする。

 

 「お姉さま。由良さんが少将さんを下がらせてくれと言ってきていますが……どうなさいますか?」

 「下がらせなくて良い。由良には、愛する旦那を死なせたくなかったら死ぬ気で敵を減らせって伝えなさい」

 

 本当は下がらせたい。

 だって少将は、敵が最終防衛ラインに到達してからの数時間で、たった一人で10隻は沈めてるんだもの。この数字は大淀と叢雲が鬼級以上のみを相手にしてるって言っても異常な数。十分過ぎるほど役割を果たした少将は下がらせたい。

 でも、恐らくあの人は私の言うことを聞かない。

 きっとその身が砕け散るまで、お父さんとお母さんのために戦い続けるでしょうから。

 

 「お父さん早く……早く来てよぉ……」

 

 周りに聴こえない程度の声量で何度目かの弱音を吐いたときに改めて思った。

 私は指揮官に向いていない。

 だって戦ってるだけの方が楽だもの。我武者羅に刀を振り回してた方がよっぽど気楽。

 お父さんはずっとこんな気持ちだったんだ。

 こんな無力感に、何年も堪えてたんだ。

 

 「角千代!もっと戦線を押し上げて!大淀と叢雲はさっさとその姫級を沈めなさい!」

 『無茶言わないで!こっちだっていっぱいいっぱ……って大淀!こんなところでそんな大技使わないでよ!私にも当たるでしょ!』

 『この状況を打破するためにはこれしかありません!なので、頑張って避けてください!』

 

 叢雲の苦情と共に、遠目に二本の蒼い柱が現れた。

 きっと駆逐艦あたりに群がられたのね。

 それを薙ぎ払うために、大淀は「洄天剣舞!十二連!」とか叫んで蒼い柱を振り回し始めたんだわ。

 

 「桃、私たちも出るわよ」

 「で、ですが、それでは司令部が空に……」

 「ほぼ壊滅状態なのに司令部に意味があるわけ無いでしょ!怖じ気づいたんならケツ捲って逃げなさい!」

 

 やっぱり駄目だ私は。

 少将が被弾して片腕を吹き飛ばされた報告や、タシュケントとガングートが敵に包囲されつつあるって報告。さらに角千代と飛車丸が指揮を執っている『銃』と『車』の混成部隊『騎馬』の半数がやられたという報告を聴いて精神的な余裕がなくなって桃に当たり散らしてしまった。

 

 「ごめん、桃。言いすぎた」

 「お気になさらず。私に当たる事でお姉さまの気が晴れるなら私は本望です」

 「ありがとう。じゃあ行くわよ!」

 「はい!お姉さま!」

 

 私は花組を伴って駆け出した。

 取り敢えずやるべきは、1000mほど先で由良に庇われている少将の救出かな。

 

 「桔梗、うらら、菘は由良を援護!桃は私に着いてきなさい!」

 「「「「了解!」」」」

 

 私は少将と由良を一気に追い抜き、二人を砲撃しようしていた重巡リ級を逆胴で切り裂き、返す刀で突っ込んできたイ級に切っ先を突き刺して切っ先に集めておいた力場を解放。イ級を内部から弾けさせた。

 周りにはまだまだ居るけど、とりあえずこれで少将を下がらせる隙ができたわ。

 

 『離せお前たち!自分は、俺はまだ戦える!戦わせろ!戦わせてくれ!』

 「死にかけが何ほざいてんのよ!邪魔だからとっとと下がれ!」

 『駄目だ!まだ16しか沈めてない!まだあんなに邪魔者がいるんだ!兄ぃが来るまであと10は沈めてやる!』

 

 頭に血が昇りすぎて暴走してるわねあのデブ。艦娘でもないのに、たった一人で16隻も沈めたんだから十分すぎるわよ。

 

 「いいから下がれ!お父さんが混沌の首を刎ねる瞬間を見たいなら下がりなさい!」

 『だが俺ぁ……俺ぁ……』

 

 死にたいんでしょ?

 そんなことはわかってる。アンタも他の奴らと同じで死ぬためにここに来たのは知ってるし気持ちも理解してる。

 でも、私が言ったようにお父さんが混沌の首を刎ねる瞬間を見たいとも思ってる。だから片腕を失なっても特攻はせずできるだけ敵の数を減らそうとしてるんでしょう?

 

 「お姉さま!後方から何か……!」

 

 少将をどう言いくるめて下がらせようか悩んでいた私の耳に飛び込んできた桃の言葉に釣られて後ろを振り返ると、空の彼方から近づいて来てる緑色の飛行機が見えた。

 あれは二式大艇?

 間違いない。二式大艇だ。二式大艇が来たってことは、それはすなわち、お父さんが来たってこと。

 それで安心してしまった私は……。

 

 「遅いよ……お父さん」

 

 と、戦闘の真っ最中だっていうのに、上空を通りすぎて行く二式大艇を見上げながらそう呟いていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 青木さんは幽霊を信じるかい?

 そう、今時の幽霊がうらめしや~なんて言うかはともかく、その幽霊だ。

 

 ああ、出たんだよライン川で。

 しかも真っ昼間にだ。

 

 そいつらは俺の知り合い……つうか、一人は兄貴だったからすぐ気付けたんだが、まさか兄貴の操縦がまた見れるとは思ってなかったから思わず泣いちまったのを覚えてる。

 

 ゴースト隊って知らねえか?

 そっか、知らねぇか。そうだよな……。

 ああ、自慢の兄貴さ。

 俺の兄貴はその隊の隊長をしててよ。ガキの頃は、よく内緒でF-15のコックピットに乗せてもらったりしてたよ。

 もっとも俺は頭の出来が悪かったからパイロットにゃあなれなくて、その憂さ晴らしに連れと珍走するなんて馬鹿やったりしてた。

 

 いや、俺に会いに来たんじゃねぇよ。

 確かに、翼を振ってくれたようにも見えたが、兄貴はアイツのために来たんだってすぐにわかった。

 兄貴の元部下で、たった一人残されちまった最後の幽霊のためにな。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元奇兵隊副長補佐。

 現カブ専門店『forever』店長へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 戦地が近づいてる。

 それは護衛の戦闘機からの情報や、計器からの情報でもわかるし、肌を焼くような鉄火場の空気でもわかる。

 

 「やっとか……」

 

 岩国基地を発って丸二日。

 給油も空中でしてここまで一切着陸せずに行った強行軍。それがようやく終わる。やっと任務を遂行できる。

 十数年越しにみんなと会える。

 そう考えると、疲れなんかどっかにふっ飛んでしまうかも。

 

 「大佐。もうすぐ戦域に突入するかも」

 『わかった』

 

 機内スピーカー越しに聴こえてくる、あたしに復讐の機会を与えてくれた人の口調は変わらない。

 もうすぐ、あとほんの十数分で敵の制空権に入るのに、緊張も高揚も感じさせない淡々とした口調。

 高揚感で胸がいっぱいな自分が恥ずかしく感じるかも。

 

 「大佐。約束、覚えていますか?」

 『ああ、もちろんだ。俺が降りたら好きにしていい』

 

 良かった。覚えていてくれた。

 もし、降ろすなり帰投しろとか言われたらどうしようかと思ったかも。

 でも、その心配は杞憂だったかも。

 だって大佐は好きにしろって言ってくれた。奇兵隊に入ってから与えられたビークル3のコールサインを返上し、再びゴースト8に戻って良いと言ってくれた。

 まあ、大佐がいる後部格納庫に積んである物を見れば、あたしが何をする気なのか容易に想像できるか。

 

 「大佐に拾われたおかげで、この10年余りは楽しく過ごせました。仲間達には申し訳ないけど、幸せでした」

 『そうか』

 

 うん、楽しかった。

 奇兵隊のみんなとドサ回りしていた頃も、秋津洲として鎮守府にいた間も楽しかった。あたしみたいな幽霊を、家族だって言ってくれるみんながあたしは大好きだった。

 

 「総隊長が結婚した時の大佐の顔は忘れられないかも」

 『そんなに酷かったか?』

 「酷いなんてもんじゃなかったかも。鬼の目にも涙って諺をあれほど痛感した日は他にないかも」

 

 あたしが901にいた頃から有名で、助けた民間人からも恐れられたほどのあの人の涙。

 隊長と大佐は古い知り合いだって聴いたことがあるから、アレだけでも十分すぎる土産話かも。

 

 「そろそろ後部ハッチを開くかも。準備はよろしいですか?」

 『ああ、いつでも良い』

 

 眼下で繰り広げられている戦闘が肉眼で見える距離まで来た。

 花組や総隊長まで戦闘に参加してるってことは、第5から第2陣地まで壊滅して最終防衛ラインを突破される寸前ということ。

 制空権も取られてるんだろうな。

 そんな中をパラシュートで降下するなんて自殺と同じかも。

 でも、大佐は構わず降りちゃうんだろうな。

 

 『世話になったな秋津洲。いや、ゴースト8』

 「どういたしまして。ご武運を」

 

 短い挨拶を交わすなり、大佐は少しの躊躇もなく後部ハッチから飛び降りた。

 一応大艇ちゃんを護衛につけたけど、大佐は無事に降りられるかな?降りてくれてなかったら困るな。だってそうしないと任務失敗かも。

 

 「だったら、ダメ押しと行くかも!」

 

 あたしは操縦桿を引き、機首を上に向けた。それに釣られて敵艦載機群も上昇を始めた。

 そう、それで良い。

 着いて来い。あの日みたいに着いて来い。あの日みたいに、あたしを囲め。

 

 「アイツで良いかな。いや、アイツが良い。アイツにしよう」

 

 上昇しながら目星をつけた、敵艦隊のほぼ中央に陣取った空母ヲ級。しかもフラグシップ。

 あの日のヲ級とは別の個体だけど、あの日ヲ級に墜とされたあたしの道連れにはピッタリの相手かも。

 

 「水上機母艦、秋津洲。いや……」

 

 ここからは秋津洲じゃない。艦娘でも、奇兵隊のビークル3でもない。

 あたしは幽霊。

 未練がましく、たった一人だけこの世に残った8番目の幽霊。今のあたしは……。

 

 「日本国防空軍、第901航空隊所属。コールサイン ゴースト8。突撃します!」

 

 あたしは操縦桿を少し下げ、あの日と同じように空母ヲ級へ特攻するための針路修正を始めた。

 あの日は失敗した。

 あの日、二式大艇に乗ったあたしとゴースト9、10、11の4人は、陸軍からの応援が駆けつけるまでの時間を稼ぐために特攻を命じられた。

 今と同じように二式大艇の(はら)に爆薬を積んで、敵艦隊に突っ込むはずだった。

 

 「くっ……」

 

 艦載機どころか、水上艦までもが砲撃をあたしに集中し始めた途端に左操縦席を砲弾が掠めて、あたしの左腕ごと吹き飛ばした。

 でもあの時よりはマシ。

 あの時は、隣に乗ってたゴースト9が艦載機の機銃で蜂の巣にされた。今回は、あたしの左腕が吹き飛んだだけだ。

 

 「まったく……。ちょっとどころじゃなくしつこいかも」

 

 あの日と同じように、上部銃座に被弾して少し針路がズレた。でもまだ大丈夫。

 あの日も、ゴースト10とともに上部銃座を吹き飛ばされたけど、あたしは針路を修正できた。

 だから、今日もできる。

 

 「正面から3機!前部機銃……撃て!」

 

 機銃で迎撃を行ったけど血を多く失い、意識も朦朧とし始めている今のあたしじゃまともに当てられなかった。

 あの日も今と同じような状況になり、迎撃を行ったゴースト11は機銃掃射を受けながら二機も落としたのに。

 

 「前部銃座大破。ここまであの日と同じとか嫌になるかも……」

 

 あの日と同じなら、次は右翼の第二エンジンをやられて針路を完全にズラされる。

 そうなったらまた不時着。また任務失敗。また、あたしはみんなの所に行けない。

 

 「そんなのは嫌だ!」

 

 あとは突っ込むだけなんだ。

 それだけできれば終わる。任務は成功。あたしの望みも叶う。

 なのに、右目の端が右翼へ向かう敵艦載機の一編隊を捉えた。

 少し左に旋回するだけで回避できる?

 回避できたとして針路を修正できる?

 こんな時に、みんながいてくれたら……。

 

 (針路を変えるなゴースト8)

 

 聞き覚えのある声が聴こえたと思った途端に、右翼に迫っていた敵編隊が全て、機銃で撃ち落とされた。

 その後に通り過ぎて行ったのは、隊長機を示す赤いラインを翼に施された零戦21型を先頭に52型が5機。いや、それだけじゃない。烈風に二式水戦、それに紫雲や、大佐の護衛につけていたはずの大艇ちゃんまでいる。

 あれは作戦に参加してる艦娘が飛ばしたもの?

 でもあの編成は901と同じ。

 しかも、全機に901航空隊の部隊章である『鬼火』のノーズアートがペイントされていたような気が……。

 

 (相っ変わらずトロくせぇ操縦してんなぁゴースト8。俺らが来なきゃ撃墜されてたぞ)

 (小回りが効かない二式大艇じゃアレが限界ですよゴースト5。それより、右から二機来てますよ)

 (うっせぇぞゴースト7!んなこたぁわかってんだよ!)

 

 禿頭で口が悪いゴースト5とそのお目付けのゴースト7の声まで聴こえた。

 なんであの二人の声が聴こえる?

 しかも無線を通しての声じゃない。まるで、脳内に直接響いて来るような不思議な声。

 

 (よくも私の可愛い妹分を好き勝手に痛ぶってくれたわね。12と13はあたしに着いて来な!邪魔物を蹴散らすよ!)

 

 紫雲を先頭にして烈風と二式水戦があたしの前方に回り込もうとしていた艦載機群とドッグファイトを始めた。

 あの紫雲はあたしの姉貴分だったゴースト3。

 ことある毎にあたしをイジメてくるゴースト5から庇ってくれてたっけ。

 

 「どうして……」

 

 みんなの声が聴こえてくる?

 懐かしい編成を見て、あたしの頭が都合の良い幻聴を聴かせているだけ?でもあの飛び方はみんなと同じだ。901の飛び方だ。

 

 (何をボケッとしているゴースト8。任務中だぞ)

 「は、はい!申し訳ありません!」

 

 昔と同じ、ゴースト1の静かな叱責の声。

 ずっと聴きたかった声。あっちに行くまで聴けないと思っていた声。あたしを庇って墜ちていった、あたしが憧れていた人の声。

 彼の飛び方に見惚れる度に、今みたいに注意されたな……。

 

 (ゴースト1より各機へ。フォーメーション『枝垂れ柳(しだれやなぎ)』でゴースト8を援護。さあ、真昼の百鬼夜行と洒落こむぞ)

 

 ゴースト1の命令に「イエッサー!」と答えた各機が大木の幹を描くように上昇していく。

 これが901が得意とした『枝垂れ柳』の始まり。

 最高点から各機が放射状に広がって降下する様が、まるで垂れ下がった柳の枝のように見えるからという理由で、どこかの陸軍将校から名付けられた901の必勝陣形。

 あたしの降下に合わせて、みんな一緒に降下する気なんだ。

 

 「嬉しいな……」

 

 機体の大きさからして、あたしと並走して降下しているあの艦載機たちは艦娘の艦載機。みんなじゃない。

 みんなと似たような飛び方をしてるのは偶然。声が聴こえたのは気のせい。

 それでも、あたしは嬉しい。

 またみんなと飛べてる。異国の空だろうと関係ない。だって空は繋がってる。

 だからここはあの空と同じ。

 901のみんなと飛んだ、私たちだけの空と同じなんだ。

 

 「ゴースト8……より、フラワー1へ」

 

 もう、目が見えない。

 ちゃんとヲ級に針路が合ってるかどうかも、もうあたしにはわからない。

 でも爆発の効果範囲には入ってるはず。

 だから報告させてください。

 あたしがずっと、十数年間ずっと言いたかった一言を、あたしが隊長以外で唯一下についても良いと思えた貴女に言わせてください。

 

 『こちらフラワー1。どうぞ』

 

 総隊長が応えてくれた。

 なのにあたしの口が動かない。水面まであと何秒もないはずなのに、あたしにはたった一言を言うための体力も残っていないらしい。

 

 『フラワー1よりゴースト8へ。言いたいことがあるならさっさと言いなさい!じゃないと、言い終わるまで何度でも叩き起こすわよ!』

 

 それは困るかも。

 総隊長なら本当にやりそうだからなぁ……。

 あの人なら本当にあの世まで来て連れ戻しそうだから、なんとしても言いきらなきゃ。

 せっかく、あの人があたしの報告を聴いてくれるって言ってくれたんだから。

 

 「任務……完了しました」

 

 ああ、やっと言えた。

 ずっと言いたかった完了報告を、あたしはやっと言えた。

 そのせいなのかな。

 痛みも苦しさも全部無くなって、そよ風が頬を撫でてる気がする。

 

 「おい、いつまで寝てんだ?さっさと起きねぇと置いてくぞ8」

 「え?置いてく……って!ここ何処!?」

 

 ゴースト5に良く似た声に叩き起こされて周りを見てみると、そこはさっきまでいた大艇さんの操縦席じゃなくて草原だった。それにみんなもいる。

 ここはいったい……。

 

 「お?なんだお前、化粧なんか覚えたのか?でもちぃと厚化粧すぎじゃ……」

 「厚化粧ですって!?相変わらず5は失礼かも!」

 

 つい昔のノリで言い返しちゃった。

 でも、5が「女なら化粧の一つもしたらどうだ」ってしつこく言うから覚えたのかも!

 それなのになんたる言い種。

 

 「まあまあ、落ち着いてください8。5のこれはアレです。好きな子にちょっかいかける小学生と同じなんですから」

 「おい7、なに出鱈目言ってやがる。俺がこんな食うとこもねぇ鶏ガラ女に惚れてるわけねぇだろうが」

 

 誰が鶏ガラ女だ。

 確かに豊満とは言いがたいけど、あたしだって出るところはちゃんと出てるし引っ込むところはしっかり引っ込んでるかも。

 5は知らないだろうけど、世の中には提督みたいに全く出てない人だっているんだよ?

 

 「あら、その割に最後まで8のことを心配してたじゃない?」

 「そりゃあ、こいつは俺らん中で一番下手くそだったからな。つか3、今回は俺の方が多く落としたぞ」

 「ええ、今回はアンタの方が多く落としてたわね。久しぶりに会ったこの子に良いとこ見せたかったの?」

 「だから違ぇって言ってんだろうが!犯すぞこのクソ女!」

 

 また始まった。

 5があたしに茶々を入れて、それをネタに7が5をいじり、さらに3が参戦して最終的にド突き合いになる(ちなみに毎回3が圧勝)。

 そんな、昔はもういい加減にしろって言いたくなるほど見飽きてた光景をもう一度見れるとは思ってなかった。

 

 「あいつらは死んでも変わらないだろう?」

 「ええ、馬鹿は死ななきゃ治らないって大嘘だったんですね」

 「ああ、大嘘さ。俺だって馬鹿のままだからな」

 

 あたしが飽きもせず喧嘩を続ける二人と、それを囃し立てる他のメンバーを眺めていると、ゴースト1が隣に腰を下ろしてそう言った。

 昔と同じで格好良いなぁ。

 格好良いだけじゃなくて操縦の腕も当時の国防空軍で一番。もし生きてあたしと同じ時を歩んでいたら、きっと大佐みたいに渋くてダンディーなおじ様になっていたはずかも。

 

 「もう少し、ゆっくりでも良かったんだぞ?」

 「ゆっくり……か」

 

 考えたことが無いわけじゃないかも。

 奇兵隊のみんなと馬鹿騒ぎして、やりすぎて大佐に怒られて、それでも懲りずに馬鹿騒ぎを繰り返す日々がずっと続けば良いのにって考えたこともあるし、誰かと一緒になって家庭に入るなんて妄想をしたこともあった。

 でも……。

 

 「やっぱり、みんなと一緒に居たかったら……」

 

 そう言って、まだ乱痴気騒ぎを続けてるみんなに視線を移した私に、ゴースト1は「そうか」とだけ返して、私と同じようにみんなに視線を移した。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 そういえばライン川流域戦の最中、最終防衛ラインまで敵艦隊が迫ったあたりで不思議なことが起きました。

 

 私たちの後方、南から現れた二式大艇から彼が飛び降りるなり私とあきつ丸さん、そして日進さんは艦載機の制御を失ったんです。

 

 本当ですよ。

 しかも制御を失っただけでなく、私たちの制御を離れた艦載機たちは私たちが操るよりも遥かに巧みに、信じられない軌道を描いて秋津洲さんが乗った二式大艇を援護し始めたんです。

 

 ですが、艦載機の制御を失って慌てていたのは私とあきつ丸さんだけでしたね。

 ええ、日進さんだけは冷静でした。

 それどころか、桜子さんに「叔母さんがやったの?」と聞かれて、「アレだけ触媒と依り代がありゃあ、わしでもアレくらいはの」と、訳のわからない答えを返していたくらいですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 由良へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 お父さんがパラシュートの紐を刀で斬って私たちの目の前の水面に降り立つのと、二式大艇が秋津洲の報告と共に敵艦隊の中央付近に墜落して爆炎を上げるのはほぼ同時だった。

 見事だったわよ秋津洲。

 アンタはお父さんをちゃんと送り届け、降下時間もしっかりと稼いだ。

 この作戦の……いえ、人類を救ったのはアンタだと言っても過言じゃない大殊勲よ。

 

 「酷い有り様だな。生きているか?少将」

 「はい、まだ死ぬわけにはいきませんから」 

 「そうか。ならばもう少し待て。最高の土産を持たせてやる」

 

 炎の海となった水面を尻目に、お父さんは片腕を失って虫の息になり、由良に体を支えられている少将にそう言ったのを皮切りに、大淀や叢雲、他の艦娘達や奇兵隊員を見回して、私で視線を止めた。

 

 「何人死んだ?」

 「正確な数はわからないけどザッと4万ってところかしら」

 「そうか。そんなに死んだか」

 

 お父さんはそれ以上言わなかった。

 よくやったとか、ご苦労だったとかの労いの言葉はかけてくれなかった。

 いや、かけなかったのかな。

 お父さんは私の性格をよく知ってる。

 私が悩みに悩んだ末に、彼らに死ねと命じたことを知っている。だから労わなかった。労ったら私が泣いちゃうから、お父さんは結果だけを聞いた。

 ただ結果だけを聞いて、混沌がいるであろう炎の向こうに視線を体ごと向けたわ。

 

 「日進」

 「何じゃ?」

 「あとは、頼む」

 「おう、頼まれた」

 

 日進叔母さんとの短いやり取りを終えたお父さんは、敵艦隊の方へとゆっくりと歩を進め始めた。

 そして無線じゃないと声が聞き取れないくらいの距離まで歩を進め、敵艦隊がハッキリと視認できるようになるあたりで、お父さんは無線を通して私ですら背筋が凍りそうになるような冷たい声でこう言ったわ。

 

 『さあ、復讐の時間だ』と。

 

 

 



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第百七十五話 ああ……その顔が見たかった

 前半ラストです!
 後半は夏イベ終了までには投稿開始……すると思います( ̄ー ̄)


 

 

 

 

 

 

 

 嗤う嗤う ただ嗤う

 狂った鬼は ただ嗤う

 女房返せと ただただ嗤う

 蒼い血刀 振りかざし 

 女房何処だと 黒鬼嗤う

 

 嗤う嗤う ただ嗤う

 狂った鬼は ただ嗤う

 娘を返せと ただただ嗤う

 黒い衣を 翻し

 娘は何処だと 黒鬼嗤う

 

 ああ、すんませんっす。

 親父の事を話してたら思い出しちゃったんすよ。

 ええ、もう二十年近く前、まだ横須賀鎮守府ができる前の奇兵隊がドサ回りしてた時期に、救助した民間人の一人が親父を唱ったもんっす。

 

 え?この唄、子供の躾にも使われてるんすか?

 なるほど、「悪いことしたら黒鬼さんが来るぞ」って感じなんすねっ……って、何で青木さんが知ってんすか?

 え?あの地方の出身?ああ~、それで知ってたんすね。

 

 でも、この唄に三番があるのは知らないっしょ?

 ええ、実はあるんす。

 と言っても、三番が唱われたのは一度きりで、あの時の戦闘に参加したもんしか知らないんすけどね。

 

 知りたいっすか?

 『嗤う黒鬼』、幻の第三の歌詞。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊副長へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 炎と煙が収まり、また戦闘が再開されると身構えていたのに、砲撃や爆撃は再開されなかった。それどころか、敵空母たちは艦載機を戻してるわ。

 あれは混沌が命じてるの?だとしたら何を考えている?

 だってお父さんを倒すなら今しかないのよ?

 懐に入り込まれたら打つ手がない。お父さんを倒すなら、艦隊とお父さんの距離が離れている今しかないのに……。

 

 『ああ……、提督。提督、提督、我の提督!やっとお会いできた!ずっとお会いしたかった!』

 

 砲撃や爆撃の音の代わりに聴こえてきたのは混沌のものと思われる声。

 お父さんが混沌の提督ですって?

 確かにガングートから、お父さんが深海側の提督なんじゃないかと疑われてるって話は聴いたわ。

 でもそれは、今の混沌の台詞で事実無根だと言うことがわかった。

 恐らく混沌は、野風から人間の戦術を学ぶ過程でお父さんの存在を知り写真、提督になる前にドサ回りをしていた頃の写真なりを提供されたんじゃないかしら。

 だから真っ白な士官服姿ではなく、戦装束を身に纏って真っ黒になったお父さんを見てお父さんだと認識した。

 

 『俺も会いたかったよ混沌。十年以上かかってしまったが、ようやく君に会うことができた』

 

 沈めるために。でしょ?

 でも混沌は言葉通りに受け取ったみたいで、「嬉しい……。貴方にそう言ってもらえて我は感無量です!」とか言ってるわ。

 あ、ちなみに、ほっぺた膨らませて「む~!」とか唸ってる大淀は無視する。

 

 『どうぞ此方へ。我と共に進みましょう。そしてこの醜い争いに終止符を打ちましょう』

 

 混沌がそう言うと、敵艦隊が左右二つに別れて混沌まで続く道を作り、お父さんを出迎えるように一隻のタ級が前に出て来た。

 出て……来たけど、お父さんは何処に行った?

 

 「んな……!?」

 

 お父さんは恭しく一礼していたタ級の後ろにいた。

 って言うかいつ移動した!?それにいつ抜いて何回斬った!?桃が何故か持っていた双眼鏡を引ったくってまで探したのに、タ級がバラバラになって崩れ落ちなければそこに移動してるなんて全く気付かなかったわ。

 それに驚いたのは私だけじゃない。

 大淀も叢雲も由良も花組の子達も、お父さんが来て攻撃が止んだ事で包囲から抜け出して来たガングートとタシュケントも同じ。

 この場で驚いてないのは、少将と日進叔母さんだけだわ。

 

 「久しぶりに見たっすねぇ、アレ。なあ、相棒?」

 「何が見ただよ。()()()()()だろうが」

 「いや、見えてはないっすけど、自分もアレにゃあ痛い目見たっすからねぇ」

 

 最前線から私の傍まで退いてきた角千代と飛車丸もお父さんのアレを知ってるみたいね。角千代に到っては身をもって。

 普通に考えれば脚技とお父さんが習得してる各種歩行術の合わせ技なんだろうけど、水面にそれっぽい跡が全くないのが気になるわね。

 

 「『柳の幽霊』それが兄ぃ……じゃない、大佐殿が得意とするあの歩法の名だ」

 「柳?」

 「そうだ。柳の枝のように自然と風に揺れ、気付くと初めからそこにいたかのように現れる幽霊の如く。呪法の応用らしいが、自分も詳しくは知らん」

 

 由良の脚の上に胡座をかいたまま運ばれて来た少将が言った呪法って、お父さんの家に伝わってるって言うアレでしょ?アレって『魂斬り』と『狩場』だけじゃなくてそんな使い方もできるの?

 日進叔母さんなら詳細を知ってるかしら……。

 

 『何をなさるのですか提督!その者が何か粗相をいたしましたか!?』

 

 日進叔母さんに聞いてみようと思った私を、混沌の驚愕とも抗議とも取れる言葉が遮った。

 おめでたい奴ね。アイツはまだ、お父さんが自分のところに来てくれると思ってるんだ。

 

 「何……アレ……」

 「どうしたんですか叢雲さん!口唇が真っ青ですよ!?」

 

 大淀が言うとおり本当にどうしたんだろう。

 口唇が真っ青どころか、痙攣に近いくらいの勢いで身体を震わせてるじゃない。

 

 「大淀には見えないの!?アレが見えないの!?あんなにハッキリ見えるのに!」 

 「アレと言われましても……」

 

 お父さんを指差している叢雲が言ったアレの意味がわからずに困惑する大淀が、視線で私に助けを求めてきたけど私にも意味がわからない。

 そもそも叢雲が怯えている意味がわからないわ。

 確かにタ級がバラバラになった光景はグロテスクだったけど、艦娘やってりゃあアレよりグロい光景は日常茶飯事のはず。

 と言うことはそれに怯えてるんじゃない。

 じゃあ何に?

 お父さんはまだ、欠片も殺気を放ってないのよ?

 

 「マズいのぉ。叢雲の嬢ちゃんはアレが見えるか。大淀の嬢ちゃんや、叢雲の嬢ちゃんを抱きしめちゃれ。それで幾分マシになるじゃろう」

 「抱きしめるって……こうで良いですか?」

 「あ~……。艤装を背負っちょりゃそうなるか……」

 

 どうなってるかと言うと、分かりやすく一言で言えば対面座位。これ以上は言わないから気になったら調べてみてね。あ、あと、意外とコレが好きな女性は多いみたいだから練習するのも良いか……。

 

 「じゃなくて!叔母さん、叢雲は何が見えてるの?」

 「化生じゃよ。叔父上が育てた化生。それが見えちょる」

 

 化生?それって化け物とか妖怪ってこと?

 そんな、存在するかどうかも怪しい物が叢雲や日進叔母さんには見えてて、しかもお父さんの傍に居るの?

 

 『何をする。だと?俺にとって貴様ら深海棲艦は敵だ。敵を屠って何が悪い』

 『敵?何を仰るのですか提督!貴方は我の……』

 『敵だ。何を勘違いしたのか知らんが、お前は俺が最も沈めたい相手だよ』

 

 お父さんと混沌の会話が再開された瞬間、上から何かに押し付けられるような感覚に襲われた。

 それは私だけじゃない。

 周りに居るみんなや、深海棲艦たちも同じみたい。

 

 「チッ、叔父上め。ちぃとは加減せんかい。こんままじゃ……」

 『キイヤアァァァァァァァァァァァ!』

 

 日進叔母さんが何か言おうとしたのを、深海棲艦の絶叫、いや悲鳴が掻き消した。

 お父さんに近い奴から半狂乱になってるわね。

 駆逐艦供なんか砲を出鱈目に連射してるし。

 

 『五月蝿い』

 

 お父さんがそう言って刀を真横に振ると、一番近い場所にいた駆逐艦5隻がなます斬りになった。

 今のは魂斬り?

 あれ?でもたしか……。

 

 「深海棲艦に魂斬りは効かないんじゃなかったっけ?」

 

 特に人型じゃない艦種には。

 それなのに、駆逐艦5隻は先のタ級と同じようにバラバラになっ……。ん?同じように?

 

 「そうか、初手で『刀に斬られる』って概念を植え付けたのね」

 

 だから魂斬りが効いた。

 だから駆逐艦たちは、タ級と同じようにバラバラになったんだわ。

 

 「ありゃ酷いのぉ。統制なんぞ消失しちょるじゃないか」

 

 確かに。

 深海棲艦たちは完全に統制を失い、渾沌の制止を無視してお父さんに対し思い思いに突撃し始めた。

 逃げ出さないだけマシ。

 と、誉めてあげたくなるなるわね。

 直接対峙していない私でさえ、この場から逃げ出したくて仕方ないってのに。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 その後からはもうしっちゃかめっちゃだったわ。

 アレを一言で言い表すなら乱戦。

 1対150の乱戦ね。

 

 深海棲艦どもは味方に誤射しようが関係なく、お父さん一人に攻撃を集中したわ。

 

 そうそう、話は変わるんだけど。

 お父さんの刀が古い割にほとんど傷んでないって知ってた?

 

 うん、お父さんの愛刀って、百うん十年前にご先祖様がほとんど捨て値で買った名刀とは程遠い粗悪品なんだけど、不思議な事にほとんど傷んでないの。

 

 しかも、ご先祖様が入手した時から数えて十回も磨いでないらしいのよ。

 

 ええ、有り得ないわ。

 そもそも、刀で人を斬れる回数は知れてる。

 使うのが達人だろうが素人だろうが、斬れば斬るほど脂で切れ味は鈍るし刃こぼれなども増えていくわ。

 

 切れ味が鈍れば当然磨ぐから刀はだんだんと痩せ細っていく。でも、お父さんの刀にはその兆候がほとんどない。

 

 私が知ってるだけでも、お父さんが斬った深海棲艦は二百を軽く越えてるのよ?

 

 あの時だけでも軽く30は直接斬ったのに、最後の最後までお父さんの刀の切れ味は落ちてないように見えたわ。

 

 いや~、聞いてはみたし説明もされたんだけど、結局は呪法の応用ってことしかわかんなかったわ。

 本当かどうかはわからないけど、叔母さんの話では直接斬っているように見えて、実際は刃が触れてなかったんだってさ。

 

 

 ~戦後回想録~

 奇兵隊総隊長 神藤 桜子大佐へのインタビューより。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「凄い……アレが小十郎さんの本気……」

 「いや、まだっすよ大淀さん。親父はまだ本気出してねぇっす」

 「アレでですか!?」

 

 そうよ大淀。

 そりゃあ、アンタですら回避は不可能と言った豪雨のような攻撃をものともせず、並み居る深海棲艦を次から次へと斬り裂いてるあの光景を見たらそう思うのも仕方がないけど、角千代が言ったとおりお父さんはまだ本気じゃない。

 だって……。

 

 「お父さんは、まだ嗤ってない」

 「嗤ってない?それはどういう……」

 

 どうもこうもない。言葉通りよ。

 お父さんは本気で戦う時必ず嗤う。

 恐怖を紛らわせるためか、はたまたテンションを上げるためかはわかんないけど、嗤った時のお父さんはそれまでとは一線を画すほど強く……いえ、怖くなる。

 そう説明してあげようとしたんだけど、体を鷲掴みにされたような圧力に襲われて出来なくなった。

 これはたぶん……。

 

 『クククク………クハッ!クハハハハハハハハハ!アーッハッハッハッハッハッハッハ!』

 

 やっぱり原因はお父さんだった。

 お父さんが本気になった。

 その嗤い声は聴く者の恐怖心を否応無く掻き立て、冷静な判断力を奪う。

 実際にお父さんが嗤いだした途端、深海棲艦たちは顔に張り付けた恐怖の色を一層濃くして、統制どころか理性まで失ったかのように持てる手段による攻撃を強めたわ。

 ただただ目の前にいる、わかりやすい恐怖の源を排除しようと。

 

 「日進さん!叢雲さんが!」

 「あぁん?おっと、こりゃあいよいよマズいのぉ」

 

 大淀が上げた悲痛な叫びに釣られて視線を移すと、大淀の胸にしがみついた叢雲が泡を吹いて白目まで剥いてた。

 確かにお父さんが発してる殺気は尋常じゃないけど、なんで叢雲だけがこんな状態に?同じくらい殺気慣れしてなさそうな由良は少し怯えてる程度なのよ?

 

 「ちぃと早いがやるしかない……か。わしが保てばええが……」

 

 そうボヤくなり、日進叔母さんは両手をシャッ!シャッ!シャ!って音が聴こえてきそうなくらい速く動かして……アレは何て言うんだろ?印とでも言えば良いのかしら。を何度も組みながらぶつぶつと何かを呟き始めた。

 叔母さんが怪しい術を使うのは身をもって知ってたけど、あんな風に印を組んだりしてるのは始めて見たわね。

 

 「桜子。生き残っちょる奴ら全員に気をしっかり持てと伝えぇ。じゃないと、死んだとも気づかずに喰われるぞ」

 「それは構わないけど……」

 「わかったんなら早ぉせぇ!わしが術を使えば叔父上は気づく。気づけば、今度は叔父上が術を使うじゃろう。しかも、加減一切無しでな!」

 「は、はい!」

 

 日進叔母さんの剣幕に圧倒されて、慌てて言われた通りの指示を飛ばしている最中に、お父さんの前に二隻の戦艦棲姫が立ち塞がろうとしているのが見えた。

 それと同時に、日進叔母さんが柏手を一回鳴らしたわ。

 

 「わしが喰われるんが先か、叔父上の気が済むんが先か勝負じゃ!呪法!釣瓶(つるべ)落として汲む水の如く!」

 

 日進叔母さんがそう叫ぶなり、お父さんが発していた殺気を感じられなくなった。

 それにしても、躾と称して私をいじめる時もそうだけど、術って言う割にピカッと光ったりそれっぽい効果音が鳴る訳でもないから本当に術を発動してるのかどうかわかんないのよねぇ。

 おっと、私の感想は置いといてお父さんは……。

 

 『邪魔だ』

 

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 視線を戻した私の目に映るのはライン川と今も煙を上げているその両岸。そして、前方1kmくらいの位置に嗤うのをやめたお父さん。そのさらに500mほど先には混沌と起爆棲姫。

 ただそれだけ。

 他は?他の、100隻近く残ってた深海棲艦は何処に行った?

 

 「まさかこれ程とは……。大淀の嬢ちゃんや、叢雲の嬢ちゃんは生きちょるか?」

 「生きてはいます。生きてはいますが……」

 

 叢雲はこれでもかと眼を見開き、身体をガタガタと震わせながらお父さんを凝視してる。

 恐怖が極まって何も出来ないって感じね。

 きっと目も逸らしたいんでしょうけど、身体が言うことを聞いてくれないんだわ。

 

 『な、何が……。提督、貴方は何を……』

 

 お父さんは答えない。

 何も言わず、ゆっくりと混沌へと歩いて近づいてる。

 

 『あ……ああああ………ああああああああああ!』

 

 恐怖に負けたのか、渾沌がお父さんに右手と砲を向けた。

 って、冷静に観察してる場合じゃない!

 私たちも完全に渾沌の射線上。あのまま渾沌が撃ったら、私たちまで巻き添えを食らう。

 

 『え?あ……我の腕は何処に……』

 

 渾沌の砲撃に備えていつでも回避できるよう身構えたのに、結果として渾沌の砲撃は飛んでこなかった。

 いや、渾沌は付き出していた右手が切り落とされたことに驚愕して砲撃出来なかったんだ。

 

 『い、痛い……。うぁ!ああっ!やめてください提督!やめっ……やめて!』

 

 目に映る状況だけ見れば、お父さんは渾沌に対して何もしていない。

 ただ歩いてるだけ。

 渾沌に向かって、一歩一歩歩を進めてるだけだわ。

 それなのに、渾沌の身体が裂けていく。

 艤装は一切傷付かず、身体だけがあちこち裂けていってる。それは薄皮一枚程度の軽い傷から、人間なら致命傷になるレベルの傷まで様々。だけど、傷が1つ刻まれるたびに渾沌の身体だけでなく、魂までも削っているように見える。

 

 『何……が、貴方の気に触ったのですか?我は貴方と同じように……』

 『主攻を囮にして寡兵で背後を突き、本丸を落とす。か?確かに俺のやり方にソックリだ』

 

 お父さんが渾沌のすぐ傍に到達した。

 お父さんと渾沌の距離はたったの2m。

 お父さんからすれば、たった一歩で渾沌の首に刃を食い込ませられる必殺の距離であり、渾沌が何かしようとしても即座に対処できる距離でもある。

 渾沌は誉められたと思ったのか少しだけ口角を上げたわね。対するお父さんは……。私の位置からじゃ背中しか見えないか。

 

 『お前は舐めているのか?艦隊の編成、ライン川への突入タイミング等々最悪の用兵だ。落第だよ馬鹿者』

 『そんな!い、いえ。言い訳は致しませぬ。我の勉強不足でした』

 

 膝を突いて頭を垂れる渾沌の目は泳いでる。

 言い訳はしないと言いながらも、とりつく島を探してるんでしょう。

 

 『勉強不足以前の問題だ。お前は端から用兵を間違えている』

 『そ、それはどういう……』

 『わからんか?ならば冥土の土産に教えてやる。そもそも、此度の戦闘において寡兵を用いる必要など無い。無駄だ』

 

 渾沌は目をまん丸に見開いてお父さんを見上げた。

 意味が全くわかってないようね。お父さんは、そこまで律儀に説明してやるつもりなのかしら。

 

 『俺なら250もの艦隊を寡兵に使ったりはせん。そもそも、艦隊を無限に補充できる手段があるのなら、俺は損害など気にせずリグリア海まで艦隊を進め、目的地を目指す』

 

 そうそれが、渾沌が犯した最大の過ち。

 人類側を圧倒するほどの海上戦力を持ち、しかも何度でも補充できるなら小手先の戦術など無用。

 単純な力押し、物量戦略で押しきれるし確実。

 要は、深海棲艦らしく攻めれば良かった。

 もし渾沌がその手段を取っていたなら、お父さんは渾沌の首もとまで迫れなかったし、円満たちは完全に敗北。深海棲艦は、人類文明のリセットという目的を達成できていたでしょう。

 渾沌もその考えに至ったのか、完全に項垂れて土下座みたいな格好になってるわ。

 

 『しかもだ。アレがいなければお前が率いていた寡兵も意味をなさん。アレを沈められた時点で、お前の企みは水泡となる』

 『アレ?あ……おやめください!アレを失えば……!』

 

 渾沌が振り向くよりも先に、背後にただ立っていた起爆棲姫が巨人の手に握り潰されたようにバラバラになった。

 これで渾沌の計画はご破算。

 例え、万が一混沌がお父さんを倒し、私たちまで突破して目的地に到っても、起爆棲姫がいないんじゃ意味がないもの。

 

 『さて、これでお前が立てた作戦は失敗。次はどうする?』

 

 錆び付いたようにぎこちなくお父さんに向き直った渾沌の顔は、まるで迷子の子供のように拠り所を探しているように見える。

 ここから渾沌が取れる手段は二つしかない。

 お父さんに挑むか、不様に命乞いをするかの二つよ。

 まあどちらを選んでも、渾沌が行き着く先は一つしかないんだけど……。

 

 『お、お許し……ください……』

 

 渾沌が選んだのは後者だった。

 力無く残った左手をお父さんに差し出し、渾沌は涙を流しながら許しを乞うた。

 

 『沈みたくない……。あそこには還りたくない!我は沈みたくない!』

 

 渾沌はお父さんのズボンの裾を掴んで懇願した。

 この目で見ても信じられないわ。だってあれは、恐らくはこの戦争初の深海棲艦の命乞いなんだもの。

 

 『そうか。沈みたくないか』

 『はい、どうか……どうかお許しを……』

 

 人はいつ絶望するのか。

 仕事が上手くいかなかった時?お金がない時?愛する人と別れた時?まあ、人によって理由は色々あると思う。

 でも、今の状況に限定すれば命乞いしていようと、いっそ殺せと言っていようと心の底から絶望させられる。それは相手が深海棲艦でも変わらない。

 たった二言、言えばいいだけ。

 

 『良いだろう。許してやる』

 

 お父さんが一言目を言うと、渾沌は一縷の希望を得たように、嬉しそうな顔でお父さんを見上げた。

 

 『とでも、言うと思ったか?』

 

 二言目を言うと、渾沌の顔が信じられない物でも見たように固まった。

 きっと頭がお父さんの言葉を理解しきれていない。

 一縷の希望を容赦なく絶たれたことが信じきれないでいる。

 お父さんは、そんな渾沌の頭を掴んで刀を水平まで持ち上げた。

 そして……。

 

 『ああ……その顔が見たかった』

 

 と言って、刀を右から左へと一気に振り抜き、渾沌の首を絶ち斬った。

 これで終わったのかしら。

 頭と強制的にお別れさせられた渾沌の胴体が沈んでも、頭を眼前に持ち上げたお父さんがそれっきり動かなくなったからわからないわ。

 

 「ふぅ……。死ぬか思うたわい」

 

 みんな、どうしていいのかわからずにお父さんを見守っている中、日進叔母さんはそんな空気をぶち壊すかのようにそう言って、水面に胡座をかいた。

 そういえばこの人、途中から何かしてたわね。

 死ぬかと思ったとか言った割に身体は傷一つ付いてないけど何やってたんだろ。

 

 「終わったようじゃのぉ」

 「終わった?何が?」

 「復讐じゃよ。奴の首を斬ったと同時に、叔父上の化生も霧散したわい」

 「じゃあ……」

 

 お父さんの戦いは終わった。

 十数年の時間をかけたお父さんの復讐がついに終わった。だからお父さんは動かないの?余韻に浸ってるから動かないの?それとも目的を失って、次ぎに何をしていいかわからないから動かないの?

 と、頭に浮かんだ疑問のどれが正しいのか考えていると、お父さんがようやく動いた。

 刀を手放し、眼前に掲げていた渾沌の首を両手で胸に押し付け……いや、抱き締めた。

 そして……。

 

 『ハハハハハハ………。ハハッ…ハハッ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!』

 

 再び嗤い始めた。

 でも何でだろう。この嗤いは怖いと感じない。

 それは私だけじゃない。だって、お父さんが最初に嗤い出した途端に白目剥いて泡吹いてた叢雲が普通だもの。

 今のお父さんは嗤ってるんじゃない。

 たぶんあれは泣き声であり、断末魔の悲鳴なんだわ。

 

 「叢雲さん。すみませんが、離れてもらえますか?」

 「ど、どこ行くの?」

 「あの人のところへ」

 

 叢雲が離れると、大淀は持っていた三連装砲を投げ捨ててお父さんへと向かって行った。

 そうよね。

 アンタならそうするよね。

 だって今、お父さんが泣いてるんだもの。

 

 「桜子さんは、行かなくていいんすか?」

 「うん。私じゃあ、お父さんを慰めてあげられないから」

 

 大淀に抱き締められてもまだ泣き続けるお父さんを見ていたら、以前角千代に聞いた唄が頭をよぎった。

 助けた民間人が、お父さんの戦いぶりを唄った唄が。

 

 「泣いた 泣いた ただ泣いた……」

 

 でも、私の口を突いて出た歌詞は違ってた。

 今のお父さんは鬼じゃない。

 失った家族を想って泣く一人の父親。

 心の内に飼っていた復讐鬼が死んだことで、ようやく人に戻れた哀れな男。

 そんなお父さんが、少しでも安らかな気持ちになれるよう願って……。

 

 

 泣いた泣いた ただ泣いた

 

 狂った鬼は ただ泣いた

 

 何も言わずに ただただ泣いた

 

 仇の首を 抱き締めて

 

 狂った黒鬼 泣いたら死んだ

 

 

 と、口ずさんだ。

 



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第百七十六話 私のために死になさい

 お待たせしました!
 掘りは終わっていませんがイベント自体は完走したので十七章後半の投稿を開始します!


 

 

 

 

 ノルウェー海での敗北からちょうど一週間目の夜。

 敵艦隊がパルマを越えて、ワダツミを先頭とした我が艦隊を包囲するように鶴翼の陣を形成しているという報を受けてから、ワダツミ他各艦は第一種戦闘配置に移行した。

 

 「各艦隊旗艦、及びカガ艦長に封書Bの開封を許可。と、伝えてちょうだい」

 「了解しました」

 

 私の指示で、通信士がほぼそのままの内容を伝えているのを他人事のように聴きながら、私は夜闇の向こうを見つめた。

 あの闇の向こうに敵がいる。

 私たちを包囲殲滅しようと、薄く長く艦隊を広げている敵がいる。

 

 「カナロアから入電。ケンドリック提督が提督と話がしたいそうです」

 「繋げてちょうだい。映像通信を求めているなら映像も」

 

 私がそう伝えると、通信士は「了解しました」と答えてヘンケンの映像を正面モニターに映した。

 ほんの二日前に身体を重ねたばかりだってのに、彼の顔を見た途端に私の下腹部が疼いた。

 まったく、作戦開始の前なのに、たった一度抱かれたくらいでオスを求めるようになんて、私の身体は私が思っていた以上にメスだったみたいだわ。

 

 『やあエマ。調子はどうだい?』

 「上々よ。そっちは?」

 『絶好調だよ。それは俺だけでなく、兵から艦娘に至るまで全てだ』

 「そう、なら良かったわ」

 

 ワダツミの後方で、護衛の第7艦隊と共に控えているカナロア。そこに彼が居ると思うだけで安心感が得られる。

 愛する人が背中を守ってくれてるからってだけじゃないわ。彼なら、私の考えを読んで最適な手を打ってくれるもの。

 

 『では少し真面目な話をしよう。Gimmickへの攻撃は予定どおりで良いな?』

 「ええ、構わない。こちらもすでに、ビッグ7を筆頭にした戦艦たちを全て両舷カタパルトに待機させてるわ」

 

 この作戦で一番難しいのはギミックの破壊タイミング。

 敵が艦隊を補充する速度がノルウェー海戦時と同じと仮定すると、ギミックの破壊はワダツミが結界に接触する直前くらいに調整しないとダメ。

 故にタイミングを合わせ、カナロアに搭乗している全戦艦と、ワダツミに搭乗している大和を除いた全戦艦による艦砲射撃で敵陣の両翼、その最奥にいる戦艦仏棲姫と欧州水鬼を撃破して結界を解除し、突破後に船首カタパルトから大和を抜錨させ、撃破した二隻のギミックが復活する前に欧州棲姫とその近衛艦隊を一度撃破する。

 それが、この作戦の第一段階。

 

 『こちらの護衛艦隊による特殊砲弾と爆弾を使った攻撃も予定通りで良いな?』

 「良いわ。結界破壊後、ワダツミを中心にして放射状に着弾させて」

 

 そして第二段階。

 海域を浄化後に特務戦隊を全て出撃させ、第二、第三特務戦隊に復活した二隻のギミックを復活する限り何度も撃破して結界の形成を妨害させ続ける。

 一特戦は復活した欧州棲姫の艦隊と交戦しつつ、大和を『穴』へ送り込む。

 

 「そこまで行けば……」

 

 この作戦で一番キツい第三段階。

 大和が『穴』を塞ぐまでひたすら堪えなきゃならない。しかも、沈めて復活した敵に板挟みにされないよう、手加減しながら戦わないとならないっていうおまけ付き。

 大和が『穴』を塞ぐのが先か、それともワダツミとカナロアの戦力が尽きるのが先かの我慢大会よ。

 

 「後ろは任せたわよ。ヘンケン」

 『任せておけ。君が予想している以上の働きをして見せるさ』

 

 作戦発動直前で、しかも周りには人が大勢いるのにも関わらず、私とヘンケンは互いを見つめて微笑み合った。

 そんな私たちを見た澪と辰見さんが「ま、まさか……」とか「恵の仕業ね」なんて言ってるのが気になるけど……。もしかして私とヘンケンが男女の関係になったのに察しがついちゃった?

 

 「提督、カガ艦長が映像通信を求めていますが……」

 

 それは他の人たちも同じだったらしく、通信士が申し訳なさそうに告げてきた。

 それじゃあヘンケンに勇気も貰ったことだし、作戦前の山場に入るとしましょうか。

 

 「正面モニターに回してちょうだい。ああそれと、同じ映像を艦内にも流して」

 「よろしいのですか?」

 「ええ、構わないわ」

 

 それも作戦の内だから。

 とは口に出せないけど、艦娘たちに彼らのことを知っていてもらう必要がある。

 自分達が、誰の犠牲があって敵陣深く切り込めたのかを知っていてもらうためにね。

 

 『ご機嫌麗しゅう、妖精殿。沖田艦長もご壮健のようですな』

 「妖精?カガ艦長は、妖精が見える人だったのですか?」

 

 確かに妖精さんは、うじゃうじゃって言うほどじゃないけどここ第一艦橋内にも居るわ。

 でも変ね。

 隣の艦長席に座ってる艦長に視線で「見える人?」って訪ねても、艦長は瞼を閉じて否定してる。

 だからカガ艦長は見える人じゃない。いや待って?そういえば私を見ながら妖精殿って言ったような……。

 

 『いえ、これは失礼。我が艦の乗組員が貴女の事を妖精と呼んでいるのでつい』

 「私が……妖精?」

 『ええ、艦娘たちをその可憐な声で勝利に導く『海原の妖精』紫印 円満。私を含め、護衛艦群の兵全てが貴女のファンで、そう呼び慕っているのです』

 

 そ、そんな呼ばれかたをしてるとは今の今まで全く知らなかった。

 なんか、自分が妖精なんて呼ばれてると知って照れ臭くさいと言うより少し引いちゃったわ。

 でもここは取り敢えず、当たり障りの無いことを言っといた方が良いわよね。

 

 「そ、それはどうも。兵の方々にもよろしくお伝えください」

 「承知いたしました。それで本題ですが……」

 

 来た。ここがこの作戦の最初の勝負どころ。

 彼らに上手い具合に火を着け、ワダツミの盾になってもらわなければ、ギリギリの資源をさらに切り詰めて大和の波動砲に頼らなければならなくなる。

 でもそれはしたくない。

 いくら短期決戦にするつもりでも、資源を切り詰めたら勝てる可能性が低くなるし、波動砲で吹き飛ばした敵が再び『穴』から出てきたら敵陣を突破する意味がなくなるもの。

 

 「我らは沖田艦長、いえ元帥閣下からこう約束されていました」

 「何て?」

 「時が来たら必ず死に場所を用意してやる、とです」

 「そう、でも私はそんな話聞いてない。貴方たちには申し訳ないけど、深海棲艦に対する手段を持たない貴方たちはこの先足手まといでしかないわ」

 「だから、撤退しろと?」

 「そうよ。後の事はワダツミとカナロアに任せて、貴方たちは撤退しなさい」

 

 彼は、いや彼らは、それでも行かせと言うはず。逝かせろと言うはず。だって彼らは、そうすると踏んで艦長を通して先生が集めた人たちなんだもの。

 これで「はいわかりました」と言うような人たちが、こんな場所まで付き合うはずがない。

 

 「我らの艦は装甲が強化され、戦艦の砲撃にも数発は耐えられますし、水壁を起こすのに特化させた特殊砲弾を撃つことができる火器も多数搭載しています」

 「だから何?まさかワダツミの盾になるとでも言うつもり?」

 

 間違いなくそのつもり。

 それはカガ艦長の微笑みや、その後ろから聴こえてきた期待に胸を膨らませたような静かな歓声で確信したわ。

 でも私は……。

 

 「却下よ。認められない」

 「理由を、お聞きしてもよろしいですか?」

 「理由は先に言った通りよ。戦艦の砲撃にも数発耐えられる?特殊砲弾が扱える?だから何よ。それでも貴方達が足手まといなのは変わらない。無駄な死人を出すくらいなら、大和の波動砲で敵陣に風穴を開ける方が安全で確実だし効率的だからよ」

 

 そう、強い口調で言ってもカガ艦長の顔色は変わらない。微塵も動揺していない。

 それに対して私はどう?

 ちゃんとやれてる?効率を優先するという建前で死人を減らそうとする提督を演じられてる?

 冷酷な仮面の裏に、部下の身を案じる心優しい提督をちゃんと演じられてるの?

 

 「それでも、やらせていただきたい」

 「駄目よ!絶対に駄目!貴方達は今すぐ撤退しなさい!」

 

 あれ?どうしたんだろう。

 感情的に言うつもりなんてなかったのに、冷静に、冷徹に、有無を言わせぬように言うつもりだったのに、私は感情的に、叫ぶように言ってしまった。

 

 「提督、アイツらを盾にすりゃあ、大和の波動砲を節約できるんじゃねぇのかい?」

 「それは……そうだけど……」

 

 艦長が助け船を出してくれたけど、彼らの申し出を許可する言葉が喉の奥から出てきてくれない。

 日本を発ってからずっと、どんな言葉で彼らの士気を上げようかばかり考えていたのに、今の私はどうやったら諦めてくれるか考えてる。

 

 『紫印提督。どうか、どうか我らの気持ちを汲んで頂きたい。この通りです』

 

 そう言って、画面の中のカガ提督は帽子を脱いで深々と頭を下げた。カガ艦長だけじゃない。画面に映る範囲にいる全ての人が同じように頭を下げている。

 そんなに死にたいの?

 そんなにも、私に重荷を背負わせたいの?

 そこまで私を苦しめたいの?

 私みたいな小娘に頭を下げてまで、アンタたちは死にたいの?

 

 「わか…った」

 『で、では!』

 「ええ、ワダツミの護衛を……」

 

 だったら死なせてやろうじゃない。背負ってやろうじゃない。と、覚悟を決めてそこまで言ったら、艦橋内が一瞬だけざわついて私に注がれていたみんなの視線も一際強くなった気がした。

 カガ艦長ですら、信じられないものでも見るような目で私を見てるわ。

 

 「円満!もういい!それ以上は私が言うから!」

 「やめなさい大城戸中佐。貴女にそんな権限はないでしょ?」

 「でも……!でも辰見さんだって!」

 「でもじゃない。それに気持ちもわかる。だけど今は立場と状況をわきまえなさい」

 

 何かに慌てて取り乱した澪を辰見さんが力付くで諌めた。澪は何に慌てたのかしら。

 いや、それは後で聞けば良い。

 今は続きを言わなきゃ。

 言って作戦を実行しなきゃ。

 でも口が動かない。喉から声が出てくれない。彼らに死んでもらわなきゃダメなのにどうしても口が動いてくれない。どうしても、続きが言えない。

 

 (兵達が最も望んでいることを一言だけ言ってやれ)

 

 どうしても言葉を紡いでくれない自分の口に困惑していると、以前先生から教わったことが頭をよぎった。

 あれはたしか、先生がまだ横須賀鎮守府で提督をしていた頃、私が士官として着任してしばらく経った頃に、出撃前の演説はどんなのが好まれるのかって質問をしたんだっけ。

 

 「演説?そんなものはしてもしなくてもいい」

 「そうなんですか?」

 「ああ。確かに出撃前の演説は士気高揚に効果的だが、だからと言って絶対にしなければならないものではない」

 

 あの時は、先生の言葉を聴いて拍子抜けと言うより安心した記憶がある。

 だってお立ち台に立って長々と演説するなんて私のキャラじゃないしね。

 そして先生は……。

 

 「だがどうしても何か言ってやりたいなら、兵達が最も望んでいることを一言だけ言ってやれ」

 

 と言って、話を締め括った。

 それで悩みが一つ増えたわね。

 だって、兵達が最も望んでいることなんて私程度じゃ想像もつかないだろって、あの当時は思って無駄に悩んだりもした。

 でも今は違う。

 今この瞬間、この人たちに限れば、彼等が望んでいる一言がわかる。

 

 「カガ艦長。護衛艦群全ての人に、私の声が届くようにして頂けますか?」

 『はい、ただちに』

 

 カガ艦長が目配せすると、後ろに控えていたカガの艦橋要員たちが画面からフレームアウトした。

 今の内に、言いたいことをまとめなくちゃ。

 

 『準備、整いました』

 

 時間にして5分足らずかしら。

 再びモニター内に現れた艦橋要員に耳打ちされたカガ艦長が、準備ができた旨を私に伝えてきた。

 さて、言いたいことは頭の中でまとめたけど、私はちゃんと言うことができるのかしら。

 

 「カガ艦長。貴方を護衛艦群全ての乗組員の代表とし、言いたいことがあります。よろしいですか?」

 『何なりと』

 「では、遠慮なく。アンタ、バカじゃないの?」

 

 さすがに予想していなかったのか、いきなりバカ呼ばわりカガ艦長だけでなく、艦橋に居る全ての人が「は?」と言いたげな視線を私に注いできた。

 さて、どこかの芸人風に言うと掴みはOK。

 あとは感情に任せて言いたいことを言うだけよ。

 

 「時が来たら死に場所を用意してもらう約束だった?もう一回言うわよ。バカじゃないの?自分の死に場所も自分で用意できない奴が私に意見具申するなんて片腹痛いわ」

 

 カガ艦長だけでなく、後ろに控えているカガの艦橋要員たちも困惑してる。

 そりゃそうよね。

 一軍を預かる最高司令官である私が、日本軍全ての人が聴いている状況で暴言を吐いてるんだもの。

 

 『お、お言葉ですが提督、我らは……』

 「我らは、何よ。まさか今さら、自分達が死ぬのはお国のためだ。なんて綺麗事を言うつもりじゃないでしょうね」

 

 カガ艦長の言葉を遮った私の言葉で、彼は黙り込んでしまった。

 言おうとしたけど言えなくなった。って、ところかしら。

 自分達がお国のためじゃなく、自らの欲求を満たすためだけに死のうとしている。その事実を、私が思い起こさせたから。

 

 「良いわ。アンタ達の望みを叶えてあげる」

 

 私が席から立ち、私の全身しかモニターに映されない位置まで移動しながらそう言うと、カガ艦長の困惑の色が濃くなった。

 もう少しよ円満。もう少しだけ我慢しなさい。

 言い切れば泣ける。

 きっと放送を聴いた満潮が、艦橋の外まで来て待ってくれてる。慰めてもらえる。

 だから、全部言い切れ。

 

 「でも、アンタたちに綺麗な理由は与えてあげない。アンタたちは世界のためでもお国のためでも艦娘のためでもなく、私を護るため、私のために戦いなさい」

 

 私が背負ってあげる。

 私が、全てを失った貴方達が戦う理由になってあげる。私が見送ってあげる。だから……。

 

 「カガ艦長、列びに全護衛艦乗組員に、敵中突破までの護衛を命じます。総員、私のために死になさい」

 

 今にも崩れそうな顔に力を入れてそう言い放つと、カガ艦長は一瞬だけ涙を堪えて敬礼し、「アイ!マム!」と力強く応えてくれた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 あの放送が終わったあと何処に行ってたのか?

 第一艦橋よ。

 いや、提督の物言いにあったまきちゃってさ。一発ぶん殴ってやろうと思って行ったわけ。

 

 殴ったのか?

 ううん、殴れなかった。

 それどころか、朝潮型姉妹と荒木中佐に邪魔されて第一艦橋に近づけなかった。

 

 でもなんとか、提督と満潮が見える位置までは近づけた。近づけたは良いけど、提督の姿を見てぶん殴りたいと思ってた気持ちが萎えちゃったのを憶えてる。

 

 うん、青木さんも知ってるでしょ。

 艦内に流された放送はカガからの映像だけだったから気付かなかったけど、亭主に聞いたら提督の髪はあの時真っ白になったんだって。

 そう、大城戸中佐が口を挟んだあたりで。

 

 そんな姿になった提督が、満潮の胸に顔を埋めて泣いてたのを見ちゃって、その場では何もする気になれなくなっちゃったんだ……。

 

 その後に何かしたのか?

 あ~いやぁ……。青木さん知ってて聞いてない?

 うん、そう。

 どうしてお咎めがなかったのか不思議だよ。

 私はワダツミの直衞艦隊が対処しきれないタイミングを見計らって、敵の爆撃機をわざと見逃した。

 

 その結果は青木さんも知っての通りだよ。

 死人こそ出なかったけど、私はあの場にいた人全てを死なせかねないことをしでかした。

 

 正直、処罰された方がマシだったかな。

 何かしらの罰を受けてれば、こんなに気持ち悪い想いを抱えたまま生活しなくてもすんだだろうから……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元翔鶴型装甲空母 二番艦 瑞鶴へのインタビューより。

 

 



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第百七十七話 同期の桜

あれ?報酬艦以外新艦がいない……。


 

 

 

 夜明け前。

 あと十数分もすれば朝日が顔を覗かせる。

 そんな時間に、私は不自然に静まり返った第一艦橋のほぼ中央にある提督席の横で、白髪になってしまった円満さんの手をずっと握ってる。

 それはもうすぐ、眼前の水平線上に見える敵陣への突入作戦、『新・天一号作戦』が実行されるからよ。

 

 「日本に帰ったら髪、染める?」

 「ううん、このままで良い」

 

 言うと思った。

 円満さんのことだから、髪がこうなっちゃったのも罰だと思って受け入れるつもりなんでしょうね。

 でもまあ、艦橋から飛び出してきた円満さんを見たときは面食らっちゃったけど、意外と似合ってるから有りと言えば有りだから良いか。

 

 「円満さん、時間よ」

 「わかった」

 

 私が手を離すと、円満さんはまるで船が抜錨するかのようにゆっくりと、流れるように席から立った。

 この戦いを。いえ、この戦争を終わらせるための一手を打つために。

 

 「ワダツミ全乗組員、及び全護衛艦群に通達。これより、新・天一号作戦を実行します」

 

 円満さんのその言葉を皮切りに、さっきまで耳が痛いくらいの静寂に包まれていた第一艦橋が一気に騒がしくなった。

 それはワダツミだけでなく、ワダツミとその少し前にいるカガを中心として輪形陣を展開している9隻の護衛艦群や背後の第7艦隊も同じなんでしょうね。

 

 「艦長」

 「了解だ。ワダツミ、微速前進」

 

 艦長さんがそう指示するとワダツミがゆっくりと動き始めた。窓から外を見てみると、少し遅れて護衛艦群も前進を始めたのが見えたわ。

 

 「護衛艦群の状況は逐一伝えてちょうだい」

 「了解しました」

 

 席に座り直しながら、円満さんは管制官にそう命じた。

 まったくこの人は、身体に目に見えて影響が出てるのにまだ背負おうとしてる。

 どの艦がどんな沈みかたをしたのか、全部覚えておくつもりなんだわ。

 

 「敵艦隊。護衛艦群に向けて砲撃を開始しました」

 

 航行開始から約10分。

 全艦が最大戦速に入ったあたりで敵艦隊が砲撃を開始した。今のところ、距離も開いてるから至近弾で済んでるわね。

 

 「コンゴウ、アタゴ、マヤ、改良型巡航ミサイルによる攻撃を開始」

 

 前方の空を見てみると、緩い弧を描くように計10発のミサイルが順次飛んで行くのが見えた。

 管制官は攻撃と言ったけど、アレは正確には攻撃じゃない。

 あの巡航ミサイルは水壁を起こすことに特化させた物で、数秒間とは言え敵からの攻撃を防ぐ防御壁を造り出すことができるって代物よ。

 

 「左翼、護衛艦シラネ被弾。速度を一杯に上げ、敵陣へと突撃を開始しました」

 

 敵陣との距離が2kmまで迫ったところで、時計で言うと11時の位置にいたシラネが左舷に被弾し、砲を連射しながら突っ込み始めた。

 アレが一番手か。

 何をする気かはわかんないけど、なぜか悲壮感は感じない。あのまま突っ込めば轟沈は確定なのに、何故か嬉しそうに感じるのはなんでだろう。

 

 「ん?何この音……。歌?」

 

 シラネが突撃を開始して少し経ったころ、歌のようなものが響いているのに気づいた。

 これは艦橋内から出てる音じゃないわね。外からだわ。

 

 「『同期の桜』……か。古くせぇ歌を歌いやがる」

 

 艦長さんが帽子を目深に被り直しながら口にした『同期の桜』。この歌は日本の軍歌で、太平洋戦争時に好んで歌われた歌だったと誰かから聞いた覚えがある。

 なんでも、華々しく散る姿を桜の花に喩えた歌なんだってさ。

 歌詞はたしか……。

 

 「貴様と俺とは同期の桜……でしたか」

 「なんだ、提督はこの歌を知ってたのかい」

 「ええ、私と同世代の駆逐艦は全員歌えますよ。もっとも、替え歌の方ならですけどね」

 

 そう言えば、着任して間もない頃に円満さんから聞いた覚えがある。

 当時の、正確には円満さんより前の世代の駆逐艦の誰かがその替え歌を歌いだしたのを皮切りに爆発的に流行ったんだとか。

 

 「ほう?替え歌なんぞあったんか。どんな感じなんだ?」

 「ほとんど変わりませんよ」

 

 そうは言っても歌いたくなったのか、シラネが自爆による爆風で敵艦数十隻を吹き飛ばして敵陣に開けた大穴へと艦隊が斬り込み、漢たちが歌っていた本来の同期の桜が終わったのを見計らって、円満さんは静かに歌い始めた

 

 「貴女と私は 同期の桜 同じ養成所の 庭に咲く 咲いた花なら 散るのは覚悟 みごと散りましょ 国のため」

 

 円満さんが一番を歌い終わると、それに応えるように両翼、3時と9時の位置にいた護衛艦コンゴウとキリシマが砲とミサイルを撃ちながら左右に別れて行った。

 たぶん、シラネと同じように自爆するつもりなんだわ。

 

 「あれ?この歌……」

 

 円満さんはとっくに歌い終わって、管制官からの報告に耳を傾けているのに歌が終わらない。

 もう一度一番の頭から始まって、そろそろ二番に突入しそうだわ。

 

 「こいつぁまた、アイツらにはもったいねぇ葬送曲だな……」

 

 どうやら聴こえているのは私だけじゃないみたい。

 ワダツミの内側から広がるように響いてくるこの歌声の主は誰?

 いや、()じゃない。

 みんなだ。

 ワダツミに乗艦している艦娘全てが彼らを鼓舞するためか、はたまた安寧を願ってかはわからないけど、各々が様々な想いを込めて歌ってるんだわ。

 

 

 貴女と私は 同期の桜

 

 同じ鎮守府の 庭に咲く

 

 血肉分けたる 仲ではないが

 

 なぜか気が合うて 別れられぬ

 

 

 

 二番が終わると、4時と8時にいたミョウコウとチョウカイが左右に別れ、先の三隻に倣って敵陣へと進んでいった。

 

 

 

 貴女と私は 同期の桜

 

 同じ泊地の 庭に咲く

 

 仰いだ夕焼け 南の海に

 

 未だ還らぬ 姉妹艦

 

 

 

 三番が終わると、6時にいたヒュウガが船隊を真横にして、自身をワダツミへの攻撃を防ぐ壁にした。

 その甲板から乗組員たちが手持ちの火器で応戦し、少しでも注意を引こうとしている様がモニターに映し出されたわ。

 

 

 

 貴女と私は 同期の桜

 

 同じ戦地の 海に咲く

 

 あれほど誓った その日も待たず

 

 なぜに死んだか 散ったのか

 

 

 次は12時と1時の位置にいたクラマとハタカゼだった。彼の二隻は、敵からの集中砲火を受けつつも速度を落とさない。クラマは艦橋を吹き飛ばされながらも前進して自爆し、更なる道を開拓した。

 ハタカゼは砲撃と雷撃を一身に受けて、自爆する間も与えられず轟沈した。

 

 そして残った二隻。

 5時の位置にいたハツユキが、ミサイルでワダツミの周りに水壁を造りながらワダツミとの距離を詰めて、先頭を行くカガが速度を上げた。

 カガの前に立ち塞がっているのは敵水上打撃部隊12隻。アレを突破すれば、もう結界以外にワダツミの針路を遮るモノはない。

 

 

 貴女と私は 同期の桜

 

 離れ離れに 散ろうとも

 

 遠き祖国の 慰霊碑に

 

 かつての名前を 刻みて会おう

 

 

 艦娘たちによる同期の桜の熱唱が終わるのを待っていたかのように、カガは他の艦と同じく自爆し、結界までの道を開いた。

 ハツユキはダメ押しとばかりに自爆し、ワダツミの後ろに炎と水の壁を造ってくれた。

 ここからは私たち艦娘の出番。

 漢達の屍の上を進んで来た私たちが、彼らの死に酬いるために戦う番だ。

 

 「両舷カタパルト緊急展開!各戦艦は順次抜錨!他の艦娘も出撃用意!」

 

 カガが上げた炎の門を通り抜けると同時に発した円満さんの命令に従って、ワダツミの両舷カタパルトが展開されて戦艦たちが抜錨して行った。

 そして円満さんは、始まりの合図とばかりにこう言ったわ。

 

 「さあ!黄昏の水平線に、未来(明日)を刻みなさい」と。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 最初に歌いだしたのは文月だったかしら。

 そうそう、見た目の割に妙に落ち着いた雰囲気を纏ったムツキClassの子よ。

 

 あの子が歌い始めるなり、連鎖するように日本の駆逐艦たちが次々と歌い始めて、それに釣られるように他の艦種も歌い始めたわ。

 

 あたし?

 あたしは歌詞がわからなかったから鼻歌だけだったわ。ただ、何故かFletcher姉さんは歌詞を知ってて、空気も読まずにオペラ歌手張りの歌唱力を遺憾なく披露してたっけ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Fletcher級 駆逐艦 DD-557 Johnston へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 一際大きな砲撃音が聴こえてから、船体を通じて聴こえて来ていた戦闘音が聴こえなくなった。

 予定通りなら、先ほどの一際大きな砲撃音は私以外の戦艦がギミックに向けて放った一斉射。

 ならばもうすぐ、私の出番です。

 

 『戦艦大和に通達。これより抜錨シークエンスを開始します』

 

 管制官がスピーカーを通してそう言うと同時に、ワダツミ艦首のハッチが左右に開き始めました。

 見えるのは、背後からの薄い朝焼けの光に照らされたドーム状の『穴』。その手前、ワダツミから5000mほどの場所に欧州棲姫とその近衛艦隊。

 アレを波動砲で吹き飛ばすのが、私が最初にやるべきこと。

 

 『船首カタパルトに注水開始。戦艦大和は抜錨位置へ』

 

 指示に従って数歩進むと、スキー板のビンディングのような構造をしたカタパルトと主機が接続されました。

 訓練以外で実際に使用したのはスエズ運河攻略時とノルウェー海戦時の計二回。

 流石に実戦での使用となると緊張してしまいますね。

 まあ、二度あることは三度あるとも申しますし、たぶん大丈夫でしょう。

 

 『主機とカタパルトの接続を確認。射出タイミングを大和に譲渡します』

 「頂戴致しました」

 

 射出タイミングを譲渡されるのと、ワダツミの眼前の景色を歪めていた結界が下の方から消え始めるのは同時でした。

 そう言えば、窮奇はアレを天幕と呼んでいましたね。

 でも私には、アレは幕は幕でも緞帳に見えてしまいます。最後の戦いと言う、戦争と言う名の物語の最終章の幕が上がっているように。

 

 『針路、条件付きでクリア。BB163 大和。抜錨どうぞ』

 「了解致しました。戦艦大和、出撃します!」

 

 ハッチ上部の警告灯が赤から青に換わると、やや前傾姿勢を取った私をカタパルトが私の最高速を上回る速度で射出しました。

 

 「さあ、奏でましょう。未来を勝ち取るための協奏曲を」

 

 急速に上がった速度に身体が慣れ、体勢が安定すると同時にターゲットスコープを形成。

 

 「掴みましょう。望みに望んだ平和な日々を」

 

 目標確認、前方10km地点の欧州棲姫艦隊。全主砲照準、ターゲットロック。

 力場出力150%。波動砲、発射用意完了。

 

 「そして皆で詠いましょう。我らが紡ぎ、歩んだ英雄譚を!」

 

 私は、背後のワダツミから艦娘たちが次々と射出される気配を感じながら、帰投用の燃料すら残さぬ全力の波動砲を発射しました。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 光って見えた。

 ええ、大和の事よ。

 

 戦艦たちの砲撃音を聞きながら、カナロアからの攻撃で正常化した海に両舷カタパルトから打ち出された私たち一特戦が目にした大和は、波動砲の余波によるものと思われる虹色の光りに包まれて光り輝いていた。

 

 

 え?神を穢す名?

 あ~、なんか深海棲艦たちが大合唱してたわね。

 後に香澄から聞いたんだけど、アレって聖書の一説なんでしょ?

 

 は?アレは私たち一特戦の事じゃないのかって?

 いやいや、数が合わないでしょ。

 私たちは9人しかいなかったんだから一人足りないじゃない。

 

 

 あ、でも、香澄は妙に納得してたわね。

 ええ、欧州棲姫の艦隊との戦闘が始まる直前に「大和さんは黙示録の獣であり、バビロンの大婬婦ってことか」って言ってたのよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 



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第百七十八話 デストロイヤー

 書けば出るって良く聞くけど、絵心が皆無な私はどうしたら……


 

 

 

 

 

 速吸さんから補給を受けていた大和さんと合流して欧州棲姫の艦隊と会敵する少し前だったかな。

 そうそう、深海棲艦の大合唱よ。

 青木さんも聴いたでしょ?

 

 ええ、今でも憶えてるわ。 

 と言うか、聖書を持っている人やオカルト好きな人ならそらで言えるんじゃないかしら。

 

 私?私も言えるわよ。。

 いや、別に教徒って訳じゃないわ。神話とかそういうのが好きだから知ってただけ。

 聖書って物語として読むと結構面白いのよ?

 え?そういうのはいい?

 

 は?いやいや、青木さんってオカルト雑誌の記者よね?だったら私に言わせなくても……忘れたから聴かせてくれ?

 はぁ……しかたないわね。

 

 あれは新約聖書の最後を飾る予言書、ヨハネの黙示録に記されている一説で内容はこうよ。

 

 わたしは、赤い獣にまたがっている一人の女を見た。この獣は、全身至るところ神を冒涜する数々の名で覆われており、七つの頭と十本の角があった。

女は赤の衣を着て、金と宝石と真珠で身を飾り、忌まわしいものや、自分の淫らな行為の汚れで満ちた金の杯を持っていた。

 

 ええ、青木さんの想像通り、こじつけ感は凄いけど、アレは私たち一特戦、ひいては大和さんのことだと思う。

 

 まず十本の角は、私たち一特戦と窮奇のこと。

 神を冒涜する名とはそれぞれの艦名ね。

 そして七つの頭とは、大和さんの艤装に装備されていた七基の砲塔のことよ。

 

 そして一人の女。

 これはバビロンの大婬婦とかマザー・ハーロットとか呼ばれる者で、大和さん本人のことだと思う。

 

 はぁ!?こじつけ感が凄い!?

 だから最初に言ったじゃない!文句言うなら青木さんの解釈を聴かせなさいな!

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 霞へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 「いきなり人を婬婦呼ばわりとは……」

 『何か言った?大和』

 「何でもないですよ矢矧。それより、本当に私は何もしなくて良いんですか?」

 『ええ、アンタを万全の状態で『穴』に放り込めって言われてるからね』

 

 いや放り込めって……。

 もうちょっと言い方があると思うのですが……。例えば送り込むとか届けるとか。

 まあ、矢矧って高校を中退して養成所に入ったとか聞いた覚えがありますから、そういった学がないのでしょう。

 

 『今、私のこと馬鹿にしなかった?』

 「いいえ全く。それより矢矧、敵の前衛艦隊がこちらに向かってますよ」

 『わかってるわよそんなこと!磯風と浜風はいつも通り突撃!雪風はフォロー!』

 

 さて、戦端は開かれましたが、『穴』に到るまで何もしないでいるのは退屈……もとい申し訳ないですね。

 何か、私にもできる事は……。

 

 『Hi!大和!退屈そうね!』

 「あら、アイオワさんじゃないですか。もう戦っても平気なのですか?」

 『ええ、お陰様で。それより、『穴』の中にいる奴には気を付けて。半端な強さじゃないわよ』

 「はい、肝に銘じておきます」

 

 なにせ私たちの右、約1kmほどを、復活した戦艦仏棲姫に向かって航行しているアイオワさんをボロ雑巾のようにして『穴』から放り出した奴ですものね。

 それだけで、相手が並どころかどの深海棲艦をも上回る相手なのだと想像できます。

 

 『あら、Ms.Iowaはうちの娘には労いの言葉を言ってくれないのですね』

 『貴女の娘が突撃するのは大和が失敗した場合でしょ?まだ早いじゃない』

 

 立てることがバレたから開き直ったのか、私たちの左をしっかりと両足で立って欧州水鬼へと向かっているウォースパイトさんがアイオワさんに噛みつきました。

 前々から思ってはいましたが、あの二人って仲がよろしくないのでしょうか。

 

 『おっと、雑談してる場合じゃないわね。大和!meとWarspiteの艦隊で支援してあげるから突撃しなさい!』

 『支援するとは一言も言ってないのですが……。はぁ、まあ良いでしょう。Nelson!Ark!やりますわよ!』

 

 そう言うなり、両翼の二艦隊による支援攻撃が開始されました。それぞれの目標に向かいつつの攻撃なのに精度が高いですね。

 それどころか、欧州棲姫の艦隊は正面の私たちにではなく、わかりやすい驚異と化した二艦隊への攻撃を優先し始めました。

 

 『チャンスね。霞、何処に突っ込めば良い?』

 『敵主力艦隊の中ほど。そこが一番、敵味方両方の攻撃が薄い』

 『了解。磯風、浜風、雪風!フォートレスで突っ込むわよ!』

 『『『了解!』』』

 

 ここぞとばかりに矢矧たちが突撃を始めました。

 霞が指示した敵主力艦隊の中ほど。

 それはつまり、最後尾の欧州棲姫の盾の如く前にいる二隻の戦艦棲姫、そのさらに前のヌ級改。

 敵艦隊の空母を無力化し、他の8隻を分断するつもりなのでしょう。

 ならば私は……。

 

 「敵右方より突撃します。涼月、初霜、援護を」

 『相変わらず無茶振りをしますね。まあ、やりますけど』

 『本当は『穴』の中までついて行きたいですが……。でも今は我慢します。やっちゃいます!』

 

 頼もしいです。

 矢矧たちが首尾よくヌ級改を撃破し、欧州棲姫と二隻の戦艦棲姫の相手を始めたのを確認した涼月と初霜は、欧州棲姫の援護に向かおうと反転しようとしていた他の8隻の横っ腹に霞と朝霜と共に突撃していきました。

 

 「さてと、鬼が出るか蛇が出るか……いや」

 

 既に視界のほとんどを埋め尽くすまでに近付いたドーム状の『穴』。そこにいるのは鬼でも蛇でもない。神です。

 ソイツを倒し、『穴』を塞げば私たちの勝ち。

 それを成し遂げた時、私たちは未来を手にすることができる。

 

 『今よ大和!行きなさい!』

 「わかりました。いってきます!」

 

 私は一杯まで速度を上げ、水底よりも禍々しく、夜の暗闇より暗い『穴』へと突撃しました。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 今でもよくわからないんだけど、欧州棲姫って艦種的には何になるの?

 

 正規空母並に艦載機を飛ばしてたから空母じゃないか?

 いや、確かに重武装のヲ級みたいな感じだったけど、目視で確認した限りじゃ15inch砲を装備してわよ?

 相対した身として言わせてもらえれば航空戦艦って感じだったわね。

 

 しかも随伴は復活したヌ級改に戦艦棲姫が2隻もいるし、ナ級フラグシップは駆逐艦の皮被った戦艦みたいな奴だったしで最悪だったわ。

 

 それプラス、倒しても倒しても『穴』から湧き出てくるってオマケ付きだったからゲンナリどころか絶望したのを憶えてる。

 

 いやいや、無力化して放置するなんて芸当ができるような状況じゃなかったわよ。

 

 それが出来るようになったのは、神風たちと第八駆逐隊が速吸さんと神威さんを連れて駆け付けてくれてからかな。

 

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「ああ!もう!しつっこい!」

 

 もう何回、同じ台詞を言ったかしら。

 でも、何度沈めても切り無く復活する深海棲艦どもを見てたらそう叫びたくなるのもわかるでしょ?

 

 『また矢矧さんの癇癪が始まったぞ。なんとかしてくれ浜風』

 『私は関わりたくないので雪風に頼んでください』

 『雪風も関わりたくないのでいっそ沈んでもらいます?』

 

 ああそうですか。

 無情な僚艦どもには私の気持ちは理解できなかったみたいね。雪風なんか恐ろしいことをサラッと言ってるし。

 

 『それよりどうするんです?大和さんが突入してそろそろ五時間。燃料も弾薬もヤバイです』

 「ヤバイのはわかってる!でも、今の状況じゃ退くに退けないわ」

 

 雪風の忠告通り燃料、弾薬の残量が残り少ない。

 でもかと言って退けないし、燃料弾薬を節約して戦えるほど温い相手でもない。

 せめて援軍が来てくれればとも思うけど、後ろから聴こえてくる戦闘音的にそれも難しそうね。

 

 『矢矧さん!6時方向1000mに雷跡!数10!』

 「後ろから攻撃!?」

 

 浜風の指摘に従って確認してみると、確かに雷跡がこちらに伸びて来ていた。それプラス、発射元と思われるカラフルな人影が5つ。

 あれは……。

 

 『魚雷に平和の祈りを乗せて』

 

 無線を通して聴こえてきた春風の台詞とともに、私たちを避けるように伸びた雷跡が二隻の戦艦棲姫に吸い込まれて爆炎を上げた。

 なるほど、こんな状況でもやるんですね。

 

 「灯せ正義の探照灯!」

 

 朝風の台詞とともに目が眩むほどの光が炎の柱を抜けてきた戦艦棲姫を照らし、まだお日様が中天に差し掛かろうって時間にも関わらず、敵の目を眩ませた。

 アレが探照灯に依るものじゃなく、自前の額に光が反射しただけだってんだから呆れちゃうわ。

 

 「例えこの身が朽ち果てようと!」

 

 旗風が台詞を言う頃には、五人は私たちより前に出ていた。

 相変わらず惚れ惚れする脚捌きね。

 五人は下から数えた方が早いほど性能が低いのに、それを補って余りあるほど卓越した技術を身につけた横須賀最強の駆逐隊。

 

 「守ってみせるさ輝く未来を!」

 

 松風がそう言い終わると、私たちと欧州棲姫たちの間に壁を作るように五人が立ち塞がっていた。

 その後ろ姿は正しくヒーロー。

 強大な敵にも敢然と立ち向かい、平和のためなら無償で命をかける正義の味方。

 その名は……。

 

 「全艦抜錨!合戦用意!我ら駆逐戦隊!」

 「「「「「カミレンジャー!」」」」」

 

 神風が刀を抜きながら言った台詞を合図に、五人は高らかと名乗りを上げた。

 私を始めとした一特戦第一小隊の面々と、神風たちと一緒に来たと思われる神威さん。そして、欧州棲姫と二隻の戦艦棲姫が浮かべたポカンとした表情など微塵も気にせずに。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 私の事を昔から知ってた駆逐艦は、あの頃には霞と霰だけになってた。

 

 え?霞は知ってるけど霰は知らない?

 あ~……、あの子って喋るのが稀だから影薄かったもんねぇ……。

 でも、あの子って凄かったんだよ?

 

 うん、あの当時の朝潮型じゃあ一番だったんだんじゃないかな。

 そう、あの子の戦闘スタイルは他のどの艦娘とも違うし欠点も多かったんだけど、『広辞苑・改』をモノにしてた霞や、朝雲と山雲のコンビ。それに満潮よりも強かった。

 

 その霰がワダツミから出撃したのを見た時、あの子が出撃しなきゃならないほどの事態になってるんだって気を引き締めた覚えがあるよ。

 

 だってあの子は、性能で艦娘を依怙贔屓していた頃の呉提督が、鎮守府防衛の切り札として離さなかったほどの艦娘だったんだから。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 阿賀野へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 大和さんが『穴』に入って五時間くらいか。

 矢矧さんたちが主力を引き受けてくれてるからこっちは水雷戦隊の相手だけで良いけど、ボチボチ燃料弾薬も心細くなって来たわね。

 体力の方はまあ、クッソ不味い黒汁とかいうドリンクのおかげで保ってはいるけど……。

 いや、そんな事よりもまずは。

 

 「涼月!もう沈めちゃダメよ!兵装だけを破壊して無力化しなさい!」

 『努力します』

 

 と、一応は反省した風の返事を返してくれた。

 涼月が初っぱなからナ級を一隻沈めたせいで矢矧さんたちの負担が増えたりしなければ、こんな注意をしなくても済んだのになぁ。

 もしかして、こっちの負担を減らすためにわざと沈めたんじゃないわよね?

 

 『でもよぉ霞。そろそろあたいたちもヤバイぜ?いっそ全部沈めて矢矧さんたちに押し付けねぇか?』

 『涼月は大賛成です。そうしましょう』

 

 やめて朝霜。

 冗談でもそういう事を言わないで。冗談を真に受けた涼月がその気になったらどうすんのよ。

 いや、死んだ魚みたいな目をしてブツブツ言ってるのって、もしかして深海化を使おうとしてる?1隻2隻どころじゃなく全部沈めて矢矧さんたちに押し付けようとしてる!?

 

 「初霜!涼月を止めて!絶対に深海化させないで!」

 『は、はい!』

 

 さて、涼月は初霜に丸投げするとして、この状況をどうやって打破しよう。

 せめて補給が出来れば……。

 ん?電探に反応があるわね。反応の大きさ的に駆逐艦が4、大型艦が1。しかもワダツミの方向から。

 これは期待しても……。

 

 「良いタイミングよ満潮。助かったわ」 

 「お礼は後でいいから、早く速吸さんから補給を受けて」

 

 敵艦隊に砲撃を加えながら私たちを単縦陣で追い抜いて行ったのは、満潮を筆頭にして朝潮、荒潮、大潮の四人。メンバーは代わっちゃったけど、私が憧れた第八駆逐隊だった。

 

 「だから今はやってあげるわ!しかも全力で!第八駆逐隊、突撃します!」

 「一発必中!肉薄するわ!」

 「暴れまくるわよぉ~♪」

 「アゲアゲで行きましょう!」

 

 逞しくなったわね。

 奥の手を使ってないとは言え、朝潮たちは問題なく満潮について行けてる。

 満潮は頼もしくなった。

 無駄に肩肘張ってツンケンして、姉妹艦すら寄せ付けなかったあの子が、今では姉としてみんなを引っ張ってる。

 

 「すっかりお姉ちゃんらしくなったじゃない。これなら、霰姉さんの出番はない……かな」

 

 いや、あっちゃいけない。

 霰姉さんは戦場に出ちゃダメ。

 こんな、姉妹に万が一が有り得る戦場に霰姉さんが来たらきっと無茶をする。

 霰姉さんは姉さんたちと同世代の朝潮型で唯一のネームド駆逐艦。

 澪姉さんですら、マリオネットを使ってようやく勝てるかどうかというほど強く、朝潮だった頃の大淀がいなければ間違いなく朝潮型最強で、全力の満潮でもたぶん勝てず、歴代の全朝潮型中最も怖い人。

 『破壊者(デストロイヤー)』が戦場に出ることだけは、あっちゃダメなんだから。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 『破壊者(デストロイヤー)』とは。

 

 戦争中期頃に存在したと言われている謎のネームド艦娘である。

 

 彼女は艦名、艦型、艦種はおろか所属していた鎮守府も不明であり、存在したという事実はあるが彼女の事を知る者は今のところ確認されていない。

 

 デストロイヤーと呼ばれていたことから駆逐艦ではないかと言われているが、詳細は戦争が終結した今も杳として知れていない。

 

 

 ~艦娘型録~

 ネームド艦娘。『破壊者(デストロイヤー)』の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 霰は朝潮型駆逐艦の九番艦。

 今の朝潮型姉妹では最年長になる。

 でも、霞ちゃんが口煩くて悪目立ちしてたから霰は全く目立たなくて、満潮ちゃん以外の今の八駆の子達なんかワダツミで会うまで霰の存在を知らなかった。

 

 「どこに行くのぉ?霰ちゃんに出撃許可は降りてないわよねぇ」

 「満潮ちゃんたちが、霞ちゃんの援護に向かったって聞いた」

 「だから霰ちゃんも行くのぉ?」

 「うん」

 

 だけど霰はお姉ちゃんだから、妹たちが危ない目に遭ってるのを黙って見ていられない。

 だから、満潮ちゃんたちが出撃してから2時間も経っちゃったけど、カタパルトを使わずに右舷の非常口からコッソリ出撃しようとしたのに、いざ出ようとしたところで恵姉さんに止められちゃった。

 

 「止めるの?」

 「止めたら、思い直してくれるのぉ?」

 

 霰は首を横に振って否定した。

 止められたって行く。

 霰は戦いが嫌いだから、出撃しなくて良いなら出撃したくない。霞ちゃんが呉提督に冷遇されてた頃だって、霞ちゃんが危ない目に遭わなくて済むから霰的には大歓迎だった。

 でも、今は妹たちが必死に戦ってる。

 姉さんたちも戦ってる。

 朝潮型で戦ってないのは、今も昔も霰だけだ。

 

 「霰ちゃん。いえ、駆逐艦霰。貴女に、提督補佐として命令があるわ」

 「なぁに?」

 

 霰が諦めないと悟って諦めたのか、それとも最初からそのつもりだったのか、恵姉さんが間延びした口調を改めて真剣な表情になった。

 

 「もし、万が一ワダツミに何かあった場合、満潮の撤退を支援して」

 「うん、わかった」

 

 霰が理由を聞き返さなかったことに驚いたのか、恵姉さんがキョトンとしてしまった。

 そんなに意外?

 霰にだって、ワダツミに何かあった場合なんて聞けば満潮ちゃんが必要になることくらいわかるよ。それとも、素直に命令を受け入れたのが意外だった?

 まあどっちでもいいや。

 それよりも、出撃する前に確かめておかなきゃいけないことがあったんだった。

 

 「敵は沈めちゃダメなんだよね?」

 「ええ、敵はできるだけ沈めずに無力化して。霰なら出きるでしょ?」

 「うん、できるよ」

 

 沈める方が簡単だけど、霰なら他の子達よりも上手く無力化できる。

 だって、壊すのは霰の得意技だから。

 

 「『破壊者(デストロイヤー)』。だったかしら?」

 「うん」

 

 着任したての頃はそう呼ばれてた。

 澪姉さんのマリオネットとは相性が悪かったけど、それ以外の人には負けたことがなかった。阿賀野さんにだって、勝ったこともないけど負けたこともなかった。

 

 「妹たちのこと、お願いね」

 

 本当は自分が行きたいんだろうな。

 でも、恵姉さんはもう艦娘じゃないからそれが出来ない。霰に頼るしかない。

 艦娘では出来ない事をしようとして艦娘を辞めた結果、艦娘でしか出来ない事ができなくなった。

 だから霰がやる。

 姉さんたちの代わりに、霰が妹たちを守る。

 

 「任せておいて。霰は、お姉ちゃんだから」

 

 そう言い残して、霰は海に出た。

 妹たちが戦っているはずの戦場へ行くために。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 ええ、アイオワさんから聞いていた通り、『穴』の内部には海が広がっていました。

 

 果てがないと思えるほど広く、空と海との境界線が曖昧になるほど蒼く、この世で最も黒い水底を孕んだ海が。

 

 そこにいた少女は私に、開口一番にこう言いました。

 

 「やあ、バグ」と。

 

 

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

 

 

 

 

 



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第百七十九話 龍の姉妹

 

 

 

 

 実を言いますと、私を含めた歴代の龍田には実戦経験がありません。

 いえ、軽巡洋艦龍田が出撃し、任務に携わったという事実はあります。

 ですが私の先代もその先代も、任務時の記憶が無いんです。たまにお会いした時にその話題は必ず出ますので間違いありません。

 

 私もあの時までは例外じゃありませんでした。

 いつもは抜錨直後からの記憶がスッポリ抜け落ちていたのに、リグリア海戦で被雷して片足を失くした天龍ちゃんを曳航してワダツミに戻った後からの記憶だけはしっかりと残っているんです。

 

 あら、青木さんもあの場に居たのですか?

 なるほど、ちょうど補給を受けに戻っていたんですね。明石さんと一緒に、天龍ちゃんの応急処置をするのに必死で気付きませんでした。

 

 話を戻しますが、私のたち『龍田』に任務時の記憶がなかったのは恐らく彼女のせいです。

 長い間艤装の内に残り続けていた彼女。

 長門さんや鳳翔さんに、大淀さんや阿賀野さんを凌ぐと言わしめた始まりの龍田が、私たちの身体を使って戦っていたからだったんです。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元天龍型軽巡洋艦二番艦 龍田へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「ったく!このクソ忙しい時に!」

 

 大和が『穴』に突入してそろそろ5時間。

 艦隊の損耗率もドンドン増してきて、交代要員を新たに加えた編成を考えたり、今現在も外で戦ってる艦娘に指示を飛ばしたりで忙しいのに……。

 

 「あのクソガキ!これでろくな内容じゃなかったら即解体してやる!」

 

 と、悪態をついても状況は変わらないからこれくらいにしておくか。

 でもハラワタが煮えくり返っているのは変わらない。

 そもそもアイツは、何の話があって私を工廠に呼び出した?通信士が言うには「戦況を左右するほど重要な話」らしいけど……。

 

 「来たわよ天龍。それで話って……」

 

 工廠に入ると、いつもの油臭い臭いじゃなくて血の臭いがした。

 その臭いの原因は天龍。

 右足を腿の中程から失った天龍が、明石と龍田に応急処置をされていた。

 被弾して龍田と供に帰投したって報告は受けてたけど、まさかここまで酷いとは思ってなかったわ。

 これじゃあ、高速修復材を使っても作戦中に戦線復帰は無理ね。

 

 「や、やっと来たか先輩。気絶する寸前だったぜ」

 「無駄話はいい。それより、戦況を左右するほどの話って何?簡潔に話なさい」

 「冷てぇなぁ。可愛い後輩が片足失くしてんだぜ?もうちょっとこう……」

 「息の根を止めてほしいのならそう言え。今の私に、アンタと無駄話している暇はない」

 

 そう、暇はない。

 私が艦橋を離れている今も戦況は変わってる。円満に行ってこいと言われなければ来なかったわ。

 

 「ったく、せっかちな先輩だなぁ。じゃあ話すが、見ての通り、オレはもう戦線に復帰できねぇ。オレが復帰できねぇってことは、後ろからの攻撃を防いでる人員が一人減るってことだ」

 「だから何?確かにアンタの言う通りだけど、まだ代わりはいるわ」

 

 天龍と龍田が配置されていたのは第二対潜艦隊。

 その艦隊の主な役割はすでに終り、海防艦たちはワダツミの直衞に回って、二人は長門の第一攻略艦隊と一緒に背後から迫る敵艦隊の相手をしていた。

 二人が抜けたことで確かにキツくはなってるでしょうけど、鳳翔さんに行ってもらったから二人の代わりを送るまでは持ちこたえられるはずよ。

 

 「代わり?無理だろ。交代要員として待機してる連中の大半は半端な奴らだ。そんな奴らをあんなところに送ったら、辿り着く前に轟沈だよ」

 

 そんなことはわかってる。

 一特戦の応援に向かわせた、八駆か神風たちのどちらかが居ればそんな心配をしなくても済んだ。

 でもいないのなら仕方がない。

 例え練度が低くても、戦場にたどり着く前に轟沈する可能性が高くてもそうするしかない。

 

 「アンタが、いるじゃねぇか」

 「は?」

 

 思わずすっとんきょうな声を上げちゃったけど、天龍は今何て言った?

 アンタがいる?アンタって誰よ。もしかして私?私に、内火艇ユニットで出ろとか言ってんの?

 

 「ケケッ、アンタでもそんな顔するんだな。ちょっと可愛いじゃねぇか」

 「う、うるさい!だいたい、アンタは私が出れば言いとか言うけど、内火艇ユニットじゃこの戦況で役には立たない。それくらいアンタにだって……」

 「はぁ?内火艇ユニット?何言ってんだよ。もっと良い物がアンタの目の前にあるじゃねぇか」

 「私の、目の前?」

 

 私の目の前にあるのは脂汗をダラダラと流して痛みに堪えている天龍と、それを心配そうに見つめている明石。そして、何故か無表情の龍田。

 それ以外はない。

 

 「まだわかねぇのか?コレを使えって言ってんだよコレを。アンタならオレ以上に上手く使えるだろうが」

 

 天龍が心底呆れたように言いながら親指で指したのは背中の艤装。天龍本人の怪我の割に艤装は綺麗だわ。

 代わりの適合者さえ用意できれば、補給だけで即座に出撃できるくらいに。

 ん?代わりの適合者?

 まさかコイツ……。

 

 「私に、天龍になれって言うの?」

 「それ以外に何があるってんだ?アンタならオレより上手くコレを使える。しかも、現場で直接指示できるっておまけ付きだ。な?戦況を左右するほど重要な話だったろ?」

 

 コイツは馬鹿か?いや馬鹿だった。

 確かに今の私なら、コイツより上手く天龍の艤装を扱える。でもそれは叶わない。

 だって私は30を過ぎてる。

 年の割に若く見られても、天龍の艤装と適合できる年齢を遥かに超えている。

 そんな私が、再び艤装と適合できるわけが……。

 

 「艦娘になれる条件。アンタは三つ全部満たしてる」

 「いや、そうだけど……ん?三つ?」

 

 一つ目と二つ目は言わずもがな。でも三つは満たしきっていない。それとも、アンタは私を望んでるって言うの?

 

 「アンタさ、昔南方で、深海棲艦に襲われたタンカーを救助したことがあるだろ?」

 「覚えがありすぎてどれのことかわかんないわね。それが何よ」

 「そのタンカーにオレのパパ……じゃない。親父が乗ってたんだ。そして親父は、その戦闘を撮影してた。その映像の中に、当時のアンタが映ってたんだ。紅い駆逐艦と一緒に刀振り回してたアンタがさ。オレはアレを見て完全に魅了された。天龍に、いやアンタになりたくなった。天龍の適性があるってわかった日は嬉しすぎて泣いちまったほどだ」

 

 天龍はそこまで言い切ると、眼帯で隠れてない方の目を懐かしそうに細めた。

 だから私に艤装を託すと?

 私が再び、天龍として戦えるよう艤装を返すと言いたいの?でも、できるできないは別としてそれをしてしまったら……。

 

 「失った足は、二度と戻らないわよ」

 「覚悟の上さ。アンタの勇姿が見れるなら安いもんだ」

 「私が適合できるかわからないのに?」

 「できるさ。だってアンタは、唯一無二の天龍だから」

 

 コイツは本気だ。

 解体されたら高速修復材を使えず、失った足は二度と戻らないのに、私に艤装を返そうとしている。

 私を、天龍の復活を心の底から望んでいる。

 

 「ねぇ、天龍ちゃん。いや、お姉ちゃん。この子と私の望みを叶えて」

 

 それまで黙っていた龍田が、私を見てそう言った。

 どうして私をお姉ちゃんと呼ぶ?

 私をそう呼ぶのはあの子だけ。私が死なせてしまった、私の半身だけ。まさかこの子は……。

 

 「龍佳(りゅうか)……なの?」

 

 私の問いに、龍田は瞳を潤ませることで答えた。

 有り得ない。

 だって龍佳は死んだ。私を庇って被雷して下半身を吹き飛ばされ、桜子に引導を渡されて死んだ。

 考えられるのは、初適合時に龍佳の記憶を見たことで、この子が自分を龍佳だと思い込んでる可能性。

 でも、この子が纏ってる雰囲気は龍佳にソックリ。顔は違っても、目に見えない部分があの子とソックリだわ。

 

 「お願いだ先輩。オレは先輩が戦うところが見たいんだ。だからオレは天龍になったんだ!なぁ、オレに見せてくれよ。あの時と同じ、カッコいいアンタを見せてくれよ!」

 

 天龍に涙ながらの懇願をされたのに、私は踏ん切りがつかない。

 私は何を悩んでる?

 適合できるかどうか?

 違う。私は再び天龍になれる。それは何故か確信してる。

 じゃあ、上手くやれるか?

 これも違う。私はあの頃よりも上手くやれる。艦隊の指揮を執りながら、敵を食い止めることができる。

 私は怖いんだ。

 また龍田を、龍佳を身代わりに死なせてしまうかもしれないことが怖い。またあの苦しみを味わうのが、どうしようもなく怖いんだ。

 

 「大丈夫よ、お姉ちゃん。一緒に、いきましょう?」

 

 私の悩みを察したのか、龍佳はそう言って右手を差し出してくれた。

 そうね。

 今の私なら大丈夫。貴女の足を引っ張らない。貴女と一緒に行ける。

 不意に訪れた貴女と一緒に生きられる時を、私は謳歌できる。

 

 「覚悟は出来たみてぇだな。龍田、オレの予備の制服が部屋にあるから……」

 「ふふふ♪大丈夫よぉ?こんなこともあろうかと、天龍ちゃんの制服はいつも持ち歩いてるからぁ♪」

 

 これはツッコむべき?

 龍佳のヤツ、いつこんな状況になっても良いように天龍の制服を持ち歩いてたって言ったの?

 

 「じゃあ、明石さん。一思いに頼む」

 「構いませんが……。後悔、しませんか?」

 「ああ。やらない方がきっと後悔する」

 「わかりました。では準備しますので、その間に辰見大佐は着替えてください」

 

 明石が天龍に色んな色のコード繋いで準備いているのを尻目に、私は龍佳に手伝ってもらって天龍の制服に着替えた。

 着替えたは良いけど……。

 

 「私の歳でこれは……」

 

 少々どころかかなりキツい。いや、サイズ的な意味じゃなくて見た目的にね。

 だって腋は出てるしスカートも短い、さらに胸元が開きすぎて谷間も凄いことになってる。

 それを見た龍佳が「ノースリーヴの白いシャツの上からファー付きのジャケットをざっくばらんに羽織るワイルドなスタイル。さらに惜しげも無く晒された腋もさることながら、どっしりと量感に満ちてシャツを押し上げる胸部装甲が素晴らしい。 スカートにはスリットが入り、足元は折り返し入りのハイカットスニーカー。むっちりと健康的に成長した脚は健在なニーソックスに包まれ、スカートとの間で絶対領域を見せつけている 」なんて感想を抑揚のない声でぶつぶつ言いながら鼻血垂らしてるのは無視する。

 

 「なんだ。歳の割に似合うじゃねぇか」

 「うっさい」

 

 本音を言うと羞恥心でいっぱいいっぱいよ。

 こんな制服を恥じらいもなく着るなんて……いや着ちゃったけど、若くないと無理だわ。

 

 「解体、完了しました。それでは同調を開始してください。辰見大佐、やり方は憶えていますか?」

 「なんとなく……ね」

 

 そう答えて、私は瞼を閉じて背中に背負った艤装に意識を集中した。

 その途端に見えて来たのはかつての記憶。

 私が天龍だった頃の記憶に始まり、歴代の天龍たちの記憶。その記憶の中に気になるものがあった。

 それは私以外の歴代の天龍と、龍佳以外の歴代の龍田が約束を交わした記憶。

 その記憶では、龍田が「いつの日か、お姉ちゃんと一緒に戦わせて」と言うと、天龍が「ああ、任せとけ」と答えていた。

 そっか。

 たぶん龍佳は、私と一緒に戦うためにずっと艤装の中に留まっていたのね。

 

 「練度……175で安定。さすがに開いた口が塞がりませんよ」

 

 175か。

 たしか、確認されている最高練度ね。

 解体された当時は90そこそこだったのに、再び天龍になったら倍近くなった。

 今の私の実力が加味された?それとも天龍の練度が加算されたのかしら。

 まあどちらにしても、叢雲には黙っておかなくちゃ。

 だって、あの子の練度より遥かに高いんだから、教えたらきっと拗ねちゃうもの。

 

 「明石。円満に伝言を頼んで良いか?」

 「ご心配なく。提督からは「五代目天龍が誕生した場合、伝言は必要ない」と仰せつかっていますから」

 「そっか。なら良い」

 

 なるほど、円満はこの状況も予想してたわけだ。

 だから天龍が私を呼び出すなり、私が抱えていた指揮権を澪に譲渡させて艦橋から追い出したのね。

 

 「じゃあ行くぞ、龍田」

 「ええ、行きましょう。お姉ちゃん」

 

 私と龍田は、明石と元天龍に見送られて後部カタパルトへと移動した。

 そこでは既に、私たちを待っていたかのように射出準備が整っていたわ。

 ったく、円満のお節介め。

 

 『これより抜錨シークエンスを開始します。天龍、龍田両艦は抜錨位置へ』

 

 管制官の指示に従って主器とカタパルトを接続してふと思った。

 そういえば私、カタパルトでの射出訓練なんて一度もしてない。

 

 『主器とカタパルトの接続を確認。射出タイミングを両艦に譲渡します』

 

 それでも抜錨シークエンスは容赦なく進む。

 まあ、やり方は見てるし、私ならなんとかなる……かな?なる……よね?

 

 『辰見大佐。いえ、天龍。聴こえますか?』

 「聴こえてるぜ円満。まったく、上手い具合にハメてくれたなぁ。帰ったら憶えとけよ?」

 『憶えとくわ。だから、後ろのことはお願いします』

 「おう、任せとけ。だから、前は任せたぜ」

 『ええ、任せてちょうだい』

 

 円満と話したことで、さっきまでの上手く抜錨できるかって不安が払拭された。

 だって、抜錨をミスるなんて間抜けな真似はできないもの。

 可愛い後輩の後ろを、先輩である私が支える。

 円満が前に集中できるよう後ろは私が……いや、オレが支えるんだ。

 

 『針路クリア。CL277 天龍改二、CL278 龍田改二。抜錨どうぞ』

 「了解だ。辰見改め軽巡 天龍。抜錨だ!」

 「軽巡 龍田。出撃するね~♪」

 

 管制官の合図と同時に、オレと龍田はカタパルトで射出された。目指すは長門達が支えている戦場。

 オレと龍田が、初めて肩を並べて戦う戦場だ。

 

 「なあ龍佳。帰ったら、話したいことがある」

 

 アンタが死んだ後のことを話したい。

 墓参りで一方的に喋るんじゃなくて、アンタの反応を見ながら、相槌を聞きながら話したいことが沢山ある。

 そして、謝りたい。

 アンタに謝って、涙が枯れるまで泣きたい。

 

 「私もよ~。帰ったらい~っぱい、お話しましょう~」

 

 でも、そう言いながらも悲しそうな目をしているアンタを見るに、それは叶わない願いなのね。

 でも良い。それでも良い。

 一緒に語り合うことが叶わないのなら、不意に訪れたアンタと生きるこの一時を魂にまで刻み付けてやる。

 

 『戻ってきたのか天龍!い、いやちょっと待て。お前まさか、辰見か!?』

 『何を訳わかんないことを言ってるんですか長門さん。それよりももっと砲撃を……って、え!?本当に辰見さん!?』

 

 追い抜くなり、長門と鳳翔さんの驚愕の声が鼓膜を震わせた。

 攻撃の手を止めるほどビックリしなくても良いんじゃない?

 あ、もしかして、やっぱり天龍の制服を着た私って二人が手を止めちゃうほどヤバイのかしら。

 

 「って、それは今どうでも良い!天龍より第一攻略艦隊へ。これより、この戦場はオレ様が摂り仕切る!」

 

 オレの言葉に動揺しながらも、長門が了解したのに従って他の面子も了解した。

 さぁて、じゃあオレ様の復活祝いに何隻か打ちのめすか!

 

 「オラオラ!天龍様のお通りだ!」

 「うふふ♪死にたい艦はどこかしら~♪」

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 その言葉を合図に、二人は敵艦隊に突撃していったよ。

 ああ、百万の味方を得た気分だった。

 そう、私と鳳翔、そして桜子にとって古くからの友人であるあの姉妹が駆けつけてくれたんだ、当たり前だろう?

 

 天龍と龍田が戦線を離脱し、鳳翔が合流しても私たちは苦しい状況だったのに、あの二人が来てくれた途端に形勢は逆転した。

 

 いや、たしかにあの二人の活躍は凄まじかったんだが、それ以上に、諦めかけていた私たちに闘志が戻ったのが大きかった。

 

 あの二人が、『龍の姉妹』が率いてくれたからこそ、私たちは死なずに戻ってくることが出来たんだよ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元長門型戦艦 一番艦 長門へのインタビューより。

 

 

 

 



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第百八十話 信濃

 昨日、出張先の茨城から実家まで帰ってきたんですが……。半年振りに帰ったらルーターが死んでたOrz


 

 

 

 

 

 不思議なものですね。

 『穴』に落ちるつもりでドームに突入したのに、1秒もかからずに抜けた先にあったのは『穴』ではなく海。

 しかも、本来ならドームの壁があるはずの背後にも広がっています。

 これではまるで……。

 

 「狐にでも化かされた気分です。いや……」

 

 外では激しい戦闘が繰り広げられているはずなのに音がしない。

 どこまでも遠く、深く、空と海との境界線が曖昧でわからないほど蒼い海が、小波の音を奏でているだけ。

 もしかして、気づかないうちに外と隔絶した空間に飛ばされでもしたのでしょうか。

 

 「狐ではなく神。でしたか」

 

 私の視線の先、10mほどの距離にいるのは、なぜか若葉マークが描かれた白い帽子にセーラー服を着た茶髪のおさげを黄色いリボンで留めている少女。

 その少女は無邪気な笑顔を浮かべて、白猫の両前足を掴んでブランブランと振って遊んでいます。

 動物愛護団体に訴えられれば良いのに。

 まあそれはともかく、アイオワさんが彼女をエラー娘と仮称していたので私も倣いますが、あのような少女にアイオワさんをボロ雑巾にするほどの力があるのでしょうか。

 

 「やあ、バグ」

 「婬婦の次はバグ呼ばわりですか。礼儀を知らない神様ですね」

 

 私を見ずに、変わらず白猫と戯れながら彼女が言ったバグとはたしか、英語で言うところの『虫』でありコンピューター用語では誤りや欠陥を指す言葉。

 彼女にとっては、私など取るに足らない虫のような存在だからそう呼んだのでしょうか。それとも後者?もしくは両方?

 

 「貴女が神。で、よろしいんですよね?」

 「君たちからすればそうなるんだろうね。もっとも、正確には管理者だけど」

 

 管理者ですか。

 差し詰め、この世界を管理、運営する者ということですね。ならば、この世界に住む私たちからすれば神と同義。彼女の胸先三寸、いえ気まぐれで、この世界そのものをどうとでもできると考えておいた方が精神衛生上よろしいかもしれませんね。

 

 「この世界はただでさえエラーが多かったけれど、終いには喚んだ覚えのない君のようなバグまで出てきた。リセットではなく、いっそデリートしてしまおうと何度考えたことか」

 

 喚んだ覚えがない?

 喚ぶとはどういう意味ですか?まさか、アイオワさんやジャービスちゃんのような艦の生まれ変わり?つまりは召喚?

 

 「あの男もエラーだ。あんな真似ができる人間がいるなど想定していなかった。ここまでたどり着けずに沈んだ者たちもエラーだ。せっかく引き上げてやったのに生き残ったのはたったの二隻。まったく、エラーが多すぎて頭が痛くなるよ」

 

 エラーエラーとうるさいですね。

 これなら、アイオワさんが彼女をエラー娘と呼びたくなった気持ちもわかる気がします。

 私的には、飽きもせず猫を吊り上げているので『猫吊るし』と呼んで差し上げたいですが。

 

 (大和、時間の無駄だ。今のうちに攻撃してさっさと『穴』を塞ごう)

 「それには同意しますが、塞ぐべき『穴』が見当たりませんよ?」

 (私たちの目の前に広がっているだろう)

 「目の前?」

 

 目の前にあるのは果てが見えない海。

 それ以外は彼女だけです。まさか彼女自身が『穴』?いえ、違いますね。窮奇は『広がっている』と言いました。つまり『穴』とは……。

 

 「この海そのもの……ですか。大きすぎでしょう……」

 

 こんな広大な面積をどうやって塞げば……。

 それとも下に行くにつれて漏斗状になっているのでしょうか。それならまあ、最深部に到達する手段があればなんとかなる……かな?

 

 「神であるわたしの啓示の真っ最中だと言うのに世間話かい?まったく、君の態度は不遜の極みだね」

 「啓示?愚痴の間違いでは?」

 

 聴いただけでは理解できないような事を言っているのは啓示と言えなくもないですが、彼女が口走った内容は愚痴そのもの。

 自分の思い通りに進まない事態への愚痴です。

 愚痴を言うということは、彼女が世界に干渉できることにも限界がありそうですね。

 少なくとも、全知全能じゃないのは確実。

 

 「愚痴……か。愚痴の一つも言いたくなるさ。わたしは必死にやってるのに誰も認めてくれない。それどころか、エラーが起きたらわたしのせいにされる」

 「何の、話ですか?」

 「なんでもない。君が言う通りただの愚痴さ」

 

 人間臭い。

 それが、会ってからの十数分で私が彼女に抱いた感想です。

 彼女は本当に神?

 もしかして神は神でも唯一神ではなく、複数いる神の一柱にすぎないのでしょうか。

 だから深海棲艦に聖書を引用させた?

 自らを唯一神だと私に誤認させ、自らもそう思い込みたかったから?

 

 「さて、話が長くなってしまったね。そろそろ始めようか」

 「始める。とは?」

 「バトルだよ。ラストバトル。君もそれを望んでいるだろう?」

 

 喧嘩を売った身としては確かに望んでいましたが……。あっけらかんと言われると緊張感が皆無ですね。世間話の延長とすら感じてしまいます。

 

 「これでもラスボスだからね。それっぽい台詞は色々考えてたんだ。例えば、抜錨すら許されない恐怖に恐れおののくがいい。とか、我が軍門に下るのなら世界の半分をくれてやろう。とかね。ちなみに聞くけど、世界の半分が欲しいかい?」

 「いりません」

 「言うと思った。じゃあバトル開始だね。君はバグ故かわたしの干渉を受け付けないが、一応はわたしが作ったルールの内側にいるようだから真っ当に相手をしてあげよう。さて、どれを使おうか……。アイオワの時はモンタナを使ったから……。そうだな……うん、これにしよう」

 

 そう言って、少女が白猫を放すと白猫は海に溶けるように沈み、その代わりのように少女の後ろから艤装が浮かび上がってきました。

 見覚えのあるシルエット、それに私と同じ46cm三連装砲が三基。間違いなく大和型の艤装です。

 私か武蔵の艤装のコピー?

 でも、細部がどちらとも微妙に違うような……。

 

 「君は初対面だったかな?彼女は戦艦として生まれることができなかった、君の三番目の姉妹だよ」

 「三番目?ま、まさか……!」

 

 私の反応が愉快で仕方がないのか、少女は満足げに顔を歪ませて艤装を背負いました。

 三番目と言うことは、アレは私の妹の艤装?

 戦艦として生まれるはずが、時局の影響で空母に設計変更され、生まれ落ちてから僅か10日でその艦生を閉じた悲運の大和型三番艦。

 その名は……。

 

 「そう!そのまさかさ!君の相手は幻の大和型三番艦。『戦艦 信濃』だよ!」

 

 そう名乗るなり、彼女は10mという超至近距離なのにも関わらず、私に対して砲撃を開始しました。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 選択を迫られる。

 と、私は彼女たちに言われていました。

 

 ええ、その時が訪れるまで、まるで意味がわかりませんでした。だってこの世界の行く末ですよ?

 

 私が何かしたところでどうにかなるほど、この世界は単純じゃないでしょ?

 ですが、私は選択を迫られました。

 

 この世界に安寧をもたらすか、それとも乱世のままに留めるかの選択です。

 

 はい。結果的に私は前者を選択しました。

 

 彼女を犠牲にしてまで、私のような兵器風情が安寧を求めたんです。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより、

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「窮奇!砲撃は一任してるんですからしっかり当ててください!」

 (やっている!だが何故か当たらない!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女との戦闘が始まってそろそろ30分ほどになりますか。

 彼女の初擊をギリギリ傘で逸らし、距離を取って反航戦に持ち込んだ今の状況が好転しないことをついつい窮奇に八つ当たりしてしまいましたが、私も窮奇のことは言えません。

 おかしな方向から飛んでくる砲弾を戦艦乙女でなんとか跳ね返しているのですが、砲弾は彼女の体を素通りし、直撃しているはずなのに何故か当たらないのです。

 

 「何が真っ当にですか!とんだチートですよこれは!」

 『心外だなぁ。わたしはちゃんと、真っ当に相手をしているよ?』

 

 真っ当にですって?

 こちらの攻撃が素通りするだけでなく、発射元であるはずの彼女のはるか前方、私からすれば7時くらいの方向から飛んでくる謎の砲撃法を使っておいて真っ当ですって?

 彼女の真っ当は、私に常識から駆け離れているようですね。

 

 「いや、待ってください?もしかして……」

 

 彼女の砲撃は縦方向の弾道曲線は描いていますが水平方向へ曲がっていない。真っ直ぐ飛んできています。

 それに、直撃しているはずのこちらの攻撃が彼女の体を素通りすることを加味すれば……。

 

 「そこです!」

 

 私は7時方向から飛んできた砲弾を6時方向へと弾き返しました。

 その結果は大当たり。

 大したダメージは与えられなかったみたいですが、先ほどまで私と反航戦を繰り返していた彼女の姿が霧散し、弾き返した砲弾の着弾点に彼女が姿を現しました。

 

 『凄いじゃないか。アイオワは気づくまでもうちょっとかかったよ』

 

 やはり幻影でしたか。

 彼女は幻の自分を空間に映し出し、自身は透明化して私の電探と視覚情報を狂わせていたのですね。

 なぁにが真っ当にですか大嘘つきめ。

 

 『じゃあ、次はこれなんかどうだい?』

 

 彼女が砲撃をやめると、艤装が粒子状に弾けて再び彼女へと集束し始めました。

 その粒子が構築しようとしているのは艤装?

 ですが、さっきまでの大和型の艤装ではなく、左腕には盾のように持った巨大な飛行甲板。右手には身の丈ほども有りそうな巨大な弩。あれではまるで空母じゃ………ん?空母?まさか……!?

 

 『コンバート改装。航空母艦 信濃』

 

 やはり信濃本来の姿である空母でしたか。

 しかも、コンバート改装と宣っていましたから戦艦にも戻れるはず。

 母港に戻らずとも自在に戦艦と空母の姿を行き来できるなんて反則でしょう!

 

 「窮奇!」

 (わかっている!お前は回避に専念しろ!)

 

 彼女がバリスタのような弩を両手で構えて撃ち出した艦載機数は約100機。

 実際の信濃の艦載機搭載数は補用を合わせても47機程度だったはずですから倍以上の数です。

 まあ、幻を使っての欺瞞工作に戦闘中のコンバート改装までする人ですから、実際の艦載機搭載数より大幅に多い艦載機を扱えても大して驚きはしませんが……。

 

 「艦載機の熟練度が高い!回避しきれません!もっと弾幕を!」

 (やっている!やっているが、艤装に備えられている機銃ではこれが限界だ!)

 

 余裕のつもりなのか、私の前方約5km地点で静止したままの彼女が放った無数の艦載機を相手に窮奇はよくやってくれています。

 ですがそれでは不十分。

 窮奇の『針鼠』すらすり抜けて急降下爆撃を仕掛けてくるあの艦載機たちに囲まれたままでは、いずれ直撃弾を食らって取り返しがつかないダメージを負ってしまいそうです。

 ならば、やりたくはないですがその前に……。

 

 「背部主砲の制御を貰いますよ!」

 (構わないが、何をする気だ!?)

 「貴女の得意技です!」

 

 そう言うなり、私は背部主砲を真後ろに向けて発砲。同時に脚を消しました。

 自分の意志でこれをやるのは初めて大淀と戦った時以来ですが……やっぱり痛い!

 

 「無茶苦茶するね君は。それでも戦艦かい?」

 「戦艦ですよ。ただし、戦艦娘です!」

 

 私が着水したのは彼女の真後ろ約100m。本当は目の前に着水したかったのですが飛びすぎちゃいました。

 ですが問題ありません。

 至近距離まで詰めれば艦載機による攻撃が緩むだろうと思い、そうした私の意図を察した窮奇が両舷主砲を真後ろに向けてくれています。

 

 (背部主砲が装填中で使えないから6発分だが、この距離なら十分だろう)

 「ええ十分です。覇道砲!てぇ!」

 

 私の合図で、窮奇が彼女に向けて覇道砲を放ちました。

 これで終われば最高。あとは『穴』を塞いで戻るだけなのですが……。

 

 「そうは問屋が卸さない……ですか」

 

 向き直った私の目の前に伸びる数キロにも及ぶ覇道砲の爪痕。その先に、彼女は艤装から煙を上げながらも悠然と佇んでいます。

 艤装の損傷具合から察するに大破。

 飛行甲板も半分吹き飛んでいますから、艦載機の運用も不可能なはずです。

 もっとも艦娘や深海棲艦なら、ですが。

 

 『コンバート……』

 

 再び彼女の艤装が光の粒子になって弾け、艤装を構築し始めました。

 両舷から主砲が伸びて来ていますから戦艦モードでしょうか。ですが、左手の飛行甲板と右手の弩も一回り小振りになって再構築されています。

 嫌な予感がしますね。

 戦艦、そして空母と来たら……。

 

 『if改装。航空戦艦 信濃、罷り越して候(まかりこしてそうろう)。なんてね♪』

 

 嫌な予感とはどうしてこう当たるのでしょうか。

 純粋な火力と艦載機運用能力は落ちているはずですが、それでも砲撃と艦載機による多重攻撃を行える航空戦艦は脅威。

 艦隊戦ならともかく、一対一では絶対相手にしたくない相手です。

 

 「窮奇、まだいけますよね?」

 (当然だ。むしろこれからが本番だよ)

 

 そうですね。

 彼女がいくら反則的な事をしても、私たちには戦うしか選択肢はありません。

 それに、ここに入ってから一時間ほどですが、そろそろ外で戦っている矢矧が癇癪を起こす頃ですし、ご主人様にも誉めて貰いたくなってきましたから。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 『穴』の中にいた奴?

 見た目だけなら普通の少女だったわ。

 

 ただし私の次級であり、建造されなかったはずのモンタナの艤装を自在に扱ってたわ。

 

 強かった……と言うよりは卑怯な奴だったわね。

 色々と嫌らしい真似をされたけど、一番まいったのはアレね。簡単に言うと、levelを徐々に下げられたのよ。

 

 終いには1まで下げられて、私は思うように艤装を扱えなくなってたわ。

 

 は?今なんて?

 数時間ってどう言う意味?私が『穴』に入っていた時間?

 いやいやいやいや、そんな訳ないわ。

 だって、私が『穴』の中にいたのは精々一時間程度よ?

 

 じゃあ何?

 あの空間の内と外では時間の流れが違ってたって言うの!?

 

 ちょ、ちょっと待ってて!

 ヘンリーにその話が本当かどうか確認してくるから!

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元Iowa級戦艦一番艦 Iowa。

 現バーガーショップマクダニエル日本支店副店長へのインタビューより。

 

 

 



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第百八十一話 艦隊指揮

 

 

 

 

 

 出来心だったと、あの子は言っていたわ。

 ええそう。

 一機だけとは言え、敵の艦載機をわざと撃ち漏らした件よ。

 

 あの時、大和さんが『穴』に突入してから七時間後。

 艦娘にもワダツミの乗組員にも限界が近づいていた時、あの子は阿賀野さんが敵への対応に追われていた隙を狙って自分の艦載機に攻撃をやめさせたの。

 

 当然叱ったわ。

 他の艦娘には気づけなくても、あの子に艦載機運用のいろはを叩き込んだ私にはすぐわかった。

 だから二航戦と交代し、帰投中に見つけた漂流者を救助してワダツミに戻った時に叱った。

 でも、あの子が初月の件を引きずっていたことや、提督が護衛艦群の人たちを捨て駒のように使ったことに憤りを感じていたのを知っていたから、本気で叱ることが出来なかったわ……。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元加賀型航空母艦 加賀へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 ワダツミに積んでいた資源と高速修復材が凄い速度で減っていく。

 いや、それだけならまだ良かった。

 艦娘たちの命が減っていく。

 見知った顔も知らない顔も、話したことがある子もない子も、仲が良い子もそうでなかった子も関係なく、時間が経つにつれて命が削られていく。

 でも、削っているのは敵じゃない。

 彼女たちの命を削っているのは他ならぬ私。私が彼女たちの命を削り、擂り潰している。

 

 「二特戦の応援に第二攻略艦隊、三特戦の応援に第三攻略艦隊を向かわせて。澪、制空権の維持状況は?」

 「呉提督の指揮で一航戦と五航戦が問題なく行ってるよ。呉提督はそろそろ二航戦と入れ換えたいって言ってるけど……」

 「許可する。ああそれと、阿賀野は何をしてる?」

 「阿賀野?阿賀野なら、9時方向から突撃を仕掛けてきた敵水雷戦隊と交戦中だよ?」

 「そう、わかった」

 

 そろそろ……かな。

 私を殺したいほど嫌ってる瑞鶴の心に魔が差すとしたら、阿賀野が敵の対応に追われている今しかない。

 

 「呉提督。聞こえますか?」

 『聞こえるよ紫印提督。こんな時にどうしたんだい?』

 

 私は提督席の肘掛けに設えてある受話器を取り、今も第二艦橋で指揮を取り続けている呉提督を呼び出した。

 指揮の真っ最中なのに意外と余裕そうね。

 後からは佐世保提督や大湊提督が叫んでるのが聴こえるけど、もしかして丸投げしてるのかしら。

 まあそれはともかく。

 

 「現時刻を持って、私が持つ全権限を貴官に譲渡します」

 『全権限を譲渡?待ってくれ紫印提督。君はこんな状況で何を……』

 「こんな状況だからです。詳しく説明している暇は……」

 

 ない。

 と、言いきる前に、管制官がこちらの制空圏内に敵の爆撃機が一機侵入したことを慌てて伝えてきた。

 良い仕事をしてくれたわ恵。

 これで、戦死者を減らすことができるかもしれない。

 

 「只今をもって第一艦橋を放棄!総員、退避しなさい!」

 「第一艦橋を放棄だと!?なに考えてやがる!それじゃあ操船が……」

 「良いから早く!これは命令よ!」

 

 私の命令に戸惑いながらも従ってくれた艦橋要員たちが艦橋から出て行くのを確認しながら、私は提督席から立って急降下を始めた敵の爆撃機の位置を確認した。

 よし。角度的に狙いはこの第一艦橋。

 邪魔が入らなければ、あの爆撃機は狙いどおりここを爆撃してくれる。

 

 「何してんの円満!円満も早く!」

 

 澪が出入口から手を伸ばして私を呼んでる。

 でも、どうしてだろう。

 出入口に向かってはいるけど急ぐ気になれない。警報も鳴り始めてるのに、何故か後ろ髪を引かれてる。

 これで死んだら楽になれるとか考えてるのかな。それとも、罰を受けるなら今しかないと、私の本能が告げているのかしら。

 

 「円満……!」

 

 澪が再び私を呼ぶ声を、第一艦橋前部に落ちた爆弾の爆音が艦橋の構造物と一緒に吹き飛ばした。

 昔、これと似たような光景を見たことがある気がする。

 まだ幼い頃、親とはぐれてストリートチルドレンになるよりもずっと前に、真っ赤な炎が何もかも焼き尽くす光景を私は見た。

 でも、あの時とは抱いてる感想が違う。

 あの時はただ怖かった。炎が化け物に見えた。

 それなのに今は安らぎを感じる。炎が救いの天使に見える。私をこの苦しみから救ってくれる、赤い翼を広げた天使に。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 瑞鶴の造反は想定内、いえ計画の内だった。

 ええ、円満ちゃんに命じられて、一定の条件が揃った時に瑞鶴がそうするよう私が仕向けたの。

 

 そう、ワダツミが第一艦橋を失って航行不能になったのもよ。

 その後に起こったことは説明しなくても良いわよね?

 

 アレを、艦隊運用の極とも言えるアレの条件を満たすために瑞鶴は利用されたのよ。

 

 条件って何か?

 一言で言うなら強制的な意思統合ね。

 青木さんもあの時、第一艦橋を失ったワダツミを護らなきゃって考えたでしょう?

 

 それが条件。

 艦娘たちの意志を一つにし、艤装に宿る妖精を介してワダツミ旗下全ての艦娘の思考を並列化し、戦域全ての状況を把握させ、オマケに思考速度の上昇や円満ちゃん並の戦況分析を可能にさせた究極の艦隊運用法を発動する条件だったって、後に聴いたわ。

 

 もっともその代償に、円満ちゃんは女性の喜びを得られない体になっちゃったけどね……。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐 荒木 恵中佐へのインタビューより。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「ワダツミが爆撃された!?どうして……阿賀野さんたちは何やってたのよ!」

 

 不意に無線で飛び交ったワダツミが爆撃された報告。

 後方で戦ってる艦娘たちが思い思いに好き勝手言ってるから、今一正確なことがわからないわね。

 聴こえて来る限りだと、爆撃されたのは船首とか右舷とか左舷とか、最悪なのだと第一艦橋か。

 もし第一艦橋が爆撃されたんなら、後方で沈められて復活し、再び『穴』から出て来た艦隊と交戦してる第八駆逐隊、もっと言うと満潮のメンタル面に影響が……。

 

 「チッ!やっぱりか!」

 

 第八駆逐隊の動きが鈍くなってる。

 敵が水雷戦隊規模だからまだ保ってるけど、さっきまた『穴』から出て来た戦艦を含む艦隊が合流したら支えきれないわ。

 

 「しっかりしなさい満潮!ワダツミに何かあるかも知れないってことは、円満姉さんから聞いて知ってたでしょ!」

 

 無理なのは承知してる。

 正確な情報が入ってこない限り、円満姉さんのことが心配で満潮は戦いに集中できない。

 いっそ私の指揮下に入れる?

 これも無理ね。

 欧州棲姫の前衛艦隊を相手にしている私たちと満潮たちの距離が離れすぎてる。

 それに、今の満潮に私の声が届いてるかどうかさえ疑わしいわ。

 

 『全艦隊に通達。これより艦隊の指揮は呉提督が執る。繰り返す。これより……』

 

 しかも最悪なタイミングで最悪な連絡を寄越してくれたわね。

 必要な連絡ではあるけど、呉提督に艦隊全体の指揮権が移ったってことは円満姉さんに何かあったってこととイコール。不確かだった情報が確定したことで、満潮がさっき以上に動揺するのは明らかだわ

 

 「ああもう!見てらんないったら!」

 

 こうなっらこっちから合流して……いや、ダメだ。

 私たちが満潮たちに合流しようとすれば、相手してる前衛艦隊が欧州棲姫に合流しかねない。

 そうなれば、矢矧さんたちが前後から挟撃される形になるわ。せめて、もう一艦隊応援に来てくれれば……。

 

 「ん?ワダツミの方から誰か来てる。援軍?いや、数は一つだし反応の大きさ的に駆逐艦……。ま、まさか!」

 

 私がそのまさかを確かめようと視線を移すのと、その駆逐艦が稲妻で一気に満潮たちが相手をしていた敵水雷戦隊に接近して()()()()()のはほぼ同時だった。

 やっぱりあの人だった。

 あんな、大淀以上の近接格闘戦をする艦娘は私が知る限り一人しかいない。

 

 『満潮ちゃんはワダツミに戻って。朝潮ちゃんたちは霞ちゃんと合流して』

 

 その人、霰姉さんの戦い方は艦娘の常識から逸脱している。ある意味、大淀や大和さん以上に。

 何故なら、霰姉さんは砲撃と雷撃がド下手。

 たった10m先の的にも当てられないほど下手くそなの。

 そんな霰姉さんが編み出したのは簡単に言うとゼロ距離の砲雷撃戦。要は、当たらないなら当たる距離まで近づけば良いじゃない的な発想で編み出し、着任から僅か一月足らずで実践して阿賀野さんや当時の神通さんの度肝を抜いた。

 でも単純な発想とは裏腹に、その戦闘法は霰姉さんが習得した技術の塊。

 大淀が衝角戦術と名付けた装甲の応用法を大淀より以前に編み出し、脚技を覚えて機動力を大幅に上げたそれは、マリオネットを使った澪姉さんでもギリギリ回避出来るか出来ないかと言うくらい速く、懐に入り込みさえすれば阿賀野さんすら圧倒した。

 その戦闘法の名は『雨霰』。

 言葉通り、あたかも雨や霰が降るように多量に浴びせかけられる拳打と蹴りに合わせて放たれる砲撃と雷撃は姫級の戦艦すら破壊し尽くす。

 攻撃の反動で、自身の身体すら傷つけながら……。

 

 『この戦場は、霰が引き受ける』

 

 それなのに、霰姉さんは八駆が受け持っていた敵を丸々引き取った。

 満潮たちが受け持っていた水雷戦隊だけでなく、後方で沈められて復活した敵まで全て。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 朝潮型九番艦 霰

 

 彼女は三番艦の満潮以上に、戦果に関して不明瞭な点が多い艦娘である。

 

 初代霰はシーレーン奪還作戦にて戦死したと記録されているが、二代目霰に関してはほぼ記録が残されていない。

 

 少なからず残っている記録では、正化26年の横須賀事件時に救援として出撃したという記録と、平成4年時の欧州遠征に参加した記録だけである。

 

 二代目が上げた戦果は記録上無いに等しいが、生きて終戦を迎えた元朝潮型駆逐艦の言によると、彼女は開戦から終戦に到るまでに存在した全ての朝潮型駆逐艦中、トップ3に入る実力者であったとの証言が得られた。

 

 

 ~艦娘型録~

 朝潮型駆逐艦 九番艦 霰の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 ワダツミが爆撃された。

 しかも、呉提督に指揮権が移ったってことは円満さんに何かあったってこと。

 その事に気を取られて朝潮たちへの指示が疎かになり、危うくみんなを死なせてしまうところだった。

 

 「霰さんには、帰ったらお礼をしなきゃ」

 

 霰さんが来てくれなきゃ、私はワダツミに戻れなかった。円満さんがいるはずの第一艦橋に向かって階段を駆け上がることなんてできなかったんだから。

 

 「う、嘘……でしょ?」

 

 階段を駆け上がった先にあるはずの艦橋がない。無くなってる。

 でも全く何もない訳じゃない。

 本来なら艦橋への入り口がある辺りに人集りが出来てる。

 澪姉さんと恵姉さん、それに艦長さんと数名の艦橋要員。その人集りの中央で、明石さんが何かしてる。

 仰向けになって、お腹を真っ赤に濡らした円満さんに何かしてるわ。

 

 「しっかりして円満!寝ちゃダメだよ!絶対に寝ちゃダメ!」

 

 澪姉さんが虚ろな目をしている円満さんに必死に呼び掛けてる。頬を叩いたりもしてるわ。

 その隣では、恵姉さんが円満さんの左手を握って泣いてる。

 

 「出血量が多い……。どなたか、提督と同じ血液型の人は?」

 

 明石さんに問われて、澪姉さんも恵姉さんも、他の人たちも首を横に振った。

 円満さんの血液型はAB型。

 艦内を探せばいるでしょうけど、明石さんの様子を見るに探してる時間的な余裕は無さそう。

 

 「提督はたしかABだったな。じゃあわしのを使え。搾れるだけ搾って良い」

 「わかりました」

 

 艦長さんの申し出を聞いて手際よく輸血の準備を始めた明石さんは、他の人たちに医務室からAB型の輸血用血液とタンカを取って来るのと、AB型の人を何人か連れて来るよう申し付けた。

 これで円満さんは助かるの?

 円満さんの右脇腹に大きな破片が刺さったままだけど、それは取らないの?

 取ってあげてよ。そんな物が刺さったままじゃ痛いでしょ?

 

 「あとはタンカが来次第、医務室に運びます。大城戸中佐、中佐も早く手当てを……」

 「私はあとで良い!それより円満を!円満を助けて!」

 「ここではこれが限界です!だいたい、大城戸中佐だって軽い怪我じゃないんですよ!?」

 「高が背中を火傷しただけよ!私なんかほっといて良いからもっと……!そう!例えば高速修復材をぶっかけるとかしてよ!」

 「高速修復材は艦娘以外に使っても効果がありません!それくらいおわかりでしょう!」

 

 そう諭されても納得出来ないのか、澪姉さんは明石さんに掴みかかった。

 でも、納得できないだけで理解できて無い訳じゃない。だから澪姉さんは、明石さんの襟首を掴んで「お願い……お願いだよ……。円満を助けて、なんでもするから」と、お願いするしかできないんだ。

 自分だって、背中一面を火傷してるっていうのに……。

 

 「うるっさいわ……ねぇ。傷に響くから静かにしてくれない?」

 「円満!目が覚めたの!?痛いとこない!?」

 「全身痛すぎてどこが痛いのかわかんないわよ。それより……」

 

 円満さんが瞳だけ動かして何かを探してる。

 誰かを探してるの?

 相も変わらず立ち尽くすことしかできない私と目が合っても探すのを辞めない。もしかして、目が見えてないんじゃ……。

 

 「満潮は……いる?」

 

 視覚で探すことを諦めたのか、円満さんは虚空を見つめて私を呼んだ。

 行かなきゃ。

 円満さんが私を呼んでる。私を必要としてる。

 

 「うん、いるよ。ここにいる」

 

 私は今にも崩れ落ちそうな両足に鞭打って、円満さんの傍らに膝をついて右手を握った。

 近くで改めて見ると酷い怪我だわ。

 破片は脇腹と言うより下腹部目掛けて斜めに刺さってる。これ、もしかしなくても内臓まで達してるんじゃ……。

 

 「良かった……。アンタなら、きっと来てくれるって信じてた……」

 

 来ない訳がない。駆け付けない訳がない。

 だって私は円満さんの秘書艦で、後輩で、妹で、掛け替えの無い家族の一人なんだもの。

 

 「これで……最後の一手が打てる……。人死にを少なくできる……」

 

 そう言うと、円満さんはゆっくりと瞼を閉じた。

 澪姉さんと恵姉さんが少し慌てたけど、姉さんたちには見えないものが見える私は慌てなかった。

 

 「これは……提督はいったい何を……」

 「どうした明石。急に頭でも良くなったか?」

 「え、ええ、簡単に言うならそうです」

 

 澪姉さんと恵姉さんは、そんな艦長さんと明石さんのやり取りに訝しげな視線を送ってからお互いの顔を見合わせた。

 そうよね。

 これが見えてなきゃ、わかんないわよね。

 

 「艦体……いえ、これはもう艦隊ね」

 

 私と明石さん……いや、この戦場にいる全ての艦娘に見えているのは、この戦場全ての戦況。

 それは敵と味方の位置からリアルタイムの動き。更に、予想される攻撃予想地点から敵の未来位置まで全て。

 スーパーコンピュータでも予測できなさそうな、詳細で膨大な情報が見えている。

 しかも、どう動けば安全で確実に行動できるかわかるナビゲーション付き。

 そんな、ゲームならチート確定の情報を、円満さんは周りで円を描くように囲んでいる無数の妖精さんたちを通して艦娘全てに共有させた。

 

 「云わば『艦隊指揮』。これが、円満さんの奥の手だったんだ……」

 

 私は血の気が失せた円満さんの顔を見下ろして、変な話だけど安心してしまった。

 だって勝てるんだもの。

 これで大和が『穴』を塞いでくれたら確実に勝てる。

 十数年に及んだこの戦争が、円満さんが打った手で終結に向かってるのが直感できた。

 海原の妖精がその身を投げ売って吹かせた勝利の風が、この戦場を包み込んだんだから。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 どこまでが円満さんの作戦だったのか?

 さあ?私は円満さんほど頭が良くないからわかんないわよ。香澄さんならわかるかもしれないけど……。

 

 もう全部門円満さんの作戦の内だったってことで良いんじゃない?

 カナロアが穴に向かって撃ったミサイルも、欧州連合の残存艦隊が穴が塞がった途端に援軍に駆け付けたのもぜーんぶね。

 

 ただ、アレだけは作戦の内とは思いたくないわね。

 うん、大和のこと。

 何だかんだであれから三年。大和が戦死認定されて二年。

 日本に帰ってからは艤装が使えなくなるまで色々と忙しかったから悩む暇なんてなかったけど、やっぱりこういう場に来ちゃうとね……。

 

 え?朝歌?

 いや、私に聞かれてもどこにいるかなんて知らないわよ。明日の三回忌の準備でもしてるんじゃない?

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 



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第百八十二話 大和は帰れそうにありません

結局、報酬艦以外の新艦はゲットできませんでした……(・c_・。)


 

 

 

 カナロアが『穴』に向けて撃ったミサイルには何の意味があったのか?

 

 さあ?

 意味があったのか、それとも無意味だったのかは『穴』の中にいた者にしかわからないわ。

 でもまあ、結構な量を積めて撃ち込んだって言ってたから、無駄になっちゃったんなら少し勿体無い気がするわね。

 

 いいえ。

 アレは私の指示じゃない。ヘンケンの独断よ。

 私だって、後に彼から聴いて知ったくらいだったんだから。

 

 本当に無駄になったのか?

 だからわからないって言ったでしょ。

 

 ああでも、私が意識を取り戻してから明石に聴いた報告に気になる事があったわ。

 なんでも、カナロアから発射されたミサイルが着弾してほどなく、彼女の艦名に変化があったそうよ。

 ええ、有り得ない艦名よ。

 だって私は、そんな改装が可能になっただなんて妖精さんから聴かされてなかったもの。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官 紫印 円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 気持ちが焦る。

 もっと速度を速く、もっと攻撃を多くと、焦りたくないのに焦ってしまう。

 その理由はいたって簡単。

 航空戦艦に改装された彼女との戦闘が再開されてからほどなく、モニターのように四角い窓が空に現れ、それに外の映像が映し出されたからです。

 しかも、思わず駆け出してしまいたくなるような危機的状況が。

 

 (気を逸らすな大和!ながらで勝てるような相手ではないんだぞ!)

 「わかっています!ですがワダツミが……。ワダツミの艦橋が!」

 

 ワダツミの艦橋前部が吹き飛ばされ、提督を庇うように覆い被さった大城戸さんや、欧州棲姫の艦隊を相手に防戦一方になっている矢矧たち。それに、霞たちと共に三艦隊を相手にしているご主人さまたちを見て動揺するなと言う方が無理です。

 

 『フフフ♪相変わらず人間とは愚かだ。勝てもしないのに、抗えもしないのにどうしてああも足掻くのか』

 

 カチンと来ました。

 あなたは挑発したつもりなのでしょうが、今のは完全に悪手です。あなたの挑発で怒りが頂点に達したおかげでかえって冷静になりましたよ。

 

 「勝てもしない?抗えもしない?おかしなことを仰るんですね。そもそも、人に抗う術を与えたのはあなたでは?」

 

 その術とは艦娘。いえ、艦娘が扱う艤装や装備群を生み出す妖精。

 彼女が産み出した深海棲艦の対存在であり、同時期に現れたことを鑑みれば、妖精たちを産み出したのも彼女のはずです。

 

 『そうだよ?おかげで希望が持てただろう?戦い続ければいずれは勝てると夢を抱けただろう?』

 

 彼女の顔が神とは思えないほど邪悪に歪みました。

 なるほど、あなたは人が抗う様が見たかったのですね。

 人が試練に打ち勝つところが見たかった訳ではなく、ただただ人がもがき苦しむ様が見たかった。

 抗った末に、人が負ける様が見たいんです。

 

 『最っ高の見せ物だったよ!やはり人間には定期的に試練を与えねばならない!でなければ堕落するだけだ!災厄に見舞われ、それに抗おうとする時こそ人間は一番人間らしくなる!』

 

 そう言いながらも私への攻撃は緩めないまま、彼女は大仰に両手を掲げて笑い始めました。

 まったく、彼女はとんだ邪神ですね。

 神話に語られる神々はたいてい身勝手で理不尽ですが、実際に相対すると嫌悪感がこれでもかと胸の内から涌き出てきます。

 

 『外もそろそろ終わりそうだね。結局はそれが真理だよ。そうそれ、君の左脚に刻まれているその言葉だ』

 

 一頻り笑った彼女が、艶かしい声で言った言葉とは非理法権天(ひりほうけんてん)

 かつての私に掲げられ、今の私のニーソックスにも刻まれているこれは訓読みすると『無理(非)は道理(理)に劣位し、道理は法式(法)に劣位し、法式は権威(権)に劣位し、権威は天道(天)に劣位する」となり、『人間としてなすべきことは天命によってのみ動くものであり、天を欺くことはできない』という意味の言葉。

 つまり、人が何をしても神には及ばないということです。ですが……。

 

 「だから、なんですか」

 

 だから諦めろと?神である自分に屈しろと?

 冗談じゃない。

 私は負けられない。ご主人さまが幸せに生きていける世界を勝ち取るために絶対負けられない。

 

 『とっとと穴を塞ぎなさいよ!何遊んでんの!』

 

 決意を新たにして彼女に斬り込もうとしたら、空の画面は映像だけで音声は流れていないのに矢矧の声が聴こえてきました。

 べつに遊んでいるわけでは……。

 実際今だって、砲撃と爆撃の合間を縫って突撃しようとしてたんですよ?

 

 『またまた矢矧さんの癇癪だ。どうにかしろ浜風』

 『無理ですね。と言うか私も同じ気持ちです。大和さんはいつまで遊んでるつもりなんですか』

 

 磯風と浜風の声まで……。

 苦戦はしているようですが、いつもの調子で会話ができる程度の余裕はあるみたいですね。

 

 『まあ、その内出て来ますよ』

 『だが雪風、このままだと私たちが先に潰されるぞ』

 『大丈夫です』

 『その心は?』

 『雪風が幸運だからですよ。今の状況では、大和さんが穴を塞いでくれなければ雪風でも沈んじゃいます。でも雪風は沈みません。だから、大和さんは絶対に穴を塞いでくれます』

 

 雪風の言葉で、磯風と浜風は「そうだな」とか「じゃあもう少しだけ頑張ります」と言って気を持ち直したようです。

 でもこれ、本来なら矢矧の役目では?

 

 『それに、旗艦様が雪風以上に大和さんを信じて奮戦してるんです。下っ端の私たちが真っ先に諦められませんよ』

 

 矢矧が私を信じてる?

 えっと、さっきから矢矧は「帰ってきたら絶対殴る。あの無駄にでかい胸と尻をヒィヒィ言うまで殴ってやる」とか言ってますよ?

 帰りたくなくなるので辞めてもらえませんかねぇ……。

 

 『突っ込みすぎよ朝潮!少し下がりなさい!』

 『ダメです!ここで退いたら大和さんが出てきた時に鉢合わせになります!だから、もっと引き付けないと!』

 『だけど……!』

 『私は大和さんの飼い主です!飼い犬が必死に戦っているのに、飼い主である私が楽なんてできません!大和さんが安心して帰ってこれるよう、私は戦うんです!』

 

 ご主人様!ああ、大和は幸せです。

 あの気弱だったご主人様が霞の命令に逆らってまで私が帰る場所を確保しようとしてくれている。

 それに、他にも私を呼ぶ声が聴こえてきます。

 提督と満潮教官。大城戸さんや辰見さん。涼月に初霜。朝霜に霞。みんなが私を呼んでいる。

 私の帰りを待っている。

 そんな声に呼ばれるにつれ、私の闘志がメラメラと燃え上がっていきます。

 

 (おい、体が光ってないか?)

 「いきなり何を言ってるんです?体が光るわけが……あれ!?本当に光ってる!」

 

 派手に光り輝いているわけではなく淡くボウッと光っているだけですが、窮奇が言ったとおり本当に光っています。

 いえ、光っているだけじゃありあせん。

 体の奥の方で力が漲っている。

 だけど表に出られず、燻っている感じがします。何か切っ掛けがあれば、私の内から解き放てそうなんでが……。

 

 『何だ?あれは。ミサイル?そんな物に何の意味が……』

 

 彼女の言葉に釣られて視線の先を追ってみると、言葉通りミサイルが頭上から落ちてきてますね。しかも、狙ったかのように私の頭上へと。

 

 「窮奇!あのミサイルの外装を破壊してください!中身は傷付けちゃダメですよ!」

 (アイツの相手をしながらか?無茶を言うな!)

 「じゃあ主砲と副砲は私が制御します!貴女は機銃でミサイルを!」

 

 私の直感が告げている。

 あのミサイルは攻撃ではありません。補給物資です。

 だって体が求めていますもの。

 光だした私の体があのミサイルを、いえ中に詰まっているであろう物を求めています。

 

 『何だ?鋼材に燃料?それに弾薬、高速修復材、戦闘詳報まで……』

 

 窮奇に外装を破壊され、吐き出された中身が私に降り注ぎ始めました。

 これで解き放てる。

 私の帰りを待ってくれているみんなの想いが与えてくれた、この強大な力を。

 

 「あなたは人を、人の想いの強さを侮りすぎです」

 『人の想い?そんなモノに意味なぞ……』

 

 降り注ぐ資源が私の装甲に触れると同時に吸収される様子によほど驚いたのか、彼女は攻撃をやめて目を見開いています。

 そのまま見ていなさい。

 これからもっと驚かせて差し上げます。

 

 「改二……実装!」

 

 私の言葉を合図に、艤装が眩い光を発して形を変え始めました。

 機関が少し大きくなり、両舷、更に機関から伸びたアームに繋がれた試作51cm連装砲が計3基。

 制服も変化していますね。

 武蔵と同じように、七分丈の儀礼用軍服をアレンジしたような制服。ただし、私の制服は武蔵の真逆で白です。そして、鮮やかな朱に染め上げられたコート調の羽織。

 

 『馬鹿な……。そんなモノわたしは知らない。それは実装されていないはずだ!』

 

 ええそうでしょうとも。

 これは本来なら存在しないはずの改装。

 私の帰りと勝利を望む全ての人たちの想いの結晶にして戦の象徴。

 そして、貴女を葬り去る神殺しの兵器。

 その名は……。

 

 「大和型戦艦一番艦。大和改二!推して参ります!」

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 何故、資材や資源をミサイルに積めて穴に撃ち込んだか?

 そうした方が良いと思ったからだ。それ以上の理由はないよ。

 

 本当さ。

 本当に、俺はそうした方が良いと考え、それを実行しただけなんだ。

 強いて言うなら勘か?

 

 第七艦隊の司令に就く前、東海岸側で駆逐艦たちを率いていた頃にもたまにあったんだが。

 ここでこうした方が良いとか、敵が居もしない方に艦隊を進めた方が良いとか、とにかくそう言った根拠のない直感に従った結果、思いもよらず大戦果を叩き出したことが何度もあったんだ。

 

 あのミサイルもその類いだな。

 だからあの時もその直感に従ったんだが……あのミサイルがどんな結果をもたらしたのかは、あの中にいた大和に聞くしかないからわからないままだよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 バーガーショップ マクダニエル日本支店店長。

 ヘンリー・ケンドリック退役大将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 改二改装を成し遂げてすぐ、私は砲撃による反動で彼女の間近まで迫りました。

 まずは小手調べ。

 新しくなった自分の性能に慣れなくてはなりませんからね。

 

 「洄天剣舞!一刀!」

 

 着水すると同時に、マジックアームで繋がれた第三砲塔を頭上に掲げて刀身を形成。後に彼女の頭部目掛けて振り下ろしました。

 思っていたよりも取り回しがしやすいですね。

 これなら、背部に半ば固定されていた時よりも便利です。

 しかしこの一刀は不発に終わりました。

 何故かと言うと……。

 

 「あらあら、戦艦とは思えない加速と速度ですね」

 『黙れバグが!君がやってる事に比べれば余程現実的だよ!』

 

 先程も言った通り、戦艦どころか艦とは思えないほどの急加速で後ろに下がられたからです。

 数秒で500mもの距離を開けられたのを考えると90ノットは軽く出ているのでは?

 もっとも、距離を開けても関係ありませんが。

 

 (全副砲、てぇ!)

 

 何故ならば窮奇が即座に砲撃に転じたからです。

 ですがこれも、至近弾による爆風で軽く煽るだけに終わってしまいました。

 彼女の艦の常識を無視した速度はそれだけで脅威ですね。()()()()()()()()()()()と戦った経験がなければ翻弄されていたでしょう。

 

 「その程度の速度ならどうとでもなりますしね」

 『ほざけ!大口を叩いているが、君は私の砲撃をまともに弾き返せていないじゃないか!』

 「あらあら、お気づきになっていなかったのですか?そう見せ掛けていただけですよ?」

 『はっ!負け惜しみを……!』

 

 言うな。

 とでも言おうとしたのでしょうか。

 ですが残念ながら、その言葉は私に届くどころか口から発せられる前に、彼女の移動速度と未来位置を計算し、誘導し、落下時間を調整して弾き飛ばした砲弾による八枚の水壁に遮られました。

 

 「大和流海戦術、八重垣……からの!」

 (覇道砲!)

 

 当然ながら、動きを封じたらすかさず覇道砲です。

 目視で確認できる限りでは直撃しましたから、これで決まってほしいのですが……。

 

 『クソっ!クソっ!なんなんだお前は!どうしてわたしのルールから外れたことができる!』

 

 やはり無事ですか。

 それなりにダメージは負わせられたようですが良くて中破と言ったところ。

 覇道砲が直撃したのにアレは異常ですね。

 つまり彼女は、ルールがどうとか言っていますがルール違反を続けているようです。ステータスの数字でも弄りました?

 

 「見苦しいですね。神を騙るならもう少しらしくするべきでは?」

 『黙れ!木偶風情が神であるわたしに説教か!』

 

 木偶、ですか。

 確かに私は貴女からすれば木偶でしょう。と言うか、元は物ですし。

 

 (ん?この感じ……。上がってきている?)

 「何がですか?」

 (私たちの、本当の攻略目標だよ)

 

 私たちの攻略目標。それは彼女ではなく、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐ『穴』。

 それが上がって来ている?

 上がって来ているのなら潜る手間が省けていいですが、『穴』を引き上げているのは彼女ですよね?

 そんなことをして何の意味が……。

 

 『醜い咎人め……。神の、私の威光の前に膝ま付け』

 

 そう言った彼女の背後の海から浮かび上がって来たのは正に穴。直径20m程の、異次元へと繋がっていそうだと思えるような極彩色に彩られた穴でした。

 アレを塞げば私たちの勝利。人は平和な世を取り戻せる。

 それができなければ敗北。この世には今と変わらず深海棲艦が蔓延り、乱世が続く。

 

 『奴らを沈めろ我が使徒達よ。欠片も残さず、私の世界から消滅させろ』

 

 彼女の声に導かれるように、穴から深海棲艦たちが次々と出現し始めました。

 姫級に鬼級、それにフラグシップやエリート。さらに見たことのない艦もいますね。

 数はざっと数えて100隻ほどでしょうか。

 

 (大和。話がある)

 「こんな時にですか?」

 (こんな時だからだ)

 

 はて?5kmほど先で100隻もの敵が艦隊を組み、私への攻撃準備を進めている今の状況で話すことなんて波動砲を使うかどうかくらいしかないと思うのですが……。

 

 (穴を塞ぐためにはどうしたら良いと思う?)

 「は?その手段は貴女が知っているのでは?」

 (ああ、知っている)

 

 だったらなぜ私に聞くのです?

 いや、待ってください。そう言えば以前、各国の戦艦たちとお風呂に入った際、穴の蓋に成り選る者は命を落とす云々という話しになりましたね。

 もしかして窮奇は、私にその覚悟があるのかどうかを確認しようとしている?

 

 (穴を塞ぐ方法は簡単だ。私たちの場合は波動砲を撃ち込めばいい)

 「簡単。という割に、声が神妙ですが?」

 

 それに波動砲を撃ち込むだけで良いのなら、前の会話に出てきた生け贄の意味がわかりません。

 

 (波動砲は目の前の奴らを突破するための手段でしかない)

 「と、言いますと?」

 (穴は向こう側からしか塞げない。だから私かお前、どちらか一方の魂を込めて発射する。そして穴を塞げば、再びこちらに戻ることはできない)

 「なるほど。だから生け贄。これが、貴女たちが言っていた選択ですか」

 

 こちら側の世界に戻ってこれないのなら、それ則ち死と同義。故に生け贄。

 ですが私たちの場合はアイオワさんやジャービスちゃんに比べればマシですね。

 以前聞いた話で、アイオワさんは深海棲艦になっていたアイオワと一つになったと窮奇は言いました。恐らくはジャービスちゃんも同じでしょう。

 そして選択とは、私と窮奇のどちらかが向こう側へ行くかではなく……。

 

 (私はな、大和。フラれた今でも、大淀のことを愛している。ずっと傍にいたいと思っている)

 

 これはまさか、だから私に向こう側へ行けと言いたいのでしょうか。

 以前の私ならこれ幸いと飛び込んでいたかも知れませんが、今の私には夢があります。

 あの子が幸せに生きていける世界を勝ち取り、ともに人として生きていくという夢が。

 だから私は行きたくない。

 だけれど窮奇に押し付けるのも気が引けますし、できることなら二人揃って帰りたい。

 窮奇を嫌っていた頃の私なら、何の迷いもなく窮奇を向こう側へ送っていたのでしょうが……。

 

 (そのせいかな……。どうしても踏ん切りがつかないんだ。私が命をとして守った世界で彼女が生きていく。私のことを彼女の記憶に焼き付けることができる。それなのに、私は覚悟しきれないでいるんだ)

 

 それは、窮奇は最初から向こう側へ行くつもりだったということですよね?

 私を生け贄に捧げるのではなく、端から自分が生け贄になるつもりだったと。

 

 「ふふふ♪」

 (何がおかしい。私は真面目な話をしているんだぞ)

 「いえ、すみません。貴女にも可愛いところがあるのを知って少しおかしくなっちゃったんです」

 (か、可愛いだと!?)

 

 ええ、可愛いです。意外と言い換えても良いですね。

 貴女は愛する大淀のために消えようとしながら、それでも彼女と一緒にいたいと思っている。

 女々しい、未練がましいと言えばそれまでですが、大切に想う人と一緒にいたいと願うのは人として当然。

 私は今、初めて窮奇を人間らしいと思ったんです。

 

 「しかたないですねぇ。そんなに怖いなら私が行きます。貴女は実らない恋に焦がれてストーカーにでもなっていなさい」

 (馬鹿を言うな。お前は朝潮と約束があるのだろう?だから行かせるわけにはいかない。私が行く!)

 「いえいえ、私が行きますよ。何せ私には、こちら側に戻ってくる自信があるのですから」

 

 嘘ですけどね。

 そもそも方法が思い浮かびませんもの。

 あちら側に行けば、いくら私でもこちら側に戻ってくることはできないでしょう。

 それは則ち、ご主人様と永遠にお別れするということ。

 

 (それは無理だと言っただろう!相変わらず馬鹿だなお前は!)

 「馬鹿とは失礼な。貴女より頭が良い自信はありますよ?」

 (そんなわけあるか!もういい!とっとと波動砲を撃て!私は向こう側へ行く!だからお前は……)

 

 窮奇の声がトーンダウンしました。

 恐らく覚悟が決まったのでしょう。あちら側に行き、大淀が生きていく世界を勝ち取る覚悟が。

 そして、覚悟ができたのは私も同じ。

 この世界で生き続けて人としての生を全うする。それが、この世界から消えることを選んだ窮奇を送り出す私に課せられた十字架です。

 

 (だからお前は、絶対に朝潮との約束を守れ)

 「ええ、お約束します」

 

 そう約束を交わすと、艤装の全制御が私に移りました。

 さて、別れも済ませたことですし、この戦いに終止符を打つ準備をいたしましょう。

 私の選択。

 この世界の行く末を左右する選択を示すために。

 

 『相談は終わったかい?木偶』

 「ええ、終わりましたよ。あなたこそ、お祈りは済ませましたか?」

 『祈りだと?神である私に、何に祈れと言うのだ』

 

 さあ?何でも良いんじゃないですか?

 例えばより上位の神や、自分がしでかしたことに懺悔したのでも良いと思います。

 もっとも、祈ろうが懺悔しようが結果は変わりませんが。

 

 「全主砲、三式弾装填」

 

 同時に力場チャージ開始。力場アンカー投錨、船体固定。

 砲身の数は減ってしまいましたが、今の私はかつての私を上回る力場総量を誇っています。

 故に、今の私が全力で撃つ波動砲の威力と射程は以前の波動砲を遥かに上回ります。

 それを今から、あなたに撃ち込みます。

 子供のように無邪気で残酷。ですが反面、女王のような気品と冷徹さを併せ持った、私の半身とともに。

 

 (ああそうだ。一つ言い忘れていたことがあった)

 「何ですか?」

 (私の代わりに、満潮に殴られてやってくれ)

 「はぁ!?」

 

 どうして私が教官に殴られないとならないのです!?

 もしかして、私が寝てる間に体を使って何かしました?例えば教官のおやつを食べちゃったとか、無理やり夜戦(意味深)を仕掛けたとか。

 

 「もう!厄介な置き土産を残してくれちゃって!」

 

 しかも後に引けないくらいに準備が整ってから!

 窮奇は知らないんでしょうけど、満潮教官って殴るの上手いんですよ!?的確に私が痛がるところを執拗に殴ってくるんですから!

 

 (さあ、もう時間もないぞ)

 「わかってますよ!」

 

 敵艦隊は準備が整ったのか、眼前に形成したターゲットスコープ内に映る空母たちからは艦載機が飛び立ち、他の水上艦たちも砲撃や雷撃を放ち始めました。

 本当にもう時間がない。あんな物量の攻撃を浴びれば今の私と言えども轟沈は確実。

 着弾する前に、攻撃ごと波動砲で破壊しなければ。

 

 (達者で暮らせ。人として……な)

 「言われずともそうします。さようなら……もう一人の私」

 

 これがアニメや漫画なら「さようならは言いません」なり言うのが王道なのでしょうが、私たちの場合はそれが叶わない。

 だって窮奇の言葉を信じるなら戻る方法がないのです。だからこれは永遠の別れ。

 故に、窮奇はこちらの世界での私の人生を願い。

 私は窮奇があちらの世界で安らかにいられることを祈って別れを告げました。

 

 「白雲(しらくも)の……此方彼方(こなたかなた)に立ち別れ」

 

 この歌は古今和歌集に綴られている歌の一つ。

 良峯秀崇という人がお互いのことを気遣いつつ、別れ行く友の旅路を思って詠んだ歌。

 私と窮奇の旅立ちにピッタリな歌です。

 

 「心を(ぬさ)と……くだく旅かな」

 

 歌い終わると、私は波動砲を発射しました。

 同時に、窮奇が私の中からいなくなるのを感じました。

 空間を引き裂くような轟音を響かせて敵艦隊を包み込み、穴までも巻き込みながら向こう側へと延びて行く波動砲の光。

 戦いの終わりを告げる光と供に、私の半身は消えてしまいました。

 

 「この音は……」

 

 穴が完全に消滅すると、ガラスにヒビが入ったような音が空のあちこちから聴こえ始めました。

 いえ、音だけではないですね。

 目に見える形でヒビも入ってきています。

 

 「脱出した方が良さそうですね。ですが……」

 

 出口はどこ?

 この空間が壊れれば、元の海上に戻れるのでしょうか。それとも、この空間と供に私も消えてしまうのでしょうか。

 

 『出口なんかないよ』

 「なっ……!?」

 

 穴と一緒に消えたはずの声が聴こえたと思ったら右手に鎖が巻き付きました。

 コレは大和型の錨?

 鎖の先にいるのは、空間に入った長さ2mほどの亀裂から上半身だけ覗かせた彼女。

 あの波動砲を食らって生きているとは思いもしませんでしたよ。

 

 「くっ……!離しなさい!」

 「離さないよ。管理者として、せめてバグであるお前だけは排除する」

 

 ジリジリと鎖を手繰りよせられて、ついに無線なしで声が聴こえる距離まで引き寄せられてしまいました。しかも、ダメ押しとばかりに砲撃まで加えてきます。

 このままではマズい。

 恐らく彼女は、あの亀裂に引き込んで私をこの世界から消すつもりです。

 

 「ダメ……ダメです。このままじゃ約束が守れない」

 

 だけど為す術がない。

 燃料は砲撃に堪えられる程度の装甲と、浮力を得られる程度の脚を造れるくらいしか残っていないですし、燃料がそんな状態では砲撃のための力場も精製できません。

 

 「ごめんなさい……ご主人様。大和は…大和は……」

 

 亀裂の中に完全に引き込まれ、それでもわずかに差す光に手を伸ばしました。ですが……。

 

 「大和は帰れそうにありません」

 

 それを嘲笑うかのように無慈悲に音もさせず、亀裂は閉じました。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 声が、聴こえた気がしました。

 はい、大和さんの声です。

 

 穴が崩壊し、敵が復活しなくなってから移行した掃討戦の最中に聴こえたんです。

 

 なんて言ったのかは聞き取れなかったのでわかりませんが、悲しんでいたことだけはわかりました。

 

 はい、掃討戦が終わってからも、矢矧さんたちと一緒に大和さんを捜索しましたが、ご存知の通り見つけることはできませんでした。

 

 見つけることができたのは、大和さんの物と思われる艤装の破片のみでした。

 

 え?それなのに、どうして大和さんが生きていると信じているのか?

 

 必ず戻ると約束したからです。

 それに他の人たちが諦めてしまっても、主人である私くらいは信じてあげないと、大和さんが帰ってくる道標がなくなってしまうような気がして……。

 

 だから信じ続けるんです。

 例え何年、何十年経っても、私はあの場所で大和さんの帰りを待ち続けます。

 

 はい!約束は……大和さんとの大切な約束は一生守り通す覚悟です!

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

 

 

 

 



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第百八十三話 幕間 円満とヘンケン

十七章ラストです!
次章は今月中頃には投稿できると……思います(゜ロ゜)


 

 

 

 

 

 目が覚めたらリグリア海での戦闘はとっくに終わってて、ワダツミはジェノバに入港して日本まで曳航される準備をしていた。

 で、そのワダツミ艦内の病室で目覚めた私が何をしているかと言うと……。

 

 「暇だ……」

 

 ハッキリ言ってやることがない。

 お見舞いに来てくれた各提督や艦娘たちから、私が意識を失ってからの戦闘の経過や結果を聴かされている最中は暇だなんて感じる余裕はなかったのに、それがなくなったら一気に暇になっちゃった。

 身体も起こせないくらい動けないから、やることと言うよりやれることが無いわね。

 

 「ああでも、考えなきゃいけないことはあるか……」

 

 それは、これからのこと。

 作戦の事後処理とかではなくもっと個人的なこと。

 満潮が涙ながらに話してくれた私の容体を考えると、私は彼に別れを告げなければならない。

 

 「やだなぁ……」

 

 私は彼を愛してる。

 だから別れたくないし、私から別れを告げたくない。でも、彼のことを本気で想ってるなら言わなくちゃ……。どんなに愛してても、私は彼の傍にいちゃいけない。

 彼の伴侶にはなれ……なれな……。

 

 「やっぱやだぁぁぁぁあ!?たたたた……」

 

 脇腹を何十針も縫ってるのに大声出しちゃった……。

 だけどそれくらい嫌だ。

 彼と別れるくらいなら死んだ方がマシだと思えるし、彼が傍にいない人生なんて考えられない。

 

 「普通の女の子も、こんな感じになるのかな……」

 

 私は普通を知らない。

 恋愛に関しては漫画で培った知識しかない私は、普通の女の子が恋愛をするとどうなるのか知らない。 

 だから、私の胸の内で渦巻いてるこの感情が正常なのか異常なのかもわからない。

 

 「お酒でも飲もうかな……って、無理か」

 

 飲んだのがバレたら満潮からこれでもかってくらい怒られるだろうし、そもそも病室にお酒がない。

 ってあら?ドアをノックする音が聴こえるけどまた誰か来たのかしら。もしかして満潮が戻って来た?

  

 「どうぞ~……あ」

 「起きてたか。それに、思ったよりも元気そうだ」

 

 迂闊に返事をするんじゃなかった。

 入ってきたのは今の私が最も会いたくない相手であるヘンケン。しかもジェノバの街で買ったのか、恋愛関係の花言葉を持つ花を何種類もてんこ盛りにした花束装備。

 でもねヘンケン。

 米国にはそういった常識がないのかも知れないけど、お見舞いに向かない花が結構な数混ざってるからね?

 だけど嬉しい!

 満潮がいたら「米国にはそんな常識もないの!?」とか言いながらヘンケンを病室から蹴り出しそうだけど私は嬉しい!

 今すぐ抱かれても良いと思えるくらい……って。

 

 「だからそれはダメだぁぁぁぁあ!?いいぃぃぃ……お腹痛いぃぃぃ……」

 「大丈夫かエマ!人を呼ぶか!?」

 「だいじょばないけど呼ばなくていい……」

 

 いや、呼んでもらった方が良かったかな?

 だって二回も叫んじゃったせいで縫ってある脇腹が異常に熱いし、そこに心臓があるんじゃない?って思っちゃうくらいズクンズクンしてる。

 それに、他に誰かがいれば、彼に別れ話を切り出さなくても済みそうだから……。

 

 「エマがそう言うなら良いが……。辛かったらいつでも言ってくれよ?」

 「うん……」

 

 本当は現在進行形で辛いです。心も、身体も……。それに彼に負い目を感じてるからか、顔を直視できない。

 

 「大和は、まだ見つからないそうだな」

 「ええ、艤装の破片は見つかったそうだけど、大和本人は見つかってないみたい」

 

 会話の取っ掛かりにでもと考えたのか、ヘンケンはそう言いながらベッドの横に椅子を引っ張ってっ来て腰を下ろした。

 海戦が終わってから今日で一週間って、満潮は言ってたかな。

 ドーム状だった穴が崩壊して敵が復活しなくなるなり、呉提督は掃討戦に移行させた。

 その結果はカナロア及び、応援に駆け付けてくれた欧州残存艦隊と協力し、多くの犠牲者を出しながらも敵の殲滅に成功したらしい。

 澪に見せてもらった戦死者リストも、私の予想と大きくかけ離れた結果となったわ。

 だけど一人だけ、海戦の立役者である大和の生死だけが不明なまま。

 

 「聴いた限りの情報でしか判断できないけど、動ける艦娘のほぼ全てと、カナロアと欧州連合の艦娘まで動員して見つけられないんだから……」

 

 生存は絶望的。

 捜索に参加している艦娘たちにも諦めムードが漂い始めているらしい。

 

 「各国上層部は戦死ということにしたいらしいが……。日本は何と言っている?」

 「同じよ。先生が何て言ってるのかは知らないけど、他のお偉方は生きて凱旋より、命と引き換えにして穴を塞いだってことにした方が国民受けが良さそうとか考えてるんじゃない?」

 

 特に日本人はその手の話が好きだからね。

 他の国もまあ、似たようなもんでしょ。

 もっとも、他国の場合は何かある度に大和を担ぎ出されたくないって思惑もありそうだけど……って、なんか妙に視線を感じるわね。

 

 「……」

 「な、何よ。そんなにジーッと見られたら恥ずかしいんだけど?」

 「ああ、すまん。その、何と言ったらいいか……」 

 

 気まずそう。

 ヘンケンは私が視線を向けると逆に目を逸らしちゃった。

 もしかして、私が怪我しちゃったことに変に責任を感じてる?

 それともまさか、ヘンケンも別れ話をすりつもり?

 傷物になっちゃった私とは交際を続けられないとか……いやいや、後者はないか。

 だってそれじゃあ、これでもかと愛を詰め込んだ花束を持ってきたりしないもんね。

 

 「I'm so bad ... (ヤバイ……)What is this cuteness, no beauty?(何だこの可愛さ、いや美しさは)

 「え?ちょ……」

 

 つい口に出しちゃった?

 思わず口に出しちゃったから、「あ……」とか言って慌てて口元を手で隠したの?

 って言うか、そんなドストレートに誉められたら照れるんですけど!?血圧が上がると傷が痛むからやめ……いや控えめにして!

 

 「と、ところでエマ。君に大切な話があるんだが……」

 「は、はい……」

 

 何の話だろ。

 彼にしては珍しくソワソワしてるし、顔も湯気が出そうなくらい赤いところを見るに真剣な話。しかも色恋に関することの可能性大。もしかしてプロポーズかしら。

 だとしたらマズいわ。

 こっちから別れを切り出す前にプロポーズなんてされたらきっと決心が鈍っちゃう。

 

 「お、俺と……!」

 「それはダぁぁぁあメぇぇぇえ!?ったぁぁぁぁ……。お腹破けるぅぅぅ……」

 「大丈夫かエマ!?」

 

 だいじょばない……。

 って言うか、大声を出したら傷が痛むって身をもって知ってるのにまた叫ぶなんて私は馬鹿か。

 まあでも、それでヘンケンの言葉を遮れたから良しとしましょう。

 それに、これから彼の心を深く傷付けちゃうんだから、これくらいの痛みは甘んじて受けないと。

 

 「私からも……話があるの」

 

 私は戸惑うヘンケンの目をなんとか真っ直ぐ見て、そう切り出した。

 これから私は彼に別れ話をする。

 罪深いからとか、私には幸せになる権利がないとかそういう理由じゃないわ。

 私は彼の伴侶足り得ない。

 私と一緒にいたら、彼にまで不幸な想いをさせてしまうから。

 

 「私たち、別れましょ。貴方とはもう、恋人同士でいられない」

 「理由を、聞いても良いか?」

 

 まあそうなるわよね。

 でも、ヘンケンの表情に違和感を感じる。

 別れようと言った瞬間は目を見開いて驚いてたのに、今は動揺してるわけでもなく、怒っているわけでもなく、暖かい眼差しで私の言葉を待ってくれてる。

 まさかヘンケンの大切な話も別れ話だった?

 いや、それはないか。

 もしそうだったら、あんな花束を持ってきたりはしない。

 

 「私は貴方の子供を産めない。それが理由よ」

 

 第一艦橋が爆撃された際に負った私の傷は、私に女としての人生を諦めさせるのに十分な被害をもたらした。

 具体的に言うと、右脇腹に刺さった破片は大腸の一部と右の卵巣、そして子宮を完全に破壊してたの。

 大腸が短くなちゃったから食事制限までオマケでついてきたわ。

 だから、私は彼と別れることにした。

 子供が産めない、女として不良品と言えなくもない私なんかと結婚したって、彼は子供を授かれないんだから。

 

 「なるほど。そういうことか……」

 「そうよ。だから……」

 

 私のことは忘れて。

 と、続けようとしたのに言葉を紡ぐことができなかった。

 だって泣きそうなんだもん。

 目頭は熱いどころか涙腺が崩壊したみたいにダバダバと涙を放出してるし、顎が妙に強ばってまともに動かせない。

 

 「良かった……」

 「え……?」

 

 今なんて言った?

 良かった?良かったって何が?私と別れられて良かったってこと?

 

 「君が俺のことを嫌いになったのなら仕方ないと諦めた。だが、君の様子を見るにそうではないみたいだ。だから、良かった」

 「嫌いになるわけ……!」

 

 ない。

 本当はずっと一緒にいたい。

 貴方が求めてくれるならプロポーズだって即時OKだしその場で婚姻届にサインしてもいいくらい愛してる。

 でも無理なの。

 無理になっちゃったの。

 私と一緒になったら貴方まで不幸になる。だから私たちは別れないとダメ。貴方は他に好い人を見つけて、私の分まで幸せに……。

 

 「君は馬鹿か?」

 「ば、馬鹿ぁ!?」

 「ああ馬鹿だ。君の身体のことはMitchieから聴いている。その上でもう一度言うぞ。君は馬鹿だ」

 

 既に満潮から聴いてたか。

 ってか口軽すぎ!

 話したのがヘンケンだからまだ許せるけど他の人に吹聴してたら絶交ものよ!私の部屋から追い出すのだって厭わな……いや、それはダメだわ。

 満潮がいなくなったらまともな生活ができなくなる……。

 

 「君が別れ話を切り出したのも俺の幸せを願ってのことだろう?だが、君は大きな勘違いをしている」

 「勘違……い?」

 「そうだ。君がいない人生など考えられない。君がいないだけで俺は不幸だ。世界一不幸になる。君は、俺を不幸にしたいのか?」

 「違う!そうじゃない!そうじゃないけど……」

 

 仕方ないじゃない。

 貴方は私がいなきゃ不幸になるとか言ってるけど、一緒にいたって結局不幸になる。

 そりゃあ最初の内はいいでしょうよ?

 でも、その年月を重ねていけば子供が欲しくなる。

 貴方から言い出すか私から言い出すかの違いがあるだけで、絶対に子供が欲しくなる。

 養子でも取ろうって考えてるの?

 それも子供を授かる手段ではあるし素敵だと思う。

 でも、やっぱり私は貴方の子供が欲しい。貴方と私の血を継いだ子供が欲しいって思うはずよ。

 

 「ふむ、Mitchieにしても君にしても、どうしてそう悲観的なんだ?」

 「どうしてって……」

 

 本当に不思議そうにしてるわね。

 男には、子供が産めなくなった女の気持ちがわからないのかしら。それとも、ヘンケンは子供なんて望んでない?

 

 「ああそうか!」

 「ちょっ!急に大声出さないでよビックリするじゃない!」

 「おっとすまない。君たちが悲観的な理由がわかったんだ」

 「だからそれは……!」

 「Surrogate mother birth」

 

 子供が産めなくなったからだ!

 と言おうとした私を、ヘンケンが聞き慣れない英語で遮った。

 サロゲイトマザーバース?

 『Surrogate』はたしか『代理』って意味よね?それで『mother』は『母親』で、『birth』は『誕生』とか『出産』で……あ、そういうことか。

 

 「代理母……出産?」

 「そうだ。日本では一般的じゃないのを失念していたよ」

 

 そっか、子供を授かるだけならその手があった。

 日本では法整備が進んでないし色々と問題もあるけど、私の卵巣は片方無事だって聴いたから、その方法を使えば私とヘンケンの子供が授かれる可能性が十分ある。

 つまり……。

 

 「一緒に……いられる?」

 「ああ、一緒にいよう」

 

 そう言いながら、ヘンケンは私の頭を愛おしそうに撫でてくれた。

 そのせいなのか、安心した私の涙腺はまた壊れた。彼の顔がボヤけて見えないくらい涙を流し始めたわ。

 

 「全部終わったら結婚しよう。ずっと……一緒にいよう」

 

 ああ、無理だ。

 彼と別れるだなんてもう考えられない。

 彼がしてくれたプロポーズへの答えなんて一つしか思い浮かばない。

 だから私は……。

 

 「はい……」

 

 と、一言だけ絞り出すように言った。

 他に何も付け足さず、ただ一言だけ、彼の手の平から伝わってくる愛情に身を任せて。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 してやられました。

 ええ、ヘンケンが円満にプロポーズした時です。

 あのポッと出野郎、よりにもよって円満が一番弱ってる時を狙いやがって……。

 

 ええ、聴いてました。

 実を言うと私も同じ病室で寝てまして、円満が「暇だ……」とか言い出したあたりからずっと聴いてたんです。

 そうですよ!

 お約束ですよ!

 

 邪魔すれば良かったじゃないか?

 出来なかったんですよ!

 それと言うのも、私も第一艦橋が爆撃された際に結構な大怪我をしてまして、痛いわ熱が出て苦しいわでまともに声も出せない状態だったんです。

 

 さらに!

 狙い済ましていたかのように恵が来てて、ヘンケンが来るなり猿ぐつわを噛まされました。

 しかも!しかもです!

 恵の奴、ダメ押しとばかりに私の喉を鷲掴みにして「邪魔したら潰しちゃうからぁ♪」とか言って脅してきたんです!そんな状態で声なんて出せませんよ!

 

 今でも反対なのか?

 いやいや、さすがに結婚間近になってまで反対はしません。

 ヘンケンがいなかったら円満は不幸なままだっただろうし、もしかしたら笑うことができなくなってたかもしれませんから。

 

 だから感謝してますし祝福もしてます。

 だって、円満を幸せにしてくれたのは間違いなく彼、ヘンリー・ケンドリックなんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐 大城戸 澪中佐へのインタビューより。






大淀です。


 激戦を制した艦娘達は、長い戦いの果てに終戦と言う名の栄光を手に入れました。
 そして戦後。
 今だ帰らぬ一人の艦娘を待ち続ける彼女は、約束の地で今日も空を見上げます。
 まるで自身を彼女が帰ってくるための道標とするかのように。

 次章、艦隊これくしょん。最終章『私と貴女の夢想曲(トロイメライ)

お楽しみに。


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最終章 私と貴女の夢想曲《トロイメライ》
第百八十四話 一人の狂人の物語


 お待たせしました!最終章の投稿開始します!


 

 

 

 平成8年。

 作戦に参加した艦娘の五分の一が戦死し、十数万の軍人たちの命が失われた欧州での作戦が終わってから4年目の3月。終戦宣言が発布されてから1年経った。

 私こと、元朝潮型駆逐艦三番艦 満潮改め紫印 満(しいんみちる)は、相も変わらずダメ女な義理の母相手に悪戦苦闘する日々を送っていた。

 

 「なぁんて、現実逃避みたいな脳内回想したくなるからいい加減起きろ!」

 「あと5分~~」

 「10分前にもそう言ったじゃない!いいから起きなさい!ほら早く!」

 

 ちなみに、終戦とともに私を義理の娘としたダメ女こと円満さんは、そのさらに10分前にも同じことを言っている。

 ホント、毎日毎日同じことしてよく飽きないわね。

 まあ、それは私にも言えることではあるんだけど……。

 

 「もうすぐヘンケンさんが迎えに来るんでしょ!?そんなだらしないとこ見せていいの!?」

 「大丈夫。彼は私の全てを愛してくれてるからぁぁぁぁ!?痛い!なんで腕ひしぎ十字固めするの!?」

 「うっさい色ボケ女!朝っぱら惚気る余裕があるなら起きろ!ほら!ほら!」

 「わかった!わかったから離して!折ぉぉれぇぇぇるぅぅぅぅぅ!」

 

 ホントに折ってやろうかと少し悩んだけど、さすがに目が覚めただろうから解放してあげた。

 まったく、素直に起きてくれたら私もこんな疲れるようなことしなくてもいいのに。

 

 「ああもう!髪の毛ボサボサじゃない!目ヤニも凄いし!とっとと顔洗ってらっしゃい!」

 「は~いママ」

 「ママはアンタでしょ!」

 

 ったく。これじゃあ本当にママだわ。

 リグリア海戦以降、深海棲艦の数が減るのと比例するように妖精さんも減っていき、終には艤装を使えなくなってから退役するなり円満さんの養子になったけど、私たちの生活スタイルは全くと言っていいほど変わっていない。

 しいて違いを挙げるなら、出撃の代わりに学校へ行くようになったくらいかしら。

 

 「満~、髪の毛セットして~」

 「はいはい……ってぇ!ちゃんと顔洗った!?口の周りが歯磨き粉だらけじゃない!」

 

 あ、あと身体が年相応に成長したわ。

 艦娘だった頃は円満さんの方が若干高かったけど、今では私の方が10cmも高い。

 そのせいもあるし、円満さんの顔立ちが幼いのも手伝って二人並んで歩いてたら私の方が姉に見られるわ。

 しかも!

 バストサイズは比べるのも馬鹿らしいくらい私の方が大きいわ。具体的に言うなら高低差15cmのCカップ!

 二十歳過ぎても高低差5cm未満のブラ要らずな円満さんには同情するけど、たまに私の胸見ながら「私も満潮だったのに……」とかボソッと言うのはやめてもらいたいわね。

 

 「服はどうする?無難にスーツにしとく?」

 「ジャージかスウェットで……」

 「良いわけないでしょうが」

 

 楽なのはわかるけどね。 

 まあ行き帰りはスーツで良いとして、あとは黒の第一種軍装を引っ張り出せば円満さんの服はOK。

 私はどうしよう。

 三回忌の時は高校の制服で良いとして、行き帰りは誰に見せるわけでもないから……。

 

 「ジャージでいっか」

 「ズルい!なんで私はダメで満は良いのよ!」

 「何故私は良いのか。それは私が女子高生だからよ!」

 

 補足すると、円満さんは今も横須賀鎮守府の提督を続けている。しかもリグリア海戦での功績が認められて中将になってます!

 つまり、海軍の要人である円満さんは世間体もあって迂闊に腑抜けた格好ができないけど、一般ピーポーかつただの女子高生でしまない私はTPOの範囲内ならジャージで彷徨こうがスウェット姿でストリートダンスを踊ろうが関係ないわけ。

 ちなみに今年の4月から三年生。

 卒業後の進路に悩む華の17歳よ。

 

 「ズルい!女子高生ズルい!私も女子高生になる!」

 「24にもなって何言ってんのよ。それよりほら、さっさと着替えて朝ご飯食べて。片付けができないでしょう!」

 

 と言うと、円満さんは「いけるもん……私なら女子高生できるもん」とか不貞腐れながらも着替えて朝食を食べ始めた。

 円満さん。

 さすがに悪いと思ったから口には出さなかったけど、円満さんなら中学生でもいけるから。

 って言うかぶっちゃけ、見た目は私より幼いから、下手したら小学生でもいけると思うわ……って、誰かが部屋に近づいてる足音が……。

 

 「Good Morning! エマ!Mitchieも元気そうだな!」

 「ノックくらいしろクソ外人!って言うかどうやって鎮守府に入ったのよ一般人!それにミッチー言うな!」

 「おいおいMitchie、俺はエマの婚約者だぞ?当然顔パスさ♪」

 

 顔パスさ♪

 とか親指立ててにこやかに言ってんじゃない!

 ここ軍事施設よ!?深海棲艦がいなくなった今でも海軍の重要拠点の一つなのよ!?

 そこに一般人が顔パスで入れるとかセキュリティガバガバじゃない!私でさえ毎朝毎晩、入門証見せて出入りしてるのに!

 

 「おはようヘンケン。今日もカッコいいわね♪」

 「君も変わらずprettyだよエマ。スーツ姿もcharmingだ」

 「ふふ♪ありがと♪」

 

 このバカップルが……。

 ヘンケンさんと一緒に来るはずの元アイオワさんことIvy(アイヴィー)さんの姿が見えないってことは、今にもチュッチュし始めそうなバカップルを見たくないから車で待ってるのね。

 私もさっさと着替えて車に避難しようか……。

 

 「って、ヘンケンさんがいたら着替えられないじゃない」

 「気にするなMitchie。君はエマの養女。つまり俺の未来の娘も同じだ」

 「だから、貴方の前で着替えろと?」

 「Yes off course!」

 

 ははははは、何言ってんだこのクソ外人は。

 あまりにも堂々と言ってくれるもんだから乾いた笑いが出ちゃったわよ。

 って言うか脱ぐと思う?

 確かにヘンケンさんは未来の父親と言えなくもないわ。

 でもねヘンケンさん。

 華も恥じらう女子高生は父親の目の前で着替えたりしないし、普通は恋人でもない男の前で素肌を晒したりもしないの。

 つまり、私が何を言いたいかと言うと……。

 

 「アホなこと言ってないで出てけ!ほら!円満さん食べ終わったんならとっとと出ろ!」

 「ま、待てMitchie!出てくから!出ていくから蹴るな!」

 「私まで!?え、ちょ!痛い!本気で蹴ってるでしょアンタ!これってDVじゃないの!?家庭内暴力!」

 「うっさい!いいから出てけこのバカップル!」

 

 と言った感じで、私は二人を文字通り部屋から蹴り出し、オマケとばかりに円満さんの着替えが詰まったキャリーバッグを投げつけた。

 円満さんの頭に直撃してたけど、アレでしばらくは大人しくなるだろうから良しとしましょう。

 

 「ふぅ、これでようやく自分の準備ができる」

 

 と言っても、あとは洗い物をして着替えるだけ。

 でも着替えが問題なのよねぇ……。

 どうせあっちに着いたら三回忌の時以外は浴衣で過ごすから、極端な話行き帰りの服装はさっきも出たようにジャージかスウェットでも問題ない。

 見せる相手でもいるなら話は別だけど、アイツは着いてこないから気合いいれる必要は……。

 

 「いやいやいやいや、なんでアイツがいたら気合いいれなきゃいけないのよ」

 

 私の彼氏面してる元時雨こと雨流 時江(うりゅうときえ)

 アイツって私と会うときはやたらとお洒落してくるから私も迂闊な格好できないのよねぇ。

 いや、アイツがお洒落してくるからって私まで合わせる必要はないんだけど、やっぱビシッと決めて来てるのに、私がジャージとかスウェット姿じゃ見映えが悪いじゃない?ほら、私ってTPOを大事にするからさ。

 

 「って、変な言い訳は後にして、ホントに何を着ていこう」

 

 もう面倒だから高校の制服でいいかな。

 うん、そうしよう。

 制服ってプライベートから冠婚葬祭までどの局面でも着ていられる万能服だもん。

 学生でいる内は制服の恩恵を利用できるだけ利用しとかなきゃ損よね。

 それに、艦娘だった頃は四六時中制服を着てたせいか落ち着くし。

 

 「それで制服にしたの?」

 「そうよ。荷物も減らせるから一石二鳥だしね」

 

 と、制服をチョイスした理由を運転してるアイヴィーさんに説明した。

 ちなみに、バカップル二人は飽きもせず後部座席でイチャイチャしてるわ。

 ホンットにウザい。

 

 「ねえアイヴィーさん、この車って後部座席を打ち出せたりしない?」

 「残念ながらできないわ。次までに改造しとくからそれまで我慢して」

 

 次までに……か。

 この車にこの四人が揃って乗る機会なんて大和の年忌法要に行く時くらい。つまり、次は四年後の七回忌。

 故人を偲ぶって意味では大切な儀式だし、普段会えない人たちにも会える良い機会でもある。

 でも……。

 

 「やっぱ嫌だな……」

 「そうね……。大和は死んだんだって、嫌でも思い出させられるから……」

 

 大和は結局見つからなかった。

 動ける者総出で捜索したのに、見つかったのは艤装の破片だけ。矢矧さんたち一特戦のメンバーなんて、ワダツミが日本へ戻った後も欧州に残り、艤装が使えなくなるその日まで捜索を続けたけど大和は見つからなかった。

 まあ、副産物として仏語が堪能になってたけどね。

 

 「穴と一緒に消えたのかな」

 「その可能性が高いわね。穴は、向こう側からしか塞げないはずだから」

 

 穴の塞ぎ方は後に円満さんから聞いた。

 聞いた時はふざんけんなって思ったのを覚えてるわ。

 だって穴は向こう側からしか塞げない。しかもこちら側に戻ってくる手段はないときた。

 だから、例え向こう側で生きていたとしてもこちら側では死んだのと同じ。大和には、二度と会えない。

 でも、円満さんは聴いていた話と違うとも言っていたわ。

 

 「大和なら、こちら側に残ったまま穴を塞げる。窮奇の話ではその筈だったの」

 「あ、円満さん聴いてたんだ」

 「うん、一応ね」

 

 本当に一応っぽいわね。

 だって円満さんはヘンケンさんに膝枕され、さらに頭を撫でられてるもの。喉からゴロゴロって音鳴らせてそうなほど気持ち良さそうだわ。

 

 「もしかして、大和か窮奇のどちらかが向こう側に行って穴を塞ぐ手筈だったの?」

 「ええ、そしてそれは、窮奇がやるはずだったの」

 「窮奇が?」

 「うん。アイツはね、朝海のためにこの世界から消えるつもりだったのよ」

 

 円満さんがその話を聞いたのは私が大和と秘書艦を交代していた時期らしい。

 口頭で聞かされた訳じゃないそうだけど、窮奇はいつの頃からかこの世界から消えることを望むようになり、そのために大和と一つにならず、そしてあの日、実行した。

 

 「正直、頭おかしいんじゃないかって思ったわ」

 「どうして?」

 「だってアイツは、私に送ってきたメールにこう書いてたの。「私は彼女が生きていく世界の礎になる」って。ある意味究極の押し付けね」

 「押し付け?窮奇は何を押し付けたの?」

 「アイツの歪んだ愛情よ。今のこの世界は、朝海への愛を糧としたアイツが勝ち取った世界。今の世界の在り様そのものが、窮奇の愛の形なのよ。そんな世界で、朝海は生きていかなくちゃならない」

 

 否応無くね。

 と、円満さんは話を締め括った。

 だから『究極の押し付け』か。

 確かにこの世界で生きていくしかないお姉ちゃんは、ふとした時に嫌でも窮奇のことを思い出す。

 世界に喧嘩を売って、そして勝ち取った狂人の歪んだ愛に満たされたこの世界で、お姉ちゃんは生きていくんだ。

 気にする必要はないって言われてすんなり受け入れられる人なら平気なんでしょうけど、お姉ちゃんはそんなタイプじゃないからきっと気にする。

 一生涯、窮奇のことを忘れる事ができない。

 愛って言うより呪いに近いわね。

 窮奇はその命を持って、お姉ちゃんに永遠の呪いを残したんだわ。

 

 「一人の……」

 「ん?何か言った?円満さん」

 「ああいや……最近、あの戦争では色々あったけど、あの二年間だけはアイツの物語だったような気がしてさ」

 「アイツって、窮奇?」

 「ええ、窮奇。アイツは……大和は多くの者に望まれて誕生した。でも、私たちみたいにアイツを恨んでいた者たちからはその復活を疎まれたわ。でもアイツはただ一つの望みのため、朝海のためにその産声を世界に響かせた。愛するあの人と共に在る。ただ、それだけのためにね。あの二年間は、愛のために世界に喧嘩を売った一人の狂人の物語だったんじゃないかって、最近考えるようになったの」

 「一人の狂人の物語……か」

 

 そう言えなくもない気はする。

 気はするけど……。よくそんな恥ずかしいセリフを臆面もなく言えたわね。聴いてた私の方が恥ずかしくなっちゃったんだけど?

 って言うか……。

 

 「真面目な話するんならせめて起きてしなさいよ」

 「やだ。固さがちょうどいいんだもん」

 

 もん。じゃない。

 ホンット、円満さんってヘンケンさんの前じゃアホになるわねぇ。

 

 「あ、そう言えば時江はどうしたのよ。最近会ってないらしいじゃない」

 「なんでここで時江が出てきた?」

 「だってアンタの彼女でしょ?年忌に不謹慎だとは思うけど、ヘンケンに紹介する良い機会だったじゃない」

 

 だから何?連れてくれば良かったのにとか言うつもり?生憎だけど連れて行く気は端からないわ。

 だって温泉旅館よ?

 ただでさえ会うたびに貞操を脅かされてるのに、あんな合法的に裸の付き合いができる場所に一緒に行ったりしたらアイツのタガが外れちゃうでしょ。

 いやいや、それより。

 

 「彼女じゃないから!私ノンケだから!」

 「はいはい、そういうことにしといてあげる。でも最近会ってないのはどうして?喧嘩でもしたの?」

 「べつに喧嘩はしてないわ。アイツ、先週からタイに行ってるのよ」

 「タイに?旅行?」

 「じゃない?なんか空港で別れる時に「頑張って生やしてくるよ」とか訳わかんないこと言ってたけど」

 

 生やすって何を生やすんだろ?

 円満さんとヘンケンさんは時江の目的に気付いたのか「あ~なるほど」とか言って納得してるわ。

 アイヴィーさんは呆れたのか顔がひきつってるわね。

 

 「帰ったら時男になってるのかぁ……。アイツも思い切ったわね」

 「は?どういうこと?」

 「ん~、簡単に言うと……」

 「エマ、それは黙っておいた方が良い。きっと本人が直接打ち明けたいだろうからな」

 

 気になる。

 打ち明けるって何を?時江って私にも言えないような秘密を隠してたっての?

 

 「満が結婚するまでに法整備が進んでれば良いけどね」

 「大丈夫さ。例え法的に夫婦と認められなくても愛さえあれば」

 「私たちみたいに?」

 「Yes off course!」

 

 結局はそこに行き着くのね。

 自分たちの愛を確かめ合うために私たちを出汁に使うのやめてくれない?って言うかそもそも、私は時江と結婚しないし、私とアイヴィーさんがいるのにブチュブチュとキスすんな!

 

 「はぁ……。平和だなぁ……」

 

 と、誰に言うでもなく、窓の外を眺めながら呟いてしまった。

 戦争が終わって、艦娘を辞めてからずっと妙な気分が続いてる。迷子になった気分とでも言えば良いのか、自分が何処にいるのか、何処に向かっているのかわからない。

 だって私の人生は戦争と共にあったんだもの。

 そんな私が、戦争のない世の中でどう生きていけば良いのかなんてわかるわけがない。

 ある意味生まれたての赤ん坊の気分ね。

 私の人生は艦娘を辞めた日に始まった。

 円満さんのお世話をしながら学校に通い、放課後は元四駆の子たちと遊んだりして、休みの日は時江と会ったりする。

 そんな平和な日常がこれからも続いていくんだと思うと、何故か不安になる。怖くなる。

 いつかまた、何の前触れもなく全部奪われちゃうんじゃないかと頭が勝手に考えてしまう。

 こんなことなら、戦ってればよかった頃の方が気楽……。

 

 「いや、それじゃダメなのよね」

 

 戦争が終わってから、以前香澄さんに言われた言葉の重みを嫌と言うほど思い知った。

 確かに私は異常だ。

 戦ってた方が気楽だなんて普通じゃない。今の世の中じゃ完全に異物だわ。

 私はこの先ずっと、こんな怪物を胸の内に飼ったまま生活していかなきゃならないのか……。

 

 「ある意味、本当の戦いはこれからなのかもね……」

 

 余程の事がなければ、私はこの先5~60年は生きる。もしかしたらもっと、100歳くらいまで生きるかのしれない。

 正直うんざりしてくるわ。

 だって私の人生と言う名の戦争は、まだ始まったばかりなんだから。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 聞かれてばっかで癪だからちょっと聞いてみたいんだけど、青木さんはどうして回想録なんて書こうと思ったの?

 

 元艦娘の所を回るだけでもかなりの労力よね?

 

 あの戦争がどうやって終わったかを教えてあげたい?

 誰に……ってああ、そういうことか。

 

 そうね……。

 志半ばで逝ってしまった人たちは、あの戦争がどうやって終わったのか知らないんだもんね……。

 

 そういう事ならまあ、協力するのもやぶさかじゃあないわ。

 円満さんのアポイントも取り付けてあげるし、時江がタイから帰ってきたらアイツの都合も聞いといてあげる。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

 



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第百八十五話 生き残った者の努め

 

 

 

 

 

 平和な日常。

 今に至るまで、それがどんなモノなのか想像できませんでした。

 だって私は、物心がつくかつかないかという頃に深海棲艦の襲撃によって孤児になりましたし、養成所に流れ着いてからは不出来な分勉強とトレーニングに明け暮れていましたからそんな事を考える余裕なんてありませんでした。

 艦娘になってからもそうでした。

 あの頃は日々の訓練と任務、そして親密な関係になってからは小十郎さんのお世話。

 今からすれば非日常的な生活を送っていました。

 そして戦争が終わり、平和な日常を手にしたはずなのですが……。

 

 「昔とあまりかわりませんね」

 「いやいや、達観してないで親父と桜子さんを止めてくださいよ」

 「ガチ喧嘩しているあの二人をですか?無理です。角千代さんが止めてください」

 「朝海さんが無理なのに自分に止められるわけないじゃないっすか……」

 

 お義母さんと呼びなさい。

 は、一先ず置いておきましょう。

 今現在、横須賀鎮守府の近くに建てた新居の庭先、その縁側に座った私たちの目の前で繰り広げられているのは、先に言った通り小十郎さんと桜子さんのガチ喧嘩です。

 まあガチとは言いましたが、抜き身の日本刀で手加減なしの桜子さんはともかく、小十郎さんは素手で相手をしているので正確にはガチじゃありませんね。

 

 「ねえばぁば、ママとじぃじいつまでアレやるの?」

 「さあ?動けなくなるまでじゃないでしょうか」

 

 桜子さんが、ですけど。

 まあそれはともかく、心得のある人からしたら唖然とするしかないほど高度な技の応酬も、子供である桜ちゃんからしたら退屈だったらしく私の愛しい坊やを膝の上で抱えたまま眠そうな顔をしています。

 対して我が子は……。

 あれ?瞳をキョロキョロと忙しなく動かしていますね。もしかして、二人の動きを目で追ってます?

 

 「絶対にピンク!それ以外は絶対に認めないから!」

 「却下だ!女は赤と昔から決まっとる!」

 「なぁに古くさい事言ってんのよクソ親父!今は女が青とか背負うのも普通なのよ!?」

 

 などと怒声を浴びせ合いながらも二人は喧嘩を続けています。

 小十郎さんは私でさえ目で捕らえきれない神速の斬撃を紙一重で回避し、お返しとばかりに桜子さんの顔面目掛けて正拳を突き出しました。

 対する桜子さんは首を後ろに倒してギリギリ正拳を避け、その勢いで小十郎さんと距離を開けました。

 もう少ししたら元タシュケントことТатьяна(タチヤーナ)(愛称ターニャ)ちゃんと一緒に買い出しに行った大海姉さんが帰って来ますので、ここらで喧嘩をやめてくれないでしょうか。

 

 「ねえママ~。桜、赤でも良いよ?」

 「ダメよ!赤とピンクじゃ全っ然色が違うんだから!買う以上は絶対に妥協しない!」

 「一円も出す気がないくせに何言うちょる!桜も赤がええ言うちょんじゃけぇ赤にせぇ!」

 「私が嫌なの!」

 

 あ、ちなみにですが、二人の喧嘩の理由は今年の春から小学校に上がる桜ちゃんのランドセルの色を何色にするかです。

 聴いての通り小十郎さんは赤、桜子さんはピンクを推しているのです。

 

 「お父さんが赤を推すのってアレでしょ?ほら、そこらのスケベ親父がセーラー服とかに興奮するのと同じ感じでしょ!このロリコン!」

 「ば、馬鹿かお前は!そんなわけあるかい!」

 

 いや~どうでしょう。

 聞いた話では、小十郎さんが子供の頃は男の子が黒、女の子が赤と決まっていたそうですから、その頃好きだった子が背負っていたのと同じ赤いランドセルを背負った桜ちゃんを見てみたいのかもしれません。

 なので……。

 

 「今度背負ってみましょう」

 「ちょっと朝海さん、考えるだけならいいっすけど口に出さないでください。桜ちゃんだって聴いてるんすから」

 「どうして桜ちゃんに聴かれたらダメなんですか?」

 「いやだって、親父との夜の性活で使う気なんっしょ?」

 「いえいえ、単純に一度背負ってみたいだけです」

 

 そりゃあ、それで小十郎さんが興奮するなら背負うのもやぶさかではありませんが、私はランドセルを一度も背負った事がないので純粋に背負ってみたいんです。

 艤装と似たような感じなのでしょうか。

 

 「ねぇじぃじ~。桜ピンクが良い~。ピンク買って?」

 「さ、桜はピンクがええんか?」

 「うん、ピンクが良い!」

 「そうかそうか、ピンクがええんか。じゃったらピンクにしよう。赤とか誰得なんじゃっちゅう感じじゃしのぉ」

 

 なんという素早い手のひら返し。

 桜子さんより小十郎さんの方が篭絡しやすいと考えたらしい桜ちゃんが満面の笑顔で「ピンクが良い!」と言った瞬間、手首にモーターでも内蔵しているのでは?と思える速度で態度が急変しました。顔とかデレッデレです。

 デレッデレのまま、桜ちゃんと坊やを抱っこして角千代さんまで引っ張ってランドセルのカタログが置いてあるリビングに引っ込んでしまいました。

 桜子さんは体力の限界だったのか、私の隣に腰をおろしてはあはあ言ってます。

 

 「あのクソ親父……桜の一言であそこまで変わるか」

 「最初から桜ちゃんに選ばせたら良かったのでは?」

 「だってピンクが良かったんだもん」

 「いやいや、桜ちゃんのランドセルですよね?」

 「そうだけど……!私がその、子供の頃欲しかったから……」

 

 あらあら、本音はそっちですか。

 桜子さんって、たま~にこういう可愛らしい面を見せてくれることがあるから見てて飽きないんですよね。

 

 「最近マンネリだから丁度いい刺激になると思ったのに……」

 「は?今なんと?」

 「あ……何でもない!それより!ターニャと大海さんはいつ戻って来るのよ!」

 「駅で涼月と初霜……じゃないですね。(りょう)初音(はつね)さんを拾ってから戻ることになっていますからもう少しかかるんじゃないですか?」

 「え?あの子らも一緒に連れてくの?」 

 「はい。色々と予定に食い違いがあって香澄たちと一緒に行けなかったそうなので、急遽うちで連れて行く事になったんです」

 「ふぅん……」

 

 家族水入らずに余計なのが混ざってきた。って考えてそうですね。

 まあ、旅館に着いたら部屋は別れるんだから良いか。とも考えてそうですが。

 

 「早く温泉に入りたいなぁ。あ、温泉と言えば、朝海はどうする?」

 「どうする。とは?」

 「どうせなら一緒に入ろうよ!混浴もあるそうだからみんな一緒に!」

 「一緒に入るのはやぶさかではありませんが、小十郎さんと角千代さんが何と言うか……」

 

 だって私の裸を角千代さんに見られるのを小十郎さんは嫌がるかもしれません。いっそ水着を着るという手もなくはないですが……。いやいや!温泉で水着は邪道ですよね!身体とか洗えませんし!

 だとすると、取るべき手段はタオルを巻くくらいしかありません。角千代さんの両目を潰すという手もありますが……。

 どっちが良いでしょう。

 

 「ねぇあなた~、ちょっと目ん玉えぐって良い~?」

 「良いわけないっしょ!?何言ってんすか急に!」

 

 おっと、桜子さんも同じことを考えていましたか。

 なんだか複雑な気分です。いや、もしかして私の思考を読みました?

 でもまあ、幸いにもあそこの温泉は濁り湯ですから、私が出入りする時だけ角千代さんの目を潰せばOKですよね。

 

 「よし!じゃあそのプランでいこう!」

 「どういうプランか知りませんが、桜子さんは水着でも着るんですか?」

 「はぁ!?温泉で水着とか邪道でしょ!」

 「でも、小十郎さんに裸を見られてしまいますよ?」

 「あ……」

 

 私のことばかり考えてて自分のことを考えてなかったんですね。もっとも、桜子さんもタオル巻いておけばけば平気ですし、万が一見られても小十郎さんならべつに良いや。とか考えてそうです。

 

 「そう言えば辰見さんたちも行かれるんですよね?」

 「うん、翔子さんが車出すって言ってた」

 

 今だに鎮守府の職員や軍人を相手に『居酒屋 鳳翔』で商売をしている元鳳翔の鳳 翔子(おおとりしょうこ)さんは、普段は鎮守府から一歩も外にでないくせに車の運転がやたらと上手いんですよねぇ。私も参考にさせていただきました。

 まあそんなですから、ペーパードライバーでオマケに運転ド下手な辰見さんと元長門さんこと門倉 長月(かどくらなつき)さんを連れていく羽目になったんですけど。

 

 「はぁ……平和だなぁ……」

 「さっきまで真剣を振り回していた人の台詞とは思えませんが?」

 「あれはただのじゃれ合いだから良いの」

 「いや、桜子さん本気だったじゃないですか」

 「全然本気じゃなかったし」

 

 嘘おっしゃい。

 いくら大海姉さん達が戻ってきてから温泉旅館に行くとは言え、今時点で頭から水を被ったと思えるくらい汗でびっしょりじゃないですか。

 それに小十郎さんも桜子さんも気にしていませんが、ここって住宅街ですからね?さっきの庭先での喧嘩も道から丸見えです。

 さすがに近所の人は慣れたのか通報しなくなりましたが、引っ越ししてきた当初はお二人が喧嘩するたびに警察を呼ばれてたんですよ?

 まあ、小十郎さんが現役の海軍元帥だと知ると顔を真っ青にして帰ってくださいましたが、おかげでこの家は町内会から危険区域に指定されてしまいましたよ。

 

 「ねぇ、母さん」

 「なんですか?改まって」

 

 私が呆れ果てた目で見ていると、おもむろに桜子さんは寂しさすら感じさせる表情で空を見上げ、私を母さんと呼びました。

 たしか終戦宣言が発布された年くらいだったでしょうか。

 小十郎さんにも言いにくい話を私にする時は『母さん』と呼ぶようになりました。

 最初は拾い食いでもしてお腹を壊したのかとも思いましたが、桜子さんなりにこれからの日常生活を考えて悩みを打ち明ける時だけでも私のことを母さんと呼ぶことにしたのでしょうね。

 

 「今、充実してる?」

 「してますよ?小十郎さんと坊やのお世話にお仕事。それに町内会や隣近所とのお付き合いもありますから暇なんてありません」

 「そっか……そうよね。そうじゃなきゃダメなのよね……」

 

 桜子さんは不満があるのでしょうか。

 桜子さんも奇兵隊のお仕事(荒事が主ですが)で毎日忙しいはずなのに、満ち足りてないのですか?

 それとも逆で、忙しすぎて休みが少ないことに不満が?

 

 「なんかね、物足りないのよ。何か足りない。心の底から生きてるって思えないの」

 「あれだけ毎日、楽しそうにドタバタしてるのにですか?」

 「うん……。たぶん……お父さんには言わないでね?たぶん私、生きるか死ぬかって状況がなくなったのに退屈してるの」

 「生きるか……死ぬか。ですか」

 

 確かにそんな状況は今の生活では無いに等しいですね。でも、それは桜子さんが一番嫌っていたこと。

 誰よりも死ぬのを怖がっていた桜子さんがそんなことを言うとは意外です。

 でも、気持ちはなんとなくわかる気がします。

 何故なら……。

 

 「私も桜子さんも……いえ、この家にいる人で、桜ちゃんと坊や以外の人の人生は戦争と共にありました。だから慣れてないんですよ」

 「慣れて……ない?」

 「はい。常に生死が入り交じった生活をしていた私たちは、自分でも気付かないうちにそれが普通になっていました。だから物足りなく感じるんです。あの死線を越える際の恐怖と緊張感。越えた際の安堵と喜び。それらを嫌っていたはずのに、無くなった途端に恋しくなっちゃったんですよ」

 

 きっと、桜子さんがこの話を小十郎さんには秘密にしてくれと言ったのも、そんな鉄火場へと自分ですら気付かないほど無意識に戻りたがっていると知られたくなかったからでしょう。

 私だってそうです。

 確かに今の生活は忙しく、小十郎さんが呉提督に元帥の席を譲るまではゆっくりとする暇もないでしょう。

 いっそ戦場に戻りたいと考えたのも一度や二度ではありません。

 でも私たちにそれは許されない。

 もう二度と、あんなに怖くて、痛くて、苦しくて、心も身体も磨り減らすような世界に戻ってはいけないのです。

 だって、私たちは母親なのですから。いえ、それ以上に……。

 

 「子供たちのためにも」

 「子供たちのために……か」

 

 小十郎さんと角千代さんを相手にじゃれている二人は、戦中に生まれながらも戦争を知りません。

 歴史の授業で戦争のことを初めて知るレベルでしょう。

 これからはそれで良い。

 愚かな歴史を教訓として学ぶのは良いことです。

 でも、叶うなら経験はしてほしくありません。

 この先、あの子達が人生を全うして生涯を閉じるまで、戦火があの子達に降り注ぐことはあってはなりませんし、させてはならない。

 それが母親としてだけではなく……。

 

 「生き残った者の努めだと、私は思います」

 

 私の言葉に、桜子さんは両膝を抱えてから「うん……そうだね」と答えました。

 気分は晴れきっていないようですが、それでも覚悟は決まったようです。

 これからの『平和な日常』と言う名の戦場で戦い続けていく、親としての覚悟が。

 

 「まあ、そうしないと、死んでいった人たちに申し訳がたたないもんね」

 「ええ……」

 

 死んでいった人たちと聞いて、私の頭に彼女の姿が浮かびました。

 長い黒髪と紅い瞳、蒼白い肌に黒いロングドレスを纏った、私を初めて愛してくれた人。

 そして、私が最も憎んだ人。

 今でも大和さんの生還を信じていますが、どうしてだか彼女が戻って来るとは思えません。

 あの人は私のために消えていった。何故かそう思えるんです。

 

 「してやられました……」

 「何が?」

 「いえ、こちらのことです」

 

 私はきっと、生きている限りあの人を忘れることができない。

 戦争を終結させるとか、世界の行く末とかそんな高尚なことなど微塵も考えず、ただただ私のために消えていった彼女のことを……。

 

 

 



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第百八十六話 大和と、この光景を見たかったな……

 

 

 

 大和旅館。 

 嘘か本当か、ここは江戸時代から営んでいる老舗旅館で日本各界のお偉いさんも利用するらしい。

 まあ実際、海軍トップの海軍元帥が来るからお偉いさんが利用するって部分は本当か。

 そんな大和の実家でもある旅館に、横須賀から3時間ばかし車を飛ばして来た私たち阿矢様一行は……。

 

 「あ~……疲れた……。お湯が染みる~~」

 

 温泉に浸かってます。

 いや~、何度入っても良いわこの温泉。

 効能は疲労回復に肩凝り腰痛の改善、さらに美白効果とありきたりではあるけど、何て言うの?効果が凄いって言うか、効能をすぐ実感できるくらい強いって言うか……。そう!鎮守府で使ってた、高速修復材を少量混ぜたお風呂と同じ感じ!

 これなら何時間でも浸かって……。

 

 「一分たりとも運転してない阿矢さんが何か言ってるぞ霧衞」

 「いつものことですよ有磯」

 

 いられる。と思うくらい気分よく温泉を堪能してたのに二人に水を差された。

 確かに運転は一秒たりともしてないけど、それはアンタらも同じでしょうが。

 

 「飛車丸さんはケロッとしてましたけどね~。あ、香澄さん、さっき朝歌ちゃんが探してましたよ?」

 「朝歌が?何か用事かしら」

 

 そうそう、うちの旦那は何時間運転しても疲れない特異体質だから気にしなくても大丈夫。

 と、それは置いといて、雪菜が口にした朝歌ちゃんって、たしかここで中居をしている朝潮だった子よね?

 元姉妹艦同士、積もる話でもあるのかしら。

 

 「アレじゃねぇか?ほら、去年来たときに香澄が「アンタより前の世代の朝潮型全員で撮った写真があるから今度見せてあげる」とか言ってただろ?」

 

 と、元霞の霞城 香澄(かじょうかすみ)に心当たりを話したのは元朝霜の朝比奈 真霜(あさひなましも)

 見た目はドレスとか着て社交界で愛想振り撒いてそうな美人なのに、口調が朝霜だった頃のままだから妙な違和感があるわね。

 

 「あ~アレか。でも、それならべつに急がなくても……。ん?待てよ……。ねえ雪菜、朝歌はどんな感じだった?」

 「どんなって……。凄く焦ってたと言うか、何かから逃げていたと言うか……」

 「あちゃー……」

 

 とか言いながら、香澄は右手で両目を被いながら天を仰いだ。

 あちゃーとか言う人を実際にこの目で見るのは初めて……って、それはどうでも良いか。

 あの様子だと、朝歌ちゃんが香澄を探していた理由に察しがついたんでしょうね。

 私も察しがついちゃったし。

 

 「園長か……。そういやぁそろそろ着く時間だもんなぁ。止めねぇのか?香澄」

 「私にあのゴリラが止められるわけないでしょ。そう言う真霜が止めてきてよ」

 「いやぁ~止めたいのは山々なんだが……。ほら、あたいってあの海戦で膝に砲弾を受けちゃったからさぁ……」

 

 だから無理。

 と続けて、真霜は肩までお湯に浸かってくつろぎ始めた。

 確かに真霜は掃討戦の最中に被弾して膝を痛めてたわね。もっとも、高速修復材のおかげで完全に治ってるはずだけど。

 

 「騒がしくなって来たわね。これじゃあ情緒もへったくれもないじゃない」

 「阿矢さんは朝歌の悲痛な叫びを聴いても平常運転だな。ちょっと薄情じゃないか?」

 「朝歌は阿矢さんからしたら恋敵ですから」

 

 恋敵だったのは過去の話、いや過ちよ。

 だって今は旦那LOVEだもの。

 これで旦那が大和より下手くそだったなら今も大和を想って独身だったかも知れないけど、そうじゃなかったから今に至るってわけ。

 

 「肉欲の権化……」

 「何か言った?雪菜」

 「いえ何も。それより、本当にどうにかしてあげませんか?朝歌ちゃんの悲鳴だけじゃなくて気持ち悪い笑い声まで聴こえ始めましたし」

 

 そうね。朝歌ちゃんは横須賀鎮守府で一緒だった仲間だからできれば私も助けてあげたいわ。

 門倉さんの「うひょひょひょひょひょ♪」って笑い声も怖気が走るからやめさせたい。

 でもね雪菜。それは叶わないの。

 何故かと言うと……。

 

 「あの人、桜子さんに「できるなら相手にしたくない」って言わせるほど強いらしいのよ」

 「そうなんですか?単なる筋肉馬鹿だって聴いたことがありますけど……」

 「うん、艦娘だった頃はそうだったんだけど……。ここからは香澄に話してもらった方がいいかな」

 

 と言って香澄に話を振ると、香澄はため息を盛大に吐いてからポツポツと話し始めた。

 

 「今のえんちょ……門倉さんはただの力自慢じゃないのよ」

 「と、言いますと?」

 「あの人ってさ、国際艦種別演習大会でネルソンさんとプロレスしたじゃない?」

 「ええ、してましたね。ん?まさかとは思いますが……」

 「そのまさかよ。あのゴリラ園長、それでプロレスにドハマりしたらしくて、しかもプロレス団体まで作っちゃったの……」

 

 香澄の説明を補足すると、元長門こと門倉さんは艦娘を辞めるなり孤児院を開設。さらに同時期に『BIG7』と言う名の女子プロレス団体を設立し、自身も『ミス・ロングゲート』と言うリングネームで覆面レスラーをやってるの。

 ここまでだと金がかかったネタで終わりそうなんだけど、生憎と言うか残念と言うか予想外と言うか、ヒール役に深海棲艦のコスプレをさせ、同じ団体所属の覆面レスラー『ミス・フクジュウジン』とタッグを組んでぶちのめすっていうヒーローショー仕立ての興行スタイルがウケて、今やプロレス業界になくてはならない存在と言っても過言ではなくなってるそうよ。

 

 「要は、あの人って桜子さんですら忌避する筋力と耐久力、さらにプロレス技を身につけてるって訳」

 「うわぁ……」

 

 うん、うわぁってなる気持ちはわかる。

 有磯と霧衛も私が何かを諦めていた理由を理解してくれたらしく、「いい湯だな」とか「あとで温泉饅頭食べません?」なんて、朝歌ちゃんの鳴き声混じりの悲鳴と門倉さんの恐怖を掻き立てる笑い声を無視して言い始めたわ。

 

 「あ、でも、有磯なら神凪とタッグを組めばワンチャンあったんじゃないですか?」

 「いやいや、冗談はやめてくれ霧衛。神凪は得物がないと戦力が半分以下だし、私の蹴り程度で門倉さんをどうこう出来るとは思えない。と言うかそもそも神凪がいない」

 

 いや、霧衛が言う通りワンチャンあるんじゃない?

 確かに神凪は素手だと民間人よりマシ程度だけど、逆に言えば得物さえ持ってれば達人級だって話だし、有磯の蹴りだって大の男を一撃でノックアウトできるくらい強力。

 ルールの縛りがない私闘なら、門倉さん相手でもどうにかなると思うわ。

 そうあの時、掃討戦に移行してから二人で欧州棲姫に放った……。

 

 「クロスカリバー……だったっけ?」

 「あ~、何か言ってましたね。神凪まで乗るとは思っていませんでしたが」

 「神凪なら乗るでしょ。だってカミレンジャーのリーダーよ?」

 「おいおい、どうして阿矢さんと霧衛は呆れてるんだ?あの状況なら技名の一つや二つ叫びたくなるだろう?」

 

 いや、気持ちはわからなくもないんだけどね。

 あれは、あとは欧州棲姫にトドメを刺すだけって場面になった時、弾薬が尽きかけてて決定打が与えらず、援軍が来てくれるまで遅滞戦闘に徹しようか悩んでいた時だったっけ。

 

 「朝風、春風、松風、旗風。みんなの命を私に預けて」

 「今さら何言ってんのよ神風姉」

 「そうですよお姉さま。命ならとうの昔に預けています」

 「この状況でアレを使う気かい?神風の姉貴らしいや」

 「逆に言えば、今の状況こそアレを使う絶好の機会です。神姉さん。私たちの命、存分にお使いください」

 

 正気とは思えなかった。

 神凪たちは戦闘の真っ最中だってのに制止して円陣を組んだの。

 そして、他の四人の緊急脱出装置が作動すると同時に現れたのは赤い、いや紅……コレも違うわね。しいて言うなら緋色。そう!緋色!その名称通り、特撮のカミレンジャーの決め技にもなっている、神凪の愛刀の柄から伸びた長さ5mは有ろうかという緋色の刀身だったわ。

 その名も……。

 

 「神風型合体戦術。『緋色の神刀』」

 

 そう言って緋色の刀を中段(有磯曰くサ○ライズ立ち)に構えた神凪は、稲妻で二隻の戦艦棲姫の内、私から見て左の個体へと弾幕を掻い潜って接近し、頭の天辺から股下まで一刀の元に斬り伏せた。

 ホント、今思い返しても現実味がない光景だったわ。

 でも納得はできた。

 神凪以外四人の力場全てと神凪自身の力場で形成された刀身は、正に神刀と呼べるほどの強度と切れ味があったし、あると直感で感じられたわ。

 でも……。

 

 「クソ!硬い!」

 

 欧州棲姫の装甲を一刀で斬り裂けるほどじゃなかった。

 でも全く効いてない訳じゃなかったわ。

 本当にあと一押し、もう一本神凪の神刀と同じ物があればと考えた私は……。

 

 「行きなさい磯風!アンタの出番よ!」

 

 と、フォートレスで残ったもう一隻の戦艦棲姫を撃破してから有磯に突撃を命じた。

 私と霧衛、そして雪奈の力場を全部預けてね。そんなことをしたもんだから、当然私たちも朝風たち同様に緊急脱出装置に身を預けてプカプカ浮いてるだけの状態になったわ。

 

 「普通に自殺行為よね」

 「ホントだぜ。あたいと香澄が合流するのがもう少し遅かったら死んでたかもしれねぇぞ」

 

 確かにね。

 でもあの時はああするべきだと思ったし、したい気分だったのよ。今考えると本当に背筋が寒くなる……。

 だけど、それだけのリスクを冒した甲斐はあったわ。

 

 「合わせろ神風!」

 

 戦舞台と緋色の神刀で欧州棲姫への攻撃を続けていた神凪に、欧州棲姫の左舷側から回り込んだ有磯がそう声を掛け、間合いに入ると同時に右足を大きく振り上げて通常の聖剣より遥かに強力な聖剣を形成した。

 その意図を察した神凪は一旦20mほど距離を空けたわ。

 そして……。

 

 「クロス!」

 

 と、言いながら、股を180度以上に開いてるんじゃなかと思えるほど足を上げた有磯が、聖剣を欧州棲姫を左の肩口へと振り下ろした。

 でもこれは装甲に阻まれたわ。

 そこへすかさず、稲妻で20m分加速をつけながら有磯の逆サイドに回り込んだ神凪が……。

 

 「カリバァァァァ!」

 

 と、叫びながら欧州棲姫の右肩口へ、有磯の聖剣と重ねるように神刀を振り下ろした。

 その結果、欧州棲姫はバッテンの軌跡に斬り裂かれて沈んで行ったわ。

 

 「もう一回やりたいなぁ……」

 「冗談やめてください。わたしは二度とごめんですよ」

 「霧衛に同意~。雪奈もやだ~」

 

 私もやだ~。

 って、それはもう良い。

 最初に悲鳴が聴こえてからけっこう経つのに、悲鳴と笑い声がまだ聴こえてくるから追いかけっこは続いてるみたいね。

 

 「さすがに可哀想になってきたなぁ……。みんなでかかればどうにか……」

 

 ズッドン!!

 

 なるんじゃない?

 と、続けようとした私の言葉を、砲撃音を彷彿とさせる轟音が遮った。

 どうしてこんなひなびた旅館で砲撃音が?もしかしてテロリストの襲撃?

 いやいや、今はそんな事を考えてる暇はないわ。荒事なら……!

 

 「総員、出撃準備!急ぎなさい!」

 「了解だ。行くぞ霧衞」

 「まったく、誰だか知りませんが、こんな元軍属が集まっている旅館で荒事を起こすとは……」

 「ただの馬鹿かそれとも確信犯か。どちらにしても血が騒ぎますね」

 「はぁ……。せっかく平和を手に入れたって言うのに……」

 「ぼやいてる割にやる気満々じゃねぇか香澄。やっぱ艦娘辞めてもあたいらは駆逐艦だなぁ」

 

 私が脱衣場に向かい始めるとそれに6人も続いてくれた。

 さすがはあの戦争を生き抜いた駆逐艦たちね。

 艦娘だった頃の戦闘能力は失くなっているのに、それでも有事には真っ先に立ち上がる。

 

 「まずは状況確認ね。香澄、音がしたのはどっち?」

 「おそらく正面玄関の方よ。あれっきり目だった音はしないのが気にはなるわね。それに……」

 「異状がそれっきりない……ね?」

 「ええ、テロリストの襲撃と仮定すると不自然だわ」

 

 確かに不自然ね。

 あんな砲撃音がしたのに振動はなかったし、火事が起きてる気配もない。

 故に、テロリストやそれに準ずる者たちの襲撃ではない可能性が高い。

 だけど……。

 

 「尋常じゃない殺気が漂ってるな。こんなの、呉で対峙した時の桜子さん以上だ」

 

 え?有磯って桜子さんを殺気立たせるようなことしたことあったの!?それでよく五体満足でいられたわね……って、それは置いとこう。

 今はとっとと着替えて正面玄関に向かうことを考えなきゃ。

 

 「どう?霧衞」

 「どうもこうも、おかしいですよこれ」

 「どうおかしいの?」

 「あんな轟音がしたのに玄関が無傷です。それに、外に人だかりが……」

 

 廊下から顔を覗かせて正面玄関の様子を窺っている霧衛の報告で余計状況が掴めなくなったわね。

 どうしてあんな轟音がしたのに玄関が無傷?しかも外に人だかり?

 

 「なあ香澄、あたいはなんとなく何が起こってるかわかってきたよ」

 「奇遇ね真霜。私もよ」

 

 私とは逆で、香澄と真霜は霧衛の報告で事態を察したみたい。

 でも私を含めた四人はわからないまま。

 そんな私たちに、香澄はため息をつきながら右手の指を四本立てながらこう言ったわ。

 

 「ヒントは四つ。一つ、最初の轟音。二つ、外の人だかり。そして三つ目、聴こえなくなった悲鳴と笑い声」

 「いや、ヒントを出されてもわからな……」

 

 待てよ?

 どうして香澄はヒントを出すなんてまどろっこしい真似をした?もしかして、口に出すのも馬鹿らしいことが起きてるんじゃない?

 

 「じゃあ最後にして最大のヒント。って言うかほぼ答えね。そろそろ元帥一家が到着する予定の時間よ」

 「あ~……だいたいわかった」

 

 つまり最初の轟音は朝海さんか桜子さんの攻撃によるもの。三つ目のヒントから、その攻撃を食らったのは門倉さんね。で、外に人だかりが出来ているのと殺気が漂っている事を加味すると……。

 

 「まだ外でバトってるのね」

 「たぶんね。こんな事ならお風呂から出るんじゃなかった……」

 

 事態が掴めた私たちは「はぁ……」と、盛大にため息をつきながら玄関に向かったわ。

  外では予想通り、人間が出しているとは思えない打撃音が鳴り、朝海さんと門倉さんが打撃の応酬……じゃないわね。両手を大きく広げた門倉さんに、朝海さんがひたすら打撃を叩き込んでたわ。

 

 「どうした朝海!貴様の力はその程度か!」

 「クッ……!なんという耐久力!このままでは私の拳が……!」

 

 なんて現実味のない光景かしら。

 艦娘を辞めてからメガネをかけなくなり、紺色のワンピースに白い長袖の上着を羽織るという、じっとしていれば良家のお嬢様にも見える格好をした朝海さんがプロボクサー顔負けのパンチを何度も何度も繰り出している。

 対する赤色のジャージ姿の門倉さんは、余裕の表情でそれを受け続けてるわ。

 若干頬が赤いけど、まさか殴られて興奮したりしてないわよね?

 

 「なあ霧衞。もしかしなくても賭けが始まってないか?」

 「今気付いたんですか有磯。私と雪菜はとっくに賭けてきましたよ」

 「ちなみに、どっちに賭けた?」

 「雪菜が朝海さんと言ったから朝海さんに」

 

 まあそうよね。

 朝海さんは艦娘を辞めたとは言え艦娘時代に培った戦闘技術は健在。私も賭けが行われていると気付くなり朝海さんに賭けたわ。

 

 「どうして堪えられるのです!?私の攻撃は全て裏当てとの会わせ技なのに!」

 「ふん!いくら裏当てが内部に衝撃を伝える技法だとしても問題ない!何故なら、私は内蔵も鍛えているからな!」

 

 んな阿保な。

 鍛えることが不可能な内蔵を鍛えるなんて、それはもう人類じゃないです。

 

 「ねえお父さん。あれってインパクトの瞬間に力を入れたり抜いたりして打点をズラしてるだけよね?」

 「ああ、間違いない。だが言うだけなら簡単だが、それを実現するのは相当困難だ」

 

 あっさりと元帥さんと桜子さんが門倉さんの秘密をバラした。

 それは当事者たちの耳にも届いているらしく、門倉さんは「マズい……」と言わんばかりに冷や汗を流し、朝海さんは「勝った」とか考えてそうな顔してるわ。

 

 「さ、さぁて、良い汗もかいたし、そろそろ風呂にでも入ろうか……なぁ?」

 「なぁ?じゃ、ありません。朝歌をあんなに怖がらせたんです。せめて足腰立たなくなるくらいまで叩きのめさないと朝歌が成仏できません」

 

 死んでませんよ?

 朝歌ちゃんは女将さんの後ろに隠れて震えてますが死んでません。と、恐らくこの場にいる全ての人が頭の中でツッコミを入れてることなど関係なく、朝海さんは瞬間移動と見紛うほどの速度で門倉さんの懐に飛び込んで腹部に右拳をめり込ませた。

 見るからに痛そうだなぁ。

 あんなパンチを食らったら胃の中身どころか内蔵が全部口から飛び出しそう。

 実際に食らった門倉さんも、目玉が飛び出そうなほど目を見開いて口をパクパクさせてるわ。

 

 「ガゼルパンチ……からの!」

 

 見えない力の流れが見えた気がした。

 後ろに伸びた朝海さんの右足から始まって腰、そして胸を通って肩、肘と、流れた力の奔流が全て、門倉さんの腹部に突き刺さったままの右拳に流れ込んでいったように見えた気がしたわ。

 

 「螺旋勁(らせんけい)!」

 

 朝海さんの掛け声とともに、再び砲撃のような轟音が辺りに響き渡った。

 でも門倉さんは微動だにしていない。

 もしかして不発?

 音は最初に聴いたのと同じでズッドン!!と盛大だったけど、門倉さんの肉の鎧には通じなかったのかしら。

 

 「ねえお父さん。あれ、死んだんじゃない?」

 「門倉が一ミリも動いてないということは余すことなく力が内部に浸透したということ。死んだかもな」

 

 なるほど。

 力の浸透が不十分だったら逆に吹っ飛んでたかもしれないのね……ってぇ!それヤバイじゃん!下手したら大和の三回忌と門倉さんの通夜が同時になっちゃう!

 

 「あ、あれ?手が抜けない!」

 「フフフ……。効いたよ朝海。私じゃなければ今ので終わっていただろう」

 

 良かった。とりあえず生きてた。

 門倉さんはまだ余裕があるのか、右手を抜こうと必死になっている朝海さんを嘲笑うかのように、再びゆっくりと両手を広げ始めたわ。

 

 「な!?まだこんな力が!?」

 

 門倉さんが何をしたかと言うと、見た目は朝海さんの両腕ごと抱えあげてるだけ。所謂鯖折りね。

 プロレス技じゃなくて相撲の決まり手だったはずだけど、門倉さんの筋力でアレをやられたらたまったもんじゃなさそう。

 実際朝海さんは、苦悶の表情を浮かべて必死にもがいてるわ。

 でも妙ね。

 門倉さんは朝海さんをホールドしてから、それ以上は力を強めていないように見える。

 それどころか、燃え尽きて真っ白な灰になったようにも見えるわ。

 

 「ねぇ辰見、長月(なつき)の奴気絶してない?」

 「本当ね。我が生涯に一片の悔いなしとか言いそうな顔で気絶してるわ」

 

 あ、気絶してたんですね。

 だから燃え尽きたように見えたんだわ。

 ってことは、これは朝海さんの勝ちで良いの……かな?

 

 「さ、桜子さん……」

 「何よ。もしかして抜けれないの?」

 「はい……」

 「しょうがないわねぇ」

 

 はて?セリフは面倒臭そうなのに、どうして桜子さんは満面の笑み浮かべてるんだろう。

 あ、もしかして桜子さんも朝海さんに賭けてて、予想通り朝海さんが勝ったから?

 

 「なあ霧衞。払い戻し金はいくらだ?」

 「ここにいる殆どの人が朝海さんに賭けていたようですからほとんど付きません。1000円賭けて100円つけば良い方じゃないですか?」

 

 あ、そんなにオッズが片寄ってたんだ。

 だったら1万円賭けとけば良かっ……いや待て。そんなに低い払い戻しで桜子さんがあんなにもウキウキと門倉さんから朝海さんを助けたりする?

 だって小さく賭けて大きく儲けるのが桜子さんなのよ?それが高々1.1倍の低オッズに賭けるとは思えないし、当たったからって「儲けた♪儲けた♪」って聞こえてきそうな笑顔を浮かべるとは思えない。

 

 「ねえ朝海、まだ戦える?」

 「無理です。もし門倉さんの意識が残っていたら結果は逆に……」

 「あ~、戦えないなら良いの。ってことは、ホールドされた時点で朝海は戦闘不能だったってことで良いわね?」

 「そう言えなくもないですが……」

 

 あ、わかった。

 鎮守府で行われてた賭けもそうだったんだけど、賭けの胴元は基本的に奇兵隊。ひいては桜子さんが務めるという暗黙の了解があった。

 しかも、引き分けに相当する結果になった場合は胴元の総取りってルールもあったわ。

 そのルールが今回の賭けにも適用されていたらどうなる?

 さっきの朝海さんと桜子さんの会話を鑑みると、朝海さんはホールドされた時点で戦闘不能だった。

 門倉さんも、ホールドしてすぐに気絶したようだからその時点で戦闘不能だったと言えなくもない。

 つまり……。

 

 「じゃあ今回の勝負は引き分け~♪掛け金は親の総取りで~す♪」

 

 こうなる。

 周りからはブーイングが巻き起こってるけど、桜子さんはどこ吹く風といった感じで気にも止めてないわ。

 ああいう図太さがたまに羨ましくなるわね。

 それに、不満はあっても楽しいし。

 

 「大和と、この光景を見たかったな……」

 

 ふんぞり返っている桜子さんの周りに出来た人だかりを見てたら、自然とそんなセリフが口をついて出た。

 いってきますと言ったきり帰ってこなかった私の一番の心友。もしかしたらあの輪の中心にいたかもしれない大和を偲んで、私は楽しそうに笑い合う人たちを眺め続けた。

 

 

 



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第百八十七話 ナデシコの咲く丘で

 


 

 

 

 あの戦争が終結してからの一年間は、ある意味艦娘として過ごしていた日々以上に慌ただしかった気がします。

 

 いえ、命のやり取りなどはなかったのですが、何と言いますか……プライベートが修羅場っていたんです。

 

 はい、私の身の振り方でです。

 私は両親のもとに戻るつもりだったのですが、私が知らない所で大和旅館の養子になることが決まっていたんです。

 

 当然ながらお断りしました。

 ですがその……親元に一度戻ったときに、両親にお前なんかいらないと言われてしまいまして……。

 

 ええ、ショックでした。

 その後、追い出される形で家を出て、行く当てもなくふらついていたところを門倉(かどくら)さん……元長門さんに保護されてここに連れてこられたんです。

 

 そう…ですね。

 出来すぎなような気はしました。

 でも、その件に関わった皆さんが私のことを想って行動してくれていると肌で感じましたので、私は流れに身を任せることにしたんです。

 

 はい、結果的にですが、今は充実した日々を過ごせています。

 仕事と学業を両立させるのは確かに大変ですが、それでも今はこの生活が気に入っています。

 

 あの場所にもすぐ行けますしね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 今日は部屋が満室で旅館は大忙し。

 本当は私も休んでいる暇などないのですが、つい先ほどまで門倉さんに追い回されていたので女将さんが休憩してきなさいと言ってくださったんです。

 なので休憩がてら、朝海先輩とあの場所までお散歩しようという流れになったのですが……

 

 「着いて早々、申し訳ありませんでした……」

 「気にする事はありません。可愛い後輩を魔の手から守るのは先輩の務めです」

 

 申し訳なさでいっぱいです。

 門倉さんに追い回され、恐怖と焦りでパニック状態だった私は玄関へ逃げ込んでしまい、到着したばかりの先輩の背中に隠れてしまったのです。

 結果として門倉さんは先輩が撃退してくださいましたが、そのせいで先輩の時間を奪う形になってしまったのですから。

 

 「そんなに気にしないで?ほら、お風呂の前に一汗かくのも良いものですから」

 「でも……元帥さんたちがみんなでお風呂に入るって……」

 「大丈夫です。きっと待っててくれます」

 

 それはどうでしょうか……。

 先輩に連れられて旅館を出る際、桜子さんが「早くお風呂行こうよ~」と、渋る元帥さんと海坊主さんを引っ張っていたのがチラッと見えたのですが……。

 

 「それはそうと、こちらでの生活には慣れましか?」

 「え?あ、はい!学校のお友達とも旅館の皆さんとも仲良くやれています!」

 「ふふふ♪まだ朝潮だった頃の癖が抜けてないようですね」

 「あ、申し訳ありません……」

 

 そう言われて初めて、自分が敬礼していることに気付きました。

 艦娘を辞めてから丸一年経っているの今だに敬礼癖が治りません。それだけならまだしも、仕事中に中居頭や女将さんに指示を仰ぐ際「司令官!ご命令を!」と言ってしまうんです。酷い時にはお客さまにまで……。

 

 「ふふふ♪そんなに恥じる必要はありませんよ?私だって、たまにですが家で主人に「ご命令を!」なんて、敬礼しながら言ってしまうことがありますから」

 「で、でも先輩はまだ軍属じゃないですか。私の場合は仕事と私生活両方に支障が出てまして……」

 「そうなのですか?玄関でご挨拶している時に、女将さんが「今やうちのマスコットキャラになってます」と仰っていましたよ?」

 「マスコット!?私がですか!?」

 「ええ、お客さんにも評判が良いんだとか」

 

 いやいや、それは女将さんが問題なくやれていると気を遣って言ってくださっただけです。

 だって私の容姿は、艦娘だった後遺症で蒼くなった瞳以外は贔屓目に言って普通ですし、マスコットと呼べるような愛嬌もありません。

 そんな私が大和旅館のマスコット?あり得ません!絶対にお世辞です!

 っと、そうこう言っている内に、目的地が見えてきました。

 

 「うわぁ……。何度来ても、この景色は壮観ですね」

 「はい、ここは日当たりが良いので開花が早く、今では観光スポットにもなっているんです。それでも、今年はいつも以上に早いですが」

 

 私と先輩の目の前に現れたのは、開花時期よりだいぶ早いにも関わらず丘一面に咲き誇ったナデシコの花。

 ナデシコの花は300種類以上ありますが、ここで主に咲いているのは日本固有の種であるカワラナデシコ、別名大和撫子。深い切込みの花びらが特徴で、ピンクや紫などがあり、繊細で凛とした印象のナデシコです。

 花言葉は『大胆』『才能』『純愛』。

 その別名通り、大和さんのような花です。

 

 「今年はまだ早いと諦めていたんですが、これは僥倖でした」

 「ええ、私もこんなに咲いているとは思っていませんでした。あとで元帥さんとご一緒に来てみてはいかがですか?」

 「主人と?あ~……ダメです。あの人がこの光景を見ても「しばらくは食い物に困らないな」くらいの感想しかいいません。桜子さんを連れて来ようものなら全部食べちゃいます」

 

 いや、確かにこの花は秋の七草の一つですから食べられますが、さすがにむしってまで食べないのでは?

 

 「あ、ここですね?朝歌がいつも立っている場所は」

 「ええ、まあ……。そこからの眺めが一番好きなので。それに……」

 

 先輩が歩を進め、丘の下が一望できる場所に見つけた何も生えていない場所。

 毎日毎日そこで景色を眺めていたら、いつの間にか雑草くらいしか生えなくなってしまったんです。

 

 「ここに初めて連れて来てもらった時に、大和さんとここから景色を眺めたんです」

 「そう……だったんですね」

 

 先輩の隣に立った私は、景色を眺めながらそう補足しました。

 でも私が毎日ここに足を運ぶのは景色が好きだからというだけではありません。

 大和さんならここに帰って来る。

 何故かそう思えるから、私は毎日ここに足を運ぶんです。何年、何十年経っても。だから……。

 

 「私はここで、このナデシコの咲く丘で、大和さんを待ち続けます」

 

 と、決意を新たに宣言したのですが、何故か先輩の反応がありません。

 後ろ、丘の中央辺りを信じられないモノでも見たかのように眼を見開いて見ていますが……。

 

 「嘘……」

 

 私は先輩の視線を追い、丘の中央へと視線を移しました。

 そこにいたのは私がずっと待っていた人。

 他の皆さんが諦めてしまっても、私だけはと生還を信じていた人でした。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 あっちで何をしていたか?

 

 え~っと……一言で言うならお使いです。

 ええ、ちょっと往復で29万6千光年ほどお使いに行ってきました。

 

 え?もう少し詳しく?

 詳しくと言われましても、これ以上は言ったらダメな気がするんですよ。

 何故か怒られそうな気がするんです。

 

 あ、そう言えばそのお使いに出る際、とある男の子とある約束をしたのですが……。

 

 はい、何でもその子は映画監督を目指していたらしくて、帰ってきたら私の映画を撮らせてくれと言われたんです。

 

 結局、地球に戻ってもその子と再会できませんでしたが、あの子はちゃんと映画監督になれたのでしょうか……。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 朝歌は大和さんが生きていると信じている。

 それは、私と同じ蒼い瞳に宿った決意を見て確信しました。

 私だって生きていると信じていますが、朝歌ほど深く、絶対的な確信を持って信じているわけではありません。

 でもこの子は本当に待ち続ける。

 例え何年、何十年経っても、この子はここで大和さんの帰りを待ち続けるでしょう。

 そんなこの子に、先輩として何か一言声をかけようと思ったのですが、不意に、何の前触れもなく現れたの気配の元に視線を移したらできなくなりました。

 だってそこに、丘の中央でナデシコの花弁を舞い上がらせながら立っていたのは、装いは私が知っている彼女とかけ離れていましたが間違いなく……。

 

 「嘘……」

 

 朝歌も彼女に気づいたようです。

 ですが件の彼女は状況がつかめていないのか、白を基調として赤いラインが入ったピッチピチのボディースーツ姿で周りをキョロキョロと見渡して頭の上にハテナマークを浮かべています。

 

 「大和……さん?」

 「え?あ、はい!大和です!そう言う貴女は……」

 

 呼ばれて初めて私たちの存在に気づいた大和さんは、ゆっくりと自身に近づいてくる朝歌に戸惑いながらそう問いかけました。

 まあ、会うのは数年振りですからすぐに朝歌だとは気付けませんよね。

 だって朝歌は身長が伸びて私よりも少しだけ大きくなっていますし、胸だって……いや、胸の話はやめましょう。そのオッパイで朝潮型は無理でしょうと言いたくなるくらい育った朝歌の胸には触れたくありません。

 

 「あ!もしかして大淀ですか!?あれ?でも胸が……それにメガネもかけていませんし」

 

 確かにメガネと胸以外は私と似ていますが胸には触れないでいただきたい!

 それに今の私だってメガネはかけていません!

 

 「朝潮です!忘れちゃったんですか!?」

 「え?は?ご主人さま?またまたご冗談を。そのオッパイで朝潮型は無理ですよ」

 

 その台詞はさっき私が脳内で言いました。

 まあそれはともかく、大和さんは朝潮だった頃とは比べ物にならないくらい女性らしく育った朝歌が元朝潮だと信じられないご様子。

 ここは私が助け船を……。

 

 「あ、じゃあ貴女が大淀ですね」

 「今、どこを見て確信しました?」

 

 胸ですか?

 メガネもかけず、服も私服なので私を私だと認識できる部分なんて胸くらいのものですよね?

 よろしい。

 ならば戦争です。

 帰って早々とか関係ありません。喧嘩を売ってきたのは大和さんなんですから私は買うだけです。

 

 「ちょ!ちょっと待ってください先輩!どうしてファイティングポーズなんてとってるんです!?」

 「喧嘩を売られたからです!」

 「喧嘩!?いつ!?いや、それよりも落ち着いて!落ち着いてください!大和さんも早く謝って!」

 

 無駄ですよ朝歌。

 だって大和さんは「え~……」とか言って不満そうにしてますもの。

 反省の色は無しと判断しましたので、おかえり代わりに全力のガゼルパンチをお見舞いしてあげます!

 

 「あーっもう!大和さん!お座り!」

 「はっ!はい!ってあれ?どうして私……」

 

 いざ踏み込もうとした私を、朝歌の一喝に近い命令と大和さんの行動が遮りました。

 いやいや大和さん、不思議そうに朝歌を見上げていますが不思議なのはこっちですよ。

 どうしてお座りと言われて本当のお座りしちゃったんです?もしかしてそう躾られていたんですか?

 

 「お手!」

 「はい!」

 

 いやちょ……。

 

 「おかわり!」

 「はい!」

 

 ええ…………。

 

 「ちんちん!」

 「はい!」

 

 うわぁ…………。

 

 「よ~しよしよし。良くできました」

 「本当に……ご主人さまだったんですね」

 「はい。ようやくわかっていただけましたか」

 

 え?なんですかこれ。

 お互いに瞳を潤ませて見つめ合っている様子()()見れば感動の再会ですが、大和さんがちんちんのポーズをしたままなので第三者である私は欠片も感動できません。

 

 「三年も、待ったんですよ?」

 「そんなに……私の体感では精々一年なのですが……」

 

 だからちんちんのポーズをやめなさい。

 首から上は感動の再会そのものなのに、そのポーズが全てを台無しにしてますよ。

 力ずくでやめさせようかしら……。

 

 「何処で、何をしてたんですか?」

 「え~と、どこから説明していいやら……」

 

 大和さんの説明によると、彼女は穴の中での戦闘の折りにラスボス、仮称エラー娘に次元の狭間へと引き込まれ、気付いたら遥か未来の世界にいたそうです。

 その世界は異星人と戦争中で、大和さんは異星人に汚染された地球を元通りにするための装置を受け取りに宇宙の果てまで行ってきたのだとか。

 で、その説明を聴いた私の感想はと言いますと……。

 

 「ちょっと何言ってるかわかりません」

 

 です。

 となりで同じように聴いていた朝歌も「何かの暗号でしょうか……」と言ってますので理解できていないと思います。

 でもまあ良いでしょう。

 イスカンダルまで行ってコスモクリーナーをどうしたとか、ガミラス帝国とドンパチやって最終的にどうなったとかはどうでもいいです。

 問題なのは……。

 

 「どうやって帰ってきたんですか?」

 「ふふふ、いい質問です。私が帰って来るのに使った方法とは……」

 

 いい質問も何もそれしか今は聞くことがありませんよ。

 いやそりゃあ、その露出面積が低いにも関わらずやたらとエロいコスチュームについても言及したいですよ?

 したいですが、今はそれよりも帰投方法の方が気になります。

 だって聞いた話が本当なら、大和さんがいたのは100年以上未来の世界なんです。タイムマシーン的な乗り物にでも乗ってきたのでしょうか。

 でもそれらしい機械が見当たりませんので、某映画のようにI'll be backとか言いながら飛ばされたのですか?

 いやいや、後者はないですね。

 あの映画で出てきたタイムマシーンは衣服着用不可だったはずですから。

 さて、大和さんは何と答えるのでしょうか。

 

 「ワープです!私とご主人さまの絆の前では、もはや時間も距離も世界も関係ないのです!」

 

 うん、やっぱり意味がわかりません。

 ワープ?ワープってなんですか?フラフープの親戚ですか?それに、胸を張って絆が云々と言っていましたが……。 

 

 「いや、朝歌に気付かなかったじゃないですか」

 「そのオッパイで朝潮型は無理だとも言われました」

 「……」

 

 こら自称宇宙戦艦。

 目を逸らして誤魔化そうとしてないで朝歌に弁解の一つもしたらどうなんです?

 朝歌が大きくなってたから気付かなかったんですか?

 絆があれば、例えどんなに成長して見た目が変わっていても気付くと思うのですが……。

 でもまあ、大和さんは罰が悪そうにしながらも朝歌を、朝歌は少し拗ねながらも大和さんを見つめています。

 先ほど聴いた大和さんの話の真偽を確かめるのはさておき、ここは二人きりにした方がよさそうですね。

 

 「では朝歌、私は先に旅館に戻ります」

 「え?どうしてですか!?」

 「どうしても何も、大和さんが帰ってきたことを女将さんや他の人たちにも伝えないといけないでしょ?」

 

 じゃないと三回忌の準備が進んでしまいますし、集まった皆さんも、大和さんの帰還を心から喜んでくれるでしょうから。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 最初は信じてもらえませんでした。

 ええ、大和さんの帰還をお伝えしたときです。

 

 女将さんはどう反応していいのかわからずに困っていましたし、主人や円満さんには頭の心配をされました。

 満ちゃんなんか恵さんに電話していましたね。

 

 でも、桜子さんが「帰って来たんなら出迎えてあげなきゃね」と言って有無を言わさずに皆さんを引っ張ってくれたので、大和さんと朝歌が丘から降りてくるのをみんなで出迎えることができました。

 

 でも、今でも不思議なんですが、どうして桜子さんは信じてくれたのでしょう?

 あのときも、私が言うことを一切疑わずに「やっと帰ってきたか」とボソッと呟いていたんです。

 

 それが……聞いても「ただの勘」としか答えてくれないんです。

 

 あの様子だと、桜子さんは大和さんが帰ってくるのを以前から知っていたのは確実なのですが……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡 大淀。現海軍元帥夫人 暮石 朝海少佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 大淀がこの場を去ってからと言うもの、ご主人さまとの間に流れ始めた沈黙が辛いです。

 ご主人さまは俯いたままですし、私も何と声をかけたら良いのかわからないのです。

 だから仕方なく、私が知っているありとあらゆる箇所が小さくてペッタンコだったご主人さまとは思えない程女性らしく成長した彼女を観察しているのですが……。

 

 「これはこれで有り……ですね」

 「は?」

 

 おっと、ついつい声に出してしまいました。

 ですが声に出したくもなります。

 だって朝潮だった頃の愛らしさと歳相応の女性っぽさが見事に溶け合い、思わずむしゃぶりつきたくなるような美少女に変貌していたのですよ!?

 こんな、何故かうちの旅館の中居の格好をした美少女を目の前にして興奮するな。いや発情するな?いやいや!正気を保てなど無理強いにも程があります!

 できる事なら今すぐ押し倒して泣かせたい!

 

 「涎、垂れてますよ」

 「はっ!申し訳ありません!ちょっとムラムラしてしまいまして!」

 「本当にちょっとですかぁ?」

 

 おおぅ……。

 ご主人さまにジト目で睨め上げられてしまいました。

 でもこれはこれで良いですね。なんだか背中がクゾクします。

 

 「節操が無くなってません?その様子だと、よほど未来の世界で良い思いをしてきたようですね」

 「いえいえそんなことは!基本的に戦ってばかりでしたし、こちらで戦ってた時より無茶な戦力差の敵と戦っていましたからムラムラする余裕なんてありませんでした!」

 

 私の艦内では色々な恋愛模様が繰り広げられていましたけどね。

 特にあの二人は最高でした。

 最後はちょっとご都合主義が過ぎるのでは?とか、イスカンダルの技術スゲーとか小学生並の感想を抱いたりもしましたが、最終的にあの二人が結ばれてホッとしました。

 

 「って、それはどうでも良いです。あんまり引っ張ると怒られそうなのでこの辺でやめましょう」

 「よくわかりませんが賛成です。それに、早く戻って女将さん達に顔を見せてあげた方がいいでしょうし」

 「そうですね。え~と、こっちでは三年も私は行方不明になっていたんですよね?」

 「いえいえ、行方不明どころか死んだことになっています」

 「え!?私死んじゃったんですか!?」

 「はい。だって結構な人数で捜索したにも関わらず見つからなかったんですよ?リグリア海戦が終わった一年後に戦死認定されちゃいました」

 

 な、なんということでしょう。

 私が未来で世界どころか星の命運を賭けたお使いに出ている間に、こちらでは死んだことにされていたなんて……。

 まあ、あの海戦のあと三年も行方不明なら当然と言えば当然なのでしょうが、なんだか複雑な気分です。

 

 「あの……戻る前に一つお聞きしたいのですが……」

 「なんでしょう?ご主人さまのご質問ならなんでもお答えしますよ?」

 

 不思議そうに私を見上げていますが何でしょう?

 あ、この服装が気になるのでしょうか。たしかに思わず見入っちゃう服ですよね。

 露出面積は無いに等しいのですが、ピッチリしすぎてて体のラインがモロに出てますもの。こんな服を着た女性がウロウロしていたのに、男性陣はよく理性を保てましたね。

 

 「中に居た人は、いなくなってしまったのですか?」

 「中に居た人、ですか?」

 「はい。以前、たしか先輩と『猫の目』でお会いした時に出て来た方の大和さんです」

 「気づいて……いたんですか」

 

 ご主人さまはコクリと頷いて肯定しました。

 たしかに私の中に窮奇がいることは話していましたが、ご主人さまの前でも入れ替わっていたことがあるとまでは話していなかったはずです。

 それなのにご主人さまは気づいていた。

 どうやら私は、ご主人さまのことを見誤っていたようです。

 

 「消えました。あの時、穴を塞ぐために向こう側へ行って」

 「そう、だったんですか……」

 

 あの後、窮奇はいったいどうなったのでしょう。

 私のように、あちらで元気にしていると良いのですが……。いや、彼女ならどこででも上手くやれるでしょう。色恋で暴走しない限りは常識人でしたから。

 それに……って、あら?この曲は……。

 

 「あ、もうこんな時間ですか」

 「え?ああ、この曲がかかるということはもう17時ですね。やはり昔からかかっていたんですか?」

 「ええ、私が子供の頃から、夕方になるとこの曲が流れていました」

 

 この曲は独国の作曲家、ロベルト・シューマンのピアノ曲集の第七曲。『夢』や『夢想』の意味を持つ曲です。

 ですが曲名の意味を知らなくても、その曲を知らなくても一度は聴いたことがあると思います。

 メロディーを思い出せなくても、聴けば懐かしく思い出せる、そんな曲。その曲名は……。

 

 「トロイメライ」

 

 この曲を聴いていると、何故か私と窮奇が共に過ごした二年足らずの時間が鮮明に思い出せます。

 

 もう二度と戻れない夢のような時間。

 いえ、私と、悪魔のような残酷さと天使のような純真さを合わせ持っていた貴女で奏でた夢の時間。

 この先何年、何十年、何百年先も、私と貴女が奏でた曲は世界に響きつづけるでしょう。

 

 愛する人のために戦った、私と貴女の夢想曲(トロイメライ)が……。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 大淀……じゃないや。

 朝海が旅館に戻ったあと、一頻り再会を喜びあった私たちは、この地域で夕方になるとかかるトロイメライを聴きながら一緒に丘を下りました。

 

 ええ、お母様を始めとして私と所縁のある人たちが出迎えてくれました。

 あ、そういえばあのとき、青木さんもいましたね。

 

 いやぁまあ、はい。

 お母様は少々苛烈な性格なので、帰るなり投げ飛ばされるくらいは予想していました。

 寝技までかけられるとは思っていませんでしたが……。

 

 え?本当に匿名でいいのか?

 はい、構いません。

 今の私はただの人間ですし、半身だった彼女を失った今はその名を名乗りたくないんです。

 

 今の私は、ただの人間です。

 彼女のためにも、一人の人間として生きていかなければならないのですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

 

 



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第百八十八話 エピローグ 提督ガ鎮守府ニ着任シマシタ

 最終回!
 あとはオマケが一話あるだけです!


 

 

 

 僕が生まれたばかりの頃、この国は戦争をしていたらしい。

 人と人による戦争ではなく人と人ならざる者、深海棲艦と呼ばれた者たちとの間で起きた戦争だって、学校の授業で習いました。

 今は戦争前の豊かな暮らしに戻ってきているとも教えられましたね。

 でも、僕の姉の一人はおかしなことを言います。

 その姉は、暮らしは確かに豊かになったけど、あの頃の方が充実してたって言うんです。

 だけどこうも言います。

 二度と戦争はごめんだけどね、って。

 高々7年程度しか生きていない僕には、姉の言うことがよくわかりません。

 

 「あ、やっぱりここに居た!ばぁばが探してたよ?」

 「桜お姉ちゃん……。探しに来てくれたの?」

 「あったり前でしょ?私は君のお姉ちゃんなんだから」

 

 と、横須賀鎮守府の西門近く、一般開放地区に建てられた戦史博物館。通称『艦娘博物館』の一コーナーで展示物を飽きもせず眺めていた僕に、額を若干汗で湿らせた桜お姉ちゃんが胸を張って言いました。

 ただ、桜お姉ちゃんは僕の姉として振る舞うのに妙な使命感を感じているようですが、僕と桜お姉ちゃんは姉弟ではありません。

 戸籍上は僕が叔父で、桜お姉ちゃんが姪になります。

 年も四つ離れているのに、なんだか変な関係ですね。

 

 「お母さん、怒ってた?」

 「ううん、怒ってはなかったけど心配はしてかな。ほら、君ってすぐ一人でどっか行っちゃうから」

 「ごめんなさい。鎮守府に来ると、どうしてもここに来たくなっちゃうんだ」

 

 僕がそう言うと、桜お姉ちゃんは「ふぅ~ん」と唇を少し尖らせて僕が見ていた展示物に視線を移しました。

 ここに来たら必ず立ち寄る、戦時中に活躍したとある艦娘を写した三枚の写真と艤装に。

 

 「朝潮型駆逐艦 一番艦 朝潮……か。君って相変わらず好きよね。もしかして黒髪フェチ?」

 

 別に黒髪フェチって訳じゃないです。

 だけど、好きかと問われれば好きと言わざるを得ません。あ、当然ながら黒髪ではなく、写真に写っている彼女がです。

 でもまあ、好きと答えると桜お姉ちゃんは何故か不機嫌になるので、ここはいつもの手で煙に巻くとしましょう。

 

 「フェチって何?」

 「何って、その……君にはまだ早いの!18禁!」

 

 じゃあ桜お姉ちゃんも18禁に抵触してるね。とまではツッコミません。

 フェチの意味を理解してないのか、もしくは逆で理解しているからなのか、そう言えば桜お姉ちゃんは顔を真っ赤にして話を切り上げてしまいます。

 でも桜お姉ちゃんは理不尽です。

 僕が朝潮を見ていると先ほどのような反応をするくせに、自分もとある駆逐艦にご執心なんですから。

 

 「桜お姉ちゃんだって、あっちの駆逐艦が好きでしょ?」

 「そりゃそうよ。だって朝潮よりカッコいいじゃない」

 

 そう言うなり、僕の手を引っ張って桜お姉ちゃんが向かったのは駆逐艦コーナーの一番最初、神風型駆逐艦のコーナーです。

 その一番艦が桜お姉ちゃんのお気に入り。

 錆びだらけでボロボロの艤装と、二枚の写真が大のお気に入りなんです。

 

 「やっぱ駆逐艦と言えば神風でしょ!ほら、如何にも歴戦の駆逐艦って感じの艤装じゃない?この初代神風なんてどことなく私に似てるし!」

 

 似てるのは当たり前です。

 だって初代神風は桜お姉ちゃんのママ。僕が桜子お姉ちゃんと呼んでいる人なんですから。

 しかも二代目は、桜お姉ちゃんがかみっか姉さんと呼んでいる人。

 初代も二代目も桜お姉ちゃんの身内なんです。

 ですが、桜お姉ちゃんはその事実を知りません。

 何故なら、桜子お姉ちゃんとかみっかお姉ちゃんが二人して「何も知らない桜ちゃんに誉められるのって気分良い♪」とか言って秘密にしてるからです。

 つまり桜お姉ちゃんは、ここに来る度に無自覚に二人を誉めてるって訳です。

 

 「私も神風になりたかったなぁ……」

 「また言ってる。前に桜子お姉ちゃんにソレ言って泣かれたでしょ?」

 「そうだけど……」

 

 それでもやっぱり、桜お姉ちゃんは神風になりたいのかな。

 あの桜子お姉ちゃんに「もう二度とそんなこと言わないで!神風になりたいだなんて絶対に言わないで!」って言わせて泣かせたくらいなのに、桜お姉ちゃんがそれでも神風になりたいのはどうして?

 

 「私の髪ってさ……ほら、中途半端じゃない?だから私も、神風になればあんな風に真っ赤で綺麗な髪の毛になるのかなって……」

 

 なるほど、桜お姉ちゃんは神風の真っ赤な髪に憧れてるわけですね。

 確かに桜お姉ちゃんの背中にかかるくらいの長さの髪の毛は、毛先から中程にかけて赤くグラデーションになっていて中途半端と言えなくもないです。でも……。

 

 「僕は桜お姉ちゃんの髪、好きだよ?」

 

 僕がそう言うと、桜お姉ちゃんはカァ!って擬音が聴こえそうな勢いで真っ赤になりました。

 今なら神風の髪と同じくらい真っ赤です。

 

 「君は、もう!そんな……す、好きとか軽々しく言っちゃダメ!」

 「どうして?」

 「どうしても!」

 「でも、僕は桜お姉ちゃんが大好きなんだよ?」

 

 お母さんの次に。

 と、続ける前に、桜お姉ちゃんは頭を抱えてうずくまってしまいました。

 顔どころか耳まで真っ赤にして、頭の天辺から湯気が出ているようにさえ見えます。

 そして一頻り「う~……」って言ったあと、スックと立ち上がって何もなかった風を装おって……。

 

 「その……私にはたまに言っても良いけど、他の女の子には絶対に言っちゃダメだからね?」

 

 と、言いました。

 何もなかった風を装おっていますが顔は赤いままですね。それに、僕の方をチラチラと見ては目そらしを繰り返しています。

 でも、どうして他の女の子に好きと言っちゃダメなんでしょう。

 

 「あ、その顔、絶対私が言ったこと理解してないでしょ!」

 「うん。だってわからないもん。どうして桜お姉ちゃん以外の子に好きって言っちゃダメなの?」

 「それは……その……。そう!たまにしか使っちゃダメだからよ!」

 「でも、お母さんは毎日お父さんと僕に好きって言ってるよ?」

 「ばぁばは君とじぃじにしか言わないから良いの!」

 

 なるほど。

 お母さんはお父さんと僕にしか言わないから良いのか。勉強になりました。

 

 「だから君も……。私以外に好きって言っちゃダメ。言わないで」

 「うん、わかった。桜お姉ちゃん以外の人には好きって言わない」

 「ほ、本当に?」

 「本当だよ。だって僕、桜お姉ちゃんが大好きだから」

 

 お?桜お姉ちゃんがまたうずくまって「う~う~」言い始めた。もしかして弱点ゲットかな?

 

 (…………………タ)

 「え?桜お姉ちゃん、今何か言った?」

 「何も言ってないわよ。それより、今日はもう満足した?」

 「うん……」

 

 本当は満足してないけど、今はそれよりもさっきの声の方が気になる。

 いったい誰が、あんな鼓膜を震わすんじゃなくて頭の中に響かせるような声を……。

 

 (………………シマシタ)

 「まただ……」

 「ちょ!ちょっとどこ行くの!?」

 

 何処に?僕は何処に向かってるんだろう。

 強いて言うなら声がする方?

 でも、自分の意思で歩いてる気がしない。まるで手を引かれているように、僕は声がする方に向かって歩いています。

 

 「ちょっと待ちなさいったら!そっちに行っても何もないよ!?」

 「でも……」

 

 そんな事はわかってる。

 このまま行っても外に出るだけ。それでも歩いた先にあるのは一般開放区と、桜お姉ちゃんの家がある倉庫街と呼ばれる地区を隔てる壁があるだけ。

 でも呼んでるんだ。

 誰か、僕の知らない誰かが僕を呼んでる。

 その壁のずっと向こうで、誰かが僕のことを呼んでるんだ。見覚えのない、木製の大きな机が置かれた部屋で誰かが僕を待ってる。

 

 「待ってって!止まりなさい!」

 「あ……。僕……」

 

 桜お姉ちゃんに強引に手を引かれて、僕の足はようやく歩みを止めてくれた。

 僕はどこに行こうとしてたんだろう。

 声と一緒に頭に浮かんできた、あの部屋はいったい何処なんだろう。

 

 「大丈夫?顔が真っ青だよ?ばぁば呼ぶ?」

 「大丈夫。べつに気分も悪くないから」

 「そう?ならいいけど……」

 

 ごめん、桜お姉ちゃん。僕は嘘をつきました。

 本当は吐きそうだし頭もガンガンしてる。

 でもそれ以上に、あそこに行かなきゃって気持ちが強い。今すぐ走り出したい。あそこに行かなきゃ。あそこでみんなに命令を出さなきゃ。

 あそこで……執務室で。

 

 「う、うぅぅ……」

 「ちょっ……!痛いの!?頭痛いの!?やだ、どうしよう……そうだばぁばに……!」

 

 急激な頭痛に襲われてうずくまってしまった僕の傍らで、桜お姉ちゃんがスマホでお母さんを呼んでる声が聴こえる。

 でもそれ以上に、頭に響く声が大きくなってる。

 

 「テイ……トク?テイトクって何?僕のこと?」

 

 知らない言葉がどんどん頭に流れ込んでくる。

 また始まる?二期?海域をリセット?仕様変更?意味がわからない。この声は僕に何を伝えようとしているの?

 

 「あ!ばぁば!こっちこっち!」

 「まあ!どうしたの!?何があったの!?」

 

 変わらず頭を抱えてうずくまっていた僕を、いつの間にか来ていたお母さんが抱き上げた。

 お母さんは僕の頭を撫でながら何か言ってるけど、頭に響く声の方が大きくなってるせいで聴こえない。

 

 「だ…れ?君は……誰?」

 

 意識が朦朧とし始めた僕の目に映ったのはお母さんではなく、水色のリボンで纏めたツインテールに頭の天辺からアホ毛を生やし、セーラー服を着たお姉さんだった。

 この人は誰?

 この人が声の主?この人が、僕の頭を痛くしているの?

 

 (………………)

 

 そのお姉さんは、それだけ言うと僕の前から霧のように消えていった。

 それと同時に、僕の頭痛も波が引くようにスーッと治まった。あのお姉さんはいったいどこへ……。

 

 「あ、お母さん」

 「ああ……良かった。呼んでも返事がないから心配したのよ?」

 

 お姉さんを探してキョロキョロしていたらお母さんと目が合った。

 目尻に涙が浮かんでるから、僕の様子は相当おかしかったらしい。桜お姉ちゃんなんか泣き出しちゃってるし。

 

 「一応お医者さんに診てもらいましょう。桜ちゃんも行こ?ね?」

 

 そう言ってお母さんは、相変わらず泣いている桜お姉ちゃんの手を引いて歩き始めた。

 ごねんね桜お姉ちゃん。僕を心配して泣いちゃったんだよね。

 でももう一度ごめん。

 桜お姉ちゃんを泣かしちゃったのに、僕はあのお姉さんが最後に言った言葉が気になって仕方がないんだ。

 

 「提督が……」

 

 あのお姉さんは最後にこう言った。

 まるで水底から響いて来るような、暗く、静かな声で確かに、「提督ガ鎮守府ニ着任シマシタ 」って言ったんだ。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 もしかしたら、アレが始まりだったのかもしれない。

 

 頭の片隅のこびりつくように残っていたあの少女の言葉を覚えていたから、僕は両親の反対を押し切って士官学校に入ったんだと思う。

 

 そうして僕は、彼女達に出会った。

 

 一人は深紅の髪を靡かせて、僕の命を脅かした深海棲艦に「覚悟しなさい深海棲艦。今からこの戦場に、私が神風を吹かせてあげる!」と言いながら立ち塞がってくれた、僕にとって大切な人。

 

 そしてもう一人。

 僕が初めて出会った少女。艶やかな黒髪が似合い、何かある度に「司令官!ご命令を!」と言ってくる、真面目が服を着て歩いてるんじゃないかと思える僕の初恋の人に良く似た少女。

 

 僕と彼女達の物語は、きっとあの日から始まったんだ。

 

 

 

 







 ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!

 なんか続編がありそうなエピローグですが続編はまるっきり考えていません!

 一応は一部から三部までを加筆修正して一纏めにした物をそのうち投稿しようかなと考えていますが、今時点では考えているだけで実際に書くかどうかは未定です。

 たまに思い付いた短編などを投稿することもあると思いますので、見かけたら読んでやってください(。・ω・。)

 


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オマケ 大淀の予告集

 

次章予告。

 

 皆さん初めまして。大淀です。

横須賀鎮守府に向かう大和撫子と矢矧。

 テロリストに襲われたりスカイダイビングをする羽目になったりと大変です。

 着いたら着いたで唐突にフードファイトが始まったり戦隊ヒーローの追加メンバーにされたりと訳がわかりません。

 

 次章、艦隊これくしょん『出会いと決意の嬉遊曲(ディヴェルティメント)

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 円満さんから大和さんの嚮導をしろと言われた満潮ちゃん。

 なんだか、私が円満さんに指導された日々を思い出しちゃいますね。

 一方、矢矧さんは神風ちゃん達に毒されておかしくなっちゃいます。常識人が居なくなって大丈夫なのでしょうか。

 

 次章、艦隊これくしょん『迷いと葛藤の練習曲(エチュード)

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 鎮守府の皆さんが注目する中、大和さんと叢雲さんの演習が開始されました。

 満潮ちゃんは大和さんが暴走しないか心配で仕方がないみたいです。

 はたして、大和さんは暴走しちゃうのでしょうか。

 

次章、艦隊これくしょん『失意と憧れの変奏曲(パルティータ)

お楽しみに

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 地道な調査と言う名の破壊活動の果てに、かつて寝食を共にした野風さんと再会した桜子さん。

 彼女は信者達から『マザー』と呼ばれているそうです。

 お子さんでもいらっしゃるのでしょうか?

 桜子さんは彼女をどうするつもりなのでしょうか?

 

 次章、艦隊これくしょん『狂気と祝福の鎮魂歌(レクイエム)

 

お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 

 大淀です。

 

 ついに動き出す捷号作戦。

 横須賀鎮守府に集められた五大鎮守府の提督と秘書艦達は、異国の提督も交えて円満さんの思惑を聞かされます。

 一体、円満さんはは何を考えているのでしょう?

 円満さんが思い描く、捷号作戦のシナリオとは?

 

 次章、艦隊これくしょん『欺瞞と策謀の幻想曲(ファンタジア)

 

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 溢れ出るように現れた敵の大艦隊。

なのにラバウル提督は妙に落ち着いています。

 ラバウル提督なりに何か考えがあったのか、敵艦隊が現れた時点で攻撃を開始しちゃいました。徹底抗戦して玉砕するつもりなのでしょうか?

 

次章、艦隊これくしょん『小さき勇者と伊達女の狂詩曲(ラプソディー)

お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 武蔵さんがその命と引き換えに掴んだ勝利の日の晩、ついに西村艦隊がスリガオ海峡への突入を開始しました。

 何だか不気味な雰囲気が漂っていますが、満潮ちゃん達は構わず前進します。

 一人も欠けずに、海峡を突破するために。

 

 次章、艦隊これくしょん『意地とプライドの七重奏(セプテット)

 

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 

 大淀です。

 

 艦娘運用母艦ワダツミで敵残存艦隊を掃討しながら渾沌を探す日本艦隊。

 一方、ヘンケン提督率いる第7艦隊は辰見さんが予想だにしない方法で南方中枢(どことなく吹雪さんに似てますね)を追い詰めます。

 さらにその一方で、人知れず開始される小規模な夜戦。

 爆音と砲声が轟く海域で再び風が吹き荒れます。かつて戦場を駆け抜けた緋色の風が。

 そして、私と大和さんは……。

 

 次章、艦隊これくしょん『光と影の戯曲 (ドラマプレイ)

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 作戦が成功し、立ち寄った呉で思い思いの時間を過ごす艦娘達。

 そんな中、大和さんと朝潮は記念艦の大和を見学しますが、大和さんは記念艦大和の中に入った途端におかしくなっちゃいます。まあ、いつもの事ではあるのですが……。

 

 次章、艦隊これくしょん『過去と別れの追想曲 (リコルダンツァ)

 

 お楽しみに。

 

 

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次章予告。

 

 

 大淀です。

 

 つかの間の平和を享受する艦娘達。

 ですが大和さんは、自分に何が出来るかを模索するのに忙しそうです。キャラがブレてるんでしょうね。

 一方、呉に残った矢矧さんも、阿賀野さんのお世話や二水戦の子達とどう接して良いのかと悩んだりで四苦八苦しているようです。

 ですが、そんな平和な一時を勝ち取った艦娘達に桜子さんの魔の手が忍び寄ります。我が娘ながら、人で遊ぶ悪いクセにはホトホト困ってしまいますね。

 

 次回、艦隊これくしょん『模索と仕込みの間奏曲(インテルメッツォ)

 

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 サンマにハロウィン、クリスマス。そんな秋冬のイベントにはしゃぐ艦娘達。

 サンマはイベントに入るのか?と疑問を零したら怒られそうなのでやめておきます。

 そんな艦娘達を尻目に、大和さんは慣れない秘書艦業務に七転八倒中。はたして、大和さんは妖精さんの信頼を取り戻せるのでしょうか。

 一方呉では、一足先に来日した英国艦が何やら問題を起こしているみたい……え?問題を起こすのは日本の艦娘?

 

 次章、艦隊これくしょん『邂逅と確執の助奏(オブリガート)

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 欧州の艦娘と日本の艦娘が火花を散らす演習試合。

 ですがけして予定通りにならないのが横須賀流。試合の枠を超えて暴走する艦娘たちのせいで、円満さんは頭を抱えて失神寸前です。

 桜子さんと辰見さんのフォローでどうにか気を持ち直す円満さんですが、どうやって収拾を付けるつもりなのでしょうか?

 呑気で楽しいお祭り騒ぎでは終わらないのでしょうか?

 

 次章、艦体これくしょん『狂乱と狂瀾の対舞曲(コントルダンス)

 

 お楽しみに。

 

 

 

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 次章予告。

 

 満潮よ。

 今回はお姉ちゃんの代わりに私が予告するわ。

 

 大会も後半に突入し、日本艦娘の出鱈目さに呆れながら感心する海外艦達。

 でもガングートさんだけは、何故か懐かんしんでいるように見えるわね。日本艦に知り合いでもいるのかしら。

 でもやっぱり予定通りに進行しないのが横須賀流。

 飲み比べは始まるしジャービスは壊れちゃうし、終いには哨戒に出ていた駆逐隊から入った敵艦隊発見の報を聞いて、円満さんがたまたま工廠にいたメンバーを出撃させちゃうわ。

 そのメンバーが、後の決戦で大きな役割を果たすメンバーになるとは思いもせずに。

 

 次回、艦隊これくしょん『運命(さだめ)と定めの序曲(オーヴァチュア)

 

 私、なんで予告なんてさせられたのかしら……。

 

 

 

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次章予告。

 

 

 大淀です。

 

 

 人類文明のリセットを実行しようとする深海棲艦を止めるための会議を開く要人たち。大和さんは会議に出席したものの、メインは窮奇なので少しふて腐れてるみたいです。

 一方、大きな戦いが迫っているとは露ほども知らない艦娘達はお正月にバレンタインと別の意味で大忙しです。

 

 まあ、気持ちはわからなくもないのですが……。

 

 

 次章、艦隊これくしょん『想いと思惑の受難曲(パッション)

 

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 

 正式に編成された大和さん達『第一特務戦隊』通称『一特戦』。

 円満さんは彼女たちを艦隊として練成するために特別コーチをつけて鍛え始めます。

 でもその過程で霞が悩んでしまうみたいです。悩むなんて霞らしくありませんよ?

 その一方で、主人を初めとした悪巧み組は着々と何かの準備を進めているみたいです。

 私を横須賀に幽閉して何をしてるんですか?

 

 

 次章、艦隊これくしょん『涙と友情の装飾曲(アラベスク)

 

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 大淀です。

 

 年明け早々にも関わらず慌ただしい横須賀鎮守府。

 欧州への出港準備や私と大和さんの決闘などで艦娘達はお正月休みどころではありません。

 出発したら出発したらで、今度は深海棲艦がワラワラ出て来てやっぱり大忙し。でも、そんなの今に始まった事じゃないですよね?

 さあ大和さん。こういう時こそ景気づけに波動砲でドーン!と薙ぎ払っちゃってください。

 

 

 次章 艦隊これくしょん『希望と絶望の聖譚曲(オラトリオ)

 

 お楽しみに。

 

 

 

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次章予告。

 

 

 大淀です。

 

 ついに始まったリグリア海戦。

 ワダツミは円満さんの指揮の下、艦娘たちと共に敵陣へと突撃を開始します。

 そしてその一方で、十数年の時をかけたあの人の復讐劇も幕を降ろします。

 予告の方も残すところあと1回になってきました!

 

 次章 艦隊これくしょん『黒鬼と妖精の哀歌(エレジー)

 

 お楽しみに。

 

 

 

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大淀です。

 

 

 激戦を制した艦娘達は、長い戦いの果てに終戦と言う名の栄光を手に入れました。

 そして戦後。

 今だ帰らぬ一人の艦娘を待ち続ける彼女は、約束の地で今日も空を見上げます。

 まるで自身を彼女が帰ってくるための道標とするかのように。

 

 次章、艦隊これくしょん。最終章『私と貴女の夢想曲(トロイメライ)

 

 お楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 



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